首長交代と自治体の大規模事業への対応~旧市庁舎売却問題への市長としての対応を考える

日本の地方自治体では、首長と議会議員を、ともに住民が直接選挙で選ぶという二元代表制がとられており、自治体の運営と意思決定は、首長と議会に委ねられている。

予算の提出権が首長側にしかなく、議会は、それを議決する権限しかないなど、首長に権限が集中しているところに特色がある。

首長に権限が集中し、その権限行使を議会でチェックする二元代表制の枠組みの下では、議会で議案が否決されない限り、首長の判断がそのまま自治体の決定となる。

そのように強大な権限を持つ首長が選挙で交代した場合、当該自治体にとって大規模で住民の関心が高く、事業の実施の是非について意見対立があった事業への新首長の対応が注目を集めることになる。それは、二元代表制の「一翼」である首長に対して「民主主義」が大きく作用する場面であるが、それと同時に、前任の首長が行った決定を覆すことの法的問題、それが当該自治体に及ぼす影響などから、「行政の継続性」の要請も受けざるを得ず、そこには、もう一方の二元代表制の「一翼」を担う議会との関係も重要な要素となる。

大きな混乱と損失を招いた小池都知事の「豊洲市場移転延期」

最近の事例では、東京都の豊洲市場への移転問題に対する都知事就任直後の小池百合子知事の対応が、その典型と言えよう。

築地市場の豊洲への移転の構想に対しては、2000年頃、その話が持ち上がったときから、土壌汚染の問題がある工場跡地に生鮮食品の市場を整備することに対する反対論が根強かったが、石原慎太郎氏が移転を決定し、その後、猪瀬直樹氏、舛添要一氏まで、歴代の知事は、一貫して豊洲への市場移転を推進してきた。

2016年7月、舛添氏の辞任を受けて行われた都知事選挙で当選し、小池氏が都知事に就任した時点では、豊洲市場の施設はほとんど完成し、11月7日の移転を待つのみであったが、8月31日、小池都知事は、都議会に全く諮ることなく、突然、豊洲への移転延期を発表した。そして、その10日後に、豊洲市場の施設の下に「盛り土」がされていなかった問題を公表し、「専門家会議」の提言に反しているので、「土壌汚染対策の安全性についてオーソライズされていない」などとして問題視した。そのため、その後の報道において、移転を進めてきた(小池知事就任前の)東京都を批判する報道が過熱し、「土壌汚染対策は十分なのか」「食の安全は確保できるのか」といった世の中の懸念が一気に高まることになった。

小池氏の方針転換で、追加対策工事の計画も進められ、空洞内の床設置や地下水管理システムの強化、換気機能の追加などが行われるなどしたが、土壌汚染の問題は、「都民の安心」の問題に過ぎず、豊洲市場の安全性の問題ではないことは、小池氏自身も認めていた。延期決定から築地市場解体決定までに1年4ヶ月弱を要し、その間に小池百合子が度々姿勢を転換させたことによる混乱が繰り返され、都の財政的負担は膨大なものとなり、市場関係者にも大きな損失を生じさせた。

就任直後の首長の大規模事業についての一方的な決定が、当該自治体に大きな混乱と損失を生じさせた事例の一つと言える。

反発・混乱が回避できた横浜IR誘致撤回

横浜市では、カジノを含む統合型リゾート(IR)誘致の是非について、激しい議論が行われ、今年8月に実施された横浜市長選挙の争点となり、山中竹春氏が当選して市長に就任直後に、誘致を白紙撤回して、横浜市としての方針が確定した。

このIR誘致の問題については、林文子前市長は、当初、「市の将来の経済成長に有効な手段で、導入に非常に前向き」との見解を示してきたが、2017年7月の市長選の半年前に「白紙」と立場を変えて選挙に臨み三選を果たした後、2年後の2018年7月に、統合型リゾート施設整備法が成立し、2019年8月に、山下ふ頭でのIR整備に取り組んでいく方針を公表した。これに対して、IRに反対する市民運動が活発化し、住民投票を求める署名が法定数を超える19万筆も集まり、市に提出されたが、住民投票条例案は、市の反対意見が付されて市議会に提出され、市議会は条例案を否決した。

横浜市は、今年1月にIR整備基本計画が公表され、開発・運営する事業者の公募を行い、海外のIR事業者等による2グループから事業計画の提案を受け、事業予定者の選定を進めていたが、IR誘致に反対の市民運動に立憲民主党・共産党などの野党も加わり、IR反対派の動きが強まっていた。市長選挙では、8名の候補者のうち6名の候補者がIR反対を公約に掲げ、「IR白紙撤回」を前面に打ち出して当選した山中竹春氏が、市長就任後、市議会でIR誘致撤回を宣言し、それまでIR誘致に賛成してきた自民公明両党も目立った反発はしなかったため、横浜へのIR誘致の中止の方針が確定した。

前任の林市長が進めてきたIR誘致の方針が、市長選挙で市長が交代した直後に新市長によって覆されたが、さしたる混乱も、市議会の反発もなく確定する見通しとなっているのは、市としては基本計画を公表していただけで区域整備計画策定には至っておらず、事業者選定も、公募に2者が応募しただけの段階で、契約には至っておらず、IR誘致の方針について法律上の効果は生じていなかったこと、それまでIR誘致の中心となってきた自民党も、市長選で多くの市議が応援した小此木八郎候補も、「IR誘致取り止め」を公約に掲げていたため、市長選の結果に基づくIR誘致撤回を批判しづらかったこと、などによるものであり、そこに、東京都の小池知事の豊洲市場移転延期決定との大きな違いがある。

山中新市長就任時、期限が迫っていた「旧市庁舎売却契約」

しかし、市長選挙の時点で、横浜市が実施を予定している、或いは検討している大規模事業は、IRだけではなかった。就任直後に市長としての判断が求められる重大な案件となったのが、新庁舎建設に伴う、旧横浜市庁舎の売却と周辺地域の再開発計画についての横浜市としての方針決定だった。

林前市長の下、横浜市は2019年、「国際的な産学連携」と「観光・集客」の二つを条件に再開発の提案を公募し、三井不動産を代表とする8社のグループが事業予定者に選ばれ、市長選で当選した山中氏の就任直後の9月末に、事業者との契約が予定されていた。

この計画は、自民党・公明党のほか、立憲民主党も賛成して進められていたが、それに対して、特に、旧市庁舎の売却価格が7700万円と安価であることなどを理由に、開発計画に反対する一部の市民などから、住民監査請求、建設差し止めの訴訟が起こされており、市長選の最中も、旧市庁舎の売却計画に対する立候補者の意見が、一つの注目点となっていた。

市長選挙で当選して市長に就任した山中氏は、9月16日の市議会の一般質問で、旧横浜市庁舎の売却の事業者との契約の期限が9月30日に迫っていることについて無所属の井上さくら議員からの質問に対し

「決裁を止めて、可及的速やかに価格の算定の仕方の妥当性を検証したい」

と答弁。さらに

「鑑定評価の中身が問題という点に関しては、まさに私もそのように捉えている」

と踏み込んだ。妥当性が認められない場合には「代替プラン」を検討することにも言及した。そして、17日の定例記者会見で、旧市庁舎の建物の売却額算定について第三者で検証するよう指示を出したことを明らかにした。

これを受け、市民の間からは、ネット上で、「旧市庁舎の建物売却および敷地の定期借地の本契約を一旦停止し、市民との対話を図ることを求める署名運動」が起こされるなど、反対運動が拡がりを見せた。

それまで、この計画への反対の動きをほとんど取り上げることはなかったマスコミも、この問題を取り上げられるようになり、にわかに市民の関心を集めることになった。

「豊洲市場移転問題」「横浜IR誘致問題」との比較

この問題は、小池都知事就任直後の東京都の豊洲市場移転問題と、山中市長就任直後のIR誘致の問題の中間に位置するものと言える。

契約と事業実施の段階から言えば、契約どころか巨額の費用をかけた建設工事も終了し、移転を待つばかりになっていた豊洲市場の移転問題とは大きく異なり、契約締結の寸前の状態であり、まだ工事も始まっていない。しかし、IR誘致が、事業者の選定前であり、事業の具体的な中身も決まっていなかったのに対して、旧市庁舎周辺再開発は、既に事業者が決定され、事業計画は確定している。事業者側は、契約締結を前提に準備を始めている。この段階で、契約を白紙撤回することになれば、事業者側からも相当な反発を受け、場合によっては損害賠償請求を受けることになる。

また、市議会との関係では、就任直後の小池知事が、都議会の与党自民党を徹底批判して都知事選に圧勝した直後で、圧倒的な支持率を誇っていたこともあり、都議会との関係を完全に無視して豊洲市場移転の延期を発表したことに対しても、都議会側からの反発はほとんどなかった。山中市長就任直後の市議会は、小池知事就任直後の状況とは異なり、多数を占める自公両党は、山中市長に対して「是々非々」の姿勢で臨むとしているが、少なくとも、旧市庁舎周辺再開発は、自公両党のみならず、山中氏を推薦し、選挙運動の中心となった立憲民主党も含め、共産党と一部無所属議員を除く市議会の圧倒的多数が賛成して進めてきた事業であり、合理的な理由もなく事業の実施を大幅に見直すことは、市議会との関係で深刻な対立を招くことになる。

一方で、山中氏は、市長選挙の最中から、「住民自治」を前面に掲げ、旧市庁舎売却問題についても、市民からの「7700万円は安過ぎる」との批判に同調し、立憲民主党の国会議員の応援演説での「モリカケ問題と同じ」などの批判にもうなずいていたことなどから、新市長就任後に、何もしないで9月末に事業者との契約を締結するというのでは、反対派市民から厳しい批判を受けかねない状況にあった。

そのような市長選挙の際の言動が、山中氏が、市議会での答弁で、旧市庁舎売却問題についてかなり踏み込んだ答弁をして反対派市民の期待を高める状況になったことの背景になったと考えられる。

山中市長が下した判断と市民への説明前の契約締結

こうして、9月30日までに市長として下す判断が注目されたが、同日午後の記者会見で、山中氏は、新たに2社に、費用を合計130万円かけて委託して検証を行った結果、当初の2社の鑑定評価が妥当と判断して既に契約を締結したことを明らかにした。

山中氏の説明は、建物売却価格の妥当性について、従前の市の説明を繰り返しているに過ぎなかった。2社の検証の中身は「当初の2社の不動産鑑定が国の不動産鑑定評価基準に沿ったものであること、旧市庁舎建物に、物理的、機能的、経済的に需要は乏しいと考えられること、他の自治体での同種事例としての豊島区庁舎活用事業で建物が無償譲渡されていること」などであったが、言わば「常識の範囲」にとどまる内容だった。

市議会で、鑑定評価に疑問があるとして「決裁を止めて、価格の算定の仕方の妥当性を検証したい」とまで言って、再検証を行う方針を打ち出した山中市長に対する期待が高まっていたことからすると、市民への説明もないまま契約を締結し、上記の程度の検証の説明で済ましたことに対して、SNSなど、ネット上では失望と批判の声が上がっている。

「地方自治体のコンプライアンス」の観点から考える

この問題について、「社会の要請に応える」という意味の「地方自治体のコンプライアンス」の観点からは、どのように考えたらよいのであろうか。

この問題をめぐっては、様々な社会的要請が交錯しており、それを一つひとつ整理して考え、それをわかりやすく市民に説明する姿勢で臨まなければ、市民の理解と納得を得ることができない。

この計画について問題となるのは、次の3点である。

第一に、旧市庁舎周辺の再開発計画自体の是非、第二に、再開発の方法について歴史的文化的建造物としての旧市庁舎の保存などの制約を課すことの是非、第三に、旧市庁舎の建物と土地を一体で売却するのか、建物を売却して土地は定期借地とするのか、という点である。

この3点について、横浜市民や地域社会の要請に最も良く応えられる判断を、市長として行うべきであり、その判断について市長として丁寧に説明を行うことが必要となる。

まず、第一については、再開発自体を否定し、歴史的建造物である旧市庁舎は維持コストを負担してもそのまま保存する、という選択肢もあったであろう。しかし、林前市長時代に再開発計画が決定され、事業計画が公募され、事業者も決定されて、後は契約をするだけという段階に至っている。それを、市長選挙の結果、市長が交代したことに伴って、白紙に戻すことが可能かどうか、それが可能だとして、それによって、どのような損失・デメリットが生じるのか。市がそのような損失を負うことになっても、契約を白紙に戻すという選択肢があり得るのかという問題である。

そのような再開発の是非についての横浜市の決定に、「住民自治」の観点から問題がなかったとは言い難い。そういう意味では、根本的に再開発の是非を問い直すことが必要という考え方もあるだろうが、その場合は、これまで前市長時代の横浜市が長期間にわたって進めてきた再開発計画について市としての責任が問題となる。その責任の程度が、小池知事が、都知事就任後、突然、延期を決定した築地市場の豊洲市場への移転のように、都にそして都民や関係者に重大な負担を生じさせることになるのか、横浜IRの撤回のように、横浜市民に大きな不利益を生じさせることなく、撤回することができるのか、その点の見極めと判断が必要であり、その点について市民への十分な説明が重要となるのである。

第二については、再開発を実施するとして、市の財源確保と文化的施設の保存のいずれを重視するのかという問題である。前者を重視するのであれば、得られる収入を可能な限り多くして、市民が必要としている他の事業の経費に充てるべきということになる。林前市長時代の横浜市では、いくつかの事業計画の中から、歴史的建造物として旧市庁舎行政棟を保存するという案が採用されたのであるが、市長交代によって、それを見直し、変更する方向で事業者側と交渉することは不可能ではないと考えられる。少なくとも、契約をすべて白紙撤回するのと比較すればハードルが低いであろう。

第三の点は、第二の点の判断と関連する。旧市庁舎の建物と土地を一括して売却すれば200億円近くの市の収入が得られることになるが、旧市庁舎の歴史的文化的建造物としての保存を重視するのであれば、建物を売却し、土地は定期借地として、市と事業者との契約関係を残しておくべきということになる。そうなると、利用条件の制約を受ける建物の売却価値は極めて安価なものとなり、定期借地の賃料もその分低いものとならざるを得ない。

「7700万円」の売却価格に問題を単純化することの誤り

要するに、「7700万円」という旧市庁舎建物の売却価格は、上記の3点についての判断が積み重なった結果であり、表面的に売却価格だけを取り出して、それが「安過ぎる」という話ではないのである。ところが、市長就任後の、市議会での答弁で、山中氏は「建価格の算定の仕方の妥当性を検証」という点を強調した。何が問題なのかという点について整理ができないまま、「建物の売却価格」の問題に絞る形で踏み込んだ答弁を行ったところに、この問題をめぐって一層混乱が拡大した原因がある。

そもそも、上記第一で再開発を是認し、第二で、文化的施設の保存の方針をとるということで事業計画を選定している以上、旧市庁舎の建物は、事業者側にとっては「負担」にしかならない。建物がほとんどゼロに近い経済的価値しかないというのは、ある意味では当然であり、不動産鑑定をいくらやっても結果が変わることはない。

会見で紹介された2者検証の内容は、課される条件を前提にすれば「常識の範囲内の意見」に過ぎず、市長自身がそう説明すればよい話だった。それにかかった費用130万円は、全く無駄な支出だと言わざるを得ない。

市長として何を行うべきか

市長として行うべきことは、第一、第二、第三についての市長としての考え方と判断を述べ、方針の変更が可能で、それが必要だと判断するのであれば、そのために最大限の努力を行うことであり、それについて市民に理解納得してもらえるよう、説明を尽くすことだった。

横浜市には、これだけでなく、米軍瀬谷通信基地跡地での2027年の国際園芸博覧会(花博)の開催、テーマパーク開発に伴う相鉄線瀬谷駅付近と跡地を結ぶ新交通システムの建設の是非など、市長としての判断が求められる大規模事業が他にもある。

旧市庁舎売却問題は、選挙中、「住民自治」を前面に掲げて当選した山中氏にとって、市長就任直後に、いきなり「真価」が問われる事態となった。市民への説明の前に契約を完了したことで、この問題は、横浜市にとって形式上は「既定の案件」になったと言えるだろう。しかし、それに至る前市長時代からのプロセスを改めて振り返り、今回の市長としての対応について反省すべき点は反省し、市民との対話を図らなければ、市長と市民との距離は一層離れてしまうことになりかねない。

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