安倍元首相殺害・山上容疑者の「鑑定留置」、考え得る理由と影響

鑑定留置とは

安倍晋三元首相が奈良市で参議院選挙の街頭演説中に銃撃されて死亡した事件で、逮捕された山上徹也容疑者について、7月25日から11月29日までの約4か月間、鑑定留置が行われることになった。

鑑定留置とは、被告人または被疑者の心神や身体に関する鑑定をさせるにあたって、必要がある場合に、裁判所が、期間を定めて被告人または被疑者を病院その他の場所に留置することであり、多くは、刑事責任能力の有無(心身喪失であれば無罪)・程度(心身耗弱であれば刑の軽減)についての鑑定のために行われる。

山上容疑者は、母親が入信した宗教団体「世界平和統一家庭連合(旧統一教会)」への恨みから、同連合とつながりがあると思った安倍氏を襲撃したと供述しており、長期間にわたる武器製造や事件直前の下見など、綿密な計画の下に行われた一方で、関連団体の行事に安倍氏が寄せた動画メッセージを視聴して安倍氏に対する殺意を抱いたという殺害の動機が飛躍している、というのが、責任能力の有無を調べる鑑定留置を行う理由と説明されているようだ。

しかし、山上容疑者が供述している犯行動機のうち、「母親が旧統一教会にのめり込み破産、実兄の自殺、家族崩壊に至ったことで、教団に激しい恨みを持った」という点までは十分に理解可能である。問題は、「それによって教団のトップに対して抱いた殺意が安倍氏への殺意に転化した」点だが、「動画メッセージ」といっても、単なるビデオメッセージではなく、関連団体の「天宙平和連合」の国際的行事で、「基調演説」として「リモート登壇」したものだ。それを見た山上容疑者が、首相退任後も大きな政治権力を持つ安倍氏が基調演説を行うことで、自分の家庭を崩壊させ人生を破壊した旧統一教会が政治的な「お墨付き」を得たともいえ、その反社会的行為に対して国が厳しい対応をとることが絶望的になったと考えたとしても、決して不自然なことではない。

殺人を犯す人間の精神状態は、程度の差はあれ、正常の範囲を超えたものがある場合が多い。そういう意味では、殺人犯について精神鑑定の必要がある場合も多いだろう。

山上容疑者の犯行が、長期間にわたる綿密な計画の下に行われたことからすると、責任能力に関して疑義が生じ、公判で弁護人が心神喪失・心神耗弱などを主張したとしても、認められる可能性は低い。検察官として起訴前に鑑定留置を必要としたのは、むしろ、山上容疑者が自作銃等による殺人を計画し実行するまでの長期間にわたる心理の経過について、精神科の専門医の視点から専門的知見に基づく分析をしてもらい、その結果を、山上容疑者の取調べや刑事処分の参考にしたいということのように思える。

それにしても、鑑定留置の期間は一般的には2、3カ月程度であり、鑑定医側から延長の必要性があると判断した場合に延長されるのが通例だ。それと比較して、当初から4カ月という期間は、かなり長い。

そのように考えると、今回の鑑定留置には、「責任能力について専門医の判断を求める」という本来の目的以外の他の事情も関係しているように思える。

捜査に要する期間の問題

まず、安倍氏殺害事件の起訴までの「捜査の期間」の問題だ。

この事件は、犯行が公衆の面前で行われ現行犯逮捕されたもので、安倍氏殺害の外形的事実に争いはない。とは言え、「1年以上かけて自作銃の作成に取り組み、完成させ、山中で試し撃ちを繰り返し、安倍氏の行動を把握して犯行に及んだ」という「犯行に至る経過」について、被疑者から詳細に供述をとった上で、その経過全般について詳細に裏付け捜査を行うのには相当な時間を要する。

一方で、遺体の司法解剖で死因を特定し、発射された銃弾すべての確認と、自作銃から発射されたものであることの特定を行う必要がある。一部には、「山上容疑者の銃撃と同時に、別方向から狙撃された可能性」を唱える極端な見方もあるので、その可能性を否定するためにも、遺体の状況が、自作銃による銃撃と完全に符合することが必須であり、その点の確認も徹底して行われるはずだ。

そして、被疑者が供述する「動機」について、旧統一教会への「恨み」の形成と、それが安倍氏への殺意に転化した経過に関して、教団側からの聴取、安倍氏が関連団体に動画メッセージを依頼されて送付した経過、それが、被疑者の知るところになった経緯等も解明し、殺害の動機に関する供述についても詳細な裏付け捜査を行う必要がある。

このような膨大な捜査を、逮捕後の警察・検察の手持時間の72時間・当初勾留の10日・延長後の10日、の合計23日間で全て終えて起訴する、というのは至難の業だ。捜査のための時間が不足することは否めない。

マスコミとの接触の問題

そして、このまま起訴がすべて完了すると、もう一つの問題が考えられる。

起訴が完了すれば、それ以降、弁護人以外との接見も可能となる(現在はおそらく接見禁止であろうが、山上容疑者について、「起訴後の接見禁止」の理由は考えにくい。)。

そうなると、マスコミ関係者等が面会を希望し、山上容疑者の側も、供述している犯行動機からすると、積極的に応じてマスコミに発言する可能性もある。現在、警察の情報として報じられている犯行動機が、山上容疑者からマスコミが直接聞き出した内容として伝えられ、報じられることになると、安倍元首相の「国葬儀」をめぐる議論にも影響を与えかねない。

その点、4カ月にわたる鑑定留置の期間というのは、弁護人以外との接見は行えないので、マスコミと山上容疑者を確実に遮断することができる。

「鑑定留置が行われること」が世の中に与える影響

山上容疑者の犯行動機についての供述が警察からの情報で明らかになったことで、旧統一教会に対する批判、自民党を中心とする政治家と教団との関係がメディアで連日取り上げられており、安倍氏が、関連団体の国際的な行事での「基調演説」に「リモート登壇」し、旧統一教会との関係を隠さなくなったことが、犯行の決定的な引き金になったとの見方も広がりつつある。

政府は安倍氏の「国葬儀」を閣議決定したが、国民の間には国葬に反対する意見も多く、今後、国を二分する論争になりかねない(【安倍元首相「国葬儀」が抱える重大リスクに、岸田首相は堪え得るか】)。安倍元首相が殺害された事件の「真の動機」は、国葬をめぐる議論にも大きく影響することとなる。そのような状況で、国葬の閣議決定とほぼ同じタイミングで、山上容疑者について精神鑑定のための鑑定留置の実施が報じられた。

鑑定留置は、あくまで、刑事処分を行うための必要性から行われるものであり、国葬儀をめぐる議論等に関する政治的配慮から行うなどということはないと信じたい。しかし、もし、山上容疑者について長期間にわたる鑑定留置が行われることによって、安倍元首相殺害事件が「精神障害者の犯行」のような認識につながるとすれば、安倍元首相の「動画メッセージ」が山上容疑者の犯行の引き金になった点に対する関心が希薄化し、それが、安倍元首相国葬をめぐる議論にも影響することになる。

既に述べたように、今回の山上容疑者が安倍元首相を殺害した行為について、刑事裁判で責任能力が大きな問題になる可能性は低い。今回、4カ月もの期間、鑑定留置が行われることの背景には、本来の目的以外の様々な事情がある可能性もあるのであり、鑑定留置が単純に「精神障害」に結び付けられることがないよう十分な留意が必要だ。

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