昨年7月1日、松本整氏が公益財団法人日本自転車競技連盟(以下「JCF」という。)に対して提起したに地位確認及び損害賠償請求の訴訟について、3月27日、和解が成立した。(毎日新聞【自転車:競技連盟 代表総監督の解任決議撤回で和解】)
この訴訟は、2011年からJCFのナショナルチーム総監督を務めていた松本氏を、JCFが昨年6月4日に理事会で解任決議を行って解任したこと対して、松本氏が、自らが総監督の地位にあることを確認すると共に、JCFの松本整に対する数々の不法行為(理事会による違法な解任決議、同決議等のマスコミへの情報リーク等)に対する損害賠償を求めた訴訟だった。
昨年6月の当ブログ【東京五輪に向けての選手強化を阻む“競技団体のガバナンス崩壊”】でも述べているように、公益財団法人たるJCFにとって、税金を投入して、ナショナルチームの強化を行い、国内外への大会へ参加する以上、ワールドカップやオリンピックでメダルを継続的に獲得できるよう、ナショナルチームの組織的な強化を行うことは、社会的使命である。JCFの前会長の故富原忠夫氏は、そのような認識から、競輪を知り尽くし、プロスポーツ選手のトレーナーとしても活躍し、科学的トレーニングの造詣も深い松本氏にナショナルチーム総監督就任を要請した。
松本氏は、リオデジャネイロオリンピックまでの長期的な計画に基づいて、責任を持って選手強化に臨むため、契約期間内は解任されないことを条件に総監督就任を受諾し、2011年に、総監督に就任したものだった。委託契約書にも、解任できないとの条件が明記されている。
ところが、このように斬新な方法でナショナルチームの選手強化を真摯に推進する松本氏を疎む勢力が、チームとしての組織的な情報管理や科学的なトレーニング手法に対する反発などもあって、松本総監督を引きずりおろそうと画策し、理事会における「数の論理」で、契約を無視した不当な解任決議を行ったのである。
それに対して、松本氏が、「自分の推進してきた改革を支持してくれた人々のために、自転車競技連盟における、法や契約を守る健全な組織運営を回復し、正常化する」ことを目的として提起したのが今回の訴訟である(松本氏は、訴訟提起時に、自らのホームページにコメントを公表している。⇒【http://tetsujin.tv/pop/20140611.pdf】)。
今回の和解の主な内容は、以下の3点である。
① JCFは、松本整の総監督解任決議を撤回する。
② 松本整とJCFは、本日をもって、総監督の委嘱契約を終了させることに合意した。
③ JCFは、この訴訟及び和解を契機として、コンプライアンス体制の強化を推進する。
和解条項の詳細については、既に、JCFのホームページの新着情報欄に掲載されている。
①の「解任決議の撤回」に関しては、「松本整氏を2016年度まで総監督の職から解任できない旨合意しているにもかかわらず、2014年6月4日に開催された本連盟の理事会で松本整氏を総監督から解任する決議をすると共に、松本整氏に対し、総監督から解任する通知したことにつき遺憾の意を表する」ことも和解条項に含まれており、「解任できない旨の合意に反して行われた解任決議」が、JCFとして行われるべきではなかったことを認めた上で解任決議を撤回するものである。公益財団法人の理事会決議が10ヶ月後に撤回されるという異例の事態となった理由も、それによって理解できるのである。
また、③のコンプライアンス体制の強化も、この「訴訟及び和解を契機として」行われるものであり、連盟のコンプライアンス体制に問題があったことが、「解任決議の撤回」という異例の事態を引き起こした原因となったことを事実上認めるものと言えよう。
解任決議の撤回で総監督の地位を回復した松本氏は、②によって連盟との合意で契約を終了することになり、ナショナルチームの総監督として今後、選手の指導育成に当たることはなくなった。
昨年6月の契約を無視した不当な解任決議の後、JCFでは、既に新体制でナショナルチームの指導育成を行っている。現時点で松本氏が総監督としての職務に復帰することは事実上、不可能であった。そして、松本氏は、当初から、「ナショナルチームの強化に貢献したいという思いは変わっていないが、総監督の地位にしがみつく気持ちはなく、連盟に対して金銭的要求を行うことも目的ではない」と明言していた。
「JCFが契約を無視した違法なやり方を強行してきたことに対して、それに屈することは、自転車競技の世界のみならず、広くスポーツの世界に重大な悪影響を生じさせると考え、あらゆる法的措置を講じて、連盟と戦う」と宣言していた松本氏は、上記の和解条項で、本訴提起の目的を達成できると判断し、今回の和解に応じることにしたものである。
(松本氏のコメント⇒【http://tetsujin.tv/pop/20150327.pdf】)
あらゆる法的措置を講じることによって、JCFを、法や契約を守る健全な組織運営が行える組織に生まれ変わらせることを目指してきた松本整氏の戦いは終わった。
今後、松本氏の戦いによってJCFにもたらされた「解任決議の撤回」という事実を、JCFの組織内部においてどのように受け止め、どのような措置を行うのか。本件訴訟及び和解を契機とするコンプライアンス体制の強化が、形式的なものにとどまらず、公益財団法人として当然に必要とされるコンプライアンスを実現すべく徹底して行われるのかどうかなど、多くの課題が残された。訴訟提起直前に出したブログ【自転車競技連盟総監督解任決議問題、連盟の混乱極まる~「解任理由不明の“解任決議”」の責任は誰が負うのか~】で指摘したことが、今回の和解による「解任決議の撤回」で改めて現実の問題となるであろう。
今後のJCF組織の抜本改革の行方を、今回の訴訟で原告代理人を務めた私も、松本氏とともに、関心を持って見守っていきたい。