「尖閣船長釈放問題」、検察に責任を押し付けた菅政権、総括なくして野党の復活なし

本日(9月8日)付けで、産経新聞が、

前原誠司元外相が、2010年9月7日に尖閣諸島沖の領海内で発生した海上保安庁巡視船と中国漁船の衝突事件で、当時の菅直人首相が、逮捕した中国人船長の釈放を求めたと明らかにした。旧民主党政権は処分保留による船長釈放を「検察独自の判断」と強調し、政府の関与を否定してきたが、菅氏の強い意向が釈放に反映されたとみられる。

と報じている。当時の外務省幹部も「菅首相の指示」を認めたが、菅氏は、取材に「記憶にない」と答えたとのことだ(【船長釈放「菅直人氏が指示」 前原元外相が証言 尖閣中国漁船衝突事件10年 主席来日中止を危惧】)。

この尖閣中国船船長の釈放の問題については、当時、私は、検察の対応と、民主党政権の政府の対応を徹底して批判した。

刑事事件については、警察・海上保安部等の第一次捜査機関が、犯罪の立証のための十分な証拠収集を行い、検察が、犯人の身柄の拘束及びその継続の必要性の判断を含め、事案の重大性・悪質性に応じた刑事処分に向けての対応を総括する。

しかし、外交関係に絡む問題については、そのような刑事司法上の判断とは別に、内閣として適切な外交上の判断を行い、それに基づいて最終的な刑事処分を決定することが必要な場合もある。この種の事案に対しては、国家としての主権を守るとともに、他国との適切な外交関係を維持するための判断が求められるが、これは、刑事司法機関の所管外の事項であるため、内閣が政治責任に基づいて判断をすることになる。その場合、刑事事件としての対応や処分に外交上の判断を反映させるために活用されるべき制度が、内閣の一員である法務大臣の検事総長に対する指揮権(検察庁法14条但書)である。検察は、外交上の判断が必要な事件と判断すれば、法務大臣に「請訓」という形で指示を仰ぐことになる。

尖閣の中国漁船の衝突事件は、外交上の判断が必要な事件だったのであるから、刑事司法機関が勾留・起訴という厳正な刑事処分に向けての対応を行う一方、内閣としては、外交関係を踏まえてその刑事処分に向けての対応を変更する必要性を判断し、必要があれば、それを法務大臣指揮権の発動という形で、内閣の責任を明確にして実行すべきであった。

ところが、この事件では、中国船船長の釈放が決定された際の会見で、那覇地検次席検事が「最高検と協議の上」と述べた上で、「日中関係への配慮が、釈放の理由の一つである」かのように述べた。つまり、この事件での「船長の釈放」という検察の権限行使において、検察が組織として外交上の判断を行ったことを認めたのである。そして、このような、検察が外交問題に配慮したかのような説明に対し、当時の仙谷官房長官は「了とする」と述べた。

この検察の対応が、検察独自の判断だとは考えられなかった。検察としては、厳正な刑事処分に向けての対応を粛々と進めていたはずだ。船長の釈放は当時の内閣の判断によるものであることは、誰の目にも明らかであった。ところが、外交関係への配慮も含めて、すべて検察の責任において行ったように検察側が説明し、内閣官房長官がそれを容認する発言をした。それによって、検察の刑事事件の判断についての信頼が損なわれる一方、内閣が負うべき外交上の責任は覆い隠されてしまった。

しかし、今回、前原氏が明らかにしたところによると、当時の菅首相が釈放を指示したとのことであり、検察の釈放措置は、菅首相の指示によって行われたものだということになる。船長を逮捕した海上保安部を所管する大臣だった前原氏としては、菅首相の指示によって海上保安部としての摘発を無にされたと言いたいのだろう。

尖閣諸島をめぐっては、その後、2012年8月に、香港の活動家らによる尖閣諸島不法上陸事件が発生した。この時の民主党政権の対応も弱腰そのものであった。その際も、民主党政権下の政府と検察の弱腰の対応を批判した。以下は、産経新聞に「【領土を考える】主権侵害は逮捕・起訴を」と題して掲載された拙稿の一部だ。

 香港の活動家らによる尖閣諸島不法上陸事件で、沖縄県警は入管難民法違反(不法入国)容疑で逮捕した中国人を検察庁に送致せず、入管当局に引き渡し、活動家は強制送還された。

 今回の措置は同法65条の「他に罪を犯した嫌疑のないときに限り…入国警備官に引き渡すことができる」との規定によるが、その趣旨は不法就労など単純事案は国内法で処罰するより、早急に国外退去させ違法状態を解消するほうが法の趣旨に沿うためだ。今回のように日本の領土や主権を侵害する目的での確信犯的な不法上陸事案は、極めて悪質な刑事事件として当然、逮捕、起訴すべきだった。

 問題なのは、今回の措置が同法の規定に基づく「刑事事件としての当然の措置」のように説明されていることだ。この種の事件に厳正な刑事処分を行わない判断が「当然の判断」とされるなら、わが国はもはや国家としての体をなしていないと言わざるを得ない。

このような民主党政権時代の、尖閣列島をめぐる中国人の不法事案に対する日本政府の対応は、全くの弱腰で論外であった。しかも、中国人船長の事案については、菅首相の判断で船長を釈放させたにもかかわらず、それが、あたかも、検察の判断であるかのように検察に説明させて「隠蔽」していたのである。それを行わせた菅首相も論外だが、当時、菅首相の不当な指示に、国交大臣として異を唱えることなく唯々諾々と従っておきながら、今になって、自分は菅首相の不当な命令を受けた被害者であるかのように語る前原氏の態度も信じ難いものだ。

一連の不当な対応について、未だに、総括も反省もせず、安倍政権の批判ばかりを行ってきたために、旧民主党出身者を中心とする野党は国民に支持されず、「安倍一強」の政治状況を8年近くも続けさせることにつながったのである。

現在も、菅氏は立憲民主党に所属し、昨日、公示された合流新党の代表選で、枝野氏の選対本部の顧問に名を連ねている。一方の、前原氏は、国民民主党に所属し、玉木雄一郎氏が中心となる新党に加わるとのことだ。

このような野党のままでは、菅義偉氏が総裁となった後の自民党に対抗できるはずもなく、「菅一強」状態になってしまうことは必至だ。

自民党新総裁には、安倍政権の徹底検証が必要であることは言うまでもないが、野党の側も、政権を担当した時の組織の病根を放置したままでは、政権奪還など「夢のまた夢」である。

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河井前法相現金供与事件の真相は、「安倍政権継承」新総裁にとって重大なリスク

8月28日の記事【“崖っぷち”河井前法相「逆転の一打」と“安倍首相の体調”の微妙な関係】で、河井克行前法相、案里参議院議員の公選法違反事件の初公判での検察側、弁護側の冒頭陳述等に基づき、安倍首相が厳しい選挙情勢を認識し、参院選に向けての党勢拡大、案里氏支持拡大のための政治活動の資金を県政界有力者に提供することを了承していた可能性があることを指摘し、その事実が、河井夫妻公判で表面化する恐れがあることが安倍首相の体調悪化の大きな原因になっている可能性を指摘した。

同日夕刻、安倍首相は、持病の再発を理由に首相辞任を表明し、世の中の関心は、次の首相を事実上決めることになる自民党総裁選挙の行方に集中している。今回の総裁選は、党員投票は行わず、国会議員票と都道府県代表票で行うことが決定され、9月8日公示、14日投開票で実施されることが決まっているが、自民党主要派閥が相次いで菅義偉氏支持を表明し、菅氏が新総裁に選出されることは確実な情勢となっている。

しかし、ここで忘れてはならないのは、克行氏と菅氏が深い関係にあることだ。2012年9月の自民党総裁選では、克行氏が事務局長、菅氏が顧問を務める「きさらぎ会」の活動が安倍氏勝利に貢献した。2018年1月には、克行氏が中心となって、菅氏を囲む勉強会「向日葵(ひまわり)会」を立ち上げ、19年7月の参院選当選後に、案里氏にも同会に入会させた。同年9月、克行氏が法務大臣として入閣した際も、菅氏の推薦によるものと言われていた。

第二次安倍政権において、菅氏は官房長官、岸田氏は外務大臣・自民党政調会長として、共に安倍政権を支えてきた重鎮だが、二人の間では、2018年秋頃から、ポスト安倍における権力の争奪が生じていた。

2019年参院選広島選挙区で案里氏が当選し、岸田文雄氏の派閥の重鎮の溝手氏が落選したことは、安倍氏が総裁・首相の座を「禅譲」したい意向だったとされていた岸田氏にとって大打撃となった。それは、今回の自民党総裁選挙で、菅氏が圧倒的に優勢になっていることの伏線の一つと言える。

克行氏が、県政界有力者に対して多額の現金供与を行い、それが刑事事件に発展した背景には、安倍首相の溝手氏への個人的な感情とともに、菅氏と岸田氏の安倍首相の後継をめぐる対立もあったと考えられるが、今後の河井夫妻事件の公判の展開如何では、克行氏が、これらの背景も含めて「事件の真相」を供述せざるを得ない状況に追い込まれる可能性もある。

そういう意味では、今、東京地裁で行われている河井夫妻事件公判は、菅氏優位は動かないとされる自民党総裁選と早期の解散総選挙も取り沙汰されるその後の政局にとって、最大の「攪乱要因」だと言えよう。

案里氏が広島選挙区自民党2人目として参議院選に出馬した経緯

今回の河井夫妻の公選法違反事件というのは、現職の国会議員自身が、参議院選挙で当選を得るため、広島県の議員・首長等の政界有力者等に、直接、多額の現金を配布したという、大胆不敵で露骨な行為が行われたとされる事件である。

なぜ、このような「国会議員自身が」「現金を」配布する行為に及んだのか、そこには、この案里氏の出馬をめぐる「特殊な状況」がある。

自民党本部では、2018年11月頃から、19年7月の参議院選挙で広島選挙区に2議席独占をめざして2人目の候補を擁立しようとする動きを本格化させた。11月28日、自民党の甘利明選対委員長は、党本部で広島県連会長の宮沢洋一元経済産業相と会談し、「何とか2人目の擁立をお願いしたい」と要請した。

同様の参議院2人区は、広島の他に、茨城、京都、静岡があったが、このうち、前回選挙まで自民党と野党が1議席を分け合い、自民党が、野党候補にダブルスコアで圧勝し、共倒れの恐れもないという点で共通しているのが広島と茨城だった。この頃、自民党本部が、広島、茨城の両選挙区で2人目の候補擁立を模索しているかのような報道もあったが、実際には、茨城選挙区では、2人目の候補者の擁立の動きが現実化することはなく、党本部は、2人区での2人目の候補擁立を強く求めていたのは、広島選挙区だけだった。

これに対して、自民党広島県連側は、98年参院選で亀井郁夫氏と奥原信也氏の2人が立候補し、県連の組織が分裂し、大きな禍根を残したことなどもあり、2人目の擁立には強く反対していた。

2019年2月19日、甘利選対委員長は、自民党の岸田文雄政調会長と国会内で会談し、同年夏の参院選広島県選挙区に向けて現職の溝手氏のほか2人目を擁立することについて理解を求めた。この際、広島県選挙区の2人目の候補者として薬師寺道代参議院議員、広島県議会議員の河井案里氏の名前が挙がったが、その後、愛知2区を地盤とする田畑毅衆議院議員が準強制性交容疑で刑事告訴され、3月1日に衆議院議員を辞職したため、薬師寺氏は田畑氏の後任を狙うこととなった。3月2日、自民党は河井を擁立する方針を固め、同年3月12日、案里氏が、参議院選挙の広島選挙区の自民党公認候補としての立候補を表明し、20日に出馬の記者会見を行った。案里氏は、県議を辞めてミラノにファッションの勉強をしに行こうと思っていたとも報じられている。案里氏側は、もともと参議院選に立候補の意思はなく、自民党本部からの要請で、克行氏がこれに応じたという経過だったようだ。

自民党県連応援拒絶で厳しい選挙情勢

案里氏は、2019年参院選の広島選挙区の2人目の自民党公認候補として出馬表明したのであるが、常識的には、この出馬はかなり無謀なものであった。

安佐南区選出の広島県議会議員だった案里氏が2015年の県議会議員選挙で獲得した票数が2万700票余り、その安佐南区を含む衆議院広島3区選出だった克行氏が前の選挙で得た票が約8万票であり、参議院広島選挙区での当選のために最低でも必要となる25万票程度の票には遠く及ばなかった。

しかし、広島県連は、溝手氏支持で一本化されており、案里氏を一切応援しない方針を明らかにしていたため、広島県内の自民党系政治家の支援を得ることは困難だった。

このような状況に関して、克行氏の弁護人冒頭陳述では、以下のように述べている。

通常、広島県連では、参議院議員選挙が近づくと、衆参国会議員が立候補予定者あるいは候補者のもとに、数名の秘書を派遣して、党勢拡大活動や地盤培養活動などの政治活動の支援をし、選挙運動期間中には選挙運動の応援等をしていた。また、県連の要請により、広島県連職員、各種支持団体の関係者なども派遣されて同様の活動を行っていた。

これに対し、案里については、公認が大幅に遅れたため、周知のための政治活動期間・立候補のための準備期間が明らかに不足していたが、広島県連からの上記のような人的な支援が得られなかったことから、後援会の設立や組織作り、後援会員の加入勧誘、政党支部の事務所立上げなどの政治活動や選挙運動に従事することとなる人員確保など体制作り自体に苦労する状況にあり、必然、県議、衆議院議員として長い政治家としてのキャリアを有する被告人が、その人脈を頼って、それら案里のための活動を行わざるを得なかった。

そして、それに続いて、

公認を受けた候補者は、選挙区に該当する支部を割り当てられ、党勢拡大・地盤培養等の政治活動を行うとともに、政党支部事務所を立ち上げて、後援会活動を行うなどして、その存在と人柄を周知し、自らの信条・政見を浸透させていくものであるところ、平成31年3月以降、被告人及び案里らが行ってきた諸活動は、正にこうした政治活動にほかならない。

と述べている。

つまり、参議院広島選挙区の自民党公認候補なのに自民党広島県連の組織の応援が全く得られないという「特殊な状況」にあったことから、県議、衆議院議員として長い政治家としてのキャリアを有する克行氏が、その人脈を頼って案里氏の支持拡大ための「諸活動」を行うにも、大きな制約があったのである。

克行氏の行為について、国政選挙に際して「国会議員自身」が「現金」を供与したことが、「あり得ない行為」と批判されているが、それは、上記のような「特殊な状況」にあったからであり、資金の性格は、一般的な自民党公認候補の選挙の場合と異なるところはないというのが、克行氏の弁護人の主張なのである。

では、なぜ、そのような厳しい情勢であったのに、克行氏が、妻の案里氏を2人目の自民党公認候補として出馬させることを決意したのか。なぜ、国会議員自身が現金を配布して回るという露骨な行為に及んだのか。

その背景として考えられるのは、それぞれ、2人目の候補に出馬させ、当選させることで、現職の溝手氏に対抗馬を立て、できれば落選させようとする動機があった安倍氏と菅氏が、克行氏に、案里氏の出馬を要請したことが推測される。

安倍晋三氏と溝手顕正氏との確執

まず、安倍氏にとっての動機である。

第一次安倍政権下の2007年7月の参院選で、安倍首相率いる自民党は小沢民主党に惨敗した。当時防災担当大臣だった溝手顕正氏は会見で、続投の意向の安倍首相について、「首相本人の責任はある。本人が言うのは勝手だが、決まっていない」と痛烈に批判した。その後の9月に、安倍氏は、突然、首相を辞任する「政権投げ出し」に至る。

そして、2009年9月の総選挙で自民党は民主党に惨敗、民主党政権発足後の、2010年、溝手氏は、参議院自民党幹事長に就任した。

2012年2月、溝手氏は、記者会見で、消費税増税関連法案への賛成と引き換えに衆院選を迫る「話し合い解散」に言及した安倍晋三元首相に関し「もう過去の人だ。主導権を取ろうと発言したのだろうが、執行部の中にそういう話はない」と述べた。

安倍氏は、同年9月の総裁選挙で、自民党総裁に就任し、同年11月の総選挙で自民党が圧勝し、第二次安倍政権が発足したが、上記のような経緯から、安倍氏は、溝手氏に、強い恨みを持っていたとされている。

定員2の広島地方区の選出では、自民党1、野党1で議席を分け合う展開が続いており、2013年7月の参議院選挙でも、溝手氏の当選は確実とみられていた。安倍氏は、その広島地方区に、2人目の候補を立てることを、当時の自民党幹事長の石破茂氏に提案したが、石破氏の反対で断念した。5期目の当選を果たした溝手氏は、自由民主党参院議員会長に選出されたが、選挙後の参議院議長就任が有力視されていた2016年7月の参議院選の直前に、失言問題などを理由に会長を更迭され、同年8月、3期目の伊達忠一が参議院議長に就任した。

2019年7月の参議院選挙で、溝手氏が6期目の当選を果たせば、伊達氏の後任の参議院議長就任は確実とみられていた。その時点では当選7回の山東昭子氏が最多だったが、山東氏は比例区選出で、「比例区の70歳定年制」の関係で公認困難とみられていたのが、同選挙で定年制が棚上げされて山東氏も公認されたもので、溝手氏が当選すれば、山東氏が参議院議長に就任することはなかった。

参議院議長は、内閣総理大臣にとって「同格」とも言える地位であり、積年の恨みのある溝手氏が、参議院議長に就任することは耐え難いことであり、何としても阻止したかったものと思われる。

菅義偉氏と岸田文雄氏との確執

次に、菅氏にとっての動機である。

菅氏は、第2次安倍政権の官房長官を務めたが、安倍首相の後継候補としては、岸田氏が筆頭と目されていた。2018年9月の総裁選挙でも、岸田派内では岸田氏に出馬を求める声も強かったが、それを抑えて、出馬を断念したのも、安倍退陣後の後継指名を狙ったものとされていた。一方の菅氏は、2019年4月1日、官邸での記者会見で、「新しい元号は『令和』であります」と発表したことで、「令和おじさん」として注目され、5月上旬には、官房長官としては異例の訪米を行い、アメリカ政府首脳と会談したことで、安倍後継候補の一人として注目されるに至った。この頃から、岸田氏と菅氏の対立が取り沙汰されるようになった。

2019年7月の参議院選挙で、案里氏が広島選挙区の2人目の候補として出馬表明をし、選挙に向けての活動を開始したのが、ちょうど同じ時期であり、現職の溝手氏が、岸田派の重鎮、案里氏の夫の克行氏が、前記のとおり、「きさらぎ会」を通じて菅氏と関係が深いことから、この選挙戦は、菅官房長官VS岸田政調会長の「代理戦争」とも言われ、その結果、案里氏が当選し、溝手氏が落選したことで、岸田氏はポスト安倍の争いで大きく後退したと言われた。

そして、同年9月の内閣改造では、克行氏が法務大臣、菅原一秀氏が経産大臣として入閣し、菅氏の政治権力は一層高まったとみられていたが、同年10月に、いずれも週刊文春の記事による疑惑追及によって大臣辞任に追い込まれた。この菅氏と親しい大臣の連続辞任の背景には、岸田氏と開成高校の同窓の北村滋氏の暗躍があったなどとの憶測もあった。

そして、この菅氏と岸田氏の安倍後継をめぐる争いは、安倍首相辞任表明の後、二階自民党幹事長が、いち早く「菅支持」を打ち出し、安倍首相が岸田氏への後継指名をしなかったことから、総裁選では菅氏優位は動かない情勢となっている。

案里氏当選をめざすために何が必要だったのか

安倍氏には、溝手氏に対する積年の恨みがあり、その溝手氏が、それまでの選挙と同様に、野党と2議席を分け合う楽な選挙で当選し、参議院議長にせざるを得ない事態は何としても避けたかったはずだ。一方の菅氏は、案里氏を出馬させ、岸田派の重鎮の溝手氏を落選させれば、安倍首相後継争いで岸田氏に対する優位を強烈にアピールできる。そういう意味で、安倍・菅両氏には、案里氏を2人目の候補として出馬させて当選させ、溝手氏を落選させようとする十分な動機がある。

県連の応援が一切受けられないという厳しい状況で、克行氏が、妻の案里氏に参院選出馬に応じさせることにしたのは、安倍氏、菅氏からの要請があったからであり、また、そのような厳しい状況において、案里氏をどうやって当選させるのかについて、具体的な方法についても、安倍氏・菅氏それぞれと十分な話合いが行われ、可能な限りの支援の約束が得られ、当選の見込みも十分にあると判断したからこそ、案里氏に出馬させることを決意したはずだ。

では、案里氏が参院選に出馬表明したこの時点で、当選をめざす活動を行っていくことに関して、どのようなことが必要だったのか、実際に、どのようなことが行われたのか、当時の状況を踏まえて考えてみよう。

案里氏が出馬表明した2019年3月の段階で、当選をめざすための実質的な活動として、以下のようなことを行う必要があった。

(1)選挙に向けての政治活動の拠点の設置、案里氏の知名度を高めるためのポスター、パンフレット、チラシ等の印刷配布

(2)克行氏の選挙区である広島3区で、自己の地元支持者の案里氏への支持を確実なものとし、参議院選挙に向けての支持拡大のための集会・会合を開くなどの活動してもらうこと

(3)広島3区以外の県内の議員・首長等の政界有力者に、案里氏への支持・支援を要請すること、県内全域での案里氏の支持拡大のための集会・会合等の政治活動に協力してもらうこと

(4)県内の有力な企業・団体に、案里氏支持・推薦を依頼すること

(5)公示日以降の「直接的選挙運動」のための選挙事務所の設置、選挙運動用の車両の確保、電話等の設置、運動員の雇用

克行氏・案里氏の支持票だけでは、当選に必要な票数とはかけ離れており、広島県連から案里氏の応援が一切受けられないという状況で、当選をめざすためには、上記(1)~(5)は最低限必要であり、これらが実際に行われたからこそ、案里氏が当選できたはずだ。 それに加えて、

(6)自民党と連立を組む公明党の組織票を、案里氏に重点配分してもらうこと

が、当選のために極めて有効だった。前回の参議院選では、公明党支持者が投票する自民党候補者は溝手氏しかいなかった。公明党側で何の指示も行われなければ、公明票の多くは溝手氏に投票したはずだが、マスコミの出口調査では、広島選挙区の公明党支持者の7割以上が案里氏に投票したとの結果が出ており、自民党側から公明党側に案里氏に投票するよう要請が行われたことが推測される。公明党側への案里氏の支援の要請も、極めて重要な意味を持つものであった。

では、案里氏の選挙では、(1)~(6)に関して、どのような問題があったのか。

まず、広島県下全域で(1)~(5)を十分に行うためには多額の費用がかかったはずだ。それをどのようにして賄ったのか。

選挙管理委員会に提出された選挙運動費用収支報告書によれば、公示日以降のこの直接選挙費用だけでの総額は約2689万円である。それより長期間にわたる公示日までの「政治活動」を県全域で行おうと思えば、その数倍の費用がかかったものと考えられる。後に法務大臣に就任した際の克行氏の資産公開では、二人にめぼしい資産はなく、選挙の際に借りたと思われる総額およそ5000万円の借入金があった。

そして、上記のように広島県連の応援が一切受けられないという状況において、(4)の推薦依頼の実行を効果的に行える人的体制の確保という「ヒト」の問題に加えて、(2)(3)の「政治活動」を依頼するための資金を、誰がどのように提供するかという「資金提供の方法」の問題があった。

要するに、(1)~(5)について、多額の資金をどう確保するかという「カネ」の問題、 (4)の推薦依頼の実行を効果的に行える部隊の確保という「ヒト」の問題に加えて、(2)、(3)の「政治活動」の資金を県内の有力政治家に提供するという「資金提供の方法」、という3つの問題を解決する必要があった。

このうち、「カネ」については、自民党本部から十分な選挙資金を提供することになり、溝手氏の選挙資金の10倍の総額1億5000万円が克行氏、案里氏の政党支部に選挙資金として送金された。「ヒト」については、県内の各所に所在する企業・団体を訪問して支持・推薦を呼び掛けるために、安倍首相の秘書4人が広島に選挙応援に派遣され、案里氏への推薦依頼状を持って、県内の企業団体を回った。

残る問題が、党本部から潤沢に提供された選挙資金を活用して、県内の議員・首長等の有力政治家に資金を提供する「資金提供の方法」だった。広島選挙区の自民党公認候補であれば、通常は、広島県連が中心となって、所属の国会議員、地方議員等に支援・応援を呼び掛け、そのための活動資金を、自民党本部から県連を通じて政党支部や資金管理団体というルートで提供する。しかし、県連が案里氏を一切応援しない方針を明らかにしていたため、案里氏の選挙のための資金ではそのルートは使えないということになる。では、どうやって資金を提供するか。「案里支持拡大に向けての政治活動のための資金」という趣旨を認識して受け取ってもらうためには、克行氏自身が直接現金を手渡す以外に方法がなかったのである。それが克行氏本人が多額の現金を配布するという今回の事件につながった。

案里氏選挙への安倍氏の関与

では、安倍氏と菅氏は、このような案里氏の選挙に向けての活動に、実際に、どのように関わったのか。

「首相動静」によれば、安倍氏と克行氏は、案里氏の参院選出馬が決まる前後の2月28日と3月20日、首相官邸で単独で面談している。ここでは、安倍氏の重大な関心事であった案里氏の参議院選立候補のことが話題に出ていないとは考えられない。当選に向けて最低限必要となる(1)~(5)の活動をどのようにして行っていくかについても話し合われたからこそ、1億5000万円の党本部からの選挙資金の提供が行われ、安倍氏の秘書の広島への選挙応援が行われたものと考えられる。

弁護人冒陳に書かれているように、克行氏の議員・首長等への現金供与が「党勢拡大・地盤培養等の政治活動を行うとともに、政党支部事務所を立ち上げて、後援会活動を行うなどして、その存在と人柄を周知し、自らの信条・政見を浸透させていく」ための活動として、行われたのだとすれば、県連の応援が一切受けられない状況においては、「資金提供の方法」として、そのような方法しかとり得なかったことを、安倍氏も認識していたはずである。その上で、何とかして案里氏を当選させることに協力し、1億5000万円の選挙資金を提供し,秘書を選挙応援に行かせていたと考えられる。

案里氏選挙への菅氏の関与

一方、菅氏については、「首相動静」のような情報は公開されておらず、選挙期間中に案里氏の応援のため2回も広島を訪れたこと以外は、案里氏にどのような支援を行い、それについて、克行氏とどのような接触の場があったのか詳細は不明だ。

しかし、当選の決定的な要因となった(6)の公明票の案里氏への重点配分に関しては、現代ビジネス【首相のイスは見えた…菅官房長官がふるう「圧倒的権力」の全貌】によると、菅氏が、昵懇の仲と言われる創価学会佐藤浩副会長に案里氏の支援を要請、佐藤氏は広島の学会及び公明党に、案里氏を支援するよう指示を出したことで、広島での公明票の大部分が案里氏に投じられたとされている。同記事によると、

広島での案里氏支援の見返りに、公明党が苦戦していた兵庫選挙区で、菅氏が、公示前後に3回も神戸入りしたほか、本来は自民党支持である住宅や運輸・港湾関連の業界団体票を公明党に回した。その余波で自民候補は最下位の3位当選。肝を冷やした自民党の兵庫県連内からは、「菅長官は自分の利益のために党を公明党に売り渡した。長官を処分してもらいたいくらいだ」といった菅批判の声が沸き起こった

とされている。

上記の記事のとおり、菅氏が、広島選挙区で公明票を自民候補者の一方の案里氏に重点配分するよう依頼したとすれば、広島県連の応援が一切得られない状況での厳しい選挙中で、上記の(1)~(5)について、どのような活動が行われているかを確認した上で、最終手段として(6)の公明票の支援の要請を行ったはずだ。その点について、克行氏から説明を受けていたはずである。

そうであれば、克行氏自らが、案里氏への支持拡大・地盤培養のための政治活動のための資金供与を行っていることなど、選挙情勢や選挙活動の状況についても十分に認識し、あと一歩で当選が可能になると認識していたからこそ、公明党側への案里氏への投票の依頼を行ったとの推測が合理的に働く。

「公選法違反否定の見解」について「黒川氏見解」が出された可能性

克行氏という当選7回の国会議員が、なぜ、「自ら」直接多額の現金を配布して回るという「大胆不敵」で「露骨」な行動に及んだのかという点について、【“崖っぷち”河井前法相「逆転の一打」と“安倍首相の体調”の微妙な関係】では、急遽、妻の案里氏を参院選の候補として公認したものの、極めて厳しい状況を打開するためには、現金を配布して党勢拡大・地盤培養を図るしかないとの認識を、安倍首相と共有していたからではないか、との推測を述べた。

それに加えて、もう一つ考えられるのは、克行氏の側に、「公示から離れた時期の議員・首長等への現金配布が公選法違反で摘発されることはない」との「法務・検察幹部」の見解を聞かされていた可能性が考えられる。

具体的には「官邸の守護神」と言われ、官房長官の菅氏に様々法律的な助言をしていたとされる黒川弘務氏であれば、菅氏の側に、そのような見解を伝える可能性がある。

これまでの記事でも再三述べてきたように(【河井前法相“本格捜査”で、安倍政権「倒壊」か】など)、公示から離れた時期の克行氏の議員・首長等への資金供与は、現金によるものであっても「地盤培養行為」としての政治活動のための寄附と主張される可能性があるということで、これまでは、公選法違反の摘発の対象とはなって来なかった。仮に、黒川氏が官房長官の菅氏に尋ねられれば、同様の見解を述べた可能性が高い。それが、克行氏に伝わっていたからこそ、相当な自信を持って「大胆」かつ「露骨」な現金配布を行ったのではなかろうか。

克行氏にとっても、検察ナンバー2の東京高検検事長の職にあり、官邸の意向で検事総長就任が予想され、しかも、前任が法務省事務次官で法務省も事実上コントロールできる黒川氏の見解ほど心強いものはなかったはずだ。

そういうことでもなければ、「大胆不敵」「露骨」な克行氏の行動を理解することは困難なのである。

しかし、その後の展開は、克行氏の想定とは全く異なるものとなっていった。

2019年10月案里氏の「車上運動員買収事件」が週刊文春で報じられ、克行氏が法務大臣を辞任した後、同年末に、案里氏の公選法違反事件での捜査が始まり、2020年1月中旬には、克行氏の議員会館事務所も含めて捜索が実施され、克行氏の現金配布も捜査の対象とされていることが明らかとなった。

しかも、その捜査の主体は、広島高検管内の広島地検特別刑事部であり、東京高検検事長の黒川氏は「蚊帳の外」だった。2月初めまでには、稲田検事総長が勇退して、黒川氏が後任の検事総長に就任するというのが官邸の意向だったが、その意向に反し、稲田総長は勇退せず、黒川氏のために「前代未聞の検事長定年延長」という「禁じ手」まで使われた。しかし、そのような政権の検察人事への露骨な介入に対して、世の中からは激しい批判が浴びせられ、それでも、官邸は黒川氏の検事総長就任にこだわっていたが、官邸と対立する検察当局は、克行氏の事件の捜査の手を緩めなかった。そして、黒川氏は、「賭け麻雀問題」が週刊文春に報じられて辞任に追い込まれ、黒川氏が去った東京高検の指揮下で、河井夫妻が公選法違反で逮捕されるに至った。

克行氏が実刑を免れる唯一の手段は公判で「事件の真相」を供述すること

前記記事】でも述べたように、検察側、弁護側の冒頭陳述を比較した限りでは、検察側有利であり、克行氏側の本件現金配布が「投票及び票のとりまとめ」を依頼するものではなく、党勢拡大・案里氏への支持拡大・地盤培養のための政治活動の寄附だったという弁解が認められる可能性は低い。弁護人冒陳での主張は、広島での選挙における一般論に過ぎず、それを裏付ける事実がない。そして、克行氏の起訴事実の大部分が有罪となれば、買収金額から言っても、実刑となる可能性が高い。

克行氏が、実刑を免れる唯一の方法は、案里氏の選挙に向けての活動の全貌について、事案の真相を供述し、議員・首長への現金供与は、党勢拡大・案里氏支持拡大の地盤培養のための政治資金だとする主張の背景、経緯を、安倍氏・菅氏の関与も含めて具体的に供述することだ。

それによって、上記の弁護側主張は、単なる一般論・抽象論ではなく具体的な裏付けを持つこととなる。広島選挙区での自民党の2人目候補擁立の経緯、案里氏立候補に至る経緯、そして、広島県連が案里氏を一切応援しない旨決議していたことなどからすれば、広島県政界の議員・首長等の有力者に対しては、克行氏自身が現金で配布するしかなかった事情も十分合理的に理解できることになる。

克行氏の無罪主張にとって最大の弱点は、業者に、パソコンデータを復元不可能な状況に消去するよう依頼し、供与対象者及び供与金額を記載したリストを含むフォルダ「あんり参議院議員選挙‘19」のデータを復元不可能な状態に消去したことだが、これについても、本件の現金供与が、安倍首相の了解を得た上で行われたものだとすれば、選挙買収に当たると認識していたから消去したのではなく、一国の総理も関与した「資金の提供」についての決定的証拠を、捜査機関の手に渡すことができないと考えたが故の行動だったという説明も可能となる。

それによって、議員・首長への現金配布という、起訴事実の3分の2以上を占める公選法違反事実が無罪になることも考えられる。また、仮に、有罪であっても、一般的な現金買収とは全く性格の異なるものだと認められ、しかも、被告人が公判廷で述べたことが、背景・経緯も含む「事件の真相」だと認められれば、情状面でも大幅に有利となり、執行猶予となる可能性も十分にあるだろう。

克行氏には、本稿で私が書いてきたことを十分に理解した上で、公判で何を供述するかを考えてもらいたい。それは、克行氏が、実刑判決を受けるのか、執行猶予判決を受けるのか、という本人にとって重大な利害に関わる問題である。克行氏の弁護人は、十分に説明して、被告人自身に、どのような供述をするのかを判断させるべきだ。弁護人が、もし、選任の経緯等から自民党側にも何らかの配慮をする立場にあり、克行氏に、その点について十分な説明をしないまま公判供述を行わせるなどということは、弁護士倫理上許されることではない。

そして、もし、克行氏が、公判で「事件の真相」について供述し、それによって、安倍氏・菅氏の関与等が具体的に明らかになった場合は、検察による聴取や河井夫妻公判での証人尋問が行われる可能性も十分にある。

河井夫妻公判が自民党総裁選、解散総選挙に与える影響

安倍首相の辞任を受けて、後継総裁を決める自民党総裁選挙は、明日(9月8日)告示される。一方で、東京地裁では、河井克行・案里氏の公選法違反事件の公判の証人尋問が始まり、二人の元自民党国会議員は身柄拘束のまま、審理に臨んでいる。

これまで述べてきたように、「克行氏の現金供与は党勢拡大・案里氏支持拡大の地盤培養のための政治資金」とする弁護人冒陳の主張を前提にすれば、そのような政治資金の提供は、安倍首相の了承の下で行われたものと考えざるを得ない。また、官房長官の菅氏も、そのような選挙に向けての活動を十分に認識した上で案里氏を全面的に支援していた可能性が十分にある。そして、克行氏の「大胆不敵」かつ「露骨」な現金配布は、菅氏を通して提供された「法的見解」が影響していた可能性もある。そして、その見解が、菅氏を中心とする官邸が、検事総長に就任させようと意図していた黒川氏から提供されていた可能性もある。

克行氏が、今後の公判で、事件の真相を自ら供述するかどうかはともかく、いずれにせよ、党勢拡大・案里氏支持拡大のための資金の提供は、候補者個人の問題ではなく、「自民党の選挙資金の提供の在り方」に関わる問題であり、総裁選挙で選出された新総裁は、自民党としての案里氏の選挙資金の拠出について調査を行い、党としての選挙資金の提供の在り方について検討し、是正する必要がある。河井夫妻事件を引き起こした従来のやり方のままでは、自民党として選挙に適切に対応できないことは言うまでもない。今、しきりに取り沙汰されている新総裁選出後、首班指名後の、「早期解散」など到底できないことは言うまでもない。

いずれにせよ、首相辞任を表明した安倍氏にとっても、「安倍政権継承」を明確に打ち出している菅氏にとっても、克行氏の公選法違反事件の公判は、重大なリスクだと言える。

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すてきナイス金商法違反事件、ゴーン事件と共通する「強引な刑事立件」「人質司法」の構図

9月4日午後2時から、横浜地裁で、すてきナイスグループ株式会社(現ナイス株式会社、東証1部)の金融商品取引法違反事件の第1回公判が開かれた。被告人の平田恒一郎元会長、元社長、被告人会社は、いずれも全面無罪を主張した。

昨年5月、横浜地検特別刑事部が、同社事務所の捜索を実施、7月25日に、平田氏らが逮捕された。平田氏は、一貫して容疑事実を否認したまま起訴された。慢性骨髄性白血病、内臓疾患等の持病を抱えていたが、検察の強硬な反対で保釈は許可されず、横浜拘置支所での接見禁止のまま勾留が続いていた。9月初めに主任弁護人を受任した私の最初の仕事は、平田氏を「人質司法」から救い出すことだった。

その後、平田氏の体調はさらに悪化、身体中に浮腫(むくみ)が生じ手足も瞼も腫れ目も開け難い状態となり、房内で24時間横臥が許可されるほど衰弱していった。そこで、保釈請求では、平田氏の供述内容・主張を整理して、罪証隠滅のおそれがないことを明らかにした上、健康状態の極度の悪化を理由に保釈の必要性を強く訴えた。検察官は、保釈に強く反対する意見を出したが、裁判所は保釈を許可、検察官の準抗告も棄却され、平田氏は、10月18日夜遅く、逮捕から86日ぶりに釈放された。都内の病院に運び込まれた平田氏は肺にも多量の胸水が貯留するという深刻な病状で極端に衰弱しており、そのまま緊急入院となった。

検察は、このような極端に体調が悪化した被告人でも、無罪主張の姿勢を変えない限り、保釈に強く反対し続ける。それは、日本の「人質司法」の恐ろしい現実である。

それ以上に問題なのは、このような残酷な「人質司法」での身柄拘束の根拠とされていた検察の起訴事実の内容だった。2015年3月期のすてきナイスの連結決算で「ザナック」という会社への不動産の売上が約30億円計上されていたが、横浜地検の強制捜査を受けて、同社は第三者委員会を設置し、「ザナックへの売上計上は会計上不適切」とする調査報告書を受け、対象売上を除外する過年度決算の訂正を行っていた。そういう意味で、その点の会計処理が不適切であったことは、同社も認めていた。また、平田氏も、当時、消費税増税の影響で住宅販売が落ち込み厳しい状況であったことから、ザナックへの不動産売却には「決算対策」を目的として行った取引が含まれていることは否定していない。ただ、それは、会計処理として問題ないことについて監査法人にも確認しているとの報告を受けた上で了承したものだった。

結果的に「不適切な会計処理」とされた取引があったからと言って、そのまま「粉飾決算の犯罪」とされるわけではない。2015年に発覚した東芝会計不正事件のように、歴代3社長が現場に圧力をかけるなどして、経営判断として不適切な会計処理が行われ、「経営トップらを含めた組織的な関与」による利益操作が1562億円にのぼるとされたのに、検察の消極意見で刑事事件とならなかった例もある。

すてきナイスの問題は、「粉飾決算」として刑事事件にすべきようなものでは全くない、単なる会社の「会計処理上の問題」に過ぎなかったのに、それが強引に刑事事件として立件されたものだった。

起訴状では、「架空売上の計上」によって有価証券報告書に虚偽の記載をしたとされていたが、ザナックへの売上が、なぜ「架空売上」になるのか、全く理解できなかった。昨年10月から、公判審理に向けて争点整理等を行うため、裁判所・検察・弁護三者間の打合せが行われ、弁護側から検察の主張の根拠を問い質した。ところが、検察は、ザナックへの売上は「取引の実態がない」「売買意思がない」との主張を繰り返すのみであった。ザナックという会社は、中古マンションを買い取ってリフォームして再販売する事業を営む会社であり、取引の実態もある。なぜ、そのザナックとの取引が「実態がない」ということになるのか、弁護側は、繰り返し検察に釈明を求め、打合せは11ヵ月にも及んだが、結局、検察は合理的な説明を行うことができず、初公判に至った。

初公判では、検察が「取引の実態がない」「売買意思がない」との主張について、冒頭陳述でどのような事実を主張するかに注目していた。ところが、検察官冒陳は、ザナックとの取引の経緯や、それをすてきナイスの売上として計上して有価証券報告書に記載した経緯など、ほとんど争いがない事実ばかりをダラダラと述べただけだった。「取引の実態がない」「売買意思がない」という言葉自体すら冒頭陳述には全くなかく、この点についての立証を放棄したのかとすら思える内容であった。

これに対して、弁護側からは、「そのような検察官の主張は論理破綻している」と主張した。平田氏の弁護側冒陳の、関連部分を引用しよう。

 

第2 有価証券報告書の虚偽性についての検察官の主張の論理破綻

 検察官は、被告会社とザナックとの間の対象取引が「架空取引」だとする根拠について、「売買意思がない」「取引の実態がない」などと主張している。

 しかし、本件対象取引については、売主の被告会社と買主のザナックとの間で、不動産の売買契約が行われ、所有権がザナックに移転し、その後、被告会社側の販売代理によって最終顧客に販売されているものである。被告会社とザナックとの売買取引が民事上有効であることは明らかであり、最終顧客側も、ザナックが売主であると認識して不動産を買い受けているものである。売主のザナックは、顧客に対して瑕疵担保責任など、売主としての民事上の責任を負担するものであることは言うまでもない。

 また、対象取引についてザナックから被告会社への売買代金支払について、被告会社の100%子会社のナイスコミュニティー株式会社(以下、「ナイスコミュニティー」)からザナックに対する融資が行われているが、同融資取引は、貸金業登録を行っているナイスコミュニティーからの融資として所定の手続を経た上で行われ、ザナックが購入した不動産を最終顧客に販売して得た売却代金によって融資金の返済が行われている。

 本件各取引がすべて架空で実態がないとする検察官の主張は、これらの民事上の法律関係を無視し、民事関係から切断した「刑事事件に関する独自の法律評価」を行おうとするものにほかならない。

 検察官は、平成27年3月期において、被告会社が計上したザナックへの売上をすべて「架空取引」と主張しているものであるが、本件各取引には、程度の差はあれ、被告会社の決算対策(合法的に決算上の利益を確保するための措置。以下「決算対策」はこの意味で用いる。)という側面もあったことは否定できないが、取引の経緯・目的は様々であり、また、被告会社グループ外の会社を共同売主とする取引もある。共同売主による一つの売買契約について売買意思が共同売主の一方にあって他方にはない、ということはあり得ないのであり、「売買意思がない」との検察官の主張が論理的に破綻していることは、この点からも明らかである。

 民事上有効であることは疑いの余地がない本件取引について、被告会社とザナックとの関係等から、被告会社の売上に計上することが会計処理として認められないと判断されることはあり得る。しかし、その場合、売上計上ができないことの会計基準上の根拠が示されなければならないのは当然である。

 ところが、検察官は、本件有価証券報告書虚偽記載の公訴事実に関して、本件公判前の打合せにおいて、再三にわたって、弁護人及び裁判所から、本件取引についての売上計上が認められないことの「会計基準上の根拠」を示すよう釈明を求めたにもかかわらず、その点について一切釈明せず、それが示せないのであれば公訴取消を行うべきとの指摘も無視し、「本件各取引の実態が存在しない、売買意思がないとの主張である」旨の説明を繰り返してきた(そのため、公判前の打合せは11ヵ月に及んだ)。

 検察官が、かかる主張に固執する理由は、本件各取引の売上計上が有価証券報告書の虚偽記載だとする根拠を、会計基準上の根拠に求めた場合、それを、会計の専門家ではない被告人らが認識していなかったことは明らかで、監査法人が適正意見を出している本件有価証券報告書の虚偽性についての被告人らの犯意、虚偽性認識を立証することが困難だからだと思われる。

 そこで、「取引の実態がない」「売買意思がない」などと取引の実態を根拠として主張することで、被告人らの犯意、認識を立証しようと考えたのかもしれない。しかし、そのような検察官の主張が、そもそも論理的に破綻しており、証拠上も、そのような取引の実態を認める余地は全くない。

 本件は、令和元年5月16日に、有価証券報告書虚偽記載の容疑で、横浜地方検察庁よる強制捜査が行われたことを発端とするものであるが、その時点において、被告会社代表取締役社長は「物件の売却は通常の取引で、粉飾決算にはあたらない」とコメントし、その後、第三者委員会を設置し、同委員会調査報告書において、「実現主義の原則(企業会計原則第二損益計算書三B)」に基づき、本件各取引について「被告会社の平成27年3月期の売上には計上できない」との判断が示されたことを受け、同年度について過年度決算訂正を行った。

 一方で、本件で法人として起訴された被告会社は、両被告人と同様に、本件各取引について、「取引の実態がない」「売買意思がない」とする検察官主張を争う姿勢である。

 会計基準を根拠とする第三者委員会調査報告書の指摘に基づいて、本件各取引の売上計上を除外する過年度決算訂正を行った被告会社にとっても、検察官の上記主張は、取引の実態に反し受け入れ難いものなのであり、かかる被告会社の対応は、検察官の主張が、凡そ実態とはかけ離れ、荒唐無稽であることの証左と言えよう。

 本件は、被告法人が設置した第三者委員会によって、監査法人の適正意見が付されていた被告会社の決算報告に、会計基準に照らして問題があるとの指摘が行われ、被告会社が行った「過年度決算訂正事案」を、刑事事件としての「粉飾決算事案」と誤認した検察官が、被告人らを強引に逮捕・起訴した上、各弁護人からの指摘にも耳を貸さず、上記のような荒唐無稽な事実主張を繰り返しているものである。

 本件が、被告人らが有価証券報告書虚偽記載の刑事責任を問われるような事案ではないことは明白であり、速やかに、無罪判決が言い渡されるべきである。

 

この事件には、日産自動車の会長だったカルロス・ゴーン氏が、グレッグ・ケリー氏とともに東京地検特捜部に逮捕・起訴された事件と共通の構図がある。

ゴーン氏事件では、「退任後の役員報酬についての有価証券報告書の虚偽記載」という、従来の検察実務を逸脱した常識外れの事件を、強引に刑事事件に仕立て上げて、国際的経営者のゴーン氏らを逮捕した。このすてきナイス事件も、凡そ刑事事件とすべきものではないという点では同様だ。

そして、検察は、ゴーン氏の事件では、全面否認を続けるゴーン氏の再逮捕を繰り返し、保釈に強硬に反対して身柄拘束を長期化させるという「人質司法」で無罪主張を抑え込もうとした。起訴事実を全面否認する平田氏を、体調が極度に悪化しても保釈に強硬に反対し、「人質司法」による苦痛で無罪主張を抑え込もうとしたやり方も、ゴーン氏の事件と共通している。

大きく異なるのは、被告人会社側の対応である。ゴーン氏事件では、日産と検察とが結託して「ゴーン会長追放クーデーター」を敢行したと考えられ、日産側は、ゴーン氏、ケリー氏とともに起訴された刑事事件の公判では、すべて検察主張を全面的に認める姿勢だった。それによって、被告人会社が「自白事件」として、ゴーン氏・ケリー氏の公判と分離され、早期に有罪判決を確定させることができれば、ゴーン氏らに対して無罪判決が出しにくくなるというのが、検察の目論見だった。しかし、裁判所が、「会社も含め併合のまま審理する」との方針を示したことから、会社側も無罪主張のゴーン氏・ケリー氏の公判に付き合うことになり、検察の目論見は外れた(【令和の時代に向けて日本の刑事司法“激変”の予兆~「日産公判分離せず」が検察と日産に与えた“衝撃”】)。

すてきナイス事件では、会社側は、検察の強制捜査後に第三者委員会を設置して、不適切な会計処理を認め、過年度の売上を一部取り消す等の有価証券報告書を訂正し、課徴金納付命令を受け入れるなどしているが、検察の主張は受け入れずに無罪主張をしている。会社として行った不動産取引に「実態がなかった」などという主張は、さすがに会社としても受け入れることができないということであろう。刑事事件では、会社側も、無罪を主張しているのである。このことは、今後の公判の展開に大きく影響すると考えられる。

このすてきナイス事件での今後の検察の対応と公判の展開には、ゴーン氏とともに起訴され、レバノン不法出国によって一人日本に取り残されたグレッグ・ケリー氏のこれから始まる金商法違反事件公判とともに、検察が独自に立件する事件の捜査での「検察の在り方」を問うものとして、注目していくべきだろう。

 

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河井前法相初公判全解説~「安倍首相の体調」との関係は?

昨日(8月25日)、河井克行(前法相)衆院議員(以下、「克行氏」)と、妻の河井案里参院議員(以下、「案里氏」)の公職選挙法違反事件の第1回公判が東京地裁で開かれた。両氏は、検察の起訴事実の現金供与の外形的事実を概ね認めた上、「投票又は票の取りまとめ等の選挙運動を依頼する趣旨で渡したものではない」と述べて起訴事実を否認し、無罪を主張した。

この事件については、広島での検察捜査が克行氏に向けて本格化していることが明らかになった今年4月に【河井前法相“本格捜査”で、安倍政権「倒壊」か】で最初に取り上げ、河井夫妻が逮捕された時点では【検察は“ルビコン川”を渡った~河井夫妻と自民党本部は一蓮托生】、起訴された時点では【河井夫妻事件、“現金受領者「不処分」”は絶対にあり得ない】と、その都度、私の見解を交えて解説してきた。

今回、第一回公判で行われた両氏の罪状認否、検察の冒頭陳述、克行氏の弁護人冒頭陳述に基づき、今後の公判のポイントを、克行氏関係に焦点を当てて解説することとしたい。

検察冒頭陳述の内容

検察冒陳では、「第1」で克行氏、案里氏の両被告人の身上、経歴について述べた上、「第2」で、本件選挙(2019年参議院選挙)の選挙情勢、選挙状況、案里氏の立候補に至る経緯について、「第3」では、克行氏が案里氏の選挙活動を取り仕切り、選挙の総括主宰者の立場にあったことと、選挙の組織体制について述べている。

そして、「第4 犯行状況」では、「1」で、「県議会議員・市町議会議員・首長らへの現金供与」(44名に、合計62回、現金合計2140万円)、「2」で、「三矢会メンバーへの現金供与」(50名に対し、50回にわたり、現金合計385万円)、「3」で、「選挙事務所のスタッフへの現金供与」(6名に対し、前後16回にわたり、合計約377万円)について、個別の現金供与の状況と、それを受けて行われた「選挙運動」の状況について記述している。

このうち、「3」については、選挙運動に直接関わっていた者らへの現金供与であり、一般的な買収事案と大きな差異はなく、買収罪の成立にさしたる問題はない。また、「2」についても、克行氏との関係や、案里氏の選挙での支援を行っていることが概ね明らかで、「案里氏に当選を得させる目的」や、「選挙運動」を依頼して現金を供与したことの立証は比較的容易だと思われる。

最大の問題は、供与金額の3分の2以上を占める「1」の「県議会議員・市町議会議員・首長らへの現金供与」だ。

この点について検察冒陳では、

被告人克行は、広島県第三選挙区外の行政区域内選出の県議・市町議・首長らについては、そのうち以前から自身と付き合いがあった者や被告人案里がその県議時代に親交のあった者等に対し、さらには、それまで自身とほとんど接点のなかった者や近時疎遠になっていた者に対してもなりふり構わず、被告人案里への投票及び投票取りまとめなどの選挙運動を依頼するとともに、その報酬として現金を供与することとした。

と述べているが、個別の現金授受の状況についての記述は、大部分が

本件選挙における案里への支持を依頼した上で、本件選挙における投票及び票の取りまとめの報酬として現金~万円を供与した

というもので、現金授受の状況についての具体的な記述がない。そして、供与の時期も、多くが、7月4日の公示の1か月以上前で、3か月以上前のものもあり、参議院選挙での「投票」「票の取りまとめ」との関係が相当希薄であることは否定できない。

この場合、克行氏から現金の供与を受ける際にどのような「選挙運動」を依頼されたと認識したのかが問題となる。

検察冒陳では、

受供与者(現金受領者)の一部は、被告人克行から現金の供与を受けた前後の時期に、被告人案里の出陣式や街頭演説会で応援弁士として演説を行って被告人案里への投票を呼びかけたり、被告人案里による選挙カーでの遊説の際に別車両で先導して被告人案里への投票を呼びかけたりするなどの選挙運動を行った

としているが、このような「選挙運動」を行ったのは「現金受領者の一部」であり、それ以外の現金受領者については、「選挙運動」を実際に行った事実がないようだ。そうなると、公判での証人尋問で、現金供与を受けた際に、その趣旨についてどのように認識したかについての証言内容がカギとなる。

ここまでの、個別の現金授受の状況や、それを受けての「選挙運動」に関する記述だけだと、「1」については、検察官の主張は相当弱いという印象を受ける。

しかし、それ以降の記述で、「1」についての検察主張が、かなり強力に補強されている。

議員・首長への現金供与に関する検察の「3つの主張」

検察冒陳の第4の「1」の末尾の(4)(5)で、弁護側主張に対する反論として、(a)現金供与に関して、領収書のやり取りの話がなく、収支報告書等への記載がないこと、(b)現金供与の際のやり取りに、自民党党勢拡大など、案里氏の選挙での当選以外の目的を窺わせるものがないこと、という主張が行われており、さらに、「第5 本件犯行後の状況」では、(c)克行氏自身が、供与対象者及び供与金額を記載したリストを消去して隠蔽しようとしたこと、という弁護側主張への「強烈な反対主張」が述べられている。

合法的な「政治活動のための寄附」であれば、領収書のやり取りが行われ、関連団体の政治資金収支報告書に記載されているはずだ。(a)の主張は、それらが行われていないので、「政治活動のための寄附」であることは否定されるというものだ。

(b)は、克行氏が、現金供与の際に、「政治活動の支援を依頼したり、自民党の政策を広めるよう依頼したり、自民党員を集めるよう依頼したりすることはなく、被告人克行の政治活動の支援を依頼したり、被告人克行の政策を広めるよう依頼したり、被告人克行の支持基盤拡大を依頼したりすることもなかった。」と述べ、「党勢拡大・地盤培養のための寄附」との克行氏の主張に反論するものだ。

これら2点の検察の主張は、弁護側の「合法的な政治活動に関する寄附」だとする主張に対して、有効な反論となるものと言える。

そして、(c)は、克行氏が、2019年10月に、本件選挙における選挙違反(車上運動員買収)の報道があったことから、同年11月3日に、インターネット関連業者に、克行氏の議員会館事務所や自宅のパソコンデータを復元不可能な状況に消去するよう依頼したこと、供与対象者及び供与金額を記載したリストを含むフォルダー「あんり参議院議員選挙‘19」のデータを復元不可能な状態に消去したが、議員会館のパソコン内には、消去されたフォルダーとは別に、業者の消去作業により消去されなかった同名のフォルダーが保存されていたというものだ(これが、検察の強制捜査で押収され、本件現金供与が発覚したということだろう)。

克行氏が、案里氏の陣営の選挙違反の問題が表面化した後に、本件現金供与に関するリストを含むパソコンデータを、「消去不可能な状態」に消去しようとしていたことは、克行氏が、本件の現金供与を隠蔽しようとする強い意図を持っていたことを示すもので、現金供与が、合法的な「政治活動のための寄附」という主張に対する強烈な反対主張だと言える。

また、それ自体が「露骨な罪証隠滅行為」だと言える。克行氏が、何回保釈請求を行っても保釈が認められないことの最大の原因は、このような露骨なパソコンデータの消去を行っていることが、「罪証隠滅の恐れ」を強く示唆していると認められるからであろう。

克行氏弁護人冒陳の内容

弁護人冒陳では、まず、

検察官は、現金を供与した買収者として克行氏及び案里氏を起訴しながら、現金を受領した被買収者については、その地位、受供与金額、受供与回数に関わらず一人も起訴していない。このような処理は、これまでの同種事例の処理例に照らしても著しく均衡を欠くことは明らかであり、公正さを著しく害する偏頗な公訴提起である。

このような捜査手法は、従来から、違法なものとされ、検察実務においては厳に戒められてきたものであるところ、協議・合意制度が法定され、対象犯罪から公職選挙法違反の罪が除外された現在では、いわゆる「裏取引」として極めて違法性の高い捜査手法である。

と述べて、検察官の起訴手続が違法だとして、刑訴法338条4号の「公訴提起の手続がその規定に反したために無効であるとき」の規定による公訴棄却を求めている。

弁護人の主張は、【河井夫妻事件、“現金受領者「不処分」”は絶対にあり得ない】で指摘していることを法的な主張として構成したものであり、全くその通りである。しかし、実際に、それを裁判所が認めて、公訴棄却の決定が出て裁判が打ち切られる可能性は、ゼロに等しい。日本では、公訴権は検察官が独占し、訴追裁量権も持っており、検察官の捜査や起訴に違法があっても、それが犯罪に該当するような場合でなければ、公訴棄却すべきとはされないのが、従来からの判例である。

そのことを見越して、弁護人冒陳でも、

速やかに公訴棄却により審理を打ち切るべきであるが、仮に、その主張が認められないとしても、当公判廷において現金受領者などとして証言する者の供述については、違法な捜査手法の下で検察官の意に沿う供述をしたというにとどまらず、これまでの実例及び検察実務に照らせば明らかに起訴されるべきであるのに、それが不問にされるという利益が与えられ続けている限り、その影響が及んでいると評価すべきであり、裁判所におかれては、その信用性について慎重に吟味されることを切望する。

と述べて、公訴棄却の主張に関した事情を、現金受領者の証言の信用性の評価において考慮することを求めている。

続いて、弁護人冒陳では、案里氏の立候補の背景と経緯について、以下のように述べている。

(1) 自民党広島県連は、参議院広島地方区での複数候補者の擁立に消極的な態度を取り続けていたが、複数候補者擁立によって、停滞していた政党活動・後援会活動が活性化され、党勢が拡大し、支持基盤が拡張されるという相乗効果を期待することができる一方、単独候補による安穏とした選挙を続けていれば、自民党の支持層による政党活動・後援会活動が低調となり、自民党の勢力が下降線をたどることを、克行氏も危惧していた。

(2) 自民党本部執行部においては、本件選挙で、合区の影響などもあり自民党の議席の減少が予測されたことから、「議席を獲得できる選挙区では積極的に候補者を擁立すべきである」との声が高まり、広島選挙区においては、既に公認を得ていた溝手氏に加えて、平成31年3月13日、2人目の候補者として案里氏を公認した。

(3)広島県連は、案里氏が公認されても県連として一切応援しないとの決議により、応援しない方針をとった。

(4) 広島県連では、参議院議員選挙が近づくと、衆参国会議員から立候補予定者・候補者への秘書派遣による、党勢拡大活動地盤培養活動などの政治活動の支援、選挙運動期間中には選挙運動の応援等が行われ、県連の要請により、広島県連職員、各種支持団体の関係者なども派遣されて同様の活動を行うのが通常であったが、案里氏については、公認が大幅に遅れたため、周知のための政治活動期間・立候補のための準備期間が明らかに不足しているのに、広島県連からの人的支援が得られず、後援会の設立や組織作り、後援会員の加入勧誘、政党支部の事務所立上げなどの政治活動や選挙運動に従事することとなる人員確保など体制作り自体に苦労する状況にあり、県議、衆議院議員として長い政治家としてのキャリアを有する克行氏が、その人脈を頼って、それら案里氏のための活動を行わざるを得なかった。

(5)克行氏は、ベテラン国会議員である溝手氏のほかに、若手で女性の目線で政策を訴える保守政治家の案里氏の存在を広めることにより、県民の新たな関心を呼び起こし、支持層の発掘を県内全域で行っていく必要があると考えていた。

(6)平成31年3月以降、克行氏及び案里氏らが行ってきた諸活動は、選挙区に該当する支部を割り当てられ候補者として、党勢拡大・地盤培養等の政治活動を行うとともに、政党支部事務所を立ち上げて、後援会活動を行うなどして、その存在と人柄を周知し、自らの信条・政見を浸透させていくものであった。

そして、克行氏自身の地盤培養について、以下のように述べている。

(7)克行氏は、7期目の衆議院議員であり、その当選回数や県議時代からの政治家としてのキャリアからすれば、広島県連の会長に就任する可能性もあったが、案里氏の立候補で、広島県連との関係が悪化し、それが影響して、支持者の地元県議や市議らが被告人から距離を置いたり、後援会組織の切り崩しが行われるおそれが生じた。県連会長に就任するため、自身の支持地盤を盤石なものとし、県議らの支持・支援を広く取り付ける必要性をそれまで以上に感じ、支持・支援者、後援会幹部、政治信条が近く親しい付き合いをしてきた首長、県議らをつなぎ止め、距離を縮めておかなければならないと考えた。

弁護人冒陳の立論は、克行氏の現金供与が、(1)~(5)の背景の下で、(6)及び(7)の「党勢拡大・地盤培養」のための寄附として行われたもので、「投票及び票の取りまとめ」のための現金供与ではなかったと主張するものだ。

問題は、このような弁護人の主張が、どこまで合理性を持つ立証となるかどうかだ。検察冒陳の前記(b)で主張しているように、実際の現金供与の際のやり取りには、「党勢拡大・地盤培養」のような動機を窺わせるものはないということになると、現金供与の趣旨が、弁護人冒陳で述べているようなものだったことをどのように立証できるかが問題になる。

今後の公判の展開は

以上のような、検察、弁護双方の冒陳から、今後の公判の展開を予想してみたい。

検察が、現金受領者側について刑事立件すらしていないという、公選法違反の刑事実務からは考えられない対応を行っていることは、検察の主張・立証の重大な「弱点」である。弁護人の「裏取引」を理由とする公訴棄却までは認められないとしても、各現金受領者の証人尋問での証言の信用性の評価に影響を与えることは避けがたい。現金供与の時期が選挙からかなり離れている上、現金授受の際の文言からも「投票・票の取りまとめ」の依頼の趣旨が明確とは言えないので、現金受領者側の認識如何ということになるが、現金受領者の公判証言の信用性に疑義が生じると、無罪方向に傾く可能性もある。

しかし、検察側には、弁護側主張に対する(a)~(c)の「強力な反論」がある。特に、(c)は、「現金供与が合法」との弁護側主張にとっては、決定的に不利な事実だ。

検察の起訴状では、克行氏は案里氏陣営の「統括主宰者」とされている。弁護側は、「選挙運動全般に関して報告を受け、了承するといった立場にはなかった」と主張して、「統括主宰者」であったことを否定しているが、判決で該当すると判断されれば法定刑も「4年以下の懲役」と重くなる。克行氏の起訴事実のほとんどが有罪となった場合、買収金額から言っても、実刑となる可能性が高い。検察の求刑が最高刑の4年、判決は、3年か3年6月の実刑ということになる可能性が高い。

克行氏「形勢逆転」の可能性は?

現在の状況は、前法相の克行氏が、検察に追い詰められ、崖っぷちに立たされていると言える。

しかし、検察冒陳の「2」「3」については、現金受領者の「選挙運動」の実態も相当あると思えるので、有罪を免れることは困難だと思われるが(克行氏の弁護側も、この点を認識しているからこそ、全体の処罰を免れる主張として、「裏取引」による公訴棄却を求めているものと思われる)、起訴金額の3分の2以上を占める「1」の県議・市町議・首長らに対する供与については、状況的にも「投票及び票のとりまとめ」の依頼と言えるかは、かなり微妙であり、「裏取引」の影響もあるので、公判証言の信用性には相当程度疑義が生じる可能性がある。

今年12月には証人尋問がすべて終わり、克行氏、案里氏の被告人質問が行われることになるが、それが、本件公判の最大のイベントとなるだろう。そこで(a)~(c)の検察の主張に対して、克行氏自身が「合理的な説明」ができれば、「1」について「一気に形勢逆転」という可能性もないではない。「1」の多くが無罪となれば、買収金額は大幅に減り、執行猶予の可能性が高くなる。

では、「形勢逆転の一手」となる(a)~(c)の検察の主張に関する克行氏の「合理的な説明」として、どのようなものが考えられるか。

(a)については、「領収書のやり取りがない」「収支報告書等への不記載」との事実で、「違法性の全くない政治資金の寄附」との説明は困難となるが、そのことが、「投票及び票の取りまとめ」の依頼だったことに直結するものかと言えば、必ずしもそうではない。「政治資金の寄附」にも、何らかの目的を持って、その事実を秘匿する「ヤミ献金」もある。政治資金規正法の目的には反する行為だが、実際に過去に相当広範囲に行われてきた。「ヤミ献金」にせざるを得なかった事情について「納得できる合理的な説明」が行われれば、「投票及び票の取りまとめ」のための現金供与であったことを否定する余地もある。

(b)については、「自民党の党勢拡大に向けての政治活動」「克行氏自身の政治活動」というのは、克行氏が、そういう目的で現金供与を行ったという主観の問題であり、それが、現金供与の際に、受領者側に表示されていなくても、そういう目的であったことが、ただちに否定されるわけではない。克行氏の現金供与が、そのような目的で行われたとの克行氏に説明の「裏付け」があれば、案里氏の選挙での「投票及び票の取りまとめ」を依頼する目的が否定される可能性もある。

(c)については、まさに露骨な罪証隠滅行為であり、克行氏側の説明・反論は相当に苦しい。しかし、露骨なデータ消去を行ってまで現金供与の事実を隠蔽しようとしたことについて、その目的が、案里氏の選挙での「投票及び票の取りまとめ」を依頼する「選挙買収」を隠すことではなく、他の理由によるものだったことについて、克行氏に、「納得できる合理的な説明」を行うことができれば、情勢は大きく変わることになる。

では、(a)及び(c)についての「納得できる合理的な説明」、(b)についての「裏付け」として何が考えられるか。

そこで重要となるのが、検察冒陳でも弁護人冒陳でも殆ど触れられていない「多額の現金買収を行うことにした経緯とその資金」である。そこには、本件の核心と言える「重大な事実」が隠されているように思われる。

本件への安倍首相の関与

本件に関しては、検察捜査が本格化する前から、案里氏の参議院選挙の選挙資金として、同じ選挙区の自民党候補溝手顕正氏の10倍の1億5000万円が提供されていたことが明らかになり、その巨額選挙資金提供が、溝手氏に対する個人的な悪感情を持つ安倍首相自身の意向によるものではないかとの憶測を生んでいた。その点に関して、これまでの報道と、弁護人冒陳の内容を対比すると、重要なことが見えてくる。

まず、この点に関して、以下のような事実が報じられている。

(ア) 自民党が参院選の候補者として案里氏を公認した3月13日の前後の2月28日と3月20日、自民党本部が案里氏代表を務める政党支部に1500万円を振り込んだ2日後の4月17日、自民党本部が案里氏の政党支部に3000万円を振り込んだ3日後の5月23日に安倍首相と克行氏とが単独で面会しており、6月10日に案里氏政党支部に3000万円、克行氏政党支部に4500万円が振り込まれた10日後の20日に安倍首相と克行氏とが単独で面会し、その一週間後の同月27日に克行の政党支部に3000万円が振り込まれている(首相動静)。

(イ) 安倍首相の秘書5人が、案里氏の選挙運動の応援に、山口から広島に派遣されていた(「安倍総理大臣秘書」と表現するよう克行氏側からの指示が出ていた(毎日))。

(ウ) 克行前法相が広島県議側に現金を渡した後に、安倍首相の秘書が同県議を訪ねて案里氏への支援を求めていた(共同)

(エ) 案里氏の後援会長を務めた繁政秀子・前広島県府中町議は、昨年5月に克行氏に現金30万円を渡された際、克行氏から「安倍さんから」と言われたと証言した。

ここで、改めて、本件現金供与の背景についての弁護人冒陳の記述を見てみよう。

上記(2)の「2人目の候補者として案里氏公認」を行ったのは自民党本部執行部であり、そこには、その決定の中心となった人物がいるはずである。一方、(4)は、公認が遅れ、しかも、広島県連が一切応援しないという姿勢であった案里氏の選挙に向けての政治活動が、人的にも資金的にも厳しい状況にあったという広島側の実情であり、それが、克行氏から自民党本部側に伝えられたからこそ、1億5000万円もの巨額の選挙資金が自民党本部から河井夫妻側に提供されることになったことは明らかである。

そこで重要なことは、この(4)の記述は、弁護人冒陳で、「多額の現金供与の背景事実」として主張されているということだ。つまり、(4)のような実情を克行氏から知らされた自民党本部執行部側の人物が、そのような厳しい情勢を乗り越えるために、「相当な資金」が必要になると認識したからこそ、破格の選挙資金の提供が行われた。そして、人的な面の不足を補うために派遣されたのが安倍首相の秘書5人だったと考えられる。

このような状況であった2019年3月の案里氏公認から7月の参院選公示までの間に、上記(ア)のとおり、公認直後、選挙資金提供の前後という「極めて重要なタイミング」で、克行氏は安倍首相と、「単独で」面談しているのである。

そして、(ウ)のとおり、安倍首相の秘書は、克行氏が現金を供与した先に、それと相前後して訪問して案里氏への支持を呼び掛けていた。検察冒陳で「なりふり構わず」と表現されているような露骨な現金供与のことを安倍首相の秘書が認識しなかったとは考えにくいし、克行氏が、現金供与を、「安倍首相の名代」として行っているとの認識を持っていたからこそ、「安倍さんから」などという言葉を漏らしたということであろう。

これらの事実を総合すれば、安倍首相が、克行氏が、自民党本部から提供した1億5000万円の選挙資金を実質的原資として行った(直接の原資は、借入等かもしれないが、党本部からの資金提供があったからこそ、選挙資金の収支上現金供与を行うことが可能となった)現金供与とその目的を認識し、容認していたことについて、「合理的な疑いを容れる余地はない」と考えられる。

克行氏にとって「逆転の一手」

上記の推認のとおりだとすると、克行氏には、被告人質問での実刑判決を免れる「逆転の一手」がある。それは、安倍首相が、現金供与とその目的を認識し、容認していたこと、その実質的原資が、自民党本部からの選挙資金であることを、包み隠さず、真実を供述することである。

それによって、弁護側主張に対する「強烈な反論」であった上記(a)~(c)の検察主張に対しても合理的な反論が可能となる。

まず、(a)(c)については、本件の現金供与が、安倍首相と単独面会して秘密裏に話し、了解を得た上で行われたものだとすれば、それは「表に出さない、裏政治資金の寄附」であり、だからこそ、領収書のやり取りは考えていなかったということになる。そして、その現金供与のリストを含むパソコンデータを削除したのも、克行氏にとって、それが選挙買収に当たる犯罪と認識していたからではなく、一国の総理も関与した「裏の金の流れ」についての決定的証拠を、捜査機関の手に渡すことができないと「首相を補佐する立場」で考えたが故の行動だったという説明は、相応に「納得できる合理的な説明」だと言える。

そして、(b)については、安倍首相との間で、上記(4)の広島県内の選挙情勢と、公認の遅れや県連の非協力から、人的、資金的に厳しい状況の中で、それを打開し、党勢拡大・地盤培養を行う目的について認識を共有していたのであれば、克行氏が、現金供与の際に口にしなかったとしても、党勢拡大・地盤培養のための政治資金としての現金供与であったとの弁護人冒陳での主張に、相応の裏付けがあるということになる。

以上のとおり、克行氏が、「安倍首相が、現金供与とその目的を認識し、容認していたこと」を供述した場合、議員・首長への現金供与の「1」の大半は、党勢拡大・地盤培養のための政治資金としての現金供与ということになり、無罪となる可能性が高くなる。克行氏が、無罪になれば、安倍首相も、現金供与についての認識があったとしても、同様に、刑事責任は問われないということになる(もっとも、政治資金規正法上の問題は別途生じうるし、政治的、社会的には重大な責任があり、総理の座にとどまることができないことは言うまでもない)。

解き明かされる「謎」

上記の推認のとおりだとすると、これまで、本件について「謎」であったことのいくつかが解き明かされることになる。

一つは、河井克行氏という当選7回の国会議員が、なぜ、「自ら」直接多額の現金を配布して回るという「前近代的」とも言える露骨な行動に及んだのか、という「謎」である。

急遽、妻の案里氏を参院選の候補として公認したものの、極めて厳しい状況を打開するためには、現金を配布して党勢拡大・地盤培養を図るしかないとの認識を、安倍首相と共有し、敢えて現金配布を行ったのであれば、克行氏の行動も、理解できないわけではない。逆に言えば、そういう事情がなければ、さすがに、克行氏も、そのような行動は行わなかったと考えられる。

もう一つは、検察が、現金受領者側をすべて刑事立件すらしていないという、従来の公選法違反事件の検察実務からは考えられない対応を行ったことも「謎」の一つであった。上記の推認のとおりであれば、「安倍首相関与」は、検察側も十分に認識しているはずだ。そうなると、もし、克行氏の側から「安倍首相関与」を主張し、供述した場合、「1」の議員・首長らに対する現金供与が無罪になる可能性が相当程度あることは、検察側も覚悟している可能性がある。検察に思い切り善意に解釈すれば、克行氏の公判の推移、判決を見る前に、現金受領者側の刑事処分を行うことができないということで、現金受領者側の刑事立件が行われていないということも、考え得る。

「安倍首相の体調悪化」の原因との関係

そして、現在の政局に関する重大な問題となっている「安倍首相の体調」が、8月頃から急に悪化していることと、この克行氏の刑事事件の公判との関係である。

上記の推認のとおりだとすると、安倍首相は、克行氏と同様に公選法違反の刑事責任を問われる可能性を認識していることになる。克行氏が、その点を一切明らかにしておらず、責任をすべて一人で抱え込んでいるというのは、安倍首相にとって、相当なストレスであり、河井夫妻の初公判が迫ってくれば、そこで、克行氏がどのように供述するのか、弁護人がどのように主張するのかが片時も頭から離れないことになる。それが、持病の潰瘍性大腸炎の悪化につながった可能性がある。

それでも、安倍首相には、少なくとも河井夫妻の公判で被告人質問も終わり結審するまでは、総理大臣を辞任することはできない。安倍首相がその地位にあるからこそ、これまで、克行氏も、首相の関与を含めて沈黙を通してきたし、検察捜査が自分には及ばなかった(憲法75条「国務大臣は、その在任中、内閣総理大臣の同意がなければ、訴追されない。」)。しかし、もし、「元総理」になってしまえば、その状況がどう変化するかわからない。

今日(8月28日)の夕刻、久々の安倍首相の記者会見が予定されているが、自ら総理大臣を「辞任」する可能性はほとんどないであろう。

今後も、河井夫妻事件の公判の展開からは目が離せない、特に、12月に行われるはずの克行氏の被告人質問は、政局にも絡む最大のイベントとなる。

カテゴリー: 河井夫妻公選法違反事件 | 2件のコメント

刑事事件の真相解明と民事訴訟 ~藤井浩人元美濃加茂市長の「冤罪との戦い」は続く

全国最年少市長だった藤井浩人氏が、2014年6月、市議会議員時代に浄水設備業者の社長のNから、2回にわたって現金合計30万円を受け取った受託収賄、事前収賄、斡旋利得罪の容疑で逮捕・起訴された「美濃加茂市長事件」。一貫して30万円の現金の授受を全面否定し、潔白を訴えた藤井氏は、公判での戦いを続けながら市長職を続け、名古屋地裁の一審では、贈賄供述の信用性を否定し、虚偽証言の動機を指摘する無罪判決を勝ち取ったが、二審の名古屋高裁では、まさかの「逆転有罪判決」。一審の贈賄証言を書面だけで「信用できる」とする不当判決に対して上告したものの、最高裁は、「適法な上告理由に当たらない」と三行半判決で棄却、刑事事件は有罪が確定した。

『青年市長は司法の闇と戦った 美濃加茂市長事件における驚愕の展開』

「三行半の例文」の上告棄却決定が届いたのを受け、藤井氏は、市長辞任の意向を表明したが、我々弁護団に対して、

市長は辞任しますが、私が現金を受け取った事実はないという真実を明らかにするため、今後も戦い続けます。とれる手段があるのならば、あらゆることをやっていきたい。

と述べて、自らの潔白、無実を明らかにするために戦い続けていくことを明確に宣言した。
その藤井氏は、冤罪を晴らすべく、贈賄供述者と、贈賄供述者に検察官が証言させたい一審証言が詳細に書かれた判決書を差し入れて控訴審での証人尋問を妨害した贈賄供述者の弁護人だった弁護士に対して損害賠償を請求する民事訴訟を、2018年3月に提起した(【美濃加茂市長事件の真相解明に向け、民事訴訟提訴】)。
このような裁判の経過や、各裁判所が示した判断を踏まえて、民事裁判で、主張立証が尽くされ、公正な審理が行われ、民事裁判官の判断が示されれば、贈賄証言が虚偽だという真実が明らかになる可能性は十分にあると考えて提訴したものだった。

「刑事裁判を受けた実感」すらない「闇打ち」による有罪

この事件のように、「控訴審逆転有罪判決」で被告人の有罪が確定した場合、その経過は、実質的に刑事裁判における「三審制」の原則が機能したとは言い難い不当なものとなる。
刑事裁判では、一審裁判所は、贈賄証言の信用性について、贈賄供述者の証人尋問や被告人質問を自ら直接行ったうえで、「贈賄証言は信用できない」として無罪を言い渡したが、控訴審裁判所は、証言や供述の書面上の記録だけで「贈賄供述は信用できる」と判断して一審判決を覆した。そして、上告審は、「上告理由に当たらない」として上告を棄却し、収賄の事実の有無についても、贈賄証言の信用性についても判断は示さなかった。

このように、「控訴審での逆転有罪」で被告人の有罪が確定した場合、その経過は、実質的に刑事裁判における「三審制」の原則が機能したとは凡そ言い難い不当なものとなる。
一審では、検察官と弁護人との間で攻撃防禦が行われ、裁判所が「アンパイア」として、争点の一つひとつについて判断し、そのうちの一つでも検察官の主張が認められない場合には、「犯罪の証明がない」として無罪となる。
それに対して、検察官が控訴した場合の審理の対象は「一審無罪判決」だ。控訴審は、一審判決を事後審査する裁判であり、控訴の理由について、検察官が控訴趣意書を提出するが、控訴審裁判所は、「検察官の主張を認めなかった一審判決」を独自に審理・判断する。検察官と弁護人の攻撃防禦という一審の構図とは異なる。控訴審裁判所は、検察官の主張に制約されず、思う通りに一審判決を審査し、自由自在にその判断を覆すことができる。争点や裁判所の問題意識が明確化されることもない。それは、被告人・弁護人の立場からすると、「不意打ち」を超えて「闇討ち」に近いものだ。
一審では、犯罪の成否について複数の争点がある場合、そのうちの一つでも検察官の主張が認められないと、無罪となる。控訴審では、一審判決が検察官の主張を否定した争点について審理し、もし、控訴審裁判所が、その争点について一審の判断を覆した場合、一審判決では判断されなかった他の争点についてどのように判断するかは、控訴審裁判所の自由になってしまう。他の争点について弁護人側に反論の機会が全く与えられることなく、一方的に有罪方向の判断が行われ、「逆転有罪」に至ったのだ。
このような、控訴審裁判所の、ほとんど「闇討ち」のような一方的な認定・判断で有罪判決を受け、その反論・反証の機会が与えられなかった藤井氏にとって、冤罪を晴らすために「とれる手段があるのならば、あらゆることをやる」として取り組んだ第一歩が民事訴訟の提起だった。

民事訴訟一審判決が持ち出した「再審制度による制約」

民事訴訟は、2年近くにわたる審理で、昨年10月から12月にかけて、被告贈賄供述者、被告弁護士、原告の本人尋問、贈賄供述者の妻・妹等3人の証人尋問が行われて弁論は終結、今年4月に言い渡される予定だった判決が、コロナ禍で延期され、8月5日に、判決が言い渡された。
判決は、「請求棄却」であった。
判決は、贈賄供述者の被告に対する請求に関して、以下のような一般論を述べた上で、「本件での贈賄供述者の証言(供述)が虚偽であることが明白であるといえない」として、贈賄供述者に対する損害賠償請求を棄却した。

刑事裁判手続において有罪判決を受け、それが確定した被告人が、刑訴法の用意する再審制度を離れて、事実は無罪であるとして、当該手続において証人等として関与した者に対する(不法行為等に基づく)損害賠償請求を行うことを無制限に認めると、同法が再審制度を設けている趣旨を実質的に没却するおそれがあるから、当該被告人が上記のような関与者に対して上記のような損害賠償請求を行うことができるのは、当該関与者の行為について偽証罪等の有罪判決が確定したり、(そのような判決がなくとも)その者が故意に虚偽の証言等をしたりしたことが明白であるなど、公序良俗に反するような不正行為の存在が明白に認められ、かつ、当該不正行為によって被告人が有罪とされたといえるような場合に限られると解するのが相当である。

要するに、刑事事件が有罪で確定した被告人が、無罪だとして、証人として関与した者に対する損害賠償請求することできるのは、刑訴法の再審制度が設けられている趣旨との関係で、「偽証で有罪判決が確定している場合」、「故意に虚偽の証言等をしたことが『明白な』場合」という、「再審事由」と同等の場合に限られるというのだ。
しかし、藤井氏が提起した訴訟は、刑事事件手続の中での贈賄供述者等の不法行為について民事上の損害賠償を請求しているものだ。原告の有罪が確定している刑事事件において贈賄供述者が証言した内容について当該刑事事件で刑事裁判所が行った判断と、民事事件で原告が主張・立証した内容について、民事法による不法行為と損害賠償責任の存否について行う民事裁判所の証拠評価、事実認定とは、別個のものである。
今回の民事一審判決が、それ自体が、独立した制度として位置づけられるべき民事訴訟を、刑事の再審制度との関係で制約されるなどという「理屈」を持ち出したのはなぜか。

民事一審での審理の経過からは、予想し難かった結論

被告の側の訴訟対応は混乱を極め、立証段階では、相当な時間を費やして現被告の本人尋問に加え、3人の証人尋問も行われた。それらの供述・証言は、原告の請求を裏付けるものだった。
贈賄供述の信用性について、一審判決は、2回目の現金授受を先に供述し、その後に初回の現金授受を供述していること、同席者の有無についての供述が変遷していること等から、「自らの経験した事実を語っているのか否か疑問と言わざるを得ない」としたのに対して、控訴審では、「必ずしも不合理とは言えない」とし、見解が分かれたのであったが、この点について、心理学的分析の結果「実際の体験記憶に基づく供述ではない可能性が高い」とする認知心理学者の供述鑑定書が提出されている。
刑事の控訴審判決は、被告人にとっては全く「不意打ち」と言える多くの誤った認定・判断をしていたが、上告は「憲法違反、判例違反の上告理由に当たらない」として棄却されたので、控訴審の判断の誤りは、刑事訴訟では判断されていかなかった。民事訴訟では、そのような控訴審の判断の誤りを、さらに肉付けして主張・立証した。
それに対して、被告の贈賄供述者側は、控訴審判決の認定・判断を繰り返す以外に、反論は全くできていない。
こうした審理の内容に加え、裁判所からの補充尋問で精神的損害の内容についての質問があり、請求が認められる方向ではないかと期待をしていた。
しかし、結局、民事一審判決は、原告の訴訟提起を受け、民事訴訟の審理は十分に行ったのに、判決を出す段階に至って、刑事事件の確定判決と異なる判断を行うことに抵抗を覚え、「刑訴法の再審制度が設けられている趣旨との関係による制約」というあり得ない理屈を持ち出して、原告の請求を棄却してしまったのである。
当然のことながら、藤井氏は、この一審判決に対して、控訴を行った。

果てしない「冤罪との戦い」

謂れのない冤罪で、有罪判決を受けて処罰された者にとって、冤罪との戦いは、生涯にわたり、果てしなく続く。
藤井氏は、今年12月に懲役1年6月執行猶予3年の有罪判決確定から3年を経過し、公民権停止も終わる。選挙にも立候補できるようになり、政治家として復帰する日も遠くない。
「収賄事件のことはもう忘れた方がいい」と助言してくれる支援者もいる。しかし、藤井氏は、「私は冤罪との闘いを続けます」と明言している。
彼にとって「冤罪で逮捕・起訴された全国最年少市長」であることが、政治家としての原点とも言える。それを覆い隠して、市長職をめざすことはできない。ましてや、冤罪の司法判断を受け入れ、事実に反して収賄の罪を認め、「うわべだけの反省の弁」を述べることなどできるわけもない。冤罪との戦いは、政治家としての彼のアイデンティティだと言える。
藤井氏は、刑事事件の上告棄却を受けて市長辞任の意向を表明した際、弁護団に対して、「市長は辞任しますが、私が現金を受け取った事実はないという真実を明らかにするため、今後も戦い続けます。とれる手段があるのならば、あらゆることをやっていきたい。」と述べて、自らの潔白、無実を明らかにするために戦い続けていくことを明確に宣言していた。
有罪判決確定後の冤罪との戦いの第一歩が、贈賄供述者等に対する民事訴訟提起だった。

刑事事件の冤罪は、刑事訴訟制度の中で解決すべきという意見もあるだろう。
しかし、「控訴審逆転有罪判決」による有罪確定は、先進各国の中でも特異な「無罪判決に対する検察官上訴」を許容する制度によるものであり、

何人も、実行の時に適法であつた行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない。

とする憲法39条の違反の疑いすらある。「三審制」の下での刑事裁判を受けたとは言い難い、最も理不尽な冤罪の構図によって有罪が確定したものだ。しかし、そのような経過であっても、一度、有罪が確定すれば、日本の刑事訴訟における再審のハードルは著しく高い。
そのような絶望的な状況の中で、民事訴訟という刑事訴訟とは独立した訴訟制度に救いを求めるのは、ある意味では、法的には最も正当なやり方と言えるだろう。その民事訴訟で、今回の民事一審判決は、刑事訴訟の再審事由と同等の要件が充たされなければ請求は認められないとして、その道を閉ざそうとしているのである。
藤井氏の冤罪との戦いは、東京高裁に舞台を移して、今後も、続く。引き続き、全力で彼をサポートしていきたい。

 

 

カテゴリー: 藤井浩人美濃加茂市長, 司法制度 | 1件のコメント

菅原前経産相不当不起訴の検察、告発状返戻で「検審外し」を画策か

6月30日の記事【菅原前経産相・不起訴処分を“丸裸”にする~河井夫妻事件捜査は大丈夫か】で詳述したように、検察が菅原一秀前経産大臣に対して行った不起訴処分は、公職選挙法違反事件の刑事処分として凡そあり得ないものであった。東京地検次席検事が行った異例の不起訴理由説明も、犯罪事実が認められるのに罰金刑すら科さない理由には全くならないものだった。

しかも、菅原氏の指示で選挙区内の有権者の葬儀・通夜に香典を持参していた当時の公設秘書のA・B両氏の話によると、彼らは、昨年11月頃から東京地検特捜部の取調べを多数回受けており、現場の検察官のレベルでは、起訴に向けての捜査が行われていたように思えた。それが、最終段階に来て、捜査を指揮する上司・上層部と菅原氏側と間で、何らかの話し合いが行われ、それを受けて不起訴の方針が決まったようにしか思えなかった。

菅原氏の不起訴処分の前提として認定された有権者への寄附の金額は約30万円とされているが、A・B両氏の供述によって認められる公選法違反の犯罪事実は、3年間で約300万円になることは明らかだった。2000年に、秘書と共に選挙区内で約1000円の線香セットを551人に配った公選法違反で罰金40万円と公民権停止3年の略式命令を受けた小野寺五典衆院議員の事例との比較からもあり得ない。罰金刑すら科さない「起訴猶予」は、交通違反で罰金も取らずに「お目こぼし」するに等しい。

菅原氏の不起訴処分を他社に先駆けた東京新聞の記事【「法軽視が顕著と言い難い」 菅原前経産相の起訴猶予で特捜部が異例の説明】で、

刑事告発した市民側は、本紙の取材に「公選法違反を認定しながら不起訴としたのは不当だ」として、検察審査会に審査を申し立てる方針を明らかにした。

とされていたこともあり、この時点で、私は

菅原氏に対する不起訴処分については、告発人が、検察審査会に審査を申し立てれば、検察も「証拠上起訴は可能」と認めている以上、「一般人の常識」から不起訴には納得できないとして、「起訴すべき」との議決が出る可能性が高い。それによって、菅原氏に対する「不正義」は、いずれ是正されるであろう。

と述べ、検察審査会で検察の不起訴処分が覆ることを確信していた。

 

検察による「検審外し」の画策

ところが、その後、実は、検察は、菅原氏の不起訴処分について、検察審査会での審査に持ち込まれないようにする「検審外し」の画策としか思えない、不可解極まりない動きをしていることが判明した。

菅原氏を告発していた「市民」のC氏本人に取材した記者から得た情報によれば、菅原氏に対する告発状は、昨年10月下旬に、東京地検に提出され、その告発を受けた形で、A・B両氏の取調べや他の関係者の取調べ等が行われていたが、不起訴処分が行われる直前に、その告発状が、告発状の不備を指摘する文書とともに告発人のC氏本人に返戻されていたというのだ。

告発事件について不起訴処分を行えば、告発人は、検察審査会に審査を申し立てることが可能だ。ところが、検察は、その告発状をC氏に返戻し、それと別個に、検察自らが菅原氏の公選法違反事件を独自に認知立件した形にして、その「認知事件」を不起訴にしたということのようだ。そうなると、検察は告発事件について不起訴処分をしたものではなく、検察審査会に審査を申し立てる余地はないということになる。検察が、検察審査会の審査を免れるために、敢えてそのような姑息な手段を用いたとしか思えなかった。

C氏は、新聞出版業を営む会社の代表取締役であり、「国滅ぶとも正義は行わるべし」をモットーに、特に、日本国の中枢に位置し、国政を運営する責にある者、社会的影響力を有する企業経営者に対して、国法の正しい運用を厳しく求めている人物だった。過去にも、新聞、週刊誌等で報じられた多くの事件について、法を厳正に適用して処罰を行うことを求める告発を行っていた。

私も、過去に、C氏が告発した、日産自動車株式会社代表取締役社長(当時)西川廣人氏に対する不起訴処分について、C氏からの委任を受け、申立代理人として、検察審査会への審査申立を行ったことがあった。

私は、C氏本人に連絡をとった。C氏は、菅原氏の不起訴処分には全く納得できないので、検察審査会への申立てを行う意向だった。しかし、告発状が返戻されているということは、検察庁では、菅原氏の事件を告発事件として扱っておらず、C氏に「不起訴通知」は届かない。通常、検察審査会への申立ては、不起訴通知を受けて、その事件番号を記載して申立書を提出するので、不起訴通知が届いていない以上、申立ては困難だと考えられた。

私がそのように説明したところ、C氏は、「先生、何とかなりませんか。こんなことがまかり通るのであれば、この国の正義は滅びてしまいます。」と憤慨していた。

 

「検審外し」を打破する審査申立の検討

私は、C氏から告発状と、検察庁がC氏に返戻した際に添えられていた「東京地検特捜部」名義の書面を送ってもらい、告発状とその書面を精査し、検察が不当に告発状を返戻した上で行った不起訴処分に対して、「検審外し」を打ち破って審査に持ち込む手段がないかを検討した。

そこで、検察審査会法の規定を改めて検討してみた。

検察審査会法2条2項は、

検察審査会は、告訴若しくは告発をした者、請求を待って受理すべき事件についての請求をした者又は犯罪により害を被った者の申立てがあるときは、前項第一号の審査を行わなければならない

としている。「前項第一号の審査」というのは、「検察官の公訴を提起しない処分の当否の審査」のことだ。ここでは「告発をした者」が申立てできるとされているのであり、「検察官が告発を受理したこと」は要件にはなっていない。告発人が犯罪事実を特定し、正当に告発状を提出しているにもかかわらず、検察官が告発を受理しなかった場合も、「告発をした者」に該当し、その事件について不起訴処分が行われた場合は、審査の申立てが可能なはずだ。

検察審査会事務局にも問合せたところ、告発が行われ、その告発事件について不起訴処分行われたのであれば、審査申立ては可能であり、申立てが行われれば、不起訴事件の特定のため検番(検察における事件番号)については、検察審査会事務局から検察庁に照会するとのことだった。

そこで、検察がC氏に告発状を返戻した理由が正当なものか(C氏が提出した告発状に不備があり「有効な告発」とは言えないものか)、告発された事件について検察の不起訴処分が行われたと言えるか、という点について検討を行った。

 

検察が告発状を返戻した理由

告発状が返戻された際に同封された「東京地検特捜部」名義の書面では、以下の理由で、「本件告発状においては、犯罪構成要件に該当する具体的な事実が具体的な証拠に基づいて特定して記載されているとは認められない」としている。

(1)告発状記載の「法令の適用」には、その根拠条文として、公職選挙法199条及び同法248条(請負その他特別の利益を伴う契約の当事者である者による選挙に関する寄附の禁止規定及び罰則)並びに同法199条の2及び同法249条の2(公職の候補者等の寄附の禁止規定及び罰則)が列記されており、いずれの寄附禁止規制違反を問題とされるのか不明確であり、また、このうち同法249条の2の各項に罰則の定めがある寄附禁止規制違反については、選挙に関する寄附の禁止違反、通常一般の社交の程度を超える寄附の禁止違反及びこれら以外の寄附の禁止違反等の各種類型があるところ、上記「告発状」記載の「犯罪事実」及び「法令の適用」等からは、これらのいずれに該当する旨主張されているのかも不明である。

(2)「有権者買収行為」である旨の記載や「告発の趣旨」欄の「当選無効に該当する」旨の記載からすると、同法221条等所定の買収罪に該当する旨主張されているようにも拝察され、これらの点がいずれも判然としない。

(3)「犯罪の事実」の疎明資料としては、インターネット上に掲載された雑誌の記事概要をプリントアウトしたと思われるものだけが添付されており、犯罪構成要件該当事実の根拠・資料として十分ではない。

(4)代理人による告発は、刑事訴訟法に規定がなく、認められないと解するのが通説。

 

告発状を返戻する理由は全くない

しかし、(1)については、本件告発状が、「公職の候補者等」が選挙区内の有権者に対して、秘書が議員の代わりに香典を配る行為に適用される「寄附の禁止」の規定の適用を求めるものであることは、「公選法が禁ずる寄附の禁止を犯す犯罪行為」と明記していること、香典の贈与が公選法の「寄附の禁止」に違反するとの法律専門家の解説を含む週刊文春の記事を添付していることから疑いの余地がない。「法令の適用」に第199条及びその罰則を記載しているのは、公職選挙法について知識に自信がなかったことから「念のため」に付記したに過ぎない。

(2)については、告発人が、告発状に「有権者買収行為」と記載したのは、週刊文春で報じられた「カニ、メロン」の贈答など、長年にわたる有権者に対する買収行為の一環として行われたものとの認識を示したもので、また、「当選無効」と書いたのも、正確には、公民権停止に伴う「失職」であり、「当選無効」ではないが、週刊文春記事での専門家の解説で、寄附の禁止に違反した場合について、「最長5年間の公民権停止となり、当選も無効となります」とされていたことから「当選無効」と表現したもので、告発人が「買収罪」に該当すると主張しているものではない。

(3)は、告発状の添付資料では犯罪構成要件該当事実の根拠・資料として十分ではないというのであるが、添付された文春オンラインの記事だけでも、秘書に代理で通夜に出席させて香典を贈与した公選法199条の2第1項違反の事実は十分に特定されており、香典を差し出す写真も添付されているのであるから、告発の根拠としての証拠は十分だ。

しかも、東京地検特捜部は、本件告発後、同告発事実を含む公選法違反事件の捜査に着手し、被疑者の刑事処分のために必要な捜査を行い、「起訴猶予」処分とし、被疑者の公選法違反の犯罪事実を認定しており、結局、上記記事で指摘した被疑者の公選法違反の疑いは検察の捜査によって裏付けられている。

(4)については、本件告発は告発人自身の意思による告発人自身が自らの名前を記載して押印して告発しているのであり、本件告発状には告発人に加えて代理人名を付記しているにすぎない。告発状の返戻が、代理人に全く連絡なく、告発人本人に対して行われていることからも、東京地検が、本件告発を代理人によるものとして取り扱っていないことは明らかだ。

そもそも、(1)、(2)について、専門知識がなければ厳密に正確な記載はできないような点に因縁をつけ、他方で、法律の専門家である弁護士の代理人による告発が認められないなどと述べるのは矛盾している。

東京地検特捜部の書面に書かれている告発状返戻の理由とされた(1)~(4)は、いずれも、C氏の告発が不備で、有効な告発ではないことの理由にはならないものだった。

 

告発状を「預かり」のまま7カ月以上も捜査を継続

しかも、本件告発は、昨年10月25日付けで行われ、検察官は、告発状を受領したまま7ヵ月以上にわたって受理の判断を留保し、被疑者の公選法違反の捜査を継続していたが、不起訴処分を行う直前に、告発状を返戻したものだった。検察官が、本件告発状に、そのままでは受理できない問題点や不十分な点があるというのであれば、なぜ、受領後、早期に返戻して、是正・補充を求めなかったのか。

菅原氏は、今年1月20日の通常国会召集日に、久々に国会に出席した際、「告発状が提出されていること」を、国会議員として疑惑についての説明を拒絶する理由としていた。告発状が不備で受理すべきではないのであれば、検察官は、速やかに告発状を返戻して、菅原氏に、告発状の提出は説明拒否の理由にならないことを明らかにすべきだった。

検察官が、本件告発状について是正・補充を求めないまま7カ月以上も「預かり」にしたことからも、告発状の不備が問題にされていたのではないことは明らかだった。

A・B両氏の話からも、少なくとも、本年6月に入る頃までは、被疑者の公選法違反事件に対する捜査は積極的に行われていたことは明らかだ。検察官が告発状を返戻したのは、告発状の内容の問題ではなく、当初は、被疑者を起訴する方向で捜査を行っていたところ、その後、何らかの事情で不起訴の方針に変更されたことから、告発人に対する不起訴処分通知を行わないで済まし、検察審査会への審査の申立が行われないようにすることが目的だったのではないか。

 

不起訴処分は、告発された事件についてのもの

もう一つの問題は、「告発された事件について検察の不起訴処分が行われた」と言えるか、という点だった。告発事件について不起訴処分にしたという「不起訴処分通知」が告発人に出されていないので、この点について明確な根拠を示すことはできない。しかし、通常の事件の不起訴処分については、検察は、全く情報開示も説明もしないが、菅原氏の事件については不起訴処分当日の令和2年6月25日に、東京地検斎藤隆博次席検事が記者会見を開いて「異例の不起訴処分説明」を行っていたため、告発された事件との関係が明らかにだった。

告発状に記載された犯罪事実は、

被疑者は、平成29年10月22日投票の衆議院議員選挙の東京9区で当選した衆議院議員であるが、令和元年10月17日の夕刻、東京都練馬区所在の宝亀閣斎場において、同選挙区内に居住する地元町会の元会長の通夜に、自己の公設第一秘書A氏を自己の代理として参列させ、「衆議院議員菅原一秀」と明記した香典袋に二万円在中の香典を受付に手渡して贈与させ、もって、自らの選挙区内にある者に対して寄附を行ったものである。

という事実だった。

一方、斎藤次席検事の説明によると、本件不起訴処分の前提として認定された犯罪事実は、平成29年~令和元年の3年間に、選挙区内の有権者延べ27人の親族の葬儀に、枕花名目で生花18台(計17万5000円相当)を贈り、秘書らを参列させて自己名義の香典(計約12万5000円分)を渡したというものだった。

この不起訴処分で認定された被疑者による香典、枕花の贈与の事実は、昨年10月25日にC氏が提出した告発状の添付資料とされた文春オンラインの記事に書かれている内容であり、告発状提出直後の11月上旬頃に捜査が開始されたものだった。不起訴処分が、告発状に記載された事実を含む被疑者の公選法(有権者に対する寄附の禁止)違反の被疑事実に対するものであることも明白だった。

 

審査申立書を検察審査会に提出、受理通知が届く

そこで、私が、C氏から委任を受け、申立代理人として審査申立書を作成して、7月20日に東京の検察審査会事務局に提出した。申立書では、C氏の告発状は、公選法違反の「有権者に対する寄附」の犯罪事実について処罰を求めており、告発状が返戻される理由は全くないこと、不起訴処分はC氏の告発事件についてのものであることなどから、C氏は「告発をした者」に該当し、審査申立てができることを述べた上、菅原氏の不起訴処分が不当極まりないものであることを記載した。

検審事務局に、検察官が告発状を不当に返戻したので不起訴通知を受けていないこと、一方で、検察官は、同じ事件を独自に認知立件して不起訴にしたと解されることを説明したところ、「検察官の不起訴処分を確認した上で、受理の判断をする。受理した場合には、どの審査会が受理したかを通知する」とのことだった。

そして、4連休明けの7月27日、私の事務所宛てに、東京第4検察審査会から「令和2年(申立)8号事件として受理した」旨の通知が届いた。

こうして、菅原氏の公選法違反事件の刑事処分は、東京第4審査会の11人の審査員の判断に委ねられることになった。

菅原氏の事件は、「起訴猶予」にした検察官も、「起訴しようとすればできる」と認めているのである。しかも、その菅原氏を「起訴猶予」とする理由は、罰金すら科さない理由には全くならないものだ。検察が、7カ月以上も預かったままにしていた告発状を不起訴処分の直前に告発人のC氏に返戻することで「検審外し」を図ったと考えられることも、菅原氏の不起訴処分が検察審査会に持ち込まれたら覆る可能性が高いと検察も考えていたことを示すものと言える。

検察審査会の審査を受ける立場である検察に、このような手段で審査を免れることができるとすれば、「公訴権の実行に関し民意を反映させてその適正を図る」(検察審査会法1条)という検察審査会制度の目的は没却されることになる。

本件におけるこのような審査申立に至る経緯についても、審査会で審議し、議決で触れるべきだ。

そして、我々市民にとって必要なことは、検察の不当な不起訴処分によって、菅原氏が今なお、衆議院議員としての地位にとどまっていることを忘れることなく、検察審査会の審査に注目し続けることだ。そういう意味で、たまたま菅原氏の事件の重要な関係者であるA・B両氏の代理人として話を聞ける立場であった私が、菅原氏の不起訴処分の不当性を論証した【菅原前経産相・不起訴処分を“丸裸”にする】と題するブログ記事を出すことができた意味は大きい。少しでも多くの人に同記事を拡散し、現職国会議員の菅原氏の起訴猶予の不当性について声を上げ続けてほしい。それが、無作為に選ばれた「市民の代表」からなる検察審査会で「民意を反映した議決」が出されることにつながるはずだ。

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政治目的による「来年夏東京五輪開催維持」は、「桜を見る会」と同じ構図

2021年夏に開催予定されている東京オリンピック・パラリンピック(以下、「東京五輪」)の開会式1年前となった7月23日、新型コロナ感染判明者数が、全国で981人、開催都市東京都で366人といずれも過去最大になるなど、感染拡大が止まらない状況の下、国立競技場では「開催1年前記念イベント」が開かれ、競泳女子の池江璃花子選手が、世界へのメッセージの発信役に起用された。

白血病からの復帰をめざす競泳女子・池江璃花子選手が一人でフィールドの中央に立ち、自らの白血病の体験と、東京五輪をめざす選手達の立場を重ね合わせるかのように表現した上、「1年後の今日、この場所で、希望の炎が輝いていてほしいと思います。」と、来年夏の東京五輪の開催を願うメッセージを発した。

この池江選手の記念イベントでの起用の経緯について、毎日【東京開催の危機「池江一択」 組織委、世論の打開狙う オリンピック1年前メッセージ】は、

大会関係者によると人選は「池江一択」だったという。池江が白血病を公表した昨年2月、池江の呼び掛けに応じて日本骨髄バンクへのドナー登録が急増した。社会的な影響力の高さに加え、組織委内には闘病生活を乗り越えプールに戻ってきた池江の起用で、新型コロナウイルスで様変わりした環境に苦悩する世界中の仲間へ勇気を届ける思いも込めた。

と述べている。

しかし、白血病と闘い、克服しようとしている池江選手の姿勢には心を打たれ、共感しつつも、それを、「来年夏東京五輪開催」に結び付けようとしたことに違和感を覚えた人が、多かったようだ。

それは、ツイッターでの反応からもわかる。「池江璃花子」で検索すると、多くのツイートで、「違和感」「政治利用」などの言葉が出てくる。

白血病との闘病を乗り越え、2024年の五輪に向けて練習を再開したばかりの彼女が、「1年後東京五輪開催」に向けてのイベントに駆り出されること、それを拒絶できないことに、私は、痛々しさを覚えた。それは、多くの人に共通する感覚だったようだ。

多くの人がそのように感じるのは、来年夏の東京五輪が開催できる可能性は極めて低いこと、それにもかかわらず、日本政府や東京五輪組織委員会が、開催予定を維持しており、それは、もっぱら安倍政権側の政治的な事情によるものだと感じているからだ。

「コンプライアンス問題」としての“東京五輪協賛金追加拠出”】でも述べたように、日本では、足元で過去最高の新規感染者が判明している状況であり、しかも、経済の回復と両立させる方針で、4月のような緊急事態宣言を出そうとせず、「国民に感染対策を呼び掛ける」ということにとどまっているので、沈静化の見通しすら立たない。世界の感染状況は一層深刻だ。米国やブラジルなど中南米諸国では、感染者、死亡者が増加を続け、欧州各国の一部では、経済活動再開後に、感染者数が再び増加に転じている。

国内、海外の状況から、国民の多くは、感染者数が再び全国的に大幅に増加している状況下で、来年夏の東京五輪開催に向けて労力やコストをかけることに否定的であることは、7月中旬に行われた各種世論調査で、「開催すべき」が少数にとどまっていることにも表れている。

「開催すべき」との少数の意見の多くが、東京五輪の晴れの舞台をめざしてきた選手達の心情を慮るものであろうが、実際には、その選手達にとっても、客観的に見て開催される可能性が低いと思える来年夏の東京五輪に向けての練習に肉体と精神を集中させていくことは極めて困難で酷なことである。むしろ、開催の可能性が低いのであれば、少しでも早く開催中止を決定するのが、選手達のためでもある(有森裕子氏は、「来年の3月まで引っ張ったら選手(の心身)が持たない」と述べている:サンケイスポーツ)。

東京五輪が2022年ではなく2021年への延期となった最大の原因が、安倍首相自らの自民党総裁の任期内に開催することが目的であることは、組織委員会の森喜朗会長も認めている。しかも、自民党寄りの産経新聞ですら【首相、五輪来年開催に不退転の決意 解散戦略に影響も】で述べているように、安倍首相が五輪開催にこだわるのが、政権の花道(レガシー)にするためであり、東京五輪開催の有無は、内閣支持率が低迷する中、衆院解散・総選挙で政権を維持しようとする安倍政権の解散戦略にも影響を与えるという背景がある。まさに、東京五輪開催の問題は政権維持そのものにも関わる極めて政治的な問題であり、そのことは、国民の多くが感じていることである。

このような「来年夏五輪開催に不退転の決意」で臨む安倍首相の意向を受け、組織委員会や政府関係者が、来年夏開催が困難との認識、五輪開催に否定的な世論に抗って、それを変えていこうとしたのが「東京五輪1年前イベント」だ。

前記毎日記事】で

五輪開催を巡る世論は厳しさを増している。(中略)無観客や規模縮小でも開催に否定的な回答が肯定的な回答を上回っている。

支持を呼び掛ける大規模イベントが感染予防の観点から開催できない中、組織委は再び支持を高めることに腐心。池江の求心力に託し、苦境の打開を図った形だ。

と述べているように、新型コロナ感染再拡大で、五輪開催に否定的な世論を、積極的な方向に変えるために、病み上がりの池江選手をイベントに駆り出したのである。

このイベントでの池江選手のメッセージに、多くの人が、共感しつつも「違和感」を覚えたのは、当然の反応と言えよう。

池江選手は、10代の競泳選手として国際的な活躍を重ねた後に、不幸にして白血病に侵され、その闘病から見事に復活し、2024年の五輪出場をめざしている。まさに我々国民全体にとっての「希望の灯」である。大切に、大切に、その復活を支援していきたいと誰しも思っている。それを、新型コロナ対策で国民の期待を大きく裏切り瀕死の状況にある安倍政権の延命のために政治利用するは論外だ。

問題なのは、客観的には来年夏の東京五輪が開催できる可能性が低く、多くの国民が、コロナ感染拡大に不安感を持ち、開催に否定的であり、来年夏開催の是非を抜本的に再検討しようとするのが当然であるのに、政府・与党の側に、五輪開催の是非を見直す動きが全く出てこないことである。それどころか、組織委員会側は、来年夏東京五輪開催を何が何でも維持するために、開催に否定的な世論を、積極方向に誘導するため、「一年前イベント」に池江選手を登場させるという「禁じ手」とも言える方法まで使った。それに対しても、政府与党・組織委員会の内部から誰も異を唱えなかったいということである。

結局のところ、内閣支持率が下落しているとは言え、7年にわたる長期政権での「権力集中」に慣れ切ってしまった政府・与党内からは、いくら常識的にあり得ないこと、不当なことでも、「おかしい」と声を上げる動きが全く出てこないのである。

それは、「桜を見る会」問題に典型的に表れた公的行事の私物化の構図と共通している。「桜を見る会」運営の実務を行う内閣府や官邸の職員には、公金によって開催される会が、安倍後援会側の意向で「地元有権者歓待行事」と化していることに違和感を覚えても、異を唱えることなどできなかった。後援会の招待者が増え、地元の参加者に十分な飲食の提供など歓待をしようとする後援会側からの要求に抵抗できなかった結果、開催経費が予算を超えて膨張していったが、内閣府等の職員達は、各界の功労・功績者の慰労という本来の目的とはかけ離れた運営の実態にも、全く、見てみぬふりをしていた。

こういう「桜を見る会」の問題に対して、国会での厳しい追及が行われていたが、新型コロナ感染拡大が深刻化する中で、与党側から、「感染対策が喫緊の問題なのに、なぜ『桜を見る会』などというくだらないことを取り上げるのか。」というような声が大きくなるにつれ、国会での追及も自然消滅してしまった。

しかし、その後、安倍政権が行ってきた感染対策のデタラメ、経済対策の混乱・迷走などを見れば、このような国にとって危機的事態に直面しているからこそ、政治権力の集中の下で、政府・与党全体が、政権の意向を忖度する余り「思考停止」してしまう構図を放置することがいかに危険か、国民が信頼できない政権が維持されることが、いかに国民の利益を害するのか、多くの国民が「痛感」してきたはずだ。

新型コロナ感染拡大が始まるまで続いていた「桜を見る会」問題の追及が中途半端な形で終わり、安倍政権への権力集中の下での、与党や官僚機構の無機能が放置されてしまったことが、今、この国が危機的な状況に陥っている大きな原因と言わざるを得ない。

今や、日本の社会にとって一つの「厄災」になりつつある「来年夏東京五輪開催」を一日も早く断念し、危機的な状況にある日本社会が、コロナ感染と経済危機に立ち向かえる体制を構築していくことが不可欠である。

 

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「コンプライアンス問題」としての“東京五輪協賛金追加拠出”

2021年夏に延期された東京五輪の開会予定日まで、7月23日で、あと1年となった。

ちょうど、そのタイミングで、7月23日の新型コロナ感染判明者数は、全国で981人、開催都市東京都で366人と、いずれも過去最大となった。

7月中旬に行われたNHKの世論調査の結果では、来年7月からの東京五輪開催についての質問に対して、「さらに延期すべき」が35%、「中止すべき」が31%、「開催すべき」が26%という結果だったことが明らかとなった(【五輪・パラ 「さらに延期」「中止」が66% NHK世論調査】)。

国民の多くは、感染者数が再び全国的に大幅に増加している状況下で、来年夏の東京五輪開催に向けて労力やコストをかけることに否定的ということだ。

2024年五輪開催の可能性

この問題に関して、私は、【「東京五輪来年夏開催」と“安倍首相のレガシー” 今こそ、「大連立内閣」樹立を】などで、東京五輪開催問題が、新型コロナ対策に対する重大な支障になりかねないことを指摘し、都知事選挙公示直後の【都知事選の最大の争点「東京五輪開催をどうするのか」】では、最も現実的な選択肢は、フランス・パリ当局と協議して、「2024年東京・パリ共同開催」を模索することではないかなどと述べてきた。2024年への延期案は、都知事候補の小野泰輔氏も政策の一つとして掲げていたものであり、世論調査で最も賛成者が多い「再延期」には、2024年への延期模索を支持する人も多く含まれているはずだ。

もっとも、あるルートを通じて、フランス側関係者の意向を確かめてもらったところ、フランス側としては、日本が2021年夏東京五輪開催の方針を維持している限り、2024年開催について日本側と話をすることは困難だとのことだ。2024年の東京・パリ共同開催をめざすとしても、まずは、現実的な可能性が極めて低くなった「2021年東京五輪開催」を早期に断念することが大前提となる。

東京五輪開催をめぐるマスコミの論調の変化

東京五輪開催に関して消極的な話は全く伝えて来なかったマスコミの論調も、ここへ来て変わりつつある。

日経新聞は、北川和徳編集委員【東京五輪のイメージ変化 このまま進んでいいのか】

開催に向けて公金を追加して準備をしたあげく、中止に追い込まれる事態も考えられる。そのときは小池知事や1年延期を提案した安倍晋三首相が責任を取るのだろうか。少なくとも何の説明も受けていない都民や国民は責任の取りようがない。

と述べたのに続き、【東京五輪、しぼむ巨大な祭典 コロナ禍で収益見通せず】と題する連載記事で、五輪競技の国際団体や選手達にとって、来年夏東京五輪開催をめざして準備を進めることによる重い負担や様々な苦悩を伝えている。

国民の見方もマスコミの論調も変わりつつある。

安倍首相の「不退転の姿勢」

しかし、今年夏の開催を来年夏に延期した際に

人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証しとして、国民とともに来年のオリンピック・パラリンピックを必ず成功させていきたい

と述べた安倍首相や、五輪組織委員会の側には、来年夏開催を断念しようとする姿勢は全く見受けられない。それどころか、来年夏開催が困難との認識、五輪開催に否定的な世論に抗って、それを変えていこうとしているようにも思われる。

安倍首相は、7月22日の新型コロナウイルス対策本部会合で

東京五輪・パラリンピックの開催に向け、アスリートや大会関係者の入国に向けた措置を検討していく

と説明し、これ以上の延期や中止を避け、確実に開催できるよう環境整備を進める考えを示したとのことだ【首相、五輪来年開催に不退転の決意 解散戦略に影響も】

安倍首相が、現在のような状況に至っても、なお、「五輪来年開催に不退転の決意」で臨もうとするのは、同記事にも書かれているように、東京五輪を花道(レガシー)にするためとしか考えられない。組織委員会の森喜朗会長も、

僕は2年ぐらいの延期もと思っていたんだけど、安倍首相は来年で任期が切れる。自民党総裁の任期だから特別に延ばすのも問題ないけど、そう思われたくないという気持ちがあった

と、安倍首相の任期が、2021年への延期となった最大の原因であることを明らかにしている(【東京五輪あと1年 二宮清純氏直撃に森喜朗会長激白(3)】22年開催は?「これ以上延ばすと…」

このような首相の東京五輪に向けての発言や「不退転の姿勢」を、「狂っている」と受け止めた人が相当数いることは、ツイッター等での反応からも窺われる。

「コロナ感染下での東京五輪開催」に向けてのムーブメントの作出?

このように安倍首相から「不退転の姿勢」が示されていることもあって、このところの全国的な感染者急増にもかかわらず、日本政府や組織委員会側には、来年夏開催の是非を再検討しようとする動きは全くない。それどころか、開会式1年前となった7月23日、国立競技場で記念イベントが開かれ、各メディアは、「一年後の東京五輪開催を信じて」、「五輪開催とコロナ対策の両立」などという特集が組まれるなど、来年夏の東京五輪開催の方針が全く揺らいでいないことが強調され、「コロナ感染の下での東京五輪開催」を国民的ムーブメントとしていこうとしているように思える。

国立競技場での記念イベントでは、白血病からの復帰をめざす競泳女子・池江璃花子選手が一人でフィールドの中央に立ち、

大きな目標が目の前から突然消えてしまったことは、アスリートたちにとって言葉にできないほどの喪失感だったと思います。私も、白血病という大きな病気をしたからよく分かります。思っていた未来が、一夜にして、別世界のように変わる。それは、とてもきつい経験でした

と、自らの白血病の体験と、東京五輪をめざす選手達の立場を重ね合わせるかのように表現した上、

1年後の今日、この場所で、希望の炎が輝いていてほしいと思います

と、来年夏の東京五輪の開催を願うメッセージを発した。

池江選手のメッセージは、白血病と闘い、克服しようとしている一選手の言葉として、心を打たれるものだ。しかし、それを、「来年夏東京五輪開催」に結び付けることが、果たして、2024年のパリ五輪をめざしている彼女の真意なのだろうか。白血病との闘病の苦難を乗り越え、2024年の五輪に向けて始動し始めたばかりの彼女が、直接関係のない「1年後東京五輪開催」に向けてのイベントに駆り出されること、それを拒絶できないことに、痛々しさすら覚える。

スポンサー企業への協賛金追加拠出の要請

最大の問題は、来年夏東京五輪を開催するならば、そのための追加費用を、誰がどう負担するのか、という点だ。IOCは800億円程度しか負担しない方針を明らかにしており、日本側で少なくとも3000億円の追加費用が必要になると言われているが、開催都市の東京都は、小池都知事がコロナ対策での費用に財政調整金の大半を使い果たしており、とても東京五輪の追加費用を負担できる状況ではない。コロナ対策のために膨大な財政支出を行っている国も、東京五輪に多額の費用を負担する余裕はない。結局のところ、スポンサー企業の追加拠出が、大きな資金源にならざるを得ないだろう。

だからこそ、組織委員会や政府が、記念イベントなどを行うことで、来年夏東京五輪開催の方針が全く揺らいでおらず国民全体が東京五輪開催を願って努力しているかのような雰囲気を作ることで、スポンサー企業にとって、協賛金の追加拠出を行いやすい状況にしようとしているようにも見える。実際に、7月21日に、東京五輪組織委員会が、スポンサー企業に協賛金追加拠出の要請を始めたと報じられている(【東京五輪組織委、スポンサー企業に協賛金追加要請】)。

追加協賛金拠出をめぐるコンプライアンス問題

しかし、現在の状況下で、スポンサー企業が、東京五輪の協賛金追加拠出に応じることには、「組織が社会の要請に応えること」という意味のコンプライアンスにおいて重大な問題が生じることになる。

当初、東京五輪が2020年開催に向けて準備が進められていた段階で、国民の多くが期待する東京五輪開催に協力することは、日本企業にとって社会貢献であり、協賛金を拠出することによって相応の宣伝効果も見込めるので、経営者として協賛金拠出を判断することに特に問題はなかった。

しかし、東京五輪の開催が2021年夏に延期された現在の状況の下では、東京五輪に対して協賛金を拠出することには、様々な問題がある。

【オリンピック延期の追加負担 継続か撤退か 身構えるスポンサー】で指摘されているように、スポンサー企業は、1業種1社に限って五輪マークを使った独占的な宣伝活動が認められることで、企業にとって大きな宣伝効果があった。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大によって積極的な宣伝活動が難しい上に、大会の簡素化によって期待した宣伝効果は見込めない可能性があることなどから、追加費用を拠出することのメリットは大幅に縮小しており、新型コロナの直撃を受けて業績が悪化しているスポンサー企業にとって、追加拠出を正当化する理由は見出し難い。

しかも、追加拠出に応じた場合、現時点でも大多数の国民が予想しているとおり、結局、東京五輪開催が「中止」になっても、拠出した費用は返ってこない。つまり、五輪開催自体による宣伝効果はなく、その分は、企業が損害を被ったことになり、株式会社であれば、それによって株主の利益が損なわれたことになる。

そのような結果が十分に予想できるのに、敢えて拠出を決定したとすれば、会社法上、拠出を決定した取締役が善管注意義務違反に問われ、株主からの代表訴訟で責任を問われる可能性もあるだろう。

そして、このようなコンプライアンス・リスクを承知の上で追加拠出に応じるということであれば、その「動機」も問題になる。

既に述べたように、客観的に見れば、来年夏の東京五輪開催は困難というのが常識的な見方だ。それでも、開催を断念しないのは、安倍首相個人の政治的レガシーを残すことや、開催断念による政権崩壊の危機を回避するという政治的動機によるものと考えられる。

そのような政治的動機による東京五輪開催維持のために、スポンサー企業が協賛金を追加拠出することは、実質的には、「安倍首相側への政治献金」のような性格を有することになる。

また、当該企業の事業に関して、Go toキャンペーン等の実施によって利益を受ける旅行業界などから、安倍政権側に便宜を図ってもらいたいという意図があり、その見返りに協賛金が拠出される場合には「賄賂」的な性格もあると言い得るし、会社の利益にはならないないことを承知で、単なる「経営者と安倍首相とのオトモダチ関係」維持のために会社資金を拠出するというようなことが仮にあった場合には、会社法の「特別背任罪」の問題も生じ得る。まさに、「重大なコンプライアンス問題」となる。

スポンサー企業としての判断のポイント

組織委員会から協賛金の追加拠出を要請された企業は、その是非を取締役会で審議することになるだろう。そこで、取締役としては、以下のような点を踏まえ、追加拠出の是非については、慎重に判断すべきである。

第1に、現在の状況で、2021年夏開催予定の東京五輪に協力することが、本当に、社会の要請に応えるものと言えるかどうかという点だ。

五輪開催が、「コロナ克服の希望の灯」であるとしても、なぜ、それが、現実的には極めて困難な「来年夏開催」でなければならないのか。なぜ、例えば、2024年という現実的に可能性が高い時期に開催をめざす可能性を否定するのか。来年夏東京五輪開催に向けて多大な労力・コストをかけることは、むしろ、日本社会にとっての「希望の灯」を危うくしてしまうのではないか。

しかも、オリンピックというイベント自体が商業化し、本来の「世界中のアスリートが競い合う平和の祭典」とは大きく異なったものになっていることは、かねてから指摘されているところだ。東京五輪招致をめぐっては、贈賄工作を行った疑いで、前JOC会長の竹田恒和氏が、フランスで予審にかけられている。また、選手等を重大なリスクにさらしてまで日本の猛暑の7月~8月に開催する理由が、米国のテレビ局の事情であることは、公知の事実だ。

企業としては、現状において、2021年東京五輪の開催に、株主の負担で協賛金を拠出してまで協力することが、真に社会の要請に応えることなのか、組織委員会等の「雰囲気づくり」に惑わされることなく、冷静に判断する必要がある。

第2に、来年夏に東京五輪を開催できる可能性がどれだけあるのかを、客観的に判断することだ。

新型コロナウイルスに対するワクチンが開発され、それが、全世界に供給される状況になること、画期的な治療薬が開発されて、新型コロナ感染症が抑え込まれること、このいずれかが実現されなければ、東京五輪に、世界中から観客を集めることはおろか、選手を集めることも困難だ。感染リスクの中で、東京五輪に出場をめざして準備し、実際に来日する選手がどれだけいるだろうか。

ワクチンについて最近、国際的に開発の動きが加速しているとは言え、接種の開始は早くても来年前半だとされており(【WHO専門家「新型コロナワクチン接種は来年前半になる」】)、来年夏の五輪開催に間に合うとは思えないし、治療薬も、現時点では「重症化の防止」を図ることが大部分であり、感染や発症そのものを抑えられるわけではない。

企業が協賛金を追加拠出した場合、結局、開催が中止になることで、拠出が丸ごと企業の損失になる可能性が相当高いと言わざるを得ない。

スポンサー企業の追加の協賛金拠出の是非に関して、スポンサー企業が、「社会の要請に応える」という意味のコンプライアンスという観点から適切な判断を行うことで、来年夏東京五輪開催をめぐる日本社会の混乱の収束につながることを期待したい。

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交通事故被害者の主婦が突然“被疑者”に~不当捜査の訴えに裁判所が下す判断は?

高校生の娘を持つ母親の主婦のAさんは、ある日、自家用車を運転中に、高齢運転者の危険運転による一方的な過失による事故の被害に遭って、救急車で搬送された。事故からしばらくして警察から呼び出され、事故の処理かと思って警察署に行ったところ、突然「犯人隠避」の被疑者として扱われた。「私が運転していました」といくら訴えても、「身代わり」であることを認めるように強要される。「昭和の時代」でもあり得ないような事件が、4年前、島根県で起きた。

度重なる取調べが行われ、その恐怖に夜も眠れず、苦しみ続けていたAさんが、私の法律事務所に助けを求めるメールをしてきたのは、2017年5月下旬だった。

Aさんは、警察や検察からの犯人扱いが続き、耐え難い苦痛の毎日を過ごしていたが、交通事故の加害者の高齢男性が不起訴処分になったことで、二重の衝撃を受けた。「なぜ、交通事故の被害者の自分が警察や検察にこんな思いをさせられなければいけないのか、真実を知りたい」と切々と訴えていた。

私は、島根県と国に国家賠償請求訴訟を提起することを提案し、2018年2月に提訴。約2年の審理の末、今年3月に結審。コロナ感染症対策で判決が延期されていたが、明日(2020年7月 15日)、東京地裁で判決が言い渡される。

「交通事故被害者の主婦」が、いきなり「犯人隠避の被疑者」に

発端は、Aさんが、2016年8月、夫のBさん所有の自動車を運転し、優先道路を走行中、一時停止標識を無視して交差点に進入してきた84歳の高齢男性運転の自動車に衝突され、加療4週間を要する肋骨亀裂骨折等の傷害を負った交通事故だった。

事故から約3ヶ月経った11月中旬、Aさんは、警察の呼出しを受け、事故処理のための被害者聴取だと思って警察署に赴いた。すると、突然、「あなたには犯人隠避の疑いがある。被疑者として取調べを行う」と告げられ、ポリグラフ(ウソ発見器)検査を受けさせられた。事故時の運転者が夫であり、無免許や飲酒運転を隠蔽するために、Aさんが運転者であったかのように虚偽申告をした「犯人隠避」の疑いがあるということだった。

突然「被疑者扱い」され、「逮捕する可能性もある」と言われたAさんには、一体何が起きているのかさっぱりわからなかった。Aさんは夜も眠れない程精神的に追い詰められ、体調も崩した。その後も何回も取調べで呼び出され、事故車両と同型車両での実況見分まで行われた。夫のBさんも、警察の取調べを受けた。

しかし、Aさんが事故に遭った時には、勤務先の飲食店のタイムカードの記録で、Bさんにアリバイがあることが明らかになった。それによって、Aさんの犯人隠避の疑いは晴れたように思われた。

検察官が根拠もなく「浮気の可能性」に言及

ところが、Aさんは、取調べ担当の警察官から「犯人隠避の事件で検察庁に送致する」と言われた。それからしばらくして、松江地検の検察官から呼び出された。「交通事故の被害者としての聴取だけでなく、犯人隠避の被疑者としても取調べをする」と告げられ、「黙秘権」も告知された。

Aさんが、「アリバイがあるので夫が運転していなかったことは明らかだ」と言うと、検察官は、「想像は限りなく広がりますよね。俗っぽいことをいえば浮気してて、事故が表になっちゃうのは旦那さんにばれるし」などと言って、あたかも、事故当時、Aさんの浮気相手が運転していて、事故直後に現場から逃げ出した可能性もあるというようなことを言われた。

その検察官は、「目撃者がいるから犯人隠避の疑いがあるが、証拠が十分ではないので起訴しない。事故の相手方の事件(交通事故の加害者)も、被害者が一人か二人かわからないから起訴できない」などと説明した。

警察で突然「被疑者扱い」され、疑いが晴れたと思ったら、検察官にも「被疑者扱い」され、「浮気の可能性もある」などと言われ、一方で、優先道路に一時停止標識を無視して出てきて衝突して自分に怪我を負わせた加害者は不起訴になるというのだ。交通事故の被害者の自分が、なぜ、そのような目に逢わせられなければならないのか、どうしても納得できなかった。

しかし、このような警察や検察の問題を地元の弁護士に相談しても、取り合ってもらえず、Aさんは、地元紙の記事で島根県出身の弁護士として紹介されたことがあった「郷原弁護士」のことを思い出し、私の東京の事務所の公開アドレスにメールを送ってきたのであった。

島根県と国に対する国賠訴訟を提起

電話で、Aさんから詳しく話を聞いたところ、夫のBさんは、5年前に飲酒運転で逮捕されたことがあり、その際、警察とトラブルになり、担当警察官の対応について公安委員会への申立までしている事実があったということだった。警察が、Bさんに対する「意趣返し」から、Bさんの無免許運転を無理やり仕立て上げようとして、Aさんを被疑者扱いした可能性もあると思われた。

島根県警の行為は重大な人権侵害であり、絶対に許すことはできないし、それに加担した松江地検の検察官の対応も論外だった、Aさんには、国賠訴訟を起こすという方法があることを説明した。Aさんは、悩んだ末、夫のBさんとともに提訴することを決断し、2018年2月、東京地裁に、島根県警(被告島根県)と松江地検(被告国)に対する国家賠償請求訴訟を提起した。

国賠訴訟の被告となった島根県は、事故当時、事故車両を男性が運転していたのを目撃したとする「目撃者供述調書」らしき書面2通を、住所氏名を黒塗りにして証拠提出してきた。しかし、2名の「目撃者」のうち1名は、事故直後、Aさんが救急搬送された後の現場での実況見分に立ち会っている。その実況見分調書上は、事故車両の運転者はAさんとなっている。「調書」では、「実況見分の際も、運転者が男性だと言ったつもりだったが」などと述べている。もう一人の目撃者は、「運転席にいた男性に話しかけた」と供述しているが、事故直後の実況見分の車両の停止位置からは、調書で述べているような形で話しかけることは客観的に不可能だ。2名の「目撃者」の供述は全く信用できないもので、運転者が男性であったこと、Aさんが犯人隠避を行ったことを疑う根拠になるものとは到底言えなかった。

訴訟を起こしたAさんを「被疑者扱い」することによる「恫喝」

事故直後の実況見分ではAさんを運転者として扱っているのに、突然、犯人隠避の被疑者として取調べるに至ったのは、どのような経緯で、どのように判断したからなのか、さっぱりわからない。

そこで、訴訟の中で原告側から、

犯人隠避の「犯人」とは、誰についての、どのような犯罪の事実を想定したものなのか、また、「隠避」というのは、いつのどの行為を指すのか

との求釈明を行った。

驚愕したのは、それに対する被告島根県の準備書面での回答だった。

犯人隠避の被疑事件について、送致を行っていないが、公訴時効完成までは捜査は継続しており、現段階においては、従前主張していること以上の事実を明らかにすることはできない

というのである。

Aさんは、警察から呼び出しを受け、本件事故の被害者としての事情聴取だと思って出頭したところ、いきなり「犯人隠避の被疑者として取り調べを行う」と言われ、ポリグラフ検査を受検させられて以降、「被疑者として逮捕されるかもしれない」という不安と恐怖に苛まれ、耐え難い精神的苦痛を受けてきた。被害者なのに、なぜ警察に虚偽の申告をした犯人のように扱われたのか、いかなる理由によるものだったのかを知りたいという思いから、苦悩した末、被告島根県及び国に対する損害賠償請求の提訴に踏み切ったのだ。ところが、島根県は、そのAさんの当然の疑問に対して、真摯に答えようとしないどころか、「犯人隠避の被疑事件について、公訴時効完成までは捜査は継続している」などと述べて、Aさんを引き続き捜査の対象にするかのように「恫喝」してきたのである。

このような島根県の準備書面を見たAさんは、突然犯人隠避の被疑者として取調べを受けた際の恐怖を思い起こし、再び激しい不安に苛まれることになった。

原告側からは、被告島根県の準備書面でAさんが再び大きな精神的打撃を受けたことを訴える陳述書を提出し、島根県の対応を厳しく批判した。それを受け、裁判所から被告島根県に、可能な限り求釈明に応じるようにとの指示があったことを受け、被告島根県は、ようやく、夫のBさんの勤務先のタイムカードに関する捜査報告書を提出してきた。

それが、また驚愕の内容だった。

Aさんの「被疑者取調べ」の前に、夫Bさんのアリバイは判明していた

島根県警が、Bさんの勤務先からタイムカードの提出を受けて事故当時Bさんにアリバイがあることを確認したのは、Aさんの取調べを行う2週間も前だったのだ。Bさんが運転していた可能性が客観的に否定されているのに、Aさんを呼び出して犯人隠避の被疑者で取調べを行い、ポリグラフまで受けさせていたのである。

しかも、島根県側は、「タイムカードの打刻に第三者が介在していた可能性は否定できず、タイムカードの機器の時刻の設定を一時的に変更して打刻した可能性や機器の時刻設定自体に誤差があった可能性なども否定できない」などと主張した。しかし、タイムカードの記録を確認した時点で、タイムカード偽装工作を疑って捜査した形跡は全くない。「苦し紛れの言い訳」であることは明らかだ。

Bさんにアリバイがあり、Aさんに犯人隠避の犯罪の嫌疑がないことがわかっているのに、Aさんを被疑者扱いして、ポリグラフまで受けさせたということになると、その行為の方が「犯罪的」だ。県警側に全く弁解の余地はなく、被告島根県として、責任を認めるのが当然だと思えた。ところが、その後も、島根県は、反論を先延ばししたり、沈黙したり、凡そ公的機関の対応とは思えない不誠実な訴訟対応を続けた。

「高齢運転者の危険運転」を放置する島根県警、無罪放免にした松江地検

もう一つの重大な問題は、この事故は、84歳の高齢者が、一時停止標識を無視して優先道路に進入したために発生した、今まさに社会問題にもなっている「高齢者による危険運転」そのものによる事故なのに、「一時停止した」と言い張って過失を認めない加害者の言い分を許し、何ら追及せず、処罰もせず無罪放免にして放置したことだ。

そもそも優先道路に進入する際、安全を確認して進行車両の有無を確認しなければならないのが当然だ。一時停止をした上で、進入して衝突したとすれば、進入した側の重大な過失であり、むしろ、運転者の認知機能に問題があることになる。ところが、島根県は、「高齢運転者」の「自分は悪くない」という弁解を鵜呑みにして、ろくな追及も行っていない。Aさんに対して、嫌疑がなくなっているのに犯人隠避の被疑者で取り調べるという人権侵害を行う一方で、この高齢運転者の危険運転を処罰する方向での捜査はまともに行わず、検察庁も、この高齢運転者を不起訴(起訴猶予)にしてしまったのだ。この事故の後も、この高齢運転者は、平気で車を運転していたらしい。

調査したところ、この高齢男性は、自治会長や交通安全協会の要職も務めている人だった。島根県の田舎では、そういう人の力は絶大だということであり、まさに地域での「上級国民」に対して、警察の対応に「格別の配慮」があった可能性も否定できない。

裁判所は「重要な事件」と認識し出張尋問で真相解明へ

警察の使命は、市民の生活の平穏と安全を守ることである。

しかし、Aさん夫妻に対して島根県警が行った重大な人権侵害、危険な高齢者運転事故への杜撰な対応、それに対してAさんが国賠訴訟を提起したのに対して「捜査を継続中」などと主張してAさんにさらに精神的な打撃を与えたこと、すべて意図的に行ったとしか思えないものであり、全く弁解の余地のないものである。このようなことを平然と行い、何の反省も謝罪もしない島根県警には、組織の体質に根本的な問題があるとしか考えられない。

裁判長からも、「重要な事件」との認識が示され、2019年11月に、松江地裁で異例の出張尋問が行われた。東京地裁から3人の裁判官が出張し、事件を担当した3人の警察官、被告島根県側が「目撃者」だとする2人の男性の証人尋問が行われた後、原告Aさんの本人尋問が行われた。

Aさんは、涙に声を詰まらせながら、自分の思いを率直に表現し、東京から島根県まで出張して尋問を行ってくれた裁判所に感謝の意を示した。

疑いをいきなりかけられ、突然のことで、警察から疑われて調べを受ける中で、本当に不安の毎日と戦って、この3年間、ずっと、本当に苦しい思いをしてきてるんです。本当に藁にもすがる思いで郷原先生を探してご相談させて頂いて、本当に隠しカメラがあるんじゃないか。なんかいつも見張られているじゃないかとか。娘がもし事故をしたら、また犯罪者扱い、子供たちまでさせるんじゃないかとか。そういう思いでずっと暮らしてきたので、こういう場があることをとても感謝しています。

警察や検察の権力に踏みつぶされそうになった一人の市民、子を持つ一人の母親が、勇気を振り絞って、県警と検察の不当捜査を訴えたこの訴訟で、裁判所が示す判断に期待したい。

 

 

 

 

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中国・三峡ダムを襲う豪雨、「ブラック・スワン」を無視してよいのか

九州各地で起きている豪雨は、過去に経験したことがないほど凄まじいものであり、多くの悲惨な災害をもたらしている。その猛烈な雨量をもたらしている「線状降水帯」の原因となっている梅雨前線は、遠く中国まで延び、中国では、長江流域に大水害を生じさせている。

この大水害は、既に、中国という国にとって、極めて重大かつ深刻な事態に発展しているように思える。そして、それが、日本の社会や経済にも重大な影響を与える可能性もないとは言えないように思える。

しかし、台湾系や反中国政府系のメディアではこの大水害について盛んに報じられてきたが、日本のメディアは全くと言っていいほど、報じてこなかった。

7月10日に至って、読売新聞が初めて、「上海=南部さやか」という以下の署名記事で報じた。

中国南部の長江流域を中心に続いている豪雨は、中国応急管理省の10日までの調べで、被災者が江西、安徽、湖北省など27省市・自治区で延べ約3400万人に上り、死者・行方不明者が140人を超えた。

国営新華社通信などによると、江西省上饒市では8日、堤防が約50メートルにわたって決壊し、農地が浸水するなどの被害が出た。土砂崩れも湖北省などの各地で起きている。応急管理省によると、これまでに延べ約200万人が緊急避難した。

中国気象局の予報では、長江中下流域では18日まで強い雨が続く見通し。長江にある世界最大級の「三峡ダム」は6月末から放水を始めたが、放水が増水に間に合っておらず、警戒水位を上回っている。

長江流域での水害は、毎年繰り返されており、それだけであれば、特に珍しいことではない。問題は、記事の最後に書かれている、世界最大の水力発言ダムの「三峡ダム」の水位が、警戒水位を上回った後、さらに高まっていることだ。

読売の記事の少し前、7月6日、Newsweekに、【中国・三峡ダムに「ブラックスワン」が迫る──決壊はあり得るのか】(作家・譚璐美氏)と題する記事が掲載された。

建設中から李鵬派官僚による「汚職の温床」と化し、手抜き工事も起こった。2008年に試験貯水が開始されると、がけ崩れ、地滑り、地盤の変形が生じ、ダムの堤体に約1万カ所の亀裂が見つかった。貯水池にためた膨大な水が蒸発して、濃霧、長雨、豪雨が頻発した。」などと建設時からダムの安全性に問題があった。

万が一決壊すれば、約30億立方メートルの濁流が下流域を襲い、4億人の被災者が出ると試算されている。安徽省、江西省、浙江省などの穀倉地帯は水浸しになり、上海市は都市機能が壊滅して、市民の飲み水すら枯渇してしまう。上海には外資系企業が2万2000社あり、経済的なダメージ次第では世界中が損害を被る。

「ブラックスワン」とは、「起こる可能性は確率的に非常に低いが、起これば極めて大きな衝撃を引き起こす事象」のことである。

同記事では、「29日には三峡ダムの貯水池の水位が最高警戒水位を2メートル超え、147メートルに上昇」、「三峡ダムの耐久性はほぼ臨界点に達していると言えるのではないか」としていたが、その後も、長江流域の豪雨は続き、7月10日には、ロイターが【中国長江流域の豪雨で氾濫警報、三峡ダムは警戒水位超える】と題する記事で、

流域にある巨大ダムの三峡ダムでは貯水量が増え、放水しても追いつかない状況。水利省によると、警戒水位を3.5メートル上回っているという。

と報じた。

三峡ダムの水位については、【長江水文】と題するサイトがあり、三峡ダムを含む、長江流域の水位の1時間ごとの最新情報が公開されている。それによると、三峡ダムの水位は、警戒水位の145メートルを大きく超え、13日午後2時の時点では、153.68メートルと、警戒水位を8メートル以上も上回っており、毎秒の入水が37000立方メートル、出水が19200立方メートルで、差し引き17800立方メートルであり、1日に換算すると、約15億4000立方メートルが貯水されつつあることになる(日本の最大の貯水量のダムは、岐阜県の徳山ダムで、総貯水容量6億6000万立方メートルである)。

福島香織氏【長江大洪水、流域住民が恐怖におののく三峡ダム決壊】(JBpress)によると、

湖北省宜昌市は6月11日に、三峡ダムの水位を145メートルの増水期制限水位まで下げたと発表した。例年より早めに洪水防止のための貯水調節を行い、6月8日に前倒しで221.5億立方メートルの水を下流域に排出して145メートル(正確には144.99メートル)にまでに下げたのだ。この調節放水の量は西湖(杭州にある世界遺産の湖)1550個分という膨大なものである。

三峡ダムの堤防の高さは185メートルで、蓄水期はおよそ175メートルまで水がためられている。これを長江の増水期前に145メートルまで水位をさげて、増水に備えるのだ。この30メートルの水位差が、長い中国の歴史で繰り返されてきた長江の大洪水を防止する役割を果たすといわれてきた。

とのことであり、145メートルという「警戒水位」を超えることで、ただちに氾濫や決壊の危険が生じるわけではない。

しかし、三峡ダムの下流域にある中国最大の淡水湖の鄱陽湖で、12日午前0時(日本時間同1時)に、星子水文観測所の水位が1998年の大洪水時の水位22.52メートルを超え、観測史上の過去最高水位を突破したと報じられており(AFP)、三峡ダムからの出水量を絞って、下流域の洪水の拡大を防止しなければならず、その分、三峡ダムの水位は、今後も、急速に上昇していく可能性が高い。

上記中国のサイトには、【長江流域の降雨予測】のサイトも併設されており、それによると、長江流域では、今後、7月18日頃にかけて、かなりの雨量が予想されている。

豪雨による大規模ながけ崩れ、地滑りが起きて津波が発生したり、近隣で地震が起きたりした場合、ダムの決壊とまではいかなくても、その機能が大きく損なわれ、下流域の洪水が極めて深刻な事態となる。長江下流には、武漢、杭州、上海等、多数の日本企業の拠点がある都市もあり、大洪水に見舞われた場合の被害は深刻なものとなりかねない。

台湾系、香港系メディアは、中国政府に対して批判的であり、右翼系のメディアなどは、中国国内の問題の深刻さを過大視、強調する傾向があることは確かである。当然のことながら、中国政府は、「三峡ダム」の決壊の危険性を真っ向から否定しており、情報の真偽や危険性の評価は慎重に行う必要がある。

しかし、海外メディアを中心とする報道の内容や、現在の水位、入出水量、下流の洪水の状況などからすると、三峡ダムをめぐる危険性は、「万が一」から「千が一」のレベルに高まっているように思える。

新型コロナウイルスに関しても、当初、中国で重要な情報が隠蔽された疑いが指摘されていす。三峡ダムが仮に危険な状態になっているとしても、中国当局が、人命を優先した速やかな情報公開を行うのかどうかは不明だ。

この問題を、日本でも、重大な問題として受け止め、入手し得る情報を基に、専門家による分析を行い、リスクレベルを検討することが必要な段階に来ているように思える。

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