菅原前経産相不当不起訴の検察、告発状返戻で「検審外し」を画策か

6月30日の記事【菅原前経産相・不起訴処分を“丸裸”にする~河井夫妻事件捜査は大丈夫か】で詳述したように、検察が菅原一秀前経産大臣に対して行った不起訴処分は、公職選挙法違反事件の刑事処分として凡そあり得ないものであった。東京地検次席検事が行った異例の不起訴理由説明も、犯罪事実が認められるのに罰金刑すら科さない理由には全くならないものだった。

しかも、菅原氏の指示で選挙区内の有権者の葬儀・通夜に香典を持参していた当時の公設秘書のA・B両氏の話によると、彼らは、昨年11月頃から東京地検特捜部の取調べを多数回受けており、現場の検察官のレベルでは、起訴に向けての捜査が行われていたように思えた。それが、最終段階に来て、捜査を指揮する上司・上層部と菅原氏側と間で、何らかの話し合いが行われ、それを受けて不起訴の方針が決まったようにしか思えなかった。

菅原氏の不起訴処分の前提として認定された有権者への寄附の金額は約30万円とされているが、A・B両氏の供述によって認められる公選法違反の犯罪事実は、3年間で約300万円になることは明らかだった。2000年に、秘書と共に選挙区内で約1000円の線香セットを551人に配った公選法違反で罰金40万円と公民権停止3年の略式命令を受けた小野寺五典衆院議員の事例との比較からもあり得ない。罰金刑すら科さない「起訴猶予」は、交通違反で罰金も取らずに「お目こぼし」するに等しい。

菅原氏の不起訴処分を他社に先駆けた東京新聞の記事【「法軽視が顕著と言い難い」 菅原前経産相の起訴猶予で特捜部が異例の説明】で、

刑事告発した市民側は、本紙の取材に「公選法違反を認定しながら不起訴としたのは不当だ」として、検察審査会に審査を申し立てる方針を明らかにした。

とされていたこともあり、この時点で、私は

菅原氏に対する不起訴処分については、告発人が、検察審査会に審査を申し立てれば、検察も「証拠上起訴は可能」と認めている以上、「一般人の常識」から不起訴には納得できないとして、「起訴すべき」との議決が出る可能性が高い。それによって、菅原氏に対する「不正義」は、いずれ是正されるであろう。

と述べ、検察審査会で検察の不起訴処分が覆ることを確信していた。

 

検察による「検審外し」の画策

ところが、その後、実は、検察は、菅原氏の不起訴処分について、検察審査会での審査に持ち込まれないようにする「検審外し」の画策としか思えない、不可解極まりない動きをしていることが判明した。

菅原氏を告発していた「市民」のC氏本人に取材した記者から得た情報によれば、菅原氏に対する告発状は、昨年10月下旬に、東京地検に提出され、その告発を受けた形で、A・B両氏の取調べや他の関係者の取調べ等が行われていたが、不起訴処分が行われる直前に、その告発状が、告発状の不備を指摘する文書とともに告発人のC氏本人に返戻されていたというのだ。

告発事件について不起訴処分を行えば、告発人は、検察審査会に審査を申し立てることが可能だ。ところが、検察は、その告発状をC氏に返戻し、それと別個に、検察自らが菅原氏の公選法違反事件を独自に認知立件した形にして、その「認知事件」を不起訴にしたということのようだ。そうなると、検察は告発事件について不起訴処分をしたものではなく、検察審査会に審査を申し立てる余地はないということになる。検察が、検察審査会の審査を免れるために、敢えてそのような姑息な手段を用いたとしか思えなかった。

C氏は、新聞出版業を営む会社の代表取締役であり、「国滅ぶとも正義は行わるべし」をモットーに、特に、日本国の中枢に位置し、国政を運営する責にある者、社会的影響力を有する企業経営者に対して、国法の正しい運用を厳しく求めている人物だった。過去にも、新聞、週刊誌等で報じられた多くの事件について、法を厳正に適用して処罰を行うことを求める告発を行っていた。

私も、過去に、C氏が告発した、日産自動車株式会社代表取締役社長(当時)西川廣人氏に対する不起訴処分について、C氏からの委任を受け、申立代理人として、検察審査会への審査申立を行ったことがあった。

私は、C氏本人に連絡をとった。C氏は、菅原氏の不起訴処分には全く納得できないので、検察審査会への申立てを行う意向だった。しかし、告発状が返戻されているということは、検察庁では、菅原氏の事件を告発事件として扱っておらず、C氏に「不起訴通知」は届かない。通常、検察審査会への申立ては、不起訴通知を受けて、その事件番号を記載して申立書を提出するので、不起訴通知が届いていない以上、申立ては困難だと考えられた。

私がそのように説明したところ、C氏は、「先生、何とかなりませんか。こんなことがまかり通るのであれば、この国の正義は滅びてしまいます。」と憤慨していた。

 

「検審外し」を打破する審査申立の検討

私は、C氏から告発状と、検察庁がC氏に返戻した際に添えられていた「東京地検特捜部」名義の書面を送ってもらい、告発状とその書面を精査し、検察が不当に告発状を返戻した上で行った不起訴処分に対して、「検審外し」を打ち破って審査に持ち込む手段がないかを検討した。

そこで、検察審査会法の規定を改めて検討してみた。

検察審査会法2条2項は、

検察審査会は、告訴若しくは告発をした者、請求を待って受理すべき事件についての請求をした者又は犯罪により害を被った者の申立てがあるときは、前項第一号の審査を行わなければならない

としている。「前項第一号の審査」というのは、「検察官の公訴を提起しない処分の当否の審査」のことだ。ここでは「告発をした者」が申立てできるとされているのであり、「検察官が告発を受理したこと」は要件にはなっていない。告発人が犯罪事実を特定し、正当に告発状を提出しているにもかかわらず、検察官が告発を受理しなかった場合も、「告発をした者」に該当し、その事件について不起訴処分が行われた場合は、審査の申立てが可能なはずだ。

検察審査会事務局にも問合せたところ、告発が行われ、その告発事件について不起訴処分行われたのであれば、審査申立ては可能であり、申立てが行われれば、不起訴事件の特定のため検番(検察における事件番号)については、検察審査会事務局から検察庁に照会するとのことだった。

そこで、検察がC氏に告発状を返戻した理由が正当なものか(C氏が提出した告発状に不備があり「有効な告発」とは言えないものか)、告発された事件について検察の不起訴処分が行われたと言えるか、という点について検討を行った。

 

検察が告発状を返戻した理由

告発状が返戻された際に同封された「東京地検特捜部」名義の書面では、以下の理由で、「本件告発状においては、犯罪構成要件に該当する具体的な事実が具体的な証拠に基づいて特定して記載されているとは認められない」としている。

(1)告発状記載の「法令の適用」には、その根拠条文として、公職選挙法199条及び同法248条(請負その他特別の利益を伴う契約の当事者である者による選挙に関する寄附の禁止規定及び罰則)並びに同法199条の2及び同法249条の2(公職の候補者等の寄附の禁止規定及び罰則)が列記されており、いずれの寄附禁止規制違反を問題とされるのか不明確であり、また、このうち同法249条の2の各項に罰則の定めがある寄附禁止規制違反については、選挙に関する寄附の禁止違反、通常一般の社交の程度を超える寄附の禁止違反及びこれら以外の寄附の禁止違反等の各種類型があるところ、上記「告発状」記載の「犯罪事実」及び「法令の適用」等からは、これらのいずれに該当する旨主張されているのかも不明である。

(2)「有権者買収行為」である旨の記載や「告発の趣旨」欄の「当選無効に該当する」旨の記載からすると、同法221条等所定の買収罪に該当する旨主張されているようにも拝察され、これらの点がいずれも判然としない。

(3)「犯罪の事実」の疎明資料としては、インターネット上に掲載された雑誌の記事概要をプリントアウトしたと思われるものだけが添付されており、犯罪構成要件該当事実の根拠・資料として十分ではない。

(4)代理人による告発は、刑事訴訟法に規定がなく、認められないと解するのが通説。

 

告発状を返戻する理由は全くない

しかし、(1)については、本件告発状が、「公職の候補者等」が選挙区内の有権者に対して、秘書が議員の代わりに香典を配る行為に適用される「寄附の禁止」の規定の適用を求めるものであることは、「公選法が禁ずる寄附の禁止を犯す犯罪行為」と明記していること、香典の贈与が公選法の「寄附の禁止」に違反するとの法律専門家の解説を含む週刊文春の記事を添付していることから疑いの余地がない。「法令の適用」に第199条及びその罰則を記載しているのは、公職選挙法について知識に自信がなかったことから「念のため」に付記したに過ぎない。

(2)については、告発人が、告発状に「有権者買収行為」と記載したのは、週刊文春で報じられた「カニ、メロン」の贈答など、長年にわたる有権者に対する買収行為の一環として行われたものとの認識を示したもので、また、「当選無効」と書いたのも、正確には、公民権停止に伴う「失職」であり、「当選無効」ではないが、週刊文春記事での専門家の解説で、寄附の禁止に違反した場合について、「最長5年間の公民権停止となり、当選も無効となります」とされていたことから「当選無効」と表現したもので、告発人が「買収罪」に該当すると主張しているものではない。

(3)は、告発状の添付資料では犯罪構成要件該当事実の根拠・資料として十分ではないというのであるが、添付された文春オンラインの記事だけでも、秘書に代理で通夜に出席させて香典を贈与した公選法199条の2第1項違反の事実は十分に特定されており、香典を差し出す写真も添付されているのであるから、告発の根拠としての証拠は十分だ。

しかも、東京地検特捜部は、本件告発後、同告発事実を含む公選法違反事件の捜査に着手し、被疑者の刑事処分のために必要な捜査を行い、「起訴猶予」処分とし、被疑者の公選法違反の犯罪事実を認定しており、結局、上記記事で指摘した被疑者の公選法違反の疑いは検察の捜査によって裏付けられている。

(4)については、本件告発は告発人自身の意思による告発人自身が自らの名前を記載して押印して告発しているのであり、本件告発状には告発人に加えて代理人名を付記しているにすぎない。告発状の返戻が、代理人に全く連絡なく、告発人本人に対して行われていることからも、東京地検が、本件告発を代理人によるものとして取り扱っていないことは明らかだ。

そもそも、(1)、(2)について、専門知識がなければ厳密に正確な記載はできないような点に因縁をつけ、他方で、法律の専門家である弁護士の代理人による告発が認められないなどと述べるのは矛盾している。

東京地検特捜部の書面に書かれている告発状返戻の理由とされた(1)~(4)は、いずれも、C氏の告発が不備で、有効な告発ではないことの理由にはならないものだった。

 

告発状を「預かり」のまま7カ月以上も捜査を継続

しかも、本件告発は、昨年10月25日付けで行われ、検察官は、告発状を受領したまま7ヵ月以上にわたって受理の判断を留保し、被疑者の公選法違反の捜査を継続していたが、不起訴処分を行う直前に、告発状を返戻したものだった。検察官が、本件告発状に、そのままでは受理できない問題点や不十分な点があるというのであれば、なぜ、受領後、早期に返戻して、是正・補充を求めなかったのか。

菅原氏は、今年1月20日の通常国会召集日に、久々に国会に出席した際、「告発状が提出されていること」を、国会議員として疑惑についての説明を拒絶する理由としていた。告発状が不備で受理すべきではないのであれば、検察官は、速やかに告発状を返戻して、菅原氏に、告発状の提出は説明拒否の理由にならないことを明らかにすべきだった。

検察官が、本件告発状について是正・補充を求めないまま7カ月以上も「預かり」にしたことからも、告発状の不備が問題にされていたのではないことは明らかだった。

A・B両氏の話からも、少なくとも、本年6月に入る頃までは、被疑者の公選法違反事件に対する捜査は積極的に行われていたことは明らかだ。検察官が告発状を返戻したのは、告発状の内容の問題ではなく、当初は、被疑者を起訴する方向で捜査を行っていたところ、その後、何らかの事情で不起訴の方針に変更されたことから、告発人に対する不起訴処分通知を行わないで済まし、検察審査会への審査の申立が行われないようにすることが目的だったのではないか。

 

不起訴処分は、告発された事件についてのもの

もう一つの問題は、「告発された事件について検察の不起訴処分が行われた」と言えるか、という点だった。告発事件について不起訴処分にしたという「不起訴処分通知」が告発人に出されていないので、この点について明確な根拠を示すことはできない。しかし、通常の事件の不起訴処分については、検察は、全く情報開示も説明もしないが、菅原氏の事件については不起訴処分当日の令和2年6月25日に、東京地検斎藤隆博次席検事が記者会見を開いて「異例の不起訴処分説明」を行っていたため、告発された事件との関係が明らかにだった。

告発状に記載された犯罪事実は、

被疑者は、平成29年10月22日投票の衆議院議員選挙の東京9区で当選した衆議院議員であるが、令和元年10月17日の夕刻、東京都練馬区所在の宝亀閣斎場において、同選挙区内に居住する地元町会の元会長の通夜に、自己の公設第一秘書A氏を自己の代理として参列させ、「衆議院議員菅原一秀」と明記した香典袋に二万円在中の香典を受付に手渡して贈与させ、もって、自らの選挙区内にある者に対して寄附を行ったものである。

という事実だった。

一方、斎藤次席検事の説明によると、本件不起訴処分の前提として認定された犯罪事実は、平成29年~令和元年の3年間に、選挙区内の有権者延べ27人の親族の葬儀に、枕花名目で生花18台(計17万5000円相当)を贈り、秘書らを参列させて自己名義の香典(計約12万5000円分)を渡したというものだった。

この不起訴処分で認定された被疑者による香典、枕花の贈与の事実は、昨年10月25日にC氏が提出した告発状の添付資料とされた文春オンラインの記事に書かれている内容であり、告発状提出直後の11月上旬頃に捜査が開始されたものだった。不起訴処分が、告発状に記載された事実を含む被疑者の公選法(有権者に対する寄附の禁止)違反の被疑事実に対するものであることも明白だった。

 

審査申立書を検察審査会に提出、受理通知が届く

そこで、私が、C氏から委任を受け、申立代理人として審査申立書を作成して、7月20日に東京の検察審査会事務局に提出した。申立書では、C氏の告発状は、公選法違反の「有権者に対する寄附」の犯罪事実について処罰を求めており、告発状が返戻される理由は全くないこと、不起訴処分はC氏の告発事件についてのものであることなどから、C氏は「告発をした者」に該当し、審査申立てができることを述べた上、菅原氏の不起訴処分が不当極まりないものであることを記載した。

検審事務局に、検察官が告発状を不当に返戻したので不起訴通知を受けていないこと、一方で、検察官は、同じ事件を独自に認知立件して不起訴にしたと解されることを説明したところ、「検察官の不起訴処分を確認した上で、受理の判断をする。受理した場合には、どの審査会が受理したかを通知する」とのことだった。

そして、4連休明けの7月27日、私の事務所宛てに、東京第4検察審査会から「令和2年(申立)8号事件として受理した」旨の通知が届いた。

こうして、菅原氏の公選法違反事件の刑事処分は、東京第4審査会の11人の審査員の判断に委ねられることになった。

菅原氏の事件は、「起訴猶予」にした検察官も、「起訴しようとすればできる」と認めているのである。しかも、その菅原氏を「起訴猶予」とする理由は、罰金すら科さない理由には全くならないものだ。検察が、7カ月以上も預かったままにしていた告発状を不起訴処分の直前に告発人のC氏に返戻することで「検審外し」を図ったと考えられることも、菅原氏の不起訴処分が検察審査会に持ち込まれたら覆る可能性が高いと検察も考えていたことを示すものと言える。

検察審査会の審査を受ける立場である検察に、このような手段で審査を免れることができるとすれば、「公訴権の実行に関し民意を反映させてその適正を図る」(検察審査会法1条)という検察審査会制度の目的は没却されることになる。

本件におけるこのような審査申立に至る経緯についても、審査会で審議し、議決で触れるべきだ。

そして、我々市民にとって必要なことは、検察の不当な不起訴処分によって、菅原氏が今なお、衆議院議員としての地位にとどまっていることを忘れることなく、検察審査会の審査に注目し続けることだ。そういう意味で、たまたま菅原氏の事件の重要な関係者であるA・B両氏の代理人として話を聞ける立場であった私が、菅原氏の不起訴処分の不当性を論証した【菅原前経産相・不起訴処分を“丸裸”にする】と題するブログ記事を出すことができた意味は大きい。少しでも多くの人に同記事を拡散し、現職国会議員の菅原氏の起訴猶予の不当性について声を上げ続けてほしい。それが、無作為に選ばれた「市民の代表」からなる検察審査会で「民意を反映した議決」が出されることにつながるはずだ。

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政治目的による「来年夏東京五輪開催維持」は、「桜を見る会」と同じ構図

2021年夏に開催予定されている東京オリンピック・パラリンピック(以下、「東京五輪」)の開会式1年前となった7月23日、新型コロナ感染判明者数が、全国で981人、開催都市東京都で366人といずれも過去最大になるなど、感染拡大が止まらない状況の下、国立競技場では「開催1年前記念イベント」が開かれ、競泳女子の池江璃花子選手が、世界へのメッセージの発信役に起用された。

白血病からの復帰をめざす競泳女子・池江璃花子選手が一人でフィールドの中央に立ち、自らの白血病の体験と、東京五輪をめざす選手達の立場を重ね合わせるかのように表現した上、「1年後の今日、この場所で、希望の炎が輝いていてほしいと思います。」と、来年夏の東京五輪の開催を願うメッセージを発した。

この池江選手の記念イベントでの起用の経緯について、毎日【東京開催の危機「池江一択」 組織委、世論の打開狙う オリンピック1年前メッセージ】は、

大会関係者によると人選は「池江一択」だったという。池江が白血病を公表した昨年2月、池江の呼び掛けに応じて日本骨髄バンクへのドナー登録が急増した。社会的な影響力の高さに加え、組織委内には闘病生活を乗り越えプールに戻ってきた池江の起用で、新型コロナウイルスで様変わりした環境に苦悩する世界中の仲間へ勇気を届ける思いも込めた。

と述べている。

しかし、白血病と闘い、克服しようとしている池江選手の姿勢には心を打たれ、共感しつつも、それを、「来年夏東京五輪開催」に結び付けようとしたことに違和感を覚えた人が、多かったようだ。

それは、ツイッターでの反応からもわかる。「池江璃花子」で検索すると、多くのツイートで、「違和感」「政治利用」などの言葉が出てくる。

白血病との闘病を乗り越え、2024年の五輪に向けて練習を再開したばかりの彼女が、「1年後東京五輪開催」に向けてのイベントに駆り出されること、それを拒絶できないことに、私は、痛々しさを覚えた。それは、多くの人に共通する感覚だったようだ。

多くの人がそのように感じるのは、来年夏の東京五輪が開催できる可能性は極めて低いこと、それにもかかわらず、日本政府や東京五輪組織委員会が、開催予定を維持しており、それは、もっぱら安倍政権側の政治的な事情によるものだと感じているからだ。

「コンプライアンス問題」としての“東京五輪協賛金追加拠出”】でも述べたように、日本では、足元で過去最高の新規感染者が判明している状況であり、しかも、経済の回復と両立させる方針で、4月のような緊急事態宣言を出そうとせず、「国民に感染対策を呼び掛ける」ということにとどまっているので、沈静化の見通しすら立たない。世界の感染状況は一層深刻だ。米国やブラジルなど中南米諸国では、感染者、死亡者が増加を続け、欧州各国の一部では、経済活動再開後に、感染者数が再び増加に転じている。

国内、海外の状況から、国民の多くは、感染者数が再び全国的に大幅に増加している状況下で、来年夏の東京五輪開催に向けて労力やコストをかけることに否定的であることは、7月中旬に行われた各種世論調査で、「開催すべき」が少数にとどまっていることにも表れている。

「開催すべき」との少数の意見の多くが、東京五輪の晴れの舞台をめざしてきた選手達の心情を慮るものであろうが、実際には、その選手達にとっても、客観的に見て開催される可能性が低いと思える来年夏の東京五輪に向けての練習に肉体と精神を集中させていくことは極めて困難で酷なことである。むしろ、開催の可能性が低いのであれば、少しでも早く開催中止を決定するのが、選手達のためでもある(有森裕子氏は、「来年の3月まで引っ張ったら選手(の心身)が持たない」と述べている:サンケイスポーツ)。

東京五輪が2022年ではなく2021年への延期となった最大の原因が、安倍首相自らの自民党総裁の任期内に開催することが目的であることは、組織委員会の森喜朗会長も認めている。しかも、自民党寄りの産経新聞ですら【首相、五輪来年開催に不退転の決意 解散戦略に影響も】で述べているように、安倍首相が五輪開催にこだわるのが、政権の花道(レガシー)にするためであり、東京五輪開催の有無は、内閣支持率が低迷する中、衆院解散・総選挙で政権を維持しようとする安倍政権の解散戦略にも影響を与えるという背景がある。まさに、東京五輪開催の問題は政権維持そのものにも関わる極めて政治的な問題であり、そのことは、国民の多くが感じていることである。

このような「来年夏五輪開催に不退転の決意」で臨む安倍首相の意向を受け、組織委員会や政府関係者が、来年夏開催が困難との認識、五輪開催に否定的な世論に抗って、それを変えていこうとしたのが「東京五輪1年前イベント」だ。

前記毎日記事】で

五輪開催を巡る世論は厳しさを増している。(中略)無観客や規模縮小でも開催に否定的な回答が肯定的な回答を上回っている。

支持を呼び掛ける大規模イベントが感染予防の観点から開催できない中、組織委は再び支持を高めることに腐心。池江の求心力に託し、苦境の打開を図った形だ。

と述べているように、新型コロナ感染再拡大で、五輪開催に否定的な世論を、積極的な方向に変えるために、病み上がりの池江選手をイベントに駆り出したのである。

このイベントでの池江選手のメッセージに、多くの人が、共感しつつも「違和感」を覚えたのは、当然の反応と言えよう。

池江選手は、10代の競泳選手として国際的な活躍を重ねた後に、不幸にして白血病に侵され、その闘病から見事に復活し、2024年の五輪出場をめざしている。まさに我々国民全体にとっての「希望の灯」である。大切に、大切に、その復活を支援していきたいと誰しも思っている。それを、新型コロナ対策で国民の期待を大きく裏切り瀕死の状況にある安倍政権の延命のために政治利用するは論外だ。

問題なのは、客観的には来年夏の東京五輪が開催できる可能性が低く、多くの国民が、コロナ感染拡大に不安感を持ち、開催に否定的であり、来年夏開催の是非を抜本的に再検討しようとするのが当然であるのに、政府・与党の側に、五輪開催の是非を見直す動きが全く出てこないことである。それどころか、組織委員会側は、来年夏東京五輪開催を何が何でも維持するために、開催に否定的な世論を、積極方向に誘導するため、「一年前イベント」に池江選手を登場させるという「禁じ手」とも言える方法まで使った。それに対しても、政府与党・組織委員会の内部から誰も異を唱えなかったいということである。

結局のところ、内閣支持率が下落しているとは言え、7年にわたる長期政権での「権力集中」に慣れ切ってしまった政府・与党内からは、いくら常識的にあり得ないこと、不当なことでも、「おかしい」と声を上げる動きが全く出てこないのである。

それは、「桜を見る会」問題に典型的に表れた公的行事の私物化の構図と共通している。「桜を見る会」運営の実務を行う内閣府や官邸の職員には、公金によって開催される会が、安倍後援会側の意向で「地元有権者歓待行事」と化していることに違和感を覚えても、異を唱えることなどできなかった。後援会の招待者が増え、地元の参加者に十分な飲食の提供など歓待をしようとする後援会側からの要求に抵抗できなかった結果、開催経費が予算を超えて膨張していったが、内閣府等の職員達は、各界の功労・功績者の慰労という本来の目的とはかけ離れた運営の実態にも、全く、見てみぬふりをしていた。

こういう「桜を見る会」の問題に対して、国会での厳しい追及が行われていたが、新型コロナ感染拡大が深刻化する中で、与党側から、「感染対策が喫緊の問題なのに、なぜ『桜を見る会』などというくだらないことを取り上げるのか。」というような声が大きくなるにつれ、国会での追及も自然消滅してしまった。

しかし、その後、安倍政権が行ってきた感染対策のデタラメ、経済対策の混乱・迷走などを見れば、このような国にとって危機的事態に直面しているからこそ、政治権力の集中の下で、政府・与党全体が、政権の意向を忖度する余り「思考停止」してしまう構図を放置することがいかに危険か、国民が信頼できない政権が維持されることが、いかに国民の利益を害するのか、多くの国民が「痛感」してきたはずだ。

新型コロナ感染拡大が始まるまで続いていた「桜を見る会」問題の追及が中途半端な形で終わり、安倍政権への権力集中の下での、与党や官僚機構の無機能が放置されてしまったことが、今、この国が危機的な状況に陥っている大きな原因と言わざるを得ない。

今や、日本の社会にとって一つの「厄災」になりつつある「来年夏東京五輪開催」を一日も早く断念し、危機的な状況にある日本社会が、コロナ感染と経済危機に立ち向かえる体制を構築していくことが不可欠である。

 

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「コンプライアンス問題」としての“東京五輪協賛金追加拠出”

2021年夏に延期された東京五輪の開会予定日まで、7月23日で、あと1年となった。

ちょうど、そのタイミングで、7月23日の新型コロナ感染判明者数は、全国で981人、開催都市東京都で366人と、いずれも過去最大となった。

7月中旬に行われたNHKの世論調査の結果では、来年7月からの東京五輪開催についての質問に対して、「さらに延期すべき」が35%、「中止すべき」が31%、「開催すべき」が26%という結果だったことが明らかとなった(【五輪・パラ 「さらに延期」「中止」が66% NHK世論調査】)。

国民の多くは、感染者数が再び全国的に大幅に増加している状況下で、来年夏の東京五輪開催に向けて労力やコストをかけることに否定的ということだ。

2024年五輪開催の可能性

この問題に関して、私は、【「東京五輪来年夏開催」と“安倍首相のレガシー” 今こそ、「大連立内閣」樹立を】などで、東京五輪開催問題が、新型コロナ対策に対する重大な支障になりかねないことを指摘し、都知事選挙公示直後の【都知事選の最大の争点「東京五輪開催をどうするのか」】では、最も現実的な選択肢は、フランス・パリ当局と協議して、「2024年東京・パリ共同開催」を模索することではないかなどと述べてきた。2024年への延期案は、都知事候補の小野泰輔氏も政策の一つとして掲げていたものであり、世論調査で最も賛成者が多い「再延期」には、2024年への延期模索を支持する人も多く含まれているはずだ。

もっとも、あるルートを通じて、フランス側関係者の意向を確かめてもらったところ、フランス側としては、日本が2021年夏東京五輪開催の方針を維持している限り、2024年開催について日本側と話をすることは困難だとのことだ。2024年の東京・パリ共同開催をめざすとしても、まずは、現実的な可能性が極めて低くなった「2021年東京五輪開催」を早期に断念することが大前提となる。

東京五輪開催をめぐるマスコミの論調の変化

東京五輪開催に関して消極的な話は全く伝えて来なかったマスコミの論調も、ここへ来て変わりつつある。

日経新聞は、北川和徳編集委員【東京五輪のイメージ変化 このまま進んでいいのか】

開催に向けて公金を追加して準備をしたあげく、中止に追い込まれる事態も考えられる。そのときは小池知事や1年延期を提案した安倍晋三首相が責任を取るのだろうか。少なくとも何の説明も受けていない都民や国民は責任の取りようがない。

と述べたのに続き、【東京五輪、しぼむ巨大な祭典 コロナ禍で収益見通せず】と題する連載記事で、五輪競技の国際団体や選手達にとって、来年夏東京五輪開催をめざして準備を進めることによる重い負担や様々な苦悩を伝えている。

国民の見方もマスコミの論調も変わりつつある。

安倍首相の「不退転の姿勢」

しかし、今年夏の開催を来年夏に延期した際に

人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証しとして、国民とともに来年のオリンピック・パラリンピックを必ず成功させていきたい

と述べた安倍首相や、五輪組織委員会の側には、来年夏開催を断念しようとする姿勢は全く見受けられない。それどころか、来年夏開催が困難との認識、五輪開催に否定的な世論に抗って、それを変えていこうとしているようにも思われる。

安倍首相は、7月22日の新型コロナウイルス対策本部会合で

東京五輪・パラリンピックの開催に向け、アスリートや大会関係者の入国に向けた措置を検討していく

と説明し、これ以上の延期や中止を避け、確実に開催できるよう環境整備を進める考えを示したとのことだ【首相、五輪来年開催に不退転の決意 解散戦略に影響も】

安倍首相が、現在のような状況に至っても、なお、「五輪来年開催に不退転の決意」で臨もうとするのは、同記事にも書かれているように、東京五輪を花道(レガシー)にするためとしか考えられない。組織委員会の森喜朗会長も、

僕は2年ぐらいの延期もと思っていたんだけど、安倍首相は来年で任期が切れる。自民党総裁の任期だから特別に延ばすのも問題ないけど、そう思われたくないという気持ちがあった

と、安倍首相の任期が、2021年への延期となった最大の原因であることを明らかにしている(【東京五輪あと1年 二宮清純氏直撃に森喜朗会長激白(3)】22年開催は?「これ以上延ばすと…」

このような首相の東京五輪に向けての発言や「不退転の姿勢」を、「狂っている」と受け止めた人が相当数いることは、ツイッター等での反応からも窺われる。

「コロナ感染下での東京五輪開催」に向けてのムーブメントの作出?

このように安倍首相から「不退転の姿勢」が示されていることもあって、このところの全国的な感染者急増にもかかわらず、日本政府や組織委員会側には、来年夏開催の是非を再検討しようとする動きは全くない。それどころか、開会式1年前となった7月23日、国立競技場で記念イベントが開かれ、各メディアは、「一年後の東京五輪開催を信じて」、「五輪開催とコロナ対策の両立」などという特集が組まれるなど、来年夏の東京五輪開催の方針が全く揺らいでいないことが強調され、「コロナ感染の下での東京五輪開催」を国民的ムーブメントとしていこうとしているように思える。

国立競技場での記念イベントでは、白血病からの復帰をめざす競泳女子・池江璃花子選手が一人でフィールドの中央に立ち、

大きな目標が目の前から突然消えてしまったことは、アスリートたちにとって言葉にできないほどの喪失感だったと思います。私も、白血病という大きな病気をしたからよく分かります。思っていた未来が、一夜にして、別世界のように変わる。それは、とてもきつい経験でした

と、自らの白血病の体験と、東京五輪をめざす選手達の立場を重ね合わせるかのように表現した上、

1年後の今日、この場所で、希望の炎が輝いていてほしいと思います

と、来年夏の東京五輪の開催を願うメッセージを発した。

池江選手のメッセージは、白血病と闘い、克服しようとしている一選手の言葉として、心を打たれるものだ。しかし、それを、「来年夏東京五輪開催」に結び付けることが、果たして、2024年のパリ五輪をめざしている彼女の真意なのだろうか。白血病との闘病の苦難を乗り越え、2024年の五輪に向けて始動し始めたばかりの彼女が、直接関係のない「1年後東京五輪開催」に向けてのイベントに駆り出されること、それを拒絶できないことに、痛々しさすら覚える。

スポンサー企業への協賛金追加拠出の要請

最大の問題は、来年夏東京五輪を開催するならば、そのための追加費用を、誰がどう負担するのか、という点だ。IOCは800億円程度しか負担しない方針を明らかにしており、日本側で少なくとも3000億円の追加費用が必要になると言われているが、開催都市の東京都は、小池都知事がコロナ対策での費用に財政調整金の大半を使い果たしており、とても東京五輪の追加費用を負担できる状況ではない。コロナ対策のために膨大な財政支出を行っている国も、東京五輪に多額の費用を負担する余裕はない。結局のところ、スポンサー企業の追加拠出が、大きな資金源にならざるを得ないだろう。

だからこそ、組織委員会や政府が、記念イベントなどを行うことで、来年夏東京五輪開催の方針が全く揺らいでおらず国民全体が東京五輪開催を願って努力しているかのような雰囲気を作ることで、スポンサー企業にとって、協賛金の追加拠出を行いやすい状況にしようとしているようにも見える。実際に、7月21日に、東京五輪組織委員会が、スポンサー企業に協賛金追加拠出の要請を始めたと報じられている(【東京五輪組織委、スポンサー企業に協賛金追加要請】)。

追加協賛金拠出をめぐるコンプライアンス問題

しかし、現在の状況下で、スポンサー企業が、東京五輪の協賛金追加拠出に応じることには、「組織が社会の要請に応えること」という意味のコンプライアンスにおいて重大な問題が生じることになる。

当初、東京五輪が2020年開催に向けて準備が進められていた段階で、国民の多くが期待する東京五輪開催に協力することは、日本企業にとって社会貢献であり、協賛金を拠出することによって相応の宣伝効果も見込めるので、経営者として協賛金拠出を判断することに特に問題はなかった。

しかし、東京五輪の開催が2021年夏に延期された現在の状況の下では、東京五輪に対して協賛金を拠出することには、様々な問題がある。

【オリンピック延期の追加負担 継続か撤退か 身構えるスポンサー】で指摘されているように、スポンサー企業は、1業種1社に限って五輪マークを使った独占的な宣伝活動が認められることで、企業にとって大きな宣伝効果があった。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大によって積極的な宣伝活動が難しい上に、大会の簡素化によって期待した宣伝効果は見込めない可能性があることなどから、追加費用を拠出することのメリットは大幅に縮小しており、新型コロナの直撃を受けて業績が悪化しているスポンサー企業にとって、追加拠出を正当化する理由は見出し難い。

しかも、追加拠出に応じた場合、現時点でも大多数の国民が予想しているとおり、結局、東京五輪開催が「中止」になっても、拠出した費用は返ってこない。つまり、五輪開催自体による宣伝効果はなく、その分は、企業が損害を被ったことになり、株式会社であれば、それによって株主の利益が損なわれたことになる。

そのような結果が十分に予想できるのに、敢えて拠出を決定したとすれば、会社法上、拠出を決定した取締役が善管注意義務違反に問われ、株主からの代表訴訟で責任を問われる可能性もあるだろう。

そして、このようなコンプライアンス・リスクを承知の上で追加拠出に応じるということであれば、その「動機」も問題になる。

既に述べたように、客観的に見れば、来年夏の東京五輪開催は困難というのが常識的な見方だ。それでも、開催を断念しないのは、安倍首相個人の政治的レガシーを残すことや、開催断念による政権崩壊の危機を回避するという政治的動機によるものと考えられる。

そのような政治的動機による東京五輪開催維持のために、スポンサー企業が協賛金を追加拠出することは、実質的には、「安倍首相側への政治献金」のような性格を有することになる。

また、当該企業の事業に関して、Go toキャンペーン等の実施によって利益を受ける旅行業界などから、安倍政権側に便宜を図ってもらいたいという意図があり、その見返りに協賛金が拠出される場合には「賄賂」的な性格もあると言い得るし、会社の利益にはならないないことを承知で、単なる「経営者と安倍首相とのオトモダチ関係」維持のために会社資金を拠出するというようなことが仮にあった場合には、会社法の「特別背任罪」の問題も生じ得る。まさに、「重大なコンプライアンス問題」となる。

スポンサー企業としての判断のポイント

組織委員会から協賛金の追加拠出を要請された企業は、その是非を取締役会で審議することになるだろう。そこで、取締役としては、以下のような点を踏まえ、追加拠出の是非については、慎重に判断すべきである。

第1に、現在の状況で、2021年夏開催予定の東京五輪に協力することが、本当に、社会の要請に応えるものと言えるかどうかという点だ。

五輪開催が、「コロナ克服の希望の灯」であるとしても、なぜ、それが、現実的には極めて困難な「来年夏開催」でなければならないのか。なぜ、例えば、2024年という現実的に可能性が高い時期に開催をめざす可能性を否定するのか。来年夏東京五輪開催に向けて多大な労力・コストをかけることは、むしろ、日本社会にとっての「希望の灯」を危うくしてしまうのではないか。

しかも、オリンピックというイベント自体が商業化し、本来の「世界中のアスリートが競い合う平和の祭典」とは大きく異なったものになっていることは、かねてから指摘されているところだ。東京五輪招致をめぐっては、贈賄工作を行った疑いで、前JOC会長の竹田恒和氏が、フランスで予審にかけられている。また、選手等を重大なリスクにさらしてまで日本の猛暑の7月~8月に開催する理由が、米国のテレビ局の事情であることは、公知の事実だ。

企業としては、現状において、2021年東京五輪の開催に、株主の負担で協賛金を拠出してまで協力することが、真に社会の要請に応えることなのか、組織委員会等の「雰囲気づくり」に惑わされることなく、冷静に判断する必要がある。

第2に、来年夏に東京五輪を開催できる可能性がどれだけあるのかを、客観的に判断することだ。

新型コロナウイルスに対するワクチンが開発され、それが、全世界に供給される状況になること、画期的な治療薬が開発されて、新型コロナ感染症が抑え込まれること、このいずれかが実現されなければ、東京五輪に、世界中から観客を集めることはおろか、選手を集めることも困難だ。感染リスクの中で、東京五輪に出場をめざして準備し、実際に来日する選手がどれだけいるだろうか。

ワクチンについて最近、国際的に開発の動きが加速しているとは言え、接種の開始は早くても来年前半だとされており(【WHO専門家「新型コロナワクチン接種は来年前半になる」】)、来年夏の五輪開催に間に合うとは思えないし、治療薬も、現時点では「重症化の防止」を図ることが大部分であり、感染や発症そのものを抑えられるわけではない。

企業が協賛金を追加拠出した場合、結局、開催が中止になることで、拠出が丸ごと企業の損失になる可能性が相当高いと言わざるを得ない。

スポンサー企業の追加の協賛金拠出の是非に関して、スポンサー企業が、「社会の要請に応える」という意味のコンプライアンスという観点から適切な判断を行うことで、来年夏東京五輪開催をめぐる日本社会の混乱の収束につながることを期待したい。

カテゴリー: オリンピック, コンプライアンス問題, 安倍政権, 新型コロナウイルス, 企業不祥事 | 2件のコメント

交通事故被害者の主婦が突然“被疑者”に~不当捜査の訴えに裁判所が下す判断は?

高校生の娘を持つ母親の主婦のAさんは、ある日、自家用車を運転中に、高齢運転者の危険運転による一方的な過失による事故の被害に遭って、救急車で搬送された。事故からしばらくして警察から呼び出され、事故の処理かと思って警察署に行ったところ、突然「犯人隠避」の被疑者として扱われた。「私が運転していました」といくら訴えても、「身代わり」であることを認めるように強要される。「昭和の時代」でもあり得ないような事件が、4年前、島根県で起きた。

度重なる取調べが行われ、その恐怖に夜も眠れず、苦しみ続けていたAさんが、私の法律事務所に助けを求めるメールをしてきたのは、2017年5月下旬だった。

Aさんは、警察や検察からの犯人扱いが続き、耐え難い苦痛の毎日を過ごしていたが、交通事故の加害者の高齢男性が不起訴処分になったことで、二重の衝撃を受けた。「なぜ、交通事故の被害者の自分が警察や検察にこんな思いをさせられなければいけないのか、真実を知りたい」と切々と訴えていた。

私は、島根県と国に国家賠償請求訴訟を提起することを提案し、2018年2月に提訴。約2年の審理の末、今年3月に結審。コロナ感染症対策で判決が延期されていたが、明日(2020年7月 15日)、東京地裁で判決が言い渡される。

「交通事故被害者の主婦」が、いきなり「犯人隠避の被疑者」に

発端は、Aさんが、2016年8月、夫のBさん所有の自動車を運転し、優先道路を走行中、一時停止標識を無視して交差点に進入してきた84歳の高齢男性運転の自動車に衝突され、加療4週間を要する肋骨亀裂骨折等の傷害を負った交通事故だった。

事故から約3ヶ月経った11月中旬、Aさんは、警察の呼出しを受け、事故処理のための被害者聴取だと思って警察署に赴いた。すると、突然、「あなたには犯人隠避の疑いがある。被疑者として取調べを行う」と告げられ、ポリグラフ(ウソ発見器)検査を受けさせられた。事故時の運転者が夫であり、無免許や飲酒運転を隠蔽するために、Aさんが運転者であったかのように虚偽申告をした「犯人隠避」の疑いがあるということだった。

突然「被疑者扱い」され、「逮捕する可能性もある」と言われたAさんには、一体何が起きているのかさっぱりわからなかった。Aさんは夜も眠れない程精神的に追い詰められ、体調も崩した。その後も何回も取調べで呼び出され、事故車両と同型車両での実況見分まで行われた。夫のBさんも、警察の取調べを受けた。

しかし、Aさんが事故に遭った時には、勤務先の飲食店のタイムカードの記録で、Bさんにアリバイがあることが明らかになった。それによって、Aさんの犯人隠避の疑いは晴れたように思われた。

検察官が根拠もなく「浮気の可能性」に言及

ところが、Aさんは、取調べ担当の警察官から「犯人隠避の事件で検察庁に送致する」と言われた。それからしばらくして、松江地検の検察官から呼び出された。「交通事故の被害者としての聴取だけでなく、犯人隠避の被疑者としても取調べをする」と告げられ、「黙秘権」も告知された。

Aさんが、「アリバイがあるので夫が運転していなかったことは明らかだ」と言うと、検察官は、「想像は限りなく広がりますよね。俗っぽいことをいえば浮気してて、事故が表になっちゃうのは旦那さんにばれるし」などと言って、あたかも、事故当時、Aさんの浮気相手が運転していて、事故直後に現場から逃げ出した可能性もあるというようなことを言われた。

その検察官は、「目撃者がいるから犯人隠避の疑いがあるが、証拠が十分ではないので起訴しない。事故の相手方の事件(交通事故の加害者)も、被害者が一人か二人かわからないから起訴できない」などと説明した。

警察で突然「被疑者扱い」され、疑いが晴れたと思ったら、検察官にも「被疑者扱い」され、「浮気の可能性もある」などと言われ、一方で、優先道路に一時停止標識を無視して出てきて衝突して自分に怪我を負わせた加害者は不起訴になるというのだ。交通事故の被害者の自分が、なぜ、そのような目に逢わせられなければならないのか、どうしても納得できなかった。

しかし、このような警察や検察の問題を地元の弁護士に相談しても、取り合ってもらえず、Aさんは、地元紙の記事で島根県出身の弁護士として紹介されたことがあった「郷原弁護士」のことを思い出し、私の東京の事務所の公開アドレスにメールを送ってきたのであった。

島根県と国に対する国賠訴訟を提起

電話で、Aさんから詳しく話を聞いたところ、夫のBさんは、5年前に飲酒運転で逮捕されたことがあり、その際、警察とトラブルになり、担当警察官の対応について公安委員会への申立までしている事実があったということだった。警察が、Bさんに対する「意趣返し」から、Bさんの無免許運転を無理やり仕立て上げようとして、Aさんを被疑者扱いした可能性もあると思われた。

島根県警の行為は重大な人権侵害であり、絶対に許すことはできないし、それに加担した松江地検の検察官の対応も論外だった、Aさんには、国賠訴訟を起こすという方法があることを説明した。Aさんは、悩んだ末、夫のBさんとともに提訴することを決断し、2018年2月、東京地裁に、島根県警(被告島根県)と松江地検(被告国)に対する国家賠償請求訴訟を提起した。

国賠訴訟の被告となった島根県は、事故当時、事故車両を男性が運転していたのを目撃したとする「目撃者供述調書」らしき書面2通を、住所氏名を黒塗りにして証拠提出してきた。しかし、2名の「目撃者」のうち1名は、事故直後、Aさんが救急搬送された後の現場での実況見分に立ち会っている。その実況見分調書上は、事故車両の運転者はAさんとなっている。「調書」では、「実況見分の際も、運転者が男性だと言ったつもりだったが」などと述べている。もう一人の目撃者は、「運転席にいた男性に話しかけた」と供述しているが、事故直後の実況見分の車両の停止位置からは、調書で述べているような形で話しかけることは客観的に不可能だ。2名の「目撃者」の供述は全く信用できないもので、運転者が男性であったこと、Aさんが犯人隠避を行ったことを疑う根拠になるものとは到底言えなかった。

訴訟を起こしたAさんを「被疑者扱い」することによる「恫喝」

事故直後の実況見分ではAさんを運転者として扱っているのに、突然、犯人隠避の被疑者として取調べるに至ったのは、どのような経緯で、どのように判断したからなのか、さっぱりわからない。

そこで、訴訟の中で原告側から、

犯人隠避の「犯人」とは、誰についての、どのような犯罪の事実を想定したものなのか、また、「隠避」というのは、いつのどの行為を指すのか

との求釈明を行った。

驚愕したのは、それに対する被告島根県の準備書面での回答だった。

犯人隠避の被疑事件について、送致を行っていないが、公訴時効完成までは捜査は継続しており、現段階においては、従前主張していること以上の事実を明らかにすることはできない

というのである。

Aさんは、警察から呼び出しを受け、本件事故の被害者としての事情聴取だと思って出頭したところ、いきなり「犯人隠避の被疑者として取り調べを行う」と言われ、ポリグラフ検査を受検させられて以降、「被疑者として逮捕されるかもしれない」という不安と恐怖に苛まれ、耐え難い精神的苦痛を受けてきた。被害者なのに、なぜ警察に虚偽の申告をした犯人のように扱われたのか、いかなる理由によるものだったのかを知りたいという思いから、苦悩した末、被告島根県及び国に対する損害賠償請求の提訴に踏み切ったのだ。ところが、島根県は、そのAさんの当然の疑問に対して、真摯に答えようとしないどころか、「犯人隠避の被疑事件について、公訴時効完成までは捜査は継続している」などと述べて、Aさんを引き続き捜査の対象にするかのように「恫喝」してきたのである。

このような島根県の準備書面を見たAさんは、突然犯人隠避の被疑者として取調べを受けた際の恐怖を思い起こし、再び激しい不安に苛まれることになった。

原告側からは、被告島根県の準備書面でAさんが再び大きな精神的打撃を受けたことを訴える陳述書を提出し、島根県の対応を厳しく批判した。それを受け、裁判所から被告島根県に、可能な限り求釈明に応じるようにとの指示があったことを受け、被告島根県は、ようやく、夫のBさんの勤務先のタイムカードに関する捜査報告書を提出してきた。

それが、また驚愕の内容だった。

Aさんの「被疑者取調べ」の前に、夫Bさんのアリバイは判明していた

島根県警が、Bさんの勤務先からタイムカードの提出を受けて事故当時Bさんにアリバイがあることを確認したのは、Aさんの取調べを行う2週間も前だったのだ。Bさんが運転していた可能性が客観的に否定されているのに、Aさんを呼び出して犯人隠避の被疑者で取調べを行い、ポリグラフまで受けさせていたのである。

しかも、島根県側は、「タイムカードの打刻に第三者が介在していた可能性は否定できず、タイムカードの機器の時刻の設定を一時的に変更して打刻した可能性や機器の時刻設定自体に誤差があった可能性なども否定できない」などと主張した。しかし、タイムカードの記録を確認した時点で、タイムカード偽装工作を疑って捜査した形跡は全くない。「苦し紛れの言い訳」であることは明らかだ。

Bさんにアリバイがあり、Aさんに犯人隠避の犯罪の嫌疑がないことがわかっているのに、Aさんを被疑者扱いして、ポリグラフまで受けさせたということになると、その行為の方が「犯罪的」だ。県警側に全く弁解の余地はなく、被告島根県として、責任を認めるのが当然だと思えた。ところが、その後も、島根県は、反論を先延ばししたり、沈黙したり、凡そ公的機関の対応とは思えない不誠実な訴訟対応を続けた。

「高齢運転者の危険運転」を放置する島根県警、無罪放免にした松江地検

もう一つの重大な問題は、この事故は、84歳の高齢者が、一時停止標識を無視して優先道路に進入したために発生した、今まさに社会問題にもなっている「高齢者による危険運転」そのものによる事故なのに、「一時停止した」と言い張って過失を認めない加害者の言い分を許し、何ら追及せず、処罰もせず無罪放免にして放置したことだ。

そもそも優先道路に進入する際、安全を確認して進行車両の有無を確認しなければならないのが当然だ。一時停止をした上で、進入して衝突したとすれば、進入した側の重大な過失であり、むしろ、運転者の認知機能に問題があることになる。ところが、島根県は、「高齢運転者」の「自分は悪くない」という弁解を鵜呑みにして、ろくな追及も行っていない。Aさんに対して、嫌疑がなくなっているのに犯人隠避の被疑者で取り調べるという人権侵害を行う一方で、この高齢運転者の危険運転を処罰する方向での捜査はまともに行わず、検察庁も、この高齢運転者を不起訴(起訴猶予)にしてしまったのだ。この事故の後も、この高齢運転者は、平気で車を運転していたらしい。

調査したところ、この高齢男性は、自治会長や交通安全協会の要職も務めている人だった。島根県の田舎では、そういう人の力は絶大だということであり、まさに地域での「上級国民」に対して、警察の対応に「格別の配慮」があった可能性も否定できない。

裁判所は「重要な事件」と認識し出張尋問で真相解明へ

警察の使命は、市民の生活の平穏と安全を守ることである。

しかし、Aさん夫妻に対して島根県警が行った重大な人権侵害、危険な高齢者運転事故への杜撰な対応、それに対してAさんが国賠訴訟を提起したのに対して「捜査を継続中」などと主張してAさんにさらに精神的な打撃を与えたこと、すべて意図的に行ったとしか思えないものであり、全く弁解の余地のないものである。このようなことを平然と行い、何の反省も謝罪もしない島根県警には、組織の体質に根本的な問題があるとしか考えられない。

裁判長からも、「重要な事件」との認識が示され、2019年11月に、松江地裁で異例の出張尋問が行われた。東京地裁から3人の裁判官が出張し、事件を担当した3人の警察官、被告島根県側が「目撃者」だとする2人の男性の証人尋問が行われた後、原告Aさんの本人尋問が行われた。

Aさんは、涙に声を詰まらせながら、自分の思いを率直に表現し、東京から島根県まで出張して尋問を行ってくれた裁判所に感謝の意を示した。

疑いをいきなりかけられ、突然のことで、警察から疑われて調べを受ける中で、本当に不安の毎日と戦って、この3年間、ずっと、本当に苦しい思いをしてきてるんです。本当に藁にもすがる思いで郷原先生を探してご相談させて頂いて、本当に隠しカメラがあるんじゃないか。なんかいつも見張られているじゃないかとか。娘がもし事故をしたら、また犯罪者扱い、子供たちまでさせるんじゃないかとか。そういう思いでずっと暮らしてきたので、こういう場があることをとても感謝しています。

警察や検察の権力に踏みつぶされそうになった一人の市民、子を持つ一人の母親が、勇気を振り絞って、県警と検察の不当捜査を訴えたこの訴訟で、裁判所が示す判断に期待したい。

 

 

 

 

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中国・三峡ダムを襲う豪雨、「ブラック・スワン」を無視してよいのか

九州各地で起きている豪雨は、過去に経験したことがないほど凄まじいものであり、多くの悲惨な災害をもたらしている。その猛烈な雨量をもたらしている「線状降水帯」の原因となっている梅雨前線は、遠く中国まで延び、中国では、長江流域に大水害を生じさせている。

この大水害は、既に、中国という国にとって、極めて重大かつ深刻な事態に発展しているように思える。そして、それが、日本の社会や経済にも重大な影響を与える可能性もないとは言えないように思える。

しかし、台湾系や反中国政府系のメディアではこの大水害について盛んに報じられてきたが、日本のメディアは全くと言っていいほど、報じてこなかった。

7月10日に至って、読売新聞が初めて、「上海=南部さやか」という以下の署名記事で報じた。

中国南部の長江流域を中心に続いている豪雨は、中国応急管理省の10日までの調べで、被災者が江西、安徽、湖北省など27省市・自治区で延べ約3400万人に上り、死者・行方不明者が140人を超えた。

国営新華社通信などによると、江西省上饒市では8日、堤防が約50メートルにわたって決壊し、農地が浸水するなどの被害が出た。土砂崩れも湖北省などの各地で起きている。応急管理省によると、これまでに延べ約200万人が緊急避難した。

中国気象局の予報では、長江中下流域では18日まで強い雨が続く見通し。長江にある世界最大級の「三峡ダム」は6月末から放水を始めたが、放水が増水に間に合っておらず、警戒水位を上回っている。

長江流域での水害は、毎年繰り返されており、それだけであれば、特に珍しいことではない。問題は、記事の最後に書かれている、世界最大の水力発言ダムの「三峡ダム」の水位が、警戒水位を上回った後、さらに高まっていることだ。

読売の記事の少し前、7月6日、Newsweekに、【中国・三峡ダムに「ブラックスワン」が迫る──決壊はあり得るのか】(作家・譚璐美氏)と題する記事が掲載された。

建設中から李鵬派官僚による「汚職の温床」と化し、手抜き工事も起こった。2008年に試験貯水が開始されると、がけ崩れ、地滑り、地盤の変形が生じ、ダムの堤体に約1万カ所の亀裂が見つかった。貯水池にためた膨大な水が蒸発して、濃霧、長雨、豪雨が頻発した。」などと建設時からダムの安全性に問題があった。

万が一決壊すれば、約30億立方メートルの濁流が下流域を襲い、4億人の被災者が出ると試算されている。安徽省、江西省、浙江省などの穀倉地帯は水浸しになり、上海市は都市機能が壊滅して、市民の飲み水すら枯渇してしまう。上海には外資系企業が2万2000社あり、経済的なダメージ次第では世界中が損害を被る。

「ブラックスワン」とは、「起こる可能性は確率的に非常に低いが、起これば極めて大きな衝撃を引き起こす事象」のことである。

同記事では、「29日には三峡ダムの貯水池の水位が最高警戒水位を2メートル超え、147メートルに上昇」、「三峡ダムの耐久性はほぼ臨界点に達していると言えるのではないか」としていたが、その後も、長江流域の豪雨は続き、7月10日には、ロイターが【中国長江流域の豪雨で氾濫警報、三峡ダムは警戒水位超える】と題する記事で、

流域にある巨大ダムの三峡ダムでは貯水量が増え、放水しても追いつかない状況。水利省によると、警戒水位を3.5メートル上回っているという。

と報じた。

三峡ダムの水位については、【長江水文】と題するサイトがあり、三峡ダムを含む、長江流域の水位の1時間ごとの最新情報が公開されている。それによると、三峡ダムの水位は、警戒水位の145メートルを大きく超え、13日午後2時の時点では、153.68メートルと、警戒水位を8メートル以上も上回っており、毎秒の入水が37000立方メートル、出水が19200立方メートルで、差し引き17800立方メートルであり、1日に換算すると、約15億4000立方メートルが貯水されつつあることになる(日本の最大の貯水量のダムは、岐阜県の徳山ダムで、総貯水容量6億6000万立方メートルである)。

福島香織氏【長江大洪水、流域住民が恐怖におののく三峡ダム決壊】(JBpress)によると、

湖北省宜昌市は6月11日に、三峡ダムの水位を145メートルの増水期制限水位まで下げたと発表した。例年より早めに洪水防止のための貯水調節を行い、6月8日に前倒しで221.5億立方メートルの水を下流域に排出して145メートル(正確には144.99メートル)にまでに下げたのだ。この調節放水の量は西湖(杭州にある世界遺産の湖)1550個分という膨大なものである。

三峡ダムの堤防の高さは185メートルで、蓄水期はおよそ175メートルまで水がためられている。これを長江の増水期前に145メートルまで水位をさげて、増水に備えるのだ。この30メートルの水位差が、長い中国の歴史で繰り返されてきた長江の大洪水を防止する役割を果たすといわれてきた。

とのことであり、145メートルという「警戒水位」を超えることで、ただちに氾濫や決壊の危険が生じるわけではない。

しかし、三峡ダムの下流域にある中国最大の淡水湖の鄱陽湖で、12日午前0時(日本時間同1時)に、星子水文観測所の水位が1998年の大洪水時の水位22.52メートルを超え、観測史上の過去最高水位を突破したと報じられており(AFP)、三峡ダムからの出水量を絞って、下流域の洪水の拡大を防止しなければならず、その分、三峡ダムの水位は、今後も、急速に上昇していく可能性が高い。

上記中国のサイトには、【長江流域の降雨予測】のサイトも併設されており、それによると、長江流域では、今後、7月18日頃にかけて、かなりの雨量が予想されている。

豪雨による大規模ながけ崩れ、地滑りが起きて津波が発生したり、近隣で地震が起きたりした場合、ダムの決壊とまではいかなくても、その機能が大きく損なわれ、下流域の洪水が極めて深刻な事態となる。長江下流には、武漢、杭州、上海等、多数の日本企業の拠点がある都市もあり、大洪水に見舞われた場合の被害は深刻なものとなりかねない。

台湾系、香港系メディアは、中国政府に対して批判的であり、右翼系のメディアなどは、中国国内の問題の深刻さを過大視、強調する傾向があることは確かである。当然のことながら、中国政府は、「三峡ダム」の決壊の危険性を真っ向から否定しており、情報の真偽や危険性の評価は慎重に行う必要がある。

しかし、海外メディアを中心とする報道の内容や、現在の水位、入出水量、下流の洪水の状況などからすると、三峡ダムをめぐる危険性は、「万が一」から「千が一」のレベルに高まっているように思える。

新型コロナウイルスに関しても、当初、中国で重要な情報が隠蔽された疑いが指摘されていす。三峡ダムが仮に危険な状態になっているとしても、中国当局が、人命を優先した速やかな情報公開を行うのかどうかは不明だ。

この問題を、日本でも、重大な問題として受け止め、入手し得る情報を基に、専門家による分析を行い、リスクレベルを検討することが必要な段階に来ているように思える。

カテゴリー: 災害関係 | 5件のコメント

河井夫妻事件、現金受領者“不処分”の背後に「検察の策略」

東京地検特捜部に逮捕され、勾留が続いていた河井克行衆議院議員(前法務大臣)とその妻の河井案里参議院議員が、7月8日の勾留満期に、公職選挙法違反(買収)の事実で起訴された。

克行氏の逮捕容疑は、昨年7月の参議院選挙をめぐり、妻の案里議員が立候補を表明した去年3月下旬から8月上旬にかけて、「投票のとりまとめなどの選挙運動」を依頼した報酬として、地元議員や後援会幹部ら91人に合わせておよそ2400万円を供与した公選法違反の買収の疑い、案里議員は、克行氏と共謀し5人に対して170万円を供与した疑いであったが、起訴事実では、克行氏単独での供与の相手方が102人、供与額は2731万円に増えた。

問題は、河井夫妻から現金を受領した側の地元議員・後援会幹部等の刑事処分だ。勾留満期の2、3日前から、「検察は現職議員ら現金受領者側をすべて不問にする方針」と報じられていた。昨日の起訴に関する次席検事レクでは、この点に関して明確には答えていないが、そこでの説明は「少なくとも今起訴するという判断はしていない。起訴すべき者と考えた者を起訴している」というものだったようだ。結局、事前の報道のとおり、河井夫妻以外の者の起訴は、「現時点では予定していない」ということであり、現金受領者側の受供与罪は刑事立件すらせず、すべて不問にする方針ということのようだ。

このような検察の刑事処分は、従来の公選法の実務からは、あり得ないものだ。このようなやり方は、まさに「検察の独善」が端的に表れたものと言わざるを得ない。

検察は“ルビコン川”を渡った~河井夫妻と自民党本部は一蓮托生】等でも述べたように、そもそも、今回の事件での河井夫妻への買収罪の適用は極めて異例だった。従来は、公選法違反としての買収罪の適用は、「選挙運動期間中」やその「直近」に、有権者個人に、投票や家族知人等への投票を依頼する対価、或いは、選挙運動員等に法定外の報酬を払う行為など、投票や選挙運動を直接的に依頼する行為が中心であった。ところが、今回の逮捕容疑の多くは、昨年3月以降、つまり、選挙の公示よりかなり前の時期に、広島県内の議員や首長などの有力者に対して、参議院選挙での案里氏への支持を呼び掛けて多額の現金を渡していたというものだ。「案里氏の支持基盤の拡大」に協力することを求める趣旨のものが多かったと考えられる。従来は、選挙に向けての政治活動としての「地盤培養行為」には、買収罪の適用は難しいとされてきた。

このように河井夫妻に対する買収罪(供与罪)の適用が異例であったことと、現金受領者側に対して、買収罪(受供与罪)の刑事処分が行われないという極めて異例の対応が行われようとしていることとは、密接に関連している。

その理解のためには、そもそも公選法違反の「買収」というのが、どのような規定に基づくどのような犯罪なのかということを、改めて基本から説明する必要がある。

公選法違反の「買収罪」の処罰の理由と「3つの類型」

公選法221条1項では、買収罪について、「当選を得る、又は得させる目的」で、「選挙人又は選挙運動者」に対して「金銭等の供与」と規定している。

買収罪が処罰されるのは、「選挙人自身の投票」や「他人に投票を依頼したり働きかけたりする選挙運動」に関して「対価」「報酬」を受け取ってはいけない、という「投票・選挙運動の不可買収性」というのが理由である。

選挙の買収罪は、しばしば「贈収賄」と混同される。贈収賄が処罰されるのは、国や自治体から給与を得て職務を行う公務員が、その職務に関連して金品を受け取ることが、「職務を金で売ってはならない」という、「公務員の職務の不可買収性」に反するという理由だ。買収に関して言えば、「選挙人自身の投票」や、「選挙運動」は、自らの意思で、対価を受けずに行うべきなのに、それを、対価を受けて行うことが「不可買収性」に反するということであり、そういう意味で、買収と贈収賄とは構造が似ている。

買収罪も贈収賄も、金品の授受が行われる理由について、渡す側と受け取る側の両者の意思が合致した場合に、双方に犯罪が成立するものであり、「対向犯」と言われる(金品を渡そうとしたが受け取らなかった場合には「申込罪」だけが成立する)。

これまで、買収罪として摘発されてきた事案は、(ア)「投票買収」、(イ)「投票取りまとめ買収」、(ウ)「運動員買収」に大別される。

このうち、(ア)は、選挙人自身に特定の候補者への投票を依頼し、その報酬として金銭を渡すものだ。上記の条文で言えば、「選挙人」(投票権のある人)に対する「供与」であり、そのような「投票を金で売買する行為」を行ってはならないことは誰しも認識しており、違法性は明白だ。

(イ)の「票の取りまとめ買収」というのは、当該選挙人以外の選挙人に特定の候補に投票するように働きかけてもらうことである。「票の取りまとめ」は、「選挙運動」と言えるので、「票の取りまとめ」を依頼し、その対価として金銭を渡した場合は、「当選を得る、又は得させる目的」で「選挙運動者」に対して行う供与行為ということになる。

ただし、この「票の取りまとめ」の依頼については、投票するよう働きかけてもらいたい相手がある程度具体的に想定され、その認識が供与者と受供与者との間で一致している必要がある。典型的なのは、金銭を渡す相手の「家族」「親戚」「知人」などへの「働きかけ」を依頼する場合である。

(ウ)は、主として選挙期間中に、選挙に関連する「労務」を提供する「運動員」に対して報酬を支払う行為である。このような「労務」に対しては、法律で一定の範囲で報酬支払が認められており、その範囲外の報酬を支払うと買収罪が成立する。河井案里氏の政策秘書らが逮捕・起訴された「車上運動員(ウグイス嬢)買収」がその典型例だ。上記の条文で言えば、「選挙運動者」に対する供与であり、これも、「当選を得る、又は得させる目的」で行われることは明白だが、この場合は、雇用契約や委託契約に基づいて指示どおりに労務を提供しているだけの運動員の側には、法定の範囲外で違法であることの認識が希薄な場合も多い。そういう意味で、(ウ)の「運動員買収」は、「贈収賄」とは性格を異にしており、もっぱら違法な報酬を支給する側の問題であり、運動員側は処罰の対象とされないことが多い。

このように、(ウ)の「運動員買収」は例外だが、(ア)の投票買収、(イ)の投票取りまとめ買収は、贈収賄と同様に、供与者・受供与者側の双方が処罰されるのが原則である。

公選法違反の罰則適用は、各陣営に対して公平に行われる必要があり、検察庁では、買収罪について、求刑処理基準が定められている。私が現職の検察官だった頃の記憶によれば、犯罪が認められても敢えて処罰しないで済ます「起訴猶予」は「1万円未満」、「1万円~20万円」が「略式請求」(罰金刑)で、「20万円を超える場合」は「公判請求」(懲役刑)というようなものだった。

河井夫妻からの現金受領者の刑事処分は?

検察は、起訴状の詳細を公表しておらず、河井夫妻が誰にいくらの現金を供与したのかは公式には明らかになっていないが、逮捕容疑の内容は新聞等で報じられており、それによると、河井夫妻による現金供与は、 (a)現役の首長・議員、元首長、元議員などの有力者、(b)案里氏の後援会関係者に大別され、その金額は、 (a)のうち、市議は10~30万円、県議が30万円、現職首長が、20~150万円、県議会議長が200万円、(b)が概ね5~10万円とされている。

買収罪の処罰の実務からすると、河井夫妻による現金供与の買収罪が起訴され、検察は「供与罪が成立する」と認定しているのであるから、一方の、現金の供与を受けた側についても、「受供与罪」が成立し、求刑処理基準にしたがって起訴されるのが当然だ。

現金受領者側を処罰しない理由に関して、「非公式な検察幹部コメント」として、「克行被告が無理やり現金を渡そうとしたことを考慮した」「現金受領を認めた者だけが起訴され、否認した者が起訴されないのは不公平」などの理由が報じられている。

しかし、買収というのは、「投票」「投票取りまとめ」を金で買おうというものであり、相手方には、受領することに相当な心理的な抵抗があるのが当然であり、無理やり現金を置いていくというケースもあり得る。その場で突き返すか、すぐに返送しなければ、「受領した」ということなのであり、無理やり現金を渡されたことを理由に、受供与罪の処罰を免れることができるのであれば、買収罪の摘発は成り立たない。また、刑事事件では、自白がなければ立証できない事件で、事実を認めた者が起訴され、否認した者が起訴されないことは決して珍しいことではない。それが不公平だと言うのであれば、贈収賄事件の捜査などは成り立たない。このような凡そ理由にならない理由が「検察幹部のコメント」として報じられるのは、処罰しない理由の説明がつかないからである。

問題は、なぜ、上記のように、公選法違反の買収罪に関して、実務の常識からは考えられない「現金供与者側を起訴した事案について、現金受領者側の受供与罪は刑事立件すらせず、すべて不問にする」という対応が行われようとしているのか、である。

そこには、河井夫妻の買収罪の事件に関する「立証の困難さ」が影響していると考えられる。

「投票の取りまとめ」の趣旨の立証の困難性

上記(b)の後援会幹部に対する現金供与は、「案里氏の当選に向けての活動」に対する謝礼・報酬として渡した現金であることは明らかだが、その場合の「当選に向けての活動」が、後援会としての「政治活動」なのか、「選挙運動」なのかが問題になる。現金授受の時期、授受の際の文言などによるが、「投票の取りまとめ」の依頼の趣旨の立証が可能な現金供与が多いであろう。

問題は、上記(a)の首長・議員らに対する現金供与の方だ。現金のやり取りの状況について、マスコミが、受領者側の取材で報じているところによると、現金の授受の場面は5分程度の短時間で、「お世話になっているから」「案里をよろしく」という短い言葉だけだったとされており、このようなやり取りからは、これらの現金供与によって、河井夫妻側が期待したのは、「案里氏の支持基盤拡大のための政治活動への協力」と考えるのが合理的だ。「当選祝い」「陣中見舞い」と口にしているとしても、それは単なる名目であり、案里氏の当選を目的としていることは否定できない。しかし、そうだからと言って、「投票のとりまとめ」の依頼の趣旨だということではない。これは、一般的には「地盤培養行為」の一種と見られ、これまでは、「選挙運動」ではなく、政治活動の一種と位置付けられてきたものだ。

「地盤培養行為」にも、日常的に行われる党勢拡大や支持拡大のための政治活動もあれば、特定の選挙での特定の候補者の当選を目指して行われるものもある。後者は、「選挙運動」との境目が曖昧であり、そのための費用や報酬として金銭を供与することは、政治資金の寄附というより、買収に近いものとなるが、これまでは、実務上、公選法の買収罪の適用対象とされてこなかった。今回の河井夫妻の現金供与は、案里氏の立候補表明後に行われているもので、目的が、「案里氏の当選」であることは明らかだが、それが「票の取りまとめ」を依頼するものとは考えにくい。

こう考えると、河井夫妻による現金供与の多くは、「投票」や「投票の取りまとめ」の依頼とは言い難く、従来の公選法違反の買収摘発実務の常識からすると、河井夫妻の逮捕容疑の中で、実際に起訴される事実は、相当程度絞り込まれることになると思われた。

「投票の取りまとめ」の趣旨の公判証言を得るための検察の策略

ところが、検察は、河井夫妻の逮捕容疑に、さらに数名に対する買収の事実を加え、すべての事実で「票の取りまとめなどの選挙運動を依頼して現金を供与した」という、従来からの買収事件の起訴状の一般的な文言で起訴した。

現職の議員等に対して、公示日から離れた時期に現金を渡していること、その授受の場面について報じられている内容などからすると、「投票の取りまとめ」の依頼の趣旨であったことの立証は、特に、上記(a)については、相当困難だ。しかし、検察は、「投票の取りまとめ」の依頼の趣旨で起訴した。河井夫妻側は、「支持基盤の拡大」のためだったとして、「投票の取りまとめ」の依頼の趣旨を否定している。そのような事実で起訴した場合、現金受領者に「投票の取りまとめ」の依頼の趣旨と認識して現金を受領したことを公判でも証言させないといけない。そのために、検察が考えた策略が、現金受領者側に、「検察の意向に沿った証言をすれば、自らの処罰を免れることができる」との期待を持たせることだった。

現職の議員らにとっては、河井夫妻から現金を受領したことが公選法違反の買収罪に当たり、その受供与罪で起訴されると、公民権停止となり、首長・議員を失職することになるだけに、公選法違反で起訴を免れることができるかどうかは死活問題だ。そこで、検察は、「票の取りまとめの依頼と認識して現金を受領した」という内容の供述調書を録取し、河井夫妻の公判で、供述調書どおりの証言をすれば起訴を免れることができるとの期待を持たせ、公判証言で検察に協力させようと考えているのであろう。

このようなやり方は、刑訴法で制度化させている「日本版司法取引」とは似て非なるものだ。正式な司法取引であれば、他人の犯罪についての供述者が、自分の処罰の軽減を動機に供述したことが、「合意書」上明確にされ、それを前提に公判証言の信用性を裁判所が評価するというものだが、今回のやり方は、検察が公判証言の内容を見極めた上で、供述者の最終的な起訴不起訴を決めようとしているのではないか。

河井夫妻の現金供与の事件の捜査は、今年1月から継続されてきたものであり、既に終了しているはずだ。それなのに、検察側が、現金受領者側の起訴は「現時点では予定していない」というのは、供述者側に、「本来は起訴されるべき自らの犯罪について起訴が見送られている」という恩恵を与えることを意味する。その恩恵が継続し、最終的に、起訴されないで済ませてもらおうと思えば、供述者は、河井夫妻の公判で検察官調書どおりの証言をせざるを得ない。「ヤミ司法取引」以上に悪辣な方法と言うべきだろう。

公選法違反は「日本版司法取引」の対象犯罪に含まれないので、正式な司法取引はあり得ない。そこで、有利な公判証言を得るために、司法取引よりさらに巧妙な方法を考えたのではないか。それによって、現金受領者側の議員らは、河井夫妻の公判でも、「票の取りまとめを依頼された」との趣旨を認める証言をするというのが検察の目論見なのであろう。

しかし、果たして、現金受領者側が検察の意に沿う証言をするかどうかは、予断を許さない。現金受領者側は、このまま検察が受供与罪を立件しない場合でも、河井夫妻の供与罪での有罪が確定すると、それによって、現金受領者の受供与罪が成立することは否定できなくなる。それを受けて「告発」された場合、検察の行い得る不起訴処分は、犯罪事実が認められるが敢えて起訴しないという「起訴猶予」しかない。前に述べた求刑処理基準に照らしても、検察のいう理由からしても、それに全く理由がないことは明らかであり、不起訴処分に対して「検察審査会」への申立てが行われれば、起訴議決に至る可能性が高い。つまり、現金受領者側は、河井夫妻の公判で「投票の取りまとめ」の依頼の趣旨を認識して現金を受領したと証言することで、検察の起訴のリスクは免れても、検察審査会による起訴議決を免れることはできないのである。

「自民党本部からの1億5000万円の選挙資金提供」への影響

検察が、河井夫妻の逮捕容疑から絞り込むことなく、全体を起訴の対象とするのであれば、公選法の買収罪の適用のハードルを下げ、従来は「政治活動」とされてきた「支持基盤拡大のための地盤培養行為」も「選挙運動」に含まれると解釈することにならざるを得ない。その場合、起訴状の記載に、「票の取りまとめの依頼」だけではなく、「案里氏の支持基盤拡大のための活動への協力」なども記載して、「地盤培養行為」的な現金供与も買収罪に当たるとの主張を行うことになる。

 その場合も、公選法221条1号の条文の抽象的な文言だけからすると、裁判所に肯定される可能性が相当程度ある。しかし、「地盤培養行為的」な金銭供与が公選法違反の供与罪に当たるということになると、「地盤培養行為」に関して現金供与を行う資金を提供する行為についても幅広く「交付罪」が成立することになり、多くの影響が生じる。

従来、国政選挙の際に、国政政党から公認候補者に対して提供される選挙資金は、その金額によっては、選挙区内の政治家等に対して「地盤培養行為」の活動資金として渡されることを認識した上で提供されるものも相当程度あったものと思われるが、それらについても「交付罪」が成立する可能性が生じる。

河井夫妻の現金供与事件については、自民党本部から河井夫妻への政党支部に対して行われた1億5000万円の選挙資金の提供が、同じ自民党の公認候補の溝手顕正氏の10倍の金額であったことが問題とされているが、それも、「地盤培養行為」としての地元政界有力者に提供する資金を含むことを認識して行われた可能性もある。検察が、買収罪の適用のハードルを敢えて下げて、「地盤培養行為」的な現金供与も買収罪に当たると主張する場合には、そのような目的を認識して資金提供した自民党本部側にも「交付罪」成立の可能性が生じることとなる。つまり、検察は、選挙資金を提供した自民党本部に対する捜査を避けて通れないことになる。

また、それによって、「地盤培養行為」のための資金提供を、当然のごとく行ってきた選挙運動の在り方そのものが違法の疑いを受けることになり、その影響は、自民党などの保守政党のみならず、各種団体から組合支持候補への資金提供にも及ぶ。それによって、大きな政治的、社会的影響を生じることになる。

河井前法相“本格捜査”で、安倍政権「倒壊」か】でも述べたように、検察は、従来は買収罪の適用対象とはされてこなかった「地盤培養行為」に関する現金供与を多く含む容疑事実で現職国会議員夫妻を逮捕すべく、長期間にわたって、積極的な捜査を続けてきた。それは、自民党本部から河井夫妻への1億5000万円の選挙資金提供についても「買収罪の立証のハードルを大幅に下げる解釈」をとらざるを得ないというのが「当然の成り行き」だった。検察は、それを覚悟した上で、敢えて河井夫妻を逮捕したはずだった。その背景には、黒川検事長の違法定年延長問題や検察庁法改正問題で、安倍政権が、検察の幹部人事を支配下におこうとしたことがあり、そういう安倍政権に対する検察組織の側からの反発があったと考えられる。(【検察は、“ルビコン川”を渡った。~河井夫妻と自民党本部は一蓮托生】。

ところが、検察は、勾留満期に河井夫妻を起訴する一方、当然行うべき現金受領者側の刑事処分を見送る、という常識では考えられない対応を行っている。自民党本部から河井夫妻への1億5000万円の選挙資金の提供と買収との関係を解明しようとする姿勢も全く見られないどころか、そのような「当然の成り行き」を回避するために、検察は、河井夫妻について、すべてを「投票の取りまとめ」という「無理筋」の趣旨で起訴したのである。

菅原一秀衆議院議員の公選法違反事件で、凡そあり得ない「起訴猶予」の不起訴処分を行い(【菅原前経産相・不起訴処分を“丸裸”にする~河井夫妻事件捜査は大丈夫か】)、河井夫妻の事件を「多額現金買収事件」に矮小化し、何とか有罪立証を行うことに汲々としている検察の姿勢は、1月に、この事件で強制捜査に着手した頃とは全く異なるものになっていることは間違いない。

黒川検事長が「賭け麻雀」で辞任し、後任に、検察の目論見通り林真琴検事長を据えることができたことで、組織としての目的は達成でき、今後は、安倍内閣が、林検事長の検事総長への就任を妨害しないように、事件を早期に沈静化しようとしているのかもしれない。

検事長定年延長や検察庁法改正で政権に押しつぶされようとしていた検察に対して、芸能人・文化人も含めて多くの人がネット上で声を上げ、大きな盛り上がりとなったとき、多くの人が期待したのは、今回の河井夫妻事件で見せたような検察の姿ではなかったはずだ。

今回の事件は、「検察の在り方」に対して、多くの課題を残すものと言えよう。

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菅原前経産相・不起訴処分を“丸裸”にする~河井夫妻事件捜査は大丈夫か

昨年10月、内閣改造で初入閣したばかりの二人の大臣が、いずれも週刊文春の記事で疑惑が指摘された直後に辞任した。一人が、法務大臣を辞任した河井克行衆議院議員、もう一人が、経済産業大臣を辞任した菅原一秀衆議院議員だった。

河井氏は、妻の河井案里参議院議員が当選した昨年7月の参議院選挙で、車上運動員に法律の制限を超える報酬を支払っていた問題、菅原氏は、選挙区内の有権者にカニやメロン等の贈答品を配っていたと報じられた後に、秘書が、通夜に菅原氏の名前が入った香典を持参していたことが報じられたものだった。

河井氏の方は、6月18日に、案里氏の公設秘書が公選法違反(買収)で逮捕・起訴され、河井氏と案里氏が、同じ参議院選で、広島県内の首長や県議会議員、市議会議員などの政界関係者に現金を配った買収容疑で逮捕され、現在も勾留中だ。

一方、公選法(寄附の禁止)違反容疑で告発されていた菅原氏は、6月24日、東京地検により、2017~19年、選挙区内の有権者延べ27人の親族の葬儀に、枕花名目で生花18台(計17万5000円相当)を贈り、秘書らを参列させて自己名義の香典(計約12万5000円分)を渡したとして、公選法違反の事実が認定されたが、不起訴(起訴猶予)処分となった。

公選法違反で処罰されれば、罰金であっても公民権停止となり、国会議員を失職することになることを考慮したのかもしれない。しかし、裁判所は、公選法で罰金刑に処した上で、公民権の不停止や期間短縮を言い渡すことができる(公選法252条4項)。公選法違反の事実が認められるのに、検察官の判断で、罰金刑すら科さない起訴猶予処分を行う理由には全くならない。

私は、昨年10月の週刊文春の記事が出た直後から、菅原氏の公設第一秘書のA氏と公設第二秘書のB氏の代理人として、文春側や菅原氏側への対応を行ってきた。検察は、不起訴処分になった事件について、証拠も記録も開示しないので、一般的には、不起訴処分の不当性を証拠に基づいて論じることはできない。しかし、今回の菅原氏の事件については、私は、A・B両氏から事実関係を詳しく聞いており、また、文春の記事が出て以降、両氏の代理人として対応する中で、菅原氏の態度、行動なども、相当程度把握しており、検察が起訴猶予の理由とした「反省」「謝罪」が真摯なものかを判断する根拠もある。これらから、菅原氏の不起訴(起訴猶予)処分を「丸裸」にし,それがいかに不当であるかを具体的に論証していくことにしたい。

秘書に「違反でっち上げ」の“濡れ衣”を着せた菅原氏

昨年10月に文春の記事が出た直後、私と面識があったA氏の知人を介してA氏の相談を受けた。A氏は、「文春側から、記事掲載前に一度『直撃取材』を受けたが、取材を拒否した。それ以外に文春側と全く接触したことはない」と話し、刑事事件で取調べを受けた場合の対応や、文春側への対応についての相談だった。

私は、A氏とほぼ同じ立場にあるB氏からも同じように委任を受け、週刊文春等のマスコミへの対応はすべて私が行うことにした。それに加えて、重要となったのが菅原氏側への対応だった。

菅原氏は、文春の記事が出た直後から、「自分は香典を持参するように指示はしていない。Aが文春と組んで、大臣の座から引きずり降ろした。」というような話を、支援者などに言いふらしており、A氏らは、事務所からも締め出され、秘書としての業務の指示も全くない状態だった。そのままでは、「A氏が週刊誌と組んで菅原氏の違法行為をでっち上げて、大臣辞任に追い込んだ」などという事実無根の話を広められたまま、公設秘書を解職されることになりそうだった。それは、A氏にとっては、政治家秘書としてだけではなく、社会的信用の失墜につながるものだった。

11月に入り、A氏とともに菅原氏の選挙区内の有権者宅への香典を届ける仕事をさせられていた公設第二秘書のB氏が、菅原氏の後援会幹部の車に乗らされ、4時間にわたって喫茶店、同幹部の自宅、カラオケ店などで〝軟禁〟され、途中で合流した菅原氏から、繰り返し、文春にリークしたことを白状するよう詰問されるという「事件」が起きた。

A,B両氏の代理人としての菅原氏側への「申し入れ」

私は、A、B両氏から委任を受け、菅原氏側に対して申入れをすることにした。菅原氏に連絡をとったところ、同氏の代理人弁護士から連絡があったので、以下のような申入れを行った。

「A氏が週刊文春と組んで菅原氏の違法行為をでっち上げて、大臣辞任に追い込んだ」などという事実無根の話を広めてA氏の名誉を棄損するのはやめてもらいたい。そのようなことを理由に、A氏やB氏の公設秘書を解職することは受け入れられない。正常に公設秘書として勤務をさせてもらいたい。

A氏が週刊文春の取材に応じた事実が全くないことは、私が週刊文春側に対応してきた経過からも断言できることについても、十分に説明した。

数日後に、同弁護士から連絡があり、「申入れの趣旨は了解した」とのことだった。A・B両氏は、練馬区の地元事務所には、他の秘書がいる時間に限って入室を許されるようになった。

しかし、秘書業務は、以前はすべて菅原氏の指示で行っていたのに、指示は全くなくなり、地元の後援会関係者へのあいさつ回りや地元での行事への参加のような仕事だけをこなす毎日が続いた。菅原氏は、経産大臣辞任後、「体調不良」を理由に国会を欠席していたが、実際には、選挙区内の後援会関係者や支援者を回って、辞任の経緯の説明を行い、違法行為を否定しているという話は、A氏らの耳にも入っていた。「Aが週刊文春と組んで菅原氏を大臣辞任に追い込んだ」という話は、その後も、選挙区内で広まっていた。

12月に入り、私は、A・B両氏の意向を受け、菅原氏の代理人弁護士に、「菅原氏が、A氏が週刊文春と組んで菅原氏を大臣辞任に追い込んだ事実はないことを明言してA氏の名誉を回復する措置をとること」を条件に、A、B両氏が公設秘書解職に応じて、菅原事務所を円満退所することを提案し、条件の提示を要請した。

菅原氏の国会復帰後、「秘書にハメられた」との話が拡散

年が明け、1月20日に通常国会が始まり、菅原氏も国会に出席するようになったが、菅原氏は、国会初日に、「ぶら下がり」で、記者に公選法違反の疑惑について質問されて、「告発を受けているので答えられない」と述べて、説明をしなかった。

代理人弁護士からの返答は全くなく、A氏らへの業務の指示も全くない状況が続いた。

1月30日、民放BS番組の打合せで田原総一朗氏と会った際、田原氏が、いきなり「菅原さんの件、あれは秘書にハメられたんだってね」と言ってきた。私は、秘書の代理人をやっていること、秘書が菅原氏をハメた事実は全くなく、文春の取材に応じたこともないことを強調しておいたが、田原氏は、政界関係者から聞いて、そう思い込んでいたようだった。通常国会が始まり、菅原氏が国会に復帰した後、そのような話が、政界関係者からマスコミの間にまで広まっていることがわかった。そのような話を誰が広めているのかは、明らかだった。

そして、その翌日の1月31日に、菅原氏の代理人弁護士から、久々の電話連絡があった。「Aさん、Bさんに、一か月分の給与を上乗せ支給するので、公設秘書の解職に応じ、菅原事務所を退所してほしい」という申し入れだった。私は、「A氏の名誉を回復する話はどうなったのか。菅原氏自身が、A氏らが文春と組んで菅原氏を大臣の座から引きずり降ろしたという話を否定してA氏らの名誉回復の措置を講じない限り、話に応じることはできない」と述べた。代理人弁護士は、「A氏らが文春にタレこんだに決まっているじゃないですか。菅原氏にそれを否定させることは無理だと思いますよ。一応、話をしてみますが」と言っていた。いつの間にか、その弁護士自身も、A氏らの文春へのタレこみを「公知の事実」であるかのように言うようになっていた。

一方的に公設秘書を解職されたA・B両氏の「決断」

その後、代理人弁護士からは全く連絡がなく、A氏らは、それまで通り、支援者回りをする状態が続いていた。そして、3月中旬に入り、政策秘書を通じて、3月末でA氏・B氏の公設秘書を解職するとの通告を受けた。

A・B両氏と私とで、対応を話し合った。A氏は、

このままでは、代議士を裏切って週刊誌と組んで、違法行為をでっち上げて、大臣の座から引きずり降ろした公設秘書が、それが露見して、クビになったという話が、政界関係者の間で本当のことのようにされてしまう。絶対に我慢できない。

と言っていた。B氏も同様だった。

A・B両氏は、昨年11月以降、多数回にわたって、菅原氏の公選法違反事件に関して検察官の取調べを受けていた。しかし、2月頃からは、河井克行氏・案里氏の公選法違反事件の方が本格化しているようで、菅原氏の事件についての動きはなく、検察官の取調べも中断していた。刑事事件で、菅原氏が起訴されるということになれば、週刊文春が記事で取り上げた「菅原氏の公選法違反」というのが、秘書と文春とが組んででっち上げたものではなく、真実であったことが明らかになるが、新型コロナ感染拡大もあって、菅原氏の刑事事件がどうなるのかは全く見通せない状況だった。このまま有耶無耶になってしまう可能性も否定できなかった。

そういう状況で、A・B両氏が、「文春と組んで代議士をハメた秘書」の汚名をすすごうと思えば、自ら、真実を公にしていくしかなかった。しかし、仮に、彼らが記者会見を開いたとしても、それが記事になり、多くの人に認識されるとは思えなかった。最も効果的な方法は、初めて週刊文春の取材に応じ、記事の中でそのことを公にしてもらうという方法だった。しかし、週刊文春の取材に応じるのであれば、もともとの取材依頼の質問事項である菅原事務所による違法・不正な行為の実態についての質問に答えざるを得ない。

私は、二人に、週刊文春の取材に応じることで、「文春と組んで代議士をハメた秘書」の汚名をすすぐ方法があること、そのメリット・デメリットを説明し、対応を考える時間を与えた。

数日後、二人が出した結論は「取材に応じる」ということだった。

二人が初めて週刊文春の取材を受ける

二人は、3月末で、公設秘書の職を解かれ、菅原事務所との関係が切れた翌日の4月1日、私の事務所で、初めて文春記者の取材を受けた。

二人は、選挙区内での通夜・葬儀に、菅原氏の指示を受けて香典を持参していたことに加え、選挙区内の支援者に、お歳暮や暑中見舞いなど、年間を通して贈答品を渡すことが常態化していたこと、他党のポスター剥がしを命じられていたこと、選挙区内での会合や葬儀の情報を入手できなかった場合には罰金を取られていたこと、公設秘書に国から支給される給与から上納をさせられていたことなども話した。

当初の記事掲載予定は4月中旬発売号だったが、ちょうど、緊急事態宣言が出た直後で、それに関する記事で誌面に余裕がなくなり、その後、河井夫妻の事件が本格化したことなどから、記事の掲載は延期されていた。

6月に入ってからは、検察官の取調べも本格化していた。A・B両氏も、それまでの取調べとは異なり、「公選法違反の被疑者」として黙秘権を告知された上での取調べが行われた。少なくとも、取調べの検察官は、菅原氏の起訴に向けて最大限の努力をしているように思えた。

菅原氏突然の「記者会見」、週刊文春報道、検察の不起訴

そうした中で、6月16日、菅原氏が、突然、自民党本部で「記者会見」を行い、

近所や後援会関係者らの葬儀が年間約90件あり、自身は8~9割出席しているが、私が海外にいた場合、公務で葬儀に参列できない場合に秘書に出てもらい、香典を渡してもらったことがある。枕花の提供もあった。

として公選法違反の事実を認め、「反省している」と述べた。会見と言っても直前に案内をして一方的に説明したもので、事件を取材している記者には質問の機会を与えないやり方だった。

その翌週の6月25日、A・B両氏への4月1日の取材や、それ以外の菅原事務所関係者の話などに基づき、菅原氏に関する問題を詳細に報じる週刊文春が発売された。すると、その当日の昼過ぎに、東京地検次席検事が「記者会見」を行い、菅原氏の不起訴(起訴猶予)処分を発表した。

不起訴の理由について、東京地検は、①香典の代理持参はあくまでも例外であり、大半は本人が弔問した際に渡していたこと、②大臣を辞職して、会見で事実を認めて謝罪したこと、などを挙げ、「法を軽視する姿勢が顕著とまでは言い難かった」と説明したとのことだ。

しかし、それらは、犯罪事実が認められるとしながら罰金刑すら科さない理由として全く理解し難いものだ。これまで述べてきたA・B両氏の証言(二人は同様の供述を検察官に対して行っている)、昨年10月の週刊文春の記事が出た後の経過からすれば、菅原氏の不起訴処分の不当性は一層明白だ。

不起訴処分の前提とされた「犯罪事実」に重大な疑問

まず、不起訴処分の前提とされている「公選法違反の犯罪事実」自体に重大な疑問がある。

検察の不起訴処分では、2017~19年の3年間に、選挙区内の有権者延べ27人の親族の葬儀に、枕花名目で生花18台(計17万5000円相当)を贈り、秘書らを参列させて自己名義の香典(計約12万5000円分)を渡したとの犯罪事実が認定されている。

一方で、A・B両氏の話では、香典と枕花の総額は年間概ね100万円程度であり、その点は、検察官にもLINE等の客観的資料に基づき詳しく供述している。

検察が不起訴処分で認定した犯罪事実が3年間で約30万円とされているのは、「葬儀が年間約90件あり、自身は8~9割出席しているが、行けない場合に秘書が香典を持参していた」との菅原氏の説明に基づき、通夜・葬儀に参列しない場合の代理持参だけを犯罪事実としてとらえているからだと考えられる。

しかし、公選法上許容される香典の範囲からすると、犯罪事実の金額が30万円にとどまることは考えられない。

公選法の規定では、「当該公職の候補者等が葬式に自ら出席しその場においてする香典の供与」又は「当該公職の候補者等が葬式の日までの間に自ら弔問しその場においてする香典の供与」は、罰則の対象から除外されている(249条の2第3項)。つまり、国会議員が、選挙区内の有権者に香典を供与することが許されるのは、葬式・通夜等に「自ら出席・弔問し」「その場においてする供与」に限られるのである。公職の候補者等による香典供与が、葬式・通夜等に「自ら出席・弔問し」「その場においてする供与」に限って許容されるのは、香典を名目に選挙区内の有権者に金銭を供与することは違法だが、「本人が出席しその場で渡す香典」であれば、親戚や個人的な友人など、ごく親しい関係者の場合であり、そのような場合は、公職の候補者の立場とは関係が薄いと考えられるからである。

前記の週刊文春の記事にも書かれているように、A氏ら秘書は、常に「菅原一秀」という文字が印字された香典袋を持ち歩き、選挙区内の有権者の逝去の情報を秘書が入手すると、「香典はいくらですか?」と菅原氏にLINEで尋ね、指示された金額を香典袋に包んで、秘書が代理持参していた。つまり、選挙区内の有権者への香典は、すべて代理持参し、その後に、菅原氏自身が、可能な場合にのみ、弔問・参列をしていたのである。

A氏らがLINE等の客観証拠に基づいて証言するところによれば、菅原氏の選挙区内の有権者の通夜・葬儀で供与していた香典は、原則として「代理持参」なのであるから、それが行われた時点で犯罪が成立し、その後、菅原氏本人が弔問・参列したかどうかは犯罪の成否に影響しない。したがって、秘書の供述によって認められる公選法違反の犯罪事実は、3年間で約300万円のはずなのである。

菅原氏の不起訴処分については、過去に、同様の「寄附行為の禁止」の公選法違反の事例として、2000年に公選法違反で罰金40万円と公民権停止3年の略式命令を受けた小野寺五典衆院議員の事例との比較が問題となる。小野寺氏の事例は秘書と共に選挙区内で約1000円の線香セットを551人に配った事案であった。

菅原氏の犯罪事実を正しく認定すれば、寄附行為の総額は約300万円となり、小野寺氏を大きく上回ることになる。公選法違反の犯罪事実が、実際には約300万円なのに、それを約30万円にとどめることは、小野寺氏の事例との関係で重大な意味があるのである。

菅原氏の場合は、秘書に選挙区内の有権者に関する逝去の情報を収集させ(しかも、その情報を入手し損ねると、「取りこぼし」とされて秘書は罰金をとられる)、報告を受けて秘書に金額を指示して香典を持参させていたものであり、通夜・葬儀を名目にして、選挙区内に金銭をバラまいていただけである。

そもそも「年間90件もの葬儀」が公職の候補者としての選挙と関係ない「個人的なもの」ではないことは明らかだ。供与していたのが現金であることと、金額を考慮すれば、小野寺氏の場合と比較しても遥かに悪質である。しかも、6月25日発売の週刊文春の記事でも書かれているように、菅原氏については、中元・歳暮等の贈答が恒常化していたこと、新年会などに参加した際には、本来決められた会費以上の金額を町会などに手渡していたことなど、香典・枕花以外にも、「有権者への寄附」に該当する行為は多数指摘されている。菅原氏が「法を軽視する姿勢が顕著」でないということなどあり得ない。

「大臣辞職」「謝罪」は真摯なものとは到底言えない

②の「大臣を辞職して、会見で事実を認めて謝罪したこと」についても、情状酌量の事由、不起訴の理由に全くならないことは、既に述べた文春記事後の菅原氏の態度や行動から明らかだ。

昨年10月下旬の文春の記事について、菅原氏は、「A秘書が週刊文春と組んで違法行為をでっち上げて、大臣辞任に追い込んだ」などと、秘書に「濡れ衣」を着せて、自らの公選法違反行為を否定していた。経産大臣辞任後、「体調不良」を理由に国会を欠席していた間も、地元の後援者・支援者などに、通常国会開会後、国会に出席するようになってからは、政界関係者などに、そのような話を広めるなど、一貫して自らの公選法違反を否定していた菅原氏は、6月16日、突然「記者会見」を開き、一部ではあるが、秘書に香典を持参させていたことを認めて「謝罪」したのであるが、それまでの言動から考えて、それが真摯に反省して事実を認めたものとは到底考えられない。「会見を開いて違法行為を認めて謝罪すれば起訴猶予にする」という見通しがついていたからこそ、そのような「茶番」を行ったものとしか考えられない。経産大臣を辞任したのも、菅原氏は、「秘書にハメられて大臣を引きずり降ろされた」と言っているのであり、公選法違反の犯罪を反省して辞任したというのではない。何ら、情状酌量する理由にはならない。

以上のとおり、菅原前経産大臣の公選法違反事件についての検察の不起訴処分は、全くあり得ない、不当極まりないものである。しかも、取調べの経過や菅原氏の突然の「記者会見」から考えると、現場の検察官のレベルでは起訴に向けての捜査が行われていたのに、最終段階に来て、捜査を指揮する上司・上層部と菅原氏側と間で、何らかの話し合いが行われ、不起訴の方針が決まったようにしか思えない。

「菅原氏の不当不起訴」、河井夫妻事件捜査は大丈夫か

菅原氏に対する不起訴処分については、告発人が、検察審査会に審査を申し立てれば、検察も「証拠上起訴は可能」と認めている以上、「一般人の常識」から不起訴には納得できないとして、「起訴すべき」との議決が出る可能性が高い。それによって、菅原氏に対する「不正義」は、いずれ是正されるであろう。

問題は、今回の菅原氏に対する不当な不起訴処分を行った検察の方である。

河井前法相と菅原前経産相は、ほぼ同じ時期に、同じ週刊文春の報道によって大臣辞任に追い込まれた後、公選法違反事件で検察捜査の対象とされたという点で同様の展開をたどっている。一方の菅原氏に対して行われた全く理解し難い不起訴処分は、公選法違反に対する検察の刑事処分に対して、著しい疑念を生じさせることになった。菅原氏と同様に東京地検特捜部が行っている河井克行氏に対する捜査や刑事処分は、果たして大丈夫なのだろうか。

【検察は“ルビコン川”を渡った~河井夫妻と自民党本部は一蓮托生】で述べたように、河井克行氏の事件では、広島県の政界関係者に対して多額の現金が渡ったのと同時期に、自民党本部から河井夫妻に1億5000万円の選挙資金が提供されたことについて、公選法違反の「買収資金交付罪」の適用の可能性もあり、党本部への強制捜査を含めた徹底した捜査が期待されている。

しかし、一方で、検察は、河井夫妻から現金を受領した側の現職の自治体の首長・県議会議員・市議会議員等に対する刑事処分をどうするか、という大変悩ましい問題に直面している。現職の首長・議員は、公選法違反で罰金以上の刑に処せられると失職となる可能性が高いことから、それらの刑事処分をめぐって、様々な思惑や駆け引きが行われるであろうことは想像に難くない。

検察は、これまで自民党本部側が前提としてきた「公選法適用の常識」を覆し、公選法の趣旨に沿った買収罪の適用を行って河井夫妻を逮捕した。そうである以上、現職の首長・議員に対しても、公選法の規定を、その趣旨に沿って淡々と着実に適用し、起訴不起訴の判断を行うしかない。間違っても、菅原氏の公選法違反事件の不起訴処分で見せたような姿勢で臨んではならない。

検事長定年延長、検察庁法改正等で検察に対する政治権力による介入が現実化する一方、検察の政権の中枢に斬り込む捜査も現実化するという、まさに、検察の歴史にも関わる重大な局面にある。

ここで、敢えて言いたい。

しっかりしろ、検察!

 

 

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河井夫妻と自民党本部は一蓮托生~資金提供に「交付罪」適用の可能性

河井克行衆議院議員(前法務大臣)とその妻の河井案里参議院議員が、公職選挙法違反の容疑で、東京地検特捜部に逮捕された。逮捕容疑は、克行議員は去年7月の参議院選挙をめぐり、妻の案里議員が立候補を表明した去年3月下旬から8月上旬にかけて票のとりまとめを依頼した報酬として、地元議員や後援会幹部ら91人に合わせておよそ2400万円を配った公選法違反の買収の疑い、案里議員は、克行氏と共謀し5人に対して170万円を配った疑いだ。

公選法違反での現職国会議員の逮捕は、前例が殆どない。自民党の有力議員だった克行氏が、なぜ自ら多額の現金を県政界の有力者に配布して回る行為に及んだのか。そこには、案里氏の参議院選挙への出馬の経緯、自民党本部との関係が深く関係しているものと考えられる。

従来の公選法の罰則適用の常識を覆す異例の逮捕

今回の逮捕容疑の多くは、昨年4月頃、つまり、選挙の3か月前頃に、広島県内の議員や首長などの有力者に、参議院選挙での案里氏への支持を呼び掛けて多額の現金を渡していたというものだ。

従来は、公選法違反としての買収罪の適用は、選挙運動期間中やその直近に、直接的に投票や選挙運動の対価として金銭等を供与する行為が中心であった。

「●●候補に投票してください。」という依頼や、具体的に、●●候補のための「選挙運動」、例えば、ウグイス嬢の仕事や、ポスター貼り、ビラ配りなどを依頼して、法律で許された範囲を超えた報酬を払う、というのが典型的な選挙違反だ。

今回の河井夫妻の行為のような、選挙の公示・告示から離れた時期の金銭の供与というのは、それとはかなり性格が異なり、「選挙に向けて●●候補の支持拡大に協力してほしい」という依頼である場合が多い。

従来は、このような「選挙期間から離れた時期の支持拡大に向けての活動」というのは、選挙運動というより、政治活動の性格が強く、それに関して金銭が授受されても、政治資金収支報告書に記載されていれば、それによって「政治資金の寄附」として法律上扱われることになり、記載されていなければ「ウラ献金」として政治資金規正法違反にはなっても、公選法の罰則は摘要しないという取扱いが一般的であった。

要するに、「政治資金の寄附との性格があり、投票や選挙運動の対価・報酬の性格が希薄」との理由で、公選法違反の摘発の対象とされることはほとんどなかった。

そういう意味で、今回の河井夫妻の逮捕は、従来の公選法の罰則適用の常識からすると異例と言える。

しかし、今回、このような行為に対して、敢えて検察が公選法違反の罰則を適用したのは、公選法の解釈に関して、それなりの自信があるからだろう。

公選法221条1項では、買収罪について、「当選を得る、又は得させる目的」で、選挙人又は選挙運動者に対して「金銭の供与」と規定しているだけであり、「特定候補を当選させる目的」と「供与」の要件さえ充たせば、買収罪の犯罪が成立する。

ここでの「供与」というのは、「自由に使ってよいお金として差し上げること」だ。現金を受領したとされる相手が、「案里氏を当選させる目的で渡された金であること」と「自由に使ってよい金であること」の認識を持って受領したことが立証できれば、買収罪の立証は可能なのだ。

私が、克行氏の行為は、従来は公選法の買収罪による摘発とされては来なかったが、検察が敢えて、買収罪で起訴すれば無罪にはならないだろうと述べてきたのは(【河井前法相“本格捜査”で、安倍政権「倒壊」か】)、そのような理由からなのである。

実態に即した供述を証拠化することの重要性

重要なことは、検察の捜査で、今回の事件の、従来の選挙違反との違いを十分に認識し、的確な取調べを行い、実態に即した供述を証拠化することだ。

克行氏は、弁護人によれば「不正な行為はない」と述べているとのことであり、河井夫妻は公判で、現金の授受を認めた上、趣旨を全面的に争う可能性が高い。この場合、有罪が立証できるかどうかは、結局のところ、金銭授受の事実とその趣旨についての供述が信用できるかどうかによる。

河井夫妻の現金配布の相手方は、過去の参議院選挙では同じ自民党の溝手顕正候補を支持し、選挙の度に応援してきた人達だと考えられる。そのような組織的支援が、長年にわたって、定数2の参議院選挙広島地方区で当選を重ね、自民党の議席を守ってきた溝手氏の「強み」だったのであろう。

昨年7月の参議院選挙も、河井夫妻らの現金配布が行われなければ、それまでの選挙と基本的に変わらなかったはずだ。

そのような状況だったところに、(溝手氏に対して強い反感を持っている安倍首相の「強い意向」によるともいわれているが)、案里氏が、自民党の2人目の候補として立候補することになった。案里氏が当選をめざすとすれば、(1)野党候補から票を奪う、(2)同じ自民党候補の溝手氏の票を奪う、のいずれかしかない。(1)の野党候補の支持者を自民党候補に投票してもらうことが容易ではないことは自明であろう。

そうなると、方法は(2)しかない。そのための最も効果的な方法は、溝手氏が長年築いてきた広島県の保守政治家の組織的支援を「切り崩して」案里氏支持に向けることである。

それが、有力者に現金を「撃ち込む」という方法だった。

現金授受の実態に即して考える

早くから現地広島での取材を重ねてきた今西憲之氏が、河井夫妻逮捕直後に出した記事【河井夫妻をついに逮捕!現ナマをもらった地元の県議が明かす素早い“手口”】で述べていることが、事件の実態に近いと思われる。同記事では、現金供与の実態について、以下のように述べている。

河井夫妻から現金30万円をもらった地元の県議Aさんはこう語る。

「いきなり電話してきて、ちょっと行くからという。選挙戦なので来られてもと思うたが、安倍首相の側近でもある克行氏が来るならと会うことにした。すると『選挙頑張って』と言いながら、白い封筒を取り出して、私のポケットに入れようとする。『先生、これは』というと『お世話になっていますから』とポケットにねじ込んで帰った。話したのはたぶん5分くらい。とんでもないものをねじ込むなと思ったよ」

Aさんはすぐ返そうと思ったが、会う機会もないし、電話を入れても「当選祝いだ」と克行氏は言うばかり。ズルズルと手元に置いていたという。

このようなエピソードを広島の地方議員らから、いくつも聞かされた。

別の地方議員、Bさんもこう証言する。

「先生、お茶代だからと白い封筒を置いて帰った。お茶代だ、陣中見舞いだというが、案里氏の参院選がある。そのままにしていたが、まずいと思い、政治資金収支報告書に掲載することにした。それは検察の取り調べでも説明した」

また案里氏から白い封筒を渡されそうになった地方議員Cさんもこう証言する。

「4月だったか、案里氏に食事に誘われた。会計の時に払おうとしたら、すでに済ませていたので『こっちも出す』と言うと『今日は大丈夫です』といい、案里氏が白い封筒を差し出した。参院選に出るんだから、直感的にカネだと思った。それは受け取れんと押し問答が続き、なんとか引き下がってもらった。検察に事情聴取され『案里からもらっただろう』とかなりしつこくきかれましたよ。貰わずに助かった」

克行氏が、Aさんに現金30万円を渡した目的は、「参議院選挙までの期間や選挙期間に、それまでの選挙のように溝手陣営で動かないようにしてほしい」「できれば、案里氏を支援する活動にも協力してほしい」ということだと考えられる。

マスコミでは、「現金の提供が票の取りまとめを依頼する趣旨だったかどうか」が今後の捜査の焦点になるとされているが、それは、「買収罪」を「投票又は選挙運動の対価を支払う行為」と固定的にとらえているからであろう。

しかし、公示の3か月も前であれば、選挙との具体的な関係はかなり希薄であり、「案里氏のための票の取りまとめ」という供述は、おそらく、現金を受け取った側の認識とは異なるだろう。「案里氏のための票の取りまとめ」というのは、それまでの選挙では溝手氏のための選挙運動を行ってきた人に、案里氏に「鞍替え」して、他の有権者に「案里氏に投票してほしい」と依頼することだが、そのようなことを露骨に行えば、溝手氏支持者から不信感を持たれることは必至だ。

そこまでしてもらわなくても、「溝手氏の当選のための活動を何もしないか、しているふりだけにする」ということをしてくれれば、上記(2)の溝手氏の票を減らす効果があり、それに加えて、案里氏の選挙までの集会に顔を出すなどして協力してくれれば、河井夫妻にとっては十分である。それは、「票の取りまとめ」とはかなり異なるものだ。

有罪率99%超の日本でも、公選法違反事件は相対的に無罪率が高い事件である。検察としては、現金受領者ごとに、その立場も異なり、認識も異なるだろう。その言い分を一人ひとり丁寧に聞き出し証拠化していくことが重要だ。

政治資金収支報告書への記載の有無は犯罪の成否に無関係

現金の授受について、「案里氏を当選させる目的で渡された金であること」と「自由に使ってよい金であること」が立証できれば、公選法違反の買収で有罪立証は十分に可能である。

したがって、上記記事に出てくるBさんのように、その現金を、「政治資金の寄附」として政治資金収支報告書に記載したとしても、上記の2点が否定されない限り、買収罪は成立する。しかも、昨年の政治資金の収支報告書の提出時期は今年3月であり、広島地検の捜査が開始された後であるため、事後的なつじつま合わせも可能である。

また、上記記事のCさんのように、河井夫妻側から現金を差しだされたが受領しなかった場合も、上記2点の趣旨が立証できれば、河井夫妻側に「供与の申込み」の犯罪が成立する。

自民党本部からの資金提供についての「交付罪」の成否

今回の事件のもう一つの焦点は、河井陣営には、自民党本部から、一般的に提供される選挙費用の10倍の1億5000万円もの多額の資金が選挙資金として提供され、それが現金供与の資金になっている可能性があることだ。多額の選挙資金の提供を決定した側が、「選挙人」等に供与する資金に充てられると認識した上で提供したのであれば、「交付罪」(供与させる目的を持った金銭の交付)に該当することになる。

交付罪が実際に適用された公選法違反というのは極めて少ないが、私は検察官時代の30年余り前、当時唯一の衆院一人区だった奄美大島群島区での選挙違反事件で「交付罪」の事件を担当したことがある。

「交付罪」の場合は、「選挙人又は選挙運動者への供与の資金」との認識を持って資金提供すれば、それだけで犯罪が成立する。資金提供の際に、誰にいくら現金を渡すかを認識している必要はない。(もし、その具体的な認識資金を提供した場合であれば、「供与罪の共謀」である。)

今回の事件についても、資金を提供した自民党本部側が、「誰にいくらの現金を供与するのか」という点を認識していなくても、「案里氏を当選させる目的で」「自由に使ってよい金」として供与する資金であることの認識があって資金提供をすれば、「交付罪」が成立することになる。

二階俊博自民党幹事長は、党本部が陣営に振り込んだ1億5000万円は買収の資金には使われていないと述べ、

支部の立上げに伴う党勢拡大のための広報紙の配布費用にあてたと報告を受けている。

公認会計士が厳重な基準に照らし、各支部の支出をチェックしている。

と説明しているようだ。

しかし、案里氏の参院選出馬で急遽設置された政党支部の「広報誌」に、果たして1億3500万円もの費用がかかるのだろうか。その点は、検察が金の流れを追えば、すぐにわかることだ。河井夫妻が、現金授受を認めて犯罪の成否を争う場合、授受を認めることに伴って、その原資について事実をありのままに述べなければ不利になる。買収資金の原資が解明される可能性は相当高い。

自民党本部から提供された1億5000万円は、河井夫妻の政党支部宛てに提供されたことで、「買収」に充てられる認識が否定できると思っているのかもしれないが、政治資金規正法上の寄附として処理されていても、上記の「案里氏を当選させる目的で」「自由に使ってよい金」の2点を充たす現金授受の資金に充てられることの認識があれば、公選法違反の「交付罪」が成立することに変わりはない。

今回の逮捕で驚いたのは、自民党の有力政治家であった克行氏が、広島県の多数の政界関係者に多額の現金を配布して回るという露骨な行為に及んだことだ。その点に関して、合理的に推測されるのは、党本部からも、そのような使途について了解を得た上で、資金が河井夫妻の政党支部に提供されたことによって、「抵抗感」がなかったのではないかということだ。

検察捜査の結果、1億5000万円が河井夫妻の現金供与の原資となっている事実が認められれば、資金提供を決定した人物とその実質的理由を解明することは不可欠であり、過去に前例がない自民党本部への捜索が行われる可能性も十分にある。

従来、検察は、公職選挙の実態を考慮して、公選法の罰則適用を抑制的に行ってきた。買収罪の適用は、選挙運動期間中やその直近に、直接的に投票や選挙運動の対価として金銭等を供与する行為に概ね限定しており、河井夫妻の現金配布のような行為が「買収罪」とされることは、ほとんどなかったのである。

ところが今回は、これまで自民党本部側が前提としてきた「公選法適用の常識」を覆し、敢えて買収罪を適用して前法相の国会議員を逮捕した。

それを予想していなかったことについては、河井夫妻も自民党も同様であろう。その意味で、本件に関しては、「供与罪」と、資金提供の「交付罪」とは「一蓮托生」と見ることもできる。

検察の本件への「買収罪」の適用は、「公職選挙をめぐる資金の透明性」を高めるという法の趣旨に沿うものであり、法運用として決して方向性は誤っていない。

検察は「“ルビコン川”を渡った」と言える。まだまだ、多くの困難はあるだろうが、実態に即した供述の証拠化と、公選法の趣旨に沿う法適用で、ローマに向け、着実に進撃することを期待したい。

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都知事選、最大の争点は「東京五輪開催問題」

本日(6月18日)、東京都知事選挙が告示された。7月5日の投票日に向けて選挙戦が繰り広げられる。現職の小池百合子氏のほか元日弁連会長の宇都宮健児氏、前熊本県副知事の小野泰輔氏、「れいわ新選組代表」の山本太郎氏、「NHKから国民を守る党」代表の立花孝志氏などが事前に出馬表明しており、昨日(6月17日)、この5人の立候補予定者の間で、日本記者クラブ主催のオンライン討論会も開催された。

現職の小池氏は、6月12日に都庁で出馬会見した際に、選挙の「争点」について質問されて、「大東京を誰に担わせるのが最適なのか」と答えていたが、それは選挙の争点でも何でもない。東京五輪の開催が延期された3月下旬以降、新型コロナ対策で連日テレビ等に登場してパフォーマンスを行ってきた小池氏としては、今回の都知事選挙を、「信任投票」ないし「人気投票」にし、抜群の知名度で都知事選を圧勝しようというのであろう。

もし、「誰が都知事として最適任か」が争点だというのであれば、5月31日に発売され、既に15万部を超える空前のベストセラーになっている石井妙子氏の著書【女帝 小池百合子】に書かれている内容に対して、反論・説明するべきだろう。ところが、小池氏は、都議会で石井氏の著書について質問されても「読んでいない」と答えて黙殺している。名誉棄損訴訟を起こすか否かを問われても、「政治家は抑制的でなければならない」と答えるだけだ。政治家は、自らへの批判言論を、訴訟によって封殺しようとする「スラップ訴訟」を濫用してはならない。しかしそれは、批判に対して自ら説明・反論すべき政治家が、それを行わず訴訟によって言論を封じ込めようとすることが問題なのである。訴訟も起こさず、何らの説明もしないのであれば、その批判言論の内容を自認したことになる。

今回の都知事選には、今後の国政にも影響する重要な争点が二つある。まず、当面の最大の争点は、「2020年夏の開催予定が2021年夏に延期された東京五輪に、東京都として今後どう対応するのか」という点である。この点については、現職の小池氏は、現在のまま2021年夏開催、山本氏、宇都宮氏が開催中止、小野氏が2024年開催をめざす(N国立花氏も概ね同じ)と、政策の対立が明確になっている。そして、もう一つの重要な争点は、出馬会見で山本太郎氏が公約として掲げた「新型コロナ経済対策のための地方債の起債の是非」である。これは、自治体が、国の政策とは異なる独自の財政政策をとることの是非という、自治体の政策の根本に関わる問題である。

今回は、東京五輪をめぐる問題について見てみよう。

「東京五輪開催」へのこだわりと新型コロナ対策

まず、東京五輪をめぐる問題のこれまでの経過を振り返ってみよう。私は、2月14日、新型コロナウイルスの問題が、まだ、中国国内での感染拡大と横浜港に停泊中のクルーズ船ダイヤモンドプリンセスの問題にとどまっていた時期に、【国民の命を守るため、安倍内閣総辞職を~新型肺炎危機対応のため超党派で大連立内閣を】と題する記事で、

日本政府の適切な対応の障害になり得るのが、まず、今後の感染の拡大如何では、今年の夏開催される予定の東京オリンピック・パラリンピックへの影響が生じかねないことだ。もちろん、「国民の生命」と「東京五輪の開催」と、どちらを優先すべきかは言うまでもない。しかし東京五輪開催中止が日本経済に与える影響が、安倍内閣の判断に様々な影響を及ぼす可能性があることは否定できない。

と述べた。

そして、3月24日、国際オリンピック委員会(IOC)が、新型コロナウイルスの感染拡大で高まる延期要請の声を受け、今年7月24日開幕の東京五輪の日程変更を検討することを発表した直後に出した記事【東京五輪「2024年への順延」が最も現実的な選択肢ではないか ~「国際社会の要請」の観点で考える】で、東京五輪の開催を2024年に、パリ五輪を2028年に「順延」するのが、最も現実的な選択肢であることを指摘した。

しかし、安倍晋三首相は、同じ3月 24日に、IOCのバッハ会長と電話会談し、東京五輪を「おおむね1年程度延期することを検討してもらいたい」と提案、「100%同意する」との返答を得たとして、東京五輪を2021年夏に延期する方針を明らかにし、3月30日には、五輪組織委の森喜朗会長とバッハ会長らの電話会談で、東京五輪の新たな日程について、「来年7月23日に開会式、8月8日に閉会式」を行うことで合意した。

そして、それまで、新型コロナ対策で前面に出ることが殆どなかった小池都知事は、この東京五輪の開催延期が決まった3月24日以降、突然、テレビに露出して、「感染拡大の重要局面」だとし、「ロックダウン」「オーバーシュート」などという横文字を用いて、国民・都民の危機感を煽るようになった。

そして、4月1日、私は、【「東京五輪来年夏開催」と“安倍首相のレガシー” 今こそ、「大連立内閣」樹立を】と題する記事で、

安倍首相には、戦後最長となった首相在任期間の最後の形へのこだわり、花道、レガシーで飾りたいという意識、間違っても、政権の最後を、第一次安倍政権のような惨めなものにしたくないというトラウマが強く働いているのではないか。

と指摘した。

その後も、安倍首相は、2021年夏東京五輪開催の方針を、頑なに維持している。その安倍政権の新型コロナ対策が、いかに惨憺たるものであったか、今さら説明する必要もないであろう。

「東京五輪2021年夏開催」をめぐる新たな局面

そして、緊急事態宣言が順次解除されつつあった5月下旬に入り、東京五輪問題は、新たな局面を迎えた。5月20日、IOCのバッハ会長は、英BBC放送のインタビューで、2021年に延期された東京五輪について、安倍晋三首相から「来夏が最後のオプション(選択肢)」と伝えられたことを明らかにし、来夏に開催できない場合は中止するとの見通しを示したと報じられた。

6月中旬になって、東京五輪の大会組織委員会の高橋治之理事が、「ウイルス感染状況により来夏も開催が危うい場合、再延期も視野に入れるべき、中止は絶対に避けなければならない」との考えを示したと報じられた。高橋氏は、元電通専務で、東京五輪招致の中心人物である。安倍首相にとっては、来年秋までの自民党総裁の任期との関係で、「2021年夏東京五輪」が行えるかどうかが、自分自身に関係する決定的な問題であるが、一方で、東京五輪が開催されるか否かに重大な利害関係がある電通にとっては、仮に、2021年夏が無理でも2022年でもよいから、絶対に中止は避けたいということなのであろう。

安倍首相は「2021年夏東京五輪開催」を諦めない、しかし、その実現可能性は低い。電通側は、2021年夏が無理なら2022年開催でも何とか実現したい。そのような複雑な事情の下で、東京五輪の開催の有無とその時期が不確定な状況が今後も長期間続くことは日本の社会に甚大な損失を生じさせることになる。

「東京五輪来年夏開催」をめぐる“不確定な状態”がもたらす甚大な損害

現在の新型コロナ感染の国際的状況に照らせば、来年夏の東京五輪開催が余程の幸運に恵まれない限り困難だというのが、IPS細胞の発見者の京大山中伸弥教授も含め、専門家のほぼ一致した見方だ。しかし、そのことは、政府側、電通の意向が働いているためか、メディアではほとんど取り上げられない。「中止」という決断による経済的打撃が大きく、日本人にとっても、なかなか諦めきれないという心情も働くからであろう。

先日、日刊紙Liberation、週刊誌Le Pointのフランス人特派員の西村カリン氏から、東京五輪開催問題に関して取材を受けた。「大会組織委員会とスポンサー企業78社との契約は今年の12月末までで、契約の延長がまだ決まっていない企業がほとんど。来年必ず五輪が開催されることを約束できない大会組織委員会はスポンサーからの収入を確保できるか。」という点の取材だった。確かに、もし、スポンサー契約を延長して、企業が新たな支出を行った場合、中止になっても返還される可能性は低い。開催が不確定な状況で支出すれば、支出した会社執行部は株主から訴えられることになりかねない。カリン氏は、「組織委員会に来年夏の五輪開催に向けての資金の確保、大会の具体的なスケジュールなどを聞いても全く答えがない。」と言って、呆れ果てていた。

一方、来年夏開催の予定が維持されていることによって、重大な影響・損害を被っている業界もある。例えば、五輪会場周辺のホテル、観光バス業界などは、2021年夏に東京五輪が開催されるかどうかで、事業計画が大きく異なってくる。また、五輪開催決定後、東京ビッグサイトの約半分(7万平米)を放送施設として2019年4月から20か月間IOCに貸し出されることになったため、多くの展示会が中止・縮小となり、出展社・支援企業・主催者は2兆5千億円もの損害を被ってきたという。それが、五輪の延期にともない、2021 年も同様に放送施設として使用する計画が発表されたことで、今年12月以降に既に予定されていた展示会も中止・縮小を余儀なくされる。出展企業・支援企業などは、さらに計1兆5千億円の損害を被ると言われている。

日本の多くの企業が、新型コロナによって大きな損失を被った上に、東京五輪が2021年夏に延期され、実際に開催されるかどうか不確定な状況にあることで、今なお、甚大な損害が生じ続けているのである。もし、東京五輪開催中止という結果に終わった場合、その間の損害は誰が負担するのであろうか。

各都知事候補の東京五輪問題に関する政策

この東京五輪の問題に対して、都知事選の各候補がどのような政策を打ち出しているのか。

まず、現職の小池氏は、出馬表明後の15日に開いた「政策についての会見」で、予定どおり来年夏に開催することを当然の前提に、

国・組織委員会・IOCなどと連携を取りながら、どのようにして実際に行うことができるのか話し合いをしている。簡素化、コストの縮減について都民や国民の、また世界の方々の理解・協力が得られ、また共感が得られるのかが3つの柱になっている。

などと述べており、開催自体の困難性は全く無視している。

五輪開催を前提としつつも、私がかねてから言ってきたように、「東京五輪を2024年に延期して開催する方向で、IOCやフランス政府側と交渉すべき」という政策を掲げているのが小野氏だ。

先日、私の事務所で発信しているYouTubeチャンネル「郷原信郎の日本の権力を斬る」で小野氏との対談を行ったが(【郷原信郎の「日本の権力を斬る!」第17回 都知事候補小野泰輔氏と東京都政を語る!】)、この最後で、東京五輪をどうするかと私から尋ね、小野氏も「東京五輪2024年開催」を掲げていることを知った。

小野氏は、6月16日の外国特派員協会(FCCJ)での会見でも、日本記者クラブでのオンライン討論会でも、東京五輪への対応について、2024年への延期、そして、日仏共同開催も視野にIOC等と再交渉するという「都知事としての政策」を明確に示している。

一方、「東京五輪中止」を明確に公約に掲げるのが宇都宮氏と山本氏だ。宇都宮氏は、出馬会見で、

専門家が来年の開催は難しいというなら、できるだけ早い段階で中止を決めるべきだ。五輪の予算を使えば、都民の命を救える。

と述べている。山本氏は、

新型コロナのワクチンも治療薬も間に合わない。もうすぐできるという空気をふりまきながら、このままなんとかやろう、やれるやれる、という空気をどんどん醸成させていくわけにはいかない。オリンピックを必ずやろう、という空気の中で起こることは、判断を間違えること。

きっぱりと、やめるという宣言を開催都市が行うということ、やめることによって、そこにかかるコスト、そして人的資源、これを別の所にまわせる。

と述べている。

山本氏が言うように、東京五輪の開催を優先して他の施策を行うことが誤った判断につながるというのは、私が以前から指摘していたことであり、それは安倍首相の対応によって現実のものとなった。山本氏が言うように「きっぱりとやめる」というのは筋の通った話である。

しかし、つい半年前まで、目前に迫った東京五輪に向けて雰囲気が盛り上がっていた日本において「開催中止の決定」には国民の多くに抵抗があり、そのハードルは相当に高い。そういう意味では、来年夏の東京五輪開催を早期に断念することと、東京五輪「開催」自体を断念するかどうかは別に考えるのが現実的であろう。

2024年パリ五輪をめぐるフランスの現状

私がかねてから主張してきたように、東京五輪開催を維持するのであれば、2024年開催をめざすのが最も現実的な選択肢である。そうなると、問題となるのは、2024年の五輪開催予定地であるフランスのパリとの関係である。

西村カリン氏から得た情報からすると、フランス側の事情からしても交渉の実現可能性は十分にあると考えられる。カリン氏によると、最近、パリ大会組織委員会のTony Estanguet会長はフランスの新聞Le Mondのインタビューに応じて、「今までの企画は色々と変えないといけない」と述べたとのことだ。また、IOCの一人のメンバー Guy DRUT(元選手、元フランススポーツ大臣)は、フランスのラジオ局フランス・アンフォのネット記事で、次のように述べている(西村カリン氏日本語訳)。

過去のゲームは未来のゲームになりません。新しいモデルを考えないといけません。数週間以内に、私が望んだように、IOCは次のオリンピック(東京、北京、パリ、ミラノ、ロサンゼルス)の組織委員会と会議します。この会議の目的は、新しい道を考えることです。例えば、特定のイベントを毎回同じサイトで開催すること。たった3、4日間続くイベントのために新しい設備を構築することは非常に高価です。大会の時期をキープするのは大事だが、全てのスポーツを同じ場所でやるのは必要ない。

フランス側では、2024年の五輪開催について、これから抜本的な見直しが行われることは確実なようであり、その際、「東京・パリ共同開催」というのも有力な選択肢になり得る。

東京での五輪会場の整備はほとんど終わっているので、会場設置に多額の費用がかかる種目を中心に、全種目の3分の2程度を東京或いはその周辺で開催し、パリでは、会場の整備等の費用が低額で済む競技(例えば、暑さが問題とされるマラソン・競歩や、お台場の競技会場が「トイレのような臭さ」で評判が悪いトライアスロンなど)を開催するという方法で、競技種目を分担し、開会式は東京で、閉会式はパリで実施するという方法などが考えられるであろう。

過去に例がない「2都市共同開催」を、日本とヨーロッパで協力して行い、しかも、費用を最小限に抑えることができれば、まさに「コロナ時代のオリンピック・パラリンピック」の象徴的な大会にできるのではないか。

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小池氏「卒業証明書」不提示は、「偽造私文書」“行使罪”との関係か

虚言に塗り固められた小池百合子という女性政治家の「正体」を見事に描き切った石井妙子氏の著書【女帝 小池百合子】は、政治家に関連する本としては異例のベストセラーとなっている。黒木亮氏は、ネット記事での追及を続けている。

これらによって、小池氏の華々しい経歴と政治家としての地位の原点となった「カイロ大学卒業」が虚偽である疑いは一層高まり、都議会本会議での追及も行われている。

虚偽事項公表罪による刑事責任追及の「壁」

前回記事【都知事選、小池百合子氏は「学歴詐称疑惑」を“強行突破”できるか】では、「カイロ大学卒」の学歴が虚偽である疑いが指摘されている中で、小池氏が都知事選挙に立候補し、これまでの選挙と同様に、選挙公報に「カイロ大学卒業」と記載した場合に、告発が行われるなどして検察の捜査の対象とされ、公選法違反(虚偽事項公表罪)で処罰される可能性について検討した。

検事がエジプトに派遣されて司法当局の大学関係者への事情聴取に立ち会うという「海外捜査」によって、「カイロ大学卒業の事実があったのか、なかったのか」という客観的事実が明らかになる可能性もあり、石井氏の著書に登場する小池氏のカイロ時代の同居人の女性の証言、小池氏の著書での記述や発言に重大な矛盾があることなど、小池氏の説明を疑う証拠は豊富であり、刑事事件の捜査で真実が明らかになる可能性も十分にある。

しかし、検察が虚偽事項公表罪を適用する上で最大のネックになるのは、黒木氏が【徹底研究!小池百合子「カイロ大卒」の真偽〈5〉カイロ大学の思惑】で指摘しているように、カイロ大学の権力を完全に掌握しているのは軍部・情報部で、日本からのメディアの取材に対して、カイロ大学が卒業を認めることを繰り返してきた背後には、カイロ大学文学部日本語学科長のアーデル・アミン・サーレハ氏らハーテム人脈を頂点とするエジプトの軍部・情報部と大学の権力階層構造があるという政治的背景だ。

カイロ大学側が「小池は卒業した」と言い通せば、その説明がどんなに怪しくても、「カイロ大学卒業」が虚偽であることを立証するのは容易ではない。そういう意味では、虚偽事項公表罪による刑事責任追及には、高い「壁」があると言える。

「卒業証明書」偽造をめぐる疑惑

「学歴詐称」疑惑に関連する、もう一つの犯罪の容疑と言えるのが「卒業証明書」偽造疑惑だ。この問題について、黒木氏は、6月5日の《【最終回】小池百合子「カイロ大卒」の真偽 卒業証明書、卒業証書から浮かび上がる疑問符》と題する記事で、「卒業証明書」の偽造の疑いについて総括している。

小池氏は、前回の都知事選の際、フジテレビの2016年6月30日放送の「とくダネ!」で、唯一文字が判読できる形で「卒業証明書」を提示した。黒木氏は、その番組のスクリーンショットから、小池氏の卒業証明書は、最重要要件である大学のスタンプの印影がいずれも判読不明であることなど、証明書として通用しない代物だと指摘している。また、文章が男性形で書かれていること、4人の署名者のうち2人の署名しか確認できないことなど不自然な点が多々あることを指摘している。

また、石井妙子氏は、【小池百合子都知事のカイロ大学『卒業証書』画像を徹底検証する】(文春オンライン)で、『振り袖、ピラミッドを登る』の扉に掲載された卒業証書のロゴとフジテレビで放送された卒業証書のロゴが異なることを指摘している。

これらの指摘のとおり、小池氏の「卒業証明書」が不正に作成されたものであったとすると、小池氏の行為にどのような犯罪が成立するだろうか。

まず、国外犯処罰との関係では、刑法3条で、有印私文書偽造は日本国民の国外犯処罰の対象とされているので、小池氏が犯罪に関わっているとすれば処罰の対象になる。しかし、偽造行為があったとしても、40年も前のことなので、既に公訴時効が完成している。

そこで問題になるのは、「卒業証明書」について、偽造有印私文書の「行使罪」が成立しないかという点だ。4年前のフジテレビの「特ダネ」での提示は、「行使」と言えるので、卒業証明書が「偽造有印私文書」に当たるのであれば、公訴時効(5年)は完成しておらず、処罰可能ということになる。

「偽造有印私文書」とは

「偽造有印私文書」に該当するか否かに関して重要なことは、「卒業証明書」の作成名義が誰なのか、そして、その作成名義を偽ったと言えるのかどうかである。

広い意味の「文書偽造」には、「有形偽造」と「無形偽造」がある。有形偽造とは、作成名義を偽るもの、つまり、名義人ではない者が勝手にその名義の文書を作成することである。無形偽造とは、名義人が虚偽の内容の文書を作成することである。公文書については、「虚偽文書の作成」も処罰の対象となるが、私文書については、作成名義を偽る有形偽造しか処罰の対象にならない。つまり、小池氏が提示した「卒業証明書」が、その証明書を作成する権限を持つ人が署名して作成したものであれば、卒業の有無について虚偽の内容が書かれていても、「偽造有印私文書」にはならないのである。

「卒業証明書」の「作成名義」

では、小池氏の「卒業証明書」の作成名義が誰なのか、この点については、黒木氏の上記記事だけからはわからなかったので、ロンドン在住の黒木氏に直接連絡をとって尋ねたところ、以下のように解説してくれた。

 小池氏の卒業証明書の右上にはカイロ大学の文字が下にあるカイロ大学のロゴ(トキの頭を持ったトト神)があり、大学の文書として発行されています。

書いてある文章自体は、「文学部は日本で1952年7月15日に生まれた小池百合子氏が1976年10月に社会学の専攻・ジャイイド(good)の成績で学士を取得したので、彼(男性形)の求めにもとづき、関係者に提出するためにこの証書を発行した」と書いてあります。

要は大学の用紙を用いて文学部長が発行したという体裁になっています。

 その下に、右からムハッタス(specialist)、ムラーキブ(controller)、ムラーキブ・ル・アーンム(general controller)の署名欄があり、スクリーンショットでは真ん中のムラーキブのところしか署名が見えません。その右のムハッタスの署名欄の線が滲んで見えるので、もしかするとサインがあるのかもしれません。

 また3つのサインの下にアミード・ル・クッリーヤ(学部長)の署名欄があり、一応サインがありますが、当時の学部長のサインではありません(もしかしたら代理サインとかかもしれませんが、まったく読めません)。

黒木氏の上記解説からすると、「卒業証明書」が、「カイロ大学文学部長」の作成名義の文書であることは間違いないようだ。問題は、その学部長の署名欄に、学部長ではないと思える人のサインがあるということだ。それが、学部長として卒業証明書を作成する権限を有する人のサインであれば、仮に卒業した事実がないのに卒業したと書かれているとしても「無形偽造」であり、「偽造有印私文書」には該当しない。

もし、学部長欄の署名が、学部長として証明書を作成する権限がない者によるものであったとすれば、学部長の作成名義を偽ったということであり、「有形偽造」に該当し、「偽造有印私文書」に該当することになる(「有印」には、印章だけではなく署名も含まれる)。

「卒業証明書」についての「偽造有印私文書行使罪」の成否

小池氏の「卒業証明書」については、以下の4つの可能性が考えられる。

(1)カイロ大学で正規の手続で作成発行された文書

(2)カイロ大学内で、大学関係者が関与して、非正規の手続ではあるが、学部長の権限を有する者が作成した文書

(3)作成権限のないカイロ大学関係者が、大学の用紙を使って文学部長名義で不正に作成した文書

(4)カイロ大学とは無関係な者が、正規の卒業証明書の外観に似せて不正に作成した文書

このうち、(1)であれば何ら問題はないが、そうであれば、小池氏が、卒業証明書の提示を拒否することは考えられないので、この可能性は限りなく低いと考えるべきであろう。一方、(3)、(4)のいずれかであれば、「偽造有印私文書」に該当することは明らかだ。

問題は(2)の場合だ。この場合は「無形偽造」と考えられるので、「偽造有印私文書」に該当するとは言い難い。偽造に関する刑事責任を問われることはないということになる。しかし、卒業証明書を提示すると、その作成手続が正規ではないことが問題にされ、正式に卒業していないことが証明される可能性が高い。それが、小池氏が提示を拒んでいる理由とも考えられる。

(2)か(3)(4)かで、刑事責任の有無が異なるが、その点は、黒木氏が指摘する「学部長の署名欄」のサインが誰によるものか、その人が学部長の代理権限を持っていたのかによって判断が異なることになる。

結局のところ、小池氏の「卒業証明書」が、刑法上の「偽造有印私文書」に該当するのか否かは、現時点ではいずれとも判断ができないが、黒木氏の記事及び解説からすると、少なくとも、「カイロ大学の卒業証明書」として使用することに重大な問題がある文書であることは疑いの余地がない。

「卒業証明書」の“現物”の提示が不可欠

そのような重大な問題が指摘されているのであるから、小池氏が、今回の東京都知事選で、都知事という公職につくべく再選出馬を表明するのであれば、その「卒業証明書」の“現物”を提示することが不可欠だ(TVの映像による公開などでは、いくらでもコピーや切り貼りが可能なので、それが偽造であるかどうかが確認できない)。

もし、小池氏が提示しようとしないのであれば、出馬会見の場に参加した記者は、提示を強く要求し、提示がなければ会見を終了させないぐらいの強い姿勢で臨むべきだ。それを行わず、やすやすと小池氏の出馬会見を終わらせるようであれば、その会見に出席した記者達は、「東京都民に対する職責を果たさなかった記者」としての非難を免れないということになる。

一方で、小池氏が、卒業証明書を提示し、それが実は、上記の(3)か(4)であることが明らかになった場合には、その提示行為が「虚偽有印私文書」の「行使罪」に該当することになる。小池氏が、これ以上「卒業証明書」の提示を拒むのであれば、新たな「犯罪」に該当するリスクを避けたいからと推測されても致し方ないだろう。

いずれにしても、公訴時効が完成していない4年前のフジテレビ番組での提示の行為がある以上、「学歴詐称」による公選法の虚偽事項公表罪に加えて、「偽造有印私文書」の「行使罪」で告発される可能性は十分にある。

これまで、小池氏の「学歴詐称」疑惑について、現地取材も含め、長年にわたる取材を重ねてきた黒木氏は、もし、小池氏について、「学歴詐称」の虚偽事項公表罪や、「卒業証明書」の私文書偽造・行使事件について、

検察が捜査することになった場合には、まだ開示していないものも含め、手元にある資料をすべて提供し、全面的に捜査に協力し、必要があれば裁判で証言する

と明言している。

6月18日の東京都知事選挙の告示まで2週間を切ったが、小池百合子氏は、近く再選出馬を表明することは確実と見られている。

【前回記事】でも書いたように、「小池都政」には、豊洲市場移転問題を始めとする欺瞞がたくさんある。小池氏のような人物に、今後4年間の東京都政を委ねてもよいのか、改めて真剣に考えてみる必要がある。

新型コロナ感染対策でのパフォーマンスに騙されることなく、「小池百合子」という人物の正体を十分に認識した上で、都知事選に臨むことが、東京都の有権者にとって必要なのではなかろうか。

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