リニア談合捜査「特捜・関東軍の暴走」が止まらない

東京地検特捜部のリニア談合事件捜査が、常軌を逸した「暴走」となっている。

この事件で、特捜部が立件しようとしているスーパーゼネコン4社間の談合による「独禁法違反の犯罪」が全くの無理筋であることは、昨年末以来、【リニア談合、独禁法での起訴には重大な問題 ~全論点徹底解説~】【「大林組課徴金全額免除されず」でリニア談合独禁法での起訴は“絶望”か】で指摘してきたところだ。ところが、東京地検は、年明けから捜査体制を増強し、「引き返すことができない状況」を作り上げた上、強引に捜査を継続していた。

4社のうち、大林組、清水建設の2社は「談合を認めている」とされ(これも、本当の意味で、「独禁法違反の犯罪」を全面的に認めているか否かは疑問だが)、大成建設、鹿島の2社は、全面否認していると報じられている。特捜部は、私が上記ブログで「独禁法起訴は“絶望”か」と書いた2月1日の夜、「徹底抗戦」の2社のみを対象に、再度の捜索を行った。その際、大成建設では、法務部に対する捜索で弁護士が、捜査への対応・防禦のために作成していた書類や、弁護士のパソコンまで押収し、さらに検事が社長室に押しかけ「社長の前で嘘をつくのか」「ふざけるな」などと恫喝したとして、大成建設側が「抗議書」を提出したところ、その日の夜、同社だけに「3度目の捜索」を行った。特捜部が行っているのは、「リニア談合事件の真相解明」などとは凡そ異なる、被疑者側を屈服させるためだけの捜査権限の濫用だ。まさに「狂気の捜査」と言う他ない。

米国などでは、弁護士の法的助言を得るためになされた、依頼者と弁護士の間の秘密のコミュニケーションについて秘匿特権が認められている。日本の刑事訴訟法上では、弁護人自身の押収拒絶権は認められているが、それ以外に捜査機関に対して秘匿特権を認める明文はない。しかし、身柄拘束中の被疑者には、立会人なしに弁護人と接見交通を行う権利が与えられていることからしても、被疑者と弁護人とのコミュニケーションの秘密を尊重しようとする趣旨は伺えるのであり、今回のように、それを正面から侵害する目的の押収は、適正手続に反し違法の疑いがあり、少なくとも不当なやり方であることは間違いない。また、社長室に乗り込んで、社長の目の前で恫喝するというのは、検察捜査の常識を逸脱したやり方だ。特捜部はいつからヤクザ組織になってしまったのであろうか。

このような非道がまかり通ってしまうのはなぜか。戦前、張作霖爆殺事件や満州事変を独断で実行し、その後の日中戦争や太平洋戦争(大東亜戦争)で日本を破滅的な敗戦に導いた「関東軍」と同様に、現在の特捜部が検察組織内において「統制が働かない存在」になっているということだろう。

このような「特捜の暴走」が生じることも、検察組織がそれを抑制できないことも、現在の検察幹部の顔ぶれからすると、必然のように思える。

特捜の現場を率いる森本宏特捜部長と、地検ナンバー2の山上秀明東京地検次席検事は、佐藤栄佐久福島県知事を逮捕・起訴した贈収賄事件の中心メンバーだ。山上検事は、佐藤氏を取調べて自白(佐藤氏によれば「虚偽自白」)に追い込んだ。森本検事は、佐藤氏の弟を取調べ、「知事は日本にとってよろしくない。いずれ抹殺する。」と言ったとされる(佐藤氏の著書【知事抹殺】のカバーにも書かれている有名な言葉)。

私がペンネーム由良秀之で書いた推理小説【司法記者】(講談社文庫:WOWOWドラマWシリーズ「トクソウ」の原作)のモデルになったのが1993年のゼネコン汚職事件当時だが、当時、山上検事は、約30名の特捜部所属検事の中で最も若輩で、二番目の私とは個人的にも親しかった。体格もよく(本人曰く「あんこ型検事」)、取調べの迫力はすさまじかった。小説「司法記者」の中でもしばしば出てくる「目的のためには手段を選ばない取調べ」の典型だった。

森本検事は、私が委員として加わった、法務省の「検察の在り方検討会議」の事務局の一員だった。大阪地検特捜部の不祥事を受けて設置された会議だっただけに、佐藤氏の著書に出てくるような「武闘派」的な面は見えなかったが、検察官の「取調べの可視化」を最小限に抑えようと委員を熱心に説得していた姿は印象に残っている。

このような特捜部長と次席検事の組合せであることが、特捜検事全体にも影響を与え、今回の「暴走」の一因になっているのではなかろうか。しかも、その上司に当たる検察幹部の体制も、特捜部の暴走を抑えることができるメンバーではない。甲斐行夫東京地検検事正、稲田伸夫東京高検検事長、西川克行検事総長、という各庁のトップは、いずれも検察の現場経験が乏しく法務省畑一筋の人たちだ。笠間治雄元総長のような特捜部を含めた現場経験豊富な幹部でなければ、到底この「暴走」は止められない。

さらに深刻なのは、このような誰が考えても、「捜査権限の濫用」としか思えない捜査を、マスコミが全く批判しないことだ。大成建設での「非道な捜査」について、一部のマスコミは大成建設が出した「抗議書」の内容だけは報じた。しかし、朝日新聞に至っては、特捜部の捜索のことは大きく報じる一方で、抗議の事実はまともに報じようとすらしない。まさに、前記【司法記者】で描いた特捜検察と司法マスコミの「癒着」そのものであり、関東軍の「大戦果」ばかり報じて、批判的機能を全く果たさなかった戦前の新聞と軍部の関係と同じ構図である。

このような権限濫用が容認されてしまえば、今年、日本型司法取引の導入等を含む刑訴法改正が施行されることもあって、「検察の暴走」には歯止めが効かなくなる。陸山会事件での東京地検特捜部による虚偽捜査報告書作成事件も、検察組織が決定した小沢一郎氏に対する不起訴処分を虚偽の書面で検察審査会を起訴議決に誘導することで覆そうとしたという、重大な問題だった(【検察崩壊 失われた正義】毎日新聞社)。この事件に関して、検察が統制機能を発揮できなかったことについて指摘した懸念が、今、現実のものになっている。

「特捜の暴走」は、今後どうなるのか。この「関東軍」には、捜索だけではなく、逮捕の権限という武器が与えられている。最悪の場合、関係者の逮捕というような「暴挙」に及ぶこともあり得ないことではない。このような「狂気」の捜査がまかり通ってしまえば、今後、いかなる非道な捜査に対しても歯止めをかけることは困難になる。

「特捜の暴走」を誰がどのように止めるのか。真剣に考えなければならない状況に至っている。

 

 

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「大林組課徴金全額免除されず」でリニア談合独禁法での起訴は“絶望”か

JR東海が発注する中央新幹線をめぐる談合(リニア談合)事件については、当ブログの【リニア談合、独禁法での起訴には重大な問題 ~全論点徹底解説~】でも、「不当な取引制限」の犯罪構成要件に照らしても、リニア工事をめぐる「競争」の実態からしても、独禁法違反の犯罪ととらえることは困難であることを詳述したし、日経BizGate【「リニア談合」の本質と独禁法コンプライアンス~本当に「日本社会が腐る」のか~】では、独禁法の法目的である「公正かつ自由な競争」を前提とするコンプライアンスの観点からも、このリニア工事をめぐる問題は独禁法違反ととらえるべき事件ではないことを指摘した。

しかし、東京地検特捜部の動きに関しては、年明けから、他地検からの応援検事が動員されて捜査体制が増強され、独禁法違反での立件に向けての捜査は本格化していると報じられている(読売新聞【捜査態勢増強、準大手・中堅聴取へ…リニア談合】など)。

そうした中、1月29日に、産経新聞が、【大林組、真っ先に自主申告も刑事訴追免除されぬ可能性も 課徴金、免除でなく30%減額】と題する記事を掲載した。

この事件については、12月8日、東京地検特捜部が大林組に「偽計業務妨害」の容疑で捜索を行った直後に、同社が、単独で、公取委に課徴金減免申請(自主申告)を行ったと報じられていた。それによって「課徴金全額免除」「刑事告発免除」の恩典を獲得した同社は、今後も、検察や公取委の捜査に対して独禁法違反の事実を全面的に認めるものとみられ、他の3社が、期限までに大林組に続いて減免申請を行うかどうかに注目が集まっていた。

産経新聞の上記記事によれば、大林組は、課徴金の全額免除ではなく、30%減額にとどまり、刑事告発も免除されないとのことだ。それが事実だとすると、リニア談合の独禁法違反事件の今後の捜査に大きな影響を生じることになる。

そこで問題になるのが、他社に先がけて減免申請を行った大林組が、なぜ課徴金全額免除・告発免除にならないのかである。

産経新聞の記事は、

調査開始前に自主申告するためには、違反行為の概要を記載した「様式1号」と呼ばれる申請書類を提出。さらに公取委が通知する期限までに、不正行為に関与した自社や他社の役職名や時期などを明記した詳細な報告と営業日報などを添えた「様式2号」を提出しなければならない。

大林組は昨年12月8、9日、名古屋市の「名城非常口」新設工事の入札で不正があった疑いがあるとして、偽計業務妨害容疑で東京地検特捜部の強制捜査を受けた後、公取委に様式1号を提出したとみられる。

だが、様式2号の提出期限前だった同月18日に特捜部と公取委が独禁法違反容疑で大林組などの大手4社の一斉捜索に着手。この日が調査開始日となってしまったため、様式2号の提出ができなくなり、結果的に刑事訴追免除の対象から外れたとみられる。

としているが、しかし、この見方は、明らかに誤っている。

独禁法7条の2 10項では、課徴金が全額免除となる申請の要件について

公正取引委員会規則で定めるところにより、単独で、当該違反行為をした事業者のうち最初に公正取引委員会に当該違反行為に係る事実の報告及び資料の提出を行つた者(当該報告及び資料の提出が当該違反行為に係る事件についての調査開始日以後に行われた場合を除く。)であること。

と規定している。

カッコ内が「一番目の申請者が全額免除とはならない場合」だが、これに該当するのは「事実の報告」(様式第1号及び様式第2号)及び「資料の提出」(様式第2号に添付)が、いずれも調査開始日以後の場合であり、第1号様式の報告だけでも調査開始日前に行われていて、公正取引委員会が申請者に通知した期限内に第2号様式による事実の報告と資料の提出が行われていれば、全額免除の資格はある。

実質的に考えてみても、様式第1号を提出した事業者が、様式第2号の提出について公取委側が一定期間の猶予を与えているのに、その期間内に公取委が調査を開始したら、全額免除の権利を失ってしまうというのであれば、減免申請した事業者の立場は著しく不安定なものとなる。他社に先がけて課徴金減免申請を行うインセンティブも著しく損なわれる。

「資料の提出」が調査開始後だったことは、課徴金全額免除を否定する理由にはならない。

では、大林組は、なぜ課徴金全額免除にならないのか。

課徴金減免制度は「事業者自らがその違反内容を報告し,更に資料を提出することにより,カルテル・入札談合の発見,解明を容易化して,競争秩序を早期に回復すること」を目的とする制度だ。

事業者が、他社に先がけて、調査開始前に違反内容を報告し、資料も提出したのに課徴金全額免除にならないとすれば、その理由は、報告の内容が、カルテル・入札談合の「違反の報告」として十分なものと評価されなかったということであろう。

その事由として考えられるのは、当初の減免申請での申告が、個別の入札についての申告であって事業者間の相互拘束により「一定の取引分野における競争」を制限するような内容ではないとされたことだ。

リニア談合、独禁法での起訴には重大な問題 ~全論点徹底解説~】でも述べたように、入札談合に関する従来の公取委の実務では、「一定の範囲の入札取引」について談合を行うことについての事業者間の合意があり、実際に談合が行われている場合に「不当な取引制限」が成立し、「個別の入札取引にかかる談合」の事実だけでは、「不当な取引制限」は成立しないとされてきた。大林組は、名古屋市の「名城非常口」新設工事の入札で不正があった疑いがあるとして、偽計業務妨害容疑で東京地検特捜部の強制捜査を受けた後に、公取委に様式1号を提出したとのことだが、この際の申告の内容が、この「名城非常口」新設工事の入札についての談合だけであったとすると、大林組の当初の申告は、「独禁法違反の申告」とは認められない可能性がある。

公取委の過去の行政処分の事例の中にも、課徴金減免申請を規則が定める様式に従って行ったのに、減免の対象となる「報告及び資料の提出」とは認められなかった事例がある(平成24年9月24日「積水化成品工業(株)に対する課徴金納付命令」)。違反事業者側が、一定の範囲の入札取引について入札談合を継続的に行っていたことが不当な取引制限に当たるとされたものだが、積水化成品工業の減免申請は、そのうち一物件だけの談合を申告したものだったため、法が規定する「報告及び資料の提出」とは認められなかった可能性がある(談合についての具体的な事実が全く記載されていなかった可能性もあるが、申請する以上考えにくい。)。

大林組の調査開始前の減免申請についても、個別の入札取引だけについての談合を申告するものだったために法が規定する「報告及び資料の提出」と認められず、課徴金全額免除の対象にならなかった可能性がある。

大林組の当初の課徴金減免申請が、公取委に、そのような理由で、「違反の報告」に該当しないと判断され、全額免除が否定されたとすると、今後の検察捜査に大きな影響が生じることは必至だ。

課徴金減免申請は、事業者の重大な利害に関わるものなので、その時点で可能な限りの社内調査を行い、慎重な判断の末に減免申請に至るのが当然だ。大林組も、当初の申請を行うに当たって、必要な社内調査を行った上で、弁護士の助言も受けて独禁法違反の成否等について判断し、弁護士を代理人として申請を行ったはずだ。

その際、リニア工事をめぐる問題が、検察が当初の捜索の容疑事実にしていた「名城非常口」新設工事という個別の案件についての不正にとどまるのか、リニア工事全体についてのスーパーゼネコン4社間の合意があったのかが、独禁法違反の刑事事件に発展するかどうかの最大のポイントであることは当然認識していたはずだ。

そこで、大林組が「リニア工事全体についての4社間の合意」を申告し、それが事実だったとすれば、同社の課徴金減免申請は全額免除・刑事告発免除という結果になるはずである。申告がそのような内容ではなかったのは、その時点での大林組関係者の認識が、談合は個別の物件について行われたにすぎず、「リニア工事全体」についての談合の合意はなかったと認識していたからだと推測できる。

課徴金全額免除が認められていれば、大林組としては、関係者が検察にどのような供述をしても、自社の利害にはほとんど関係がなかったはずだ。しかし、それが認められないことになると、検察の取調べにも慎重に対応せざるを得なくなる。それどころか、当初の減免申請の段階で申告した事実と、検察の捜査に対して最終的に認める事実との乖離が大きければ大きいほど、当初の減免申請の段階での調査や申告内容が不十分だったことの問題が指摘されるリスクが高まることになる。

リニア工事をめぐる事件を、独禁法違反の犯罪として起訴することが極めて困難であることは【リニア談合、独禁法での起訴には重大な問題 ~全論点徹底解説~】等でも指摘してきたところだが、検察にとって「最大の拠り所」は、偽計業務妨害での強制捜査を発端に課徴金減免申請を行った大林組が、課徴金全額免除・告発免除の恩典を確保するために、「リニア工事全体についての談合」を全面的に認める供述をすることだったはずだ。しかし、その大林組が、当初の減免申請によって課徴金全額免除が受けられなかったということになると、大林組側にとっては、大成、鹿島の2社が一貫して否定している「リニア工事全体についての4社の談合の合意」を、敢えて認めるメリットはなくなる。それどころか、大林組の役職員の供述を根拠に起訴され「リニア工事全体についての4社の談合の合意」という独禁法違反の事実が認定されるとすると、自社の役職員から事実確認を行った上で行われたはずの当初の減免申請時の大林組の対応に不十分な点があったことになる。そのために課徴金納付命令や刑事告発を受けたということになると、株主からの責任追及を受けるリスクも生じかねない。

産経新聞が報じるように、大林組に対する課徴金が全額免除されず、刑事告発も免れないということになったとすれば、リニア談合事件の捜査を進める検察に「最大の武器」を提供するはずだった大林組は、「進退両難の危機」にさらされていることになる。もともと著しく困難であったこの事件の独禁法違反での起訴は、“絶望的”になったと言わざるを得ない。

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「はれのひ」問題の本質は、“賃金不払の犯罪”

日産自動車、神戸製鋼所など、日本を代表する企業の不祥事が相次いだ2017年が終わり、2018年の年明け早々、それらとは全く性格の異なる小規模企業が起こした「不祥事」が社会に大きな波紋を生じさせている。

晴れ着の販売・レンタルと当日の着付け等の事業を行っていた企業「はれのひ」が、1月8日の成人式の直前に突然営業を停止し、店舗が閉鎖されて連絡がとれなくなった。予約した晴れ着が届かず、着付けも行われず、多くの新成人が成人式に晴れ着で出席できない事態となった。

昨年相次いだ大企業の不祥事の多くが、実害を伴わない「形式的不正」であったのとは異なり、「はれのひ」の問題は、多くの消費者に重大な経済的、精神的損害を与えた。

この問題の本質と、責任追及の在り方を、コンプライアンスの視点から考えてみたい。

 

営業停止に至る経過

「はれのひ」の主要店舗は、横浜、八王子、つくば、福岡の4店。報道によると、1月6日に、本社から各店舗に営業停止の指示があり、このうち、1月7日が成人式だったつくば店と、1月8日が成人式だった福岡店は、店長の判断で営業を継続し、可能な限りの対応を行ったが、横浜店は、営業停止の指示があった時点で、従業員は既にすべて退職しており、アルバイト店員だけだったため営業ができず、八王子店も、詳しい状況は不明だが、営業停止の指示に従ったようだ。

その後の報道によると、「はれのひ」は、1年半前から6億円を超える債務超過で、最近4か月は、従業員に対する給与も支払っていなかったとのことだ。

今回の営業停止が事実上の「経営破綻」によるものであることは明白だ。

企業の経営破綻は、債権者や取引先に重大な損害を与える。取引先が一般消費者である「BtoC」の事業の企業が消費者に予測し難い損害を生じさせた最近の事例として、格安旅行会社「てるみくらぶ」のケースがある。

「てるみくらぶ」のケースでは、自己破産申請を行った日に、女性社長が記者会見を開き、涙ながらに謝罪を行い、少なくとも、自らが引き起こした事態に正面から向き合う姿勢は示した。一方、「はれのひ」の方は、多くの新成人・家族に予期しない重大な打撃、損害を与えておきながら、社長は行方をくらまし、営業停止した店舗の従業員も姿を現わしていない。つまり、問題を起こした当事者の企業の側が誰も姿を現わさず、どのような経緯でそのような事態になったのか説明もせず、謝罪すらしない。つまり、引き起こした事態に対して、会社側は誰も正面から向き合っていない。

 

「はれのひ」に対する「社会の要請」

コンプライアンスとは、「組織が社会の要請に応えること」であり、組織の不祥事とは、「社会の要請に反すること」である。

「はれのひ」という企業にとっての「社会の要請」は、「晴れの日」を祝う人々の幸せをサポートすることにあったはずだ。そういう企業にとって、祝福と喜びに包まれるはずの成人の日という「晴れの日」に、新成人や家族を大混乱と悲嘆に陥れるというのは、本来の「社会の要請」に最も極端な形で反してしまった重大な「不祥事」だ。

当初から反社会的活動を行うことを目的としている犯罪組織や暴力団でない限り、組織に働く者は、誰しも、組織の活動も自分の業務も、社会の要請に応えるものと考えて仕事をしているはずだ。「はれのひ」にも従業員がいて、もともとは「晴れの日」を祝う人々の幸せをサポートするという「社会の要請」に応えようと仕事をしていたはずだ。成人の日の直前までは、そのような従業員の仕事が続けられていた。そういう従業員にとって、「社会の要請」に正面から反し、自分達が直接相対していた顧客に重大な迷惑と損失を与える事態に至ることは、何とかして避けたいと思うのが当然だ。それは、組織に働く者としての最低限のコンプライアンスである。ところが、少なくとも、営業停止の直前まで多くの従業員が働いていた「はれのひ」では、その最悪の事態を引き起こすことを避けることができなかった。

 

「社会の要請」に応えられなかった原因としての「給与不払」

その最大の原因は、「はれのひ」が給与不払のまま事業を継続していたことにある。給与(賃金)を支払うことは、経営者の従業員に対する最も基本的な義務である。その義務すら果たせないまま事業を継続していたという異常な状況が、今回のように、企業としてのコンプライアンスに著しく反する事態を招いてしまった。

前記のとおり、同社は、4ヵ月にわたって従業員に対して給与を支払っていなかったようだ。給与が支払われないのであるから、従業員の退職が相次ぐのは当然であろう。問題の横浜店は、正社員不在の状態になり、そもそも成人の日の営業が不可能になっていた。八王子店は詳細は不明だが、実質的には同様の状態だったのであろう。それに対して、つくば店、福岡店が店長判断で営業を継続したのは、顧客に混乱と損害を与える事態を何とかして食い止めたいという使命感、責任感によるものであろう。しかし、一般的には、給料すら支払ってもらっていない従業員に、そのような対応を期待するのは酷だ。

顧客が、成人式の日に、「晴れの日」を祝う人々の幸せをサポートするというサービスを提供してくれるものと信頼したのは、「はれのひ」という企業のブランドでも、篠崎洋一郎社長個人に対する信用でもない。着物の販売・レンタルについての営業活動、事前の写真撮影、成人式当日の段取りの打ち合わせ等に対応してくれた同社の従業員達との間の「人と人との関係」があったからこそ、顧客は、大切な成人式の日の晴れ着のサービスを「はれのひ」に頼んだのである。従業員も、本来は、そのような信頼を裏切りたくはなかったはずだ。しかし、横浜店、つくば店では、給与不払の結果従業員は退職し、店舗自体が、信頼に応えることができない状態になってしまった。従業員の立場からすれば、最低限の権利である「給与支払いを受けること」すら期待できない状態であった以上、致し方ないことと言わざるを得ない。そのような状態で事業を継続したことに根本的な問題があるのであり、その責任は経営者にある。

 

篠崎社長の重大な責任と厳重処罰の必要性

ところが、その責任を負うべきは篠崎社長本人は、突然の営業停止で顧客に甚大な被害を与えておきながら行方をくらましている。社会的には「犯罪者」そのものである。篠崎社長は、今年に入ってから本社にも全く姿を見せていないとのことであり、ネット上で、中国上海に逃亡しているのではないかとの情報も寄せられている。

速やかに篠崎社長の身柄を確保し、厳正に処罰すべきというのが、世の中一般の考え方であろう。

問題は、具体的に、どのような罪名で、どのような刑事事件として立件すべきかである。

まず、考えられるのが詐欺罪だ。成人式で契約どおり晴れ着の提供や着付けのサービスを行えないことを認識した上で晴れ着の販売・レンタル契約で顧客から代金を受領したのであれば詐欺罪が成立する。「取り込み詐欺」と言われる形態の詐欺だ。しかし、破綻した企業の経営者の多くは、「経営は苦しかったが何とか契約を履行できると思っていた」と弁解するのが通常であり、顧客から代金を受領した段階で、そのような認識があったことの立証は容易ではない。倒産必至の状態でツアー募集を継続した「てるみくらぶ」の社長についても、逮捕された容疑は、「金融機関への虚偽の決算書提出による詐欺」であり「取り込み詐欺」ではない。

昨日から報道されているが、ネット上の出品サイトに、着物や小物が大量に出品され、しかも、出品者が個人ではなく法人であった可能性もあり、「はれのひ」との関連が疑われている。これが、「はれのひ」が客に販売した着物なのであれば業務上横領となる可能性が高い。しかし、販売した着物を管理していたのが従業員だったとすると、従業員側が、未払給料に充てる目的で会社にあった着物を出品して売却しようとした可能性も考えられる。それ以外でも、販売した着物が既に売却換金されていれば業務上横領に該当する可能性が高いが、どこかに保管され、顧客に引き渡すことが可能な状態になっていれば、引き渡しが遅れただけで、犯罪とは言えない。いずれにしても、着物の換金行為に社長自身が関与していなければ、社長の刑事責任を問うことはできない。

このように考えると、行方をくらましている篠崎社長について、詐欺、もしくは横領で逮捕状をとるのは容易ではなさそうだ。仮に、篠崎社長が中国に逃亡しているとすると、逮捕状をとった上、中国当局に逃亡犯罪人の身柄引き渡しを求めなければならないのであり、一層、そのハードルは高くなる。

 

篠崎社長に対してまず適用すべきは「賃金不払の罪」

ここで、改めて、「はれのひ」問題の本質に即して、篠崎社長に適用すべき罰則を考えてみる必要がある。

既に述べたように、今回の事態を引き起こした根本的な原因は、「はれのひ」が給与不払の状態のまま長期間にわたって事業を継続していたことである。それに対して、適用されるべき罰則として、労働法上の「賃金不払の罪」がある。

労働基準法24条は、「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない」と定めている。使用者が所定の支払期日に賃金を支払わなければ、120条1号の罰則が適用され「30万円以下の罰金」に処せられる。

実際に、労働基準監督署から賃金不払罪で送検されるケースは相当な件数がある(最近は、賃金不払に対しては、最低賃金法4条の「最低賃金額以上の賃金を支払わなければならない」との規定に基づき、同法40条の「50万円以下の罰金」の罰則が適用されているようだ。)。

一般的には、賃金不払と言っても、会社倒産によって、それまでの賃金が支払えなくなったというやむを得ない事由のものも多く、起訴猶予となるものも少なくない。しかし、「はれのひ」の賃金不払は、数か月にわたって、賃金を支払わないまま従業員を働かせていたというもので、それによって従業員が退職したために、成人の日に晴れ着と着付けを提供するという同社にとって極めて重要な契約上の義務が履行できない事態を生じさせ、顧客に重大な損害を与えたのであり、結果も極めて重大だ。「悪質極まりない賃金不払の犯罪」として、可能な限り厳しく処罰すべき事案である。

法定刑が30万円以下の罰金のみの犯罪については、「被疑者が定まった住居を有しない場合又は正当な理由がなく前条の規定による出頭の求めに応じない場合」にしか逮捕できないが、少なくとも、国内外に逃亡中の篠崎社長については、逮捕することに問題はない(最低賃金法違反であれば「50万円以下の罰金」なので、逮捕に制約はない。)。

しかも、賃金不払で逮捕状をとれば、仮に、篠崎社長が中国に逃亡しているとしても、逃亡犯罪人の引き渡しを求めることが可能だと考えられる。外国への犯罪人の引き渡しの請求は、「双方可罰性(双罰性)の原則」(請求する国と、請求される国双方で犯罪とされていること)の要件を充たす必要があるが、中国では、肉体労働者への賃金未払いが大きな社会問題になったことを受け、2011年5月に、「悪意のある賃金未払い」が刑罰の対象とされたとのことであり、この双罰性もクリアできると考えられる。

篠崎社長の賃金不払事件の立件のためには、まず、その被害者である従業員達が、労基署、警察等に協力し、賃金不払の被害申告を行う必要がある。もちろん、最終的には、詐欺、横領等の事実についても徹底して罪状を明らかにしていくべきだが、まず、早急に身柄を確保することが必要であり、そのためには、賃金不払の罰則を適用するのが最も容易だと考えられる。

 

再発防止のための対策

今回の「はれのひ」問題は、労働行政と消費者行政に関して、大きな課題を残した。同種事案の再発防止は、以下の二つの観点から考える必要がある。

まず、労働行政の問題として、悪質な「賃金不払」のまま事業が継続されていたことについて、労働基準監督署による監督が機能しなかったことが問題として指摘できる。

「賃金不払が継続する」という、本来あってはならない状況で事業が継続されたことで、企業としての本来の責務を果たすことが妨げられ、重大な社会的影響を生じさせた。労働基準監督署は、大企業を含めた長時間残業の問題ばかりでなく、今回のような中小企業における給料の不払・遅配に対しても、労働者側が申告・情報提供しやすい環境整備を行い、適切な指導や処分で是正し、それに従えない企業には事業を停止させるべきであろう。

もう一つは、本件のように消費者に重大な損失を生じさせかねない事案を把握して適切な措置をとるということを、消費者行政の問題として検討する必要がある。報道によると東京商工リサーチ等の信用調査会社では、「はれのひ」の経営不振を早くから把握していたという。

企業の信用状況に関する情報収集は、企業間取引の事業であれば、企業の責任において行い、企業自身で取引継続の可否の判断を行えばよい。しかし、一般的に、消費者自身が、取引する企業の信用を調査することは困難である。「はれのひ」のように、企業と消費者の間で、単発だが高額の取引で、しかも、特定の日にその履行が行われないと消費者に重大な損害が生じるようなものについても、同様である。信用状況について行政当局で情報を収集し、不適切な事業が行われている可能性があれば、指導監督に乗り出し、必要に応じて消費者に注意喚起を行うべきであろう。法令上そのような権限が与えられていないのであれば、法改正や条例改正も検討すべきではなかろうか。

横浜市では、横浜市消費生活条例によって権限は与えられていたようで、本件でも、問題発生後に調査に入ったと報じられている。必要なことは、事前に何らかの措置を取ることができないかどうかだ。

コンプライアンスというと、これまで大企業の問題と考えがちであるが、「てるみくらぶ」に続いて、今回のように消費者に重大な損害を与える「不祥事」が発生したことを機に、中小企業のコンプライアンスについても、真剣に考えることが必要であろう。

 

 

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世耕経産大臣は、東レ有識者委員会報告書をどう受け止めるのか

12月27日、東レは、子会社の東レハイブリッドコード(THC)が製品検査データを改ざんしていた問題に関して、有識者委員会がまとめた調査報告書の内容を公表した。

委員会は、藤田昇三弁護士(元名古屋高検検事長)、永井敏雄弁護士(元大阪高裁長官)など3人の弁護士で構成され、補助者として、事務局の5名の弁護士が加わって行われた検討結果の報告書が公表された。

報告書によれば、2016年7月にTHCの役職員66名に対して実施された匿名形式のアンケート調査の結果、同社の品質保証室による検査数値の書換えを指摘するコメントが1件あったことから、同社において、自発的に同室の全職員に対するヒアリング調査及び検査成績表と実測値との照合が行われた結果、顧客に提出する検査成績表の数値の一部改ざんが行われていたことが発覚したものだった。

それ以降、同社において、アンケート調査の実施及び集計が終了した2016年7月11日には調査結果がTHC社長に報告され、翌日から10月まで、本件データ書換行為の対象となった製品の安全性の早急な確認に主眼を置いた調査(第1段階)が行われ、2016年10月4日には、東レ本社にも報告された。その後も、全容を把握するための2016年10月から2017年2月までの調査(第2段階)、続いて、実測データの残存する全期間のデータを対象とした検証を行った2017年2月から9月までの全面的な調査(第3段階)が行われた。

委員会は、これら会社調査の実施内容、調査結果、再発防止策及び対外対応の検証を行ったものだった。

その結果、検査数値の書き換えは、判明した当時の品質保証室長およびその前任の品質保証室長の2名が、「実測データが規格値から外れると、再測や特別採用等の本来的に想定されている手続きをしたのでは納期に間に合わないと考え、実測データが規格値から僅差の外れとなった場合または測定装置・測定方法の瑕疵により実測データが規格値から外れた場合には、製品が有する本来的な品質には問題がなく規格内にとどまるであろうとの思いから」行ったもので、組織的なものではなく、法令違反も、安全上の問題もないとされた。そして、THC及び東レが実施した調査も適切で、検査成績表と残存する実測データとの全ての照合の結果を待たずに早期に暫定的な報告を行うことも「THC及び東レの取り得る選択肢としてはありえた」ものの、顧客への報告方法・報告時期の判断に関して相応の合理性を有すると評価され、改ざんの事実の公表に関する判断などの対外対応も、以下のように述べて問題はなかったと結論づけられた。

規格自体が、企業顧客との間の製品の仕様に関する取り決めであって、本件は基本的にいわゆるB to Bの関係における問題である。そして、本件データ書換行為が直ちに法令違反に当たるものではなく、顧客製品の安全性に対する影響に問題は見られないというTHC及び東レの判断は妥当なものであるといえる。

また、THC及び東レは、2017年9月28日から、東レグループ以外の二次顧客に対する報告の申出を開始し、同年10月5日以降、順次報告を行っているが、同年11月28日以前において、二次顧客から安全性に問題があるとの指摘を受けていたものはなかった。

そうすると、本件データ書換問題が判明して以降2017年11月時点に至るまでの間において、THC及び東レが、本件データ書換問題については、法令違反や安全上の問題があるなど公表すべき社会的な必要がある場合には該当しないとして、対外公表を行う必要がない旨判断したことについては、企業として相当の理由があったものと考えられる。

要するに、THCの検査データ書き換えは法令上も、品質上安全上も問題はなく、極めて軽微な「形式的不正」で、東レ側の対応や対外公表等の措置も問題はないという検証結果だったのだ。

私は、一連のデータ改ざん問題は、「カビ型不正」の典型で、その背景には、近年「偽装」「隠ぺい」「改ざん」「ねつ造」等の形式的不正が異常なまでに批判される社会状況がある一方で、そのような形式的不正は、日本企業の多くに潜在化している可能性が高いことを指摘してきた。今回の東レ子会社の問題は、「カビ型不正」の中でも相当軽微で、実質的には全く問題のないものだったと言える。

このような軽微な問題であるのに、他の不祥事の発生を契機にコンプライアンスの強化を目的として行った匿名アンケートで、僅か1件のコメントがあったというだけで、THCと親会社東レで、その後、他の商品にまで対象を拡大して徹底した調査が行われたことの方が、コンプライアンス対応として評価に値すると言うべきだ。東レという企業の製品の品質への徹底したこだわりが背景にあるからだろう。

詳細かつ緻密に東レ・THCによる調査の内容が検証されている検証結果は十分に信頼に値するものである。その報告書で、今回の問題の東レ側の対応が上記のように評価されるべきものとされたことを、「日本企業のものづくりの品質に対する信頼を失墜させた」などと大騒ぎしたマスコミ、そして、それに対して全く無責任な批判に終始し、騒ぎを拡大させた経産省の側はどう受け止めるのだろうか。

特に問題なのは世耕弘成経産大臣の記者会見での発言である。

世耕氏は、東レが子会社の検査データ書き換え問題を公表した翌日の11月29日の定例記者会見で、「公表のタイミングもはっきり言って非常に遅い。こういうことは日本の製造業の信頼を傷つけかねないことだと思っております。」「顧客対応などとは別に速やかに社会に対して公表をして、社会からの信頼回復に全力を注ぐことを期待したい」等と発言した。その発言を、私は、【世耕経産大臣は、日本の製造業の‟破壊者”か】で「「データ改ざん」の基本的構図も、問題の性格も、全く理解していないとしか思えない。経産大臣がこのような発言を行うことで、この問題をめぐる混乱を助長し、日本の製造業に対する国際的信頼を失墜させかねない」と批判した。

今回の有識者委員会の検証結果から、「公表のタイミングが遅い」「顧客対応などとは別に速やかに公表を」との世耕大臣の発言が全く的外れだったことが明らかになった。世耕大臣は、まず、報告書を熟読し、問題表面化時に問題の中身も見極めず軽率に批判して混乱を助長したことを真摯に反省すべきだろう。

世耕氏は、経歴詐称が発覚して経産省参与を辞任した齋藤ウィリアム浩幸氏の問題についても、12月22日の大臣会見で「経歴に関しては、経済産業省として御提出いただいた経歴の中には、別に何か虚偽に当たるようなことはなかったと認識をしております。」などと言い切って大恥をかいた。事実をろくに確認もせず軽率な発言を行ったという面では、データ改ざん問題への対応と同様だ。

経産大臣の対応・発言は、日本企業全体の利害に関わるだけに深刻だ。

 

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リニア談合、独禁法での起訴には重大な問題 ~全論点徹底解説~

12月8日、東京地検特捜部は、JR東海発注の名古屋市内のリニア新幹線工事をめぐって、スーパーゼネコン大林組に「偽計業務妨害」の容疑で捜索を行った。

リニア工事全体は「巨大な利権」でもあり、当初、JR東海単独の資金で行うとしていたのが巨額の財政投融資が行われるようになった経緯もあるので、公的な資金も投入された国家的プロジェクトとも言えるリニアをめぐる不正に斬り込んでいこうとするのは、特捜捜査の方向性としては理解できるものだった。

しかし、株式が公開された民間企業であるJR東海発注の工事について、「偽計業務妨害罪」を適用するのは、かなり無理があるように思えた。一般的には、民間企業は、どのような方式で、どこに発注しようと自由であり、発注手続について社内ルールが定められていても、会社の判断で変更することも可能であり、ルールに反するやり方が行われたとしても、会社の意向に反しない限り、「業務妨害」になるわけではない。

確かに、2002年、鈴木宗男衆議院議員に対する一連の捜査の過程で、「支援委員会」によるディーゼル発電施設発注に関して、発注者側から受注業者側への入札予定価格の教示等に「偽計業務妨害罪」が適用されたことはある。しかし、この事例では、発注者の「支援委員会」という組織が、日本政府が資金を拠出する「公的機関」であった。発注業務に関して「公の入札」と同様のルールが定められていた「公の入札」で行われれば「偽計入札妨害」に該当するような行為に「偽計業務妨害罪」が適用されることにもそれなりの合理的理由があった。JR東海は純粋民間企業である。建設資金に財政投融資が含まれているとしても、それだけで発注手続が「公の入札」と同様の制約を受けるわけではない。

いずれにしても、「偽計業務妨害」が成立するとすれば、「被害者」は当該民間企業なのであるから、その発注者側が業務を妨害されたと被害を訴えなければ問題にならない。ところが、特捜部の捜索に関して報道されているところによると、事前にJR東海側の聴取や意向確認は行われていなかったようだ。「偽計業務妨害での起訴」に狙いを定めた捜査とは思えない。それを捜索の被疑事実として強制捜査に着手し、そこから、巨額のリニア工事をめぐる他のの事件に展開させていこうとしているのだろうと思った。

大阪地検特捜部の不祥事以来、全く鳴かず飛ばずの特捜捜査、特に、完全に「腰砕け」に終わった甘利氏のあっせん利得事件の捜査が象徴するように、政権側に関連する事件については、全く手も足も出ない。リニア工事という巨額の利権をめぐる不正に斬り込もうとするのは、最近にはない「特捜らしい捜査姿勢」とも言える。その点は評価できるとしても、問題は、「どのような犯罪の立件をめざして捜査を進めていくか」だ。リニア工事に関連する政治家の口利きや不正な金の流れ、或いは、ゼネコン間でのリニア工事に関する受注調整の独禁法違反による摘発を考えているのかもしれないが、いずれにしても、そのような犯罪の端緒をつかみ、立件・起訴に持ち込むのは容易ではない。捜査が長期化するのは必至だろうと思っていた。

余りにも早い「独禁法違反」による強制捜査着手

ところが、それに続く特捜部の動きは素早かった。

その後、私の方は、12月11日に、美濃加茂市長事件で驚愕の「三行半の上告棄却決定」が出されたことで、リニア工事の問題どころではない状況だった。【美濃加茂市長事件 “最後の書面”を最高裁に提出】にも書いたように、市長辞職に追い込まれた藤井浩人氏とともに最高裁への異議申立書の提出を行い、司法クラブで藤井浩人氏と記者会見を行ったのが12月18日、それとちょうど同じ時間に、特捜部が、鹿島建設と清水建設に、独禁法違反(不当な取引制限)の容疑で、公正取引委員会と合同で捜索を行ったことを、その直後にニュースで知った。翌日には、大成建設と大林組にも捜索が行われ、大林組が、公取委にリニア工事での受注調整を認める「課徴金減免申請」を行っていたことが報じられた。

それにしても、こんなに早い時期に特捜部が「独禁法違反の容疑」でゼネコンに捜索に入るというのは全く予想外だった。もともと「入札談合」や「受注調整」を独禁法違反の「刑事事件」ととらえることには様々な問題がある。しかも、従来の「入札談合事件」とは異なりJR東海という民間企業の発注だ。大規模工事で極めて高度な技術が要求され、発注方式も、受注者選定のプロセスも複雑だ。独禁法の罰則を適用し刑事事件として構成するためには、いくつもの高いハードルを越えなければならない。それらの問題について、十分な検討を行った上での「独禁法違反による強制捜査着手」なのだろうか。

筆者の独禁法刑事罰・談合問題への関わり

私は、検察官時代、1990年から1993年の公取委への出向検事時代以降、現場で多くの独禁法違反の刑事事件に関わってきた。公取委は90年に告発方針を策定し、「埼玉土曜会事件」で初の「独禁法による談合告発」をめざしたが、検察側の強い意向で告発断念に追い込まれた(拙著【告発の正義】ちくま新書:2015年)。その後、93年に、東京地検特捜部が談合罪で摘発した「シール談合事件」で、検察から情報提供を受け、初の「独禁法による談合告発」にこぎ着けた。東京地検に戻った後、95年の下水道事業団の談合事件でも、公取委側の事件の組み立てに協力し、告発後の検察捜査にも加わった。この他多くの独禁法違反や談合の事件に関与し、独禁法違反の刑事罰適用をめぐる問題や入札談合の問題については、多くの論文や著書(【独占禁止法の日本的構造】、【入札関連犯罪の理論と実務】等)も著してきた。

また、2006年のゼネコン業界の「談合決別宣言」以降の「入札契約制度改革」にも深く関わった。【小池氏による一者入札禁止「制度改革」の“愚”】でも述べたように、「東京都入札契約制度研究会」会長を始め4つの自治体の外部委員会の総括を務め、一般競争入札、総合評価方式の導入等の入札制度改革について検討し、提言を行ってきた。

そういう私にとって、今回、東京地検特捜部が、リニア工事をめぐるゼネコン間の受注調整の問題に独禁法の刑事罰を適用しようとしていることに大きな関心事だった。

しかも、この事件の捜査の今後の展開は、膨大な費用を投じて行われるリニア新幹線建設の国家的プロジェクトの行方を左右するだけでなく、高度な技術開発を伴う社会資本整備の在り方にも重大な影響を与えかねない。それだけに、事件を報道するマスコミを含め、この事件に関して、何がどう問題なのか、いかなる理由で独禁法による処罰の対象とされようとしているのかを正確に理解することが必要だ。そこで、報道されていることを前提に、今回の事件について現時点で考え得る論点についての可能な限りの解説を行ってみようと思う。

「独禁法違反の犯罪成立は問題ない」との認識の誤り

 マスコミでは、少なくとも、ゼネコン4社に対する独禁法違反の容疑は争う余地のないものになっているかのように報じられている。「リニア工事は高度の技術を要する」という関係者の声もあるが、独禁法違反の犯罪の成立を疑問視する見方は、ほとんど見られない。

しかし、今回の事件について、果たして独禁法違反の「不当な取引制限」の犯罪が成立すると言えるのか、私には、甚だ疑問である。

本件に関しては、(a)民間発注での「入札をめぐる不正」が犯罪になるのか否か、(b)「受注調整」が独禁法違反の犯罪になるのか否か、という2つの異なる問題があるが、マスコミ報道では、2つが混同されている。

①大林組への偽計業務妨害の容疑での捜索、②検察と公取委の合同での4社への独禁法違反の捜索、③大林組が4社間の受注調整を認めて課徴金減免申請していたことが判明、という3つの出来事が連続的に起きたことがそのような混同を生じさせたのであろう。

大林組に対する「偽計業務妨害罪」の容疑に疑問があることは、既に述べたとおりであり、マスコミも、民間発注の入札に関して「業務妨害罪」が成立するのか否か、当初は疑問に思ったようだ。しかし、それから1週間も経たないうちに、「独禁法違反の容疑での捜索」が行われ、一般的に民間発注・公共発注を問わず成立する「独禁法違反」が容疑とされたことで、「民間発注でも犯罪が成立するのか」という当初の疑問は解消されたように認識された。それに拍車をかけたのが、大林組の「課徴金減免申請」が報じられたことだった。受注調整の当事者の1社が公取委にそれを認める申請をしているのであれば他の3社も否定しようがない、「受注調整が独禁法違反に当たる」との前提での検察捜査が先行して行われている以上、告発・起訴は必至との認識が生じたのであろう。

しかし、①の捜索で生じた(a)の問題は、②と③によって解消されるわけではない。①の容疑事実は、「個別の入札に関する不正」であるのに対して、②の容疑事実は、「リニア工事全体についての合意」であり、内容が異なる。しかも、②の容疑事実に関する(b)の問題については、外形的には受注調整に当たる行為が行われていても、リニア工事が「高度の技術を必要とする特殊な工事」であるだけに、独禁法違反(不当な取引制限)の犯罪の成否に関して様々な問題がある。大林組が「受注調整の外形的事実」を認めている③の事実があっても、犯罪の成否についての疑問が解消されるわけではない。

4社間の受注調整に関する(b)の問題については、そもそも、「不当な取引制限」はどのような違反行為であり、どのような要件でその犯罪が成立するのかという問題を、リニア工事の特殊性を踏まえて考える必要がある。

「不当な取引制限の犯罪」とは

リニア工事でのゼネコン4社の「受注調整」「合意」等に対して立件されようとしているのは「独禁法違反の犯罪」である。独禁法は、「公正かつ自由な競争の促進」を目的とする法律であり(1条)、それを阻害する行為が違反行為とされる。その典型である「不当な取引制限(3条後段)」については「悪質・重大な事案を刑事罰適用の対象とする」というのが公取委の告発方針だ。

「不当な取引制限」というのは、事業者が、「共同行為」によって、「相互に事業活動を拘束し」、「一定の取引分野における競争を実質的に制限する」ことである。事業者間の共同行為(相互に意思を連絡すること)によって、本来各事業者の判断で自由に行われるべき事業活動が相互に拘束され、「一定の市場の競争制限が生じること」に違法行為の本質がある。

例えば、「価格(引き上げ)カルテル」だ。A製品について、シェア合計80%のX、Y、Z社が、国内のA製品の販売価格を一斉に10%引き上げる合意をして、実際に一斉値上げをした場合、「A製品の販売分野」という「一定の取引分野における競争」が実質的に制限されることになる。この場合、「A製品引き上げの合意」が「共同行為」であり、それに基づいて「各社がA製品の値上げを一斉に通告すること」が、その「実施行為」になる。それだけで違反は成立するのであり、取引先に値上げが受け入れられるかどうかは問わないし、「価格の上昇」は、その「結果」に過ぎない。

入札談合は、なぜ「独禁法違反の犯罪」となるのか

入札談合が「不当な取引制限」に該当するとされるのも、「価格カルテル」と同様に、「一定の取引分野における競争」を制限する「合意」が行われることに本質がある。そこで違法とされるのは、個々の談合ではなく、「一定の範囲の入札取引」について「談合で受注者を決める」という「合意」だ。

例えば、全国のダム工事全体について建設業者が恒常的に談合受注を行っているという場合、(1)全国で行われる工事全体について、「話し合いによって受注者を決定する合意」が行われ(「共同行為」)、(2) その合意に基づき、実際に個別の入札で談合によって受注予定者が決定され、入札参加者が受注予定者の受注に協力すること(「実施行為」)で、違反が成立する。「一定の取引分野における競争を制限」という要件を充たすためには、「一定の拡がりを持った入札取引全体」についての合意が必要で、個別の入札での談合の事実だけでは「拡がり」がないので「不当な取引制限」には当たらないというのが従来の実務の考え方だ。刑法の「談合罪」が、一定の目的(「公正なる価格を害する目的」等)を持って行われる「個別入札での談合」だけで犯罪に該当するのとは異なる。

過去に多くの入札談合が独禁法違反として摘発されてきたが、その多くは「最低価格入札者が自動的に落札する」という単純な方式の入札での談合だった。入札参加者間で受注予定者を決め、他の入札者が予定者より高い価格で入札すれば、発注者側の意向とは関係なく、予定者が落札することになる。価格カルテルのように、取引の相手方が値上げに応じなくても、「事業者間の合意」の通りに落札者が決まる。事業者間の合意によって確実に競争の実質的制限が生じることが「最低価格自動落札方式」での入札談合の特徴だと言える。

入札談合の独禁法違反の「犯罪の実行行為」

問題は、上記の(1)「共同行為」と(2)「実施行為」がどのような事実と証拠で認定されるかだ。公取委の「行政処分」では、(1)の合意が、いつ誰と誰の間で成立したかを特定することは必ずしも必要ではなく、事業者間に「存在」していることだけで違反が認定される。通常は、「(2)の個別の入札での談合が繰り返されていることから、『合意』が存在している」と認定される。

しかし、刑事罰の適用に関して、「不当な取引制限」を「犯罪」として捉える場合には、行政処分における違反行為のとらえ方とは異なり、「犯罪の実行行為の特定」が必要とされる。

「価格(引き上げ)カルテル」の刑事事件では、一定の取引分野における競争を実質的に制限する「価格引き上げの合意」が犯罪の実行行為とされる。「合意成立で犯罪が既遂になる」というのが判例であり、独禁法違反の入札談合でも同様に考えられてきた。つまり、「一定の範囲の入札取引全体」について談合で受注予定者を決定する「全体的合意」が不当な取引制限の「犯罪の実行行為」とされてきた。不当な取引制限の罪の公訴時効期間が5年なので、その「合意」は5年前以降に行われたものでなければ処罰の対象とならない。

少なくとも、2006年の大手ゼネコンの「談合決別宣言」以前は、日本の公共調達全体に談合が蔓延し、「非公式システム」として機能していた。このような業界の慣行として長期間にわたって継続的に行われている談合については、「全体的合意」を具体的に特定することが困難だった。一方、個別の入札での談合行為は、それだけでは「一定の取引分野における競争の実質的制限」の要件を欠くので、「不当な取引制限の犯罪」は成立しないということになる。それが、かつてゼネコン談合に対する独禁法違反の刑事罰の適用を妨げてきた最大の要因だった。

それが典型的に表れたのが、大手ゼネコン間の談合事件である「埼玉土曜会事件」だった(私が公取委出向検事として関わったこの事件での告発断念に至る経緯については、前掲【告発の正義】で詳述している)。

今回の独禁法違反の容疑は、「ゼネコン4社が東京名古屋間のリニア工事全てについて受注調整を行っていた」というものだが、問題は、犯罪の実行行為としての「合意」をどのように捉えるかだ。公取委の「行政処分」であれば、個別入札での調整が行われていることで、4社間に「合意」が存在し、合意に基づいて談合が行われている、として違反が認定されることになるだろう。しかし、不当な取引制限の「犯罪」ととらえるためには、何らかの形でリニア工事全体についての「合意」の日時・場所・行為者が特定されなければならない。例えば、全区間の工事について4社の担当者が一同に会して協議し、全部の工事の各社への割り振りが決定されたということであれば、それはリニア工事全体という「一定の取引分野における競争」を実質的に制限する合意と言えるだろう。そのような合意が、5年前以降に行われていれば「犯罪の実行行為の特定」は問題ないことになる。しかし、すべてのリニア工事について「話し合いで受注予定者を決定すること」について、5年以上前の合意或いは暗黙の了解があり、個別工事の発注の際に、そのような合意又は了解に基づいて4社間の話し合いで受注予定者が決定されていたに過ぎないということであれば、かつてのゼネコン談合のように、不当な取引制限の犯罪の実行行為としての「合意」の特定が困難ということになる。

高度な建設工事における「価格」と「技術」の関係

独禁法違反については、その違反行為によって競争がどのように制限されたかが明らかにされなければならない。既に述べたように、不当な取引制限という独禁法違反行為は、市場での競争を制限することに本質があるが、そこでの「競争の構造」には様々なものがある。一般的な商品の販売であれば、競争はもっぱら「価格」によって行われる。「同じ物であれば、少しでも安く買いたい」というのが取引先・消費者の意向だからである。

しかし、契約後に、工事が施工されて目的物が完成する建設工事の場合、価格だけではなく工事によって出来上がる目的物の品質が重要な要素となる。建売住宅の建設のように規格化された単純な工事であれば、業者の施工能力に問題がない限り品質に特に差はなく、競争はもっぱら価格によって行われる。しかし、工事が技術的に高度なものであればあるほど、取引の相手方の選択において「価格」だけでなく業者の「技術」や工事の「品質」が重要な要素となる。この場合は、業者側に「技術提案」を求め、技術提案の内容と価格の総合評価によって取引先を選択するという方法がとられることが多い。

高度な技術を要する工事では、施工に必要な技術開発を受注業者側に求めることになる。技術開発が発注後に行われるのであれば、その「技術」を開発する能力を評価して業者を選定することになる。

リニアのような鉄道建設工事がまさにそうであるように、施工方法や用いる工法等を具体化し、監督官庁の認可を受けなければならない場合は発注者が認可申請を行う前に、相応の技術的対応が必要となるが、それは受注業者側に全面的に依存せざるを得ない。その場合に問題になるのは、発注前の技術面の協力を、工事の発注先の選定においてどのように考慮し、反映させるかである。受注業者側が発注者側の要請に応じて多額のコストをかけて技術協力を行った場合、何らかの形でそのコストが回収できなければ協力を行う業者はいなくなる。発注者にとっても、技術面から「実際の工事も技術を開発した業者が受注施工させるのが合理的」ということになる。この場合、事前の協力は、「技術提案の評価」という形で反映されることになる。このような場合は、発注に当たって、価格競争で受注を奪い合う余地はほとんどない。

さらに難しいのは、施工に必要な技術の開発が単独の企業だけでは困難で、トップレベルの技術を有する複数の企業が共同で技術開発を行わなければ施工できない場合である。

発注者側の要請に応じて、複数の企業が共同で開発した高度の技術を用いて施工する場合、その施工をどのように分担するかを、工法や技術についての専門知識を持たない発注者が判断することには限界がある。「共同で技術開発した企業側の決定に委ねた方が合理的」ということになり、この場合も、受注をめぐって競争が行われる余地はほとんどない。

このような工事の場合、施工した際に、自然条件等に応じて、新たに技術開発を行い、設計変更や追加工事の発注を行うことが必要となるので、発注の段階で工事にかかる費用全体を正確に想定することはできない。むしろ、総費用を低減する上では設計変更や追加工事による価格変更を合理的に行うことの方が重要だと言える。そういう意味では、工事の内容が発注段階で確定しており、入札で競争させることがそのまま工事のコスト抑制につながる一般の工事とは異なる。そういう意味では、「競争による価格形成」自体に限界がある。

受注をめぐる競争という面では、独禁法の目的には反するが、高度な技術開発を要する工事の場合には、工事の特性からはやむを得ないものと言える。

施工に必要な高度な技術が開発され、多くの企業が共同で取り組んだ結果完成した工事の代表的なものが、三船敏郎、石原裕次郎主演の映画「黒部の太陽」でも描かれた黒部第4ダムの建設である。当時、関西地方が深刻な電力不足によって復興の遅れと慢性的な計画停電が続き、深刻な社会問題となっていたのに対して、決定的な打開策として関西電力が決断したのが、黒部第4ダム建設であった。当時の日本の土木技術の粋を集めて施工され、186名もの殉職者を出して完成するに至った「黒四ダム」は戦後日本の復興・高度経済成長に大きく貢献した。

このような国家的プロジェクトを遂行するためには、建設業界を挙げての全面的なコラボレーションが不可欠だった。そこでは、独禁法が目的とする「競争」を持ち出される余地はない。

最近の例でも、「東京外かく環状道路(関越~東名間)」に関しては、わが国ではじめて大深度地下領域を全面的に活用し、本線トンネルは全長約16キロ、片側3車線の大断面・長大トンネルであるであることなど、従来の技術では対応できない高度な工事であったため、国交省が、学識経験者、関係機関による検討委員会を設置し、スーパーゼネコン等も協力して工法の検討が行われた。新たな技術開発が必要な工事において「競争」より「共同」が重要となるものもあることは否定できない。

リニア工事で必要とされる高度な技術

今回問題になっている東京―名古屋間のリニア工事も、まさに高度な技術開発を要する工事の典型である。

路線となる東京―名古屋間の9割程度に上る約246キロメートルが南アルプスの地下を貫通するトンネルとなり、最深部は地表から1400メートル。従来のトンネルとは比較にならない程の距離のトンネルもあり、また、東京・名古屋の駅周辺の路線では大深度地下トンネル工事が行われるなど、前述の黒四ダムの工事と同様に、日本の土木建設技術の粋を結集して施工される工事と言っても過言ではない。

このような工事について、民間企業であるJR東海が発注を行うのであるが、その方式として、「総合評価方式」を併用する「公募競争見積方式」がとられているようだ。

【リニア初の大深度トンネル発注へ、東京と愛知で】(日経コンストラクション11月10日号)によれば、まず、国の公共工事でも行われている「総合評価落札方式」と同様に、技術提案と入札価格を総合的に評価する方法で「優先的に協議する相手先」を1者選定し、その相手先業者との協議(交渉)によって、工事の内容、工期、必要な費用等を決定する。そして、それらの契約内容が固まった段階で、その内容を他の業者に公開する「公募」を行い、「優先的に協議する相手先」より有利な条件を提示する業者がないかどうかを確認する。そのようなプロセスを経て、最終的に契約内容を確定して契約するという方式がとられているようだ。

リニア工事の中でも、南アルプスの地下を貫通する超長距離のトンネル工事などは、火山活動の影響等による工事の障害が生じることも想定されるし、東海地震の発生にも耐えられる構造が確保される必要がある。また、大深度地下トンネルの工事も、施工する地中の状況に不確定な面がないとは言えない。

このような超高難度の工事について、JR東海が工法、施工計画等を具体化し、国交省の認可を得るところまで、「独力」で行えたとは考えられない。JR東海側は、その経過について一切情報を公開していないが、最先端の土木技術を持つスーパーゼネコン4社が技術面で協力したことで、国交省の認可を受けることが可能になったものと考えられる。そのような工事発注前の技術協力は、発注の際にも、受注業者の選定に大きな影響を与えたはずである。

そこで問題になるのが、上記のように、リニア工事が高度の技術を要する特殊な工事であることが、4社間での「受注調整」についての独禁法違反の成否にどのような影響を与えるかである。

発注前の技術面での協力と「受注調整」

JR東海側がリニア工事の工法、施工計画等を具体化し、国交省の認可を得るまでの間に、スーパーゼネコン側が技術面の協力を行ったことが、実際の工事を受注・施工することとどのように関係するのか。

ここでの技術協力には、(A)複数の工事に共通するものと、(B)個別の工事に関するものの二つが考えられる。リニア工事の多くが、大深度の地下トンネルであり、その施工全般に共通して必要とされる技術が(A)、個々の工区の工事について自然条件等に対応して個別に必要となる技術を開発するというのが(B)である。

(A)については、発注前に共同して技術協力を行ったということであれば、開発された技術も各社が共有し、活用することが可能なはずであり、技術協力を行ったことが特定の企業の受注・施工に直接的に結びつくわけではない。一方、(B)については、その個別工事に関する個別の技術協力を行った企業以外の受注・施工が事実上困難ということであれば、技術協力を行った段階で受注・施工者は事実上確定していることになる。

実際の技術協力は、(A)(B)の両方が混在しているものと思われ、4社間の協議で(A)(B)の技術協力の実績が参考にされて、個別の工事の受注予定者が決定されていたものと思われる。そして、発注者のJR東海側は、技術提案と入札価格を総合的に評価する方法で「優先的に協議する相手先」を1者選定することにはなっているが、技術面で4社に全面的に依存している以上、技術提案の評価を適切に行うのは困難であり、4社間の決定を基本的には受け入れて相手先を選定し、協議をした上で発注していたものと考えられる。

このような形で、4社間で決定したとおりに受注者が決まっていたとしても、それが、ただちに「受注調整」と言えるかどうかは微妙である。4社間の協議決定が、前記の技術協力の実績を踏まえて、技術面から受注するに相応しい社を決定することを目的とするものだったとすると、それは単純な「受注調整」とは言い難い。しかも、その決定に至るまでのプロセスが、リニアの計画段階からの様々な技術面での検討及び技術開発の結果を踏まえたものだとすると、リニア工事についての4社間の「基本合意」は、時効期間の5年よりずっと以前に成立していた可能性がある。 いずれにしても、「リニア工事に関する4社間の調整」というのは、これまで談合罪や独禁法での摘発の対象とされてきた、「入札での競争での価格下落を防止する」「工事や利益を配分する」という「一般的な談合」と性格が大きく異なることは明らかだ。

4社の受注額が均等であること

4社のリニア工事受注額は、概ね均等になっているようだ、それについて、「受注を分け合っている疑い」があるかのように報じられている(東京新聞12.12、毎日新聞12.24)。もし、この「均等受注」が、4社間の「合意」によるものなのであれば、リニア工事という「一定の取引分野における競争を実質的に制限する合意」に当たる可能性がある。

しかし、4社の受注が均等になっているのは、高度の技術を要するトンネル工事等について、施工体制上の制約によるものとも考えられる。リニア工事に投入できる技術者・作業員等の人的リソースには限界があり、JR東海側の要請に応じて、各社が、定められた工期までに施工可能な工事を受注した結果が概ね均等の受注額だったという可能性もある。

しかも、発注者のJR東海にとっても、高度な技術を要する工事であり、施工段階で何が起きるかわからない。もし、受注が1社に偏った場合、同社の技術に問題があった場合には、問題を克服して工期どおりに工事を完成させることは著しく困難となる。危険の分散という面からも、各社にほぼ均等に受注させたいというのは、発注者側の意向だったと考える余地もある。

準大手ゼネコンを「排除」したと言えるのか

「4社の受注調整で中心的な役割を果たした大成建設、大林組の幹部が工事を希望する複数の準大手ゼネコンを排除した」(朝日新聞12.23)というような報道もある。もし、4社が結託して、準大手以下のゼネコンの参入を阻んだとすれば、独禁法3条前段の「私的独占」に該当する余地がある。

しかし、スーパーゼネコン4社以外の準大手ゼネコンが、リニア工事に関してどの程度の受注・施工が可能だったのであろうか。バブル期までは、準大手ゼネコンも、技術開発にかなりの投資をしていたが、その後の建設不況で、準大手には技術開発に投資する余裕はなくなったため、現在では、スーパーゼネコン4社と準大手とは、技術開発能力、高度な施工技術という面では相当な差が生じていると言われている。準大手ゼネコンに南アルプスの地下を貫通する大深度のトンネルを施工する高度の技術力があるだろうか。

リニア工事の中には、一部準大手ゼネコンでも施工可能なものがあり、そのような工事について、スーパーゼネコン側から断念するように言われて断念した事実があったとすると、なぜ受注を断念したのかが重要となる。施工に必要な技術的要素に関して、準大手ゼネコンが、4社側の説明を受け入れて受注を断念したということであれば、それは、むしろ合理的な判断だと言えるが、JVの組合せ等で不利益に扱われることを恐れて断念したということであれば、不当な排除とされる余地もある。

また、政治家の介入などの不当な圧力によって、不当に受注を断念させられたということであれば、独禁法上も違法な参入排除に該当する可能性もあり、個別の入札の不正として、偽計業務妨害罪に該当する余地もある。

独禁法違反の刑事罰適用は相当に困難

以上述べたことを前提とすると、今回のリニア工事をめぐる問題で、不当な取引制限の犯罪として刑事罰を適用することは相当に困難だと言わざるを得ない。

第1に、入札談合についての不当な取引制限の罪の実行行為は、「一定の範囲の入札取引全体」について談合で受注予定者を決定することについての「全体的合意」である、そのような合意が、不当な取引制限の罪の公訴時効期間の5年以内に行われている場合に刑事罰適用が可能となる。リニア工事に関しては、4社間での合意内容も、単なる受注の配分という単純なものではなく、「技術協力」との関係や、新たに開発する技術との関係を考慮した話し合いが行われてきたものと思われ、それが、受注者が確定していったプロセスは単純ではない。そのような一連の行為の中から、「不当な取引制限の犯罪の実行行為」を特定することは極めて困難だと言わざるを得ない。

第2に、仮に、上記の「犯罪の実行行為」の特定ができたとしても、合意の当事者に「不当な取引制限」の罪についての犯意がなければ犯罪は成立しない。4社間の協議に加わっていた当事者は、おそらく、リニア工事の施工に必要な技術的事項や、技術開発についての各社の分担を協議していたに過ぎず、結果的に各工事の受注者が絞り込まれただけだという認識であろう。そのような認識の場合に、果たして犯意があると言えるのか。

第3に、不当な取引制限の罪には、「公共の利益に反して」という要件が含まれている。すでに述べてきたように、高度な技術を要する国家的プロジェクトとしての工事を実現するため、スーパーゼネコン4社の技術を結集し、最先端の技術開発を行うために不可欠な「調整」だった場合、それが「公共の利益に反して」行われたと言えるだろうか。

ということで、今回の事件を独禁法違反の犯罪として刑事罰の対象にすることは極めて困難だと言わざるを得ない。しかし、公取委の行政処分の対象とする余地はあり得ると考えられる。

公取委の行政処分の実務では、「合意の存在」の下で、個別物件について談合が行われていれば「不当な取引制限」を認定することとされ、犯罪の実行行為としての「合意」の特定は必要とされない。また、行政処分には刑事事件のように「犯意」は必要とされないし、「公共の利益に反して」という要件も、公取委の行政処分では「自由競争秩序に反すること」がそのまま「公共の利益に反する」と解釈されてきたので、実質的には違反を否定する要件とはなっていない。今回の事件も、そのような行政処分としての課徴金納付命令の対象とする余地はあるように思われる。

今後、検察・公取委、JR側はどう対応すべきか

以上のように、特捜部と公取委が合同で、独禁法違反の容疑で4社に捜索に入ったことで、大林組が課徴金減免申請を行ったと報じられ、独禁法違反による起訴の見通しが立っているかのように思われているが、実際には決してそうではない。

偽計業務妨害で捜索を受けた大林組は、公取委に、受注調整の事実を認める課徴金減免申請を行っていると報じられているが、単に個々の工事についての調整の事実を認めて申告しているだけで、「一定の取引分野における競争の実質的制限」も含めて違法性を認めているわけではないであろう。

これまでの捜査の展開から、リニア工事全体について独禁法違反の犯罪としての起訴は確実であるように認識されているが、捜査の現状は、それとはかなり異なっているのではないかと思われる。(「週刊文春」12月28日号で、「皆さんが報道するように捜査が進めば、東京地検特捜部の冤罪事件になるんじゃない?」との森本宏特捜部長のマスコミへのコメントが書かれているが、捜査の現状と報道とのギャップについての「本音」ではなかろうか。)

しかし、だからと言って、リニア工事に関するJR東海とスーパーゼネコン4社の対応に問題がなかったということではない。JR東海は株式を上場している民間企業であるが、リニア工事は、公共性が極めて高く、今後の日本社会にも重大な影響を与える国家的プロジェクトなのであるから、工事施工の計画、認可に至るプロセス、その間の技術開発面での企業の協力状況等について十分な情報公開を行うべきである。

高度な技術力を要する工事であることから、工事の企画・設計段階からスーパーゼネコン4社の協力が不可欠だったのであれば、4社によるコンソーシアムを結成させて、共同受注するという方法もあり得たはずなのに、なぜ、「競争入札」の形式がとられたのか。すべてが「闇」の中で、施工方法の検討、施工計画の具体化、発注等が進められていることが、今回、検察・公取委の合同捜査の対象とされるに至った根本的な原因だ。

リニア工事ほど巨大なものではないが、東京外郭環状道路の建設工事では、前述したように発注段階から透明な形で企業側の技術協力を求めるやり方がとられた。国発注ではないが、同様に公共性の高い工事であるリニア工事でも同様の方法をとるべきだったのではないか。

発注者であるJR東海には、発注にあたっての技術面で業者を評価する能力がなく、全面的にスーパーゼネコン4社に依存せざるを得ない実情を表に出しにくかったことが、不透明なやり方で発注が行われてきた背景にあるのかもしれない。しかし、そうであれば、そもそも、JR東海にそのような国家的プロジェクトを行う資格があるのだろうか、そもそもJR東海の工事を認可したことにも問題があったと言うべきではなかろうか。

そういう意味では、国家的プロジェクトであるリニア工事をめぐる「闇」に焦点を当て、スーパーゼネコンによる技術協力、それと工事施工契約との関係等について、私を含め国民に関心を持たせることになった今回の捜査には相応の意義があると言うべきである。

もっとも、マスコミ報道の方が異常に過熱した結果とは言え、大々的な強制捜査によって、ここまで大きな社会的影響を及ぼしてしまった以上、具体的な事件の立件・起訴が全くできなかったということでは、検察の責任が問われることになりかねない。独禁法違反の犯罪での起訴は困難であることを認識した上、JR東海側も被害申告をせざるを得ない個別工事における不正や、公取委の課徴金納付命令等の行政処分等を具体的成果とすることをめざして捜査を行っていくべきであろう。そのような捜査を、適正かつ公正に着実に行って事案の真相を解明していけば、これまですべて「闇の中」で行われてきた巨額のリニア工事への政治家の関わり、不正な金の流れ等の具体的事実を把握することができるかもしれない。

企業コンプライアンスの観点から

最後に、企業コンプライアンスの観点から、JR東海とスーパーゼネコン4社に求められることについて述べておきたい。

これらの当事者企業は、これまで「闇の中」で行われてきたリニア工事に関して、特捜・公取委の捜査に全面協力し、これまで各社の社内でリニア工事に関して何が行われてきたのか、真相解明に積極的に協力していくべきだ。それは、既に、課徴金減免申請を行っているとされる大林組に限ったことではない。

しかし、一方で、これまで述べてきた独禁法違反の成否に関する論点については、法的な主張を行うことを躊躇すべきではない。重要な論点が見過ごされ、誤った法適用が行われることになると、建設業界の将来や今後の日本の社会資本整備にも重大な禍根を残すことになりかねない。

JR東海にも、スーパーゼネコン4社にも、コンプライアンスの観点から、「事実解明には全面協力し、法的主張は徹底して行う」という姿勢が求められる。

カテゴリー: コンプライアンス問題 | 2件のコメント

美濃加茂市長事件 “最後の書面”を最高裁に提出

藤井浩人美濃加茂市長 冤罪 日本の刑事司法は‟真っ暗闇”だった!】で述べた美濃加茂市長事件の上告棄却決定、一貫して潔白を訴えてきた受託収賄等の罪の有罪確定が現実のものとなった藤井浩人氏には遥かに及ばないとしても、主任弁護人の私にとっても強烈な打撃だった。

2014年6月、逮捕直後の藤井氏と接見し、潔白を確信して弁護人を受任して以来、全身全霊を挙げて弁護活動に取り組んできた。一審で無罪判決を勝ち取ることができ、それが最終の司法判断となって、若き藤井市長を支持してきた美濃加茂市民の皆さんに、藤井氏の潔白が明らかになったと報告できる日が来ることを確信し、まさに弁護士生命を賭けて闘ってきた。

その間、藤井氏は、市民の圧倒的な支持に支えられ、「現職市長」として収賄の罪で逮捕・起訴されながら、3年半にわたって市長職にとどまって市政を担い続けるという、それ自体一つの“奇跡”が起きていた。

控訴審で“驚愕の逆転有罪判決”を受けたものの、上告審に向けて、主要争点となる「控訴審における事実審理の在り方」の問題の専門家でもある元東京高裁部総括の原田國男弁護士、民事のみならず刑事弁護でも輝かしい実績を挙げて来られた喜田村洋一弁護士を加えた“最強の上告審弁護団”を編成した。今年5月に提出した上告趣意書は、私自身も渾身の執筆を行ったし、両弁護士も重要部分を執筆され、まさに、完璧な内容に仕上げることができたとの自負を持って最高裁に提出した。これを読んでもらえさえすれば、必ず“再逆転無罪”の判決が出されるものと確信していた。

8月からは、ここまでの闘いの全経過を著書にすべく執筆に取りかかり、11月中旬に校了。12月8日には、KADOKAWAから【青年市長は“司法の闇”と闘った 美濃加茂市長事件における驚愕の展開】が発売された。

その直後の、12月12日火曜日だった。私の事務所に、最高裁第三小法廷からの「三行半(みくだりはん)」の上告棄却決定書が届いた。それを見たとき、全身の力が抜けた。しばし、何が起きているのか理解できなかった。

すぐに藤井市長本人に連絡しようと思ったが、議会での代表質問の最中ということだったので、あまりに重大なこの知らせが、議会での対応に与える影響を考え、議会が終了した午後3時半頃に伝えた。

電話に出た藤井市長自身も、さすがに落胆しているようだったが、すぐに、今後とり得る手続、有罪判決確定の時期などの話になり、「棄却決定送達の翌日から3日以内に異議申立ができるが、過去に異議で決定が覆ったことはなく、確定を1、2週間先延ばしする意味しかない。」と伝えた。

藤井氏は、「異議申立は是非お願いします。辞職の時期は、これから相談して決めます。」とのことだった。

藤井市長は、結局、13日の市議会本会議終了後に、不在配達となっていた上告棄却決定通知の「送達」を受け、夕方、市議会に対して、上告棄却で有罪が確定する見通しになったことを受けて市長を辞職することを報告、その日の夜、多くの市民も集まった記者会見で、辞職の意向を表明した。

翌日、辞表が市議会で受理され、藤井市長は、「藤井前市長」となった。

辞職の意向を固めたことを聞いたとき、確定を先延ばしするために異議申立をする必要はなくなったと思い、藤井氏に再度確認したところ、「やはり最後まで潔白を訴えたいので、異議申立はお願いします。」とのことだった。

これまで、身柄釈放に向けての各種の申立、公判前整理手続、一審、控訴審、上告審で提出した書面の総数は百通以上、字数にすれば数十万字にも及ぶ。それらの書面はすべて「藤井市長の無罪確定」を目指して書いてきたものだった。今回は既に勝負はついてしまっている。渾身の上告趣意書に対して「三行半の例文」で棄却の判断をした同じ裁判体が、「異議申立」によって決定を見直すことは100%あり得ない。しかも、藤井氏は市長を辞職する。戦で言えば、総大将が討ち取られ、武器・弾薬も尽きた「落ち武者」のようなものだ。藤井氏の意向はあったが、「異議申立書」を書く気力が出なかった。

そんな14日木曜日の午前、事務所にいた私に電話をかけてきたのが、棄却決定が出る前にも上告審の見通し等について再三問い合わせてきていた記者だった。

「異議申立をいつ行うんですか。」「誰が最高裁に書面を届けるんですか。」というようなことを聞いてきた。「異議申立」と言っても、何か書くか考えてすらいない。持っていくのは、それまでと同様に、事務所の事務員に行かせればよいと思っていたので、「今さら、何を言っているのだろう。」と思った。

しかし、彼は、真剣だった。

著書を読ませて頂きました。私も今回の決定は本当におかしいと思います。今後も、再審への動きも含め報じていきたいと思います。異議申立のこともしっかり報じたいのです。まず異議申立のことをニュースで報じて、最高裁に申立書を提出する映像もとらせてもらいたいのです。

 私には意外だった。最高裁の判断が出て、有罪の司法判断が確定することになっているのだから、世の中からも、マスコミからも「これで美濃加茂市長事件も終った」とされるように思っていた。しかし、無罪の可能性はゼロになっても、まだ、裁判の手続は完全には終わっていない。潔白を主張する藤井氏の最後の訴えを見守ってくれる人がいるのだ。

マラソンで、ゴールにたどり着けず、力尽きて倒れているランナーが、「ガンバレ」と旗を振って応援してくれる人の姿を見たような思いだった。私は立ち上がった。再び走り始め、ゴールまで走り抜こうと思った。

「わかった。これから頑張って申立書を書き、私が最高裁に持っていこう。」

と答えた。

その後、他のマスコミからも、次々と問合せの電話がかかってきた。

異議申立のことは、その日の昼のNHKのニュースのほか、多くのマスコミで報じられた。

翌日の金曜日から、私は異議申立書の起案に集中して取り組んだ。

異議の対象は、

弁護人郷原信郎ほかの上告趣意のうち、判例違反をいう点は、事案を異にする判例を引用するものであって、本件に適切でなく、その余は、憲法違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法405条の上告理由に当たらない。

という、事件の内容も、判断も、何も書かれていない、単なる「例文」だ。

しかし、その僅か三行半の中に、弁護人として「最後の主張」を行う手掛かりが含まれていた。

刑事訴訟法では、上告理由は、405条で、(1)「憲法違反」、(2)「判例違反」に限定されている。そして、411条で、(3)「上告理由がない場合でも、原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認めるときは、判決で原判決を破棄することができる」とされている(職権破棄)。

藤井氏の事件の上告趣意書では、「判例違反」の主張を二つと、「重大な事実誤認」の職権破棄を求める主張を行っている。弁護団の検討の結果、「判例違反」と「重大な事実誤認」で十分に破棄が期待できる事案なので、敢えて「憲法違反」の主張をする必要はないという結論になり、「憲法違反」の主張はしなかったのである。

ところが、上告棄却決定では、「憲法違反をいう点を含め」と書かれており、主張していない「憲法違反」が主張したことになっている。念のため、他の上告事件で、上告趣意で憲法違反の主張をしていないのに、「憲法違反をいう点」などと決定に記載された例があるか否かを調査してみたが、全く見当たらなかった。上告人らが違憲の主張をしていないのに「憲法違反をいう点」などと判示した本決定は、上告趣意を正しく把握し理解した上で出されたものとは考えられない。

しかも、決定では、「判例違反」の主張について「事案を異にする判例を引用するものであって、本件に適切でなく」としているが、上告趣意で主張する「判例違反」のうち、平成24年の「チョコレート缶事件判決」は、一審の無罪判決が、控訴審判決で破棄自判有罪とされた事件だ。“控訴審における事実誤認の審査の在り方”に関する実務上の指針とされている判例であり、一審無罪判決が控訴審判決で破棄自判有罪とされた本件と「事案を異にする判例」であることは全くあり得ない。

そして、上告趣意書でも特に全力を挙げて主張したのが、「控訴審判決が贈賄供述の信用性を認めたことが事実誤認だ」ということであり、それは、刑訴法405条の上告理由には当たらないが、「著しく正義に反する重大な事実誤認」なので判決に影響を及ぼす、として、刑訴法411条による「職権破棄」を求めたのである。

ところが、決定では「単なる法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法405条の上告理由に当たらない」と述べている。もちろん、職権破棄を求める主張をした場合にも、そのことに何も触れないで、このような例文で棄却されることもあるが、少なくとも重大な事件であれば、職権破棄を求める主張に対して、破棄しない場合には、「所論にかんがみ記録を精査しても、411条を適用すべきものとは認められない」などと記載される場合も多い。少なくとも、人口5万6000人の美濃加茂市の現職市長が逮捕・起訴され、被告人でありながら、今も市長職にあり、有罪が確定すれば失職するのであるから、重大な事件ではないとは決して言えない。職権調査をしたともしないとも言わず「上告理由に当たらない」はないだろう。

結局、この「三行半」の例文の棄却決定は、弁護人の上告趣意の内容に全く対応しないものだった。上告趣意が理解されて十分に検討された上での決定とは思えないのである。

ということは、上告趣意をほとんど検討もせず、最初から結論を決めてかかって、上告趣意の内容とは噛み合わない「三行半」の例文で上告棄却決定を出したとしか思えない。それが、私を「日本の刑事司法は“真っ暗闇”」と絶望させた最高裁の最終の司法判断の中身なのである。

問題は、最高裁が最初から結論を決めてかかったとすると、それはなぜか?である。

今回の事件で無罪判決が出されることを阻む何らかの「力」が働いていたのではないか、ということは、控訴審の“驚愕の逆転有罪判決”の際も言われていた。それが裁判所外からの力だとすると、日本の刑事司法は、まさに「闇」そのものだということになる。しかし、そのような「力」が仮に働いたとしても、それが明らかになることはあり得ない。そういう想定で考えることは我々法律実務家にとって意味のあることではない。

では、美濃加茂市長事件の“真っ暗闇”の結末をもたらした「力」とは一体何なのか。刑事裁判の制度や運用に関する問題は考えられないだろうか。そうだとすると、“真っ暗闇”を今後、是正していく余地もあり得るということになる。

そういう観点から改めて考えてみると、やはり、最大の問題は、贈賄供述者が、既に自らの贈賄と融資詐欺の事実を全面的に認め、早期に有罪判決が確定し、服役までしているという事実が、その賄賂を贈った先とされた藤井氏の収賄事件に与えた影響である。

弁護活動の最中には、私は、決してそのようには考えたくなかったし、それはあり得ないと考えて、これまで弁護活動に取り組んできた。しかし、今回の、上告趣意に全く対応しない「三行半の決定」を見ると、最高裁や高裁レベルでは、それが大きな影響を与えた可能性が十分にあると考えざるを得ない。

私は、異議申立書の冒頭に

僅か3行余りの決定には、弁護人らは「憲法違反」を主張していないのに、主張しているかのように判示するなど、全体として弁護人の上告趣意の内容に全く対応しないものであり、弁護人らとしては、本件について上告趣意が十分に理解され、適切に検討された上での決定であるか否かについて疑問を持たざるを得ない

と述べ、それに続いて、上告趣意での弁護人の主張と「3行余りの決定」が全く対応していないことを具体的に指摘した。

本件が単純化され、有罪方向で異論のない事件のように扱われたのだとすれば、贈賄の供述者が、自らの罪を認め、融資詐欺の事実も含め有罪判決が確定し、服役までしていることが影響している可能性がある。もし、贈賄者と収賄者とで事実認定が異なることが、司法判断の統一性を害するとの理由だとすると、贈賄者が事実を全面的に認めている刑事裁判で、贈賄について有罪の認定が行われ有罪判決が確定することは、収賄の被告人やその弁護人にとって、どうにも防ぎようがないことであり、そのような理由で、藤井氏の事件が単純化され、有罪方向で異論のない事件のように扱われたとすれば、全く不当極まりないことだと述べた。

そして、異議申立書の最後を、以下のように締めくくった。

被告人が法廷で言葉を発したのは、言い分を丁寧に聞いてくれた1審裁判所だけである。控訴審でも、上告審でも、裁判所に対して発言する機会は全く与えられることはなかった。直接聞いた1審裁判所が「信用できる」と判断してくれた被告人の公判供述を、直接聞いてもいない控訴審が、記録を読んだだけで「記憶のとおり真摯に供述しているのかという点で疑問」と断罪した。質問されれば、いくらでも説明できたことなのに、説明の機会は与えられなかった。

本件では、中林証言と被告人供述を直接聞いた1審の3人の裁判官の過半数が、中林供述には合理的な疑いがあると判断したのである。それらを直接聞いていない控訴審の3人の裁判官が、仮に、裁判記録を見る限り中林証言は信用できる、被告人供述は信用できないと判断したとしても、中林証言が信用できない、被告人の供述が信用できると判断した裁判官が少なくとも2人いるのに、公訴事実が「合理的な疑いを容れない程度」まで立証されたと言えるのだろうか。

それが、果たして刑事裁判と言えるのだろうか。

そのような不当極まりない控訴審の審理・判断を正してくれるのが最高裁判所なのではないのか。それが、三審制がとられている日本の司法の頂点にあり、「最後の砦」である最高裁の役割なのではないのか。

判例違反の主張は「事案を異にする」というが、それなら、一審で無罪の事実認定が理由もなく控訴審で覆されたような事件に対しては、何ら救済のルールはないというのか。

本件のようなことがまかり通るとすれば、刑事司法の正義など、国民は全く信じられなくなると言わざるを得ない。

本件上告裁判所を構成する5人の裁判官

山﨑敏充判事

岡部喜代子判事

木内道祥判事

戸倉三郎判事

林景一判事

に、改めて問いたい。

本件において、1審無罪判決を破棄し有罪の自判を行った原判決を是認してよいのか、このまま有罪判決を確定させることは著しく正義に反するのではないか。

この異議申立書を、昨日午後、美濃加茂から上京した藤井氏とともに、最高裁判所に提出した。申立書を携え、最高裁の建物に入る南門には、多くの報道陣のカメラが待ち構えていた。裁判所職員に案内され、刑事受付で事件の係属を確認してもらったうえで、異議申立書を提出。その後2時半から東京の司法記者クラブで、藤井氏と私とで記者会見を行い、異議申立書で訴えたことなどについて説明した。

藤井氏は、「潔白の訴えは、今後も決して諦めません。」と述べ、異議申立てが棄却されて有罪が確定した場合には、贈賄供述者に対して虚偽供述の不法行為の責任を問う民事訴訟を提起する方針を明らかにした。

我々の闘いは、まだ終わらない。

(なお、私の法律事務所のHPに【異議申立書全文】を掲載している)

 

 

 

 

 

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【藤井浩人美濃加茂市長 冤罪】 日本の刑事司法は‟真っ暗闇”だった! 

12月11日、名古屋高裁の逆転有罪判決に対して上告中だった美濃加茂市長事件について、最高裁の上告棄却決定が出された。

主任弁護人の私の下に届いた上告棄却決定の理由は、

弁護人郷原信郎ほかの上告趣意のうち、判例違反をいう点は、事案を異にする判例を引用するものであって、本件に適切でなく、その余は、憲法違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法405条の上告理由に当たらない。

という、いわゆる「三行半の例文」だった。

本日、藤井市長は、記者会見を開き、上告棄却決定が確定することで失職することになることを受け、辞職する意向を表明した。

名古屋地裁の一審判決は、多くの証人を直接取調べ、被告人質問で藤井市長の話も直接聞き、丁寧な審理を行った心証に基づき、無罪を言い渡した。ところが、控訴審では、贈賄供述者の取調べ警察官の証人尋問以外に新たな証拠もなく、毎回欠かさず控訴審の公判に出廷していた藤井市長には発言の機会すら与えることなく、一審判決を破棄して、驚愕の“逆転有罪判決”を言い渡した。このような不当極まりない控訴審判決を、最高裁がそのまま是認し、有罪が確定することなどあり得ないと信じていた。

一審では、現金を受け取った事実は全くないことを、3人の裁判官の面前で訴え、無罪とされた藤井市長は、控訴審でも、上告審でも、一言も言葉を発する機会を与えられないまま、有罪判決が確定するというのである。それが、果たして、“刑事裁判”などと言えるのであろうか。

先週金曜日には、捜査段階から上告趣意書提出までの経過を詳細に記した拙著青年市長は“司法の闇”と闘った  美濃加茂市長事件における驚愕の展開がKADOKAWAから発売された。

この本を読んでもらえれば、藤井市長が潔白であること、警察の捜査、検察の起訴・公判立証と、有罪を言い渡した控訴審の判断が不当極まりないものであることが、世の中に広く理解されるものと確信していた。驚愕の上告棄却決定は、その発売日の先週金曜日から週末を挟んだ翌月曜日だった。そのタイミングは、単なる偶然とは思えない。

同書でも、私は書いている。

万が一、上告が棄却されて有罪が確定したとしても、藤井市長の「潔白」という真実は、それによって否定されるものではない。その場合、私は、「冤罪」を広く世の中に訴え、司法の場でも、再審で有罪判決を覆すことに全力を挙げていくであろう。

最高裁の上告棄却が現実となった今も、その思いに全く変わりはない。

藤井市長は、今回の司法判断にもめげることなく、自らの潔白を市民に訴え続けるとともに、今後も美濃加茂市政の推進に情熱を燃やし続けるであろう。そういう彼を私は、今後も、引き続き全力でサポートしていきたい。

青年市長は、警察・検察、そして、控訴審裁判所という「司法の闇」と闘い続けてきた。

その先にある、最高裁を頂点とする日本の刑事司法自体が、実は「真っ暗闇」だということが、今回の上告棄却決定で明らかになったのである。

 

 

 

 

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