「日産・ゴーン氏事件」で問われる“日本人の品格”

日産の代表取締役会長だったカルロス・ゴーン氏が、東京地検特捜部に突然逮捕され、3日後に開かれた臨時取締役会で解職された「日産・ゴーン事件」、起訴事実が、「退任後に別の契約で報酬を受領する合意」を有価証券報告書に記載しなかったという、犯罪に当たるかすら疑問な「罪状」にとどまることがほぼ確実となり、ゴーン氏を解職する「クーデター」を仕掛けた西川廣人社長ら日産経営陣の方が窮地に追い込まれつつある。

一方で、大阪地検特捜部の証拠改ざん問題など、一連の不祥事で、検察改革を迫られ、「引き返す勇気を持つこと」を強調した検察だったが、今回の事件での「大暴走」で「引き返す気」など微塵もないことを露呈した。検察独自の判断でゴーン氏を逮捕・起訴した以上、今後も、なりふり構わず、いかなる手段を使ってでも、有罪判決を得ようと「驀進(ばくしん)」を続けるであろう。

この事件については、逮捕直後に出した【役員報酬の隠蔽は、ゴーン氏主導か、会社主導か】以降、その時々の情報の制約の中で、私なりの分析・検討をしてきた。起訴事実が概ね明らかになったことを受け、12月14日には、【ゴーン氏事件、日産の「大誤算」と検察の「大暴走」の“根本的原因”】と題して、西川社長ら日産経営陣の「大誤算」の原因についても分析したことで、今回の「日産・ゴーン氏事件」の内容についての論評は、概ね書き尽くした感がある。

そうした中で、避けて通ることができないのは、今回の事件を、「日本社会」として、そして、「日本人」として問い直してみることである。

90年代末、日産は、それまでの「ぬるま湯」的な企業体質の結果、経営危機に陥り、倒産寸前の状況まで追い込まれた。メインバンクも救済を拒否、経産省からも見放され、世界の主要な自動車メーカーとの提携・統合を模索するも、手を挙げる企業はなく、万策尽きた状況の中、日産に救いの手を差し伸べたのがルノーであった。ルノーが、大株主のフランス政府からの資金も含めて8000憶円を出資し、日産は倒産を免れた。そして、ルノーから日産の経営者として送り込まれたゴーン氏が、大胆な経営改革でV字回復を遂げ、それ以降、概ね順調に、日産の業績は拡大し、直近の年度では、最終利益7500億円を計上するに至っている。

こうした中で、今回の「クーデター」が起き、ゴーン氏を代表取締役会長の座から引きずり下ろした西川社長は、ゴーン氏について、逮捕直後の会見で、「初期、非常に大きな改革を行った実績は紛れもない事実だと思う。その後については功罪両方ある」などと述べたのである。

あたかも日産という会社が、ルノーから融資を受け、それと同時に、ゴーン氏を経営者として雇って経営を委ねたというのであれば、まだわかる。しかし、そうではない。ルノーは、自らリスクを負って、倒産寸前の日産に巨額の「出資」をし、43%超の株式を取得し、親会社としてゴーン氏を経営者に送り込んだのである。日産社内には「ルノーからの8000億円は、もう返した」という声があるようだが、それは「融資」の場合の話であろう。出資者に対して言うことではない。

こういう日産側の行いは、日本社会では「恩知らず」と言って軽蔑されてきたのではなかろうか。

もう一つ、今回の事件をめぐっては、ゴーン氏の「高額報酬」批判に結び付けようとする論調が目立った。高額報酬を得ていた「強欲・ゴーン」から日産の経営者の地位を奪うことは無条件に正しいことであり、そのためには、検察の権力を使うことも是認されるという考え方だ。

私は、ゴーン氏を擁護しているわけではないし、「高額報酬」を評価する立場にもない。私が論じてきたのは、ゴーン氏について犯罪が成立するのか、それが、ゴーン氏のような立場の人を突然逮捕することを正当化できる悪質・重大なものと言えるのか、ということと、それをめぐる日産現経営陣の行動の正当性の問題であり、ゴーン氏が日産から得ていた高額報酬の是非とは全く別の問題だ。

ところが、ゴーン氏を逮捕した検察やそれを画策した日産経営陣を批判している私を、「ゴーン氏の高額報酬を擁護している」かのように批判する人がいる。ゴーン氏の報酬が、一般的な日本の大企業の経営者の報酬と比較して高額であったことが今回の事件に関連づけられ、それが問題の根本であるかのように考えられている。

今回の事件を、そのようにとらえて良いのか。それは、我々「日本人の品格」にも関わる問題だ。

 

「経営者の報酬」をどう考えるか

【役員報酬の隠蔽は、ゴーン氏主導か、会社主導か】でも述べたように、経営トップの報酬の問題は、「会社は誰のものか」についての考え方に大きく左右される。

「会社は株主のもの」であるとすれば、その利益に貢献した経営者には、それに見合う報酬が支払われるのが当然だということになる。一方、「会社は社員のもの」ととらえるとすれば、会社の利益は社員が働いて生み出したものなのだから、社員を代表する経営者の報酬も、社員と比較して相応の金額に抑えられるべきということになる。

そのような考え方の違いは、会社における経営者の役割の違いとも関係している。前者であれば、株主の負託を受けた経営者は、強大な権限を持ち、経営上の意思決定は、基本的にトップダウンで行われる。そして、それによる成果としての企業の利益も、経営者の判断によるところが大きいということになる。一方、後者の考え方の企業では、会社の意思決定は、基本的にボトムアップで行われ、経営者は、担当部門の意見の最終調整の役割を果たすに過ぎず、経営者の決断によって新たな意思決定が生じる部分は少ない。そのような役割であれば、経営者の報酬も、社員より相対的に多い程度に留めるのが自然だ。

つまり、経営者の報酬は、「株主中心の考え方」では、株主の利益への貢献に応じて与えられるものであるが、「社員中心の考え方」では、社員全体の働きと努力の総体によって生み出された会社の利益を、社員とともに配分するということになる。

戦後の日本では、「社員中心の考え方」が中心で、「日本的経営」「日本的雇用慣行」の背景ともなってきた。しかし、バブル経済崩壊後、欧米的な「株主中心的な考え方」が強まっており、企業経営の在り方や雇用慣行も大きく変わりつつある。

私自身は、「会社は株主のもの」という考え方を徹底する、いわゆるグローバリズムの信奉者ではない。「会社は社員やその家族のためのもの」という考え方は、日本企業の経営の中で、一概に否定されるべきものではないと考えている。

しかし、現実の問題として、経営者の報酬の問題の背景には、上記のような「会社は誰のものか」についての考え方の違いが根本的な問題として存在する。当該企業の中で、実際に、経営者の役割がどのように位置づけられ、どのようにして収益が生み出されているのか、ということを踏まえた上でなければ、その企業の経営者の報酬が相当かどうかを評価することはできないのである。

 

「経営者の高額報酬」は「悪」か

もう一つ重要なことは、経営者が高額報酬を受けること自体を、社会としてどう評価すべきかは、決して単純には言えない問題だということだ。

社員の多くが、劣悪な労働条件の下、低賃金で酷使される一方、経営者が法外な高額報酬を得ているという「19世紀的状況」が社会として是認できないのは当然だ。しかし、現在の社会においては、労働者も含め、国民全体に最低限の生活が保障されるのは、国の社会政策の問題であり、また、企業の中で、いかなる条件でいかなる労働が行われ、どのように給与が支払われるべきかは、国の労働法制を前提に、企業の雇用政策や労使関係の中で、その社員の就業条件として決定されるべきものである。そういう面での社員の労働と会社への貢献に応じた給与・報酬の支払が行われた後に、なお会社に残る利益のうち、どれだけを経営者に帰属させるか、というのが経営者の報酬の問題だ。

日産の場合、その会社に残る利益が数千億であり、その中から、経営者のゴーン氏に支払われていた報酬は、以前は毎年20億円であり、今回の問題は、退任後に支払われる予定であった各期約10億円という金額の開示の問題だ。

仮に社員が10万人だとして、10億円を平等に配分するとすれば一人年間1万円となる。それは、パチンコや飲み代ですぐになくなる金額でもある。一方、その10億円が経営者一人に支払われた場合、贅沢な暮らしのために湯水のようにカネを使う人もいるだろうが、それを社会貢献の原資にしようとする人もいるだろう。石油事業での巨万の富で設立されたロックフェラー財団や、最近では、世界中で貧困や飢餓にさらされた子供達を救う慈善活動を行う財団に巨額の資金を投じているマイクロソフト社の創業者のビルゲイツ氏などがその典型であろう。多くの国で、文化的遺産の多くが、事業で巨万の富を築いた事業家によって築かれてきたことも事実だ。

会社が事業で得た利益の中から、経営者に高額報酬を支払うことと、社員に賞与等で広く配分することのどちらを選択するかは、会社における経営者の役割と実際の貢献の評価に基づいて会社内部で適正な手続で判断されればよく、それに尽きるのであり、「どちらが正しい」という話ではない。ましてや、高額報酬自体が「悪」として非難されるべきことではない。

 

日本社会における「闇討ち」「奇襲攻撃」の評価

今回の事件では、高額報酬への「羨望」「不公平感」という庶民的感情を巧みに操って、「ゴーン批判」が増幅されたことで、西川氏ら日産経営陣が、検察の権限を恃んでゴーン氏を日産の代表取締役会長の座から引きずり下ろした「クーデター」が正当化され、それに呼応するように、マスコミと日本社会を挙げての「ゴーン叩き」が行われた。

そこには、日本社会の一つの「負の側面」があるように思われる。

今回ゴーン氏の逮捕・起訴の容疑とされたのは、2010年3月期に役員の高額報酬の個別開示制度が導入されて以降、実際の支払額が約10億円に低減され、約10億円を退任後に別の名目で支払うことの合意(計画)についての有価証券報告書での「開示」の問題である。

それが問題だというのであれば、退任後の支払の計画について、文書に署名までして認識していた西川氏が、「このような形で退任後に報酬を受け取るべきではない」と堂々とゴーン氏に意見を言い、取締役会で議論した上、自らの権限で開示すれば良かった。

ところが、西川氏らは、ゴーン氏についての社内調査を密かに行って、その情報を検察に持ち込み、ゴーン氏の「突然の逮捕」に至らせ、説明も反論もできない状況に追い込んだまま、直後の記者会見で「残念という言葉をはるかに超えて、強い憤り、落胆を覚える」などとゴーン氏を一方的に断罪した(この会見で、西川氏が、逮捕容疑の報酬額の虚偽記載のほかに、検察に情報を提供したと述べた「私的な目的での投資資金の支出」、「私的な目的の経費の支出」も、ゴーン氏側の弁解・説明を聞くこともなく「不正」と断定したものであり、検察が特別背任罪等で立件しないのであれば、「ゴーン氏の悪事」と決めつけることはできない)。

このようなやり方は、古くは日本社会でも、「闇討ち」「寝首を掻く」などという言葉で表現され、「卑怯な計略」とされてきた。しかし、武力で劣る側が、圧倒的に優位な敵を倒す方法として「奇襲戦法」が肯定されることもあり(織田信長の「桶狭間の戦い」など)、太平洋戦争の開戦の際に、大戦果を挙げて賞賛された「真珠湾攻撃」もまさに「奇襲攻撃」であった。

しかし、宣戦布告もしないままの「奇襲」は、卑怯なやり方として、相手方から大きな反発を受ける。実際に、真珠湾攻撃の「奇襲」が米国民の激しい怒りを買い、在米日本人に対する不当な扱いや、その後の戦争での日本への民間人をも対象とする攻撃の理由とされたことも事実だ。

 

「高額報酬=強欲」批判に表れた「日本社会の卑しさ」

今回、ゴーン氏に重用されて社長の地位につき、自らも直近の期では5億円近くもの高額報酬を得ていた日産社長の西川氏が、ゴーン氏に対して行ったのが、まさに「闇討ち」であった。しかし、それは「検察の正義」という“錦の御旗”に支えられて正当化され、マスコミは、「ゴーン氏高額報酬=強欲」と決めつけ、検察・日産側のリークによる「ゴーン叩き」報道に埋め尽くされた。20年前、ルノーが巨額の出資をして倒産の危機に瀕した日産を救い、ゴーン氏が大胆な経営改革で同社を再生させたことは「過去のこと」とされ、「強欲な外国人経営者が日本人社員・取引先から不当に収奪している」との見方ばかりが強調される。かつては「名経営者ゴーン」にすり寄り、取材していたはずのジャーナリストが、「ケチ」「せこい」などとこき下す。そこには、強者や富める者が一度その地位から転落すると、社会全体で、水に落ちた犬に石を投げるという、これまでも繰り返されてきた日本社会の「卑しさ」の一面が現れたように思える。

 

日産・ゴーン氏事件で問われる「日本人の品格」

2011年の東日本大震災における被災者たちの行動は、世界中から称賛と感動の嵐を巻き起こした。多くの国で、自然災害の後には暴動や略奪が大量発生し、社会が無秩序化するのに、日本では、そういった犯罪が全く起きなかったからだ。むしろ、日本人は平時以上に冷静に行動し、「助け合いの精神」を発揮した。

東日本大震災で全世界から賞賛され尊敬された「秩序正しく寛容な日本社会」と、今回の情緒的な「ゴーン叩き」「高額報酬=強欲」批判に見る「排外的で無慈悲な日本社会」との間には、大きな落差がある。

入管法改正による外国人労働者受け入れ拡大、2020年東京オリンピック・パラリンピック、2025年大阪万博等のイベントなどもあり、今後、我々日本人と外国人との接点が急激に増えていくことは必至だ。

今回の「日産・ゴーン氏事件」を、犯罪の成否、法的責任などとは別に、「恩知らず」、「闇討ち」、「卑しさ」という面から、「日本人の品格」が問われる問題として考えてみる必要がある。

 

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ゴーン氏事件、日産の「大誤算」と検察の「大暴走」の“根本的原因”

12月13日の朝日新聞社会面トップ記事の見出し【検察と二人三脚、日産の誤算 事件本筋、背任より報酬隠し】が目を引いた。

11月19日夕刻、日産のカルロス・ゴーン会長を乗せて羽田空港に到着した専用機に、東京地検特捜部の係官が乗り込んでいく現場を撮影し、いち早く、「ゴーン会長逮捕へ」とスクープし、その映像を他のメディアにも提供するなど、まさに、検察の「従軍記者」として大活躍してきた朝日新聞が、ゴーン氏がその逮捕事実で起訴された数日後に、「検察と二人三脚、日産の誤算」などという記事を書くことになるとは、朝日新聞には想像すらできなかったであろう。

「ルノー、ゴーン氏を解任せず」で日産経営陣はさらなる窮地に

同記事では、検察の捜査権限を恃んでゴーン氏を狙う「クーデター」を仕掛けた日産経営陣の「誤算」について、以下のように述べている。

西川広人社長は、ゴーン前会長らが起訴された10日夜、「会社の投資資金や経費の不正使用を含め、重大な不正を取り除く」と強調した。発言から透けたのは、逮捕容疑以外の「私物化」にあまり脚光が当たらない現状への不満だった。

西川社長が、恐れていたのは、ゴーン氏の起訴が逮捕容疑の「退任後の報酬の不記載」にとどまることで、ゴーン氏の「私物化」を世の中に認識させることができず、ゴーン氏を代表取締役会長から引きずり下ろしたことの正当性が問われることであろう。

その懸念は、同日のフランスでのルノーの取締役会で、「不正が確認できない」との理由で、ゴーン氏の代表取締役会長解任が見送られた、と報じられたことで現実化し、日産経営陣はさらなる窮地に追い込まれることになった。

西川氏らは、「検察の捜査権限」という武器を使って、ゴーン氏を日産の代表取締役会長の座から引きずり下ろし、それに伴って日産の子会社の三菱自動車の代表取締役会長の座を奪うことまではできた。しかし、その捜査の根拠とされた「犯罪事実」が、「退任後の報酬の不記載」という「あまりに薄弱な容疑」でしかなかったため、ゴーン氏を、親会社のルノーの代表取締役会長の座から追うことすらできなかった。その事実だけで、検察捜査が終結してしまった場合、西川氏ら日産経営陣には、ゴーン氏が日産の約44%の株式を持つルノーの会長にとどまり、逆襲してくるという「地獄絵図」が待ち受けることになる。

「有報虚偽記載は重大犯罪」という「過信」で、検察は「孤立化」

一方の検察の側の状況について、上記の朝日記事では、

 まだ受け取っていない報酬を対象とした捜査に、「形式犯」「有罪は得られないのでは」という指摘は強まるばかり。元検事らは連日、「会社法違反(特別背任)罪こそが実質犯だ」と批判する。

それでも、証拠を握る検察幹部らの自信は揺るがない。「考え方が古い。役員報酬はガバナンス(企業統治)の核心。潮流に乗った新しい類型の犯罪だ」「背任ができなかったから有報の虚偽記載に逃げたわけではない。目の前にエベレスト(有報の虚偽記載)があるのに富士山(背任)に登るのか?という話だ」

と書かれている。

検察幹部がいくら、自信をもって「有報の虚偽記載は重大だ」と強調しても、相手にされなくなりつつある。朝日と同様に「ゴーン叩き」を続けてきた日経新聞ですら、町田祥弘青山学院大学大学院教授の「投資家の判断に大きな影響を与える重要事項とは言えず、虚偽記載といえる水準にない」との見解を紹介するなど(12月12日日経朝刊)、「退任後の別の契約による支払の合意」では虚偽記載罪に当たるのか否かも疑問という認識が、マスコミにも世の中にも確実に広がりつつある。

経済社会や証券市場の実情に疎い検察幹部が、「有報虚偽記載は重大な犯罪だ」と壊れたオルゴールのように叫び続けても、世の中からは相手にされず、「検察の孤立化」の様相が深まっている。

日産と検察にとって、これ程までの「大誤算」が生じてしまったのは、なぜだろうか。

「日産経営陣の誤算」の原因

日産にとっては、社内調査結果を検察に持ち込み、検察が強制捜査に着手するという「見通し」を持った段階で、逮捕起訴容疑が「有報虚偽記載」だけにとどまり、「特別背任」などは立件されない、という事態は、全く予想していなかったであろう。逮捕直後の記者会見で、西川氏が、「内部通報に基づき数か月にわたって社内調査を行い、(1)逮捕容疑である報酬額の虚偽記載のほか、(2)私的な目的での投資資金の支出、(3)私的な目的の経費の支出が確認されたので、検察に情報を提供し、全面協力した」と述べたのは、(1)がその時点での逮捕容疑だが、いずれ(2)、(3)も刑事事件として立件されてゴーン氏が処罰されることを確信していたからだと考えられる。おそらく、それは、検察との「司法取引」を仲介した弁護士の見解に基づくものであろう。

しかし、その見通しは全く間違っていた。私は、ゴーン氏逮捕の2日後に出した【日産幹部と検察との司法取引に“重大な欺瞞”の可能性 ~有報提出に関与した取締役はゴーン氏解任決議に加われるか】で、特別背任罪の立件の見通しについて、

自宅に使う目的で投資資金で不動産を購入する行為は、「自己の利益を図る目的」で行われたとは言えるだろうが、「損害の発生」の事実があるのか。不動産は会社の所有になっているのだから、その価格が上昇するか、購入時の価格を維持していれば「財産上の損害」はない。海外の不動産の時価評価なども必要となる。特別背任罪の立件は決して容易ではない。

と否定的に述べ、また、【役員報酬「隠蔽」は退任後の「支払の約束」に過ぎなかった~ゴーン氏逮捕事実の“唖然”】では、そのような私的流用を役員報酬としてとらえることについても

投資資金として不動産を購入してゴーン氏の自宅として使用した事実があったとしても、購入した不動産が会社所有であれば、購入資金自体は役員報酬にはならない。家賃相当分を役員報酬にすると言っても、使用の実態を明らかにしなければ金額が算定できないわけだが、海外の不動産についてそれができるのだろうか。レバノン、ブラジル等に捜査共助を求める必要があるが、それが容易にできるとは思えない。結局、「実質的に役員報酬」とすべき金額があったとしても僅かであろう。

と述べるなど、西川社長が会見で述べた(2)、(3)が刑事立件される可能性は低いと指摘してきた。

「司法取引仲介弁護士」の見通しの誤りか?

検察側も「司法取引」の合意の時点で、同様の見通しを持っていたはずだが、「特別背任等の実質犯での立件ができなくても、有報虚偽記載罪だけでもゴーン会長逮捕の正当性は理解される」と判断していたのであろう。

しかし、そのような「検察側の見通し」は、日産側に伝えられることはない。検察の捜査や刑事立件の見通しは、「司法取引」の相手方には明かすべきではない、というのが検察の基本的な考え方だ。検察の「刑事立件の見通し」が日産側に伝えられないのであれば、司法取引を仲介した弁護士(おそらく「ヤメ検弁護士」)が、検察実務の観点から、その見通しを自ら正確に予測して、日産側に伝えなければならなかった。

しかし、その仲介弁護士の見通しが誤っていたため、結局、「司法取引」の段階では、日産は「特別背任等の実質犯の立件を予想」、一方で、検察は、「有報虚偽記載で十分と考え特別背任の立件は予定しない」、という「同床異夢」の状況で、「クーデター」に至ったということではなかろうか。

そうだとすると、日産側の致命的な「誤算」は、「司法取引を仲介した弁護士」の判断の誤りによるものということになる。

「日本版司法取引」の構造的な問題

このようなことが起きるのは、米国では一般的な「自己負罪型」を導入せず、「他人負罪型」のみ導入した「日本版司法取引」の構造的な問題だと言える。

アメリカの「自己負罪型」であれば、司法取引が成立すれば、有罪答弁によって、裁判も経ることなく事件は決着するので、それはただちに表に出ることになる。しかし「他人負罪型」は、その「他人」の刑事事件の捜査を経たのちに、検察の判断としてどのような刑事処分が行われるのかが明らかになる。それまでは、司法取引で捜査に協力した側は、「司法取引仲介弁護士」の見解・見通しによって、検察の刑事処分を予想するしか方法がないのである。その見通しが誤っていた場合、今回の日産経営陣のような悲惨な結果になる。

結局、「他人負罪型司法取引」では、司法取引を利用しようとする企業等が、「他人」の犯罪の行方に重大な利害関係を持つ場合、「他人」についての検察の捜査・処分の予測を、介在する弁護士の見解・見通しに依存せざるを得ないことが、最大のリスクになる。

それが、今回の日産の事件の最大の教訓と言うべきであろう。

「検察の誤算」の原因

検察の誤算は、「退任後の報酬の不記載」の事実についての、有価証券報告書虚偽記載罪の成否という法的判断の問題だけではない。そのような事実が、日産、ルノー、三菱自動車という国際的企業3社の会長を務めるゴーン氏を突然逮捕することを正当化する根拠になり得るか、という社会的、経済的評価が全くできていなかったことにある。

その根本的な原因は、検察という組織が、社会に対して説明責任も情報開示責任も負わず、組織内だけですべての判断ができるという意味で、「組織内で正義が自己完結する」閉鎖的かつ独善的な組織であることだ(【検察の正義】ちくま新書)。殺人、強盗、覚せい剤のような「個人的な事象」としての犯罪についての判断では大きな問題は生じない。しかし、経済事犯や政治関連事犯のように、捜査・処分の内容が、社会・経済に重大な影響を与える犯罪については、閉鎖的かつ独善的な検察が判断を誤ると、重大な危険を生じさせる。(【検察が危ない】ベスト新書、【組織の思考が止まるとき】毎日新聞社 等)

そして、唯一、社会との接点になるべき司法マスコミは、検察から捜査情報のリークを受け、その情報で「有罪視報道」をして捜査を応援するという「利益共同体」的な関係にあるため、検察の「独善」に疑問を投げかけたり、批判する機能をほとんど果たして来なかった。それどころか、検察幹部の「ご機嫌伺い」に腐心する司法記者達の態度が、検察幹部の「独善」を一層助長し、検察の暴走にもつながってきた。(その危険をフィクションとして描いたのがペンネーム「由良秀之」で書いた推理小説【司法記者】講談社文庫)

ゴーン氏の事件でも、早くから検察の捜査方針を知り得る立場だったはずの朝日新聞が、「退任後の報酬の不記載」が逮捕容疑であることをどの時点で知り、どう評価したのであろうか。少なくとも、その程度の事実でゴーン氏を突然逮捕し、日産の社内抗争の一方に加担するという「検察の暴走」を止める役割を全く果たさなかったことは間違いない。

検察組織の特異性に由来する構造的な問題と司法マスコミとの癒着関係が、検察の誤った判断につながり、日本の国と社会に対する国際的な信頼にも重大な影響を生じさせたのが、今回の事件なのである。

 

 

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ゴーン氏「虚偽記載罪で起訴・再逮捕」、“検察バイアス報道”で生じる誤解

東京地検特捜部が、日本の社会のみならず、国際社会に衝撃を与えた「日産カルロス・ゴーン会長逮捕」、その事件が、12月10日の勾留延長満期で、一つの節目を迎えた。

有価証券報告書に記載されなかった役員報酬というのが「退任後の報酬の支払の約束」に過ぎないことが報じられ、その程度の事実で逮捕を行ったことに衝撃を受けたが(【役員報酬「隠蔽」は退任後の「支払の約束」に過ぎなかった~ゴーン氏逮捕事実の“唖然”】)、起訴事実も、報道されていた事実と全く変わらなかった。そして、再逮捕事実も、報じられていたとおり、当初の逮捕容疑と同じ有価証券報告書の虚偽記載罪の「直近3年分」だった。

検察は、起訴直後の東京地検次席検事の記者会見でも、起訴事実、再逮捕事実について、「捜査の内容に関わるので答えを差し控える」として説明せず、一つの犯罪による「逮捕・勾留」を繰り返す違法な身柄拘束ではないかとの批判にも全く耳を貸さなかった。

一方で、メディアには詳細に「非公式説明」しているようで、報道によって、検察の主張や証拠関係が概ね明らかになっており、それにより、起訴事実、逮捕事実が虚偽記載罪に当たらないとの確信は一層深まった。

しかし、報道には、捜査・処分を正当化しようとする検察からリークを受けてバイアスがかかっているのか、問題点の整理が適切に行われているとは言えず、条文に書かれた「犯罪行為」すら正しく伝えられてない。

報道が、世の中に、ゴーン事件についての誤解を生んでいる。

 

有価証券報告書虚偽記載罪は「虚偽の記載」ではなく、その「提出」が犯罪行為

ゴーン氏らの起訴・再逮捕について、NHKは、次のように報じている。

日産自動車のカルロス・ゴーン前会長について、東京地検特捜部は有価証券報告書にみずからの報酬を少なく記載していたとして、金融商品取引法違反の罪で起訴し、法人としての日産も合わせて起訴しました。また、特捜部は昨年度までの直近の3年間でも、42億円余りの報酬を少なく記載していた疑いで、ゴーン前会長を再逮捕しました。

他のメディアの報道も、概ね同様である。

しかし、ここには、重大な誤謬がある。

有価証券報告書虚偽記載罪を規定する金融商品取引法197条1項1号は、「有価証券報告書若しくはその訂正報告書であつて、重要な事項につき虚偽の記載のあるものを提出した者」を罰するとしている。

つまり、「虚偽記載罪」と称されているが、犯罪行為は「虚偽の記載をすること」ではなく、「虚偽の記載のある報告書を提出すること」なのである。犯罪の主体は、「報告書を提出する義務を負う者」であり、日産の場合は代表取締役CEOである。

当初の検察当局の発表では、逮捕容疑は、「有価証券報告書に虚偽の記載をして提出した」と概ね正しく説明されていた。ところが、その後の報道では、逮捕容疑が、「報酬を少なく記載していた」という書き方になり、上記のNHKの記事は、起訴事実についても再逮捕容疑についても、「少なく記載していた」としており、「虚偽の記載」をすることが犯罪であるかのように表現している。

当初の逮捕容疑の2015年3月期までの5年間は、ゴーン氏がCEOだったので、ゴーン氏自身が提出義務を負うため、「虚偽記載」であっても「提出」であっても、大きな違いはない。しかし、直近2年分については西川氏がCEOなのであるから、虚偽の有価証券報告書の「提出」について、まず責任を問われるのは西川氏だ。

上記のNHKの記事では、

退任後の報酬に関する別の文書には西川廣人社長のサインもあったということで、特捜部は長年にわたる巨額のうその記載を許した責任は重いと判断し、法人としての日産も起訴しました。

としている。しかし、西川氏は、「うその記載を許した」だけでなく、ゴーン氏の「退任後の報酬」について西川社長が認識していたとすれば、「うその記載のある報告書を提出した」疑いがあるのであり、少なくとも、直近2年分については、「法人としての日産の起訴」だけにはとどまらない。西川氏自身の刑事責任の問題を避けて通ることはできないのである。

 

「退任後の報酬の支払の確定」をめぐる“混同”

もう一つの問題は、「退任後の報酬の支払」について、(a)「支払の金額」、(b)「支払の確実性」、(c)それが「役員報酬」であること、という3つの問題とが混同されていることである。

多くの記事で、

特捜部は、ゴーン容疑者が退任後に受け取ることにした報酬に関する覚書など複数の文書を退任後の報酬が確定していたことを示す証拠とみている。これに対して、ゴーン氏らは、「退任後の報酬は正式には決まっていなかった」などと供述し、いずれも容疑を否認している

などと、検察側の主張とゴーン氏側の主張を紹介していたが、今回の起訴の段階で、この点について、さらに詳しく報じている。

検察から最も正確な情報を得ていると思われる朝日(12月11日)の記事では以下のように書かれている。

特捜部は、不正の実行役とみる秘書室幹部らと司法取引し、刑事責任を減免する見返りに複数の文書を入手した。

中でも重視するのは、年間報酬の総額(約20億円)と、その年に受け取った額(約10億円)、差額(約10億円)の3項目が具体的に記載された合意文書(「書類1」)だ。一部のものにはゴーン前会長と秘書室幹部の署名があるとされる。秘書室幹部は、退任後の報酬支払いを確約する文書だと説明し、「ケリー前代表取締役にも報告した」と供述しているという。

また特捜部は、「報酬隠し」を補強する証拠として、退任後の支払い方法が書かれたという書面(「書類2」)にも注目する。コンサルタント契約や競合他社に再就職しない契約など、複数の別の名目が記されており、報酬の一部だと分からないようにする隠蔽工作とみている。

この書面には、ケリー前代表取締役と共に、西川(さいかわ)広人社長兼CEO(最高経営責任者)の署名があった。特捜部は西川社長について、前段の「報酬隠し」の認識が不十分だったとして刑事責任の追及には慎重な姿勢だが、不正を知り得る機会があったと経営責任を問われる可能性はある。

「支払の金額」について、ある年度の役員報酬として予定していた金額のうち、その年度には役員報酬として一部しか支払わらわず、退任後に別の名目で支払われることを予定していた場合、退任後の支払予定額をどのような金額に設定するかという問題(a)と、それがどのような条件で支払われるのか、確実に支払われるのかという問題(b)とは別の問題だ。それを、その年度に役員報酬としての支払を予定していた額と、実際に支払った額との差額にするというのは、一つの支払予定額の設定の方法だが、金額をそのように設定することは、退任後の支払が確定的であることには直接結びつかない。

朝日記事の書類1で、退任後の支払予定額が「年間報酬の総額と、その年に受け取った額の差額」とされているが、それは、支払の確実性に直接結びつくものではない。また、同記事で、「秘書室幹部は、退任後の報酬支払いを確約する文書だと説明した」とされているが、秘書室幹部には、退任後の報酬を確約する権限はないし、ゴーン氏にも、その年度で支払う報酬額を確定させる権限はあっても、自分が退任した後の報酬支払を確定させる権限はない。

そして、さらに問題なのは、契約の効力としての(b)の「支払の確実性」の問題と、それが「役員報酬」の支払と言えるのかという問題(c)とが混同されていることだ。

 

「退任後の支払い方法が書かれた書面」の法的有効性

朝日記事によれば、退任後の支払い方法が書かれたという書面(書類2)に、コンサルタント契約や競合他社に再就職しない契約など、複数の別の名目が記されているとのことだが、問題は、書類2の内容となっている「コンサルタント契約や競合他社に再就職しない契約」の有効性だ。

その書類には西川社長も署名しているのであるから、法的に有効なのではなかろうか。そうだとすれば、(b)について、「退任後の支払はほぼ確実」と言えるが、それによって支払われるべき報酬は、「コンサルタント契約や競合他社に再就職しない契約」の対価であって、「役員としての業務の対価としての役員報酬」ではない。したがって、その金額を有価証券報告書に「役員報酬」として記載する義務はなく、虚偽記載罪は成立しない。

朝日記事からすると、検察は、この書類2が「報酬隠し」を補強する証拠であり、「報酬の一部だと分からないようにする隠蔽工作」と見ているとのことだが、だとすると、この書類2は、偽装工作のためのものであって、法的に無効ということになる。しかし、書類2が法的に無効なものであれば、(b)の支払の確実性が否定されることになる。

つまり、書類2が有効なものであれば、「退任後の支払」は相当程度確実なもので、それによって(b)の「支払の確定」が肯定される余地はあるが、それは、そのコンサル契約や競業避止契約の対価の支払であって役員報酬ではないので、(c)の「役員報酬」が否定される。また、書類2が「偽装工作」のための名目だけのもので法的に無効なものであれば、 (b) の「支払の確定」が否定される。

いずれにしても、ゴーン氏の「退任後の報酬」について有価証券報告書への記載義務が生じる余地はなく、虚偽記載罪は成立しないのである。

 

「隠蔽工作」に加担した西川氏の刑事責任

しかも、もし、西川氏が、書類2が「隠蔽工作」のための書類で、それに社長の西川氏が署名をしたということになると、同氏は「役員報酬先送り」のための「偽装工作」に加担したことになる。

朝日記事は、

特捜部は西川社長について、前段の「報酬隠し」の認識が不十分だったとして刑事責任の追及には慎重な姿勢だ

と述べているが、契約が名目だけのものだったと認識していたのであれば、「報酬隠しの認識が不十分」とは言えないことは明らかだ。

直近2年分については、有価証券報告書の作成・提出義務者である西川氏が、第一次的な刑事責任を負うことは、前の記事で既に述べたとおりだが(【ゴーン氏「直近3年分」再逮捕で検察は西川社長を逮捕するのか】)、「役員報酬先送り」のための「偽装工作」に加担したということになると、それ以前の期の退任後の報酬支払についてもゴーン氏の共犯として刑事責任を負う可能性が出てくる。

 

西川氏のクーデターの動機に関する新事実

この点に関して、注目すべきは、西川氏が、12月9日の米紙ウォール・ストリート・ジャーナルが報じた事実である(【(時事)日産・西川社長の交代を計画=ゴーン容疑者、業績不振で叱責も―米紙報道】)。

ゴーン容疑者は何カ月にもわたり日産の経営陣の刷新を計画し、西川社長の交代も検討していた。ゴーン容疑者は西川社長の経営方針に不満を抱き、とりわけ最近の米国事業の不振についてたびたび叱責していた

というのだ。

この米紙報道のとおりだとすると、ゴーン氏に関する社内調査結果を検察に持ち込み、逮捕の3日後に、臨時取締役を開催してゴーン氏代表取締役解職を議決した「クーデター」の背景に、西川氏の個人的な動機が存在していた可能性が生じる。直近の年度で、約4億円近くもの高額報酬を得ていた同氏が、ゴーン氏による社長解任の動きを察知して、その地位を守ることが西川氏の行動に関係していたとすると、今回の事件の性格は、ゴーン氏と西川氏との内部抗争的な性格を持つものとなり、事件の性格は全く異なったものになる。

西川氏が「報酬隠し」の「隠蔽行為」に加担したとすれば、検察との間で「司法取引」が行われる余地もないわけではない。しかし、ゴーン氏の部下の秘書室長との間の「司法取引」であればともかく、社内の内部抗争の一方当事者との間で「司法取引」を行うというのは、「日本版司法取引」の制度趣旨にも著しく反するもので、そのようなことが明らかになれば、制度そのものが崩壊しかねない。

起訴の時点で報道されたとおりだとすると、当初の逮捕容疑の2015年3月期までの「5年分」についても、再逮捕の容疑にされた「直近3年分」についても、有価証券報告書虚偽記載罪が成立することは考えられない。

それでも、検察が、ゴーン氏の刑事責任追及に執着するのであれば、その捜査では、ゴーン氏追い落としの中心人物となった西川氏に対する捜査・処分をどうするかという重大な問題に直面することになる。

 

 

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ゴーン氏「直近3年分」再逮捕で検察は西川社長を逮捕するのか 

 11月19日に、東京地検特捜部に逮捕され、その3日後の臨時取締役会で、日産の代表取締役を解職されたカルロス・ゴーン氏とグレッグ・ケリー氏の被疑者勾留が、明日(12月10日)、延長満期を迎える。

 ゴーン氏を、独自の判断で逮捕した検察が、それを自ら否定する「不起訴」が「組織の論理」からあり得ないことは、【検察の「組織の論理」からはゴーン氏不起訴はあり得ない】などでも述べてきた。明日、検察がゴーン氏を起訴するのは想定内のことと言える。

 しかし、金融商品取引法違反の逮捕容疑とされた、「退任後の報酬の支払の合意」を有価証券報告書に記載しなかった事実については、支払が確定しているとは考えにくいこと、「重要な事項」の虚偽記載とは考えられないことなど、犯罪の成立には重大な疑問がある。

 それに加えて、その後の報道で明らかになりつつある、再逮捕事実が「直近3年分の虚偽記載」であること、西川社長が退任後の報酬の合意文書に署名していたことなどから、検察捜査への疑問は、一層深刻となっている。(マスコミ各社は、それらの事実を、検察の起訴を根拠づける事実であるかのように報じているが)。

特別背任等による再逮捕は事実上なくなった

 まず、検察が、ゴーン氏を「直近3年の役員報酬40億円過少記載」で再逮捕する方針と各紙が報じている。これまでの逮捕勾留事実は、2015年3月期までの5年間の「退任後の報酬の合意」についての虚偽記載の事実だったが、検察は、その後の2018年3月期までの直近3年間の同じ虚偽記載の事実で再逮捕するというのだ。仮にそうだとすると、ゴーン氏の「罪状」についてのマスコミ等の当初の想定は、大きく崩れることになる。

 有価証券報告書虚偽記載は「入り口事件」であり、特捜部は、特別背任など「実質的犯罪」の立件を予定しているとの観測があった。特別背任等が立件可能なのであれば、それで再逮捕するはずである。また、地方の地検から応援派遣を受けているとされる検察の捜査体制からすると、応援検事を原庁に戻さなければならない年末を控えていることから、20日の勾留期限が年末年始にかかる12月10日以降の新たな事実での逮捕は、よほどのことがなければ行わない。検察がゴーン氏について立件を予定している「罪状」は、役員報酬の虚偽記載だけしかないということになる。逮捕容疑と同じ虚偽記載で再逮捕するのであれば、それで捜査が終了することがほぼ確定的となる。

 報道されている事実を前提とすれば、ゴーン氏が特別背任で立件される可能性は低いと逮捕直後から繰り返し述べてきた(【ゴーン氏事件 検察を見放し始めた読売、なおもしがみつく朝日】など)私にとっては想定どおりであるが、捜査が、虚偽記載という形式的な犯罪だけで終わり、「実質的犯罪」が何も刑事立件されないというのは、「検察は正義」「その検察が逮捕したゴーンは大悪人」と信じて疑わない人にとっては、受け入れがたいことであろう。

身柄拘束手続に関する重大な問題

 それ以上に重要なことは、ゴーン氏らを「直近3年の役員報酬40億円過少記載」で再逮捕することの「身柄拘束の適法性に関する重大な問題」だ。

 有価証券報告書は毎年度作成・提出するものなので、本来は、年度ごとに「一つの犯罪」が成立し、2010年3月期から2018年3月期までの8年分の有価証券報告書のすべてに虚偽があるのであれば、8個の犯罪が成立することになる。

 しかし、ゴーン氏の「退任後の報酬の合意」についての容疑は、そのような一般的な有価証券報告書の虚偽記載とは態様が異なる。

 ゴーン氏と秘書室長らとの間で、毎年、役員報酬の一部について、退任後に別の名目の支払に回すことの「覚書」が作成され、それが日産の総務・財務部門には秘匿されて、密かに保管されていたというのであり、毎年の有価証券報告書の作成・提出は、そのような「覚書」の合意とは無関係に行われていたとされている。

 この8年間にわたる「覚書」の作成は、同一の意思で、同一の目的で毎年繰り返されてきた行為なのであるから、仮に犯罪に当たるとしても「包括一罪」であり、全体が実質的に「一つの犯罪」と評価されるべきものだ。それを、古い方の5年と直近の3年に「分割」して逮捕勾留を繰り返すというのは、同じ事実で重ねて逮捕・勾留することに他ならず、身柄拘束の手続に重大な問題が生じる。

 しかも、過去の5年分の虚偽記載を捜査・処理した後に、直近3年分を立件して再逮捕するとすれば、その3年分を再逮捕用に「リザーブ」していたことになる。それは、検察の常識を逸脱した不当な身柄拘束のやり方である。

 「直近3年分での再逮捕」が行われれば、これらの問題について、ゴーン氏、ケリー氏側から、勾留に対する準抗告や、憲法31条が保障する適正手続に反する不当勾留だとして最高裁への特別抗告が申立てられることは必至だ。

西川社長の刑事責任を否定することは困難

 さらに重大な問題は、朝日、日経、NHK等によって、西川廣一社長も「退任後の報酬の合意文書」に署名していたと報じられていることだ。西川氏は、ゴーン氏の退任後にコンサル契約や同業他社の役員への就任などを禁止する契約の対価として支払う報酬額を記載した「雇用合意書」というタイトルの文書に署名しており、それとは別に、ゴーン氏が各期に本来受領すべき報酬額と実際に支払われた報酬額、その差額を明記した文書も作成され、その文書にはゴーン元会長と側近の幹部社員が署名していたと報道されている。

 検察は、「西川社長は、ゴーン氏に、退任後にコンサル契約や同業他社の役員への就任禁止の対価としての報酬支払を行うことは認識していたが、それが、名目を変えた役員報酬の支払だとは認識していなかったので、有価証券報告書に「役員報酬」として記載義務があることは知らなかった」という理由で、西川氏の役員報酬についての虚偽記載の刑事責任を否定する説明をしているのかもしれない。

 しかし、西川社長は、コンサル契約、競業避止契約の対価関係についてどう考えていたのだろうか。正規の適法な支払だと考えて署名していたのであれば、契約が実体を伴ったものであり、ゴーン氏は支払の対価としてのコンサルや競業避止を履行する義務を負うはずだ。そうなると、「正当な契約上の対価」が支払われるということであって「後払いの役員報酬」ではないことになる。

 そもそも、西川氏は、退任の話が具体的に出ているわけでもないのに、退任後のコンサル契約や競業避止契約を先行して契約するのは何のためと考えていたのであろうか。「役員報酬を半分に減額する代替措置」だとわかっていたのではないか。結局、退任後の報酬についての西川氏の認識は、ゴーン氏らの認識とほとんど変わりはないと考えざるを得ない。

 有価証券報告書の虚偽記載罪というのは、「虚偽の記載をすること」が犯罪なのではなく、重要な事項について虚偽の記載がある有価証券報告書を「提出」することが犯罪とされる。それを正確に記載して「提出」する義務を負う作成名義人は、日産の場合であればCEOであり、2017年3月期以降は、西川氏である。上記のように、西川氏の「退任後の報酬の支払」についての認識がゴーン氏らと大きくは変わらないとすると、直近2年分については第一次的に刑事責任追及の対象となるのは西川氏である(ゴーン氏のように報酬によって利益を受ける立場ではないが、CEOとして報告書に真実を記載すべき義務に反した刑事責任は重大だ。)。

 つまり、直近3年分の有価証券報告書の虚偽記載を立件するのであれば、西川氏刑事立件は避けられないし、ゴーン氏らを再逮捕する必要があるのであれば、西川氏を逮捕しない理由はない。

西川氏は検察との「闇取引」の批判に耐えられるか

 そこで、「司法取引」という見方が出てくるだろう。西川氏が、ゴーン氏、ケリー氏という「他人の犯罪」について捜査協力したとして、検察との間で司法取引が成立し、刑事処罰を免れることがあり得るか。

 たしかに、検察との間でゴーン氏らだけを「狙い撃ち」にする「闇取引」ができていることは考えられなくもない。しかし、仮にそうだとすると、ゴーン氏逮捕直後の会見で、西川氏は、自らも有価証券報告書虚偽記載について重大な責任あがるのに、それを棚に上げて「憤りを覚える」とまで言ってゴーン氏を非難したことになる。西川氏に対して、激しい非難が国内外から沸き起こることは必至だ。さらには、その西川氏が議長としてゴーン氏らの代表取締役会長職の解職を決定した臨時取締役会の議決の効力にも影響することになる(【日産幹部と検察との司法取引に“重大な疑念” ~有報関与の取締役はゴーン氏解任決議に加われるか】)。

 直近3年分の虚偽記載でゴーン氏、ケリー氏を再逮捕するのであれば、西川氏も逮捕し、その刑事責任を問わざるを得ない。しかし、それは、西川社長が中心となってクーデターを仕掛けてゴーン体制を覆した日産現経営陣の「事実上の崩壊」につながる。

 検察関係者、検察OBは、今、固唾を呑んで12月10日の検察の動きを見守っている。本当に、「直近3年分再逮捕」があり得るのか。それは、あまりに検察の常識と乖離するだけでなく、緊密な連携をとって行われてきた日産経営陣とともに、検察捜査をも「崩壊」させることになりかねない。

 

 

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「組織の論理」によるゴーン氏起訴と「法相指揮権」~最終責任は安倍内閣にある

東京地検特捜部が、日産・ルノー・三菱自動車の会長カルロス・ゴーン氏を逮捕した事件、逮捕の容疑事実については、検察当局は逮捕直後に「2015年3月期までの5年間で、実際にはゴーン会長の役員報酬が計約99億9800万円だったのに、有価証券報告書には合計約49億8700万円だったと虚偽の記載をして提出した金融商品取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)」と発表しただけで、それ以外に正式な発表は全くなかった。何が逮捕事実なのかについて、確かな情報もないまま、断片的な情報や憶測が錯綜し、報道は迷走を続けた。しかし、11月24日に、「退任後にコンサルタント料等の別の名目で支払うことを合意した報酬」だと報じられ、その後、ケリー氏が、「退任後の報酬は正式に決まっていたものではなく、有価証券報告書に記載する必要はなかった」と主張して容疑を否認していることが報じられたことなどから、逮捕容疑が、実際に受領した報酬ではなく「退任後の役員報酬の支払の合意を有価証券報告書に記載しなかった事実」であることは、ほぼ疑いの余地のないものとなった。

このような「退任後の報酬」について虚偽記載の犯罪が成立するのか、マスコミからも疑問視する見方が示されているが(【ゴーン氏事件 検察を見放し始めた読売、なおもしがみつく朝日】)、検察は、意に介さず勾留延長請求を行い、10日間の延長が認められた。12月10日の延長満期に向けて、検察が本当にゴーン氏を起訴するのかどうかに注目が集まる。

上記記事等でも述べたように、逮捕容疑からは、検察官が、本当にゴーン氏を起訴できるのか疑問だ。しかし、検察は、独自の判断で、国際的に活躍する経営者のゴーン氏をいきなり逮捕し、日本国内だけではなく国際社会にも重大な影響を与えたのであり、もし、ゴーン氏が不起訴となった場合は、国内外から激しい批判・非難を受け、検察幹部は重大な責任を問われることになる。「組織の論理」からは、検察が独自の判断で行ったゴーン氏逮捕を自ら否定するような不起訴の判断を行うことは考えにくい。

検察のゴーン氏処分に関しては、逮捕容疑の内容からすると「起訴は考えにくい」が、検察の「組織の論理」からは「不起訴は考えにくい」という2つの見方が交錯することになる。

 

日本の検察制度と特捜部の「検察独自捜査」

そこで、まず、日本の検察制度、組織の特性など、検察独自捜査事件での処分の刑事司法的背景の面から、なぜ「組織の論理」としてゴーン氏の不起訴が考えにくいのかについて述べる。

日本の検察官は、刑事事件について起訴する権限を独占している。その検察官の事務を総括するのが「検察庁」である。検察庁は法務省に属する行政組織であるが、職権行使の独立性が尊重され、法務大臣が検事総長に対して指揮権を行使する場合(検察庁法14条但書)以外には、外部からの干渉を一切受けず、起訴・不起訴の理由について説明責任を負わず、情報開示の義務もない。

そして、日本の刑事裁判所は、有罪率99.9%という数字が示すように、著しく検察寄りであり、殆どの事件で、検察が起訴すればほぼ確実に有罪になる。検察の判断が、最終的な司法判断となるといってもいい。

日本では、犯人を検挙し、逮捕するのは、原則として警察であり、捜査段階での検察官の役割は、警察が検挙した事件や犯人の送致を受けて、捜査の適法性や証拠を評価し、身柄拘束の要否を判断すること、起訴・不起訴を決定することであり、基本的には「客観的な判断者」の立場だ。

しかし、例外的に、検察官が独自に捜査をして、被疑者の逮捕・捜索から起訴までの手続きをすべて行うことがある。それを「検察独自捜査」と呼ぶ。それを行うための組織として、東京、大阪、名古屋の3地検に、特別捜査部(特捜部)が置かれている。

検察独自捜査においては、犯罪の端緒の把握、逮捕など、一般の事件の警察の役割を、すべて検察官とその補助者の検察事務官が行う。検察官は、刑事事件として立件するか否かを判断し、自ら裁判所に令状を請求して逮捕・捜索等の強制捜査を行い、取調べを行った上、その事件の起訴・不起訴を決定する。つまり、検察独自捜査の場合は、捜査から起訴までのすべての判断を検察官だけで行うことができる。

 

検察独自捜査での逮捕で「不起訴」はあり得ない

特捜部が「政界、財界等の重要人物」を対象に強制捜査に着手した場合、それによって重大な社会的影響が生じる。それだけに、特捜部の強制捜査着手については、高等検察庁、最高検察庁等の上級庁にも報告されて了承を得ることになっており、組織内で慎重な検討が行われた上、検察の組織内で意思決定される建前となっている。特捜部の強制捜査についての責任は、検察組織全体が負うことになる。

こうした経過を経て被疑者の逮捕が行われるので、逮捕後に想定していなかった事実関係や法律問題が明らかになり、有罪であるか否かに疑問が生じた場合でも、検察が起訴を断念することは、まずない。起訴を断念すれば、検察組織として被疑者の逮捕という判断をしたのが誤りであったと認めることになり、重大な責任が生じるからである。

一方、起訴さえしてしまえば、日本の裁判所では、無罪判決が出される可能性は著しく低いが、それは特捜部の事件で特に顕著である。仮に一審で無罪となっても、一層検察官寄りの上級裁判所が無罪判決を覆して有罪となる場合がほとんどだ。これまで、特捜部が起訴した事件で最終的に無罪になった事件は極めて稀である。

ゴーン氏の逮捕容疑にいかに重大な疑問があっても、ゴーン氏を起訴して有罪にできる確信がなくても、検察の「組織の論理」からすると、検察自らがゴーン氏を逮捕した以上、検察の処分は「起訴」以外にあり得ない。

しかし、今回のゴーン氏の事件については、検察が、その「組織の論理」を貫徹できるのか。マスコミの報道で概ね明らかになっているゴーン氏の事件の逮捕容疑には重大な疑問があり、その後の報道によって事実関係が次第に明らかになるにつれて、疑問は一層深まっている。ゴーン氏を本当に起訴できるのか、と思わざるを得ない。

 

ゴーン氏の逮捕容疑についての重大な疑問

これまでの報道を総合すると、ゴーン氏の「退任後の報酬」についての事実関係は、概ね以下のようなもののようだ。

ゴーン氏は、2010年3月期から、1億円以上の役員報酬が有価証券報告書の記載事項とされたことから、高額報酬への批判が起きることを懸念し、秘書室長との間で、それまで年間約20億円だった報酬のうち半額については、退任後に退職慰労金やコンサルタント料等の名目で支払う旨の「覚書」を締結し、その後も毎年、退任後の支払予定の金額を合意していた。この「覚書」は、秘書室長が極秘に保管し、財務部門にも知らされず、取締役会にも諮られなかった。秘書室長が、検察との司法取引に応じ、「覚書」を提出した。

ここで問題になるのは、(ア)退任後の支払いが確定していたかどうか、(イ)有価証券報告書等への記載義務があるのか、(ウ)(仮に記載義務があるとして)記載しないことが『重要な事項』に関する虚偽記載と言えるか(金融商品取引法197条では、「重要な事項」についての虚偽記載が処罰の対象とされている)、の3点である。

(ア)の「支払いの確定」がなければ、(イ)の記載義務は認められないというのが常識的な見方であり、マスコミの報道も、本件の最大の争点は(ア)の「支払いが確定していたかどうか」だとしているものが大半だ。

しかし、一部には、(ア)の「支払いの確定」がなくても、(イ)の記載義務があるというのが検察の見解であるかのような報道もある。確かに、有価証券報告書の記載事項に関する内閣府令(企業内容等の開示に関する内閣府令)では、「提出会社の役員の報酬等」について

報酬、賞与その他その職務執行の対価としてその会社から受ける財産上の利益であって、最近事業年度に係るもの及び最近事業年度において受け、又は受ける見込みの額が明らかとなったものをいう。

とされている。検察は、それを根拠に、未支払の役員報酬も「受ける見込みの額」が明らかになれば「支払いの確定」がなくても記載義務があるとの前提で、ゴーン氏が秘書室長との間で交わした「覚書」によって、退任後に受ける役員報酬の見込みの額が明らかとなったのだから、(イ)の記載義務がある、と考えているのかもしれない。

 

「見込みの額」は「重要な事項」には該当しない

しかし、(イ)の記載義務があるとしても、その記載不記載が、(ウ)の「重要な事項」についての虚偽記載にただちに結びつくものではない。

有価証券報告書には、投資家への情報提供として様々な事項の記載が求められているが、そのうち、虚偽の記載をした場合に犯罪とされるのは「重要な事項」に限られる。これまで、「重要な事項」についての虚偽記載として摘発の対象になったのは、損益、資産・負債等の決算報告書の内容が虚偽であった場合に限られている。それらは、記載の真実性が特に重視され、監査法人などによる会計監査というプロセスを経て有価証券報告書に記載されるものであり、「重要な事項」に該当するのは当然である。

それに対して、役員報酬の額は、会社の費用の一つであり、総額は決算報告書に記載されるが、それとは別に、2010年から、高額の役員報酬の支払は、有価証券報告書に記載して個別に開示すべきとされた。個別の役員の報酬が、会社の利益と比較して不相当に高額である場合には、会社の評価に影響する可能性があり、投資判断に一定の影響を与えると言える。しかし、この個別の役員報酬の記載は、会計監査の対象外であり、報酬額が、会社の利益額と比較して不相応に過大でない限り「重要な事項」には該当しないと考えるべきであろう。

ましてや、支払うことが確定していない将来の支払いであれば、実際に支払われた役員報酬より、投資判断にとって重要性がさらに低いことは明らかだ。上記の内閣府令を根拠に、「受ける見込みの額が明らかになった」ので記載義務はあると一応言えたとしても、投資家の判断に影響する「重要な事項」とは言えないことは明らかであり、それについて虚偽記載罪は成立しない。

 

最大の争点は「退任後の報酬の支払が確定していたか否か」

結局のところ、ゴーン氏の逮捕容疑に関する最大の争点は、「将来支払われることが確定した」と言えるかどうかに尽きる(マスコミ報道でもその点を最大の問題点と捉えている)。

検察は、ゴーン氏が、毎年の報酬を20億円程度とし、10億円程度の差額を退任後に受け取るとした文書を、毎年、会社側と取り交わしていたことや、ゴーン氏に個別の役員報酬を決める権限があったことなどを重視し、退任後の報酬であっても将来支払われることが確定した報酬で、報告書に記載する必要があったと判断したと報じられている。要するに、役員報酬の金額は、2010年3月期以前も、それ以降も約20億円と変わらず、単に「支払時期」だけが退任後に先送りされたと解しているようだ。

しかし、ゴーン氏に「退任後に支払うこととされた金額」は、単に「支払時期」だけではなく、その支払いの性格も、支払いの確実性も全く異なる。

上場企業のガバナンス、内部統制を前提にすれば、総額で数十億に上る支払いを行うためには、稟議・決裁、取締役会への報告・承認等の社内手続が当然に必要となる。秘書室長との間で合意しただけで、財務部門も取締役会も、監査法人も認識していないというのであるから、ゴーン氏の退任後に、どのような方法で支払うにせよ、社内手続を一から行う必要がある。

報道によれば、検察は、「ゴーン氏に個別の役員報酬を決める権限があったこと」を強調しているようであり、それを「支払いの確定」の根拠だとしているのかもしれない。しかし、「退任後の報酬支払い」を秘書室長と合意した時点では、ゴーン氏が自らの役員報酬を決める権限を有しており、約20億円の役員報酬を受け取ることも可能だったとしても、その一部の報酬の支払いを「退任後」に先送りしてしまえば、話は全く違ってくる。退任後に、コンサルタント料などの名目で支払うことについて社内手続や取締役会での承認を得る段階では、既に退任しているゴーン氏に決定する権限はないのである。

実際に、今回の事件での逮捕の3日後に代表取締役会長を解職され、今後、取締役も解任される可能性が高まっているゴーン氏が、「先送りされた役員報酬」の支払いを受けることができるだろうか。

年間約20億円の役員報酬だったのが、2010年以降、約半分の金額となり、残りは「退任後の支払い」に先送りされたことで、「支払時期を先送りした」だけではなく、確実に支払いを受ける金額は半額にとどまることになった。ゴーン氏の意思で、残りの半額については、支払いの確実性が低下することを承知の上で、退任後に社内手続を経て適法に支払える範囲で支払いを受けることにとどめたということであろう。

結局のところ、日産の執行部や財務部門も認識しておらず、取締役会にも諮られていない以上、支払いの確実性は確実に低下しているのであり、日産という会社とゴーン氏との間で、役員報酬の「支払いが確定した」とは到底言えない。したがって、それを有価証券報告書に記載しなかったことが虚偽記載罪に当たらないことは明らかだ。

しかし、それでも、検察は、「組織の論理」から、ゴーン氏を起訴するであろう。

 

ゴーン氏起訴が日本社会に与える重大な影響

検察の起訴によって、20日間以上の身柄拘束まで行ってゴーン氏に問おうとした「罪状」が、前記のような「退任後の報酬」という事実だけであった場合、その罪状で、日産・ルノー・三菱自動車の3社の会長を務める国際的経営者のゴーン氏を突然逮捕し、ゴーン氏らの取締役会出席を妨害し、代表取締役会長を解職するに至らせたことを正当化できるとは到底思えない。その罪状に比べて不相応に長い身柄拘束など、不当な捜査・処分が行われたことについて、国内外からの激しい批判にさらされることは必至だ。それは、裁判で有罪になるか無罪かという問題ではない。

それが日本社会に与える悪影響は計り知れないものとなる。ルノーの筆頭株主でもあるフランス政府、さらには、ゴーン氏が国籍を持つレバノン、ブラジル等との外交問題に発展する可能性もあり、また、被疑者の長期間の身柄拘束や、弁護士が同席できない取調べによる人権侵害等に対する国際的な批判が高まっている中、ゴーン氏への人権侵害の理由となった罪状が上記の程度のものであったことが明らかになれば、日本の法制度に対する信頼は地に堕ち、日本の企業社会での外国人の活用にも大きな支障を生じさせかねない(八幡和郎氏【日産の強欲は日本の安全保障にも危険】)。

このように考えると、検察が上記「罪状」だけでゴーン氏を起訴することは、日本社会に重大な損失を与えるだけでなく、国益をも損なうものである。

そのような不当な起訴が、検察の「組織の論理」で行われようとしている時、行政権の行使について国会、そして国民に責任を負う内閣は、「検察当局の判断を尊重する」ということで済ませてしまって良いのだろうか。

 

「検察の権限行使の独立性」と、その例外としての法務大臣指揮権

検察庁も行政機関であり、その権限行使について最終的には内閣が責任を負う。しかし、一方で、検察の職権行使には独立性が認められており、基本的には、捜査、処分や公判対応等について、政府を含め外部からの干渉を受けることはない。

それは、検察の職務が、「個人の犯罪」について法と証拠に基づいて客観的な判断を行い、証拠があれば起訴し、なければ不起訴にするということに尽きるからである。行政機関としての政策判断を行う余地は殆どなく、むしろ、政治的な意図などで外部からの介入が行われると、捜査・処分の公正さに疑念が生じることもあるので、「検察の独立性」が強く保障されている。全国の検察庁で日々、取調べや処分が行われている事件の殆どは「個人的事象」であり、その個人にとっては極めて重大な問題であるが、捜査や処分が社会に対して生じさせる影響は大きくない。このような事件については、事件の軽重に応じて検察庁の内部で「適切な判断」が行われることが重要であり、それで足りる。

しかし、刑事事件の中には、国や社会に重大な影響を与えるものがある。

検察内部で「法と証拠に基づいて適切な判断を行う」だけでは、国の利益、社会の利益を守ることができない、国や社会に重大な影響を与える事件については、内閣の一員で、検察を所管する大臣である法務大臣には、検事総長に対する指揮権が与えられている。

検察庁法14条は、「法務大臣は、検察官の事務に関し、検察官を一般に指揮監督することができる。但し、個々の事件の取調又は処分については、検事総長のみを指揮することができる。」と規定している。個々の事件の取調べ・処分などの検察官の権限行使については、法務大臣は、検事総長を指揮し、部下の検察官を指揮させることで、その権限行使に法務大臣の指揮を反映させることができる。

これは、「一般的な事件」については法務大臣が検察庁の捜査や処分に関わることはないが、例外的に、社会に重大な影響を与え、国益にも関わるような「特別の事件」については、法務大臣が検事総長を通じて個別事件の捜査・処分をも指揮することができるという趣旨である。

実際に、「特別の事件」に当たる可能性がある重要事件・重大事件については、法務大臣の指揮を受ける可能性があるので、検察庁では「請訓規定」に基づいて、検事総長、法務大臣両方への報告が行われている。これを「三長官報告」(「法務大臣、検事総長、検事長への報告」)と呼んでいる。行政機関である以上は、検察庁も、国会で選ばれた内閣の指揮監督下にあるという原則を維持する必要があるので、「検察の職権行使の独立性」の例外を設けているのがこの法務大臣の指揮権の規定である。

「特別の事件」の典型が、国家としての主権を守り、他国との適切な外交関係を維持することに影響する「外交上重大な影響がある事件」である。実際に、2010年9月に起きた尖閣諸島沖での中国船の公務執行妨害事件では、那覇地検次席検事が「外交上の影響」を考慮して船長を釈放したことを会見で認めた。それが、当時の民主党内閣の判断によるものであることは明白だったが、外交関係への配慮も含め、すべて検察の責任において行ったように検察側が説明し、内閣官房長官がそれを容認する発言をするにとどめた。この事件でも、外務大臣も含む内閣の判断が、法務大臣の検事総長への指揮という透明な手続で、刑事事件の捜査・処分に反映されるべきであった。

 

ゴーン氏起訴に対する安倍内閣の責任

今回の事件でゴーン氏が起訴され、しかも、起訴事実が、上記のような罪状にとどまった場合、フランス政府が筆頭株主のルノーの会長でもあるゴーン氏に対して、日産経営陣のクーデターに手を貸すかのような突然の逮捕をすることを正当化することは到底できない。フランス、レバノン、ブラジル等との外交関係にも重大な影響を生じかねず、また、日本の刑事司法に対する国際的信頼を損ないかねない。

「内閣は、行政権の行使について、国会に対し連帯して責任を負ふ」(憲法66条3項)。行政機関である検察の権限行使も、当然、この「行政権の行使」に含まれるのであり、安倍内閣にとって、日本の国益にも社会的利益にも重大な影響を与える事件ついて、検察の「組織の論理」によって起訴が行われ、国益が損なわれようとしている時には、「検察当局の判断に委ねる」ということで済ますことはできない。

「行政各部を指揮監督する」(憲法72条)内閣総理大臣として、法務大臣を指揮する立場にある安倍首相は、法務大臣の指揮権によって検察のゴーン氏起訴を止めることの是非を真剣に検討しなければならない。そこで必要なことは、検察がゴーン氏に対して行おうとしている刑事処分が、検察の「組織の論理」だけでなく、日本の経済社会のみならず国際社会の常識から逸脱したものでないかどうかを、内閣の責任において検討することである。

安倍首相が、「適材適所の閣僚人事」として、検察官・法務省官僚の経験を有する山下貴司氏を法務大臣に任命しているのも、このような場合に、内閣の一員たる法務大臣として、事件の内容や身柄拘束の当否等について検察当局から詳細に報告を受け、適切な対応をおこない得るからであろう。

検察がゴーン氏に問おうとしている「罪状」は、有価証券報告書への役員報酬の記載という上場企業の開示の問題である。役員報酬の虚偽記載、しかも支払方法も確定していない「退任後の報酬」の記載が、投資判断にとって「重要な事項」と言えるかという点は、本来、金融庁の専門領域である。また、その程度の「罪状」による検察の逮捕、長期間にわたる身柄拘束が、先進国の常識を逸脱したものでないか、それが国際社会からどのような批判を招くのかという点は、外務当局において把握できる。

これらの点について、内閣として、慎重な検討を行った上、安倍首相と山下法務大臣との間で協議・検討し、検察のゴーン氏の起訴方針に対する指揮権の行使を検討すべきである。

日本政府は、韓国最高裁の徴用工判決という「司法判断」について韓国政府を厳しく非難しているのであり、ゴーン氏起訴に対する国際的批判が起きれば、「司法判断だ」という理由で批判をかわすことはできない。ましてや、検察は、準司法的性格を有するとは言え「行政機関」である。検察の捜査や起訴に対する批判は、政府として正面から受け止めざるを得ない。

ゴーン氏の事件は、決して同氏個人の問題ではない、日本の国と社会の利害に関わる重大な問題である。検察庁の権限行使に対して、最終的な責任を負うのは、内閣の長たる総理大臣の安倍首相なのである。

 

 

 

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ゴーン氏事件 朝日新聞は、なおも「従軍記者」を続けるのか

一昨日(11月25日)にYahoo!ニュースに出した記事【ゴーン氏事件についての“衝撃の事実” ~“隠蔽役員報酬”は支払われていなかった】が大きな反響を呼んだ。そして、同日夜に、個人ブログ「郷原信郎が斬る」に出したほぼ同内容の記事は、アゴラ、ブロゴス、ハフィントンポスト等に転載され、ネットメディアの「ITmedia ビジネスオンライン」には、最新の私のインタビュー記事が掲載され、それぞれ多くの人に読まれている。

昨日午後は、先週末から依頼されていた外国特派員協会での記者会見に臨み、50億円の役員報酬の虚偽記載が、まだ現実に支払われていない「退任後の支払の約束」だったとすると、今回のゴーン氏の逮捕の正当性には疑問がある、との私の見解を述べた。会見後も、フィナンシャルタイムズ、ワシントンポスト等から追加取材があったほか、東洋経済、ダイヤモンド、日経ビジネス等の経済紙からも取材を受けた。その一方で、一般紙や地上波テレビの記者からの取材は全くない。

そこで、注目されたのが、今日(27日)の新聞朝刊でのゴーン氏事件についての各紙の報道だったが、興味深いことに、これまで、ほぼ同様の論調で「ゴーン叩き」を続けていた朝日と読売とで、記事の内容が大きく異なっている。

読売は、1面トップで、【退任後報酬認めたゴーン容疑者「違法ではない」】という見出しで、

報酬の一部を役員退任後に受け取ることにしたことなど、事実関係を認める供述をしていることが関係者の話でわかった。ただ、「退任後の支払いが確定していたわけではなく、報告書への記載義務はなかった」と逮捕容疑は否認している

と報じている。

そして、3面で、【退任後報酬に焦点 報告書記載義務で対立】との見出しで、ゴーン氏の「退任後報酬」について、

ある検察幹部は、「未払い額を確認した覚書」を作り、報酬の開示義務がなくなる退任後に受け取ることにした時点で、過少記載を立証できる」と強調する。

との検察側の主張を紹介した上、ゴーン氏側の主張を改めて紹介し、

実際、後払い分は日産社内で積み立てられておらず、ゴーン容疑者の退任後、日産に蓄積された利益の中から支払われる予定だった。支払方法も顧問料への上乗せなどが検討されたが、決まっていなかったという。

と述べて、「退任後報酬」の支払が「確定していた」ことを疑問視する指摘をしている。

それに加え、専門家見解として、金商法に詳しい石田真得・関西学院大教授の

将来に改めて会社の意思決定が必要となるなど、受け取りの確実性に曖昧さが残る場合、罪に問えるかどうかは議論の余地がある。

とのコメントを紹介している。「議論の余地」と表現は控え目だが、開示義務を疑問視する見解であることは明らかだ。

それに続いて

虚偽記載を立証できたとしてもハードルは残る。今回は、役員報酬の過少記載が同法違反に問われた初のケースだ。罪に問うほど悪質だと言うには、特捜部は、役員報酬の虚偽記載が投資家の判断を左右する「重要な事項」であることも立証しなければならない。

との指摘も行っている。

私が25日の【前記Yahoo!記事】で朝日・読売の記事で書かれたことを「衝撃の事実」と題して述べたこととほぼ同じ内容に、「後払い分は日産社内で積み立てられていない」という事実の裏付けと専門家見解を付け加えた記事である。

言い方には「検察への配慮」が窺われるが、少なくとも読売新聞は、「退任後報酬」50億円の有価証券報告書虚偽記載については、検察を見放しつつあると言ってよいであろう。

それと対照的なのが朝日だ。

1面トップで、【私的損失 日産に転嫁か ゴーン前会長、17億円】と大きな見出しで報じているが、その内容は、

ゴーン前会長は日産社長だった06年ごろ、自分の資産管理会社と銀行の間で、通貨のデリバティブ(金融派生商品)取引を契約した。ところが08年秋のリーマン・ショックによる急激な円高で多額の損失が発生。担保として銀行に入れていた債券の時価も下落し、担保不足となったという。

銀行側はゴーン前会長に担保を追加するよう求めたが、ゴーン前会長は担保を追加しない代わりに、損失を含む全ての権利を日産に移すことを提案。銀行側が了承し、約17億円の損失を事実上、日産に肩代わりさせた。

というものだ。

監視委は同年に実施した銀行への定期検査でこの取引を把握。ゴーン前会長の行為が、自分の利益を図るために会社に損害を与えた特別背任などにあたる可能性があり、銀行も加担した状況になる恐れがあると、銀行に指摘したという。特捜部は、ゴーン前会長による会社の「私物化」を示す悪質な行為とみている模様だ。

などと、特捜部が、ゴーン氏の余罪として立件を検討しているかのような書き方をしているが、10年も前のことであり、仮に犯罪が成立するとしても既に公訴時効が完成している。ところが、朝日記事では、時効のことに全く触れていない。

しかも、担保不足になった権利を日産に移したデリバティブ取引の最終的な損益がどうなったのかは何も書かれていない。2008年から2010年までは、急激に円高が進み、100円前後から一時1ドル80円を切っていた。上記の日産への権利移転はその時期に行われたと思われるが、2010年からドルは反転し、2011年には100円を突破している。

結局、日産に移転されたデリバティブは、最終的に殆ど損失を生じなかった可能性が高い。

このような事実を、1面トップで報じることに何の意味があるのか。

朝日は、いまだに「でもゴーンは悪いんだ。検察は正しいのだ!」と絶叫しているようなものだ。

今回の事件では、羽田空港でのゴーン氏逮捕を映像付きで速報するなど、まさに「従軍記者」さながらの活躍をしてきた朝日新聞であるだけに、特捜部と一連托生であり、なおも検察にしがみつきたいという気持ちも理解できないではない。しかし、そもそも、朝日は、最初から50億円虚偽記載が「退任後報酬」であり、まだ支払われていないことを知らされていたのであろうか。それを知らされないまま、ここまで検察に寄り添って報道してきたのであれば、そろそろ、「騙された」ということを自覚した方が良いのではなろうか。

 

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役員報酬「隠蔽」は退任後の「支払の約束」に過ぎなかった~ゴーン氏逮捕事実の“唖然”

日産自動車のカルロス・ゴーン会長とグレッグ・ケリー代表取締役が金融商品取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)容疑で逮捕された事件について、昨日(11月24日)の新聞朝刊で、これまで判然としなかった容疑事実の中身について、唖然とするような事実が報じられた。「虚偽記載」とされたのは、ゴーン氏が日産から「実際に受領した報酬」ではなく、退任後に「別の名目」で支払うことを「約束した金額」だというのだ。

今回の事件で、朝日新聞は、ゴーン氏が専用ジェット機で羽田空港に帰国するのを待ち構えて特捜部が逮捕した時点から「同行取材」し、直後に「ゴーン会長逮捕へ」と速報するなど、独走状態だった。上記の「約束した金額」だというのは、まさに「従軍記者」に近い朝日が報じている容疑事実の内容であり、しかも、読売新聞も一面で同様な内容を報じているのであるから、おそらく間違いないのだろうと思う。しかし、今回の事件の逮捕容疑の「虚偽記載」の内容が「退任後の支払の約束」程度の話で、現実の支払ではなかったのだとすると、有価証券報告書に記載義務があるのかどうか、犯罪と言えるかどうかも、極めて微妙だ。

そのレベルの事実に過ぎなかったのだとすれば、これまで、マスコミが大騒ぎしてきて報じてきた「カルロス・ゴーン事件」は、“砂上の楼閣”のようなものだったことになる。

 

退任後の「支払の約束」は「役員退職慰労金」と何が違うのか

朝日の記事では、この「支払の約束」について、

特捜部は、これを事実上の隠ぺい工作だと判断。契約料を受け取るのが退任後だとしても、契約書は毎年交わされており、その都度、役員報酬として報告書に記載し、開示する義務があると見ている模様

としているが、果たして開示義務があるのかどうか、重大な疑問がある。

少なくとも、まだ支払を受けていない退職後の「支払の約束」であれば、それを「役員報酬」と呼ぶとしても、現実に受領する役員報酬とは、大きな違いがある。

最大の違いは、支払を受けることの確実性だ。

過去に現実に受領した役員報酬は、その手続き重大な瑕疵があったということでもない限り、返還ということは考えられない。

一方、退任後の「支払の約束」の方は、退任後に顧問料などの「別の名目」で支払うためには日産側での改めて社内手続を経ることが必要となる。不透明な支払は、内部監査、会計監査等で問題を指摘される可能性もある。また、仮に、今後、日産の経営が悪化し、大幅な赤字になってゴーン氏が引責辞任することになった場合、過去に支払う契約をしていたからと言って、引責辞任した後の経営トップに「報酬」を支払うことは、株主に対して説明がつかない。結局、「支払の約束」の契約は、事実上履行が困難になる可能性もある。

そういう意味では、退任後の「支払の約束」は、無事に日産トップの職を終えた場合に、支払いを受け取る「期待権」に過ぎないと見るべきであろう。多くの日本企業で行われている「役員退職慰労金」と類似しており、むしろ、慰労金こそ、社内規程で役員退職慰労金が具体的に定められ、在職時点で退職後の役員退職慰労金の受領権が確定していると考えられるが、実際に、慰労金の予定額を、有価証券報告書に役員報酬額として記載した例は見たことがない。

有価証券報告書の虚偽記載罪というのは、有価証券報告書の「重要な事項」に虚偽の記載をした場合に成立する。退任後に「支払の約束」をした役員報酬は、記載義務があるかどうかすら疑問なのであり、少なくとも「重要事項」に当たらないことは明らかだ。

 

不可解な日産経営陣の対応

今回、新聞報道された事実を前提にすると、一層不可解となるのが、西川社長以下日産経営陣の動きだ。

ゴーン氏逮捕後の西川社長の記者会見での説明によると、内部通報に基づき数か月にわたって社内調査を行い、(1)逮捕容疑の役員報酬額の虚偽記載のほか、(2)私的な目的での投資資金の支出、(3)私的な目的で経費の支出が確認されたので、検察に情報を提供し、全面協力したとのことだった。

しかし、検察の逮捕容疑となった(1)の「役員報酬額の虚偽記載」が、まだ現実に支払われてもいない退任後の「支払の約束」だったとすると、契約書さえあれば、事実は明白であり、検察の捜査によらなければ明らかにできない話ではない。日産自身が、将来の「支払の約束」の金額について有価証券報告書への記載義務があるのかどうかについて、複数の法律事務所や監査法人の法的見解を聞いて法的に判断すればよかったはずである。記載義務があることが明確に確認できた場合には、その法的見解をゴーン氏に示して、記載を了承するよう求めればよかったのではないか。ゴーン氏が拒否すれば、取締役会で議論した上で決定するというのが、本来の会社のガバナンスによる解決であろう。

11月22日の臨時取締役会で、内部調査で明らかになった不正を理由に、ゴーン氏とケリー氏の代表取締役解任(正確には代表の「解職」)が決議されたということだが、(1)の「虚偽記載」が上記のとおり「支払の約束」に過ぎないとすると、主たる解任理由は(2)と(3)ということになる。しかし、そのような事実についてゴーン氏の責任を追及するのであれば、二人が出席した取締役会で不正の事実を報告し、二人の弁解を聞くことが最低限必要なはずである。ところが、西川社長らが、特捜部に内部調査の結果を持ち込んだことによって、ゴーン氏、ケリー氏らが逮捕されたため、二人は取締役会に出席できず、弁解の機会すら与えられなかった。西川社長が検察に情報を提供したのは、二人を逮捕させて取締役会への出席を妨害することが目的だったとしか考えられない。

 

マスコミ報道の混乱・迷走

今回のゴーン氏、ケリー氏逮捕の容疑事実は、「役員報酬額の虚偽記載」という、これまで聞いたこともないような金融商品取引法違反の事実だったが、検察当局は、「ゴーン会長に対する報酬額を実際の額よりも少なく有価証券報告書に記載した」と発表しただけで、具体的な中身を全く明らかにしなかった。そのため、「逮捕の容疑事実」という肝心な事実が判然としないまま、ゴーン氏の様々な「悪事」が暴き立てられ、ゴーン氏逮捕は「司法取引」を活用した検察の大戦果であったような「大本営発表」的報道が行われてきた。

一方で、逮捕の容疑事実については、断片的な情報や憶測が錯綜し、報道は迷走を続けている。

日経新聞が、11月21日の一面トップ記事で報じたのは、

日産は役員報酬として、ストックアプリシエーション権(SAR)と呼ばれる、株価に連動した報酬を得る制度を導入していたが、ゴーン氏にSARで支払われた報酬40億円が有価証券報告書に記載されておらず、それを、本来有価証券報告書に記載すべき報酬だったと判断して、金融商品取引法違反容疑での逮捕に踏み切った

という内容だった。私も、その記事を前提に、【日産幹部と検察との司法取引に“重大な疑念” ~有報関与の取締役はゴーン氏解任決議に加われるか】と題する記事を出した。

ところが、その翌日の日経一面の記事では、

ゴーン元会長が有価証券報告書に記載せずに受け取った金銭報酬が2018年3月期までの8年間で約80億円に上る疑いがある

80億円のうち、15年3月期までの5年間の約50億円について、金融商品取引法違反の疑いで、ゴーン元会長らを逮捕した

とされ、逮捕容疑の50億円の虚偽記載は、SARによる役員報酬ではなく、金銭報酬であるかのように報じられた。

容疑事実の内容についての一面トップ記事が、一日で実質的に訂正されたことに唖然としていたところ、その翌日の朝日・読売の朝刊が、SARでも現金報酬でもなく、日産側がまだ支払ってもいない「退任後の支払の約束」に過ぎないと報じたのである。

 

検察は、いかなる事実で起訴しようとしているのか

マスコミ報道の混乱の原因は、何と言っても、検察からの正式な発表や正確な情報提供がないからだ。なぜ、正確な発表も情報提供もないかと言えば、検察の側でも、逮捕の段階では起訴できるような犯罪事実が固まっていなかったからではないか。

ゴーン氏らの「逮捕の容疑事実」が、退任後の「支払の約束」の金額について記載しなかったという、凡そ起訴できるような事実ではないとすると、特捜部は、起訴までには、それ以外の「役員報酬の虚偽記載」の事実を固め、逮捕事実の「支払の約束」の事実と併せて起訴することをめざしているのであろう。

追加される虚偽記載の事実として考えられるのが、前記(2)の私的な目的での投資資金の支出とされている「海外の投資子会社によるゴーン氏の自宅の購入」、(3)私的な目的の経費の支出とされている、「ゴーン氏の姉との業務委託契約による支払」などを実質的な役員報酬ととらえ、有価証券報告書にその金額が記載されていなかったとして虚偽記載の事実として構成することだ。しかし、投資資金として不動産を購入してゴーン氏の自宅として使用した事実があったとしても、購入した不動産が会社所有であれば、購入資金自体は役員報酬にはならない。家賃相当分を役員報酬にすると言っても、使用の実態を明らかにしなければ金額が算定できないが、海外の不動産についてそれができるのだろうか。レバノン、ブラジル等に捜査共助を求める必要があるが、それが容易にできるとは思えない。結局、「実質的に役員報酬」とすべき金額があったとしても僅かであろう。

そうなると、日経新聞が報じた「株価に連動した報酬」であるSARの報酬5年間分40億円を記載していなかったことを虚偽記載として構成することが考えられる。しかし、このSARの報酬を記載しなかったことを虚偽記載ととらえることに関しては、重大な支障となる事実がある。その点については、今後、特捜部が、SARの報酬に関する事実を立件する動きが現実化した場合に、改めて述べることとしたい。

 

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