東芝監査をめぐる混乱は、受任したPwCに重大な責任~「真の第三者委員会」で“東芝をめぐる闇”の解明を

会社と監査法人が対立したままの有報提出という「異常な結末」

8月10日、東芝は、2017年3月期の有価証券報告書を関東財務局に提出した。同報告書には、会計監査人のPwCあらた監査法人の監査報告書が添付され、そこには、17年3月期の財務諸表について「限定付き適正」、内部統制に関する監査には「不適正」とする監査人意見が、それぞれ表明されている。

4月11日に、2016年度第3四半期レビューについて、PwCが「意見不表明」として以来、東芝の2017年3月期の決算報告をめぐって、PwCと東芝執行部、それに、前任監査人の新日本監査法人(以下、「新日本」)まで巻き込んだ「泥沼の争い」が繰り広げられ、注目を集めてきたが、PwCは、「限定付き適正意見」で、一部とは言え「適正な決算ではない」との評価を押し通し、一方、東芝側は、それを受けても決算を全く修正せず、会社と会計監査人との意見が対立したまま有価証券報告書を提出するという異常な結末となった。

「原発子会社のウェスティングハウスエレクトロニクス(WEC)社がCB&Iストーン・アンド・ウェブスター(S&W)社を買収したことによって最終的に生じた工事契約にかかる損失を、東芝が認識すべきだった時期」について、PwCは、2016年3月以前の段階であった可能性を指摘し、「意見不表明」のまま調査を継続してきた。PwCの指摘どおりだとすると、東芝の16年3月期決算は訂正が必要となる可能性がある。それに対して、東芝執行部は2017年3月末時点までは認識できなかったと主張し、16年3月まで会計監査人だった新日本も、16年3月期決算には問題はないとしてきた。

今回、有価証券報告書に添付した監査報告書で、PwCは、

工事損失引当金652,267百万円のうちの相当程度ないしすべての金額は、2016年3月31日現在の連結貸借対照表の非継続事業流動負債に計上する必要があった

としているが、その根拠についての記述は、「工事原価の発生実績が将来の工事原価の見積もりに反映されていなかった」などの抽象的なもので、損失計上すべきであった時期も特定されず、金額も「相当程度ないしすべての金額」と曖昧な表現とにとどまっている。2016年3月以前の段階で損失を認識すべきだったとする根拠として十分なものであるのか疑問がある。

 

東芝が損失を隠ぺいした「疑い」を持って調査を行ったPwC

S&W社の買収によって生じた巨額損失でWECは法的整理に追い込まれ、東芝に、最終的には7,166億円もの損失が生じたことは客観的事実である。その買収自体が、WECの原発事業で大きな損失が生じていることを隠ぺいする目的だったのではないかとの指摘もある(【NBO 東芝、原発事業で陥った新たな泥沼】)。PwCが、東芝への「不信」を募らせ、東芝側が2016年3月末時点で損失を認識しながら隠ぺいしたのではないかと疑うのは致し方ない面がある。2016年3月期以前に損失が認識できたとの疑いをもって必要な調査を行うのは会計監査人としては当然だと言えよう。

しかし、結果的に、6ヶ月も「意見不表明」を続け、上場企業では前例のない事態で証券市場の混乱を生じさせたが、東芝の会計報告を具体的に是正させるだけの根拠を示すことはできなかったといえる。東芝が損失を認識していた、或いは、認識すべきだったとする具体的な「証拠」は発見できなかったが、監査報告書の意見は、「適正」ではなく「限定付き適正」とされた。

 

監査受任の段階でPwCは東芝を「信頼」できたのか

そのような異例の事態に至った最大の原因は、東芝が一連の会計不正に関して監査法人に対して行ってきた対応や、その後のWECの巨額損失の表面化の経緯等から、東芝とPwCとの間に、本来、顧客企業と会計監査人の監査法人との間に存在していることが不可欠の「最低限の信頼関係」すらなくなっていることであろう。

しかし、PwCが東芝の会計監査を受任した2016年3月末の時点で、「最低限の信頼関係」が作れる見込みはあったのか。PwCはなぜ東芝の会計監査を受任したのか。

その時点においても、東芝には、一連の会計不祥事に関して、監査法人に対して悪質な「隠ぺい」を行った疑いが指摘されていた。東芝は、会計不正の疑いが表面化したことを受け、「第三者委員会」を設置し、その報告書公表を受けて「責任調査委員会」を設置して歴代経営者への責任追及について検討したが、それらの一連の「第三者委員会スキーム」では、調査の対象は、原発関連ではなく、調査対象とされた事業の範囲も責任追及の範囲も極めて限定的で、当時の室町正志社長は、責任追及の調査の対象にすらされず、問題の幕引きが図られた。そして、2015年9月末の臨時株主総会では、社外取締役に財界のオールスターメンバーと法曹界の重鎮等を揃えた新体制が選任され、「東芝の再生に向けて万全の体制」がアピールされた。

しかし、その直後の2015年11月に日経ビジネスが、【スクープ 東芝、米原発赤字も隠蔽 内部資料で判明した米ウエスチングハウスの巨額減損】【スクープ 東芝 減損隠し 第三者委と謀議 室町社長にもメール】という二つの衝撃的なスクープを報じたことで、状況は激変した。

これらの記事から、WECが2012年度と2013年度に巨額の減損処理を行なった事実を東芝が公表せずに隠していたこと、第三者委員会発足前に、当時の田中久雄社長、室町正志会長(現社長)、法務部長(現執行役員)等の東芝執行部が、米国原発子会社の減損問題を委員会への調査委嘱事項から外すことを画策し、その東芝執行部の意向が、東芝の顧問法律事務所である森・濱田松本法律事務所から、第三者委員会の委員の松井秀樹弁護士に伝えられ、原発事業をめぐる問題が第三者委員会の調査対象から除外されたことが明らかになった。

また、東芝が、一連の会計不正を行っていた間に、会計監査人であった新日本に対して悪質な隠ぺい・虚偽説明を繰り返していたことは、第三者委員会報告書でも極めて不十分ながら指摘されていたが、2016年3月初めに発売された文芸春秋2016年4月号の【スクープ・東芝「不正謀議メール」を公開する】と題する記事では、東芝が、大手監査法人の子会社であるデロイト・トーマツ・コンサルティング(以下、「デロイト」)に「監査法人対策」の指導を依頼し、損失を隠ぺいした財務諸表を新日本が認めざるを得ないような「巧妙な説明」を行ってきたことが指摘された【最終局面を迎えた東芝会計不祥事を巡る「崖っぷち」】。

このように、会計監査人の監査法人に対して不誠実極まりない対応を繰り返してきたことが相当程度明らかになっていた東芝の会計監査を、PwCは、敢えて受任したのである。しかも、受任する際には、その時点での東芝の財務諸表や内部統制に問題がないか、事前調査も行ったはずである。その段階で、東芝の監査法人への対応に問題があることに気づかなかったのであろうか。

 

新日本の立場

一方、PwCに東芝の会計監査を引き継いだ、それまでの会計監査人の新日本は、東芝側の虚偽の資料や説明で騙され、会計不正を見抜けなかったことで、金融庁から課徴金や一部業務停止などの厳しい行政処分を受け、東芝を担当していた複数の公認会計士が業務停止処分を受け、新日本を退職することを余儀なくされた。

新日本がそのような事態に至った最大の原因は、東芝の監査についての問題について、新日本の当時の執行部が、「東芝との契約上の守秘義務」を強調し、独自の対社会的対応をほとんど行わなかったことにある。(【年明け早々から重大な危機に直面している新日本監査法人】)

そのような新日本の対応にも、新日本の顧問法律事務所が、東芝の顧問法律事務所であり、前記の「第三者委員会スキーム」にも関わったとされる森・濱田松本法律事務所と同じであったことが影響している可能性がある。

2016年3月末で会計監査人がPwCに交代することが決まっており、それまでさんざん東芝に騙されてきた新日本としては、その時点で、東芝にたいして、甘い監査で「お目こぼし」などする動機は全くなかった。2016年3月末の段階で、その前年末にS&Wを買収したことによる損失発生の可能性についても、徹底して厳しい目で監査を行ったはずだ。その新日本ですら損失発生の可能性を認識する根拠は見出せなかった。

 

PwCにとって東芝監査受任が重大な誤り

ところが、PwCは、東芝の会計監査を受任した後、2017年度の第1四半期、第2四半期はいずれも、東芝の決算を「適正」と評価しておきながら、2016年12月に、S&W買収による巨額損失が表面化するや、一転して、東芝に対する「不信」を露わにし、2017年3月期の会計報告について「意見不表明」を続ける一方、前任会計監査人の新日本が、2016年3月末の時点で東芝が損失発生の可能性を認識すべきだったのに、見過ごしたかのような主張を始めたのである。

少なくとも、東芝のS&W買収による巨額損失が表面化して以降の東芝監査へのPwCの対応には、監査法人の世界の常識からすると、かなり疑問がある。しかし、PwCは、現在のところ、大きな批判を受けてはいない。それは、現時点においては、東芝という企業や執行部に対する「不誠実で信頼できない」という認識において、PwCと社会一般の認識とが共通しているからである。東芝の会計監査で徹底して厳しい対応をとることは、基本的に社会的要請に沿うものなので、PwCを批判する声があまり上がらないのである

しかし、一連の会計不正への対応を見る限り、東芝執行部の監査法人への対応が不誠実で信頼できないことは、監査受任の段階で十分に認識できたはずだ。PwCは、それでも、敢えて東芝の監査を自ら受任したのである。もし、PwCが受任していなければ、他に受任できる大手監査法人はなく、東芝は上場廃止に追い込まれていた可能性が高い。東芝監査をあえて受任したPwCには重大な責任があることを忘れてはならない。

 

「真の第三者委員会」設置によって「東芝をめぐる闇」の解明を

東芝とPwCの関係は「限定付き適正意見」を東芝側が無視し、何も措置をとらないという「異常な関係」となっている。今後もPwCが東芝の会計監査人にとどまるのであれば、その条件として、「不誠実で信頼できない」状況を解消するための抜本的な是正措置を求めるべきである。そのための重要な手段が、「東芝不祥事」の全容を解明するための、東芝執行部からの独立性・中立性が確保された「真の第三者委員会」の設置である。それが受け入れられないということであれば、PwCは会計監査人を辞任すべきである。

東芝の一連の会計不祥事の発端が、WECの買収による海外の原発事業によって大きな損失を生じたことにあったのは、もはや疑う余地がない。その失敗の根本原因がどこにあったのか。海外原発事業の損失が、東芝社内でどのように認識され、どのような対策が講じられてきたのか、それに関して、デロイトを使った監査法人対策がどのように行われ、そこにどのような問題があったのか。海外の原発事業をめぐる問題が、「4事業」の会計不正にどのようにつながったのか。会計不正が表面化した後の「偽りの第三者委員会」の設置等による問題の本質の隠ぺい工作は、誰が主導し、誰が関わって行われたのかなど、東芝の会計不祥事をめぐって起きたあらゆる問題を徹底解明すべきである。

PwCがこだわり続けた、「S&W社買収による損失を東芝が認識した時期」というのは、「東芝をめぐる闇」の一コマに過ぎない。今、重要なことは、来年3月までに債務超過を解消し上場を維持することではない。「東芝不祥事」の全容を解明し、「日本を代表する伝統企業」が「最も不誠実で信頼できない企業」に転落していった原因を明らかにすることである。そのうえで、経営体制の刷新、組織の抜本改革を行うのでなければ、東芝に対する社会の信頼を回復することはできない。

東芝監査に関わった以上、PwCには、それを徹底して追求する社会的責任がある。

 

 

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検察はなぜ”常識外れの籠池夫妻逮捕”に至ったのか

昨日、籠池泰典氏夫妻が、大阪地検特捜部に、「詐欺」の容疑で逮捕された。

驚くべきことに、この「詐欺」の容疑は、今年3月下旬に大阪地検が告発を受理した「補助金適正化法違反」の事実と同じ、森友学園が受給していた国土交通省の「サスティナブル建築物先導事業に対する補助金」の不正受給であり、「補助金適正化法違反」を、「詐欺罪」の事実に構成して逮捕したということなのである。

詐欺罪と補助金適正化法違反の関係は、「一般法と特別法の関係」というのが常識的な理解だ。一つの事象に対して一般的に適用される法律があるのに、適用範囲が狭い特別の法律が定められている場合は、法の趣旨として、その特別法が適用され、一般法の適用が排除されるというのが「一般法と特別法」の関係だ。

補助金を騙し取る行為は、形式上は詐欺罪が成立する。しかし、国の補助金は本来、当局による十分な審査を経て支給されるものであり、不正な補助金交付を行ったとすると、国の側にも問題がなかったとは言えないこと、国からの補助金の不正は地方自治体等の公的な機関でも行われることなどから、補助金適正化法は、不正受給の法定刑を、詐欺罪の「10年以下の懲役」より軽い「5年以下の懲役・罰金」とし、「未遂罪」が設けられている詐欺罪と異なり、未遂を処罰の対象外としたものだ。つまり、あえて「詐欺罪」より罪が軽い「補助金適正化法違反」という犯罪を定めたものだといえる。

このような法律の趣旨からすると、国の補助金の不正受給である限り、詐欺罪が適用される余地はない。

しかし、それなのに、なぜ、大阪地検特捜部は、「小学生レベル」とも思える誤った逮捕を行ったのか。

3月29日に、NHKを始めとするマスコミが「大阪地検が、籠池氏に対する補助金適正化法違反での告発を受理した」と大々的に報じた。その経過からして、その報道が、明らかに検察サイドの情報を基に行われたこと、そしてその情報は、何らかの政治的な意図があって、東京の法務・検察の側が流したもので、それによって「籠池氏の告発受理」が大々的に報道されることになったとしか考えられないことを【籠池氏「告発」をめぐる“二つの重大な謎”】で指摘した。

しかも、私自身が、その補助金適正化法違反の告発に関して、3月中旬に、マスコミ関係者を通じて事前に相談を受け、告発状案にも目を通したうえで、その後の報道で「請負契約書が虚偽だったとしても、国の側で審査した結果、適正な補助金を交付した」と報じられており、偽りその他不正は行われたものの、それによって補助金が不正に交付されたのではないと考えられること、「森友学園は既に補助金を全額返還したこと」と報じられており、過去の事例を見ても、よほど多額の補助金不正受給でなければ、全額返還済みの事案で起訴された例はないことなどから、「籠池氏の補助金適正化法違反による起訴の可能性はゼロに等しい」と明言した。

そのような、起訴の可能性のほとんどない事件の「告発受理」が、法務・検察幹部のリークと思える経過で大々的に報道された時点で、「この件で、検察は、大変な事態に追い込まれることになるのではないか」という予感がしていた。

本来、詐欺罪が適用されるはずのない「国の補助金の不正受給」に対して、詐欺の被疑事実で逮捕したのは、余程の事情があるからであろう。上記のとおり、国交省側の審査の結果、適正な金額を算定したので、結果的には「不正な補助金支給」が認められず「未遂」にとどまっていて、補助金適正化法違反では不可罰であること、同法違反では不正受給額が「正規に受給できる金額と実際に受給した金額」の差額になるが、詐欺であれば支給された全額が形式上の被害額となるので、マスコミ向けに金額をアピールできること、の2つがその「事情」として考えられる。そこで、逮捕事実を「水増し」するために、敢えて詐欺罪を適用した可能性が指摘できる。

しかも、籠池氏夫妻に逮捕の要件である「逃亡のおそれ」「罪証隠滅のおそれ」が認められるのか。前者がないことは明らかだし、この国交省の補助金受給をめぐる事実関係については主要な物証は大部分が押収され、関係者の取調べも実質的に終わっているはずだ。敢えて罪証隠滅の可能性があるとすれば、籠池氏の「夫婦間の口裏合わせ」だが、それなら、先週木曜日(7月27日)に初めて任意聴取した段階で逮捕すればよかったはずだ。その時点で「罪証隠滅のおそれ」がないと判断して帰宅させたのに、なぜ、その4日後に「逮捕」ということになるのか。

法務・検察の幹部が関わっているとしか考えられない「告発受理」の大々的な報道の後始末として、何らかの形で事件を立件して籠池夫妻を逮捕せざるを得なくなったとすると、「検察が追い込まれた末」の籠池夫妻逮捕だということになる。それは、法務検察幹部が政治的意図で告発受理を大々的に報じさせたことが発端となって、自ら招いた事態だと言わざるを得ない。

それは、検察の常識として凡そあり得ない逮捕であり、過去に繰り返してきた数々の検察不祥事にも匹敵する「暴挙」だと言わざるを得ない。このような無茶苦茶な捜査からは直ちに撤退すべきである。

 

 

 

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加計問題、「総理のご意向」を仕組んだ“真犯人”は誰か ~恐るべき18歳の推理

安倍晋三首相も出席して行われた衆参両院の閉会中審査での「加計学園が今治市に獣医学部を新設する話は今年1月20日まで知らなかった」との答弁が、野党の集中砲火を浴び、マスコミでも厳しい批判を受けたことで、加計学園問題に関する安倍首相の疑惑は解消されるどころか、ますます深まっており、一向に沈静化する兆しはない。急速に下落し「危険水域」に入ったと言われている内閣支持率の回復も見込めず、安倍内閣は危機的な状況に陥っている。

こうした中で、まだほとんど注目されていないが、 Tomoaki Kitaguch(北口)氏による【 加計問題の真相?(フィクションとしてお楽しみください)】との注目すべき記事が、フェイスブック上に登場している。ご本人も、「より多くの方に、この考察を読んでいただきたい」と了解してくれたので、以下に全文を引用する。

新たな報道を見聞きして、「加計問題の真相」は、巷で議論・想定されている内容とは違うところにあるのではないか、と考えるようになりました。

以下、報道されている情報を基に、国家戦略特区ワーキンググループ(以下、特区WG)の視点から構成した「フィクション」(少なくとも、現時点では)を掲載します。

信じるか信じないかは、あなた次第です。

*   *   *

『獣医学部新設の制限は、株式会社による農地保有の禁止などと並んで有名な岩盤規制だ。だから特区WGは、2013年の特区制度設立時から、「国家戦略特区がこれらの岩盤に穴を開けなかったら、国家戦略特区の存在意義を問われる」と考えていた。』(特区WGについて、WG座長・八田氏)

安倍首相のビッグスポンサーであるが故に「籠池氏の二の舞」とならないだけで、加計学園は「利用された」のだ。渦中の人となっている、安倍首相・萩生田氏といった政界の大物たちも「利用された」のだ。誰に? そう、「規制緩和ありき」で獣医学部新設を推進してきた、特区WGに、だ。

現在の疑惑の中心は、安倍首相・萩生田氏を始めとする官邸関係者だが、獣医学部新設の実働部隊は、特区WG・内閣府。実働部隊が共有する行動理念は「何がなんでも、獣医学部を新設し、岩盤規制を打破する」というもの。つまり、当初は「加計ありき」というより「規制緩和ありき」だった。悩みの種は「どうすれば、文科省と獣医師会をねじ伏せられるか」ということ。彼らにとっては、岩盤規制にドリルで穴を開けることさえできれば、特区の指定先はどこだって良かった。

獣医学部新設は、特区WGの「実績づくり」のために、致命的に重要だ。「日本の検疫行政の未来」や「石破四条件との適合性」といった観点から、慎重に政策の妥当性を検討する暇などない。最速で規制緩和をしなければならない。しかし、文科省と獣医師会の抵抗は、想定以上に強力だ。「特区が実現しさえすれば、メリットのエビデンスは腐るほど付いてくるはず…。そうなれば、文科省や獣医師会はぐうの音も出なくなるのに…」。市場原理を妄信する特区WGは、皮算用を始めていた。

16年3月時点で公募に応じたのは、加計学園と京都産業大学の2校。「平成30年開学」というゴールから逆算して考えると、京都産業大学では間に合わない。長年申請を続けてきた(程度が低かったのか、15回却下されているが)加計学園の方が、準備も進んでいるはずだ。

8月に地方創生相が、石破氏から山本氏に代わった。これを「官邸からのメッセージ」と捉えた特区WGは、ついに加計学園に白羽の矢を立てる。「規制緩和ありき」が「加計ありき」に変わった瞬間だった。「加計学園で、ほぼ確定」と内定を伝え、開学への準備を急いでもらう。一般公開されていない裏情報を渡したり、申請書の内容にアドバイスしたりして、認可のハードルを下げるといった工作もした。

文科省・獣医師会の同意を未だ取り付けられていない中で、「見切り発車」を一私大に求めることには、懸念もあった。交渉が上手くいかなかった場合、莫大な損失を与えながらも、政府として責任を取ることは不可能、という事態に陥りかねないのだ。しかし、特区WG内部では、「加計学園なら、大丈夫だろう」という打算があった。加計学園の、圧倒的な「政治的コネクション」に賭けたのだ。

パートナーの愛媛県知事・加戸氏は、言わずと知れた「アベ友」。「愛媛県への大学誘致」(獣医学部新設ではない)を悲願とする彼は、獣医学部新設に並々ならぬ情熱を注いでいる。しかも、文科省のOB。加戸元知事だけではない。加計学園サイドは、政界に強い影響を持つ人物を、多数擁している。安倍首相と加計理事長は、自他ともに認める「腹心の友」の間柄。千葉科学大学客員教授を務める萩生田氏は、内閣官房副長官。加計学園で理事を務める木曽氏は、元内閣官房参与で、文科省OBだ。

「加計学園で行きます。でも、文科省と獣医師会がうるさくて…」。こう伝えれば、特区WGの感知しない部分で、憎き文科省・獣医師会に「政治的な圧力」をかけてくれるのではないか。「獣医学部新設のためなら、どんな手段でも使う」、そう胸に誓った特区WGにとって、「加計ありき」路線の選択に迷いは無かった。この判断を端緒として、単なる「規制緩和ありき」の段階では考えられなかった速さで、事態は進展していくことになる。

果たして、先述の面々は、様々な形で「政治的な」折衝を行った。16年9月~12月のことである。文科省の前川事務次官には、あの手この手で揺さぶりをかける。獣医師会には、山本大臣が直々に馳せ参じる。この時点では「加計ありき」は隠さなければならないのだが、山本大臣は「加計で行きます」と口を滑らせてしまった。根が正直で、政治工作に向かないのだろう。何はともあれ、各員の努力が奏功して、文科省・獣医師会の抵抗も徐々に収束してきた。

「加計ありき」路線に同調する権力者が、各所で「総理の意向」をちらつかせたのは、大きかった。内閣人事局と国民の支持率に由来する「絶大な権力」を有する安倍晋三に盾突く者は、もはや日本の政界にはいない。また、案件が「獣医学部新設」であるだけに、「総理の意向」の中身についての「ミスリーディング」が期待でき、実質的な圧力は二倍。というのも、「スピード感を持って規制緩和する」という「総理の意向」を、それとなくボカして伝えるだけで、「加計学園で何としても獣医学部新設を実現する」とのメッセージとして解釈してくれるのだから、扱いやすい。どうせ、オトモダチの加計理事長から色々頼まれているのだろうから、罪悪感など欠片も無い。規制緩和のために、有効に活用させてもらうまでだ。

交渉の過程で飛び出した、「獣医学部の空白地帯に限る」や「一校・一地域に限る」といった後付けの条件は、最終的には「全国展開」を見据える特区WGとしては不本意なものだが、「加計ありき」で動いてくれている人々にそれを言っても仕方のないことだ。「1つの区域で規制改革が認められれば、他の区域でも認められる」という「特区ルール」を発動させることができれば、「事情が変わった」などと言い訳して、ちゃぶ台返しすれば良い。加計学園で実現すれば、後はどうとでもなる。後付けの条件で京都産業大学も手を下してくれたし、向かうところ敵なし。8月の文科省設置審で不認可にでもしようものなら、「総理の意向」で文科省解体しまっせ…(脅迫)。

規制緩和バンザイ! 自由競争バンザイ! 安倍首相バンザイ!

*   *   *

…以上、北口の妄想でした。安倍首相・萩生田官房副長官・前川前次官・加計理事長・加戸前知事…などと、役者揃いの「加計問題」ですが、どうも彼らは「何者かの手玉に取られている」感が、半端ない。では、この問題に「黒幕」がいるといたら、誰か。「規制緩和ありき」で突き進んできた特区WGなのではないか。「獣医学部新設」という彼らの目標を実現するために、安倍首相も「加計ありき」の人々も、利用されたのではないか。このような直感と、「疑惑は確かに存在しているのでは」という素直な実感に従って、ストーリーを描いてみました。

あくまでフィクションですが、既存の報道と不整合な部分があれば、ご指摘願いたいです。僕が知っている範囲の情報とは、整合性が取れるように組み立てているつもりですが…。現時点では、きちんと突っ込み始めたらキリがないくらいのミスはある気がします。

最後に、もう一度。「「信じるか信じないかは、あなた次第です。」」

 

北口氏は、「妄想」、「フィクション」(少なくとも、現時点では)などと言っているが、加計学園をめぐる問題全体に対する極めて鋭い推理・分析に基づく、リアリティ溢れる「迫真のストーリー」であある。

しかも、驚くべきことに、これを書いた北口氏は、フェイスブックに掲げられている「ディベート甲子園」、「地学五輪」、「数学理科甲子園」等での輝かしい成績から、“灘高校3年在学中の高校生”と特定できる。

 

特区WGの主体的かつ積極的な動きへの着目

この「北口ストーリー」の特筆すべき点は、「加計ありき」の獣医学部新設の動きに関して、野党での国会での追及、マスコミ報道などが「安倍首相と加計孝太郎氏との『腹心の友』の関係」に偏り、そこに、世の中の関心も集中している中で、国家戦略特区特区ワーキンググループ(以下、「特区WG」)の動きに着目し、それを中心軸に関係者の動きをとらえるという「視点」、そして、安倍首相などの政権首脳と文科省の前川前次官らが、まるごと「何者かに手玉に取られている」のではないか、「真犯人」は特区WGではないかとの「推理」を行っていることである。

前者の「視点」は、加計学園問題全体を分析・整理した私のブログ記事【加計学園問題のあらゆる論点を徹底検証する ~安倍政権側の“自滅”と野党側の“無策”が招いた「二極化」】を参考にしてくれたものだと思うが、特区WGを「中心軸」としてとらえるという「視点」は、私にはなかった。そして、後者の「推理」は、私には考えも及ばなかった奇想天外な「ストーリー」であるが、そこには、かなりのリアリティがある。

この「特区WG真犯人ストーリー」のリアリティの最大の根拠となるのが、特区WGの民間議員らが、今回の加計学園問題に関して、異常なまでに「主体的かつ積極的に」動いていることである。

6月13日には、国家戦略特区諮問会議の有識者議員(民間議員)及びWG民間議員が記者会見を行い、今治市に獣医学部の新設を認めた手続にも経過にも全く問題はない、

一点の曇りもない

と断言した。そこで根拠とされた《2016年3月末までに文科省が挙証責任を果たせなかったので、勝負はそこで終わっている。延長戦で9月16日にワーキンググループをやったが、そこで議論して、もう「勝負あり」》とする「挙証責任」「議論終了」論を、特区WGの民間議員の八田達夫氏や原英史氏が、国会の参考人質疑で滔滔と述べている。

また、原氏と同じ株式会社政策工房の会長の高橋洋一氏は、前川喜平氏が加計学園問題で「行政が捻じ曲げられた」と公言した頃から、「挙証責任」「議論終了」論をネット記事やテレビ出演で繰り返し主張し続けている。

この特区WGの主張は、「4条件」の閣議決定の文言・趣旨とも、実際のWGでの議論の経過とも一致しておらず、凡そ通る余地はない。それは、7月8日放映のBS朝日「激論!クロスファイア」での高橋氏と私との「激論」からも、私のブログ記事(【加計問題での”防衛線”「挙証責任」「議論終了」論の崩壊】【加計学園問題のあらゆる論点を徹底検証する ~安倍政権側の“自滅”と野党側の“無策”が招いた「二極化」】)などからも明らかだ。

ところが、その後も、特区WGの民間議員達は、「挙証責任」「議論終了」論によって加計学園の獣医学部新設を認めたことを正当化する主張を、今なお続けている。

特区担当の山本幸三大臣は、特区WGで獣医学部新設に関する議論が続いていた2016年11月には、大臣自らが獣医師会に乗り込んで、獣医学部新設を認めるように説得したり、国会答弁では「挙証責任」「議論終了」論をそのまま「受け売り」するなど、その答弁は、安倍首相や松野博一文部科学大臣の答弁などからも遊離し(7月24日の参院予算委員会閉会中審査での日本維新の会浅田均議員の質問等に対する答弁)、「閣内不一致」ともいえる状況になっている。

しかも、24日の国会での山本氏の「加計学園と同様に獣医学部新設を検討していた京都産業大とも連絡をとっていた」との答弁について、内閣府は、26日に、「大臣が答えた中身について確認できていない」とする見解を明らかにしており、山本氏の対応は、内閣府の担当部署とも乖離しているように思える。

これらから見えてくるのは、加計学園問題をめぐって、野党・マスコミの追及に対抗する側が、安倍首相を中心とする内閣・政府の組織と、特区WGの民間議員達と彼らに担がれた山本担当大臣に「二分化」しているという異常な構図なのである。

北口氏は、そこから、「特区WGが、主体的に『加計ありき』の獣医学部新設に向かって動き、それが問題とされるや、『挙証責任』『議論終了論』によって正当化する主張を積極的に行っている」という「特区WG主導のストーリー」を想定したのであろう。

 

特区WGが「安倍首相の意向への忖度」を利用したとの“大胆な推理”

そして、そのような「特区WG主導のストーリー」から、北口氏は、次のような「大胆な推理」を行うのである。

和泉洋人首相補佐官が、前川前文科次官に対して「総理が言えないから、私が言う」と言って、獣医学部新設を認める方向での文科省の対応を促したこと、萩生田光一官房副長官が、文科省の高等教育局長に「総理は『平成30年4月開学』とおしりを切っていた」という趣旨の発言をしたこと、そして、それらから、文科省側は「総理のご意向」を感じ取り、前川氏も総理の意向で文科省の行政が捻じ曲げられたと考えたことなどは、ほぼ事実である。それらは、これまで、「『腹心の友』の加計氏の便宜を図ろうとする安倍首相の意向」に結び付けられてきたが、実は、安倍首相の「お友達」が経営する加計学園の獣医学部新設を俎上に載せれば、関係者に当然に「安倍首相の意向への忖度」が生じて、学部新設を早期に実現しようとすることを熟知していた特区WGの民間議員達が、それらを、丸ごと利用したのではないか。

北口氏は、「安倍一強」体制の下で、首相本人の意向が明確に示されなくても、それを確認することなく、「忖度」するのが当然の状況にあり、その構図をうまく利用すれば、「加計ありき」の獣医学部新設が「総理のご意向」によって進められているかのように認識し、猛烈な勢いでその実現に向かって邁進させることも可能だったのではないかと考えたのである。選挙で選ばれたわけでもない特区WGの民間議員達は、「忖度」の構図を巧みに操って、「獣医学部新設」で岩盤規制を打破するという彼らの目標を実現したのではないかと「推理」するのである。

この推理の下では、関係者の証言の多くが、矛盾なく整合していく。安倍首相は、加計氏から今治市での獣医学部新設について何の依頼も受けておらず、その認識すらなかったとの、「にわかには信じ難い弁解」が仮に真実であったとしても、「文科省の行政が捻じ曲げられた」との前川氏の主張と相反することもない。特区WGの仕掛けによって、官邸・内閣府側と文科省側という対立する両者が、いずれも「安倍首相の意向」のように信じ込んだということで、事実として両立するのである。

 

国家戦略特区という制度の歪みの現実化

唯一、リアリティに疑問の余地があるとすれば、特区WG民間議員達に、そこまでのことをする「動機」がどこにあるのか、という点であろう。しかし今回の加計学園問題は、国家戦略特区という制度の歪みが現実化したものと考えれば、特区WG民間議員達が、北口氏の「推理」どおりの動きをすることも決してあり得ないことではない。

国家戦略特区という制度の歪みと重大な問題を指摘する著書【国家戦略特区の正体】(集英社新書)を、加計学園問題が表面化する前の今年2月に公刊した郭洋春立教大学教授は、加計学園問題表面化後のインタビュー記事【疑惑は加計学園だけじゃない? デタラメすぎた「国家戦略特区」の“歪んだ行政”】で、次のように述べている。

そもそもの制度設計に重大な欠陥があります。その問題点が日本経済全体に長期的な悪影響を与えるよりも先に、加計学園問題で噴出してしまったと言えるでしょう。運用面も含めたそのデタラメぶりは私が想像していた以上かもしれません。

今治市の分科会に出席したメンバーを見ると、八田達夫という名前が出てきます。「民間有識者」という立場での出席ですが、アジア成長研究所所長・大阪大学名誉教授である八田氏は、実は国家戦略特区構想の制度で重要な位置を占める「ワーキンググループ」の委員でもある。この点は見逃すことができません。

ワーキンググループというのは、国家戦略特区に指定された各地域から上がってくる事業提案を審査する立場にある機関です。その立場にある人物が、各地域がどの事業を提案するかを考える分科会にワーキンググループの委員という肩書きではなく「民間有識者」という立場で出席しているのです。

郭教授は、特区WGの座長の八田氏の「利益相反的な立場」を指摘しているが、同氏とともに、特区WGで獣医学部新設に向けて中心的な役割を果たし、国会でも何回も参考人として「挙証責任」「議論終了」論を述べている原英史氏については、一層妥当する。

原氏は、「株式会社政策工房」の社長であり、同社の会長が高橋洋一氏である。同社の経営実態は不明だが、高橋氏は、以前、ラジオ番組で共演した際に、「政策や法律案を作ることに関する業務」と説明していた。国家戦略特区という制度に関して、原氏がどのような立ち位置にあるのか、規制緩和や特区の政策や運用について国からの委託を受ける一方で、規制緩和策によって利益を受ける事業者の側からも業務を受託していることも考えられる。

そのような立場の特区WG民間議員なのであるから、「岩盤規制の撤廃」で実績を上げることを至上命題とし、それに関する重要な案件である「獣医学部の新設」に、手段を選ばすに邁進したとの北口氏の推理も、あながち不合理とは言えないのである。

 

ストーリーは加計問題の「疑惑」を否定するものではない

北口氏の「加計問題の真実」で書かれている「特区WG真犯人ストーリー」にはリアリティがあり、それが真実であった可能性は十分にある。

そして、仮に、ストーリー通りであったとしても、国家戦略特区で加計学園の獣医学部の新設を認める決定を行ったことが、行政を捻じ曲げる不当ものであることに何ら変わりはない。特に、京都産業大学が応募を断念せざるを得なくなった「平成30年4月開学」の条件設定の合理的な説明は困難であり(【京産大記者会見への反応に見る”更なる「二極化」”】)、獣医学部の新設が、何らかの不当な力が作用する中で行われた可能性が否定されるものではない。

特区WGと文科省側との最大の対立点になっている「獣医師をめぐる需給」の問題について、最近出された記事【加計学園問題に関する単純な疑問「日本では獣医師が不足しているのか?」】において、特区WGが「錦の御旗」にした「獣医師の不足」という主張も、客観的な数字に基づいて比較すれば、その論拠は極めて薄弱であることが示されている。

 

安倍首相自らが招いた「冤罪的要素」の可能性

仮に、特区WGが「真犯人」で、「総理のご意向」の“忖度”は彼らに仕組まれたものだったとすると、加計氏に便宜を図ったと疑われたことについて、安倍首相にとっては「冤罪」的な要素があったことになる。

しかし、仮にそうであったとしても、「冤罪」的な要素は、すべて安倍首相自身が招いたものである。

まず、「安倍一強」体制の下で、官邸、内閣府等において、安倍首相本人の意向を確認することなく、それを「忖度」するのが当然のような雰囲気が作られていたことに根本的な問題がある。

加計学園問題のあらゆる論点を徹底検証する ~安倍政権側の“自滅”と野党側の“無策”が招いた「二極化」】でも述べたように、安倍首相にとって、加計学園に関して問題を追及された際に不可欠だったのが、《国家戦略特区に関する権限を有する総理大臣と、加計学園理事長とが「腹心の友」であることの「利益相反」の問題》と《諮問会議とWGの民間議員のメンバーに国家戦略特区に関する「判断」を行わせることの公正・中立性に関する問題》を認識することだった。そして、それらについて反省すべき点は反省し、改善の検討をする旨言及していれば、加計問題が大きな問題になることはなかったはずだ。

しかし、そのような認識を欠いたまま、当初の野党の質問に対して、「全く問題ない」と言い切ったために、従来の文科省の方針に反して獣医学部の設置認可を迫られた文科省側の反発を招き、その後、「総理のご意向」などと書かれた内部文書の存在が指摘され、前川氏が記者会見で「文書は確かに存在した」「文科省の行政が捻じ曲げられた」と発言するという事態に至った。

もし仮に、安倍首相側に本当に何もやましいことがなく、官邸・内閣府に対する指示・意向も全くなく、安倍首相と加計氏との親密な関係は、国家戦略特区での加計学園の獣医学部新設を認めることに全く無関係だったとすれば、それにもかかわらずここまで深刻な事態に追い込まれたことは、すべて安倍政権側の対応の誤りのためだったということになる。そうだとすると、安倍政権の危機対応能力の欠如は、ほとんど病気に近いものと言わざるを得ない。

しかも、安倍内閣の支持率が大きく下落し、「国民に丁寧に説明する」と自ら明言した後も、安倍首相は、疑惑を一層深める対応を繰り返している。閉会中審査の段階で、「加計学園の獣医学部新設の話を1月20日に初めて知った」などと、誰にも信じてもらえない内容の答弁を行い、翌日の質疑で過去の答弁の訂正に追い込まれるという大失態を演じた。

そもそも国家戦略特区という枠組みを作り、アベノミクスの成長戦略の「第三の矢」に位置付けたのは安倍首相自身である。その枠組みが、特区WGの暴走につながり、それに安倍首相の意向への「忖度の構図」が利用されたとすれば、それも、すべて安倍首相の責任である。

安倍首相に、今、必要なことは、北口氏の「特区WG真犯人ストーリー」を十分に念頭に置いて、国家戦略特区で獣医学部新設を認めるに至った経緯と判断の是非を、加計学園の大学経営の実態、今治市側の特区申請に至る経緯等も含めて全面的に検証すること、それも、独立かつ中立の第三者による調査に委ねることであろう。

 

驚異の18歳!

それにしても、恐るべき18歳である。「大人の世界」が不毛な追及と弁解に終始して全く事態の収拾が見通せない状況において、加計学園問題全体を俯瞰し、「特区WGの主導性」に着目し、「総理の意向」が利用されたかという問題の本質を見抜く推理・分析力と、それをストーリー展開させていく能力は、常識を遥かに超えている。検事時代に様々な検察独自捜査に関わった経験や、特捜検察と司法マスコミの癒着を主題とする推理小説【司法記者】(講談社文庫)も書いた経験もあり、推理・分析力、ストーリー展開力にはそれなりの自負を持っている私だが、北口氏のストーリーには、完全に脱帽である。「将棋の世界での藤井聡太四段」に匹敵すると言っても過言ではない。

国の権力の中枢である首相官邸が、首相の国会答弁の混乱を回避することすらできず、事態を一層深刻化させてしまう惨憺たる状況にあり、危機対応能力の欠如と人材不足が絶望的にも思える中、我々は、北口氏のような十代の若者達がこの国を救ってくれる時代がくることに望みを託すほかないのであろうか。

 

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”危険な賭け”に出たことで「詰将棋」に陥った安倍首相

安倍晋三首相は、昨日(7月24日)の衆議院予算委員会での閉会中審査で、加計学園の特区への申請を知った時期について質問され、「1月20日に申請が正式決定した時点」と明言した。「腹心の友」の関係にある加計孝太郎氏と、頻繁に、ゴルフ、会食などを繰り返していた安倍首相が、加計学園が今治市の特区で獣医学部新設の申請をしていることを、最終的に加計学園が事業者に決定された今年の1月20日まで知らなかったというのは、常識では考えられないことであり、昨日の国会での安倍首相の答弁の中で特に注目されている。

昨年10月以降、獣医学部新設を認める条件として、「広域的に獣医学部が存在しない」「平成30年4月設置」などが設定され、「加計ありき」であった強い疑念が生じていることを受け、それらが安倍首相自身の「加計学園への有利な取り計らい」であったことを否定することが目的なのであろう。

なぜなら、昨年9月9日の国家戦略特区諮問会議の時点で、安倍首相が、加計学園の特区申請を認識していたとすると、そこでの議長の安倍首相の指示が、加計学園の獣医学部新設に便宜を図ったものであることを、事実上認めざるを得なくなるからだ。

7月8日の【激論!クロスファイア】で高橋洋一氏の「挙証責任」「議論終了」論をめぐって議論した際にも、昨年9月9日の諮問会議での安倍首相の指示のことを指摘した。(【加計問題での”防衛線”「挙証責任」「議論終了」論の崩壊】)

民間議員を代表して八田達夫氏が

獣医学部の新設は、人畜共通の病気が問題になっていることから見て極めて重要ですが、岩盤が立ちはだかっています。

と発言したことを受けて、安倍首相は、会議の最後に

本日提案いただいた「残された岩盤規制」や、特区での成果の「全国展開」についても、実現に向けた検討を、これまで以上に加速的・集中的にお願いしたい。

と発言している。そして、それを受けて、獣医学部新設の問題を本格的に議論するために開かれた9月16日のWGの冒頭で、藤原豊次長(内閣府地方創生推進事務局審議官)が、

先週金曜日に国家戦略特区の諮問会議が行われまして、まさに八田議員から民間議員ペーパーを御説明いただきましたが、その中で重点的に議論していく項目の1つとしてこの課題が挙がり、総理からもそういった提案課題について検討を深めようというお話もいただいております。

と発言している。つまり、実質的にこの日のWGから始まっている獣医学部新設に関する議論は、「9月9日の諮問会議での安倍首相の指示」によるものであることを、藤原氏が明言しているのである。

この時点で、安倍首相が、加計学園が特区申請をしていることを認識していたとすれば、その指示によって加計学園に便宜を図ったことが否定できなくなる。

「広域的に獣医学部が存在しない」「平成30年4月設置」などの条件については、担当大臣の山本幸三氏が、「安倍首相の指示・意向は一切なく、自分が決定した」と言い続け、徹底して安倍首相を守り抜く姿勢をとり続けている。そういう意味では、一応、ディフェンスが存在している。しかし、9月9日諮問会議での安倍首相発言と、それを受けての9月16日のWGでの藤原氏の発言は、八田氏などが強調する「議事録などに残された透明なプロセス」の中でのことなので、ディフェンスのしようがないのである。

安倍首相側では、昨日の閉会中審査に出席するに当たって、どのような答弁をするかを十分に検討したはずだが、そこで「9月9日諮問会議での安倍首相指示」のことが意識されたのかもしれない。

しかし、常識的に考えても、構造改革特区で何度も獣医学部新設の申請をしていることを知っていたのに、それを国家戦略特区では申請していたことを知らなかったということは考えられない。

しかも、安倍首相は、加計氏と、新たな学部への「挑戦」の話をしたことは認めているのであり、「その学部は何か」ということを親しい間柄で、話さないということは考えられない。安倍首相は「相談も依頼も受けたことはない」としきりに強調しているが、ここで問題となっているのは、加計学園が今治市で獣医学部を新設しようとしていることを認識していたか否かなのである。

国会で、そのような常識では考えられない内容の答弁をしたことは、安倍首相にとって「危険な賭け」だったと言わざるを得ない。

私個人としては、規制緩和における「挙証責任」論や国家戦略特区の在り方に関する議論が取り上げられることを期待していただけに、若干残念であるが、安倍首相側が、防衛線を敢えて「1月20日」に設定した以上、そこが当面の最大の攻防の焦点になることは避けがたいであろう。

今日の参議院での閉会中審査では、この点は野党側からの追及のポイントになるであろうし、仮に、それを耐えしのいだとしても、その不合理性は明らかであって、どう考えても、「加計学園の特区申請は今年1月20日に知った」という話が維持できるとは考えられない。

安倍首相にとって将棋の盤面は、「詰将棋」の状況に入ったと言わざるを得ないだろう。

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京産大記者会見への反応に見る”更なる「二極化」”

超長文ブログへの反応

一昨日出したブログ記事【加計学園問題のあらゆる論点を徹底検証する ~安倍政権側の“自滅”と野党側の“無策”が招いた「二極化」】は、2万3000字に及ぶもので、これまでも長文のブログが多かった私にとっても、最長のブログとなった。ブログ転載サイトのBLOGOSでは、【前編】・【後編】に二分割して転載されている。

この超長文記事に対する反応が、大変興味深いものだった。

まず、超長文だったわりには、ブログ閲覧数等、全体として反応が大きかった。特に、嬉しかったのは、超長文の記事全文をしっかり読んだと思える人から、私の意図を理解してくれたと思える反応が相当数あったことだ。

その中に、次のような有難いツイートがあった。

ちょっと長かったけど読んだ。郷原先生は民主主義に対する信頼がある、そして愛情がある。一般にはちょっと難だが、わかる人にはわかる論点整理をして、実働しなければならない野党や現役の検察官への厳しくも愛情あるエールを投げている。しっかりこの論点を各現場でつなげていってほしいもの。

私が敢えて超長文の記事を出した意図は、短く表現すれば、このツイートの指摘のとおりだ。

加計学園問題で、安倍政権の支持率が急落する中、安倍首相も出席して予算委員会での閉会中審査が開かれることが決まり、国政に関する重大な問題になっているが、この問題に対するマスコミの批判も、野党の国会での追及も、いずれも、問題の本質に迫るものではなく、一方の安倍支持者側の主張も、不正確で一面的なものである。双方の意見が、激しく対立し、全くかみ合わない状況を踏まえ、この問題をめぐる論点を全体的に整理し、それを踏まえて、政権側の対応がいかに拙劣だったか、野党の追及もいかに本質から外れたものだったのかを指摘し、今後の議論を少しでも充実したものにできればと考えたものだ。

一つの記事で関連する論点を幅広く取り上げ、相互の関係まで示そうと思えば、通常の記事を大幅に上回る文字数になるのは致し方なかった(冒頭で示しているように、「第1」から「第5」まで5部構成で、それぞれ独立した内容となっており、個別に読んでもらうこともできる。)。

私も、自営の弁護士であり、個人で事務所を構え、自分の時間を糧として生きている人間だ。どうしても自分以外の人は書かないだろうと思えることがあると、時間をやりくりし、睡眠時間を削り、ブログ【郷原信郎が斬る】で発信している。それは、一国民として、一市民としての使命感からだ。もちろん、弁護士である以上、無責任なことは書けないので、内容面も、形式面も、事務所スタッフのチェックを受け、正確を期している。それだけに、今回の超長文をしっかり読んで、私の意図を理解してくれた人がいたことで、3連休のほとんどの時間を費やし、改めて資料を確認した上で、「修行僧」のように執筆を続けた苦労が報われた思いだった。

しかし、一方の「安倍支持者」と思える人達の反応は、予想されたこととは言え、ほとんどが、辟易させられるものだった。「第5」で、政権側だけではなく、野党側も厳しく批判している。それは、最後まで読まなくても、サブタイトルを見ただけでもわかるはずなのに、ブログの内容を「野党の追及」と同視して誹謗するもの、「長文を書くのは説明能力がないから」「元検事が書くことと思えない」など記事の内容と無関係なことを言ってくるもの、或いは内容を誤ってとらえているものがほとんどだった。

そして、いまなお、彼らが書いていることの中心にあるのが、「挙証責任」論である。「第3」で、「挙証責任」論と一般的な規制緩和論との関係を、私なりに丁寧に解説したつもりだが、さしたる反論もなく、とにかく「文科省は挙証責任を果たしていない」の一点張りだ。

要するに、内容を確かめもしないで、「安倍内閣批判」に対して感情的に反発し、ただただ、「挙証責任」論にしがみつくというのが、「今なお安倍政権を支持する人達」に共通する傾向なのである。

 

現時点での「加計疑惑解消」の論拠

そして、現時点での「安倍内閣支持者」の「加計疑惑は解消した」との主張の最大の論拠となっているのが、京都産業大学の記者会見と、前愛媛県知事の加戸守行氏の国会での発言だ。「感情論」としての加戸発言、客観的根拠としての京産大記者会見の二つを根拠に、「加計学園問題に関する疑惑は全て晴れた。今更何を言っているんだ」と主張している人が多い。

このうち、加戸氏の国会での発言が、加計学園をめぐる疑惑とほとんど無関係であることは、超長文ブログの「第1」の後半で詳細に指摘したとおりであるし、【“加計ありき”の証拠が続々! でも安倍応援団は「加戸前愛媛県知事の証言で疑惑は晴れた」の大合唱、そのインチキを暴く!】などの記事でも指摘されている(末尾で『加戸氏が「アベ友」であること』の指摘があるが、他の指摘だけでも、加戸発言の無価値は明白だ。)。

問題は、7月14日に行われた京都産業大学記者会見の内容をどう見るかだ。

この会見について、「何か水面下で蠢いているのでは」などとツイートしたことで批判を浴びている民進党議員がいる。内容を十分に確認・評価することなく「陰謀論」的な見方を公言することの軽率さには呆れるばかりだ。「野党側の安倍内閣批判」の質の低下を端的に表わすものであり、これも不毛な「二極化」の要因の一つと言える。

前の記事でも書いたが、京産大の記者会見の内容は、加計学園の獣医学部認可の経過に関して疑惑を深めることはあっても、疑惑を稀薄化するものでは決してない。

京産大が会見で述べた内容と、今回の加計学園をめぐる疑惑との関係について詳しく検討してみよう。

 

京産大記者会見質疑全文

京都産業大学会見】は、読売新聞のネット記事に掲載された会見での質疑応答全文に、筆者が発言ごとに番号を付したものである(読売新聞なので、少なくとも政府側に不利な方向に編集されていることはないと考えてよいであろう。)

京産大の発言のうち、加計学園問題に関連すると思える部分を以下の[1]~[18]で整理した。

[1]国家戦略特区の実施主体とて申請し、構想は準備できていたが、今年1月4日の告示で「平成30年4月の設置」が条件とされたために、それまでには設置認可の申請の準備ができないということで応募を断念した(③)。

[2]その後、加計学園が申請することになり、仮に、2校目、3校目の設置認可が認められるとしても、獣医学部やその教員の数が全国で限られている現状からは、質の高い教員を必要な人数確保するのは困難なので、今後の獣医学部設置は断念した(③)

[3]ライフサイエンスの研究・教育は、生物工学科を設置した平成元年から続けてきた。平成22年に設置した総合生命科学部の動物生命医科学科を母体とする研究を、その特長をのばす方向で獣医学部開設につなげようと考えたが、それが果たせなかったので、新しい学部で活用、継承する(①⑤)。

[4](加計学園との比較において)実験動物と感染症を中心に創薬に強いライフサイエンス系の獣医学部を作る構想では自負がある(⑧)。

[5](開設の時期が「京産大外し」につながった認識は)ない。告示を見て判断しただけ。

[6]申請が認められれば教員の確保や建物の確保に着手するつもりだったが、構想段階で終わった(⑩)。

[7]「広域的に獣医師養成大学が存在しないところに限り新設可能」との条件が入ったが、広域ということだけで対象外となったとは思っていなかった(⑬)。

[8]不透明な決定という感触は無かった(⑭)。

[9]平成30年4月が無理だった。告示からスタートするとなると、3か月あまりで設置計画から教員の確保が必要になるが、そのスケジュールは無理だった(⑭)。

[10]獣医学部を断念したことで、獣医師を養成できないことに加え、獣医師の実験動物として、ミニブタなどを使うことができなくなった。小動物に限定されることになる(⑯)。

[11]「4条件」をクリアすべく、蓄積してきたノウハウを盛り込んで、ライフサイエンスに強い獣医系学部を作るという最善のものを用意した(⑰)。

[12](特区はスピーディーにやるものと言っても)、平成30年4月開学は考えていなかった。特区に認定されても、そこから文部科学省の認可申請をクリアする必要がある。通常の単独申請ならば、文科省への申請が認定されれば、学部が開設できるが、今回のケースは違う。そこを確認したうえでないと、人、建物、設備は整えられない(㉖)。

[13]「広域的」ということが本学にとって、ちょっと不利だなとは思ったが、それだけをもって今回、対象外になったとは思っていなかったので、引き続き継続して見守っていた(㉚)。

[14]諮問会議での「広域的」のキーワードと、昨年11月18日の平成30年度開設のパブリックコメントを経て、どのように最終的な判断が今年1月4日にされるのかを注目していた(㉛)。

[15](加計学園は申請が認められる前から、教員集めやボーリングをしていたが)、本学は綾部市でキャンパスを設けるとすると学部は獣医学部に限られる。その設置がかなわなくても違う学部を設置できるならば事前着手も可能だが、そうではなかったので、リスクはとれなかった(㉜)。

[16]教員の確保が難しい理由は、獣医学部を持つ大学は日本で16校ぐらいしかなく、教員も六百数十人しかいないこと。国際水準の獣医教育をしようとすると、教員72人が必要とされているので一般的には教員確保が難しい(㊳)。

[17]国家戦略特区ということで、まずは内閣府をクリアしないと、そもそも文科省に申請できないという認識だったので、特区の提案の中で、獣医学部の新設に関して事前相談で文科省の方には行かなかった(㊸)。

[18](加計学園の動きで影響を受けたことは)ない。1月4日以降、自分たちの方向に進んできた。回りの影響を受けたことはない。(㊻)

 

京産大の立場・心情、会見を行った事情

このような京産大の会見内容を、加計学園問題との関係で評価するに当たって、京産大の置かれた立場と心情、会見を行った事情を考えてみる必要がある。

京産大には平成元年からのライフサイエンスの研究・教育の歴史がある。2015年6月30日の閣議決定の「4条件」で、「新たな獣医師の分野」「ライフサイエンス」が、獣医学部新設の条件として明示されたことで、かねてからのライフサイエンス研究を、獣医学部構想として具体化させ、京大の山中教授のIPS細胞研究との連携も図っていくことに夢を膨らませていた。16年10月17日の国家戦略特区ワーキンググループでのヒアリングでは、その獣医学部でのライフサイエンス研究の構想について、説明する場も与えられ、獣医学部構想実現への期待は一層高まったはずだ。しかし、結果的には、「平成30年4月設置」という条件のために応募を断念せざるを得なくなり、教員確保が困難となることから、やむなく、獣医学部新設そのものを断念し、ライフサイエンス研究は他の構想に転換せざるを得ない事態に至ったことが、学部新設構想に関わった京産大関係者の人達にとっていかに残念であったかは察するに余りある。

しかも、重大な政治問題となっている加計学園問題に関連して、京産大の獣医学部設置構想は社会的に注目されていた中、安倍首相が、神戸での講演で「獣医学部全国展開」を打ち出し、「今後、二校でも三校でも認可していく」と明言した。現時点で、次の獣医学部新設の最有力候補が京産大ということで一層注目を集めているのであるから、獣医学部設置を将来的にも断念したのであれば、それを世の中に公表せざるを得ない。

しかし、京産大側の発言による政治的影響は極めて大きいと考えられ、国の認可のもと、私学助成も得て大学を運営している私立大学の立場としては、記者会見で、根拠のない推測や不確かなことを発言するのは、今後の大学運営にマイナスになりかねない。

そういう状況の中で、今回の記者会見での京産大側の発言内容には、国家戦略特区への応募を断念した理由と、なぜ将来的な獣医学部新設をも断念したのか、という点について事実を淡々と説明する一方で、加計学園問題に関するどのような質問を受けても、京産大側には直接関係がないこと、不確かな根拠で政府を批判することになるような発言は避ける、という姿勢で臨んだものと思われる。それは京産大の立場を考えれば誠に適切な姿勢である。

従前からの「京産大は『加計ありき』の獣医学部新設の被害者」というような見方からの質問に対しては、それを否定する発言をしている([7][8])。それが、「安倍支持者」の人達には、「野党の加計問題による安倍内閣批判を否定するもの」であるかのように受けとられた。しかし、それは、上記のような京産大の立場からは当然なのである。

 

京産大会見から明らかになった重要な事実

重要なことは、以下の3点である。

第1に、京産大が特区の事業者に応募しなかった決定的な理由は、「平成30年4月設置」が条件とされ、それを前提にすれば、到底準備が間に合わないということである([1])。

そのような条件が設定されたことの「是非」についての発言は一切していないが、「告示からスタート」を前提に「平成30年4月設置」に間に合わせるために、3ヶ月後の29年3月までに新学部設置申請することは「実際には不可能」だと明確に説明している([9][12])。しかも、文科省の告示で獣医学部の認可申請は受け付けられないことになっていたので、国家戦略特区で特例を認める告示が出る以前には文科省には事前相談もできなかったと([17])。

要するに、京産大の立場からは、「平成30年4月設置」というのは、絶対的に不可能なスケジュールだったのである。京産大は、「開設の時期が『京産大外し』につながった認識はない」([5])、「不透明な決定という感触は無かった」([8])と述べているが、政府の対応の評価に言及することを差し控えているだけで、客観的に述べている内容からすると、「平成30年4月設置」が条件とされたことは通常の学部設置認可においてあり得ず、それが加計学園にとって唯一の競争相手であった京産大が排除されたことは明らかなのである。

第2に、獣医学部設置を将来的に断念した理由について「教員の確保が困難」と説明している([2])。なぜ困難になったのかについて、「獣医学部を持つ大学は、日本で16校ぐらいしかないこと、教員も六百数十人しかいないこと」を理由としているが、そのような現状で、「その後、加計学園が申請することになり」([2])、大量の教員を先に確保されてしまうと、獣医師教育、最先端教育のために必要な72人の教員を確保する目途が立たなくなるのは当然である。

要するに、最先端のライフサイエンス研究を行う獣医学部を新設するとすれば、現状からは、「先着1校」とならざるを得ず、安倍首相が講演で明言した「2校、3校」というのは、全くの「机上の空論」であることが明らかになったのである。

第3に、京産大が、実験動物と感染症を中心に創薬に強いライフサイエンス研究に関しては「自負」を持っていると明言していることである([4])。閣議決定の「4条件」をクリアすべく「最善のものを用意した」と明確に述べている([7])。つまり、創薬ライフサイエンスに関しては、絶対に負けないという自負があったのに、それを獣医学部に展開しようとしていたのに、断念せざるを得なかったと述べているのである。しかも、京産大にとって獣医学部を断念したことで、獣医師の実験動物としてミニブタなどを使うことができず、小動物に限定されることで創薬ライフサイエンスの研究は大きな影響を受けることになる([10])。それは、閣議決定の「4条件」との関係からも、国家戦略特区諮問会議での議論との関係からも重要である。

そもそも、「4条件」は、獣医師の新たな分野としてのライフサイエンスに関して具体的な提案があった場合に、告示の特例を認めて獣医学部の新設を認可するという方針を示したのであり、その具体的な構想を明らかにしたのは京産大である(一方、この時点では今治市からは、ライフサイエンスの具体的な構想の内容は一切明らかにされていない)。しかも、獣医学部新設の方針を決定した昨年11月9日の特区諮問会議で、民間議員の八田達夫氏は、獣医学部新設を認める理由について以下のように述べているのである。

獣医学部の新設は、創薬プロセス等の先端ライフサイエンス研究では、実験動物として今まで大体ネズミが使われてきたのですけれども、本当は猿とか豚とかのほうが実際は有効なのです。これを扱うのはやはり獣医学部ではければできない。そういう必要性が非常に高まっています。そういう研究のために獣医学部が必要だと

この八田氏の発言は、昨年10月17日の京産大のヒアリングの際の資料中の「実験動物としてのブタの専門知識を持つ獣医師の必要性」の「受け売り」である。このミニブタ等の実験動物を用いた創薬ライフサイエンス研究が、「産業の国際競争力を強化するとともに、国際的な経済活動の拠点を形成する」ことを法目的とする国家戦略特区で獣医学部の新設を認める最大の理由だったはずだ。それなのに、京産大が応募断念に追い込まれ、将来的にも獣医学部の新設を断念せざるを得なくなったことは、国家戦略特区法の目的に著しく反する事態だと言わざるを得ないのである。

京産大は、「広域的に獣医師養成大学が存在しないところに限り新設可能」との条件が入ったことだけで対象外となったとは思わなかったが、「広域的」ということが京産大にとって少し不利だとは思ったと述べている。創薬ライフサイエンス研究において圧倒的に先行しているという「自負」を持っていた京産大にとって、合理的な予測として、「4条件」に照らせば加計学園に負けることはあり得ないと考えていたからこそ、「広域的」という、解釈の余地のある言葉だけで、対象外になったとは思わなかった、いや思いたくなかったということだと思われる。

安倍支持者と思えるツイートの中には、

京産大が「加計は10年、うちは1年」とまで言ったのだから、とっくに決着はついている。

というようなツイートがあったが、「加計は10年、うちは1年」と言ったのは、京都府の山田知事であり、明らかに誤りだ。しかも、京都産業大学は、「府立大学」ではないし、山田知事は国家戦略特区の申請者だが獣医学部に関しては当事者ではない。京産大の創薬ライフサイエンス研究や獣医学部新設構想の経緯や大学側が断念した事情からすると、何をもって「うちは1年」と言っているのかも不明だ。当事者の京産大の発言と同視することはできない。

京産大が記者会見で明らかにした内容は、加計学園問題を考える上で非常に重要である。その内容も確認せず「陰謀論」的なツイートをする民進党議員も論外だが、会見の内容を正しく理解せず「加計疑惑が解消」と騒いだ安倍支持者は、会見内容を都合よく切り取って使っているだけだ。それは、「いまなお安倍内閣の支持する人達」が、事実を客観的に受け止めようとせず、「疑惑はない」との結論に固執する姿勢を表すものと言える。

安倍内閣の支持率は、一部世論調査で30%を割るなど急激な低下を続けている。安倍首相にとってその数字以上に深刻なのは、「今なお安倍内閣を支持する人達」、つまり“こんな人達”の反対にいる“人達”の多くが、理屈抜きで、批判に耳を貸さず「安倍支持」に固執する人達だということである。仮に、支持率が下げ止まったとしても、その「現実」から目を背けることはできないのである。

カテゴリー: 加計学園問題 | 10件のコメント

加計学園問題のあらゆる論点を徹底検証する ~安倍政権側の“自滅”と野党側の“無策”が招いた「二極化」

 

加計学園問題をめぐり、かみ合わず、対立する主張

森友学園問題は、小学校開設のための国有地が不当に安く払い下げられたことが、安倍晋三首相の夫人安倍昭恵氏が名誉校長を務める学校法人森友学園への「不当な優遇」ではないかが問題とされたが、加計学園問題も、森友学園問題と同様に、「安倍一強」と言われる安倍内閣への政治権力の集中の中で、安倍首相と親密な関係にある特定の学校法人が国から不当な優遇を受けたのではないかが問題とされたものだった。

その問題をめぐる構図を大きく変えたのが、前川喜平前文科省事務次官が、記者会見を開き、文科省内に「総理のご意向」文書が存在したことを認め、「行政が捻じ曲げられた」と明言したことであり、それ以降、最近まで文科省事務次官という中央省庁の事務方のトップの地位にあった人間の発言や、その省内で作成された文書によって、「不当な優遇」を疑う具体的な根拠が示され、それが、国会の内外で安倍首相や安倍内閣が厳しい追及を受ける事態に発展した。

国会での追及を免れるため、先の国会の最大の対決法案であった「テロ等準備罪法案」を、委員会採決を省略して本会議で議決するという不当な「奇策」まで使って、会期を延長せず国会会期を終了させたが、このようなやり方や、一連の問題に対する安倍内閣の不誠実な対応が、安倍内閣への批判を逆に高め、都議選で自民党が歴史的惨敗、その後、安倍内閣の支持率は政権発足後最低の水準まで低下している。

都議選での自民党の惨敗、支持率の急落を受け、7月10日には国会両院で閉会中審査が開かれたが、外遊中の安倍首相が出席しなかったことへの批判が高まり、安倍首相が出席して両院の予算委員会で閉会中審査が開かれることになった。

ここに来て顕著なことは、加計学園問題について、「重大な問題だ」と指摘する論者と、次第に少数になりつつあるが「全く問題がない」とする論者との間で、激しく意見が対立し、しかも、両者の主張がほとんど噛み合っていないことである。

加計問題での“防衛線”「挙証責任」「議論終了」論の崩壊】でも述べたように、7月8日放映のBS朝日「激論!クロスファイア」(司会田原総一朗氏)に、元大蔵官僚の高橋洋一氏と私が出演し、同氏の「挙証責任」「議論終了」論をめぐって激しい議論を展開した。私の諮問会議・WGの議事録に基づく指摘で、少なくとも高橋氏の「議論終了論」はほぼ完全に崩れたと思えたが、ネットでは、多くの人が「郷原氏、高橋氏に圧勝」とする一方で、一部に「高橋氏の完勝だ」と評価する人もいる。

また、閉会中審査の結果についても、自民党の青山繁晴議員の前川氏への質疑、前愛媛県知事の加戸守行氏の発言の評価等をめぐって、見方が真っ向から対立している状況にある(猪野亨氏【閉会中審査でのやり取りを自民党に軍配を上げるネトウヨたちの異様性 国会軽視の安倍自民党】)。

安倍首相が出席して行われることとなった予算委員会での閉会中審査をめぐって意見・評価が全くかみ合わないまま激しく対立する状況が続くことが予想される。

なぜこのような状況が続くのか、「安倍首相を支持するか、しないか」という政治的意見の対立の先鋭化によるものであることも確かである。しかし、それ以上に、この問題は、「安倍首相の指示・意向があったのかどうか」という事実認定の問題のほかに、社会的、経済的、或いはコンプライアンス的に重要な論点を多数含んでおり、その点についての見解の対立があること、しかも、この問題についての国会での議論が低レベルで本質的な問題を指摘し得ていないことなどが、影響しているように思われる。

この「見解の対立」も、かなり本質的な違いであり、その解消は容易ではないが、まず、何がどう対立しているのかを全体的に整理することは、今後の加計学園問題をめぐる議論に関しても有益なのではないかと思う。

そこで、政権の帰趨を決する重大問題となった加計学園問題をめぐる議論の混乱を解消し、少しでも充実したものとするため、この問題全体に関する論点を、可能な限り網羅的に取り上げて整理し、解説してみたいと思う。

私のブログ記事としては過去に例がない程の長文になってしまったので、最初に内容を全体的に示しておきたい。

第1 安倍首相の指示・意向という「事実」に関する問題

第2 利益相反、公正・中立性の確保という「コンプライアンス」に関する問題

第3 規制緩和をめぐる「挙証責任」に関する問題

第4 「犯罪性」に関する問題

 第5 安倍政権側と野党側の対応を“斬る”

 

第1「事実」に関する問題([A])

 

安倍首相の指示・意向の有無と意向の「忖度」

加計学園問題をめぐる最大の争点が、「『腹心の友』の加計孝太郎氏が経営する加計学園に有利な取り計らいをするよう安倍首相の指示・意向が示された事実があったか否か」であることは間違いない。しかし、この点についての事実が明らかになる可能性はほとんどないに等しい。仮にその事実があったとしても、安倍首相がそれを認めることはあり得ないし、その指示・意向を直接受けた人間がいたとしても、それを肯定することは考えられないからだ。

安倍首相の直接的な指示・意向のほかに、官邸や内閣府の関係者が、安倍首相の意向を「忖度」して、加計学園の獣医学部新設が認められるように取り計らったのではないかも問題となるが、【官僚の世界における“忖度”について「確かに言えること」】でも述べたように、「忖度」というのは、される方(上位者)にはわからないものだし、行う本人も意識していない場合が多い。「忖度」があったかなかったかを、安倍首相にいくら質問しても、関係者をいくら追及しても、事実を明らかにすることは、もともと極めて困難である。

しかし、それらの事実が直接証拠によって立証されることはなくても、間接事実によって推認されることはあり得る。国家戦略特区の枠組みによって加計学園の獣医学部新設が認められた経緯の中での関係者の発言のほか、手続自体が「最初から加計学園ありき」としか考えられない「歪んだもの」だったとすれば、その背景に、安倍首相と加計氏との関係があることが影響したことが合理的に推測され、安倍首相の指示・意向や、忖度が働いたことが強く疑われることになる。

立証命題としての「事実」は、安倍首相の指示・意向([A]①)と意向の忖度([A]②)だが、実際には、「間接事実」によって、[A]①及び[A]②の事実が推認できるか否かという問題([A]③)に尽きる。

その点に関して重要なのが、前川氏の証言と文科省の内部文書の存在である。その主な内容が、以下のようなものだ。

[前川証言]

ア 2016年9月頃、和泉洋人首相補佐官から、「総理は自分の口から言えないから、私が代わって言う」と言われた。

イ 同年8月下旬頃、木曽功加計学園理事(元文科省官僚)から、「国家戦略特区制度で、今治に獣医学部を新設する話、早く進めてほしい。文科省は(国家戦略特区)諮問会議が決定したことに従えばいいから」と言われた。

ウ 11月9日の諮問会議で「広域的に獣医学部の存在しない地域に限り」という条件が付され、11月18日の共同告示のパブリックコメントの際に「平成30年度開設」という条件が付され、1月4日に共同告示が制定された際に、「一校に限り」という条件が入り、結局加計学園だけが残ることになった。初めから加計学園に決まっていた、加計学園に決まるようにプロセスを進めてきたと見え、このプロセスは内閣府あるいは内閣官房の中で進んできた。

[文科省文書]

エ 「これは総理のご意向だと聞いている」

オ 「これは官邸の最高レベルが言っていること」

カ 「閣内不一致を何とかしないと文科省が悪者になってしまう」

 

これらを総合すると、[A]③の間接事実としては相当程度有力なものであるといえ、これらを否定する根拠、合理的な説明・反論がない限り、[A]①及び[A]②が推認されることになる。とりわけ、文科省側の事務方のトップであった前川氏が、「初めから加計学園に決まっていた」と具体的な根拠を示して証言したことの意味は極めて大きい。存在が明らかになっている文科省内の文書も、その内容だけでは、内閣府等の関係者の言動を正確に示すものとは必ずしも言えないが、文科省と内閣府の間のやり取りについて、内閣府側からは、文科省側の文書を否定する文書・資料は全く開示されておらず、担当大臣の山本氏の説明も、前川氏の指摘に対する合理的な説明・反論になっているとは言い難い。そのため[A]①及び[A]②の事実に関して、[A]③の間接事実による推認が、相当程度強く働いていると言わざるを得ない。

 

加戸守行氏の証言と京都産業大学の記者会見

閉会中審査における前愛媛県知事の加戸守行氏の証言と、その後に行われた京都産業大学の「獣医学部開設断念」の記者会見の内容をどう評価するかも問題となっている。これらによって、加計学園をめぐる安倍首相の疑惑が解消されたかのように評価する声もあるが、いずれも、加計学園をめぐる疑惑を解消することにつながるものではない。

加戸氏については、愛媛県知事の時代から、今治新都市開発の一環として大学誘致に熱心に取り組んできたこと、同氏にとって獣医学部誘致が「悲願」だったことは、国会で切々と述べたとおりであろうし、教育再生実行会議での同氏の、唐突な、いささか場違いとも思える「獣医学部新設問題」への言及からも、誘致への強い熱意が窺われる。しかし、加戸氏は、獣医学部の認可を求める側の当事者、政府にとっては外部者であり、政府内部における獣医学部新設をめぐる経過とは直接関係はない。また、「愛媛県議会議員の今治市選出の議員と加計学園の事務局長がお友達であったから、この話がつながれてきて飛びついた」というのも、今治市が加計学園の獣医学部を誘致する活動をする10年以上前の話である。その後の誘致活動、とりわけ、前川氏が「加計学園に最初から決まっていた」と思える「行政の歪み」があったと指摘する2016年8月以降の経過に、安倍首相と加計理事長の「お友達」の関係がどのように影響しているのかとは次元の異なる問題である。

また、長年にわたって誘致活動を進めてきた加戸氏の立場からは致し方ないことのようにも思えるが、同氏の話にはかなりの誇張がある。愛媛県知事時代の「鳥インフルエンザ、口蹄疫の四国への上陸の阻止」の問題を、公務員獣医師、産業担当獣医師の数が少ないことの問題に結び付けているが、加戸氏自身も認めているように、上陸阻止の手段は、船、自動車等の徹底した消毒であり、獣医師の「数」は問題とはならない。獣医師が必要になるとすれば上陸が阻止できず感染が生じた場合であろうが、実際には、四国では鳥インフルエンザも口蹄疫も発生していない。また、加戸氏が長年にわたって今治市への獣医学部誘致の活動をしてきた背景には、知事時代に今治市と共同して進めた新都市整備事業で予定していた学園都市構想が実現しておらず、土地が宙に浮いた状態だったという事情があったことを加戸氏自身も認めている。獣医学部誘致に今治市民の膨大な額の税金を投入することを疑問視する市民も少なからずいることを無視して、獣医学部誘致が「愛媛県民の、そして今治地域の夢と希望」と表現するのは、現実とはかなり異なっているように思える。

結局のところ、加戸氏の国会での発言は、政府の対応を正当化する根拠にも、前川氏の証言に対する反対事実にもなり得ないものであり、加計学園をめぐる疑惑に関しては、ほとんど意味がないものと言える。

次に、京都産業大学が7月14日に記者会見を開いて獣医学部設置断念を公表した件だが、そこで明らかにされた理由は、

1月4日に公表された文科省告示で『平成30年4月開学』が条件とされたことで、準備が間に合わないと判断したために応募は断念した。

(獣医学部を断念した理由について)加計学園が来春、愛媛県今治市に獣医学部を開学する予定であることで、国際水準に足る質の高い教員を確保することが難しくなった

というものだった。

既存の獣医学部などが「広域的に存在しない地域に限り」新設を認めるとした条件について「これで対象外になったとは思わなかったが、ちょっと不利だと思った」とも述べている。この会見での説明からすると、「30年4月開学」という条件が付けられたことで、京都産業大学が応募を断念せざるを得なくなり、しかも、加計学園が先に開学することで教員確保が困難となり、結局、国家戦略特区諮問会議で決定された条件のために、「加計学園のみ獣医学部設置」という結果につながったことが明らかになった。

京都産業大学の記者会見での説明は、「平成30年開学」の条件が、「加計ありき」につながったとの前川氏の指摘を裏付けるものと見ることができ、[A]③の間接事実による[A]①及び[A]②の推認を、むしろ強める方向に働くものである。

ところが、高橋洋一氏は、この京都産業大学の記者会見について、獣医学部設置断念の理由についての説明を、《「教員確保が困難だったため」としたうえで、今回の戦略特区の選定作業が不透明だったか否かについては、「不透明ではなかった」と明言している。》などと引用し、加計学園をめぐる疑惑が晴れたかのように述べている(現代ビジネス【加計問題を追及し続けるマスコミの「本当の狙い」を邪推してみた】)が、「平成30年4月開学」の条件が付されたことが特区への応募断念の決定的な理由であったとの大学側が繰り返し述べた理由を意図的に除外している。しかも、表面上は公開の手続で決定されたのであるから、内閣府と文科省との間で何があったのか知り得ない同大学側が「不透明だった」と言う根拠もない。会見の内容を歪曲して、疑惑が晴れたとの結論を導こうとしているものである。

 

第2 コンプライアンスに関する問題([B])

次に、国家戦略特区に関する権限を有する総理大臣と、加計学園理事長とが「腹心の友」であることの「利益相反」という問題がある。これは、公正・公平な判断ではない疑いが生じる「外形」の問題である。過去50年以上にわたり認められてこなかった獣医学部の新設を、安倍首相がトップを務める内閣府所管の国家戦略特別区域法に基づき、大学認可を所管する文科省の従来の方針を変更して実現しようとしているのであるが、その権限を持っているのは安倍首相自身だ。首相と加計理事長との親密な関係が、国家戦略特区の枠組みによる獣医学部新設認可の判断に影響を与えることがないようにする必要があった。それは、安倍首相が強調するように「関与していない」「指示していない」ということで済む問題ではない。安倍首相と加計理事長の親密な関係が、「忖度」等によって事実上影響した可能性もあり、外形上そのような疑いが生じること自体が問題なのである。

これが、事業を行う組織のトップの「利益相反」というコンプイアンス問題であり、それを[B]-①と呼ぶとすれば、もう一つ、この点に関して重要なのが、「利益相反」が生じかねない枠組みという[B]-②の問題である。

国家戦略特区の枠組みは、基本的に有識者の諮問会議やワーキンググループ(WG)の民間議員が中心である。「岩盤規制」を守ろうとする規制官庁と、それを崩そうとする側との間では激しい意見対立が生じ、その意見対立に対して「中立・公正な立場での判断」が必要となる。ところが、現在の諮問会議とWGの民間議員のメンバーは、ほとんどが安倍首相の支持者、アベノミクスの推進者など、その動きや判断が安倍首相の意向に沿うものとなることが確実なメンバーだ。このような民間議員にWG、諮問会議で「判断」を行わせること自体に、公正・中立の確保というコンプライアンスに関して問題がある。

重要なことは、「利益相反」というコンプライアンス上の問題は、あくまで「外形上」の問題であり、実質的な問題ではないということだ。当事者が、その問題を認識・理解し、適切な対応をとれば、大きな問題にはならないし、ましてや、政権を揺るがす問題になるなどということにはならない。要するに、加計学園の獣医学部の新設認可に向けての手続きが取られたことが、その獣医学部の新設計画の中身や、実質的な価値、社会への貢献などの面から、全く問題ないことを安倍首相自身、あるいは加計学園側が十分に説明し、納得を得ることができれば、外形上の問題は結果的には解消されうるのである。

ところが、国会で「加計学園の理事長・加計晃太郎さんと7回食事をしています。2年半で13回も食事。総理、なぜ規制緩和をしたのですか?」と野党側からの質問を受けたのに対して、安倍首相は、「特定の人物や特定の学校の名前を出している以上、確証が無ければ極めて失礼ですよ!」などと言い返し、その後も、「(国家戦略)特区の指定や規制改革項目の追加、事業者の選定のプロセスは関係法令に基づき適切に実施しており、圧力が働いたことは一切ない。」との答弁を続けた。野党側は、安倍首相と極めて親しい関係にある加計氏が経営する学校法人が国家戦略特区で有利な扱いを受けた疑いを、さしたる根拠もなく質問しただけだったのだが、安倍首相は、[A]-①、②を否定するだけではなく、「関係法令に基づき適切に実施している」と言って、[B]-①、②の問題を全く問題ないかのような答弁をしたのである。

「関係法令に基づき適切に実施」というのが、この問題に対する説明にも反論にもならないことは明らかだ。法令上、国家戦略特区法は、諮問会議の決定等の手続を経て従来の行政の判断を変更することを可能にしているのであり、その手続に則って行われている以上、法令上問題がないことは当然である。しかし、だからと言って、「法令遵守」を超えたコンプライアンス問題である[B]の問題を否定できるわけではない。

安倍首相としては、この段階で、次のように答弁すべきだった。

加計孝太郎氏は、私の古くからの「腹心の友」ですが、今回の獣医学部の新設認可に関して、私は、全く口を出していないし、加計学園を優遇するように指示したことも全くありません。しかしながら、国家戦略特区において、52年ぶりに獣医学部が新設されるという「岩盤規制の打破」が実現したことについて、総理である私と親しい加計氏が経営する加計学園だけが認可されたという結果になったことで、加計氏が私の親しい友人であることが、官邸や内閣府の関係者に認識され、忖度が働いたのではないかとの疑いを受けたこと、また、現在の特区諮問会議等の枠組みが、そのような疑念を払拭できるものではなかった点に問題がなかったとは言えないと思いますし、特区諮問会議の議長である私自身が、利益相反についての問題意識が若干欠けていたことは反省すべきだろうと思います。今後、国家戦略特区の運用においてこのような疑念が生じることのないよう、「岩盤規制」を守ろうとする規制官庁と、それを崩そうとする民間議員との間で、公正・中立な判断が行われ、規制緩和の恩恵を受ける事業者の選定においても疑念を受けないようにするための枠組みを作ることなど、改善を検討していきたいと思います。

 

このように[B]のコンプライアンス問題を意識した適切な答弁を行い、国家戦略特区諮問会議の構成や運営を改善する方針を示していれば、加計学園問題は、その時点で収拾できていたはずだ。

ところが、「全く問題ない」と言い切ったために、実際に、安倍首相の指示・意向があったか否かは別として、国家戦略特区の枠組みで、従来の文科省の方針に反して獣医学部の設置認可を迫られたことに対する文科省関係者の反発を招き、その後、「総理のご意向」などと書かれた内部文書の存在が指摘され、前川氏が記者会見で「文書は確かに存在した」「文科省の行政が捻じ曲げられた」と発言するという、安倍首相にとっても内閣にとっても最悪の事態に発展していった。

そして、さらに火に油を注ぐことになったのが、このような文科省側の動きに対して、菅義偉官房長官を中心とする首相官邸側が、読売新聞を使って前川氏の個人攻撃を行うという「禁じ手」まで使い(【読売新聞は死んだに等しい】)、一方で、文科省の文書に関する調査に関する要求には、「法令遵守」を振りかざす対応に終始したことである。文科省の当初調査では文書の存在が確認されず、その後、文科省の事務次官を務めていた前川氏が「確かに存在していた」と証言したが、菅氏は「怪文書のようなもの」と切り捨てた。それによって、内部からの告発証言が相次ぎ、再調査を求める声が高まっても、「法令に基づいて適切に対応している」と言い続けて、再調査を拒否し続けた。そして、結局、再調査をせざるを得ない状況に追い込まれ、再調査の結果、文書の存在が確認された。当初の調査は、文書の存在を確認するためのものだったのに、実際にはその文書を隠ぺいした疑いが日に日に高まっていった。「隠ぺい」は組織に対して厳しい批判の根拠となる事実だが「法令違反」の問題ではない。そういう問題について、「法令に基づいて適切に対応している」という言葉だけで済ませようとしたのは、明らかに間違っていた(日経BizGate【「法令遵守」への固執が安倍内閣の根本的な誤り】)。

菅氏の対応は、「利益相反」という「法令遵守を超えたコンプライアンス問題」であった加計学園問題について、内部告発的な動きがあったのに対して、「法令遵守」の考え方で押し切ろうとしたところに最大の問題があった。

このように、安倍氏や菅氏が[B]の問題を十分に理解せず、さしたる根拠もない[A]について躍起になって否定するという対応を重ねていったことで、逆に、安倍首相の指示・意向ないし「忖度」という[A]の事実について、疑いが相当程度あるように世の中から認識されるようになっていった。

 

第3「岩盤規制」と規制緩和をめぐる議論([C])

[A]の安倍首相の指示・意向等の事実に関して直接の証拠はないものの、前川氏の証言等によって、相当程度推認が働き、[B]のコンプライアンスの問題については、問題意識を欠いたまま「法令遵守」的対応を繰り返して墓穴を掘った官邸・内閣府側からの「反撃材料」として出てきたのが、獣医学部新設の規制緩和に関連する「挙証責任」論だった。それは、[A][B]に関して、致命的な誤りを犯してしまった政府側にとって、極めて重要な「防衛線」であった。

国家戦略特区諮問会議の有識者議員(民間議員)及び同ワーキンググループ(WG)委員は、6月13日に記者会見を行い、今治市に獣医学部の新設を認めた手続にも経過にも全く問題はない(「一点の曇りもない」)と断言した。その理由とされたのが、

獣医学部の新設を「門前払い」する文科省の告示は、もともと不当なものであり、それを維持するのであれば文科省に「挙証責任」がある。「挙証責任」を果たさなかった文科省は、その時点で「負け」であり、告示を改正して獣医学部の新設を認めるのが当然であり、その当然の結果として、特例として加計学園の獣医学部新設が認められた。

という「挙証責任」論だった。

高橋洋一氏は、それに加えて、《2016年3月末の期限までに挙証責任を果たせなかったことで「議論終了」、文科省の「負け」が決まり、「泣きの延長」となった2016年9月16日時点でも予測を出せずに完敗》との理由で、国家戦略特区で獣医学部の新設を認めたことに「総理の意向」が働く余地はないとの主張(「議論終了」論)を、ネット記事やテレビ出演等で繰り返した。

そして、この高橋氏の主張の「受け売り」のような発言をしていた国家戦略特区を担当する地方創生担当大臣の山本幸三氏は、閉会中審査の答弁で、

国家戦略特区の基本方針に、規制所管府省庁が規制、制度の見直しが適当でないと判断する場合には、正当な理由を適切に行わなければならないと書いてある。その規制監督省庁はこの場合文科省なので、文科省が責任を持って、ちゃんと需要が足りている、あるいは4条件を満たしていないということをきちっと説明しなければ、基本方針にのっとって、当然そういう説明がない、つまり正当な理由がないということになって獣医学部を新設するということになる。

と述べた。

また、閉会中審査に参考人として出席した国家戦略特区諮問会議WG委員の原英史氏は、「そもそも規制の根拠の合理性を示す立証責任が規制の担当省にあり、いわゆる4条件もその延長上にある」との前提で、その文科省の告示で「門前払い」していた獣医学部新設を、特例として認めたことについて、「4条件」が充たされている。

と説明した。

さらに、自民党の青山繁晴議員は、

9月16日WGで文科省の課長補佐が挙証責任は大学や学部を新設したいという側にあるとの発言をしたが、これに対して原氏が「挙証責任が逆さまになっている」と指摘し、その後文科省側の反論が一切ないので「議論はそこで決着」してしまっている。

と述べ、さらに

なぜ挙証責任が文科省にあるかといえば、大学や学部新設の許認可は全て文科省が握っているからだ。文科省もこれがわかっているから反論しなくて、言わばそれで決着している。

と、高橋氏と同様の「挙証責任」「議論終了」論を、WGの議事録に基づいて主張し、参考人の前川氏に意見を求めた。

これに対して前川氏は、

内閣府が勝った、文科省が負けた、だから国民に対してはこれをやるんだと説明する、というのでは国民に対する説明にはならない。挙証責任の在りかということと、国民に対する説明責任とは全く別物で、国民に対する説明責任は政府一体として負わなければならない。挙証責任があって、その議論に負けたから文科省が説明するんだという議論にはならないはずだ。

と答えた。

首相官邸、内閣府、自民党、国家戦略特区民間議員等の側が、最近の議論では、「挙証責任」論を最大の根拠としているのに対して、その「挙証責任」論を真っ向から否定する主張をしているのが前川氏である。しかし、この点の議論は、民進党、共産党等の野党の国会質問ではほとんど取り上げられておらず、もっぱら[A]に関する追及を続けている。

 

「挙証責任」論をめぐる主張の整理

このような政府側、諮問会議、WG民間議員側の「挙証責任」に関する主張を[C]と表現して整理してみよう。

まず、首相官邸側、自民党側が言いたいことは、

《告示によって獣医学部の新設を一切認めないという岩盤規制を50年以上守り続けてきた文科省には、規制の正当性に「挙証責任」があり、それが果たせなかったので、告示が一部改められて獣医学部の新設が認められたのは当然だ》

ということだ。

その根底には、「そもそも、経済活動は自由が原則であり、それを規制する官庁には、その合理性についての挙証責任がある」という考え方がある。2014年2月25日の国家戦略特別区域基本方針の閣議決定における

「新たな規制の特例措置の実現に向けた規制所管府省庁との調整は、諮問会議の実施する調査審議の中で、当該規制所管府省庁の長の出席を求めた上で実施する。その調整に当たり、規制所管府省庁がこれらの規制・制度改革が困難と判断する場合には、当該規制所管府省庁において正当な理由の説明を適切に行うこととする。」

との記載を、規制官庁には規制の合理性について「挙証責任」があるとの趣旨として理解するものだ。国家戦略特区諮問会議の民間議員らが記者会見で述べた主張がまさにそれである。

しかし、規制一般について、このような「挙証責任」論によるべきというのが国の方針と言えるのかどうかは問題である。また、それが獣医学部の新設の問題にそのまま適用できるかどうかは、別の問題である。獣医学部の新設については、直接的には、石破茂氏が地方創生担当大臣の時代の2015年6月30日の「4条件」の閣議決定があるのであり、そこで、一般的な規制緩和についての「挙証責任」論とは異なる考え方がとられていれば、その閣議決定を根拠とすべきということになる。

そこで、「挙証責任」論によって獣医学部新設が正当化できるという主張を、規制緩和一般についての[C]①と区別して、[C]①+と表現することとする。

WG議員の原英史氏の閉会中審査での

「『4条件』の閣議決定も『挙証責任論』に基づいており、加計学園の獣医学部新設は『4条件』を充たしている」

とする上記発言は、まさに[C]①+の主張である。

このような[C]①及び[C]①+をさらに過激化させ、文科省の「総理のご意向」等を内容とする文書や前川氏の証言の証拠価値を完全に失わせようとするのが、[C]②の高橋洋一氏と青山氏の「議論終了」論である。

これらの主張が認められるのであれば、文科省文書も、前川氏が「行政が捻じ曲げられた」と述べている経緯も、獣医学部新設が実質的に決定されて何の議論の余地もなくなった後の文科省内の「負け惜しみ」の話で、加計学園をめぐる疑惑は全く存在しないのに、それを敢えて問題として取り上げる前川氏や文科省内の内部告発者は、「官僚の風上にもおけない人間」ということになる。

それに対して、前川氏が主張しているのは、第一に、「加計学園の獣医学部新設は『4条件』を充たしていない」とするもので、[C]①+を否定するものだ。また、その背景となる[A]①の主張に対しても、上記のとおり「国民に対する説明責任は政府一体として負わなければならない」と反論している。

 

[C]①+と[C]②の主張の誤りは明白

 加計問題での”防衛線”「挙証責任」「議論終了」論の崩壊】でも述べたように、上記の[C]の各主張のうち、高橋洋一氏が主張する[C]②については、7月8日放送のBS朝日【激論!クロスファイア】で、少なくとも、「2016年9月16日国家戦略特区WGで議論が終了した」との主張は、WG議事録からは、むしろ9月9日の諮問会議での安倍首相の発言を受けて9月16日WGが開かれ、そこから獣医学部新設問題が議論されていることは明らかであるとの私の指摘で、ほぼ完全に否定された。また、[C]①+の主張についても、この「4条件」の閣議決定の

《現在の提案主体による既存の獣医師養成でない構想が具体化し、ライフサイエンスなどの獣医師が新たに対応すべき分野における具体的な需要が明らかになり、かつ、既存の大学・学部では対応が困難な場合には、近年の獣医師の需要の動向も考慮しつつ、全国的見地から本年度内に検討を行う。》

の文言からは、文科省側に、4条件すべてについて「挙証責任」があるとは考えられないし、実際に、2016年3月末までに文科省が「挙証責任」を果たさなかったことで、獣医学部新設についての議論が決着したことを前提にした動きは、文科省側にも内閣府側にも全くなかった。少なくとも、「挙証責任」論を獣医学部新設の問題の根拠とする余地がないことは明らかだ。

[C]①+、[C]②の主張は、それが正しいとすれば、[A]①の安倍首相の指示・意向の推認につながる前川氏の証言や文科省の文書の証拠価値を否定し、獣医学部の新設の問題への安倍内閣の対応を正当化することにつながるが、既に述べたように、全くの誤りである。WG議事録に基づいて2016年9月16日WGで「議論終了」だとする青山氏の主張も、獣医学部新設が「4条件」を充たしているとの原氏の主張も「4条件」の閣議決定に関する[C]①+の主張が否定されれば根拠を失うことになる。

ところが、前回の閉会中審査では、この点についての野党側の反論は全くなく、前川氏が、質問に答えて説明しているだけである。そのため、加計学園問題に関するネット等の議論の中で、今なお[C]①+、[C]②が根強く主張されている。

そして、それらの主張の根底にある[C]①の規制緩和一般についての「挙証責任」論が声高に主張され、国家戦略特区の規制緩和策を進めていくことが「岩盤規制の撤廃」として全面的に肯定されるかのような認識を生じさせているため、そのような主張の信奉者にとっては、加計学園の獣医学部新設は、「岩盤規制の撤廃」による当然の結果であり、疑惑など何もないという認識につながり、疑惑を指摘する側と、真っ向から意見が対立し、全くかみ合わない状況になっている。

そこで、そのような[C]①の主張の背景にある

《長期間続いている「岩盤規制」は、既得権益を擁護しようとするだけのもので、それを擁護する側の規制官庁が、規制を求める側が納得するような「説明」を行わない限り、規制は撤廃されるべき》

との考え方に基づいて、国家戦略特区の場で一刀両断的に規制緩和を決定しようとすることが果たして正しいのかを、改めて考えてみる必要がある。それは、加計学園をめぐる疑惑に関してだけではなく、我が国の経済政策や行政における規制の在り方論にもつながる重要な問題である。

 

「挙証責任」論は正しいのか

[C]①の規制緩和一般についての「挙証責任」論に関しては、そもそも、「挙証責任」という言葉を、国家戦略特区の枠組みでの規制緩和の議論において持ち出すことが適切なのかという根本的な疑問がある。

「挙証責任」という言葉は、一般的に、我々弁護士が関わる訴訟の場で使われる言葉である。挙証責任を負う当事者側が、その責任を果たすことができなければ敗訴し、それによって不利益を受けるということである。

国家戦略特区に関して論じられている、規制緩和に関する「挙証責任」というのは、規制の合理性を主張する官庁側と、規制の撤廃を求める国家戦略特区諮問会議及びWGとの間の争いである。訴訟の場における挙証責任と決定的に違うのは、訴訟の場合は、挙証責任が果たされたか否かを「中立かつ独立の裁判所」が判断するのに対して、国家戦略特区の枠組みには、「挙証責任」が果たされたかについての「中立的な判断者が存在しない」ということである。諮問会議やWGの議論を主導する「民間議員」は殆どが、規制官庁側に規制緩和を徹底して求めている人達であり、そのようなメンバー構成の会議で、規制官庁側の説明に民間議員が納得しなければ、規制緩和の結論が決まるというのは、「挙証責任」の世界の話ではない。訴訟の場における「挙証責任」との比較という面からは、国家戦略特区での規制緩和の議論に関しては、「挙証責任」という言葉を持ち出すこと自体が適切とは言い難い。

もっとも、「岩盤規制の撤廃」に関して持ち出される「挙証責任」論は、訴訟の場で使われる「挙証責任」とは異なった意味で用いられているようだ。

《岩盤規制は、既得権益を保護する「利権集団」と規制官庁が結託した「悪」そのものであり、当事者の規制官庁が、その正当化事由を説明できなければ当然に撤廃すべきもの》

と主張することが目的で、「挙証責任」という言葉は、規制官庁側の「規制維持論」を抑え込むため「反論・説明のハードル」を上げる手段として使われているように思える。

確かに、これまで多くの分野で「規制緩和」が経済社会に、そして、消費者に利益をもたらしてきたことは事実である。例えば、酒税徴収の確保を「表面上の理由」とする酒類販売の「免許」制は、長らく零細な酒類販売店の既得権益を保護してきたが、今では、その規制は大幅に緩和され、消費者に利益をもたらしている。一般医薬品のネット販売のように、行政訴訟に対する最高裁判決で「国の規制は違法」とされて規制緩和が行われ、消費者の利便が拡大した例もある。

実際に、このような「岩盤規制」の「緩和」「撤廃」が消費者に大きな利益をもたらしてきたことは確かであり、世の中には、この「岩盤規制=悪、規制を擁護する官庁=悪、弁解がなければ撤廃が当然」という主張はわかりやすく、支持されやすい。

しかし、問題は、規制の緩和・撤廃の方法如何では、逆に大きな社会的問題が発生する場合もあるということである。

貸切バス業界は、最低運賃が法定されていて運賃が高値に維持され、免許制で参入も規制されていた、まさに「岩盤規制」に守られた「既得権益」の世界の典型だったが、2000年に「免許制」が廃止され、運賃設定の大幅規制緩和の結果、小規模事業者の新規参入が増え、一気に過当競争の状態になった。運賃は下落の一途をたどり、貸切バス事業者の経営状態は悪化し、運転手の待遇が劣悪化した。それが、2007年2月の長野県のあずみ野観光の大阪でのバス事故、2012年の関越自動車道のバス事故、2016年1月に、軽井沢でツアーバスが谷底に転落して多くの大学生等が死傷する事故などの重大な事故が相次いだ。

「岩盤規制」を撤廃して競争を機能させ消費者利益を図るという方向自体は間違っていないが、その規制を緩和し競争の機能を高めていこうと思えば、安全を確保するための、違法行為、危険な事業に対する監視監督が必要だ。ところが、国交省の所管部局にはそれを適切に行う力がなかった。「岩盤規制=悪、規制を擁護する官庁=悪、弁解がなければ撤廃が当然」との考え方で行政当局の抵抗を押さえつけて規制の撤廃・緩和を強要するやり方には危険な面もある。

また、獣医学部の新設がまさにそうであるように、国家資格の取得を目的とする大学・大学院については、国家資格が取得できるだけの教育の水準を維持すること、そのための教員を確保することが特に重要となり、それと、国家資格取得者の需給関係を考慮することには合理性がある。

法科大学院は、全国で74校が認可申請し、ほとんどフリーパス同然に認可されたが、結果的には、既に35校が募集停止に追い込まれている。各法科大学院に膨大な額の無駄な助成金、補助金が投じられ、巨額の財政上の負担を生じさせたばかりでなく、司法の世界をめざして法科大学院に入学した多くの若者達が、法曹資格のとれない法科大学院修了者となり、資格が取れても受け入れ先が十分ではなく、路頭に迷うという悲惨な結果をもたらした。その直接的な原因は、法科大学院の教育の質が確保できなかったことにある。最近、法科大学院を修了せずに司法試験を受験する資格が得られる予備試験合格者の方が、法科大学院修了者より、はるかに合格率が高いということからも、法科大学院が、少なくとも司法試験という国家試験合格のための教育の質を確保できなかったことは明らかだ。

そもそも、それまで法学部を設置していた大学に、法科大学院を上乗せして設置を認めたことが重大な誤りだった。(アメリカには学部修了後のロースクールはあるが、法学部はない。韓国では法科大学院設置に伴って法学部を廃止した。)法曹資格取得のための法律の専門教育を行う人材がどれだけ確保できるかということを十分に検討せずに、フリーパスで法科大学院の設置を認めたために、教育の質が確保できなかったことが失敗を招いたのである。

教育の質の確保は、大学の設置認可において、規制撤廃が常に善だとする考え方に対する制約要因になることは否定し難い。

そして、もう一つ重要なことは、規制の撤廃は、その手法によっては、今回の獣医学部の新設問題がまさにそうであるように、公正・中立が疑われる事態を招くということである。

規制を全体的に緩和するのではなく、一定の地域のみ、しかも、それに条件を付けて規制の例外を認めるやり方は、規制緩和の恩恵を社会全体にもたらすのではなく、特定の事業者だけに利益をもたらすことになりかねない。この点において国家戦略特区での規制緩和の枠組みにはなお大きな問題が残されていると言える。

 

規制緩和をめぐる議論が置き去りにされている国会の現実

ところが、加計学園問題に関連して、規制緩和と行政の在り方という重要な問題が議論された形跡は全くない。内閣府や諮問会議、WG民間議員の側が、「4条件」の閣議決定の解釈や国家戦略特区での議論の経過を捻じ曲げて主張しても野党側は放置し、その背景にある「規制緩和万能論」に対する疑問を示す姿勢も全く見られない。

民進党は、加計学園問題の追及と併せて、国家戦略特区を廃止する法案を提出したようだが、それならば法案に関連し、規制緩和の進め方・岩盤規制の撤廃が新たな利権を生むことがない仕組み作ることなど、現在の国家戦略特区の制度を抜本的に改めることを国会で議論すべきだろう。単に廃止法案を出したというだけでは、安倍政権と国家戦略特区の関係を非難するだけの目的で行っている非生産的議論とみなされても致し方ない。

このような議論が国会でほとんど行われないことが、ネットの世界等で「挙証責任」などという言葉が持ち出され、議論が全くかみ合わない現状にもつながっている。

 

第4 「犯罪の疑い」はあるのか

ネットでしばしば見られるのが、「加計学園をめぐる疑惑に関しては、違法行為の疑いも犯罪の疑いもないではないか」という安倍首相支持者からの意見だ。

もともと、国家戦略特区という法律による枠組みを使って獣医学部新設が認められたのであり、その手続自体が適法に行われることは当然であり、違法行為がなかったからと言って問題ないとは言えないことは、第2でもコンプライアンスに関して詳述した。

かかる意味では、表面に出ている事実に関して「違法行為」を窺わせる事情はない。

しかし、「犯罪の疑い」というのは、もともと表面化しにくいものであり、捜査機関の捜査によらなければ明らかにならないものだ。

今回の一連の動きの中で、私が、もし、現職検事であれば関心を持って、内偵を行っていたと思えるポイントを、いくつか指摘しておこう。

(1)「平成30年4月開学」という条件設定

最大の問題は、「平成30年4月開学」という条件が設定された理由である。

前川氏も、閉会中審査で、

設置認可申請・審査・認可に至るプロセスは1年あればできるが、それ以前に文科省の担当者が十分に申請予定者と打合せをする必要があり、獣医学部については申請ができない建前になっていたので、事前相談ができないので、30年4月の開学に間に合うように準備を進めることは難しいと思っていた。

と述べていた。

しかし、実際には、昨年8月に、担当大臣が石破氏から山本氏に変わった後、国家戦略特区WGでの議論が再開され、「平成30年4月開学」に向けて、内閣府から文科省に強い要請が行われ、結局、その条件に沿うようなスケジュールでの決定が行われた。

そして、「平成30年4月開学」に間に合う時期に、獣医学部の正式な認可申請が出され、大学施設の建設工事に着工している。今治市での獣医学部の設置が決定されたのが、今年1月12日の国家戦略特区今治分科会で、加計学園は、その2ヶ月余り後の3月下旬には、文科省に設置申請を提出し、建設工事に着工している。

(2)高度なバイオ研究施設であること

今回の国家戦略特区での獣医学部新設の認可は、「ライフサイエンス等の新たな分野における獣医師養成や研究」という目的で認められたものであるが、獣医学部のそのような教育・研究を行うとすると、施設面や人的な安全対策が十分であるか否か慎重な検討が必要であることは言うまでもない。

「人畜共通感染症を初め、家畜、食料を通じた感染症の発生が拡大する中、創薬プロセスにおける多様な実験動物を用いた先端ライフサイエンス研究を行う」(第2回今治分科会における柳澤岡山理科大学学長の発言)ということをビジョンとして掲げているのであるから、細菌・ウイルスなどの微生物・病原体等を取り扱う実験室・施設のバイオ・セーフティー・レベル(BSL)が問題となる。

今年3月24日の今治市議会国家戦略特区特別委員会で、実験施設での病原体の取り扱いについての質問があり、市の秋山直人企画課長が

危険度を分類したバイオセーフティーレベル(BSL)で3(鳥インフルエンザ、結核菌など)に対応する施設を整備するが、現時点では取り扱う病原体は2(インフルエンザ、はしかなど)以下のレベルと聞いている。

と答えたとされているが(毎日)、「BSL3に対応する施設」には、「排気系を調節し、常に外部から実験室内に空気を流入させること」「実験室からの排気は、高性能フィルターを通し除菌した上で大気に放出する」「実験は生物学用安全キャビネット(バイオハザードを封じ込めるため排気を滅菌するドラフトチャンバーを設置した箱状の実験設備)」などの施設が設けられ、AAALACによる動物実験認証等、動物実験施設が安全であることの認証を取得することも必要となる。

新学部の設置が検討されている場所は、人里離れた土地ではなく、今治新都心の区画整理事業でできた土地であり、近隣には住宅もあり、大規模ショッピングモールもある。鳥インフルエンザ等の人畜共通感染症のウイルス自体を取り扱ったり、実験動物に感染させたりすることが必要になるのであれば、排気等を通じて万が一にも実験施設の外に出ることがないよう、十分な安全が確保される構造で建築設計をした上、設計通りの安全な施設が建設されるよう信頼できる建築業者に工事を施工させることが必要になることは言うまでもない。

(3)事業決定後2ヶ月余で建設工事着工

ところが、信じ難いことに、今治市での獣医学部の設置が決定されたのが今年1月12日の国家戦略特区今治分科会、その2ヶ月余り後の3月下旬には、加計学園は、今治市での校舎建設工事に着工しているのである。

しかも、このような高度なバイオ研究施設であれば、そのような施設建設の経験・ノウハウを持った企業に発注するのが当然のはずだが、工事を受注したのは、加計学園と同じ岡山の地元建設企業のアイサワ工業という、資本金15億円、直近の年間売上250億円余という中堅の建設会社であり、凡そ、世界の最先端のバイオ施設の150億円もの規模建設工事を受注するのに相応しい企業とは思えない。

(4)加計学園側の「特別の事情」があった可能性と今治市の対応

常識的にはあり得ない「平成30年4月開学」を、何が何でも実現せざるを得ない「特別の事情」が加計学園側にあったのではないかとの疑問が生じる。しかも、加計学園は、全国多数の大学を運営しているが、公開されている大学の収支のほとんどが赤字で、特に、2004年に銚子市から巨額の補助金を受けるとともに用地の無償貸与等を受けて建設した千葉科学大学も、各学部が軒並み定員割れの状況であり、大きな損失を生じている可能性がある。

このような状況で、今治市に建設される加計学園の獣医学部に対しては、今治市から総額96億円の補助金に加えて、36億円の用地を無償譲渡することが決定されている。

この無償譲渡は、銚子市からの「無償貸与」よりも加計学園にとって有利な方法であり、土地を担保に入れることも許容されており、要するに、土地の無償譲渡を受けることによって、加計学園にキャッシュフローで大きなメリットをもたらすのである。

しかも、今治市が提供する市有地は、取得にコストがかからない遊休地ではない。「今治新都市」の区画整理事業で巨額の費用をかけて土地開発公社が造成した土地で、今治市は、まだ加計学園が事業者に決定していない昨年12月に、30億円以上の市税を使って土地開発公社から土地を購入し、それを、加計学園に無償譲渡したのである。

(5)加計理事長は、なぜ一切「説明」しないのか

それに加え、「平成30年4月開学」は、加計学園側の財務状況に関連する「特別の事情」によるものだったのではないか。今治市が獣医学部新設に巨額の負担を行うことが合理的なのか、加計学園のアイサワ工業への発注の価格は適正なものだったのか、支払われた工事代金が、加計学園側にキックバックされている可能性はないのかなど、私が、今も現職の特捜検事であれば、関心を持って内偵捜査しているであろうと思える点は多々ある。

そして、最大の問題は、加計理事長が、本件が問題化して以降、全く公の場に姿を現さず、加計学園側は何の説明も行っていないことである。それどころか、学校法人加計学園としても、今回の獣医学部新設問題が国会で取り上げられても、学部新設計画の中身やその価値などについて、世の中に対して説明し、納得を得るための努力は一切行っていない。

学校の新設認可をめぐって、国から不当に優遇を受けた疑いから問題が表面化した森友学園の問題では、理事長の籠池氏は、早い段階から、マスコミに対応し、記者会見も開くなどしていた。それと比較すると、加計理事長及び加計学園側が全く沈黙していることは、獣医学部の新設をめぐる動きや学園の運営等について説明し難いことがあるのではないかとの疑いを持たれることにつながる。

 

第5 安倍政権側と野党側の対応を斬る

 1 加計学園問題についての安倍政権側の対応の問題

加計学園の問題に対する安倍内閣側の対応が、拙劣極まりないものであったことは、これまで述べたとおりである。もともと、「利益相反」というコンプライアンスの観点からは問題がないとは言えなかったのに、安倍首相は「関係法令に基づき適切に実施している」などと全く問題がないかのように言い続けてきた。その[B]に関する対応の誤りが、文科省からの内部文書の噴出、前川氏の公の場での発言という事態を招き、それが、逆に、[A]の安倍首相の指示・意向についての疑いを深めることにつながった。それに加えて、内閣府側の文書・資料を全く示さず、菅官房長官が「法令に基づき適切に対応」と言って文科省の文書についての再調査を拒否し続けるなど、拙劣極まりない対応を続け、内閣への信頼失墜、支持率の急落を招いた。その経過は、ほとんど「自滅」に近いものである。

このような対応を行ったのが、安倍首相側に、加計理事長との関係で何らかの「隠したいこと」「表に出せないこと」があったことによるものであれば致し方ないとも言える。しかし、もし仮に、安倍首相側に本当に何もやましいことがなく、官邸・内閣府に対する指示・意向も全くなく、安倍首相と加計氏との親密な関係は、国家戦略特区での加計学園の獣医学部新設を認めることに全く無関係だったとすれば、それにもかかわらず、安倍首相にとってここまで深刻な事態に至ったことは、すべて安倍政権側の対応の誤りのためということになる。そうだとすると、安倍政権の危機対応能力の欠如は、ほとんど病気に近いものと言わざるを得ず、これからの国の内外における様々な危機対応は本当に大丈夫かという深刻な疑問が生じざるを得ない。

少なくとも、今後、国会の閉会中審査等での加計学園問題への対応に関しては、改めて、何が問題であったかを、コンプライアンス上の問題も含めて、全体的に検証し、今後は、問題の本質に即した適切な対応を行っていく必要がある。もちろん、ここまで不信を拡大してしまったというのが現実なのであるから、[C]の問題を防衛線にするだけでなく、[B]について改めて問題意識を説明し枠組みの改善に言及し、[D]の「犯罪の疑い」についても、可能な限り調査を行って疑惑を払拭する努力を行うべきであろう。

2 野党側の追及の問題

一方、誠に深刻なのは、ほとんど「自滅」に近い安倍政権側の拙劣な対応に対して、国会で、何が問題なのかということを理解しているとは思えない拙劣な「追及」しかできなかった野党側、とりわけ民進党の対応である。

加計学園問題に対する野党側の対応は、[A]の安倍首相の指示・意向に関する有力な間接事実として表に出てきた文科省の内部文書や前川氏の発言に便乗して[A]に関する追及をしているだけで、本来、国会の場で行うべき、加計学園問題の本質に関わる重要な指摘は全くできていない。

[B]のコンプライアンス問題については、野党側はほとんど問題を指摘し追及した形跡がないし、安倍政権側が、防衛線としてきた反論[C]については、閉会後審査で、原英史氏等が、誤った解釈に基づいて一方的な発言をしているのに、全く質問も反論も行わなかった(少しは、問題の所在を理解してもらいたいと考えて、閉会中審査に間に合わせるべく出したブログ記事【加計問題での”防衛線”「挙証責任」「議論終了」論の崩壊】も全く効果がなかったようだ。)。

加計学園問題は、単に、総理大臣が「腹心の友」に有利な指示・意向を示したか、という個別の問題だけではなく、その背景となった、規制緩和と行政の対応の問題、国家戦略特区をめぐるコンプライアンスに関する議論など、多くの重要な論点が含まれているのであり、国会での追及は、そのような点に関連づけて幅広く行っていくべきだった。そのような姿勢をとっていれば、今回の問題を通して国会の議論を深めることにもつながっていたであろう。しかし、実際の野党の追及は、そのような「政策」を意図することなく、安倍首相に対する個人攻撃ばかりを繰り返す「政局」的な追及に終始してしまった。

このような国会での追及の状況からは、安倍政権への支持が急速に低下しても、野党がその受け皿になり得ないのは当然のことである。その結果、最近の世論調査では、「支持政党なし」が6割を超えるという異常な状況になっているのであるが、実際に国会で政治を行っている議員のほとんどは政党に属しているのに、国民の3分の2近くが「支持政党なし」という現状は、多くの国会議員は、国民から支持されないで政治を行っているということであり、そのような状況を早急に何とかしないと、日本の民主主義は崩壊してしまうことになりかねない。

3 安倍首相が出席する閉会後審査で、野党が行うべきこと

安倍首相も出席して行われる予算委員会での閉会後審査で、野党が行うべきことは、[A]の安倍首相の指示・意向に関する追及ではなく、問題の本質である国家戦略特区の在り方、「規制緩和」論について、[B]のコンプライアンス上の問題も踏まえて、安倍首相に対して中身のある追及を行うことである。

第3で[C]の「挙証責任」の問題に関して、いくつかの事例に即して述べたが、「安全と競争」の関係、教育の質の確保、若年世代の職業選択と高等教育の関係など、規制緩和の進め方と行政の対応の在り方にしては、様々な問題があるのであり、「岩盤規制の撤廃」が常に絶対的な「善」だとする「規制緩和万能主義」の考え方に基づいて、国家戦略特区の枠組みで一刀両断的に押し切ってしまうやり方には議論の余地があり、その枠組みそのものの是非こそが、重要な政治上の議論になるべきであり、ある意味では、その点についての考え方の違いは、与野党の政策の対立点にもなるべき事項であろう。

[A]に関しては、安倍首相をいくら追及しても実質的にはあまり意味はない。文科省の文書や前川氏の証言で、[A]に関する間接事実としては既に十分であり、官邸・内閣府側が、従来の不誠実な対応を抜本的に改めない限り、疑いが解消されることはあり得ない。(その点の追及を期待する国民も多いので、ある程度はやらざるを得ないであろうが、基本的には、政府側の対応に応じて考えれば十分だと思われる。)この点に関して、前川氏が証言する「前川氏が和泉首相補佐官から『総理は自分の口から言えないから、私が代わって言う』と言われた事実」について野党側は、和泉補佐官の参考人或いは証人としての喚問を強く要求しているが、それ程意味のあることとは思えない。もし、和泉氏が参考人等で国会に出席し、上記発言について質問されたとしても、「前川氏との会話の中で、『加計学園』のことに言及する際、『総理が言えないから』というような言葉を使った可能性はある。それは、文科省が岩盤規制を撤廃しようとしないので、文科省側を説得するために、安倍首相から格別の指示はなかったがそのような言い方をして文科省側を動かそうとしただけだ」と答弁されてしまえば、それ以上、追及のしようがない。

第4で述べた「犯罪の疑い」の問題についても、基本的には捜査機関の判断の問題であるが、指摘した問題について野党として調査検討することは重要である。特に、本件の加計学園のように、私立大学が、ほとんどの資金を地方自治体等からの公的な補助によって大学施設を建設しようとしている場合、工事の発注について何らのチェックも受けず、勝手に業者を選定して任意の価格で発注できるとすれば、そこには、制度上重大な問題があるのであり、公費の支出の在り方に関連するものとして、まさに国会で議論すべき重要な課題である。

野党が慎まなければならないのは、安倍首相の指示・意向に関する[A]についての追及に終始するという「愚」を繰り返すことである。

安倍政権側の「自滅」と野党側の「無策」のため、加計問題をめぐる重要な論点が国会で議論されないまま置き去りにされていることで社会の「二極化」を招いている現実に目を向けなければならない。

安倍首相が出席する予算委員会では、問題の本質に迫る中身のある追及と議論が行われることを期待したい。

 

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加計問題での”防衛線”「挙証責任」「議論終了」論の崩壊

昨日(7月8日)放映のBS朝日「激論!クロスファイア」(司会田原総一朗氏)に、元大蔵官僚の高橋洋一氏とともに出演した。

森友学園問題・加計学園問題に関して、安倍内閣の不誠実な対応、疑惑の高まりで、安倍内閣への支持が大きく低下し、都議選でも自民党が歴史的惨敗したことなどを受けて、加計学園問題が、改めて取り上げられた。

山本大臣の「挙証責任」「議論終了」論

当初、菅官房長官が「怪文書」等と言っていた「総理のご意向」文書の存在が、文科省の再調査の結果、否定できなくなった後、山本地方創生担当大臣は、

今回の話というのは、(国家戦略特区)ワーキンググループで議論していただいて、去年の3月末までに文科省が挙証責任を果たせなかったので、勝負はそこで終わっているんですね。もう1回、延長戦で9月16日にワーキンググループやってますが、そこで議論して、もう「勝負あり」。その後に何を言っているのかという気がして、私はなりませんけども。

などと述べている。【山本幸三・地方創生相、加計学園問題の「勝負は終わっている」】

このような「挙証責任」「議論終了」論による文科省批判は、高橋氏が、朝日新聞が「総理のご意向」文書をスクープした時点から行っている。その後、前文科省次官の前川喜平氏が記者会見で、加計問題で「文科省の行政が捻じ曲げられた」と発言するようになって以降は、高橋氏の前川氏批判の根拠にもなっている。

高橋氏の主張は、単なる個人的な主張というだけではなく、今では、担当大臣による安倍内閣の「公式な主張」にもなっている。そればかりか、現在の状況からは、加計学園問題での安倍内閣の防衛線が、この「挙証責任」「議論終了」論だと言っても過言ではない。

そのような状況を踏まえて企画されたのが、加計学園問題についての「安倍政権の主張」の提供者とも言える高橋氏と私との討論番組だったものと思われる。

獣医学部の認可に関する国家戦略特区での議論の経過は、以下のように整理できる。

2014年7月18日 第1回新潟市区域会議:新潟市追加要望項目の1つに獣医学部新設

8月  5日 WG:文科省・農水省ヒアリング(7/18要望獣医学部新設について)

8月19日 WG:文科省・農水省ヒアリング(8/5WGの続き)

2015年6月  8日 WG:文科省・農水省ヒアリング

6月30日 閣議決定:獣医学部新設の4条件が明示される

12月15日 第18回諮問会議:「広島県・今治市」特区指定が決まる

2016年3月24日 第8回関西圏区域会議:京都府が獣医学部の設置提案

9月 9日 第23回諮問会議:重要6分野の1つとして獣医学部新設の「岩盤規制」が挙がる。安倍首相が「残された岩盤規制」への加速的・集中的対応を要請

9月16日 WG:文科省・農水省ヒアリング(安倍首相の指示を受け、獣医学部新設について議論)

9月21日 第1回今治市分科会:獣医学部提案

10月17日 WG:京都府(京都産業大構想の説明)

11月9日 第25回諮問会議:「広域的に獣医師系養成大学等の存在しない地域に限り獣医学部の新設を可能とするための関係制度の改正を直ちに行う」ことを 決定

「激論!クロスファイア」での高橋洋一氏との“激論”

高橋氏は、

需要見通しについて文科省に『挙証責任』がある

2016年3月末の期限までに挙証責任を果たせなかったことで『議論終了』

文科省の『負け』が決まり、『泣きの延長』となった2016.9.16時点でも予測を出せずに完敗

文科省文書はそれ以後のもので、文科省内の『負け惜しみ』

という従来からの自説を展開したが、その「挙証責任」「議論終了」の論拠は全く示せなかった。

獣医学部の認可については、2014年の8月に、新潟市の提案に関連して2回のワーキンググループ(以下、「WG」)が開かれ、文科省・農水省からのヒアリングが行われている、そこで、小動物、産業動物、公務員獣医師という既存の獣医師の分野の需給に大きな支障が生じることはない、という説明がなされ、一応議論は終わっている。

そして、2015年6月8日のWGで、今治市からの提案を受けて、「ライフサイエンスなど獣医師が新たに対応すべき分野」に関して議論が行われ、ここで、「新たな分野」についての対応方針を文科省が示したのを受けて、「ライフサイエンスなどの獣医師が新たに対応すべき分野における具体的な需要」を前提に、獣医学部の新設を検討するとの閣議決定が行われているのである。

このような経過からも、「ライフサイエンスなどの新たな分野」が議論の核心であることは明らかだが、それを高橋氏は全く認識していなかったらしく、私からの反論の冒頭で、高橋氏が「挙証責任」の対象としている「需要見通し」とは、獣医師のどの分野の見通しなのか、と質問したのに対して、高橋氏は「全体の見通し」と答えた。その時点で、高橋氏との議論はほぼ終了したに等しかった。

その後、「9月16日WGで議論が終了した」という高橋氏の主張の誤りを、諮問会議やWGの議事録に基づいて指摘したが、これに対して、高橋氏は、

文科省が挙証責任を果たせなかった時点で終わっている

終わっていなかったら、課長レベルではなく、上のレベルで話をする

などと譫言のように繰り返すだけであった。なぜ、ライフサイエンス等に関して具体的かつ充実した説明をした京都産業大学ではなく、加計学園が認可の対象に選定されたのかという疑問に対して、

申請した順番で決まる

と答えたことには、唖然とせざるを得なかった。

番組では、高橋氏が無理解を露呈し、「閣議決定により文科省に挙証責任がある」と譫言のように繰り返したため、そもそも高橋氏の「挙証責任」「議論終了」論が成立するのかという点についての議論はできなかった。

担当大臣の山本氏も、この高橋氏の主張の「受け売り」で同じように述べており、もはや公式の主張になっているので、明日(7月10日)国会で開かれる加計学園問題での「閉会中審査」でも、主要な論点となるものと思われる。それだけに、高橋氏が説明できなかったところも含め、この「挙証責任」「議論終了」論の是非について、検討をしておくことが必要であろう。

「4条件」の閣議決定から「挙証責任」は生じるのか

ここで、まず問題になるのは、2015年6月30日の獣医学部認可に関する「4条件」(いわゆる「石破4条件」)の閣議決定の趣旨である。以下に、正確に閣議決定の内容を引用する。

現在の提案主体による既存の獣医師養成でない構想が具体化し、ライフサイエンスなどの獣医師が新たに対応すべき分野における具体的な需要が明らかになり、かつ、既存の大学・学部では対応が困難な場合には、近年の獣医師の需要の動向も考慮しつつ、全国的見地から本年度内に検討を行う。

ここで書いてあることは、①「現在の提案主体」つまり、国家戦略特区で獣医学部の新設を提案していた「主体」(この時点では新潟市と今治市)から、「既存の獣医師養成でない構想」が具体化されることが大前提であり、それは、文科省が行うことではない。そして、そのような構想が具体化した場合に、次に、②ライフサイエンスなどの獣医師が新たに対応すべき分野における具体的な需要が明らかになること、③既存の大学・学部では対応が困難な場合、という2つの条件が充たされることで、次の、④「獣医師の需要の動向を考慮して」、「全国的見地から《本年度内に》に検討を行う」ということになるのである。

したがって、この閣議決定からは、まず「構想の具体化」がなければ、文科省としては、義務は何も生まれないのであり、文科省としては、閣議決定を受けて構想が具体化した場合に備えて、「獣医師が新たに対応すべき分野における具体的な需要」や、「既存の大学・学部での対応状況」などについての調査検討を一応行うであろうが、「需要見通し」についての「挙証責任」などという話が出てくる余地はない。

したがって、この閣議決定の文言を見る限り、

文科省が「挙証責任」を負い、2016年3月末の期限までに「挙証責任」が果たせなければ、自動的に「文科省の負け」となって、告示の例外を認めて獣医学部の設置認可をせざるを得なくなる

とは全く言えないのである。

それに加え、この閣議決定に関しては、当時の担当大臣の石破茂氏が、最近になって自らのブログのインタビュー動画で、以下のとおり説明している。

(1)獣医学部は50数年作ってこなかった。それにはそれなりの理由があるが、新しく作るということにするとすれば、今まで認めてこなかったわけだから、新しい原則がいる。「石破4原則」というが、閣議決定しているので、安倍内閣全体の方針。新しく今まで認めてこなかった獣医学部・獣医学科を認めるとするならば、新しいニーズ、新しい必要性が生まれた、たとえて言うと感染症対策・生物化学兵器対策とか。アメリカには獣医の軍人がいる。軍馬だけでなく、いわゆる生物化学兵器に対処するためには獣医の軍人がいるだとか。そういう新しいニーズが生まれた、というのが一つ。もう一つは、新しいニーズに対応するだけの立派な教授陣、立派な施設とかがある。東京大学農学部獣医学科でもできないし、北海道大学農学部獣医学科でもできない、この新しい学校でなければできない、というのが3つ目の条件。今獣医さんが足りないわけではなく、犬や猫のお医者さんはいっぱいいる。だけど産業用動物と言われる牛とか豚とか、そういうお医者さんは足りない。新しく獣医学部を作っても、獣医全体の需給のバランスに悪い影響を与えないよね、ということ。さらに進めて言えば、牛や豚のお医者さんが充足されるようになる。

(2)つまり、新しいニーズができ、それに対応できるだけの立派な教授陣、立派な施設がある、今ある獣医学部ではできない、全体の獣医さんバランスに悪い影響を与えない、という4つの条件をクリアしたら、今までダメと言ってきたのを認めようという原則・条件を内閣全体として決めた。だから、石破4条件というのは、私は心外で、安倍内閣4条件と言ってほしい。

(3)獣医は全国いくつもの大学で養成しているが、大体充足しているということになっている。自由競争に任せればいい、いっぱいライセンス持った人を作って需給は市場が決める、というのも一つの考え方だが、今まで政府・文科省としては、せっかくライセンス持ってても仕事がない人いても大変だし、どんどん給与が下がっていってもそれは畜産業全体のためにもよくない、という色んな配慮があって、獣医さんの数を増やさないようにしてきた。獣医学部は従来4年だったのが、1980年代から6年に伸ばして高い能力を持つようになった。人間の病気と一緒で治療方法間違えたら大変なことになる。蔓延したらその地域の畜産業全体がすごいダメージを受ける。最近でも、狂牛病、鳥インフルエンザとかがある。それは、酪農家や畜産家だけの対応では限界があって、きちんとした能力を持った獣医さんが適切に対処するというのが畜産業全体、酪農全体のために大事なこと。

石破氏は、(2)で、 (ア)「新しいニーズができ」、(イ)「それに対応できるだけの立派な教授陣、立派な施設がある」、(ウ)「今ある獣医学部ではできない」、(エ)「全体の獣医さんバランスに悪い影響を与えない」とわかりやすい表現で、4つの条件を説明しているが、このうち、(イ)が上記①に、(ア)が②、(ウ)が③、(エ)が④に対応するものと解される。

いずれにせよ、当時の担当大臣が、閣議決定の内容について明確に説明しているのであり、上記のとおりの趣旨であることに疑いの余地はない。

しかも、石破氏は、(3)で、従来、獣医の数を増やさないようにしてきた政府・文科省の政策の理由について、「十分な能力を持った獣医が適切に対処するのが畜産業全体、酪農全体のために必要」と説明している。

獣医学部の新設を一律に認めてこなかった従前の告示には相応の理由があり、基本的にそれを維持していく方針の下で、「新しいニーズ」「それに対応できるだけの教授陣・施設」「既存の獣医学部では対応できない」「獣医全体の需給関係に影響を与えない」という4条件が充たされた場合に限って獣医学部の新設を認める趣旨であることは、石破氏の説明からも明らかだ。

結局のところ、現在の担当大臣の山本氏が、そのまま受け売りしている「高橋氏の主張」のように、《期限までに「需要見通し」を示さなかったら自動的に「文科省の負け」になって議論が終了して、告示の例外を認めざるを得なくなる》ということではないことは、閣議決定の文言からも、石破氏の説明からも、疑いの余地のないところである。

上記のような「挙証責任」「議論終了」論は、その「期限」として設定されたとする「2016年3月末」の前後の、この問題の動きからも明らかだ。もし仮に、そのような期限が設定されていて、文科省側が挙証責任を果たさない限り告示改正ということになるのであれば、内閣府側でも、国家戦略特区WGのヒアリングを開いて、期限までに文科省がどのような検討を行い、どのようなことを「挙証」できたのかを確認するのが当然であろう。

しかも、高橋氏の主張どおり、期限までに挙証責任を果たさなかったため「議論終了」になったのであれば、同年4月から5月にかけて開催された国家戦略特区諮問会議で、そのことが議題に上がるはずだが、全く議題にはなっていない。

これらのことからも、「平成28年3月末の期限までに需要見通しを示さなかったら自動的に文科省の“負け”になって議論が終了する」というような話ではなかったことは明らかだ。

国家戦略特区で獣医学部の新設が認められた経過

その後、獣医学部の認可の問題が国家戦略特区諮問会議で取り上げられたのは、9月9日で、民間議員の八田達夫氏が岩盤規制の一つとして「獣医学部の設置」の問題を挙げ、最後に安倍首相が、総括の中で

本日提案頂いた「残された岩盤規制」や、・・・をこれまで以上に加速的・集中的にお願いしたいと思います。

と発言し、それを受けて、獣医学部の認可をテーマに開かれた9月16日のWGの冒頭で、内閣府の藤原氏が

先週金曜日に国家戦略特区の諮問会議が行われまして、まさに八田議員から民間議員ペーパーをご説明いただきましたが、その中で重点的に議論していく項目の1つとしてこの課題が挙がり、総理からもそういった提案課題について検討を深めようというお話もいただいておりますので、少しそういった意味でこの議論についても深めていく必要があるということで今日はお越しいただいた次第でございます。

と発言し、その時点から、改めて獣医学部の認可の問題について「議論を深めていく」とされている。そのWGの最後で、藤原氏は、

今まさに、提案の具体化なり提案者の今後の意向みたいな話がありましたけれども

今治市の分科会は21日に開催させて頂きまして、まさに提案自治体である今治市、商工会議所の方と委員の先生方も含めて、そのあたりのまた詰めがございます。

今治市だけではなく、この要望は今、京都のほうからも出ていまして、かなり共通のテーマで大きな話になっておりますので、WGでの議論もそうですが、その区域会議、分科会のほうでまた主だった議論をしていくということになろうと思います。

と発言して、議論を締めくくっている。このことからも、9月16日のWGで「議論終了」などとは到底言えないことは明らかである。

この時点では、閣議決定の「4条件」からすると、文科省の告示を改正して獣医学部を認可するべき条件は一つも充たされていない。しかも、それは、文科省側の問題ではなく、「現在の提案主体による既存の獣医師養成でない構想が具体化」という前記「4条件」の①の条件が充たされていない状況だったことから、藤原氏は、上記のように締めくくって、さらに今治市分科会や今後のWG等で議論を継続していくと述べたのである。

そして、藤原氏が述べたとおり、その後、今治市分科会が開かれて、今治市側から市長や商工会議所顧問の加戸氏が出席して、特区構想についての説明がなされるが、獣医学部の新設については従来どおりの抽象的な構想にとどまっていたので、10月17日のWGで京都産業大学関係者のヒアリングを行い、ここで初めて具体的かつ充実した資料に基づき「ライフサイエンス等の新たな獣医師の分野」についての具体的な説明が行われた。 ここで、閣議決定の「4条件」のうちの①の条件を充たす可能性のある「具体的な構想」が明らかにされたのであるから、本来であれば、この後、さらにWGで、文科省、農水省のヒアリングを行って、それを踏まえて、②のニーズについての検討、③の既存の大学で対応可能か否かの検討を行って、最終的に、④の獣医師全体の需給動向を考慮して、告示の改正の是非を議論するということになるはずである。

ところが、そのようなプロセスは全くなく、その後WGの議論が全く行われないまま、11月7日に、安倍首相も出席した国家戦略特区諮問会議が開かれ、そこで、「広域的に獣医師系養成大学等の存在しない地域に限り獣医学部の新設を可能とするための関係制度の改正を直ちに行う」ことが決定された。その際の山本担当大臣の説明は

文科大臣がおっしゃったように、この件については、今度はちゃんと告示で対象にしようということになったので、改正ができるようになった

ということだった。

要するに、この諮問会議で決定した獣医学部の認可は、WGの議論の結果ではなく、それとは別のところで、文科省が、自主的に「獣医学部の設置を一律に認めない告示の例外を認める」と決定したということなのである。

このような国家戦略特区諮問会議やWGでの議論の経過を見る限り、「挙証責任」「議論終了」説とは真反対のことが言える。文科省告示改正によって獣医学部新設を認めることの文科省の決定は、WGの経過に基づくものとは考えられない。むしろ、その枠組みによることはできない事情(結論を急がざるを得ない事情)があったため、内閣府と文科省との非公式の接触が繰り返され、その結果、文科省が自主的に告示改正を受け入れたということなのである。そして、その経過に関して、既に明らかになっている文科省の内部文書の存在は、重要な傍証になるということなのである。

規制緩和による「新たな利権」の防止を

国家戦略特区によって、不当な規制を正し、新たな事業領域を拡大していくこと自体は、決して間違っていない。しかし、それが、権限を有する側とそれに近い人達の意向に強く影響された場合には、一部の人や組織を優遇する「新たな利権」を生むことになりかねない。それだけに、規制緩和の手続の中立・公正がとりわけ重要である。

そのような観点からすると、2015年6月30日の閣議決定で「4条件」が明示されて以来、議論されることがなかった獣医学部新設の問題が、2016年9月9日の国家戦略諮問会議での八田議員の発言で取り上げられ、安倍首相が、加速的・集中的に対応するよう要請したことを契機に、にわかに国家戦略特区の重要な課題になり、その僅か2ヶ月後の、諮問会議で、事実上今治市での新設を認めることになる決定が行われた経過は、あまりに性急であり、重大な疑念を持たざるを得ない。

国会閉会中審査での原氏、加戸氏に対する参考人質疑

明日(7月10日)、国会で開かれる閉会中審査で、前川氏のほか、午前の衆議院では、国家戦略特区WGの民間議員で獣医学部の認可の議論にも終始関わってきた原英史氏、午後の参議院では、前愛媛県知事で、今治市商工会議所顧問として、事実上獣医学部新設提案の代理人的役割を果たしてきた加戸守行氏の参考人質疑が行われる。

原氏は、高橋氏が会長を務める「株式会社政策工房」の社長であり、高橋氏と利害を共有する人物である。WGの場で、「挙証責任」という言葉を持ち出したのは原氏であり、高橋氏が早くから「挙証責任」「議論終了」論を主張してきたことに原氏が関わっていることが強く疑われる。「挙証責任」論が、少なくとも、「4条件」の閣議決定の文言や趣旨からは到底導けるものではないことは、既に述べたとおり、石破氏が個人ブログで説明しているところからも明らかだ。原氏は、何故に、無理な「挙証責任」論を展開し、それを極めて近い関係にある高橋氏が、「議論終了」論まで付け加えたのか、それを、特区の担当大臣の山本氏がそのまま「受け売り」したのか。そこには、9月9日の諮問会議での安倍首相の加速的・集中的対応の要請を契機として獣医学部新設問題が動き始めたことを「隠ぺい」しようとする意図が働いているのではないか。私は、今回の獣医学部新設問題での「政策工房」の高橋氏、原氏の動きを見て、東芝の会計不正事件における、会計監査人の新日本監査法人と新日本の監査への対策を指導していたデロイト・トーマツ・コンサルティングの動き(【最終局面を迎えた東芝会計不祥事を巡る「崖っぷち」】)を思い出した。デロイトの指導がなければ、東芝が新日本の会計監査を潜り抜けて、会計不正を継続することはできなかったのと同様に、高橋氏、原氏の動きは、公式の政策立案機関でもある文科省を「岩盤規制保護官庁」と見立て、国家戦略特区における官邸・内閣府で、それを「打破」していくことの原動力になっていたのではないか。

高橋氏は、以前同じラジオ番組に出演した際に、「政策工房という会社では何をされているのですか」と聞いたら、「政策や法律の立案をやっています」と答えていた。「政策・立法」は、これまでは各省庁が行ってきたものだったが、それを「打ち破ること」が彼らの生業のようだ。原氏の参考人質疑では、そのような彼らが、安倍内閣とどのような関係にあり、どのような利益を得て「政策立案」に関わってきたのかも明らかにする必要があるであろう。

また、加戸氏も、今治市での獣医学部新設において、重要な役割を果たしてきた人物である。昨年9月21日の今治市分科会で獣医学部新設が議題になった経緯と、そこでの加戸氏の説明では「ライフサイエンスなどの獣医師の新たな分野」について、何ら具体的な言及がなく、その点は、その後10月17日の京都産業大学のヒアリングで初めて具体的かつ充実した資料に基づく説明が行われた。この時点で、加計学園には、京都産業大学のような「ライフサイエンス」等についての具体的な構想が存在したのか、存在したのであれば、なぜ、分科会で、それを資料化して提示しなかったのか。

そして、膨大な財政負担が生じる今治市での加計学園の獣医学部の新設が、果たして今治市の将来にとってプラスになるのか、加戸氏は愛媛県知事という公職にあった人であり、当然そのあたりのことは、十分に検討し確証をもって、この話を進めてきたはずであるが、加戸氏が強調する「四国で公務員獣医が不足している」という理由が、今治市での加計学園の獣医学部新設の必要性の根拠になるのか。

52年前に、最後に獣医学部の新設が認められた青森県(番組では「秋田」と言ったが、訂正する)の北里大学の現状は、120人定員の卒業生のうち、青森県に残留する者が3人、そのうち公務員獣医師は僅か一人だそうである。

しかも、加計学園が経営する大学の運営に関しては、銚子市での千葉科学大学が、学生が集まらず定員割れの状況になり、銚子市への経済的効果が少ない割に、市に膨大な財政負担を生じさせることになったことの反省を十分に踏まえて今治市での獣医学部新設を進めてきたのであろうか。特に、同じ国家資格取得を目的とする同大学の薬学部では、設立当初の定員150人(その後120人に減員)で、国家試験合格者がわずか二十数名であり、2015年で見ると、出願者87人、受験者40人、合格者25人となっている。受験者が出願者の半分以下ということは、資格取得希望者で合格の見込みがない人間の受験を断念させて合格率を実質的に「水増し」しているとの見方もできる。(【本当に獣医学部設置は妥当?加計学園系列大学(偏差値30台)の薬剤師国家試験合格実績がひどい】)このような事実を踏まえても、本当に今治市で獣医学部を新設することが今治市民の利益になると言えるのか。

明日の参考人質疑では、前川氏に対する質疑に注目が集まるであろうが、原氏、加戸氏の質疑も、国民にとって、そして、今治市民にとって極めて重要である。

 

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