日本郵便横山社長の姿勢への重大な疑問~「日本郵政のガバナンス問題」としての保険不適切販売問題

日本郵政傘下のかんぽ生命保険の最大9万3000件に上る不適切販売が明らかになった問題で、かんぽ生命株式会社(以下、「かんぽ生命」)の植平光彦社長と、販売委託先の日本郵便株式会社(以下、「日本郵便」)の横山邦男社長が、7月10日に記者会見を開き、今後の対応や第三者委員会設置などの方針を明らかにした。

持ち株会社日本郵政の100%子会社の日本郵便は、かんぽ生命の保険商品の約9割を、全国津々浦々の郵便局員に販売させている。保険商品自体ではなく「不適切販売」が問題となったのが今回の不祥事であり、それは、主として日本郵便の問題だ。

両社長は記者会見で謝罪したが、その後も、郵便局員への厳しいノルマ設定が原因であることへの内部からの批判を、日本郵便が「SNS厳禁」の通達で封じ込めようとして強い反発を招くなど混乱が続いており、経営陣に対する批判は一層強まっている。

「郵政民営化」は、平成の時代における国家的事業の一つとして成し遂げられ、それによって「日本郵政」を中心とする企業グループが生まれた。しかし、現時点でも国が63%の株式を保有し、ユニバーサルサービスの提供の役割も担う「公共の財産」の一つだ。その日本郵政グループの主要2社が、令和という新たな時代に入って間もなく、国民の信頼を失いかねない重大な不祥事を引き起こした。それは、平成から令和に至る日本の歴史上も重要な事象と言うべきであろう。

「かんぽの宿問題」等に関する日本郵政ガバナンス検証委員会

私は、郵政民営化直後の西川善文日本郵政社長時代に起きた「かんぽの宿」問題などの一連の不祥事を受けて2010年に総務省が設置した「日本郵政ガバナンス検証委員会」(以下、「検証委員会」)の委員長を務めた (【総務省HP】)。その際、不祥事の事実関係の調査、原因分析、再発防止策の策定を行い、成果として公表したのが「日本郵政ガバナンス問題調査専門委員会報告書」(以下、「専門委員会報告書」)である。

今回、日本郵便の社長として謝罪会見に臨んだ横山氏は、当時、西川社長の側近として日本郵政の専務執行役員を務めており、日本郵便に900億円を超える損害を生じさせた「JPEX問題」などにおいて中心的な役割を果たした人物だ。

西川社長時代の日本郵政をめぐる一連の不祥事は、小泉政権以降の自民党政権下での郵政民営化を象徴する不祥事でもあり、問題を徹底追及してきた野党が政権の座についたのであるから、旧政権時代の問題について責任追及が行われるのは自然な流れとも言えた。郵政民営化反対の中心的立場であった亀井静香金融担当大臣は西川社長らに対する厳罰を強く求めていた。

しかし、当時、原口総務大臣の下で総務省顧問の立場にあった私は、政治的な意図から離れて、責任追及ではなく、西川社長時代の日本郵政で起きた問題を通して、日本郵政のガバナンスそのものを検証し、組織改革に結び付けていくことを提案した。そこで、事実関係の調査と原因分析・再発防止策の提言を行うために設置されたのが検証委員会だった。

検証委員会を「政治的つるし上げ」の場にするのではなく、日本郵政の将来に向けての建設的な議論を場にするため、政治家もメンバーに入っていた検証委員会から切り離された組織として、橘川武郎一橋大学教授(当時)、水嶋利夫元新日本監査法人理事長などの有識者、調査専門家だけをメンバーとする「調査専門委員会」を設置し、その調査結果を専門委員会報告書として公表することにした。そこでは、責任追及の根拠となり得る事実は具体的には記述せず、代表者以外の会社幹部はすべて匿名にした。

西川氏、横山氏らに対しても、総務省を通じて、そして、委員長の私から直接、中立的・客観的な立場で、日本郵政のガバナンスを議論するための調査であり、委員会の設置目的が責任追及ではないことを説明してヒアリングへの協力を求める文書を送ったが、結局、協力は得られなかった

その横山氏が、2016年に日本郵便の社長に就任するなどとは、夢にも思わなかった(横山社長就任に関する問題について報じた記事として、FACTA【日本郵政「横山復帰」で内紛再燃】、日経ビジネス【日本郵便、トップ人事が象徴する「国営郵政」】がある)。そして、今、一層深刻な不祥事が表面化し、日本郵政グループは再び国民の信頼を失いかねない事態に直面している。

今回、記者会見映像で、その「横山邦男日本郵便社長」の姿を初めて見ることとなった。経営トップとして重大な責任があるからこそ、会見冒頭で深々と頭を下げて「謝罪」をしたのだと思うが、横山氏には、「反省」という言葉もなく、今回の事態を招いたことへの「社長としての責任」についての言及もなかった。

9年前、一連の不祥事への対処を、責任追及ではなくガバナンス問題についての建設的な議論中心にすることを強く提案したのは私だった。それが、その後、横山氏の日本郵政グループへの復帰、日本郵便社長就任を許す結果につながり、今回のような事態に至ったとすれば。私にも、その責任の一端はあると言うべきかもしれない。

そのことへの「反省」も踏まえ、今回の不祥事の経過を概観し、改めて日本郵政のガバナンス問題を考えてみたい。

「契約者負担増」問題へのかんぽ生命の対応

6月24日、かんぽ生命は、2018年11月分の契約を調査した結果、同時期の約2万1千件の契約乗り換えのうち、約5800件で契約者の負担が増えていたことが判明したと公表した。

一般的にいって、同種類の保険を一度解約して再契約する「乗換契約」は、保障内容を見直せるメリットがある一方、再契約時に保険料が上昇するケースが多く、顧客にとって不利益となる可能性が高いため、保険業法では、特に「不利益となるべき事実を告げずに」乗換契約を行うことを明示的に禁じており(300条1項4号)、顧客本位の観点からも、顧客へのより丁寧な説明が求められる。

しかし、かんぽ生命によれば、解約によって契約者の年齢が上がることなどから保険料が増えるといった事例があったが、契約時には新旧の契約内容の比較を示すなどの対応をしており、「不適切な募集とは認識していない」と説明していた。日本郵政の長門正貢社長も、24日の定例記者会見では、かんぽ保険の乗り換え販売について「明確な法令違反があったとは思っていないが、反省している」と述べるにとどまっていた。

さらに、6月27日、24日の問題公表後の顧客の苦情や照会を受け、過去5年分の契約を調査したところ、顧客が保険契約の乗り換えにより不利益を受けた事例が約2万4千件にのぼることが判明したと発表した。既往症などの理由で顧客が旧契約から新契約に乗り換えできなかったのは1万5800件で、乗り換え時に既往症などの告知義務に違反し契約解除されたり、新契約前の病気を理由に保険金が支払われなかった事例が約3100件、本来は契約乗り換えの必要がなく、特約の切り替えで済んだ可能性がある契約が約5千件である。

かんぽ生命は、顧客に対して乗り換え前の契約に戻す意向があるかどうかなどを調べ、乗り換え前の契約に復元するなどの対応を取ると謝罪したが、この時点でも「募集の手続き自体はきちんとしている」(室隆志執行役)と説明したうえで「不適切な販売にはあたらない」との考えをあらためて示していた。

西日本新聞報道で明らかになった「弁解の余地のない不適切販売」

7月7日、日本郵便で、保険の乗り換えにおいて、新規契約から7カ月以上、旧契約の解約をせず、顧客に新旧の保険料を二重払いさせているケースが、2016年4月~2018年12月だけで、約2万2千件(2016年度約6400件、2017年度約8500件、2018年4~12月約7千件)に上ることを西日本新聞が報じた。

日本郵便では、内部規定で、新しい保険を契約後、6カ月以内に旧保険を解約したケースを「乗り換え」と定義し、契約した局員に支払われる手当金や営業実績は「新規契約の半分」と規定していた。しかし、通常、顧客にとって保険料を二重払いをすることの合理性はない。二重払いのケースの多くは、郵便局員が、満額のインセンティブを得るために、強引な営業で、旧保険の解約時期を意図的に遅らせたことによるものとしか考えられない。

また、内部規定では、顧客が旧契約の解約から3カ月以内に新契約を結んだ場合も「乗り換え」と定義されているので、満額のインセンティブを得るためには、新規契約の4カ月以上前に旧保険を解約させる必要がある。しかし、その場合、顧客は解約から新規契約までの間、無保険状態となり、何かあっても保障を受けられない。

まとまった金銭を一時的に必要とするような例外的な場合をのぞき、旧契約の解約は、次の契約と同時にするのが通常であるが、日本郵便では、新規契約の4カ月以上前に旧保険を解約させるケースも多数あり、契約前の4~6カ月間に無保険だったケースが2016年4月~2018年12月の契約分で約4万7千件(2016年度約1万7100件、2017年度約1万6600件、2018年4~12月約1万3千件)であった。

このような「乗り換え潜脱」は、内部規定上、「乗り換え」に当たらないため、新旧契約の比較表を用いて丁寧に説明するといった「乗り換え」におけるルールが適用されていなかったとされており、顧客が不利益となる事実を理解せずに、事実上乗り換えをさせられていたという重大な問題が発生していた可能性が高い。

こうして、郵便局員がインセンティブを得るなどの動機で、意図的に不適切な販売を行っていた可能性が高いことが判明するに至り、日本郵政グループの保険販売をめぐる問題は大きく拡大し、7月10日に、両者の社長が謝罪会見を開くに至ったのである。

指摘され続けていたかんぽ保険の不適切販売

郵便局員の不適切な保険販売の問題への指摘は、今に始まったことではない。「保険業法違反の営業」として金融庁に届け出た件数は、2015年度16件、2016年度15件、2017年度20件である。また、「説明不十分」「不適切な代書」など、内部で「不祥事故」と呼ばれる不適正な営業は、2015年度124件、2016年度137件、2017年度181件と、一向に減少していない。総務省は2019年6月19日に、日本郵政に対し、傘下のかんぽ生命等の不適切営業について、グループ全体のコンプライアンスの徹底と、活動の適正化を指導した。

また、2018年4月24日のNHKのクローズアップ現代では、「郵便局が保険を“押し売り”!? ~郵便局員たちの告白~」と題してこの問題を特集した。1か月で400通を超える情報提供を受け、高齢者に対し不適切な手続きで保険を販売する実態が放送されていた。

さらに、東洋経済や西日本新聞などは、関係者からの告発や、内部資料を入手するなどして、郵便局員の保険の営業手法について、問題提起を度々行っていた。

これらの各所からの指摘に対しては、日本郵便も、改善策として、2017年度から、80歳以上の顧客と契約を結ぶ際、必ず家族にも保険内容を説明するルールを導入。2018年度には、販売目標が高すぎるとして、会社全体の目標を1割引き下げ、2019年度からは、80歳以上の新規客に対する勧誘を自粛するなどはしていたようだ。しかし、保険の「乗り換え」が内包する様々なリスクについては、「違法ではない」、「不適切な販売とは考えていない」といった発言を繰り返していたのである。

記者会見での不適切販売への謝罪と対応方針の公表

7月10日記者会見では、かんぽ生命の植平社長と日本郵便の横山社長が不適切販売を認めて謝罪した。そして、郵便局員への過剰なノルマが不適切販売につながったとして、新契約をとった販売員に対する評価体系や目標設定を見直すこと、二重に徴収していた保険料の返還を進め、乗り換えの推奨もやめるなどの改善策を明らかにした。早期に第三者委員会を設置すること、社内の調査結果について年内に経過を報告することなどの方針も明らかにした。しかし、今後の調査で販売職員の法令違反などが判明すれば「厳正に対処する」と明言する一方、経営陣のノルマ設定や、現場管理者のノルマ管理などの問題解明については、消極的な発言に終始し、経営陣の責任については、「みずから問題の解決をやり遂げることが責任」などと述べて引責辞任を否定した。

日本郵便の横山社長は、不正の原因について、超低金利など販売環境が激変し、郵便局がこれまで多数販売してきた貯蓄型の商品は魅力が薄れているにもかかわらず「営業推進体制が旧態依然のままだった」と述べた。

貯蓄型商品中心の営業では、従来のような保険販売は見込めなくなっているのに、営業目標やノルマを重視する従来の営業推進が行われていたことが原因だとする見方自体は、誤ってはいないだろう。しかし、問題なのは、なぜ「営業推進体制が旧態依然のままだった」のか、それについて経営トップとして、どのように考え、対応をしていたのかを明らかにしなければならないはずだ。ところが、会見では、今後の改善の方策は示すものの、旧態依然の営業体制のままであった原因についての言及も、それに対する反省も全くない。

そのような横山氏の姿勢を象徴しているのが、会見で「経営者であれば、施策を打った段階で、ある程度こういうことが起こるんではないか、現場でどうなっているかを確認すべき」「わかったのはいつ頃なんですか?まずいことが起きているんじゃないかと気づいたのはいつ頃なんですか?」と質問されたのに対する次のような答え方だ。

いつ頃かというのはですね、あのー・・・、えーっと・・・、商品の募集品質の改善は常に現場の実態を確認しながらやっておりますので、これは常にやっておるところでありますけれども、目標の体系が実態にふさわしいのかどうかという疑問を持ち始めたのは、最近のことです。

しかし、横山氏が、2016年6月に日本郵便社長に就任するずっと前から、「超低金利」「貯蓄性商品の販売不振」の状況は続いていたはずだ。その横山氏は、社長就任後、2018年に日本郵政グループの中期経営計画で、生命保険業について「保障重視の販売、募集品質向上による保有契約の反転・成長」を打ち出していた一方で、その1年も後になって、目標の体系が実態にふさわしいのかどうかという疑問を持ち始めた、それまでは、現場の状況に気づかなかったというのである。メガバンク三井住友銀行の元幹部の言葉とは思えない。

しかも、前述したように、日本郵便での不適切な保険営業に関しては、総務省の指導やマスコミの追及を受けるなどをしており、気づかなかったわけがない。会見で横山氏の説明は不誠実極まりないものと言わざるを得ない。

「日本郵政のガバナンス問題」としての不適切販売問題

今回のような不適切販売問題が発生した要因として、かんぽ生命の保険商品では、民業圧迫の懸念などから保険金の上限額が2千万円と決まっていて、一般的に保険の「転換」の際に用いられる「新旧の契約の一時的併存」ができず、旧契約を解約した後に新契約に入り直す「乗り換え」で新旧の契約に切れ目が生じることから、問題が生じやすいということが指摘できる。

確かに、他の保険会社とは異なる条件であることは確かだ。しかし、一般の民間企業とは異なる条件による制約を受けることは、法的にもユニバーサルサービスの確保義務を負う日本郵政グループにおいては致し方ないことだ。西川社長時代の日本郵政の問題に関して専門委員会報告書で「A専務」として指摘を受けた立場でありながら、敢えて日本郵便の社長に就任した以上、そのような困難な条件を克服していく覚悟が求められるのは当然のことと言えよう。

記者会見で横山社長は、「お客様本位がすべてに優先するという考えが全局に徹底すれば、ユニバーサルサービスの一環として、全国津々浦々で郵便局員が保険を適切に販売することは十分可能」と言い切った。しかし、これまで、「乗り換え」に関しての問題が生じやすいというリスクにすら気付かなかった、或いはそれを無視していたとしか思えないことを棚に上げて、どうして「郵便局員が保険を適切に販売することは十分可能」などと言い切れるのだろうか。

9年前の専門委員会報告書においては、日本郵政のガバナンス問題について、「西川社長時代の日本郵政においては、政治情勢の激変の中、『郵政民営化を後戻りさせないように』との意図が背景あるいは誘因となって、拙速に業務執行が行われたことにより多くの問題の発生につながった」との基本認識に基づき、「日本郵政の事業をめぐる環境は、外部要因に強く影響される。そのため、今回の個別検証でも明らかになったが、これまでの日本郵政の経営をみると、その変化を見越し、環境が大きく変化する前に短期的に結果を出そうとして拙速に経営上の意思決定が行われ、事業が遂行される危険性を有しているものと推察される。」と述べている。

不動産売却やゆうパック事業とペリカン便事業との統合等、経営上の意思決定に関する問題であった西川社長時代の日本郵政の不祥事と、営業の現場で発生した今回の保険商品の不適切販売に関する問題は、性格が異なる問題だ。しかし、日本郵政グループには、とりわけ非上場である日本郵便という組織には、全国の郵便局網を活用し、日本社会全体に対してユニバーサルサービスを提供する組織として、一般の民間企業以上に、業務の公正さ、適正さが求められる。そのような要請に十分に応えるべく経営陣として適切な意思決定・対応をしていたと言えるのか、という点において、今回の問題も、「日本郵政のガバナンス問題」であることに変わりはないのである。

「反省のない横山氏」の日本郵便社長就任の是非

横山氏の日本郵便社長就任の問題を指摘した2016年【前掲FACTA記事】は、以下のように述べている

JPEXや接待疑惑に関しては、総務省が10年に公表した「日本郵政ガバナンス問題調査専門委員会報告書」にも明記されている。民主党政権下でまとめられた報告書ゆえに菅は信ずるに足らないと見たのか。あるいは、過去の罪は西川にのみあって、横山に責任はないと判断したのか。

しかし、全国2万4千の郵便局長、40万人(臨時職員含む)の郵便職員には、横山に対するトラウマが残っている。西川時代のような「上から目線」では必ず現場の抵抗に遭い、改革の歯車が逆回転する。一騒動も二騒動も起こるだろう。

そのような懸念は意に介さず、社長就任後の横山氏は、オープンイノベーションの考え方を前面に打ち出し、改革指向の積極経営指向を鮮明にしていった(日経ビジネス【第23回:市場主義とオープンイノベーションが成長を生む:「仕事がなくなるかもしれない」危機感がバネに】など)。

しかし、日本郵便という巨大組織で本当のイノベーションを実現しようと思えば、まず「足元の不安要素」を慎重に検討し、十分な対処を行った上で積極的な施策を行うというのが当然であろう。

ユニバーサルサービスの現場の郵便局で起きている問題に目もくれず、「イノベーション」に向かって突き進もうとしている横山氏の姿は、西川社長時代の日本郵政と本質的に変わることがないように思える。

このような「反省のない経営者」に委ねられた日本郵便という会社にも、それを中核とする日本郵政グループにも明るい展望は描けないように思う。

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産経新聞は、誤った「印象操作」記事は撤回・謝罪すべき~なぜ「人質司法」解消に水を差すことに拘るのか

産経新聞の、【保釈率倍増、高まる逃走・再犯リスク 裁判所判断に浮かぶ懸念】と題する記事や、それを受けての社説について、昨日(6月23日)、アップした記事で、

今回の事件で収容を免れて逃走した男が、周辺の住民のみならず、社会に大きな不安を与えたことで、「裁判所の保釈許可の傾向」に対する警戒感を煽り、裁判所が適切に保釈の可否を判断する姿勢に水を差そうとしているとすれば、極めて不適切

と批判した。(【実刑確定者の逃亡は「『人質司法』の裏返し」の問題  ~「保釈」容認の傾向に水を差してはならない】)

ところが、産経新聞は、さらに、【保釈倍増で逃走リスク 収容前の不明は全国で26人】と題する記事を出して、あたかも、ゴーン氏の事件で「人質司法」が海外から批判を受けて、裁判所が「従来の基準を覆してまで」保釈を許可するようになったことが、保釈による被告人の逃走リスクを高め、社会に不安を与えているかのように結論づけている。

その中で、

小林誠容疑者のように実刑確定後、収容前に行方不明になる者は「遁刑(とんけい)者」と呼ばれる。裁判所が保釈を広く認める傾向を強め、これまで許可してこなかった暴力団関係者や薬物常習者なども保釈するようになったため、出頭に応じなかったり、逃走したりするケースが増えている。

などと述べた上、その原因について

裁判所が、保釈を広く認める背景にあるのが、容疑者や被告が否認すると勾留が長期化する日本の刑事司法制度を揶揄(やゆ)した「人質司法」からの脱却だ。日産自動車前会長、カルロス・ゴーン被告(65)の事件でも海外から批判され、従来の基準を覆してまでも保釈を許可したことで、裁判所のスタンスが鮮明になった。

などと述べ、あたかもゴーン氏の事件での国際的批判から裁判所が保釈許可の傾向を強めたことが出頭拒否や逃走の原因であるかのように印象づけている。

しかし、「暴力団関係者や薬物常習者なども保釈するようになった」ということが事実だとしても、それは、「罪証隠滅のおそれ」によって無罪主張をする被告人の身柄拘束が長期化するという「人質司法」とは、異なる次元の問題だ。「従来の基準を覆してまで」保釈を許可するというのが、「人質司法」批判に対応するものだとすれば、「暴力団関係者や薬物常習者などの保釈」とは無関係だ。

しかも、この記事では、保釈許可の拡大の傾向によって、「出頭に応じなかったり、逃走したりするケースが増えている」と述べているが、その「増加」の客観的な根拠が示されていない。そして、

全国の地裁、簡裁が保釈を許可する割合は平成20年の14.1%から29年には31.3%と10年間で倍増している。保釈後、実刑が確定した者の大半は服役するが、法務省によると、逃走するなどして収容されていない遁刑者は30年末で全国に26人いる。

と述べているが、保釈許可率が高まったことは事実であるとしても、果たして、それに伴って、「遁刑者の増加」という現象が起きているのであろうか。私が検察の現場にいた時の経験からすると、全国での「遁刑者」の数が26人というのは、特に大きな数字のようには思えない。

この「遁刑者」の数は、過去に、法務総合研究所が行った調査結果が犯罪白書で公表されたことがある。法務省刑事局の調査によると昭和36年末の遁刑者は903人であり、昭和40年版の犯罪白書によると、昭和39年末の段階の遁刑者は655人であるから、3年で概ね3分の2に減少している。その後、遁刑者の数は公表されていないが、学習院法務研究に掲載された岡本裕明弁護士の論文【再保釈請求の許可基準に関する理論と実務】の中で、

現在においては、遁刑者の数について公刊物で 確認することはできないが、法務省刑事局総務課に問い合わせた結果、平成 26年度末の段階で約30名という回答を得た。

と書かれている。

産経記事のとおり、平成30年末で遁刑者が26人だとすれば、昭和40年の時点と比較すると25分の1に大幅に減少していることが明らかだし、少なくとも、最近4年間でも、遁刑者は減少しているのである。

このようなことは、法務省担当記者が取材すれば容易に判明するはずであるが、産経新聞は、なぜ、そのように容易にわかる「遁刑者の減少」の事実に言及せず、逆に、保釈が容認される傾向が、遁刑者の増加を招いているかのように思わせる書き方をするのであろうか。それは、保釈容認の傾向に水を差そうとする「印象操作」そのものではないか。

また、今回の実刑確定者逃亡事案に至る経過についても、不正確な記述がある。

小林容疑者は、1審段階で保釈され、実刑判決後に保釈が取り消されたものの、控訴した後に再保釈が認められており、まさにこのケースに当たる。

と述べているが、実刑判決後に、「保釈取消」が行われた事実があるのだろうか。「保釈取消」は、出頭拒否や保釈条件違反によって、裁判所の決定で保釈を取り消すことだ。その事実があったのであれば、「再保釈」を認めたりはしないだろう。保釈が「取り消された」のではなく、一審の実刑判決によって、保釈が「失効」し、その後、再度の保釈請求が許可されたということであろう。産経新聞の記者は、「保釈取消」と「失効」の違いという基本的な知識もなく記事を書いているのだろうか。

ゴーン氏事件での長期間にわたる身体拘束によって、日本の司法に対する国際的な批判が起きていることを契機に、1010人の法律家による『「人質司法」からの脱却を求める法律家の声明』が出されている。私も、村木厚子氏の冤罪事件等に顕著に表れた「特捜的人質司法」が一般事件における人質司法以上に深刻な人権蹂躙を生じさせ、それが「特捜部の武器」として悪用されていることを強く訴えてきた。(【”ゴーン氏108日勾留”は「特捜的人質司法」の問題】)

「人質司法」を是正し、近代国家に相応しい「人権尊重」の刑事司法を実現することは、今や、日本の社会にとって、極めて重要な課題となっている。産経新聞が、「人質司法」批判から、保釈容認の動きが拡大していることが、保釈された被告人の逃亡や「遁刑者」を増加させ、社会に不安を与えているかのように根拠もなく報じ、なおかつ、誤った印象を与えることで、「人質司法」是正の動きに水を差そうとしているとすれば、それは、新聞の報道姿勢として許されることではない。

産経新聞は、森友・加計問題等での朝日新聞の報道を「印象操作」と言って批判する安倍首相を支持・擁護してきたが、「人質司法」に関連する今回の記事こそ、誤った「印象操作」そのものではないのか。

記事の内容を早急に検証し、記事を撤回した上、謝罪すべきだ。

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産経新聞はなぜ「人質司法」是正に水を差すことに拘るのか

産経新聞の、【保釈率倍増、高まる逃走・再犯リスク 裁判所判断に浮かぶ懸念】と題する記事や、それを受けての社説について、昨日(6月23日)、アップした記事で、

今回の事件で収容を免れて逃走した男が、周辺の住民のみならず、社会に大きな不安を与えたことで、「裁判所の保釈許可の傾向」に対する警戒感を煽り、裁判所が適切に保釈の可否を判断する姿勢に水を差そうとしているとすれば、極めて不適切

と批判した。

ところが、産経新聞は、さらに、【保釈倍増で逃走リスク 収容前の不明は全国で26人】と題する記事を出して、あたかも、ゴーン氏の事件で「人質司法」が海外から批判を受けて、裁判所が「従来の基準を覆してまで」保釈を許可するようになったことが、保釈による被告人の逃走リスクを高め、社会に不安を与えているかのように結論づけている。
その中で、

小林誠容疑者のように実刑確定後、収容前に行方不明になる者は「遁刑(とんけい)者」と呼ばれる。裁判所が保釈を広く認める傾向を強め、これまで許可してこなかった暴力団関係者や薬物常習者なども保釈するようになったため、出頭に応じなかったり、逃走したりするケースが増えている。

などと述べた上、その原因について

裁判所が、保釈を広く認める背景にあるのが、容疑者や被告が否認すると勾留が長期化する日本の刑事司法制度を揶揄(やゆ)した「人質司法」からの脱却だ。日産自動車前会長、カルロス・ゴーン被告(65)の事件でも海外から批判され、従来の基準を覆してまでも保釈を許可したことで、裁判所のスタンスが鮮明になった。

などと述べている。

しかし、「暴力団関係者や薬物常習者なども保釈するようになった」ということが事実だとしても、それは、「罪証隠滅のおそれ」によって無罪主張をする被告人の身柄拘束が長期化するという「人質司法」とは、異なる次元の問題だ。「従来の基準を覆してまで」保釈を許可するというのが、「人質司法」批判に対応するものだとすれば、「暴力団関係者や薬物常習者などの保釈」とは無関係だ。
しかも、この記事では、保釈許可の拡大の傾向によって、「出頭に応じなかったり、逃走したりするケースが増えている」と述べているが、その「増加」の客観的な根拠が示されていない。

全国の地裁、簡裁が保釈を許可する割合は平成20年の14.1%から29年には31.3%と10年間で倍増している。保釈後、実刑が確定した者の大半は服役するが、法務省によると、逃走するなどして収容されていない遁刑者は30年末で全国に26人いる。

と述べているが、保釈許可率が高まったことは事実であるとしても、果たして、それに伴って、「遁刑者の増加」という現象が起きているのであろうか。私が検察の現場にいた時の経験からすると、全国での「遁刑者」の数が26人というのは、特に大きな数字のようには思えない。保釈許可の拡大によって「遁刑者」が増加しているというのであれば、10年前と比較して、「遁刑者」がどれだけ増えているのか数字を示すべきだ。

また、今回の実刑確定者逃亡事案に至る経過についても、不正確な記述がある。

小林容疑者は、1審段階で保釈され、実刑判決後に保釈が取り消されたものの、控訴した後に再保釈が認められており、まさにこのケースに当たる。

と述べているが、実刑判決後に、「保釈取消し」が行われた事実があるのだろうか。「保釈取消し」は、出頭拒否や保釈条件違反によって、裁判所の決定で保釈を取り消すことだ。その事実があったのでれば、「再保釈」を認めたりはしないだろう。【前掲記事】で述べたように、保釈が「取り消された」のではなく、一審の実刑判決によって、保釈が「失効」し、その後、再度の保釈請求が許可されたということであろう。産経新聞の記者は、「保釈取消」と「失効」の違いという基本的な知識もなく記事を書いているのだろうか。

「人質司法」を是正し、近代国家に相応しい「人権尊重」の刑事司法を実現することは、今や、日本の社会にとって、極めて重要な課題だ。「人質司法」批判から、保釈容認の動きが拡大していることが、保釈された被告人の逃亡や「遁刑者」を増加させ、社会に不安を与えているかのように根拠もなく報じている。

それにしても、なぜ産経新聞はこれほどまでに「人質司法」是正の動きに水を差そうとするのであろうか。

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実刑確定者逃亡事件は、検察組織の姿勢の問題 ~「人質司法」の裏返し

神奈川県愛川町で、実刑確定者が、収容しようとした検察庁職員や警察官に抵抗し、刃物を持って逃走した事件をめぐり、検察庁・警察の対応の拙さが批判されているが、刑事裁判の確定、刑の執行の境界線のところで起きた事件であるために、この問題を法律的に正しく理解することは容易ではない。そのためか、この事件をめぐる報道には、多くの混乱や誤りが生じており、また、「罪証隠滅のおそれ」に関する裁判所の判断の問題に結びつけるかのような論調もあり、ゴーン氏事件で国際的な批判を浴び、注目されている「人質司法」の問題にも影響を与えかねない事態になっている。

今回の事件は「刑の執行」の段階の問題であり、「保釈中の逃亡」事案ではない

保釈は、保釈保証金を支払わせ、もし、出頭を拒否したり、逃亡したりした場合にはその保釈保証金を国が没取することによる心理的強制によって出頭拒否や逃亡を防止しようという制度だ。保釈は、審級ごとに許可される。一審での保釈は一審判決が出されることで、控訴審での保釈は、控訴審判決が出されることで失効する。今回の逃亡した男は、控訴審で有罪判決が確定していたので、既に保釈は失効し、実刑判決の確定によって刑を執行する段階に入っていた。

刑訴法96条3項は「保釈された者が、刑の言渡を受けその判決が確定した後、執行のため呼出を受け正当な理由がなく出頭しないとき、又は逃亡したときは、検察官の請求により、決定で保証金の全部又は一部を没取しなければならない。」と定めており、公判に出頭せず、逃亡した場合だけでなく、今回の事件のように、判決確定後の収容に応じなかった場合にも保釈保証金を没取することとし、それによって刑の執行のための出頭を確保しようとしている。それが前提となって、実刑判決後においても保釈が許可されるのである。

今回の事件は、控訴審で有罪判決が言い渡され、被告人の保釈が失効した後の問題であり、「保釈中」に被告人が逃亡した事案ではない。

検察事務官が「裏方」として対応する刑の執行のための職務

一審で保釈された被告人は、一審で実刑判決の言い渡しによって保釈が失効し、ただちに裁判所で収監されるので、身柄収容の問題は発生しないが、控訴審で実刑判決が言い渡されたり、一審の実刑判決が維持されたりした場合は、保釈が失効し、本来は身柄収容すべきであるのに、身柄が収容されないまま、その後に、刑の執行のための身柄収容が必要となる場合がある。本件もそのような事情から検察庁が身柄収容を行うことになったようだ。

「刑の執行」は検察官の権限である。懲役刑に処するための前提として、身柄を確保して刑務所に収容するのも、検察官として行うべき職務である。今回の実刑確定者の収容も、東京高裁での控訴審で実刑が確定しているので、懲役刑の執行の権限と責任は、基本的に東京高検にある。その東京高検が、刑の執行のための身柄の収容を行う過程で今回の事案が発生したと考えられる。

捜査や公判等の職務とは異なり、罰金の徴収や実刑確定者の収容などの職務は、「検務事務」と言って、実際には検察事務官に委ねられており、検察官はほとんど関与しない。検察庁全体では、陽の当たらない「裏方」のような仕事だ。本件では、実刑判決確定後、所在を調査し、出頭を要請するところまでは東京高検の検察事務官が担当していたはずだが、刑の執行のための身柄の収容は、所在地を管轄する横浜地検小田原支部に嘱託することになる。

もともと、保釈保証金を支払わせて、出頭しなければ保証金を没取することの威嚇で出頭を確保するのであるが、保釈金没取の請求手続を行うのは東京高検であるが、実刑確定者と実際に接触して身柄収容するのは、横浜地検本庁の小田原支部であるから、高検・地検本庁・支部の3つの検察庁が、この執行事務に関わることになるため、報告命令関係は複雑になる。

今回の事件は、「『人質司法』の裏返し」の問題

今回の事件の根本的な原因は、実刑判決後に、保釈を許可したこと自体にあるという意見も多い。しかし、一般的に、実刑になるのが相当と思われる事案でも、一審で公訴事実を全面的に認めている場合には、「裁量保釈」される場合が多いし、その際、検察官が、形式的には「不相当」と意見を述べても、詳細に意見を書いて保釈に強く反対するかと言えば、必ずしもそうではない。一審で保釈されている被告人に実刑判決が出た後の再保釈についても、今回の事件のようなことを想定して、「刑の執行」の支障になるという理由で、強い反対意見を述べることはほとんどない。

検察は、従来から、無罪を訴える被告人の保釈に対しては極めて厳しく、全力を挙げて、「罪証隠滅のおそれ」を理由に反対するが、その一方で、公訴事実を認める被告人の保釈に対しては、実刑前科が多数あっても、実刑判決後の再保釈であっても、比較的寛大な姿勢をとってきた。それは、「有罪判決獲得」重視・「刑の執行」軽視という検察の姿勢によるものだ。

私自身が現職の検察官であった当時のことを思い起こし、自戒を込めて言えば、実刑判決を受けた犯罪者の身柄を確保し「刑の執行」を確実に行うという、検察事務官が担当する職務に対する配慮が欠けていた。無罪を主張する被告人の「罪証隠滅のおそれ」には徹底してこだわる一方で、「刑の執行」確保にはあまり関心がない検察官の姿勢が、実刑判決後の保釈に伴って不可避となる「身柄の収容」の現場での偶発的な実刑確定者の逃亡事案の発生につながったといえる。

今回の事件は、「刑の執行」の確保の職務に関して生じた問題である。直接担当したのは東京高検の検務部門であり、その執行の嘱託を受けたのが横浜地検の検務部門だが、決して彼らだけの責任ではない。実刑判決後に「裁量保釈」が許可されたことも、もちろん原因の1つだが、それは、保釈を許可した裁判所だけの責任ではない。控訴審判決で実刑が確定した場合の身柄の収容という「刑の執行」に関する困難な問題に、組織として十分に向き合って来なかった検察の組織の対応の方に根本的な問題がある。

「有罪判決の獲得」のため無実を訴える被告人の身柄拘束の継続には徹底してこだわる一方で、公訴事実を認める被告人の保釈には、「刑の執行」のことをあまり考えず寛大な姿勢をとる検察の姿勢によるものとも言える。そういう意味で、今回の事件は、「『人質司法』の裏返し」の問題でもあるのである。

最近の裁判所の保釈容認の傾向に不満を述べるのではなく、控訴審の判決時に実刑となった被告人を法廷で確実に収監できるよう制度を改めることなど、検察庁として、「刑の執行の確保」の問題に真剣に向き合うべきであろう。

今回の事件を保釈の可否全体の問題に結び付けるべきではない

上記の通り、今回の事件は、「刑の執行」の確保の職務に関して生じた問題だ。ところが、それを「保釈」全体の問題に結び付け、事件によって高まった社会不安を、ゴーン氏事件を契機に海外からの批判も受けて高まっている「人質司法」批判に水を差すことに向けようとする意図が感じられる記事がある。その典型が、産経新聞の【保釈率倍増、高まる逃走・再犯リスク 裁判所判断に浮かぶ懸念】と題する記事だ。

この記事は、「身柄拘束を解く判断基準緩和の流れ」などという曖昧かつ不正確な表現で、懲役11年の実刑判決を受けた被告人の保釈や、ゴーン氏の保釈を俎上に上げ、保釈中の「逃走」や「再犯」の増加傾向が、保釈容認の裁判所の傾向によるものであるかのように述べている。

しかし、保釈の可否は、保釈保証金を納付させることで逃亡を防止することができるかという判断と、罪証隠滅の恐れがあるかどうかの判断の両面から判断されるのであり、この2つを混同させるような議論はすべきではない。

「懲役11年の実刑判決を受けた被告人が保釈された事案」に言及しているが、この事案は、自宅で妻を殺害したとして殺人罪に問われた講談社の雑誌編集次長が、妻は自殺したとして無罪を主張している特異な事件だ。直接審理を担当し殺人罪の長期実刑を言い渡したのと同じ構成の裁判官が、有罪との結論は出していても、家族内の事件という特殊性と4人の子供がいることから、被告人を「裁量保釈」すべきという異例の判断に至ったもので、保釈の判断として一般化すべき事案ではない。

また、同記事は、「一方で保釈中の逃走は後を絶たない」として、「 29年6月には盗撮事件の判決公判で、保釈中の男が仙台地裁の法廷で警察官に切りつけ、逃げようとした事件」、「昨年2月には千葉県館山市で、覚せい剤取締法違反罪に問われ、保釈が取り消された男を函館地検の職員が収監しようとした際に逃走する事件」などを挙げているが、仮に、「逃亡したり、再犯に及んだりするケース」が最近増えている事実があったとしても、従来、「罪証隠滅のおそれ」を理由に、保釈を認めなかった被告人が再犯や逃亡に及んだという話ではない。

「罪証隠滅のおそれ」が厳格に判断される傾向が強まり、裁判所が安易に「罪証隠滅のおそれ」を認める姿勢を改め、「人質司法」が徐々に是正されつつあることを、今回の事件に関連して持ち出すのは、極めて不適切だ。

今回の事件で収容を免れて逃走した男が、周辺の住民のみならず、社会に大きな不安を与えたことで、「裁判所の保釈許可の傾向」に対する警戒感を煽り、裁判所が適切に保釈の可否を判断する姿勢に水を差そうとしているとすれば、極めて不適切な報道と言わざるを得ない。産経新聞は、この記事に基づいて、【実刑確定の男逃走 保釈のあり方急ぎ見直せ】と題する社説を掲載し、「行き過ぎた現行の保釈のあり方が、その目的に適(かな)っているとはいえまい。早急に見直す必要がある」などと述べているが、そのような論調は改めるべきだ。

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“野村證券情報伝達”で問われる「法令遵守」を超えたコンプライアンス

東京証券取引所(以下「東証」)が設置した「市場構造の在り方等に関する懇談会」(以下「懇談会」)の委員を務める野村総合研究所(以下、「野村総研」)の研究員が、野村證券のリサーチ部門に所属するストラテジストに、東証で議論されている市場区分の見直しについての内容を伝達し、ストラテジストが、従来から市場区分の見直しの議論に関心を示していた野村證券の営業社員等に、「現時点の東証の意向は、上位市場の指定基準及び退出基準を500億円ではなく250億円としたい模様」と伝え、営業社員が、その情報を顧客3社に提供した問題について、野村證券は、5月24日、外部弁護士からなる「特別調査チーム」の報告書を公表した。

「特別チーム」調査報告書における「コード・オブ・コンダクト」に関する指摘

 この報告書の中に出てくる「コード・オブ・コンダクト」という言葉が、この行為とコンプライアンスとの関係を理解するキーワードだ。

 報告書は、

研究員は、東証と明文の守秘義務契約を締結していないとしても、懇談会の委員委嘱契約 の内容として一定の守秘義務を負っているものと考えられる

ストラテジストによる 2 回にわたるメール発信は、日本証券業協会のルールに基づき厳格な審査が必要なアナリスト・レポートには該当せず、社内の広告審査の対象からも外れており、両者に係る管理態勢の枠外に置かれていた。

とし、当該行為が、具体的な法令に違反する行為ではないことを前提にした上で、

ストラテジストによる2 回のメール発信は、NRI 研究員の東証に対する守秘義務を全く考慮しない行為である。また、ストラテジストは、懇談会委員であるNRI 研究員がもたらす制度改正に関 する未公表情報を含む情報を伝達したものであり、マーケット・プレイヤーとしての基本的なコード・オブ・コンダクト(以下「コンダクト」)が欠如している

としている。

 つまり、研究員からストラテジストへの情報伝達が、明文の守秘義務契約違反ではなくても、「実質的な守秘義務」に反しており、ストラテジストが野村證券社員らに伝達し、顧客に情報を提供した行為は、法令には違反していなくても、「コンダクト」に反するということだ。

「LIBOR不正操作事件」とコンダクト・リスク

 この「コンダクト」という言葉は、2012年の「LIBOR不正操作事件」で、注目されるようになった。LIBORは、銀行同士でお金を融通する際の金利で、世界の様々な金利の指標となるもので、英国銀行協会が主要銀行から申告させた数字を基に算出することになっている。一部の有力金融機関が意識的に虚偽の金利を申告したため、その“LIBOR”金利が、恣意的に操作されていたという問題だ。

 この問題は、具体的な法令に違反するものではないが、「顧客の正当かつ合理的な期待に応えることを金融機関がまず第一に自らの責務として捉え、顧客対応、金融機関間のやり取り、市場における活動をもって、責務を示すこと」(英国Financial Conduct Authority(FCA))という、金融機関に期待される『コンダクト』に反する行為の典型だと言える。

 この事件以降、このような行為によって社会的批判を受けるリスクを、「コンダクト・リスク」として、特に金融系の企業にとってのコンプライアンスの重要な問題として意識されるようになった。

 今回の野村證券の問題も、法令や規則に違反するものではなく、明示的な契約違反でもない。つまり「法令遵守」の問題ではない。しかし、「東証の市場区分の見直しについての上位市場の指定基準及び退出基準」というのは、その見直しの対象となり得る上場企業の株価に重大な影響を与える事実である。それを議論する東証の懇談会に委員として参加している野村證券の子会社の野村総研の研究員が、委員であるがゆえに知り得た指定基準及び退出基準に関する情報を、親会社である野村證券の営業に利用することは、「投資家間の情報の公平」に反し、証券市場の公正を損なうものであることは明らかだ。それは、金融商品取引法等で、具体的に禁止されていなくても、証券関係者が行ってはならない行為である。

 このような行為が、具体的な法令に違反していなくても、「コンダクト」に反するとされることの背景には、証券市場や金融商品の取引の「公正」を確保することに対する「社会的要請」がある。それは、投資判断に重要な影響を与える情報を不正に活用したという点で「インサイダー取引の禁止」の背後にある「社会的要請」と共通するものだ。

 このように、具体的な法令規則に違反しない行為のコンプライアンス上の問題を理解するためには、それがどのような「社会的要請」に反するのか、という観点から考えてみる必要がある。

日本におけるインサイダー取引禁止規定導入の特殊性

 金融商品取引法は、「重要事実を知って公表前に株式を売買する行為」を、インサイダー取引として禁止している。それは、一部の投資家のみが内部情報に基づいて金融商品の取引を行うことが、「投資家間の情報の公平」を損ない、「金融市場の公正」を損なうからだ。

 昔から証券市場を通じての企業資金の調達(直接金融)が中心だった米国では、インサイダー取引の禁止が、証券市場において徹底されてきた。米国では、広く国民全体が証券市場に参加するためには、投資家間の情報の公平性を維持することが不可欠だという考え方が、社会的に重視されてきたからである。

 一方、戦後長らく金融機関を通じた間接金融が中心だった日本では、証券市場は、不確実な情報と思惑が入り乱れる中で投機的な売買が横行する「博打の場」のようなものだった。儲けるために人よりも早く内部情報を得て売買するのは当然のことで、「早耳筋」などという証券用語にも象徴されるように、インサイダー取引はごく当たり前の行為だった。

 法律上、インサイダー取引が明確に禁止されたのは、バブル経済の最中の1986年。実際に処罰・制裁の対象にされるようになったのは、90年代半ば頃からである。金融ビッグバン以降、日本における企業金融が、間接金融から直接金融に大きくシフトしたことがその背景にある。

 このように、その国の経済の中での証券市場の位置づけや、投資家間の情報の平等というルールの重要性などによって、インサイダー取引の禁止の必要性は異なってくるが、日本の証券市場は、上記のように、米国の証券市場とは異なる歴史をたどってきた。

 現在では、日本の経済社会においても、国民の経済生活においても、インサイダー取引の禁止の背後にある「情報の平等」の要請は、一層重要なものとなっているが、上記のような歴史的経緯もあって、インサイダー取引の禁止の理由や、その背後にある「取引の公正」の考え方が十分に理解されているかと言えば、そうではない。単なる「法令遵守」の問題ととらえられやすい。

日本の「インサイダー取引禁止の規定」の特徴

 日本のインサイダー取引禁止規定は、構成要件の明確性という観点から、主観的要件によらず形式的に構成要件が定められ、罰則導入当初は、法定刑も交通違反程度に設定された。その結果、本来は処罰の必要がないような行為にまで広く禁止の網がかぶせられていた。

 もともとの趣旨からは、内部情報を知ったために株式売買をすることにした場合が対象とされるべきだが、日本の規定では、情報を知ったことと株式売買との因果関係が要件とされていないため、以前から予定していた株式売買であっても、たまたま売買する前に内部情報を知ってしまうとインサイダー取引に該当してしまう。業務上必要な場合も含め、極めて広い範囲の売買が禁止の対象とされていた。

 この点については、その後、2015年9月の内閣府令の改正で、未公表の重要事実を知る前に締結・決定された契約・計画が存在し、株式等の売買の具体的な内容(期日および期日における売買の総額または数)があらかじめ特定されている、または定められた計算式等で機械的に決定され、その契約・計画に従って売買等が執行される場合には、契約・計画の締結・策定後に未公表の重要事実を知った場合には、インサイダー取引規制は適用されないとする適用除外規定が設けられた。

 しかし、形式犯的性格が強かったという経緯から、日本では、インサイダー取引の禁止規定に関して、「市場の公正」「取引の公正」を害するという実質的な観点より、形式的な「法令遵守」に反するかどうかという形式的な観点が重視される傾向がある。

職業倫理に反する「情報不正活用行為」に対する考え方

 企業から未公表の情報の提供を受け、その業務に活用する職業の従事者が、提供された情報を私的に流用して取引を行うことは、その組織や職業自体への信頼を失わせ、職業の存立基盤にも重大な影響を与えかねない行為だが、そのような「職業倫理に反する情報不正使用行為」が、常に金商法のインサイダー取引の規定に違反するかと言えば、必ずしもそうではない。

 たとえば、報道関係者が、特定の会社の批判キャンペーン報道をする前にその会社の株を空売りしたとしても、会社関係者から重要事実に当たる情報を「受領」したものでなければインサイダー取引には該当しない。また、証券市場のシステムが大混乱し市場全体が暴落することを事前に知った証券取引所の内部者が持ち株を売ったとしても、個別の会社に関する情報に基づく売買ではないので、インサイダー取引には該当しない。日銀の金融政策に関わる幹部が、非公表の金融政策に関する決定の内容を知って、投資信託等の売買を行ったとしても、同様にインサイダー取引には該当しない。

 これらの行為は、重大な職業倫理違反ではあるが、金融商品取引法などの法令に違反する行為ではない。

 2007年頃、NHKや新日本監査法人など「未公表の情報の提供を受け、それを活用して社会に価値をもたらす組織」において、その情報を私的に利用して個人的利益を上げようとする行為が相次いで表面化したことがあった。

 かかる問題に対して組織として行うべきことは「法令遵守の徹底」や「何が法令に違反するのかを教え込む教育」ではなく、「未公開の情報を提供されて行う業務について、情報の取扱いについての社会的要請をどのように受け止め、どのように要請に応えていくのか」に関して、方針や組織の在り方を全面的に見直すことだ。

証券会社における「情報活用行為」とコンダクトとの関係

 今回の野村證券の情報伝達問題は、証券会社という金融商品の取引を業とする組織が、インサイダー取引の禁止の背景にある「投資家間の情報の公平」という社会的要請にどのように応えていくべきかという問題である。

 監査法人、報道機関等の組織は、その業務の性格からして、そもそも「業務上入手した情報を活用して投資を行うこと」自体が許されないのであり、職業倫理としての禁止の徹底も容易だが、証券会社と情報活用との関係は、それとは若干異なる。かつては、営業活動自体が、基本的に「顧客に有利な情報を提供すること」つまり、「情報の差別化」を付加価値としているように思われてきた証券会社では、「法令遵守の範囲内であれば、情報の優位性を営業でアピールすることは許される」という認識を有する営業マンが多かった。そういう意識が根強く残っている組織において、「情報の公平性」に反する行為が「取引の公正」を損なう行為だという認識を定着させ、組織内で徹底していくことは決して容易ではない。

 今回の情報伝達問題は、「情報の公平性」に関する「コンダクト」の問題で、証券会社に対して当局の厳しい対応が行われた初めての事例だ。金融業界のコンプライアンスが、「法令遵守」を超えたレベルへの進化を求められていることを表すものと言えよう。

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「ラグビーWC観戦券付きツアー」をめぐるコンプライアンス上の問題

大手旅行会社JTBが、ラグビーワールドカップ2019日本大会の観戦チケット付きツアーの販売を行っている。ネット広告には

JTBは、「ラグビーワールドカップ2019™日本大会」国内唯一の公式旅行会社です。

と記載されている。

この観戦券付きツアーには、いくつかのタイプがある。

(1)地方で行われる外国チーム同士の対戦の観戦券、宿泊、移動、観光のセット

(2)地方で行われる日本戦の観戦券と宿泊(会場からホテルまでのバス移動を含む)のセット

(3)地方で行われる日本戦の観戦券と遠隔地からのバス送迎のセット

(4)首都圏で行われる日本戦の観戦券と遠隔地からのバス送迎のセット

(5)首都圏で行われる日本戦の観戦券と首都圏からのバス送迎のセット

(6)首都圏で行われる日本戦の観戦券と宿泊のセット

試合の観戦券自体は、大会全体で販売する180万枚のうち、3月の段階で130万枚を超える購入があり、特に日本戦は入手困難な“プレミアチケット”となっている(産経新聞3月20日)。

上記ツアーのうち、(1)は、旅行会社が主催する一般的な「ツアー」と大きな差はないが、それ以外のツアーは、(2)(3)(4)(5)(6)と数字が大きくなるにつれ、「ツアー」というよりは「観戦チケットの販売」の要素が大きくなるように思える。特に、首都圏の試合についての(5)や(6)は、チケットに組み合わせられるバス移動、宿泊のサービスが、購入者にとって、本来は不要な場合も多いのではないか。

このように、入手困難な観戦チケットと、割高なバス送迎やホテル宿泊のサービスをセットで販売することに、独禁法違反上の問題など、コンプライアンス上、問題があるように思える。

「観戦券付きツアー」の具体例

ツアーの内容と料金は次のようなものだ。

例えば、9月20日に調布市の東京スタジアムで行われる開幕戦の観戦券付きツアーである【開幕戦(日本 V ロシア)1試合観戦宿泊コース(シングル1名1室利用)】は、カテゴリーBのチケット(定価3万5000円)と東京都内(新宿・渋谷・立川)のホテル宿泊がセットで11万8000円となっている

ホテルは、比較的格安のホテルで、通常であればシングル1泊1万円程度だ。試合終了時間が夜10時前頃であることから、首都圏の人であれば、わざわざ宿泊する必要があるとは思えない(「ホテルの指定はできない」とされており、希望するホテルを利用できるわけではない。)。

【開幕戦(日本 V ロシア)1試合観戦日帰り 往復送迎バスコース】が、大宮・津田沼・柏それぞれの発着で設定されているが、カテゴリーBのチケットとセットで、いずれも代金は11万円だ。これらの発着地には、試合が終了する午後10時ころにスタジアムを出て、公共交通機関を使っても、各発着地には、その日のうちに余裕で到着できる。

10月13日に、横浜国際総合競技場で行われる「日本対スコットランド戦」の場合、【宿泊プラン】は、観戦チケット(カテゴリーB:定価3万円)とシングル1名1室利用の横浜市内のホテル宿泊がセットで92,000円。【日帰りコース】は、カテゴリーBの観戦チケットと、大宮・津田沼・柏から会場エリアまでの往復送迎付で96000円だ。

横浜市内のホテルというのも、通常であればシングル1泊7000円程度の比較的安価なホテル、また、競技場は新横浜駅からそれほど遠くなく、試合終了時間は午後10時前なので、首都圏であれば公共交通機関で帰宅することも可能だ。

「抱き合わせ販売」に該当する可能性

観戦チケットの代金を定価で算定すると、組み合わせられているバス送迎・ホテル宿泊の価格設定は、通常の価格と比べるとかなり割高であり、購入者の中には、そのサービス自体が不要な人も多いと考えられる。

日本戦のチケットは、先着順による通常の売出しによる入手は極めて困難である上、来週6月14日に施行される「特定興行入場券の不正転売の禁止等による興行入場券の適正な流通の確保に関する法律」(「チケット不正転売禁止法」)により、国内で行われる映画・音楽・舞踊などの芸術・芸能やスポーツイベントなどのチケットのうち、興行主の同意のない有償譲渡を禁止する旨が明示された座席指定等がされたチケットの不正転売等が禁止されるために、これまでネットの転売サイトで行われていた人気チケットの高額での転売が、法律施行後はできなくなる。

つまり、一般の人にとって、プレミアムチケットを入手する方法は、観戦券付きツアー以外にほとんどないという状況になっている。そのために日本戦のプレミアムチケットを何とかして購入しようと思えば、本来であれば不要なバス送迎やホテル宿泊のサービスを一緒に購入せざるを得ない。このような販売方法は、独禁法19条が禁止する「不公正な取引方法」の一つの「抱き合わせ販売」に該当する可能性がある。

「不公正な取引方法」の行為類型を定める公取委告示(8号)では、「抱き合わせ販売」は、「相手方に対し、不当に、商品又は役務の供給に併せて他の商品又は役務を自己又は自己の指定する事業者から購入させ、その他自己又は自己の指定する事業者と取引するように強制すること」とされている。

何とかして日本戦チケットを入手したいと思っている人達に対して、通常であれば購入しないバス送迎やホテル宿泊のサービスを割高な価格でセット販売するのは、「不当に、チケットという『商品』に併せて、バス送迎やホテル宿泊という『役務』を自己から購入させ」るものであり、「抱き合わせ販売」に該当することになる。

過去の「抱き合わせ販売」の事例との比較

過去の「抱き合わせ販売」の典型例として、ゲームソフト卸売会社の藤田屋が,人気ゲームソフト「ドラゴンクエストIV」の卸売りに際し,「従来の取引実績に基づいて割り当てる本数以上の購入を望む小売業者には,在庫中の他のゲームソフト3本を購入するごとに1本を販売する」と取引先小売業者に通知した「ドラクエ事件」がある。

この事件について、公取委が調査を開始、1992年に、抱き合わせ販売を行わないことを命じる審決(排除措置命令)を下した。

また、90年代から、マイクロソフトのOSである Microsoft Windows に含まれるInternet ExplorerやWindows Media Playerなどについて、「違法な抱き合わせ販売」として問題にされていたが、1998年に、マイクロソフトがパソコンメーカー各社に対し、Microsoft Office のバンドル・プリインストールの際に Microsoft Word と Microsoft Excel をセットで販売する方針を取っていたことについて、公取委から勧告審決を受けた。

「抱き合わせ販売」が「不公正な取引方法」として独占禁止法で禁止されるのは、競争力のある商品・役務の販売に際して、競争力のない商品・役務(被抱き合わせ商品・役務)が抱き合わせられることによって、被抱き合わせ商品・役務をめぐる競争が歪められるからだ。

上記のドラクエ事件では、人気ゲームソフトと在庫ゲームソフトが抱き合わせられることで、競争力のない商品に対する需要が不当に作り出されることになり、本来、その商品・役務の品質・価値と価格の相関関係によって行われるべき競争の機能が阻害された。

今回の「観戦券付きツアー」では、日本戦観戦券が「人気ゲームソフト」、バス送迎・ホテル宿泊のサービスが「在庫ソフト」に相当することになる。

JTBの「観戦券付きツアー」については、チケットの需要者が、それに付随して必要となる自宅から競技場までの輸送サービスの選択に関して、本来であれば、JRや私鉄などの鉄道など他の手段を選択することもできたのに、往復で6万円以上という(チケットの定価を前提にすると)法外な価格でのバス送迎のサービスの購入を強制されることになる。また、本来であれば、ホテル宿泊の必要がない場合でも、割高な価格で、東京都内や横浜市内でのホテル宿泊のサービスの購入を強制されることになる。

それによって、競技場と各都市間の旅客輸送サービスをめぐる競争や、東京都内や横浜市内のホテル宿泊サービスをめぐる競争に影響が生じる。特に、ホテル宿泊については、本来であればホテル宿泊の需要者ではないチケット購入者に対しても、当日の東京都内や横浜市内のホテル宿泊が供給されるために、ホテル宿泊の市場にとっては料金の上昇要因になる。それによって「公正な競争を阻害するおそれ」があり、独禁法上の違法性が根拠づけられる。

「社会的要請」との関係

このように不要な、或いは非常に割高な価格でのバス送迎、ホテル宿泊がセットとなった「観戦券付きツアー」だが、昨日(6月6日)のネットでの発売直後から申込みが殺到したようだ。JTBのサイトには、以下のような「お詫び」が掲載されている。

2019年6月6日12時30分頃からラグビーワールドカップ第4弾観戦券付ツアー販売開始によるアクセス集中により、サイトが非常に繋がりにくい状態となりました。そのため受付を停止させていただき、現在復旧作業を行わせていただいております。皆様に大変ご迷惑をおかけし、深くお詫び申し上げます。

JTBの「観戦券付きツアー」には、上記のような独禁法の「法令遵守」の問題とは別に、私がかねてから強調してきた「社会的要請に応える」という意味でのコンプライアンスの観点からも問題がある。

まず、ホテルの宿泊サービスを無駄にすることによる「社会的損失」を生じる可能性である。地方から上京してラグビー観戦をする人にとっては、試合後ホテルに宿泊することのメリットもあるだろうが、日本チームの試合のチケットをどうしても入手したいという首都圏の人が(6)のツアーを購入した場合に、チケットと抱き合わせられるホテル宿泊は不要で、実際には宿泊しない人も多いと思われる。それによって、首都圏のホテル宿泊のサービスが一定数無駄になるという「社会的損失」が生じることになる。

また、4年に一回のラグビーワールドカップ、「日本では一生に一度」(RWCのCM)のワールドカップである。多くのラグビーファンが、予算の範囲内で、少しでも多く試合を観戦したいと思うはずだ。そういうラグビーファンにとって、日本チームの試合のチケット取得のために、不要な宿泊やバス移動を含む高額のツアー代金を支払わされることで、その分、日本戦以外の観戦チケット購入に充てる予算が限られることになる。それは、全試合のチケット完売をめざす主催者側の販売方針に反することにもなりかねない。

そもそもJTBは、「ラグビーワールドカップの国内唯一の公式旅行会社」であることをアピールしているが、観戦チケットを、どのようなルートで、どのような価格で入手しているのだろうか。

JTBは、公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(会長:森 喜朗氏)と「東京2020スポンサーシッププログラム」において「東京2020大会オフィシャル旅行サービスパートナー」として契約を締結している。ラグビーワールドカップと同様のツアー販売が、2020東京オリンピック・パラリンピックでも行われる可能性がある。

一生に一度のスポーツの祭典である。観戦の機会が、少しでも多くの国民に公平に与えられるべきであろう。ワールドカップの主催者の組織委員会側と特定の企業とが癒着し、企業の利益が優先されているかのような疑惑を招くことはあってはならない。

JTBが謝罪すべきは、「アクセスが集中したことによる販売停止でご迷惑をかけたこと」ではない。「プレミアムチケット」とバス送迎、宿泊とのセットで販売するために、大量のプレミアムチケットを確保したこと自体にコンプライアンス上問題があるように思える。未販売のツアーについては、確保しているチケットを主催者側に返還し、チケットだけの購入の機会が希望者に公平に与えられるようにすべきではなかろうか。

 

 

 

 

 

 

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日産西川社長に対する「不当不起訴」は検察審査会で是正を

本日(2019年6月4日)、日産自動車株式会社(以下、「日産」)代表取締役社長西川廣人氏に対する不起訴処分について、告発人の東京都内在住の男性からの委任を受け、申立代理人として、検察審査会への審査申立を行った。

告発人のA氏は、東京都内在住の一市民であり、日産の元代表取締役会長カルロス・ゴーン氏及び同元代表取締役グレッグ・ケリー氏が逮捕・起訴された金融商品取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)について、同社代表取締役社長西川廣人氏の刑事処分が行われていないことに疑問を抱き、1月23日に、東京地検に、西川氏を刑事告発していた。

4月26日、東京地検は、同事件について西川氏を不起訴処分とし、告発人A氏にその旨通知した。書面で不起訴理由の開示を求めたA氏に対して、5月17日付けで、不起訴理由が「嫌疑不十分」である旨の通知があった。

不起訴処分及びその理由に納得できないと考えたA氏は、検察審査会への審査申立を行うことを決意し、知人を通じて、私に、代理人として申立手続を行うことを依頼してきた。

私は、西川氏が代表取締役社長として有価証券報告書を提出した直近2年度の有価証券報告書の虚偽記載について、ゴーン氏・ケリー氏及び法人としての日産が起訴されたにもかかわらず、西川氏が逮捕も起訴もされていないのは検察としてあり得ないことを、かねてから、個人ブログやヤフーニュース等で訴え続けてきた(【ゴーン氏「直近3年分再逮捕」なら“西川社長逮捕”は避けられない ~検察捜査「崩壊」の可能性も】【朝日が報じた「西川社長、刑事責任問わず」の“珍妙な理屈”】など)。

私は、「退任後の報酬」についての有価証券報告書虚偽記載罪の成否には重大な疑問を持っており、西川氏についても犯罪の成立を肯定するものではない。しかし、少なくとも、直近2年度分については、ゴーン氏・ケリー氏と法人としての日産を起訴する一方で、西川氏を代表取締役社長として自らの名義で有価証券報告書を提出した西川氏を「嫌疑不十分」の理由で不起訴とすることは、検察官の処分としてあり得ないものであり、西川氏も同様に起訴して、裁判所に有罪無罪の判断を委ねるのが当然だ。

私は、昨年11月19日のゴーン氏の突然の逮捕以降、検察の捜査・処分の不当性をあらゆる面から指摘してきた。それは、営利業務としてではなく、日本の刑事司法の構造的な問題を是正するための公益的活動の一つとして行ってきたものだった。そういう私にとって、A氏の一市民としての素朴な疑問に基づく検察審査会への申立に協力することも、弁護士としての公益的な使命を果たすことだと考え、審査申立の手続をボランティア(無報酬)で引き受けることにした。

西川氏不起訴についての審査申立書を検察審査会に提出し、記者会見を行うことを、昨日、A氏に連絡したところ、A氏は、次のようなメッセージを私に託した。

私は、最近の検察の捜査や処分が、権力者に迎合しており、検察がその使命を果たしていないことに強い義憤を感じています。カルロス・ゴーン氏が逮捕され起訴された事件で、日産西川社長が逮捕も起訴もされないのはあり得ないと、郷原弁護士が指摘されているのに、西川氏に対する捜査が全く行われないのはおかしい、国策捜査だからではないか、市民の一人として許すことができないと考えて、西川氏の告発を行いました。検察の組織が権力に迎合していても、担当する検察官は、良心にしたがって正しい処分をしてくれるものと信じていましたが、「嫌疑不十分」で不起訴と通知され、深く失望しました。そこで、検察審査会に審査申立をして不起訴処分の是正を求めることにしました。これまでこの事件での検察の対応を厳しく批判してきた郷原弁護士が代理人を引き受けて審査申立書を作成してくれました。市民の代表である審査員の人達が、申立書を読んで、市民の常識に基づいて判断してもらえれば、西川氏を起訴すべきとする議決が必ず出されるものと信じています。

審査申立書に記載した「不起訴処分を不当とする理由」を以下に引用する。

(1)不起訴処分の理由が明らかに不当であること

不起訴処分理由告知書によれば、不起訴理由は「嫌疑不十分」とのことであり、被疑者について犯罪を立証するための十分な証拠がない、という理由による不起訴とのことである。しかし、かかる不起訴処分及び理由は、以下に述べるとおり、検察官の処分として、凡そあり得ないものである。

ア ゴーン氏・ケリー氏および法人としての日産が起訴された事実

平成30年11月19日、当時、同社代表取締役会長であったゴーン氏及び同社代表取締役であったグレッグ・ケリー氏(以下、「ケリー氏」)が、平成23年3月期から平成27年3月期までの連結会計年度の有価証券報告書虚偽記載の金融商品取引法違反で、東京地検特捜部に逮捕され、同年12月10日に、同各事実で起訴されるとともに、平成28年3月期から平成30年3月期までの連結会計年度の有価証券報告書虚偽記載の金融商品取引法違反の事実で再逮捕され、同事実で、平成31年1月11日に起訴された。

上記の平成23年3月期から平成27年3月期まで及び同28年3月期から同30年3月期までの連結会計年度の有価証券報告書虚偽記載の金融商品取引法違反の各事実については、ゴーン氏及びケリー氏の起訴と同時に、法人としての日産自動車も起訴されている。

イ 有価証券報告書虚偽記載罪の犯罪主体は「報告書の提出者」である

有価証券報告書虚偽記載罪を規定する金融商品取引法197条1項1号は、「有価証券報告書若しくはその訂正報告書であつて、重要な事項につき虚偽の記載のあるものを提出した者」を罰するとしており、「虚偽記載罪」の犯罪行為は「虚偽の記載をすること」ではなく、「虚偽の記載のある報告書を提出すること」であり、犯罪の主体は、「報告書を提出する義務を負う者」である。

ウ 両罰規定は「代表者等の犯罪行為」を前提に法人を処罰するものである

本件で、法人としての日産が起訴されたのは、同法207条第1項第1号の両罰規定の「法人の代表者・従業者等が、犯罪行為をした場合、行為者を罰するほか、法人に対しても罰金刑を科する」との規定に基づくものであり、「行為者」についての犯罪成立を前提に、法人たる日産に罰金刑を科するものである。上記のとおり、有価証券報告書虚偽記載罪は、虚偽の報告書を提出する行為であり、代表取締役社長が提出者なのであるから、法人の処罰は、代表取締役社長の犯罪行為を前提とするものである。 

エ 過去の有価証券報告書虚偽記載事件での刑事処罰見送りの理由

過去に、粉飾決算等で有価証券報告書の虚偽記載で、会社が巨額の課徴金納付命令を受けたにもかかわらず、法人に対しても代表者・従業員個人に対しても刑事処罰が行われなかった事例は多数ある(2006年の日興コーディアルグループ、2008年のIHI、2015年の東芝など)。それらは、代表取締役として有価証券報告書を作成提出した個人について、「粉飾決算の認識、虚偽記載の犯意が認められない」ことから犯罪成立が立証できないとの理由で、証券取引等監視委員会の告発も見送られ、刑事処罰が行われなかったものだった。

一方、2006年のライブドア事件、2012年のオリンパスの事件等では、有価証券報告書の作成・提出者の代表取締役を含む役職員が犯罪行為者とされ、併せて法人が告発されて、刑事処罰が行われた。

このように同じ有価証券報告書虚偽記載の事件でも、課徴金納付命令のみにとどまり刑事処罰が行われない事例と、刑事処罰が行われる事例があるが、その違いは、有価証券報告書の作成・提出者の代表取締役が、重要な事項について虚偽の記載があると認識していたかどうか、という犯意の有無によるものである。

これを本件についてみると、日産の場合、有価証券報告書は、代表取締役社長(CEO)の名義で作成提出されている。

日産が法人として起訴された有価証券報告書のうち、平成23年3月期から平成28年3月期の作成提出者は代表取締役CEOのゴーン氏、平成29年3月期及び平成30年3月期については、代表取締役社長(CEO)の職にあったのは被疑者であり、これら2年分の有価証券報告書の作成・提出を行ったのは被疑者である。

したがって、かかる2年度分の有価証券報告書については、被疑者が「(重要な事項について虚偽の記載があることを認識して)報告書を提出した」という事実がなければ、法人としての日産が刑事責任を問われることはない。

検察官は、平成29年3月期及び平成30年3月期について報告書を提出する義務を負う代表取締役の被疑者の犯罪行為を立証する証拠が十分と判断したからこそ、法人としての日産を起訴したのであり、そのことを前提とすれば、被疑者について「犯罪を証明する証拠が不十分」ということは、論理的にあり得ない。

オ CEOの被疑者の関与なしにゴーン氏の報酬「確定」はあり得ない

ゴーン氏に係る金融商品取引法違反について、検察官は、各連結会計年度のゴーン氏の役員報酬の一部が退任後に支払われることとされ、その支払が確定していたのだから、各年度の役員報酬に含めて算定し、有価証券報告書のゴーン氏の役員報酬額の欄に記載すべきだったとして、同氏を起訴したと報じられている。

被疑者が代表取締役社長(CEO)の地位にあった平成29年3月期及び30年3月期については、経営最高責任者の被疑者が関与することなく、日産のゴーン氏への支払を確定させることはできないはずである。検察官が主張するように、退任後のゴーン氏への支払が「確定していた」のであれば、被疑者が、その「確定」に関与していたことになる。

実際に、マスコミ報道(朝日、日経、NHK等)では、被疑者は、「退任後の報酬の合意文書」、すなわち、ゴーン氏の退任後にコンサル契約や同業他社の役員への就任などを禁止する契約の対価として支払う報酬額を記載した「雇用合意書」というタイトルの文書に署名していると報じられている。

平成29年3月期及び30年3月期については、経営最高責任者である代表取締役CEOの被疑者が合意書に署名しているからこそ、検察官は、退任後の支払が確定しており、その金額を含まないゴーン氏の役員報酬についての記載が虚偽だと主張しているのである。そのようにして、ゴーン氏の退任後の報酬の支払を確定させることに関わったのであれば、被疑者に、退任後の支払についての「認識」があり、「故意」があることは明らかである。

だからこそ、各年度の有価証券報告書を、「代表取締役社長西川廣人」の名義で提出した被疑者の行為が、「虚偽の有価証券報告書を提出した金融商品取引法違反の犯罪行為」に該当するとされ、法人としての日産が起訴されているのである。

(2)告発人が告発に至った経緯

上記のとおり、平成29年3月期及び平成30年3月期の連結会計年度の日産の有価証券報告書の虚偽記載で、法人としての日産が起訴されているのであるから、検察官は、代表取締役社長として各報告書を作成提出した被疑者が同虚偽記載罪の犯罪行為を行ったことを前提に、両罰規定を適用して法人を起訴したことは否定し得ない事実である。

ところが、平成31年1月10日に、検察官が、ゴーン氏、ケリー氏とともに、法人として被疑者が起訴されたことが報じられたにもかかわらず、上記連結会計年度の有価証券報告書の虚偽記載についての代表取締役社長の被疑者が刑事処分されたことについての報道が全くなかったことから、告発人は、同月23日に、被疑者の刑事処分を求めて告発に及んだものである。それに対して、告発人に平成31年4月26日付けで不起訴処分を行った旨通知があり、理由の開示を求めたところ、令和元年5月17日付けで「嫌疑不十分」の理由による不起訴処分を行った旨の通知があった。

しかし、上記のとおり、本件においては、検察官が、法人としての日産を起訴していることに照らせば、被疑者の犯罪成立を認めているということであり、「嫌疑不十分」を理由とする不起訴処分はあり得ない。

そこで、告発人は、明らかに不当な不起訴処分を是正すべく、検察審査会に対して審査を申し立てることとしたものである。

(3) ヤミ司法取引の疑い

なお、上記のとおり、検察官にとって、日産の代表取締役社長の被疑者を「嫌疑不十分」で不起訴とすることはあり得ないにもかかわらず、そのような裁定主文による不起訴処分の通知が行われたことに関して「ヤミ司法取引」の疑いがあることも、本件審査に当たって考慮されるべきである。

日産が、社内調査の結果を検察官に持ち込み、同社の会長であったゴーン氏に対する捜査及び処罰を求めた際に、検察官と被疑者との間に、被疑者について刑事立件を行わず、告発等があっても不起訴処分とすることを条件に、日産の社内調査結果を検察に情報提供し、捜査に全面協力する合意があった疑いである。

本来、かかる合意に基づいて、検察官が被疑者を不起訴にしたとすれば、「検察官は、犯人の性格,年齢および境遇,犯罪の軽重および情状ならびに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは,公訴を提起しないことができる」と規定して検察官に訴追裁量権を認めている刑訴法248条に基づき、犯罪事実が認められることを前提に不起訴とする「起訴猶予」を裁定主文とする不起訴処分が行われるはずである。

しかし、昨年6月施行の刑訴法改正により「日本版司法取引」が導入されて以降は、他人の刑事事件の捜査公判に協力することの見返りに、協力者の刑事処罰を軽減ないし免除することが可能とする制度が導入されているのであるから、検察官は、被疑者との間で上記のような合意を行い、それに基づいて不起訴処分としたのであれば、同制度に基づく正式の「合意」が検察官と被疑者との間で行われなればならないはずであるが、そのような合意が行われたことは、一切明らかにされていない。すなわち、被疑者は、検察官との間の「ヤミ司法取引」によって不起訴になったということなのである。

そのような事実が明らかになれば、検察官及び今も日産の代表取締役社長である被疑者が、厳しい批判を受けることになので、検察官は、「ヤミ司法取引」による不起訴が明らかにならないよう、処分理由を「嫌疑不十分」として不起訴理由通知を行った疑いが濃厚である。

もし、検察官が、本当に、被疑者を「嫌疑不十分」で不起訴にしたのであれば、検察官として凡そあり得ない、明らかに不当な不起訴処分であり、検察審査会の議決によって是正されるべきである。一方、実際には、「起訴猶予」で不起訴にしているのに、処分理由を「嫌疑不十分」と通知したことが判明した場合には、本件の不起訴処分理由通知書が、虚偽有印公文書に該当することになり、かかる文書を作成送付した検察官の行為は、虚偽有印公文書作成・同行使罪に該当することとなるので、検察審査会において、同罪による告発等の適切な措置がとられるべきである。

市民から無作為に選ばれた審査員の皆さんには、上記の「不起訴処分を不当とする理由」を読んで頂ければ、検察官による「嫌疑不十分」による不起訴処分が明らかに不当であり、起訴して裁判所の判断に委ねるべきであることが十分に理解されるものと確信している。

 

 

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