青梅談合事件、「”人質司法”の常識」を覆すことができるか~9月20日午後、東京地裁立川支部で判決~

「犯罪事実を認めない限り、長期間にわたって勾留が続き、自白し、起訴事実を認めるのと引き替えに釈放される」という日本の刑事司法における「人質司法」の悪弊が、これまで多くの被疑者・被告人に、耐えがたい苦痛を与え、身柄拘束から免れたいがために自白し、無罪主張を諦め、それによる冤罪も生み出してきた。公判で全面的に罪を認めて保釈された後に、認否を覆して無罪主張することは、法的には可能だが、裁判所はそのような主張をまともに取り合うことはない。要するに、保釈を得ようと思えば、「無罪を諦めなければならない」ということだ。

そのような「人質司法」の常識に反し、全面否認のまま保釈され、検察に衝撃を与えたのが日産の前会長カルロス・ゴーン氏だが、もう一つ、私が弁護人として、「人質司法」の常識に挑戦し、異例の展開となっている事件がある。

青梅市発注工事をめぐる談合で逮捕・起訴されたS氏の事件だ。その事件の判決が、今週金曜日(9月20日)、午後1時半に、東京地裁立川支部で言い渡される。

昨年7月、警視庁捜査2課は、青梅市役所への捜索を含む強制捜査を行い、青梅建設業協会会長の建設会社社長であったS氏を「談合罪」で逮捕した。NHK全国ニュースでも、新聞各紙でも大々的に報道されて注目を集めた事件だった。逮捕当初からS氏は容疑事実を全面否認していたが、昨年9月に開かれた初公判では、公訴事実を全面的に認め、第2回公判で結審の予定となった。それ以降は、マスコミに報道されることも殆どなかった。

公訴事実を認めたS氏は保釈されたが、その後、私が弁護人を受任、第2回公判で、罪状認否を変更して全面無罪を主張した。初公判で起訴事実を認めた時点で、検察官請求の証拠がすべて証拠採用されており、通常は、その時点で、刑事裁判は事実上決着する。しかし、この事件は、そうはならなかった。一旦は公訴事実を認めながら罪状認否を覆した被告人の訴えに、裁判所は真剣に向き合い、証人尋問等の本格的な否認事件の審理が続けられてきた。

今年7月19日の論告弁論で裁判は結審、検察官の求刑は「罰金100万円」だった。「罰金100万円」なら、在宅捜査で略式請求すればよかったはずだ。警視庁捜査2課が市役所を捜索したうえで被疑者を逮捕し、80日も勾留した事件ではあり得ない求刑だ。検察官は、有罪立証の大半が崩されたことで半分「白旗」を上げ、求刑を懲役刑から罰金刑に落としてきたということだろう。

しかし、検察官のこれまでのやり方は、罰金決着などで誤魔化されるようなものではない。検察官は、事実を否認していたS氏の保釈請求、接見禁止解除請求に徹底して反対し、疲弊したS氏を、保釈を得るためやむなく初公判で起訴事実を全面的に認めるところまで追い込んだ。本件の有罪・無罪は、「人質司法」を悪用した検察官の企みそのものの是非を問うものだ。もちろん、我々が目指すのは、「完全無罪」である。

発端は、2018年9月初め、私の法律事務所ホームページの「問合せアドレス」に届いた、「藁にも縋る気持ちでメールしました」という書き出しの長文メールだった。青梅市の建設会社の元社長S氏の妻(Sさん)から、談合事件で逮捕・起訴された夫のことで助けを求めてきたものだった。

この公開アドレスに届く刑事事件に関するメールは、法律的に決着がついていて、誰がやっても救う余地が全くないものが多い。しかしその中に、稀にだが、私が力を尽くしてみるべきではないか、と思えるものがある。Sさんのメールもその一つだった。

メールによると、S氏は、5月から何回も任意で長時間の取り調べを受け、7月5日には、早朝から自宅に多数の報道陣が押しかけ、警察に連絡して指示に従って出頭した後に逮捕され、談合の事実を否認し続けていたが、起訴されたとのことだった。前年に癌の手術をして1年しか経っておらず、体調も心配だし、零細企業で社長がいないと会社が成り立たない。保釈請求をしたが却下され、接見禁止のまま2カ月も身柄拘束が続いているとのことだった。

弁護士に家族との接見禁止一部解除の請求をしてもらったが、妻も、S氏に代わって社長を務めている次女も、会社の経理を担当している妹も、「会社と関係がある」という理由で却下。長女も「10年以上前に会社に携わっていた」という理由で却下、会社とは一切関係ない長男との接見禁止解除をお願いしたところ、弁護士から、「あまり何回も申請すると裁判所に印象が悪くなるのでやめましょう」と言われて諦めたとのことだった。

がんの手術から十分に体力が回復していないS氏が長期間留置されていることで、体調が悪化していないか心配で、一目でも会ってどんな様子か確認したいとSさんが思うのは当たり前だと思うが、面会すらできない。弁護士からは、「本人が、9月19日に予定されている初公判で起訴事実を全て認めると言っている」と聞かされているとのことだった。

Sさんのメールは、以下のように締めくくられていた。

現在の弁護士さんは、私にはどうしても検察やら裁判所に印象を悪くしてはいけないと、弁護側に立ってくれてない気がしてなりません。「もう公判も近いのだからその日まで待てば良い」とも言われますが、本当に安心して待っていて良いのでしょうか?夜も寝られない日がずっと続いてます。どうかどうかお力をお貸しください。

直ぐにSさんに電話をかけ、2日後に面談の時間をとり、事務所に来てもらった。その話を聞いた限りでも、談合罪に問われるような事件なのか疑問だった。公判で公訴事実を争い無罪を主張する余地は十分にある事件だと思えた。一度、S氏と接見して、詳しく話を聞き、私に弁護を依頼する意思があるかどうか聞いてみることにした。しかし、その時点の弁護人に依頼して、接見でS氏本人の意向を確認してもらったところ、「保釈で早く出たいので、公判で事実を争う気はない」ということだった。それが本人の意思である以上、私が出る幕はない。Sさんに電話をして、「初公判で事実を認めるということのようなので、弁護士さんに保釈をとってもらってください。」と伝えた。「ただ、初公判で事実を認めた場合でも、弁護人が交代すれば、その後に認否を覆して争う余地はないわけでもない。保釈で出てきたら、証拠や資料を持ってご主人と事務所に来てください。」と言っておいた。

9月19日の第1回公判で、S氏は、起訴事実を全面的に認め、検察官請求証拠がすべて同意で取調べられたことで、保釈された。数日後、妻のSさんと娘さんとともに、証拠の写しを持参して私の事務所に来たS氏から、これまでの経過と事件の内容を詳しく聞いた。

S氏の説明は、以下のようなものだった。

青梅市が発注した大型土木工事の1期工事をO社が受注施工しており、他社はどこも、2期工事はその業者が随意契約で受注するものと思っていたが、青梅市は指名競争入札で発注することになった。そんなときに「O社は受注しない」という話を聞いたので、工事の採算が厳しい工事のために受注業者がなく、入札不調になる可能性があると思った。その場合、工事発注が大幅に遅延し、青梅市に迷惑がかかる。建設業協会会長として、青梅市とは、地元業者への発注をお願いしたり、災害協定等でも協力する関係だったので、地元業者が受注せずに入札不調で青梅市に迷惑をかけることは避けたいと思った。建設業協会の会員である数社の業者に連絡して指名を確認し、受注意思の有無を尋ねたが、どの業者も「受注する気はない」とのことであった。そこで、S組が、赤字受注も覚悟して、予定価格をわずかに下回る価格で入札して受注した。

連絡した業者は、指名業者のうち親しい業者だけで、10社の指名業者のうち3社には連絡すらしなかった。やむを得ず自社で受注しなければということなので、連絡しなかった業者が低い価格で入札して落札してくれれば、それに越したことはないと思ったからだ。

S氏の話のとおりであれば、談合罪には当たらず無罪だと思った。

入札に参加する業者間で意思連絡を行うこと自体、公共調達のコンプライアンス上好ましいことではない。しかし、そのような行為にも様々な目的や態様があり、連絡をとることがすべて「犯罪」に当たるわけではない。

刑法は、「公正な価格を害する目的」あるいは「不正の利益を得る目的」で談合した場合のみを犯罪としている。後者は、談合金の分配を約束して、談合による利益を山分けしようとした場合など、犯罪性が明白な場合だ。過去に談合罪として摘発された事件のほとんどは前者の「公正な価格を害する目的」による談合だ。そういう意味で、談合罪の主観的要件とされている、「公正な価格を害する目的」は、まさに「犯罪性を根拠づける要素」だ。

「公正な価格」について、判例では、「当該入札において、公正な自由競争によって形成せられたであろう落札価格」とされている。工事受注であれば、「談合がなく、公正な自由競争によって形成されたであろう価格」を上回る価格で落札する目的があった場合に、犯罪が成立し、その目的がなければ、入札参加者間で意思連絡を行った事実があっても、犯罪は成立しない。一般的には、談合が行われることで、複数の業者の受注希望が一つに絞り込まれ、それによって落札価格が上昇し、その分発注官庁側に不利となる。だからこそ、談合行為が、「納税者の利益を損なう犯罪」として処罰の対象とされるのである。

どの業者も受注したくない工事について、業者間で話合いをして、赤字覚悟で受注する業者を決めた場合などは、むしろ、発注官庁にとって利益になるので、談合罪は成立しない。本件でS氏が主張しているとおりであれば、「公正な価格を害する目的」が認められず、談合罪が成立しないのである。

私は、S氏の弁護人を受任した。2018年10月10日東京地裁立川支部で開かれた第2回公判で、S氏は、罪状認否を変更し、弁護人の私は以下のように無罪を主張した。

S氏が指名業者数社に連絡したのは、受注意思の有無を尋ねただけで、他の業者にはもともと受注意思はなく、談合によって、受注予定業者を1社に決めたのではない。通常は、入札参加者すべての間で合意が成立して受注予定者が決まるのが談合であるが、S氏は、3社の業者には連絡すらしておらず、3社の出方は全くわからなかった。また、受注する気があるかどうか尋ねても答えてくれなかった業者もいた。このような事実関係であれば、そもそも「談合」とは言えないし、「談合」だとしても、犯罪成立要件である「公正な価格を害する目的」がない。

もちろん、S氏を談合罪で起訴している検察官の主張は前提が異なっていた。指名業者の検察官調書は、すべて「談合」を自白したような内容になっており、S氏から連絡を受け、「S氏からS組の受注に協力するように頼まれ、受注に協力すると約束した」とされていた。それらの供述調書が、既に、同意書証として証拠採用されており、それらの信用性を否定する必要があった。しかし、その内容には、不合理な点や事実と異なる点が多々あり、弁護側立証で崩していくことは不可能ではないように思えた。

そこから、約10か月、検察官との法廷での激しいバトルが続いた。

その幕切れが、冒頭で述べた今年7月19日の論告・弁論だった。

第1回公判で公訴事実を全面的に認め、検察官請求証拠にすべて同意して保釈された事件での無罪判決という、「人質司法の常識」を覆す結果になるかどうか、9月20日の判決に期待したい。

 

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ガバナンスに揺れる日産、「車の安全」コンプライアンスは大丈夫なのか

日本を代表する自動車メーカーの一つ、日産自動車のガバナンスは、今も、大きく揺らいでいる。

昨年11月19日、カルロス・ゴーン会長とグレッグ・ケリー代表取締役が、支払われてもいない「退任後の報酬」についての開示義務違反という前代未聞の金商法違反の事実で逮捕、その直後に開かれた臨時取締役会で、2人を解職するというやり方は、コーポレートガバナンスとしてあり得ないものだった(日産現経営陣は、「ゴーン氏独裁のガバナンス」の問題を強調しているが、それ以上に問題なのが、「ゴーン氏追放のクーデター」にガバナンスとして重大な問題があることについて【「日産・ゴーン氏事件」に表れた“平成日本の病理”(その1)~企業ガバナンスと透明性】)。

そして、検察と結託してゴーン氏を追放した西川廣人社長は、4700万円ものSAR報酬不正受領が発覚して辞任したが、それをめぐって取締役会は紛糾、記者会見も混乱、また、辞任の理由も曖昧で、辞任後の西川氏が取締役として会社に残留、日産のガバナンスは、今なお危機的な事態にある(【報酬不正受領の「違法性」否定を可能にした西川氏の“絶対的切り札”】)。

一方で、日産の業績は、ゴーン氏追放の直後から急激に悪化し、2019年4~6月期決算で、営業利益が前年同期の1091億円から98.5%減少した16億円まで落ち込み、全世界で1万2500人のリストラを行う方針が明らかにされている(この業績悪化についても、西川氏らは、「ゴーン時代の負の遺産」の整理によるものだとして、責任を押し付けている。)。

このような内紛が、会社の内部だけの問題にとどまる限り、業績がどれだけ悪化しようと、最悪の場合、倒産に至ろうと、社員にとっては誠に気の毒な話だが、経営者の責任の問題である。

しかし、その企業が事業を通じて社会に対して責任が果たせず、社会的な損失や被害を生じさせる可能性があるとすれば、社会の側からも会社の在り方を直視していく必要がある。

自動車メーカーにとっての最大の社会的責任の一つは、自動車による危険を防止し、安全を確保することである。EV化、自動運転化など、100年に1度と言われる自動車大変革が進行する中で、自動車メーカーには、従来とは異なった面も含めて、安全性の向上に向けての積極的な取組みが求められている。

そうした中、日産の自動車に関して、海外から、重大なニュースが報じられた。

日産自動車の主力スポーツタイプ多目的車(SUV)「ローグ」(日本名「エクストレイル」)に搭載された自動ブレーキの誤作動で、これまでに計5人が負傷し、米運輸省高速道路交通安全局(NHTSA)が、9月12日に、自動ブレーキシステムの安全性について予備的な調査を開始したとのことだ(朝日、日経など)。

この「自動ブレーキシステムの危険」に関して、日産の電気自動車リーフのユーザーの友人から、以前、以下の気になる話を聞いていた。

充電しようと日産のディラーのショールームに行き、車道から左折してショールーム前の駐車場に入ろうと、いつもよりやや速いスピードで進入したところ、車が急に減速した。車道で停止してしまいそうだったので、咄嗟に軽くアクセルを踏んだところ、車が前へ突進し、車ごとショールームに突っ込みそうになった。急いでブレーキを思いっきり踏んだので大事には至らなかったが、大変怖い思いをした。

目の前にショーウインドウのガラスが迫り、「ガッ、ガッ、ガッ」というABS(アンチロックブレーキシステム)の音がしていたのが脳裏に残っていると言っていた。

このような事象が起きた原因について、彼は、次のように分析していた。

おそらく、車が車道のレーンから外れ、歩道との段差を斜めに超えたことで、車としては危険な状況が起きたと判断して、衝突回避システムが働き、自動ブレーキがかかったのではないかと思う。自分の運転感覚では全く想定外のブレーキだったので、反射的にアクセルを踏んだ。その瞬間、自動ブレーキが外れて突っ込んだのではないか。自動ブレーキがかかっていたら、アクセルを踏んだのかブレーキを踏んだのか、混乱する可能性がある。ブレーキとアクセルの踏み間違えが原因とされている事故の中に、私の体験と同様のことが起きたものがあるのではないか。

本来、事故の危険から運転者や歩行者、他車を守るためのシステムであるはずの自動ブレーキの作動が、その時の運転者の反応如何では、重大事故につながる可能性があるとすれば恐ろしい話だ。

友人は、次の定期点検の際に「何か問題はありませんでしたか」というディーラーの担当者の問いに、先ほどの体験を話したが、点検後に「コンピューターには自動ブレーキが働いたという記録は残っていませんでした」という回答しかもらえなかった。友人は、「場合によっては大事故につながったかもしれないのに、単なるクレーマーとしてあしらわれたようだった」と言っていた。

自動ブレーキは日常の運転中でも時折作動するものだ。「異常な事象」がコンピューター上に記録されなかったからといって、友人が体験したような危険がなかったということにはならない。そのような事象を訴えたユーザーに対する十分な対応とはいえないだろう。(私の友人は、車に関してはかなりのマニアであり、決して運転操作に慣れていない人ではない。)

米国で起きている日産車の自動ブレーキの誤作動にも、友人が体験したような事象が含まれているのではないだろうか。そこには、急速に拡大しつつある車の「自動機能」と「人間の反応」の関係の問題もあるように思える。

自動車メーカーにとっての安全コンプライアンスは、私のコンプライアンス研究の最初のテーマであった。その当初から、自動車メーカーとユーザーとの間で、自動車の危険についての情報活用に向けてのコラボレーションが不可欠であり、それを可能にする自動車メーカーの品質保証部門の充実などの組織体制の整備が重要であることを指摘してきた(拙著「コンプライアンス革命」2005年)。

今後、人間の運転者を不要にする「完全自動運転自動車」が実現すれば、自動車の安全性は、自動車という製品の内部で完結することになり、安全コンプライアンスの構図は根本的に変わる。しかし、それに至るまでの「人間の運転」と「自動機能」とが併存する局面では、自動機能と人間の反応の相関関係によって、様々な危険が生じる可能性がある。

車の自動機能が感知する「危険」は、パターン化されているが、車がその「危険」に反応して機能が作動した際の「人間の反応」は一様ではない。米国での日産車の自動機能の問題も、そのような人間の反応と交錯した問題である可能性もある。

そういう「危険」について、何か事象があれば、その情報を、可能な限り幅広く、エンドユーザー→ディーラー→メーカーというルートで吸い上げて、自動機能の安全性の向上に活用するというのが、現在の自動車メーカーにとっての「社会的要請に応える」コンプライアンスのはずであり、その要請に応えるために組織を挙げて取り組んでいかなければならない。

自動車ディーラーが、自動ブレーキ機能で危険が生じた事例の話を聞けば、ただちに詳細を聞き出してメーカー側に情報提供することができるよう、組織として方針を徹底しなければならない。それが、大変革時代に求められる自動車メーカーのガバナンスだと言える。

ところが、友人の話を聞いた日産のディーラーの対応は、重大事故につながりかねない「異常な事象」が発生しているのに積極的に向き合う姿勢は全くなかった。そのような対応で、自動機能と人間の反応とが交錯する状況下での自動車の安全に向けて、十分に応えていくことができるのだろうか。それが自動車販売不振によるディーラーを含めた日産自動車の企業組織全体のモチベーションの低下や、販売不振のためにメーカーとディーラーの関係が「販売奨励」中心となりがちであることと何らかの関係があるとすれば、日産のガバナンス問題と無関係ではない。

今後のことについて、私の友人は、

エンドユーザーからの意見をディーラーが吸い上げて、中央でデータベース化して、製品づくりに還元したり、積極的にリコールしたりするような姿勢の自動車会社があれば、日産から乗り換えるつもりだ。

と話していた。

そのようなエンドユーザーの選択が、自動車の大変革期における、自動車メーカー間の、安全コンプライアンスを中心とする競争を高めていくことになるだろう。

内紛・ガバナンス問題に明け暮れている日産は、大変革の時代の自動車の安全に向けての競争に生き残っていくことができるのだろうか。

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「西川社長辞任」で日産のガバナンスは根本的に改善するのか

日産自動車の西川廣人社長が、今週月曜日(9月9日)の定例取締役会後の記者会見で、とうとう社長辞任を表明した。

SAR(株価連動型インセンティブ受領権)報酬の不正受領の事実が社内調査の結果明らかになったと報じられた時点で、社長辞任は不可避だと指摘していたように(【役員報酬不正受領で日産西川社長辞任は不可避】)、西川社長の辞任は全く当然だったが、その「当然の辞任」までの経過は、混乱を重ねた。

記者会見の開始が1時間も遅れたこと、同じ取締役会についての記者会見なのに、取締役会議長ら4名と社長の西川氏の会見は別個に行われたこと、取締役会議長らの会見でも、当初の予定の発表文とは別に、西川社長辞任の発表文が配布され、二つが別個の発表となったこと(それぞれの発表文に「本日取締役会を開催した」という言葉が含まれた)など、異例ずくめの記者会見だった。

1時間遅れで始まった取締役会議長らの会見

取締役会後の記者会見が、午後8時から開かれるということで、報道陣が集まり、ネットの中継も始まっていたが、予定時刻を過ぎても、会見者はなかなか現れない。映像には、待ちくたびれた記者達の様子と、会場内の時計の数字が交互に映し出される。

ようやく木村康取締役会議長ら4名の取締役が現れた時には、時計の数字は9時になっていた。

木村氏が、「本日取締役会を開催いたしました。」と述べた後に読み上げた内容は、概ね以下のようなものであった。

(1)監査委員会より、元会長カルロス・ゴーンさんらの重大な不正行為に関する社内調査の報告を受け、不正によって会社が被った被害総額がおよそ350億円規模に上る。

(2)SARの事案についても併せて調査し、違法性のないことを確認した。

(3)SARの行使日を恣意的に操作することで行使益を不正に増額することが可能であった点は、ガバナンス上の問題として重く認識している。

(4)西川CEOから返納の意志を確認している。

(5)行使日を恣意的に操作することが可能であったなど社内ルールに適合していない面もあることから2020年度より本制度を廃止することとしている。

(6)指名委員会のもと後任の選定の重要な段階に入っていく旨報告があり、また西川CEOからも、大きな節目を迎え会社として次のステップへ大きく一歩を進める段階に入っており、新たなガバナンスのもと次の世代へのバトンタッチを着実かつ早急に進めるため指名委員会の検討を加速してほしいとの旨の発言があった。

木村氏は、このようなことを述べた後、「今後も取締役会としてやるべきことをしっかりやり、会社の発展、成長に向けてその使命を果たしていきたいと思っております。この件につきましては本日関係委員長3人揃っておりますので、皆様からのいろいろなご質問、ご意見を伺いたいと思います。」と述べた。

通常、ここで、会見冒頭の発言は終わり、そこから、質疑応答に移ることになる。誰しもが、注目されていた西川社長の問題については、その日の取締役会では「西川氏が後任の人選を加速するよう要請した」だけで終わり、「西川社長は辞任せず」ということなったと思っただろう。

ところが、そこから、さらに木村氏の発言が続いた。「以上が報告の件でありますが、これを受けましてもう一件皆様にご報告がございます。」と述べ、そこで、木村氏が、1枚の紙を手渡された。

そして、その紙を読み上げる形で、

西川CEOの辞任についてであります。当社日産自動車株式会社は、本日定時取締役会を開催しました。西川廣人氏は代表執行役CEO職を辞任する意向を近時表明していたところでございます。取締役会の議論ののち、取締役会は代表執行役CEO職から9月16日付で辞任することを要請し、西川廣人氏はこれを了承しました。

と述べた。

そして、その「社長辞任」が明らかになった西川氏は、取締役会議長らの会見には同席せず、木村議長らが会見場から退場してしばらく経ってから壇上に現れ、単独で会見を行ったのである。

西川氏の単独記者会見での説明と取締役会側の説明との齟齬

西川氏は、9月16日付けで社長を辞任することを明らかにした後、以下のように述べた。

(ア)社長就任以降、完成検査の問題、ゴーン事件、業績不振、残念ながら過去の膿が噴き出した。本来は、すべてを整理をして次の世代にお渡したかったが全部やり切れず、負の部分を全部取り去ることができずに道半ばでバトンタッチをすることをお許しいただきたい。

(イ)しかし、定時総会の段階で新たなガバナンスを立ち上げて、新しい取締役会ができて指名委員会等設置会社に移行したことは非常に大きな節目だったし、社内調査が終わって次のステップへ進んだことも大きなステップとなった。ある部分、私が果たすべき宿題は、ある程度道筋をつけられた。

(ウ)業績にしても、おそらくこの第一四半期が底ということで、皆様に申し上げたとおり少しずつ回復する道筋に乗っている。

(エ) SARの件についても調査の結果、私が本来貰う分ではなかった分について返還をすることを申し入れたので、ある意味区切りはついた

(オ)できる限り速やかに指名委員会で後継体制を作り、どこの段階で私がバトンタッチをするかは、会社の状況、諸々のできごとのなかで判断をすべきだろと思っていた。今回やや早いタイミングではあるが、ある部分のステップは踏めたと思うので、取締役会の皆さんで議論して頂いて、9月、今月ということで決めて頂いた。

「社長辞任の経緯」についての西川氏の虚偽説明

取締役会の会見の冒頭説明の(6)は「西川社長が指名委員会の検討を加速してほしい旨発言した」ことで、「社長辞任に向けて後任選定が加速」というだけの内容だったが、実際には、それに加えて「西川社長辞任」が決定されていた。木村氏が、(1)~(6)の発表の後に別個に読み上げた発表文では、「取締役会は代表執行役CEO職から9月16日付で辞任することを要請し、西川廣人氏はこれを了承した」と書かれていたが、その後の単独会見では、西川氏は、「やや早いタイミングではあるが、ある部分のステップは踏めたと思うので、取締役会の皆さんで議論して頂いて、9月ということで決めて頂いた」と、説明した。

翌日以降の報道によると。取締役会では、SAR報酬の問題で批判が高まっていることから、西川氏の早期辞任論が噴出したが、西川氏は早期辞任に抵抗し、3時間にわたって議論した上、最終的には西川氏が退席した後に、取締役会が全員一致で、西川氏にただちに辞任することを要請し、西川氏が了承したという経過だったようだ。

「西川社長辞任」が決定されたが、そのことについてどのように説明するかについて、「取締役会の主導性」を示したい取締役会側と自らの判断を強調したい西川社長との立場の違いが、説明の違いにつながったのであろう。

取締役会議長の事実に反する発言をさせた日産執行部

取締役会議長らの会見の冒頭発言のうち、(1)~(6)は、当初から日産の執行部側が用意していた発表内容で、それをそのまま読み上げたものだった。それは、会社執行部側が予め用意していたものだったと思われるが、その中には、重大な誤りがあった。

上記(1)についての、木村氏の「(ゴーン氏・ケリー氏の)これらの不正によって会社が被った被害総額は、およそ350億円規模に上ると推定されます」「本社内調査結果を踏まえ元会長らの責任を明確にすべく、外部の専門家である法律事務所と連携して損害賠償請求のための提訴を含めた必要な法的手続きを速やかに進めてまいります」という発言だ。

日産のホームページでの公表内容は

有価証券報告書における開示を回避しつつゴーンが受領しようとしていた報酬は推定で総額 200 億円以上に上り、しかもその一部はゴーンに支払い済みである。また、役員報酬の名目以外にゴーンが日産に現に不正に支出させ、あるいは支出させようとしていた金額は少なくとも合計 150 億円に上る。

以上のとおり、ゴーンらの一連の不正の規模は全体で約 350 億円以上という極めて巨額のものとなる。そこで、当社は、ゴーン、ケリーに対し,これらの不正行為に関し,損害賠償請求をはじめとする毅然とした法的措置をとる考えである。

HPの内容からも、350億円のうち、200億円は、「開示を回避しつつ受領しようとしていた金額」で、(今後、有価証券報告書虚偽記載の事件について刑事裁判の結果判断が確定するものであるが)、仮に不正であるとしても、「未受領の報酬」であること、150億円も、多くが「支出させようとしていた金額」であり、まだ支出されていない。つまり、350億円の大部分について、「被害」は現実に発生していない。HPの「ニュースリリース」によれば、「ゴーン氏の不正」というのは、検察が有価証券報告書虚偽記載で起訴した「退任後の報酬」の問題や特別背任で起訴されたCEOリザーブの問題など、既に刑事事件で起訴されたり、報道されたりしているものばかりであり、その大部分は、日産が「不正」としているだけで、「被害」が生じていないことは明らかだ。

ところが、取締役会議長の木村氏は、350億円が「被害総額」であり、350憶円についての「損害賠償請求のための提訴」であるかのように述べたのである。

木村氏が読み上げていた発表文は、日産執行部が用意していたものだとすれば、日産執行部は、社外取締役で取締役会議長の木村氏に、虚偽の内容の発表文を作って読ませたということになるのである。

執行部側の対応如何では、「社外取締役中心の日産のガバナンス」も有名無実のものになりかねないことを示している。

SAR報酬不正受領が「違法ではないこと」の理由

会見の冒頭と、木村氏の(1)~(6)の発表内容と、その後の西川氏の説明は、西川社長の早期辞任は、SAR報酬の不正受領による「引責辞任」ではなく、一つの節目を迎えたことから次の世代の「バトンタッチ」のために辞任するものであることを強調するものだった。

そのような説明を行うためには、SAR報酬の不正受領について、「西川氏には違法性はない」、「制度に問題があった」との説明を貫くことが大前提だった。

この点については、取締役会側の会見での質疑応答の中でも、調査結果について多くの質問が出たが、監査担当の永井素夫取締役が、西川氏のSAR報酬の「不正受領」に違法性がないことについて、

西川氏が、ボーナスの金額の決定権を持っているゴーン氏に増額を求め、ケリー氏にも「手当をしてほしい」と増額を求めたところ、ケリー氏がSARの行使日を不正にずらして報酬額を増額した。西川氏は、そのことを、2か月後くらいに知ったが、行使日をずらしたことは知らなかった。

という説明を繰り返した。

しかし、この説明には重大な疑問がある。

西川氏のSAR報酬が、行使日をずらし増額されていたことは客観的事実だ。「行使日をずらした事実」を認識してれば、西川氏の行為が違法であることは否定できない。そこで、西川氏は、「行使日をずらした事実は知らなかった」と「言い訳」をした。

しかし、そのような「弁解」は、一方の当事者のケリー氏の話を聞けば、たちどころに崩れる。ケリー氏が、行使日をずらして他人のSAR報酬の金額を増額するという不正を、西川氏に知らせないで行うことはあり得ない。

記者からも、「なぜ、一方の西川氏の話だけを聞いて、ケリー氏の話を聞かないのか」という当然の質問が出たのに対して、永井氏は、「ケリー氏は逮捕されているので、我々としてはヒアリングできなかった」などと答えた。しかし、ケリー氏は、ゴーン氏の「退任後の報酬」の問題に関する金商法違反で逮捕された後、昨年12月には保釈されているのである。今回のSAR報酬の問題は、逮捕・勾留事実、起訴事実とは全く無関係であり、日産が社内調査で保釈中のケリー氏にヒアリングすることには何の問題もないだろう。少なくとも、代理人弁護士に対して、ケリー氏ヒアリングの要請をしたり、質問を送って回答を得ることは全く問題ないはずだ。ケリー氏はヒアリングの要請があれば、応じるはずだ。「逮捕されている」はヒアリングができない理由には全くならない。ケリー氏のヒアリングすることを意図的に避けたとしか考えられないのである。

そもそも、西川氏は、ゴーン氏やケリー氏に、「ボーナスの増額をしてほしい」と頼んでいたのである。その西川氏の側で、受領した報酬について、金額やその根拠を確認しないことはあり得ない。

それを、西川氏は、「秘書任せにしていて、金額の明細を確認しなかった」と、不合理な説明をしている。日産は、そのような西川氏の供述を丸呑みしたのである。そして、その「秘書任せ」が、西川氏の唯一の「社内規定違反」だというのであるから、全くの茶番である。

「子供じみた言い訳」を可能にする「検察との関係」という“絶対的な切り札”

西川氏が言っているのは、「ゴーン氏に、ボーナスを上げてもらうよう『おねだり』したら、側近のケリー氏が、その方法を西川氏に具体的に話すことなく、SARの行使日をずらすという『不正』までして、気前よく報酬を増額してくれた」という、子供じみた「言い訳」である。その「言い訳」をそのまま受け入れたのが、西川氏のSAR報酬不正受領についての調査結果だった。そのような社内調査結果で終わらせることは、真っ当な神経をしている法務・コンプライアンス担当者であれば耐えられないはずだ。日産のコンプライアンス担当で、社内調査を担当したムレイ理事が今月10日に退社するというのも、このような西川氏のSAR報酬の社内調査をめぐる問題と無関係ではないであろう。

日産の社内調査で、「言い逃れ」を崩すことは容易なのに、なぜ、それをしない、できないのか。なぜ、そのような不十分な調査結果が、監査委員会にも取締役会にも受け入れられてしまうのか。そこには、ゴーン氏の刑事事件に関して、これまでずっと指摘し続けてきたガバナンスの根本的な問題がある(【「日産・ゴーン氏事件」に表れた“平成日本の病理”(その1)~企業ガバナンスと透明性】)。

現在の日産のガバナンスは、西川氏が中心となって起こした「ゴーン氏追放クーデター」を原点とするものである。西川氏の「違法」「不正」を認めることは、その原点を否定し、検察と日産が「二人三脚」の関係で行おうとしているゴーン氏の刑事事件の有罪立証を根底から崩壊させてしまいかねない。

西川氏のSAR報酬の不正受領の問題は、検察の捜査で、ケリー氏等の関係者から聴取し、資料を確認すれば、西川氏の意図的な不正であることは簡単に解明できることだ。しかし、検察はそれをしない。検察と西川氏との間に、ゴーン氏の刑事責任追及のために日産が全面協力し、その代わり西川氏の刑事責任は問わないという「ヤミ司法取引」があることは明白だ。そのことは、私が、ゴーン氏逮捕直後から指摘してきたし(【日産幹部と検察との司法取引に“重大な疑念” ~有報関与の取締役はゴーン氏解任決議に加われるか】)、特に、西川氏がCEOに就任した以降の有価証券報告書虚偽記載について、ゴーン氏・ケリー氏が起訴されたのに、報告書を提出した西川氏が不起訴処分とされたことが刑事処分としてあり得ないことを指摘してきた(【朝日が報じた「西川社長、刑事責任問わず」の“珍妙な理屈”】)。この問題については、西川氏の不起訴処分の不当性について、検察審査会の審査が行われている。

検察捜査に全面的に協力してきた日産の中心人物である西川氏を刑事立件・起訴したら、今後のゴーン氏・ケリー氏の事件での検察立証は崩壊する。西川氏が態度を翻して、検察との協力を拒絶した場合も、検察立証はたちどころに行き詰る。検察にとって、西川氏の「違法」「不正」に触れることは絶対にできない。そういう意味で、西川氏は、検察は絶対に自分の不正を認定しないという「絶対的な切り札」を持っている。だからこそ、不合理極まりない言い訳を押し通す西川氏に対して、社内調査も、監査委員会も、取締役会も、それを崩そうとすることすらできなかったのだろう。

それは、日産という企業の現在のガバナンスの根本的な問題なのである。

日産のガバナンスに関する「根本的な問題」は未解決

今回、日産の取締役会が早期辞任を求め、西川氏が辞任に追い込まれたのは、「最低限のガバナンス」が働いたことを示していると言えよう。しかし、日産という企業のガバナンスの問題は、それだけで終わる問題では全くない。

根本的な問題は、社長の西川氏が中心となって、ゴーン氏を代表取締役会長の座から引きずり下ろした方法自体のコーポレートガバナンス上の問題だ。

西川氏は、社内調査結果を、取締役会での議決を経ることなく検察に持ち込み、検察に代表取締役2人を逮捕させ、2人を取締役会から強制的に排除した上で、代表取締役の座から引きずり下ろした。まさに、会社法の規律とガバナンスを根本から否定するやり方だ。

今後、ゴーン氏・ケリー氏・日産の公判が始まり、検察の突然のゴーン氏逮捕の逮捕容疑となった有価証券報告書虚偽記載に関して、西川氏自身の関与など様々な問題が明らかになってくる可能性が高い。日産の取締役会は、「ゴーン追放クーデター」が果たして正当だったのか、西川社長体制下と同様の対応を続けていって良いのかという、ガバナンス上重要な問題に直面することとなる。その点について、十分な議論ができる状況になるのかが、最大の問題である。

西川氏の「実質支配」が続けば、日産はガバナンス不全で崩壊か

問題は、代表取締役CEOを辞任した西川氏と日産との関係は、今後どうなるのかである。会見で、「社長辞任後は、日産と全く無関係になるのか」という記者の質問に答えて、「CEOを退くということ以外は、これからご相談して決めていく」と答えた。その後の報道では、西川氏は、CEOを辞任しても取締役の地位にはとどまり続けるということのようだ。検察との関係で「絶対的な切り札」を持つのが西川氏である。社長を退いた後も影響力を残し、「実質支配」のような関係が続くことも十分に考えられる、

そうなると、日産のガバナンスは、根本的には何も変わらないことになる。それによって、日本を代表する自動車メーカーは、深いガバナンスの病巣を抱え続けることになる。

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日産西川社長 役員報酬不正受領で辞任不可避、検察審査会の判断にも影響は必至

日産自動車の西川廣人社長が、株価に連動する役員報酬制度(SAR)について、社内規定に違反して不当に数千万円を上乗せして受け取ったことが、社内調査の結果で判明し、9月4日に開かれた監査委員会で報告されたと報じられている(【(日経)日産の西川社長、報酬数千万円上乗せか 社内規定に違反】【(朝日)日産・西川社長ら、報酬巡り不正の疑い 調査結果報告へ】)。

今年6月10日発売の『文藝春秋7月号』に掲載されたグレッグ・ケリー前代表取締役のインタビュー記事【西川廣人さんに日産社長の資格はない】で、株価に連動した報酬を受け取る権利の行使日を変更し、当初より4700万円多い利益を得たとの疑いが指摘されていたが、その事実が、社内調査の結果で確認されたということだろう。

当時、このケリー氏のインタビュー記事に関して、私は、『文春オンライン』で、西川氏が、カルロス・ゴーン前会長の事件について、どのような発言し、どのような対応を行ってきたのかを振り返り、詳しく解説した(【日産・ケリー前代表取締役が明かした「西川廣人社長の正体」】)。

この記事を、是非、改めて読んで頂きたい。

ここでも述べているように、そもそも、世界に衝撃を与えた日産自動車会長ゴーン氏の事件は、逮捕直後、西川社長が日産本社で記者会見を開き、「社内調査の結果、本人の主導による重大な不正行為が大きく3点あった」と述べ、検察当局に社内調査の結果を報告した経緯を明かし、自らの心情について、

「残念」という言葉ではなく、(それを)はるかに超えて強い、「憤り」ということ、そしてやはり私としては、「落胆」ということを強く覚えております

と述べたところから始まった。

ところが、その後、ゴーン氏ら有価証券報告書虚偽記載の逮捕事実は、まだ現実に支払われてもいない「退任後に支払うことが約束された報酬」についてだったという“衝撃の事実”が明らかになった(【ゴーン氏事件についての“衝撃の事実”~“隠蔽役員報酬”は支払われていなかった】)。

その一方で、西川氏は、現実に、4700万円もの不正な報酬を受け取っていたことが、ケリー氏の文芸春秋のインタビューで指摘されていたが、今回、日産の社内調査によっても明らかになった。

西川氏の不正は、検察と結託してゴーン氏を追放したクーデターの正当性に重大な疑問を生じさせることは言うまでもない。不正が正式に取締役会に報告された時点で、西川氏が社長を辞任するのは当然である。日産自動車は、これまで西川氏が行ってきたことを全面的に検証し、今、東京地裁で公判前整理手続が進められているゴーン氏の事件への会社としての対応も再検討すべきだ。

今年6月4日、西川氏の不起訴処分について、代理人として検察審査会への審査申立を行い、東京第三検察審査会で受理されているが【日産西川社長に対する「不当不起訴」は検察審査会で是正を】、この審査も、そろそろ大詰めを迎えているはずだ。ゴーン氏・ケリー氏が、受け取ってもいない役員報酬の有価証券報告書への記載の問題で起訴される一方、社長としてその報告書の作成提出を実行したうえ、それに加えて、現実に不正な役員報酬を受領していた西川氏が不起訴とされるのは、市民の代表の審査員には到底納得できないものになるだろう。

 

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日本郵政株売却に”重大な疑義”を生じさせた長門社長「冗談ではない」発言

かんぽ生命保険の不適切販売問題を受けて、かんぽ生命株式会社(以下、「かんぽ生命」)の植平光彦社長と、販売委託先の日本郵便株式会社(以下、「日本郵便」)の横山邦男社長が、7月10日に開いた記者会見については、【「日本郵政のガバナンス問題」としての保険不適切販売問題~日本郵便横山社長への重大な疑問】で詳しく述べたが、7月31日、日本郵政の長門正貢社長が、かんぽ生命の植平社長、日本郵便の横山社長とともに記者会見を開いた。

長門社長は、定例会見で質問に答えたことはあったものの、この問題についての記者会見に臨んだのは初めてだった、大変堂々とした態度で会見を主導し、質問をする記者を圧倒している感すらあった。

この会見の直前の7月29日、今年4月に行われた日本郵政によるかんぽ生命株式の売却に関して、郵政民営化委員会の岩田一政委員長が、記者会見で、「不祥事案は速やかに公表すべきだった。透明性が極めて重要だった」と指摘し、日本取引所グループの清田瞭最高経営責任者(CEO)も、「適切な情報開示がなかった」として問題視する発言したことが大きく報じられていた。

この点に関して質問を受けた長門社長は、かんぽ生命の植平社長に事実関係を説明させた後、株式売却の際には不祥事について全く認識がなかったとして反論し、「冗談ではない」と、岩田発言・清田発言に憤ってみせた。

かんぽ生命株式の売却に関して、民営化委員会の委員長や日本取引所のCEOに問題を指摘されたというのは、日本郵政グループとしてもその経営トップとしても、極めて深刻な事態だ。日本郵政の社長が、記者会見の場で、民営化委員会の委員長と日本取引所のCEOの問題の指摘に対して、感情的な言葉まで用いて反論したことを、どのように評価すべきか。

会見で長門社長の態度に圧倒されたせいか、今のところ、マスコミからの批判は、あまり見られない。しかし、政府は、この秋に、日本郵政株式の第3次売り出しを行って、売却収入を東日本大震災の復興財源にすることを予定している。その株式会社の社長の発言としては重大な疑問がある。予定どおりに日本郵政の株式を売り出すことは一層絶望的になった。それどころか、長門社長の下での株式売出しに投資家の理解を得ることも困難になったと言わざるを得ない。

読売新聞記者との質疑応答

かんぽ株売出しについての長門社長の発言は、読売新聞の「ヨネザワ」という記者からの質問に答えたものだった。同記者は、「横山社長に1問、長門社長に2問お聞きします」と断った上で、まず、日本郵便の横山社長に対して

問題が拡大した背景に、本社経営陣全体で、問題の発覚当初から現場の理解・認識が甘かったのではないか。現場の情報が届いていたとして、本社に正しく伝えられていたのか。経営陣の意向に沿って塗り替えられた情報ではなかったのか。さきほど意見交換の場を作るというが、上の顔色をうかがうような意見交換では意味がない。社風、意識改革についてどう考えているのか。

と質問した。

それに対して、横山社長は、今後の施策の一つとしている、「現場社員との意見交換の場」については、「お客様のご不満の声や、自分たちが仕事をやっていくうえでこんなことがやりにくいというような声を広範に聞く会を設けようと思っている。万が一にも、私と参加者との間で、それを遮断する、出席者を制限するようなことがあるようであれば、それは断罪しないといけない」などと答えた。

そして、ヨネザワ記者は、2問目で、長門社長に、「今回の問題でかんぽ生命株の売却時にこの問題を把握していたか否かというのはひとつの焦点となっている」とした上で、

問題の把握のレベル感と公表のタイミングの正しい在り方についてどのように考えているのか伺いたいと思います。要は例えば調査を始めた時点とか、グレーな案件があった時点とか、それが黒と確定した時点とか、あるいは今回のように黒が大量にあった時点とか、そういうふうな公表するタイミングについてご自身の認識、あとは今批判の声も中には出ているわけですが、そのような声にどのように応えて、あるいは他社の状況も踏まえて、正しいのはどのようなタイミングでこのような問題を公表するべきかと考えるのかを教えてください。

と質問した。

これに対して、長門社長は、

大事なポイントを聞いて頂きまして、民営化委員会の岩田委員長がご発言になりました。日本証券取引所の清田さんが同じようなご発言をされました。4月4日にかんぽ生命の第二次売り出しをスタートいたしましたけれども、その時点でかんぽ、郵政の経営者はこの事象を知っていたのではないかと、こういうご発言でした。大変な発言でございまして、どういう文脈で、どういう情報に基づいておっしゃったのか知れませんけれども、これは騙して株を売ったという懸念があるぞと、こういうご発言なのですね。大変に重大な発言だと思います。岩田発言、清田発言について、私どもの認識をしっかりと申し上げたいと思います。

と述べた上、かんぽ生命の植平社長に、不祥事を把握した経過を説明させ、株式売却の時点では、不適切販売の不祥事について全く認識がなく、開示すべき情報を開示しなかったものではないことを強調した。そこでの、植平社長と長門社長が14分にもわたって行った説明は、概ね以下のようなものであった。

不適正募集の事案が2018年度は20件程度存在しており、業法違反になっていると認定されるものが20件程度発生しているということ。そうした苦情のなかに乗り換えに関わるようなものが1件あった。

こういう不適正募集という事案はパーセンテージは非常に小さい。そのことをもって会社経営全体にとって重大と認識するには至っていない。

昨年度1年間でそういう数字があったことは、これは隠さずに、金融庁、総務省のほうにきっちりと報告している数字。黙って隠したという数字ではない。

4月4日にかんぽ株を発売するという決断は我々だけでできるわけではない。きちんと引受証券や弁護士を雇って、彼らにいろいろアドバイスをしてもらって出している。

持株のほうの立場で言えば、4月4日の時点はまだ全く白です。今回の6月27日の2万4千件は22件と比べても桁が違う、異次元の数字が出てきて、そのような認識になった。

日本郵政のガバナンスのことで言えば、6月の取締役会は株主総会後の臨時取締役会だが、ここでは本件は、全く議論になっていない。かんぽ生命の取締役会でその22件が報告されたのは5月の取締役会だった。

そして、このように説明した上で、長門社長は、

かんぽ生命の取締役会、私、ボードメンバーに入っておりますから、そこでその22件が報告されたのはやはり5月のかんぽの取締役会です。そういうことでございますので、岩田発言、清田発言は非常に重いので、この場をお借りして、冗談ではないということを申し上げておきたい。

と言い切ったのである。

 ここで、長門社長は、「これ2問目でしたね。3問目があったかと思いますが。」と言って、さらに質問を促した。1問目から既に20分以上を経過しており、ヨネザワ記者も、さすがに、他の記者に遠慮したのか、「長くなってしまいましたが、最後に一問、端的に伺いたいと思います。」と言った上で、「今回の一連の問題を受けて、郵便局への信頼というのはまだあるとお考えでしょうか。」と質問した。

 これに対して、長門社長は、「著しく本当にお客様の期待を裏切ったし、ブランドイメージを損なってしまったと感じております。」と述べた上で、

我々、郵便配達を始めたのが148年前、明治4年でございます。2021年に150周年を迎えます。その日から毎日、日曜日はやっていませんが現在は、雨の日も風の日も郵便をお届けしていた。

保険業務を始めましたのが103年前です。この間、2万4千局の郵便局で、お客様の最も近いところにいると言って、このグループは地味だけど真面目だよね、というブランドを諸先輩、今も43万人の同僚の殆んどの人が誠実に働いて頂いてこのようなブランドを作って頂いたと思っていますが、大きく毀損してしまったと大変責任を痛感しております。

一刻も早く戻すべく現在のタスキを繋ぐということが我々の仕事だと思っております。

と、自らの使命は信頼回復を図ることだと述べると、質問を受けてもいない横山社長が、

例えで一例申し上げれば、災害の時にいち早くどんな機関よりも早く郵便局を再開する、そして避難されておりますお客様をひとりでも多く探してその避難の先まで郵便を届ける、という大変な社会的使命を我が社の社員は全員が持っているということを私は知っております。

と述べ、それを受けて、長門社長は、熊本地震の時の、「かんぽの宿阿蘇」で被災者の救援にあたった事例のことを話し、

これが私どものルーツだと思っております。当面のミッションはこれだと思っておりますので、一所懸命頑張って、本来のイメージにできるだけ早く戻すべくできるだけ頑張りたいと思っております。

と述べて、ヨネザワ記者の質問への応答が終わった。

質疑応答は、想定されていたものではないのか

この一人の記者との質疑応答は、合計で30分近くにも及んでいる。長門社長が、このタイミングで記者会見を開いて言いたかったことをすべて言い尽くしたような内容であり、質問自体を想定していたような印象を受ける。

横山社長への1問目は、「現場の情報が届いていたとしても経営陣の意向に沿って塗り替えられた情報ではなかったのか」というものだが、【前掲拙稿】でも述べたように、日本郵便での不適切な保険営業に関しては、総務省の指導やマスコミの追及を受けるなどをしており、横山社長が気づかなかったわけがないという点は、本来、記者側からは最大の追及ポイントのはずだ。ところが、ヨネザワ記者は、「現場からの情報が伝わらなかったために、経営陣は今回の不適切販売について認識していなかった」ということを前提にしており、実横山社長は、それを受けて、今後の施策を中心に答えている。

2問目の長門社長への質問も、民営化委員会委員長と日本取引所CEOからの批判をどう受け止めるか、というストレートな聞き方ではなく、婉曲的に「どの時点で、問題を公表するべきか」という「法的義務」についての説明を求めている。

そして、特に不自然なのは、2問目の質問に対して、長門社長が、岩田発言、清田発言に対して「冗談じゃない」と憤りを露わにした後、「3問目」を質問するように促したことである。

記者から、3つの質問を受けていたのに、3問目の質問の内容を忘れてしまった、というのであれば、聞き直すこともあるだろう。しかし、ヨネザワ記者は、3問質問したいと言っていたが、2問目までで既に20分もの時間を使っている。それを、わざわざ会見者の方から「3問目の質問」をさせるというのは、通常はあり得ない。しかも、その質問に対して、郵政の歴史だとか、郵便局職員の災害時の地域への貢献など、まさに会見者の方が言いたいことを延々と話し、ヨネザワ記者との質疑応答は、合計で30分にも及んだ。

会見全体が、このヨネザワ記者との質疑のように、個々の記者の質問全体に丁寧にすべて答えるものだったかと言えば、決してそうではない。

2つ前の質問で、「NHKクローズアップ現代」の記者が、以下のように質問した。

私どもは今から一年以上前の4月に、そちらに座っていらっしゃる日本郵便の佐野常務、それからかんぽ生命の堀家専務に対してですね、不適正な事例が今広がっているのではないかと、金融庁に届けるような違法行為まで起きているのではないかということで取材を申し入れて、その時に「信頼を裏切るような行為が少なくない数起こっている」、「会社として非常に深刻に受け止めている」、「郵便局に対して信頼を失ってはいけない、改めないといけない」というような発言をされております。

そういうような責任ある立場の方からのご発言がありながら、なぜその後も状況は変わらなかったのか。あるいは状態だけ見れば、例えば不適正事例という金融庁届出事例は20件から22件に増加しているし、あるいは局長が関与するような不適正事例、管理者が関与するような不適正事例も起こっています。根絶できていないというよりも、むしろ悪化をしているという傾向すら感じるような状況です。

なぜそれは止めることができなかったのか、また直近の調査で分かったと言いますが、一年以上前にそういう認識があったということとの整合性をどのように認識されているのかをお答えください。

この質問に対しては、かんぽ生命の植平社長が、「募集品質の向上のための総合対策を打った結果、苦情全体が大幅に減少してきている。高齢者の苦情が順次減ってきている。全体の品質が良化していると認識していた」「不適正募集の発生は減少してきている。」そのようななかで今回の問題の発生を直近のデータで認識をしたので、遡及して将来に向けての対策を打っていく意思決定をした」などと述べ、質問の趣旨とは全くかみ合わない答をしている。

そして、記者会見の場に、1年余り前にNHKの取材に対して、「信頼を裏切るような行為が少なくない数起こっている」「会社として非常に深刻に受け止めている」などと答えた執行役員が同席しているのに、その趣旨について説明させることもなく、横山社長から日本郵便側の認識を答えることもせず、長門社長は何も答えずに、質問への答を終えている。

少なくとも、このNHK記者の質問に対しては、質問の趣旨に忠実に、真摯に答える姿勢は全く窺われない。、読売新聞のヨネザワ記者との長時間にわたる質疑応答とは対照的だ。

長門社長発言をどう評価するか

問題は、このように会見者側で予め想定していたのではないかと思える質疑応答の中で、長門社長が述べたことの中身である。

確かに、日本郵政とかんぽ生命の正式に行われた会議、報告という面で言えば、正式な報告で不祥事を認識したのは6月下旬ということになるであろう。そして、そのような正式な会議、報告以外については、証拠は何もない。そういう意味では、長門社長が言うように、かんぽ生命株の売出しに関して、日本郵政、かんぽ生命の経営者も、不祥事を知っていたのに、それを隠して騙してかんぽ生命株を売却した疑いについて、「シロ」だというのは、証拠上は、法的判断としてはそうかもしれない。個人に疑いをかけられているとすれば、長門社長が「冗談ではない」というのも、正しいであろう。

しかし、岩田委員長や清田CEOが指摘したのは、そういう「経営トップとして不祥事を認識していたのに、騙して株を売った疑い」という個人の問題ではない。日本郵政という組織が保有していたかんぽ生命の株式を、一般投資家に売りつけたことに関して、そのかんぽ生命という会社の中身に関わる重要な事実が売出しの時点で開示されていなかった。岩田委員長は、そういう事象について、「郵政民営化を進めていく上で支障となる」と指摘し、清田CEOは、「証券市場への企業内容の適切な開示という面で問題がある」と指摘したということである。

それに対して、長門社長は、「売出しの時期は、自分達だけで決められるわけではない、開示の内容は、証券会社や弁護士がデューディリジェンスで確認し結果に基づいて決めている」と言っているのであるが、それは、問題を経営トップで個人の問題ととらえ、責任を否定しているだけで、組織としての問題を指摘する岩田発言、清田発言に対する反論には全くなっていない。

長門社長個人としてではなく、日本郵政グループの経営トップとして、保有していたかんぽ生命株式を一般投資家に売却した後、同社の保険販売に重大な問題が発生していることが明らかになって、株価が大きく値下がりしている。そのことについて経営者としてのどのように受け止めるのか、ということが問われているのである。ところが、長門社長は、「自分は知らなかったからシロだ」と個人レベルでの言い訳をしているのである。しかも、長門社長は、日本郵政の社長だけを務めているのではない。かんぽ生命、日本郵便の取締役でもある。それらの会社の事業活動が適切に行われることについて、取締役としての責任を負っている。会見での長門社長の発言からは、その自覚が全くないように思える。

日本郵政グループとして開いた会見の場で、特定の記者から都合の良い質問を受けて的外れの反論を行い、「冗談ではない」などと放言する長門氏が経営トップを務めている限り、日本郵政株の売出しをすることなど不可能であり、それを強行しようとすれば、政府として、投資家からの信頼を裏切ることになりかねない。

「地域に寄り添う郵便局員」がなぜ顧客の利益を損なったのか

ヨネザワ記者に3問目の質問を促し、「郵便局への信頼」という言葉が出ると、長門社長は、「待ってました」とばかり、日本郵政150年の歴史の話を始め、横山社長が、「地域に寄り添い、そこに生きるお客様とともに共生している」として、その例として郵便局員の災害時の地域貢献の例を持ち出した。これも、想定どおりのプレゼンのような内容だ。

しかし、今、問題になっているのは、本来、地域と、地域住民に寄り添う存在のはずだった郵便局員が、露骨に顧客の利益を損なうような保険募集を行っていた事例が膨大な数発生しているという事実である。長門社長、横山社長には、そのような行為を行わざるを得ない状況に、多くの郵便局員を追い込んでしまった経営トップとしての責任が問われているのである。そのことの自覚があれば、「地域に寄り添う郵便局員」などという言葉が、軽々に口にできるとは思えない。

もう一つの問題は、長門社長が、今回の問題についての責任について問われ、「特別調査委員会メンバーは3人とも検察出身。厳しく調査して頂くためにお願いした。厳正な報告が出てくる」などと述べて、「検察出身の弁護士3名からなる特別調査委員会だから、経営陣に対しても厳正な調査結果が出てくるはずで、それによって責任の有無を判断する」と述べたことだ。

しかし、検察出身の弁護士による調査だから厳正な結果になるというのは全くの幻想である。これまでにも、第三者委員会や外部調査が、依頼者の経営者や政治家に手ぬるいと批判された事例の多くが、検察出身の弁護士によるものだ(小渕優子議員、舛添要一都知事の政治資金問題、日本大学アメフト部問題での第三者委員会など)。そして、この日本郵政の特別調査委員会の委員長の検察出身弁護士は、レオパレス21の第三者委員会の委員長を務めた弁護士である。その調査報告書について、第三者委員会格付け委員会の格付けでは、

退任してから既に 13 年が経過している過去の人物である元社長にのみ焦点を当て、その責任追及に多くのページを割いて いる。一方、2010 年から現在まで 9 年間社長を務めてきた前社長の関与についてはほとんど触れられていない。

調査スコープを矮小化して 1990 年代後半から 2000 年代前半のみを切り取り、創業者の責任のみを執拗に記述することでこの陥穽にはまり込んだのではなかろうか。

と酷評されており、評価も非常に低い。今回の問題についても、過去の経営陣の責任の焦点を当て、現経営陣への責任追及を交わす方向での調査が行われないとも限らない。

いずれにしても、「検察出身の弁護士3名からなる第三者委員会」というだけでは現経営陣にも厳しい厳正な調査が行われるはずだということの根拠には全くならない。

出席した記者達を圧倒していたように思える長門社長ら3社長の記者会見だが、そこでの発言内容は、経営者としての傲慢さと独善を示すものでしかなかった。それが、日本郵政グループの危機を一層重大かつ深刻なものにすることは避けられないであろう。

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「強運」と「不運」の“光と影”

40年近く前、司法試験に合格した後、司法研修所に入所するまでの期間、司法試験受験生の指導をしていた時に、しばしば、理学部卒・独学で2年で合格した「運の強さ」の秘訣について聞かれたとき、次のように話していた。

世の中には、運に恵まれることと、不運に見舞われることがある。運に恵まれた時には、自分は強運の人間だと思って、その強運に自信を持てばいい。不運に見舞われたら、人が一生に与えられる運の量は同じ、不運に遭ったということは、その分、運を将来に蓄積したと受け止めれば良い。

運不運の受け止め方は、その後の私の人生でも、基本的に変わらなかったと思う。

そういう私にとって、「不運」の極限だったのが、カープファンとして、東京で「広島・巨人戦」を応援した際の戦績だった。

半世紀にわたるカープファンである私は、後楽園球場の時代も含め、東京で、「広島・巨人戦」に行って、一回も、広島の勝利を目にしたことがなかった。その「不運」の連続は、3年前から一転して「強運」そのものとなり、それ以降、私が東京で応援に行った際、一度もカープは巨人に負けていない。

その「強運」が極端な形で表れたのが、昨日(7月31日)の東京ドームでの「広島・巨人戦」だった。

交流戦最下位で一気に順位を落とした後、復調し9連勝を遂げたカープは、カード初戦の前日に敗れ、連勝がストップしてしまっていた。その直後の重要な一戦。一方の巨人にとっても、一時は首位独走状態だったのに、3カード連続負け越しで、2位との差が3.5ゲームまで縮まった。その後の連勝で一機に首位固めを狙うために、極めて重要な試合だった。

結果は、3-2とカープが接戦に勝利し、巨人との差を5ゲームに縮めた。

ちょうど3年前、カープの17年ぶりのリーグ優勝が現実のものとなりつつあった時期、それまで41年間続いていたジンクスを打破すべく苦悶していた時期とは、全く正反対だ。

長年にわたって、私が「広島・巨人戦」でのカープにもたらしてきた「不運」から、今、一転して「強運」をもたらすようになった経過を振り返ってみると、そこに、「強運」と「不運」の“光と影”が、鮮やかなコントラストをなしている。

まず、3年前にツイッターにアップし、かなりの反響を呼んだ【ある不幸なカープファンの物語】を、そのまま引用する。

カープファンとしての私の歴史は、昭和40年前後、広島で過ごした小学生時代に始まる。父に連れられ、広島市民球場で、カープの試合を観戦した。

当時、広島カープは「万年最下位」と言われた弱小チームだった。

巨人戦以外では、観客の殆どがカープファンだが、現在のような、お揃いのユニフォームや鐘、太鼓、ラッパによる秩序だった応援などというものとは全く異なって。カープの攻撃で凡退する度、敵の攻撃で失点する度、ため息とヤジと怒号が飛び交い、グランド内に、物が投げ入れられたり、観客が乱入したりしてゲームが中断する。

中盤までに失点を重ねると、決まって、カープファン同士の「喧嘩」が始まる。

「今日のカープは、はあ(広島の方言で「もう」という意味)だめじゃあ」と言う諦めの早いファンと、「逆転するんじゃ」と反発するファンとの間で、言い争いになり、時にはつかみ合いになる。

期待はいつも失望に変わり、さらには味方選手への不満につながる。負け試合では、ヤジの大半は味方選手をヤジり倒すものだった。そういう屈折したカープファンの心理が渦巻く広島市民球場の雰囲気は、何とも殺伐としたものだった。

当時、プロ野球ファンの中では、最も恵まれない存在だったカープファンだったが、それだけに、「悲願の初優勝」は、ファンすべての夢だった。

私は、父の転勤に伴って、中学校3年になった年に、島根県松江市に転居、その後高校まで松江市で暮らした。周囲がみなカープファンだった広島時代とは異なり、松江にはカープファンは全くいなかった。テレビのプロ野球中継は巨人戦ばかりなので、「プロ野球は巨人」と思い込んでいる人間ばかりだった。

そのような環境での孤立感もあって、私のカープへの思い入れは一層強くなった。毎年、プロ野球開幕から1、2か月ほどは、「今年こそ初優勝」と、毎晩、カープ戦のラジオ中継に聞き入った。そのラジオは、広島市の中国放送が中国山地を超えて微かに届く電波、ラジオを耳に押し付けてボリュームを一杯に上げて、雑音の中からかすかに聞こえるアナウンサーの声で戦況がようやくわかる程度だった。それを試合開始から終了まで聞き続けた。しかし、この頃のカープの弱さはセリーグの中でも際立っており、「鯉のぼりの5月」を過ぎると負けがこみ、優勝は絶望的となって私はカープのラジオ中継から解放される、ということが続いた。

大学に入学して東京に暮らすようになってからは、広島の中国放送を聞くこともなくなり、カープファンとしての意識が若干希薄になっていった。

そして、大学3年の1975年、ルーツ監督・古葉監督の下での「赤ヘル軍団」カープの快進撃が始まった。カープの勢いは、例年のように「鯉のぼりの5月」では終わらない。一方、前年にV10を逸して、長嶋茂雄氏が引退し、監督に就任して初めての年となった巨人は開幕から負け続け、早々に優勝は絶望的になっていた。

かつてのカープと巨人の関係が逆転したような状況に気を良くした私は、当時、住んでいた本郷三丁目から後楽園球場まで歩いて広島・巨人戦の観戦に出かけた。

しかし、なぜか、私が後楽園に行くと、必ずカープは負ける。長嶋巨人を応援する巨人ファンがはしゃぐのを横目に、悔しさを噛みしめながら球場を後にするということが、3回ぐらい続いた。

私は考えた。「今年は、これほどカープが勝ち、巨人が負けているのに、自分が球場に行くときだけ広島が負けるというのは、どう考えてもおかしい。3連戦のうち1試合だけ行っているから、たまたま負け試合に当たるのだろう。3連戦全部行けば、さすがに全部負けることはないはずだ。」

そう思って、6月末頃の巨人・広島3連戦、3日続けて後楽園球場に行き、外野席の立見席で観戦した。しかし、何と、カープは巨人に3連敗してしまった。

さすがに、それ以降、後楽園球場に行くのはやめた。

すると、カープは、その後快進撃を続け、10月の後楽園球場での巨人戦に勝って、とうとう悲願の初優勝を果たした。私は、球場には行かず、初優勝の喜びを一人かみしめた。

こうして、カープが「悲願の初優勝」を果たしたことで、長年の私の夢は実現し、それ以降、カープへの思い入れは次第に沈静化していった。

初優勝を遂げた後のカープは、チームのイメージも変わった。女性、子供のファンが圧倒的に多くなり、球場での応援も、屈折した殺伐とした昔の広島市民球場とは全く違う、秩序立った、華やかなものになっていった。

1979年、80年とカープは2年連続でリーグ優勝し、80年には、初の日本シリーズ優勝も果たした。1975年のリーグ初優勝の後、1991年までに合計6回リーグ優勝した時代のカープは、もはや、昔のような万年最下位のカープではなかった。初優勝を夢見ていた頃のようなカープへの情熱は少なくなり、むしろ、私にとっては、「巨人が負けること」の方が重要だった。私が「万年最下位」のカープを応援し続けていた間、圧倒的な強さを誇っていたのがV9時代の巨人だった。カープはいつも巨人に打ち負かされていた。その巨人は、「いくら負けても、まだまだ負け足りないチーム」だった。そのV9時代の巨人の中心選手が長嶋であり、その長嶋が率いる巨人には、もっともっと負けてほしかった。

しかし、長嶋監督就任後最初の昭和50年、カープの初優勝の年に最下位に終わった巨人は、翌年には息を吹き返しリーグ優勝し、その後も、優勝を繰り返した。それは、私にとって不愉快極まりないことだった

しかも、「権威」や「権力」に対して対抗意識が強かった私にとって、プロ野球の世界の「権力」そのものである巨人が勝つこと、シリーズや日本シリーズで優勝することは不愉快なことだった。私にとって、プロ野球は「巨人の優勝を阻止するチームを応援すること」が中心だった。もちろん、その巨人の優勝を阻止するチームになってほしいチームのナンバーワンが広島カープであったことに変わりはなかったが、カープは、91年以降、リーグ優勝から遠ざかり、「巨人を倒すチーム」にはなり得ていなかった。

 そういう私にとって、1996年のセリーグペナントレースは生涯忘れられない悲しい結末になった。この年のカープは、前半戦、好調に勝ち続け、7月には、2位の巨人に11.5ゲームを付けて独走していた。しかし、その後、不調に陥って、巨人に追い上げられ、とうとう最終戦で逆転されて、巨人のリーグ優勝に終わった。

この時、私以上に熱烈なカープファンだった母が、末期の大腸がんで広島市内の病院に入院していた。病室のテレビで懸命にカープを応援する母の願いもむなしく、巨人とのゲーム差は悪夢のように縮まっていった。巨人の「奇跡の逆転優勝」という、考えたくもない、忌まわしい事態が、「メークドラマ」という言葉で徐々に現実化していった。東京ドームでの最終戦、カープが逆転された試合をテレビで見ていた母は悲鳴を上げていた。二ヶ月後、その病室で母は息を引き取った。

この出来事以降、私の巨人に対する感情は、反感から憎悪に近いものになっていった。

 

その後長らく、優勝争いとはほとんど縁がなかったカープが、久々に巨人を倒すチームになる期待を感じさせてくれたのが2014年だった。3位でペナントレースを終えたカープは、クライマックスシリーズファーストステージで阪神に快勝、その勢いで、ペナントレース優勝の巨人とのファイナルステージに挑む。若手選手中心のはつらつとしたチームに、絶対的エース前田健太もいる。私は、久しぶりに球場でカープを応援することにした。チケット屋で定価の数倍もするチケットを買い、第2戦の東京ドームに乗り込んだ。

しかし、前田は打たれ、カープの強打線は、菅野投手の前に手も足も出ず惨敗した。やはり、「私が東京で広島・巨人戦を観戦に行くと必ず広島が負ける」というジンクスが、40年近くを経た後も変わっていないことを再認識した。そのシリーズ、結局、カープは巨人に1勝もできなかった。

久々に東京ドームで味わった悔しさで、私のカープファン魂は強烈に蘇った。翌2015年、アメリカ大リーグで活躍した黒田の復帰で期待が高まるカープの応援に神宮球場に出かけた。

多くの「カープ女子」を含む真っ赤なスタンドでのカープファンの応援は、かつての広島市民球場の殺伐とした、すさんだカープファンとは全く対照的だった、私も、真っ赤なカープ帽、応援グッズを携え、神宮球場に通った。しかし、この年のヤクルトは強かった。黒田が登板した試合でもヤクルトの強打線に打ち込まれた。結局、私が神宮球場に行った5戦すべてで、カープはヤクルトに敗れた。

そして、今年(2016年)のペナントレースが開幕、広島は開幕から打線が好調、4月16日、初めて東京ドームでの広島・巨人戦、予告先発は、昨シーズン巨人に負けがなかった黒田。東京での広島の巨人戦勝利を目にする最大のチャンスが訪れたと思った私は、東京ドームに出かけた。

しかし、黒田は不調、序盤から打ち込まれる。広島も追い上げたが、結局1点差で負けた。球場を埋め尽くす巨人ファンがオレンジのタオルを振り回すという「おぞましい光景」を見せつけられ、「やはり東京ドームになど来るべきではなかった」と反省した。

東京ドームでの巨人戦はダメでも、神宮でのヤクルト戦なら、と思って、その翌週、神宮球場に応援に行ったところ、カープはヤクルトに快勝、新井が2000本安打を達成した記念すべき試合だった。

勢いに乗るカープは、4月29日からの中日戦で、打線が爆発して3連勝、その間、貧打の巨人はヤクルトに3連敗、勢いの差は歴然としていた。ゴールデンウィークの5月3日からの東京ドームでの広島・巨人3連戦、初日の予告先発は、カープが巨人キラーのジョンソン、巨人は4月16日に先発して広島に打ち込まれた田口。「東京での巨人戦のジンクス」を覆す最大のチャンスだと確信した私は、自信を持って東京ドームに乗り込んだ。

予想どおり、ジョンソンは上々の立ち上がり、カープは田中、エルドレッドのホームランで4回までに2点を取った。ジョンソンなら、この2点を守り切ってくれるだろうと思い、「やはり、今日は応援に来てよかった」と思った。

ところが、4回裏、ツーアウトから、好守備を誇るショート田中が信じられないタイムリーエラーを犯したことをきっかけに、2点をとられて同点にされる。7回表、カープは、ノーアウト2、3塁という絶好の勝ち越しのチャンスを迎えたが、次打者のショート正面のゴロでエルドレッドが無謀にもホームに突っ込んでアウト、1、3塁となった後、ショートゴロ併殺で無得点。8回裏に1点をとられて逆転され、9回は澤村に抑えられて万事休す。まさかの敗戦だった、カープを負けさせる方向に、何か不思議な力が働いているとしか思えなかった。

翌4日の試合、カープは野村が先発、打線も順調に得点を重ね、難なく6対1で快勝した。私がいないと、どうしてこんなに簡単に勝つのか。

どうしたら、このジンクスの泥沼から抜け出せるのか、そう考えた時、私の頭に「逆転の発想」が浮かんだ。「カープが勝てそうな試合に来てジンクスを破ろうとするから、ジンクスでカープが負ける。むしろ、勝てなさそうな日に行けば、ジンクスが逆に働いて勝つのではないか」、5日の試合は、巨人の予告先発は菅野、広島は先発投手の谷間のため未勝利の九里。常識的には、ほとんど勝ち目のない試合だった。私は、「逆転の発想」にかすかな望みを持って、また、東京ドームに出かけた。

その試合、九里は好投し、5回まで零点に抑えた。天谷が菅野から2ランホームランを打って一点差に迫るという意外な健闘は見せた。しかし、結局、カープは4対2で負けた。当たり前の結果だった。また、オレンジのタオルを振り回す巨人ファンを横目に球場を後にすることになった。

その巨人は、翌5月7日からの東京ドームでの中日との3連戦で3連敗した。4月29日から5月9日までの、対ヤクルト、広島、中日の9試合で、巨人は2勝7敗。勝ったのは、5月3日と5日の2日だけ、いずれも私が東京ドームに行った日だった。それ以外の7試合は全部負けたのだった。

私は、「自分が東京での巨人戦でカープの応援に行くことは、カープに禍をもたらし、巨人を利するだけだ」と深く肝に銘じ、それ以降、球場に足を運ぶことは控え、テレビでの応援に徹した。すると、その後のカープは快進撃を続け、一時、二位の巨人に11.5ゲーム差をつけて首位を独走。後半戦に入って、4.5ゲーム差まで追い上げられ、1996年の悪夢を思い出したが、また、突き放し、現在、8ゲーム差。本日、8月23日からの東京ドームでの広島・巨人3連戦を迎える。

広島が勝てば、巨人の自力優勝は消滅、ついに広島に25年ぶりの優勝に向けてのマジックが点灯する。それを、どうしても、この目で見たい、という思いを抑えることができない。カープファンには誠に申し訳ないが、私は、本日の広島・巨人戦、東京ドームでカープの応援に加わる。

今日こそ、「東京の巨人戦でカープを応援に行くと必ず負ける」というジンクスが、41年ぶりに破られることを確信して。

そして、その8月23日の「広島・巨人戦」の結末を書いたのが、【ある不幸なカープファンの物語・2016年8月23日篇~「不幸」は続く】である。

カープが巨人に勝てばマジックが点灯する8月23日。「東京で広島・巨人戦に行くと広島が負ける」というジンクスが41年ぶりに破られることを夢見て、カープファンの皆様には申し訳ないと思いつつ、覚悟を決めて東京ドームに向かう。

数日前、ネットオークションで、ネット裏のチケットを、驚くほど安い価格でゲット。「これは何かが変わる前兆か」と、かすかな期待を持って球場に乗り込む。席は、実況席のすぐ下。グラウンド全体が良く見える位置。

カープの先発は、絶対的エースで巨人キラーのジョンソン、打線も好調。対する巨人の先発はマイコラス、前回の広島戦では6回で5点とられてKOされている。どう見ても、カープ有利に思える。唯一の不安材料は、私が球場に来ていることだけ。

試合は、ジョンソンとマイコラスの投手戦。両チーム無得点が続く。と言っても、ジョンソンが、8回まで散発3安打。3塁も踏ませない危なげない投球であるのに対して、マイコラスは、4回、無死1、3塁、5回、一死2.3塁、7回一死3塁と再三にわたってピンチを招く。しかし、カープ打線にあと一本が出ない。

両チーム無得点のまま迎えた9回、カープは、2死満塁のチャンスを逃し、その裏、巨人が、さすがに疲れの見えるジョンソンを打ち込んで1死満塁のチャンスを迎えた時点で、「やはり今日もダメか」と天を仰いだ。しかしカープの好守で内野ゴロ併殺に切り抜け、胸をなでおろす。

10回裏、カープの投手はジャクソンに変わる。巨人は脇谷から始まる下位打線、この回は問題ない、次の回が勝負だ。ジャクソンも簡単に2ボール2ストライクと追い込む。

そこで信じられないことが・・・。

脇谷が打ったライトへの打球が、何とスタンドに飛び込んだのである。それを呆然と見届けた私は、その瞬間、脱兎のごとく球場の外に駈け出した。出口に近い席だったので、幸い、「オレンジのタオルを振り回す巨人ファン」の忌まわしい光景を見ることだけは免れた。

今季50試合以上に登板して、ホームランを2本しか打たれていないジャクソンが、どうして、一本もホームランを打っていない脇谷などに打たれるのか、全く信じられなかった。自宅に帰った後、テレビのスポーツニュースで、そのシーンを見ると、何と、脇谷が打った球は、高めの「クソボール」、まともな打者なら、見送ってスリーボールにするところだ。脇谷が「吊り球」に手を出して振ったバットとボールが「空中衝突」したようなもの。だから、スタンド中段にまで飛んだのだ。

どうして、私が東京ドームで見ていると、こういうことが起きるのか。

「40年以上のジンクス」を破るのは、やはり容易ではない。

しかし、私はめげない。この後も、そのジンクスが破られる夢への挑戦を続ける。

それ以降、カープは順調に勝ち星を重ね、同年9月28日の東京ドームでの「広島・巨人戦」でセリーグ優勝を決めた。

私は、その翌日。優勝決定後の9月29日、東京ドームでの最終戦にカープの応援に行った。「優勝決定後のゲーム」なら、それまでとは違うのではないかという思いもあった。しかし、カープの選手たちは、前日夜の祝勝会の疲れが残っているのか、なかなかエンジンがかからず、0-2でリードされたまま終盤に入ったが、「やはり、消化試合でもだめか」と思っていたら、カープは、6回から反撃開始、5点をとって逆転、5-3でカープが勝った。

私は、東京で、初めてカープが巨人に勝つ試合を目にすることができた。

それが、私にとっての「広島・巨人戦」での「不運」の流れを大きく変えることになった。

それ以降、東京でも、広島でも、私が応援に行った「広島・巨人戦」で、カープが巨人に負けたことは一度もない。

そして、昨日の試合である。

初回、カープは、西川が先頭打者ホームラン、続く2番菊池もホームランで2点、3回には、鈴木誠也のタイムリーで3点をリードした。

一方の巨人は、ジョンソンの巧みな投球にほとんどまともな当たりはなく、ランナーもほとんど出ず、沈黙したが、球数が多く、6回が限度だろうと思えた。案の定、7回からは、リリーフの遠藤が登板したが、ゲレーロに2点ホームランを打たれて1点差となった。

その後も、ヒット、四球などで二死満塁のチャンスでバッターは坂本、ほとんど祈るしかない場面だったが、ライトのフェンス際まで飛んだ大きなフライで、何とか1点差を守った。

そして、8回裏、カープは今村が登板したが、無死から亀井に二塁打を打たれ、バッターは長打の岡本。ところが、原監督の岡本へのサインは1球目からバントだった。2球目でバントは成功し、一死3塁となり、バッターは前の打席ホームランのゲレーロ。カープはフランスアが登板。打った当たりは3塁ライナー、ランナー亀井は戻れず併殺打となり8回が終了。9回裏も、先頭バッターの炭谷の当たりが3塁ライナー。後の二人は、フランスアが三振に仕留めて試合終了。

まさに、痺れるような接戦だったが、カープにとっては、本当にラッキーだった。

初回の西川のホームランは、ライトフェンスを僅かに超えた当たり、菊池は、直球を狙っていたのか「出会い頭」のようなホームラン、鈴木誠也のヒットも会心の当たりではなかったが、ショートの左を際どく抜けた。いずれも、ラッキーな得点だった。

一方の巨人の攻撃は、ジョンソンには手も足も出なかったが、降板後は、チャンスの連続だった。満塁からの坂本のライトフライも、ゲレーロの3塁ライナーも、まさに紙一重であり、大量点につながっていてもおかしくなかった。

2016年5月3日、絶好調のカープが絶不調の巨人に信じられない敗戦を喫したのとは真逆の方向に、「カープを勝たせる方向への不思議な力」が働いていたとしか思えない。

40年にわたる「不運」のジンクスで貯めこんだ「運」は、まだまだ強烈に残っているようだ。

一時は12ゲーム差まで広がっていた巨人とのゲーム差も5ゲームまで縮まった。1996年の怨念を晴らす「逆メークドラマ」に向けて、今後も、東京ドームでの「広島・巨人戦」に、可能な限り、応援に行きたいと思う。

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公共調達のあり方に重大な影響を与える“国循事件控訴審判決”

国立循環器病研究センター医療情報部長だった桑田成規氏が、大阪地検特捜部に官製談合防止法違反で逮捕・起訴された「国循事件」の控訴審判決が、明日7月30日に言い渡される。

昨年8月、控訴趣意書提出の時点で、それまでの捜査公判の経過と検察捜査の問題点を、ブログ記事【“国循事件の不正義”が社会に及ぼす重大な悪影響 ~不祥事の反省・教訓を捨て去ろうとしている検察】で明らかにし、【控訴趣意書】は、事務所HPで公開している。

また、大阪高裁での控訴審の2回の公判期日の状況と、そこでの検察官の対応が、どのようなものだったのかについては、【正義の「抜け殻」と化した検察官~国循事件控訴審、検察「弁論放棄」が意味するもの】で述べている。

大阪地検特捜部にとって、不祥事以降初めての「本格的独自捜査事件」

大阪地検特捜部が、村木厚子氏の事件で「冤罪」が明らかになったことに加えて、証拠改ざん問題まで発覚して厳しい社会的批判を浴びて以降、初めて手掛けた「本格的検察独自捜査」が、この国循事件だ。贈収賄事件の立件を目論み、強制捜査に着手したものの、失敗に終わり、一連の不祥事を受けての検察改革で打ち出された「引き返す勇気」をもって捜査を打ち切るべきだったのに、組織の面子のために、本来犯罪とすべきではない国循の情報システムの発注手続の問題を無理矢理刑事事件に仕立て上げ、桑田氏を逮捕・起訴した。

村木事件は、「証拠」の問題であり、「事実」の問題だった。そこに、大阪地検特捜部の重大な「見込み違い」があり、検察のストーリーを押し付ける不当な取調べに加えて、「証拠改ざん」という問題まで起きた。

一方、国循事件の問題は、検察の「判断」の問題だ。経済社会では様々な事象が発生する。その中で、何を刑事事件として取り上げ、処罰の対象にすべきなのかについての判断は、基本的に検察に委ねられている。検察が判断を誤り、刑事事件とすべきではない事件を刑事事件として取り上げた場合、経済社会の中で多数発生している同種の問題が、広く刑事立件として、処罰の対象とされることになり、重大な社会的影響が生じることになる。

国循事件では、不当な起訴に対して検察内部での組織的なチェックが働かなかったばかりでなく、2年にもわたる審理の末、懲役2年を求刑し、一審裁判所は、それに盲従した判決を出した。控訴審では、その検察の捜査・起訴と一審裁判所の判断に重大な誤りがあることを徹底して主張した。

そもそも、検察組織内部で、「何を刑事事件にすべきか」、「何が悪いのか」について最低限の常識が働いていれば、このようなことは起こり得なかった。

犯人ではない人間、事件と無関係の人間が犯人とされ、逮捕・起訴されるという「冤罪」は、後から証拠を探せれば白黒がはっきりするので、世の中にわかりやすい。そういう事件と無関係の人間に対する「冤罪」が、普通の社会生活を営む人間に、いきなり降りかかるという事態はそれほど多くは発生しない。一方、特捜部の事件の問題は、事件と無関係の人間がいきなり逮捕、起訴されるという形での「冤罪」ではない。問題になるのは、それが「犯罪」に当たるのか、「犯罪」とすべきなのかという「評価」であり、その「評価」自体と、それを根拠づける「事実」の存否が正しかったのかどうか、なのである。

桑田氏は、極めて有能な医療情報学の専門家であり、その能力を最大限に活かし、鳥取大学医学部での電子カルテシステム構築で大きな成果を挙げ、電子カルテ導入が難航していた国循に、医療情報部長として就任し、めざましい成果を挙げた。まさに、大規模医療機関において、多くの患者の生命と健康を守るために、医療情報システムが確実に機能するよう最大限の努力を行い、成果を挙げてきた人である。

桑田氏のような人が、刑事事件で逮捕・起訴され、処罰されることがあり得るとすれば、この世の中で、前向きに改革の意欲を持って職務に取り組んでいる人には少なからず「言いがかり」をつけられて、刑事事件に巻き込まれるリスクがあるということになる。

それだけに、この事件に対する裁判所の判断は、ある意味ではわかりやすい「冤罪」の問題以上に、社会的にも重要な問題だと言えるのである。

刑事事件化の背景

桑田氏が医療情報部長に就任するまで、国循の情報システムに関する業務はN社がほぼ独占し、高い価格で、非効率な業務が行われていた。情報システムに関する発注では、業務の内容を熟知している既存業者が圧倒的に優位な立場にあるので、競争条件を対等にし、新規参入を可能にするためには、新規参入業者への情報開示と、発注条件に対する業者側からの意見・質問への応答を義務付ける「意見招請手続」などが重要だった。しかし、国循では、それらが行われておらず、情報ネットワークを担当していた桑田氏の前任者や、発注手続を担当する契約係も、N社の独占による「ぬるま湯」的状態に甘んじていた。

桑田氏の着任以降は、桑田氏が、鳥取大学時代から、情報システム業者として高く評価していたD社が、国循の情報システム業務に参入し、N社の独占の牙城を崩していった。その結果、業務は大幅に効率化され、費用も大きく低減された。

ところが、2014年2月、大阪地検特捜部は国循の強制捜査に着手、その容疑事実は、「桑田氏と契約係が共謀してD社に予定価格を漏洩した」という、いわゆる官製談合防止法違反、公契約関係競売入札妨害罪だった。

“入札価格の漏洩の競売入札妨害罪を「入り口事件」にして強制捜査に着手し、贈収賄事件の立件を狙う”、というのは、昔から、警察の捜査2課等が、土建屋談合・贈収賄事件で用いてきた「使い古された捜査手法」だ。それを、高度の技術を要する複雑な大規模医療機関の情報システムの問題で使おうとしたことに、検察捜査の根本的な誤りがあった。

特捜部がこのような狙いで捜査に着手することとなった背景に、桑田氏が国循医療情報部長に就任して以降、国循からの大型の情報システム受注を次々と失うことになったN社やその関係業者側の不満・反発があった。N社は、平成24年度にD社にネットワーク関連業務の受注を奪われた後、25年度の入札で、関係業者S社に参加を打診し、それを受けたS社は原価を無視した過度な安値で落札して強引に受注を図ったものの(いわゆるダンピング行為)、国循が「履行能力調査」を行ったところ、受注を断念せざるを得なくなった。

桑田氏は、独占受注に胡坐をかいていたそれまでの受注企業の「不当な利益」を失わせただけだった。そもそも、大阪地検特捜部の捜査着手の方向が全く間違っていたのである。

一審の裁判の経過

桑田氏が問われた罪は、官製談合防止法8条違反の「公の入札等の公正を害する行為」だった。医療情報部長として国循の情報システムの発注に関与する中で、①「D社が初めてシステムの管理業務の入札に参加した際、業務の体制表をメールでD社に送付した行為」、②「D社受注の翌年の入札で仕様書に新たな条項を加えた行為」などの行為が、同法違反に当たるとされたものだった。

一審で最大の争点とされたのが、「桑田氏が、メール送付の際に、N社が提出した当該年度の業務体制表と認識していたのか、前年度の体制表と認識していたのか」という点であった。前年度の体制表を送付した認識しかなかった桑田氏は、当該年度の体制表とは認識しないでメールを送付したと訴え続けた。それを理由に、「全面無罪」を主張し、多くの支援者にも支えられて「冤罪」を訴えてきた。

しかし、それは、ある意味では、検察にとって好都合な展開だったと言える。もともと、「認識の立証」というのは、刑事事件の立証の中で、検察が得意技にしているものだ。国循の契約担当者などの証言を固めて、前年度の体制表と認識して送付したという桑田氏の弁解を崩し、当該年度の体制表であることを認識した上で送付したことを、刑事裁判で立証することは、さほど困難ではなかった。

検察は、桑田氏とD社との「癒着」や、その利益を図ったことなど、本来、刑事処罰にすべき理由を何一つ立証できなかったが、体制表についての「認識」の立証については、優位に立つことができた。2年にわたる審理で、多数の証人の尋問、被告人質問が行われ膨大な時間が費やされたが、検察官は、国循の多数の職員の証言や物証等から、認識があったことを立証し、その結果、桑田氏は、執行猶予付きとは言え、公務員にとって致命的ともいえる「懲役刑」の有罪判決を受けたのである。

控訴審での弁護人主張

控訴審では、一審での弁護方針を全面的に見直し、①については、無罪主張は行わず、桑田氏が国循の医療情報部長として行った対応は、官製談合防止法違反として処罰されるべき行為ではないとして、検察官の違法性の評価の誤り、訴追裁量権の逸脱を主張した。②については、システム発注における仕様書に「新たな条項」を追加した行為は、発注の目的にとって合理的なもので、「公の入札の公正を害すべき行為」に該当しない、として無罪を主張した。

控訴審の審理で最大の焦点になったのが、弁護側が証拠請求した上智大学法科大学院の楠茂樹教授の意見書だった。楠教授は経済法学者で、公共調達法制と入札監視実務の専門家であり、この問題をめぐる法令の適用や事実の評価に関する、専門的見地からの意見書を控訴審に提出した。

楠教授が、特に重要な問題として指摘したのが、発注において設定される仕様書に「新たな条項」を追加する前記②の行為の違法性だった。

この点について、一審判決は、

特定の業者にとって当該入札を有利にし、又は、特定の業者にとって当該入札を不利にする目的をもって、現にそのような効果を生じさせ得る仕様書の条項が作成されたのであれば、当該条項が調達の目的達成に不可欠であるという事情のない限り、官製談合防止法違反の「公の入札等の公正を害する行為」に該当する

と判示していた。

それに対して、楠意見書では、

おおよそあらゆる公共調達において何らかの調達対象について有利・不利があるのであって、これを問題視してしまえば、多くの公共調達が機能不全に陥ってしまう。重要なのは競争性の制約に見合った条件の設定なのか、という点であって、有利・不利の存在それ自体ではない

との意見であり、この見解を前提にすれば、一審判決の法令解釈が誤っており、②の事実が無罪であることは明らかだった。

検察官は、最終弁論すら放棄した

この楠意見書への検察官の対応は、混乱・迷走そのものだった。

検察官は、第1回公判期日で、楠意見書の取調べに「同意」した上、ほぼ全体について「信用性を争う」などとし、「意見書とは意見・見解を異にするという趣旨だ」と釈明したが、検察官は、その「異なる見解」の内容は全く明らかにしなかった。

第2回公判期日での最終弁論で、弁護人は、このような検察官の対応について、「本件に関する検察官の主張は、完全に破綻・崩壊していると言わざるを得ず、それにより、検察官の法令解釈に全面的に依拠する原判決の法令解釈の誤りも明白になった」と指摘し、起訴された事実のうち2つについては無罪、残り一つについても、「本来、刑事事件として立件されるような事件では全くなく、立件されたとしても、起訴猶予とされるのが当然であって、検察官が訴追裁量を誤り、起訴した本件に対する被告人桑田の量刑としては、少額の罰金刑が相当であることは明らかであり、罰金刑の執行猶予とすべき」と主張して、最終弁論を締めくくった。

検察官は、楠意見書に対しても、弁護人の主張に対しても、具体的な反論を全く行わず、上記のような弁護人の最終弁論に対しても、検察官弁論をせず、反論を全く行わなかった(【前掲記事】)。

控訴審判決の注目点

控訴審判決で、まず、注目されるのは、量刑だ。

一審判決は、懲役2年執行猶予4年を言い渡した。これに対して、弁護人は、①については、適切に事案が評価されれば起訴猶予相当の事件であることから、少額の罰金刑の執行猶予とすることを求めた。控訴審判決で懲役刑が維持されるのか、罰金に変更されるのかどうかが、まず注目点だ。

もし、一審判決の懲役刑の量刑が見直され、罰金刑とされた場合には、特捜部が独自捜査で刑事立件して公判請求した事件では異例の事態となる。事件の評価が根本的に誤っているとの主張が裁判所に認められたことになる

社会的な影響という面で重要なのは、上記②の行為について、一審の有罪判断が覆されるか否かである。

これに関しては、「当該条項が調達の目的達成に不可欠であるという事情のない限り」違法となるという一審判決の判断について、それが誤っていることを、控訴趣意書でも、その後の弁護人の主張・立証でも、強く主張してきた。契約の目的実現のために、契約条件が適切に設定されるよう「当然の努力」を行うことが、官製談合防止法違反の犯罪に問われるとすると、公共調達に関する官公庁・自治体の職員全体に、重大な影響を与えることになりかねない。

この点について原判決の見解が誤っていることを明確に指摘した楠教授の意見書の見解が、控訴審判決でどのように取り扱われるのか。桑田氏個人のみならず、社会全体に対しても、極めて重要な司法判断となる。

 

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