「女帝 小池百合子」、都知事選を「カイロ大卒」で“強行突破”できるか

ノンフィクション作家石井妙子氏の【女帝 小池百合子】(文芸春秋)が出版された。これまでも、多くの著名人の人物評伝などを執筆し、多数のノンフィクション賞を受賞してきた著者による渾身の著作である。小池氏の生い立ちから、虚言に塗り固められた「実像」を、多くの関係者の証言に基づいて詳細に明らかにし、そのような人物を「首都東京の知事で、総理大臣をも狙う政治家」にしてしまった日本の社会の歪みを鮮やかに描いた同書は、7月の都知事選挙で確実視される小池氏再選に向けての「強烈な一撃」になる可能性がある。

都知事選直前に再び注目される小池氏「学歴詐称」疑惑

「希望の党」騒ぎ以降、小池氏には、あまり目立った動きが見られなかった。しかし、東京五輪の開催延期が決まった今年3月下旬になって、「ロックダウン」「オーバーシュート」等の言葉を用いて新型コロナ感染の危機感を煽る「小池劇場」にマスコミの注目を集中させ、人気が急上昇している。7月に予定される都知事選では、既に自民党は対抗馬擁立を見送っており、小池氏の圧勝が予想されている。

そうした状況の中で、石井氏の著書では、カイロで同居していた女性の詳細な証言も含め、多くの根拠が示され、小池氏の華々しい経歴と地位の原点となった「カイロ大学卒業」の学歴が虚偽であることが明らかにされている。

私も、小池氏については、都知事就任直後から、多くのブログ記事や片山善博氏との対談本(【偽りの「都民ファースト」】ワック:2017)等で、その政治姿勢を厳しく批判してきた。

小池都政(小池劇場)については、都知事就任後の小池氏が「豊洲市場移転延期」等で人気の絶頂にあった2016年11月、「炎上」覚悟で出した【小池都知事「豊洲市場問題対応」をコンプライアンス的に考える】から、2017年7月の【“自民歴史的惨敗”の副産物「小池王国」の重大な危険 ~代表辞任は「都民への裏切り」】まで7本の記事を出し、さらに、2017年の衆院選に際して、小池氏が「希望の党」を設立して国政に進出しようとした動きについて、【希望の党は反安倍の受け皿としての「壮大な空箱」】などと、それがいかに「空虚」なものかを指摘した。また、衆院選挙後の2017年10月の【平成「緑のタヌキ」の変 ~衆院選で起きた“民意と選挙結果とのかい離”】から同年11月の【“幻”に終わった「党規約による小池氏独裁」の企み】までの4本の記事では、衆議院選に向けて野党議員を手玉にとった小池氏の欺瞞性を指摘した。

私が、これらの記事で小池批判を続けていたこともあり、昨年5月には、石井妙子氏からも取材を受け、政治家としての小池氏や小池都政などについての私の考えを話した。この際、石井氏は、「小池氏がカイロ大学を卒業していないことは絶対に間違いない。しかし、いつも上手く誤魔化して逃げてしまう」ともどかしそうに言っていた。そういう石井氏のたゆまぬ取材の結果が、今回の著書で結実したものだ。

黒木亮氏の緻密な取材による「学歴詐称」の指摘

さらに、作家の黒木亮氏が、5月29日に、【再燃する小池百合子の「学歴詐称」疑惑…首席も、卒業すらも嘘なのか】、翌 30日の【カイロ大学の深い闇…小池百合子が卒業証書を「出せない」理由】の各ネット記事(現代ビジネスオンライン)では、3月都議会での「学歴詐称疑惑」に関する小池氏の答弁の矛盾・混乱を取り上げ、カイロ大学を含むエジプトの国立大学では、以前から不正な卒業証書の発行が行われてきた実態を踏まえて、

小池氏が卒業証書類の提出を頑なに拒む態度、1年目に落第しながら4年で卒業したという自著の矛盾した記述、『お使い』レベルのアラビア語、卒論に関する事実に反する議会答弁、当時を知る複数の日本人の証言と矛盾する入学年などに照らせば、小池氏がカイロ大学を正規のルートで卒業したと信じるのは到底無理

と結論づけている。

2013年、裁判官の世界を描いた黒木氏の小説「法服の王国」が出版された際には、経済雑誌に同書の書評を書いた。フィクションとされてはいるが、現職裁判官を含めた多数の関係者からの取材、膨大な参考文献に基づき、人事を含めた裁判所組織の内実や裁判官個人の考え方、生き方の実相を克明に描いた同書は、ノンフィクション作家としての黒木氏の取材力、表現力が圧倒的なリアリティにつながっていた。

小池氏は、これまで、自身の学歴詐称疑惑に関して、ほとんど説明らしい説明をせず、「卒業証書も卒業証明書もある。カイロ大学も卒業を認めている」と言い続けてきたが、卒業証明書と卒業証書の提出は頑なに拒否してきた。今回、石井妙子氏と黒木亮氏という二人の実力作家の著述によって、「小池百合子氏にカイロ大学を正規に卒業した事実がないこと」は、ほぼ疑いの余地がないほど明白な事実になったと言えよう。

小池氏は本当に都知事選挙に出馬するのか

6月18日告示、7月5日投票が予定されている東京都知事選挙、小池氏は、現時点(6月2日)では、出馬表明をしていないが、立候補すれば圧勝すると予想されている。

これまで、国政選挙・都知事選挙で、小池氏は「カイロ大学卒業」と繰り返し記載してきた。「カイロ大学卒」の学歴が虚偽である疑いが、石井氏の著書、黒木氏のネット記事で、改めて指摘されている中、疑問に答えることなく、これまでどおり・選挙公報の経歴欄に「カイロ大学卒」と堂々と記載することができるのだろうか。

しかし、それを記載しないで、「正直」に、「カイロ大学中退」などと記載した場合、それまで、「カイロ大学卒業」としてきたことの虚偽性を認めることになる。小池氏にとって、それは政治生命の終焉を意味する。

小池氏にとっての選択肢は、何らかの理由を付けて再選出馬を断念するか、立候補し、従前どおり「カイロ大学卒業」の学歴を選挙公報に記載して都知事選「強行突破」を図るかの、いずれかである。

小池氏にとっての「カイロ大学卒業」の意味

カイロ大学を卒業したかどうかは、40年以上前のことであり、現在の都知事としての評価に影響するものではないと思う人もいるかもしれない。政治家と学歴の関係について言えば、確かに、田中角栄氏のように、尋常高等小学校卒業でも、傑出した政治家の才能を発揮した人物もいるのであり、一般的には、学歴は政治家の実力には必ずしも結びつかないと言えるであろう。

しかし、「小池百合子」という政治家にとっての「カイロ大学卒業」という学歴は、単なる遠い過去の出来事としての経歴の一つではない。石井氏が著書で明らかにしているように、小池氏は、「カイロ大学卒業」に関して嘘を重ね、その嘘を利用して今の地位や名声を手にしてきたのであり、まさに、「女帝 小池百合子」という「存在」そのものの原点が「カイロ大学卒業」なのである。

小池氏が、都知事選挙に出馬して「強行突破」を図った場合、当選したとしても、選挙公報への「カイロ大学卒業」の学歴詐称の公選法違反(虚偽事項公表罪)で告発される可能性が高い。

告発は、東京都の警察である「警視庁」ではなく、「東京地検特捜部」宛てに行われるであろう。その場合、小池氏の刑事処分はどうなるだろうか。

過去の虚偽事項公表罪の事例

まず、過去の虚偽事項公表罪での刑事事件の事例を見てみよう。

処罰された事例として、1992年の参院選愛知選挙区で当選した新間正次議員(当時民社党)が、虚偽事項公表罪で起訴され、禁錮6月、執行猶予4年の判決が確定、失職したケースがある。

この事件で問題にされた「虚偽事項公表」は、(1)選挙公報等で、入学していない「明治大」を「中退」と公表した行為、(2)政談演説会において、約700名の聴衆に対し、その事実がないのに「中学生当時公費の留学生に選ばれ、スイスで半年間ボランティアの勉強をした」旨演説した行為の二つであったが、(2)については、名古屋高裁判決は、

公職選挙法235条1項について、「選挙人が誰に投票すべきかを公正に判断し得るためには、候補者について正しい判断資料が提供されることが必要」との趣旨に出ているから、ここでいう経歴とは「候補者が過去に経験した事項であって、選挙人の投票に関する公正な判断に影響を及ぼす可能性のあるものをいう」とした上で、被告人の演説内容は、「極めて異例の経験であり、高い社会的評価を受ける候補者の行動歴、体験というべきもので、福祉政策の重視を訴える候補者である被告人の実績、能力などを有権者に強く印象づけるものであり、選挙人の公正な判断に影響を及ぼす可能性がある」から、右経歴に該当する

旨判示し、最高裁はその判断を是認した。

この事件では、40年以上も前の留学歴についての発言も虚偽事項公表とされ、裁判所は「選挙人の公正な判断に影響を及ぼす可能性がある」と判断しているのである。

一方、2003年の衆議院議員選挙で、当時の自民党幹事長で現職副総裁の山崎拓氏を破り、衆議院議員に当選した古賀潤一郎氏は、その後、海外の大学卒業の「学歴詐称」の事実が判明したが、最終的には「起訴猶予」となり、処罰を免れた。

古賀氏については、「ペパーダイン大学卒業」としていた経歴が偽りではないかとの疑惑が浮上し、当初は「弁護士を通じて卒業証書を受け取ったが、紛失し、弁護士の名前も忘れた」などと弁明をしていたが、大学側が「古賀は卒業していない」と発表したことで窮地に追い込まれた。その後、翌年2月に、公選法違反(虚偽事項公表罪)で福岡県警に告発があり、福岡県警の捜査員や福岡地検の検事らが渡米し、米司法当局の大学関係者への事情聴取に立ち会うなどして、古賀氏が単位不足でペパーダイン大を卒業していなかったことを確認した(共同:2004年8月12日)。古賀氏は、2004年9月24日に辞職願を出し、辞職が承認され、翌月、起訴猶予処分となった。

この事例で古賀氏が起訴猶予処分となったのは、議員辞職し、政界からの引退を表明したことが考慮されたのであり、いずれにしても、公職選挙において学歴詐称の虚偽事項公表の事実が明らかになれば、公職の地位にとどまることはできない。

虚偽事項公表罪で告発されればどうなる?

小池氏が都知事選挙で当選した後、虚偽事項公表罪で東京地検特捜部に告発された場合、「検察も都民に選挙で選ばれた都知事を、経歴詐称ぐらいのことでその座から引きずり下ろすことはしないだろう。何らかの理由を付けて不起訴にするだろう」と考える人もいるかもしれないが、黒川検事長定年延長問題、「賭け麻雀」による辞職などで、信頼を失墜している検察の現状を考えれば、都知事の政治的立場などに配慮することなく、検察捜査は、法と証拠に基づき厳正に行われることは間違いない。起訴に向けて全力で捜査に当たり、「東京地検特捜部」VS「女帝小池百合子」の真剣勝負になる。

虚偽事項公表罪は「故意犯」である。本人が、当選を得るために虚偽の事実を公表することを認識して行わなければ犯罪は成立しない。古賀潤一郎氏の場合には、選挙で当選した後に、「学歴詐称」疑惑が表面化し、本人は「卒業したと認識していた」と弁解したことで、その認識の有無が最大の問題になった。

しかし、小池氏の場合、「カイロ大学卒業」は、政治家としての経歴として、自己アピールの核心としてきたものであり、それが真実であるかどうか認識していないはずはない。しかも、「学歴詐称」疑惑が再三にわたって取沙汰され、3月都議会でも、複数の自民党議員から追及を受けている。3か月後の都知事選挙の選挙公報に「カイロ大学卒業」と記載するのであれば、「卒業したと認識していた」などという弁解は通らない。過去に、テレビ番組で極めて不十分な形で「卒業証明書」を示したことがある。その卒業証明書をどのように入手したのかによって、卒業の事実の有無は明らかになる。「卒業したと思っていた」というような弁解はあり得ない。

小池氏は、従前どおり、「カイロ大学は何度も自分の卒業を認めている」と主張するのであろうが、この点については、黒木氏は、【上記記事】で、以下のように指摘している。

同大学文学部日本語学科長のアーデル・アミン・サーレハ教授が、最近、ジャーナリストの山田敏弘氏の取材に対し「(小池氏は)1年時にアラビア語を落としているようだが補習でクリアしている」と回答したり、同じく石井妙子氏の質問に対して「確かに小池氏は1976年に卒業している。1972年、1年生の時にアラビア語を落としているが、4年生のときに同科目をパスしている」と回答した程度だ(なぜ学部長や学生部長や社会学科長ではなく、担当外の日本語学科長が回答するのか不思議ではある)。

刑事事件の捜査になれば、古賀潤一郎氏の事件で米国に検事が派遣されたのと同様に、検事がエジプトに派遣されて司法当局の大学関係者への事情聴取に立ち会うという「海外捜査」が検討されるであろう。それが実現すれば、「カイロ大学卒業の事実があったのか、なかったのか」という客観的事実が明らかになる可能性が高い。

もし、エジプトでの海外捜査ができなくても、石井氏の著書に登場する小池氏のカイロ時代の同居人の女性の証言の中に、カイロ大学卒業を否定する事実が多数あることに加え、黒木氏が指摘するように、小池氏の著書での記述や発言に重大な矛盾があることなど、小池氏の取調べでの追及ネタには事欠かない。

そもそも、刑事事件になれば、小池氏が、頑なに提示を拒否してきた卒業証明書と卒業証書も提出せざるを得ない。捜査によって、その「真贋」は容易に明らかになるだろう。

小池氏の説明を疑う証拠は豊富だ。小池氏が、敢えて都知事選に立候補し、「カイロ大学卒業」で強行突破しようとしても、刑事事件の捜査で、真実が明らかになる可能性が高い。この程度の小池氏の弁解が覆せず起訴できないというのであれば、「東京地検特捜部」の看板は下ろした方がましだということになる。

告示の半月前になっても、いまだに出馬表明しないのは、小池氏も、さすがに、立候補した場合の虚偽事項公表罪のリスクを認識し、進退の判断に悩んでいるのかもしれない。

小池氏は、これまで、幾度となく「カイロ大学卒業」の学歴詐称の疑いが指摘されても、巧妙にはぐらかしてきた。しかし、今回は、そうはいかない。石井氏が詳細に明らかにしたように、嘘で塗り固め、築き上げてきた政治家としての地位が、今、正念場を迎えている。

 

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黒川検事長辞職で、「定年延長」閣議決定取消しは不可避か

 東京高等検察庁の黒川弘務検事長が緊急事態宣言中に新聞社の社員らと賭けマージャンをしていたことが週刊文春で報じられたことを受け、黒川氏に対する批判が高まっており、辞任は避けられない情勢となっている。

 検事長の任命権は内閣にあるが(検察庁法15条1項)、「検察官の身分保障」があり、「その職務を執るに適しない」との検察適格審査会の議決がなければ検事長職を解任されることはない(検察庁法23条)。

 もっとも、懲戒処分による場合は、その意思に反して、その官を失うこともある(25条)。人事権者である内閣は、懲戒処分を行うことができるが、人事院の「懲戒処分の指針について」では、「賭博をした職員は、減給又は戒告とする。」「常習として賭博をした職員は、停職とする」とされているので、今回の「賭けマージャン」での懲戒免職というのは考えにくい。

 黒川氏が辞職をするとすれば、自ら辞任を申し出て、任命権者である内閣が閣議で承認するという手続きによることになる。

 現在の黒川氏の東京高検検事長の職は、今年1月31日、国家公務員法第81条の3の

任命権者は、定年に達した職員が前条第1項の規定により退職すべきこととなる場合において、その職員の職務の特殊性又はその職員の職務の遂行上の特別の事情からみてその退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる十分な理由があるときは、同項の規定にかかわらず、その職員に係る定年退職日の翌日から起算して1年を超えない範囲内で期限を定め、その職員を当該職務に従事させるため引き続いて勤務させることができる。

との規定を根拠に、定年後の「勤務延長」を認める閣議決定が行われたことに基づくものだ。

 そして、森雅子法務大臣は、黒川検事長勤務延長に関して、国会で

東京高検検察庁の管内において遂行している重大かつ複雑困難事件の捜査公判に対応するため、黒川検事長の検察官としての豊富な経験知識等に基づく管内部下職員に対する指揮監督が不可欠であると判断したため

と答弁している。

 法務大臣が答弁したとおり、「黒川氏の退職により公務の運営に著しい支障が生ずる」のであれば、今回、「賭けマージャン問題」で黒川氏が辞任を申し出て、法務大臣がそれを承認した場合、退職により「公務の運営に著しい支障」が生ずることになる。東京高等検察庁検事長の「公務」というのは、国民の利害に関わる重大なものであり、その「公務に著しい支障」が生じるのは、看過できない重大な問題だ。「公務の運営への著しい支障」について、法務大臣は説明しなければならない。

 そもそも、この黒川氏の定年後の勤務延長を認める閣議決定については、【黒川検事長の定年後「勤務延長」には違法の疑い】で述べたように、検察庁法に違反し違法であることを指摘してきた。

 その後、その点について、国会で厳しい追及が行われたが、【「検事長定年延長」森法相答弁は説明になっていない】で述べたように、黒川検事長の定年延長についての森法務大臣の答弁は、法律解釈としても疑問であり、実質的な理由も全く理解できないものだ。

 黒川検事長辞任を内閣が承認するということは、現時点で、「退職による公務の運営への著しい支障」はないと判断したことになるのであるから、「著しい支障がある」と判断した閣議決定が取り消されるのは当然だ。

 閣議決定の効力については、2013年7月2日に、第二次安倍内閣で行われた閣議決定で、

閣議決定の効力は、原則としてその後の内閣にも及ぶというのが従来からの取扱いとなっているが、憲法及び法律の範囲内において、新たな閣議決定により前の閣議決定に必要な変更等を行うことは可能である。

とされている。過去に、閣議決定が取り消された例を調べてみると、民主党政権時代の2011年6月、学術や産業で功績のあった人物や団体に国から贈られる褒章をめぐり、国土交通省が推薦した会社社長の男性の受章が、14日に閣議決定されながら、「ふさわしくない事態が判明した」として3日後の閣議で取り消された例がある。

 今回も、勤務延長を認めた閣議決定を取り消すことになるだろうが、その際、閣議決定取り消しが決定時に遡及するのか、取り消すまでは有効なのかが問題となる。「公務の運営への著しい支障」による勤務延長の必要性について、当初の判断は誤っていなかったが、現時点では異なる判断をしたというのであれば、その点についての内閣の説明が必要だ。その点について、合理的な説明がなければ、黒川氏の勤務延長は、閣議決定の取り消しにより決定の時点に遡って無効とならざるを得ないだろう。それによって、黒川検事長の指揮を受けて行われた高検検察官の職務の適法性にも重大な疑問が生じることになる。

 検事長は、国務大臣と同様に、内閣が任命し、天皇が認証する「認証官」だ。これまで、大臣の失言や不祥事で総理大臣の判断による「首のすげ替え」が簡単に行われてきたが、黒川検事長については、「退職により公務の運営に著しい支障が生ずる」として閣議決定によって「勤務延長」を行ったことによって、その検事長職が根拠づけられているのであり、大臣辞任の場合のように、安倍首相が「任命責任は総理大臣の私にある」と述べただけで済まされるような問題でない。

 黒川検事長の辞任は、安倍内閣に重大な責任を生じさせることになる。

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「検察庁法改正案」は最大のヤマ場、音喜多議員の行動に注目

音喜多駿氏とは、彼が都議だった時代にテレビ番組の収録で知り合い、豊洲市場移転問題などについて、よく連絡を取り合っていた。その後、小池都知事を支援し小池都政誕生に貢献した彼は、その後小池批判に転じ、私と、めざす方向性が一致した。彼が、小池都知事と都民ファーストから訣別した時、「熱烈歓迎」とツイートでエールを送り、激励の小宴も開いた。その後、「日本維新の会」の国会議員になった彼とは直接話す機会はなかったが、彼の活動ぶりは、ネット等で概ね把握していた。

検察庁改正法案についても、ブログ記事を見る限り、音喜多氏は問題の所在を十分に理解しているように思えた。彼の所属する維新の会が、法案に賛成の方向と報じられていたので、彼が国会議員として責任ある行動がとれるかどうか、覚悟が試されることになると思っていた。そうしたところに、昨夜(5月17日)、Choose Life Projectのネット討論番組に、共に参加することになった。

#検察庁法改正案に抗議します で拡がった、何十万、何百万という国民の声から、私自身が圧倒的パワーを感じとっていた。そのパワーを、ネット討論を通して、何とか、音喜多氏に注入し、彼の国会での勇気ある行動につなげることができればと思い、私なりに、気合を入れてネット討論に臨んだ。

最初は、言うことがふらついている感が否めなかった音喜多氏だったが、90分にわたるネット討論の中で、私の言いたいことを十分に受け止めてくれたように思う。

検察庁法改正法案の影響を受けたことが明らかな内閣支持率急落を受けて、今週の国会での検察庁法改正案をめぐる動きは最高のヤマ場を迎える。「野党」の「日本維新の会」の動きは、結構重要だ。音喜多氏は、どのような行動をとるのだろうか。国会議員としての矜恃を失わない行動に期待したい。

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「検察庁法改正」の基本的疑問に答える~検察は、政権の意向を一層「忖度」しかねない

「検察庁法改正案」が衆議院内閣委員会で審議入りしたことに対して、ネットで「#検察庁法改正案に抗議します」のハッシュタグで、900万件以上のツイートが行われ、多くの芸能人や文化人が抗議の声を上げ、元検事総長など検察OBが法案に反対する意見書を法務大臣に提出し記者会見するなど、国民の反対の声が大きく盛り上がった。

与党は、5月15日に強行採決の方針と報じられていたが、野党側から、武田良太担当大臣の不信任決議案が出され、審議は打切りとなった。18日からの週の国会での動きに注目が集まる。

国会審議に、多くの国民が関心を持ち、活発な議論が行われることは大変望ましいことだが、本来、多くの国民にはあまりなじみがない「検察庁法」の問題であるだけに、基本的な事項についての疑問が生じることが考えられる。

この法案の問題点については、【検察官定年延長法案が「絶対に許容できない」理由 #検察庁法改正案に抗議します】で詳しく述べたが、想定される基本的な疑問について、私なりに解説をしておきたいと思う。

検察について基本的な疑問に答える

まず、第1の疑問として、今回、検察官の定年延長の問題が「三権分立」が問題とされていることに関して、

安倍首相も言っているように、検察は行政機関でしょう。行政の内部の問題なのに、なぜ、立法・司法・行政の「三権分立」が問題になるの?

という疑問があり得るだろう。

それに対する端的な答は、

確かに、検察も法務省に属する行政機関です。しかし、検察官は、起訴する権限を独占しているなど、刑事訴訟法上強大な権限を持っており、検察が起訴した場合の有罪率は99%を超えます。したがって、検察の判断は事実上司法判断になると言ってもよいほどなので、そのような権限を持った検察は、単なる行政機関ではなく、「司法的機能を強く持つ機関」と言うべきなのです。ですから、内閣と検察の関係は、内閣と司法の関係の問題でもあるのです。

ということになろうかと思う。

そこで考えられる第2の疑問が、

検察に権限があると言っても、検察が起訴した場合は、間違っていれば裁判所が無罪判決を出すはず。検察の不起訴が間違っていれば、検察審査会が強制起訴の議決をする。だから、結局、検察がどう判断しようと結論に影響はないんじゃない?

という疑問だ。

この疑問には、刑事事件の捜査と処分の関係の理解が必要であり、以下のような説明が可能だ。

検察官は、単に、刑事事件について起訴・不起訴を判断するだけではありません。検察官自ら取調べや他の証拠収集をした上で、起訴・不起訴を判断するのです。特に、政治家・経済人などの事件が告発されたりして「特捜部」が捜査する場合、もともと告発状だけで、証拠はないわけです。検察が積極的に捜査して証拠を集めれば起訴して有罪に持ち込めますが、逆に、検察が、ろくに捜査しなかったり、不起訴にするために証拠を固めたりすれば、「不起訴にすべき事件」になります。検察の不起訴処分に対して検察審査会に申立てをしても、証拠がないのだから「起訴相当」にはなりません。せいぜい「不起訴不当」が出るだけです。その場合は、検察が再び不起訴にすれば、事件は決着します。

それに対して、次のような第3の疑問を持つ人もいるだろう。

検察の捜査や処分に対して、政治的な圧力をかけようとしても、そもそも内閣には、検察官を解任する権限がないわけだから、検察の判断に介入することはできないんじゃない?内閣の判断で定年延長ができてもできなくても変わらないんじゃない?

その点に関しては、検察も「官僚組織」であり、組織内で、上位の権力者に対する「忖度」が働くということが重要だ。次のような答になるだろう。

検察も、法務省内に属する官僚組織です。法務省に人事権があるわけですから、どうしても、内閣側の意向が法務省を通じて検察に伝わり、それを「忖度」して、捜査や処分するということはあり得ます。それがどれだけ強く作用するかは、法務省幹部の考え方や姿勢によりますし、それを検察側でどう受け止めるかは検察幹部によります。法務省幹部が、内閣側の意向に基づいて、検察幹部に事件の捜査・処分について要請をすれば、後は、検察幹部の受け止め方次第ということになります。

この第2の疑問第3の疑問については、実例で説明しないとピンと来ないかもしれない。そこで、過去の事例の中から、解りやすい事例を挙げよう。

甘利明氏に関するあっせん利得罪の事件

まず、第2の疑問に関して、検察官が告訴告発を受けた場合の「不起訴処分」に至るプロセスとして典型的なのは、甘利明氏のあっせん利得罪の事件だ。

私は、この事件が週刊文春の記事で報じられた際に、あっせん利得罪が成立する可能性があるとコメントし、その後、詳細がわかった段階で「絵に描いたようなあっせん利得罪の事件」と述べ、2016年2月24日に衆議院予算委員会の中央公聴会で公述人として、「独立行政法人のコンプライアンス」を中心に意見を述べた際にも、この甘利氏の事件にも言及し、同様の見解を述べた(【独法URのコンプライアンスの視点から見た甘利問題】)。

この事件が、その後、告発が行われ、刑事事件としてどのような経過をたどったのか、甘利氏がどう対応したのかは、(【甘利氏「石破氏への苦言」への”国民的違和感”】)で総括して述べている。検察の捜査と不起訴処分の意味を理解するための典型事例なので、是非お読み頂きたい。

要するに、この事件では、甘利氏本人や秘書に多額の現金が渡ったことは明らかで、甘利氏自身もそれを認めて大臣を辞任していた。あっせん利得罪の刑事事件としてポイントとなるのは、甘利氏にURに対する「議員としての権限に基づく影響力」が認められるかであったが、URに関連のある閣僚ポストも経験した与党の有力議員としての甘利氏とURとの関係が、「議員としての権限に基づく影響力」の背景になっていると見ることが可能であり、甘利氏本人と秘書がS社側から多額の金銭を受領した事実を認めているのであるから、「議員の権限に基づく影響力を行使した」あっせん利得罪が成立する可能性は十分にある事案だった。

ところが、弁護士団体の告発を受けて、東京地検特捜部が、この事件の捜査を行ったものの、UR側への家宅捜索を形だけ行っただけで、肝心の甘利氏の事務所への強制捜査も、秘書の逮捕等の本格的な捜査は行われることなく、国会の会期終了の前日の5月31日、甘利氏と元秘書2人を不起訴処分(嫌疑不十分)とした。その際、「起訴できない理由」に関して「検察の非公式説明」がマスコミで報じられたが、全く不合理極まりないものだった。

その後、検察審査会への審査申立の結果「不起訴不当」の議決が出されたことからも、「国民の目」からも到底納得できないものだったことは明らかだったが、検察は再捜査の結果、再度、強引に不起訴とした。しかも、国会閉会の前日に、公訴時効までまだ十分に期間がある容疑事実についても、丸ごと不起訴にしてしまうなど、方針は最初から決まっていて、不起訴のスケジュールについて、政治的配慮したとしか思えなかった。

検察審査会の議決を受けての検察の再捜査では、元秘書と建設業者の総務担当者とのやりとりが、同法の構成要件である「国会議員の権限に基づく影響力の行使」に当たるかどうかを改めて検討。審査会は「言うことを聞かないと国会で取り上げる」と言うなどの典型例でなくても「影響力の行使」を認めうると指摘していたが、特捜部は「総合的に判断して構成要件に当たらない」と結論づけたとのことだ(2016年8月16日日付け朝日)。

この事件で、大臣室で業者から現金を受け取ったことを認めて大臣を辞任した後、「睡眠障害」の診断書を提出して、4ヵ月にもわたって国会を欠席していた甘利氏は、この不起訴処分を受けて、「不起訴という判断をいただき、私の件はこれで決着した」と記者団に述べ、政治活動を本格的に再開する意向を示した。

この事件での検察の捜査・処分は、最初から、事件をつぶす方針で臨み、ろくに捜査しなかったり、不起訴にするために証拠を固めたりして不起訴にした典型的な例だ。当初の検察の不起訴処分は、「議員の権限に基づく影響力を行使した」とは言えないという点で、捜査が尽くされておらず、素人の検察審査会からも「不起訴が不当」とされたのだが、如何せん、捜査不十分なままでは「起訴相当」とは言えない、「もっと捜査を尽くすべきだ」ということで「不起訴不当」との議決が出たが、それを受けた再捜査をした上で、不起訴処分をされてしまうと、それで刑事処分は決着してしまうのだ。

この事件では、検察の不起訴処分が、その対象とされた人物に犯罪の嫌疑を否定することの有力な根拠を与えたのであるが、それと同様のパターンになったのが、ジャーナリストの伊藤詩織氏が、安倍首相と親しいと言われる山口敬之氏を準強姦で告訴した事件である。検察は、警察から送付した事件を不起訴(嫌疑不十分)にした。これを受けて山口氏が、「検察の判断によって潔白が明らかになった」と堂々と主張した。しかし、その後、伊藤氏が起こした民事訴訟で、山口氏は一審で不法行為責任が認定されている。

黒川官房長の「応答」

実は、甘利氏の事件の関係では、私は、事件が表面化した当初から、当時、法務省官房長を務めていた黒川氏と頻繁に携帯電話で連絡をとっていた。私は、黒川氏とは検事任官同期で、個人的に付き合いもあった。大阪地検の証拠改ざん問題等の不祥事を受けて法務省に設置された「検察の在り方検討会議」で、私が委員の一人として、黒川氏が事務局だったこともあり、話をする機会が多かった。それ以降、折に触れて、連絡を取り合っていた。

この甘利氏の事件は、私は、検察不祥事で信頼を失った検察が、名誉回復を図る格好の事件だと思い、まさに、検察に、事件の組み立て、法律構成を指導し、エールを送るつもりで、事件に関するブログ記事を頻繁に発信していた。そして、黒川氏にも、電話で、私の事件に対する見方を伝え、「ブログに詳しく書いているから、読んでおいてくれ」と言っていた。黒川氏は「わかった。わかった。しっかりやらせるから」と、私の言うことを理解しているような素振りだった。

一連のブログの中に、検察がURの事務所に対して捜索を行ったことが報じられた直後に書いた【甘利問題、「政治的向かい風」の中で強制捜査着手を決断した検察】という記事がある。結果的には、「告発を受けて捜査をせざるを得ない立場の検察が「ガス抜き」のためにやっているのではないか、という見方」が正しかったわけだが、このブログ記事で、私は、

「政治的な強い向かい風」の中での強制捜査に着手にした東京地検特捜部の決断に、まずは敬意を表したい。そして、今後、事件の真相解明に向け、幾多の困難を乗り越えて捜査が遂行されていくことを強く期待したい。

などと肯定的に評価し、期待を表明している。

それは、URへの強制捜査のニュースを見て、すぐに、黒川氏に電話をしたところ、「取りあえずはここまでだけど、今後もしっかりやらせる」というような「前向き」の話だったからである。この時に限らず、私が黒川氏に電話して具体的事件のことを話した際、「自分は官房長なので、具体的事件のことには関知しない」などと言ったことは一度もない。ひょっとすると、私には「前向き」のことを言う一方で、自民党や官邸サイドには、真逆のことを言っていたのかもしれない。

実際に、この事件に関して黒川氏が法務・検察の内部でどのように動いたのかは知る由もない。しかし、彼の言葉が、私を含めた「検察外部者」に、「検察の捜査・処分を、希望する方向に向けてくれるのではないか」との期待を抱かせる効果を持っていたことは確かなのである。

緒方重威元検事長の逮捕・起訴と「官邸の意向への『忖度』」

そこで、検察の組織内で上位の権力者に対する「忖度」が働くのか、という第3の疑問である。「すべての事件を法と証拠に基づき適切に処理している」というのは建前であり、実際には、「忖度」が働くものであることを当事者が著書で明らかにした事件がある。

2007年に、元広島高検検事長・公安調査庁長官の緒方重威氏が、朝鮮総連本部の所有権移転をめぐる詐欺事件で、東京地検特捜部に逮捕・起訴された。緒方氏は、著書「公安検察」(講談社)で、次のように述べている。

当時首相の座にあった安倍晋三氏は、拉致問題をめぐる強硬姿勢を最大の足がかりとして宰相の地位を射止め、経済制裁などによって北朝鮮への圧力を強めていた。

時の政権の意向が法務・検察の動向に影響を及ぼすことは、多かれ少なかれあるだろう。当事者として検察に奉職していた私もそれは理解できる。だが、今回の事件では、「詐欺の被害者」とされる朝鮮総連側が「騙されていない」と訴えている。強引に被害者を設定して私を詐欺容疑で逮捕、起訴するという捜査の裏側に、官邸の意向が色濃く反映したことは疑いようがない。まして私には、独自のチャンネルによって官邸周辺の情報が入ってくる。法律の知識がある人間なら誰もが耳を疑うような捜査に検察を突き進ませた大きな要因は、官邸と、その意向を忖度した検察の政治的意思であった。

五三歳という若さで政権の座を射止めた安倍首相は、北朝鮮に対する強硬姿勢を最大の求心力とし、政権発足後も北朝鮮に関しては圧力一本槍の姿勢を鮮明にして人気を集めていた。当然のことながら、内政に関しても朝鮮総連に対して徹底的に厳しい態度で臨んでいた。

そこに元検事長であり、公安調査庁の長官まで務めた私が登場し、まるで朝鮮総連の窮状に救いの手を差し伸べるかのような振る舞いに出た。これが明るみに出たため、安倍首相と官邸、さらには与党・自民党が激怒し、法務・検察は何としても自力で私を”除去”しなければならない必要性に迫られたのだ。それが実行できなかった場合、批判の矛先は法務・検察に向けられかねない。

だから法務・検察は、東京地検特捜部まで動員して、徹底して荒唐無稽な容疑事実をつくりあげてでも、私たちを詐欺容疑で逮捕しなければならなかったのである。

緒方氏は、元高検検事長であり、検察の組織内での捜査・処分の実情を知り尽くしている。その緒方氏が、「時の政権の意向が法務・検察の動向に影響を及ぼすことは多かれ少なかれあるだろう」と述べた上、検事長まで務めた緒方氏を検察が逮捕起訴した「大きな要因」が、「官邸の意向を忖度したこと」にあったと述べている。

同じ安倍政権下だが、当時の「第一次安倍政権」は、比較的短命で終わり、少なくとも「安倍一強」と言われる現政権ほどには政治権力は集中していなかった。しかし、当時でさえ、検察は、「官邸の意向を忖度して」検察幹部を詐欺罪で逮捕するに至ったというのである。

もちろん、逮捕・起訴された当事者の言うことなので、すべて額面どおりに受け止めることはできないかもしれない。しかし、やはり、この事件の経過を見ると、通常、被害者側も処罰を望んでいるわけでもないのに、詐欺罪で立件する事件とは思えない。

検察の「忖度」は、積極的に逮捕・起訴する方向にも働く

政治の意向への「忖度」が、検察の捜査・処分に影響を与える余地は、「事件をつぶす」という方向だけではなく、「人を逮捕・起訴する」という「積極的な方向」にも働くということを示しているものと言える。

「内閣が検察幹部の任命権を持っている」と言っても、一度任命してしまえば、その検察幹部を辞めさせることはできない。これまでは、その職の終期は「年齢」という極めて客観的な事実によって決まっていた。それが、今回の検察庁法改正で、内閣の判断による検察幹部の定年延長ができるようになると、検察幹部の任期の「終期」を決められることになる。安倍内閣が、内閣人事局の設置によって他の官庁の幹部の任免を自由に決定できるのと同じような関係が、検察との関係にも事実上持ち込まれることになる。

それは、政権への「忖度」が、検察の「暴走」につながってしまう危険もはらんでいるのである。

 

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逮捕許諾請求で、検察庁法改正案審議に重大な影響も~重大局面を迎えた河井前法相に対する検察捜査

 共同通信が、今朝、「検察当局が公選法違反(買収)の疑いで河井克行氏を立件する方針を固めた」と報じている。自民党の河井案里参院議員が初当選した昨年7月の参院選をめぐり、夫で前法相の克行衆院議員が地元議員らに現金を配ったとして捜査が進められており、連休中には任意で河井夫妻の事情聴取が行われたと報じられていた。

 「方針を固めた」ということは、最高検も含めて検討した結果、公選法の買収罪の罰則適用が可能との判断に至ったということだろう。

 問題は、国会会期中に議員を逮捕する場合に必要な「逮捕許諾請求」を行うか否かだ。

 県政界の有力者に多額の金銭がわたったとされているので、金銭を受領した側だけ逮捕というのも考えにくく、通常であれば、供与した側、受領した側双方を逮捕する可能性が高い。

 しかし、金銭授受が選挙公示日の3か月程度前であり、従来であれば、(政治活動としての「地盤培養行為」に関する資金提供と判断する余地があるため)公選法による罰則適用が行われてこなかった事案だ。しかも、原資が自民党本部からの1億5000万円の選挙資金である疑いがあるということもあり、許諾請求について審議する両院の議院運営委員会では、自民党側から異論が出て大荒れになる可能性がある。

 しかし、これまで、このような選挙に関する不透明な金の流れが、公選法違反の摘発の対象外であったこと自体が問題なのであり、それが、選挙資金をめぐる不透明性の原因となってきたことは否定できない。今回の事件に対する検察の積極姿勢の「正義」は揺るがないだろう。

 現在、法務大臣も出席しない内閣委員会で審議が行われている「検察庁法改正案」は、検察最高幹部の定年延長を内閣の判断で認めることで、内閣が検察に介入する可能性が指摘されている。

 このような状況で、1億5000万円の選挙資金提供に関わった疑いが指摘されている自民党側が、逮捕許諾請求を拒否して検察捜査を妨害すればするほど、政治の力で検察捜査が封じ込められることが印象付けられることになり、検察庁法改正案の審議にも重大な影響を与える。まさに「検察庁法改正」の「実害」が明らかになるということだ。

 【河井前法相「逆転の一手」は、「選挙収支全面公開」での安倍陣営“敵中突破”】で詳細に述べたように、ここで絶体絶命の状況に追い込まれた克行氏が、政治家としての生命を保つ「唯一の方法」は、公職選挙法に基づいて提出されている選挙運動費用収支報告書の記載を訂正し、県政界の有力者に現金を供与したことを含め、選挙資金の収支を全面的に明らかにすることだ。選挙に関する支出である以上、違法な支出も記載義務があることは言うまでもない。

 そして、記者会見を開くなどして、自民党本部から1億5000万円の選挙資金の提供を受けたことについて、その経緯・党本部側からの理由の説明の内容・使途など、それが現金買収の資金とどのような関係にあるのかについて、すべて包み隠すことなく説明するべきだ。

 国政選挙である参議院議員選挙において、急遽立候補することにした河井案里氏を当選させるために巨額の資金が飛び交ったという「金まみれ選挙」、その資金は自民党本部から提供されたもので、そこに、安倍晋三自民党総裁の意向が働いている疑いがあるという、日本の政治と選挙をめぐる極めて重大な事件だ。

 選挙に関する金銭の配布が、どこからどのように得た資金によって、どういう目的で誰に対して行われたのか、国民にすべてが明らかにされなければならない。

 それを、「国会議員の逮捕」という検察の強制捜査に委ねることになるのか、前法務大臣として自らの説明責任を果たすのか、克行氏にとって残された時間は僅かだ。

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「検察官定年延長法案」は、不当極まりないだけでなく、必要性も全くない

5月8日に、反対する野党が欠席する中、自民党、公明党の与党と「疑似与党」の日本維新の会だけで、「検察庁法改正案」が強引に審議入りしたことに対して、ネットで「#検察庁法改正案に抗議します」のハッシュタグで、昨夜の段階で470万件ものツイートが行われるなど、国民が一斉に反発している。多くの芸能人や文化人が抗議の声を上げている。

今回の法案は、国家公務員法の改正と併せて、検察庁法を改正して、検事総長を除く検察官の定年を63歳から65歳に引き上げ、63歳になったら検事長・次長検事・検事正などの幹部には就けない役職定年制を導入するのに加えて、定年を迎えても、内閣や法相が必要と認めれば、最長で3年間、そのポストにとどまれるとするものだ。それによって、検察官についても、内閣が「公務の運営に著しい支障が生ずると認められる事由として内閣が定める事由がある」と認めるときは、定年前の職を占めたまま勤務させることができることになる。

これは、安倍内閣が、検察庁法に違反して、黒川検事長の定年延長を強行したことと同じことを、検察庁法上「合法に」行われるようにしようというものだ。これによって、違法な閣議決定が、その後の法改正によって事実上、正当化されることになる。

このような法案を、法務大臣も、法務省も関わらず、「内閣委員会」で審議をして、成立させようとしているのである。

このようなやり方は、検察庁法の立法趣旨に著しく反するものである。

検察庁法が定める検察官の職務と、検察庁の組織の性格は、一般の官庁とは異なる。一般の官公庁では、大臣の権限を各部局が分掌するという形で、権限が行使されるが、検察庁において、検察官は、担当する事件に関して、独立して事務を取り扱う立場にある一方で、検事総長・検事長・検事正には、各検察官に対する指揮監督権があり、各検察官の事務の引取移転権(部下が担当している事件に関する事務を自ら引き取って処理したり、他の検察官に割り替えたりできること)がある。それによって「検察官同一体の原則」が維持され、検察官が権限に基づいて行う刑事事件の処分・公判活動等について、検察全体としての統一性が図られている。

検察官の処分等について、主任検察官がその権限において行うとされる一方、上司の決裁による権限行使に対するチェックが行われており、事件の重大性によっては、主任検察官の権限行使が、主任検察官が所属する検察庁の上司だけでなく、管轄する高等検察庁や最高検察庁の了承の下に行われるようになっている。

少なくとも、検察官の職務については、常に上司が自ら引き取って処理したり、他の検察官に割り替えたりできるという意味で「属人的」なものではない。特定の職務が、特定の検察官個人の能力・識見に依存するということは、もともと予定されていないのである。

黒川弘務東京高検検事長の「閣議決定による定年延長」は、定年後の「勤務延長」を規定する現行の国家公務員法81条の3の「職員の職務の特殊性又はその職員の職務の遂行上の特別の事情からみてその退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる十分な理由があるとき」という規定に基づいて行われたものだが、検察庁という組織の性格上には、そのようなことが生じることは、もともと想定されていない。それを検察庁法の改正によって法律の明文で認めようとするのであれば、検察庁法が規定する検察官や検察庁の在り方自体について議論を行うのが当然であり、国会でそれを行うのであれば、「内閣委員会」ではなく、法務大臣が出席し、法務省の事務方が関わる「法務委員会」で審議すべきである。

これに対して、いわゆるネトウヨと呼ばれる安倍首相支持者の人達が、ネット上で必死の抵抗を試みている。高橋洋一氏は、以下のようなツイートで、この法案は、国家公務員一般の定年延長に関する国家公務員法の改正案であり、それに伴って、検察官の定年延長を制度化するのは当然であるかのように言って、法案を正当化しようとしている。

しかし、高橋氏が言う、「検察官だけが定年延長できないのは不当な差別」というのは、検察官の職務の実態を全く知らない的はずれの意見だ。

そもそも、検察官には、法曹資格が必要とされており、退職しても、能力があれば、弁護士として仕事をすることが可能だ。そして、それに加えて、法務省では、従来から、退官後の処遇を行ってきた。

検察庁法上、現在の検察官の定年は、検事総長が65歳、それ以外は63歳だが、実際には、検事正以下の一般の検察官の場合は、60歳前後で、いわゆる「肩叩き」が行われ、それに従って退官すると、「公証人」のポストが与えられる。公証人の収入は、勤務する公証人役場の所在地によるが、概ね2000万円程度の年収になる。そして、認証官である最高検の次長検事、高検の検事長の職を務めた場合には、63歳の定年近くまで勤務して退官し、この場合は公証人のポストが与えられることはないが、証券取引等監視委員会委員長など、過去に検事長経験者が就任することが慣例化しているポストもあるし、検事長経験者は、弁護士となった場合、大企業の社外役員等に就任する場合が多い。

検察官の退職後の処遇については、上記のような相当な処遇が行われているのであり、一般の公務員のように、定年後、年金受給までの生活に困ることは、まずない。

だからこそ、今回、国家公務員法改正での定年延長制度の導入に併せて、検察官の定年延長を根本的に変えてしまうのであれば、従来行われてきた検察官の退職後の処遇の在り方も根本的に見直すことになる。それを、違法な定年延長を行って批判を受けたからといって拙速に行い、しかも、その審議に、法務大臣も法務省の事務方も関わらないなどということは、全くあり得ないやり方だ。

検察官の退職後の処遇の現状からしても、検察官に定年延長を導入する必要性は全くない。それを、強引に導入しようとしているのは、安倍政権が、違法な黒川検事長定年延長を閣議決定して検事総長人事に介入しようとしたことを正当化するため、事後的に国会の意思に反していないことを示そうとしているとしか思えない。

それは、どんな不当・違法なことも、国会の多数の力さえあれば、あらゆるものが正当化できるという、安倍政権の傲慢さそのものである。

このような法改正は、絶対に認めてはならない。

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「選挙収支全面公開」での安倍陣営“敵中突破”が、河井前法相の唯一の「逆転の一手」

 河井案里氏(以下、「案里氏」)が当選した昨年7月の参院選をめぐり、案里氏及び河井克行前法相(以下、「克行氏」)の秘書らが公選法違反で逮捕・起訴された。

 それに続き、広島地検特別刑事部に東京地検特捜部等からの多数の応援を含めた「検察連合軍」による、克行氏自身の公選法違反の容疑での捜査が本格化している。

 3月下旬頃から、克行氏自身が、広島県内の首長や地方議員らに広く現金を渡した公選法違反(買収)の容疑で、50人を超える県政界関係者に対する任意聴取や、元広島市議会議長、元広島県議会議長などの広島県政界の有力者の関係先への家宅捜索などが行われている。直近では、4月28日に、広島県議会の議員控室にも家宅捜索を行うなど、捜査の勢いは止まるところを知らない。

 【河井前法相“本格捜査”で、安倍政権「倒壊」か】でも述べたように、これらの現金授受は、選挙の3か月前に行われたものであり、従来の検察実務からは、買収として起訴するハードルは高い。

 しかし、それは、旧来の公職選挙の実態を考慮して、買収で起訴する範囲を、選挙期間或いはその直近における「投票」又は「選挙運動」の対価として利益が供与されるものに限定してきたことによる。選挙期間直近以前のものは、政治活動としての「地盤培養行為」に関するものとして罰則の対象外としてきたのであり、起訴できないというのではなく、起訴してこなかっただけなのである。

 公選法の条文(221条1号)からすれば、克行氏の容疑である県政界有力者への現金供与は、「案里氏を当選させる目的」が認められる限り、検察が「敢えて」起訴した場合には有罪となる可能性が高い。

 安倍内閣が、閣議決定による違法な検事長定年延長で検察を支配下に収めようとしたことに対する検察組織内からの強烈な反発もあり、広島での検察捜査は、不退転の姿勢で行われている。従来、検察が公選法の適用に関して行ってきた「自己抑制」は、今回の事件では働く余地はないように見える。

 まさに絶体絶命という状況に追い詰められている克行氏は、どうしたらよいのか。このままいけば、「河井克行」という政治家は、戦後初めて、前法務大臣として検察に逮捕された「最低最悪の政治家」という汚名を歴史に残すことになりかねない。その場合、政治生命はもちろん、社会的信頼すらも失うことになる。

 克行氏にとって、この危機的局面で、どのように対応すべきなのか。危機打開の「一手」を考えてみた。

河井案里氏参議院選挙出馬の経緯

 案里氏は、2001年に克行氏と結婚、2003年の広島県議会議員選挙に自民党公認で立候補し初当選し、2007年に再選。2009年、自民党を離党し、広島県知事選に亀井静香国民新党代表や一部の自民県議の支援を受けて立候補したが落選。2010年には国民新党から第22回参議院議員通常選挙広島県選挙区への出馬を打診されるなど、亀井静香氏との関係も深かった。同年12月に自民党に復党し、2011年の県議選に出馬し当選。県議会議員に復帰した後2012年3月には地域政党大阪維新の会が主催する維新政治塾に参加するなどしてきた。

 一方、克行氏は、2007年、第1次安倍改造内閣で法務副大臣、2015年、安倍首相の内閣総理大臣補佐官を務めるなど、「安倍晋三総理を支える5人衆」の一人(日経2016年6月17日)とされている。案里氏と克行氏では、政治的立ち位置を若干異にするのである。

 参議院広島県選挙区は、長年にわたって、定員2名を、自民党の溝手顕正氏と野党とで議席を分け合ってきた。2019年7月の選挙でも、自民党は溝手氏を公認済みだったが、同年2月に、安倍首相に近い選挙対策委員長の甘利明氏が2人目候補の擁立に動き、当初は、愛知県選挙区の参議院議員薬師寺道代氏の名前が挙がっていたが(産経2019年2月19日)、同氏は愛知2区から衆院選に立候補する予定になり、案里氏が2人目の候補として浮上、3月13日に正式に公認候補に決定したという。

 つまり、案里氏は、もともと、参議院選挙に出馬しようとしていたのではなく、溝手氏に加えて、広島地方区から2人目の候補を擁立したいとの自民党本部側の強い意向によって、急遽、立候補することになったのだ。溝手氏は、参議院幹事長も務めた参議院自民党の重鎮で、6回目の当選を果たせば、参議院議長の候補とされていた。その溝手氏に加えて、敢えて2人目の候補を擁立したことの背景には、【前記記事】でも述べたように、安倍首相の溝手氏に対する個人的反感が働いていたとの見方もある。

克行氏らによる「多額現金買収」の目的

 案里氏の擁立が、広島地方区で、野党候補を破って自民党が2つの議席を獲得することではなく、同じ自民党公認の溝手氏を落選させることの方に主目的があったことは、克行氏が、広島県内の首長や地方議員らに広く現金を渡した「現金買収」のやり方からも窺われる。

 私は、30年余前、鹿児島地検名瀬支部長として、当時唯一の衆議院の「一人区」だった「奄美群島区」での保岡興治氏と徳田虎雄氏との「保徳戦争」と言われる激しい選挙戦の選挙違反の捜査・処分を担当した。事前買収・事後買収・交付罪・詐欺投票・選挙自由妨害・凶器携帯・虚偽事項公表罪など、ありとあらゆる選挙違反事件を捜査・処分したが、その中にも、地域の有力者に数十万円という多額の現金買収の事案があった。その目的は、「対立候補からの支持の引き剥がし」であった。単なる投票依頼の買収の金額が3~5万円だったのに対して、前の選挙で他陣営の応援をしていた人に対する「寝返り料」は、20~30万円だった。積極的に応援してくれなくても、他陣営の応援をやめてくれれば、選挙結果に与える影響が大きいということだ。

 克之氏の場合、現金を供与した相手方は、元広島県議会議長・元市議会議長・自民党系の県内の首長など、それまでの参議院選挙で自民党公認の溝手氏を応援してきたと考えられる政治家だ。このような人達に多額の現金を渡す目的は、溝手氏への支持を「引き剥がすこと」だったと考えられる。選挙の4カ月前に急遽立候補することになった案里氏が、それまで連続5回当選してきた溝手氏の支持基盤を切り崩して当選するためには、克行氏が、多数の県政界の有力者に、直接、数十万円の現金を配って回ることしか方法がなかったからであり、1億5000万円もの選挙資金を自民党本部から提供された目的が、まさに、そのようにして溝手氏への支持を切り崩して案里氏を当選させることにあったからだと考えられる。

 立候補予定の妻への支持を呼び掛けて多額の現金を直接配布して回るというのは、まともな政治家としてあり得ない行為のように思われるが、それは、克行氏個人の意志によるものというより、案里氏の立候補の経緯、党本部からの多額の選挙資金の提供などから、そうせざるを得ない状況に追い込まれていたとみるべきであろう。

検察VS河井前法相の戦い、立ちはだかる「新型コロナ感染リスク」

 この事件は、国政選挙である参議院議員選挙において、急遽立候補することにした河井案里氏を当選させるために巨額の資金が飛び交ったという「金まみれ選挙」が疑われ、その資金は自民党本部から提供されたもので、そこに、安倍晋三自民党総裁の意向が働いている疑いがあるという、日本の政治と選挙をめぐる極めて重大な事件である。

 このような重大な選挙犯罪の捜査に、検察が総力を挙げて取り組み、事実解明しようとするのは当然のことであり、今回の事件の捜査には、明らかに、検察に「正義」がある。

 しかし、一方で、今、日本は、「国難」とも言われる新型コロナ感染症で緊急事態宣言が出されている状況であり、感染防止対策に国を挙げて取り組まなくてはならない。

 感染のリスクの中で、「密室」「密接」での取調べを含む検察捜査が、今後、さらに本格化することは、決して好ましいことではない。そういう面からは、できる限り検察捜査の長期化を回避することも社会の要請とも言えるが、事件の社会的・政治的重大性を考えれば有耶無耶にしてしまうことはできない。

 そこで、克行氏に、今、最も求められていることは、少しでも早く、現金配布が、どのような資金によって、どのように行われたのかを国民に公開することである。

 そもそも、公職選挙法が目的としている「選挙の公正」には二つの要素がある。一つは、投票や選挙運動が有権者の自発的な意思によって行われるもので、それに対して対価を支払ってはならないという「不可買収性」であり、それに関して「買収罪」が処罰の対象とされる。もう一つは、選挙運動の内容や資金の流れに関する「透明性」であり、公選法は、選挙運動費用収支報告書の作成提出を義務づけている。

 選挙に関連する金銭や利益の供与によって「選挙の公正」を害されるのも、この二つの面から考えることができる。公示後の選挙期間内に投票や選挙運動に対する直接的な依頼をした場合は、「不可買収性」そのものの問題となるが、公示から離れた時期に行われた、投票や選挙運動との関係が間接的な働きかけは、主として「透明性」の問題だと言えよう。

 そういう意味では、参議院選挙の公示の3か月前に、県政界の有力者に広く現金を渡して回った克行氏の行為は、公選法上「買収罪」に該当することも否定はできないが、むしろ、選挙運動やその資金の収支の「透明性」を害するということで、選挙運動収支報告書の記載の問題だと言える。

 不透明な金の流れの全貌を知っている克行氏自身が、それを全面公開することが、事態を収拾するために最も効果的な方法である。

河井前法相にとっての「逆転の一手」

 そこで、追い込まれた克行氏にとって、「逆転の一手」となるのが、公職選挙法に基づいて提出されている選挙運動収支報告書の記載を訂正し、県政界の有力者に現金を供与したことを含め、選挙資金の収支を全面的に明らかにすることである。収支の公開という公選法上の手続によって、同選挙をめぐる金の流れを、法的に全面開示するのである。

 そして、記者会見を開くなどして、自民党本部から1億5000万円の選挙資金の提供を受けたことについて、その経緯・党本部側からの理由の説明の内容・使途など、それが現金買収の資金とどのような関係にあるのかについて、すべて包み隠すことなく説明することだ。広島の有権者に対して、そして、国民に対して、この参議院議員選挙をめぐって起きたことを、全てつまびらかにすることだ。不透明な金の流れによって歪められた河井案里氏の参議院議員選挙について、克行氏本人が説明責任を果たすのである。

 こうして、克行氏が、「選挙運動費用収支報告書の訂正」という公式の手続をとり、違法な金銭の授受の事実を含め全面的に公開することによって、「検察連合軍」が徹底した関係者の取調べや家宅捜索等の捜査で解明しようとしていた事実は、ほぼ全面的に明らかになる。検察は、そのような事実に公選法の罰則を適切に適用して刑事処分を行うことが可能となり、克行氏と案里氏に対する逮捕の必要もなくなる。収支報告書への収入・支出の不記載罪による在宅起訴での早期決着の可能性もある。

 選挙をめぐる「不透明な資金の流れ」が説明されれば、安倍首相を含め、与党・政権幹部が、巨額の選挙資金の提供にどのように関わったのかも自ずと明らかになるだろう。

猪瀬東京都知事の公選法違反事件の先例

 もっとも、この公選法の「選挙運動収支報告書」については、その記載義務の範囲について微妙な問題があり、従来の実務では、公選法が目的とする「収支の公開」が十分に実現されていなかった。

 2013年、東京都知事選の公示直前に、猪瀬氏が医療法人徳洲会側から5000万円の現金を受領したとされた問題に関して、当時、【猪瀬都知事問題 特捜部はハードルを越えられるか】と題するブログ記事で、以下のように述べた。

 本来、公職選挙に関する収支を報告させ公開する目的は、公職の候補者が、これらの様々な選挙資金について、どのような個人や団体から支援を受けて選挙運動を行ったのかを有権者に公開することで、選挙の公正を確保し、当選した候補者が公職についた後に行う職務が公正に行われるようにすることにあるはずだ。

 そうであれば、このような選挙にかかる様々な資金の提供元を広範囲に選挙運動費用収支報告書に記載させ、公開することが、制度の趣旨に沿うものと言えよう。

 しかし、従来の公職選挙に関しては、実際に、選挙運動費用収支報告書の記載の対象とされてきた収入は、様々な選挙運動の資金のうち、ごく一部に過ぎなかった。

 選挙期間中、選挙運動に直接かかる費用「人件費・家屋費・通信費・交通費・印刷費・広告費・文具費・食糧費・休泊費・雑費」などが法定選挙運動費用であり、これについては、公職選挙法で、支出できる上限が定められている。選挙事務所を借りる賃借料、ポスターの作成・掲示の費用、街頭活動のためのガソリン代費用などである。

 そして従来、収支報告書の支出欄には、このような選挙運動期間の選挙運動に直接かかった費用だけが記載され、収入欄の記載も、この支出に対応する収入金額にとどめるのが通例であった。つまり、収支報告書の支出としては、選挙期間中の選挙活動に直接必要な費用を記載し、その支出にかかる資金をどのようにして捻出したかを収入欄で明らかにする、というのが一般的な選挙運動費用収支報告書の記載の実情だったのだ。

 徳洲会側から受領した5000万円について、猪瀬氏は、「個人的な借入金で、短期間で返済する予定だったが、それが遅れ、徳洲会に対する捜査が開始された後に返済した。出納責任者にも知らせていないので、収支報告書に記載すべき収入ではない。」と説明していた。

 それまでの「選挙運動費用収支報告書」の記載の実情からは、この事件を捜査していた東京地検特捜部にとっても、公選法違反で立件することについてのハードルは相当高いと考えられた。

 しかし、この猪瀬氏の事件について捜査していた東京地検特捜部は、翌2014年3月28日、公職選挙法違反(収支報告書の不記載)で、猪瀬氏を略式起訴し、東京簡裁は同日、罰金50万円の略式命令を出した。罰金を即日納付した猪瀬氏は、記者会見で「けじめをつけたいと考え、処罰を受け入れた」「5000万円は選挙で使う可能性があり、選挙資金という側面があった。自分がそのようなことをするはずがないというおごりがあった」と謝罪した。

 この事件で、検察が、それまでの選挙運動費用収支報告書記載に係る犯罪のハードルを下げて起訴し、猪瀬氏が処罰を受け入れたことは、公選法のルールによる選挙運動費用の透明性に向けての貴重な一歩だった。

 しかし、この事件を機に、選挙運動費用収支報告書の記載実務が大きく変わったかというと、そうではなかった。猪瀬氏の事件を前提に、選挙運動に関する収入及び支出を、すべて収支報告書に記載し、それを、有権者に公開する方向に向かうべきだったが、実際にはそのようにはならなかった。

河井克行前法相の行動によって、公職選挙の歴史が変わる

 猪瀬氏の事件の前例に照らせば、今回の案里氏の参議院議員選挙をめぐる、克行氏から県政界の有力者への現金供与についても、参議院選挙に関して供与したものなのである以上、選挙に関する支出として「選挙運動費用収支報告書」への記載義務があると解するべきだ。また、そのための資金の収入も、どこから提供されたものであるか、具体的に記載する義務がある。

 克行氏が、選挙の収支について事後的ではあるが「透明性」を実現すれば、公職選挙の収支の全面公開に向けて、大きな意義を持つものとなる。

 「検察連合軍」の捜査によって追い詰められた克行氏にとって、政治家として致命的なダメージを回避し、社会的信頼を維持するための唯一の方法は、選挙運動費用収支報告書の訂正によって違法な現金供与を含め事実を全面公開し、「選挙の透明性」を事後実現すること、それによって、党本部・政権とのしがらみを断ち切り、「安倍陣営」の“敵中突破”を図ることである。

 その破壊力によって「ガバナンス崩壊」状態の安倍政権は音を立てて「倒壊」する。検察も、違法な検事長定年延長による安倍政権の支配と、捜査の長期化による捜査班や関係者の新型コロナ感染リスクから免れることができる。

 そして、これまで、日本の政治の「宿痾」だったとも言える、選挙資金の流れの不透明性を払拭し、日本の公職選挙の在り方が大きく変わる可能性が出てくる。

 前法相として政治的・社会的責任を果たし、公職選挙の透明化に貢献できれば、その「功績」は、公選法違反で処罰される「汚名」より大きく評価されることになろう。

 果たして、克行氏に、“敵中突破”ができるだろうか。

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