河井元法相公判、懲役4年”実刑論告“で「最重要論点スルー」の謎

2019年7月の参院選広島選挙区をめぐる公職選挙法違反(買収)事件の河井克行元法務大臣の公判で、4月30日に論告求刑が行われた。

検察は、懲役4年を求刑し、「現職国会議員によるこれほどの大規模買収事件は過去に前例はなく、正に前代未聞の悪質な犯行である」「被告人の刑事責任は極めて重大であって、被告人に対しては厳罰をもって臨むべきであり、被告人には相当期間の矯正施設内処遇が必須である」と述べた。

懲役4年は、総括主宰者に対する法定刑の上限である。また、「相当期間の矯正施設内処遇が必須」という表現は、「絶対に実刑に処すべき」ということであり、通常、「執行猶予付判決であれば控訴」を意味する。

かつて、検察組織を指揮監督する立場にあった元法務大臣に対する論告として、誠に厳しいものだったといえよう。

しかし、論告全文を入手して読んだところ、その内容が、厳しい論告求刑に見合うものと言えるのか、甚だ疑問だ。現金供与が、「党勢拡大、地盤培養活動の一環としての政治資金の寄附」であったのか否か、そうだとした場合に、それが、買収罪の「犯罪の情状」にどう影響するのかが、克行氏が実刑か執行猶予かを分ける最大のポイントになることは必至だが、論告では、その最重要論点をスルーしてしまっているのだ。

河井克行氏は、県議・市議・首長など地方政治家への現金供与について、「自民党の党勢拡大、案里及び被告人の地盤培養活動の一環として、地元政治家らに対して寄附をしたもの」と主張し、弁護側も、初公判での冒頭陳述で、同主張を前提に、「被告人が現金を供与した趣旨は、それぞれ相手方によって異なるが、いずれにしても、実務上、広く慣習として行われ、法的にも許容されている政治活動に伴う現金の供与であった」と述べて無罪を主張していた。

被告人質問の冒頭で、罪状認否を変更して、殆どの起訴事実について「事実を争わない」としたものの、その後、5日間にわたる弁護人からの被告人質問でも、その「政治資金の寄附であった」との主張を維持し、主張に沿った供述を詳細に行った。

次回期日での弁護側の弁論では、情状面の主張として、克行氏の現金供与が、従来摘発されてきたような、投票や選挙運動を直接依頼する「買収」とは異なることを徹底して主張するはずだ。従来は許容されてきた「政治資金の寄附」という性格の現金供与であり、「違法性の低いもの」と主張してくるのは確実だ。

被告人質問終了の時点で出した記事【河井元法相公判供述・有罪判決で、公職選挙に”激変” ~党本部「1億5千万円」も“違法”となる可能性】で述べたように、克行氏が「事実を争わない」としたものの、地方政治家に対する現金供与は「政治資金の寄附」であるとの供述を維持したことで、克行氏への有罪判決において、「政治資金の寄附であっても当選を得させる目的で金銭を供与すれば買収罪が成立する」との判断が示される可能性があり、そうなると、党本部が、国政選挙の際に都道府県連を通して政治家の支部に交付する「選挙資金」も、使途を限定しない「供与」であれば「買収罪」に該当することになりかねない。公職選挙の在り方に重大な影響を与えることになるため、克行氏公判での検察官の論告、弁護人の弁論、それらを受けて言い渡される判決に注目すべきと述べた。

県議・市議らへの現金供与について、克行氏の「自民党の党勢拡大、案里及び被告人の地盤培養活動の一環として、首長・県議ら地元政治家らに対して、寄附をした」との主張は、初公判から被告人質問まで一貫しており、検察官の質問でも揺らいでいない。

この点の克行氏の主張を否定することができるのか。検察官が、「政治資金の寄附」であることを否定するとすれば、「政治資金収支報告書に記載されていない」「領収書が授受されていない」などの根拠が考えられる。

しかし、河井夫妻の公選法違反事件で同氏らの事務所への捜索が行われたのは2020年1月、2019年分の政治資金収支報告書の提出期限の前で、収支報告書の記載が確定していない時期であり、収支報告書の記載の有無で「政治資金」かどうかを判断することはできない。

また、克行氏の供述によれば、政治資金の財布は4つあり、寄附については、金額などを調整して先方とも協議し、最終的に報告書に記入していたとのことであり、現金の授受の時点で領収書の授受を行わないのは、通常のやり方と変わらないことになる。領収書を受領していないことも、「政治資金」であることを否定する理由にはならない。

現金供与は政治資金の寄附だという克行氏の一貫した供述を否定することは困難なのではないか。(一方で、克行氏の「買収原資がポケットマネーである」とか、「溝手氏を落選させる意図はなかった」などの供述は、検察官の反対質問で崩されており、信用性がないことは明らかになっている。)

それでも、検察の論告では、現金供与が「政治資金の寄附」であることを否定する主張をするのか、それとも、「政治資金の寄附であることは、現金供与が買収であることを否定するものではなく、違法性を低下させるものでもない」と主張するのか、そこが、論告の最大の注目点だった。

ところが、検察は、この最も重要な論点について、ほとんど触れておらず、克行氏の主張の中に再三でてくる「党勢拡大」「地盤培養」という言葉も全く出てこないし、「政治資金の寄附」という言葉も見当たらない。

検察は、5万字を超える論告の大部分を、克行氏が本件選挙における案里氏の当選に向けた活動全般を取り仕切る立場にあった選挙の総括主宰者であったこと、案里氏の現金供与が買収に当たり、それについて克行氏の共謀が認められること、克行氏が、事実を争っている県議会議員4名に対しても現金供与の事実があり買収罪が認められること、などに関する記述に費やし、克行氏が、事実を争わないとしつつも、被告人質問の時間の大半を費やして行った「自民党の党勢拡大、案里及び被告人の地盤培養活動の一環として、地元政治家らに対して寄附をした」との主張については、県議会議員、市議会議員、町議会議員及び首長らへの現金供与の趣旨に関する被告人の弁解についての項目でわずかに述べているだけだ。

その内容も、初公判の弁護人冒頭陳述で「克行氏自身の政治基盤を強固にすること」だけではなく、「自民党の党勢拡大」「案里氏のための地盤培養」のための「政治資金の寄附」だと主張し、被告人質問でも、克行氏は、その主張に沿って詳細に供述したにもかかわらず、検察官は、克行氏が「自分自身の政治基盤を維持し強固なものとする目的」であったとだけ主張しているように引用し、それを否定する理由として、各現金供与当時に目前に迫っていたのは克行氏の選挙ではなく案里氏の選挙であったことや、現金を供与した際に自己の広報誌「月刊河井克行」の配布や自己の活動状況の報告を一切行っていないことなどを取り上げている。

しかし、国会議員の政治基盤強化のための政治活動は、自らの選挙が迫った時期だけではなく、日常的に行われているのが実態であり、広報誌の配布や自己の政治活動の報告もそれがなければ政治活動ではないと言えるようなものではない。検察の主張は、克行氏の主張を正しくとらえていないだけでなく、政治活動の実態に反する全く的はずれの主張だ。

克行氏は、被告人質問で、「一般的に、県連が、交付金として党勢拡大のためのお金を所属の県議・市議に振り込むが、県連からの交付金は溝手先生の党勢拡大にのみ使われ、県連が果たすべき役割を果たしていないので、やむを得ず、その役割を第3支部(克行支部長)、第7支部(案里支部長)で果たさないといけないと思い、県議・市議に、県連に代行して党勢拡大のためのお金を差し上げた」と供述し、県議・市議などへの現金の供与は、自民党広島県連が行っている「党勢拡大のための資金の振込み」と同じ性格のものだと主張して、自らの現金供与を正当化しているが、検察は、これに対しても、何ら反論できていない。

検察は、一方で、法定刑の上限の懲役4年を求刑し、「実刑必須」と述べたのである。

検察官の論告と、弁護人の弁論を受けて判決が出されることになるが、裁判所としては、「懲役4年求刑」「実刑必須」という検察の厳しい論告なので、執行猶予判決は容易には選択できない。一方で、実刑を言い渡すとすれば、弁護人の主張に正面から判断せざるを得ないことになる。

弁護人が、「自民党の党勢拡大、案里及び被告人の地盤培養活動のための政治資金の寄附」であることを情状に関する主張として強調することは確実であり、裁判所としても、克行氏の現金供与が「政治資金の寄附」であるのか、そうだとして、それが情状面でどう評価されるのかについて判断を示さなければ、克行氏に実刑判決を下すことはできないだろう。

しかし、「政治資金の寄附ではない」という事実認定を行うとしても、検察は、否定する根拠を何一つ示せていない。また、上記のとおり、克行氏の被告人質問での供述からも、現金供与が、「当選を得させる目的」であると同時に、「政治資金の寄附」でもあることを否定することはできないので、「党勢拡大、地盤培養活動の一環としての政治資金の寄附」であることを認定した上で、「当選を得させる目的で供与した以上、公選法違反の買収罪が成立する」との前提で、それを情状面でどう評価するかの判断を示すことになるだろう。

河井夫妻を買収で起訴する一方で被買収者の処分を全く行っていない検察は、今後、被買収者の刑事処分という、誠に厄介な問題に直面することになるが、克行氏の判決で、地方政治家への現金供与が「政治資金の寄附」であったのか否か、それが、買収罪の「犯罪の情状」にどう影響するのかについて示される判断は、被買収者の刑事処分にも大きな影響を与えることになる。これまでは、検察の「自己抑制」によって、「政治資金の寄附」の弁解が予想される、選挙に関連する政治家間の資金のやり取りの事案が刑事事件として立件されることはほとんどなかったが、河井夫妻の事件で、検察は、敢えてそこに踏み込み、元法務大臣の現職国会議員を逮捕した。ところが、検察は、論告で「政治資金の寄附」と買収の関係の問題をスルーする一方で、克行氏を「実刑必須」と主張する、誠に不可解な論告を行った。

「政治資金の寄附」を情状面で強調する弁論を受けての判決では、「政治資金の寄附と買収罪の関係」が裁判所の判断の対象となることは避けられない。それによって、元法務大臣の多額現金買収事件による日本の公職選挙の「激変」が、現実のものとなるのである。

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「参院広島再選挙」後、被買収議員の起訴は確実!「政治×司法」の権力対立が発端の「激震」が続く

2019年7月の参院選広島選挙区をめぐる河井克行元法務大臣の公職選挙法(公選法)違反事件の被告人質問が、3月23日から4月8日まで7期日にわたって行われ、そこで克行氏が供述した内容と、今年6月頃にも言い渡される判決が、日本の公職選挙に「激変」をもたらす可能性があることを、前回の記事【河井元法相公判供述・有罪判決で、公職選挙に”激変” ~党本部「1億5千万円」も“違法”となる可能性】で述べた。

一方、案里氏から現金を受領した4人の広島県内の政治家については、案里氏の公選法違反の事実について有罪が確定し、克行氏から現金を受領した首長・議員らの大半も、現金を受領したこと、それが選挙買収の金であったことを認める証言をしている。本来、これらの被買収者についても公選法違反で起訴され、公民権停止となり、一定期間、選挙権もなく、選挙運動も禁じられるはずであるのに、被買収者らについては、いまだに公選法違反の刑事処分が行われていない。

そのような状況で、案里氏の当選無効に伴う、上記参議院広島選挙区の「やり直し」の再選挙が告示されるといという「異常な事態」が生じているが(【河井夫妻買収事件「被買収者」告発受理!処分未了では「公正な再選挙」は実施できない】)、自民党は、元経産官僚の西田英範氏を擁立し、野党統一候補の宮口治子氏との「事実上の一騎打ち」となって、激しい選挙戦が繰り広げられている。

この再選挙に関して、克行氏の公判供述と有罪判決の見通しを踏まえ、広島県の有権者が認識しておくべき重要事項がある。それは、再選挙後、遅くとも、今年6月頃の克行氏有罪判決の頃までには、検察が被買収者の県議・市議らを起訴することは確実ということだ。

河井夫妻起訴時、被買収者の刑事処分はなぜ見送られたのか

これまで、検察が、克行氏・案里氏を公選法違反で起訴する一方で、本来であれば、当然、同時に起訴すべき被買収者らの刑事処分を行わず、処分未了のまま河井夫妻の買収事件の公判に至ったというのは、検察の常識からは本来あり得ない。そのような異常な対応が行われたのは、河井夫妻の公選法違反事件のうち、首長・県議・市議らの地元政治家に対する買収事件というのが、選挙の告示から離れた時期に現金が授受されたものであり、「党勢拡大,地盤培養活動のための政治資金の寄附」の主張が予想されるという点で、過去にはほとんど例のない異例なものだっただからだ。

検察は、今回、敢えて、その異例の公選法違反事件の摘発に踏み切ったが、河井夫妻を起訴する一方で、被買収者の刑事処分を行わなかった。その理由として考えられるのは、

(1)河井夫妻と同時に被買収者を起訴した場合、河井夫妻の公判での証人尋問で被買収者らが、克行氏らと同様に「党勢拡大,地盤培養活動のための政治資金の寄附」だとして案里氏の「参院選挙のための買収」との認識を否定することで、河井夫妻の無罪主張が裏付けられ、公判が混乱するおそれがあったこと

(2)判決で「党勢拡大,地盤培養活動のための政治資金の寄附」を理由とする無罪主張が認められて起訴事実の多くが無罪となる可能性があったこと

である。

異例の河井夫妻「買収事件」摘発の背景

従来は、上記(1)(2)のような懸念があるのであれば、強制捜査に着手する段階で、検察組織内で消極意見が出され、着手を断念するのが通常であった。しかし、元法相の克行氏と現職参議院議員の案里氏の公選法違反事件に対する捜査が進められていた昨年の今頃の検察は、当時の安倍政権との関係で、「異常な状況」に置かれていた。安倍政権、その中でも特に中央省庁の官僚の世界に強大な支配力をもっていた菅義偉官房長官らが、当時東京高検検事長であった黒川弘務氏を検事総長に就任させる人事を強行しようとし、検察庁法に露骨に違反する東京高検検事長の定年延長を閣議決定し、それが、過去の法解釈を恣意的に変更する「禁じ手」まで使ったものであったことから、国会で厳しい追及を受けた。さらに、黒川氏定年延長の閣議決定を事後的に正当するための「検察庁法改正案」が国会に提出されたことで、国民的な批判が沸き起こり、元検事総長を含む多くの検察OBが、反対の声を上げるという事態にまで至り、結局、安倍政権は検察庁法改正案の撤回に追い込まれた。

元法務大臣の河井克行氏夫妻に対する、異例の公選法違反の強制捜査は、そういう政権と検察をめぐる「異常な状況」の下で、従来であれば刑事立件しなかった「国政選挙をめぐる政治家間の現金授受」を、敢えて立件されたものだった。

被買収者の首長・議員らの刑事処分の見通しを十分に考える余裕がないまま、河井夫妻を逮捕・起訴することを最優先して捜査を進めた結果、河井夫妻の起訴の時点で、上記の(1)(2)の理由から、被買収者の刑事処分を行わないという「異常なやり方」をとらざるを得なくなったというのが実情だったものと思われる。

本来、公選法違反事件の刑事処罰は、「選挙の公正」を確保するために行われるべきものであり、検察が、買収者を起訴する一方、被買収者の刑事処分を行なわない、などというやり方は、常識では考えられない、法目的を逸脱したやり方である。しかし、当時の安倍政権側の検察への介入も、検察制度を根本的に揺るがしかねない不当きわまりないものであり、当時の稲田伸夫検事総長以下の検察幹部が、まさに「手段を選ばず」、河井夫妻の逮捕・起訴に突き進んだのも、理解できないわけではない。

河井夫妻公判の進展と被買収者「刑事処分見送り」事由の解消

そのような公選法の趣旨・目的に反する異例の河井夫妻の起訴の結末が、河井夫妻の公判で被買収者の証人尋問がすべて終わった後に、さらなる異常事態を引き起こした。

案里氏に対しては有罪判決が確定し、案里氏の当選無効に伴う、やり直しの「参院広島再選挙」が行われることになったが、河井夫妻の買収の事実が認められれば、当然に被買収の公選法違反で公民権停止になるはずの広島県内の首長・議員らの刑事処分が未了であるため、被買収者にも「やり直しの再選挙」の選挙権が与えられ、選挙運動にも法的制限がない。まさに、「公正な選挙」が著しく阻害された状況で、与野党の激しい選挙戦が行われている。

しかし、一方で、このような事態を招いた「被買収者の刑事処分見送り」の結果、河井夫妻の公判の証人尋問では、被買収者側のほとんどが、「現金受領時に買収の目的を認識していた」と認めたために、上記(1)の理由は解消された。そして、案里氏は有罪判決が確定して当選無効となり、克行氏も、被告人質問の冒頭で、罪状認否を変更して、首長・県議・市議らに対する買収を含め、ほとんどの事実について「事実は争わない」と述べ、有罪判決が確実となった。それにより、上記(2)の理由も解消された。現時点では、検察が被買収者の刑事処分を見送っていた上記(1)(2)の理由はなくなったのである。

それどころか、既に、案里氏について有罪が確定し、克行氏についても近く有罪判決が出るのであるから、市民団体の告発が受理され、刑事立件されている被買収者の公選法違反事件について、処分を遅らせる理由は全くないのである。

しかし、現時点においては、被買収者の刑事処分が行えない「重大な事由」がある。

案里氏の当選無効を受けての参議院広島選挙区の再選挙が告示され、選挙期間の最中であり、そのような「選挙期間中における選挙に重大な影響を与える公選法違反の捜査や処分は差し控え、選挙の終了を待つ」というのも「捜査機関・検察にとっての不文律」であり、再選挙の投票日までは、被買収者の刑事処分は差し控えざるを得ないのである。

再選挙投票日後に行われる被買収者刑事処分

それは、投票日以降は、可及的速やかに刑事処分が行われることを意味する。遅くとも、克行氏の一審有罪判決が出ると予想される6月初旬頃までには、刑事処分が行われることは確実であろう。

その刑事処分は、一方の買収者側の河井夫妻が有罪である以上、犯罪事実が認められる前提で行われるのは当然だ。「犯罪を認める証拠が不十分」という「嫌疑不十分」による不起訴はあり得ない。不起訴にするとすれば、「犯罪が認められるが敢えて起訴しない」という「起訴猶予処分」しかあり得ない。しかし、公選法違反のうち買収事件については、求刑処理基準があり、「起訴猶予」は「1万円未満」、「1万円~20万円」は「略式請求」(罰金刑)で、「20万円を超える場合」は「公判請求」(懲役刑)というのが一般的な基準だ(私が現職検察官だった当時の基準だが、今でも大きな変更はないはずだ)。

今回、県議・市議らが河井夫妻から現金を受領した金額は、10万円から50万円、最も多額の者は150万円であり、検察の求刑処理基準に照らして「起訴猶予」はあり得ない。

仮に、何らかの口実をつけて、無理やり「起訴猶予」にしたとしても、告発者の市民団体が検察審査会に審査を申立て、市民の常識で判断されれば、間違いなく「起訴相当」議決が出されるだろう。

検察には起訴猶予の選択肢はない

検察の「起訴猶予処分」は、このところ、相次いで検察審査会の議決によって覆されている。

黒川氏の「賭け麻雀」の賭博事件について、検察は「起訴猶予」処分としたが、検察審査会の「起訴相当議決」を受け、一転して、「略式請求書面審理で罰金刑)」に至った。また、菅原一秀氏の公選法違反事件でも、検察は「起訴猶予」処分としたが、その後の露骨な「検察審査会の審査妨害」にもかかわらず、検察審査会の職権による「起訴相当議決」が出されている(【菅原一秀議員「起訴相当」議決、「検察の正義」は崩壊、しかし、「検察審査会の正義」は、見事に示された!】)。

このような現状からは、この上、河井夫妻事件の被買収者の大量の「起訴猶予」処分が検察審査会で「起訴相当」議決を受けることになれば、検察の訴追裁量権(起訴猶予処分を行う権限)に対する信頼は地に堕ちることになりかねない。

現職の県議・市議を含め、被買収者のほとんどが、遅くとも6月頃までには起訴されることになることは避けられないのである。

県議・市議の大量失職という「異常事態」

このようにして、被買収者が公選法違反で起訴された場合、その殆どは、証人尋問で、現金の授受と案里氏の選挙に関連する金であることの認識を認めており、河井夫妻の有罪判決が出た後に、起訴された場合、その証言を覆すことはできない。略式命令で早期に確定するか、公判になっても短期間で決着するだろう。

その対象となる被買収者の中には、現職の広島県議会議員・広島市議会議員、それぞれ13名が含まれており、その殆どは自民党所属の議員だ。罰金であれ、懲役刑であれ、公選法違反で有罪判決を受ければ公民権停止となって議員を失職するだけでなく、一定の期間内、選挙権・被選挙権がなくなるので、公職選挙に立候補することはできず、当然のことながら再選挙にも立候補できない。

県議・市議の起訴・大量失職によって、今回の事件が、「河井夫妻の個人的犯罪」ではなく、従来からの自民党の選挙をめぐる資金の供与の慣行に根差す問題であること(【河井元法相公判供述・有罪判決で、公職選挙に”激変” 】)が一層明白になるだけでなく、多数の議員失職によって大混乱に陥ることとなる広島自民党は、「解体的出直し」を迫られることになる。新聞紙上に「自民党広島県連 再起動」などと題する全面広告を出している県連会長の岸田文雄氏には、選挙後に予想される「恐ろしい事態」に対する認識が完全に欠落していると言わざるを得ない。

そして、公明党にとっても、再選挙後の県議・市議の起訴・失職の見通しは「他人事」ではない。

今回の再選挙は、自民党としては、過去の参院広島選挙区での与野党の得票差から、再選挙になっても自民党候補が圧勝できると見込んで再選挙に臨んだものの、「政治とカネ」問題への予想外の逆風により、情勢調査では自民党候補の西田氏と野党候補の宮口氏とはほぼ互角の情勢となっている(広島県民を舐め切った自民党執行部の「見通しの甘さ」には、ただただ呆れるしかない)。

そこで、自民党が「頼みの綱」としているのが公明党である。次期衆院選で、克行氏の小選挙区だった広島3区に斎藤鉄夫政調会長を擁立し、自民党の全面支援を受けようとしている公明党は、今回の参議院広島再選挙でも、自民党西田候補支援に全力を挙げているとされる。

しかし、公明党は、参院再選挙後に自民党を直撃する「恐ろしい事態」を認識しているのだろうか。いくら、今回の再選挙で自民党候補を支援して自民党に恩を売っても、再選挙後、県議・市議の起訴・大量失職で混乱に陥る自民党には、公明党に「見返りの支援」をする余裕などなくなるのではないだろうか。

「政治権力」対「司法権力」の激突によって生じた巨大な地殻変動

前法務大臣の衆議院議員とその妻の現職参議院議員の公選法違反による同時逮捕という「憲政史上前代未聞の大事件」は、克行氏の有罪判決で、戦後続いてきた「政治資金を隠れ蓑とする選挙資金の供与」が買収罪に問われることで、日本の公職選挙に「激変」をもたらすだけでなく、そのような旧来のやり方で選挙資金の供与を受けた広島県の地方政治家が大量に被買収の罪に問われて失職するという、さらなる「大激震」につながることは必至だ。

その発端は、戦後最長の政権となった安倍政権とその中枢の菅官房長官という「政治権力」と、大阪地検不祥事等で信頼が損なわれたとは言え、多くの日本人にとって「正義」と期待される検察という「司法権力」とが、検事総長人事をめぐって激しく対立するという、前代未聞の「権力VS権力の激突」によって憲政史上初の大きな地殻変動が生じたことにあった。

案里氏有罪確定に伴う参院広島再選挙をめぐって今起きていることは、日本の政治を襲う巨大な地震・津波の衝撃のほんの「序の口」でしかない。

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実態とかけ離れ形骸化した法令で処罰されることの“理不尽”~「条約違反の豚肉差額関税」との戦い

有罪率99%超、無罪を主張する者は、「人質司法」での長期身柄拘束で塗炭の苦しみに晒される、という恐ろしい日本の刑事司法の現実の中、謂れのない容疑で「犯罪者」とされる人は後を絶たない。検察官や弁護人の言葉で「絶望的な現実」を知らされ、裁判では起訴事実を認め、犯罪者の汚名と屈辱に甘んじるという選択をする人が大部分だ。

しかし、その中でも、無実・潔白を訴えて、権力機関と戦い続ける人もいる。

私自身が、弁護を担当した事件で、「権力機関と戦い」を続けてきたのが、美濃加茂市長事件での藤井浩人氏、そして、青梅談合事件の酒井政修氏。いずれも、一審で無罪判決を受けながら、驚愕の控訴審逆転有罪判決を受け、有罪が確定した事例だ。

最近、納税者人権救済センター主催で開催されたオンライン・シンポジウムに参加し、現在も刑事裁判が続いている「関税法違反事件」での不当な人権侵害のことが取り上げられた。

東京税関と東京地検特捜部という権力機関による強制捜査を受け、逮捕・起訴され、一貫して無罪主張を続けているのが、田邉正明氏だ。

不合理極まりない、前時代の遺物のような「差額関税制度」の下での関税法の罰則を適用され、手続的にも、実態的にも不当極まりない東京地裁の一審判決で実刑を言い渡され、現在、東京高裁に控訴審が係属中だ。

日本の刑事司法の絶望的な現実の下で、「権力機関との戦い」を続けている田邉氏の関税法違反事件、なぜ、日本の刑事司法においては、このような理不尽で非道なことが起きるのか、その背景からみてみよう。

刑事事件の「2つの類型」

日本の刑事司法について考える上で重要なことは、刑事事件には、被害・被害者が存在する事件と、それがない事件という「2つの類型」があるということだ。

刑事事件で、まず思い浮かべるのは、殺人、強盗、住居侵入窃盗、振り込め詐欺などのように、被害者・遺族に具体的な被害が発生する「犯罪」だ。現に被害が発生している以上、犯人を特定し、処罰するのは、当然だ。警察捜査・検察官の起訴・刑事裁判によって、犯罪者の処罰が行われることは、被害者・遺族の要請に基づくものでもある。

そのような事件で犯人とされ、逮捕・起訴された場合でも、無実を訴え、無罪を主張する者もいる。刑事裁判の結果、容疑者の「犯人性」が否定されて「冤罪」が明らかになることもある。一旦は有罪判決が確定しても、長い年月を経て再審が開始され、ようやく冤罪が明らかになった事例もある。しかし、その場合も、現に犯罪は発生し、被害者・遺族が犯人の検挙・処罰を求めているのだから、犯人を検挙するための犯罪捜査が行われたこと自体が否定されるものではない。

この場合の「冤罪」というのは、「真犯人は別にいるのに、犯人ではない人間が犯人扱いされた」ということだ。この場合は、真犯人ではないのに犯人とされて重大な人権侵害が発生したことについて、捜査機関や検察官の判断の誤りが問題となる。

人間の営みがある以上、犯罪が行われ被害が発生するという「社会的事象」を完全になくすことは不可能であり、冤罪を100%防ぐことも困難だ。犯罪被害も、冤罪も、国家がその防止と救済のための努力を最大限に行うしかない。

しかし、容疑者が逮捕・起訴され、裁判が行われる「刑事事件」の中には、具体的な被害も被害者もないのに、権力機関が犯罪を認定して、捜査に着手し、処罰が行われることがある。

それは、「法令違反行為」によって、国家的法益あるいは社会的な法益(利益)が侵害されたとして、検察(主として「特捜部」)・警察捜査二課・国税庁・税関・証券取引等監視委員会等の犯罪の検挙を任務とする権力機関が、独自に「犯罪」を認定して逮捕・起訴に至るパターンだ。

ここで犯罪の疑いをかけられるのは、多くの場合、定まった仕事を持ち、社会に貢献している人達だ。そういう人が、ある日、突然、家宅捜索・身柄拘束等の刑事手続の対象とされる。その日から、その人生は激変する。

そこには、処罰を求める被害者・遺族はいない。権力機関が権限を行使する理由は、建前上は「使命感」「正義感」「規範意識」だが、実際に、その原動力となっているのは、「組織としての実績作り」「個人の組織内での評価」「出世願望」ではないかと考えざるを得ないような事件が見られる。

「被害のない刑事事件」はなぜ摘発されるのか

このパターンの「刑事事件」で逮捕・起訴された者は、「真犯人が別にいる」ということによって「冤罪」を明らかにすることはできない。この場合、逮捕・起訴された者にとっては、権力機関側の判断の前提となる事実認定と法律適用を争い、「犯罪自体が存在しない」と主張する以外に術がないのである。

しかし、その前提事実と法律適用は、権力機関側が権限に基づいて認定・判断したものであり、それを否定する主張をすると、組織の面子・責任回避・保身のため権力機関側からの容赦ない熾烈な反撃に遭う。

その典型的な手段とされるのが「人質司法」だ。犯罪事実を否認し、無罪を主張する被告人の保釈に対して、検察官は、関係者との口裏合わせなどの「罪証隠滅のおそれ」があることについて詳細な意見書を提出して、強く反対する。保釈許可決定が出ると、準抗告を申立てて抵抗する。その結果、無罪主張する被告人は、気が遠くなる程の長期間にわたる身柄拘束を受けることになる。

後に一審無罪判決が確定し冤罪であったことが明らかになった村木厚子氏は165日間身柄を拘束された。最近では、オリンパス事件の共犯等に問われ、無罪を訴えた横尾宣政氏は965日にわたって勾留された。

法令・制度の実態との乖離の典型例としての「豚肉差額関税制度」

「法令違反」を犯したのであれば、処罰されるのは当然と思われるかもしれない。しかし、法令や制度が実態と乖離し、形骸化しているのに、そのまま存続しているために違法行為が恒常化する、ということは、日本では、しばしば起きる事象だ(拙著【法令遵守が日本を滅ぼす】新潮新書:2007年)。

そういう法令に関して、権力機関が、独自に「犯罪」を認定し、恣意的に、狙い撃ち的に不当な摘発が行われることがある。

田邉氏が逮捕・起訴された豚肉差額関税をめぐる関税逋脱事件は、その典型と言える。

差額関税制度は、1971年に貿易自由化が実施された際に導入された制度だ。外国から国内価格より安い物が輸入されて供給過剰になったり、逆に供給不足によって価格が高騰したりするのを防止するための制度と説明されているが、実際には、豚肉の輸入・流通の実態と乖離しており、制度の必要性は全くなくなっている。

2000年以降の差額関税制度は、

基準輸入価格を546.53円/kg、分岐点価格を524円/kgとし、輸入価格が64.53円以下の場合は1kg当たり482円の従量税を課し、輸入価格が64.53円を超えて524円(分岐点価格)までの場合は基準輸入価格(546.53円)と輸入価格との差額を関税として課し、輸入価格が524円(分岐点価格)以上の場合は4.3%の従価税を課す

とされている。従量税が適用される1kg64.53円以下の豚肉など存在しないに等しいので、実際には、基準輸入価格と輸入価格の差額と同額の関税、つまり「差額関税」が課されることになる。基準輸入価格を下回る価格で輸入すると、下回った分をすべて関税として徴収されることになるのであり、関税法を遵守する限り、基準輸入価格546.53円以下の価格で輸入することは、経済的に見合わないものとなる。

冷凍加工用豚肉の輸入と流通の実態

日本では庶民の食卓に欠かせない生活必需品といえるハム・ソーセージ等の加工品は、主として、ウデ・カタ等の低価格部位の輸入冷凍加工用豚肉を原料として製造されている。それは、ハム・ソーセージ等を製造するメーカー(以下、「ハム・ソーメーカー」)が、加工用豚肉を、安価な価格で仕入れることができることが前提となっており、加工用豚肉の国内相場は、実際に、概ね1kg当たり300円前後で推移している。

原産国からの低価格部位の輸出価格の相場は、概ね1kg当たり200円から300円程度なのであるが、差額関税制度の下では、そのような低価格で冷凍加工用豚肉を輸入しても、高額の関税がかかり、国内価格はそれの差額関税を上乗せした水準になるはずだ。ところが、実際には、輸入価格は基準輸入価格の546円に張り付いている一方、国内での実勢価格はそれを大きく下回り、ハム・ソーセージメーカーは安価な加工用豚肉を仕入れている。

関税法違反の「違法行為」の恒常化の実態

差額関税制度があるのに、なぜ、そのような安価な冷凍加工用豚肉の輸入が可能なのか。

所管官庁の農水省は、差額関税制度の下では、低価格部位と高価格部位を組み合わせるいわゆる「コンビネーション」による輸入が運用上認められていて、組み合わせによって関税が一番安くなる部分に価格を合わせるような形で輸入し、その後、高価格部位は高く、低価格部位は安く売ることが可能だからだと説明してきた。

しかし、コンビネーションを組むことで低価格部位の加工用冷凍豚肉を大量に安価で輸入するためには、ヒレ、ロースなどの高価格部位の冷凍豚肉を同時に大量に組み合わせる必要があるが、高価格部位は僅かな量しか取れないので、大量の高価格部位を確保することは困難だ。しかも、高価格部位の国内需要は、外食・中食用の冷蔵物のテーブルミートの需要が大部分であり、冷凍物の需要は少ない。冷凍の貨物によって、高価格部位と低価格部位とを組み合わせて分岐点価格に近い価格となるようにして大量に輸入するなどということは、理論上は可能だが、実際の需要から考えると極めて困難だ。

結局、コンビネーションの方法は、合法的に差額関税を免れる方法としては使えないのであり、実際には、「豚肉の輸入業者が、基準輸入価格546円近辺の価格で輸入したように申告して差額関税を免れる」という行為が横行し、当局にも、事実上「黙認」されることによって、冷凍加工用豚肉の国内相場が安価に維持されてきたのが実態なのである。

加工用豚肉の輸入価格は、エンドユーザーである大手ハム・ソーメーカーが仕入れ価格を「指値」をし、そこから仲卸業者のコミッションと輸入業者の費用と口銭を差し引いた金額になる。そもそも大手ハム・ソーメーカーの指値が300円程度と、基準輸入価格を大幅に下回っているのであるから、輸入業者が差額関税を支払って豚肉の輸入を行うことは不可能なのである。

一方のハム・ソーメーカーの側としても、もし、低価格部位の輸入冷凍豚肉を、基準輸入価格を前提として国内で取引するということになれば、600円を超える原料を使用して加工品を作ることとなり、それを加工品の価格に転嫁すると、庶民的な食品であるハム、ソーセージ等の豚肉加工品の価格が暴騰し、庶民の家計を圧迫し、食生活を脅かす結果となる。しかし、メーカーがそのことを慮って仕入れの高騰分を加工品の価格に転嫁しなければ、仕入れ価格が販売価格を上回り、大きな赤字を抱えることになる。

いずれにしても、ハム・ソーメーカーは、国内では生き残れず、事業を存続しようと思えば、安い原料豚肉を求めて海外に工場を移転することにならざるを得ない。そうなれば、国内産業の空洞化を招くばかりか、豚肉加工品を輸入に頼ることとなって、海外で加工された食品に対する食の安全の問題も生じる。

豚肉差額関税制度を維持する合理的理由は失われた

このような豚肉の「差額関税制度」が維持されてきたのは、もっぱら国内の豚肉生産者を、安価な輸入豚肉との競争から保護するためとされてきた。しかし、近年、国内豚肉生産者の事業構造や豚肉の流通の状況も大きく変化し、差額関税制度を維持する合理的な理由も失われている。

国産の豚肉は、通常は生で流通し、多くはそのままテーブルミートとして供給されるため、冷凍された状態で輸入される加工用の豚肉とは市場が全く異なる。また、仮に国産豚肉の低価格部位が加工用に回されているとしても、それは、小間切れやスライスでテーブルミートとして売られた残りであり、国産豚肉のごく一部に過ぎない。したがって、主として加工用である輸入冷凍豚肉が分岐点価格を下回る価格で輸入されたとしても、主としてテーブルミート用の国産豚肉の相場にはほとんど影響せず、国産豚肉と輸入豚肉は棲み分けができている。

また、豚肉においてもブランド化が相当進んでいる。牛肉では松阪牛などのブランドが有名だが、日本の消費者にとっては、豚肉においても牛肉と同様、沖縄のあぐー豚、鹿児島の黒豚、関東のTOKYO X、神奈川の大和豚などがブランド化している。国内消費量が増え、豚肉の飼育頭数も増えていることから、国内養豚は、廃れるどころか、極めて順調に成長している。ブランド化した豚肉は、輸入豚肉に比べて相当高価であるが、それでも日本の消費者は、テーブルミートとして、輸入豚肉でなく国産豚肉の方を好んで購入する。

国内養豚も、近年益々企業養豚化され、経営の著しい合理化によって、これまでの零細ないわゆる「庭先養豚」から、大規模養豚に集約されつつある。このような企業化・大規模化した国内養豚に対し、差額関税制度という消費者の利益にならない不合理な制度によって、牛肉に対して国が与える保護以上の保護を与える必要性はなくなっているのである。

条約違反・不合理性の指摘、制度撤廃の方針

豚肉差額関税制度に関しては、1971年の制度創設当初から、同制度の不合理性、違法状態の常態化等の問題点がたびたび国会で指摘されてきた。そして、1994年のウルグアイラウンド合意以降は、WTO(世界貿易機関)条約(農業協定)で禁止された非関税障壁の一つである「最低輸入価格制度」に該当する違法な制度だと批判されてきた。2005年頃からは、国内でも同制度の不合理性を指摘する世論も高まり、大手新聞各紙の社説等において同制度の問題点が指摘され、見直し、廃止等が強く叫ばれてきた。当時の所管大臣も、閣議後の記者会見で、この世論に応ずるように、同制度の見直しの検討を行う旨明言したことがあった。また、2007年の経済財政諮問会議においては同制度の廃止が提言され、経済財政改革の基本方針にもその趣旨が盛り込まれた。

このように、差額関税制度については、廃止等が議論されてきたにもかかわらず、実際には、同制度が抜本的に見直されることは一度もなく、現在に至るまで、40年以上も制度が維持されてきた。

加工用豚肉の輸入・流通の実態に反し、消費者の利益を害する著しく不合理な制度である差額関税制度が実質的に形骸化する中、差額関税を免脱して輸入された冷凍豚肉が、基準輸入価格をはるかに下回る価格で国内に流通し、大手ハム・ソーメーカーに原料として使用されているのが現実なのである。

差額関税の逋脱事犯摘発の正当性の根拠は失われた

2013年3月15日、安倍晋三首相は、「聖域なき関税撤廃」を標榜するTPP(環太平洋パートナーシップ協定)に向けた交渉に参加する決断をしたこと、その旨、交渉参加国に通知をすることを公表した。その議論の中で豚肉は関税撤廃の例外品目として明示されなかった。つまり、この時点で、国の政策として、豚肉の差額関税制度が見直しの対象となることは必至の状況となった。

そして、2016年に締結されたTPP、2018年に締結された日本・EU経済連携協定(日欧EPA)においては、発効から10年後において、分岐点価格は現行の524円(部分肉kg当たり)のまま存在し続けるが、その価格を境として、高い豚肉は無税(現在は従価税4.3%)とされて関税が撤廃され、安い肉にはkg当たり50円の従量税が課せられることとなった。

これにより、安い豚肉について従量税が極めて安くなり、コンビネーションを組むためにかかるコストなどを考慮すれば、わざわざコンビネーションを組む必要がなくなるため、最低輸入価格維持のための差額関税制度は、実質的に廃止されたことになる。

制度創設当初から、加工用豚肉の輸入・流通の実態に反し、消費者の利益を害する著しく不合理な制度とされ、WTO条約で禁止された非関税障壁の一つである「最低輸入価格制度」に該当する違法な制度だとの批判もあった差額関税制度は、関税法違反の輸入行為が恒常化し、実質的に形骸化していたが、それに加えて、日本政府がTPP加入に伴って、実質的に「最低輸入価格制度」を廃止したことで、法律の実効性を確保する実質的理由もなくなったのである。

恣意的かつ狙い撃ち的な税関当局による摘発

このように豚肉差額関税制度は形骸化し、ほとんど全ての豚肉は基準輸入価格で輸入したように申告されて、差額関税は支払われないというのが実態で、最近の制度改正により、差額関税制度そのものがその存立の基盤を失った。

ところが、従来、税関当局は、このような関税法違反の豚肉輸入の大部分を黙認する一方で、昔から、特定の業者を狙い撃つかのように、基準輸入価格による輸入申告によって関税を免れたとして、恣意的に関税法違反事犯の摘発を行ってきた。

前記のとおり、エンドユーザーである大手ハム・ソーメーカーが仕入れ価格を「指値」をし、そこから仲卸業者のコミッションと輸入業者の費用と口銭を差し引いた金額が輸入価格となるので、輸入業者が得る利益は、実際には、1kg当たり数円の口銭に過ぎない。

ところが、一度、その豚肉輸入が、税関当局に差額関税の逋脱事犯として摘発されると、実際の輸入価格を前提として、本来、申告納付すべきだったとされる差額関税の額すべてが脱税額となる。例えば、300円が輸入価格だとすると、基準輸入価格と輸入価格の差額の246円となり、「脱税額」は膨大なものとなる。それは、実際に輸入業者が得ている利益とは著しくかけ離れたものである。所得税の逋脱事案では、事後的に納税が行われることも多いが、差額関税の場合は、免れたとされる関税の金額は到底支払困難な金額となり、有罪とされた場合の量刑も厳しいものとなる。

このような、実態に反した理不尽極まりない税関当局による差額関税の逋脱の摘発によって不当な逮捕・起訴を受け、差額関税制度の内容が大幅に改正され、実質的に廃止されたに等しい現在に至っても、その刑事裁判が続けられているのである。

田邉氏は、千葉県柏市の食肉卸会社「ナリタフーズ」の社長として、2007年に関税約59億6千万円を脱税したとして千葉地検に逮捕・起訴され、12年9月に懲役2年4カ月、罰金1500万円の判決が確定した後、2016年5月に、同市の畜産物輸入販売会社「ナンソー」と「OAK」などの実質経営者として、約61億5千万円の関税を免れたとして、東京地検特捜部に逮捕・起訴されて、2020年3月に、東京地裁で合計懲役3年6カ月の実刑判決を受け、現在控訴中だ。

2007年に千葉地検に逮捕・起訴された時点でも、差額関税制度が、加工用豚肉の輸入・流通の実態に反し、WTO条約で禁止された「最低輸入価格制度」に該当する条約違反の制度であることなどが厳しく批判されており、2007年の経済財政諮問会議においては同制度の廃止が提言され、経済財政改革の基本方針にもその趣旨が盛り込まれるなど、制度の正当性の根拠は失われていた。刑事裁判の中で、田邉氏は、差額関税は条約違反の違法な制度であり、それに基づいて定められた罰則も違法であることなどを強く訴え、上告審まで争ったが、裁判所が、そのような主張に耳を傾けることはなかった。

2016年の東京地検特捜部による田邉氏の逮捕は、日本政府が、TPP協定に調印し、それによって10年後に、高額の関税を課す差額関税制度は実質的に廃止されることが決まった後のことだ。制度としての正当性の根拠が失われ、実効性を確保する必要性も低下している中で、敢えて、罰則適用しなければならない理由があるのか。しかも、田邉氏の起訴事実の一部は、前刑で服役中に会社が行った豚肉輸入が対象とされている。刑務所の中から関税逋脱を共謀したとされているのである。

なりふり構わず「有罪」に固執する権力機関、むやみに従う裁判所

税関や検察等の権力機関は、このように実態と乖離し、制度としての正当性が失われ、国が批准した条約にも反しているにもかかわらず、関税法の罰則を適用して田邉氏を処罰することに異常なまでにこだわり続ける。そこには、いったいどのような動機があるのであろうか。

そして、そのような権力機関を丸ごと容認し、「有罪ありき」で刑事裁判を行ってきたのが、一審裁判所であった。

実態として「悪法」に反する違法行為が恒常化している中で、その違法行為の一つに「悪法」が適用されて逮捕・起訴された以上、適用の是非はともかく、「悪法」そのものが否定されない限り、有罪は免れないだろうと思われるかもしれない。しかし、話は、そのように単純ではない。

「悪法」である豚肉差額関税を含む関税法は、実質的に形骸化し、実勢価格が200~300円程度であるのに、基準輸入価格の546円での輸入申告が常態化し、豚肉の差額関税は、実際にはほとんど納税されていなかった。それは、実質的にみると「違法状態」で、「差額関税の免脱」が恒常化していたということである。しかし、それに対して関税法違反の罰則を適用して、処罰を行うというのであれば、そうした「違法状態」の中で、関税法に違反する犯罪行為が具体的に特定されなければならない。

まず、関税を逋脱した犯罪が成立するのは、「関税納付義務」を負う者であり、それは「貨物を輸入する者」である。通常、貨物の輸入申告の名義人となるが、裁判例等では「実質的にみて本邦に貨物を引き取って処分する権限を有している者、すなわち、実質的に輸入の効果が帰属する者」に関税を課すべきとされており、このような者が「貨物を輸入する者」に当たると解されている。

しかし、実際の豚肉の輸入取引の主な流れは非常に複雑であり、多くの取引は、まず先にハム・ソーセージメーカーが必要な量、価格を決定し、その条件に合う形で多くの取引先を介して輸入される。介在する業者は販売先を変更できず、販売条件の決定権もほとんどないことから、実質的な処分権限はない。

このような豚肉の輸入取引の流れの中に介在する特定の業者を「貨物を輸入する者」と認定し、関税の納付義務者だと決めつけることには、もともと無理がある。

さらに田邉氏は、当時「ナリタフーズ」の社長として収監され服役中であり、「ナンソー」と「OAK」、さらにその他取引先に対して指示を出し、他社を巻き込んで主体的に販売価格や販売条件を決定し、「ナンソー」らに実質的な処分権限があるような輸入を行うことはそもそも困難であった。

検察は、ナンソーを「貨物を輸入する者」と認定し、田邉氏を含む会社関係者を起訴したが、それ自体が、もともと無理筋だった。

もう一つの問題は、この場合の「課税価格」の基準となる価格が、「当該輸入取引に関し買い手により売り手に対して、現実に支払われた価格」とされているので、誰が「売り手」に当たるのかという点だった。

検察は、当初の公訴事実では、「売り手はサプライヤー(米国タイソンなど)」とし、その主張を前提に、多くの証人尋問や被告人質問が行われて証拠調べが終了した後に、「予備的訴因追加請求」が行われて、「売り手がサイプレス」との主張が追加を求めたのに対して、弁護人は強く反対したが、裁判所は訴因の追加を認め、追加の訴因に対する反証のための証人尋問請求をすべて却下して結審して、判決では、「売り手がサイプレス」だとする追加訴因を認定して、有罪としたのである。

このような経過を見ると、実態と乖離した「悪法」である差額関税を含む関税法を強引に適用して田邉氏を逮捕・起訴した検察は「なりふり構わず」有罪判決に固執し、一審裁判所も、最初から「有罪判決ありき」で裁判を行っていたとしか思えない。

冒頭でも述べたように、この事件には、「被害」も「被害者」もない。単に、権力機関の、面子だけを維持するために有罪にしようとする検察に、裁判所は、なぜ、そこまで「肩入れ」をしなければならないのだろうか。

ここにも、「日本の刑事司法の闇」がある。

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河井元法相公判供述・有罪判決で、公職選挙に”激変” ~党本部「1億5千万円」も“違法”となる可能性

2019年7月の参院選広島選挙区をめぐる買収事件で、公職選挙法(公選法)違反の罪に問われた河井克行元法務大臣の被告人質問は、3月23日の第47回公判から4月8日の第53回公判まで、7期日にわたって行われて終了した。これで、証拠調べは終了し、次回4月30日の公判で検察官の論告と弁護人の弁論が行われ、その次の期日で判決が言い渡される。 

克行氏は、初公判では起訴事実は買収には当たらないとして全面無罪を主張していたが、被告人質問初日に罪状認否を変更し、首長・議員らへの現金供与も含め、殆どの起訴事実について、「事実を争わない」とした。

しかし、「自民党の党勢拡大,案里及び被告人の地盤培養活動の一環として,地元政治家らに対して,寄附をしたもの」との初公判での主張は、被告人質問でも何ら変わっていない。克行氏は、ほとんどの事実を「争わない」として買収罪の事実を認めたが、認めた事実関係は、従来どおり「自民党の党勢拡大,案里及び被告人の地盤培養活動」の主張そのものなのである。

被告人が「争わない」としている以上、有罪判決が出ることは確実だが、その前提となる事実は、克行氏が7期日にわたる被告人質問で述べたことと、それまでの公判での証言等によって認定されることになる。それは、党勢拡大・地盤培養活動等の「政治資金の寄附」であっても、「当選を得させる目的で金銭を供与」すれば買収罪が成立することを意味する。

そして、弁護人の質問の最後で、克行氏は、党本部からの交付金と買収資金の関係について、

「1億5000万円は別の用途に使い切った。買収資金を政党交付金から出す発想は全くない」

と言い切った。しかし、克行氏の公判供述全体を見ると、むしろ、自民党本部からの1億5000万円が買収の実質的原資となったことが明白になったといえる。

それは、戦後の日本社会で当たり前のように繰り返されてきた「自民党的選挙資金の提供」が、丸ごと公選法違反(買収罪)に該当することを意味する。まさに、「河井克行元法相有罪判決」は、日本の公職選挙に「激変」をもたらす可能性があり、その激震の直後に行われるのが、今年の秋までに実施される次期「衆議院議員選挙」なのである。

克行氏の被告人質問での供述全文を掲載している「中国新聞デジタル」の記事【詳報・克行被告第47回公判】~【詳報・克行被告第54回公判】に基づき、公判供述を整理し、この裁判で、「有罪」と認定されることが必至の克行氏の公選法違反について解説することとしたい。

弁護人質問での克行氏の供述

まず、第47回公判から第51回公判までの「弁護人質問での公判供述」の要点は、以下のとおりだ。

(1)(県議・市議に現金を渡した事実について)妻案里の当選を得たいという気持ちが全くなかったとはいえない、否定することはできない。全てが選挙買収目的だったということは断じてないが、全般的に選挙買収罪の事実であることは争わない(【第47回】)。

(2)案里が公認されても溝手氏の票が大きく奪われると予期していなかった。顧客層が違う。溝手氏は70歳過ぎで、大臣経験、広島の東部出身、宏池会(岸田派)。一方、案里は40代女性で広島西部が地盤。溝手氏の票が案里に移るのは考えられない(【第47回】)。

(3)現金を渡したのは、「陣中見舞い」「当選祝い」の名目で、党勢拡大・地盤培養、自分自身の広島県自民党内での支持拡大を狙う等の政治的目的である(【第48回】)。

(4)「陣中見舞い」には、立候補者が選挙に出る過程で発生する費用、選挙にまつわる政治献金、寄附という性格と、4年に1回しかない統一地方選挙での選挙戦を通じて政治献金を集めるという性格がある。「当選祝い」は、当選後ずっと行っていく政治活動全般に関する政治的な支援のための献金である(【第48回】)。

(5) 「氷代・餅代」は、党所属の地方議員に対して3区支部長から交付金として支出するお金のことである。3区支部からの交付金となり、党勢拡大の動機付けになる(【第48回】)。

(6)「陣中見舞い」や「当選祝い」の現金は私的なポケットマネーでお渡しする。収支報告書にすぐ記入するのではなく、翌年の3月末までに政治資金収支報告書を作成して県の選挙管理委員会(選管)か総務省に出すが、その前に確認をして、政治資金として処理して領収書を受領するかどうかを決める(【第48回】)。

(7)県議の中には、私からお金が渡っていることが知られると、県連の関係者から弾圧されると想像する人もいる。「領収書を下さい」と言うと相手方を政治的に追い込む可能性があるので、領収書を求めないこともあった。そういう場合は、ポケットマネーから支払ったという処理をするほかなかった(【第48回】)。

(8)領収書を受領して、政治資金規正法に則って処理する方法と、相手方への配慮で、表に出さない方法の二つがあり、結果的には河井案里が当選したが、渡した時点では広島の政界の構図が変わるのか、まだ分からなかったので、選挙の結果が出てから法にのっとって適切に処理するか、表に出さない配慮をするかを決めようと考えていた(【第48回】)。

(9)私の場合、政治資金の財布が、「自民党第3選挙区支部」、「自民党新広島支部」、「河井克行後援会三矢会連合会」、「河井克行個人の私的な財布」と、少なくとも四つはあった。寄附については、金額などを調整して先方とも協議し、最終的に報告書に記入し、選管に提出することにしていた(【第48回】)。

(10)選挙運動というのは、特定の選挙で票を得る目的での、選挙はがきの郵送、電話作戦、政党名・候補者を挙げての投票依頼、街頭演説、個人演説会、総決起集会を開いて投票のお願い、党員・党友・友人・知人への投票の呼び掛け、公営掲示板でのポスター張り等である(【第48回】)。

(11)(現金を渡す時に)「案里を応援して」と言ったのは、心の中で、「案里の政治活動をよろしく応援してください」という意味合いだったが、政治活動の延長線上に選挙があるので、政治活動だけ応援してくださいと、内面で切り離すことができない。「案里の選挙を応援してください、当選させてください」いう気持ちもあったことは否定できない。相手との間で、票を得ることについて、相談したり、聞いたりしたことはなかった(【第48回】)。

(12)私自身が広島の政界で孤独感・疎外感を味わっていたので、関係がよくなかった人にお金を差し上げることで少しでも関係が改善すればと思い、妻の選挙を名目に、自分の政治基盤を固めるために妻をだしにしてお金を差し上げてしまった(【第48回】)。

(13)第7選挙区支部の河井案里支部長を通じての党勢拡大・地盤培養行為に協力してポスター張り、後援会入会申込書の配布・回収、集会を開いて後援会の会員・支持者への出席依頼、街頭演説への協力、自民党の号外配布などの実動部隊として動いてもらいたいという趣旨で県議・市議に現金を渡した(【第50回】)。

(14)一般的に、県連が、交付金として党勢拡大のためのお金を所属の県議・市議に振り込むが、県連からの交付金は溝手先生の党勢拡大にのみ使われ、県連が果たすべき役割を果たしていないので、やむを得ず、その役割を第3支部(克行支部長)、第7支部(案里支部長)で果たさないといけないと思い、県議・市議に、県連に代行して党勢拡大のためのお金を差し上げた(【第51回】)。

(15)地方議員・後援会員に供与した現金は、全て私自身の手元にあった資金から支出した。議員歳費などから貯めていた。党本部からの1億5000万円は自民党の機関紙「自民党号外」を3回発行し、県内の全世帯に配布し、その印刷費・ポスティング・郵送費等の実費、経費、自民党広島県参院選挙区第7支部の事務所開設費用、賃料、人件費、党勢拡大のための看板の制作費や交通費、通信費、光熱水道費に全て完全に使い切った。買収資金を政党交付金から出す発想は全くない(【第52回】)。

(16)2019年参院選の際の最大の争点は憲法改正が成就できるのか。安倍内閣でギリギリの段階だった。憲法改正の国民投票にかける決議には両院の3分2が必要だが、安倍政権の下では問題は参議院だった。賛成の政治勢力を3分の2確保するためには、情勢調査では、あと1、2議席足りない。1、2議席を取れるかどうか憲法改正のぎりぎりのせめぎ合いだった。普段の参院選の1議席の重みと、あの参院選の1議席の重みは政治的には全く違っていた。溝手氏と案里が勝つことでなんとか3分の2、1票差でもいいから、国会発議が出来る多数を獲得することが目的だった(【第52回】)。

検察官質問に対する克行氏の供述

第53回、第54回公判では、検察官からの質問が行われた。

弁護人質問で克行氏は、

「案里の自民党の二人目の候補としての公認は、2議席確保が目的であり、溝手氏側から票を奪う気も全くなかった。2人当選の目的が果たせなかったので、案里が当選しても『万歳三唱』すらやらなかった」

などと供述していた。また、「2議席確保」は、憲法改正の発議のために参議院で3分の2を確保することが目的だったことを強調した。

検察官は、克行氏が、ブログでの発信を請け負う業者に宛てたメールの文面について質問した。

「期待していた通り、溝手顕正が失言してくれました。どうすれば拡散できるのか、アングラな方法がいいのではないか、あるいは、懇意な記者に伝えましょうか」

という文面で、溝手氏に関する悪い噂をネットで流すことを依頼する内容だった。業者側が情報源がバレないか心配しても、

「よろしくお願いします、どしどしやって下さい」

と、溝手氏の悪い噂の拡散を重ねて依頼するメールを送っていた。

克行氏のPCに残されていた「県議、市議らの名前と金額」のメモの意味について、検察官に「実際に支払った金額を記憶に基づいて記したのではないか」と質問されて、「お金を差し上げるとすれば、どういう方々にいくら渡すのか頭の体操のために書いたもの」と供述し、実際に渡した事実を記載したことを否定した。

それに対して、検察官から、最終更新日が、選挙後、現金を配布した後であることを指摘され、合理的な説明はできなかった。

そして、検察官から、「データ消去の理由」について質問され、

「10月下旬に案里の参院選の車上運動員の報酬について週刊誌報道がなされた。事務所スタッフの意見を総合すると、支部の職員が内部流出させたのは間違いないと聞いたので、後援会の個人情報や機密情報がさらに流出するのではないかと恐れて、復元出来ない形で消去することにした。」

と答えた。しかし、支部の事務所で作成したデータを消去しただけではなく、議員会館・議員宿舎のPCのデータなど、克行氏しか触っていないデータまで消去していたことについて質問され、合理的な説明はできなかった。

買収原資についても、検察官の質問には、

「私の手持ちの資金で賄った」

「衆議院の歳費などを安佐南区の自宅の金庫に入れ保管していた金で賄った。」

と供述したが、検察官から、日頃から議員活動のために「借り入れ」をしていることとの関係や、平成31年3月に金庫にあった現金の額について質問され、「覚えていない」としか答えられなかった。さらに、検察官から「自宅を検察が捜査した時点では大金はなかった。」と指摘されても「わからない」と述べるだけだった。

克行氏初公判での罪状認否・冒頭陳述と公判供述の比較と公判供述の信用性

克行氏は、被告人質問の冒頭で、罪状認否を、県議・市議等への買収などほとんどの起訴事実について、「争わない」と変更したが、それに引き続いて行われた被告人質問での克行氏の公判供述と、初公判での罪状認否・弁護人冒頭陳述の内容とを比較すると、公判供述で付け加えられた点はあるものの、罪状認否・冒頭陳述の内容は被告人質問でもほとんど変更されていない。

克行氏は、被告人質問の冒頭で「案里氏を当選させる目的」を認めたが、初公判では、罪状認否でも、冒頭陳述でも、「当選を得させる目的」について明確に述べてはいなかった。

3月初めに出馬表明した後の河井夫妻の状況からして、「党勢拡大・地盤培養」など政治活動に関するものであっても、「当選を得たいという気持ち」が全くなかったなどということは常識的にあり得ない。被告人質問では、「政治活動の延長線上に選挙があるので、政治活動だけ応援してくださいと、内面で切り離すことができない」(上記(10))と述べているが、それは、あまりに当然のことを認めたに過ぎない。

問題は、県議・市議らに現金を渡した「趣旨」である。

この点について、冒頭陳述では、

「自民党の党勢拡大,案里及び被告人の地盤培養活動の一環として,首長,県議らと面会を重ね,政治信条を同じくしていたり,将来有望であり,広島の将来を担うと目される地元政治家らに対して,寄附をしたものであって,特に,統一地方選挙に立候補した政治家に対しては,陣中見舞いや当選祝いの趣旨も含め,現金を供与した。」

と主張していた。

7日間にわたる被告人質問で行った供述も、ほぼ同趣旨であり、初公判での主張を具体的かつ詳細に展開したに過ぎない。

要するに、克行氏は、罪状認否を変更し、結論として、公選法違反の買収の事実を認めたが、主張の内容については、初公判の時点と全く変わらないのである。

一方、初公判の冒頭陳述の記述には含まれておらず、被告人質問で初めて述べた点もある。

その一つが、

自民党の案里氏公認は、参議院で憲法改正の発議に必要な3分の2を改憲勢力が獲得するために、広島選挙区での「2議席獲得」が目標で、案里氏ともう一人の候補の溝手氏は得票する有権者の層も違うので、克行氏としては、溝手氏から票を奪う気も落選させる気も全くなかった。

との供述だ。

しかし、「溝手氏の票を奪う気はなかった」とする克行氏の供述は全く信用できないことは、事務所関係者が、(克行氏が)「建前は自民党2議席だが、溝手さんの票を取れるだけ取ってと相談をしていた」(【第38回公判】)、「代議士は『溝手を通さんでもいい。案里が通ればいい』と大声できつく言っていた」(【第40回公判】)などと証言していることからも明らかであり、検察官の質問で示された克行氏のメールの「期待していた通り、溝手顕正が失言」との記載からは、溝手氏から票を奪い、案里氏を当選させて、溝手氏を落選させようとしていたことが強く疑われる。

この点に関連して、憲法改正発議のために、2人目の公認候補として案里氏を擁立したと強調しているのも、「溝手氏を落選させる意図」を否定するための「作り話」であろう。

同様の参議院の2人区のうち、前回選挙まで自民党と野党が1議席を分け合い、自民党が野党候補にダブルスコア以上で圧勝し、共倒れの恐れもないという点で共通しているのが広島と茨城である。2019年参院選の茨城では、立憲民主党と国民民主党との間で候補者調整が難航し、候補者の確定が大幅に遅れた上、国民民主党は推薦を見送るなどし、選挙結果も、自民党候補が5対2の得票での圧勝だった。2人目候補を擁立した場合の2人の当選確率は高かったと思われる茨城では、その動きが現実化することはなかったが、その一方で、なぜ、広島では、県連の強硬な反対を押し切ってまで2人目の公認候補を擁立しようとしたのか。憲法改正の発議のためとは到底思えない(そもそも、衆議院が小選挙区制となった直後の1998年参院選を最後に、自民党の参院地方区の2議席独占は全くない)。

もう一つは、

地方議員・後援会員に供与した現金は、全て議員歳費などから貯めていた私自身の手元資金から支出した。党本部からの1億5000万円は自民党の機関紙「自民党号外」の印刷費、ポスティング、郵送費等の実費、経費、参院選挙区第7支部の事務所開設費用、賃料、人件費等に完全に使い切った。買収資金を政党交付金から出す発想は全くない。

との供述だ。

これについては、検察官の反対質問で、議員活動のために日常的に借入をしていること、自宅の捜索を受けた時点の現金残高などを指摘され、「買収原資は歳費を貯めていた手持ちの現金」との説明自体が疑わしいことが明らかになった。

しかも、上記(13)(14)のとおり、弁護人質問で、

「一般的に県連が交付金として党勢拡大のためのお金を所属の県議・市議に振り込むが、県連からの交付金は溝手氏の党勢拡大にのみ使われ、案里氏に関しては県連が果たすべき役割を果たしていないので、県議・市議に、県連に代行して党勢拡大のためのお金を差し上げた。」

と述べて、県連に代わって交付金を現金で、県議・市議に渡したことを認めている。克行氏が、「買収資金を政党交付金から出す発想は全くない。」と述べているのは、県議・市議に現金を渡す時点では「買収」と認識していなかったからであり、現時点では、それが買収であることを「争わない」のである。1億5000万円の党本部からの資金提供が、交付金が買収資金の原資となったことを実質的に認めているに等しい。

「被告人質問で敢えて行った信用性の希薄な供述」の政治的背景

上記の2点は、自民党本部との関係や安倍前首相などの利害に密接に関連する。特に、「2人目公認候補としての案里氏擁立の目的と憲法改正の関係」については、克行氏の供述どおりであれば、この点について、安倍氏の溝手氏への積年の恨み、菅義偉氏と岸田文雄との総裁選をめぐる確執などの「個人的な動機」が2人目の公認候補擁立の真の動機ではないかとの見方(「安倍政権継承」新総裁にとって“重大リスク”となる河井前法相公判【前編】)は、すべて否定されることになる。

克行氏は、冒頭陳述では触れていなかったこれらの事項について、自民党本部側や安倍前首相らの利益に沿う内容の供述を、議員辞職の意向を明らかにした後の被告人質問で行ったが、信用性に重大な疑問があることは上記のとおりだ。

克行氏が、敢えて、このような「信用性の希薄な供述」を行ったことには何らかの政治的背景があると合理的に推測することが可能だ。3月初め保釈された後に、自民党本部側から克行氏に何らかの接触があり、議員辞職の時期を、再選挙が4月25日に実施されない「3月15日以降」とすることに加え、上記事項の供述内容についても何らかの「自民党側からの要請」があった可能性もある。

「党勢拡大・地盤培養のための政治資金」との供述をどう扱うのか

一方、県議・市議らへの現金供与についての「自民党の党勢拡大,案里及び被告人の地盤培養活動の一環として,首長,県議ら地元政治家らに対して,寄附をした」との主張は、初公判から被告人質問まで一貫している。

従来から、検察が、選挙期間から離れた時期の政治家間の金銭のやり取りを買収罪の刑事立件の対象としなかったのは、このような弁解が予想されることが実質的な理由だった。

克行氏は、一貫してこのような主張を維持する一方で、罪状認否を変更して「買収の事実を争わない」とした。判決では、この点についてどのような事実認定が行われるのだろうか。本件の事実認定として、「政治資金の寄附」だとする克行氏の主張を否定することが可能だろうか。

まず問題となり得るのは、交付した相手方から領収書を受領し、政治資金収支報告書に記載すべきなのに、それを行っていないことである。被買収者の中には、領収書の受領を拒否されたと証言している者もいる。

しかし、克行氏は、「政治資金の寄附」の処理の方法には、領収書を受領して、政治資金規正法に則って処理する方法と、相手方への配慮で、表に出さない方法の二つがあり、選挙の結果が出た後に処理の方法を決めようと考えていたと供述している(上記(8))。

政治資金規正法上は、「会計帳簿の作成・備付け」と「7日以内の明細書の作成・提出」が義務付けられ、政治資金の収支を、発生の都度、逐次処理することを求めているが、実際には、領収書の発行・会計帳簿の記載の確定・明細書作成は、収支報告書の作成の時期にまとめて行われるのが実情であり、現金授受の時点で領収書の交付がないことは「政治資金の寄附」を否定する決定的な根拠とはならない。(拙稿【政治資金規正法、「ザル法」の真ん中に“大穴”が空いたままで良いのか】では、その是正のための制度改正を提案している)。

河井夫妻の公選法違反事件で同氏らの事務所への捜索が行われたのは2020年1月であり、2019年分の政治資金収支報告書の提出期限の前なので、収支報告書の記載が確定していない時期だ。収支報告書の記載の有無で「政治資金」かどうかを判断することはできない。

また、克行氏の供述によれば、政治資金の財布は4つあり、寄附については、金額などを調整して先方とも協議し、最終的に報告書に記入していたとのことであり(上記(9))、現金の授受の時点で領収書の授受を行わないのは、通常のやり方と変わらないことになる。領収書を受領していないことも、「政治資金」であることを否定する理由にはならない。

「PCデータ消去」についても、上記のとおり、「情報流出を防止するため」との克行氏の公判供述は信用し難い。しかし、県議・市議への現金供与を「政治資金の寄附」と認識していたとしても、その時点では表に出ていない政治家間の現金授受で、政治資金収支報告書の記載も確定していなかったのであるから、それに関するデータを検察に押収されることを避けたいと思うのは不自然ではない。「データ消去」も、「政治資金の寄附」と認識していたことを否定する根拠にはならない。

克行氏から現金を受領した県議・市議の多くの証言も、「参議院選で案里をよろしく」という趣旨だと認識した旨証言しているが、それは、「克行氏に案里氏を当選させる目的があると認識していた」ということであり、克行氏の「政治活動の寄附」の主張を直接否定するものではない。

結局のところ、県議・市議への現金供与についての「自民党の党勢拡大,案里及び被告人の地盤培養活動の一環として,首長,県議ら地元政治家らに対して,寄附をした」という点について、克行氏の供述の信用性を否定する証拠はない。判決の事実認定も、この点を前提とするものとなる可能性が高いと考えられる。

「政治活動の寄附」であることと公選法違反(買収罪)の成否

では、県議・市議への現金供与が、克行氏の主張どおり「自民党の党勢拡大,案里及び被告人の地盤培養活動」に関するものだったと認められた場合、それは、公選法違反の買収罪の成否にどう影響するのか。

公職選挙法違反の買収罪の成立要件は、(a)「当選を(得る又は)得させる目的で」(b)選挙人又は選挙運動者に(c)金銭、物品その他の財産上の利益を「供与すること」、である。

克行氏は、「案里氏に当選を得させる目的があった」ことは認めている。

「供与」というのは、一言で言えば「相手に得させること」である。公選法上の「供与」は、「使途を限定せず、自由に使えるものとして、相手に得させること」、つまり「差し上げること」を意味する。

克行氏は、県議・市議に、現金を「差し上げた」と繰り返し供述しており、「自由に使えるものとして得させた」ことに争いはない。

その「当選を得させる目的の」「供与」が、「選挙人」又は「選挙運動者」に対するものかどうかについては、少なくとも、県議・市議が、参議院広島選挙区で選挙権を有する「選挙人」であることは明らかである。また、「選挙運動者」について、判例では、「選挙運動とは特定の公職選挙につき、特定の候補者の当選を的として、投票を得は得させるために直接は間接に必要かつ有利な一切の為を指称するもので、同条の選挙運動者とは、かかる為をなす者、なした者、なすことを約諾した者及びなすことの依頼を受けた者等を含む」と広く解されており、「一面政治団体の活動である場合」にも「選挙運動」に該当し得ること認めている(仙台裁昭29・5・20)。

つまり、克行氏が現金を供与した県議・市議らが、「選挙人」又は「選挙運動者」であることを否定する余地はなく、要するに、「当選を得させる目的」で「金銭を供与」したのであれば、「党勢拡大」「地盤培養」等の政治活動の性格があろうがなかろうが、買収罪が成立することに変わりないのである。

これまでの検察の実務では、買収罪の起訴事実は、「投票又は票の取りまとめを依頼し、その報酬として」と記載されてきた。本件の克行氏の起訴状でもそのように記載されているが、克行氏はそのような依頼を行ったことは否定しており、県議・市議の側も、明示的に「票の取りまとめを依頼された」と証言している者はほとんどいない。

起訴事実の記載からは、「投票の依頼をしたか」「票の取りまとめを依頼」を行ったか否かが有罪無罪の判断に分かれ目のように思えるが、そのような記載方法自体が、検察当局が、従来、選挙に向けての資金のやり取りのうち、「政治活動」に関するものを買収罪による摘発の対象から除外する「抑制的運用」をしてきたことを前提にするものと言える。

克行氏が主張するように「党勢拡大・地盤培養活動」に関する「寄附」であっても、「買収罪」は成立するのであり、むしろ、ストレートに、「河井案里に当選を得させる目的で、選挙人であり、かつ選挙運動者である〇〇に金銭を供与した」、と認定すればよいのではなかろうか。

予想される「克行氏有罪判決」と公職選挙への影響

「自民党の党勢拡大,案里及び被告人の地盤培養活動」に関する「寄附」であっても、特定の選挙で「当選を得させる目的」で「金銭を供与」すれば買収罪が成立するということになれば、公職選挙全般に与える影響は甚大だ。

案里氏の当選が無効になり再選挙になっている2019年の広島選挙区の参院選においても、もう一人の自民党候補の溝手氏側も、同様の「金銭の供与」を行っていたことが明らかになっている。

克行氏からの被買収者の一人である奥原信也県議が、2019年6月に溝手氏側から50万円の資金提供を受けたことを、克行氏の公判で証言し、奥原氏は、中国新聞の取材に、

「溝手氏側から一方的に私の関係支部の口座に振り込まれた。参院選に近い時期なので、選挙での応援を求める目的だったのだろう。呉市内の私の支援者の票を頼りにしていたのではないか。」

と述べている。(【決別 金権政治 第3部 選挙とカネ <1> 「まさか溝手さんまで…」 金頼み 姿勢大差なく】)

また、2019年参院選当時、自民党広島県連会長だった宮沢洋一氏が代表を務める「同党県参院選挙区第六支部」が、昨年11月に県議11人に交付したと政治資金収支報告書に記載している各20万円について、平本英司県議が、2020年12月24日の克行氏の公判で、自身が受け取ったのは「昨年5月ぐらい」と証言しており、政治資金規正法違反(収支報告書虚偽記入)の疑いが生じている。

克行氏も、県議・市議等に現金を供与したことについて、

「本来であれば、参院選の選挙資金は、自民党本部から広島県連に提供された選挙資金が、広島県内の市議・県議等の自民党政治家の支部組織に提供され、公認候補の溝手顕正氏と案里氏の両方の選挙に関連する政治活動に使われるはずなのに、19年の選挙では、県連は、溝手氏だけを支援し、案里氏の支援をすべて拒絶していたので、県連が果たすべき役割を果たしていないので、やむを得ず市議、県議に県連に代行して党勢拡大のためのお金を差し上げた」

と供述している(弁護人質問供述(14))。

つまり、党本部から提供される選挙資金を県連から県議・市議に提供するという本来のルートが使えなかったので、やむを得ず「現金」で、自分が直接手渡すという方法を使ったということであり、克行氏が県議・市議に対して行った現金供与は、金額の規模に差はあっても、広島県連の県議・市議への交付金の提供と、ほぼ同じ性格ということになる。

国政選挙の前に、現金で選挙のための活動資金を提供するのは、克行氏だけの話ではなく、広島の自民党においてかねてから行われてきたやり方である。克行氏が公判供述を前提に県議・市議への現金供与が買収罪で有罪とされるということは、そのような広島自民党のやり方自体が、公選法違反の買収と判断されることを意味する。

そして、そのような観点からは、そもそも、自民党本部が、広島県自民党の「第3支部」、「第7支部」に「交付金」として克行氏に提供した合計1億5000万円も、「案里氏を当選させるための党勢拡大・地盤培養のために、使途を限定せず、自由に使えるお金」として克行氏に「供与」したものなのであれば、克行氏が、案里氏の参院選の「選挙運動者」であることを否定する余地はない以上、1億5000万円それ自体が、公選法違反の「買収罪」に該当する可能性も否定できないということになる。

選挙に関して、金銭を「供与」することが最大の問題

「自民党の党勢拡大,案里及び被告人の地盤培養活動」に関する「寄附」であっても、特定の選挙で「当選を得させる目的」で「金銭を供与」すれば買収罪が成立するということになると、党本部が、国政選挙に際して、都道府県連を通して政治家の支部に交付する選挙資金も、使途を限定しない「供与」であれば「買収罪」に該当する可能性があることになる。そのように公職選挙に関して金銭を「供与」することが、本来、許されてよいのであろうか。

公職選挙によって有権者の代表を選ぶことは、民主主義の基盤である。それは、投票日、又は期日前に、投票所に足を運び、投票をすること、支持する候補者の応援・支援、他の選挙人への働きかけなどが、すべて、無償で自発的に行われること、そのために、国民が一定の負担をすることで成り立つものである。

そのような選挙に関して、「選挙人」又は「選挙運動者」が利益を得ようとする行為そのものが、公職選挙の目的に著しく反するものである。選挙に関して、様々な費用がかかることは否定できないが、その費用は、すべて具体的に特定して、選挙運動費用収支報告書に記載して提出させ、公開する、というのが公選法のルールである(192条第4項)。その趣旨からすれば、特定の候補者を当選させるために資金を提供するのであれば、その使途を具体的に明確に特定した上で提供し、事後的にも使途の報告を求められるようにしなければならない。特定の選挙に関して、「使途を限定せず、自由に使えるお金として差し上げること」自体が、公選法の趣旨・目的に著しく反するものであり、公選法は、そのような行為を「買収罪」として重く処罰することにしているのである。

「当選を得させる目的で使途を限定せずに金銭を供与する行為」が、従来の検察の「抑制的運用」のために、「政治資金の寄附」を隠れ蓑に、買収罪の適用を免れてきたことで、克行氏自身が述べているように(克行供述(4))、「選挙の際に、それを名目にして政治資金を集める」というような行為の横行につながってきた。それが、まさに、選挙に関連して「供与」される金銭に群がる「政治家」が、国政や地方政治を動かすという日本の「金権政治」の大きな要因となってきたといえる。

前法務大臣の河井克行氏が、多額の現金買収の罪で検察に逮捕・起訴されるというのは「憲政史上の汚点」となった。しかし、一方で、克行氏が、その裁判で、現金提供の大部分が、「自民党の党勢拡大,案里及び被告人の地盤培養活動」であることを詳細に述べ、一方で、それが、「妻の案里氏を参議院選挙で当選させること」を目的とするものであったとして買収罪に該当することが認められることで、今後、「特定の選挙で特定の候補の当選を得させる目的」で行われる「金銭の授受」は、公選法違反の買収罪に該当することになる。それは、日本の公職選挙の在り方を抜本的に変える大きなインパクトを生じさせるものである。

そのような観点から、今後の、克行氏の公判での検察官の論告、弁護人の弁論、そして、それを受けて言い渡される判決に注目したい。

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「事実を認めた」河井克行元法相の公判供述は、広島県連・安倍前首相・菅首相にとって「強烈な刃」!

河井克行元法務大臣の公選法違反事件の公判、3月23日から始まった被告人質問で、克行氏は、議員辞職の意向を示したのに加えて、それまで全面的に否認し無罪を主張してきた公選法違反の事実を「一転して」認めたかのように報じられた。そして、4月1日、克行氏の議員辞職が国会で認められた。

河井案里氏が有罪確定で当選無効になったのに加えて、克行氏も「罪を認め」議員辞職したことで、この事件は「一件落着」だと思っている人が多いかもしれないが、それは全くの誤りである。その後も続いている克行氏の公判での被告人質問では、4月8日告示の、案里氏当選無効に伴う参議院広島選挙区での再選挙に、そして、自民党本部の選挙対応にも重大な影響を与えかねない供述が行われているのに、マスコミでは、ほとんど報じられていない。

【河井元法相・公選法違反公判、いったい何を「一転認めた」のか】でも述べたように、克行氏の供述内容は、

「河井案里の当選を得たいという気持ちが全くなかったとはいえない、否定することはできないと考えている」

という、誰がどう考えても「否定する余地のない当然のこと」を認めただけで、従前の主張と実質的に異なるものではなかった。

昨年9月の初公判での克行氏の罪状認否や弁護側冒頭陳述等での主張は、

《「当選を得させる目的」はあったが、そのために「選挙運動」を依頼して金を渡したのではない。あくまで、案里の当選に向けての「党勢拡大」「地盤培養行為」のような政治活動のための費用として渡した金である》

というものだったが、先月始まった被告人質問で、個々の買収の事実について具体的に質問され、克行氏は、従来からの主張をさらに明確に述べ、その内容は、自民党広島県連や自民党本部の選挙への対応にも重大な影響を与えかねないものとなっている。

克行氏の弁護側冒頭陳述では、

広島県連では、参議院議員選挙が近づくと、衆参国会議員から立候補予定者・候補者への秘書派遣による、党勢拡大活動、地盤培養活動などの政治活動の支援、選挙運動期間中には選挙運動の応援等が行われ、県連の要請により、広島県連職員、各種支持団体の関係者なども派遣されて同様の活動を行うのが通常であったが、案里氏については、公認が大幅に遅れたため、周知のための政治活動期間・立候補のための準備期間が明らかに不足しているのに、広島県連からの人的支援が得られず、後援会の設立や組織作り、後援会員の加入勧誘、政党支部の事務所立上げなどの政治活動や選挙運動に従事することとなる人員確保など体制作り自体に苦労する状況にあり、県議、衆議院議員として長い政治家としてのキャリアを有する克行氏が、その人脈を頼って、それら案里氏のための活動を行わざるを得なかった。

と主張していた。

3月31日の第51回公判での被告人質問で、克行氏は、以下のような供述を行った(中国新聞デジタル【詳報・克行被告第51回公判】弁護側被告人質問<2>)。

実態として今回は県連が溝手先生だけ支援すると決定していました。

県連所属の県議会、市議会、各級議員のみなさんが溝手先生を通じた党勢拡大活動を実行すると考えていました。

実際には私が県議選に初当選したのは平成3年。

平成4年の参院選では広島県から宮沢洋一前県連会長の父の宮沢弘さんが立ちました。

県連から20万~30万円を参院選に向けてちょうだいしていました。

一般的に県連が交付金として党勢拡大のためのお金を所属の県議、市議に振り込むことは存じ上げていました。

交付金は溝手先生の党勢拡大にのみ使われると思っていました。

県連が果たすべき役割を果たしていない。やむを得ず役割を第3、第7支部で果たさないといけない。

市議、県議に県連に代行して党勢拡大のためのお金を差し上げないといけないと実行に移しました。

克行氏は、市議会議員、県議会議員等に配布した現金は、本来であれば、参院選の選挙資金は、自民党本部から広島県連に提供された選挙資金が、広島県内の市議・県議等の自民党政治家の支部組織に提供され、公認候補の溝手顕正氏と案里氏の両方の選挙に関連する政治活動に使われるはずなのに、19年の選挙では、県連は、溝手氏だけを支援し、案里氏の支援をすべて拒絶しており、「県連が果たすべき役割を果たしていない」ので、「やむを得ず」「市議、県議に県連に代行して党勢拡大のためのお金を差し上げ」たと言っている。

要するに、克行氏は、党本部から提供される選挙資金を県連から市議・県議に提供するという本来のルートが使えなかったので、やむを得ず「現金」で、自分が直接手渡すという方法を使ったと供述している。それを前提とすれば、克行氏が、市議・県議等に対して行った現金供与は、広島県連が市議・県議に対して行った、自民党本部からの参院選の選挙資金としての交付金を提供したのと、同じ性格のものだということになるのである。

実際に、2019年参院選当時の自民党広島県連会長だった宮沢洋一氏が代表を務める「同党県参院選挙区第六支部」が昨年11月に県議11人に交付したと政治資金収支報告書に記載している各20万円について、平本英司県議が、2020年12月24日の克行氏の公判で、自身が受け取ったのは「昨年5月ぐらい」と証言しており、政治資金規正法違反(収支報告書虚偽記入)の疑いが生じている。このことからも、克行氏が公判供述で述べているように、国政選挙の前に、現金で資金を提供するのは、克行氏だけの話ではなく、広島の自民党において、かねてから行われてきたやり方だと見ることができるのである。

今回の参議院広島選挙区の再選挙に関して、自民党広島県連会長の岸田文雄氏は、BS番組で

「河井事件という、とんでもない事件が起こって、広島の政治、あるいは自民党の政治に対する大変厳しい批判があり、そして信頼が損なわれた、大変残念な状況になっています。もういま惨憺たる状況です」

などと語っており(【参院広島選挙区再選挙、自民党は、広島県民を舐めてはならない】)、あたかも河井夫妻の事件が「とんでもない事件」で、それによって信頼が損なわれた自民党広島県連は被害者のような言い方だ。

しかし、元法相の克行氏の公判供述によれば、広島県連自身も、選挙に関する資金の提供を同様の方法で行ってきた。広島県連にとっても、選挙資金を提供する自民党本部にとっても、河井事件は、「他人事」どころか、まさに、自分自身の問題なのである。

しかも、克行氏の供述を前提にすると、安倍晋三前首相や菅首相も、克行氏が「市議・県議に県連に代行して党勢拡大のためのお金を差し上げる」という行動に及ばざるを得ないことを、認識していなかったとは考え難い。安倍前首相は、自民党が参院選の候補者として案里氏を公認した3月13日の前後の2月28日と3月20日、自民党本部が案里氏が代表を務める政党支部に1500万円を振り込んだ2日後の4月17日、自民党本部が案里氏の政党支部に3000万円を振り込んだ3日後の5月23日に克行氏と単独で面会し、6月10日に案里氏政党支部に3000万円、克行氏政党支部に4500万円が振り込まれた10日後の20日にも克行氏と、それぞれ単独で面会している。そして、菅義偉首相も、選挙期間中に、2回も広島に応援に入っている。

安倍前首相・菅首相の2人は、広島県連が案里氏の支援を拒否していることは当然に認識していたはずである。自民党本部は、克行氏・案里氏に1億5000万円の資金を提供したが、その資金が活動資金として市議・県議に提供されることはわかっていたはずだ。県連を通じてのルートが使えない克行氏にとって、克行氏自身が「県連に代行して党勢拡大のためのお金を差し上げる」という方法に寄らざるを得ないことも十分に認識していたと考えるのが合理的だ。

「事実を認めた」はずの克行氏の公判供述は、広島県連・自民党本部にとっても、安倍前首相・菅首相にとっても「強烈な刃」である。今、案里氏の当選無効を受けて行われている再選挙に、候補者を擁立して選挙戦を戦おうとしている自民党には、克行氏が公判供述で述べている事実について、重大な説明責任がある。

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何を「一転認めた」のか!河井元法相公選法違反“公判供述”

河井克行元法務大臣の公選法違反事件の公判で、昨日(3月23日)から被告人質問が始まった。

3月3日に保釈された克行氏が、その後、議員辞職の意向を固めたと報じられていたが、昨日の公判では、議員辞職の意向を示したのに加えて、それまで全面的に否認し無罪を主張してきた公選法違反の事実を「一転して」認めたかのように報じられている。

しかし、産経新聞の公判詳報(《【克行議員初の被告人質問】(1)「結婚20年」「案里の当選得たい気持ち、なかったとはいえない」》 ~(7))を見る限り、実際の河井氏の供述は、「一転して」公選法違反を認めたというようなものではない。

克行氏が公判で、起訴事実について述べた内容は、「河井案里の当選を得たいという気持ちが全くなかったとはいえない、否定することはできないと考えている」という、まさに、誰がどう考えても「否定する余地のない当然のこと」だ。

そして、それ以外の克行氏の供述は、要するに、

(1)妻の河井案里には、政治家として素晴らしい素質があり、広島県民からの支持も見込めたので、2人目の自民党公認候補として立候補しても当選するものと予想していた、という政治家・河井案里への礼賛。

(2)現金を配布してまで、案里氏を擁立し、選挙運動を行ったのは、(「当時の首相安倍晋三氏の溝手顕正氏への遺恨」や、「当時の官房長官の菅義偉氏の岸田文雄氏との総裁選に向けての確執」などという、マスコミで取り沙汰された「背景」によるものではなく)、純粋に、「自民党公認候補での2議席独占」をめざしたものだった(ベテランの溝手氏と若手で女性の案里氏とでは支持層が全然違うので、自民党支持層の投票先が溝手氏から案里氏に移ることはあり得ない、という自民党本部の対応の正当化。)

(3) 広島県連は、長年にわたって、自民党1議席、野党1議席というぬるま湯につかった選挙をしてきた。真面目に地盤培養、党勢拡大をしてきたとはとても思えない。溝手氏や、県連会長を務めていた宮沢洋一氏は、案里が出馬することで楽な選挙ができなくなるとして、案里の立候補に反対した、という自民党広島県連への批判。

の3つである。

克行氏公判供述は「自白」なのか

克行氏は、主張を変えた理由について、

「本当に、案里を参院選に当選させたいという気持ちがなかったのか。家族同然の後援会の皆さんが証言されている姿を見て、連日深く自省しました」

などと、もっともらしく「自白に至った経緯」を話しているが、「案里を当選させたい気持」があったことは、誰が考えても当然のことであり、「深く自省」しなければ供述できないことではない。

検察の主張は、領収書も受け取らず、「違法な裏金」として多額の現金を配布した、というものだ。「違法な裏金」だと認識して現金を配布したというのでなければ、「事実を認めて自白した」ということにはならない。

一方、克行氏側の従前の「無罪主張」は、

《「当選を得させる目的」はあったが、そのために「選挙運動」を依頼して金を渡したのではない。あくまで、案里の当選に向けての「党勢拡大」「地盤培養行為」のような政治活動のための費用として渡した金である》

という主張であり、「無罪主張を翻す」ということであれば、

「案里への投票と、そのための選挙運動を依頼するために金を渡したものであり、政治活動に関するものではなかった」

と認めることになるはずだ。

ところが、弁護人から、「選挙に向けた準備」について質問された克行氏は、

「党勢拡大活動と地盤培養行為を真面目にやっていくことに尽きる。」

と述べており、結局のところ、案里氏の選挙に向けての「政治活動」を行っていたという従前の主張に何ら変わりはない。

克行氏は、

「選挙人買収の目的のみではないが、事実として認める。」

と、抽象的に事実を認めるように言っているだけだ。具体的な「自白」ではなく、「公選法違反」を「結論」として「自認」しているだけに過ぎない。

広島県連に対する批判

克行氏の供述では、案里氏が立候補した参院選での広島県連(自由民主党広島県支部連合会)の対応に対する批判も、相当な時間をかけて行ったようだ。

「県連は県議が主体の組織であり、彼らの政治的な目標は、一義的には県政であることが1番大きな違いです。県政の延長線上に国政選挙がある。国政では与党と野党で政策を異にしていますが、広島では共に県政を運営してきた。彼らにとっては、これを維持することが最重要の政治課題なのです。過去21年続いていたように、県知事選挙と国政において自民と民主系の議席を仲良く分け合うことが、彼らの政治的目標なのです。」

と述べて、県連が、野党側と馴れ合っていることを批判し、参院選に向かって党の結束を訴える絶好の機会だったのに、溝手氏の隣に案里氏を並べたくないとして県連会長が県連大会の無期延期を決めたこと、県連のホームページに溝手氏の情報だけで、同じ自民党公認の案里氏の情報が一切なかったことなど県連の対応について述べた上、弁護人の質問に答えて

「本来は県連がする党勢拡大を自分や案里が主体となってしなければならなくなった」と述べた。

今後の公判の進行

克行氏は

「全てを選挙買収と断ぜられることは禍根を残す。選挙活動を萎縮させる悪影響があってはいけない。できるだけ正確に、あの春から夏にかけて、どういう現場の状況だったのか理解していただけるように説明していきたい」

と述べており、次回以降の公判審理も、従前どおりのスケジュールで被告人質問が行われ、起訴事実のすべてについて、詳細に説明・弁解をしていく方針に変わりはないようだ。

克行氏が昨日の公判で述べた内容は、第1回公判での弁護人冒頭陳述の内容とほとんど変わりはない。

克行氏が、被告人質問で「一転して」事実を認めた、と聞いた時点では、被告人質問の予定も短縮され、論告・弁論、判決までの期間も、短くなることを予測したが、実際には、公判のスケジュールには殆ど影響はなさそうだ。

克行氏の供述は量刑上評価できるか

克行氏は、従前どおり案里氏の選挙に向けての活動を「党勢拡大」「地盤培養行為」のためと供述は変えておらず、多額の現金配布も、そのような「政治活動」を目的とするものであり、それは「本来、県連側が行うべきことだった」とまで言っている。

そうなると、県連の協力が全く得られず、県連ルートで選挙に向けての政治活動の資金提供ができない中で、地元の首長・議員に、選挙に向けての政治活動の資金を提供する手段は「現金配布」しかなかったというのも、従前の主張と同様だろう。

そのような供述をするだけでは、表面的に「公選法違反の大部分を認めた」と言っても、量刑上有利な事情としての評価は限られたものでしかない。今後の被告人質問で、「違法な裏金」であることの認識を認めるとか、案里氏の参院選立候補に至る経緯や、多額の買収資金の原資と党本部からの1億5000万円の選挙資金の提供との関係などについて具体的に供述するなど、これまで明らかになっていなかった事実を自発的に供述するのでなければ、3000万円もの多額買収事件での執行猶予判決を得ることは困難であろう。

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菅原一秀議員「起訴相当」議決、「検察の正義」は崩壊、しかし、「検察審査会の正義」は、見事に示された!

検察審査会が同時に出した「2つの議決」

3月12日、菅原一秀衆議院議員の公選法違反事件の不起訴処分(起訴猶予)に関して、第4検察審査会による「2つの議決」が出された。一つは、(1)申立審査での却下の議決、もう一つは、(2)職権審査での「起訴相当」とする議決である。

申立審査の却下の議決の末尾には、「なお、被疑者に対する公選法違反被疑事件の不起訴処分の審査については、当審査会において、職権で立件し、審査した」と記載されている。

つまり、菅原氏の不起訴処分に対する申立審査は「却下」という結論になったが、それに代えて、同じ事件について、同じ検察審査会が、「職権による審査」(検察審査会法第2条2項3号)を行い、「起訴相当」の議決を出したということだ。

職権審査というのは、極めて異例である。菅原氏の不起訴処分に対して、このような異例の「起訴相当」の議決が出されたのは、菅原氏の事件に対して、東京地検特捜が、極めて不透明な経過で、不当極まりない不起訴処分を行ったことが原因だ。

「起訴相当」議決を受けて、東京地検は、再捜査をした上、刑事処分を行うことになる。再び不起訴処分を行った場合、再度、検察審査会で審査され「起訴すべき」との議決が行われると、裁判所が指定した弁護士による起訴(いわゆる「強制起訴」)が行われることになる。しかし、もともと検察は、犯罪事実は認められるが、「犯罪の情状」を考慮して、起訴を猶予するという「起訴猶予」の処分を行った。それが、市民の代表で組織される検察審査会の議決で「起訴相当」と議決されたのである。議決書には、「被疑事実の中には既に時効が完成したものもあり、順次公訴時効期間が満了するため、速やかに起訴すべきである」と書かれている。議決を受けて再捜査をすることになる検察には、再度の不起訴処分を行う余地はない。元東京高検検事長の「賭け麻雀」の事件の「起訴猶予」処分について検察審査会の議決で「起訴相当」とされたことを受け、検察が略式起訴の方針と報じられているが、菅原氏についても、速やかに起訴せざるを得ないだろう。

菅原氏不起訴処分は、明らかに不当だった

2020年6月30日の当ブログ記事【菅原前経産相・不起訴処分を“丸裸”にする~河井夫妻事件捜査は大丈夫か】で詳述したように、2019年10月の週刊文春の記事が出た直後から、私は、菅原氏の公設第一秘書のA氏と公設第二秘書のB氏の代理人として、文春側や菅原氏側への対応を行ってきた。検察は、不起訴処分になった事件について、証拠も記録も開示しないので、一般的には、不起訴処分の不当性を証拠に基づいて論じることは困難だ。しかし、今回の菅原氏の公選法違反事件については、私は、A・B両氏から事実関係を詳しく聞いており、また、文春の記事が出て以降、両氏の代理人として対応する中で、菅原氏の態度、行動なども、相当程度把握している。

菅原氏の不起訴処分については、東京地検次席検事が異例の「不起訴処分理由説明」を行い、(ⅰ)香典の代理持参はあくまでも例外であり、大半は本人が弔問した際に渡していたこと、(ⅱ)大臣を辞職して、会見で事実を認めて謝罪したこと、などを挙げ、「法を軽視する姿勢が顕著とまでは言い難かった」と説明した。

しかし、文春記事が出た直後から、菅原氏は、「A秘書が週刊文春と組んで違法行為をでっち上げて、大臣辞任に追い込んだ」などと、秘書に「濡れ衣」を着せて、自らの公選法違反行為を否定していた。経産大臣辞任後、「体調不良」を理由に国会を欠席していた間も、地元の後援者・支援者などにそのような話を広め、通常国会開会後、国会に出席するようになってからは、政界関係者などに広めるなど、一貫して自らの公選法違反を否定していた。その菅原氏は、6月16日、突然「記者会見」を開き、一部ではあるが、秘書に香典を持参させていたことを認めて「謝罪」した。しかし、それまでの言動から考えて、それが真摯に反省して事実を認めたものとは到底考えられなかった。「会見を開いて違法行為を認めて謝罪すれば起訴猶予にする」という見通しがついていたからこそ、そのような「茶番」を行ったものとしか考えられなかった。経産大臣を辞任したのも、その直後から菅原氏が、「秘書にハメられて大臣を引きずり降ろされた」と言っていることからして、公選法違反の犯罪を反省して辞任したというのではないことは明らかだった。

次席検事の不起訴理由説明の(ⅰ)が全く事実に反すること、(ⅱ)の「反省」「謝罪」も凡そ真摯なものとは言えないことは明らかだった。

不起訴処分に対しては、告発人が検察審査会に審査を申し立て、その結果、「不起訴不当」あるいは「起訴相当」の議決で検察の不起訴処分が覆されることは必至だと思われた。

検察の姑息な「検察審査会外し」の“画策”

ところが、その直後、検察が、検察審査会に審査申立ができないように、検察審査会の審査を免れるための姑息な「画策」を行っていたことがわかった。

菅原氏に対する告発状は、2019年10月下旬に、東京地検に提出され、その告発を受けた形で、同氏の公設秘書のA、B両氏らや他の関係者の取調べ等が行われ、菅原氏の起訴をめざして積極的に捜査を行っているものと思われた。ところが、検察は、翌2020年6月に、菅原氏に対して「不起訴処分」を行った。その不起訴処分が行われる直前に、告発状が、告発状の不備を指摘する文書とともに告発人のC氏本人に返戻されていた。C氏の告発を受理しなかったということだ。不起訴処分が検察審査会での審査に持ち込まれないようにする「検審外し」の画策としか思えなかった。

「告発事件」について不起訴処分を行えば、告発人は、検察審査会に審査を申し立てることができる。そこで、検察は、告発状をC氏に返戻したうえで、それと別個に、検察自らが菅原氏の公選法違反事件を独自に認知立件し、その「認知事件」を不起訴にする、という形にして、告発人が検察審査会に審査を申し立てることができないようにしたのだ。

私は、告発人のC氏の依頼を受け、検察がC氏に告発状を返戻した理由のとおり、C氏が提出した告発状に不備があり「有効な告発」とは言えないものか、について検討を行ったが、ほとんど問題にならない形式的な不備だけだった。

検察官は、告発状を受け取ったまま7ヵ月以上にわたって受理の判断をせず、被疑者の公選法違反の捜査を継続し、不起訴処分を行う直前に、告発状を返戻した。告発状に、そのままでは受理できない不備や不十分な点があるというのであれば、提出を受けた直後に返戻すればよかったはずだ。検察の告発状返戻の理由は、「言いがかり」であり、「検審外し」のための画策であることは明らかだった。

告発人の委任を受け代理人として審査申立書を提出

そこで、私は、C氏から委任を受け、申立代理人として審査申立書を作成して、2020年7月20日に東京の検察審査会事務局に提出した。申立書では、

・C氏の告発状は、公選法違反の「有権者に対する寄附」の犯罪事実を特定して処罰を求めており、告発状が返戻される理由は全くないこと、

・不起訴処分は、その告発状記載の事実を含む、「有権者に対する寄附」の犯罪事実を認定した上で、「起訴猶予」とした不起訴処分であることから、C氏は検察審査会に審査申立をすることができる「告発をした者」(検察審査会法第2条第2項)に該当すること、

・菅原氏の「起訴猶予」の不起訴処分には全く理由がなく、不当極まりないものであること

を記載した。

それに対して、7月27日、私の事務所宛てに、東京第4検察審査会から

「令和2年(申立)8号事件として受理した」

旨の通知が届いた。こうして、菅原氏の公選法違反事件の刑事処分は、東京第4審査会の11人の審査員の判断に委ねられることになったのである。

それまでの経過については、【菅原前経産相不当不起訴の検察、告発状返戻で「検審外し」を画策か】で詳細に述べた。

私は、審査申立書提出後にも、8月19日に、「審査申立補充書」を提出し、A、B両氏の陳述書と、二人が、菅原氏から指示を受けて、選挙区内の有権者に対して、香典、枕花を贈与していた状況を詳細に明らかにする資料(LINEの記録等に基づいて作成したもの)を添付し、検察が不起訴処分の際に認定した公選法違反事実が、違反全体のごく僅かに過ぎず、違反の規模はそれより遥かに大きいこと、選挙区内の有権者の訃報に接した場合には、菅原氏が葬儀に行く行かないにかかわらず、まず、秘書が香典を持参するように指示されていいたことなど、検察の不起訴理由が事実に反することを明らかにし、速やかに「起訴相当」の議決をするように求めた。

ところが、この審査申立書・補充書の提出後、半年経過しても何の動きもなかった。菅原氏の公選法違反事件の公訴時効は3年であり、古い事件から、順次公訴時効が完成していき、処罰できなくなる。

私は、検察審査会の審査に対して、検察が協力を拒否しているのではないかと思った。本来であれば、検察は、申立が受理された事件について、不起訴記録を検察審査会に提出して、審査に協力しなければならないが、検察がその協力を拒否しているのではないか。もちろん、検察のそのような対応は、検察審査会制度を否定するものであり、到底許されるものではない。しかし、もし、検察が、そのような不当な対応をしていた場合、検察審査会には、強制的に不起訴記録を提出させる権限はないのだ。

検察は不起訴記録の提出を拒否していた

昨日出された2つの議決のうち、(1)申立審査に対する「申立て却下」の議決書には、以下の記載がある。それにより、検察の対応が、私が考えていたとおりだったことがわかった。

本件審査申立てに伴い、当検察審査会は東京地方検察庁検察官に対し、本件審査に必要な不起訴処分記録の提出を求めたが、「当庁においては、審査申立人の告発を受理しておらず、したがって、提出依頼のあった不起訴処分記録は、同人の告発に基づいて行った捜査に関するものではない。」旨記載した書面のみ提出され、不起訴処分記録の提出はなかった。

本件審査申立ての経緯としては、審査申立人が、令和元年10月25日ころ、東京地方検察庁等に告発状を提出したが、令和2年6月9日ころ、東京地方検察庁は、審査申立人に対して告発状を返戻するとともに返戻理由書を送付し、同月25日、被疑者に対する公職選挙法違反被疑事件について不起訴処分をした事実が認められる。

返戻理由が形式的であるにもかかわらず、審査申立人が告発状を提出してから、東京地方検察庁が告発状を返戻するまで相当期間経過していること、告発状の返戻から約2週間後には、東京地方検察庁検察官が不起訴処分としたこと、不起訴処分記録が提出されていないことなど、一連の東京地方検察庁の対応には、疑問を抱かざるを得ない。

私が告発人の代理人として行った審査申立は、「申立事件」として受理され、審査会は、検察に対して、審査に必要な不起訴処分記録の提出を求めた。ところが、検察官は、「審査申立人の告発を受理していない」として、不起訴記録を提出しなかったということだ。検察官が「告発した者」として扱わなかったので、告発事件に対する審査を受ける筋合いはない、と言いたいのだろう。しかし、検察がそのような理由で、審査を免れることができるとすれば、検察の判断で、どのような告発も、受理しないで「返戻」することによって、検察審査会の審査の対象外とすることができてしまうことになる。

東京第4審査会の職権審査による「起訴相当」議決は画期的

検察審査会としては、(1)申立審査で上記のとおり「東京地検の対応には疑問を抱かざるを得ない」と述べているが、検察官の法解釈を否定する権限がないので、申立を却下するしかなかった。しかし、それに代えて、検察審査会法に基づく職権審査の権限を発動して、同一事件について(2)の職権審査を行ったのである。

結局、審査会は、(2)職権審査の結果、菅原氏の公選法違反事件について「起訴相当」とする議決を行ったのである。

今回の事件で、検察は、告発状を不当に返戻し、告発受理と不起訴通知を行わないで済まし、その結果、不当な不起訴処分が検察審査会に持ち込まれることを回避しようとした。そして、私が代理人として行った審査申立てが「申立事件」として検察審査会に受理されたのに、その(1)申立審査に対して、検察は、不起訴記録の提出を拒否するという審査の妨害を行った。検察審査会の審査を受ける立場である検察が、このような手段で審査を免れることができるとすれば、「公訴権の実行に関し民意を反映させてその適正を図る」(検察審査会法第1条)という検察審査会制度の目的は没却されてしまう。

東京第4検察審査会は、そのような検察の不当な対応に屈することなく、(2)職権審査によって不起訴処分を審査し、「起訴相当」議決に持ち込んだ。今回の検察審査会の対応は、まさに、検察審査会制度の目的に沿う、画期的なものと言えよう。

同時期に行われた河井夫妻公選法違反事件の刑事処分

菅原氏に対する不起訴処分が行われたのは、ちょうど、河井前法相夫妻が多額の買収の公選法違反事件で逮捕され、刑事処分が行われる直前だった。不起訴処分が不当極まりないことを指摘する【菅原前経産相・不起訴処分を“丸裸”にする~河井夫妻事件捜査は大丈夫か】では、以下のとおり、その直後に行われる予定の河井夫妻事件の処分に、以下のように言及している。

検察は、河井夫妻から現金を受領した側の現職の自治体の首長・県議会議員・市議会議員等に対する刑事処分をどうするか、という大変悩ましい問題に直面している。現職の首長・議員は、公選法違反で罰金以上の刑に処せられると失職となる可能性が高いことから、それらの刑事処分をめぐって、様々な思惑や駆け引きが行われるであろうことは想像に難くない。

検察は、これまで自民党本部側が前提としてきた「公選法適用の常識」を覆し、公選法の趣旨に沿った買収罪の適用を行って河井夫妻を逮捕した。そうである以上、現職の首長・議員に対しても、公選法の規定を、その趣旨に沿って淡々と着実に適用し、起訴不起訴の判断を行うしかない。間違っても、菅原氏の公選法違反事件の不起訴処分で見せたような姿勢で臨んではならない。

検事長定年延長、検察庁法改正等で検察に対する政治権力による介入が現実化する一方、検察の政権の中枢に斬り込む捜査も現実化するという、まさに、検察の歴史にも関わる重大な局面にある。

ここで、敢えて言いたい。

しっかりしろ、検察!

しかし、私の懸念は、現実のものとなり、7月8日の河井夫妻の勾留満期に行われた刑事処分は、両名の起訴だけで、多額の現金を受領した被買収者に対して、全く刑事処分が行われないという信じ難い事件処理となった(【河井夫妻事件、“現金受領者「不処分」”は絶対にあり得ない】)。

その後、河井夫妻の公判が始まり、被買収者の証人尋問が行われたが、その間も、刑事処分は全く行われないまま、案里氏の有罪確定による当選無効で参院広島選挙区での再選挙が4月25日に実施されることになった。

案里氏「当選無効」に伴う参議院広島再選挙、被買収者の選挙関与で「公正な選挙」と言えるか】で述べたように、本来、公選法違反の処罰に伴う公民権停止で投票も選挙運動もできないはずの多数の被買収者が、自民党公認候補の選挙運動に加わるなど、不正や不正義がまかり通る状況が「野放し」になっている。

このような絶望的な状況の中で、今回の菅原氏の不起訴処分に対する審査で、東京第4検察審査会の「11人の怒れる市民」が示した「正義」に、心から拍手を送りたい。

カテゴリー: 菅原一秀公選法違反事件, 黒川検事長, 検察問題, 検察審査会, 河井夫妻公選法違反事件 | 2件のコメント

検察の不当捜査・起訴が、上場企業にとって「脅威」に!すてきナイス事件判決に注目‼

すてきナイスグループ株式会社(現ナイス株式会社、東証1部)の金融商品取引法違反事件で起訴され、昨年9月から横浜地裁で行われてきた公判で、被告人の平田恒一郎元会長、元社長、被告会社は、いずれも全面無罪を主張し、一審裁判は、検察官と被告側3者弁護人との全面対決となった。

今年1月12日の論告弁論で審理は終結し、明日(3月12日)午後、判決が言い渡される。

この事件も、この種の経済事犯に対する検察の在り方の根本に問題があることを示す典型例である。私がこの事件の主任弁護人を引き受けた一昨年夏以降の経緯を振り返っておきたい。

徹底して「人質司法」にこだわった検察

私が、平田氏の弁護人を受任したのは、2019年8月15日に起訴された平田氏が、その直後に行った保釈請求が却下された後の同年9月初めだった。横浜拘置支所に勾留中だった平田氏の病状は深刻化し、拘置所で処方された薬が従前の薬と異なるためか、身体中に浮腫(むくみ)が生じていた。

しかし、捜査段階から金商法違反の事実を全面的に否認している平田氏については、検察官は弁解内容の調書すら作成していない。検察官の質問に「わかりません」「覚えていません」と言っているとの問答式の供述調書が作成されているだけだった。起訴直後の保釈請求に対して、検察官は、被告人の供述態度を強調し、勾留事実とは無関係のことも含め、家族を通して罪証隠滅を図るおそれがあるなどと言って強く反対し、保釈請求は却下されていた。その後、弁護人から、妻との接見禁止解除を求める請求を行っていたが、それも検察官が強く反対して却下されていた。

私は、何とか早期保釈を実現しなければと考え、平田氏の病状について拘置所内での診療記録を開示するよう求めた。ところが、拘置支所の回答は、「個人情報なので、弁護士会照会がなければ、回答できない。」という信じ難いものだった。刑事事件で勾留されている被告人の権利を守る立場にある弁護人が、接見時の様子からも体調が極度に悪化していることが明らかであって、本人の要請を受けて、診療記録の開示を求めるのが、なぜ、「個人情報」を理由に拒絶されなければならないのか。私は、法務省矯正局にも問合せをしたが、「個別事例には、答えない」と言って回答すらしない。

早速、弁護士会照会を行ったが、拘置所内での検査結果のデータ等の回答が届いたのは、9月末だった。10月に入り、平田氏の病状はさらに悪化し、手足も瞼も腫れ目も開け難い状態となっていった。そこで、平田氏に、拘置所の医師の診察時に、持病の悪化を強く訴えて、外部の専門の医師の診察を希望するように助言し、何とか外部の血液内科の専門医の診察を受けさせることができた。その専門医から確認した内容と、照会回答の検査結果に基づく従前の主治医の「貧血、腎機能悪化要害の程度が増強しており、心筋虚血発作を誘発しかねない状態になっている」との意見書、勾留事実についての平田氏の認否や供述内容についての陳述書などを添付して、保釈請求を行ったのが10月18日だった。

もう少しで検察官に殺されるところだった

その時点では、平田氏は、房内で座っていることも困難となり、房内で24時間横臥が許可されるほど衰弱していた。検察官は、弁護人が、「被告人には、命の危険まである」と必死に訴えているのに、病状を直接確認しようともせず、凡そ理由にもならない理由で保釈に反対した。しかし、10月18日、令状部裁判官と面談して、被告人の病状の深刻さを直接訴えたところ、検察官の強硬な反対意見を退ける保釈許可決定が出された。検察官は保釈許可の執行停止を求めるとともに、準抗告して、保釈に懸命に抵抗したが、地裁の合議体が準抗告を棄却し、平田氏は、逮捕から86日ぶりに釈放された。都内の病院に運び込まれた平田氏は肺に多量の胸水が貯留する深刻な病状であることがわかり、そのまま緊急入院となった。

あの時の、全身のむくみで、目も開けられなくなり、衰弱しきった平田氏を思い起こすと、本当に背筋が寒くなる。平田氏は、「もう少しで検察官に殺されるところだった」と述懐している。「検察の主張を受け入れない被告人は生きていなくてもよい」と言わんがごときの検察官の態度は、まさに「悪魔の所業」である。

こうして検察官が、被告人を生命の危機に晒してまで、有罪判決獲得に徹底してこだわった「金商法違反事件被告人の罪状」というのが、一体何だったのか。それが凡そ刑事事件と言えるようなものではなく、検察官の「妄想」に近いものであることが、その後の、公判前の裁判所・検察官・弁護人の打合せの中で、そして、2020年9月に始まった公判の中で、明らかになっていった。

「不適切会計」すら微妙な事案を強引に「刑事事件」にした検察

本件は、2019年5月に、横浜地検特別刑事部が、突然、被告会社本社等に強制捜査(証券取引等監視委員会と合同捜査)が行われたことを発端とする事件だった。被告会社は、それを受けて、第三者委員会を設置し、その7月下旬に報告書が公表された直後、元会長の平田氏を含む3名の会社幹部が逮捕された。

被告会社は、検察の強制捜査を受けて設置した第三者委員会報告書での指摘を受け入れ、問題とされたザナックという会社への売上が「不適切」だったと認めて、売上を取消す過年度決算訂正を行ったが(しかも、被告会社の前年度の売上が約2500億円だったのに対して、問題とされた売上は僅か約30億円)、せいぜい「不適切」というレベルの問題で、「粉飾決算の刑事事件」などでは全くなかった。

起訴状には、有価証券報告書の虚偽性について、「架空売上の計上などにより」と書かれていた。しかし、その「架空売上の計上」というのがどういう意味なのか、全くわからなかった。

公判前の争点整理で、「架空売上の計上」の主張の会計基準上の根拠を示すよう弁護側から再三にわたって要求され、起訴から4カ月近くも経って、検察がようやく明らかにした主張は、「取引の実態がなく、存在しない」「売買意思がない」というものだった。

しかし、ザナックという会社は、宅地建物取引業の登録を受け、専任の宅建主任者を配置して、中古マンションの再生・販売事業などを営む不動産業者である。問題とされた取引の大部分は、ザナックが被告会社のグループ企業から在庫マンションを買い取ったものだが、その後、ザナックからエンドユーザーである個人に全て販売されている。取引が存在しなかったというのであれば、エンドユーザーにも所有権が移転していないことになりかねない。検察官の主張は、あまりに荒唐無稽だった。

公判前打合せは、起訴後1年近くに及び、弁護側からは、検察官の主張を前提とした場合の民事上の法律関係等に対して求釈明が繰り返し行われたが、結局、検察官は、釈明を拒否し、昨年9月の初公判では、裁判所が、検察官の主張は、「取引の実態がなく、存在しない」「売買意思がない」ということであり、「検察官は会計基準に関する主張はしない」と争点を整理した。

公判で崩壊した検察主張

そして、「架空取引」に関する検察の主張は、当然のことながら、公判の過程で、次々と、その化けの皮が剥がれていった。

ザナックへの不動産売却は実態がなく、売買に見せかけただけ、被告会社グループ企業のマンション管理会社のA社からザナックへの不動産購入資金の融資は、単なる「資金移動」だというのが検察官の主張だった。しかし、この会社は、貸金業の登録を行って、マンション管理組合等への融資業務も行っている、売上が100億以上あり社員も子会社を含めると1000人を超える大きな企業である。

検察官は、その会社の実態も全く確認せず、会社関係者の供述調書も作成せず、「融資」が単なる「資金移動」だと主張していた。

会社関係者にも、「架空取引」などという認識は全くなかった。ところが、会社関係者の供述調書では、ザナックへの不動産売却について、ほとんど例外なく、「売却し」ではなく「売却したこととし」と表現され、売買代金支払については、「売買代金名目で振り込んだ」などと表現されている。

会社関係者は、取調べで、「取引の架空性」について質問されることは全くなく、「売却したこととした」などと述べたこともなかった。検察官が、勝手にそのような表現の調書を作成して署名をさせていたのである。公判廷の証人尋問では、いずれも、「取引の実態はあった」「有効な売買と認識している」、「供述調書で『売却したこととし』と書かれているのに対して異議を述べたが、検察官は聞き入れてくれなかった」と証言した。

検察官の主張は、証拠に基づかない「思い込み」「決めつけ」に近いものだった。

証人尋問と被告人質問が終わり、検察官は、「論告」で、本件各取引の架空性に関して、「ザナック側にリスクが移転していないから所有権が移転していない」「取引が経済的合理性を欠いている。」「所有権の移転及びリスクの移転という法的効果の発生が意図されておらず、効果意思を欠いていた。」というような「民事上の理屈」のようなものを唐突に持ち出してきた。

しかも、それに関して、検察官は致命的なミスを犯していた。

検察は、論告の中の3か所で、弁護人請求証拠の「監査委員会報告第27号」を引用していたが、それらで引用する記述は、弁護人が証拠請求し採用された「監査委員会報告第27号」の「本文」ではなく、付記された「解説」の部分で、証拠になっていないものだった。

「監査委員会報告第27号」は、会計基準に準じる「監査の指針」であり、本件当時被告会社の会計監査人であった公認会計士が、弁護人請求証人として公判廷において供述した際、被告会社の平成27年3月期連結決算の訂正監査に関して「監査委員会報告第27号」に言及したことから、裁判長の示唆もあって、弁護人から証拠請求したものだった。

争点について、第1回公判までの整理で「検察官は会計基準に関する主張はしない」と整理されており、弁護人としては、主張の根拠としてではなく、あくまで、弁護人請求の証人に関する「資料」として「本文」のみを証拠請求したもので、本来、架空取引が争点になっている本件とは直接関係ないものだった。

公判審理の結果に基づいて論告を行うことになった検察官は、ザナックへの不動産売却が「取引の実態がない」という主張も、A社のザナックへの融資が「単なる資金移動」だとの主張も、全く証拠上の根拠がないため、論告での主張をどうしたらよいのか思い悩んだ挙句、弁護人請求で証拠となっていた「監査委員会報告第27号」の「解説付きバージョン」がたまたま手元にあり、「解説」に、使えそうなことが書かれていたことに目を付け、「解説」は証拠とされていないことに気付かず、弁護側証拠を逆手にとったつもりで、主張の根拠にしたのであろう。

論告で、「監査委員会報告第27号」の「解説」中の記述は3か所で引用され、それを根拠とする検察官の主張は広範囲に及んでいた。

結局、検察官の主張は、全体として、「証拠に基づかない論告」だったのである。

しかも、検察官の論告での主張には、絶対に看過できない見解が含まれている。「架空取引の主張」として、「取引が経済的合理性を欠いているから、粉飾を目的とするもので、売買契約は無効」というようなことを主張しているのである。このような検察官の主張は、私的自治の原則により経済主体自らの判断が尊重されるべき経済取引に、検察官が「経済的合理性がない」として「架空取引」と認定できるというものであり、極めて危険な考え方だ。まさに、苦し紛れに、このような暴論まで持ち出して、何とか「架空取引の主張」を維持しようとしたのだろう。

公判の結果、本件での検察の主張は、完全に崩壊・消滅したのである。

公判担当検事ではなく、検察組織と証券取引等監視委員会の問題

この事件では、被告会社・元会長の平田氏・元社長とその弁護団は、「本件各取引には実態がある。架空取引などではない」という無罪主張で完全に一致し、それぞれ検察と戦った。

日産自動車の金商法違反事件で、被告会社の日産は検察とタッグを組んで(ゴーン会長追放を企て)、ゴーン氏の国外逃亡のためにケリー氏だけとなった公判でも、日産は、起訴事実を全面的に認め、検察と「二人三脚」のような関係で、ケリー氏の有罪立証に協力しているが、この事件はそれとは大きく異なる。

平田氏の弁護団は私が主任弁護人、元社長の弁護団は東京の中堅法律事務所、会社側の弁護団は、横浜市の中堅法律事務所と東京の4大法律事務所の一角という、強力な体制だったのに対して、検察側は、初公判から結審まで、一人の検事が公判に立ち会った。

明らかに「証拠に基づかない論告」のほか、論告での主張内容全体に問題があることは否定できないが、それは、決して、公判を担当した検事個人が責められるべきことではない。論告で有罪主張を行うことが、そもそも無理な事件なのであり、公判担当検察官としては、「公訴取消」を行わない検察の方針の下では、最大限の努力をしたに過ぎない。

最大の問題は、このような全く無理筋の金商法違反で被告会社への強制捜査を決断した、横浜地検幹部、それを了承した法務・検察組織であり、それに同調した証券取引等監視委員会の判断である。

金商法違反事件であること、証券取引等監視委員会と検察とが合同で捜査し、同委員会が告発した事件であることなど、ゴーン氏とケリー氏が起訴された日産の金商法違反事件と共通している。通常であれば、公判立会の体制も、捜査を担当した特別刑事部や公判部部長等が加わるなど、相応の体制がとられるはずだが、すべて1人の検事に担当させたのは、最初から公判の結果が検察に不利なものとなることを予想し、責任回避のために公判への関わりを避けたようにも思える。

企業経営者にとって他人事ではない

本件の検察の論告での「惨状」は、経済事件に対する検察の在り方、そして、それを専門機関としてサポートすべき証券取引等監視委員会の在り方に、重大な問題があることを示すものである。

本件のような事件に「日本版司法取引」が悪用されれば、社内抗争が不当な強制捜査、経営者の逮捕などに至る可能性も否定できない。強大な権限を持つ検察官が、一度過ちを犯せば、本件での平田氏のように、一方的に犯罪者扱いされて、その名誉が奪われた挙句、生命の危険にまで晒され、一方で、上場企業の経営が重大な危機にさらされることになりかねない。日本の上場企業にとって、検察の捜査・起訴が、重大な「脅威」となることを示しているのが、今回の事件なのである。

日本の多くの経営者にとって、今回の事件は、決して他人事ではない。

すてきナイスグループの事件に対して、一審裁判所がどのような判断を下すのか、注目して頂きたい。

 

 

 

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西田英範氏に、参院広島再選挙で、「不正選挙」を正す意思はあるのか?

2019年参議院選挙で河井案里氏の公選法違反事件で有罪が確定し、当選無効になったことに伴い、4月25日に実施予定の参議院広島選挙区再選挙に、自民党公認候補として立候補を表明しているのが、元経産省課長補佐の西田英範氏だ。

【参院広島選挙区再選挙、自民党は、広島県民を舐めてはならない】でも述べたように、自民党は、2019年参議院選挙で公認候補による多額の現金買収という重大な選挙不祥事を起こし、その買収原資が、党本部からの巨額選挙資金である疑いがあるのに、何の検証も総括もしない。しかも、その背景となった「広島県の地元政治家の体質や構造」を改めることなく、単に、過去の広島選挙区での与野党の圧倒的な票差からして、今回の再選挙でも勝てると見越して、公認候補者を擁立して当選を目論んでいる。そのことに激しい憤りを覚えた私は、その自民党公認候補者の対立候補として私自身が立候補することも真剣に検討した。

しかし、昨日、立候補しないことを正式に表明した。

その理由は、昨日午後、ZOOM記者会見で述べたとおりであり、要するに、今回行われようとしている再選挙が、このままでは、公選法のルールに基づく「公正な選挙」となることが全く期待できないからだ(【〝ポスト河井案里〟巡る参院広島再選挙は大混迷 「公正期待できぬ」郷原信郎元検事が不出馬!】)。

【河井夫妻買収事件、「被買収者」告発受理!「処分未了」の再選挙には重大な問題。各政党の対応は?】でも述べたように、河井克行氏・案里氏の現金買収事件については、案里氏の有罪は確定し、克行氏の現金買収についても、40人もの首長・議員らの大半が、数十万円~200万円もの現金を受け取ったこと、それが買収の金であったことを認める証言をしている。

現金の受領者側、つまり被買収者側は、いまだに、公選法違反での処罰が行われておらず、被買収者は、本来であれば、当然に、公選法違反で起訴され、少なくとも罰金刑を受けて、公民権停止、つまり、一定期間選挙権もないし、選挙運動を行うこともできない立場であるのに、彼らの選挙運動は「野放し」の状況になっている。

マスコミが報じているところでは、西田氏の選対本部の立上げの会合には、河井克行・案里夫妻から多額の現金を受け取った地方政治家が多数参加し、再選挙に向けての活動を行っていこうとしているという(【自民党が恐れる河井元法相の暴露 保釈後も薬指に指輪 郷原弁護士は出馬断念】)。

当然に行われるべき被買収者側の刑事処分が行われていないため、本来、公民権停止になって選挙に関わる資格がないはずの者が、選挙に関わってしまいかねないという「異常な状況」になっている。

これでは、「公正な選挙」など行えるわけがない。

私は、3月4日に、広島弁護士会館で、《「河井夫妻公選法違反事件」と「公正な選挙」に関する緊急レク》を開催し、広島のマスコミに対して、現状のままでは、今回の再選挙について、「公正な選挙」の前提に重大な問題があることを指摘し、広島県民への問題提起を試みた。

そして、それに先立って、立候補予定者の西田氏と同氏を公認候補として擁立する自民党広島県連会長宛てに、今回の再選挙において、被買収の事実が明らかになっている者を西田氏の選挙運動に関わらせないために、具体的にどのような措置をとられるのかを明らかにするよう質問状を送付したが、3月8日の回答期限までに回答はなかった。(「西田氏宛て質問状」http://tl.gd/n_1srk6bg は、以下のとおり、間違いなく、西田氏本人に配達されている。)

 

 

 

 

 

 

前法務大臣とその妻の候補者自身による多額現金買収という前代未聞の公選法違反事件によって「選挙の公正」が著しく阻害されたことを受けて実施されることになった「やり直しの選挙」に、自民党の公認候補として出馬を表明している西田氏は、その再選挙での「選挙の公正」に対する重大な疑問に全く回答しなかった。

西田氏は、元経産官僚であり、法律に基づく行政に携わっていた人物だ。その西田氏にとって、立候補しようとしている選挙について、その公正さに重大な疑問が生じているとの指摘に全く向き合わず、自らの見解も述べないというのは、どういうことなのだろうか。

私としては、「公正な選挙」に関する公選法のルールが無視されている状況では、その選挙に自らプレーヤーとして参加することはできないと判断した。その最大の理由は、被買収者の刑事処分が全く行われず、選挙違反者の今回の選挙への関与を野放しにする自民党広島県連や西田氏の姿勢が変わらなければ、不正選挙による当選無効を受けて「公正な選挙」をやり直すための今回の再選挙を行う意味がないと考えたからだ。

立候補表明後に開設された西田氏のツイッターのアカウント@nishita83hには、西田氏の街頭での挨拶などの活動の動画や、自民党有力議員の応援メッセージの動画がアップされている。

ちょうど2年前の今頃、河井案里氏は、自民党公認候補として立候補を表明し、「選挙に向けての街頭活動」を開始した。そして、それと時を同じくして、自民党からの多額の選挙資金の提供があり、克行氏と案里氏は、広島県内の首長・議員らに対して多額の現金配布を始めていた。

今回の再選挙に向けて、西田氏がまず行わなければならないのは、従来から自民党候補が繰り返してきた「街頭活動」ではない。広島県民の重大な政治不信の原因となった前回の不正選挙の問題にしっかり正面から向き合い、それがなぜ起きたのか、自らしっかり考え、自民党陣営において二度と不正選挙が行われなることがないとの確信をもって選挙に臨むことだ。それを行わずして、公約として掲げる「政治改革」など行えるわけもない。

西田氏には、本当に広島の不正選挙を正す意思があるのだろうか。

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河井夫妻買収事件、「被買収者」告発受理!「処分未了」の再選挙には重大な問題。各政党の対応は?

前法務大臣の逮捕・起訴という前代未聞の事件となった河井克行・案里氏の2019年参議院選挙をめぐる多額現金買収事件の公選法違反で一審有罪判決が、2月4日の控訴期限までに控訴が行われず確定し、当選無効となったことに伴い、4月25日に参議院広島選挙区の再選挙が実施される予定だ。
しかし、この再選挙に関しては、「選挙の公正」の前提に関して重大な問題がある。
案里氏が4人の広島県内の首長・議員に現金を供与した公選法違反の事実について有罪が確定し、また、克行氏の現金買収についても、40人もの首長・議員らの大半が克行氏から現金を受領し、それが選挙買収の金であったことを認める証言をしており、本来、これらの被買収者についても公選法違反で起訴され、公民権停止となり、一定期間選挙権もないし、選挙運動を行うことが禁じられるはずであるのに、検察は、いまだに、被買収者について公選法違反での刑事処分を行っておらず、起訴も処罰も行われていない。
経産省の元課長補佐の西田英範氏が自民党公認候補として同再選挙への立候補を表明しており、2月28日に開かれた西田氏の選対本部の立上げの会合では、河井克行・案里夫妻から多額の現金を受け取ったことを認めている、本来、選挙運動を禁じられているはずの首長・議員が多数参加し、再選挙に向けての選挙活動に加わっている。
前回記事【案里氏「当選無効」に伴う参議院広島再選挙、被買収者の選挙関与で「公正な選挙」と言えるか】でも述べたように、今回の再選挙は、案里氏の現金買収という公選法違反の刑事事件の有罪が確定したことに伴うものであり、案里氏はもちろん、その公選法違反の現金買収の相手方、或いは克行氏からの現金買収を受けたことを証言で認めている多くの首長・議員等の違反者を、選挙に関与させることなく行うべき「やり直しの選挙」だ。ところが、それらの被買収者が堂々と選挙に関わろうとしており、「公正な選挙」を行う前提が充たされていない。
私は、3月4日に、広島弁護士会館で、《「河井夫妻公選法違反事件」と「公正な選挙」に関する緊急レク》を開催し、現状のままでは、今回の再選挙について、「公正な選挙」の前提に重大な問題があることを指摘した(【2021/03/04郷原弁護士による広島公選法違反に関するレクチャー】)。
また、立候補予定者の西田氏と同氏を公認候補として擁立する自民党広島県連会長宛てに、今回の再選挙において、被買収の事実が明らかになっている者には、西田氏の選挙運動に関わらせないために、具体的にどのような措置をとられるのかを明らかにするよう質問状を送付した。今日(3月8日)が回答期限だが、いまだに回答はない。上記レクに参加した記者が伝えてきたところによれば、自民党県連は回答しない方針と明言したとのことだ。
前回の参院選で河井案里氏を公認候補として擁立し、その選挙で、1億5000万円もの巨額の選挙資金を河井夫妻に提供し、その一部が現金買収事件の原資になったことが明らかになっているのに、何の検証も総括も行っていない自民党本部や自民党県連の側に、公正な選挙に向けての対応を期待するのは困難かもしれない。しかし、その自民党から公認候補として立候補することを表明し、「政治改革」を前面に掲げて活動を行っている西田氏からも、私の質問状に対して何の回答もないのは理解できない。今後も西田氏に対しては、今回の再選挙の自民党公認の立候補予定者として然るべき対応を行うことを求めていこうと考えている。

市民団体の告発は、既に東京地検で受理されているが「捜査中」

この事件については、市民団体の「『河井疑惑』をただす会」が、広島地検に、被買収者の告発を行っている。上記「緊急レク」に参加した同会の山根岩男事務局長から、告発者としてどのような対応をとるべきか質問を受けた。私は「案里氏の有罪確定を受けて、改めて、検察に、早急に被買収者の刑事処分を行うことを求めるべき」と述べた。
山根氏によると、その後、検察に確認したところ、告発状は、広島地検から東京地検に送付され、既に昨年中に告発が受理され、東京地検の事件番号も付されて捜査中とのことだ。
「河井疑惑をただす会」は、本日(3月8日)、同会の告発が東京地検ですべて受理されていること、再選挙が4月25日投票で行われるに当たって、公正な選挙が行われるために、被買収者の一日も早い起訴を求める要請書を東京地検に送付したことを公表した(【「河井疑惑をただす会」Facebook】)。

それにしても、案里氏が買収者の事件で有罪となった4件については、確定判決で公選法違反の事実が認定されたのであるから、ただちに、被買収者の刑事処分が行われるのが通常だ。案里氏の有罪確定から1か月以上を経過しても、まだ「捜査中」で刑事処分が未了というのは全く理解できない。
首長、議員への買収金額は、概ね、市議が10~30万円、県議が30万円、現職首長が、20~150万円、県議会議長が200万円というものだ。
買収者(供与者、お金を渡した者)と被買収者(受供与者、お金を受け取った者)は「必要的共犯」の関係にあり、買収の犯罪が成立するのであれば、被買収の犯罪も当然に成立する。従来の公選法違反の捜査処理の実務からすると、買収罪について有罪判決が確定している以上、被買収者側についても公選法違反が成立し、求刑処理基準にしたがって起訴されることになる。
私が現職検察官だった当時の求刑処理基準では、犯罪が認められても敢えて処罰しないで済ます「起訴猶予」は「1万円未満」であり、「1万円~20万円」が「略式請求」(罰金刑)で、「20万円を超える場合」は「公判請求」(懲役刑)というものだった。今でもこの基準には大きな変化はないはずだ。
この求刑処理基準に照らせば、河井夫妻からの被買収者の大半は「公判請求相当」、一部の少額の事例のみが「罰金刑相当」であり、いずれにしても、公民権停止で、一定期間、選挙権・被選挙権がなく、選挙運動も禁じられることになることは確実だ。

最終的には被買収者の大半が起訴されることは必至

検察は、河井夫妻を買収罪で起訴した時点で、被買収者側を起訴せず、刑事処分すら行わなかった理由に関して、検察側の「非公式な検察幹部コメント」として、「克行被告が無理やり現金を渡そうとしたことを考慮した」「現金受領を認めた者だけが起訴され、否認した者が起訴されないのは不公平」などの理由が報じられたが、全く理由になり得ないものだ。
「買収」というのは、「投票」「投票取りまとめ」を金で買おうというものなので、被買収者側には受領することに相当な心理的な抵抗があるのが普通で、無理やり現金を置いていくというケースもあり得る。その場で突き返すか、すぐに返送しなければ、「受領した」ということになる。無理やり現金を渡されたことを理由に、受供与罪の処罰を免れることができるのであれば、買収罪の摘発は成り立たない。
また、刑事事件では、自白がなければ立証できない事件で、事実を認めた者が起訴され、否認した者が起訴されないことは決して珍しいことではない。それが不公平だと言うのであれば、贈収賄事件の捜査などは成り立たない。このような凡そ理由にならない理由が「検察幹部のコメント」として報じられるのは、処罰しない理由の説明がつかないからである。
検察側が、被買収者側を起訴していないのは、被買収者側に、「本来は起訴されるべき犯罪だが、検察は起訴をしない」という恩恵を与えてきたからであろう。そのため、被買収者側は、最終的に起訴しないで済ませてもらおうと思えば、河井夫妻の公判で、検察の意向どおり、検察官調書どおりの証言をせざるを得ない状況にあったのではないか。
一部には「司法取引をしたのではないか」との見方もあるが、公選法違反は「日本版司法取引」の対象犯罪に含まれないので、正式な「司法取引」はあり得ない。そこで、被買収者に対して、検察に有利な公判証言をさせるために、明確な約束・合意はしないものの、検察の意向どおりの証言をすれば公選法による起訴を免れられるだろうと期待させる方法を考えたのであろう。実際に、被買収者側の首長・議員らの大半が、河井夫妻の公判で、「票の取りまとめを依頼された」との趣旨を認める証言をした。

今回、「河井疑惑をただす会」が東京地検に確認した結果を公表したことで、既に告発が受理され、東京地検で正式に刑事事件として立件されていることが明らかになったわけだが、それは、被買収者の首長・議員らにとって全く想定外だったのではなかろうか。
案里氏の有罪が確定したことで、少なくとも同判決で買収の事実が認定された被買収者の犯罪成立は否定できなくなった。検察は、早晩、刑事処分を行わざるを得ない。不起訴にするとしても、犯罪事実は認められるが敢えて起訴しないという「起訴猶予」しかないが、前述した求刑処理基準に照らせば、「起訴猶予」の理由が全くないことは明らかだ。告発人が不起訴処分を不服として検察審査会に審査請求すれば、「起訴相当」の議決が出ることは必至だ。検察は、その議決を受け、「検察は不起訴にしたが、市民の代表の検察審査会が『起訴すべき』との議決を出したので、起訴せざるを得ない」と言って、起訴することになるであろう。
被買収者側は、河井夫妻の公判で、検察の意向どおりに「投票の取りまとめ」の依頼の趣旨を認識して現金を受領したと証言することで、検察の判断によって起訴されることを免れることはできても、最終的には、検察審査会の議決を受けて起訴されることを免れることはできない。「検察に騙された」と気付いても時すでに遅しである。
それは、被買収者側の「自業自得」であり、同情の余地は全くない。
しかし、検察が、そのような意図で、「公選法違反事件の処理としてあり得ないやり方」を用いて今回の公選法違反事件を処理し、検察審査会の議決まで刑事処分が遅延するということになれば、本来、公選法による処罰の目的であるはずの「選挙の公正」が、逆に、根底から損なわれる事態を招くことになる。

「公正な選挙」を根底から失わせる重大な問題

公選法は、参議院議員の再選挙について、9月16日から翌年の3月15日までにこれを行うべき事由が生じた場合は当該期間の直後の4月の第四日曜日に行うと規定している(33条の2第2項)。2月4日に案里氏の公選法違反の有罪が確定し当選無効になったことから、自動的に、4月25日の日曜日に再選挙が行われることになる。選挙の実施や時期について裁量の余地はない。
しかし2019年参議院選挙における案里氏の現金買収の公選法違反の有罪が確定し当選無効となって、「公正な選挙」をやり直すために再選挙が行われるのであるから、その再選挙の告示前に、当選無効の原因となった案里氏の買収の公選法違反事件に関して、被買収者の処分も含めて、同じ公選法違反事件のすべての刑事処分が行われるのが当然だ。それによって、問題となった公選法違反の違反者を排除した「公正な選挙」が可能となるからだ。被買収者の公選法違反事件について刑事処分が行われず、被買収者が公民権停止にもならず、選挙期間中も選挙運動をやりたい放題の状況で、やり直しの再選挙を行うことなど、公選法は全く想定していない。
もし、このまま再選挙が行われるとすれば、実際に、「選挙の公正」に関して重大な不都合が発生する。

上記のとおり、被買収者の首長・議員らは、調書どおりの証言をすれば起訴されることはないと考えて公判証言したのであろうが、実際には、検察審査会での議決も含めれば、2019年参院選での公選法違反による処罰を最終的に免れることはできない。その被買収者らが、今回の再選挙でさらに公選法違反を犯しても、2019年参院選の違反と「併合罪」として一回の処罰を受けるだけで済む。つまり、今回の再選挙では、彼らは違反をやってもほとんど変わらず、選挙違反は「やり得」なのである。
「前回選挙における買収」という公選法違反の有罪確定で案里氏が当選無効となったことを受けて行われる再選挙で、その事件についての確定判決で被買収の事実が認められた者が投票もでき、選挙運動もやりたい放題というのは公選法の目的に反する「著しく不公正な選挙」である。

公選法の目的に反する検察の対応が「公正な選挙」を阻害

このような事態に至っている根本的な原因は、刑事事件についての広範な裁量権を有する検察が、その「裁量権の限界」について認識を欠いていることにある。
検察は公訴権を独占しており、事件を刑事事件として扱うか否かについての判断も、すべて検察が独占している。検察の固有の領域とも言える刑法犯であれば、検察の裁量権を制約する要素は基本的にはない。しかし、特定の目的を持つ法律の罰則適用においては、その法の目的に明白に反することは許されない。また、刑事事件の立件の要否についての検察の裁量権も、確定した裁判所の司法判断に反する対応を行うことは許されない。
選挙が公正に行われることは、民主主義の基盤であり、そのためには、公選法のルールが、公正・公平に適用されることが必要となる。買収事案に対して公選法の罰則を適用するのであれば、論理必然的に、買収・被買収の両方に犯罪が成立し、両方に公正・公平に罰則を適用するのが当然である。検察が起訴した買収事件について司法判断が確定すれば、他方の被買収事案についても罰則を適用しなければならない。それを行わないことは検察の裁量の範囲外である。
検察が自ら逮捕・起訴した案里氏の買収事件の有罪判決が確定したことに伴って「公正な選挙」のやり直しとして再選挙が行われるのである。案里氏の事件の司法判断が確定した以上、他方の被買収者の刑事処分を、その再選挙の告示までに行うのは、あまりにも当然のことである。その刑事処分を敢えて行わない「検察の不作為」は、公選法の目的を阻害する重大な義務違反と言わざるを得ない。

被買収者の処分未了のまま再選挙では「良識ある政党」にとって候補者擁立は困難

仮に、このまま被買収者の刑事処分が行われない場合、公選法上は、4月8日に再選挙が告示されることになるが、案里氏の当選無効の原因となった公選法違反事件の刑事処分が未了で、被買収者が野放しになっているという「異常な状態」での選挙となり、「公正な選挙」の前提は全く充たされない。そうである以上、公選法のルールに則った対応をする「良識ある政党」にとって、候補者を擁立して再選挙に臨むことはできないはずだ。
その結果、各政党からの立候補者がない場合、再選挙の「当選者がない」ということで、40日以内に、再度、選挙の告示が行われることになる(33条の2第1項)。そして、検察が刑事処分を行わない限り、選挙の告示が繰り返されることになる。そのような異常な事態が、検察の重大な義務違反によるものであることは言うまでもない。

90年代末の創設時に私も所属した広島地検特別刑事部の独自捜査を発端に、東京地検特捜部も加わった大規模捜査で、従来は、選挙運動期間中やその直近に、直接的に投票や選挙運動の対価として金銭等を供与する行為に概ね限定してきた公選法の買収罪の適用範囲を拡大して、河井夫妻を買収罪で逮捕した検察捜査は、公職選挙の実態を考慮して公選法の罰則適用を抑制的に行ってきた従来の「公選法適用の常識」を覆すものであり、私も、金権腐敗選挙をただす積極的な捜査の姿勢を評価してきた(【検察は“ルビコン川”を渡った~河井夫妻と自民党本部は一蓮托生】)。
ところが、河井夫妻逮捕以降の検察捜査は、事件の背景として極めて重要な事実である自民党本部からの1億5000万円の選挙資金の提供と多額の現金買収事件の原資の関係が強制捜査の対象とされず、事実解明は中途半端なまま終わり、多額の現金を受領した地元政治家ら被買収者側の公選法違反は全く刑事処分が行われず、河井夫妻の個人犯罪であるかのように矮小化されたまま、案里氏の有罪が確定したことに伴う参議院広島選挙区の再選挙の告示が迫っている。
河井夫妻から多額の現金を受領したことが有罪判決等で明白になっている被買収者側の刑事処分が全く行われないという公選法の刑事実務上異常な対応が行われ、それによって、公選法のルール違反を犯し、本来選挙に関わるべきではない彼らの選挙活動が野放しになったままの再選挙になった場合、一連の検察捜査は、公選法の目的とする「公正な選挙」を著しく損なうものとなり、検察にとって「歴史上の汚点」となりかねない。
検察は、問題の重大性を十分に認識して対応すべきだ。

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