「菅首相長男・『旧郵政省系官僚』違法接待の背景~「コンプライアンス顧問」の重要性 

放送事業会社に勤める菅首相の長男の菅正剛氏が、許認可権を握る総務省の幹部4人に違法な接待を重ねていた疑惑が週刊文春で報じられ、国会で厳しく追及されている。中央省庁の中核を担う存在であるはずの総務省の局長級の幹部が、利害関係者から度重なる高額接待を受け、贈答品、タクシーチケットまで受領していたという「モラルの崩壊」に、多くの国民は呆れ果てている。

私は、民主党政権時代の2009年12月~2012年11月、原口一博氏、片山善博氏ら4人の大臣の下で総務省顧問・コンプライアンス室長を務めた。この時、関わったコンプライアンス案件の多くが、今回違法接待が問題となっている「旧郵政省系」の部署の問題であった。今回、違法接待の疑惑で出てくる総務省幹部の中には、コンプライアンス室の調査対象の案件の担当課長も含まれている。

総務省でこのような問題が発生した背景について、コンプライアンスを徹底するための効果的な対策を、総務省顧問時代の経験も踏まえて考えてみたい。そして、この問題が、贈収賄等の刑事事件に発展する可能性についても考えてみたい。

菅首相長男らとの接待に関する秋本局長の「虚偽答弁」

週刊文春の記事で違法接待が報じられた後、秋本芳徳情報流通行政局長は、衆議院予算委員会で、菅義偉首相の長男との昨年12月10日の会食の際、同局が所管する放送業界の話題が出たかどうかを質問され、「記憶はない」と答弁した。ところが、昨日(2月18日)発売の週刊文春で、会食時のやりとりとされる音声が報じられ、所管業務が話題になっていたことが否定できない状況に追い込まれた。秋本氏は、その音声が自分だと認めていながら、現在も「記憶にない」と述べているようだ。

文春記事で報じられている会食の会話内容からすれば、BS放送の新規参入は、その会食のメインの話題であり、まだ2か月も経っていないのに、会食時のことについて全く記憶がなくなることはあり得ない。それを総務省局長としての国会答弁で、「記憶にない」などと堂々と虚偽答弁することは、中央省庁の局長としてあり得ないと言わざるを得ない。

どうして、このような官僚のモラルの崩壊が起こるのか。

そこには、安倍政権が長期化しそれを継承する菅政権が続く中で、行政の長たる総理大臣として安倍首相が行った答弁の姿勢が影響していると考えざるを得ない。安倍首相は、「桜を見る会」前夜祭問題に関して、「虚偽答弁」を繰り返し、検察捜査で虚偽が明らかになるや、国会で、「説明にもならない説明」をしただけであり、いまだに合理的な説明をしていない(【「桜・前夜祭問題」一層巧妙化する安倍前首相のウソ】)。

行政の長たる総理大臣が、まず「自分に都合の良いこと」を答弁し、後日、それが虚偽答弁であることが判明したら、その時点で辻褄合わせの説明をするという姿勢なのである。その配下にある官僚に、「自己に都合の悪いことでも真実を答弁しろ」と言っても無理であろう。日本政府は、丸ごと「ウソ答弁」に汚染されているということだ。

総務省でのICT補助金事業をめぐる不適切予算執行の問題

私が、総務省顧問・コンプライアンス室長として対応した案件の中に、ICT関係補助金等事業の不適切な予算執行の問題があった。「ICTふるさと元気事業」に関するコンプライアンス室への通報をきっかけにコンプライアンス室で調査を開始し、弁護士、ICTシステム専門家、公認会計士等の外部有識者で構成する「ICT補助金等調査・検討プロジェクトチーム」を組織して不適切な予算執行の実態・問題を解明し、概算払いされていた補助金についても大幅減額を行った。そして、調査結果に基づいて、制度・運営に係る改善及び職員の意識改革を提言した(総務省HP https://www.soumu.go.jp/main_content/000169927.pdf )。

この時の補助金の不適切予算執行を行った担当部局が「旧郵政省系」であり、所管課が総務省情報流通行政局地域通信振興課、その課長だったのが、今回の接待疑惑の当事者の秋本氏、現在の情報流通行政局長だ。

そして、調査の途中、人事異動で担当課長が交代し、後任となったのが、現在、内閣広報官として、総理大臣記者会見を仕切っている山田真貴子氏だった。

上記の「ICT補助金等調査・検討プロジェクトチーム」で調査したのが、民主党政権発足直後、急遽、第2次補正予算で実施した「ICTふるさと元気事業」だった。年度末までの僅かな期間に、組織の実態を把握することすら容易ではないNPO法人に、60億円もの補助金交付を適正に行うことなど土台無理だったはずだ。

しかし、当時、「官から民へ」というスローガンを掲げた民主党が、総選挙で圧勝し民主党中心の連立政権が発足したばかりだった。その最初の総務大臣の肝いりで予算化された補助金事業ということで、大臣の意向を過剰に忖度し、年度内の補正予算執行に異を唱えることなく、形だけの審査で、杜撰極まりない補助金の採択をした。

政治権力に脆弱な「旧郵政省系官僚」は、当時は、民主党連立政権の政治権力に対しておもねっていたが、その後、再び自民党政権に戻り、安倍政権が長期化し、総務省内での菅義偉官房長官の存在が一層大きなものとなっていく中で、「政治権力への脆弱さ」がさらに極端化していったということであろう。

旧郵政省系官僚の「政治権力への脆弱さ」

このような「旧郵政省系官僚」と政治権力との関係には、歴史的背景がある。

総務省は、2001年の省庁再編で、「自治省」「郵政省」「総務庁」の3省庁が統合されてできた。そのうちの郵政省は、もともとは、三公社五現業のひとつである郵政三事業を取扱う「現業官庁」であった。設置当初の本庁舎は、現在の港区麻布台に所在し、他の省庁が集まる霞が関へ行くのにバスを使わなければならなかったこともあって、「三流(もしくは四流)官庁」と揶揄され、中央省庁の中でも格下に見られていた。

その郵政省を、本庁舎を霞が関に移転させるなど、郵政省の地位向上に大きな役割を果たしたのが1964年に郵政大臣となった田中角栄氏であった。その後、1984年7月、通信政策局・電気通信局・放送行政局のテレコム三局に拡充され、電気通信・電波放送行政を担う省庁として、「現業官庁」から「政策官庁」へ脱皮してきたのも、「政治の後ろ盾」によるものだった。

そして、総務省に統合された後も、「旧郵政省系官僚」は、小泉純一郎内閣で一気に進められた郵政民営化がその後政治情勢の変化によって紆余曲折を繰り返すという、激しい環境変化にさらされた。

私は、総務省顧問就任の直後、「かんぽの宿」問題等の日本郵政をめぐる不祥事に関して設置された「日本郵政ガバナンス検証委員会」の委員長を務めた。その【報告書】でも、「西川社長時代の日本郵政は、政治情勢の激変の中、「郵政民営化を後戻りさせないように」との意図が背景あるいは誘因となって、拙速に業務執行が行われたこと」を問題発生の原因として指摘した。政治の影響をとりわけ強く受けるのは、日本郵政だけではなく、それを監督する「旧郵政省系」の部局も同様である。

このように政治情勢の変化に翻弄されてきた郵政省の歴史の中で、電波、通信、ICTなどの旧郵政省の担当分野は急拡大し、社会的重要性が増大し、所管業務に関する巨大な利権も生じるようになった。それらを適正に、公正に行っていくためには、相応の能力と、官僚としての倫理観が必要とされる。しかし、かつて「三流・四流官庁」と言われた郵政省を起源とする組織には、それらは十分ではなかった。その能力と権限のアンバランスが、「旧郵政省系官僚」が政治権力に依存し、脆弱化する傾向を一層強めることにつながり、「旧郵政省系官僚」は、政治の流れの中で「波乗り」をするような存在となっていった。

そして、安倍長期政権の下では、総務省にとっての最大の実力者の菅義偉官房長官の意向を強く意識するようになり、それが、かつて菅総務大臣秘書官を務めていた菅氏の長男との「癒着」につながっていったのであろう。

刑事事件に発展する可能性

では、今回の違法接待疑惑が、刑事事件に発展する可能性があるのか否か。

日本の刑法の贈収賄は、請託・便宜供与のない「単純収賄」も処罰の対象としているので、接待が「職務との関連性」があり、「社交的な儀礼の範囲内」と言えない限り、「賄賂」と認められ、贈収賄罪が成立することになる。

週刊文春の記事によると、菅首相の長男正剛氏が勤める東北新社は、総務省の許認可を受けて衛星放送を運営する会社であり、正剛氏と秋本局長の会話の中には、

「BSの。スター(チャンネル)がスロット(を)返して」

というようなやり取りがある。

2019年9月、総務省はBS放送の新規参入に関し、電波監理審議会へ諮問し、その結果、吉本興業等3事業者の認定を適当とする旨の答申が下り、同年11月に認定された3つのチャンネルは今年末にBSで放送開始予定となっている。それに伴いBS帯域の再編が急ピッチで進められ、昨年11月30日以降、東北新社子会社が運営する『スターチャンネル』など既存のチャンネルは『スロットを返す』、すなわちスロットの縮減が順次実施されている。

上記発言の趣旨が総務省の電波行政に関連していることは明らかであり、会食の場での会話が、総務省の所管業務に関連する話題に及んでいることは否定できないように思える。

接待の賄賂性が否定されるのは「社交的な儀礼の範囲内」のものである場合だが、その範囲内と言えるかどうかは、公務員倫理法上の報告対象の「5000円」というのが、一つの基準となるであろう。

もちろん、贈収賄罪の成立が否定できないとしても、検察が、実際に起訴するレベルの犯罪かどうかは話が別である。週刊文春の取材で詳細が明らかになっているのは12月10日の接待だけであり、他の接待の「賄賂性」は不明だ。これまで、数万円程度の1回の接待で、贈収賄罪に問われた事例は聞いたことがない。しかし、この記事に基づいて告発が行われた場合、検察捜査では、それまでも繰り返されていた接待も問題にされるであろうし、接待による賄賂の金額が増える可能性がある。また、検察実務で従来起訴の対象とならないような事例であっても、不起訴処分となれば、検察審査会に申し立てが行われ、黒川元検事長の賭け麻雀賭博事件のように、起訴猶予処分に対して「起訴相当」の議決が出ることも考えられる。

「旧郵政省系官僚」が引き起こした今回の事件では、検察の対応も、注目されることになるであろう。

中央省庁における「コンプライアンス顧問」の重要性

「政治権力への脆弱さ」が、今回のような官僚や公務員のコンプライアンス問題を生じさせる構図は、「旧郵政省系官僚」だけに限ったことではない。安倍政権の長期化、官僚人事の内閣人事局への一元化によって、官僚の世界全体が、政治に対して無力化しつつある中で、もともと政治に対して脆弱であった「旧郵政省系官僚」のところに極端な形でコンプライアンス問題が表面化したとみるべきであろう。

総務省顧問時代のことを振り返ってみると、そのような「官僚が政治に追従・迎合していく構図」の中で、コンプライアンスを守っていくためには、相応の位置づけを持つ中立的な立場の「コンプラアインス顧問」の存在が重要であったと思う。

当時の総務省での「顧問・コンプライアンス室長」という地位は、大臣から直接任命され、省内で相応の位置づけが与えられ(会議スペース付の個室も与えられていた)、大臣に対しても物が言える立場だった。コンプライアンス室には、もともと、行政監察、行政評価等の「中央省庁のコンプライアンス」を担ってきた「旧総務庁系」の職員が配置され、コンプライアンス問題への対応業務を支えてくれていた。だからこそ、当時の「顧問・コンプライアンス室長」が、コンプライアンス違反に対する中立的・客観的な監視機能を果たす「重し」としての役割を担うことができたのである。

もとより、原口総務大臣も、不適切な予算執行をしてまで年度内に「ICTふるさと元気事業」を行うことなど考えていなかった。しかし、政治権力に極めて脆弱な役人気質が、過剰に忖度して、補助金事業を拙速に執行しようとしたことが不適切執行につながった。政治に「波乗り」をする秋本氏ら「旧郵政系官僚」にとっては、原口大臣に任命された総務省顧問・コンプライアンス室長の私が、その大臣の肝いりで実施された事業に水を差すような徹底調査を行うことは想定外だったのかもしれない。しかし、組織のコンプライアンス対応というのは、組織のトップのためのものではない。あくまで中立的・客観的な立場から「コンプライアンスに忠実に」対応するのが当然である。

地方自治体における「コンプライアンス顧問」

私は、2017年から、横浜市の「コンプライアンス顧問」を務めている。それも、総務省での顧問・コンプライアンス室長と同様に、市長から直接任命され、「コンプライアンスの重し」としての役割を果たす立場である。

横浜市は、2007年、市職員が起こした重大な不祥事の発生を契機に、「コンプライアンス委員会」を設置し、私は外部評価委員として関わってきた。その活動は、設置当初は活発だったが、その後、次第に形骸化し、外部評価委員が参加する委員会の開催も、具体的な事案への関与も、ほとんどないという状態になっていた。

2017年7月、横浜市は資源循環局で発生した「産業廃棄物処理に係る通報に対する不適切な取扱い」について公表したが、この件についての横浜市の対応には、「通報者の保護」という視点が欠落しており、「法令規則上正しい対応をすること」に偏り、「社会の要請」に目を向けないコンプライアンスの典型だった。

林文子市長に、この「不祥事」への対応について問題点を指摘し、コンプライアンス委員会の活動を抜本的に改善するよう求めたところ、市長は、コンプライアンスへの取組みを抜本的に改め、強化する方針を打ち出した。私と、共に外部委員を務めていた公認会計士の大久保和孝氏の2人がコンプライアンス顧問を委嘱され、具体的なコンプライアンス問題にも直接関わることになった。

それ以降、毎年度、特定の部局ごとに、管理職に対する講義やディスカッション形式の研修を行う一方、時折発生するコンプライアンス問題についても、直接相談を受け、対応について助言している。「コンプライアンス室」も、年々、体制が強化され、コンプライアンス顧問とともに、その役割を果たしており、もともと、意識も能力も高い職員が揃っている日本最大の政令指定都市の横浜市におけるコンプライアンスへの取組みは、着実に効果を上げつつある。

政治権力と「コンプライアンス顧問」の重要性

今回の「旧郵政省系官僚」の問題がまさにそうであるように、中央省庁においては、「政治権力への脆弱さ」がコンプライアンス問題に発展する重大リスクとなる。それと同様に、地方自治体においては、首長の政治的な方針・指示が、コンプライアンスからの逸脱を生じさせることがある。それは、首長が大統領的な強大な権限を持つ日本の地方自治制度において、コンプライアンス意識の高い自治体職員にとっても不可避のコンプライアンス・リスクだと言える。

そういう面から、市長から委嘱を受けた「コンプライアンス顧問」が、コンプライアンスの「重し」になり、時には「盾」となることが、自治体をめぐる重大なコンプライアンス問題の発生や深刻化を防止する上で重要だと言えよう。

中央省庁の多くに、「コンプライアンス室」が設置され、外部弁護士が室長に委嘱されているところもある。しかし、ほとんどが、単なる内部通報窓口であって、顧問がコンプライアンスを担当している省庁というのは、聞いたことがない。

地方自治体でも、公益通報者保護法との関係で、内部通報窓口が設置されているが、首長から直接委嘱を受ける「コンプライアンス顧問」を置いている自治体というのは、あまり聞かない。

中央省庁、地方自治体における「コンプライアンス顧問」の存在に着目する必要があるのではなかろうか。

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政治家受領の「ヤミ献金」は不処罰、「ザル法」の“大穴”を塞ぐための方策

平成から令和に時代が変わっても、政治家、とりわけ国会議員の「政治とカネ」の問題は後を絶たない。

「桜を見る会問題」では、安倍首相側の地元有権者を集めた前夜祭の費用補填問題で、安倍氏の公設第一秘書が政治資金規正法違反で略式命令を受けた。河井克行前法務大臣とその妻の河井案里参議院議員が、同議員の参議院議員選挙での、多額の現金買収で逮捕・起訴されたが、その多くは、広島県内の首長・地方議員等の政治家に渡されたものだった。

そして、その事件に関連して、鶏卵業界のドンと言われるアキタフーズ会長から、いわゆる農水族の国会議員が多額の現金を受領した事件が表面化、吉川貴盛元農水大臣は、大臣在職中に、大臣室等で500万円の現金を受領していた事件で在宅起訴された。

これらの「政治とカネ」をめぐる問題の多くで、「政治資金規正法違反」が、マスコミで取り上げられるが、実際に、法違反が処罰につながる例は少なく、そのことへの違和感が、国民の政治に対する不信を高めることにつながってきた。

私自身も、現職検事だった時代に、「政治とカネ」の問題に関する捜査に積極的に取り組んできた。1990年代末には、広島地検特別刑事部長として、県政界の政治家をめぐる事件の捜査に取り組んだ。2001年から2003年にかけての長崎地検次席検事時代も、公共工事をめぐる政治資金の流れに関する事件の捜査に取り組んだ。

その際、捜査の武器として政治資金規正法を積極的に活用してきた。しかし、この法律は、法律上の概念が曖昧である上に、法の性格や違反行為の要件が世の中に正しく理解されておらず、また、法による義務付けの内容と政治家の政治資金処理の実情とに大きな乖離があることなど、罰則適用に関して、様々な問題があった。そのような構造的な問題は、世の中に正しく理解されているとは到底言えない。

私自身の検察の現場での経験に基づき、「政治とカネ」問題の背景となっている政治資金規正法の構造的な問題を指摘し、抜本的な改革案を提示することとしたい。

「ザル法」の真ん中に空いた“大穴”

「政治とカネ」の重大問題が発生する度に、政治家が世の中の批判を受け、政治家や政党自身が「その場凌ぎ」的に、議員立法で改正を繰り返してきたのが政治資金規正法だ。そのため、罰則は相当重い(最大で「禁錮5年以下」)が、実際に政治家に同法の罰則を適用して処罰することは容易ではない。それが「ザル法」と言われてきた所以である。

しかし、実は、政治資金規正法は、単に「ザル法」だというだけでなく、ザルの真ん中に「大穴」が空いているというのが現実だ。

「政治とカネ」の典型例が、政治家が、業者等から直接「ヤミ献金」を受け取る事例である。それは「水戸黄門」ドラマで、悪代官が悪徳商人から、「越後屋、おぬしも悪よのう」などと言いながら「小判」の入った菓子折りを受け取るシーンを連想させるものであり、まさに政治家の腐敗の象徴である。

しかし、国会議員の政治家の場合、「ヤミ献金」を贈収賄罪に問うのは容易ではない。そこでは、国会議員の職務権限との関係が問題となる。国会議員の法律上の権限は、国会での質問・評決、国政調査権の行使等に限られている。与党議員の場合、いわゆる族議員としての「政治的権力」を背景に、各省庁や自治体等に何らかの「口利き」をすることが多いが、その場合、「ヤミ献金」のやり取りがあっても、職務権限に関連しているとは言えず、贈収賄罪の適用は困難だ。

だからこそ政治資金規正法という法律があり、政治家が業者から直接現金で受領する「ヤミ献金」こそ、政治資金規正法の罰則で重く処罰されるのが当然と思われるであろう。しかし、実際には、そういう「ヤミ献金」の殆どは、政治資金規正法の罰則の適用対象とはならない。「ザル法」と言われる政治資金規正法の真ん中に「大穴」が空いているのである。

政治資金規正法は、政治団体や政党の会計責任者等に、政治資金収支報告書への記載等の政治資金の処理・公開に関する義務を課すことを中心としている。ヤミ献金の授受が行われた場合も、その「授受」そのものが犯罪なのではない。献金を受領しながら政治資金収支報告書に記載しないこと、つまり、そのヤミ献金受領の事実を記載しない収支報告書を作成・提出する行為が不記載罪・虚偽記入罪等の犯罪とされ、処罰の対象とされているのである。

国会議員の場合、個人の資金管理団体のほかに、代表を務める政党支部があり、そのほかにも後援会など複数の政治団体があるのが一般的だ。このような政治家が、企業側から直接、現金で政治献金を受け取ったのに、領収書も渡さず、政治資金収支報告書にもまったく記載しなかったという場合に、政治資金規正法の罰則を適用するためには、どの政治団体・政党支部宛ての献金かが特定されないと、どの「政治資金収支報告書」に記載すべきなのかがわからない。

もし、その献金が政治家「個人」に宛てた「寄附」だとすれば、「公職の候補者」本人に対する寄附は政治資金規正法で禁止されているので(21条の2)、その規定に違反して寄附をした側も、寄附を受け取った政治家本人も処罰の対象となる。しかし、国会議員たる政治家の場合、資金管理団体・政党支部等の複数の「政治資金の財布」がある。その献金がそれらに宛てた寄附だとすれば、その団体や政党支部の政治資金収支報告書に記載しないことが犯罪となる。いずれにせよ、ヤミ献金を政治資金規正法違反に問うためには、その「宛先」を特定することが不可欠なのである。

しかし、政治家が直接現金で受け取る「ヤミ献金」というのは、「裏金」でやり取りされ、領収書も交わさないものだからこそ「ヤミ献金」なのであり、受け取った側が、「・・・宛の政治資金として受け取りました」と自白しない限り、「宛先」が特定できない。「ヤミ献金」というのは、それを「表」に出すことなく、裏金として使うために受け取るのであるから、政治家個人宛のお金か、どの団体宛かなどということは、通常、考えていない。結局、どれだけ多額の現金を受け取っていても、それが「ヤミ献金」である限り、政治資金規正法違反の犯罪事実が特定できず、刑事責任が問えないことになるのだ。

「金丸5億円ヤミ献金問題」での「上申書決着」

平成に入って間もない90年代初頭、検察に対する世の中の不満が爆発したのが、1992年の東京佐川急便事件だった。この事件では、東京佐川急便から多数の政治家に巨額の金が流れたことが報道され、同社の社長が特別背任罪で逮捕されたことで大規模な疑獄事件に発展するものとの期待が高まった。しかし、いくら巨額の資金が政治家に流れていても、国会議員の職務権限に関連する金銭の授受は明らかにならず、結局、政治家の贈収賄事件の摘発は全くなかった。

そして、佐川側から5億円のヤミ献金を受領したことが報道され、衆議院議員辞職に追い込まれた自民党経世会会長の金丸信氏が政治資金規正法違反に問われたが、東京地検特捜部は、その容疑に関して金丸氏に上申書を提出させ、事情聴取すらせずに罰金20万円の略式命令で決着させた。

検察庁合同庁舎前で背広姿の中年の男が、突然、「検察庁に正義はあるのか」などと叫んで、ペンキの入った小瓶を建物に投げ、検察庁の表札が黄色く染まるという事件があったが、それは多くの国民の声を代表するものだった。東京佐川急便事件における金丸氏の事件の決着は、国民から多くの批判を浴び、「検察の危機」と言われる事態にまで発展した。

しかし、政治家本人が巨額の「ヤミ献金」を受領したという金丸氏の事件も、政治資金規正法の罰則を適用して重く処罰すること自体が、もともと困難だった。

当時は、政治家本人に対する政治資金の寄附自体が禁止されているのではなく、政治家個人への寄附の量的制限が設けられているだけだった。しかも、その法定刑は「罰金20万円以下」という極めて低いものであった。しかも、そのヤミ献金が「政治家本人に対する寄附」であることを、本人が認めないと、その罰金20万円以下の罰則すら適用できない。そのような微罪で政治家を逮捕することは到底無理であり、任意で呼び出しても出頭を拒否されたら打つ手がない。そこで、弁護人と話をつけて、金丸氏本人に、自分個人への寄附であることを認める上申書を提出させて、略式命令で法定刑の上限の罰金20万円という処分に持ち込んだのであった。

検察の行ったことは何も間違ってはいなかった。政治資金収支報告書の作成の義務がない政治家本人への献金の問題について極めて軽い罰則しか定められていなかった以上、検察が当時、法律上行えることは、その程度のものでしかなかった。しかも、それを行うことについて、本人の上申書が不可欠だったのである。

金丸ヤミ献金事件の後、政治資金規正法が改正されて、「政治家本人への寄附」が禁止され、「一年以下の禁錮」の罰則の対象となった。しかし、政治家本人が直接受領したヤミ献金については、違法な個人あての献金か、あるいは団体・政党支部宛ての献金かが特定できないと、政治資金規正法違反としての犯罪事実も特定できず、適用する罰則も特定できないという、「政治資金規正法の大穴」は解消されておらず、その後も、政治家個人が「ヤミ献金」で処罰された例はない。

2009年3月、民主党小沢一郎代表の公設第一秘書が、収支報告書に記載された「表」の献金に関する政治資金規正法違反(他人名義の寄附)の容疑で東京地検特捜部に逮捕された際に、西松建設の社長が、自民党の二階俊博議員側に「ヤミ献金」をしていたこと、そのうちの一部は二階氏に直接手渡されていたという「年間500万円の裏金供与疑惑」が報じられた。しかし、刑事事件としての立件には至らなかった。

また、吉川元農水大臣の事件でも、アキタフーズ会長から、農水大臣在任中に500万円を受領したほかに、大臣在任中以外の期間にも合計1300万円の現金を受領していた事実が報じられている。これも、政治家本人が直接受領した「ヤミ献金」のはずだが、刑事事件として立件され、起訴されたのは、大臣在任中の500万円だけであり、それ以外は刑事立件すらされていない。

それは、政治家側に直接裏金による政治献金が渡った場合に、政治資金規正法違反で立件・処罰することができないという、「政治資金規正法の大穴」によるものなのである。

「ヤミ献金」が刑事事件化された事例

一方、ヤミ献金が刑事事件として立件され処罰された事例がある。

その初の事例となったのが、私が長崎地検次席検事として捜査を指揮した2003年の「自民党長崎県連事件」(拙著【検察の正義】(ちくま新書)「最終章 長崎の奇跡」)である。

この事件では、自民党長崎県連の幹事長と事務局長が、ゼネコン各社から、県の公共工事の受注額に応じた金額の寄附を受け取っていた。そして、幹事長の判断で、一部の寄附については、領収書を交付して「表の献金」として収支報告書に記載して処理し、一部は「裏の献金」として、領収書を交付せず、政治資金収支報告書にも記載しなかった(この「裏の献金」が、幹事長が自由に使える「裏金」に回されていた)。

この事件では、正規に処理される「表の献金」と同じような形態で「裏の献金」が授受されていたので、「自民党長崎県連宛の寄附」として収支報告書に記載すべき寄附であるのに、その記載をしなかったことの立証が容易だった。「ヤミ献金」事件を、初めて政治資金収支報告書の虚偽記入罪(裏献金分、収入が過少記載されていた事実)で正式起訴することが可能だったのである。

2004年7月には、日本歯科医師会から平成研究会(橋本派)に対する1億円の政治献金に対して、橋本派側が幹部会で領収書を出さず収支報告書に記載しないことを決めた事実について、政治資金規正法違反(収支報告書の虚偽記入)の罰則を適用され、村岡兼造元官房長官と平成研の事務局長が起訴された。この事件も、平成研という政治団体に対する寄附であることが外形上明白で、それについて領収書を交付するかどうかが検討された末に、領収書を交付しないで「裏の献金」で処理することが決定されたからこそ、政治資金規正法違反の罰則適用が可能だったのである。

これらのように、「ヤミ献金」を政治資金規正法違反に問い得る事例というのは稀であり、政治家本人が直接現金を受け取るような事例には、政治資金規正法の罰則は全く歯が立たないという深刻な現実を理解する必要がある。

政治資金の逐次処理の実効性に関する問題

もう一つの問題は、政治資金についての収入・支出の透明化に関して、政治資金規正法上は、「会計帳簿の作成・備付け」と「7日以内の明細書の作成・提出」が義務付けられ、政治資金処理の迅速性が求められているが、ルールが形骸化しているということである。

政治資金規正法は、政治団体・政党等の会計責任者等に、各年分の政治資金収支報告書の作成・提出を義務付けているが、それに関して、収支報告書とほぼ同一の記載事項について、会計帳簿の作成・備付けを会計責任者等に義務付けるとともに、「政治団体の代表者若しくは会計責任者と意思を通じて当該政治団体のために寄附を受け、又は支出をした者」に対して、会計責任者への明細書の提出を義務付けている。

つまり、会計責任者は年に1回、政治資金収支報告書を作成・提出するだけでなく、その記載の根拠となる会計帳簿を、政治団体・政党等の事務所に常時備え付けている。これは、記載事項となる政治資金の収支が発生する都度、会計帳簿に記載することを前提としている。そして、会計責任者が知らないところで収支が発生することがないよう、政治団体の代表者等が、寄附を受けたり、支出をしたりした場合に、7日以内に明細書を作成して会計責任者に提出することを義務付けていて、会計責任者等が、その明細書に基づいて会計帳簿への記載をすることができるようにしている。

これは、政治資金の収支を発生の都度、逐次処理することを求める規定なのであるが、実際には、このような明細書の作成・提出の期限に関するルールは形骸化し、会計帳簿の記載、明細書の作成は、収支報告書の作成の時期にまとめて行われているようである。

逐次・迅速に収支を把握して処理する政治資金規正法のルールは、その記録化についてのルールがないために、収支報告書の作成・提出と併せてまとめて会計帳簿、明細書の処理をしても、提出する収支報告書上は証拠が残らず、明細書の提出義務違反等で処罰されることもない。それが、逐次・迅速処理のルールの形骸化につながっているのである。

安倍事務所における政治資金と個人資金の混同

安倍晋三前首相は、「桜を見る会」前夜祭での費用補填問題に関して、

私の預金からおろしたものを、例えば食費、会合費、交通費、宿泊費、私的なものですね。私だけじゃなくて妻のものもそうなんですが、公租公課等も含めてそうした支出一般について事務所に請求書がまいります。そして事務所で支払いを行いますので、そうした手持ち資金としてですね、事務所に私が合わせているものの中から、支出をしたということであります。

つまり、安倍事務所では、安倍氏の個人預金から一定金額を預かって、安倍夫妻の個人的な支出についても支払をしており、そのような個人預金から、後援会が主催する前夜祭の費用補填の資金を捻出したと説明したのである。

しかし、安倍氏の個人預金が補填の原資だと説明すると、安倍氏個人による公職選挙法の寄附の禁止に違反することになりかねない。そこで、補填は、秘書が無断で行ったと弁解するとともに、もう一つの補填の正当化事由として「専ら政治上の主義又は施策を普及するために行う講習会その他の政治教育のための集会に関し必要やむを得ない実費の補償」は、公選法が禁止する寄附に当たらないという理屈を持ち出してきたのである。

会場費の支出が寄附に当たらないとすると、「政治上の主義」や「政治教育」のためということになるので、当然、「政治資金としての支出」のはずだ。それを、安倍氏個人の資金から支出していたということは、安倍事務所においては、政治資金と安倍氏個人の資金が混同して処理されていたということなのである。

政治資金規正法の会計帳簿と明細書に関するルールから言えば、本来、政治献金や党からの交付金等の政治に関する収入と、安倍氏の個人資金とは明確に区別すべきであり、政治資金としての支出をした場合には、7日以内に会計責任者に明細書を提出し、それについて会計帳簿の記載が行われることになるはずだ。

ところが、前首相の安倍氏の事務所においてすら、政治資金の逐次・迅速処理のルールは守られず、政治資金と個人資金が混同されて処理されていた。おそらく、多くの国会議員の政治家が同様の政治資金処理を行っているのであろう。

 このようなことがまかり通るのは、政治資金規正法で、会計帳簿の備付・記載と明細書の作成・提出が義務づけられているのに、開示されるのが年に1回提出される政治資金収支報告書だけなので、法の趣旨どおりに逐次記載されているのか、収支報告書提出時にまとめて記載しているのかを、証拠上確認する手立てがないからである。

河井夫妻多額現金買収事件における政治資金と選挙資金の混同

河井夫妻が買収(公選法違反)とされて逮捕・起訴された事実の多くは、昨年4月頃、つまり、選挙の3か月前頃から、広島県内の議員や首長などの有力者に、参議院選挙での案里氏への支持を呼び掛けて多額の現金を渡していたというものだ。

従来は、公選法違反としての買収罪の適用は、選挙運動期間中やその直近に、直接的に投票や選挙運動の対価として金銭等を供与する行為が中心であり、選挙の公示・告示から離れた時期の金銭の供与が買収罪として摘発されることはあまりなかった。

このような「選挙期間から離れた時期の支持拡大に向けての活動」というのは、選挙運動というより、政治活動の性格が強く、それに関して金銭が授受されても、政治資金収支報告書に記載されていれば、それによって「政治資金の寄附」として法律上扱われ、公選法の罰則は適用しないというのが一般的な考え方であった。

しかし、公選法上は、「当選を得る(得しめる)目的をもつて選挙人又は選挙運動者に対し金銭、物品その他の財産上の利益を供与する」ことで違反が成立する。県政界有力者も「選挙人」であり、「案里氏を当選させる目的」で「供与」した以上、形式的には違反が成立することは否定できないように思える。問題は、形式的には違反に該当しても、「政治資金の寄附」として合法化される余地があるかどうかだ。ここで重要なのは、河井夫妻の場合、現金で供与したから買収になるように言われているが、そうではないということだ。仮に、銀行振込であったとしても、使途を限定せずに提供するのであれば「供与」であることに違いはない。

結局、問題は、その「供与」が「政治活動」のためか、「選挙運動」のためか、ということである。事後的に、政治資金か選挙資金かが問題にならないようにするためには、政治活動とそのための政治資金の支出が、政治資金の処理を通じて明確に区別され、収支が発生した時点で、明細書や会計帳簿に政治資金として記載されることが必要だ。しかし、既に述べているように、会計帳簿の備付・記載、明細書の提出という、政治資金の逐次処理のルールは形骸化しており、年に1回の政治資金収支報告書の提出の時点までは、選挙資金と政治資金とが明確に区別されないまま処理されることがあり得る。

実際に、河井夫妻の公選法違反事件では、家宅捜索等の強制捜査が行われたのは、2020年1月であり、この時点では、2019年分の政治資金の収支については、政治資金収支報告書の提出期限の前だった。河井夫妻から現金を受領した広島県内の首長・議員の中には、家宅捜索を受けた後に提出した政治資金収支報告書に、河井夫妻からの寄附の受領を記載した者もいるようだ。

政治資金の1年分一括処理が事実上許されていることが、政治資金と選挙資金の区別を曖昧にし、それが、政治活動と選挙運動の境目が不明確になることの背景にもなっている。

「政治とカネ」問題根絶のための“2つの提言”

以上述べてきたように、現行の政治資金規正法には、政治資金透明化という法目的に著しく反する政治家個人が直接受領する「ヤミ献金」に対して罰則適用できないこと、政治資金の逐次処理のルールが形骸化していること、という二つの大きな問題があり、それが「政治とカネ」の問題が後を絶たないことの背景となっている。

そこで、このような状況を抜本的に是正する方法として、国会議員についての政治資金収支報告書の「総括化」と、会計帳簿・明細書のデジタルデータの「法的保存義務化」を導入してはどうか。

まず、政治資金規正法は、国会議員について、「国会議員関係政治団体」、すなわち、従来の資金管理団体・政党支部等の国会議員と密接な関係を有する政治団体について、1万円以上の支出の使途の公開、登録政治資金監査人による監査の義務付け、1円以上の領収書の開示が義務づけているが(19条の7)、「国会議員関係政治団体」を含めて、当該国会議員の政治活動に関連する政治資金の収支を総括する「国会議員政治資金収支総括報告書」の作成提出を、義務付けるのである。それによって、当該国会議員たる政治家が、業者から、特定の団体・政党支部への紐づけが明確になっていない献金を受領した場合も、その総括報告書には記載しなければならないことになる。

政治資金収支総括報告書の作成・提出については、当該国会議員が、「総括会計責任者」を選任し、総括報告書を作成・提出させる。国会議員が、政治資金の寄附を受けた際には、7日以内に、その旨を記載した明細書を総括会計責任者に対して提出しなければならないと規定するのである。

これにより、政治家本人が「政治資金」と認識して受領したのに、会計責任者に明細書を提出せず、総括報告書に記載しない場合であれば、政治資金収支総括報告書不記載罪の罰則が適用できることになる。それによって、国家議員たる政治家個人が直接「ヤミ献金」を受領した場合に、政治家個人宛か団体、政党支部宛てかが特定できないために処罰することができないという「政治資金規正法の大穴」は塞がれることになる。

もう一つは、政治資金規正法上の備付けを義務付けられた会計帳簿と、7日以内の作成・提出を義務付けられている明細書について、データの作成日が記録されたデジタルデータの保存と政治資金収支報告書に添付して提出することを義務づけることである。それによって、政治資金の収入、支出について、7日以内には必ず明細書を提出し、会計帳簿に記載しなければならないことになり、処理を未定にしておいて、政治資金収支報告書を作成・提出する時期に、政治資金と個人資金の振り分けや、政治資金と選挙資金等の振り分けを決める一括処理は違法となる。

もっとも、実際の政治資金の収支の中には、発生した時点では、どの団体・政党支部に帰属させるかが判然としないものも少なくないものと思われる。そこで、従来の各団体・政党支部ごとの会計帳簿とは別に、当該国会議員に関連する政治資金の収支であることは間違いないが、帰属先が定まっていない収支を含めて記載する「総括会計帳簿」の備付け・記載を会計責任者に義務付けることにする。「総括会計帳簿」に記載しておけば、収支の具体的な帰属先は、個別の政治資金収支報告書の作成・提出時までに確定させればよいことにする。それでも、政治資金としての収支であることは、収支が発生した時点で、個人の収支や、選挙に関する収支とは区別して、総括会計帳簿に明確に記載されることになる。

それによって、政治資金の処理が、迅速に収支の都度逐次行われることになり、政治資金・選挙資金・個人資金の相互の関係を明確にすることも可能となる。

真の「政治資金の透明化」を

政治資金規正法が基本理念とする「政治資金の収支の公開」は、健全な政治活動と民主主義の基盤を確保していくために不可欠なものである。しかし、法律のルールと現実の政治資金処理の実態との間に大きな乖離があって「違法行為」が恒常化している場合、その中の特定の違法行為だけが取り上げられると、「魔女狩り」的な不毛な中傷・告発合戦の常態化を招くことになる。

現実的に可能な政治資金処理のルールを構築することで、通常の政治資金の処理を行っていれば「政治とカネ」の問題で騒がれることがなく、意図的に政治資金処理のルールに反して政治資金を不透明化したり、私物化したりした事例だけが厳正な処罰の対象になるということにしていく必要がある。

まず、国会議員について、政治資金規正法における政治資金処理のルールを、現実的かつ実効性のあるものに改善する必要がある。それが「政治とカネ」の問題を根絶し、真の「政治資金の透明化」を実現することにつながるのではないだろうか。

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参院広島選挙区再選挙、自民党は、広島県民を舐めてはならない

2019年参院選で、広島選挙区で初当選して参議院議員になった河井案里氏は、同年秋に車上運動員の買収事件、翌20年には、夫の元法務大臣の河井克行衆議院議員が中心となった大規模買収事件が発覚、その共犯として逮捕・起訴されて有罪判決となり、議員辞職した。

克行氏と共謀して5人に計170万円を渡した公選法違反(買収)の事実で起訴された案里氏は、現金提供は認めた上で、「統一地方選の陣中見舞いや当選祝いだった」とその趣旨を争い、一貫して無罪を訴えてきたが、公判で証言した地方議員はいずれも買収の趣旨を認め、東京地裁は県議4人に対する160万円の買収を認定した。案里氏は、2月3日に議員辞職し、控訴しなかったため、その翌日の2月4日に、有罪が確定した。

案里氏の有罪確定によって当選が無効になり、4月25日に、参議院広島地方区の再選挙が実施されることになった。

4.25参議院広島地方区再選挙に向けての自民党の姿勢

案里氏の議員辞職・有罪確定で、4月25日に再選挙が実施される予定になったことに関して、自民党側の狙いが、多くのマスコミで報じられている。

収賄罪で在宅起訴された元自民党の吉川貴盛元農相の辞職を受けて実施される北海道2区では、「政治とカネ」問題の逆風を警戒して候補者擁立を断念し、立憲民主党の羽田雄一郎参議院議員の死去に伴う参院長野選挙区も、「弔い合戦」であることから野党側優勢が必至だ。自民党は、菅内閣にとって初の国政選挙となる4月の選挙での「全敗」を避けるために、案里氏の辞職による再選挙を画策し、党内では水面下で後継候補の選定作業に入っていたというのだ。「世耕弘成参院幹事長が判決後の会見で『保釈されているのに全く登院していない』と批判するなど、党内で辞職論が強まるのは、補選で一つでも勝ち、衆院選に向けて弾みをつけたいからだ」との見方もある(文春オンライン【「私はおもちゃ」河井案里氏有罪……長い判決文にあった“気になる一文”】)。

案里氏の有罪確定の翌日の2月5日、国会内で定例会見した世耕参院幹事長、4日に、BSフジの番組に出演した広島県選出の岸田文雄元外務大臣は、いずれも、「公認候補を立てて戦っていく」と述べている。

案里氏の議員辞職・不控訴が、自民党側の働きかけによるものかどうかはともかく、その結果行われることになる今年4月25日の参議院広島地方区の選挙での候補者擁立・当選をめざす動きを始めていたことは間違いないようだ。

政権与党の自民党に対して、私が、これほど深く失望したこと、それを通り越して、強い憤りを覚えたことはない。

河井夫妻事件は、自民党組織にとって重大不祥事

河井夫妻の公選法違反事件は、合計100人に対する合計2901万円の現金を供与したというものであり、国会議員が行った現金買収事件としては、過去に例を見ないほど大規模なものである。しかも、その買収行為の中心となったのが、候補者の夫で、選挙の直後に法務大臣に就任した衆議院議員の克行氏だったという、衝撃的な事件だ。しかも、この2019年参議院選挙で、自民党本部は、広島県連の強い反対を押し切って二人目の公認候補として案里氏を擁立し、現職の溝手顕正氏の10倍の1億5000万円の選挙資金を提供していたのであり、自民党組織やその幹部にも重大な疑惑が生じている。

広島県政界に広く現金がばら撒かれたこの事件は、まさに党の組織としての重大不祥事である。1億5000万円の選挙資金との現金買収の原資との関係や、安倍氏や菅氏の案里氏の立候補及び選挙運動への関与や認識などを明らかにし、また、広島県政界に事件が波及した構造を解明して、是正を図らなければ、自民党が公正な選挙を行うことへの信頼も期待もあり得ない。

しかも、案里氏を擁立したことの背景には、安倍首相と溝手氏との確執、溝手氏と近い岸田文雄氏と当時官房長官だった菅義偉氏との、次期総裁をめぐる争いなどがあったとされている。当時、広島県連が案里氏の選挙への一切の応援を拒絶していたことから、克行氏らとしては案里氏への支援の拡大を求めるために県政界の有力者に資金提供するための手段は現金の直接手渡しぐらいしかなかった。党本部から提供された1億5000万円の選挙資金を、県連を通じた正規ルートではなく、非正規ルートで県政界の有力者に提供するとすれば現金で手渡すしかないことは、安倍氏・菅氏も認識していた可能性が十分にある(《「安倍政権継承」新総裁にとって“重大リスク”となる河井前法相公判【前編】》《同【後編】》)。

このように党本部、党幹部側も、現金買収を認識していた可能性あるのであるから、まさに、党組織にとって重大な不祥事だ。ところが、自民党は、このような不祥事に対して、何の検証も総括も行おうとしない。

同じように自民党議員が刑事事件で起訴され、議員辞職した北海道2区では、「政治とカネ」問題の逆風を警戒して候補者擁立を断念した。ところが、案里氏の当選無効で行われる参院広島地方区の再選挙の方は、候補者を擁立しようとしている。

本来、「推定無罪の原則」との関係から言えば、既に有罪が確定している案里氏については犯罪があったことを前提に対応することに何の問題もないが、まだ起訴されただけで、しかも無罪を主張していている吉川氏については、「有罪」を前提とする対応はできないはずだ。自民党が、「政治とカネ」の問題を厳粛に受け止めるのであれば、広島選挙区こそ、公認候補擁立を断念するのが筋だ。ところが、広島県が保守が強い地域なので、逆風下でも勝利できるという「目論見」で、案里氏の辞職・有罪確定に伴って行われる4月25日の再選挙に公認候補を擁立する、というのだ。

自民党の広島地方区再選挙での勝利の「目論見」

2月4日の参議院幹事長の会見で、世耕氏は、

「しっかりと公認候補を立てて戦っていくことがなにより重要だと思っています。ある意味で我が党にとっても出直し選挙のようなつもりで素晴らしい候補者を立てて、広島のみなさんにしっかりと訴えて行くことが重要だ」

と発言し、岸田元幹事長は、BS番組で、

「河井事件という、とんでもない事件が起こって、広島の政治、あるいは自民党の政治に対する大変厳しい批判があり、そして信頼が損なわれた、大変残念な状況になっています。もういま惨憺たる状況です。参議院の補欠選挙、是非政治の信頼回復、広島の自民党の信頼回復ということで、是が非でもしっかり選挙をやらないと、広島の政治が持たないと思っています。そういった思いで、しっかりとした候補者を立てて、我々はしっかり出直すんだという姿勢を示さないといけない。大事な選挙だと思います。」

と述べた。

岸田氏によれば、河井事件という「とんでもない事件」で、広島の自民党の信頼が損なわれ「惨憺たる状況」にあるが、その信頼回復を図っていくために広島の自民党として行おうとしていることは、「しっかりと候補者を立てること」だけだということだ。

河井夫妻は、政治家にあるまじき、異常な性格の人物であり、多額現金買収事件は、そのような政治家2人が引き起こした特異な個人犯罪なので、再選挙では、河井夫妻とは異なる「立派な候補」を擁立して再選挙に臨めば信頼は回復できるということのようだ。

しかし、その河井克行という人物を、安倍氏は、案里氏当選直後に、法務大臣に任命した。菅氏も、「当選同期で親しい」と国会答弁(2021年2月4日衆院予算委員会)で自ら認めており、案里氏の選挙では複数回広島に応援に訪れ、案里氏とともにパンケーキを食べている。しかも、案里氏自身は、決して自ら望んで参院選に出馬したわけではない。週刊誌の取材にも「私は権力闘争のおもちゃ」などと述べてるとのことだ(【前記文春オンライン記事】)。

多額現金買収事件が、河井夫妻の個人的な資質の問題で片づけられるような問題ではないことは明らかだ。

しかも、広島県議会議員を務め、知事選挙にも立候補した経験がある案里氏が、2019年の参議院選挙の3か月余前に立候補表明をした際の選挙活動についてすら、克行氏の弁護人冒頭陳述では、「公認が大幅に遅れたため、周知のための政治活動期間・立候補のための準備期間が明らかに不足していた」と述べているのである。岸田氏が言うように、「河井夫妻の事件で信頼が損なわれた状況」の下で、再選挙まで2ケ月半余りという期間内に、公認候補者を擁立し、それが、河井夫妻とは全く異なる「しっかりとした候補者」であることを広島県民に認識・理解してもらうことが、果たしてできるのだろうか。

自民党の再選挙勝利の「目論見」のもう一つの理由

それにもかかわらず、自民党が、今回の広島選挙区再選挙に候補者を擁立して勝つことを目論んでいるのはなぜなのか。

その理由として考えられるのは、定数2名の参議院広島地方区の過去の選挙で、自民党候補が概ね50万票を超える得票をし、30万票弱の野党候補に圧倒的な差をつけていること、それに加え、今回は、2019年で、野党の森本真治候補(現在・立憲民主党)と案里氏が当選し、案里氏が当選無効となって行われる再選挙であるため、再選挙でもう1議席を獲得すると4年後の参議院選挙で2名の野党候補が争わなくてはならなくなることだ。自民党側は、野党側が、本気になって勝てる候補者を擁立しないとの見通しで、再選挙に臨もうとしているようだ。

しかし、自民党が、2019年参議院選挙で公認候補が引き起こした重大な不祥事について、何の検証も総括もすることなく、しかも、その背景となった「広島県の地元政治家の体質や構造」も改めることなく、単に、過去の広島選挙区での与野党の圧倒的な票差と、今回の再選挙で「対立する野党候補が弱い」と見越して、公認候補者を擁立して当選を目論むなどということは、到底許されることではない。

それは、安倍政権下の自民党が、「野党が弱い」のを良いことに、森友・加計学園問題など、様々な疑惑について説明責任を果たさないまま政権を継続し、結果的に、「安倍一強」の政治体制の下で、日本の政治・行政に多くの歪みを生じさせてきたのと全く同じ構図である。

本当の意味の「政治の浄化」を

政治は、「単なる数合わせ」ではないはずだ。政党助成金という国民の負担に下に、公の活動を行う政党には、組織として最低限のモラルとコンプライアンスが必要となるはずだ。

自民党が、広島県の政界の体質に目を向けることなく、単に、過去の与野党の票差と、野党側の選挙事情だけに目を向けて、再選挙に公認候補者を擁立しようとしているとすれば、広島県民を舐めきった「思い上がり」以外の何物でもない。

私は、1990年代末に、広島地検特別刑事部の創設直後に部長を務め、広島県政界をめぐる不正な資金の流れに関する事件の捜査に取り組んだ。

私が取り組んだ最大の事件が、海砂採取をめぐる事件だった。

当時、瀬戸内海でも、公共土木工事等に使用される海砂採取が行われていたが、広島県は、「閉鎖水域での海砂採取は、海洋汚染、環境破壊につながる」との指摘を受け、海砂採取を禁止する方針を打ち出し、採取期限が迫っていた。その期限延長を求める海砂船主会から、複数の県議会議員に、まとまった額の金品が渡っている事実をつかみ、政治資金規正法の事件として立件をめざして捜査を行った。

しかし、当時、政治資金規正法違反の罰則適用に消極的だった法務省の方針もあって、本格捜査着手への地検幹部の了承が得られず、部長の下に検事1名、副検事1名という特別刑事部の陣容では、他部や他地検からの応援検事を動員しなければ、本格的な捜査に着手することはできなかった。

他にも、特別刑事部長として、私は、様々な「政治活動や選挙に関して、多額の資金が動く構図」に関連する事件を手掛けた。しかし、本格的な捜査をしてそういった構造にメスを入れることはできなかった。(広島では果たせなかった地方地検での本格的な政界捜査は、数年後、長崎地検次席検事時代の自民党長崎県連不正献金事件で実を結ぶことになる(【検察の正義】ちくま新書、最終章「長崎の奇跡」)。)

その頃と同様の「広島県の地元政治家の体質」が、そのまま残っていて、それが今回の河井夫妻の多数の地元政治家への不正な金銭の供与につながったのではないだろうか。

私が部長を務めた時代から約20年が経ち、広島地検特別刑事部の後輩達が取り組んだ河井夫妻の多額現金買収事件の捜査は、コロナ禍という厳しい条件下にもかかわらず「不正な金の流れ」を解明し、「広島県政界の体質」を白日の下に晒すことになった。それを、本当の意味の広島の「政治の浄化」に結び付けていくことが、責任ある与党としての、広島の自民党の当然の責務だ。

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菅内閣の感染症法改正の「迷走」、入院措置を“ブチ壊し”かねない

 1月22日に閣議決定された感染症法改正案をめぐって大混乱が生じている。

 閣議決定された当初の法案では、入院を拒否したり、入院先からの逃亡をしたりした感染者に「1年以下の懲役または100万円以下の罰金」を科す罰則導入が含まれていた。この罰則導入について、野党やマスコミから、「罰則を導入することで、検査や感染報告を躊躇させることになり、かえって感染拡大につながりかねない」という批判が高まっていたが、それ以前の根本的な問題として、法律の構造上の問題があった。「入院勧告」に従わない場合に「入院措置」をとることを認めている現行法に、法改正により、新たに「入院措置」に応じなかった場合の罰則を導入した場合、「入院措置」と罰則適用はどういう関係になるのかという問題だった。

 その点を【感染症法改正「入院拒否罰則導入」への重大な疑問】で指摘したが、改正法案に対する批判の高まりを受けて行われた与野党の修正協議で、この法律の構造上の問題が議論されたようには思えなかった。与党側は、懲役刑を含む当初の改正案を維持することは困難と判断したようで、27日の時点では、懲役刑を削除し罰金刑のみとする方向で検討していると報じられていた(【感染症法改正、懲役削除へ 与野党が修正協議―28日の決着目指す】)。

 ところが、ちょうど、修正協議が始まったタイミングで、自民党の松本純衆議院議員、公明党の遠山清彦衆議院議員が、緊急事態宣言が出ている最中に、銀座のクラブに夜遅くまで出入りしていたことが週刊誌で報じられた。「与党議員は銀座のクラブ通いをして、一方で、国民はコロナに罹ったら刑事罰か」との国民の怒りが爆発し、与党側は刑事罰導入自体が維持できないと判断したのか、「懲役・罰金の刑事罰をすべて削除し、行政罰としての過料にとどめることで与野党が合意」ということになった。

 しかし、単に、「刑事罰を行政罰に落とした」だけでは、従来の「入院勧告」「入院措置」という感染症法における「入院」に関する措置体系が、グシャグシャになってしまい、かえって実効性を失ってしまうことになりかねない。

 感染症法の「入院措置」は、規定の文言が、精神保健福祉法の「措置入院」(自傷他害の恐れのある精神障碍者を強制的に入院させる措置)と同じであり、厚労省は、本人の意思にかかわりなくも有形力をもって強制的に入院させることができる「即時強制」と説明してきた。

 「入院」に対する現行法の措置体系に対して、今回の法改正で、「入院拒否」や「入院者逃亡」に対する、行政罰としての「50万円以下の過料」が適用されることになると、法律の構造上、大きな問題が生じる。

 まず問題となるのは、「行政罰としての過料」は、「行政上の義務」に違反した場合に科されるものだが、今回、「入院拒否」「入院者逃亡」に対して科される「過料」の前提となる「行政上の義務」というのは、いかなる法律上の根拠によって生じるのかという点だ。

 「入院勧告」は、あくまで「勧告」なので、それに応じるかどうかは任意だ。勧告を受けた者に対して、「入院」が行政上義務づけられるわけではない。

 また「入院措置」が、本人の意思に関わりなく行われる「即時強制」だとすれば、強制的に入院させられる者には、入院すべき「行政上の義務」は生じない。

 つまり、報じられているように改正案の「罰則」に関する規定中の「懲役・罰金」が「過料」に落とされるだけで、それ以外の規定が全く変更されないとすると、「行政罰としての過料」の前提となる「行政上の義務」はいかなる根拠によって生じるのか、という問題に直面することにならざるを得ないのである。

 そこで仮に、「入院措置」を、今後は、「即時強制」ではなく「入院命令」と解釈し(そういう解釈が可能かどうかも疑問だが)、感染者に対して、行政文書等で「入院措置」が発出されるということにするとすれば、その命令違反となる「入院拒否」「入院者逃亡」に対して「50万円以下の過料」が科されることになるが、そうなると、入院を拒否しても、入院者が入院先から逃亡しても「過料を支払えばオシマイ」ということになり、「強制的な入院」は行えないことになる。それによって、「入院」に関する法的措置の体系の実効性は、現行法より、著しく弱められることになる。

 今回の法改正での罰則導入の規定は、新型コロナウイルスが含まれる「指定感染症」に対する「入院措置」だけに関するものではない。「一類感染症」(エボラ出血熱、クリミア・コンゴ出血熱、痘そう、南米出血熱、ペスト、マールブルグ病、ラッサ熱)に対する「入院措置」、「二類感染症」(急性灰白髄炎、結核、ジフテリア、重症急性呼吸器症候群、鳥インフルエンザ)、新型インフルエンザ等感染症に対する「入院措置」に関する、「入院拒否」「入院者逃亡」に対する罰則適用も含まれている。

 もし、これら様々な感染症に対する「入院措置」が、丸ごと「入院を拒否しても、入院者が入院先から逃亡しても50万円以下の過料を支払えばオシマイ」ということになってしまってしまうとしたら、想像するだけでも、ゾッとする。

 最終的な法律の文案が不明だが、問題を他の感染症に波及させないことを考えると、過料の罰則導入の対象を「指定感染症」に限定することにするのかもしれない。しかし、そうなると、「一類感染症」「二類感染症」と「指定感染症」とで、「入院措置」の内容が、片方は、「即時強制」で、片方は行政罰の根拠となる「命令」ということになり、これまた「中身がグシャグシャの法律」になってしまう。

 本来、内閣提出の法案については、内閣法制局の審査が行われるはずだ。そして、罰則付きの法案については、そもそも、感染対策の面から全く必要がないどころか、かえって感染拡大のおそれすらある上に、法律の措置体系との関係からも疑問がある罰則導入の法案を閣議決定し、国会提出したこと自体に重大な問題がある。法務省刑事局の「罰則審査」が行われ、改正法の内容、罰則の必要性、罰則の構成要件の明確性、法定刑の相当性などが審査される。

 今回の感染症法改正案による罰則導入については、一体どのような審査が行われたのだろうか。「入院措置」がどのような場合に、どのような要件で実施されるのかを十分に確認したのだろうか。

 そもそも、感染対策の面から全く必要がないどころか、かえって感染拡大のおそれすらある上に、法律の措置体系との関係からも疑問がある罰則導入の法案を閣議決定し、国会提出したこと自体に重大な問題がある。感染法を所管する厚労省が、罰則導入の必要性を判断し、検討した上で法案を提案したようには思えない。度重なるコロナ感染対策の失策を挽回すべく、官邸主導で罰則を導入しようとしたのであろうか。

 それが、与党議員の「銀座クラブ通い」発覚もあって、混乱に一層拍車がかかり、感染症法の措置体系の実効性にも重大な影響を生じかねない事態を招いているとすれば、まさに「国難」と言える新型コロナ感染拡大への対策を担う内閣として、あまりにお粗末だ。

 菅内閣の「迷走」のために、感染症法の措置体系が「ブチ壊し」になることは、絶対にあってはならない。

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「罰金」でも“逮捕”は十分可能、感染症法改正「罰則軽減」では解決しない

22日に閣議決定された感染症法改正案で、入院拒否や入院先から逃亡した場合に「1年以下の懲役または100万円以下の罰金」とする罰則導入の規定が設けられていることに対して、野党やマスコミから批判が高まり、日弁連、保健師協会、ハンセン病患者団体等側も反対を表明していることを受けて、26日に与野党の修正協議が開かれ、入院拒否に対する「懲役刑の削除」罰金の「100万円以下」から「50万円以下」への引き下げが検討されていると報じられている(【感染者の入院拒否に懲役、削除へ調整 野党の反対受け】)。

しかし、この感染症法改正による罰則導入については、罰則を導入することで、検査や感染報告を躊躇させることになり、かえって感染拡大につながりかねないという実質的面からの指摘がある。

それに加え、【感染症法改正「入院拒否罰則導入」への重大な疑問】でも述べたように、現行法で、「入院勧告」に従わない場合に、本人の意思によらない「強制的な入院措置」をとることを認めているのに、「入院拒否」に対する罰則を適用することの意味がわからないという問題がある(厚労省は、「入院措置」は、本人の意思にかかわりなく入院させることができる「即時強制」と説明しているが、実際には使われていない)。

罰則導入自体をやめるべきであり、懲役刑の削除とか罰金刑の引下げ等による「妥協」は行うべきではない。

懲役刑を削除し、罰金刑を「50万円以下」に引き下げても、実際に罰則が適用される場合の「刑罰による人権侵害」は質的に変わるものではなく、決して小さなものとはいえない。

当然のことだが、罰金も刑罰であり、その執行の手続きは、基本的に懲役刑と変わらない。

もし、罰則が導入され実際に、「入院拒否」「入院者逃亡」に対して罰則が適用されるのはどのような場面であろうか。

所定の期日までに入院をせず、或いは入院先から逃亡して、別の場所に所在しているということであり、入院を強く拒んでいるからこそ刑罰が適用されるのであり、その執行の手段は「逮捕」しかない。感染防護措置をとった警察官が逮捕状により逮捕した上、釈放して、入院させることになるだろう。

「罰金50万円以下の罪で逮捕などされるのか」と疑問に思う人もいるだろう。

しかし、罰金は、科料とは異なり、財産刑としては最も重い刑罰であり、逮捕、勾留については、懲役刑と基本的に変わるところはない。

被疑者の逮捕の要件を定める刑訴法199条は、「軽微な犯罪」については、「住居不定か出頭拒否の場合」に限って逮捕を認めている。この「軽微な犯罪」の範囲は、刑法犯、暴力行為処罰法などでは「30万円以下の罰金、拘留又は科料に当たる罪」とされ、それ以外の特別法犯については、「罰金2万円以下」とされている。

つまり、特別法犯である感染症法違反の犯罪については、「罰金50万円以下」でも逮捕が可能なのである。

実際に、「郵便不正事件」では、2009年4月、障害者団体向け郵便料金割引制度を悪用したとされる郵便法違反事件で、大阪地検特捜部が、ダイレクトメール(DM)の不正送付に関与したとして、障害者団体、大手家電量販店会社、広告代理店、大手通販・印刷会社などの10名の関係者を逮捕した。これは、「不法に郵便に関する料金を免れ、又は他人にこれを免れさせた者は、これを三十万円以下の罰金に処する。」という郵便法84条の規定に違反したというもので、「罰金30万円以下」の法定刑の罪だった。

この事件の背景には、郵政民営化には凡そ似つかわしくない古色蒼然たる規定が並ぶ「郵便法」の中に、「第三種郵便」について法律の体系の矛盾を抱えたまま、「郵便料金を不正に免れさせる行為」に対して罰金30万円以下の罰則が残されていたということがあった。そこに目を付けた大阪地検特捜部が、政界、官界をめぐる事件の摘発を狙って、多数の関係者の逮捕を行い、それが、後に、村木厚子氏の逮捕・起訴が無罪判決、証拠改ざんの発覚という、検察の大不祥事に発展した。その根本にあったのが、体系に問題がある法律に「罰金だけの罰則」が残されていたことだった。

今回の感染症法改正では、「入院勧告」「入院措置」の関係すら明確ではないという法律の体系的な不備があるのに、それに目を背けたまま、政府の感染症対策の失敗の連続を糊塗する目的で、入院拒否等への罰則の導入が行われようとしている。「罰金だけの罰則」であっても、絶対に許してはならない。

今、行うべきことは、実質的な必要性もなく、法律上も重大な問題がある罰則導入ではない。現行の感染法は、精神障害者を強制的に精神科の病院に入院させる「措置入院」と同様の規定で、感染者に対する「入院措置」を認めている。それを、感染症法の前文に書かれている「過去にハンセン病、後天性免疫不全症候群等の感染症の患者等に対するいわれのない差別や偏見が存在したという事実を重く受け止め、これを教訓として今後に生かすこと」「感染症の患者等の人権を尊重し」という理念に沿うよう、実施の手続・判断基準等を明確化し、「感染者の人権への最大限の配慮」と「感染防止対策の実効性の確保」の両立を図ることが、国会での議論の対象とされるべきである。

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感染症法改正「罰則導入」修正協議、「入院者逃亡」と「入院拒否」との区別を

与党は新型コロナウイルス対策の感染症法改正案に盛り込まれた罰則に関し、懲役刑の削除を視野に入れて野党側との修正協議に臨む方針を固めたと報じられている【(共同)与党、感染症法改正案で懲役刑の削除視野】

昨日出した記事【感染症法改正「入院拒否罰則導入」への重大な疑問】でも述べたように、今回の感染症法改正での「罰則」導入については、感染症法による、「入院の勧告」や「入院措置」という現行制度との関係に重大な疑問があり、懲役刑を含むか否かではなく罰則導入自体に問題がある。

罰則導入の妥当性に関して、野党側やマスコミから「懲役刑は重すぎるのではないか」という意見が出ていることから、与党側が、妥協案として「懲役刑削除」を考えたのであろうが、懲役刑を削除しただけでは全く問題の解決にならない。

今回の法案での罰則の対象とされているのは、

(1)入院の勧告や、入院の措置により入院した者がその入院の期間中に逃げたとき

(2)入院の措置を実施される者が正当な理由がなくその入院すべき期間の始期までに入院しなかったとき

の二つの行為だが、このうち(2)の「入院拒否」については、【前記記事】で述べたように、「入院勧告」「入院措置」との関係で罰則の対象にすることには重大な問題がある。

一方、(1)については、法律上の問題はなく、もっぱら、罰則導入の妥当性の問題だ。

感染症法の「入院勧告」は、出すにあたって、「適切な説明を行い、その理解を得るよう努める」とされ、「意見を述べる機会を与える」「代理人を出頭させ、かつ、自己に有利な証拠を提出する」などの慎重な手続が規定されている。

しかし、あくまで「勧告」なので、従うかどうかは任意のはずであり、勧告が出された後、「勧告」に従わない場合には、入院の「命令」が出されなければ、強制力のある措置は行えないはずだ。

ところが、感染症法では、勧告に従わない者は、いきなり「入院させることができる」との規定により「入院措置」をとることができることになっている。この「入院措置」は、精神保健福祉法の「措置入院」(自傷他害の恐れのある精神障碍者を強制的に入院させる措置)と文言が同じであることから、感染症法上の「入院措置」も有形力をもって強制的に入院させることができる措置と考えられる。

今回の改正法では、上記(2)について、入院措置を実施される者が、所定の期間内に入院しないという「不作為」で犯罪が成立するとされている。

しかし、そもそも、「入院措置」で、本人の意思に関わりなく強制的に入院させることができるのだから、そのような「入院措置」に応じない者に対して罰則を適用することの意味が理解できない。

一方、(1)の方は、新感染症のまん延を防止するため必要があるということで、入院勧告や入院措置を受けて入院している者が、入院先から逃亡する行為であり、隔離状態におかれている感染者が逃げるという「積極的な行為」なので、一定期間まで入院しない不作為に対する罰則の適用のような法律上の問題はない。

逃亡した感染者は入院先施設に再収容する必要があるが、現行法では、入院勧告に応じない者に対しては「入院措置」がとり得るのに、一旦入院した後に逃亡した感染者を強制的に入院先に連れ戻す「再入院措置」は規定されていない。そういう意味では、罰則を導入することで、逃亡を抑止する必要性が大きいと言える。それによって生じる感染拡大の危険の程度によっては、短期の懲役刑を含めるべきとの考え方もあり得なくはない。

しかし、実質的にみても、昨年春頃のように、無症状でも感染が判明すると入院することにされていた状況とは異なり、現在は、入院の対象となるのは有症状の感染者である。症状が出ているのに入院を拒否したり、入院措置の期間内に施設から逃亡したりするというのは、子供の世話を頼める人がいないとか、要介護の家族がいるなど、よほどの事情がある場合しか考えられない。入院拒否や逃走に対して罰則を適用する必要があるとは思えない。

今回のコロナ第三波のように、感染者が急増して医療がひっ迫し、入院する必要のあるのに入院できない感染者が急増している時期に、感染症法改正で、入院拒否に罰則を適用しようとすること自体、間が抜けている。全国知事会から、入院拒否や逃亡に対する罰則導入の要望があったとされているが、それは、現在とは異なった状況を前提とするものなのではないか。

感染症法の修正協議で、法案を提出している与党側は、(1)(2)の両方について、「懲役刑削除」の方向の修正を考えているようだが、罰則を導入すること自体に問題があるのであり、懲役刑を削除しただけでは全く問題の解決にならない。

(2)の「入院拒否」については、「入院勧告」「入院措置」との関係で法律上の問題があり、罰則を導入することは絶対に認めてはならない。(1)の「入院者の逃亡」については、法律上は罰則導入は可能だが、果たして、実質的に導入の必要があるのか疑問だ。「入院拒否」のように「再入院」の強制措置がとれないことに法の不備があるということであれば、入院先からの逃亡の場合の、「再入院措置」を認める方向での法改正を行うべきではなかろうか。

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感染症法改正「入院拒否罰則導入」への重大な疑問

政府は22日、新型コロナウイルス対策を強化するため「新型インフルエンザ対策特別措置法」「感染症法」「検疫法」の改正案を閣議決定した。この中には、入院を拒否した新型コロナ患者への刑事罰の導入も含まれている。

「感染症法」の改正案をめぐっては、主として、入院拒否者に対する罰則を導入する必要性や妥当性が議論されているが、それ以前の問題として、「感染症法」による、「入院の勧告」や「入院措置」という制度と、「罰則」との関係に重大な疑問点がある。

感染症法は、「入院」に関して、以下のように規定している(19条、20条、46条など)。

(1)(入院勧告)都道府県知事は、新感染症のまん延を防止するため必要があると認めるときは、新感染症の所見がある者に対し十日以内の期間を定めて特定感染症指定医療機関に入院し、又はその保護者に対し当該新感染症の所見がある者を入院させるべきことを勧告することができる。

勧告をしようとする場合には、当該新感染症の所見がある者又はその保護者に、適切な説明を行い、その理解を得るよう努めるとともに、都道府県知事が指定する職員に対して意見を述べる機会を与えなければならない。

当該新感染症の所見がある者又はその保護者は、代理人を出頭させ、かつ、自己に有利な証拠を提出することができる。

(2)(入院措置)都道府県知事は、勧告を受けた者が当該勧告に従わないときは、十日以内の期間を定めて、当該勧告に係る新感染症の所見がある者を特定感染症指定医療機関に入院させることができる。

つまり、感染症の所見がある者(以下、「感染者」)やその保護者に対する「入院の勧告」と、勧告に従わない場合の「入院させる措置」を定めている。「入院措置」の規定は、平成10年の感染症法改正で導入されたものだ。

そして、今回、閣議決定された感染症法改正案では、この「入院措置」に関して、以下のような罰則を導入しようとするものだ。

(3)(罰則)入院の措置により入院した者がその入院の期間中に逃げたとき又は、入院の措置を実施される者が正当な理由がなくその入院すべき期間の始期までに入院しなかったとき1年以下又は百万円以下の罰金

しかし、ここで疑問なのは、(2)の「入院措置」というのが、どのような性格の措置なのかという点だ。

「勧告」に関して「適切な説明「「理解を得るよう努める」「意見を述べる機会」「証拠提出」など慎重な手続が規定されているが、その結果「勧告」が出されても、あくまで「勧告」なのだから、それにしたがうかどうかは自由なはずだ。その「勧告」に従わない場合には、都道府県知事として、入院の「命令」が出され、それに応じない場合に、都道府県知事(所管の保健所職員)が入院させることができるというのであれば理解できる。

ところが、現行の感染症法では、その「命令」が発せられることなく、いきなり「入院措置」をとることができ、それに加えて、今回の改正法で、「入院措置」にしたがって入院しない場合、罰則が適用されるというのだ。

では、この「入院措置」というのは、どのような「措置」なのか。

行政上の強制力を持つ「入院措置」として、「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」(精神保健福祉法)における「措置入院」という制度がある。「都道府県知事は」「入院させることができる」という規定の文言が精神保健福祉法との「措置入院」と同じであることからしても、感染法上の「入院措置」も有形的強制を可能にする措置ということだろう。

ところが、今回の改正法では、「入院措置を実施される者」が、「入院すべき期間の始期までに入院しない場合」が罰則適用の要件とされている。このことからすると、「入院措置」というのは、任意に入院することを前提にしているようにも思える。直接、有形力を行使して強制的に入院させることができるのであれば、その措置によって「入院」は完了し、それに応じる、応じないは問題にならないはずだ。

結局、今回の法改正での「入院措置」にしたがわない場合の罰則導入によって、現行法で規定されている「勧告」「入院措置」という枠組み自体に重大な疑問が生じることにならざるを得ないのである。

今回の「感染症法」改正は、「入院の措置を実施される者」が「入院しなかった」場合に罰則の対象になる、というものだが、そもそも、その前提となっている「入院措置」自体に、上記のような問題がある以上、それを「拒否」したことに対する罰則を導入することには疑問がある。

そもそも、罰則の導入以前に、「勧告」「入院措置」の制度の関係やその法的性格自体が曖昧であることに重大な問題がある。その点を明確にし、現行の感染症法上の制度を明確にすることが先決であろう。

この点について、国会で十分な議論を行う必要がある。

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河井案里氏有罪判決、極限まで追い詰められた克行氏、公判での真相供述で“大逆転”を!

2019年7月の参院選広島選挙区をめぐる公職選挙法違反(買収)の罪で起訴されていた参院議員・河井案里氏に対して、昨日1月21日、東京地裁で、判決が言い渡された。

検察の求刑「懲役1年6月」に対して、「懲役1年4月・執行猶予5年」という判決だった。

「執行猶予5年」というのは、「実刑ギリギリの執行猶予」を意味する。地元議員5人に現金を渡した起訴事実のうち、4人については公選法違反が認められて有罪、1人については無罪とされたが、その理由も、夫の河井克行氏(元法務大臣)が案里氏とは別の人物を通じて現金供与したことについて「共謀」したとする起訴について、「共謀」が否定されたものだ。

克行氏は、当初は、案里氏と併合起訴され、同じ公判で審理されていたが、昨年10月に弁護人を全員解任し、それによって公判審理ができなくなったため、公判が分離され、別々に裁判が行われている。

案里氏に対する判決は、克行氏の裁判に決定的な影響を与える。同じ裁判体の判断であり、克行氏の事件も、案里氏の判決で公選法違反を認めたのと同様に判断されることになると考えられるからだ。

このままであれば、合計100人に対する合計2901万円の現金供与の罪で起訴されている克行氏は、そのほとんどについて有罪、量刑も3年以上、執行猶予はつかず「実刑」になることは確実だ。

 この事件については、昨年4月に【河井前法相“本格捜査”で、安倍政権「倒壊」か】で最初に取り上げ、初公判が開かれた昨年9月には、【“崖っぷち”河井前法相「逆転の一打」と“安倍首相の体調”の微妙な関係】で、克行氏の罪状認否、検察の冒頭陳述、克行氏の弁護人冒頭陳述に基づいて解説した。

初公判で、克行氏の弁護人は、「党勢拡大・地盤培養のための寄附として行われたもので、投票及び票の取りまとめのための現金供与ではなかった」として無罪を主張した。

確かに、検察が、現金受領者側について刑事立件すらしていないという、公選法違反の刑事実務からは考えられない対応を行っていることは、現金受領者の証言の信用性を揺るがすもので、検察の主張・立証の重大な「弱点」だ。

また、供与金額の3分の2以上を占める「県議会議員・市町議会議員・首長らへの現金供与」は、供与の時期が選挙から離れたものが多く、選挙活動ではなく政治活動に関する寄附であるとの弁解も、一定の合理性がある。

少なくとも、従来の検察の実務では、選挙から離れた時期の供与は、買収罪では起訴して来なかったのであり、公選法違反の成否の判断は微妙だと考えられた。

しかし、実際の現金供与の際のやり取りには「党勢拡大・地盤培養」についての具体的な言葉があるわけではないため、克行氏の主張は認められず、起訴事実のほとんどが有罪となる可能性が高い。「統括主宰者」に対する法定刑の上限である4年程度の求刑が行われ(併合罪加重で6年まで可能ではあるが)、判決は、3年か3年6月の実刑ということになる可能性が高いというのが、上記記事で述べた克行氏公判の見通しだった。

今回の案里氏の判決は、克行氏の起訴事実の「県議会議員・市町議会議員・首長らへの現金供与」と同様の事実に対して公選法違反をあっさりと認めたもので、これによって、克行氏の無罪主張が認められる可能性は皆無に近くなったと言える。

克行氏が実刑判決を回避する唯一の方策は、公判審理の最後に行われる被告人質問で、「多額の現金買収を行うことにした経緯とその資金」の真相について、包み隠さず、真実を供述することだ。

「安倍政権継承」新総裁にとって“重大リスク”となる河井前法相公判【後編】》で述べたように、安倍氏には、溝手氏に対する積年の恨みがあり、安倍氏にとっては、溝手氏が野党と2議席を分け合う楽な選挙で当選し、参議院議長になってしまう事態は何としても避けたかったはずだ。また、菅氏は菅氏で、案里氏を出馬させ、岸田派の重鎮である溝手氏を落選させれば、安倍首相後継争いで岸田氏に対する優位を強烈にアピールできる。そういう意味で、安倍・菅両氏には、案里氏を2人目の候補として出馬させて当選させ、溝手氏を落選させようとする十分な動機があった。

「急遽、案里氏を参院選の候補として自民党で公認したものの、自民党広島県連が組織を挙げて支援する溝手氏が圧倒的に有利だったため、その極めて厳しい状況を打開するためには、現金を配布して案里氏の地盤培養を図るしかないとの認識を、克行氏が、安倍氏・菅氏と共有し、自民党本部からの巨額の選挙資金を原資として、現金配布を行った」という私の推測に、何がしかの真実があるのであれば、克行氏にとって、その真実を、勇気を持って公判で供述することが、実刑を回避する唯一の手段だ。

もし、克行氏が真実を話せば、克行氏を厳しく処罰すべきとの声は沈静化し、むしろ、真相を供述したことを評価して、寛大な判決を期待する声が高まることも考えられる。それは、自らの裁判での執行猶予に向けての「大逆転」になるとともに、日本の政治にも大きな影響を与える。

日本の政治状況は、安倍氏・菅氏の政治権力が盤石のように思えた昨年9月の初公判の時とは大きく異なっているということを、克行氏は認識すべきだ。

安倍氏は首相を辞任、その後、検察捜査で明らかになった「桜を見る会」前夜祭をめぐる虚偽答弁と、その合理的な説明が全くできない惨状に、政治家としての信頼は地に堕ちている。

その安倍氏の後継として首相になった菅氏も、コロナ感染対策に絡んで失態が続き、首相として絶望的な答弁能力・説明能力も露わになり、政権発足当時の高支持率も崩落に近い状況で、政権は危機的な状況に至っている。

克行氏は、実刑判決によって政治生命が終焉し、「憲政史上最悪の法務大臣」の汚名に甘んじるのか、それとも、日本政治を激変させる「公判での真相告白」で歴史に名を残すのか、岐路にあるといえる。

案里氏判決で、このままでは実刑を免れる可能性は皆無となり、極限まで追い詰められた克行氏にとっては、本当に、最後の最後のチャンスである。

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緊急事態宣言拡大、菅首相発言が「絶対にアカン」理由

毎年恒例の正月番組に「芸能人格付けチェック!」という人気番組がある。

著名芸能人の出演者が、味覚や音感などの「格付けチェック」に挑み、間違える度に、一流→二流→三流→そっくりさん、そして、最後には「映す価値なし」とランクがどんどん下がっていく番組だ。

その中で、例えば、超高級和牛を見分ける「格付けチェック」で、豚肉を選んでしまった場合など、「絶対にアカン」という選択肢があり、それを選ぶと、その芸能人は画面から消える。

2021年の年明けからまだ半月だが、その間に、政治家の「絶対にアカン」が相次いでいる。

吉川元農水大臣の“大臣室での現金収賄”

1月15日には、吉川貴盛元農水大臣が、収賄の事実で在宅起訴された。2018年10月から2019年9月まで第4次安倍改造内閣で農林水産大臣を務めていたが、大臣在任中の18年11月21日に都内のホテルで200万円、19年3月26日に大臣室で200万円、8月2日に大臣室で100万円を受け取ったとのことだ。

大臣就任前から業界からの要請を受け、政治献金を受けていたとしても、大臣に就任した以上、「職務に関連する政治献金は、賄賂に当たる」として拒絶するのが当然だ。それを、こともあろうに、大臣室で現金を受け取ったというのは、唖然とするような話だ。

「安倍一強」と言われる政治状況が長期化する中で、大臣室で業者から現金を受け取った甘利明元経済再生担当大臣が、刑事責任を問われることなく、事件が有耶無耶にされたまま自民党の要職に返り咲いていることなどから、大臣としての当然の規範意識も緊張感も失ったということであろう。

まさに政治家として「絶対アカン」ということは間違いない。

菅首相「福岡県」を「静岡県」に言い間違え

吉川氏が、既に議員も辞職しており「過去の人」になりつつあるので、その刑事事件は、現在の国民に与える影響は大きくない。それとは異なり、まさに現在、コロナ感染で緊急事態宣言が出され、国民生活に大きな影響を与えている状況下で、「絶対にアカン」のが、菅義偉首相の発言だ。

1月13日の午後、菅首相は、総理大臣官邸で第52回新型コロナウイルス感染症対策本部会議を開催し、新型コロナウイルス感染症への対応について議論を行い、その結果を踏まえて、緊急事態宣言に7府県を追加し、対象地域を11都府県に拡大することを明らかにした。

この際の首相発言は、生中継のカメラの前で行われ、宣言が拡大される府県にとっては、それが、初めて公に明らかにされた瞬間だった。

そこで、菅総理は、拡大の対象府県を、

大阪府、京都府、兵庫県、愛知県、岐阜県、静岡県、栃木県

と発言した。

この「静岡県」というのは、実は、「福岡県」の誤りで、会議直後に、西村康稔新型コロナ対策担当大臣が訂正した。

菅首相は、今回のコロナ感染急拡大の中で、緊急事態宣言の発出が遅れたのではないかとの指摘に対して、

「緊急事態宣言は対象地域の国民の生活に重大な影響を及ぼすから慎重に判断してきた」

と何回も繰り返して説明してきた。その重大な影響を及ぼす緊急事態宣言の拡大を公表する際に、その対象の府県を言い間違える、というのが、総理大臣として絶対にあってはならない「言い間違え」であり、まさに、「格付けチェック」であれば、「絶対にアカン」とされて、ただちに、画面から消えてなくなるような「大チョンボ」というべきだ。

「福岡県」を「静岡県」と間違えたことに関して、「福岡」も「静岡」も同じ「岡」がつく県名なので、単に言い間違えただけであるかのように思える。そうだとすれば、あまりに軽率であり、一流政治家の総理大臣として「絶対アカン」のレベルだ。

しかし、本当に単なる「言い間違え」なのだろうか。

「静岡県との言い間違え」の背景

むしろ、菅総理の頭の中には、「静岡県」が、対象地域の候補として強く刻み込まれていたのではないだろうか。

そう考える理由の一つが、東京都から大阪府までの東海道新幹線が通る太平洋側のエリアでは静岡県地域だけが空白になっていることだ。その静岡県でも、このところクラスターが多発し、感染が拡大しており、ちょうど、宣言の対象地域拡大の前日の12日に、感染ステージが「3」に引き上げられている。そういう意味では、静岡県が対象地域となることも十分に考えられるところだった。それだけに、「言い間違え」の影響は大きい。

そして、もう一つ、菅総理にとって、「静岡県」には個人的動機がある。

静岡県の川勝平太知事が、昨年秋、日本学術会議の新会員候補6人の任命拒否問題を巡って「菅義偉首相の教養レベルが図らずも露見した」などと発言し、その後、発言を撤回して陳謝したことがあった。この川勝知事の発言に対して、就任直後に、自身の学歴に関してプライドを傷つけられた菅首相が、相当強い個人的な反感を持ったであろうことは想像に難くない。

そういうこともあって、菅首相の頭の中に「静岡県」が刻み込まれていて、対策本部での「言い間違え」につながったということも考えられる。

 いずれにしても、菅首相の「静岡県」の「言い間違え」は首相として「絶対アカン」のレベルというべきだ。

官邸会見での「国民皆保険」発言

そして、その「言い間違え」の直後、菅首相は、総理官邸で開かれた「緊急事態宣言7府県に拡大」についての記者会見の最後に、ジャーナリスト神保哲生氏の質問に対して、「国民皆保険」に言及し、物議をかもすことになった。

会見は、冒頭の発言に続いて質疑に入ったが、菅首相は、ほとんどの質問に「原稿棒読み」で答えていた。つまり、質問内容が予め提示されていたということだ。

そして、最後に、クラブ外の会見参加者の神保氏が、

日本は人口あたりの病床数は世界一多い国、感染者数はアメリカの100分の1くらいなのに、医療が逼迫して、緊急事態を迎えているという状況について、政治が法制度を変えれば、変えられるのではないか。

現在の医療法では病床の転換は病院にお願いするしかないが、医療法を改正することは政府のアジェンダに入ってないのか。

軽症者でも厳重に扱わなくてはいけない感染症法の改正を行うつもりはないのか。

との趣旨の質問を行った。

この質問については、事前の質問提示がなかったようだ。菅首相は、言い淀みながら、それまでの政府の対応について説明した後、医療体制の問題について、以下のような発言をした。

そして、感染症法については先ほど申し上げましたけども、そういう法律改正は行うわけであります。

それと同時に医療法について、今のままで、結果的にいいのかどうか、国民皆保険、そして、多くの皆さんが、その診察を受けられる今の仕組みを続けていく中で今回のコロナがあって、そうしたことも含めてですね、もう一度、検証していく必要があるというふうに思ってます。

それによって必要であれば、そこは改正するというのは当然のことだと思います。

意味が不明瞭だが、「国民皆保険で多くの国民が診察を受けられる今の仕組みを含めて、もう一度検証していく必要があると思っている。必要であれば、そこは改正をするというのは当然のこと」という趣旨のように読み取れる。 

コロナ感染者、死者が世界で最多のアメリカに関して、医療保険がないことがその原因の一つだと以前から指摘されてきた。

医療保険をもたない国民が約2750万人(人口の8.5%)に上り、新型コロナウイルス感染が疑われる症状がでても、病院に行くことをためらう人の率が14%、低所得者や非白人になるとその率は22%(5人に1人)に上るとの報道もある。ファウチ国立アレルギー感染症研究所所長は2020年5月12日の議会証言で、自宅で亡くなる人など統計外の死者が多数いると述べている。

そういう医療保険がないアメリカで死者が爆発的に増えているというのに、コロナ感染に対する緊急事態宣言拡大の記者会見で、日本の医療制度について質問された時に、「国民皆保険制度を含めて検証する、必要であれば改正する」という趣旨で発言したとすれば、感染が急拡大して多くの国民が不安に思っている中で、あまりに無神経だ。

翌日、加藤勝信官房長官は、菅首相の発言について、

皆保険制度という根幹をしっかりと守っていく中でどう考えていくのか検証、検討していきたいという趣旨で言ったと思う。

と説明した。

もし、加藤官房長官の説明のとおりだとすると、菅首相の発言は、あまりに不正確で、極めて重要な事項に関わる首相として最低限の「説明能力」すらないということになる。

「国民皆保険」発言の背景として考えられること

それだけではない。この発言も、単なる無神経で軽率な発言というだけでは済まされない、菅首相の脳裏に刻み込まれた「国民皆保険制度への問題意識」が背景となった可能性がある。

神保氏の質問で「医療法の改正」と言っているのは、病院・診療所等の医療機関の開設・管理についての都道府県への報告義務等について定める法律である医療法を改正して、国や自治体の権限でコロナ病床を増やすことを強制することができないか、ということだ。

医療機関の設置について、医療者側の自主的判断と都道府県への報告を中心にしている医療法の枠組みに、国や都道府県側の強制力を持たせることは、医療体制の根幹に関わる問題なので軽々に行えることではない。質問に対する首相の回答としては、「そのような意見があることは承知しているが、医療法の枠組みにも関わる問題なので慎重に検討しつつ、コロナ感染拡大に対する医療体制の確保に万全を期していきたい。」というような答えをするのが通常であろう。

ところが、菅首相は、そこで、こともあろうに「国民皆保険」の問題を持ち出したのだ。

それが、単に、その質問だけ原稿なく自分の言葉で答えなくてはならなくなって、支離滅裂なことを言っている中で、たまたま日本の医療制度の根幹である「国民皆保険」という言葉が出てきてしまったということであれば、「答弁能力」「説明能力」の問題だということになる(それも「絶対アカン」のレベルだが)。

しかし、この発言も、そのような単純な話のようには思えない。

国民皆保険制度をめぐる利害

「国民皆保険」という日本の制度の下では、国民誰もが、いかなる場合でも医療機関を受診でき、医療者側には応召義務があるため、医療提供を拒否できない。誰しもが保険医療の範囲で、等しく一定レベルの医療の提供を受けられることを保障するものだ。

しかし、一方で、自己負担をしてでも高度の医療を受けたいと思う富裕層にとっては、そのメリットはあまりなく、むしろ、保険診療と保険外診療を併用する混合診療については原則として全額が患者の自己負担になることなどに対して不満が根強い。

アメリカの例を考えれば、コロナ感染によって国民の命が危険に晒されている状況においては、「国民皆保険」は、国民全体の命を守る砦と言ってもよいだろう。しかし、一方で、競争原理・個人責任の徹底を中心とする新自由主義の立場から、「貧乏人の命」と、「経済社会で活躍する富裕者の命」とは価値が異なるという考え方をすると、今の日本で、人口当たりの感染者がアメリカより遥かに少ないのに医療崩壊の危機に瀕するのは、「国民皆保険」の制度の下で、限られた医療資源が多くの貧者に提供されていることが原因だという考え方が出てくるのかもしれない。

菅首相のこれまでの政治思想、そして、日本では「新自由主義の教祖」のような存在である竹中平蔵氏らと親しいことなどからすると、日本が「医療崩壊」の危機に至り、緊急事態宣言を出さざるを得なくなっていることに対して、「国民皆保険」に根本的な原因があるような考え方が頭の中に刻み込まれていて、それが、思わず、口から出てしまったということかもしれない。

しかし、菅首相の発言の背景にそのような考え方があるとすれば、今、コロナ感染で国民の命が危険に晒されている状況での国のトップの発言として、絶対に容認することはできない。

日本の医療には様々な問題があり、それが、現在のコロナ感染急拡大の状況で露呈していることは確かだ。神保氏が問いかけた「医療法の改正」のほかに、新型コロナ特措法31条に基づき医療関係者に対して「医療を行うよう要請」すべきとの意見もある。そのような法律の活用や法改正については精一杯検討すべきだ。ところが、いきなり「国民皆保険」という言葉が出てくる菅総理の頭の中は、一体どうなっているのだろうか。

少なくとも、政府の対応を考える上で、絶対に疎かにしてはならないことは、

富める者も、貧しい者も、等しく、その命と健康と暮らしが最大限に尊重される

ということだ。この危機的な状況における日本政府のトップは、そういう考え方でなければならない。

宣言対象地域拡大の官邸記者会見での菅首相の発言は、単なる「答弁能力」「説明能力」の問題ではない。現在の危機的状況の日本を率いる政治家として失格だ。「絶対にアカン」とされて、ただちに画面(官邸)から消えるのが当然だと思う。

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安倍前首相「説明」に残る“重大な疑問”、限りなく「意図的虚偽答弁」に近い

 コロナに明け、コロナに暮れたように思える昨年は、一方で、首相の国会での「虚偽答弁」に始まり、その「虚偽答弁」についての「国会説明」で終わった年でもあった。

 新型コロナ感染対策や東京五輪開催をめぐって、多くの失敗を繰り返してきた安倍政権が終焉、それを受けての自民党総裁選では、安倍政権に一貫して批判的だった石破茂元幹事長「排除」が至上命題とされ、菅氏の圧勝に終わった。菅政権に移行した後も、安倍政権時代の説明責任軽視の姿勢は基本的に変わるところはなく、菅首相も、就任直後から、「説明責任」を果たしていない(果たす「言語能力」もない)ことに国民は失望し、内閣支持率も急落している。

 安倍内閣から菅内閣に引き継がれた「説明責任無視」の姿勢は、一極集中の政治権力に擦り寄る政治家の集りの自民党の「宿痾」であり、その根本にあるのが、「桜を見る会問題」をめぐる安倍前首相の「虚偽答弁問題」だと言える。

 一昨年末から昨年の年初にかけて、マスコミや野党から「桜を見る会問題」での追及を受け、安倍首相が行った説明について、私は、公選法違反・政治資金規正法違反の疑惑との関連で「完全に詰んでいる」と指摘してきた(【「桜を見る会」前夜祭、安倍首相説明の「詰み」を盤面解説】)。

 議院内閣制は、総理大臣を中心とする内閣が、国会で真摯に誠実に答弁することが前提とされている。その総理大臣の答弁が、重要な事項について「説明不能」の状況に陥ったのであれば、職を辞することになるのが当然だ。ところが、安倍氏は、「説明にならない説明」を繰り返したため、「全国の法律家による告発」という形で公選法違反等の犯罪の嫌疑が現実化した。

 しかし、安倍首相在任中に、検察捜査の動きが表面化することはなく、当時、「官邸の守護神」とも言われた黒川弘務東京高検検事長の存在との関係も取り沙汰された。そして、安倍首相が国会で「桜を見る会問題」で追及を受けている最中の1月末、検察庁法に違反する閣議決定によって黒川検事長の定年が延長され、さらに、それを正当化するためとしか思えない検察庁法改正法案が国会に提出されたことに対して、ネット世論を中心とする国民の猛烈な批判が沸き起こり、法改正は断念に追い込まれた。

 もともと安倍氏の説明は、検察捜査によらずとも、国会の国政調査権でホテルニューオータニから明細書や領収書を提出させれば容易に判明していたはずの明白な「虚偽」だった。ところが、上記の経過で、検察は安倍首相辞任後になってようやく捜査に動き出し、「虚偽答弁」が明らかになるのに1年近くを要した。

 その「虚偽答弁」について、昨年末、安倍氏は「国会での説明」を行ったが、全く説明にはなっておらず、多くの疑問が残ったままだ。

 安倍氏の「説明」について、それが意味するものと、なお残る疑問点、問題点を、改めて整理しておこう。

 第一に、「虚偽答弁」について、そのように答弁した理由について、安倍氏が説明未了の重要な点がある。それは、繰り返し指摘してきた「ホテルとの契約主体」の問題だ。

安倍氏は、国会答弁で、「安倍晋三後援会は夕食会を主催したが、契約主体は個々の参加者だった」と説明していた。それについて、私は、当時から、「『桜を見る会』前夜祭に関して、安倍首相が『説明不能』の状態に陥ったということである。」と指摘していた【前記記事】。

 今回、総理主催「桜を見る会問題」追及本部の今年1月5日付けの質問状に対して、安倍事務所は、上記の契約主体に関する答弁を「事実と異なる答弁」の一つとして回答した。

 そこで問題になるのは「契約主体が個々の参加者だなどという荒唐無稽な説明を、誰が考えたのか」という点である。

 その点については、安倍氏は、「秘書から事実に反する説明を受けた」とは言っていない。「契約主体は個々の参加者」という説明は、安倍氏自身が、公選法違反・政治資金規正法違反を免れる「言い訳」として苦し紛れに作り出したものなのかもしれない。

 ホテルとの契約主体についての虚偽答弁について、安倍氏に十分な説明を求めれば、意図的な虚偽答弁が否定できなくなるはずだ。

 第二に、安倍氏の説明には致命的な弱点(もう一歩追及されると意図的なウソだったことがばれる点)があるということだ。

 前夜祭の費用の補填は、秘書が、自分が預けていた個人の金から無断で拠出していたと説明し、その費用補填が公選法による「寄附の禁止」(199条の2第1項)に該当しないのかという点について、安倍氏は、補填分は「会場費」の実費を負担したもので、同項が「寄附」から除外する「政治教育集会に関する必要やむを得ない実費の補償」に該当するので、違法ではないと説明している。

 しかし、この説明には重大な疑問がある。

 一つは、そもそも、「桜を見る会」前夜祭が、「政治教育集会に関する」ものと言えるのかという点だ。単なる地元有権者との懇親の場であり「政治教育集会」とは程遠いものであろう。

 もう一つは、この費用補填が「必要やむを得ない実費の補償」と言えるのかという点だ。安倍氏は、飲食代金の5000円が参加者個人の負担で、安倍氏側は「会場費」だけを補填したかのように説明しているが、果たしてそうなのかどうかは、ホテル側の明細書等の資料を確認する必要がある。通常は、ホテル側が、飲食費・会場代のほか、様々な費用を積み上げて総額を計算し、その総額のうち、参加者の会費としての負担分と、主催者側の補填分とを振り分けるということで、補填する金額が決まるはずだ。

 そうであれば、補填分は、飲食代・会場費を含めた「前夜祭費用総額の一部」を負担したということであり、「必要やむを得ない実費の補償」には当たらないということになる。

 安倍氏が、国会での説明で、ホテルの明細書が存在していることを認めながら、「事務所にはない、ホテルは『営業の秘密』を理由に提出を拒んでいる」という理由で、明細書の提示を頑なに拒んでいるのは、この点について真実を隠そうとしていることが疑われる。

 つまり、安倍氏は、現在も、さらにウソを重ねている疑いが十分にあるのである。

 第三に、最も重要な点は、安倍氏が国会で説明したとおりであるとしても、「意図的な虚偽答弁」に限りなく近い、ということである。

 安倍氏にとって、前夜祭の費用の補填を繰り返し否定していたのに、実際には多額の補填が行われていたことについて、「費用補填を認識していなかった」と説明し、そのように認識していた理由について、野党の追及が始まった後に、自分の執務室から東京の安倍事務所の責任者に電話をかけて「5000円の会費で全てまかなっていたんだね」と確認し、その後「会場代も含めてだね」と確認した、と説明した。

 しかし、前夜祭の問題について、国会での追及が始まった後に、安倍氏から、電話でそのように言われて、「同意」を求められた秘書が、「そうではありません。5000円以外に別に支払をしています。」と答えることなどできようはずもない。安倍氏の聞き方は、どのような費用がかかったのか、収支は発生したのかなどについて「事実を聞き出す」ものではない。「すべての費用は参加者の自己負担」と決めつけ、秘書側が、それに反する事実を説明できないよう抑え込んでいるだけだ。安倍氏の説明のとおりだとしても、そもそも「真実を答弁しようとする姿勢」がなく、意図的な「虚偽答弁」に限りなく近いものだ。

 このように、安倍前首相の説明には多くの疑問があり、しかも、説明のとおりだとしても「意図的な虚偽答弁」に限りなく近い。国会でのこの問題を徹底追及すべきだ。

 「ウソの構図」が放置されたまま、今後も、安倍氏やその支配下、影響下にある政治家が日本の政治を動かすことは決して許してはならない。政治に最低限の信頼を取り戻すためには、引き続き、安倍氏側や関係先に説明と資料提出を求め、ウソの中身をすべて明らかにするとともに、首相の「虚偽答弁」の動機と経過を詳細に明らかにしていくことが不可欠だ。

 そして、忘れてはならないのは、昨年末に、凡そ説明にならない説明を終えた後、安倍氏が、「次の選挙で信を問いたい」などと抜け抜けと語ったことだ。

 安倍氏が言っていることは、要するに、「『説明責任』など糞くらえだ。地元の有権者は、そんなこととは関係なく、無条件に自分を支持してくれる。だから、9回の選挙はすべて圧勝してきた」ということなのだ。完全に、地元の有権者をバカにしている。

 安倍氏が、首相の虚偽答弁という「憲政史上の汚点」を残し、納得できる説明も行わないまま、次の選挙で再び「圧勝」すれば、「虚偽答弁」の背景にある、日本の政治を支配してきた「ウソの構図」が放置されたまま、今後も、「説明責任を果たさないウソの政治」が横行することになる。

 今年の秋までに行われる衆議院議員選挙で、安倍氏の選挙区である山口4区(下関市・長門市)の有権者に、首相の「虚偽答弁」について、その中身の詳細と、その問題点、疑問点が理解されるようにすること、その有権者一人ひとりが問題を正しく理解した上で、選挙での選択が行われるよう、下関市・長門市の有権者の人達に、国民全体の声が届くようにすることが、今年の重要な課題というべきだ。

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