“4630万円誤振込事件”、「電子計算機使用詐欺」のままでは無罪

5月18日、山口県阿武町が新型コロナウイルス対策の臨時特別給付金4630万円を誤って1世帯に振り込んだ問題で、同県警萩署は、振り込みを受けた田口翔容疑者を電子計算機使用詐欺容疑で逮捕した。

逮捕容疑は、

自分名義の銀行口座に町から入金された4630万円が町のミスで誤って入金されたものと知りながら、4月12日に自分のスマートフォンを操作してオンライン決済サービスを利用。決済代行業者の口座に400万円を振り替えて財産上不法の利益を得た

ということのようだ。

この事件は、阿武町が誤送金の事実を公表した時点からマスコミで大きく取り上げられ、ワイドショーでも話題の中心になっていた。同町は、田口容疑者が一旦は返金に応じようとしていたのに態度を翻して返金を拒絶し、代理人弁護士がすべて費消してしまったことを明らかにしたことを受けて、不当利得返還請求の民事訴訟を提起したが、勝訴判決を受けても回収できる見込みはほとんどなく、犯罪の成否や処罰についての議論が、マスコミでもネット上でも盛り上がっている。

弁護士コメンテーターの意見で最も多いのが、「電子計算機使用詐欺罪」であり、今回の山口県警の逮捕容疑は、この「多数説」を採用したように見えるが、この見解は、重要な問題点を見過ごしているのではないか。

電子計算機使用詐欺罪の逮捕容疑のまま起訴するのは「無理筋」であり、まともな弁護士が担当すれば無罪となる可能性が強い。まさか検察官が、「素人レベルの弁護士見解」に惑わされることはないと思うが、社会的影響も大きい事件だけに、検察の「鼎の軽重」が問われる場面と言える。

本件に、詐欺罪の一形態としての電子計算機使用詐欺罪を適用することの最大の支障となるのは、誤振込による預金債権の有効性に関する平成8年の最高裁の民事判例だ。

振込依頼人が、振込先の口座を誤って名前の似た別の口座に送金してしまったところ、振り込まれた口座の名義人が、誤入金分を口座から出金した場合について、かつての下級審民事判例は、

「誤振込による預金債権は無効であり、口座名義人の債権者が誤振込預金を強制執行によって差し押さえることはできない」

という立場を採っていた。これに従えば、刑事においても、誤振込により無効である預金債権を、誤振込であることを秘して払戻請求する行為は、銀行員に対する詐欺行為にあたると解することが可能であった。

ところが、平成8年4月26日の最高裁判決は、従来の下級審判例を覆し、誤振込による預金債権の成立を肯定して、口座名義人の預金に対する債権者の差押えを認め、強制執行に対する振込依頼人の第三者異議の訴えを退けた。

「誤振込による預金債権が有効」なのであれば、誤振込による預金債権の払戻請求(口座名義人による預金の出金)は、有効な預金債権の正当な権利者による払戻請求ということになるので、銀行に対する詐欺行為とは言えないことになる。

しかし、その後の刑事判例では、上記最高裁民事判決後も、誤入金分の預金の払戻しについてかなり「強引な理屈」で詐欺罪の成立を認めている。

平成10年3月18日の大阪高裁判決は、誤振込による預金債権の成立を肯定する最高裁平成8年民事判決を引用した上で、

「誤振込による入金の払戻をしても、銀行との間では有効な払戻となり、民事上は、そこには何ら問題を生じないのであるが、刑法上の問題は別である」

として、

「払戻に応じた場合、銀行として、そのことで法律上責任を問われないにせよ、振込依頼人と受取人との間での紛争に事実上巻き込まれるおそれがあることなどに照らすと、払戻請求を受けた銀行としては、当該預金が誤振込による入金であるということは看過できない事柄というべき」

であるとして1項詐欺罪の成立を認め、その上告審である平成15年3月12日最高裁判決も、最高裁平成8年民事判決と同様に誤振込による預金債権の成立を認めながら、

「銀行にとって、払戻請求を受けた預金が誤った振込みによるものか否かは、直ちにその支払に応ずるか否かを決する上で重要な事柄であるといわなければならない。これを受取人の立場から見れば、受取人においても、銀行との間で普通預金取引契約に基づき継続的な預金取引を行っている者として、自己の口座に誤った振込みがあった旨を銀行に告知すべき信義則上の義務があると解される。社会生活上の条理からしても、誤った振込みについては、受取人において、これを振込依頼人等に返還しなければならず、誤った振込金相当分を最終的に自己の物とすべき実質的な権利はないのであるから、上記の告知義務があることは当然というべきである。そうすると、誤った振込みがあることを知った受取人が、その情を秘して預金の払戻しを請求することは、詐欺罪の欺罔行為に当たり、また、誤った振込みの有無に関する錯誤は同罪の錯誤に当たる」

として1項詐欺罪の成立を認めている。

しかし、この平成15年の最高裁刑事判例は、平成8年民事判例にもかかわらず何とかして詐欺罪での有罪結論を導くために、苦し紛れの理屈を述べたに過ぎない(いわゆる「救済判例」)。 

平成15年判例は、「誤った振込みの有無に関する錯誤は同罪の錯誤に当たる」と述べているが、仮に、口座名義人に、「誤振込を銀行に告知すべき信義則上の義務」があると解したところで、誤振込であることを明かした上で払戻請求された場合でも銀行は支払を拒絶できないのであるから、銀行には「詐欺罪の錯誤」などない。また、誤振込を告知しなかった場合でも、「銀行から払い戻しは受けたが、誤振込をした人には別途弁済するつもりだった。」との弁解が否定できなければ、詐欺罪の成立は認められないはずだ。実際に、田口容疑者は、逮捕直前に、弁護士を通じて「お金を使ったことは大変申し訳なく思っています。少しずつでも返していきたいと思っています」と語ったと報じられている。

このように、銀行の窓口で預金を払い戻した場合の1項詐欺の成立にも重大な疑問があるが、本件では、銀行の窓口での払戻ではなく、電子データの送信によって、誤送金口座からの振替が行われており、逮捕事実は、「人」を被欺罔者とする「詐欺罪」ではなく、電子計算機使用詐欺罪だ。その点が、犯罪の成否に関して致命的だ。

電子計算機使用詐欺罪は、「人の事務処理に使用する電子計算機に虚偽の情報若しくは不正な指令を与えて財産権の得喪若しくは変更に係る不実の電磁的記録を作」った場合に成立する。銀行預金の振替の指示に応じるのが「人」ではなく、「銀行システム」なので、行為者側の真意や事情に関する「被害者の錯誤」ということは基本的に問題になる余地がない。田口容疑者の意図や内心がどうであれ、誤振込による預金債権の振替が、有効な預金債権の正当な権利者による振替として行われたのであれば、「電子計算機に虚偽の情報若しくは不正な指令を与えて」ということにはならない。上記の平成15年最高裁刑事判例のような理屈は、少なくとも電子計算機使用詐欺罪に適用できないことは明らかだ。

このように、田口容疑者の逮捕事実の電子計算機使用詐欺罪では、犯罪の立証は困難だと言わざるを得ない。いくら田口容疑者が事実関係を認めていると言っても、上記のような法律上の問題を主張することは、弁護人として当然であり、それに対して、まともな裁判所が判断すれば、無罪判決は避けられない。検察が、上記の平成15年最高裁刑事判決のような「救済判決」が出ることを期待して起訴するのであれば、ギャンブルそのものだ。

とは言え、誤振込された4600万円を超える町民の財産を、それを知りながらネットカジノで全額費消したと述べている「悪辣な輩」に対して、刑事処罰ができないというのは、あまりにも社会常識に反することは確かだ。何らかの犯罪が成立し得るのであれば、その可能性を最大限に模索すべきであろう。

この事例について成立する可能性のある犯罪として、2011年に改正された刑法96条の 2の「強制執行妨害目的財産損壊等罪(強制執行妨害罪)」が考えられる。

町から返金を求められたのに、返金を渋り、その後、再三にわたって返金の要請を拒絶して、ネットカジノの資金に振り替えたということだが、その時点で弁護士に相談しているようなので、弁護士からは、「仮差押を受ける可能性が高い」と言われているはずだ。とすれば、誤振込された口座からネットカジノの決済代行業者の口座に振替えたことについて、「強制執行を妨害する目的」があったことは認定できるように思える(ネットカジノ業者の口座に振り替えた後は、仮差押は困難だったはずだ)。もっとも、振替後の資金がほとんど即時にカジノで費消されるなどしていて「隠匿した」と言えるような状況でない場合には、同罪は成立しないことになる。

検察官は、本件の田口容疑者の行為が、同条1号の「強制執行を妨害する目的で、強制執行を受け、若しくは受けるべき財産を隠匿し」と規定する強制執行に該当する可能性を念頭に、誤振込口座からの資金の振替の目的などについて事実関係を明らかにした上、同罪の成否について、法律面、事実面両方から、検討する必要があるのではないか。

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知床観光船事故「桂田社長」を処罰できない現行刑法、「組織罰」「代表者罰」実現を

今年4月23日に、知床半島沖で観光船が遭難した事故で、26人の乗客・乗員のうち、現在までに14人が発見されたが全員死亡、残る12人の生存も、残念ながら絶望的と言わざるを得ない状況だ。遭難現場付近の海底120メートルに、遭難した観光船「KAZUⅠ(カズワン)」が沈んでいるのが発見されたが、船体引き揚げが行えるのかどうかも不明だ。

第1管区海上保安本部などは、業務上過失致死、業務上過失往来危険の容疑で、運航会社有限会社「知床遊覧船」の事務所や社長、船長の自宅の家宅捜索等の捜査に着手している。事故に至る経緯は不明な点が多く、生存者がいないこともあって、事故原因の究明は容易ではない。事故の刑事責任追及も困難を極めることになるだろう。

運航会社の「知床遊覧船」については、他の観光船は、4月30日からの運航なのに、同社の観光船のみ、一週間早く運航を開始していたこと、強風・波浪注意報が発令され、漁業者の多くは操業を見合わせる中で、観光船KAZU Ⅰが単独で出航したこと、数か月前から船と連絡を取り合うための無線機のアンテナが壊れ昨年にも事故を2件起こしていたこと、同社が定めていた運航基準や安全管理規程にも違反していたことなど、安全対策に関して重大な問題があったことが明らかになっている。

「知床遊覧船」の安全対策は杜撰極まりないもので、観光船の「安全統括管理者」の同社の桂田精一社長に、このような事業を行う上で不可欠のはずの「乗客の安全を最優先する」という意識があったのかすら疑問だ。

このような悲惨な重大事故が発生した経緯、責任の所在が徹底して明らかにされるのが当然だが、残念ながら、現在の法制度のままでは、それが十分に行い得ない。今回の観光船事故でも、同じことが繰り返される可能性が高い。それによって、事業者の安全軽視の姿勢の背景にある「凄腕経営コンサル」による「徹底した合理化指導」等の要因も覆い隠されてしまうことになる。このような現状を絶対に放置してはならない。今回の事故による多数の尊い犠牲を無にしないためにも。

現行の業務上過失致死傷罪では重大事故の刑事責任追及は困難

事故の刑事責任追及は、現行法制上、刑法の「業務上過失致死傷罪」によって行われることになるが、犯罪の立証に関して重大な問題があり、最終的に、有罪とされて刑事処罰に至った例は極めて少ない。

JR西日本が起こした「福知山線脱線事故」(2004年、尼崎市内で電車が急カーブを曲がり切れずに脱線してマンションに衝突し、107人死亡、562人負傷)については、検察が事故当時の社長を起訴し、歴代3社長は、検察審査会の起訴議決によって起訴されたが、いずれも最高裁で無罪判決が確定している。

2012年の中日本高速道路笹子トンネルの崩落事故で9名が死亡した事故では、中日本高速道路関係者が書類送検されたが全員不起訴で終わっている。2016年1月に発生した軽井沢バス事故では、大学生らのスキー客を乗せたバスが下り坂でカーブを曲がりきれず崖下に転落。15人が死亡、26人が負傷した。この事故では、事故から5年経った2021年1月に、運行会社の社長と運行管理者が起訴されたが、無罪を主張し、公判が係属しており、予断を許さない。

そこには、様々な要因がある。業務上過失致死傷罪は、

(1)「人の死亡」という結果の発生

(2)(予見可能な)結果を回避するための注意義務に違反したこと(過失)

(3)「過失」と結果の因果関係

の3つの要件が充たされた場合に成立する。

その立証上の最大のネックになるのが「予見可能性」だ。

事故というのは、故意の殺人とは異なり、何らかの予期せぬ事情によって、人の死亡という結果が生じたものである。それが、予見可能だったこと、予見した上で、事故を回避する措置をとることが可能だったことが証明されないと同罪による処罰はできない。

同罪は刑法犯であり、処罰の対象は「個人」だけだ。特定の個人の「過失」と「人の死傷」との因果関係がある場合に、その個人が業務上過失致死傷罪の処罰の対象とされる。鉄道会社等の大規模企業の事業で起きた事故の場合、組織内の様々なレベルの人間が関わっており、安全確保に関して当該企業の組織の体質や事業者の方針自体に問題があっても、処罰の対象となり得るのは組織内の特定の個人であり、組織自体を処罰の対象とすることはできない。

しかも、鉄道、バス等の重大事故では、直接の当事者である運転者が死亡している場合が多く、その供述が得られないために、事故に至る経過や、事故の直接の原因となった行為の理由が解明できない。それが事業者側の安全管理上の責任を問うことの支障になる。

このような理由から、重大事故で多数の犠牲者が出た場合も、刑事責任を問うことは極めて困難だというのがこれまでの重大事故の処罰の実情だ。

今回の観光船事故についても、業務上過失致死罪による刑事責任の追及は容易ではないように思える。

乗客14人について既に死亡が確認されており、(1)の「人の死亡」という結果が発生したことは明らかであり、(2)の「過失」に関しても、出航時に強風・波浪注意報の発令後に出航したこと自体が危険な行為であり、その危険が現実化し、事故に至ったと言える。また、(3)の因果関係についても、単純な「条件関係」で言えば、出航しなければ事故は起きなかったのであるから、因果関係があるということになる。

しかし、業務上過失致死罪においては、「原因行為から結果発生までの因果の流れ」が明らかになり、そのような経過で人の死亡という結果が発生することについて予見可能性と、結果回避義務に違反したことが「過失」の要件となる。そういう意味では、事故に至る経過が明らかになり、事故の原因が特定されないと、「結果」と「過失」の因果関係があるとは言えない。

桂田社長が説明しているように、波が高くなったら引き返してくる「条件付出航」だった場合、出航自体の判断より、「引き返す判断の遅れ」などの出航後の船長の対応が事故の直接の原因だったことになる可能性もある。また、何らかの外的要因によって船体が損傷したことが沈没の直接の原因だったとすると(桂田社長は「クジラに突き上げられて船体が損傷した可能性」を指摘していると報じられている)、出航自体は、事故の発生につながったとは言えないことになる。

前記の軽井沢バス事故の刑事事件について、検察側は、運行管理者について、「死亡したバス運転手が大型バスの運転を4年半以上していないことを知りつつ雇用し、その後も適切な訓練を怠った」過失、社長については、「運転手の技量を把握しなかった」過失を主張している。これに対して、被告側は、「死亡した運転手が技量不足だとは認識しておらず、事故を起こすような運転を予想できなかった」と起訴内容を否認し、無罪を主張している。

運転手は、「ギアをニュートラルにしてエンジンブレーキもかけないで漫然と運転した」とされているが、死亡しているため、なぜ、「エンジンブレーキをかけないで下りの山道を走行する」という「過失行為」を行ったのか、原因がわからない。「大型バスの運転は苦手」と言っていたとしても、大型バスの運転免許は持っていたのであり、実技訓練が1回だけだったとしても、その際に、エンジンブレーキを通常どおり使っていたはずだ。そうなると、「運転手がそのような運転を行うことは予見できなかった」という社長や運行管理者側の主張を否定することは容易ではない。

事故に至るまでの客観的な経過が相当程度明らかになっている軽井沢バス事故でも、事故の直接の当事者の運転手の供述が得られず、「過失行為」の原因が不明であることが、運行会社側の業務上過失致死傷罪の支障となっている。沈没に至る経緯が全く不明の今回の観光船事故の場合、船長の供述が得られないことが、業務上過失致死罪での会社側の刑事責任の追及にとって一層大きな支障となる。

国交省の行政処分は「経営上の配慮」が厳正な対応を妨げる

一方、運行事業者に対する行政の対応も、重大事故が相次いできた貸切バス業界に対する国交省の対応の経過などからすると、重大事故を防止する機能を期待するのは困難だ。そこには、中小零細業者が多い業界への、国交省側の経営への配慮が、厳正な処分を妨げているという実情がある。

貸切バス事業は、2000年に施行された道路運送法改正により、需給調整規制が廃止され、免許制から許可制(輸送の安全、事業の適切性等を確保する観点から定めた一定の基準に適合していれば事業への参入を認める)に移行したことによって新規参入が容易となり、貸切バス事業者の数が激増し、競争が激化した。

2007年2月、あずみ野観光バスが運行していたスキーバスが大阪府吹田市の高架支柱に激突して1人が死亡、26人が負傷する事故が発生したことで、ツアーバスの実態や、貸切バス事業者の過酷な労働体制が浮き彫りになったことを受け、国の行政機関の行政についての運営状況等を調査し、改善を勧告する行政調査を行う「総務省行政評価局」が調査し、2010年9月に、国交省に対して勧告を行った。

当時、私は、総務省顧問を務めており、この行政評価局の調査についても助言を行うなどして関わったが、調査で明らかになった貸切バス業界の安全軽視の実態、それを見過ごしてきた国交省の対応は、本当に酷いものであった。貸切バス事業については、多数の法令違反があり、安全運行への悪影響が懸念されるのに、行政処分の実効性の確保が不十分だった。法令違反に対する使用停止処分の際に、対象とする車両や時期を事業者任せにしている例もあるという有様だった。このような貸切バス事業の背景には、届出運賃を下回る契約運賃や運転者の労働時間等を無視した旅行計画が旅行業者から一方的に提示されるということもあった。

要するに、業界が構造的な過当競争の状況にあるなど、厳しい経営状況にある事業者に対しては、行政処分が経営に打撃を与えないよう「馴れ合い」のような対応が行われていたのである。

結局、そのような総務省行政評価局の勧告が行われても、貸切バス業界の状況は改善せず、2012年4月、関越自動車道で乗客7人が死亡、38人が重軽傷を負う事故が発生、運転手の居眠り運転が原因だった。これを受け、国土交通省は、貸切バスの夜間運行の制限や安全コストを反映させた新運賃・料金制度の導入などを行ったが、2016年1月に、学生らのスキー客を乗せたバスが下り坂でカーブを曲がりきれず崖下に転落。15人が死亡、26人が負傷する軽井沢バス事故が発生した。この事故に関しても、基準を下回る運賃での受注が高齢の技術が未熟な運転手を乗務させることにつながったこと、会社が運転手に走行ルートを指示するための「運行指示書」には出発地と到着地だけが書かれ、どのようなルートを通るのかについては記載がなかったことなど、国交省の指導監督に関連する問題も指摘されている。

観光船・遊覧船についても、海上運送法で国交省の許可・届出が義務付けられているが、2011年8月、天竜川川下り船の転覆で5人が死亡、5人が負傷する事故が発生し、現場が流れの激しい場所であったのに、救命胴衣を着用させていなかったことから、国交省は、全国の川下り船事業者に対し、救命胴衣の着用徹底等を指導した。しかし、重大事故が発生した場合に、その原因となった問題に対応するという「後追い」的な対応では、今回の観光船事故のような、救命胴衣では救命できない水温が低い海域での水難事故は防止できなかった。

今回の観光船事故に関して、「KAZU Ⅰ」の通信設備では電波が届かないエリアがあったにもかかわらず船舶検査を通過させていたこと、昨年、同船が2回も事故を起こしていたのに行政処分が行われなかったことなど、事業者の安全管理には重大な問題があったことが次々と明らかになっている。国交省が「知床遊覧船」に厳正な措置を行って、安全管理の不備を是正させていれば、事故は起きなかったのではないかとも思える。

このような国交省の手緩い対応の背景に、コロナ感染で打撃を受けている観光業界への配慮があった可能性がある。北海道観光の目玉の一つである「知床観光船」事業の維持という配慮が、厳正な処分を躊躇させた可能性がある。

従来の国交省の運輸行政には、「経営への配慮」に偏り、乗客の生命・身体の安全がなおざりになるという根本的な問題があった。事故が発生した場合に、同様の原因で起きる事故の再発防止のための措置は徹底して行われるが、事前に危険を予知し、先回りして安全確保のための厳正な措置を行う姿勢は不十分だ。中小零細企業が多い日本において、行政は、事故発生前の予防措置として、事業者が倒産に追い込まれる程の厳正な対応は行いづらい。一方、鉄道会社・高速道路会社等の大企業に対しては、行政が私企業の事業活動の中身に介入することにも限界がある。

凄腕経営コンサルは、「安全軽視企業」にどう関わったのか

2018年4月1日、経済誌「ダイヤモンドオンライン」に【なぜ、世界遺産知床の「赤字旅館」は、あっというまに黒字になったのか】と題する記事が掲載されていた。その「赤字企業」というのが、今回の観光船事故を起こした「知床遊覧船」である。

同記事は、全国700社以上を指導し、倒産企業ゼロ、5社に1社が過去最高益、自社も日本初の「日本経営品質賞」2度受賞、15年連続増収の実績を誇る小山昇氏の連載記事の一つだ。その中で、同氏が「有限会社しれとこ村」を経営指導し、「赤字の会社があっというまに黒字に変わった」ことに関するエピソードが書かれている。       

知床観光船が売り出されたとき、私は、「値切ってはダメ! 言い値で買いなさい」と指導した。

とも書かれている。これは「有限会社しれとこ村」が、今回事故を起こした「KAZUⅠ」等の観光船を買って、有限会社「知床遊覧船」を設立したということだろう。

観光船を「言い値」で買って、しかも、その会社を「あっと言う間に黒字」にしたというのである。その間には、余程、徹底した経費の削減が行われたのであろう。そこで、本来、安全にとって最低限必要なコストも削減されたのだとすると、まさに、「赤字企業を黒字化する経営指導」が、今回の事故の背景になったということになる。

今回の事故に関して、次々と明らかになっている桂田社長の、「安全軽視」の経営については、「こんなことを一人で判断しただろうか」と不思議だった。その背後に、「凄腕経営コンサル」という存在があった可能性を、小山氏自身が示唆しているのである。

既に述べたように、国交省の行政処分は、「企業経営への配慮」から「馴れ合い」的なものになりがちで、安全対策を徹底させることができない。その一方で「凄腕経営コンサル」が、安全のためのコストをも削減する徹底した合理化で「経営の黒字化」を図る指導を行う。この二つが「両輪」となって「安全コスト削減」によって赤字企業を延命させることで、人命にかかわる事故の危険が増大することになる。

恐ろしいのは、小山氏のような「凄腕経営コンサル」が指導し、徹底した合理化が行われ「黒字化」された企業が、全国に数えきれないほどあるということだ。

そういう企業は、いつ何時、有限会社「知床遊覧船」のような重大事故を起こしても不思議ではない。

不可解なのは、小山氏の元記事が、今回の観光船事故発生後、ダイヤモンドオンラインからは削除されたことだ(転載記事やツイッターでの引用は残っていたため、記事削除への批判が殺到し、ダイヤモンドオンラインは記事を再公開した)。自身が書いた記事の中身に、「隠したいこと」でもあるのだろうか。

重大事故遺族が求める「組織罰の創設」を

加害事業者の杜撰な安全対策で多くの人命が奪われる重大事故が発生する度に、加害者側に刑事責任等の法的責任を問うことができず、尊い肉親の命を奪われたことへの責任の所在すら明らかとならないことに、遺族は、やり場のない怒りを抱え、悲嘆に暮れるということが繰り返されてきた。

福知山線脱線事故等の重大事故の遺族の方々は、肉親の死を無駄にしたくない、事故防止に活かしたいという思いから、「組織罰を実現する会」を結成し、「重大事故の業務上過失致死罪に両罰規定を導入する特別法の制定」をめざしている(【組織罰はなぜ必要か:事故のない安心・安全な社会を創るために】)。私は、「両罰規定による組織罰」の発案者であり、会の活動にも顧問として加わっている。

国交省の運輸行政には、企業経営への配慮が働き、乗客の安全確保を徹底するものにはなっていない。一方で、「凄腕コンサル」の経営指導などで「安全を軽視してまで合理化が図られ、重大事故の危険が拡散される。このような状況で、事故を防止し、乗客の安全を確保するためには、個々の事業者に、事故で乗客の生命に危険を生じさせることの重大性の認識、危機感を高め、安全対策を徹底しなければ、事故を起こした場合に厳罰に処せられると認識させられるような法制度にするしかない。

そして、一度、人命にかかわる事故が発生した場合には、加害企業がどのような安全対策を行い、そこにどのような問題があったのか、仮に安全軽視の姿勢だったとすると、それはどのような背景によるものか、それらの事実の解明は、刑事事件の捜査によって行うしかない。

そこで、今回の観光船事故を機に真剣に検討すべきなのが、重大事故を起こした事業者やその経営者に対して刑事処罰が行えるようにするため法律の制定である。

既に述べたように、現行の法制度では、重大事故で多数の犠牲者が出た場合でも、法人事業者の組織的な過失を、犯罪として問うことができないし、直接の当事者の運転手・船長等が死亡していることが多く、そのことも、事業者側の刑事責任追及の支障となる。

会社側が安全対策を軽視し、安全管理が杜撰であり、それが重大事故の発生につながったとしても、今回の「知床遊覧船」のように事業者の代表者の対応がいかに安全を軽視し、事故後の対応に誠意がなくても、事業者も代表者も処罰することができない結果に終わる可能性が高いのである。そのような現在の法制度を、重大事故を発生させた事業者や代表者の処罰が可能になるよう、抜本的に是正すべきである。

重大事故の処罰を「個人」から「事業者」中心に転換

そこで、運転手・船長等の事故の直接の当事者等、事業者の役職員を行為者として、業務上過失致死罪が成立する場合に、「両罰規定」によって事業者の刑事責任が問えるようにしようというのが、「組織罰」の導入だ。

現行法の両罰規定とは、

「法人の代表者又は法人若しくは人の代理人、使用人その他の従業者が、その法人又は人の業務又は財産に関して、次の各号に掲げる規定の違反行為をしたときは、行為者を罰するほか、その法人又は人に対しても、当該各号に定める罰金刑を科する。」

という規定であり、特別法の多くの罰則に設けられている。

事業に関する死亡事故について、業務上過失致死傷罪を刑法から切り出して、両罰規定を導入する特別法を制定してはどうか。この場合、事業者に対する罰金額の上限は、その事業規模に応じて、経営に打撃を生じ得るほど高額に設定する。

現行の両罰規定の法人等の責任の根拠は、「行為者に対する選任監督上の過失」とされており、その過失がないことを法人等の側が立証すれば免責される。業務上過失致死罪の両罰規定についても、行為者の過失行為に関して十分な安全対策を行って事故防止義務を尽くしていたことを事業者側が立証した場合には免責されることになる。

これにより、事故の刑事責任の追及を、「個人」から「事業者(多くの場合法人)」に転換できることになる。運転者等の直接の当事者が死亡している場合には、当該行為者個人は処罰の対象にならない。その個人についての犯罪成立は、事業者の刑事責任を問う前提になるだけである。その行為者個人が、刑事公判で業務上過失致死傷罪の成立を争うことがないので、犯罪の成否についての判断基準も、従来より緩やかになることが期待できる。運転者が生存している場合も、両罰規定による法人事業者の処罰が主眼となるので、過失行為者は、捜査に全面協力し、事故に至る経緯で、事業者側の安全対策の不備、杜撰さ、会社上層部からの指示の内容等についても、詳しく供述することを条件に、寛大な処分を行うことが可能となる。さらに、「日本版司法取引」の対象罪名に加えることができれば、そのような行為者の処罰の取り扱いが容易になるだろう。

「組織罰」が導入されていた場合の過去の重大事故での処罰

このような法律が制定されていれば、過去の重大事故でも、法人事業者に罰金刑を科すことが可能だったと考えられる。

福知山線脱線事故では、事故当時の社長を検察が起訴し、歴代3社長が、検察審査会の起訴議決によって起訴されたが、いずれも無罪判決が確定しており、現行制度の下では、刑事責任追及は行えなかった。しかし、事故の状況と事故原因は事故調査報告書によって明らかになっている。業務上過失致死傷罪に両罰規定が導入されていれば、運転手が死亡していても、「車掌との電話に気を取られ、急カーブの手前で減速義務を怠った」という過失で、運転手についての業務上過失致死傷罪の成立が立証できる可能性がある。

そして、「そのような運転手の過失による事故を防止するために、JR西日本が十分な安全対策をとっていたか否か」が刑事裁判の争点となり、JR西日本が、「事故防止のための措置が十分だった」と立証できないと、法人としての同社に対して罰金の有罪判決が言い渡されることになる。

軽井沢バス転落事故でも、業務上過失致死傷罪の両罰規定が導入されていれば、「エンジンブレーキをかけることなく加速して、制限速度を大幅に超過した状態で、漫然と下り坂カーブに突入した」との過失で、死亡した運転手に業務上過失致死傷罪が成立するとして、運行会社に両罰規定を適用して起訴することができる。その場合、会社側の安全対策が十分であったことを立証しなければ罪を免れることができない。運転技術が未熟な運転手に対して教育を行うなどの安全対策を十分に講じていなかったことで、会社が有罪となる可能性が高い。

 重大事故の遺族の方々が、実現を求めて必死に活動を続けている「組織罰」、つまり「業務上過失致死傷罪への両罰規定」の導入を、今こそ、真剣に検討すべきである。

「代表者処罰規定」の導入も

それに加え、今回の事故に関して報じられている「知床遊覧船」の桂田社長の「安全軽視」の対応からすると、事業者に対する「両罰規定」に加えて、法人事業者の代表者に対する「三罰規定」の導入も検討すべきであるように思う。

独占禁止法95条の2は、「三罰規定」すなわち「代表者処罰」について以下のよう規定している。

「不当な取引制限」(カルテル・談合等)の違反があつた場合においては、その違反の計画を知り、その防止に必要な措置を講ぜず、又はその違反行為を知り、その是正に必要な措置を講じなかつた当該法人の代表者に対しても、各本条の罰金刑を科する。

というものだ。

これと同様に、業務上過失致死罪に両罰規定を導入する立法においても「三罰規定」を設け、行為者の過失によって「人の死」の結果が生じ得ることを認識していたのに、敢えて安全対策を講じなかった代表者を処罰する規定を設けるのである。

この場合、罰金額の上限は事業者と同様であり、情状如何では相当な高額な罰金刑に処せられることになる。そして、代表者が罰金を支払うことができなければ「労役場留置」となり、服役することになる。

仮に、業務上過失致死罪に両罰規定、三罰規定を導入する法律が制定されていても、今回の事故に関しては、事故原因の特定ができなければ、直接の行為者の船長の業務上過失致死罪の成立が立証できず、「知床遊覧船」への両罰規定も、桂田社長への三罰規定も適用できないことになる。

しかし、「事故原因が特定できるかどうか」は、事故が起きてみないとわからないのであり、「組織罰」「代表者処罰」が導入されていれば、事故を起こして、安全対策を十分に講じていなかった場合に高額の罰金刑を科されることがないようにするために、日頃から、事故防止に細心の注意を払い、十分な安全対策を講じておくしかない。それができない事業者は廃業するしかないということになるのである。

重大事故の刑事責任を法人事業者や代表者に対しても追及することを可能にし、事業者の安全への姿勢や対策の中身、その背景を、刑事事件で明らかにすることができるよう、組織罰・代表者罰の実現に向けて具体的に動き始めることが、安全な社会の実現を願う国民の負託を受けた国会議員の責務である。

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SMBC日興・副社長逮捕、「検察幹部」は“プーチン”化していないか!?

3月24日、大手証券会社、SMBC日興証券(以下、「SMBC日興」)の幹部らによる相場操縦事件で、東京地検特捜部は、佐藤俊弘副社長を金融商品取引法違反(違法安定操作)の相場操縦の疑いで逮捕した。また、同日、既に逮捕されていた幹部4人に新たに一人を加えた5人と、法人としてのSMBC日興の6者を起訴した。

これらの事態を受けて、同日夜、同社の近藤雄一郎社長が記者会見を行い、

「証券会社という立場にありながら、金融商品取引法違反で起訴、逮捕という市場の信頼を著しく揺るがす重大な事態を引き起こしたことを重く受け止め、深く反省している」

と述べた。

しかし、近藤社長は、自らの現時点での引責辞任は否定し、金商法違反で法人としてのSMBC日興が起訴されたことについて、

「内部管理態勢に不備があったことは否定できず、法人としての責任は免れないものと考えている」

と述べたが、逮捕・起訴された幹部についての犯罪の成否については、

「送達される起訴状、開示される証拠を見て判断したい」

と述べるにとどめた。

逮捕された4人は、「通常の業務の範囲内」と述べて違法性を否定していると報じられており、犯罪の容疑をかけられた役職員らが、「無罪主張」をしていることを踏まえて、会社としては、金商法違反事実の違法性についてはコメントしないという姿勢で一貫している。「推定無罪の原則」からすれば、当事者企業の経営者として当然の対応と言えるだろう。

しかし、証券取引等監視委員会(以下、「監視委員会」)と、その強制調査を受けて同社の幹部社員を逮捕した検察当局にとっては、このようなSMBC日興側の態度は、幹部を起訴し、副社長まで逮捕した検察当局の「有罪判断」に対する「挑戦」に思えるだろう。

この事件で強制調査が開始されたのは昨年6月、その後の調査に対して、SMBC日興側は、一貫して違法性を否定し、徹底抗戦をしてきた。

9か月後の今年3月4日、検察は、外国人2人を含む会社幹部4人の逮捕という「強硬手段」に出た。しかし、それでも、会社幹部4人は違法性を認めず、なおも「無罪主張」の構えを崩していないようだ。佐藤副社長も、特捜部の逮捕前の調べに対して「取り引きの報告は受けていたが、違法という認識はなかった」などと説明していたようだ。逮捕後も、「買い支え自体は聞いていたが、手口までは聞いていない」と容疑を否認しているとのことであり、供述内容はほとんど変わらないということだろう。

「軍門」に下ろうとしないSMBC日興という大手証券会社に対して、検察は、4人の会社幹部を起訴するのと同時に、同社副社長を逮捕するという異例の対応に及んだ。

「検察・監視委員会」と「SMBC日興」との全面対決に至っている相場操縦事件について、何が問題となるのか、それに対して検察はどう対応しようとしているのか、事件は今後、どう展開していくのか、報道等に基づいて考えてみることにしたい。

犯意・共謀の問題

この事件は、大株主が大量の株を売る際、市場での値崩れを防ぐために、市場時間外に証券会社が一度買い取った上で投資家らに転売する「ブロックオファー」という取引に関して、株式の買取り・転売が行われる日の取引終了の直前に、SMBC日興が、対象銘柄で大量の買い注文を出していたことが、「不正な買い支え」であり、「違法安定操作取引」(「相場を安定させる目的をもつて、一連の有価証券売買等を行うこと」金商法159条3項)に当たるとされているようだ。

この事件に関して、第1に問題となるのは、ブロックオファーの対象銘柄について、SMBC日興の取引日の「終値」近辺での「大量の買い注文」が、逮捕・起訴された4人の幹部の指示によって行われたものなのか、ブロックオファーの対象銘柄の株価を維持する目的で行われたのか、という「犯意」と「共謀」だ。

「相場を安定させる目的をもつて、一連の有価証券売買等を行う」ことについての「犯意」と「共謀」なのであるから、どの銘柄について、どのような「目的」で相場を安定させるのか、価格をどのような範囲に安定させるのか、について認識を共有することが必要であり、「買い支えを行うことについて漠然と認識していた」という程度では、「犯意」「共謀」があったとは言えないだろう。

「終値」近辺での「大量の買い注文」が、自己売買部門の担当者の独自の判断で行われたもので、逮捕・起訴された幹部の指示によるものでなければ、そもそも、「不正の買い支え」とは言えない。

この点について、逮捕・起訴された幹部が所属していたエクイティ本部内で、ブロックオファー取引と自己売買の両方が行われており、両者の間に「ファイアーウォールの設置」(情報の遮断)が行われていなかったこと、同社の売買審査部門から、摘発対象となった大量の株の買い注文に関し、社内の売買監視部門のシステムで不審と警告されていたのに問題視されず必要な対応も取られていなかったことなどが報じられている。これらの報道は、いずれも、監視委員会・検察側からのリークによるものと思われる。

検察側の「見立て」は、

ファイアーウォールがなく、情報が筒抜けだから、ブロックオファー取引に関する判断と自己売買部門の買い注文とは直結していた。しかも、自己売買部門で、警告を受けた「不正な買い注文」を、何の動機もなくやるわけはない。それは逮捕・起訴された幹部らの指示によるものに違いない。

というものであろう。

しかし、そのような「ストーリー」で、SMBC日興の金商法違反を立証するためには、逮捕・起訴された幹部と、大量の買い注文を出した自己売買部門の担当者が、検察のストーリーに沿う供述を行うことが必要だ。何とか、そのような供述を行わせようとして4人を逮捕した上で、自己売買の担当者などの取調べも行ったはずだ。強制捜査によって収集された社内メールも徹底して調べられているはずだが、その中に「犯意」「共謀」を裏付けるものがあるのであれば、会社幹部ら4人が揃って否認を通すことは容易ではないはずだ。当初検察が意図したとおりのの供述や証拠が得られていない可能性が高いように思える。

「検察の見立て」を否定する事実

また、そのような「検察の見立て」を否定する方向に働く事実もある。

証券会社の自己売買部門も、基本的には、自らの判断で投資を行う「プロの投資家」である。「安ければ買い、高ければ売る」という原則に基づいて株式の売買を行っている。

ブロックオファーの対象とされた銘柄も、報道によれば、いずれも、相応に企業価値の高い企業であり、その株価が想定価格より低いと判断して買い注文を出すというのは、投資家としては当然の判断である。

マスコミ関係者から得た情報によれば、昨日起訴されたSMBC日興の幹部らの起訴状では、安定操作の方法は、「指値X円の買い注文を大量に入れる」というものだった。この「X円」という株価が、企業価値や相場の動きからして割安であり、「買い」が当然との判断によって買ったということもあり得る。

しかも、SMBC日興のブロックオファーは、投資家による「空売り」を誘発しやすい制度設計であったなどと報じられており、大株主からの買取と転売が行われる日に「空売り」によって株価を下落させようとする動きがあったことは間違いないようだ。「空売り」によって不自然に株価が下落したのであれば、自己売買部門が純粋な投資判断として「買い注文」を入れることも十分にあり得る。

そういう意味では、自己売買の担当者が、それなりの合理性のある理由をもって「独自の判断で買い注文を入れた」と供述した場合、それが虚偽だと断ずる根拠はあるのだろうか。

「絶対的な安値水準と判断されるレベルにまとまった買い指値注文を入れていたところ、不自然な空売りによって、その買い注文が約定してしまった」という場合であっても、結果的に、終値近辺でのSMBC日興の買いによる売買の割合が、売買全体に対して一定の数字を超えていれば、売買審査部から「終値関与の疑い」ということでアラートが出ることになる。しかし、「安値に予め出していた指値注文が大量に約定しただけ」と説明されれば、売買審査部門も「特に問題ない」という判断になるだろう。

一部の記事では、「金商法が禁止している『終値関与』があった」などと書かれていたが、明らかな誤解だ。「終値関与」というのは、「相場操縦等の不公正取引を疑う一要素」であって、それ自体が金商法で禁止されているわけではない。

要するに、逮捕・起訴された幹部らが自己売買部門の担当者に、「大量の買い注文」の指示をした事実があり、幹部らの意思で「意図的に買い支えた」と言えることが、一連の売買について犯罪が成立する大前提であり、その点について供述が得られないと、「相場を安定させる目的で一連の有価証券売買等を行った」という犯罪事実の立証は著しく困難なのである。

相場操縦の典型例は、仮装・馴合売買、見せ玉(約定する意思のない注文)などであり、取引としての合理性のない行為による相場操縦を個人が行った場合は、売買注文や株価の動きなどで、相当程度客観的に立証することも可能だ。しかし、本件のような、売買の当事者にとって相応に合理的な説明が可能な場合には、売買を行う意図・目的などの主観的要素についての供述が不可欠となる。昨年6月に監視委員会が着手した強制調査が、膠着状態に陥っていたのは、この点の供述が得られなかったからなのではないか。

株式購入者側「空売り」をどう見るか

第一の「共謀」についての証拠が得られ、幹部らの意思に基づいて大量の「指値買い注文」が出されていたことが認められるとして、第二に問題となるのが、【SMBC日興証券事件、「空売り」と「買い支え」の対立が背景か~「違法安定操作」での摘発への疑問】で述べたように、特定の銘柄について株価の値下がりにつながる『空売り』があったとされていることとの関係だ。

ブロックオファーでの購入者側が、買値の基準となる取引日の終値を意図的に下げようとして、買い取った株式で決済する前提で買い取り前に「空売り」を行ったとすれば、それ自体が「証券市場の公正」を害する行為であり、金商法157条の「有価証券の売買その他の取引又はデリバティブ取引等について、不正の手段、計画又は技巧をすること」の一般条項を適用して処罰すべきではないか、ということを述べた。

 産経新聞(3月24日付)は

SMBC日興は、投資家による「空売り」を誘発しやすい制度設計を武器に、業績を伸ばしたとされる。

関係者によると、他社は空売り防止の意味もあって同種取引をする際は取引日を明示せずに投資家に打診していたが、SMBC日興では取引日をほぼ明示しており、空売りする日付を限定しやすかったという。

検察幹部は「空売りでもうけさせるのが前提だった」と指摘し、制度設計の経緯なども捜査している。

などと、「検察幹部の見方」に基づいて記事を書いている。

しかし、このように、SMBC日興が、意図的に「空売り」を誘発する仕組みを作って、その「空売り」に「不当な買い支え」で対抗することが、SMBC日興にとってどのような意味があるのか。しかも、上記のように、購入者側が、買値の基準となる取引日の終値を意図的に下げようとして行う「空売り」は違法と考える余地もあるのである。そのようなことを企んでいたとすれば、それは、当事者の幹部らに説明してもらわなければわからない。

 

検察幹部の見方は、それを認めるSMBC日興側の供述がなければ、「妄想」に過ぎない。それを立証する証拠がなければ、違法・不当な「空売り」に対して、下落を防止する「買い支え」は、「相場が自然な需給関係に基づいて形成される」という本来の証券市場における株価形成に資するものとも言えるのである。

SMBC日興側の供述が不可欠な事案

検察が、上記の2つの点について、立証上の問題をクリアするためには、兎にも角にも、SMBC日興側の供述が不可欠だ。

大阪地検特捜部の村木厚子氏の事件で、検察官の不当な取調べが問題となる以前の特捜検察であれば、取調べで様々な手段を弄してストーリーどおりの供述調書に無理やり署名させ、それが採用されて立証されることになっていたであろう。しかし、村木氏の事件と証拠改ざん問題で世の中の厳しい批判を受けた検察は、その後、取調べの録音録画が導入されるなどしたことから、検察官の脅し・騙しの取調べで「ストーリーに沿った供述調書」に署名させるということが難しくなった。今回も、外国人2人を含む会社幹部4名を逮捕して取調べを行ったものの、SMBC日興側の供述は殆ど変わらなかったのではないか。

昨日、この4名の勾留満期を控え、最高検も含めて検察の処分方針が最終的に決定されたわけだが、「この証拠関係で公判立証ができるのか」との疑問が指摘されたのではないか。

そこで、検察が決定した方針は、「SMBC日興副社長逮捕」だったということが考えられる。

副社長逮捕でSMBC日興への世の中の批判を一層大きくし、それを受けて、金融庁も行政処分を行わざるを得なくなる、それによって同社を屈服せざるを得ない状況に追い込み、弁解・反論や公判での無罪主張を押し潰してしまおう、という意図で行われたのだとすると、恐ろしい話である。

しかし、4人の勾留満期の日に副社長を逮捕するというのは、通常の捜査の進め方ではない。捜査の最終段階で4人の幹部の中から副社長との共謀も含めて「自白」がとれた、ということなら話は別だが、これまでの経過からすると、それは考えにくい。

東京地検特捜部の捜査方針に大きな影響を持つ東京地検次席検事は、カルロス・ゴーン氏の事件の際に特捜部長だった森本宏氏だ。

私は、【深層カルロス・ゴーンとの対話 起訴されれば99%が有罪となる国で】(小学館:2020年)の中で、森本氏の特捜部長時代の捜査の進め方について、以下のように述べた。

森本特捜部長の下で手掛けた事件については、私も、その都度、いかにそのやり方が常識を逸脱しており、法的にいかに「無理筋」であるかを指摘してきた。しかし、森本特捜部は、終始、強気一辺倒で捜査を進めてきた。マスコミ、世の中の論調、裁判所の判断などの日本の検察、特捜部をめぐる構図の下では、「思い切ってやってしまえば、結果はついてくる」ということを、森本氏は、経験上認識しており、それが、特捜部が成果を挙げる上で、極めて合理的な発想だったことは間違いない。

森本氏は、そのような考え方で、国際的カリスマ経営者のカルロス・ゴーン氏を、突如逮捕して世界に衝撃を与え、私がその都度、指摘してきたように、多くの重大な問題があった同氏の事件を、「検察が始めた捜査は、引き返すことなく、めげることなく、とことんやり切る。それによって、結果は必ずついてくる」という方針でやり抜き、ゴーン氏は、「公正な裁判が期待できない」として海外に逃亡した。

今回の検察の捜査方針が次席検事の森本氏の判断にかかっているとすれば「SMBC日興副社長逮捕」が、上記のような目論見で行われた可能性も十分にあるように思える。

しかし、さすがに、今回の事件は、森本特捜部時代の事件のように、「結果オーライ」で済むとは限らない。

昨日起訴された4人の幹部の起訴事実が5銘柄に関するものだったのに、佐藤副社長の逮捕事実は、たった1銘柄に関するものだけだ。その1銘柄については、取引の内容についての佐藤副社長の認識に関する証拠が何らかの形で存在するということであろう。

森本次席検事が指揮する東京地検特捜部は、外国人2人を含む経営幹部の逮捕でSMBC日興に「侵攻」したが、かなりの苦戦を強いられているようだ。起死回生を狙って、佐藤副社長を逮捕し、全面自白に追い込み、SMBC日興を屈服させようというのだろうが、果たして目論見どおり行くのだろうかだろうか。起訴された4人も、SMBC日興側も、徹底抗戦の構えを崩していないようだし、4人の起訴と副社長の逮捕を受けての近藤社長の会見でのコメントも、「起訴された個人が有罪なのであれば、法人としても刑事責任を免れない」と述べているに過ぎないと思われる。今後、検察から開示される証拠を見て、会社としてどのような判断を下すのだろうか。

強大な権力で押し切ろうとするやり方は、“ウクライナに侵攻したプーチン”をも彷彿とさせる。ロシア軍のように「想定外の苦戦を強いられる」ということになる可能性もないとは言えない。

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「横浜市大不当要求問題」刑事告発、神奈川新聞の取材・報道に重大な問題

3月9日に、神奈川新聞が、紙面、ネット有料記事、ヤフーニュースに掲載した【横浜市長、大学在職・退職後の強要告発に「コメントは控える」】と題する記事に関する取材と記事化の過程に重大な問題があるとして、同社社長に厳重に抗議し、対応を求める書面を送付した。その件について、これまでの経過と問題の所在について述べることとしたい。

横浜市大現職教職員らからの山中竹春氏に関する問題の指摘

発端は、昨年7月26日、横浜市大理事長・学長名で発出された学内文書(請願審査における「7.26文書」➡【横浜市会議員らによる横浜市大への「不当圧力」問題の請願書・添付資料を公開】参照)について、現職教職員らが、「大学の自治」「政治的中立性」を侵害する重大な問題だとして私の事務所に連絡してきたことだった。それまでにも、医療情報分野の研究者、医療ジャーナリスト、神奈川県内の医師などから山中氏の能力・資質についての多くの情報が寄せられていたことに加え、山中氏の人間性、研究者としての基本的能力の欠如、市大での悪質なパワハラなどの具体的な話と、山中氏は「絶対に市長にしてはならない人物」であるとの訴えを聞いたことが、私が市長選挙で、山中氏の落選運動(【「小此木・山中候補落選運動」で “菅支配の完成”と“パワハラ市長”を阻止する!】)を行う決意につながった。

選挙期間中には、「コロナの専門家」であることの疑問、パワハラ疑惑、経歴詐称疑惑などの指摘、市大の取引業者への「恫喝音声」の公開などの様々な方法で展開したが、それにもかかわらず、山中氏は市長選挙で当選し、市長に就任した。しかし、私は、その後も、上記取引業者に対する強要未遂での山中市長の告発等に関わるなど、山中氏の市長としての適格性を問う活動を続けた。

「横浜市大への不当圧力問題」の調査を求める請願

9月には、横浜市会に「横浜市大への不当圧力問題」の調査を求める請願を行った。請願は、政策・総務・財務委員会に付託され、9月24日に続き、12月15日に行われた請願審査では、花上喜代治、今野典人議員、横浜市大の小山内いづ美理事長、相原道子学長が出席し、山中竹春市長も、市長としては18年ぶりに「説明員」として出席して、請願審査が行われた。しかし、そこでの山中氏の答弁は、ウソ・ごまかしだらけで、市大側の説明とも大きく乖離し、不当圧力問題の事実解明が十分に行えたとは到底言えないまま終わった【山中竹春横浜市長、請願審査委員会での追及に「虚言」連発。市長の存在自体が「横浜市民にとっての”災難”」】。

この請願は、当初、市会議員2名による市大への不当圧力を問題にし、その後、山中氏が市会の本会議で自ら関与を認めたことから、請願の対象を市長の不当圧力に拡大したものであり、山中氏自身にとっては、「市大教授を退職し、市長に就任する前、一私人であった時の問題」であり、「横浜市の事務」に関する問題とは言い難いことなどから、地方自治法100条に基づく調査の対象とすべき案件とは言い難かった。

山中氏の行為については、請願書でも、

「市民にSNSやインターネット上で不誠実を知ってもらった方がよいとも考える」

「コンプライアンス違反で訴え厳正に対処することも考えている」

などという発言によって、「名誉に対する害悪」を加えることを告知して市大理事長らに「義務のないこと」を行わせようとした刑法の「強要罪」に該当する可能性があると指摘していたが、請願審査の結果、それらの発言が、山中氏が小山内理事長に対して行ったものであること、しかも、6月16日の学内文書が事実無根だとして訂正・謝罪することが「義務なきこと」であったことが明らかになった。

このような請願審査の結果を受けて、私が横浜市役所で行った記者会見では、「不当圧力問題について山中氏を刑事告発することについての相談が市大関係者等から寄せられており、請願審査の結果に基づいて刑事事件として真相解明していくべき案件と考えられるので、刑事告発についての検討を進めていきたい」と述べた。

同月21日の本会議で請願についての採決が行われ、請願は不採択となったが、それに先立つ討論で、最大会派の自民党を代表して伊波俊之助議員が意見を述べ、

委員会審査の過程で、面会時のメール訂正の要求は殆ど山中市長が行ったということも明らかになっております。山中市長は「圧力という認識は一切ありません」という発言をしておりますけれども、記憶にないとか、あるいは質問に対して言い逃れ、直接答えないという場面もありました。「市民に誠実」というキャッチフレーズとは程遠い答弁でした。

強制力のない常任委員会の審査となると、これ以上審査をしたところでこの食い違いを埋めることができないと判断し、請願は不採択といたしました。あとは司法の場で判断されると思います。

と締めくくった。

同議員が言う「司法の場」で念頭に置かれているのが、請願審査の過程で明らかになった強要罪の疑いについての告発・刑事事件化であることは明らかであった。

山中市長を被告発人とする強要罪による告発状の作成・提出

このような横浜市議会での請願審査の結果を受けて、横浜市大の現職教職員と退職者数名から、山中氏の強要罪による告発についての検討と、告発状の作成を依頼され、その作業に着手した。

彼らの告発の重要な動機として、「市大在職時の山中氏が、教授・研究科長としての職責を全く果たしておらず、市長選に立候補を表明して職務を放棄したこと、悪質なパワハラを恒常的に行っていたこと、それらの事実を否定するために辞職後にとった行動」などがあった。それらも、告発に至った経緯として記載し、告発状案を完成させた。

その告発状案を、横浜地検特別刑事部に持ち込み、担当検察官との調整も終わった1月末には、現職教職員数名が横浜地検を訪れて担当検察官と面談し、告発に至った経緯を説明し、真相解明・刑事処分を求める意思を示した。

かかる経緯を経て、3月1日に、横浜市大の現職教職員及び退職者合計9名が告発人となった告発状が正式に受理された。

神奈川新聞への告発受理についての情報提供

問題は、山中市長に対する告発が受理されたことを、どのようにして公表するかだった。

今回の山中市長に対する告発は、横浜市会での調査を求める請願が常任委員会で審査され、相当程度事実関係が明らかになったことを受け、市議会からも、「司法の場」での真相解明が期待されたことを踏まえて行ったものだった。しかも、請願審査そのものに否定的だった立憲民主党・日本共産党の議員は、

「市大側は山中氏からの圧力と受け止めておらず、市大内部では問題にされてもいない」

などと述べていたのであり、多数の市大内部者が告発人となって刑事告発に及んだことは、それらの党の主張に対する反対事実でもあった。

そのような告発が、地検での審査を経て正式に受理されたことについて、情報提供するメディアとして考えたのが地元紙の「神奈川新聞」であった。同紙は、三木崇記者の署名記事で横浜市会での請願審査の内容や結果についても報じており、請願審査の結果を受けて私が市役所で会見し、山中市長の強要罪での告発の検討を行っていると述べたことにも、記事中で触れていた。そういう意味では、地元メディアとして、その告発の件を「市政にとって重要な問題」として報じるのに相応しいと思われた。告発人側も、匿名での記事化を条件に取材に応じる意向だった。

三木記者に、横浜市大の現職教職員らを告発人とする告発状が横浜地検に提出され数日内に受理の見通しであることを伝え、匿名を条件に告発人の直接取材も可能と伝えたところ、「告発状の内容と、それが受理された事実を報じたい」とのことだったので、告発状の内容を資料として送付した。

3月2日に、横浜地検から、1日付けで告発が受理されたとの連絡があったので、すぐに連絡したところ、三木記者は、告発人代表者に電話取材して確認をした上、告発受理についての記事が、3月3日付け朝刊で掲載された。

しかし、いわゆる「ベタ記事」で、同じページに、真鶴町長が選挙人名簿の不正使用の地方公務員法の守秘義務違反の事実で告発されたことが大きな見出し付きの記事で報じられているのと比較しても、異常に小さな扱いだった。

告発人代表者のインタビューとその記事化

その後、三木記者から、

「告発受理を報じた記事は小さな扱いとなり、いろいろ意見もあったので、告発人側のインタビューを行った上で、中身のある記事を出して、ガツンとやりたい」

との申入れがあった。告発人代表者にそれを伝えたところ、インタビューに応じることになり、3月6日の日曜日の午後、横浜市内で、2時間にわたってインタビューが行われた。

その記事を3月8日の朝刊に掲載する予定ということで、7日の昼頃には記事の「予定原稿」がメールで私宛に送られてきた。山中氏の行為が「大学の自治」に対する重大な侵害だと考え告発に至った経緯、市大でのパワハラの事実などを内容とするもので、インタビューに応じた趣旨にも沿う内容の約90行の大型記事だった。告発人代表者側に確認し、いくつか修正意見を送付したところ、同日夕刻には、それを反映させた「予定原稿」が送られてきた。その際、「記事に告発状の現物のイメージを掲載したい」とのことだったので、告発代表者の了解を得た上、告発人の署名入りの告発状を、当事務所からファックス送付した。

ところが、同日夕刻になって、三木記者が、

「デスクが掲載に難色を示している。市大関係者が告発を決意する理由となった山中氏のパワハラについて、もっと具体的な話を聞きたい」

と言ってきた。そこで、告発人の一人で、最もひどいパワハラの被害を受けた市大退職者に連絡をとり、三木記者の取材に応じてもらうよう要請したところ、何とか了承が得られ、ただちに電話で取材が行われた。このパワハラ被害者は、パワハラによってメンタル面面の不調を来たし、退職を余儀なくされたもので、取材に応じることには心理的抵抗があったが、神奈川新聞が告発の事実を大きく報道するのであれば、ということで取材に応じてくれたものだった。

午後8時頃、三木記者から

「やはりデスクが通してくれなかったので、明日の掲載は見送りとなった。引き続き記事の内容を充実させて、明後日の朝刊で掲載するようにしたい」

との連絡が私と告発人代表者にあった。

翌8日の午後7時過ぎに、三木記者からメールで、記事の原稿が送られてきた。

信じ難いことに、それは、同日午後に行われた山中市長の定例会見での発言についての記事で、前日に送付された予定原稿とは全く異なり、末尾に、告発人代表者のコメントが、3行ほど「カウンターコメント」のように載せられているだけで、パワハラにも全く触れておらず、インタビューに応じた趣旨に反するものだった。

その後、三木記者と電話で話したが、「デスクの判断で削られた」と繰り返すのみだった。こちらが、

「告発人代表者も、パワハラ被害の退職者も、相当に無理をして取材に応じてくれた。その趣旨に全く反する記事にされることには納得できない」

と言うと、

「それならボツにするしかない」

とのことだった。

告発人代表者の意向を確認した上、

「送付された内容であれば記事掲載には了承できない」

と伝え、告発人側で取材に応じた結果は記事には出さないということで話が終わった。

翌9日、「カナロコ」に、強要罪での告発についての山中市長の定例会見でのコメント中心のネット記事が出ていて、それがヤフーニュースに転載されていた。その記事は、前日の予定原稿の内容から告発人代表者のコメントが削除したものだったが、あろうことか、告発人のインタビューの内容を記事化する前提で送付した告発状の現物の写真が掲載されていた。

また、神奈川新聞の紙面や、カナロコの「有料記事」には、ボツにするはずであった告発人代表者のコメント入りの記事がそのまま掲載されていた。

告発人としては、告発人側のインタビューの内容を記事化するということで取材に応じたのである。「告発状」の現物も、インタビューの内容とする記事が掲載される前提で送付したものだ。山中市長の定例会見でのコメントを中心とする記事は、全く前提を異にする。そのような記事に、告発状の写真を使用することを了承したことなどなく、まさに流用そのものだった。

神奈川新聞社長宛の抗議、措置の要求

ネット記事を確認した時点から、三木記者に連絡し、「告発状の現物の掲載は了承していない」として記事の削除等を求めたが、真摯な回答は得られず、編集責任者に電話させるように求めたが、全く連絡はなかった。

そこで、同日、神奈川新聞の須藤浩之社長宛てに、「無責任な取材・報道の姿勢及び取材協力者側への不誠実な対応に厳重に抗議し、ネット記事から、告発状の現物の写真を削除すること、紙面で、取材・報道において不当な対応を行い告発人に迷惑をかけたことについての謝罪文を掲載すること」を要求する書面を送付した。

同書面は、10日に神奈川新聞に配達されたが、本日(3月16日)現在、何らの返答もない。告発人代表者にも、パワハラ被害者の退職者にも、9日の、上記「山中会見コメント」中心の記事掲載後、何の連絡もない。ただし、11日には、問題の記事の告発状の現物の写真は削除され、横浜市のイメージ写真に差し替えられている。私からの書面を受け、同写真の掲載に問題があったことについては非を認めているものと思われるが、それにしても、告発人側から提供を受けた写真を勝手に記事に掲載し、それを一方的に削除し、取材協力者側に何の連絡もしないという神奈川新聞の対応は、あまりに常識を欠くものだ。

マスコミの取材・報道に関する重大な問題

このような神奈川新聞の対応には、メディアとして極めて重大な問題がある。

第一に、今回の告発とその受理の事実の重要性についての認識の問題である。

一般的には、告発というのは、一つの捜査の端緒に過ぎない。しかも、告発自体は、「何人も」可能なのであり、、一般市民が、マスコミ報道で犯罪に当たるとされた事実について、それだけを基に検察庁に告発を行うというケースも少なくない。そのような告発の多くは、「犯罪事実不特定」、「犯罪の嫌疑の根拠不十分」等の理由で告発状が返戻される。特に、2008年の検察審査会法の改正で、不起訴処分に対する検察審査会への申立てが行われ「起訴相当議決」の議決が出ると法的拘束力が生じるようになってからは、検察の「告発受理」に対する慎重な姿勢が顕著になった。

最近では、「検察庁への告発」は相当ハードルが高く、告発人側に、告発事実について、捜査を遂げ真相を明らかにした上処罰を求めるという意思が明確に示され、犯罪事実が起訴状の公訴事実に近い程度に十分に特定されていなければ、告発状は受理されない場合が多い。

今回の告発は、現職の横浜市長を被告発人とし、市が設置者である市立大学の現職教職員らが行ったものであり、しかも、検察庁での慎重な審査手続を経て、正式に受理されたのであって、その事実は極めて重い。もちろん、その告発事件に関して、最終的にどのような刑事処分が行われるかは、検察の捜査が行われた上でなければわからない。しかし、横浜市会での請願審査の経緯をも踏まえれば、今回の告発とその受理の事実は、それ自体が、地元紙として大きく取り上げるべき案件だと考えられた。

そういう意味で、「告発人側のインタビューを行った上で大きな記事にして、ガツンとやりたい」と言って、インタビューを申し入れてきた三木記者の姿勢は真っ当なものだった。しかし、そのインタビューが記事化され、原稿が出来上がった後の神奈川新聞社側の対応は、信じ難いものであった。

神奈川新聞は、今回の問題についての「告発受理」の意味を過少評価しているとしか思えない。

「告発者」の取材・報道をめぐる問題

そこで第二の問題となるのが、取材・報道における「告発者」への対応である。

「権力との対峙」「権力者の追及」は、マスコミの重要な役割である。

しかし、「権力」「権力者」に関する情報をつかみ、具体的な事実を把握することは、外部者のマスコミにとって容易なことではない。その貴重な情報源となるのが「告発者」である。

横浜市大における「絶大な権力者」であった山中氏が、市長選に立候補して横浜市の最高権力者になろうとしたことに対して、山中氏の実像を知る市大関係者等から、パワハラ・経歴詐称・不当圧力等の様々な問題が指摘され、それが、最終的に、横浜地検への告発という形になった。そして、それらの問題指摘の主体の「告発者」が、インタビュー取材に応じ、記事化される過程で起きたのが、今回の問題だ。

この場合、告発者は、その氏名が公表されたり、権力者側に知られたりすることで、いかなる不利益が生じるかわからない。取材・報道する側には、格段の配慮が求められることは言うまでもない。

三木記者は、告発状に関する資料提供を受け、当初は、告発に至る経緯と動機、告発人が訴えたいことなどを内容とする記事を書く前提で、長時間の面談のインタビュー取材を行い、告発人からありとあらゆる情報を得て、実際、社内の所定の形式で予定原稿を作成して、告発人側に送付して確認を求め、さらに、パワハラ被害者の追加取材まで行った。ところが、その後の神奈川新聞の記事掲載に至る対応は、三木記者とは全く異なるものだった。

三木記者の説明によれば、「デスクが難色を示している」ということだが、インタビューを行い、予定原稿を取材対象者に送付して確認まで求めているのである。しかも、その記事のために、告発人の署名の入った告発状の現物まで送付している。それなのに、その時点で、そのような趣旨の記事を掲載すること自体について、新聞社内部での了承がとれていないということが、果たしてあり得るのであろうか。

告発人代表者は、三木記者は大変熱心に問題意識を持ってインタビューをしてくれたと言っていた。予定原稿も、その趣旨に沿うものだった。告発人側からすれば、当初掲載予定であった記事が事後的な事情によって変更されたのではないか、例えば、山中氏側やそれと近い社内関係者の横やりがあったのではないか、と疑いたくなるのも致し方ない。告発人の氏名も含む極めてデリケートな情報まで提供している告発人側としては、そのような神奈川新聞社側の対応に重大な不信感を持ち、告発人側の秘密が守られるのか、山中氏側に情報が洩れることはないのかと不安になるのも当然であろう。

告発人の現職教職員らが、山中氏による横浜市大への不当要求の問題に、ここまで徹底してこだわり、強要罪による刑事告発にまで及んだのは、それが、横浜市大のガバナンス・教育体制等に重大な悪影響を与えた「山中竹春氏をめぐる問題」を象徴する問題だからである。彼らの懸命の訴えが、少しでも多くの横浜市民に届くよう、私なりに最大限の努力をしてきたが、残念ながら、市長選の前後から現在に至るまで、横浜のメディアは、そのような「山中問題」を殆ど取り上げて来なかった。

そのようなメディアの姿勢が端的に表れたのが、今回の山中市長告発問題についての神奈川新聞の取材・報道のように思える。

神奈川新聞は、疑念を晴らすべく、今回の取材・報道の経過について、納得できる説明を行うべきである。

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SMBC日興証券事件、「空売り」と「買い支え」の対立が背景か~「違法安定操作」での摘発への疑問

3月4日夜、SMBC日興証券エクイティ本部の本部長ら4人が、金融商品取引法違反の相場操縦の疑いで東京地検特捜部に逮捕された。

日経新聞(3月5日付け)では、以下のように報じている。

相場操縦の疑いがあるのは、企業の株式を大口で一括で取引する「ブロックオファー」と呼ばれる取引。大株主から株式売却の意向を受け、ほかの投資家に売り渡す。市場で大量の株式を売り出すと需給が崩れ、株価は下がりやすい。これを避けようと大株主が証券会社に依頼し、新たな株主を探してもらう取引だ。

4人は金融商品取引法が禁じる「終値関与」の疑いが持たれて逮捕された。取引時間が終わる「大引け」間際に買い注文を出す行為で、SMBC日興では引き受けた取引の成立を確実にしようと、市場で様々な株式を売買している部門に買い支えを依頼した疑いがある。ブロックオファーの取引価格は終値を基準とするため、終値が高くなるように特定の銘柄を買い支えたとみられる。

証券取引等監視委員会が、金融商品取引法違反(相場操縦)容疑の関係先として同社本社を強制調査し、東京地検への告発も視野に調べていると報じられた昨年11月4日に、【SMBC日興証券事件、相場操縦として刑事立件できるのか?】と題する記事で、報じられている範囲では、一般的な相場操縦である「取引を誘引する目的」で行う「変動操作」(159条2項)の成立には疑問があると述べた。

この「取引を誘引する目的」については、

「人為的な操作を加えて相場を変動させるにもかかわらず、投資者にその相場が自然の需給関係により形成されるものであると誤認させて有価証券市場における有価証券の売買取引に誘い込む目的」

と解するのが最高裁判例だ。

注文の出し方や株価の動きで、株価が上昇するように見せかけて、他の投資家を引きずり込み、株価を上昇させて、自分は売り抜けて儲けようというのが、一般的な相場操縦である「変動操作」の犯罪だ。

SMBC日興証券の社員が、ブロックオファーの取引価格の基準となる終値が下落しないように、特定の銘柄を買い支えたというだけでは、「取引を誘引する目的」の変動操作に該当するとは思えなかった。

むしろ、その時点で報じられているような事案であれば、有価証券の「相場をくぎ付けし、固定し、又は安定させる目的をもって」する「安定操作取引」(159条3項)で立件される可能性があることを指摘した。

安定操作取引は、有価証券の募集や売り出しを円滑に行うため、相場の安定を目的として行う市場での売買取引である。特に、それが必要であり、かつ、合理性が認められるのは、有価証券の募集・売り出しを円滑に行うために、株価の急激な変動を回避し、一定の範囲に収まるようにすることを目的とする場合であり、届出・報告等の所定の手続によって行われる場合には適法とされる。そのような手続を経ることなく、株価が、上限価格と下限価格の間の「一定の範囲」から逸脱しないようにするための安定操作取引が行われた場合には違法となる。

安定操作取引は、有価証券の募集・売り出しの場合であれば、事前に届出を行うことで適法に行うことができる。しかし、単に、大株主から立会時間外で売買の仲介を依頼されたというだけであれば、適法に安定操作を行うことはできない。

本日のSMBC日興証券の社長の記者会見では、同社幹部の逮捕容疑は違法安定操作取引(159条3項)ということであり、上記のような理由で「取引を誘引する目的」が認められないので、159条2項の変動操作取引ではなく、3項の違法安定操作取引で刑事立件されたものと考えられる。

しかし、【前記記事】で、安定操作取引で立件された具体例の「H氏の相場操縦事件」について書いたように、「違法安定操作取引」に関しては、「上限価格」と「下限価格」を定めて、株価がその間に収まるようにした場合に成立するものであり、単に、一定の価格を下回らないように買い支えていたというだけでは犯罪は成立しない。

SMBC日興証券の側は、終値近辺で買い注文を出して株価を買い支えただけであれば、株価の上昇を抑える必要はない。「上限価格」を設定したと言えるのか、疑問だ。

そして、もう一つ注目すべき事実は、以下のNHKの記事で報じられた事実だ。

大手証券会社SMBC日興証券の幹部ら4人が相場操縦の疑いで逮捕された事件で、4人は特定の銘柄について株価の値下がりにつながる「空売り」が行われたため、それに対抗して株価を維持しようと不正に大量の株を買い付けていた疑いがあることが関係者への取材で分かりました。

単に、SMBC側の「不正な買い支え」の動機になったのが、「空売り」だったことを報じているに過ぎないように見えるが、実は、その「空売り」こそが本件の発端となった重大な問題であるように思える。

上記のH氏は、「夢の街創造委員会」の創業者の花蜜伸行氏(その後「幸伸」と改名)である。創業者花蜜氏が、同社の株価が割安に放置されていたことから、僅かな資金を元に、信用取引で上場会社の15%もの株式を保有しようとし、その過程で行った取引について、証券取引等監視委員会に摘発されたのが「H氏の相場操縦事件」だった。

最近、花蜜氏は、自身の著書【僕は夢のような街をみんなで創ると決め、世界初の出前サイト「出前館」を起業した。】で、「夢の街株の買い支え」を行っていた最中に、花蜜氏の持ち株をまとまって購入してくれることになったファンドに、契約締結直後から大量の「空売り」をかけて夢の街株を売り崩されたことについて書いている。

花蜜氏の刑事裁判の少し前の日経ビジネス2016/09/05号の記事【敗軍の将、兵を語る「外資ファンドに相場で負けた」】の該当部分を引用する。

買い付け資金を何とか確保したいと考えていた矢先、ある外資系ファンドが、私の10万株を買うと手を挙げたのです。買い取り価格の条件は、契約日の終値の7%ディスカウント。資金が確保できるのならばと、私は承諾し、5月30日に、その外資系ファンドと10万株の売買契約書を締結しました。

すると、その瞬間から今までにはないような猛烈な売り浴びせが始まったのです。およそ1200円だった株価は急落し、終値は1085円。外資ファンドにはその7%引きで、私の保有していた10万株が渡りました。

私は膨大な追い証を支払わなくてはならなくなりました。その現金の捻出に困っていると、先の外資系ファンドがさらに10万株を買うと申し入れてきたのです。現金を作るにはそれ以外に方法がない。そう判断し、6月2日に私は、そのファンドにさらに10万株を売ることを決断しました。すると、また契約書を締結した直後から猛烈な売り浴びが始まった。株価はついに1028円まで下落しました。もう追い証さえ払えず、信用取引で買った250万株はすべて強制決済されました。そして私は10億円の債務を負いました。

さらに追い打ちをかけたのが証券取引等監視委員会の特別調査です。株価を上げたのが「相場操縦」、株価下落を食い止めたのが「株価固定」だとして、私は東京地検に刑事告発されたのです。

取り調べの中で取引データを見ると衝撃的な事実が判明しました。私が例の外資ファンドに10万株を売却する契約をした瞬間から、その外資系ファンドは、夢の街の10万株を空売りしていたのです。

彼らの売り崩しで私は持ち株を強制売却せねばならず、膨大な損害を受けました。取り調べではその外資系ファンドの売り崩しこそ違法だと訴えましたが、相手にされませんでした。

「夢の街」株を買い進めて資金不足になっていた花蜜氏は、自分の持ち株を、市場外でまとめて買い取ってくれるという外資系ファンドに、その契約日の終値の7%ディスカウントした価格で、売却する契約をしたところ、契約をした途端に、大量の「空売り」で売り崩され、大幅に下落した価格で売却を余儀無くされ、膨大な損失を被った。

「ブロックオファー」と呼ばれる取引も、上記日経記事に書かれているように、市場で大量の株式を売り出すと需給が崩れ、株価は下がりやすいので、これを避けようと大株主が証券会社に依頼し、買い取り先を探してもらうものだ。そこでの売買価格は、特定の日の終値を基準に、その何%かディスカウントした価格だ。もし、この終値が下がれば、買い取り先は、それだけ安く株式を買えることになる。

前記のNHKの記事の「株価の値下がりにつながる『空売り』」というのは、ブロックオファーで買い取る株式で決済するということで、買い取る前に購入者側が「空売り」をかけたのではなかろうか。そうだとすると、「夢の街」株で花蜜氏に「売り崩し」を仕掛けた外資ファンドと同様のことが、今回のSMBC日興証券のブロックオファーの株式購入者側によって行われたということになる。

売買価格の基準となる終値の下落を食い止めるための「買い支え」が問題なのであれば、それを下落させ、自分の買値を意図的に下げようとする「売り崩し」も問題ではないか。

上記の日経ビジネスの花蜜氏が「取り調べではその外資系ファンドの売り崩しこそ違法だと訴えた」というのは無理もないことだ。このように、自分が市場外で安く株式を取得するために、市場での終値を下落させる行為は、「証券市場の公正」を害する行為であり、金商法157条の

「有価証券の売買その他の取引又はデリバティブ取引等について、不正の手段、計画又は技巧をすること」

の一般条項を適用すべきなのではないだろうか。

「空売り」によって、株価を下落させようとする動きがあって、それに対抗した「買い支え」であったこと自体が、犯罪の成立を否定する理由にはならないが、そのような「空売り」が横行しているとすれば、そもそもブロックオファーという手法自体が成り立たないように思える。監視委員会の「違法安定操作」による摘発が、市場の実態に即した金商法の運用という面でバランスを欠いたものであることが、SMBC日興証券幹部が違法性を否定していることの背景にあるのではないだろうか。

今日の記者会見でも、同社の社長が「まず真相解明」と繰り返し、捜査による事実解明に委ねるだけでなく、外部弁護士による調査委員会を立ち上げたことからしても、同社側は、証券取引等監視委員会による摘発、検察による同社幹部の逮捕に、必ずしも納得していないようにも見受けられた。

「前代未聞の大手証券会社幹部の相場操縦による逮捕」が、果たして、金商法の罰則適用として適切なものだったと言えるのか、まだまだ予断を許さない面があるように思う。

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相次ぐ「選挙とカネ」問題表面化、抜本解決のための公選法改正を提案する

『文藝春秋』3月号で、京都における国政選挙の際に、自民党候補者が選挙区内の府議・市議に50万円を配っていた「自民党京都府連の選挙買収問題」が報じられた。

「衆議院選挙、参議院選挙とも候補者からの資金を原資として活動費(交付金)を交付しております。これは府連から交付することによる資金洗浄(マネーロンダリング)をすることにあります。」(原文ママ)

とする内部文書に基づいて、国政選挙の候補者から、府連を通して、地方議員に多額の金が渡る「選挙買収の構図」を報じたものだった。

 2月10日、参院京都府選出参議院議員で前府連会長の二之湯智・国家公安委員長が、立憲民主党の城井崇、階猛議員からこの問題について質問され、地元議員に金を配っていたことを認めた上、

「選挙活動の目的ではなく、党勢拡大のためで、適正に処理している」

と買収疑惑を否定した。

 同日、松野官房長官は、この問題について、二之湯国家公安委員長から報告を受けたとした上、

「法令に則して、適正に処理をしているということでございます。私の方としては、その説明を了といたしております」

と述べて、法的な問題はないとの認識を示した。

 2月14日の衆院予算委員会では、立憲民主党の階猛議員が、二之湯氏が参院選候補者だった2016年に同氏が代表を務める選挙区支部から府連に960万円を寄附したことについて、配布金額の根拠を質問した。

「いろいろな費用がいるだろうということで、私の思いで寄付をさせていただいた」

などと繰り返し、審議は一時中断した。

 様々な公職選挙で、買収も含めた公選法違反の摘発を行っている全国の警察組織のトップの国家公安委員長が自身の選挙買収疑惑について問い質され、このような不確かな答弁しかできない状況で、果たして、警察の選挙違反摘発に対する信頼を維持することができるのだろうか。

 13日には、府連会長の西田昌司参院議員が「政治資金の流れは全て適法」、報じられている内部文書について「私自身見たことも聞いたこともない。存在は確認されなかった」「党勢拡大のための広報紙の配布や政党の演説会などの活動の費用として、府会議員や市会議員ではなく、政党支部などへ支給されたもの、その資金の使い道は、各団体が適正かつ公正明大に収支報告をしている。」と反論する動画をYouTubeで公開している。

 西田氏は、府連から県議・市議への金の流れについて「配下の支部などへの活動費の支給」と説明しているが、候補者個人から府連に寄附させる理由についての説明はない。同氏は文藝春秋が報じた「内部文書」によるマネーロンダリング疑惑を否定しているが、外形的に見て、それを疑われても致し方ない金の流れがあることは否定できない。しかし、当事者は、「法令に則して、適正に処理をしている」、「政治資金の流れは全て適法」と主張し、官房長官までがそれを了承している。一般人・有権者には、到底理解できることではない。 

「公職選挙の公正」が根底か揺るぎかねない深刻な事態

 このような問題が表面化する契機となったのは、2019年の参議院広島選挙区をめぐる河井元法務大臣夫妻の多額現金買収事件だった。

 そして、新潟でも、泉田裕彦衆院議員が星野伊佐夫県議会議員から、衆議院選挙で当選するためには選挙区内の有力者に対して金を撒くしかないと言って裏金を要求されたことを公表し、星野氏を公選法違反で刑事告発している。この問題への泉田議員の厳正な対応に、広島での河井事件の影響があったことは、公表された星野氏とのやり取りからも明らかだ。

 広島での河井事件が、その後、新潟、京都と、「国政選挙における国会議員候補者から地元政治家へのばら撒き」の問題の相次ぐ表面化につながっているのは、このような行為が、全国で相当広範囲に行われている実態を表しているものと考えられる。

 この問題に関して、自民党茂木敏充幹事長は、2月15日の定例会見で、

「自分なりに調べてみたが、立憲民主党の県連などでも同様のケースは散見される。収支報告書を見ればわかることで、同じようなケースが出てくる」

と述べた。茂木氏が指摘しているように、野党議員の側でも、同様の行為が一部にあるとすると、問題は国会全体に及ぶものということになる。

 「政治資金」を隠れ蓑にして、多額の金銭が地方政治家にばら撒かれ、それが買収罪に当たるかどうかについて、当事者が合理的な説明すらできないというような状況が続けば、国民の公職選挙に対する信頼が著しく損なわれ、近年高まっている政治不信を一層助長することになりかねない。

 買収罪の成立要件との関係で、河井事件への買収罪適用の特異性と、それが及ぼした影響などを整理し、京都府連の問題と比較するなどした上、「買収まがいの政治資金のやり取り」を抑止するための公職選挙法の運用・法改正などの方策について考えてみたい。

買収罪の成立要件と従来の摘発対象

 公選法上の「買収罪」というのは、

「当選を得若しくは得しめ又は得しめない目的をもつて選挙人又は選挙運動者に対し金銭、物品その他の財産上の利益若しくは公私の職務の供与、その供与の申込み若しくは約束をし又は供応接待、その申込み若しくは約束」(221条1項1号)

をすることである。

 「当選を得る目的」「当選を得しめる目的」で、選挙人又は選挙運動者に対して「金銭の供与」を行えば、形式上は、「買収罪」の要件を充たすことになる。

 「供与」というのは、「自由に使ってよいお金として差し上げること」だ。

 「選挙運動者」との間で、「案里氏を当選させる目的」で「自由に使ってよい金」として、金銭のやり取りが行われれば、買収罪が成立することになる。

 従来の公選法違反の摘発の実務では、「買収罪」が適用されるのは、選挙運動期間中などに、有権者に直接投票を依頼して金銭を渡したり、選挙運動員に、法定の限度を超えて対価を支払ったりする行為に限られ、選挙の公示から離れた時期の地元政治家や地元有力者等との金銭のやり取りが買収罪で摘発されることは殆んどなかった。

 公職の候補者が、地方政治家や有力者に対して行う金銭の提供は、「選挙に向けての支持拡大のための政治活動」という性格もあり、公示日から離れた時期であればあるほど、「選挙運動」ではなく「立候補予定者が所属する政党の党勢拡大、地盤培養のための政治活動」を目的とする「政治活動のための寄附」との弁解が行われやすい。その主張を通されると、「選挙運動」の報酬であることの立証は容易ではない。ということから、これまで、候補者から政治家への金銭の提供については、警察は買収罪による摘発を行わず、検察も起訴を敢えて行ってこなかったのが実情であった。

 そのような捜査機関側の買収罪の摘発の姿勢もあって、国政選挙の度に、地方政治家に「選挙に向けて支持拡大のための活動」を依頼して金銭が提供されることは、恒常化し、半ば慣行化していった。

河井夫妻事件で異例の「買収罪」適用に踏み切った検察

 ところが、検察は、2019年の参院選の広島選挙区に立候補し当選した河井元法相の妻案里氏に関して、選挙の3か月前頃からの、首長・県議・市議ら地元政治家への金銭供与の「買収罪」による摘発に踏み切った。当時、黒川弘務東京高検検事長の定年延長問題、検事総長人事等をめぐって、検察と安倍政権が対立していたことが背景になった可能性もある(【河井前法相“本格捜査”で、安倍政権「倒壊」か】)。

 検察は、2020年6月、現職国会議員の河井夫妻を買収罪で逮捕したが、検察には、この事件で、乗り越えなければならない「壁」が2つあった。

 第一に、買収者(供与者、お金を渡した者)の河井夫妻側も、被買収者(受供与者、お金を受け取った者)の地元政治家も、「河井案里氏が立候補する参議院選挙に関する金である」ことを否定し続ければ、買収罪の立証は容易ではないということだ。

 第二に、河井夫妻の買収罪が立証できた場合には、その金を受領した被買収者側の処罰が問題になる。買収者と被買収者は「必要的共犯」の関係にあり、買収の犯罪が成立すれば、被買収者の犯罪も当然に成立する。従来の公選法違反の摘発・処罰の実務では、両者はセットで立件され、処罰されてきた。河井夫妻事件の被買収者の大半は公民権停止になり一定期間、選挙権・被選挙権を失うことになる。

 河井夫妻事件の摘発については、上記の2つの問題があったが、それらを丸ごとクリアする方法として検察がとったのが、処罰の対象を河井夫妻に限定し、被買収者には処罰されないと期待させて「案里氏の選挙に関する金」であることを認めさせるという方法だった。

 検察の取調べで、被買収者らは、明確に「不起訴の約束」まではされなくても、検察官の言葉によって、処罰されることはないだろうとの期待を抱き、「案里氏の参院選のための金と思った」と認める検察官調書に署名した。

 河井夫妻の起訴状には被買収者の氏名がすべて記載されたが、100人全員について、刑事処分どころか、刑事立件すらされず、河井夫妻事件の捜査は終結した。これを受け、市民団体が、被買収者の公選法違反の告発状を提出したが、告発は受理すらされず、検察庁で「預かり」になったまま、河井夫妻の公判を迎えた。

公判で克行氏が供述した「地方政治家へのばら撒き」の実態

 買収罪で逮捕・起訴された克行氏は、初公判では「起訴事実は買収には当たらない」として全面無罪を主張し、被買収者ほぼ全員の証人尋問が行われることになった。被買収者は「処罰されることはないだろうとの期待」を持ったまま証人尋問に臨み、ほとんどが、「案里氏の参院選のための金と思った」と証言した。

 検察官立証が終了し、被告人質問の初回の公判で、克行氏は、罪状認否を変更し、首長・議員らへの現金供与も含め、殆どの起訴事実について、「事実を争わない」とした。その後の被告人質問では、「自民党の党勢拡大、地盤培養活動のための政治活動のための資金」を「案里氏に当選を得させるために配った」と詳細に供述した。案里氏に当選を得させる目的での金銭の授受であることを認めた上で、「国政選挙における国会議員候補者から地元政治家へのばら撒き」の実態について赤裸々に供述したのである。

 この事件では、元法相で現職国会議員の克行氏自身が、案里氏の選挙のために多額の現金を県議・市議・首長等に配ったことで厳しい社会的批判を浴びたが、「克行氏自らが」「現金で」配らなければならなかった事情について、被告人質問で、克行氏は以下のように説明した。

一般的に、県連が、交付金として党勢拡大のためのお金を所属の県議・市議に振り込むが、県連からの交付金は溝手先生の党勢拡大にのみ使われ、県連が果たすべき役割を果たしていないので、やむを得ず、その役割を第3支部(克行支部長)、第7支部(案里支部長)で果たさないといけないと思い、県議・市議に、県連に代行して党勢拡大のためのお金を差し上げた(【第51回公判】)

 要するに、「県連ルート」が使えなかったために、やむを得ず、「克行→県議・市議」というルートで、参院選に向けての「党勢拡大のための金」を直接配った、というのである。それは、方法は異なっても、「国政選挙における国会議員候補者から地元政治家へのばら撒き」が従来から恒常化していたことを意味するものであった。

被買収者の地方政治家の起訴は、もともと不可避だった

 克行氏の被告人質問が行われていた頃に、検察に提出されていた市民団体の告発状が、既に受理されていることが明らかになった。検察にとっては、不起訴にするとしても、犯罪事実は認められるが敢えて起訴しない「起訴猶予」しかない。しかし、もともと求刑処理基準に照らせば、「起訴猶予」の余地はあり得なかった。告発人が不起訴処分を不服として検察審査会に審査を申立てれば、「起訴相当」の議決が出ることは必至だ。検察は、その議決を受けて起訴することになる。その際、被買収者側には、「検察は不起訴にしたが、市民の代表の検察審査会が『起訴すべき』との議決を出したので、起訴せざるを得ない」と言われれば、被買収者側も文句は言えないのである(【河井夫妻買収事件「被買収者」告発受理!処分未了では「公正な再選挙」は実施できない】)。

 6月18日、克行氏に対しては、計100人に1約2900万円を供与した公選法違反の買収罪で「懲役3年」の実刑判決が言い渡された。

 それから半月余り経った7月6日、検察は、被買収者100人について、被買収罪の成立を認定した上で99人を起訴猶予、1人を被疑者死亡で不起訴にしたことを公表した。

 この不起訴処分に対して、告発人が検察審査会に審査申立てを行い、検察審査会は、広島県議・広島市議・後援会員ら35人(現職県議13名、現職市議13名)については、「起訴相当」、既に辞職した市町議や後援会員ら46人については「不起訴不当」の議決を行った。

 議決を受け、検察は、「起訴相当」と「不起訴不当」とされた被買収者について事件を再起(不起訴にした事件を、もう一度刑事事件として取り上げること)して再捜査を行っている。「起訴相当」については、起訴することになる可能性が高い。「起訴相当」議決を受けた現職県議・市議が次々と議員辞職するなど、広島県政界の混乱が続いている。

 検察としても、河井夫妻の現金買収の原資と党本部からの「1億5000万円」との関係が明らかにされず「依然として政権に弱腰」の印象を与え、一方で、被買収者側については、公選法違反での立件・刑事処分が大幅に遅延し、案里氏の公選法違反での有罪確定を受けて行われた再選挙の際も被買収側の地方政治家が公民権停止にもならず「野放し」になり選挙の公正が著しく害されたことなど、河井事件で「かなりの痛手」を受けたことは確かである。

 しかし、検察が従来は買収罪を適用して来なかった「国政選挙における国会議員候補者から地元政治家へのばら撒き」を買収罪で摘発したことでその実態が明らかになり、公職選挙をめぐる状況に大きな影響を与えたことは紛れもない事実である。

「政治資金規正法上の合法性」で買収罪の成立は否定できるか

 河井事件は、「国会議員個人→地方議員個人」というルートの国政選挙に関する金銭の提供が行われた事案だった。

 一方、「京都府連の選挙買収問題」では、「国会議員個人→都道府県連→地方議員個人」というルートで、買収罪の成否が問題になっている。

 「国会議員個人→地方議員個人」という直接のルートと、「国会議員個人→都道府県連→地方議員個人」という「迂回ルート」で違いがあるとすれば、県連を経由することで政治資金収支報告書に記載されるという「政治資金の処理の確実性」の点であろう。

 克行氏の場合、「国会議員個人→地方議員個人」のルートで、「自民党の党勢拡大、地盤培養活動の一環としての地元政治家らへの寄附」と称する「政治資金の寄附」を行ったと供述しだが、領収書の交付は殆ど行われておらず、政治資金としての処理自体が適法なものではなかった。

 その点、「国会議員個人→都道府県連→地方議員個人」のルートは、都道府県連という政治資金処理が確実な組織を通しており、「政治資金規正法上の合法性」が確実に担保されている点が河井事件とは異なると言える。

 しかし、判例上「選挙運動」は「特定の公職選挙の特定の候補者の当選のため直接・又は間接に必要かつ有利な一切の行為」とされているので、特定の選挙のための活動を行うのであれば、「党勢拡大、地盤培養のための政治活動」という性格があっても、「選挙運動者」に当たることは否定できない。「政治資金規正法」上は適法であっても、「当選を得させる目的」で、「選挙運動者」に金銭を「供与」すれば、「公選法」上の「買収罪」が成立することに変わりはないのである。

 もっとも、「特定の候補者を当選させる目的」は主観的なものなので、買収者も被買収者も、あくまで、その目的を否定し続けた場合、しかも、それが、「党勢拡大、地盤培養のための政治活動のための資金」という一応の理屈を伴うものである場合、その立証は容易ではない。

 河井事件では、被買収者側が、「処罰されることはないだろうとの期待」を抱き、「案里氏の参院選のための金と思った」と認める供述をしたからこそ、河井夫妻を買収罪で起訴することが可能になり、河井夫妻の有罪判決が確定したことで、被買収者側も、結局処罰を免れられなくなった。その供述がなければ、そもそも、買収事件の立証は困難だった。

 このような河井事件の経過からも明らかなように、結局、「選挙買収」と実質的に殆ど変わらない行為が、当事者が「選挙の目的」を認めるかどうかで違法になったり、ならなかったりすることにならざるを得ないのである。

 

「政治資金」を隠れ蓑にした選挙買収を抑止するための法改正

 では、広島、新潟、京都と相次いで表面化している「政治資金を隠れ蓑にした選挙買収」をなくし、公職選挙に対する国民の信頼を維持していくためにはどうしたらよいか。

 公選法の「買収罪」の成立は、「政治資金の寄附」であることで否定されるわけではない。現行法のままでも買収罪の適用は可能である。ということは、買収罪を積極的に適用していくとするのであれば、立法の問題というより、むしろ、運用の問題だと言える。しかし、既に述べたように、「当選を得又は得させる目的」があった否か、「選挙運動者」か「政治活動者」か、という当事者の認識・主観的要素で犯罪の成否が決まる買収罪については、捜査機関の側の対応には限界がある。

 そこで、「買収まがいの政治家間の資金のやり取り」に対する効果的な抑止措置として考えられるのは、公選法上に、「買収罪」の規定とは別に、「国政選挙に近い時期に行われる、候補者から政党支部及び地方政治家への金銭の供与(寄附)を禁止するための規定」を設けることである。 

 現行の公選法では、199条の2の「公職の候補者等の寄附の禁止」の規定の1項で、

公職の候補者又は公職の候補者となろうとする者(公職にある者を含む。以下この条において「公職の候補者等」という。)は、当該選挙区内にある者に対し、いかなる名義をもってするを問わず、寄附をしてはならない。

とされた上、「ただし、政党その他の政治団体若しくはその支部に対してする場合」は、「この限りではない」として、政党及び支部に対する寄附が禁止から除外されている。

 そして、199条の5の2項で

公職の候補者又は公職の候補者となろうとする者(公職にある者を含む。)は、第百九十九条の二第一項の規定にかかわらず、次項各号の区分による当該選挙ごとに一定期間、当該公職の候補者又は公職の候補者となろうとする者に係る後援団体に対し、寄附をしてはならない。

とされ、同条4項で、

この条において「一定期間」とは、次の各号に定める期間とする。

として、衆議院議員の総選挙については

衆議院議員の任期満了の日前九十日に当たる日から当該総選挙の期日までの間又は衆議院の解散の日の翌日から当該総選挙の期日までの間

参議院議員の通常選挙については、

参議院議員の任期満了の日前九十日に当たる日から当該通常選挙の期日までの間

などと規定され、この期間が、「後援団体に対する寄附の禁止期間」とされている。

 この199条の5に、「政党その他の政治団体若しくはその支部に対する一定期間内の寄附禁止」の以下の規定を追加し、公職選挙の前の一定期間は、公職の候補者から政党・政治団体・支部に対しての寄附も禁止してはどうか。

公職の候補者又は公職の候補者となろうとする者(公職にある者を含む。)は、第百九十九条の二第一項の規定にかかわらず、次項各号の区分による当該選挙ごとに一定期間、政党その他の政治団体若しくはその支部に対して、寄附をしてはならない。ただし、当該政党等に定期的に低額を納付する場合はこの限りではない。

 この場合、「公職選挙の前の一定期間」は、広島の河井事件、京都府連の今回の問題等で公職の候補者の側からの寄附が行われている時期が、任期満了の90日前頃であることからすると、180日程度に拡大しないと実効性は期待できないであろう。

 もっとも、政党所属の議員が公職の候補者である場合、それ以前から、定期的に定額の会費を納入しているものまで禁止する必要はないと考えられ、それらを除外する但し書きを入れることは必要であろう。

「買収まがい政治資金」をなくすため実効性のある禁止規定と関連する措置を

 政党その他の政治団体若しくはその支部に対する寄附は、政治活動の目的を実現するために必要であり、それ自体は禁止されるべきものではない。しかし、199条の2の「公職の候補者等の寄附の禁止」の規定が、いかなる目的のものであっても、当該選挙区内にある者に対する寄附を一律に禁止するものであることに照らせば、「政党その他の政治団体若しくはその支部に対する寄附」も、選挙との関連が疑われる期間に限定して、定期的に支払われる会費等を除いて、目的を問わず禁止することにも十分に合理性がある。

 それによって、「公職の候補者の政党に対する寄附」も、選挙の前の一定期間禁止され、京都府連の問題のような、「選挙前の候補者→都道府県連」の資金提供は禁止されることになる。そもそも、公職の候補者と政党等の関係というのは、本来、候補者が、政党から公認や推薦を受け、選挙運動の支援を受ける立場である。資金の流れとして、「政党→候補者」は考えられるが、「候補者→政党」という逆の流れは、公認・推薦の対価の支払とも解し得るものであり、正当とは言い難い。選挙前の一定期間、そのような資金の流れが禁止されることは合理的だと考えられる。

 もっとも、ここで考えなければならないのは、1990年代以降、「政治とカネ」の問題が表面化する度に、政治資金規正法が改正されるなどして、政治資金の透明化が図られる中でも、「国政選挙における国会議員候補者から地元政治家へのばら撒き」の慣行が続いてきたことの背景としての「地方議員の収入の問題」である。

 かつては「政務調査費」の流用によって資金を確保していたのが、全国の地方自治体で議員の政務調査費の不正流用が発覚し、刑事事件化したことで、そのような方法での資金確保はできなくなった。もともと、多くの自治体の議員の給与は低く抑えられており、生活費を賄うのが精一杯で、活動費はとても捻出できない。それが、歳費が高額な上に文書交通費の支給などで優遇されている国会議員から地方政治家へ資金の流れを生む背景になっていることは否定できない。

 「国政選挙における国会議員候補者から地元政治家へのばら撒き」をなくしていくのであれば、地方議員の収入の問題についても、地方自治の在り方に関する問題として議論していくことが必要であろう。

 方向として二つが考えられる。一つは、多くの政令指定市のように、自治体議員に相応の報酬を維持し、その分、議員としての相応の活動が行われるよう、住民が日常的に監視し、選挙の度に検証していくこと、もう一つは、地方議員の収入は低額に抑え、兼業で行えるよう、議会の開催の時間、方法などを抜本的に改めることである。

 そもそも、全国の都道府県、市町村が全て同じ「二元代表制」の首長と議会の関係であることが必要なのか、もっと機能的な民主主義の制度を創設することも認めるべきではないか、という点についての地方自治法の改正の議論を行っていく必要もあるであろう。

 前法務大臣の衆議院議員とその妻の現職参議院議員の公選法違反による同時逮捕という「憲政史上前代未聞の大事件」は、両氏の有罪判決の確定によって、「政治資金を隠れ蓑とする選挙資金の供与」を白日の下にさらけ出すことになり、それに派生して新潟・京都などでの「選挙とカネ」問題の相次ぐ表面化につながっている。これを機に公職選挙の公正への国民の信頼を回復するための法改正を行うことは、全国会議員の責務である。

 多くの日本国民に政治や選挙に対する絶望を生じさせつつある現況を大きく変えるため、速やかに、法改正の議論を始めるべきである。

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河井元法相事件被買収者、当然の「起訴相当議決」、混乱を長期化させた検察に重大な責任

2019年の参議院選挙広島選挙区での河井克行元法務大臣の多額現金買収事件で、河井夫妻の起訴状で被買収者(買収金を受け取った者)とされたのに刑事処分が行われず、その後、公選法違反で告発されて不起訴になっていた100人について、検察審査会は、広島県議や広島市議、後援会員ら35人(現職県議13名、現職市議13名)については、「起訴相当」議決、既に辞職した市町議や後援会員ら46人について「不起訴不当」、検察が捜査に着手する前に現金を自ら返却していた県議や後援会員ら19人については、「不起訴相当」議決を行った。

公選法の買収罪については、従来は、買収者と被買収者の両方の刑事処分を行うのが通常であった。ところが、2020年7月に河井夫妻が起訴された時点での記事【河井夫妻事件、“現金受領者「不処分」”は絶対にあり得ない】でも述べたように、河井夫妻の買収事件の被買収者については、勾留満期の2~3日前から、「検察は現職議員ら現金受領者側をすべて不問にする方針」と報じられ、起訴の時点の次席検事レクで、「少なくとも今、起訴するという判断はしていない。起訴すべきと考えた者を起訴している」とされ、結局、被買収者側は刑事立件すらされなかった。このような検察の対応は、従来の公選法違反事件の実務からはあり得ないものだ。

検察側が、現金受領者側の起訴を「現時点では予定していない」というのは、供述者側に、「本来は起訴されるべき自らの犯罪について起訴が見送られている」という恩恵を与えることを意味する。その恩恵が継続し、最終的に、起訴されないで済ませてもらおうと思えば、供述者は、河井夫妻の公判で検察官調書どおりの証言をせざるを得ない。現職の首長・議員等の現金受領者に「投票の取りまとめの依頼の趣旨と認識して現金を受領した」ことを公判でも証言させるために、現金受領者側に、「検察の意向に沿った証言をすれば、自らの処罰を免れることができる」との期待を持たせようとしたのではないか、と疑われても致し方ない状況だった。

河井夫妻から現金を受領したことが公選法違反に当たり、有罪となると、公民権停止となり、首長・議員を失職することになるだけに、公選法違反で起訴を免れることができるかどうかは死活問題だ。そこで、検察は、「案里氏を当選させるため、票の取りまとめの依頼と認識して現金を受領した」という内容の供述調書を録取し、河井夫妻の公判で、供述調書どおりの証言をすれば起訴を免れることができるとの期待を持たせ、公判証言で検察に協力させようと考えたのではないかと推測された。

このように検察が被買収者の刑事処分すら行わなかったこと受け、同年9月、広島市内の市民団体「河井疑惑をただす会」などが、河井夫妻の起訴状で被買収者とされた100人を公選法違反で告発したが、検察は、告発状を受け取っただけで、受理すらしなかった。

同年秋に、河井夫妻の公判が始まった。河井夫妻の公判では、被買収者のほとんどが証人として出廷したが、大半が、「案里氏を当選させるための金と認識して受領した」という検察官調書の内容に沿う証言を行い、選挙買収の金であったことを認めた。この時点では、検察は、被買収者に対す市民団体の告発状を預かったまま、告発を受理したか否かも不明な状態だった

そして、克行氏が全弁護人を解任することで公判審理の進め方に抵抗したこともあって、案里氏の公判が克行氏の公判と分離され、2021年1月21日に案里氏に一審有罪判決が出され、2月4日の控訴期限までに控訴が行われず確定し、案里氏の当選は無効となった。それに伴い、4月25日に参議院広島選挙区の再選挙が実施されることになったが、それでも、検察が告発を受理したという話はなかった。

本来、被買収者も公選法違反で公民権停止となり、一定期間選挙権もないし、選挙運動を行うことも禁じられるはずであるのに、検察が被買収者について刑事処分を行わず、起訴も処罰も行われていない状況で、参議院広島選挙区の再選挙が行われることとなった。経産省の元課長補佐の西田英範氏が自民党公認候補として再選挙への立候補を表明し、同氏の選対本部の立上げの会合では、証人尋問で河井克行氏から買収の趣旨の多額の現金を受け取ったことを認めている首長・議員が多数参加し、再選挙に向けての選挙活動に加わるなどしていた。

私は、【案里氏「当選無効」に伴う参議院広島再選挙、被買収者の選挙関与で「公正な選挙」と言えるか】で、

当然に行われるべき被買収者側の刑事処分が行われていないため、本来、公民権停止になって選挙に関わる資格がないはずの者が、選挙に関わってしまいかねないという、異常な状況になっており、検察が再選挙の告示までに刑事処分を行わない場合は、広島で公正な選挙が行われる前提条件が充たされない

と、検察の対応を厳しく批判した。

この記事などを受け、市民団体「河井疑惑をただす会」の事務局長が検察に確認したところ、告発は2020年中に受理され、東京地検の事件番号も付されて捜査中であるとの回答だった。ようやく、検察が被買収者の公選法違反事件を刑事立件したことが明らかになったのである。

私は、3月8日に出した記事【河井夫妻買収事件「被買収者」告発受理!処分未了では「公正な再選挙」は実施できない】で、被買収者の刑事処分について、以下のように指摘した。

検察は、早晩、刑事処分を行わざるを得ない。不起訴にするとしても、犯罪事実は認められるが敢えて起訴しないという「起訴猶予」しかないが、前述した求刑処理基準に照らせば、「起訴猶予」の理由が全くないことは明らかだ。告発人が不起訴処分を不服として検察審査会に審査請求すれば、「起訴相当」の議決が出ることは必至だ。検察は、その議決を受け、「検察は不起訴にしたが、市民の代表の検察審査会が『起訴すべき』との議決を出したので、起訴せざるを得ない」と言って、起訴することになるであろう。

被買収者側は、河井夫妻の公判で、検察の意向どおりに「投票の取りまとめ」の依頼の趣旨を認識して現金を受領したと証言することで、検察の判断によって起訴されることを免れることはできても、最終的には、検察審査会の議決を受けて起訴されることを免れることはできない。「検察に騙された」と気付いても時すでに遅しである。それは、被買収者側の「自業自得」であり、同情の余地は全くない。

しかし、検察が、そのような意図で、「公選法違反事件の処理としてあり得ないやり方」を用いて今回の公選法違反事件を処理し、検察審査会の議決まで刑事処分が遅延するということになれば、本来、公選法による処罰の目的であるはずの「選挙の公正」が、逆に、根底から損なわれる事態を招くことになる。

しかし、実際には、その後も、被買収者の刑事処分が行われることがないまま、4月25日の参議院広島選挙区の再選挙を迎え、河井夫妻の多額現金買収事件での自民党への批判も大きく影響し、自民党公認の西田候補は、野党統一候補の宮口治子氏に敗れた。

そして、6月18日、克行氏に対して、広島県内の地方議員や後援会員ら計100人に1約2900万円を供与した公選法違反の買収罪で「懲役3年」の実刑判決が言い渡された。

被買収者に対する刑事処分が行われたのは、克行氏の有罪判決からさらに半月余り経った7月6日だった。

東京地検の山元裕史次席検事が記者会見し、100人の被買収罪の成立を認定した上で99人を起訴猶予で不起訴、1人を被疑者死亡で不起訴にしたと明らかにした。

不起訴の理由についての「克行被告から強引に現金を渡されたり、返金したりしたケースがあった。いずれも受動的な立場にあった。」などの山元次席検事の説明が、全く支離滅裂で到底合理的な説明になっていないことは、【河井夫妻事件被買収者“全員不起訴”で「検察の正義」は崩壊】で詳述したとおりだ。

通常、選挙買収事件は、候補者側が、票や選挙運動をお金で買おうとして積極的にお金を渡そうとするのが大部分であり、被買収者側から、投票や選挙運動をしてやるからと言って金を要求する事案というのはむしろ少ない。「選挙の買収金を渡そうとしているとわかって、何回も押し返そうとしたが、結局、そのまま受け取ってしまって、返すに返せず、そのまま自宅で保管していた」などというのはよくある話だが、だからと言って、被買収が不起訴になるなどという話は聞いたことがない。そのような理由で被買収者側が処罰を免れることができるのであれば、買収罪の摘発は成り立たない。

その不起訴処分に対して、告発人の市民団体は検察審査会に審査を申し立て、それに対して、審査会が、今回、「起訴相当」、「不起訴不当」などの議決を行ったのは、あまりに当然のことであり、検察も、十分に予想していたはずだ。

検察が告発を受理していることが判明した2021年3月以降の展開は、まさに上記【河井夫妻買収事件「被買収者」告発受理!処分未了では「公正な再選挙」は実施できない】で予想したとおりになったと言えよう。

今回の議決を受け、検察は、起訴相当とされた首長・議員35人については、事件を再起(不起訴にした事件を、もう一度刑事事件として取り上げること)して全て起訴するだろう。従来の公選法違反の求刑処理基準によれば、「1万円~20万円が略式請求(罰金刑)」で、「20万円を超える場合は公判請求(懲役刑)」である。執行猶予付き懲役刑であれば執行猶予期間、罰金刑であれば原則5年間(情状により短縮可)公民権停止となるので、現職議員等は失職、公民権停止期間中は公職の選挙に立候補できない。

法律上は、検察が再度不起訴にすることも可能だが、その場合は、検察審査会で再び「起訴すべき」とする議決が行われれば、裁判所が指定した弁護士によって起訴手続がとられることになる。起訴猶予の不起訴処分について検察審査会で「起訴相当」議決が出された例として、黒川弘務東京高検検事長の「賭け麻雀」の賭博事件、菅原一秀衆議院議員の公選法違反事件(【菅原一秀議員「起訴相当」議決、「検察の正義」は崩壊、しかし、「検察審査会の正義」は、見事に示された!】)があるが、いずれも、検察は、1回目の議決を受け入れて起訴している。

「不起訴不当」の46人については、検察としては、再度不起訴にすれば、それで事件は終結するが、今後の同種事件への影響を考慮し、再検討の上、起訴する例が出てくる可能性もある。

河井夫妻の起訴の時点で被買収者も同時に起訴するという、通常の刑事処分を行っていれば、多くの被買収者に対して、昨年4月の参議院広島選挙区の再選挙の前に判決が出て、事件は終結していたはずだ。

検察の「公選法違反の実務の常識からはあり得ない対応」が行われた結果、被買収者の公民権停止を含む刑事事件の終結が2年近く遅れることになった。買収事件があった参議院選で当選した案里氏は、有罪が確定して当選無効となり、事件の中心人物の克行氏は一審で実刑判決を受け、控訴するも、昨年10月21日に取下げて有罪が確定、既に服役している。ところが、被買収者のうち現職議員26人は、来年4月の統一地方選挙まで1年余りとなった時期に、検察に起訴され、これから裁判を受けることになるのである。河井夫妻現金買収事件が広島県政界と広島の社会にもたらす混乱が、さらに長引くことは避けられない。

黒川東京高検検事長定年延長問題などをめぐる安倍政権と検察最高幹部との対立が続く中で、河井夫妻による選挙買収事件という、過去に例のない大型買収事件の摘発に執念を燃やした検察の姿勢は評価できよう。しかし、それに伴って被買収者の刑事処分を行うことが必然であるのに、それを回避し続けてきた検察は、公選法違反の捜査処分に関して汚点を残し、その信頼を大きく傷つけることになった。当然の刑事処分から逃げ続けた検察の責任はあまりに重い。

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名護市長選・渡具知氏「落選運動」は名護市民に届いたか~辺野古軟弱地盤埋立工事の是非は国民全体の関心事

沖縄県名護市長選挙が、今日(1月23日)、投開票日を迎える。

名護市長選挙については、私個人として、現職の渡具知武豊氏の落選運動を宣言し、告示前の1月7日には、私の事務所のホームページに「落選運動チラシ」をアップし、自由に印刷配布してもらっている。(ダウンロードは➡https://gohara-compliance.com/information

 

 

 

 

 

 

 

1月上旬に、現地で講演会や街頭演説を行う予定だったが、沖縄のコロナ感染爆発で断念、オンラインに変更し、YouTubeで公開している(郷原信郎の「日本の権力を斬る!」第117回 【名護市長選挙「落選運動学習会」講演〜渡具知氏の落選運動を行う理由】第119回 名護市長選挙「落選運動」演説!<前編>第120回 名護市長選挙「落選運動」演説!<後編>)。

チラシは、「夕刊紙風」にして、有権者の関心を引きやすい外観にしているが、既にブログ、Yahoo!ニュース記事等で取り上げた内容や公表資料から作成したものであり、十分な根拠に基づくものだ。このチラシで是非名護市民の皆さんに知ってもらいたいのは、前回市長選で、辺野古新基地問題について「国と県との訴訟を見守る」として争点から外して当選し、実際には、基地建設・埋立て工事を容認してきた渡具知氏には、旧消防庁舎跡地の売却に関して重大な疑惑があるということだ。

名護市の一等地に所在する貴重な市有地を、自分の近親・支援者が経営に関与する企業に売却しようしていることを隠して、議会承認をとり、他企業より1億3000万円も低い価格で売却した。しかも、渡具知氏が喧伝する「渡具知市政の4年間の実績」はいずれも表面的なもので、実質的には名護市の財政は良くなっていないし、市民の暮らしも改善されていない。辺野古の埋立て予定海域に、広範囲に軟弱地盤が存在していることが明らかになっており、それでも基地建設を容認するのか、名護市民の民意が問われているのに、今回の市長選でも、またしても「国と県の係争を見守る」などと無責任なことを言って誤魔化そうとしている。

米軍基地内でのコロナ感染急増が名護市民に拡大することにも、何一つ対策をとらずに放置し、年明けからのオミクロン株感染爆発につながり、市民の命と健康にも重大な危険を生じさせた。それは、米軍基地問題にかかわろうとしない渡具知氏の姿勢によるものだ。このような市長を再選させ、今後、さらに4年間市政を担わせることは、名護市民にとっても禍根を残すことになる。それによって、膨大な費用を投じ、貴重な自然を破壊して辺野古埋立て工事が強行され、取返しがつかない結果をもたらすことになりかねない。それは、日本の社会全体にも重大な影響を与えることになる。

チラシには、発行人である私の名前、電話番号も記載している。自由に印刷してもらうほか、落選運動への寄付で集まった資金で名護市内の世帯数の半分近くにポスティングを行った。私の事務所に、「新聞と一緒に入っていたチラシを読んだが、ここに書いてあるのは本当のことか。本当だったら大変なことだ」との電話も入った。渡具知氏個人のことや、名護市政について、名護市民が全く真実を知らされていない、ということだろう。

12月に名護を訪れた際は、現職の渡具知氏がかなり優位とのことだったが、最新の情勢調査では「互角」か「大接戦」とされている。

私が「渡具知氏落選運動」で訴えていることを、少しでも多くの名護市の有権者が認識・理解し、今日の市長選挙で正しい選択を行うことを期待している。そして、その結果は、全国の多くの国民が注目している。

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名護市感染者数、市HPのグラフで減少?、渡具知市長が問われる「市民への適切な情報提供」

オミクロン株による新型コロナの急速な感染拡大が、社会の最大の関心事となる中で、地方自治体のコンプライアンス(地域社会・住民の要請に応えること)として極めて重要なことの一つが、住民に、居住地域の感染状況を、正確に迅速に情報提供することである。感染が拡大しているのか収束しつつあるのか、感染者数が、他の地域と比較してどの程度のレベルなのかについての情報が的確に提供されることは、その地域の感染の深刻さを踏まえ、個人の行動をどこまで自制するかを考えたり、事業の見通しを立てたりする上でも不可欠である。

感染者数とその推移、他地域との比較等は、新聞・テレビ等では都道府県単位で示されることが多いので、それ以上にきめ細かな情報は、市町村の公式ウェブサイト等による公表資料によって情報を得ることになる。

オミクロン株による新型コロナ感染者が、全国に先駆けて急増し、蔓延等防止措置が講じられている沖縄県の中でも、特に感染拡大が深刻なのが名護市である。しかし、そのウェブサイトの記載が極めて不適切で、感染者数の推移やそのレベルついて市民に誤った認識を与えかねない内容となっている。

名護市のウェブサイトには、「【まとめページ】新型コロナ感染症について」という特設ページがある。

そこで、「名護市における新規感染者の推移」として、1週間ごとの新規感染者数の推移がグラフで示されている。

名護市ウエブサイトより
名護市ウエブサイトより

このグラフの最新の部分を見ると、1月1~7日 337人、1月8~14日 297人と、若干だが感染者が減少しているように見える。

しかし、よく見ると、1月1~7日は7日間の合計であるのに対して、1月8~14日は8~10日の3日間の合計で、11~14日のデータが含まれていない(グラフには「令和4年1月11日現在」と記載されている)。

サイト内の記述で、13日の新規感染者は85人と書かれているが、11日と12日の感染者数は、名護市のウェブサイト上にはどこにも数字の記載がない。しかし、その上にある「名護市新型コロナウイルス感染症陽性者(1月13日現在)」のPDFファイルの中の新規感染者の表に、各感染者の感染確定日が書かれているので、それを合計すると、11日の新規感染者は97人、12日の新規感染者は146人だとわかる。

現時点では14日の新規感染者は公表されていないようであり、「直近7日間」となる7~13日の感染者合計は、7日の140人を加えて765人になる。

この7日間の感染者765人を名護市の人口6万4021人で割って10万人をかけると、「7日間の10万人あたりの新規感染者数」は、「1194人」という驚くべき数字となる。

都道府県で見ると、最高の沖縄県が681人、2番目が広島県で174人、3番目の大阪府が112人だ。(NHK特設サイト新型コロナウイルス【直近1週間の人口10万人あたりの感染者数】)それらと比較しても、名護市の1194人というのが、いかに突出して深刻な感染状況かがわかる。

名護市長としては、市民に、この最新の数字を知らせ、名護市が感染大爆発の状況にあることの認識と危機感を持ってもらい、不急不要の外出や会食等の自制を強く求めるべきだろう。

しかし、渡具知武豊市長の言動を見ると、極めて深刻な感染状況を名護市民に伝えようとする姿勢が見受けられない。

1月12日の【「緊急記者会見」】でも、名護市の感染が特に深刻であることやその具体的な状況には全く触れず、「沖縄県本島北部地域で感染者が急増している。特に年末年始の会食や人流等が原因と考えられている中、若年層の感染が急増している状況にある」という程度のことしか言っていない。

米軍基地内でクラスターが発生していることは、昨年12月中旬には明らかになっていた。基地関係者がマスクも付けずに基地外でパーティーを行ったりしていることも報じられていた(【「ことさらに沖縄を恐れないでほしい」「外交ルートからもアメリカ政府に訴えを」在日米軍基地内の感染急増に県参与の高山医師】)。米軍基地内での感染がオミクロン株である可能性が高く、そのような感染の恐れのある基地関係者が野放図な外出を繰り返していることは、米軍基地を抱える名護市の市長として認識していたはずであり、それを放置すれば、基地外での感染拡大につながることは当然に予想できたはずだ。「年末年始の会食や人流の増加が感染拡大の原因」だと言うのであれば、「米軍基地内から感染が基地外に拡大する恐れがあるので、年末年始も外出や会食を控えてほしい」と、なぜ市民に警鐘を鳴らさなかったのだろうか。

このような渡具知市長の言動に加え、感染状況を正確に市民に知らせるために開設されているはずの名護市の特設サイトでの感染者数の推移のグラフが、実際には直近7日間の新規感染者数が765人に上っているのに、一見すると300人弱になっていて前週より若干減少しているようになっているのである。しかも、1月13日の感染者は85人とウェブサイトにも記載されているが、それ以前の11日、12日の感染者数が表示されておらず、直近1週間の感染者がすぐには把握できないようになっている。

グラフについては、1月11日までの数字を反映したまま、その後更新が行われていないだけということかもしれない。しかし、「7日間の合計」のグラフの数字が、週の半ばまでの3日間合計の数字のまま週末に至るまで放置されていることの説明にはならない。全国の都道府県の中で突出して高い沖縄県の2倍近くもの驚くべき数字に上っているのに、名護市の特設サイトを見た市民は、「名護市の感染者は、先週急激に増加したが直近では減少傾向にある」と誤解しかねないのである。

名護市の感染状況が沖縄県内でも特に深刻であることが市民に認識されると、米軍基地が感染の原因になったとの推測が強まり、基地を容認する姿勢の渡具知氏への支持の低下につながる。渡具知市長が、再選に向けて立候補を表明している名護市長選挙(16日告示、23日投開票)に影響することを懸念して、感染の深刻さを表す数字を市民に知らせないようにしているのではないか、担当の市職員が市長の意向を忖度して、そういうウェブサイトの内容を放置しているのではないか、と疑われても致し方ないであろう。

前記のように、名護市は全国でも突出して厳しい感染状況にある。再選に向けての市長選の最中であっても、市長としての職務に最善を尽くすのが当然である。感染状況とその推移を正確かつ迅速に市民に伝えるという基本的な義務を決して疎かにしてはならない。

特設ページの冒頭には、次のような市民への注意が記載されている。

新型コロナウイルス感染症に関連する、様々な情報がインターネットやSNS上で流れていますが、その中には事実とは異なる情報が混ざっています。

そのような情報をむやみに拡散せず、国や沖縄県、市など公的機関の情報確認に基づき、冷静な対応を心掛け、根拠のない情報に惑わされることのないようにご注意ください。

書かれていることは、極めて当然のことである。しかし、「市などの公的機関の情報確認に基づき冷静な対応」を呼びかけるのであれば、市自らが、正確な情報を、わかりやすく迅速に提供することが大前提である。渡具知市長に、その「当然のこと」を呼びかける資格があるのだろうか。

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「事前運動」規制をめぐる問題と、公明党石井幹事長の「応援メッセージ」

選挙運動を行えるのは、告示日から投票日の前日までである。告示前に選挙運動を行うことは、「事前運動」として公選法で禁止されており、違反すれば「1年以下の禁錮又は30万円以下の罰金」に処せられる(129条、239条1項1号)。選挙運動が選挙期間内に限定され、その期間外の選挙運動が禁止されるのは、候補者間で選挙運動における対等・公平な条件を確保するための重要なルールである。

しかし、公職選挙の立候補者の多くは、告示前に「立候補表明」を行い、それ以降、選挙における自らへの支持を高めるため様々な活動を行う。このような活動も、実質的には、選挙での当選をめざして行うものだが、それが、「政治活動」に過ぎないのか、「選挙運動」に当たるのか、その線引きは微妙だ。

選挙運動とは、判例上、

特定の公職の選挙につき、特定の立候補者又は立候補予定者のため投票を得又は得させる目的をもつて、直接又は間接に必要かつ有利な周旋、勧誘その他諸般の行為をすることをいう

とされている。

「直接又は間接に必要かつ有利な周旋、勧誘その他諸般の行為」には、選挙に関連するほとんどの行為が該当する。判例の見解を前提にすれば、「特定の公職の選挙」について「特定の候補者の当選」を目的として行う行為は、大半が「選挙運動」に該当し、告示前に行えば、事前運動の禁止規定に抵触することになる。例えば、特定の公職選への立候補の意志を明確に表明する記者会見も、「選挙運動」に当たることが否定できず、告示前に行えば形式上は「事前運動」に該当することになるが、実際に出馬会見が事前運動に問われた例は聞かない。

一般的には、事前運動の違反だけで、警察に摘発される例はほとんどなく、他陣営や有権者からの通報等によって選挙管理委員会や警察から警告を受けるのがせいぜいだ。

「選挙運動」としての性格の濃淡は、「特定の公職選挙における特定の候補の当選を得る目的」の明確さ、当選を得る目的の直接性の程度によるといえる。実際には、候補者や陣営側の状況や考え方によって、どのレベルまでの行為を告示前に行うのかが判断されることになる。かかる意味において、事前運動の規制をどこまで意識し、厳格な姿勢で臨むのかに、候補者自身やその支援者・支援組織の良識や品格が表われると言える。

名護市長選挙に関するオンライン応援メッセージ

1月16日告示、23日投開票の沖縄県名護市長選挙に向け、立候補を表明している現職市長の渡具知武豊氏と、対立候補の岸本洋平氏との争いも、告示が近づくにつれ、激しさを増している。

渡具知氏は、オミクロン株感染急拡大を受けて、1月12日午後6時半からの「とぐち武豊総決起大会」をオンラインに変更し、YouTubeで配信した。その冒頭で、公明党の石井啓一幹事長、自民党の茂木敏充幹事長が、渡具知氏応援メッセージを寄せている。

一方、対立候補の岸本氏の方も、同日、ツイッターで、玉城デニー沖縄県知事の応援メッセージをアップしている。

この3者の応援メッセージを比較すると、「事前運動」に対する姿勢が端的に表れていることがわかる。以下が、その応援メッセージだ。

【石井幹事長の渡具知氏応援メッセージ(以下「石井メッセージ」)】

名護市民の皆様、沖縄県民の皆様、こんばんは。公明党幹事長の石井啓一でございます。現在、沖縄県ではオミクロン株による感染拡大で蔓延防止と重点措置が適用されていますが、公明党といたしましても、感染収束に向けて全力で支援をして参ります。

さて、このたびの名護市長選挙は全国注目の大変重要な選挙となっております。名護市は渡具知市長のリーダーシップによりこの4年間で大きく変わりました。

(中略・・・渡具知市長の1期目の実績の評価)

これら渡具知武豊市長の実績の前には相手候補も批判をすることができず、「子供政策など私も継続します」としかないのであります。

その相手候補は、例えば財源について、「行政改革で無駄を省き、予算を捻出します」とか、「子供基金を創設します」など抽象的なことしか言えず、まったく説得力がありません。

これでは4年前まで基地反対のほかに政策が無かった革新市政に逆戻りです。市民生活はほったらかされ、活気のない名護に後戻りさせてはなりません。さらなる名護の発展と市民生活の向上のためには、実績抜群の渡具知武豊の手腕が不可欠です。

しかし、現実の選挙は大変厳しい状況にあります。相手陣営はオール沖縄が全県から支援体制を敷き、総力戦で戦いに臨んでいると聞いております。

4年前に渡具知武豊市長が大逆転で勝利を果たすことができたのは、最後の最後まで渡具知陣営が市内全域をくまなく回り、一票一票を丁寧に積み上げてきたからであります。

今回もコロナ感染防止対策を徹底をしながら、一票に執念を燃やし頑張って参りましょう。公明党も渡具知武豊勝利のために全力で取り組んで参ります。共々に最後の最後まで戦い切って、二期目の勝利を勝ち取りましょう。頑張りましょう。

【茂木幹事長の渡具知氏応援メッセージ(以下「茂木メッセージ」)】

オンライン総決起大会にご参加の皆さん、こんばんは。自民党幹事長の茂木敏充です。いよいよ4日後、1月16日から名護市長選挙が始まります。本来であれば、私もこの総決起大会の会場に駆け付ける予定でしたが、新型コロナの影響でオンライン開催となりましたので、私も画面越しにエールを送ります。

(中略・・・渡具知氏の1期目の実績の評価)

市議会議員を5期、市長を4年務め、誰よりも名護を熟知している渡具知武豊さんには、引き続き市長として新しい振興計画の策定と実行に協力してもらいたいと期待しています。

昨年10月の衆議院総選挙も大接戦でしたが、島尻あい子さんが名護市で1,500票リードし、沖縄3区での勝利に繋げることができました。

今回の名護市長選は、更に接戦、デッドヒートになると思います。しかし、皆さんの力があれば、最後はこの市長選に勝利し、名護市に再び賑わいを取り戻すことができると確信しています。

お集りの皆さんに、渡具知武豊さんへの一層のご支援とご協力をお願いし、私の激励のメッセージといたします。どうぞよろしくお願いします。

【玉城知事の岸本氏応援メッセージ(以下「玉城メッセージ」)】

ハイサイグスーヨー。沖縄県知事の玉城デニーです。みなさん、こんにちは。

名護市長選挙に立候補の用意を進めている岸本洋平さんは、市民の7割が反対する辺野古新基地建設についても市民の思いに寄り添い、反対の意思をはっきりと示しています。

今回の新型コロナウイルスの感染の再拡大については、米軍基地由来と言わざるを得ません。これまで沖縄県が指摘をし続けていた、日米地位協定の不備であることは明らかとなっています。県民がどれだけ努力をし、我慢してきても、このような形で社会が止まることは断じて許されることではありません。

米軍基地が沖縄県経済の発展の最大の阻害要因となっていることも、改めて示されたものと思います。これ以上の過重な基地負担は認めることはできません。

ぜひ10代20代の皆さんも参加した未来への豊かな街づくり、岸本建男元市長の遺志と稲嶺進前市長の名護への思いをしっかりと受け継ぐのは岸本洋平さんです。

ぜひ来る市長選挙には、岸本洋平さんが準備を進めている未来に向けた大きな未来都市構想に皆さんも参加してください。

平和で豊かな名護市づくりに、あなたの参加をお待ちしています。

茂木メッセージの評価

石井メッセージは「このたびの名護市長選挙は全国注目の大変重要な選挙となっております。」、茂木メッセージは、「いよいよ4日後、1月16日から名護市長選挙が始まります」と述べており、いずれも、1月16日告示、23日投票の名護市長選挙という特定の公職選挙に関するメッセージであることは明らかだが、その特定の選挙において、特定の立候補表明者の当選を直接の目的としているものかどうかには、大きな差がある。

茂木メッセージは、「誰よりも名護を熟知している渡具知武豊さんには、引き続き市長として新しい振興計画の策定と実行に協力してもらいたい」と述べて、現職市長である渡具知氏による市政の継続の必要性を訴えている。

そして、昨年秋の衆院選挙小選挙区での名護市の投票結果で、自民党候補が野党候補を1500票上回っていたことを理由に、「最後はこの市長選に勝利」することで、「名護市に再び賑わいを取り戻すことができると確信している」と述べて、「渡具知市政継続」となる選挙結果を「予想」している。最後に、「渡具知武豊さんへの一層のご支援とご協力をお願いし」と述べて、「一般的な協力」の呼びかけで終わっている。

茂木メッセージは、全体として、「今回の市長選での渡具知氏の応援」を呼びかけるものではあるが、基本的には「渡具知市政の継続」の重要性を訴え、今回の選挙後も渡具知市政が継続することを「確信」していると述べるだけで、選挙での投票や、投票に向けての活動に直接言及することは避けている。そういう意味で、「選挙運動」的性格はかなり希薄化されていると評価できる。

石井メッセージの評価

一方、石井メッセージで「公明党も渡具知武豊勝利のために全力で取り組んで参ります。共々に最後の最後まで戦い切って、二期目の勝利を勝ち取りましょう。」と述べているのは、まさに、「今回の市長選挙における勝利」をめざすことへの直接の言及であり、まさに特定の選挙での当選を得させる目的による発言だ。

しかも、その「市長選挙における勝利」に関して、「相手候補」の政策が抽象的でまったく説得力がないとか、相手候補が当選した場合に、「4年前まで基地反対のほかに政策が無かった革新市政に逆戻り」「市民生活はほったらかされ、活気のない名護に後戻り」などと、渡具知氏の対立候補の批判を繰り返し述べている。この部分は、渡具知氏と相手候補との一騎打ちの予想の下に、相手候補に投票しないように呼び掛ける趣旨とも解し得るものであり、市長選での投票行動にも関連する発言だといえる。

そして、「現実の選挙は大変厳しい状況にあります。」と選挙情勢の話に転じ、「相手陣営はオール沖縄が全県から支援体制を敷き、総力戦で戦いに臨んでいると聞いております。」と述べて、相手候補側の「支援体制」に言及した上、今回の市長選挙での渡具知陣営の「戦い方」について述べている。

4年前の市長選での渡具知氏の「大逆転勝利」が、「最後の最後まで渡具知陣営が市内全域をくまなく回り、一票一票を丁寧に積み上げてきた」という「戦い方」によるものだとし、「一票に執念を燃やし頑張って参りましょう」「共々に最後の最後まで戦い切って、二期目の勝利を勝ち取りましょう。頑張りましょう。」と言って、今回の選挙でも、「市内全域で渡具知氏への投票を呼びかけて、一票一票を丁寧に積み上げる」という方法で選挙運動を行っていくよう要請している。

そして、そういう方法で「戦い切って」「頑張りましょう」と言って、今回の選挙での渡具知氏の当選をめざすことを強く求めるメッセージで締めくくっている。

石井メッセージは、今回の市長選という「特定の選挙」での、渡具知氏という「立候補表明者」について具体的に選挙運動を呼びかけるものであり、「事前運動」であることを否定しようがない内容だと言うべきである。

玉城メッセージの評価

玉城メッセージは、今回の市長選挙における岸本氏の位置づけについて「名護市長選挙に立候補の用意を進めている岸本洋平さん」と述べている。あえて「立候補の用意を進めている」として、立候補の予定や表明についての直接的な言及を避けている。

そして、辺野古新基地建設についての「反対の意思を表明している」という岸本氏の基本的な姿勢を評価し、現在の「新型コロナウイルスの感染の再拡大」が「米軍基地由来」であること、それが、「日米地位協定の不備」によるものであることを指摘し、県民の「努力」「我慢」だけでは感染が防止できないことを厳しく批判している。

そのような事態について、「米軍基地が沖縄県経済の発展の最大の阻害要因となっている」「これ以上の過重な基地負担は認めることはできません」と述べて、10代20代の若者達が参加した「未来への豊かな街づくり」として、「岸本洋平さんが準備を進めている未来に向けた大きな未来都市構想」への参加を呼びかけるメッセージで締めくくっている。

市長選挙への立候補を表明している岸本氏への応援メッセージでありながら、岸本氏を「選挙に向けて準備している人物」と位置付けた上、選挙での投票や選挙運動には直接言及せず、岸本氏がめざす「構想」への「参加」を呼びかけるものだ。「選挙運動」としての性格を最大限に排除したもので、告示直前のメッセージとして適切なものといえよう。

3者のメッセージの評価とその背景

上記のとおり、玉城メッセージは、告示直前の時期の立候補予定者への応援メッセージに当たって、公選法上「事前運動」に該当しないよう十分な検討が行われたものと思われ、極めて適切なものである。

茂木メッセージは、全く問題がないとまではいえないが、概ね穏当で無難な内容であり、「事前運動」との批判を招かないよう十分に配慮されたものである。

一方、石井メッセージは、告示前に公党幹事長が公然と発するメッセージとしてあり得ない「露骨な選挙運動の要請」であり、「事前運動」としての公選法上の違法性は明白である。

3つの応援メッセージは、現職市長の渡具知氏側の支持政党の自民党、公明党の幹事長、対立候補の岸本氏側の有力支援者である玉城知事が、いずれも、今回の名護市長選挙を極めて重要な選挙と位置づけ、選挙情勢については「大接戦」と認識した上で送った告示直前の応援メッセージだが、その内容が三者三様であることには、それなりの背景があると考えられる。

まず、玉城知事であるが、今回の応援メッセージが公選法の事前運動の規制を十分に意識した適切なものになっていることの背景に、2018年の名護市長選挙や自らの沖縄知事選挙で、「違法な事前運動」で厳しい批判を受けた経験があるものと思われる。玉城知事は現職知事として、今回の名護市長選挙で公選法上の違法性を指摘されることがないよう、慎重な検討を行った上で岸本氏の応援に臨んでいるのであろう。

茂木幹事長の応援メッセージについては、もともとの茂木氏の法的センス、公選法に対する問題認識もあるだろうが、選挙情勢への危機感の一方でかなり慎重な対応を行っている背景に、広島での河井夫妻の多額買収事件で自民党が厳しい批判を受けたこと、自らの自民党幹事長就任が、前任者の甘利明氏が「政治とカネ」問題の説明責任を問われ衆院選小選挙区で落選したことが契機となっていることなどから、特定の選挙に関する発言においても慎重な姿勢をとっているのではないだろうか。

公明党石井幹事長の「違法な事前運動メッセージ」の背景と今後への影響

では、公明党幹事長の石井氏が、今回の名護市長選挙で、違法な事前運動となる応援メッセージを送ってまで渡具知氏を応援しようとすることの背景に、何があるのだろうか。

前回の2018年名護市長選で、現地での公明党の沖縄方面本部長として選挙活動の中心となっていたのが、コロナ感染拡大の下での銀座クラブ通いの不祥事で議員辞職した遠山清彦元衆院議員だった。その遠山氏は、昨年末、日本政策金融公庫をめぐる無登録の融資紹介問題で在宅起訴され公明党を除名されたばかりだ。

もともと公明党沖縄県本部は、党中央とは違って、辺野古基地建設には反対の立場だった。前回名護市長選では公明党は渡具知氏を支援し、県外から大量の学会員を動員し人海戦術をとって渡具知氏の勝利の立役者となったが、内心“苦渋の選択”を迫られた学会員も多かったと言われている。前回市長選での渡具知陣営の「辺野古争点外し」は、公明党支持者の反発を和らげるための苦肉の策だったと言われているが、埋立て海域での軟弱地盤問題など、辺野古基地建設強行への批判が一層強まる中で、今回の市長選も「辺野古争点外し」で臨むことへの反発が強まるのも当然だ(【名護市長選での辺野古移設問題への「民意」、横浜市IR誘致問題と共通する構図】)。

このようなことに加え、今回の市長選では、米軍基地由来のオミクロン株感染爆発により、県外からの学会員の動員は困難な状況となり、石井幹事長自らも現地に入れないことへの焦りが、露骨な「違法事前運動メッセージ」につながったのではなかろうか。

しかし、今回の渡具知氏応援メッセージにも表れている石井幹事長の、違法行為も厭わない「前のめり」の姿勢が、公明党にとってプラスになるとは思えない。

昨秋の衆院選神奈川13区で自民党甘利幹事長が小選挙区で落選した原因の一つとなったのが、「政治とカネ」の問題で説明責任を果たさない甘利氏に対する、創価学会婦人部の反発が公明党票の離反を招いたことだったと言われている。今回も、党本部の幹事長が、渡具知氏の応援メッセージで違法な事前運動の批判を受けたりすることが、支援する渡具知氏にとって有利に働くとは思えない。

「露骨な事前運動」というと、記憶に新しいのは、昨年夏の横浜市長選挙で山中竹春氏を擁立した立憲民主党が行った告示前の街頭活動だ。山中氏は、出馬会見を行った6月30日の翌日から、連日、横浜市内で、衆議院議員や立候補予定者らとともに、「8月22日 横浜市長選挙」と明示し、ノボリや横断幕を使った街頭活動を繰り返し、SNSなどで、街頭活動の写真がアップされ「露骨な事前運動」と批判されていた。山中氏は、当選後、選挙期間は告示から投票日までの14日間であるのにもかかわらず、「54日間の選挙運動を戦い抜いた」などと発言しており、そもそも「事前運動の禁止」を理解してなかったようにも思える。

横浜市長選は、当時の菅首相が全面支援した小此木氏が、コロナ感染急拡大の猛烈な逆風を受けたことから、野党統一候補の山中氏の圧勝に終わったが、当選後に山中氏のパワハラ、不当圧力、経歴詐称等の問題が噴出し、立憲民主党の「製造物責任」を問う声が高まる中で衆院選を迎え、横浜市内の小選挙区のほとんどで落選するという、衆院選での立憲民主党敗北を象徴する選挙結果となった。

名護市長選で公明党に問われていること

公明党が推薦している渡具知市長については、旧消防庁舎跡地売却に関して、親族関連企業への不透明な経過での市有地売却について、説明責任が問われる疑惑が表面化している(【注目の“2つの市長選” 藤井前美濃加茂市長、渡具知現名護市長が問われる「究極の信任」】)。

公明党公式HPのコラム「北斗七星」に、

公明党の党名は、公明正大、清潔な政治を標榜したもの。この名の下に腐敗政治と闘い、大衆のための政治実現に走り抜いてきた。この名に込められた精神が公明党と支持者との心を結ぶ原点だ。

と書かれているように、「公明正大」は公明党の基本姿勢のはずだ。

名護市長選挙において、違法な事前運動になることも厭わぬ姿勢や、説明責任を軽視する姿勢は、「公明正大」を標榜する公明党にはそぐわないように思える。公明党としての名護市長選挙への対応を、今一度、見直してみるべきではなかろうか。

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