「コロナ禍での成人式」という、自治体にとって複雑・困難なコンプライアンス問題

1月7日、私の事務所宛てに、横浜市民のA氏から電話があった。

「1月10日に予定されている、全国的に見ても最大規模の横浜市の成人式は、オミクロン株感染の急拡大の状況下で、十分な感染対策がとれているとは言えず、感染拡大を招く危険性があり、中止すべきだと、市当局や関連する団体や市議会等に繰り返し意見を述べてきたが取り合ってもらえず、市当局は全く聞く耳すら持たない」という話だった。

昨年7月までコンプライアンス顧問を務め、山中竹春市長を様々な問題で批判してきた私に、横浜市のコンプライアンス問題だとして情報を提供してきたものだった。

A氏によると、横浜市の成人式に於ける感染症対策は、所管課によると、「ワクチンの接種証明提示で抗原検査は免除となり、会場でも検温をしていて万全なので大丈夫。しかも、国のガイドラインにも従っている」との説明だったとのことだ。

しかし、オミクロン株に既存のワクチンは有効性が低く、また、2回目の接種から期間が経過し抗体価が減少しているので接種証明は役に立たないこと、抗原検査は精度も低く、特に若年層の無症状の感染者では精度が著しく低下し、検体採取は自分で行うので適切な採取が出来ず、検査結果が不正確になること、検査キットを事前に配られ自宅で自分で行うもので、結果は自己申告制なので、虚偽の申告が出来ること、会場での検温は、無症状感染者や解熱剤を服用している患者は発見できないことをA氏は懸念していた。

オミクロン株が出現して約2週間後には性質が判明し、現在の状態になるであろう事は専門家なら予測出来たはずなのに、「コロナの専門家」を自称する現在の横浜市長が予測出来ないはずはないと言って、山中市長の対応を手厳しく批判していた。

横浜市のホームページの市長定例会見の記録によると、昨年12月23日の年内最後の定例会見で、山中市長は、成人式の感染対策について、以下のように説明している。

基本的なコロナ感染対策防止というのはしっかり行いたいと思います。ソーシャルディスタンスは当然確保いたしますし、それから式典各階の座席あるいは共用部の消毒は人海戦術でしっかりと行います。

またですね、独自の感染防止対策といたしまして、ワクチン未接種の方を対象に、抗原検査キットを無料でお配りするということにいたしました。これ少し詳しくお話しますと、市内在住の全新成人に通知発送しているんですが、この中にですね、ワクチン未接種の方については式典の前日ないし、当日朝にですね、抗原検査をご自身でやっていただいて、陰性を確認してからご来場をお願いするというスキームにしています。

成人の日を祝うつどいはですね、万全の感染防止対策を講じて、新成人になられる皆様を我々お迎えしたいと考えております。

と発言している。

しかし、コロナウイルス種の中でも、これまでで最も感染力の強いオミクロン株の感染が急速に拡大しつつある状況で、全国でも最大規模の参加者、しかも、新成人が飲酒の上で暴れたりして騒乱状態になることが多い横浜市の成人式を開催することは、コロナ感染拡大の危険という面でかなりのリスクを伴うことは否定できない。

山中市長が説明している程度の感染対策では不十分であり、オミクロン株感染急拡大の現状に鑑みれば、感染対策上は中止・延期かオンライン開催にすべきというのは、確かに「正論」だ。

しかし、「地域社会と市民の要請に応える」という地方自治体のコンプライアンスの視点から考えると、この成人式の開催をめぐる問題というのは、決して単純なものではない。

成人式は、新成人の門出を祝う、一生に一度のハレの場であり、そのために晴れ着を準備したり、着付けの手配をしたりするなどの準備が早くから始められる。そういう意味で、成人式を中止・延期する、或いはオンライン開催にする、というのは、主催する自治体にとっても大変重い判断だ。

昨年(2021年)の横浜市の成人式も緊急事態宣言下で開催されたが、そこに至るまでには紆余曲折があった。

約半年前の2020年7月、新型コロナ感染の第2波で緊急事態宣言が出ている最中に、横浜市は2021年の成人式の会場での開催を中止しオンラインで開催すると発表したが、そのわずか1週間後の7月15日に、当時の林文子市長が、従来どおり横浜アリーナの大規模会場を行う考えを示し、方針を変更した。市の決定が僅か1週間で市長の判断で覆されたことの背景に、何らかの政治的な力や、成人式の開催に重大な利害関係のある業界からの要望があったことが想像できる。

当時、横浜市のコンプライアンス顧問を務めていた私は、7月28日、市長以下局部長等の幹部が出席して開催されたコンプライアンス委員会の場で、「市民の関心の高い成人式の開催形式について、横浜市としての方針が僅か1週間で変更されたことは、市の重要事項の決定に関する信頼性にも関わる問題でもあり、方針公表の前に、市長も含めた十分な検討の上での開催形式の公表が必要だったのではないか」と意見を述べた。

実際の2021年1月11日に開催された横浜市の成人式は、ちょうど、第3波の感染で緊急事態宣言が出される中、神奈川県では9日に新規感染者が999人に達するなど急増する中での開催となった。

横浜市は3万6000人を対象にした成人式を、横浜アリーナとパシフィコ横浜の2会場に分散して開催し、各開催時間も15分に制限したが、会場周辺で酒を飲んで暴れる新成人もいるなど、平穏な成人式とは言い難い状況だった。

感染者は、その後も増加を続け、ちょうど、成人式から10日後にピークを迎えた。まさに成人式強行の影響が感染者増加につながった可能性があるが、その後、感染者は急激に減少。結局、成人式開催が、コロナ感染者増加をもたらしたとして批判される事態にはならなかった。

成人式に向けての晴れ着の調達、着付けの手配などは、前年の春頃から予約が始まり、業者が準備を進めていくと言われている。開催中止や開催形式の変更が直前になって決定さされた場合、関連業界に重大な影響が生じる。2020年7月、成人式の半年も前に、横浜市が、一旦オンライン開催の方針を公表したのも、遅くともその時期までには開催形式を決定する必要があるとの配慮からであろう。

このような2021年成人式の前例がある以上、横浜市の担当部局としては、余程のことがない限り成人式開催の中止やオンライン化という決断はしにくくなったと言えるだろう。

今年2022年の成人式に向けての状況は、8月まではデルタ株の感染拡大で大変な状況になっていたが、その後、ワクチン接種の効果もあって感染は収束、年末には、一日の感染確認者が一桁という状況にまでなっていた。年明けからオミクロン株の感染が急拡大しているとは言っても、緊急事態宣言は出されておらず、コロナ蔓延防止措置の対象となったのは沖縄、山口、広島の3県のみで、イベントの開催制限も行われていないという状況だ。直前になって成人式の開催を中止したり、開催形式をオンラインに変更したりすることは考えにくい。

しかし、前述したように、オミクロン株の拡大に伴い、神奈川県の新規感染者が、昨日(1月9日)には443人と、前週比21倍に急増している現状において、成人式を通常どおり開催することによる感染拡大のリスクが相当程度高まっていることは否定できない。諸外国ではかなりの程度進んでいるワクチンのブースター接種が日本では殆ど行われていない中、感染力が極めて強いオミクロン株の感染が急拡大すれば、医療体制に甚大な影響を与え、市民の医療に深刻な影響を与える可能性もある。デルタ株などと比較すると重症化しにくいと言われているが、日本では実際の重症化の程度は未知数であり、感染が高齢者に拡大すれば、その中から一定数の重傷者・死亡者が出る可能性も否定できない。

横浜市として重要なことは、感染対策には限界があり、オミクロン株の感染リスクが相当程度あることを認めた上で、敢えて、予定どおりの開催を決断した市長が、新成人に、感染拡大防止に向けての行動自粛を求めるメッセージを発するべきであろう。

昨年末の定例会見では、「万全の感染防止対策を講じて、新成人になられる皆様を我々お迎えしたい」などと言っているが、「万全の感染防止対策」で新成人を迎えられるような状況ではないことは明らかだ。医学部教授だったとは言え、医師ではない「統計の専門家」であり、コロナ感染症の専門性もなく、本来「コロナの専門家」とはいえないのに昨年8月の市長選で「コロナの専門家」とアピールして市長選に当選したことが、市長就任後に批判されてきた。山中氏にとっては、それが一つの「負い目」になっていることは否定できない。しかし、それを意識する余り、「コロナの専門家」たる市長として開催を決断した以上、「感染対策は万全」などと見せかけようとする気負いは禁物だ。それは、今回の成人式での感染対策に限らず、横浜市のコロナ感染対策全般について言えることだ。

地方自治体が市民の提供する重要なサービスが、一方で、コロナ感染拡大の重大なリスクにつながりかねないという、成人式をめぐる複雑かつ困難な要請に応えていくため、状況に応じ、バランスのとれた判断と対応をしていくことが必要である。

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注目の“2つの市長選” 藤井前美濃加茂市長、渡具知現名護市長が問われる「究極の信任」

新型コロナ感染に明け暮れた2021年が終わり、新たな年を迎えた。

その年明け早々、1月16日告示、23日投開票の同じ日程で、沖縄県名護市と岐阜県美濃加茂市で市長選挙が行われる。性格は全く異なるが、いずれも極めて重要な争点について市民の審判が行われる注目の選挙だ。

日本の地方自治体では、首長と議会の議員をともに住民が直接選挙で選ぶという「二元代表制」がとられているが、予算の提出権が首長側にしかなく、議会はそれを議決する権限しかないことなど、首長に権限が集中しているところに特色がある。市長は、市の運営全般について強大な権限が与えられるため、市民にとって、4年の任期の間、市政を全面的に委ねるに相応しい人物を選択する重要な機会が市長選挙だ。

 

冤罪と戦う藤井前美濃加茂市長が市民に問う「究極の信任」

美濃加茂市では、全国最年少で市長に就任した藤井浩人氏が、就任1年後の2014年6月、市議時代の30万円の収賄の容疑で突然、逮捕された。起訴され、一審では無罪判決を得たものの、控訴審でまさかの逆転有罪判決、そして上告。一貫して無実を訴える藤井氏は、潔白を信じる市民の圧倒的支持に支えられて市長職を続けたが、最終的に有罪判決が確定し、3年間の執行猶予期間は公民権停止となるため、2017年12月に失職した(拙著【青年市長は司法の闇と闘った】)。

公民権停止期間が明けた藤井氏は、有力な新証拠を得て、2021年11月に再審請求を行った。そして、市長職への復帰をめざし、2022年1月の市長選への立候補を表明した。

一方で、その藤井市長の潔白を誰よりも信じ支えてきた副市長が、藤井氏の後任の市長となり、4年間市政を担ってきたが、今回の市長選で再選をめざし立候補を表明、前市長と現市長が選挙で激突することとなった。

冤罪と戦いつつ美濃加茂市政奪還を目指す藤井浩人氏と、再選出馬表明伊藤市長の「刑事再審」への誤解】で述べたように、執行猶予期間満了で、刑の言渡しは効力が失われており、藤井氏が公職の候補者として、市長として活動する上で何の制約もない。とはいえ、今回の市長選で美濃加茂市民が藤井氏に再び市政を委ねる選択をするかどうかは、藤井氏“冤罪”を信じるかどうかが大きく左右することは間違いない。

藤井氏が、これまでの冤罪との闘いを綴った新著(【冤罪と闘う】)を上梓した直後、12月29日に放映されたTBSの人気ドラマ《「99.9刑事専門弁護士」完全新作SP新たな出会い篇》でも、地方政治家の収賄冤罪事件が描かれた。そのストーリーは、「多額の融資詐欺を犯した業者と検察官とのヤミ取引で『贈賄の虚偽供述』」、「贈賄供述者の有罪確定で収賄側の無罪判決を阻む」、「対質尋問」など、藤井浩人氏の事件と多くの点で酷似していた。藤井氏の冤罪事件は、今や国民の間に広く認識されつつあるということだろう。

こうした中で、冤罪と闘う前市長を美濃加茂市民が再び市長として選ぶかどうか、まさに司法判断を超えた“究極の信任”が問われるのが、今回の美濃加茂市長選挙だ。

 

「辺野古移設争点外し」の渡具知名護市長が市民に問われる「究極の信任」

一方の名護市長選挙では、米軍基地の移設に伴う名護市辺野古海域の埋立て工事の続行の是非が問われる。埋立て海域に広範囲に広がる軟弱地盤の改良工事を含む工事の変更申請を沖縄県が不承認としたことで、辺野古移設問題は新たな局面を迎えているが、再選に向けての立候補を表明している現職の渡具知武豊(とぐち・たけとよ)市長は、前回市長選と同様、辺野古移設問題を争点から外して選挙に臨もうとしている。

市民にとって極めて重要な問題について、敢えて「民意」を問わずに市長選に臨むことは、地方自治体のコンプライアンスの観点からも重大な問題がある。私がコンプライアンス顧問を務めていた横浜市のIR誘致問題では、それが極端な形で表れ、昨年夏の横浜市長選挙で誘致断念に追い込まれた(【名護市長選での辺野古移設問題への「民意」、横浜市IR誘致問題と共通する構図】)。

そのような「争点外し」を、今回の市長選挙で敢えて繰り返そうとしているのが現市長の渡具知氏である。名護市民が渡具知氏を信任するとすれば、辺野古移設問題を超越する「絶対的信頼」があるということであり、渡具知市長は、「究極の信任」が問われることになる。

しかし、「4年の任期の間、市政を全面的に委ねるに相応しい人物であるかどうか」、市民の審判を仰ぐ渡具知氏には、「旧消防庁舎跡地等売却事業」をめぐって重大な疑惑が表面化している。

市有地売却先の選定において、渡具知市長の親族が常務執行役員となっている企業の利益を図ったのではないかという疑惑が表面化し、市議会に地方自治法100条に基づく調査委員会が設置されるなど追及を受けている。市有財産の処分において、市長が市民の利益を最大限に追求したのか、私的利益を図ろうとした可能性はないのか、という点に疑念が生じている。再選をめざす市長選挙では、この問題について説明責任を果たすかどうかが、渡具知市長が問われる「究極の信任」に関して重要な判断材料となることは間違いない。

 

旧消防庁舎跡地売却の経緯

100条委員会が、市長派議員の意見により「非公開」という異例の措置がとられているため、そこでの議事や資料は明らかになっておらず、報道がほとんど行われていないため、名護市民は、この疑惑について具体的に知ることができなかった。

これまで、名護市が公表した資料や、市議会での答弁等から明らかになっている市有地売却の経緯は、以下のようなものだ。

 

渡具知市長が2018年1月の市長選挙で当選し、その年の11月、旧消防庁舎跡地を公募型プロポーザルで売却・事業化することが正式に決定され、実施要項が公表された。

今後のまちづくりの推進や中心市街地の活性化において重要な役割を担う空間であることから、新たなにぎわい・活力・魅力の創出に有効な利活用を行うための事業者の提案を募集し、選定に当たっては、「消防跡地の公募売却に係る評価委員会」(以下、「評価委員会」)が「事業の提案内容」と「買受希望価格」から総合的に判断し、最も優れた提案を行った事業者に売却するというものだった。

事業計画の評価項目として「コンセプト及びまちづくりとの関係性」等の提案趣旨、施設計画、事業執行体制、資金計画等の事業計画などに80点が配点され、買受希望価格は20点の合計100点満点で評価された。

2019年1月の期限までにプロポーザルに応募したのは、東京の大手住宅メーカー大和ハウス工業(以下、「大和ハウス」)と神戸のホテル不動産業者アベストコーポレーションからなる共同企業体(以下、「大和ハウスJV」)と、沖縄県内でホテル事業を営む単独企業(X社)、沖縄県内の建築会社を中心とするJV(Y社JV)の3者だった。

同年4月にプレゼンテーションと質疑が行われ、審査結果が通知された。土地の買受価格が最も高かったのはX社だった。しかし、事業計画評価との総合評価で、X社より1億3000万円低い買受価格を提示した大和ハウスJVが最高得点を獲得し、優先交渉権者となった。

優先交渉権を得た大和ハウスJVと名護市の間で土地売買仮契約書が締結され、2019年7月26日に、地方自治法96条1項8号に基づく承認を得るため、名護市議会に、「土地の処分について(旧消防庁舎跡地)」の議案が提出された。

その際、売却の相手方は「大和ハウスJV」とされ、議案の説明資料では、土地・建物の所有主体は「名護市を所在とする新設法人」とされていた。

議会承認の後、大和ハウスJVから、「有限会社サーバント」(以下、「サーバント」)という会社を「名護市を所在とする新設法人」としたい旨の提案があった。

9月24日に、サーバント、大和ハウス、アベスト、名護市の4社で、サーバントに土地売買契約の権利を継承することを承認する協議書が締結され、2019年11月、サーバントが名護市に売買代金を納入し、土地の所有権が名護市から同社に移転した。

しかし、その後の新型コロナ感染の影響を理由に、建物建築が遅れており、同土地は「ぺんぺん草状態」のままとなっている。

また、有限会社サーバントの名護市内の本店は、民家に看板だけがかかった状態であり、現時点では、事業の実態があるようには見えない。

2020年12月に至り、上記のような経緯で市有地の所有権を取得した「サーバント」が、市長の親族が常務執行役員を務める金武町所在の建設会社「丸政工務店」と役員構成が同一であり、同社の子会社だと判明したことから、市議会での追及が始まり、2021年5月に、100条委員会が設置された。

 

最大の疑問点

上記の経緯の中の最大の疑問点は、大和ハウスJVの買受希望価格が、X社より1億3000万円も低かったにもかかわらず(20点満点の価格点で5点の差)、それを提案趣旨、施設計画、事業執行体制、資金計画等の評価(80点満点)で、沖縄県内で相当数のホテルの建設・経営の実績があるX社に逆転するためには、相応に高い評価を獲得する必要があり、土地買受主体について、単に「名護市を所在とする新設法人」という説明だけだったとは思えないことだ。

「新設法人」について、出資者、事業運営体制が具体的に明らかにされ、資金計画等についても説明されなければ、その点に問題がないと思えるX社との間で相当な差がつくことになり、「提案趣旨」などがいくら評価されたとしても、逆転は不可能だと考えられる。大和ハウスJVがこの点についてどのような説明を行ったのか、プレゼンや質疑応答の中身が非公表なので、その点は不明だ。

この点の解明の一つの手掛かりとなるのが、現地で取材に入っているジャーナリスト横田一氏が、YouTube番組「横田一現場突撃」#142で、関連企業として、「丸政工務店」、「サーバント」とともに、「ホクセイ」という社名を出していることだ。この「ホクセイ」というのは、どういう会社なのか、消防庁舎跡地売却にどのように関わっているのか。横田氏に聞いてみたところ、「株式会社ホクセイ(以下、「ホクセイ」)は、金武町所在で不動産賃貸、建設業を営む会社。有限会社サーバントと同様に、丸政工務店と全く同じ役員構成で、いずれも丸政工務店の子会社と考えられる。プロポーザルでの大和ハウスJVのプレゼンの配布資料では、株式会社ホクセイが名護市と契約して土地買受主体になるというスキーム図が示されていた。」と説明してくれた。

私が、現地の知人に聞いたところでは、「ホクセイ」は、過去に名護市内で土地を取得して量販店ドン・キホーテの誘致を行った実績がある会社とのことである。ホクセイが、プロポーザルの時点で土地買受主体になる会社として特定されていたのだとすれば、大和ハウスJVが事業執行体制等で相応の評点を得たことも、理解できないではない。

つまり、「ホクセイ」が、名護市との土地売買契約の当事者となり、土地・建物を所有し、大和ハウスJVが企画・テナント誘致や建物の設計・建設を担い事業全体をサポートする、というのがプロポーザルの際の大和ハウスJVの説明だったと考えられるのである。

しかし、そうなると、プロポーザルの際のスキームと、その後、議会承認の際に、「名護市を所在とする新設法人」を土地の買受主体にするというスキームとの間には、大きな相違があるということになる。

 

問題の整理

上記のような事実関係を前提にして、名護市旧消防庁舎跡地売却をめぐる問題を整理してみたい。

第1の問題は、土地買受主体を「ホクセイ」と説明していたのに実際には「サーバント」だったことから、公募型プロポーザルによる大和ハウスJVの選定が有効と言えるのか、である。もし、それが否定されれば、同JVが取得した土地売買契約の権利のサーバントへの継承も否定されることになる。

第2は、「名護市を所在とする新設法人」を土地買受主体として行われた旧消防庁舎跡地の処分について、名護市議会における承認手続が適法だったといえるのか、という問題である。

第3に、本件公募型プロポーザルに応募し、売買契約を締結し、その後、その権利を「有限会社サーバント」に継承させたことについての大和ハウスJVを構成する企業のコンプライアンスの問題である。

そして、第4に、一連の手続における、名護市の地方自治体としてのコンプライアンス問題である。この点は、仮に、上記の第1及び第2の問題について、名護市の対応に法的な問題点があるとまでは言えないとしても、地方自治体としての市有地売却に関する公正さ、説明や情報開示の不足などのコンプライアンス上の問題が生じるかどうかは別個の問題である。その点に問題があるとすると、市の行政のトップである市長の信頼性にも関わることになる。 

 

公募型プロポーザルによる大和ハウスJVの選定の有効性

上記のとおり、横田氏の取材結果のとおりであれば、プロポーザルのプレゼンの際、「ホクセイ」を土地買受主体とすると説明していたが、実際には、事業計画で土地・建物の所有主体になったのは、「ホクセイ」ではなく、「有限会社サーバント」という、プロポーザルの手続では全く出てこなかった会社だった。

プロポーザルでは、X社が大和ハウスJVより1億3000万円も高い買受希望価格を提示し、その価格の点数では大きく差を付けていた。それが、提案趣旨・施設計画・事業計画の評価点で逆転し、総合点では大和ハウスJVが1位となった。ホクセイが土地を買い受ける話が、サーバント単独で土地買受主体になったことで、少なくとも、事業計画の「事業執行体制」が、土地建物の所有主体に関して大きな変更があったことになる。それに加え、「事業スケジュール」「資金計画」の評価点(合計20点満点)も影響を受けた可能性がある。

会社登記簿を調査したところ、ホクセイの資本金は4900万円であるのに対して、サーバントは、公募型プロポーザルの時点では300万円、2019年6月に4500万円に変更している。また、同年9月24日に大和ハウスJVが取得した土地売買契約の権利をサーバントが継承した直後に、実施計画書の提出時期と代金の支払時期を9月末日から12月末日に変更するよう申入れている。このことからも、土地建物の所有主体がホクセイからサーバントに変更になったことは、スケジュール面、資金調達面で相応の影響があったと考えられる。

サーバントが土地建物の所有主体になるとの前提で、プロポーザルの手続が行われていた場合には、大和ハウスJVではなく2番手のX社が優先交渉権を得ていた可能性がある。

 

土地売却についての名護市議会の承認の適法性

議会承認を経ずに自治体発注工事を分割して請負契約を締結した事例について、

「公共事業に係る工事の実施方法等の決定が当該工事に係る請負契約の締結につき地方自治法96条1項5号を潜脱する目的でされたものと認められる場合には当該長の決定は違法」

とする判例がある(最判平成16.6.1)。この趣旨に照らせば、本件のような96条1項8号に基づく財産の処分についても、市議会の議決を要するとする法の趣旨を「潜脱する」目的で行われた場合には議会承認が違法となる可能性がある。

本件では、土地売買の議会承認議案では「名護市を所在とする新設法人」とされていたので、市議会議員の多くは、大和ハウスJVの構成2社が出資して「名護市に所在する新設法人」を設立して土地・建物の所有主体になるものと思い、その点が特に問題となることもなく、土地売買の承認議案が可決された。ところが、大和ハウスJVは、市議会での承認後に、土地買受主体を、名護市に隣接する金武町に本店が所在する「既設法人」で、本店を名護市に移転した「有限会社サーバント」にしたいと提案し、名護市がそれを認めた。

プロポーザルのプレゼンでは、名護市から市有地の売却を受け、建物の所有主体にもなる会社は、「ホクセイ」だった。そのように土地の買受主体がほぼ特定されていたのであれば、議会承認の資料の元になる大和ハウスJVの実施計画書に、なぜ、そのように記載しなかったのか、なぜ、単に「名護市を所在とする新設法人」とだけ記載してホクセイの社名を除外したのか。

ホクセイは、名護市内で不動産賃貸業・建設業などを営む会社であり、市長の親族が常務執行役員を務める丸政工務店の子会社であることも知られていた。もし、ホクセイを土地売却先にすることが明らかになっていれば、市議会での承認議案の審議で、問題が指摘されていた可能性が高い。そのため、議会承認の際には、「名護市を所在とする新設法人」としか記載しなかったのではないか。議会承認の直後から、土地を買い受ける「新設法人」はホクセイではなくサーバントとされたが、それは、同じ丸政工務店の子会社でも、サーバントなら無名であり、市議会でただちに問題にされる可能性が低いと考えたからではないか。

それらが、市議会での承認の際に土地取得の主体を秘匿する意図で行われたのだとすれば、土地売却の常務相手方を明示して議会の承認を求める手続を「潜脱する目的」があったことになり、議会承認なく財産処分を行ったものとして違法となる可能性がある。

この議会承認については、市議会で、「大和ハウスJVからサーバントに権利が継承されることについて、再度議会承認が必要だったのではないか」と問われたのに対して、市当局は、

「共同企業体を相手方として有効な土地売買契約を締結しており、本件契約の権利の継承の承認はこの有効に成立した契約に基づいて行ったものであること。土地等の所有主体が現地法人となる旨は当初より予定されており、議員にも説明がなされていることに鑑みると、権利の継承の承認は売却の相手方を変更するものではなく、また、別の新たな売買契約を本市が締結したものでもないため、再度の議決は必要なかったものと考えております」

と答弁している(2021年12月9日市議会、企画部長答弁)。

しかし、この議会承認は、旧消防庁舎跡地という市有財産の「財産処分」に関して行われたものであり、そこで承認を受ける対象となるのは、「土地の売却先」と「売却価格」である。

大和ハウスJVは、売却後の事業において、運営や建物の設計・建築・テナント誘致を行う立場であり、土地所有の主体は別の法人だというのであるから、大和ハウスJVは、本来、「財産処分」の対象ではない。「共同企業体を相手方として有効な土地売買契約を締結し」と答弁しているが、大和ハウスJVとの「売買契約」の形だけのものであり、実態とは必ずしも一致しない。「名護市を所在とする新設法人」を土地所有主体として、4億2000万円の価格で市有地を売却するというのが、本来、議会承認の対象とされるべき事項である。

ところが、「名護市を所在とする新設法人」は、実際には、「名護市の隣接町を所在とする既設法人が、名護市に本店を移転した法人」にすり替えられ、最終的な売却先になったのである。「新設」であれば、承認の時点で会社名を示せないのも致し方ないが、既設法人が、本店移転で「名護市所在の法人」になるのであれば、その社名を特定することが可能なはずだ。サーバントが、「名護市を所在とする新設法人」だというのには、明らかに無理がある。

企画部長答弁では、「土地等の所有主体が現地法人となる旨は当初より予定されており」と説明しているが、「言葉のすり替え」によるゴマカシである。議会承認時の資料では「新設法人」とされていたのであり、「現地法人」とされていたのではない。企画部長の答弁は全く合理性がなく、議会承認が適法であることの説明にはなっていない。

これらからすると、「潜脱目的」は否定できず、議会承認手続の違法性は否定できないように思える。

 

大和ハウスJV側のコンプライアンス上の問題

本件における大和ハウスJVの対応には、不可解な点が多々ある。そこには、企業としてのコンプライアンス上の問題が生じる可能性がある。

そもそも、市有地を売却して事業化する公募型プロポーザルに応募するJVにとって、そのJVの構成に関して、土地を買受ける企業がどの企業なのかは極めて重要な要素のはずだ。それが不確定のままプロポーザルに応募すること自体が不可解な対応だ。

しかも、その土地買受主体が、プロポーザルのプレゼンの際、「ホクセイ」が名護市と契約を行うようなスキーム図を用いて説明された。それが、優先交渉権を得た後の実施計画書では「名護市に所在する新設法人」となり、議会承認の直後からは、「有限会社サーバント」とされて、同社が所有権を取得することになった。

大和ハウスJV側が、意図的に、土地建物の買受主体についての説明を変遷させ、市議会の承認の際にも、土地所有主体がわからないような工作を行ったのだとすると、企業としてのコンプライアンス上の問題が生じることになる。

しかし、大和ハウス工業は東証1部上場の日本でも有数の住宅メーカーである。その会社が、独断で、上記のようなコンプライアンス上問題がある露骨な対応を自ら主導して行ったとは考えにくい。名護市側からの何らかの働きかけがあったからこそ、上記のような対応を行った可能性がある。そうだとすると、後述する、名護市側の自治体としてのコンプライアンス問題が生じることになる。この点については、大和ハウスの側が、コンプライアンス問題として、事実解明を行う必要があると言えよう。

 

名護市の地方自治体としてのコンプライアンス問題

旧消防庁舎跡地は、商業施設・宿泊施設などが集積し、中心市街地の観光施設にも近い立地で、極めて価値の高い市有地であり、その売却・事業化によって市民の利益、地域経済の活性化を図ることは地域社会の要請に応えるものであるが、そのような市有地売却・事業化が適切に行われていることについて、市民の理解・納得が重要となる。

かかる観点から言えば、既に判明している同市有地売却・事業化をめぐる問題は、公募型プロポーザルで大和ハウスJVを事業者として選定したことや、サーバントを土地売却先としたことが、仮に、契約に関する市の裁量の範囲内であり、議会承認の手続も違法とまではいえないとしても、自治体のコンプライアンスの観点から問題があることは否定できない。

しかも、プロポーザルのプレゼンの際に、土地買受の新設法人の中心となると説明されたホクセイも、その後、土地買受主体とされたサーバントも、いずれも金武町に本店が所在し、その親会社は市長の親族が常務執行役員を務める「丸政工務店」である。つまり、ホクセイも、サーバントも、市長の親族が経営に関わる「丸政工務店」グループの企業なのである。

この旧消防庁舎跡地の土地を買受け、ホテル等の事業で建物の所有者つまりオーナーになることで、相当な利益が見込めるだろう。そのような利益を誰が享受するのか、その対価がどのように設定されるか、市議会にも十分に情報開示した上、公正・公平に決定されることが求められる。

ところが、名護市の重要な財産を処分し、市長の親族が経営に関与する企業の子会社に売却後の事業による利益を享受させることについて、その情報を市議会に、そして市民に開示することなく、その手続が進められた。それ自体が、名護市にとって重大なコンプライアンス問題であることは否定できない。

 

旧消防庁舎跡地売却問題についての渡具知市長の説明責任と今後の展開

これまで指摘してきた問題のうち、公募型プロポーザルによる大和ハウスJVの選定の有効性の問題、土地売却についての名護市議会の承認の適法性の問題は、法的瑕疵に関するものであり、最終的には司法判断に委ねられる。

しかし、大和ハウスJV側の「企業コンプライアンス問題」、名護市の「自治体コンプライアンス問題」は、司法判断の問題ではなく、企業として、自治体として、社会に対する説明責任が問われる問題であり、名護市の重要な財産処分によって市長の親族が経営に関与する企業の子会社の利益が図られる可能性があることについて、市民や議会への情報開示・説明責任が問われる「自治体コンプライアンス問題」は、最終的には、市長自身の政治責任の問題である。それを問う場は、その市長を信任するか否かが問われる市長選挙以外にはあり得ないのである。

 

旧消防庁舎跡地の利活用は、2018年の市長選挙で渡具知氏が当選して市長に就任した直後から、市有地の売却・事業化について公募型プロポーザルを実施する方向で話が進められた。市政にとって重要な事業だった旧消防庁舎跡地の売却の経緯や事業者の選定等の手続について、市長が認識していなかったとは思えない。

渡具知氏が市長選挙に立候補し、再選をめざすのであれば、この問題について十分な説明責任を果たし、市民の疑念を払拭することが不可欠だ。それを果たさない、或いは果たせないとすれば、「辺野古移設」という名護市にとって最重要の問題を争点から外して市長選に臨もうとしている渡具知市長に対する名護市民の「究極の信任」はあり得ないということになる。

では、渡具知市長が落選した場合、旧消防庁舎跡地問題は、どうなるのか。

渡具知市政を批判する対立候補が当選すれば、公募型プロポーザルでの大和ハウスJVの選定及びサーバントへの売却の違法性の検討など、契約は全面的に見直されることになるだろう。

その結果、名護市は、契約の違法性を主張し、契約を破棄してサーバントに所有権返還を求めることになるだろう。サーバントが応じなければ訴訟を提起することになる。事業者側は、提案どおりの事業計画を進めるとすれば、市との良好な関係が不可欠なはずであり、名護市と対立したまま、無理やり跡地での事業を行うことは相当なリスクを抱えることになる。

市長が交代したことで、市が、それまでの方針を覆した場合に、大和ハウスJV側から、損害賠償請求を行うことがあり得るか。既に述べたように、今回の公募型プロポーザルでの大和ハウスJVの対応にはコンプライアンス上も多くの疑問があり、それが訴訟手続きで問題にされることを覚悟の上で損害賠償請求訴訟を起こすとは考えにくい。また、まだ、事業化に向けての工事には着手していないのであるから、損害があるとしても、僅少だ。

今回の名護市長選は、渡具知市政の4年間に具体化し、土地売却先が決定された旧消防庁舎跡地等売却事業の問題に決着をつける選挙ともいえるのである。

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牛乳をたっぷり使って美味しいクラムチャウダーを作ろう~年末の生乳大量廃棄はあまりに悲しい!

牛乳などの原料となる生乳が、かつてない規模で余り、大量に廃棄される懸念が出ていることを受けて、大手小売業界や食品メーカーの間で、値引きや商品開発などで消費を後押ししようという動きが広がっています。岸田首相も、「牛乳をいつもより1杯多く飲んでいただく、料理に乳製品を活用いただく」などの協力を国民に呼びかけています。

しかし、私の場合もそうですが、牛乳は、飲料としては「重いイメージ」があります。飲料として飲む習慣がない人間にとって、いきなり毎日多量の牛乳を飲むのは容易ではありません。

また、料理に乳製品を使うといっても、どういう料理に、どう使えばよいか、なかなか思い当たらないでしょう。

そこで、大変簡単で、美味しいい、なおかつ、継続的にかなりの量の牛乳を摂ることができる料理として「クラムチャウダー」をお勧めしたいと思います。

もともとは、私が子供の頃、母が家でよく作ってくれた料理です。小学生の頃、母が病気がちだったこともあり、母に教えてもらって私が代わりに作ることもあり、調理法を覚えました。

寒い時期になると、よくクラムチャウダーを作りました。子供向けの料理で、しかも、大人にとっても楽しめるものです。全世代的な人気料理で、しかも大変手軽に、誰でも作ることができます。

以下が、材料と調理法です(4~5人前)。

【材料】

ジャガイモ 中3個

玉ねぎ   大1個

人参    中1/2個

アサリ   生1パック、なければ水煮缶1個

スライスベーコン 100グラム程度

ブイヨン  3個

バター   20グラム(適量、計測不要)

薄力小麦粉   30グラム程度(適量、計測不要)

牛乳 1リットル(当初500cc、追加投入用に500cc)

【調理法】

1.ジャガイモ、人参を1cm程度のサイコロに切る。玉ねぎは粗みじん切り。

2.スライスベーコンは1cm幅に切る

3.鍋に300cc程度の水とアサリを入れ熱する。沸騰して1分程度で火を止め、アサリを取り出し、身を殻から外す。ゆで汁も使うのでとっておく。(このプロセスは、アサリ水煮缶を使う場合は不要)

4.鍋にバターを熱し、玉ねぎ、ジャガイモ、人参を入れ、中火で、玉ねぎが透き通るまで炒める。

5.4.に小麦粉をまぶしながら、かき混ぜる。

6.5.に3.のアサリの身と煮汁(アサリ水煮缶であれば中身全部と水1カップ)を投入、小麦粉が固まらないように素早くかき混ぜる。中火で熱し、沸騰したら、弱火にする。

7.ブイヨン、ベーコンを入れる。弱火で30分程度加熱。

8.に牛乳500ccを入れ、かき回して中火に。味をみて、濃ければ適宜牛乳を足す。沸騰したら弱火で5分程度。

身体が温まり、美味しいチャウダーの出来上がりです。

多めに作っておいて翌日に持ち越すと、全体にとろみが強くなります。

牛乳適量を加えてかき混ぜ、加熱します。

実は、この2日目のチャウダーが、味が落ち着いて、大変美味しいのです。

このクラムチャウダーであれば、牛乳の好き嫌いに関わらず、子供も喜んで食べてくれますし、栄養も満点です。

大きな鍋で大量に作り、冷蔵庫で保存し、適宜牛乳を加えて加熱する、という方法で、数日間、チャウダーを楽しむこともできます。

是非、試してみてください。

乳牛たちが、そして、酪農家の皆さんが生産してくれた生乳が大量に廃棄されるなど、悲し過ぎます。

このクラムチャウダーが、是非多くの家庭で作られ、少しでも多くの牛乳が有効活用されることを願っています。

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名護市長選での辺野古移設問題への「民意」、横浜市IR誘致問題と共通する構図

横浜市コンプライアンス顧問在任中だった今年6月25日の記事【横浜IRをコンプライアンス・ガバナンスの視点で考える】では、地方自治コンプライアンスの観点から、横浜市のIR誘致問題を論じた。

その後、8月に行われた市長選挙では、野党系候補のみならず、菅内閣の現職閣僚を辞任して立候補し菅首相が全面支援した小此木八郎氏までが「横浜IR誘致取り止め」を公約に掲げ、当選して新市長に就任した山中竹春氏によって、IR誘致は撤回された。

横浜市は、事業者の公募を行い、海外のIR事業者等による2グループが応募のための資格審査を通過し、事業計画の提案を受けて、今年夏頃に事業予定者を選定するとしていた。相当な費用をかけて事業提案をしていた事業者グループ側に、大きな不満が残ったことは間違いない。民間事業者を巻き込んだ大規模な事業計画が不連続な形で終了することになったことは、自治体に対する信頼という面でも大きなマイナスであったことは否定し難い。

横浜市では、生産年齢人口の減少等による、消費や税収の減少、社会保障費の増加など、経済活力の低下や厳しい財政状況が見込まれており、将来の財源確保としてIR誘致が計画されていたが、それに代わる将来の財源確保に向けての施策は一から出直しを迫られることになった。

日本の地方自治体では、首長と議会議員を住民が直接選挙で選ぶという二元代表制がとられており、自治体の運営と意思決定は、首長と議会に委ねられている。その「二元代表制」と「民意」の関係の難しさが一つの大きな結果となって表れたのが、この横浜IR誘致をめぐる問題だった。

林文子前市長は、当初、「市の将来の経済成長に有効な手段で、導入に非常に前向き」との見解を示してきたが、2017年7月の市長選の半年前に「白紙」と立場を変えて選挙に臨んだため、対立候補側が「IR誘致反対」を強く打ち出したにもかかわらず、IR推進の是非は市長選挙の実質的な争点にはならず、林氏が三選を果たした。

ところが、2018年7月に統合型リゾート施設(IR)整備法が成立した後の2019年8月、横浜市は、山下ふ頭でのIR整備に取り組んでいく方針を公表した。

これに対して、IRに反対する市民運動が活発化し、住民投票を求める署名が法定数を超える19万筆も集まり、市に提出された。住民投票条例案が市議会に提出されたが、市議会は条例案を否決した。

カジノを含むリゾート施設を、市の中心部である山下ふ頭に整備する計画は、横浜市の財政状況に重大な影響を生じるだけでなく、ギャンブル中毒症、治安の悪化のおそれが指摘されるなど、横浜市民の生活にも重大な影響を及ぼし得るものだ。

それだけ重要な事業計画を進めることの是非が大きな課題になっていた時の市長選挙で、それが争点になることを殊更に避けるようにして、民意を問わず、しかも、その後、多くの市民から住民投票で民意を問うよう求められても、それに応えなかった。その結果、次の市長選挙後の、民意によるIR誘致断念につながった。

IR誘致を推進し事業者からの企画提案まで受けていた事業計画を、一転して断念したことは、横浜市の将来にとっても重大な禍根を残すものとなった。それは、根本的には、二元代表制において民意を問うことを蔑ろにした結果だと言えよう。

名護市長選挙と地方自治体コンプライアンス

このような横浜市の問題と同様の構図で来年1月16日告示、23日投開票の市長選挙を迎えようとしているのが、普天間米軍基地の辺野古への移設工事が進められている沖縄県名護市だ。

前回2018年2月の市長選では、自公推薦の渡具知武豊(とぐち たけとよ)氏が、辺野古移設問題については「国と県の裁判を見守る」として、敢えて選挙の争点にせず、市民生活の向上や経済振興などを公約として掲げて当選した。市長就任後、基地移設のための埋立て工事を容認する姿勢をとり、2018年12月には埋立て海域への土砂投入が開始された。

ところが、その後、埋立て予定海域の面積全体の70%以上が「軟弱地盤」であることが判明した。沖縄防衛局は、2020年4月に、およそ7万1000本の杭を海底に打ち込んで地盤を強化する改良工事を行う「工法の変更」の承認を沖縄県に求めたが、同年11月、玉城知事は、「事業実施前に必要最低限の地盤調査を実施せず、不確実な要素を抱えたまま見切り発車した」と指摘し、工事方法の変更を承認しないことを通知した。

普天間米軍基地の移設問題は、1990年代から紆余曲折を経て、移設先が辺野古海域に決定された経緯があり、その地元の名護市も、移設への賛成・反対で揺れ動いてきた。

もともと、市街地に立地する普天間米軍基地の周辺住民への危険を除去することを目的とするだけに、沖縄県民全体でも様々な意見があり、辺野古移設の是非の問題は、なかなか簡単に結論が出せる問題ではない。名護市民にとっても、海域埋立てによる環境破壊の恐れがある一方で、移設に協力することで、市や地域への交付金や、移設工事に伴う地元企業への発注によって得られる利益などもあり、賛成・反対をめぐる議論の構図も複雑だ。

しかし、渡具知市長が市長に就任後、軟弱地盤の存在が明らかになり、沖縄県が工法変更を不承認とするなど、従来どおりに埋立て工事を続行することの是非に関して重大な問題が生じている。しかも、この軟弱地盤については、埋め立てを開始する3年前の2015年に、防衛省は、地質調査した業者から地盤の問題や沈下の懸念を伝える報告を受けていたことが明らかになっている。

軟弱地盤の改良工事は過去に例がないほど大規模なものとなり、技術的にも難易度が高く、工事期間もさらに12年以上かかるとされている(2020年12月3日放映のNHK「時論公論」によれば、アメリカの有力なシンクタンク、CSIS=戦略国際問題研究所の報告書では、工期の延長や費用の高騰に触れ、「完成する可能性は低いと思われる」としている。)。しかも、防衛省が工事に重大な影響を及ぼす事実を隠蔽していたことが明らかになったことで、移設工事の実施主体と地元住民との間の信頼関係を根本から損ないかねない事態になっている。

果たして、従来の方針どおりに移設工事をこのまま進めることが、名護市・沖縄県のみならず日本の社会全体にとって本当に適切なものと言えるのか、についても疑問が生じており、その名護市で行われる来年1月の市長選挙で、どのように「民意」を問うかが極めて重要なものとなっている。

「名護市にとっての辺野古移設問題」と、「横浜市にとってのIR誘致問題」の比較

この問題を、地方自治のコンプライアンスの観点から、横浜市でのIR誘致をめぐる問題と比較して考えてみよう。

大きな違いとして、横浜市にとってのIR誘致問題は、地域整備計画の実施の主体が「横浜市」であり、その実施は横浜市の決定にかかっているのに対して、名護市にとっての辺野古移設は、「国」の事業であり、地元自治体としては、同意するかどうかの問題であるという点に相違がある。しかも、名護市は、その移設計画に対して2006年の島袋吉和市長時代に同意している。

しかし、移設工事については、上記のとおり、移設海域に広範囲に軟弱地盤が存在することが隠蔽されたまま埋立て工事が開始された、という重大な事実が明らかになっており、それまでの同意には「瑕疵があった」とも言える。名護市にとって、工事続行に対して同意を継続してよいのか、民意を問うべき重大な問題だ。

しかも、移設工事の施工の可否について、法的にも名護市側の意思に係る点がある。

辺野古沿岸海域の埋立てのためには、そこに流れている河川の水路の変更が必要となるが、この工事の対象には、名護市の所有地を含んでいる。本来、国が工事を行うためには市有地を購入することが必要であり、そのためには市議会の承認が必要となるが、国と現在の名護市は賃貸借契約で済まそうとしている。工事によって恒久的に国が使用することになる土地使用を賃貸借契約で認めることができるのか、という点には問題があり、その是非は、名護市の判断にかかっている。辺野古移設についての名護市の「同意」が、法的に決着済みの問題と言えないことは明らかだ。

一方、最大の共通点は、「横浜市にとってのIR誘致問題」も、「名護市にとっての辺野古移設」も、それぞれ、当該自治体の将来にとって、社会的・経済的に重大な影響を生じるものであり、住民自治の観点からも、自治体の住民にとって、その是非の選択は極めて重要だということだ。

前記のとおり、横浜市がIR誘致を推進する理由としてきたのは、生産年齢人口の減少等による、消費や税収の減少、社会保障費の増加などに対応するための将来の財源確保であった。将来の財源確保のメリットと、カジノを含むIRの誘致によるギャンブル依存症の増加、治安悪化の懸念等のデメリットについてどう考えるかが、この問題をめぐる議論の中心だった。

一方、名護市にとっても、辺野古移設への協力によって名護市に財政上のメリットが与えられることが移設受入れの大きな理由とされてきた。

前回の2018年の市長選挙で渡具知氏が公約に掲げた「市民生活の向上や経済振興」などの公約も、辺野古移設への受け入れに伴う国からの交付金収入を前提としていた。実際に、それまで移設反対だった前市長の時代には、「在日米軍の再編による負担を受け入れた市町村」に交付される「米軍再編交付金」の交付が停止していたが、渡具知氏が市長選挙に当選して市長就任後にただちに復活し、それ以降、年間約15億円が交され、同市における給食費無料化等の財源とされてきた。

渡具知市長の辺野古移設問題への対応

 前記のように、渡具知氏は、前回2018年の市長選で、辺野古移設問題を、「国と県の裁判を見守る」として敢えて選挙の争点から外し、市長選に勝利した。しかし、同氏が、実際には移設受入れの方針であり、その見返りとしての交付金で市民生活の向上や経済振興を図ることを実質的な公約としていたことは、市長就任後、再編交付金をただちに受けたことからも明らかだ。

問題は、市長選での公約を実現するための財源確保は移設受入れが前提であることを市民に示して選択を求めるべきであるのに、その点を市民に明確に示さず、移設問題について態度を曖昧にしたまま、前回市長選での有権者の選択が行われたことだ。

その結果、渡具知氏の市長就任後に、仲井眞弘多知事時代の辺野古海域の埋立て工事の承認を翁長雄志知事時代に取り消したことについての国との訴訟で県が敗訴したことを受け、辺野古移設工事は一気に加速し、海域への土砂の搬入が開始された。その後に、広範囲の軟弱地盤の存在が明らかになっても、名護市は、沖縄防衛局に対して説明を要求することすらしておらず、それまでの隠蔽に対しても厳しい態度はとっていない。

埋立て海域の軟弱地盤が明らかになったことによって、移設問題は新たな局面を迎えているのに、渡具知市長の下での名護市のこれまでの対応は、立地自治体として本来行うべきことが行われているとは言い難い。そこには、前回市長選の際に民意が正しく問われていないことに根本的な問題がある。

渡具知市長は、再選をめざして来年1月の市長選への立候補を表明しているが、「国と県による係争が決着を見るまでは、これを見守る」と述べ、依然として、辺野古移設への賛否を明言せず、子育てや教育、女性の働きやすい環境の支援、街の活性化など五つの柱を掲げている。

そして、官房長官時代に辺野古移設を積極的に推進し、前回、市長選でも渡具知氏を強力に支援した菅義偉前首相が、12月初めに沖縄を訪れ、「辺野古移設は争点にならない」「医療や保育など身近な問題についての審判になる」との見方を示した。

しかし、「国と県による係争」と言っても、「仲井眞知事時代に一度有効に行われた承認を、翁長知事が取り消すことができるか」が争われていた前回市長選の時点での「国と県の訴訟」と、「埋立て海域の広範囲の軟弱地盤が明らかになったことに伴い、国が、新たに埋立て工法の変更を行うことについての申請を県が承認せず、国が争う」という現時点での「国と県との係争」とは大きく異なる。

しかも、前記のNHK「時論公論」によれば、軟弱地盤の深さは場所によって違い、固い地盤も入り組んでいるという。改良工事後も時間の経過につれ地面の高さが均一にならず、いわば「段差」のようなものが生じることが想定され、防衛省は、20年間で2回から4回ほどの補修を行う必要があると試算しており、これに対し沖縄県は、基地として使い物にならず補修の費用も莫大になり、周辺の自然環境に悪影響を及ぼす可能性も指摘しているとのことだ。

今後埋立てが予定されている辺野古・大浦湾の海域は、ジュゴンや青サンゴの生息地で、2019年には、米国NGOのプロジェクトで日本初の「ホープスポット」(希望の海)にも認定されている。軟弱地盤の改良工事の状況如何では、その貴重な自然環境が回復不可能な程に破壊される危険もある。

そして、何より重要なことは、このような軟弱地盤の存在について、防衛省側は2015年から把握していたのに、埋立て工事での土砂投入の時点でも、沖縄県・名護市に隠蔽していたことだ(もし、渡具知市長側には内々に伝えられていて、それを市民に隠蔽していたとすれば、一層重大な問題だ)。仮に、埋立て工事を続けるとしても、過去に例がない海底90メートルもの深さへの杭打ちによる地盤改良工事が、当初の想定どおり進捗しているのか、想定外のトラブルが発生していないのかなどについて、地元自治体に対して、逐次正確な報告を行う必要がある。しかし、これまでの隠蔽の経過からして、このままでは、防衛省がその報告を迅速適切に行うと信頼することは不可能であろう。

それにもかかわらず、辺野古移設のための埋立て工事の問題が重大な局面を迎えているこの状況においても、渡具知陣営は、移設受入れの見返りとしての再編交付金等で市の財源を確保して市民生活の向上や経済振興を図ろうとする一方で、表面的には、前回市長選挙と同様、移設受入れを継続する方針であることを明言せず、それを争点から外して市長選に臨む態度をとり続けているのである。

 

横浜市IR誘致問題との比較で考える

横浜市のIR誘致の問題も、8月の市長選で山中氏が当選して市長に就任し、誘致が撤回されたからと言って解決されたとは言えない。

前回、2017年市長選の際に、IR誘致の是非が争点とならなかったことで、カジノを含むIRを誘致することによる将来の財源確保のメリットと、ギャンブル依存症の増加・治安悪化の懸念等のデメリットとの関係についての議論は行われなかった。

その市長選で3選を果たした林前市長は、2年後、山下ふ頭でのIR整備に取り組んでいく方針を公表したことから「市民を騙した」と市民からの反発を招き、その後IRに反対する署名活動の活発化につながった。そして、今年8月の市長選でも、前記のとおり、菅首相が全面支援した小此木候補までもが「IR誘致反対」を打ち出したことで、IR誘致は困難となったが、IR誘致に代わる将来の財源確保に関する議論は殆ど行われることはなかった。

IR誘致即時撤回を掲げて市長に当選した山中氏は、選挙公約として、「75歳以上の敬老パス自己負担ゼロ」「子どもの医療費ゼロ」「出産の基礎的費用ゼロ」という「三つのゼロ」を掲げていた。しかし、その財源として示していた「劇場建設取り止めによる613億円の財源確保」は、実際には、劇場建設が事業化も予算化されておらず、取り止めても「財源確保」にはつながらない。そのことを、市長就任後に市議会で指摘され、「公約として不適切だった」と認めて陳謝するに至った。

結局のところ、IR誘致をめぐる一連の騒ぎは、横浜市に、大きな混乱と停滞をもたらしただけで、地方自治体の将来の糧になるものは何一つなかった。

このような横浜でのIR誘致をめぐる議論の経過は、二元代表制の地方自治において、実質的な判断材料を提示した上で「民意」を問うことがいかに重要か、そして、それを疎かにした地方自治が、いかに大きな禍根を残すのかを示すものと言えよう。

渡具知市長に対する「消防庁舎跡地売却」をめぐる疑惑

名護市の渡具知市長は、2018年市長選挙以降の名護市の辺野古移設問題への対応に重大な問題があったにもかかわらず、今回の市長選挙でも、前回と同じように、移設受入れを継続する方針であることを隠し、移設問題を争点から外して、市長選に臨もうとしている。

横浜市のIR誘致をめぐる前回市長選以降の対応が横浜市に大きな禍根を残したのと同様、名護市においても、辺野古移設問題への対応が、市長選で民意を問うことなく続けられることは、地方自治体のコンプライアンスとして重大な問題があると言わざるを得ない。

とは言え、市長選挙というのは、本来、4年間の任期、市政を委ねる人物を選ぶものなのだから、名護市民の多くが、現市長は私益を図ることなく市民の利益を最大限に追及する信頼できる人物だ、と判断するのであれば、辺野古移設問題に関して地方自治体としてのプロセスに問題があったとしても、現市長を選択することもあり得るであろう。

しかし、渡具知市長については、市の財産処分に関して親族が関連する企業に利益を図った疑惑で市議会の追及を受けている。「市民からの信頼」という面では、その問題に対する説明責任を果たすことが不可欠だ。

それは、名護市の「旧消防庁舎跡地等売却事業」について公募型プロポーザル方式で事業者を募集した結果選定された事業において、土地買受主体になる会社が、市長と個人的な関係がある会社であったという問題だ。

公募に対してA・Bの2者が応募し、土地の買取価格はBがAより1億3000万円安かったにもかかわらず、事業内容のプロポーザルの内容で評価され、市議会の承認を得てBが事業者に選定された。議会承認の際、Bの提案では土地買受の主体は「名護市に所在する新設法人」とされていたが、実際には、隣接する町に所在していた渡具知市長の親族が常務執行役員を務める会社が名護市に本店を移転した会社であることがわかった。それについて、市議会で、公募や買受企業の選定の手続、市長とその企業との関係などが追及され、市議会に地方自治法100条委員会が設置され、非公開の手続で調査が行われている。

市長と関連がある会社が買受主体として予定されていたのに、それを殊更に秘匿して事業者の選定について市議会の承認を得たとすると、議会承認の手続に重大な問題があると言わざるを得ない。そして、そのような問題への渡具知市長の関与についても疑念が生じることになる。

市有地の売却によって市長の親族企業の利益を図った疑惑に対して、渡具知市長には、市長選に際し、十分な説明責任を果たし、市民の疑念を払拭することが求められる。

それを果たすことがなければ、前回市長選以降の対応の経緯に重大な問題がある辺野古移設問題を、市長選の争点から外したまま、対応について一任を取り付けることなど許されないのは当然である。

全国民が注目すべき名護市長選挙

広範囲の海底軟弱地盤の改良工事を伴う埋立て工事が、最も近い立場の名護市の住民の意思・判断を反映されることなくこのまま進められた場合、工期やそのための費用が想定を大幅に上回り、結局、今後12年以上もの期間をかけても工事は完成せず、辺野古・大浦湾の自然環境の破壊をもたらすだけという破滅的な結果につながることも、あり得ないではない。

来年1月23日の名護市長選挙は、「地方自治体が重大な影響を受ける大規模工事における“民意”の問い方」、「現職市長をめぐる疑惑に対する説明責任」という地方自治体のコンプライアンスの重要事項に関わる問題であるだけでなく、それが正しく行われるかどうかは、名護市民のみならず、沖縄県民、そして、日本の国民にも重大な影響を生じさせる。

国民全体が、この選挙に大きな関心を持って、市長選をめぐる争いを注視していく必要がある。

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冤罪と戦いつつ美濃加茂市政奪還を目指す藤井浩人氏と、再選出馬表明伊藤市長の「刑事再審」への誤解

来年1月23日の美濃加茂市長選挙に向けて、2017年12月に執行猶予付き有罪判決が確定し、その執行猶予期間が2020年12月に満了した藤井浩人前市長が、12月13日に立候補の意向を表明した。藤井氏は、収賄冤罪事件について、既に名古屋高裁に再審請求を行っている。

一方、現職伊藤誠一市長は、昨日(12月17日)市長選挙への出馬会見を行った(会見内容については、岐阜新聞12月18日朝刊による)。

伊藤氏は、藤井浩人氏が収賄冤罪事件で逮捕・起訴された時、市長室内で市長を直接支える総合戦略室長として、藤井氏の逮捕直後から弁護活動を続けてきた私とも頻繁に連絡をとり、不当な警察捜査・検察の起訴に惑わされることなく藤井市政を継続できるよう、粉骨砕身してくれた人だ。藤井氏有罪が確定し、市長失職となった際に副市長であった伊藤氏は、藤井市長の要請で、敢えて市長職を引き受けてくれたことにも、「藤井市政への継続」への熱い思いを感じた。伊藤氏が、昨日の会見で、その時の「美濃加茂市に帰ってきて頂きたいというのが、その時の正直な思いだった」と率直に述べたのは、伊藤氏の誠実な人柄によるものだろう。

その伊藤氏が、ようやく藤井氏が公民権停止期間も終わり、市長への復帰をめざせることになった時点で、藤井氏の対立候補として再選をめざして市長選に出馬すると聞き、複雑な思いだ。伊藤氏の4年間の市長職で図らずも生じてしまった「市政にまとわりつく利権勢力とのシガラミ」によるものなのだろうか。

伊藤市長は会見で、

「再審請求と市政運営を同時に進めるとなると、庁舎を離れた行動も出る。(裁判に専念する時間もあり)、市政運営に緊張感を生むのでは」

と発言した。藤井浩人氏が冤罪であることを、美濃加茂市の中で誰よりも確信しているからこそ、今すぐにでも、「再審裁判」の手続が始まると考えての発言だと思うが、そこには、「刑事再審」という手続についての大きな誤解がある。

先月末、再審請求書を名古屋高裁に提出し、受理されたが、まずは、来年3月までに提出される検察官の意見書を待つことになる。その後、裁判所で、再審を開始すべきかどうか、再審の請求の理由についての審理が行われるわけだが、いつ、どのような事実取調べ始まるのかは、全くわからない。事実取調べが始まったとしても、対応するのは検察官と弁護人で、請求人本人は、手続には全く関わらない。名古屋高裁で、「再審を開始すべきだ」という判断である「再審開始決定」がいつ出るのかも、全くわからない。

藤井氏本人が再審の手続に直接関わることがあるとすれば、それは、「再審開始決定」が出て、それが確定し、実際に「再審裁判」が開始された時である。我々は、一日も早く実現したいと考えているが、日本の刑事再審の現状からすると、実際に再審裁判が始まるとしても、まだまだ先の話だ。

ということなので、伊藤氏が言う「再審と市政運営との緊張関係」というのは全くの杞憂だ。

伊藤市長ですら、このような誤解をすることの背景には、刑事事件で執行猶予付きの有罪判決が確定し、その執行猶予期間が満了したことの法的な意味と、社会的事実として「冤罪」を訴えることとの関係が、十分に理解されていないことがあるように思う。

その関係について、少し整理して解説しておきたい。

刑法27条で

「刑の全部の執行猶予の言渡しを取り消されることなくその猶予の期間を経過したときは、刑の言渡しは効力を失う。」

とされている。執行猶予期間が満了すると、法的には、執行猶予判決を受けたことの効力はなくなる。履歴書の賞罰欄に前科を書く必要もなく、各種資格取得の際の提出書類などで前科を申告する必要も法的にはない。政治家として、公職の候補者として活動する上でも法的には全く問題はない。

藤井浩人氏は、法的には、美濃加茂市長に初当選した際と同じ状態であり、市政に取り組んでいくことについて何ら障害はない。

ただ、執行猶予期間が満了して、法的には言渡しの効力がなくなっても、美濃加茂市長になる前の市議時代の収賄事件で有罪判決の言渡しを受けたという事実自体は消えない。

その「有罪判決の事実認定が誤っている」ことを、藤井氏はずっと訴えてきた。一審判決は、証人尋問、被告人質問など詳細な事実審理の結果に基づいて正しい事実認定をし、無罪の判決だった。その一審の判断を覆した控訴審の有罪判決が誤っていることは疑いの余地のないものだが、刑事事件で一旦「誤判」の裁判が確定してしまうと、過去の事実としての「誤判」を裁判手続で明らかにする方法は「再審」しかない。

今回、その「誤判」である有罪判決を覆す新規・明白な証拠が得られたので、再審請求に至ったものだ。

藤井浩人氏が無実で潔白であることは、これまで、彼の冤罪を晴らすことを支え続けた多くの有力弁護士が確信している。今回の再審請求は、弁護人として、逮捕直後から主任弁護人として弁護を担当した私のほか、元東京高裁部総括原田國男弁護士、刑事弁護で著名な喜田村洋一弁護士も加わってくれている。

しかも、想定外の控訴審逆転有罪判決以降は、上告審、民事訴訟、再審請求と、多くの弁護士が、経済的に苦境にある藤井氏の冤罪を何とか晴らしたいという思いから、ほとんど報酬も受けず、冤罪を晴らすための活動に当たっている。「この事件は冤罪だ」という強い確信がなければ、このようなことはあり得ない。

一旦確定した有罪判決を「再審」という刑訴法の手続で覆し冤罪を晴らすことは容易なことではないが、真実を明らかにするための藤井氏の闘いは、しっかり支えていきたいと思う。

そのような「真実を明らかにしていくための闘いを続けること」と、藤井氏自身の「市長職に復帰して美濃加茂市民のために市政を担っていくこと」とは全く別の問題だ。

我々弁護団が再審開始に向けて闘う一方で、藤井氏が、一日も早く美濃加茂市長の職に復帰し、市民のための市政を実現することを望んでいる。

それにしても、若き市長を支え、不当な警察・検察の捜査・起訴にもめげす藤井市政の継続に尽くし、失職に追い込まれた市長に代って市長を引き受けてくれた伊藤氏が、「藤井市政」ではなく「伊藤市政」の継続をめざして選挙に臨まざるを得ないことに、今なお残る「地方自治の闇」のようなものを感じるのは私だけだろうか。

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山中竹春横浜市長、請願審査委員会での追及に「虚言」連発。市長の存在自体が「横浜市民にとっての”災難”」

 12月15日、私が横浜市会に行った「横浜市大への不当圧力問題」の事実解明等の請願が付託された政策・総務・財務委員会で、花上喜代治、今野典人議員の出席、市大の小山内いずみ美理事長、相原道子学長の参考人としての出席、そして、山中竹春市長の「説明員」としての出席の下、請願審査が行われた。

 市長が「説明員」として市会常任委員会に出席するのは、中田宏市長時代の2003年以来18年ぶりであり、しかも、市長選挙の直前に、市会議員とともに、横浜市大に「大学の自治」を侵害する不当な圧力をかけた重大な疑惑の当事者としての出席だったことで、その答弁の内容が注目された。しかし、2時間半にもわたる質疑に対する答弁は、自分の言いたいことを一方的に述べただけで、客観的に明白な事実についても「記憶にない」と答えたり、定例会見での自らの発言とも齟齬する「言い逃れ」を重ねるなど、誠実に答弁する姿勢は全くなかった。

 私が、市長選挙前に、山中竹春氏の「市長としての適格性」に疑問を持ったのは、直接、間接に山中氏を知る人達から、彼の専門性、パワハラ体質、経歴詐称の疑いなどの様々な問題についての情報提供があり、「絶対に横浜市長にしてはならない人物」であるとの真剣な訴えがあったこと、医療情報学、データサイエンスの専門家、医師など様々な立場の人達からも、山中氏に関する公表資料から、能力・資質等に対する根本的な疑問があるとの声が寄せられていたことからだった。市長就任以降も、山中氏に関する問題を繰り返し指摘してきた(【「市長選問題」から「横浜市政の重大問題」となった“山中竹春氏のウソと恫喝”】など)。

 今回の答弁で、山中竹春という人物が横浜市長であることが横浜市民にとって「災難」であることが明白になったと言えよう。 

 請願審査の対象になっているのは、次のような問題だ。

 山中氏は、2021年6月30日に、横浜市大教授、学長補佐大学院研究科長を退職し、同年8月の横浜市長選挙への立候補の意志を表明した後の7月19日から24日の間に、今野市議及び花上市議とともに、市大側に対して、同年6月16日に理事長、学長名義で全教職員にメール送付された学内文書の「山中先生とは連絡がつかない状態が続いている」との記載があったことに抗議し、7月26日に、理事長・学長名で、訂正・謝罪させる学内文書を全職員にメール送付させた。

 7月24日の土曜日の朝に、小山内理事長らを市役所市議会棟に呼び出した際には、「連絡がつかない状態」は事実無根であり、「上司である林市長に忖度し、対立候補の活動を妨害するものだ」などと述べて非難し、理事長・学長名での上記6月16日付け文書の訂正・謝罪を含む学内文書の発出を要求し、「市民にSNSやインターネット上で不誠実を知ってもらった方がよいとも考える」「コンプライアンス違反で訴え厳正に対処することも考えている」などと、理事長らを威迫するような発言をしたことが、請願審査において提出された市大側作成の「面談記録」から明らかになっていた。

 昨日の委員会では、山中氏が出席する前の、花上、今野市議に対する質疑で、今野市議は、小山内理事長らへの発言は、ほとんどが山中竹春氏であったと述べた。そして、山中氏と同時に参考人として出席した小山内理事長は、7月24日の山中氏らとのやり取りは、それらの発言を記載した面談記録のとおりであったと明言した。

 つまり、7月24日面談での上記のような山中氏の小山内理事長らに対する発言は、客観的に明白になっていたのである。

 ところが、山中氏は、「上司である林市長に忖度し、対立候補の活動を妨害するものだ」「SNSやインターネットで理事長・学長の不誠実を市民に知らせる」「コンプラ違反で訴える」などと述べたことについて、その趣旨について質問を受けたのに対して、「記憶にない」と述べ、「面談記録は一字一句正確とは限らない」との発言を繰り返した。

 そもそも、山中教授の市長選出馬意向が一斉に報じられた6月16日の学内文書発出の時点では、自民党市議団が市長選挙で現職の林市長を支援しない方針を明らかにしており、林市長出馬の可能性は低いと見られていた。「林市長への忖度」などというのは全くの言いがかりだ。そのような因縁をつけて、市会議員とともに、学内文書の訂正・謝罪を求めたことが不当圧力として問題にされている。その問題の核心である「市長に忖度した」との発言について問われても、山中氏は「記憶にない」と言って「かわす」のだ(私が、市長選挙の際に公開した、山中氏の市大取引業者の【恫喝音声】の最初は、「結局ねーかわすじゃないか君は」との言葉から始まる)。

 一方で、直前まで、市大教授、学長補佐の立場にあったのだから、自分で理事長に連絡をして学内文書の訂正を求めれば済むことなのに、なぜ、市会議員を通じて、市大理事長との面談を求めたのか、と問われると、自分の行動の正当性を強調したいのか、「市大を退職して一私人になった人間にとって、市大の経営トップの理事長に会うことがいかに難しいことかを御理解頂きたい」などと述べ、「一私人の立場では困難だったから市会議員という政治家を使って面談を求めた」こと、面談のためには政治的圧力が必要だったことを事実上認めるのである。しかも、それを何回も繰り返し述べるのである。このような発言を行う思考回路は異常というほかない。

 そして、何より、驚愕したのは、山中氏は、9月に、同じ常任委員会でこの問題の請願審査が始まった前後の市長定例記者会見で自らが発言したことと全く異なる答弁をしたことだ。

 9月17日の会見では、フリーのジャーナリストの畠山理仁氏の質問で、以下のようなやり取りをしている(横浜市HP「市長定例会見」)。

記者:

横浜市大のメール問題について伺います。事実確認をさせていただきますが、6月29日の出馬表明会見で、現在は元教授という立場で良いかという質問に対して、2週間前、つまり6月15日に辞職の意思をお伝えし、先週退職届を出したところです。辞表も受理されているとおっしゃっています。それで、昨日の本会議で、6月16日に横浜市大が出した、連絡が取れない状況が続いているというメールの内容について、連絡が取れないということはなかったと明言をされました。その上で伺いますが、辞職の意思を伝えたのは、どなたにお伝えになられたのか。また、6月16日の文書に連絡が取れない状況が続いていると書かれていたということは、つまり学長または理事長のいずれかが嘘をついていたと主張されるということでよろしいんでしょうか。

市長:

出馬表明は6月29日だったと思いますが、その時は2週間ぐらい前と言っていた、日にちは明示しなかったと思いますが、私が辞意を表明したのは、6月18日の金曜日の夕方から夜にかけてです。理事長にご連絡を差し上げました。6月16日にこのようなメールを一斉に出され、その時はまだ調整中という段階でしたが、このようなメールもあり、立候補前でしたが、6月18日に辞意を伝えざるを得なくなったというのが実態です。

 ここでは、「6月18日の金曜日の夕方から夜にかけて、理事長に連絡して辞意を伝えた」ということを明確に述べている。

 しかし、そうなると、学内文書が発出された16日の翌日の17日に東京新聞(【横浜市長選、IR反対派の横浜市大・山中教授が出馬意向】)、18日には神奈川新聞の取材に応じて「立憲民主党などの野党勢力の推薦や支持を得られれば出馬する意向」を明らかにしていることとの関係が問題になる。

 理事長・学長が、連絡がとろうとしても電話がつながらずに焦っていたのと殆ど同じタイミングで、山中氏は、東京新聞の取材に答えて出馬の意志があるとコメントしていたのである。  

 9月30日の会見では、読売新聞の記者から、6月16日に市長選への出馬の意向が報じられた後のマスコミへの対応等について質問され、以下のように答えている。

記者:

16日に、不誠実と思われるということで訂正を求めたということですが、おそらく17日か18日に山中市長の方から横浜市大に連絡をしたかと思いますが、その前の16日にマスコミの取材に応じて、17日の紙面になっているわけですが、横浜市大への連絡よりも先にマスコミ対応を優先したのは何か理由があるのでしょうか。

市長:

16日にマスコミの対応をしたとは、どちらの。

記者:

東京新聞さん

市長:

東京新聞さん。そちらは私の電話宛てにコンタクトがあり、出てお話をさせていただいた次第です。

記者:

それより前に横浜市大に連絡するということはお考えにならなかったのでしょうか。

市長:

その時新聞さんにも申し上げたとおり、まだ私自身は候補者として選定されるかどうかが未確定の状態でした。実際に様々な過程を経て、最終的に29日に立候補させていただいたわけですが、記者さんに申し上げましたが、そのような事実、そのような予定はあるのかと言われまして、もし皆様のご了承が得られれば、関係各位の立候補を考えていますということを回答したと思います。

 この会見では、理事長・学長が、山中氏に連絡がとろうとしても電話がつながらずに焦った末、学内文書を発出したのと殆ど同じタイミングで、山中氏が、東京新聞の取材に答えて出馬の意志があるとコメントをしたことを認めているのである。

 山中氏は、理事長・学長に自ら連絡をとろうともせず、一方で、マスコミの取材に対して出馬の意向を認めていた。その時点で「連絡がつかない状況が続いている」と記載した学内文書が事実無根だとして訂正・謝罪を求めることを正当化する余地は全くない。

 ところが、昨日の委員会では、山中氏は、なぜ自ら理事長・学長に連絡をとらなかったのかと質問され、

多くの電話がかかってきていたが、応対できる余裕がないほどの人生の岐路に立たされていたので、すべての電話に反応する余裕がなかった。16日に出馬意思が報じられたことを受け、翌17日に、理事長に辞意を伝えた。

と述べたのである。

 会見では「6月18日の金曜日の夕方から夜に」理事長に連絡して辞意を伝えたと言っていたのに、委員会では「17日」に伝えたと答弁した。

 6月18日の夕方から夜ということだと、東京新聞、神奈川新聞の取材に、野党側の推薦があれば出馬すると伝え、それが報じられた後に、理事長に辞意を伝えたということになり、大学への対応よりマスコミ対応を優先していたことは否定できない。

 ところが、委員会での答弁では、「人生の岐路に立たされ思い悩んでいた最中に、マスコミが出馬を報じ、理事長・学長名の学内文書がメール送付されたので、その翌日に学長に連絡して辞意を伝えた」と述べた。人生の岐路に立たされていたことから「致し方ない対応」だったと説明したのである。

 これが、市議会常任委員会に、18年ぶりに「説明員」として出席を求められて「横浜市長」の答弁である。市議会で質問されても、自分に都合の悪いことは、はぐらかし、その場凌ぎのウソを答える、という不誠実極まりない態度が露わになった。このような市長の姿勢を放置して、二元代表制の下での健全な市長と市議会との真剣な議論など到底維持できない。

 本日(12月16日)、開かれる委員会で、請願に対する採決が行われることになっている。山中氏の答弁はウソだらけで、市大側の説明とも大きく乖離しており、不当圧力問題の事実解明が十分に行えたとは到底言えない。

 しかし、説明員として常任委員会に出席した山中氏の態度を見る限り、再度常任委員会に出席を求めても、真摯な答弁を行うことは期待できない。そういう意味では、このまま請願審査を継続することに意味があるとも思えない。しかし、今回の請願について、地方自治法 100条による法的権限を伴う正式な調査をすることは容易ではない。

 今回の請願は、当初、市会議員2名による市大への不当圧力を問題にし、その後、山中氏が市会の本会議で自ら関与を認めたことから、請願の対象を市長の不当圧力に拡大したものだが、市会議員の問題としても市長の問題としても、地方自治法100条の法的権限に基づく調査になじまない面があることは否定できない。

 市会議員が主体であれば、「当該普通地方公共団体の事務に関する調査」として行うことに問題はないが、昨日の委員会審査で、2名の市会議員は、山中氏に依頼されて、市の当局を通じて市大側に面談を求めたというだけで、主体的な関与ではないことが明らかになった。市会議員としての行為について100条の法的権限による調査を行う程の案件ではない。

 他方、市長自身を主体と見ると、「市大教授を退職し、市長に就任する前、一私人であった時の問題」であり、「横浜市の事務」に関する問題とは言い難いことが、100条の調査を行うことの支障となる。

 しかし、横浜市会として放置できない問題となったのが、18年ぶりに「説明員」として出席した市長が、客観的に明白な事実についてもまともに答えず、定例会見答弁と齟齬する答弁まで行って、質問をはぐらかしたことである。その答弁の姿勢は、まさに市長と市議会との関係という「横浜市の事務」に関する重大問題である。この点について、今後、本会議等で追及するのは当然だし、その答弁如何では、委員会での答弁自体の問題について100条委員会の設置も十分に考えられるところである。

 山中氏の行為については、むしろ、請願書でも指摘した、「市民にSNSやインターネット上で不誠実を知ってもらった方がよいとも考える」「コンプライアンス違反で訴え厳正に対処することも考えている」などと「名誉に対する害悪」を加えることを告知して、市大理事長らに「義務のないこと」を行わせようとした刑法の強要罪の成立の方が問題である。この犯罪の嫌疑ついては、請願審査によって、上記の発言があったこと、それが山中氏のものであることが明らかになり、しかも、6月16日の学内文書が事実無根だとして訂正・謝罪することが「義務なきこと」であったことも明白になった。請願審査の結果を受けて、刑事事件としての捜査によって真相解明を図り、山中氏の刑事責任の有無を明らかにしていくべき案件だと言える。

 今回の不当圧力問題について山中氏を刑事告発することについての相談が、多数の市民や市大関係者から、私の元に寄せられている。

 今回の請願自体は不採択となるのも致し方ないと言えるが、請願審査を通じて、様々な事実が明らかになり、「山中市長」の本性が露わになったことも事実だ。今後の横浜市会側の対応を見守りつつ、刑事告発についての検討を進めていきたいと思う。

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立憲民主党代表選、候補者への「公開質問」~盛り上がりを欠く選挙に“喝!”

11月30日の立憲民主党代表選挙に向けて、候補者討論会などが行われているが、【(朝日)違いがないこと確認し合う会?立憲代表選の討論会、論戦低調の理由は】【(時事)4候補、主張に違い見えず 盛り上がり欠け、党内に失望も―立民代表選】などの記事でも指摘されているように、今一つ「緊迫感」がなく、盛り上がりに欠けているように思える。

衆院選で議席を減らしても絶対安定多数維持という結果を出した自民党ですら、「党改革実行本部」を立ち上げるなどして、党改革に本腰を入れる動きを見せているのに、自民党政権への批判が高まる中、有利な情勢と言われ、共産党との候補者調整も行われたのに、大幅に議席を減らし、「結党以来の危機」に直面している立憲民主党で、代表選で論戦の対象として、党の在り方の改革に向けての議論が盛り上がっているようには見えない。

私自身も、故仙谷由人氏をはじめ民主党所属の政治家の方々とは親交を重ね、2009年に発足した民主党政権では、総務省顧問・コンプライアンス室長、年金業務監視委員会委員長を務めたほか、その後の自民党安倍政権が長期化する中で、甘利明氏の斡旋収賄事件、森友・加計学園問題、桜を見る会問題での追及等で、安倍政権を徹底批判し、国会での公述人、参考人陳述や、野党ヒアリングなどで、野党に協力してきた。それもあって、今回の代表選挙には重大な関心を持ち、ブログ記事【「責任野党」は“見果てぬ夢”か ~15年前の「永田メール問題」から止まった時計】等で、「責任野党」としての在り方も論じてきた。

そのような経緯もあり、今週月曜日(22日)、代表選挙立候補者4名の事務所に、私のYouTube番組【郷原信郎の「日本の権力を斬る!」】に、対面またはオンラインで、上記記事等での私の意見も踏まえ、今後の野党としての在り方等について個別にご見解をお伺いしたいとして(各20分程度)、出演依頼を行った。

上記YouTube番組は、権力批判、政権批判の立場から独自の視点で行っているもので、視聴者には野党支持者も多く、各候補が短時間でも私との対談に応じてもらえれば、独自の視点からの論点を提起し、代表選を盛り上げることにもつながると考えて出演依頼を行ったものだが、小川淳也、西村智奈美、泉健太各候補の事務所からは、「日程がタイトなこともあり個別のご依頼は対応困難」、「代表選期間中は日程が殆ど隙間なく組まれている状態で対応できない」などの回答があった。逢坂誠二氏の事務所からは、11月24日午前中の期限までに返答はなかった。

残念ながら、代表選候補者とのYouTubeでの対談は実現しなかったので、4候補者への公開質問に切り替えることにする。

ちょうど、明日(11月25日)の午後、立憲民主党代表選のイベントとして、横浜市で街頭演説・討論会・会見が行われることが公表されている。

今年8月の横浜市長選での野党共闘候補の「圧勝」は首相退陣につながったが、それを受けての衆院選では、同様に野党共闘で候補者一本化が行われたにもかかわらず、「横浜市内のほとんどの小選挙区で敗北」という結果に終わった。

今回の枝野代表の辞任の原因となった衆院選敗北は、横浜市での一連の選挙に凝縮されている。

今回の衆院選で党創設者の枝野幸男氏が、日本共産党との共闘に大きく舵を切り、その結果敗北し引責辞任した。その「連携」「共闘」そのものが否定されるべきなのか、そのやり方・プロセスに問題があったのか、或いは、それを主導した党執行部のガバナンスに問題があったのか。それを考える上で貴重な題材となるのが、横浜市での一連の選挙の経過と結果だ。

立憲民主党の代表選挙で横浜市での討論・会見を行うのであれば、横浜市長選から衆院選に至る今年の一連の選挙のことは避けては通れない。

下記の公開質問のうち、(1)の「横浜市長選関連事項」は、横浜市での討論会、会見の場で、口頭でお答えいただきたい。(党本部にも、4候補への質問として取り上げることを要請する。)

そして、より根本的なのは、野党第一党として、「責任野党」としての組織の実体が伴っているのかという問題だ。 (2)の一般的事項は、【前記記事】でも述べた、15年前、民主党時代の「永田メール問題」で危機に直面した民主党に提言した「責任野党構想」の観点から、立憲民主党の在り方についての見解を問うものである。この事項については、11月26日までに、当事務所宛てに、書面でご回答頂きたい。

結党以来の危機に直面している立憲民主党、「今まで我々がやってきたことのどこがどう間違っていたのか」、正面からの議論、真剣勝負を期待するのは私だけではないだろう。この「公開質問」が、4候補に「喝!」を入れることになってほしい。

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《公開質問》

(1)横浜市長選挙関連

 今年8月22日に投票が行われた横浜市長選挙において、立憲民主党は、県連内部や市民団体などからの反対を押し切って、野党統一候補として、山中竹春氏を市長候補に擁立した。それに対して、コロナ医療についての専門性、経歴詐称、パワハラ疑惑など市長としての適格性に関して様々な問題が指摘されたが、説明責任を全く果たさないまま選挙に臨み、当時の菅義偉首相が全面支援した候補に圧勝した。代表代行の江田憲司氏は、同市長選を、「野党共闘によって政権交代をめざす選挙戦略のスタンダードとすべき成功事例」と述べていた。

 しかし、山中氏は、市長就任後、市長選の時から指摘されていた疑惑について、市議会、定例会見等で追及を受け、説明困難な状況に陥り、市議会も混乱した。それによって市長選で勝利した立憲民主党や日本共産党への信頼が失われたことが、衆議院選挙での敗北につながったとの見方がある。

 今後の立憲民主党の選挙対応を考える上で、横浜市長選での候補者選定の経過、候補者に関する問題の指摘への党としての対応等を検証する必要があるのではないか。

 そこで、上記のような問題の指摘を踏まえ、横浜市長選への立憲民主党の対応について検証を行うべきかどうか、イエスかノーでお答えいただきたい。

 (なお、上記質問は、代表辞任、代表選に至った立憲民主党の直近の選挙対応について問うものであり、国会議員として、横浜市政や市長の是非についての見解を求めるものではない。)

(2)一般的事項

 ア 政権追及の在り方について

「野党合同ヒアリング」を中心とする、従来の政権追及の手法の是非

問題があるとすればどのような点か、どのように改めるべきか

 イ 党の政策立案のプロセスについて

従来の手法に問題はなかったか

問題があるとすればどのような点か、どのように改めるべきか

 ウ 責任野党のあり方

「政権の受け皿」たり得る野党(責任野党)として、何が欠けていたのか

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「責任野党」は“見果てぬ夢”か ~15年前の「永田メール問題」から止まった時計

10月31日に投開票が行われた衆議院議員総選挙は、コロナ対策や東京五輪開催強行等で批判を受けた自民党に不利な状況であったにもかかわらず、野党第一党の立憲民主党は、選挙前の議席を大幅に減らす惨敗に終わった。敗北の責任をとって、枝野幸男代表は辞任を表明し、年内に代表選挙が行われることになった。

 8月22日の横浜市長選挙の投票日のブログ記事《【横浜市長選挙】山中竹春候補「圧勝」が立憲民主にもたらす“最悪の結果”》で、市長選での立憲民主党推薦候補山中竹春氏が「圧勝」しても、その後、早々に「市長不適格」が明らかになれば、コロナ禍に立ち向かうべき横浜市政の混乱を招き、立憲民主党への国民の期待が急速に失われ、それによって、野党第一党の同党が、自公政権に替わる「政権の受け皿」にはなり得ないことが露呈するという「最悪の結果」に終わると予想した。

 実際に、菅政権のコロナ失政への批判を追い風に「圧勝」したが、新市長に就任した山中氏は、疑惑に対して「説明不能」の状況に陥り、選挙で掲げた公約や今後の施策をめぐって、市長答弁の混乱が続くという惨憺たる状況を招いている。横浜市での立憲民主党の惨敗は、市長選挙での山中氏当選が横浜市にもたらした結果を受けた横浜市民の当然の判断だった。

 枝野代表の辞任を受けて行われる代表選挙で、新体制が決まることになるが、党創設者で、今回の選挙で共産党との共闘を進め、その結果敗北し引責辞任した枝野代表の辞任後、いったいどのような政党をめざしていくのか、方向性すら定まっていない。立憲民主党は、結党以来の危機に直面している。 

「永田メール問題」で結党以来の危機に遭遇した民主党

 15年余り前、2006年の「永田メール問題」の際も、野党第一党の民主党が「結党以来の危機」に遭遇するという状況となった。

 所属議員がライブドア事件に関連して、当時の自民党幹事長を国会で追及したメールが、「偽メール」であったことが判明し、民主党は厳しい批判を浴び、前原誠司代表以下執行部は総退陣に追い込まれた。

 この時、私は、桐蔭横浜大学コンプライアンス研究センター長として、様々な組織をめぐる問題への対応について「『法令遵守』ではなく『社会の要請に応えること』」としてのコンプライアンスの観点からの助言・指導を行う立場にあった。当時、民主党政調会長だった故仙谷由人氏から、永田メール問題への危機対応について相談を受け、赤松幸夫弁護士に、関係者のヒアリング等の調査を依頼し、その調査結果に基づいて、2006年4月に、「民主党責任野党構想」と題するレポートを仙谷氏に提出した。「責任野党」に対する社会の要請という観点から、民主党への提言をまとめたものだった。

 その冒頭で、私は、

今、民主党が、メール問題に関して国民から受けている批判と責任追及の大きさは、ある意味では、責任野党としての民主党への期待の大きさを示すものである。民主党には、無責任野党としての存在から脱却し、国政に関連する調査、政策立案、国会質問・追及などあらゆる面で責任を果たし得る日本初の真の責任野党を創造することが求められている。

と述べている。当時、危機に直面した民主党が、それを糧に、新たな党に生まれ変わって二大政党制を担う「責任野党」になること、その後に政権を担う党となることを期待し、レポートを仙谷氏に提出した。

 その15年の間、民主党は、「消えた年金問題」で国民から猛烈な批判を受けた自民党に代わって政権の座についたが、政権与党として国民の期待に応えることができず、再び野党に転落した。その後、第二次安倍政権の長期化、権力集中の中で、少数野党の地位に甘んじてきた。

 「責任野党」が政権を獲得して「責任与党」となり、「責任野党」と対峙する。それが繰り返されることによって緊張感を持った政治が行われるのが、衆議院の小選挙区制度がめざす「二大政党制」だったはずだ。

 民主党とその流れを汲むその後の野党第一党には、「責任野党」として何が欠けていたのか。15年を振り返って考えてみたい。

「民主党責任野党構想」での指摘・提言

 上記の「民主党責任野党構想」で、私は、以下のような指摘と提案を行った。

(1)「責任野党」に求められるのは、政府・与党の政策に対抗し得る具体的な政策を構築し、それを具体的かつ現実的な法案とその運用方針という形でまとめることができる「政策立案」と、現政権の政策に関する問題、政権を担当する政治家や官僚の腐敗に関する問題等を指摘し、具体的事実を明らかにする「国会の場での追及」の二つである。

(2)政策立案と追及を支えるのが事実調査である。優れた政策の立案は、的確な実情調査によって可能になり、政権側の腐敗等の問題についての追及も、事実関係についての的確な調査があって初めて可能となる。

(3)責任野党と「無責任野党」の違いのポイントは、三つのミッションのバランスがとれているか否かである。「永田メール問題」についても、このバランスに問題があった。現政権の政策ないし法制度の根本的な問題に根ざすものなのであれば、その一つ一つの問題を掘り下げて政策論争を行う中で、政策の歪みに派生する問題を取り上げることで、追及の目的も果たせたはずだが、追及だけが自己目的化し突出してしまった。

(4)「責任野党」には、 独自の政策立案と、それを裏付ける適切な調査を行い得ること、適切な調査による裏づけに基づく現政権の追及の両方を実現できる組織の構築が必要である。

(5)個々のテーマ・案件ごとに、「主任議員」とサポートする「応援議員」の双方からなるチームを組織し、チーム・プレーによって政策立案、追及及び調査を行う「主任議員制」(「主任議員」の選定は、経験年数、キャリア・能力、過去の「応援議員」としての活躍の程度などに応じて行う)を導入し、責任の所在を明確にすることを検討すべきである。

(6)重要な政策・立法マターに関しては、その分野における実務経験が豊富な関係者の「手弁当政策スタッフ」を募集して政策立案に参画させ、各分野の実情に即した政策の素案を作成することを検討すべきである。

(7) 政権追及のための調査に関しても、関係者からの情報提供を受け、それを情報提供者の秘匿、不利益防止を図りつつ活用するスキームを具体化し、公益通報的な情報提供を広く呼びかけることが考えられる。

(8)国会の場で責任野党に相応しい質問・追及を行っていくために、いかなる根拠に基づいてどの程度の追及が可能なのか、どのような発言であれば適切かつ効果的と言えるのか、チーム内で十分な議論と検証を行いつつノウハウを蓄積し、質問のレベルを向上させていく必要がある。

 仙谷氏は、この「責任野党構想」を受け止め、提言を民主党の改革に活用すべく、シンクタンクの設立などを行っていた。

 2006年4月というのは、それまで、検察に籍を置き、桐蔭横浜大学法科大学院に派遣されて、教授・コンプライアンス研究センター長を務めていた私が、検察庁を退職して、弁護士登録をして民間人になった時期だった。仙谷氏は、配下の中堅議員を集めて、私の弁護士登録を歓迎する小宴を設けてくれた。その際、紹介された議員の多くが、その後、民主党政権で閣僚となった。

小沢一郎氏の代表就任が与えた影響

 しかし、その後の民主党は、仙谷氏が考える方向で改革ができる状況にはならなかった。最大の原因は、メール問題で引責辞任した前原氏の後任を選ぶ代表選挙で小沢一郎氏が当選し、代表に就任したことだった。

 仙谷氏は、

「小沢体制になったために、党改革のために予算や人員が思うように回してもらえなくなった」

とぼやいていた。せっかく始まっていたシンクタンクによる政策研究の動きも止められてしまったとのことだった。

 弁護士登録をした私は、翌2007年1月に【「法令遵守」が日本を滅ぼす】と題する著書を公刊し、コンプライアンスのジャンルの本としては異例のベストセラーとなったこともあり、全国の企業・団体等の依頼で講演活動を行っていた。仙谷氏からは、様々な分野の問題について相談を受け、助言をしていた。まさに「仙谷氏のブレーン」のような存在だった。

 私は、仙谷氏への協力の度合いを深めていったが、一方で、政党組織としての民主党の党運営に関しては、小沢氏と対立関係にある仙谷氏の党内での発言権は低下し、小沢体制の下で、選挙戦略・政局戦略中心に事が進められていった。

 その頃、一方の与党自民党も、2007年2月に「消えた年金」問題が表面化して以降、国民の支持を急速に失っていった。同年7月の参院選で惨敗して、参議院での第一党の座を民主党に奪われ、政権の安定は大きく損なわれていった。

自民党の失策によって、民主党に転がり込んだ政権

 結局、その後の自民党は、2009年8月の総選挙で惨敗して政権の座から転落し、民主党が政権を担うことになった。

しかし、2006年からの3年間、野党第一党の民主党は、自民党への逆風で、流れに乗ったということに過ぎず、「永田メール問題」で露呈した党組織の問題は是正されていなかった。民主党は「責任野党」になることなく、政権の座につくことになった。

 その民主党政権が発足する少し前、同党代表の小沢一郎氏の秘書が「陸山会事件」で東京地検特捜部に逮捕された事件のために、仙谷氏とは急に疎遠となり、連絡を受けることもなくなった。民主党政権発足後は一度も話をすることはなかった。

 仙谷氏にとって小沢氏は、党内で対立する政治家というだけではなく、「仇敵」のような存在だったようだ。その小沢氏の「敵」である検察の陸山会捜査を痛烈に批判した。仙谷氏にとって、「敵の敵の敵」は「敵」ということだったのかもしれない。

 2010年に、検察が、大阪地検特捜部の証拠改ざん事件等の不祥事で信頼を失墜した際、法務大臣の下に設置された「検察の在り方検討会議」に委員として加わったが、それも、当時の柳田稔法務大臣とその周辺の議員から、「検察に厳しい検察OBの識者」として就任を打診されたもので、仙谷氏等の民主党執行部とは全く関係はなかった。

 民主党政権の間、私は、総務大臣に就任した原口一博氏とその後3人の総務大臣の下で総務省顧問・コンプライアンス室長を務め、14年3月まで、年金業務監視委員会委員長を務めた。それらの職務においては、その本来の職責である、政権側、関係省庁に対して、問題を指摘し、追及する姿勢で臨んだ。総務省コンプライアンス室長としては、民主党政権発足直後に二次補正予算で拙速に行われたICT関連補助金の不適正支出の問題を外部弁護士らによる調査チームを組織して解明し、大幅な減額措置をとらせた。年金業務監視委員会でも民主党政権下の厚労省や日本年金機構に関する様々な問題を取り上げ、厳しく追及した。

 その間、仙谷氏を含め民主党執行部の側とは、ほとんど話をすることもなかった。

 むしろ、【尖閣不法上陸への弱腰対応も、「検察崩壊」の病弊】などでは、検察の在り方とも関連づけて、民主党政権の尖閣問題への弱腰対応を厳しく批判したこともあった。

再び野党に転落した民主党、「責任野党」とはかけ離れた実態

 民主党政権は、東日本大震災、原発事故対応などでも厳しい批判を受け、2012年11月の衆院選で惨敗、民主党は再び野党に転落した。

 そして、第2次安倍政権が長期化する中、民主党は民進党となり、「希望の党騒ぎ」を経て、立憲民主党が野党第一党となり、今回の衆議院議員選挙に至った。その間、一貫して野党の支持率は低迷、自公両党が圧倒的多数の議席を占める状況が続いた。

 その間、国会で、野党は、甘利明氏の「政治とカネ」問題、森友・加計学園問題、そして、桜を見る会問題などで、安倍政権を追及してきたが、それらが、野党側への支持拡大につながったとは言い難い。

 15年前の私の指摘・提言に照らして、その後の野党を見ると、凡そ「責任野党」としての政権追及とは評価できない。むしろ、それが、「安倍一強」と言われる政治状況の長期化につながったとも言える。

 野党側の政権の追及では、必ずと言っていいほど「調査チーム」「追及チーム」などが立ち上げられ、マスコミフルオープンで公開ヒアリングが繰り返されてきた。しかし、それらは、単に何人かの議員が集まって、公開の場で関係省庁の官僚や関係機関の幹部を呼び出して詰問しているに過ぎず、私が「責任野党構想」で提案した「政権追及のための調査の組織の構築」とは全く異なるものだ。

 「調査」であれば、資料を入手し、それに基づいて、事実を把握し、その調査結果を必要な範囲で公表するという方法が、本来のやり方だ。そして、その調査の結果は、何らかの形で文書化して公表することが当然必要となるはずだ。しかし、野党側の「調査チーム」「追及チーム」で、調査結果が文書化されて公表されたという話は聞かない。公開の場のヒアリングをそのままネットで垂れ流すだけだ。

 追及のネタは、殆どがマスコミ報道によるものであり、独自のネタでの追及というのは、ほとんどない。独自に入手したメールによる国会での追及が「偽メール」によるものだったことがわかって重大な不祥事になった「永田メール問題」があったことで、独自に入手した情報での国会追及を避けるようになったのかも知れない。しかし、マスコミで報じられたネタを基に公開ヒアリングで官僚を問い詰めているだけでは、「追及の姿勢」を国民にアピールするパフォーマンスでしかない。

 しかも、野党の国会での追及の多くは、安倍首相など政権の主要人物の批判につながる直接的な事実を「主題」として、その疑いについて、執拗に追及を続けるというものだった。

 森友学園問題であれば、「安倍首相又は夫人の関与」が主題とされ、それがあったのか、なかったのか、という点が追及の焦点となる。加計学園問題では、加計学園の優遇について、安倍首相の指示や関与があったのか否かに追及のポイントが絞られ、国会質問でも、その点ばかりが取り上げられる。

 しかし、本来、国会の場で政権を追及するというのは、そういう単純な話ではないはずだ。

 例えば、加計学園問題については、【加計学園問題のあらゆる論点を徹底検証する ~安倍政権側の“自滅”と野党側の“無策”が招いた「二極化」】でも述べたように、単に、総理大臣が「腹心の友」に有利な指示・意向を示したか、という個別の問題だけではなく、その背景となった、規制緩和と行政の対応の問題、国家戦略特区をめぐるコンプライアンスに関する議論など、多くの重要な論点が含まれていた。国会での追及は、そのような点に関連づけて幅広く行っていくべきだった。しかし、実際の野党の追及は、そのような「政策」を意図することなく、安倍首相に対する個人攻撃ばかりを繰り返す「政局」的な追及に終始してしまった。

 政策面の問題に関連づけて政権追及を行っていくという「責任野党構想」とは真逆の方向であった。

 そのような安倍首相個人をターゲットにした「政局的」な追及も、首相側の対応の拙さもあって、長期政権のイメージと信頼を低下させることには相応の効果があり、内閣支持率が大きく低下する場面もあった。しかし、その時、決まって生じるのが、「内閣支持率の低下とともに、野党側の支持率も低下する」という現象であった。

 それは、政権への不信が増大し、国民が政権交代の可能性を現実に意識すると、野党側の追及姿勢に対する不信から、逆に、野党に政権を委ねることへの抵抗感が高まり、それが野党の政党支持率の低下につながったと見ることができるであろう。

「権力の一極集中」を解消するための野党への協力

 そうした状況の中でも、私は、野党側の政権追及には最大限の協力はしてきた。

 小選挙区制は、本来、2大政党による政権交代が行える政治状況によって、その本来の機能が期待できるものであり、一つの政権が長期化し、権力が集中してしまえば、官僚機構の劣化を招くだけでなく、与党内での民主主義的な議論形成にも重大な悪影響を生じる。そういう意味では、安倍政権の長期化・権力の一極集中は、何とかして解消しなければならないと考えてきた。

 野党が安倍政権追及の材料にしてきた、「政治とカネ」疑惑、森友・加計学園、「桜を見る会」問題など、殆どの問題について、私は、問題の本質に根差した政権批判を行ってきたし、野党の「調査・追及チーム」のヒアリングにも協力してきた。

 しかし、野党側は、私の主張の中の「本質的な部分」には耳を貸すことなく、単なる「安倍政権・安倍首相批判」の部分を都合よく利用しているだけだった。それが端的に表れたのが、甘利明氏の「あっせん利得疑惑」での政権追及だった。

「無責任野党」が行き着いた先としての今回の衆院選

 野党側の「政権追及」の姿勢が行き着いた先が、今回の衆院選の1か月前、岸田首相が甘利氏を幹事長に任命したことを受け、野党が急遽立ち上げた「甘利幹事長あっせん利得疑惑追及チーム」だった。

 連日のように、国会内で、関係省庁・URの担当者等を呼んでヒアリングを行っていたが、甘利氏の説明責任がいかなる根拠で生じているのか、「説明責任を果たす」というのがどういうことなのかも理解しないまま、的外れな質問が繰り返されていた。

 当時、甘利氏は経済再生担当大臣だったのに、行革担当大臣と取り違えたり、「参院選での自民党本部から河井夫妻への1億5000万円の資金提供」の問題を「幹事長として判断すべき事項」に関連づけようとして、「買収の共謀」と「買収目的交付罪」との区別もつかないまま、「決裁権者が買収の共犯に該当する可能性」について法務省担当者に執拗に質問したり、凡そ見るに堪えないものだった。このような「追及ヒアリング」をネットで流すことが有権者の支持につながらないことは明らかだ。

 それまでの疑惑追及の際のように、私に協力を求めてくれば、もう少し、まともな「追及」になったと考えられるが、私には全く連絡はなかった。それは、疑惑追及チームの中心になっている立憲民主党が、8月に行われた横浜市長選挙で当選した山中竹春氏について「説明責任を全く果たしていない」として、私から批判されていたからであろう(【横浜市長選、山中候補の説明責任「無視」の立憲民主党に、安倍・菅政権を批判する資格があるのか】)。

 また、立憲民主党の政策が、十分な議論と検討を経て策定されたものであることに疑問が生じた出来事があった。今回の衆院選の投票日の3日前に、立憲民主党の代表代行(経済政策担当)として同党の経済政策を取りまとめた江田憲司氏が、BSフジ「プライムニュース」に出演し、「NISA(少額取引非課税制度)、積立NISAにも金融所得課税を課税する」と発言し、その後、訂正・謝罪に追い込まれた。

 番組でのやり取りを見ると、江田氏は、そもそもNISAという制度自体を理解していないようにも見える。欧米と比較して個人の株式保有比率が低く、個人投資家の証券取引が少ない日本で、個人の証券取引を増やすことは重要な政策課題であり、NISA、積立NISAも、個人の証券取引の裾野を広げるために導入されたものだ。高額所得者の金融所得の課税の問題と、中間層への課税、少額投資家への課税、それぞれの在り方をきめ細かに議論していれば、江田氏のような失言はあり得なかったはずだ。

 「甘利幹事長あっせん利得疑惑追及チーム」も、「NISAへの課税」の発言も、立憲民主党の疑惑追及や政策立案について、国民の不信感を高め、選挙における支持の低下につながった可能性は否定できない。

「責任野党」に向けて時計が止まった15年間

 「永田メール問題」の危機に直面した時の民主党と、現在の立憲民主党を比較してみると、「責任野党」への道筋という面では、15年間、時計が止まっているように思える。

 「永田メール問題」を受けて民主党の抜本改革をめざしていた仙谷氏だったが、小沢体制になったことで、それが進めることができなくなった。1990年代に、「剛腕」で小選挙区制導入を実現した小沢一郎氏の存在は、野党第一党の民主党が、「二大政党」の一翼を担う「責任野党」になることを阻んだようにも思える。その小沢氏は、今回の選挙で小選挙区落選。「民主党」にとって一つの時代が終わったとも言える。

 そもそも、日本という国における政治風土・国民の考え方の下では、小選挙区制より、かつての中選挙区制の方が適しているとの意見も根強い。しかし、現在の小選挙区制で絶対多数を占める自民党が政権の座にある状況において、選挙制度の変更は現実的には考えにくい。

 今の状況では、“見果てぬ夢”のようにも思えるが、二大政党制を担いうる「責任野党」に出現してもらいたい。それを目指し、党改革の方向性を競い合う代表選挙になることを望みたい。

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企業にとって重要課題となった「SDGsと独禁法コンプライアンス」

SDGsとコンプライアンス

SDGsという言葉をよく目にするようになった。「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の略称、2015年9月の国連サミットで採択されたもので、国連加盟193か国が2016年から2030年の15年間で達成するために掲げた目標だ。

貧困や飢餓、健康や教育、安全な水など、開発途上国の支援の問題から、エネルギー、気候変動への対策、海洋資源の保全などの地球環境の問題、働きがい、街づくり、ジェンダー平等など社会の在り方に関わる問題など多岐にわたる。まさに、世界全体、人類がめざしていく上でのコンセンサスとなるべきことを幅広く目標として掲げたものだ。

そのような目標を実現していくために、経済社会を構成する企業が重要な役割を担うことは言うまでもない。社会と共存し、持続性を担保しうる企業活動は、企業経営の重要な課題とされ、それは、コンプライアンスの重要な要素と位置付けられるに至っている。

日本経済団体連合会(経団連)も、2017年に、「革新技術を最大限活用し、人々の暮らしや社会全体を最適化した未来社会の実現」をめざす取組みの一つとして、SDGsの達成を柱とする企業行動憲章の改定を行っている。

コンプライアンスとは、「法令遵守」ではなく「社会の要請に応えること」、第一次的には、「需要に反映された社会の要請」に応えることである。企業は、需要に応えることで利潤を獲得し、生き残り、成長が可能となるが、それとともに、「需要に反映されない社会の要請」にも応えることも求められる。企業にとって、両者の社会的要請にバランスよく応えていくことが、真のコンプライアンスである。

SDGsと独占禁止法

SDGsは、重要な「需要に反映されない社会の要請」を包括的に示したものと言えるが、企業のSDGsへの取組みが、「需要に応えること」から必然的に生じる「同業他社との競争」とぶつかり合う場面が生じる。それは、各国の競争法(日本では独占禁止法)が促進しようとする「競争」とSDGsへの取組みとの対立の構図にもなり得る。

10.22日経新聞の「SDGs、カルテルの適用外か」と題する記事(瀬川奈都子編集委員)では、

「環境対策などで社会全体の利益のために企業が足並みをそろえると、カルテルとみなされかねない」

「硬直的な独禁法の運用が公益を損なわないよう、欧州を中心に議論が始まった」

として、オランダで21年1月に公表された、環境保護などを目的とした企業間の合意や連携に関する指針案を紹介している。同指針案では、

「その商品・サービスの消費者だけでなく、社会全体に利益があれば、カルテル規制の適用を免れる」

と明示しているが、その背景として、競争当局が、「飼育環境に配慮した鶏肉のみを扱う合意」と「1980年代に建設された5つの石炭発電所を閉鎖する発電事業者の合意」の二つの事案で、消費者の購入価格を不当に引き上げたり、選択肢を狭めたりすると判断したことに対して、環境保護団体などから、独禁法がSDGsの壁になっているとの批判があったとのことだ。

SDGsへの取組みという国際的な潮流の中で、このような欧州における議論は、日本の独禁法の運用にも、独禁法に関連する企業コンプライアンスにも大きな影響を与える可能性がある。

そこで、このSDGsとカルテルの問題を、日本の独禁法との関係で考えてみたい。

日本の独禁法におけるカルテル禁止規定

独禁法の目的は、商品・サービスの価格と品質の比較によって合理的に取引を選択するという「競争」を促進することである。競合する事業者間で、相互の意思連絡なく、市場への参入の妨害・排除もなく、自由な事業活動が行われることが、経済の発展と消費者利益を実現することにつながる、それは、個々の経済主体が、誰からも介入されずに経済活動を行い、その結果で経済が動いていくという「経済民主主義」にもつながるという考え方である。

そのような独禁法の目的を阻害する重大な違反行為・犯罪がカルテル・談合である。

同法2条6項で、

「事業者が、契約、協定その他何らの名義をもつてするかを問わず、他の事業者と共同して対価を決定し、維持し、若しくは引き上げ、又は数量、技術、製品、設備若しくは取引の相手方を制限する等相互にその事業活動を拘束し、又は遂行することにより、公共の利益に反して、一定の取引分野における競争を実質的に制限すること」

が「不当な取引制限」と定義され、罰則や課徴金の対象とされている。

要するに、事業者間で互いに意思を通じ合い、合意を行うなどし(共同行為)、その合意を実行する意思を持って事業活動を行い(事業活動の相互拘束・遂行)、それによって一定の範囲の市場競争を制限すること(一定の取引分野における競争の実質的制限)が、不当な取引制限とされるのである。

カルテル・談合というと、一般的には、「対価の決定」や「取引の相手方の制限」が想定されるが、上記の規定上は、「技術、製品、設備」を対象とする合意も含まれている。「競争」には、価格面の競争と、品質・技術などの非価格面の競争とがある。非価格面についての合意であっても、それによって市場の競争が実質的に制限されれば、不当な取引制限が成立する可能性があるのである。

一方、この2条6項の条文には、「公共の利益に反して」という文言が含まれている。素直に読むと、事業者間の合意があり、競争の実質的制限が認められる場合でも、「公共の利益に反して」いなければ、不当な取引制限は成立しない、ということのように思える。つまり、競争というのは価格面に限らず、品質、技術、設備等様々な経済活動に及び、そういう市場での競争を制限する行為が独禁法違反としての不当な取引制限として原則として禁止されるが、「公共の利益に反していない場合」は合法というのが、2条6項の素直な解釈なのである。

「経済憲法」としての独禁法と戦後の法運用の歴史

独禁法は、経済社会における「競争」の在り方全般を規律する「経済憲法」と称され、その独禁法を運用する公正取引委員会は、「独立行政委員会」として、内閣から独立した地位が与えられ、経済取引全般について、「市場競争が制限されているか」「それが、『公共の利益』に反していないか」について判断する広範な権限を持つというのが、そもそもの独禁法の趣旨だった。

独禁法は、このような考え方に基づき、戦後の占領下の1947年に、GHQ主導で、「経済民主主義」を標榜する極めて高い位置づけの法律として制定された。

しかし、1950年に朝鮮戦争が勃発し、米ソ冷戦という国際情勢の下で、アメリカの対日政策は、中ソの共産主義勢力に対抗するための日本の経済的基盤の強化を優先する方向に転換され、経済官庁主導の、効率重視の協調的事業活動が中心とされた。各分野でのカルテル適用除外の法制化などで、独禁法上のカルテル禁止規定自体が様々な制約を受け、公取委の予算・人員も大幅に削減された。1970年代までの、戦後復興、高度経済成長の中では、公取委は、霞が関の一角で、「三流官庁」として何とか命脈を保っている状況だった。

「公共の利益に反して」の解釈と位置づけ

こうした中で、公取委によるカルテルの摘発は極めて低調で、しかも、価格や取引の相手方の制限の合意がほとんどで、「技術、製品、設備」を対象とする合意はなかった。

一方で、独禁法の学説も公取委も、「公共の利益」については、「自由競争経済秩序」それ自体ととらえ、「事業活動を拘束し、又は遂行」することによって競争が実質的に制限されれば、「自由競争経済秩序」が侵害され、それによって公共の利益にも反することになり、不当な取引制限が成立するという解釈をとってきた。「公共の利益に反して」が不当な取引制限の要件となっていることは、ほとんど無視されてきた。

その背景には、不当な取引制限の他の要件を充たす行為でも、「公共の利益」に反していると言えなければ違反と認定できないことになると、公取委によるカルテル摘発は一層困難になるので、「公共の利益に反して」を実質的な要件と解することは、公取委の法運用を一層弱めることになりかねない、という配慮があった。そのため、明文で規定されている「公共の利益に反して」を敢えて無視するという、「法文上は無理筋の解釈」がとられてきたのである。

このような公取委に対して、唯一の応援団となっていたのが、消費者・消費者団体という存在だった。高度経済成長の中で、経済社会には様々な歪みが生じ、それが、消費者に不当な不利益を与えているという認識から、消費者の利益を確保することに関して、独禁法の目的である「一般消費者の利益の確保」が注目された。独禁法の運用によって企業を叩く役割が期待されたのが公取委だった。

公取委は、1960年の「ニセ牛缶事件」で、消費者を欺瞞する不当表示を摘発するなどして消費者側からの期待に応えてきた。本来の公取委の役割は、競争を促進すること、競争制限を排除することを通して、消費者利益を実現することであるが、当時は、「競争の促進」はあまり注目されず、「消費者利益の保護」を旗印とする組織であるかのように認識されていた。

石油カルテル事件判決が示した「公共の利益」解釈

そうした中で、公取委がにわかに注目を集めたのが、1970年代に入ってからの石油ショックに伴う「狂乱インフレ」であった。

石油ショックに伴う狂乱物価と言われる異常な物価高騰に苦しめられる消費者を守るという「錦の御旗」の下、公取委は、値上げカルテルに対して厳しい姿勢で臨み、「伝家の宝刀」とも言われた「刑事告発」の権限まで使って、カルテル企業を叩こうとした。公取委は、消費者団体から強い支持を受けることとなった。

石油元売各社が、石油製品の値上げの合意をしたことが、刑事告発され、起訴された「石油カルテル事件」が、カルテルに対する不当な取引制限の罰則の初の適用事例となった。

この刑事事件の裁判で、被告会社側は、産油国による原油価格引き上げが相次いで行われる中で、経済の混乱を回避するため、価格引き上げカルテルを行うことはやむを得なかったとし、2条6項の「公共の利益に反して」の要件に該当しないと主張した。この文言を、「生産者・消費者の双方を含めた国民経済全般の利益に反して」と解すべきとの主張を前提にしていた。

それに対して、最高裁は、

「『公共の利益に反して』とは、原則としては同法の直接の保護法益である自由競争経済秩序に反することを指すが、現に行われた行為が形式的に右に該当する場合であっても、右法益と当該行為によって守られる利益とを比較衡量して、『一般消費者の利益を確保するとともに、国民経済の民主的で健全な発達を促進する』という同法の究極の目的に実質的に反しないと認められる例外的な場合を『不当な取引制限』行為から除外する趣旨と解すべき」

と判示した。

この判決は、「公共の利益に反して」について「例外的な場合」には、不当な取引制限の他の要件に該当する場合でも、違反が成立しない場合があり得るという、条文の文言解釈からは当然のことを判示したものだった。

1970年代初頭の石油ショックという異常な経済情勢下におけるカルテル摘発の活発化は、「徒花」に終わり、その後、経済が落ち着きを取り戻した後は、公取委の独禁法運用は再び低調な状況に戻った。不当な取引制限のうち、「価格にかかるもの」について低率の課徴金が導入されたが、刑事罰が適用されることはなく、カルテル・談合に対する抑止力は極めて限られたものでしかなかった。

こうした中で、「石油カルテル事件」に対して、上記の最高裁判例が出た。

しかし、その後も、公取委の実務で、「公共の利益に反して」についての実質的な判断が示されることはなかった。公取委の実務上は、「自由競争経済秩序=公共の利益」に近い考え方がとられてきたと言える。

日米構造協議以降の独禁法運用強化

1990年代に入り、日米構造協議でのアメリカからの要求を契機に日本の独禁法をめぐる状況は激変した。アメリカは、「排他的取引慣行」の問題に関連して独禁法違反行為に対する抑止力強化を求め、これに応じて、課徴金の引き上げ、罰則の強化を行った。カルテル・談合等の不当な取引制限に対する摘発が活発化し、それ以降、公取委の人員も、違反事件の調査を担当する審査部門を中心に徐々に増員され、事務局は事務総局に格上げされた。

課徴金は、順次引き上げられ、2005年には、いわゆるリニエンシー(課徴金減免)制度も導入され、刑事罰適用のための反則調査権も導入されるなど、違反行為の摘発のための制度的な枠組みは整った。

そして、バブル経済崩壊以降、日本社会における「競争」に対する価値観は、大きく変化した。今では、自由競争の徹底が、経済の発展と消費者利益の確保につながるとの認識は、概ね社会のコンセンサスになっていると言える。それは、独禁法の運用においても大きな環境変化となった。

このように、独禁法の運用をめぐる状況は、戦後復興期、高度経済成長期とは大きく異なってきている。しかし、不当な取引制限に関して、独禁法のカルテル規制は、ほとんどが「価格面の合意」「取引先の制限」などに限られ、「技術、製品、設備」を対象とする合意が対象とされることはほとんどないという状況は、基本的に変わっていない。また、個別の事例で、石油カルテル事件判決が示したような「自由競争経済秩序に反することと当該行為によって守られる利益との比較衡量」について公取委が実質的な判断を示した事例はない。

そういう意味では、公取委の独禁法運用は、自由競争経済秩序の枠内での、「競争」に関する判断に限られ、「競争」とそれ以外の社会的価値の関係についての判断には立ち入らないという姿勢を貫いてきたと言えよう。

しかし、欧州の潮流は、日本社会にとっても、当然ながら他人事ではない。日本においても、今後、「競争」とそれ以外のSDGsなどの「社会が尊重すべき価値」との関係に関する議論が本格化する可能性がある。

「SDGsとカルテル」は「公共の利益」の問題

そこで、冒頭の「SDGsとカルテル」のことに話を戻そう。

それは、日本の独禁法のカルテル規制との関係で言えば、「公共の利益に反して」の要件の解釈の問題と考えるのが、独禁法の本来の趣旨と文言に忠実な解釈と言えるだろう。

前記日経記事で紹介されている「その商品・サービスの消費者だけでなく、社会全体に利益があれば、カルテル規制の適用を免れる」という指針案の文言も、前記の石油カルテル事件最高裁判決の「公共の利益に反して」の解釈とほとんど同意義のように思われる。

オランダの事例の「飼育環境に配慮した鶏肉のみを扱う合意」というのも、日本の法律の枠組みで考えるならば、「技術、製品、設備」のうちの「製品」についての競争制限の合意ととらえ、それが「公共の利益に反する」と言えるかを判断すべきということになるだろう。

SDGsへの取り組みは日本の国際的な信用を高めるための現在進行形の最重要課題だ。そしてSDGsへの取り組みは、政府やNPOだけの問題ではなく、企業や市民にも課せられている社会的要請である。

企業のコンプライアンスにおいて、独禁法のカルテル規制との関係で違法と評価される可能性の有無は、無視できない要素となる。しかし、不当な取引制限の「公共の利益」という要件と正面から向き合ってこなかった日本は、独禁法運用の場において、社会的価値と競争的価値との関係についての議論が詰められていない。それが、上記日経新聞の記事中の弁護士コメントからも見て取れるように、企業側の困惑を招くことになる。

しかし、見方を変えれば、独禁法の経済憲法としての意味と意義を正面から見直し、本当の意味で、この国が競争という価値とどう向き合っていくかの基本思想をはっきりさせる絶好のチャンスとも言える。

それは、独禁法が守ろうとしてきた競争原理だけでは対応できない、さまざまな社会的要請への取り組みの基本となる「新しい経済憲法」としての独禁法の位置づけを確立することにもつながる。それは、新自由主義として批判されてきた自己責任論を基本とした「伝統的な資本主義」を「新たな資本主義」に進化を遂げさせようとする最近の潮流ともオーバーラップするものだ。

企業コンプライアンスとSDGs

日本企業にとって、コンプライアンスへの取組みは、今世紀に入ってからの独禁法の運用強化への対応を契機に始まったものであり、独禁法対応は、企業コンプライアンスの核心に位置するものである。一方、SDGsへの取組みは、冒頭にも述べたように、既に4年前に経団連の企業行動憲章にも取り入れられている。

独禁法対応とSDGsへの取組みとの間で緊張関係が生じ得ることは、これまで、あまり意識されることはなかったが、今後は、企業のコンプライアンス対応に関する重要な問題となっていくものと考えられる。

例えば、エネルギー、気候変動への対策、海洋資源の保全などの地球環境の問題に関してSDGsに真剣に取り組もうとする際に、競争関係にある企業間での連携協力があって初めて十分な効果が期待できる場合もあるだろう。それは、一面では、「事業者が、共同して、相互に事業活動を拘束・遂行する」ことになり、それが市場での競争を制限する方向に働くこともあり得るだろう。そのような場合、企業にとって、独禁法コンプライアンスとSDGsの関係をどう考えていくのかは、避けては通れない経営上の重要課題になるのである。

今後、各企業においても、コンプライアンスプログラムを、独禁法対応とSDGsへの取組みの関係を含むものに改定していくことも必要となるだろう。

独禁法専門官庁としての公取委とSDGsの関係

独禁法が日本社会において、制定時の本来の趣旨どおりに運用されて来なかったこれまでの経緯を大きく転換し、独禁法の運用を通して、「競争」とSDGsの関係という問題の検討に取り組んでいくことは、「経済憲法」の運用機関として内閣から独立した位置づけを与えられている独禁法専門機関としての公取委の本来の職責に見合うものと言える。

政治権力の一極集中、内閣人事局による幹部人事の一元化などで、中央省庁全体が、政権に隷属し、弱体化したために、有能な若手人材の確保が困難になっている現状において、内閣から独立した地位を与えられている公取委という存在がSDGsの関係で改めて見直されることは、魅力ある国家公務員としての活躍の場を提供することにもつながるのではなかろうか。

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SMBC日興証券事件、相場操縦として刑事立件できるのか?

SMBC日興証券社員らが相場操縦の疑いを受け、証券取引等監視委員会の強制調査を受けていたことが報じられている。

日興が大株主から立会時間外で売買の仲介を依頼された銘柄について、株主と売却先である投資家に対する提示額を売却先がまとまった日の終値を基準に設定していたが、提示額が株主による取引の持ち掛け時点の株価に比べて低ければ売買が成立しなくなる可能性があったので、社員が売却時点での株価を維持するため、市場で買い支える注文を繰り返して株価を買い支えた疑いが持たれているとのことだ。

金融商品取引法違反(相場操縦)容疑の関係先として今年6月に同社本社を強制調査し、東京地検への告発も視野に調べているとのことだ。

事実関係、証拠関係の詳細が不明なので確かなことは言えないが、報じられている範囲では、金商法違反の刑事事件としての立件はかなり微妙な事案のように思える。

相場操縦に関しては、様々な禁止規定があるが、一般的な「相場操縦行為」とは、

「取引を誘引する目的をもつて、有価証券売買等が繁盛であると誤解させ、相場を変動させるべき一連の有価証券売買等又はその申込み、委託等若しくは受託等をすること」

である。

重要なことは、相場を変動させるべき売買等を行っても、「取引を誘引する目的」がなければ相場操縦の犯罪は成立しないということである。

この「取引を誘引する目的」については、

「人為的な操作を加えて相場を変動させるにもかかわらず、投資者にその相場が自然の需給関係により形成されるものであると誤認させて有価証券市場における有価証券の売買取引に誘い込む目的」

と解するのが最高裁判例だ。

注文の出し方や株価の動きで、株価が上昇するように見せかけて、他の投資家を引きずり込み、株価を上昇させて、自分は売り抜けて儲けようというのが、相場操縦の犯罪の典型例だ。

SMBC日興証券の社員が、株価を下落させないようにするために自社の資金で買い支えたというだけでは、相場操縦の犯罪が成立するとは考えられない。証券会社の社員が、会社の業務として、外形的に相場操縦の手口と見られるような売買や注文を出すとも思えない。

報じられているような事案であれば、むしろ、有価証券の「相場をくぎ付けし、固定し、又は安定させる目的をもって」する安定操作取引(159条3項)に近い事案ではないかと思われる。

安定操作取引は、有価証券の募集や売り出しを円滑に行うため、相場の安定を目的として行う市場での売買取引である。特に、それが必要であり、かつ、合理性が認められるのは、有価証券の募集・売り出しを円滑に行うために、株価の急激な変動を回避し、一定の範囲に収まるようにすることを目的とする場合であり、届出・報告等の所定の手続によって行われる場合には適法とされる。そのような手続を経ることなく、株価が、上限価格と下限価格の間の「一定の範囲」から逸脱しないようにするための安定操作取引が行われた場合には違法となる。

安定操作取引は、有価証券の募集・売り出しの場合であれば、事前に届出を行うことで適法に行うことができる。しかし、単に、大株主から立会時間外で売買の仲介を依頼されたというだけであれば、適法に安定操作を行うことはできない。

本件の場合、買い注文を繰り返して株価を買い支えたということであれば、何らかの「下限の設定」をしていた可能性はある。問題は、「上限の設定」を行っていたと認められるかどうかだ。

過去に同様の事件で、ある上場企業の相場操縦事件があった。創業者のH氏が、同社の株価が割安に放置されていたことから、僅かな資金を元に、信用取引で上場会社の15%もの株式を保有しようとする株式取得を計画した。証券取引等監視委員会は、その過程で、株価が数倍に跳ね上がるまでの間の売買を「相場操縦」、その後、株価が下落を始めた後、追証が発生しないよう防戦買いを行っていた時期の売買を「安定操作取引」ととらえて、H氏を告発した。

H氏は、株価が順調に上昇していた時期には、信用取引の益出しのために「対当売買」(他人名義を使い、売り買いとも自己の資金で行う取引)を行って資金を回転させていたが、その後、株価が下落し、追証が発生しないように必死に買い支えていた時期には、利益が出ていないので「対当売買」は行っていなかった。

監視委員会は、「対当売買」を、他人の取引を誘引する手段ととらえていたので、それを行っていない時期の取引には「誘引目的」がないとして、相場操縦での立件は困難と考え、安定操作取引で立件して告発したものだった。

しかし、「安定操作取引」が成立するのは、「上限価格」と「下限価格」を定めて、株価がその間に収まるようにした場合であり、単に、一定の価格を下回らないように買い支えていたというだけでは、犯罪は成立しない。H氏が行った一連の売買は、株価を上昇させる目的で行ったものであり、売り圧力が高まったために、結果的に株価を上昇させることができなかっただけだ。「下限価格」だけではなく「上限価格」を決めて株価が「一定の範囲」に収まるようにする意図は全くなかったので、「安定操作取引」には該当しない。

ところが、監視委員会の側には、「安定操作取引」が成立するためには、「下限価格」だけではなく、「上限価格」を設定して、それを上回らないようにすることが必要だという問題認識がなかったようで、これを安定操作取引ととらえた。

H氏は、相場操縦と安定操作取引の両方で起訴され、公判では、検察官は、当該期間、結果的に、株価が一定の範囲内に収まっていることで、「上限価格」の設定があったと主張した。弁護側は違法な安定操作取引には該当しないと主張して上告審まで争ったが、最終的には、その点も含めて有罪が確定した。

今回のSMBC日興証券の事件でも、相場操縦には該当しないということで、安定操作取引での立件も検討されるかもしれない。しかし、その場合、最大のネックになるのは「上限価格の設定」の有無だ。同証券社員としては、株価が下落するのを防止させたかっただけで、株価の上昇を抑える必要はないので、「上限価格の設定」を認定することは難しいであろう。

いずれにしても、今回の案件を、金商法違反の刑事事件として立件することは、容易ではないと思われる。今後の監視委員会の調査の展開を慎重に見極める必要があるだろう。

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