美濃加茂市長事件、弁護団は、なぜ“再逆転無罪”を確信するのか

全国最年少市長だった藤井浩人市長が、受託収賄等で逮捕、起訴された美濃加茂市長事件。昨年11月28日に名古屋高裁が言い渡した「逆転有罪判決」に対して、藤井市長は、即日上告していたが、5月16日、弁護団は、最高裁判所に上告趣意書を提出した。

同日午後1時から、東京地方裁判所の司法記者クラブで、主任弁護人の私と、上告審で新たに弁護団に加わった原田國男弁護士、喜田村洋一弁護士に、藤井市長も駆けつけて記者会見を行った(記者会見に参加したジャーナリストの江川紹子氏のyahooニュースの記事【「日本の司法を信じたい」~美濃加茂市長の弁護団が上告趣意書提出】)。

藤井市長は、会見で、「私が潔白であるという真実が明らかにされることを確信している」と述べたが、我々弁護団も、上告審での“再逆転無罪”を確信している。

日本の刑事裁判の「三審制」の構造

上告趣意書は全文で128頁に上る。記者会見では、説明用に抜粋版(50頁)を作成して配布した。これとほぼ同様の内容の抜粋版を、私の法律事務所のHPに掲載している(【上告趣意書抜粋版】)。

抜粋版の内容を中心に、我々弁護団が、最高裁で“再逆転無罪”を確信している根拠を挙げることとしよう。

その前に、日本の刑事裁判における「三審制」の構造と、その中で、上告審がどのように位置づけられているのかを説明しておく。

検察官の起訴を受けて、第1審(地裁)では、公訴事実について、白紙の状態から事実審理が行われる。被告人・弁護人が無罪を争う事件であれば、検察官の請求によって、公訴事実を立証するための証人尋問等の証拠調べが行われ、被告人質問で、被告人の弁解や言い分も十分に聞いた上で、第1審判決が言い渡される。判決に対して不服があるときは、つまり有罪であれば被告人・弁護人側、無罪であれば検察官側が、控訴の申立てをし、裁判は、控訴審に移ることになる。

控訴審(高裁)は、基本的には、「事後審査審」と言われ、第1審判決の事実認定や訴訟手続に誤りがあるか否かという観点から審理が行われる。特に誤りがないと判断されれば控訴は棄却され、誤りがあると判断された場合には、第1審判決が破棄され、第1審で審理のやり直しが命じられたり(差戻し)、控訴審自ら判決の言い渡し(自判)が行われたりする。このように、第1審判決の見直しに関して、必要に応じて、控訴審での事実審理が行われる。こうして出された控訴審判決に対して、不服があれば最高裁判所への上告が行われることになる。

上告審(最高裁)は、三審制の「最後の砦」であるが、上告理由は、「憲法違反、判例違反、著しく正義に反する事実誤認・法令違反」に限定されている。控訴審までに行われた事実審理や法律適用が、国の根本規範である憲法や、刑事裁判のルールと言うべき「最高裁判例」に違反した場合や、事実認定や訴訟手続に重大な誤りがあって、そのまま確定されることが「著しく正義に反する」という場合でない限り、上告審で控訴審判決が覆されることはない。

上告趣意書で主張した3点の上告理由

美濃加茂市長事件で、弁護人が上告理由として主張したのは、以下の3点である。

第1に、原判決(控訴審判決)は、「1審が無罪判決を出したとき、控訴審が、新たな証拠調べをしないまま1審判決を破棄して有罪判決を下すことができない」とする最高裁判例(昭和31年7月18日大法廷判決・刑集10巻7号1147頁)及び「第1審判決が、収賄の公訴事実について無罪を言い渡した場合に、控訴裁判所が、事件の核心をなす金員の授受自体についてなんら事実の取調を行うことなく、訴訟記録及び第1審で取り調べた証拠のみによつて犯罪事実の存在を確定し、有罪の判決をすることは違法」とする最高裁判例(昭和34年5月22日第二小法廷判決・刑集13巻5号773頁)に違反する(以下「判例違反①」)。

第2に、原判決は、「控訴審が1審判決に事実誤認があるとして破棄するためには、1審判決の事実認定が論理則・経験則等に照らして不合理であることを具体的に示すことが必要」とする最高裁判例(平成24年2月13日第1小法廷判決・刑集66巻4号482頁「チョコレート缶事件判決」)に違反する(以下「判例違反②」)。

第3に、原判決は、重大な事実誤認により、被告人を無罪とした1審判決を破棄して被告人を有罪としたものであり、無辜の被告人を処罰の対象とした点で、著しく正義に反するものである。

1審無罪判決を破棄して有罪自判するために必要な証拠調べ

第1の判例違反①の主張は、原判決が、第1審無罪判決を破棄して有罪の自判をすることについての判例のルールに違反したというものだ。このルールというのは、証人尋問や被告人質問等を直接行って、供述者の態度や表情等も含めてその信用性を判断する第1審(このようなプロセスを経た裁判所の判断を重視することを「直接主義」「口頭主義」と言う)と、その結果を記録した書面だけで判断する控訴審とは大きく異なるのであるから、控訴審が、一審無罪判決を覆して有罪判決を言い渡すためには、自ら新たな証拠調べをしなければならない、というものだ。しかも、その証拠調べも、単に、「やれば良い」というものではなく「事件の核心に関するもの」でなければならない。その結果、公訴事実が認定できると控訴審が判断した場合にのみ、有罪の自判をすることができる、というのが判例である。

ところが、本件の名古屋高裁での控訴審では、この新たな証拠調べが「事件の核心」である現金授受に関して行われたとは到底言えない。

控訴審では、贈賄供述者の中林本人の証人尋問が職権(裁判所自らが必要と判断して実施すること)で行われた。それは、中林の一審証言に際して「検察官との入念な打合せ」が行われ、証言に大きな影響を与えたと思われたことから、検察官との打合せ等に影響されない中林の「生の記憶」を確認するために、事前に資料等を全く渡さない状態で、中林の「生の記憶」を確かめようとしたものだった。ところが、ブログ【控訴審逆転有罪判決の引き金となった”判決書差入れ事件”】でも書いたように、融資詐欺・贈賄の罪で服役中の中林に、今回の証人尋問の実施について裁判所から正式の通知が届くよりも前に、中林自身の裁判で弁護人だった東京の弁護士から、尋問に関連する資料として、藤井市長に対する一審無罪判決の判決書等が送られるという想定外の事態が起こった。中林は、自分の捜査段階での供述や一審での証言内容などがすべて書かれている判決書を事前に読んで、証言を準備していたのである。

中林は、一審証言とほぼ同じ内容の証言を行ったのだが、判決書を事前に読んでいたのだから当たり前であり、少なくとも、中林証言の信用性を認める証拠としては意味のないものだった。原判決も、

当裁判所としても予測しなかった事態が生じたことから、当裁判所の目論見を達成できなかった面があることは認めざるを得ない。したがって、当審における中林の証言内容がおおむね原審(1審)公判証言と符合するものであるといった理由で、その信用性を肯定するようなことは当然差し控えるべきである。

と判示している。

それ以外に、控訴審で行われた新たな証拠の取調べは、中林の取調べを行った中村警察官の証人尋問だけだった。ところが、それは、「中林の供述経過」だけにしか関係しない証拠で、しかも、中林の取調べを担当した警察官という捜査の当事者であり、中林証言の信用性が否定されることに重大な利害関係がある人物の証言なので、証拠価値が極めて低い。このような証拠調べが、控訴審での「新たな証拠調べ」として評価されるものではないことは明らかである。

そうなると、控訴審で、一審無罪判決を覆す判断をしようと思えば、最低限必要なことは、被告人質問で、現金の授受という「事件の核心」について、被告人から直接話を聞くことであった。しかし、被告人の藤井市長は、公判期日すべてに出席していたのに、裁判所は、被告人質問を一切行わず、直接話を聞くことを全くしないまま結審し、逆転有罪判決を言い渡したのである。

しかも、原判決は、ブログ【村山浩昭裁判長は、なぜ「自分の目と耳」を信じようとしないのか】でも述べたように、直接見聞きしたわけでもなく、裁判記録で読んだだけの一審被告人質問での供述について、「中林が各現金授受があったとする際の状況について、曖昧若しくは不自然と評価されるような供述をしている」という理由で、証拠価値がないと判示したのである。現金は全く受け取っておらず、一緒に昼食をしただけだと一貫して述べている藤井市長が、1年半も前に、誰かとファミレスで短時間、昼食を一緒にした時のことについて、資料をもらったか否か、どのような話をしたのかなど具体的に覚えていないのが普通であり、その点について記憶が曖昧だということは、被告人供述の証拠価値を否定する理由には全くならないことは言うまでもないが、原判決は、この被告人供述について、「被告人が記憶のとおり真摯に供述しているのかという点で疑問を抱かざるを得ない」などと、藤井市長の供述態度まで批判しているのである(その供述を直接見聞きしたわけでもないのに!)。

このような原判決が、第1審の無罪判決を破棄して有罪を言い渡す場合の判例のルールに違反していることは明白である。

控訴審での事実誤認の審査と1審の論理則・経験則違反の指摘

判例違反②の根拠としている「チョコレート缶事件判決」は、控訴審における事実誤認の審査の方法について、最高裁が平成24年に示した判断である。それまでは、第1審裁判所が、直接証人尋問等を行って得た「心証」と、控訴審裁判所が、事件記録を検討して得た「心証」とが異なっていた場合に、控訴審判決が、第1審判決を事実誤認で破棄することについて特に制約はなかった。しかし、裁判員制度が導入され、それまで以上に、刑事裁判の審理を1審中心にすることの必要性が高まる中で、最高裁は、

第1審において,直接主義・口頭主義の原則が採られ,争点に関する証人を直接調べ,その際の証言態度等も踏まえて供述の信用性が判断され,それらを総合して事実認定が行われることが予定されていることに鑑みると,控訴審における事実誤認の審査は,第1審判決が行った証拠の信用性評価や証拠の総合判断が論理則,経験則等に照らして不合理といえるかという観点から行うべきもの

と判示し、論理則・経験則違反が具体的に指摘できない場合には、第1審判決を事実誤認で破棄することができない、としたのである。

原判決でも、第一審判決の事実認定を批判する中で、「論理則・経験則違反」という言葉を多数、使ってはいる。しかし、その内容は、1審判決が論理則・経験則に照らして不合理であることを具体的に指摘したものではなく、控訴審の誤った「心証」に基づく判断を「論理則・経験則」と言い換えているだけである。

個別の判示についての記述は、証拠関係の詳細にわたるので「抜粋版」では省略したが、典型的な一例を挙げよう。

本件では、現金授受があったとされる現場に、常にTが同席していたこと、そのTが「自分が見ているところで現金授受の事実はなかった。席も外していない。」と証言していることが、現金授受を認定する上での最大の問題であった。

その点に関連して、最初にとられた中林の警察官調書では、1回目の現金10万円の授受があったとされた「ガスト美濃加茂店」での会食について、Tは同席せず、被告人と中林の二人だけだったように記載されているのに、その後、検察官調書で、Tも含めて3人の会食だったとされていることから、弁護人は、「当初、二人だけの会食だったと供述していた中林が、ガスト美濃加茂店の資料で3人だったことが判明したため、事後的に辻褄合せをしたものだ」と主張し、その点を、中林供述が信用できないことの根拠の一つとしていた。それに対して、中林は、一審公判で、「警察官調書作成後、メール等の詳しい資料を熟読するうちに、平成26年3月末頃から同年4月上旬頃、被告人が到着するのをガストの駐車場でTと一緒に待っていた情景等を思い出した。」と供述して、Tが同席していたことを自分で思い出したように証言していた。

これに対して、1審判決では、

中林は、すでに3月27日付け警察官調書において、被告人とガストの駐車場で待ち合わせたこと自体は供述しているし、4月2日午前中に被告人と中林との間でやり取りされたメールを見ても、Tを同行していた事実を推測させるような記載は見当たらないことからして、前記資料等を見たことをきっかけに前記情景等が思い出されたとする中林の説明はそのまま首肯し難い。

と指摘していた。

これに対して、控訴審判決(原判決)は、

確かに、メールの履歴をみる限り、Tに関する記載は無いものの、記憶喚起のあり方として、Tの存在を直接示す記載が無くても、メールを見ながら当時の状況について記憶喚起している中で、Tがいた情景を思い出すということは、経験則上あり得ることであり、この点も特に不自然ではない。

と判示し、まさに、1審判決の指摘が経験則に反しているかのように判示した。

しかし、1審判決は、記憶喚起の経過として、「メールにTの存在を直接示す記載が無いのにメールを見ながら当時の状況について記憶喚起している中で、Tがいた情景を思い出すこと」があり得ない、と述べているのではない。中林は、警察官調書で、被告人とガストの駐車場で待ち合わせたこと自体は供述しているのだから、「被告人が到着するのをガストの駐車場でTと一緒に待っていた情景等を思い出した」という「記憶喚起の経過についての説明内容」が不合理であることを指摘しているのである。

しかも、この点について、中林は、控訴審での証人尋問で、「Tがガストに同席していたことを思い出したきっかけ」について裁判所から質問され、「刑事さんに頼んで、カードの支払の明細を取寄せてもらったところ、しばらくして、それが来て、3人分のランチの支払があったので、Tがいたことがわかった。」と証言しており、中林は、控訴審では、「被告人が到着するのをガストの駐車場でTと一緒に待っていた情景等を思い出したこと」という1審での証言を、自ら否定している。

また、前述したように、控訴審で証人尋問が行われた中林の取調べ警察官の中村も、「中林は4月2日ガストでのT同席を、自分で思い出したのではなく、4月13日頃にガスト美濃加茂店の資料を示されて思い出した。」と証言しており、一審の中林証言は、中村証言とも相反している。

このように、Tの同席を思い出した経緯についての1審中林証言を、「首肯しがたい」とした1審判決の指摘が正しかったことは、控訴審における証拠調べの結果によっても裏付けられているのである。

ところが、原判決は、自ら行った証拠調べ(中林証人尋問)の結果を完全に無視し(この点に限らず、原判決が控訴審での中林証人尋問の結果を全て無視したことは前述した。)、1審中林証言について《この点も特に不自然ではない。》などと判示して、一審判決の指摘が誤っているかのように言っているのである。

これは、原判決の指摘が「1審判決の論理則・経験則違反の指摘」に全くなっておらず、余りにも杜撰なものであることの典型例であるが、それ以外の点も、証拠に基づいて仔細に検討していくと、中林の捜査段階からの供述経過や、関係者の供述を無視したり、1審判決の指摘の趣旨を誤ってとらえたり、全くの憶測で中林の意図を推測して中林証言の不自然性を否定したりするなど、1審判決の事実認定に対する批判として的外れなものばかりである。このような原判決は、最高裁判例で言うところの、「一審判決の論理則・経験則違反を指摘」したとは到底言えず、上記判例に違反していることは明白である。

著しく正義に反する重大な事実誤認

そして、第3の上告理由が、中林証言の信用性を肯定し、現金授受があったと認定したことの「著しく正義に反する重大な事実誤認」である。

証拠の詳細にわたる内容なので、「抜粋版」では省略したが、上告趣意書では、原判決が、証拠評価に関して多くの重大な誤りを犯していることを徹底して指摘した。証拠評価に関して、不当に過大評価したのが中林の知人のAとIの証言、不当に過少評価したのが、現金授受があったとされる会食に同席したTの証言だ。

Aは、1審公判で、「平成25年4月24日頃、中林から、被告人にお金を渡したいから50万円貸してくれないかと頼まれた。」と証言した。また、Iも、1審公判で、「浄水プラントの実証実験が始まった後の同年8月22日、中林とともに西中学校に浄水プラントを見に訪れた際、中林に、『よくこんなとこに付けれたね』と言ったのに対して、中林が、『接待はしてるし、食事も何回もしてるし、渡すもんは渡してる』と発言し、何百万か渡したのかと聞いたら、中林が『30万くらい』と答えた。」旨証言した。

これらの証言について、1審判決は、A証言を「中林において被告人に対して現金供与の計画を抱いていたとの事実の裏付けにはなり得るものの、それ以上に第2現金授受の存在を直接に裏付ける事実となるものではない」、I証言を「その性質上伝聞証拠に当たり、中林の公判供述の信用性に関する補助事実に過ぎない上、Iの公判供述における中林の発言内容は曖昧な内容である」と述べて、極めて簡潔な判示で証拠価値を否定した。

ところが、原判決は、Aが証言する中林の発言が、「Aに依頼した時点で、被告人に対し金銭を供与することを企図していたことを推認させる事実」だとし、Iが証言する中林の発言が、各現金授受に関する中林証言と金額も含めて整合している」とし、AとIの証言を、後から作為して作り上げることのできない事実であるという意味において、「中林証言の信用性を質的に高めるもの」と評価したのである。

1審判決が、A、Iの証言の証拠価値を当然のごとく否定したのは、もともと、その証言が、「中林の発言」を聞いたという間接的なもので、「伝聞証拠」であり、証拠としての価値が低いことに加えて、その「中林の発言」の内容も、信用性を高めるようなものではないからである。Aが証言するように、中林がAに借金を依頼する際に、その理由について「被告人に金を渡したい」と発言した事実があったとしても、Aから頻繁に高利で金を借りていた中林が借金を依頼する口実にしたに過ぎないと考えるのが常識であろう(実際に、控訴審での検察官の主張も、A証言は、中林の供述経過に関する証拠にしようとしただけで、Aが証言する「中林発言」が信用性を高めるとは言っていない)。また、Iが証言する、美濃加茂西中学校を中林とともに訪れた際の会話というのも、それまで実績がほとんどなかった中林の会社が美濃加茂市の中学校に浄水プラントを設置したことについて、中林が、会社の実績を上げたように誇大に説明する中で(実際には、この設置は「実証実験」であり、費用もすべて中林側が負担しているのであるが、Aはそのことは知らされていない。)、「それなりのことはしている」と言ったという程度の「他愛のない世間話」に過ぎないと考えるのが常識的な見方だろう。

それに加え、1審裁判所は、彼らの証言態度や中林とA、Iとの関係などから、凡そ証拠として評価するに値しないと判断したものと考えられる。

A、Iは、かねてから中林と深い関係があるほか、本件や中林の融資詐欺の捜査の進展によって利害を受ける立場にあり、全くの第三者による証言とは質的に異なる。

Aは、中林が会社を設立した際には発起人となり、「見せ金」として設立資金を一時的に提供するなど同社に深く関わっていた。しかも、中林が金融機関から騙し取った金の多くは、Aの中林への貸付金の返済としてAに渡っていた。そのため、当然のことながら、Aは、中林の逮捕後、融資詐欺の共犯の嫌疑で捜査を受けており、多数回にわたって警察の取調べを受け、自宅や所有自動車等の捜索も受け、自宅から多額の現金も発見されていたことは、同人も証言している。ところが、Aが「被告人に渡す金として中林に50万円を貸した」旨の供述を行い、その後、中林が、Aから借りた金で20万円を被告人に供与した旨供述して以降、愛知県警捜査二課の捜査は、中林と被告人との贈収賄に集中し、Aに対する融資詐欺の共犯の捜査もうやむやのまま終わり、Aは逮捕されることも処罰を受けることもなく終わっている。ある意味では、中林の贈賄供述により、中林以上に恩恵を受けたのがAだったと言える。

Aは、中林が被告人への現金供与を供述するより前に、警察の取調べで聴取対象とされていた融資詐欺の共犯の容疑とは全く無関係の上記供述を始めた。少なくとも、その後、警察捜査が、中林を贈賄者とする本件贈収賄事件の方向に進展したことは、Aに対して有利に働いた。そして、Aは、本件公判で、中林から被告人に現金を渡した旨の報告を受けたことなど、検察官に有利な証言を行っている。

また、1審の証人尋問で、検察官の主尋問にはすらすらと答えていたIは、弁護人の反対尋問になると態度が急変し、中林とともに設置された浄水プラントを見に行く理由となったプラントの設置と自分の仕事との関係についても曖昧な説明しかできず、弁護人からの反対尋問で、「渡すもんは渡した」という中林の発言を聞いたことを最初に話した相手や、警察との関係などについて質問されて、証言が二転三転し、意味不明の言葉を発するなど、明らかに不自然な証言態度だった。

このようなA、I証言のいかがわしさ、不自然さは、少なくとも、1審でのA、Iの証言を直接見聞きした人の目には明らかだったはずだ。実際に、1審公判をすべて傍聴した江川紹子氏は、控訴審判決後に、【美濃加茂市長まさかの逆転有罪 名古屋高裁に棲む「魔物」の正体】と題する記事(週刊プレイボーイ2016年12月26日号[第52号])で、1審で明らかになった中林とA、Iとの関係に言及した上、

彼らは、中林社長とは金銭を媒介した利害関係人であり、背景は闇に包まれている。ふたりの証言を直接聞いた一審はこれを重視しなかったが、高裁はその速記録を読んで、いとも簡単に信用した。

と書いている。

原判決が、A、I証言を外形だけでとらえて、「中林証言の信用性を質的に高めるもの」と評価したのは、凡そ論外と言わざるを得ない。

同席者Tの証言の証拠価値の否定

一方、原判決が、不当に証拠価値を過少評価したのが、T証言だ。現金授受があったとされる2回の会食に同席し、現金の授受は見ていないこと、会食では席を外していないことを明確に述べるTの証言は、現金授受の事実は全くないという被告人供述に沿う有力な証拠であり、控訴審において、現金授受を認める方向で1審判決が覆される可能性はないと確信していた根拠の一つだった。ところが、原判決は、このT証言を、捜査段階からの供述に「変遷」があるとして証拠価値を否定したのである。

その大きな理由とされたのが、Tの取調べが開始された直後に作成された検察官調書の次のような記述だった。

中林は、4月2日にガストで会ったときと、4月25日に山家で会ったときの2回、藤井にお金を渡していると聞いています。しかし、私は、そのとき、中林が藤井にお金を渡している場面は、見た記憶がありません。ですから、仮に、中林が藤井に金を渡しているとするなら、私がトイレや携帯などで席を外した際に渡しているのではないかと思います。

原判決は、この供述調書の記載から、「Tが、捜査段階で、両方の席で席を外した可能性があることを前提とした供述をしていた」と言って、公判証言との間で「変遷」があるというのである。

Tは、被告人が任意同行を求められ逮捕された平成26年6月24日の早朝、被告人とほぼ同時に警察に任意同行を求められ、その後、同月28日までの5日間、連日、長時間にわたり警察の取調べを受け、「被告人と中林との会食の際に席を外していないか」と聞かれて「ない」と答えると、「絶対にないか、そう言い切れるか」と長時間にわたって執拗に質問され、威迫的言辞も交えた取調べが続けられた結果、28日には、身体を痙攣が襲い、椅子から転げ落ちて意識を失うほどの状況にまで追い込まれ、Tが依頼した弁護士の抗議により警察での取調べは中止されることになった。その間の26日に、名古屋地検で、検察官の取調べを受けた際に作成された供述調書が、上記の供述調書なのである。

そのような供述調書が作成された状況について、Tは、1審公判で、

「見ていないところで渡ったというのであれば、席を外したときしかない」ということは検察官から言われたと思います。僕は席を外していないということは一貫して言っておりましたので。

と証言している。

警察での取調べの状況からしても、「会食の際に席を外した」という供述を引き出すことに最大の目的があったのは明白であり、同日の取調べにおいて、Tが自発的に「席を外した可能性がある」と言っているのであれば、それこそ、検察官がまさに獲得しようとしていた供述そのものなのであるから、検察官は、そのままの供述を検察官調書に記載したはずであり、「仮定的」形態で供述を録取する必要など全く存在しない。

にもかかわらず、これに真正面から回答する記載ではなく、「仮定的内容」の記載になっているのは、Tが証言するように、同日の取調べにおいては、いずれの会食に関しても離席の可能性を否定していたからとしか考えられない。

警察での拷問的な取調べ、検察での欺瞞的な調書作成等、捜査機関が手を替え、品を替え、なり振り構わない姿勢で、Tから「席を外した」旨の都合の良い供述を得ることに腐心していたことは、1審の記録上も明らかである。ところが、原判決は、その中で作成された上記検察官調書の記載だけを取り上げて、「席を外した可能性があることを前提とした供述」ととらえているのである。

判例のルールに反することと重大な事実誤認

これまで述べてきたことは、128頁にわたる上告趣意書で述べたことのほんの一端に過ぎない。極めて丁寧な審理で適切な証拠評価・事実認定を行った1審判決を否定した原判決が、表面的には「控訴審判決」の外形を取り繕っていても、その内容は凡そ「刑事裁判」とは言えない杜撰極まりないものだ。

今回、上記の3つの上告理由を内容とする上告趣意書を作成し、取りまとめる過程で、改めて感じたのが、そこで引用した二つの最高裁判例が、実質的にも、刑事控訴審についての適切なルールであり、そのルールに反すると、事実認定に関しても重大な誤りを犯すことにつながるということだ。

原判決が「控訴審は、『事件の核心』について新たな証拠調べをしないまま1審無罪判決を破棄して有罪判決を下すことができない」という判例①、「控訴審が1審判決に事実誤認があるとして破棄するためには、1審判決の事実認定が論理則・経験則等に照らして不合理であること具体的に示すことが必要」とする判例②に忠実にしたがった審理を行って判決に至っていれば、一審無罪判決を破棄して不当な有罪判決を出すことはあり得なかったはずだ。

日本の刑事裁判の三審制で、「最後の砦」としての上告の理由が、原則として判例違反に限定されているのも、本件の判例と原判決の事実誤認の関係を見ると、十分に理由があることのように思われる。

今回の上告に対する裁判として、訴訟手続の問題である判例違反①との関係からは、理論的には高裁又は地裁への「差戻し」というのもあり得る。しかし、我々弁護団の一致した意見で、求める裁判は、「原判決破棄」「検察官の控訴を棄却する」だけに絞った。

一審で十分に審理が尽くされ、さらに、控訴審での事実審理の結果からも、1審の無罪判決が極めて正当なもので、それを不当に破棄した原判決が誤りだということは明らかだ。

 

記者会見冒頭の挨拶を、藤井市長は、以下のように締めくくった。

本日、弁護団の先生方に、最後の司法判断に向けて、最高裁判所への上告趣意書を提出して頂きました。

私の言い分を一言も聞くことなく、有罪を言い渡した控訴審判決が、全くの誤りであること、私にかけられた容疑が無実無根で、私が潔白であることを、完璧に論証していただいたと思っております。

私は、日本の司法の正義を信じたいと思います。

今回の上告趣意書を最高裁でしっかり受け止めて頂き、私が潔白であるという真実が明らかにされることを、そして、私の無実を信じ、市長として信任してくださっている美濃加茂市民の皆様に良い御報告ができることを確信しています。

「司法の正義を信じる」という若き市長の言葉に応える最高裁の適切な判断が出されることを、主任弁護人の私も固く信じている。

カテゴリー: 藤井浩人美濃加茂市長 | 2件のコメント

「事業の検証と責任追及」についての小池知事と五十嵐市長の決定的な違い

4月19日、私が委員長を務めたつくば市の総合運動公園事業検証委員会の報告書が公表された(全文がつくば市のHPで公開されている)。

この事業は、前市長時代に市議会もほぼ全面支持で事業計画が立案されたが、約66億円でUR(都市再生機構)から用地を買収する議案承認の段階で議会の賛否が拮抗、僅差で可決されたものの、その後市民から反対運動が高まったことを受けて市議会で住民投票条例が可決され、投票の結果、事業が白紙撤回に追い込まれた。

住民投票の結果を受けて、市原前市長は、4選目の不出馬を表明、昨年11月13日に行われた市長選挙に立候補して当選したのが、市議会議員として反対運動の中心となっていた五十嵐立青氏だった。

白紙撤回された総合運動公園事業の検証を行うことは、五十嵐市長が、市長選挙の公約にも掲げていたものだった。市民の代表である前市長が計画を進めようとした事業計画が、同様に市民を代表する市議会からの反対と、住民投票で示された民意によって白紙撤回に追い込まれた経過を、市長選挙で示された民意に基づいて検証したというのが、今回の検証だ。

つくば市の総合運動公園事業をめぐる問題は、当該地方自治体にとって大規模な事業であり、その事業の是非について激しい意見対立があった点、対応方針が新旧首長で大きく異なっている点において、東京都の豊洲市場問題と共通している。

五十嵐現市長は、つくば市の総合運動公園事業の計画に対する反対の立場で、この事業を最終的に住民投票によって白紙撤回に追い込む側の中心であった。結果として、つくば市には、URから約66億円で買収した土地が、当面使う予定のない市有地として残っている。

一方、東京都の豊洲市場への移転問題については、話が持ち上がった当時から、土壌汚染の問題がある工場跡地に生鮮食品の市場を整備することについて反対論が根強くあったが、豊洲への移転を決定した石原慎太郎氏から猪瀬直樹氏、舛添要一氏まで歴代の知事は、一貫して豊洲への市場移転に積極的だった。舛添氏の辞任を受けて行われた都知事選挙で当選し、昨年7月31日に小池百合子氏が都知事に就任した時点では、豊洲市場の施設はほとんど完成し、11月7日の移転を待つのみであったが、8月31日、小池都知事は、豊洲への移転延期を発表し、その後、一貫して移転に慎重な姿勢をとり続け、都知事の側近から築地市場の再整備の試案が公表されるなど、現在も、市場移転問題をめぐる混乱は続いている。

つまり、小池都知事は、前任までの都知事とは、豊洲市場問題に対する姿勢が大きく異なるのであり、同じ自治体において、現首長が前任までの首長とは異なった方針に転じたという点では、つくば市の五十嵐市長と前市長の関係と同じなのである。

 

新たに就任した首長が、当該自治体の行う大規模事業に対して何らかの見直しを行おうとする場合、それまでの首長が行ってきた事業の経緯やその問題点を把握し、自らの首長としての対応を決定していくことになる。

ここで重要なことは、首長の対応をいかにして、客観化し、適正な手続で進めていくかだ。

【「小池劇場」の”暴走”が招く「地方自治の危機」】でも述べたように、日本の地方自治制度において、直接選挙で選ばれる首長の権限は絶大だ。議会には予算の提出権がなく、首長側が独占しているという意味では、米国の大統領よりも権限が強い。その首長が選挙によって交代し、当該自治体の運営や事業の執行に関して、前任者とは異なった方針で臨もうとする場合、非常に困難な問題が生じる。

前任者までの首長も、同様に「強大な権限」に基づき既に決定し執行した事業なのであるから、同じ地方自治体という組織の後任の首長も、一度法的に生じてしまったものを覆すことはできない。後任者の首長は、同じ組織を継承した者として、前任者までに生じた法的効果を継承して、自治体の運営と事業の執行に臨まざるを得ないのである。

つくば市の総合運動公園事業については、五十嵐市長の就任時点で、住民投票によって白紙撤回が決まっていたが、前市長の時代に市が約66億円の予算を投じて行ったURからの用地の購入は、市長が変わったからと言って、無かったことにはできない。東京都の豊洲市場の問題についても、小池知事が移転を延期した時点で既に6000億円もの費用が投じられて市場の施設のほとんどが完成しているという事実がある。五十嵐市長の総合運動公園事業への対応も、小池知事の豊洲市場問題への対応も、それだけの費用を投じて既に土地を購入したり施設の建設が完了したりしていることを前提にせざるを得ない。

このような場合、前任者までの首長とは意見を異にする首長としては、対応方針の転換によって自治体に多額の損失が生じる可能性があるため、前任者までの首長の対応の誤りや問題点を強調し、その責任を強調することになりがちだ。

その点、つくば市の総合運動公園事業に対して、五十嵐市長が就任後に行ったことと、小池知事が就任後に豊洲市場問題に対して行ってきたこととの間には大きな違いがある。

五十嵐市長は、市民に公約した事業の検証を、条例に基づく「第三者委員会」としての検証委員会を設置して、独立かつ中立の機関による客観的な調査に委ねた。重要なことは、条例の制定という形で、もう一つの市民の代表である市議会の了解を得た上で検証委員会を設置したこと、しかも、事業の経緯についての事実調査、原因究明等について、独立性、中立性を確保し、自らの意向とは完全に切り離した形で検証が行われたことだ。

一方、小池知事は、豊洲への移転延期の決定を、全く都議会に諮ることなく独断で行った上、「市場建物の地下に『盛り土』が行われていなかった問題」についても、条例上の根拠も何もない「専門家会議によるオーソライズ」を金科玉条のように扱い、移転の延期を正当化する事後的な根拠にした(【豊洲市場問題、混乱収拾の唯一の方法は、小池知事の“謝罪と説明”】)。そして、豊洲市場への移転延期で膨大な損失が生じていることに関して、移転を決定した石原氏の責任追及を行うべく、石原元都知事の損害賠償責任を否定していた従来の都の対応を見直す方針を明らかにし、訴訟代理人も交代させている。それも、小池氏自身の独断で決めたものであり、第三者による客観的な検証は全く行われていない(【「小池劇場」の”暴走”が招く「地方自治の危機」】)。

 

つくば市総合運動公園事業検証委員会発足時点の記者会見で、五十嵐市長は、「検証委員会設置は、責任追及を目的とするものではない。」と明言していたが、委員会としては、市原前市長が何らかの個人的動機によって事業を行おうとした疑いや、本件土地を売却したUR側と市との間に何らかの不透明な関係、癒着関係等の疑いが指摘されていたことも踏まえ、その点も念頭においた調査を行った。その結果、「本件検証における調査結果からは、個人的な動機が介在した事実や不正の事実等は認められなかった」との結論に至り、「本件をめぐる問題は、二元代表制の地方自治制度の下で、首長や執行部が大規模事業の実施を決定し、事業を遂行していくことに関して、民意の把握、市議会や市民への説明等に関して不十分な点があった場合に、行おうとする事業の規模・性格や首長と議会との関係等の要因如何では、計画どおり事業を遂行することが不可能な事態に追い込まれることもあり得ることを示すもの」と分析したうえで今後のつくば市の事業への対応についての提言を示した。

つくば市においては、市を二分した対立には一応の決着がつき、今回の検証結果が、今後、市が行う大規模事業において教訓として活用され、市長と市議会との健全な関係と、民意を尊重した市政が展開していくことが期待される。

それと全く対照的なのが小池知事のやり方である。豊洲市場問題の混乱を招き、市場関係者や都民に膨大な損失を生じさせ、独断で過去の知事の責任追及の方針を示すことで市場問題への自らの対応への批判をかわそうとする小池氏は、「東京大改革」どころか、「都政の破壊活動」を行っているに等しい。東京都民の一人として、極めて憂慮すべき事態と言わざるを得ない。

 

 

 

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「浜渦氏偽証告発」“都議会の品格”が問われる

虚偽陳述(偽証)による告発とは

豊洲市場への移転問題に関して東京都議会に設置された地方自治法100条に基づく委員会(「百条委員会」)が喚問した浜渦武生元副知事に関して、「虚偽陳述」で告発する動きが強まっていると報じられている。

地方自治法100条9項は、「議会は、選挙人その他の関係人が、第三項又は第七項の罪を犯したものと認めるときは、告発しなければならない。」と定めている。「第七項の罪」というのが、「虚偽陳述」である。

虚偽陳述とは、「意図的に虚偽の陳述を行うこと」であり、「陳述内容が虚偽であること」に加えて、陳述の際に「虚偽であることの認識があったこと」が必要である。

「(議会は)…告発しなければならない」というのは、公務員の告発義務(刑訴法239条2項)の規定と同様の文言であり、「告発を行うか否かについての合理的な裁量は認められる」というのが一般的な解釈だ。

この権限は、国会での国政調査権に基づく証人喚問と同様に、議会での喚問において意図的な虚偽陳述が行われ、それを放置したのでは委員会設置の目的が達せられないと判断される時に、議会が告発を行うものであり、委員会設置の目的実現のために議会に与えられた手段だ。政治的対立を背景に、関係者をつるし上げることは百条委員会の目的ではない。

百条委員会設置の目的と浜渦氏の陳述内容

東京都の百条委員会における調査の焦点となったのは、第1に、なぜ土壌汚染がわかっていた豊洲市場に移転することが決まったのか、第2に、なぜ2011年の売買契約時に東京ガスの土壌汚染対策費78億円を上限とする「瑕疵担保責任の放棄」が盛り込まれたのかであり、それらの経緯を明らかにするために、当時の東京都幹部職員、東京ガス関係者等、多数の証人の喚問が行われた。

浜渦氏は、2005年まで副知事を務め、市場問題を所管していた上、当時の石原慎太郎知事の命を受けて東京ガスとの交渉に直接関わっていた人物であり、上記第2の目的に関して、浜渦氏が東京ガスとの交渉の中で「瑕疵担保責任の放棄」に関わっている疑いがあるというのが、百条委員会での喚問の目的だったはずだ。

3月19日の百条委員会での喚問で、浜渦氏は以下のような陳述を行った。

①2001年7月の東京ガスとの移転に関する基本合意締結までは、水面下での交渉に関わったが、それ以降は、同社との交渉には一切関わっていない。

②基本合意締結時には、(東京ガスには)「土地はきれいにしてください」と頼んだ。

③その後の交渉は知事本局に任せており、東京ガスに追加の土壌汚染対策を求めない「瑕疵担保責任の免除」が盛り込まれるきっかけとなった「確認書」による合意には関わっていない。

④基本合意締結後は、東京ガスとの交渉は知事本局が担当しており、豊洲市場の問題については、報告を受けておらず、指示もしていない。

浜渦氏は東京ガスとの「水面下の交渉」において、「東京ガス側の土壌汚染対策の免除につながるようなことは一切しておらず、瑕疵担保責任の免除にも全く関わっていない」というのが浜渦氏の陳述の趣旨である。

上記の百条委員会設置の目的と、浜渦氏喚問の目的からすると、浜渦氏の刑事処罰を求めて虚偽陳述で告発するとすれば、「浜渦氏が東京ガスとの交渉に、いつまで、どの程度に関わっていたのか、その交渉の中で東京ガスの土壌汚染対策の責任に関してどのようなやり取りが行われたのか、という点に関して意図的な虚偽の陳述が行われた場合」であろう。

偽証等の刑事処罰の対象

国会での証人喚問に関しても、籠池氏の証言について、自民党議員が偽証告発をめざして調査しているようだが、【籠池氏「告発」をめぐる“二つの重大な謎”】でも述べたように、「郵便局での振込手続を誰が行ったのか」等、自民党調査チームが問題にしている事項が、国会の国政調査権に基づく証人喚問の証言について偽証告発の対象となるものではないことは明らかだ。

国会の喚問でも、百条委員会の喚問でも、偽証等で刑事処罰の対象になり得るのは、「調査目的に関わる重要事項」について「意図的な虚偽証言」が行われた場合である。

東京都の百条委員会であれば、上記の委員会の調査目的に関わる重要な事実に関して意図的な虚偽陳述があれば告発を行って処罰を求める価値があると言えよう。

百条委員会の委員でもある音喜多駿都議会議員が、ブログで述べているように

浜渦副知事は困難な交渉をまとめた「タフネゴシエーター」でもなんでもなく、「汚染土壌が残置されたままでもよい」と大幅な譲歩を行い、交渉を取りまとめただけだった。

ここで東京都が譲歩した内容が、その後に判明した高濃度の汚染物質除去に対応する際の基準になり、結果として瑕疵担保責任を東京ガス側に強く求めることができず、莫大な都税が汚染除去に投じられることになった

というような事実関係だとすれば、浜渦氏には、東京ガスとの交渉で「大幅な譲歩」を行ったことについて重大な責任があるということになり、浜渦氏の「瑕疵担保責任を免除することにつながる交渉や合意には一切関わっていない」という趣旨の陳述は、自己の責任を否定するための虚偽陳述ということになり、虚偽陳述で告発をするのが当然ということになる。

しかし、基本合意の際に都と東京ガスとの間で交わされた「確認書」が、最終的に東京ガスの瑕疵担保責任が免除されたことに関して決定的に重要だというストーリーが、これまでの百条委員会の調査では、明らかになったとは言えない。

「確認書」の作成者の野村氏からは「確認書に関して浜渦氏の指示を受けた」とか、「それについて報告した」との陳述はなく、その上司であった赤星氏も、「確認書は見ていない」と言っている。また、交渉相手の東京ガスの関係者も、「確認書」の内容は二者間合意として認識しているが、「その内容に浜渦氏が関わっていた」とは言っていない。

つまり、百条委員会では、現時点で、浜渦氏と「確認書」を関連づける証拠は何も得られていないのである。

何が虚偽陳述とされているのか

報道されているところによると、浜渦氏の虚偽陳述で告発すべきとされているのは、上記④の中の「基本合意締結後は報告を受けていない」との陳述が、実際には報告を受けていたことが明らかなので、虚偽である疑いが強まったということのようだ。

浜渦氏は、4月10日に記者会見を行い、①について「基本合意後は交渉に関わっていない」と繰り返す一方で、④については、

(担当者部局が)困れば相談に来たかもしれない。聞かれたことは職員に丁寧に答えたが、指示はしていない

と述べて、委員会での陳述と若干異なる説明をした。このことで、百条委員会での浜渦氏の「報告を受けていなかった」との陳述が虚偽である疑いが一層強まったとされ、同氏の偽証告発が行われる見通しだとされている。

確かに、3月19日の証人喚問で、浜渦氏は、「私への報告は一切ありませんでした」と陳述している。しかし、それは「二者間合意は全く知りません」「こういう書類(確認書)があったというのも最近知ったことです」と述べていることからしても、その「報告を受けていない」というのは「二者間合意」や「確認書」のことを言っているようにも思える。

百条委員会の際の質問が、かなり長いものなので、「報告を受けていない」というのが、具体的に何についての報告を意味しているのか、必ずしも明確ではない。

これに対して、記者会見で「困れば相談に来た。聞かれたことは丁寧に答えた」と言っているのも、市場問題を所管する副知事として一般的な報告を受けていたという程度のようにも思えるので、百条委員会での「報告を受けていない」という陳述と相反するのかどうかもよくわからない。

しかも、浜渦氏は、記者会見で、再喚問に応じる意向を示している。だとすると、地方自治法100条9項但し書で「虚偽の陳述をした選挙人その他の関係人が、議会の調査が終了した旨の議決がある前に自白したときは、告発しないことができる。」とされていることとの関係が問題になる。もし、「報告は受けなかった」という陳述が「百条委員会の調査の目的に関わる重要事実」だというのであれば、浜渦氏が記者会見で、再度喚問されれば説明する意向を示している以上、再度喚問して訂正する機会を与えないまま偽証告発を行うことが正当なやり方だとは思えない。

浜渦氏に対して虚偽陳述の告発を行うとすれば、東京ガスとの交渉における浜渦氏の関与の内容に関して重要な事項について虚偽の陳述が行われたことが確認された場合であろう。百条委員会での浜渦氏の偽証告発のためには、浜渦氏が「確認書」の合意に直接関わったことや、基本合意締結後の豊洲市場問題への関与が、所管する副知事としての一般的なものではなく、具体的な指示を行うなどの積極的な関与であったことが、証拠により明らかになることが必要である。

音喜多氏などが、

浜渦副知事に対して報告していた「お手紙」の現物は公的に提出された資料から発見されており、(報告を受けていたことの)動かぬ証拠が存在する

などと述べているが、虚偽陳述(偽証)を立証する証拠というのは、「公的に提出されたか否か」が問題なのではない。それが、虚偽の陳述であることを具体的に立証する証拠価値を有しているか否かが問題なのである。

浜渦氏の虚偽陳述(偽証)については、まだ、漠然とした疑いのレベルにとどまっているように思える。

「法律上の告発」に伴う責任

拙著【告発の正義】(ちくま新書:2015年)参照)でも述べたように、最近、私人にせよ、官公庁にせよ「告発」をめぐる環境が激変している。「告発」は重大な社会事象になっていると言える。しかし、それが、「悪事を暴くこと」という社会的意味で使われるのではなく、法律上の権限として行われる場合には、それ相応の責任を伴うことを忘れてはならない。

官公庁の告発であれば、事前に検察に相談し、起訴の見通しを確認するのが従来の慣例であった。しかし、議会は独立かつ自律性を持った機関なので、議会が虚偽陳述(偽証)による告発を行う場合に、検察官に事前相談することはあまりない。それだけに、告発は、調査の目的に関わる事項についての虚偽陳述(偽証)であり、なおかつ、その嫌疑が相当程度あって、起訴される見通しが高いと議会として判断ができる場合に行われるべきであろう。

【籠池氏「告発」をめぐる“二つの重大な謎”】等でも述べたように、国会の国政調査権に基づく証人喚問に関しても、「告発」に関する基本的な事項も理解されていないのではないかと思えるような動きがあったり、【行政調査権限は、「犯罪捜査」のためのものと解してはならない】で述べたように、大阪府という自治体のトップが、行政調査権限と「告発」の関係を理解していないような発言をしたりというような、日本は、本当に法治国家なのだろうかと思えるような事象が相次いでいる。

東京都という日本最大の、いや世界最大の都市の議会において、都議会が虚偽陳述による告発を行うというのであれば、犯罪の成立と起訴の可能性について十分な検討を行った上で行うべきである。そうでなければ、東京都議会の「品格」が問われることになりかねない。

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行政調査権限は、「犯罪捜査」のためのものと解してはならない

森友学園と籠池氏をめぐる事態は一層、異常かつ深刻なものとなっている。

一昨日出したブログ記事【籠池氏「告発」をめぐる“二つの重大な謎”】でも述べたように、籠池氏の衆参両院予算委員会の証人喚問での証言について、「偽証告発」をめざす調査が行われている。告発の権限を持つ各院の予算委員会とは無関係に、自民党の西村康稔議員らによって調査が行われ、「偽証の疑いがある」「事実が確定したら告発をする」などと表明されたのが3月28日。翌29日には、国会ではなく内閣の側の菅官房長官が国会で、「(証言が)事実と違ったら告発」などと答弁し、その日のうちに、大阪地検が、前日に補助金が全額返還されているにもかかわらず、補助金適正化法違反の告発を突然受理し、最高検又は法務省からのリークとも思える「籠池氏告発受理」の報道が大々的に行われた。

そして、昨日31日には、森友学園に対する大阪府による立入調査が大々的に報道された。

大阪府の松井一郎知事は、森友学園に犯罪の疑いがあるかのような発言をかねてから繰り返していた。「偽計業務妨害」「私文書偽造」等、なぜそのような犯罪が成立するのが全く理解できない罪名から始まって、補助金不正受給の「補助金適正化法違反」の疑いがある旨のコメントが繰り返されていた。

3月29日と31日の記者会見で、松井知事は、次のように発言している。

(3月29日)

知事)籠池さんのことは、補助金の詐欺の疑いとかそういうものがあるのなら、それはもう、最後は司法に任せてやるべきだと思う。大阪府とすると、来週、調査に入りますから、その調査結果においては、教育長の方でね。

職員)明後日。

知事)明後日。調査に入るんで、そこに明確な、そういう補助金に対して違法性があるのなら、これはもう、教育長の方は警察の方へ届けるということになるでしょう。

記者)細かいんですけど、その刑事告訴・告発は、教育長が、大阪府知事として…

知事)これは大阪府知事名で、教育長が代理人になると思います。だってやっぱりこれは予算の不正取得になるのでね。

<中略>

記者)確認なんですが、先ほど知事は国会の偽証罪での告発について「ええ加減にした方がええ」というふうにおっしゃっていましたが、告発は予算委で3分の2以上の賛成が必要ですけども、維新としては、賛成反対という議論についても加わらないということですか。

知事)それは議論には入らないとダメだとは思いますけどね。そこは国会の対応なのでね、国会議員団の団長と幹事長が判断したらいいと思います。

記者)今のところ、代表として賛成すべき、反対すべき、というのはありますか。

知事)その、告発すること?

記者)そうですね。

知事)告発するのならやっぱり理屈というか理由がきちっと固まっていないとダメだと思いますけどね。まあでも僕は、大阪府としては、31日に調査に入れば、補助金の不正な搾取があれば、これは、知事としては、やっぱり府民の税金が不正に取られたということになれば、これはやっぱり警察・検察にきちっと申し立てはします。

(3月31日)

記者)仮に今日の調査で事実と異なるですとか、虚偽があった場合、府の対応について現時点でいかがでしょうか。

知事)これ教育長が判断することですけれども、やはり補助金を不正に取得されていたということになると、司法に判断を仰ぐような形になるんじゃないですかね。

記者)刑事告発が既に受理されていてですね、そちらの方の捜査もおそらく始まっているだろうという中で、契約書の話はその辺すごく絡んでくる部分があると思うんですけども、その辺、どういう風に整合性を取っていくかというか、その辺どのようにお考えでしょうか。

知事)いやもう整合性というか…この事実を知っているのは施主である森友さん側と、請負された建築会社、設計事務所、この皆さん方が誠実に真実を話すべきだと、こう思っています。

記者)その刑事的な話が進んでいることを理由に、今回の調査を断られたりということは、想定されているんでしょうか。

知事)まあ、誠実に対応されると、僕は思っています。

記者)補助金の問題とも絡むんですけど、偽計業務妨害としても検討されていることを思えば、今回の立入調査の結果を踏まえて、それはもう最終的に結論を出すということですか。

知事)そうですね。やはり立入調査で事実を明らかにしないと。

松井知事は、大阪府が森友学園に立入調査に入るのは、「補助金の詐欺」などの不正を突き止めることが目的で、調査の結果不正が明らかになれば、警察、検察に告発する方針であることを明確に述べている。「司法に任せてやる」「警察の方へ届ける」「司法に判断を仰ぐ」など表現は様々だが、大阪府の行為としては「告発」するということであり、さらに、「告発の名義人」を尋ねた記者の質問に答えて、「大阪府知事名で、教育長が代理人になる」とまで答えている。

もちろん、「調査の結果不正が見つかれば」と言っているが、不正が見つからなければ、そもそも告発も何も問題になるわけがないのであるから、それは当然のことだ。

松井知事の発言には、自分が行政のトップの立場にある大阪府の権限を使って、森友学園の犯罪を行政の手で明らかにしようという意図が露骨に表れている。

特に、31日の会見では、記者は国会での籠池氏偽証告発について、松井知事が反対するようなコメントをしていたことについて聞いているのに、自分の方から、大阪府の調査のことに話題を変え、「31日に調査に入れば、補助金の不正な搾取があれば、これは、知事としては、やっぱり府民の税金が不正に取られたということになれば、これはやっぱり警察・検察にきちっと申し立てはします」などと述べているのである。

また、既に補助金適正化法違反の告発を大阪地検が受理したと報じられていることから、記者が「刑事的な話が進んでいることを理由に、今回の調査を断られたり」と言って、「大阪府が補助金適正化法違反の事実を突き止めるために立入調査を行おうとしても、森友学園側が拒否するのではないか」という趣旨のことを聞いても、「誠実に対応されると、僕は思っています」などと述べて、そのような拒否はさせない、大阪府の調査に対しては「誠実」に対応するのが当たり前だという趣旨の発言をしているのである。

「不正の事実があれば処罰を求めて告発をする」、それだけ聞くと当然のことのように思える。しかし、行政機関の立入調査(正確には「立入検査」)をその手段とすることには法律上重大な問題があることを、この際、声を大にして言っておきたい。行政が、自らの調査権限を使って、司法のチェックも受けないで、犯罪捜査まがいのことを好き放題に行うようになったら、それこそ、専制国家そのものである。

行政機関による行政調査は、本来、「行政上の目的」で行われるものであり、それを拒否したり、質問に対して虚偽の陳述をしたりすることに対しては「罰則」の制裁がある。つまり、「行政目的で行う」という大前提の下で、立入検査という形で「家宅捜索」のような調査を受けることも、質問に対して答えることも、「拒絶できない」ことになっているのだ。

行政目的のために立入検査などを行った結果、刑事罰に処するべき悪質な違反事実がみつかったという場合、その段階で告発の要否を検討し、当該行政庁が警察、検察に告発を行う場合がある。それは、まず一定の行政目的での立入検査が行われた「結果」、犯罪事実が「発見」され、それを当該行政目的に照らして考えたとき、「行政機関に与えられた行政処分等の権限では行政の目的が達せられない」と判断されるからこそ、「告発すべき」ということになり、最終的には、捜査機関側の意見も聞いて、行政庁としての告発の判断が行われることになるのである。

「補助金の不正受給」の事実があったとしても、まずは「補助金の返還」を求めることが先決であり、その上で、悪質・重大な犯罪の疑いがある場合に、告発を検討することになる。

私が総務省顧問・コンプライアンス室長を務めていた2010年に、ICT関係の補助金に関して、コンプライアンス室への内部通報を端緒に、補助金適正化法違反で補助金をめぐる不正の事実をつかみ、総務省で特別チームを作って調査し、補助金適正化法違反による立入検査を行った事案もあった。多数解明した事案の中には、多額の補助金を私物化している悪質事案があり、告発に向けて検察庁と協議も行ったが、告発には至らなかった。

「最初から、犯罪の証拠を発見して告発することをめざして立入検査等の行政調査を行うこと」は、それによって、「無令状」の捜索や「黙秘権侵害」の聴取が行われることになるので違法であることは言うまでもない。逮捕,勾留,捜索,押収などの強制処分は,裁判官または裁判所の発する令状によらなければ,実行できないとする原則が「令状主義」である。 強制処分の理由と必要性を第三者が審査することで権限濫用を防ぎ、人権を保護するのが目的だ。

考えてみてもらいたい。例えば、あなたの会社について、犯罪の疑いがあるとの噂が流れ、管轄の行政庁又は自治体が、「噂がその通りであれば、告発する」と公言した上で、行政上の立入検査に入ってきて、「拒否すると罰則が科されますよ」と言われて、書類の提出を求められたり、「噂されている事実があるのか」と質問されるという状況に立たされたら、あなたならどうするだろう。

犯罪の疑いがあれば、捜査機関の判断によって捜査の対象にされることもある。しかしそれば、あくまで「任意」が原則であり、「強制」的に行う場合は、裁判官による「令状」が必要だ。犯罪捜査に応じることを、罰則で強制されることは、刑事手続きに関する憲法上の権利を侵害するものだ。

行政調査と憲法35条の「令状主義」・38条の「黙秘権の保障」との関係については、古くから税務調査等に関して問題にされてきた。昭和47年11月22日の川崎民商事件最高裁判決では、「刑事責任追及のための証拠収集と行政調査との関係」について、

右規定(憲法第38条の)による保障は、純然たる刑事手続においてばかりではなく、それ以外の手続においても、実質上、刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有する手続には、ひとしく及ぶものと解するのを相当とする。

との判断が示された。

それ以降、行政調査権限に関する規定には、必ず「犯罪捜査のためのものと解してはならない」との規定が設けられるようになった。補助金適正化法(第23条3項)においても、

(行政調査)権限は、犯罪捜査のために認められたものと解してはならない

と定められている。

行政調査の現場では、告発を視野にいれている場合であっても、絶対に表には出ないよう十分な配慮がなされてきた。行政調査が「犯罪捜査の目的ではないか」と疑われた場合、それを理由にして、被調査者側から調査を拒否されても致し方ないからである。この場合、拒否に対する罰則適用も不可能である。

松井知事の、森友学園に対する調査に関する発言を見る限り、そのような「行政調査と犯罪捜査との関係」についての理解を欠いているとしか思えない。立入調査に入る行政機関のトップが、事前に、「不正や犯罪を発見して警察、検察に処罰を求める」と公言しているのだから、全く弁解の余地がないのだ。

重要なことは、松井知事のこのような発言が、かえって森友学園側に有利に働くということだ。森友学園側としては、立入検査に対して、「犯罪捜査のために行われている」と言って重要書類の提出や、質問への回答を拒絶することができる。それに対して罰則適用することはできない。しかも、「行政調査で解明しようとしている事項については、まず行政機関の手続きを優先させるべき」と判断するのが一般的であり、警察などの捜査機関が犯罪捜査で介入をすることは、適切ではないということになる。結局、大阪府に関連する問題に関して、森友学園の不正の解明は遅れてしまうことになりかねないのだ。

昨日は朝から、大阪府が立入調査に入ることがマスコミで大々的に報じられ、テレビのワイドショーは、さながら「立入調査の実況中継」のような状態であった。その中で、松井知事のかねてからの「調査の結果不正がみつかったら警察に」というような発言が、改めて映像で流され、キャスターが「松井知事は不正がみつかったら告発すると明言している」という趣旨の解説をしていた。そして、スタジオのパネルは、森友学園の様々な「犯罪の疑い」で埋め尽くされ、森友学園の犯罪に対して大阪府の調査でメスが入る、ということが強調されていた。

私は、森友学園とも籠池理事長とも何の関係もないし、もちろん、弁護人でも、代理人でもない。森友学園の幼稚園等で何が行われていたのか、小学校の開設をめぐって何が行われてきたのかを知る由もないし、実際に、犯罪が行われた可能性を否定するものでは決してない。しかし、仮に犯罪事実があったとしても、それは、「適正な手続」によって証拠収集され、事実解明されなければならないことは、憲法上の保障から言っても、当然のことだ。行政のトップが、その大原則を露骨に踏みにじる発言をすることは決して許されない。

このような知事の発言によって、行政の立入調査が、森友学園の犯罪を明らかにするためであるかのように強調する放送が行われることは、弁護士の立場から見過ごすことができない。

「偽証告発」をめざす動きの異常さ、補助金全額返還後の「告発受理報道」の異常さに加え、大阪府が、「犯罪事実を明らかにするために行政調査に入る」という異常さまで加わる。

日本は、いつから非法治国家、非立憲国家になってしまったのだろうか。

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籠池氏「告発」をめぐる“二つの重大な謎”

3月23日の衆参両院予算委員会の証人喚問での証言が社会的注目を集め、「時の人」となっている籠池泰典氏をめぐって、3月29日から30日にかけて、二つの「告発をめぐる動き」があった。

一昨年秋に公刊した【告発の正義】(ちくま新書:2015年)等で、告発をめぐる最近の環境変化の問題について専門的立場から調査研究してきた私にとって、いずれも、不可解極まりないもので、凡そ理解できないものだ。このような告発をめぐる不可解な動きが行われる背景に、一体何があるのだろうか。

一つは、3月28日に、「籠池氏偽証告発」に向けての調査結果が公表されたことだ。

同日夜、自民党の西村康稔総裁特別補佐が、西田昌司参議院議員、葉梨康弘衆議院議員とともに、党本部で緊急の記者会見を行い、衆参両院で証人喚問を受けた森友学園の籠池泰典氏による複数の発言に虚偽の疑いが濃厚だとして「国政調査権の発動も必要だ。精査を進めたい」と述べ、その上で、議院証言法に基づく偽証罪での告発について「偽証が確定すれば考えたい」などと述べた。

そしてもう一つは、翌日29日の夕刻になって、大阪地検が、籠池氏に対する補助金適正化法違反での告発を受理したことだ。NHKは、次のように報じている。

大阪の学校法人「森友学園」が小学校の建設をめぐって金額が異なる契約書を提出し、国から補助金を受けていた問題で、大阪地検特捜部は29日、籠池理事長に対する告発状を受理し、今後、補助金の受給が適正だったかどうか捜査を進める

 

今回の告発受理公表の特異性

まず、二つ目の「補助金適正化法違反の告発受理」であるが、刑事訴訟法上、告発というのは、何人も行うことができる。告発人の一方的なアクションである。告発が行われたからと言って、その事件が起訴されるか、ましてや、告発事実が真実なのか、犯罪に当たるのか全く不明なので、告発やその受理が、当局の側から積極的に公表されることはほとんどない。告発人が、自らのリスクで公表し、マスコミがそれを報じることがあるだけだ。

ところが、今回の「籠池氏告発受理」の報道は、明らかに検察サイドの情報によって行われている。マスコミ各社の報道の多くは、告発人が誰かということすら報じていない。「告発状を受理し」と書かれているだけだ。【森友学園問題 補助金不正で捜査機関が動かないのはなぜか】で述べているように、この補助金適正化法違反が刑事事件として立件されるのは容易ではないと考えられた。しかも、3月28日に、森友学園は、問題となっていた国土交通省からの補助金全額を返還したとされている。通常であれば、起訴の可能性はほとんどなくなったので、告発状を引き取ってもらうことになるはずだ。それにも関わらず、「告発受理」が報じられるというのは誠に不可解だ。

この二つの不可解な「籠池氏告発」をめぐる動きが、相次いで起きたことの背景には、この森友学園問題をめぐって大混乱に陥っている首相官邸の意向があるように思える。

 

補助金適正化法違反による起訴の可能性はゼロに等しい

まず、大阪地検による「籠池氏告発受理」の“謎”について考えてみたい。

【前記ブログ記事】でも述べたように、森友学園が設置をめざしていた小学校の建設工事に関しては、金額の異なる3つの請負契約書が作成され、そのうち最も高い約23億円の契約書が提出された国から5000万円余の補助金が学園に支払われた事実がある。この契約書が、国から補助金を受けるための虚偽の契約書だったとすれば、「偽りその他不正の手段」によって補助金の交付を受けた「補助金適正化法違反」が成立する可能性がある。

しかし、請負契約書が虚偽だったとしても、国の側で審査した結果、適正な補助金を交付したのであれば、「偽りその他不正」は行われたが、それによって補助金が不正に交付されたのではない、ということになる。詐欺罪であれば未遂罪が成立するが、補助金適正化法違反では未遂は処罰の対象とされていないので、犯罪は不成立となる。(補助金適正化法が適用される国の補助金の不正受給については、詐欺罪・同未遂罪は成立しない。)この点について、

専門家を交えた検討の結果、補助対象の設計費と工事費はおよそ15億2000万円と算定され、6194万円を助成することになり、先月までに5644万円余りが支払われている。

との報道があった。(NHK)

森友学園が受給していた国土交通省の「サスティナブル建築物先導事業に対する補助金」というのは、「先導的な設計・施工技術が導入される大規模な建築物の木造化・木質化を実現する事業計画の提案を公募し、そのうち上記の目的に適う優れた提案に対し、予算の範囲内において、国が当該事業の実施に要する費用の一部を補助」するもので、木造化・木質化が審査され、それに応じて建設代金の一部について補助金が交付されるものである。森友学園の件については、虚偽の請負契約書が提出されていても、森友学園が交付を受けていた補助金のうち、国交省の審査で、適正とされた部分を控除した「不正」受給金額は、少額になる可能性がある。また、審査の結果、認定された金額によっては、適正な金額が認定されており、不正受給がないという可能性もある。

しかも、森友学園は既に補助金を全額返還したというのである。過去の事例を見ても、よほど多額の補助金不正受給でなければ、全額返還済みの事案で起訴されることはない。

このように考えると、少なくとも今回の籠池氏の補助金適正化法違反の事実については、起訴の可能性はほとんどないと考えざるを得ない。そのような事件で、告発の受理の話が、告発人側とは異なる方向から表に出て、大々的に報道されるというのは、全く不可解であり、何か、特別の意図が働いているように思える。

大阪地検が、この事件を起訴する方向で捜査していく方針であれば、「告発受理」を公表することなどあり得ない。告発は捜査着手の要件でも、起訴の要件でもない。本気で行う捜査であれば密行性が重要であり、「告発受理」をマスコミに報道させるなどということはあり得ない。

実は、私自身も、この補助金適正化法違反の告発に関しては、3月中旬に、マスコミ関係者を通じて事前に相談を受け、告発状案にも目を通していた。単に、既にマスコミが報道しているような事実を、補助金適正化法違反で構成して告発状を提出しただけであって、捜査を行っていく上で特別の情報を含んでいるわけではない。

今回の告発受理の件については、昨日午前、大阪地検から告発人に突然連絡があり、その後、告発人に、大阪の記者が確認してきたとのことだが、その記者が「大阪地検告発受理」の情報を得たのは、東京の記者からだという。つまり、東京サイド(最高検ないし法務省)が「告発受理」の情報源だと考えられる。

いずれにしても、大阪地検の現場の動きではなく、何らかの意図があって、東京側主導で、「籠池氏の告発受理」が大々的に報道されることになったようだ。

 

自民党調査での籠池氏偽証告発はありえない

次に、「偽証告発」をめぐる動きであるが、【籠池氏証人喚問は、自民党にとって「危険な賭け」】【籠池氏問題に見る”あまりに拙劣な危機対応”】でも述べたように、籠池氏の証人喚問での証言を偽証告発するというのはもともと無理筋だった。自民党が籠池氏の「安倍首相からの100万円寄付」の発言の直後に、拙速に証人喚問に打って出たこと自体が、「拙劣極まりない危機対応」だったのであり、予想どおり、証人喚問は「籠池氏の独演会」に終わり、しかも、籠池氏が証人喚問で明らかにした昭恵夫人付職員からのファックスで、昭恵夫人が国有地の売却に関わっていた疑いが生じるなど、自民党、首相官邸はますます窮地に追い込まれることになった。

偽証の疑いがあるとして、告発をめざす調査の対象とされている事項は、

①籠池氏は、「学園の職員が払込取扱票の振込人欄に“安倍晋三”と書き、郵便局に持参した」などと証言したが、「安倍晋三」の筆跡が籠池氏の妻が書いたとされる字に似ていることから、郵便局に行ったのは、職員ではなく籠池夫人ではないか。

②寄付依頼書に「安倍晋三小学校」の記載がある払込取扱票を同封して使用した期間について、籠池氏は、「(安倍首相が)衆院議員時代、つまり総理就任、24年12月以前」であり、「使用してきたのは、ほんの一瞬」と午前の参議院予算員会で証言し、衆議院では「5カ月余り」と訂正したが、平成26年3月にも配っている。27年9月7日の100万円の振込に使われた払込取扱票にも「安倍晋三小学校」が記載されていることから、もっと長期にわたって使用していたのではないか。

の2点のようだ。

しかし、これらの事項に関して、国会議員が独自に調査した結果に基づいて籠池氏を偽証で告発することは極めて困難であり、現実的にはその可能性はほとんど考えられない。

まず、①で問題にされている籠池氏の発言は、参議院予算委員会での自民党の西田昌司議員の質問に対して答えたものだが、その前に、山本一太委員長の質問に対して、

その日は土曜日でございましたので、中身を確認し100万円であることを確認し金庫の中に入れました。そして、月曜、すぐ近くの新北の郵便局の方へまいったということでございます。その後、私は金庫に入れましたところあたりからは伝聞でございますので、私は直接いたしておりません。

と証言し、昭恵夫人から受け取った100万円を職員室の金庫に納めるところまでは自分がやったが、その後のことは「伝聞だ」と証言している。

したがって、その後の西田議員の質問に対する籠池氏の証言は、自分が直接経験したことではなく、「伝聞」であることが前提になっている。

「伝聞」であれば、聞いた話が間違っていれば、本人の認識も間違うのは当然のことだ。森友学園側で、100万円の振込の手続について、籠池氏の妻や学園職員からその時のことを聞いたのであろうが、当初の話が違っていたことがわかれば、それに応じて籠池氏の認識も変わることになる。証人喚問の時点では、籠池氏は、「学園職員が郵便局に行って手続をした」と聞き、そのように思っていたが、その後、郵便局に行ったのが実は籠池氏の妻だったことが判明したということであれば、籠池氏の「認識が間違っていた」だけで、「記憶に反して意図的に虚偽の証言をした」ことにはならない。籠池氏が、妻が郵便局に行ったことを知っていて、それを隠すために意図的に虚偽の供述をする理由があれば別だが、郵便局に行ったのが職員なのか妻なのかは、籠池氏にとってはどちらでも良い話であり、嘘をつく理由も考えられない。

すなわち、①の点について籠池氏に偽証罪が成立する可能性は限りなくゼロに等しい。このような問題で、籠池氏を偽証告発するために、払込取扱票の振込人欄の筆跡鑑定を行うというのは、全く馬鹿げていると言わざるを得ない。

次に、②の点については、籠池氏は、「安倍首相が総理大臣に就任する前」と証言し、その期間も「5ヶ月余り」と証言しているが、どの程度の期間使っていたのかという点についての籠池氏の証言が、客観的事実に反している可能性があることは確かである。

しかし、「安倍晋三小学校」の記載がある払込取扱票が、どの程度の期間使われていたのかというようなことが、国政調査権によって明らかにすべき「国政上重要な事項」なのであろうか。

【国会での証人喚問は「犯罪捜査のため」という暴論】でも述べたように、国会での証人喚問は、憲法62条に基づく「国政調査権」の手段として、国政上の重要事項に関して、偽証の制裁を科して証言を求め、真実を究明するために行われるものである。そこで、仮に、事実に反する証言が「故意に」行われたとしても、すべてが「偽証告発」の対象となるものではない。「偽証に対する制裁として刑事罰を科すこと」が、国政調査権の目的を達するために不可欠と判断された場合に、偽証告発が行われる。当然、国政にとっての重要事項を証人喚問によって明らかにしようとしたところ偽証が行われた、ということが証拠上明らかとなった場合に、偽証告発が行われることになるのである。

過去に偽証告発が行われた事例のほとんどが、その問題が検察等の捜査の対象となり、捜査の結果、偽証が明らかになった場合だけであることは【籠池氏証人喚問は、自民党にとって「危険な賭け」】でも述べた。

典型的なのは、閣僚、政府高官、国会議員等に関して何らかの疑惑が持ち上がり、それに関して国会として真相解明のために、当事者の証人喚問が行われ、そこで、疑惑を否定する証言が行われたが、後日、検察等の捜査で、偽証であったことが明らかになった場合である。

そのような形で偽証告発に至った2000年以降の事例として、鈴木宗男議員、守屋武昌防衛事務次官のケースがある。この場合、疑惑は、その後刑事事件に発展する可能性があるのであるから、証人喚問において「刑事訴追を受ける可能性がある」ということで証言拒否することは可能である。しかし、証人喚問されたのが国会議員、政府高官の場合、もし証言を拒絶すれば疑惑が一層高まることになるので、「自らのリスク」で疑惑を否定する証言をすることもあり得る。その証言が、その後の捜査で否定され、なおかつ、意図的な偽証であることが明らかになれば、その事実について偽証告発が行われることになるのである。

実際のところ、「国政上の重要事項」は、刑事事件に関連するものである場合が多い。「刑事訴追を受ける可能性がある」と証言拒絶されてしまえばそれまでなのだが、政府高官、国会議員は、証言拒否によって疑惑が深まるから拒否することもできない、ということで、証人喚問することに意味があるのである。籠池氏が、証人喚問の後の外国人特派員協会での記者会見で、「いきなり民間人が証人喚問されるというのは、あり得ないこと」と怒りを露わにしていたが、民間人であれば、犯罪事実に関することを聞いても、当然、証言拒否をすることになるので、証人喚問をすることの意味がないのである。

今回の証人喚問で籠池氏が述べた100万円の寄付自体は、違法な寄付ではない。それがあろうとなかろうと「国政上重要な事項」ではない。その寄付の事実に関して、仮に、意図的な虚偽の証言があったとしても、国政調査権の目的が達せられないなどとは言えないので、偽証告発の対象になどならない。ましてや、「安倍晋三小学校と記載された払込用紙をどの程度の期間使って寄付を募っていたのか」という点も、国政調査で明らかにすべき事項とは考えられない。

証拠面でも、偽証告発というのは著しく困難だ。籠池氏は、証人喚問で、

総裁になられて、(「安倍晋三小学校」を)お断りになられた後に、振込用紙が残っていて、少しの期間使われたことがあった

と証言し、その後、振込用紙がどのように使われているのかはわからなかったというのが籠池氏の弁解のようだ。証言内容が、仮に、客観的事実と異なっていたとしても、意図的に虚偽の証言をしたのでなければ、偽証とは言えない。

籠池氏の証言については、①、②いずれについても、意図的な偽証を明らかにできる証拠が収集されるとは思えないし、そもそも偽証の起訴価値もないので、偽証告発などあり得ないのである。

 

「二つの謎」の背景に何があるのか

大阪地検特捜部の不祥事で批判非難を受けたことで、それまでの「ストーリー通りの調書をとるための不当な取調べ」を中心としてきた特捜捜査の手法が使えなくなり、検察捜査は著しく弱体化した。「絵に描いたようなあっせん利得」の甘利元大臣の事件の捜査でも、為すすべなく敗北、東芝の歴代社長の告発をめざす証券取引等監視委員会に対しても告発を断念させることに懸命になっている。そのような今の検察にできることは、起訴の可能性のほとんどない補助金適正化法違反を「告発受理」するという「単なる手続」を行って、それを「籠池事件捜査着手」とマスコミにぶち上げて大々的に報道させることぐらいなのだろうか。

一方で、自民党議員による調査はほとんど無駄であり、偽証告発が可能になるとは思えないにもかかわらず、首相官邸側は、調査を肯定する異例のコメントをしている。自民党本部で偽証告発をめざす調査の記者会見が行われた28日午前の参議院決算委員会で、菅義偉官房長官は、齋藤議員の「虚偽証言で告発をすると、こういうことでしょうか。」との質問に答えて、「事実と違ったら、そのようになるという風に思っています。ですから、客観的な内容について、今私ども精査しています。」と答弁し、記者会見でも、証人喚問での籠池理事長の証言を巡り自民党が偽証罪での告発も検討していることについて、「真相究明の動きだ」などと評価する発言をした。

政府側のスポークスマンである官房長官が、国会での国政調査権に関して、偽証告発を肯定するような発言をするというのはあり得ないことだが、それに加え、既に述べたような全くの「無理筋」である籠池氏偽証告発に向けての調査まで肯定する発言を敢えて行っているのである。

今後、東京地検特捜部は、何らかの「無理筋」の事件を無理やり仕立て挙げて捜査を行い、偽証告発に向けての動きをアシストするというようなこともあり得るのであろうか。

そして、検察庁を所管する法務省は、これからテロ等準備罪と称する「共謀罪」の国会審議が本格化する中で、与党サイドの全面協力を得る必要がある。

このような状況において、籠池氏の「告発」をめぐって起きた「2つの不可解な動き」には、何やら不気味なものを感じる。

 

 

 

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「刑事裁判の意味」が問われる「夢の街」株相場操縦事件判決

「夢の街創造委員会」(以下、「夢の街」)の株式をめぐる相場操縦事件で起訴された花蜜伸行氏に対する判決が、3月28日に東京地裁で言い渡される。

当ブログ【「録音録画停止後の脅し」を覆い隠そうとする検察と、加担する裁判所】で述べた異常な訴訟指揮で審理が終結した事件である。弁護人の弁論で、取調べの録音録画停止後の検察官の発言の問題等を指摘された検察官が被告人調書の請求を撤回して供述による主観面の立証を断念したことなど、検察官立証の不十分さを指摘したのに対して、検察官が「証拠に基づかない弁論」などと異議を申し立てて不当な言いがかりを付け、裁判長が、その異議をあっさりと認めて弁護人の弁論の削除を命じたのである。

裁判長は、被告人・弁護人が全面無罪を主張している事件であるのに、なりふり構わず有罪判決に邁進する姿勢を示した。証人尋問でも、被告人質問でも、検察官が述べる「異議」を認めて弁護人の質問を制限する訴訟指揮にも、その姿勢は顕著に表れていた。

このような裁判長の下す判決なので、無罪となる可能性は低く、勝負は控訴審に持ち越されることになるだろうと予測はしている。

しかし、本当に、それで良いのだろうか。

判決に先立って、花蜜氏が行った「夢の街」株売買の経緯や内容を概説しておきたい。花蜜氏が行ったことは、決して相場操縦で起訴されるような「刑事事件」ではなかった。それは、経済の常識をわきまえた読者であれば容易に理解して頂けるであろう。

花蜜氏の「夢の街株取得計画」の概要

「夢の街」社の創業者の花蜜氏は、同社が上場するまでは社長を務めていたが、その後、同社の経営から離れ、同社の社長は、花蜜氏が招聘した中村利江氏が務めていた。2013年3月に、花蜜氏が特別顧問という形で再び経営に関わるようになった際、「経営に関与するのであれば、中村社長の持株に対抗できるだけの15%程度の株式を取得したい」と考えて、同社の株式の買い付けを始めた。

そこで、花蜜氏が夢の街株取得の計画のためにとった方法は、以下のようなものだった。

①花蜜氏は、手持ちの資金や知人からの借金を原資に株の買い付けを始めたが、15%もの株式を取得するためには、信用取引の買い建玉を維持して、それを増やしていくしかなかった。そこで、購入時より値上がりして利益が出ている信用取引の決済の売り注文に、新たな信用の買い注文を対当させることによって利益を現実化させるという「益出しクロス」を行い、それによって得た値上がり分の資金を、更に買い建てる資金に回すという方法をとった。

②夢の街株の取得の目的は、経営方針をめぐって中村社長と対立した時に、対抗できるだけの株数を保有することだったので、中村社長に知られないように買い進めることが必要だった。そこで、知人二人に「名義貸し」を依頼した。違法行為を行うために他人名義にしたわけではなかった。

③クロス取引により出た利益を新たな買い建て資金に回していくには、前提として、夢の街株の株価が、「益出し」が可能な程度に少しずつでも上がり続けていなければならなかった。

④しかし、この点については、花蜜氏は自信があった。夢の街を創業して上場企業に育てた同氏は、夢の街株が市場で過少評価されていると考えており、事業提携やM&Aを積極的に提案し、それが市場に評価されれば、株価が上昇傾向をたどることは確実だと考えていた。そして、自身が同株を買い進めることで一層株価の上昇を加速させ、時価総額を拡大させることを目論んでいた。

⑤花蜜氏は、最終的には、時価総額250億円の企業にするため、事業をさらに多角的に展開していこうと考えていた。そのために、夢の街株をどんどん買い進めていき、それによって株価を上昇させていこうと考えていた。一般の投資家であれば、「できるだけ安く買って、できるだけ高く売る」ということを考えるが、花蜜氏にとっては、「売る」ということは頭になく、株価は上がれば上がるほど良いと思っていたので、自分の買い注文で少しでも株価が上がることをめざしていた。基本的には、前日の終値近辺にまとまった買い注文を出して、買い付けるという方法だったが、売り注文が薄い時などには、一気に買い上がって、株価を上昇させることもあった。

⑥一方、夢の街株の株価が下落して、買い建て単価を大幅に下回ってしまうと追証が発生し、それを払えない事態になれば、買い建てている株式は強制売却され、花蜜氏の計画は破綻することになってしまう。そうした事態を防ぐために、花蜜氏は、自身が夢の街株の買い注文を発注することによって、株価が下落することを防止する必要があった。そこで、現在値を下回る水準にまとまった買い注文を入れて、株価がその水準を下回ることを防止しようとしていた。

夢の街株売買の結末と刑事事件化

このような花蜜氏の夢の街株の取得計画は、順調に進み、株価も、当初500円程度だったのが、2014年3月には2800円を超え、その後、1:2の株式分割が行われた後も、1200円前後で推移していた。

ところが、その後、まとまった売り注文が続々と出されるようになった。花蜜氏は、知人から借入れするなどして資金を追加し、夢の街株の防戦買いを行ったが、買っても買っても株価は上がらない。逆に下落し、持株の大半に追証が発生する水準を下回りそうな状況になってきた。

終値が、追証が発生する価格以下に下がらないように株価を引き上げる「買い上がり買付け」「下値支え注文」を行って何とか株価を維持していた花蜜氏に、「悪魔のささやき」がやってきた。知人を通じて、外資系ファンドから「夢の街株を安定保有するので、合計20万株譲ってくれないか」という申入れがあったのだ。花蜜氏は、20万株引き取って安定保有してもらえれば、得た資金で夢の街株を買い続けることができ、再び大きく上昇させることができると考えて、その話に乗ることにした。

譲渡の期日は、1回目が5月30日、2回目が6月2日と定められ、5月30日の昼頃、引け後のトストネットで、終値の7%引きの価格で10万株を譲渡する契約書に署名した。

すると、その日の大引けが近づいた午後2時40分頃から、津波のような猛烈な売り注文が襲ってきた。花蜜氏の必死の防戦買いも、あっという間に吹き飛ばされ、終値が大幅に下落、2億円を超える追証が発生した。花蜜氏には何が起きたのか全くわからなかった。大幅に下落した終値の7%引きの価格で10万株譲渡した代金が約1億円入ることになるが、それでは賄えない程の追証の金額だった。

追証資金を確保しようと、6月2日の10万株の譲渡も、予定どおり契約書に署名した。すると、また、猛烈な売り注文が襲ってきた。株価を回復させようとまたもや必死に防戦買いしたが、全く歯が立たず、その日の終値はさらに大幅に下落。その翌日に、花蜜氏の持株218万株は、すべて強制売却され、夢の街株は大暴落となった。

夢の街株をすべて失った上に、約10億円の借金を抱えることになった花蜜氏が、債権者に追われているところに、「死馬に鞭打つ」ように襲ってきたのが、2015年2月に開始された証券取引等監視委員会(以下、「監視委員会」)の特別調査部の強制調査だった。容疑は、夢の街株の売買における「相場操縦」だった。

しかも、その取調べの中で、花蜜氏は調査官から驚愕の事実を知らされた。

5月30日、6月2日の株式売買注文に関する資料を見せられ、

『売り崩し』に使われたのは、あなたの株だったんですよ

と言われたのである。花蜜氏から合計20万株の譲渡を受けた外資系ファンドが、契約書締結の直後から大量の空売りをかけ、譲渡価格の算定基準となる終値を下落させていたのである。

膨大な借金を抱えた上に、刑事処罰まで現実のものとなった花蜜氏には、立ち上がる気力すらなく、監視委員会の取調べでは、言いたいこともほとんど言えないまま、調査官が作文した調書に署名した。

そして、1年3ヶ月続いた調査の後で、東京地検に告発された。告発されたのは、花蜜氏だけではなく、株式取引の名義人になってくれていた知人のTさんも一緒だった。

花蜜氏の夢の街株売買の特異性と破綻の原因

ここまでが、花蜜氏が、相場操縦事件で告発されるに至った経過だ。

花蜜氏の夢の街株取得計画は、僅かな資金を元に、信用取引で上場会社の15%もの株式を保有しようとするもので、十分な資金もなく、上場企業の株式をまとまった数量取得しようとするやり方は、一般的な感覚からは、若干無理があるようにも思える。

しかし、それも「出前館」という新たな事業を営む同社の創業・上場を成し遂げた花蜜氏であるからこその発想であり、しかも、前記④の通り、夢の街株が過少評価されていること、自らが経営に参画することで業績を向上させていくことを確信していた花蜜氏にとっては、信用取引で15%の持株を取得することも、それと併せて、株価を一層上昇させ、時価総額を大きくしていこうとすることも、それほど荒唐無稽なものではなかった。

花蜜氏は、自分の買い注文で株価を引き上げ、「益出しクロス」をしながら資金を回転させていこうと考えただけで、一般的な相場操縦のように、注文の出し方や株価の動きで、株価が上昇するように見せかけて、他の投資家を引きずり込み、自分は売り抜けて儲けようなどという気持ちは全くなかった。

そういう花蜜氏の株式取得計画が破たんに追い込まれたのは、「安定保有する」と言って花蜜氏から20万株を買い受けた外国ファンドが、契約直後から「空売り」をかけて夢の街株を売り崩すという予想もしない行動に出たためだった。

花蜜氏は、買い進めた夢の街株すべてを失い、約10億円の負債を抱えることになった。まさに、株式市場という「相場」での「敗者」になった。しかし、それに加えて、相場操縦という「証券犯罪」で断罪されるような「犯罪者」ではないことは、既に述べた株式売買の経緯と内容から明らかであろう。

なぜ花蜜氏の株式売買は刑事事件化したのか

このような花蜜氏の夢の街株の売買が、なぜ、相場操縦事件として刑事事件化してしまったのか。

それは、第1に、監視委員会の「誤解」である。誤解がわかっても、一度、刑事事件として調査に着手したら「引き返すことができない」という組織の体質にも根本的な問題がある。

第2に、告発を受けた検察がやるべきだったことは、事件の実体を見極め、それが「証券犯罪」なのかどうかを判断することであったが、検察はその判断をせず、長時間にわたる取調べで、「相場操縦の犯罪」であるかのように見える供述調書を作り上げるという、昔ながらの「調書中心主義」の捜査を行った。その供述調書を作るために、検察は、【前記ブログ】でも詳述した「録音録画停止後に、逮捕や共犯者の起訴を示唆する」という手段まで使ったのだ。

そして、第3に、裁判所は、証人尋問や被告人質問等の審理を行い、不当極まりない調査・捜査の過程や、事件が凡そ証券犯罪ではないことが明らかになったが、それらに全く関心を示さず、「調査・捜査の結果を無視して、売買の外形的事実という監視委員会の調査以前からわかっていた事実だけで有罪だと断じる検察官の論告」しか聞きたくないという姿勢を、傍聴席を埋め尽くした傍聴人の前で、露わにしたのである。

第2、第3の問題については、既に【「録音録画停止後の脅し」を覆い隠そうとする検察と、加担する裁判所】で述べた。

ここでは第1の問題、監視委員会が、なぜ、このような花蜜氏の株式売買を、相場操縦の刑事事件として調査の対象にしたのか、そこにどのような誤解があったのかを述べておきたい。

「組織ぐるみの犯罪」と誤認して調査に着手した監視委員会

 監視委員会の中でも、刑事事件としての告発をめざす調査を担当する「特別調査課」が、花蜜氏の強制調査に着手した最大の理由は、一連の売買を、夢の街という上場会社の「企業ぐるみの犯罪」ととらえたことにある。

夢の街の創業者である花蜜氏が、顧問として経営に再び関わるようになったことは公表されていた。このような場合、いずれ取締役に復帰することを予定していることが多い。監視委員会は、夢の街株が複数の名義を使って大量に買い集められ、しかも、その手口に、かなり露骨に株価を上昇させようとする意図が窺われることを把握し、その株式取引の名義人が花蜜氏に関係する人物であることをつきとめた段階で、夢の街の経営に復帰する予定の花蜜氏が、現社長の中村氏と意思を通じて、夢の街株を買い進めているものと考えたようだ。実際には、中村氏は花蜜氏の株式取得とは全く無関係だった。たまたま、同じ時期に、夢の街社が自社株買いをしていたことも、監視委員会が「組織的な買い集め」の疑いを持つことにつながったようだ。花蜜氏の銀行口座にはまとまった資産もなかったので、株式取得資金は、何らかの形で夢の街の会社側から出ているものと推測したのであろう。監視委員会の特別調査部は、そのような想定の下、組織的な相場操縦事件として、強制調査に着手したものと考えられる。

しかし、実は、花蜜氏は、中村社長とは全く関係なく、むしろ、中村社長にわからないように、他人名義で夢の街株を買い進めていたのだ。しかも、花蜜氏には、株式取得資金は僅かしかなかったが、上記①のとおり「益出しクロス」で得た実現益を新たな株式取得資金に回すという方法をとっていて、資金は会社からは全く出ていなかった。

監視委員会は、事件の見立てを完全に誤っていたのである。

花蜜氏の話によると、監視委員会での当初の取調べは、ほとんどが「会社ぐるみの株買い集め」の疑いに向けられていて、それが全くの見込み違いで、実は花蜜氏の個人的な買い集めだとわかった段階で、しばらく調査が中断したとのことだ。

「企業ぐるみの犯罪」という見立ては、完全に外れてしまったが、刑事告発をめざして強制調査に入った以上、「後には引けない」ということなのか、特別調査部は、花蜜氏の夢の街株売買を、個人の相場操縦の犯罪として構成しようとした。

そこで、問題になったのが、花蜜氏に、「違法な相場操縦」の主観的要件である「売買を誘引する目的」があるか否かであった。

【前記ブログ記事】でも述べたように、最高裁判例で、「他の投資者に誤認させて売買取引に誘い込む目的」がなければ相場操縦の犯罪は成立しないとされている。

既に述べた花蜜氏の夢の街株の取得計画からすると、自分が株を買うことで株価を上げたいと言う気持ちがあったことは確かだが、他人を巻き込もうとは思っておらず、ましてや、「見せかけの注文」で他人に誤認させるつもりは全くなかった。

「対当売買」を誤解した監視委員会

監視委員会での取調べで、花蜜氏が売買の経緯や目的を説明し、「他の投資者を誤認させて売買取引に誘い込む目的」などなかったと訴えても、理解してもらえなかった。

監視委員会側が注目したのは、「仮装売買」だった。

前記①で述べたように、花蜜氏の夢の街株の取得は、信用取引によるものだった。買い建玉に評価益ができると、その信用取引の決済のための売り注文に、新たな買い注文をぶつけて売買を成立させるという「対当売買」を行って、買い建玉の値上がり分の実現益を得て、それを新たな株式買付け資金に充てていた。買いも売りも花蜜氏が出している注文なので、表面的には「仮装売買」のように見えるが、実現益を出すための「益出しクロス」だった。

ところが、監視委員会側は、花蜜氏の「対当売買」を、誘引目的で行われた「仮装売買」ととらえたのだ。

花蜜氏は、夢の街株の売買を始めた2013年4月頃から翌2014年1月頃までの株価が順調に上昇していた時期には「対当売買」を行っていたが、その後、株価が下落し、追証が発生しないように必死に買い支えていた時期には、「対当売買」を行っていない。

花蜜氏にとっては、まとまった売り注文が続々と出され、株価が下落を始めた後、追証が発生しないよう、防戦買いを行っていた時期が、ある意味では、最も株価を上げたかった時期である。もし、「対当売買を行って、売買が活発に行われているように見せかけることで他の投資者を誘引して株価を上げることができる」と考えていたのであれば、その時期こそ「対当売買」を多用していたはずだ。しかし、実際には、この時期には対当売買はほとんど行っていない。

それは、株価が下落していたため評価益が出ていなかったからだ。花蜜氏にとって「対当売買」を行う目的は「益出し」だったので、利益が出ていない以上、行う必要がなかったのである。

このことは、「対当売買」が、「売買が活発に行われているように見せかける目的で行われていなかったこと」を端的に示すものだった。

ところが、監視委員会は、花蜜氏の「対当売買」を、相場操縦の認定の決め手とした。花蜜氏が、「売買が活発に行われているように見せかける目的」で「仮想売買」を行ったと認定したのだ。

そして、頻繁に「対当売買」が行われている2013年7月から2014年1月までの期間は「変動操作取引」と構成し、ほとんど対当売買を行っていない2014年4月から5月にかけての取引は「安定操作取引」と構成して、花蜜氏を告発したのである。

「変動操作取引」というのは、「売買を誘引する目的」「売買が活発に行われているように見せかける目的」があって初めて成立する犯罪であるが、「安定操作取引」というのは、「相場を安定させる目的」で株価を固定させたというだけで成立する。

【前回ブログ記事】でも述べたように、起訴事実のうち第1事実が「変動操作取引」、第2事実が「安定操作取引」と構成されているが、これは、監視委員会の告発事実を、検察がそのまま起訴したということだ。

しかし、そもそも花蜜氏の「対当売買」は、「益出しクロス」であり、「売買が活発に行われているように見せかけるためのもの」ではない。そのことは、前記のとおり、利益が出ない局面では「対当売買」を行っていないことからも明らかだ。監視委員会は、そのことを無視して、取引の外形だけで、無理やり相場操縦事件を仕立て上げたのである。

安定操作取引での起訴

監視委員会が、株価が下落したため追証が発生しないように買い支えていた期間を「安定操作取引」ととらえたのは、「対当売買」が行われていないので、「売買を誘引する目的」などの主観的要件を立証することが難しいが、「売買を誘引する目的」などの主観的要件が不要の「安定操作取引」なら立証できると判断したものだと思われる。

ところが、実は、それが大きな間違いだった。「安定操作取引」とは、有価証券の募集や売り出しを円滑に行うため、相場の安定を目的として行う市場での売買取引であり、相場操縦の代表的裁判例である「協同飼料株価操作事件」の東京高裁判決でも、「一連の売買取引が、全体として現にある相場を一定の範囲から逸脱しないようにするのにふさわしいもの」とされている。

有価証券の募集・売り出しを円滑に行うために、株価の急激な変動を回避し、一定の範囲に収まるようにする必要がある場合には、届出・報告等の所定の手続をとった上で行われる安定操作は適法とされる。一方で、そのような手続を経ることなく、株価が、「一定の範囲」から逸脱しないようにする安定操作を行った場合には、違法とされるのである。

そのような趣旨からすると、「安定操作取引」が成立するのは、「上限価格」と「下限価格」を定めて、株価がその間に収まるようにした場合であり、単に、一定の価格を下回らないように買い支えていたというだけでは、犯罪は成立しないというのが正しい解釈だ。

前述した夢の街株取得計画からしても、花蜜氏が行った一連の売買は、「夢の街」の株価を上昇させる目的で行ったものであり、同社の業績が好調であるのに、売り圧力が高まっていたことから、結果的に、株価を上昇させることができなかっただけだ。「下限価格」だけではなく「上限価格」を決めて株価が「一定の範囲」に収まるようにする意図は全くなかった。このような花蜜氏の売買は、違法な「安定操作取引」には該当しない。

ところが、監視委員会の側には、「安定操作取引」が成立するためには、「下限価格」だけではなく、「上限価格」を設定して、それを上回らないようにすることが必要だという問題認識がなかったようだ。

その問題認識がなかったのは検察官も同様だったようで、第2事実については、「下限価格」を下回らないようにしたことだけを認定して「安定操作取引」で起訴したのだ。

そして、公判で、弁護人が、上記のような「安定操作取引」に関する金商法の規定の趣旨や裁判例との関係を示して、「花蜜氏の取引は安定操作取引には当たらない」という無罪主張をしたところ、検察官は、株式取引の分析報告書の作成者の証人尋問の中で、突然、報告書にも書かれていなかった「上限価格」を具体的に問う質問を始めた。

何とかして株価を上昇させたいと思っていた花蜜氏は、「上限価格」の設定などするわけがない。当然のことながら、検察官の「上限価格」の立証は失敗に終わった。花蜜氏自身も、被告人質問で「上限価格」の設定を明確に否定した。

ということで、株価を「一定の範囲から逸脱しないようにする」ととらえる判例を前提にすると、起訴事実第2の「安定操作取引」についての検察官の立証も完全に失敗したと言わざるを得ないのである。

こうして公判での立証が終了し、検察官が論告で、「安定操作取引」についていったいどういう主張をしてくるのかと注目していたところ、何と、今度は開き直って、「上限価格を設定していなくても、違法な安定操作取引に該当する」という主張をしてきた。

驚くべき検察官の主張

【前記ブログ記事】でも述べたように、花蜜氏の主観面に関する直接証拠は何もなく、「売買を誘引する目的」についての検察官の立証は完全に失敗、「安定操作取引」についての立証も上記のとおり失敗に終わった。

ところが、検察官は、花蜜氏の夢の街株の売買取引や注文の内容という、監視委員会の調査が始まる前から客観的に存在した事実だけを根拠に、「変動操作取引」も「安定操作取引」も「有罪だ」と主張して、懲役3年と罰金2000万円を求刑してきたのである。

それに対して、弁護人が、立証の経過を問題にし、検察官の主張がいかに的外れで論外なものかを指摘しようとしたところ、検察官が異議を述べ、裁判長は、それを認めて、弁論の削除を命じるという信じ難い訴訟指揮を行ったというのが【前回ブログ記事】で述べた公判期日の状況だったのである。

判決は、明日3月28日午後4時から、東京地裁813号法廷で言い渡される。夢の街の創業者の花蜜氏が、まとまった同社株を取得するために行った一連の売買が、証券市場の犯罪として処罰されるべき行為ではなかったことは、誰の目にも明らかだろう。

この事件に有罪判決が下されるとすれば、日本の刑事司法は闇である。

明日(3月28日)の判決に注目して頂きたい。

 

 

 

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国会での証人喚問は「犯罪捜査のため」という暴論

3月23日に衆参両院の予算委員会で籠池氏の証人喚問が行われ、安倍昭恵夫人から100万円の寄付を受領した旨証言したことを受け、野党側は、安倍昭恵夫人の証人喚問を求めているが、与党側はそれを拒否し、安倍首相自らが、昭恵夫人の証人喚問が不要であることの理由として、

なぜ籠池さんが証人として呼ばれたのかと言えば、…(中略)…補助金等の不正な刑事罰に関わることをやっているかどうかであり、私や妻はそうではないわけであるから、それなのに証人喚問に出ろというのはおかしな話

と堂々と述べている。

国会での証人喚問は、憲法62条の「両議院は、各々国政に関する調査を行ひ、これに関して、証人の出頭及び証言並びに記録の提出を要求することができる。」と明文で認められている国会の「国政調査権」の手段の一つである。

その「調査権」にも限界があり、喚問した証人自身に対して「刑事事件」に関することを証言させることは、憲法38条1項の「何人も、自己に不利益な供述を強要されない。」との規定で保障される「供述拒否権」を侵害する恐れがあるので、議院証言法4条で「証人又はその親族等が刑事訴追を受け、又は有罪判決を受けるおそれのあるときには証言等を拒むことができる」として、憲法上当然の権利が、証人喚問においても認められている。

籠池氏が証人喚問で、「刑事訴追のおそれがあるので答弁を控えます」と述べて証言を拒否したのも、この権利に基づくものだ。

国政調査権が与えられていることは、国会の機能にとって極めて重要なことだが、「証人の犯罪に関すること」には調査が及ばないのは、あまりにも当然のことであり、常識以前の問題である。したがって、籠池氏に補助金に関する犯罪の疑いがあるのであれば、それは証人喚問の「障害」にはなりえても、証人喚問の理由になるなどということはあり得ない。

犯罪に当たる可能性のあるものだけを証人喚問するということであれば、証人喚問は「犯罪捜査のためのもの」ということになり、「刑事訴追の恐れがある」との証言拒否で終わってしまう。

ところが、その国政調査権に関する当然の常識に反して、安倍首相が、「犯罪の疑いがなければ、証人喚問は行わない」と国会で公言し、それに呼応して、政府首脳や自民党幹部までが、同趣旨のことを言い出している。まさに憲法も法律も無視した暴論が平然とまかり通るというのは、一体どういうことなのであろうか。

籠池氏の証人喚問の4時間余り後に、昭恵夫人のフェイスブックでコメントが出たことについて、形式・内容から見て、昭恵夫人自身が投稿したものではなく、首相官邸側の反論を、昭恵夫人のフェイスブックを使って公表した可能性が高いこと、昭恵夫人の行動は「私人」としてのものだと説明しながら、官邸側の対応と昭恵夫人の対応とを「一体化」させるようなやり方は不適切で、かえって、昭恵夫人を今後一層窮地に追い込むことになりかねないことを、一昨日のブログ記事【昭恵夫人Facebookコメントも“危機対応の誤り”か】で指摘した。しかし、与党自民党サイドは、依然、フェイスブックでコメントを出していることも、昭恵夫人の証人喚問が不要であることの理由にしている。

今回の問題についての自民党や官邸側の危機対応の誤りについては、【籠池氏証人喚問は、自民党にとって「危険な賭け」】【籠池氏問題に見る”あまりに拙劣な危機対応”】などで指摘してきたが、安倍首相側、官邸、自民党の対応は、これまでの対応を反省するどころか、ますます開き直り、憲法に反すること、法律に反することを、平然と公言し、行っているというのが現状である。

私は、これまで、長期化している安倍政権と日本政府について、「権力の一極集中」に漠然とした危惧感を持ちながらも、国政を遂行する能力、様々な事態に対応する能力という面では、それ相応に高いものと考えていた。少なくとも、その前の民主党政権よりははるかにましだと思ってきた。

しかし、この森友学園問題という、外交・防衛等の国政の重要課題とはレベルの違う、些細な問題での対応に失敗し続け、最後には、法治国家ではあり得ないような対応を、組織を挙げて行っている安倍政権の現状を見ると、やっていることのレベルは、混乱が続いている近隣諸国と変わらない。

日本人であることが不安になってきたというのが偽らざる思いである。

 

 

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