河井夫妻事件、現金受領者“不処分”の背後に「検察の策略」

東京地検特捜部に逮捕され、勾留が続いていた河井克行衆議院議員(前法務大臣)とその妻の河井案里参議院議員が、7月8日の勾留満期に、公職選挙法違反(買収)の事実で起訴された。

克行氏の逮捕容疑は、昨年7月の参議院選挙をめぐり、妻の案里議員が立候補を表明した去年3月下旬から8月上旬にかけて、「投票のとりまとめなどの選挙運動」を依頼した報酬として、地元議員や後援会幹部ら91人に合わせておよそ2400万円を供与した公選法違反の買収の疑い、案里議員は、克行氏と共謀し5人に対して170万円を供与した疑いであったが、起訴事実では、克行氏単独での供与の相手方が102人、供与額は2731万円に増えた。

問題は、河井夫妻から現金を受領した側の地元議員・後援会幹部等の刑事処分だ。勾留満期の2、3日前から、「検察は現職議員ら現金受領者側をすべて不問にする方針」と報じられていた。昨日の起訴に関する次席検事レクでは、この点に関して明確には答えていないが、そこでの説明は「少なくとも今起訴するという判断はしていない。起訴すべき者と考えた者を起訴している」というものだったようだ。結局、事前の報道のとおり、河井夫妻以外の者の起訴は、「現時点では予定していない」ということであり、現金受領者側の受供与罪は刑事立件すらせず、すべて不問にする方針ということのようだ。

このような検察の刑事処分は、従来の公選法の実務からは、あり得ないものだ。このようなやり方は、まさに「検察の独善」が端的に表れたものと言わざるを得ない。

検察は“ルビコン川”を渡った~河井夫妻と自民党本部は一蓮托生】等でも述べたように、そもそも、今回の事件での河井夫妻への買収罪の適用は極めて異例だった。従来は、公選法違反としての買収罪の適用は、「選挙運動期間中」やその「直近」に、有権者個人に、投票や家族知人等への投票を依頼する対価、或いは、選挙運動員等に法定外の報酬を払う行為など、投票や選挙運動を直接的に依頼する行為が中心であった。ところが、今回の逮捕容疑の多くは、昨年3月以降、つまり、選挙の公示よりかなり前の時期に、広島県内の議員や首長などの有力者に対して、参議院選挙での案里氏への支持を呼び掛けて多額の現金を渡していたというものだ。「案里氏の支持基盤の拡大」に協力することを求める趣旨のものが多かったと考えられる。従来は、選挙に向けての政治活動としての「地盤培養行為」には、買収罪の適用は難しいとされてきた。

このように河井夫妻に対する買収罪(供与罪)の適用が異例であったことと、現金受領者側に対して、買収罪(受供与罪)の刑事処分が行われないという極めて異例の対応が行われようとしていることとは、密接に関連している。

その理解のためには、そもそも公選法違反の「買収」というのが、どのような規定に基づくどのような犯罪なのかということを、改めて基本から説明する必要がある。

公選法違反の「買収罪」の処罰の理由と「3つの類型」

公選法221条1項では、買収罪について、「当選を得る、又は得させる目的」で、「選挙人又は選挙運動者」に対して「金銭等の供与」と規定している。

買収罪が処罰されるのは、「選挙人自身の投票」や「他人に投票を依頼したり働きかけたりする選挙運動」に関して「対価」「報酬」を受け取ってはいけない、という「投票・選挙運動の不可買収性」というのが理由である。

選挙の買収罪は、しばしば「贈収賄」と混同される。贈収賄が処罰されるのは、国や自治体から給与を得て職務を行う公務員が、その職務に関連して金品を受け取ることが、「職務を金で売ってはならない」という、「公務員の職務の不可買収性」に反するという理由だ。買収に関して言えば、「選挙人自身の投票」や、「選挙運動」は、自らの意思で、対価を受けずに行うべきなのに、それを、対価を受けて行うことが「不可買収性」に反するということであり、そういう意味で、買収と贈収賄とは構造が似ている。

買収罪も贈収賄も、金品の授受が行われる理由について、渡す側と受け取る側の両者の意思が合致した場合に、双方に犯罪が成立するものであり、「対向犯」と言われる(金品を渡そうとしたが受け取らなかった場合には「申込罪」だけが成立する)。

これまで、買収罪として摘発されてきた事案は、(ア)「投票買収」、(イ)「投票取りまとめ買収」、(ウ)「運動員買収」に大別される。

このうち、(ア)は、選挙人自身に特定の候補者への投票を依頼し、その報酬として金銭を渡すものだ。上記の条文で言えば、「選挙人」(投票権のある人)に対する「供与」であり、そのような「投票を金で売買する行為」を行ってはならないことは誰しも認識しており、違法性は明白だ。

(イ)の「票の取りまとめ買収」というのは、当該選挙人以外の選挙人に特定の候補に投票するように働きかけてもらうことである。「票の取りまとめ」は、「選挙運動」と言えるので、「票の取りまとめ」を依頼し、その対価として金銭を渡した場合は、「当選を得る、又は得させる目的」で「選挙運動者」に対して行う供与行為ということになる。

ただし、この「票の取りまとめ」の依頼については、投票するよう働きかけてもらいたい相手がある程度具体的に想定され、その認識が供与者と受供与者との間で一致している必要がある。典型的なのは、金銭を渡す相手の「家族」「親戚」「知人」などへの「働きかけ」を依頼する場合である。

(ウ)は、主として選挙期間中に、選挙に関連する「労務」を提供する「運動員」に対して報酬を支払う行為である。このような「労務」に対しては、法律で一定の範囲で報酬支払が認められており、その範囲外の報酬を支払うと買収罪が成立する。河井案里氏の政策秘書らが逮捕・起訴された「車上運動員(ウグイス嬢)買収」がその典型例だ。上記の条文で言えば、「選挙運動者」に対する供与であり、これも、「当選を得る、又は得させる目的」で行われることは明白だが、この場合は、雇用契約や委託契約に基づいて指示どおりに労務を提供しているだけの運動員の側には、法定の範囲外で違法であることの認識が希薄な場合も多い。そういう意味で、(ウ)の「運動員買収」は、「贈収賄」とは性格を異にしており、もっぱら違法な報酬を支給する側の問題であり、運動員側は処罰の対象とされないことが多い。

このように、(ウ)の「運動員買収」は例外だが、(ア)の投票買収、(イ)の投票取りまとめ買収は、贈収賄と同様に、供与者・受供与者側の双方が処罰されるのが原則である。

公選法違反の罰則適用は、各陣営に対して公平に行われる必要があり、検察庁では、買収罪について、求刑処理基準が定められている。私が現職の検察官だった頃の記憶によれば、犯罪が認められても敢えて処罰しないで済ます「起訴猶予」は「1万円未満」、「1万円~20万円」が「略式請求」(罰金刑)で、「20万円を超える場合」は「公判請求」(懲役刑)というようなものだった。

河井夫妻からの現金受領者の刑事処分は?

検察は、起訴状の詳細を公表しておらず、河井夫妻が誰にいくらの現金を供与したのかは公式には明らかになっていないが、逮捕容疑の内容は新聞等で報じられており、それによると、河井夫妻による現金供与は、 (a)現役の首長・議員、元首長、元議員などの有力者、(b)案里氏の後援会関係者に大別され、その金額は、 (a)のうち、市議は10~30万円、県議が30万円、現職首長が、20~150万円、県議会議長が200万円、(b)が概ね5~10万円とされている。

買収罪の処罰の実務からすると、河井夫妻による現金供与の買収罪が起訴され、検察は「供与罪が成立する」と認定しているのであるから、一方の、現金の供与を受けた側についても、「受供与罪」が成立し、求刑処理基準にしたがって起訴されるのが当然だ。

現金受領者側を処罰しない理由に関して、「非公式な検察幹部コメント」として、「克行被告が無理やり現金を渡そうとしたことを考慮した」「現金受領を認めた者だけが起訴され、否認した者が起訴されないのは不公平」などの理由が報じられている。

しかし、買収というのは、「投票」「投票取りまとめ」を金で買おうというものであり、相手方には、受領することに相当な心理的な抵抗があるのが当然であり、無理やり現金を置いていくというケースもあり得る。その場で突き返すか、すぐに返送しなければ、「受領した」ということなのであり、無理やり現金を渡されたことを理由に、受供与罪の処罰を免れることができるのであれば、買収罪の摘発は成り立たない。また、刑事事件では、自白がなければ立証できない事件で、事実を認めた者が起訴され、否認した者が起訴されないことは決して珍しいことではない。それが不公平だと言うのであれば、贈収賄事件の捜査などは成り立たない。このような凡そ理由にならない理由が「検察幹部のコメント」として報じられるのは、処罰しない理由の説明がつかないからである。

問題は、なぜ、上記のように、公選法違反の買収罪に関して、実務の常識からは考えられない「現金供与者側を起訴した事案について、現金受領者側の受供与罪は刑事立件すらせず、すべて不問にする」という対応が行われようとしているのか、である。

そこには、河井夫妻の買収罪の事件に関する「立証の困難さ」が影響していると考えられる。

「投票の取りまとめ」の趣旨の立証の困難性

上記(b)の後援会幹部に対する現金供与は、「案里氏の当選に向けての活動」に対する謝礼・報酬として渡した現金であることは明らかだが、その場合の「当選に向けての活動」が、後援会としての「政治活動」なのか、「選挙運動」なのかが問題になる。現金授受の時期、授受の際の文言などによるが、「投票の取りまとめ」の依頼の趣旨の立証が可能な現金供与が多いであろう。

問題は、上記(a)の首長・議員らに対する現金供与の方だ。現金のやり取りの状況について、マスコミが、受領者側の取材で報じているところによると、現金の授受の場面は5分程度の短時間で、「お世話になっているから」「案里をよろしく」という短い言葉だけだったとされており、このようなやり取りからは、これらの現金供与によって、河井夫妻側が期待したのは、「案里氏の支持基盤拡大のための政治活動への協力」と考えるのが合理的だ。「当選祝い」「陣中見舞い」と口にしているとしても、それは単なる名目であり、案里氏の当選を目的としていることは否定できない。しかし、そうだからと言って、「投票のとりまとめ」の依頼の趣旨だということではない。これは、一般的には「地盤培養行為」の一種と見られ、これまでは、「選挙運動」ではなく、政治活動の一種と位置付けられてきたものだ。

「地盤培養行為」にも、日常的に行われる党勢拡大や支持拡大のための政治活動もあれば、特定の選挙での特定の候補者の当選を目指して行われるものもある。後者は、「選挙運動」との境目が曖昧であり、そのための費用や報酬として金銭を供与することは、政治資金の寄附というより、買収に近いものとなるが、これまでは、実務上、公選法の買収罪の適用対象とされてこなかった。今回の河井夫妻の現金供与は、案里氏の立候補表明後に行われているもので、目的が、「案里氏の当選」であることは明らかだが、それが「票の取りまとめ」を依頼するものとは考えにくい。

こう考えると、河井夫妻による現金供与の多くは、「投票」や「投票の取りまとめ」の依頼とは言い難く、従来の公選法違反の買収摘発実務の常識からすると、河井夫妻の逮捕容疑の中で、実際に起訴される事実は、相当程度絞り込まれることになると思われた。

「投票の取りまとめ」の趣旨の公判証言を得るための検察の策略

ところが、検察は、河井夫妻の逮捕容疑に、さらに数名に対する買収の事実を加え、すべての事実で「票の取りまとめなどの選挙運動を依頼して現金を供与した」という、従来からの買収事件の起訴状の一般的な文言で起訴した。

現職の議員等に対して、公示日から離れた時期に現金を渡していること、その授受の場面について報じられている内容などからすると、「投票の取りまとめ」の依頼の趣旨であったことの立証は、特に、上記(a)については、相当困難だ。しかし、検察は、「投票の取りまとめ」の依頼の趣旨で起訴した。河井夫妻側は、「支持基盤の拡大」のためだったとして、「投票の取りまとめ」の依頼の趣旨を否定している。そのような事実で起訴した場合、現金受領者に「投票の取りまとめ」の依頼の趣旨と認識して現金を受領したことを公判でも証言させないといけない。そのために、検察が考えた策略が、現金受領者側に、「検察の意向に沿った証言をすれば、自らの処罰を免れることができる」との期待を持たせることだった。

現職の議員らにとっては、河井夫妻から現金を受領したことが公選法違反の買収罪に当たり、その受供与罪で起訴されると、公民権停止となり、首長・議員を失職することになるだけに、公選法違反で起訴を免れることができるかどうかは死活問題だ。そこで、検察は、「票の取りまとめの依頼と認識して現金を受領した」という内容の供述調書を録取し、河井夫妻の公判で、供述調書どおりの証言をすれば起訴を免れることができるとの期待を持たせ、公判証言で検察に協力させようと考えているのであろう。

このようなやり方は、刑訴法で制度化させている「日本版司法取引」とは似て非なるものだ。正式な司法取引であれば、他人の犯罪についての供述者が、自分の処罰の軽減を動機に供述したことが、「合意書」上明確にされ、それを前提に公判証言の信用性を裁判所が評価するというものだが、今回のやり方は、検察が公判証言の内容を見極めた上で、供述者の最終的な起訴不起訴を決めようとしているのではないか。

河井夫妻の現金供与の事件の捜査は、今年1月から継続されてきたものであり、既に終了しているはずだ。それなのに、検察側が、現金受領者側の起訴は「現時点では予定していない」というのは、供述者側に、「本来は起訴されるべき自らの犯罪について起訴が見送られている」という恩恵を与えることを意味する。その恩恵が継続し、最終的に、起訴されないで済ませてもらおうと思えば、供述者は、河井夫妻の公判で検察官調書どおりの証言をせざるを得ない。「ヤミ司法取引」以上に悪辣な方法と言うべきだろう。

公選法違反は「日本版司法取引」の対象犯罪に含まれないので、正式な司法取引はあり得ない。そこで、有利な公判証言を得るために、司法取引よりさらに巧妙な方法を考えたのではないか。それによって、現金受領者側の議員らは、河井夫妻の公判でも、「票の取りまとめを依頼された」との趣旨を認める証言をするというのが検察の目論見なのであろう。

しかし、果たして、現金受領者側が検察の意に沿う証言をするかどうかは、予断を許さない。現金受領者側は、このまま検察が受供与罪を立件しない場合でも、河井夫妻の供与罪での有罪が確定すると、それによって、現金受領者の受供与罪が成立することは否定できなくなる。それを受けて「告発」された場合、検察の行い得る不起訴処分は、犯罪事実が認められるが敢えて起訴しないという「起訴猶予」しかない。前に述べた求刑処理基準に照らしても、検察のいう理由からしても、それに全く理由がないことは明らかであり、不起訴処分に対して「検察審査会」への申立てが行われれば、起訴議決に至る可能性が高い。つまり、現金受領者側は、河井夫妻の公判で「投票の取りまとめ」の依頼の趣旨を認識して現金を受領したと証言することで、検察の起訴のリスクは免れても、検察審査会による起訴議決を免れることはできないのである。

「自民党本部からの1億5000万円の選挙資金提供」への影響

検察が、河井夫妻の逮捕容疑から絞り込むことなく、全体を起訴の対象とするのであれば、公選法の買収罪の適用のハードルを下げ、従来は「政治活動」とされてきた「支持基盤拡大のための地盤培養行為」も「選挙運動」に含まれると解釈することにならざるを得ない。その場合、起訴状の記載に、「票の取りまとめの依頼」だけではなく、「案里氏の支持基盤拡大のための活動への協力」なども記載して、「地盤培養行為」的な現金供与も買収罪に当たるとの主張を行うことになる。

 その場合も、公選法221条1号の条文の抽象的な文言だけからすると、裁判所に肯定される可能性が相当程度ある。しかし、「地盤培養行為的」な金銭供与が公選法違反の供与罪に当たるということになると、「地盤培養行為」に関して現金供与を行う資金を提供する行為についても幅広く「交付罪」が成立することになり、多くの影響が生じる。

従来、国政選挙の際に、国政政党から公認候補者に対して提供される選挙資金は、その金額によっては、選挙区内の政治家等に対して「地盤培養行為」の活動資金として渡されることを認識した上で提供されるものも相当程度あったものと思われるが、それらについても「交付罪」が成立する可能性が生じる。

河井夫妻の現金供与事件については、自民党本部から河井夫妻への政党支部に対して行われた1億5000万円の選挙資金の提供が、同じ自民党の公認候補の溝手顕正氏の10倍の金額であったことが問題とされているが、それも、「地盤培養行為」としての地元政界有力者に提供する資金を含むことを認識して行われた可能性もある。検察が、買収罪の適用のハードルを敢えて下げて、「地盤培養行為」的な現金供与も買収罪に当たると主張する場合には、そのような目的を認識して資金提供した自民党本部側にも「交付罪」成立の可能性が生じることとなる。つまり、検察は、選挙資金を提供した自民党本部に対する捜査を避けて通れないことになる。

また、それによって、「地盤培養行為」のための資金提供を、当然のごとく行ってきた選挙運動の在り方そのものが違法の疑いを受けることになり、その影響は、自民党などの保守政党のみならず、各種団体から組合支持候補への資金提供にも及ぶ。それによって、大きな政治的、社会的影響を生じることになる。

河井前法相“本格捜査”で、安倍政権「倒壊」か】でも述べたように、検察は、従来は買収罪の適用対象とはされてこなかった「地盤培養行為」に関する現金供与を多く含む容疑事実で現職国会議員夫妻を逮捕すべく、長期間にわたって、積極的な捜査を続けてきた。それは、自民党本部から河井夫妻への1億5000万円の選挙資金提供についても「買収罪の立証のハードルを大幅に下げる解釈」をとらざるを得ないというのが「当然の成り行き」だった。検察は、それを覚悟した上で、敢えて河井夫妻を逮捕したはずだった。その背景には、黒川検事長の違法定年延長問題や検察庁法改正問題で、安倍政権が、検察の幹部人事を支配下におこうとしたことがあり、そういう安倍政権に対する検察組織の側からの反発があったと考えられる。(【検察は、“ルビコン川”を渡った。~河井夫妻と自民党本部は一蓮托生】。

ところが、検察は、勾留満期に河井夫妻を起訴する一方、当然行うべき現金受領者側の刑事処分を見送る、という常識では考えられない対応を行っている。自民党本部から河井夫妻への1億5000万円の選挙資金の提供と買収との関係を解明しようとする姿勢も全く見られないどころか、そのような「当然の成り行き」を回避するために、検察は、河井夫妻について、すべてを「投票の取りまとめ」という「無理筋」の趣旨で起訴したのである。

菅原一秀衆議院議員の公選法違反事件で、凡そあり得ない「起訴猶予」の不起訴処分を行い(【菅原前経産相・不起訴処分を“丸裸”にする~河井夫妻事件捜査は大丈夫か】)、河井夫妻の事件を「多額現金買収事件」に矮小化し、何とか有罪立証を行うことに汲々としている検察の姿勢は、1月に、この事件で強制捜査に着手した頃とは全く異なるものになっていることは間違いない。

黒川検事長が「賭け麻雀」で辞任し、後任に、検察の目論見通り林真琴検事長を据えることができたことで、組織としての目的は達成でき、今後は、安倍内閣が、林検事長の検事総長への就任を妨害しないように、事件を早期に沈静化しようとしているのかもしれない。

検事長定年延長や検察庁法改正で政権に押しつぶされようとしていた検察に対して、芸能人・文化人も含めて多くの人がネット上で声を上げ、大きな盛り上がりとなったとき、多くの人が期待したのは、今回の河井夫妻事件で見せたような検察の姿ではなかったはずだ。

今回の事件は、「検察の在り方」に対して、多くの課題を残すものと言えよう。

カテゴリー: Uncategorized, 検察問題, 河井夫妻公選法違反事件 | 2件のコメント

菅原前経産相・不起訴処分を“丸裸”にする~河井夫妻事件捜査は大丈夫か

昨年10月、内閣改造で初入閣したばかりの二人の大臣が、いずれも週刊文春の記事で疑惑が指摘された直後に辞任した。一人が、法務大臣を辞任した河井克行衆議院議員、もう一人が、経済産業大臣を辞任した菅原一秀衆議院議員だった。

河井氏は、妻の河井案里参議院議員が当選した昨年7月の参議院選挙で、車上運動員に法律の制限を超える報酬を支払っていた問題、菅原氏は、選挙区内の有権者にカニやメロン等の贈答品を配っていたと報じられた後に、秘書が、通夜に菅原氏の名前が入った香典を持参していたことが報じられたものだった。

河井氏の方は、6月18日に、案里氏の公設秘書が公選法違反(買収)で逮捕・起訴され、河井氏と案里氏が、同じ参議院選で、広島県内の首長や県議会議員、市議会議員などの政界関係者に現金を配った買収容疑で逮捕され、現在も勾留中だ。

一方、公選法(寄附の禁止)違反容疑で告発されていた菅原氏は、6月24日、東京地検により、2017~19年、選挙区内の有権者延べ27人の親族の葬儀に、枕花名目で生花18台(計17万5000円相当)を贈り、秘書らを参列させて自己名義の香典(計約12万5000円分)を渡したとして、公選法違反の事実が認定されたが、不起訴(起訴猶予)処分となった。

公選法違反で処罰されれば、罰金であっても公民権停止となり、国会議員を失職することになることを考慮したのかもしれない。しかし、裁判所は、公選法で罰金刑に処した上で、公民権の不停止や期間短縮を言い渡すことができる(公選法252条4項)。公選法違反の事実が認められるのに、検察官の判断で、罰金刑すら科さない起訴猶予処分を行う理由には全くならない。

私は、昨年10月の週刊文春の記事が出た直後から、菅原氏の公設第一秘書のA氏と公設第二秘書のB氏の代理人として、文春側や菅原氏側への対応を行ってきた。検察は、不起訴処分になった事件について、証拠も記録も開示しないので、一般的には、不起訴処分の不当性を証拠に基づいて論じることはできない。しかし、今回の菅原氏の事件については、私は、A・B両氏から事実関係を詳しく聞いており、また、文春の記事が出て以降、両氏の代理人として対応する中で、菅原氏の態度、行動なども、相当程度把握しており、検察が起訴猶予の理由とした「反省」「謝罪」が真摯なものかを判断する根拠もある。これらから、菅原氏の不起訴(起訴猶予)処分を「丸裸」にし,それがいかに不当であるかを具体的に論証していくことにしたい。

秘書に「違反でっち上げ」の“濡れ衣”を着せた菅原氏

昨年10月に文春の記事が出た直後、私と面識があったA氏の知人を介してA氏の相談を受けた。A氏は、「文春側から、記事掲載前に一度『直撃取材』を受けたが、取材を拒否した。それ以外に文春側と全く接触したことはない」と話し、刑事事件で取調べを受けた場合の対応や、文春側への対応についての相談だった。

私は、A氏とほぼ同じ立場にあるB氏からも同じように委任を受け、週刊文春等のマスコミへの対応はすべて私が行うことにした。それに加えて、重要となったのが菅原氏側への対応だった。

菅原氏は、文春の記事が出た直後から、「自分は香典を持参するように指示はしていない。Aが文春と組んで、大臣の座から引きずり降ろした。」というような話を、支援者などに言いふらしており、A氏らは、事務所からも締め出され、秘書としての業務の指示も全くない状態だった。そのままでは、「A氏が週刊誌と組んで菅原氏の違法行為をでっち上げて、大臣辞任に追い込んだ」などという事実無根の話を広められたまま、公設秘書を解職されることになりそうだった。それは、A氏にとっては、政治家秘書としてだけではなく、社会的信用の失墜につながるものだった。

11月に入り、A氏とともに菅原氏の選挙区内の有権者宅への香典を届ける仕事をさせられていた公設第二秘書のB氏が、菅原氏の後援会幹部の車に乗らされ、4時間にわたって喫茶店、同幹部の自宅、カラオケ店などで〝軟禁〟され、途中で合流した菅原氏から、繰り返し、文春にリークしたことを白状するよう詰問されるという「事件」が起きた。

A,B両氏の代理人としての菅原氏側への「申し入れ」

私は、A、B両氏から委任を受け、菅原氏側に対して申入れをすることにした。菅原氏に連絡をとったところ、同氏の代理人弁護士から連絡があったので、以下のような申入れを行った。

「A氏が週刊文春と組んで菅原氏の違法行為をでっち上げて、大臣辞任に追い込んだ」などという事実無根の話を広めてA氏の名誉を棄損するのはやめてもらいたい。そのようなことを理由に、A氏やB氏の公設秘書を解職することは受け入れられない。正常に公設秘書として勤務をさせてもらいたい。

A氏が週刊文春の取材に応じた事実が全くないことは、私が週刊文春側に対応してきた経過からも断言できることについても、十分に説明した。

数日後に、同弁護士から連絡があり、「申入れの趣旨は了解した」とのことだった。A・B両氏は、練馬区の地元事務所には、他の秘書がいる時間に限って入室を許されるようになった。

しかし、秘書業務は、以前はすべて菅原氏の指示で行っていたのに、指示は全くなくなり、地元の後援会関係者へのあいさつ回りや地元での行事への参加のような仕事だけをこなす毎日が続いた。菅原氏は、経産大臣辞任後、「体調不良」を理由に国会を欠席していたが、実際には、選挙区内の後援会関係者や支援者を回って、辞任の経緯の説明を行い、違法行為を否定しているという話は、A氏らの耳にも入っていた。「Aが週刊文春と組んで菅原氏を大臣辞任に追い込んだ」という話は、その後も、選挙区内で広まっていた。

12月に入り、私は、A・B両氏の意向を受け、菅原氏の代理人弁護士に、「菅原氏が、A氏が週刊文春と組んで菅原氏を大臣辞任に追い込んだ事実はないことを明言してA氏の名誉を回復する措置をとること」を条件に、A、B両氏が公設秘書解職に応じて、菅原事務所を円満退所することを提案し、条件の提示を要請した。

菅原氏の国会復帰後、「秘書にハメられた」との話が拡散

年が明け、1月20日に通常国会が始まり、菅原氏も国会に出席するようになったが、菅原氏は、国会初日に、「ぶら下がり」で、記者に公選法違反の疑惑について質問されて、「告発を受けているので答えられない」と述べて、説明をしなかった。

代理人弁護士からの返答は全くなく、A氏らへの業務の指示も全くない状況が続いた。

1月30日、民放BS番組の打合せで田原総一朗氏と会った際、田原氏が、いきなり「菅原さんの件、あれは秘書にハメられたんだってね」と言ってきた。私は、秘書の代理人をやっていること、秘書が菅原氏をハメた事実は全くなく、文春の取材に応じたこともないことを強調しておいたが、田原氏は、政界関係者から聞いて、そう思い込んでいたようだった。通常国会が始まり、菅原氏が国会に復帰した後、そのような話が、政界関係者からマスコミの間にまで広まっていることがわかった。そのような話を誰が広めているのかは、明らかだった。

そして、その翌日の1月31日に、菅原氏の代理人弁護士から、久々の電話連絡があった。「Aさん、Bさんに、一か月分の給与を上乗せ支給するので、公設秘書の解職に応じ、菅原事務所を退所してほしい」という申し入れだった。私は、「A氏の名誉を回復する話はどうなったのか。菅原氏自身が、A氏らが文春と組んで菅原氏を大臣の座から引きずり降ろしたという話を否定してA氏らの名誉回復の措置を講じない限り、話に応じることはできない」と述べた。代理人弁護士は、「A氏らが文春にタレこんだに決まっているじゃないですか。菅原氏にそれを否定させることは無理だと思いますよ。一応、話をしてみますが」と言っていた。いつの間にか、その弁護士自身も、A氏らの文春へのタレこみを「公知の事実」であるかのように言うようになっていた。

一方的に公設秘書を解職されたA・B両氏の「決断」

その後、代理人弁護士からは全く連絡がなく、A氏らは、それまで通り、支援者回りをする状態が続いていた。そして、3月中旬に入り、政策秘書を通じて、3月末でA氏・B氏の公設秘書を解職するとの通告を受けた。

A・B両氏と私とで、対応を話し合った。A氏は、

このままでは、代議士を裏切って週刊誌と組んで、違法行為をでっち上げて、大臣の座から引きずり降ろした公設秘書が、それが露見して、クビになったという話が、政界関係者の間で本当のことのようにされてしまう。絶対に我慢できない。

と言っていた。B氏も同様だった。

A・B両氏は、昨年11月以降、多数回にわたって、菅原氏の公選法違反事件に関して検察官の取調べを受けていた。しかし、2月頃からは、河井克行氏・案里氏の公選法違反事件の方が本格化しているようで、菅原氏の事件についての動きはなく、検察官の取調べも中断していた。刑事事件で、菅原氏が起訴されるということになれば、週刊文春が記事で取り上げた「菅原氏の公選法違反」というのが、秘書と文春とが組んででっち上げたものではなく、真実であったことが明らかになるが、新型コロナ感染拡大もあって、菅原氏の刑事事件がどうなるのかは全く見通せない状況だった。このまま有耶無耶になってしまう可能性も否定できなかった。

そういう状況で、A・B両氏が、「文春と組んで代議士をハメた秘書」の汚名をすすごうと思えば、自ら、真実を公にしていくしかなかった。しかし、仮に、彼らが記者会見を開いたとしても、それが記事になり、多くの人に認識されるとは思えなかった。最も効果的な方法は、初めて週刊文春の取材に応じ、記事の中でそのことを公にしてもらうという方法だった。しかし、週刊文春の取材に応じるのであれば、もともとの取材依頼の質問事項である菅原事務所による違法・不正な行為の実態についての質問に答えざるを得ない。

私は、二人に、週刊文春の取材に応じることで、「文春と組んで代議士をハメた秘書」の汚名をすすぐ方法があること、そのメリット・デメリットを説明し、対応を考える時間を与えた。

数日後、二人が出した結論は「取材に応じる」ということだった。

二人が初めて週刊文春の取材を受ける

二人は、3月末で、公設秘書の職を解かれ、菅原事務所との関係が切れた翌日の4月1日、私の事務所で、初めて文春記者の取材を受けた。

二人は、選挙区内での通夜・葬儀に、菅原氏の指示を受けて香典を持参していたことに加え、選挙区内の支援者に、お歳暮や暑中見舞いなど、年間を通して贈答品を渡すことが常態化していたこと、他党のポスター剥がしを命じられていたこと、選挙区内での会合や葬儀の情報を入手できなかった場合には罰金を取られていたこと、公設秘書に国から支給される給与から上納をさせられていたことなども話した。

当初の記事掲載予定は4月中旬発売号だったが、ちょうど、緊急事態宣言が出た直後で、それに関する記事で誌面に余裕がなくなり、その後、河井夫妻の事件が本格化したことなどから、記事の掲載は延期されていた。

6月に入ってからは、検察官の取調べも本格化していた。A・B両氏も、それまでの取調べとは異なり、「公選法違反の被疑者」として黙秘権を告知された上での取調べが行われた。少なくとも、取調べの検察官は、菅原氏の起訴に向けて最大限の努力をしているように思えた。

菅原氏突然の「記者会見」、週刊文春報道、検察の不起訴

そうした中で、6月16日、菅原氏が、突然、自民党本部で「記者会見」を行い、

近所や後援会関係者らの葬儀が年間約90件あり、自身は8~9割出席しているが、私が海外にいた場合、公務で葬儀に参列できない場合に秘書に出てもらい、香典を渡してもらったことがある。枕花の提供もあった。

として公選法違反の事実を認め、「反省している」と述べた。会見と言っても直前に案内をして一方的に説明したもので、事件を取材している記者には質問の機会を与えないやり方だった。

その翌週の6月25日、A・B両氏への4月1日の取材や、それ以外の菅原事務所関係者の話などに基づき、菅原氏に関する問題を詳細に報じる週刊文春が発売された。すると、その当日の昼過ぎに、東京地検次席検事が「記者会見」を行い、菅原氏の不起訴(起訴猶予)処分を発表した。

不起訴の理由について、東京地検は、①香典の代理持参はあくまでも例外であり、大半は本人が弔問した際に渡していたこと、②大臣を辞職して、会見で事実を認めて謝罪したこと、などを挙げ、「法を軽視する姿勢が顕著とまでは言い難かった」と説明したとのことだ。

しかし、それらは、犯罪事実が認められるとしながら罰金刑すら科さない理由として全く理解し難いものだ。これまで述べてきたA・B両氏の証言(二人は同様の供述を検察官に対して行っている)、昨年10月の週刊文春の記事が出た後の経過からすれば、菅原氏の不起訴処分の不当性は一層明白だ。

不起訴処分の前提とされた「犯罪事実」に重大な疑問

まず、不起訴処分の前提とされている「公選法違反の犯罪事実」自体に重大な疑問がある。

検察の不起訴処分では、2017~19年の3年間に、選挙区内の有権者延べ27人の親族の葬儀に、枕花名目で生花18台(計17万5000円相当)を贈り、秘書らを参列させて自己名義の香典(計約12万5000円分)を渡したとの犯罪事実が認定されている。

一方で、A・B両氏の話では、香典と枕花の総額は年間概ね100万円程度であり、その点は、検察官にもLINE等の客観的資料に基づき詳しく供述している。

検察が不起訴処分で認定した犯罪事実が3年間で約30万円とされているのは、「葬儀が年間約90件あり、自身は8~9割出席しているが、行けない場合に秘書が香典を持参していた」との菅原氏の説明に基づき、通夜・葬儀に参列しない場合の代理持参だけを犯罪事実としてとらえているからだと考えられる。

しかし、公選法上許容される香典の範囲からすると、犯罪事実の金額が30万円にとどまることは考えられない。

公選法の規定では、「当該公職の候補者等が葬式に自ら出席しその場においてする香典の供与」又は「当該公職の候補者等が葬式の日までの間に自ら弔問しその場においてする香典の供与」は、罰則の対象から除外されている(249条の2第3項)。つまり、国会議員が、選挙区内の有権者に香典を供与することが許されるのは、葬式・通夜等に「自ら出席・弔問し」「その場においてする供与」に限られるのである。公職の候補者等による香典供与が、葬式・通夜等に「自ら出席・弔問し」「その場においてする供与」に限って許容されるのは、香典を名目に選挙区内の有権者に金銭を供与することは違法だが、「本人が出席しその場で渡す香典」であれば、親戚や個人的な友人など、ごく親しい関係者の場合であり、そのような場合は、公職の候補者の立場とは関係が薄いと考えられるからである。

前記の週刊文春の記事にも書かれているように、A氏ら秘書は、常に「菅原一秀」という文字が印字された香典袋を持ち歩き、選挙区内の有権者の逝去の情報を秘書が入手すると、「香典はいくらですか?」と菅原氏にLINEで尋ね、指示された金額を香典袋に包んで、秘書が代理持参していた。つまり、選挙区内の有権者への香典は、すべて代理持参し、その後に、菅原氏自身が、可能な場合にのみ、弔問・参列をしていたのである。

A氏らがLINE等の客観証拠に基づいて証言するところによれば、菅原氏の選挙区内の有権者の通夜・葬儀で供与していた香典は、原則として「代理持参」なのであるから、それが行われた時点で犯罪が成立し、その後、菅原氏本人が弔問・参列したかどうかは犯罪の成否に影響しない。したがって、秘書の供述によって認められる公選法違反の犯罪事実は、3年間で約300万円のはずなのである。

菅原氏の不起訴処分については、過去に、同様の「寄附行為の禁止」の公選法違反の事例として、2000年に公選法違反で罰金40万円と公民権停止3年の略式命令を受けた小野寺五典衆院議員の事例との比較が問題となる。小野寺氏の事例は秘書と共に選挙区内で約1000円の線香セットを551人に配った事案であった。

菅原氏の犯罪事実を正しく認定すれば、寄附行為の総額は約300万円となり、小野寺氏を大きく上回ることになる。公選法違反の犯罪事実が、実際には約300万円なのに、それを約30万円にとどめることは、小野寺氏の事例との関係で重大な意味があるのである。

菅原氏の場合は、秘書に選挙区内の有権者に関する逝去の情報を収集させ(しかも、その情報を入手し損ねると、「取りこぼし」とされて秘書は罰金をとられる)、報告を受けて秘書に金額を指示して香典を持参させていたものであり、通夜・葬儀を名目にして、選挙区内に金銭をバラまいていただけである。

そもそも「年間90件もの葬儀」が公職の候補者としての選挙と関係ない「個人的なもの」ではないことは明らかだ。供与していたのが現金であることと、金額を考慮すれば、小野寺氏の場合と比較しても遥かに悪質である。しかも、6月25日発売の週刊文春の記事でも書かれているように、菅原氏については、中元・歳暮等の贈答が恒常化していたこと、新年会などに参加した際には、本来決められた会費以上の金額を町会などに手渡していたことなど、香典・枕花以外にも、「有権者への寄附」に該当する行為は多数指摘されている。菅原氏が「法を軽視する姿勢が顕著」でないということなどあり得ない。

「大臣辞職」「謝罪」は真摯なものとは到底言えない

②の「大臣を辞職して、会見で事実を認めて謝罪したこと」についても、情状酌量の事由、不起訴の理由に全くならないことは、既に述べた文春記事後の菅原氏の態度や行動から明らかだ。

昨年10月下旬の文春の記事について、菅原氏は、「A秘書が週刊文春と組んで違法行為をでっち上げて、大臣辞任に追い込んだ」などと、秘書に「濡れ衣」を着せて、自らの公選法違反行為を否定していた。経産大臣辞任後、「体調不良」を理由に国会を欠席していた間も、地元の後援者・支援者などに、通常国会開会後、国会に出席するようになってからは、政界関係者などに、そのような話を広めるなど、一貫して自らの公選法違反を否定していた菅原氏は、6月16日、突然「記者会見」を開き、一部ではあるが、秘書に香典を持参させていたことを認めて「謝罪」したのであるが、それまでの言動から考えて、それが真摯に反省して事実を認めたものとは到底考えられない。「会見を開いて違法行為を認めて謝罪すれば起訴猶予にする」という見通しがついていたからこそ、そのような「茶番」を行ったものとしか考えられない。経産大臣を辞任したのも、菅原氏は、「秘書にハメられて大臣を引きずり降ろされた」と言っているのであり、公選法違反の犯罪を反省して辞任したというのではない。何ら、情状酌量する理由にはならない。

以上のとおり、菅原前経産大臣の公選法違反事件についての検察の不起訴処分は、全くあり得ない、不当極まりないものである。しかも、取調べの経過や菅原氏の突然の「記者会見」から考えると、現場の検察官のレベルでは起訴に向けての捜査が行われていたのに、最終段階に来て、捜査を指揮する上司・上層部と菅原氏側と間で、何らかの話し合いが行われ、不起訴の方針が決まったようにしか思えない。

「菅原氏の不当不起訴」、河井夫妻事件捜査は大丈夫か

菅原氏に対する不起訴処分については、告発人が、検察審査会に審査を申し立てれば、検察も「証拠上起訴は可能」と認めている以上、「一般人の常識」から不起訴には納得できないとして、「起訴すべき」との議決が出る可能性が高い。それによって、菅原氏に対する「不正義」は、いずれ是正されるであろう。

問題は、今回の菅原氏に対する不当な不起訴処分を行った検察の方である。

河井前法相と菅原前経産相は、ほぼ同じ時期に、同じ週刊文春の報道によって大臣辞任に追い込まれた後、公選法違反事件で検察捜査の対象とされたという点で同様の展開をたどっている。一方の菅原氏に対して行われた全く理解し難い不起訴処分は、公選法違反に対する検察の刑事処分に対して、著しい疑念を生じさせることになった。菅原氏と同様に東京地検特捜部が行っている河井克行氏に対する捜査や刑事処分は、果たして大丈夫なのだろうか。

【検察は“ルビコン川”を渡った~河井夫妻と自民党本部は一蓮托生】で述べたように、河井克行氏の事件では、広島県の政界関係者に対して多額の現金が渡ったのと同時期に、自民党本部から河井夫妻に1億5000万円の選挙資金が提供されたことについて、公選法違反の「買収資金交付罪」の適用の可能性もあり、党本部への強制捜査を含めた徹底した捜査が期待されている。

しかし、一方で、検察は、河井夫妻から現金を受領した側の現職の自治体の首長・県議会議員・市議会議員等に対する刑事処分をどうするか、という大変悩ましい問題に直面している。現職の首長・議員は、公選法違反で罰金以上の刑に処せられると失職となる可能性が高いことから、それらの刑事処分をめぐって、様々な思惑や駆け引きが行われるであろうことは想像に難くない。

検察は、これまで自民党本部側が前提としてきた「公選法適用の常識」を覆し、公選法の趣旨に沿った買収罪の適用を行って河井夫妻を逮捕した。そうである以上、現職の首長・議員に対しても、公選法の規定を、その趣旨に沿って淡々と着実に適用し、起訴不起訴の判断を行うしかない。間違っても、菅原氏の公選法違反事件の不起訴処分で見せたような姿勢で臨んではならない。

検事長定年延長、検察庁法改正等で検察に対する政治権力による介入が現実化する一方、検察の政権の中枢に斬り込む捜査も現実化するという、まさに、検察の歴史にも関わる重大な局面にある。

ここで、敢えて言いたい。

しっかりしろ、検察!

 

 

カテゴリー: 菅原一秀公選法違反事件, 検察問題, 河井夫妻公選法違反事件 | 5件のコメント

河井夫妻と自民党本部は一蓮托生~資金提供に「交付罪」適用の可能性

河井克行衆議院議員(前法務大臣)とその妻の河井案里参議院議員が、公職選挙法違反の容疑で、東京地検特捜部に逮捕された。逮捕容疑は、克行議員は去年7月の参議院選挙をめぐり、妻の案里議員が立候補を表明した去年3月下旬から8月上旬にかけて票のとりまとめを依頼した報酬として、地元議員や後援会幹部ら91人に合わせておよそ2400万円を配った公選法違反の買収の疑い、案里議員は、克行氏と共謀し5人に対して170万円を配った疑いだ。

公選法違反での現職国会議員の逮捕は、前例が殆どない。自民党の有力議員だった克行氏が、なぜ自ら多額の現金を県政界の有力者に配布して回る行為に及んだのか。そこには、案里氏の参議院選挙への出馬の経緯、自民党本部との関係が深く関係しているものと考えられる。

従来の公選法の罰則適用の常識を覆す異例の逮捕

今回の逮捕容疑の多くは、昨年4月頃、つまり、選挙の3か月前頃に、広島県内の議員や首長などの有力者に、参議院選挙での案里氏への支持を呼び掛けて多額の現金を渡していたというものだ。

従来は、公選法違反としての買収罪の適用は、選挙運動期間中やその直近に、直接的に投票や選挙運動の対価として金銭等を供与する行為が中心であった。

「●●候補に投票してください。」という依頼や、具体的に、●●候補のための「選挙運動」、例えば、ウグイス嬢の仕事や、ポスター貼り、ビラ配りなどを依頼して、法律で許された範囲を超えた報酬を払う、というのが典型的な選挙違反だ。

今回の河井夫妻の行為のような、選挙の公示・告示から離れた時期の金銭の供与というのは、それとはかなり性格が異なり、「選挙に向けて●●候補の支持拡大に協力してほしい」という依頼である場合が多い。

従来は、このような「選挙期間から離れた時期の支持拡大に向けての活動」というのは、選挙運動というより、政治活動の性格が強く、それに関して金銭が授受されても、政治資金収支報告書に記載されていれば、それによって「政治資金の寄附」として法律上扱われることになり、記載されていなければ「ウラ献金」として政治資金規正法違反にはなっても、公選法の罰則は摘要しないという取扱いが一般的であった。

要するに、「政治資金の寄附との性格があり、投票や選挙運動の対価・報酬の性格が希薄」との理由で、公選法違反の摘発の対象とされることはほとんどなかった。

そういう意味で、今回の河井夫妻の逮捕は、従来の公選法の罰則適用の常識からすると異例と言える。

しかし、今回、このような行為に対して、敢えて検察が公選法違反の罰則を適用したのは、公選法の解釈に関して、それなりの自信があるからだろう。

公選法221条1項では、買収罪について、「当選を得る、又は得させる目的」で、選挙人又は選挙運動者に対して「金銭の供与」と規定しているだけであり、「特定候補を当選させる目的」と「供与」の要件さえ充たせば、買収罪の犯罪が成立する。

ここでの「供与」というのは、「自由に使ってよいお金として差し上げること」だ。現金を受領したとされる相手が、「案里氏を当選させる目的で渡された金であること」と「自由に使ってよい金であること」の認識を持って受領したことが立証できれば、買収罪の立証は可能なのだ。

私が、克行氏の行為は、従来は公選法の買収罪による摘発とされては来なかったが、検察が敢えて、買収罪で起訴すれば無罪にはならないだろうと述べてきたのは(【河井前法相“本格捜査”で、安倍政権「倒壊」か】)、そのような理由からなのである。

実態に即した供述を証拠化することの重要性

重要なことは、検察の捜査で、今回の事件の、従来の選挙違反との違いを十分に認識し、的確な取調べを行い、実態に即した供述を証拠化することだ。

克行氏は、弁護人によれば「不正な行為はない」と述べているとのことであり、河井夫妻は公判で、現金の授受を認めた上、趣旨を全面的に争う可能性が高い。この場合、有罪が立証できるかどうかは、結局のところ、金銭授受の事実とその趣旨についての供述が信用できるかどうかによる。

河井夫妻の現金配布の相手方は、過去の参議院選挙では同じ自民党の溝手顕正候補を支持し、選挙の度に応援してきた人達だと考えられる。そのような組織的支援が、長年にわたって、定数2の参議院選挙広島地方区で当選を重ね、自民党の議席を守ってきた溝手氏の「強み」だったのであろう。

昨年7月の参議院選挙も、河井夫妻らの現金配布が行われなければ、それまでの選挙と基本的に変わらなかったはずだ。

そのような状況だったところに、(溝手氏に対して強い反感を持っている安倍首相の「強い意向」によるともいわれているが)、案里氏が、自民党の2人目の候補として立候補することになった。案里氏が当選をめざすとすれば、(1)野党候補から票を奪う、(2)同じ自民党候補の溝手氏の票を奪う、のいずれかしかない。(1)の野党候補の支持者を自民党候補に投票してもらうことが容易ではないことは自明であろう。

そうなると、方法は(2)しかない。そのための最も効果的な方法は、溝手氏が長年築いてきた広島県の保守政治家の組織的支援を「切り崩して」案里氏支持に向けることである。

それが、有力者に現金を「撃ち込む」という方法だった。

現金授受の実態に即して考える

早くから現地広島での取材を重ねてきた今西憲之氏が、河井夫妻逮捕直後に出した記事【河井夫妻をついに逮捕!現ナマをもらった地元の県議が明かす素早い“手口”】で述べていることが、事件の実態に近いと思われる。同記事では、現金供与の実態について、以下のように述べている。

河井夫妻から現金30万円をもらった地元の県議Aさんはこう語る。

「いきなり電話してきて、ちょっと行くからという。選挙戦なので来られてもと思うたが、安倍首相の側近でもある克行氏が来るならと会うことにした。すると『選挙頑張って』と言いながら、白い封筒を取り出して、私のポケットに入れようとする。『先生、これは』というと『お世話になっていますから』とポケットにねじ込んで帰った。話したのはたぶん5分くらい。とんでもないものをねじ込むなと思ったよ」

Aさんはすぐ返そうと思ったが、会う機会もないし、電話を入れても「当選祝いだ」と克行氏は言うばかり。ズルズルと手元に置いていたという。

このようなエピソードを広島の地方議員らから、いくつも聞かされた。

別の地方議員、Bさんもこう証言する。

「先生、お茶代だからと白い封筒を置いて帰った。お茶代だ、陣中見舞いだというが、案里氏の参院選がある。そのままにしていたが、まずいと思い、政治資金収支報告書に掲載することにした。それは検察の取り調べでも説明した」

また案里氏から白い封筒を渡されそうになった地方議員Cさんもこう証言する。

「4月だったか、案里氏に食事に誘われた。会計の時に払おうとしたら、すでに済ませていたので『こっちも出す』と言うと『今日は大丈夫です』といい、案里氏が白い封筒を差し出した。参院選に出るんだから、直感的にカネだと思った。それは受け取れんと押し問答が続き、なんとか引き下がってもらった。検察に事情聴取され『案里からもらっただろう』とかなりしつこくきかれましたよ。貰わずに助かった」

克行氏が、Aさんに現金30万円を渡した目的は、「参議院選挙までの期間や選挙期間に、それまでの選挙のように溝手陣営で動かないようにしてほしい」「できれば、案里氏を支援する活動にも協力してほしい」ということだと考えられる。

マスコミでは、「現金の提供が票の取りまとめを依頼する趣旨だったかどうか」が今後の捜査の焦点になるとされているが、それは、「買収罪」を「投票又は選挙運動の対価を支払う行為」と固定的にとらえているからであろう。

しかし、公示の3か月も前であれば、選挙との具体的な関係はかなり希薄であり、「案里氏のための票の取りまとめ」という供述は、おそらく、現金を受け取った側の認識とは異なるだろう。「案里氏のための票の取りまとめ」というのは、それまでの選挙では溝手氏のための選挙運動を行ってきた人に、案里氏に「鞍替え」して、他の有権者に「案里氏に投票してほしい」と依頼することだが、そのようなことを露骨に行えば、溝手氏支持者から不信感を持たれることは必至だ。

そこまでしてもらわなくても、「溝手氏の当選のための活動を何もしないか、しているふりだけにする」ということをしてくれれば、上記(2)の溝手氏の票を減らす効果があり、それに加えて、案里氏の選挙までの集会に顔を出すなどして協力してくれれば、河井夫妻にとっては十分である。それは、「票の取りまとめ」とはかなり異なるものだ。

有罪率99%超の日本でも、公選法違反事件は相対的に無罪率が高い事件である。検察としては、現金受領者ごとに、その立場も異なり、認識も異なるだろう。その言い分を一人ひとり丁寧に聞き出し証拠化していくことが重要だ。

政治資金収支報告書への記載の有無は犯罪の成否に無関係

現金の授受について、「案里氏を当選させる目的で渡された金であること」と「自由に使ってよい金であること」が立証できれば、公選法違反の買収で有罪立証は十分に可能である。

したがって、上記記事に出てくるBさんのように、その現金を、「政治資金の寄附」として政治資金収支報告書に記載したとしても、上記の2点が否定されない限り、買収罪は成立する。しかも、昨年の政治資金の収支報告書の提出時期は今年3月であり、広島地検の捜査が開始された後であるため、事後的なつじつま合わせも可能である。

また、上記記事のCさんのように、河井夫妻側から現金を差しだされたが受領しなかった場合も、上記2点の趣旨が立証できれば、河井夫妻側に「供与の申込み」の犯罪が成立する。

自民党本部からの資金提供についての「交付罪」の成否

今回の事件のもう一つの焦点は、河井陣営には、自民党本部から、一般的に提供される選挙費用の10倍の1億5000万円もの多額の資金が選挙資金として提供され、それが現金供与の資金になっている可能性があることだ。多額の選挙資金の提供を決定した側が、「選挙人」等に供与する資金に充てられると認識した上で提供したのであれば、「交付罪」(供与させる目的を持った金銭の交付)に該当することになる。

交付罪が実際に適用された公選法違反というのは極めて少ないが、私は検察官時代の30年余り前、当時唯一の衆院一人区だった奄美大島群島区での選挙違反事件で「交付罪」の事件を担当したことがある。

「交付罪」の場合は、「選挙人又は選挙運動者への供与の資金」との認識を持って資金提供すれば、それだけで犯罪が成立する。資金提供の際に、誰にいくら現金を渡すかを認識している必要はない。(もし、その具体的な認識資金を提供した場合であれば、「供与罪の共謀」である。)

今回の事件についても、資金を提供した自民党本部側が、「誰にいくらの現金を供与するのか」という点を認識していなくても、「案里氏を当選させる目的で」「自由に使ってよい金」として供与する資金であることの認識があって資金提供をすれば、「交付罪」が成立することになる。

二階俊博自民党幹事長は、党本部が陣営に振り込んだ1億5000万円は買収の資金には使われていないと述べ、

支部の立上げに伴う党勢拡大のための広報紙の配布費用にあてたと報告を受けている。

公認会計士が厳重な基準に照らし、各支部の支出をチェックしている。

と説明しているようだ。

しかし、案里氏の参院選出馬で急遽設置された政党支部の「広報誌」に、果たして1億3500万円もの費用がかかるのだろうか。その点は、検察が金の流れを追えば、すぐにわかることだ。河井夫妻が、現金授受を認めて犯罪の成否を争う場合、授受を認めることに伴って、その原資について事実をありのままに述べなければ不利になる。買収資金の原資が解明される可能性は相当高い。

自民党本部から提供された1億5000万円は、河井夫妻の政党支部宛てに提供されたことで、「買収」に充てられる認識が否定できると思っているのかもしれないが、政治資金規正法上の寄附として処理されていても、上記の「案里氏を当選させる目的で」「自由に使ってよい金」の2点を充たす現金授受の資金に充てられることの認識があれば、公選法違反の「交付罪」が成立することに変わりはない。

今回の逮捕で驚いたのは、自民党の有力政治家であった克行氏が、広島県の多数の政界関係者に多額の現金を配布して回るという露骨な行為に及んだことだ。その点に関して、合理的に推測されるのは、党本部からも、そのような使途について了解を得た上で、資金が河井夫妻の政党支部に提供されたことによって、「抵抗感」がなかったのではないかということだ。

検察捜査の結果、1億5000万円が河井夫妻の現金供与の原資となっている事実が認められれば、資金提供を決定した人物とその実質的理由を解明することは不可欠であり、過去に前例がない自民党本部への捜索が行われる可能性も十分にある。

従来、検察は、公職選挙の実態を考慮して、公選法の罰則適用を抑制的に行ってきた。買収罪の適用は、選挙運動期間中やその直近に、直接的に投票や選挙運動の対価として金銭等を供与する行為に概ね限定しており、河井夫妻の現金配布のような行為が「買収罪」とされることは、ほとんどなかったのである。

ところが今回は、これまで自民党本部側が前提としてきた「公選法適用の常識」を覆し、敢えて買収罪を適用して前法相の国会議員を逮捕した。

それを予想していなかったことについては、河井夫妻も自民党も同様であろう。その意味で、本件に関しては、「供与罪」と、資金提供の「交付罪」とは「一蓮托生」と見ることもできる。

検察の本件への「買収罪」の適用は、「公職選挙をめぐる資金の透明性」を高めるという法の趣旨に沿うものであり、法運用として決して方向性は誤っていない。

検察は「“ルビコン川”を渡った」と言える。まだまだ、多くの困難はあるだろうが、実態に即した供述の証拠化と、公選法の趣旨に沿う法適用で、ローマに向け、着実に進撃することを期待したい。

カテゴリー: 検察問題, 河井夫妻公選法違反事件 | 5件のコメント

都知事選、最大の争点は「東京五輪開催問題」

本日(6月18日)、東京都知事選挙が告示された。7月5日の投票日に向けて選挙戦が繰り広げられる。現職の小池百合子氏のほか元日弁連会長の宇都宮健児氏、前熊本県副知事の小野泰輔氏、「れいわ新選組代表」の山本太郎氏、「NHKから国民を守る党」代表の立花孝志氏などが事前に出馬表明しており、昨日(6月17日)、この5人の立候補予定者の間で、日本記者クラブ主催のオンライン討論会も開催された。

現職の小池氏は、6月12日に都庁で出馬会見した際に、選挙の「争点」について質問されて、「大東京を誰に担わせるのが最適なのか」と答えていたが、それは選挙の争点でも何でもない。東京五輪の開催が延期された3月下旬以降、新型コロナ対策で連日テレビ等に登場してパフォーマンスを行ってきた小池氏としては、今回の都知事選挙を、「信任投票」ないし「人気投票」にし、抜群の知名度で都知事選を圧勝しようというのであろう。

もし、「誰が都知事として最適任か」が争点だというのであれば、5月31日に発売され、既に15万部を超える空前のベストセラーになっている石井妙子氏の著書【女帝 小池百合子】に書かれている内容に対して、反論・説明するべきだろう。ところが、小池氏は、都議会で石井氏の著書について質問されても「読んでいない」と答えて黙殺している。名誉棄損訴訟を起こすか否かを問われても、「政治家は抑制的でなければならない」と答えるだけだ。政治家は、自らへの批判言論を、訴訟によって封殺しようとする「スラップ訴訟」を濫用してはならない。しかしそれは、批判に対して自ら説明・反論すべき政治家が、それを行わず訴訟によって言論を封じ込めようとすることが問題なのである。訴訟も起こさず、何らの説明もしないのであれば、その批判言論の内容を自認したことになる。

今回の都知事選には、今後の国政にも影響する重要な争点が二つある。まず、当面の最大の争点は、「2020年夏の開催予定が2021年夏に延期された東京五輪に、東京都として今後どう対応するのか」という点である。この点については、現職の小池氏は、現在のまま2021年夏開催、山本氏、宇都宮氏が開催中止、小野氏が2024年開催をめざす(N国立花氏も概ね同じ)と、政策の対立が明確になっている。そして、もう一つの重要な争点は、出馬会見で山本太郎氏が公約として掲げた「新型コロナ経済対策のための地方債の起債の是非」である。これは、自治体が、国の政策とは異なる独自の財政政策をとることの是非という、自治体の政策の根本に関わる問題である。

今回は、東京五輪をめぐる問題について見てみよう。

「東京五輪開催」へのこだわりと新型コロナ対策

まず、東京五輪をめぐる問題のこれまでの経過を振り返ってみよう。私は、2月14日、新型コロナウイルスの問題が、まだ、中国国内での感染拡大と横浜港に停泊中のクルーズ船ダイヤモンドプリンセスの問題にとどまっていた時期に、【国民の命を守るため、安倍内閣総辞職を~新型肺炎危機対応のため超党派で大連立内閣を】と題する記事で、

日本政府の適切な対応の障害になり得るのが、まず、今後の感染の拡大如何では、今年の夏開催される予定の東京オリンピック・パラリンピックへの影響が生じかねないことだ。もちろん、「国民の生命」と「東京五輪の開催」と、どちらを優先すべきかは言うまでもない。しかし東京五輪開催中止が日本経済に与える影響が、安倍内閣の判断に様々な影響を及ぼす可能性があることは否定できない。

と述べた。

そして、3月24日、国際オリンピック委員会(IOC)が、新型コロナウイルスの感染拡大で高まる延期要請の声を受け、今年7月24日開幕の東京五輪の日程変更を検討することを発表した直後に出した記事【東京五輪「2024年への順延」が最も現実的な選択肢ではないか ~「国際社会の要請」の観点で考える】で、東京五輪の開催を2024年に、パリ五輪を2028年に「順延」するのが、最も現実的な選択肢であることを指摘した。

しかし、安倍晋三首相は、同じ3月 24日に、IOCのバッハ会長と電話会談し、東京五輪を「おおむね1年程度延期することを検討してもらいたい」と提案、「100%同意する」との返答を得たとして、東京五輪を2021年夏に延期する方針を明らかにし、3月30日には、五輪組織委の森喜朗会長とバッハ会長らの電話会談で、東京五輪の新たな日程について、「来年7月23日に開会式、8月8日に閉会式」を行うことで合意した。

そして、それまで、新型コロナ対策で前面に出ることが殆どなかった小池都知事は、この東京五輪の開催延期が決まった3月24日以降、突然、テレビに露出して、「感染拡大の重要局面」だとし、「ロックダウン」「オーバーシュート」などという横文字を用いて、国民・都民の危機感を煽るようになった。

そして、4月1日、私は、【「東京五輪来年夏開催」と“安倍首相のレガシー” 今こそ、「大連立内閣」樹立を】と題する記事で、

安倍首相には、戦後最長となった首相在任期間の最後の形へのこだわり、花道、レガシーで飾りたいという意識、間違っても、政権の最後を、第一次安倍政権のような惨めなものにしたくないというトラウマが強く働いているのではないか。

と指摘した。

その後も、安倍首相は、2021年夏東京五輪開催の方針を、頑なに維持している。その安倍政権の新型コロナ対策が、いかに惨憺たるものであったか、今さら説明する必要もないであろう。

「東京五輪2021年夏開催」をめぐる新たな局面

そして、緊急事態宣言が順次解除されつつあった5月下旬に入り、東京五輪問題は、新たな局面を迎えた。5月20日、IOCのバッハ会長は、英BBC放送のインタビューで、2021年に延期された東京五輪について、安倍晋三首相から「来夏が最後のオプション(選択肢)」と伝えられたことを明らかにし、来夏に開催できない場合は中止するとの見通しを示したと報じられた。

6月中旬になって、東京五輪の大会組織委員会の高橋治之理事が、「ウイルス感染状況により来夏も開催が危うい場合、再延期も視野に入れるべき、中止は絶対に避けなければならない」との考えを示したと報じられた。高橋氏は、元電通専務で、東京五輪招致の中心人物である。安倍首相にとっては、来年秋までの自民党総裁の任期との関係で、「2021年夏東京五輪」が行えるかどうかが、自分自身に関係する決定的な問題であるが、一方で、東京五輪が開催されるか否かに重大な利害関係がある電通にとっては、仮に、2021年夏が無理でも2022年でもよいから、絶対に中止は避けたいということなのであろう。

安倍首相は「2021年夏東京五輪開催」を諦めない、しかし、その実現可能性は低い。電通側は、2021年夏が無理なら2022年開催でも何とか実現したい。そのような複雑な事情の下で、東京五輪の開催の有無とその時期が不確定な状況が今後も長期間続くことは日本の社会に甚大な損失を生じさせることになる。

「東京五輪来年夏開催」をめぐる“不確定な状態”がもたらす甚大な損害

現在の新型コロナ感染の国際的状況に照らせば、来年夏の東京五輪開催が余程の幸運に恵まれない限り困難だというのが、IPS細胞の発見者の京大山中伸弥教授も含め、専門家のほぼ一致した見方だ。しかし、そのことは、政府側、電通の意向が働いているためか、メディアではほとんど取り上げられない。「中止」という決断による経済的打撃が大きく、日本人にとっても、なかなか諦めきれないという心情も働くからであろう。

先日、日刊紙Liberation、週刊誌Le Pointのフランス人特派員の西村カリン氏から、東京五輪開催問題に関して取材を受けた。「大会組織委員会とスポンサー企業78社との契約は今年の12月末までで、契約の延長がまだ決まっていない企業がほとんど。来年必ず五輪が開催されることを約束できない大会組織委員会はスポンサーからの収入を確保できるか。」という点の取材だった。確かに、もし、スポンサー契約を延長して、企業が新たな支出を行った場合、中止になっても返還される可能性は低い。開催が不確定な状況で支出すれば、支出した会社執行部は株主から訴えられることになりかねない。カリン氏は、「組織委員会に来年夏の五輪開催に向けての資金の確保、大会の具体的なスケジュールなどを聞いても全く答えがない。」と言って、呆れ果てていた。

一方、来年夏開催の予定が維持されていることによって、重大な影響・損害を被っている業界もある。例えば、五輪会場周辺のホテル、観光バス業界などは、2021年夏に東京五輪が開催されるかどうかで、事業計画が大きく異なってくる。また、五輪開催決定後、東京ビッグサイトの約半分(7万平米)を放送施設として2019年4月から20か月間IOCに貸し出されることになったため、多くの展示会が中止・縮小となり、出展社・支援企業・主催者は2兆5千億円もの損害を被ってきたという。それが、五輪の延期にともない、2021 年も同様に放送施設として使用する計画が発表されたことで、今年12月以降に既に予定されていた展示会も中止・縮小を余儀なくされる。出展企業・支援企業などは、さらに計1兆5千億円の損害を被ると言われている。

日本の多くの企業が、新型コロナによって大きな損失を被った上に、東京五輪が2021年夏に延期され、実際に開催されるかどうか不確定な状況にあることで、今なお、甚大な損害が生じ続けているのである。もし、東京五輪開催中止という結果に終わった場合、その間の損害は誰が負担するのであろうか。

各都知事候補の東京五輪問題に関する政策

この東京五輪の問題に対して、都知事選の各候補がどのような政策を打ち出しているのか。

まず、現職の小池氏は、出馬表明後の15日に開いた「政策についての会見」で、予定どおり来年夏に開催することを当然の前提に、

国・組織委員会・IOCなどと連携を取りながら、どのようにして実際に行うことができるのか話し合いをしている。簡素化、コストの縮減について都民や国民の、また世界の方々の理解・協力が得られ、また共感が得られるのかが3つの柱になっている。

などと述べており、開催自体の困難性は全く無視している。

五輪開催を前提としつつも、私がかねてから言ってきたように、「東京五輪を2024年に延期して開催する方向で、IOCやフランス政府側と交渉すべき」という政策を掲げているのが小野氏だ。

先日、私の事務所で発信しているYouTubeチャンネル「郷原信郎の日本の権力を斬る」で小野氏との対談を行ったが(【郷原信郎の「日本の権力を斬る!」第17回 都知事候補小野泰輔氏と東京都政を語る!】)、この最後で、東京五輪をどうするかと私から尋ね、小野氏も「東京五輪2024年開催」を掲げていることを知った。

小野氏は、6月16日の外国特派員協会(FCCJ)での会見でも、日本記者クラブでのオンライン討論会でも、東京五輪への対応について、2024年への延期、そして、日仏共同開催も視野にIOC等と再交渉するという「都知事としての政策」を明確に示している。

一方、「東京五輪中止」を明確に公約に掲げるのが宇都宮氏と山本氏だ。宇都宮氏は、出馬会見で、

専門家が来年の開催は難しいというなら、できるだけ早い段階で中止を決めるべきだ。五輪の予算を使えば、都民の命を救える。

と述べている。山本氏は、

新型コロナのワクチンも治療薬も間に合わない。もうすぐできるという空気をふりまきながら、このままなんとかやろう、やれるやれる、という空気をどんどん醸成させていくわけにはいかない。オリンピックを必ずやろう、という空気の中で起こることは、判断を間違えること。

きっぱりと、やめるという宣言を開催都市が行うということ、やめることによって、そこにかかるコスト、そして人的資源、これを別の所にまわせる。

と述べている。

山本氏が言うように、東京五輪の開催を優先して他の施策を行うことが誤った判断につながるというのは、私が以前から指摘していたことであり、それは安倍首相の対応によって現実のものとなった。山本氏が言うように「きっぱりとやめる」というのは筋の通った話である。

しかし、つい半年前まで、目前に迫った東京五輪に向けて雰囲気が盛り上がっていた日本において「開催中止の決定」には国民の多くに抵抗があり、そのハードルは相当に高い。そういう意味では、来年夏の東京五輪開催を早期に断念することと、東京五輪「開催」自体を断念するかどうかは別に考えるのが現実的であろう。

2024年パリ五輪をめぐるフランスの現状

私がかねてから主張してきたように、東京五輪開催を維持するのであれば、2024年開催をめざすのが最も現実的な選択肢である。そうなると、問題となるのは、2024年の五輪開催予定地であるフランスのパリとの関係である。

西村カリン氏から得た情報からすると、フランス側の事情からしても交渉の実現可能性は十分にあると考えられる。カリン氏によると、最近、パリ大会組織委員会のTony Estanguet会長はフランスの新聞Le Mondのインタビューに応じて、「今までの企画は色々と変えないといけない」と述べたとのことだ。また、IOCの一人のメンバー Guy DRUT(元選手、元フランススポーツ大臣)は、フランスのラジオ局フランス・アンフォのネット記事で、次のように述べている(西村カリン氏日本語訳)。

過去のゲームは未来のゲームになりません。新しいモデルを考えないといけません。数週間以内に、私が望んだように、IOCは次のオリンピック(東京、北京、パリ、ミラノ、ロサンゼルス)の組織委員会と会議します。この会議の目的は、新しい道を考えることです。例えば、特定のイベントを毎回同じサイトで開催すること。たった3、4日間続くイベントのために新しい設備を構築することは非常に高価です。大会の時期をキープするのは大事だが、全てのスポーツを同じ場所でやるのは必要ない。

フランス側では、2024年の五輪開催について、これから抜本的な見直しが行われることは確実なようであり、その際、「東京・パリ共同開催」というのも有力な選択肢になり得る。

東京での五輪会場の整備はほとんど終わっているので、会場設置に多額の費用がかかる種目を中心に、全種目の3分の2程度を東京或いはその周辺で開催し、パリでは、会場の整備等の費用が低額で済む競技(例えば、暑さが問題とされるマラソン・競歩や、お台場の競技会場が「トイレのような臭さ」で評判が悪いトライアスロンなど)を開催するという方法で、競技種目を分担し、開会式は東京で、閉会式はパリで実施するという方法などが考えられるであろう。

過去に例がない「2都市共同開催」を、日本とヨーロッパで協力して行い、しかも、費用を最小限に抑えることができれば、まさに「コロナ時代のオリンピック・パラリンピック」の象徴的な大会にできるのではないか。

カテゴリー: オリンピック, 東京都知事選挙 | 2件のコメント

小池氏「卒業証明書」不提示は、「偽造私文書」“行使罪”との関係か

虚言に塗り固められた小池百合子という女性政治家の「正体」を見事に描き切った石井妙子氏の著書【女帝 小池百合子】は、政治家に関連する本としては異例のベストセラーとなっている。黒木亮氏は、ネット記事での追及を続けている。

これらによって、小池氏の華々しい経歴と政治家としての地位の原点となった「カイロ大学卒業」が虚偽である疑いは一層高まり、都議会本会議での追及も行われている。

虚偽事項公表罪による刑事責任追及の「壁」

前回記事【都知事選、小池百合子氏は「学歴詐称疑惑」を“強行突破”できるか】では、「カイロ大学卒」の学歴が虚偽である疑いが指摘されている中で、小池氏が都知事選挙に立候補し、これまでの選挙と同様に、選挙公報に「カイロ大学卒業」と記載した場合に、告発が行われるなどして検察の捜査の対象とされ、公選法違反(虚偽事項公表罪)で処罰される可能性について検討した。

検事がエジプトに派遣されて司法当局の大学関係者への事情聴取に立ち会うという「海外捜査」によって、「カイロ大学卒業の事実があったのか、なかったのか」という客観的事実が明らかになる可能性もあり、石井氏の著書に登場する小池氏のカイロ時代の同居人の女性の証言、小池氏の著書での記述や発言に重大な矛盾があることなど、小池氏の説明を疑う証拠は豊富であり、刑事事件の捜査で真実が明らかになる可能性も十分にある。

しかし、検察が虚偽事項公表罪を適用する上で最大のネックになるのは、黒木氏が【徹底研究!小池百合子「カイロ大卒」の真偽〈5〉カイロ大学の思惑】で指摘しているように、カイロ大学の権力を完全に掌握しているのは軍部・情報部で、日本からのメディアの取材に対して、カイロ大学が卒業を認めることを繰り返してきた背後には、カイロ大学文学部日本語学科長のアーデル・アミン・サーレハ氏らハーテム人脈を頂点とするエジプトの軍部・情報部と大学の権力階層構造があるという政治的背景だ。

カイロ大学側が「小池は卒業した」と言い通せば、その説明がどんなに怪しくても、「カイロ大学卒業」が虚偽であることを立証するのは容易ではない。そういう意味では、虚偽事項公表罪による刑事責任追及には、高い「壁」があると言える。

「卒業証明書」偽造をめぐる疑惑

「学歴詐称」疑惑に関連する、もう一つの犯罪の容疑と言えるのが「卒業証明書」偽造疑惑だ。この問題について、黒木氏は、6月5日の《【最終回】小池百合子「カイロ大卒」の真偽 卒業証明書、卒業証書から浮かび上がる疑問符》と題する記事で、「卒業証明書」の偽造の疑いについて総括している。

小池氏は、前回の都知事選の際、フジテレビの2016年6月30日放送の「とくダネ!」で、唯一文字が判読できる形で「卒業証明書」を提示した。黒木氏は、その番組のスクリーンショットから、小池氏の卒業証明書は、最重要要件である大学のスタンプの印影がいずれも判読不明であることなど、証明書として通用しない代物だと指摘している。また、文章が男性形で書かれていること、4人の署名者のうち2人の署名しか確認できないことなど不自然な点が多々あることを指摘している。

また、石井妙子氏は、【小池百合子都知事のカイロ大学『卒業証書』画像を徹底検証する】(文春オンライン)で、『振り袖、ピラミッドを登る』の扉に掲載された卒業証書のロゴとフジテレビで放送された卒業証書のロゴが異なることを指摘している。

これらの指摘のとおり、小池氏の「卒業証明書」が不正に作成されたものであったとすると、小池氏の行為にどのような犯罪が成立するだろうか。

まず、国外犯処罰との関係では、刑法3条で、有印私文書偽造は日本国民の国外犯処罰の対象とされているので、小池氏が犯罪に関わっているとすれば処罰の対象になる。しかし、偽造行為があったとしても、40年も前のことなので、既に公訴時効が完成している。

そこで問題になるのは、「卒業証明書」について、偽造有印私文書の「行使罪」が成立しないかという点だ。4年前のフジテレビの「特ダネ」での提示は、「行使」と言えるので、卒業証明書が「偽造有印私文書」に当たるのであれば、公訴時効(5年)は完成しておらず、処罰可能ということになる。

「偽造有印私文書」とは

「偽造有印私文書」に該当するか否かに関して重要なことは、「卒業証明書」の作成名義が誰なのか、そして、その作成名義を偽ったと言えるのかどうかである。

広い意味の「文書偽造」には、「有形偽造」と「無形偽造」がある。有形偽造とは、作成名義を偽るもの、つまり、名義人ではない者が勝手にその名義の文書を作成することである。無形偽造とは、名義人が虚偽の内容の文書を作成することである。公文書については、「虚偽文書の作成」も処罰の対象となるが、私文書については、作成名義を偽る有形偽造しか処罰の対象にならない。つまり、小池氏が提示した「卒業証明書」が、その証明書を作成する権限を持つ人が署名して作成したものであれば、卒業の有無について虚偽の内容が書かれていても、「偽造有印私文書」にはならないのである。

「卒業証明書」の「作成名義」

では、小池氏の「卒業証明書」の作成名義が誰なのか、この点については、黒木氏の上記記事だけからはわからなかったので、ロンドン在住の黒木氏に直接連絡をとって尋ねたところ、以下のように解説してくれた。

 小池氏の卒業証明書の右上にはカイロ大学の文字が下にあるカイロ大学のロゴ(トキの頭を持ったトト神)があり、大学の文書として発行されています。

書いてある文章自体は、「文学部は日本で1952年7月15日に生まれた小池百合子氏が1976年10月に社会学の専攻・ジャイイド(good)の成績で学士を取得したので、彼(男性形)の求めにもとづき、関係者に提出するためにこの証書を発行した」と書いてあります。

要は大学の用紙を用いて文学部長が発行したという体裁になっています。

 その下に、右からムハッタス(specialist)、ムラーキブ(controller)、ムラーキブ・ル・アーンム(general controller)の署名欄があり、スクリーンショットでは真ん中のムラーキブのところしか署名が見えません。その右のムハッタスの署名欄の線が滲んで見えるので、もしかするとサインがあるのかもしれません。

 また3つのサインの下にアミード・ル・クッリーヤ(学部長)の署名欄があり、一応サインがありますが、当時の学部長のサインではありません(もしかしたら代理サインとかかもしれませんが、まったく読めません)。

黒木氏の上記解説からすると、「卒業証明書」が、「カイロ大学文学部長」の作成名義の文書であることは間違いないようだ。問題は、その学部長の署名欄に、学部長ではないと思える人のサインがあるということだ。それが、学部長として卒業証明書を作成する権限を有する人のサインであれば、仮に卒業した事実がないのに卒業したと書かれているとしても「無形偽造」であり、「偽造有印私文書」には該当しない。

もし、学部長欄の署名が、学部長として証明書を作成する権限がない者によるものであったとすれば、学部長の作成名義を偽ったということであり、「有形偽造」に該当し、「偽造有印私文書」に該当することになる(「有印」には、印章だけではなく署名も含まれる)。

「卒業証明書」についての「偽造有印私文書行使罪」の成否

小池氏の「卒業証明書」については、以下の4つの可能性が考えられる。

(1)カイロ大学で正規の手続で作成発行された文書

(2)カイロ大学内で、大学関係者が関与して、非正規の手続ではあるが、学部長の権限を有する者が作成した文書

(3)作成権限のないカイロ大学関係者が、大学の用紙を使って文学部長名義で不正に作成した文書

(4)カイロ大学とは無関係な者が、正規の卒業証明書の外観に似せて不正に作成した文書

このうち、(1)であれば何ら問題はないが、そうであれば、小池氏が、卒業証明書の提示を拒否することは考えられないので、この可能性は限りなく低いと考えるべきであろう。一方、(3)、(4)のいずれかであれば、「偽造有印私文書」に該当することは明らかだ。

問題は(2)の場合だ。この場合は「無形偽造」と考えられるので、「偽造有印私文書」に該当するとは言い難い。偽造に関する刑事責任を問われることはないということになる。しかし、卒業証明書を提示すると、その作成手続が正規ではないことが問題にされ、正式に卒業していないことが証明される可能性が高い。それが、小池氏が提示を拒んでいる理由とも考えられる。

(2)か(3)(4)かで、刑事責任の有無が異なるが、その点は、黒木氏が指摘する「学部長の署名欄」のサインが誰によるものか、その人が学部長の代理権限を持っていたのかによって判断が異なることになる。

結局のところ、小池氏の「卒業証明書」が、刑法上の「偽造有印私文書」に該当するのか否かは、現時点ではいずれとも判断ができないが、黒木氏の記事及び解説からすると、少なくとも、「カイロ大学の卒業証明書」として使用することに重大な問題がある文書であることは疑いの余地がない。

「卒業証明書」の“現物”の提示が不可欠

そのような重大な問題が指摘されているのであるから、小池氏が、今回の東京都知事選で、都知事という公職につくべく再選出馬を表明するのであれば、その「卒業証明書」の“現物”を提示することが不可欠だ(TVの映像による公開などでは、いくらでもコピーや切り貼りが可能なので、それが偽造であるかどうかが確認できない)。

もし、小池氏が提示しようとしないのであれば、出馬会見の場に参加した記者は、提示を強く要求し、提示がなければ会見を終了させないぐらいの強い姿勢で臨むべきだ。それを行わず、やすやすと小池氏の出馬会見を終わらせるようであれば、その会見に出席した記者達は、「東京都民に対する職責を果たさなかった記者」としての非難を免れないということになる。

一方で、小池氏が、卒業証明書を提示し、それが実は、上記の(3)か(4)であることが明らかになった場合には、その提示行為が「虚偽有印私文書」の「行使罪」に該当することになる。小池氏が、これ以上「卒業証明書」の提示を拒むのであれば、新たな「犯罪」に該当するリスクを避けたいからと推測されても致し方ないだろう。

いずれにしても、公訴時効が完成していない4年前のフジテレビ番組での提示の行為がある以上、「学歴詐称」による公選法の虚偽事項公表罪に加えて、「偽造有印私文書」の「行使罪」で告発される可能性は十分にある。

これまで、小池氏の「学歴詐称」疑惑について、現地取材も含め、長年にわたる取材を重ねてきた黒木氏は、もし、小池氏について、「学歴詐称」の虚偽事項公表罪や、「卒業証明書」の私文書偽造・行使事件について、

検察が捜査することになった場合には、まだ開示していないものも含め、手元にある資料をすべて提供し、全面的に捜査に協力し、必要があれば裁判で証言する

と明言している。

6月18日の東京都知事選挙の告示まで2週間を切ったが、小池百合子氏は、近く再選出馬を表明することは確実と見られている。

【前回記事】でも書いたように、「小池都政」には、豊洲市場移転問題を始めとする欺瞞がたくさんある。小池氏のような人物に、今後4年間の東京都政を委ねてもよいのか、改めて真剣に考えてみる必要がある。

新型コロナ感染対策でのパフォーマンスに騙されることなく、「小池百合子」という人物の正体を十分に認識した上で、都知事選に臨むことが、東京都の有権者にとって必要なのではなかろうか。

カテゴリー: 東京都知事選挙 | 6件のコメント

「女帝 小池百合子」、都知事選を「カイロ大卒」で“強行突破”できるか

ノンフィクション作家石井妙子氏の【女帝 小池百合子】(文芸春秋)が出版された。これまでも、多くの著名人の人物評伝などを執筆し、多数のノンフィクション賞を受賞してきた著者による渾身の著作である。小池氏の生い立ちから、虚言に塗り固められた「実像」を、多くの関係者の証言に基づいて詳細に明らかにし、そのような人物を「首都東京の知事で、総理大臣をも狙う政治家」にしてしまった日本の社会の歪みを鮮やかに描いた同書は、7月の都知事選挙で確実視される小池氏再選に向けての「強烈な一撃」になる可能性がある。

都知事選直前に再び注目される小池氏「学歴詐称」疑惑

「希望の党」騒ぎ以降、小池氏には、あまり目立った動きが見られなかった。しかし、東京五輪の開催延期が決まった今年3月下旬になって、「ロックダウン」「オーバーシュート」等の言葉を用いて新型コロナ感染の危機感を煽る「小池劇場」にマスコミの注目を集中させ、人気が急上昇している。7月に予定される都知事選では、既に自民党は対抗馬擁立を見送っており、小池氏の圧勝が予想されている。

そうした状況の中で、石井氏の著書では、カイロで同居していた女性の詳細な証言も含め、多くの根拠が示され、小池氏の華々しい経歴と地位の原点となった「カイロ大学卒業」の学歴が虚偽であることが明らかにされている。

私も、小池氏については、都知事就任直後から、多くのブログ記事や片山善博氏との対談本(【偽りの「都民ファースト」】ワック:2017)等で、その政治姿勢を厳しく批判してきた。

小池都政(小池劇場)については、都知事就任後の小池氏が「豊洲市場移転延期」等で人気の絶頂にあった2016年11月、「炎上」覚悟で出した【小池都知事「豊洲市場問題対応」をコンプライアンス的に考える】から、2017年7月の【“自民歴史的惨敗”の副産物「小池王国」の重大な危険 ~代表辞任は「都民への裏切り」】まで7本の記事を出し、さらに、2017年の衆院選に際して、小池氏が「希望の党」を設立して国政に進出しようとした動きについて、【希望の党は反安倍の受け皿としての「壮大な空箱」】などと、それがいかに「空虚」なものかを指摘した。また、衆院選挙後の2017年10月の【平成「緑のタヌキ」の変 ~衆院選で起きた“民意と選挙結果とのかい離”】から同年11月の【“幻”に終わった「党規約による小池氏独裁」の企み】までの4本の記事では、衆議院選に向けて野党議員を手玉にとった小池氏の欺瞞性を指摘した。

私が、これらの記事で小池批判を続けていたこともあり、昨年5月には、石井妙子氏からも取材を受け、政治家としての小池氏や小池都政などについての私の考えを話した。この際、石井氏は、「小池氏がカイロ大学を卒業していないことは絶対に間違いない。しかし、いつも上手く誤魔化して逃げてしまう」ともどかしそうに言っていた。そういう石井氏のたゆまぬ取材の結果が、今回の著書で結実したものだ。

黒木亮氏の緻密な取材による「学歴詐称」の指摘

さらに、作家の黒木亮氏が、5月29日に、【再燃する小池百合子の「学歴詐称」疑惑…首席も、卒業すらも嘘なのか】、翌 30日の【カイロ大学の深い闇…小池百合子が卒業証書を「出せない」理由】の各ネット記事(現代ビジネスオンライン)では、3月都議会での「学歴詐称疑惑」に関する小池氏の答弁の矛盾・混乱を取り上げ、カイロ大学を含むエジプトの国立大学では、以前から不正な卒業証書の発行が行われてきた実態を踏まえて、

小池氏が卒業証書類の提出を頑なに拒む態度、1年目に落第しながら4年で卒業したという自著の矛盾した記述、『お使い』レベルのアラビア語、卒論に関する事実に反する議会答弁、当時を知る複数の日本人の証言と矛盾する入学年などに照らせば、小池氏がカイロ大学を正規のルートで卒業したと信じるのは到底無理

と結論づけている。

2013年、裁判官の世界を描いた黒木氏の小説「法服の王国」が出版された際には、経済雑誌に同書の書評を書いた。フィクションとされてはいるが、現職裁判官を含めた多数の関係者からの取材、膨大な参考文献に基づき、人事を含めた裁判所組織の内実や裁判官個人の考え方、生き方の実相を克明に描いた同書は、ノンフィクション作家としての黒木氏の取材力、表現力が圧倒的なリアリティにつながっていた。

小池氏は、これまで、自身の学歴詐称疑惑に関して、ほとんど説明らしい説明をせず、「卒業証書も卒業証明書もある。カイロ大学も卒業を認めている」と言い続けてきたが、卒業証明書と卒業証書の提出は頑なに拒否してきた。今回、石井妙子氏と黒木亮氏という二人の実力作家の著述によって、「小池百合子氏にカイロ大学を正規に卒業した事実がないこと」は、ほぼ疑いの余地がないほど明白な事実になったと言えよう。

小池氏は本当に都知事選挙に出馬するのか

6月18日告示、7月5日投票が予定されている東京都知事選挙、小池氏は、現時点(6月2日)では、出馬表明をしていないが、立候補すれば圧勝すると予想されている。

これまで、国政選挙・都知事選挙で、小池氏は「カイロ大学卒業」と繰り返し記載してきた。「カイロ大学卒」の学歴が虚偽である疑いが、石井氏の著書、黒木氏のネット記事で、改めて指摘されている中、疑問に答えることなく、これまでどおり・選挙公報の経歴欄に「カイロ大学卒」と堂々と記載することができるのだろうか。

しかし、それを記載しないで、「正直」に、「カイロ大学中退」などと記載した場合、それまで、「カイロ大学卒業」としてきたことの虚偽性を認めることになる。小池氏にとって、それは政治生命の終焉を意味する。

小池氏にとっての選択肢は、何らかの理由を付けて再選出馬を断念するか、立候補し、従前どおり「カイロ大学卒業」の学歴を選挙公報に記載して都知事選「強行突破」を図るかの、いずれかである。

小池氏にとっての「カイロ大学卒業」の意味

カイロ大学を卒業したかどうかは、40年以上前のことであり、現在の都知事としての評価に影響するものではないと思う人もいるかもしれない。政治家と学歴の関係について言えば、確かに、田中角栄氏のように、尋常高等小学校卒業でも、傑出した政治家の才能を発揮した人物もいるのであり、一般的には、学歴は政治家の実力には必ずしも結びつかないと言えるであろう。

しかし、「小池百合子」という政治家にとっての「カイロ大学卒業」という学歴は、単なる遠い過去の出来事としての経歴の一つではない。石井氏が著書で明らかにしているように、小池氏は、「カイロ大学卒業」に関して嘘を重ね、その嘘を利用して今の地位や名声を手にしてきたのであり、まさに、「女帝 小池百合子」という「存在」そのものの原点が「カイロ大学卒業」なのである。

小池氏が、都知事選挙に出馬して「強行突破」を図った場合、当選したとしても、選挙公報への「カイロ大学卒業」の学歴詐称の公選法違反(虚偽事項公表罪)で告発される可能性が高い。

告発は、東京都の警察である「警視庁」ではなく、「東京地検特捜部」宛てに行われるであろう。その場合、小池氏の刑事処分はどうなるだろうか。

過去の虚偽事項公表罪の事例

まず、過去の虚偽事項公表罪での刑事事件の事例を見てみよう。

処罰された事例として、1992年の参院選愛知選挙区で当選した新間正次議員(当時民社党)が、虚偽事項公表罪で起訴され、禁錮6月、執行猶予4年の判決が確定、失職したケースがある。

この事件で問題にされた「虚偽事項公表」は、(1)選挙公報等で、入学していない「明治大」を「中退」と公表した行為、(2)政談演説会において、約700名の聴衆に対し、その事実がないのに「中学生当時公費の留学生に選ばれ、スイスで半年間ボランティアの勉強をした」旨演説した行為の二つであったが、(2)については、名古屋高裁判決は、

公職選挙法235条1項について、「選挙人が誰に投票すべきかを公正に判断し得るためには、候補者について正しい判断資料が提供されることが必要」との趣旨に出ているから、ここでいう経歴とは「候補者が過去に経験した事項であって、選挙人の投票に関する公正な判断に影響を及ぼす可能性のあるものをいう」とした上で、被告人の演説内容は、「極めて異例の経験であり、高い社会的評価を受ける候補者の行動歴、体験というべきもので、福祉政策の重視を訴える候補者である被告人の実績、能力などを有権者に強く印象づけるものであり、選挙人の公正な判断に影響を及ぼす可能性がある」から、右経歴に該当する

旨判示し、最高裁はその判断を是認した。

この事件では、40年以上も前の留学歴についての発言も虚偽事項公表とされ、裁判所は「選挙人の公正な判断に影響を及ぼす可能性がある」と判断しているのである。

一方、2003年の衆議院議員選挙で、当時の自民党幹事長で現職副総裁の山崎拓氏を破り、衆議院議員に当選した古賀潤一郎氏は、その後、海外の大学卒業の「学歴詐称」の事実が判明したが、最終的には「起訴猶予」となり、処罰を免れた。

古賀氏については、「ペパーダイン大学卒業」としていた経歴が偽りではないかとの疑惑が浮上し、当初は「弁護士を通じて卒業証書を受け取ったが、紛失し、弁護士の名前も忘れた」などと弁明をしていたが、大学側が「古賀は卒業していない」と発表したことで窮地に追い込まれた。その後、翌年2月に、公選法違反(虚偽事項公表罪)で福岡県警に告発があり、福岡県警の捜査員や福岡地検の検事らが渡米し、米司法当局の大学関係者への事情聴取に立ち会うなどして、古賀氏が単位不足でペパーダイン大を卒業していなかったことを確認した(共同:2004年8月12日)。古賀氏は、2004年9月24日に辞職願を出し、辞職が承認され、翌月、起訴猶予処分となった。

この事例で古賀氏が起訴猶予処分となったのは、議員辞職し、政界からの引退を表明したことが考慮されたのであり、いずれにしても、公職選挙において学歴詐称の虚偽事項公表の事実が明らかになれば、公職の地位にとどまることはできない。

虚偽事項公表罪で告発されればどうなる?

小池氏が都知事選挙で当選した後、虚偽事項公表罪で東京地検特捜部に告発された場合、「検察も都民に選挙で選ばれた都知事を、経歴詐称ぐらいのことでその座から引きずり下ろすことはしないだろう。何らかの理由を付けて不起訴にするだろう」と考える人もいるかもしれないが、黒川検事長定年延長問題、「賭け麻雀」による辞職などで、信頼を失墜している検察の現状を考えれば、都知事の政治的立場などに配慮することなく、検察捜査は、法と証拠に基づき厳正に行われることは間違いない。起訴に向けて全力で捜査に当たり、「東京地検特捜部」VS「女帝小池百合子」の真剣勝負になる。

虚偽事項公表罪は「故意犯」である。本人が、当選を得るために虚偽の事実を公表することを認識して行わなければ犯罪は成立しない。古賀潤一郎氏の場合には、選挙で当選した後に、「学歴詐称」疑惑が表面化し、本人は「卒業したと認識していた」と弁解したことで、その認識の有無が最大の問題になった。

しかし、小池氏の場合、「カイロ大学卒業」は、政治家としての経歴として、自己アピールの核心としてきたものであり、それが真実であるかどうか認識していないはずはない。しかも、「学歴詐称」疑惑が再三にわたって取沙汰され、3月都議会でも、複数の自民党議員から追及を受けている。3か月後の都知事選挙の選挙公報に「カイロ大学卒業」と記載するのであれば、「卒業したと認識していた」などという弁解は通らない。過去に、テレビ番組で極めて不十分な形で「卒業証明書」を示したことがある。その卒業証明書をどのように入手したのかによって、卒業の事実の有無は明らかになる。「卒業したと思っていた」というような弁解はあり得ない。

小池氏は、従前どおり、「カイロ大学は何度も自分の卒業を認めている」と主張するのであろうが、この点については、黒木氏は、【上記記事】で、以下のように指摘している。

同大学文学部日本語学科長のアーデル・アミン・サーレハ教授が、最近、ジャーナリストの山田敏弘氏の取材に対し「(小池氏は)1年時にアラビア語を落としているようだが補習でクリアしている」と回答したり、同じく石井妙子氏の質問に対して「確かに小池氏は1976年に卒業している。1972年、1年生の時にアラビア語を落としているが、4年生のときに同科目をパスしている」と回答した程度だ(なぜ学部長や学生部長や社会学科長ではなく、担当外の日本語学科長が回答するのか不思議ではある)。

刑事事件の捜査になれば、古賀潤一郎氏の事件で米国に検事が派遣されたのと同様に、検事がエジプトに派遣されて司法当局の大学関係者への事情聴取に立ち会うという「海外捜査」が検討されるであろう。それが実現すれば、「カイロ大学卒業の事実があったのか、なかったのか」という客観的事実が明らかになる可能性が高い。

もし、エジプトでの海外捜査ができなくても、石井氏の著書に登場する小池氏のカイロ時代の同居人の女性の証言の中に、カイロ大学卒業を否定する事実が多数あることに加え、黒木氏が指摘するように、小池氏の著書での記述や発言に重大な矛盾があることなど、小池氏の取調べでの追及ネタには事欠かない。

そもそも、刑事事件になれば、小池氏が、頑なに提示を拒否してきた卒業証明書と卒業証書も提出せざるを得ない。捜査によって、その「真贋」は容易に明らかになるだろう。

小池氏の説明を疑う証拠は豊富だ。小池氏が、敢えて都知事選に立候補し、「カイロ大学卒業」で強行突破しようとしても、刑事事件の捜査で、真実が明らかになる可能性が高い。この程度の小池氏の弁解が覆せず起訴できないというのであれば、「東京地検特捜部」の看板は下ろした方がましだということになる。

告示の半月前になっても、いまだに出馬表明しないのは、小池氏も、さすがに、立候補した場合の虚偽事項公表罪のリスクを認識し、進退の判断に悩んでいるのかもしれない。

小池氏は、これまで、幾度となく「カイロ大学卒業」の学歴詐称の疑いが指摘されても、巧妙にはぐらかしてきた。しかし、今回は、そうはいかない。石井氏が詳細に明らかにしたように、嘘で塗り固め、築き上げてきた政治家としての地位が、今、正念場を迎えている。

 

カテゴリー: 東京都知事選挙 | 6件のコメント

黒川検事長辞職で、「定年延長」閣議決定取消しは不可避か

 東京高等検察庁の黒川弘務検事長が緊急事態宣言中に新聞社の社員らと賭けマージャンをしていたことが週刊文春で報じられたことを受け、黒川氏に対する批判が高まっており、辞任は避けられない情勢となっている。

 検事長の任命権は内閣にあるが(検察庁法15条1項)、「検察官の身分保障」があり、「その職務を執るに適しない」との検察適格審査会の議決がなければ検事長職を解任されることはない(検察庁法23条)。

 もっとも、懲戒処分による場合は、その意思に反して、その官を失うこともある(25条)。人事権者である内閣は、懲戒処分を行うことができるが、人事院の「懲戒処分の指針について」では、「賭博をした職員は、減給又は戒告とする。」「常習として賭博をした職員は、停職とする」とされているので、今回の「賭けマージャン」での懲戒免職というのは考えにくい。

 黒川氏が辞職をするとすれば、自ら辞任を申し出て、任命権者である内閣が閣議で承認するという手続きによることになる。

 現在の黒川氏の東京高検検事長の職は、今年1月31日、国家公務員法第81条の3の

任命権者は、定年に達した職員が前条第1項の規定により退職すべきこととなる場合において、その職員の職務の特殊性又はその職員の職務の遂行上の特別の事情からみてその退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる十分な理由があるときは、同項の規定にかかわらず、その職員に係る定年退職日の翌日から起算して1年を超えない範囲内で期限を定め、その職員を当該職務に従事させるため引き続いて勤務させることができる。

との規定を根拠に、定年後の「勤務延長」を認める閣議決定が行われたことに基づくものだ。

 そして、森雅子法務大臣は、黒川検事長勤務延長に関して、国会で

東京高検検察庁の管内において遂行している重大かつ複雑困難事件の捜査公判に対応するため、黒川検事長の検察官としての豊富な経験知識等に基づく管内部下職員に対する指揮監督が不可欠であると判断したため

と答弁している。

 法務大臣が答弁したとおり、「黒川氏の退職により公務の運営に著しい支障が生ずる」のであれば、今回、「賭けマージャン問題」で黒川氏が辞任を申し出て、法務大臣がそれを承認した場合、退職により「公務の運営に著しい支障」が生ずることになる。東京高等検察庁検事長の「公務」というのは、国民の利害に関わる重大なものであり、その「公務に著しい支障」が生じるのは、看過できない重大な問題だ。「公務の運営への著しい支障」について、法務大臣は説明しなければならない。

 そもそも、この黒川氏の定年後の勤務延長を認める閣議決定については、【黒川検事長の定年後「勤務延長」には違法の疑い】で述べたように、検察庁法に違反し違法であることを指摘してきた。

 その後、その点について、国会で厳しい追及が行われたが、【「検事長定年延長」森法相答弁は説明になっていない】で述べたように、黒川検事長の定年延長についての森法務大臣の答弁は、法律解釈としても疑問であり、実質的な理由も全く理解できないものだ。

 黒川検事長辞任を内閣が承認するということは、現時点で、「退職による公務の運営への著しい支障」はないと判断したことになるのであるから、「著しい支障がある」と判断した閣議決定が取り消されるのは当然だ。

 閣議決定の効力については、2013年7月2日に、第二次安倍内閣で行われた閣議決定で、

閣議決定の効力は、原則としてその後の内閣にも及ぶというのが従来からの取扱いとなっているが、憲法及び法律の範囲内において、新たな閣議決定により前の閣議決定に必要な変更等を行うことは可能である。

とされている。過去に、閣議決定が取り消された例を調べてみると、民主党政権時代の2011年6月、学術や産業で功績のあった人物や団体に国から贈られる褒章をめぐり、国土交通省が推薦した会社社長の男性の受章が、14日に閣議決定されながら、「ふさわしくない事態が判明した」として3日後の閣議で取り消された例がある。

 今回も、勤務延長を認めた閣議決定を取り消すことになるだろうが、その際、閣議決定取り消しが決定時に遡及するのか、取り消すまでは有効なのかが問題となる。「公務の運営への著しい支障」による勤務延長の必要性について、当初の判断は誤っていなかったが、現時点では異なる判断をしたというのであれば、その点についての内閣の説明が必要だ。その点について、合理的な説明がなければ、黒川氏の勤務延長は、閣議決定の取り消しにより決定の時点に遡って無効とならざるを得ないだろう。それによって、黒川検事長の指揮を受けて行われた高検検察官の職務の適法性にも重大な疑問が生じることになる。

 検事長は、国務大臣と同様に、内閣が任命し、天皇が認証する「認証官」だ。これまで、大臣の失言や不祥事で総理大臣の判断による「首のすげ替え」が簡単に行われてきたが、黒川検事長については、「退職により公務の運営に著しい支障が生ずる」として閣議決定によって「勤務延長」を行ったことによって、その検事長職が根拠づけられているのであり、大臣辞任の場合のように、安倍首相が「任命責任は総理大臣の私にある」と述べただけで済まされるような問題でない。

 黒川検事長の辞任は、安倍内閣に重大な責任を生じさせることになる。

カテゴリー: 黒川検事長, 検察問題, 検察庁法改正 | 3件のコメント

「検察庁法改正案」は最大のヤマ場、音喜多議員の行動に注目

音喜多駿氏とは、彼が都議だった時代にテレビ番組の収録で知り合い、豊洲市場移転問題などについて、よく連絡を取り合っていた。その後、小池都知事を支援し小池都政誕生に貢献した彼は、その後小池批判に転じ、私と、めざす方向性が一致した。彼が、小池都知事と都民ファーストから訣別した時、「熱烈歓迎」とツイートでエールを送り、激励の小宴も開いた。その後、「日本維新の会」の国会議員になった彼とは直接話す機会はなかったが、彼の活動ぶりは、ネット等で概ね把握していた。

検察庁改正法案についても、ブログ記事を見る限り、音喜多氏は問題の所在を十分に理解しているように思えた。彼の所属する維新の会が、法案に賛成の方向と報じられていたので、彼が国会議員として責任ある行動がとれるかどうか、覚悟が試されることになると思っていた。そうしたところに、昨夜(5月17日)、Choose Life Projectのネット討論番組に、共に参加することになった。

#検察庁法改正案に抗議します で拡がった、何十万、何百万という国民の声から、私自身が圧倒的パワーを感じとっていた。そのパワーを、ネット討論を通して、何とか、音喜多氏に注入し、彼の国会での勇気ある行動につなげることができればと思い、私なりに、気合を入れてネット討論に臨んだ。

最初は、言うことがふらついている感が否めなかった音喜多氏だったが、90分にわたるネット討論の中で、私の言いたいことを十分に受け止めてくれたように思う。

検察庁法改正法案の影響を受けたことが明らかな内閣支持率急落を受けて、今週の国会での検察庁法改正案をめぐる動きは最高のヤマ場を迎える。「野党」の「日本維新の会」の動きは、結構重要だ。音喜多氏は、どのような行動をとるのだろうか。国会議員としての矜恃を失わない行動に期待したい。

カテゴリー: 検察庁法改正 | 1件のコメント

「検察庁法改正」の基本的疑問に答える~検察は、政権の意向を一層「忖度」しかねない

「検察庁法改正案」が衆議院内閣委員会で審議入りしたことに対して、ネットで「#検察庁法改正案に抗議します」のハッシュタグで、900万件以上のツイートが行われ、多くの芸能人や文化人が抗議の声を上げ、元検事総長など検察OBが法案に反対する意見書を法務大臣に提出し記者会見するなど、国民の反対の声が大きく盛り上がった。

与党は、5月15日に強行採決の方針と報じられていたが、野党側から、武田良太担当大臣の不信任決議案が出され、審議は打切りとなった。18日からの週の国会での動きに注目が集まる。

国会審議に、多くの国民が関心を持ち、活発な議論が行われることは大変望ましいことだが、本来、多くの国民にはあまりなじみがない「検察庁法」の問題であるだけに、基本的な事項についての疑問が生じることが考えられる。

この法案の問題点については、【検察官定年延長法案が「絶対に許容できない」理由 #検察庁法改正案に抗議します】で詳しく述べたが、想定される基本的な疑問について、私なりに解説をしておきたいと思う。

検察について基本的な疑問に答える

まず、第1の疑問として、今回、検察官の定年延長の問題が「三権分立」が問題とされていることに関して、

安倍首相も言っているように、検察は行政機関でしょう。行政の内部の問題なのに、なぜ、立法・司法・行政の「三権分立」が問題になるの?

という疑問があり得るだろう。

それに対する端的な答は、

確かに、検察も法務省に属する行政機関です。しかし、検察官は、起訴する権限を独占しているなど、刑事訴訟法上強大な権限を持っており、検察が起訴した場合の有罪率は99%を超えます。したがって、検察の判断は事実上司法判断になると言ってもよいほどなので、そのような権限を持った検察は、単なる行政機関ではなく、「司法的機能を強く持つ機関」と言うべきなのです。ですから、内閣と検察の関係は、内閣と司法の関係の問題でもあるのです。

ということになろうかと思う。

そこで考えられる第2の疑問が、

検察に権限があると言っても、検察が起訴した場合は、間違っていれば裁判所が無罪判決を出すはず。検察の不起訴が間違っていれば、検察審査会が強制起訴の議決をする。だから、結局、検察がどう判断しようと結論に影響はないんじゃない?

という疑問だ。

この疑問には、刑事事件の捜査と処分の関係の理解が必要であり、以下のような説明が可能だ。

検察官は、単に、刑事事件について起訴・不起訴を判断するだけではありません。検察官自ら取調べや他の証拠収集をした上で、起訴・不起訴を判断するのです。特に、政治家・経済人などの事件が告発されたりして「特捜部」が捜査する場合、もともと告発状だけで、証拠はないわけです。検察が積極的に捜査して証拠を集めれば起訴して有罪に持ち込めますが、逆に、検察が、ろくに捜査しなかったり、不起訴にするために証拠を固めたりすれば、「不起訴にすべき事件」になります。検察の不起訴処分に対して検察審査会に申立てをしても、証拠がないのだから「起訴相当」にはなりません。せいぜい「不起訴不当」が出るだけです。その場合は、検察が再び不起訴にすれば、事件は決着します。

それに対して、次のような第3の疑問を持つ人もいるだろう。

検察の捜査や処分に対して、政治的な圧力をかけようとしても、そもそも内閣には、検察官を解任する権限がないわけだから、検察の判断に介入することはできないんじゃない?内閣の判断で定年延長ができてもできなくても変わらないんじゃない?

その点に関しては、検察も「官僚組織」であり、組織内で、上位の権力者に対する「忖度」が働くということが重要だ。次のような答になるだろう。

検察も、法務省内に属する官僚組織です。法務省に人事権があるわけですから、どうしても、内閣側の意向が法務省を通じて検察に伝わり、それを「忖度」して、捜査や処分するということはあり得ます。それがどれだけ強く作用するかは、法務省幹部の考え方や姿勢によりますし、それを検察側でどう受け止めるかは検察幹部によります。法務省幹部が、内閣側の意向に基づいて、検察幹部に事件の捜査・処分について要請をすれば、後は、検察幹部の受け止め方次第ということになります。

この第2の疑問第3の疑問については、実例で説明しないとピンと来ないかもしれない。そこで、過去の事例の中から、解りやすい事例を挙げよう。

甘利明氏に関するあっせん利得罪の事件

まず、第2の疑問に関して、検察官が告訴告発を受けた場合の「不起訴処分」に至るプロセスとして典型的なのは、甘利明氏のあっせん利得罪の事件だ。

私は、この事件が週刊文春の記事で報じられた際に、あっせん利得罪が成立する可能性があるとコメントし、その後、詳細がわかった段階で「絵に描いたようなあっせん利得罪の事件」と述べ、2016年2月24日に衆議院予算委員会の中央公聴会で公述人として、「独立行政法人のコンプライアンス」を中心に意見を述べた際にも、この甘利氏の事件にも言及し、同様の見解を述べた(【独法URのコンプライアンスの視点から見た甘利問題】)。

この事件が、その後、告発が行われ、刑事事件としてどのような経過をたどったのか、甘利氏がどう対応したのかは、(【甘利氏「石破氏への苦言」への”国民的違和感”】)で総括して述べている。検察の捜査と不起訴処分の意味を理解するための典型事例なので、是非お読み頂きたい。

要するに、この事件では、甘利氏本人や秘書に多額の現金が渡ったことは明らかで、甘利氏自身もそれを認めて大臣を辞任していた。あっせん利得罪の刑事事件としてポイントとなるのは、甘利氏にURに対する「議員としての権限に基づく影響力」が認められるかであったが、URに関連のある閣僚ポストも経験した与党の有力議員としての甘利氏とURとの関係が、「議員としての権限に基づく影響力」の背景になっていると見ることが可能であり、甘利氏本人と秘書がS社側から多額の金銭を受領した事実を認めているのであるから、「議員の権限に基づく影響力を行使した」あっせん利得罪が成立する可能性は十分にある事案だった。

ところが、弁護士団体の告発を受けて、東京地検特捜部が、この事件の捜査を行ったものの、UR側への家宅捜索を形だけ行っただけで、肝心の甘利氏の事務所への強制捜査も、秘書の逮捕等の本格的な捜査は行われることなく、国会の会期終了の前日の5月31日、甘利氏と元秘書2人を不起訴処分(嫌疑不十分)とした。その際、「起訴できない理由」に関して「検察の非公式説明」がマスコミで報じられたが、全く不合理極まりないものだった。

その後、検察審査会への審査申立の結果「不起訴不当」の議決が出されたことからも、「国民の目」からも到底納得できないものだったことは明らかだったが、検察は再捜査の結果、再度、強引に不起訴とした。しかも、国会閉会の前日に、公訴時効までまだ十分に期間がある容疑事実についても、丸ごと不起訴にしてしまうなど、方針は最初から決まっていて、不起訴のスケジュールについて、政治的配慮したとしか思えなかった。

検察審査会の議決を受けての検察の再捜査では、元秘書と建設業者の総務担当者とのやりとりが、同法の構成要件である「国会議員の権限に基づく影響力の行使」に当たるかどうかを改めて検討。審査会は「言うことを聞かないと国会で取り上げる」と言うなどの典型例でなくても「影響力の行使」を認めうると指摘していたが、特捜部は「総合的に判断して構成要件に当たらない」と結論づけたとのことだ(2016年8月16日日付け朝日)。

この事件で、大臣室で業者から現金を受け取ったことを認めて大臣を辞任した後、「睡眠障害」の診断書を提出して、4ヵ月にもわたって国会を欠席していた甘利氏は、この不起訴処分を受けて、「不起訴という判断をいただき、私の件はこれで決着した」と記者団に述べ、政治活動を本格的に再開する意向を示した。

この事件での検察の捜査・処分は、最初から、事件をつぶす方針で臨み、ろくに捜査しなかったり、不起訴にするために証拠を固めたりして不起訴にした典型的な例だ。当初の検察の不起訴処分は、「議員の権限に基づく影響力を行使した」とは言えないという点で、捜査が尽くされておらず、素人の検察審査会からも「不起訴が不当」とされたのだが、如何せん、捜査不十分なままでは「起訴相当」とは言えない、「もっと捜査を尽くすべきだ」ということで「不起訴不当」との議決が出たが、それを受けた再捜査をした上で、不起訴処分をされてしまうと、それで刑事処分は決着してしまうのだ。

この事件では、検察の不起訴処分が、その対象とされた人物に犯罪の嫌疑を否定することの有力な根拠を与えたのであるが、それと同様のパターンになったのが、ジャーナリストの伊藤詩織氏が、安倍首相と親しいと言われる山口敬之氏を準強姦で告訴した事件である。検察は、警察から送付した事件を不起訴(嫌疑不十分)にした。これを受けて山口氏が、「検察の判断によって潔白が明らかになった」と堂々と主張した。しかし、その後、伊藤氏が起こした民事訴訟で、山口氏は一審で不法行為責任が認定されている。

黒川官房長の「応答」

実は、甘利氏の事件の関係では、私は、事件が表面化した当初から、当時、法務省官房長を務めていた黒川氏と頻繁に携帯電話で連絡をとっていた。私は、黒川氏とは検事任官同期で、個人的に付き合いもあった。大阪地検の証拠改ざん問題等の不祥事を受けて法務省に設置された「検察の在り方検討会議」で、私が委員の一人として、黒川氏が事務局だったこともあり、話をする機会が多かった。それ以降、折に触れて、連絡を取り合っていた。

この甘利氏の事件は、私は、検察不祥事で信頼を失った検察が、名誉回復を図る格好の事件だと思い、まさに、検察に、事件の組み立て、法律構成を指導し、エールを送るつもりで、事件に関するブログ記事を頻繁に発信していた。そして、黒川氏にも、電話で、私の事件に対する見方を伝え、「ブログに詳しく書いているから、読んでおいてくれ」と言っていた。黒川氏は「わかった。わかった。しっかりやらせるから」と、私の言うことを理解しているような素振りだった。

一連のブログの中に、検察がURの事務所に対して捜索を行ったことが報じられた直後に書いた【甘利問題、「政治的向かい風」の中で強制捜査着手を決断した検察】という記事がある。結果的には、「告発を受けて捜査をせざるを得ない立場の検察が「ガス抜き」のためにやっているのではないか、という見方」が正しかったわけだが、このブログ記事で、私は、

「政治的な強い向かい風」の中での強制捜査に着手にした東京地検特捜部の決断に、まずは敬意を表したい。そして、今後、事件の真相解明に向け、幾多の困難を乗り越えて捜査が遂行されていくことを強く期待したい。

などと肯定的に評価し、期待を表明している。

それは、URへの強制捜査のニュースを見て、すぐに、黒川氏に電話をしたところ、「取りあえずはここまでだけど、今後もしっかりやらせる」というような「前向き」の話だったからである。この時に限らず、私が黒川氏に電話して具体的事件のことを話した際、「自分は官房長なので、具体的事件のことには関知しない」などと言ったことは一度もない。ひょっとすると、私には「前向き」のことを言う一方で、自民党や官邸サイドには、真逆のことを言っていたのかもしれない。

実際に、この事件に関して黒川氏が法務・検察の内部でどのように動いたのかは知る由もない。しかし、彼の言葉が、私を含めた「検察外部者」に、「検察の捜査・処分を、希望する方向に向けてくれるのではないか」との期待を抱かせる効果を持っていたことは確かなのである。

緒方重威元検事長の逮捕・起訴と「官邸の意向への『忖度』」

そこで、検察の組織内で上位の権力者に対する「忖度」が働くのか、という第3の疑問である。「すべての事件を法と証拠に基づき適切に処理している」というのは建前であり、実際には、「忖度」が働くものであることを当事者が著書で明らかにした事件がある。

2007年に、元広島高検検事長・公安調査庁長官の緒方重威氏が、朝鮮総連本部の所有権移転をめぐる詐欺事件で、東京地検特捜部に逮捕・起訴された。緒方氏は、著書「公安検察」(講談社)で、次のように述べている。

当時首相の座にあった安倍晋三氏は、拉致問題をめぐる強硬姿勢を最大の足がかりとして宰相の地位を射止め、経済制裁などによって北朝鮮への圧力を強めていた。

時の政権の意向が法務・検察の動向に影響を及ぼすことは、多かれ少なかれあるだろう。当事者として検察に奉職していた私もそれは理解できる。だが、今回の事件では、「詐欺の被害者」とされる朝鮮総連側が「騙されていない」と訴えている。強引に被害者を設定して私を詐欺容疑で逮捕、起訴するという捜査の裏側に、官邸の意向が色濃く反映したことは疑いようがない。まして私には、独自のチャンネルによって官邸周辺の情報が入ってくる。法律の知識がある人間なら誰もが耳を疑うような捜査に検察を突き進ませた大きな要因は、官邸と、その意向を忖度した検察の政治的意思であった。

五三歳という若さで政権の座を射止めた安倍首相は、北朝鮮に対する強硬姿勢を最大の求心力とし、政権発足後も北朝鮮に関しては圧力一本槍の姿勢を鮮明にして人気を集めていた。当然のことながら、内政に関しても朝鮮総連に対して徹底的に厳しい態度で臨んでいた。

そこに元検事長であり、公安調査庁の長官まで務めた私が登場し、まるで朝鮮総連の窮状に救いの手を差し伸べるかのような振る舞いに出た。これが明るみに出たため、安倍首相と官邸、さらには与党・自民党が激怒し、法務・検察は何としても自力で私を”除去”しなければならない必要性に迫られたのだ。それが実行できなかった場合、批判の矛先は法務・検察に向けられかねない。

だから法務・検察は、東京地検特捜部まで動員して、徹底して荒唐無稽な容疑事実をつくりあげてでも、私たちを詐欺容疑で逮捕しなければならなかったのである。

緒方氏は、元高検検事長であり、検察の組織内での捜査・処分の実情を知り尽くしている。その緒方氏が、「時の政権の意向が法務・検察の動向に影響を及ぼすことは多かれ少なかれあるだろう」と述べた上、検事長まで務めた緒方氏を検察が逮捕起訴した「大きな要因」が、「官邸の意向を忖度したこと」にあったと述べている。

同じ安倍政権下だが、当時の「第一次安倍政権」は、比較的短命で終わり、少なくとも「安倍一強」と言われる現政権ほどには政治権力は集中していなかった。しかし、当時でさえ、検察は、「官邸の意向を忖度して」検察幹部を詐欺罪で逮捕するに至ったというのである。

もちろん、逮捕・起訴された当事者の言うことなので、すべて額面どおりに受け止めることはできないかもしれない。しかし、やはり、この事件の経過を見ると、通常、被害者側も処罰を望んでいるわけでもないのに、詐欺罪で立件する事件とは思えない。

検察の「忖度」は、積極的に逮捕・起訴する方向にも働く

政治の意向への「忖度」が、検察の捜査・処分に影響を与える余地は、「事件をつぶす」という方向だけではなく、「人を逮捕・起訴する」という「積極的な方向」にも働くということを示しているものと言える。

「内閣が検察幹部の任命権を持っている」と言っても、一度任命してしまえば、その検察幹部を辞めさせることはできない。これまでは、その職の終期は「年齢」という極めて客観的な事実によって決まっていた。それが、今回の検察庁法改正で、内閣の判断による検察幹部の定年延長ができるようになると、検察幹部の任期の「終期」を決められることになる。安倍内閣が、内閣人事局の設置によって他の官庁の幹部の任免を自由に決定できるのと同じような関係が、検察との関係にも事実上持ち込まれることになる。

それは、政権への「忖度」が、検察の「暴走」につながってしまう危険もはらんでいるのである。

 

カテゴリー: 安倍政権, 検察問題, 検察庁法改正 | 1件のコメント

逮捕許諾請求で、検察庁法改正案審議に重大な影響も~重大局面を迎えた河井前法相に対する検察捜査

 共同通信が、今朝、「検察当局が公選法違反(買収)の疑いで河井克行氏を立件する方針を固めた」と報じている。自民党の河井案里参院議員が初当選した昨年7月の参院選をめぐり、夫で前法相の克行衆院議員が地元議員らに現金を配ったとして捜査が進められており、連休中には任意で河井夫妻の事情聴取が行われたと報じられていた。

 「方針を固めた」ということは、最高検も含めて検討した結果、公選法の買収罪の罰則適用が可能との判断に至ったということだろう。

 問題は、国会会期中に議員を逮捕する場合に必要な「逮捕許諾請求」を行うか否かだ。

 県政界の有力者に多額の金銭がわたったとされているので、金銭を受領した側だけ逮捕というのも考えにくく、通常であれば、供与した側、受領した側双方を逮捕する可能性が高い。

 しかし、金銭授受が選挙公示日の3か月程度前であり、従来であれば、(政治活動としての「地盤培養行為」に関する資金提供と判断する余地があるため)公選法による罰則適用が行われてこなかった事案だ。しかも、原資が自民党本部からの1億5000万円の選挙資金である疑いがあるということもあり、許諾請求について審議する両院の議院運営委員会では、自民党側から異論が出て大荒れになる可能性がある。

 しかし、これまで、このような選挙に関する不透明な金の流れが、公選法違反の摘発の対象外であったこと自体が問題なのであり、それが、選挙資金をめぐる不透明性の原因となってきたことは否定できない。今回の事件に対する検察の積極姿勢の「正義」は揺るがないだろう。

 現在、法務大臣も出席しない内閣委員会で審議が行われている「検察庁法改正案」は、検察最高幹部の定年延長を内閣の判断で認めることで、内閣が検察に介入する可能性が指摘されている。

 このような状況で、1億5000万円の選挙資金提供に関わった疑いが指摘されている自民党側が、逮捕許諾請求を拒否して検察捜査を妨害すればするほど、政治の力で検察捜査が封じ込められることが印象付けられることになり、検察庁法改正案の審議にも重大な影響を与える。まさに「検察庁法改正」の「実害」が明らかになるということだ。

 【河井前法相「逆転の一手」は、「選挙収支全面公開」での安倍陣営“敵中突破”】で詳細に述べたように、ここで絶体絶命の状況に追い込まれた克行氏が、政治家としての生命を保つ「唯一の方法」は、公職選挙法に基づいて提出されている選挙運動費用収支報告書の記載を訂正し、県政界の有力者に現金を供与したことを含め、選挙資金の収支を全面的に明らかにすることだ。選挙に関する支出である以上、違法な支出も記載義務があることは言うまでもない。

 そして、記者会見を開くなどして、自民党本部から1億5000万円の選挙資金の提供を受けたことについて、その経緯・党本部側からの理由の説明の内容・使途など、それが現金買収の資金とどのような関係にあるのかについて、すべて包み隠すことなく説明するべきだ。

 国政選挙である参議院議員選挙において、急遽立候補することにした河井案里氏を当選させるために巨額の資金が飛び交ったという「金まみれ選挙」、その資金は自民党本部から提供されたもので、そこに、安倍晋三自民党総裁の意向が働いている疑いがあるという、日本の政治と選挙をめぐる極めて重大な事件だ。

 選挙に関する金銭の配布が、どこからどのように得た資金によって、どういう目的で誰に対して行われたのか、国民にすべてが明らかにされなければならない。

 それを、「国会議員の逮捕」という検察の強制捜査に委ねることになるのか、前法務大臣として自らの説明責任を果たすのか、克行氏にとって残された時間は僅かだ。

カテゴリー: 安倍政権, 検察問題, 検察庁法改正, 河井夫妻公選法違反事件 | 3件のコメント