青梅談合事件・一審無罪判決に控訴した”過ちて改めざる”検察

9月20日、東京地裁立川支部で、酒井政修氏に対して言い渡された「青梅談合事件」の無罪判決に対して、控訴期限の昨日、検察官は控訴を行った。

マスコミから得ていた情報でも、無罪判決を覆すのは困難だとして、事件を担当していた地検立川支部を含め、現場の判断は控訴に消極とのことであり、よもや、控訴はあり得ないだろうと考えていた。検察の最終判断は、事件の内容、証拠関係、一審での公判経過を無視し、単に、一審無罪判決を確定させたくないからの控訴としか思えない。

警視庁捜査2課が、青梅市役所への捜索を含む大々的な強制捜査を行った事件で、一審で全面無罪の判決というのは、記憶にない。しかも、この事件は、第1回公判で、被告人が公訴事実を全面的に認め、検察官請求証拠が全て採用され、被告人が保釈された後に、全面無罪を主張したもので、そのような経過で全面無罪になったケースは過去には殆ど例がない。まさに「前代未聞の無罪判決」である(【青梅談合事件、「”人質司法”の常識」を覆すことができるか~9月20日午後、東京地裁立川支部で判決~】

しかし、もともと、全く「無理筋」の談合事件を、警視庁捜査二課が酒井氏を逮捕し、検察官が起訴し、「人質司法」のプレッシャーで、被告人の無罪主張を封じ込もうとした事件だったのである。

酒井氏は、採算が悪い工事で受注しようとする業者がなく、入札不調の可能性があったことから、工事遅延で発注者の青梅市に迷惑をかけることを懸念し、仕方なく工事を受注することにしたものであり、「複数の業者の受注希望を話合いで調整して絞り込んで、叩き合いで受注価格が下がらないようにする」という「犯罪としての談合」とは全く異なるものだった。

刑法は、「公正な価格を害する目的」と「不正の利益を得る目的」で談合した場合のみを談合罪として処罰の対象としている。このいずれかの目的があることが、まさに「犯罪性を根拠づける要素」であるのに、本件では、それがないのである。談合罪の刑事事件としては、全くの「無理筋」であることは明らかな事件だった。

そのような事件であったが、一審裁判所は、検察官に十分過ぎるほどの主張・立証の機会を与え、慎重な審理の末、無罪という正当な判断に至ったものである。

この事件を判決前から取材していたジャーナリストの江川紹子氏も、【無罪・青梅談合事件から見える日本の刑事司法の今】で、この事件に表れた刑事司法に関する問題を指摘するとともに、法廷で直に証言を聞いて判断しようとした今回の裁判所の姿勢を評価している。

一審無罪判決に対する検察官控訴は、日本の刑事裁判では認められているが、米国のように禁止する国も多い。憲法39条の「何人も、既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない」との規定に反し違憲だとする学説も有力であり、日本弁護士連合会も、刑事裁判の第一審で無罪判決が出た場合に「検察官の控訴」を禁止する刑事訴訟法の改正を求めている。検察の実務においても、検察官控訴は、一審判決に明らかな事実誤認がある場合など、控訴審で覆せる可能性が高い場合に限って行うという抑制的な運用が行われてきた。

本件での検察官控訴は、そのような一般的な実務からもかけ離れたものであり、検察や警察の面子を維持することを目的とする控訴権の「私物化」であり、到底許されるものではないことは、以下に述べる、警察捜査の経過、検察官の「公正な価格を害する目的」についての主張・立証の経過などから、明らかだ。

 

「警察の無理筋逮捕」を容認し、酒井氏を勾留・起訴した検察

昨年5月、この事件の捜査に着手したのは警視庁捜査二課である。汚職・経済犯罪の捜査部門としての捜査二課では、全国の都道府県警察の最上位に位置する組織だ。当初の狙いは、地元建設業者と青梅市幹部との汚職や入札不正の摘発だった。酒井氏を任意聴取して、その情報を引き出そうとしていた。捜査官は、酒井氏には「協力してくれれば悪いようにはしない」と繰り返し言っていた。

ところが、1か月以上任意聴取を続けたものの、狙い通りのネタは何も出てこなかった。酒井氏の任意聴取は中断し、何事もなく終わったものと思っていた昨年7月5日、酒井氏の自宅は、早朝から、夥しい数の報道陣に取り囲まれた。酒井氏は、一体何が起きているのかわからず、取調べ担当だった捜査官に電話した。「とにかく、車でそこから抜け出して来てくれ」と言われたので、妹の運転する車で立川署に向かい、捜査官と合流、その後、警視庁立川分室に連れていかれ、そこで逮捕された。「どうして俺が逮捕なんだ」と捜査官に食い下がると、「裁判所で令状が出た」とのこと。あたかも裁判所が逮捕すべきと判断して命令したかのような言い方だった。

そのような経過からしても、捜査の現場の判断ではなく、警察組織の上位者の判断で、酒井氏逮捕の判断が行われたものと考えられる。コストをかけて捜査した以上、当初の目論見が「見込み違い」だったとわかっても、潔く撤退しようとしないということなのであれば、「警察の独善」以外の何物でもない。

それ以上に問題なのは、無理筋の事件の捜査で逮捕された酒井氏の身柄送致を受けた東京地検立川支部の対応だ。このような事件では、逮捕前に検察に事前相談があり、東京地検の上位者まで了解した上で、警察にゴーサインを出したはずだ。

この事件は、談合罪の主観的要件であり、犯罪性の根拠と言える「公正な価格を害する目的」がない典型事例だ。その問題を指摘し、逮捕を思いとどまらせるのが検察官の役割だ。

ところが、東京地検は、酒井氏の逮捕を了承し、全面否認のまま勾留し、他の指名業者に対して、逮捕・起訴のプレッシャーをかけ、都合のよいストーリーどおりの供述調書をとって形だけ証拠を整え、酒井氏を起訴した。

 

「公正な価格を害する目的」についての検察立証の迷走

第1回公判で、被告人の酒井氏が公訴事実を全面的に認め、検察官請求証拠がすべて同意証拠として採用された後、私が弁護人を受任した。「公正な価格を害する目的」について、検察官は、冒頭陳述では、「青梅市が発注した同種工事の平均落札率(入札価格を予定価格で割った数値)は約89.79パーセントであり、本件工事の入札適正価格は約8744万6481円となるところ、酒井組による本件工事の落札率は99.6パーセントであった。」と主張していたが、その根拠となる証拠は全くなかった。

弁護人となって最初の10月10日の第2回公判で、酒井氏は、罪状認否を変更、全面無罪主張に転じた。その後、指名業者の証人尋問が行われるなどして弁護側立証に概ね目途がついたのが、12月10日の第5回公判だった。

公判後の裁判所、検察官、弁護人の3者打合せが行われ、裁判所から、「12月25日の第6回公判で検察官、弁護人双方の立証を終了し、1月の論告弁論で結審、3月中旬に判決」という予定が示された。

その時点で、検察官は、裁判所から、「公正な価格を害する目的」があったと主張する根拠と理論構成を次回期日までに明らかにするよう求められ、期日の直前に、以下のような主張を行う書面を提出した。

被告人は、本件工事の受注によって利益を得るとともに、酒井組の東京都における格付けを維持するなどの目的から、本件工事を受注したいという積極的な意思を有していた。酒井組が本件工事を受注する蓋然性を高めるためには、仮に談合をしなければ、より低い価格で応札せざるを得なかったはずであり、本件談合は、酒井組自身が高い価格で応札することを可能にするためになされたものであるから、公正な価格を害する目的があったものと思料する。

検察官は、被告人が本件工事に対して「積極的受注意思」があったことを立証することで、「談合がなかった場合の想定入札価格」が「実際の落札価格」を下回っていたことを立証しようとし、立証事項として、(1)本件工事の受注で利益を得ようしていた、(2)東京都の格付けを維持する目的があった、(3)酒井組の経営状況、工事受注状況、(4)本件工事と同種の擁壁工事の平均落札率の比較、の4項目を示してきた。そして、その立証準備のために3月末までの期間を要するというのである。

しかし、本件においては、受注の経緯からしても、入札価格決定の経緯からしても、被告人の「積極的受注意思」が立証できるとは考えられなかった。

(1)~(4)の事項の立証では、酒井氏の「積極的受注意思」も、「公正な価格を害する目的」も立証できないことは明らかであり、検察官の立証計画は、審理を不当に遅延させるものでしかなかった。

(1)については、酒井氏が本件工事で利益が見込めないことを覚悟の上で受注したことは、受注に反対した工事部長の証言等から明白だった。また、(2)の東京都の格付けについては、確かに、酒井組は、東京都の格付けが数年前までCクラスだったのがBクラスに上がっており、大型工事の受注がなければ、Cクラスに下がる可能性があった。しかし、酒井組は、完成工事高3億円程度で小規模企業で、それまでの東京都の受注工事の殆どがD等級で、B,C等級の受注はほとんどなかった。Cクラスであれば、直近の等級のD等級の工事の受注可能だが、Cクラスの格付けのままではD等級が受注できず、かえって不利だった。Bクラスを維持することは酒井組にとって何らメリットがなく、東京都の格付け維持は本件工事の受注の動機にはなりえなかった。(3)は、酒井組の業績が赤字だったことを、大型の本件工事の受注意欲に結び付けようということのようだが、酒井組の経営は概ね順調であり、本件工事を受注し赤字となったことで経営上大きなマイナスが生じたもので、検察官の主張とは真逆であった。(4)は、擁壁工事というのが、手間のかかる困難な工事で利益が見込めない工事であることは、複数の指名業者が証言しており、その平均落札率をとってみても、本件工事の酒井組の落札率を大きく下回るものになるとは思えなかった。

酒井氏が談合罪で逮捕されたため、次女が酒井組の社長を引き継いで、事業を継続していたが、青梅市から1年間の指名停止、東京都からも9か月の指名停止となっているため、公共工事の受注は全くなかった。他の業者からの下請けや民間工事受注で何とか凌いでいたが、経営はぎりぎりだった。全面無罪を争っている刑事事件の結論が少しでも早く出ることに望みを託し、何とか会社を維持するため懸命の努力を続けていた。

弁護人からは、検察官の補充立証にそのような期間をかけることは全く無駄であることを指摘し、早期結審を求めた。しかし、裁判所も、検察官が立証の意思を示している以上、機会を与えざるを得なかった。

検察官の「無責任極まりない証拠請求」に唖然

公判担当検察官は、当初は、若手のN検事一人だったが、証人尋問が始まる頃から、先輩格のT検事が加わり、二人となった。検察官は、3月25日付けで「『公正な価格を害する目的』に関する検察官の主張・立証」と題する書面を提出し、証拠請求をしてきたが、その内容は唖然とするものだった。

(1)については、酒井組の会計帳簿の分析結果の警察官の報告書、(2)については、東京都の関係部局への格付け制度の照会結果、(3)については、酒井組の取引金融機関からの照会文書、(4)については、「建通新聞」という業界紙の記事を検索しただけだった。

弁護人からは、請求書証はすべて「関連性なし」で不同意にし、検察官の証拠請求に全く意味がないことを指摘する書面を提出した。

ところが、検察官は、弁護人の書面に対して何の反論もしないまま、4月9日付けで、(1)~(4)の文書等の作成者(東京都職員、金融機関担当者、建通新聞を検索した警察官等)証人尋問請求をしてきた。

警察官以外で、検察官に証人尋問請求されている人達に、事前に検察官から話があったかどうかを確認してみたが、事情も聴かれておらず、証人尋問の話も全く聞いていないとのことだった。全く無責任極まりない証人尋問請求に抗議しようと地検立川支部に電話をかけたところ、2人の公判立会検事は4月10日付けで異動になっていた。異動先は、N検事は「弁護士職務経験」で大手法律事務所に、T検事は名古屋地検とのことだった。

通常、検察官が証人尋問を請求するのであれば、供述内容を確認し、それが立証事項にどのように関連するのかを検討した上で、請求する。ところが、「関連性がない」との弁護人の意見も無視し、何の確認も行わないまま、証人尋問請求をして、翌日には異動でいなくなったのである。まさに、「やり逃げ」である。納税者の負担で「公益の代表者」として職務を行う立場の検察官として凡そ考えられないやり方だ。

後任のK検事が公判を引き継いだが、記録を読んで事案の内容を理解するのにかなりの期間がかかる。結局、次の打合せが行われたのが4月末、公判期日が開かれたのは5月17日だった。その間も、酒井組に対しては青梅市や東京都の指名停止によって、公共工事は全く受注できず、酒井組の経営は深刻な状況が続いていた。

 

「当然の失敗」に終わった検察官立証と無罪判決

5月から6月にかけて、東京都職員、金融機関の担当者等の証人尋問が行われたが、酒井氏が「積極的受注意思」を持っていたことや「公正な価格を害する目的」など全く立証できないという結果に終わった。

しかも、一定期間で「擁壁工事」の入札状況について検索した結果は、16件中13件が「入札不調」だった。まさに酒井氏が本件で懸念していたとおりだった。残る3件のうち1件は、予定価格ぎりぎり、低落札率の2件は、一般的な「擁壁工事」とは異なるものだった。検察官の立証は、弁護人の主張を裏付けるものでしかなかった。

7月19日の論告弁論。検察官の求刑は罰金100万円だった。K検事が論告を作成するなかで、証拠関係全体を見直して、「公正な価格を害する目的」の立証ができていないことを再認識し、さすがに公訴取消というわけにもいかず、検察内部で検討した上で、求刑を罰金に変更したのであろう。

そして、9月20日、酒井氏に無罪判決が言い渡された(【青梅談合事件、「無罪判決」に涙】)。

本件では、酒井氏を逮捕した警視庁捜査二課も、勾留の上、起訴し、1年以上にもわたって公判を引き延ばし、有罪立証を断念しなかった検察も、全くデタラメだった。その数々の非道は、酒井氏とその家族に筆舌に尽くしがたい苦痛を与えた。

青梅の老舗の地元建設業者として、地域に貢献してきた酒井氏は、突然、逮捕され、がん手術後、体調も思わしくない状態で、昨年夏の異常な猛暑の中、冷房もない拘置所に80日にもわたって勾留された。家族とも面会も禁止されたままの身柄拘束で塗炭の苦しみに耐え切れず、初公判で、心にもなく、罪を認めるという屈辱を受けた。その酒井氏に代わり酒井組の社長を引継いだ次女は、他の地元業者からの工事下請や金融機関の支援を受け、社員一丸となり歯を食いしばって会社を守った。その酒井組にとって、検察官が、ほとんど意味もない補充立証と異動の引継ぎのために費やした半年もの期間は、どれだけ長い期間であったか。

起訴から1年2か月後、ようやく無罪判決が下された。罪状認否を変更した後の酒井氏の無罪主張にしっかりと向き合う一方、検察官にも、立証の機会を十分に与えて丁寧な審理をしてきた野口佳子裁判長は、判決言い渡し後、酒井氏に「長い間お疲れ様でした。」と声をかけた。その裁判長もよもや予想していなかったであろう控訴を、検察は行ったのである。

求刑を罰金に落とし、半分「白旗」を上げていながら、酒井氏をなおも「被告人」の立場に立たせ続けようというのである。

検察官は、一審無罪判決に対して、控訴審で何を主張しようというのだろうか。

被告人の「積極的受注意思」を立証することで、「公正な価格を害する目的」を立証しようとする試みが、無駄に半年以上もの期間をかけたにもかかわらず、全く箸にも棒にもかからなかった。検察官が、その前提としていた「公正な価格を害する目的」の法解釈について、全く異なった主張をするというのだろうか。弁護人は、その点の法解釈が争点になることに備えて、公共調達法制の第一人者上智大学の楠茂樹教授の意見書も提出していたが、検察官が法律論を争わず、弁護人と同じ見解を前提にして立証してきたので、裁判所も、意見書は不要と判断して証拠採用しなかったものだ。楠教授は、今回の判決について、【青梅談合事件無罪判決を読む 〜 なぜ検察は完敗したのか】で解説している。

検察が、捜査・起訴・公判の経過を全面的に検証し、反省すべき点を反省すべきであるにもかかわらず、単に、面子を守るだけでしかない無罪判決に対する控訴を行ったとすれば、「権力犯罪」そのものである。どう考えても、検察官の控訴申立ては、「検察内部での過誤」としか考えられない。

過ちて改めざる、是を過ちと謂ふ。

検察官は、ただちに控訴取下げをすべきである。

 

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「会社役員収賄罪」としての“犯罪性”に迫れるか~関電金品受領問題、記者会見のポイント

9月27日朝刊で報じられた、関西電力幹部が高浜原発の地元の有力者から長年にわたって多額の金品を受領していた問題(【関電幹部、原発地元有力者から金員受領の“衝撃”~「死文化」した“会社役員収賄罪”も問題に】)、同日午前中に、岩根茂樹社長らが記者会見したが、昨年9月に出ていた社内調査報告書の内容を公表せず、金品を受領した人物の名前も金額も明らかにしなかったことに批判が集中、本日(10月2日)午後、再び、記者会見が行われることとなった。

電力会社の原発事業の歴史上最大の不祥事と言える今回の問題に関して、本日の記者会見は、極めて重要な意味を持つ。前回の会見と、その後も報道によって明らかになった事実を踏まえ、主として、今回の問題の「犯罪性」と「コンプライアンス上の問題」を中心に、記者会見のポイントを指摘しておこうと思う。

9月27日会見での説明

まず、岩根社長の記者会見では、以下のような説明が行われた。

[1]昨年の国税局の調査により、当社の役員等が多額の金品を受領していることが確認され、各自が所得税を修正申告し、納付済み。

[2]昨年7月に調査委員会(社外弁護士3人、社内3人)を設置し、9月まで調査を行った。不適切だが違法という判断をしていないので、公表しなかった。

[3]金品の受け取りを強く拒んだが、返却困難な状況だったので、返却の機会をうかがいながら各人の管理下で保管していたことが確認された。

[4]2018年までの7年間に、物品等を渡された者が20名。金額の総額は3億2千万円(いずれも、儀礼の範囲内以外は返却)。

[5]誰がいくら受け取ったかは、回答は差し控える。

[6]本件の調査内容を受け、報酬返上を含む関係者の処分を行っている。社内的に再発防止策をまとめ、所得税を修正申告し、納付済みである。

[7]提供したのは地元の有力者、お世話になっているので、返すとか、受け取れないと言った場合、非常に厳しい態度で返還を拒んだ。

[8]森山氏が関連している企業に工事を発注していることはあるが、社内ルールに基づいて適切な対応をしている。

その後の報道によって明らかになった事実

その後、関電幹部に金品を提供した「元助役」が、高浜町の元助役の森山栄治氏(故人)であることが明らかにされた上、以下のような事実が報じられた。

(1) 森山氏から、関電幹部にわたった3億円以上の金品の原資として、原発関連工事を請け負う「吉田開発」から森山氏へ支払われた手数料3億円が用いられた疑いがある。

(2)森山氏は、関電高浜原発の警備を請け負う高浜町の会社の役員を、97年の会社設立当初から務めていた。同原発のメンテナンスを担う兵庫県高砂市の会社でも87年の助役退職の数年後から相談役をしていた。

(3) 森山氏は、関電の全額出資子会社「関電プラント」(社長は関電出身者、八木会長が監査役を務めた)と30年以上にわたって非常勤顧問の契約をし、報酬を受領していた。

(4) 20人が受け取ったのは商品券や現金が中心。一方、ゴールドや数十万円相当のスーツの仕立券などもその中に含まれていた。

(5) 幹部らが返そうとすると、森山氏から「俺の顔をつぶす気か」などと怒られ、それぞれ自宅などで保管することが多かった。

(6) 森山氏と関係が深い吉田開発は、高浜原発関連の工事を受注していたが、18年8月期の売上高は21億8700万円と、13年8月期に比べて6倍超に膨らんでいる。

(7) 金品受領の役員のうちの4人は、税務調査開始後すぐに全部や一部の返還を始め、さらに受領から相当の期間が経過し、自身の所得に当たるとみなされる可能性があったため雑所得として税務申告もした。

(8) 調査の内容、および役員への処分を1年も取締役会に報告しなかった。コンプライアンスに関する社内委員会にも通していなかった。

(9)関電は、今回の問題に関して、外部者による「第三者委員会」を設置する方針。

「犯罪性」についての検討

そこで、これらの事実を踏まえ、まず、「犯罪性」について考えてみる。

今回の問題について、犯罪が成立する可能性があるとすれば、関電の役員らが、森山氏から金品を受領した行為が会社役員の収賄罪(会社法967条)に当たりうることは、【前回記事】でも述べた。もっとも、「贈賄側」の森山氏が、今年3月に死亡しており、対向犯である贈収賄について、贈賄側の供述なしに立件することは困難なので、実際上は、この犯罪で刑事立件される可能性は低い。

しかし、最終的に、刑事立件・起訴に至らないとしても、同罪への該当性がどの程度根拠づけられるかは、今回の金品受領問題の「犯罪性」「悪質性」のメルクマールになるものであり、森山氏の供述は得られなくても、それ以外の証拠により、同罪への該当性を評価することは、コンプライアンス上の評価に関しても重要である。

同罪の成否に関しては、「財産上の利益の収受」と「不正の請託」の二つの成立要件について考えてみる必要がある。

《財産上の利益の収受》

まず、「財産上の利益の収受」があったのか否かについて、関電側は、会見で、「金品の受け取りを強く拒んだが、返却困難な状況だったので、返却の機会をうかがいながら各人の管理下で保管していた」と説明している(上記[3])。しかし、各人が個人として受領する気が全くなかったのであれば、会社に申告し、会社に保管してもらえばよかったのであり、「個人の管理下で保管していた」ことは、財産上の利益を収受する意思があったことにほかならない。だからこそ、上記[1]のとおり、個人の所得として修正申告せざるを得なかったのである。

《「不正の請託」の有無》

最大の問題は、「不正の請託」があったと言えるかである。この点については、森山氏が、関電側から、前記(1)~(3)のとおり、複数の企業への発注や子会社の顧問料支払等で森山氏側が利益を得ていたことについて、「不正」といえるものがあったか否かが問題となる。

巨額の利益が関電から森山氏側にわたっていたからこそ、その一部が、関電幹部への金品提供の原資になったと考えられる。その手段となったのが、前記(1)~(3)の顧問料や工事発注だと考えられるが、顧問料の支払は、森山氏側が当該企業に貢献していた事実があるのであれば、その金額が不相応なものでない限り「不正」とは言い難い。

問題は、原発関連の発注によって、森山氏に関連する業者に過大な利益が上がるようにするという方法がとられていた場合だ。

前記1)(2)の関電の発注は、電力会社の調達として、本来、競争性・公正性の確保というルールに則って行われなければならない。原発事業の運営への協力・貢献に対して対価を支払うのであれば、発注とは別個の「支払」として経理処理されなければならない。工事や業務発注で過大な利益を与えることは許されないはずであり、もし、発注によって、森山氏の関連企業に過大な利益が上がるような措置をとっていたとすれば、発注の「不正」があったことになる。

関電は、2014年1月に、公正取引委員会が、同社発注の架空送電工事の工事業者及び地中送電工事の工事業者に対して排除措置命令・課徴金納付命令等を出した際、

工事発注に当たり,同社の設計担当者の多数が,当該現場説明会の場等において,工事業者の営業担当者の求めに応じて,契約締結の目安となる価格を算出する基となる『予算価格』と称する設計金額又はそのおおむねの金額を,非公表情報であるにもかかわらず教示したり、工事業者の営業担当者に対し,予算価格が記載された発注予定工事件名の一覧表を,非公表情報であるにもかかわらず提供したりしていたこと、関西電力の購買担当者が,地中送電工事の発注に係る指名競争見積等の参加者の選定に当たり,各工事件名における参加者の組合せについて事前に特定の工事業者に相談していたこと、工事業者間で受注予定者を決定する話合いを行っていた者の中には関西電力の退職者が29名おり,このうち少なくとも14名は,関西電力の設計担当者から予算価格等の教示を受けていたこと

などを指摘された。公取委から、これらの事実が「独禁法違反行為を誘発し,又は助長したものと認められる」として「同様の行為が再び行われることがないよう適切な措置を講じるとともに,発注制度の競争性を改善してその効果を検証すること,同社のグループ会社において,今後,独占禁止法に違反する行為が行われないよう適切な措置を講じること」などの「申し入れ」を受けている。

この時、独禁法違反に対する「適切な措置」が関電力グループ全体で行われていれば、高浜原発の関連工事についても、発注者側が競争制限行為に加担することはなかったはずであり、ましてや、特定の業者に意図的に利益を得させることもあり得なかったはずだ。

岩根社長は、前の記者会見で、「社内ルールに基づいて適切な対応をしている」と述べたが、果たして、そう言えるのか、手続きが形式的に整っていても、実質的には独禁法違反を助長する「不正」があったのではないか、本日の記者会見で問い質すべき重要なポイントである。

コンプライアンス上の問題

コンプライアンスを「社会の要請に応えること」ととらえる立場からは、今回の最大の問題は、関電の原発への対応が、福島原発事故前、「安全神話」が定着し、原発の建設や稼働のために無制約に「地元対策」「理解活動」を行うことが許容されていた時代と、何一つ変わっていなかったことだ。

森山氏からの金品供与を拒絶できなかった理由も、返還できなかった理由も、結局のところ、「地元の有力者に頼って原発事業への賛成を確保する」というやり方において、森山氏が重要な存在だったからだ。そういう関係に頼って原発事業を進めようとすること、そのために不透明な金の流れを生じさせること自体が、コンプライアンス上許されない「時代錯誤」の考え方と言わざるを得ない。

そして、今回の関電の対応に関する「コンプライアンス上最大の問題」は、何と言っても、調査委員会による調査で関電幹部の金品受領の事実が明らかになっていたのに、1年にもわたって公表せず、隠蔽したことだ。それによって、森山氏が今年3月に死亡する前に、会社役員の収賄罪の捜査に着手することができず、「犯罪性」を刑事手続で明らかにすることが困難になった。

その点に関して、「刑事事件に発展する可能性のある重大な事実を隠蔽した」というコンプライアンス上の問題についても、徹底して事実を解明し責任追及を行う必要がある。

当然のことながら、調査委員会に「外部者」として加わった3人の弁護士には重大な責任がある。会長・社長を含む会社幹部が、原発に関連して多額の資金の還流を受けた事実が明らかになるという極めて重大な不祥事について、調査委員会に委員として加わり、報告書作成に関与した弁護士が、「不適切だが違法ではない」との理由で、公表せず隠蔽することにお墨付きを与えたとすれば、弁護士として到底許容されることではない。

記者会見での注目点

本日の記者会見で、社内調査報告書が公表され、前回の会見で回答を拒否した点についても説明を行うとされている。上記の関電幹部の金品受領の「犯罪性」と「コンプライアンス上の問題」に関する上記のポイントを踏まえて、関電から引き出すべき事項として、以下のようなものが考えられる。

《財産上の利益の収受について》

1 「返却の機会をうかがいながら」というが、どのような「機会」であれば返還可能と考えていたのか、税務調査が入る前に、実際に返還した者はいるのか。どのような機会に(拒絶されることなく)返還できたのか。

2 金品を受領していた多数の幹部は、それぞれ他の幹部も受領していることを認識していたのか。

3 個人口座に振り込まれていたケースもあるとのことだが、誰が森山氏に個人の銀行口座を教えたのか。振り込まれたお金は、そのままだったのか、引き出されたのか。

《不正の請託について》

4 森山氏の関連企業への発注について「社内ルールに基づいて適切な対応をしている」というが、競争性が確保された入札による発注だったのか。原発に関連する発注には、特別に競争性が求められていなかったのか(これらの点について、社内調査では、どのような調査が行われ、どのような結果だったのか)。

5 架空送電工事及び地中送電工事に関する公取委の排除措置命令等に伴う「申し入れ」を受けた際、原発関連工事に対してどのような措置がとられたのか。「原発関連発注」はその措置の範囲外だったのか。

6 ゼネコン等への発注の際、森山氏の関連企業に下請け発注するよう指示が行われたことがあるか。その点について社内調査で確認しているか。仮に、それがあったとすると、前記の公取委からの「申し入れ」に反する事実なのではないか。

《コンプライアンス上の問題について》

7 調査委員会の設置について、社内で、誰がどのように決定したのか。その際、取締役会、コンプライアンス委員会等への報告・了解が不要と判断したのは、どのような理由によるものか。

8 調査委員会委員の氏名、関電(グループ企業)との関係、支払われた報酬額を開示すべきである。

9 調査委員会の委員は、金品受領の事実や調査報告書の内容について、取締役会およびコンプライアンス委員会等への報告の要否、事実の公表の要否について、どのような意見だったのか。

10 「本件の調査内容を受け、報酬返上を含む関係者の処分を行っている」とのことだが、この処分は、社内でどのような手続で行われ、どのように実施されたのか。(人事部門、経理部門は関わっていないのか。)

11 今後設置する「第三者委員会」の委員長・委員はどのように選任するのか。

以上のような事項について、関電側が納得できる説明をすることで、本件についての事実関係・問題点は自ずと明らかになり、それを受けて、今後関電が何をすべきか及び金品を受領していた関電幹部に対して、どのような措置をとるべきかを検討するための材料も得られるはずだ。

九電「やらせメール問題」以来の原発に関する不祥事

福島原発事故後に、電力会社が原発に関して起こした不祥事としては、原発事故直後の2011年の九州電力「やらせメール問題」がある。私は、この問題で、第三者委員会の委員長を務め、委員会報告書で、問題の本質について、以下のように述べた。

問題の本質は、「不透明性」と「環境変化への不適応」にある。

公益を担う事業者として電力会社には、地域独占と総括原価方式による利益の保障という民間企業としての特殊な経営環境が与えられており、それに伴って、事業活動の透明性の確保が強く求められる。

しかし、これまで、電力会社は、電気の安定供給と施設の安全性の確保という面で地域社会からの信頼がベースとなってきたことから、透明性の要請が顕在化することは必ずしも多くなかった。電力会社の事業の透明性の要請は潜在化していたと言うべきであろう。

そのような電力会社をめぐる状況が徐々に変化してきたのが、21 世紀に入る前後頃からであった。電力会社をめぐる不祥事が相次ぎ、電力会社に対して社会の批判の目が注がれることが多くなり、各社は、それらの問題への対応を求められた。

また、その頃から、日本社会においても、政府や一企業のみが決めて実行するのではなく、社会の側から決めていくという、ソーシャルガバナンスの時代になりつつあり、特に公益事業においては、そのような変化に対応することが求められるようになった。

そして、その状況が、さらに激変したのが東日本大震災、福島原発事故の発生であった。同事故の発生により、日本の多くの国民は、電力会社が行う発電事業のうち原子力事業がいかに大きな危険をはらむものであり、一度事故が起きれば、多くの市民、国民の生活を破壊し、社会にも壊滅的な影響を与えるものであることを痛感し、電力会社の事業活動、とりわけ原発の運営に対して重大な関心を持つようになった。

それ以降、原発施設の安全対策が客観的に十分なものと言えるのかに加えて、原発事業を運営する電力会社が、いかなる事態が発生しても安全を確保するための万全の措置をとり得る能力を有しているのか、信頼できる存在なのかが、社会の大きな関心事となった。

そのような環境の激変に伴って、電力各社は、事業活動の透明性を、以前とは比較にならない程強く求められるに至ったのである。

今回の一連の問題は、このような原発事業をめぐる環境の激変に適応し、事業活動の透明性を格段に高めなければならなかった九州電力が、その変化に適応することができず、企業としての行動や対応が多くの面で不透明であったところに問題の本質があると言うべきである。

しかし、残念ながら、九州電力幹部は、この第三者委員会報告書で、佐賀県知事の発言が「やらせメール」の発端となった旨の指摘を行ったこと等に反発し、委員会報告書提出後も、第三者委員会側と九電側とで激しい応酬が続いた【第三者委員会は企業を変えられるか~九州電力「やらせメール問題の深層」】(毎日新聞社:2012年)。

私は、父が中国電力の社員だったこともあり、コンプライアンスの啓蒙活動の中で、電力会社のコンプライアンスには、思い入れを持って、深く関わってきた。全国の電力会社のほとんどで会社幹部に対するコンプライアンス講演を行い、関電でもコンプライアンス講演を行った。中国電力の「土用ダム問題」を受けて設置されたアドバイザリーボードの委員長も務めた。そういう私にとって、東電の福島原発事故の発生と、それに関する東電の対応の杜撰さは、衝撃であった。九州電力の第三者委員会の委員長に就任した際には、私としては、「原発事故後の電力会社のコンプライアンス」に貢献できるよう、問題の本質に迫る調査と報告書作成に全力で取り組んだ。しかし、その指摘に九電幹部が反発して対立が生じたこともあり、その後、電力会社からのコンプライアンスに関する私への依頼は、全くなくなった。

私が九州電力第三者委員会報告書で指摘した「問題の本質」が受け入れられることなく、それとは真逆の、コンプライアンス不在の状況から、今回の関電の問題が発生したとすれば、誠に残念と言うほかない。

今回、関電が設置する第三者委員会において、上記の九電第三者委員会で指摘した「原発事業の透明性の要請」という観点も含め、問題の本質に迫る調査・原因究明・再発防止策の提言が行われ、それによってコンプライアンスが抜本的に是正されることが、関電の信頼回復にとって不可欠である。

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福田多宏氏控訴審判決で問われる「刑事司法」「検察改革」の現状

私が、「権力との戦い」と位置付け、全力で取り組んできた3つの刑事事件について、この夏から秋にかけて、相次いで判決言渡しが行われている。

国立循環器病研究センターの官製談合防止法違反事件(国循事件)の桑田成規氏については7月30日に、大阪高裁で控訴審判決(一審判決破棄・量刑変更)、青梅談合事件の酒井政修氏に対しては9月20日に東京地裁立川支部で一審無罪判決が出された。そして、福田多宏税理士に対する控訴審判決は、10月9日に大阪高裁で言い渡される。

国循事件については、昨年8月、控訴趣意書提出時の【“国循事件の不正義”が社会に及ぼす重大な悪影響 ~不祥事の反省・教訓を捨て去ろうとしている検察】、弁論終結時の【正義の「抜け殻」と化した検察官~国循事件控訴審、検察「弁論放棄」が意味するもの】で事件の内容と公判の状況を詳しく述べた。青梅談合事件については、判決に先立って、それまでの経過を【青梅談合事件、「”人質司法”の常識」を覆すことができるか~9月20日午後、東京地裁立川支部で判決~】で、判決言渡し時の状況については【青梅談合事件、「無罪判決」に涙】で述べた。また、かねてから事件を取材していたジャーナリストの江川紹子氏が、この事件と刑事司法をめぐる問題について解説してくれている(【無罪・青梅談合事件から見える日本の刑事司法の今】)。

そして、福田氏の事件については、「絶望的な状況」で弁護を受任したものの、その後の控訴審で大きな展開があり、今、かなりの期待を持って控訴審判決を待つ状況であることを、前の記事【福田多宏税理士・法人税法違反事件、「大逆転判決」の可能性~10月9日大阪高裁判決への期待】で詳しく述べた。

これら3つの事件は、刑事司法にとって、そして、大阪地検不祥事以降に進められてきたはずの「検察改革」にとって、大きな意味を持つ。国循事件、青梅談合事件の経過と判決結果を踏まえ、福田氏の事件の注目点を指摘しておきたいと思う。

 

「違法性評価の誤り」を指摘して原判決を破棄した国循事件判決

まず、3つの事件のこれまでの経過と結果を概観しておこう。

国循事件については、昨年3月、一審で、懲役2年執行猶予4年の判決が出され、私は、7月に控訴審の弁護を受任した。

控訴趣意書では、公共調達法制の専門家上智大学楠茂樹教授の意見書を軸に、原判決の判断と検察官の主張の誤りと、それらが、公共調達の実務に重大な悪影響を及ぼしかねないことを指摘し、「起訴された2つの事実については無罪、残り一つについても、本来、刑事事件として立件されるような事件では全くなく、立件されたとしても、起訴猶予とされるのが当然であって、検察官が訴追裁量を誤り、起訴した本件に対する被告人桑田の量刑としては、少額の罰金刑が相当であることは明らか」と主張した。

検察官は、当初、答弁書を提出して、それなりの反論をしようとしていたが、途中から全く具体的な反論も主張もしない「黙秘」に転じ、最後は、弁論まで放棄した。

裁判所は、控訴審判決で、「一審判決は、表面的な事象にとらわれすぎているきらいがあり、違法性について重要な点を見落としている」とし、「官製談合を促進し、入札の仕組み自体を損なう行為ではなく、発注者の利益に適う面もあるから、その点を反映した量刑を行う必要がある」として、原判決を破棄、懲役2年を1年に落とし、執行猶予期間も4年を3年とした。

控訴審判決が判示するように「違法性の程度が低い」というのであれば、弁護人が求めているように罰金刑に落とすのが当然であるのに、ぎりぎりのところで執行猶予付き懲役刑が維持され、検察の「最低限の面子」は保たれる格好になった。これに対して、桑田氏は上告し、上告審は、刑事弁護で多くの実績を上げている気鋭の弁護士(名古屋のK弁護士)が受任し、一審判決、控訴審判決の誤りを徹底して主張することになっている。

 

同時期に弁護活動の最終局面を迎えた青梅談合事件と福田氏事件

青梅建設業協会会長の酒井政修氏が、警視庁捜査二課に談合罪で逮捕され、全面否認のまま東京地検に起訴された青梅談合事件では、80日に及ぶ長期勾留で心身とも疲弊した酒井氏は、2018年9月の第1回公判で、不本意ながら公訴事実を認め、検察側の請求証拠すべてが同意書証として採用され、保釈となった直後に、私が弁護人を受任したものだった。

入札関連事件については、【入札関連犯罪の理論と実務】(2006年:東京法令)など著書もあり、長年、警察大学校専門講師を務め、経済犯罪捜査について、都道府県警の幹部候補の指導に当たってきた経験もある私にとっては、この事件は、まさに専門分野の事件だった。

第2回で罪状認否を全面否認に変更、全面無罪に向けて弁護活動を行った結果、7月19日の論告求刑公判では、検察官は、求刑を「罰金100万円」に落とし、半分「白旗」を上げた。そして、9月20日に、我々の期待どおり、全面無罪判決が言い渡された。

青梅談合事件の公判が、6月30日の公判期日で、6人の証人の尋問と被告人質問が行われて証拠調べが終わり、7月19日の論告弁論期日に向け、弁論作成に忙殺されていたのと同じ時期に、福田氏の控訴審も、最終局面を迎えていた。

M氏が、一審で記憶に反する証言を行ったことを認める陳述書に署名、それを一審の証言に対する「弾劾証拠」で請求する方針を決定したのは、7月17日の最終弁論の直前だった。控訴審での事実取調べの結果、一審判決の事実認定の誤りが明白になったことを弁論で詳細に論じ、控訴審の審理は終結した。

 

検察には「引き返す勇気」は全くない

3つの事件に共通するのが、大阪地検不祥事を受けての検察改革で掲げられた「引き返す勇気」というのは、今の検察に全くないということだ。捜査への着手、被疑者の逮捕・起訴などの検察官の権限行使を一旦行うと、それが見込み違いによるもので、誤っていたことがわかっても、その誤りを認めて、方針を変えようとすることはない。

 

《国循事件》

大阪地検特捜部が、国循事件の強制捜査に着手することとなった背景に、桑田氏が国循医療情報部長に就任して以降、国循からの大型の情報システム受注を次々と失うことになったN社やその関係業者側の不満・反発があった。N社は、平成24年度にD社にネットワーク関連業務の受注を奪われた後、25年度の入札で、関係業者S社に参加を打診し、それを受けたS社は、原価を無視した過度な安値で落札して強引に受注を図ったものの、「履行能力調査」の結果、受注断念に追い込まれていた。

特捜部は、「癒着・腐敗」を炙り出そうと、桑田氏とD社との金銭的関係や飲食等を徹底的に洗ったが、桑田氏とD社との間には、刑事事件になるような「癒着・腐敗」など全くなかった。

国循事件は、検察不祥事以降に、大阪地検特捜部が初めて手掛けた「本格的検察独自捜査」である。贈収賄事件の立件を目論み、大規模な強制捜査に着手し、失敗したが、無理矢理、官製談合防止法違反の刑事事件に仕立て上げた。

不当な起訴に対して組織的なチェックが働かなかったばかりでなく、2年にもわたる審理に膨大なコストをかけた挙句、懲役2年を求刑したのである。

一審判決は、その検察の主張に盲従したが、控訴審では、楠教授の意見書を主軸とする弁護人の主張に検察官は立ち往生し、最後は、弁論も放棄して「沈黙」。結局、控訴審判決では、「官製談合を促進し、入札の仕組み自体を損なう行為ではなく、発注者の利益に適う面もある」という認定までされるに至った。「執行猶予付き懲役1年」という、特捜部の独自捜査の主犯に対する量刑としては例がないほどの軽い量刑にとどまったが、それでも罰金刑に落とさなかったのは、裁判所の検察に対する「温情」以外の何物でもない。

検察不祥事の当事者であった大阪地検特捜部ですら、今も「引き返す勇気」が全くないことは、この事件の経緯からも明らかだ。

 

《青梅談合事件》

青梅談合事件の根本的な問題は、東京地検が、警視庁捜査2課の「無理筋捜査」の事前相談に、ゴーサインを出してしまったことにある。警察は、青梅市の幹部の贈収賄事件等を狙って、捜査に着手し、青梅建設業協会の会長の酒井氏の任意聴取を繰り返したが、何も事件のネタは見つからなかった。そこで、警察として、引き返さなければならないのに、逆に協力者の酒井氏を談合事件で立件しようとした。東京地検は、その「無理筋捜査」にストップをかけなければならなかったのに、それを容認し、警察が逮捕して送致してきた酒井氏を勾留し、起訴したのである。

検察官は、他の指名業者を取調べて、逮捕・起訴のプレッシャーをかけて、あたかも「談合の犯罪」であるようなストーリーの供述調書をとって、「無理筋の事件」を、酒井氏が全面否認したまま強引に起訴した。その「暴挙」も、酒井氏が80日にも及んだ接見禁止のままの勾留に耐えられず、昨年9月の初公判で公訴事実を全面的に認めたことで、問題なく決着しそうに思えた。しかし、その後、私が弁護人を受任し、罪状認否を変更、全面否認に転じて弁護人の主張・立証を行い、昨年12月の時点で、検察官は、「公正な価格を害する目的」についての立証に完全に行き詰まった。しかし、「立証不能」が明白になっても、検察官は、全く引き返そうとしなかった。それどころか、検察官は、補充立証のために、半年もの期間をかけて、結審・判決を先送りしたのである。

「無理筋捜査」から引き返さなければいけなかったのに、警察の意向を容認したばかりか、自らの「無理筋立証」を諦めようとせず、最後まで、有罪立証を続けた。

この事件も、検察には、「引き返す勇気」が全くないことを示している。

 

《福田税理士法人税法違反事件》

そして、福田氏の法人税法違反事件は、まさに、「引き返すべきポイント」だらけの事件だったと言える。

前掲記事】で述べたように、そもそも、当初の起訴状の公訴事実では、F社の法人税法違反について、逮捕された経理部長のM氏は不起訴となり、社長も含め、F社の役職員は起訴されていなかった。起訴されたのは、社外のコンサルタントの福田氏と、実質的な経営者のU氏だけだった。M氏が福田氏との脱税の共謀を抽象的に認める自白をしたものの、M氏は、共謀の場面で書いたとされた「図」は無関係だと供述したため、M氏と福田氏の共謀を認定する証拠がなかった。当然、その時点で、起訴を諦め、福田氏を釈放すべきだった。

ところが、検察は、福田氏を、勾留のまま起訴し、270日にもわたる身柄拘束が続いた。その後、裁判所の指示を受けて、M氏を共犯関係に加える訴因変更を行ったものの、肝心な、福田氏とM氏との共謀の場面についての供述がなく、特定することができなかった。しかも、保釈された福田氏の防禦活動によって、架空経費とされた業務委託契約による業務の膨大な成果物の存在が明らかになった。

遅くとも、その時点では、検察は、絶対に、引き返さなければならなかった。

しかし、検察は、「依頼に基づいて仕事をしても、契約書が交わされていなければ代金が請求できない」という珍妙な理屈を押し通し、「業務委託契約は架空だ」という主張を維持した。

そして、その後に行われた、再度の証人尋問で、M氏は、検察官による3回の「証人テスト」での「記憶喚起」によって、「図」が福田氏との共謀の場面だったという内容の証言を行った。そして、控訴審に至り、M氏は、その証言が、記憶に反するものだったことを弁護人に認めて陳述書に署名、それが弾劾証拠として採用され、控訴審が結審したのである。

このような検察のやり方の、どこに「引き返す勇気」があるのであろうか。

 

「人質司法」にしがみつく検察

青梅談合事件も、福田氏の事件も、「人質司法」の悪弊が、顕著に表れた事件だ。

酒井氏は、80日にわたる勾留に耐えきれず、捜査段階で一貫して否認していた談合罪の公訴事実を、初公判で全面的に認め、何とか保釈された。それが、その後の公判で、無罪であったことが明らかになったという稀有な事件である。

日本の刑事司法の悪弊である「人質司法」により、無実を訴える被告人が長期間勾留される事例は数多いが、ほとんどは、「人質司法」が功を奏し、「有罪判決」で終わる。結局、「無実の罪で長期間拘束された」のではなく、「有罪になるべき事件で、長期間、無罪を主張していた」ということで片付けられ、批判されることもない。「人質司法」のために、一度は、全面的に罪を認めるに至った酒井氏が、無罪判決を獲得したことは、「無実の人間が、人質司法によって無罪主張を封じられていたこと」が明らかになったという点で、極めて大きな意味を持つ。

福田氏の事件でも、270日もの期間勾留され、それによって、福田氏が、有効な防禦活動を行うことを阻まれたことが、一審で、不当な有罪判決が出る大きな要因となった。控訴審で一審判決が破棄され、無罪方向への判断がなされることになれば、酒井氏の事件と同様に、「人質司法」の弊害が極端な形で露わになることとなる。

これらの事件での検察官に共通するのは、無罪を主張する被告人を、長期間拘束することによって、無罪主張を諦めさせようとする「姑息な姿勢」だ。【“人質司法の蟻地獄”に引きずり込まれた起業家】に書いた唐澤誠章氏の事件のように、検察官は、保釈に反対しない条件として、事実を全面的に認める上申書の提出を要求し、唐澤氏は、身柄拘束から逃れたい一心から、上申書作成に応じた。結局、それが、事実に反する認定の唯一の根拠にされてしまい、唐澤氏の無罪主張は封じられた。

調書中心主義の見直しや取調べの録音録画の定着で、かつてのような「脅し」「すかし」「騙し」によって自白調書をとるという手法が使えなくなった。そこで、その代わりに、検察官は、「人質司法」による「無罪主張封じ」という悪辣なやり方を常套手段にしているように思える。それは、憲法が保障する「裁判を受ける権利」(32条)を侵害するものにほかならない。

 

「取調べの録音録画」は刑事司法を変えたか

取調べの録音録画は、大阪地検不祥事の際に、2010年に法務省に設置され、私も委員として加わった「検察の在り方検討会議」で導入が提言され、検察官の取調べにおいて、徐々にその範囲が拡大し、昨年6月に施行された刑訴法改正案で、検察官の独自捜査の取調べに原則として義務づけられることになった。

しかし、これまでは、刑事裁判で、取調べの録音録画が十分に活用されてきたとは言い難かった。

特に、特捜部等の検察独自捜査においては、取調べ時間が膨大になり、弁護人がそれを隅々まで視聴することは極めて困難だ。

しかも、検察の側で、取調べの録音録画を「有名無実化」し、それをかいくぐって、不当な取調べを行っている事例もあった。【「録音録画停止後の脅し」を覆い隠そうとする検察と、加担する裁判所】でも述べたように、相場操縦事件で犯意を認めない被疑者に対して、録音録画を停止した後に、「認めないのであれば、こちらも考えがある」と言って逮捕のプレッシャーをかけ、翌日の取調べで、被疑者が「わかりました。すべて認めます」と言った後に、録音録画を開始したというのである。この事例については、最高検監察指導部に、調査要請をしたが、回答すら全くない。

このように、録音録画が導入されても、本来の目的は果たされていないのではないかと思える状況だったが、青梅談合事件と福田氏の事件では、取調べの録音録画の記録が重要な役割を果たすことになった。

青梅談合事件については、一貫して談合の被疑事実を否認していた酒井氏が、他社に協力を頼んで自社の利益のために受注したことを認めるかのような検察官の供述調書が一通だけ作成されている。それが、供述してもいない内容を調書に録取して署名させたものであることが、弁護人と検察官との合意書面として提出した録音録画の反訳書で明らかになった。このため、一審判決は、検察官調書の信用性を疑問視した。これについて、江川氏は、

検察官の取り調べの多くが録音録画されることになったため、弁護人が手間を惜しみさえしなければ、「言った」「言わない」の水掛け論にならず、裁判所に真相を理解してもらいやすくなった。これは、司法改革の成果が現れた一面といってよいだろう。

と評価している。

福田氏の事件では、重要証人の取調べの録音録画媒体を弁護人が精査した結果、検察官の対応に関する重大な問題が明らかになった。

M氏が、一審の2回目の証人尋問で行った証言の内容は、取調べの録音録画の記録に残された供述内容とは全く異なるものだった。検察官が、M氏の捜査段階での供述を認識しながら、その「記憶」に反する証言をするよう、証人テストで示唆したとすれば、まさに「証言の捏造」を行ったことになる。村木事件で、起訴検察官による証拠改ざんの問題が大問題となったのと同様に、公判検察官の証人テストでの示唆によって、(故意か過失かは別として)、記憶に反する証言が行われたとすれば重大な問題である。

検察改革に伴って導入された取調べの録音録画は、今回の二つの事件で、刑事事件の真実解明の手掛かりとなった。そして、それは、検察官の取調べや証人テストの手法に関する重大な問題の指摘にもつながるものである。

 

7月の国循事件、9月の青梅談合事件の判決に続き10月9日に福田氏の法人税法違反事件に対して言い渡される控訴審判決は、刑事司法と検察改革にとって、極めて重要な意義を持つ。

福田氏の事件については、明後日(10月2日)午後2時から、大阪司法クラブで、福田氏本人と弁護団とで記者会見を行い、注目点について解説する予定である。

 

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「関電幹部、原発地元有力者から金銭受領」のモラル崩壊~「死文化」した“会社役員収賄罪”すら問題に

電力会社幹部と原発立地自治体の「有力者」との間の重大な問題が表面化した。

 関西電力の八木誠会長や岩根茂樹社長を含む同社幹部ら6人が2017年までの7年間に、関電高浜原子力発電所が立地する福井県高浜町の元助役の男性から、計約1億8千万円の資金を受け取っていた疑いがあるとの「衝撃的な事実」が新聞各紙で報じられている。

 この「元助役の男性」というのは1977~87年、高浜町の助役を務めた人物で、今年3月に亡くなっているようだ。

 日経新聞によると、

当時から関電と深い付き合いがあり、退職後も強い影響力を持っていたとされる。

税務当局は高浜原発や大飯原発(福井県おおい町)の関連工事を請け負う高浜町の建設会社を調査。この会社から工事受注に絡む手数料として元助役に約3億円の資金が流れていたことが確認されたという。

さらに元助役の税務調査で、関電幹部らの個人口座に送金したり、現金を届けたりしていたことが判明した。総額は7年間で約1億8千万円に上るとみられる。

とのことだ。

 報道されていることが事実だとすると、関西電力高浜原発の工事受注に絡んで、地元の有力者に巨額の金がわたり、その一部が、電力会社の会長、社長を含む幹部に還流していたというのだ。

 電力会社という、その事業が社会に重大な影響を与える公益的企業で、そのような疑いのある金の流れがあったということだけでも、電力会社幹部のモラルに重大な疑念を生じさせる「衝撃的な事実」である。

 それどころか、もし、その関西電力の幹部への金の流れに、電力会社側の工事発注や、特定の人物に対する資金提供等の、関西電力側の行為が関連しているとすると、「死文化」していると言われ、過去に、殆ど適用された例がなかった会社法の「会社取締役の収賄罪」の適用すら問題になりかねない。

 会社法967条では、会社取締役、監査役等について

その職務に関し、不正の請託を受けて、財産上の利益を収受し、又はその要求若しくは約束をしたときは、5年以下の懲役又は500万円以下の罰金に処する

とされ、会社役員の収賄罪が規定されている。

 実際に、会社役員について、そのような金品の流れが明らかになることが稀であることに加え、「不正の請託を受けて」が要件とされ、会社の取締役の裁量の範囲内の行為について、その職務に関連して金品を受領しただけでは収賄罪は成立しないので、実際に、刑事事件として摘発された例はほとんどなく、「死文化」していると言われてきた。

 しかし、今回問題になっている関電の会長、社長ら会社幹部の、高浜町の有力者からの金の受領については、そもそも、その原資となったのが、原発関連工事発注に絡む手数料だというのであり、工事発注に関して、そのような手数料の支払を行うこと自体が「不正行為」と言えるので、そのような不正行為を行ったことと関電幹部への「還流」が関連していて、関電幹部側にその認識があれば、過去に例のない「会社役員の収賄罪」が成立する可能性も全くないとは言えない。

 日経によると、

関西電力は社内に調査委員会を設置して確認を進めた結果、役員らが「特定の人物から金品を渡され、一時的に各個人の管理下で返却の機会をうかがいながら保管していたが、現時点では返却を完了している」と説明している。

関西電力によると、税務当局からは一部、所得税の対象に該当するものがあると指摘されたため、修正申告して納付を済ませたという。

というのであり、高浜町の元助役から受領した金について、一部は、関電幹部が、自らの「所得」になったことを認めているというのである。また、収賄罪が成立しているとすれば、返却したとしても、犯罪の成否には関係ない。

 かねてから、原発の建設や稼働に関して、電力会社側から、原発の建設や稼働への地元の了解を取り付けるための「地元対策」として、原発立地自治体側や関連企業や地元の有力者等に多額の資金が流れていることが問題にされてきた。そのような地元懐柔策が、地震国である日本で全国に多くの原発を建設するという「原発政策」を可能にし、その一つの東京電力福島第一発電所で、2011年に重大かつ深刻な事故が発生した。

 それによって、日本での原発をめぐる状況は激変した。

 かつて横行していたといわれる、原発の建設や稼働に関連して、地元の有力者に金をばらまいて了解を得るというやり方に対して、社会からの目は厳しくなっている。

 先週木曜日(9月19日)には、東京電力経営幹部3人が検察審査会の議決によって起訴された業務上過失致死傷罪の事件で、全員に無罪判決が言い渡され、今なお避難を余儀なくされている原発事故被害者、遺族から失望・反発が生じたばかりだ。

 少なくとも、電力会社幹部には企業人としての高いモラルがあるというのが、社会が電力会社を信頼する大前提だったはずだ。

 今回の関電幹部の原発をめぐる金の受領の問題は、電力会社という企業に対する社会の見方を大きく変えることになりかねない。

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福田多宏税理士・法人税法違反事件、「大逆転判決」の可能性~10月9日大阪高裁判決への期待

最近、権力集中の政治状況もあって、世の中全体は、権力におもねる傾向が強まっているように思える。これまでも、「長いものには巻かれない」という生き方を通してきた私だが、「権力との戦い」に注ぐエネルギーは、一層大きくなっている。

その「戦い」の一つの東京地裁立川支部の青梅談合事件(【青梅談合事件、「”人質司法”の常識」を覆すことができるか~9月20日午後、東京地裁立川支部で判決~】)は、初公判で、公訴事実を全面的に認めて検察官請求証拠すべてが同意採用という「絶望的な状況」から弁護を受任した、全面無罪を主張した事件だったが、【青梅談合事件、「無罪判決」に涙】という結末に至った。

7月は、その談合事件の論告弁論期日(7月19日)に向け、弁論作成に忙殺されていたのと同時並行で、最終局面を迎えていた(7月17日の弁論期日で結審)のが、税理士福田多宏氏の法人税法違反事件の控訴審の審理だった。

これも、事務所の公開アドレスへの弁護の依頼メールから始まった事件で、その時点では、あまりに「絶望的な状況」で、さすがの私も受任を躊躇した。しかし、その後、弁護を受任し、全面無罪を主張して戦ってきた。

その事件の控訴審判決が10月9日に言い渡される。

 

「絶望的な状況」から弁護を受任した「もう一つの事件」

この事件は、税理士で経営コンサルタントを営む福田多宏氏が、F社など不動産関連会社2社の実質的経営者と、両社の経理部門統括者と3名で共謀の上、架空の支払手数料を計上するなどの方法により所得を秘匿した上、法人税を免れたとして、大阪地検特捜部に逮捕・起訴された脱税事件だった。

福田氏は、捜査・公判で脱税の事実を全面否認、270日にわたって勾留された。昨年(2018年)3月に一審で有罪判決。一審弁護人がそのまま控訴審を担当し、控訴趣意書は、昨年8月に提出済みだった。私の事務所公開アドレスに、控訴審の弁護を依頼するメールがあったのは昨年の12月だった。

刑事裁判では「一審中心主義」がとられ、控訴審での新たな証拠請求は「一審で請求できなかったことにやむを得ない事由があった場合」でなければ認められない。しかも、控訴趣意書を送付してもらったところ、なぜか論理式や演算式等が並んでおり、事件の内容も弁護人の主張も、なかなか理解できない。正直なところ、私が弁護を受任しても、できることは何もないように思えた。がん治療で言えば、全身にがんが転移して、手の施しようがなく、余命数か月という状況、野球で言えば、9回裏二死無走者で0-10という戦況に等しかった。

しかし、脱税への関与を全面否認した福田氏の勾留が270日もの長期に及んだ一方で、脱税の主犯であるはずの会社社長(U氏)は逮捕すらされず、在宅起訴。福田氏と同時に逮捕された経理部長(M氏)は、福田氏に不利な供述に転じた後に釈放され、起訴もされていない。典型的な「人質司法」であり、「ヤミ司法取引」も疑われる事件だった。しかも、「業務委託契約は架空ではなく、実際に膨大な仕事を行い、成果物も残っている」と主張する福田氏自身が、長期にわたって身柄拘束されていたことで、仕事の成果物の存在が長期間明らかにならず、一審での弁護活動の支障になったことも否定できない。福田氏は、権力に虐げられ、救いが必要な人であることは間違いなかった。

とは言え、控訴趣意書も提出済みの控訴審で、弁護人として一体何ができるのか見通しがつかず受任する決断ができないでいたところ、今年の2月に、一審を担当した弁護人2人が、体調の問題で相次いで辞任し、弁護人が不在となったという連絡を受けた。

「結果が変わらないことは覚悟しています。最後に郷原先生に弁護を担当してもらって、それでもダメなら諦めがつきます。そうでなければ一生悔いが残ります」と福田氏から切望され、「誰かが新たな弁護人にならざるを得ないのであれば、私がやるしかない」と考え、弁護人を受任することにした。

 

新たな弁護団で控訴審弁護活動を開始

控訴趣意書が提出済みである以上、弁護人として行えることは、何とかして、控訴審での新証拠の請求を行い、それに関連してする主張を組み立て、控訴趣意補充書を提出することだった。

もちろん、一審で2年にもわたって審理した事件であり、記録も膨大だった。弁護団として、相当な人的パワーが必要になる。私が主任弁護人となり、東京で3名(東京チーム)、大阪で2名(大阪チーム)の弁護団を結成した。

まず、何とか反撃の糸口をつかみたいと考え、元経理部長のM氏に、弁護人の一人から「控訴審弁護人の聴取に応じてほしい」というメールを送信した。しかし、全く返答はなかった。

昨年8月に控訴趣意書が提出された後、12月に裁判長が異動で交代した関係で、公判期日の指定が遅れていたが、今年2月に、第1回公判が4月12日と指定されていた。弁護人全員が交代したことを理由に、期日変更を請求した。少しでも準備期間を長くとりたかったが、控訴審が係属してからすでに1年を超えていることもあり、裁判所は、「5月中には期日を入れたい」との意向だった。5月24日に第1回公判期日が指定された。

そうなると、遅くとも、連休明け、5月10日頃までには、一審判決を覆せる主張を組み立てて控訴趣意補充書を提出しなければならない。しかし、主任弁護人の私は、4月16日の桑田氏の国循事件の最終弁論に向け、最後のバトルで忙殺されていた。

残された期間は僅かしかなかった。

 

「確定日付」のある文書という「新証拠」を入手

そこに、「神風」が吹いた。

弁護団側に、「重要な新証拠」が提供されたのだ。

福田氏は、「業務委託契約は架空ではなく、実際に膨大なIT関係の仕事を行い、成果物も残っている。委託契約に基づく支払は正当なもので、所得を隠す手段ではない。それが、F社側に還流していたが、F社側の資金繰りのために必要と言われ、貸付けていたもので、返済を受けて業者に支払う予定だった。」と主張していた。その仕事に従事していたIT業者は、捜査段階で、「会社の依頼を受けて実際に膨大な量の仕事をした。」と供述したが、検察官は、「契約書がない以上、仕事とは認められない。」という「珍妙な理屈」で、その供述を抑え込み、「正当に支払が受けられる仕事はありませんでした。」という内容の供述調書になっていた。

その零細IT業者のうちの一人(T氏)から、次のような話が、福田氏を通じて、弁護団の大阪チームにもたらされた。

検察官の取調べの際、「経理部長のM氏が、一緒に食事をした際に『引き上げているお金は払うから、仕事を頑張ってください。』と言っていた」と供述をしたところ、検察官は、15分間離席した後に、返ってきて、「調書だけ終わらせたらTさんの話を聞くから」と言って、その話を除外したまま供述調書を作成し、その調書に署名させられた。

結局、その点は調書にとってくれなかった。

自分が一生懸命やっていた仕事がすべて否定されたことに我慢がならず、そのような検察官の取調べの状況を文書にまとめ、公証役場に行って確定日付をもらった。

ところが、その確定日付のある文書を持って自宅に帰ったところ、自宅に国税局の査察調査が入っていて、その文書は押収されてしまった。

その後、取調べ検察官が交代したので、その検事にも、「M氏からお金は返すと言われていた」と同じことを訴えたが、全く調書にはとってくれなかった。最近になって、その確定日付のある文書が還付された。

T氏が弁護団に持参したのは「説明書」と題する文書だった。確定日付のある文書であれば、その日に存在していた文書であることが明らかであるし、押収されていたのが最近還付されたのだから、「控訴審での新証拠」として請求できる。T氏の話のとおりであれば、T氏らIT業者がF社のために行っていた仕事に対して、F社の経理部長のM氏が、「仕事の対価は払う」という約束をしていたということになる。F社の経理部長自身が、T氏らに支払義務があることを認めていたことになり、「契約書が交わされていないから対価の支払義務はない」という検察の主張は否定されることになるのである。

取調べの経過が、本当にT氏が説明する通りだったのかを確認するため、検察官T氏の取調べの際の録音録画媒体(ディスク)の開示を求めた。ディスクを確認したところ、T氏の供述内容も、検察官が15分間席を外した状況も、T氏の「説明書」の記載のとおりだった。その後取調べ担当検察官が交代し、T氏が繰り返し同様の供述をしているのに、供述調書に録取しなかったことも確認できた。

我々弁護人は、その取調べのディスクの反訳書とT氏の「説明書」を証拠請求し、T氏の供述に基づき、控訴趣意補充書で、「業務委託契約は実体を伴うもので、架空経費の計上ではない」と主張した。

5月24日の第1回公判で、控訴審裁判所は、「本件証拠を原審で請求できなかったことにやむを得ない事由がある」として、T氏の証人尋問を行うことを決定、6月12日に実施されることになった。弁護人控訴事件の多くは、一回の公判で結審し、短期間で判決が言い渡される。事実取調べが行われること自体が異例だった。

 

M氏の取調べの録音録画ディスクを弁護団で手分けして見分

T氏の証人尋問が決定されたことを受け、T氏が供述する「M氏発言」についてのM氏の取調べの録音録画媒体も確認することにし、検察官にディスクの証拠開示を請求した。

M氏は、長期間在宅で取調べを受け、その後、逮捕・勾留され、勾留延長されて取り調べられており、取調べの時間は膨大だった。弁護団で手分けをして録音録画媒体を視聴した。

M氏は、逮捕前までは、「業務委託契約には実体があった。脱税の共謀はしていない」という、福田氏の弁解に沿う供述をしていたが、逮捕・勾留後に、供述を翻して、福田氏との脱税の共謀を認め、釈放され、不起訴になっていた。その過程で、検察官とM氏との間で、「ヤミ取引」が行われたのではないか、という疑いをもってディスクを視聴したが、実際には、M氏は、自発的に「これまで福田先生に言われるとおりに嘘をついていました。本当のことをお話しします」と言って、業務委託契約が架空であることを認め、福田氏との脱税の共謀も認める供述をしていた。少なくとも、ディスクを見る限り、「ヤミ司法取引」を疑う状況は全くなかった。

しかし、一方で、重要なことがいくつかわかった。

一つは、T氏が「説明書」で述べているように、M氏が「引き上げているお金は支払う」と発言をした事実があったのか否かについては、M氏の取調べの中では、検察官は全く質問をしていないということだった。

T氏が、「M氏から、『引き上げているお金は支払う』と言われた」と供述したのに、供述調書に録取しなかったことに正当な理由があるとすれば、M氏にも聞いてみないと真偽がわからず、M氏に確認する必要がある、ということだ。しかし、検察官のその後の取調べでそのような質問が行われた形跡は全くなかった。

 

取調べの中の「決定的な場面」を発見

もう一つは、私が見ていたディスクの中に、M氏が、福田氏との脱税の共謀を認めた後の取調べの中に、「決定的な場面」があるのを発見したことだ。

その事件の証拠の中には、国税局の査察調査の段階から、福田氏とM氏との「脱税の謀議の場面」とされていた「図」があった。F社などの利益を圧縮するために業務委託を行うことについて、経費の金額まで具体的に書かれたものだった。

その「図」がF社から押収され、国税局は、「福田氏とM氏との脱税の共謀の場面」の証拠だとしていた。M氏が、福田氏に不利な方向に供述を翻し、脱税の共謀を認めた直後のM氏の取調べで、検察官は、その「図」を示して、それが福田氏との共謀の場面で作成されたものではないかと質問していた。

ところが、録音録画によると、ここでM氏は、その図の記載内容を隅から隅まで確かめた上で、「この図は、脱税について話をしたものではなく、福田先生が、F社の株式移動の計画や利益の見通しなど他のことを話した場面です」と供述している。そう考えざるを得ない理由も詳しく説明している。M氏は、その理由として、「図」の記載の中に脱税について話した場面だったとは考えられない記載があることを指摘していた。

そのようなM氏の供述に対して、検察官は、様々な可能性を提示して、「やはり脱税の共謀の場面ではないか」と繰り返し質問をしていた。しかし、M氏は、一つひとつ根拠を示して否定し続け、結局、検察官も納得し、「この図については、福田さんの字だということ以外は何もわからないということだね」と言って、取調べが終わっていた。

 

M氏は、福田氏の当初の起訴状では、「共犯者」に含まれていなかった

検察官の取調べでのこの供述は、M氏の一審での証言に重大な疑いを生じさせるものだった。

この事件では、「福田氏とM氏との共犯関係」について、検察官の主張が起訴後に変更されていた。M氏は、福田氏との脱税の共謀を認める自白をして、釈放され不起訴になっていたが、当初の起訴状では、「共犯者」とされておらず、福田氏は、F社の実質的経営者のU氏との2人の共謀で起訴されていた。その後、裁判所の要請もあって、検察官が訴因変更し、「M氏との共謀」を追加していた。なぜ、当初の起訴状に「M氏との共謀」がなかったのか、そこは、当初から、弁護人にとって不可解な点だった。

福田氏は、第1回公判の時点でも保釈が認められず、勾留が続いていた。検察官立証にとって最重要の証人であるM氏の証人尋問が終わるまでは、「被告人を釈放するとM氏に働きかけて罪証隠滅を行うおそれがある」という理由で保釈が認められていなかったので、第1審では、第1回公判後、まず、M氏とU氏の証人尋問が行われ、その後に、福田氏は保釈された。

裁判所の強い要請を受けて、検察官が、M氏を共犯者に加える「訴因変更」(起訴状の公訴事実の変更)を行ったのは、その後だった。

なぜ、当初の起訴状で、M氏が共犯者に加えられていなかったのか。その理由が、M氏の検察官の取調べの録音録画から明らかになった。国税局は、「図」が福田氏とM氏との共謀の場面だとしていたが、M氏が福田氏との共謀を抽象的に認めたものの、その「図」が共謀の場面であることを明確に否定し、それ以外に共謀の場面が特定できなかったので、M氏との脱税の共謀の証拠が十分ではないと判断して、検察官が共謀関係から外したのだ。

一審で最初に行われたM氏の証人尋問の時点では、M氏は、「当初は、福田氏の指示どおりに嘘の供述をしていたが、検察官の取調べで真実を話すようになった」と、福田氏の指示による虚偽供述を強調する証言をしたが、M氏が証言する「真実」の中に、福田氏との共謀の「具体的な場面」はなかった。「業務委託契約はすべて架空で、それを経費としてF社の税務申告したのは脱税だった」と「抽象的」に認めているだけだった。

しかし、検察官は、訴因変更し、M氏を共犯に加えざるを得なくなった。福田氏とM氏との共謀について立証しなければならないが、それを特定する証拠がない。そこで行われたのが、M氏の「2回目の証人尋問」だった。

 

2回目の証人尋問でのM氏の「偽証」

2回目の証人尋問で、M氏は、検察官の主尋問で、上記の「図」を示され、福田氏が、M氏に脱税の方法について説明した場面で作成されたものであるかのように証言した。それについて、「すみませんが,私自身がほとんど記憶がないもんで」「呼び起こしてもらったというのが正直なとこです」と述べて、尋問の前に検察官の証人テストが行われ、記憶を喚起されたものであることも認めている。

その証言は、検察官の取調べで、M氏が、その「図」が、福田氏と脱税の話をしたときのものではなく、別の場面のものだと明確に供述していることと相反する。2回目の証人尋問でのM氏の証言が、記憶とは異なるものであり、「偽証」である疑い、そして、そのような記憶に反する証言が、証人尋問に先立って行われた検察官の証人テストでの検察官からの誘導によるものである疑いが濃厚となった。

弁護人からは、録音録画ディスクの反訳書を作成して証拠請求するとともに、M氏の証人尋問も請求する書面を、第2回公判の前に提出した。

検察官は、「原審にて請求できなかったことに、やむを得ない事由がない」との理由で、証拠採用と証人尋問の採用に強く反対した。

 

第2回公判での控訴審裁判所の判断

6月12日の第2回公判では、まずT氏の証人尋問が行われた。

T氏は、M氏らと会食した際に「引き上げているお金は返します」旨発言したこと、T氏が、F社の依頼により、膨大な量の作業を行っていたこと、一審の証人尋問では、検察官の証人テストでの指導によって、証言の範囲が制約され、検察官の判断を押し付けられたために、M氏の発言について証言することができなかったことなどを証言した。

このT氏証言も、業務委託契約が架空だったという一審の事実認定を否定する重要な証言だったが、それだけで一審判決が覆すのは困難なように思えた。最大の注目点は、M氏の証人尋問請求に対して、裁判所がどう判断するかだ。M氏の証人尋問が実現できれば、一審で記憶と異なる証言をした経過を含めて真実を明らかにし、検察官の立証を一気に崩せる。それにとどまらず、検察官が不当な証人テストを行ったことも明らかにできる。

しかし、裁判所の判断は、「弁護人の証拠請求、証人尋問請求をすべて却下する」というものだった。「一審で請求できなかったことにやむを得ない事由がない」というのが、その理由だった。

全身の力が抜けそうだった。

確かに、取調べの録音録画媒体は、一審で弁護人が開示請求すれば、検察官はすべて開示したはずであり、控訴審弁護人が行ったように、そのディスクを丁寧に見ていけば、M氏の証言が記憶に反するものであることは、一審で明らかにすることが可能だった。しかし、いくら一審で請求することが可能だったと言っても、一審弁護人はそれを行わなかったその結果、こうして、控訴審になって初めて、M氏の証言の信用性に関わる重要な事実が初めて明らかになった。それを見過ごしてよいのか。

控訴審での事実取調べは、それで終了し、次回の7月17日の第3回公判で最終弁論を行って結審ということになった。

公判終了後、福田氏と弁護団は、うつむきながら、裁判所に近い、大阪チームの法律事務所に移動した。

膨大な録音録画媒体を分担して視聴、M氏の偽証の疑いを指摘し、証人尋問の必要性を強く訴えたが、その訴えは裁判所には届かなかった。

福田氏も「よく、ここまで頑張ってもらった。悔いはない。」と言ってはいたが、残念そうだった。

その時、私の頭に一つの考えが浮かんだ。

裁判所がM氏の証人尋問をやってくれないのであれば、こっちでやるしかないではないか。

大阪チームの弁護士2人からは、今年の3月に、1回だけ、M氏と接触したことがあるという話を聞いていた。全く別件で相談を持ち掛けてきた人が、たまたまM氏で、その際、二人の弁護士が、福田氏の控訴審の弁護人を受任していることを明らかにした上で、事件についての話を聞いたところ、「一審で話したことがすべて事実」と言っていたとのことだった。

私は、そのことを思い出し、「『重要な事実がわかったので、一度話を聞きたい』と言ってM氏に面談に応じさせることはできないだろうか」「最後まであきらめないで、やれることは最後までやってみよう」と言って、解散した。

 

4時間にわたるM氏の「取調べ」

その後、大阪チームから、「6月20日にM氏が事務所に来てくれることになった」と連絡があった。私は、何とかスケジュールを調整し、大阪に向かった。

M氏との面談は、予め、ビデオカメラをセットし、すべて録音録画しておくことにした。検察官として最後に取調べをしたのは、2002年、長崎地検次席検事時代に、佐世保重工の助成金詐欺事件で逮捕され、完全黙秘をしていた同社社長を、取調べ担当検事に代わって次席検事自ら取調べたときだった。社長は、私の説得で、黙秘から供述に転じ、その後自白した。取調べの録音録画が導入されたのは2011年頃からなので、もちろん、私にはその経験はない。録音録画の下でのヒアリングというのも初めての経験だった。

大阪チームの2人の弁護士との面談を想定していたM氏は、いきなり私が現れたことで、当惑しているようだった。

まず、「図」を示して行われた検察官取調べの録音録画を再生し、M氏に視てもらう。

検察官は、非常に丁寧に、かつ慎重に、「図」が、脱税の共謀の場面ではないかを聞いているが、M氏は、「記載内容から、それは考えられない」と述べ、その理由を説明している。

映像を視聴したM氏は、「図」については、この取調べにおいて供述したことが記憶している全てであり、それ以外に記憶に基づいて話せることはない、ということを認めた。

それでは、一審での「2回目の証人尋問」の際の証言は、どういうことなのか。

この点については、M氏は言葉を濁し、ほとんどまともに答えられない。

4時間にわたって、説得を重ねたところ、M氏は、最終的に、一審での証言が自分の記憶していることとは違うものだったことを認め、その旨の陳述書に署名した。

 

「M氏陳述書」をどう使うか

「M氏陳述書」は、M氏の一審証言の信用性に関する決定的な証拠だった。

問題は、それを福田氏の控訴審でどう活用するかという点だった。

陳述書が得られたことを必要性の根拠として、再度、M氏の証人尋問を請求することも考えた。しかし、前の請求と同様に、「一審で請求できなかったことにやむを得ない事由がない」との理由で却下される可能性がある。

そこで、陳述書を、M氏の公判証言の「弾劾証拠」として請求することにした。同じ供述者が、公判証言と相反する内容の供述をしている場合、その証拠は、刑訴法328条に基づいて、証言の「証明力を争う証拠」、つまり「弾劾証拠」として証拠請求することができる。

陳述書が何とか証拠として採用されれば、それだけで、一審の有罪判決で福田氏とM氏の共謀の唯一の根拠となった「図」についてのM証言の信用性が否定される。それは、一審判決の事実認定に重大な疑問を生じさせることになる。

検察官にM氏の陳述書を開示して「弾劾証拠」としての請求を行ったところ、検察官は、ほとんど理由にならない理由で強く反対した。7月17日の第3回公判で、裁判所は、陳述書を弾劾証拠として採用し、その後、弁護人と検察官の弁論が行われて結審した。検察官の弁論は、「弾劾証拠」の採用を想定しておらず、その場で簡単に主張を述べただけだった。

こうして、福田氏の控訴審での弁護団の「戦い」は終わった。業務委託が実体を伴うもので委託費の支払が架空経費ではないことは、膨大な成果物に基づく主張と、T氏の証言から明らかになった。検察官が訴因変更で追加した「福田氏とM氏との共謀」は、M氏の陳述書で、完全に砕け散った。唯一残るのが、F社から福田氏への業務委託費の支払いの多くが現金でU氏側に還流している事実だが、その点も、当時の同社の企業グループの経営状況から、合理的な理由があったことを論証できた。

もはや、一審判決の事実認定を維持する根拠は、何も残されていない。弁護団は、無罪、或いは、一審への差戻しの判決を期待している。

9回2死0-10の状況から始まった戦いだったが、その後、打者一巡の猛攻で僅差まで追い上げ、一打同点(差戻し)か長打で逆転(無罪)が期待できるところまできた。

注目の控訴審判決は、10月9日午後3時から、大阪高裁1001号法廷で言い渡される。

 

 

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青梅談合事件、「無罪判決」に涙

9月20日午後1時半、東京地裁立川支部の302号法廷で青梅談合事件の判決言渡しが行われた。広い傍聴席は、被告人の酒井政修氏の家族、知人、同業者の人達、マスコミ関係者などでほぼ満席だった。この事件の摘発を行った警視庁捜査2課の警察官、青梅市役所関係者などの姿もあった。

青梅談合事件、「”人質司法”の常識」を覆すことができるか~9月20日午後、東京地裁立川支部で判決~】でも書いたように、検察官の立証は完全に崩したという自信があった。検察官も、当初は、懲役刑求刑予定だったはずなのに、罰金に落とすなど、形勢不利を事実上認めている。無罪判決は間違いないという思いがある。一方、第1回公判で、被告人の酒井氏が公訴事実を全面的に認め、検察官請求証拠が全て採用された後に、私が弁護を引き受けて全面無罪を主張するという異例の展開を辿った事件だっただけに、本当に裁判長が「無罪」という言葉を発するのを聞くことができるのか、最後まで、不安な思いもあった。

有罪か無罪か、固唾をのんで1審判決言渡しを待つというのは、2015年3月の美濃加茂市長事件以来だ(【美濃加茂市長無罪判決 ~極めて当然だが決して容易ではない司法判断~】)。

定刻の少し前に、野口佳子裁判長ら3人の裁判官が入廷。野口裁判長の穏やかな表情に、少し救われる思いがした。被告人の期待に反して、厳しい判決を言い渡そうとしている人の顔つきではない。

被告人が証言台に立ち、判決が言い渡された。

期待どおり、「主文 被告人は無罪」だった。

判決言渡しを終えた野口裁判長から、「長い間、お疲れさまでした」という言葉をかけられ、酒井氏の目からは涙が溢れ、止まらなくなった。

閉廷し、起立し、野口裁判長に一礼。そして、酒井氏と固く握手。そして、最初に「藁にも縋る気持ちでメールしました」と言って私の事務所に依頼のメールをしてきた酒井氏の奥さんと抱き合って喜びを噛みしめた。

80日も、家族との接見も認められず続いた勾留に心身とも疲弊し、一度は、公判で、心ならずも罪を認めた。その酒井氏が、こうして涙を溢れさせ、家族と喜びを分かち合っている。

心に沁みる、そして、心に残るひとときだった。

カテゴリー: 談合事件 | 8件のコメント

青梅談合事件、「”人質司法”の常識」を覆すことができるか~9月20日午後、東京地裁立川支部で判決~

「犯罪事実を認めない限り、長期間にわたって勾留が続き、自白し、起訴事実を認めるのと引き替えに釈放される」という日本の刑事司法における「人質司法」の悪弊が、これまで多くの被疑者・被告人に、耐えがたい苦痛を与え、身柄拘束から免れたいがために自白し、無罪主張を諦め、それによる冤罪も生み出してきた。公判で全面的に罪を認めて保釈された後に、認否を覆して無罪主張することは、法的には可能だが、裁判所はそのような主張をまともに取り合うことはない。要するに、保釈を得ようと思えば、「無罪を諦めなければならない」ということだ。

そのような「人質司法」の常識に反し、全面否認のまま保釈され、検察に衝撃を与えたのが日産の前会長カルロス・ゴーン氏だが、もう一つ、私が弁護人として、「人質司法」の常識に挑戦し、異例の展開となっている事件がある。

青梅市発注工事をめぐる談合で逮捕・起訴されたS氏の事件だ。その事件の判決が、今週金曜日(9月20日)、午後1時半に、東京地裁立川支部で言い渡される。

昨年7月、警視庁捜査2課は、青梅市役所への捜索を含む強制捜査を行い、青梅建設業協会会長の建設会社社長であったS氏を「談合罪」で逮捕した。NHK全国ニュースでも、新聞各紙でも大々的に報道されて注目を集めた事件だった。逮捕当初からS氏は容疑事実を全面否認していたが、昨年9月に開かれた初公判では、公訴事実を全面的に認め、第2回公判で結審の予定となった。それ以降は、マスコミに報道されることも殆どなかった。

公訴事実を認めたS氏は保釈されたが、その後、私が弁護人を受任、第2回公判で、罪状認否を変更して全面無罪を主張した。初公判で起訴事実を認めた時点で、検察官請求の証拠がすべて証拠採用されており、通常は、その時点で、刑事裁判は事実上決着する。しかし、この事件は、そうはならなかった。一旦は公訴事実を認めながら罪状認否を覆した被告人の訴えに、裁判所は真剣に向き合い、証人尋問等の本格的な否認事件の審理が続けられてきた。

今年7月19日の論告弁論で裁判は結審、検察官の求刑は「罰金100万円」だった。「罰金100万円」なら、在宅捜査で略式請求すればよかったはずだ。警視庁捜査2課が市役所を捜索したうえで被疑者を逮捕し、80日も勾留した事件ではあり得ない求刑だ。検察官は、有罪立証の大半が崩されたことで半分「白旗」を上げ、求刑を懲役刑から罰金刑に落としてきたということだろう。

しかし、検察官のこれまでのやり方は、罰金決着などで誤魔化されるようなものではない。検察官は、事実を否認していたS氏の保釈請求、接見禁止解除請求に徹底して反対し、疲弊したS氏を、保釈を得るためやむなく初公判で起訴事実を全面的に認めるところまで追い込んだ。本件の有罪・無罪は、「人質司法」を悪用した検察官の企みそのものの是非を問うものだ。もちろん、我々が目指すのは、「完全無罪」である。

発端は、2018年9月初め、私の法律事務所ホームページの「問合せアドレス」に届いた、「藁にも縋る気持ちでメールしました」という書き出しの長文メールだった。青梅市の建設会社の元社長S氏の妻(Sさん)から、談合事件で逮捕・起訴された夫のことで助けを求めてきたものだった。

この公開アドレスに届く刑事事件に関するメールは、法律的に決着がついていて、誰がやっても救う余地が全くないものが多い。しかしその中に、稀にだが、私が力を尽くしてみるべきではないか、と思えるものがある。Sさんのメールもその一つだった。

メールによると、S氏は、5月から何回も任意で長時間の取り調べを受け、7月5日には、早朝から自宅に多数の報道陣が押しかけ、警察に連絡して指示に従って出頭した後に逮捕され、談合の事実を否認し続けていたが、起訴されたとのことだった。前年に癌の手術をして1年しか経っておらず、体調も心配だし、零細企業で社長がいないと会社が成り立たない。保釈請求をしたが却下され、接見禁止のまま2カ月も身柄拘束が続いているとのことだった。

弁護士に家族との接見禁止一部解除の請求をしてもらったが、妻も、S氏に代わって社長を務めている次女も、会社の経理を担当している妹も、「会社と関係がある」という理由で却下。長女も「10年以上前に会社に携わっていた」という理由で却下、会社とは一切関係ない長男との接見禁止解除をお願いしたところ、弁護士から、「あまり何回も申請すると裁判所に印象が悪くなるのでやめましょう」と言われて諦めたとのことだった。

がんの手術から十分に体力が回復していないS氏が長期間留置されていることで、体調が悪化していないか心配で、一目でも会ってどんな様子か確認したいとSさんが思うのは当たり前だと思うが、面会すらできない。弁護士からは、「本人が、9月19日に予定されている初公判で起訴事実を全て認めると言っている」と聞かされているとのことだった。

Sさんのメールは、以下のように締めくくられていた。

現在の弁護士さんは、私にはどうしても検察やら裁判所に印象を悪くしてはいけないと、弁護側に立ってくれてない気がしてなりません。「もう公判も近いのだからその日まで待てば良い」とも言われますが、本当に安心して待っていて良いのでしょうか?夜も寝られない日がずっと続いてます。どうかどうかお力をお貸しください。

直ぐにSさんに電話をかけ、2日後に面談の時間をとり、事務所に来てもらった。その話を聞いた限りでも、談合罪に問われるような事件なのか疑問だった。公判で公訴事実を争い無罪を主張する余地は十分にある事件だと思えた。一度、S氏と接見して、詳しく話を聞き、私に弁護を依頼する意思があるかどうか聞いてみることにした。しかし、その時点の弁護人に依頼して、接見でS氏本人の意向を確認してもらったところ、「保釈で早く出たいので、公判で事実を争う気はない」ということだった。それが本人の意思である以上、私が出る幕はない。Sさんに電話をして、「初公判で事実を認めるということのようなので、弁護士さんに保釈をとってもらってください。」と伝えた。「ただ、初公判で事実を認めた場合でも、弁護人が交代すれば、その後に認否を覆して争う余地はないわけでもない。保釈で出てきたら、証拠や資料を持ってご主人と事務所に来てください。」と言っておいた。

9月19日の第1回公判で、S氏は、起訴事実を全面的に認め、検察官請求証拠がすべて同意で取調べられたことで、保釈された。数日後、妻のSさんと娘さんとともに、証拠の写しを持参して私の事務所に来たS氏から、これまでの経過と事件の内容を詳しく聞いた。

S氏の説明は、以下のようなものだった。

青梅市が発注した大型土木工事の1期工事をO社が受注施工しており、他社はどこも、2期工事はその業者が随意契約で受注するものと思っていたが、青梅市は指名競争入札で発注することになった。そんなときに「O社は受注しない」という話を聞いたので、工事の採算が厳しい工事のために受注業者がなく、入札不調になる可能性があると思った。その場合、工事発注が大幅に遅延し、青梅市に迷惑がかかる。建設業協会会長として、青梅市とは、地元業者への発注をお願いしたり、災害協定等でも協力する関係だったので、地元業者が受注せずに入札不調で青梅市に迷惑をかけることは避けたいと思った。建設業協会の会員である数社の業者に連絡して指名を確認し、受注意思の有無を尋ねたが、どの業者も「受注する気はない」とのことであった。そこで、S組が、赤字受注も覚悟して、予定価格をわずかに下回る価格で入札して受注した。

連絡した業者は、指名業者のうち親しい業者だけで、10社の指名業者のうち3社には連絡すらしなかった。やむを得ず自社で受注しなければということなので、連絡しなかった業者が低い価格で入札して落札してくれれば、それに越したことはないと思ったからだ。

S氏の話のとおりであれば、談合罪には当たらず無罪だと思った。

入札に参加する業者間で意思連絡を行うこと自体、公共調達のコンプライアンス上好ましいことではない。しかし、そのような行為にも様々な目的や態様があり、連絡をとることがすべて「犯罪」に当たるわけではない。

刑法は、「公正な価格を害する目的」あるいは「不正の利益を得る目的」で談合した場合のみを犯罪としている。後者は、談合金の分配を約束して、談合による利益を山分けしようとした場合など、犯罪性が明白な場合だ。過去に談合罪として摘発された事件のほとんどは前者の「公正な価格を害する目的」による談合だ。そういう意味で、談合罪の主観的要件とされている、「公正な価格を害する目的」は、まさに「犯罪性を根拠づける要素」だ。

「公正な価格」について、判例では、「当該入札において、公正な自由競争によって形成せられたであろう落札価格」とされている。工事受注であれば、「談合がなく、公正な自由競争によって形成されたであろう価格」を上回る価格で落札する目的があった場合に、犯罪が成立し、その目的がなければ、入札参加者間で意思連絡を行った事実があっても、犯罪は成立しない。一般的には、談合が行われることで、複数の業者の受注希望が一つに絞り込まれ、それによって落札価格が上昇し、その分発注官庁側に不利となる。だからこそ、談合行為が、「納税者の利益を損なう犯罪」として処罰の対象とされるのである。

どの業者も受注したくない工事について、業者間で話合いをして、赤字覚悟で受注する業者を決めた場合などは、むしろ、発注官庁にとって利益になるので、談合罪は成立しない。本件でS氏が主張しているとおりであれば、「公正な価格を害する目的」が認められず、談合罪が成立しないのである。

私は、S氏の弁護人を受任した。2018年10月10日東京地裁立川支部で開かれた第2回公判で、S氏は、罪状認否を変更し、弁護人の私は以下のように無罪を主張した。

S氏が指名業者数社に連絡したのは、受注意思の有無を尋ねただけで、他の業者にはもともと受注意思はなく、談合によって、受注予定業者を1社に決めたのではない。通常は、入札参加者すべての間で合意が成立して受注予定者が決まるのが談合であるが、S氏は、3社の業者には連絡すらしておらず、3社の出方は全くわからなかった。また、受注する気があるかどうか尋ねても答えてくれなかった業者もいた。このような事実関係であれば、そもそも「談合」とは言えないし、「談合」だとしても、犯罪成立要件である「公正な価格を害する目的」がない。

もちろん、S氏を談合罪で起訴している検察官の主張は前提が異なっていた。指名業者の検察官調書は、すべて「談合」を自白したような内容になっており、S氏から連絡を受け、「S氏からS組の受注に協力するように頼まれ、受注に協力すると約束した」とされていた。それらの供述調書が、既に、同意書証として証拠採用されており、それらの信用性を否定する必要があった。しかし、その内容には、不合理な点や事実と異なる点が多々あり、弁護側立証で崩していくことは不可能ではないように思えた。

そこから、約10か月、検察官との法廷での激しいバトルが続いた。

その幕切れが、冒頭で述べた今年7月19日の論告・弁論だった。

第1回公判で公訴事実を全面的に認め、検察官請求証拠にすべて同意して保釈された事件での無罪判決という、「人質司法の常識」を覆す結果になるかどうか、9月20日の判決に期待したい。

 

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