福田多宏税理士・法人税法違反事件、「大逆転判決」の可能性~10月9日大阪高裁判決への期待

最近、権力集中の政治状況もあって、世の中全体は、権力におもねる傾向が強まっているように思える。これまでも、「長いものには巻かれない」という生き方を通してきた私だが、「権力との戦い」に注ぐエネルギーは、一層大きくなっている。

その「戦い」の一つの東京地裁立川支部の青梅談合事件(【青梅談合事件、「”人質司法”の常識」を覆すことができるか~9月20日午後、東京地裁立川支部で判決~】)は、初公判で、公訴事実を全面的に認めて検察官請求証拠すべてが同意採用という「絶望的な状況」から弁護を受任した、全面無罪を主張した事件だったが、【青梅談合事件、「無罪判決」に涙】という結末に至った。

7月は、その談合事件の論告弁論期日(7月19日)に向け、弁論作成に忙殺されていたのと同時並行で、最終局面を迎えていた(7月17日の弁論期日で結審)のが、税理士福田多宏氏の法人税法違反事件の控訴審の審理だった。

これも、事務所の公開アドレスへの弁護の依頼メールから始まった事件で、その時点では、あまりに「絶望的な状況」で、さすがの私も受任を躊躇した。しかし、その後、弁護を受任し、全面無罪を主張して戦ってきた。

その事件の控訴審判決が10月9日に言い渡される。

 

「絶望的な状況」から弁護を受任した「もう一つの事件」

この事件は、税理士で経営コンサルタントを営む福田多宏氏が、F社など不動産関連会社2社の実質的経営者と、両社の経理部門統括者と3名で共謀の上、架空の支払手数料を計上するなどの方法により所得を秘匿した上、法人税を免れたとして、大阪地検特捜部に逮捕・起訴された脱税事件だった。

福田氏は、捜査・公判で脱税の事実を全面否認、270日にわたって勾留された。昨年(2018年)3月に一審で有罪判決。一審弁護人がそのまま控訴審を担当し、控訴趣意書は、昨年8月に提出済みだった。私の事務所公開アドレスに、控訴審の弁護を依頼するメールがあったのは昨年の12月だった。

刑事裁判では「一審中心主義」がとられ、控訴審での新たな証拠請求は「一審で請求できなかったことにやむを得ない事由があった場合」でなければ認められない。しかも、控訴趣意書を送付してもらったところ、なぜか論理式や演算式等が並んでおり、事件の内容も弁護人の主張も、なかなか理解できない。正直なところ、私が弁護を受任しても、できることは何もないように思えた。がん治療で言えば、全身にがんが転移して、手の施しようがなく、余命数か月という状況、野球で言えば、9回裏二死無走者で0-10という戦況に等しかった。

しかし、脱税への関与を全面否認した福田氏の勾留が270日もの長期に及んだ一方で、脱税の主犯であるはずの会社社長(U氏)は逮捕すらされず、在宅起訴。福田氏と同時に逮捕された経理部長(M氏)は、福田氏に不利な供述に転じた後に釈放され、起訴もされていない。典型的な「人質司法」であり、「ヤミ司法取引」も疑われる事件だった。しかも、「業務委託契約は架空ではなく、実際に膨大な仕事を行い、成果物も残っている」と主張する福田氏自身が、長期にわたって身柄拘束されていたことで、仕事の成果物の存在が長期間明らかにならず、一審での弁護活動の支障になったことも否定できない。福田氏は、権力に虐げられ、救いが必要な人であることは間違いなかった。

とは言え、控訴趣意書も提出済みの控訴審で、弁護人として一体何ができるのか見通しがつかず受任する決断ができないでいたところ、今年の2月に、一審を担当した弁護人2人が、体調の問題で相次いで辞任し、弁護人が不在となったという連絡を受けた。

「結果が変わらないことは覚悟しています。最後に郷原先生に弁護を担当してもらって、それでもダメなら諦めがつきます。そうでなければ一生悔いが残ります」と福田氏から切望され、「誰かが新たな弁護人にならざるを得ないのであれば、私がやるしかない」と考え、弁護人を受任することにした。

 

新たな弁護団で控訴審弁護活動を開始

控訴趣意書が提出済みである以上、弁護人として行えることは、何とかして、控訴審での新証拠の請求を行い、それに関連してする主張を組み立て、控訴趣意補充書を提出することだった。

もちろん、一審で2年にもわたって審理した事件であり、記録も膨大だった。弁護団として、相当な人的パワーが必要になる。私が主任弁護人となり、東京で3名(東京チーム)、大阪で2名(大阪チーム)の弁護団を結成した。

まず、何とか反撃の糸口をつかみたいと考え、元経理部長のM氏に、弁護人の一人から「控訴審弁護人の聴取に応じてほしい」というメールを送信した。しかし、全く返答はなかった。

昨年8月に控訴趣意書が提出された後、12月に裁判長が異動で交代した関係で、公判期日の指定が遅れていたが、今年2月に、第1回公判が4月12日と指定されていた。弁護人全員が交代したことを理由に、期日変更を請求した。少しでも準備期間を長くとりたかったが、控訴審が係属してからすでに1年を超えていることもあり、裁判所は、「5月中には期日を入れたい」との意向だった。5月24日に第1回公判期日が指定された。

そうなると、遅くとも、連休明け、5月10日頃までには、一審判決を覆せる主張を組み立てて控訴趣意補充書を提出しなければならない。しかし、主任弁護人の私は、4月16日の桑田氏の国循事件の最終弁論に向け、最後のバトルで忙殺されていた。

残された期間は僅かしかなかった。

 

「確定日付」のある文書という「新証拠」を入手

そこに、「神風」が吹いた。

弁護団側に、「重要な新証拠」が提供されたのだ。

福田氏は、「業務委託契約は架空ではなく、実際に膨大なIT関係の仕事を行い、成果物も残っている。委託契約に基づく支払は正当なもので、所得を隠す手段ではない。それが、F社側に還流していたが、F社側の資金繰りのために必要と言われ、貸付けていたもので、返済を受けて業者に支払う予定だった。」と主張していた。その仕事に従事していたIT業者は、捜査段階で、「会社の依頼を受けて実際に膨大な量の仕事をした。」と供述したが、検察官は、「契約書がない以上、仕事とは認められない。」という「珍妙な理屈」で、その供述を抑え込み、「正当に支払が受けられる仕事はありませんでした。」という内容の供述調書になっていた。

その零細IT業者のうちの一人(T氏)から、次のような話が、福田氏を通じて、弁護団の大阪チームにもたらされた。

検察官の取調べの際、「経理部長のM氏が、一緒に食事をした際に『引き上げているお金は払うから、仕事を頑張ってください。』と言っていた」と供述をしたところ、検察官は、15分間離席した後に、返ってきて、「調書だけ終わらせたらTさんの話を聞くから」と言って、その話を除外したまま供述調書を作成し、その調書に署名させられた。

結局、その点は調書にとってくれなかった。

自分が一生懸命やっていた仕事がすべて否定されたことに我慢がならず、そのような検察官の取調べの状況を文書にまとめ、公証役場に行って確定日付をもらった。

ところが、その確定日付のある文書を持って自宅に帰ったところ、自宅に国税局の査察調査が入っていて、その文書は押収されてしまった。

その後、取調べ検察官が交代したので、その検事にも、「M氏からお金は返すと言われていた」と同じことを訴えたが、全く調書にはとってくれなかった。最近になって、その確定日付のある文書が還付された。

T氏が弁護団に持参したのは「説明書」と題する文書だった。確定日付のある文書であれば、その日に存在していた文書であることが明らかであるし、押収されていたのが最近還付されたのだから、「控訴審での新証拠」として請求できる。T氏の話のとおりであれば、T氏らIT業者がF社のために行っていた仕事に対して、F社の経理部長のM氏が、「仕事の対価は払う」という約束をしていたということになる。F社の経理部長自身が、T氏らに支払義務があることを認めていたことになり、「契約書が交わされていないから対価の支払義務はない」という検察の主張は否定されることになるのである。

取調べの経過が、本当にT氏が説明する通りだったのかを確認するため、検察官T氏の取調べの際の録音録画媒体(ディスク)の開示を求めた。ディスクを確認したところ、T氏の供述内容も、検察官が15分間席を外した状況も、T氏の「説明書」の記載のとおりだった。その後取調べ担当検察官が交代し、T氏が繰り返し同様の供述をしているのに、供述調書に録取しなかったことも確認できた。

我々弁護人は、その取調べのディスクの反訳書とT氏の「説明書」を証拠請求し、T氏の供述に基づき、控訴趣意補充書で、「業務委託契約は実体を伴うもので、架空経費の計上ではない」と主張した。

5月24日の第1回公判で、控訴審裁判所は、「本件証拠を原審で請求できなかったことにやむを得ない事由がある」として、T氏の証人尋問を行うことを決定、6月12日に実施されることになった。弁護人控訴事件の多くは、一回の公判で結審し、短期間で判決が言い渡される。事実取調べが行われること自体が異例だった。

 

M氏の取調べの録音録画ディスクを弁護団で手分けして見分

T氏の証人尋問が決定されたことを受け、T氏が供述する「M氏発言」についてのM氏の取調べの録音録画媒体も確認することにし、検察官にディスクの証拠開示を請求した。

M氏は、長期間在宅で取調べを受け、その後、逮捕・勾留され、勾留延長されて取り調べられており、取調べの時間は膨大だった。弁護団で手分けをして録音録画媒体を視聴した。

M氏は、逮捕前までは、「業務委託契約には実体があった。脱税の共謀はしていない」という、福田氏の弁解に沿う供述をしていたが、逮捕・勾留後に、供述を翻して、福田氏との脱税の共謀を認め、釈放され、不起訴になっていた。その過程で、検察官とM氏との間で、「ヤミ取引」が行われたのではないか、という疑いをもってディスクを視聴したが、実際には、M氏は、自発的に「これまで福田先生に言われるとおりに嘘をついていました。本当のことをお話しします」と言って、業務委託契約が架空であることを認め、福田氏との脱税の共謀も認める供述をしていた。少なくとも、ディスクを見る限り、「ヤミ司法取引」を疑う状況は全くなかった。

しかし、一方で、重要なことがいくつかわかった。

一つは、T氏が「説明書」で述べているように、M氏が「引き上げているお金は支払う」と発言をした事実があったのか否かについては、M氏の取調べの中では、検察官は全く質問をしていないということだった。

T氏が、「M氏から、『引き上げているお金は支払う』と言われた」と供述したのに、供述調書に録取しなかったことに正当な理由があるとすれば、M氏にも聞いてみないと真偽がわからず、M氏に確認する必要がある、ということだ。しかし、検察官のその後の取調べでそのような質問が行われた形跡は全くなかった。

 

取調べの中の「決定的な場面」を発見

もう一つは、私が見ていたディスクの中に、M氏が、福田氏との脱税の共謀を認めた後の取調べの中に、「決定的な場面」があるのを発見したことだ。

その事件の証拠の中には、国税局の査察調査の段階から、福田氏とM氏との「脱税の謀議の場面」とされていた「図」があった。F社などの利益を圧縮するために業務委託を行うことについて、経費の金額まで具体的に書かれたものだった。

その「図」がF社から押収され、国税局は、「福田氏とM氏との脱税の共謀の場面」の証拠だとしていた。M氏が、福田氏に不利な方向に供述を翻し、脱税の共謀を認めた直後のM氏の取調べで、検察官は、その「図」を示して、それが福田氏との共謀の場面で作成されたものではないかと質問していた。

ところが、録音録画によると、ここでM氏は、その図の記載内容を隅から隅まで確かめた上で、「この図は、脱税について話をしたものではなく、福田先生が、F社の株式移動の計画や利益の見通しなど他のことを話した場面です」と供述している。そう考えざるを得ない理由も詳しく説明している。M氏は、その理由として、「図」の記載の中に脱税について話した場面だったとは考えられない記載があることを指摘していた。

そのようなM氏の供述に対して、検察官は、様々な可能性を提示して、「やはり脱税の共謀の場面ではないか」と繰り返し質問をしていた。しかし、M氏は、一つひとつ根拠を示して否定し続け、結局、検察官も納得し、「この図については、福田さんの字だということ以外は何もわからないということだね」と言って、取調べが終わっていた。

 

M氏は、福田氏の当初の起訴状では、「共犯者」に含まれていなかった

検察官の取調べでのこの供述は、M氏の一審での証言に重大な疑いを生じさせるものだった。

この事件では、「福田氏とM氏との共犯関係」について、検察官の主張が起訴後に変更されていた。M氏は、福田氏との脱税の共謀を認める自白をして、釈放され不起訴になっていたが、当初の起訴状では、「共犯者」とされておらず、福田氏は、F社の実質的経営者のU氏との2人の共謀で起訴されていた。その後、裁判所の要請もあって、検察官が訴因変更し、「M氏との共謀」を追加していた。なぜ、当初の起訴状に「M氏との共謀」がなかったのか、そこは、当初から、弁護人にとって不可解な点だった。

福田氏は、第1回公判の時点でも保釈が認められず、勾留が続いていた。検察官立証にとって最重要の証人であるM氏の証人尋問が終わるまでは、「被告人を釈放するとM氏に働きかけて罪証隠滅を行うおそれがある」という理由で保釈が認められていなかったので、第1審では、第1回公判後、まず、M氏とU氏の証人尋問が行われ、その後に、福田氏は保釈された。

裁判所の強い要請を受けて、検察官が、M氏を共犯者に加える「訴因変更」(起訴状の公訴事実の変更)を行ったのは、その後だった。

なぜ、当初の起訴状で、M氏が共犯者に加えられていなかったのか。その理由が、M氏の検察官の取調べの録音録画から明らかになった。国税局は、「図」が福田氏とM氏との共謀の場面だとしていたが、M氏が福田氏との共謀を抽象的に認めたものの、その「図」が共謀の場面であることを明確に否定し、それ以外に共謀の場面が特定できなかったので、M氏との脱税の共謀の証拠が十分ではないと判断して、検察官が共謀関係から外したのだ。

一審で最初に行われたM氏の証人尋問の時点では、M氏は、「当初は、福田氏の指示どおりに嘘の供述をしていたが、検察官の取調べで真実を話すようになった」と、福田氏の指示による虚偽供述を強調する証言をしたが、M氏が証言する「真実」の中に、福田氏との共謀の「具体的な場面」はなかった。「業務委託契約はすべて架空で、それを経費としてF社の税務申告したのは脱税だった」と「抽象的」に認めているだけだった。

しかし、検察官は、訴因変更し、M氏を共犯に加えざるを得なくなった。福田氏とM氏との共謀について立証しなければならないが、それを特定する証拠がない。そこで行われたのが、M氏の「2回目の証人尋問」だった。

 

2回目の証人尋問でのM氏の「偽証」

2回目の証人尋問で、M氏は、検察官の主尋問で、上記の「図」を示され、福田氏が、M氏に脱税の方法について説明した場面で作成されたものであるかのように証言した。それについて、「すみませんが,私自身がほとんど記憶がないもんで」「呼び起こしてもらったというのが正直なとこです」と述べて、尋問の前に検察官の証人テストが行われ、記憶を喚起されたものであることも認めている。

その証言は、検察官の取調べで、M氏が、その「図」が、福田氏と脱税の話をしたときのものではなく、別の場面のものだと明確に供述していることと相反する。2回目の証人尋問でのM氏の証言が、記憶とは異なるものであり、「偽証」である疑い、そして、そのような記憶に反する証言が、証人尋問に先立って行われた検察官の証人テストでの検察官からの誘導によるものである疑いが濃厚となった。

弁護人からは、録音録画ディスクの反訳書を作成して証拠請求するとともに、M氏の証人尋問も請求する書面を、第2回公判の前に提出した。

検察官は、「原審にて請求できなかったことに、やむを得ない事由がない」との理由で、証拠採用と証人尋問の採用に強く反対した。

 

第2回公判での控訴審裁判所の判断

6月12日の第2回公判では、まずT氏の証人尋問が行われた。

T氏は、M氏らと会食した際に「引き上げているお金は返します」旨発言したこと、T氏が、F社の依頼により、膨大な量の作業を行っていたこと、一審の証人尋問では、検察官の証人テストでの指導によって、証言の範囲が制約され、検察官の判断を押し付けられたために、M氏の発言について証言することができなかったことなどを証言した。

このT氏証言も、業務委託契約が架空だったという一審の事実認定を否定する重要な証言だったが、それだけで一審判決が覆すのは困難なように思えた。最大の注目点は、M氏の証人尋問請求に対して、裁判所がどう判断するかだ。M氏の証人尋問が実現できれば、一審で記憶と異なる証言をした経過を含めて真実を明らかにし、検察官の立証を一気に崩せる。それにとどまらず、検察官が不当な証人テストを行ったことも明らかにできる。

しかし、裁判所の判断は、「弁護人の証拠請求、証人尋問請求をすべて却下する」というものだった。「一審で請求できなかったことにやむを得ない事由がない」というのが、その理由だった。

全身の力が抜けそうだった。

確かに、取調べの録音録画媒体は、一審で弁護人が開示請求すれば、検察官はすべて開示したはずであり、控訴審弁護人が行ったように、そのディスクを丁寧に見ていけば、M氏の証言が記憶に反するものであることは、一審で明らかにすることが可能だった。しかし、いくら一審で請求することが可能だったと言っても、一審弁護人はそれを行わなかったその結果、こうして、控訴審になって初めて、M氏の証言の信用性に関わる重要な事実が初めて明らかになった。それを見過ごしてよいのか。

控訴審での事実取調べは、それで終了し、次回の7月17日の第3回公判で最終弁論を行って結審ということになった。

公判終了後、福田氏と弁護団は、うつむきながら、裁判所に近い、大阪チームの法律事務所に移動した。

膨大な録音録画媒体を分担して視聴、M氏の偽証の疑いを指摘し、証人尋問の必要性を強く訴えたが、その訴えは裁判所には届かなかった。

福田氏も「よく、ここまで頑張ってもらった。悔いはない。」と言ってはいたが、残念そうだった。

その時、私の頭に一つの考えが浮かんだ。

裁判所がM氏の証人尋問をやってくれないのであれば、こっちでやるしかないではないか。

大阪チームの弁護士2人からは、今年の3月に、1回だけ、M氏と接触したことがあるという話を聞いていた。全く別件で相談を持ち掛けてきた人が、たまたまM氏で、その際、二人の弁護士が、福田氏の控訴審の弁護人を受任していることを明らかにした上で、事件についての話を聞いたところ、「一審で話したことがすべて事実」と言っていたとのことだった。

私は、そのことを思い出し、「『重要な事実がわかったので、一度話を聞きたい』と言ってM氏に面談に応じさせることはできないだろうか」「最後まであきらめないで、やれることは最後までやってみよう」と言って、解散した。

 

4時間にわたるM氏の「取調べ」

その後、大阪チームから、「6月20日にM氏が事務所に来てくれることになった」と連絡があった。私は、何とかスケジュールを調整し、大阪に向かった。

M氏との面談は、予め、ビデオカメラをセットし、すべて録音録画しておくことにした。検察官として最後に取調べをしたのは、2002年、長崎地検次席検事時代に、佐世保重工の助成金詐欺事件で逮捕され、完全黙秘をしていた同社社長を、取調べ担当検事に代わって次席検事自ら取調べたときだった。社長は、私の説得で、黙秘から供述に転じ、その後自白した。取調べの録音録画が導入されたのは2011年頃からなので、もちろん、私にはその経験はない。録音録画の下でのヒアリングというのも初めての経験だった。

大阪チームの2人の弁護士との面談を想定していたM氏は、いきなり私が現れたことで、当惑しているようだった。

まず、「図」を示して行われた検察官取調べの録音録画を再生し、M氏に視てもらう。

検察官は、非常に丁寧に、かつ慎重に、「図」が、脱税の共謀の場面ではないかを聞いているが、M氏は、「記載内容から、それは考えられない」と述べ、その理由を説明している。

映像を視聴したM氏は、「図」については、この取調べにおいて供述したことが記憶している全てであり、それ以外に記憶に基づいて話せることはない、ということを認めた。

それでは、一審での「2回目の証人尋問」の際の証言は、どういうことなのか。

この点については、M氏は言葉を濁し、ほとんどまともに答えられない。

4時間にわたって、説得を重ねたところ、M氏は、最終的に、一審での証言が自分の記憶していることとは違うものだったことを認め、その旨の陳述書に署名した。

 

「M氏陳述書」をどう使うか

「M氏陳述書」は、M氏の一審証言の信用性に関する決定的な証拠だった。

問題は、それを福田氏の控訴審でどう活用するかという点だった。

陳述書が得られたことを必要性の根拠として、再度、M氏の証人尋問を請求することも考えた。しかし、前の請求と同様に、「一審で請求できなかったことにやむを得ない事由がない」との理由で却下される可能性がある。

そこで、陳述書を、M氏の公判証言の「弾劾証拠」として請求することにした。同じ供述者が、公判証言と相反する内容の供述をしている場合、その証拠は、刑訴法328条に基づいて、証言の「証明力を争う証拠」、つまり「弾劾証拠」として証拠請求することができる。

陳述書が何とか証拠として採用されれば、それだけで、一審の有罪判決で福田氏とM氏の共謀の唯一の根拠となった「図」についてのM証言の信用性が否定される。それは、一審判決の事実認定に重大な疑問を生じさせることになる。

検察官にM氏の陳述書を開示して「弾劾証拠」としての請求を行ったところ、検察官は、ほとんど理由にならない理由で強く反対した。7月17日の第3回公判で、裁判所は、陳述書を弾劾証拠として採用し、その後、弁護人と検察官の弁論が行われて結審した。検察官の弁論は、「弾劾証拠」の採用を想定しておらず、その場で簡単に主張を述べただけだった。

こうして、福田氏の控訴審での弁護団の「戦い」は終わった。業務委託が実体を伴うもので委託費の支払が架空経費ではないことは、膨大な成果物に基づく主張と、T氏の証言から明らかになった。検察官が訴因変更で追加した「福田氏とM氏との共謀」は、M氏の陳述書で、完全に砕け散った。唯一残るのが、F社から福田氏への業務委託費の支払いの多くが現金でU氏側に還流している事実だが、その点も、当時の同社の企業グループの経営状況から、合理的な理由があったことを論証できた。

もはや、一審判決の事実認定を維持する根拠は、何も残されていない。弁護団は、無罪、或いは、一審への差戻しの判決を期待している。

9回2死0-10の状況から始まった戦いだったが、その後、打者一巡の猛攻で僅差まで追い上げ、一打同点(差戻し)か長打で逆転(無罪)が期待できるところまできた。

注目の控訴審判決は、10月9日午後3時から、大阪高裁1001号法廷で言い渡される。

 

 

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青梅談合事件、「無罪判決」に涙

9月20日午後1時半、東京地裁立川支部の302号法廷で青梅談合事件の判決言渡しが行われた。広い傍聴席は、被告人の酒井政修氏の家族、知人、同業者の人達、マスコミ関係者などでほぼ満席だった。この事件の摘発を行った警視庁捜査2課の警察官、青梅市役所関係者などの姿もあった。

青梅談合事件、「”人質司法”の常識」を覆すことができるか~9月20日午後、東京地裁立川支部で判決~】でも書いたように、検察官の立証は完全に崩したという自信があった。検察官も、当初は、懲役刑求刑予定だったはずなのに、罰金に落とすなど、形勢不利を事実上認めている。無罪判決は間違いないという思いがある。一方、第1回公判で、被告人の酒井氏が公訴事実を全面的に認め、検察官請求証拠が全て採用された後に、私が弁護を引き受けて全面無罪を主張するという異例の展開を辿った事件だっただけに、本当に裁判長が「無罪」という言葉を発するのを聞くことができるのか、最後まで、不安な思いもあった。

有罪か無罪か、固唾をのんで1審判決言渡しを待つというのは、2015年3月の美濃加茂市長事件以来だ(【美濃加茂市長無罪判決 ~極めて当然だが決して容易ではない司法判断~】)。

定刻の少し前に、野口佳子裁判長ら3人の裁判官が入廷。野口裁判長の穏やかな表情に、少し救われる思いがした。被告人の期待に反して、厳しい判決を言い渡そうとしている人の顔つきではない。

被告人が証言台に立ち、判決が言い渡された。

期待どおり、「主文 被告人は無罪」だった。

判決言渡しを終えた野口裁判長から、「長い間、お疲れさまでした」という言葉をかけられ、酒井氏の目からは涙が溢れ、止まらなくなった。

閉廷し、起立し、野口裁判長に一礼。そして、酒井氏と固く握手。そして、最初に「藁にも縋る気持ちでメールしました」と言って私の事務所に依頼のメールをしてきた酒井氏の奥さんと抱き合って喜びを噛みしめた。

80日も、家族との接見も認められず続いた勾留に心身とも疲弊し、一度は、公判で、心ならずも罪を認めた。その酒井氏が、こうして涙を溢れさせ、家族と喜びを分かち合っている。

心に沁みる、そして、心に残るひとときだった。

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青梅談合事件、「”人質司法”の常識」を覆すことができるか~9月20日午後、東京地裁立川支部で判決~

「犯罪事実を認めない限り、長期間にわたって勾留が続き、自白し、起訴事実を認めるのと引き替えに釈放される」という日本の刑事司法における「人質司法」の悪弊が、これまで多くの被疑者・被告人に、耐えがたい苦痛を与え、身柄拘束から免れたいがために自白し、無罪主張を諦め、それによる冤罪も生み出してきた。公判で全面的に罪を認めて保釈された後に、認否を覆して無罪主張することは、法的には可能だが、裁判所はそのような主張をまともに取り合うことはない。要するに、保釈を得ようと思えば、「無罪を諦めなければならない」ということだ。

そのような「人質司法」の常識に反し、全面否認のまま保釈され、検察に衝撃を与えたのが日産の前会長カルロス・ゴーン氏だが、もう一つ、私が弁護人として、「人質司法」の常識に挑戦し、異例の展開となっている事件がある。

青梅市発注工事をめぐる談合で逮捕・起訴されたS氏の事件だ。その事件の判決が、今週金曜日(9月20日)、午後1時半に、東京地裁立川支部で言い渡される。

昨年7月、警視庁捜査2課は、青梅市役所への捜索を含む強制捜査を行い、青梅建設業協会会長の建設会社社長であったS氏を「談合罪」で逮捕した。NHK全国ニュースでも、新聞各紙でも大々的に報道されて注目を集めた事件だった。逮捕当初からS氏は容疑事実を全面否認していたが、昨年9月に開かれた初公判では、公訴事実を全面的に認め、第2回公判で結審の予定となった。それ以降は、マスコミに報道されることも殆どなかった。

公訴事実を認めたS氏は保釈されたが、その後、私が弁護人を受任、第2回公判で、罪状認否を変更して全面無罪を主張した。初公判で起訴事実を認めた時点で、検察官請求の証拠がすべて証拠採用されており、通常は、その時点で、刑事裁判は事実上決着する。しかし、この事件は、そうはならなかった。一旦は公訴事実を認めながら罪状認否を覆した被告人の訴えに、裁判所は真剣に向き合い、証人尋問等の本格的な否認事件の審理が続けられてきた。

今年7月19日の論告弁論で裁判は結審、検察官の求刑は「罰金100万円」だった。「罰金100万円」なら、在宅捜査で略式請求すればよかったはずだ。警視庁捜査2課が市役所を捜索したうえで被疑者を逮捕し、80日も勾留した事件ではあり得ない求刑だ。検察官は、有罪立証の大半が崩されたことで半分「白旗」を上げ、求刑を懲役刑から罰金刑に落としてきたということだろう。

しかし、検察官のこれまでのやり方は、罰金決着などで誤魔化されるようなものではない。検察官は、事実を否認していたS氏の保釈請求、接見禁止解除請求に徹底して反対し、疲弊したS氏を、保釈を得るためやむなく初公判で起訴事実を全面的に認めるところまで追い込んだ。本件の有罪・無罪は、「人質司法」を悪用した検察官の企みそのものの是非を問うものだ。もちろん、我々が目指すのは、「完全無罪」である。

発端は、2018年9月初め、私の法律事務所ホームページの「問合せアドレス」に届いた、「藁にも縋る気持ちでメールしました」という書き出しの長文メールだった。青梅市の建設会社の元社長S氏の妻(Sさん)から、談合事件で逮捕・起訴された夫のことで助けを求めてきたものだった。

この公開アドレスに届く刑事事件に関するメールは、法律的に決着がついていて、誰がやっても救う余地が全くないものが多い。しかしその中に、稀にだが、私が力を尽くしてみるべきではないか、と思えるものがある。Sさんのメールもその一つだった。

メールによると、S氏は、5月から何回も任意で長時間の取り調べを受け、7月5日には、早朝から自宅に多数の報道陣が押しかけ、警察に連絡して指示に従って出頭した後に逮捕され、談合の事実を否認し続けていたが、起訴されたとのことだった。前年に癌の手術をして1年しか経っておらず、体調も心配だし、零細企業で社長がいないと会社が成り立たない。保釈請求をしたが却下され、接見禁止のまま2カ月も身柄拘束が続いているとのことだった。

弁護士に家族との接見禁止一部解除の請求をしてもらったが、妻も、S氏に代わって社長を務めている次女も、会社の経理を担当している妹も、「会社と関係がある」という理由で却下。長女も「10年以上前に会社に携わっていた」という理由で却下、会社とは一切関係ない長男との接見禁止解除をお願いしたところ、弁護士から、「あまり何回も申請すると裁判所に印象が悪くなるのでやめましょう」と言われて諦めたとのことだった。

がんの手術から十分に体力が回復していないS氏が長期間留置されていることで、体調が悪化していないか心配で、一目でも会ってどんな様子か確認したいとSさんが思うのは当たり前だと思うが、面会すらできない。弁護士からは、「本人が、9月19日に予定されている初公判で起訴事実を全て認めると言っている」と聞かされているとのことだった。

Sさんのメールは、以下のように締めくくられていた。

現在の弁護士さんは、私にはどうしても検察やら裁判所に印象を悪くしてはいけないと、弁護側に立ってくれてない気がしてなりません。「もう公判も近いのだからその日まで待てば良い」とも言われますが、本当に安心して待っていて良いのでしょうか?夜も寝られない日がずっと続いてます。どうかどうかお力をお貸しください。

直ぐにSさんに電話をかけ、2日後に面談の時間をとり、事務所に来てもらった。その話を聞いた限りでも、談合罪に問われるような事件なのか疑問だった。公判で公訴事実を争い無罪を主張する余地は十分にある事件だと思えた。一度、S氏と接見して、詳しく話を聞き、私に弁護を依頼する意思があるかどうか聞いてみることにした。しかし、その時点の弁護人に依頼して、接見でS氏本人の意向を確認してもらったところ、「保釈で早く出たいので、公判で事実を争う気はない」ということだった。それが本人の意思である以上、私が出る幕はない。Sさんに電話をして、「初公判で事実を認めるということのようなので、弁護士さんに保釈をとってもらってください。」と伝えた。「ただ、初公判で事実を認めた場合でも、弁護人が交代すれば、その後に認否を覆して争う余地はないわけでもない。保釈で出てきたら、証拠や資料を持ってご主人と事務所に来てください。」と言っておいた。

9月19日の第1回公判で、S氏は、起訴事実を全面的に認め、検察官請求証拠がすべて同意で取調べられたことで、保釈された。数日後、妻のSさんと娘さんとともに、証拠の写しを持参して私の事務所に来たS氏から、これまでの経過と事件の内容を詳しく聞いた。

S氏の説明は、以下のようなものだった。

青梅市が発注した大型土木工事の1期工事をO社が受注施工しており、他社はどこも、2期工事はその業者が随意契約で受注するものと思っていたが、青梅市は指名競争入札で発注することになった。そんなときに「O社は受注しない」という話を聞いたので、工事の採算が厳しい工事のために受注業者がなく、入札不調になる可能性があると思った。その場合、工事発注が大幅に遅延し、青梅市に迷惑がかかる。建設業協会会長として、青梅市とは、地元業者への発注をお願いしたり、災害協定等でも協力する関係だったので、地元業者が受注せずに入札不調で青梅市に迷惑をかけることは避けたいと思った。建設業協会の会員である数社の業者に連絡して指名を確認し、受注意思の有無を尋ねたが、どの業者も「受注する気はない」とのことであった。そこで、S組が、赤字受注も覚悟して、予定価格をわずかに下回る価格で入札して受注した。

連絡した業者は、指名業者のうち親しい業者だけで、10社の指名業者のうち3社には連絡すらしなかった。やむを得ず自社で受注しなければということなので、連絡しなかった業者が低い価格で入札して落札してくれれば、それに越したことはないと思ったからだ。

S氏の話のとおりであれば、談合罪には当たらず無罪だと思った。

入札に参加する業者間で意思連絡を行うこと自体、公共調達のコンプライアンス上好ましいことではない。しかし、そのような行為にも様々な目的や態様があり、連絡をとることがすべて「犯罪」に当たるわけではない。

刑法は、「公正な価格を害する目的」あるいは「不正の利益を得る目的」で談合した場合のみを犯罪としている。後者は、談合金の分配を約束して、談合による利益を山分けしようとした場合など、犯罪性が明白な場合だ。過去に談合罪として摘発された事件のほとんどは前者の「公正な価格を害する目的」による談合だ。そういう意味で、談合罪の主観的要件とされている、「公正な価格を害する目的」は、まさに「犯罪性を根拠づける要素」だ。

「公正な価格」について、判例では、「当該入札において、公正な自由競争によって形成せられたであろう落札価格」とされている。工事受注であれば、「談合がなく、公正な自由競争によって形成されたであろう価格」を上回る価格で落札する目的があった場合に、犯罪が成立し、その目的がなければ、入札参加者間で意思連絡を行った事実があっても、犯罪は成立しない。一般的には、談合が行われることで、複数の業者の受注希望が一つに絞り込まれ、それによって落札価格が上昇し、その分発注官庁側に不利となる。だからこそ、談合行為が、「納税者の利益を損なう犯罪」として処罰の対象とされるのである。

どの業者も受注したくない工事について、業者間で話合いをして、赤字覚悟で受注する業者を決めた場合などは、むしろ、発注官庁にとって利益になるので、談合罪は成立しない。本件でS氏が主張しているとおりであれば、「公正な価格を害する目的」が認められず、談合罪が成立しないのである。

私は、S氏の弁護人を受任した。2018年10月10日東京地裁立川支部で開かれた第2回公判で、S氏は、罪状認否を変更し、弁護人の私は以下のように無罪を主張した。

S氏が指名業者数社に連絡したのは、受注意思の有無を尋ねただけで、他の業者にはもともと受注意思はなく、談合によって、受注予定業者を1社に決めたのではない。通常は、入札参加者すべての間で合意が成立して受注予定者が決まるのが談合であるが、S氏は、3社の業者には連絡すらしておらず、3社の出方は全くわからなかった。また、受注する気があるかどうか尋ねても答えてくれなかった業者もいた。このような事実関係であれば、そもそも「談合」とは言えないし、「談合」だとしても、犯罪成立要件である「公正な価格を害する目的」がない。

もちろん、S氏を談合罪で起訴している検察官の主張は前提が異なっていた。指名業者の検察官調書は、すべて「談合」を自白したような内容になっており、S氏から連絡を受け、「S氏からS組の受注に協力するように頼まれ、受注に協力すると約束した」とされていた。それらの供述調書が、既に、同意書証として証拠採用されており、それらの信用性を否定する必要があった。しかし、その内容には、不合理な点や事実と異なる点が多々あり、弁護側立証で崩していくことは不可能ではないように思えた。

そこから、約10か月、検察官との法廷での激しいバトルが続いた。

その幕切れが、冒頭で述べた今年7月19日の論告・弁論だった。

第1回公判で公訴事実を全面的に認め、検察官請求証拠にすべて同意して保釈された事件での無罪判決という、「人質司法の常識」を覆す結果になるかどうか、9月20日の判決に期待したい。

 

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ガバナンスに揺れる日産、「車の安全」コンプライアンスは大丈夫なのか

日本を代表する自動車メーカーの一つ、日産自動車のガバナンスは、今も、大きく揺らいでいる。

昨年11月19日、カルロス・ゴーン会長とグレッグ・ケリー代表取締役が、支払われてもいない「退任後の報酬」についての開示義務違反という前代未聞の金商法違反の事実で逮捕、その直後に開かれた臨時取締役会で、2人を解職するというやり方は、コーポレートガバナンスとしてあり得ないものだった(日産現経営陣は、「ゴーン氏独裁のガバナンス」の問題を強調しているが、それ以上に問題なのが、「ゴーン氏追放のクーデター」にガバナンスとして重大な問題があることについて【「日産・ゴーン氏事件」に表れた“平成日本の病理”(その1)~企業ガバナンスと透明性】)。

そして、検察と結託してゴーン氏を追放した西川廣人社長は、4700万円ものSAR報酬不正受領が発覚して辞任したが、それをめぐって取締役会は紛糾、記者会見も混乱、また、辞任の理由も曖昧で、辞任後の西川氏が取締役として会社に残留、日産のガバナンスは、今なお危機的な事態にある(【報酬不正受領の「違法性」否定を可能にした西川氏の“絶対的切り札”】)。

一方で、日産の業績は、ゴーン氏追放の直後から急激に悪化し、2019年4~6月期決算で、営業利益が前年同期の1091億円から98.5%減少した16億円まで落ち込み、全世界で1万2500人のリストラを行う方針が明らかにされている(この業績悪化についても、西川氏らは、「ゴーン時代の負の遺産」の整理によるものだとして、責任を押し付けている。)。

このような内紛が、会社の内部だけの問題にとどまる限り、業績がどれだけ悪化しようと、最悪の場合、倒産に至ろうと、社員にとっては誠に気の毒な話だが、経営者の責任の問題である。

しかし、その企業が事業を通じて社会に対して責任が果たせず、社会的な損失や被害を生じさせる可能性があるとすれば、社会の側からも会社の在り方を直視していく必要がある。

自動車メーカーにとっての最大の社会的責任の一つは、自動車による危険を防止し、安全を確保することである。EV化、自動運転化など、100年に1度と言われる自動車大変革が進行する中で、自動車メーカーには、従来とは異なった面も含めて、安全性の向上に向けての積極的な取組みが求められている。

そうした中、日産の自動車に関して、海外から、重大なニュースが報じられた。

日産自動車の主力スポーツタイプ多目的車(SUV)「ローグ」(日本名「エクストレイル」)に搭載された自動ブレーキの誤作動で、これまでに計5人が負傷し、米運輸省高速道路交通安全局(NHTSA)が、9月12日に、自動ブレーキシステムの安全性について予備的な調査を開始したとのことだ(朝日、日経など)。

この「自動ブレーキシステムの危険」に関して、日産の電気自動車リーフのユーザーの友人から、以前、以下の気になる話を聞いていた。

充電しようと日産のディラーのショールームに行き、車道から左折してショールーム前の駐車場に入ろうと、いつもよりやや速いスピードで進入したところ、車が急に減速した。車道で停止してしまいそうだったので、咄嗟に軽くアクセルを踏んだところ、車が前へ突進し、車ごとショールームに突っ込みそうになった。急いでブレーキを思いっきり踏んだので大事には至らなかったが、大変怖い思いをした。

目の前にショーウインドウのガラスが迫り、「ガッ、ガッ、ガッ」というABS(アンチロックブレーキシステム)の音がしていたのが脳裏に残っていると言っていた。

このような事象が起きた原因について、彼は、次のように分析していた。

おそらく、車が車道のレーンから外れ、歩道との段差を斜めに超えたことで、車としては危険な状況が起きたと判断して、衝突回避システムが働き、自動ブレーキがかかったのではないかと思う。自分の運転感覚では全く想定外のブレーキだったので、反射的にアクセルを踏んだ。その瞬間、自動ブレーキが外れて突っ込んだのではないか。自動ブレーキがかかっていたら、アクセルを踏んだのかブレーキを踏んだのか、混乱する可能性がある。ブレーキとアクセルの踏み間違えが原因とされている事故の中に、私の体験と同様のことが起きたものがあるのではないか。

本来、事故の危険から運転者や歩行者、他車を守るためのシステムであるはずの自動ブレーキの作動が、その時の運転者の反応如何では、重大事故につながる可能性があるとすれば恐ろしい話だ。

友人は、次の定期点検の際に「何か問題はありませんでしたか」というディーラーの担当者の問いに、先ほどの体験を話したが、点検後に「コンピューターには自動ブレーキが働いたという記録は残っていませんでした」という回答しかもらえなかった。友人は、「場合によっては大事故につながったかもしれないのに、単なるクレーマーとしてあしらわれたようだった」と言っていた。

自動ブレーキは日常の運転中でも時折作動するものだ。「異常な事象」がコンピューター上に記録されなかったからといって、友人が体験したような危険がなかったということにはならない。そのような事象を訴えたユーザーに対する十分な対応とはいえないだろう。(私の友人は、車に関してはかなりのマニアであり、決して運転操作に慣れていない人ではない。)

米国で起きている日産車の自動ブレーキの誤作動にも、友人が体験したような事象が含まれているのではないだろうか。そこには、急速に拡大しつつある車の「自動機能」と「人間の反応」の関係の問題もあるように思える。

自動車メーカーにとっての安全コンプライアンスは、私のコンプライアンス研究の最初のテーマであった。その当初から、自動車メーカーとユーザーとの間で、自動車の危険についての情報活用に向けてのコラボレーションが不可欠であり、それを可能にする自動車メーカーの品質保証部門の充実などの組織体制の整備が重要であることを指摘してきた(拙著「コンプライアンス革命」2005年)。

今後、人間の運転者を不要にする「完全自動運転自動車」が実現すれば、自動車の安全性は、自動車という製品の内部で完結することになり、安全コンプライアンスの構図は根本的に変わる。しかし、それに至るまでの「人間の運転」と「自動機能」とが併存する局面では、自動機能と人間の反応の相関関係によって、様々な危険が生じる可能性がある。

車の自動機能が感知する「危険」は、パターン化されているが、車がその「危険」に反応して機能が作動した際の「人間の反応」は一様ではない。米国での日産車の自動機能の問題も、そのような人間の反応と交錯した問題である可能性もある。

そういう「危険」について、何か事象があれば、その情報を、可能な限り幅広く、エンドユーザー→ディーラー→メーカーというルートで吸い上げて、自動機能の安全性の向上に活用するというのが、現在の自動車メーカーにとっての「社会的要請に応える」コンプライアンスのはずであり、その要請に応えるために組織を挙げて取り組んでいかなければならない。

自動車ディーラーが、自動ブレーキ機能で危険が生じた事例の話を聞けば、ただちに詳細を聞き出してメーカー側に情報提供することができるよう、組織として方針を徹底しなければならない。それが、大変革時代に求められる自動車メーカーのガバナンスだと言える。

ところが、友人の話を聞いた日産のディーラーの対応は、重大事故につながりかねない「異常な事象」が発生しているのに積極的に向き合う姿勢は全くなかった。そのような対応で、自動機能と人間の反応とが交錯する状況下での自動車の安全に向けて、十分に応えていくことができるのだろうか。それが自動車販売不振によるディーラーを含めた日産自動車の企業組織全体のモチベーションの低下や、販売不振のためにメーカーとディーラーの関係が「販売奨励」中心となりがちであることと何らかの関係があるとすれば、日産のガバナンス問題と無関係ではない。

今後のことについて、私の友人は、

エンドユーザーからの意見をディーラーが吸い上げて、中央でデータベース化して、製品づくりに還元したり、積極的にリコールしたりするような姿勢の自動車会社があれば、日産から乗り換えるつもりだ。

と話していた。

そのようなエンドユーザーの選択が、自動車の大変革期における、自動車メーカー間の、安全コンプライアンスを中心とする競争を高めていくことになるだろう。

内紛・ガバナンス問題に明け暮れている日産は、大変革の時代の自動車の安全に向けての競争に生き残っていくことができるのだろうか。

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「西川社長辞任」で日産のガバナンスは根本的に改善するのか

日産自動車の西川廣人社長が、今週月曜日(9月9日)の定例取締役会後の記者会見で、とうとう社長辞任を表明した。

SAR(株価連動型インセンティブ受領権)報酬の不正受領の事実が社内調査の結果明らかになったと報じられた時点で、社長辞任は不可避だと指摘していたように(【役員報酬不正受領で日産西川社長辞任は不可避】)、西川社長の辞任は全く当然だったが、その「当然の辞任」までの経過は、混乱を重ねた。

記者会見の開始が1時間も遅れたこと、同じ取締役会についての記者会見なのに、取締役会議長ら4名と社長の西川氏の会見は別個に行われたこと、取締役会議長らの会見でも、当初の予定の発表文とは別に、西川社長辞任の発表文が配布され、二つが別個の発表となったこと(それぞれの発表文に「本日取締役会を開催した」という言葉が含まれた)など、異例ずくめの記者会見だった。

1時間遅れで始まった取締役会議長らの会見

取締役会後の記者会見が、午後8時から開かれるということで、報道陣が集まり、ネットの中継も始まっていたが、予定時刻を過ぎても、会見者はなかなか現れない。映像には、待ちくたびれた記者達の様子と、会場内の時計の数字が交互に映し出される。

ようやく木村康取締役会議長ら4名の取締役が現れた時には、時計の数字は9時になっていた。

木村氏が、「本日取締役会を開催いたしました。」と述べた後に読み上げた内容は、概ね以下のようなものであった。

(1)監査委員会より、元会長カルロス・ゴーンさんらの重大な不正行為に関する社内調査の報告を受け、不正によって会社が被った被害総額がおよそ350億円規模に上る。

(2)SARの事案についても併せて調査し、違法性のないことを確認した。

(3)SARの行使日を恣意的に操作することで行使益を不正に増額することが可能であった点は、ガバナンス上の問題として重く認識している。

(4)西川CEOから返納の意志を確認している。

(5)行使日を恣意的に操作することが可能であったなど社内ルールに適合していない面もあることから2020年度より本制度を廃止することとしている。

(6)指名委員会のもと後任の選定の重要な段階に入っていく旨報告があり、また西川CEOからも、大きな節目を迎え会社として次のステップへ大きく一歩を進める段階に入っており、新たなガバナンスのもと次の世代へのバトンタッチを着実かつ早急に進めるため指名委員会の検討を加速してほしいとの旨の発言があった。

木村氏は、このようなことを述べた後、「今後も取締役会としてやるべきことをしっかりやり、会社の発展、成長に向けてその使命を果たしていきたいと思っております。この件につきましては本日関係委員長3人揃っておりますので、皆様からのいろいろなご質問、ご意見を伺いたいと思います。」と述べた。

通常、ここで、会見冒頭の発言は終わり、そこから、質疑応答に移ることになる。誰しもが、注目されていた西川社長の問題については、その日の取締役会では「西川氏が後任の人選を加速するよう要請した」だけで終わり、「西川社長は辞任せず」ということなったと思っただろう。

ところが、そこから、さらに木村氏の発言が続いた。「以上が報告の件でありますが、これを受けましてもう一件皆様にご報告がございます。」と述べ、そこで、木村氏が、1枚の紙を手渡された。

そして、その紙を読み上げる形で、

西川CEOの辞任についてであります。当社日産自動車株式会社は、本日定時取締役会を開催しました。西川廣人氏は代表執行役CEO職を辞任する意向を近時表明していたところでございます。取締役会の議論ののち、取締役会は代表執行役CEO職から9月16日付で辞任することを要請し、西川廣人氏はこれを了承しました。

と述べた。

そして、その「社長辞任」が明らかになった西川氏は、取締役会議長らの会見には同席せず、木村議長らが会見場から退場してしばらく経ってから壇上に現れ、単独で会見を行ったのである。

西川氏の単独記者会見での説明と取締役会側の説明との齟齬

西川氏は、9月16日付けで社長を辞任することを明らかにした後、以下のように述べた。

(ア)社長就任以降、完成検査の問題、ゴーン事件、業績不振、残念ながら過去の膿が噴き出した。本来は、すべてを整理をして次の世代にお渡したかったが全部やり切れず、負の部分を全部取り去ることができずに道半ばでバトンタッチをすることをお許しいただきたい。

(イ)しかし、定時総会の段階で新たなガバナンスを立ち上げて、新しい取締役会ができて指名委員会等設置会社に移行したことは非常に大きな節目だったし、社内調査が終わって次のステップへ進んだことも大きなステップとなった。ある部分、私が果たすべき宿題は、ある程度道筋をつけられた。

(ウ)業績にしても、おそらくこの第一四半期が底ということで、皆様に申し上げたとおり少しずつ回復する道筋に乗っている。

(エ) SARの件についても調査の結果、私が本来貰う分ではなかった分について返還をすることを申し入れたので、ある意味区切りはついた

(オ)できる限り速やかに指名委員会で後継体制を作り、どこの段階で私がバトンタッチをするかは、会社の状況、諸々のできごとのなかで判断をすべきだろと思っていた。今回やや早いタイミングではあるが、ある部分のステップは踏めたと思うので、取締役会の皆さんで議論して頂いて、9月、今月ということで決めて頂いた。

「社長辞任の経緯」についての西川氏の虚偽説明

取締役会の会見の冒頭説明の(6)は「西川社長が指名委員会の検討を加速してほしい旨発言した」ことで、「社長辞任に向けて後任選定が加速」というだけの内容だったが、実際には、それに加えて「西川社長辞任」が決定されていた。木村氏が、(1)~(6)の発表の後に別個に読み上げた発表文では、「取締役会は代表執行役CEO職から9月16日付で辞任することを要請し、西川廣人氏はこれを了承した」と書かれていたが、その後の単独会見では、西川氏は、「やや早いタイミングではあるが、ある部分のステップは踏めたと思うので、取締役会の皆さんで議論して頂いて、9月ということで決めて頂いた」と、説明した。

翌日以降の報道によると。取締役会では、SAR報酬の問題で批判が高まっていることから、西川氏の早期辞任論が噴出したが、西川氏は早期辞任に抵抗し、3時間にわたって議論した上、最終的には西川氏が退席した後に、取締役会が全員一致で、西川氏にただちに辞任することを要請し、西川氏が了承したという経過だったようだ。

「西川社長辞任」が決定されたが、そのことについてどのように説明するかについて、「取締役会の主導性」を示したい取締役会側と自らの判断を強調したい西川社長との立場の違いが、説明の違いにつながったのであろう。

取締役会議長の事実に反する発言をさせた日産執行部

取締役会議長らの会見の冒頭発言のうち、(1)~(6)は、当初から日産の執行部側が用意していた発表内容で、それをそのまま読み上げたものだった。それは、会社執行部側が予め用意していたものだったと思われるが、その中には、重大な誤りがあった。

上記(1)についての、木村氏の「(ゴーン氏・ケリー氏の)これらの不正によって会社が被った被害総額は、およそ350億円規模に上ると推定されます」「本社内調査結果を踏まえ元会長らの責任を明確にすべく、外部の専門家である法律事務所と連携して損害賠償請求のための提訴を含めた必要な法的手続きを速やかに進めてまいります」という発言だ。

日産のホームページでの公表内容は

有価証券報告書における開示を回避しつつゴーンが受領しようとしていた報酬は推定で総額 200 億円以上に上り、しかもその一部はゴーンに支払い済みである。また、役員報酬の名目以外にゴーンが日産に現に不正に支出させ、あるいは支出させようとしていた金額は少なくとも合計 150 億円に上る。

以上のとおり、ゴーンらの一連の不正の規模は全体で約 350 億円以上という極めて巨額のものとなる。そこで、当社は、ゴーン、ケリーに対し,これらの不正行為に関し,損害賠償請求をはじめとする毅然とした法的措置をとる考えである。

HPの内容からも、350億円のうち、200億円は、「開示を回避しつつ受領しようとしていた金額」で、(今後、有価証券報告書虚偽記載の事件について刑事裁判の結果判断が確定するものであるが)、仮に不正であるとしても、「未受領の報酬」であること、150億円も、多くが「支出させようとしていた金額」であり、まだ支出されていない。つまり、350億円の大部分について、「被害」は現実に発生していない。HPの「ニュースリリース」によれば、「ゴーン氏の不正」というのは、検察が有価証券報告書虚偽記載で起訴した「退任後の報酬」の問題や特別背任で起訴されたCEOリザーブの問題など、既に刑事事件で起訴されたり、報道されたりしているものばかりであり、その大部分は、日産が「不正」としているだけで、「被害」が生じていないことは明らかだ。

ところが、取締役会議長の木村氏は、350億円が「被害総額」であり、350憶円についての「損害賠償請求のための提訴」であるかのように述べたのである。

木村氏が読み上げていた発表文は、日産執行部が用意していたものだとすれば、日産執行部は、社外取締役で取締役会議長の木村氏に、虚偽の内容の発表文を作って読ませたということになるのである。

執行部側の対応如何では、「社外取締役中心の日産のガバナンス」も有名無実のものになりかねないことを示している。

SAR報酬不正受領が「違法ではないこと」の理由

会見の冒頭と、木村氏の(1)~(6)の発表内容と、その後の西川氏の説明は、西川社長の早期辞任は、SAR報酬の不正受領による「引責辞任」ではなく、一つの節目を迎えたことから次の世代の「バトンタッチ」のために辞任するものであることを強調するものだった。

そのような説明を行うためには、SAR報酬の不正受領について、「西川氏には違法性はない」、「制度に問題があった」との説明を貫くことが大前提だった。

この点については、取締役会側の会見での質疑応答の中でも、調査結果について多くの質問が出たが、監査担当の永井素夫取締役が、西川氏のSAR報酬の「不正受領」に違法性がないことについて、

西川氏が、ボーナスの金額の決定権を持っているゴーン氏に増額を求め、ケリー氏にも「手当をしてほしい」と増額を求めたところ、ケリー氏がSARの行使日を不正にずらして報酬額を増額した。西川氏は、そのことを、2か月後くらいに知ったが、行使日をずらしたことは知らなかった。

という説明を繰り返した。

しかし、この説明には重大な疑問がある。

西川氏のSAR報酬が、行使日をずらし増額されていたことは客観的事実だ。「行使日をずらした事実」を認識してれば、西川氏の行為が違法であることは否定できない。そこで、西川氏は、「行使日をずらした事実は知らなかった」と「言い訳」をした。

しかし、そのような「弁解」は、一方の当事者のケリー氏の話を聞けば、たちどころに崩れる。ケリー氏が、行使日をずらして他人のSAR報酬の金額を増額するという不正を、西川氏に知らせないで行うことはあり得ない。

記者からも、「なぜ、一方の西川氏の話だけを聞いて、ケリー氏の話を聞かないのか」という当然の質問が出たのに対して、永井氏は、「ケリー氏は逮捕されているので、我々としてはヒアリングできなかった」などと答えた。しかし、ケリー氏は、ゴーン氏の「退任後の報酬」の問題に関する金商法違反で逮捕された後、昨年12月には保釈されているのである。今回のSAR報酬の問題は、逮捕・勾留事実、起訴事実とは全く無関係であり、日産が社内調査で保釈中のケリー氏にヒアリングすることには何の問題もないだろう。少なくとも、代理人弁護士に対して、ケリー氏ヒアリングの要請をしたり、質問を送って回答を得ることは全く問題ないはずだ。ケリー氏はヒアリングの要請があれば、応じるはずだ。「逮捕されている」はヒアリングができない理由には全くならない。ケリー氏のヒアリングすることを意図的に避けたとしか考えられないのである。

そもそも、西川氏は、ゴーン氏やケリー氏に、「ボーナスの増額をしてほしい」と頼んでいたのである。その西川氏の側で、受領した報酬について、金額やその根拠を確認しないことはあり得ない。

それを、西川氏は、「秘書任せにしていて、金額の明細を確認しなかった」と、不合理な説明をしている。日産は、そのような西川氏の供述を丸呑みしたのである。そして、その「秘書任せ」が、西川氏の唯一の「社内規定違反」だというのであるから、全くの茶番である。

「子供じみた言い訳」を可能にする「検察との関係」という“絶対的な切り札”

西川氏が言っているのは、「ゴーン氏に、ボーナスを上げてもらうよう『おねだり』したら、側近のケリー氏が、その方法を西川氏に具体的に話すことなく、SARの行使日をずらすという『不正』までして、気前よく報酬を増額してくれた」という、子供じみた「言い訳」である。その「言い訳」をそのまま受け入れたのが、西川氏のSAR報酬不正受領についての調査結果だった。そのような社内調査結果で終わらせることは、真っ当な神経をしている法務・コンプライアンス担当者であれば耐えられないはずだ。日産のコンプライアンス担当で、社内調査を担当したムレイ理事が今月10日に退社するというのも、このような西川氏のSAR報酬の社内調査をめぐる問題と無関係ではないであろう。

日産の社内調査で、「言い逃れ」を崩すことは容易なのに、なぜ、それをしない、できないのか。なぜ、そのような不十分な調査結果が、監査委員会にも取締役会にも受け入れられてしまうのか。そこには、ゴーン氏の刑事事件に関して、これまでずっと指摘し続けてきたガバナンスの根本的な問題がある(【「日産・ゴーン氏事件」に表れた“平成日本の病理”(その1)~企業ガバナンスと透明性】)。

現在の日産のガバナンスは、西川氏が中心となって起こした「ゴーン氏追放クーデター」を原点とするものである。西川氏の「違法」「不正」を認めることは、その原点を否定し、検察と日産が「二人三脚」の関係で行おうとしているゴーン氏の刑事事件の有罪立証を根底から崩壊させてしまいかねない。

西川氏のSAR報酬の不正受領の問題は、検察の捜査で、ケリー氏等の関係者から聴取し、資料を確認すれば、西川氏の意図的な不正であることは簡単に解明できることだ。しかし、検察はそれをしない。検察と西川氏との間に、ゴーン氏の刑事責任追及のために日産が全面協力し、その代わり西川氏の刑事責任は問わないという「ヤミ司法取引」があることは明白だ。そのことは、私が、ゴーン氏逮捕直後から指摘してきたし(【日産幹部と検察との司法取引に“重大な疑念” ~有報関与の取締役はゴーン氏解任決議に加われるか】)、特に、西川氏がCEOに就任した以降の有価証券報告書虚偽記載について、ゴーン氏・ケリー氏が起訴されたのに、報告書を提出した西川氏が不起訴処分とされたことが刑事処分としてあり得ないことを指摘してきた(【朝日が報じた「西川社長、刑事責任問わず」の“珍妙な理屈”】)。この問題については、西川氏の不起訴処分の不当性について、検察審査会の審査が行われている。

検察捜査に全面的に協力してきた日産の中心人物である西川氏を刑事立件・起訴したら、今後のゴーン氏・ケリー氏の事件での検察立証は崩壊する。西川氏が態度を翻して、検察との協力を拒絶した場合も、検察立証はたちどころに行き詰る。検察にとって、西川氏の「違法」「不正」に触れることは絶対にできない。そういう意味で、西川氏は、検察は絶対に自分の不正を認定しないという「絶対的な切り札」を持っている。だからこそ、不合理極まりない言い訳を押し通す西川氏に対して、社内調査も、監査委員会も、取締役会も、それを崩そうとすることすらできなかったのだろう。

それは、日産という企業の現在のガバナンスの根本的な問題なのである。

日産のガバナンスに関する「根本的な問題」は未解決

今回、日産の取締役会が早期辞任を求め、西川氏が辞任に追い込まれたのは、「最低限のガバナンス」が働いたことを示していると言えよう。しかし、日産という企業のガバナンスの問題は、それだけで終わる問題では全くない。

根本的な問題は、社長の西川氏が中心となって、ゴーン氏を代表取締役会長の座から引きずり下ろした方法自体のコーポレートガバナンス上の問題だ。

西川氏は、社内調査結果を、取締役会での議決を経ることなく検察に持ち込み、検察に代表取締役2人を逮捕させ、2人を取締役会から強制的に排除した上で、代表取締役の座から引きずり下ろした。まさに、会社法の規律とガバナンスを根本から否定するやり方だ。

今後、ゴーン氏・ケリー氏・日産の公判が始まり、検察の突然のゴーン氏逮捕の逮捕容疑となった有価証券報告書虚偽記載に関して、西川氏自身の関与など様々な問題が明らかになってくる可能性が高い。日産の取締役会は、「ゴーン追放クーデター」が果たして正当だったのか、西川社長体制下と同様の対応を続けていって良いのかという、ガバナンス上重要な問題に直面することとなる。その点について、十分な議論ができる状況になるのかが、最大の問題である。

西川氏の「実質支配」が続けば、日産はガバナンス不全で崩壊か

問題は、代表取締役CEOを辞任した西川氏と日産との関係は、今後どうなるのかである。会見で、「社長辞任後は、日産と全く無関係になるのか」という記者の質問に答えて、「CEOを退くということ以外は、これからご相談して決めていく」と答えた。その後の報道では、西川氏は、CEOを辞任しても取締役の地位にはとどまり続けるということのようだ。検察との関係で「絶対的な切り札」を持つのが西川氏である。社長を退いた後も影響力を残し、「実質支配」のような関係が続くことも十分に考えられる、

そうなると、日産のガバナンスは、根本的には何も変わらないことになる。それによって、日本を代表する自動車メーカーは、深いガバナンスの病巣を抱え続けることになる。

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日産西川社長 役員報酬不正受領で辞任不可避、検察審査会の判断にも影響は必至

日産自動車の西川廣人社長が、株価に連動する役員報酬制度(SAR)について、社内規定に違反して不当に数千万円を上乗せして受け取ったことが、社内調査の結果で判明し、9月4日に開かれた監査委員会で報告されたと報じられている(【(日経)日産の西川社長、報酬数千万円上乗せか 社内規定に違反】【(朝日)日産・西川社長ら、報酬巡り不正の疑い 調査結果報告へ】)。

今年6月10日発売の『文藝春秋7月号』に掲載されたグレッグ・ケリー前代表取締役のインタビュー記事【西川廣人さんに日産社長の資格はない】で、株価に連動した報酬を受け取る権利の行使日を変更し、当初より4700万円多い利益を得たとの疑いが指摘されていたが、その事実が、社内調査の結果で確認されたということだろう。

当時、このケリー氏のインタビュー記事に関して、私は、『文春オンライン』で、西川氏が、カルロス・ゴーン前会長の事件について、どのような発言し、どのような対応を行ってきたのかを振り返り、詳しく解説した(【日産・ケリー前代表取締役が明かした「西川廣人社長の正体」】)。

この記事を、是非、改めて読んで頂きたい。

ここでも述べているように、そもそも、世界に衝撃を与えた日産自動車会長ゴーン氏の事件は、逮捕直後、西川社長が日産本社で記者会見を開き、「社内調査の結果、本人の主導による重大な不正行為が大きく3点あった」と述べ、検察当局に社内調査の結果を報告した経緯を明かし、自らの心情について、

「残念」という言葉ではなく、(それを)はるかに超えて強い、「憤り」ということ、そしてやはり私としては、「落胆」ということを強く覚えております

と述べたところから始まった。

ところが、その後、ゴーン氏ら有価証券報告書虚偽記載の逮捕事実は、まだ現実に支払われてもいない「退任後に支払うことが約束された報酬」についてだったという“衝撃の事実”が明らかになった(【ゴーン氏事件についての“衝撃の事実”~“隠蔽役員報酬”は支払われていなかった】)。

その一方で、西川氏は、現実に、4700万円もの不正な報酬を受け取っていたことが、ケリー氏の文芸春秋のインタビューで指摘されていたが、今回、日産の社内調査によっても明らかになった。

西川氏の不正は、検察と結託してゴーン氏を追放したクーデターの正当性に重大な疑問を生じさせることは言うまでもない。不正が正式に取締役会に報告された時点で、西川氏が社長を辞任するのは当然である。日産自動車は、これまで西川氏が行ってきたことを全面的に検証し、今、東京地裁で公判前整理手続が進められているゴーン氏の事件への会社としての対応も再検討すべきだ。

今年6月4日、西川氏の不起訴処分について、代理人として検察審査会への審査申立を行い、東京第三検察審査会で受理されているが【日産西川社長に対する「不当不起訴」は検察審査会で是正を】、この審査も、そろそろ大詰めを迎えているはずだ。ゴーン氏・ケリー氏が、受け取ってもいない役員報酬の有価証券報告書への記載の問題で起訴される一方、社長としてその報告書の作成提出を実行したうえ、それに加えて、現実に不正な役員報酬を受領していた西川氏が不起訴とされるのは、市民の代表の審査員には到底納得できないものになるだろう。

 

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日本郵政株売却に”重大な疑義”を生じさせた長門社長「冗談ではない」発言

かんぽ生命保険の不適切販売問題を受けて、かんぽ生命株式会社(以下、「かんぽ生命」)の植平光彦社長と、販売委託先の日本郵便株式会社(以下、「日本郵便」)の横山邦男社長が、7月10日に開いた記者会見については、【「日本郵政のガバナンス問題」としての保険不適切販売問題~日本郵便横山社長への重大な疑問】で詳しく述べたが、7月31日、日本郵政の長門正貢社長が、かんぽ生命の植平社長、日本郵便の横山社長とともに記者会見を開いた。

長門社長は、定例会見で質問に答えたことはあったものの、この問題についての記者会見に臨んだのは初めてだった、大変堂々とした態度で会見を主導し、質問をする記者を圧倒している感すらあった。

この会見の直前の7月29日、今年4月に行われた日本郵政によるかんぽ生命株式の売却に関して、郵政民営化委員会の岩田一政委員長が、記者会見で、「不祥事案は速やかに公表すべきだった。透明性が極めて重要だった」と指摘し、日本取引所グループの清田瞭最高経営責任者(CEO)も、「適切な情報開示がなかった」として問題視する発言したことが大きく報じられていた。

この点に関して質問を受けた長門社長は、かんぽ生命の植平社長に事実関係を説明させた後、株式売却の際には不祥事について全く認識がなかったとして反論し、「冗談ではない」と、岩田発言・清田発言に憤ってみせた。

かんぽ生命株式の売却に関して、民営化委員会の委員長や日本取引所のCEOに問題を指摘されたというのは、日本郵政グループとしてもその経営トップとしても、極めて深刻な事態だ。日本郵政の社長が、記者会見の場で、民営化委員会の委員長と日本取引所のCEOの問題の指摘に対して、感情的な言葉まで用いて反論したことを、どのように評価すべきか。

会見で長門社長の態度に圧倒されたせいか、今のところ、マスコミからの批判は、あまり見られない。しかし、政府は、この秋に、日本郵政株式の第3次売り出しを行って、売却収入を東日本大震災の復興財源にすることを予定している。その株式会社の社長の発言としては重大な疑問がある。予定どおりに日本郵政の株式を売り出すことは一層絶望的になった。それどころか、長門社長の下での株式売出しに投資家の理解を得ることも困難になったと言わざるを得ない。

読売新聞記者との質疑応答

かんぽ株売出しについての長門社長の発言は、読売新聞の「ヨネザワ」という記者からの質問に答えたものだった。同記者は、「横山社長に1問、長門社長に2問お聞きします」と断った上で、まず、日本郵便の横山社長に対して

問題が拡大した背景に、本社経営陣全体で、問題の発覚当初から現場の理解・認識が甘かったのではないか。現場の情報が届いていたとして、本社に正しく伝えられていたのか。経営陣の意向に沿って塗り替えられた情報ではなかったのか。さきほど意見交換の場を作るというが、上の顔色をうかがうような意見交換では意味がない。社風、意識改革についてどう考えているのか。

と質問した。

それに対して、横山社長は、今後の施策の一つとしている、「現場社員との意見交換の場」については、「お客様のご不満の声や、自分たちが仕事をやっていくうえでこんなことがやりにくいというような声を広範に聞く会を設けようと思っている。万が一にも、私と参加者との間で、それを遮断する、出席者を制限するようなことがあるようであれば、それは断罪しないといけない」などと答えた。

そして、ヨネザワ記者は、2問目で、長門社長に、「今回の問題でかんぽ生命株の売却時にこの問題を把握していたか否かというのはひとつの焦点となっている」とした上で、

問題の把握のレベル感と公表のタイミングの正しい在り方についてどのように考えているのか伺いたいと思います。要は例えば調査を始めた時点とか、グレーな案件があった時点とか、それが黒と確定した時点とか、あるいは今回のように黒が大量にあった時点とか、そういうふうな公表するタイミングについてご自身の認識、あとは今批判の声も中には出ているわけですが、そのような声にどのように応えて、あるいは他社の状況も踏まえて、正しいのはどのようなタイミングでこのような問題を公表するべきかと考えるのかを教えてください。

と質問した。

これに対して、長門社長は、

大事なポイントを聞いて頂きまして、民営化委員会の岩田委員長がご発言になりました。日本証券取引所の清田さんが同じようなご発言をされました。4月4日にかんぽ生命の第二次売り出しをスタートいたしましたけれども、その時点でかんぽ、郵政の経営者はこの事象を知っていたのではないかと、こういうご発言でした。大変な発言でございまして、どういう文脈で、どういう情報に基づいておっしゃったのか知れませんけれども、これは騙して株を売ったという懸念があるぞと、こういうご発言なのですね。大変に重大な発言だと思います。岩田発言、清田発言について、私どもの認識をしっかりと申し上げたいと思います。

と述べた上、かんぽ生命の植平社長に、不祥事を把握した経過を説明させ、株式売却の時点では、不適切販売の不祥事について全く認識がなく、開示すべき情報を開示しなかったものではないことを強調した。そこでの、植平社長と長門社長が14分にもわたって行った説明は、概ね以下のようなものであった。

不適正募集の事案が2018年度は20件程度存在しており、業法違反になっていると認定されるものが20件程度発生しているということ。そうした苦情のなかに乗り換えに関わるようなものが1件あった。

こういう不適正募集という事案はパーセンテージは非常に小さい。そのことをもって会社経営全体にとって重大と認識するには至っていない。

昨年度1年間でそういう数字があったことは、これは隠さずに、金融庁、総務省のほうにきっちりと報告している数字。黙って隠したという数字ではない。

4月4日にかんぽ株を発売するという決断は我々だけでできるわけではない。きちんと引受証券や弁護士を雇って、彼らにいろいろアドバイスをしてもらって出している。

持株のほうの立場で言えば、4月4日の時点はまだ全く白です。今回の6月27日の2万4千件は22件と比べても桁が違う、異次元の数字が出てきて、そのような認識になった。

日本郵政のガバナンスのことで言えば、6月の取締役会は株主総会後の臨時取締役会だが、ここでは本件は、全く議論になっていない。かんぽ生命の取締役会でその22件が報告されたのは5月の取締役会だった。

そして、このように説明した上で、長門社長は、

かんぽ生命の取締役会、私、ボードメンバーに入っておりますから、そこでその22件が報告されたのはやはり5月のかんぽの取締役会です。そういうことでございますので、岩田発言、清田発言は非常に重いので、この場をお借りして、冗談ではないということを申し上げておきたい。

と言い切ったのである。

 ここで、長門社長は、「これ2問目でしたね。3問目があったかと思いますが。」と言って、さらに質問を促した。1問目から既に20分以上を経過しており、ヨネザワ記者も、さすがに、他の記者に遠慮したのか、「長くなってしまいましたが、最後に一問、端的に伺いたいと思います。」と言った上で、「今回の一連の問題を受けて、郵便局への信頼というのはまだあるとお考えでしょうか。」と質問した。

 これに対して、長門社長は、「著しく本当にお客様の期待を裏切ったし、ブランドイメージを損なってしまったと感じております。」と述べた上で、

我々、郵便配達を始めたのが148年前、明治4年でございます。2021年に150周年を迎えます。その日から毎日、日曜日はやっていませんが現在は、雨の日も風の日も郵便をお届けしていた。

保険業務を始めましたのが103年前です。この間、2万4千局の郵便局で、お客様の最も近いところにいると言って、このグループは地味だけど真面目だよね、というブランドを諸先輩、今も43万人の同僚の殆んどの人が誠実に働いて頂いてこのようなブランドを作って頂いたと思っていますが、大きく毀損してしまったと大変責任を痛感しております。

一刻も早く戻すべく現在のタスキを繋ぐということが我々の仕事だと思っております。

と、自らの使命は信頼回復を図ることだと述べると、質問を受けてもいない横山社長が、

例えで一例申し上げれば、災害の時にいち早くどんな機関よりも早く郵便局を再開する、そして避難されておりますお客様をひとりでも多く探してその避難の先まで郵便を届ける、という大変な社会的使命を我が社の社員は全員が持っているということを私は知っております。

と述べ、それを受けて、長門社長は、熊本地震の時の、「かんぽの宿阿蘇」で被災者の救援にあたった事例のことを話し、

これが私どものルーツだと思っております。当面のミッションはこれだと思っておりますので、一所懸命頑張って、本来のイメージにできるだけ早く戻すべくできるだけ頑張りたいと思っております。

と述べて、ヨネザワ記者の質問への応答が終わった。

質疑応答は、想定されていたものではないのか

この一人の記者との質疑応答は、合計で30分近くにも及んでいる。長門社長が、このタイミングで記者会見を開いて言いたかったことをすべて言い尽くしたような内容であり、質問自体を想定していたような印象を受ける。

横山社長への1問目は、「現場の情報が届いていたとしても経営陣の意向に沿って塗り替えられた情報ではなかったのか」というものだが、【前掲拙稿】でも述べたように、日本郵便での不適切な保険営業に関しては、総務省の指導やマスコミの追及を受けるなどをしており、横山社長が気づかなかったわけがないという点は、本来、記者側からは最大の追及ポイントのはずだ。ところが、ヨネザワ記者は、「現場からの情報が伝わらなかったために、経営陣は今回の不適切販売について認識していなかった」ということを前提にしており、実横山社長は、それを受けて、今後の施策を中心に答えている。

2問目の長門社長への質問も、民営化委員会委員長と日本取引所CEOからの批判をどう受け止めるか、というストレートな聞き方ではなく、婉曲的に「どの時点で、問題を公表するべきか」という「法的義務」についての説明を求めている。

そして、特に不自然なのは、2問目の質問に対して、長門社長が、岩田発言、清田発言に対して「冗談じゃない」と憤りを露わにした後、「3問目」を質問するように促したことである。

記者から、3つの質問を受けていたのに、3問目の質問の内容を忘れてしまった、というのであれば、聞き直すこともあるだろう。しかし、ヨネザワ記者は、3問質問したいと言っていたが、2問目までで既に20分もの時間を使っている。それを、わざわざ会見者の方から「3問目の質問」をさせるというのは、通常はあり得ない。しかも、その質問に対して、郵政の歴史だとか、郵便局職員の災害時の地域への貢献など、まさに会見者の方が言いたいことを延々と話し、ヨネザワ記者との質疑応答は、合計で30分にも及んだ。

会見全体が、このヨネザワ記者との質疑のように、個々の記者の質問全体に丁寧にすべて答えるものだったかと言えば、決してそうではない。

2つ前の質問で、「NHKクローズアップ現代」の記者が、以下のように質問した。

私どもは今から一年以上前の4月に、そちらに座っていらっしゃる日本郵便の佐野常務、それからかんぽ生命の堀家専務に対してですね、不適正な事例が今広がっているのではないかと、金融庁に届けるような違法行為まで起きているのではないかということで取材を申し入れて、その時に「信頼を裏切るような行為が少なくない数起こっている」、「会社として非常に深刻に受け止めている」、「郵便局に対して信頼を失ってはいけない、改めないといけない」というような発言をされております。

そういうような責任ある立場の方からのご発言がありながら、なぜその後も状況は変わらなかったのか。あるいは状態だけ見れば、例えば不適正事例という金融庁届出事例は20件から22件に増加しているし、あるいは局長が関与するような不適正事例、管理者が関与するような不適正事例も起こっています。根絶できていないというよりも、むしろ悪化をしているという傾向すら感じるような状況です。

なぜそれは止めることができなかったのか、また直近の調査で分かったと言いますが、一年以上前にそういう認識があったということとの整合性をどのように認識されているのかをお答えください。

この質問に対しては、かんぽ生命の植平社長が、「募集品質の向上のための総合対策を打った結果、苦情全体が大幅に減少してきている。高齢者の苦情が順次減ってきている。全体の品質が良化していると認識していた」「不適正募集の発生は減少してきている。」そのようななかで今回の問題の発生を直近のデータで認識をしたので、遡及して将来に向けての対策を打っていく意思決定をした」などと述べ、質問の趣旨とは全くかみ合わない答をしている。

そして、記者会見の場に、1年余り前にNHKの取材に対して、「信頼を裏切るような行為が少なくない数起こっている」「会社として非常に深刻に受け止めている」などと答えた執行役員が同席しているのに、その趣旨について説明させることもなく、横山社長から日本郵便側の認識を答えることもせず、長門社長は何も答えずに、質問への答を終えている。

少なくとも、このNHK記者の質問に対しては、質問の趣旨に忠実に、真摯に答える姿勢は全く窺われない。、読売新聞のヨネザワ記者との長時間にわたる質疑応答とは対照的だ。

長門社長発言をどう評価するか

問題は、このように会見者側で予め想定していたのではないかと思える質疑応答の中で、長門社長が述べたことの中身である。

確かに、日本郵政とかんぽ生命の正式に行われた会議、報告という面で言えば、正式な報告で不祥事を認識したのは6月下旬ということになるであろう。そして、そのような正式な会議、報告以外については、証拠は何もない。そういう意味では、長門社長が言うように、かんぽ生命株の売出しに関して、日本郵政、かんぽ生命の経営者も、不祥事を知っていたのに、それを隠して騙してかんぽ生命株を売却した疑いについて、「シロ」だというのは、証拠上は、法的判断としてはそうかもしれない。個人に疑いをかけられているとすれば、長門社長が「冗談ではない」というのも、正しいであろう。

しかし、岩田委員長や清田CEOが指摘したのは、そういう「経営トップとして不祥事を認識していたのに、騙して株を売った疑い」という個人の問題ではない。日本郵政という組織が保有していたかんぽ生命の株式を、一般投資家に売りつけたことに関して、そのかんぽ生命という会社の中身に関わる重要な事実が売出しの時点で開示されていなかった。岩田委員長は、そういう事象について、「郵政民営化を進めていく上で支障となる」と指摘し、清田CEOは、「証券市場への企業内容の適切な開示という面で問題がある」と指摘したということである。

それに対して、長門社長は、「売出しの時期は、自分達だけで決められるわけではない、開示の内容は、証券会社や弁護士がデューディリジェンスで確認し結果に基づいて決めている」と言っているのであるが、それは、問題を経営トップで個人の問題ととらえ、責任を否定しているだけで、組織としての問題を指摘する岩田発言、清田発言に対する反論には全くなっていない。

長門社長個人としてではなく、日本郵政グループの経営トップとして、保有していたかんぽ生命株式を一般投資家に売却した後、同社の保険販売に重大な問題が発生していることが明らかになって、株価が大きく値下がりしている。そのことについて経営者としてのどのように受け止めるのか、ということが問われているのである。ところが、長門社長は、「自分は知らなかったからシロだ」と個人レベルでの言い訳をしているのである。しかも、長門社長は、日本郵政の社長だけを務めているのではない。かんぽ生命、日本郵便の取締役でもある。それらの会社の事業活動が適切に行われることについて、取締役としての責任を負っている。会見での長門社長の発言からは、その自覚が全くないように思える。

日本郵政グループとして開いた会見の場で、特定の記者から都合の良い質問を受けて的外れの反論を行い、「冗談ではない」などと放言する長門氏が経営トップを務めている限り、日本郵政株の売出しをすることなど不可能であり、それを強行しようとすれば、政府として、投資家からの信頼を裏切ることになりかねない。

「地域に寄り添う郵便局員」がなぜ顧客の利益を損なったのか

ヨネザワ記者に3問目の質問を促し、「郵便局への信頼」という言葉が出ると、長門社長は、「待ってました」とばかり、日本郵政150年の歴史の話を始め、横山社長が、「地域に寄り添い、そこに生きるお客様とともに共生している」として、その例として郵便局員の災害時の地域貢献の例を持ち出した。これも、想定どおりのプレゼンのような内容だ。

しかし、今、問題になっているのは、本来、地域と、地域住民に寄り添う存在のはずだった郵便局員が、露骨に顧客の利益を損なうような保険募集を行っていた事例が膨大な数発生しているという事実である。長門社長、横山社長には、そのような行為を行わざるを得ない状況に、多くの郵便局員を追い込んでしまった経営トップとしての責任が問われているのである。そのことの自覚があれば、「地域に寄り添う郵便局員」などという言葉が、軽々に口にできるとは思えない。

もう一つの問題は、長門社長が、今回の問題についての責任について問われ、「特別調査委員会メンバーは3人とも検察出身。厳しく調査して頂くためにお願いした。厳正な報告が出てくる」などと述べて、「検察出身の弁護士3名からなる特別調査委員会だから、経営陣に対しても厳正な調査結果が出てくるはずで、それによって責任の有無を判断する」と述べたことだ。

しかし、検察出身の弁護士による調査だから厳正な結果になるというのは全くの幻想である。これまでにも、第三者委員会や外部調査が、依頼者の経営者や政治家に手ぬるいと批判された事例の多くが、検察出身の弁護士によるものだ(小渕優子議員、舛添要一都知事の政治資金問題、日本大学アメフト部問題での第三者委員会など)。そして、この日本郵政の特別調査委員会の委員長の検察出身弁護士は、レオパレス21の第三者委員会の委員長を務めた弁護士である。その調査報告書について、第三者委員会格付け委員会の格付けでは、

退任してから既に 13 年が経過している過去の人物である元社長にのみ焦点を当て、その責任追及に多くのページを割いて いる。一方、2010 年から現在まで 9 年間社長を務めてきた前社長の関与についてはほとんど触れられていない。

調査スコープを矮小化して 1990 年代後半から 2000 年代前半のみを切り取り、創業者の責任のみを執拗に記述することでこの陥穽にはまり込んだのではなかろうか。

と酷評されており、評価も非常に低い。今回の問題についても、過去の経営陣の責任の焦点を当て、現経営陣への責任追及を交わす方向での調査が行われないとも限らない。

いずれにしても、「検察出身の弁護士3名からなる第三者委員会」というだけでは現経営陣にも厳しい厳正な調査が行われるはずだということの根拠には全くならない。

出席した記者達を圧倒していたように思える長門社長ら3社長の記者会見だが、そこでの発言内容は、経営者としての傲慢さと独善を示すものでしかなかった。それが、日本郵政グループの危機を一層重大かつ深刻なものにすることは避けられないであろう。

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