企業にとって重要課題となった「SDGsと独禁法コンプライアンス」

SDGsとコンプライアンス

SDGsという言葉をよく目にするようになった。「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の略称、2015年9月の国連サミットで採択されたもので、国連加盟193か国が2016年から2030年の15年間で達成するために掲げた目標だ。

貧困や飢餓、健康や教育、安全な水など、開発途上国の支援の問題から、エネルギー、気候変動への対策、海洋資源の保全などの地球環境の問題、働きがい、街づくり、ジェンダー平等など社会の在り方に関わる問題など多岐にわたる。まさに、世界全体、人類がめざしていく上でのコンセンサスとなるべきことを幅広く目標として掲げたものだ。

そのような目標を実現していくために、経済社会を構成する企業が重要な役割を担うことは言うまでもない。社会と共存し、持続性を担保しうる企業活動は、企業経営の重要な課題とされ、それは、コンプライアンスの重要な要素と位置付けられるに至っている。

日本経済団体連合会(経団連)も、2017年に、「革新技術を最大限活用し、人々の暮らしや社会全体を最適化した未来社会の実現」をめざす取組みの一つとして、SDGsの達成を柱とする企業行動憲章の改定を行っている。

コンプライアンスとは、「法令遵守」ではなく「社会の要請に応えること」、第一次的には、「需要に反映された社会の要請」に応えることである。企業は、需要に応えることで利潤を獲得し、生き残り、成長が可能となるが、それとともに、「需要に反映されない社会の要請」にも応えることも求められる。企業にとって、両者の社会的要請にバランスよく応えていくことが、真のコンプライアンスである。

SDGsと独占禁止法

SDGsは、重要な「需要に反映されない社会の要請」を包括的に示したものと言えるが、企業のSDGsへの取組みが、「需要に応えること」から必然的に生じる「同業他社との競争」とぶつかり合う場面が生じる。それは、各国の競争法(日本では独占禁止法)が促進しようとする「競争」とSDGsへの取組みとの対立の構図にもなり得る。

10.22日経新聞の「SDGs、カルテルの適用外か」と題する記事(瀬川奈都子編集委員)では、

「環境対策などで社会全体の利益のために企業が足並みをそろえると、カルテルとみなされかねない」

「硬直的な独禁法の運用が公益を損なわないよう、欧州を中心に議論が始まった」

として、オランダで21年1月に公表された、環境保護などを目的とした企業間の合意や連携に関する指針案を紹介している。同指針案では、

「その商品・サービスの消費者だけでなく、社会全体に利益があれば、カルテル規制の適用を免れる」

と明示しているが、その背景として、競争当局が、「飼育環境に配慮した鶏肉のみを扱う合意」と「1980年代に建設された5つの石炭発電所を閉鎖する発電事業者の合意」の二つの事案で、消費者の購入価格を不当に引き上げたり、選択肢を狭めたりすると判断したことに対して、環境保護団体などから、独禁法がSDGsの壁になっているとの批判があったとのことだ。

SDGsへの取組みという国際的な潮流の中で、このような欧州における議論は、日本の独禁法の運用にも、独禁法に関連する企業コンプライアンスにも大きな影響を与える可能性がある。

そこで、このSDGsとカルテルの問題を、日本の独禁法との関係で考えてみたい。

日本の独禁法におけるカルテル禁止規定

独禁法の目的は、商品・サービスの価格と品質の比較によって合理的に取引を選択するという「競争」を促進することである。競合する事業者間で、相互の意思連絡なく、市場への参入の妨害・排除もなく、自由な事業活動が行われることが、経済の発展と消費者利益を実現することにつながる、それは、個々の経済主体が、誰からも介入されずに経済活動を行い、その結果で経済が動いていくという「経済民主主義」にもつながるという考え方である。

そのような独禁法の目的を阻害する重大な違反行為・犯罪がカルテル・談合である。

同法2条6項で、

「事業者が、契約、協定その他何らの名義をもつてするかを問わず、他の事業者と共同して対価を決定し、維持し、若しくは引き上げ、又は数量、技術、製品、設備若しくは取引の相手方を制限する等相互にその事業活動を拘束し、又は遂行することにより、公共の利益に反して、一定の取引分野における競争を実質的に制限すること」

が「不当な取引制限」と定義され、罰則や課徴金の対象とされている。

要するに、事業者間で互いに意思を通じ合い、合意を行うなどし(共同行為)、その合意を実行する意思を持って事業活動を行い(事業活動の相互拘束・遂行)、それによって一定の範囲の市場競争を制限すること(一定の取引分野における競争の実質的制限)が、不当な取引制限とされるのである。

カルテル・談合というと、一般的には、「対価の決定」や「取引の相手方の制限」が想定されるが、上記の規定上は、「技術、製品、設備」を対象とする合意も含まれている。「競争」には、価格面の競争と、品質・技術などの非価格面の競争とがある。非価格面についての合意であっても、それによって市場の競争が実質的に制限されれば、不当な取引制限が成立する可能性があるのである。

一方、この2条6項の条文には、「公共の利益に反して」という文言が含まれている。素直に読むと、事業者間の合意があり、競争の実質的制限が認められる場合でも、「公共の利益に反して」いなければ、不当な取引制限は成立しない、ということのように思える。つまり、競争というのは価格面に限らず、品質、技術、設備等様々な経済活動に及び、そういう市場での競争を制限する行為が独禁法違反としての不当な取引制限として原則として禁止されるが、「公共の利益に反していない場合」は合法というのが、2条6項の素直な解釈なのである。

「経済憲法」としての独禁法と戦後の法運用の歴史

独禁法は、経済社会における「競争」の在り方全般を規律する「経済憲法」と称され、その独禁法を運用する公正取引委員会は、「独立行政委員会」として、内閣から独立した地位が与えられ、経済取引全般について、「市場競争が制限されているか」「それが、『公共の利益』に反していないか」について判断する広範な権限を持つというのが、そもそもの独禁法の趣旨だった。

独禁法は、このような考え方に基づき、戦後の占領下の1947年に、GHQ主導で、「経済民主主義」を標榜する極めて高い位置づけの法律として制定された。

しかし、1950年に朝鮮戦争が勃発し、米ソ冷戦という国際情勢の下で、アメリカの対日政策は、中ソの共産主義勢力に対抗するための日本の経済的基盤の強化を優先する方向に転換され、経済官庁主導の、効率重視の協調的事業活動が中心とされた。各分野でのカルテル適用除外の法制化などで、独禁法上のカルテル禁止規定自体が様々な制約を受け、公取委の予算・人員も大幅に削減された。1970年代までの、戦後復興、高度経済成長の中では、公取委は、霞が関の一角で、「三流官庁」として何とか命脈を保っている状況だった。

「公共の利益に反して」の解釈と位置づけ

こうした中で、公取委によるカルテルの摘発は極めて低調で、しかも、価格や取引の相手方の制限の合意がほとんどで、「技術、製品、設備」を対象とする合意はなかった。

一方で、独禁法の学説も公取委も、「公共の利益」については、「自由競争経済秩序」それ自体ととらえ、「事業活動を拘束し、又は遂行」することによって競争が実質的に制限されれば、「自由競争経済秩序」が侵害され、それによって公共の利益にも反することになり、不当な取引制限が成立するという解釈をとってきた。「公共の利益に反して」が不当な取引制限の要件となっていることは、ほとんど無視されてきた。

その背景には、不当な取引制限の他の要件を充たす行為でも、「公共の利益」に反していると言えなければ違反と認定できないことになると、公取委によるカルテル摘発は一層困難になるので、「公共の利益に反して」を実質的な要件と解することは、公取委の法運用を一層弱めることになりかねない、という配慮があった。そのため、明文で規定されている「公共の利益に反して」を敢えて無視するという、「法文上は無理筋の解釈」がとられてきたのである。

このような公取委に対して、唯一の応援団となっていたのが、消費者・消費者団体という存在だった。高度経済成長の中で、経済社会には様々な歪みが生じ、それが、消費者に不当な不利益を与えているという認識から、消費者の利益を確保することに関して、独禁法の目的である「一般消費者の利益の確保」が注目された。独禁法の運用によって企業を叩く役割が期待されたのが公取委だった。

公取委は、1960年の「ニセ牛缶事件」で、消費者を欺瞞する不当表示を摘発するなどして消費者側からの期待に応えてきた。本来の公取委の役割は、競争を促進すること、競争制限を排除することを通して、消費者利益を実現することであるが、当時は、「競争の促進」はあまり注目されず、「消費者利益の保護」を旗印とする組織であるかのように認識されていた。

石油カルテル事件判決が示した「公共の利益」解釈

そうした中で、公取委がにわかに注目を集めたのが、1970年代に入ってからの石油ショックに伴う「狂乱インフレ」であった。

石油ショックに伴う狂乱物価と言われる異常な物価高騰に苦しめられる消費者を守るという「錦の御旗」の下、公取委は、値上げカルテルに対して厳しい姿勢で臨み、「伝家の宝刀」とも言われた「刑事告発」の権限まで使って、カルテル企業を叩こうとした。公取委は、消費者団体から強い支持を受けることとなった。

石油元売各社が、石油製品の値上げの合意をしたことが、刑事告発され、起訴された「石油カルテル事件」が、カルテルに対する不当な取引制限の罰則の初の適用事例となった。

この刑事事件の裁判で、被告会社側は、産油国による原油価格引き上げが相次いで行われる中で、経済の混乱を回避するため、価格引き上げカルテルを行うことはやむを得なかったとし、2条6項の「公共の利益に反して」の要件に該当しないと主張した。この文言を、「生産者・消費者の双方を含めた国民経済全般の利益に反して」と解すべきとの主張を前提にしていた。

それに対して、最高裁は、

「『公共の利益に反して』とは、原則としては同法の直接の保護法益である自由競争経済秩序に反することを指すが、現に行われた行為が形式的に右に該当する場合であっても、右法益と当該行為によって守られる利益とを比較衡量して、『一般消費者の利益を確保するとともに、国民経済の民主的で健全な発達を促進する』という同法の究極の目的に実質的に反しないと認められる例外的な場合を『不当な取引制限』行為から除外する趣旨と解すべき」

と判示した。

この判決は、「公共の利益に反して」について「例外的な場合」には、不当な取引制限の他の要件に該当する場合でも、違反が成立しない場合があり得るという、条文の文言解釈からは当然のことを判示したものだった。

1970年代初頭の石油ショックという異常な経済情勢下におけるカルテル摘発の活発化は、「徒花」に終わり、その後、経済が落ち着きを取り戻した後は、公取委の独禁法運用は再び低調な状況に戻った。不当な取引制限のうち、「価格にかかるもの」について低率の課徴金が導入されたが、刑事罰が適用されることはなく、カルテル・談合に対する抑止力は極めて限られたものでしかなかった。

こうした中で、「石油カルテル事件」に対して、上記の最高裁判例が出た。

しかし、その後も、公取委の実務で、「公共の利益に反して」についての実質的な判断が示されることはなかった。公取委の実務上は、「自由競争経済秩序=公共の利益」に近い考え方がとられてきたと言える。

日米構造協議以降の独禁法運用強化

1990年代に入り、日米構造協議でのアメリカからの要求を契機に日本の独禁法をめぐる状況は激変した。アメリカは、「排他的取引慣行」の問題に関連して独禁法違反行為に対する抑止力強化を求め、これに応じて、課徴金の引き上げ、罰則の強化を行った。カルテル・談合等の不当な取引制限に対する摘発が活発化し、それ以降、公取委の人員も、違反事件の調査を担当する審査部門を中心に徐々に増員され、事務局は事務総局に格上げされた。

課徴金は、順次引き上げられ、2005年には、いわゆるリニエンシー(課徴金減免)制度も導入され、刑事罰適用のための反則調査権も導入されるなど、違反行為の摘発のための制度的な枠組みは整った。

そして、バブル経済崩壊以降、日本社会における「競争」に対する価値観は、大きく変化した。今では、自由競争の徹底が、経済の発展と消費者利益の確保につながるとの認識は、概ね社会のコンセンサスになっていると言える。それは、独禁法の運用においても大きな環境変化となった。

このように、独禁法の運用をめぐる状況は、戦後復興期、高度経済成長期とは大きく異なってきている。しかし、不当な取引制限に関して、独禁法のカルテル規制は、ほとんどが「価格面の合意」「取引先の制限」などに限られ、「技術、製品、設備」を対象とする合意が対象とされることはほとんどないという状況は、基本的に変わっていない。また、個別の事例で、石油カルテル事件判決が示したような「自由競争経済秩序に反することと当該行為によって守られる利益との比較衡量」について公取委が実質的な判断を示した事例はない。

そういう意味では、公取委の独禁法運用は、自由競争経済秩序の枠内での、「競争」に関する判断に限られ、「競争」とそれ以外の社会的価値の関係についての判断には立ち入らないという姿勢を貫いてきたと言えよう。

しかし、欧州の潮流は、日本社会にとっても、当然ながら他人事ではない。日本においても、今後、「競争」とそれ以外のSDGsなどの「社会が尊重すべき価値」との関係に関する議論が本格化する可能性がある。

「SDGsとカルテル」は「公共の利益」の問題

そこで、冒頭の「SDGsとカルテル」のことに話を戻そう。

それは、日本の独禁法のカルテル規制との関係で言えば、「公共の利益に反して」の要件の解釈の問題と考えるのが、独禁法の本来の趣旨と文言に忠実な解釈と言えるだろう。

前記日経記事で紹介されている「その商品・サービスの消費者だけでなく、社会全体に利益があれば、カルテル規制の適用を免れる」という指針案の文言も、前記の石油カルテル事件最高裁判決の「公共の利益に反して」の解釈とほとんど同意義のように思われる。

オランダの事例の「飼育環境に配慮した鶏肉のみを扱う合意」というのも、日本の法律の枠組みで考えるならば、「技術、製品、設備」のうちの「製品」についての競争制限の合意ととらえ、それが「公共の利益に反する」と言えるかを判断すべきということになるだろう。

SDGsへの取り組みは日本の国際的な信用を高めるための現在進行形の最重要課題だ。そしてSDGsへの取り組みは、政府やNPOだけの問題ではなく、企業や市民にも課せられている社会的要請である。

企業のコンプライアンスにおいて、独禁法のカルテル規制との関係で違法と評価される可能性の有無は、無視できない要素となる。しかし、不当な取引制限の「公共の利益」という要件と正面から向き合ってこなかった日本は、独禁法運用の場において、社会的価値と競争的価値との関係についての議論が詰められていない。それが、上記日経新聞の記事中の弁護士コメントからも見て取れるように、企業側の困惑を招くことになる。

しかし、見方を変えれば、独禁法の経済憲法としての意味と意義を正面から見直し、本当の意味で、この国が競争という価値とどう向き合っていくかの基本思想をはっきりさせる絶好のチャンスとも言える。

それは、独禁法が守ろうとしてきた競争原理だけでは対応できない、さまざまな社会的要請への取り組みの基本となる「新しい経済憲法」としての独禁法の位置づけを確立することにもつながる。それは、新自由主義として批判されてきた自己責任論を基本とした「伝統的な資本主義」を「新たな資本主義」に進化を遂げさせようとする最近の潮流ともオーバーラップするものだ。

企業コンプライアンスとSDGs

日本企業にとって、コンプライアンスへの取組みは、今世紀に入ってからの独禁法の運用強化への対応を契機に始まったものであり、独禁法対応は、企業コンプライアンスの核心に位置するものである。一方、SDGsへの取組みは、冒頭にも述べたように、既に4年前に経団連の企業行動憲章にも取り入れられている。

独禁法対応とSDGsへの取組みとの間で緊張関係が生じ得ることは、これまで、あまり意識されることはなかったが、今後は、企業のコンプライアンス対応に関する重要な問題となっていくものと考えられる。

例えば、エネルギー、気候変動への対策、海洋資源の保全などの地球環境の問題に関してSDGsに真剣に取り組もうとする際に、競争関係にある企業間での連携協力があって初めて十分な効果が期待できる場合もあるだろう。それは、一面では、「事業者が、共同して、相互に事業活動を拘束・遂行する」ことになり、それが市場での競争を制限する方向に働くこともあり得るだろう。そのような場合、企業にとって、独禁法コンプライアンスとSDGsの関係をどう考えていくのかは、避けては通れない経営上の重要課題になるのである。

今後、各企業においても、コンプライアンスプログラムを、独禁法対応とSDGsへの取組みの関係を含むものに改定していくことも必要となるだろう。

独禁法専門官庁としての公取委とSDGsの関係

独禁法が日本社会において、制定時の本来の趣旨どおりに運用されて来なかったこれまでの経緯を大きく転換し、独禁法の運用を通して、「競争」とSDGsの関係という問題の検討に取り組んでいくことは、「経済憲法」の運用機関として内閣から独立した位置づけを与えられている独禁法専門機関としての公取委の本来の職責に見合うものと言える。

政治権力の一極集中、内閣人事局による幹部人事の一元化などで、中央省庁全体が、政権に隷属し、弱体化したために、有能な若手人材の確保が困難になっている現状において、内閣から独立した地位を与えられている公取委という存在がSDGsの関係で改めて見直されることは、魅力ある国家公務員としての活躍の場を提供することにもつながるのではなかろうか。

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SMBC日興証券事件、相場操縦として刑事立件できるのか?

SMBC日興証券社員らが相場操縦の疑いを受け、証券取引等監視委員会の強制調査を受けていたことが報じられている。

日興が大株主から立会時間外で売買の仲介を依頼された銘柄について、株主と売却先である投資家に対する提示額を売却先がまとまった日の終値を基準に設定していたが、提示額が株主による取引の持ち掛け時点の株価に比べて低ければ売買が成立しなくなる可能性があったので、社員が売却時点での株価を維持するため、市場で買い支える注文を繰り返して株価を買い支えた疑いが持たれているとのことだ。

金融商品取引法違反(相場操縦)容疑の関係先として今年6月に同社本社を強制調査し、東京地検への告発も視野に調べているとのことだ。

事実関係、証拠関係の詳細が不明なので確かなことは言えないが、報じられている範囲では、金商法違反の刑事事件としての立件はかなり微妙な事案のように思える。

相場操縦に関しては、様々な禁止規定があるが、一般的な「相場操縦行為」とは、

「取引を誘引する目的をもつて、有価証券売買等が繁盛であると誤解させ、相場を変動させるべき一連の有価証券売買等又はその申込み、委託等若しくは受託等をすること」

である。

重要なことは、相場を変動させるべき売買等を行っても、「取引を誘引する目的」がなければ相場操縦の犯罪は成立しないということである。

この「取引を誘引する目的」については、

「人為的な操作を加えて相場を変動させるにもかかわらず、投資者にその相場が自然の需給関係により形成されるものであると誤認させて有価証券市場における有価証券の売買取引に誘い込む目的」

と解するのが最高裁判例だ。

注文の出し方や株価の動きで、株価が上昇するように見せかけて、他の投資家を引きずり込み、株価を上昇させて、自分は売り抜けて儲けようというのが、相場操縦の犯罪の典型例だ。

SMBC日興証券の社員が、株価を下落させないようにするために自社の資金で買い支えたというだけでは、相場操縦の犯罪が成立するとは考えられない。証券会社の社員が、会社の業務として、外形的に相場操縦の手口と見られるような売買や注文を出すとも思えない。

報じられているような事案であれば、むしろ、有価証券の「相場をくぎ付けし、固定し、又は安定させる目的をもって」する安定操作取引(159条3項)に近い事案ではないかと思われる。

安定操作取引は、有価証券の募集や売り出しを円滑に行うため、相場の安定を目的として行う市場での売買取引である。特に、それが必要であり、かつ、合理性が認められるのは、有価証券の募集・売り出しを円滑に行うために、株価の急激な変動を回避し、一定の範囲に収まるようにすることを目的とする場合であり、届出・報告等の所定の手続によって行われる場合には適法とされる。そのような手続を経ることなく、株価が、上限価格と下限価格の間の「一定の範囲」から逸脱しないようにするための安定操作取引が行われた場合には違法となる。

安定操作取引は、有価証券の募集・売り出しの場合であれば、事前に届出を行うことで適法に行うことができる。しかし、単に、大株主から立会時間外で売買の仲介を依頼されたというだけであれば、適法に安定操作を行うことはできない。

本件の場合、買い注文を繰り返して株価を買い支えたということであれば、何らかの「下限の設定」をしていた可能性はある。問題は、「上限の設定」を行っていたと認められるかどうかだ。

過去に同様の事件で、ある上場企業の相場操縦事件があった。創業者のH氏が、同社の株価が割安に放置されていたことから、僅かな資金を元に、信用取引で上場会社の15%もの株式を保有しようとする株式取得を計画した。証券取引等監視委員会は、その過程で、株価が数倍に跳ね上がるまでの間の売買を「相場操縦」、その後、株価が下落を始めた後、追証が発生しないよう防戦買いを行っていた時期の売買を「安定操作取引」ととらえて、H氏を告発した。

H氏は、株価が順調に上昇していた時期には、信用取引の益出しのために「対当売買」(他人名義を使い、売り買いとも自己の資金で行う取引)を行って資金を回転させていたが、その後、株価が下落し、追証が発生しないように必死に買い支えていた時期には、利益が出ていないので「対当売買」は行っていなかった。

監視委員会は、「対当売買」を、他人の取引を誘引する手段ととらえていたので、それを行っていない時期の取引には「誘引目的」がないとして、相場操縦での立件は困難と考え、安定操作取引で立件して告発したものだった。

しかし、「安定操作取引」が成立するのは、「上限価格」と「下限価格」を定めて、株価がその間に収まるようにした場合であり、単に、一定の価格を下回らないように買い支えていたというだけでは、犯罪は成立しない。H氏が行った一連の売買は、株価を上昇させる目的で行ったものであり、売り圧力が高まったために、結果的に株価を上昇させることができなかっただけだ。「下限価格」だけではなく「上限価格」を決めて株価が「一定の範囲」に収まるようにする意図は全くなかったので、「安定操作取引」には該当しない。

ところが、監視委員会の側には、「安定操作取引」が成立するためには、「下限価格」だけではなく、「上限価格」を設定して、それを上回らないようにすることが必要だという問題認識がなかったようで、これを安定操作取引ととらえた。

H氏は、相場操縦と安定操作取引の両方で起訴され、公判では、検察官は、当該期間、結果的に、株価が一定の範囲内に収まっていることで、「上限価格」の設定があったと主張した。弁護側は違法な安定操作取引には該当しないと主張して上告審まで争ったが、最終的には、その点も含めて有罪が確定した。

今回のSMBC日興証券の事件でも、相場操縦には該当しないということで、安定操作取引での立件も検討されるかもしれない。しかし、その場合、最大のネックになるのは「上限価格の設定」の有無だ。同証券社員としては、株価が下落するのを防止させたかっただけで、株価の上昇を抑える必要はないので、「上限価格の設定」を認定することは難しいであろう。

いずれにしても、今回の案件を、金商法違反の刑事事件として立件することは、容易ではないと思われる。今後の監視委員会の調査の展開を慎重に見極める必要があるだろう。

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甘利・江田氏落選運動の「戦果」に、民主主義の“微かな光”が見える

昨日(10月31日)投票が行われた衆議院議員選挙、神奈川13区の甘利明氏と同8区の江田憲司氏と落選運動を行った(【甘利氏・江田氏の落選運動を振り返る ~政党内の「権力者」にNO!を突き付ける機会は選挙しかない】

その結果は、甘利氏は、自民党幹事長としては初となる小選挙区落選、比例復活したものの、幹事長辞任の意向を表明した。江田氏は、当初圧勝の予想だったが、結果は、同じ自民党の対立候補との票差が前回は4万5000票だったのが、今回は約1万3000票という僅差、得票率は前回の54%を下回る52%、候補者擁立を見送った共産党票(絶対自民には入れない)の前回選挙での得票率が10%であったことを考えると、実質的には大幅な得票減。こちらでも、落選運動の効果が相当あったと言えるだろう。

甘利氏を小選挙区落選で幹事長辞任に追い込んだのは、神奈川13区(大和市、海老名市、座間市、綾瀬市)の有権者の勝利だ。日本の公職選挙の歴史に残る「市民の良識の勝利」だと思う。

今回の落選運動では、選挙期間の最終日に街頭演説も行った(ダイジェスト版をYouTubeでアップ➡https://youtu.be/bip5RZFuqjA)。

海老名駅でコンコースに集まってくれた市民の人達に最後にこのように訴えた。

「このまま甘利氏を小選挙区で当選させてしまうことは、単に国会議員として議席を占めるだけではなく、神奈川13区の皆さんが甘利幹事長を信任したことになります。全国の国民が、神奈川13区の皆さんがどんな判断をされるのか注目しています。」

私の訴えが届いて、有権者の判断に、なにがしかの影響を与えることができたとすれば、こんなにうれしいことはない。

一方の、江田氏の方は、残念ながら、「落選」という結果を生じさせることはできなかった。しかし、落選運動は、冒頭に書いたような江田氏の得票の実質的な大幅減少に、少なからず寄与できたのではないかと思う。

神奈川8区だけではなく、横浜市内の選挙区では、立憲民主の候補者の多くが小選挙区で落選した。山中市長が圧勝した8月の市長選挙での「野党共闘」とは様変わりの結果になった。

市長選挙で江田氏が擁立を強行し、圧勝して新市長に就任した山中氏は、多くの疑惑に対して「説明不能」の状況に陥り、市議会では、選挙で掲げた公約や今後の施策をめぐって答弁の混乱が続くという悲惨な状況になっている。それについて、「山中氏を強引に擁立した江田氏に製造物責任がある」というのが落選運動で神奈川8区の有権者に訴えたことの中心だった。今回の選挙結果は、立憲民主党にとって、「市長選での山中氏圧勝」という「追い風」が、完全に「逆風」に変わっていることを示している。

日本の公職選挙は、基本的には、政党中心の選択が行われるが、特定の候補者に注目して投票の判断をすることが重要な場合もある、政党の中で、大きな権限を持ち、国政全体に大きな影響力を与えるようなポストに就いている政治家であれば、その候補者の当落や得票は、そのような政治家が権限を行使する立場にいることの是非を有権者に問うという意味もある。

今回、私が行った落選運動は、まさに、そのような観点からの与野党の内部で大きな権力を持つ政治家に関して、有権者に事実を伝え、それを踏まえて選挙での選択してもらうことを目的とするものだった。

立憲民主党内で候補者選定に大きな権限を持つ江田氏は、横浜市政を「惨憺たる事態」に陥らせている「横浜市長選での圧勝」を、野党共闘によって「政権交代」をめざす選挙戦略のスタンダードとすべき成功事例であるように喧伝していたが、それは、今回の選挙結果で否定されたと言ってよいだろう。

公職の候補者の選定、政治資金の配分などについての政党内部での決定が不透明極まりなく、民主的なプロセスを経ていない現在の日本の政治状況の下では、落選運動は、極めて重要な意味を持つ。

今回の私の落選運動が、有権者の判断に少なからず影響を与えることができたとすれば、そこに、日本の民主主義の微かな光を見ることができるように思う。

 

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甘利氏・江田氏の落選運動を振り返る ~政党内の「権力者」にNO!を突き付ける機会は選挙しかない

 

 横浜市長選挙での山中竹春氏と小此木八郎の落選運動に続いて、今回の衆議院議員選挙では、神奈川8区の江田憲司氏と13区の甘利明氏の落選運動を行った(【神奈川13区(自民)「甘利幹事長」と同8区(立憲)「江田代表代行」の落選運動で、“健全な民主主義”をめざす!】)。

 いずれも、与党系、野党系各1人を対象としたが、いずれも、それぞれ、私なりに「当選させてはならない」と考える理由があったわけであり、単なる数合わせではない。ただ、特に、今回のような国政選挙における落選運動では、特定の党派への支持のためではなく、政治家個人に着目した落選運動であることを明確にする上でも、与野党両方の候補者を対象にしたことには意味があったのかもしれない。

 公職選挙法は、当選を得若しくは得しめる目的で行われる「選挙運動」と並んで、「当選を得しめない目的」で行われる「落選運動」を想定しているが(221条)、「落選運動」については、ウェブサイトやメールによる場合の落選運動者のメールアドレスの表示義務が定められている外に、時期・方法についての制限は規定されていない。

 今回も、落選運動の主たる手段にしたのは、横浜市長選挙の時と同様の「夕刊紙風チラシ」だった。ブログやYouTubeでの発信も、最大限に行ったが、どうしても、それを見てくれる人の範囲は限られる。選挙区の有権者への訴求力という面では限られる。そういう意味では、多くの人に関心を持ってもらい、それを、直接有権者に届ける方法としてのチラシの活用は効果的だ。

 以下が、そのチラシの画像だ。

 

 このチラシを、私のホームページにアップして、誰でも自由にダウンロードして印刷してもらえるようにした。

 ダウンロードはこちらから➡ https://www.gohara-compliance.com/information

 内容は、ほとんどが、私が個人ブログ等で指摘していることだが、紙面の編集はプロの編集者に依頼しており、色使いも見出しのフレーズも、かなり派出な仕上がりになっている。

 このようなチラシに対して、少し下品ではないか、「怪文書」のように見られるのではないか、という見方もあった。しかし、日頃からブログ、YouTubeなどで発信していることを、落選運動では、当該選挙区のできるだけ多くの有権者に見てもらう必要がある。そのためには、目を引くような外観にすることが必要だ。そういう意味では、見出しや色使いをある程度ドギツイものにした方が効果的だというのが編集者の判断だった。もちろん、公選法上も義務付けられている発行人である私の氏名は明示しているし、メールアドレスも記載している。内容も、私が、相応の根拠に基づいてブログ等に記載していることを述べているものであり、決して「誹謗中傷」などではない。

 そういう意味で、このような「夕刊紙風チラシ」を落選運動に用いていくことが適切だと判断した。

 問題は、それを、どうようにして各選挙区の有権者に拡散していくかだった。

 落選運動の趣旨に賛同し、個人的の意思で選挙区内にチラシのポスティングをしたいと申し出てくれた人には、私の事務所で印刷してお渡しした。また、チラシの拡散のための新聞折込、ポスティング、インターネット広告などの費用について寄付を募集したところ、多くの方から寄付をして頂いたので、それを効果的拡散に活用すべくいろいろ手を尽くしたが、こちらの方はかなり難航した。新聞折込は、広告代理店の多くから拒絶され、1社だけ受けてくれそうだったが、新聞販売店が拒絶した。落選運動が社会的に認知されていないことを痛感した。

 そこで、「便利屋」に依頼してポスティングを行おうとしたが、1万枚程度の大量の印刷を、印刷業者に発注しようとしたところ、選挙の関係で印刷業務が立て込んでいるらしく、納期が、いずれも投票日後になるということで、やむなく、事務所のコピー機でまるまる3日間、深夜までプリントアウトを続け、便利屋によるポスティングの必要部数を印刷した。

 私の事務所で印刷した部数だけでも、各選挙区で1万部以上に上る。個人で印刷してくれてポスティングされた部数を加えれば、相当な部数の選挙区内での配布ができた。

 かなり派手な「夕刊紙風チラシ」がポスティングされたことに対して、一部からは反発の声もあるかとも思ったが、実際には、「一昨日ポストを見ると下品なチラシが投函され大変な憤りを感じております。そもそもこのチラシは電話番号も書いていないので違法ですよ。」という苦情のメールが1件届いただけだった。

 それに対しては、すぐに、以下の返信をした・

今回の落選運動は、私が個人で行っているもので、チラシは、ホームページで公開し、内容に賛同して頂ける方に自由に使用して頂いています。

体裁を夕刊紙風にしているのは、少しでも多くの方々の目に留まるように、私なりにコストをかけて作成を依頼したものですが、下品と言われれば、致し方ありません。落選運動に賛同して頂いた多くの方々から、このチラシを少しでも多くの有権者の方々に拡散してほしいとの趣旨でご寄付を頂いたので、チラシのポスティングに活用させて頂いています。

落選運動に関する公選法の規定に従い、ご異議や反論がある方にはメールで連絡頂けるようアドレスを表示しております。電話番号を表示することは法律上は必要ありませんが、私の法律事務所(郷原総合コンプライアンス法律事務所)の電話番号は公開しておりますので(代表03-5775-0654)、いつでも、ご連絡ください。

チラシの記載内容等に疑問点や問題点などありましたら、遠慮なく、メールででも電話ででも、ご連絡ください。

 それ以降、チラシの件については、このメールの方からも、他の方からも、一件も連絡はない。

 もう一つ、寄付を落選運動用チラシの拡散に使ったのがインターネット広告だ。 フェイスブックで、神奈川8区、13区の地域限定で、チラシを拡散する広告を行った。 

 今回の落選運動では、このようなチラシの拡散に加えて、私自身が、各選挙区で、落選運動街頭演説を行った。この街頭演説は、横浜市長選挙でも行うことを考えたが、そこでネックになるのが、「選挙期間中の団体としての政治活動の禁止」との関係だった。公職選挙法では、選挙期間中は、政党の政治活動と、無所属候補者等を支持する「確認団体の政治活動」以外は、団体としての政治活動が禁止されている。落選運動は、政治活動の一つであり、個人として行うことについての制約は、上記のメールアドレス表示義務以外にないが、選挙期間中は「団体としての落選運動」を行うことはできない。あくまで、落選運動の主体である個人が、単独で行うことに限られる。

 そのため、通常、候補者の選挙活動で行うような、選挙カーの壇上から演説したり、街頭で、多数の支援者が横断幕やノボリを掲げたりビラ配りをするというような「団体による活動」ができない。

 横浜市長選挙の際は、一旦、立候補意志を表明していたこともあり、支援者、ボランティアの人達も相当数いたが、そのような人達を動員して行う街頭での活動ができないので、街頭演説は断念し、夕刊紙風チラシの活動にしぼった。

 今回は、新聞折込ができなかったこと、ネット広告も審査に時間がかかり、立ち上がりが遅れたことなどもあって、何とかリアルでの活動も行うことができないと考え、選挙期間の最終日の10月30日の土曜日に、神奈川8区では、たまプラーザ駅前と青葉台駅、神奈川13区では大和駅と海老名駅で、街頭演説を行った。

 あくまで、個人として行うものという制約があるので、「江田氏(甘利氏) 落選運動」と書いたタスキをかけ、自立式のノボリ立てを準備し、「江田氏(甘利氏)を当選させてはならい」と書いたノボリを立てて、脚立の上に乗って。街頭演説を行った。

たまプラーザ駅・青葉台駅で江田氏の落選運動の演説
大和駅・海老名駅で甘利氏の落選運動の街頭演説

 街頭演説の現場では多くの人から声を掛けてもらった。甘利氏が、直近の街頭演説で、「落選運動」について、どのようなことを言っているのかについて情報を提供してくれた人もいた。海老名駅の街頭には、私とは無関係に甘利氏の落選運動を行っている高齢者の方がいて、私の演説の後にマイクを渡し、演説をしてもらった。

 初めて、選挙区の現場での活動を体験したのは、いい経験だった。各街頭で、それぞれ有権者の反応があった。いずれの場所も駅周辺の人通りの多いところだったが、その中に、私の話を聞いて足を停め、聞き入ってくれる人がいる。その人達が、私の話に反応してくれる。それによって、「有権者に訴える」という気持ちが高まっていく。街頭演説というのは、こういうものなのかなと思った。

 では、このような落選運動が、2人の選挙にどういう効果を生じたのか。

 今日の投票結果を見なければ、確かなことはわからないが、私は、かなりの影響を与えることはできたのではないかと思う。

 神奈川13区の甘利氏については、自民党幹事長として全国の公認候補の応援に回っていたのに、落選危機が報じられて、急遽地元に張り付いていると報じられた。私が夕刊紙チラシで、あっせん利得疑惑についての説明責任を全く果たしていない甘利氏が自民党幹事長のポストに就くことについて、具体的に問題を指摘し、選挙区の有権者に訴えたことは、そのような甘利氏の「落選危機」に少なからずつながったのではないかと思う。

 幹事長が本来選挙で果たす役割を投げ出して、地元に張り付かざるを得なくなった甘利氏は、私の街頭演説の場に来てくれた人が提供してくれた動画を見ると、街頭演説の中で「誹謗中傷は犯罪」などと言った後に、「落選運動」という言葉を出し、「選挙妨害」などと言っている。私の「落選運動チラシ」が、誹謗中傷、選挙妨害だと言いたいのかもしれない。そうであれば、具体的に、何がどう誹謗中傷、選挙妨害なのかを明らかにしてもらいたい。

 江田氏は、10月28日のBSフジの番組で、「金融所得課税をNISAにもかける」などと誤った発言をして訂正・謝罪に追い込まれた。その背景にも、選挙区で展開されている落選運動に対する江田氏の焦りがあるのかもしれない。

 昨日の街頭演説の冒頭で、落選運動の意味について話をした。

 日本の公職選挙は、基本的には、政党中心であり、有権者も「どの政党に投票するか」「どの政党の公認・推薦の候補に投票するか」ということで投票を考える人が大部分だ。国政選挙の場合、基本的には、各政党の当選者数という「数の比較」の問題なので、基本的には、それで十分なのだろう。しかし、それでは済まない問題がある。それは、その候補者の当落が、単なる当選者の数の問題ではない意味を持つ場合である。政党の中で、大きな権限を持ち、国政全体に大きな影響力を与えるようなポストに就いている候補者の場合、その候補者の当落や得票は、そのような権限を行使することの是非の判断にもつながる。

 政党の公認、推薦が、公正、適正に行われ、政党への政治資金の配分も客観的に行われているのであれば、特に問題はない。しかし、実際には、政党内部で、政治家の世界で行われていることは、極めて不透明な、「猿山のボス争い」のようなものであることが珍しくない。政党内部で公職の候補者の選定や政治資金の配分等に大きな権力を持つ政治家が、信頼に値する人物でないということは、しばしば起き得ることだ。そういう特定の政治家に対してNO!を突き付ける唯一の機会は、その政治家が立候補した選挙なのだ。

 今回、私が行った落選運動は、まさに、そのような観点からの与野党の内部で大きな権力を持つ政治家に関して、有権者に事実を伝え、それを踏まえて選挙での選択してもらうことを目的とするものだった。

 公職の候補者の選任、政治資金の配分などについての政党内部での決定が不透明極まりなく、民主的なプロセスを経ていない現在の日本の政治状況の下では、落選運動は、極めて重要な意味を持つ。今回の衆院選で、自分なりに懸命に落選運動を行った私が、多くの人に伝えたいことである。 

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江田憲司氏「選挙公報写真ルール無視」に表れた有権者「愚民視」の姿勢

10月31日に投開票される衆院選挙で神奈川8区に立候補している立憲民主党代表代行の江田憲司氏の落選運動を行っている。その趣旨については、【神奈川13区(自民)「甘利幹事長」と同8区(立憲)「江田代表代行」の落選運動で、“健全な民主主義”をめざす!】で述べたように、江田氏の、横浜市長選挙での山中竹春氏擁立に表れた、「民主的手続」や議論を無視した強権的手法、事実を隠蔽するためのマスコミ工作、正確な説明・理解を避け、「言葉のイメージ」で訴求する選挙活動、そして、その根底にある、徹底した有権者「愚民」視の姿勢など、江田氏の政治家としての本質を、神奈川8区の有権者に知ってもらうことだ。そのために、既に、落選運動チラシもホームページ(➡https://www.gohara-compliance.com/information)にアップしている。

 その江田氏について、公職選挙に対する姿勢そのものが問われる問題が明らかになった。
江田氏の選挙公報に掲載されている写真が、過去の何回かの選挙の際に掲載された写真と全く同一であり、12年前の選挙の際と同じ写真を掲載しているのではないか、という問題である。

 神奈川県の「選挙公報に関する条例」7条の委任に基づいて神奈川県選挙管理委員会が定めた公職選挙法令執行規程(選管告示)43条2項によれば、


「衆議院(小選挙区選出)議員又は参議院(神奈川県選出)議員の候補者が選挙公報に掲載するために県委員会に提出する写真は、選挙の期日前6箇月以内に撮影した候補者自身の無帽、正面向上半身像のものでなければならない」


とされている。
立候補者予定者に配布される「選挙公報掲載のしおり」にも、


「選挙期日前六箇月以内に撮影したものに限られる」


とされており、選挙公報掲載申請にあたってのチェックリストにも、


「撮影年月日は、令和3年5月1日以降になっています(選挙期日前6箇月以内)」


という項目があり、ここに〇を付けなければ選管への立候補の届出ができない。

 ところが、今回衆院選の選挙公報に掲載されている写真は、2017年の前回の衆院選挙での選挙公報に掲載されたものと、表情、ネクタイ等が完全に一致しており、同一の写真であるように見える。それどころか、遡って調べてみたところ、2014年、2012年、2009年、いずれもの選挙公報も今回と全く同一の写真のようだ。

 上記の選管の規程に基づく選挙公報のルールは、候補者の経歴、身分、人となり、政策等について、正確な情報を公開するという選挙公報の目的から、候補者のイメージに大きく影響する写真を、できるだけ実像に近いものにし、有権者に正確な情報を与えるようとするものだ。それを10年以上前から同じ写真を掲載しているというのは、実際とは異なるイメージを与えて、有権者を欺くものと言わざるを得ない。


 しかも、上記のとおり、候補者写真の撮影時期の制限は、選管の規程に反するだけでなく、選挙公報の提出書類のチェックリストにも含まれている。立候補者側が、ルールに違反していないか自ら確認しなければいけない事項だ。


 当初、この江田氏の選挙公報の写真について情報を提供してきた人から、「6箇月以内に撮影した写真であるように装って、古い写真を選挙公報に掲載させることは、公選法の虚偽事項公表罪に当たるのではないか」との質問を受けた。
 

 この点については、虚偽事項公表罪を規定する公選法235条1項で、対象となる事項が「候補者の身分、職業、経歴、政党等の所属・推薦・支持」に限定されていることからすると、候補者写真に関する問題は、虚偽事項公表罪には該当しないと考えられる(選挙ポスターに著しく古い写真を掲載することと同罪の関係についての衆参両院での質問主意書についての政府答弁もある。)


 しかし、公職選挙で候補者の古い写真を使用することが問題視されたことを受け、選挙公報の候補者写真について「選挙期日前6箇月以内に撮影したものに限られる」というルールが各都道府県選管で明文化された経緯に照らせば、写真撮影時期に関するルールは、各候補者が公平な条件で選挙運動を行う上で重要なルールであり、それをあからさまに無視する江田氏の行為は、野党第一党の代表代行という要職にある候補者が行うべきことではない。


 このような選挙公報のルール違反の疑いについて、江田氏の事務所や、ツイッター、フェイスブックのアカウントに、公開質問状を送付したが、期限にした昨日(10月28日)までに回答はなかった。


 江田氏は、今回の選挙で有権者の審判を仰ぐのであれば、選挙公報のルール違反について、そのようなことを行った理由・経緯を、速やかに説明すべきである。

 このように、12年も前の写真を選挙公報に掲載させて、若々しい自分のイメージで有権者を欺くといやり方は、江田氏の政治家としての本質にも関わるものだ。


 江田氏の選挙に対する姿勢は、一言で言えば、「良いイメージを作って、耳障りの良いことを言っておけば、有権者は投票する。中身は関係ない」という、徹底した「有権者の愚民視」である。


 江田氏の言葉で、同じように思ったことがある。


 今年の6月10日、当時、横浜市のコンプライアンス顧問を務めていた関係で、市長選の動向にも関心を持っていた私は、江田氏と、市長選のことについて電話で話した。候補者の選定について、江田氏は、「素晴らしい候補者が複数手を挙げていて調整に困っている状況だ」と言っていた。その時の江田氏が言っていたことで残っているのは、「自民党側は、三原じゅん子を出してくる可能性が高い。それに勝てる候補を立てないといけない」という話だった。


 確かに、当時、厚労副大臣だった三原じゅん子氏は、2016年の参議院神奈川選挙区では100万票を超える得票をして圧勝した実績があり、横浜市長選の自民党候補者として名前が上がっていた。しかし、マスコミの情報によれば、自民党の情勢調査の結果、市長選に出馬しても支持は意外に低いことがわかり、事実上、候補から外れたとも言われていた。


「三原さんのような経歴のタレントは、横浜市民も、国会議員はともかく、さすがに市長にしようとは思わないのでは?」


と私が言うと、江田氏は


「そんなことはない。三原じゅん子が街頭に出ただけで、誰もが、三原、三原になる。選挙はそんなもんだ」


というようなことを言っていた。


 この時、江田氏の言葉を聞いて、要するに、江田氏は「有権者はバカだ。何も考えないでイメージだけで投票する」という考えなのだと思った。その後の言動にも、それは如実に表れている。


 そのような江田氏の姿勢は、その後、横浜市長選挙に、周囲の反対にも耳を貸さず山中竹春氏の擁立を強行した後の、選挙期間中の発言にも表れている。山中氏の選挙運動を付きっ切りでサポートしていた江田氏は、街頭で山中氏と並び、


「コロナの専門家の山中さんに市長になってもらって、外出して飲んで食べて遊べる普通の生活を取り戻しましょう!」
「山中さんは、コロナの専門家だけでなく、医学部教授だから医療や介護の専門家!」


などと横浜市民に訴えていた。


 山中氏は、「生物統計」が専門で、医師でも医学の専門家でもない。ましてや、コロナの専門家ではなく、介護など、全く無関係である。このようなことを街頭演説で平然と言ってのける江田氏の姿勢は、イメージや見せかけを作り上げれば票になると考えているという点で、12年前の写真を選挙公報に掲載するのと共通するものだ。


 江田氏は、立憲民主党の代表代行(経済政策担当)として、この選挙で、同党の経済政策をアピールしているが、その政策も、「有権者向けの見せかけ」に過ぎない。10月28日のBSフジ「プライムニュース」に出演した江田氏が、「NISA(少額取引非課税制度)、積立NISAにも金融所得課税を課税」と発言したことがSNS上で話題になっている。

 この際のやり取りを見ると、江田氏は、そもそもNISAという制度自体を理解していないように見える。欧米と比較して個人の株式保有比率が低く、個人投資家の証券取引が少ない日本で、個人の証券取引を増やすことは、重要な政策課題であり、NISA、積立NISAも、個人の証券取引の裾野を広げるために導入されたものだ。そのような証券税制の基本すら理解しないで、野党の経済政策として金融所得課税を論じているとすれば、凡そ論外と言わざるを得ない。

 政治家・江田憲司氏の正体は、今回の選挙で一層露わになったと言えよう。
 今回の選挙では、神奈川8区の有権者の皆さんに、「江田憲司氏の騙し」に引っかからないよう訴えるため、選挙期間最終日の明日、横浜市青葉区で、単独で、街頭での落選運動に立とうと考えている。

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神奈川13区(自民)「甘利幹事長」と同8区(立憲)「江田代表代行」の落選運動で、“健全な民主主義”をめざす!

明日(10月19日)に公示される衆議院議員総選挙で、自民党甘利明幹事長と立憲民主党江田憲司代表代行の落選運動を行うことにした。

甘利氏の落選運動を行う理由

甘利氏については、既に、Yahooニュース記事【甘利氏の「説明責任」は不起訴処分で否定されるものではない ~注目される衆院選神奈川13区】などで、2016年に経済再生担当大臣の辞任の原因となった「あっせん利得疑惑」について、説明責任を果たさないまま自民党幹事長に就任したことを批判してきた。「説明責任」は、どのような立場の人物について、どのような問題について生じるものなのか、「説明責任を果たす」とは、どういうことなのか、検察の起訴不起訴の処分との関係についても述べてきた。その延長上にあるのが、今回の落選運動である。

選挙というプロセスを経ることなく、総裁からの指名だけで、党の政治資金の配分、公認権限など強大な権限を握る自民党幹事長に就任した甘利氏が、「政治とカネ」に関わる重大な問題への説明責任を果たすことなく、その地位にとどまることによって、自民党の自浄能力には全く期待できなくなる。唯一、選挙の洗礼を受ける場は、目前に迫った衆議院神奈川13区の小選挙区選挙だけであること、このまま何事もなく衆議院選挙を乗りきってしまえば、甘利氏の対応が、選挙を通して国民の了解を得たことになり、第二次安倍政権から長年にわたって続く、「説明責任を軽視し、虚言で批判を交わす政治」が、岸田政権下においても継続することを意味する。

「説明責任」を果たさない甘利氏に「NO!」を突き付けることができるのは、衆院神奈川13区の有権者しかいない。大和市、海老名市、座間氏、綾瀬市の有権者の方々に、甘利氏の当選を阻止することの重要性を、全力で訴えていきたいと思う。

江田氏落選運動を行う理由

一方、立憲民主党代表代行の江田憲司氏の落選運動は、「健全な野党」を実現するために行うものだ。

立憲民主党推薦の野党統一候補山中竹春氏が、菅首相(当時)が全面支援する小此木八郎氏ら自民党系候補者に、大差で勝利し、菅首相を総裁選出馬断念に追い込んだ横浜市長選挙(8月7日告示、22日投開票)は、今回の衆院選の前哨戦として、極めて重要な選挙だった。その選挙で、山中氏擁立を主導し、市長選圧勝の原動力となったのが、江田氏だった。

それは、独断で山中氏の候補者選定に対する県連内部や市民団体などからの反対を押し切り、同氏の市長としての適格性に関する様々な問題に対しても全く説明責任を果たさず、江田氏の独断で、強引に山中氏を擁立したことによるものであった。そして、山中氏が新市長に就任し、立憲民主党などが「与党」となった現在、山中氏は、疑惑に対して「説明不能」の状況に陥り、しかも、市議会では、選挙で掲げた公約や今後の施策をめぐって、山中市長の答弁の混乱が続き、自民・公明両党からの追及に対して、ほとんど「議論が成り立たない」異常な状況にある。

このように、横浜市政を「惨憺たる事態」に陥らせている「横浜市長選での圧勝」を、江田氏は、野党共闘によって「政権交代」をめざす選挙戦略のスタンダードとすべき成功事例であるように喧伝している(毎日「政治プレミア」【菅首相退陣を招いた横浜市長選の勝因と教訓】)。

その江田氏が、野党第一党の立憲民主党の代表代行として、党運営や選挙対応に大きな実権を持ち続けることは、野党第一党としての立憲民主党の信頼を損なうものだ。

山中市長就任後の横浜市の「惨状」

江田氏が、山中氏の選挙運動の中心に位置づけたのは「コロナ専門家」というフレーズだった。その山中氏が市長になってから行ったのは、ワクチン接種時間を拡大する接種会場を設けること(福岡市では、既に実施されている)を表明したことぐらいで、特に目新しいものはない。

一方で、山中氏は、7月まで大幅な遅延が問題となっていた横浜市のワクチン接種が、「全国平均より10%も高い」などと、にわかに信じ難い発表をし(10月13日定例会見)、その直後に誤りだったと判明するなど、「データサイエンスの専門家」であることが改めて疑問視される失態も起きている。

市長選挙の争点とされた横浜市へのIRの誘致については、「即時撤回」の公約どおり、最初の市議会本会議で「撤回宣言」を行った。しかし、選挙では、「ギャンブル依存症の増加や治安悪化はデータから明らか」としていたが、市議会一般質問で、IR撤回の理由を問われ、「ギャンブル依存症や治安悪化の懸念について市民の理解が得られていない」としか答えられず、「将来にわたって誘致することはないのか」との再質問には「IRのコンセプトには反対なので、誘致しない」との答弁を繰り返した。

山中氏が市長選で、「3つのゼロ」として、①敬老パス自己負担ゼロ 、②子どもの医療費ゼロ 、③出産費用ゼロ を政策として掲げ、そのための財源を、「新たな劇場建設(六百十五億円)の中止で財源確保」としていた。しかし、新たな劇場は事業化されておらず、その「予算」というのは、そもそも存在していない。山中氏は、市長就任早々、劇場計画を中止することで615億円の財源が生み出されるような誤解を生む公約が不適切だったことを認めざるを得なかった。結局、「3つのゼロ」の財源については、「全事業を見直す」と述べるだけで、基本政策が全くのデタラメであったことを露呈している。

そして、山中氏が、選挙中から指摘されながら一切無視していた経歴詐称疑惑・パワハラ・強要疑惑についても、新たな事実が判明し、「説明不能」の事態に陥っている。

2002年から2004年までの米国での経歴に関して、「NIH(米国衛生研究所)リサーチフェロー」という、博士号取得後3年以上経過が必須とされる正規ポストに就いていたように記載していたが、実は、留学時に博士号を取得していなかった山中氏は、「ビジティングフェロー」という留学生の扱いであったことが明らかになっている。これについて、市議会や定例会見で質問されても、「リサーチフェローは、『研究員』の意味で使った」と答え、「NIHでの役職」を問われても、まともに答えない。

「リサーチフェロー」は、大学のHPの経歴や、市大と横浜市の共同事業で提出した履歴書に記載されているだけでなく、公的研究費の申請書にも記載されており、今後この問題は、重大な問題に発展する可能性がある。

私が、山中氏の落選運動の中で、「恫喝音声」を公開していた横浜市大の取引先業者に対する「強要未遂事件」は、横浜地検特別刑事部に提出された告発状が受理され、同部が捜査中である。

また、山中氏が、立憲民主党市会議員らとともに、理事長らに、山中氏の市長選出馬が報じられた直後に出された学内文書の訂正・謝罪等を要求し、市長選挙で自己に有利になる内容の新たな学内文書を発出させた「横浜市大不当圧力問題」は、市議会での事実解明を求める請願が政策・総務・財務委員会で審査が行われ、「理事長・学長の不誠実さをインターネット上で批判させる」などと山中氏が脅迫発言を行った事実も確認され、閉会後も継続審査されることが決まっている。

要するに、山中氏は、市議会では、自民・公明両党の質問には、まともに答えられず、選挙中から指摘されていた疑惑は一層深まり、また、それについて市議会や会見で質問されても、質問をはぐらかすという、凡そ市長にあるまじき姿勢を続けているのである。

このような事態に対して、山中氏を推薦した立憲民主党も支援した共産党も、単に市長を擁護する姿勢をとり続けるだけで、疑惑に説明責任を果たすこと、市議会でまともな答弁を行うことに対しては、何ら努力を行う気配も見えない。逆に、市長特別秘書として立憲民主党職員を送り込んで自民・公明両党の反発を受けている有り様だ。

「野党共闘による選挙での勝利」によってもたらされたのが、このような“横浜市の惨状”であることを知れば、多くの国民にとって、「政権交代」への希望は急速にしぼんでしまうことになるであろう。

市長選「圧勝」が招いた「最悪の結果」

江田氏も【前記記事】で述べているが、コロナ感染爆発下での、菅政権へのコロナ失政への怨嗟の声を追い風に、

「山中さんは候補者のうち唯一のコロナの専門家。感染爆発を抑え込み、医療崩壊をくい止められるのは山中さんだけ」

というような詐言(多くの人が「感染症医学の専門家」という意味で理解したが、山中氏は、「横浜市大医学部教授」ではあったが、医師でも医学者でもない、医療「統計」の専門家に過ぎない)が功を奏し、投票日直前には、山中氏の「市長選圧勝」が確実な状況となった。

私は、投票日の8月22日午後に出したブログ記事《【横浜市長選挙】山中竹春候補「圧勝」が立憲民主にもたらす“最悪の結果”》で、

横浜市長選での野党共闘候補山中竹春氏が「圧勝」しても、早々に「市長不適格」が明らかになれば、コロナ禍に立ち向かうべき横浜市政の混乱を招き、立憲民主党への国民の期待を急速に失わせる。それによって、野党第一党の同党が、自公政権に替わる「政権の受け皿」にはなり得ないことが露呈するという「最悪の結果」に終わることになりかねない。

と述べた。

今まさに、その「予言」が現実のものとなろうとしている。

江田氏の落選運動に関しては、市長選挙での山中氏擁立に表れた、「民主的手続」や議論を無視した強権的手法、事実を隠蔽するためのマスコミ工作、正確な説明・理解を避け、「言葉のイメージ」で訴求する選挙活動、そして、その根底にある、徹底した有権者「愚民」視の発想などについて、2000年に自民党公認候補として菅義偉氏の全面支援を受けて初出馬して以降、数々の政党を作っては壊してきた遍歴も含めて、述べていきたいと考えている。

江田氏の小選挙区である神奈川8区(横浜市青葉区、緑区、都筑区の一部)の有権者の方々には、今回の選挙で江田氏に投票することで、「健全な民主主義」が損われかねないことを認識した上で、投票に臨んでもらいたい。

落選運動の具体的方法と「個人としての協力」

今回の甘利氏、江田氏の落選運動でも、ブログ、YouTubeによる発信、夕刊紙風チラシのホームページへのアップによる拡散、インターネット広告など、横浜市長選挙で用いた方法を使用していきたいと考えている。

公職選挙法は、当選を得若しくは得しめる目的で行われる「選挙運動」と並んで、「当選を得しめない目的」で行われる「落選運動」を想定しているが(221条)、「落選運動」については、ウェブサイトやメールによる場合の落選運動者のメールアドレスの表示義務が定められている外に、時期・方法についての制限は規定されていない(投票日当日も可能)。

ただし、落選運動が、他候補の「当選を得させる目的」で行われた場合は選挙運動としての規制を受けることになるし、「団体としての活動」は、選挙期間中は行えない。

しかし、私の落選運動は、あくまで、私個人が行うものであり、それに個人として協力することに対しては、特に制限はない。私個人の落選運動が、多くの個人の「落選運動」に波及し、大きな力になることを期待したい。

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甘利氏の「説明責任」は不起訴処分で否定されるものではない ~注目される衆院選神奈川13区

岸田文雄氏が新総裁に就任し、10月1日に発足した自民党新体制で幹事長に就任したのは、「政治とカネ」問題、あっせん利得罪の嫌疑を受けて、説明責任を果たしていないと批判されてきた甘利明氏だった。

 同月3日の記事【問われる「甘利幹事長」の説明責任、なぜ「特捜OB弁護士名」を明らかにしないのか】では、5年前に、週刊文春で疑惑が報じられて以降の経過、甘利氏の対応、あっせん利得罪の成否に関する問題点、刑事事件の捜査経過・処分の経過などを、改めて振り返り、自民党の政治資金、政党助成金等の配分権限を有する幹事長に就任した甘利氏が説明責任を問われていることを指摘した。

 立憲民主党・共産党・国民民主党の野党3党は、「甘利幹事長あっせん利得疑惑追及チーム」を発足させ、上記記事で私が指摘する、甘利氏の問題について調査を担当した弁護士の氏名、調査報告書を明らかにするよう公開質問状を送付したが(10月5日【第1回公開ヒアリング】)、甘利氏側の回答は「私自身が事実関係を把握するために元検事の弁護士に第三者的立場から客観な調査を行わせたもので、公表を前提にしていない」として回答を拒否したとのことだ(10月6日【第2回公開ヒアリング】)。

 甘利氏側は、幹事長会見やテレビ出演等で、「説明責任は果たした。検察が不起訴処分にしたことで既に決着している」として説明責任を否定する姿勢をとり続けている。

 この問題は、企業不祥事などについての「組織の説明責任」ではなく、「個人の説明責任」の問題である。そもそも、「説明責任」は、どのような立場の人物について、どのような問題について生じるものなのか、「説明責任を果たす」とは、どういうことなのか、説明責任は刑事責任の存否やそれについての検察の起訴不起訴の処分とどういう関係にあるのか、「第三者の弁護士による調査」というのは、どういう意味を持ち、どのように扱われるものなのか。

 これらの点について、根本的に考えて直してみる必要がある。

個人の説明責任とはどういうものなのか

 「個人の説明責任」は、社会的影響力のある地位に就き、権限を有する人物が、政治家であれば有権者たる国民から、企業経営者であればステークホルダーから、その地位・立場にあることに疑問を持たれるような事象が明らかになった時に、その疑問を解消するために十分な説明を行い、理解・納得を得ることについての責任である。その説明責任が果たせず、批判に堪えられなくなった時には、「辞任」に追い込まれることになる。

 内閣総理大臣(首相)は、行政の最高意思決定者として、行政全般にわたり強大な権限を有し、国民生活に対して重大な影響を生じさせる地位であることは言うまでもない。森友・加計学園問題、桜を見る会問題などの様々な疑惑で説明責任を問われながら、「突然の辞任表明」に至るまで、それを果たしていないと批判されてきたのが安倍晋三元首相である。

 企業経営者も、企業不祥事が表面化した際、不祥事自体やその対応について経営者としての説明責任が問われるほか、経営者自身の個人的な非違行為についても説明責任を問われ辞任に追い込まれることもある。個人的問題であっても、その事業活動が国民生活や経済に大きな影響を及ぼす大企業であれば、非違行為について説明責任を果たせない人物が経営者の地位にとどまることにより、当該企業自体が、消費者・取引先等のステークホルダーからの信頼を失うからである。

 与党自民党の幹事長の甘利氏にとって、URをめぐる「あっせん利得疑惑」についての「説明責任」についても同様のことが言える。「政党内の人事の問題なので、外部から批判される筋合いはない」というような声もあるが、論外だ。自民党の政治資金のみならず、国民の税金を原資とする170億円に及ぶ政党助成金の配分の権限を握る与党自民党の幹事長がどういう人物なのかは、国民にとっても重大な関心事だ。しかも、総理大臣となる与党自民党総裁が国会議員・党員による「選挙」で選出されるのと異なり、自民党幹事長は、総裁が「指名」するだけであり、民主的な手続を経て選出されたものではない。その権限の適正な行使を期待できる人物か否かに疑念が生じた場合は、説明責任を果たすことが求められるのは当然だ。

説明責任と刑事責任の一般的関係

 甘利氏は、URをめぐる「あっせん利得疑惑」について刑事事件が不起訴で終わっていることを、説明責任を否定する理由にしている。しかし、【前記記事】でも述べたように、検察の不起訴処分というのは、公訴権を独占する検察官が、収集した証拠に基づき有罪判決が確実に得られるかどうかを検討した結果、その権限の行使には至らなかったということに過ぎない。政治家或いは当該政治家の事務所の行為が違法ではなかったことが明らかにされたわけではないのである。一般的に、不起訴処分は「説明責任」を否定する理由とはならない。

 企業不祥事の例で言えば、ある企業で「品質データの偽装」が問題となり、「企業ぐるみの偽装」だとして経営者が告発され、捜査の対象とされたが、末端で行われていた行為で、経営者には認識がなかったとして不起訴になったという場合、刑事責任は問われないとしても、「品質データ偽装」問題がそれで決着するわけではない。企業として第三者委員会を設置するなどして事実解明を行い、ステークホルダーの信頼を回復することが必要となる場合も多い。この場合、刑事責任が問われないことは「説明責任」の否定にはつながらない。

 政治家の例でいえば、安倍元首相にとっての「桜を見る会」問題が典型例だといえる。本来、各界で功労・功績があった人達を慰労することを目的としている公的行事であるのに、安倍後援会関係者が開場時刻前に何台ものバスで乗り付けて、ふんだんな飲食やお土産までふるまわれるなど、安倍後援会側の意向で「地元有権者歓待行事」と化し、公的行事が私物化されていたことがまず問題となり、それに加えて、安倍氏側が、その前日にホテルで開かれた夕食会で自ら費用を負担して選挙区内の有権者に利益供与をした公選法違反の疑いが生じた。

 それに対する安倍首相の説明を、私は「詰んでいる」としたが(【「桜を見る会」前夜祭、安倍首相説明の「詰み」を盤面解説】)、それは、安倍首相が、政治資金規正法、公選法との関係で、「違法ではない」と説明しようとして苦しい言い逃れを重ねた末に、窮地に陥り、どうにも説明がつかない状況に追い込まれていた状況を表現したものだった。

 しかし、「違法ではない」との説明が困難だからといって、必ずしも、安倍氏自身が違法行為あるいは犯罪に関与したとして刑事責任を追及されることになるわけではない。政治資金規正法違反・公選法違反で刑事責任を問うためには、それについて、特定の個人の行為と犯意が証拠によって立証されることが必要だ。

 安倍氏が首相を辞任した後、検察捜査により、安倍首相の国会答弁が虚偽だったことが明らかになり、安倍氏の「説明責任」がさらに厳しく問われることになった。一方で、刑事責任については、秘書が政治資金規正法違反で起訴されただけで、安倍氏については不起訴となり、検察審査会で「不起訴不当」の議決が出され、検察が再捜査を行っているが、仮に、安倍氏自身が不起訴で終わったとしても、「説明責任」という面で、重大な問題があったことに変わりはない。

 この問題については、刑事責任の問題は、問題全体の中の一部に過ぎない。刑事責任が問われないからと言って「説明責任」が否定されるわけではないのである。

甘利氏についての「説明責任」と刑事責任

 では、甘利氏の問題では、刑事責任が問われないことで説明責任が否定されると言えるのか。

 背景にあるのは、国会議員や秘書による行政庁等への「口利き」の問題だ。

行政庁等に不当な影響力を及ぼし、依頼者の個人的利益を図り、国会議員等も利益を図る行為が社会的批判を浴びたことから、そのような行為を処罰するために、2000年に議員立法で成立したのが「あっせん利得処罰法」だ。

 しかし、国会議員等の政治家が、支持者・支援者等の国民から依頼され、裁量の範囲内の行政行為について行政庁等に働きかけて依頼に応えようとすることは、国民の声・要望を行政行為に反映させるための政治活動として必要なものでもある。  

 そこで、あっせん利得処罰法では、そのような政治活動全般を委縮させることがないよう、あっせんの対象を、「行政処分」と「契約」に関するものに限定し、国会議員等が「権限に基づく影響力を行使」した場合に処罰の対象を限定することで、「二重の絞り」をかけ、看過できない重大な事案だけが処罰の対象とした。

 しかしそれは、そのように極めて狭い範囲に限定された「処罰の対象」に当たらない場合には何も問題がないことを意味するものではない。当該行為によって行政が捻じ曲げられ、国会議員や秘書の側が利益を得た事実はあるが、犯罪には該当しないこともあり得る。その場合は、「不当な口利き」への批判に対して、政治家としての説明責任が問われることになる。

 甘利氏の問題については、秘書が、依頼者とURとの補償交渉に介入したこと、秘書と甘利氏本人が現金を受領した事実があったことが客観的に明らかになっている。

 補償は「補償契約」によって決着するので、「契約」に関する「あっせん」であることは明らかである。また、「国会議員の権限に基づく影響力」についても、現職閣僚で有力な与党議員であるうえ、2008年に麻生内閣で行革担当大臣に就任した甘利氏は、2012年に自民党が政権に復帰して以降、組織の在り方や理事長の同意人事など、URをめぐる問題が与党内で議論される場合には相当大きな発言力を持っていたものと考えられ、「議員としての影響力の行使」も十分可能な立場だったといえる。

 そういう意味で、甘利氏をめぐる問題は、二重の絞りがかけられ、ストライクゾーンが狭く設定されたあっせん利得処罰法の処罰の対象の、まさに「ど真ん中のストライクに近い事案」であった。

 しかし、そのような事案であっても、甘利氏や秘書が、あっせん利得処罰法によって起訴され処罰されるためには、多くの立証上のハードルをクリアしなければならない。とりわけ問題になるのは、「議員としての影響力の行使」だ。それが可能な立場であっても、実際に「行使した証拠」がなければ、あっせん利得罪は立証できない。また、実際にUR側との交渉を行っていたのは秘書なので、秘書から、「交渉の事実を甘利氏に報告していた」との供述が得られなければ、甘利氏本人についての犯罪は立証できない。

 一般的には検察の不起訴処分の理由は公表されないが、この件については、検察審査会が公表した「不起訴不当」を含む議決書を入手することができた。少なくとも、検察の一回目の不起訴の理由は推察することができ、議決書では、その不起訴が不当であることについて、具体的な事実に基づき、かなり踏み込んだ判断が示されている。

検察審査会「不起訴不当」議決の内容

 あっせんの対象とされた案件には、

・2013年5月に、A社側の依頼を受けた甘利事務所が介入した後に、同年8月に約2億2000万円の補償金が支払われた案件(Ⅰ案件)と、

・URの工事によってS社所有の土地のコンクリートに亀裂が入ったことに関して、A社がURに産廃処理費用として数十億円の補償を要求した案件(Ⅱ案件)の二つがあった。

 いずれも、当初の検察官の秘書についての不起訴理由は、「権限に基づく影響力」を「行使した」と認める証拠が十分ではないというものだったようだ。しかし、検察審査会は、

《あっせん利得処罰法違反における「その権限に基づく影響力を行使」したと認められるためには、あっせんを受けた公務員等の判断に影響を与えるような態様でのあっせんであれば足りる。当該議員の立場や地位、口利きや働きかけの態様や背景その他の個別具体的事案における事情によっては、公務員等の判断に影響を与えるような態様の行為と認め得る》

との前提に立って、両案件について検討している。

 Ⅰ案件については、D秘書が、事前の約束もなしに独立行政法人C本社を訪れてその職員と面談して、本件補償交渉に関する内容証明郵便への対応を確認したことを重視し、

《D秘書は、衆議院議員で、有力な国務大臣の一人である被疑者甘利の秘書であるからこそ、応接室に通され、独立行政法人C本社の職員らと面談し、前記の確認をできたとみるのが自然》

《そういった行動が独立行政法人Cの判断に影響を与え得るものと判断しているからと考えるのが自然》

《独立行政法人C本社職員がわざわざ自らの業務時間を割いて、D秘書を面談し、補償交渉1に関する説明をしたのも、それをしないと不利益を受けるおそれがあるからと判断したとみるのが自然》

などとして、「権限に基づく影響力を行使」したと認める余地があると判断し

《検察官の判断は、納得できるものではなく、改めて捜査が必要であり、不当である》

としている。

 また、Ⅱ案件についても、

《Bが継続して相談していたのはA社と独立行政法人Cとの道路建設工事の実施に伴う損傷修復等に関する補償交渉であること、多額の現金供与に経済的に見合う事柄は補償交渉2であることを考慮すると、この継続する現金供与の主要な目的は、A社と独立行政法人Cとの補償交渉2に関し、被疑者清島や被疑者鈴木においてあっせん行為をすることの報酬、謝礼であるとみるのが自然である》

《(Ⅰ案件の)補償金額が増額したことの対価としてBから被疑者清島に対し500万円もの現金が渡されたことも踏まえると、Bが、A社と独立行政法人Cとの補償交渉2について、甘利事務所によって独立行政法人C担当者の判断に影響を与えるような働きかけを求めていたことは容易に認めることができる。》

《被疑者Hも、Bにおいて、(Ⅰ案件と)同様に、甘利事務所による働きかけによってA社が主張する額の補償金が支払われるようあっせんすることを求めていることを知っていたからこそ、その対価として多数回に渡り現金の供与を受けていたと認めるのが自然である。》

として、受領した金銭等が、補償金の支払のあっせんの対価であったことの認識を認め、

《検察官の判断は、納得できるものではなく、改めて捜査が必要であり、不当である》

とした。

 いずれにせよ、甘利氏のURをめぐるあっせん利得疑惑は、刑事事件の不起訴も、市民の代表である検察審査員の多くが納得できるものではなかった。この不起訴不当議決を受けて検察は再捜査し、再度不起訴にしたものの、まさに紙一重の判断であったと言える。「国会議員の権限に基づく影響力」を有すること、しかも、少なくとも秘書が受領した現金が、あっせんの報酬であったことは議決書で認められており、まさに、悪質な「口利き」であることは否定できない。甘利氏の政治家としての説明責任が否定されるものではないことは明らかだ。

 

第三者の弁護士による調査

 そこで問題になるのが、甘利氏が言うところの「第三者の弁護士による調査」と説明責任の関係だ。

 政治家個人について何らかの問題が表面化し、説明責任を問われた場合、事実関係を明らかにして説明することが求められる。そのためには、事実関係を調査することが必要となる。その説明内容が合理的で信用できるものでなければ、国民の納得が得られない。そこで、当事者の政治家本人に代わって、第三者の弁護士に調査を依頼するという方法が用いられることがある。

 企業不祥事によって失墜してしまった社会的信頼を回復するため、企業等から独立した委員のみをもって構成され、事実関係を調査し原因を分析し、再発防止策等を提言するのが、「第三者委員会」であり、多くの企業不祥事で、日弁連の第三者委員会ガイドラインに準拠した形で設置されてきた。この場合、委員の構成、調査報告書を公表することは必要不可欠となる。

 政治家個人が自らの問題について第三者の弁護士に調査を依頼した場合、弁護士名、報告書の公表が必須とまでは言えない。甘利氏が幹事長就任後に言っているように、弁護士調査は本人が事実を把握するためのもので、その結果は政治家本人が説明するというのも、それ自体が否定されるわけではない。

 しかし、この問題は、甘利氏本人が説明するだけで済むものではない。特に問題なのは、甘利氏が自身も現金を受領したことを認めているものの、秘書とURとの交渉については全く認識しておらず、週刊文春の記事は「寝耳に水」だったと述べていることだ。その経緯について、週刊文春の記事では、依頼者は、

「現金を渡した甘利氏との面談の際に依頼内容を説明した」

と証言したとされており、秘書とURとの交渉の録音記録にも

「代議士にも報告している」

との秘書の発言が残っている。第三者の弁護士による調査が行われたのであれば、甘利氏への報告の有無・内容について秘書から聴取しているはずであり、その際、秘書とUR側との会話内容や週刊文春記事での依頼者の証言も参考にされているはずだ。

 このような場合に、当事者である甘利氏が自らに有利な結論を述べただけでは、そのまま受け入れることができないのは当然だ。弁護士調査の結果に基づいて、秘書がどのように供述しているのかを示すことが不可欠だと言える。

 しかも、「調査を担当した第三者の弁護士」について、甘利氏は、「特捜OBの弁護士」であると述べ、単なる弁護士以上の「信頼性」「真相解明能力」を強調している。そうであれば、その「特捜OB弁護士」というのが誰であるかを明らかにしなければ、そのレッテルに偽りがあるかどうかを判断できない。

「説明責任を果たす」とはどういうことなのか

 以上述べたとおり、URをめぐるあっせん利得疑惑について、自民党幹事長に就任した甘利氏には、重大な説明責任があることは否定できないし、これまでの甘利氏の対応で説明責任を果たしているとは到底言えない。

 では、甘利氏にとって、「説明責任を果たす」とは具体的にどういうことなのか。

 それは、疑問を持たれていることについて、合理的で納得できる説明を行うことである。弁護士名や報告書を公表するのが最も端的な方法だ。それができない事情があるとすれば、考えられるのは、第一に、「特捜OBの弁護士」が行った十分な内容の調査報告書が存在するが、公表について弁護士の了解が得られない、という「弁護士の了解」の問題、第二に、調査をまともに行っていない、或いは、一応調査はやったが公表に堪えうる内容ではない、という「調査の内容」の問題である。 

 第一だとすると、調査報告書自体は公表しなくても、その内容を公表するなり、甘利氏自らが詳細に説明することはできる。十分な内容の調査報告書が存在するのであれば、そこには、そもそも、どのような経緯で、甘利事務所の秘書が依頼者側からURとの補償交渉を依頼されたのか、そのような依頼者を、なぜ、大臣室で甘利氏と会わせることになったのか、大臣室で現金を受領した際のやり取り、その後の現金の処理、URとの交渉についての甘利氏への報告の有無などについて、秘書の供述内容が具体的に記載されているはずだ。それについて、調査報告書の内容を、甘利氏が自ら説明すればよいのである。それが、甘利氏にとって「説明責任を果たす」ということである。

 そのような、調査報告書に当然記載されているはずの事項について甘利氏が説明できないとすると、弁護士名・調査報告書を公表できない理由は上記第二だと判断されることになる。第二の理由だとすると、甘利氏は、説明責任を果たすことは不可能だということであり、自ら非を認めない限り、説明責任から逃げ続けるしかない。それが、自民党幹事長にあるまじき行動であることは明らかだ。

野党の「疑惑追及チーム」による「説明責任」追及の限界

 甘利氏が自民党幹事長に就任したことを受け、疑惑追及のために急遽設置された、「甘利幹事長あっせん利得疑惑追及チーム」は、連日のように国会内で、関係省庁、URの担当者等を呼んでヒアリングを行い、その中で、甘利氏への公開質問状への回答内容を紹介したりしている。しかし、このような野党側の追及で甘利氏に説明責任を果たさせることができるかと言えば、ほとんど期待できないと言わざるを得ない。

 最大の問題は、甘利氏の説明責任がいかなる根拠で生じているのか、「説明責任を果たす」というのがどういうことなのかということが理解されないまま、かなり的外れな質問が繰り返されていることである。

 私は、2016年1月21日発売の週刊文春が、当時、経済財政担当大臣だった甘利氏のUR都市機構の土地売却への「口利き」をめぐる金銭授受疑惑を最初に報じた際、同誌の取材に、「あっせん利得罪が成立する可能性がある」とコメントし、それ以降、甘利氏の疑惑追及の中心となってきた。野党側の甘利氏の疑惑追及にも全面協力してきた。

 これまでであれば、野党が甘利氏の疑惑追及を行うのであれば、法律面や、事実認定上の問題等について、まず私に助言を求めてくるはずだが、今回は、それは全くない。その一方で、疑惑追及チームのヒアリングの場では、私の名前や、「あっせん利得処罰法の処罰の対象の、まさにど真ん中のストライク」という5年前の私の発言を勝手に引用したり、私が指摘していることを「受け売り」したりしている。

 そのヒアリングの内容を確認したが、率直に言って、残念としか言いようがない。

 本件の問題の当時、甘利氏は経済再生担当大臣だったのに、「行革担当大臣」という過去の地位と取り違えたり、甘利氏が幹事長として判断すべき事項に関連づけて「参院選での自民党本部から河井夫妻への1億5000万円の資金提供」の問題も取り上げているが、「買収の共謀」と「買収目的交付罪」との区別もつかないまま、「決裁権者が買収の共犯に該当する可能性」について法務省担当者に執拗に質問して困惑させている。

 なぜ、私に連絡をとらないのか、それは、疑惑追及チームの中心になっている立憲民主党が、8月に行われた横浜市長選挙で当選した山中竹春氏について「説明責任を全く果たしていない」として、私から批判されているからだ(【横浜市長選、山中候補の説明責任「無視」の立憲民主党に、安倍・菅政権を批判する資格があるのか】)。山中氏が市長選挙で当選し、市長に就任して以降も、私が選挙期間中から指摘していた問題はますます深刻化し、横浜市大の理事長・学長への不当要求問題、強要未遂事件の告発受理、経歴詐称問題に関する決定的な事実の報道などが続いているが、相変わらず、山中氏は質問にまともに答えない姿勢を続けており、立憲民主党側も、何ら対応している気配はない。

 他党の政治家の説明責任を追及するのであれば、まず自ら「説明責任を果たす」ということを実践すべきであろう。

甘利氏「説明責任」は衆院神奈川13区有権者に対して果たすべき

 前記のとおり、自民党幹事長は、党の政治資金、政党助成金の配分の権限を握る重要なポストだが、選挙によって選任されるわけではない。甘利氏が、唯一、選挙の洗礼を受ける場は、目前に迫った衆議院神奈川13区の小選挙区選挙だけだ。

 自民党幹事長に就任した後も、「説明責任を果たした」と言い続けている甘利氏が、このまま何事もなく衆議院選挙を乗りきることができれば、それによって、甘利氏のこれまでの対応について、選挙を通して国民の了解が得られたことになる。それは、第二次安倍政権から長年にわたって続く、説明責任軽視、虚言で批判を交わす政治が、岸田政権下においても継続することを意味する。

 甘利氏の「説明責任」への対応如何で「NO!」を突き付けることができるのは、衆院神奈川13区の有権者だ。大和市・海老名市・座間市・綾瀬市の人たちは、今後の日本の政治を左右する重責を担っている。

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日大背任事件「水増し」の有無が、犯罪成否のポイント

東京地検特捜部が、9月8日、日本大学本部や関連会社、日大事業部などを背任容疑で家宅捜索した事件で、昨日になって、各紙が「特捜部が詰めの捜査」「理事を背任で立件へ」などと報じていたが、今日(10月7日)、井ノ口忠男理事らが逮捕された。

 背任(会社の役員の場合は、会社法の「特別背任」)は、財産犯の中でも、最も立証が難しい犯罪だ。「他人のためにその事務を処理する者が、自己若しくは第三者の利益を図り又は本人に損害を加える目的で、その任務に背く行為をし、本人に財産上の損害を加えた」ときに成立するが(刑法247条)、「自己若しくは第三者の利益を図り」(=図利目的)、「任務に背く行為をし」(=任務違背)、「本人に財産上の損害を加えた」(=財産上の損害)のそれぞれに立証上の問題が生じる。

 会社や法人の役職員の場合、「自己の利益を図る目的」があったと言えるか、任務違背が客観的に裏付けられるかが問題となる場合が多いが、本人に「財産上の損害」が発生したといえるかが問題になる場合もある。

 今回の日大の事件の場合も、日大に「財産上の損害」が発生したといえるか、という点は、かならずしも単純ではない。

 昨日(10月6日)の朝日の記事【日大理事に2500万円、流出資金「還流」か 東京地検が本格捜査へ】では、以下のように報じている。

 日大は2019年12月、医学部付属板橋病院の建て替え工事をめぐり、設計・監理業者を選ぶ「プロポーザル」(提案型の審査)業務を完全子会社「日本大学事業部」に委託した。日大理事は同社取締役として業務に関わった。

 プロポーザルには4社が参加し、日大事業部は都内の設計事務所を選定。金額は24億4千万円と決定し、これをもとに日大は20年4月に同額で契約した。契約金は3回に分けて支払う予定で、同年7月に1回目として3割の約7億3千万円を支払った。

 翌8月、理事の指示に基づき、このうち2億2千万円が設計事務所から都内の会社に送金された。この会社は、大阪市の医療法人グループの前理事長が全額出資した実体のないペーパー会社で、送金は「コンサルタント料」名目だったという。特捜部は、理事が本来は不要な2億2千万円を含む契約を日大に結ばせ、大学に損害を与えたとみている。

 翌9月には、この医療法人グループの関連会社から、理事の知人側が所有する都内のコンサル会社に対し6600万円の送金があった。11月には、このうち3千万円が知人側の都内の別会社に移った。

 毎日の記事【日大背任 病院設計監理の予定価格数億円つり上げか 理事を追及へ】では、設計会社との契約額や「水増し」について、以下のように報じている。

 都内の設計会社の提案書は当初、業務の総額を20億円前後としていたが、男性理事が数億円上方修正して約26億円にするよう設計会社側に指示し、金額が差し替えられた疑いがあるという。事業部は国土交通省の基準などから事前に上限を約26億円と見積もっており、これに近づける意図があったとみられる。

日大幹部ら7人が設計内容や価格などを考慮して各社の提案書を採点。最高点は都内の設計会社ではなかったが、男性理事の指示で評価点が水増しされ、都内の設計会社が1位になったという。

 事業部は設計会社と金額交渉して約2億円値下げし、日大は同年4月に設計会社と約24億円で契約。同年夏に設計会社に前払い金約7億円が支払われた。このうち2億2000万円が男性理事の指示で、大阪市の医療法人グループの前理事長が株式を100%保有する都内のコンサルタント会社に送金された疑いがある。コンサル会社は実体がないペーパーカンパニーだったとみられる。

 その後、医療法人グループ側から複数の会社を通じて男性理事に2500万円が渡っているといい、特捜部は医療法人グループの前理事長を任意で事情聴取し、男性理事側との金銭のやり取りの趣旨を確認している模様だ。

 これらの記事を前提にすると、「任務違背」については、設計内容や価格などを考慮して各社の提案書を採点した際に、「男性理事の指示で評価点が水増しされた」という点で、要件を充たすものと思われ、また、「医療法人グループ側から複数の会社を通じて男性理事に2500万円が渡っている」ということであれば、「図利目的」も認められると思われる。

 問題は、「財産上の損害」が立証できるかどうかだ。

 朝日記事で、「本来は不要な2億2千万円を含む契約を日大に結ばせ、大学に損害を与えた」とされているが、日大が設計会社との契約で支払う金額が、本来の契約額に2億2000万円上乗せされて、24億円で契約し、その差額分が、コンサルタント会社に支払われ、それが理事側に「還流」したと言えるのであれば、2億2000万円は、日大の損害だと言える。

 しかし、仮に、24億円という契約価格は、それなりの合理的な根拠に基づいて算定された価格で、設計会社が、理事側に要求されて、その契約代金の中から、2億2000万円を理事側に支払ったということになると、設計会社の負担で、リベートが理事側に支払われたことになり、財産上の損害はなかったことになる。

 この点は、この種の背任事件において、しばしば問題となる点だ。日産自動車の元会長のカルロス・ゴーン氏のオマーンルートの特別背任事件についても、同様の問題があった。

【ゴーン氏「オマーン・ルート」特別背任に“重大な疑問”】でも述べたように、検察は、ゴーン氏が、オマーンの販売代理店SBAへの支払のうち500万ドル(同約5億6300万円)を自らに還流させたと主張し、その資金がゴーン氏のキャロル夫人の会社に還流し、“社長号”なる愛称がつけられたクルーザーの購入代金に充てられているとしきりに報じられていた。確かに、正規に支払が予定されていた販売奨励金の金額に、ゴーン氏側への還流分を上乗せして支払ったということであれば、その分、日産に損害が発生したことになる。しかし、その点の立証のためには、SBA側から、「当初から、日産が支払うべき販売奨励金に上乗せした支払を受け、それをゴーン氏側に還流させた」との供述が得られるか、それが客観的に立証できるかどうかが特別背任罪の成否のポイントだった。

 「水増し請求」による背任罪での刑事立件が可能な典型例として、私が、長崎地検次席検事の時代に検察独自捜査で手掛けた「自民党長崎県連事件」(【検察の正義】ちくま新書、最終章「長崎の奇跡」)で、入り口事件となったF建設の背任事件というのがあった。

 この事件では、F建設側がY興産という海砂販売会社との契約で、購入する海砂の量を実際より多く計上させて水増し請求させ、裏金としてバックさせた事実を背任罪で立件した。この事件では、海砂の実際の販売数量と、契約書上の販売数量とが大幅に異なることが、伝票等の客観的な資料によって裏付けられていたので、その分がF建設に「財産上の損害」が生じたことの立証が容易だった。

 しかし、今回の日大の事件のように「設計業務」というのは、客観的な根拠で契約額が決まるものではないので、「水増し」を客観的に立証することは難しい。どうしても、関係者の供述に頼らざるを得ない。

 上記の毎日の記事に書かれていることとの関連で言えば、「設計会社の提案書は当初、業務の総額を20億円前後としていたが、男性理事が数億円上方修正して約26億円にするよう設計会社側に指示」という事実について、設計会社側から

もともと「適正価格」を20億円程度と考えていたが、理事から、26億円の予算があるので、もっと引き上げてくれて構わない、ただ、その引き上げた分のうち2億2000万円は私の方にバックしてほしい、と言われていたので、それにしたがって、20億円より高い金額で、日大側と交渉した

というような供述が得られていることが、「財産上の損害」の立証ができるかどうかのポイントになるだろう。

 この種の事件では、ゴーン氏のオマーン・ルートがまさにそうであったように、契約の相手方から代金の一部が「還流」していることに注目が集まる。今回の件も「還流」が、そもまま「日大側の財産上の損害」であるかのように捉える記事が多いが、「還流」だけでは、本人について「財産上の損害」が発生したとはいえない。本人が、本来支払うべき金額を超えた支払をさせられていることが客観的に明らかになることが必要だ。

 もちろん、特捜部の方でも、その点の問題点は十分に認識して、捜査を行っているだろうが、今後の捜査や公判の展開を予想する上でも、大きなポイントであることは間違いない。

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問われる「甘利幹事長」の説明責任、なぜ「特捜OB弁護士名」を明らかにしないのか

自民党総裁選挙で、河野太郎氏らを破って当選し、総裁に就任した岸田文雄氏が、幹事長に選んだのは、甘利明氏だった。

「生まれ変わった自民党を、国民に示す」と宣言した岸田氏が、カネと人事を握る党の要の幹事長に、「政治とカネ」問題、あっせん利得の嫌疑を受けて、説明責任を果たしていないと批判されている甘利氏を就任させたことが、大きな波紋を呼んでいる。

これに対して野党側は強く反発し、野党3党の合同調査チームを来週設置する方針を明らかにしている。近く開かれる臨時国会でも、甘利氏の参考人招致や政治倫理審査会開催などを求めていくとのことだ。

私は、2016年1月21日発売の週刊文春が、当時、経済財政担当大臣だった甘利氏のUR都市機構の土地売却への「口利き」をめぐる金銭授受疑惑を最初に報じた際、同誌の取材に、「あっせん利得罪が成立する可能性がある」とコメントし、記事で事案の詳細を確認した時点で、「絵に描いたようなあっせん利得」と表現した(【甘利大臣、「絵に描いたようなあっせん利得」をどう説明するのか】)。

 「あっせん利得罪」というのは、政治とカネ問題を報じる週刊誌が飛びつきやすい罪名であり、その犯罪の成否についてコメントを求められたことは多数あるが、構成要件に絞りがかけられており、刑事事立件のハードルはかなり高い。殆どの件では、私は消極コメントをし、記事にならなかったか、記事に別の識者コメントが掲載されている。あっせん利得罪について私が「成立の可能性」をコメントしたのは、この甘利氏の件の一回だけだ。

2016年2月24日、衆議院予算委員会の中央公聴会で公述人として、「独立行政法人のコンプライアンス」を中心に意見を述べた際にも、甘利氏の事件に言及し、「この問題が、大臣辞任ということだけで、何ら真相解明が行われず、うやむやにされるとするとすれば、国会議員の政治活動に関する倫理感の弛緩を招くことになりかねない。」と述べた(【独法URのコンプライアンスの視点から見た甘利問題】)。

その後も、甘利氏の問題について動きがある度にブログ等で取り上げ、刑事事件としての立件の可能性について積極的に解説してきた。

今回、甘利氏が自民党の幹事長に就任したことで、5年前の同氏の「政治とカネ」問題が改めて注目されることになった。

この問題が、どのような問題であり、刑事事件がどのような経緯をたどり、「説明責任」への甘利氏の対応にどういう問題があったのかを、改めて解説しておきたいと思う。

報道等で明らかになった事実と甘利氏の大臣辞任、その後の国会欠席

当初、週刊文春で報じられたのは、当時経済再生相だった甘利氏の秘書が、道路用地買収をめぐって独立行政法人都市再生機構(UR)と建設会社(S社)との補償交渉に介入し、秘書が建設会社側から多額の報酬を受け取ったり接待を受けたりしたほか、甘利氏自身も大臣室等で合計100万円の現金を受領したという疑惑だった。

甘利氏は、2016年1月28日に行った記者会見で、大臣室でS社側と面談し、その場で現金50万円、その後地元事務所で50万円を受領し、合計100万円の現金を受領したこと、秘書がS社からURとの補償交渉についての相談や依頼を受け、500万円を受領したことを認めた上、大臣辞任を表明した。

同会見において、甘利氏は、「特捜OBの第三者の弁護士」が秘書や経理担当者などの関係者から直接聴取し、関連資料等を確認した結果というものにもとづいて、URへの「口利き」や現金授受の疑惑についての説明を行った。

「URへの口利き」も「金額交渉への介入」もないとした上で、秘書が、S社側から政治献金として現金を受領しながら一部を使い込んでしまったり、多数回にわたって現金を受領したり、飲食の接待を受けていたことなどについて、「秘書が疑惑を招いていることについての監督責任をとって辞任する」という説明だった。

甘利氏が、記者会見で最大の拠り所としたのが、この「特捜OBの第三者の弁護士による調査」だったが、その弁護士が、どこの誰なのであるのかは、一切明らかにしなかった。

そして甘利氏は、大臣辞任の記者会見以降、公の場には一切姿を見せず、「睡眠障害で1カ月間の自宅療養が必要」との診断書を提出して、同年6月1日の通常国会閉会まで4ヵ月にわたって国会を欠席し続けた。

「権限に基づく影響力」についての法解釈

この事件については、甘利氏本人や秘書に多額の現金が渡ったこと、少なくとも秘書がUR側と多数回接触していたことは明らかで、甘利氏自身もそれを認めている。そこで、あっせん利得罪成立のポイントとなったのが、「甘利氏にURに対する“国会議員としての権限に基づく影響力”が認められるかどうか」だった。

この点について、私は、当初から、国会議員の「権限」とは、議院における議案発議権・評決権・委員会における質疑権等であり、国会議員の「権限に基づく影響力」とは、権限に直接又は間接に由来する影響力、すなわち職務権限から生ずる影響力のみならず、法令に基づく職務権限の遂行に当たって当然に随伴する事実上の職務行為から生ずる影響力をも含み、「他の国会議員への働きかけ」も、国会議員としての職務権限に密接に関連するもので、そのような行為を行い得ることによる影響力も、「権限に基づく影響力」に含まれるとの解釈を繰り返し強調してきた。

このような解釈は、立法当時の国会答弁や立法者の解説書などでも示されているものであり、否定される余地はないものだ。事件当時、有力閣僚の地位にあった甘利氏の場合、与党内でのURに関する議論にも大きな影響力を及ぼし得る有力議員であり、「権限に基づく影響力」を及ぼし得る立場であった。

ところが、この点に関して、甘利問題が表面化した当初から、この点について異なった解釈を示し、あっせん利得罪の成立に否定的な見方を示していた特捜OBの弁護士がいた。特に、元東京地検特捜部長・名古屋高検検事長の宗像紀夫弁護士は、検察がURに対して強制捜査に入った後も、あっせん利得罪の要件である「権限に基づく影響力の行使」について、全く的外れな解釈を示し、犯罪が成立する余地が乏しいかのようなコメントを行っていた。以下は、4月13日付け日経新聞社会面記事だ。

元東京地検特捜部長の宗像紀夫弁護士によると、同法違反罪の成立には「議員の権限に基づく影響力の行使」が必要という。金銭授受のあった当時、甘利氏は経済財政・再生担当相だった。宗像弁護士は「分かりやすい例は『言うことを聞かないと議会で質問して追及する』といった場合だが、甘利氏は当時閣僚で、議会で質問する立場にはなかった」と指摘。URを所管する国土交通相でもなく、「URとのトラブルに関連して職務上の権限があるとは考えにくい」としている。

当時閣僚で、議会で質問する立場にはなく、URを所管する国土交通相でもなかった甘利氏には、「議員の権限に基づく影響力の行使」が認められる余地がないというのであれば、今回の問題について、あっせん利得罪が成立する余地はないことになる。

「あっせん利得罪」は、刑法の「あっせん収賄」と同様に、公務員が他の公務員(URの役職員は、法律で「みなし公務員」とされている。)に一定の職務行為を行うこと、或いは行わないことを働きかける「あっせん」を行って対価を受け取る行為を処罰の対象としている。

国会議員のような「政治的公務員」の場合、政策実現のための政治活動として、官僚等の公務員に職務行為に関して働きかけを行うこともあり、その対価を「政治献金」として受領する行為を広く処罰の対象にすると、正当な政治活動の委縮を招きかねないとの理由から、あっせんの対象とされる公務員の職務行為は、「あっせん収賄」では「不正行為」に限定され、「あっせん利得処罰法」では「契約」や「行政処分」に関するあっせんに限定された上、「権限に基づく影響力を行使して」あっせんを行った場合に限られている。

そのため、一般的には、国会議員やその秘書に対する適用のハードルはかなり高い。しかし、前記の予算委員会の公述人陳述でも述べたように、「甘利問題」は、狭く設定されたあっせん利得処罰法の処罰対象のストライクゾーンの「ど真ん中」の事案だったのである。

宗像氏の日経新聞記事でのコメントは、全く誤ったものであることは明らかだったが、同氏は、特捜部長経験者の大物検察OBである一方、安倍内閣の「内閣官房参与」という地位にもあった。今回の甘利問題についての発言は、特捜検察OBという立場で言っているのか、それとも、内閣官房参与として、安部内閣の擁護者の立場で言っているのか、という点にも疑問があった。当時、以上の私の見解と疑問を書いたブログ記事が【甘利問題、今なお消極見解を述べる宗像紀夫弁護士・内閣官房参与】だった。

あっせん利得罪の成立の可能性

この問題で、あっせん利得罪の成否が問題となる案件が二つあった。一つは、2013年5月に、S社側の依頼を受けた甘利事務所が介入した後に、同年8月に約2億2000万円の補償金が支払われた案件(A案件)、もう一つは、URの工事によってS社所有の土地のコンクリートに亀裂が入ったことに関して、S社がURに産廃処理費用として数十億円の補償を要求した案件(B案件)であった。

私は、当時、報道されていた事実関係を前提に、「口利き」の対象となったA案件、B案件、それぞれについてあっせん利得罪の成否を論じ、B案件については、刑法のあっせん収賄罪の成立の可能性もあることを指摘した(【甘利問題、検察捜査のポイントと見通し①(あっせん利得処罰法違反)】【甘利問題、「あっせん利得罪」より、むしろ「あっせん収賄罪」に注目 ~検察捜査のポイントと見通し②】)。

URの予算等を承認する直接の所管官庁は国土交通省だが、かつては公団だったURが独立行政法人となった後、その組織の在り方については、完全民営化を含めた様々な議論が行われ、最終的には、都市再生機構法という法律改正の是非という立法問題となった。しかも、URの理事長等は国会の同意人事だ。第一次安倍内閣で行政改革担当大臣を経験している甘利氏は、国会での多数を占める与党内でのURの在り方や人事等に影響力を及ぼし得る有力な国会議員と認識されていたはずだ。それが、UR側から押収した資料や、それに基づくUR側の供述によって裏付けられれば、「国会議員の権限に基づく影響力」があったことの立証が可能となる。

A案件で、それまで進んでいなかった補償交渉が甘利事務所の介入後に一気に進展し、約2億2000万円の補償金が支払われることで決着した事実は、補償金が支払われたA案件についてあっせん利得罪の成否に関する重要事実であるだけでなく、結果的には補償金が支払われなかったB案件についてのあっせん利得罪における「権限に基づく影響力」の有無を判断する上で重要な事実だ。

元行革担当大臣としての甘利氏のURに関連する問題への関与と、与党内での有力国会議員としての地位に加え、甘利事務所介入直後からA案件の補償交渉が進展した経緯は、A・B両案件について、「国会議員の権限に基づく影響力」を認める根拠になり得ると考えられた。

「権限に基づく影響力の行使」の有無

しかし、甘利氏がURに対して、「国会議員の権限に基づく影響力」があり、それがUR側の補償交渉に現実的な影響を及ぼし、甘利氏側がその報酬を受け取ったとしても、それだけで犯罪が成立するわけしない。その「影響力」を、議員やその秘書が「行使」した場合でなければ犯罪とはならない。

URとの補償交渉に介入した甘利氏の元秘書が、甘利氏が、与党の有力政治家であり、URの在り方に関する立法等を通してURに影響を及ぼし得る国会議員であることを、暗にほのめかしたり、それを前提にしていると思われる発言をした、というような事実があれば、「行使した」と認められる余地がある。

しかし、その「行使」の事実は、個人の行為として具体的に特定されなければならない。問題は、その「行使」の場面があったか否かである。

週刊文春の記事によると、S社の総務担当者のI氏が、URとの補償交渉(A案件)について最初に依頼したのが2013年5月9日、対応したのが秘書(当時甘利氏の秘書で地元事務所の所長)、UR側に内容証明を送ることを提案し、甘利氏の別の秘書が、UR本社に赴いて交渉した結果、同年8月に、URから約2億 2000万円の補償金が支払われることになった。I氏は、8月20日、その謝礼として500万円をK秘書に渡したとのことである。

A案件について、甘利事務所側が直接UR側と接触したのは、この秘書がUR本社に行った際の一回だけのようだ。それ以外に、電話などでUR側と話す機会があった可能性もあるが、それらのURとの接触において、「影響力を行使した」と認められるような言動があったことを立証する証拠を得ることは容易ではないと考えられた。

一方、B案件については、2014年1月に面談を申し入れて以降、2015年11月ころに至るまで、I氏から金銭や飲食の提供を繰り返されていた甘利氏の秘書が、UR側に多数回にわたって執拗に接触を繰り返し、その中で、2015年10月にURが「逆にこれ以上関与しないほうが良いように思う。現在の提示額は基準上の限度一杯であり工夫の余地が全くなく、要望を聞いてしまうと甘利事務所もURも厳しくなるだけ。」とコメントするような場面まで出てきた(UR折衝記録)。同年11月には、甘利氏の地元事務所にて秘書とUR総務部長・国会担当職員が面談した際、大臣名を出して圧力をかけたとのことだった。影響力の「行使」の要件は、A案件よりB案件の方が認められる可能性が高いと考えられた。

検察の不起訴処分、検察審査会の議決と甘利氏の政治活動再開

ところが、弁護士団体の告発を受けて東京地検特捜部はUR側への家宅捜索を行ったが、肝心の甘利氏の事務所への強制捜査も、秘書の逮捕等の本格的な捜査は行われることなく、国会の会期終了の前日の5月31日、甘利氏と元秘書2人を不起訴処分(嫌疑不十分)とした。

その後、検察審査会への審査申立の結果、「不起訴不当」の議決が出された。

「国民の目」からも検察の処分は到底納得できないものだったことは明らかだったが、検察は再捜査の結果、再度、「不起訴」とした。

この事件で、大臣室で業者から現金を受け取ったことを認めて大臣を辞任した後、「睡眠障害」の診断書を提出して、4ヵ月にもわたって国会を欠席していた甘利氏は、不起訴処分を受けて、「不起訴という判断をいただき、私の件はこれで決着した」と記者団に述べ、政治活動を本格的に再開する意向を示した。

そして、甘利氏は、2016年6月6日、政治活動再開を宣言し、地元である神奈川県大和市の事務所の前で、記者の質問に、以下のように述べた。

 大臣会見の時にご覧になったと思うが、私に関する調査は丁寧に弁護士さんにやっていただいたわけであります。それは発表させていただきました。それ以降についても調査を再開してほしいと。調査というのは私が直接やるわけではないです。客観性のために第三者がやりますので、それを続けていただきました。これは、捜査の支障をきたすおそれがあるということで一時中断をしましたと、私に連絡がありました。これは私にはどうしようもありません。捜査当局の判断が出ましたので、続けて再開していただきたいとお願いした次第であります。

どういう形で説明をしようか、それは今後国会関係者、弁護士と相談して、必ず責任は果たしていきたいと思っています。

そして、甘利氏は、同年9月14日、自民党本部で、突然、予告もなく「記者会見」を開き、「事務所の口利きと現金授受問題について、弁護士による独自調査の結果、捜査機関と異なる結論を導く事実は見当たらなかった」と説明しただけで、元秘書2人や事務所関係者から聴取したという、調査担当弁護士名も明らかにせず、調査報告書も公表せず、「会見」は僅か10分で終了した。

これに対しては、【甘利氏の説明 不誠実な態度に驚く】(朝日)【甘利氏の政治責任 調査報告書の公表が欠かせない】(愛媛新聞)、【現金授受問題甘利氏会見 「不誠実」「幕引き」か】などと多くの新聞の社説で批判の声が上がった。

しかし、結局、甘利氏は、それ以降、説明の場は全く設けず、「国会の場での説明」も行われていない。

甘利氏は説明責任を果たしたと言えるのか

甘利氏側が、上記の対応の中で繰り返してきたのは、「検察によって全面的に不起訴になったので、違法ではなかったことが明らかになった、それによって説明責任は尽くされている」ということだった。

しかし、【特捜検察にとって”屈辱的敗北”に終わった甘利事件】で述べたように、検察審査会への審査申立の結果「不起訴不当」の議決が出されるなど、「国民の目」からは到底納得できないものだった。しかも、国会閉会の前日に、公訴時効までまだ十分に期間がある容疑事実についても、丸ごと不起訴にしてしまうなど、方針は最初から決まっていて、不起訴のスケジュールについて政治的に配慮したようにも思えた。

検察の不起訴処分というのは、公訴権を独占する検察官が、その権限を行使しなかったということであり、政治家、或いは当該政治家の事務所の行為に違法行為がなかったことが明らかになったということではない。ましてや、問題がなかったことを意味するものではない。

日本の検察は、基本的に有罪判決が得られる確証がなければ起訴はしない。国会議員等の政治家の事件であれば、起訴して万が一無罪となれば、重大な責任を負うことになるので、なおさら慎重な判断が行われる。

少なくとも、甘利氏の秘書が、道路用地買収をめぐるURとS社との補償交渉に介入し、秘書が建設会社側から多額の報酬を受け取ったり接待を受けたりしたほか、甘利氏自身も大臣室等で合計100万円の現金を受領した事実があることは、紛れもない事実なのである。その事実が報じられて、大臣たる政治家の「政治とカネ」に対する不信を招き、URの事業の公正さにも疑念を生じさせたのである。

第三者の弁護士が調査した結果により、それが、どのような経緯で発生した、どのような問題であったのか事実関係を可能な限り明らかにし、それについての自身の考え方を示すことは、政治家として当然の義務であり、ましてや、自民党幹事長という、政治とカネに最も責任と権限がある役職に就く政治家であれば、必須であろう。

大臣辞任会見の際は、短期間で、第三者の弁護士が聞き取り調査をした結果を聞いたとして、甘利氏自身が説明を行ったが、その際も、「調査の途中であり、調査が終了し次第、調査の結果を公表する」と述べていた。そのような第三者調査に基づく説明が、検察の不起訴処分で刑事事件が決着した後も、全く行われなかったことが、「説明責任を果たしていない」との批判を受けてきたのである。

甘利氏が大臣を辞任したのと同じ2016年の6月に、同様に「政治とカネ」の問題を追及され、都知事辞任に追い込まれたのが、舛添要一氏だった。

舛添氏は、「特捜経験のある弁護士」に調査を依頼し、報告書を公表し、弁護士(特捜OBの佐々木善三弁護士)が記者会見を行ったが、批判が収まらず、辞任に追い込まれた。一方、甘利氏は、大臣辞任会見の際も、政治活動再開会見の際も、「弁護士による調査」を振りかざして「問題はなかった」との結論だけを説明したが、弁護士名も調査報告書も公表することはなかった。

弁護士は、自らの判断で職務を行う法律専門家であり、責任の所在を明らかにするため弁護士名を示すのが原則だ。佐々木弁護士も、都知事の進退に関わる極めて重要な判断であったからこそ、調査結果に理解を得ることが容易ではないことを覚悟した上で記者会見に臨んだはずだ。

ところが、甘利氏の調査を担当したとされる弁護士は、国政にも影響を及ぼす重要な調査であるのに、いまだに、自らの氏名を明らかにせず、調査結果の説明も行っていない。

甘利氏が自民党幹事長に就任することの意味

甘利氏が、政治家としてどのように素晴らしい実績を上げてきたとしても、URの土地買収をめぐる問題に対して行ってきたことは、全く評価できない。

甘利氏は、第一次安倍政権からの安倍首相の「盟友」であるだけでなく、財務省の決裁文書改ざんという前代未聞の不祥事でも辞職させられなかった麻生氏ともかねてから関係が深い。重大な疑惑で大臣辞任した後、国会を欠席して姿を隠し、ろくに説明責任すら果たさないまま政治の表舞台に復帰することができたのも、「安倍一強体制」の中でも「権力に極めて近い立場にある政治家」だったからこそであろう。

そして、岸田氏の総裁選の党員票での「圧勝」が、安倍氏、甘利氏などが河野氏に投票する可能性のあった国会議員に強く働きかけた「成果」とも言われている。その論功行賞として甘利氏が「幹事長」という自民党の権力中枢のポストを獲得したのだとすると、岸田政権が発足しても、結局、岸田政権は、「安倍一強政権」の膿を、そのまま引き継ぐことになりかねない。

自民党内で政治資金・選挙資金を配分する権限を持つのが幹事長である。本来であれば、今回就任した幹事長として、まずやらなければならないのは、多くの国民が疑念を持つ、2019年参議院選挙での河井案里氏への1億5000万円の選挙資金提供についての事実解明、その背景と動機を明らかにすることである。甘利幹事長に、それを期待することができるだろうか。

自民党幹事長が、その差配の権限を持つ党の政治資金には、国民の税金を原資とする政党助成金も含まれている。資金配分に当たって、政治倫理、政治資金の透明性に対する真摯な姿勢が必要であることは言うまでもない。そのポストに就いたのが、自らの説明責任を全く果たして来なかった甘利氏であることは、岸田氏が標榜する「生まれ変わった自民党」にとって、最大のリスク要因であることは否定できない。

幹事長就任後の甘利氏の「説明」

こうした批判にもかかわらず自民党幹事長に就任した甘利氏は、10月1日に党新四役の就任会見に臨み、そこで、5年前に大臣辞任の理由になった現金授受問題に関して質問された。その答の主たる内容は、以下のようなものだった。

(1)あの事件は、私の地元の秘書が事業者から陳情を受けて、URと接触をしていたことが斡旋利得処罰罪に抵触するのではないか、という疑惑でありました。捜査の最終的な結論は、私が不起訴、秘書も不起訴でありました。

(2)秘書がURと接触していた事自体を知らされていないんです。だから私は“寝耳に水”と。事件がどういうものであったのか、何しにURに行ったのか分からないところから始まったわけであります。

(3)私の説明責任についてでありますけれども、辞任会見の時までの間に、総力を尽くして特捜のOBの弁護士さんにお願いしまして、2週間くらいでしたでしょうか。徹底的に調査しました。それを元に、辞任会見で質問が出尽くすまでお答えをいたしました。

甘利氏は、疑惑の核心部分をすべて除外して、自分の都合のよいところだけ抜き出して説明したことにしている、というほかない。

 そもそも、秘書がURと接触しただけであれば、何の疑惑も生じない。そこで金銭の授受があったから、しかも、その一部は、甘利氏が直接受領した事実があるからこそ「重大な疑惑」に発展したのである。(1)では、それを、「URとの接触」だけが問題であったかのように、話をすり替えている。

 (2)については、S社側は、甘利氏に直接URとの交渉を頼んだと証言しているのであり、甘利氏の言い分とは食い違っている。しかし、大臣室で面談して現金50万円を受領し、さらに地元事務所で50万円を受領した相手方が、どのような人物で、何を求めているのか、甘利氏が全く知らなかったというのは、考えられない。

 (3)で、弁護士の調査を振りかざしているのも、5年前と同じである。しかし、それなら、今からでも遅くない。幹事長職に就任したのであるから、自身と秘書への疑いを払拭するために、「潔白」だとする調査報告書と弁護士名を公表すべきだ。そして、舛添氏の時のように、弁護士に記者会見で質問に答えさせるべきだ(甘利氏は、「調査結果は文書で公表している」とも言っているが、会見の場での説明内容をペーパーで配布したに過ぎない)。ここまで一貫して調査を担当した弁護士名を公表しなかったことには余程の事情があるのかもしれない。そうであれば、その「事情」を明らかにすべきだ。

 

このような姿勢が容認されるのであれば、今後、自民党国会議員の間では、「政治とカネ」の問題を追及されたら、「弁護士に調査を依頼したと称して、その結論だけを説明し、弁護士名も、調査報告書も公表しないというやり方」がスタンダードになりかねない。

このような、凡そ説明にならない「説明」しかしない人物が、幹事長に就任した自民党に対して、衆院選挙で、国民はどのような判断を下すのであろうか。

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首長交代と自治体の大規模事業への対応~旧市庁舎売却問題への市長としての対応を考える

日本の地方自治体では、首長と議会議員を、ともに住民が直接選挙で選ぶという二元代表制がとられており、自治体の運営と意思決定は、首長と議会に委ねられている。

予算の提出権が首長側にしかなく、議会は、それを議決する権限しかないなど、首長に権限が集中しているところに特色がある。

首長に権限が集中し、その権限行使を議会でチェックする二元代表制の枠組みの下では、議会で議案が否決されない限り、首長の判断がそのまま自治体の決定となる。

そのように強大な権限を持つ首長が選挙で交代した場合、当該自治体にとって大規模で住民の関心が高く、事業の実施の是非について意見対立があった事業への新首長の対応が注目を集めることになる。それは、二元代表制の「一翼」である首長に対して「民主主義」が大きく作用する場面であるが、それと同時に、前任の首長が行った決定を覆すことの法的問題、それが当該自治体に及ぼす影響などから、「行政の継続性」の要請も受けざるを得ず、そこには、もう一方の二元代表制の「一翼」を担う議会との関係も重要な要素となる。

大きな混乱と損失を招いた小池都知事の「豊洲市場移転延期」

最近の事例では、東京都の豊洲市場への移転問題に対する都知事就任直後の小池百合子知事の対応が、その典型と言えよう。

築地市場の豊洲への移転の構想に対しては、2000年頃、その話が持ち上がったときから、土壌汚染の問題がある工場跡地に生鮮食品の市場を整備することに対する反対論が根強かったが、石原慎太郎氏が移転を決定し、その後、猪瀬直樹氏、舛添要一氏まで、歴代の知事は、一貫して豊洲への市場移転を推進してきた。

2016年7月、舛添氏の辞任を受けて行われた都知事選挙で当選し、小池氏が都知事に就任した時点では、豊洲市場の施設はほとんど完成し、11月7日の移転を待つのみであったが、8月31日、小池都知事は、都議会に全く諮ることなく、突然、豊洲への移転延期を発表した。そして、その10日後に、豊洲市場の施設の下に「盛り土」がされていなかった問題を公表し、「専門家会議」の提言に反しているので、「土壌汚染対策の安全性についてオーソライズされていない」などとして問題視した。そのため、その後の報道において、移転を進めてきた(小池知事就任前の)東京都を批判する報道が過熱し、「土壌汚染対策は十分なのか」「食の安全は確保できるのか」といった世の中の懸念が一気に高まることになった。

小池氏の方針転換で、追加対策工事の計画も進められ、空洞内の床設置や地下水管理システムの強化、換気機能の追加などが行われるなどしたが、土壌汚染の問題は、「都民の安心」の問題に過ぎず、豊洲市場の安全性の問題ではないことは、小池氏自身も認めていた。延期決定から築地市場解体決定までに1年4ヶ月弱を要し、その間に小池百合子が度々姿勢を転換させたことによる混乱が繰り返され、都の財政的負担は膨大なものとなり、市場関係者にも大きな損失を生じさせた。

就任直後の首長の大規模事業についての一方的な決定が、当該自治体に大きな混乱と損失を生じさせた事例の一つと言える。

反発・混乱が回避できた横浜IR誘致撤回

横浜市では、カジノを含む統合型リゾート(IR)誘致の是非について、激しい議論が行われ、今年8月に実施された横浜市長選挙の争点となり、山中竹春氏が当選して市長に就任直後に、誘致を白紙撤回して、横浜市としての方針が確定した。

このIR誘致の問題については、林文子前市長は、当初、「市の将来の経済成長に有効な手段で、導入に非常に前向き」との見解を示してきたが、2017年7月の市長選の半年前に「白紙」と立場を変えて選挙に臨み三選を果たした後、2年後の2018年7月に、統合型リゾート施設整備法が成立し、2019年8月に、山下ふ頭でのIR整備に取り組んでいく方針を公表した。これに対して、IRに反対する市民運動が活発化し、住民投票を求める署名が法定数を超える19万筆も集まり、市に提出されたが、住民投票条例案は、市の反対意見が付されて市議会に提出され、市議会は条例案を否決した。

横浜市は、今年1月にIR整備基本計画が公表され、開発・運営する事業者の公募を行い、海外のIR事業者等による2グループから事業計画の提案を受け、事業予定者の選定を進めていたが、IR誘致に反対の市民運動に立憲民主党・共産党などの野党も加わり、IR反対派の動きが強まっていた。市長選挙では、8名の候補者のうち6名の候補者がIR反対を公約に掲げ、「IR白紙撤回」を前面に打ち出して当選した山中竹春氏が、市長就任後、市議会でIR誘致撤回を宣言し、それまでIR誘致に賛成してきた自民公明両党も目立った反発はしなかったため、横浜へのIR誘致の中止の方針が確定した。

前任の林市長が進めてきたIR誘致の方針が、市長選挙で市長が交代した直後に新市長によって覆されたが、さしたる混乱も、市議会の反発もなく確定する見通しとなっているのは、市としては基本計画を公表していただけで区域整備計画策定には至っておらず、事業者選定も、公募に2者が応募しただけの段階で、契約には至っておらず、IR誘致の方針について法律上の効果は生じていなかったこと、それまでIR誘致の中心となってきた自民党も、市長選で多くの市議が応援した小此木八郎候補も、「IR誘致取り止め」を公約に掲げていたため、市長選の結果に基づくIR誘致撤回を批判しづらかったこと、などによるものであり、そこに、東京都の小池知事の豊洲市場移転延期決定との大きな違いがある。

山中新市長就任時、期限が迫っていた「旧市庁舎売却契約」

しかし、市長選挙の時点で、横浜市が実施を予定している、或いは検討している大規模事業は、IRだけではなかった。就任直後に市長としての判断が求められる重大な案件となったのが、新庁舎建設に伴う、旧横浜市庁舎の売却と周辺地域の再開発計画についての横浜市としての方針決定だった。

林前市長の下、横浜市は2019年、「国際的な産学連携」と「観光・集客」の二つを条件に再開発の提案を公募し、三井不動産を代表とする8社のグループが事業予定者に選ばれ、市長選で当選した山中氏の就任直後の9月末に、事業者との契約が予定されていた。

この計画は、自民党・公明党のほか、立憲民主党も賛成して進められていたが、それに対して、特に、旧市庁舎の売却価格が7700万円と安価であることなどを理由に、開発計画に反対する一部の市民などから、住民監査請求、建設差し止めの訴訟が起こされており、市長選の最中も、旧市庁舎の売却計画に対する立候補者の意見が、一つの注目点となっていた。

市長選挙で当選して市長に就任した山中氏は、9月16日の市議会の一般質問で、旧横浜市庁舎の売却の事業者との契約の期限が9月30日に迫っていることについて無所属の井上さくら議員からの質問に対し

「決裁を止めて、可及的速やかに価格の算定の仕方の妥当性を検証したい」

と答弁。さらに

「鑑定評価の中身が問題という点に関しては、まさに私もそのように捉えている」

と踏み込んだ。妥当性が認められない場合には「代替プラン」を検討することにも言及した。そして、17日の定例記者会見で、旧市庁舎の建物の売却額算定について第三者で検証するよう指示を出したことを明らかにした。

これを受け、市民の間からは、ネット上で、「旧市庁舎の建物売却および敷地の定期借地の本契約を一旦停止し、市民との対話を図ることを求める署名運動」が起こされるなど、反対運動が拡がりを見せた。

それまで、この計画への反対の動きをほとんど取り上げることはなかったマスコミも、この問題を取り上げられるようになり、にわかに市民の関心を集めることになった。

「豊洲市場移転問題」「横浜IR誘致問題」との比較

この問題は、小池都知事就任直後の東京都の豊洲市場移転問題と、山中市長就任直後のIR誘致の問題の中間に位置するものと言える。

契約と事業実施の段階から言えば、契約どころか巨額の費用をかけた建設工事も終了し、移転を待つばかりになっていた豊洲市場の移転問題とは大きく異なり、契約締結の寸前の状態であり、まだ工事も始まっていない。しかし、IR誘致が、事業者の選定前であり、事業の具体的な中身も決まっていなかったのに対して、旧市庁舎周辺再開発は、既に事業者が決定され、事業計画は確定している。事業者側は、契約締結を前提に準備を始めている。この段階で、契約を白紙撤回することになれば、事業者側からも相当な反発を受け、場合によっては損害賠償請求を受けることになる。

また、市議会との関係では、就任直後の小池知事が、都議会の与党自民党を徹底批判して都知事選に圧勝した直後で、圧倒的な支持率を誇っていたこともあり、都議会との関係を完全に無視して豊洲市場移転の延期を発表したことに対しても、都議会側からの反発はほとんどなかった。山中市長就任直後の市議会は、小池知事就任直後の状況とは異なり、多数を占める自公両党は、山中市長に対して「是々非々」の姿勢で臨むとしているが、少なくとも、旧市庁舎周辺再開発は、自公両党のみならず、山中氏を推薦し、選挙運動の中心となった立憲民主党も含め、共産党と一部無所属議員を除く市議会の圧倒的多数が賛成して進めてきた事業であり、合理的な理由もなく事業の実施を大幅に見直すことは、市議会との関係で深刻な対立を招くことになる。

一方で、山中氏は、市長選挙の最中から、「住民自治」を前面に掲げ、旧市庁舎売却問題についても、市民からの「7700万円は安過ぎる」との批判に同調し、立憲民主党の国会議員の応援演説での「モリカケ問題と同じ」などの批判にもうなずいていたことなどから、新市長就任後に、何もしないで9月末に事業者との契約を締結するというのでは、反対派市民から厳しい批判を受けかねない状況にあった。

そのような市長選挙の際の言動が、山中氏が、市議会での答弁で、旧市庁舎売却問題についてかなり踏み込んだ答弁をして反対派市民の期待を高める状況になったことの背景になったと考えられる。

山中市長が下した判断と市民への説明前の契約締結

こうして、9月30日までに市長として下す判断が注目されたが、同日午後の記者会見で、山中氏は、新たに2社に、費用を合計130万円かけて委託して検証を行った結果、当初の2社の鑑定評価が妥当と判断して既に契約を締結したことを明らかにした。

山中氏の説明は、建物売却価格の妥当性について、従前の市の説明を繰り返しているに過ぎなかった。2社の検証の中身は「当初の2社の不動産鑑定が国の不動産鑑定評価基準に沿ったものであること、旧市庁舎建物に、物理的、機能的、経済的に需要は乏しいと考えられること、他の自治体での同種事例としての豊島区庁舎活用事業で建物が無償譲渡されていること」などであったが、言わば「常識の範囲」にとどまる内容だった。

市議会で、鑑定評価に疑問があるとして「決裁を止めて、価格の算定の仕方の妥当性を検証したい」とまで言って、再検証を行う方針を打ち出した山中市長に対する期待が高まっていたことからすると、市民への説明もないまま契約を締結し、上記の程度の検証の説明で済ましたことに対して、SNSなど、ネット上では失望と批判の声が上がっている。

「地方自治体のコンプライアンス」の観点から考える

この問題について、「社会の要請に応える」という意味の「地方自治体のコンプライアンス」の観点からは、どのように考えたらよいのであろうか。

この問題をめぐっては、様々な社会的要請が交錯しており、それを一つひとつ整理して考え、それをわかりやすく市民に説明する姿勢で臨まなければ、市民の理解と納得を得ることができない。

この計画について問題となるのは、次の3点である。

第一に、旧市庁舎周辺の再開発計画自体の是非、第二に、再開発の方法について歴史的文化的建造物としての旧市庁舎の保存などの制約を課すことの是非、第三に、旧市庁舎の建物と土地を一体で売却するのか、建物を売却して土地は定期借地とするのか、という点である。

この3点について、横浜市民や地域社会の要請に最も良く応えられる判断を、市長として行うべきであり、その判断について市長として丁寧に説明を行うことが必要となる。

まず、第一については、再開発自体を否定し、歴史的建造物である旧市庁舎は維持コストを負担してもそのまま保存する、という選択肢もあったであろう。しかし、林前市長時代に再開発計画が決定され、事業計画が公募され、事業者も決定されて、後は契約をするだけという段階に至っている。それを、市長選挙の結果、市長が交代したことに伴って、白紙に戻すことが可能かどうか、それが可能だとして、それによって、どのような損失・デメリットが生じるのか。市がそのような損失を負うことになっても、契約を白紙に戻すという選択肢があり得るのかという問題である。

そのような再開発の是非についての横浜市の決定に、「住民自治」の観点から問題がなかったとは言い難い。そういう意味では、根本的に再開発の是非を問い直すことが必要という考え方もあるだろうが、その場合は、これまで前市長時代の横浜市が長期間にわたって進めてきた再開発計画について市としての責任が問題となる。その責任の程度が、小池知事が、都知事就任後、突然、延期を決定した築地市場の豊洲市場への移転のように、都にそして都民や関係者に重大な負担を生じさせることになるのか、横浜IRの撤回のように、横浜市民に大きな不利益を生じさせることなく、撤回することができるのか、その点の見極めと判断が必要であり、その点について市民への十分な説明が重要となるのである。

第二については、再開発を実施するとして、市の財源確保と文化的施設の保存のいずれを重視するのかという問題である。前者を重視するのであれば、得られる収入を可能な限り多くして、市民が必要としている他の事業の経費に充てるべきということになる。林前市長時代の横浜市では、いくつかの事業計画の中から、歴史的建造物として旧市庁舎行政棟を保存するという案が採用されたのであるが、市長交代によって、それを見直し、変更する方向で事業者側と交渉することは不可能ではないと考えられる。少なくとも、契約をすべて白紙撤回するのと比較すればハードルが低いであろう。

第三の点は、第二の点の判断と関連する。旧市庁舎の建物と土地を一括して売却すれば200億円近くの市の収入が得られることになるが、旧市庁舎の歴史的文化的建造物としての保存を重視するのであれば、建物を売却し、土地は定期借地として、市と事業者との契約関係を残しておくべきということになる。そうなると、利用条件の制約を受ける建物の売却価値は極めて安価なものとなり、定期借地の賃料もその分低いものとならざるを得ない。

「7700万円」の売却価格に問題を単純化することの誤り

要するに、「7700万円」という旧市庁舎建物の売却価格は、上記の3点についての判断が積み重なった結果であり、表面的に売却価格だけを取り出して、それが「安過ぎる」という話ではないのである。ところが、市長就任後の、市議会での答弁で、山中氏は「建価格の算定の仕方の妥当性を検証」という点を強調した。何が問題なのかという点について整理ができないまま、「建物の売却価格」の問題に絞る形で踏み込んだ答弁を行ったところに、この問題をめぐって一層混乱が拡大した原因がある。

そもそも、上記第一で再開発を是認し、第二で、文化的施設の保存の方針をとるということで事業計画を選定している以上、旧市庁舎の建物は、事業者側にとっては「負担」にしかならない。建物がほとんどゼロに近い経済的価値しかないというのは、ある意味では当然であり、不動産鑑定をいくらやっても結果が変わることはない。

会見で紹介された2者検証の内容は、課される条件を前提にすれば「常識の範囲内の意見」に過ぎず、市長自身がそう説明すればよい話だった。それにかかった費用130万円は、全く無駄な支出だと言わざるを得ない。

市長として何を行うべきか

市長として行うべきことは、第一、第二、第三についての市長としての考え方と判断を述べ、方針の変更が可能で、それが必要だと判断するのであれば、そのために最大限の努力を行うことであり、それについて市民に理解納得してもらえるよう、説明を尽くすことだった。

横浜市には、これだけでなく、米軍瀬谷通信基地跡地での2027年の国際園芸博覧会(花博)の開催、テーマパーク開発に伴う相鉄線瀬谷駅付近と跡地を結ぶ新交通システムの建設の是非など、市長としての判断が求められる大規模事業が他にもある。

旧市庁舎売却問題は、選挙中、「住民自治」を前面に掲げて当選した山中氏にとって、市長就任直後に、いきなり「真価」が問われる事態となった。市民への説明の前に契約を完了したことで、この問題は、横浜市にとって形式上は「既定の案件」になったと言えるだろう。しかし、それに至る前市長時代からのプロセスを改めて振り返り、今回の市長としての対応について反省すべき点は反省し、市民との対話を図らなければ、市長と市民との距離は一層離れてしまうことになりかねない。

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