横浜市長選挙を通して、「住民投票」と「候補者調整」の意義を考える

2021年7月8日、作家で元長野県知事、元参議院議員、元衆議院議員の田中康夫氏が、横浜市内のホテルで、横浜市長選への出馬表明の記者会見を行った。

その会見で、田中氏は、前日に私が行った同じ横浜市長選への「出馬意志表明会見」を意識したと思える発言がいくつかあった。いずれも、私の主張を批判的に取り上げたものだが、それらには、今回の市長選で最大の争点とされてきた横浜へのIR誘致の是非に関する意思決定の在り方や、公職選挙、とりわけ首長選挙における候補者調整の在り方について重要な論点が含まれている。

IR誘致の是非を住民投票で決着することの是非

第1に、田中氏は、

「IRについては、各種世論調査で、IR誘致への反対の市民のコンセンサスが得られている。市長選挙はIRについて市民の反対の意思を確認するものであり、住民投票を含むものだ。市長選後に、巨額の費用をかけて住民投票を行うべきだというのは誤っている。」

と言っている。

しかし、現在の市長選挙をめぐる状況を見る限り、選挙結果でIRについての市民の反対の意思が示されることになるとは限らない。

田中氏は、「当選すれば、問答無用でIR誘致は取りやめる」、ということであろう。しかし選挙結果は必ずしもそうなるとは限らない。既に、7人が出馬表明しており、そのほとんどは「IR反対」を掲げている。今後、IRを推進してきた現職の林文子市長も4選をめざして出馬を表明すると言われている。「IR反対」候補が乱立する中、IR推進を掲げる林市長が僅差で当選した場合、全体としては、市民の圧倒的多数が「IR反対」候補に投票したのに、選挙結果は「IR賛成」側の勝利ということにもなりかねない。

また、各種世論調査の結果だけで、「IR誘致反対についてのコンセンサスが得られている」と言えるのかも疑問だ。世論調査で、IR反対の意見が多いことは確かだが、民意を正しく反映したというためには、横浜市がIR誘致の理由としていることも正しく理解された上で、判断が示される必要がある。

それは、主として財政上の理由であり、(1)今後、横浜市でも生産年齢人口の減少等による、消費や税収の減少、社会保障費の増加など、経済活力の低下や厳しい財政状況が見込まれており、そうした状況であっても都市の活力を維持するための財源確保が必要、(2)横浜市は上場企業数が少なく、法人市民税収入が少ない。(3)今後、小中学校の建て替えなど、公共施設の保全・更新に膨大な予算が必要となる、などの事情だ。

そこで、従来、観光客は日帰りが多く、観光消費額が少ない横浜市の観光収入を飛躍的に増やし、IRからの収入で将来の横浜市の財政を賄おうというのである。

これに対して、IR反対派の主たる論拠は、IRに含まれるカジノ賭博によるギャンブル依存症の増加、治安悪化等の負の側面があるとの指摘だ。

これらのIR賛成派、反対派の論拠が正しく示された上で、横浜市民が、IR誘致によって、経済を活性化させ、賭博の収入で将来の市の財政を賄おうとすることの是非について、横浜市民に判断を求めようというのが、住民投票を実施することの意義だ。

かかる住民投票と比較した時、各種世論調査における、「山下ふ頭に、カジノを含むIR(統合型リゾート)の誘致に賛成ですか、反対ですか」という質問への答が、本当にIR誘致の是非に対する民意を反映するものと言えるのかは、甚だ疑問だ。

本来、地方自治体の首長選挙は、その後の4年間の任期中の市の運営や事業遂行について、市民が基本的に白紙委任する対象となる市長を選ぶためのものだ。4年間の市政を全面的に委ねるに相応しい能力・資質を持ち、人格的にも信頼できる市長を選ぶことが、まず重要であることは言うまでもない。しかも、首長選挙において民意を問うべき事項は、決して単一ではない。4年間の任期において実施の是非の判断を求められる重要施策、事業には様々なものがある。それら全体について適切な判断を行う首長を選ぶのが首長選挙であり、一つの重要施策の是非だけが問われるのではない。

また、住民投票の費用についても、公職選挙法上の「選挙」と異なり、「候補者」はいないのでポスター掲示版が不要であるなど、費用構成は異なるし、仮に、この秋に行われる衆議院総選挙と同じ日程で住民投票を行えば、費用は相当削減できるはずだ。また、そもそも、この場合の住民投票は、市長選の結果に基づいて市議会に条例案を提出して、審議を行うものであり、公職選挙法に基づくものではないので、実施方法についても柔軟に検討できる余地がある。電子投票を導入すること等で大幅にコストを削減することも検討に値するだろう。

IR誘致の是非が、横浜市にとっても、横浜市民にとっても、極めて重要な決定であることを考えれば、「費用がかかるから住民投票は行うべきではない」との立論は成り立たない。

日本の地方自治体では、首長と議会議員を、ともに住民が直接選挙で選ぶという二元代表制がとられており、自治体の運営と意思決定は、基本的には、首長と議会に委ねられている。しかし、当該自治体やその住民に重大な影響を生じさせるような施策や事業の遂行については、その自治体の住民の民意を確かめ、考慮しつつ進めていく「住民自治」の拡大が積極的に行われるべきであり、住民投票をIT化し、効率化することも、そのための重要な手段となる。まさに、横浜市にとって、IR誘致の是非について住民投票によって民意を問うことは、その試金石と言っても過言ではないのである。

首長選挙における出馬意志表明後の候補者調整の意義

第2に、田中氏が、

「公式の場で立候補を表明した後に、一本化の話をするのは開かれた談合のようなもので、民主主義が本来あるべき姿ではない。」

と述べたのは、私が、前日の会見で

「立憲民主党の推薦候補となっている山中竹春氏が、野党統一候補として横浜市長となるのに相応しい人物であることが確認でき、私が掲げた《横浜市政に関する主要政策》にも基本的に賛同して頂けるのであれば、私の立候補の意思は撤回し、山中氏を全面的に応援したいと考えています。」

と述べたことを意識し、批判したものだろう。

田中氏が言うように、「出馬表明後に候補者の人物評価、政策の擦り合わせによる候補者調整を行うこと」は、否定されるべきなのだろうか。

まず重要なことは、公職選挙の告示前の「出馬表明」というのは、あくまで、その時点で、「立候補をめざして活動していく意志の表明」であり、「確定的な立候補の決意表明」ではないということだ。「立候補の決意を固めて選挙での当選をめざす活動」を行うとすれば、「選挙運動」そのものであり、告示後でなければ行えない。告示前に選挙運動を行えば、「事前運動」として違法となる。

そういう意味では、公職選挙で立候補しようとしている者が、告示前に公の場で、明らかに問題がない言い方で「立候補」に言及するとすれば、実際に私が出馬意志表明会見で述べたように「横浜市長選挙への立候補の意志を持って政治活動を行うことを表明します。」ということだけだ。この時点での「立候補」というのは確定的なものではなく、単に、「その意志を持っている」というだけだ。

そして、「立候補の意志を持って行う政治活動」にとって重要なのは、立候補する場合に掲げる政策を検討・公表し、最終的に立候補するかどうかについて、当該選挙区域内での自らへの支持の状況を、有権者の反応や各種調査等で確認すること(「瀬踏み行為」)、他の候補と、政策面での擦り合わせ等を行い、立候補の調整を行うことなどだ。

公職選挙における民主主義のプロセスとしても、立候補者の意志を持つ者が、その意志を表明し、それが固まっていく経過の中で、どこでその意志の表明を行うかについては、様々な考え方があり得る。

国政選挙の場合は、政党中心に候補者の選定が行われるが、自治体の首長選挙等は、政党主導とは限らない。この場合、「立候補の意志を持った者」の存在がマスコミ等で明らかになるのは、出馬意志の表明、すなわち「出馬表明」の時点だ。それによって、出馬表明者の存在と、その属性、政策等が世の中に明らかになる。それ以降、出馬表明者相互間の調整を行うことも可能となり、最終的に、選挙で有権者の選択に委ねられるべき候補者が確定する。それは、地方自治体の首長選挙における民主主義の実現にとって、むしろ望ましいプロセスなのではないだろうか。

今回の横浜市長選挙に関して言えば、私が、出馬意志を表明した7月7日の時点までに、多くの人の出馬表明が行われていたが、その中で、唯一、具体的な政策を明確に掲げたのが、中央卸売市場の山下ふ頭への移転と「食の拠点化」を掲げていた中央卸売組合理事の坪倉良和氏だった。

その坪倉氏の構想に触発された私は、出馬意志表明会見において、市長選での最大の争点とされていたIR誘致の是非について、従来からの「住民投票によって決着すべし」という主張に、選択肢としての「山下ふ頭活用の選択肢としての市場と『食の賑わい施設』」を政策の一つとして加えた。市場関係者である坪倉氏の出馬会見があったからこそ、私は、このような構想を知ることができたのであり、現在、その構想の具体化に取り組んでいる。

自民党側では、現職閣僚を辞任して市長選への出馬表明を行った小此木八郎氏は、「IRは取りやめる」ということ以外に、全く政策を明らかにしておらず、これまでIRを推進してきた自民党側候補の「IR反対表明」に自民党市議団は混乱し、市長選での対応方針すら固まっていないと言われる。

一方、野党側の推薦候補である山中竹春氏は、「IR絶対反対、即時撤回」を掲げているが、それ以外の政策は、「データを活用した行政」という抽象的なものにとどまっており、前記のとおり、私が、横浜市政に関する主要政策に基本的に賛同する場合には立候補の意志を撤回し、全面支援するとしたことを受け、現在、山中氏の陣営でも、私の主要政策について検討が行われている。

私が掲げた主要政策の中の「常設型の住民投票条例を制定し、市民に重大な影響を与える事項について住民投票を実施できるようにする。」という政策を実現するとすれば、IT化等によって効率的に民意を問うことが重要な課題になるのであり、まさに、データサイエンティストとしての山中氏の専門領域だと言える。そういう意味では、私が出馬意志表明で掲げた政策は、山中氏にとっても、政策を具体化する上で参考になるものと思われる。

このように、候補者乱立の様相を呈している横浜市長選挙においても、出馬会見が契機となって、他の候補者の市長選挙に向けての政策が具体化し明確になり、それによって、立候補の時点で政策がさらに成熟したものとなることが期待できるという状況になっているのである。

「開かれた談合」としての候補者調整を否定する田中氏の見解

田中氏が言う「出馬表明後の候補者調整」が、「開かれた談合」であるというのは、まさにその通りであるが、談合の温床と言われたのが「ダム工事」であり、「脱ダム宣言」の田中氏であるから、「談合は徹底排除」ということなのであろう。

しかし、「談合」は、私にとっても、最大の専門事項の一つだ。法務省法務総合研究所研究官や現場の検察官として捜査で取り組んできたのが、公共工事をめぐる談合構造の解明であり、それは、コンプライアンス専門の弁護士としての活動の中でも主要テーマともなった(「『法令遵守』が日本を滅ぼす」(新潮新書)第1章[非公式システムとしての談合])。

談合というのは、「競争者間の合意によって競争を制限すること」であり、工事発注などでは、受注価格上昇という「価格面の問題」を生じさせる。一方で品質・価値の面では、談合による競争回避が価値を低下させる場合もあれば、逆に競争の激化が品質低下を招く場合もある。過去の談合の多くは、「プロセスの不透明性」に問題があり、それが、政官財の癒着という社会的弊害を生じさせてきた。そういう意味では、公共発注をめぐる談合は基本的に否定されるべきだとしても、世の中一般において、透明性が確保された「開かれた談合」が行われることを、一概に否定すべきということではない。

公職選挙における立候補の前の、「政治活動」の段階で、他の立候補予定者と「話し合い」を行うこと、すべて「談合」として否定すべき、というのは、田中氏のやや極端な独自の見解のように思える。そこには、「価格面の影響」という弊害はない。候補者の絞り込みは、選挙にかかる公的コストを低下させることにつながる。問題は、「一旦出馬表明した以上、すべて立候補に向かって突き進むすべし」という考え方と、出馬表明者間で、透明なプロセスで、人物評価や政策面の擦り合わせ等が行われて有力候補に絞り込まれることで、人物面・政策面で一定の評価を受けた候補者間での有権者の判断が行われるべきという考え方と、公職選挙における民主主義の実現という面から考えて、どちらが望ましいかという問題だ。

もっとも田中氏も、「候補者として、それぞれが切磋琢磨すること、個別に、或いは複数でディスカッションすることは、大いに行われるべき民主主義だろうと思う」と述べている。

田中氏も、出馬会見で、具体的な政策を打ち出しており、その中には、私が掲げた主要政策と基本的な方向性を同じくするものもあれば、考え方を異にするものもある。

今後、市長選挙告示までの間に、田中氏との間でも公開の場でのディスカッションを重ねていきたいと考えている。

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「7つの重点政策」を掲げ、横浜市長選に出馬表明~候補者調整の提案も

昨日(7月7日)、横浜市役所内で記者会見を開き、横浜市長選挙への立候補の意思について、次のように表明しました。

弁護士で、昨日まで横浜市のコンプライアンス顧問を務めていた郷原信郎です。
私は、本日から、横浜市長選挙への立候補の意志を持って政治活動を行うことを表明します。事実上の出馬の表明と受け取っていただいて構いません。
私がこのような決意をした理由についてお話しします。
私は2007年からコンプライアンス外部委員として横浜市に関わるようになり、この4年間はコンプライアンス顧問として、様々な問題におけるコンプライアンスの重要性について指導してきました。コンプライアンスによって目指してきたのは、横浜市役所の組織が地域社会、市民の要請に応えて活動をしていくことです。そういう意味で、これまで取組みをしてきたわけですが、何といっても、市長と市議会からなる二元代表制の地方自治体では、市長選は、自治体としての民主的基盤を確立する上で極めて重要なものです。
この8月に予定されている市長選挙は、これまでの選挙と違って、IR誘致の是非が争点となる、市民にとっても極めて重要な選挙だろうと思います。
しかしながら、この選挙をめぐる、これまでの情勢を見ますと、果たしてこの選挙がIR誘致の是非、それ以外の様々な横浜市が抱える問題、直面する問題などについて政策面の論争がしっかりと行われ、民意が反映される選挙になるのか、甚だ疑問、懸念がある状況です。IRについて言えば、賛成・反対が錯綜し、一体、何がどう争われていくのか分からない状況になっています。
一方、この市長選で横浜市政について、どのような政策を掲げるのかということについては、与党側も野党側も、ほとんど具体的には明らかにされていません。
極めて重要な横浜市民の選択になるべき選挙において、しっかりと政策を打ち出し、その中でIR誘致の是非についても明確な方針を示し、民意を問うことが不可欠だと考えて、私自身が立候補の意志を表明することにした次第です。

続いて、「7つの重点政策」について、次のように説明しました。

1.住民投票で横浜IRに決着

・林文子市長は、前回市長選挙で、「IRについては白紙」と言って態度を曖昧にしたまま当選し、その2年後にIR誘致を表明。これに対して、市民による19万3193筆(住民投票条例制定の直接請求に必要な法定数6万2604筆の3倍超)の住民投票を求める署名が提出されたにも関わらず、議会で否決。市議会自民党公明党の支持を得て、今年1月、IR実施方針を公表し、設置運営事業予定者の公募を開始している。今回市長選挙では、このIR誘致の是非が最大の争点とされてきたが、IR反対を掲げる立候補表明が相次いだ末、IRを推進してきた現職閣僚が、「IR反対」を掲げて立候補表明するなど、市長選でのIR誘致への賛否の構図が複雑化している。
・IR誘致の是非が市長選での争点となっても、現在のような反対派候補が多数出馬を表明している状況では、市長選の結果が民意を反映するものになるとは限らない。また、市長選の結果に市議会が従うとは限らない。
・ この問題に決着を付けるためには、市長選の結果を受け、改めて住民投票条例を市議会に提出し、可決成立させ、住民投票を実施して横浜市民の選択を求めるしかない。

2.山下ふ頭活用の選択肢としての市場と「食の賑わい施設」

・IRに替わる“有力な選択肢”として、山下ふ頭には中央卸売市場を移転するとともにフィッシャーマンズワーフを整備して食の拠点化を実施することを提案する。
・6月29日に立候補表明した坪倉良和氏の《中央市場の全面移転、フィッシャーマンズワーフ構想。ハマの文化の継承と発展へ》という構想に共感した。
・これまでIR誘致をめぐる議論には、実質的に代替案がなかった。「カジノなしハーバーリゾート構想」には膨大な資金が必要であり、調達困難。
・IR誘致は内外の観光客や横浜市民が「カジノで負けて失う金」で、将来の横浜市の財政難を補う収益源にしようとするものであり、ギャンブルによる「負の側面」の是非を問う住民投票では「消極的選択」にしかならない。
・その点、中央卸売市場を山下ふ頭に移転し、「フィッシャーマンズワーフを含む『食の賑わい施設』を作ろうというのは、内外の観光客に安らぎと充足を与える空間。横浜市民のみならず日本国民に夢を与える構想。中央卸売市場の主要施設である卸売棟は老朽化が進んでおり(卸売棟は1982年〜1986年頃整備)、今後市による建て替えが必要となっている。もともと、市場の整備には横浜市として負担すべき費用であり、IRと比較すれば、新たに必要となる費用が少ない。フィッシャーマンズワーフは民間による整備もありえる。
・「食の文化」の中心地であった築地を廃してコンクリートの塊だけの豊洲市場にしてしまった東京都とは真逆の方向性となる。

3.不要不急の予算を新型コロナ対策へ

・約2600万円の市長給料は市民感覚から乖離しており、市長給与を半額カットする。政令指定都市の市長の平均給与(2020年1765万円)を大きく上回り全国最高額となっている(横浜市の将来の財政状況を懸念するのであれば、まず、市長自身の高額給与を削減する)。
・総事業費600億円超のみなとみらい新劇場整備や市としても大規模支出が不可欠な上瀬谷通信施設跡地テーマパーク構想、花博誘致事業などが推進されており、不要不急の巨大プロジェクト予算を見直す。
・市のあらゆる予算執行に関して決算チェックを強化。無駄を徹底排除する。
・これらにより、医療体制の強化、ワクチン接種推進、生活困窮者支援、地元事業者支援など新型コロナウイルス対策予算に振り分けて行く。

4.政治的圧力との決別

・横浜市が、地方自治体として自立・独立し、政治的な介入・圧力を受けることなく、横浜市民と地域社会の要請に応える活動を行うことができる環境を実現する。
・コンプライアンス顧問として横浜市の行政に関わったこの4年間、「社会の要請に応えること」という方向性が横浜市職員によく理解され、現場で発生する個々の問題事象への対応のレベルも格段に向上した。しかし、顧問の立場上これまでは関わって来なかった自治体の運営、事業に関する重要な意思決定の部分において、果たしてそれが市職員の「社会の要請に応える」という方向での検討・議論の結果であるのか否か疑問に思えるものがあった。
・IRの誘致も、横浜市民にとって横浜市の未来にとって極めて重要な意思決定だが、横浜市の対応は、結局、政府の方針や政治的かけ引きに振り回されているだけで、地方自治体としての自立した判断が行われているとは到底言えないものだった。このような横浜市としての重要な意思決定に、外部から政治的圧力が働いているとすれば、そのような力に対して「盾」になって、その力をはねかえすのが市長の重要な役割。
・市の内部においては、自治体としての主体性、自立性を高める「ガバナンス改革」として、職員への研修を徹底するとともに、現場の職員だけでなく市幹部の意思決定の透明性を高め、市民と地域社会の要請に応える市役所に変える。

5.住民自治を発展

・常設型の住民投票条例を制定し、市民に重大な影響を与える事項について住民投票を実施できるようにする。(川崎市では常設型の住民投票条例が2009年施行、投票有資格者1/10以上の住民・議会・市長により発議が可能)
・横浜市は南北での特色の違いなど地域毎の多様性が豊か。地域毎の多様性を活かした行政を実現するため、区長権限を強化するとともに、区毎の地域協議会、区選出議員による委員会を設置、区の住民自治機能を向上させる(泉区には地域協議会あり)。
・市長や区長が積極的にタウンミーティングを開催し、市民の感覚を市役所へ反映する。
・条例により可能な、上記の区の住民自治機能強化を実施した上、法改正が必要な特別自治市構想の実現を引き続きめざしていく。

6.市民の多様性が輝く横浜へ

・新型コロナの影響で特に高齢者の生きがいや運動の機会が奪われている。ワクチン接種が進む中、引き続き感染対策に万全を尽くすとともに生きがいや運動の機会を持ちながら健康寿命を伸ばして行くことが重要。横浜市では敬老パス(横浜市敬老特別乗車証:70歳以上の横浜市民が一定額で市内のバス、地下鉄等が乗り放題になる)の見直しの議論が進められている。外出機会をさらに減らすことにつながる敬老パス見直しはストップさせる。
・女性が活躍しやすい環境整備にはまだまだ課題が残っている。まずは横浜市役所がモデルとして変化しなくてはいけない。市政に多様な視点と市民感覚を反映するために、そして、市役所の取り組みが社会に波及し、誰もが暮らしやすい社会をつくるために、区局長、部長ポストに女性の活用を拡大する。男性の育児休業取得促進など男女を問わず働きやすい職場環境をつくる。性的マイノリティの職員も働きやすい環境を整えて行く。
・その他、障害者への合理的配慮の補助新設、課題の多いハマ弁を継承して2021年度に始まった公立中学給食の検証、統計の変更で見えなくなっている隠れ待機児童対策(希望の保育所等を利用できないケースや育児休業中の家庭の児童等が含まれなくなっており引き続き待機児童対策が必要)、教員や児童相談所等のセクハラ対策の厳格化、民間団体への支援充実によるこどもの貧困対策、動物愛護センターでの殺処分ゼロ化(横浜市「人と動物との共生推進よこはま協議会」2020年度資料によると2019年犬28件、猫250件)など、横浜市が抱える様々な課題に対応していきたい。

7.市民の命と暮らしを守る

・土砂災害を防ぐため崖地防災対策事業予算を倍増する。(2021年度予算2.3億円、うち崖地防災対策工事助成金5300万円、助成金一件あたり限度額400万円)。
・横浜市では2014年の台風で緑区、中区で土砂災害死亡事故発生。2020年には伊豆市、今年7月3日に熱海市で死亡事故が発生していること、2020年6月に新横浜駅付近の横浜市道環状2号線で2回の道路陥没が発生を踏まえ、開発行為やメガソーラー設置、トンネル工事等によるリスク検証を開始する。

このような主要政策を打ち出しましたが、一方で、これまで一貫して安倍・菅政権を批判してきた私としては、今回の横浜市長選でも、反自民勢力の結集が極めて重要と考えており、私自身の立候補によって反自民票が分散して自民党を利することになるのは、決して本意ではありません。
立憲民主党が推薦候補として擁立し、6月29日には出馬会見も行って、市長選に向けての活動を開始している横浜市立大学元教授の山中竹春氏が、野党統一候補として横浜市長となるのに相応しい人物であることが確認でき、私が掲げた「横浜市政に関する主要政策」にも基本的に賛同して頂けるのであれば、私の立候補の意思は撤回し、山中氏を全面的に応援したいと考えています。
そこで、阿部知子立憲民主党神奈川県連会長宛てに質問状を送付し、同質問状には、以下の「質問事項」と上記の「7つの重点政策」を添付しました。

山中竹春氏に対する質問事項

(1)市長選挙出馬の決意表明で、「データ分析の専門家として、データを活用した市政を行いたい」と言われていますが、横浜市立大学の教授・学長代行、大学院データサイエンス研究科長という、横浜市の公立大学での要職のままで、データサイエンスの横浜市の行政に活用していくことはできなかったのでしょうか。なぜ、市長になることが必要と考えられたのでしょうか。
(2)6月29日の出馬会見の際、「カジノによって依存症が増え、治安が乱れ、教育環境が悪くなるのはデータによって明らかだ。IRの誘致には断固反対で、即時撤回する」と発言されていますが、ここで言われる「データ」というのは、具体的にどのようなものなのでしょうか。そのデータによって、カジノによる依存症増加、治安悪化が、どのように根拠づけられているのかご教示ください。
(3)横浜市立大学教授在任中に、データに基づき「カジノはギャンブル依存症の増加、治安悪化につながる」との指摘を、横浜市立大学内部で、或いは横浜市に対して行ったことはあったのでしょうか。指摘できなかったとすれば、どのような事情があったのでしょうか。
(4)山中氏は、「データサイエンスの立場から、市長として、数字と根拠に基づく的確かつ迅速なコロナ対策」を行うとされているのですが、この「コロナ対策」というのは、具体的にどのようなものなのでしょうか。現在の横浜市の対策とどのように異なるのでしょうか。

【質問の理由】

横浜市では、2017年3月に「横浜市官民データ活用推進基本条例」が、自民党若手議員を中心とする議員提案で制定され、市としてのデータ活用への取組みが本格化しています。山中氏の横浜市大でのデータサイエンス研究は、その中核に位置付けられていたはずです。山中氏が横浜市大教授を突然、辞職したことによって、大学院データサイエンス研究科長が事実上空席となるなど、大学院研究科の運営にも重大な支障が生じています。山中氏は、市立大学の要職のままで、データサイエンス研究を市の行政に活用するのではなく、市長という立場に立つ必要があると考えたのはなぜなのでしょうか。
横浜へのIR誘致の是非は、今回の市長選の最大の争点とされていますが、出馬会見において、山中氏は、データサイエンティストの専門の立場から、「ギャンブル依存症の増加、治安の悪化がデータによって明らかだ」とされています。
しかし、横浜市では、「横浜市民に対する娯楽と生活習慣に関する調査」としてギャンブル依存症の実態調査を行い、「医学部を持つ横浜市立大学等と連携し、より効果的な対策や予防教育の検討を進めるなど、事業者や研究・専門機関との研究を進める」との方針を打ち出し、横浜市大の協力も得ながらデータに基づく検討を行ってきたはずです。私が、コンプライアンス顧問として、IR担当部長から説明を受けたところによれば、これまでの調査・研究の結果、ギャンブル依存症の増加、治安の悪化が裏付けられるデータは得られていないとのことです。また、治安対策については、近年、日本の経済社会全体で強化されてきた反社対策、マネーロンダリング対策等を踏まえて行われているものであり、私自身も、それらについては元検察官の弁護士として、専門知識がありますが、少なくとも、カジノを含むIRによる治安悪化は防止できる制度的整備はなされていると考えています。山中氏が、IR誘致による治安悪化がデータによって明らかだというのであれば、IR整備法等の法律の実効性に重大な問題があることになります。
横浜市大教授・学長補佐の立場にもあった山中氏が、ギャンブル依存症の増加、治安の悪化が「データ」によって明らかだというのであれば、横浜市大内部や横浜市に対して、そのデータを示して、IR誘致による弊害を指摘することができたはずです。もし、山中氏が指摘しているのに、そのような指摘やデータが横浜市大内部で握りつぶされ、隠蔽されてしまったというのであれば、横浜市にとって重大なコンプライアンス問題になりかねません。根拠となる「データ」の中身と、それがどのようにして収集されたものかを明らかににするべきだと思います。
山中氏は、市長になったらIRを「即時撤回」すると言われていますが、これまで、IR誘致賛成が多数を占めてきた市議会の構成に変化はなく、IRの「即時撤回」を打ち出した場合、その理由について、市議会で説明を求められることは必至です。その際、ギャンブル依存症の増加、治安の悪化がデータによって明らかだというのであれば、その根拠となるデータを提示することが不可欠と考えられます。
また、データに基づく「コロナ対策」についてですが、新型コロナ対策特措法上の権限は国と都道府県にあり、市町村で「コロナ対策」に関して行えることは、保健所での感染者対応、ワクチン接種、事業者支援等に限られます。データに基づくコロナ対策として、横浜市にとってどのような対策が想定されているのかわかりません。
 以上のとおり、山中氏は、IRについても、コロナ対策についても、データサイエンティストとして専門性を強調し、データに基づく立論をされていますが、今のところ、根拠が示されず、具体的な説明がありません。上記の各点についてデータ上の根拠の提示と明確な説明を求めます。

なお、今後の市長選に向けての政治活動の進め方ですが、東京でコロナ感染者が再び急増し、それが横浜市にも波及することが懸念される中、「人と人との接触」は極力回避する活動を展開したいと考えています。
まず、ホームページを開設し、「7つの重点政策」を掲げて、皆さんからの質問・意見を求めます。それに対する私の意見も述べ、ネット上での議論を活発化させていきます。
また、他候補とのネット上での討論会も積極的に行い、横浜市の当面の課題や将来ビジョンについて政策論争を深めていきたいと思います。
特に、「7つの重点政策」の中で、2.山下ふ頭活用の選択肢としての市場と「食の賑わい施設」として掲げた、山下ふ頭の活用に関する新たな選択肢については、既に市長選への立候補を表明している発案者の中央卸売組合理事の坪倉良和氏にも協力を求め、構想を具体化させ、横浜市民のみならず、全国の皆さんに、「山下市場・フィッシャーマンズワーフ構想」の素晴らしさを訴えていきたいと思います。
このような活動を行いながら、上記の山中氏への質問事項への回答を待ち、その内容によって、市長選に向けての私の対応方針を確定したいと思います。

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河井夫妻事件被買収者“全員不起訴”で「検察の正義」は崩壊

2019年7月の参院選広島選挙区をめぐり、河井克行元法相と妻で前参院議員の案里氏から現金を受け取った公職選挙法違反(被買収)の事実で告発されていた広島県の県議会議員・市議会議員ら100人について、東京地検特捜部は、7月6日、全員を不起訴とした。

既に、克行氏・案里氏について、買収の事実で有罪判決が出されており(案里氏は有罪確定)、犯罪事実が認められることは明らかだ。検察は、犯罪の嫌疑が不十分だという理由で不起訴にすることはできない。しかし、検察には、犯罪事実が認められる場合でも、「犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる。」(刑訴法248条)という「訴追裁量権」が与えられている。

今回の不起訴処分は、この訴追裁量権に基づき、被買収者全員を「起訴猶予」としたものだ。

「選挙買収」は、しばしば「贈収賄」と混同される。「贈収賄」は、国や自治体から給与を得て職務を行う公務員が、その職務に関連して金品を受け取ることが、「職務を金で売ってはならない」という、「公務員の職務の不可買収性」に反するという理由で処罰される。一方、「買収」に関して言えば、「選挙人自身の投票」や、「選挙運動」は、自らの意思で、対価を受けずに行うべきなのに、それを、対価を受けて行うことが「不可買収性」に反するということである。そういう意味で、「買収」と「贈収賄」とは構造が似ている。「買収」は、「贈収賄」と同様に、供与者・受供与者側の双方に犯罪が成立することになる「対向犯」だ。両者が処罰されるのが原則であり、その例外は、特別の事情がない限りあり得ない。

公職選挙法違反の罰則適用は、「選挙の公正」を確保するために行われるのであり、公平性が特に重視される。検察庁では、買収罪について、求刑処理基準が定められている。私が現職の検察官だった頃の記憶によれば、犯罪が認められても処罰しないで済ます被買収事案の「起訴猶予」は「1万円未満」、「1万円~20万円」は「略式請求」(罰金刑)で、「20万円を超える場合」は「公判請求」(懲役刑)というようなものだった。

今回は、多額の現金の買収事件(金額は5万円~200万円)であり、「被買収者側全員を起訴猶予にする」などというのは、検察の刑事処分としてあり得ない。公職選挙における買収事件の処罰の実務を崩壊させるものだ。

東京地検次席検事が記者会見で説明した「被買収者全員不起訴処分」の理由は、以下のようなものだったようだ(本来、社会的にも極めて影響が大きい事件の不起訴処分であり、記者会見が公開されるのが当然だが、今回も非公開の「記者説明」だったようだ。会見の内容は、マスコミ関係者からの情報による。)。

(1)克行が主導した犯罪で、克行が受供与者の選定など全体を差配し、大半が自ら実行した。克行が計画した事案。大規模買収だが組織的買収事案とは異なっている。

(2)受け取った金員をさらに他者に供与するようなことは認められなかった。

(3)積極的に求めた者はいなかった。立場の差などに基づいてやむを得ず供与を受けた者も少なからずいた。返却した者、家に保管していた者もおり、いずれも受動的。現金の受領を拒む者、むりやり渡された者もいた。

(4)リストに日時の場所の特定ができない者もいる。公判で明らかになったリストでは今回の100人以外の者も含まれているが、証拠によって認定できたものが100人。被告発人100人だけを処分するのは法的な公平性に欠ける。

しかし、いずれも、多額の現金の被買収事案を起訴猶予にする理由には、全くならない。

 (1)については、買収事件を候補者個人が主導したもので、組織的なものではないから、被買収者を処罰しなくてもよいなどという話は、これまで全く聞いたこともなく、凡そ、出てくる余地のない「理屈」だ。処罰する要件を勝手に加えているようなものだ。

 過去に摘発された選挙違反事件の多くは、末端の運動員と有権者との間の現金買収であり、上位の運動者、最終的には候補者も関わっている事案であっても、証拠上、上位者は摘発の対象とはならない場合が多い。本件のように、候補者自身や選挙運動の総括主宰者(克行氏)から直接現金を受領した事案というのは稀だ。

 しかし、同じ現金を受け取っても、末端の運動員からの受領なら処罰され、総括主宰者等の上位者であれば処罰不要などと、どうして言えるのだろうか。誰がどう考えても通用する理屈ではない。

(2)については、被買収者が、それを原資にさらに買収を行うのではなく、金を手元にとどめていた、或いは、使ってしまったからと言って、それは、被買収事件では一般的なことであり、有利な情状にも、不処罰の理由にもならない(この場合、買収金の利益を被買収者にとどめておかないように、起訴して有罪判決の中で、買収額の「没収」「追徴」が言い渡されるのが通常だ)。

(3)については、通常、選挙買収事件は、候補者側が、票や選挙運動をお金で買おうとして、積極的にお金を渡そうとするのが大部分であり、被買収者側から、投票や選挙運動をしてやるからと言って金を要求する事案というのはむしろ少ない。このような理屈が通用するのであれば、贈収賄事件の場合、贈賄業者が、政治家や役人に便宜を図ってもらおうとして多額の賄賂を強引に渡した場合、政治家や役人は「断り切れずやむを得ず賄賂を受け取った」ということで許してもらえることになってしまう。

買収事件では、「選挙の買収金を渡そうとしているとわかって、何回も押し返そうとしたが、結局、そのまま受け取ってしまって、返すに返せず、そのまま自宅で保管していた」などというのは、むしろ、よくある話だ。だからと言って、被買収が不起訴になるなどという話は聞いたことがない、

(4)も全く理由にならない。

 贈収賄の事件でも、贈賄側が、多数の公務員に賄賂を贈っていた事案の中で、賄賂の授受が証拠によって裏付けられたものが、その一部だったという場合、収賄側が自白し、証拠によって立証可能な事件は贈賄側・収賄側両方を起訴できるが、収賄側が否認し、立証が困難な事件は不起訴にせざるを得ないというのは、刑事事件の処分では当たり前のことだ。起訴された収賄者側が、公判で「他にも賄賂をもらった奴がいる。自分だけが処罰されるのは納得がいかない」と不満を述べても、凡そ、弁解として取り上げられることはないはずだ。

「他に同様の事件があるのに処罰されていない。だから偏頗な起訴だ」という主張には一切耳を貸さないというのが、これまでの検察の姿勢ではなかったのか。

 このような次席検事の不起訴理由の説明に対して、記者から質問が行われている。その回答も、唖然とするようなものだった。

(5)「金額300万、複数回の者もいるのに、一律不起訴とする判断は?」

と問われ、

本件犯行の性質から、克行・案里を処罰することがあるべき姿だと判断した。起訴するものを選べばいいのではとの指摘かと思うが、確かに金額を基準にすることも考えられるが、本件では、判決認定事実を踏まえて再度捜査し、受供与者の立場・経緯・状況・返還の有無・辞職したかどうかなど犯行後の事情は、各人各様だ。公職者をみると、10~200万。たとえば、後援会関係者と比べて、多い人も少ない人もいる。さらに少額でも返還せずに使用した者もいる。一定の線引きで選別することは、諸般の事情を考慮すると、選別が公平かどうか、合理的な基準かどうか、考えたときに、線引きをすることが困難と判断した。

 と答えた。

同種の事案で、被疑者ごとに有利な事情と不利な事情とがあり、起訴不起訴の判断に悩むということは、検察官であれば珍しいことではない。だからと言って「全部不起訴にしてしまえ」などということは、検察庁内では凡そ通用する話ではない。そもそも、前記のとおり、検察庁内にあるはずの「求刑処理基準」から言えば、すべて「起訴相当」の事案であり、その中で、特に他と比較して不起訴にすることが明白な事案がない、ということであれば、「全員起訴」が当然だ。

(6) 「公判を終えてから不起訴処分を出したのは、検察に有利な証言を引き出すためだったのではないか」との質問に対して、

河井2人の起訴の時点で、起訴すべきものは起訴した。他の者は処分を要さないという判断だったが、告発がきたので改めて捜査し、本件では、河井克行が否認していたので、克行が公判でどういう供述をするのかという経緯を見ていた。

これまた、「告発」という刑訴法上の制度を軽視するかのような、恐ろしい発言だ。

今回の河井夫妻からの被買収者の事実について、両名の起訴の段階で刑事立件すらしなかったことは、検察官として到底許されることではない。それに対して、市民が「当然の告発」を行い、その結果、刑事処分を行わざるを得なくなったのである。

それを、東京地検次席検事は、克行・案里の起訴の段階で「刑事立件も、刑事処分もしない」という判断をしていたのに、告発が行われたから、したくもない「刑事処分」を行わざるを得なくなり、不起訴にした、というのである。

《検察は、現に証拠があり、犯罪が認められても、検察は「刑事立件も、刑事処分もしない」ということを勝手に決めることができる。「起訴すべきものは起訴した」と言っておけば、理由の説明すら要らない。それに対して、「告発」などという余計なことが行われたから、不起訴処分という余計なことを行わなくてはいけない話になったのであり、それを検察官が不起訴にするのは当たり前のことだ》と言いたいようだ。

そもそも、検察官は、刑事事件として立件、起訴した事件に関連して、証拠によって認められる犯罪があり、処罰しない理由がないのであれば、刑事事件として立件するのが当然であり、それを立件しないで見過すのは「犯人隠避」にも当たり得るというのが、大阪地検特捜部の証拠改ざん事件で、検察が、大坪弘道特捜部長・佐賀元明副部長を、主任検察官の証拠改ざんについての「犯人隠避」で刑事立件し、起訴した検察の理屈だったはずだ

(7)「お金受け取っても不起訴になるということで、全国で悪い影響がでるのではないか」

これは、今回のような多額の被買収事件が不起訴とされたことが、今後の全国の公選法違反事件の刑事処分に影響を与えるのではないか、という当然の質問だ。

それに対する次席検事の答は、支離滅裂であり、全く答になっていない。

起訴猶予は犯罪の成立を認定している。受け取っても良いんだ、というのは違って、犯罪であるという認定は、我々はしている。検察官は取り調べをして、訓戒している。起訴猶予は良いとか、許しているとかそういうことではない。起訴をしなかっただけということ。

ここで、問われているのは、多額の被買収事件で「犯罪が認められる」としているのに、「起訴猶予」ということであれば、被買収事件についての検察の刑事処分の基準が変わったことになり、今後、同種の買収事件でも、同じような理由で「起訴猶予」にすべきということになるのではないか、買収事件での被買収者の起訴はできなくなるのではないか、という点である。

 それに対して、「検察は犯罪を認めた上で、取調べをして訓戒をして、その上で起訴猶予にして起訴しなかっただけ」というのである。

 検察は、どのような犯罪であれ、取調べて、訓戒をした上で、自由自在に起訴猶予にすることができるという「検察の独善・傲慢」そのものだ。

最後の点は、今回の全員起訴猶予の不起訴処分の決定的な問題であり、今回の事件のような多額の被買収の事案が、「受動的だった」「他に疑いがあっても証拠上立件できない被買収者がいた」などという理由にならない理由で起訴猶予になったことで、今後の公選法違反事件の刑事処罰の実務が重大な影響を受けることは必至だ。

公選法違反事件、とりわけ選挙買収事件に対して、厳正・公平な処分が行われることは、公正な選挙の基盤だ。今回の検察の不起訴処分は、今後、公職選挙の公正を著しく阻害する。

黒川弘務元東京高検検事長の「賭け麻雀」の賭博事件、菅原一秀氏の公選法違反(寄附制限違反)事件と、検察が起訴猶予とした判断が検察審査会で覆され、起訴相当議決で検察の不起訴処分が厳しく批判される事例が相次いでいる。今回の河井夫妻事件被買収者全員「全員不起訴」に対して、検察審査会で「起訴相当議決」が出れば、検察に訴追裁量権を与えていることの是非が問題とされかねない(日本のような制度を「起訴便宜主義」というが、ドイツ等は、「起訴法定主義」であり、検察官は犯罪事実が認められる限りすべて起訴しなければならない。)

今回の不起訴処分は、「検察の正義」を崩壊させるものにほかならない。

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横浜IRをコンプライアンス・ガバナンスの視点で考える

コンプライアンスは、「法令遵守」ではなく、「組織が社会の要請に応えること」である。

桐蔭横浜大学特任教授・コンプライアンス研究センター長として、本格的にコンプライアンスに関する活動を始めた2004年以降、私が、常に世の中に訴え続けてきたことである。そのようなコンプライアンスの視点から、組織をめぐる様々な問題の解決、コンプライアンス体制の構築・運用等に関わってきた。

「社会の要請に応える」という観点が特に重要なのが地方自治体である。

民間企業の「社会的要請」が、需要に反映された社会の要請に応えることがベースとなり、それが、組織の存続・成長にもつながるのに対して、地方自治体の場合、住民のニーズに応えることが最も重要な社会の要請であることは間違いないが、その時点での直接的なニーズに応えることだけで地方自治体の役割が果たせるものではない。自治体には、住民にとっての短期的利益、長期的利益のほか、その時々の国家的、社会的利益も含めて様々な社会の要請が交錯する。地方自治体の日々の業務や実施する事業に関して、「社会的要請に応えること」は、複雑かつ困難な問題となる。

そのようなコンプライアンスの視点を、自治体の行政に活用することに関して、多くの自治体の制度や仕組みの構築や不祥事対応等に関わってきたが、その中で最も深く関わりを持ってきたのが横浜市だ。桐蔭横浜大学教授コンプライアンスセンター長を務めていた2007年からコンプライアンス外部委員、2017年9月からはコンプライアンス顧問として、各部局、各区で生起する様々な不祥事、コンプライアンス問題について対応の助言を行うほか、各部局、各区の幹部に対するコンプライアンス研修も実施してきた。

その中で関わった具体的な問題について、これまでにも、日経グローカルの巻頭「直言」で取り上げた(2019年4月「社会の要請に応え信頼される自治体に」)ほか、今年6月10日には、当欄の記事【生活保護への対応と地方自治体のコンプライアンス】で、今年2月に起きた神奈川区生活支援課での生活保護の申込への対応をめぐる問題についても書いた。

コンプライアンス、ガバナンスという観点から、現在の横浜市にとっての最大の問題は、統合型リゾート(IR)推進の是非をめぐる問題だ。

横浜港・山下ふ頭にカジノを含むIRを整備する計画について、開発・運営する事業者の公募を行っていた横浜市は、5月31日、海外のIR事業者等による2グループが応募のための資格審査を通過したことを公表した。今後、事業計画の提案を受け、今夏頃に事業予定者が選定される予定とされている。

一方、IR(統合型リゾート)誘致に反対の立場を取る横浜港運協会の藤木幸夫前会長が中心となって設立した一般社団法人横浜港ハーバーリゾート協会は、IRとは異なる山下ふ頭の再開発をめざす活動を展開しており、IRに反対する立憲民主党、共産党などの野党も加わり、IR反対派の動きが強まっている。

山下ふ頭という、横浜港の中心にある広大な土地を、どのように開発し、活用していくのか、そこに、カジノを含む大規模リゾートを誘致すべきなのか否か、その判断は、横浜市の将来、地域社会の在り方にも重大な影響を及ぼすものとなる。財政的、文化的、教育的、環境的な社会の要請が複雑に絡み合い、その意思決定に関して、自治体のガバナンスの在り方が正面から問われる問題であり、まさに、最も複雑かつ困難な地方自治体のコンプライアンス問題だと言える。

 この問題についての私の見解を述べておくこととしたい。

IR推進をめぐる議論の整理

まず、横浜市のIR事業に関する議論を整理してみたい。

IR(統合型リゾート)とは、民間事業者が、展示施設・国際会議場、ホテル、レストラン・ショッピングモール、エンターテイメント施設などの施設と、これを収益面で支えるカジノ施設を一体的に整備して運営するものであり、これにより観光の振興、地域経済の振興、財政の改善を図ろうとするものである。

横浜市において、IR整備計画を推進すべきとする財政上の理由として、次のようなものが挙げられる。

(1)今後、横浜市でも生産年齢人口の減少等による、消費や税収の減少、社会保障費の増加など、経済活力の低下や厳しい財政状況が見込まれており、そうした状況であっても都市の活力を維持するための財源確保が必要である。

(2)横浜市は上場企業数が少なく、法人市民税収入が少ない。

(3)今後、小中学校の建て替えなど、公共施設の保全・更新に膨大な予算が必要となる。

  そして、観光の特性に関して指摘されるのが

(4)横浜市への観光客は日帰りが多く、観光消費額が少なく、その伸びも小さい。

  ということである。

要するに、(1)~(3)のような事情から、横浜市の財政が将来悪化すると予想されるので、IRから市に入る収入によって財源を確保しようというものである。

そして、(4)の日帰り中心の観光を、IRの整備による内外の宿泊客の増加で観光消費額を増大させ、経済の活性化を図ろうというものである。

これに対して、IR反対派の主たる論拠は、カジノ賭博によるギャンブル依存症、治安悪化等のカジノの負の側面の指摘だ。

実際に、韓国などでは、カジノを含む総合リゾート施設がカジノによる巨額の収益を上げる一方で、自国民の多くがギャンブル依存症で生活破綻に追い込まれ、深刻な社会問題となった。

このようなギャンブル依存症に対しては、IR整備法による対策として、「日本人等への7日間で3回迄、28日間で10回迄の入場制限」、「広告・勧誘の制限」や「カジノ内ATM設置禁止」など施設内制限、「本人・家族の申告による入場制限」、「日本人等への24時間毎に6,000円の入場料の徴収」等の措置がとられるほか、顔認証やAI等による入場制限など事業者独自の依存症対策も行われ、市としても独自の取組みを行うので対策として万全だというのが、IR推進の立場からの説明だ。

確かに、日本人の入場規制等の対策は、一応のギャンブル依存症対策にはなっているといえるだろう。少なくとも、連日カジノに通い詰めるような極度の依存症は防止できそうだ。

しかし、日本人が「28日間で10回」(休日はすべてカジノ)というような頻度でカジノに入り浸ること自体、立派な「ギャンブル中毒」といえる。そのようなレベルでの入場が可能であるのに、依存症を防止する「十分な対策」と言えるのだろうか。

ギャンブル依存症対策をこの程度にとどめざるを得ないのは、もともと、この事業が、カジノだけを目的に入場する日本人が失う「賭け金」による収入を相当程度見込んでいるからであるようにも思える。

IR推進派は、「カジノの面積は、施設全体の面積の3%以内」とされていることを強調し、カジノは施設のごく一部に過ぎず、「IRは、アトラクション、散策を楽しむ市民の憩いの場」であることをアピールしているが、それは、ギャンブルの収益によって成り立つ事業という「本質」を覆い隠すもののように思える。

IRは、確かに、魅力的なアトラクション、憩いの場を含むリゾート施設である。しかし、それらの施設の整備・運営がカジノの収益によって行われるものである。そうである以上、外国客だけでなく、日本人、とりわけ、横浜市民がカジノで失う賭け金による収入も相当な額に上ることが想定されているのは「厳然たる事実」だといえよう。

IRをめぐる議論は、結局のところ、上記(1)~(3)の横浜市の財政事情や(4)の観光収入の実情などから、IRによって「横浜市を豊かにすること」への期待を重視するか、横浜市の未来が「ギャンブルによって支えられる」、そこには「横浜市民がカジノで失う賭け金も含まれている」という負の側面を重視するか、ということに帰着するように思われる。

少なくとも、上記(1)~(3)の横浜市の財政事情に対しては、IRによる収入増加を図ることだけが解決策ではない。

市民が健康で文化的で安心して暮らせる横浜市のために、何が必要なのかという観点から、政策の優先順位を検討し、市の財政支出の抑制を図り「静かでコンパクトな横浜」をめざすのも一つの方向である。そこには、「超大型テーマパーク」開発に伴う相鉄線瀬谷駅付近と跡地を結ぶ新交通システムの建設、文化芸術の創造・発信の拠点となる新たな劇場の整備などを、従来の横浜市の方針どおり実施すべきなのかという問題も密接に関連する。

 

地方自治体のガバナンス

 上記のような議論の整理を踏まえて、IR事業の是非を考えることになるのであるが、その前提として、地方自治体にとって、地域社会にとって、重要な問題についての意思決定がどのような手続・プロセスで行われるべきかという、地方自治体のガバナンスについて、民間企業等などとの比較も踏まえて、整理しておきたい。

日本の地方自治体では、首長と議会議員を、ともに住民が直接選挙で選ぶという二元代表制がとられており、自治体の運営と意思決定は、首長と議会に委ねられている。

予算・条例の提出権が首長側にしかなく、議会は、それを議決する権限しかないなど、首長に権限が集中しているところに特色がある。

(大統領制に近いが、予算・法律の提出権限がなく、議会に対しては拒否権しかないアメリカの大統領と比較しても、日本の自治体の首長の権限は強い。)

首長に権限が集中し、その権限行使を議会でチェックする二元代表制の枠組みの下では、議会で議案が否決されない限り、首長の判断がそのまま自治体の決定となる。

例外として、「直接民主制」の方法である住民投票が行われる場合もあるが、地方自治法第 12 条、74条に規定される「住民による条例制定又は改廃の直接請求権」に基づく「住民投票」は、首長、議員の解職請求(リコール)のような二元代表制の構成要素の変更に関わるものや、市町村合併の是非のような自治体の存立自体に関わるものに限られる。

自治体運営に関する個別の事項について住民投票が行われるのは、自治体執行部の提案する住民投票条例が議会で可決成立した場合だけだ。法定数を超える署名によって住民投票条例制定を求める直接請求を行うことも可能だが、この場合も、執行部から議会に提出される住民投票条例が可決されなければ、住民投票は実施されない。しかも、住民投票の結果は、自治体の決定を法的に拘束するものではない。

そういう意味では、法令上は、直接民主制としての住民投票は、あくまで、二元代表制の枠内で、それを補完する機能を果たすに過ぎない。つまり、二元代表制の下では、首長と議会議員は、選挙で選ばれることによって、それぞれ住民から、その任期中「白紙委任」を受けているので(「選挙公約」には法的拘束力はないので、候補者が特定の事項について選挙公約で約束したとしても、法律的には「白紙委任」となる)、議会の了承が得られる限り、首長は、自治体の運営に関していかなる判断をも行うことができる。

もっとも、そのような首長の地位は選挙で住民に選ばれたことによるものなので、任期が満了し、選挙で首長が交代した場合は、新たな首長によって、前任の首長の判断が覆されることもある。

民間企業のガバナンスとの比較

このような地方自治体のガバナンスを、民間企業のガバナンスと比較してみよう。

株式会社の場合、株主総会で選任された取締役で構成される取締役会において、代表取締役を選任する。会社の業務執行は、重要事項については取締役会決議が必要となるものの、基本的に代表取締役の裁量に委ねられる。

一方、地方自治体の首長は、住民から直接選挙で選ばれる点において、株式会社の代表取締役が、株主総会で株主が選任した取締役によって選任されるのとは異なるが、一旦選任されれば、任期中、業務執行について広範な裁量権があること、任期満了によってその地位を失うことにおいては、会社の代表取締役と基本的な相違はない。

しかし、「地方自治体の首長と住民の関係」と、「株式会社の代表取締役と株主の関係」との間では、大きく異なる点がある。

株主が会社に求めるのは配当金の支払や株価の上昇などの経済的利益であり、基本的にはそれに尽きるのに対して、当該自治体の区域内で生活し、住民サービスを受ける立場の自治体の住民は、自治体の運営によって居住環境や生活に関しても大きな影響を受ける。

首長が担う自治体の運営は、経済的利益のみならず、住民サービスを通して、住民の日常生活に深く関わる。そういう意味で、株主と住民との間には、ステークホルダーとしての立場に大きな違いがある。

株主にとっては、株価の変動要因となり配当の多寡にも影響する会社の財務内容・業績が最大の関心事であるが、住民にとっては、自治体の財政状況や収支の状況が、将来にわたって行政サービスのレベルに影響を与える重要な要素ではあっても、その時点での自治体行政の評価に関する一要素に過ぎず、むしろ、日常的に受ける住民サービスの内容の方が大きな関心事となる。

すなわち、会社にとっての株主の意向は、基本的に、期待どおりの配当金が得られ、株価を上昇させることに尽きるが、自治体の住民の意向は、そのように単純なものではない。

既に述べたように、自治体の首長は、任期中、自治体の運営について住民から「白紙委任」を受けているが、その判断に当たって、住民の意向や意見は十分に考慮する必要があるという面で、会社の代表取締役と株主との関係とは異なるのである。

もし、首長の自治体運営や決定が、住民の意向と大きく乖離したものとなった場合、最終的には、選挙で住民の意思が示され、首長が交代することになる場合もある。しかし、自治体が行う大規模な事業等について一度決定したことが、選挙で首長が交代して覆された場合、当該自治体に大きな混乱と損失が生じることとなる(【「事業の検証と責任追及」についての小池知事と五十嵐市長の決定的な違い】)https://nobuogohara.com/2017/04/21/。

そのため、地方自治体の首長は、当該自治体やその住民に重大な影響を生じさせるような施策や事業の遂行については、二元代表制に基づき「首長の判断について、議会の承認を受けた」というだけでなく、その自治体の住民の民意を確かめ、考慮しつつ進めていくことが必要であり、その点は、地方自治体のガバナンスにおいて特に重要な点だと言える。

地方自治体にとって「社会の要請に応えること」

 このことは、地方自治体という組織にとっての「社会の要請に応える」という意味のコンプライアンスの特質にも関連する。

地方自治体にとっての「社会の要請」が、第一次的には「当該自治体の行政区域の住民からなる社会(地域社会)の要請」であることは異論のないところであろう。

ただし、それは、その地域の利益のみを図り、国全体の利益を損なうものであってはならない。「地域社会の要請」は、「国家社会の要請」と調和したものでなければならない。

また、「地域社会の要請」には、短期的なものと長期的なものがある。現在の住民の利益ばかりを図ることが、将来にわたる地域社会の利益を損なうものであってはならない。

そういう意味で、「自治体の運営・事業の遂行が民意に沿うものであるべき」ということにも、一定の限界があることは否定できない。事柄の性格によって、「民意に沿った政策決定」が求められる程度は異なる。そのために、首長と議会による「二元代表制」による「熟議」を通して、その地方自治体が、様々な社会的要請に応えられるような意思決定を行うことが求められているのである。

横浜市におけるIRをめぐる議論と自治体ガバナンス

これらの地方自治体のガバナンス、コンプライアンスの一般論を前提に、横浜市のIRをめぐる議論の経過について、改めて考えてみよう。

横浜市におけるIRの推進に関して、林文子市長は、当初、「市の将来の経済成長に有効な手段で、導入に非常に前向き」との見解を示してきたが、2017年7月の市長選の半年前に「白紙」と立場を変えて選挙に臨み、三選を果たした。

この際、選挙公約で「統合リゾートの導入検討」を掲げていたともされているが、膨大な「選挙公約詳細版」の中に小さく書かれているに過ぎず、実際に、IRの推進が、市長選挙の実質的な争点にはならなかった。

ところが、2018年7月に、統合型リゾート施設(IR)整備法が成立した後の2019年8月、横浜市は、山下ふ頭でのIR整備に取り組んでいく方針を公表した。

これに対して、IRに反対する市民運動が活発化し、住民投票を求める署名が法定数を超える19万筆も集まり、市に提出された。しかし、住民投票条例案は、市の反対意見が付されて、市議会に提出され、市議会は条例案を否決した。

林市長は、「二元代表制で、市長が提案し、議会が承認の議決をした」と強調する。確かに、IR推進の横浜市の方針は、市議会が、関連予算を可決するなどして承認しており、二元代表制という面で言えば、意思決定のプロセスに問題はない。

一方で、カジノを含むリゾート施設を、市の中心部である山下ふ頭に整備する計画は、横浜市の財政状況に重大な影響を生じるだけでなく、ギャンブル中毒症、治安の悪化のおそれが指摘されるなど、横浜市民の生活にも重大な影響を及ぼし得るものであるだけに、IR推進の是非については、「二元代表制」によるプロセスを経るだけではなく、横浜市民の民意の確認も必要だと考えられるが、横浜市のIR推進については、これまで民意の確認は殆ど行われていない。19万筆を超える反対署名が集まったことや世論調査の結果等から、現状において、多くの横浜市民がIRに否定的な意見を有していることは否定できない。

このような経緯から、IRの推進の是非については、「民意を問う」というプロセスが欠落しており、今年8月に実施予定の横浜市長選挙において重要な争点となり、選挙結果によって民意が反映されることになるのは、ある意味では必然と言える。

重要施策について首長選挙で「民意」を問うことの限界

しかし、地方自治体の重要施策について、首長選挙で賛成・反対両方の意見の候補者による選挙戦の結果、当選した候補者の意見を「民意」とみなし、それだけで、施策の是非について一刀両断的に結論を出すことが適切と言えるだろうか。

首長選挙は、その後の4年間の任期中の市の運営や事業遂行について、市民が基本的に白紙委任する対象となる市長を選ぶためのものだ。4年間の市政を全面的に委ねるに相応しい能力・資質を持った市長を選ぶことが、まず重要であることは言うまでもない。

しかも、首長選挙において民意を問うべき事項は、決して単一ではない。4年間の任期において実施の是非の判断を求められる重要施策、事業には様々なものがある。それら全体について適切な判断を行う首長を選ぶのが首長選挙であり、一つの大規模事業の是非だけが問われるのではない(横浜市において、現在計画中の大規模な事業として、米軍上瀬谷通信施設跡地で進められていた「超大型テーマパーク」開発に伴う相鉄線瀬谷駅付近と跡地を結ぶ新交通システムの建設の是非、文化芸術の創造・発信の拠点となる新たな劇場の整備などがある。)

また、首長選挙は、多数の候補から1名の首長を選ぶ手続きであり、その結果は、必ずしも、当該施策の是非についての民意の多数を反映するものではない。例えば、当該施策に反対の候補者が3名、賛成の候補者が1名で選挙戦を行った結果、賛成の候補が僅差で当選した場合、「賛成」の候補が市長に就任するが、民意の多数は「反対」ということになる。

 そして、もう一つ、決定的に重要なことは、首長選挙の結果を「民意」とみなして、重要施策の是非について一刀両断的に結論を出すことは、「二元代表制」のもう一方の要素である「議会」におけるプロセスを無視することになる、ということだ。

 前述したように、地方自治体の運営や事業の遂行は、基本的に、「二元代表制」に基づいて意思決定が行われる。重要施策の是非について、首長と議会との間の「熟議」を経て、判断が形成されていくのであるが、仮に、その判断が「民意」と異なっている場合に、首長選挙において、その施策に反対の民意が示されるということもあり得る。しかし、その場合も、その首長選挙において示された民意を、地方自治体の決定にどのように反映させるべきかは、当該施策の性格や実施の段階によって異なる。

 その重要施策が、大型事業である場合、それがまだ計画段階なのであれば、首長選挙で示された民意は、事業の中止の方向に向かうことになろう。しかし、既に、首長の判断と議会の承認の下で事業実施が決定され、契約も締結され、事業の一部が既に実施されているような場合、当該事業を白紙撤回することが、自治体に大きな損失や負担を生じさせることもあり得る。

そのような場合に、仮に、事業の白紙撤回の方向に大きく舵を切るとすれば、それを首長が議会に提案し、議会で審議をした上で、白紙撤回を模索していくことになるだろう。場合によっては、白紙撤回のために大きな財政上の負担が生じ、その予算を議会が承認する必要が生じることも考えられる。

それだけに、「民意」を確認する方法も、首長選挙で事業への反対の意見の候補者への投票が、他の候補者より相対的に多数を占めたというだけでなく、首長と議会という「二元代表制」のプロセス全体に向けられた「重い民意」であるべきである。それは、住民投票のような「直接民主主義」の方法によるほかないのではなかろうか。

横浜IRについて「民意」を反映させる方法

 横浜市のIR事業に関しては、事業者からの企画提案を受け、事業者を選定する段階であり、まだ事業の実施が決定されたわけではないので、現時点での「白紙撤回」が、事業者からの損害賠償等の法的な問題を生じさせることはないだろう。しかし、事業実施を前提として行われてきたこれまでの様々な施策を見直し、現実に白紙撤回を実行していくためには、予算の見直しなど議会の承認が必要となることも多々あり、まさに「二元代表制」に基づいて市長と市議会が十分な議論を経て協力して行っていくことが必要となる。

これまでの決定のプロセスでは、民意の確認が不十分であり、反対署名の数、世論調査の結果等によれば、むしろ民意に反しているようにも思える。そのような「民意の反映」の欠落を補完する重要な機会が、市長選挙であることは間違いない。しかし、その「民意の反映」を、市長選挙において、賛成派・反対派のいずれが勝利を収めるかということだけで、一刀両断的に行い、IR問題にすべて決着を付けることができるかと言えば、決してそうではない。そのような方法は、今後の市政に大きな混乱が生じさせることになりかねない。では、市長選挙でのIR推進について「民意」を問うとすれば、その選択肢は、どう設定すべきか。それは、現職の林市長が議会の支持を得て進めてきたIRを従前どおり推進するのか、それとも、改めて住民投票で民意を問うのかのいずれかである。

横浜市のIR事業については、住民投票を求める署名が法定数を超えたことに基づいて市議会に提出された住民投票条例が否決されている。しかし、この時点では、まだ、事業の内容すら固まっておらず、その時点で住民投票を行っても、単に「カジノ賛成・反対」だけを問うものにしかならず、横浜市の将来にも重大な影響を及ぼすIR事業推進の是非についての「本当の民意」を示すものにはならなかったであろう。

 現時点では、既に事業者からの提案も出揃っているのであり、事業の内容を具体的に示し、

その目的、それが横浜市の将来にもたらすメリット・デメリット等を示し、市民に判断材料を提供した上で、住民投票を行うことも可能である。

市長選で、「住民投票で改めて民意を問うこと」を公約に掲げた候補者が当選し、その点についての民意が確認された場合、市長が市議会に、IRについて「真の民意」を問うための上記の実施方法も含む住民投票条例案を提出することになるだろう。市議会では、「住民投票を実施すべき」との民意が市長選挙で示されたことを踏まえ、住民投票条例案の可否を審議・議決することになる。市議会で住民投票条例が可決され、住民投票が実施された場合には、その結果示された「民意」に従うことになる、IR事業「白紙撤回」が多数であれば、市長と市議会と協力し、全力で民意を実現していくべきことは言うまでもない。

冒頭でも述べたように、「IR事業推進の是非」は、横浜市の将来、地域社会の在り方にも重大な影響を及ぼす、最も複雑かつ困難な地方自治体のコンプライアンス問題である。その判断が、横浜市の未来に禍根を残さないようにするためには、自治体組織としての健全なガバナンスによって、意思決定が行われることが不可欠である。

私が横浜市のコンプライアンス顧問に就任したのは、2017年、3期目に入った直後の林文子市長が、重点施策として「コンプライアンスへの取組み」を掲げたことに伴うものだった。それから4年、「社会の要請に応える」コンプライアンスは、市の組織全体に着実に浸透しつつあると実感している。林市長の任期満了に先立ち、私自身は、7月6日のコンプライアンス委員会をもって顧問を退任する。しかし、立場は変わっても、IR事業を含む今後の横浜市の行政には、引き続き注目していきたい思う。

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外環道大深度工事の地上被害は「陥没・空洞」だけではない。外環道工事延伸、リニア中央新幹線の大深度工事への波及は必至

2020年10月、東京外環道のトンネル工事によって地上に陥没・空洞が発生、周辺地域で、家屋の傾き、損傷、地盤沈下等の被害が次々と明らかになった。「地上から40メートル以深、又は、支持層の下10メートル以深のいずれか深い方」という地下空間を、公共利用のために、国交省の認可を受けて、地上の土地に関する権利と関わりなく使用できる、という「大深度法」に基づき、地上への影響はないことを前提に行われている工事だったが、その前提を覆す「地上住民への深刻かつ重大な被害」が発生したものだった。

閑静な住宅地で、平穏な生活を営んでいた住民たちにとって、何の了解も同意もなく、地中で進められた工事によって、不安と恐怖に苛まれ、甚大な被害にさらされたことは、あまりに理不尽だ。被害住民としては、なぜ、そのような深刻な被害を生じさせる事故が生じたのか、徹底した原因究明が行われ、納得できる合理的な説明と情報開示が行われることを求めるのが当然だ。

私は、東京外環道工事の被害住民17名(現時点で契約済みの方)から委任を受けた代理人弁護士からなる弁護団の団長として、NEXCO東日本・中日本、国交省関東地整という3者の共同事業者に対して情報開示や説明を求めてきた。

しかし、NEXCO東日本など事業者側が2021年3月19日に公表した有識者委員会報告書の内容には、多くの疑問点、不合理な点があり、被害住民の委任を受けた当職らが、それらの疑問に答えるよう4月9日付けで要請書を送付したにもかかわらず、事業者側は、他の被害住民からの質問と「十把ひとからげ」にして、ホームページに回答を掲載しただけであり、しかも、その内容は、要請書で示した疑問にはまともに答えず、虚偽説明、問題のすり替え、ごかましに終始している。要求している情報開示もほとんど行っていない。その一方で、事業者側は、トンネルルート直上の住民に対して、「地盤補強のための一時移転」を求めてきている。

地上被害発生への「不安」は、リニア中央新幹線大深度工事にも波及

このような事業者側の被害住民に対する説明責任も果たさず情報開示も行わない不誠実極まりない対応によって、この問題は、新たな局面を迎えようとしている。

同様に、大深度法に基づいて、東京都大田区、世田谷区などの地下空間にトンネルを掘削する予定のリニア中央新幹線工事についての地上住民に対する説明会が先週開かれた。外環道工事での陥没・空洞問題は、リニア大深度工事の地上住民にも大きな不安を与えているはずだ。この工事の事業主体のJR東海が、外環道大深度工事で発生した地上の住民への被害に対して、外環道の事業者と同様の説明で済まそうとしたのでは、住民の不安は全く解消されないことは明らかだ。

今後、外環道被害住民側からも、外環道事業者がとり続けてきた不誠実極まりない対応についての情報が、リニア中央新幹線大深度工事の地上住民側にも提供されれば、大深度工事への地上住民の不安が拡散・拡大することは必至だ。それは、今後、外環道大深度工事が再開された場合に、地上でその影響を受ける可能性がある、三鷹市、練馬区、杉並区等の地上住民にとっても、他人事ではない。

外環道工事が、その完成によって、首都圏の交通渋滞を緩和するなどの交通上の利便を提供するという意味で、社会の要請に応えるものであることは確かだ。しかし、そのための工事の施工に当たって、地上住民の生活・健康に影響を及ぼす被害・損害を生じさせないという「社会的要請に応えること」は、事業者にとって最低限のコンプライアンスだ。地上の住民・権利者の同意なく大深度地下を掘削する工事なのである以上、一層強くそれが求められるのは当然だ。大深度法という法律に基づいて施工する工事なので「法令遵守」上問題ないという「慢心」があるとすれば、それは、事業者に対する信頼を著しく損ない、今回の外環道工事をめぐる不祥事の社会的影響を一層巨大化することになりかねない。

地上被害は陥没・空洞発生以前から生じていた

昨年10月に、調布市の外環道大深度工事の地上で被害が発生した時点から、この問題は「陥没・空洞問題」と報じられることが多かった。しかし、実は、大深度工事による地上住民への被害は、陥没・空洞が初めてではなかった。それより1か月以上前の2020年8月に入った頃から、振動及び低周波音の体感的被害の被害が深刻化していた。

ある住民は、その被害の模様について、次のように述べている。

ある日、仕事を終えて夜に帰宅すると、どこからか不明の地響きのような重低音が聞こえてきた。初めは2階の家族が大音量の音楽を聴いているのかと思い、様子を見に行くと家族は音楽を聴いていなかった。鼓膜に圧力がかかり食事も喉を通らないような不快な重低音(振動)であったため、外にでて原因を確認しようとしたが、外に出ても音源に近づくことができず、不快な重低音は不明なまましばらく続いた。記憶は定かでないが21時頃に振動はやんだ。

ネットで調べてみると外環工事が進行中であることがわかり、数日耐えればよいと言い聞かせて過ごした。しかし、重低音は数日かけてゆっくりと遠くから近づき、そのまま遠のいていくことを期待していたが、一向に遠のかず、2週間以上の間、同様の振動に毎朝・毎晩悩まされた。

当時、数週間にわたり継続する異常な振動に、地盤は大丈夫なのかと不安がよぎる。 また後に、この振動が直下の掘削ではなく、直線で20m程度離れたルートの掘削であったことを知り、直下であればどれほどの振動になるのかと恐怖を感じる。

また、ある住民は、次のように述べている。

ある日、突然変な波長の震えが鼓膜をびんびん突き刺し、頭も体も振動を感じ、食   器は振動を受け、チャリチャリとなり続けた・・・3週間ほど続いた。常に2階で大男がずしんずしんと歩くような振動を感じた。

「苦情・問合せ」に対応した夜間施工時間短縮が陥没・空洞の原因との事業者説明

事業者側は、陥没・空洞の発生を受けて、有識者委員会を設置、2021年3月に公表された報告書では、事故原因について「『特殊な地盤条件』が存在し、振動・騒音に対する問合せが相次いだために、夜間の工事中止時間を延長し施工時間を短縮したところ、カッターの回転不能が頻発、それを解消するために行った特別な作業で土砂の取り込みが発生。過剰な取り込みで陥没・空洞が発生した」と述べている。

要するに、地上住民の苦情を受けて、夜間の工事中止時間を延長するという「地上住民への配慮」を行ったことが、陥没・空洞が発生した原因であるかのように述べているのである。

そして、リニア中央新幹線の大深度工事を施工するJR東海は、このような外環道の大深度工事の陥没・空洞の発生の「教訓」からか、住民説明会で、「マシンを止めないのが安全な工法。夜も進めたい」と述べ、夜間も工事を実施し、振動や騒音には個別に対応する方針を明らかにしている。

「外環道の陥没・空洞は、住民の苦情がうるさかったから夜間工事を止めたのが原因、リニア大深度工事では、なりふり構わず夜間も掘り進めるので、陥没・空洞は起きない」と考えているのかもしれない。しかし、そもそも、地上への影響がないことを前提に制定されている法律に基づいて行われる工事で、地上住民に上記のような振動、低周波音の被害を発生させ続けていたことが重大な問題であり、それに対して苦情が殺到するのは当然のことである。その当然の苦情への対応のために「陥没・空洞」が発生したのだとすれば、その根本原因となった振動・低周波音を「一次的な被害」ととらえ、その発生を防止するのが、地上住民の同意なく大深度近くを掘削する事業者の当然の義務と言うべきであろう。外形的に明らかな「陥没・空洞」さえ発生させなければよいというのは、あまりに無責任な考え方だ。

根本原因は、不十分な事前調査で地盤の把握ができていなかったこと

根本的な問題は、有識者委員会の事故原因の説明にも出てくる「特殊な地盤」について、事業者が施工計画の段階で把握して、地上への影響を生じさせないようにするための十分な対策が講じたかどうかだ。

その点に関しては、事前の地盤調査が十分に行われていたのか否かに重大な疑問がある。

事業計画では、、トンネルルート上で、200メートルに1本のボーリングを行うことが原則とされていたのに、被害発生個所周辺のルート直上では、1キロメートルにわたってボーリングが実施されていなかった。しかも、その周辺には、「NEXCO中日本所有地」、「国道事務所所有地」、「市管理の公園」というボーリング実施が可能と思える3箇所の土地があった。今年4月に、被害住民弁護団から事業者への「要請書」で、この3箇所でボーリングが実施されなかった理由について尋ねたところ、

ボーリング調査は、大型の機械により数ヶ月の作業を要することもあり、また調査作業等で周辺への影響が懸念されること等、地域の周囲の住環境も考慮の上、調査箇所を選定しております。

ご指摘の3箇所の用地については、

・住居が近接しており、騒音・振動による周囲の住環境への影響が懸念されたこと

・当時の土地利用やアクセス道路の状況から実施が難しかったこと

・周辺のボーリング調査や微動アレイ調査を組み合わせることにより必要な調査がカバーできたこと

等により、ボーリング調査は実施していないものと考えております。

ボーリング調査は、物理的に実施可能な箇所全てで実施するものではなく、既存調査等で把握した地質状況を踏まえた上で実施箇所を検討して必要な箇所で実施しております。

陥没・空洞事故を受け、地域の住民の方々に、ご不便やご迷惑をおかけしながら、ご協力を頂いて実施した原因究明のためのボーリング調査等の結果は、この事前調査の結果と概ね一致しており、工事着手前に行われる地盤状況把握のための事前調査は適切に行われていることを有識者委員会に確認いただいております。

などと回答した。

事業者側の説明は、ボーリング不実施の理由には全くならない

しかし、少なくとも、「国道事務所所有地」と「市管理の公園」は、調査時点でも道路に面しており、現に陥没事故後にはそこで特段の騒音・振動対策も行わずにボーリングが実施されている。「NEXCO中日本の用地」でも、陥没事故後に特段の騒音・振動対策も行わずにボーリングを実施しており、ボーリング調査が当該3地域において実施可能であったことが事故後に実証されている。

ボーリング調査を補完するために行ったとする「微動アレイ調査」については、地表近くの地盤状況しか把握できないとの指摘もあり、国交省のホームページにもそのような記載がある。

NEXCOは「工事着手前に行われる地盤状況把握のための事前調査は適切に行われていることを有識者委員会に確認いただいております」としているが、同委員会の小泉委員長は、「ネクスコや国土交通省の用地については説明を受けていないので認識していなかった。」(2021年2月12日ブリーフィング)、「通常のボーリングよりは距離が飛んでいる。・・・こういう事象が起こってみれば、この辺のボーリングはもっと取れればよかった。」(2020年12月18日ブリーフィング)などと発言しており、委員会として、「地盤状況把握のための事前調査は適切」と判断していたとは思えない。

事業者側の回答は、単なる「ごまかし」である。被害住民に対して、事故を発生させたことを真摯に反省し、工事の事前調査、工事施工全般にわたる事故原因の分析を誠実に行って、振動・低周波音、陥没・空洞、地盤の緩み等の被害を二度と発生させないようにしようとする姿勢が全く見受けられない。

「地盤補強のための一時移転」を被害住民に求める事業者

その一方で、事業者側は、地盤補強のための一時移転に向けての交渉を進めようとしている。陥没・空洞が発生した区間に生じた「地盤の緩み」を補強するため、薬液の注入等の工事を実施したいとして、トンネル直上の家屋の住民に対して、2年間の「一時移転」を要求している。

この工事も、口先では、大深度トンネル工事によって地上に生じた被害の復旧であるかのように言っているが、本当の目的は、工事続行ために必要な「地盤補強」であることが疑われる。というのは、今回、地上に被害を発生させたNEXCO東日本「南行きトンネル」と隣接して、NEXCO中日本が施工中の「北行きトンネル」の大深度工事が被害発生現場周辺であり、それが、今回の陥没・空洞の表面化以降ストップしている。NEXCO中日本は、工事再開を目論んでいるようであり、その工事施工のためには、今回の事故で生じた「地盤の緩み」を解消する必要があり、そのために「地盤補強」を行おうとしている可能性があるのである。

不誠実極まりないNEXCO東日本等の事業者の対応に、被害住民は、呆れ果て、その怒りは頂点に達している。

事業者側の不誠実極まりない対応による被害住民の「不安」は、今後、リニア中央新幹線大深度工事の地上となる大田区、世田谷区、外環道大深度工事の延伸先の三鷹市、練馬区、杉並区の地上住民にも波及することは必至だ。今回の事故は、単なる「調布陥没・空洞被害者」だけの問題ではないことを、これらの大深度工事が通過する行政区域の住民すべてが認識すべきだ。

なお、外環道大深度工事の問題に対する対応の経過、事業者側に送付した要請書等については、郷原総合コンプライアンス法律事務所のホームページに掲載しているので、ご関心がある方はご覧頂きたい。

➡ https://www.gohara-compliance.com/information/gaikan

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生活保護への対応と地方自治体のコンプライアンス

私は、コンプライアンスを、「法令遵守」ではなく、「組織が社会の要請に応えること」ととらえ、組織をめぐって発生する様々な問題の解決、事業・業務におけるコンプライアンスの取組みに関わってきた。

とりわけ、「社会の要請に応える」というコンプライアンスの観点が重要なのが地方自治体である。民間企業においては、需要に反映された社会の要請に応えていくことがベースとなるのに対して、地方自治体の場合、住民のニーズのほかに、公共の利益に関連する様々な要請が絡み合い、それに応えていく地方自治体の業務に関して、複雑かつ困難な問題が発生する。

その中で、最も深く関わってきたのが横浜市だ。2007年から、コンプライアンス外部委員としてコンプライアンス委員会に関わっていたが、2017年からはコンプライアンス顧問として、各部局、区で生起する様々な不祥事、コンプライアンス問題について対応の助言を行うほか、各部局・各区の幹部に対するコンプライアンス研修の実施などを通して、深く関わってきた。

コロナ禍の長期化で、社会全体が消耗、疲弊する中で、地方自治体に対する要請も複雑多様となり、バランスよく的確に応えていくことは容易ではなくなっている。こうした中で、横浜市においても、様々な不祥事の発生が続いている。

そのうちの一つ、社会的にも大きな問題となったのが、今年2月、横浜市神奈川区生活支援課での生活保護の申請をめぐる問題だ。

生活保護をめぐる複雑な社会の要請

生活保護という制度と運用をめぐっては、これまでも地方自治体の現場で様々な問題を発生してきた。そこには、制度と運用をめぐって社会の要請が複雑に絡み合う構図がある。

1つは、「生活保護は他の手段の補足であるべきだ」という要請である。誰しも、自らの資産・能力によって健康で文化的に生活できることを望んでいるはずであり、それが困難な人に対する直接的な公的支援として行われる生活保護は、「最終的な手段」だ。生活困窮者に対して、就労機会の提供や他の制度の活用などによって自立を支援できるのであれば、その方が望ましいことは言うまでもない。

2つめは、「保護を必要とする人には積極的に対応する」という要請だ。自らの資産・能力では健康で文化的な最低限の生活を維持することが困難な状況になっている人に対しては、生活保護による支援を積極的に行うことが求められる。真に生活保護を必要としている人に申請を躊躇させるようなことはあってはならない。特に、現在のコロナ禍のように、困窮者が急増する経済、社会状況においては、生活保護による支援が、より幅広く行われる必要がある。

3つめは、「保護要件の審査は厳格に行うべき」という要請だ。生活保護費は、公的資金によって賄われているのであり、保護要件の充足に関する審査は厳正に行われなければならない。いかなる状況においても、資産・能力についての虚偽申請や不正受給は許されないし、特に、暴力団関係者等による不正請求に対しては、毅然とした対応が求められる。

生活保護に対応する自治体には、複雑に交錯するこれら3つの要請に、バランスよく適切に対応することが求められる。

自治体の現場での生活保護への対応の経緯

自治体の受付窓口では、生活保護の申請があれば、まず「相談」という形で対応し、生活保護制度のほか、生活福祉資金・障害者施策等各種の社会保障施策についても説明する。そのうえで、申請の意思を確認し、様々な検討・調査が行われる。その際、自治体の側で、保護申請をなるべく受理したくないと考えて、申請書を渡さない、受け取らない、申請を取り下げさせるような対応がなされることがある。

かつて、暴力団などの不正受給防止のために厳格な審査を求める通知が厚生省から発出されたことがあり、その通知に過度に反応した現場が、申請を受理せず、窓口で追い払う傾向が強まったことがあった。それが、「水際作戦」として批判にさらされた。2006年には、北九州で生活保護申請を受理してもらえなかった生活困窮者の餓死事件が発生したことで、社会問題化した。

その後、厚生労働省は、「要保護者の申請権の侵害をしない」方針を明確に打ち出し、生活保護法23条による法施行事務監査を行って、「保護の相談に当たっては、相談者の申請権を侵害しないことはもとより、申請権を侵害していると疑われるような行為も厳に慎むこと」と徹底してきた。

しかし、その後も、2014年に銚子市で母子心中事件が起きるなど、生活保護をめぐる問題は後を絶たない。「保護申請をなるべく受理しない」という「水際作戦的な姿勢」は、まだ、自治体の一部に残っているようである。

自治体としては、窓口での対応が、そのような批判を招かないよう、最大限の努力をすべきであるよ。

横浜市神奈川区生活支援課の事案

そこで、横浜市神奈川区生活支援課で発生した事案についてみてみよう。

2月22日、横浜市神奈川区生活支援課に、「アパートで暮らしたい」という理由で生活保護を申請しようと訪れた20代女性の申請を受け付けなかったことが問題になった。女性を支援する生活保護の支援団体から、「生活保護の申請権を侵害する悪質な水際作戦」などと批判され、マスコミでも大きく報じられた。

その女性は、居所がなく、「アパートで生活をしたいため」生活保護を申請したいと希望していたのに、対応した職員が、路上生活者などに提供される横浜市の生活自立支援施設を案内し、「居所が定まらないと申請が却下される可能性がある」などと施設入所が受給の要件であるかのような誤った説明を行って、女性の当日の申請を諦めさせてしまったのである。

担当職員が事実と異なる説明を行い、申請の意思があったのに受け付けなかったのは、明らかに誤った対応だ。問題は、そのような対応が、どのような意図で行われたのか、それが、担当職員個人の問題なのか、横浜市の組織としての生活保護への対応姿勢にも問題があったのかという点だ。

この事案では、申請書を持参して「申請したい」と口頭で述べている時点で、客観的に申請意思が明らかだったと言える。路上生活者になりかねない若い女性が救済を求めてきているのであるから、上記の2つめの「保護を求めている人には積極的に対応する」要請という面では、担当職員から促してでも、申請書を受け取るべきだった。

その女性は「アパートで生活をしたい」との希望を述べていたのに、申請書を提出させる前に、施設等を案内し、そこに住民票を移せば容易に手続きできるかのような説明を行えば、施設入所が受給の要件であるかのように思われ、意にそぐわない施設入所を押し付けられたように受け取られる。そういう意味で、申請権を侵害する可能性のある対応であったことは否定できない。

「水際作戦」だったのか

しかし、担当職員の対応は、果たして、申請をなるべく受理したくないとか、申請を諦めさせようとする意図で行われたのだろうか。

支援施設を保有している横浜市の担当職員として、居所のない困窮者に対して、支援の「選択肢」として、経済的負担のない施設への入所を案内することは、一般論としては間違っていない。また、居所があることは生活保護申請の要件ではないが、居所が定まっていない場合、受給決定後の生活状況の調査等に支障が生じる可能性があるという意味で、受給の可否の決定に影響を与える要因となることは否定できない。保護が開始されるために、居所を定めたほうがよいというのも、生活保護の受給についての説明として間違っているわけではない。

そういう意味では、申請を妨げようとする意図ではなく、むしろ、良かれと思って説明していたのではないかとも思える。それは、申請を受け付けた後の要保護要件の審査で、上記の3つめの「保護要件の審査は厳格におこなうべき」との要請が働くことを念頭において、1つめの「生活保護は他の手段の補足であるべきだ」との要請から、まず、居所のない状況を解消すれば実質的な救済につながると思った可能性がある。

しかし、そうであったとしても、若い女性に、いきなり施設入所を勧めたことが配慮を欠いた対応であったことは否定できないし、それが、申請を受け付けること自体に消極的であるように受け取られ、2つめの「保護を求めている人には積極的に対応する」という要請に反することになったのである。

担当者個人の対応の背景にある、横浜市の生活保護行政の姿勢自体については、問題があったようには思えない。最近の厚生労働省の生活保護法施行事務監査において問題が指摘されたことはないし、昨年も、緊急事態宣言を受け、ゴールデンウイーク中も臨時相談窓口を開設して対応するなど、むしろ、生活保護への対応には積極的な姿勢で臨んでいた自治体である。横浜市としては、必要な生活保護費については、十分に予算確保する考えが浸透しており、申請を絞り込む動機があったとも思えない。

コロナ禍での環境変化への不適応

そのように考えると、むしろ、今回の事案は、コロナ禍での要保護者の状況の「変化」に、担当職員を含め神奈川区の生活保護担当部門が適応できていなかったことに原因があるように思われる。感染対策の影響でいきなり職を失い、住居も失って、生活保護を求めるケースが増えており、その中には、居所さえあれば施設でもよいと考える困窮者ばかりではなく、職を失って所持金は減少していても、施設には抵抗感があり、一般住居に暮らしたい、と希望する人もいる。“生活保護”と一口に言っても、要保護者が求めることの中身が多様化し、よりきめ細かな対応が必要となっていると言えよう。

そうした状況においては、受付窓口での相談の段階から、その実情、困窮の態様・程度に応じて、実質的に有効な支援を行えるよう適切な対応が必要となるし、それが、要保護者に正しく認識理解され、寄り添った対応ができるよう、より高度なスキルが求められる。

現場の知識習得・技術向上のための指導体制、人員不足の改善などにも目を向ける必要があるだろう。

横浜市は、今回の事案を受けて、5月14日、第三者による検証を行うため、「生活保護申請対応検証専門分科会」を設置した。そこでは、今回の不適切な対応について検討し、原因を明らかにするだけでなく、コロナ禍での環境激変の中で、要保護者にきめ細かなケアを行うための職員の指導監督や体制整備の方策について幅広く検討が行われることが期待される。

そして、事案の調査、上記分科会による検証を踏まえて、現場レベルでの改善措置を十分に講じることに加え、もう一つ重要なのは、自治体としての明確なメッセージを発することである。今回の事案がマスコミで「水際作戦」などと報じられたことで、横浜市の生活保護行政に対して疑念や不信が生じたことは否定し難い。それを払拭するためには、コロナ禍で増大する生活困窮者に対して、生活保護も含め、あらゆる手段を講じて積極的に支援を行っていく方針を明確に示すことが大切である。自治体のトップ自らの対応が求められる場面である。

 

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菅原一秀氏は、なぜ公の場で「国民への説明」をせず、ネット上での「一方的な発信」ばかりするのか?

菅原一秀衆院議員(前経済産業大臣)が、地元で香典・枕花等として現金を渡したとされる事件で、公職選挙法違反(選挙区内での寄附)の罪で略式起訴される見通しとなったことを受け、菅原氏は、6月1日に自民党を離党した上、議員辞職願を提出し、3日に、衆議院本会議で辞職が認められ、菅原氏は、議員の身分を失った。

来週には略式起訴が行われるとされており、裁判所が罰金の支払を命ずる略式命令を出すと、選挙権・被選挙権(公民権)が原則5年間停止となり、その間、菅原氏は、公職を務めることも、公職選挙に立候補することもできないし、選挙運動を行うことも禁止される。

菅原氏は、自らの「公式ブログ」で、

けじめとして、本日、衆議院議員を辞すべく院に辞職願を提出致しました。

などと述べているが、罰金刑で公民権停止となり国会議員失職となるからこそ、議員辞職願を提出したものであり、自発的に「けじめ」をつけたものでは全くない。

 菅原氏に対しては、野党だけではなく、自民党と連立政権を組む公明党や自民党内からも説明を求める声が上がっているが、菅原氏は、マスコミへの発表文とブログで

当局の処分がまだ出ておりませんゆえ、ここですべてをお話することは差し控えさせていただきます。

と述べ、現時点では、事件についての公式の説明を全く行っていない。

 ところが、ブログやフェイスブック(Facebook)では、上記の投稿を含め、「一方的な発信」を続けている。

 6月に入ってから辞職願を提出したことで、6月末の期末手当が全額支給されることについて野党などから批判されたことを受け、2日夕刻、Facebookで

昨日、議員辞職願を提出しました。明日の本会議で辞職が許可される予定です。尚、月末予定の賞与は当初より、全額返上するつもりでしたので、その手続きに入ります。法律上、返上が叶わなければ、昨年同様、被災地に全額お送りさせていただきます。

と投稿した。

 その後、菅原氏は、翌朝までに、上記投稿の「尚、月末予定の賞与は」の前に、「検察の処分が6月とのことで、それまで任期を全うしようとしました。」を付け加えている。

 6月1日に辞職願を提出したのは、検察の処分が出るまで任期を全うしようという意図で、期末手当をもらうためではないという「言い訳」がしたいのであろうが、そもそも、地元有権者への寄附の公選法違反の事実を認めていながら、ここまで議員の椅子にとどまったこと自体、本来、許されることではない。

今回、刑事処分に先立って辞職したのは、検察に、自発的に議員辞職したことを情状面で評価してもらい、「公民権停止期間は3年に短縮が相当」との意見を裁判所に提出してもらおうとの魂胆であろう。刑事処分後に議員辞職したのでは、情状面の評価の対象にならないことは言うまでもない。そういう意味では、「6月1日議員辞職願提出」というのは、「期末手当満額支給」で、なおかつ「公民権停止期間短縮」を狙える「絶妙なタイミング」と言える。

そして、菅原氏は、2日深夜、公式ブログにも同様の投稿を行った。

3日夜には、Facebookの投稿で、議員辞職が許可されたことの報告に加えて、

なお、期末手当について総務省と衆議院の議員課に確認したところ、やはり国庫への返納は不可とのことです。全額、被災地へお送りさせていただきます。

と述べている。

 しかし、菅原氏の「被災地に送る」というのも、「期末手当返上」として額面どおり受け取ることはできない。

 元秘書らの話によると、菅原氏は、秘書から、公設秘書が国から支給されている給与と私設秘書の給与の差額を「上納」させており、その時にも、「被災地への寄附」や「赤い羽根募金に充てる」ことを名目にしていたという。また、常時「香典袋」を持参して活動していた秘書が、地元の支援者の葬儀・通夜の情報を入手し損ねて香典等を出すことができなかった時に、「罰金」と称して秘書から金を巻き上げる際にも、「慈善団体に寄附する」などと言っていた。

 今回は、「秘書から」ではなく、「国民から」期末手当分を巻き上げることになるのだが、秘書に対して常時使っている「被災地に送る(寄付する)」という常套文句で批判を逃れようとしているのであろう。

 自分の支持者、支援者向けのブログ・Facebookで一方的に発信しているが、その内容は、公の場や記者会見であれば、追及されて、到底維持できなくなるようなことばかりなのである。 

 菅原氏は、公選法違反を犯した事実を認めていながら、6月1日まで議員の職にとどまって歳費ばかりか期末手当まで全額を受領することになった。一方で、事件の内容や経緯についても、6月1日に辞職願を提出した理由についても、国民への説明責任を全く果たさず、ブログやFacebookで身勝手な「一方的な説明」を続けている。

このような議員が、自民党の要職を務め、経済産業大臣まで務めていたというのは、巨額買収事件で後に逮捕された河井克行議員が法務大臣を務めていたのと同程度に、信じ難いことだ。

菅原氏に対する略式命令では、議員辞職したことを有利に評価することなどあってはならない。原則どおり、5年の公民権停止が当然だ。

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「検察審査会の正義」で議員辞職に追い込まれた菅原一秀氏、「秘書にハメられた」についても説明を

 菅原一秀衆院議員(前経済産業大臣)が、地元で香典・枕花や現金を渡したとされる問題で、菅原氏は、6月1日に自民党を離党し、議員辞職願を提出した。東京地検特捜部は、近く、公職選挙法違反(選挙区内での寄付)の罪で菅原氏を略式起訴する見通しと報じられている。

 私は、菅原氏の指示で有権者への香典・枕花や現金供与を行っていた元公設秘書2人の代理人として、そして、当初の検察の菅原氏に対する不起訴処分(起訴猶予)に対する検察審査会への審査申立の代理人として、この事件に関わってきた。その契機となったのは、当時公設秘書だった2人から、2019年11月、「菅原氏から、『文春と組んで代議士をハメた秘書』のように言いふらされて、事務所をクビにされそうになっている」と相談を受けたことだった。

 この事件が週刊文春で報じられた後、検察が捜査に着手し、不当な不起訴処分に終わった時点までの経緯については【菅原前経産相・不起訴処分を“丸裸”にする~河井夫妻事件捜査は大丈夫か】で詳細に述べている。

 2020年6月、検察は、菅原氏の公選法違反事実を認めた上で「起訴猶予」としたが、次席検事が異例の会見を開いて説明した理由は全く納得できるものではなく、検察審査会に持ち込まれれば、覆ることは必至だと思えた。ところが、検察は、7か月以上も前に受領していた告発状を、不起訴処分の直前に告発人に送り返し、「告発事件」ではなく、検察が独自に認知立件した事件のように装って、事件が検察審査会に持ち込まれないようにする「検察審査会外し」を画策していたことがわかった。

 私は、同年7月、告発人から委任を受け、審査申立代理人として、「有効な告発状を提出している以上、検察が不当に受理せず返戻していても『告発した者』として検察審査会への申立ては可能」との法解釈に基づいて、検察審査会への申立てを行ったところ、数日後、東京第4検察審査会から「令和2年(申立)8号事件として受理した」旨の通知が届いた。(この間の検察の不当な対応と審査申立の経緯については、ブログ記事【菅原前経産相不当不起訴の検察、告発状返戻で「検審外し」を画策か】)

 そして、その9か月後の2021年3月12日、東京第4検察審査会が、菅原氏に対して「起訴相当」の議決を行ったことが発表された。

 告発人の「申立事件」として検察審査会が受理しているのに、検察は、検察審査会から提出を求められた不起訴記録を提出しないという「審査妨害行為」を行ったが、菅原氏の元公設秘書2名が、菅原氏に指示されて公選法違反行為を実行していた状況についての「陳述書」や資料を提出するなどして審査に協力したこともあって、東京第4検察審査会として職権で審査を行うことを議決した上、「起訴相当」議決に至ったものだった。まさに、市民の代表として「検察の不正義」を正した画期的な議決であった(【菅原一秀議員「起訴相当」議決、「検察の正義」は崩壊、しかし、「検察審査会の正義」は、見事に示された!】)。

 検察官が、犯罪事実を認めた上で「起訴猶予」とした事件が、検審で「起訴相当」と議決された場合、検察が再捜査の結果、再度「起訴猶予」にしたとしても、検審での再度の審査で「起訴議決」となり「強制起訴」されることはほぼ確実だ。検察にも、不起訴処分の際に犯罪事実を認めている菅原氏にも、「逃げ道」はなかった。

 そういう意味で、検察が菅原氏を起訴し、議員失職となるのも当然の結末だった。今回、菅原氏が議員辞職したのは、現職議員のまま刑事処分を受けることを避けるためであろう。

 このような経緯の中で、最大の問題は、当初、検察が、なぜ菅原氏を「起訴猶予」にしたのかという点だ。

今回の結末からも明らかなように、現職国会議員の「違法寄附」の公選法違反行為が認められる以上、罰金刑に処するのは当然であり、「起訴猶予」などという処分はあり得ない。

 2019年10月に週刊文春の報道を受けて経産大臣を辞任した菅原氏は、その後、「体調不良」を理由に10月から開かれていた臨時国会を欠席し続ける一方で、「秘書にハメられた」と言って地元支持者回りをしていた。

 そして、2020年1月20日の通常国会の初日には、国会内で、記者に公選法違反の疑惑について質問されて、

「告発を受けているので答えられない」

と述べて説明を拒否していた。

 ところが、6月16日、菅原氏は、突然、自民党本部で記者会見を行い、

「近所や後援会関係者らの葬儀が年間約90件あり、自身は8~9割出席しているが、私が海外にいた場合、公務で葬儀に参列できない場合に秘書に出てもらい、香典を渡してもらったことがある。枕花の提供もあった。」

として公選法違反の事実を認め、

「反省している」

と述べた。

 その翌週の6月25日、菅原氏の不起訴処分が、東京地検次席検事の記者会見で公表された。

 このとき認定された違法寄附は約30万円、不起訴理由は、「後援会関係者らの葬儀には自身が8~9割出席した」という菅原氏の言い分を「丸呑み」したものだった。元秘書らは、常に「菅原一秀」という文字が印字された香典袋を持ち歩き、通夜・葬儀の情報を得たら菅原氏に金額を尋ねて香典を持参しており、菅原氏本人の出席は、そのごく一部に過ぎず、違法な寄附の総額は300万円程度に上ることは、秘書らの供述やLINEデータ等からも明らかだった。

 菅原氏の突然の「記者会見」と検察の不起訴処分のタイミング、不起訴理由の説明などから考えると、検察側と菅原氏側と間で、何らかの話し合いが行われ、不起訴の方針が決まったようにしか思えない。 

 今回、菅原氏が起訴される見込みの公選法違反の法定刑は50万円以下の罰金である。簡裁の略式命令による罰金刑が確定すれば、公選法の規定で「公民権停止」となり、衆院議員を失職する。公民権は原則5年間停止され、その間は立候補もできない。

 この公民権停止については、裁判所が、情状により、刑の言渡しと同時に、規定の不適用や期間短縮を宣告することができるとされている(公選法252条4項)。そして、それについて、検察官が、裁判所に「意見」を述べるのが通常だ。

 公民権停止期間が、原則通り5年なのか、3年程度まで短縮されるかは、菅原氏が、今年秋までに行われる次回衆院選には立候補できないとしても次々回の衆院選に立候補できる否かに関わる。近く行われる菅原氏の略式請求で、公民権停止について検察がどのような意見を述べるのか、裁判所が略式命令でどう判断するのかが注目される。(裁判所は、検察の意見には拘束されない。)

 元秘書らは、2020年3月末に菅原氏に公設秘書を解任されたが、それまで、秘書として菅原氏の指示に忠実にしたがい、職務を行ってきた。国会議員秘書の職にある者にとって、「週刊誌と組んで議員を大臣辞任に追い込んだ」などと言われることは、職業生命を奪われる程の「汚名」だ。菅原氏は、秘書にそのような汚名を着せて自らを正当化し、検察も、そのような菅原氏の言い分を「丸呑み」して不当な起訴猶予処分を行った。しかし「検察審査会の正義」によって、それが是正されようとしている。

 菅原氏は、今回の事件について、これまで全く説明責任を果たして来なかった。

 略式命令を受けた際には、「秘書に汚名を着せていた点」も含めて、公の場で説明責任を果たすべきだ。 

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2021年開催回避のための「現実的方策」としての“2024年東京パリ共同開催”

 コロナ禍による医療の危機的な状況が続き、2か月先に迫った東京五輪の開催に、国民の8賄以上が、中止か延期を望んでいるにもかかわらず、日本政府や五輪組織委員会、東京都の「開催強行」の方針は変わらず、国民の間に、強い不安と反発が渦巻いている。

 こうした中、東京五輪開催に否定的な論調のTBS系「サンデーモーニング」に出演した姜尚中氏が、東京五輪を2024年のパリ五輪と一部“共催”にする案を提示した。東京五輪開催を「賭け」と表現し、「それはしてはならない」と否定し、

「場合によっては、パリ大会の時に一部を日本で開催するなんていうことも、フランスとIOC、JOCでやって、そこで初めて日本なりに『克服しました』と世界にアピールすればいい」

と述べた。

 私は、昨年6月、都知事選の際に、「2021年東京五輪」の開催を中止し、「2021東京パリ共同開催」とすることを現実的な選択肢として提案していた(【都知事選の最大の争点「東京五輪開催をどうするのか」】)。

その時点で考えた案は、

会場設置に多額の費用がかかる種目を中心に、全種目の3分の2程度を東京或いはその周辺で開催し、パリでは、会場の整備等の費用が低額で済む競技(例えば、暑さが問題とされるマラソン・競歩や、お台場の競技会場が「トイレのような臭さ」で評判が悪いトライアスロンなど)を開催することで、競技種目を分担し、開会式は東京で、閉会式はパリで実施する

というものだった。

 7月に、あるルートを通じて、フランス側関係者の意向を確かめてもらったところ、

「フランス側としては、日本が2021年夏東京五輪開催の方針を維持している限り、2024年開催について日本側と話をすることは困難」

とのことだったので、それ以降、様々な観点から、2021年東京五輪開催を強行すべきではない、早期に開催を断念すべき、との意見を述べてきた(【”東京五輪協賛金追加拠出の是非”を、企業コンプライアンスの観点から考える】、【東京五輪開催中止「責任回避」合戦を、スポンサー企業も国民も冷静に見極めるべき】)。

 パリ五輪については、フランス政府等は、予定どおり開催の方針を崩していないが、少なくとも昨年9月末の時点では、瀬藤澄彦帝京大学元教授が、コロナ禍でパリ市内の交通網の整備、開催資金の調達等が大きな影響を受けており、決して開催準備が楽観視できる状況ではないと指摘していた(【コロナ危機の影響受ける24年パリ五輪の開催準備】。

 フランスとしても、パリ五輪開催には、国の威信がかかっているのであろうし、それに先立つ東京五輪の開催方針が変わらない以上、3年先の五輪開催に消極的な姿勢は見せられないのは当然であろう。

 しかし、東京五輪でも、開催経費は当初の予定を大幅に上回り、しかも、開催直前まで開催の是非をめぐる混乱が続いていることで、パリ五輪開催に向けてのスポンサー企業の姿勢には大きな影響が生じているはずだ。フランスにとっても、膨大な費用をかけて当初の予定どおりパリ五輪の開催を進めることに、本当に問題はないのだろうか。

 フランスのマクロン大統領は、いち早く、東京五輪開会式への参加を表明しているが、もし、「2024年東京パリ共同開催」ということにできるのであれば、東京五輪開会式を、日本とフランス政府、東京都とパリの代表だけが出席した「東京・パリ聖火共有イベント」に代替することで、日本とフランスの連携・協力をアピールする場にすることも考えられる。

 1年前から、この方向に舵を切っていれば、今のような、直前に迫った東京五輪開催に向けての「進退両難」の“断末魔状態”に陥ることはなかった。しかし、時計の針を戻すことはできない。今からでも遅くない。2021年夏開催を中止する現実的な選択肢として考えてみるべきだ。

 商業化したオリンピックというイベント自体に対して批判的な意見も多くなっており、東京五輪中止だけでなく、今後、オリンピックには一切関わるべきではないという意見もあろう。しかし、開催に向けてのIOCの強い意向を受け、政府・組織委員会・東京都が、開催に向けて「爆走」する中、「開催強行」から国民の命や健康を守るために、どうしたら、今年7月の開催中止を実現できるのかを考えるしかない。「2024年東京パリ共同開催」は、国民の命を守り、しかも、これまで東京五輪にかけてきた膨大な費用がすべて無駄になってしまわないように2021年東京五輪開催を中止する現実的な選択肢だ。

 今からでも遅くない。パリ五輪に関する情報収集を行い、パリ市側との水面下での意見交換を行って「東京パリ共同開催」を模索することが、開催都市の東京都にとって、「東京都民の命を守る」という社会的要請に応える “究極のコンプライアンス”だと言えよう。

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自民党重鎮「関与否定」発言から明らかになった「1億5千万円提供の指示者」~資金使途は関連書類「仮還付」で解明可能

2019年参院選を巡る買収事件で有罪が確定した河井案里元参院議員の陣営に、自民党本部から、同じ自民党公認の溝手顕正氏の10倍の1億5000万円もの資金が提供されていた問題について、党重鎮の発言が波紋を広げている。

5月17日の自民党本部での記者会見で、二階俊博幹事長は、資金の支出について「私は関係していない」と述べ、林幹雄幹事長代理も「実質的には当時の選挙対策委員長が広島を担当していた。幹事長は細かいことはよく分からない」と説明した。

党本部が資金を支出した2019年4~6月、自民党の選挙対策委員長を務めていたのは、甘利明・税制調査会長だったが、同氏は、18日、記者団に「(1億5000万円の支出には)1ミリも関与していない。1ミクロンもかかわっていない。事件後の新聞報道を見て初めて知った」と述べた。

このような自民党幹部の発言に関して、岸田文雄前政調会長は、18日に出演したBS番組で、「1億5000万円を出したその後、それを何に使ったか、これを明らかにしてもらいたい。我々が申し入れをした論点と、昨日から騒ぎになっている論点、これはちょっとずれている」と発言した。

自民党本部から河井陣営に提供された1億5000万円に関して問題になっているのは、

(1)溝手候補の10倍もの資金提供は誰が決めたのか、

(2)何に使ったのか、

の2つの点だ。

(1)の点は、そもそも、自民党広島県連の強い反対・反発にもかかわらず、参院広島選挙区に2人目の候補として案里氏を公認したのは、いかなる目的だったのか、という点に関連する。

克行氏が公判で供述しているように「自民党の党勢拡大、憲法改正の発議のため」だけだったのか、安倍晋三前首相が「溝手氏への私怨」から同氏の落選を狙ったのか、或いは、菅義偉氏、二階氏らが、総裁選を見据えて、安倍首相の後継の自民党総裁の有力候補だった岸田氏の大番頭の溝手氏落選を狙ったのかなど、様々な見方がある。

いずれにせよ、1億5000万円の資金提供を決定した人物は、10倍もの資金提供の理由について説明責任を負うことになる。

一方、(2)の点は、資金提供の違法性、不当性に関連する。

結果的に、買収原資に充てられたというだけでも、その政治的・社会的責任は重大だ。もし、資金提供が、「案里氏を当選させる目的で」買収原資に充てられることを認識した上で行われたのであれば、公選法の買収目的交付罪に該当する可能性もある(【検察は“ルビコン川”を渡った~河井夫妻と自民党本部は一蓮托生】)。

この点について最もよく知る克行氏は、自らの公判の被告人質問で、買収の資金について、「私の手持ちの資金で賄った」「衆議院の歳費などを安佐南区の自宅の金庫に入れ保管していた金で賄った。」と供述した。しかし、検察官から、日頃から議員活動のために「借り入れ」をしていることとの関係や、平成31年3月に金庫にあった現金の額について質問され、「覚えていない」としか答えられず、また、検察官から「自宅を検察が捜査した時点では大金はなかった。」と指摘されても「わからない」と述べるだけだった。

一方で、克行氏は、公判供述で、県連が溝手氏だけを支援し、案里氏の支援をすべて拒絶しており、「県連が果たすべき役割を果たしていない」ので、「やむを得ず」「市議、県議に県連に代行して党勢拡大のためのお金を差し上げ」たと述べている(【「事実を認めた」河井克行元法相の公判供述は、広島県連・安倍前首相・菅首相にとって「強烈な刃」!】)。

克行氏は、5月18日の公判期日の被告人最終陳述では「1億5000万円の交付金の使途につき、いわゆる買収資金には一銭も使わなかった」と述べたが、弁護人の弁論では買収原資については全く触れておらず、「買収資金はポケットマネー」という克行氏の公判供述は弁護人にも信用されていない。

このように、上記(2)について、買収資金に充てられたことが明白になっており、上記(1)の1億5000万円の資金提供を誰が指示・決定したかが特定されると、責任追及が必至ということで、二階氏・甘利氏ら自民党重鎮が「関与否定発言」を行っていると見るべきであろう。

岸田氏も求めている、上記(2)の点についての自民党としての事実解明について、二階氏などは、これまで「検察から書類が戻れば、報告書を作成し、総務省に届ける」と述べて、「関係書類が検察に押収されていること」を、事実解明ができない「言い訳」にしてきた。しかし、河井夫妻の公判の状況からすれば、現時点では、その「言い訳」は全く通用しない。1億5000万円の使途を明らかにする関連書類の入手はすぐにも可能だ。

証拠物の押収というのは、捜査や公判立証のために行われるものであり、原則として、当該事件の裁判が終わるまでは押収物は返還されないが、刑訴法上、「押収物は、所有者、所持者、保管者又は差出人の請求により、決定で仮にこれを還付することができる。」(222条1項、123条2項)とされ、「仮還付」が認められている(仮還付を受けた者はその物を、証拠価値を変動させないように保管する義務を負う)。

案里氏の公判は終了して判決が確定し、克行氏の公判は、既に、検察官立証も論告弁論も終了し、判決を待つだけの状況になっている。関係書類の押収を継続する必要が全くなくなったとは言えないとしても、仮還付が行えない理由は考えられない。党本部が「任意提出」し「領置」(捜査機関が任意提出で証拠物を取得すること)されている関連書類については、党本部が仮還付を求めれば、すぐに仮還付されるだろう。また、克行氏が捜索の際に押収された資料は、克行氏自身が検察に仮還付を求めなくてはならないが、党本部が、克行氏に、総務省への報告のために必要だとして関係書類の仮還付を検察官に請求するよう要請すれば、克行氏が拒むことはできないはずだ。克行氏がその理由で仮還付を求めれば、検察官も仮還付を拒む理由はない。

つまり、現時点では、党本部にとって、1億5000万円の使途の全容の解明はすぐにも可能であり、上記(2)について岸田氏の要請に応じない理由はないのである。

では、自民党幹部の説明が食い違っている(1)の「誰が資金提供を決めたのか」という点は、どうなのだろうか。

この資金提供は、自民党の公式の政治資金によるものであり(原資の大部分は「政党助成金」と言われている)、自民党本部の会計責任者の事務総長が手続を行ったものと考えられる。その事務総長に対して、資金提供の指示を行ったのは誰なのか。

幹事長が関わるのが通常だろうが、もし、二階氏が言うように、「幹事長が関わっていない」とすると、自民党本部内で事務総長に指示できるのは、幹事長より上位の役職者しか考えられない。

そして、広島の選挙を担当していた選挙対策委員長の甘利氏が「1ミクロンも関わっていない」のであれば、「幹事長より上位の役職者」が、選対委員長を飛び越して、直接、事務総長に指示したことになる。

「首相動静」によれば、この合計1億5000万円の党本部からの資金提供が行われた前後に、克行氏と当時の安倍首相(自民党総裁)とは頻繁に単独面談を行っている。案里氏を公認した3月13日の前後の2月28日と3月20日、党本部から案里氏が代表を務める政党支部に1500万円を振り込んだ2日後の4月17日、3000万円を振り込んだ3日後の5月23日に安倍氏と克行氏とが単独で面会しており、6月10日に案里氏政党支部に3000万円、克行氏政党支部に4500万円が振り込まれた10日後の20日にも安倍氏と克行氏とが単独で面会し、その一週間後の同月27日に克行の政党支部に3000万円が振り込まれている(【“崖っぷち”河井前法相「逆転の一打」と“安倍首相の体調”の微妙な関係】)。

これらの単独面談の中で、克行氏から安倍氏に「広島県連が、案里氏の選挙への協力をすべて拒否し、果たすべき役割を果たしていないので、やむを得ず、県連に代行して市議、県議に、党からの交付金を現金で差し上げざるを得ない」という説明が行われなかったとは考え難い。

2019年参院選広島選挙区の買収事件で有罪が確定した河井案里氏陣営に提供された1億5000万円をめぐっては、依然として多くの「闇」が残されている。しかし、案里氏の夫で元法相の克行氏の公判供述によって、「党本部からの交付金」である1億5000万円が買収原資になったことは、もはや否定する余地はなくなっている。押収された関連資料も仮還付可能な状況となり、事実解明を拒否する自民党本部の「検察庁に資料が押収されている」との言い訳も通用しない。

では、資金提供を指示したのは誰なのか。

事ここに至って、にわかに自民党重鎮間で「関与否定発言」の応酬が起きたことで、それが誰であるかが一層明白となった。そして、その資金提供の指示が、地元政治家に、党からの交付金を現金で渡すことになると認識して行われたことも、否定することは困難となっている。

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