「選挙スリーアウト」でチェンジすべきは“裏金議員”、「納税」も「総括」もない「決着」はあり得ない!

7月27日の【読売新聞(毎日新聞)の「石破首相退陣へ」誤報は、戦後最大の報道不祥事~自民党石破総裁は厳正な抗議を!】に続いて、悪性リンパ腫闘病の病床からのYahoo!記事投稿の第二弾です。

直近の病状は、ニュースレター【抗がん剤治療に伴う感染症と免疫抑制リスクについて】で書いたとおり、左手首の動脈瘤が免疫抑制のために未処置なので、右手と音声しか使えない不自由な状況です。

しかし、現在、自民党内で「石破おろし」と言われる石破首相退陣要求の党内抗争について、昨年10月の衆院選、今年6月の都議選、そして、7月の参院選の3つの選挙で、自民党が三連敗した原因と「裏金問題」との関係について、参院選の総括が行われる前の今、どうしても言っておきたいことがあります。

今年4月に公刊した【法が招いた政治不信 裏金・検察不祥事・SNS選挙問題の核心】(KADOKAWA)の中で指摘した「裏金問題の本質」、「自民党の信頼崩壊の原因」を踏まえて、可能な限り書いてみたいと思います。 

裏金問題による「自民党の政治権力の崩壊」と「納税問題」

長年にわたって「安定政権」を維持していた自民党の「政治権力の崩壊」が生じたのは、「自民党派閥政治資金パーティー裏金問題」が原因でした。パーティー券売上の一部が、所属議員に、政治資金収支報告書に記載不要の「裏金」として還流し、確認できる5年間でも数億円に上ることが明らかになりました。その裏金問題に対する国民の強烈な不満反発の原因になったのが、「課税に対する不公平感」でした。

国会議員は、政治資金パーティーの売上の中から自由に使っていい「裏金」を受け取り、それについて税金の支払も免れていることに対して、国民は激しく怒りました。国民は、事業者もサラリーマンも、汗水流して働いたお金を報酬・給与として得ます。その際、法人の事業を行って得たお金であれば「法人税」等を、個人の収入として得たお金であれば「所得税」等を支払わなければいけません。その上で、残ったお金を自由に使うことができます。

裏金事件が注目を集め、検察の捜査、刑事処分が決着した時期は、個人事業主などは、払いたくもない税金を納めるために、確定申告に向けて気の滅入るような作業を強いられている時でした。しかも、2023年10月にインボイス制度が導入され、「会計処理の透明化」の動きが中小企業や個人事業主にも及び、多くの国民が負担を強いられていました。

それなのに、政治家の世界では、自由に使えて税金もかからない「裏金」という、「領収書不要の金のやり取り」が行われていたことがわかり、派閥は大規模な政治資金パーティーで巨額の収入を得て、その一部を裏金で所属議員に分配し、彼らは税金も支払わず自由に使っている。そのことに対して国民は怒りを爆発させたのです。

ところが、この「裏金問題」について、殆どの議員が処罰も受けず、問題の中身も、責任の所在も、問題解消のための方策も、全く明らかになっていません。

このような「裏金議員の納税問題」は、国会でも野党から追及を受けました。当時の岸田文雄首相は、国会で「裏金議員は所得税を納税すべきではないか」と追及される度に、

「検察捜査の結果を踏まえて、適切に判断されるべき」

との答弁を繰り返しました。そして、実際に、検察は、「政治資金収支報告書に記載不要の金」として、議員側が受領していた「ノルマ超の売上」の還流金を、「資金管理団体又は議員が代表を務める政党支部の収支報告書に記載すべきだった政治資金」であったことにして、その旨の収支報告書の訂正を行わせ、最初から「政治資金」だったことにしてしまい、議員は、所得税の納税を全く行っていません。

しかし、世の中では、通常、表に出せない「裏金」を受領していたことがバレた時に、税務署がそのような「大甘な対応」をしてくれることはあり得ません。

「適法な政治資金」は、いずれかの団体の政治資金収支報告書に記載することで初めて、税務上の「政治資金」として取扱ってもらえるのです。受け取ったお金を収支報告書に記載しないまま受領して保管したり、領収書もとらずに使っておいて、 何年も経ってから収支報告書を訂正して「政治団体に帰属する政治資金だった」などと言い訳しても 政治資金と認めてもらえることはありえません。一般人であれば、隠していた金がみつかり、「人から預かっていたお金です。私の金ではありません」と言っても、「預かり証」でもなければ、個人所得として課税されるのが当たり前です。

検察の捜査の中で政治資金収支報告書を訂正したとしても、それは政治資金規正法上の問題であって、収支報告書を訂正して「政治資金だったことにした」からといって、遡って所得税を払わなくてよくなる訳ではないのです。

このままでは、国民が、裏金議員の納税の問題に対して納得できるわけがないし、裏金議員に対する反発不満が解消されるはずがないのです。

昨年の衆院選で、自民公明与党が少数与党に転落することになった最大の原因が、「裏金問題」であったことは明らかです。

都議選惨敗の原因も都議会自民党の「裏金問題」

それに加え、今年6月の都議選での惨敗も、都議会自民党の裏金の問題が最大の原因です。

私は、今年4月9日、東京都議会政治倫理条例検討委員会に最初の参考人として招致され、都議会自民党の裏金の問題について意見を述べました。以下は、その要約です。

個人のところに入ってきたお金であれば所得税が発生します。雑所得になるはずです。ですから、検察の指導に従って政治資金収支報告書を訂正して、政治団体に帰属したということにしなければ、原則個人の雑所得になって、何か例外的に経費が認められるということでない限り、全部税金をきっちり納めてもらうということになったはずです。ところが、残念ながら、そういう方向での処理は行われませんでした。そして、この裏金議員といわれた人たちの中で、税金を払った人はほとんどというか、全く聞いたことがありません。

こういったことが国会議員レベルで起きて、そして世の中が、処罰もされない、税金も払わない、こんなことで許せるかという思いが強烈な批判不満につながって、昨年の衆議院選では、選挙の結果にも大きな影響を与えることになり、その直後に、その問題が都議会に飛び火したというのが今回の都議会自民党の政治資金パーティーをめぐる、いわゆる裏金問題ということだと思います。

政治資金パーティー券をノルマを超えて販売した議員のところには、そのノルマを超えた分がキックバックされるとか、あるいはその分がパーティーの主催者の方に納入されないで議員側にとどまっている、いわゆる中抜きという形で議員側に帰属している。この構図も恐らく国会議員の政治資金パーティーとほぼ同じだろうと思います。

この問題について、何を突き詰めていかないといけないかというと、本当はこのお金はどこに入ったのか、どこに帰属すべきお金かということを明らかにすること。何より重要なことは、そこだと思います。

国会議員の派閥政治資金パーティーの問題に関しては、そこが十分に突き詰められることなく、全て政治団体とか政党支部に帰属したもののように扱われました。

国会議員の場合は、議員会館というのがあって、そこにも事務所があります。公設秘書が政策秘書も含めて三人もいる。それ以外にもいろいろ秘書もいて、それなりの事務所の体制も整っているわけですから、その事務所で政治資金として管理しているというような説明も一応可能だと思います。

しかし、総体的には事務所の体制が国会議員ほど整っていない地方議員の場合、個人に、そのままノルマを超えたパーティー券の収入が入ってきている、あるいはとどまっているというケースが多いのではないか。とすると、いわゆる裏金というのが個人に帰属している割合は、国会議員の場合よりも、むしろ都議会議員の政治資金パーティー問題の方が一層問題なんではないかと私は思っております。

そのように考えますと、まず今回の問題、国会議員の事件で、残念ながらきちんとした解決が図られなかった国民の不満が、非常に大きな形で残ってしまった。裏金議員に対して、都議会議員の方々は、納税の問題だけは、しっかり事実関係に基づいて適正な処理を行うことが、まずは重要なんじゃないかという気がいたします。

この参考人陳述で私が特に言いたかったのは、国会議員の裏金問題についても、結局、検察の示唆で資金管理団体や政党支部の政治資金収支報告書の記載の訂正という形で済ませてしまって、裏金が遡って政治資金であったような処理をして所得税の納税すらしていないことで、国民の反発不満が生じているんですが、都議会自民党の場合はもっとひどい。そもそも、その議員活動や事務所の実態などからして、都議会議員の場合、パーティー券の売上を中抜きしたお金は個人に帰属している場合が多い。そうであれば所得税を払うのは当たり前だということです。

それだけに、私は、都議会の参考人としてもその点を強調し、非公式に相談を受けた都議会自民党幹部にも、「信頼回復のためには納税をしっかり行うべき」と指摘しました。しかし、自民党の都議は誰ひとり、所得税の納税をしませんでした。

そこには、今さら都議が裏金の所得税を払ったりしたら、それが国会議員の裏金議員に逆流しかねない、検察の意向に反することになる、自民党本部側の懸念があったのかもしれません。

しかし、いずれにしても、それによって都議会自民党は完全に都民の信頼を失ったと言わざるを得ません。都議選で自民党が歴史的惨敗を喫したのも、まさしく裏金問題が原因です。

参院選の敗因と「納税に対する抵抗感・不満反発」

そして、今年7月の参院選です。

この選挙結果は、消費税廃止、消費税減税という国民の声が圧倒的に大きく、消費税減税に消極的な自民党・公明党・立憲民主党は支持されませんでした。

「給付」か「減税」について、圧倒的に「減税」が勝った。端的に言えば、そういう結果です。

その大きな原因となったのが、「裏金問題」だと思います。そこには、納税の負担が大きいこと、そして、徴税を行う税務当局が国会議員の「裏金」に対してあまりに寛容であることへの国民の不満・不信感があり、それが「納税することへの抵抗感」につながっていると見るべきだと思います。

国民は、給与所得者は所得税を源泉徴収され、買い物のたびに消費税をきっちり払わされる。中小企業も、消費税を厳しく取り立てられ、インボイスで苦しめられる。ところが、自民党の国会議員は、裏金を手にして、それがばれても、政治資金収支報告書を訂正して、所得税も免れる。そのような不公平に対する国民の怒り・不満が、根強く残っている状況では、減税に消極的な自民党・公明党などが、消費税減税を訴える国民民主党・参政党などに惨敗するのも、当然の結果です。

昨年秋の衆院選以来の選挙での自民党の三連敗は、間違いなく、「裏金問題」による“スリーアウト”であり、それによって「チェンジ」となるべきは、「裏金問題」にケジメをつけることができず、所得税の納税すら全くしていない「裏金議員」なのです。

「石破おろし」の中心となる「旧安倍派議員」と高市早苗氏

今、「石破おろし」の中心になっていると言われる旧安倍派国会議員の多くが総裁に担ごうとしているのが、高市早苗氏のようです。

高市早苗氏は、昨年9月の自民党総裁選の出馬会見で、裏金議員への対応について問われ、

「自民党で処分が決まっている。8段階の処分の中には『非公認』もある。非公認より厳しい処分が5名に下されている。非公認を含めて党内で積み重ねてきた議論を総裁が代わったからと言って“ちゃぶ台返し”をしたら『独裁』だ」

と、自分が新総裁に就任した場合、裏金議員への公認等の見直しについて検討する考えはないと述べました。

しかし、自民党の党紀委員会で決定された処分に対して、国民は全く納得していません。それに対して、国民から強い反発・批判が生じているからこそ、岸田内閣の支持率が低迷し、「現職首相の総裁選不出馬」という結果につながったのです。岸田総裁の下の自民党内で行われたことを、すべて「是」として見直さない、という対応は、自民党内では通用しても、国民には全く理解されません。

自民党の党紀委員会の処分では、裏金議員の側は、すべて「政治資金として保管・使用し、議員個人が懐に入れていた金はない」と説明し、自民党の側も、その弁解を丸呑みして、「裏金はすべて政治資金」との前提で、「不記載は、すべて会計責任者が行ったこと」で、議員本人は、「会計責任者に任せきりで不適正な処理としてしまった者の管理責任」だけが問題にされました。

しかし、その「前提」が完全に間違っています。裏金議員に対する自民党の従来の対応が国民から厳しい批判を受けているのは、自民党の多くの議員が、収支報告書で公開もしない「裏金」を得ていたことが発覚したのに、刑事処罰を受けないどころか、納税すらしないで済まされていることに対する、納税者としての強い不満・反発によるものです。

高市氏が、そのような国民の不満・反発を無視し、「ちゃぶ台返し」などという理屈を持ち出してまで、裏金議員の公認を維持しようとしたのは、総裁選で決選投票に残った場合に、「裏金議員からの圧倒的な支持を受けたい」との思惑があったからとしか思えません。

「石破おろし」の中心になっている旧安倍派の裏金議員たちは、おそらく「昨年9月の自民党総裁選」まで時計の針を戻し、そこで、石破氏ではなく、高市氏が総裁に選ばれていたら、という思いが頭から離れないのでしょう。

もし、高市氏が決選投票で勝利し、総裁に就任していたとしたら、「ちゃぶ台返しはしない」という旗を掲げて、裏金問題を一切不問にし、衆院選・都議選・参院選を「タカ派」路線で強引に乗り切ろうとしていたことでしょう。

そういう裏金隠し、裏金議員擁護路線の高市総裁で突っ走っていたら、自民党は、参政党に流れる票の一部は防げても、多くの国民は自民党を見放し、参院選での敗北はさらに大きなものになっていたはずです。

「裏金問題」は、長年にわたって自民党組織に深く根差してきた「政治資金の不透明性」という「自民党の本質」そのものだという認識が全く欠落してるのです。

このような 裏金議員を中心 とする「石破おろし」の動きが、総裁選の前倒しに向けての動きにつながっていることに対して、多くの国民が冷ややかな目で見ていて、世論調査で石破首相続投を望む国民が多数に上っているのは、自民党が三連敗した選挙の経過からも、その背景にある裏金問題、とりわけ「裏金議員の納税」に対する批判不満からは「当然の反応」です。

そのことを全く意に介さず、このような状況にあるのに、「裏金議員」が中心となって、「自民党の再生のためには体制の刷新が必要だ」などと言って「石破おろし」を画策し、総裁選の前倒しを議論していることに対しては、呆れ果てたという他ありません。

萩生田議員秘書の略式起訴

ちょうどこのタイミングで、「裏金議員」の代表格のように見られてきた萩生田光一衆院議員の政策秘書が、検察審査会が「起訴を見送り続ければ、いつまでたっても虚偽記載はなくならない」という理由で「起訴相当議決」を行ったことを受け、政治資金規正法違反(政治資金収支報告書虚偽記入)で検察に略式起訴されました。

不記載額は、約1900万円です。

要するに、3回の選挙の敗因となった裏金問題は、世の中にも、国民にも全く納得が得られていないということが、今回の検察審査会の議決にも現れたということなのです。

検察はこれまで、3000万円を基準として、それ以下の金額の不記載については、刑事立件しないか、立件しても起訴猶予としてきました。しかし今回、検察審査会で1900万円の不記載が「起訴相当」とされ、略式起訴したことで、今後、同程度の金額の事案があった場合は起訴せざるを得なくなります。

さらに、今後、検察審査会が、1500万円であっても1000万円であっても起訴相当と議決するかもしれません。今回の検察審査会の起訴相当議決によって、裏金議員の少なくとも秘書などの処罰は 全面的に見直すことになり、処罰の範囲が大きく拡がる可能性があります。

自民党と裏金議員が行うべきこと

つまり、自民党にとって、「裏金問題」は、刑事事件としても、まだ、今後の展開が続くことは必至で、国民の間に生じた「裏金議員が納税を免れていること」への不満・反発も大きく、決着がついているなどとは全く言えない状況なのです。

裏金問題は「政治資金の不透明性」という自民党の構造問題に起因する問題です。それがいったいどういう問題であったのかを総括すること、国民が当然だと思っている「バレてしまった裏金の納税」を行うことが、自民党の再生のためには、まず、必要です。

これまで書いてきたことは、当然のことで、裏金問題について国民の多くが思っていることです。最新の世論調査で 石破内閣の支持率が上昇傾向にあり、国民の多くが 自民党内の 「石破おろし」 に否定的な見方をしているのも、3つの選挙で自民党が敗北した原因が裏金問題に象徴される「政治資金の不透明性」などの「組織の体質」にあり、むしろ、国民はこの状況を乗り越えて自民党の組織の体質を抜本的に改革することを石破首相に期待していると見るべきです。ところが「石破おろし」「総裁選前倒し」に血道を上げている自民党議員の人たちは、国民の反応を敢えて見ないようにしているようです。

私はこれまで与党として政治権力であった自民党を様々な問題で批判してきました。

しかし、やはり、健全な保守政党としての自民党の存在は、日本の政治に必要だと思います。

政権発足後の1年間は盤固めの期間。党内基盤が薄弱な石破首相にとって、石破カラーを出し、「政治とカネ」問題も含めて思い切った対応を行うとすれば、これからが本番です。

音声と右手だけで、何とかここまで 書くことができました。このメッセージが 少しでも多くの国民に そして、自民党議員の人たちに届いてほしいと願っています。

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横浜市長選を目前に控え、横浜市民の方々に向けての病床からのメッセージ

横浜市長選を目前に控え、横浜市民の方々に向けての病床からのメッセージ

前にお知らせしたように、ICUから一般病棟に移ったのち、副作用や感染症とたたかっているところです。

まだ抗がん剤の副作用で手指の先のしびれがあり、パソコンを打つことが思うようにできませんので、今回も事務所スタッフの口述筆記でメッセージをお届けすることにします。(緊急入院のお知らせ等はニュースレターで行いましたが、今回は選挙に関する話ですので、電子メール送信にあたるニュースレターではなく、個人ブログおよびXの投稿という形で行うこととします。)

横浜市長選挙の投開票日が8月3日、2日後に迫りました。

この市長選については、4年前に山中竹春候補落選運動に全力で取り組みましたし、その山中氏が残念ながら当選して、横浜市長となり、その後の横浜市に、私が予想していたとおり、あるいはそれ以上の大変な災いをもたらしているとの認識から、今年6月14日、横浜市旭公会堂で開催した「横浜市に法と正義を取り戻す」講演会で、横浜市長選に向けての山中市長をめぐる重大な問題と、再選をなんとかして阻止しなければならないことを訴えました。

その模様は、YouTube郷原信郎の「日本の権力を斬る!」でアップしています。

その後も市長選に向けての取り組みをしようと考えていたところ、急激な体調不良に見舞われ、当面、業務や活動ができなくなることが予想されたので、その時点で考え得るパワハラによる市役所職員に対する重大な懸念を払しょくできる効果的な抑止の枠組みとして、「特別コンプライアンス条例案」を急遽検討し、私の事務所の調査室長に条例の概要を指示して具体的な条例案の取りまとめを行わせたものです。(条例案はこちらでご覧になれます。

従来、地方自治体のコンプライアンスへの取り組みとしてのパワハラ・セクハラ対策が、もっぱら一般職職員のパワハラ・セクハラを対象とするものであったのに対して、この条例案は、自治体の特別職によるパワハラや自治体職員に対する不当要求などを対象とするものです。

このところ、兵庫県、茨城県、沖縄県南城市、秋田県鹿角市など、全国の自治体で問題化しているパワハラ・セクハラの多くは、首長自身の、自治体職員に対するものであり、それが自治体組織に対して重大な悪影響を及ぼしています。

しかも、日本の地方自治制度において、大統領的な強大な権限を持つ首長に対しては、自治体執行部に設けられた公益通報制度の機能によってそのような問題を指摘して是正することは容易ではなく、当事者の首長の意向によって通報者探しが行われたり、報復的な不利益処分が行われたりすることで、さらなる重大な問題に発展しかねないことは、兵庫県の事例が示している通りです。

また、パワハラの問題が重大な問題として顕在化しても、二元代表制の下での議会からの是正や責任追及の動きは必ずしも容易ではなく、首長との間で深刻な対立が生じ、自治体行政が混乱するというような事態が最近では兵庫県、鹿角市のほか、田久保伊東市長の経歴詐称問題をめぐる市長と市議会との対立からも明らかです。

横浜市の山中市長については、4年前の前回市長選の落選運動でも指摘したように、横浜市大における重大かつ深刻なパワハラ事例の多発などからも明らかなように、山中氏のパワハラ体質には根深いものがあると考えられます。それが、4年間、市長のパワハラ問題として顕在化しなかったことは、正に横浜市のパワハラに対するコンプライアンス体制が機能していなかったことによると考えざるを得ません。

今回、作成した「特別コンプライアンス条例」は、このような自治体首長のパワハラ問題に対する実効的な措置が可能となるよう、専門性を有する独立したコンプライアンス特別顧問に、パワハラ問題等について通報を受け調査し、是正措置をとることなどについて十分な権限を付与し、特別職によるパワハラや不当要求などから、自治体の一般職員を守ろうとするものです。

この条例案は、私がICUに緊急入院した直後で市長選告示直前の7月16日に《日本に法と正義を取り戻す会》のウエブサイトに掲載して公開するとともに、その時点での全立候補予定者に条例案を送付し、市長選での公約に取り入れることを要望しました。

この条例案を市長として実現することに取り組むというのであれば、それ自体が市長によるパワハラの懸念を自ら払拭することになることは、言うまでもありません。

それは、パワハラが懸念される山中氏においても同様のことが言えます。

このような当方の特別コンプライアンス条例の全立候補予定者への送付に対して、7月19日に、

今回の「日本に法と正義を取り戻す会」の提案は、極めて鋭く、深く、これまで国政・地方行政の選挙で議論されなかった事自体、小生を含めて反省すべき点です。

横浜市選挙管理委員会の事前審査を経て、既に選挙運動用ビラ「市政刷新20の約束」は印刷済みですが、選挙期間中の街頭演説で、今回の提案に賛同する旨、お伝えしていきます。

として、この条例案に賛同してくれたのが田中康夫候補です。

当方の問題意識、条例案の趣旨目的を十分に理解していただいたうえでの対応だと考えています。

現職の山中氏を含め、他の候補からの反応は今のところありません。

このような各候補者の反応を受け、私は今回の横浜市長選で、田中康夫氏を全面的に支持したいと考えています。

パワハラの重大な懸念がある山中市長を打ち破り、ぜひ田中氏の掲げる横浜市のビジョンと共にコンプライアンス市政を実現していただきたいと強く願っています。

このような経過で今回の横浜市長選挙については、特別コンプライアンス条例案の策定、公表、全立候補予定者への送付、を行ったことが、私としての選挙に向けての最後の対応ということになりました。

長年にわたりコンプライアンス外部委員として、そして2017年から2021年まではコンプライアンス顧問として、私が様々な案件を通じてお付き合いをした横浜市の各部局の職員の皆さんは、大変有能で、熱意をもって市民のために取り組む地方公務員です。

この条例案には、横浜市民にとって貴重な財産である横浜市役所の組織、市役所職員を理不尽な市長によるパワハラや市議からの不当要求などから守りたいという思いが込められています。

8月3日の投票日には、私のメッセージを踏まえ、横浜市のため、その将来のために正しい選択が行われるよう期待しています。

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読売新聞(毎日新聞)の「石破首相退陣へ」誤報は、戦後最大の報道不祥事~自民党石破総裁は厳正な抗議を!

今般、悪性リンパ腫で集中治療室ICUに緊急入院となったことを7月16日、事務所からのニュースレターで公表し、その後7月23日に、なんとかICUから一般病棟に移れたことを同様に事務所からお知らせしました。

一般病棟に移ってからも、抗がん剤の副作用による発熱、肺炎併発や、感染症で左手が腫れているなどこともあって、まだ従来のような執筆は困難な状況です。

ただ、ICUで迎えることになった今回の参議院選挙、ICUで多くの管につながれながらも、テレビだけは見ることができたので、開票速報、選挙特番やその後の報道を視聴していましたが、政党のガバナンスや報道の問題に関して、コンプライアンスの専門家としてどうしても皆さんにお伝えしたいことがあり、事務所スタッフに口述筆記、補助してもらい、投稿することにしました。

一方的に話すだけなので、まとまった文章にはならないと思いますが、ご容赦ください。

今回の参院選での自公両党の敗北後も石破首相が続投を表明したことに関して、自民党内から「石破おろし」の動きが強まりました。そして、7月23日午前、毎日新聞がネット記事で『石破首相、退陣へ』と題して、

「石破首相は23日、自民党が8月にまとめる参院選の総括を踏まえ、同月までに退陣を表明する意向を固め、周辺に伝えた。」

と報じました。

同日午後、読売新聞も、『石破首相退陣へ』の号外を発行し、

「石破首相(自民党総裁)は23日、参院選で自民、公明両党の与党が大敗した責任を取って退陣する意向を固めた。」

と報じました。

ところが、石破首相は、同日午後2時から自民党本部で麻生太郎、岸田文雄、菅義偉の3首相経験者と1時間以上にわたって会談し、その終了後のマスコミ各社への対応で、

「私の出処進退については一切話に出ていない。一部に報道があるが、私はそのような発言をしたことは一度もない」

と、退陣の意向を固めたことも、それを周辺に伝えたことも明確に否定しました。

それにもかかわらず、読売新聞・毎日新聞両紙は、翌日の朝刊で、『石破首相退陣へ』と一面トップ記事で報じました。

朝刊記事の内容は、毎日新聞が、

「石破首相は23日、自民党が8月にまとめる参院選の総括を踏まえ、同月末までに退陣を表明する意向を固め、周辺に伝えた。」

読売新聞が、

「石破首相(自民党総裁)は23日、参院選で自民、公明両党が惨敗した責任を取り、退陣する意向を固めた。」

というもので、いずれも、「意向を固めた」のも「周辺に伝えた」のも、その主語は「石破首相」です。

その石破首相本人が、「退陣の意向を固めたこと」も「それを周辺に伝えていたこと」も明確に否定したわけですから、両紙の「石破首相退陣へ」のスクープ記事が誤報であったことは明らかです。

ところが、このような石破首相の明確な否定にもかかわらず、両紙は翌日の朝刊でも大スクープのような見出しで「石破首相退陣へ」を報じたのです。

報道とは、事実を正しく伝えることです。その事実に関する根拠の程度は様々で、推測に基づく報道が行われることもあります。その場合、その推測が誤っていたのであれば、報道の内容を事後的に訂正、修正しなければいけないことは、言うまでもありません。

今回の、「石破首相退陣報道」は、石破首相自身の方針という内心を述べたものであり、その本人が明確に否定した以上、客観的事実と異なっていたことが明白になったわけです。

仮にそれまで推測に基づいて報じていたとしても、もうその推測の根拠が失われたわけですから、その報道を訂正し、謝罪するということになるのが当然です。

ところが、読売新聞・毎日新聞は、そのように石破首相に明確に否定された事実を翌日の朝刊であえて大々的に報じたのです。

これは、報道の範疇を大きく逸脱した「新聞の暴走」と言わざるを得ません。

しかも、当初の記事に書かれていた「石破首相が退陣の意向を周辺に伝えた」という事実が石破首相自身への確認ではなく、その周辺者への取材によるものであったかどうかも、極めて怪しく、そもそも両紙の記事は、石破首相本人が意向を伝える可能性がある「周辺者」の取材に基づかず、全くの憶測による記事であった可能性が高いということになります。

もっとも、その後の対応は、読売新聞と毎日新聞では、かなり異なっているようです。

毎日新聞は、25日の社説で

「石破茂首相の退陣が避けられない情勢となった。」

との表現にとどめており、「退陣の意向を固めた」ということは社説でも記事でも書いていません。

毎日新聞は、「石破首相退陣へ」報道が事実上誤りであったことを認めざるを得ないことから、修正を図ったのだと思います。もちろん、誤報であったことを認めるのであれば、明確な訂正、謝罪をすべきであり、毎日新聞の姿勢は新聞社として到底許容できるものではありません。

しかし、読売新聞のその後の対応と比較すれば、まだ「まし」という評価もできます。

25日の読売社説は、

「参院選で惨敗後、いったんは続投する考えを示していた石破首相が、退陣する意向を固めた。」

と述べ、読売新聞としての見解を示す社説においても、改めて「退陣する意向を固めた」という事実を述べているのです。

それにより、少なくとも読売新聞の「石破首相退陣へ」報道は、政治部の現場レベルではなく、新聞社として組織的なものになったと断ぜざるを得ません。

その後の読売新聞の石破首相の進退に関連する報道は、社として「石破首相退陣へ」報道をそのまま維持し、それとの整合性を保てるような報道になっています。

自民党内の石破降ろしの動きが一層強まっていることを報じ、一方で、石破首相サイドも事実上、続投は困難と判断し、退陣表明の時期を探っているかのような内容になっています。

これらの報道が、すでに号外まで出して報じてしまった「石破首相退陣へ」報道を、訂正、謝罪もせず、いまだに維持しているためであることは明らかです。

その後も、石破首相は続投の意思を繰り返し示していますが、少なくとも読売新聞は、それを正面から取り上げた記事を出していません。

このような報道が今後も続くとすると、読売新聞は、石破首相を退陣に追い込もうとする自民党内の政治勢力と結託して、その政治的目的を実現するための報道を継続的に行っていくことになります。

もともと「石破首相退陣へ」の記事自体が、石破首相の周辺者などへの十分な取材もなく、退陣の意向を固めていない石破首相に対して、「退陣へ」などと断定する見出しの記事を出し、号外まで出して、世の中に、石破首相が退陣することが既定事実となったという認識を与えて、政治の流れを一気にその方向に向けようという意図で行った報道としか考えられません。

このような読売新聞の報道は、これまで長い歴史の中で新聞・テレビなどマスメディアが築き上げてきた報道倫理に対する重大な挑戦です。

私は、2017年、加計学園問題に関連して、読売新聞が前川喜平元文科事務次官の問題を取り上げた記事について、【読売新聞は死んだに等しい】とするブログ記事を出して読売新聞を厳しく批判し、ハフィントンポストにも転載され、当時大きな反響を呼びました。

その記事で、

今回、読売新聞が行ったことは、安倍政権を擁護する政治的目的で、政権に打撃を与える発言をすることが予想される個人の人格非難のため、証言をでっち上げたか、事実に反することを認識しつつ印象操作を行ったか、いずれにしても、政治権力と報道・言論機関の関係についての最低限のモラルを逸脱した到底許容できない行為である。しかも、そのような記事掲載は、上層部が関与して組織的に決定された疑いが強く、まさに、読売新聞社という組織の重大な不祥事である。

と指摘し、

今回の問題に対して、真摯な反省・謝罪と再発防止の努力が行われない限り、“読売新聞は死んだに等しい”と言わざるを得ない。

と締めくくりました。

しかし、読売新聞は、原口隆則社会部長の「次官時代の不適切な行動 報道すべき公共の関心事」と題するコメントを掲載したのみで、記事の内容に関する問題については一切触れることなく、そのままやり過ごしました。

私に言わせれば、「死んだに等しい」読売新聞が、その8年後に起こした今回の「石破首相退陣へ」報道の問題は、前川喜平氏に関連する記事の問題をはるかに超える「重大な報道不祥事」です。

前川氏に関する記事の時のような、時の政権側の意向に沿い、忖度し、協力するというようなものではなく、与党自民党内部での政治的対立から石破氏の参院選敗北後の進退の判断が注目されている場面において、石破氏を政権から排除しようとする特定の政治勢力と結託して意図的な捏造に近い報道が行われた可能性もあります。

日本で最大の発行部数を誇る読売新聞が、このような形で露骨に特定の政治勢力と結託することがいかに不健全なことか、戦前の新聞の歴史からも、明らかだと思います。

このような状況の中で、私にとって不可解極まりないのが、読売新聞・毎日新聞以外の、他社のこの問題に対する反応です。

いまのところ、誤報だとする指摘は全くなく、他紙の政治部長経験者などは、テレビに出演して、「石破氏が続投の方針を貫いていることは予測できなかった」などと、読売新聞・毎日新聞の報道に一部理解を示すかのような発言もあります。

政治部の報道は、社会部の報道とは異なり、事実ベースというよりも、政治動向、政局の見通しについての予測が中心だという考え方があります。

今回の参院選後の石破首相の続投の方針維持は、従来の日本の政治の世界の常識からは考えられない異常な行動であり、そのようなことは読売・毎日のみならず、取材していた政治記者全体が認識を共有していた、ということで、読売・毎日の「石破首相退陣へ」報道に対して、同情的ということかもしれません。

しかし、政治記者として「予測」をすることと、当事者本人の意向という事実を捻じ曲げることは、全く異なる問題です。

政治記者にその区別がつけられないとすると、それは日本の政治ジャーナリズムの世界の根本的な欠陥といわざるを得ないと思います。

このことに関連して、「そもそも、今回の参院選敗北後の石破首相の続投宣言がそれほど異常で常識を逸脱したものなのか」ということを、改めて考えてみる必要があります。

結論から言えば、私は、今回の参院選の結果を受けての石破首相の続投というのは、十分に理解できるもので、それが「全くありえないこと」と考えた読売・毎日をはじめ政治部の感覚の方がおかしいと思います。

まず、「選挙で負ければ、時の権力者はその座から降りるのが当然」という考え方の是非です。

日本は、衆議院議員内閣制をとっており、衆議院議員の多数から支持されて総理大臣が指名され、組閣を行います。

その総理大臣が、選挙で敗北し、他の議員の方が多数の議員の支持を集めることになれば、当然のことながらその総理大臣は地位を失うことになります。

総理大臣が所属する政党の総裁・代表を務めているとき、直ちにその総裁・代表の座を失うとは限りません。

政権を失った政党が、その後誰をトップにしていくのかは、政党内部で議論して決めることです。

衆議院でも、選挙での敗北が直ちに党のトップの交代につながるとは限らないわけですが、参議院選挙の場合は、そもそも法制度的には政権選択のための選挙ではなく、二院制の下で衆議院とは異なった役割を果たす参議院議員として誰がふさわしいか、どの政党の候補者がふさわしいかを選択するための選挙です。

そのため選挙結果「だけ」から、自公で過半数の目標が達せられなかった石破首相は直ちに退任すべき、ということにはならないと思います。

今回の選挙の結果を受けて、石破首相が退陣すべきかどうかというのは、結局のところ、石破氏が自民党総裁の座にとどまるのか、総裁辞任で新総裁を選ぶかというまさに自民党組織としての判断の問題ということになると思います。

では、「今回の参院選での敗北が、石破総裁が辞任するのが当然というべき結果であったのか」ということです。

同じ「目標未達」という結果であっても、その程度によって、問われるべき責任の程度は異なります。

最近、自民党が参院選で大敗北を喫し、結果的に首相・総裁が辞任に至った例として、2007年7月の参議院選挙における安倍晋三首相・総裁の例があります。

このとき、石破氏が、「安倍首相は参院選敗北の責任を取って辞任すべき」と述べたことが、今回、ブーメランとなって帰ってくる、という人がいますが、この2007年の参院選では、自民党は62議席から37議席と、実に25議席も減らし、参議院での過半数を失いました。

52議席から39議席と、13議席減らした今回の選挙とは大きな差があります。

しかも、2007年参院選は、それまで衆参で安定多数を占めていた自公両党が、参議院で過半数を失ったことによって国会のねじれが生じ、法案が成立しない、同意人事が拒否される、などの大きな政治的影響を生じさせました。

そしてその2年後の衆院選で自民党は大惨敗し、民主党に政権を明け渡したのです。

今回は、参院選の前からすでに、衆議院では自公両党は少数与党となっており、参議院でも過半数を下回ったことで、もちろんその対策の難度は変わってきますが、国会での野党との調整、連携が必要であることに変わりはありません。

このような2007年参院選で大敗北し、自民党にも壊滅的な影響を及ぼした時ですら、当時の安倍晋三首相は辞任せず、1か月半後に体調不良を理由に首相・総裁を辞任しました。

今回、石破首相は、「自公で過半数」という目標を掲げて参議院選挙を戦い、結果的には自公両党で併せて3議席、過半数に達しないという結果になりました。

ただこれは、公明党が14議席から8議席と、6議席減の大惨敗したことも大きな要因になりました。

この点は、自民党石破総裁の責任ではありません。公明党の議席減が半数にとどまっていたら、自公で過半数を確保できたことになります。

この結果が、「選挙で負けたのだから、首相・総裁辞任が当然」というべきものなのかどうか、さまざまな見方があり得ると思います。

最も重要なことは、今回の参院選で自民党の敗北の主たる原因が何か、ということです。参院選敗北の検証・総括は、自民党青年局など、石破首相退陣を求める党内勢力も強く要求しているもので、最終的にはその検証結果を見極める必要がありますが、現時点での認識を示しておきます。

主たる原因として想定できることは2つあります。

一つは、今、石破首相退陣を強く求める党内勢力がおそらく理由と考えている

「石破首相はリベラル派に偏りすぎており、従来の自民党内の保守層からの支持が失われた」

というものです。

この考え方によれば、自民党が一人区、二人区の多くで敗北した原因は、自民党支持の保守層の票が参政党に流れ、それによって立憲民主党などの候補に僅差で敗れた、ということになろうかと思います。

しかし私は、そのような見方は、これまで自民党を支えてきた健全な保守派支持者に対して失礼な見方だと思います。

今回の参政党の躍進は、「日本人ファースト」という、今の日本において適切な政策目標と言えるか多分に疑問がある(そもそも参政党が外国人優遇・日本人冷遇の現行制度として何を挙げているのかもよくわかりません)「ワンフレーズ」を掲げてお祭り騒ぎをし、それがSNSと街頭で異常に盛り上がったことによるものであり、およそ法的に論理性があるとすら思えない憲法草案などを見ても、党としての正体も全く不明です。

いくら保守派自民党支持者が石破リベラルを嫌ったといっても、参政党に投票するという人は極めて限られているのではないでしょうか。

もう一つ想定される参院選の敗因は、衆院選、都議選から続く、裏金問題による自民党支持者の自民党への失望が、自民党の党勢を失わせたことです。

今回、参院選比例区で「奇跡の当選」を果たした鈴木宗男氏が、

「行く先々で言われたことは『裏金問題のけじめが甘い』『だれも国会議員は責任を取っていない』ということだった」

「党執行部の責任を問う前に、裏金問題のけじめをしっかりつけないと自民党の再生はないと思っている。1000万円も2000万円も3000万円も不記載がある(議員がいる)中で、何の罰も受けていないということに、国民は怒っていた」

「党内で、特に裏金をもらった議員が何もなかったことのように振る舞い、執行部批判をしている。こういうのを許したら、逆に党がもたない」

と述べていますが、選挙直前に23年ぶりに復党し、選挙期間、全国を駆け回った鈴木氏が直接感じた「裏金問題にけじめがついていないこと」の重さは、自民党の真の敗因を的確に言い当てているとみるべきだと思います。

しかも、鈴木宗男氏は、その当選を心から喜んでくれた娘の貴子衆議院議員が石破総裁退陣を求めているのと真反対の見方をあえて示しているのであり、その発言には、魂がこもっていると思います。

長年にわたって派閥から裏金を得ていながら処罰もされず、税金すら全く払っていないという「裏金議員」に対する国民の不満、反発は極めて重く、それが昨年の衆院選、今年の都議選、参院選と、自民党にとってボディブローのように効いていることは、否定しようのない事実だと思います。

このような敗北の責任の程度、敗北の原因などを踏まえ、参院選後にアメリカとの関税合意がまとまり、30%のEUにも先駆けて15%への関税引き下げを実現した成果、そしてこれから関税合意を、日本の国益を最大限に図るため、これまでの交渉経過に基づいてアメリカとの交渉を継続していく政権の責任なども考え、自民党としての今後の体制が決められていくべきだと思います。

ということで、今回の参院選の敗北後に石破首相が続投しようとすること自体が予測不能であったかのような政治記者の人たちの認識は、どこか根本的に間違っているのではないかと考えています。

最後に、石破首相・総裁に私から提案したいことです。

今回の戦後最大の報道不祥事というべき読売新聞(もちろん毎日新聞の問題も放置できませんが、ここではより問題が重大な読売新聞に絞ります)の「石破首相退陣へ」大誤報に対して、自民党総裁として、正式に抗議し、訂正・謝罪・検証などの対応を要求することです。

首相自身の意向に関する事実無根の報道ですから、それに対する抗議、訂正要求の意思を明確に示すことは、続投の意思が確固たるゆるぎないものであることを示すことにもなります。

このようなことが野放しになってきたことが、派閥の領袖などの意向で党の人事が左右されるのが当然であるかのような自民党の旧来の悪しき体質を温存してきたのではないでしょうか。

読売新聞に対する厳正な対応は、そのような自民党の体質の一掃にもつながるものであり、今、それを行ったうえ、石破政権として国民のために果たすべき役割をしっかり果たしてもらいたいと思います。

問わず語りがいつの間にか長くなってしまいましたが、参院選以降の「石破降ろし」が吹き荒れる今の政治状況、報道の惨状に対して、病床で考えたことを率直にお伝えしました。

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6月14日横浜市 旭公会堂にて講演のお知らせ

郷原信郎 2025.06.10
  「日本に法と正義を取り戻す会」、先日(6月8日)の神戸市での第1回講演会は、3日前の開催決定という急な話だったにもかかわらず、会場に120人、ライブ配信では、最大で2000人以上の方に視聴して頂き、大変盛り上がりました。
  そこで、6月14日(土)午後2時から、横浜市旭公会堂で、第2回講演会を連続開催します。  
  今回の講演会は、今年8月に行われる横浜市長選挙に向けての「法と正義」、そして、これから本格化する会の個別テーマについての活動のキックオフ、という二つのテーマで行いたいと考えています。
  まず、横浜市長選の関連です。   横浜市は、2017年から2021年まで、コンプライアンス顧問を務めた私にとって縁が深い自治体であり、そういう思い入れもあって、2021年8月の市長選挙では、山中竹春氏の落選運動を全力で行いました。その横浜に、4年ぶりの市長選の夏がやってきます。私が指摘していたとおり、山中氏は「パワハラ市長」ぶりを発揮し、横浜市職員を疲弊させているようです。
  その不適任市長に、前回市長選で山中氏と対立した自民党議員が対立候補を擁立しようとする動きもあったのに、それを悉く潰し、山中氏再選に全力で邁進していると言われるのが、自民党横浜市連会長の佐藤茂市議です。
  佐藤氏は、2019年11月、朝日新聞が政治資金規正法の問題点を追及する特集記事のなかで、国会議員も顔負けの金額を集める「『モンスター級』市議」と取り上げられたことがあり、9000万円にも上る寄附収入(令和5年)の大半が具体的使途不明になっているという、想像を超える金額の政治資金の収支の実態は、その後も変わっていません。
  山中氏の市長としての適格性を疑問視する声にも耳を貸さず、山中支持を強引に推し進めようとする佐藤氏の姿勢の背景に何があるのか、横浜市長選挙において、横浜市民として関心を持たざるを得ないテーマです。
  第2回講演会では、まず、横浜市長選挙に向けての「法と正義」に関連して、山中市長の適格性問題、市長の支援者である佐藤茂氏の政治資金問題をテーマにします。   もう一つのテーマの会の活動のキックオフですが、既に会員登録も相当数に上り、各分野の検討チームの顔ぶれも揃いつつあります。今回の講演会では、それぞれのテーマで活動に加わって頂く会員の方々にも発言して頂く予定です。
  なお、講演会の模様は、YouTubeライブでも同時配信しますので、ぜひご視聴ください。
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小泉進次郎新農相「備蓄米随契安値放出」を“ヒーロー視”する風潮の危うさ

「コメは買ったことがない」発言で辞任に追い込まれた江藤拓氏の後任として農林水産大臣に就任した小泉進次郎氏は、就任会見で備蓄米を随意契約で安値放出する方針を打ち出し、その後、テレビ番組に出演するなどして価格を5キロ当たり2000円まで下げる方針を明言している。

コメ価格高騰に対する国民の不満に対するパフォーマンスにも見えるこの「備蓄米随契による安値放出」には、農水省の施策としてコンプライアンス上の問題がある。コメ価格の下落で喝采を受けても、中長期的にみると、コメの需給をめぐる弊害、混乱の拡大につながる恐れがある。

そもそも備蓄米は、本来、天候不順や自然災害、病害虫の被害、戦争や国際情勢の変化などによって、国内の米の生産や供給が一時的に困難になった場合に、国民が必要な食料を確保できるようにするためのものである。それを、コメ価格の変動に対応して国が価格を操作する目的で使うこと自体が、本来の目的に反する。

しかも、備蓄米は、国の財産であり、売買契約を締結する場合は、原則として、公告して申込みをさせることにより競争に付さなければならないこととされている(会計法29条の3第1項)。

今回実施されようとしている「随意契約」は、入札などの競争を経ずに特定の業者を国側が選定して契約する方式であり、①契約の性質又は目的が競争を許さない場合、②緊急の必要により競争に付することができない場合、及び③競争に付することが不利と認められる場合において行うことができるとされている契約形態である(同条第4項)。

今回の備蓄米の売却は、これまで入札で行われていたのであるから、①の「競争を許さない場合」にも、②の「競争に付することができない場合」にも当たらないことは明らかだ。

問題は、③の「競争に付することが不利」と言えるかどうかである。

備蓄米を市場に安く供給することが現在の政府の意向だとすれば、入札で競争させることで価格が高くなることは政府の意図に反することになるとは言えるだろう。しかし、会計法の規定の「不利」というのは、競争に付することによって高値で売却できることにより得る経済的利益を上回る具体的な不利益が生じることである。国の政策や意図に反することは「不利」には含まれない。

そうすると、備蓄米の随意契約による放出は、会計法上許容されているとは言い難い。それでも随意契約で放出するというのであれば、政治判断による「超法規的措置」と言うほかない。過去備蓄米が随意契約で売却されたのは、災害時のみである。問題は、超法規的措置をとってまで随意契約で売却することが実質的に妥当と言えるかどうかだ。

随意契約は競争入札と異なり、業者選定や価格設定の透明性の問題が生じかねない。政府が随意契約によって価格操作を行うことが特定の業者に利益をもたらす可能性もあり、公平性を欠く懸念もある。中小の流通業者や消費者団体が排除されることで、結果的に国民全体への還元が不十分になる懸念もある。中間の通業者を通さず直接小売業者に供給することで流通段階でのマージンを排除して価格を安くすることが目的なのであれば、入札参加資格を小売業者に限定すればよいのであり、入札を行わずに随意契約で売却することの理由にはならない。

随意契約による価格設定は、市場の需要と供給による自然な価格形成を阻害する。今回、小泉農水大臣は、備蓄米放出で「需要があれば無制限に放出する」と述べており、供給量を増やすことで価格抑制を強化する考えを示している。それにより、短期的には価格下落の効果があるかもしれないが、中長期的には米価の不安定化を招き、生産者・流通業者双方に混乱をもたらすおそれがある。

また、コメの備蓄制度が維持される限り、国は、今回放出したコメと同量を買い戻さなければならない。

随意契約で安く放出した場合、それによって、市場価格の下落が継続すれば、将来的な買い戻し価格も抑えられることになるが、市場価格は小売段階で「市場が決める」ため、コメの市場全体からすると僅かな量に過ぎない備蓄米の安値放出では、消費者価格の大幅な低下につながらない可能性がある。

「買い戻し」について、市場価格や取引実例価格を基準に購入するという備蓄米補充の通常の方法をとった場合、備蓄米の放出後も市場価格が下落する保証はないので、結局のところ、買い戻し価格が放出価格を大幅に上回り、国に財政的な損失が発生することになる。コメ価格の高騰が、庶民の生活を苦しめていることへの対策ということであれば、想定される備蓄米の放出による損失を財源にして、低所得者の直接的な経済的支援を図る方が得策ではなかろうか。

また、2,000円という価格がもし継続するとすれば、多くのコメ農家にとって生産原価を大きく下回る水準であり、そのような価格水準が長期化すると、それによってコメ農家の経営が成り立たなくなり、離農や減反が進行し、将来的な国内生産力の低下を引き起こすリスクがある。

このように考えると、備蓄米の随意契約による放出は、あまりに問題が大きい。

むしろ、これまで通りの公開入札による備蓄米の放出を継続することで透明性と公平性を確保する方が得策ではなかろうか。

その場合、コメ価格全体がただちに下落することにはならないが、コメ価格高騰による影響の低減については、低所得層への食料支援(フードバウチャーや給食制度の充実など)を通じて、必要な層に直接的な恩恵を届ける政策の方が望ましいのではないか。

そもそも、今回のような「コメ騒動」が起きたことの背景に、長年にわたる減反政策で、コメの生産力が低下していることがある。コメの自給率の維持のための農業政策の見直しこそが重要である。

かかる意味では、国内需要の喚起(学校給食への地元米使用の拡大、外食産業との連携)や、海外市場への販路拡大を図ることで、構造的な需給バランスの改善を目指すべきである。

備蓄米の放出は、短期的にコメ価格を下落させることには有効な政策手段となり得るが、その方法には慎重な配慮が求められる。市場原理と公平性を尊重しつつ、農業の持続可能性と国民生活の安定を両立させる政策こそ、今後の食料安全保障にとって重要であり、小泉農水大臣の国民受けを狙ったパフォーマンスとも思える「随意契約」による備蓄米の放出は、今後の国民生活にかえって大きな負の影響を与え、禍根を残すことになりかねない。

小泉大臣が「備蓄米の随意契約によって安値放出して価格を5キロ2000円に下げる」などとぶち上げたことを、マスコミがこぞって賞賛し、中には、「農水大臣が変わっただけで、これだけ政府の対応が変わるとは」などと驚嘆の声を上げているコメンテーター等もいる。

しかし、会計法の原則を無視した備蓄米の随契放出で市場価格に介入すること自体が、統制経済的な危険な発想であり、そういう手法を「画期的」であるかのように持ち上げて小泉氏をヒーロー視する風潮は、不安定化した政局における「危うさ」を感じる。

実際に、随意契約で放出された備蓄米が、来週から、2000円余りの価格で販売されるようだが、実際に販売されるのは令和4年産の「古古米」や令和3年産の「古古古米」とのことだ。品質からすれば、従来どおりの入札で売却したとしても、相当程度安くなっていた可能性もある

結局、小泉氏がぶち上げた「備蓄米随契放出によってコメを2000円で消費者に提供」というのは、「コメ騒動」に便乗した「空騒ぎ」に終わるのかもしれない。

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森友文書、「政治家関与部分『欠落』」は財務省の大罪、佐川氏国会再喚問が不可欠

森友学園に関する財務省の決裁文書の改ざんに関与させられ自殺した近畿財務局の職員、赤木俊夫さんの妻の雅子さんが国に関連文書の開示を求め、財務省は今年4月4日、国有地の売却をめぐる学園側との交渉記録など、2000ページを超える文書を開示した。

しかし、開示された文書には欠落している番号が複数確認され、そのうち、2014年4月19日から5月11日までの期間は交渉記録などの存在が確認されておらず、この時期の記録とみられる4つの番号が連続して抜け落ちていた。

雅子さんの弁護団から、欠落の経緯について説明を求められた財務省は、5月9日、

「8年前に学園側との交渉記録を意図的に廃棄した過程で欠落文書の多くが廃棄された」

「欠落部分は政治家関係者に言及しているものが多くを占めていると推認される」

と説明したとのことだ。

財務省によると、学園側との交渉記録は、2017年に国会質問につながる材料を極力少なくすることを目的に意図的に廃棄され、その過程で欠落文書の多くが廃棄されたとのことだ。

本来、行政行為について国会での質問を受けた場合には、正しく保存された行政文書に基づき正しく説明する責任がある。ところが、財務省は、そのような「国民の代表の国会に対する義務」に反し、国会での質問を回避し、或いはその質問に答える負担を軽減するために、公文書を廃棄していた。行政を担う国家公務員の所為として到底許されることではない。

今回、「関連文書の欠落」が明らかになったのは、赤木雅子さんが「夫はなぜ死ななければならなかったのか。そこで何が起きていたのか、真相を知りたい」という思いで行ってきた活動によるものだ。

苦難の連続だった司法の場での雅子さんの国との戦いの途中から、私自身も、行政文書の開示請求訴訟の控訴審で、検察捜査の経験者としての意見書提出という形で関わった。

改めて、これまでの経過を振り返った上、今回明らかになったことの意味と、今後行うべきことを整理することとしたい。

赤木雅子さんの国との戦い

雅子さんは、俊夫さんの死後、財務省側に説明や資料の開示を求めたが、誠意ある対応がなかったため、2020年3月に、当時の財務省理財局長の佐川宣寿氏と国に対して、夫の死についての損害賠償を求める訴訟を提起し、民事訴訟の場での真相解明を求めた。

国側は当初、請求棄却を求めて争い、「赤木ファイル」等の文書は開示されたものの、改ざんに至る経緯が具体的に明らかになるものではなかった。その後、国は、2021年12月15日、一転して国家賠償請求を認め「認諾」を行ったために訴訟は終了した。

佐川氏に対する請求についても、一審判決は、佐川氏が改竄の方向性を決定づけたと認定した上で、「国家賠償法の規定に基づき公務員個人は賠償責任を負わない」と判断して請求を棄却した。高裁の判断も同様であり、最高裁で赤木さんの敗訴が確定した。

 2021年8月、雅子さんは財務省と近畿財務局に対し、「(決裁文書改ざん問題の)調査に関する一切の文書」と「大阪地検特捜部に任意提出された資料」の開示を請求した。

同省は「特定事件の捜査機関の活動を明らかにすることになる」などとして不開示決定したので、同年10月29日、雅子さんは不開示決定の取り消しを求める訴訟を大阪地裁に起こしたが、2023年9月14日、大阪地方裁判所は雅子さんの請求を棄却した。

検察への任意提出文書の開示請求を阻んだ「国側の主張」

弁護団は、この開示請求訴訟には、さすがに負けることはないだろうと予測していたとのことだが、大阪地裁で出された一審判決はまさかの敗訴だった。

「検察に任意提出した文書が特定されると、将来の同種事件の捜査手法が知られることになる」

という被告の国側の主張を認めたものだった。

弁護団の控訴審に向けての打合せの中で、「検察捜査の実情に詳しい人に協力を求めることはできないか」という話が出た時、雅子さんの頭に「検察批判を繰り返してきた元特捜検事・郷原弁護士」のことが浮かんだという。

雅子さんは、かねてから支援してくれていた田中真紀子氏に相談、真紀子氏から雅子さんを紹介された私が、控訴審向けの意見書作成を引き受けることになった。

実は、真紀子氏と私の付き合いも、その直前からだった。その年の6月に公刊した拙著【「単純化」という病 安倍政治が日本に残したもの】(朝日新書)を読んで共感したと言って、私の事務所に電話をかけてきてくれたのがその年の9月、それを契機に、拙著【歪んだ法に壊される日本】(KADOKAWA)で指摘した政治資金や選挙制度の問題についての勉強会を行うことになった。「自民党派閥政治資金パーティー裏金問題」の表面化を受け、12月8日に議員会館で共同記者会見を行い、11年ぶりに「真紀子節」が炸裂し、注目を集めた(【田中真紀子氏「国会議員になるのを差し控えて」 説明しない自民批判】)。

任意提出文書の特定による「将来の同種事件捜査への影響」などない

一審判決が認めた国の主張は、

対象文書の特定情報(行政文書の名称等の情報)により、本件各被疑事件の捜査について、財務省又は近畿財務局が、どのような内容や形式の行政文書を、どの程度の範囲(時間的、人的範囲等)で、どの程度の通数にわたり、東京地検又は大阪地検に任意提出したのかが推知されることとなる。これらの情報を分析することにより、本件各被疑事件の捜査における捜査手法や(いかなる内容又は形式の資料をいかなる方法で入手したか)や、捜査対象の範囲(任意提出された行政文書の内容、範囲、通数等)といった、具体的な捜査の内容や捜査機関の関心事項が推知されるおそれがある。

将来、本件各被疑事件と同種の刑事事件のみならず、行政機関が捜査対象となる刑事事件一般の捜査についても、そのような情報や分析を踏まえて、捜査手法や捜査対象の範囲といった具体的な捜査内容や捜査機関の関心事項が推知されるおそれがないとはいえない。

というものだった。それは、検察官時代、様々な検察捜査を経験してきた私にとって、全くあり得ない理屈だった。

個別の事件で、捜査機関が、どのような文書の任意提出を求めるのか、というのは、まさに、その事件の内容、証拠関係、捜査状況に応じて検察官が判断するものであり、あくまで当該事件の個別の問題だ。任意提出を求めるのは、その時点でそれを証拠として確保しておくことが必要と判断したということであり、文書等の任意提出を求めることについての検察官の判断は、事件の内容・性格、関係者の供述状況、既に収集済の証拠等によって、また、捜査対象者の協力の程度によって異なる。

私は、某地検特別刑事部長として検察独自捜査の対象としていた行政庁からの文書の任意提出を受けた事例も紹介しつつ、「任意提出を求める場合、どのような文書を含む証拠の提出を求めるのか」などということを一般的に言えるものではないし、検察官の判断で、或いは告訴・告発を受けて行う捜査の場合には、対象文書の特定情報(行政文書の名称等の情報)がわかり、捜査対象とされ任意提出された行政文書の内容、範囲、通数等がわかっても、当該捜査対象事案に関連する文書やファイル等の存在がわかるだけであり、当該時点での捜査の内容や捜査機関の関心事項が推知されることにはつながらないとする意見書を作成し、弁護団に提出した。

被告の国側がこのような「無理筋の理屈」を主張したのは、任意提出を受けた文書の範囲がわかることが、検察にとって余程不都合だという事情があったのかもしれない。

そういう国側や検察への「皮肉」を込めて、上記意見書の結論に、以下のようなことも書き加えておいた。

本件で任意提出の要否の検察官の判断が、通常、検察官が行う判断とは異なり、不自然に消極的なものであった場合には、「事件の真相解明に向けて、検察官が適切に判断して刑訴法上の権限に基づく証拠収集を行うこと」という検察官の本来の捜査とは異なったものであること、本件の刑事処分の適正さを欠いたことを疑う余地を生じさせることはあり得るかもしれない。しかし、それは、当該個別事件で捜査についての検察官や検察庁の方針を推知する材料になるだけであり、一般的な同種事件、将来の事件の捜査手法や捜査対象の範囲を推知させるものでは全くない。 

私が言いたかったのは、国が「任意提出した文書」の名称等の情報の開示を拒むのは、将来の同種事件の捜査への支障のためではなく、今回の森友関連事件の捜査処理が、通常の捜査処理からかけ離れたものだったことがバレないようにするためだったのではないかということだった。

「捜査への影響」を否定し開示請求を認めた控訴審判決

2025年1月30日、控訴審判決が言い渡された。「将来の同種事件の捜査への影響」について以下のように判示し、一審の判断を覆した。

財務省等の判断で任意提出された文書がいかなるものかが明らかになったとしても、これによって捜査機関の本件各被疑事件と同種事犯に対する捜査方針や意図が明らかになるとはいえない。さらに、本件各被疑事件と同種事犯の捜査であっても、当該事案や任意提出を求められる個人や組織等によってその作成又は取得する文書の種類、名称、作成時期・頻度、分量及び保管状況等は多種多様であって、本件各被疑事件における任意提出の結果のみの分析から他の同種事犯にも通用する法則性を見出すのは困難と思料されること等に鑑みると、文書特定情報の通知により本件各被疑事件に係る財務省等の任意提出の範囲が明らかになったとしても、それによって他の同種事犯にも通用する法則性のある捜査手法や捜査機関の関心事項等といった捜査機関にとって機密性の高い情報が推知されるものとは考え難く、将来の同種事犯のみならず犯罪一般の捜査等に支障を及ぼすおそれがあるものとも認められない。

私の意見書を全面的に採用し、一審判決が認めた「将来の同種事件の捜査に支障がある」との国の主張を否定し、開示請求を認める判決だった。

赤木雅子さんにとって、国との裁判での初めての勝利だった。

そして、石破茂首相の決断によると伝えられた国側の「上告断念」によって、「対象文書の特定情報」が開示されることになっただけでなく、財務省は、関連文書を全面開示することになり、その第一弾として開示された2000枚を超える文書の標目から、前記の「文書の欠落」が明らかになったものだった。

「無理筋の理屈」による開示逃れと「文書の欠落」

今回明らかになった「文書の欠落」は、国側が、前記のような「無理筋の理屈」まで持ち出して開示を免れようとしていたこととも関係している可能性がある。

財務省側が任意提出した交渉記録の一部が欠落していたことを認識した大阪地検特捜部側は、どう対応したのだろうか。政治関係者に言及している文書の多くが欠落しているということであれば、まさに国有地売却の重要な経緯に関する「罪証隠滅」そのものではないか。

公式記録としては廃棄されているとしても、個人のパソコン等に文書の電子データが残っている可能性もある。検察は、財務省側に徹底してデータの提出を求め、応じなければ強制捜査を検討するのが当然だ。しかし、大阪地検特捜部が、そのような捜査を行ったようには思えない。

雅子さんの開示請求に応じて「対象文書の特定情報」が開示され、最終的に、任意提出した文書の内容が明らかにされると、検察の捜査が杜撰だったこと、最初から「不起訴の結論ありき」で捜査をしていたことが露見してしまうので、何とかして開示を免れようとした。それが、前記のような「無理筋の理屈」まで使って開示請求の棄却を求めた理由ではないか。

そうだとすると、私が意見書に皮肉を込めて書いたことが、「図星」だったことになる。

今回開示された文書の内容と、その一部欠落は、森友学園問題に関する検察の捜査処理に対して重大な疑念を生じさせるものである。

「北川大阪地検検事正」は、森友学園問題にどう対応したのか

それに加え、もう一つ検察の捜査処分に対する疑念を深める要因がある。

そのような重大な疑念が生じている森友学園問題に関する一連の検察の捜査処分が行われた時期が、北川健太郎元大阪地検検事正による部下の女性検事に対する準強制性交事件が起きた時期と重なることだ。(北川元検事正はその後2024年に逮捕・起訴された。)

北川元検事正の在任期間は2018年3月~2019年11月、準強制性交事件の発生は2018年9月である。一方、森友学園問題の関連事件の不起訴処分は2018年5月、2019年3月15日に大阪第1検察審査会が不起訴になった佐川ら財務省職員10人について「不起訴不当」と議決し、大阪地検特捜部が再捜査を行い、同年8月9日、財務省職員10人について改めて不起訴処分とした。

つまり、森友関連事件の不起訴処分の4か月後に部下の女性検事に対する事件を起こし、その半年後に検察審査会の不起訴不当議決があり、その後、再捜査と再度の不起訴処分が行われた。その期間というのは、性犯罪被害者の女性検事との間で、性犯罪被害をめぐってやり取りが行われていた最中だったのである。

女性検事は、仕事上、検事正と関わりを持たざるを得なかったが、北川元検事正からは被害を訴えないか何度も確認されていた。事件から9か月経った頃に、事件についての認識を問いただすと、北川元検事正から、

「あなたの同意があると思っていた」

「被害を表沙汰すれば私は絶対に生きていくことはできない」

「大スキャンダルとして大阪地検は組織として立ちゆかなくなる」

などと言ってきたと記者会見で述べている。

事件から9か月経った頃というのは2019年6月頃、まさに、森友関連事件の再捜査の最中だ。検事正としての事件決裁や捜査指揮がまともに行えただろうか。

検察における事件の決裁は、一般の事件であれば、副部長、部長決裁で済むことが多く、次席検事、ましてや検事正まで実質的に関わることは稀だ。しかし、この森友関連事件は、財務省側が被疑者であり、また、首相官邸も重大な関心を持っている事件だ。もし仮に、検察審査会の不起訴不当議決を真剣に受け止め、起訴も視野に入れつつ積極的に再捜査を行い、起訴の方向で上級庁の了承を得ようとすれば、大阪地検のトップである検事正には、余程の覚悟と胆力が必要だったはずだ。自らが犯した性犯罪の問題で「心ここにあらず」の「北川検事正」に、そのようなことができたとは思えない。

北川氏の性犯罪の被害者である女性検事も、自身のブログで、

「北川被告人が事件後に決裁した事件、特に性犯罪事件が適正に決裁されていたかの検証をすべき」

と述べている(【検察は何のために、誰のためにあるのか。フジテレビ問題と根っこは同じなのに検察はなぜ何の取組みもしないのか。】)。

「佐川理財局長」の再度の国会証人喚問が不可欠

今回、財務省の森友学園側との交渉記録の中で政治家関係者に言及する部分が意図的に廃棄され欠落していることが明らかになったことを受け、今後、どのような対応を行うべきか。

問題は二つある。

一つは、国有地の売却に関する交渉記録の公文書を、国会での説明を回避する目的で意図的に廃棄したことについて真相を解明することである。

この問題は、2018年に朝日新聞の報道で明らかになり、厳しい批判を浴びた「決裁文書改ざん問題」以上に、悪質で弁解の余地のない行為だ。決裁文書は、原資料に基づき、決裁手続に必要な事項を記載する書面であり、財務省による改ざんについても、本来決裁文書として不要な記載、言わば「余事記載」を削除したことが中心で、文書そのものの目的を阻害するものではなかったと説明された。

検察が、改ざん行為についての虚偽公文書作成罪の事件を不起訴にした理由について「売買契約の内容などが変更されていない」「虚偽の文書を作成したとまでは言えない」と説明したのも同様の見方によるものだ。

しかし、「文書の欠落」で明らかになったのは、国有地売却に関する原資料そのもの廃棄である。その対象は当時、国会で政治家側の関与やその影響が問題とされ、それに関する真実を明らかにするための公用文書だった。

このような財務省の対応について、当時、理財局長として、責任者だったのが佐川宣寿氏だ。しかも、安倍首相が、森友学園問題での追及を受け、

「私や妻が関係していたということになれば、首相も国会議員も辞める」

と答弁した後、佐川氏は、

「森友学園との交渉や面会の記録は速やかに廃棄した」

との虚偽答弁を行っている。佐川氏自身が、廃棄を指示していた可能性もある。

佐川氏は、決裁文書改ざんが明らかになった2018年3月に参議院予算委員会で証人喚問されたが、「刑事訴追のおそれ」を理由に決裁文書改ざん等についての実質的な証言はほとんど拒絶した。

しかし、現時点では、関連する犯罪は、すべて公訴時効が完成しており、刑事訴追を受けるおそれはなく、証言拒絶はできない。偽証の制裁の下で真実を証言させることが不可欠だ。

もう一つのポイントは、森友学園問題に関連する刑事事件の捜査処分が適切に行われたのか、不適切だったとすれば、いかなる原因によるものなのかを解明することだ。

国有地売却に関する背任事件、決裁文書改ざんに関する虚偽公文書作成等の事件では、すべて不起訴処分となり、検察審査会で10人について「不起訴不当」の議決が出たが、再捜査の上、再度の不起訴処分が行われた。この時の捜査が果たして適正に行われたのか重大な疑問が生じている。

今回明らかになった「交渉記録の中の政治家関係者に言及する部分の意図的廃棄」は、捜査の対象となっている国有地の売却をめぐる背任罪についての証拠隠滅に加え、公用文書毀棄罪に該当する疑いもある(検察は、保管期限が「事案終了まで」とされていたことから、公用文書毀棄の対象となる「公用文書」には当たらないことを消極判断の理由としたのかもしれない。しかし、「公用文書」とは、判例上、「その作成者、作成の目的等にかかわりなく、公務所において現に使用し、又は使用に供する日的で保管している文書を総称する」とされている。森友学園疑惑の一連の経過を明らかにするため国会議員から提出を求められていたもので、具体的な使用目的も存在していたのであるから、「公用文書」に当たると解するべきだろう。)。

検察の捜査・処分に関しては、当時の捜査の責任者の山本真千子特捜部長(現札幌高検検事長)と、現在、準強制性交罪で起訴され勾留中の北川健太郎元検事正の証人喚問を行うことが考えられる。

一般的に検察官が国会で喚問されない理由

従来、政界汚職事件等について国会で質問が行われても、法務省当局は、

「個別事件についてはお答えを差し控える。なお、一般論として申し上げれば、すべての刑事事件は法と証拠に基づいて適切に処理されている」

と答弁し、個別事件について、検察庁の関係者の国会での参考人、証人としての喚問を拒絶してきた。

法務省や検察庁がそのような対応を行ってきた根拠は、刑訴法47条の

「訴訟に関する書類は、公判の開廷前には、これを公にしてはならない。」

との規定だ。この規定を、「公判開廷前」だけでなく「開廷後」にも拡大し、

「但し、公益上の必要その他の事由があって、相当と認められる場合は、この限りでない。」

との同条但書の規定をほとんど無視し、刑事事件についての国会での答弁をすべて拒絶してきたのである。

そのような条文の文言を超えた対応が行われてきたのは、「刑事事件についての検察当局の資料・情報は、実質的にも秘匿すべし」という考え方が無条件に受け入れられてきたからである。

では、そのように個別の刑事事件に関する情報は秘匿すべきとされるのはなぜだろうか。その理由として考えられるのは、(1)個別の刑事事件の捜査・公判への影響と(2)プライバシーの保護だ。

しかし、森友学園関連事件については、すべて公訴時効が完成しており、捜査・公判への影響は考えられない。また、問題となっているは、財務省という官公庁における公文書の取扱に関する公的な事象であり、プライバシーの保護も問題とはならない。

官僚の世界の無謬にこだわる立場からは、「法に基づいて行われる行政行為に国会議員等が口を出してきても、行政当局は些かも影響を受けない。常に適切な対応が行われる。そこでの国会議員の動きなどに関する資料は、『夾雑物』(きょうざつぶつ:ある物質の中に、不要なものや異物が混入していること)のようなものであり、そのようなものが存在すると、あらぬ疑いを受けたり、国会で野党議員の追及のネタにされたりするだけだから速やかに廃棄すべき」という考え方になるのかもしれない。

しかし、それは、行政行為が、国民の代表である国会の信認を受けた内閣の責任の下に、「国民のために行われている」という原則を蔑ろにするものだ。行政行為が公正・公平に行われているのかを国民そして国会が客観的に知る唯一の手掛かりは、行政に対する国会議員、政治家側の働きかけ等を、正確に記録し、公文書として保存することだ。とりわけ、「安倍一強」と言われ特定の政治家に権力が集中し、官僚の世界を歪めていた時代であれば、行政行為が政治家から有形無形の影響を受けていた可能性があり、正確な記録保存の必要性は一層大きかった。

かかる意味において、森友学園に対する国有地売却に関する政治家の動きについての公文書を、問題表面化後ただちに丸ごと廃棄したという、今回明らかになった財務省の罪はあまりに重く、そのような行為に対して全く刑事罰を適用することができなかった当時の検察の対応にも重大な疑問がある。

このような公文書の廃棄が行われず、すべて国会に提出され、交渉の経過、政治家の介在の事実が客観的に明らかにされていたら、国会審議の紛糾・混乱が生じることも、それらをおそれた財務省内での決裁文書の改ざんが行われることもなかった。

そして、公務員としての使命に忠実だった赤木俊夫さんが、自ら命を絶つこともなかった。

このようなことは二度と繰り返してはならない。そのためにも、当時の佐川理財局長の証人喚問は不可欠であり、当時の山本特捜部長、北川検事正の証人尋問も検討すべきだ。

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フジテレビ問題と共通の構図、大阪地検元検事正性加害問題での「二次加害」に検察はどう対応するのか

今年3月末に公表されたフジテレビ第三者委員会報告書では、2023年6月2日の食事会で中居正広氏とのトラブルがあったことを、女性社員が同月6日、会社に伝えたのに、当時の港浩一社長や編成幹部らが「プライベートな男女間のトラブル」と即断したことが、フジが事案の対応を誤る大きな要因となったとし、フジの幹部が中居氏に代わって入院中の女性に見舞金の名目で現金100万円を届けたことは「中居氏サイドに立ったといえ、女性への口封じ、2次加害行為とも評価し得る」と指摘した。問題の把握後も、1年半にわたって中居氏が司会を務めていたレギュラー番組の放送を続けたことは「女性の被害をさらに拡大させた」と非難した。

著名タレントの中居氏は、フジテレビにとって、当時極めて重要な取引先ではあったが、形式上は「外部者」だ。その外部者と自社の女性社員との関係で起きた「性暴力が疑われる問題」であっても、「プライベートな男女間のトラブル」と判断して対応した「二次加害」だとして、フジテレビ経営陣は厳しく指弾された。

ちょうど同時期に、大阪地方検察庁という2番目の大規模庁のトップだった男性上司と、部下の現職女性検事(A氏)との間で発生した重大な「性加害問題」への対応が問題にされたのが検察だ。

2018年9月、当時の北川健太郎検事正が、酒に酔って抵抗できない状態の部下の女性検事A氏に性的暴行を加えたとしてA氏が被害を訴え、北川氏が昨年逮捕・起訴された事件について、A氏は、北川氏からの性被害を申告した昨年以降、事件直前の懇親会に参加していた同僚の女性副検事が、内偵捜査の対象となっていた北川氏に捜査情報を漏えいしていた疑いがあること、検察がその副検事の行為を隠していたこと、同じ副検事や他の検察職員から被害者がA氏であることを広められ誹謗中傷を受けてきたことを、「二次加害」の問題として訴えてきた。

A氏からの訴えを受けての調査で、女性副検事が、A氏が被害者であることを職場で複数の職員に伝えていたことが明らかになり、検察は、「高度のプライバシー情報を事件とは無関係の複数の第三者に伝えたことは被害者の心身や職場環境に悪影響を及ぼす不適切な言動であった」として、副検事を懲戒処分とした。

しかし、A氏が名誉毀損などの疑いで女性副検事を告訴・告発した事件については、検察は、「北川被告を案じる心情などから個別に情報を伝えたにとどまり、副検事を起点として情報が拡散した事実も認められない」と判断して「不起訴処分」とし、それとほぼ同時期に、女性副検事に対する告訴・告発事件を担当した大阪高検の部長が、A氏に対して、「不起訴は何か都合の悪いことを隠すためではない」などとした上で、「外部発信をするようなことがあれば、検察職員でありながら、警告を受けたにもかかわらず信用を貶(おとし)める行為を繰り返しているとの評価をせざるを得ない」「これは口止めや脅しではなく、当たり前のこと」とするメールを送っていたことも明らかになった。

A氏は、その後開いた会見で、「このメールに絶望し、恐怖し、ひどくおびえた」「『職務』として被害者をやっているのではありません」と涙ながらに語り、このメールは検察による性犯罪や二次加害の軽視、被害者軽視の象徴だと批判し、「なぜ検察でこのような犯罪が起きたのか、第三者委員会による検証を行い、再発防止に努めるべき」と訴え、「検察は、事件を『個人の被害』という問題に矮小化しようとしている」と批判した。

フジテレビの「性加害問題」では、週刊文春の報道を契機に同社への批判が炎上し、第三者委員会が、同社による「二次加害」を厳しく非難した。一方、「大阪地検元検事正による性加害」では、被害者のA氏自身が、検察組織による「二次加害」を問題にしている。

被害者のA氏の訴えによれば、検察組織による「二次加害」は、フジテレビ問題より一層深刻かつ重大であるように思える。

ところが、この問題では、マスコミからは、検察組織の責任を問う声、説明責任を果たすよう求める声は、ほとんど聞かれない。

フジテレビの問題では、週刊文春の報道後、通常の社長定例会見と同様に、「会見参加者はクラブ加盟記者のみ、質問者も限定、テレビカメラなし」での会見を開いたことに対して厳しい社会的批判を浴びた。一方、大阪地検元検事正の性加害の問題では、「二次被害」の問題の核心とも言える女性副検事による情報拡散について、A氏が会見まで開いて「検察の二次加害」を訴えているのに、検察は、女性副検事の告訴・告発事件の不起訴処分の際に「司法クラブ記者だけを対象とする、カメラも入れない閉鎖的な説明の場」で一方的な不起訴理由の説明を行っただけで、A氏から指摘されている「二次加害」の問題について、全く説明を行っていない。

NHKは、4月11日に【上司からの性被害 女性検事が語った沈黙の6年間と二次被害】と題して、A氏のインタビューを中心とするニュースを放映し、ネット記事もアップされている。

ここでは、A氏が受けた性犯罪による被害の深刻さや、女性副検事による情報漏洩について伝え、北川氏が逮捕されたあとA氏が復職する際に、検察が女性副検事とA氏と同じ職場に配置していたことについて、検察の現役職員がこの対応を疑問視している声を取り上げている。さらに、「A氏をおとしめる内容の情報が、検察内部で出回っていたこともわかった」とし、3月まで大阪高検検事だった田中嘉寿子氏が、2024年7月に「事件が起きたのは、被害者が北川被告に好意を持っていたからだ」という内容のメールを東京の検事から受け取ったことを明かし、「彼女が検事なので二次被害から守るべき対象だという認識が欠如していたのではないかと思います。被害者としてきちんと扱うところから始めないと、自分たちの組織が、現在進行形で二次加害をしているという自覚が生まれないと思います」とのコメントも紹介している。

さらに、4月15日の関西ローカルのNHK記事では「検察組織に自浄作用はないので、第三者委員会を設置し、徹底した検証と再発防止を求める必要があります」とのA氏の言葉を紹介している。

A氏は、「検察組織がこれほど不正義で闇深く、犯罪被害を受けた検察職員にすら寄り添わないことを、自分が被害者になって初めて気づきました」として、検察の組織による性被害に対する「二次加害」を問題にしている。しかし、A氏の訴えを積極的に報じているNHKですら、現状では「二次加害」という言葉は、前記の田中氏のコメントを引用しているだけで、記事のタイトルは「二次被害」であり、他に、検察組織の「二次加害」を正面から問題にしたメディアはない。

被害者の保護や職場の安全配慮義務についての質問への大阪高検の回答は、

「被害者の意思を確認するなどし、被害者の心身への影響にも配慮して、できる限りの対策を講じてきた。その際、職場環境の調整にあたっては、職場内で被害者が誰であるかが特定されないようにも注意を払った」

というもので、奇しくも「二次加害」について厳しく批判されたフジテレビ経営陣が繰り返してきた「被害者の心身への影響への配慮」「被害者が特定されないように配慮」という言葉と酷似している。

このような検察の対応の背景に、刑事司法の中核を担い、外部からの介入を一切許さない検察特有の、検察を中心に世の中が動いているような天動説的感覚、「全能感」があるように思える(拙著【法が招いた政治不信 裏金・検察不祥事・SNS選挙の核心】KADOKAWA)。

今、検察は、大阪地検特捜部によるプレサンスコーポレーション事件で取調べ検察官が大阪高裁で特別公務員暴行陵虐での付審判決定によって起訴されており、また、袴田事件での「控訴断念」の畝本直美検事総長談話で「控訴すべき事案」と述べたことが、袴田弁護団側から名誉毀損との厳しい批判を受けるなど、多くの不祥事に直面している。

マスコミの中でも検察と関係の深い司法クラブやその出身者にとって、検察組織の現状を把握し、構造的な問題を明らかにして改善是正を求めることは、最も重要な使命であるはずだ。大阪地検元検事正による性加害問題で、フジテレビ問題以上に深刻な「二次加害」が指摘されている検察に対して、説明責任を問い、フジテレビ問題と同様に第三者委員会の設置を求めていくべきであろう。

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石破首相は、“第三者機関設置”で、「商品券問題」と「政治活動」をめぐる議論に決着を!

石破茂首相(自民党総裁)が衆議院議員1期生に10万円の商品券を配布した「商品券問題」に関して、国会での追及が続いている。

野党の追及と、石破首相の答弁との間で、議論が十分に噛み合っているとは言えない。そして、憲法75条との関係という、この問題について「重要な点」が欠落している。

3月19日の参議院予算委員会で、以下のような質疑応答があった。

(田島)政治活動とは、端的に言って、政治上の主義を推進することを目的として行う一切の行為ですよ。この一切の行為には労いも慰労も入るはずです。

(石破)そういうご議論も立論としてあろうかと思いますが、一切というのは、その前のいろいろ限定された例示にかかるもの、そう読むのが日本語の普通の読み方だと私は思います。

(田島)この条文が改正された当時の趣旨、これは、公私の峻別ですよ。政治家個人の候補者の公私の峻別を徹底するために、原則として寄附を禁止する。これが条文の趣旨なんですよ。

(石破)法律に定義があるわけではございませんので、解釈についての議論だと思っております。そういう前提において申し上げますと、「政治上の主義もしくは施策を推進し、もしくはこれに反対し、または公職の候補者を推薦し、支持し、もしくはこれに反対することを目的として行う直接間接の一切の行為」と言っております。つまり、「目的として」、というのは、その前にある部分にかかっているのでございますので、そこに慰労というのが入っているわけではございません。日本語の読み方としてはそうだと私は理解しております。

(田島)現在、この問題に関しては、市民団体の方から告発状が東京地検特捜部の方に出されております。違法性をこれから考えるのは検察であり、司法だと思います。今、総理自身が「違法じゃない」「違法じゃない」と言い続けることはおかしくないですか。

(石破)私はこの文言のコンメンタールの趣旨から言っても、違法ではございません。しかしながら、では、違法でなければいいのかと言えば そういうことではなくて、世の中の方々が、それは常識と違うのではない、と思っておられて、私自身が 長くやっておって、当初の最初の頃の思いを忘れてしまったことがあって、そこは、二重の意味において申し訳ない。違法でなかったとしても、私は違法だと解釈しておりませんが、違法ではないとしても、だったらいいだろうと、開き直るつもりはございません。

「政治活動」の解釈をめぐる対立

石破首相は、「政治活動」について、判例上の定義「政治上の主義もしくは施策を推進し、もしくはこれに反対し、または公職の候補者を推薦し、支持し、もしくはこれに反対することを目的として行う直接間接の一切の行為」を示し、この「目的」で行う行為に限定されていることを強調し、「慰労」は含まれないとの「解釈」を繰り返し述べている。

一方、田島議員は、「直接間接の一切の行為」という点を強調し、その範囲は極めて広いので「慰労」も含まれるとの前提で質問している。

石破首相の解釈を「限定説」、田島議員の解釈を「非限定説」と言うとすれば、要は、定義のうちどの部分を重視するかという「読み方」の問題である。

石破首相が言うように、「限定説」が日本語の読み方として自然であるように思えるが、難点は、現実に、政治家の政治団体における政治資金の収支報告において、「政治活動」が極めて広く解釈され、「非限定説」に近い考え方で、政治家の活動に関連する支出が収支報告書に記載されていることとの整合性である。

「政治団体及び公職の候補者により行われる政治活動が国民の不断の監視と批判の下に行われるようにするため、政治団体の届出、政治団体に係る政治資金の収支の公開」をするという政治資金規正法の目的(同法1条)からすれば、政治資金の収支を幅広く公開するのは望ましいことであるが、一方で、「政治活動に関する支出」に含まれるとして収支報告書に記載されると、その支出が、慰労や感謝、場合によっては遊興の目的もあった場合でも、その支出が「政治活動の支出」とされ、所得税の課税対象にならない。

実際の政治家の政治資金収支の処理は、政治家が政治的目的をもって行う活動を広く「政治活動」ととらえ、政治資金の支出について都合のよい「非限定説」で行う場合が多いのに、今回のような政治家個人宛の寄附の問題になると「限定説」をとるということについて、国民の理解を得ることは容易ではない。

しかし、「非限定説」にも難点がある。今回の商品券問題は、一人当たり10万円という一般庶民の感覚からすると多額の贈与だったことが問題にされているが、仮に1万円、或いは5000円だった場合でも、「一切の」を強調する非限定説の立場からは、「政治活動」に当たることになる。そのため、「政治家間の金銭等のやり取りはすべて政治資金規正法21条の2第1項違反」ということにならざるを得ない。

「限定説」は、政治資金収支報告書による政治資金公開の現状と整合せず、「非限定説」では、政治家個人宛寄附を全面的に禁止する法21条の規定との関係の説明が困難となる。結局のところ、いずれによっても明確な基準を示すことはできず、その行為自体から、「政治的目的」が認められる程度によって判断せざるを得ないことになる。

憲法75条の規定により「在任中の総理大臣の訴追」はできない

田島議員が「告発が行われているのだから、違法かどうかは検察や司法が判断すべきことではないか」と質問したのに対して、石破首相は「世の中の常識に反していたことについては申し訳ない、違法ではないからと言って開き直るつもりはない」と答弁している。

既に、告発状も検察に出されているのであるから、通常であれば、「違法性の有無については、検察当局のご判断にお任せしたい」と答弁し、実際に、早期に不起訴で刑事事件が決着することで問題は決着する。しかし、今回の問題については、石破首相は、そのような答弁だけでは問題は片付かない。それは、既に刑事告発も行われている今回の商品券問題では、「在任中の総理大臣の刑事責任」が直接的に問題となっているからだ。

憲法75条で、「国務大臣は、その在任中、内閣総理大臣の同意がなければ、訴追されない。」とされている。法令上の「国務大臣」は内閣総理大臣を含む閣僚すべてを指すと解されており、総理大臣を含む国務大臣を総理大臣の同意なしに訴追することはできない。総理大臣が自らの訴追に同意することは考えられないので、在任中に総理大臣が訴追を受けることは事実上あり得ない。

総理大臣が刑事告発された過去事例との比較

これまでにも、鳩山由紀夫氏の資金管理団体の偽装献金事件で、現職総理大臣であった鳩山氏自身が刑事告発された件、安倍晋三氏が、後援会が「桜を見る会」の前日に主催した夕食会をめぐって、総理大臣在任中に政治資金規正法、公選法違反で告発された件(この事件では、安倍首相退任後に、秘書が政治資金規正法違反で略式起訴されている)など、総理大臣が在任中に刑事告発された事例はあった。

これらの事例では、直接的に関わったのは秘書であり、総理大臣自身が刑事責任を問われることについては「共謀についての証拠」というハードルがあり、在任中の総理大臣の刑事責任が現実的な問題になったわけではなかった。

しかし、今回の商品券問題については、衆院一期目議員への配布を指示したことを石破首相自身が認めており、刑事責任の有無は、それが「政治活動に関する寄附」と言えるかどうかという「解釈問題」にかかっており、仮に、検察当局がその点を肯定した場合には、起訴するか起訴猶予にするか、という裁量の問題となる。

「訴追される可能性はない」と明白に言えるのであれば、そう断言するだけで良いのであるが、今回の商品券問題については、前記のとおり、「限定説」「非限定説」いずれで割り切ることも困難な面があり、首相公邸で官房長官等も出席して開かれた会食の「土産」だったこと、政治に関連する話題が中心だったことなどから、マスコミの論調の多くは「政治活動であることは否定できない」というものであり、「政治活動ではないことは明白」「訴追の可能性はない」ということで済まされる問題ではない。

【石破首相「商品券問題」、政治資金規正法21条の2をめぐる“真実”~「裏金問題」への波及は不可避】でも述べたように、過去に政治資金規正法21条の2の政治家個人宛寄附禁止規定で起訴された事例は全くなく、この規定を積極的に活用すべきであった「政治資金パーティー裏金問題」でも、検察当局は、全く立件すらしていない。そのため、政治資金規正法21条の2の政治家個人宛寄附禁止規定は全く機能しておらず、事実上「死文化」しており、そのような検察のこれまでの対応からすると、今回の商品券問題の告発事件についても、検察が起訴の判断をする可能性は極めて低い。

不起訴の理由としては、「限定説」に立って商品券の贈与は「政治活動」には当たらないとして「嫌疑不十分」とすることと、「非限定説」に立って、「政治活動」に該当し、一応違反は成立するが「犯情軽微」だとして「起訴猶予」にすることが考えられる。

しかし、不起訴処分に対して検察審査会への申立があった場合、「嫌疑不十分」とした場合の「非限定説」による検察の説明も、「限定説」に立った上で「犯情軽微」とする説明も、いずれも審査員の納得が得られるかどうかは微妙だ。「起訴相当」の議決が出る可能性もある。

要するに、石破首相の商品券問題については、「訴追されるべき事案か否か」についての判断は微妙であり、検察が告発を受理して早期に不起訴処分を行う可能性は低い。憲法の規定により在任中訴追されない石破首相個人が、「限定説」を強調して「訴追されるべき事案」であることを否定するだけでは、問題は決着しないのである。

商品券問題と政治資金規正法について第三者機関の設置を

そこで、石破首相として行うべきことは、今回の商品券問題と政治資金規正法違反に関連する問題について、専門家、実務経験者等による第三者機関を設置して、客観的観点からの検討を行わせ、それを踏まえて、自らの刑事責任の有無・程度について判断することである。

この際の検討事項は、石破首相の商品券問題についての政治資金規正法違反の刑事責任の検討にとどまらない。その背景には、政治資金規正法21条の2が制定された経緯、それが事実上機能していないことの背景など様々な問題があり、実際に、歴代の総理大臣も、同様の商品券配布を行っていた事実が次々と明らかになっているのであるから、それらの点を含めて、幅広く関連する問題を検討する必要がある。

本来、「政治資金の収支の公開」という政治資金規正法の法目的からすると、「非限定説」に立って、「政治資金」を幅広くとらえて、政治資金収支報告書による公開の対象にすることが望ましい。それは、政治家側にも、私的な性格を有するものであっても、「政治活動」に含めることで所得税の納税を免れることができるメリットもあったので、これまで、政治資金の収支の処理は「非限定説」的な考え方に基づいて行われてきた。

しかし、政治資金規正法には、寄附の質的、量的制限など、一部に「禁止」の規定もある。政治資金規正法21条の2は、【前掲拙稿】でも述べたように、1994年の政治改革4法の成立に伴う政治資金規正法の改正で、保有金制度と、政治家個人についての収支報告書の廃止に伴って、極めて低い法定刑で導入された、もともとの「生い立ち」に特異性がある規定であり、その「禁止」の適用対象をどうするのかを、「公開」に関する規定と同様に考えることはできない。

そのような商品券問題の背景となった政治資金規正法の構造の問題も含めて検討を行わなければ、石破首相の商品券問題についての適切な判断も行えないのである。

野党側は、石破首相の政治倫理審査会への出席を求めているが、仮に、政倫審に出席したとしても、石破首相は、従来どおり、10万円の商品券の贈与が世の中の常識からかけ離れていたことについての謝罪を続け、それが政治活動に当たるかどうかについては、「限定説」に立って、「違法ではない」とする主張を述べ続けるだけである。国会の場でそのような議論を続けることにどのような意味があるのか疑問だ。

むしろ、この商品券問題で「違法の指摘」の根拠となっている政治資金規正法21条の2の規定が制定された経緯、「政治資金パーティー裏金問題」を含めて、検察が全く適用しようとせず、機能してこなかったこと、そのために、政治家間の不透明な金銭等のやり取りが事実上野放しになってきたことに目を向け、政治資金規正法の改正にも関連づけた国会論議を行うべきであろう。

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石破首相「商品券問題」、政治資金規正法21条の2をめぐる“真実”~「裏金問題」への波及は不可避

石破茂首相(自民党総裁)が衆議院議員1期生に10万円の商品券を配布した「商品券問題」に関して、厳しい批判の声があがり、国会での追及も続いている。国民が物価高、米価格の高騰などに苦しむ中、首相公邸での会食の「土産」として高額の商品券のやり取りを行うこと自体が国民の感覚とあまりにも乖離しており、清廉なイメージであった石破首相に対する失望と、道義的責任を問う声が高まるのは当然である。

しかし、そもそも、この「商品券の贈与」が問題化したのは、政治資金規正法21条の2第1項(政治家個人の政治活動に関する寄附の禁止)に違反する可能性があるという「政治資金規正法違反の疑い」が根拠になっている。

それに対して、石破首相は、

「商品券は、議員の家族への慰労のための個人的なものであり、政治活動に関するものではない」

と説明しているが、首相公邸で官房長官等も同席して国会議員を招いて行った食事会の土産が「政治活動ではない」という説明には合理性がない、ということで、ここまで問題が大きくなっているのである。

従来、政治活動が広くとらえられ、それに関する収支が広範囲に課税の対象外とされてきたことに照らしても、今回の首相公邸での食事会に伴う「商品券の贈与」が政治活動ではない、という説明は通らないであろう。

「政治家個人宛寄附禁止」は“政治資金パーティー裏金”にこそ適用すべきだった

しかし、そもそも、今回の問題での石破首相への批判の発端になった「政治資金規正法21条の2」が、いったい、どういう規定なのか、どのような経緯で設けられ、どのように運用されてきたか、などは全て無視されているように思える。

とりわけ重要なことは、一昨年末から自民党を直撃し、派閥の解散、岸田首相の退陣、石破首相の誕生、衆院選での自民党惨敗による少数与党転落の原因となった「政治資金パーティー裏金問題」で、本来、「裏金議員」に対して適用されるべきだった政治資金規正法の規定が、この「21条の2」であった。

派閥政治資金パーティーの還流金の「裏金」は、「収支報告書に記載しない金として供与されたもの」なので、政治団体ではなく、政治家個人宛寄附と捉え、「21条の2」の規定を適用する方向で捜査するべきだった。そうすれば、政治家個人に帰属したことを前提に、雑所得としての所得税の課税も可能だった。検察が、その規定を適用せず、「無理筋」の資金管理団体、政党支部の「収支報告書虚偽記入罪」に問うという誤った方向の捜査を行い、政治団体への寄附であったとして収支報告書の訂正をすることで済ませてしまったために、「裏金議員」の処罰は、現時点では、谷川弥一元衆院議員の略式罰金のみにとどまり、虚偽記入罪で起訴された池田・大野議員も、公判の見通しすら立っていない。

「裏金議員」は、処罰を免れただけでなく、本来、行うべき所得税の納税すら行わず、それが、国民の激しい怒りを買うことになった。

この裏金事件を含め、検察が、政治家個人宛寄附を禁止する「21条の2」の規定を適用した事例は、皆無なのである。まさに、典型例であった「政治資金パーティー裏金問題」でも検察が適用しようとしなかったことからも明らかなように、この規定は、事実上「死文化」している。

この問題は、私の検察での捜査経験に基づき、Yahoo!記事や、様々なメディアで繰り返し指摘してきたし、近く公刊する拙著【法が招いた政治不信】でも、詳しく述べている。

西田昌司参議院議員は、

「石破さんはそういうことを一番言ってきたタイプの人だ。なぜこういうことになっているのか」

と苦言を呈した上、

「予算を通したら、もう使命を果たしたのだから、退陣されるのが正解だ」

と述べたとされているが(3.14付け毎日)、安倍派の政治資金パーティー裏金問題で411万円の還流金を認めている議員の発言とは思えない。「裏金議員」として、本来「21条の2」違反の刑事責任を問われる可能性があったことを認識すべきであろう(西田議員には、【上記拙著】を謹呈し、是非お読み頂きたいと考えている。)。

しかも、政治資金パーティー裏金問題での、「政治家個人宛の寄附」違反の問題は、決して、「解決済み」の問題ではない。

丸川珠代元参議院議員に対する私と上脇博之神戸学院大学教授の告発事実が、まさに、この政治家個人宛寄附禁止違反である。検察は、「嫌疑なし」として不起訴にしたが、10月に行った検察審査会への申立の審査が継続しており、近く議決が出る見込みだ。

裏金問題で、収支報告書虚偽記入で起訴された池田元衆院議員・大野参議院議員の公判の見通しも全く報じられておらず、この公判でも、本来は、「政治家個人宛寄附」違反で処罰すべき事案であったことが表面化する可能性もある。

また、今年1月、東京都議会の自民党会派で政治団体の「都議会自民党」が政治資金パーティー収入など計約3500万円を会派の政治資金収支報告書に記載しなかったとして、会派の経理担当職員が政治資金規正法違反(虚偽記載)の罪で略式起訴された。このことで、「裏金問題」が、今年6月に都議会議員選挙を控える自民党都議会議員に「飛び火」しており、ここでも、検察の従来の処理方針どおりに、ノルマ超の売上の還流金は、「政党支部宛の寄附」だったとして処理されようとしている。

ところが、都議会議員の場合、秘書の数も議員によって異なり、事務所による政治資金の収支管理がどの程度行われていたのかも不明で、政治団体側からは「自由に使ってよい金」と説明されていたとされている。柴崎幹男都議の収支報告書訂正をめぐる混乱もあって、「政党支部宛の寄附」で押し通すことはますます困難になっている。(【都議「裏金」収支報告書訂正は“所得税逃れの虚偽記入”、「都議会自民党」は一層窮地に!】)。

商品券問題は「政治活動」かどうかという単純な問題ではない

石破首相への追及は、商品券贈与が「政治活動」であれば、「政治資金規正法違反で一発アウト」という前提で行われているが、この問題は、そのような単純な問題ではない。

直近の「政治資金パーティー裏金問題」での検察の捜査処分からも明らかなように、政治資金規正法21条の2の政治家個人宛寄附禁止規定は全く機能していない。そのため、実際には、政治家間の不透明な金銭等のやり取りが事実上野放しになってきたのである。そういう現実を、今回議論する上で、念頭に置く必要がある。

要するに、石破首相の「商品券問題」は、「政治活動」に該当するかどうか、だけが問題なのではなく、そのような政治活動に当たるかどうかが曖昧な資金のやり取りを含め、政治家個人の間の不透明な金銭等のやり取りに対して、政治資金規正法が全く機能していないことに重大な問題があるのである。

そのためには、「21条の2」の規定が設置された経緯も含め、政治資金規正法の歴史的経緯に遡る必要がある(【前掲拙著】第6章)。

「政治家個人宛寄附」をめぐる政治資金規正法改正の経緯

1970年代、ロッキード事件、ダグラス・グラマン事件等を受けて、政治倫理の確立が当時の大平内閣の重要な政治課題になり、民間有識者及び関係閣僚からなる首相諮問機関「航空機疑惑問題等防止対策に関する協議会」が設置された。同協議会は、「政治家個人の政治資金の明朗化」を提言、1980年に政治資金規正法改正法が成立、政治家個人の政治資金の公開のための「指定団体制度」「保有金制度」等が導入された。

しかし、1980年代末、リクルート事件等で「政治とカネ」の問題への批判が高まり、自民党は政権を失い、1994年、細川内閣の連立与党と自民党の合意で「政治改革四法」が成立、選挙制度改革・政党助成制度の導入に伴い政治資金規正法の大幅改正が行われた。企業・団体からの寄附の対象が政党(政党支部を含む)と、政治家個人が政治資金の拠出を受けるべき政治団体としての「資金管理団体」に限定(当初は、資金管理団体にも企業・団体からの寄附が年間50万円まで認められていたが、2000年以降は禁止)され、保有金制度は廃止された。

この政治改革4法の成立の際の政治資金規正法改正により、抜け穴が多くて実効性がないとされていた「保有金制度」が廃止されて政治家個人に対する政治資金の寄附が禁止され、政治家個人の政治資金収支報告書の作成提出義務もなくなった。政治資金規正法21条の2は、それに伴って規定されたものである。

つまり、1994年改正以前であれば、今回のような政治家個人に対する寄附は、保有金として政治資金収支報告書に記載することで合法とされていたが、同改正で、一律に違法とされるとともに、政治家個人の収支報告書への記載義務がなくなったのである。

1994年改正で、なぜ、政治家個人宛の寄附が禁止されたのか。その目的は、政治家個人の政治資金の収支は、資金管理団体に一元化し、政治家の私的収支と政治資金とを切り離すことによって、政治資金を透明化することにあった。

しかし、そのような意図に反し、政治家個人が代表を務める政党支部が企業団体献金の受け皿として認められ、また、国会議員関係団体への寄附の税制優遇が認められたこともあって、国会議員個人をめぐる政治資金の処理は一層複雑化し、どこに帰属するのか不明な政治資金を処罰することは困難となった。

そのために、政治家個人が現金等を直接「裏金」として受け取った場合、どの政治団体、政党支部に帰属するものであるかが特定できないので、政治資金収支報告書の虚偽記入罪等による処罰が困難だという、私がかねてから指摘してきた「政治資金の大穴」問題が生じた。それが典型的に表れたのが、政治資金パーティー裏金問題なのである。

1994年改正で導入された「21条の2」の政治家個人宛寄附禁止規定は、政治資金収支報告書の記載義務に関する違反のように「会計責任者」が義務主体になるのではなく、「政治家個人宛の寄附」と認識して供与した者、受領した者は、「何人も」処罰の対象となる。そのため、政治資金パーティーの還流金も、政治家本人だけでなく、秘書が「政治家個人宛」の寄附と認識して受領すれば、罰則が適用される。そして、この規定で処罰された「違法寄附」は全額没収となり、国庫に帰属する。この規定を積極的に適用していれば、「政治資金規正法の大穴」も相当程度塞ぐことができたはずだ。

しかし、検察当局は、これまで、政治家個人宛寄附禁止規定の適用は検討すらほとんど行ってこなかった。「21条の2」の罰則が「1年以下の禁錮・50万円以下の罰金」であり、収支報告書虚偽記入罪の「5年以下の禁錮・100万円以下の罰金」と比較して著しく軽いということが、適用を阻害する要因になっているように思える。

各年の政治資金収支報告書が翌年11月に公表され、実際に、発生した政治資金の収支が公開されるまでの期間が平均で1年半程度、年初のものであれば2年近くかかる現行制度の下では、今回の「政治資金パーティー裏金問題」のように、公表された政治資金収支報告書の記載に基づいて問題が指摘され、それが刑事事件に発展して、最終的に裏金の存在が明らかになり、「政治家個人宛寄附の禁止」違反が発覚した場合、その時点でかなりの部分が公訴時効が完成している。そのため、裏金として立件できる金額が限られることになる。

しかし、実際に刑事立件できる金額だけではなく、それに伴って、違法な寄附が没収され国庫に帰属すること、処罰されなくても、所得税の課税が可能であることなども考慮すべきだ。「政治資金パーティー裏金問題」でも、この規定は積極的に活用すべきだった。それを検討すらしなかったのは、検察当局の怠慢と言わざるを得ない。

憲法75条の規定により「総理大臣は在職中、訴追されない」

今回、この商品券問題に関して、「総理大臣の犯罪」として、政治家個人宛の寄附を禁止する「21条の2」違反が問題になり、既に、市民団体による石破首相を被告発人とする告発が行われている。このような状況において、石破首相は、どのような対応を行っていくべきか。 

これに関して、見過ごされているのが、憲法75条との関係だ。同条で、

「国務大臣は、その在任中、内閣総理大臣の同意がなければ、訴追されない。」

とされており、総理大臣が自らの訴追に同意することは考えられないので、在任している限り、総理大臣が訴追を受けることは事実上あり得ない。逆に言えば、仮に、その事件で訴追を受けるべきということであれば、潔く辞任すべきというのが、「法と正義」に則った対応ということになる。

商品券問題発覚以降、石破首相は、「政治活動ではない」の一点張りで、刑事責任を否定している。しかし、権力の座にある者として、自らの疑惑に対して、その当事者本人が責任を否定するだけでは、適切な対応とは言えない。特に、総理大臣の刑事責任の問題は、「在任中の訴追の可能性」が事実上ないのであるから、「本来、訴追されるべき事案か否か」については、客観的、第三者的視点からの検討が行われ、総理大臣として、それを踏まえて判断する姿勢で臨むべきである。

この点については、兵庫県の斎藤元彦知事の対応を「他山の石」とすべきであろう。

自分自身のパワハラ問題、パレード協賛金問題などの告発文書に対して、告発者捜しの調査を行って、知事会見で「嘘八百」などと言って告発者を非難し、懲戒処分を行い、それにより、告発者が自ら命を絶ち、それをめぐって県議会での対立が生じた。

兵庫県の斎藤元彦知事の問題も、自分自身についての疑惑に対して客観的、第三者的な判断を仰ごうとせず、自ら「問題ない」と決めつけたことに、そもそもの問題があった。そのような斎藤知事の姿勢が、兵庫県民のみならず多くの国民からの批判につながり、斎藤氏の岩盤支持者との間の対立の激化、立花孝志氏の介入もあって、今なお県政の混乱が続いている。

石破首相は、総理大臣としての責任において、今回の商品券問題について政治資金規正法違反の成否について、国民の納得が得られるような客観的な検討を行うべきである。そのために、専門家、実務経験者等による第三者機関を設置し、商品券問題の背景にある政治資金規正法をめぐる構造的な問題、政治家個人をめぐる政治資金の不透明性、課税の不徹底を招いてきた「政治活動」の範囲の曖昧さなどについても検討した上、それを踏まえて、自身の商品券問題についての刑事責任の有無・程度について判断するのが、総理大臣として行うべき対応ではなかろうか。そこでは、21条の2の「政治家個人宛寄附禁止違反」が問題となる直近の事例である政治資金パーティー裏金問題との関係も当然に検討の対象となろう。

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都議「裏金」収支報告書訂正は“所得税逃れの虚偽記入”、「都議会自民党」は一層窮地に!

「自民党派閥政治資金パーティー裏金問題」に政治が大きく揺れた2024年が終わり、年が明けた早々、東京都議会の自民党会派で、政治団体の「都議会自民党」が政治資金パーティー収入など計約3500万円を会派の政治資金収支報告書に記載しなかったとして、会派の経理担当職員が政治資金規正法違反(虚偽記載)の罪で略式起訴されたことで、「裏金問題」が、今年6月に都議会議員選挙を控える自民党都議会議員に「飛び火」したことが明らかになった。

【都議会自民党「裏金問題」、所得税納税をうやむやにしてはならない!】でも述べたように、国会議員の場合は、公設秘書、私設秘書等が複数いて事務所で政治資金の会計処理が行われているので、派閥から「還付金」「留保金」として供与された金銭を、政治資金として管理していたとして(実際に、そうであったかどうかは別として)、その金銭は「政治資金」であったと説明することは一応可能だが、都議会議員の場合、秘書の数も議員によって異なり、事務所による政治資金の収支管理がどの程度行われていたのかも不明であり、政治団体側からは「自由に使ってよい金」と説明されていたとされており、派閥から都議への「政治資金の寄附」というより、パーティー券販売に応じた報酬の性格が強かったと考えられる。しかも、安倍派の政治資金パーティーのように、いったん派閥に納入した上で国会議員側に「還流」していたのではなく、すべて都議側が留保していたもので、実際に、都議個人が、政治資金パーティー券の売上の一部を個人の金と混同させていた場合が多かったと考えられる。このような資金の性格から考えて、個人所得に当たることは明白であり、納税をするのが当然だ。

会派の経理担当者の略式起訴以降、所属都議の方が、裏金についてどのような処理を行うのか注目していたが、政治資金パーティーで得た裏金の所得税の納税を行わないどころか、政党支部に入った政治資金であるように、政党支部の収支報告書を訂正し、所得税を免れようとしていたことが明らかになった。

2025年3月2日付け「しんぶん赤旗日曜版」が、「柴崎都議 取材後コッソリ削除」と題して、都議会自民党の裏金事件を受け、政治資金収支報告書を訂正した柴崎幹男都議の訂正が虚偽である疑いを報じた。これを受け、上脇博之教授は、3月3日に、柴崎氏のほか、都議会自民党の幹事長らを、政治資金規正法で東京地検に告発した。

都議会自民党の発表によると、柴崎氏は、2019年に131万円、22年に110万円の計241万円を、都議会自民党の政治資金パーティーでの売上の一部を手元に留保する「中抜き」の方法によって取得し、それについて、政治資金収支報告書には全く記載していなかった。

それを、柴崎氏が代表の「自民党東京都練馬区第11支部」(以下、「練馬区11支部」)では、1月23日付で収支報告書(22年分)を訂正し、都議会自民党から練馬区11支部に110万円の寄付があったと収入に追記し、その全額を、領収書の提出が不要な「経常経費」として使い切ったと訂正していた。

経常経費の内訳は、人件費が71万4000円、備品・消耗品費が8万7264円、事務所費が29万8736円。これらを足し合わせると、22年の裏金額110万円と完全に一致する。

そのような支出の記載について、しんぶん赤旗編集部から質問書の送付を受けた柴崎氏は、2月12日付で、収支報告書(21~23年分)を再び訂正。22年分の再訂正では、計110万円を支出したとする1月23日の訂正を削除し、23年分の収支報告書で、裏金の全額241万円を翌24年に繰り越す処理をしていた。裏金分を「経常経費」として使い切ったと「訂正」したはずが、その訂正自体を「削除」し、実際は1円も使わずに保管していたと再訂正したものである。まさに、「語るに落ちた」と言うほかない。

柴崎氏は、「中抜き」で得ていた裏金を、すべて個人の懐に入れていたのに、都議会自民党の政治資金パーティーの裏金問題が露見したことから、練馬区11支部への寄附として受け取って、経常経費として支出したように虚偽の訂正をし、質問状を受けて合理的な説明ができないことから、再訂正して全額翌年度に繰り越していたように説明した。余りに不自然不合理な柴崎氏の訂正の経過は、柴崎氏が得ていた裏金が政治家個人宛であったのに、それを隠そうとして、一連の虚偽の訂正を行ったとしか考えられない。

上脇氏の告発状では、政治家個人宛の違法寄附にも該当するとされている。

確かに、「政治活動に関する寄附」であるとすれば、政治家である柴崎都議個人に宛てた寄附であることは明らかだ。しかし、果たして「中抜き」で得ていた裏金が、本当に政治資金に関する寄附であったのかどうかも疑わしい。「中抜き」で入ってきた裏金をすべて個人の懐に入れていたのであれば、むしろ、「政治家個人宛寄附」ですらなく、単なるパーティー券販売の謝礼であった可能性もある。

この場合は、「政治家個人宛の違法寄附」の問題は生じないが、柴崎氏の個人所得ということになり、所得税の申告をして納税する義務がある。それを、練馬区11支部への寄附として受け取って、経常経費として支出したように同支部の収支報告書を訂正したのは、収支報告書の虚偽記入の政治資金規正法違反に当たる。

元参議院議員の丸川珠代氏が安倍派から受け取った裏金の問題と同様に、所得税の課税逃れのための悪質な政治資金収支報告書虚偽記入罪の事案として、処罰を免れる余地はない。

上脇氏は、「都議会自由民主党」が寄附した相手方は“柴崎幹男個人”であり、131万円(2019年)及び110万円(2022年)はそれぞれ全額またはその一部を、同人の所得として確定申告する必要があるのではないかとして、刑事告発と併せて、管轄の練馬西税務署に情報提供も行っている。

このような柴崎氏の収支報告書の訂正と符合する政治団体都議会自民党の収支報告書の訂正が行われているのであるから、他の都議会自民党の都議も同様の方法で訂正を行った可能性が高い。実際には、裏金が個人の懐に入っていたのに、それを政党支部宛の寄附であったように収支報告書の虚偽の訂正をして、所得税の修正申告も行わないで済まそうとしているとすれば、そのような「都議による悪質な所得税逃れ」は、東京都民にとって、到底許されるものではない。

今年6月の都議会議員選挙において、自民党が、昨年の衆議院議員選挙以上の大逆風を受けることは確実だ。

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