日産の前会長カルロス・ゴーン氏について、東京地裁は、25日、保釈を認める決定を出した。4月23日に、ヤフーニュースの記事【“ゴーン氏再保釈”の可能性が高いと考える理由】で、再保釈の可能性が高いと述べたが、そこでも書いたように、検察は準抗告するだろうが、今回の事件に関する勾留・保釈等の決定に対する準抗告は、ゴーン氏、検察への有利不利を問わず、すべて棄却されており、裁判所が、当初の決定が、準抗告で覆ることがないよう慎重に行われていることが窺えるので、今回の起訴後の接見禁止の却下に対する準抗告も認められる可能性は低い。
同記事でも書いたように、オマーン・ルートでの再逮捕後の勾留については、「罪証隠滅のおそれ」がないとして「勾留却下」を求める弁護側の準抗告、特別抗告が退けられている。しかし、そもそも「勾留却下」には「保釈」のような罪証隠滅を防止するための条件を付けられないため、裁判所としては、勾留するか、無条件に釈放するかの選択肢しかない。勾留が認められたからと言って、保釈の可否の判断で「罪証隠滅のおそれ」が認められることにストレートに結びつくわけではない。今回の保釈請求も、前回の保釈と同様の条件を付けた上で許可される可能性が相当高いと考えていた。
もし、今回、保釈請求が却下されるとすれば、オマーン・ルートの証拠構造が、サウジアラビア・ルートとは異なっていて、前回の保釈条件と同様の方法では「罪証隠滅のおそれ」が否定できない場合である。特に、オマーンの販売代理店(SBA)を通じて、ゴーン氏側への「還流」したとされた資金が、ゴーン氏の夫人や息子が経営する会社に流れたなどと、検察リークによると思える「有罪視報道」が、新聞、テレビ等で繰り返されていたが、仮に、それらの報道のとおりだとすると、ゴーン氏と同居するキャロル夫人などの近親者に関して「罪証隠滅のおそれ」があり、保釈が認められないということになったはずだ。
逆に言えば、今回、ゴーン氏の保釈が許可されたということは、そのような検察リーク報道の信ぴょう性は、極めて怪しいということだ。
【ゴーン氏「オマーン・ルート」特別背任に“重大な疑問”】でも述べたように、今回のオマーン・ルートでのゴーン氏の「4回目の逮捕」と捜索押収も、常軌を逸した「無法捜査」だった。また、これまでの捜査の経緯と、経営者の特別背任罪の立証のハードルの高さから考えると、有罪判決の見込みには、重大な疑問がある。逮捕は、検察が、追い込まれた末の「暴発」であった可能性が高い。
検察は、ここまで、無理筋の事件による4回もの逮捕を繰り返し、「人質司法」に頼り、何とかしてゴーン氏を自白に追い込み、無罪主張を封じようとしてきた。ところが、オマーン・ルートという「最後のカード」を切り、それについても、保釈が許可されてしまうと、もう切るカードがない。ようやく、刑事公判での対等の戦いが始まることになる。
検察リークによる「有罪視報道」を繰り返してきたマスコミも、この辺りで少しは反省し、これまでの捜査の過程で「混乱と迷走」を繰り返してきた検察の内情を取材・報道することにも目を向けるべきだろう。
不当に不起訴になった案件の監視は検察審査会が担っているが、逆に検察の暴走を抑制するシステムはないのだろうか。検察内の監査部門が機能していれば、抑制が効くのか知れないが、今回のような国策操作では機能しそうにない。
国会議員による国政調査権もその一つなのだろうが、検察に睨まれることを忌み嫌う野党が検察に切り込めるのだろうか。
最後の砦は裁判所なのだろうが、これも拘留延期の却下、あるいは裁判における審判という形になるのでその効果は限定的だと思う。
我が国では、敗戦後にあっても、大本営発表に携わったマスゴミは反省も無く、今日まで時の政権と官公庁等の附属機関化した様を晒して来ました。
中でも刑事事件では、警察・検察の捜査経過をそのまま垂れ流し、逮捕と同時に有罪視した報道を恥じることも無く、未だにマスゴミの体質になってしまっています。
しかしながら、今回の事件では、W・S ジャーナル曰くの「不思議の国のカルロス・ゴーン」が世界にその実相を知らしめる結果になりました。 即ち、敗戦後に制定された日本国憲法の下でも、刑事手続の実質は、未だに大日本帝国憲法の下にある、と。
国民は、眼を覚ます時にあっても、未だに眼を覚まさず、大本営発表を継続するマスゴミに騙され続け、世界から嘲笑を浴びるのでしょうか。 折角、この不思議の国の実情を告発してくれている生贄が居るにも拘わらず。
成そうとしていることが正義(?)巨悪成敗凶悪成敗であれば、何をしても民意は離れないという現実があり悩ましい。法の使い方のイロハというか……国民の中に合意があると思いますか?無いあるいは不足ならどうすべきかを郷原先生にお伺いしたいです。