河井前法相現金供与事件の真相は、「安倍政権継承」新総裁にとって重大なリスク

8月28日の記事【“崖っぷち”河井前法相「逆転の一打」と“安倍首相の体調”の微妙な関係】で、河井克行前法相、案里参議院議員の公選法違反事件の初公判での検察側、弁護側の冒頭陳述等に基づき、安倍首相が厳しい選挙情勢を認識し、参院選に向けての党勢拡大、案里氏支持拡大のための政治活動の資金を県政界有力者に提供することを了承していた可能性があることを指摘し、その事実が、河井夫妻公判で表面化する恐れがあることが安倍首相の体調悪化の大きな原因になっている可能性を指摘した。

同日夕刻、安倍首相は、持病の再発を理由に首相辞任を表明し、世の中の関心は、次の首相を事実上決めることになる自民党総裁選挙の行方に集中している。今回の総裁選は、党員投票は行わず、国会議員票と都道府県代表票で行うことが決定され、9月8日公示、14日投開票で実施されることが決まっているが、自民党主要派閥が相次いで菅義偉氏支持を表明し、菅氏が新総裁に選出されることは確実な情勢となっている。

しかし、ここで忘れてはならないのは、克行氏と菅氏が深い関係にあることだ。2012年9月の自民党総裁選では、克行氏が事務局長、菅氏が顧問を務める「きさらぎ会」の活動が安倍氏勝利に貢献した。2018年1月には、克行氏が中心となって、菅氏を囲む勉強会「向日葵(ひまわり)会」を立ち上げ、19年7月の参院選当選後に、案里氏にも同会に入会させた。同年9月、克行氏が法務大臣として入閣した際も、菅氏の推薦によるものと言われていた。

第二次安倍政権において、菅氏は官房長官、岸田氏は外務大臣・自民党政調会長として、共に安倍政権を支えてきた重鎮だが、二人の間では、2018年秋頃から、ポスト安倍における権力の争奪が生じていた。

2019年参院選広島選挙区で案里氏が当選し、岸田文雄氏の派閥の重鎮の溝手氏が落選したことは、安倍氏が総裁・首相の座を「禅譲」したい意向だったとされていた岸田氏にとって大打撃となった。それは、今回の自民党総裁選挙で、菅氏が圧倒的に優勢になっていることの伏線の一つと言える。

克行氏が、県政界有力者に対して多額の現金供与を行い、それが刑事事件に発展した背景には、安倍首相の溝手氏への個人的な感情とともに、菅氏と岸田氏の安倍首相の後継をめぐる対立もあったと考えられるが、今後の河井夫妻事件の公判の展開如何では、克行氏が、これらの背景も含めて「事件の真相」を供述せざるを得ない状況に追い込まれる可能性もある。

そういう意味では、今、東京地裁で行われている河井夫妻事件公判は、菅氏優位は動かないとされる自民党総裁選と早期の解散総選挙も取り沙汰されるその後の政局にとって、最大の「攪乱要因」だと言えよう。

案里氏が広島選挙区自民党2人目として参議院選に出馬した経緯

今回の河井夫妻の公選法違反事件というのは、現職の国会議員自身が、参議院選挙で当選を得るため、広島県の議員・首長等の政界有力者等に、直接、多額の現金を配布したという、大胆不敵で露骨な行為が行われたとされる事件である。

なぜ、このような「国会議員自身が」「現金を」配布する行為に及んだのか、そこには、この案里氏の出馬をめぐる「特殊な状況」がある。

自民党本部では、2018年11月頃から、19年7月の参議院選挙で広島選挙区に2議席独占をめざして2人目の候補を擁立しようとする動きを本格化させた。11月28日、自民党の甘利明選対委員長は、党本部で広島県連会長の宮沢洋一元経済産業相と会談し、「何とか2人目の擁立をお願いしたい」と要請した。

同様の参議院2人区は、広島の他に、茨城、京都、静岡があったが、このうち、前回選挙まで自民党と野党が1議席を分け合い、自民党が、野党候補にダブルスコアで圧勝し、共倒れの恐れもないという点で共通しているのが広島と茨城だった。この頃、自民党本部が、広島、茨城の両選挙区で2人目の候補擁立を模索しているかのような報道もあったが、実際には、茨城選挙区では、2人目の候補者の擁立の動きが現実化することはなく、党本部は、2人区での2人目の候補擁立を強く求めていたのは、広島選挙区だけだった。

これに対して、自民党広島県連側は、98年参院選で亀井郁夫氏と奥原信也氏の2人が立候補し、県連の組織が分裂し、大きな禍根を残したことなどもあり、2人目の擁立には強く反対していた。

2019年2月19日、甘利選対委員長は、自民党の岸田文雄政調会長と国会内で会談し、同年夏の参院選広島県選挙区に向けて現職の溝手氏のほか2人目を擁立することについて理解を求めた。この際、広島県選挙区の2人目の候補者として薬師寺道代参議院議員、広島県議会議員の河井案里氏の名前が挙がったが、その後、愛知2区を地盤とする田畑毅衆議院議員が準強制性交容疑で刑事告訴され、3月1日に衆議院議員を辞職したため、薬師寺氏は田畑氏の後任を狙うこととなった。3月2日、自民党は河井を擁立する方針を固め、同年3月12日、案里氏が、参議院選挙の広島選挙区の自民党公認候補としての立候補を表明し、20日に出馬の記者会見を行った。案里氏は、県議を辞めてミラノにファッションの勉強をしに行こうと思っていたとも報じられている。案里氏側は、もともと参議院選に立候補の意思はなく、自民党本部からの要請で、克行氏がこれに応じたという経過だったようだ。

自民党県連応援拒絶で厳しい選挙情勢

案里氏は、2019年参院選の広島選挙区の2人目の自民党公認候補として出馬表明したのであるが、常識的には、この出馬はかなり無謀なものであった。

安佐南区選出の広島県議会議員だった案里氏が2015年の県議会議員選挙で獲得した票数が2万700票余り、その安佐南区を含む衆議院広島3区選出だった克行氏が前の選挙で得た票が約8万票であり、参議院広島選挙区での当選のために最低でも必要となる25万票程度の票には遠く及ばなかった。

しかし、広島県連は、溝手氏支持で一本化されており、案里氏を一切応援しない方針を明らかにしていたため、広島県内の自民党系政治家の支援を得ることは困難だった。

このような状況に関して、克行氏の弁護人冒頭陳述では、以下のように述べている。

通常、広島県連では、参議院議員選挙が近づくと、衆参国会議員が立候補予定者あるいは候補者のもとに、数名の秘書を派遣して、党勢拡大活動や地盤培養活動などの政治活動の支援をし、選挙運動期間中には選挙運動の応援等をしていた。また、県連の要請により、広島県連職員、各種支持団体の関係者なども派遣されて同様の活動を行っていた。

これに対し、案里については、公認が大幅に遅れたため、周知のための政治活動期間・立候補のための準備期間が明らかに不足していたが、広島県連からの上記のような人的な支援が得られなかったことから、後援会の設立や組織作り、後援会員の加入勧誘、政党支部の事務所立上げなどの政治活動や選挙運動に従事することとなる人員確保など体制作り自体に苦労する状況にあり、必然、県議、衆議院議員として長い政治家としてのキャリアを有する被告人が、その人脈を頼って、それら案里のための活動を行わざるを得なかった。

そして、それに続いて、

公認を受けた候補者は、選挙区に該当する支部を割り当てられ、党勢拡大・地盤培養等の政治活動を行うとともに、政党支部事務所を立ち上げて、後援会活動を行うなどして、その存在と人柄を周知し、自らの信条・政見を浸透させていくものであるところ、平成31年3月以降、被告人及び案里らが行ってきた諸活動は、正にこうした政治活動にほかならない。

と述べている。

つまり、参議院広島選挙区の自民党公認候補なのに自民党広島県連の組織の応援が全く得られないという「特殊な状況」にあったことから、県議、衆議院議員として長い政治家としてのキャリアを有する克行氏が、その人脈を頼って案里氏の支持拡大ための「諸活動」を行うにも、大きな制約があったのである。

克行氏の行為について、国政選挙に際して「国会議員自身」が「現金」を供与したことが、「あり得ない行為」と批判されているが、それは、上記のような「特殊な状況」にあったからであり、資金の性格は、一般的な自民党公認候補の選挙の場合と異なるところはないというのが、克行氏の弁護人の主張なのである。

では、なぜ、そのような厳しい情勢であったのに、克行氏が、妻の案里氏を2人目の自民党公認候補として出馬させることを決意したのか。なぜ、国会議員自身が現金を配布して回るという露骨な行為に及んだのか。

その背景として考えられるのは、それぞれ、2人目の候補に出馬させ、当選させることで、現職の溝手氏に対抗馬を立て、できれば落選させようとする動機があった安倍氏と菅氏が、克行氏に、案里氏の出馬を要請したことが推測される。

安倍晋三氏と溝手顕正氏との確執

まず、安倍氏にとっての動機である。

第一次安倍政権下の2007年7月の参院選で、安倍首相率いる自民党は小沢民主党に惨敗した。当時防災担当大臣だった溝手顕正氏は会見で、続投の意向の安倍首相について、「首相本人の責任はある。本人が言うのは勝手だが、決まっていない」と痛烈に批判した。その後の9月に、安倍氏は、突然、首相を辞任する「政権投げ出し」に至る。

そして、2009年9月の総選挙で自民党は民主党に惨敗、民主党政権発足後の、2010年、溝手氏は、参議院自民党幹事長に就任した。

2012年2月、溝手氏は、記者会見で、消費税増税関連法案への賛成と引き換えに衆院選を迫る「話し合い解散」に言及した安倍晋三元首相に関し「もう過去の人だ。主導権を取ろうと発言したのだろうが、執行部の中にそういう話はない」と述べた。

安倍氏は、同年9月の総裁選挙で、自民党総裁に就任し、同年11月の総選挙で自民党が圧勝し、第二次安倍政権が発足したが、上記のような経緯から、安倍氏は、溝手氏に、強い恨みを持っていたとされている。

定員2の広島地方区の選出では、自民党1、野党1で議席を分け合う展開が続いており、2013年7月の参議院選挙でも、溝手氏の当選は確実とみられていた。安倍氏は、その広島地方区に、2人目の候補を立てることを、当時の自民党幹事長の石破茂氏に提案したが、石破氏の反対で断念した。5期目の当選を果たした溝手氏は、自由民主党参院議員会長に選出されたが、選挙後の参議院議長就任が有力視されていた2016年7月の参議院選の直前に、失言問題などを理由に会長を更迭され、同年8月、3期目の伊達忠一が参議院議長に就任した。

2019年7月の参議院選挙で、溝手氏が6期目の当選を果たせば、伊達氏の後任の参議院議長就任は確実とみられていた。その時点では当選7回の山東昭子氏が最多だったが、山東氏は比例区選出で、「比例区の70歳定年制」の関係で公認困難とみられていたのが、同選挙で定年制が棚上げされて山東氏も公認されたもので、溝手氏が当選すれば、山東氏が参議院議長に就任することはなかった。

参議院議長は、内閣総理大臣にとって「同格」とも言える地位であり、積年の恨みのある溝手氏が、参議院議長に就任することは耐え難いことであり、何としても阻止したかったものと思われる。

菅義偉氏と岸田文雄氏との確執

次に、菅氏にとっての動機である。

菅氏は、第2次安倍政権の官房長官を務めたが、安倍首相の後継候補としては、岸田氏が筆頭と目されていた。2018年9月の総裁選挙でも、岸田派内では岸田氏に出馬を求める声も強かったが、それを抑えて、出馬を断念したのも、安倍退陣後の後継指名を狙ったものとされていた。一方の菅氏は、2019年4月1日、官邸での記者会見で、「新しい元号は『令和』であります」と発表したことで、「令和おじさん」として注目され、5月上旬には、官房長官としては異例の訪米を行い、アメリカ政府首脳と会談したことで、安倍後継候補の一人として注目されるに至った。この頃から、岸田氏と菅氏の対立が取り沙汰されるようになった。

2019年7月の参議院選挙で、案里氏が広島選挙区の2人目の候補として出馬表明をし、選挙に向けての活動を開始したのが、ちょうど同じ時期であり、現職の溝手氏が、岸田派の重鎮、案里氏の夫の克行氏が、前記のとおり、「きさらぎ会」を通じて菅氏と関係が深いことから、この選挙戦は、菅官房長官VS岸田政調会長の「代理戦争」とも言われ、その結果、案里氏が当選し、溝手氏が落選したことで、岸田氏はポスト安倍の争いで大きく後退したと言われた。

そして、同年9月の内閣改造では、克行氏が法務大臣、菅原一秀氏が経産大臣として入閣し、菅氏の政治権力は一層高まったとみられていたが、同年10月に、いずれも週刊文春の記事による疑惑追及によって大臣辞任に追い込まれた。この菅氏と親しい大臣の連続辞任の背景には、岸田氏と開成高校の同窓の北村滋氏の暗躍があったなどとの憶測もあった。

そして、この菅氏と岸田氏の安倍後継をめぐる争いは、安倍首相辞任表明の後、二階自民党幹事長が、いち早く「菅支持」を打ち出し、安倍首相が岸田氏への後継指名をしなかったことから、総裁選では菅氏優位は動かない情勢となっている。

案里氏当選をめざすために何が必要だったのか

安倍氏には、溝手氏に対する積年の恨みがあり、その溝手氏が、それまでの選挙と同様に、野党と2議席を分け合う楽な選挙で当選し、参議院議長にせざるを得ない事態は何としても避けたかったはずだ。一方の菅氏は、案里氏を出馬させ、岸田派の重鎮の溝手氏を落選させれば、安倍首相後継争いで岸田氏に対する優位を強烈にアピールできる。そういう意味で、安倍・菅両氏には、案里氏を2人目の候補として出馬させて当選させ、溝手氏を落選させようとする十分な動機がある。

県連の応援が一切受けられないという厳しい状況で、克行氏が、妻の案里氏に参院選出馬に応じさせることにしたのは、安倍氏、菅氏からの要請があったからであり、また、そのような厳しい状況において、案里氏をどうやって当選させるのかについて、具体的な方法についても、安倍氏・菅氏それぞれと十分な話合いが行われ、可能な限りの支援の約束が得られ、当選の見込みも十分にあると判断したからこそ、案里氏に出馬させることを決意したはずだ。

では、案里氏が参院選に出馬表明したこの時点で、当選をめざす活動を行っていくことに関して、どのようなことが必要だったのか、実際に、どのようなことが行われたのか、当時の状況を踏まえて考えてみよう。

案里氏が出馬表明した2019年3月の段階で、当選をめざすための実質的な活動として、以下のようなことを行う必要があった。

(1)選挙に向けての政治活動の拠点の設置、案里氏の知名度を高めるためのポスター、パンフレット、チラシ等の印刷配布

(2)克行氏の選挙区である広島3区で、自己の地元支持者の案里氏への支持を確実なものとし、参議院選挙に向けての支持拡大のための集会・会合を開くなどの活動してもらうこと

(3)広島3区以外の県内の議員・首長等の政界有力者に、案里氏への支持・支援を要請すること、県内全域での案里氏の支持拡大のための集会・会合等の政治活動に協力してもらうこと

(4)県内の有力な企業・団体に、案里氏支持・推薦を依頼すること

(5)公示日以降の「直接的選挙運動」のための選挙事務所の設置、選挙運動用の車両の確保、電話等の設置、運動員の雇用

克行氏・案里氏の支持票だけでは、当選に必要な票数とはかけ離れており、広島県連から案里氏の応援が一切受けられないという状況で、当選をめざすためには、上記(1)~(5)は最低限必要であり、これらが実際に行われたからこそ、案里氏が当選できたはずだ。 それに加えて、

(6)自民党と連立を組む公明党の組織票を、案里氏に重点配分してもらうこと

が、当選のために極めて有効だった。前回の参議院選では、公明党支持者が投票する自民党候補者は溝手氏しかいなかった。公明党側で何の指示も行われなければ、公明票の多くは溝手氏に投票したはずだが、マスコミの出口調査では、広島選挙区の公明党支持者の7割以上が案里氏に投票したとの結果が出ており、自民党側から公明党側に案里氏に投票するよう要請が行われたことが推測される。公明党側への案里氏の支援の要請も、極めて重要な意味を持つものであった。

では、案里氏の選挙では、(1)~(6)に関して、どのような問題があったのか。

まず、広島県下全域で(1)~(5)を十分に行うためには多額の費用がかかったはずだ。それをどのようにして賄ったのか。

選挙管理委員会に提出された選挙運動費用収支報告書によれば、公示日以降のこの直接選挙費用だけでの総額は約2689万円である。それより長期間にわたる公示日までの「政治活動」を県全域で行おうと思えば、その数倍の費用がかかったものと考えられる。後に法務大臣に就任した際の克行氏の資産公開では、二人にめぼしい資産はなく、選挙の際に借りたと思われる総額およそ5000万円の借入金があった。

そして、上記のように広島県連の応援が一切受けられないという状況において、(4)の推薦依頼の実行を効果的に行える人的体制の確保という「ヒト」の問題に加えて、(2)(3)の「政治活動」を依頼するための資金を、誰がどのように提供するかという「資金提供の方法」の問題があった。

要するに、(1)~(5)について、多額の資金をどう確保するかという「カネ」の問題、 (4)の推薦依頼の実行を効果的に行える部隊の確保という「ヒト」の問題に加えて、(2)、(3)の「政治活動」の資金を県内の有力政治家に提供するという「資金提供の方法」、という3つの問題を解決する必要があった。

このうち、「カネ」については、自民党本部から十分な選挙資金を提供することになり、溝手氏の選挙資金の10倍の総額1億5000万円が克行氏、案里氏の政党支部に選挙資金として送金された。「ヒト」については、県内の各所に所在する企業・団体を訪問して支持・推薦を呼び掛けるために、安倍首相の秘書4人が広島に選挙応援に派遣され、案里氏への推薦依頼状を持って、県内の企業団体を回った。

残る問題が、党本部から潤沢に提供された選挙資金を活用して、県内の議員・首長等の有力政治家に資金を提供する「資金提供の方法」だった。広島選挙区の自民党公認候補であれば、通常は、広島県連が中心となって、所属の国会議員、地方議員等に支援・応援を呼び掛け、そのための活動資金を、自民党本部から県連を通じて政党支部や資金管理団体というルートで提供する。しかし、県連が案里氏を一切応援しない方針を明らかにしていたため、案里氏の選挙のための資金ではそのルートは使えないということになる。では、どうやって資金を提供するか。「案里支持拡大に向けての政治活動のための資金」という趣旨を認識して受け取ってもらうためには、克行氏自身が直接現金を手渡す以外に方法がなかったのである。それが克行氏本人が多額の現金を配布するという今回の事件につながった。

案里氏選挙への安倍氏の関与

では、安倍氏と菅氏は、このような案里氏の選挙に向けての活動に、実際に、どのように関わったのか。

「首相動静」によれば、安倍氏と克行氏は、案里氏の参院選出馬が決まる前後の2月28日と3月20日、首相官邸で単独で面談している。ここでは、安倍氏の重大な関心事であった案里氏の参議院選立候補のことが話題に出ていないとは考えられない。当選に向けて最低限必要となる(1)~(5)の活動をどのようにして行っていくかについても話し合われたからこそ、1億5000万円の党本部からの選挙資金の提供が行われ、安倍氏の秘書の広島への選挙応援が行われたものと考えられる。

弁護人冒陳に書かれているように、克行氏の議員・首長等への現金供与が「党勢拡大・地盤培養等の政治活動を行うとともに、政党支部事務所を立ち上げて、後援会活動を行うなどして、その存在と人柄を周知し、自らの信条・政見を浸透させていく」ための活動として、行われたのだとすれば、県連の応援が一切受けられない状況においては、「資金提供の方法」として、そのような方法しかとり得なかったことを、安倍氏も認識していたはずである。その上で、何とかして案里氏を当選させることに協力し、1億5000万円の選挙資金を提供し,秘書を選挙応援に行かせていたと考えられる。

案里氏選挙への菅氏の関与

一方、菅氏については、「首相動静」のような情報は公開されておらず、選挙期間中に案里氏の応援のため2回も広島を訪れたこと以外は、案里氏にどのような支援を行い、それについて、克行氏とどのような接触の場があったのか詳細は不明だ。

しかし、当選の決定的な要因となった(6)の公明票の案里氏への重点配分に関しては、現代ビジネス【首相のイスは見えた…菅官房長官がふるう「圧倒的権力」の全貌】によると、菅氏が、昵懇の仲と言われる創価学会佐藤浩副会長に案里氏の支援を要請、佐藤氏は広島の学会及び公明党に、案里氏を支援するよう指示を出したことで、広島での公明票の大部分が案里氏に投じられたとされている。同記事によると、

広島での案里氏支援の見返りに、公明党が苦戦していた兵庫選挙区で、菅氏が、公示前後に3回も神戸入りしたほか、本来は自民党支持である住宅や運輸・港湾関連の業界団体票を公明党に回した。その余波で自民候補は最下位の3位当選。肝を冷やした自民党の兵庫県連内からは、「菅長官は自分の利益のために党を公明党に売り渡した。長官を処分してもらいたいくらいだ」といった菅批判の声が沸き起こった

とされている。

上記の記事のとおり、菅氏が、広島選挙区で公明票を自民候補者の一方の案里氏に重点配分するよう依頼したとすれば、広島県連の応援が一切得られない状況での厳しい選挙中で、上記の(1)~(5)について、どのような活動が行われているかを確認した上で、最終手段として(6)の公明票の支援の要請を行ったはずだ。その点について、克行氏から説明を受けていたはずである。

そうであれば、克行氏自らが、案里氏への支持拡大・地盤培養のための政治活動のための資金供与を行っていることなど、選挙情勢や選挙活動の状況についても十分に認識し、あと一歩で当選が可能になると認識していたからこそ、公明党側への案里氏への投票の依頼を行ったとの推測が合理的に働く。

「公選法違反否定の見解」について「黒川氏見解」が出された可能性

克行氏という当選7回の国会議員が、なぜ、「自ら」直接多額の現金を配布して回るという「大胆不敵」で「露骨」な行動に及んだのかという点について、【“崖っぷち”河井前法相「逆転の一打」と“安倍首相の体調”の微妙な関係】では、急遽、妻の案里氏を参院選の候補として公認したものの、極めて厳しい状況を打開するためには、現金を配布して党勢拡大・地盤培養を図るしかないとの認識を、安倍首相と共有していたからではないか、との推測を述べた。

それに加えて、もう一つ考えられるのは、克行氏の側に、「公示から離れた時期の議員・首長等への現金配布が公選法違反で摘発されることはない」との「法務・検察幹部」の見解を聞かされていた可能性が考えられる。

具体的には「官邸の守護神」と言われ、官房長官の菅氏に様々法律的な助言をしていたとされる黒川弘務氏であれば、菅氏の側に、そのような見解を伝える可能性がある。

これまでの記事でも再三述べてきたように(【河井前法相“本格捜査”で、安倍政権「倒壊」か】など)、公示から離れた時期の克行氏の議員・首長等への資金供与は、現金によるものであっても「地盤培養行為」としての政治活動のための寄附と主張される可能性があるということで、これまでは、公選法違反の摘発の対象とはなって来なかった。仮に、黒川氏が官房長官の菅氏に尋ねられれば、同様の見解を述べた可能性が高い。それが、克行氏に伝わっていたからこそ、相当な自信を持って「大胆」かつ「露骨」な現金配布を行ったのではなかろうか。

克行氏にとっても、検察ナンバー2の東京高検検事長の職にあり、官邸の意向で検事総長就任が予想され、しかも、前任が法務省事務次官で法務省も事実上コントロールできる黒川氏の見解ほど心強いものはなかったはずだ。

そういうことでもなければ、「大胆不敵」「露骨」な克行氏の行動を理解することは困難なのである。

しかし、その後の展開は、克行氏の想定とは全く異なるものとなっていった。

2019年10月案里氏の「車上運動員買収事件」が週刊文春で報じられ、克行氏が法務大臣を辞任した後、同年末に、案里氏の公選法違反事件での捜査が始まり、2020年1月中旬には、克行氏の議員会館事務所も含めて捜索が実施され、克行氏の現金配布も捜査の対象とされていることが明らかとなった。

しかも、その捜査の主体は、広島高検管内の広島地検特別刑事部であり、東京高検検事長の黒川氏は「蚊帳の外」だった。2月初めまでには、稲田検事総長が勇退して、黒川氏が後任の検事総長に就任するというのが官邸の意向だったが、その意向に反し、稲田総長は勇退せず、黒川氏のために「前代未聞の検事長定年延長」という「禁じ手」まで使われた。しかし、そのような政権の検察人事への露骨な介入に対して、世の中からは激しい批判が浴びせられ、それでも、官邸は黒川氏の検事総長就任にこだわっていたが、官邸と対立する検察当局は、克行氏の事件の捜査の手を緩めなかった。そして、黒川氏は、「賭け麻雀問題」が週刊文春に報じられて辞任に追い込まれ、黒川氏が去った東京高検の指揮下で、河井夫妻が公選法違反で逮捕されるに至った。

克行氏が実刑を免れる唯一の手段は公判で「事件の真相」を供述すること

前記記事】でも述べたように、検察側、弁護側の冒頭陳述を比較した限りでは、検察側有利であり、克行氏側の本件現金配布が「投票及び票のとりまとめ」を依頼するものではなく、党勢拡大・案里氏への支持拡大・地盤培養のための政治活動の寄附だったという弁解が認められる可能性は低い。弁護人冒陳での主張は、広島での選挙における一般論に過ぎず、それを裏付ける事実がない。そして、克行氏の起訴事実の大部分が有罪となれば、買収金額から言っても、実刑となる可能性が高い。

克行氏が、実刑を免れる唯一の方法は、案里氏の選挙に向けての活動の全貌について、事案の真相を供述し、議員・首長への現金供与は、党勢拡大・案里氏支持拡大の地盤培養のための政治資金だとする主張の背景、経緯を、安倍氏・菅氏の関与も含めて具体的に供述することだ。

それによって、上記の弁護側主張は、単なる一般論・抽象論ではなく具体的な裏付けを持つこととなる。広島選挙区での自民党の2人目候補擁立の経緯、案里氏立候補に至る経緯、そして、広島県連が案里氏を一切応援しない旨決議していたことなどからすれば、広島県政界の議員・首長等の有力者に対しては、克行氏自身が現金で配布するしかなかった事情も十分合理的に理解できることになる。

克行氏の無罪主張にとって最大の弱点は、業者に、パソコンデータを復元不可能な状況に消去するよう依頼し、供与対象者及び供与金額を記載したリストを含むフォルダ「あんり参議院議員選挙‘19」のデータを復元不可能な状態に消去したことだが、これについても、本件の現金供与が、安倍首相の了解を得た上で行われたものだとすれば、選挙買収に当たると認識していたから消去したのではなく、一国の総理も関与した「資金の提供」についての決定的証拠を、捜査機関の手に渡すことができないと考えたが故の行動だったという説明も可能となる。

それによって、議員・首長への現金配布という、起訴事実の3分の2以上を占める公選法違反事実が無罪になることも考えられる。また、仮に、有罪であっても、一般的な現金買収とは全く性格の異なるものだと認められ、しかも、被告人が公判廷で述べたことが、背景・経緯も含む「事件の真相」だと認められれば、情状面でも大幅に有利となり、執行猶予となる可能性も十分にあるだろう。

克行氏には、本稿で私が書いてきたことを十分に理解した上で、公判で何を供述するかを考えてもらいたい。それは、克行氏が、実刑判決を受けるのか、執行猶予判決を受けるのか、という本人にとって重大な利害に関わる問題である。克行氏の弁護人は、十分に説明して、被告人自身に、どのような供述をするのかを判断させるべきだ。弁護人が、もし、選任の経緯等から自民党側にも何らかの配慮をする立場にあり、克行氏に、その点について十分な説明をしないまま公判供述を行わせるなどということは、弁護士倫理上許されることではない。

そして、もし、克行氏が、公判で「事件の真相」について供述し、それによって、安倍氏・菅氏の関与等が具体的に明らかになった場合は、検察による聴取や河井夫妻公判での証人尋問が行われる可能性も十分にある。

河井夫妻公判が自民党総裁選、解散総選挙に与える影響

安倍首相の辞任を受けて、後継総裁を決める自民党総裁選挙は、明日(9月8日)告示される。一方で、東京地裁では、河井克行・案里氏の公選法違反事件の公判の証人尋問が始まり、二人の元自民党国会議員は身柄拘束のまま、審理に臨んでいる。

これまで述べてきたように、「克行氏の現金供与は党勢拡大・案里氏支持拡大の地盤培養のための政治資金」とする弁護人冒陳の主張を前提にすれば、そのような政治資金の提供は、安倍首相の了承の下で行われたものと考えざるを得ない。また、官房長官の菅氏も、そのような選挙に向けての活動を十分に認識した上で案里氏を全面的に支援していた可能性が十分にある。そして、克行氏の「大胆不敵」かつ「露骨」な現金配布は、菅氏を通して提供された「法的見解」が影響していた可能性もある。そして、その見解が、菅氏を中心とする官邸が、検事総長に就任させようと意図していた黒川氏から提供されていた可能性もある。

克行氏が、今後の公判で、事件の真相を自ら供述するかどうかはともかく、いずれにせよ、党勢拡大・案里氏支持拡大のための資金の提供は、候補者個人の問題ではなく、「自民党の選挙資金の提供の在り方」に関わる問題であり、総裁選挙で選出された新総裁は、自民党としての案里氏の選挙資金の拠出について調査を行い、党としての選挙資金の提供の在り方について検討し、是正する必要がある。河井夫妻事件を引き起こした従来のやり方のままでは、自民党として選挙に適切に対応できないことは言うまでもない。今、しきりに取り沙汰されている新総裁選出後、首班指名後の、「早期解散」など到底できないことは言うまでもない。

いずれにせよ、首相辞任を表明した安倍氏にとっても、「安倍政権継承」を明確に打ち出している菅氏にとっても、克行氏の公選法違反事件の公判は、重大なリスクだと言える。

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弁護士
カテゴリー: 安倍政権, 河井夫妻公選法違反事件 パーマリンク

河井前法相現金供与事件の真相は、「安倍政権継承」新総裁にとって重大なリスク への2件のフィードバック

  1. 自民と一蓮托 前河相法相夫妻 前法相 と聞くと 日本の法は『法典あれど法律無し』と言う言葉で表される事実が浮き彫りになる 戦前からの政治が戦犯にによって支配され今日に至るわけだから止む無し 戦犯野放し状態を抹殺せねば法律は降臨しない 民のレベルは戦犯のレベル 民が戦犯を永久の権力へ持ち上げる 愚かな民が 自らを愚かと気が付く時 それが望まれる 

  2. 常識人 より:

    公判での河井夫妻の証言が重要になる。弁護側は検察が買収された側を立件しないのは違法で検察官の公訴権の濫用と訴えている。
    検察が従来の公訴の基準を超えて起訴した理由、党本部から1億5千万円もの資金が出された理由を裁判長が双方に聴けないものだろうか。

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