斎藤元彦氏ら告発事件に関する公職選挙法解釈の基本的事項

 はじめに

斎藤元彦氏は、2024年9月19日の兵庫県議会からの不信任決議を受け、9月26日に次の兵庫県知事選への出馬を表明し、兵庫県知事の職を30日午前0時で失職。その後の10月31日告示の兵庫県知事選挙に実際に再び立候補し、11月17日に当選しました。

この知事選挙の斎藤氏陣営の選挙戦において、折田楓氏が代表取締役を務める広報・PRのコンサルティング会社の「株式会社merchu(以下「merchu社」といいます)は、斎藤氏から上記知事選挙における戦略的広報業務を受託し、インターネットによる選挙運動を含む広報全般の企画・立案してそれを実行しており、公職選挙法上、折田氏は、斎藤氏に当選を得させるための活動を行う「選挙運動者」であると考えられます。

そして選挙運動は、法律上、原則としてボランティアで活動するものとされており、「選挙運動者」への金銭支払いは、原則として交通費や弁当代の実費弁償のみが、法定の上限額までのみ認められていて、例外的に報酬の支払を行えるのは、事務員、ウグイス嬢(車上運動員)、手話通訳者への支払いのみです。それ以外の「選挙運動者」には

それにもかかわらず2024年11月4日、折田氏と、折田氏が代表である「merchu社」に対し、斎藤氏が、斎藤氏に当選を得させるための上記選挙運動をしたことの報酬として71万5000円の金銭を供与したことが、買収罪に該当するとして、12月1日、私と上脇博之神戸学院大学法学部教授が、神戸地検と県警に対し、告発を行ったものです。

その後、12月16日にこの告発は異例のスピードで受理され、2025年6月20日には県警が書類送検、7月中旬には神戸地検が斎藤氏への任意聴取を行ったと、8月7日に報じられ、9月5日には、告発事実と同じ事実について、221条1項2号の「利害誘導罪」による追加告発が行われました。

神戸地検の捜査もこれから最終段階を迎え、刑事処分ということになると思います。

そこで、本稿では、この斎藤氏の公職選挙法違反の問題を考える上で必要な公選法の解釈について、関連する判例等も引用しつつ解説を行います。 なお、この公選法違反の問題については、既にアップしている【斎藤元彦氏公選法違反事件、「追加告発」を含め、改めて解説する】でも述べたように、私の事務所「郷原総合コンプライアンス法律事務所」の法務コンプライアンス調査室長の佐藤督が、私の入院中から、証拠関係、事実関係の整理・法的検討等を行ってくれました。

公選法解釈についての本稿も、佐藤が判例、文献の収集のリサーチを行い、取りまとめたものです。そこで、本稿は、【佐藤解説】と略称し、この問題に関する記事でも引用することにしたいと思います。

1選挙に関する金銭等の支払いについての公職選挙法上の規定の整理

公職選挙法は、特定の候補者に当選を得させようとする目的をもった活動、すなわち「選挙運動」については、選挙の自由、表現の自由の保障との関係から、選挙に関する発言や表現の内容自体に対しては基本的に寛大である一方、選挙運動に関する金銭、利益のやり取りに対しては、ボランティアを原則(選挙運動無報酬の原則)とし、厳しい態度で臨んでいます。

票をお金で買う、「選挙人」に対する直接の買収を行うことはもちろん許されないことですが、それだけでなく、選挙運動を手伝った「選挙運動者」に対して金銭等を支払うことも買収罪となり、法で認められた支払い以外は認められていません(公職選挙法221条)。お金をかけた選挙運動を許すと、お金をかけることで候補者が支持されているかのような世論形成も可能となり、かけたお金の多寡で選挙の勝敗が決まってしまって、選挙の公正を害するためです。そのため、一般的に候補者本人と、その候補者を支持・支援する選挙運動者によって行われる選挙運動には、お金のかからない活動が求められます。

具体的には、選挙運動にとって不可欠なポスター、チラシの制作等が、資金力のない候補者でも立候補できるように原則として公費負担の対象とされています(143条14項、15項、142条10項、11項等)。また、「選挙運動に従事する者」(221条の「選挙運動者」と同義)のうち、日本の選挙運動に必須な事務員や、投票を呼びかける車上運動員(ウグイス嬢、手話通訳者)に対しては、所定の金額の範囲内で、所定の人数に対してのみ、しかも原則として使用前に選管に届け出た場合にのみ、報酬支払が認められていますが、それ以外の選挙運動については、交通費や弁当代の実費弁償のみが認められ、報酬の支払いは一切認められておらず、ボランティアで行う必要があります(公職選挙法197条の2、施行令129条)

一方で、選挙運動に附随する、選挙カーの運転、ポスターの掲示、郵便物の名宛記入と発送、選挙関連物資の運搬等の単純な機械的労務(指示通りの作業を行うだけの、自由裁量のない労務)は、もともと単に労務の対価(給料)を取得することを目的とした作業であることが多く、特定の候補者に当選を得させようとする目的の活動である「選挙運動」とは区別する理解が一般的です。

こうした単純な機械的労務を行うだけの労務者を、選挙運動に関して雇っていたとしても、当該労務者は「選挙運動」を行っていないためボランティアである必要はなく、当該労務者への金銭の支払いは「選挙運動」を自ら行う者である「選挙運動者」への支払いではないため買収罪の対象とはなりません「選挙運動のために使用する労務者」への支払いとして、194条の費用制限の範囲内であれば特に人数の制限等はなく、ただ、一人当たりの支出が高額になりすぎないよう、実費弁償や報酬の上限が定められているのみとなります(公職選挙法197条の2第1項、施行令129条1項、2項)

2買収罪の成否の判断に必要な、定義の理解(「選挙運動者」と「選挙運動のために使用する労務者」の区別)

(1).判例実務における「選挙運動」の定義

こうした法の規定から、本件のような場合に買収罪が成立するかどうかを考えるために、「選挙運動者」なのか(その前提として「選挙運動」なのか)、自身は「選挙運動」を行わない「選挙運動のために使用する労務者」に過ぎないのか、その定義が大きな問題となります。

まず、「選挙運動」の定義ですが、判例の見解は戦前から現在まで一貫していて、「特定の選挙の施行が予測せられ或は確定的となつた場合、特定の人がその選挙に立候補することが確定して居るときは固より、その立候補が予測せられるときにおいても、その選挙につきその人に当選を得しめるため投票を得若くは得しめる目的を以つて、直接または間接に必要かつ有利な周旋、勧誘若くは誘導その他諸般の行為をなすことをいう」などと定義しています(最判昭和38年10月22日等)。そのため、実務上、ある行為が具体的に「選挙運動」とされるための要件は、

①その行為の対象となる選挙が特定していること

②特定の候補者のためになされること

③当選を目的としてなされること

④投票を得又は得させるために直接又は間接に必要かつ有利な行為であること

と整理されています。

特に問題となるのは④の要件です。選挙演説、戸別訪問、投票の呼びかけ、票の買収といった、有権者に対する「直接」の行為はもちろんのこと、「間接」の行為も「選挙運動」とされています。例えば「聴衆の反対派と目される者からやじられて十分演説をすることができなかつたことがあつたので、・・・やじを封じ演説に効果をもたせる目的をもつて、・・・労務者として参集した者から人選した者に、立会演説会場に立入らせ、右候補者の演説中その論旨の要所要所を自らの判断によつて選定し、演説に対し拍手し声援を送らせ、その報酬として一日金三五〇円を支給すること」のように、演説を間接的に盛り上げるだけであっても、「その演説につき聴衆に感銘を与え演説の趣旨を徹底させ、その効果を強力にして投票を獲得するに有効」なので、「選挙運動」に該当し、買収罪が成立するとしています(大阪高判昭和31年11月8日)。

(2).「選挙運動」の判断要素としての「自由裁量」の有無、「機械的労務」かどうか

そのため、「間接」の要件を広く解釈し過ぎると、ポスターの掲示、郵便物の名宛記入などの「機械的労務」も、間接的には何らかの有利に働く効果は否定できず、すべて「選挙運動」に該当し得ることになります。そうすると、原則として“選挙に関連する作業”について報酬の支払いは一切認められず、買収罪の対象となるものの、法が特に一定の要件でのみ報酬の支払いを認めているとも考えられ、実際、かつてはそのような理解をしている裁判例もありました(名古屋高判昭和30年5月31日)。

しかし、既に述べている通り、指示通りの作業を行うだけの、自由裁量のない単純な「機械的労務」は、単に労務の対価を取得することを目的とした作業であり、特定の候補者に当選を得させようとする目的の活動である「選挙運動」とは区別すべきです。

条文上も、公職選挙法197条の2が「選挙運動のために使用する労務者」と「選挙運動に従事する者」を書き分けていることなどから、選挙運動に間接的に関わることすべてが「選挙運動」ではないことは明らかです。

そこで最高裁(昭和53年1月26日)は、

「投票を得又は得させる目的とは、そのために直接又は間接に必要かつ有利な行為を行うことの認識をもつて足りるものではなく、その行為の性質からみてより積極的に右の目的のもとに当該行為に出たと認められる場合をさすものと解するのが相当である。すなわち、選挙演説のような、選挙民に対する投票の直接の勧誘行為については、その行為に出ること自体をもつて右の目的があるものと認定することができるが、ポスター貼りや葉書の宛名書きのような、選挙民に対する投票の直接の勧誘を内容としない行為については、これらの行為を自らの判断に基づいて積極的に行うなどの特別の事情があるときに限り、右の目的があるものと認定することができるのである。そうしてみると、「選挙運動のために使用する労務者」とは、選挙民に対し直接に投票を勧誘する行為又は自らの判断に基づいて積極的に投票を得又は得させるために直接、関接に必要、有利なことをするような行為、すなわち公職選挙法にいう選挙運動を行うことなく、専らそれ以外の労務に従事する者をさすものと解すべきことになる。」

と判示して、行為の性質に照らし、得票に有利に働くような「間接」の行為については、自由裁量の有無も、買収罪の成立する「選挙運動」の判断要素となっているものとの理解を示しています。

つまり主体的・裁量的とはいえない、単純な「機械的労務」であれば、「選挙運動」を行う「選挙運動者」ではなく、買収罪の対象ではない「選挙運動のために使用する労務者」となる、ということです。現在の判例や実務(総務省や選挙管理委員会等の考え方)、学説上の通説(大谷実「注釈選挙犯罪」など)においても同様に理解されています。

(3).個々の行為の性質によって決まる「選挙運動」と「機械的労務」の区別

このような理解からして、ポスター貼りや葉書の宛名書きのような、一般的には機械的に作業することの多い行為が、当然に「選挙運動」に当たらないとされている訳ではありません。一見機械的な作業であっても、その行為に自由な裁量があり、「機械的労務」といえないのであれば、「選挙運動」になり、報酬の支払いが買収罪に該当することになります。

例えば、ポスター貼りについてみていくと、東京高裁昭和28年10月30日は、

「なるほど記録に現われたところから見ると被告人が本件の選挙に当つてした仕事は主として労務的なものであるといえるけれども、しかし原判決の挙示した証拠を精査すれば、必ずしも厳格にいつて労務とはいえずむしろ選挙運動に属することも行つていたものと認められる」

とし、

「労務者だけではポスターなどを貼つたりするときに家主等が承知してくれないので被告人がその交渉をしたというのであるし、・・・の検事に対する第一回供述調書には被告人にビラ貼りの差図をして貰つたという記載があるが、かかる行為が単純な機械的労務の範囲を越えるもので選挙運動に属するものと解すべきことは大審院昭和一〇年(れ)第一七二八号同一一年三月一〇日第四刑事部判決(刑事判例集一五巻二二二頁)において明らかに示されているところである」

などと判示しています。

さらに、大阪高判昭和36年10月5日では

「特定候補者のためにその宣伝用ポスターを掲示すべき地区、各地区内に割当てる枚数及び場所を自ら選定し、これにその候補者に有利と判断してその宣伝用ポスターを掲示する行為は、単なる機械的労務とはいえず、選挙運動に該当することは疑いがなく(昭和三年一〇月二九日大審院判例参照)選挙運動に従事する者に対し労務賃と称して報酬の授受されることが許されないことは、公職選挙法第一九七条の二の規定の示すところによつて明らかであるのみならず、同法の精神から考えても当然」

と判示しています。

また、広島高判平成14年9月30日においても、

「本件のアルバイトの者らが行ったような,特定の比例代表選出議員候補者のために,そのポスターを,宣伝に有効な場所,方法かどうかを自ら判断選択したうえ,その適当と認めた場所,方法で,当該場所の所有者もしくは管理者の承諾を得て貼付する行為は,単に他人に命じられた場所,方法でこれを貼付する行為と異なり,機械的労務の範囲を超越するもので,特定の候補者のため投票を得させる目的をもってこれに必要かつ有利な行為を自ら判定実行するものとして,同法にいう選挙運動に当たるというべきであり,これと同旨の原判決に事実誤認はなく,論旨は理由がない」

と述べています。

なお、あて名書きや選挙カーの運転など、一見機械的労務に見える他の業務についても同様の裁判例があります。

また、これらの裁判例からも明らかなように、判例実務において、「選挙運動」と認定するために、行為すべてが主体的・裁量的に行われる必要はなく、多少なりとも主体的・裁量的といえる部分があれば、「機械的労務」ではなく「選挙運動」と認定しています。

(4).「内部的な準備行為」であっても「選挙運動」に該当

さらに、こうした考え方は選挙運動の準備に過ぎない「内部的な準備行為」に関しても変わるものではありません。東京高判昭和28年12月10日では、演説計画を準備、実行するために雇入れた者であっても、「遊説企画係として同候補者の選挙演説日程に基いて、予定通り演説計画が円滑に進行するようトラックの借入交渉に当つたり、トラックがどの道路を通つたらよいのか、通過できない状況の地点がないかどうかなどいろいろ心を配つて計画を立て、時には人を派して道路の状況を検分させる等選挙運動の重要な一面を自ら担当していた」との事実関係の下では、「選挙運動計画を立案しその実施を円滑ならしめ・・・るが如きは、単純で且つ機械的な労務に従事するのとは異なつていること明らかである」としています。

また、大阪高判昭和36年12月20日では、会場準備などのために雇入れた者であっても、「本件選挙に際しては、候補者・・・の当選を目的としてその選挙事務に従事して会場係となり、個人演説会の日程表の作成、その会場借入れ交渉、選挙管理委員会への届出等の事務を分担したのであつて、時にはポスター張り等をしたこともあるにしても同被告人は選挙運動者として取り扱われるべきもの」と判示しています。

(5).買収罪(221条)と事前運動禁止(129条)との「選挙運動」の定義の違い

なお、以上の見解は判例、実務上の通説的な見解ですが、本件に関連し、一部の弁護士が、ポスター制作のような「選挙運動の準備行為」は「選挙運動」ではないと主張しており、確かに総務省のHP(https://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/naruhodo/naruhodo18.html)などにも、「選挙運動の準備行為」は「一般的には選挙運動ではない」とする記載があります。

しかし、上記HPの記載は、その文脈から、あくまで公職選挙法129条の「事前運動の禁止」における「選挙運動」の解釈を示していることは明らかです。

これまで述べてきた通り、公職選挙法221条の買収罪の設けられた趣旨は「金銭その他不正の利益によって選挙の結果を左右しようとする一切の行為を禁止し選挙の自由・公正を確保しようとするところにある」のであって、221条の「選挙運動」の定義は広く解されるべきであると考えられています。

これに対し、選挙運動は立候補届出前に行ってはならないという129条の「事前運動」の規制との関係では、立候補予定者等が「選挙運動の準備行為」として行う行為は、それを行わなければ立候補すること自体が困難なので、「選挙運動の準備行為」を無償で行うことは原則として「選挙運動」とは解されていません。ただし、その「選挙運動の準備行為」が、「内部的な準備行為」にとどまらず、「選挙人または選挙運動者に対し積極的に働きかける対外的な行為」を伴う場合には、「選挙運動」といえ、違法となると考えられています。

一方、すでに述べたように、「内部的な準備行為」であっても、有償で行えば買収罪との関係では違法の問題が生じることになります。

つまり、129条と221条の「選挙運動」の解釈は異なります。これは学説および選挙実務を所管する総務省自治行政局選挙部の官僚が著作者である「逐条解説公職選挙法」の見解でもあり、判例も、129条の「選挙運動」の解釈については、これまでの221条の「選挙運動」の判例の解釈と異なる見解に当然のように立っていて、こうした理解を前提としているものと考えられます。

例えば最近、2021年10月の衆院選を巡り、日本維新の会の議員が衆議院議員総選挙の公示5日前に、卒業した大学の校友名簿を基に作成した名簿から、立候補予定の選挙区と概ね一致する区域の者の住所に宛てて、当該議員及び所属政党に対する投票を依頼する文言が目立つように印刷されたはがきの宛名欄に、同選挙区内の知人の住所・氏名等を書き、推薦人欄に署名等をして返送することを依頼する文書、同はがき2枚及び返信用封筒等を同封した封書を送付した、という事案がありました。

この事案における裁判では、これまで見てきた221条の判例と異なり、「選挙運動」には原則として「選挙運動の準備行為」が該当しないことを当然の前提としつつ、推薦人欄への署名(すなわち他の選挙人に対する推薦)を求める部分などが「選挙運動の準備行為」に該当し得るものの、「被送付者と被告人との間に選挙運動の準備行為を期待し得る人的関係がない」との事実関係の下では、「選挙運動の準備行為」ではなく得票目的で行われた実質的な投票依頼行為であって、129条における「選挙運動」に該当するなどと判示しています(大阪高判令和5年7月19日、その後最高裁で確定)、

つまり、「選挙運動の準備行為」であるから「選挙運動」ではないという主張は、221条の「選挙運動」との関係では誤った主張ということになります。

(6).「告示前」との関係性

また、多くの人が誤解しているように思われるのが、選挙の告示との関係です。これまで述べてきたように、特定の選挙で特定の候補者の当選を目的として行う行為は、買収罪との関係において、告示の前後に関係なく、また「選挙運動の準備行為」であっても「選挙運動」となり、違法な対価の支払いが行われれば買収罪が成立します。実際、将来の選挙に関する買収であっても、その選挙の行われることが予想され、その選挙にある特定の人が立候補することが予期できる事情が存在するのであれば、買収罪が成立するというのが判例(最判昭和30年7月22日)の立場です。

かつて、告示前の行為は、地盤培養行為などの「政治活動」との主張がし易いため、その対価を支払っても、政治資金収支報告書に記載すれば、公職選挙法上も合法、というような誤った認識を持つ人が多かったように思います。ですが、それは捜査機関側が「当選を得させる目的」の立証上の問題を考慮して「政治活動」の弁解が予想される事案の摘発に消極的だったため、結果的に見過ごされてきたに過ぎないのです。

近年、元法務大臣の河井克行氏からの受供与者の事件の判決では、政治活動であることを理由に、選挙運動であることを否定する弁解がなされた場合でも、有罪となっています。

また、元法務副大臣の柿沢未途氏や元江東区長の木村弥生氏を巡る買収事案では、木村氏の江東区長選の告示前のビラにおいても、氏名と顔写真が大きく掲載された上で、「まずは江東区初の女性区長を」との記載があり、実質的に区長選における投票を呼び掛ける内容となっていることや、告示前の街宣車での呼びかけにおいても、「開かれたクリーンな江東区政を作ります。」などと、区長選での投票を呼びかける内容となっていたことなどから、告示後はもちろん、告示前の活動も「選挙運動」であったとしています。

そしてこの江東区長選の柿沢氏の秘書による買収事案において、裁判所は、上記「選挙運動」において告示前から街宣車を運転し、ビラを配布したA、Bが報酬を受け取ったことについて、柿沢氏の秘書が、街宣車のドライバーを、両名に依頼するに際し、Aに対しては、「何か気が付いたことがあったら、自発的にやってほしい。」旨伝え、実際、タワーマンション付近では住人に音声が聞こえやすいよう音量を上げ、病院や学校付近では音量を下げるなど、臨機応変に対応したことを指摘しています。またBに対しては、告示前にビラも配るのか尋ねられた際に、どちらでもいいという態度を示してビラの配布を明示的に禁止しなかったことや、人の多いタワーマンション付近を回り、また、被告人から指示されたルートが終わっても自らの判断で異なるルートや同じルートを複数回回るなどしたことを指摘しています。つまり、A、Bが主体的、裁量的に「選挙運動」に関わったことを認定したうえで、「そうすると、被告人(注:柿沢氏の秘書)は、選挙運動に該当する活動を行うことも依頼してその対価として現金の支払を約束し、形式的には街宣車の運転という機械的労務に対する支払という名目の下、選挙運動の報酬として各現金を供与したものと認められる。」と判示しています(東京地判令和6年5月28日)。

(7).同一人に「選挙運動者」と別の地位が併存する場合の考え方「選挙運動のために使用する労務者」

ア問題点

以上のような理解からすると、折田氏の活動が「選挙運動者」といえるものであったか、自由裁量の無い、単純な「機械的労務」であったのか、という点が本件の核心的な問題となります。

しかし、斎藤氏側はその点については十分に説明することなく、折田氏側に依頼したのは、実際に折田氏側が行った行為のうち、公約のスライド制作や、チラシのデザイン制作等の5項目に限られ、それに対して対価を支払ったにすぎない、残りの行為はすべて折田氏個人のボランティアであると説明しています。つまりは、折田氏側は選挙運動を行っているかもしれないが、対価の支払いは原則無償である「選挙運動」に対してではなく、対価の支払いが許される「政治活動」、「選挙運動の準備行為」、または「選挙運動のために使用する労務者」への支払いであるとして、問題がないと主張しているものと思われます。

このような同一人の行為を切り分ける主張、つまり同一人に「選挙運動者」と別の地位が併存するとされる場合の考え方についても検討する必要があります。

イ金銭等が一括で支払われ、その趣旨が明らかでない場合の判例の考え方

こうした、行為の切り分けの主張は、買収罪等、公選法違反の被告人の反論としてよく見られるところであり、こうした主張を後付けで許せば、選挙運動について無償を原則とし、金銭支払いに厳しい態度で臨む法の趣旨を没却することになりかねません。そこでまず、“一括で金銭等が支払われ、その趣旨が明らかでないとき”は、“適法な支払いの趣旨を含むとしても、金銭全部につき買収罪が成立する”、というのが確立した判例です。

例えば、最判昭和30年5月10日は「選挙人又は選挙運動者が投票取まとめ運動の報酬たる非合法的金員とそうでない合法的金員とを一括して供与を受けしかもその両者の割合明らかでないときには、その金員全部につき公職選挙法二二一条一項四号の受供与罪が成立するものと解するを相当とする(昭和八年(れ)七三八号同年七月六日大審院第二刑事部判決参照)」と判示し、その後も様々な裁判で引用されています。

ウ「選挙運動者」と別の地位の両立を否定する裁判例

そしてさらに進んで、「選挙運動者」と「選挙運動のために使用する労務者」の関係性について、「公職選挙法第二二一条第一項第一号にいわゆる選挙運動者とは,いやしくも実際において選挙運動をし又はしようとする者すべてを含むものであつて、その者が同時に労務者たる地位を有するかどうかはこれを問わないのであるから、被告人が労務者であつた一事はいまだもつて右法条にいう選挙運動者であることを否定する理由にはならない」と述べる裁判例(前掲東京高裁昭和28年10月30日)があります。

さらに、“人による区別であり、両者は両立しない”、とする考え方を示す下記の裁判例(東京高判昭和47年3月27日)があります。ただし、「選挙運動に付随し当然これに含まれるものとみるべき」とも述べており、このような関係性がない行為まですべて両立する余地がない、ということではないとも読めます。同判例を解説した「判例タイムズ(No.278)」では「本判決の説くところは、実務上はほとんど疑義を持たれていないと思われるが、判例でこれを明言したものとしては、おそらくこれがはじめてであろう。」と評価していて、実務上当然の見解であるとしています。

◎東京高判昭和47年3月27日

「公職選挙法一九七条の二は「選挙運動に従事する者」と「選挙運動のために使用する労務者」とを区別し、前者に対しては選挙運動のために使用する事務員を別として実費弁償のみを支給することができるとし、後者に対しては実費弁償ばかりでなく報酬をも支給することができるとしているのであるが、これは、選挙運動が本来奉仕的な性質のものであるべきだとの建前から、これを原則として無報酬とし、ただ選挙運動に従事する者のうちそのために使用する事務員と選挙運動のために単なる機械的労務に服する使用人であるいわゆる労務者に対しては、無償の奉仕を期待しがたいところから、これに対し報酬を支給することを認めたものと解される。すなわち、これによれば、無報酬である選挙運動に従事する者と報酬を受けることのできる事務員、労務者とは人による区別なのであつて、この二つを同一人が兼ねることはできず、本来無報酬であるべき選挙運動に従事する者がたまたまあわせて単なる事務または労務をも行なつたからといつて、それは選挙運動に付随し当然これに含まれるものとみるべきであり、そのためにその者が同条にいう事務員または労務者となるわけではないから、これに対して報酬を支給することはできないと解するのが相当である。」

「所論の各金員については、同人らの領収証も作成され、選挙管理委員会に対し人件費の名目のもとに報告がなされていることが記録上認められるのであつて、これによればあたかも・・・・らが単なる機械的な事務または労務に従事する者であつたかのようにもみえるけれども、同人らが公職選挙法一九七条の二にいう「選挙運動に従事する者」にあたることが前示のように明らかである以上、たとえ選挙管理委員会に対する支出報告の上でどのような記載がなされていたにせよ、それによつてその実質が変ずるものではなく、そうであるとすれば、かりに同人らが選挙運動のかたわら若干労務などを行なつたとしてもこれに対して報酬を支給することができないことは前に説示したとおりであるから、右の金員は要するに同人らが被告人・・・に当選を得しめるために選挙運動をしたことの報酬であるとみるのほかなく、したがつてその供与は同法二二一条一項三号に該当するといわざるをえない。」

そして、上記東京高判の見解をさらに進め、人的属性のみで、「報酬を支給することのできる労務者と評価する余地はなく」などと、「選挙運動者」と別の地位は両立し得ない旨を述べている裁判例2つ(事案としてはひとつ。買収側と被買収側の2つの裁判。)もあります。買収した側の裁判例には「判例タイムズ(No.1140)」の解説があり、選挙運動者の行為は労務であってもすべて選挙運動になるかのような踏み込んだ判決となっているため「今後、議論を呼ぶものと思われる」と評されています。

◎東京地判平成15年8月28日(買収を受けた側の判決)

しかし、Gは、選挙カーを運転するに際して機械的な運転行為のみをしていたわけではなく、上記二(5)〔1〕のとおり、ある程度裁量的、主体的な行為をしているほか、運転の途中で選挙カーを止めてAが街頭演説をした際には、上記二(5)〔1〕及び三(1)のとおり、候補者たるA自身やその選挙運動者らとともに、選挙民に対して直接にAへの投票を勧誘する行為もしたのであるから、Gの行為は労務ではなく、選挙運動に当たると評価することができるし、その点を捨象しても、そもそも、選挙運動者であるGの種々の活動のうち選挙カーの運転行為のみを取出して報酬を支給することのできる労務に当たると論じること自体が、当を得ないものである。

すなわち、選挙運動者(選挙民に対し直接に投票を勧誘する行為又は自らの判断に基づいて積極的に投票を得又は得させるために直接、間接に必要、有利なことをするような行為を行う者)や労務者(上記括弧内の行為を行うことなく、専らそれ以外の労務に従事する者)というのは一種の人的属性であるから、選挙カーの運転行為のみを行う者が労務者であるからといって、選挙運動者が選挙運動と併せて選挙カーの運転等の労務者のなし得る行為をした場合に労務者となり、報酬の支給ができるものと解することはできない。むしろ、Gのごとく、候補者のために投票を得させる目的をもって選挙民に対して直接に投票を勧誘する行為を含む種々の選挙運動をしている選挙運動者が、これと併せて選挙カーの運転のような候補者に投票を得させるために直接、間接に必要、有利な行為をした場合には、当該行為自体に自らの判断に基づく部分がなく、他の者から指示されたとおりに機械的に行ったとしても、やはり候補者のために投票を得させる目的をもって当該行為をしたと認めるのが合理的であり、その行為は選挙運動ということができる

◎東京地判平成15年9月5日(前掲東京地判の買収した側の判決)

被告人Aの弁護人は、選挙運動期間中に選挙カーを運転したGの行為(前記第2の4(2)イ)は労務者としての行為であると主張する。

確かに、うぐいす嬢が拡声器を通じて候補者への投票を呼び掛ける選挙カーの運転をする行為は、候補者に投票を得させるのに必要、有利な行為ではあるものの、その行為自体は選挙民に対し直接投票を勧誘するものではなく、かつ、他の者の指示に従って非裁量的になし得る行為であるから、専らその運転のために雇われた者が報酬を得る目的で運転行為のみに従事する場合には、その者は労務者に当たる。

しかし、Gは、選挙カーを運転する際に機械的に運転行為のみをしていたわけではなく、前記第2の4(2)イのとおり、ある程度裁量的、主体的な行為をしていたのであるから、Gの行為は労務ではなく、選挙運動に当たるといい得るし、その点をさておくとしても、上記1(1)で示したとおり、選挙運動者や労務者は人的属性に関する概念であって、Gのように、投票獲得目的をもって種々の選挙運動をしている選挙運動者が併せて選挙カーの運転をした場合には、もはやその者について報酬を支給することのできる労務者と評価する余地はなく、その者の行為は選挙運動者による選挙運動というべきであるから、弁護人の主張は採用できない。

エ判例実務の考え方の整理

実際にはその後学説上で活発な議論が行われた形跡はなく、平成15年の東京地判に対する判例、実務上の評価は不明なところがありますが、少なくとも昭和47年の東京高判が述べているように、「選挙運動」と、その当該「選挙運動」に付随し当然これに含まれるものとみるべきような「機械的労務」を切り離し、後者について「選挙運動のために使用する労務者」と評価して、対価を支払うことは、判例実務上、認められないものと解されます。

また、そもそも契約において、金銭の趣旨が明確でない場合は、「選挙運動者」への違法な支払いと、「選挙運動のために使用する労務者」への適法な支払いが混在していたとしても、全体として買収罪となります。

(8).インターネット選挙に関する考え方

これまで述べてきたことは、インターネット選挙においてもなんら変わることはありません。

総務省はインターネット選挙に関し、「改正公職選挙法 ガイドライン」を出しており、その「買収罪」の項目において、以下のような質問と回答を設け、インターネット選挙において、業者が主体的裁量的に関与した場合、報酬の支払いは買収罪に該当する可能性が高いと警告しています。

【問31】 業者(業者の社員)に、選挙運動用ウェブサイトや選挙運動用電子メールに掲載する文案を主体的に企画作成させる場合、報酬を支払うことは買収となるか。

【答】

1 一般論としては、業者が主体的・裁量的に選挙運動の企画立案を行っており、当該業者は選挙運動の主体であると解されることから、当該業者への報酬の支払は買収となるおそれが高いものと考えられる。

2 なお、選挙運動に関していわゆるコンサルタント業者から助言を受ける場合も、一般論としては、当該業者が選挙運動に関する助言の内容を主体的・裁量的に企画作成している場合には、当該業者は選挙運動の主体であると解されることから、当該業者該業者への報酬の支払は買収となるおそれが高いものと考えられる。

【問32】 業者に、選挙運動用ウェブサイトや選挙運動用電子メールに掲載する文案を主体的に企画作成させ、その内容を候補者が確認した上で、ウェブサイトへの掲載や電子メール送信をさせる場合、報酬を支払うことは買収となるか。

【答】

一般論としては、候補者が確認した上でウェブサイトへの掲載や電子メール送信が行われているものの、業者が主体的・裁量的に選挙運動の企画立案を行っており、当該業者は選挙運動の主体であると解されることから、当該業者への報酬の支払は買収となるおそれが高いものと考えられる。

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