「党人事空白」で連立協議は困難~多党化への不適応が招いた“自民党の危機”

10月10日の自民党高市早苗総裁と公明党斉藤鉄夫代表との会談で、公明党側から連立離脱を通告された後の記者会見で、自民党高市早苗総裁は、次のように述べた。

本日公明党からは、政治資金規正法の改正に関する公明党案について、この場で賛否を示すように求められました。私どもからは、私達の自由民主党は、ご承知の通り党内手続きが必要です。これは総裁と幹事長だけで、この場で特に議員立法の法律案の細部の内容についてまでお答えできるものではないと。この場で、私1人で判断するとか、2人だけで判断するということはできないので、党内に持ち帰って協議をして、手続きにのっとって速やかに対応したいということでお返事を申し上げました。つまり、来週にも、もう一度協議を開きたいという旨でございます。しかしながら、先方からは、それは具体的な回答ではないということで、一方的に連立政権からの離脱を伝えられました。自由民主党は、ご承知の通り党内手続きが必要です。党内に持ち帰って協議をして、手続きにのっとって速やかに対応したい

通常の自民党の意思決定の手続であれば、それは、「ご承知のとおり」という程に当然のことのはずだ。しかし、この時点での自民党には、その「党内手続」をとる体制が存在していない。

10月4日の臨時総裁選で、高市氏が新総裁に選任された。その後、党内人事は、幹事長、総務会長等の執行部人事が行われただけで、それ以外は全く行われていない。その状況では、公明党の企業団体献金の規制強化の提案に対して、党内で検討しようにも、その検討の場も、その責任者も決まっていなかった。

自民党は、党則上も、総裁選挙で選出された総裁にすべての権限が集中する「総裁ガバナンス」だ。幹事長以下の幹部人事の権限は総裁に集中している。そして、総裁は、結党以来、ほとんどの場合、そのまま総理大臣に就任し、政府と自民党両方のトップの座についてきた。 

そのため、これまでは、総裁が新たに選任されると、まず、幹事長ら党執行部の人事を行い、その後、首班指名選挙で正式に総理大臣に選任された時点で、各大臣以下の政務三役の「政府人事」と、党内の局長、本部長、政調の各部会長などの「党内人事」を併せて行うのが慣例だった。

このようなやり方が可能で、しかも合理的だったのは、自民党単独で、或いは他党との連立によって安定多数の議席を確保していたことから、総裁に選任するとほぼ自動的に総理大臣に就任し、「総理・総裁一体」だったからだ。

自民党の党内組織は基本的にボトムアップであり、部会等でメンバーの議員が具体的な検討を行い、その検討結果を上位者が了承して、党としての意思決定が行われる。

ところが、昨年10月の衆議院議員選挙で自民党・公明党が敗北し、過半数を割り込んで少数与党となった。今年7月の参院選では、参議院でも過半数を割り込み、一方で、国民民主党、参政党などの少数政党が勢力を伸ばし、「多党化」が急速に進んでいる。そのような状況では、上記のような従来の自民党の人事のやり方は通用しなくなっている。

それが端的に表れたのが、石破総裁の辞任に伴い、臨時総裁選で高市氏が総裁に選任した直後の公明党連立離脱が招いた現在の自民党の状況だ。

石破氏は、2024年9月の総裁選で選任され、任期はまだ2年以上残っていたが、参院選の敗北の責任をとる形で辞任を要求する「石破降ろし」の動きが強まり、総裁選前倒しの意思確認手続が開始され、賛成が過半数となることが必至の情勢で、党の分断回避のために総裁辞任を表明した。そして、臨時総裁選で高市新総裁が就任した直後、それまで26年間続いてきた公明党との連立が解消されることになった。

そこで冒頭の高市氏の「党内手続き」という発言があったのである。

しかし、実際には、その「党内手続き」を取ろうにも、そのための組織ができていなかった。

そこには、新総裁の選任をめぐる状況が通常とは大きく異なる状況があったのに、総裁の交代に伴う党内手続が、多党化を迎えた政治状況に適合したものになっていなかったという、自民党が抱える重大な問題がある。

政権が、国会で予算・法律を成立させ、政策を実現していくためには、そのための議席数が必要となる。昨年10月の衆院選での敗北で、自公両党合わせても衆議院過半数を15議席割り込む状況となったが、石破政権は、自公連立に加えて臨機応変に野党1党との連携を実現させ、何とか予算・法律をすべて成立させ、政権運営を行ってきた。そういう意味では、「少数与党」ではあったが、何とか、政権を維持するだけの最低限の議席数とそれを補充する野党との連携の実績を確保していた。

ところが、7月の参院選で、必達目標に掲げた自公両党での過半数を3議席下回ったことで、自民党内とそれに同調するマスコミから「石破降ろし」の動きが活発化したことから、石破首相は辞任を表明し、臨時総裁選で高市氏が新総裁に選任された。

しかし、高市新総裁就任時点での自民党の政権基盤は極めて脆弱だ。長期間にわたって続けてきた自公連立についても、公明党の地方組織や同党を支える創価学会内では、高市氏の保守的な歴史認識や外国人政策への懸念が強まり、さらに、裏金問題での自民党の不透明な対応が、連立への不信感を増幅していた。公明党の斉藤代表は、石破総理の辞任表明を受けて9月7日に、

「私達の理念に合った方でないと連立政権を組むわけにはいかない」

と、連立離脱の可能性を示唆していた。

公明党の連立離脱は、比較第一党の自民党にとって極めて大きな政治状況の変化をもたらす。衆議院で過半数の賛成を得るためには、野党2党の協力を得なければならなり、個別の予算・法律を成立させるために、野党の出方をその都度探らなければ見通しが立たない状況になる。それでは政権運営の最低限の条件を充たしていない。

つまり、高市新総裁の就任時点では、自民党が政権党であり続けるためには、公明党との連立を維持するのが「最低限の条件」であり、それにプラスして他の野党との連立ないし協力の取り付けを模索するという状況だった。これまでのように、総裁が選任されたらほぼ自動的に内閣総理大臣に就任するという状況ではなくなっていたのである。

他党との連立協議によって政権運営の基盤を確保できて初めて、政権を発足させることができ、党首である総裁が総理大臣に就任することができるという、まさに多党化の政治状況なのだから、それへの対応が必要だった。

ここで、衆議院で過半数を37議席下回る自民党が新たな政権を発足させるためには、最低でも1党との連立協議を行ない、合意文書を成立させることが必要だ。そのためには、自民党内部において連立協議のための検討を行う組織体制がなくてはならない。他党との連立交渉というのは政策・理念を異にする政党間で、その相違点について具体的に妥協の余地を探り、その結果一定の合意に結びつけるということであり、そのためには自民党内においても個別の問題についての検討を行う組織体制が必要であることは言うまでもない。

しかし、高市総裁が就任し、新体制になっても、自民党内の組織体制は、副総裁、幹事長、幹事長代行、総務会長、政調会長、組織運動本部長、広報本部長、国会対策委員長、総務会長、政務調査会長、選挙対策本部長、参議院議員会長が決まっているだけで、それ以外は白紙のまま、現時点で自民党のホームページを見ても、すべて空欄になっている。

そこで、冒頭の高市氏の発言に戻ろう。

高市氏は、「党内手続きが必要」「党内に持ち帰って協議をして、手続きにのっとって」と述べているが、この「党内手続き」というのはいったい自民党内のどの組織でどのように検討を行うことを想定しているのだろうか。

それまでの経過からすれば、政治資金規正法の改正問題を党内で検討し議論する場は「特別機関」としての「政治改革本部」だ。正式に「党内手続き」をとるのであれば、この政治改革本部で検討し、自民党としての対応を決定するというのが「党内手続き」である。

ところが、上記のとおり、高市新総裁就任後、自民党内の人事はほとんど未定のままであり、政治改革本部の本部長もメンバーも決まっていない。これでは政治資金規正法の改正に向けての検討や党内手続など、取りようがないのである。

総裁に選任されれば自動的に総理大臣に就任するという「総理・総裁一体」が当然であった自民党では、総理大臣就任直後に組閣を行い、副大臣・政務官などの人事行うことと同時に党内人事を行えばよかった。

ところが、今の自民党は、単独では政権を担える議席数を有しておらず、連立協議によって政権基盤を確保することが、総裁が総理大臣に就任するために不可欠だ。そのためには、まず連立協議のための党内での検討体制を構築することが必要となる。公明党との関係では、その最重要課題となったのが政治資金規正法改正の問題だった。他の野党との連立協議でも、それぞれ政策のすり合わせが必要な重要課題があり、党としての対応を決めるためには党内組織を構築が不可欠のはずだ。

しかし、従来からの「総理・総裁一体」を前提とする、「組閣・政府人事・党内人事一体」のやり方に未だにこだわっている自民党では、党内人事は未着手のままだ。

党内の体制の問題は、公明党との連立協議の際だけの問題ではない。

10月21日に臨時国会が召集される日程がほぼ固まり、その冒頭で首班指名選挙が行われる前提で自民党と与野党は連携協力をめぐって協議を続けている。本来、自民党が安定的に政権を担うためには、野党2党との連立が必要であり、石破政権のような野党との連携を活用していくとしても、最低限、公明党に代わる1党との連立が不可欠であり、そのためには、各党との連立協議を具体的に進めていく必要があるが、党内組織も固まっていない現在の自民党には、それは不可能に見える。

自民党が新たな政権を発足させようと考えるのであれば、まず他党との連立協議を行うための「党内体制を整えること」が最低限必要だ。従来のように組閣と同時の党人事を行うのではなく、まず、連立協議のための党内体制を確立し、それによって、政権発足の条件を整えなくてはならない。

昨日(10月14日)の自民党の両院議員懇談会で、高市氏は、

「基本政策が合致する党へ連立を申し入れるなど、政権を安定的に運営するための努力をギリギリまでやりたい」

と述べたとのことだが、ここで言っている「連立の申し入れ」というのは、単なる「連立のお願い」であって、具体的な政策の擦り合わせを行う本来の「連立協議」ではない。

今回は、衆院選に伴う特別国会ではないので、国会召集は、首班指名選挙に直結しない。石破内閣が総辞職した時点で首班指名選挙が行われるが、内閣総辞職の時期については、石破首相も執行部の意向に従うだろうから、その決断をするのは現在の自民党の高市執行部ということになる。

衆議院で過半数に37議席届かない自民党が、連立協議も行わないまま首班指名選挙に臨むのは、それによって比較多数で首班指名が得られたとしても、その後の政権運営を考えると、あまりに無謀だ。

高市政権が発足しても、早晩政権は行き詰り、最終的に解散総選挙をせざるを得ない状況に追い込まれかねない。そのような政治の混乱の長期化による不利益は、すべて国民に回ってくることになる。

それに加え、首班指名選挙での野党候補一本化の可能性について様々な不確定要因がある。今の高市執行部の方針は、あらゆる面で確たる見通しもないまま、高市総裁の総理大臣就任だけを最優先に突っ走ろうというものであり、「丁半ばくち」のようなものだ。高市氏自身が

「首班指名の瞬間までギリギリまで、あらゆる手を尽くす」

などと言って脇目も振らず首班指名選挙に突撃するというのは、戦前の「帝国陸軍」の「精神主義」を彷彿とさせる。

55年体制から始まった安定政権時代の「総理・総裁一体」というのが特異なのであり、むしろ、一つの政党の「総裁(党代表)」と一国の「総理大臣」というのは、もともと別個の存在なのである。多党化時代を迎える政治の現状に適合した政権確立のプロセスに転換していかなければならない。それに全く適応できておらず、党人事がいまだに空白状態なのが、現在の自民党である。

このような多党制の下での連立政権の在り方、連立協議のプロセスについて、唯一理解していると思えるのが、国民民主党の玉木雄一郎代表だ。

10月14日の会見で、

「仮に政権の枠組み交渉が滞ったり、なかなか着地点が見いだせないなら、いわゆる『総総分離』。我々は、内閣に(首班指名されなくても)国会召集せよと要求している。」

と発言したと報じられている。

自民党だけでは政権を担える議席がなく、連立協議が続いている間、前政権が継続し、連立協議で次の政権の枠組みが固まってから前政権が内閣総辞職を行うのが、多党制の欧州諸国では一般的だ。

今の日本政治は、まさにその状況に大きく近づいているのであり、そういう多党化の政治においては、「総裁(党代表)」と「総理」を別個のものと考えるのが当然で、いまだに「総理・総裁一体」の体制、手法にこだわる自民党は、前時代の遺物になりかねない。

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