安倍前首相“被疑者取調べ”、秘書事件“公判審理”で、国会議員「投了」か

安倍晋三前首相側が「桜を見る会」前日に主催した夕食会をめぐり、参加費で賄えなかった費用計900万円余りを補填したとされる問題で、東京地検特捜部は臨時国会が5日の会期末で閉会した後、安倍氏本人から事情聴取する方向で「調整している」と報じられている(共同、12月3日)。

そして、この聴取要請について、安倍氏は、同日以降、何回か記者団の取材に応じ、「聞いていない」と述べている。「衆院議員会館の事務所前で記者団に語った。」と報じられている(読売、同日)。

特捜部が、安倍氏に任意聴取の要請を行ったことは既に報じられていたが、その聴取に関して「調整している」というのは何を意味するのか、それを安倍首相が「聞いていない」と答えたのはどういうことなのだろうか。

もちろん、この「桜を見る会」に関しては、数々の虚偽答弁を重ねてきた安倍氏である。「聞いていない」という話も、そのまま信用することなどできない。しかし、何も答えないか、「ノーコメント」で通せばよいのに、事務所前で、記者団にわざわざ「聞いていない」と答えたというのは、それなりの意味があると考えるべきであろう。

特捜部の任意聴取の要請に対して、安倍氏側が、聴取には応じる前提で、「日程」だけを調整しているとは考えられない。聴取に応じるのであれば、その判断が安倍氏の知らないところで行われるとは考えられない。

「調整」というのが、特捜部と安倍氏側との間で、「日程」だけではなく、何らかの「条件面での交渉」が行われていたとすると、その調整がついた段階で、安倍氏側に、正式に、聴取要請が伝えられる、ということも考えられないわけではない。

もちろん、この場合も、その調整の過程も、安倍氏にとっては重大な問題なので、その経過が報告されるのは当然であり、「全く聞いていない」ということはあり得ない。「正式に聴取の要請を受けたとは聞いていない」という趣旨であろう。

では、この「条件面での交渉」というのは、どういうことだろうか。

安倍氏側の代理人の弁護士からは、特捜部に対して、聴取は、あくまで参考人としての「事実確認」であり、被疑者としての取調べや黙秘権告知は行わない(聴取には弁護士が同席する)との条件を提示しているのではなかろうか。

聴取が、「被疑者としての取調べ」という意味合いを持つものか否かは、そもそも、この任意聴取が、どのような犯罪事実に関して、どの程度本人の「嫌疑」について行われるのかに関係する。

「桜を見る会」前夜祭には収支が発生していること、それが安倍氏に関連する政治団体の政治資金収支報告書に記載すべきところが記載されていなかったことについて、安倍氏が認識していた疑いが濃厚だ。

収支を記載してなかった犯罪事実が、どのような政治資金規正法違反として構成されているのかによって、安倍氏の嫌疑の程度、被疑者としての取調べになるのか、参考人としての聴取になるのかも異なってくる。

安倍氏のこれまでの発言・答弁の経過からして、補填の事実を知らなかったとは到底考えられないことは、私が、再三にわたって指摘してきたとおりだ。

1年余り前、この問題が国会で取り上げられて表面化した後、私は、ヤフーニュース等で、安倍首相の官邸での「ぶら下がり」の説明に明らかに不合理な点があることを指摘し続けた。その決定版と言えるのが、11月18日の【「ホテル主催夕食会」なら、安倍首相・事務所関係者の会費は支払われたのか】である。

ここで指摘しているように、当時の安倍氏の「説明」というのは、

安倍事務所にも後援会にも、一切、入金はなく出金もない。旅費や宿泊費は各参加者が直接支払いを行い、食事代についても領収書を発行していない。

というものだった。

このような説明が全く成り立たないことは誰でもわかることである。説明している安倍氏本人も、そう説明しないと「その収支を記載しなかった政治資金規正法を否定できなくなる」ということで、凡そ通るとは思えない「言い訳」であることがわかった上で、そのような説明をしていたはずだ。

そして、安倍首相の説明によると、夕食会は、ホテル側が主催し、夕食会費を1人5000円と決め、個別にそれを集金したもので、懇親会に出席した参加者全員が、個別に、1人5000円の飲食費をホテル側に支払ったことになる。その夕食会費を支払うべき「参加者」には、安倍首相夫妻や事務所関係者、来賓も含まれるはずだ。

もし、後援会が支払っているとすれば、その分、その「桜を見る会」前夜祭に関する安倍後援会側の「支出」が発生する。支払っていなければ、安倍首相や関係者は「無銭飲食」をしたことになる。

12月2日の参議院本会議での代表質問で、「安倍首相夫妻、事務所、後援会関係者は、夕食会の参加費をホテルに支払ったのか」という社民党の吉田忠男議員が行った質問に対して、安倍氏は、首相として答弁に立ち、

「私と妻や事務所等の職員は夕食会場で飲食を行っておりません」

と発言した。

しかし、前夜祭の夕食会に参加した安倍氏は、開会に当たって、雛壇に立ち乾杯の挨拶を行った。その際、ホテルのスタッフから、乾杯の飲み物のグラスを受け取り、「御唱和願います。」と言って乾杯の発声をし、グラスに口を付けた。それは、ホテルの飲食物の提供のサービスを受けたことに他ならない。

少なくとも、「私は夕食会場で飲食を行っておりません」というのが、「明らかな嘘」であることは、安倍氏自身、認識していなかったはずはない。なぜ、そういう嘘をつかなければならないのか。そうしないと、それまでの説明が嘘であったことを認めざるを得なくなるからである。

さらに決定的なのは、昨年の「桜を見る会」前夜祭についての収支を記載した政治資金収支報告書の提出時期が、今年の国会等での追及の後だということである。

2019年分の政治資金収支報告書の提出時期は、今年3月末日(コロナ禍で5月末に延期)だった。

前夜祭問題で、安倍氏が、野党、マスコミから厳しい追及を受けた後であり、その収支報告書上、前夜祭の収支をどのように処理するかは、安倍氏にとって極めて重大な問題であり、収支報告書提出の際に、安倍氏自身がホテル側から事実確認の結果を確かめることなく、前夜祭の収支を記載しない収支報告書を提出することは考えられない。

そういう意味で、安倍氏には、主催者の安倍晋三後援会の政治資金収支報告書に「桜を見る会」前夜祭の収支を記載すべきであることを認識していたのに、除外して提出したことについて犯罪の嫌疑が濃厚である。被疑者として、聴取に当たって「黙秘権の告知」を行った上で聴取するのが当然だ。

もし、安倍氏が、被疑者としてではなく、「事実確認のための参考人聴取」で行われるとすれば、それは、秘書を政治資金規正法違反で略式起訴して事件を幕引きさせるためのセレモニーだということになるが、そのような「形だけの聴取」は、安倍氏側から「秘書が虚偽説明をしており、補填の事実は知らなかった」との上申書を提出させるのと実質的に変わらない。

前首相にそのような取扱いを行うことは、国民として、到底納得できることではない。

しかし、この件についての安倍氏の秘書の略式起訴の見通しについての記事の中に、しきりに「収支の不記載」という言葉が出てくることからすると、検察が、安倍氏の秘書に政治資金規正法25条1項2号の「記載すべき事項の記載をしなかった」、つまり「不記載罪」を適用しようとしている可能性がある。

確かに、前夜祭の収支が、前夜祭の主催者であった安倍晋三後援会に帰属するものなのであれば、同後援会の政治収支報告書に記載すべき事項だったのに記載しなかった不記載罪が成立することは確かである。

この場合、記載義務があるのは会計責任者又は、その事務担当者であり、それら身分のある人だけが主体となる「身分犯」だ。収支報告書への記載の有無を実質的に決定する立場で不記載を会計責任者等に指示したのであれば、「身分なき共犯」として処罰する余地はあるが、会計責任者等以外の者が、記載すべき事項を記載しないことを認識していただけでは、原則として犯罪は成立しない。

もし、不記載罪を適用するのであれば、安倍氏は、前夜祭の収支を認識し、それを記載しない収支報告書を提出することを容認していた疑いが濃厚であっても、犯罪の嫌疑がないということになり、被疑者ではなく、参考人聴取で済ますことの説明が容易になる。

しかし、これまで、検察は、例えば、「政治資金の寄附」を受けているのに、それを記載しなかったというような違反について、不記載罪が成立する場合であっても、その不記載が、その収支報告書の全体的な収支の総額に影響するとして、収支の総額等についての「虚偽記入罪」を適用することが多かった。「虚偽記入罪」であれば、身分犯ではなく「何人についても犯罪が成立する」という判例がある。

実質的には不記載罪であっても、虚偽記入罪と構成することで犯罪の成立範囲を拡張してきたので、実際に、不記載罪で起訴した事例は少ない(日歯連闇献金事件では、平成研の会長代行であった村岡兼蔵氏が、会計責任者とともに不記載罪で起訴されている)。

そういう実務からすると、今回の安倍氏後援会の政治資金収支報告書の問題を「不記載罪」ととらえることには、安倍氏の聴取を被疑者としてではなく、参考人聴取で済まそうとの意図もがあるのかもしれない。

しかし、少なくとも、虚偽記入罪も成立する余地があり、それを視野に入れれば、安倍氏にも犯罪の嫌疑は十分にあるのであるから、やはり、黙秘権を告知した上で、被疑者としての取調べを行うべきだ。

安倍氏の秘書については、政治資金規正法違反で略式起訴の予定とされている。もし、簡易裁判所に略式起訴され、簡裁判事が、そのまま略式命令を出せば、事件は書面だけの審理で終わることになる。

しかし、国会でもマスコミでもこれだけ大きく取り上げられ、社会的関心が高い問題であるだけに、非公開の書面審理で終わらせることが適切とは思えない。

電通の違法残業事件では、東京地検は法人としての同社を労働基準法違反罪で略式起訴したが、東京簡裁は略式手続を「不相当」とし、公判が開かれた。

安倍氏の秘書が略式起訴された場合、担当した簡裁判事が、書面審理だけで済ますとは思えない。公判が開かれる可能性が高いと考えられる。

辞任したばかりの前首相が、検察に、政治資金規正法違反の被疑者として取調べを受けることの意味は大きい。

これまで、マスコミには虚偽説明、国会では虚偽答弁を繰り返してきた安倍氏も、いよいよ、国会議員「投了」ということにならざるを得ないのではなかろうか。

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「桜を見る会」前夜祭問題、2020年版“盤面解説” 安倍前首相「詰み」の結末

昨年の今頃、安倍晋三前首相が、「桜を見る会」の前日に都内のホテルで開催された「前夜祭」に関する公選法違反、政治資金規正法違反の疑いについて、官邸での「ぶら下がり会見」等で対応したが、その説明には重大な疑問が生じていた。

私は、2019年11月27日に投稿した【「桜を見る会」前夜祭、安倍首相説明の「詰み」を盤面解説】で、「桜を見る会」問題に関する安倍首相の「説明」の問題点を全体的に解説し、これらの違法行為を否定する安倍首相の説明が「詰んでいる」と表現して、この問題についての安倍首相が「説明不能」の状況に陥っていることを指摘した。

約1年を経過した11月23日、読売新聞のスクープにより、この問題に関して、東京地検特捜部が関係先を捜査していることが明らかになり、同日夜には、NHKが、前首相側が会費800万円以上を補填していたことを示す領収書の存在をスクープした。

これらの報道を受け、「前夜祭」としての夕食会について、安倍氏周辺は

「(政治資金)収支報告書に記載すべきだったという事実を担当秘書は知っていた」

と語り、政治資金収支報告書への不記載だったとの認識を示したと報じられている。

本日(11月25日)付け朝日新聞によると、

その理由について、秘書は、2013年から始まった夕食会の開催当初から記載していなかったため、例年その手法を継続していたと説明しているという。

一方、安倍氏が首相時代の国会答弁で、夕食会の費用の一部を負担した事実を重ねて否定していたことについて安倍氏周辺は「当時、秘書が安倍首相に虚偽の説明をしていた」と説明。安倍氏は昨年、国会答弁に先立って秘書に「事務所が(一部を)支出していることはないか」と確認していたという。その際、秘書は「払っていない」と虚偽の説明をしたとしている。

とのことだ。

1年前、安倍氏は、この前夜祭についての説明不能の状態に陥り、将棋で言えば、完全に「詰んでいる」のに「投了」せず、そのまま首相の座に居座り続けた。

そして、年が明けてから、1月末には、東京高検黒川検事長の定年後の勤務延長を、検察庁法に違反し過去の国会答弁にも反するにもかかわらず閣議決定し、さらに、その違法な定年後勤務延長の「辻褄合わせ」としか思えない「検察庁法改正案」で、内閣が検察幹部の定年延長で人事に介入することを可能にしようとして、国民全体から厳しい批判を浴びた。

その間、深刻化していた新型コロナ感染に関しても、突然の全国の学校を臨時休校要請、目前に迫っていた東京五輪開催を自らの政治的レガシーのために「1年後」に延期、「アベノマスク」の配布、一律10万円給付をめぐる混乱など、時の内閣として最低最悪の失態を繰り返した。

一方で、2019年7月の参議院選挙に関する公選法違反事件で河井前法相が逮捕されたことに関しても、党本部からの1億5000万円の選挙資金の提供が買収資金に与えられた疑いが浮上するなど、更に批判が高まり窮地に追い込まれた安倍氏は、8月末に、持病の悪化を理由に突然、首相辞任表明を行った。

今回、検察捜査によって「安倍前首相の答弁」が客観的に虚偽であったことが明らかになったのであるが、それについて、安倍氏側は、「秘書が虚偽説明をしていた」という、信じ難い「子供じみた言い訳」をしているというのだ。

7年以上にわたって続いた「戦後最長の第二次安倍内閣」が、実は、このような「嘘に嘘を重ねただけの『虚構内閣』」だったのではないかという深刻な疑問を抱かざるを得ない。

今回の検察捜査と関連する動きを踏まえて、昨年の「盤面解説」を更新し、

《2020年版「桜を見る会」前夜祭問題盤面解説》

として、この問題を改めて解説することとしたい(なお、昨年の「盤面解説」には、一部「詰将棋」としての誤りがあったので、その点は修正した。)。

「桜を見る会」追及が始まった時点での盤面

 まず、「桜を見る会」についての追及が始まり、前夜祭の問題に及んだ時点の盤面が《盤面1》(盤面は著者作成、以下同様)である。

《盤面1》

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 「5八」に位置する安倍首相の「玉(ぎょく:王将)」を守る駒として、「3七」の位置に安倍後援会の「金」(斜め後方以外の場所に1マス動かすことができる駒)、「7六」の位置にホテルニューオータニの「銀」(左右と後方以外の場所に1マス動かすことができる駒)という「二つの駒」があった。

 安倍後援会が、安倍首相の指示どおりに動くのは当然であり、ホテルニューオータニも、絶大な政治権力を持つ安倍首相にとっては、動かすことが容易な「駒」だったであろう。

 当初は、「前夜祭」としての夕食会の1人5000円という会費が安過ぎるのではないか、実際にはもっと高く、その差額を安倍後援会が補填しているのではないか、そうだとすると、安倍首相の地元の支援者が多数参加している夕食会は、「有権者に対する利益供与」(公選法違反)に当たるのではないか、が問題にされた。

 この段階で、安倍首相が強く意識したのは、「公選法違反」の問題であった。直近で、同じ有権者に対する利益供与の問題で、菅原一秀氏が、就任間もなく経済産業大臣を辞任していたこともあって、公選法問題は、総理大臣辞任につながりかねない重大リスクであった。《盤面1》上の「敵の駒」としては、敵陣「2二」の位置にある「飛車」(縦横どこまででも動かせる駒)であった。

 しかし、「桜を見る会」の「前夜祭」に関するリスクはそれだけではなかった。

政治団体である安倍後援会が深く関わっていることは明らかであり、それについて、収支が発生していれば、政治資金収支報告書に記載しなければならない。しかし、その収支報告書には、過去に、「桜を見る会」の「前夜祭」の収支が記載されたことはなく、収支の記載義務があるので、もろに政治資金規正法違反となる。

《盤面1》で言えば「9三」の「角」(前後左右の斜め方向にどこまでも動かせる駒)であった(昨年の盤面では、「6二」の「香車」としていたが、これは、「詰将棋」的に誤りだったので変更)。

 そして、盤面の中央に位置する駒が、マスコミやネット上の安倍政権に対する批判の言論の「金」であり、これには、私自身も含まれる。

 つまり、《盤面1》の上で、「安倍王将」を守る駒が「後援会」(金)、ホテルニューオータニ(銀)、

攻める方が、「公選法違反」(飛車)と「政治資金規正法違反」(角)、そして、それらを背景とする言論(金)という構図だった。

安倍首相にとって最大の「悪手」だった「6七玉」

 そこからの盤面の動きを示したのが《盤面2》だ。

 まず、野党側の追及は、「ホテルニューオータニの鶴の間でのパーティーは最低でも一人11000円」とされていることなどから、前夜祭の夕食パーティーが有権者への利益供与の公選法違反に当たるのではないかという指摘だった。

「2二飛車」は「2八飛車成り」で、一気に、「3七金」の安倍後援会に迫った。これによって「飛車」は「龍」(もともとの飛車の動きに加えて、斜め前方と斜め後方に1マス動かせる駒)となる。

《盤面2》

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 そこで、安倍首相側の意識は、「公選法違反」の「2八龍」の方に集中した。

この局面で、安倍首相は、後援会側に動くことによる公選法違反のリスクを恐れ、反対のホテルニューオータニ側に都合の良い説明をさせる方針をとった。

 2019年11月15日、安倍首相はぶら下がり会見で

すべての費用は参加者の自己負担。旅費・宿泊費は、各参加者が旅行代理店に支払いし、夕食会費用については、安倍事務所職員が1人5000円を集金してホテル名義の領収書を手交。集金した現金をその場でホテル側に渡すという形で、参加者からホテル側への支払いがなされた。

と説明し、18日のぶら下がり会見でも、

安倍事務所にも後援会にも、一切、入金はなく出金もない。旅費や宿泊費は各参加者が直接支払いを行い、食事代についても領収書を発行していない。

と述べた。

 そして、安倍首相は、ホテルニューオータニ側が、1人5000円という会費の設定を行い、自ら参加者から会費を徴収したものだとして、「安倍後援会側に収支が発生しない」という説明をすることで、説明責任を、後援会ではなく、すべてホテルニューオータニ側に押しつけようとした。

 夕食会の参加費の価格設定も会費の徴収もすべてホテル側が行うという、「ホテル主催の宴会」であるかのように説明したのである。そうすれば、安倍後援会は一切関与せず、収支も発生しないことになる。

つまり、「3七金」の安倍後援会ではなく、「7六銀」のニューオータニの方に寄ろうとし、「6七玉」という手を指したのである。

 しかし、それが、安倍首相にとって、致命的な「悪手」(あくしゅ:形勢が悪化するような指し手)であったことは盤面上も明らかだ。

18日の夜、私は、【「ホテル主催夕食会」なら、安倍首相・事務所関係者の会費は支払われたのか】と題する記事を出した。

安倍首相が説明するとおり、ホテル側が会費の設定を行い、自ら参加者から会費を徴収するのであれば、その立食パーティーに参加した「安倍首相夫妻」、「後援会関係者」らからも会費を徴収するのが当然だ。会費を支払った場合は、安倍事務所側に支出が発生するので、後援会に政治資金収支報告書に記載がないことが政治資金規正法違反となる。逆に、会費を支払っていない場合には、「無銭飲食」になる。

これは、「ホテル主催夕食会だったのなら、安倍首相夫妻らは参加費を支払ったのか」という「6六金」の「王手」(おうて:次に相手玉を取ることができる状態)で「詰み」という盤面であった。

政治資金規正法違反の「9三角」が効いている(玉で「金」を取ろうとしても、前後左右の斜めにどこまででも動く「角」にとられてしまう)ので、「6六金」の王手で、完全に「詰み」なのである。

「虚偽答弁」で逃げきった安倍氏

ところが、安倍氏は、その後、12月2日の参議院本会議の代表質問においても、以下のような、「驚くべき答弁」を行った。

夕食会には、私は妻とともにゲストとして参加し、挨拶を行ったほか、参加者との写真撮影に応じた後、すぐに会場を後にしております。事務所や後援会の職員は写真撮影や集金等を行ったのみです。このようなことから、会費の支払はしておりません。

ちなみに、私と妻や事務所等の職員は夕食会場で飲食を行っておりません。

いずれにしても、夕食会の費用については、ホテル側との合意に基づき、夕食会場入口の受付において安倍事務所の職員が一人5000円を集金し、ホテル名義の領収書をその場で手交し、受付終了後に集金した全ての現金をその場でホテル側に渡すという形で参加者からホテル側への支払がなされたものと承知しております。

このように、同夕食会に関して、安倍晋三後援会としての収入、支出は一切ないことから、政治資金収支報告書への記載は必要ないものと認識しております。

桜を見る会の前日に開催された夕食会についてお尋ねがありました。

夕食会の価格設定については、私の事務所の職員がホテル側と各種段取りを相談する中で、出席者の大多数が当該ホテルの宿泊者であるという事情等を踏まえ、会場費も含めて800人規模、一人当たり5000円とすることでホテル側が設定したものであります。

私の事務所に確認を行った結果、ホテル側との相談過程においてホテル側から明細書等の発行はなく、加えて、ホテル側としては営業の秘密に関わることから公開を前提とした資料提供には応じかねることであったと報告を受けております。

これが、いかに「語るに落ちた答弁」か、説明すら要しないであろう。

そもそも、立食パーティーについて、主催者が一切会費の徴収に関わらず、ホテル側が直接参加者から会費を徴収するなどということがあり得ないことは、常識で考えれば明らかだ。

もし、万が一、立食パーティーで、ホテル側が、参加者から会費を徴収するということであれば、ホテル側は、飲食をするかしないかにかかわらず、参加者全員から徴収するのが当然である。安倍首相夫妻は、雛壇に立って乾杯の挨拶をする際に、ホテルスタッフからグラスを受け取っているのであり、それだけでホテルからサービスの提供を受けていることは明らかだ。

しかし、その後、安部氏は、衆参両院の予算委員会での野党からの追及に対しても、このような「語るに落ちた答弁」で押し通したのである。

2020年11月に明らかになった真実

そして、約1年が経過し、東京地検特捜部の捜査で、ホテルニューオータニから前夜祭に関する資料が提出され、安倍氏側が会費800万円以上を補填した事実を示す領収書の存在及びその領収書が安倍氏の資金管理団体宛てであったことが明らかになった。

つまり、安倍首相が、参議院本会議の代表質問で行った答弁は、丸ごと「大ウソ」だったことが明らかになった。しかも、安倍首相側は、「当時、秘書が安倍首相に虚偽の説明をしていた」などと、さらに「幼稚園児以下の『言い訳』」を重ねているというのである。

このような状況を、改めて「盤面」で表現したのが、以下である。

《盤面2020》

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本来は、昨年12月以降の国会での質疑で、「ホテルが会費を徴収する夕食会だったのなら、安倍首相夫妻らは参加費を支払わなければならないはず。支払わないことが許容されるのなら、ホテルが会費徴収する夕食会ではない」という追及を続ける「6六金」の「王手」で「詰み」だったはずである。ところが、「私と妻や事務所等の職員は夕食会場で飲食を行っておりません」という代表質問への答弁の後、この点の追及は行われないまま終わってしまった。結局、安倍首相批判の言論の「5五金」は、王手として指されることなく「無力化」してしまったのである。

そして、今回明らかになった東京地検特捜部の捜査は、「6七」の「安倍王将」への王手としての「6六金」である。「安倍王将」は、昨年11月に最初にこの問題で追及を受けた時点では、ここに検察の「金」が打たれることは、想定していなかったのかも知れない。

その時点では、「1六」に、「安倍王将」を守る駒として「飛車」が存在していた。それは、「官邸の守護神」と言われた「黒川検事長」の存在である。この「飛車」が効いていれば、「6六金」の特捜部の「一手」はあり得なかった。ところが、その「飛車」は、今年5月の黒川検事長「賭け麻雀」辞任で、消滅してしまった。

この「金」は、「7六銀」のホテルニューオータニに対する攻めにもなっており、その攻めのために、同ホテルは明細書、領収書の控え等を検察に提供し、それによって、安倍氏の資金管理団体による飲食代の補填の事実が明らかになった。破綻した説明による「逃げ切り」の後、無力化していた「批判言論」の「5五金」も、今回の報道を受けて再びその力を増し、安倍氏の往く手を阻んでいる。

どう考えても、「安倍王将」は、ここで「投了」である。首相として国民を欺いた責任をとって議員辞職するのが当然である。

ところが、信じ難いことに、安倍氏は、それでも「投了」せず、「秘書に騙されていた」という「子供じみた言い訳」を、恥ずかしげもなく行おうとしているのである。

安倍氏の認識の根拠は、「秘書の説明」だけではないはずだ。そもそも、安倍氏は、すべてホテル側が参加者から個別に飲食代金を集金した、という常識ではあり得ない説明を行っているのである。そのような説明を、ニューオータニ側と連絡することなく一方的に行うこともあり得ない。その際、飲食代の補填の有無を確認するのが当然で、その時点で補填の事実を把握したはずだ。

ウソに嘘を重ねた「悪夢の第2次安倍内閣」

この「桜を見る会」問題には、安倍政権による、日本の行政組織の支配構図と、安倍首相の「身内びいき」の姿勢という安倍政権の本質的な問題が端的に表れている。

なぜ、本来、各界で功労・功績があった人達を慰労することを目的としているのに、功労者として招待された人間に対する接遇に気を遣うことはほとんどなく、一方で、安倍後援会関係者は、開場時刻前に何台ものバスで乗り付けて、ふんだんな飲食やお土産までふるまわれるのか。

そこには、これまで、森友・加計学園問題でもしばしば問題とされてきた、安倍一強体制の下での「権力者への忖度」が影響していたのであろう。

運営の実務を行う内閣府や官邸の職員には、「桜を見る会」が、安倍後援会側の意向で「地元有権者歓待行事」と化していることに違和感を覚えても、異を唱えることなどできない。傍若無人に大型バスで開場に乗り込んでくる安倍後援会側の行動を黙認するしかなかったのであろう。

開催経費が予算を超えて膨張していったのも、後援会の招待者が増え、地元の参加者に十分な飲食の提供など歓待をしようとする要求に抵抗できなかった結果であり、内閣府等の職員達は、各界の功労・功績者の慰労という本来の目的との関係は気になりつつも、実際にはそれを考える余裕はなかったのであろう。そのような公的行事としての「桜を見る会」の地元有権者歓待のための私物化の延長上に、「前夜祭」での違法行為の問題がある。

何より重要なのは、第二次安倍政権の7年余、このように、誰がどう考えてもおかしなことが問題にされても、ウソに嘘を重ね、「違法なことはやっていない」と開き直るということを繰り返し、それが、官僚や政治家等の周囲の忖度によって正当化されてきたということである。言い訳が破綻しているのに、「語るに落ちた『言い訳』」で国会追及を逃げ切るということを繰り返してきたのである。

安倍氏が、「桜を見る会」前夜祭の説明が破綻しているのに、そのまま首相の座に居座り続けてきた約8か月の間に日本の社会で起きたことを振り返ると、「悪夢」そのものである。

今後、この事件の検察捜査はどうなるのか、特捜部という「金」の動きに注目が集まることになるだろう。

しかし、それ以前の問題として、我々は、安倍首相が、この問題についてどのような説明をしてきたのか、それを当時官房長官であった菅義偉現首相がどのように擁護してきたのかを検証しなければならない。

そして、安倍政権とその流れを継承する現政権が「説明責任」を負う姿勢が完全に欠如した政権であることを、問題の本質としてとらえるべきだろう。

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国内外の感染拡大で絶望的な東京五輪、「開催中止」前提の対応をすべき

今年7月末に出した記事【”東京五輪協賛金追加拠出の是非”を、企業コンプライアンスの観点から考える】で、スポンサー企業が東京五輪に対して協賛金を拠出することに関する企業コンプライアンスの問題について以下の内容を指摘した。

・新型コロナウイルスの感染拡大によって積極的な宣伝活動が難しい上に、大会の簡素化によって期待した宣伝効果は見込めず、追加費用を拠出することのメリットは大幅に縮小しており、新型コロナの直撃を受けて業績が悪化しているスポンサー企業にとって、追加拠出を正当化する理由は見出し難い。

・そして、追加拠出に応じた場合、現時点でも大多数の国民が予想しているとおり、結局、東京五輪開催が「中止」になっても、拠出した費用は返還されない。

・それによって株主の利益が損なわれることが予想できるのに、敢えて拠出を決定したとすれば、会社法上、拠出を決定した取締役が善管注意義務違反に問われ、株主からの代表訴訟で責任を問われる可能性もある。

 このような指摘が認識されているからか、NHKが国内のスポンサー企業にアンケート調査を行った結果(11月14日)、12月末で契約が切れるスポンサー契約を延長するかどうか尋ねたところ、61%に当たる33社が「決めていない」と回答したとのことだ。多くのスポンサー企業が、スポンサー企業として追加拠出するかどうかについて、非常に困難な判断を迫られているようだ。

 【前記記事】で指摘したことは、現状においても全く変わるところはない。むしろ、国内の感染者が急増し、米国、欧州等での感染が急拡大し、再度のロックダウンを行う国もあり、日本でも、全国で感染者が急増して、感染者総数は、連日、最多を更新している。重症者数も4月の第一波を超えようとしているこの状況で、来年夏東京五輪開催を考えること自体が「常識外れ」とも言える。開催を前提にした追加拠出を行うことの企業コンプライアンス上の問題は一層重大となっている。

 こうした中で、IOCのバッハ会長が来日し、国立競技場を視察したり、「人類がウイルスに打ち勝った証として、東京五輪開催を実現する」などと述べる菅首相や小池都知事、大会組織委員会の森会長と会談した。日本のメディアは、これによって、新型コロナウイルスの感染拡大で五輪がやれるかやれないかの空気が出始めている中、IOCと日本側双方が開催の意思を確認したかのように報じている。

 しかし、スポンサー企業が、このようなバッハ会長の動きや発言に惑わされてはならない。東京五輪開催の意思を強調するバッハ会長の意図を、慎重に見極める必要がある。

 その点に関して、先日、BS・TBSの番組で、元東京五輪招致準備担当課長の鈴木知幸氏が注目すべき発言を行った。

 最悪「中止」という選択肢を選ばざるを得なかったときに、IOCが決断したのではないと、WHOに言わせようとしている。バッハは。これはやむを得ないと。WHOがだめだと言っているのだから。これはあまり言われていないんですが、組織委員会はものすごく危機感をもって。WHOにそう言われてしまったら反論のしようもない。

 WHOを使って「中止」という言葉を引き出すというようなことを、僕は腹に持っているのではないか、と思っています。

 IOC側が、開催中止を決定する場合に、「WHOの勧告によって開催は中止せざるを得ない」という理由づけにして責任回避を図ろうとしているというのは、来日して「東京五輪開催の意思」を強調したIOC幹部の意図を考える上で重要な要素だと考えられる。

 米国・欧州の感染急拡大の現状から、主要国には、東京五輪への選手や関係者などを日本に派遣する準備を行う余裕など全くなく、最終的には開催中止の可能性が高いとの認識は、IOC側も当然持っているはずだ。ただ、その「開催中止の判断」についてIOCが責任を負わされないようにするということを最優先に考えているということだろう。

 日本政府や東京五輪組織委員会も、「責任回避」を優先しているという面では同様であろう。

 IOCが開催の意思を示している以上、日本側から開催中止を口にすることはできない。もし、日本側が先に断念したら、開催中止の責任は日本側が負うことになる。

 五輪中止に伴うスポンサー企業等への損害賠償責任がどれだけの金額になるのか、想像がつかないとも言われている。その責任は、IOCも日本側も絶対に負いたくないということだろう。

 そういう「責任回避」合戦のために、実際には開催困難であるのに、開催中止が、明確に決定されることなく、今後、時間が経過していくことになりかねない。

 それが、追加拠出を行った場合のスポンサー企業のみならず、国民全体にも、重大な損失を生じさせることになる。

 このような「責任回避」合戦に惑わされることなく、「東京五輪開催中止」は避けられないという事実を冷静に見極めた対応をとることが必要であろう。それは、スポンサー企業だけでない。開催中止を表向き公言できない政府や、東京都等の自治体も、「開催中止」を念頭においた対応を行うことが必要だ。それを行わないことは日本社会に重大な不利益を与える。「社会の要請に応える」という意味のコンプライアンスに違反することは明らかだ。

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日本で唯一の「ゴーン事件」裁判、原告日産の不可解な対応は何を意味するのか

日産自動車(以下、「日産」)が、元会長のカルロス・ゴーン氏に対して提起していた約100億円の損害賠償請求訴訟の第1回口頭弁論期日が、昨日(11月13日)横浜地裁で開かれた。

この訴訟は、ゴーン氏がレバノンに不法出国した1カ月余り後の今年2月12日に、日産が、ゴーン氏に対して、ゴーン氏が起訴された犯罪事実や、それ以前に日産自動車が行った社内調査で明らかになったとする「不正」について、「不法行為による民事上の損害賠償請求」を行ったものだ。

原告の日産は、その「不法行為」の立証のために、ゴーン氏の刑事裁判で検察が立証しようとしていた犯罪事実や、ゴーン氏の「不正」の事実を、独自に証拠によって立証することになる。

ゴーン氏の刑事裁判が被告人不在で停止している中で、検察ではなく日産が「立証の主体」となって行われる「日本で唯一のカルロス・ゴーン事件裁判」である。

私は、2018年11月に、「日産自動車ゴーン会長逮捕」が報じられて以降、ヤフーニュース・ブログ等で、検察実務や刑事司法、コーポレート・ガバナンスを専門とする立場で、客観的、中立的な立場から解説・論評してきた。その中で、検察捜査に関する問題を指摘するとともに、コーポレート・ガバナンスのルールを無視して検察の権力による「クーデター」でゴーン会長を追放した日産経営陣を厳しく批判してきた。

そして、ゴーン氏の事件についての解説・論評の集大成として、ゴーン氏のインタビューを含む著書【「深層」カルロス・ゴーンとの対話:起訴されれば99%超が有罪となる国で】を、今年4月に公刊した。

今回の訴訟が、単なる民事訴訟ではなく、刑事裁判に代わって、ゴーン氏をめぐる事件の真相解明につながるものであることから、ゴーン氏の訴訟代理人という当事者の立場に立って訴訟活動に加わることにしたものだ。

ゴーン氏の国外逃亡後に、敢えて、唯一の「カルロス・ゴーン事件裁判」となるこの民事訴訟を提起したのだから、慎重な検討と判断を経たものだろうと思うのが当然だろう。

しかし、日産の訴状の内容も、提訴以降の原告としての対応も、被告代理人にとって、驚きの連続であった。

訴状には、「不法行為」について、これまで日産が一方で公表してきたゴーン氏の「不正」が記載されているだけで、非公表の内容は殆ど含まれていない。

「損害」として、ゴーン氏の不正に関して行ったとする日産の社内調査のための弁護士事務所費用約10億円、会計事務所費用約15億円、ゴーン氏の不正によって被ったとする信用棄損の損害10億円などが書き並べられているが、費用の具体的内容も支払先も全く記載されていない。

100億円という訴額にするための「ぼったくりバーの請求書」のようなものだった。

しかも、民事訴訟規則55条2項では、

訴状には、立証を要する事由につき、証拠となるべき文書の写し(以下「書証の写し」と言う)で重要なものを添付しなければならない

とされ、同規則53条1項は

訴状には、・・・立証を要する事由ごとに、当該事実に関連する事実で重要なもの及び証拠を記載しなければならない

とされているのに、日産の訴状には書証が全く添付も引用もされていない。

原告代理人は、日本における企業法務を専門に扱う法律事務所の草分け的存在として明治35年に開設された岩田合同法律事務所であり、通常であれば、そのような「初歩的な民訴規則」に反する訴状を作成するとは思えない。

被告代理人からは、再三にわたって、書証の提出・引用を行うよう求めてきたが、全く提出されず、提訴から9カ月も経った先週末に、ようやく提出してきた書証は、会社登記簿、ゴーン氏に役員報酬の決定権が与えられていたことに関する取締役会議事録、日産が証券取引等監視委員会にゴーン氏の役員報酬等についての金商法違反を自主申告したことを受けて課徴金納付命令の勧告が出されたことのホームページの写しなど、既に公になっているものばかりだった。

このような経過で迎えた昨日の横浜地裁での第1回口頭弁論期日は、冒頭から波乱の展開となった。

被告代理人側から、主張の根拠となる書証が訴状に添付されておらず、提訴から9カ月も経っているのに、いまだに書証が殆ど提出されていない理由について、原告代理人を厳しく問いただした。

原告代理人は、

「証拠を整理しており、提出までに3か月かかる」

と回答した。

原告代理人は、根拠となる証拠を整理することもなく、100億円もの損害賠償請求訴訟を提起したというのだ。

しかも、書証の提出の問題だけではない。「損害」について、支払先も具体的内容も記載されておらず、主張自体が明確になっていないが、「主張をいつ明らかにするのか」と尋ねても具体的な返答はない。

「被告代理人が追及し、原告代理人が防戦一方」というのは、通常の訴訟とは真逆であり、裁判長も、「原告」と「被告」とを言い間違える程だった。

期日終了後、被告代理人は、裁判所近くの会議室で記者会見を開いたが、原告代理人は、報道陣に取り囲まれても、「完全黙秘」を貫いたとのことだった。これも、通常の民事訴訟とは真逆だ。

記者会見では、前日に送られてきたゴーン氏のStatement Regarding Civil Lawsuit Filed by Nissan Motor Companyと題する声明文を公開し、私が訴訟代理人を受任するに至った経緯とこれまでの訴訟の経過を説明した。声明文は以下の通り。

 

 

 

 

 

 

 

 

その会見で説明したことを含め、私の訴訟代理人受任の経緯と経過の詳細、そして、日産が不可解極まりない100億円の損害賠償請求訴訟を提起した背景として推測されることについては、11月12日に会員制メルマガに出した記事で詳しく述べている。

(初月無料➡https://www.mag2.com/m/0001693647?reg=new-pickup-pay

公開したゴーン氏の声明文の最後は、以下のように締めくくられている。

今回の日産側の民事訴訟提起は、日産の一部経営者が邪悪な意図で行った不当極まりない社内調査、検察の不当な逮捕・起訴の延長上にあるものであり、公正な民事裁判が行われ、日産が主張する不正及び起訴された刑事事件の内容や問題点に精通している郷原弁護士を中心とする弁護団の反証活動により、私に対して向けられた不正や犯罪の疑いが全く理由のないものであることが明らかになるものと確信している。

ここで注目すべきは、原告の日産を代表して本件の訴訟を提起したのが、永井素夫監査委員会委員長だということだ。

永井氏は、ゴーン会長に関する不正調査が行われた時から監査役として、「会長追放」の中心となった人物だ。その永井氏が、日産の代表者として、今回の訴訟を提起しているのである。

2018年11月19日の突然の「ゴーン会長逮捕」以降、夥しいゴーン・バッシング報道により、多くの日本人は、一連の事件を

強欲な独裁者ゴーンによる日産の私物化に加担させられていた部下の執行役員が、良心の呵責に耐えかねて監査役に「正義の内部通報」を行ったことを発端に、日産の社内調査が行われて重大な不正が明らかになり、その調査結果が検察に持ち込まれて「独裁者ゴーン」に検察による逮捕・起訴という「正義の鉄槌」が下った。有罪判決を受けて重い処罰が免れられないと考えたゴーンは、金に物を言わせて海外に逃亡した

というストーリーでとらえている。

しかし、そこには重大な誤解がある。

まず、「検察の捜査・起訴」に重大な疑問があることは、私が、ゴーン氏の最初の逮捕以降、膨大な数の発信を行い、その集大成として【前記著書】を公刊した。

そして、上記の「正義の内部通報」についても、ブルームバーグの記事【日産の社内メール、ゴーン元会長降ろしの実態を浮き彫りに】(2020年6月15日)、【ゴーン追放劇の陰の立役者はいかに日産の遺産を打ち砕いたか】(8月28日)で、

内部告発者とされるハリナダ氏が、日産とルノーとの関係の在り方等についての個人的動機に基づいて不正な方法でゴーン氏に関して情報を収集し、自ら日産の社内調査の中心になった後に検察と「司法取引」を行い、その後も日産の社内調査の中心となっていたこと

が詳細に報じられており、ハリナダ氏が「正義の内部通報者」であったことにも重大な疑問が生じている。

それに加えて、ハリナダ氏とともに社内調査の中心となったとされる永井氏が原告の代表として提起したのが今回の民事訴訟だ。

ところが、日産側の訴訟対応は、100億円に及ぶ訴額の訴訟を提起した原告とは言えない異常なものであり、そのことも、日産の社内調査、ゴーン会長追放の経緯にも重大な疑念を生じさせている。

今回の訴訟で原告の日産が主張している「損害」の多くは、社内調査に関して外部の法律事務所や会計事務所に支払った費用であり、その社内調査の結果を検察に持ち込んだことがゴーン氏の逮捕につながった。

それらがゴーン氏の不法行為による「損害」であることを立証しようと思えば、調査の目的と内容を具体的に明らかにすることが必要となる。

それによって、日産が行った社内調査が、本当に「経営トップの不正」についての内部通報を受けて行われた正当なものだったのか、一部の会社幹部が「ゴーン会長追放クーデター」を目的として行った不当なものだったのかが明らかになる。

多くの日本人が思い込んでいる上記のストーリーが正しいのか、全くの誤りなのか、日産側代理人が3か月後までに提出予定としている原告側書証の内容など、「日本で唯一のカルロス・ゴーン事件裁判」の今後の展開によって、明らかになってくるはずだ。

 

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松井市長による「捏造」指摘と大阪市財政局長の謝罪会見

 大阪市を廃止して特別区に再編する、いわゆる「大阪都構想」をめぐる住民投票を11月1日に控えた10月26日に、毎日新聞が「大阪市4分割ならコスト218億円増 都構想実現で特別区の収支悪化も 市試算」と報じた。

 市民にもわかりやすい「大阪都構想が実現した場合の特別区設置後の収支悪化」という報道が行われたことに、都構想推進派の松井市長、大阪維新の会、元市長の橋下徹氏などが大反発し、毎日新聞の記事や、それに追従した他のマスコミの記事に抗議して訂正に追い込むとともに、その根拠となる試算の数字を提供した大阪市財政局側に対して厳しい対応を行った。

 大阪市を4市に分市した場合の基準財政需要額の資料を毎日新聞に提供したことについて、財政局長は、10月27日に記者会見した際は「(都構想の)特別区設置のコスト増とは全く関係ない」としつつ、「試算は妥当だ」との考えを示していた。しかし、29日に再び記者会見を開き、今回の試算が、「いわば虚偽のもので実際はありえないものだ」「誤った考えに基づき試算し、誤解を招く結果になった」と述べて、報道各社や市民に謝罪した。そして、謝罪に至った経緯について、松井一郎市長に試算についての考え方を説明したが、市長から「世の中には存在しない架空の数字を提供することはいわば捏造だ。資料を提供した財政局のガバナンスの問題だ」と厳重な注意を受けたことを明らかにした。

過去に例がない「政令指定都市の解体」

 大阪市財政局長が、市長から「架空の数字を捏造した」と非難されて会見を行い、「虚偽のもの」とまで認めて謝罪するというのは、異常な事態だ。

 上記毎日記事は、

大阪市を四つの自治体に分割した場合、標準的な行政サービスを実施するために毎年必要なコスト「基準財政需要額」の合計が、現在よりも約218億円増えることが市財政局の試算で明らかになった。人口を4等分した条件での試算だが、結果が表面化するのは初めて。一方、市を4特別区に再編する「大阪都構想」での収入合計は市単体と変わらず、行政コストが同様に増えれば特別区の収支悪化が予想される。特別区の財政は11月1日投開票の住民投票でも大きな争点で、判断材料になりそうだ。

というものだが、確かに、現在住民投票で賛否を問われようとしているのは、「大阪市という政令指定都市を廃止して、4つの特別区を創設する」というものであり、「大阪市を4分割して、4つの政令指定都市を作る」というものではない。そういう意味では、この「試算」を、単純に都構想の是非の判断に結び付けることはできない。

 しかし、そもそも、「政令指定都市を解体して4つの特別区を創設すること」に関する住民投票などというのは、過去に行われた例がない。1943年に、東京市が廃止されて特別区となったが、それは、当時、戦時下で統制強化のために、それまで市長が公選されていた東京市を廃止し、住民自治の基盤を奪う政府側の措置であり、言わば「国家総動員体制」の一環として行われたものだった。今回の「市の廃止・4特別区の設置」とは全く異なる。

 「大阪市廃止・4特別区設置」を実行に移した場合に、行政上の収支にどれだけの影響が生じるか、正確な数値を算定することは不可能だ。そこで、何らかの試算を行って、行政上の収支を推測することになる。

「基準財政需要額」による試算には全く意味がないのか

 大阪市が政令指定都市として存続した場合と、4つの特別区となった場合と比較すると、税収や国からの交付金は変わらないが、一方で、スケールメリットが失われることによって行政コストが増大する。それを、4つの市に分割した場合のコスト増の試算をベースに考えようというのが、上記の毎日新聞の記事だ。

 もちろん、今回の住民投票で問われているのは、このような単純な「分市」ではないし、実際に「4つの特別区」が創設された場合には、行政コスト削減や収入拡大の努力が行われるはずなので、そこで示された218億円の収支悪化というのは、そのまま「大阪都構想」による行政上の収支への影響予測を表すものではない。

 しかし、「単純な分市」の場合の行政コスト増を試算し、そこから、どれだけのコスト削減が可能か、或いは、どれだけ収入増が見込めるかを想定して、行政上の収支への影響を予測しようというアプローチ自体には、一定の合理性がある。

 問題は、財政局が提供した「試算」の根拠となった「基準財政需要額」が、総務省が地方交付税を自治体に支払う額を算定する際の指標の一つであり、「各地方団体の財政需要を合理的に測定するために(…)算定した額」(地方交付税法第2条第3号)とされていて、大阪市を4分割した場合の「実際に発生が見込まれる行政コスト」ではないので、そもそも行政コスト増加の「試算」の根拠にはならないのではないかという疑問があることだ。

 しかし、実際に見込まれる行政コストとは異なると言っても、国からの地方交付税の算定根拠とされる金額なのであるから、行政コストを推計する上での一つの目安になることは確かである。大阪市の廃止と特別区設置が行政上の収支に及ぼす影響を考える上で「試算」に意味がないとは言えない。

特別区制度案や財政シミュレーションの「収支予測」が信頼できるのか

 もちろん、大阪都構想に関して、直接的な行政上の収支予測によって信頼できる金額が示されているのであれば、「基準財政需要額」という間接的な数値を用いて試算する必要はない。その点について、特別区制度案や財政シミュレーションにおいて「実態に即して積算のうえ示している」とする金額があり、それによると

イニシャルコスト(最初にだけ発生する初期費用)が241億円、ランニングコスト(毎年発生する費用)が年30億円(大阪府に発生するコストも含めた合計。大阪市域4特別区に限ると、初期費用204億円+毎年14億円)

とされている。しかし、この金額は、事実上の推進派とも言える「大阪市副首都推進局」が算出したものである上、果たして実際の収支を反映するものなのか否かについては多くの疑問が指摘されている。例えば、コロナ禍以前に策定された「大阪メトロ」の中期経営計画を前提とする固定資産税と株主配当金が特別区の収入として算定されており、その後のコロナ禍での大阪メトロの大幅な採算悪化が考慮されていない。また、プール等の市民利用施設の廃止など、サービス低下を前提としていることが、特別区になっても市民サービスが維持されるという前提に反するとの指摘もある。

 このように「実態に即した積算」にも多くの疑問があり、行政上の収支予測として十分に客観性があるものとは言えない。そうだとすれば、4つの市に分割した場合の地方交付税の算定根拠となる「基準財政需要額」に基づく行政上のコスト増の試算を、行政上の収支予測の「出発点」として行ってみることにも一定の意味があると言えよう。

 もっとも、財政局長が謝罪会見で「誤った考え方に基づく試算」と述べたのが、上記のような「基準財政需要額」に基づく試算という方法自体の問題なのか、そのような方法で行った試算の手法や結果に「誤り」があったのか、記者会見の発言だけからは判然としない。

 そして、「基準財政需要額」による「試算」は、あくまで、コスト削減や収入増を考慮しない「出発点」の金額であり、行政上の収支への影響の判断に直接結び付くものではないという意味で、その金額を、住民投票での争点の判断材料であるかのように述べた毎日新聞の記事がミスリーディングであったことは否定し難い。

50日間の独裁期間

 住民投票で「大阪市廃止・4特別区設置」が可決された場合、松井市長は、大阪市を廃止し、特別区の区長が選挙で選ばれるまで、「最後の市長」を務めるのであろう。

 その場合、大都市法施行令13条では、

法第二条第三項に規定する特別区の設置があった場合においては、従来当該特別区の地域の属していた関係市町村の長であった者が、当該特別区の区長が選挙されるまでの間、その職務を行う

とされており、「最後の市長」には、議会によるチェックも全く働かない50日間の「絶対的な独裁者」としての権限が与えられている。

 既に述べたように、財政局の試算のアプローチ自体には意味がないとは言えないにもかかわらず、自ら信頼して任命しているはずの財政局長に対して、「捏造」という言葉まで使って厳しく非難する松井市長の姿勢には、懸念を抱かざるを得ない。

 松井市長は、住民投票で成立をめざしている「大阪市廃止」が可決されることで、短期間ではあっても、このような絶大な権限を持つことになり得るという自らの立場を、十分に認識した上で、対応すべきである。

 大阪市を廃止し、4つの特別区に解体することが、いかに大阪市民にとって不利益なものであるかは、YouTube【大阪都構想は“市滅の刃”か!?絶対に賛成しては「ダメ」な理由】でも詳しく述べている。住民投票での大阪市民の賢明な判断を期待したい。

 

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日本学術会議任命問題、“甘利氏のブログ記述対応”で感じる「空恐ろしさ」

「任命見送り問題」に端を発した、日本学術会議をめぐる問題について、【「日本学術会議任命見送り問題」と「黒川検事長定年延長問題」に共通する構図】で、

黒川氏の定年後勤務延長問題の事後的正当化のための検察庁法改正案国会提出が、安倍政権にとって大きな打撃になったのと同様に、発足したばかりの菅政権にとって、政権の基盤を崩壊させかねない重大なリスクに発展する可能性がある。

と指摘した。

その後、学術会議側やマスコミ、野党から「任命見送り」の理由の説明を強く求められても、政府側は、「総合的、俯瞰的な視野で判断した」と述べるだけで、具体的な説明を全く行わず、任命見送りの判断に「公安、警備系警察官僚出身」の杉田和博官房副長官が深く関わっていたことが明らかになるなど、その判断が、政府に批判的な研究者を排除する政治的目的で行われた疑いが一層高まっている。

甘利ブログ記述の訂正と「傲慢」発言

一方、この問題が表明化した直後から、日本学術会議の在り方に対する批判が、自民党の有力政治家、保守派論客や、いわゆる「ネット右翼」から湧き上がり、自民党では下村博文政調会長が、塩谷立元文科大臣を座長とする「学術会議の在り方を検討するプロジェクトチーム」を立ち上げた。

このような「日本学術会議批判」の大きな原動力になっていたのが、今年8月に、自民党税制調査会長の甘利明氏の「中国千人計画に積極的に協力している」として日本学術会議を批判した自らの公式ブログでの記述であった。

任命見送り問題表面化以降、SNS等で拡散され、日本学術会議に批判的な世論醸成につながったが、「積極的に協力している」との記述には根拠がないと指摘されるや、甘利氏は、何の注記もなく、密かにブログ記述を書き換え、そのことを【「適切でないとしたら…」自民・甘利議員、学術会議の「千人計画」めぐるブログ書き換えを釈明】で指摘されると、直後に、ブログを再び更新して、新たな記事を追加し、「表現が適切でないとしたら改めさせて頂きます」と記述した。

そして、報道陣の取材に応じ、「私にはそう(学術会議が千人計画に協力しているように)見えたが、それが適切でないというならば、そう見えるという風に訂正した」と釈明し、一方で、学術会議側への謝罪はなく、「権威主義国家との研究協力は相当慎重にやってもらわなければ、日本国民のリスクになる」と持論を展開した(朝日【自民・甘利氏、ブログに記述「学術会議は中国に積極協力」指摘受け修正「間接協力にならないか」】)。

また、この取材の際、自身の「最新のブログ」を読まず、書き換えの趣旨を質問した記者に対し、「無責任」などと激昂する場面もあったという(【FNNプライムオンライン】)。

記者側が、会見直前に、取材対象のブログを再度チェックしなかったとしても、それは取材のためにどのような準備をするのかという記者側で判断する事柄である。自らの口で説明責任を果たさず、ブログでの釈明の積極的な周知もしていないのに、記者の側を「無責任」と言い立てるのは、傲慢そのものである。

甘利氏「ブログ説明」で「真実性の証明」は可能か

ブログ【日本学術会議問題は、「菅首相の任命決裁」、「甘利氏ブログ発言」で、“重大局面”に】で述べたように、名誉棄損罪の客体となる「人」には、「法人格なき社団」なども含まれる。日本学術会議は、国の機関ではあるが、独自の名誉権があると認められれば、同会議を客体とする「名誉棄損」が成立する可能性がある。

刑法230条の2は、名誉棄損罪について真実性の証明による免責を認めており、他人の名誉を毀損するような発言があった場合でも、それが、公益性・公共性のあるものであり、真実であることの証明がある場合(「真実性の証明」)、あるいは、真実性を証明できなかった場合でも、確実な資料・根拠に基づいて事実を真実と誤信した場合(「真実と信じるに相当な理由」)には、免責される。

甘利氏は、「積極的に協力」とした根拠について、公式ブログで、

1)アメリカが警告している様に、中国の千人計画は世界中の一流学者の経験と知識を厚遇で中国が吸い取る計画であること

2)日本からこの計画に何人もの学者が招聘されていること

3)中国は軍民融合宣言で民事と軍事を融合させ、民事研究を軍事に貢献させることを強いることで先端科学研究を安全保障の基軸に据えていること

4)そうした中で日本学術会議は2015年に中国の科学技術協会と協力の覚書を交わし、日中の研究者の受け入れについて学術会議が、「本覚書の範囲内で推薦された研究者を、通常の慣行に従って受入れ、研究プログラムの調整や、現地サポートの対応を行う」と積極的な約束をしたこと

5)その一方で、防衛装備庁の科学技術研究費への申請を各大学の自主性に任せるとしながら、実質的にはそれへの不参加を強く要請したこと

6)(我が国の国民を守るための)安全保障研究には歯止めをかけながら、日本のリスクになる中国の千人計画には何ら警鐘を鳴らしていないばかりか、研究者の交流について積極的にサポートすると約束したこと。つまり日本の公的機関でありながら対日本と対中国との対応の落差を指摘したかった

と述べている。

しかし、仮に、千人計画で日本の研究成果が中国に流出するリスクがあるとしても、学術会議として警鐘を鳴らすべきであったとの意見を述べる理由になるというだけだ。警鐘を鳴らさなかったという不作為と、「積極的に協力」という姿勢・行為との間には隔たりがあり、「積極的に協力している」とのブログ発言を正当化する理由になるものではない。

このような甘利氏の説明は、ブログ訂正後の記述のように、「間接的に協力しているように映る」とはいえても、当初のブログの「積極的に協力している」との記述を正当化する根拠には全くならない。甘利氏のブログでの説明の範囲では、「真実性の証明」も、「真実と信じるに相当な理由」の説明も可能とは思えない。

「甘利氏ブログ記述」による重大な影響

しかも、甘利氏のブログ記事には、日本学術会議が「積極的に協力している」とする「千人計画」は「研究者には千人計画への参加を厳秘にする事を条件付けています」と書かれており、「千人計画」が、中国側が隠密裏に行う「スパイ的活動」であるかのような印象を与えるものだった。

甘利氏がブログ記事を公開したのは8月6日であったが、学術会議問題の初報が出た翌日の10月2日に、「5ちゃんねる」「アノニマスポスト」などに引用されて一気に拡散、翌3日には、「千人計画」というキーワードは一時トレンド入りするなどしており、

「アノニマスポスト」などの記事が出た10月2日までゼロだったツイートがその後、一気に増えていることから、世論醸成のきっかけになっていることは明白

と指摘されている(【(buzzfeed.com)学術会議めぐり広がる大量の誤情報、まとめサイトが影響力。政治家やメディアも加担】)。

甘利氏の投稿が、学術会議の社会的評価を大きく低下させるものであることは明らかであり、「真実性の証明」ができないのであれば、甘利氏の法的責任は重いと言わざるを得ない。

甘利氏は政治家としての「説明責任」を免れられない

一方の日本学術会議側は、10月16日、梶田隆章会長が、首相官邸で菅義偉首相と初めて会談したうえで、「未来志向」で行くことを表明しており、実際に学術会議が甘利氏に対して名誉棄損の法的責任を追及する可能性は高くはない状況になりつつある。

しかし、上記のように、“重い法的責任を問われ得る”ような言動について、政治家として、その道義的責任・政治的責任は避けられない。しかも、甘利氏は、2012年に、自身の原発対応を批判する放送を行ったテレビ東京や記者などを相手取り、損害賠償と謝罪放送を求めて提訴し、勝訴しており、名誉棄損の責任の重さは十二分に理解しているはずである。

URの土地買収問題についての口利き・現金受領疑惑の際は、説明責任を全く果たさなかった甘利氏だが、今度こそ、自分の口で納得のいく説明を行うべきであり、それができないのであれば、政治的責任を取るべきなのではないだろうか。

「千人計画」での学術会議批判の誤謬と飛躍

また、甘利氏をはじめ、今回、学術会議を巡り“誤情報”を拡散している人の多くが、「学術会議」と「千人計画」、「千人計画」と「中国の軍事研究」を結び付け、学術会議を中国の軍事研究に協力する売国奴のように仕立て上げようとしているが、そこには大きな誤謬と飛躍がある。

【(毎日)中国の研究者招致「千人計画」当事者の思い 「学術会議が協力」情報拡散の背景は】では、千人計画に参加した日本人研究者は、「千人計画=軍事研究をしている」というイメージを明確に否定している。

仮に、千人計画について、甘利氏が上記1)から3)で指摘しているように、千人計画と中国の軍事研究の関係性が否定しきれないとしても、千人計画に日本人研究者が参加することが特定の機関の協力によるものと決めつけるには飛躍がある。根本的な問題は、日本の研究者にとっての研究環境の劣悪さであり、それが研究者の海外流出につながり、その行き先の一つが中国だと見ることもできる。

ニューズウィーク日本版【千人計画で「流出」する日本人研究者、彼らはなぜ中国へ行くのか】でも指摘されているように、日本人研究者の海外流出の主原因は、海外における高度な研究環境と、日本国内における研究者の就職難があり、中国はその流出先の一つに過ぎない。

私の事務所でも、日本の大学・研究機関の通報窓口業務や、アンケート業務を受託しているが、そこでも、研究不正の構造的問題として、研究費の慢性的な不足や、翌年ゼロになる不安、成果重視の傾向からくる、ポスドクなど若手へのプレッシャーなどが指摘され、それが不正の動機となっている可能性が指摘されており、不十分な研究環境、研究者の就職難があることは明らかであった。

10月14日のABEMA TIMESでは、「日本全体が“千人計画”に協力していたようなもの。学術会議を悪者にしても解決しない」との議論があり、病理専門医で科学・技術ウオッチャーの榎木英介氏は

研究者にとって中国が魅力的だというのは理解できる。今の日本の若手研究者の悲惨な状況を考えれば、オファーされたら行っちゃうんじゃないかなというくらいの待遇だ。そのくらい、日本の環境は不安定だし、もっと言えばポストが無い。それなのに、倫理観だけで行くのを止めろというのはどうだろうか。若手研究者の待遇の問題も、いわば安全保障の一つではないか

と話し、海外流出を防ぐため、研究環境の改善が急務だと訴えていた。研究者の世界の現状を踏まえた見解として傾聴すべきであろう。

甘利氏の意見は、日本の学術研究を発展させていくための研究環境の問題を認識しその改善を図る政治の責任などの本質的な問題を無視し、日本の研究者の海外流出のうち「中国への流出」だけを「千人計画」に関係づけて問題にし、「積極的協力」などという話を根拠もなく作り上げて、日本学術会議に批判の矛先を向けようとするものである。名誉棄損以前の問題として、議論の方向性自体に根本的な問題がある。

菅政権・自民党の対応で感じる「空恐ろしさ」

日本学術会議は、かつては「学者の国会」などとも言われたようだが、現在は、学者の世界を代表するような存在ではなく、多くの研究者にとっては、「存在自体にあまり関心がない」というのが正直なところのようだ。ましてや、その学術会議の在り方に関心を持つ国民は少ないし、また、私を含め多くの国民は、「軍事目的のための科学研究を行わない」という日本学術会議の理念をあらゆる科学研究において徹底することを全面的に支持するものではない。しかし、業績や研究成果が認められた研究者の組織に対して、国が、国の方針に反対の意見を述べたからとの理由で排除すること、しかも、そのような理由で排除したとしか考えられないにもかかわらず、その理由を明言しないという国の対応は到底看過できない。一方で、国会で絶対多数を占める与党側が、任命排除への国民の批判をかわすべく、その組織運営に対する批判や、組織の在り方の見直しを開始し、その中心となる有力政治家が、批判的な世論を煽るべく事実無根の批判記事をブログ、SNSで拡散させ、その内容が事実無根であることを指摘されても、開き直り、反省も謝罪もせず、尊大な態度で、マスコミの追及も抑え込もうとする、こういうやり方が、政府・与党の間で、何一つ問題にされずにまかり通っている。

そういった与党・有力政治家の姿こそが、戦前、学者の世界で多様な意見が封殺され、政党は「大政翼賛会」に一元化され、戦争に向かおうとする国に批判的な意見が軍靴の音にかき消されていった忌まわしい歴史を想起させ、「空恐ろしさ」を感じるのである。

そういう感覚を、我々は失ってはならないと思う。

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学術会議問題、菅首相「決裁文書」に注目。甘利氏ブログ記事修正の“姑息さ”

日本学術会議の「6人の任命見送り」について、先週末、【(朝日)学術会議問題「会長が会いたいなら会う」菅首相】で

首相が任命を決裁したのは9月28日で、6人はその時点ですでに除外され、99人だったとも説明した。学術会議の推薦者名簿は「見ていない」としている。

と報じられた。

菅首相には任命見送りの経過と、それを「適切」と判断した理由について自ら公の場で説明すべき責任が生じ、この問題は重大局面を迎えたことを【日本学術会議問題は、「菅首相の任命決裁」、「甘利氏ブログ発言」で、“重大局面”に】で指摘した。

10月13日には、新聞各紙で、菅義偉首相は、この6人の名前と選考から漏れた事実を事前に把握していたことが報じられた。【(時事)菅首相、「6人排除」事前に把握 杉田副長官が判断関与 学術会議問題】によると

関係者によると、政府の事務方トップである杉田副長官が首相の決裁前に推薦リストから外す6人を選別。報告を受けた首相も名前を確認した。首相は105人の一覧表そのものは見ていないものの、排除に対する「首相の考えは固かった」という。

とのことだった。

さらに【(TBS)「任命できない人が複数いる」 杉田副長官が菅首相に事前に説明 “学術会議問題”】では、

政府側は、105人の推薦者名簿は参考資料として決裁文書に添付されていたと説明したほか、政府関係者によりますと、菅総理は杉田官房副長官から「今回任命できない人が複数いる」と事前に説明を受けていたということです。

と報じられた。

一方、加藤官房長官は、菅首相による日本学術会議会員の任命について、

菅総理大臣に、任命にあたっての考え方の説明があって、共有され、それにのっとって作業が行われて、起案された。最終的に菅総理大臣が決裁したというプロセスだ

一人一人の任命を菅総理大臣がチェックしていくわけではなく、考え方を共有し、事務方に任せて処理をしていく。本件にかかわらず、そうした対応をしていて、通常のやり方にのっとって作業が進められた

と述べたとのことだ(NHK)。

加藤官房長官が言っているように、大臣が事務方と「考え方」を共有し、事務方に任せて処理をしていくというのは、官公庁のトップと事務方との「通常のやり方」であり、今回の学術会議会員の任命についても、一人ひとりの任命について総理大臣が具体的に認識していないというのは、その通りであろう。

しかし、今回は、105人の推薦者のうち6名だけを任命から除外するという、過去には行われたことがない任命が行われたのである。そのようなプロセスで、総理大臣が最終判断をして「任命」の決定が行われたとすれば、その「任命の決裁文書」には、(1)105名の推薦者のうち、99名のみを任命すること、(2)任命から除外する場合の総理大臣と事務方とで共有した考え方(「判断基準」)、(3)その考え方を当てはめて6人の推薦者を任命しないと判断したことが書かれているのが当然である。そうでなければ、「日本学術会議の推薦に基づいて内閣総理大臣が任命する」という法律の規定にしたがった決裁とは言えない。

そこで重要となるが、「総理大臣による学術会議会員任命」の際の「決裁文書」の記載である。

前記TBS記事によれば、菅首相は杉田官房副長官から「今回任命できない人が複数いる」と事前に説明を受けていたとのことだが、その「任命できない理由」について、決裁文書でどのように記載されているかである。

政府が説明するように、日本学術会議の推薦に基づく、内閣総理大臣の会員任命について、過去に政府側が明確に国会で答弁していたような、推薦者をそのまま任命する「形式的任命」ではなく、総理大臣の権限で実質的に判断して任命するというのであれば、そのための判断基準というのが存在し、それが「総理大臣と事務方とで共有した考え方」ということになるはずだ。

本来であれば、推薦者についての業績、研究成果の評価ということになるはずだが、今回任命を見送られた6人について、いずれも業績・研究成果については申し分なく、その面から除外理由があるとは考えられない。推測される理由は、安全保障法制や共謀罪等に関して政府に反対の意見を述べていたことだが、それを首相の決裁文書に書いているとも思えない。

もし、業績や研究成果の評価に関して、任命除外を正当化するために事実に反することが記載されていたのであれば、決裁文書についての「虚偽有印公文書作成罪」という話にもなる。

もっとも、役人には「違法行為は行わない」という習性があるので、事実に反する記載をするぐらいなら、任命除外の理由は全く記載せず、すべて「口頭」というやり方をとっている可能性が高いであろう。

森友学園問題でも、決裁文書の改ざんが問題となり、それに関して近畿財務局職員の赤木氏の自殺という痛ましい出来事が起き、虚偽有印公文書作成罪での刑事事件の処分に世の中の関心が集まったが、後に検事長定年延長で批判を浴びた黒川弘務氏が法務省幹部として健在であった頃の検察庁の処分は、すべて「不起訴処分」であった。

その問題で、赤木氏の夫人が遺書を公表し、政府に「真相解明」を求めて再調査を要請、国家賠償訴訟を提起している。その動きは、多くの国民の共感を呼んでいる。この事件を受けて、財務省では決裁文書の改ざんが行われないようシステムの整備が行われたとのことだが、それは、内閣官房など他の省庁でも同様のはずだ。

日本学術会議の会員の「6人任命見送り」がこれだけ大きな問題となっているのであるから、任命の決裁文書は、森友学園の際と同様に、国会審議の資料として重要なものだ。その決裁文書には、任命の基準と、6人を除外した理由がどのように書いてあるのか。菅首相が、「総合的、俯瞰的な観点から」と壊れたレコードのように繰り返すより、この決裁文書を開示し、そこに書いてあることも、書かれていない「口頭での報告事項」も含めて、任命見送りの理由をありのままに説明するのが、この問題についての総理大臣としての最低限の義務と言うべきだろう。

この問題をめぐっては、任命問題が表明化した直後から、日本学術会議の在り方に対する批判が、自民党の有力政治家、保守派論客や、いわゆる「ネット右翼」から湧き上がっている。自民党では下村博文政調会長が、塩谷立元文科大臣を座長とする「学術会議の在り方を検討するプロジェクトチーム」を立ち上げた。

そのような日本学術会議批判の中心となっている自民党の有力政治家が、税制調査会長の甘利明氏だ。ネットでの日本学術会議批判の中心となったのが「学術会議が『中国千人計画』に積極的に協力している」との甘利氏の今年8月6日の公式ブログでの発言だった。

このブログ記事は、「ネット右翼」によって広く拡散され、その後、日本学術会議批判が盛り上がった。

ところが、【BuzzFeed Japanの記事】によれば、甘利氏のブログ発言には「根拠がない」、ということなので、甘利氏の発言が名誉棄損の問題になる可能性も否定できないと思い、【前記ブログ】では、日本学術会議が「名誉棄損罪の客体」になるかどうかについての法解釈についても検討し、法人格のない日本学術会議であっても名誉棄損罪の客体(被害者)になり得るという指摘を行った。

この問題について、その後、信じ難い動きがあったことがわかった。

【BuzzFeed Japanの続報】によると、甘利氏が、「積極的に協力している」と書いていた公式ブログ記事が、10月12日までに「間接的に協力しているように映ります」という表現に、こっそり書き変えられているというのである。確かに、甘利氏の公式ブログを見ると、そのとおりに書き変えられている。

甘利氏のブログ発言は必ずしも「名誉棄損罪に該当する」わけではない。甘利氏が「千人計画」に関して批判した日本学術会議も名誉棄損罪の客体になるので、学術会議側が告訴することは可能である。もし、告訴が行われた場合は、甘利氏の側は、ブログ発言がいかなる根拠に基づくものか、それが真実だと信じた理由を述べれば、「真実性の証明」ができるかもしれない。その場合は、名誉棄損罪は成立しないことになる。

国会議員たる政治家であれば、そのぐらい、自分自身の発言には責任を持つのが当然であろう。ところが、甘利氏が、名誉棄損に関する指摘を受けて行ったことは、名誉棄損にならないようにひっそりと発言内容を変えるという、何とも“姑息なやり方”だったのである。

日本学術会議批判を大きく盛り上げる契機となった甘利氏のブログ記事がこのような有り様では、せっかく下村氏が立ち上げた「学術会議の在り方を検討するプロジェクトチーム」での日本学術会議の在り方論も、腰砕けになってしまいかねない。

甘利氏は、URの土地買収問題についての口利き・現金受領疑惑が報じられて経済再生担当大臣を辞任した際、「秘書のせいと責任転嫁するようなことはできません。それは私の政治家としての美学、生きざまに反します」などと格好の良い言葉で、大臣辞任の理由を語ったが、その後、「睡眠障害」を理由に国会を欠席し続け、不起訴処分となるや、「違法行為はなかった」との名前も明らかにしない弁護士調査の結論だけ説明して、それ以来、一切の説明を拒んでいる。

この甘利氏疑惑に関して、私は、疑惑を報じた文春記事で「あっせん利得罪の該当する可能性」を指摘し、衆議院予算委員会の公聴会で、URを含む特殊法人のコンプライアンス問題に関連して、甘利氏の口利き疑惑とあっせん利得罪との関係にも言及した。

甘利氏は、また「睡眠障害」になりそうだったので、早めにブログ記事の表現を変えたのであろうか。

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日本学術会議任命問題、「改ざん」指摘の当否、首相決裁「虚偽公文書作成」の可能性

日本学術会議の会員任命見送り問題に関して、菅義偉首相が、任命を決裁した時点で、6人がすでに除外され、99人だったと先週土曜日(10月10日)に報じられた。その直後にアップした記事【日本学術会議問題は、「菅首相の任命決裁」、「甘利氏ブログ発言」で、“重大局面”に】では、報道の通りだとすると、誰がどのような理由で、或いは意図で除外したのか、そして、6人の任命見送りの問題表面化直後に、菅首相が任命決裁の際に学術会議の推薦者名簿を見ていないのに「法に基づき適切に対応」と発言したことについて、「適切」というのがどういう意味だったのか重大な説明責任が生じることを指摘した。

 この問題について、学術会議側から、「学術会議は総理に対して105人を推薦している。総理に伝わる前に他の誰かがリストから6人を削ったのであれば、文書の改ざんとなり大きな問題」との指摘が行われていると報じられている【(TBS)学術会議側から「文書の改ざん」指摘相次ぐ】

 学術会議側が指摘するように「文書の改ざん」に当たるのか、それに関して、どのような犯罪が成立し得るかについて考えてみたい。

 まず、日本学術会議が、内閣総理大臣に提出した「推薦者名簿」は、

日本学術会議は、規則で定めるところにより、優れた研究又は業績がある科学者のうちから会員の候補者を選考し、内閣府令で定めるところにより、内閣総理大臣に推薦するものとする。

と規定する日本学術会議法17条の規定に基づいて、日本学術会議会長の名義で作成され・内閣総理大臣に提出された「有印公文書」だ。

 もし、この推薦者名簿の中の6名を除外し、99名の推薦者名簿であるように内容を改変して菅首相に提出したとすると、「作成権限者である日本学術会議会長に無断で、既に存在する公文書である推薦者名簿に手を加えて、新たに不正な推薦者名簿を作り出した」ということになるので、有印公文書変造罪(1年以上10年以下の懲役:刑法155条1項)が成立する。

 しかし、会見での菅首相の発言を確認すると、(任命決裁の際に)「見たのは99人の任命者リスト、推薦者リストは見ていない」と述べている。この説明によれば、学術会議が提出した「推薦者名簿」自体は菅首相に提出されておらず、ニュース等で目にする「黒塗りの推薦者名簿」は、「105人の推薦者名簿」の一部を黒塗りにしたものを、「推薦者名簿」ではなく「99人の任命者名簿」として作成したものということであれば、内閣府側の作成名義による文書ということになり、「公文書の変造」は成立しない。学術会議側が指摘する「改ざん」にも当たらないということになる。

 そうなると、問題は、会員任命の首相決裁の際の「決裁文書」がどのような内容だったかである。「日本学術会議の会員推薦者が99名であった」かのような決裁文書が作成・提出されたのであれば、「事実に反する記載」ということになり、そのような内容の決裁文書を作成し、菅首相に提出する行為は、虚偽有印公文書作成・同行使罪に当たることになる(法定刑は有印公文書偽造・変造罪と同じ)。

 もっとも、菅首相の会見での発言からは判然としないが、任命見送りとなった6名については、「自分のところに任命の決裁が上がってきた段階で6名は任命対象から除外されていたので、除外された6名の名前は知らなかった」という趣旨であり、6名が除外された事実を知らなかったということも考えられる。実際の決裁文書には、推薦者が105名であったことが記載され、そこから選定された99名の「任命者リスト」が添付され、その99名を選定することの決裁を求めたというのであれば、決裁文書に虚偽の記載はないので、犯罪は成立しない。

 しかし、そうだとすれば、菅首相の説明は「舌足らず」であり、推薦者名簿が「改ざん」されたかのような誤解を学術会議側に与えたことについて責任がある。

 ノーカットで公開されている会見映像を見ると、菅首相は、記者の質問に答える際、終始手元の資料に目を落とし、「総合的、俯瞰的に」と言う言葉を繰り返している。そして、この問題について、唯一、自分の言葉で答えたのが、前記の「推薦者リストは見ていない」という言葉である。菅首相の説明能力・答弁能力の致命的な欠如を示していると言えよう。

 菅首相は、推薦者名簿の取扱い、決裁文書の作成経過などについて至急調査を行い、「見たのは99人の任命者リスト、推薦者リストは見ていない」と発言したことについて納得できる説明を行うべきである。

 官僚というのは、一般的には、「首相の意向を忖度するなどして、不当な行為を行うことはあっても、『違法行為』だけは絶対に行わない」という“習性”があるので、意図的に虚偽公文書を作成したとは思えない。しかし、まだ記憶に新しいところでも、森友学園問題での「財務省決裁文書改ざん問題」も発生しているので、全くあり得ないとは言えない。

 もし、その決裁の過程で、虚偽公文書作成などの犯罪が行われた疑いが生じた場合には、「公務員は、その職務を行うことにより犯罪があると思料するときは、告発をしなければならない」として公務員の告発義務を定める刑事訴訟法239条2項の規定に基づいて、刑事告発を行わなければならない。

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これが「刑事裁判」と言えるのか、“青梅談合事件控訴審逆転有罪判決”

9月16日午後1時15分、東京高裁410号法廷、刑事第三部中里智美裁判長が、青梅談合事件の被告人酒井政修氏に対する控訴審判決を言い渡した。

一審では、検察官の立証は崩壊、求刑を罰金に落とすなど、事実上「白旗」を上げていた。当然の無罪判決に対して検察は控訴したが(【青梅談合事件・一審無罪判決に控訴した”過ちて改めざる”検察】)、控訴趣意書も全く的はずれ、殆ど無意味なものとしか思えなかった。

どう考えても一審無罪判決が覆る余地はないとは思うものの、2017年11月、名古屋高裁での美濃加茂市長事件控訴審判決という「悪夢」が私の脳裏をよぎる。「まさか、しかし、さすがに今回はあり得ない」、そう自分に言い聞かせる。

ところが、中里裁判長が、「主文」に続いて発した言葉は、「原判決を破棄する」だった。

またしても、控訴審での逆転有罪判決を受けることになった。それにしても、この事件の一審無罪判決を、どういう理由で「破棄」するというのか。

判決文の言渡しを聞いても、理由は全く理解できないものだった。

一審の第一回公判で、公訴事実を認めて保釈された直後の酒井氏と初めて会い、弁護人を受任ししてから約2年間、ともに戦い続けてきた。明治から続く地元の老舗の建設会社を経営してきた酒井氏への人望もあって、多くの仲間が弁護活動に協力してくれ、検察官立証を打ち破った末の一審無罪判決だった。

しかし、それは、控訴審判決での「原判決破棄」という言葉で、一瞬にして打ち砕かれた。

読み上げる判決理由もほとんど理解できないものだった。書記官室で受け取った判決謄本を読んで、さらに愕然とした。一審無罪判決を受けての「控訴審判決」などと言えるようなものでは全くない。

午後3時から、被告人の酒井政修氏と、逮捕された酒井氏に代わって、酒井組社長を引き継ぎ、懸命に会社を経営してきた次女の晶子氏とともに、司法記者クラブでの会見に臨んだ。

不当判決について私の説明に続いて、酒井氏が口を開く、「多くの人のおかげで一審で無罪を勝ち取ったのに・・・。悔しい・・・」後は、言葉にならなかった。

不当極まりない控訴審判決に対して、ただちに上告した。

上告審で、この事件での最後の戦いを行うことになる。しかし、そこには、刑事上告審の破棄事件は、年に1件あるかないかという、絶望的な現実がある。

一審で無罪、二審で逆転有罪という経過を辿った事件の被告人にとって、刑事裁判は「三審制」ではない。それどころか、一度たりとも、有罪の判断が正当に行われることなく有罪が確定することになる。

青梅談合事件の経過を改めて振り返り、控訴審判決がどのような理由でどのような判断を示したのか、それがいかに不当極まりないものか、いかに許し難いものかを述べることにしたいと思う。

警視庁捜査2課「青梅市の上の方が狙い」

酒井政修氏は、明治から続く青梅では老舗の地元建設会社の酒井組の社長として、青梅建設業協会会長として地域に貢献してきた。その酒井氏が刑事事件に巻き込まれた発端は、2018年5月、警視庁捜査2課立川分室に呼び出され、青梅市発注の公共工事に関して聴取を受けたことだった。警視庁捜査2課というのは、汚職・経済犯罪の捜査を専門とする部署だ。規模から言っても、「警視庁」という看板を背負っていることから言っても、全国の「捜査2課」のトップに位置する捜査集団だ。

聴取の後、警察官は酒井組の事務所までやってきて、パソコンの提出を求めてきた。一体何をしたいのかと思って、酒井氏が尋ねると、「青梅市の上の方が狙い。協力してくれれば悪いようにはしない」と言われた。しかし、酒井氏は、青梅建設業協会の会長をやっている関係で、市長や副市長や部長クラスと会うことはあったが、警察沙汰になるようなことで思い当たることは何もなかった。

その聴取の中で詳しく聞かれたのが、市の担当者から「緊急でやってくれ」と言われて、契約する前に着手していた災害復旧工事で、手続上必要だと言われて他の業者に頼んで見積書を出してもらい、それを市の担当者に渡したこと、それと、今回の事件になった「幹32号線」という約1億円の土木工事のことだった。

「幹32号線」の1期工事は、約3億円という青梅市では大規模な土木工事だった。O建設という会社が受注・施工していたので、2期工事も、その会社が受注するものと思われていた。ところが、2期工事は、市側が予定する発注金額では採算が合わないということで、そのO社は受注しないようだという話を聞いた。本来有利なはずの1期工事の施工業者が受注しないのであれば、他の業者が受注することはなおさら難しい、そのままでは、入札不調になって工事が大幅に遅れかねない。他の指名業者に確認したが、どこも受注する気は全くないということだったため、建設業協会の会長の酒井氏が、赤字覚悟で受注した工事だった。

「幹32号線工事」については、指名業者に連絡をとって受注する気がないかを確かめたことも正直に話した。すると、警察官は、「それも談合だ」と言って、談合を認める内容の書面を書くように言ってきた。「始末書のようなもので、これを書いてくれたら終わりだから」と言うので、警察官が書いた文面をそのまま手書きで書いて署名した。そこには、工事を受注した事情など全く書かれておらず、「当社が落札できるように協力依頼の電話をかけて協力して頂いた」などと指名業者に連絡をとって談合したことを認めるだけの内容が書かれていた。

その後、何回か聴取を受けたが、特に目新しいことはなく、その書面を書いただけで終わった。酒井氏は、それで警察の聴取は終わったと思っていた。

突然の「逮捕」、その日から全てが変わった

ところが、7月5日、酒井氏の自宅は、早朝から、夥しい数の報道陣に取り囲まれた。数日前に、警視庁担当だという新聞記者が「警視庁捜査2課のことで」と聞いてきたことを思い出した。酒井氏は、一体何が起きているのかわからず、取調べ担当だった捜査官に電話した。「とにかく、車でそこから抜け出して来てくれ」と言われたので、妹の運転する車で立川署に向かい捜査官と合流し、立川分室に連れていかれた。

そこで、談合罪の逮捕状を見せられ、逮捕された。「どうして俺が逮捕なんだ」と警察官に食い下がると、「裁判所で令状が出た」と言うだけで何も答えなかった。「警察の判断ではなく裁判所が逮捕を命令した」かのような言い方だった。

そういう取調官の態度や言動からも、酒井氏の逮捕が「無理筋」であることは警察の現場では十分に認識していて、警察の上層部の判断で逮捕が行われたように思えた。

コストをかけて捜査した以上、「見込み違い」だったとわかっても、潔く撤退しようとしない。面子のために、無理筋の事件を仕立て上げて逮捕を強行する。過去にも警察が繰り返してきたことだ。

酒井氏の逮捕は、NHK全国ニュースでも、「青梅市発注工事の談合事件」として新聞各紙でも大々的に報道された。突然、経営者を失った酒井組、酒井氏も、家族も、従業員も、その日からすべてが変わった。

逮捕の翌日には東京地検立川支部に送検され、その日以降、検察官の取調べも数回受けた。酒井氏は、逮捕当初から、赤字覚悟で受注した経緯や、発注者の青梅市のために入札不調にならないようにするためで、会社で利益を得ることが目的ではなかったことを精一杯訴えた。しかし、検察官は、他の指名業者を被疑者として取調べ、逮捕・起訴のプレッシャーをかけて、「談合の犯罪」のストーリーに沿った供述調書を作成して署名させていた。その供述内容を示して、「みんな談合を認めている」と言って、酒井氏に自白を迫った。

酒井氏は全面否認を続けたが、起訴された。

保釈請求も却下され、接見禁止のまま2カ月も身柄拘束が続いた。

事務所に届いた酒井氏の夫人からのメール

2018年9月初め、私の法律事務所ホームページの「問合せアドレス」に「藁にも縋る気持ちでメールしました」という書き出しの酒井氏の夫人からの長文メールが届いた。

夫は談合罪で逮捕され80日近くも留置されている。前年、癌の手術を受け、まだ十分に体力が回復していない。体調が悪化していないか心配で、一目でも会って様子を確認したいが、面会すらできない。弁護士からは、「本人が、9月19日に予定されている初公判で起訴事実を全て認めると言っている」と聞かされているが、犯罪になるようなことをする人ではないと、切々と訴えるメールだった。

夫人に事務所に来てもらい話を聞いた。一度、勾留中の酒井氏と接見して、私に弁護を依頼する意思があるかどうか聞いてみようと思った。しかし、弁護人の弁護士に本人の意向を確認してもらったところ、「保釈で早く出たいので、公判で事実を争う気はない」ということだった。それが本人の意思である以上、仕方がないと思い、夫人には「初公判で事実を認めるということのようなので、今の弁護士さんに保釈をとってもらってください。」と伝えた。「ただ、初公判で事実を認めても、弁護人が交代して、その後に認否を覆して争う余地もないわけでもない。保釈で出てきたら、証拠や資料を持ってご主人と事務所に来てください。」と言っておいた。

果たして「談合罪」なのか

9月19日の第1回公判で、酒井氏は、起訴事実を全面的に認め、検察官請求証拠がすべて同意証拠として取調べられ、保釈された。

数日後、酒井氏が、夫人と次女に伴われ、証拠の写しを持参して私の事務所に来た。それまでの経過と事件の内容を詳しく聞いた。

刑法は、「公正な価格を害する目的」と「不正の利益を得る目的」で談合した場合を「談合罪」の犯罪としている。いずれかの目的がないと犯罪は成立しない。

通常、刑事処罰の対象となる「談合」は、「受注を希望する業者が話し合った末、受注すべき会社を1社に絞り込み、他の業者は高い価格で入札して受注に協力する。それによって、入札での叩き合いで受注価格が下がらないようにする」というものだ。

そうであれば、談合がなかった場合と比較して、談合による受注価格が高くなるのは当然だ。その分、発注価格は高くなり、その分発注者は不利益を受けることになる。それが、「公正な価格を害する目的」の談合の典型例だ。

酒井氏の事件は、それとは大きく異なる。採算が悪く、赤字になりかねない工事で受注希望業者がなく、そのままだと、入札不調になって、再入札をせざるを得なくなり、工事が遅延する。大型工事の施工が遅れることで発注者の青梅市に迷惑がかかる。酒井氏の地元の後輩だった青梅市の建設部長からも、「何とか地元業者で受注してほしい」と言われていた。建設業協会会長の酒井氏にとって、青梅市と地元業者との信頼関係を損なうことにもなりかねないとの懸念から、いろいろ思い悩んだ末、仕方なく酒井組で受注することにしたものだった。

指名業者の一部に受注意思を確認するという「談合らしき行為」はあったが、それは、談合によって発注者に不利な価格で受注するという「公正な価格を害する目的」が認められない、つまり談合罪が成立しない典型例だと思えた。

酒井氏は、第一回公判で公訴事実を全面的に認めて、弁護人が検察官請求証拠をすべて「同意」していたが、証拠採用された指名業者の供述調書には不自然不合理な点が多々あった。工事指名後、酒井氏から連絡があり、「あれ頼むよ」「幹32号行きたいんだ」などと言われ、酒井組の受注に協力したというものだったが、それらの指名業者側に、もともと受注する気がなかったことは調書にも書かれている。受注する意思が全くなかったのだから、酒井氏と話したことは入札への対応には影響ない。「本件入札で酒井組の受注に協力する」ということはあり得ない。検察官のストーリーを押し付けられた調書であることは明らかだった。このような不合理な供述調書の信用性を否定する主張はできる。また、酒井氏の話を前提にすれば、談合罪の成立要件の「公正な価格を害する目的」がないとして無罪を主張することは十分可能だと思えた。

私は酒井氏の弁護人を受任し、無罪判決をめざして弁護活動を行うことにした。

10月10日の第2回公判で、罪状認否、弁護人意見を変更、「公正な価格を害する目的」がないとして、無罪を主張した。

弁護人の反証活動に協力してくれた指名業者の人達

第3回公判では、被告人質問が行われ、酒井氏は、逮捕以降、警察でも検察でもずっと訴え続けてきた言い分を、公判廷でしっかり供述した。

私は、青梅市に赴き、指名業者のヒアリングを開始した。彼らの話は、概ね酒井氏から聞いているとおりで、検察官調書の内容とは大きく異なっていた。談合罪の被疑者として取調べられ、逮捕・起訴のプレッシャーをかけられ、言ってもいない内容の供述調書に署名を求められて拒否できなかったものだった。

彼らから聴取した内容について陳述書を作成し、署名してもらった。検察官調書と相反する指名業者の陳述書を、検察官調書の弾劾のための「証明力を争う証拠」(刑訴法328条)として証拠請求をした。裁判所は、それを受けて、指名業者の証人尋問を行うことを決定した。

11月26日の第4回公判と12月10日の第5回公判で、4人の指名業者の証人尋問が行われた。談合罪の被疑者で取調べられ、酒井氏から連絡を受けて、工事を受注する気はないと答えただけなのに、「それも談合罪になる」と言われ、起訴プレッシャーの中で検察官が談合に応じたかのように作文した供述調書に署名させられたものだった。酒井氏から「あれ頼むよ」「幹32号行きたいんだ」などとは言われていないことも証言した。

補充立証の「立証準備」に3カ月の期間を要求した検察官

裁判所は、被告人質問や証人尋問の結果を受け、検察官に、「公正な価格を害する目的」があったと主張する根拠を明らかにするよう求めた。

一般的な談合では、「受注を希望する業者が複数いて、それが談合で調整されて、受注者が絞り込まれたこと」で談合がなかった場合より受注価格が高くなったことが立証できる。 ところが、本件では、酒井組以外の業者には受注意思がなかったので、「受注希望の調整による価格の上昇」が立証できない。

そこで、「公正な価格を害する目的」をどう立証するのかが問題だった。検察官は、「どうしても本件工事を受注したいという積極的な意思があったので、他の指名業者に連絡して受注意思がないことを確認していなければ、確実に落札するために予定価格を大きく下回る価格で入札せざるを得なかった」「だから、他の指名業者に連絡しなかった場合と比較して価格が高くなっている」という理屈で、「公正な価格を害する目的」を主張しようとした。

そして、その主張に関して、(ア)本件工事の受注で利益を得ようしていた、(イ)東京都の格付けを維持する目的があった、(ウ)酒井組の経営状況、工事受注状況、(エ)本件工事と同種の擁壁工事の平均落札率を立証する予定で、その立証準備のために3か月間の期間を要すると言い出した。3月末の定期異動まで引き延ばして、無罪判決を受けるのを免れようというのが、公判担当検察官の魂胆だと思えた。

酒井氏の主張からは、もともと「公正な価格を害する目的」の有無が問題になる事案だった。起訴の段階で、その点を十分に検討する必要があったのに、それを行っていなかったことを自ら認めたに等しい。

被告人の主張を無視して起訴しておいて、起訴後接見禁止で勾留を続け、保釈にも絶対反対という姿勢をとっていた検察官が3か月もの立証準備期間を要求するというのは、あまりに厚かましい言い分だった。

しかし、一審裁判所は、翌年3月末までの立証準備期間を与えた。控訴審で審理不尽と言われないようする配慮だと思えた。

 

検察官立証は“無残な失敗”、「白旗」を挙げた罰金求刑

本件では、(ア)~(エ)の検察官の立証が困難であることは明らかだった。

(ア)については、本件工事で利益が見込めないことを酒井氏が当初から覚悟の上で受注したことは、酒井組の積算の経過、入札価格の決定の経過についての工事部長の証言から明らかだった。

また、(イ)の東京都の格付けについては、確かに、数年前まで、Cクラスだった酒井組の東京都の格付けが、大型工事の受注でBクラスとなり、本件工事の受注がなければ、またCクラスとなる可能性があったが、完成工事高3億円程度の零細企業で、それまでの東京都の受注工事の殆どがDクラスだった酒井組にとって、Dクラスの工事の受注が可能なCクラスに格付けされる方が有利であり(直近のクラスであれば入札参加できる)、Bクラスを維持するとDクラスの工事が受注できなくなるのでかえって不利だった。

「酒井組の業績が赤字続きだったので、大型工事を何としても受注したかった」という(ウ)については、酒井組の経営は、概ね順調だったのが、本件工事を受注して赤字となったために、経営上大きなマイナスが生じたもので、本件工事を無理をして受注しなければならない事情など全くなかった。

(エ)は、擁壁工事というのが、手間のかかる困難な工事で利益が見込めない工事であることは、酒井組の工事部長だけでなく、複数の指名業者が証言していた。

検察官は、立証準備に3月末までの期間をかけた上、担当検察官は「狙い通り」、異動でいなくなった。5月から6月にかけて、引き継いだ検察官によって、(ア)~(ウ)についての東京都職員、金融機関の担当者等の証人尋問が行われた。一方で、弁護側立証として、酒井組の工事部長、経理担当者の尋問も行われた。

証人尋問の結果は、上記のとおり(ア)~(ウ)について、酒井氏に「積極的受注意思」があったとは到底言えないことが明らかになっただけであり、検察官立証の「無残な失敗」に終わった。(エ)について、一定期間で「擁壁工事」の入札状況について調査した結果は、大部分が「入札不調」であり、落札された場合も予定価格ぎりぎりだった。

7月19日の論告・弁論。検察官の求刑は「罰金100万円」だった。論告を作成するなかで、審理の結果、証拠全体を見直して、「公正な価格を害する目的」の立証ができていないことを再認識し、求刑を罰金に変更したのであろう。しかし、「罰金100万円」なら、在宅捜査で略式請求すればよかったはずだ。警視庁捜査2課が市役所を捜索したうえで被疑者を逮捕し、80日も勾留した事件ではあり得ない求刑だ。検察官は、有罪立証の大半が崩されたことで半分「白旗」を上げ、求刑を懲役刑から罰金刑に落としてきたということだろう。

そして、9月20日、一審無罪判決が言い渡された。

 

黒川弘務検事長の最終判断で「人質司法による冤罪」回避のための検察官控訴

このような一審での経過を見る限り、無罪判決が、控訴審で覆される余地は全くないと思えた。ところが、控訴期限の前日になって、検察官が控訴を申し立てた。「人質司法による冤罪」の事件が無罪判決で確定することを何とかして回避する目的としか思えなかった。

その検察官控訴を「最高責任者」として判断したのが東京高検黒川弘務検事長だった(その後、検察庁法に違反する「閣議決定による定年延長」で検事長の職にとどまった後、今年5月に、「賭け麻雀」疑惑が報じられて辞任)。

しかし、「検察官控訴」の事実は重い。一審無罪判決が出たことで、金融機関からまとまった金額の融資が再開される予定だったのに、検察官が控訴したことで刑事裁判が続くことになり、融資は見送りとなった。酒井氏に代わって酒井組の社長を引継いだ次女の晶子氏は、指名停止になっても他の地元業者からの工事下請でつないだりして、社員一丸となり歯を食いしばって会社を守ってきたが、それも限界に来ていた。

控訴趣意書は、一審での審理経過を全く無視し、公共入札の実務の基本的な理解を欠いているとしか思えない、的はずれな内容だった。控訴趣意書提出から、1週間で弁護人答弁書を提出。酒井組の経営状況を述べ、少しでも早く第一回公判期日が指定されるよう要請する書面も提出した。しかし、指定された期日は3月11日、控訴申立てから5カ月半も経過していた。

第1回公判で、職権で被告人質問と会社の経理担当者の証人尋問を行うことが決定され、6月10日の第2回期日で尋問が実施されたが、酒井氏も、経理担当者も、淡々と一審同様の供述をし、特に目新しい供述があったようには思えなかった。念のために、被告人側の供述を確認する程度の意味しかないものと思っていた。

ところが、冒頭で述べたとおり、9月16日に言い渡された判決は、「逆転有罪判決」だったのである。

これで「刑事裁判」と言えるのか

刑事の控訴審というのは、一審判決の判断を「事後審査」する裁判であり、最高裁判例でも、控訴審が一審の事実認定を覆すためには、一審判決に論理則・経験則違反があることを具体的に示すことが必要だとされている。ところが、この控訴審判決は、一審での審理を全く無視し、最初から「原判決破棄・有罪」の結論ありきで審理を行ったとしか思えないものだ。

控訴審判決は、

(1)本件当時、酒井組の経営状況は厳しく、年間売上目標の3分の1程度に当たる売上げを計上することができる本件工事を受注することの意味は大きい

(2)被告人のI(相指名業者)らに対する言動をみると、本件工事について、被告人には積極的な受注意思があったと認められる。これに反する被告人の供述は信用できない

(3)30%の数値目標(「外部への支払」を差し引いた金額が受注金額の30%以上となること)との関係では、酒井組が入札した工事価格(9700万円)から、120万円余り金額を引き下げることが可能である

との事実を認定し、そこから、

被告人には、何とかして本件工事を受注したいという「積極的受注意思」があり、しかも、採算を見込める範囲で、入札価格を引き下げることが可能だった。

との判断を導き

被告人が(Iらが所属する5社は、少なくとも本件工事の予定価格以下での入札はしないとの)認識を有していなければ、予定価格の10万円単位以下の部分を機械的に削っただけの価格で入札したとは考え難い。

として、酒井組の入札価格が、談合がなかった場合の価格を下回るとして、「公正な価格を害する目的」を認定し、これを否定した一審判決の判断を覆した。

酒井組の経営状況と大型工事受注の意味

(1)について控訴審判決は、

酒井組は、平成29年5月期に約2058万円の損失を計上し、また、平成28年5月期に約2361万円あった繰越利益剰余金が約303万円に大幅減少していることなどが認められ、本件当時の酒井組の経営状況には厳しいものがあったといえる。また、M(経理担当者)の当審証言及び被告人の当審公判供述によれば、本件当時も、Mは被告人に対し、少なくとも月1回は酒井組の経営状況(財務状況や資金繰り)に関する報告をしており、被告人は平成29年3月頃、Mから報告を受けて、同年5月期の決算が赤字になる見通しであることを認識していたことが認められる。

このような酒井組の経営状況も踏まえると、酒井組の年間売上目標の3分の1程度に当たる売上げを計上することができ、採算を見込むことができる本件工事を受注することの意味は、大きいと認められる。

としている。

しかし、このような判示は、一審の審理や証拠を全く無視したものだ。

一審では、検察官が、「酒井組の経営状況、財務状況が悪化している状況下で本件工事を受注していること」で「積極的受注意思」を立証しようとし、酒井組の会計関係資料の分析報告書や、複数の金融機関の担当者の証人尋問を請求するなど、相当な力を注いだ。しかし、その結果、逆に、酒井組の経営は、概ね順調で、本件工事を受注した当時、無理に大型工事を受注する必要が全くなく、本件工事受注が実質赤字となったために経営上大きなマイナスが生じたものであったことが明らかになった。ちょうど、本件工事の入札の時期が期末であった平成29年5月期に、約2058万円の損失が生じたというのも、大型工事の「期ずれ」によって、利益の一部が翌期に持ち越されただけで、本件工事の売上が見込める平成30年5月期には、むしろ利益の増加する要因だった。

酒井組にとって本件工事の受注が特に意味があったことの立証のために、東京都格付けへの影響まで持ち出し、東京都職員の証人尋問まで行ったが、格付けが何ら受注の動機にならないことが明らかになっただけだった。

「本件当時の酒井組の経営状況には厳しいものがあった」と全く実態に反する認定を行った上、酒井組の年間売上目標の3分の1程度に当たる売上げを計上することができ「本件工事を受注することの意味は、大きいと認められる」として、酒井氏の「積極的な受注意思」を認めた控訴審判決は、一審での審理の経過や検察官立証の結末を完全に無視したものだった。

指名業者の証言は無視

(2)も、一審での証人尋問をすべて無視して、検察官調書だけで認定したものだ。

控訴審判決は、「Iらの各検察官調書等の原審証拠によれば、被告人のIらへの言動等に関して以下の事実が認められる。」とした上、指名通知後に、Iに「今日、指名あったか。ほかの皆さんがよければ、うちにやらせてもらいたいんだけど。」と言った事実、Kに対し、「あれ頼むな。」と言った事実、「その2工事について、うちで行きたいんだけど。」と言った事実、Fに「32号行きたいんだよ。よろしく頼む。」と言った事実を認定している。それらは、酒井氏に「積極的受注意思」があったことを示す発言のように思える酒井氏は、そのような発言をしたことを、捜査・公判で一貫して否認していた。しかし、一審の第1回公判で、保釈のために、心ならずも、検察官調書にすべて「同意」し、証拠採用されたものだった。

私が弁護人を受任し酒井氏が無罪主張に転じた後、相指名業者の人達は、これらの発言を否定し、証人尋問が行われ、最終的には、一審判決は、検察官調書は「積極的受注意思」の根拠となるものではないと判断したものだった。

ところが、控訴審判決は、一審で指名業者の証人尋問の結果それが検察官調書との相反していることは全く無視し、検察官調書に書かれている酒井氏の発言とされた部分を、そのまま認定した。そして、それらの発言を否定する酒井氏の供述は、「信用できない」と理由もなく斬り捨てている。

突然出てきた「積算内訳書」で「採算が見込める工事」だったと認定

(3)は、酒井組では、「外部への支払」を差し引いた金額が受注金額の30%以上となること(粗利30%)を、工事の採算がとれるかどうかの「目安」としていたという「30%の数値目標」を前提に、本件工事の入札の際に、発注者の青梅市に提出した入札価格の「積算内訳書」に記載された金額で「粗利30%」を僅かに超えていたことをとらえ、入札価格をさらに引き下げることが可能だったとするものだ。

確かに、「外部への支払」を差し引いた金額が受注金額の一定割合以上となる、という「粗利」の確保は、工事による収益を確保するための一応の「目安」だと言える。工事部長も、警察調書で、その「粗利」について一般的な目安の数字として、「30~35%」と述べ、一審でも同意書証で証拠採用されていた。

控訴審判決は、その「30~35%」の数字と、酒井組が、本件工事について入札時に青梅市に提出した「工事費積算内訳書」の金額では、その数字が「30.8%」になっていることに目を付けたのである。入札時の酒井組の積算では「30%の数値目標」を「0.8%」上回っているので、それが30%になる金額まで入札価格を引き下げることが可能だった、上記(1)(2)により、酒井氏には「積極的受注意思」があったと認められるから、他の指名業者に連絡して受注意思がないことを確認していなかったら、もっと低い価格で入札していた、との結論を導いた。

そもそも、「入札時の積算」というのは、発注官庁側が示す積算単価を基本にして算定しているものに過ぎず、「工事費積算内訳報告書」も、そのような発注官庁向けに作成提出するものに過ぎない。実際に工事を受注して施工した場合、工事にかかる費用や得られる利益が入札時の積算のとおりになるわけではない。「30%の数値目標」は、最終的な工事採算に関する数字であり、入札時点での積算価格から、どれだけの費用が実際の工事施工で増えるか節減できるかの見通しを加味して、その目標を実現できるかどうかが判断されることになる。そのことは、公共工事の実務の知識が多少なりとあれば自明なことだ。そもそも「工事費用積算内訳書」は控訴審の被告人質問で突然持ち出されたものだった。その積算内訳書の数字に「30%の数値目標」を当てはめるなどというのは、一審の検察官の主張にも全くなかった。

「30%の数値目標」で、本件工事の採算性と被告人の認識を立証するなどということは凡そ不可能なはずだ.。ところが、控訴審判決ではそれを強引に行っているのである。

その結論を導くための証拠の不足を補うために行われたのが、控訴審裁判所の職権で行われた酒井氏の被告人質問と、経理担当者の証人尋問だった。経理担当者に、「30%の数値目標」が工事収益を見込めるかどうかの基準であることと、それを被告人の酒井氏に伝えていたことを証言させ、酒井氏に、そのように伝えられていたことを認めさせ、工事の収益性を認識していた根拠とすることが目的だった。判決文に引用された2人の供述を見て、職権尋問の目的が初めてわかった。

判決での被告人供述や経理担当者証言の引用も、控訴審での職権尋問で中里裁判長が強引な誘導尋問で、しかも供述の趣旨を歪曲したものだった。経理担当者Mは、「積算は役所に対するものなので、会社内での工事収益の見通しとは異なる」と説明しているのに、それを無視し、入札時の積算で「30%の数値目標」を超えていれば工事の採算が見込めると決めつけた。

被告人質問でも、酒井氏は「30%の数値目標」について聞いた記憶がないと供述しているのに、聞いていたかのような誤った前提で、酒井氏に「工事部長から、本件工事について30%の確保が難しいという話を聞いたか」と質問し、「あまり記憶にない」との供述を引き出した上、判決では、次のように判示している。

被告人は、当審公判で、工事受注に関する話があったときは、当該工事の工事粗利益の報告を受けること、本件内訳書を見たことを認めた上、積算をした段階で、30%の工事粗利益を確保することが難しい場合は、Aからその旨の話が出ると思うが、本件工事について、そのような話を聞いたということは余り記憶にない旨供述していることに照らすと、被告人は、本件工事の入札価格である9700万円が、少なくとも30%以上の工事粗利益を確保できるものであって、本件工事は採算を見込むことができるものであることを認識していたと認められる。

取調べの録音録画の下では、検察官ですら行わないような露骨な「誤導質問」で強引に被告人供述を引き出し、しかも、その供述の趣旨を歪曲して引用し、有罪の証拠にしているのである。

そのような露骨な誤導尋問に対して、異議すら述べなかったのは、弁護人として迂闊だったと言われれば、そのとおりだ。しかし、一審の審理の経過や結果を全て無視し、有罪判決の辻褄合わせのために控訴審職権尋問を行っているなどとは夢にも思っていなかった。

控訴審裁判所の裁判長は、その判断で、刑事裁判の最終結論を事実上確定させる力を持つ。まさに「閻魔大王」のような存在だ。その裁判長に、「誤導尋問です」と異議を述べることは、さすがの私もできなかった。

刑事控訴審とは何のための裁判なのか

刑事の控訴審判決は、上告審で覆されることは殆どなく、一度言い渡されれば、ほぼ確定判決となる。その控訴審の裁判長が、これ程までに露骨な誤導尋問を行い、引き出した供述で一審無罪判決を平然と覆す。それが、日本の刑事裁判の現実なのである。

一審の東京地裁立川支部では、野口佳子裁判長以下3人の裁判官が、第1回公判で起訴事実を全面的に認めながら、第2回で無罪主張に転じた被告人の酒井氏の言い分にも耳を傾け、同意書証として採用済みだった検察官調書についても、改めて証人尋問を行うなどして、信用性を慎重に検討し、「公正な価格を害する目的」の有無という最大の争点について、検察官にも立証の機会を十分過ぎるほど与えた上、酒井氏に無罪を言い渡した。

それにもかかわらず、不当極まりない「検察官控訴」の判断を行ったのが、黒川検事長の下の東京高検だった。

それに対して、控訴審裁判所は、一審裁判所の無罪判決について、審理の経過や判断を評価検討し、刑事事件判決として特に不合理な点の有無を慎重に判断し、不合理な点がなければ、直接審理を行った一審裁判所の判断を尊重する、というのが、同じ裁判所組織に属する一審裁判所が下した判断に対する、控訴審裁判所としての当然の姿勢だと思っていた。

ところが、中里裁判長らが行ったことは、それとは真逆であった。検察という組織の決定に基づいて検察官が行った「控訴」という結論の方を尊重し、それによって否定された一審無罪判決に対して、最初から「破棄する」という「結論ありき」で審理に臨んだのである。

これが、果たして刑事裁判と言えるのだろうか。

「人質司法」を丸ごと是認するのか

日産自動車のカルロス・ゴーン元会長が逮捕された事件でも、前近代的な日本の刑事司法、とりわけ、無罪主張を行う被告人が長期間身柄拘束される「人質司法」に対して、国際的な批判が高まった。

本件は、そういう「人質司法」に押しつぶされ、一旦は心ならずも起訴事実を認め、有罪判決を覚悟した被告人が、その後、裁判所の公正な判断を求めて無罪主張に転じ、1年近くの審理の結果一審無罪判決を勝ち取ったものだった。それは、日本の「人質司法」に一石を投じる事件でもあった。

ところが、控訴審では、一審の第1回公判で同意書証として採用された証拠だけを証拠として扱い、それ以降の、一審での審理はすべて無視、証拠が足りない部分は、控訴審で被告人らの職権尋問を行って、強引な誘導で引き出した(引き出したことにした)供述で、一審無罪判決を覆し、有罪とした。

それは、

一審で一旦有罪を認めた被告人が無罪主張に転じても、耳を貸す必要はない。無罪主張をしたければ、保釈を認められないことを覚悟して、検察官証拠を争い、その分、身柄拘束が続くことを覚悟しろ、それに耐えられる被告人であれば、無罪主張に耳を傾けてもいいが、保釈で出たいのであれば、無罪主張は諦めろ

と言って「人質司法」を丸ごと是認することにほかならない。

信じ難いことに、このような判決を下した中里裁判長は、司法研修所教官、東京地方裁判所部総括判事、水戸地方裁判所所長などを歴任し、2018年から東京高裁部総括判事を務めている「エリート中のエリート」であり、定年まで4年を残している。今後、高裁長官、最高裁判事などに就任する可能性もある、まさに、日本の刑事裁判所の中核にいる人物である。恐るべきことに、本件の控訴審判決のようなやり方が「日本の刑事裁判のスタンダード」ということなのである。

日本では、検察官が起訴した事件について「推定無罪」ではなく「有罪の推定」が働く。一審で無罪判決が出ても、検察が組織として有罪と判断して控訴すれば、再び「有罪の推定」が働き、一審無罪判決は容易に覆される。残念ながら、それが日本の刑事裁判の現実である。それは、「人質司法」と並んで、憲法上の「裁判を受ける権利」を著しく害するものなのである。

もちろん、このような「凡そ刑事裁判とは言えない判決」に屈することはできない。上告審でも、全力を挙げて戦い続ける。

しかし、その戦意も、そのための気力も、そろそろ限界に近づき始めている。

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「菅首相・推薦者名簿見ず任命決裁」と「甘利氏ブログ発言」で、日本学術会議問題は“重大局面”に!

10月7日にアップした【「日本学術会議任命見送り問題」と「黒川検事長定年延長問題」に共通する構図】で、「日本学術会議任命見送り問題」について、「黒川検事長定年延長問題」と対比しつつ詳述した。2つの重要な事実が報じられたことで、この問題は、重大な局面を迎えている。

菅首相は、推薦者名簿を見ることなく、会員任命を決裁していた

 一つは、この「任命見送り」について、【学術会議問題「会長が会いたいなら会う」 菅首相】と題する記事(朝日)で、

首相が任命を決裁したのは9月28日で、6人はその時点ですでに除外され、99人だったとも説明した。学術会議の推薦者名簿は「見ていない」としている。

と報じられたことだ。

 この問題が表面化した当時、菅首相は、官邸での記者団の質問に対して、立ち止まることもなく「法に基づき適切に対応してきた」と述べ、その後、内閣記者会のインタビューに対して「総合的、俯瞰的活動を確保する観点から、今回の人事も判断した」と説明していた。

 もし、首相が任命を決裁した段階で、6人の学術会議の推薦者が既に除外されていたとすれば、誰がどのような理由で、或いは意図で除外したのかが問題になる。そして、6人の任命見送りの問題表面化直後に、菅首相が任命決裁の際に学術会議の推薦者名簿を見ていなのに「法に基づき適切に対応」と発言したとすると、この「適切」というのは、どういう意味だったのかが重大な問題となる。

 国会閉会中審査でも、政府側は、日本学術会議会員の任命見送りについて、「憲法15条1項の規定に明らかな通り、公務員の選定・罷免権は国民固有の権利」としている。「選定・罷免権を国民に代わって行使するのが内閣の長である内閣総理大臣なので、日本学術会議の会員の任命権も、その選定・罷免権のうちの一つであり、総理大臣には、学術会議の推薦者を任命する義務はなく、一定の裁量がある」という趣旨であろう。

 そうだとすると、菅首相が、学術会議の推薦者名簿を見ることなく、6名の任命見送りを決裁したことは、「任命権を適切に行使した」と言えるのだろうか。そして、任命の可否を判断すべき立場の人物に「適切に判断させた」、つまり、判断を委ねたというのであれば、6人の任命見送りが問題とされた際に、その判断が適切だったか否かを、自ら確認しなければならないのが当然である。それを行うこともなく「適切に対応」と答えたとすれば、総理大臣としての責任は免れない。

 前記記事によれば、菅首相は、「(日本学術会議の)会長がお会いになりたいというのであれば、会わせて頂く」と述べたとのことだが、会長との面談以前に、まず行うべきことは、任命見送りの経過と、それを「適切」と判断した理由について、自ら、公の場で説明することである。

甘利氏による「中国『千人計画』」に関する日本学術会議批判

 もう一つの重大な問題は、日本学術会議に関する甘利明衆議院議員のブログ発言だ。

 甘利氏が、今年8月6日に、自らの公式ブログ「国会リポート」で、

日本学術会議は防衛省予算を使った研究開発には参加を禁じていますが、中国の「外国人研究者ヘッドハンティングプラン」である「千人計画」には積極的に協力しています。他国の研究者を高額な年俸(報道によれば生活費と併せ年収8,000万円!)で招聘し、研究者の経験知識を含めた研究成果を全て吐き出させるプランでその外国人研究者の本国のラボまでそっくり再現させているようです。そして研究者には千人計画への参加を厳秘にする事を条件付けています。中国はかつての、研究の「軍民共同」から現在の「軍民融合」へと関係を深化させています。つまり民間学者の研究は人民解放軍の軍事研究と一体であると云う宣言です。軍事研究には与しないという学術会議の方針は一国二制度なんでしょうか。

 と述べ、それが、ツイッター等で、広く拡散された。

 この「千人計画」の話がテレビのワイドショー等でも取り上げられたことに関して、BuzzFeed Japanのネット記事【日本学術会議が「中国の軍事研究に参加」「千人計画に協力」は根拠不明。「反日組織」と拡散したが…】は、ファクトチェックを行った結果、学術会議側は、中国の軍事研究への協力について「そのような事業、計画などはありません」と明確に否定し、「実際の事業は覚書が結ばれて以降、行われていないのが実態」「そもそも学術会議の予算面の問題から、国際的な研究プロジェクトなどを実施することは、中国以外の国ともできていない」と説明したとしている。ファクトチェックの結果は、

つまり、軍事研究や千人計画以前に、学術会議として他国との間で「研究(計画)に協力」しているという事実がない

というものだとしている。

 甘利氏は、自民党税調会長であり、過去に経産大臣、経済財政担当大臣等の主要閣僚を務めた自民党の大物政治家である。ブログ発言によって、日本学術会議に関して、根拠のない非難を行ったとすれば、法的、政治的責任が問題になる。

甘利氏ブログ発言の法的責任をめぐる問題

 法的責任に関して問題となるのは、日本学術会議に対する「名誉棄損」の成否だ。

 公的機関の名誉権の有無、名誉棄損の客体になるか否かについては、これまで、主として地方自治体について、名誉権侵害による民事上の請求の是非に関して議論されてきた。

 平成15年2月19日東京高判(判時1825号75頁)は、

地方公共団体の社会的評価を保護すべき必要性があるのみならず、その合理性も認められ、名誉権の侵害を理由とする損害賠償等の請求の余地が全くないということはできない

との趣旨の判示をし、地方自治体にも名誉権の侵害による損害賠償請求の余地があることを認めている。

 日本学術会議は、国の機関であり、独立した民事上の請求の主体ではない。しかし、刑事上の名誉棄損罪の客体が「人の名誉」である。この場合の人とは、「自然人」「法人」「法人格の無い団体」などが含まれるとされていること(大判大正15年3月24日刑集5巻117頁)からすると、それ自体法人格はない日本学術会議も、名誉棄損罪の客体にはなり得ると考えられる。この点については、地方自治体の名誉権に関する上記東京高裁判決の「地方公共団体の社会的評価を保護すべき必要性がある」との判示を参考にすべきだろう。

 もし、前述の甘利氏のブログの記述について、日本学術会議の会長名で、名誉棄損罪での告訴が行われた場合、同会議が、独立して社会的評価を保護する必要がある機関なのか否かという観点から、告訴の受理の要否が真剣に検討されることになるであろう。

甘利氏に重大な説明責任、菅首相の説明責任にも関係

 重大なことは、菅首相が、6人の会員の任命見送りについて、誰がどのように判断したのかと、甘利氏のブログ発言とが関連している可能性があることである。自民党の有力政治家である甘利氏のブログ発言が、その後、自民党内や政府内部での、日本学術会議の会員任命問題への議論に影響を与え、今回の任命見送りの背景になったとすれば、甘利氏は、日本学術会議に関するブログ発言について、一層重大な説明責任を負うことになる。

 甘利氏は、2016年1月28日、週刊文春が報じたUR口利き金銭授受疑惑の責任を取って内閣府特命担当大臣(経済財政政策)を辞任し、それ以降、「睡眠障害」を理由に国会を欠席し、その後、検察の不起訴処分が確定するや、「名前も不明の弁護士の調査結果」で「違法性はないとの結論だった」としただけで、それ以上の説明責任は果たさなかった。

 発足したばかりの菅政権にとって、重大な問題となっている日本学術会議問題に関する自らのブログ発言について、日本学術会議側からの告訴の有無に関わらず、今度こそ、「十分な説明責任」を果たすべきである。

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