これが「刑事裁判」と言えるのか、“青梅談合事件控訴審逆転有罪判決”

9月16日午後1時15分、東京高裁410号法廷、刑事第三部中里智美裁判長が、青梅談合事件の被告人酒井政修氏に対する控訴審判決を言い渡した。

一審では、検察官の立証は崩壊、求刑を罰金に落とすなど、事実上「白旗」を上げていた。当然の無罪判決に対して検察は控訴したが(【青梅談合事件・一審無罪判決に控訴した”過ちて改めざる”検察】)、控訴趣意書も全く的はずれ、殆ど無意味なものとしか思えなかった。

どう考えても一審無罪判決が覆る余地はないとは思うものの、2017年11月、名古屋高裁での美濃加茂市長事件控訴審判決という「悪夢」が私の脳裏をよぎる。「まさか、しかし、さすがに今回はあり得ない」、そう自分に言い聞かせる。

ところが、中里裁判長が、「主文」に続いて発した言葉は、「原判決を破棄する」だった。

またしても、控訴審での逆転有罪判決を受けることになった。それにしても、この事件の一審無罪判決を、どういう理由で「破棄」するというのか。

判決文の言渡しを聞いても、理由は全く理解できないものだった。

一審の第一回公判で、公訴事実を認めて保釈された直後の酒井氏と初めて会い、弁護人を受任ししてから約2年間、ともに戦い続けてきた。明治から続く地元の老舗の建設会社を経営してきた酒井氏への人望もあって、多くの仲間が弁護活動に協力してくれ、検察官立証を打ち破った末の一審無罪判決だった。

しかし、それは、控訴審判決での「原判決破棄」という言葉で、一瞬にして打ち砕かれた。

読み上げる判決理由もほとんど理解できないものだった。書記官室で受け取った判決謄本を読んで、さらに愕然とした。一審無罪判決を受けての「控訴審判決」などと言えるようなものでは全くない。

午後3時から、被告人の酒井政修氏と、逮捕された酒井氏に代わって、酒井組社長を引き継ぎ、懸命に会社を経営してきた次女の晶子氏とともに、司法記者クラブでの会見に臨んだ。

不当判決について私の説明に続いて、酒井氏が口を開く、「多くの人のおかげで一審で無罪を勝ち取ったのに・・・。悔しい・・・」後は、言葉にならなかった。

不当極まりない控訴審判決に対して、ただちに上告した。

上告審で、この事件での最後の戦いを行うことになる。しかし、そこには、刑事上告審の破棄事件は、年に1件あるかないかという、絶望的な現実がある。

一審で無罪、二審で逆転有罪という経過を辿った事件の被告人にとって、刑事裁判は「三審制」ではない。それどころか、一度たりとも、有罪の判断が正当に行われることなく有罪が確定することになる。

青梅談合事件の経過を改めて振り返り、控訴審判決がどのような理由でどのような判断を示したのか、それがいかに不当極まりないものか、いかに許し難いものかを述べることにしたいと思う。

警視庁捜査2課「青梅市の上の方が狙い」

酒井政修氏は、明治から続く青梅では老舗の地元建設会社の酒井組の社長として、青梅建設業協会会長として地域に貢献してきた。その酒井氏が刑事事件に巻き込まれた発端は、2018年5月、警視庁捜査2課立川分室に呼び出され、青梅市発注の公共工事に関して聴取を受けたことだった。警視庁捜査2課というのは、汚職・経済犯罪の捜査を専門とする部署だ。規模から言っても、「警視庁」という看板を背負っていることから言っても、全国の「捜査2課」のトップに位置する捜査集団だ。

聴取の後、警察官は酒井組の事務所までやってきて、パソコンの提出を求めてきた。一体何をしたいのかと思って、酒井氏が尋ねると、「青梅市の上の方が狙い。協力してくれれば悪いようにはしない」と言われた。しかし、酒井氏は、青梅建設業協会の会長をやっている関係で、市長や副市長や部長クラスと会うことはあったが、警察沙汰になるようなことで思い当たることは何もなかった。

その聴取の中で詳しく聞かれたのが、市の担当者から「緊急でやってくれ」と言われて、契約する前に着手していた災害復旧工事で、手続上必要だと言われて他の業者に頼んで見積書を出してもらい、それを市の担当者に渡したこと、それと、今回の事件になった「幹32号線」という約1億円の土木工事のことだった。

「幹32号線」の1期工事は、約3億円という青梅市では大規模な土木工事だった。O建設という会社が受注・施工していたので、2期工事も、その会社が受注するものと思われていた。ところが、2期工事は、市側が予定する発注金額では採算が合わないということで、そのO社は受注しないようだという話を聞いた。本来有利なはずの1期工事の施工業者が受注しないのであれば、他の業者が受注することはなおさら難しい、そのままでは、入札不調になって工事が大幅に遅れかねない。他の指名業者に確認したが、どこも受注する気は全くないということだったため、建設業協会の会長の酒井氏が、赤字覚悟で受注した工事だった。

「幹32号線工事」については、指名業者に連絡をとって受注する気がないかを確かめたことも正直に話した。すると、警察官は、「それも談合だ」と言って、談合を認める内容の書面を書くように言ってきた。「始末書のようなもので、これを書いてくれたら終わりだから」と言うので、警察官が書いた文面をそのまま手書きで書いて署名した。そこには、工事を受注した事情など全く書かれておらず、「当社が落札できるように協力依頼の電話をかけて協力して頂いた」などと指名業者に連絡をとって談合したことを認めるだけの内容が書かれていた。

その後、何回か聴取を受けたが、特に目新しいことはなく、その書面を書いただけで終わった。酒井氏は、それで警察の聴取は終わったと思っていた。

突然の「逮捕」、その日から全てが変わった

ところが、7月5日、酒井氏の自宅は、早朝から、夥しい数の報道陣に取り囲まれた。数日前に、警視庁担当だという新聞記者が「警視庁捜査2課のことで」と聞いてきたことを思い出した。酒井氏は、一体何が起きているのかわからず、取調べ担当だった捜査官に電話した。「とにかく、車でそこから抜け出して来てくれ」と言われたので、妹の運転する車で立川署に向かい捜査官と合流し、立川分室に連れていかれた。

そこで、談合罪の逮捕状を見せられ、逮捕された。「どうして俺が逮捕なんだ」と警察官に食い下がると、「裁判所で令状が出た」と言うだけで何も答えなかった。「警察の判断ではなく裁判所が逮捕を命令した」かのような言い方だった。

そういう取調官の態度や言動からも、酒井氏の逮捕が「無理筋」であることは警察の現場では十分に認識していて、警察の上層部の判断で逮捕が行われたように思えた。

コストをかけて捜査した以上、「見込み違い」だったとわかっても、潔く撤退しようとしない。面子のために、無理筋の事件を仕立て上げて逮捕を強行する。過去にも警察が繰り返してきたことだ。

酒井氏の逮捕は、NHK全国ニュースでも、「青梅市発注工事の談合事件」として新聞各紙でも大々的に報道された。突然、経営者を失った酒井組、酒井氏も、家族も、従業員も、その日からすべてが変わった。

逮捕の翌日には東京地検立川支部に送検され、その日以降、検察官の取調べも数回受けた。酒井氏は、逮捕当初から、赤字覚悟で受注した経緯や、発注者の青梅市のために入札不調にならないようにするためで、会社で利益を得ることが目的ではなかったことを精一杯訴えた。しかし、検察官は、他の指名業者を被疑者として取調べ、逮捕・起訴のプレッシャーをかけて、「談合の犯罪」のストーリーに沿った供述調書を作成して署名させていた。その供述内容を示して、「みんな談合を認めている」と言って、酒井氏に自白を迫った。

酒井氏は全面否認を続けたが、起訴された。

保釈請求も却下され、接見禁止のまま2カ月も身柄拘束が続いた。

事務所に届いた酒井氏の夫人からのメール

2018年9月初め、私の法律事務所ホームページの「問合せアドレス」に「藁にも縋る気持ちでメールしました」という書き出しの酒井氏の夫人からの長文メールが届いた。

夫は談合罪で逮捕され80日近くも留置されている。前年、癌の手術を受け、まだ十分に体力が回復していない。体調が悪化していないか心配で、一目でも会って様子を確認したいが、面会すらできない。弁護士からは、「本人が、9月19日に予定されている初公判で起訴事実を全て認めると言っている」と聞かされているが、犯罪になるようなことをする人ではないと、切々と訴えるメールだった。

夫人に事務所に来てもらい話を聞いた。一度、勾留中の酒井氏と接見して、私に弁護を依頼する意思があるかどうか聞いてみようと思った。しかし、弁護人の弁護士に本人の意向を確認してもらったところ、「保釈で早く出たいので、公判で事実を争う気はない」ということだった。それが本人の意思である以上、仕方がないと思い、夫人には「初公判で事実を認めるということのようなので、今の弁護士さんに保釈をとってもらってください。」と伝えた。「ただ、初公判で事実を認めても、弁護人が交代して、その後に認否を覆して争う余地もないわけでもない。保釈で出てきたら、証拠や資料を持ってご主人と事務所に来てください。」と言っておいた。

果たして「談合罪」なのか

9月19日の第1回公判で、酒井氏は、起訴事実を全面的に認め、検察官請求証拠がすべて同意証拠として取調べられ、保釈された。

数日後、酒井氏が、夫人と次女に伴われ、証拠の写しを持参して私の事務所に来た。それまでの経過と事件の内容を詳しく聞いた。

刑法は、「公正な価格を害する目的」と「不正の利益を得る目的」で談合した場合を「談合罪」の犯罪としている。いずれかの目的がないと犯罪は成立しない。

通常、刑事処罰の対象となる「談合」は、「受注を希望する業者が話し合った末、受注すべき会社を1社に絞り込み、他の業者は高い価格で入札して受注に協力する。それによって、入札での叩き合いで受注価格が下がらないようにする」というものだ。

そうであれば、談合がなかった場合と比較して、談合による受注価格が高くなるのは当然だ。その分、発注価格は高くなり、その分発注者は不利益を受けることになる。それが、「公正な価格を害する目的」の談合の典型例だ。

酒井氏の事件は、それとは大きく異なる。採算が悪く、赤字になりかねない工事で受注希望業者がなく、そのままだと、入札不調になって、再入札をせざるを得なくなり、工事が遅延する。大型工事の施工が遅れることで発注者の青梅市に迷惑がかかる。酒井氏の地元の後輩だった青梅市の建設部長からも、「何とか地元業者で受注してほしい」と言われていた。建設業協会会長の酒井氏にとって、青梅市と地元業者との信頼関係を損なうことにもなりかねないとの懸念から、いろいろ思い悩んだ末、仕方なく酒井組で受注することにしたものだった。

指名業者の一部に受注意思を確認するという「談合らしき行為」はあったが、それは、談合によって発注者に不利な価格で受注するという「公正な価格を害する目的」が認められない、つまり談合罪が成立しない典型例だと思えた。

酒井氏は、第一回公判で公訴事実を全面的に認めて、弁護人が検察官請求証拠をすべて「同意」していたが、証拠採用された指名業者の供述調書には不自然不合理な点が多々あった。工事指名後、酒井氏から連絡があり、「あれ頼むよ」「幹32号行きたいんだ」などと言われ、酒井組の受注に協力したというものだったが、それらの指名業者側に、もともと受注する気がなかったことは調書にも書かれている。受注する意思が全くなかったのだから、酒井氏と話したことは入札への対応には影響ない。「本件入札で酒井組の受注に協力する」ということはあり得ない。検察官のストーリーを押し付けられた調書であることは明らかだった。このような不合理な供述調書の信用性を否定する主張はできる。また、酒井氏の話を前提にすれば、談合罪の成立要件の「公正な価格を害する目的」がないとして無罪を主張することは十分可能だと思えた。

私は酒井氏の弁護人を受任し、無罪判決をめざして弁護活動を行うことにした。

10月10日の第2回公判で、罪状認否、弁護人意見を変更、「公正な価格を害する目的」がないとして、無罪を主張した。

弁護人の反証活動に協力してくれた指名業者の人達

第3回公判では、被告人質問が行われ、酒井氏は、逮捕以降、警察でも検察でもずっと訴え続けてきた言い分を、公判廷でしっかり供述した。

私は、青梅市に赴き、指名業者のヒアリングを開始した。彼らの話は、概ね酒井氏から聞いているとおりで、検察官調書の内容とは大きく異なっていた。談合罪の被疑者として取調べられ、逮捕・起訴のプレッシャーをかけられ、言ってもいない内容の供述調書に署名を求められて拒否できなかったものだった。

彼らから聴取した内容について陳述書を作成し、署名してもらった。検察官調書と相反する指名業者の陳述書を、検察官調書の弾劾のための「証明力を争う証拠」(刑訴法328条)として証拠請求をした。裁判所は、それを受けて、指名業者の証人尋問を行うことを決定した。

11月26日の第4回公判と12月10日の第5回公判で、4人の指名業者の証人尋問が行われた。談合罪の被疑者で取調べられ、酒井氏から連絡を受けて、工事を受注する気はないと答えただけなのに、「それも談合罪になる」と言われ、起訴プレッシャーの中で検察官が談合に応じたかのように作文した供述調書に署名させられたものだった。酒井氏から「あれ頼むよ」「幹32号行きたいんだ」などとは言われていないことも証言した。

補充立証の「立証準備」に3カ月の期間を要求した検察官

裁判所は、被告人質問や証人尋問の結果を受け、検察官に、「公正な価格を害する目的」があったと主張する根拠を明らかにするよう求めた。

一般的な談合では、「受注を希望する業者が複数いて、それが談合で調整されて、受注者が絞り込まれたこと」で談合がなかった場合より受注価格が高くなったことが立証できる。 ところが、本件では、酒井組以外の業者には受注意思がなかったので、「受注希望の調整による価格の上昇」が立証できない。

そこで、「公正な価格を害する目的」をどう立証するのかが問題だった。検察官は、「どうしても本件工事を受注したいという積極的な意思があったので、他の指名業者に連絡して受注意思がないことを確認していなければ、確実に落札するために予定価格を大きく下回る価格で入札せざるを得なかった」「だから、他の指名業者に連絡しなかった場合と比較して価格が高くなっている」という理屈で、「公正な価格を害する目的」を主張しようとした。

そして、その主張に関して、(ア)本件工事の受注で利益を得ようしていた、(イ)東京都の格付けを維持する目的があった、(ウ)酒井組の経営状況、工事受注状況、(エ)本件工事と同種の擁壁工事の平均落札率を立証する予定で、その立証準備のために3か月間の期間を要すると言い出した。3月末の定期異動まで引き延ばして、無罪判決を受けるのを免れようというのが、公判担当検察官の魂胆だと思えた。

酒井氏の主張からは、もともと「公正な価格を害する目的」の有無が問題になる事案だった。起訴の段階で、その点を十分に検討する必要があったのに、それを行っていなかったことを自ら認めたに等しい。

被告人の主張を無視して起訴しておいて、起訴後接見禁止で勾留を続け、保釈にも絶対反対という姿勢をとっていた検察官が3か月もの立証準備期間を要求するというのは、あまりに厚かましい言い分だった。

しかし、一審裁判所は、翌年3月末までの立証準備期間を与えた。控訴審で審理不尽と言われないようする配慮だと思えた。

 

検察官立証は“無残な失敗”、「白旗」を挙げた罰金求刑

本件では、(ア)~(エ)の検察官の立証が困難であることは明らかだった。

(ア)については、本件工事で利益が見込めないことを酒井氏が当初から覚悟の上で受注したことは、酒井組の積算の経過、入札価格の決定の経過についての工事部長の証言から明らかだった。

また、(イ)の東京都の格付けについては、確かに、数年前まで、Cクラスだった酒井組の東京都の格付けが、大型工事の受注でBクラスとなり、本件工事の受注がなければ、またCクラスとなる可能性があったが、完成工事高3億円程度の零細企業で、それまでの東京都の受注工事の殆どがDクラスだった酒井組にとって、Dクラスの工事の受注が可能なCクラスに格付けされる方が有利であり(直近のクラスであれば入札参加できる)、Bクラスを維持するとDクラスの工事が受注できなくなるのでかえって不利だった。

「酒井組の業績が赤字続きだったので、大型工事を何としても受注したかった」という(ウ)については、酒井組の経営は、概ね順調だったのが、本件工事を受注して赤字となったために、経営上大きなマイナスが生じたもので、本件工事を無理をして受注しなければならない事情など全くなかった。

(エ)は、擁壁工事というのが、手間のかかる困難な工事で利益が見込めない工事であることは、酒井組の工事部長だけでなく、複数の指名業者が証言していた。

検察官は、立証準備に3月末までの期間をかけた上、担当検察官は「狙い通り」、異動でいなくなった。5月から6月にかけて、引き継いだ検察官によって、(ア)~(ウ)についての東京都職員、金融機関の担当者等の証人尋問が行われた。一方で、弁護側立証として、酒井組の工事部長、経理担当者の尋問も行われた。

証人尋問の結果は、上記のとおり(ア)~(ウ)について、酒井氏に「積極的受注意思」があったとは到底言えないことが明らかになっただけであり、検察官立証の「無残な失敗」に終わった。(エ)について、一定期間で「擁壁工事」の入札状況について調査した結果は、大部分が「入札不調」であり、落札された場合も予定価格ぎりぎりだった。

7月19日の論告・弁論。検察官の求刑は「罰金100万円」だった。論告を作成するなかで、審理の結果、証拠全体を見直して、「公正な価格を害する目的」の立証ができていないことを再認識し、求刑を罰金に変更したのであろう。しかし、「罰金100万円」なら、在宅捜査で略式請求すればよかったはずだ。警視庁捜査2課が市役所を捜索したうえで被疑者を逮捕し、80日も勾留した事件ではあり得ない求刑だ。検察官は、有罪立証の大半が崩されたことで半分「白旗」を上げ、求刑を懲役刑から罰金刑に落としてきたということだろう。

そして、9月20日、一審無罪判決が言い渡された。

 

黒川弘務検事長の最終判断で「人質司法による冤罪」回避のための検察官控訴

このような一審での経過を見る限り、無罪判決が、控訴審で覆される余地は全くないと思えた。ところが、控訴期限の前日になって、検察官が控訴を申し立てた。「人質司法による冤罪」の事件が無罪判決で確定することを何とかして回避する目的としか思えなかった。

その検察官控訴を「最高責任者」として判断したのが東京高検黒川弘務検事長だった(その後、検察庁法に違反する「閣議決定による定年延長」で検事長の職にとどまった後、今年5月に、「賭け麻雀」疑惑が報じられて辞任)。

しかし、「検察官控訴」の事実は重い。一審無罪判決が出たことで、金融機関からまとまった金額の融資が再開される予定だったのに、検察官が控訴したことで刑事裁判が続くことになり、融資は見送りとなった。酒井氏に代わって酒井組の社長を引継いだ次女の晶子氏は、指名停止になっても他の地元業者からの工事下請でつないだりして、社員一丸となり歯を食いしばって会社を守ってきたが、それも限界に来ていた。

控訴趣意書は、一審での審理経過を全く無視し、公共入札の実務の基本的な理解を欠いているとしか思えない、的はずれな内容だった。控訴趣意書提出から、1週間で弁護人答弁書を提出。酒井組の経営状況を述べ、少しでも早く第一回公判期日が指定されるよう要請する書面も提出した。しかし、指定された期日は3月11日、控訴申立てから5カ月半も経過していた。

第1回公判で、職権で被告人質問と会社の経理担当者の証人尋問を行うことが決定され、6月10日の第2回期日で尋問が実施されたが、酒井氏も、経理担当者も、淡々と一審同様の供述をし、特に目新しい供述があったようには思えなかった。念のために、被告人側の供述を確認する程度の意味しかないものと思っていた。

ところが、冒頭で述べたとおり、9月16日に言い渡された判決は、「逆転有罪判決」だったのである。

これで「刑事裁判」と言えるのか

刑事の控訴審というのは、一審判決の判断を「事後審査」する裁判であり、最高裁判例でも、控訴審が一審の事実認定を覆すためには、一審判決に論理則・経験則違反があることを具体的に示すことが必要だとされている。ところが、この控訴審判決は、一審での審理を全く無視し、最初から「原判決破棄・有罪」の結論ありきで審理を行ったとしか思えないものだ。

控訴審判決は、

(1)本件当時、酒井組の経営状況は厳しく、年間売上目標の3分の1程度に当たる売上げを計上することができる本件工事を受注することの意味は大きい

(2)被告人のI(相指名業者)らに対する言動をみると、本件工事について、被告人には積極的な受注意思があったと認められる。これに反する被告人の供述は信用できない

(3)30%の数値目標(「外部への支払」を差し引いた金額が受注金額の30%以上となること)との関係では、酒井組が入札した工事価格(9700万円)から、120万円余り金額を引き下げることが可能である

との事実を認定し、そこから、

被告人には、何とかして本件工事を受注したいという「積極的受注意思」があり、しかも、採算を見込める範囲で、入札価格を引き下げることが可能だった。

との判断を導き

被告人が(Iらが所属する5社は、少なくとも本件工事の予定価格以下での入札はしないとの)認識を有していなければ、予定価格の10万円単位以下の部分を機械的に削っただけの価格で入札したとは考え難い。

として、酒井組の入札価格が、談合がなかった場合の価格を下回るとして、「公正な価格を害する目的」を認定し、これを否定した一審判決の判断を覆した。

酒井組の経営状況と大型工事受注の意味

(1)について控訴審判決は、

酒井組は、平成29年5月期に約2058万円の損失を計上し、また、平成28年5月期に約2361万円あった繰越利益剰余金が約303万円に大幅減少していることなどが認められ、本件当時の酒井組の経営状況には厳しいものがあったといえる。また、M(経理担当者)の当審証言及び被告人の当審公判供述によれば、本件当時も、Mは被告人に対し、少なくとも月1回は酒井組の経営状況(財務状況や資金繰り)に関する報告をしており、被告人は平成29年3月頃、Mから報告を受けて、同年5月期の決算が赤字になる見通しであることを認識していたことが認められる。

このような酒井組の経営状況も踏まえると、酒井組の年間売上目標の3分の1程度に当たる売上げを計上することができ、採算を見込むことができる本件工事を受注することの意味は、大きいと認められる。

としている。

しかし、このような判示は、一審の審理や証拠を全く無視したものだ。

一審では、検察官が、「酒井組の経営状況、財務状況が悪化している状況下で本件工事を受注していること」で「積極的受注意思」を立証しようとし、酒井組の会計関係資料の分析報告書や、複数の金融機関の担当者の証人尋問を請求するなど、相当な力を注いだ。しかし、その結果、逆に、酒井組の経営は、概ね順調で、本件工事を受注した当時、無理に大型工事を受注する必要が全くなく、本件工事受注が実質赤字となったために経営上大きなマイナスが生じたものであったことが明らかになった。ちょうど、本件工事の入札の時期が期末であった平成29年5月期に、約2058万円の損失が生じたというのも、大型工事の「期ずれ」によって、利益の一部が翌期に持ち越されただけで、本件工事の売上が見込める平成30年5月期には、むしろ利益の増加する要因だった。

酒井組にとって本件工事の受注が特に意味があったことの立証のために、東京都格付けへの影響まで持ち出し、東京都職員の証人尋問まで行ったが、格付けが何ら受注の動機にならないことが明らかになっただけだった。

「本件当時の酒井組の経営状況には厳しいものがあった」と全く実態に反する認定を行った上、酒井組の年間売上目標の3分の1程度に当たる売上げを計上することができ「本件工事を受注することの意味は、大きいと認められる」として、酒井氏の「積極的な受注意思」を認めた控訴審判決は、一審での審理の経過や検察官立証の結末を完全に無視したものだった。

指名業者の証言は無視

(2)も、一審での証人尋問をすべて無視して、検察官調書だけで認定したものだ。

控訴審判決は、「Iらの各検察官調書等の原審証拠によれば、被告人のIらへの言動等に関して以下の事実が認められる。」とした上、指名通知後に、Iに「今日、指名あったか。ほかの皆さんがよければ、うちにやらせてもらいたいんだけど。」と言った事実、Kに対し、「あれ頼むな。」と言った事実、「その2工事について、うちで行きたいんだけど。」と言った事実、Fに「32号行きたいんだよ。よろしく頼む。」と言った事実を認定している。それらは、酒井氏に「積極的受注意思」があったことを示す発言のように思える酒井氏は、そのような発言をしたことを、捜査・公判で一貫して否認していた。しかし、一審の第1回公判で、保釈のために、心ならずも、検察官調書にすべて「同意」し、証拠採用されたものだった。

私が弁護人を受任し酒井氏が無罪主張に転じた後、相指名業者の人達は、これらの発言を否定し、証人尋問が行われ、最終的には、一審判決は、検察官調書は「積極的受注意思」の根拠となるものではないと判断したものだった。

ところが、控訴審判決は、一審で指名業者の証人尋問の結果それが検察官調書との相反していることは全く無視し、検察官調書に書かれている酒井氏の発言とされた部分を、そのまま認定した。そして、それらの発言を否定する酒井氏の供述は、「信用できない」と理由もなく斬り捨てている。

突然出てきた「積算内訳書」で「採算が見込める工事」だったと認定

(3)は、酒井組では、「外部への支払」を差し引いた金額が受注金額の30%以上となること(粗利30%)を、工事の採算がとれるかどうかの「目安」としていたという「30%の数値目標」を前提に、本件工事の入札の際に、発注者の青梅市に提出した入札価格の「積算内訳書」に記載された金額で「粗利30%」を僅かに超えていたことをとらえ、入札価格をさらに引き下げることが可能だったとするものだ。

確かに、「外部への支払」を差し引いた金額が受注金額の一定割合以上となる、という「粗利」の確保は、工事による収益を確保するための一応の「目安」だと言える。工事部長も、警察調書で、その「粗利」について一般的な目安の数字として、「30~35%」と述べ、一審でも同意書証で証拠採用されていた。

控訴審判決は、その「30~35%」の数字と、酒井組が、本件工事について入札時に青梅市に提出した「工事費積算内訳書」の金額では、その数字が「30.8%」になっていることに目を付けたのである。入札時の酒井組の積算では「30%の数値目標」を「0.8%」上回っているので、それが30%になる金額まで入札価格を引き下げることが可能だった、上記(1)(2)により、酒井氏には「積極的受注意思」があったと認められるから、他の指名業者に連絡して受注意思がないことを確認していなかったら、もっと低い価格で入札していた、との結論を導いた。

そもそも、「入札時の積算」というのは、発注官庁側が示す積算単価を基本にして算定しているものに過ぎず、「工事費積算内訳報告書」も、そのような発注官庁向けに作成提出するものに過ぎない。実際に工事を受注して施工した場合、工事にかかる費用や得られる利益が入札時の積算のとおりになるわけではない。「30%の数値目標」は、最終的な工事採算に関する数字であり、入札時点での積算価格から、どれだけの費用が実際の工事施工で増えるか節減できるかの見通しを加味して、その目標を実現できるかどうかが判断されることになる。そのことは、公共工事の実務の知識が多少なりとあれば自明なことだ。そもそも「工事費用積算内訳書」は控訴審の被告人質問で突然持ち出されたものだった。その積算内訳書の数字に「30%の数値目標」を当てはめるなどというのは、一審の検察官の主張にも全くなかった。

「30%の数値目標」で、本件工事の採算性と被告人の認識を立証するなどということは凡そ不可能なはずだ.。ところが、控訴審判決ではそれを強引に行っているのである。

その結論を導くための証拠の不足を補うために行われたのが、控訴審裁判所の職権で行われた酒井氏の被告人質問と、経理担当者の証人尋問だった。経理担当者に、「30%の数値目標」が工事収益を見込めるかどうかの基準であることと、それを被告人の酒井氏に伝えていたことを証言させ、酒井氏に、そのように伝えられていたことを認めさせ、工事の収益性を認識していた根拠とすることが目的だった。判決文に引用された2人の供述を見て、職権尋問の目的が初めてわかった。

判決での被告人供述や経理担当者証言の引用も、控訴審での職権尋問で中里裁判長が強引な誘導尋問で、しかも供述の趣旨を歪曲したものだった。経理担当者Mは、「積算は役所に対するものなので、会社内での工事収益の見通しとは異なる」と説明しているのに、それを無視し、入札時の積算で「30%の数値目標」を超えていれば工事の採算が見込めると決めつけた。

被告人質問でも、酒井氏は「30%の数値目標」について聞いた記憶がないと供述しているのに、聞いていたかのような誤った前提で、酒井氏に「工事部長から、本件工事について30%の確保が難しいという話を聞いたか」と質問し、「あまり記憶にない」との供述を引き出した上、判決では、次のように判示している。

被告人は、当審公判で、工事受注に関する話があったときは、当該工事の工事粗利益の報告を受けること、本件内訳書を見たことを認めた上、積算をした段階で、30%の工事粗利益を確保することが難しい場合は、Aからその旨の話が出ると思うが、本件工事について、そのような話を聞いたということは余り記憶にない旨供述していることに照らすと、被告人は、本件工事の入札価格である9700万円が、少なくとも30%以上の工事粗利益を確保できるものであって、本件工事は採算を見込むことができるものであることを認識していたと認められる。

取調べの録音録画の下では、検察官ですら行わないような露骨な「誤導質問」で強引に被告人供述を引き出し、しかも、その供述の趣旨を歪曲して引用し、有罪の証拠にしているのである。

そのような露骨な誤導尋問に対して、異議すら述べなかったのは、弁護人として迂闊だったと言われれば、そのとおりだ。しかし、一審の審理の経過や結果を全て無視し、有罪判決の辻褄合わせのために控訴審職権尋問を行っているなどとは夢にも思っていなかった。

控訴審裁判所の裁判長は、その判断で、刑事裁判の最終結論を事実上確定させる力を持つ。まさに「閻魔大王」のような存在だ。その裁判長に、「誤導尋問です」と異議を述べることは、さすがの私もできなかった。

刑事控訴審とは何のための裁判なのか

刑事の控訴審判決は、上告審で覆されることは殆どなく、一度言い渡されれば、ほぼ確定判決となる。その控訴審の裁判長が、これ程までに露骨な誤導尋問を行い、引き出した供述で一審無罪判決を平然と覆す。それが、日本の刑事裁判の現実なのである。

一審の東京地裁立川支部では、野口佳子裁判長以下3人の裁判官が、第1回公判で起訴事実を全面的に認めながら、第2回で無罪主張に転じた被告人の酒井氏の言い分にも耳を傾け、同意書証として採用済みだった検察官調書についても、改めて証人尋問を行うなどして、信用性を慎重に検討し、「公正な価格を害する目的」の有無という最大の争点について、検察官にも立証の機会を十分過ぎるほど与えた上、酒井氏に無罪を言い渡した。

それにもかかわらず、不当極まりない「検察官控訴」の判断を行ったのが、黒川検事長の下の東京高検だった。

それに対して、控訴審裁判所は、一審裁判所の無罪判決について、審理の経過や判断を評価検討し、刑事事件判決として特に不合理な点の有無を慎重に判断し、不合理な点がなければ、直接審理を行った一審裁判所の判断を尊重する、というのが、同じ裁判所組織に属する一審裁判所が下した判断に対する、控訴審裁判所としての当然の姿勢だと思っていた。

ところが、中里裁判長らが行ったことは、それとは真逆であった。検察という組織の決定に基づいて検察官が行った「控訴」という結論の方を尊重し、それによって否定された一審無罪判決に対して、最初から「破棄する」という「結論ありき」で審理に臨んだのである。

これが、果たして刑事裁判と言えるのだろうか。

「人質司法」を丸ごと是認するのか

日産自動車のカルロス・ゴーン元会長が逮捕された事件でも、前近代的な日本の刑事司法、とりわけ、無罪主張を行う被告人が長期間身柄拘束される「人質司法」に対して、国際的な批判が高まった。

本件は、そういう「人質司法」に押しつぶされ、一旦は心ならずも起訴事実を認め、有罪判決を覚悟した被告人が、その後、裁判所の公正な判断を求めて無罪主張に転じ、1年近くの審理の結果一審無罪判決を勝ち取ったものだった。それは、日本の「人質司法」に一石を投じる事件でもあった。

ところが、控訴審では、一審の第1回公判で同意書証として採用された証拠だけを証拠として扱い、それ以降の、一審での審理はすべて無視、証拠が足りない部分は、控訴審で被告人らの職権尋問を行って、強引な誘導で引き出した(引き出したことにした)供述で、一審無罪判決を覆し、有罪とした。

それは、

一審で一旦有罪を認めた被告人が無罪主張に転じても、耳を貸す必要はない。無罪主張をしたければ、保釈を認められないことを覚悟して、検察官証拠を争い、その分、身柄拘束が続くことを覚悟しろ、それに耐えられる被告人であれば、無罪主張に耳を傾けてもいいが、保釈で出たいのであれば、無罪主張は諦めろ

と言って「人質司法」を丸ごと是認することにほかならない。

信じ難いことに、このような判決を下した中里裁判長は、司法研修所教官、東京地方裁判所部総括判事、水戸地方裁判所所長などを歴任し、2018年から東京高裁部総括判事を務めている「エリート中のエリート」であり、定年まで4年を残している。今後、高裁長官、最高裁判事などに就任する可能性もある、まさに、日本の刑事裁判所の中核にいる人物である。恐るべきことに、本件の控訴審判決のようなやり方が「日本の刑事裁判のスタンダード」ということなのである。

日本では、検察官が起訴した事件について「推定無罪」ではなく「有罪の推定」が働く。一審で無罪判決が出ても、検察が組織として有罪と判断して控訴すれば、再び「有罪の推定」が働き、一審無罪判決は容易に覆される。残念ながら、それが日本の刑事裁判の現実である。それは、「人質司法」と並んで、憲法上の「裁判を受ける権利」を著しく害するものなのである。

もちろん、このような「凡そ刑事裁判とは言えない判決」に屈することはできない。上告審でも、全力を挙げて戦い続ける。

しかし、その戦意も、そのための気力も、そろそろ限界に近づき始めている。

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「菅首相・推薦者名簿見ず任命決裁」と「甘利氏ブログ発言」で、日本学術会議問題は“重大局面”に!

10月7日にアップした【「日本学術会議任命見送り問題」と「黒川検事長定年延長問題」に共通する構図】で、「日本学術会議任命見送り問題」について、「黒川検事長定年延長問題」と対比しつつ詳述した。2つの重要な事実が報じられたことで、この問題は、重大な局面を迎えている。

菅首相は、推薦者名簿を見ることなく、会員任命を決裁していた

 一つは、この「任命見送り」について、【学術会議問題「会長が会いたいなら会う」 菅首相】と題する記事(朝日)で、

首相が任命を決裁したのは9月28日で、6人はその時点ですでに除外され、99人だったとも説明した。学術会議の推薦者名簿は「見ていない」としている。

と報じられたことだ。

 この問題が表面化した当時、菅首相は、官邸での記者団の質問に対して、立ち止まることもなく「法に基づき適切に対応してきた」と述べ、その後、内閣記者会のインタビューに対して「総合的、俯瞰的活動を確保する観点から、今回の人事も判断した」と説明していた。

 もし、首相が任命を決裁した段階で、6人の学術会議の推薦者が既に除外されていたとすれば、誰がどのような理由で、或いは意図で除外したのかが問題になる。そして、6人の任命見送りの問題表面化直後に、菅首相が任命決裁の際に学術会議の推薦者名簿を見ていなのに「法に基づき適切に対応」と発言したとすると、この「適切」というのは、どういう意味だったのかが重大な問題となる。

 国会閉会中審査でも、政府側は、日本学術会議会員の任命見送りについて、「憲法15条1項の規定に明らかな通り、公務員の選定・罷免権は国民固有の権利」としている。「選定・罷免権を国民に代わって行使するのが内閣の長である内閣総理大臣なので、日本学術会議の会員の任命権も、その選定・罷免権のうちの一つであり、総理大臣には、学術会議の推薦者を任命する義務はなく、一定の裁量がある」という趣旨であろう。

 そうだとすると、菅首相が、学術会議の推薦者名簿を見ることなく、6名の任命見送りを決裁したことは、「任命権を適切に行使した」と言えるのだろうか。そして、任命の可否を判断すべき立場の人物に「適切に判断させた」、つまり、判断を委ねたというのであれば、6人の任命見送りが問題とされた際に、その判断が適切だったか否かを、自ら確認しなければならないのが当然である。それを行うこともなく「適切に対応」と答えたとすれば、総理大臣としての責任は免れない。

 前記記事によれば、菅首相は、「(日本学術会議の)会長がお会いになりたいというのであれば、会わせて頂く」と述べたとのことだが、会長との面談以前に、まず行うべきことは、任命見送りの経過と、それを「適切」と判断した理由について、自ら、公の場で説明することである。

甘利氏による「中国『千人計画』」に関する日本学術会議批判

 もう一つの重大な問題は、日本学術会議に関する甘利明衆議院議員のブログ発言だ。

 甘利氏が、今年8月6日に、自らの公式ブログ「国会リポート」で、

日本学術会議は防衛省予算を使った研究開発には参加を禁じていますが、中国の「外国人研究者ヘッドハンティングプラン」である「千人計画」には積極的に協力しています。他国の研究者を高額な年俸(報道によれば生活費と併せ年収8,000万円!)で招聘し、研究者の経験知識を含めた研究成果を全て吐き出させるプランでその外国人研究者の本国のラボまでそっくり再現させているようです。そして研究者には千人計画への参加を厳秘にする事を条件付けています。中国はかつての、研究の「軍民共同」から現在の「軍民融合」へと関係を深化させています。つまり民間学者の研究は人民解放軍の軍事研究と一体であると云う宣言です。軍事研究には与しないという学術会議の方針は一国二制度なんでしょうか。

 と述べ、それが、ツイッター等で、広く拡散された。

 この「千人計画」の話がテレビのワイドショー等でも取り上げられたことに関して、BuzzFeed Japanのネット記事【日本学術会議が「中国の軍事研究に参加」「千人計画に協力」は根拠不明。「反日組織」と拡散したが…】は、ファクトチェックを行った結果、学術会議側は、中国の軍事研究への協力について「そのような事業、計画などはありません」と明確に否定し、「実際の事業は覚書が結ばれて以降、行われていないのが実態」「そもそも学術会議の予算面の問題から、国際的な研究プロジェクトなどを実施することは、中国以外の国ともできていない」と説明したとしている。ファクトチェックの結果は、

つまり、軍事研究や千人計画以前に、学術会議として他国との間で「研究(計画)に協力」しているという事実がない

というものだとしている。

 甘利氏は、自民党税調会長であり、過去に経産大臣、経済財政担当大臣等の主要閣僚を務めた自民党の大物政治家である。ブログ発言によって、日本学術会議に関して、根拠のない非難を行ったとすれば、法的、政治的責任が問題になる。

甘利氏ブログ発言の法的責任をめぐる問題

 法的責任に関して問題となるのは、日本学術会議に対する「名誉棄損」の成否だ。

 公的機関の名誉権の有無、名誉棄損の客体になるか否かについては、これまで、主として地方自治体について、名誉権侵害による民事上の請求の是非に関して議論されてきた。

 平成15年2月19日東京高判(判時1825号75頁)は、

地方公共団体の社会的評価を保護すべき必要性があるのみならず、その合理性も認められ、名誉権の侵害を理由とする損害賠償等の請求の余地が全くないということはできない

との趣旨の判示をし、地方自治体にも名誉権の侵害による損害賠償請求の余地があることを認めている。

 日本学術会議は、国の機関であり、独立した民事上の請求の主体ではない。しかし、刑事上の名誉棄損罪の客体が「人の名誉」である。この場合の人とは、「自然人」「法人」「法人格の無い団体」などが含まれるとされていること(大判大正15年3月24日刑集5巻117頁)からすると、それ自体法人格はない日本学術会議も、名誉棄損罪の客体にはなり得ると考えられる。この点については、地方自治体の名誉権に関する上記東京高裁判決の「地方公共団体の社会的評価を保護すべき必要性がある」との判示を参考にすべきだろう。

 もし、前述の甘利氏のブログの記述について、日本学術会議の会長名で、名誉棄損罪での告訴が行われた場合、同会議が、独立して社会的評価を保護する必要がある機関なのか否かという観点から、告訴の受理の要否が真剣に検討されることになるであろう。

甘利氏に重大な説明責任、菅首相の説明責任にも関係

 重大なことは、菅首相が、6人の会員の任命見送りについて、誰がどのように判断したのかと、甘利氏のブログ発言とが関連している可能性があることである。自民党の有力政治家である甘利氏のブログ発言が、その後、自民党内や政府内部での、日本学術会議の会員任命問題への議論に影響を与え、今回の任命見送りの背景になったとすれば、甘利氏は、日本学術会議に関するブログ発言について、一層重大な説明責任を負うことになる。

 甘利氏は、2016年1月28日、週刊文春が報じたUR口利き金銭授受疑惑の責任を取って内閣府特命担当大臣(経済財政政策)を辞任し、それ以降、「睡眠障害」を理由に国会を欠席し、その後、検察の不起訴処分が確定するや、「名前も不明の弁護士の調査結果」で「違法性はないとの結論だった」としただけで、それ以上の説明責任は果たさなかった。

 発足したばかりの菅政権にとって、重大な問題となっている日本学術会議問題に関する自らのブログ発言について、日本学術会議側からの告訴の有無に関わらず、今度こそ、「十分な説明責任」を果たすべきである。

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「日本学術会議任命見送り問題」、「黒川検事長定年延長問題」と同じ構図で“政権の重大リスク”になるか

菅義偉総理大臣が、日本学術会議の新たな会員候補の一部の任命を見送ったことについて、野党側は学問の自由への介入だとして追及姿勢を強めているが、菅首相を始め政府側は「法に基づき適切に対応してきた」としており、与党の一部からは、日本学術会議の在り方を問題にする意見も出されている。安倍政権時代から繰り返されてきた「二極対立」の様相を呈している。

この日本学術会議の会員任命見送り問題は、今年2月、国会、マスコミでも厳しい批判を浴びた黒川弘務東京高検検事長の定年延長問題と、多くの共通点がある。

検察が、刑訴法上の権限を持つ「権力機関」であるのに対して、日本学術会議は、「科学に関する重要事項」の審議機関であり、直接的に権限を行使する立場ではない。しかし、いずれも、「独立性」を尊重される組織の人事の問題であり、政府の対応の違法性が指摘され、それに関して「法解釈の変更」があったことに共通性がある。二つの問題の比較を踏まえながら、学術会議問題の今後の展開を考えてみたい。

「独立性」の尊重

まず、重要な共通点は、検察庁も、日本学術会議も、「独立性」を尊重される組織だという点だ。

検察庁は、法務省に所属する行政組織であり、「裁判官の独立」とは異なり、法律上、独立性が保障されているわけではない。しかし、刑事事件に関して強大な権限が与えられ、しかも、日本では、検察官が起訴した事件の有罪率は99%を超えるなど、検察の判断が事実上、司法判断になっている。特に、検察の権限行使は、権力を持つ政治家に向けられることもあり、政権の不正・癒着・腐敗等の監視機能が期待される面もある。政権側は検察の権限行使に介入すべきではないとされ、検察の職権行使の独立性が尊重されてきたことの背景には、「司法の独立性」という憲法上の原則がある。

日本学術会議についても、「内閣総理大臣の所轄」(日本学術会議法1条2項)とされる国の組織であるが「独立して職務を行う」(法3条1項)とされ、独立性が制度的に保障されている。

その独立性の尊重の背景には、「学問の自由の保障」という憲法上の要請がある。6人の会員任命見送りについても、「学問の自由」への介入と批判されている。これに対して、「日本学術会議の会員になれなくても自由に研究は続けられるのだから、『学問の自由』は関係ない」という反論があるが、「学問の自由」には、研究者個人が学問研究を行うことの自由だけでなく、「研究成果を発表する自由」「研究成果を教える自由」なども含まれ、それらが行われる場としての大学・研究機関での研究教育に対する国家の不当な介入が「学問の自由」の問題になることもあり得る。

「検察の独立」は、「司法の独立」そのものでないが、それに関連する重要な要請とされているのと同様に、日本学術会議の独立性・自律性は、実質的に「学問の自由」と密接に関連する問題だと言える。

政府の対応の「違法性」

閣議決定の翌日の2月1日にアップした拙稿【黒川検事長の定年後「勤務延長」には違法の疑い】で指摘したように、国家公務員法が定める一般的な国家公務員の定年後勤務延長の規定を適用して、東京高検検事長の定年後の勤務延長を認めたことは、

検事総長は、年齢が65年に達した時に、その他の検察官は年齢が63年に達した時に退官する。

と定める検察庁法22条に違反する疑いがある。

検察官は、国家公務員法による「勤務延長」の対象外であり、検察官の定年退官後の「勤務延長」を閣議決定したのは、検察庁法に違反する疑いが強い。検察庁法が検察官の勤務の「終期」を明確に定めているのに、閣議決定で国家公務員法の規定を適用して「検察官の定年後勤務延長」を認めたことの「違法性」が問題の核心であった。

これに対して、日本学術会議の会員任命について問題とされているのは、菅首相が6人の任命を見送ったことが

日本学術会議は、二百十人の日本学術会議会員をもつて、これを組織する。 会員は、第十七条の規定による推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する。

日本学術会議は、規則で定めるところにより、優れた研究又は業績がある科学者のうちから会員の候補者を選考し、内閣府令で定めるところにより、内閣総理大臣に推薦するものとする。

との日本学術会議法の規定(7条1項2項、17条)に違反するのではないかという点だ。

同法で「210人の会員で組織すること」とする一方で、「日本学術会議の選考・推薦に基づいて」「内閣総理大臣が任命する」と規定され、210人の会員は、すべて学術会議の選考・推薦に基づいて任命することになっているので、選考・推薦された者の一部を任命から除外することは同法に違反するのではないかという問題だ。

政府の「解釈変更」

もう一つ重要な共通点がある。それは、それが許容されるかどうかについて、政府の「解釈変更」が行われている点だ。

「検察官定年延長」については、昭和56年に、国家公務員法で、国家公務員の定年後勤務延長の制度が導入された際の国会答弁で、人事院は

「裁判官、検察官には適用されない。」

としていた。それが、黒川検事長の定年後勤務延長を認める際に、閣議決定で解釈が変更され、検察官にも国家公務員法の勤務延長の規定が適用されることにされたと説明された。

「日本学術会議会員任命見送り」についても、日本学術会議法の改正で、1983年に会員の公選制から任命制に変更された際、国会答弁で、

「形だけの推薦制であり、学会から推薦された者は拒否しない。」

としていた。少なくとも、その時点では、内閣総理大臣が推薦者の任命を拒否することは認められないという解釈をとっていた。それが、2018年に、任命制のあり方についての内閣法制局と内閣府との協議で、推薦者の任命を総理大臣が拒否することができることを確認したとされている。政府側は、これが「解釈変更」だったことは認めていないが、少なくとも、法改正当時の政府答弁とは異なった見解をとらなければ任命見送りはできないはずだ。

当初の解釈であれば「違法」とされるはずであったやり方を、「解釈変更」によって合法化したという点で両者は共通する。

動機面の問題

検察庁法に違反し、国家公務員法の定年後勤務延長の要件を充たしているとは考えられない「定年後勤務延長」を行ってまで、黒川氏を東京高検に残留させ検事総長に就任させようとした動機は何だったのか。

「安倍政権継承」新総裁にとって“重大リスク”となる河井前法相公判【後編】】の【「公選法違反否定の見解」について「黒川氏見解」が出された可能性】で詳述したように、東京地裁で公判が行われている河井克行前法相夫妻の公選法違反事件と関係している疑いがある。

黒川氏が東京高検検事長の立場にある限り、東京地検特捜部の捜査の動きを抑えること、或いはその捜査情報を官邸に提供することが可能であり、検事総長のポストに就けば、検察全体の動きを抑えることができる。黒川氏を違法な「定年後勤務延長」を行ってまで東京高検検事長に留任させ、さらに検事総長に就任させようとしたのは、克行氏の問題が公選法違反事件に発展しないようにすることと関係していた可能性は否定できない。

では、「日本学術会議会員任命見送り」の動機の方はどうか。

この問題が表面化した当初から、問題視されているのが、任命を見送られた6人は、研究や業績の面ではいずれも申し分なく、「任命見送り」の理由が、「安全保障法制」「共謀罪」等に関する政府案に反対表明していたこと以外には考えられないということだ。

6人の推薦者のうち、立命館大学松宮孝明教授は、私の専門にも関連する分野の経済刑法が御専門なので、よく存じ上げている。最初にお会いしたのは、20年前の法務省法務総合研究所研究官の時代だった。検事時代、研究官時代に、多くの研究者の方々とお付き合いがあったが、法務・検察側に都合のよい学説を提供する「御用学者」とは一線を画し、企業や経済の実態を踏まえた合理的な解釈論を展開される経済刑法学者で、優れた研究・業績を多く残されている。松宮教授は、業績面でも、研究者としての姿勢という面でも、日本学術会議会員の刑事法学者として、最も適任だと考えられる。(法務・検察の「御用学者」ではないこと以外に)松宮教授の任命見送りの理由など考えられない。

任命見送りの合理的な理由が示せなければ、疑念を持たれているような、「政治的な理由による任命見送り」ということになる。結局、6人を任命せざるを得ない状況に追い込まれた場合には、菅首相は、この問題をめぐって混乱を生じさせたことについて重大な政治責任を負うことになる。

黒川検事長の「定年後勤務延長」の問題のその後の展開

黒川検事長の「定年後勤務延長」の問題のその後の展開は、多くの点で共通する「日本学術会議会員任命見送り」問題の今後の展開を予感させるものと言える。

黒川検事長について閣議決定で定年後勤務延長を認めたことに対して、特定の検察幹部の定年延長を認める(しかも、それによって、定年が事実上延長され、検察トップの検事総長への就任を可能とする)ことは検察の独立性を害すると批判され、その理由や経緯について国会でも厳しく追及された。

さらに、検察官定年延長を事後的に正当化するために、内閣の判断で検察幹部の定年延長を認める「検察庁法改正案」が国会に提出され、その審議の過程で、SNS等での批判が盛り上がるなどしたため、政府は法案の撤回に追い込まれることになった。

黒川氏の定年後「勤務延長」の理由について、国家公務員法の規定から「職員の職務の特殊性又はその職員の職務の遂行上の特別の事情からみてその退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる十分な理由がある」と説明されていたが、その後、黒川氏は週刊誌で「賭け麻雀」疑惑が報じられるや、即刻、辞任した。そのことからしても、「職務遂行上の理由」ではなく、定年後勤務延長を経て、検事総長に就任させることを可能にする目的だった疑いが濃厚となった。

「黒川検事長定年延長」問題は、安倍政権末期において、政権への支持を低下させる大きな要因となったのである。

「日本学術会議会員任命見送り」問題の今後の展開

では、「日本学術会議任命見送り」の問題は、今後、どのような展開になるだろうか。

日本学術会議側は、少なくとも、6人の推薦者の任命見送りについて、納得できる理由が示されない限り、6人以外の推薦を行うことは考えにくい。引き続き、6人の任命を求め続けることになるであろう。同会議にここまで国民の関心が集まった以上、「6人欠員」という「日本学術会議法7条1項違反」の状態を放置することはできず、その問題が決着しない限り、日本学術会議の正常な運営は困難となる。

この問題に関して、菅首相は、5日夕刻、内閣記者会のインタビューに応じ、その中で、

日本学術会議については、省庁再編の際、そもそもその必要性を含めてその在り方について相当の議論が行われ、その結果として総合的、俯瞰的活動を求めることにした。まさに総合的、俯瞰的活動を確保する観点から、今回の人事も判断した。

と述べた。

菅首相が、会員の任命を「日本学術会議の必要性を含めた在り方の議論」「総合的、俯瞰的活動を求めること」に関連づけて説明したことによって、任命見送りの理由も、日本学術会議の在り方論に関連づけて説明せざるを得ないことになる。そうなると、会員の推薦・任命の在り方について政府として何らかの立法が必要となり、同会議の在り方論、同会議の存廃をめぐる国会での議論に発展することになる。

今回の任命見送り問題が表面化するや、保守系の論者から、「日本学術会議の見直し・廃止論」が声高に唱えられている。日本学術会議は、設立以降、「学術研究を通じて平和を実現すること」を最大の使命としてきたのは、戦前、学術研究が軍事に使われることを前提とする研究が進められてきたことへの反省があったからである。そういう日本学術会議の存在は、保守系論者からは、現実離れした「非武装中立論」のように扱われ、攻撃の対象とされてきた。確かに、学術研究の活用について民間と軍事とを峻別することは容易ではなくなっており、「学術研究の軍事利用の否定」が、どこまで徹底可能かについて疑問がないわけではない。しかし、その点は、日本国憲法が掲げる平和主義そのものにも関連し、憲法問題にも関わる問題だ。背景には深刻なイデオロギー対立もあるだけに、議論の収束は容易ではない。コロナ感染対策、コロナ不況に対する経済対策、来年夏東京五輪開催の是非など、多くの重要課題が山積する中で、国会で、そのような問題に時間を費やすことが果たして適切なのだろうか。

何より重要なことは、日本学術会議は、これまで比較検討してきた「検察」の問題とは異なり、「権限」や「強制力」を持つ機関ではないということだ。日本学術会議がどのような基本方針で活動しようと、それが、政府の施策に対して直接的な作用を及ぼすものではない。そのような同会議について、政権が、政治的・イデオロギー的動機で、政府に批判的な研究者を排除する目的で任命見送りを行ったとすれば、学術研究の世界全体を、政府の方針を是認する方向の議論に誘導しようとする「学問の自由」への介入そのものであり、ひいては、研究者全体に政府に批判的な言論を控えさせる「言論の自由」の侵害にもなりかねない。

菅政権が、このまま6人の任命見送りの姿勢を維持し、「学問の自由」への介入を改めようとしないとすれば、日本学術会議の在り方自体について国会で本格的議論や法案提出をすることにならざるを得ないだろう。それは、黒川氏の定年後勤務延長問題の事後的正当化のための検察庁法改正案国会提出が、安倍政権にとって大きな打撃になったのと同様に、発足したばかりの菅政権にとって、政権の基盤を崩壊させかねない重大なリスクに発展する可能性がある。

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「尖閣船長釈放問題」、検察に責任を押し付けた菅政権、総括なくして野党の復活なし

本日(9月8日)付けで、産経新聞が、

前原誠司元外相が、2010年9月7日に尖閣諸島沖の領海内で発生した海上保安庁巡視船と中国漁船の衝突事件で、当時の菅直人首相が、逮捕した中国人船長の釈放を求めたと明らかにした。旧民主党政権は処分保留による船長釈放を「検察独自の判断」と強調し、政府の関与を否定してきたが、菅氏の強い意向が釈放に反映されたとみられる。

と報じている。当時の外務省幹部も「菅首相の指示」を認めたが、菅氏は、取材に「記憶にない」と答えたとのことだ(【船長釈放「菅直人氏が指示」 前原元外相が証言 尖閣中国漁船衝突事件10年 主席来日中止を危惧】)。

この尖閣中国船船長の釈放の問題については、当時、私は、検察の対応と、民主党政権の政府の対応を徹底して批判した。

刑事事件については、警察・海上保安部等の第一次捜査機関が、犯罪の立証のための十分な証拠収集を行い、検察が、犯人の身柄の拘束及びその継続の必要性の判断を含め、事案の重大性・悪質性に応じた刑事処分に向けての対応を総括する。

しかし、外交関係に絡む問題については、そのような刑事司法上の判断とは別に、内閣として適切な外交上の判断を行い、それに基づいて最終的な刑事処分を決定することが必要な場合もある。この種の事案に対しては、国家としての主権を守るとともに、他国との適切な外交関係を維持するための判断が求められるが、これは、刑事司法機関の所管外の事項であるため、内閣が政治責任に基づいて判断をすることになる。その場合、刑事事件としての対応や処分に外交上の判断を反映させるために活用されるべき制度が、内閣の一員である法務大臣の検事総長に対する指揮権(検察庁法14条但書)である。検察は、外交上の判断が必要な事件と判断すれば、法務大臣に「請訓」という形で指示を仰ぐことになる。

尖閣の中国漁船の衝突事件は、外交上の判断が必要な事件だったのであるから、刑事司法機関が勾留・起訴という厳正な刑事処分に向けての対応を行う一方、内閣としては、外交関係を踏まえてその刑事処分に向けての対応を変更する必要性を判断し、必要があれば、それを法務大臣指揮権の発動という形で、内閣の責任を明確にして実行すべきであった。

ところが、この事件では、中国船船長の釈放が決定された際の会見で、那覇地検次席検事が「最高検と協議の上」と述べた上で、「日中関係への配慮が、釈放の理由の一つである」かのように述べた。つまり、この事件での「船長の釈放」という検察の権限行使において、検察が組織として外交上の判断を行ったことを認めたのである。そして、このような、検察が外交問題に配慮したかのような説明に対し、当時の仙谷官房長官は「了とする」と述べた。

この検察の対応が、検察独自の判断だとは考えられなかった。検察としては、厳正な刑事処分に向けての対応を粛々と進めていたはずだ。船長の釈放は当時の内閣の判断によるものであることは、誰の目にも明らかであった。ところが、外交関係への配慮も含めて、すべて検察の責任において行ったように検察側が説明し、内閣官房長官がそれを容認する発言をした。それによって、検察の刑事事件の判断についての信頼が損なわれる一方、内閣が負うべき外交上の責任は覆い隠されてしまった。

しかし、今回、前原氏が明らかにしたところによると、当時の菅首相が釈放を指示したとのことであり、検察の釈放措置は、菅首相の指示によって行われたものだということになる。船長を逮捕した海上保安部を所管する大臣だった前原氏としては、菅首相の指示によって海上保安部としての摘発を無にされたと言いたいのだろう。

尖閣諸島をめぐっては、その後、2012年8月に、香港の活動家らによる尖閣諸島不法上陸事件が発生した。この時の民主党政権の対応も弱腰そのものであった。その際も、民主党政権下の政府と検察の弱腰の対応を批判した。以下は、産経新聞に「【領土を考える】主権侵害は逮捕・起訴を」と題して掲載された拙稿の一部だ。

 香港の活動家らによる尖閣諸島不法上陸事件で、沖縄県警は入管難民法違反(不法入国)容疑で逮捕した中国人を検察庁に送致せず、入管当局に引き渡し、活動家は強制送還された。

 今回の措置は同法65条の「他に罪を犯した嫌疑のないときに限り…入国警備官に引き渡すことができる」との規定によるが、その趣旨は不法就労など単純事案は国内法で処罰するより、早急に国外退去させ違法状態を解消するほうが法の趣旨に沿うためだ。今回のように日本の領土や主権を侵害する目的での確信犯的な不法上陸事案は、極めて悪質な刑事事件として当然、逮捕、起訴すべきだった。

 問題なのは、今回の措置が同法の規定に基づく「刑事事件としての当然の措置」のように説明されていることだ。この種の事件に厳正な刑事処分を行わない判断が「当然の判断」とされるなら、わが国はもはや国家としての体をなしていないと言わざるを得ない。

このような民主党政権時代の、尖閣列島をめぐる中国人の不法事案に対する日本政府の対応は、全くの弱腰で論外であった。しかも、中国人船長の事案については、菅首相の判断で船長を釈放させたにもかかわらず、それが、あたかも、検察の判断であるかのように検察に説明させて「隠蔽」していたのである。それを行わせた菅首相も論外だが、当時、菅首相の不当な指示に、国交大臣として異を唱えることなく唯々諾々と従っておきながら、今になって、自分は菅首相の不当な命令を受けた被害者であるかのように語る前原氏の態度も信じ難いものだ。

一連の不当な対応について、未だに、総括も反省もせず、安倍政権の批判ばかりを行ってきたために、旧民主党出身者を中心とする野党は国民に支持されず、「安倍一強」の政治状況を8年近くも続けさせることにつながったのである。

現在も、菅氏は立憲民主党に所属し、昨日、公示された合流新党の代表選で、枝野氏の選対本部の顧問に名を連ねている。一方の、前原氏は、国民民主党に所属し、玉木雄一郎氏が中心となる新党に加わるとのことだ。

このような野党のままでは、菅義偉氏が総裁となった後の自民党に対抗できるはずもなく、「菅一強」状態になってしまうことは必至だ。

自民党新総裁には、安倍政権の徹底検証が必要であることは言うまでもないが、野党の側も、政権を担当した時の組織の病根を放置したままでは、政権奪還など「夢のまた夢」である。

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河井前法相現金供与事件の真相は、「安倍政権継承」新総裁にとって重大なリスク

8月28日の記事【“崖っぷち”河井前法相「逆転の一打」と“安倍首相の体調”の微妙な関係】で、河井克行前法相、案里参議院議員の公選法違反事件の初公判での検察側、弁護側の冒頭陳述等に基づき、安倍首相が厳しい選挙情勢を認識し、参院選に向けての党勢拡大、案里氏支持拡大のための政治活動の資金を県政界有力者に提供することを了承していた可能性があることを指摘し、その事実が、河井夫妻公判で表面化する恐れがあることが安倍首相の体調悪化の大きな原因になっている可能性を指摘した。

同日夕刻、安倍首相は、持病の再発を理由に首相辞任を表明し、世の中の関心は、次の首相を事実上決めることになる自民党総裁選挙の行方に集中している。今回の総裁選は、党員投票は行わず、国会議員票と都道府県代表票で行うことが決定され、9月8日公示、14日投開票で実施されることが決まっているが、自民党主要派閥が相次いで菅義偉氏支持を表明し、菅氏が新総裁に選出されることは確実な情勢となっている。

しかし、ここで忘れてはならないのは、克行氏と菅氏が深い関係にあることだ。2012年9月の自民党総裁選では、克行氏が事務局長、菅氏が顧問を務める「きさらぎ会」の活動が安倍氏勝利に貢献した。2018年1月には、克行氏が中心となって、菅氏を囲む勉強会「向日葵(ひまわり)会」を立ち上げ、19年7月の参院選当選後に、案里氏にも同会に入会させた。同年9月、克行氏が法務大臣として入閣した際も、菅氏の推薦によるものと言われていた。

第二次安倍政権において、菅氏は官房長官、岸田氏は外務大臣・自民党政調会長として、共に安倍政権を支えてきた重鎮だが、二人の間では、2018年秋頃から、ポスト安倍における権力の争奪が生じていた。

2019年参院選広島選挙区で案里氏が当選し、岸田文雄氏の派閥の重鎮の溝手氏が落選したことは、安倍氏が総裁・首相の座を「禅譲」したい意向だったとされていた岸田氏にとって大打撃となった。それは、今回の自民党総裁選挙で、菅氏が圧倒的に優勢になっていることの伏線の一つと言える。

克行氏が、県政界有力者に対して多額の現金供与を行い、それが刑事事件に発展した背景には、安倍首相の溝手氏への個人的な感情とともに、菅氏と岸田氏の安倍首相の後継をめぐる対立もあったと考えられるが、今後の河井夫妻事件の公判の展開如何では、克行氏が、これらの背景も含めて「事件の真相」を供述せざるを得ない状況に追い込まれる可能性もある。

そういう意味では、今、東京地裁で行われている河井夫妻事件公判は、菅氏優位は動かないとされる自民党総裁選と早期の解散総選挙も取り沙汰されるその後の政局にとって、最大の「攪乱要因」だと言えよう。

案里氏が広島選挙区自民党2人目として参議院選に出馬した経緯

今回の河井夫妻の公選法違反事件というのは、現職の国会議員自身が、参議院選挙で当選を得るため、広島県の議員・首長等の政界有力者等に、直接、多額の現金を配布したという、大胆不敵で露骨な行為が行われたとされる事件である。

なぜ、このような「国会議員自身が」「現金を」配布する行為に及んだのか、そこには、この案里氏の出馬をめぐる「特殊な状況」がある。

自民党本部では、2018年11月頃から、19年7月の参議院選挙で広島選挙区に2議席独占をめざして2人目の候補を擁立しようとする動きを本格化させた。11月28日、自民党の甘利明選対委員長は、党本部で広島県連会長の宮沢洋一元経済産業相と会談し、「何とか2人目の擁立をお願いしたい」と要請した。

同様の参議院2人区は、広島の他に、茨城、京都、静岡があったが、このうち、前回選挙まで自民党と野党が1議席を分け合い、自民党が、野党候補にダブルスコアで圧勝し、共倒れの恐れもないという点で共通しているのが広島と茨城だった。この頃、自民党本部が、広島、茨城の両選挙区で2人目の候補擁立を模索しているかのような報道もあったが、実際には、茨城選挙区では、2人目の候補者の擁立の動きが現実化することはなく、党本部は、2人区での2人目の候補擁立を強く求めていたのは、広島選挙区だけだった。

これに対して、自民党広島県連側は、98年参院選で亀井郁夫氏と奥原信也氏の2人が立候補し、県連の組織が分裂し、大きな禍根を残したことなどもあり、2人目の擁立には強く反対していた。

2019年2月19日、甘利選対委員長は、自民党の岸田文雄政調会長と国会内で会談し、同年夏の参院選広島県選挙区に向けて現職の溝手氏のほか2人目を擁立することについて理解を求めた。この際、広島県選挙区の2人目の候補者として薬師寺道代参議院議員、広島県議会議員の河井案里氏の名前が挙がったが、その後、愛知2区を地盤とする田畑毅衆議院議員が準強制性交容疑で刑事告訴され、3月1日に衆議院議員を辞職したため、薬師寺氏は田畑氏の後任を狙うこととなった。3月2日、自民党は河井を擁立する方針を固め、同年3月12日、案里氏が、参議院選挙の広島選挙区の自民党公認候補としての立候補を表明し、20日に出馬の記者会見を行った。案里氏は、県議を辞めてミラノにファッションの勉強をしに行こうと思っていたとも報じられている。案里氏側は、もともと参議院選に立候補の意思はなく、自民党本部からの要請で、克行氏がこれに応じたという経過だったようだ。

自民党県連応援拒絶で厳しい選挙情勢

案里氏は、2019年参院選の広島選挙区の2人目の自民党公認候補として出馬表明したのであるが、常識的には、この出馬はかなり無謀なものであった。

安佐南区選出の広島県議会議員だった案里氏が2015年の県議会議員選挙で獲得した票数が2万700票余り、その安佐南区を含む衆議院広島3区選出だった克行氏が前の選挙で得た票が約8万票であり、参議院広島選挙区での当選のために最低でも必要となる25万票程度の票には遠く及ばなかった。

しかし、広島県連は、溝手氏支持で一本化されており、案里氏を一切応援しない方針を明らかにしていたため、広島県内の自民党系政治家の支援を得ることは困難だった。

このような状況に関して、克行氏の弁護人冒頭陳述では、以下のように述べている。

通常、広島県連では、参議院議員選挙が近づくと、衆参国会議員が立候補予定者あるいは候補者のもとに、数名の秘書を派遣して、党勢拡大活動や地盤培養活動などの政治活動の支援をし、選挙運動期間中には選挙運動の応援等をしていた。また、県連の要請により、広島県連職員、各種支持団体の関係者なども派遣されて同様の活動を行っていた。

これに対し、案里については、公認が大幅に遅れたため、周知のための政治活動期間・立候補のための準備期間が明らかに不足していたが、広島県連からの上記のような人的な支援が得られなかったことから、後援会の設立や組織作り、後援会員の加入勧誘、政党支部の事務所立上げなどの政治活動や選挙運動に従事することとなる人員確保など体制作り自体に苦労する状況にあり、必然、県議、衆議院議員として長い政治家としてのキャリアを有する被告人が、その人脈を頼って、それら案里のための活動を行わざるを得なかった。

そして、それに続いて、

公認を受けた候補者は、選挙区に該当する支部を割り当てられ、党勢拡大・地盤培養等の政治活動を行うとともに、政党支部事務所を立ち上げて、後援会活動を行うなどして、その存在と人柄を周知し、自らの信条・政見を浸透させていくものであるところ、平成31年3月以降、被告人及び案里らが行ってきた諸活動は、正にこうした政治活動にほかならない。

と述べている。

つまり、参議院広島選挙区の自民党公認候補なのに自民党広島県連の組織の応援が全く得られないという「特殊な状況」にあったことから、県議、衆議院議員として長い政治家としてのキャリアを有する克行氏が、その人脈を頼って案里氏の支持拡大ための「諸活動」を行うにも、大きな制約があったのである。

克行氏の行為について、国政選挙に際して「国会議員自身」が「現金」を供与したことが、「あり得ない行為」と批判されているが、それは、上記のような「特殊な状況」にあったからであり、資金の性格は、一般的な自民党公認候補の選挙の場合と異なるところはないというのが、克行氏の弁護人の主張なのである。

では、なぜ、そのような厳しい情勢であったのに、克行氏が、妻の案里氏を2人目の自民党公認候補として出馬させることを決意したのか。なぜ、国会議員自身が現金を配布して回るという露骨な行為に及んだのか。

その背景として考えられるのは、それぞれ、2人目の候補に出馬させ、当選させることで、現職の溝手氏に対抗馬を立て、できれば落選させようとする動機があった安倍氏と菅氏が、克行氏に、案里氏の出馬を要請したことが推測される。

安倍晋三氏と溝手顕正氏との確執

まず、安倍氏にとっての動機である。

第一次安倍政権下の2007年7月の参院選で、安倍首相率いる自民党は小沢民主党に惨敗した。当時防災担当大臣だった溝手顕正氏は会見で、続投の意向の安倍首相について、「首相本人の責任はある。本人が言うのは勝手だが、決まっていない」と痛烈に批判した。その後の9月に、安倍氏は、突然、首相を辞任する「政権投げ出し」に至る。

そして、2009年9月の総選挙で自民党は民主党に惨敗、民主党政権発足後の、2010年、溝手氏は、参議院自民党幹事長に就任した。

2012年2月、溝手氏は、記者会見で、消費税増税関連法案への賛成と引き換えに衆院選を迫る「話し合い解散」に言及した安倍晋三元首相に関し「もう過去の人だ。主導権を取ろうと発言したのだろうが、執行部の中にそういう話はない」と述べた。

安倍氏は、同年9月の総裁選挙で、自民党総裁に就任し、同年11月の総選挙で自民党が圧勝し、第二次安倍政権が発足したが、上記のような経緯から、安倍氏は、溝手氏に、強い恨みを持っていたとされている。

定員2の広島地方区の選出では、自民党1、野党1で議席を分け合う展開が続いており、2013年7月の参議院選挙でも、溝手氏の当選は確実とみられていた。安倍氏は、その広島地方区に、2人目の候補を立てることを、当時の自民党幹事長の石破茂氏に提案したが、石破氏の反対で断念した。5期目の当選を果たした溝手氏は、自由民主党参院議員会長に選出されたが、選挙後の参議院議長就任が有力視されていた2016年7月の参議院選の直前に、失言問題などを理由に会長を更迭され、同年8月、3期目の伊達忠一が参議院議長に就任した。

2019年7月の参議院選挙で、溝手氏が6期目の当選を果たせば、伊達氏の後任の参議院議長就任は確実とみられていた。その時点では当選7回の山東昭子氏が最多だったが、山東氏は比例区選出で、「比例区の70歳定年制」の関係で公認困難とみられていたのが、同選挙で定年制が棚上げされて山東氏も公認されたもので、溝手氏が当選すれば、山東氏が参議院議長に就任することはなかった。

参議院議長は、内閣総理大臣にとって「同格」とも言える地位であり、積年の恨みのある溝手氏が、参議院議長に就任することは耐え難いことであり、何としても阻止したかったものと思われる。

菅義偉氏と岸田文雄氏との確執

次に、菅氏にとっての動機である。

菅氏は、第2次安倍政権の官房長官を務めたが、安倍首相の後継候補としては、岸田氏が筆頭と目されていた。2018年9月の総裁選挙でも、岸田派内では岸田氏に出馬を求める声も強かったが、それを抑えて、出馬を断念したのも、安倍退陣後の後継指名を狙ったものとされていた。一方の菅氏は、2019年4月1日、官邸での記者会見で、「新しい元号は『令和』であります」と発表したことで、「令和おじさん」として注目され、5月上旬には、官房長官としては異例の訪米を行い、アメリカ政府首脳と会談したことで、安倍後継候補の一人として注目されるに至った。この頃から、岸田氏と菅氏の対立が取り沙汰されるようになった。

2019年7月の参議院選挙で、案里氏が広島選挙区の2人目の候補として出馬表明をし、選挙に向けての活動を開始したのが、ちょうど同じ時期であり、現職の溝手氏が、岸田派の重鎮、案里氏の夫の克行氏が、前記のとおり、「きさらぎ会」を通じて菅氏と関係が深いことから、この選挙戦は、菅官房長官VS岸田政調会長の「代理戦争」とも言われ、その結果、案里氏が当選し、溝手氏が落選したことで、岸田氏はポスト安倍の争いで大きく後退したと言われた。

そして、同年9月の内閣改造では、克行氏が法務大臣、菅原一秀氏が経産大臣として入閣し、菅氏の政治権力は一層高まったとみられていたが、同年10月に、いずれも週刊文春の記事による疑惑追及によって大臣辞任に追い込まれた。この菅氏と親しい大臣の連続辞任の背景には、岸田氏と開成高校の同窓の北村滋氏の暗躍があったなどとの憶測もあった。

そして、この菅氏と岸田氏の安倍後継をめぐる争いは、安倍首相辞任表明の後、二階自民党幹事長が、いち早く「菅支持」を打ち出し、安倍首相が岸田氏への後継指名をしなかったことから、総裁選では菅氏優位は動かない情勢となっている。

案里氏当選をめざすために何が必要だったのか

安倍氏には、溝手氏に対する積年の恨みがあり、その溝手氏が、それまでの選挙と同様に、野党と2議席を分け合う楽な選挙で当選し、参議院議長にせざるを得ない事態は何としても避けたかったはずだ。一方の菅氏は、案里氏を出馬させ、岸田派の重鎮の溝手氏を落選させれば、安倍首相後継争いで岸田氏に対する優位を強烈にアピールできる。そういう意味で、安倍・菅両氏には、案里氏を2人目の候補として出馬させて当選させ、溝手氏を落選させようとする十分な動機がある。

県連の応援が一切受けられないという厳しい状況で、克行氏が、妻の案里氏に参院選出馬に応じさせることにしたのは、安倍氏、菅氏からの要請があったからであり、また、そのような厳しい状況において、案里氏をどうやって当選させるのかについて、具体的な方法についても、安倍氏・菅氏それぞれと十分な話合いが行われ、可能な限りの支援の約束が得られ、当選の見込みも十分にあると判断したからこそ、案里氏に出馬させることを決意したはずだ。

では、案里氏が参院選に出馬表明したこの時点で、当選をめざす活動を行っていくことに関して、どのようなことが必要だったのか、実際に、どのようなことが行われたのか、当時の状況を踏まえて考えてみよう。

案里氏が出馬表明した2019年3月の段階で、当選をめざすための実質的な活動として、以下のようなことを行う必要があった。

(1)選挙に向けての政治活動の拠点の設置、案里氏の知名度を高めるためのポスター、パンフレット、チラシ等の印刷配布

(2)克行氏の選挙区である広島3区で、自己の地元支持者の案里氏への支持を確実なものとし、参議院選挙に向けての支持拡大のための集会・会合を開くなどの活動してもらうこと

(3)広島3区以外の県内の議員・首長等の政界有力者に、案里氏への支持・支援を要請すること、県内全域での案里氏の支持拡大のための集会・会合等の政治活動に協力してもらうこと

(4)県内の有力な企業・団体に、案里氏支持・推薦を依頼すること

(5)公示日以降の「直接的選挙運動」のための選挙事務所の設置、選挙運動用の車両の確保、電話等の設置、運動員の雇用

克行氏・案里氏の支持票だけでは、当選に必要な票数とはかけ離れており、広島県連から案里氏の応援が一切受けられないという状況で、当選をめざすためには、上記(1)~(5)は最低限必要であり、これらが実際に行われたからこそ、案里氏が当選できたはずだ。 それに加えて、

(6)自民党と連立を組む公明党の組織票を、案里氏に重点配分してもらうこと

が、当選のために極めて有効だった。前回の参議院選では、公明党支持者が投票する自民党候補者は溝手氏しかいなかった。公明党側で何の指示も行われなければ、公明票の多くは溝手氏に投票したはずだが、マスコミの出口調査では、広島選挙区の公明党支持者の7割以上が案里氏に投票したとの結果が出ており、自民党側から公明党側に案里氏に投票するよう要請が行われたことが推測される。公明党側への案里氏の支援の要請も、極めて重要な意味を持つものであった。

では、案里氏の選挙では、(1)~(6)に関して、どのような問題があったのか。

まず、広島県下全域で(1)~(5)を十分に行うためには多額の費用がかかったはずだ。それをどのようにして賄ったのか。

選挙管理委員会に提出された選挙運動費用収支報告書によれば、公示日以降のこの直接選挙費用だけでの総額は約2689万円である。それより長期間にわたる公示日までの「政治活動」を県全域で行おうと思えば、その数倍の費用がかかったものと考えられる。後に法務大臣に就任した際の克行氏の資産公開では、二人にめぼしい資産はなく、選挙の際に借りたと思われる総額およそ5000万円の借入金があった。

そして、上記のように広島県連の応援が一切受けられないという状況において、(4)の推薦依頼の実行を効果的に行える人的体制の確保という「ヒト」の問題に加えて、(2)(3)の「政治活動」を依頼するための資金を、誰がどのように提供するかという「資金提供の方法」の問題があった。

要するに、(1)~(5)について、多額の資金をどう確保するかという「カネ」の問題、 (4)の推薦依頼の実行を効果的に行える部隊の確保という「ヒト」の問題に加えて、(2)、(3)の「政治活動」の資金を県内の有力政治家に提供するという「資金提供の方法」、という3つの問題を解決する必要があった。

このうち、「カネ」については、自民党本部から十分な選挙資金を提供することになり、溝手氏の選挙資金の10倍の総額1億5000万円が克行氏、案里氏の政党支部に選挙資金として送金された。「ヒト」については、県内の各所に所在する企業・団体を訪問して支持・推薦を呼び掛けるために、安倍首相の秘書4人が広島に選挙応援に派遣され、案里氏への推薦依頼状を持って、県内の企業団体を回った。

残る問題が、党本部から潤沢に提供された選挙資金を活用して、県内の議員・首長等の有力政治家に資金を提供する「資金提供の方法」だった。広島選挙区の自民党公認候補であれば、通常は、広島県連が中心となって、所属の国会議員、地方議員等に支援・応援を呼び掛け、そのための活動資金を、自民党本部から県連を通じて政党支部や資金管理団体というルートで提供する。しかし、県連が案里氏を一切応援しない方針を明らかにしていたため、案里氏の選挙のための資金ではそのルートは使えないということになる。では、どうやって資金を提供するか。「案里支持拡大に向けての政治活動のための資金」という趣旨を認識して受け取ってもらうためには、克行氏自身が直接現金を手渡す以外に方法がなかったのである。それが克行氏本人が多額の現金を配布するという今回の事件につながった。

案里氏選挙への安倍氏の関与

では、安倍氏と菅氏は、このような案里氏の選挙に向けての活動に、実際に、どのように関わったのか。

「首相動静」によれば、安倍氏と克行氏は、案里氏の参院選出馬が決まる前後の2月28日と3月20日、首相官邸で単独で面談している。ここでは、安倍氏の重大な関心事であった案里氏の参議院選立候補のことが話題に出ていないとは考えられない。当選に向けて最低限必要となる(1)~(5)の活動をどのようにして行っていくかについても話し合われたからこそ、1億5000万円の党本部からの選挙資金の提供が行われ、安倍氏の秘書の広島への選挙応援が行われたものと考えられる。

弁護人冒陳に書かれているように、克行氏の議員・首長等への現金供与が「党勢拡大・地盤培養等の政治活動を行うとともに、政党支部事務所を立ち上げて、後援会活動を行うなどして、その存在と人柄を周知し、自らの信条・政見を浸透させていく」ための活動として、行われたのだとすれば、県連の応援が一切受けられない状況においては、「資金提供の方法」として、そのような方法しかとり得なかったことを、安倍氏も認識していたはずである。その上で、何とかして案里氏を当選させることに協力し、1億5000万円の選挙資金を提供し,秘書を選挙応援に行かせていたと考えられる。

案里氏選挙への菅氏の関与

一方、菅氏については、「首相動静」のような情報は公開されておらず、選挙期間中に案里氏の応援のため2回も広島を訪れたこと以外は、案里氏にどのような支援を行い、それについて、克行氏とどのような接触の場があったのか詳細は不明だ。

しかし、当選の決定的な要因となった(6)の公明票の案里氏への重点配分に関しては、現代ビジネス【首相のイスは見えた…菅官房長官がふるう「圧倒的権力」の全貌】によると、菅氏が、昵懇の仲と言われる創価学会佐藤浩副会長に案里氏の支援を要請、佐藤氏は広島の学会及び公明党に、案里氏を支援するよう指示を出したことで、広島での公明票の大部分が案里氏に投じられたとされている。同記事によると、

広島での案里氏支援の見返りに、公明党が苦戦していた兵庫選挙区で、菅氏が、公示前後に3回も神戸入りしたほか、本来は自民党支持である住宅や運輸・港湾関連の業界団体票を公明党に回した。その余波で自民候補は最下位の3位当選。肝を冷やした自民党の兵庫県連内からは、「菅長官は自分の利益のために党を公明党に売り渡した。長官を処分してもらいたいくらいだ」といった菅批判の声が沸き起こった

とされている。

上記の記事のとおり、菅氏が、広島選挙区で公明票を自民候補者の一方の案里氏に重点配分するよう依頼したとすれば、広島県連の応援が一切得られない状況での厳しい選挙中で、上記の(1)~(5)について、どのような活動が行われているかを確認した上で、最終手段として(6)の公明票の支援の要請を行ったはずだ。その点について、克行氏から説明を受けていたはずである。

そうであれば、克行氏自らが、案里氏への支持拡大・地盤培養のための政治活動のための資金供与を行っていることなど、選挙情勢や選挙活動の状況についても十分に認識し、あと一歩で当選が可能になると認識していたからこそ、公明党側への案里氏への投票の依頼を行ったとの推測が合理的に働く。

「公選法違反否定の見解」について「黒川氏見解」が出された可能性

克行氏という当選7回の国会議員が、なぜ、「自ら」直接多額の現金を配布して回るという「大胆不敵」で「露骨」な行動に及んだのかという点について、【“崖っぷち”河井前法相「逆転の一打」と“安倍首相の体調”の微妙な関係】では、急遽、妻の案里氏を参院選の候補として公認したものの、極めて厳しい状況を打開するためには、現金を配布して党勢拡大・地盤培養を図るしかないとの認識を、安倍首相と共有していたからではないか、との推測を述べた。

それに加えて、もう一つ考えられるのは、克行氏の側に、「公示から離れた時期の議員・首長等への現金配布が公選法違反で摘発されることはない」との「法務・検察幹部」の見解を聞かされていた可能性が考えられる。

具体的には「官邸の守護神」と言われ、官房長官の菅氏に様々法律的な助言をしていたとされる黒川弘務氏であれば、菅氏の側に、そのような見解を伝える可能性がある。

これまでの記事でも再三述べてきたように(【河井前法相“本格捜査”で、安倍政権「倒壊」か】など)、公示から離れた時期の克行氏の議員・首長等への資金供与は、現金によるものであっても「地盤培養行為」としての政治活動のための寄附と主張される可能性があるということで、これまでは、公選法違反の摘発の対象とはなって来なかった。仮に、黒川氏が官房長官の菅氏に尋ねられれば、同様の見解を述べた可能性が高い。それが、克行氏に伝わっていたからこそ、相当な自信を持って「大胆」かつ「露骨」な現金配布を行ったのではなかろうか。

克行氏にとっても、検察ナンバー2の東京高検検事長の職にあり、官邸の意向で検事総長就任が予想され、しかも、前任が法務省事務次官で法務省も事実上コントロールできる黒川氏の見解ほど心強いものはなかったはずだ。

そういうことでもなければ、「大胆不敵」「露骨」な克行氏の行動を理解することは困難なのである。

しかし、その後の展開は、克行氏の想定とは全く異なるものとなっていった。

2019年10月案里氏の「車上運動員買収事件」が週刊文春で報じられ、克行氏が法務大臣を辞任した後、同年末に、案里氏の公選法違反事件での捜査が始まり、2020年1月中旬には、克行氏の議員会館事務所も含めて捜索が実施され、克行氏の現金配布も捜査の対象とされていることが明らかとなった。

しかも、その捜査の主体は、広島高検管内の広島地検特別刑事部であり、東京高検検事長の黒川氏は「蚊帳の外」だった。2月初めまでには、稲田検事総長が勇退して、黒川氏が後任の検事総長に就任するというのが官邸の意向だったが、その意向に反し、稲田総長は勇退せず、黒川氏のために「前代未聞の検事長定年延長」という「禁じ手」まで使われた。しかし、そのような政権の検察人事への露骨な介入に対して、世の中からは激しい批判が浴びせられ、それでも、官邸は黒川氏の検事総長就任にこだわっていたが、官邸と対立する検察当局は、克行氏の事件の捜査の手を緩めなかった。そして、黒川氏は、「賭け麻雀問題」が週刊文春に報じられて辞任に追い込まれ、黒川氏が去った東京高検の指揮下で、河井夫妻が公選法違反で逮捕されるに至った。

克行氏が実刑を免れる唯一の手段は公判で「事件の真相」を供述すること

前記記事】でも述べたように、検察側、弁護側の冒頭陳述を比較した限りでは、検察側有利であり、克行氏側の本件現金配布が「投票及び票のとりまとめ」を依頼するものではなく、党勢拡大・案里氏への支持拡大・地盤培養のための政治活動の寄附だったという弁解が認められる可能性は低い。弁護人冒陳での主張は、広島での選挙における一般論に過ぎず、それを裏付ける事実がない。そして、克行氏の起訴事実の大部分が有罪となれば、買収金額から言っても、実刑となる可能性が高い。

克行氏が、実刑を免れる唯一の方法は、案里氏の選挙に向けての活動の全貌について、事案の真相を供述し、議員・首長への現金供与は、党勢拡大・案里氏支持拡大の地盤培養のための政治資金だとする主張の背景、経緯を、安倍氏・菅氏の関与も含めて具体的に供述することだ。

それによって、上記の弁護側主張は、単なる一般論・抽象論ではなく具体的な裏付けを持つこととなる。広島選挙区での自民党の2人目候補擁立の経緯、案里氏立候補に至る経緯、そして、広島県連が案里氏を一切応援しない旨決議していたことなどからすれば、広島県政界の議員・首長等の有力者に対しては、克行氏自身が現金で配布するしかなかった事情も十分合理的に理解できることになる。

克行氏の無罪主張にとって最大の弱点は、業者に、パソコンデータを復元不可能な状況に消去するよう依頼し、供与対象者及び供与金額を記載したリストを含むフォルダ「あんり参議院議員選挙‘19」のデータを復元不可能な状態に消去したことだが、これについても、本件の現金供与が、安倍首相の了解を得た上で行われたものだとすれば、選挙買収に当たると認識していたから消去したのではなく、一国の総理も関与した「資金の提供」についての決定的証拠を、捜査機関の手に渡すことができないと考えたが故の行動だったという説明も可能となる。

それによって、議員・首長への現金配布という、起訴事実の3分の2以上を占める公選法違反事実が無罪になることも考えられる。また、仮に、有罪であっても、一般的な現金買収とは全く性格の異なるものだと認められ、しかも、被告人が公判廷で述べたことが、背景・経緯も含む「事件の真相」だと認められれば、情状面でも大幅に有利となり、執行猶予となる可能性も十分にあるだろう。

克行氏には、本稿で私が書いてきたことを十分に理解した上で、公判で何を供述するかを考えてもらいたい。それは、克行氏が、実刑判決を受けるのか、執行猶予判決を受けるのか、という本人にとって重大な利害に関わる問題である。克行氏の弁護人は、十分に説明して、被告人自身に、どのような供述をするのかを判断させるべきだ。弁護人が、もし、選任の経緯等から自民党側にも何らかの配慮をする立場にあり、克行氏に、その点について十分な説明をしないまま公判供述を行わせるなどということは、弁護士倫理上許されることではない。

そして、もし、克行氏が、公判で「事件の真相」について供述し、それによって、安倍氏・菅氏の関与等が具体的に明らかになった場合は、検察による聴取や河井夫妻公判での証人尋問が行われる可能性も十分にある。

河井夫妻公判が自民党総裁選、解散総選挙に与える影響

安倍首相の辞任を受けて、後継総裁を決める自民党総裁選挙は、明日(9月8日)告示される。一方で、東京地裁では、河井克行・案里氏の公選法違反事件の公判の証人尋問が始まり、二人の元自民党国会議員は身柄拘束のまま、審理に臨んでいる。

これまで述べてきたように、「克行氏の現金供与は党勢拡大・案里氏支持拡大の地盤培養のための政治資金」とする弁護人冒陳の主張を前提にすれば、そのような政治資金の提供は、安倍首相の了承の下で行われたものと考えざるを得ない。また、官房長官の菅氏も、そのような選挙に向けての活動を十分に認識した上で案里氏を全面的に支援していた可能性が十分にある。そして、克行氏の「大胆不敵」かつ「露骨」な現金配布は、菅氏を通して提供された「法的見解」が影響していた可能性もある。そして、その見解が、菅氏を中心とする官邸が、検事総長に就任させようと意図していた黒川氏から提供されていた可能性もある。

克行氏が、今後の公判で、事件の真相を自ら供述するかどうかはともかく、いずれにせよ、党勢拡大・案里氏支持拡大のための資金の提供は、候補者個人の問題ではなく、「自民党の選挙資金の提供の在り方」に関わる問題であり、総裁選挙で選出された新総裁は、自民党としての案里氏の選挙資金の拠出について調査を行い、党としての選挙資金の提供の在り方について検討し、是正する必要がある。河井夫妻事件を引き起こした従来のやり方のままでは、自民党として選挙に適切に対応できないことは言うまでもない。今、しきりに取り沙汰されている新総裁選出後、首班指名後の、「早期解散」など到底できないことは言うまでもない。

いずれにせよ、首相辞任を表明した安倍氏にとっても、「安倍政権継承」を明確に打ち出している菅氏にとっても、克行氏の公選法違反事件の公判は、重大なリスクだと言える。

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すてきナイス金商法違反事件、ゴーン事件と共通する「強引な刑事立件」「人質司法」の構図

9月4日午後2時から、横浜地裁で、すてきナイスグループ株式会社(現ナイス株式会社、東証1部)の金融商品取引法違反事件の第1回公判が開かれた。被告人の平田恒一郎元会長、元社長、被告人会社は、いずれも全面無罪を主張した。

昨年5月、横浜地検特別刑事部が、同社事務所の捜索を実施、7月25日に、平田氏らが逮捕された。平田氏は、一貫して容疑事実を否認したまま起訴された。慢性骨髄性白血病、内臓疾患等の持病を抱えていたが、検察の強硬な反対で保釈は許可されず、横浜拘置支所での接見禁止のまま勾留が続いていた。9月初めに主任弁護人を受任した私の最初の仕事は、平田氏を「人質司法」から救い出すことだった。

その後、平田氏の体調はさらに悪化、身体中に浮腫(むくみ)が生じ手足も瞼も腫れ目も開け難い状態となり、房内で24時間横臥が許可されるほど衰弱していった。そこで、保釈請求では、平田氏の供述内容・主張を整理して、罪証隠滅のおそれがないことを明らかにした上、健康状態の極度の悪化を理由に保釈の必要性を強く訴えた。検察官は、保釈に強く反対する意見を出したが、裁判所は保釈を許可、検察官の準抗告も棄却され、平田氏は、10月18日夜遅く、逮捕から86日ぶりに釈放された。都内の病院に運び込まれた平田氏は肺にも多量の胸水が貯留するという深刻な病状で極端に衰弱しており、そのまま緊急入院となった。

検察は、このような極端に体調が悪化した被告人でも、無罪主張の姿勢を変えない限り、保釈に強く反対し続ける。それは、日本の「人質司法」の恐ろしい現実である。

それ以上に問題なのは、このような残酷な「人質司法」での身柄拘束の根拠とされていた検察の起訴事実の内容だった。2015年3月期のすてきナイスの連結決算で「ザナック」という会社への不動産の売上が約30億円計上されていたが、横浜地検の強制捜査を受けて、同社は第三者委員会を設置し、「ザナックへの売上計上は会計上不適切」とする調査報告書を受け、対象売上を除外する過年度決算の訂正を行っていた。そういう意味で、その点の会計処理が不適切であったことは、同社も認めていた。また、平田氏も、当時、消費税増税の影響で住宅販売が落ち込み厳しい状況であったことから、ザナックへの不動産売却には「決算対策」を目的として行った取引が含まれていることは否定していない。ただ、それは、会計処理として問題ないことについて監査法人にも確認しているとの報告を受けた上で了承したものだった。

結果的に「不適切な会計処理」とされた取引があったからと言って、そのまま「粉飾決算の犯罪」とされるわけではない。2015年に発覚した東芝会計不正事件のように、歴代3社長が現場に圧力をかけるなどして、経営判断として不適切な会計処理が行われ、「経営トップらを含めた組織的な関与」による利益操作が1562億円にのぼるとされたのに、検察の消極意見で刑事事件とならなかった例もある。

すてきナイスの問題は、「粉飾決算」として刑事事件にすべきようなものでは全くない、単なる会社の「会計処理上の問題」に過ぎなかったのに、それが強引に刑事事件として立件されたものだった。

起訴状では、「架空売上の計上」によって有価証券報告書に虚偽の記載をしたとされていたが、ザナックへの売上が、なぜ「架空売上」になるのか、全く理解できなかった。昨年10月から、公判審理に向けて争点整理等を行うため、裁判所・検察・弁護三者間の打合せが行われ、弁護側から検察の主張の根拠を問い質した。ところが、検察は、ザナックへの売上は「取引の実態がない」「売買意思がない」との主張を繰り返すのみであった。ザナックという会社は、中古マンションを買い取ってリフォームして再販売する事業を営む会社であり、取引の実態もある。なぜ、そのザナックとの取引が「実態がない」ということになるのか、弁護側は、繰り返し検察に釈明を求め、打合せは11ヵ月にも及んだが、結局、検察は合理的な説明を行うことができず、初公判に至った。

初公判では、検察が「取引の実態がない」「売買意思がない」との主張について、冒頭陳述でどのような事実を主張するかに注目していた。ところが、検察官冒陳は、ザナックとの取引の経緯や、それをすてきナイスの売上として計上して有価証券報告書に記載した経緯など、ほとんど争いがない事実ばかりをダラダラと述べただけだった。「取引の実態がない」「売買意思がない」という言葉自体すら冒頭陳述には全くなかく、この点についての立証を放棄したのかとすら思える内容であった。

これに対して、弁護側からは、「そのような検察官の主張は論理破綻している」と主張した。平田氏の弁護側冒陳の、関連部分を引用しよう。

 

第2 有価証券報告書の虚偽性についての検察官の主張の論理破綻

 検察官は、被告会社とザナックとの間の対象取引が「架空取引」だとする根拠について、「売買意思がない」「取引の実態がない」などと主張している。

 しかし、本件対象取引については、売主の被告会社と買主のザナックとの間で、不動産の売買契約が行われ、所有権がザナックに移転し、その後、被告会社側の販売代理によって最終顧客に販売されているものである。被告会社とザナックとの売買取引が民事上有効であることは明らかであり、最終顧客側も、ザナックが売主であると認識して不動産を買い受けているものである。売主のザナックは、顧客に対して瑕疵担保責任など、売主としての民事上の責任を負担するものであることは言うまでもない。

 また、対象取引についてザナックから被告会社への売買代金支払について、被告会社の100%子会社のナイスコミュニティー株式会社(以下、「ナイスコミュニティー」)からザナックに対する融資が行われているが、同融資取引は、貸金業登録を行っているナイスコミュニティーからの融資として所定の手続を経た上で行われ、ザナックが購入した不動産を最終顧客に販売して得た売却代金によって融資金の返済が行われている。

 本件各取引がすべて架空で実態がないとする検察官の主張は、これらの民事上の法律関係を無視し、民事関係から切断した「刑事事件に関する独自の法律評価」を行おうとするものにほかならない。

 検察官は、平成27年3月期において、被告会社が計上したザナックへの売上をすべて「架空取引」と主張しているものであるが、本件各取引には、程度の差はあれ、被告会社の決算対策(合法的に決算上の利益を確保するための措置。以下「決算対策」はこの意味で用いる。)という側面もあったことは否定できないが、取引の経緯・目的は様々であり、また、被告会社グループ外の会社を共同売主とする取引もある。共同売主による一つの売買契約について売買意思が共同売主の一方にあって他方にはない、ということはあり得ないのであり、「売買意思がない」との検察官の主張が論理的に破綻していることは、この点からも明らかである。

 民事上有効であることは疑いの余地がない本件取引について、被告会社とザナックとの関係等から、被告会社の売上に計上することが会計処理として認められないと判断されることはあり得る。しかし、その場合、売上計上ができないことの会計基準上の根拠が示されなければならないのは当然である。

 ところが、検察官は、本件有価証券報告書虚偽記載の公訴事実に関して、本件公判前の打合せにおいて、再三にわたって、弁護人及び裁判所から、本件取引についての売上計上が認められないことの「会計基準上の根拠」を示すよう釈明を求めたにもかかわらず、その点について一切釈明せず、それが示せないのであれば公訴取消を行うべきとの指摘も無視し、「本件各取引の実態が存在しない、売買意思がないとの主張である」旨の説明を繰り返してきた(そのため、公判前の打合せは11ヵ月に及んだ)。

 検察官が、かかる主張に固執する理由は、本件各取引の売上計上が有価証券報告書の虚偽記載だとする根拠を、会計基準上の根拠に求めた場合、それを、会計の専門家ではない被告人らが認識していなかったことは明らかで、監査法人が適正意見を出している本件有価証券報告書の虚偽性についての被告人らの犯意、虚偽性認識を立証することが困難だからだと思われる。

 そこで、「取引の実態がない」「売買意思がない」などと取引の実態を根拠として主張することで、被告人らの犯意、認識を立証しようと考えたのかもしれない。しかし、そのような検察官の主張が、そもそも論理的に破綻しており、証拠上も、そのような取引の実態を認める余地は全くない。

 本件は、令和元年5月16日に、有価証券報告書虚偽記載の容疑で、横浜地方検察庁よる強制捜査が行われたことを発端とするものであるが、その時点において、被告会社代表取締役社長は「物件の売却は通常の取引で、粉飾決算にはあたらない」とコメントし、その後、第三者委員会を設置し、同委員会調査報告書において、「実現主義の原則(企業会計原則第二損益計算書三B)」に基づき、本件各取引について「被告会社の平成27年3月期の売上には計上できない」との判断が示されたことを受け、同年度について過年度決算訂正を行った。

 一方で、本件で法人として起訴された被告会社は、両被告人と同様に、本件各取引について、「取引の実態がない」「売買意思がない」とする検察官主張を争う姿勢である。

 会計基準を根拠とする第三者委員会調査報告書の指摘に基づいて、本件各取引の売上計上を除外する過年度決算訂正を行った被告会社にとっても、検察官の上記主張は、取引の実態に反し受け入れ難いものなのであり、かかる被告会社の対応は、検察官の主張が、凡そ実態とはかけ離れ、荒唐無稽であることの証左と言えよう。

 本件は、被告法人が設置した第三者委員会によって、監査法人の適正意見が付されていた被告会社の決算報告に、会計基準に照らして問題があるとの指摘が行われ、被告会社が行った「過年度決算訂正事案」を、刑事事件としての「粉飾決算事案」と誤認した検察官が、被告人らを強引に逮捕・起訴した上、各弁護人からの指摘にも耳を貸さず、上記のような荒唐無稽な事実主張を繰り返しているものである。

 本件が、被告人らが有価証券報告書虚偽記載の刑事責任を問われるような事案ではないことは明白であり、速やかに、無罪判決が言い渡されるべきである。

 

この事件には、日産自動車の会長だったカルロス・ゴーン氏が、グレッグ・ケリー氏とともに東京地検特捜部に逮捕・起訴された事件と共通の構図がある。

ゴーン氏事件では、「退任後の役員報酬についての有価証券報告書の虚偽記載」という、従来の検察実務を逸脱した常識外れの事件を、強引に刑事事件に仕立て上げて、国際的経営者のゴーン氏らを逮捕した。このすてきナイス事件も、凡そ刑事事件とすべきものではないという点では同様だ。

そして、検察は、ゴーン氏の事件では、全面否認を続けるゴーン氏の再逮捕を繰り返し、保釈に強硬に反対して身柄拘束を長期化させるという「人質司法」で無罪主張を抑え込もうとした。起訴事実を全面否認する平田氏を、体調が極度に悪化しても保釈に強硬に反対し、「人質司法」による苦痛で無罪主張を抑え込もうとしたやり方も、ゴーン氏の事件と共通している。

大きく異なるのは、被告人会社側の対応である。ゴーン氏事件では、日産と検察とが結託して「ゴーン会長追放クーデーター」を敢行したと考えられ、日産側は、ゴーン氏、ケリー氏とともに起訴された刑事事件の公判では、すべて検察主張を全面的に認める姿勢だった。それによって、被告人会社が「自白事件」として、ゴーン氏・ケリー氏の公判と分離され、早期に有罪判決を確定させることができれば、ゴーン氏らに対して無罪判決が出しにくくなるというのが、検察の目論見だった。しかし、裁判所が、「会社も含め併合のまま審理する」との方針を示したことから、会社側も無罪主張のゴーン氏・ケリー氏の公判に付き合うことになり、検察の目論見は外れた(【令和の時代に向けて日本の刑事司法“激変”の予兆~「日産公判分離せず」が検察と日産に与えた“衝撃”】)。

すてきナイス事件では、会社側は、検察の強制捜査後に第三者委員会を設置して、不適切な会計処理を認め、過年度の売上を一部取り消す等の有価証券報告書を訂正し、課徴金納付命令を受け入れるなどしているが、検察の主張は受け入れずに無罪主張をしている。会社として行った不動産取引に「実態がなかった」などという主張は、さすがに会社としても受け入れることができないということであろう。刑事事件では、会社側も、無罪を主張しているのである。このことは、今後の公判の展開に大きく影響すると考えられる。

このすてきナイス事件での今後の検察の対応と公判の展開には、ゴーン氏とともに起訴され、レバノン不法出国によって一人日本に取り残されたグレッグ・ケリー氏のこれから始まる金商法違反事件公判とともに、検察が独自に立件する事件の捜査での「検察の在り方」を問うものとして、注目していくべきだろう。

 

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河井前法相初公判全解説~「安倍首相の体調」との関係は?

昨日(8月25日)、河井克行(前法相)衆院議員(以下、「克行氏」)と、妻の河井案里参院議員(以下、「案里氏」)の公職選挙法違反事件の第1回公判が東京地裁で開かれた。両氏は、検察の起訴事実の現金供与の外形的事実を概ね認めた上、「投票又は票の取りまとめ等の選挙運動を依頼する趣旨で渡したものではない」と述べて起訴事実を否認し、無罪を主張した。

この事件については、広島での検察捜査が克行氏に向けて本格化していることが明らかになった今年4月に【河井前法相“本格捜査”で、安倍政権「倒壊」か】で最初に取り上げ、河井夫妻が逮捕された時点では【検察は“ルビコン川”を渡った~河井夫妻と自民党本部は一蓮托生】、起訴された時点では【河井夫妻事件、“現金受領者「不処分」”は絶対にあり得ない】と、その都度、私の見解を交えて解説してきた。

今回、第一回公判で行われた両氏の罪状認否、検察の冒頭陳述、克行氏の弁護人冒頭陳述に基づき、今後の公判のポイントを、克行氏関係に焦点を当てて解説することとしたい。

検察冒頭陳述の内容

検察冒陳では、「第1」で克行氏、案里氏の両被告人の身上、経歴について述べた上、「第2」で、本件選挙(2019年参議院選挙)の選挙情勢、選挙状況、案里氏の立候補に至る経緯について、「第3」では、克行氏が案里氏の選挙活動を取り仕切り、選挙の総括主宰者の立場にあったことと、選挙の組織体制について述べている。

そして、「第4 犯行状況」では、「1」で、「県議会議員・市町議会議員・首長らへの現金供与」(44名に、合計62回、現金合計2140万円)、「2」で、「三矢会メンバーへの現金供与」(50名に対し、50回にわたり、現金合計385万円)、「3」で、「選挙事務所のスタッフへの現金供与」(6名に対し、前後16回にわたり、合計約377万円)について、個別の現金供与の状況と、それを受けて行われた「選挙運動」の状況について記述している。

このうち、「3」については、選挙運動に直接関わっていた者らへの現金供与であり、一般的な買収事案と大きな差異はなく、買収罪の成立にさしたる問題はない。また、「2」についても、克行氏との関係や、案里氏の選挙での支援を行っていることが概ね明らかで、「案里氏に当選を得させる目的」や、「選挙運動」を依頼して現金を供与したことの立証は比較的容易だと思われる。

最大の問題は、供与金額の3分の2以上を占める「1」の「県議会議員・市町議会議員・首長らへの現金供与」だ。

この点について検察冒陳では、

被告人克行は、広島県第三選挙区外の行政区域内選出の県議・市町議・首長らについては、そのうち以前から自身と付き合いがあった者や被告人案里がその県議時代に親交のあった者等に対し、さらには、それまで自身とほとんど接点のなかった者や近時疎遠になっていた者に対してもなりふり構わず、被告人案里への投票及び投票取りまとめなどの選挙運動を依頼するとともに、その報酬として現金を供与することとした。

と述べているが、個別の現金授受の状況についての記述は、大部分が

本件選挙における案里への支持を依頼した上で、本件選挙における投票及び票の取りまとめの報酬として現金~万円を供与した

というもので、現金授受の状況についての具体的な記述がない。そして、供与の時期も、多くが、7月4日の公示の1か月以上前で、3か月以上前のものもあり、参議院選挙での「投票」「票の取りまとめ」との関係が相当希薄であることは否定できない。

この場合、克行氏から現金の供与を受ける際にどのような「選挙運動」を依頼されたと認識したのかが問題となる。

検察冒陳では、

受供与者(現金受領者)の一部は、被告人克行から現金の供与を受けた前後の時期に、被告人案里の出陣式や街頭演説会で応援弁士として演説を行って被告人案里への投票を呼びかけたり、被告人案里による選挙カーでの遊説の際に別車両で先導して被告人案里への投票を呼びかけたりするなどの選挙運動を行った

としているが、このような「選挙運動」を行ったのは「現金受領者の一部」であり、それ以外の現金受領者については、「選挙運動」を実際に行った事実がないようだ。そうなると、公判での証人尋問で、現金供与を受けた際に、その趣旨についてどのように認識したかについての証言内容がカギとなる。

ここまでの、個別の現金授受の状況や、それを受けての「選挙運動」に関する記述だけだと、「1」については、検察官の主張は相当弱いという印象を受ける。

しかし、それ以降の記述で、「1」についての検察主張が、かなり強力に補強されている。

議員・首長への現金供与に関する検察の「3つの主張」

検察冒陳の第4の「1」の末尾の(4)(5)で、弁護側主張に対する反論として、(a)現金供与に関して、領収書のやり取りの話がなく、収支報告書等への記載がないこと、(b)現金供与の際のやり取りに、自民党党勢拡大など、案里氏の選挙での当選以外の目的を窺わせるものがないこと、という主張が行われており、さらに、「第5 本件犯行後の状況」では、(c)克行氏自身が、供与対象者及び供与金額を記載したリストを消去して隠蔽しようとしたこと、という弁護側主張への「強烈な反対主張」が述べられている。

合法的な「政治活動のための寄附」であれば、領収書のやり取りが行われ、関連団体の政治資金収支報告書に記載されているはずだ。(a)の主張は、それらが行われていないので、「政治活動のための寄附」であることは否定されるというものだ。

(b)は、克行氏が、現金供与の際に、「政治活動の支援を依頼したり、自民党の政策を広めるよう依頼したり、自民党員を集めるよう依頼したりすることはなく、被告人克行の政治活動の支援を依頼したり、被告人克行の政策を広めるよう依頼したり、被告人克行の支持基盤拡大を依頼したりすることもなかった。」と述べ、「党勢拡大・地盤培養のための寄附」との克行氏の主張に反論するものだ。

これら2点の検察の主張は、弁護側の「合法的な政治活動に関する寄附」だとする主張に対して、有効な反論となるものと言える。

そして、(c)は、克行氏が、2019年10月に、本件選挙における選挙違反(車上運動員買収)の報道があったことから、同年11月3日に、インターネット関連業者に、克行氏の議員会館事務所や自宅のパソコンデータを復元不可能な状況に消去するよう依頼したこと、供与対象者及び供与金額を記載したリストを含むフォルダー「あんり参議院議員選挙‘19」のデータを復元不可能な状態に消去したが、議員会館のパソコン内には、消去されたフォルダーとは別に、業者の消去作業により消去されなかった同名のフォルダーが保存されていたというものだ(これが、検察の強制捜査で押収され、本件現金供与が発覚したということだろう)。

克行氏が、案里氏の陣営の選挙違反の問題が表面化した後に、本件現金供与に関するリストを含むパソコンデータを、「消去不可能な状態」に消去しようとしていたことは、克行氏が、本件の現金供与を隠蔽しようとする強い意図を持っていたことを示すもので、現金供与が、合法的な「政治活動のための寄附」という主張に対する強烈な反対主張だと言える。

また、それ自体が「露骨な罪証隠滅行為」だと言える。克行氏が、何回保釈請求を行っても保釈が認められないことの最大の原因は、このような露骨なパソコンデータの消去を行っていることが、「罪証隠滅の恐れ」を強く示唆していると認められるからであろう。

克行氏弁護人冒陳の内容

弁護人冒陳では、まず、

検察官は、現金を供与した買収者として克行氏及び案里氏を起訴しながら、現金を受領した被買収者については、その地位、受供与金額、受供与回数に関わらず一人も起訴していない。このような処理は、これまでの同種事例の処理例に照らしても著しく均衡を欠くことは明らかであり、公正さを著しく害する偏頗な公訴提起である。

このような捜査手法は、従来から、違法なものとされ、検察実務においては厳に戒められてきたものであるところ、協議・合意制度が法定され、対象犯罪から公職選挙法違反の罪が除外された現在では、いわゆる「裏取引」として極めて違法性の高い捜査手法である。

と述べて、検察官の起訴手続が違法だとして、刑訴法338条4号の「公訴提起の手続がその規定に反したために無効であるとき」の規定による公訴棄却を求めている。

弁護人の主張は、【河井夫妻事件、“現金受領者「不処分」”は絶対にあり得ない】で指摘していることを法的な主張として構成したものであり、全くその通りである。しかし、実際に、それを裁判所が認めて、公訴棄却の決定が出て裁判が打ち切られる可能性は、ゼロに等しい。日本では、公訴権は検察官が独占し、訴追裁量権も持っており、検察官の捜査や起訴に違法があっても、それが犯罪に該当するような場合でなければ、公訴棄却すべきとはされないのが、従来からの判例である。

そのことを見越して、弁護人冒陳でも、

速やかに公訴棄却により審理を打ち切るべきであるが、仮に、その主張が認められないとしても、当公判廷において現金受領者などとして証言する者の供述については、違法な捜査手法の下で検察官の意に沿う供述をしたというにとどまらず、これまでの実例及び検察実務に照らせば明らかに起訴されるべきであるのに、それが不問にされるという利益が与えられ続けている限り、その影響が及んでいると評価すべきであり、裁判所におかれては、その信用性について慎重に吟味されることを切望する。

と述べて、公訴棄却の主張に関した事情を、現金受領者の証言の信用性の評価において考慮することを求めている。

続いて、弁護人冒陳では、案里氏の立候補の背景と経緯について、以下のように述べている。

(1) 自民党広島県連は、参議院広島地方区での複数候補者の擁立に消極的な態度を取り続けていたが、複数候補者擁立によって、停滞していた政党活動・後援会活動が活性化され、党勢が拡大し、支持基盤が拡張されるという相乗効果を期待することができる一方、単独候補による安穏とした選挙を続けていれば、自民党の支持層による政党活動・後援会活動が低調となり、自民党の勢力が下降線をたどることを、克行氏も危惧していた。

(2) 自民党本部執行部においては、本件選挙で、合区の影響などもあり自民党の議席の減少が予測されたことから、「議席を獲得できる選挙区では積極的に候補者を擁立すべきである」との声が高まり、広島選挙区においては、既に公認を得ていた溝手氏に加えて、平成31年3月13日、2人目の候補者として案里氏を公認した。

(3)広島県連は、案里氏が公認されても県連として一切応援しないとの決議により、応援しない方針をとった。

(4) 広島県連では、参議院議員選挙が近づくと、衆参国会議員から立候補予定者・候補者への秘書派遣による、党勢拡大活動地盤培養活動などの政治活動の支援、選挙運動期間中には選挙運動の応援等が行われ、県連の要請により、広島県連職員、各種支持団体の関係者なども派遣されて同様の活動を行うのが通常であったが、案里氏については、公認が大幅に遅れたため、周知のための政治活動期間・立候補のための準備期間が明らかに不足しているのに、広島県連からの人的支援が得られず、後援会の設立や組織作り、後援会員の加入勧誘、政党支部の事務所立上げなどの政治活動や選挙運動に従事することとなる人員確保など体制作り自体に苦労する状況にあり、県議、衆議院議員として長い政治家としてのキャリアを有する克行氏が、その人脈を頼って、それら案里氏のための活動を行わざるを得なかった。

(5)克行氏は、ベテラン国会議員である溝手氏のほかに、若手で女性の目線で政策を訴える保守政治家の案里氏の存在を広めることにより、県民の新たな関心を呼び起こし、支持層の発掘を県内全域で行っていく必要があると考えていた。

(6)平成31年3月以降、克行氏及び案里氏らが行ってきた諸活動は、選挙区に該当する支部を割り当てられ候補者として、党勢拡大・地盤培養等の政治活動を行うとともに、政党支部事務所を立ち上げて、後援会活動を行うなどして、その存在と人柄を周知し、自らの信条・政見を浸透させていくものであった。

そして、克行氏自身の地盤培養について、以下のように述べている。

(7)克行氏は、7期目の衆議院議員であり、その当選回数や県議時代からの政治家としてのキャリアからすれば、広島県連の会長に就任する可能性もあったが、案里氏の立候補で、広島県連との関係が悪化し、それが影響して、支持者の地元県議や市議らが被告人から距離を置いたり、後援会組織の切り崩しが行われるおそれが生じた。県連会長に就任するため、自身の支持地盤を盤石なものとし、県議らの支持・支援を広く取り付ける必要性をそれまで以上に感じ、支持・支援者、後援会幹部、政治信条が近く親しい付き合いをしてきた首長、県議らをつなぎ止め、距離を縮めておかなければならないと考えた。

弁護人冒陳の立論は、克行氏の現金供与が、(1)~(5)の背景の下で、(6)及び(7)の「党勢拡大・地盤培養」のための寄附として行われたもので、「投票及び票の取りまとめ」のための現金供与ではなかったと主張するものだ。

問題は、このような弁護人の主張が、どこまで合理性を持つ立証となるかどうかだ。検察冒陳の前記(b)で主張しているように、実際の現金供与の際のやり取りには、「党勢拡大・地盤培養」のような動機を窺わせるものはないということになると、現金供与の趣旨が、弁護人冒陳で述べているようなものだったことをどのように立証できるかが問題になる。

今後の公判の展開は

以上のような、検察、弁護双方の冒陳から、今後の公判の展開を予想してみたい。

検察が、現金受領者側について刑事立件すらしていないという、公選法違反の刑事実務からは考えられない対応を行っていることは、検察の主張・立証の重大な「弱点」である。弁護人の「裏取引」を理由とする公訴棄却までは認められないとしても、各現金受領者の証人尋問での証言の信用性の評価に影響を与えることは避けがたい。現金供与の時期が選挙からかなり離れている上、現金授受の際の文言からも「投票・票の取りまとめ」の依頼の趣旨が明確とは言えないので、現金受領者側の認識如何ということになるが、現金受領者の公判証言の信用性に疑義が生じると、無罪方向に傾く可能性もある。

しかし、検察側には、弁護側主張に対する(a)~(c)の「強力な反論」がある。特に、(c)は、「現金供与が合法」との弁護側主張にとっては、決定的に不利な事実だ。

検察の起訴状では、克行氏は案里氏陣営の「統括主宰者」とされている。弁護側は、「選挙運動全般に関して報告を受け、了承するといった立場にはなかった」と主張して、「統括主宰者」であったことを否定しているが、判決で該当すると判断されれば法定刑も「4年以下の懲役」と重くなる。克行氏の起訴事実のほとんどが有罪となった場合、買収金額から言っても、実刑となる可能性が高い。検察の求刑が最高刑の4年、判決は、3年か3年6月の実刑ということになる可能性が高い。

克行氏「形勢逆転」の可能性は?

現在の状況は、前法相の克行氏が、検察に追い詰められ、崖っぷちに立たされていると言える。

しかし、検察冒陳の「2」「3」については、現金受領者の「選挙運動」の実態も相当あると思えるので、有罪を免れることは困難だと思われるが(克行氏の弁護側も、この点を認識しているからこそ、全体の処罰を免れる主張として、「裏取引」による公訴棄却を求めているものと思われる)、起訴金額の3分の2以上を占める「1」の県議・市町議・首長らに対する供与については、状況的にも「投票及び票のとりまとめ」の依頼と言えるかは、かなり微妙であり、「裏取引」の影響もあるので、公判証言の信用性には相当程度疑義が生じる可能性がある。

今年12月には証人尋問がすべて終わり、克行氏、案里氏の被告人質問が行われることになるが、それが、本件公判の最大のイベントとなるだろう。そこで(a)~(c)の検察の主張に対して、克行氏自身が「合理的な説明」ができれば、「1」について「一気に形勢逆転」という可能性もないではない。「1」の多くが無罪となれば、買収金額は大幅に減り、執行猶予の可能性が高くなる。

では、「形勢逆転の一手」となる(a)~(c)の検察の主張に関する克行氏の「合理的な説明」として、どのようなものが考えられるか。

(a)については、「領収書のやり取りがない」「収支報告書等への不記載」との事実で、「違法性の全くない政治資金の寄附」との説明は困難となるが、そのことが、「投票及び票の取りまとめ」の依頼だったことに直結するものかと言えば、必ずしもそうではない。「政治資金の寄附」にも、何らかの目的を持って、その事実を秘匿する「ヤミ献金」もある。政治資金規正法の目的には反する行為だが、実際に過去に相当広範囲に行われてきた。「ヤミ献金」にせざるを得なかった事情について「納得できる合理的な説明」が行われれば、「投票及び票の取りまとめ」のための現金供与であったことを否定する余地もある。

(b)については、「自民党の党勢拡大に向けての政治活動」「克行氏自身の政治活動」というのは、克行氏が、そういう目的で現金供与を行ったという主観の問題であり、それが、現金供与の際に、受領者側に表示されていなくても、そういう目的であったことが、ただちに否定されるわけではない。克行氏の現金供与が、そのような目的で行われたとの克行氏に説明の「裏付け」があれば、案里氏の選挙での「投票及び票の取りまとめ」を依頼する目的が否定される可能性もある。

(c)については、まさに露骨な罪証隠滅行為であり、克行氏側の説明・反論は相当に苦しい。しかし、露骨なデータ消去を行ってまで現金供与の事実を隠蔽しようとしたことについて、その目的が、案里氏の選挙での「投票及び票の取りまとめ」を依頼する「選挙買収」を隠すことではなく、他の理由によるものだったことについて、克行氏に、「納得できる合理的な説明」を行うことができれば、情勢は大きく変わることになる。

では、(a)及び(c)についての「納得できる合理的な説明」、(b)についての「裏付け」として何が考えられるか。

そこで重要となるのが、検察冒陳でも弁護人冒陳でも殆ど触れられていない「多額の現金買収を行うことにした経緯とその資金」である。そこには、本件の核心と言える「重大な事実」が隠されているように思われる。

本件への安倍首相の関与

本件に関しては、検察捜査が本格化する前から、案里氏の参議院選挙の選挙資金として、同じ選挙区の自民党候補溝手顕正氏の10倍の1億5000万円が提供されていたことが明らかになり、その巨額選挙資金提供が、溝手氏に対する個人的な悪感情を持つ安倍首相自身の意向によるものではないかとの憶測を生んでいた。その点に関して、これまでの報道と、弁護人冒陳の内容を対比すると、重要なことが見えてくる。

まず、この点に関して、以下のような事実が報じられている。

(ア) 自民党が参院選の候補者として案里氏を公認した3月13日の前後の2月28日と3月20日、自民党本部が案里氏代表を務める政党支部に1500万円を振り込んだ2日後の4月17日、自民党本部が案里氏の政党支部に3000万円を振り込んだ3日後の5月23日に安倍首相と克行氏とが単独で面会しており、6月10日に案里氏政党支部に3000万円、克行氏政党支部に4500万円が振り込まれた10日後の20日に安倍首相と克行氏とが単独で面会し、その一週間後の同月27日に克行の政党支部に3000万円が振り込まれている(首相動静)。

(イ) 安倍首相の秘書5人が、案里氏の選挙運動の応援に、山口から広島に派遣されていた(「安倍総理大臣秘書」と表現するよう克行氏側からの指示が出ていた(毎日))。

(ウ) 克行前法相が広島県議側に現金を渡した後に、安倍首相の秘書が同県議を訪ねて案里氏への支援を求めていた(共同)

(エ) 案里氏の後援会長を務めた繁政秀子・前広島県府中町議は、昨年5月に克行氏に現金30万円を渡された際、克行氏から「安倍さんから」と言われたと証言した。

ここで、改めて、本件現金供与の背景についての弁護人冒陳の記述を見てみよう。

上記(2)の「2人目の候補者として案里氏公認」を行ったのは自民党本部執行部であり、そこには、その決定の中心となった人物がいるはずである。一方、(4)は、公認が遅れ、しかも、広島県連が一切応援しないという姿勢であった案里氏の選挙に向けての政治活動が、人的にも資金的にも厳しい状況にあったという広島側の実情であり、それが、克行氏から自民党本部側に伝えられたからこそ、1億5000万円もの巨額の選挙資金が自民党本部から河井夫妻側に提供されることになったことは明らかである。

そこで重要なことは、この(4)の記述は、弁護人冒陳で、「多額の現金供与の背景事実」として主張されているということだ。つまり、(4)のような実情を克行氏から知らされた自民党本部執行部側の人物が、そのような厳しい情勢を乗り越えるために、「相当な資金」が必要になると認識したからこそ、破格の選挙資金の提供が行われた。そして、人的な面の不足を補うために派遣されたのが安倍首相の秘書5人だったと考えられる。

このような状況であった2019年3月の案里氏公認から7月の参院選公示までの間に、上記(ア)のとおり、公認直後、選挙資金提供の前後という「極めて重要なタイミング」で、克行氏は安倍首相と、「単独で」面談しているのである。

そして、(ウ)のとおり、安倍首相の秘書は、克行氏が現金を供与した先に、それと相前後して訪問して案里氏への支持を呼び掛けていた。検察冒陳で「なりふり構わず」と表現されているような露骨な現金供与のことを安倍首相の秘書が認識しなかったとは考えにくいし、克行氏が、現金供与を、「安倍首相の名代」として行っているとの認識を持っていたからこそ、「安倍さんから」などという言葉を漏らしたということであろう。

これらの事実を総合すれば、安倍首相が、克行氏が、自民党本部から提供した1億5000万円の選挙資金を実質的原資として行った(直接の原資は、借入等かもしれないが、党本部からの資金提供があったからこそ、選挙資金の収支上現金供与を行うことが可能となった)現金供与とその目的を認識し、容認していたことについて、「合理的な疑いを容れる余地はない」と考えられる。

克行氏にとって「逆転の一手」

上記の推認のとおりだとすると、克行氏には、被告人質問での実刑判決を免れる「逆転の一手」がある。それは、安倍首相が、現金供与とその目的を認識し、容認していたこと、その実質的原資が、自民党本部からの選挙資金であることを、包み隠さず、真実を供述することである。

それによって、弁護側主張に対する「強烈な反論」であった上記(a)~(c)の検察主張に対しても合理的な反論が可能となる。

まず、(a)(c)については、本件の現金供与が、安倍首相と単独面会して秘密裏に話し、了解を得た上で行われたものだとすれば、それは「表に出さない、裏政治資金の寄附」であり、だからこそ、領収書のやり取りは考えていなかったということになる。そして、その現金供与のリストを含むパソコンデータを削除したのも、克行氏にとって、それが選挙買収に当たる犯罪と認識していたからではなく、一国の総理も関与した「裏の金の流れ」についての決定的証拠を、捜査機関の手に渡すことができないと「首相を補佐する立場」で考えたが故の行動だったという説明は、相応に「納得できる合理的な説明」だと言える。

そして、(b)については、安倍首相との間で、上記(4)の広島県内の選挙情勢と、公認の遅れや県連の非協力から、人的、資金的に厳しい状況の中で、それを打開し、党勢拡大・地盤培養を行う目的について認識を共有していたのであれば、克行氏が、現金供与の際に口にしなかったとしても、党勢拡大・地盤培養のための政治資金としての現金供与であったとの弁護人冒陳での主張に、相応の裏付けがあるということになる。

以上のとおり、克行氏が、「安倍首相が、現金供与とその目的を認識し、容認していたこと」を供述した場合、議員・首長への現金供与の「1」の大半は、党勢拡大・地盤培養のための政治資金としての現金供与ということになり、無罪となる可能性が高くなる。克行氏が、無罪になれば、安倍首相も、現金供与についての認識があったとしても、同様に、刑事責任は問われないということになる(もっとも、政治資金規正法上の問題は別途生じうるし、政治的、社会的には重大な責任があり、総理の座にとどまることができないことは言うまでもない)。

解き明かされる「謎」

上記の推認のとおりだとすると、これまで、本件について「謎」であったことのいくつかが解き明かされることになる。

一つは、河井克行氏という当選7回の国会議員が、なぜ、「自ら」直接多額の現金を配布して回るという「前近代的」とも言える露骨な行動に及んだのか、という「謎」である。

急遽、妻の案里氏を参院選の候補として公認したものの、極めて厳しい状況を打開するためには、現金を配布して党勢拡大・地盤培養を図るしかないとの認識を、安倍首相と共有し、敢えて現金配布を行ったのであれば、克行氏の行動も、理解できないわけではない。逆に言えば、そういう事情がなければ、さすがに、克行氏も、そのような行動は行わなかったと考えられる。

もう一つは、検察が、現金受領者側をすべて刑事立件すらしていないという、従来の公選法違反事件の検察実務からは考えられない対応を行ったことも「謎」の一つであった。上記の推認のとおりであれば、「安倍首相関与」は、検察側も十分に認識しているはずだ。そうなると、もし、克行氏の側から「安倍首相関与」を主張し、供述した場合、「1」の議員・首長らに対する現金供与が無罪になる可能性が相当程度あることは、検察側も覚悟している可能性がある。検察に思い切り善意に解釈すれば、克行氏の公判の推移、判決を見る前に、現金受領者側の刑事処分を行うことができないということで、現金受領者側の刑事立件が行われていないということも、考え得る。

「安倍首相の体調悪化」の原因との関係

そして、現在の政局に関する重大な問題となっている「安倍首相の体調」が、8月頃から急に悪化していることと、この克行氏の刑事事件の公判との関係である。

上記の推認のとおりだとすると、安倍首相は、克行氏と同様に公選法違反の刑事責任を問われる可能性を認識していることになる。克行氏が、その点を一切明らかにしておらず、責任をすべて一人で抱え込んでいるというのは、安倍首相にとって、相当なストレスであり、河井夫妻の初公判が迫ってくれば、そこで、克行氏がどのように供述するのか、弁護人がどのように主張するのかが片時も頭から離れないことになる。それが、持病の潰瘍性大腸炎の悪化につながった可能性がある。

それでも、安倍首相には、少なくとも河井夫妻の公判で被告人質問も終わり結審するまでは、総理大臣を辞任することはできない。安倍首相がその地位にあるからこそ、これまで、克行氏も、首相の関与を含めて沈黙を通してきたし、検察捜査が自分には及ばなかった(憲法75条「国務大臣は、その在任中、内閣総理大臣の同意がなければ、訴追されない。」)。しかし、もし、「元総理」になってしまえば、その状況がどう変化するかわからない。

今日(8月28日)の夕刻、久々の安倍首相の記者会見が予定されているが、自ら総理大臣を「辞任」する可能性はほとんどないであろう。

今後も、河井夫妻事件の公判の展開からは目が離せない、特に、12月に行われるはずの克行氏の被告人質問は、政局にも絡む最大のイベントとなる。

カテゴリー: 河井夫妻公選法違反事件 | 2件のコメント

刑事事件の真相解明と民事訴訟 ~藤井浩人元美濃加茂市長の「冤罪との戦い」は続く

全国最年少市長だった藤井浩人氏が、2014年6月、市議会議員時代に浄水設備業者の社長のNから、2回にわたって現金合計30万円を受け取った受託収賄、事前収賄、斡旋利得罪の容疑で逮捕・起訴された「美濃加茂市長事件」。一貫して30万円の現金の授受を全面否定し、潔白を訴えた藤井氏は、公判での戦いを続けながら市長職を続け、名古屋地裁の一審では、贈賄供述の信用性を否定し、虚偽証言の動機を指摘する無罪判決を勝ち取ったが、二審の名古屋高裁では、まさかの「逆転有罪判決」。一審の贈賄証言を書面だけで「信用できる」とする不当判決に対して上告したものの、最高裁は、「適法な上告理由に当たらない」と三行半判決で棄却、刑事事件は有罪が確定した。

『青年市長は司法の闇と戦った 美濃加茂市長事件における驚愕の展開』

「三行半の例文」の上告棄却決定が届いたのを受け、藤井氏は、市長辞任の意向を表明したが、我々弁護団に対して、

市長は辞任しますが、私が現金を受け取った事実はないという真実を明らかにするため、今後も戦い続けます。とれる手段があるのならば、あらゆることをやっていきたい。

と述べて、自らの潔白、無実を明らかにするために戦い続けていくことを明確に宣言した。
その藤井氏は、冤罪を晴らすべく、贈賄供述者と、贈賄供述者に検察官が証言させたい一審証言が詳細に書かれた判決書を差し入れて控訴審での証人尋問を妨害した贈賄供述者の弁護人だった弁護士に対して損害賠償を請求する民事訴訟を、2018年3月に提起した(【美濃加茂市長事件の真相解明に向け、民事訴訟提訴】)。
このような裁判の経過や、各裁判所が示した判断を踏まえて、民事裁判で、主張立証が尽くされ、公正な審理が行われ、民事裁判官の判断が示されれば、贈賄証言が虚偽だという真実が明らかになる可能性は十分にあると考えて提訴したものだった。

「刑事裁判を受けた実感」すらない「闇打ち」による有罪

この事件のように、「控訴審逆転有罪判決」で被告人の有罪が確定した場合、その経過は、実質的に刑事裁判における「三審制」の原則が機能したとは言い難い不当なものとなる。
刑事裁判では、一審裁判所は、贈賄証言の信用性について、贈賄供述者の証人尋問や被告人質問を自ら直接行ったうえで、「贈賄証言は信用できない」として無罪を言い渡したが、控訴審裁判所は、証言や供述の書面上の記録だけで「贈賄供述は信用できる」と判断して一審判決を覆した。そして、上告審は、「上告理由に当たらない」として上告を棄却し、収賄の事実の有無についても、贈賄証言の信用性についても判断は示さなかった。

このように、「控訴審での逆転有罪」で被告人の有罪が確定した場合、その経過は、実質的に刑事裁判における「三審制」の原則が機能したとは凡そ言い難い不当なものとなる。
一審では、検察官と弁護人との間で攻撃防禦が行われ、裁判所が「アンパイア」として、争点の一つひとつについて判断し、そのうちの一つでも検察官の主張が認められない場合には、「犯罪の証明がない」として無罪となる。
それに対して、検察官が控訴した場合の審理の対象は「一審無罪判決」だ。控訴審は、一審判決を事後審査する裁判であり、控訴の理由について、検察官が控訴趣意書を提出するが、控訴審裁判所は、「検察官の主張を認めなかった一審判決」を独自に審理・判断する。検察官と弁護人の攻撃防禦という一審の構図とは異なる。控訴審裁判所は、検察官の主張に制約されず、思う通りに一審判決を審査し、自由自在にその判断を覆すことができる。争点や裁判所の問題意識が明確化されることもない。それは、被告人・弁護人の立場からすると、「不意打ち」を超えて「闇討ち」に近いものだ。
一審では、犯罪の成否について複数の争点がある場合、そのうちの一つでも検察官の主張が認められないと、無罪となる。控訴審では、一審判決が検察官の主張を否定した争点について審理し、もし、控訴審裁判所が、その争点について一審の判断を覆した場合、一審判決では判断されなかった他の争点についてどのように判断するかは、控訴審裁判所の自由になってしまう。他の争点について弁護人側に反論の機会が全く与えられることなく、一方的に有罪方向の判断が行われ、「逆転有罪」に至ったのだ。
このような、控訴審裁判所の、ほとんど「闇討ち」のような一方的な認定・判断で有罪判決を受け、その反論・反証の機会が与えられなかった藤井氏にとって、冤罪を晴らすために「とれる手段があるのならば、あらゆることをやる」として取り組んだ第一歩が民事訴訟の提起だった。

民事訴訟一審判決が持ち出した「再審制度による制約」

民事訴訟は、2年近くにわたる審理で、昨年10月から12月にかけて、被告贈賄供述者、被告弁護士、原告の本人尋問、贈賄供述者の妻・妹等3人の証人尋問が行われて弁論は終結、今年4月に言い渡される予定だった判決が、コロナ禍で延期され、8月5日に、判決が言い渡された。
判決は、「請求棄却」であった。
判決は、贈賄供述者の被告に対する請求に関して、以下のような一般論を述べた上で、「本件での贈賄供述者の証言(供述)が虚偽であることが明白であるといえない」として、贈賄供述者に対する損害賠償請求を棄却した。

刑事裁判手続において有罪判決を受け、それが確定した被告人が、刑訴法の用意する再審制度を離れて、事実は無罪であるとして、当該手続において証人等として関与した者に対する(不法行為等に基づく)損害賠償請求を行うことを無制限に認めると、同法が再審制度を設けている趣旨を実質的に没却するおそれがあるから、当該被告人が上記のような関与者に対して上記のような損害賠償請求を行うことができるのは、当該関与者の行為について偽証罪等の有罪判決が確定したり、(そのような判決がなくとも)その者が故意に虚偽の証言等をしたりしたことが明白であるなど、公序良俗に反するような不正行為の存在が明白に認められ、かつ、当該不正行為によって被告人が有罪とされたといえるような場合に限られると解するのが相当である。

要するに、刑事事件が有罪で確定した被告人が、無罪だとして、証人として関与した者に対する損害賠償請求することできるのは、刑訴法の再審制度が設けられている趣旨との関係で、「偽証で有罪判決が確定している場合」、「故意に虚偽の証言等をしたことが『明白な』場合」という、「再審事由」と同等の場合に限られるというのだ。
しかし、藤井氏が提起した訴訟は、刑事事件手続の中での贈賄供述者等の不法行為について民事上の損害賠償を請求しているものだ。原告の有罪が確定している刑事事件において贈賄供述者が証言した内容について当該刑事事件で刑事裁判所が行った判断と、民事事件で原告が主張・立証した内容について、民事法による不法行為と損害賠償責任の存否について行う民事裁判所の証拠評価、事実認定とは、別個のものである。
今回の民事一審判決が、それ自体が、独立した制度として位置づけられるべき民事訴訟を、刑事の再審制度との関係で制約されるなどという「理屈」を持ち出したのはなぜか。

民事一審での審理の経過からは、予想し難かった結論

被告の側の訴訟対応は混乱を極め、立証段階では、相当な時間を費やして現被告の本人尋問に加え、3人の証人尋問も行われた。それらの供述・証言は、原告の請求を裏付けるものだった。
贈賄供述の信用性について、一審判決は、2回目の現金授受を先に供述し、その後に初回の現金授受を供述していること、同席者の有無についての供述が変遷していること等から、「自らの経験した事実を語っているのか否か疑問と言わざるを得ない」としたのに対して、控訴審では、「必ずしも不合理とは言えない」とし、見解が分かれたのであったが、この点について、心理学的分析の結果「実際の体験記憶に基づく供述ではない可能性が高い」とする認知心理学者の供述鑑定書が提出されている。
刑事の控訴審判決は、被告人にとっては全く「不意打ち」と言える多くの誤った認定・判断をしていたが、上告は「憲法違反、判例違反の上告理由に当たらない」として棄却されたので、控訴審の判断の誤りは、刑事訴訟では判断されていかなかった。民事訴訟では、そのような控訴審の判断の誤りを、さらに肉付けして主張・立証した。
それに対して、被告の贈賄供述者側は、控訴審判決の認定・判断を繰り返す以外に、反論は全くできていない。
こうした審理の内容に加え、裁判所からの補充尋問で精神的損害の内容についての質問があり、請求が認められる方向ではないかと期待をしていた。
しかし、結局、民事一審判決は、原告の訴訟提起を受け、民事訴訟の審理は十分に行ったのに、判決を出す段階に至って、刑事事件の確定判決と異なる判断を行うことに抵抗を覚え、「刑訴法の再審制度が設けられている趣旨との関係による制約」というあり得ない理屈を持ち出して、原告の請求を棄却してしまったのである。
当然のことながら、藤井氏は、この一審判決に対して、控訴を行った。

果てしない「冤罪との戦い」

謂れのない冤罪で、有罪判決を受けて処罰された者にとって、冤罪との戦いは、生涯にわたり、果てしなく続く。
藤井氏は、今年12月に懲役1年6月執行猶予3年の有罪判決確定から3年を経過し、公民権停止も終わる。選挙にも立候補できるようになり、政治家として復帰する日も遠くない。
「収賄事件のことはもう忘れた方がいい」と助言してくれる支援者もいる。しかし、藤井氏は、「私は冤罪との闘いを続けます」と明言している。
彼にとって「冤罪で逮捕・起訴された全国最年少市長」であることが、政治家としての原点とも言える。それを覆い隠して、市長職をめざすことはできない。ましてや、冤罪の司法判断を受け入れ、事実に反して収賄の罪を認め、「うわべだけの反省の弁」を述べることなどできるわけもない。冤罪との戦いは、政治家としての彼のアイデンティティだと言える。
藤井氏は、刑事事件の上告棄却を受けて市長辞任の意向を表明した際、弁護団に対して、「市長は辞任しますが、私が現金を受け取った事実はないという真実を明らかにするため、今後も戦い続けます。とれる手段があるのならば、あらゆることをやっていきたい。」と述べて、自らの潔白、無実を明らかにするために戦い続けていくことを明確に宣言していた。
有罪判決確定後の冤罪との戦いの第一歩が、贈賄供述者等に対する民事訴訟提起だった。

刑事事件の冤罪は、刑事訴訟制度の中で解決すべきという意見もあるだろう。
しかし、「控訴審逆転有罪判決」による有罪確定は、先進各国の中でも特異な「無罪判決に対する検察官上訴」を許容する制度によるものであり、

何人も、実行の時に適法であつた行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない。

とする憲法39条の違反の疑いすらある。「三審制」の下での刑事裁判を受けたとは言い難い、最も理不尽な冤罪の構図によって有罪が確定したものだ。しかし、そのような経過であっても、一度、有罪が確定すれば、日本の刑事訴訟における再審のハードルは著しく高い。
そのような絶望的な状況の中で、民事訴訟という刑事訴訟とは独立した訴訟制度に救いを求めるのは、ある意味では、法的には最も正当なやり方と言えるだろう。その民事訴訟で、今回の民事一審判決は、刑事訴訟の再審事由と同等の要件が充たされなければ請求は認められないとして、その道を閉ざそうとしているのである。
藤井氏の冤罪との戦いは、東京高裁に舞台を移して、今後も、続く。引き続き、全力で彼をサポートしていきたい。

 

 

カテゴリー: 藤井浩人美濃加茂市長, 司法制度 | 1件のコメント

菅原前経産相不当不起訴の検察、告発状返戻で「検審外し」を画策か

6月30日の記事【菅原前経産相・不起訴処分を“丸裸”にする~河井夫妻事件捜査は大丈夫か】で詳述したように、検察が菅原一秀前経産大臣に対して行った不起訴処分は、公職選挙法違反事件の刑事処分として凡そあり得ないものであった。東京地検次席検事が行った異例の不起訴理由説明も、犯罪事実が認められるのに罰金刑すら科さない理由には全くならないものだった。

しかも、菅原氏の指示で選挙区内の有権者の葬儀・通夜に香典を持参していた当時の公設秘書のA・B両氏の話によると、彼らは、昨年11月頃から東京地検特捜部の取調べを多数回受けており、現場の検察官のレベルでは、起訴に向けての捜査が行われていたように思えた。それが、最終段階に来て、捜査を指揮する上司・上層部と菅原氏側と間で、何らかの話し合いが行われ、それを受けて不起訴の方針が決まったようにしか思えなかった。

菅原氏の不起訴処分の前提として認定された有権者への寄附の金額は約30万円とされているが、A・B両氏の供述によって認められる公選法違反の犯罪事実は、3年間で約300万円になることは明らかだった。2000年に、秘書と共に選挙区内で約1000円の線香セットを551人に配った公選法違反で罰金40万円と公民権停止3年の略式命令を受けた小野寺五典衆院議員の事例との比較からもあり得ない。罰金刑すら科さない「起訴猶予」は、交通違反で罰金も取らずに「お目こぼし」するに等しい。

菅原氏の不起訴処分を他社に先駆けた東京新聞の記事【「法軽視が顕著と言い難い」 菅原前経産相の起訴猶予で特捜部が異例の説明】で、

刑事告発した市民側は、本紙の取材に「公選法違反を認定しながら不起訴としたのは不当だ」として、検察審査会に審査を申し立てる方針を明らかにした。

とされていたこともあり、この時点で、私は

菅原氏に対する不起訴処分については、告発人が、検察審査会に審査を申し立てれば、検察も「証拠上起訴は可能」と認めている以上、「一般人の常識」から不起訴には納得できないとして、「起訴すべき」との議決が出る可能性が高い。それによって、菅原氏に対する「不正義」は、いずれ是正されるであろう。

と述べ、検察審査会で検察の不起訴処分が覆ることを確信していた。

 

検察による「検審外し」の画策

ところが、その後、実は、検察は、菅原氏の不起訴処分について、検察審査会での審査に持ち込まれないようにする「検審外し」の画策としか思えない、不可解極まりない動きをしていることが判明した。

菅原氏を告発していた「市民」のC氏本人に取材した記者から得た情報によれば、菅原氏に対する告発状は、昨年10月下旬に、東京地検に提出され、その告発を受けた形で、A・B両氏の取調べや他の関係者の取調べ等が行われていたが、不起訴処分が行われる直前に、その告発状が、告発状の不備を指摘する文書とともに告発人のC氏本人に返戻されていたというのだ。

告発事件について不起訴処分を行えば、告発人は、検察審査会に審査を申し立てることが可能だ。ところが、検察は、その告発状をC氏に返戻し、それと別個に、検察自らが菅原氏の公選法違反事件を独自に認知立件した形にして、その「認知事件」を不起訴にしたということのようだ。そうなると、検察は告発事件について不起訴処分をしたものではなく、検察審査会に審査を申し立てる余地はないということになる。検察が、検察審査会の審査を免れるために、敢えてそのような姑息な手段を用いたとしか思えなかった。

C氏は、新聞出版業を営む会社の代表取締役であり、「国滅ぶとも正義は行わるべし」をモットーに、特に、日本国の中枢に位置し、国政を運営する責にある者、社会的影響力を有する企業経営者に対して、国法の正しい運用を厳しく求めている人物だった。過去にも、新聞、週刊誌等で報じられた多くの事件について、法を厳正に適用して処罰を行うことを求める告発を行っていた。

私も、過去に、C氏が告発した、日産自動車株式会社代表取締役社長(当時)西川廣人氏に対する不起訴処分について、C氏からの委任を受け、申立代理人として、検察審査会への審査申立を行ったことがあった。

私は、C氏本人に連絡をとった。C氏は、菅原氏の不起訴処分には全く納得できないので、検察審査会への申立てを行う意向だった。しかし、告発状が返戻されているということは、検察庁では、菅原氏の事件を告発事件として扱っておらず、C氏に「不起訴通知」は届かない。通常、検察審査会への申立ては、不起訴通知を受けて、その事件番号を記載して申立書を提出するので、不起訴通知が届いていない以上、申立ては困難だと考えられた。

私がそのように説明したところ、C氏は、「先生、何とかなりませんか。こんなことがまかり通るのであれば、この国の正義は滅びてしまいます。」と憤慨していた。

 

「検審外し」を打破する審査申立の検討

私は、C氏から告発状と、検察庁がC氏に返戻した際に添えられていた「東京地検特捜部」名義の書面を送ってもらい、告発状とその書面を精査し、検察が不当に告発状を返戻した上で行った不起訴処分に対して、「検審外し」を打ち破って審査に持ち込む手段がないかを検討した。

そこで、検察審査会法の規定を改めて検討してみた。

検察審査会法2条2項は、

検察審査会は、告訴若しくは告発をした者、請求を待って受理すべき事件についての請求をした者又は犯罪により害を被った者の申立てがあるときは、前項第一号の審査を行わなければならない

としている。「前項第一号の審査」というのは、「検察官の公訴を提起しない処分の当否の審査」のことだ。ここでは「告発をした者」が申立てできるとされているのであり、「検察官が告発を受理したこと」は要件にはなっていない。告発人が犯罪事実を特定し、正当に告発状を提出しているにもかかわらず、検察官が告発を受理しなかった場合も、「告発をした者」に該当し、その事件について不起訴処分が行われた場合は、審査の申立てが可能なはずだ。

検察審査会事務局にも問合せたところ、告発が行われ、その告発事件について不起訴処分行われたのであれば、審査申立ては可能であり、申立てが行われれば、不起訴事件の特定のため検番(検察における事件番号)については、検察審査会事務局から検察庁に照会するとのことだった。

そこで、検察がC氏に告発状を返戻した理由が正当なものか(C氏が提出した告発状に不備があり「有効な告発」とは言えないものか)、告発された事件について検察の不起訴処分が行われたと言えるか、という点について検討を行った。

 

検察が告発状を返戻した理由

告発状が返戻された際に同封された「東京地検特捜部」名義の書面では、以下の理由で、「本件告発状においては、犯罪構成要件に該当する具体的な事実が具体的な証拠に基づいて特定して記載されているとは認められない」としている。

(1)告発状記載の「法令の適用」には、その根拠条文として、公職選挙法199条及び同法248条(請負その他特別の利益を伴う契約の当事者である者による選挙に関する寄附の禁止規定及び罰則)並びに同法199条の2及び同法249条の2(公職の候補者等の寄附の禁止規定及び罰則)が列記されており、いずれの寄附禁止規制違反を問題とされるのか不明確であり、また、このうち同法249条の2の各項に罰則の定めがある寄附禁止規制違反については、選挙に関する寄附の禁止違反、通常一般の社交の程度を超える寄附の禁止違反及びこれら以外の寄附の禁止違反等の各種類型があるところ、上記「告発状」記載の「犯罪事実」及び「法令の適用」等からは、これらのいずれに該当する旨主張されているのかも不明である。

(2)「有権者買収行為」である旨の記載や「告発の趣旨」欄の「当選無効に該当する」旨の記載からすると、同法221条等所定の買収罪に該当する旨主張されているようにも拝察され、これらの点がいずれも判然としない。

(3)「犯罪の事実」の疎明資料としては、インターネット上に掲載された雑誌の記事概要をプリントアウトしたと思われるものだけが添付されており、犯罪構成要件該当事実の根拠・資料として十分ではない。

(4)代理人による告発は、刑事訴訟法に規定がなく、認められないと解するのが通説。

 

告発状を返戻する理由は全くない

しかし、(1)については、本件告発状が、「公職の候補者等」が選挙区内の有権者に対して、秘書が議員の代わりに香典を配る行為に適用される「寄附の禁止」の規定の適用を求めるものであることは、「公選法が禁ずる寄附の禁止を犯す犯罪行為」と明記していること、香典の贈与が公選法の「寄附の禁止」に違反するとの法律専門家の解説を含む週刊文春の記事を添付していることから疑いの余地がない。「法令の適用」に第199条及びその罰則を記載しているのは、公職選挙法について知識に自信がなかったことから「念のため」に付記したに過ぎない。

(2)については、告発人が、告発状に「有権者買収行為」と記載したのは、週刊文春で報じられた「カニ、メロン」の贈答など、長年にわたる有権者に対する買収行為の一環として行われたものとの認識を示したもので、また、「当選無効」と書いたのも、正確には、公民権停止に伴う「失職」であり、「当選無効」ではないが、週刊文春記事での専門家の解説で、寄附の禁止に違反した場合について、「最長5年間の公民権停止となり、当選も無効となります」とされていたことから「当選無効」と表現したもので、告発人が「買収罪」に該当すると主張しているものではない。

(3)は、告発状の添付資料では犯罪構成要件該当事実の根拠・資料として十分ではないというのであるが、添付された文春オンラインの記事だけでも、秘書に代理で通夜に出席させて香典を贈与した公選法199条の2第1項違反の事実は十分に特定されており、香典を差し出す写真も添付されているのであるから、告発の根拠としての証拠は十分だ。

しかも、東京地検特捜部は、本件告発後、同告発事実を含む公選法違反事件の捜査に着手し、被疑者の刑事処分のために必要な捜査を行い、「起訴猶予」処分とし、被疑者の公選法違反の犯罪事実を認定しており、結局、上記記事で指摘した被疑者の公選法違反の疑いは検察の捜査によって裏付けられている。

(4)については、本件告発は告発人自身の意思による告発人自身が自らの名前を記載して押印して告発しているのであり、本件告発状には告発人に加えて代理人名を付記しているにすぎない。告発状の返戻が、代理人に全く連絡なく、告発人本人に対して行われていることからも、東京地検が、本件告発を代理人によるものとして取り扱っていないことは明らかだ。

そもそも、(1)、(2)について、専門知識がなければ厳密に正確な記載はできないような点に因縁をつけ、他方で、法律の専門家である弁護士の代理人による告発が認められないなどと述べるのは矛盾している。

東京地検特捜部の書面に書かれている告発状返戻の理由とされた(1)~(4)は、いずれも、C氏の告発が不備で、有効な告発ではないことの理由にはならないものだった。

 

告発状を「預かり」のまま7カ月以上も捜査を継続

しかも、本件告発は、昨年10月25日付けで行われ、検察官は、告発状を受領したまま7ヵ月以上にわたって受理の判断を留保し、被疑者の公選法違反の捜査を継続していたが、不起訴処分を行う直前に、告発状を返戻したものだった。検察官が、本件告発状に、そのままでは受理できない問題点や不十分な点があるというのであれば、なぜ、受領後、早期に返戻して、是正・補充を求めなかったのか。

菅原氏は、今年1月20日の通常国会召集日に、久々に国会に出席した際、「告発状が提出されていること」を、国会議員として疑惑についての説明を拒絶する理由としていた。告発状が不備で受理すべきではないのであれば、検察官は、速やかに告発状を返戻して、菅原氏に、告発状の提出は説明拒否の理由にならないことを明らかにすべきだった。

検察官が、本件告発状について是正・補充を求めないまま7カ月以上も「預かり」にしたことからも、告発状の不備が問題にされていたのではないことは明らかだった。

A・B両氏の話からも、少なくとも、本年6月に入る頃までは、被疑者の公選法違反事件に対する捜査は積極的に行われていたことは明らかだ。検察官が告発状を返戻したのは、告発状の内容の問題ではなく、当初は、被疑者を起訴する方向で捜査を行っていたところ、その後、何らかの事情で不起訴の方針に変更されたことから、告発人に対する不起訴処分通知を行わないで済まし、検察審査会への審査の申立が行われないようにすることが目的だったのではないか。

 

不起訴処分は、告発された事件についてのもの

もう一つの問題は、「告発された事件について検察の不起訴処分が行われた」と言えるか、という点だった。告発事件について不起訴処分にしたという「不起訴処分通知」が告発人に出されていないので、この点について明確な根拠を示すことはできない。しかし、通常の事件の不起訴処分については、検察は、全く情報開示も説明もしないが、菅原氏の事件については不起訴処分当日の令和2年6月25日に、東京地検斎藤隆博次席検事が記者会見を開いて「異例の不起訴処分説明」を行っていたため、告発された事件との関係が明らかにだった。

告発状に記載された犯罪事実は、

被疑者は、平成29年10月22日投票の衆議院議員選挙の東京9区で当選した衆議院議員であるが、令和元年10月17日の夕刻、東京都練馬区所在の宝亀閣斎場において、同選挙区内に居住する地元町会の元会長の通夜に、自己の公設第一秘書A氏を自己の代理として参列させ、「衆議院議員菅原一秀」と明記した香典袋に二万円在中の香典を受付に手渡して贈与させ、もって、自らの選挙区内にある者に対して寄附を行ったものである。

という事実だった。

一方、斎藤次席検事の説明によると、本件不起訴処分の前提として認定された犯罪事実は、平成29年~令和元年の3年間に、選挙区内の有権者延べ27人の親族の葬儀に、枕花名目で生花18台(計17万5000円相当)を贈り、秘書らを参列させて自己名義の香典(計約12万5000円分)を渡したというものだった。

この不起訴処分で認定された被疑者による香典、枕花の贈与の事実は、昨年10月25日にC氏が提出した告発状の添付資料とされた文春オンラインの記事に書かれている内容であり、告発状提出直後の11月上旬頃に捜査が開始されたものだった。不起訴処分が、告発状に記載された事実を含む被疑者の公選法(有権者に対する寄附の禁止)違反の被疑事実に対するものであることも明白だった。

 

審査申立書を検察審査会に提出、受理通知が届く

そこで、私が、C氏から委任を受け、申立代理人として審査申立書を作成して、7月20日に東京の検察審査会事務局に提出した。申立書では、C氏の告発状は、公選法違反の「有権者に対する寄附」の犯罪事実について処罰を求めており、告発状が返戻される理由は全くないこと、不起訴処分はC氏の告発事件についてのものであることなどから、C氏は「告発をした者」に該当し、審査申立てができることを述べた上、菅原氏の不起訴処分が不当極まりないものであることを記載した。

検審事務局に、検察官が告発状を不当に返戻したので不起訴通知を受けていないこと、一方で、検察官は、同じ事件を独自に認知立件して不起訴にしたと解されることを説明したところ、「検察官の不起訴処分を確認した上で、受理の判断をする。受理した場合には、どの審査会が受理したかを通知する」とのことだった。

そして、4連休明けの7月27日、私の事務所宛てに、東京第4検察審査会から「令和2年(申立)8号事件として受理した」旨の通知が届いた。

こうして、菅原氏の公選法違反事件の刑事処分は、東京第4審査会の11人の審査員の判断に委ねられることになった。

菅原氏の事件は、「起訴猶予」にした検察官も、「起訴しようとすればできる」と認めているのである。しかも、その菅原氏を「起訴猶予」とする理由は、罰金すら科さない理由には全くならないものだ。検察が、7カ月以上も預かったままにしていた告発状を不起訴処分の直前に告発人のC氏に返戻することで「検審外し」を図ったと考えられることも、菅原氏の不起訴処分が検察審査会に持ち込まれたら覆る可能性が高いと検察も考えていたことを示すものと言える。

検察審査会の審査を受ける立場である検察に、このような手段で審査を免れることができるとすれば、「公訴権の実行に関し民意を反映させてその適正を図る」(検察審査会法1条)という検察審査会制度の目的は没却されることになる。

本件におけるこのような審査申立に至る経緯についても、審査会で審議し、議決で触れるべきだ。

そして、我々市民にとって必要なことは、検察の不当な不起訴処分によって、菅原氏が今なお、衆議院議員としての地位にとどまっていることを忘れることなく、検察審査会の審査に注目し続けることだ。そういう意味で、たまたま菅原氏の事件の重要な関係者であるA・B両氏の代理人として話を聞ける立場であった私が、菅原氏の不起訴処分の不当性を論証した【菅原前経産相・不起訴処分を“丸裸”にする】と題するブログ記事を出すことができた意味は大きい。少しでも多くの人に同記事を拡散し、現職国会議員の菅原氏の起訴猶予の不当性について声を上げ続けてほしい。それが、無作為に選ばれた「市民の代表」からなる検察審査会で「民意を反映した議決」が出されることにつながるはずだ。

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政治目的による「来年夏東京五輪開催維持」は、「桜を見る会」と同じ構図

2021年夏に開催予定されている東京オリンピック・パラリンピック(以下、「東京五輪」)の開会式1年前となった7月23日、新型コロナ感染判明者数が、全国で981人、開催都市東京都で366人といずれも過去最大になるなど、感染拡大が止まらない状況の下、国立競技場では「開催1年前記念イベント」が開かれ、競泳女子の池江璃花子選手が、世界へのメッセージの発信役に起用された。

白血病からの復帰をめざす競泳女子・池江璃花子選手が一人でフィールドの中央に立ち、自らの白血病の体験と、東京五輪をめざす選手達の立場を重ね合わせるかのように表現した上、「1年後の今日、この場所で、希望の炎が輝いていてほしいと思います。」と、来年夏の東京五輪の開催を願うメッセージを発した。

この池江選手の記念イベントでの起用の経緯について、毎日【東京開催の危機「池江一択」 組織委、世論の打開狙う オリンピック1年前メッセージ】は、

大会関係者によると人選は「池江一択」だったという。池江が白血病を公表した昨年2月、池江の呼び掛けに応じて日本骨髄バンクへのドナー登録が急増した。社会的な影響力の高さに加え、組織委内には闘病生活を乗り越えプールに戻ってきた池江の起用で、新型コロナウイルスで様変わりした環境に苦悩する世界中の仲間へ勇気を届ける思いも込めた。

と述べている。

しかし、白血病と闘い、克服しようとしている池江選手の姿勢には心を打たれ、共感しつつも、それを、「来年夏東京五輪開催」に結び付けようとしたことに違和感を覚えた人が、多かったようだ。

それは、ツイッターでの反応からもわかる。「池江璃花子」で検索すると、多くのツイートで、「違和感」「政治利用」などの言葉が出てくる。

白血病との闘病を乗り越え、2024年の五輪に向けて練習を再開したばかりの彼女が、「1年後東京五輪開催」に向けてのイベントに駆り出されること、それを拒絶できないことに、私は、痛々しさを覚えた。それは、多くの人に共通する感覚だったようだ。

多くの人がそのように感じるのは、来年夏の東京五輪が開催できる可能性は極めて低いこと、それにもかかわらず、日本政府や東京五輪組織委員会が、開催予定を維持しており、それは、もっぱら安倍政権側の政治的な事情によるものだと感じているからだ。

「コンプライアンス問題」としての“東京五輪協賛金追加拠出”】でも述べたように、日本では、足元で過去最高の新規感染者が判明している状況であり、しかも、経済の回復と両立させる方針で、4月のような緊急事態宣言を出そうとせず、「国民に感染対策を呼び掛ける」ということにとどまっているので、沈静化の見通しすら立たない。世界の感染状況は一層深刻だ。米国やブラジルなど中南米諸国では、感染者、死亡者が増加を続け、欧州各国の一部では、経済活動再開後に、感染者数が再び増加に転じている。

国内、海外の状況から、国民の多くは、感染者数が再び全国的に大幅に増加している状況下で、来年夏の東京五輪開催に向けて労力やコストをかけることに否定的であることは、7月中旬に行われた各種世論調査で、「開催すべき」が少数にとどまっていることにも表れている。

「開催すべき」との少数の意見の多くが、東京五輪の晴れの舞台をめざしてきた選手達の心情を慮るものであろうが、実際には、その選手達にとっても、客観的に見て開催される可能性が低いと思える来年夏の東京五輪に向けての練習に肉体と精神を集中させていくことは極めて困難で酷なことである。むしろ、開催の可能性が低いのであれば、少しでも早く開催中止を決定するのが、選手達のためでもある(有森裕子氏は、「来年の3月まで引っ張ったら選手(の心身)が持たない」と述べている:サンケイスポーツ)。

東京五輪が2022年ではなく2021年への延期となった最大の原因が、安倍首相自らの自民党総裁の任期内に開催することが目的であることは、組織委員会の森喜朗会長も認めている。しかも、自民党寄りの産経新聞ですら【首相、五輪来年開催に不退転の決意 解散戦略に影響も】で述べているように、安倍首相が五輪開催にこだわるのが、政権の花道(レガシー)にするためであり、東京五輪開催の有無は、内閣支持率が低迷する中、衆院解散・総選挙で政権を維持しようとする安倍政権の解散戦略にも影響を与えるという背景がある。まさに、東京五輪開催の問題は政権維持そのものにも関わる極めて政治的な問題であり、そのことは、国民の多くが感じていることである。

このような「来年夏五輪開催に不退転の決意」で臨む安倍首相の意向を受け、組織委員会や政府関係者が、来年夏開催が困難との認識、五輪開催に否定的な世論に抗って、それを変えていこうとしたのが「東京五輪1年前イベント」だ。

前記毎日記事】で

五輪開催を巡る世論は厳しさを増している。(中略)無観客や規模縮小でも開催に否定的な回答が肯定的な回答を上回っている。

支持を呼び掛ける大規模イベントが感染予防の観点から開催できない中、組織委は再び支持を高めることに腐心。池江の求心力に託し、苦境の打開を図った形だ。

と述べているように、新型コロナ感染再拡大で、五輪開催に否定的な世論を、積極的な方向に変えるために、病み上がりの池江選手をイベントに駆り出したのである。

このイベントでの池江選手のメッセージに、多くの人が、共感しつつも「違和感」を覚えたのは、当然の反応と言えよう。

池江選手は、10代の競泳選手として国際的な活躍を重ねた後に、不幸にして白血病に侵され、その闘病から見事に復活し、2024年の五輪出場をめざしている。まさに我々国民全体にとっての「希望の灯」である。大切に、大切に、その復活を支援していきたいと誰しも思っている。それを、新型コロナ対策で国民の期待を大きく裏切り瀕死の状況にある安倍政権の延命のために政治利用するは論外だ。

問題なのは、客観的には来年夏の東京五輪が開催できる可能性が低く、多くの国民が、コロナ感染拡大に不安感を持ち、開催に否定的であり、来年夏開催の是非を抜本的に再検討しようとするのが当然であるのに、政府・与党の側に、五輪開催の是非を見直す動きが全く出てこないことである。それどころか、組織委員会側は、来年夏東京五輪開催を何が何でも維持するために、開催に否定的な世論を、積極方向に誘導するため、「一年前イベント」に池江選手を登場させるという「禁じ手」とも言える方法まで使った。それに対しても、政府与党・組織委員会の内部から誰も異を唱えなかったいということである。

結局のところ、内閣支持率が下落しているとは言え、7年にわたる長期政権での「権力集中」に慣れ切ってしまった政府・与党内からは、いくら常識的にあり得ないこと、不当なことでも、「おかしい」と声を上げる動きが全く出てこないのである。

それは、「桜を見る会」問題に典型的に表れた公的行事の私物化の構図と共通している。「桜を見る会」運営の実務を行う内閣府や官邸の職員には、公金によって開催される会が、安倍後援会側の意向で「地元有権者歓待行事」と化していることに違和感を覚えても、異を唱えることなどできなかった。後援会の招待者が増え、地元の参加者に十分な飲食の提供など歓待をしようとする後援会側からの要求に抵抗できなかった結果、開催経費が予算を超えて膨張していったが、内閣府等の職員達は、各界の功労・功績者の慰労という本来の目的とはかけ離れた運営の実態にも、全く、見てみぬふりをしていた。

こういう「桜を見る会」の問題に対して、国会での厳しい追及が行われていたが、新型コロナ感染拡大が深刻化する中で、与党側から、「感染対策が喫緊の問題なのに、なぜ『桜を見る会』などというくだらないことを取り上げるのか。」というような声が大きくなるにつれ、国会での追及も自然消滅してしまった。

しかし、その後、安倍政権が行ってきた感染対策のデタラメ、経済対策の混乱・迷走などを見れば、このような国にとって危機的事態に直面しているからこそ、政治権力の集中の下で、政府・与党全体が、政権の意向を忖度する余り「思考停止」してしまう構図を放置することがいかに危険か、国民が信頼できない政権が維持されることが、いかに国民の利益を害するのか、多くの国民が「痛感」してきたはずだ。

新型コロナ感染拡大が始まるまで続いていた「桜を見る会」問題の追及が中途半端な形で終わり、安倍政権への権力集中の下での、与党や官僚機構の無機能が放置されてしまったことが、今、この国が危機的な状況に陥っている大きな原因と言わざるを得ない。

今や、日本の社会にとって一つの「厄災」になりつつある「来年夏東京五輪開催」を一日も早く断念し、危機的な状況にある日本社会が、コロナ感染と経済危機に立ち向かえる体制を構築していくことが不可欠である。

 

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