菅元首相は安倍首相提訴で何を狙っているのか

官僚主導からの脱却を掲げて政権交代を果たした民主党政権を「財務省ベッタリ」に変質させ、陸山会事件捜査での検察権力による不当な政治介入に対しても何らの措置もとらず、「小沢派対反小沢派」の党内抗争を一層激化させるなどして、民主党政権崩壊の最大の戦犯となった菅元首相が、いまさら何をクダラナイことをやってるんだろうか、と思っただけで、殆ど関心もなかったが、早川忠孝弁護士のブログで、菅元総理の訴訟提起についてそろそろ郷原氏のコメントを聞いてみたいなどと わざわざ「ご指名」を受けたので、菅氏がいったい何を提訴したのか、それに関して、どういうことを言っているのか、少し確認してみた。その結果、菅氏の「魂胆」らしきものが見えてきたように思えたので、その点について、簡単に書いてみることにしよう。

仮に、安倍首相のメルマガの内容に事実に反する部分があったとしても、そもそも、東日本大震災、福島原発事故への対応もパフォーマンスに終始し、数々の失態を犯した菅元首相に、その際の対応に関して守られるべき「社会的名誉」がどれだけあるのか疑問であるし、2年以上も経った現時点で、名誉棄損で民事提訴自体、特に意義があることとは思えない。

そういう受け止め方は、多くの国民も同様だと思うし、この時期に民事提訴することが、参議院議員選挙を控えた時期の安倍首相や自民党に対して格別不利になるとも思えない。

それでも敢えて、この時期に民事提訴した目的は、菅氏が、オフィシャルブログに、7月13日付で【ネット選挙解禁で、虚偽事項をネット上で選挙期間中に公表した場合、許されるのか検討している】などと書いていることと関係しているように思える。

このブログで菅氏は、「落選させるために相手候補が犯してもいないのに社会的に大きな悪影響を及ぼすような大間違いを犯したとウソの情報を流せばこれにあたる。参院比例選では党名投票が可能で、党が候補者と考えられるので相手党の落選者の増大を図るために党首や党首経験者に関して虚偽の事項を公表した場合もこれにあたると考えられる。安倍総理は参院選の選挙期間に入ってからも虚偽情報を載せた2011年5月20日付のメルマガをネット上で公表し続けている」などと述べ、安倍首相について、公職選挙法135条2項の虚偽事項公表罪が成立するかのように言っている。

その2日前のブログで、同じ問題について「ネット選挙が解禁された中で、ネットを利用して嘘の情報を選挙開始前に流しておいて、それを訂正しないという事は選挙の公平性からも許されない行為だ」と述べていることから考えると、民事提訴しているのは2年余り前のメルマガ記事だが、それが、選挙期間中も掲載されているということをもって、「公表」ととらえようとしているのではないか。

しかし、このメルマガ記事が出されたのは2年以上前だ。それが削除されずにネットに掲載されているだけなのに、今回の参議院選挙に関して「公表」したというのは、さすがに無理がある。そこで、自分の方から、その記事について名誉棄損で提訴して、そのような記事が掲載され続けていることを世の中に広く知らしめて、安倍首相にその削除を求め、「削除しない不作為」を「公表」と同視できるとして、選挙後に、公職選挙法違反で検察庁に安倍首相を告発する、というのが、今回の民事提訴の目的なのではないだろうか。

もちろん、仮に、安倍首相のメルマガ記事に虚偽事項が含まれていて、今回の提訴騒ぎを受けてもなお削除しなかったことを、無理やり「公表」ととらえることができたとしても、そもそも、菅氏が言うところの、「党名投票が可能で、党が候補者と考えられる」というのは公職選挙法の解釈としては無理である。参議院選挙の候補者は、比例区であっても、候補者個人であり、その当落を決める方法に関して、政党への投票が認められるだけである。政党が「候補者」になるのではない。

しかし、もし、このような事実で安倍首相が公職選挙法違反で告発された場合、告発を受けて捜査し、処分を決めるのは検察庁である。検察庁も行政組織の一つであり、検事総長に対する法務大臣の指揮権などを通して、検察の権限の行使に対して最終的に責任を負うのは内閣である。その内閣の長の刑事事件について検察庁が処分を行うということになれば、それが当然の処分であっても、憲法75条で「国務大臣は、その在任中、内閣総理大臣の同意がなければ、訴追されない。」とされていることにも関連づけて、いろいろ難癖をつけることが可能だ。

しかも、検察庁で不起訴処分が行われても、それに対しては、検察審査会への審査の申立てという手段がある。審査補助弁護士の誘導があれば、「党名投票が可能だから党が候補者になりうる」という理屈が法律上は通らないことが素人の審査員には理解されず、「検察だけで決めるべきではない。裁判で決着をつけるべき」という判断が行われる可能性も全くないとは言えない。

それと同じようなことは、まさに菅首相時代の民主党政権の間に起きていた。

鳩山首相辞任、菅首相誕生の大きな要因になったのが、鳩山首相、小沢幹事長の「政治とカネ」問題であり、菅首相が参議院選挙惨敗の後の代表選挙で、小沢氏を破って首相の座を守った最大の原因が、「小沢氏は政治資金規正法違反で検察審査会の議決で強制起訴される可能性がある」という話だった。その際、もし、「小沢氏が代表選に勝利して首相になったら、検察審査会が起訴議決をしても、憲法75条の規定で起訴されないのではないか」というようなことも言われていた。

菅氏は、「政治とカネ」についての検察や検審をめぐる騒ぎがあったからこそ首相になり、その問題が継続していたからこそ、首相の座を守ることができたのである。そのことに、余程味をしめたのであろうか。

もし、菅氏の今回の安倍首相に対する提訴が、同じような司法の政治利用を狙って行われたのだとすれば、もういい加減にしてもらいたい。

 

 

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大坪元特捜部長逮捕・起訴は、検察組織の重大な不祥事・歴史上の汚点

昨日(平成25年7月17日)、大坪弘道元大阪地検特捜部長、佐賀元明元大阪地検特捜部副部長に対する犯人隠避事件の控訴審第2回公判が、大阪高裁で開かれ、佐賀氏の被告人質問に続いて、両被告人の弁護人が弁論を行って結審した。判決は、9月25日に言い渡される予定だ。

控訴審公判をめぐる状況については、控訴審で「立ち往生」する検察~明日から元特捜部長控訴審公判控訴審での大坪氏の弁護人としての私の主張については、大坪元特捜部長控訴審第1回公判での弁護人陳述で詳しく述べている。

私は、大坪氏の弁護人として行った弁論を、以下のような言葉で締めくくった。

本件は、最高検察庁も含め、検察の組織としての決定によって、中央官庁現職局長村木厚子氏を逮捕・起訴し、有罪論告を行った事件で、一審無罪判決が出された上、控訴も断念せざるを得ないという、前代未聞の失態を犯したのに加えて、同事件の捜査の過程での大阪地検現職検察官による証拠改ざん問題が新聞報道で表面化したため、最高検が、同検察官を即日逮捕して直接捜査に乗り出したものの、その後も更に拡大激化する検察批判に狼狽・恐怖し、特捜部長の職にあった被告人大坪と副部長の被告人佐賀を、証拠改ざんの犯人を隠避した罪で逮捕・起訴して斬り捨て、本来、検察が組織全体として負うべき責任を、大阪地検特捜部長以下に押し付けて回避しようとした事件である。

最高検は、現職検察官による証拠改ざんという前代未聞の不祥事に対して、検察の組織としての対応が遅れたのは、特捜部長らが、上司・上級庁に対して、その事実を隠ぺいしたためであるとのストーリーを作出し、それを証拠改ざん事件の犯人隠避事件として刑事事件化した。

当初の被告人両名の逮捕・勾留事実とされた「捜査(検挙)の不作為」に関しては、そもそもその前提となる作為義務がないという重大な問題があり、起訴の段階で追加された上司への虚偽報告という「作為の犯人隠避」に関しては、虚偽報告の主犯者とされた被告人大坪に、その前提となる証拠改ざん行為についての確定的認識があったとは認められないという証拠上の問題があったにもかかわらず、逮捕・起訴の結論ありきで臨んだ最高検は、十分な検討も行わないまま、拙速に被告人両名を逮捕し、強引に起訴を行うに至った。

一審では、検察官が、被告人佐賀が前田から証拠改ざんの告白を受けたと主張する1月30日の前田佐賀間電話の存在について客観的証拠を提出できなかったために、その電話の有無に争点が絞られたこともあり、上記のような本件公訴事実の構成及び立証に係る重大な問題は殆ど見過ごされたまま、被告人両名に対して有罪判決が言い渡された。

しかし、控訴審に至り、控訴審裁判所の適切な求釈明及び訴訟指揮により、「不作為の犯人隠避」が成立する余地がないことが明らかになったほか、「作為の犯人隠避」についても、前田が故意改ざんの告白をしていることが、被告人佐賀から主犯者とされる被告人大坪に報告された事実がなく、故意改ざんの確定的認識がなかったことが、郷原趣意書・同補充書に加え、既に指摘した被告人佐賀の被告人質問での供述等からも明白となっており、検察官の各公訴事実についての主張・立証は、殆ど崩壊していると言わざるを得ない状況にある。

法律上、証拠上の問題点を無視し、本来刑事事件として立件すべきではない検察の内部的な問題を、無理やり犯人隠避事件に仕立て上げ被告人大坪らを逮捕して組織防衛を図った行為は、「公益の代表者」として公正に権限を行使すべき検察組織にとってその責務を自ら破棄した重大な不祥事であり、まさに、検察史上にも重大な汚点を残すものとの非難を免れない。

原判決は、「組織防衛、あるいは、部下の身を思うなど、組織に身を置く者として、目的だけから見れば一見正当と思われる行為であっても、あくまでも、法令を順守する中で行われるべきであり」、などと、被告人大坪の「組織防衛」を非難している。しかし、その非難は、十分な法律上の検討も行うことなく被告人大坪らを逮捕・起訴することによって「不当な組織防衛」を図った検察にこそ向けられるべきではなかろうか。

そして、公判終了後の記者会見で、大坪氏は、次のようなコメントを読み上げた。

本件控訴審の審理によって、改めて原判決が何らの法的解釈もしないまま根拠のない推認で大坪有罪を導いたまさに結論先にありきの空疎なものであるとともに、最高検による逮捕起訴が確たる証拠もなく、十分な法的検討もなさずに実行された不当かつ極めて杜撰なものであったことの認識を強くするに至りました。

公益の代表者として公正にその権限を行使することを求められ、長い歴史の中でその信頼を築き上げた検察が、組織防衛という自己目的のためになりふり構わずその権力を濫用行使したことに、かつて検察の不偏不党と公正・剛毅にあこがれた者の一人として深い失望と義憤の念を禁じえません。

本件当時、私のとった一連の所為はあくまで検察組織内における危機対応の一環であって、その当否を論ぜられることはあっても、最高検によって犯人隠避罪に問われ法廷に立たされるいわれは全く存せず、かつ自らの検事生命と、検察官としての誇りと、そして家族の平穏な生活を全て犠牲にして、前田検事と運命を共にする理由はどこにも存しません。

高裁において公正、公平な判断がなされることを強く期待します。

大坪氏には、一審で無罪判決が確定し、検察も冤罪を認めた村木厚子氏の事件の捜査を、特捜部長として指揮したことについて重大な責任があることは事実である。その捜査のどこがどのように間違っていたのか、特捜部長としての対応にどのような問題があったのかについて総括・反省しなければならない。その上で、村木氏への謝罪にも真摯に向き合わなければならない。

しかし、これまでの経過、そして、置かれている状況からは、現時点の大坪氏にそれを期待することは到底無理である。

大坪氏は、村木氏の事件の無罪確定とほぼ同時に表面化した証拠改ざんによって、検察への批判が激化する中で、犯人隠避罪で逮捕・起訴され、120日余にわたって身柄を拘束され、その間に行われた村木事件及び証拠改ざん事件の検証からも排除された。本件に関して行われた最高検の検証結果をとりまとめた「いわゆる厚労省元局長無罪事件における捜査・公判活動の問題点等について(公表版)」においては、被告人大坪について、「捜査の過程において、大坪部長及び佐賀副部長に対しては、供述調書の写しが届けられ、両名は、その内容を確認していたが、大坪部長は、本件の捜査・処理について、検察官を集めて捜査会議を開くこともなく、佐賀副部長には、実質的な関与をさせず、自ら前田検事から直接報告を受けて指示を与えるなどしており、重層的ないし組織的な検討やチェックをさせていなかった。大坪部長らは、捜査の着手及び処分等の決裁時においても、前田検事に対し、関係者の供述とこれに対応する客観的証拠の有無・内容を対照した資料等を作成させることもなく、また、主要な証拠物の報告や提示を求めることもなかった。また、大坪部長は、かねて、特捜部所属の検察官が消極的な意見を述べることを好まず、そのような検察官に対し、理不尽な叱責を加えることもあった。そして、決裁官である大坪部長のこのような対応が、部下の検察官に、消極証拠についての報告をためらわせ、ひいては、前田検事が本件FDの問題を大坪部長に報告しなかった要因の一つとなったものと認められる。これらの点からみて、本件における大阪地検特捜部の指導及び決裁の在り方には重大な問題があった。」(検証結果報告書19頁)などと、歴代の大阪地検特捜部長の中でも特異な人物でその個人的資質が一連の大阪地検不祥事であるかのように決めつけている。このような大坪氏の特捜部長としての特異な対応について、大坪氏には全く弁解・反論の余地すら与えられず、直属の副部長の佐賀氏からも、大坪氏と同時に犯人隠避で逮捕されたために、聴取すら行われていないのである。(このような、大坪氏側に全く弁解・反論の機会を与えない最高検の検証のやり方について、2010年12月24日に開催された第3回「検察の在り方検討会議」議事録14ページで、厳しく問題を指摘している)。

そして、大坪氏は、その後、不当な犯人隠避罪による起訴に対する長く苦しい戦いを強いられることになった。

このような大坪氏に、郵便不正事件、村木事件に対して総括・反省することも、村木氏に謝罪することもできないのは、無理からぬところであろう。強引な逮捕・起訴でその機会を奪ったのは、ほかならぬ検察なのである。

こうして、検察が、強引な大坪氏・佐賀氏の逮捕・起訴で組織防衛(当時の検察幹部の保身)を図り、検察の在り方を抜本的に見直し、反省することを回避した結果が、現在もなお続く、検察の信頼崩壊の状況である。

陸山会事件での「検審騙し」による小沢氏強制起訴の画策の首謀者と目される当時の特捜部長の佐久間氏が前橋地検検事正に栄転したことからも、検察に、この不祥事について真摯に反省する意思が全くないことは明白となった。田代元検事による虚偽捜査報告書作成事件に関して検察審査会の不起訴不当議決を受けて行われている再捜査も、近く、参議院選挙のドサクサに紛れて、再度の不起訴という結末で終わらせようとしているのであろう。

大阪地検不祥事については、大坪氏・佐賀氏の対応を無理やり犯人隠避の刑事事件に仕立て上げることで、東京地検の陸山会事件不祥事については、「ごまかし」「詭弁」だらけの「最高検報告書」を公表することで(拙著【検察崩壊~失われた正義】)、組織としての責任を回避した検察という組織には、もはや自浄能力が全くないことは明らかである。

社会常識から逸脱した検察による「不当な組織防衛」に対して、最後の拠り所である裁判所による健全な常識に基づく判断が下されることを期待する。

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カネボウ美白化粧品回収、「コンプライアンスの失敗」か「クライシスマネジメントの失敗」か

花王の子会社であるカネボウ化粧品が製造販売する美白化粧品で「肌がまだらに白くなる」などの被害が報告されたために、同社は、4日、記者会見を開き、化粧水や乳液など約45万個を自主回収することを発表した。

この問題に関しては、コンプライアンス専門家である山口利昭弁護士が、ブログで、【他人事ではないカネボウ化粧品の自主回収事件-二次不祥事のおそろしさ】と題して、「2011年ころから発症事例がお客様窓口に報告されていたのだから、この時点で、同社が真摯に対応し、「被害のおそれがある」という段階で自主回収に出ていれば、多大な回収費用を必要とすることにはなっても、一番大切なブランドイメージの毀損は防ぐことができたのではないか」との指摘を行っている。

企業は、利潤追求だけではなく、ステークホルダー、消費者にも真摯に向き合い、要請に応えていくこと、そのための体制整備が必要だという企業コンプライアンスの立場からは当然の適切な指摘というべきであろう。

実際に、今回、会社側が自主回収を決定し、社長が、対応が遅れたことを認め、「病気(持病)であるという(窓口担当者の)思い込みが問題の認識を遅らせた」と述べているのであるから、少なくとも、会社自身が、過去の対応の誤りを認めているのであり、企業としての対応が遅れたことによる「コンプライアンスの失敗」の問題であるように思える。

しかし、果たして、そのように単純に言い切れる問題だろうか。2011年頃にお客様窓口への発症事例の報告があった時点で、今回行ったのと同様の自主回収という対応を行うことが正解だったと結論づけることには、若干の疑問がある。

今回、大規模自主回収に踏み切ったカネボウ化粧品及びその親会社の花王の判断の方には問題はなかったのだろうか。自主回収という措置は、当事者企業に多額の回収費用発生、ブランドイメージの低下などの大きな損失をもたらすだけではなく、自分の肌には適合し全く問題なく、対象商品を長い間愛用してきた化粧品ユーザーにとっては、その商品の使用が継続できなくなるという迷惑を生じさせることになる。

私は、コンプライアンスとは「法令遵守」ではなく、「組織が社会の要請に応えること」という観点から、コンプライアンスの指導啓蒙の活動を行ってきたが、企業との関係では、危機的事態への対応、クライシスマネジメントに関して、具体的事案に関する助言を数多く手掛けてきた。(その基本的な考え方と代表的事例については【組織の思考が止まるとき 「法令遵守」から「ルールの創造」へ】(毎日新聞社)第4章で述べている。)

そのような経験に基づき、今回のカネボウ化粧品の美白化粧品の問題への対応について、クライシスマネジメントの観点から考えてみたい。

今回の回収措置は、厚労省の命令や指導によるものではない。回収を行わなかったとしても、法令上は全く問題はない。カネボウ化粧品の夏坂社長の会見での発言からも、自主回収が苦渋の決断だったことが見て取れる。

同じ「商品の回収」でも、食品表示の問題等による商品の回収であれば、回収対象となるのは既に出荷済の商品だけで、その後の製造販売とは関係ない。しかし、今回の美白化粧品の自主回収は、現に流通している商品、顧客の手に渡っている商品を回収するというだけに留まらない。今回問題となった美白成分(ロドデノール)を含む化粧品の販売はすべて中止することになるのであり、「まだらに白くなる現象」の原因が判明しない限り、製造・販売の再開は行えない。つまり、事実上、関連商品の全面的な製造販売の中止に直結する。

本件について、自主回収という措置をとる必要があったのか、他の手段はとれなかったのか。

カネボウ化粧品の親会社でもある花王は、2009年に、エコナ関連製品の問題で、商品の安全性の問題について会社としての判断・対応を求められるという同種の事例を経験した。その問題では、「製造・販売の自粛」という「自主回収」に近い対応をとったが、最終的には、当時年商200億円を超えていたエコナ製品の製造・販売を全面的に中止することとなった。

エコナに関して問題にされたのが、その食品に多量に含まれているグリシドール脂肪酸エステルという成分に「発がん性の疑い」があることが指摘されたことであった。しかし、その指摘の発端になったドイツの研究所の調査結果というのは、動物実験の結果を客観的に報告しているだけで、発がんのリスクがあるとの指摘ではなかった。(前記拙著218頁参照)

その程度の問題で、花王が、エコナ製品全体の製造・販売の自粛に踏み切った理由は、その問題が、食品安全委員会専門委員会で取り上げられたことを複数の消費者団体が問題視し、花王に対する批判が強まり、ちょうど、消費者安全委員会の発足の直前だったことから、エコナがその第一号事案になることを恐れ、早期に対策を講じたということだと思われる。

一方、美白化粧品の方は、使用者の中に、「肌がまだらに白くなる」という事例が発生しているが、その症例は、数百万個という過去の販売数量に対して39件と極めて少なく、美白化粧品の使用と症例との因果関係も明らかになっていない。

そして、もう一つ重要なことは、この美白化粧品の問題に関しては、消費者団体の側から問題視する動きがほとんど見られなかったことである。

共同通信の記事で引用されている日本消費者連盟共同代表の「そもそも化粧品はさまざまな化学物質でできており、使用者に何らかの被害が生じることは避けられない面がある。危険性を認識した上で使うべきだ。自分の肌は自分で守るしかない。異常を感じたらすぐ使用をやめることが大切だ。」というコメントからも、消費者団体側も、この美白化粧品の問題について企業側の対応を問題にしている様子はなく、比較的冷静に見ていることがわかる。

では、今回、会社側が自主回収を決定した際に、リスク要因として考慮されたのは何だったのか。

そこでは、この問題をカネボウに指摘した「皮膚科医」の動きが重要な要因になった可能性がある。各紙の記事には、「今年5月に皮膚科医から、同製品を使って肌がまだらに白くなった人が3名いるとの連絡を受け、調査を開始した」とされている。症例の発生頻度から考えて、この皮膚科医が、この3名の「被害者」すべての主治医だったとは考えにくい。皮膚科医の側で「肌がまだらに白くなる」症例を集め、3名の症例が確認できたことを理由に、カネボウ化粧品に対して、何らかの措置をとることを求めたのではなかろうか。会社側の対応如何では、マスコミ等への告発が行われる可能性があったのかもしれない。

そうだとすると、「自社製品の品質・安全性に関する専門家の指摘と行動に対して、企業がどう対応するべきか」というクライシスマネジメントの問題だったことになる。

私が企業から相談を受け助言を行ったクライシスマネジメント案件の中に、某企業が販売するサプリメントに関して、専門医からの指摘があり、しかも、当初の会社側の対応の拙さもあって、その問題が厚労省に持ち込まれ、会社としての判断・対応が必要となったケースがあった。

そのサプリメントの主成分は一般的には健康増進機能を持つとされているが、その専門医によれば、その成分の血中濃度が異常に上昇する疾患があり、その疾患をもつ患者がサプリメントを摂取すると、症状が悪化するとの指摘であった。

その専門医は、①当該疾患の患者に対してサプリメント使用を差し控えるよう注意喚起すること、を求めただけではなく、②健常者に対しても、同サプリメントは有害である可能性があるので販売を中止することを求めた(その専門医は、当該疾患の研究に関しては第一人者であったことから、もし、その専門医がマスコミ等に、②を強調して問題の指摘を行い、それが記事になった場合、当該サプリメントの販売に重大な影響が生じる恐れがあった)。

会社側としては、①については異論がなかったが(当該疾患は何十万人に一人という極めて稀な疾患であり、販売への影響は皆無に近かった)、②については、過去の実験データ等から、一般人に対する安全性、有効性については確信をもっており、到底受け入れられないとのことであった。

このような状況で、私が行った助言は、その専門医がマスコミに問題を持ち込む前に、①について、特殊な疾患の患者や主治医に対して注意喚起を行うとともに、②について、健常者のサプリメント使用には全く問題がないことを、実験データ等を示して詳細に説明するプレスリリースを行うことであった。

その企業は、私が助言した通りに、先行プレスリリースを行った。リリースを受けたマスコミの報道はほとんどなく、日経のプレスリリース欄に掲載されただけだった。そして、そのプレスリリースは、②についての会社側の説明と根拠をマスコミ側に資料・情報として提供しておくことで、専門医がマスコミに対して問題を指摘する動きに出ても、マスコミ側が一方的に専門医の見解を取り上げることを防止するという目的も果たした。

そのプレスリリースの効果もあり、そのサプリメントに関して、その後、専門医の目立った動きはなく、クライシスマネジメント案件は、無事に決着した。

カネボウ化粧品は、美白化粧品について、皮膚科医の指摘を受けて調査を行い、39例の「まだらに白くなる」症例が確認されたことから、自主回収を決定した。夏坂社長の会見での説明によれば、その際、他の選択肢として「注意表示の強化」もあったが、注意表示を強化しても使い続ける方のことを考え、自主回収に至った、とのことである。

「注意表示の強化」というのは、化粧品の容器や本体に、「まだらに白くなる」症例が稀に発生していることを記載して注意を喚起することだと思われるが、この時点での選択肢として、「自主回収」と「注意表示の強化」の2つしかなかったのだろうか。

もう一つの方法として、自主回収は行わず、新聞広告や小売店の店頭等で、美白成分を含有する化粧品について、極めて稀に「まだらに白くなる症例」が発生していることを告知し、異常が発生したらただちに使用をやめるよう呼びかけ、また、そのような症例が発生していれば、会社の窓口で相談を受け、真摯に対応するという案内を行う方法があったのではないか。

要するに、症例が極めて僅少で、化粧品使用との因果関係も明らかではなく、症状も重篤ではないことから、美白化粧品の品質や安全性には問題はない、との会社の見解は維持し、商品に問題あったことを前提とする自主回収は行わないが、極めて僅かとはいえ「肌がまだらに白くなる症例」が発生していることを深刻に受け止め、その時点で明らかになっている事実を可能な限り開示し、最終的には、消費者の選択に委ねる、という姿勢を貫く方法である。

そのようにして、マスコミを通じて大々的に情報開示を行えば、ネット空間を通じて、様々な情報や意見の交換が行われ、「肌がまだらに白くなる」現象についても、その原因や発生のメカニズムについて、新たな事実が判明する可能性もある(自主回収の公表後、ネットで意見を述べている皮膚科医のサイトもあるが、会社側に同情的なものが多い。)。

そのような対応は、「化粧品の自主回収問題」として単純化され、一方的なブランドイメージの低下を招くのとは異なり、化粧品の品質・安全性に対する会社としての姿勢を社会に示すことにもなる。

そして、少なくとも、長期間にわたって、当該化粧品を問題なく愛用し、引き続き美白化粧品を使用し続けることを希望するユーザーには、引き続き、商品を供給し、使用を継続してもらうこともできたはずだ。

もちろん、以上のようなクライシスマネジメント的分析は、報道等で明らかになった極めて限られた情報に基づいて行ったものに過ぎず、実際には、会社側が判断する際には、全く別個の要因が考慮されたのかもしれない。

ただ、いずれにしても、企業の消費者対応に関わるクライシスマネジメントの問題として、極めて判断が難しい究極の事例であることは明らかであり、今後、同様の事例における企業の対応を考える上でも、貴重な先例だと言えよう。

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プロ野球「統一球問題」、不祥事の本質は「環境変化への不適応」

日本野球機構(NPB)の統一球問題で、第三者委員会が設置され、6月28日に、第一回会合が開催された。9月末を目途に報告書を取りまとめるとのことだ。

組織の重大な不祥事が発生した際、内部調査だけではなく、第三者委員会が設置され調査が行われる場合が多い。その主たる目的が、利害関係のない第三者が調査を行うことで、調査の客観性を確保し、問題の真相を明らかにすることにあるのは言うまでもない。

しかし、第三者委員会の設置には、もう一つ重要な意義があることを忘れてはならない。それは、問題の本質を明らかにし、組織の在り方について抜本的な是正策を提案することだ。重大な不祥事が発生する背景には、必ずと言っていいほど、何らかの構造的な問題が存在する。しかし、その構造に組み込まれている内部者は、もともと、その認識自体希薄である上、様々な利害が絡んでいるため、その構造的問題を原因として指摘することは極めて困難だ。構造と無関係な第三者だからこそ、事実関係を徹底して明らかにし、構造的な問題を本質的な原因として指摘することが可能となる。そして、それこそが、不祥事を契機に組織の在り方を抜本的に変革することにもつながる。

私が委員長を務めた九州電力「やらせメール」問題の第三者委員会では、福島原発事故によって「絶対安全神話」が崩壊したことによる原発の世界をめぐる環境激変に九州電力の組織が適応できなかったことが問題の本質であること、その背景に、電力会社と原発立地自治体との不透明な関係という構造があることを指摘したのに対して、九州電力の経営トップは反発し、その点を除外して都合の良いところだけを「つまみ食い」した報告書を経産省に提出し、経産大臣から厳しい批判を受けた。⇒拙著【第三者委員会は企業を変えられるか~九州電力「やらせメール」問題の深層】(毎日新聞社)

今回の「統一球問題」というのは、日本野球機構(NPB)による「二つの隠ぺい」が問題になったものだ。

第一に、野球というスポーツにとって、まさに「魂」とも言える試合球について、反発係数という重要な要素が変更されたにもかかわらず、それが、試合の当事者である球団やプロ野球選手たちに「隠ぺい」されていた問題、そして、第二に、そのような当事者側から、反発係数が変更されたのではないかとの疑問の声が上がり、プロ野球ファンの間でも話題になっていたのに、変更した事実が否定され「隠ぺい」されていた問題である。この「二重の隠ぺい」が、NPBという組織の不祥事であることは、誰の目にも明らかであろう。

加藤コミッショナーは、記者会見で、「2日前に知らされた。不祥事ではない」と繰り返した。同氏の言い分によれば、「組織のトップが認識した上で起こした問題だけが『不祥事』」ということになるが、それが通用するとでも思っているのであろうか(下田事務局長は、当初は、加藤コミッショナーに相談した上でボールを変更したと認めていたものであり、問題を認識していなかったという加藤コミッショナーの弁解も極めて疑わしい)。国民の関心が高いプロスポーツを担う組織のトップとして、常識を疑わざるを得ない発言である。

今回、第三者委員会が設置されることになったことも、今回の統一球問題が立派な「不祥事」であることを、加藤コミッショナー自身も認めざるを得なくなったことを示していると言えよう。

関連する報道によると、この問題の経過は以下のようなものだったようだ。

プロ野球の試合球は、かつては各球団が独自に調達していたが、ワールド・ベールボール・クラシック(WBC)というプロ野球の国際大会等の国際基準に合わせることなどを目的に、プロ野球全体で試合球を統一することになり、2011年度からミズノ製の低反発ゴム材を用いた球が採用されることになった。(かつてはミズノ、アシックス、ゼット、久保田スラッガーの4社が供給していた)。この制度を導入したのが加藤現コミッショナーであった。

ところが、統一球導入後のシーズンから極端な投高打低となり、導入された統一球が大リーグで使用されている球より反発係数が低いのではないかとの疑問が選手から上がったことから、2012年4月24日、日本プロ野球選手会は、NPBと12球団に対して、統一球について改めて検証と見直しを求めた。だが、NPB側は統一球の見直しについて否定的な回答をし、2013年度も従来の統一球が使用されることになった。

しかし2013年度シーズンが開幕すると、ホームラン数、打率ともに、前シーズンを大幅に上回り、全体的に打者成績が向上したために、各方面から、今シーズンから試合球が変わったのではないかと疑惑が出始める。当初、NPBも製造元であるミズノも一貫して否定していたが、ついに、6月11日に行われた日本プロ野球選手会との事務折衝で、選手会が統一球の検証と説明を求めると、NPBは、仕様を変えていた事を認めた。

下田事務局長によれば、本来の規格では球の平均反発係数を0.4134~0.4374に定めているが、NPBが昨季中(2012年度)ボール検査を行った結果、反発係数の平均が基準の下限値を下回るケースが出たという。そのため、夏ごろにミズノに「13年の統一球では反発係数が下限値を下回らないように」と調整を指示する一方、ミズノに対しては、統一球に関する問い合わせには「全く変わっていない」と答えるよう口封じを指示していたとのことだ。

では、今回、元最高裁判事を委員長、元特捜検事の弁護士もメンバーに加わり、日米のプロ野球で活躍した桑田真澄氏をアドバイザーとする第三者委員会での調査・検討において重要となるのは、どのような点であろうか。

最も重要なのは、この問題の本質をどうとらえるかである。

コンプライアンスは「法令遵守」ではなく、組織が社会的要請に応えることだ、と私はかねてから強調してきた。そして、最近、組織の活動が社会の要請に反し、社会から批判・非難を受ける「組織の不祥事」の最大の原因になっているのが、「環境変化への不適応」である。社会はますます複雑化・多様化し、しかも、激しく変化している。それに応じて、組織は変わっていかなければならないが、組織にはもともと「変わることへの抵抗」があり、抜本的な変化を遂げることは容易ではない。変わらなければ社会の要請に応えることができないのに、変わることができない。それが、組織の不祥事につながる。

前述したように、九州電力の「やらせメール問題」も、まさに、原発事故をめぐる環境の激変に適応できないことによって発生した不祥事なのである。

今回の問題の背景にも、プロ野球の世界をめぐる大きな環境変化があったのではないか。

この20年程の間に、プロ野球をめぐる状況は大きく変わった。かつては、僅かな数に制限されていた外国人選手枠も大きく拡大し、一方で、野茂、佐々木、イチローなどを始め、大リーグで活躍する日本人選手も飛躍的に増えた。そして、2006年からはプロ野球の国際大会のワールドベースボールクラシック(WBC)も開催され、日本チームは優勝も成し遂げている。

こうしたプロ野球の国際化の中で導入されたのが統一球という制度だったと言ってよいだろう。かつての日本のプロ野球は、各球団がフランチャイズの球場で主催する「興行」的な性格のものに過ぎなかった。使用する試合球についても、その主催者の球団側の裁量に委ねられていた。しかし、プロ野球の世界が国際化し、選手の能力評価も国際レベルで行われるようになれば、試合で使われる球の品質にも統一性が求められることになる。こうした背景の下に、統一球という制度の導入が行われたのであろう。

問題は、そういう国際化の流れという大きな環境変化の中で、統一されたプロ野球全体を管理・運営する組織としてのNPBが担う役割が一層大きなものになっているにもかかわらず、組織の中身がそれに適応できていなかったのではないかということである。統一球問題は、まさに、その結果として発生したものとみることができる。

プロ野球全体で使用する試合球を統一するのであれば、試合球が統一球としての品質を充たしていることと、大量の試合球を安定的に供給することの二つが必要となる。

統一球については、重量や反発係数等に関して客観的な基準が設定され、すべての試合球の品質が基準を充たしたものである必要があることに加え、プロ野球のすべての試合で使用するための試合球に不足が生じないようにするため、相当な数量の在庫を確保しておく必要があるのである。

プロ野球全体を管理・運営するNPBが、その一つひとつにコミッショナーのサインを入れて統一球という制度に責任を持つのであれば、この「品質確保」と「安定供給」に責任を負うこととなる。

かつてのように、各球団が個別に試合球を調達していた頃は、このような問題は生じなかった。NPBがプロ野球全体の試合球を統一する制度を導入するのであれば、それに伴ってNPBにも重大な責任が生じることになるのである。

そこで問題となるのは、「品質確保」「安定供給」を実現するための方策である。

「品質」の維持という面で、反発係数等の球の性能を一定に維持しようと思えば、同一の製造設備で生産される製品が望ましいのであろう、そういう意味では、一社から独占的に供給を受けることになるのは致し方ないことのように思える(実際に、アメリカのプロ野球でも、一社が独占して供給している。)。

しかし、その「一社独占」には別のリスクが伴うことも否定できない。もし、独占的に供給するその一社が供給する試合球が基準を充たしていないことが判明した場合、他社から供給を受けることが困難であれば、試合球の供給に重大な問題が生じることとなる。

まさにそのリスクが表面化したのが今回の問題だったと見ることもできよう。

今回の問題は、2012年のシーズン途中に、ミズノ製の試合球の反発係数を調べたところ、下限値を下回っている球があることが明らかになったことに端を発する。この段階で、NPBには、反発係数が低い球が含まれる統一球の在庫が相当な量あったはずだ。

その段階で、統一球の反発係数が基準を下回っていることを公表すれば、在庫の統一球は使用できなくなる。統一球を独占的に供給するミズノには13年の統一球の反発係数が下限値を下回らないように調整を指示することはできても、12年のシーズンに使う試合球には間に合わない。それによって、試合球が不足するだけでなく、使えなくなった統一球を廃棄せざるを得なくなることで多額の損失が生じることになる。

ミズノ製の統一球の反発係数が下限値を下回っていることが明らかになった段階で、その事実を公表せず、ミズノにも口封じを指示したのも、NPBにとっては、シーズン中のプロ野球の試合を続行するために、やむを得ない、苦渋の選択だったということなのかもしれない。

そして、2013年のシーズンには、ミズノの側で、反発係数が下限値を下回らないよう改善が行われ、それによって前シーズンとは様変わりで、明らかに打撃優位の状況になったが、反発係数を高めた事実を公表すると、前年のシーズン途中での「隠ぺい」が明らかになるので、選手会側からの質問にも、その事実を否定し続けるという「第2の隠ぺい」が行われることになったのではないか。

以上は、関連する報道等から、今回の統一球問題の経過を私なりに推理してみたものに過ぎないが、もし、実際の経過がこの通りであるとすると、根本的な問題は、「二つの隠ぺい」ではなく、統一球の導入の時点で、ミズノ一社から独占的に供給を受けることにしたことに伴って、このような「品質問題」が発生するリスクを想定し、対策を考えていなかったところにあったということになる。

そうだとすれば、今回の問題について責任を負うべきは、反発係数の低下の問題に実務的に対応した下田事務局長ではなく、統一球という制度の導入を決定し、すべての球に「日本野球機構 コミッショナー 加藤良三」と署名を入れて品質を保証した加藤コミッショナーということになる。

第三者委員会は、9月末を目途に、調査結果を報告書として取りまとめて公表するとのことであるが、調査においては、以下の点がポイントとなるであろう。

第1に、統一球の導入時、ミズノ一社に独占的に供給させることに決定した手続きに問題がなかったのかどうか。統一球の「品質確保」「安定供給」に関して、NPBにおいてどのような検討が行われたのか。

第2に、2012年のシーズン途中に、統一球の反発係数が下限を下回ることが明らかになった際、NPBとミズノとの間でどのような交渉が行われ、その際、両者の利害関係がどうなっていたのか(もし、その事実を公表した場合、既に製造されていた基準外の統一球が使用できなくなることによる損失はどちらが負担することになっていたか)。そして、その点についてNPB内部においてどのような検討が行われたのか。

第3に、選手会側から、統一球について検証と説明を求められた際の対応について、NPB内部でどのような検討が行われ、対応が決定されたのか。

今回の統一球問題の経緯が、前述したとおりであり、統一球導入時の際のNPBの対応に根本的な問題があるとしても、この問題に関して指摘されている様々な問題や、取りざたされている疑惑に関しても、十分な事実解明が行われる必要がある。まずは、第三者委員会による真相が行われなければ、日本のプロ野球を担うNPBの組織としての信頼回復は望めない。

今回の第三者委員会には、現役時代「マムシの善三」と称され辣腕検事として活躍した元特捜部副部長の佐々木善三弁護士が加わっている。NPBとミズノとの間に不透明な関係がなかったのか、加藤コミッショナーは問題にどのように関わったのかなどの事実の解明に元特捜検事としての手腕が発揮されることが期待される。

そして、最終的には、第三者委員会の調査により、事実関係が明らかになった上で検討すべきことであるが、統一球という制度の是正策の方向性について、現時点で考え得ることを指摘しておこう。

組織をめぐる環境が激しく変化する中で、あらゆる組織にとって、新たな環境に適応し、社会の要請に的確に応えていくことはますます困難になっている。そこで、重要となるのが、変化しつつある組織活動の現場の実態に適合したルールを、組織が自主的に作り上げていく、という「ルールの創造」である(この考え方は、拙著【組織の思考が止まるとき~「法令遵守」から「ルールの創造」】(毎日新聞社:2011年)で、初めて提唱した。)。

NPBが統一球を導入する際、プロ野球全試合で統一して使用される試合球に求められる「公正さ」を担保し、なおかつ、「品質確保」と「安定供給」を両立する仕組みについて、ルールを整備しておく必要があった。

このルールに関して重要となるのが、選手にとって「魂」とも言える試合球の品質・属性についての情報を、選手に十分に開示することである。反発係数は、選手にとって、投球や打撃の組み立てにも影響するものなのであるから、その情報が選手や球団の側に逐次開示されることがルール化される必要がある。その点についてルールが設定されていれば、統一球の反発係数が下限を下回っていることが明らかになった場合も、そのルールに則って情報開示を行うことで、混乱は最小限に抑えることができたはずだ。

プロ野球の国際化に伴って環境が激変し、プロ野球全体を運営する組織に対する社会の要請が変化する中で、NPBは試合球の統一という課題に直面し、その対応に関して重大な不祥事を起こした。この不祥事を機に、新たな環境に適応し、新たな社会的要請に応えられるNPBとなるよう抜本的な改革を行うことが不可欠であり、そのためにも、今回設置された第三者委員会には、徹底した真相解明と、問題の本質を踏まえた是正策の提言を行うことが求められている。

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大坪元特捜部長控訴審第1回公判での弁護人陳述

本日午後2時から、大阪高裁で、大阪地検特捜部の証拠改ざん事件で犯人隠避で起訴され、一審有罪判決を受けた、元特捜部長の大坪弘道氏と副部長の佐賀元明氏に対する控訴審第一回公判が開かれた。
控訴審から大坪氏の弁護人に加わった私が、今日の公判で行った陳述の内容は以下の通り。
なお、今日の、公判の審理の概要、これまでの経過については、当ブログ記事「控訴審で「立ち往生」する検察~明日から元特捜部長控訴審公判」 参照。

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 本件は、大阪地検特捜部長として、検察独自捜査を総括指揮する立場にあった大坪弘道氏が、厚生労働省の現職局長村木厚子氏に対する郵便不正事件の捜査の過程で主任検察官が証拠物を改ざんしたという重大な不祥事の疑いが生じた際、それを知ったのに捜査を行わなかった不作為と、上司に虚偽報告をして捜査を行わないようにさせた作為が犯人隠避罪に当たるとして、特捜部副部長であった佐賀元明氏とともに、犯人隠避罪に問われた事件です。
 検察庁内部における、捜査の実行に関する判断及びそれに関連する上司への報告という検察官の職務行為そのものが犯人隠避罪に問われた、まさに過去に例のない事件です。
 大坪氏が行ったのは、部下の特捜部主任検察官による証拠改ざんという前代未聞の問題に対する、組織防衛のための危機管理対応であり、決して、私利私欲を図ったわけでも、個人的動機で動いたわけでもありません。まさに、長年所属してきた「検察の論理」に従って最大限の努力をしたに過ぎないのです
その大坪氏を、検察が敢えて逮捕・起訴したのは、「いくら検察組織のためを思う行為であったとしても、法を犯したのであれば厳罰をもって臨むしかない」という苦渋の決断だったのだろうと誰しも思ったはずです。
 そうであれば、検察は、大坪氏が、いかなる「法」を犯したのか、かかる事態において特捜部長として従うべき「法」とは何であったのかが示されるのが当然です。
 刑事事件の捜査・処分に関して広範な裁量を認められている検察官の職務は、それが起訴・処罰の方向に向かうこともあれば、不起訴・不処罰の方向に向かうこともあり、職務自体が、本来的に、犯人の処罰を免れさせることと境を接しています。
検察官が判断を誤った場合でも、それが検察官の職務上の評価に影響したり、懲戒処分の対象になったりすることはあり得ても、直ちに犯人隠避という犯罪に問われるものではない。例外的に検察官の職務行為が、犯人隠避罪に該当する場合があり得るとすれば、それは、検察組織における判断、報告についての枠組みや実情等に照らし、許容される範囲を逸脱して不当な判断が行われたり、事実に反する報告が行われた場合、すなわち、「当該職務行為が一般的な検察官の職務から逸脱している場合」に限られるはずです。
 本件では、大坪氏の行為が検察官の一般的な職務行為から逸脱していることが明らかにされなければなりません。
 ところが、原審において、検察官は、その点を全く主張・立証しようとしなかった。つまり、違反した「法」というのが何であるかを示そうとしなかった。そして、原判決も、検察の主張を丸呑みし、特捜部長であった大坪氏がいかなる「法」に反したのかを明らかにしないまま有罪判決を言い渡しました。
 そこで、検察が、唯一の拠り所にしたのは、「大坪は、副部長の佐賀から、前田が故意改ざんを告白していると報告を受け、前田の故意改ざんを確定的に認識したのに、証拠隠滅について捜査せず、過失ストーリーで上司に虚偽報告したのだから、検察官の職務から逸脱していることは明らかだ」という理屈でした。その理屈によって、検察官の一般的職務からの逸脱性についての主張・立証を回避してきたのです。
 しかし、そこには重大な「ごまかし」がありました。「故意改ざんの過失へのすり替え」論は、大坪氏が、佐賀氏から前田が故意改ざんを告白しているとの報告を受けて、故意改ざんを確定的に認識したことを前提とするものです。しかし、大坪氏は、その事実自体を一貫して否定しており、実は、それを認める証拠も、推認の根拠も全くないのです。

 原審では、1月30日の前田佐賀間電話があったのか、そこで、前田が佐賀氏に改ざんの告白を行ったのかが、最大の争点とされ、原審の審理の大部分の時間が割かれました。
 佐賀氏は、1月30日の前田佐賀間電話の事実自体を否認し、当然のことながら、その電話で前田から故意改ざんの告白を受け、それを大坪氏に報告したことも否定しており、告白を受けた事実を報告したことについて直接証拠は全くありません。
 仮に、同電話の事実及び告白を受けた事実があったとしても、それを、その後、佐賀氏が大坪氏に報告したのか、報告したとしてどの時点でどのように報告したのかは別の問題であり、その点こそが、大坪氏が前田の故意改ざんを確定的に認識していたか否かについての最大の問題点のはずです。
ところが、検察官は、「検察内部においては、重要な事項について虚偽報告、不報告はあり得ない」という組織論的ドグマを振りかざし、前田との電話の内容が佐賀氏から大坪氏に正確に報告されたのが、あたかも当然であるかのように述べて、その問題を誤魔化してきました。
 そして、原判決は、ほとんど根拠を示さないまま、2月1日午前に、佐賀氏が大坪氏に、前田から電話で改ざんの告白を受けたことを報告し、大坪氏が故意改ざんを確定的に認識したとの事実を認定したのです。

 控訴審段階から弁護人となった当職らは、原審からの弁護人とは別個に控訴趣意書を提出し、検察官の職務行為についてどのような場合に犯人隠避罪が成立するのか、について法解釈を示していない原判決の法令適用の誤りを指摘するとともに、大坪氏が前田の故意改ざんを確定的に認識していたとの原判決の認定が何ら証拠にも根拠にも基づかないものであること、故意改ざんを不確定、未必的にしか認識していなかった大坪氏が、いかなる方針で、改ざん問題への危機管理対応に臨んだのかを詳細に明らかにし、検察官の一般的な職務対応から逸脱していないことを主張しました。
 この主張に対し、検察官は、答弁書で、法令適用の誤りの主張は事実論に過ぎないと述べて、反論を回避し、原審論告と同様、「検察内部においては、重要な事項について虚偽報告、不報告はあり得ない」という組織論的ドグマによる主張を繰り返しました。
 しかし、そのようなドグマが凡そ成り立ちえないことは本件の経過をみれば明らかです。
 そもそも、本件は、村木事件の主任検察官であった前田が、「プロパティ問題」、すなわち、関係者の供述調書と客観的証拠とが整合しないという重大な問題があることを、特捜部長はじめ一連の決裁官に隠したまま、上司、上級庁の決裁を受けて起訴したことに端を発した問題です。
 そして、上村の取調官であった國井も、自ら作成した調書に重大な欠陥があることを特捜部長であった大坪氏に報告しなかったばかりか、起訴後に、前田から、その客観的証拠のフロッピーディスクを供述調書と整合するように改ざんしたことを打ち明けられても、上司の特捜部長、副部長には一切報告しなかった。
 そして、村木事件の公判担当主任検察官である白井は、村木氏の弁護人の主張予定事実の開示によって、「プロパティ問題」が検察官証拠の矛盾点として主張されることを早い時期に知ったのに、第一回公判期日に弁護側から「検察立証は破綻している」と指摘され、マスコミで大きく取り上げられるまで、上司にも、検事正、次席検事にも報告せずにその問題を秘匿していた。
 まさに、本件に関連して検察内部で起きていたことは、虚偽報告、不報告だらけだったのです。それなのに、どうして、「重要な事項について虚偽報告、不報告はあり得ない」などということが言えるのでしょうか。

 また、検察官が、副部長の佐賀氏が電話で聞いた内容を部長の大坪氏に正確に伝えないことはあり得ないとする根拠として強調しているのが、1月30日の前田佐賀間電話は、非公式の電話ではない、副部長としての正式の事実確認だったということです。弁護人が主張しているような、前田がたまたま國井にかけてきた非公式の電話ではなく、佐賀氏が、故意の改ざんか否かを確認するため、國井を通じて前田に、いつまでも待っているから電話をするように伝えた上、電話を待っていたものだというのです。
 しかし、この電話というのは、その前に佐賀氏と國井とが、検察庁内で、午後8時前から3時間以上にわたって相当量のビールを飲み続け、午後9時~10時の間には、白井も飲酒に加わり、さらに飲酒を続けた末に、11時過ぎ頃、前田が國井の携帯電話に電話をかけてきたので、その電話を佐賀氏に代わったものです。
白井は公判で次のように述べています。
 
 まず、飲酒に加わった経緯について、「『ちょっといいですか』と声を掛けて入ろうとしたところ、佐賀副部長の方から、『おう』と声を掛けてもらいまして、『おまえもやっていくかと、飲んでいくか』と言われましたので、『じゃあ頂きます』ということで、その場に加わりました。」
 前田が國井にかけてきた電話を代わった際の、佐賀氏の話し方については、「ところで、ちょっと耳に挟んだんやけど、上村のフロッピーが書き換えられとるっちゅう話があるんやけどな。」「そんなことができるんか、どうやってやるんや」「で、結局どうなっとるっちゅうことや」
 そして、電話を終えた佐賀氏は、いわゆる「泣き上戸」のように、部下の前で涙を流すわけです。
 
 検察庁において、昔から庁舎内で飲酒する慣行があることは、当職らも承知していますが、それにしても、もし前田が証拠改ざんを行ったとしたら、大阪地検特捜部のみならず検察の組織そのものを揺るがす極めて重大かつ深刻な問題だというのが検察官の主張です。そういう問題について、特捜部副部長が正式に当事者の検事から事情を聞くことを予定していた電話の前に、数時間にわたって執務室で飲酒をするなどというのは、あまりに非常識で、検察の実務からしても凡そあり得ないものです。検察官がそのようなことを抵抗感なく強弁できることこそ、その感覚が社会常識からかけ離れていることを示していると言わざるを得ません。
 原審でその有無が最大の争点になった、1月30日の前田佐賀間電話の場面というのは、このようなものなのです。仮に、この時、佐賀氏が前田と電話で話した事実があったとしても、副部長として正式に改ざん問題について事実確認をしたというものではなく、偶発的な経緯の電話だったことは明らかで、電話の内容を佐賀氏が正確に記憶しているかどうかも疑問です。さらに、その内容が特捜部長の大坪氏に正確に伝わっていると決めつけることが到底できないことは明らかです。

 しかも、検察官の主張と原判決の認定を前提にしたとしても、1月30日の前田佐賀間電話の後の佐賀氏の言動の中には、それをただちに大坪氏に報告して指示を仰ぐのではなく、独自の判断で行動しようとしていたことを窺わせる事実があります。
 佐賀氏が、上村の弁護人に連絡を取って証拠物を回収した上で、改ざんを元に戻したい旨発言し、その際、「俺は前田と一緒にもう辞めるんだ。責任をとって辞めるんだ。最後くらいは好きにさせろ。」などと発言した事実を原判決も認定しています。
 当職らが、この点を控訴趣意書で指摘したのに対して、検察官は、答弁書で、「被告人佐賀は、1月30日に突然、前田が本件フロッピーを故意に改ざんしたという衝撃の事実を知らされ、狼狽し、何とか前田を守りたい、特捜部、検察を守りたいと思い、改ざんの発覚を防ぐ方法を考え、咄嗟に、本件フロッピーを回収して前田が改ざんしたデータを元通りに戻そうと考えて口に出したり、あるいは、被告人大坪氏に報告を上げることを躊躇するような言動を取った」と述べ、「この時点では、狼狽した被告人佐賀が、単独行動を考えた可能性がある」と認めました。
 その上で、「このような危機を乗り切るためには、特捜部長に事の次第を正確に報告し、全ての情報をきちんと伝え、特捜部長と一致協力するしかないということは、少し冷静さを取り戻せば、すぐにわかることである。」「結局、被告人佐賀としても、自分よりも管理職としての経験が豊富で特捜部長の要職に就いていた被告人大坪に報告して判断を仰ぐ必要があると判断するとともに、それに当たり、前田の改ざんが上村など検察外部から発覚する可能性の程度などの情報分析をするなどした上、2月1日月曜日に、被告人大坪に対し、前田が改ざん事実を認めたことを報告した上、情報分析の結果等も報告したと認められる」などと述べて、その後の佐賀氏の思考と行動を一方的に決めつけ、単独行動の可能性を否定しています。
 しかし、検察官が主張していることを前提にすると、佐賀副部長にとって、大坪特捜部長は、このような場面で、全幅の信頼を置いてすべてを報告するのが当然の上司だったと言えるのでしょうか。
 検察は、大坪氏を、前田の故意改ざんの告白の報告を受けた上で、過失による改変にすり替えて虚偽報告するという、特捜部長にあるまじき行為に及んだとして逮捕・起訴して断罪しています。それだけはなく、本件に関して公表された最高検の検証結果報告書においては、「大坪部長は、捜査の着手及び処分等の決裁時においても、前田検事に対し、関係者の供述とこれに対応する客観的証拠の有無・内容を対照した資料等を作成させることもなく、また、主要な証拠物の報告や提示を求めることもなかった。また、大坪部長は、かねて、特捜部所属の検察官が消極的な意見を述べることを好まず、そのような検察官に対し、理不尽な叱責を加えることもあった。」などと、歴代の大阪地検特捜部長の中でも特異な人物で、その個人的資質が一連の大阪地検不祥事の原因であったかのようにとらえているのです。
 郵便不正事件をめぐる不祥事の責任を、特捜部長であった大坪氏に押し付ける際には、その評価について、副部長の佐賀氏を遠ざけ、部下に理不尽な要求を行い、独断専行する、指導力に欠けた特捜部長であるかのようにこきおろす。一方で、佐賀氏から大坪氏の報告について証拠がないと指摘されると、逆に、大坪氏が、部下にとって、あらゆる情報を挙げて指示を仰ぐべき信頼に足る特捜部長であるように持ち上げる。要するに、検察官の主張は、大坪氏の「特捜部長としての人物像」を、その場、その場で都合よく使い分けているのです。

 そして、検察官は、もう一つ重要な事実から目を背けようとしています。
 検察官は、極めて深刻かつ重大な本件改ざん問題を、前田から告白を受けた佐賀氏が大坪氏に報告しないことはあり得ないと主張していますが、それ程重大な問題であれば、副部長の佐賀氏は、なぜ、それを、1月30日の夜の電話の後、1月31日、丸一日時間があったのに、特捜部長の大坪氏に報告しなかったのか、行事が予定されていてゆっくり時間がない2月1日の午前10時前になって、あわただしく報告したのか、全く説明が困難です。
 検察官は、この間の佐賀氏の行動について、「前田の改ざんが上村など検察外部から発覚する可能性の程度などの情報分析をするなどした上」としていますが、31日の佐賀氏の行動についての証拠は全くなく、その「情報分析」というのは一体何なのか全く不明です。この点の検察官の主張は、「憶測」にすらなっていません。要するに佐賀氏の独自行動を否定できないための苦し紛れの言い逃れです。
 佐賀氏が、大坪氏に事の次第を正確に報告しなかった可能性も十分にあると言わざるを得ません。
 以上述べたところから、大坪氏が、いかなる「法」に違反したのか、という問に対して、検察官が唯一の拠り所にしている「故意改ざんを過失ストーリーにすり替えた」という「すり替え」論は、その大前提となっている「大坪氏の故意改ざんの確定的認識」に関して、完全に破たんしていると言わざるを得ません。
 当職らは、これらの点を、控訴趣意補充書で詳細に指摘し、「大坪氏の故意改ざんの確定的認識」が認められないとの前提で、検察官に対して、検察官の職務行為についていかなる場合に犯人隠避罪が成立するかについての法律論や、検察官の職務からの逸脱性についての反論を行うことを求めたのですが、検察官は全く反論を行わない、というより、反論ができないのです。
 こうした中、控訴審裁判所から、検察官に、一審有罪判決に対する弁護人控訴の事案としては異例の「求釈明」が行われました。公訴事実の構成に関して、大坪氏が行うべきであった職務行為の内容を、上司に対する行為と部下に対する行為との関係に整理して明らかにすることなどを求められたのです。
この求釈明は、そもそも、特捜部長であった大坪氏に、前田の証拠改ざんを認識した段階で、独自の判断で捜査を行うべき義務があったのか、その点について捜査の不作為の犯人隠避罪が成立するのか、という根本的な疑問を背景にしているものと思われます。
 巡回警ら中の警察官のように、現行犯人を発見した時に逮捕する職務上の義務を負う立場とは異なり、個々の検察官は、捜査権限を有していますが、それは、あくまで、組織としての決定に基づいて行使すべき権限であり、検察官個人が犯罪を認知したからと言って捜査権限を行使すべき義務があるわけではありません。ましてや、特捜部の現職検察官の不祥事について、刑事事件を立件して捜査の対象にするのか、内部処分で済ますのかは、上司、上級庁に報告した上での、検察の組織としての判断の問題です。本件の場合、捜査を行わなかった不作為を犯人隠避ととらえている検察の主張には重大な疑問があります。
 この求釈明に対して、検察官が提出した「釈明書」の内容は、ほとんど意味をなさない抽象的文言に終始しており、異例の求釈明を全く無視したに等しい内容でした。このような釈明書を、提出期限より6日も早く提出したのは、釈明不可能と自白したようなものです。
 大坪氏の公訴事実について検察官の主張・立証は、少なくとも当職らの控訴趣意書の主張に対しては、全く答弁不能の状況に追い込まれています。要するに、検察官が犯人隠避の事実として主張する二つの事実のうち、「捜査の不作為」については、検察官が作為義務の内容を全く明らかにできず、もう一つの「虚偽報告による捜査の妨害」は、その前提となる大坪氏の「虚偽」の認識についての立証が完全に破綻していると言わざるを得ないのです。

 検察が、前田逮捕のわずか10日後に行った、特捜部長逮捕という、大坪氏の検事生命を絶つ判断は、十分な法律解釈、証拠の検討も行うことなく、公訴権という「刃」を苦し紛れに振り下ろしただけの、単なる組織防衛のための「斬り捨て」に過ぎなかったのではないのか。そのような検察が、検察の論理に従い、検察のために「組織防衛」を行った大坪氏を断罪するのは、全くの筋違いだというべきです。
 控訴審裁判所におかれては、すみやかに、原判決を破棄し、被告人大坪氏に対して、無罪の判決を言い渡して頂きたい。

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控訴審で「立ち往生」する検察~明日から元特捜部長控訴審公判 

明日(6月17日)午後2時から、大坪弘道元大阪地検特捜部長の控訴審第1回公判が開かれる。昨年5月に控訴審の弁護人を引き受け、大坪氏とともに最高検と戦うことを宣言して以来1年余、控訴趣意書、控訴趣意補充書(検察官の答弁書に対する反論)、検察の釈明に対する意見書など「書面での戦い」を展開してきたが、明日、控訴審公判廷での戦いの火蓋が切られる。

一審有罪判決に対する弁護人側控訴の事案にしては異例とも言える、公訴事実に関する裁判長からの検察官への求釈明に対して、検察官がほとんどまともな釈明ができなかった経緯もあり、控訴審の展開は予断を許さない。

大阪地検特捜部を含め、特捜検察を徹底批判してきた私は、村木氏冤罪を招いた郵便不正事件捜査の真相を徹底検証し、検察の抜本改革に結びつける必要性を訴えてきた。そういう意味では、「郵便不正事件捜査を指揮した大阪地検特捜部長としての大坪氏」を支持するものではない。

しかし、その大坪氏は、部下の特捜部主任検察官による証拠改ざんという問題に対する危機管理対応で、犯人隠避の罪名で斬り捨てられた。長年所属してきた「検察の論理」に従い、組織防衛のために行った対応を、検察は、その独占する公訴権の「刃」で斬り捨てたのだった。そのようなやり方は、検察の歴史に重大な禍根を残すだけではなく、検察不祥事の本質から目をそむけ、検察の抜本改革を妨げるものでしかない。

私は、そのように考え、大坪氏の弁護人に加わり控訴審の公判で検察と戦うことを決意し、それから一年余、私は、大坪氏の弁護人としての活動を行ってきた。

検察は、検察官の職務行為について犯人隠避罪の成立の範囲に関する法律解釈上の検討も、前田の故意改ざんについて、副部長の佐賀氏から部長の大坪氏にどのような報告が行われたのかについての証拠上の検討も行うことなく、拙速に、大坪氏と佐賀氏を逮捕した。

本来、捜査権限の行使や上司への報告という検察官の職務行為そのものを犯罪行為ととらえて起訴したのであるから、検察内部における職務の実情を明らかにし、大坪氏の対応が検察官の一般的職務行為からいかに逸脱しているのかが最大の問題になるはずだ。ところが、検察は、一審では、「被告人大坪氏は、副部長の佐賀氏から、前田が故意改ざんを告白していると報告を受け、前田の故意改ざんを確定的に認識したのに、証拠隠滅について捜査せず、過失ストーリーで上司に虚偽報告したのだから、検察官の職務から逸脱していることは明らかだ」という理屈で、その点を見事に誤魔化した。

そのような検察の主張では、大坪氏の犯人隠避罪の成立は到底認められないことを、私は、控訴趣意書と控訴趣意補充書で徹底して明らかにした。しかし、検察の答弁書等での対応は、ほとんど一審論告の繰り返しに過ぎなかった。その「ごまかし」を厳しく指摘した控訴趣意補充書に、検察は沈黙した。そして、裁判長からの公訴事実に関する求釈明にもほとんど意味のない釈明しかできなかった。まさに、検察は、控訴審を控えて立ち往生しているようだ。

そのような検察の姿勢は、昨年9月に出版した拙著【検察崩壊 失われた正義】(毎日新聞社)で指摘した、虚偽捜査報告書作成事件等の陸山会事件不祥事に関する最高検報告書の「詭弁」「ごまかし」と相通ずるものであった。

検察は、大阪地検のみならず東京地検特捜部でも「割り屋」として重用した前田検事が証拠改ざん問題を起こすや、「トカゲの尻尾切り」を図ったが、社会的非難の大きさに慌てふためき、大阪地検特捜部長以下の「足」を斬り捨てて逃げ切ろうとした。一方、陸山会事件の不祥事では、検審騙しを画策した疑いが強い特捜部長等の上司の責任は不問にして、田代検事という「尻尾」だけを依願退職という決着で切り離して、開き直った。そこに共通するのは、問題の本質に向き合うことなく、「その場しのぎ」で、ごまかそうとする姿勢である。

今回の事件で、私が弁護人を引き受けるに当たって、大坪氏は、郵便不正事件および証拠改ざん問題に関して真相を明らかにし、反省すべき点は反省すること、村木氏への謝罪等にも真摯に対応することを約束したが、残念ながら、その点については、進展があったとは言い難い。

しかし、検察は、「故意改ざんの過失へのすり替え論」だけにこだわり、私が控訴趣意書で詳細に述べた、証拠改ざん問題についての大坪氏の特捜部長としての対応が、検察官の一般的職務行為から逸脱しているかどうかという点に関しても、全く何の反論も立証もしようとしていない。現状においては、犯人隠避の容疑で逮捕・起訴されて「斬り捨て」られ、検事生命を奪われた被告人大坪氏にとって、その汚名を晴らすことがすべてで、郵便不正事件の捜査の反省・総括に正面から向き合うことができないのも致し方ないだろう。

明日の公判では、弁護人の私の方から20分間の控訴趣意書、補充書に関する口頭陳述と、約1時間の大坪氏への被告人質問を予定している。その中で、大坪氏を犯人隠避で逮捕・起訴した検察の捜査・公判がいかにデタラメかを、一般の人にもできるだけわかりやすく説明したいと考えている(私の陳述内容についは、当ブログで公開の予定)。

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参議院選出馬の若狭勝弁護士、「法律実務家としての魂」はどこに?

2009年に検事退官後、「元東京地検特捜部副部長」などの肩書で、テレビニュースやバラエティ番組のコメンテーターなどでメディアに露出することが多い若狭勝弁護士が、自民党公認で参議院議員比例区に立候補することを正式に表明した。

公人たる参議院議員に立候補する若狭勝氏(同期任官の間柄でもあるので、以下、「若狭」と略称する。)の人となりについて、選挙での有権者の選択の参考に供するため、記憶をたどりつつ、できるだけ客観的に、書いてみようと思う。

同期の検事同士だった頃の若狭は、私にとって悪い印象・記憶は殆どない。理科系出身という「変わり種」で2年年長だった私に対して、若狭は、それなりに敬意を払ってくれており、同期会の際などにはいろいろ親しく話をした記憶がある。

1990年4月、私は、公正取引委員会に出向し、若狭は、東京法務局に訟務検事(国に対して提起された国家賠償訴訟や行政訴訟で国の代理人として訴訟を担当する)として出向した。その頃の同期会で、私は、「訟務検事は、訴訟で国を勝たせることばかりを考えるのではなく、行政の対応についての指導的機能を果たすべきではないか。」ということを、公取委の行政に関する問題意識を踏まえて話したことがあった。若狭は、「そういうことは考えたことがなかった。訟務にもそういう観点は必要だ。」と私の意見に全面的に賛成してくれた。当時の彼には、人の話を素直に受け入れる柔軟性があったと思う。

1993年春、私は、公正取引委員会から東京地検に戻り、特捜部に配属された。その年の夏から、特捜部が手掛けたのがゼネコン汚職事件だった。私が、別の事件で逮捕した被疑者を小菅の東京拘置所で取調べていた時、刑事部からの応援でゼネコン汚職事件の被疑者を取調べるため、同じ東京拘置所に来ていたのが若狭だった。身柄を拘束した事件の取調べを担当する検事は、朝から晩まで東京拘置所での取調べを行う毎日が続き、食事も昼夜の二食は拘置所の職員食堂で一緒にとる。同期だった彼とは話をする機会も多かった。

このゼネコン汚職事件の内実がいかにひどいものであったのかは、拙著【検察が危ない】(ベスト新書:2010年)の第三章「世論に煽られ、世論を煽る」に書いてあり、それをモデルにした推理小説【司法記者】(講談社:2011年)もペンネーム「由良秀之」で出版してある。

私は、ゼネコン業界の談合構造を解明することなく、古典的な贈収賄ストーリーに沿った供述調書をとるために手段を選ばないという特捜部のやり方に、疑問を感じていた。しかし、若狭は、特捜部の捜査に批判的なことは一切言わなかったし、捜査方針を丸ごと受け入れ、上司や主任検事の指示どおりに仕事をしていた。特捜部の捜査に幻滅し、二度とこのようなところで仕事をしたくない、と思っていた私とは、全く正反対の考え方だった。

ある時、彼が、私に本音を語ってくれた。「自分は、今、刑事部から応援に来て、特捜部に試されているところだ。何とか評価されて特捜部の正検事として仕事をしたい。」恰好をつけず、そういう本音を語る、ある種の率直さが、彼にはあった。

翌年度から、彼は、希望どおり、特捜部の正検事となった。一方、私は、ゼネコン事件の捜査の最終段階で検事辞職を決意し、最終的には慰留されて検察にとどまったものの、その時から特捜部とは訣別した(拙著【検察の正義】(ちくま新書):2009年、第一章「私が見てきた検察」)。その後、私は、広島、長崎などの地方の検察庁での独自捜査、法務総合研究所での企業犯罪に関する研究など独自の世界を歩み、特捜部中心の人事コースに乗った若狭と、仕事上の関わりを持つことは殆どなかった。

長崎地検次席検事として捜査を指揮した自民党長崎県連事件で、自民党地方組織の公共事業をめぐる集金構造を解明し、地方での検察独自捜査の新たな世界を切り開いた私は、2003年春に、東京地検に異動になった(前掲拙著【検察の正義】終章「長崎の奇跡」)。

地方の中小地検が東京地検特捜部から応援までとって政界捜査を行ったことで、特捜部や検察幹部から反感を買ったためか、公判部(捜査担当ではなく裁判担当)の班長として窓際で仕事をさせられていたころ、特捜部の直告班の班長の若狭が捜査し起訴した背任事件の公判を担当したことがあった。

特捜部が政界捜査への展開をめざし、「入り口事件」として大企業に強制捜査を行ったものの、政界捜査は不発に終わり、残渣のような事件が公判部に回ってきたものだった。証拠を検討してみると、関係者の供述の内容に重大な矛盾があることがわかった。その経緯などについて説明を受けた上で公判立証を行う必要があると考え、特捜部の若狭の部屋を訪れて協議を行った。私としては、淡々と問題点を指摘したつもりだったが、若狭は怒り出した。「特捜部が検事正、次席の決裁をもらい、最高検まで了承を受けて起訴した事件に問題があると言うのか。公判部がそういうことを言ってきたと、検事正に報告する。」

そこで見た姿は、私の記憶の中にある、謙虚さをもっていた同期の検事の若狭とは全く違うものだった。私は検察部内の評判や出世など全く気にしていなかったので、そのようなことを言われても動じなかった。しかし、他の公判担当検事であれば、そもそも特捜部が起訴した事件について、問題点を指摘することなどできないだろうし、指摘したとしてもこのような対応をされれば、自分の出世を考えてその後口を閉ざしてしまうだろう。

後々、検察をめぐる不祥事が相次ぎ、検察改革の中で、「引き返す勇気」という言葉が使われた。しかし、少なくとも、特捜事件に関しては、公判部の担当検事が問題に気付いても「引き返す」提案をすることは、到底できないというのが実情だった。若狭の態度は、まさに、そういう「特捜至上主義」を象徴するものだった。

その後、私は、検察の現場勤務の傍ら、大学の特任教授を兼職し、独占禁止法をベースとする経済法令の制裁制度論の研究を行った。それを、コンプライアンスの研究という独自の分野に展開させ、2006年に検事を退官して弁護士登録、コンプライアンスの専門家としての活動を本格化させた。特捜部の副部長となり、その後も、検察の現場の中枢で仕事をしていた若狭との接点は全くなくなった。

2009年春、若狭が、東京地検公安部長を最後に、検事を辞めたことを聞いた。「裁判員制度が始まり、冤罪を防ぐためには弁護士の役割がより大きくなるため、裁判員裁判の法廷に立ちたい。」というのが理由とのことだったが、その意味はよくわからなかった。その後、彼が、実際に裁判員裁判の法廷に立ったという話も聞かない。

そして、久々に若狭と再会したのが、2010年1月、陸山会事件での検察の小沢一郎氏への捜査が行われていた最中の、テレビ朝日の番組「朝まで生テレビ」だった。特捜捜査を徹底批判する私と、検察の捜査を正当化し、その言い分を代弁する若狭とは全く正反対の立場だった。

そして、今年の春になって、若狭が参議院議員選挙比例区に、自民党公認で立候補するという話を聞き、正直なところ、「まさか」と思った。

特捜検察は、政治権力と対峙・対決してきた存在だ。若狭は、その特捜の世界をめざし、その中枢で、班長、副部長を務めた人間だ。その政治権力の座をずっと占めてきたのが自民党であった。若狭も、特捜部副部長として、日歯連事件など自民党政治家をターゲットとする捜査に関わってきた。

そして、検事退官後は、テレビのニュースやバラエティ番組に多数出演してきたが、それは、特捜部副部長経験者としてキャリアによるものであり、そういう意味では、現職時代も、退官後も、まさに「特捜部の看板」で仕事をしてきた、というのに近いのではなかろうか。

そういう若狭が、自民党の総裁から公認証書を受け取り、自民党候補として、自民党への支持を訴える選挙活動を行っていくことには、彼のこれまでを知る人間であれば、誰しも違和感を持つであろう。

そのような違和感を持たれてまで、彼が、国会議員になろうとする理由は何なのか。

「わかさ勝」のオフィシャルサイトの「決意と政策」には、「法律のプロとして、社会の基盤である法律を正しく整備して社会の崩壊を防ぎ、豊かな日本を築きます。」と書かれている。「不合理、不平等な規定」の具体例として、「強盗が懲役5年以上の刑罰なのに対し、女性に精神的・肉体的苦痛を与える強姦は懲役3年以上の刑罰にすぎません。明治時代に制定された刑法は、財物より女性の貞操を軽視していましたが、未だにその影響が残っているのです。」と述べている。

確かに、同じ「暴行」「脅迫」を手段とする犯罪なのに、財物を取得する強盗は、「5年以上」、貞操を奪う強姦は「3年以上」という法定刑の違いが不合理だというのは、性犯罪被害が女性にもたらす肉体的、精神的苦痛の重大さ、深刻さを思えば、女性の側の心情としては理解できる。

しかし、両者の法定刑の「下限」が異なることを、「女性の貞操の軽視」の影響と、単純に言ってしまって良いのであろうか。

暴行、脅迫を手段して財物を取得する犯罪として、強盗罪のほかに恐喝罪がある。強盗罪と恐喝罪は、暴行、脅迫が「被害者の犯行を抑圧する程度」か否かで区別される。つまり、強盗罪は、暴行、脅迫の程度が著しいものに限られる。しかも、強盗も強姦も法定刑の上限は同じ「有期懲役」であり、悪質・重大な犯罪に対しては、その悪質・重大性を十分に立証することで、上限一杯まで厳しい量刑をすることも可能だ。果たして、刑法が、財物との比較で貞操を軽視しているという見方が適切であろうか

また、刑事事件の実務の観点からは、強姦事件の中には、犯人と被害者との間にもともと男女関係があり、関係のもつれが告訴につながった場合などのように「和姦」かどうかが微妙な場合、また、被害者側の行動が犯行の引き金になった場合など、暴行、脅迫と姦淫の因果関係は否定できないので、形式上、強姦罪の成立は否定できないが、厳罰を求めることには躊躇を覚えるという事案もあり得る。2004年に2年から3年に引き上げられた強姦罪の法定刑の下限をさらに引き上げることで、そのような事件の処分が適切に行えなくなることを懸念するのが、検察の現場経験に基づく実務家的発想ではなかろうか。

確かに、かつての我が国では、性犯罪に対する量刑が諸外国と比較して異常に低かったが、10年程前から量刑の水準は相当厳しくなっている。それは2004年の法定刑の引き上げだけではなく、性犯罪被害の実態を刑事処分や公判立証に反映させ厳しい処罰を求めることに関して、警察や検察の現場の姿勢が大きく変化し、地道な努力が行われてきたことによるところが大きいのではなかろうか。

私も悪質な性犯罪に対する量刑をさらに厳しくすることの必要性を決して否定するつもりはない。「女性の尊厳を害する強姦は殺人に等しい」という女性の側の悲痛な訴えがあることも十分に理解できる。しかし、「法律のプロ」が国会議員に必要であることの理由として、強盗と強姦の法定刑の下限の違いが不合理・不平等であることを真っ先に挙げるというのは、実務家の感覚としてはは理解できない。

ここ数年相次いだ不祥事によって、かつては「最強の捜査機関」と言われた特捜部の看板は大きく傷つき、信頼は地に墜ちている。私は、そういう特捜検察の捜査のやり方を一貫して批判し、特捜検察が、政治権力に対抗する政治的影響力を及ぼすことの問題を指摘してきた(拙著【検察崩壊 失われた正義】毎日新聞社:2012年)。そういう私ですら、つい数年前まで特捜部の現場で政界捜査を率いていた特捜幹部OBの、「特捜幹部経験者としてのテレビ出演から更に政権与党の国会議員への転身」には違和感がある。かつて捜査を共に行った部下の検事達や、その捜査を取材していた司法関係の記者達の違和感は一層大きなものであろう。それでもなお、彼が国会議員になろうとする理由は、私には、どうしてもわからない。

長年特捜部に勤務し、「特捜の看板」を背負う中で、その謙虚さ、素直さを失ってしまったように思えた若狭は、テレビコメンテーターから政治家への転身の中で、法律実務家としての魂すらも売り渡してしまったのだろうか。

今回の若狭の参議院議員選挙への出馬は、「特捜検察の凋落」を象徴する出来事のように思える。その当事者である若狭が、参議院議員選挙でどのような選挙活動を行い、有権者がどのように評価・判断するのか、注目したい。

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猪瀬知事の「謝罪」に見る「法令遵守」への逃避

猪瀬直樹東京都知事が、4月16日、2020年の夏季五輪招致をめぐって、米ニューヨークタイムズ紙のインタビューで、他の立候補都市と東京とを比較し、「イスラム諸国は互いにケンカばかりしている」「イスラム諸国が共有しているのはアラー(神)だけで、お互いにけんかばかりしている。階級もある。」と述べたことを、27日付の同紙が報じたことで、「各都市は他都市の批判や他都市との比較を行ってはならない」としている五輪招致規範に抵触することなどが問題にされ、批判を浴びている。
この問題で、猪瀬知事は、4月29日には、「私の真意が正しく伝わっていない。ほかの立候補都市を批判する意図は全くなく、このようなインタビューの文脈と異なる記事が出たことは非常に残念だ。」とコメントしていたが、30日には、記者会見で、一転して、発言を撤回し、謝罪した。
その会見で、猪瀬知事が強調しているのは、「東京のPRのためだった」ということ。東京の良さを中心に話す中で他都市との比較もしたと説明し、「98%は東京の話であり、インタビューの終了間際に、他の都市についてどう思うかと聞かれたので、それに答える中で、誤解される表現があった。」として、「不適切な発言」を撤回している。そして、その後の質問に対して。「今回のニューヨークタイムズのインタビューで、どういう発言が規範に触れるかがわかったので、いい経験になった。大変良かった。今後は、IOCの規範を遵守していきたい。」と繰り返し発言している。
猪瀬知事の発言は、真摯な謝罪とは凡そ程遠いものである。自分の発言の何が問題だったのか、何がいけなかったのか、全く理解できていない。

猪瀬知事の話は、「『五輪招致規範』の『規定』がよくわかっていなかった。今回の件でよくわかった。今後は『規定』を遵守する。『規定違反』は繰り返さない」ということだ。
しかし、重要なことは「五輪招致規範」という「規定」に反したことではない。
その規範の背後には、オリンピックの歴史と伝統の中で育まれてきた基本理念があるはずである。それは、様々な人種、文化、宗教の国、富める国、貧しい国、平和な国、戦乱にあえぐ国など、多種多様な国からスポーツ選手が集い、そのような国や社会の違いを超えて、国の栄誉を賭けて、能力を出し合い、フェアに戦い抜く。そこに、スポーツの祭典としてのオリンピックの最大の意義があるはずだ。
そういうオリンピックの開催地を決めるプロセスの中で、招致立候補都市が、他の都市を批判すべきではない。最終的には、招致立候補都市が相互に比較され最も適切な都市が開催都市に選ばれることになるが、その「比較」を、当事者である招致立候補都市の側が行うことは、オリンピックの基本理念に反するというのが、この五輪招致規範が定められている理由であろう。
猪瀬知事の発言の最大の問題は、招致立候補都市の首長として、そういうオリンピックの基本理念に反する発言をしたことにあるのである。
「薄ら笑い」を浮かべながら会見に応じた猪瀬知事は、「どういう発言が五輪招致規範という『規定』に反するかがよくわかっていなかった。今回の件でそれがわかって良かった。」と言っているが、何が「良かった」のであろうか。
「98%が東京のPRである」というのは猪瀬知事の立場からは当然のことであろう。しかし、ニューヨークタイムズの記者には、東京開催のメリットなど十分にわかっており、さしたる関心はなかったはずだ。客観的な比較からは優位だと思える東京と他都市との比較について聞かれて、どのように答えるのか、東京五輪招致の中心人物である猪瀬知事の基本的な考え方を「2%」の時間で聞いたところ、図らずも「本音」が出てきたので、記事にしたということであろう。
猪瀬知事は「他都市との比較を聞かれたから答えた。答えなければ良かった。」というようなことを言っているが、そのような質問に対しては、「他の立候補都市もそれぞれ開催地に相応しい都市だと思うが、我々は東京での五輪開催が素晴らしい大会となり、世界中の人々に喜んで頂けるものと確信している。」というのが、オリンピックの基本理念をわきまえた見識ある答え方であろう。

私は、『「法令遵守」が日本を滅ぼす』(新潮新書・2007年)『思考停止社会~「遵守」に蝕まれる日本』(講談社現代新書・2009年)などで、形式的に法令規則を守りさえすれば良いという考え方、「遵守」の自己目的化の弊害を指摘してきた。重要なことは、法令・規則の形式的な文言ではなく、その背後にある社会の要請であり、その社会の要請に応えることこそが、真のコンプライアンスなのだということを強調してきた。
猪瀬知事の発言の最大の問題は、オリンピックの基本理念に反し、オリンピックを通して実現しようとする「他者、他国を尊重し合うフェアネス」という社会の要請そのものに反したところにある。
猪瀬知事の会見での「謝罪」は、問題を「五輪招致規範」の規定の「遵守」にすり替え、「法令遵守」に逃避しているに過ぎないのである。
東京五輪招致をめざす都知事としての基本的な姿勢自体を問われかねない発言をしたことを真摯に反省し、謝罪しない限り、東京五輪の招致活動に重大な支障となることは避け難いであろう。

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「不起訴不当」議決を検察はどう受け止めるのか

陸山会事件をめぐる虚偽捜査報告書等の事件に関して、昨年6月、検察が田代政弘元検事(以下、「田代」と略称)らに対する不起訴処分について、「健全な法治国家のために声を上げる市民の会」(以下、「市民の会」と略称)による検察審査会への審査申立てが行われていたが、今月22日、東京第一検察審査会は、田代元検事について「不起訴不当」、佐久間達哉元特捜部長(以下、「佐久間」と略称)、主任検察官だった木村匡良検事(以下、「木村」と)ら上司について「不起訴相当」の議決を出した。

この虚偽捜査報告書作成等の問題は、検察審査会の起訴議決によって起訴された小沢一郎氏に対する東京地裁での審理の中で表面化し、「市民の会」が田代らを告発していたものだった。最高検は、昨年6月28日に田代らを不起訴処分にしたが、昨年4月に出された小沢氏に対する一審判決の中で、「事実に反する捜査報告書の作成や検察審査会への送付によって検察審査会の判断を誤らせることは決して許されない」「事実に反する内容の捜査報告書が作成された理由、経緯等の詳細や原因の究明等については、検察庁等において、十分調査等の上で、対応されることが相当」などと異例の厳しい指摘が行われたことなどもあって、不起訴処分の際に、「国会議員の資金管理団体に係る政治資金規正法違反の捜査活動に関する捜査及び調査等について」と題する報告書をマスコミ等に開示し、同事件の不起訴処分の理由を明らかにした。

この報告書の内容については、本ブログ【社会的孤立を深める検察~最高検報告書は完全に破綻している】において、「今回の問題に対する真相解明にはほど遠く、この問題に関する疑惑の説明にも全くなっていない。そして報告書の中で述べられている考え方や物の見方の多くは、内部だけで全てを決められる閉鎖的な組織の中だけにしか通用しない「身内の理屈」であり、社会の常識から理解できず、到底受け入れられるものではない。」と厳しく批判した。

また、昨年9月に公刊した【検察崩壊 失われた正義】(毎日新聞社)[kindle版]では、田代元検事の取調べの対象者で虚偽報告書作成問題の当事者の石川知裕衆議院議員、元法務大臣の小川敏夫参議院議員など4名との対談を交えて、同報告書が、全くの「詭弁」と「ごまかし」だらけのものであることを指摘した。

そして、最近になって、小川参議院議員が、『指揮権発動 検察の正義は失われた』と題する著書を公刊し、最高検報告書を厳しく批判するとともに、指揮権発動について当時の野田首相に了承を得られず不発に終わった経緯を明らかにした。

田代らに対する虚偽捜査報告書作成等の事件の不起訴処分に対して、昨年8月、「市民の会」による検察審査会への審査申立てが行われ、8ヶ月の期間の審査の末に出されたのが今回の議決である。

今回の議決は、田代の事件については、「田代報告書の提出を受けた東京第五検察審査会は、田代報告書を基に、B(石川知裕氏)がA(小沢一郎氏)への報告・相談等を認める旨の供述を維持した再捜査の供述の信用性を認めるなど、公文書の内容に対する公共的信用を害している」などとして報告書の虚偽性を認めた上、「記憶の混同」だとする田代の弁解やそれを是認した検察の判断を厳しく批判し、「不起訴不当」の結論を出している。

一方、田代の上司の佐久間、木村については、田代報告書の内容が事実に反するものであることは容易に知り得たのではないかという状況的な疑いは残るものの、田代も上司の虚偽報告書作成の指示を否定しており、その認識を窺わせる証拠がないとして、「不起訴相当」としている。

田代についての「不起訴不当」の議決を受けて、検察は再捜査を行うことになる

検察審査会が出す議決には「起訴相当」「不起訴不当」「不起訴相当」の3つがある。検察の不起訴処分を是認するのが「不起訴相当」。「起訴相当」「不起訴不当」は、いずれも検察の不起訴が不当だとして再捜査と再検討を求めるものだが、「起訴相当」の場合、検察が、再度の不起訴処分を行っても、その後、検察審査会の再審査で、「起訴議決」が出ると、指定弁護士による起訴手続きが行われることになるので、「法的拘束力」が生じる可能性があるのに対して、「不起訴不当」の場合は、検察が再捜査の結果、再度不起訴処分を行えば、それで事件は終結するので「法的拘束力」はない。

「起訴相当」ではなく「不起訴不当」にとどまったという議決の結論を重視すれば、「検察に対して生ぬるい議決」だと見ることもできる。審査補助員として委嘱された弁護士が検察幹部出身者だったことが、そのような議決の結論に至った原因だとして、判断の公正さに疑念を示す意見もある。

確かに、「検察の身内の犯罪に関する不起訴処分」に対する検察審査会への申立ての案件において、その検察の幹部出身の弁護士が審査補助員を務めるということは、判断の公正さに重大な疑問を生じさせるものである。いかなる経過、事情でこのような審査補助員の選任が行われたのかを解明することが必要である。

しかし、逆に言えば、そのような「検察寄り」の審査補助員の助言や働きかけが疑われる状況にあったにもかかわらず、検察審査会が、検察の不起訴処分に対して「不当」との結論を出したことの意味は、逆に大きいと言えるのではなかろうか。

議決書の中には、検察の不起訴理由に対する厳しい指摘、疑問が並んでいるが、それらは、「検察寄り」の審査補助員の意見、一般市民の審査員の率直な意見に基づくものといえるであろう。

しかも、この事件での「不起訴不当」議決に対する検察の対応は、通常の事件と同程度で済まされるものではない。

通常の事件であれば、検察審査会の「不起訴不当」の議決に基づいて検察の再捜査が行われても、その結果、再度「不起訴」の処分について理由の説明が求められることはない。検察としては、何らかの再捜査を行って、不起訴にすれば、それでお終いである。

しかし、当初の不起訴処分の段階で、「最高検報告書」まで公表して、実質的に不起訴理由の説明を行っている本件においては、そのようなことでは済まされない。

検察審査会の議決で不起訴が「不当」とされた理由に基づいて、その疑問や問題の指摘に応えられるような捜査を行い、その捜査結果について、議決書の「不起訴不当」の意見・指摘に応える形での説明が十分に行うことが求められることになる。

そういう意味では、本件議決は、法的拘束力はなくても、一般的な「不起訴不当」議決とは異なるのであり、検察は、議決に正面から応えられるよう、捜査を尽くす重い義務を負ったと見るべきである。

では、今回の検察審査会の議決では、検察の不起訴理由に関して、具体的にどのような問題が指摘されているのか。検察官が検察審査会に説明した不起訴理由は、前記の最高検報告書と同様だと考えられるので、そこに記載された不起訴理由と、議決書の内容、「市民の会」ホームページで公開されている検察審査会への審査申立書等とを比較対照してみよう。

議決書で示された田代の不起訴処分を不当とする理由の多くは、上記審査申立書の申立理由を認めたものであり、同審査申立書及び別紙「最高検報告書の不当性と本件の明白性」と対比しながら読むことで、その趣旨が良く理解できる。

最高検報告書では、「田代報告書と録音記録との間の趣旨の不一致の有無」として、田代報告書の記載と実際の取調べでのやり取りとを比較すると、田代報告書の記載に「相応するやり取り」が録音記録の中にあるので、「田代報告書に記載されている内容と実際の取調べにおける供述の趣旨とは実質的に相反するものではない」としている。

田代報告書の中では、石川氏が、「検事から,『貴方は11万人以上の選挙民に支持されて国会議員になったんでしょ。そのほとんどは,貴方が小沢一郎の秘書だったという理由で投票したのではなく,石川知裕という候補者個人に期待して国政に送り出したはずですよ。それなのに,ヤクザの手下が親分を守るために嘘をつくのと同じようなことをしていたら,貴方を支持した選挙民を裏切ることになりますよ。』って言われちゃったんですよね。これは結構効いたんですよ。それで堪えきれなくなって,小沢先生に報告しました,了承も得ました,定期預金担保貸付もちゃんと説明して了承を得ましたって話したんですよね。」と供述したことになっている。しかし、これに「相応するやり取り」というのは、録音記録中の「なんか、ヤクザの事件、ま、検事も言ってたけどね。『石川さん。ヤクザの事件と同じなんだよ』って」という石川氏の発言だというのである。

この点について、議決書は、捜査報告書の記載内容に関する一般論として(以下、議決書の主な引用部分は[])、[読みやすくするために、誤解を与えない範囲で文言を付加して話を若干膨らませるようなことはあり得る]と認めた上で、[このような理解に立って、田代報告書の被疑事実該当部分と取調べにおける実際のやり取りを記載した反訳書を比較するに、田代報告書の当該部分が、実際のやり取りの「ヤクザの事件」云々等からどのように連想されたか理解できない。両者の内容は実質的にも相反していると言わざるを得ない。]と述べて、両者の内容が実質的に相反していることを明確に認めている。

また、議決書は、審査申立書で虚偽公文書作成罪等に当たるとして審査申立ての対象事実としていた、「色々と考えても、今まで供述して調書にしたことは事実ですから、否定しません。これまでの 供述を維持するということで、供述調書を作ってもらって結構です。」 と供述した旨の記載についても、[読み手に誤解させるおそれを払拭できないので、虚偽記載の疑いがある]としている。

「虚偽公文書作成罪の故意」については、

[上記「ヤクザの事件」の前後のやり取りを子細に検討すると、Bが勾留中の供述を翻した場合のAの起訴の可能性やAの共犯性のやり取りに関して、上記「ヤクザの事件」の発言が出たものと推察される。一方、田代報告書では、選挙民に支持されたことやヤクザの親分を守るために嘘をついたら選挙民を裏切る旨説得したことが記載されている]

と指摘し、田代報告書に記載された「ヤクザの事件」の話と実際の取調べでのやり取りが全く異なったものであることから、平成22年5月17日の取調べにおいては存在しなかった「ヤクザの事件」に関する問答を、虚偽と認識しながら意図的に取り込んで報告書を作成した可能性を指摘している。

田代が、捜査報告書作成時点において、石川氏が「ヤクザの事件」について発言したことを記憶していたのであれば、それが「ヤクザの親分を守るために嘘をついたら選挙民を裏切ることになる」という意味ではなく、Bが勾留中の供述を翻した場合のAの起訴の可能性やAの共犯性のやり取りに関するものであることを認識していたはずであり、それは「記憶の混同」を基礎づけるものではなく、逆に、意図的に虚偽の記載をしたことを示すものだという指摘は、審査申立書でも、拙著でも指摘していない、田代の虚偽文書作成の故意に関する新たな指摘である。市民の審査員の大変鋭い視点だといえよう。

要するに、議決書では、最高検報告書の「田代報告書の記載が録音記録中の『ヤクザの事件』の話と実質的に相反しない」という見方を明確に否定し、田代報告書の虚偽性を明確に認めた上、両者の内容の比較からも「記憶の混同」の弁解は全く通らないと厳しく指摘しているのである。

さらに、議決書は、取調べ中にメモを作成しないか、作成してもごく簡単な内容のものしか残さないという田代元検事の一般的な取調べ方法にも触れ、

[その様な取調べ方法を採る検事は、それなりに自己の記憶に自信を持っているはずで、その記憶の自信からしても、簡単に記憶の混同を起こすとは考えられない]

として、田代元検事の「記憶の混同」があり得ないことを重ねて述べている。

そして、注目すべきは、この点に関連して、検察審査会での検察官の説明の際の審査員とのやり取りについても異例の言及を行っていることである。

[検察審査会において説明した検察官は、審査員からの「駆け出しの検事ならいざ知らず、40才台のベテランの検事である田代が、簡単に記憶の混同を起こすとか、勘違いをすることが有り得るのか」という趣旨の質問を受け、「検事も人の子ですから、間違いはあると思う」旨答えているが、それでは答えになっておらず、むしろ、答えに窮して、表現は悪いが、誤魔化していると評さざるを得ない。]

と厳しく批判している。

議決書が、検察官の不起訴理由説明の際の審査員と検察官のやり取りに言及したのは、田代の「記憶の混同」の弁解を崩せないという不起訴理由の説明が、審査員に全く納得できないものであったこと、そして、その検察官の説明の姿勢が「誤魔化し」に近いものであったことに対する審査員の強い不満を表したものと見るべきであろう。

さらに、議決書は、

[検察官の不起訴裁定では、虚偽の内容の報告書を作成しても、過失を処罰する規定がないので、認識していなかったとか、間違えて書いてしまったと言えば、結局のところ責任逃れになり責任追及はできなくなるのではないか。]

とまで言っている。

過失による虚偽の捜査報告書作成が処罰されない現状の下では、「記憶の混同」の弁解を安易に認めれば、検察官が捜査報告書に意図的に虚偽記載をする行為が野放しになるとして、田代の「記憶の混同」の弁解を「鵜呑み」にした検察の不起訴処分を厳しく批判するものである。

議決書は、これらの厳しい指摘を踏まえて、田代の不起訴処分についての「結論」として、

[虚偽有印公文書を作成するにつき故意がなかったとする不起訴裁定書の理由には十分納得がいかず、むしろ捜査が不十分であるか、殊更不起訴にするがために故意がないとしているとさえ見られるので、以上に指摘した点を踏まえて、本件(被疑事実の要旨第1の1)についての不起訴処分は、不当であると判断し、より謙虚に、更なる捜査を遂げるべきであると考える。]

と述べている。

「殊更不起訴にするがために故意がないとしているとさえ見られる」との表現は、身内の犯罪に関して、「記憶の混同」などという明らかに不合理な弁解を容認した検察の捜査・処分に対して重大な疑念を示したものである。検察の再捜査は、このような検察の捜査・処分に対する異例の厳しい指摘、批判に応えられるものでなければならないもし、再度不起訴にするのであれば、当初の不起訴処分の際と同様に、検察には十分な理由の説明が求められることになる。当初の不起訴処分と同様に「記憶の混同」の弁解を理由に再度不起訴にすることは、検察審査会の議決を無視するものであって、到底許されるものではない。かかる意味で、再捜査の結果に基づく検察の処分は、法的な拘束力は受けなくても、社会的には大きな制約を受けることになる。

もう一つ重要なことは、田代報告書が対話形式で記載されていること、(石川氏の反応について)「『うーん』と唸り声を上げ」などというリアルな記載があることなどから、「何らかの意図」をもって、虚偽の内容の捜査報告書を作成したのではないかとの「推察」を示していることである。

[記憶が曖昧であるにもかかわらず、対話形式で書いたということは、そういう心証を持たせたいという意図があったのではないか。さらに、捜査の対象の社会的影響の大きさなどを考え合わせると、田代報告書の作成において慎重な姿勢はうかがわれず、むしろ何らかの意図があってこのような報告書を作成したのではないかと推察される。]

と議決書では述べているが、ここで言うところの「何らかの意図」というのが、「小沢氏の事件に対する検察審査会の議決を起訴相当の方向に誘導すること」であることは明らかであろう。そのような「意図」は、田代の「個人の意図」とは考えられない。

議決書では、田代の上司であった佐久間及び木村についての不起訴処分について、[佐久間及び木村は、平成22年5月17日のBに対する取調べ中に、数回にわたり、その取調べ状況、とりわけ供述内容について報告を受けたり質問したりして、供述調書の作成方針に関する指示を出していたことがうかがえるので、田代報告書が事実に反することは容易に知り得たのではないかという状況的な疑いは残るものの]と述べて、佐久間及び木村が、田代の虚偽報告書作成に関与した疑いを指摘した上で、[田代自身も、上記両名から田代報告書の虚偽記載に関する指示は一切ない旨供述していること]を理由に、[佐久間及び木村の供述に不自然な点はあるものの、虚偽公文書作成、同行使罪の成立を認める証拠は見当たらない]として、結論としては、不起訴処分を[相当と言わざるを得ない]としている。

要するに、「佐久間及び木村が虚偽捜査報告書の作成に関与した疑いはあるが、田代が、両名からの指示を否定しているので、その証拠がない」という理由で、不起訴処分は致し方ないと言っているのである。

そこで問題とされる田代の供述内容に関して、議決書は、田代の「記憶の混同」の弁解は到底信用できないばかりではなく、「何らかの意図」を持って虚偽の捜査報告書を作成したと「推察」している。

再捜査で、田代に対して、議決書の内容を踏まえた十分な取調べが行われれば「記憶の混同」の弁解が容認されることはあり得ないし、田代が真実を供述すれば「何らかの意図」を持って虚偽の捜査報告書を作成したことが明らかになり、それが、佐久間及び木村の側の「何らかの意図」に基づいて行われた可能性が十分にある、という趣旨であろう。

今回の事件に関して検察審査会の議決が検察に求めているのは、現時点の証拠関係のままで田代を起訴することで決着させることではない。

「記憶の混同」などという明らかに不合理な弁解を許すのではなく、議決で指摘した事実を含め、十分な追及を行うことで、田代に、虚偽の内容の捜査報告書の作成の経緯、「何らかの意図」の内容について真相を語らせ、上司の関与、組織的背景も含めて明らかにした上で、田代の処分を決することを求めていると見るべきであろう。

十分な事実解明が行われれば、田代は、上司に命じられるままに虚偽の捜査報告書を作成したことが明らかになるかも知れない。そうであれば、田代の処分は起訴猶予にとどめ、上司の刑事責任を追及するのが適切ということも考えられる。また、「虚偽の捜査報告書による検察審査会の議決の誘導」という、検察にとってあってはならない重大な不祥事が発生させることになった東京地検特捜部の陸山会事件捜査が、どのような経緯で、いかなる方針で行われ、そこにどのような問題があったのかについて、外部者も含めた客観性を確保した体制による検証を行われることが、何より重要なのであり、それが、検察或いは法務省によって適切に行われ、検察の抜本改革に結びつくのであれば、田代やその上司個人の刑事処罰は必ずしも不可欠ではない。

今回の議決を受け、検察は、田代に対する再取調べで、議決書での指摘及びその背景となった審査申立書及び別紙「最高検報告書の不当性と本件の明白性」での指摘を十分に踏まえた徹底した再捜査を行うべきである。議決書での異例の言及を行って批判した審査会において行われた検察官説明のような「誤魔化し」の姿勢は決して許されない。

田代に対する徹底した再取調べを行えば、田代も「記憶の混同」の弁解を維持することはできないはずである。田代から真実の供述を得ることができれば、それを発端に、日本の民主主義に重大な脅威を生じさせた陸山会事件捜査の真相を解明することは決して不可能ではないはずだ。

「法的拘束力」のない「不起訴不当」だが、最高検報告書の不起訴理由を正面から否定した厳しい内容の今回の議決が、検察組織に対して、抜本的な改革を求める「刃」となるかどうかは、この議決を受けて行われる検察の再捜査に対して、多くの国民とマスコミが関心を持ち続け、捜査の結果行われる処分についての説明責任をどれだけ厳しく追及するかにかかっている。

検察の権力行使にかかる犯罪に対して厳正な捜査・処分が行われるようチェック機能を果たすことは、検察審査会による審査制度の最も重要な機能である。本件議決後の事件の展開は、制度の真価を問うものと言っても過言ではない。

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法曹養成改革の失敗に反省のかけらもない「御用学者」

政府の法曹養成制度検討会議が、中間提言をまとめ、教育の質が低い法科大学院に対して「公的支援の見直し」を含む厳しい措置で臨む方針を確認し、司法試験の年間合格者数を「3000人程度」とした政府目標の撤回を了承した。

法科大学院の創設、法曹資格者の大幅増員を柱とする法曹養成制度改革は、2001年の司法制度改革審議会の提言で、「平成30(2018)年ころまでには、実働法曹人口は5万人規模(法曹1人当たりの国民の数は約2,400人)」との目標を掲げ、「平成22(2010)年ころには新司法試験の合格者数を年間3,000人とすることをめざすべき」との方針が打ち出されたことに基づいて進められてきたものだったが、今回の政府の検討会議の中間提言により、そのような政府の施策が無残な失敗であったことは動かし難いものとなった。

2004年の法科大学院設置以降の「法曹資格者の大幅増員」をめざして行われてきた法曹養成改革は、文科省から法科大学院に無駄な補助金を出させることで膨大な財政上の負担を生じさせたばかりでなく、拡大する司法の世界をめざして法科大学院に入学した多くの若者達を、法曹資格のとれない法科大学院修了者、法曹資格をとっても就職できない司法修習修了者として路頭に迷わせるという悲惨な結果をもたらした。

法科大学院創設時には、新司法試験の合格率が7割程度になるとされていたが、実際には、当初の前提を大幅に上回る数の法科大学院が設置され、定員も大幅にオーバーしたことに加えて、合格者も当初予定されていた3000人を大きく下回ったため、合格率はどんどん低下して25%程度となり、法曹資格が取れない法科大学院修了者を大量に生みだされる結果になったしてしまった。

そういう状況になると、優秀な人材が、法曹資格が取れないリスクを覚悟してまで法科大学院に入らない。志願者が減少し、人材の質も落ちるので、合格者も増やせない、という悪循環に陥っている。

一方、法科大学院を修了して司法試験に受かって、司法研修所を出て弁護士資格を取っても、弁護士に対する需要が高まらないので、なかなかまともに仕事にありつけない、弁護士の就職難が深刻な問題になり、ワーキングプア状態の弁護士が急増していると言われている。

まさに、法曹養成の現状は、司法制度改革の当初の想定とは全く異なる極めて厳しい状況になっている。

合格者が2000人にとどまっているのは、司法試験で客観的に能力を評価、判定した結果だというのが法務省側の説明だ。しかし、果たして、司法試験による選別が、本当に、法律家として社会の要請に応えられるかどうかの判定として正しいと言い切れるのであろうか。私の法科大学院の教員としての経験から言えば、司法試験に合格した修了者の中には、実務家としての能力・適性に疑問を持たざるを得ない者もいる一方で、最終的に司法試験に合格できず法曹資格を取得できなかった修了者の中にも、法律実務家としての十分な能力・資質を持った者も少なからずいた。司法試験合格者が500人だった時代とは異なり、合格者が2000人にもなると、法律実務家の能力・適性について試験で適切な選別を行うのは容易ではない。司法試験が適切な選別機能を果たしているのか否かについては、関係者からも疑問が指摘されている。

私は、「法令遵守」が世の中にもたらす弊害を説く中で、旧来の司法の世界の構造を根本的に変えることなく、法曹資格者を大幅に増員しても、市民に身近な司法を実現することにはつながらず、法曹資格者の需給ギャップの拡大と法科大学院修了者の就職難を招くだけであることを、かねてから、指摘してきた。

桐蔭横浜大学法科大学院教授として法科大学院教育に関わっていた2005年に、法科大学院の乱立によって司法試験合格率が当初の予定より大幅に低下することが予想される中で、司法試験合格に特化した法科大学院教育は早晩行き詰まらざるを得ないこと、司法試験合格をめざす教育だけではなく、経済社会における様々なニーズに応えられる教育を実施することができるよう、法科大学院教育の内容や司法試験制度を改める必要があることを指摘する新聞への寄稿を行った(「新司法試験 実務経験者に受験枠新設を」(2005年2月3日 朝日新聞「私の視点」)。

2009年1月に出した「思考停止社会」(講談社現代新書)では、最終章でこの問題について、次のように述べている。

旧来の日本では、司法の世界は社会の周辺部分でしか機能していませんでした。それは、社会内の普通の人が普通に起こすトラブルではなく、異端者・逸脱者や感情的対立の当事者など、普通ではない人が起こす特殊なトラブルでした。そういう特殊な問題の解決を委ねられるのが法曹資格者で、そういう人たちに「遵守」させるべき法令の解釈を行うことや適用されるべき法令を示すことが法曹資格者の仕事の中心でした。法廷という一般社会や経済社会からは隔絶された司法固有の世界での争訟に関連する業務が中心で、非日常の世界である水戸黄門のドラマに例えれば、「控えおろう」と言って印籠を示して人々をひれ伏させる「助さん」の役割が法曹資格者の基本的な役割だったのです。

「社会的要請に応えること」をめざしていく場合は、法律家には、従来とは異なった重要な役割が期待されることになります。それは、一言で言えば、個人や組織が法令を使いこなすことをサポートしていくことです。法令と社会的規範の相互関係を把握し両者のインターフェース(接点)の機能を果たしていくことです。

今後、日本の経済社会において、「社会的要請に応えること」をめざす活動によって「法令遵守」による思考停止状態からの脱却を図っていくのであれば、あらゆる分野で、経済社会の実態を十分に理解した上、問題になっている事項について事実関係を解明し、法律の解釈と適用ができる能力を持つ法律家が、原動力になっていく必要があります。そのためには、法律家、とりわけ、その中心的役割を果たすべき法曹資格者が、経済社会に対して開かれた、身近な存在になり、「社会的要請に応えること」という意味のコンプライアンスを共通言語にして、企業人、経済人と本当の意味でコラボレーションできる関係を構築していかなければならないと思います。

裁判員制度導入と並ぶ司法制度改革のもう一つの目玉が法科大学院の創設による法曹資格者の大幅増員です。しかし、この改革の法曹養成制度の改革によって、その目的とされている「市民に身近な司法」の実現、経済社会における司法の機能の拡大ができるかと言えば、まったく期待できないと言わざるを得ません。法科大学院修了者の司法試験合格率が3割余に低迷する一方、若手弁護士の就職難が深刻化している現状は、法曹資格者の増員という改革を思考停止状態で行ってきたことの当然の結果です。

制度改革の前提として、法曹資格者を大幅に増やせば、それに伴って法曹資格者に対するニーズが拡大するだろうとの予測があったわけですが、それは、まったく的外れの予測です。日本の司法はこれまで社会の周辺部分で特殊な問題を解決する機能しか果たしておらず、市民生活や経済活動の中で発生する様々なトラブルの解決という経済社会の中心部のニーズに応えるものではありませんでした。そういう司法の世界を担ってきたのが法曹資格者の世界です。その世界を従来のままにしておいて、法曹資格者の数だけを増やしても、ニーズが高まるわけではありません。大幅な需給のミスマッチが生じるのは当然です。

法曹資格者に対するニーズを拡大しようと思えば、経済社会の中心部で使いこなせるように法曹の世界を変えていかなければいけないのですが、従来の司法の世界に慣れ親しんできた従来の法曹資格者によって構成されている法曹教育の世界はそういう方向には向かっていません。従来の法曹資格者が、基本的に従来と同じ考え方で司法試験制度が維持され、その試験に合格することを主たる目的として法科大学院の教育が行われているわけですから、旧来の司法の世界と何ら変わらないのは当然です。そういう世界に、法曹資格者をめざして大量の若者達が迷い込んだ結果、司法試験に合格して司法研修所を出てもまともな就職ができない弁護士が多数出る一方、司法試験に合格できない大量の司法浪人が発生しているという、深刻な事態が生じているのです。

このような指摘を行ってきた私にとっては、今回の事態は当然の結果であり、むしろ、政府が司法制度改革の一環として行おうとした法曹養成制度改革が誤りであることを政府として認めるのが遅きに失したと言わざるを得ない。

問題なのは、このような法曹養成制度改革の失敗が、国家財政にも大きなマイナスを生じ、制度の混乱の中で有意な若者達の人生にも影響を与える結果になったことに対して、誰が反省し、誰が責任をとるのかということである。

この問題に関しては、2010年に、総務省行政評価局による「法曹人口の拡大及び法曹養成制度の改革に関する政策評価」が開始された。その論点整理と調査の方向性を検討するために「法科大学院(法曹養成制度)の評価に関する研究会」を開催し、その成果を取りまとめた報告書を公表して一般から意見を募集した後に、研究会の検討結果に基づいて調査を開始し、その結果を、2012年4月に政策評価書として公表した。この政策評価では、「司法試験の年間合格者数の数値目標については、これまで及び今後の弁護士の活動領域の拡大状況、法曹需要の動向、法科大学院における質の向上の状況等を踏まえつつ、速やかに検討すること」「定員充足率が向上しない法科大学院に対し、実入学者数に見合った更なる入学定員の削減を求めること」「法科大学院の公的支援の見直し指標については、未修者への影響や、法科大学院における教育の質の改善の進捗状況などを踏まえ、必要な改善措置を講ずること」などの勧告が行われている。

今回の法曹養成制度検討会議の中間提言は、概ね、総務省の政策評価における勧告内容に沿ったものだ。

私は、総務省顧問として、同政策評価の企画にも参画し、研究会でも副座長を務めるなど、この政策評価に深く関わった。

【研究会報告書】

http://www.soumu.go.jp/main_content/000095209.pdf

【報告書に対する意見】

http://www.soumu.go.jp/main_content/000102517.pdf

【政策評価書の概要】

http://www.soumu.go.jp/main_content/000156306.pdf

ところが、このような経過で行った総務省の政策評価に対しては、法科大学院協会の側から強い反発があった。

以下は、政策評価に関する総務省の調査が開始された2011年6月に、法科大学院協会が、「法曹人口の拡大及び法曹養成制度の改革に関する政策評価に対する意見」と題して出したプレスリリースである。

http://www.lawschool-jp.info/press/press11.html

法曹養成に関するフォーラムというのが設置されて検討が開始されたのだから、総務省などがしゃしゃり出てくるべきではない。教育研究に関して専門的能力や経験がない者が、大学の教育研究について調査を行うことは、憲法23条の「学問の自由」を侵害するというのだ。

このような法科大学院協会側からの「横槍」に対して、当時、総務省顧問・コンプライアンス室長として、総務省顧問室での「記者懇談会」を開催していた私は、2011年7月14日の記者懇談会でこの問題を取り上げた。

その際の私の発言内容が総務省のHPに掲載されている。

http://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3196505/www.soumu.go.jp/main_content/000122765.pdf

この中でも述べているように、法科大学院協会から会員校に対して出された非公式の文書には「法科大学院制度をはじめとする現在の法曹養成制度や趣旨を否定するための調査が実施されていると受け取られかねない内容になっているのではないか」というようなことが書かれている。要するに、現在まで行われてきた司法制度改革に重大な問題があることを棚に上げて、それを否定する方向での調査が行われること自体がけしからんと言っているのだ。

司法制度改革は、従来、社会の周辺部分でしか機能していなかった司法を社会の中心部で機能するようなもの変えていかないといけない、そのためには、従来の司法の世界自体を抜本的に改め、社会に対して開かれたものにしていかなければいけない、その世界を変えていかないといけない。ところが、この法科大学院協会の反応からも明らかなように、司法の世界の「中心」にいる人たちは、司法の世界が外からの力で変わることを最初から拒もうとしているのだ。

このような総務省の政策評価に対する法科大学院協会側の反発の中心になっていたのは、司法制度改革審議会の中心メンバーとして法曹養成制度改革を主導してきた大学教授だったようだ。

この大学教授は、典型的な法務省の「御用学者」で、検察不祥事からの信頼回復のための法務省の「検察の在り方検討会議」にも委員として加わり、刑事司法に関して長々と大学の講義のような発言を行ったり、検察に厳しい意見を述べる江川紹子氏や私の意見に対して異論を述べたりして、会議の議論が抜本的な改革の方向に向かうことに抵抗してきた。

そして、今回の政府の法曹養成制度検討会議にも委員として加わり、「司法制度改革審議会報告書の提言の方向性は間違っていなかった」「現状で合格者が2000人にとどまっているのは、受験者の能力がないからに過ぎない」などと述べて、司法試験の年間合格者数を「3000人程度」とした政府目標を撤回することに反対している。

自分が主導して進めてきた法曹養成制度改革が根本的に誤っていたために、制度が立ち行かなくなり、国に膨大な財政上の損失を与え、多くの若者達を露頭に迷わせる結果になったことについて、何の責任もとることなく、反省をすることもない。そればかりか、その誤りを是正する政策評価の動きに対しても「学問の自由」を盾にとって抵抗し、制度改革の見直しを遅らせようとする。それが、法学の世界の「大御所」の実態なのである。

それは、前回の当ブログ【佐藤真言氏の著書『粉飾』で明らかになった「特捜OB大物弁護士」の正体】で取り上げた、「特捜OB大物弁護士」、すなわち検察OBの世界の「大御所」の問題と相通ずるものがある。

このような「大御所」が、法務・検察の「守護神」として存在している限り、司法制度改革による司法の世界の混乱は収まることはないし、真の検察改革は遅れ、不当な冤罪も絶えることはない。

それが、現在の日本の司法の「残念な現実」なのである。

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