政治資金パーティー裏金事件、「検察審査会の議決による国会議員起訴」は可能性なし

自民党派閥の政治資金パーティー収入を巡る事件で、東京地検特捜部が安倍派幹部らを不起訴としたこと、不記載額が4000万円以上の3人の議員のみを起訴(略式起訴)し、他の議員は処罰の対象とされなかったことについて、国民の間には不満が高まっていることに関して、マスコミは、告発人が検察審査会に審査を申し立て、不起訴処分等が覆る可能性もあるかのように報じている。

 また、検察捜査が行われている最中に、安倍派幹部の起訴の可能性について積極的な見通しを述べていた元検事のコメンテーターも、

「検察審査会で起訴すべきとの議決が出され起訴されて裁判になる可能性がある」

などと発言している。

 しかし、現行法の検察審査会の議決の制度からして、今回の「政治資金パーティー裏金問題」について、検察の不起訴処分が覆されて国会議員が起訴される可能性は、ほとんど皆無に近いことは、過去の検察審査会の審査事例からして明らかである。

 私自身も、後で詳しく述べるように、菅原一秀氏(当時衆院議員)の公選法違反事件、河井元法相夫妻(当時衆院議員・参院議員)の公選法違反事件などで、検察審査会の議決による検察の不当な不起訴処分の是正に関わった経験がある。これらの事件では、実際に起訴相当議決が出され、政治家が起訴されるに至った。

 しかし、それらの事件の経過や検察が起訴に至った理由等との比較からも、今回の「政治資金パーティー裏金事件」で、検察審査会での議決による国会議員の起訴の可能性は、ほとんどないと言わざるを得ない。

 なぜ本件について検察審査会の議決によって国会議員が起訴される可能性が殆どないのかを解説することとしたい。

検察審査会の議決とは

 検察審査会の議決には「起訴相当」「不起訴不当」「不起訴相当」の3つがある。

 有権者からくじで選ばれた11人が、検察の不起訴処分が妥当かを審査し、8人以上が起訴すべきだと判断すると「起訴相当」の議決が出され、検察は再捜査しなければならない。再捜査でも不起訴とされた場合、2回目の審査が行われ、再び8人以上が起訴すべきと結論付ければ、強制力のある「起訴議決」となり、裁判所が指定した弁護士が検察官に代わって起訴する。いわゆる「強制起訴」である。

 「不起訴不当」は、過半数の賛成で議決することができる。この場合は、議決を受けて検察は再捜査をし、その結果、起訴されることもあるが、再度、不起訴処分が行われれば、それで事件は終結する。

 「不起訴相当」の議決の場合に、検察の不起訴処分が妥当と判断されたということなので、そのまま事件が終結することになる。

 検察官の不起訴処分が、検察審査会の議決によって強制力をもって覆されるのは「起訴相当」⇒「起訴議決」の場合だけであり、1回目に「不起訴不当」にとどまった場合は、検察が再捜査し、何らかの処分をすればそれで終わるのである。

検察庁における刑事処分のプロセス

 検察庁における刑事事件の処分に至るプロセスは、事件の性格・軽重に応じて、検察庁としての組織的な関与の程度が異なる。

 例えば、比較的軽微な過失運転致死傷、暴行・傷害、窃盗等の事件の多くは、主任検察官が判断し、直属の上司の一次決裁を受ければ、それがそのまま検察の処分となる。そのような事件で、告訴告発人・被害者が検察審査会に審査を申し立て、「不起訴不当」などの議決となった場合、不起訴処分を行った検察官とは別の検察官が再捜査し、当初の捜査が不十分であり不起訴の判断に問題があったと判断されることもあり得る。このような場合には、検察が不起訴処分を覆して起訴することがある。

 しかし、社会の耳目を集めるような事件、とりわけ国会議員の刑事事件等のように政治的にも大きな影響を生じる事件の場合、検察庁における捜査方針や起訴・不起訴の判断は、地方検察庁のみならず、高検や最高検も関わって慎重に検討され、最終的には、検察組織としての起訴・不起訴の判断が行われる。

 このような事件で、検察が組織として決定した「不起訴」は、余程のことがない限り、検察の側が自ら覆すことはない。「不起訴不当」議決であれば、法的拘束力がないので、検察が再捜査をして自ら起訴することは考えにくい。不起訴処分が覆されるとすれば、検察審査会の議決によって法的強制力が働く場合しかあり得ないということになる。

 具体的には、社会の耳目を集めた政治家などの重大事件において、起訴が行われるのは、「起訴相当」議決が出た後、検察が再度不起訴とし、検察審査会が「起訴議決」を行った場合、或いは、一回目の「起訴相当」議決が出た段階で、検察が自ら不起訴処分を覆して起訴する場合のいずれかであり、いずれにしても、「不起訴不当」ではなく「起訴相当」議決が出ることが必要である。

「起訴相当」議決が出される二つのパターン

 検察の不起訴処分の主な理由には、起訴するに十分な犯罪の嫌疑(証拠)が認められない「嫌疑不十分」、という場合と、犯罪の嫌疑(証拠)は十分あるが、検察官が、刑訴法248条に基づき、「犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としない」と判断して不起訴とする「起訴猶予」の二通りがある(これ以外にも「嫌疑なし」「罪とならず」「公訴時効完成」「告訴の取消」などの不起訴理由もある)。

 検察審査会の議決の効果は、検察の不起訴の理由が「嫌疑不十分」と「起訴猶予」とで、大きく異なってくる。

 重大事件として社会の耳目を集めた政治家の事件で「起訴相当」議決が出された例には、二つのパターンがある。

 一つは、検察が政治家等に対して行った「起訴猶予」による不起訴が、検察審査会の審査員が代表する国民の判断基準と乖離している場合である。この場合、検察が犯罪成立を認めているのであるから、検察審査会の判断で「起訴すべし」とされて「起訴相当」議決が出されれば、検察もそれにしたがって起訴せざるを得ないという判断になる場合がある。

 もう一つは、JR福知山線脱線事故、明石歩道橋事故など重大事故の業務上過失致死傷事件での「死傷の結果と因果関係を有する過失」を認めるだけの嫌疑(証拠)が認められないとする検察の不起訴処分に対して、遺族側が検察審査会に審査申し立てをしたケースである。このパターンでは、本当に過失が認められないのかどうか、公判審理の上で、法的評価を含めた裁判所の判断を仰ぐことに意味があるのであり、「起訴相当」議決に至ることも珍しくない。

 二つのパターンは、いずれも、前提となる事実については殆ど争いがなく、検察の「起訴は不要」「過失が認められない」という判断に対して、「納得できない」「裁判所の判断を求めるべき」、というのが審査申し立ての理由である。

 一方、特に、特捜部による政治家の事件のように、検察が組織として不起訴を決定している場合、「起訴猶予」であれば、検察審査会の議決による起訴の可能性もあるが、理由が「嫌疑不十分」で犯罪の嫌疑や証拠の問題である場合は、議決によって検察の判断が覆される可能性は極めて低い。

菅原一秀氏の公選法違反

 検察の「起訴猶予」による不起訴が検察審査会で覆された事例の一つが、前記の菅原氏の公選法違反事件である。

 文春砲を受けて東京地検特捜部が捜査に乗り出し、菅原氏が秘書に指示して香典や枕花等を有権者に寄附していた事実は明らかになっていたが、検察は、その金額が少額だという理由などで「起訴猶予」にした。私は、菅原氏が「秘書に嵌められた」などと支持者に説明していたために犯人扱いされていた秘書の代理人として菅原氏を追及する立場にあったが、特捜部は、不起訴処分の直前になって7か月以上も前に受領していた告発状を告発人に送り返し、「告発事件」ではなく、検察が独自に認知立件した事件のように装って、事件が検察審査会に持ち込まれないようにする「検察審査会外し」を画策していたことがわかった。

 検察審査会への申し立てができるのは、告訴人・告発人・犯罪被害者・遺族に限られているためである。

 私は、告発(したが告発状を返戻された)人から委任を受け、審査申し立て代理人として、

有効な告発状を提出している以上、検察が不当に受理せず返戻していても『告発した者』として検察審査会への申し立ては可能

との法解釈に基づいて、検察審査会への申し立てを行った。そして、菅原氏の秘書にも協力を求め、上申書と資料を検察審査会に提出して、菅原氏が行っていた香典や枕花の有権者への提供は、検察が起訴猶予による不起訴処分で認定した金額よりはるかに多いことを明らかにした(【菅原前経産相不当不起訴の検察、告発状返戻で「検審外し」を画策か】)。

 ところが、検察は、

「告発状は返戻しており『告発事件の不起訴処分が存在しない』」

として事件記録の提出を拒んだ。そのため、検察審査会は、申し立て審査に対しては「却下」の議決を行った上、職権による審査で検察に事件記録の提出を求め、最終的に「起訴相当」とする議決を出したのである。(検察審査会は、過半数による議決があるときは、自ら知り得た資料に基づいて職権で審査を行うことができる。)

 これを受け、検察は、菅原氏の事件を再捜査し、略式起訴する方針を固め、同氏は議員辞職した【菅原一秀議員「起訴相当」議決、「検察の正義」は崩壊、しかし、「検察審査会の正義」は、見事に示された!】

 この菅原氏の事案は、検察は「起訴猶予」で不起訴にしており、公選法違反の犯罪の成立自体は認めていた。しかし、それでも検察は、何とか不起訴処分が検察審査会で覆されないように様々な手段を弄して抵抗したので、「起訴相当」議決に至るまでの道のりは容易ではなかったのである。

河井夫妻からの被買収者の公選法違反事件

 河井克行・案里夫妻の公選法違反事件では、起訴された買収事実の多くが、広島県議・市議等の地元政治家への現金供与の事実だったが、東京地検特捜部は、両氏を起訴する一方で、多額の現金を受領した地元政治家の被買収については、刑事立件すらしなかったので、そのことを徹底批判してきた(【河井夫妻事件、“現金受領者「不処分」”は絶対にあり得ない】)。

 河井夫妻の起訴状の内容が明らかになり、地元政治家が現金を受領した時期や金額がすべて特定されたので、広島の市民団体が広島地検に告発状を提出していたが、検察は、告発状を預かったまま受理もしていなかった。

 案里氏の有罪判決が確定し、克行氏の公判での被買収者の証人尋問も終了した時期に、市民団体側から告発状が受理されているのかわからないと相談を受けた私は、広島地検に問い質すよう助言したところ、告発状は東京地検に回付され、受理されていたことがわかった。

 そして、克行氏に対する有罪判決が出た後に、検察は被買収者側をすべて「起訴猶予」処分にしたが、検察審査会が「起訴相当」議決を出し、検察はそれにしたがって略式起訴を行うこととなったのである(【河井元法相事件被買収者、当然の「起訴相当議決」、混乱を長期化させた検察に重大な責任】)。

 この事件では、河井夫妻側を買収で起訴していたのであるから、そのお金を受け取った被買収者の方の犯罪成立を否定することはできない。過去の実務からは、被買収者だけ不起訴はあり得ないのであるが、もし、それを不起訴にするとすれば、「起訴猶予」にせざるを得ない。そうすると、検察審査会で覆されることは必至ということになるため、克行氏の公判での被買収者の証人尋問が続いている間は、告発状を受理しないという不当な対応を続けたのではないかと考えられる。

 2023年7月になり、東京地検特捜部の検事が、克行氏から現金を受け取った地元議員に対して、取り調べの際に、不起訴にすることを示唆したうえで現金が買収目的だったと認めるよう促していたことが明らかになり、大きな問題となった。

 このように、検察が、犯罪事実を認め、「起訴しようと思えば起訴できる」と判断した上で行う「起訴猶予」の不起訴処分の場合は、検察審査会の「起訴相当」議決は一応可能である。しかし、それについても、「検察の正義」の象徴と言える特捜部の事件では、「起訴猶予」による不起訴が相当だとの検察組織の判断が覆される「起訴相当」議決が出ることに対して、検察は手段を選ばす抵抗してきたのである。

「嫌疑が十分ではない」とする不起訴と検察審査会の議決

 一方、重大事件として社会の耳目を集めた政治家の事件で、検察が犯罪の嫌疑(証拠)が十分ではないと判断し「嫌疑不十分」「嫌疑なし」として不起訴にした場合は、検察組織として判断を行っていることから、検察審査会でその判断を覆すことは、殆どの場合不可能である。

 このような事件の場合、「嫌疑が十分ではない」という判断に沿う証拠関係になっており、「起訴して犯罪事実を立証するに足る証拠」が収集されていないからである。

 特捜部の事件というのは、検察自らが事件を立件し、一から証拠を収集し、必要に応じて関係場所の捜索、被疑者の逮捕等の強制捜査を行って証拠を収集し、起訴した場合には、有罪立証に向けて全力を尽くす。

 一方、告訴・告発を受けて捜査を行う場合、起訴は困難と判断すれば、最終的な証拠関係を「嫌疑が十分ではない」との判断に沿うものとなるようにするため、犯罪事実が認められる方向での証拠収集は行わないのが通常のやり方だ。犯罪事実を否定する被疑者の供述は、詳細に説得力をもつ内容として調書に録取するし、起訴する場合に行うような「詰め」の捜査は行わない。

 つまり、検察が「嫌疑不十分」で不起訴にした場合、世の中的には起訴も十分にあり得るのではないかと思われるような事案であっても、検察の事件記録上は、犯罪事実を立証するには証拠が全く足りない、ということになっているのである。

 そのような事案で検察審査会への審査申し立てが行われても、検察から送付される事件記録を見れば、犯罪事実を認める証拠が十分ではないことがわかり、審査の結果、検察の判断が覆ることはほとんどないのである。

極めて特異な経過をたどった陸山会事件での小沢一郎氏の起訴議決

 唯一の例外であり、極めて特異な経過をたどったのが、東京地検特捜部による陸山会事件である。検察は、小沢一郎氏を「嫌疑不十分」で不起訴にしたが、検察審査会で「起訴相当」議決が出て、検察が再度不起訴にし、検察審査会が再度起訴すべきとする「起訴議決」が出されて、裁判所が指定した弁護士によって起訴が行われた。

 この事件では、自公政権から民主党等へ政権交代した直後から、東京地検特捜部が民主党幹事長の小沢一郎氏に対する捜査を続け、秘書3人を逮捕した上、異常な執念で小沢氏の起訴をめざしたが、検察の組織としての判断は「小沢氏の共謀を立証する証拠が十分ではない」という理由で「嫌疑不十分」で不起訴になった。

 ちょうどその直前の2009年5月施行の検察審査会法改正で「起訴議決制度」が導入され、それまでは、検察に不起訴処分の再検討を要請するだけで法的拘束力がなかった検察審査会の議決に、一定の場合に法的拘束力が与えられるようになった。

 実際に、小沢氏の不起訴処分については検察審査会に審査申し立てが行われ、「起訴相当」「起訴議決」で、裁判所の指定する代理人によって小沢氏は起訴された。しかし、結局、一審で無罪、控訴も棄却されて無罪が確定した。

検察審査会を騙して起訴議決に誘導した特捜部

 その小沢氏の刑事事件の裁判の過程で、衝撃の事実が明らかになった。

 2011年12月に東京地裁で開かれた公判において、東京地検特捜部に所属していた田代政弘検事の証人尋問が行われ、前年5月、陸山会元事務担当者の石川知裕衆院議員を保釈後に再聴取した際の状況について、石川氏が全く言っていない内容の供述を「創作」し、石川氏の供述を捏造した疑いが濃厚になった。

「ヤクザの手下が親分を守るためにウソをつくのと同じようなことをしたら、選挙民を裏切ることになる」と考えて小沢氏への虚偽記載の報告を認めた

という捜査報告書の記述が、石川氏の供述に基づかないことが、石川氏が取調べ室に持ち込んだ録音機の記録から判明したのである。

 その報告書は、小沢被告に対する「起訴相当」「起訴議決」を出した東京第5検察審査会にも提出され、審査の資料とされ、議決書にも一部が引用されていた。

 この陸山会事件で、小沢氏は「嫌疑不十分」で不起訴となっており、検察の組織としては、犯罪事実の認定について消極の判断をしている。検察審査会の「起訴相当」議決を受けて行われる再捜査において、わざわざ、検察の不起訴処分を覆す方向で捜査を行い、虚偽の捜査報告書を作成してまで、小沢氏の犯罪事実を認めさせようとする行動は、特捜部が、検察組織全体の方針に反して、検察審査会を「起訴議決」に向けようとしたものとしか考えられなかった。

 検察審査会の審査員が小沢氏との共謀を認める石川氏の供述調書を信用し、小沢氏に対する起訴議決を行うようにするため、田代検事に虚偽の捜査報告書を作成させる、という行為が、東京地検特捜部内での組織的な背景を持って行われた疑いが濃厚であった。

 つまり、この小沢氏に対する議決は、検察捜査を行った東京地検特捜部が画策し、「起訴しようと思えば起訴できるような証拠関係」を整えており、しかも、その中には、供述を捏造した虚偽捜査報告書も含まれていた、という特異事例だったのであり、通常、「犯罪の嫌疑が十分ではない」という検察組織の判断に沿う方向に証拠が整えられているのとは真逆だったのである。

田代検事の虚偽有印公文書作成罪の事件での「不起訴不当」議決

 この虚偽捜査報告書の作成を実行した田代検事は懲戒処分を受けて辞職した後、市民団体から虚偽有印公文書作成と小沢氏の公判での偽証の疑いで告発された。2012年11月に検察は田代氏を「嫌疑不十分」で不起訴としたが、検察審査会に審査申し立てが行われた。

 これに対して、検察審査会は、2013年4月19日に、田代氏について、「不起訴不当」とする議決を行った。

 この件について、私は、事件当時の法務大臣で、検察の不起訴処分を再検討するよう指揮権を行使しようとした小川敏夫氏、石川知裕氏等との対談を収録した【検察崩壊 失われた正義】(毎日新聞社:2012年)を公刊するなどして、この不起訴処分の不当性を訴えた。

 前記のとおり、一般的には「嫌疑不十分」による不起訴処分は、証拠上の問題から、検察審査会で起訴相当議決が出される可能性は皆無に近いと言えるが、同書の中でも述べているように、この田代検事の事件は、石川氏の録音記録と、田代検事が作成した捜査報告書との比較だけで、虚偽有印公文書作成罪の犯罪成立が証拠上明白で、「起訴相当」議決も十分に考えられる特殊な事例だった。

 しかし、実際には、検察審査会の議決は、「不起訴不当」にとどまり、検察の再度の不起訴で、事件は終結した。

 議決書では「不起訴不当」の理由について、

 虚偽有印公文書を作成するにつき故意がなかったとする不起訴裁定書の理由には十分納得がいかず、むしろ捜査が不十分であるか、殊更不起訴にするがために故意がないとしているとさえ見られる。
 記憶の混同があったとする田代の供述が信用し難いことは、前記虚偽有印公文書作成・同行使のとおりであって、俄に証言が記憶に反したものとは言えないとする検察官の不起訴裁定には賛同できないので、偽証についての同処分は不当であると判断した

と述べている。

 検察審査会には、上記著書で述べていることはほぼ理解されており、田代検事作成の報告書が虚偽公文書であり、それについて「記憶の混同」とした田代検事の証言が虚偽だと認めた上で、「犯意」についての証拠が十分ではないので、さらに捜査を尽くすべき、というのが、検察審査会の結論なのである。

検察審査会の起訴議決制度の限界

 田代氏の事件ですら「不起訴不当」にとどまったことが、現行の検察審査会法における起訴議決制度の限界を示していると言うべきであろう。

 政治家の事件で、「嫌疑が十分ではない」という理由で不起訴になった事例で、検察審査会が「起訴相当」議決を出したケースは、東京地検特捜部が検察審査会を騙して起訴議決に誘導しようとした陸山会事件における小沢一郎氏の事例以外にない。

 検察審査会の議決で覆すことができるのは「検察の判断」であり、「検察の捜査の不作為」について、検察審査会が代わって捜査をすることはできない。「犯罪事実は認められるが、敢えて起訴しない」とする「起訴猶予」の判断を覆して、「起訴相当」議決を行うことはできるが、「嫌疑不十分」「嫌疑なし」などの検察の不起訴について、「捜査が尽くされていない」「もっと捜査すべき」と判断しても、検察審査会は自ら捜査を行うことはできないので、「不起訴不当」の議決を出して、検察の再捜査に期待することしかできない。しかし、現行法では、仮に審査員全員一致で「不起訴不当」の議決が出されたとしても、検察に対する法的拘束力はなく、再度の不起訴で事件は終結してしまうのである。

検察審査会議決での国会議員の起訴の可能性は殆どない

 今回の「政治資金パーティー裏金事件」での検察の不起訴処分に対して、検察審査会への申し立てが行われても、議決によって国会議員が起訴される可能性が殆どないことは明らかだ。

 安倍派は、政治資金パーティーの主催側として、キックバック等で裏金を供与した会計責任者が政治資金収支報告書虚偽記入の罪に問われたが、安倍派幹部の国会議員については、不起訴処分の裁定主文は「嫌疑不十分」ですらなく、「嫌疑なし」である。検察捜査の結果としての事件記録上は、幹部の会計責任者との共謀を認める証拠は「皆無」だということであり、安倍派幹部について検察審査会の議決で起訴される可能性は皆無である。

 では、裏金を受領した側の国会議員についてはどうか。

 これについては、起訴ないし略式起訴された3議員の事件以外は、現時点では告発は行われておらず、刑事立件も行われていない。今後、各議員の収支報告書の訂正等を受けて具体的な不記載額が判明すれば(各年毎の不記載額も含めて)、告発が行われる可能性がある。

 告発は、会計責任者だけではなく、国会議員本人も告発の対象とされる可能性が高いが、検察は、会計責任者については上記3議員と比較して不記載金額が少ないという理由で「起訴猶予」、国会議員については共謀の証拠がないとして「嫌疑なし」又は「嫌疑不十分」で不起訴とするのであろう。

 この場合、会計責任者の「起訴猶予」に対して、「起訴相当」議決が行われる可能性はある。しかし、国会議員については、「起訴相当」議決はおろか「不起訴不当」議決が出される可能性すらほとんどない。

検察捜査の方向性への基本的疑問と今後の議論

 「陸山会事件での検察審査会の小沢一郎氏の強制起訴」が世の中に強烈に印象づけられているため、検察が政治家を不起訴にした事件で検察審査会の「起訴相当」「起訴議決」の可能性があるかのように認識される傾向があるが、小沢一郎氏の事件は、特捜部が虚偽公文書作成という犯罪行為まで行って検察組織の不起訴の決定を覆そうとした特異な事例であり、他の政界捜査の事件に当てはまるものではない。

 検察は還流金を政治団体宛の政治資金に結び付けて「政治資金収支報告書の虚偽記入罪」で処罰することにこだわり、「政治家個人宛の寄附禁止」違反としての処罰、還流分を「個人所得」だとする課税の面からの捜査を行ってこなかった。

 そのことに対する疑問は、1月29日の衆参両院の予算委員会の集中審議で、立憲民主党小西洋之議員、日本維新の会音喜多駿議員等の質問でも指摘されている。検察の捜査・処分への国民の不満を、その捜査の延長上で検察審査会での議決に過大な期待をかけることで解消しようとするのではなく、検察捜査の方向性が根本的に誤っていたのではないかという観点からの議論に向けるべきである。

 今回の事件での検察審査会の議決による国会議員の起訴の可能性は殆どないという現実を直視した上で、政治資金をめぐる制度論や政治家個人への課税についての議論に向けていくべきである。

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安倍派幹部の「単なる不記載・裏金否定」説明は、杜撰な政治資金会計制度が根本原因

1月21日の記事【「政治資金パーティー問題」は単なる「不記載」なのか?安倍派幹部の「虚言」か、マスコミの「歪曲報道」か】で、これまで、マスコミでは「政治資金パーティー『裏金』事件」と報じられてきたことと、安倍派幹部が、収支報告書への「単なる不記載」であり、「裏金」ではないかのように説明していることとの間に、大きな落差があることを述べた。安倍派幹部のいう「裏金」というのは、政治資金として帳簿に載せられないような使い方をするお金(全額が「個人所得」とされても仕方がない金)のことを指すようだ。

政治資金処理の問題に関して、会社であれば、決算報告書や会計帳簿に「収入を故意に記載しない」という行為は、通常、「裏金作り」そのものである。それなのに、なぜ、政治資金収支報告書に関しては、「単なる不記載であって裏金ではない」という説明があり得るのか。

それは、企業会計が複式簿記であるのに対して、政治資金処理が、「単式簿記」であり、資産・負債の残高が収支報告書の記載の対象外になっていることによるところが大きい。

「単式簿記」と「複式簿記」

収入と支出だけが記載されていて、資産負債の残高の報告が求められない「単式簿記」の場合は、収支と預金や借金の残高の増減との整合性が確認されない。家計簿が典型例であるが、家計への収入と支出だけを記録しているものなので、消費者金融から借金を受けたり、その返済をしていても、逆に、収入の一部を「へそくり」としてタンスに隠していても、家計簿上はわからない。

政治資金収支報告書も、収入と支出の差が、翌年度への繰越額として記載されるだけで、当該政治団体の「客観的な財政状態」はわからない。そこに、収入と支出が収支報告書(P/L)に記録され、必ず、資産負債報告書(B/S)に反映される企業会計とは大きな違いがある。

今回の政治資金パーティーの還流の問題を、企業間の取引に例えれば、親会社Aの大規模イベントでノルマを超えてA社の商品を販売してくれた子会社Bの社長Xが、その分を「販売手数料」として受け取ったようなものだ。

通常、「販売手数料」は、B社の収入としてB社の決算報告書に記載され、その分、B社の資産が増える。それを、もし、A社側から、Xに「B社の収入として決算報告にも記載しないでほしい」と言って渡され、実際に収入から除外して処理するとすれば、「裏手数料」として、B社には入金せず、Xが自由に使うことができる「裏金」となる。

複式簿記であれば、会計処理において収入・支出と資産・負債とは連動し、毎年の決算報告書には、その年の収入・支出だけではなく、提出時の資産負債残高が記載される。「A社からの販売手数料」が収入としてB社に入金処理されれば、その年度の決算報告で収入として計上される。計上されないようにしようと思えば、入金処理をしないで、簿外資金にするしかない。入金処理しないまま、その金を他の収入と同じように会社の金として扱おうとすれば、別の名目の収入として虚偽の入金処理をするしかない。

つまり、複式簿記では、「収入として記載しない」ということは、資産・負債関係に影響があるので、それとの辻褄も合わせる必要が生じる。単に、収入には計上しないというだけの「(裏金ではない)単なる不記載」のような説明は困難なのである。

政治資金収支報告は「家計簿並みの単式簿記」

政治資金収支報告書も単式簿記であり、家計簿と同じように、収支報告書には資産残高を記載しないので、その前年からの資産の増減はわからない。毎年の収支を総括して、収入が多ければ、「翌年度への繰越金」とされるが、それは実際の政治団体の口座の残高とは一致しないこともありうる。寄附等の収入を一部除外していても、資産・負債残高の増減との整合性がチェックされないので、簡単にごまかすことができる。

もちろん、政治資金規正法は、政治団体に会計帳簿の備え付けを義務付けており、入出金が逐次記帳されていればごまかしもできないのだが、実際には、会計帳簿に政治資金収支をリアルタイムで逐次記帳している例など聞いたことがない。

派閥からの還流が政治団体に入金されて他の政治資金と混同して政治資金に使われているのに、収支報告書の提出時に、収入欄にはその還流分を記載しないことにすると、その分、収支がマイナスになることになるが、単式簿記の政治資金収支報告書では、毎年の資産の残高が記載されず、前年からの増減も問題にならないので、翌年度への繰越額が少なくなるだけで、収支報告書上はわからない。還流分を記載していなかったことが後日露見したとしても、その金額を訂正記載し、その分、翌年度への繰越額を増やせばよい、ということになる。

今回の事件は、派閥の政治資金パーティー券を、ノルマを超えて販売してくれた所属議員側に還流し、それを派閥側から所属議員の収支報告書に記載しないように指示したということであるが、仮に、還流分の収入を、その政治団体の通常の政治資金の収支に組み入れて区別しないで使っていたとしても、収支報告書には派閥からの寄附の収入を記載せず、その分、翌年度への繰越額を過少に記載するということがあり得ないわけではない。

このようなことから、安倍派幹部は記者会見で、「裏金」ではなく、収支報告書の「単なる不記載」だなどと説明しているのである。

もちろん、還流分の「単なる不記載」に過ぎなかったとしても、政治資金規正法上は、派閥からの収入の不記載ないし、収入欄の虚偽記入という明白な違反である。しかし、「不記載」であること以外は、政治資金としての収支の実態は、通常の政治資金と何ら変わらず、単に、収入欄に記載しなかっただけという、まさに「形式犯」だとすれば、多くの国民が「裏金問題」と認識している今回の「政治資金パーティー問題」とは全く異なるものであろう。

安倍派側から所属議員が、収支報告書に記載しない「自由に使えるお金」として受け取り、実際に、所属議員の思うままに、表に出せない使い方をしてきたものと多くの国民が認識していたはずであり、私も、安倍派幹部の記者会見での説明を聞くまでは、「裏金」であることを前提に、この事件を論じてきた。

「裏金」の実態についてのポイント

そこで重要なことは、安倍派から所属議員への還流に、「単なる不記載」ではない(通常の政治資金ではない、自由に使えるお金としての)「裏金」だとの実態がどの程度あったのかである。

この点についての事実解明・捜査のポイントは、(1)還流金を「収支報告書に記載しない」というのが、どのような趣旨であったのか(通常の政治資金とは異なる「政治活動以外の使い方でもよい、自由に使っていい金」という趣旨であったのか否か)、(2)所属議員事務所側でどのように管理されたのか、通常の政治資金と区別されてプールされ、使用されていたのか否か、(3)還流された金が何に使われたのか、政治活動にのみ使われていたのか、の3つだ。

この3つは、相互に関連する。

(1)の還流・収支報告書不記載の趣旨・目的が、まさに今回の政治資金パーティー問題の本質であるが、長年にわたって慣例的に行われてきたと言われているので、どのような目的で始まったのかを明らかにすることは容易ではない。また、通常の政治資金とは異なる「政治活動といえないようなことにも自由に使っていい金」であったことは、仮にそうであったとしても、安倍派側、議員側が、その事実を認めようとはしないであろう。そうなると、(2)の資金の管理形態と(3)の使途から、(1)の還流・不記載の趣旨・目的を推認することになる。

少なくとも、(1)について、「政治資金に限らず自由に使える金」というものであったことが否定され、(2)について、収支報告書で公開する予定の「表の政治資金」と区別されずに管理されていた実態があったとすれば、(3)の還流金の使途も、通常の政治資金と同様ということになり、「単なる不記載」であり、「(安倍派幹部のいう)裏金ではない」との弁解が否定できないことになる。

昨年12月に入り、岸田内閣の閣僚を含めた「裏金」の金額等が次々と報道された。その時点での検察の捜査結果として、少なくとも上記(1)(2)について、「裏金」を裏付ける事実が明らかになっているものと思っていた。

ところが、捜査の事実上の終結後、安倍派幹部は、会見で「単なる不記載」だとして「裏金」を否定する説明を平然と行った。

還流を受けた議員の説明内容

それ以降、安倍派所属議員が、記者会見を開き、還流を受けていた金額を明らかにし、上記(1)~(3)についても、記者会見等で説明しつつある。

説明内容は議員によって異なるが、上記(1)~(3)との関係で言えば、(1)については、秘書(会計責任者)が、「還流分について派閥側から不記載の指示を受けた」と説明するだけであり、それが、通常の政治資金の寄附と異なり「自由に使える金であった」とする議員はいない。

一方、(2)については、ほとんどの議員が、現金のまま、或いは別口座に入金するなどして、通常の政治資金とは区別して保管していたことを認めている。

(3)の使途については、「政治活動に使った」との説明で一致しており、政治資金収支報告書の支出を訂正して、その使途を具体的に明らかにする方針を示している議員もいる。

結局のところ、(2)の資金の管理の点以外は、「裏金」の実態は否定する説明であり、今回の安倍派政治資金パーティーについての還流が、「単なる不記載」なのか、「裏金」なのかは、所属議員の説明からは判然としない(最近5年間の還流金を殆どそのまま保管していたと会見で説明した谷川氏については、「裏金」ということになるのであろう)。

今後、還流を受けていた安倍派所属議員が、資金管理団体などの政治資金収支報告書の訂正を行った場合、収入欄には、還流分を「安倍派からの寄附」として記載する一方で、支出欄にどのように記載するかに注目すべきである。

(ア)政治資金としての支出を具体的に記載し、領収書等の支出の裏付け資料も添付、(イ)具体的に記載するが、領収書等の根拠資料の添付はなし、(ウ)翌年度への繰越金、の3とおりの記載があり得る。

支出の訂正記載すべてが(ア)であれば、「単なる不記載」であったことが客観的に裏付けられ、個人所得の脱税の疑いも解消されることになる。一方、(ウ)であれば、実質的に「自由に使える裏金」だったということになる。この場合の「翌年度への繰越金」が政治活動の支出のためだと説明するのであれば、それは実際のところ、「次の選挙のための政治活動の資金」なのではないか。そのようなものを、収入があった時点で収支報告書にも記載せず、後になって「政治活動費」だと主張することなど、世の中の理解は得られないし、税務当局も認めないのではなかろうか。そうなると、還流金全額が「個人所得」とされ脱税とされる可能性もある。

問題は、(イ)である。国会議員関係団体であれば、本来、1円以上の支出すべてに領収書を添付しなければならない。「これを徴し難い事情があるときは、この限りでない。」とされているのであるが(19条の9が引用する11条1項但し書)、通常の政治資金とは異なり、もともと「収支報告書に記載しない前提」でやり取りされた還流金について、領収書を「徴し難い事情」など、認めてもよい場合は殆どないと解するべきであろう。

「裏金」の実態と検察の公判立証での注目点

検察は、「裏金」の実態を解明するために、地方からの数十名の応援検事も含め、年末年始休暇返上で大規模捜査体制を組織し、徹底した証拠収集と取調べを行ったはずだが、国会議員の起訴は、大野泰正参議院議員を公判請求、谷川弥一衆議院議員(既に議員辞職)の略式請求、逮捕・勾留中の池田佳隆氏も含めても3名にとどまる見通しだ。

安倍派の会計責任者も含め、今後の公判でどのような立証が行われるのか、検察が安倍派幹部のような説明を覆す立証を行えるのかが注目される。

その主戦場は、約5000万円の「安倍派からの寄附」を除外した収入総額を記載した政治資金収支報告書の虚偽記入で起訴された大野氏、そして、逮捕・勾留され、間もなく起訴されると予想される池田氏の公判だ。

大野氏も、起訴された1月19日に記者会見を開き、起訴された刑事事件に関するためとして詳細な説明は避けたものの、還流分はすべて政治活動に使い、収支報告書の不記載については、大野氏自身は全く知らなかった、政治資金の処理は「すべて会計責任者の秘書に任せていた」と説明した。

安倍派幹部と同趣旨であるように思える大野氏の主張を、検察が、どのように覆し、「裏金」の実態を立証できるのかが注目される。

一方、池田氏は、12月8日、資金管理団体の収支報告書の収入欄に、「安倍派からの寄附」として3200万円を記載し、一方で、支出欄は全額「翌年度への繰越金」として記載した。上記のとおり、このような記載しかできなかったのは、還流金が、政治資金ではなく個人所得であったと見るべきではなかろうか。そうなると、池田氏の上記「政治資金収支報告書の訂正」自体が虚偽記入であった疑いが生じる。

検察が、池田氏をどのような犯罪事実で起訴し、公判でどのような立証を行うのかにも注目すべきだ。

いずれにせよ、政党助成金制度の下で、政治資金として多額の国費による助成が行われているにもかかわらず、国会議員も含めた政治資金の処理が、すべて家計簿並みの単式簿記で行われていること自体が、明らかな制度の不備だ。

複式簿記が導入されていれば、安倍派幹部のように「単なる不記載」などと説明することは難しくなる。

企業社会では、会計処理のデジタル化が進んでおり、入金処理は、複式簿記による会計ソフトで自動的に処理されるのが当然になっている。

政治資金収支報告書の複式簿記化が一部で提案されたこともあったが、政治資金規正法の改正に関して真剣に議論されたことはない。今回の自民党派閥政治資金パーティーをめぐる問題を受けて、少なくとも、政治資金監査が義務づけられている国会議員関連団体だけでも複式簿記化し、企業会計のレベルに近づけることが検討されるべきである。

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「政治資金パーティー問題」は単なる「不記載」なのか?安倍派幹部の「虚言」か、マスコミの「歪曲報道」か

 東京地検特捜部が、昨年12月から、全国からの応援検事数十名を動員し、かつてない大規模捜査態勢で行ってきた、自民党各派閥の「政治資金パーティー裏金事件」、先週金曜日(1月19日)に、「裏金受領国会議員」3名、派閥と議員の政治団体の会計責任者ら5名の8名が起訴(略式起訴を含む)され、捜査は概ね終結したと報じられた。

 これを受け、不起訴処分となった安倍派(清和政策研究会)の幹部が、次々と記者会見を行い、「会計責任者が起訴された刑事事件に関することについての言及は控える」と言いつつも、今回の事件に対する説明を行った。

 塩谷立座長は、

「(安倍派事務局長側の)誤った説明など長年にわたる事務的なミスリードにより、所属議員事務所の誤った処理をさせた」

と説明し、また、前事務総長の西村康稔氏は、X(旧ツイッター)で、

「清和会の収支報告書の作成と提出は、会計責任者である事務局長において行ってきており、収支報告書に記載しないことについても、長く慣行的に行われてきたようでありましたが、私たち幹部も、今回の問題が表面化するまで知りませんでした」
「事務局から関係政治団体の収支報告書への記載は不要だとする旨の説明が過去からなされていたと聞いていますが、このため、いわゆる裏金作りなどの意図はなかったであろうに、特に所属の若い議員に大きな傷を与えてしまった」

などと述べて、「裏金作り」の意図を否定している。

 これら安倍派幹部の説明は、「政治資金の寄附」として、安倍派と所属議員の政治団体の政治資金収支報告書に記載すべきであった、(記載しておけば何の問題もなかった)のに、(何らかの事情で)記載しなかったという「収支報告書の記載上の事務的な問題」であった、との点で一致している。

 その説明のとおりであるとすると、そもそも今回の問題は、「政治資金パーティー券のノルマ超の売上」について、安倍派から所属議員に「裏金」が供与されたということではなく、通常の収支報告書に記載する「表の政治資金」と同様の性格の寄附が行われ、それが、通常の政治資金と同様に使われただけだったことになる。

 そもそも、収支報告書で公開しない前提で資金をやり取りし、実際に、その事実を収支報告書で公開しないということ自体が政治資金規正法上、全く許されないものであることは明らかだ。

 しかし、それが、常に、実質的に「裏金」と評価されるとは限らない。一般的には、「裏金」というのは、単なる「収支報告書への不記載」にとどまるものではない。「表に出さない金」「領収書不要の金」であり、少なくとも「政治活動費」として使途を公開することに支障があるからこそ「表の政治資金」とは区別して扱うものである。

 私の検事時代での経験で言えば、20年前、長崎地検次席検事時代に捜査を指揮した自民党長崎県連事件では、県連幹事長が、収支報告書で公開する「表の寄附」と公開しない「裏の寄附」とを区別してゼネコンから献金を受領し、「裏金」は、表に出せない飲食代等に費消していたこと、年に1回開催する県連政治資金パーティーの収入の一部を収支報告書に記載しないで「裏金」化し、党本部から招いた党幹部への数百万円に及ぶ高額のお土産品の購入代に充てるなどしていたことが明らかになった。

 そういうものが典型的な「裏金」であり、それは資金を受け取る時点で、表の金とは明確に区別して管理され、使用するのが通常だ。

 キックバックを行う当事者双方が、そのような「裏金」と認識して授受したのであれば、その趣旨と、それを所属議員事務所でどのように取り扱うかについて、所属議員が認識していないことはあり得ない。

 安倍派幹部の説明は、「ノルマ超のパーティー収入のキックバック」が、上記のような「裏金」であることを全面的に否定するもので、それが真実だとはにわかに信じ難いのであるが、仮に、そうであったとすれば、昨年12月から約1か月半にわたって、日本の政界に大激震を生じさせ、令和のリクルート事件」とまで言われたこの「事件」とはいったい何だったのか、ということになる。

 当初、神戸学院大学上脇博之教授が、自民党各派閥の政治資金パーティーにおいて、パーティー券を購入した政治団体側の収支報告書記載では20万円超となっているのに、派閥の収支報告書には記載されていないものが、5派閥で合計約4000万円あるという「形式的な違反」について告発が行われたことを受けての東京地検特捜部の捜査が、「キックバック裏金事件」に発展していった段階で、各派閥、特に安倍派の会計責任者は、どのように供述していたのか、それを受けて「キックバック」を受領していた議員の事務所の会計担当者の聴取が行われた際には、どのような供述が行われていたのか。

 安倍派から所属議員へのキックバックを「収支報告書に記載しない」ということの意味が、「通常の政治資金と同様に扱うが、単に収支報告書に記載しない」という趣旨なのか、「裏金」として、通常の資金とは異なる領収書不要の金として扱ってよい、つまり「自由に使ってよい金」という趣旨なのか、安倍派事務局長と所属議員の会計担当者は、どのように供述していたのか。

 その頃から、安倍派から所属議員に「裏金」がわたっていた、との報道が行われるようになり、松野博一官房長官についても「1000万円裏金受領」が報じられ、国会での野党側の追及に「答弁差し控え」を繰り返した松野氏は官房長官辞任に追い込まれた。そして、その後、岸田文雄首相は、安倍派の大臣・副大臣8人全員を事実上更迭する事態に至った。

 この際の報道のキーワードとなったのが「裏金」であり、その政治資金パーティーのノルマ超売上のキックバック問題が、単なる収支報告書の不記載ではなく、「裏金」の実体があるからこそ、そのような言葉が使われているだろうと誰しも思ったはずだ。

 このような情報が安倍派側からは出ようがなく、検察側からのリークである可能性が高いが、リークしたかどうかはともかく、検察側が、もし「裏金」ではなく単なる「不記載」だと認識していたのであれば、非公式で行われる東京地検次席検事の定例会見等において、その点を是正するのが当然であろう。

 改めて考えてみると、今回の事件では、安倍派幹部や所属議員にキックバックされた「裏金の金額」が連日のように報じられてニュースや新聞紙面をにぎわし、世の中は、その「裏金」に対して怒りを爆発させたが、その割には、キックバックされた「裏金」の使途の話が全く報じられない。また、逮捕された池田佳隆衆議院議員の被疑事実でも、在宅起訴された大野泰正参議院議員の起訴事実でも、「虚偽記入」とされているのは、収入欄に、キックバックされた「安倍派からの寄附」を記載しなかったことだけだ。支出欄の虚偽記入は全く問題にされていない。結局、それらには、「裏金」の実体は全く含まれておらず、寄附についての不記載だけの問題であるようにも思える。

 しかし、一方で、もし、単なる「収支報告書不記載」に過ぎなかったのであれば、もともとは形式的な違反に過ぎなかった上脇氏の告発事件の検察捜査で派閥の会計担当者の聴取が行われるようになった際に、自民党側が動揺し、騒ぎが大きくなっていたのはなぜなのか、特に、自民党側の認識や状況を正確に把握しているはずの政治ジャーナリストの田崎史郎氏などは、当初から、

「この事件は大事件になる。『令和のリクルート事件』になる」

と述べていた(12月3日、BS朝日「激論クロスファイア」)。

 しかも、全国から、年末年始休暇返上で数十人もの応援検事を集めた大規模捜査態勢で捜査が行われたことからしても、「裏金」の実体があったことについて当事者の供述がなく、単なる「不記載事件」としての証拠しかなかったとは思えない。

 安倍派幹部が、口を揃えて説明しているように、単なる「不記載」であり、裏金の実体はないのか、それとも、これまで報道されてきたように、通常の政治資金とは異なる「表に出せない金」としての「裏金」なのか、それは、事実上終結した検察捜査の中で、安倍派の事務局長の供述、所属議員の会計責任者等の供述によって明らかになっているはずである。

 前者であれば、この事件について、昨年12月以来報道されてきた「裏金報道」は、虚偽とまでは言えないが、実体とは大きく異なり事実を歪曲する報道だったことになる。逆に、後者であれば、安倍派幹部は、この期に及んでも、今回の事件の核心部分について重大な「虚偽説明」をしていることになる。

 この点は、国民にとって、日本の政治・社会に大きな影響を生じさせる重大な事項であり、検察当局は、起訴された国会議員、会計責任者等の公判を待つまでもなく、現時点で明らかにできる事項だけでも説明をすべきである。

 それをしないのであれば、法務大臣が一般的指揮権(検察庁法14条本文)に基づいて、本件に対する適切な対応を行うよう検察当局に指示すべきであろう。

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政治資金パーティー裏金は「個人所得」、脱税処理で決着を!~検察は何を反省すべきか。

先週土曜日(1月13日)、NHK、毎日などで「安倍派幹部刑事立件見送り」と報じられたことで、国民の怒りが爆発している。

X(旧ツイッター)などのSNS上では、「安倍派幹部の立件断念」「地検特捜部」などがトレンド入りし、検察への批判、不満、失望、絶望などの夥しい数の投稿が並び、「#検察は巨悪を眠らせるな」、などのハッシュタグの投稿も膨大な数に上っている。

昨年12月には、検察リークと思える報道で安倍派幹部の閣僚級国会議員の名前が次々と報じられ、年末には、安倍派、二階派の事務所に対して捜索が行われたことで、検察捜査に対する期待は最高潮に達し、「安倍派幹部は全員逮捕」などの声まで上がっていた。そのような検察捜査への期待が、突然の「安倍派幹部の刑事立件見送り」の報道で一気に冷や水を浴びせられたことで、ネット上の批判が凄まじいものとなった。

そして、本日(1月16日)、処分の見通しについては沈黙していた読売新聞も、「安倍派幹部7人不起訴へ、会計責任者との共謀認定できず」と報じ、派閥幹部の不処罰が確実なものとなったことで、世の中の反応は一層激しくなっている。

このような「政治資金パーティー裏金問題」をめぐる状況に関して、国民は何に怒り、不満を爆発させているのだろうか。

直接的には、「当然処罰されると思っていた安倍派幹部が処罰されない見通しと報じられたこと」であり、検察の捜査と処分の見通しに対する不満である。今回の東京地検特捜部の捜査は、当初から、政治資金規正法の「政治資金収支報告書の不記載・虚偽記入罪」の容疑で行われ、その罰則を適用して刑事処分を行うことをめざしてきた。そのような政治資金規正法違反による捜査処分が、国民の期待を裏切る結果になりそうだということが、国民の激しい反発の直接的な理由だ。

しかし、SNSの投稿の中身をみてみると、実は、国民が今回の事件で憤っていることの大きな要素に、「課税に対する不公平感」がある。今回の問題は、安倍派の幹部を含む多くの政治家が、政治資金パーティーの収入から多額の「裏金」を得ていたという問題である。政治資金規正法という法律上は、政治資金収支報告書による「政治資金の収支の公開」の問題であり、その記載義務に違反したことに対する罰則適用の問題だが、国民が怒っているのは、「収支報告書の記載」の問題ではない。

国会議員が、政治資金パーティーの売上の中から、自由に使っていい「裏金」を受け取り、それについて税金の支払を免れているということに対して、激しく怒っているのである。

国民は、事業者も、サラリーマンも、汗水流して働いたお金を報酬・給与として得る。それについては、法人の事業を行って得たお金であれば「法人税」等を、個人の収入として得たお金であれば「所得税」等を支払わなければいけない。その上で、残ったお金を自由に使うことができる。

ちょうど、今、個人事業主などは、確定申告に向けて気の滅入るような作業を強いられ、それによって税金を払わざるを得ないことになる。しかも、昨年10月にインボイス制度が導入され、「会計処理の透明化」の動きが中小企業や個人事業主にも及び、多くの国民がその負担に喘いでいる。それなのに、政治家の世界では自由に使えて税金もかからない「裏金」という、「領収書不要の金のやり取り」が行われている。

自民党安倍派は、大規模な政治資金パーティーで巨額の収入を得て、その一部を裏金で所属議員に分配し、彼らは税金も支払わず、自由に使っている。そのことに対して国民は怒りを爆発させている。Xの投稿で、「納税の義務」「納税拒否」がトレンドになっているのも、そういう理由からなのである。

これまで、「自民党政治資金パーティー裏金問題」については、「東京地検特捜部による捜査」に関心が集中し、次々と報じられる検察捜査の展開についての報道を、国民は固唾をのんで見守ってきた。果たして、今回の「裏金問題」は何をどう問題にして、どうすべきだったのか。

これまでは、検察捜査に関心が集中し、政治資金規正法の視点ばかりが取り上げられてきた。しかし、もともと、政治資金規正法による処罰には限界があった。

むしろ、「課税の問題」「脱税の問題」がこの問題の本質ではないのか。政治資金規正法違反の刑事事件の結末に対して、国民が憤っていることの背景に、課税の不公平に対する強烈な不満・反発があるのである。ここで、改めて、今回の問題について「課税」という観点から取り上げてみるべきなのではないか。

 この点について、「今回の政治資金パーティー裏金問題は脱税の問題ととらえるべき」と指摘してきたのが経済評論家の野口悠紀雄氏(一橋大学名誉教授・元大蔵官僚)だ。現代ビジネスの記事【パーティー券問題はなぜ脱税問題でないのか? 国民の税負担意識が弱いから、おかしな制度がまかり通るのだ】などで

「パーティー券収入そのものが非課税であっても、使途を限定していないキックバックは課税所得であるはずだから、それを申告していなければ脱税になるはずだ。」
「派閥からは、キックバックは政治資金収支報告書に記載しなくてもよいとの指示があったと報道されている。ということは、政治資金として使う必要はなく、どんな目的に使ってもよいという意味だろう。だから、この資金が課税所得であることは、疑いの余地がなく明らかだ。」

との指摘を行ってきた。

 今回の問題が「政治資金規正法違反」としてとらえられてきた背景には、政党・政治団体・政治家の金銭のやり取りは、基本的に「政治活動」に関するものであり、「政治資金」である以上、すべてが課税の対象外だという認識があった。それは、政治資金収支報告書に記載されても、記載されない「裏金」でも同様であり、そこで所得税等の税金の問題が発生するのは、「政治資金を私的用途に流用した場合」、その事実が具体的に明らかになった場合だけだというのが、これまでの一般的な認識だった。

私自身も、今回の「裏金問題」について、安倍派(清和政策研究会)という「政治団体」とその所属国会議員という政治家の関係での金銭のやり取りだから、「政治資金」であり、課税の対象外と考えてきた。

これまで書いてきた記事でも、「裏金を、個人的用途に費消したり、個人的蓄財に充てられたりしていれば、個人の所得ということになり、税務申告していなければ脱税となる。但し、国税と検察で「逋脱犯の告発基準」を取り決めており、逋脱所得がその基準を上回らなければ脱税の刑事事件にはならない。」という趣旨のことを繰り返し述べてきた。

しかし、野口氏の見解は、それとは大きく異なる。

「使途を限定していないで受け取るお金」は基本的に「個人所得」であり、「政治資金」がその例外になるとすれば、そのための手続が正しく行われている必要がある。今回の問題のように、「政治資金収支報告書に記載しない」という前提で渡された「裏金」というのは、「政治資金」の正規の手続をとらない前提で渡しているのだから個人所得、という考え方だ。

野口氏の見解を前提にすれば、本来、今回の「裏金問題」は、検察ではなく、国税当局が動き、脱税での摘発を検討すべきであり、「裏金受領議員」も、申告していなかった所得税の修正申告を行って納税するのが当然だということになる。

「安倍派」は、キックバック分について、同派と派閥所属議員の政治資金収支報告書を一斉に訂正する方向で検討していると報じられているが、野口氏の見解によれば、キックバック分は、「個人所得」として税務申告すべきであり、「政治資金」として収支報告書を訂正するなどもってのほかということになる。

この問題については、そもそも、「政治資金」は、すべて課税の対象外とされているのか、課税の対象外とされるのはなぜなのか、それは、どのような法律上の根拠に基づくのかを、根本から考え直してみる必要がある。その上で、「政治資金」が課税の対象外となることと、政治資金規正法上の手続がとられることとの関係、政治資金パーティーの収入はなぜ「政治資金」として扱われるのか、それはすべて課税の対象外となるのか、という点も考えてみる必要がある。

政治資金規正法の特殊な性格と裏金問題での処罰の限界

今回の「政治資金パーティー裏金問題」と課税の問題を考える前提として、検察の捜査処分について「安倍派幹部刑事立件見送り」と報じられていることをどうみるか。それがやむを得ないものか、多くのSNS上の反応のように、検察の処分方針は不当で、「腰抜け」「政治権力への忖度」と批判されるべきなのか、私自身の見解を整理しておきたい。

政治資金規正法という法律には、特殊な性格があり、「裏金問題」について政治家本人の処罰が容易ではないことは、再三にわたって指摘してきた。なぜ、「裏金問題」についての政治資金規正法違反による処罰が困難なのか、同法に関する基本的な理解が必要だ。

政治資金規正法には、「収支の公開」と「寄附の制限」という二つの性格がある。政治資金パーティー券をめぐる裏金問題は、基本的に「収支の公開」の問題である。

「政治資金の収支の公開」というのは、政党・政党支部・政治団体について、会計責任者を選任して届出を行わせ、それらの団体の収入金額と支出金額を正確に記載した「政治資金収支報告書」を毎年提出させ、公開するという制度である。ここでの「収入」というのは、その団体に「寄附」などとして実際に入ってきた金額である。政治資金の収支を収支報告書に正確に記載する義務を負うのは、基本的には会計責任者であり、記載すべき事項を記載しなかったり、虚偽の記入をしたりする行為に対して、政治資金規正法の罰則が設けられている。

一方、「寄附の制限」というのは、国の補助金や出資を受けている会社による寄附の禁止(22条の3第1項)、3事業年度以上にわたり継続して欠損を生じている会社による寄附の禁止(22条の4)など、寄附自体を禁止するもので、禁止された寄附を行うこと自体が違法行為ないし犯罪となる。

「政治資金の収支の公開」は、基本的には「情報公開」の問題であり、その違反は、会計責任者が行う収支報告書の作成・提出という形式的な手続上の問題である。だからこそ、基本的に、罰則適用の対象が会計責任者とされているのである。

これに対して「寄附の制限」というのは、実質的な問題であり、それに違反する行為については、寄附を受けた者自身が罰則適用の対象となる。

今回の「自民党派閥政治資金パーティー」をめぐって問題になっているのは、政治団体である自民党派閥から国会議員にわたった「裏金」である。政治資金規正法上は、そのような資金のやり取りをしながら政治資金収支報告書に記載しなかったという「収支の公開」の問題であり、裏金の授受自体が違法行為ないし犯罪なのではない。しかし、この点について、世の中には、「裏金」を受領したこと自体が犯罪であるかのように認識されている。そこに、大きな誤解がある。

「政治資金の収支」自体に関する義務は会計責任者に集中し、それに関する違反で刑事責任を問われるのも基本的には会計責任者である。政治団体の代表者については、会計責任者の「選任及び監督」に過失があった場合に罰金刑に処せられると定められているに過ぎない。実際に、会計責任者ではない国会議員が刑事責任を負うのは、収支報告書の記載の特定の事項について、実質的な意思決定を国会議員自身が行い、会計責任者にそれを実行させた場合、例えば、多額の政治資金を政治団体の代表者の国会議員が受け取ったのに、会計責任者に知らせず、或いは、それを収支報告書から除外するように指示した、というような「実質的に意思決定の主体であった場合」に限られる。

一般の企業・団体、或いは暴力団などをめぐる「組織犯罪」の場合と、政治資金規正法による「犯罪」とは相違があるのである。

ということで、「政治資金の収支の公開」の問題として考えた場合、基本的に会計責任者の問題である収支報告書の記載の問題について、国会議員の責任を問うことは、もともと容易ではない。しかも、安倍派の政治資金パーティーでのノルマ超の売上の還流は、20年以上前から慣行的に行われてきたと言われている。そうであれば、派閥の最高意思決定者の会長の意向に基づき、会計責任者が毎年、同様の処理を行っていたとみるのが自然だ。

最終的には、2022年5月に開催された安倍派の政治資金パーティーについて、前年11月に派閥の会長に就任した安倍晋三氏が、ノルマを超えた売上の還流中止を提案し、いったんは中止が決まったものの、継続を求める議員から反発があり、安倍氏の死去後に当時の事務総長だった西村康稔氏や、下村博文氏、世耕弘成氏ら派閥幹部と会計責任者が対応を複数回協議し、8月に還流継続が決まったとされ、その際の派閥幹部の協議を「共謀」ととらえることの可否が検討されたようだ。

しかし、仮に、還流を継続する場合、やり方としては、(ア)従来通り裏金として還流し、安倍派側も議員側も収支報告書に記載しない方法と、(イ)他の派閥で行われていたように、還流分を安倍派側も議員側も収支報告書に記載する方法の二つがある。

(ア)の方法をとること、つまり収支報告書に記載しないことについて、派閥幹部と会計責任者について虚偽記入罪の共謀が成立するためには、ノルマを超えた売上を還流することだけではなく、その分を収支報告書に記載しないことについての「共謀」が認められなければならない。それは単に幹部が「認識していた」「会計責任者から報告を受けた」という程度ではなく、派閥幹部の側が実質的に意思決定を行ったことが必要となる。

 その点について、複数の幹部と会計責任者との間に、具体的な話合いの場があって、そこで実質的な意思決定が行われたことが、何か客観的な証拠で裏付けられなければ、基本的に会計責任者の責任である収支報告書の問題について、派閥幹部の共謀による責任を問うことは困難だ。

 一方で、裏金を受領した側の派閥所属議員の収支報告書の不記載・虚偽記入罪については、ノルマを超えたパーティー券収入の還流は銀行口座ではなく現金でやり取りされ、収支報告書に記載しないよう派閥側から指示されていたのであるから、その議員は、どの政治団体の収支報告書にも記載しない前提で「裏金」として受け取り、そのまま、どの収支報告書にも記載しなかった、ということである。そのような裏金受領議員の処罰については、どの政治団体或いは政党支部の収支報告書に記載すべきだったのかが特定できない以上、(特定の政治団体等の収支報告書の記載についての)虚偽記入罪は成立せず、不可罰になることを指摘してきた(【「ザル法の真ん中に空いた大穴」で処罰を免れた“裏金受領議員”は議員辞職!民間主導で政治資金改革を!】など)。

 裏金受領議員の政治資金規正法違反での処罰は、もともと「無理筋」であり、今回の事件で、検察が、資金管理団体への記載義務があること、それを認識した上で収入として記載せず、それを除外した収入金額を記載した「収支報告書虚偽記入罪」で立件しようとするのであれば、行い得ることは、裏金受領議員側と話をつけて、略式請求・罰金による決着を図ることぐらいだと考えられた。

検察が1月7日に池田議員と資金管理団体の会計責任者の政策秘書を政治資金規正法違反で逮捕したのは、身柄拘束によるプレッシャーで、「裏金」の資金管理団体への帰属を認める自白に追い込む目的もあるように思われる。しかし、そのような強引なやり方をとるのは、具体的な罪証隠滅行為が行われたなどの事情がなければ無理であり、このようなやり方を多数の「裏金受領議員」に拡大していけるとは思えない。

今回の事件への対応について検察が反省すべき点

 上記のとおり、今回の「自民党派閥政治資金パーティー裏金事件」で、国会議員の処罰が極めて限定的なものになるという「結末」自体は、政治資金規正法という法律の性格や「建付け」等からして、致し方ないものと考えられる。

 しかし、検察のこれまでの対応に「反省すべき点」があることも事実である。

 第一に、昨年12月から、東京地検特捜部に全国から数十人の応援検事が集められ、大規模捜査体制で行う捜査の状況が逐一報じられ、マスコミ報道は、検察が、国会議員の処罰に向けて着々と「進軍」しているかのような夥しい数の報道に埋め尽くされた。安倍派幹部も含めた国会議員が受領した裏金の金額が次々と報じられ、それによって、安倍派国会議員の大臣・副大臣は、岸田内閣から全員「排除」された。国民は、「大本営発表」にように日々報じられる「日本最強の捜査機関」の“大戦果”に、拍手喝采を送り、安倍派・二階派事務所、池田・大野議員の事務所への捜索、年明けの池田議員逮捕で、安倍派国会議員を壊滅させる本格捜査への期待は最高潮に達した。これらの報道が、検察側からのリークによるものではないと言っても、誰も信じる者はいないであろう。

 実際には、検察捜査の内実は、世の中が思っていたようなものではなく、全国から数十人の応援検事を集めた大規模捜査体制による捜査も、さながら、太平洋戦争末期の「インパール作戦」のような惨状であったと推測される。そもそも、政治資金規正法という法律の性格、「建付け」を冷静に考え、刑事事件として冷静に捜査を展望すれば、そのような過大な期待になるわけがないのであるが、検察側から「弱気な情報」が出ないせいか、マスコミの報道も、検察出身弁護士のコメントなども、「勇ましい話」で埋め尽くされた。

 今回の事件での国民の検察捜査への過大な期待が、「安倍派幹部刑事立件見送り報道」で一気に水を差され、国民の激しい怒り、反発を招いていることは、検察側のこれまでの対応によるところが大きいと言わざるを得ない。

 第二に、既に述べたように、「安倍派幹部刑事立件見送り」自体は、致し方ないとしても、それは、閣僚級の大物国会議員が複数からむ事件であるからこそ、刑事立件・起訴について、冷静で客観的な判断が行われたのではないか。ここ数年、東京地検特捜部が手掛けてきた捜査で、果たして、そのような慎重な判断が行われてきたと言えるのか、という疑問である。

 とりわけ、今回の検察捜査を実質的に指揮してきたと言われる森本宏最高検刑事部長が東京地検特捜部長に就任後手掛けてきた事件の多くに、それぞれ大きな問題があった。ディオバン臨床研究不正事件(最高裁で無罪が確定)、リニア談合事件、カルロス・ゴーン事件(拙著【「深層」カルロス・ゴーンとの対話:起訴されれば99%超が有罪となる国で】小学館:2020)、文科省汚職事件などで、特捜部は「暴走に次ぐ暴走」を繰り返してきた。そして、その極めつけが、東京五輪汚職事件、東京五輪談合事件の検察捜査であった(【東京五輪談合事件、組織委元次長「談合関与」で独禁法の犯罪成立に重大な疑問、”どうする検察”】【東京五輪談合、セレスポ鎌田氏”196日の死闘”で明らかになった「人質司法」の構造問題】など)。

そのようなこれまでの特捜検察の「あまりに積極果敢な姿勢」と比較すれば、今回の事件で、閣僚級国会議員について、突然、冷静かつ慎重な「刑事事件においてあるべき判断」が行われたことが、国民の目には「政治権力者への忖度そのもの」とみられることも仕方がないと言えるだろう。

 今回の事件への検察の対応には反省すべき点が多々あると言わざるを得ないし、近年の特捜捜査の在り方自体の問題についても、この機会に徹底した検証を行うべきであろう。

政治資金の「課税の問題」

 冒頭に述べたように、国民の多くが怒っているのは、「裏金」というのが、国会議員が、自由に使ってよい金で、しかも税金の支払いを免れていることである。まさに、今回の政治資金パーティー問題の中心にあるのは「課税の問題」であり、その問題に正面から向き合う必要がある。

まず、「政治資金はすべて非課税」なのか、それはどのような根拠に基づくものなのかという点を考えてみる。

所得税法上は、選挙運動に関して受けた寄附で、公職選挙法第189条の規定に基づく収支報告がされている場合には課税されないことが定められている。ところが、それ以外で、政治家個人が受ける政治献金の非課税については、いかなる規定も設けられていない。政治家個人が受ける一般の政治献金について非課税とする規定は現行税法のどこにも存在しない。

そのため、政治家個人が政治資金の寄附を受けた場合は、基本的には「雑所得」として課税の対象となる。政治家個人が受けるさまざまな政治献金収入は、雑所得になり、当該政治家が政治活動のために支出した金額を、当該雑所得の必要経費として控除できることになる。 (しかし、おそらく政治資金を雑所得として計上している政治家はほとんどいない。)

しかも、もし指摘されたとしても、「政治活動」には定義がなく、本来政治活動とは思えないような支出であっても、政治家本人が「政治活動の支出」と強弁すれば、覆すことが難しい。

政治活動の寄附については、課税することが困難だとの認識から、国税当局が政治家の政治資金の収支に関して税の申告漏れを指摘したり、脱税で摘発することは、これまで殆どなかった。結局、「選挙運動に関する寄附の非課税措置」が政治資金一般に拡大解釈され、政治活動全般が非課税であるかのような運用をしてきたのである。

「政治資金パーティー収入」と課税

しかし、今回の「政治資金パーティー裏金問題」は、そのような「政治資金の寄附」一般に対する課税の問題とは異なった面がある。野口氏の見解のように、「キックバック分は全額個人所得」と解する余地も十分にあるのではないか。

各選挙管理委員会が作成公表している「政治団体の手引」では、政治資金と課税の関係について、概ね以下のように解説されている。

・法人税法では、人格なき社団については収益事業から生じた所得以外の所得については法人税を課さないこととされているため(法人税法第7条)、政治団体が受けた寄附収入について法人税は課税されないことになるが、収益事業による所得には法人税が課税されることとされている。


・政治団体は、その収入のほとんどを寄附収入と事業収入に依存しており、政治団体が政治活動を行うことを目的として設立され、その得た収入を政治活動に使用することを前提としているため、その収入は原則非課税となっている。 したがって、これに反し、その得た収入を政治活動以外のために使用するような場合については、当然に課税の対象となる。また、政治団体が得た収入をその構成員で分配するなどした場合については、その受取者において課税されることになる。

政治資金パーティー収入は、「事業収入」であり、「寄附」の収入ではない(もし、「政治資金の寄附」であれば、外国人による寄附の制限、赤字会社、補助金需給会社の寄附の制限が適用されるはずである。)。

政治団体等が行う収益事業の所得は法人税の対象となるが、収益事業とは、「収益事業 販売業、製造業その他の政令で定める事業で、継続して事業場を設けて行われるものをいう。」(法人税法2条1項13号)とされていることから、通常行われているパーティー事業は収益事業に該当しないとされている。

上記の「政治団体の手引き」の中で「政治団体が得た収入を構成員に分配した場合には、受益者において課税されることになります」とされている。今回、安倍派が長年にわたって行っていたことがわかった「ノルマ超のパーティ券売上のキックバック」というのは、明らかに、事業収入の一部の構成員への分配であって、課税されるべきものである。

もっとも、その「分配」が、「政治資金の寄附」として行われ、受領した側の議員が収入として資金管理団体や政党支部の収支報告書に記載した場合には、それによって、その「分配金」は、派閥から議員側の団体の財布に移るので、個人所得にはならない。しかし、安倍派では、政治資金収支報告書に記載しない前提で、領収書の授受も行うことなく、所属議員側に、パーティー券の売上のノルマ超過分のキックバックとして金銭を渡しているのであり、分配された金は、授受の時点では所属議員個人に帰属することになる。

今回の安倍派政治資金パーティーの裏金キックバックは、「収支報告書に記載しない前提」で所属議員側に渡ったものである以上、個人所得となることを否定する余地はない。

「裏金問題」の解決には、税務上の是正措置が不可欠

今回、検察捜査によって明らかになった安倍派の政治資金パーティーの裏金キックバックについて、全額個人所得であることを前提に、是正措置をとるべきである。

安倍派が行おうとしているとされる「裏金受領議員の政治資金収支報告書の一斉訂正」は、逆に、個人所得を政治資金であるかのように「仮想隠蔽」する行為にほかならない。そのような対応で「政治資金パーティー裏金問題」の収束を図ろうとすれば、検察の捜査処分の結末が、国民の期待に大きく反したことと相まって、強烈な国民の反発を受けることになるだろう。

受領した議員個人の所得とされるべきであるのに、それについて、全く税務申告をしていないのであるから、その是正を行うのが当然である。

国税が税務調査ないし査察調査に入り、キックバック分の所得金額を確定して、追徴税を含めて徴税を行うか、議員側が、自主的に修正申告するか、二つの方向があるが、検察としては、今回の捜査結果を基に、国税当局に課税通報を行い、国税との連携によって、裏金受領議員全員について税務上の是正措置を行わせるのが、今回の一連の政治資金パーティー裏金事件の決着として望ましいのではないだろうか。

最も悪質な事例は、脱税での処罰も検討すべきであり、その最有力候補が、1月7日に政治資金規正法違反で逮捕された池田佳隆氏衆院議員だ。昨年12月8日に資金管理団体「池田黎明会」の収支報告書を訂正し、3200万円収入を増額する一方、それに見合う支出はなく、結局、全額翌年度への繰越金にしている。キックバックを受けた裏金について、政治資金として支出した実態は何もないのである。

要するに、キックバック分は個人所得であるのに、「政治資金の収入」であるかのように政治資金収支報告書に「虚偽記入」し、なおかつ、個人所得を隠蔽したということなのである。

このような、今回の裏金問題の「税務上の是正」に対しては、従来の政治家的な感覚からの不満・反発もあるだろう。「全額政治活動に使っている。未使用分は繰越金として将来の政治活動に使うつもりであった。」というような弁解・主張をする議員もいるかもしれない。しかし、それは、「政治資金として収支報告書に記載して、議員個人から切り離す前提でキックバックを受領した場合」に初めて言えることである。

冒頭でも述べたように、先週土曜日(1月13日)、NHK、毎日などで「安倍派幹部刑事立件見送り」と報じられたことで、国民の怒りが爆発している。それは、「収支報告書の記載」の問題ではなく、国会議員が、政治資金パーティーの収入の中から、自由に使っていい「裏金」を受け取り、それをについて税金の支払を免れていることに対して、激しく怒っているのである。

それに対して、「“政治資金”と呪文を唱えればすべて非課税」というような“昭和の遺物”とも言える考え方を振り回せば、国民の怒りをさらに炎上・拡大させることになることは必至だ。

しかも「収支報告書には記載しない政治資金」だとあくまで主張するのであれば、前記のとおり、それが議員本人に帰属しているのであるから、「政治家本人への寄附」ということになる。それは、政治資金規正法21条の2第1項(公職の候補者の政治活動に関する寄附の禁止)に違反する違法寄附であり、それを主張するなら、公民権停止を含む処罰を覚悟しなければならない。

「裏金受領議員」は、そのことをよく考えて発言すべきであろう。

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「政治資金規正法の大穴」を無視した池田議員逮捕、「危険な賭け」か、「民主主義の破壊」か

昨年12月19日の安倍派、二階派の事務所の捜索に続き、27日には、パーティー券の売上キックバックの裏金4000万円を受領していたとされる池田佳隆衆議院議員、28日には、裏金5000万円を受領していた大野泰正参議院議員の事務所が捜索を受けた。

年が明け、元日には、NHKが「安倍派 複数議員側 パーティー収入約1億円 派閥側に納入せずか」と題して、かねてから「中抜き」と言われてきた、ノルマを超えるパーティー券収入を派閥所属議員側が手元にプールし派閥側に入金していなかった金額が5年間で1億円を超えると報じるなど、裏金受領議員の行為の悪質性を示すと思われる事実が新たに明らかになっている。

そうした中、1月1日の夕刻に、能登半島大地震が発生し、多数の死亡・行方不明者が出たことに加え、2日夕刻には、羽田空港で、着陸直後の日航機と海上保安庁の航空機とが衝突し海上保安庁の職員5名が死亡する事故が発生するなど、年明けから予期せぬ災害・事故の発生で、政治資金パーティー裏金問題の報道は中断していた。

1月6日になって、毎日新聞が、【安倍派2議員の立件へ パーティー収入不記載疑い 地検特捜部】と報じ、7日は、フジテレビが【二階俊博元幹事長を任意で事情聴取 自民党・派閥の政治資金パーティーめぐる事件で  東京地検特捜部】と報じるなど、検察捜査の動きについての報道が再開され、7日には、朝日が【安倍派・池田議員を逮捕へ 裏金4800万円、不記載か 東京地検】と報じ、その報道のとおり、同日、特捜部は池田衆院議員を逮捕した。

私は、かねてから、ネット記事(【政治資金規正法、「ザル法」の真ん中に“大穴”が空いたままで良いのか】)、著書【歪んだ法に壊される日本 事件・事故の裏側にある「闇」】(KADOKAWA:2023年)等で、政治家個人にわたった「裏金」について、政治資金規正法での処罰は困難であること、この「大穴」を塞ぐ法改正が必要であることを訴えてきた。

今回の安倍派議員の裏金受領の問題も、まさに「大穴」によって処罰が困難な事例の典型だという私の主張・指摘はBSテレビ番組、関西ローカルのテレビ局、ラジオ、ネット番組等では多く取り上げられたが、検察捜査を直接取材し報道している在京の地上波テレビや全国紙の報道では、取り上げた社は全くなく、ようやく12月28日の朝日のインタビュー記事【裏金受領の議員立件に壁 元特捜検事が指摘する「規正法の大穴」とは】で、私の指摘が取り上げられた。しかし、その後の各社の報道でも、「大穴」のことは無視されている。

検察当局が、裏金受領議員の政治資金規正法違反による立件の方針を崩していないことから、従軍記者のような立場の司法メディアとしては、同法違反による立件の支障となる「大穴」の問題を無視せざるを得ないということであろう。

では、検察当局は、いかなる方法によって、上記の「大穴」の問題をクリアしようとしているのか、マスコミ関係者からの話から、ある程度は想定できる。今回の池田議員の逮捕も、そのような方法を使うことを前提に行われたものであろう。

しかし、それらの方法も、政治資金規正法の性格、罰則の解釈として無理があり、「大穴」の問題が乗り越えるものとは考えられない。

裏金受領議員の政治資金規正法違反による処罰がなぜ困難なのか、同法に関する基本的な理解に立ち返って解説することとしたい。

政治資金規正法の2つの性格

まず、前提として、政治資金規正法には、「収支の公開」と「寄附の制限」という二つの性格がある。政治資金パーティー券をめぐる裏金問題は、基本的に「収支の公開」の問題であることを、まず前提として理解しておく必要がある。

「政治資金の収支の公開」というのは、政党・政党支部・政治団体について、会計責任者を選任して届出を行わせ、それらの団体の収入金額と支出金額を正確に記載した「政治資金収支報告書」を毎年提出させ、公開するという制度である。ここでの「収入」というのは、その団体に「寄附」などとして実際に入ってきた金額である。この収支報告書に記載すべき事項を記載しなかったり、虚偽の記入をしたりする行為に対して、政治資金規正法の罰則が設けられている。

一方、「寄附の制限」というのは、国の補助金や出資を受けている会社による寄附の禁止(22条の3第1項)、3事業年度以上にわたり継続して欠損を生じている会社による寄附の禁止(22条の4)など、寄附自体を禁止するもので、禁止された寄附を行うこと自体が違法行為ないし犯罪となる。

「裏金」というのは、「収支の公開」の問題であり、その授受自体が違法行為ないし犯罪なのではない。「政治資金の収支の公開」の要請に反するから問題なのであるが、この点について、世の中には、「裏金」を受領したこと自体が犯罪であるかのように認識されており、大きな誤解がある。

収支報告書の記載は、個別の政党・政治団体ごとの問題

収支報告書というのは、個別の政党、政党支部、政治団体ごとに会計責任者が提出するものである。国会議員の場合、政治団体である「資金管理団体」のほかに、自身が代表を務める「政党支部」があり、そのほかにも複数の国会議員関係団体があるのが一般的だ。つまり、一人の国会議員にとって財布が複数ある。

政治資金規正法で、政治資金の収支の公開の問題として罰則の適用の対象になるのは、どこかの特定の政治団体や政党支部に「収入」があったのにそれを記載しなかったとか、それに関連して虚偽の記入をしたことであり、「どの団体の収入なのか」が特定されていないと、どの団体の収支報告書の記載の問題かが判然とせず、政治資金収支報告の不記載・虚偽記入の犯罪事実が特定できない。

ところが、議員個人が「裏金」として政治資金を受け取った場合、それは、その議員に関係する政治団体・政党支部のどこの収支報告書にも記載しない、という前提で領収書も渡さずやり取りする。

ノルマを超えたパーティー券収入の還流は銀行口座ではなく現金でやり取りされ、収支報告書に記載しないよう派閥側から指示されていたとされている。その議員は、どの政治団体の収支報告書にも記載しない前提で「裏金」として受け取り、そのまま、どの収支報告書にも記載しなかった、ということである。だとすると、どの収支報告書に記載すべきだったのかが特定できない以上、(特定の政治団体等の収支報告書の記載についての)虚偽記入罪は成立せず、不可罰ということになる。

以上が、「裏金」は、政治資金規正法の目的に著しく反するにもかかわらず、裏金を受領した政治家の処罰は困難だという「政治資金規正法の真ん中の大穴」の問題である。

裏金は「個人所得」ではないのか

もう一つの重要な問題は、今回のように、政治家が、「政治資金収支報告書に記載しない前提」で裏金を受領した場合、それは個人所得として課税の対象になるのではないか、ということだ。

経済評論家の野口悠紀雄氏は、

「パーティー券収入そのものが非課税であっても、使途を限定していないキックバックは課税所得であるはずだから、それを申告していなければ脱税になるはずだ。」

と主張し続けてきた(【パーティー券問題はなぜ脱税問題でないのか? 国民の税負担意識が弱いから、おかしな制度がまかり通るのだ】など)。

野口氏は、

「派閥からは、キックバックは政治資金収支報告書に記載しなくてもよいとの指示があったと報道されている。ということは、政治資金として使う必要はなく、どんな目的に使ってもよいという意味だろう。だから、この資金が課税所得であることは、疑いの余地がなく明らかだ。」
「もし最初から全額を政治活動に用いるのであれば、キックバック収入は堂々と収支報告書に載せて公開するだろう。そうしなかったのは、それによって、政治活動以外の用途に使える資金源が増えると考えたからではないのか? つまり、脱税の意図があったと推定されるのではないだろうか?」

という。全くその通りであり、否定することは困難だ。

そうなると、収支報告書に記載しない前提で受領した「裏金」は、どこの団体に帰属させるかを問題にするまでもなく、原則として個人所得ということになる。逆に言えば、裏金を受領した議員側が行うべきことは、政治資金の処理ではなく、所得税の修正申告をして所得税を納めることだということになる。この場合、個人所得となる「裏金」の金額如何では、国税の告発によって脱税の刑事事件になることもあり得るが、今回の政治資金パーティーのキックバックの裏金程度では、告発基準は充たさない可能性が高い。

それは、逆に言えば、キックバックされた「裏金」全額が個人的用途に費消され、その分の所得税を申告せずに免れていたとしても、それだけで刑事事件として処罰されるレベルではない、ということである。

検察は、「大穴」をどのようにして乗り越えようとしているのか

このような政治資金規正法の「大穴」を、検察はどのようにして乗り越えようとしているのか。

マスコミ関係者の話を総合すると、検察は、以下の二つの方向で考えているようだ。

一つは、議員側に「裏金を本来帰属させるべきであった団体」を特定させるため、秘書や議員本人に特定の団体の収支報告書の訂正を行わせ、それについて、当初から当該収支報告書に記載すべきであったと認識していたと認める「自白」をとる、という方法だ。

しかし、「裏金」として受領したものである以上、特定の収支報告書に記載する前提ではなかったはずであり、事後的に特定の団体に収入として記載したとしても、それは、「当初からその団体への記載義務があると認識していた」ということにはならない。

「資金管理団体に入金処理すべき義務」はあるのか

 もう一つ、「資金管理団体」について、政治資金規正法19条1項で、

公職の候補者は、その者がその代表者である政治団体のうちから、一の政治団体をその者のために政治資金の拠出を受けるべき政治団体として指定することができる。

とされていることに着目して、資金管理団体を指定している以上、基本的に、政治家個人が受領した政治資金については資金管理団体に入金して収支報告書に収入として記載すべき義務がある、とすることも考えられているようだ。

そのように解することができるのであれば、「裏金」について資金管理団体の収入に記載しなかったことについて、収支報告書の不記載・虚偽記入罪が成立することになる。

しかし、国会議員が資金管理団体を指定していても、実際には、政治資金の収入を資金管理団体に一元化しているわけではなく、議員が代表者を務める政党支部等にも入金されている実情からすると、この考え方にはもともと無理がある。

逮捕された池田議員についても、これまでの清和政策研究会からの寄附は、資金管理団体ではなく政党支部に入金されて、それが政党支部の政治資金収支報告書に記載されている。実態としても、池田議員に関連する政治資金について、すべて資金管理団体に入金して収支報告書に記載すべき義務があったとは言い難い。

そもそも、資金管理団体について条文の「その者のために政治資金の拠出を受けるべき政治団体」という文言の意味が、政治家個人が受領した政治資金について資金管理団体の収支報告書への記載義務を課す趣旨であるか否かも疑問だ。

1994年の政治資金規正法改正の際に、資金管理団体の指定制度が導入された。この時点では、企業・団体献金を一定の範囲で受けることが可能とされており、政治家個人への政治資金を資金管理団体に一元化することをめざしていたように思える。

しかし、その後、1999年改正で、資金管理団体に対する企業団体献金が禁止され、政党支部がそれに代わる政治家個人の企業団体献金の受け入れ先となったことで、政治家個人にとって政治資金の拠出を受ける団体は「二元化」した。それ以降、政治家個人への政治資金の寄附を資金管理団体に一元的入金処理することが義務付けられていると見ることは困難だ。

しかも、租税特別措置法41条の18による「政治活動に関する寄附をした場合の寄附金控除の特例又は所得税額の特別控除」が、政党、政治資金団体、資金管理団体に加えて、2007年の政治資金規正法改正で規定された「国会議員関係政治団体」に対しても認められることとされたのは、このような資金管理団体以外の政治団体も当該国会議員に関する政治資金の寄附が認められることを前提にしているのであり、その関係からも、国会議員について、政治資金の寄附の入金先が資金管理団体に一元化されていると解することはできない。

「政治家個人への政治資金の違法寄附」との関係

立憲民主党の小西洋之議員は、昨年12月31日に

検察の本気を疑う。裏金パーティーの本罪は会計責任者の虚偽記入罪ではない。派閥から国会議員への寄付はその提供も受領も明文で禁止されており、虚偽記入は違法寄付の隠蔽工作に過ぎない。政治家が失職・公民権停止となる本罪を放置し、会計責任者のみの立件は許されない。

とポスト(ツイート)している。

確かに、政治資金規正法21条の2第1項は、

何人も、公職の候補者の政治活動(選挙運動を除く。)に関して寄附(金銭等によるものに限るものとし、政治団体に対するものを除く。)をしてはならない。

と定め、政治家個人宛の政治資金の寄附を禁止している。

安倍派から所属議員に「収支報告書に記載不要」と言われて渡された「裏金」は、違法な「政治家個人宛の寄附」だとみるのが自然だ。

元総務官僚の小西議員だけに、政治資金規正法の寄附制限の規定に関する指摘としては正しい。

しかし、「政治家個人宛の寄附」であることを証拠上確定するためには、「政治家個人宛の寄附として受け取った」という「自白」が必要だ。しかし、そうすると、政治家個人宛の寄附禁止の21条の2第1項の罰則は収支報告書の虚偽記入罪の5年より軽く、1年以下の禁錮又は50万円以下の罰金、公訴時効は3年だ。仮に、同容疑で立件したとても、時効にかからない事実は、2021年と2022年のパーティー分に限られ、「裏金」の立件金額は大幅に減ることになる。

このように考えると、違法な「政治家個人宛の寄附」での立件は、この事案の実体に即したものと言えるが、「自白」しない限り処罰できず、また、立件できる範囲が限られてしまう。

また、本来、違法な「政治家個人宛の寄附」で立件すべき事案であることは、資金管理団体の収支報告書の不記載・虚偽記入罪の立証の支障となる面もある。

既に述べたように、「政治家個人が受領した政治資金については、資金管理団体に入金して収支報告書に収入として記載すべき義務がある」との立論は、法改正の経緯からしても困難であり、事後的に資金管理団体の収支報告書を訂正したとしても、それによって、行為時に遡って記載義務が認められるわけではない。仮に、裏金受領議員に、資金管理団体の収支報告書への記載義務があったことを「自白」させ、収支報告書の不記載・虚偽記入罪で起訴したとしても、公判で、「違法な議員個人宛の寄附であった」と主張された場合、もともと根拠がない「自白」はあっという間に吹っ飛ぶ。

検察は、なぜ池田議員を逮捕したのか

以上述べたように、裏金受領議員の政治資金規正法違反での処罰は、もともと「無理筋」だと考えられる。今回の政治資金パーティー裏金事件で、検察が、資金管理団体への記載義務があること、それを認識した上で収入として記載せず、それを除外した収入金額を記載した収支報告書虚偽記入罪で立件しようとするのであれば、行い得ることは、裏金受領議員側と話をつけて、略式請求・罰金による決着を図ることぐらいのはずだ。

ところが、検察は、1月7日に池田議員と資金管理団体の会計責任者の政策秘書を、政治資金規正法違反で逮捕した。否認している池田議員を起訴する前提で逮捕したということであり、「取引的決着」とは真逆の展開になった。

その理由について、検察側は、

「特捜部は実態解明には家宅捜索が必要と判断し、昨年12月27日に国会事務所などに入った。それでも、この時点では逮捕までは想定していなかった。」
「関係者によると、捜索の押収物の解析などを通じ、池田事務所がデータや資料を故意に破壊、破棄するなどした疑いが浮上した。さらに、隠滅行為には池田議員の指示があり、捜索後も継続しているのではないかと特捜部は判断。検察内では「相当に悪質」との見方が共有され、緊急的な判断で逮捕に踏み切った。」(1.8朝日)

と説明しているようだ

しかし、この事件での政治資金規正法違反での立件・起訴に向けて最大の問題は、「裏金」について、どの団体の収支報告書に記載すべきであったかを特定できるかどうか、という問題だ。それについて、池田議員は、「政策活動費だと認識して受け取り、政治資金収支報告書には記載していなかった」と説明し、資金管理団体への収支報告書に記載すべきだったことの認識を否定しているということだ。そのような池田議員の認識だとすると、罪証隠滅が行われたとは考えにくい。

「池田事務所がデータや資料を故意に破壊、破棄するなどした疑い」があったとして、それが、政治資金規正法違反の容疑にどう関係するのかは疑問だ。

むしろ、池田議員自身が関わって証拠の破壊等の罪証隠滅を行ったとすれば、共に逮捕された秘書との共謀に関する証拠か、受領した裏金の使途に関して何か表に出したくない使い方をしていた事実を隠したかったということぐらいであろう。

しかし、そのような罪証隠滅が、そもそも、犯罪の成否に重大な疑問がある事件、しかも、従来は、せいぜい略式請求・罰金刑にとどめていた政治資金収支報告書の虚偽記入罪による逮捕の理由として相当なものか、という点には疑問がある。

逮捕・勾留によって「人質司法」のプレッシャーをかけることによって、無理筋の政治資金規正法違反の犯罪事実を認めさせ、無罪主張を封じようとすること、他の裏金受領議員に対しても、逮捕の「威嚇」で、検察の意向を受け入れさせようとする意図によるもののように思える。

池田議員逮捕は、検察の「危険な賭け」

「裏金の帰属」という政治資金規正法の適用上の問題の克服は容易ではなく、池田議員が、裏金について、資金管理団体への収支報告書に記載すべきだったことの認識を否定する主張を続ければ、有罪立証は相当困難だ。

また、池田議員が、前記の野口氏の見解に沿って、「キックバック分は個人所得であった」と認めて所得税の修正申告を行った場合、政治資金として資金管理団体の収支報告書に記載すべきだったとの検察の主張は、根拠を失う。

そういう意味で、今回の池田議員逮捕は、検察にとって「危険な賭け」だと言える。

しかし、インボイス制度導入などによって、中小企業も含め国民の多くが会計処理の透明化を求められている状況下で発覚した自民党派閥パーティー裏金問題で、「不透明極まりない政治資金の処理」に国民の怒りが爆発し、「裏金受領議員は厳罰が当然」という世論が沸騰している状況にある。そういう状況の中、池田議員を逮捕してしまえば、そのインパクトで、政治資金規正法違反事件の解釈上の問題などは吹き飛ばしてしまえると判断したのであろう。

実際に、池田議員の逮捕は、自民党幹部にとっても相当衝撃的だったようで、党本部は逮捕を受けて即日池田議員の除名を決定した。

検察に抗おうとした池田議員は、自民党からも孤立させられ、次期衆院選への出馬・当選も絶望的な状況に追い込まれた。そのまま犯罪事実を争い続けた場合の「人質司法」による長期身柄拘束を恐れ、早晩、検察に屈服して「自白」し、無罪主張を行う気力も失ってしまう可能性が高い。そうなれば、検察にとって、事態は思い通りに展開することになる。

しかし、そのような検察のやり方は、果たして正当な権限行使と言えるだろうか。

私は、第二次安倍政権の時代、森友学園、加計学園問題、桜を見る会問題などで、安倍氏を徹底して批判し、「安倍一強体制」が日本社会にもたらした弊害を指摘し、2022年7月に安倍氏が銃撃事件で亡くなった後、安倍氏の国葬に対しても徹底して反対してきた(【単純化という病 安倍政治が日本に残したもの】 (朝日新書:2023))。もとより、私は、安倍派を政治的に支持する立場ではないし、今回の政治資金パーティー裏金問題でも、安倍派を擁護するつもりは全くない。

しかし、その安倍派が、検察の権力によって、崩壊に近い状況に追い込まれつつあることに対しては、重大な危機感を覚えざるを得ない。

検察は、本来、行政機関であるが、公訴権を独占し訴追裁量権を持つことで準司法機関として絶大な権限を持っている。裁判所は、殆どの事件で検察の判断に追従するので、検察の判断が事実上司法判断となる。そういう検察が、法解釈の限界を無視し、検察の恣意的な解釈と運用で国会議員を逮捕・起訴し、有罪に持ち込めるということになれば、検察の捜査・処分によって実質的な「立法」が行われるということになる。それは、「三権分立」という憲法の基本原則からも重大な問題だ。

検察が、国民が強い関心を持っている「政治資金パーティー裏金問題」の事実解明を行った結果、政治資金規正法自体に重大な欠陥があり、正当な解釈によっては罰則適用が困難だということになったであれば、可能な範囲の法適用にとどめ、その理由を国民に十分に説明すべきだ。それを受けて、法律の重大な欠陥を是正することは国会の責務だ。安倍派国会議員は、政治権力を欲しいままにしながらそのような政治資金規正法の「大穴」を放置する一方で、不透明な政治資金処理を繰り返していたことの政治責任をとって、議員辞職すべきであろう。

今回のような検察のやり方が、マスコミにも殆ど批判されることなく罷り通るとすれば、今後、国会議員は、すべて検察のご機嫌を窺いながら政治活動や選挙運動を行うほかない。国民は、そのような国会議員にも政治にも何も期待しなくなる。それは、日本の民主政治の事実上の崩壊につながりかねない。

今、検察の権限行使が日本の政治に与えている重大な影響について、深く憂慮する。

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柿沢議員「80万円顧問料」立件が、大石長崎県知事陣営の買収事件起訴につながる可能性、今後の国政選挙に“甚大な影響”も

今年4月の江東区長選挙をめぐる公職選挙法違反事件で、2023年12月28日に、柿沢未途衆議院議員が逮捕された。柿沢氏側から5人の江東区議への合計100万円の金銭供与の買収罪(他に申込にとどまった60万円)の容疑に加え、元江東区議への「80万円の顧問料」も買収罪の逮捕事実に含まれている。

これについて、読売新聞記事では、

《柿沢容疑者の逮捕容疑には、木村陣営幹部の元区議に対する約80万円の提供も含まれているが、柿沢容疑者が逮捕前、特捜部に「元区議と顧問契約を結び、顧問料として毎月約20万円を支払っていた」と、買収の趣旨を否定していたことも判明。だが契約書は作成されておらず、特捜部は対価に見合う業務実態はなかったとみている。》

とされている。

この「元区議」というのは、選挙コンサルタントのような立場で、木村弥生氏の選挙運動を事実上取り仕切っていたとされており、選挙後に、顧問料として月額20万円を支払ったことが「事後買収」とされたものの、柿沢氏側・元区議側双方とも、「選挙運動の対価」であることは否定しているようだ。

この事件は、昨年、2022年2月20日に投開票が行われた長崎県知事選挙で当選した大石賢吾氏の選挙運動に関して、大石氏側から選挙コンサルタントO氏の会社J社への「電話代」名目の約402万円の支払について、公選法違反(買収)の疑いがあるとして、大石陣営側とO氏が長崎地検に告発されている件と、事件の構造と争点に共通性がある。

この告発は、現在東京地検特捜部が捜査している政治資金パーティー事件の告発人でもある上脇博之神戸学院大学教授が、元長崎地検次席検事の私と連名で長崎地検に告発状を提出したもので、2022年10月19日付けで告発が受理されている。

「80万円の顧問料」の買収で柿沢氏が起訴された場合、長崎県知事選をめぐる「約402万円の電話代」名目の買収事件についても検察の起訴の判断にも影響を与える能性が高いと思われる。

告発状では、大石陣営側の被告発人は選挙運動費用収支報告書の名義人の出納責任者としているが、その支払に候補者の大石知事が関わっていないとは考えにくい。まさに、現職知事が実質的な被疑者となっている公選法違反事件であり、仮に出納責任者だけの起訴でも有罪が確定すれば連座制が適用される(罰金以上の刑に処せられた場合(執行猶予を含む)当選無効となる)。この事件での刑事処分は、同知事の進退に直結する可能性がある。

両事件の共通点の一つは、受供与者(お金を受け取った)側の選挙における立場だ。

江東区長選挙での「元区議」は、選挙に精通している人物で「選挙コンサルタント」のような立場で選挙運動に関わっていたとされている。一方、長崎県知事選挙の事件の受供与者であるJ社の代表者O氏は、選挙コンサルタントとしてメディア等で活動している人物である。大石陣営の選挙で街頭演説に同行するなどして選挙運動に加わっており、選挙後にネット番組に出演して、同知事選挙で大石氏の選挙運動全般を統括していたかのように話すなど、選挙期間中も大石候補の選挙運動に積極的に関わっていたことを自らも認めている。

そして、もう一つ共通しているのが、このような選挙コンサルタントとしての活動で選挙に貢献したことの報酬としての金銭を受領したことで買収の容疑をかけられていることだ。

江東区長選挙の「元区議」は、木村候補を応援していた柿沢氏からの「顧問料」名目の合計80万円が選挙運動の報酬とされている。一方、長崎県知事選挙では、大石陣営から「電話代」名目で、O氏が代表を務める会社に支払われた約402万円が、選挙運動の対価であった疑いが告発の対象とされている。

選挙運動の対価と疑う根拠は、大石陣営の選挙運動費用収支報告書の以下の記載によるものだ。

大石氏の選挙運動費用収支報告書の「支出の部」に「科目 通信費」「区分 選挙運動」「支出の目的 電話料金」として、2月28日に選挙コンサル会社へ402万82円を支払った旨の記載があった。上脇教授が、この選挙運動費用収支報告書の記載について長崎県選挙管理委員会に情報公開請求を行い、領収書の開示を受けたところ、同領収書には、

「長崎県知事選挙通信費(電話料金、SMS送信費ほか)」

と記載されていることがわかった(SMSとは、携帯電話に標準装備されている「ショートメッセージサービス」のことであり、メッセージを送る側に発生する1送信ごとの文字数に応じた料金が携帯電話会社ごとに設定されている)。

大石知事は、県議会で、「402万円の電話代は、オートコール等の費用だった」と答弁したが、この領収書の記載(「通信費(電話料金、SMS送信費ほか)」)からすると、少なくとも、この支払いが、単一のオートコール業者等への支払いを代行したものではないことは明らかだ。同社が電話会社やオートコールを受託した会社への支払いを代行したというのであれば、収支報告書の「通信費」の記載としては、個々の通信・通話料金の電話会社等に対する費用の支払いを記載し、その領収書を添付するはずだ。なぜ、支払先がJ社になっているのか理解できない。

その全額について、「通信費」として支払いが行われ、J社が無償で支払を代行しただけということは考えにくく、通信費を超える部分、すなわち、選挙コンサル会社側への報酬を含んでいる疑いが濃厚であった。

同じ大石氏の選挙運動費用収支報告書には、N社に対して2月18日に5304円、3月30日に5万2806円、3月29日にK社に3万9599円を「電話料金」「電話代」として支出した旨の記載があり、いずれも電話業務を事業内容とする事業者だが、J社は、登記の事業内容に「電話業務」も「オートコール業務」も含まれていない。

これらのことからすると、大石氏側からJ社への402万円余の支払は、大石陣営からO氏が経営するJ社に支払われた「報酬」であることは否定できないと考えられた。

大石知事の答弁のとおり、もし、約402万円のすべて、或いは殆どが電話代等の費用であったというのであれば、捜査機関としてその事実を確認することにさほど時間がかかるとは思えない。比較的早期に不起訴処分になっているはずである。

選挙違反の事件なのに、当該選挙後から2年近くも検察の処分が未了で、捜査が継続されているのは、O氏が代表を務めるJ会社に支払われた約402万円のかなりの部分が、「電話代等の費用」ではなく、O氏に対する報酬と見られるものの、それが選挙運動の対価であることを、供与者側の出納責任者、受供与者側のO氏がいずれも否定している可能性が高い。

そこに、二つの事件のもう一つの共通点がある。

柿沢事件の元江東区議も、長崎事件のO氏も、それぞれの選挙運動で中心的な役割を果たしていた。そして、元江東区議は「顧問料」、O氏は、「電話代名目で支払われた約402万円」の一部が、何の対価かなのかが不明な状況である。そこで、これらの金銭が「選挙運動の報酬」であった疑いが生じているのであるが、いずれの当事者も、対価性を否定していると考えられる。

このように、「選挙運動を行った事実」と、「その人物に他に理由のない金銭の支払を行った事実」がある場合でも、当事者がいずれも選挙運動の対価であることを否定すれば、従来の検察実務では、買収罪での起訴が行われることはほとんどなかった。

それは、「当選を得、又は得しめる目的で金銭又は利益の供与を行う」という買収罪の要件の「目的」が主観的要件であり、当事者がそれを認めないと立証が困難だと思われてきたからだ。

2019年の参議院広島選挙区をめぐる元法務大臣の河井克行氏・案里氏の買収事件では、捜査の過程で、克行氏から現金を受け取った地元議員に対して、東京地検特捜部の検事が、不起訴にすることを示唆したうえで、現金が買収目的だったと認めるよう促したことが問題となり、最高検で調査を行い、「取調べが不適正だった」とする調査結果が公表された。検察官が、このような「無理な取調べ」をしてまで、「投票又は選挙運動の対価」であることを認めさせようとしたのは、従来は、そのような「自白」が買収事件の立件に不可欠だと考えられていたからである。

しかし、今回、柿沢氏の事件では、東京地検は、選挙運動を行った者が、選挙運動を依頼した側から、何らかの理由のない金銭の支払いを受けた事実があれば、当事者が選挙運動の報酬であることを否定していても、買収罪の立証が可能だと判断したようだ。

それと同様に考えれば、選挙コンサルタント的な立場で長崎の選挙運動を取り仕切ったO氏が「電話代等」の名目で、理由が説明できない金銭の支払を受けたとすれば、本人が選挙運動の対価であることを認めていなくても、買収罪での立件は可能ということになる。

【東京地検特捜部「柿沢氏公選法違反事件」捜査への疑問、国会閉会後の動きに注目】でも述べたように、柿沢氏の公選法違反には、自民区議に対する金銭の供与が区長選と同時に行われた区議選の「陣中見舞い」であるとの主張との関係など、全体として立件にはかなり問題がある。そのような事件で、東京地検特捜部が、供与者側・受供与者側ともに「自白」がないのに、敢えて「80万円の顧問料」の事件を買収罪で立件して逮捕事実に含めたのは、それがなければ、現職国会議員を逮捕・起訴する公選法違反事件として金額が低すぎると判断されたからであろう。

東京地検が、元区議への顧問料を含め逮捕事実全体について起訴するのであれば、一方の長崎地検の大石陣営側とO氏の事件についても、検察としては、供与者・受供与者ともに「自白」がなくても起訴に踏み切ることになる可能性が高い。ここで長崎地検が消極的な判断を行えば、柿沢氏の事件の公判にも影響を与えることになりかねない。

仮に、今回の二つの事件によって、「自白」がなくても、「選挙運動の対価」としての支払であることの立証が可能だとする刑事実務が定着した場合、今後の公職選挙の実務に与える影響は極めて大きなものになる。

選挙に比較的近い時期に、「地盤培養・党勢拡大」等の政治活動としての「政治資金の寄附」という趣旨で、国会議員から地方政治家等に対する「実質的に選挙運動の対価である金銭供与」が行われることは多い。このような金銭のやり取りも、従来は、両当事者から「金銭供与の趣旨・目的について自白が得られる見込みがない」との理由で立件が見送られてきた。

しかし、検察が二つの事件で買収罪を立件し起訴するということになると、今後の国政選挙では、「政治資金を隠れ蓑にした買収」は従前のように行えないことになる。それは、国政選挙における保守政党の選挙のやり方を激変させることになるであろう。

長崎県知事選挙から間もなく2年を迎えようとする中、大石知事をめぐる買収罪の事件に対する長崎地検の処分が注目される。

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指揮権に対応できない小泉法相は速やかに辞任し、後任は民間閣僚任命を

自民党の派閥の政治資金をめぐる問題で、東京地検特捜部は19日、政治資金規正法違反の疑いで強制捜査に乗り出し、安倍派(清和政策研究会)と二階派(志帥会)の事務所を捜索した。

二階派に所属する小泉龍司法務大臣は、

「検事総長への捜査の指揮権を持つことから、今後の捜査に誤解を生じさせたくない」

として、20日、二階派に退会届を提出して受理され、派閥を離脱した。

しかし、政治資金規正法違反の容疑で、二階派も捜査の対象になっている。同派に所属していた小泉氏も、取調べの対象となる可能性を否定することはできない。

派閥を離脱した、ということだけで、小泉氏が法務大臣であることの問題がなくなったと言えるのか。

最大の問題は「法務大臣の指揮権」との関係である。それはどのように位置づけられる権限なのか、検察の捜査・処分とはどのように関係するのか、検察庁法14条の規定を踏まえて考えてみる必要がある。

検察組織内部での権限行使をめぐる関係

検察は本来「行政組織」であり、その行政権の行使について、国会に対して、そして最終的には国民に対して責任を負う立場である。検察の権限行使も、基本的には国民の意思に基づくものでなければならない。かかる意味において、国会で選ばれた内閣の一員として、検察を含む法務省という行政組織のトップを務める法務大臣は、まさに検察に対して主権者の代表と位置付けられる立場である。

しかし、一方で、検察が公訴権を独占し、訴追裁量権を持つ制度において、刑事事件に関する判断は実質的に検察に委ねられ、裁判所は、極めて限定的にチェック機能を果たすに過ぎないという日本の刑事司法の実情の下では、検察の判断は、事実上、司法判断に近い。そのため、「司法権」の行使に直結する「検察の権限行使の独立性」が重視され、検察の捜査・処分に対して、内閣の一員である法務大臣が介入することは、極力差し控えるべきとされてきた。

法務大臣と検察官の関係に関しては、検察庁法14条で、

法務大臣は、第四条及び第六条に規定する検察官の事務に関し、検察官を一般に指揮監督することができる。但し、個別の事件の捜査・処分については、大臣は個々の検察官を直接指揮監督することはできず、検事総長に対してのみ指揮を行うことができる

とされ、個別の事件に関しては、法務大臣の指揮は、検事総長の指揮監督を通してのみ、部下の検察官の捜査・処分に反映させることができることになっている。

同条の規定によって「検察の捜査・処分の独立性」と、内閣の一員として主権者たる国民に責任を負う法務大臣の権限とを調整している。

その「指揮権」の行使し得る範囲をどのように考えるかは極めて重要な問題であるが、この点は、これまで、検察と政治の関係に関連して「聖域」のように扱われ、ほとんど議論されることはなく、指揮権の行使を差し控えることだけが法務大臣の責務であるように考えられてきた。

法務大臣の指揮権に対する誤謬

そのような「法務大臣の指揮権」に対する世の中の認識の原点となったのが、1954年の造船疑獄での犬養健法務大臣の指揮権発動だった。

佐藤栄作自由党幹事長の逮捕を差し控えるよう犬養法務大臣が指揮権を発動したことで、当時の吉田茂首相の自由党政権に対する世論の批判が急激に高まり、首相退陣に追い込まれることとなった。政治的圧力によって「検察の正義」の行く手が阻まれたように世の中に認識され、「検察の正義」は神聖不可侵のもので、外部からの圧力・介入は断固排除すべきという、戦前の「統帥権干犯」のような考え方につながった。

それ以降、法務大臣の指揮権は、検察庁法に規定されていても、実際に行使することは許されない「封印されたもの」のように理解されることとなった。

しかし、そこには重大な誤謬がある。法務省と検察との関係からすると、法務大臣の指揮権は、決して「封印されたもの」ではない。

実際には、法務省刑事局を中心とする官僚システムは、検察の捜査・処分について、法令解釈上の問題、同種事案の捜査・処分との比較など、様々な面から指導・助言を行っている。その根拠は検察庁法14条本文であり、その一般的指揮権に基づいて、法務省から検察の現場に対して事件処理の一般方針や刑事事件の関係法令の解釈が示される。それに加え、個別の事件についても、一定の範囲の重大・特殊事件については、「三長官(法務大臣、検事総長、検事長)報告」と称して、法務大臣を宛先として法務省への報告が行われる。これは同条但し書による個別の捜査・処分についての検事総長を通しての指揮権を背景にしている。

法務大臣は、重大事件について検察から報告を受ける立場

つまり、検察庁法14条の「法務大臣の指揮権」というのは、検察と法務省との関係に関する規定であり、法務省は、検察官の権限行使について報告を受け、監督する立場にある。

法務省のトップである法務大臣は、検察という行政組織の権限行使に影響を及ぼし得る立場であり、とりわけ一定の範囲の特異・重大事件については、「三長官報告」が行われるので、事件の内容・捜査の方針等についても知り得る立場である。そして、その報告に基づいて14条但し書きの検事総長に対する指揮を行うことも可能なのである。

今回の政治資金パーティー裏金問題も、当然、特異・重大事件であり、遅くとも安倍派・二階派の事務所に対する強制捜査着手までには「三長官報告」が行われているはずである。

つまり、法務大臣として、「三長官報告」を受ける立場にある小泉氏は、それまであまり報じられていなかった二階派が、安倍派とともに強制捜査の対象とされた理由、基本的な捜査方針等についても知り得る立場にある。

このような立場にある小泉氏が、二階派も捜査の対象となっている現状において法務大臣の職に就いていることには、問題があると言わざるを得ない。

法務大臣が指揮権を「発動」すべき事態もあり得る

日常的に行われている法務大臣の指揮権を背景にした法務省の検察に対する対応とは別に、法務大臣自身が、自らの責任において、明示的に14条但し書きの個別の事件の捜査・処分についての指揮権を行使することがあり得る。それが実際に行われたのが、造船疑獄における法務大臣の指揮権の行使であり、通常、「指揮権発動」というのは、このことを指している。

検察庁法上は、指揮権の行使の範囲についての制約はないから、どのような瑣末な事件でも、法務大臣が関心を持てば、検事総長を通じて捜査・処分に介入することは可能である。しかし、一般的な犯罪に対しては、証拠を収集・評価して事実を認定し、情状に応じた処罰を求めるだけで足りる。そういう意味では、ほとんどの刑事事件の捜査・処分については、法務大臣が介入する必要はないし、介入することは適切ではない。敢えて介入した場合には、政治的意図による不当な干渉だと批判されることになる。

しかし、例外的に、検察組織内部の決定だけに委ねておくことが適切ではない場合に、法務大臣が指揮権の行使について検討し判断することが必要とされることもある。

外交上の判断と法務大臣の指揮権

「法務大臣が指揮権の発動を検討すべき場合」、というのは刑事事件の捜査・処分について、検察として判断を行うことが適切ではない場合、その責任を負えない場合である。そのような事件については、法務大臣に報告して、その判断を求めることが必要となる。

その典型が、外交上の判断が必要になる事件に対する捜査・処分である。

事件が外交問題に密接に関連し、捜査・処分によって外交上の影響が生じる場合、検察が、外交上の影響をも含めて判断して捜査・処分を決定することは適切ではない。その判断が適切ではなかった場合の責任を検察が負うことはできないからである。検察には外交の専門家はいないし、外交関係に関する情報もない。外交上の判断は、外務省を所管官庁として、内閣が国民に対して責任を持って行うべきであり、個別事件の捜査・処分においてそのような外交上の判断が必要な場合には、内閣の一員である法務大臣が総理大臣との協議の上で、検察に対して指揮を行うことが必要となる。

このような場合には、検察の側で、外交上の判断に関連する事件と判断した段階で法務大臣に報告し、その指揮を仰ぐべきである。捜査・処分に関して外交上の判断が必要な刑事事件というのは、検察が外部の介入・干渉を受けることなく独立して判断すべきという「検察の組織の独立性の枠組み」だけで対応することになじまない事例の典型である。

尖閣沖公務執行妨害事件での船長釈放と法務大臣の指揮権

このような理由で指揮権を発動すべきであった事案として、2010年9月に起きた尖閣列島沖での中国船の公務執行妨害事件がある。

中国船船長の釈放を決定した際の会見で、那覇地検次席検事が「最高検と協議の上」と述べた上で、「日中関係への配慮」が釈放の理由の一つであることを明らかにした。この事件での船長の釈放という検察の権限行使において、検察が組織として外交上の判断を行ったことを認めたのである。

刑訴法248条で

犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる

とされ、検察官には訴追裁量権が与えられている。しかし、ここで検察官が考慮できるのは、当該刑事事件の情状や犯罪後の更生の可能性に関連する事情であり、外交上の配慮は、248条の訴追裁量権で考慮すべき事項に含まれるとは考えられない。

国の行政組織の役割分担と責任の所在という観点から考えたとき、外交問題は外務省が所管し、その最終的責任を負うのは総理大臣である。検察が外交上の判断を行ったとすれば、権限を逸脱したものである。

しかし、検察が船長釈放について外交関係に配慮したかのような説明を行ったことに対して、当時の仙谷由人官房長官は「了とする」と述べた。そして、「官邸側の意向を受けて検察が釈放を決定したのではないか」との疑いの指摘に対しても、外交関係への配慮も含めてすべて検察の責任において釈放の判断が行われたように説明した。

外交上の判断の責任を、犯罪の成否や情状評価等の処罰の必要性の判断という刑事司法上の判断を行う権限しか有しない検察に押し付けようとするのは許されないことである。

かかる意味において、この中国船船長釈放問題については、検察が内閣側に政治的に利用された面がある。しかし、一方で、このように法務大臣の指揮権によらなければならない典型事例においても、検察官の訴追裁量権の枠内で判断することを是とするような検察内部の考え方、そして、それを支持する世の中の論調があり、その背景には、前述した造船疑獄での法務大臣の「指揮権発動」に対する誤解があるのである。

検察不祥事への対応と法務大臣の指揮

問題の性格上、検察内部だけで判断するのが適切ではなく、法務大臣が指揮権に基づく介入を積極的に行うことが求められる場合もある。その典型が、検察官の職務上の犯罪が検察の組織自体の不祥事に発展した場合である。

検察庁法14条が定めているのは、「第四条及び第六条に規定する検察官の事務」つまり、公訴と捜査についてであり、庶務・会計等の検察行政事務については、一般的な組織法上の原則による。また、検察官も行政組織としての法務省の職員であるから、その組織のトップである法務大臣が検察官に対して人事上の管理監督を行うべき立場にあることは言うまでもない。

検察官による刑事事件が発生した場合、人事管理権者として、その事実を把握し、懲戒処分を行うことについての最終的な責任を負うのは法務大臣である。

定型的に処理可能な一般的な事件の場合には、検察の組織内で「法と証拠に基づいて適切に処理する」ことに委ねれば済むであろう。しかし、検察官の権限行使としての職務に関して重大な犯罪の嫌疑が表面化した場合、他の検察官・上司が共犯者となることもあり、また、背景・原因に組織自体の問題が存在することも考えられる。このような事件を「検察の組織としての独立性の枠組み」で処理することには限界がある。

2010年に表面化した大阪地検の証拠改ざん事件等の不祥事の際、当時の柳田稔法務大臣が検事総長に対して「厳正な対応」を指示した。この対応は14条本文の一般的指揮権によるものとされているが、同条但し書きの指揮権の発動もあり得る事態だったとも考えられる。

そして、2011年に、東京地検特捜部が小沢一郎衆議院議員に対する陸山会事件の捜査の過程で、石川知裕氏(陸山会事件当時の小沢氏の秘書・捜査当時衆議院議員)の取調べ内容に関して特捜部所属の検事が作成して検察審査会に提出した捜査報告書に、事実に反する記載が行われていた問題で、2012年6月27日、最高検察庁は、虚偽有印公文書作成罪で告発されていたT検事、特捜部長(当時)など全員を、「不起訴」とした。

この事件は、検察が組織として決定した小沢一郎氏の不起訴を、東京地検特捜部が、虚偽の捜査報告書を検察審査会に提出し、検察審査会を騙してまで「起訴すべき」との議決に誘導した「前代未聞の事件」だった。

これに対して、当時の小川敏夫法務大臣は、不起訴処分の前に、検事総長に対して指揮権を発動して厳正な対応を求めようとしたが、野田佳彦総理大臣に止められたと、退任時の記者会見で明らかにしている。

このような「検察不祥事」に対する対応は、法務大臣の指揮権に基づく対応を検討すべき典型的事例と言うべきであろう。

指揮権と民間法務大臣

法務大臣の指揮権の問題は、造船疑獄での指揮権発動による誤謬から政治的意図に基づく検察の権限行使への介入という側面が強調され、これまで、議論の対象にすらすべきではない「聖域」のように扱われてきた。

しかし、現実には、法務大臣の指揮権は決して「封印」されてはいるわけではなく、法務省と検察との関係において日常的に活用されている。しかも、「検察内部での判断には限界がある特異な事態」において、むしろ、法務大臣の指揮権に基づく判断が求められる場合もあり得る。法務大臣指揮権は、封印しておくだけで済むものではないのである。

今回の政治資金パーティー裏金問題の検察捜査は、自民党を直撃し、岸田政権にも重大なダメージを与えている。まさに、司法権力の一翼を担う検察と政治権力とが激しくぶつかり合っている状況である。そうした中で、今後の状況如何では、検察が所属する法務省のトップである法務大臣が、指揮権の行使も含めて重要な職責を果たすべき事態というのも考えられないわけではない。

例えば、今後、検察捜査が急展開し、捜査が、岸田首相の側近にまで及ぼうとしている状況で、もし、北朝鮮情勢がにわかに緊迫化し、日本にとっても脅威となる事態になったという場合、外交・防衛上の情勢判断と、検察の捜査上の判断のどちらを優先させるべきかは、検察組織だけで判断できることではない。尖閣船長釈放の際と同様に、外交・防衛上の情勢判断については、内閣の責任で行うほかない。

また、今回の事件の検察捜査の過程で、仮に、検察内部で重大な不祥事が発生した、という場合、その不祥事に対してどのような対応を行うのかについては、法務大臣が主体的に判断することが求められる。

さらに、政治情勢に重大な影響を及ぼす検察捜査について、「検察の暴走」という事態も、決してあり得なくはない。今回の政治資金パーティー裏金問題についても、今後の捜査の展開如何では、常設の捜査機関である特捜部の権限行使が、組織の威信等を動機として、歯止めが効かない状況に至ることもあり得る。

その場合、「検察の暴走」を止めることができるのは法務大臣の指揮権しかない。しかし、まさに造船疑獄のときがそうであったように、法務大臣の指揮権が検察の意向に反した形で行使された場合には、「検察捜査への介入」が世論の強い批判を浴び、法務大臣の責任のみならず、内閣自体の責任にも発展することになる。

法務大臣がこのように検察捜査に対して介入するとすれば、「政治家」としての立場というより、法務省のトップとして、法務省の組織としての検討に基づき、客観的中立的な立場で行うものであることが強く求められる。その法務大臣が、捜査の対象となっている派閥、自民党の政治家であった場合、そのような法務大臣が指揮権について判断するのは利益相反そのものである。

そのような場合においても、公正で客観的な判断が可能で、国民が信頼できる人物でなければ、現在の状況において、法務大臣の職責を果たすことはできない。

それは、十分な法律の素養があり、これまで法務・検察とも、政治とも関係が希薄であった民間人が適切だと思われる。

過去に民間人が法務大臣を務めた例としては、リクルート事件の捜査中であった1988年12月に就任した元内閣法制局長官・元最高裁判所判事の高辻正巳氏、ゼネコン汚職事件の捜査の最中の1993年8月に就任した民事法学者の三ケ月章氏の例がある。

「令和のリクルート事件」とも言われている今回の政治資金パーティー裏金問題の捜査の最中に、民間法務大臣が就任することは、ある意味では必然だと言える。

検事総長に対する指揮権は、法務大臣にとって極めて重要な権限である。それを適切に判断することができない小泉氏は、速やかに大臣を辞任し、後任には民間閣僚を任命すべきである。

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「参院選資金裏金提供」の公選法違反事件化で、“政治家安倍晋三の実像”が明らかになる可能性

 産経新聞が、【安倍派一部に全額還流 裏金疑惑 参院選前、選挙流用か】と題する記事で、安倍派(清和政策研究会)が所属議員に課したパーティー券の販売ノルマを超過した分を政治資金収支報告書に記載せず議員にキックバック(還流)していた問題で、参院選を控えた一部議員にはノルマ分も含めて全額を還流していたことを報じている。

 この産経の記事のとおりであるとすると、安倍派から所属議員側にわたった「裏金」が、その政治資金パーティーが行われた直後の特定の参議院選挙の資金として提供されたものだったことになる。特に問題となるのは、直近の参議院選挙である2022年選挙との関係だ。これまで、最近公開された2022年の政治資金収支報告書で、安倍派のパーティー収入が他の派閥と比較して異常に少ないことと所属議員への裏金の還流との関係が問題視されていたが、2022年の参議院選挙の候補者に対してノルマ分も含めて還流されたということであれば、その「謎」が解けることになる。

 そのような、特定の選挙での特定の候補者に対する資金の提供は、公職選挙法上、「選挙に関する寄附」ということになり、選挙運動費用収支報告書の収入欄に記載しなければならない、それを記載していなければ、その分、収入が過少になるので虚偽記入罪に問われることになる。

 このような特定の選挙についての候補者を支援する趣旨の金銭の供与は、「陣中見舞い」と呼ばれる。参院選の候補者に対して、パーティー券のノルマ超の売上の還流という、それまで長年にわたって続けられてきたとされる「一般的な取扱い」を超えて、特別に多額の金銭を供与したとすれば、「選挙に関する寄附」という趣旨は明白だ。

 その点についての事実解明は、今後、裏金の還流を受けた側の刑事責任の追及の有力な手段となる可能性がある。

 今回の政治資金パーティー裏金問題に関しては、【「ザル法の真ん中に空いた大穴」で処罰を免れた“裏金受領議員”は議員辞職!、民間主導で政治資金改革を!】などで、ノルマ超のパーティー券の売上を裏金で受領していた国会議員については、政治資金規正法で処罰することは困難であることを指摘してきた。

 国会議員の場合、資金管理団体のほかに自身が代表を務める政党支部があり、そのほかにも複数の関連政治団体があるのが一般的であり、一人の国会議員が管理する財布が複数あり、裏金というのは、領収書も渡さず、いずれの政治資金収支報告書にも記載しないことを前提にやり取りするものであり、通常は、複数ある議員の関連政治団体のうち、どの団体に帰属させるかは考えない。ノルマを超えたパーティー券収入の還流は現金でやりとりされ、どの政治団体の収支報告書にも記載しない前提で、「裏金」として受け取り、そのまま、どの収支報告書にも記載しなかった、ということである。そうであれば、どの収支報告書に記載すべきだったのかが特定できない以上、(特定の政治団体等の収支報告書の記載についての)虚偽記入罪は成立せず、不可罰ということになる。

 ということで、裏金の還流を受けた国会議員について、「政治資金規正法」では処罰は困難であると言わざるを得ない。

 しかし、その「裏金」が、特定の選挙での特定の候補者の選挙に関して、その費用に充てる趣旨で行われたとすれば、「公職選挙法」(公選法)違反の成立の可能性が出てくる。それは、その候補者が選任した出納責任者が作成・提出する義務を負い、選挙運動費用収支報告書に正しく記載しなければならないのであり、政治資金規正法の問題のように、その寄附の「帰属」が問題になることはない。選挙運動費用収支報告書は、「当該選挙の期日の公示又は告示の日前までになされた寄附」については、「選挙の期日から十五日以内」に提出しなければならない。その収支報告書に当該寄附を記載しない場合には、公選法上の違法性は明らかだ。

 その作成・提出を行うことを義務づけられているのは出納責任者だが、国会議員の場合には、主要な秘書が行っているのが通常であり、出納責任者に、その「安倍派からの選挙資金としての裏金寄附」が行われたことの認識がなかったとは考えにくい。当該国会議員との共謀による収支報告書の虚偽記入罪が成立し得るし、仮に出納責任者に認識がなかったとしても、虚偽記入罪は「出納責任者の身分犯」ではないので、国会議員本人について単独で犯罪が成立する可能性もある。

 もっとも、この選挙運動費用収支報告書虚偽記入罪の公選法違反の事件についても、問題点はいくつかある。

 まず問題となるのが寄附の行為者の供述が得られないことだ。このような選挙のための特別の計らいとしての資金提供は、派閥の長である会長が決定していると考えられる(実際に、細田博之氏が安倍派の会長だった時代に、細田氏が裏金供与の金額を決定していたとの報道がある。)。問題となる2022年7月の参議院選挙の時点での安倍派の会長は安倍晋三氏であり、その選挙の直前に銃撃事件で亡くなっている。参議院選挙に関する資金提供であったことについて、寄附者自身の供述を得ることはできない。

 しかし、「ノルマ超の売上の還流」が慣例化していたとすれば、なぜ、参院選の候補者について、ノルマ分も含めた還流が行われるのか、その理由については、仮に、議員本人が口を閉ざしても、派閥の会計責任者、議員側の会計担当者の供述を得ることは、それ程困難なこととは思えない。

 もう一つの問題は、この選挙運動費用収支報告書の記載については、実質的に選挙運動にかかる費用とその収入とが、すべて報告書に記載されるのではなく、選挙期間中、選挙運動に直接かかる費用「人件費・家屋費・通信費・交通費・印刷費・広告費・文具費・食糧費・休泊費・雑費」などの費用だけが記載され、収入欄の記載も、この支出に対応する収入金額にとどめるという取扱いが慣例化していたことだ。つまり、実際に、選挙にかかる資金は巨額だが、そのごく一部しか、選挙運動費用収支報告書に収支として記載されていないという。

 まさに、この点に関する公選法違反の解釈・運用が問題になったのが、2013年、猪瀬直樹東京都知事の辞任の原因となった「徳洲会から猪瀬氏への5000万円の選挙資金提供の問題」であり、これについては、当時、私も、検察官時代の実務経験に基づいて【猪瀬都知事問題 特捜部はハードルを越えられるか】と題する記事を書き、「公選法の選挙運動費用収支報告書の規定が形骸化している現実」を指摘した上で、「都から認可を受けている病院の経営母体の医療法人から5000万円もの多額の選挙資金の提供を受け、それを全く開示していなかった猪瀬氏のような行為が許されるのであれば、選挙の公正は著しく害されることになる」と指摘した。

 結局、この問題で猪瀬氏は都知事辞任に追い込まれ、その後、この5000万円の選挙資金提供について公選法違反で告発されていた猪瀬氏は、私の指摘のとおり選挙運動費用収支報告書虚偽記入の公職選挙法違反の罪で略式起訴されるに至った。

 この頃までは、選挙運動費用収支報告書についてのルールが形骸化していたことは確かだが、公選法の解釈上は、罪を免れることはできなかった。しかも、それは2013年のことであり、それから10年の間に、報告書の収入の記載についての認識も変わってきた。

 今年春の江東区長選挙をめぐる公選法違反事件に関して、自民系の区議1人は今年2月21日に柿沢氏の資金管理団体から20万円を寄付として受け取ったと、区議選の選挙運動費用収支報告書に記載しており、金銭の供与は区議選挙の「陣中見舞い」だったとの柿沢氏側の弁解が裏付けられている【柿沢未途議員・買収事件、区議選「陣中見舞い」の弁解に“致命的な弱点”】。

 このことからも、現在は、特定の選挙に関して、選挙前に派閥から資金提供が行われていた場合に、それを公選法の選挙運動費用収支報告書に収入として記載すべきとされることに対して反論の余地は全くないと言うべきであろう。公選法違反事件としての立件の可能性は十分にある。

 20年前、私が長崎地検次席検事時代に指揮した検察独自捜査でも、自民党の地方組織の公共工事からの利益収奪構造に迫ろうとし、政治資金規正法の罰則を適用して刑事立件を考えた事件が多数あったが、いずれも、公選法上の「寄附」の概念の曖昧さ、政治資金収支報告書への記載義務の構成の困難さ、という壁に跳ね返された。その時、その壁を打ち破るブレイクスルーとなったのが、公選法の罰則適用だった。自民党県連幹事長が、知事選挙に際して、県の公共工事の受注額に応じてゼネコンに県連への寄附を要求していた。その寄附の中には、政治資金収支報告書に記載された「表の寄附」もあった。それを、公選法199条1項の「特定寄附の禁止」違反で刑事立件し、県連事務所への強制捜査を行った。そこで、「裏の寄附」の存在、大規模な県連政治資金パーティーの収入の一部を裏金化して、表に出せない用途に使っていた事実が明らかになった。

 今回の捜査でも、政治資金規正法の罰則適用には、多くの隘路があり、国会議員の処罰につなげることは容易ではない。それを打開する、大きな武器となり得るのが、公選法の選挙運動費用収支報告書不記載罪の罰則適用だ。今日(12月19日)にも行われると報じられている安倍派事務所での捜索では、公選法違反の立件につながる証拠物も徹底した捜索押収が行われることになるだろう。

 安倍派政治資金パーティーの「裏金」が、2022年参議院選挙での選挙資金として提供されていた事実が明らかになることは、検察にとってのブレイクスルーになるだけではない。そのような公選法違反の事件が立件され、刑事公判の場で、その立証が行われれば、2022年参議院選挙の際に、「裏金による選挙資金の提供」を行ったのは、その直後に銃弾に斃れた安倍元首相だったことが明らかになる可能性がある。

 それは、憲政史上最長の在任期間を誇る「平成の宰相」である安倍晋三という政治家の実像、そして、国政選挙の際に行ってきた「所業」の一端が明らかになることにほかならない。

 今回の政治資金パーティーの裏金問題に関して、「安倍氏に極めて近い」ことを自らも認める元NHK解説委員の岩田明子氏は、夕刊フジに寄稿した記事で、

安倍元首相が21年11月に初めて派閥会長となった後、翌年2月にその状況を知り、「このような方法は問題だ。ただちに直せ」と会計責任者を叱責、2カ月後に改めて事務総長らにクギを刺したという。
22年5月のパーティーではその方針が反映されたものの、2カ月後、安倍氏は凶弾に倒れ、改善されないまま現在に至ったようだ。

などと書いている。

 安倍氏は、首相在任中は政治資金パーティーの裏金のことは全く知らず、会長になって初めて知って激怒し、ただちにやめるように指示した、というのが岩田氏の「取材結果」だということだが、同じ系列の産経新聞の上記記事を前提にすると、事実関係は全く異なるものであった可能性がある。それは、「安倍晋三回顧録」の出版まで行っている「安倍派言論人」の人達の言説がいかに事実を歪曲するものであるかを示す事実にもなり得る。

 検察捜査により、安倍氏が会長を務める安倍派から「参議院選の資金としての裏金」が提供されていたことの真相が明らかになり、「安倍一強時代」の日本の政治史の扉が開くことを期待したい。

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「ザル法の真ん中に空いた大穴」で処罰を免れた“裏金受領議員”は議員辞職!民間主導で政治資金改革を!

自民党安倍派(清和政策研究会、以下、「安倍派」)が開催した政治資金パーティーに関して、所属議員がノルマを超えて販売した分が派閥から議員側に還流され、その分が、派閥の収支報告書にも、議員の収支報告書にも記載されず“裏金”にされたとされる問題で、12月13日の臨時国会閉会後、東京地検特捜部の捜査が本格化している。近く安倍派に対して強制捜査が行われるとの報道もある。

特捜部は、全国から応援検事数十人を集めて異例の大規模態勢で捜査を行っているとのことであり、直近5年間で計5億円規模に上るとされる安倍派の「裏金」の解明に乗り出すとされ、国民の期待を一身に背負う形となっている。

もともと告発された事実は、「派閥の政治資金パーティーで20万円以上のパーティー券を購入した者の氏名等の不記載があり、その金額が自民党5派閥合計で4000万円あった」という形式的な違反の問題だった。しかし、それを受けて検察捜査が本格化し、パーティー券のノルマ超の売上が裏金として派閥所属議員に還流していた事実が次々と具体的に報じられ、多額の裏金が議員の懐に入っていたことに対して、国民の激しい怒りが燃え上がる状況になっている。

ちょうど、今年10月にインボイス制度が導入され、「会計処理の透明化」の動きが中小企業にも及び、多くの国民がその負担に喘いでいる状況で、政治家の世界の「裏金」という言葉が出てきたため、「領収書不要の不透明な金のやり取り」に対して、強烈な反発が生じたことが、今回の「パーティー券裏金問題」への強い反発の背景にある。

「裏金」が、法的にどう評価され、政治資金規正法にどのように違反するのかということについての話はなおざりにされたまま、批判非難が高まってきたように思える。

しかし、もともと、議員立法で改正が繰り返されてきた「お手盛り」の「政治資金規正法」である。それだけに、刑事罰の適用についても、「裏金問題」を実際に刑事事件化するのが容易ではないことは容易に想像できるはずだ。実際にどのような点が高いハードルとなるのか、具体的に指摘した上、このような問題が起きないようにするための抜本的な対策を提示することとしたい。

派閥側の立件

本件について、刑事立件の対象として二つの方向が考えられる。

まず、捜査対象の中心となるのは、政治資金パーティーを主催した安倍派側の政治資金規正法違反だ。

こちらの方は、政治団体の「清和政策研究会(安倍派)」の政治資金収支報告書について、会計責任者が、政治資金パーティーの収支を正しく記載する義務に違反し、ノルマ超の売上について裏金を還流させた分を収入から除外して記載したことについて、収支報告書の「虚偽記入罪」が成立することは明らかだ。

問題は、その刑事責任がどの範囲に及ぶのか、国会議員にまで及ぶのかだが、報道によれば、安倍派では、森喜朗氏が会長だった1990年代末から、このような「ノルマ超の売上の裏金による還流」の方法がとられていたとのことであり、それを継続していくことの実質的な意思決定は、派閥の「会長」が行っていた可能性が高い。基本的には、この虚偽記入罪の共謀関係は、会長と会計責任者の2人というのが常識的な見方であろう。しかし、その会長の細田博之氏は、既に亡くなっている。

では、会長と収支報告書の記載義務を負う会計責任者との中間に位置する「事務総長」のポストに就いていた国会議員について、「共謀」による虚偽記入罪で処罰できるか。単に、「ノルマ超の売上の裏金による還流」について、従前どおりに行うことを会計責任者から報告を受けていたというだけでは、通常、国会議員について共謀の刑事責任を問うことは困難だ。安倍派の収支報告書の記載について、幹部の国会議員の刑事立件も容易ではない。

「裏金」受領議員側の立件の困難性

さらにハードルが高いのは、「裏金受領議員」側の刑事立件だ。議員名と金額と、「政治団体の収支報告書に記載していないこと」が次々と報じられるが、ほとんどの議員が「捜査中」を理由に説明を拒否していることに対して、国民の反発が高まっており、これらの「裏金受領議員」は収支報告書の不記載・虚偽記入罪で刑事立件され処罰されるのが当然のように思われている。

しかし、現行政治資金規正法には、そのような「政治家個人が受領する裏金」の処罰が困難だという、「ザル法の真ん中に空いた大穴」の問題がある。

この点については、かつて2009年頃、陸山会事件の際に、自民党大物議員への裏金の供与が報じられた際にも指摘したし、Yahoo!記事では、2021年2月の【政治資金規正法、「ザル法」の真ん中に“大穴”が空いたままで良いのか】で、また、今年公刊した【“歪んだ法”に壊される日本 ~事件・事故の裏側にある「闇」】でも、第2章「「日本の政治」がダメな本当の理由~「公選法」「政治資金規正法」の限界と選挙買収の実態」で、「「ザル法」の真ん中にあいた“大穴”」と題して「大穴」の問題を指摘してきた。

「裏金の授受」は、受領した事実を記載しない収支報告書を作成・提出する行為が不記載罪・虚偽記入罪等となるのであり、その授受自体が犯罪になるのではない。

国会議員の場合、個人の資金管理団体のほかに、自身が代表を務める政党支部があり、そのほかにも複数の関連政治団体があるのが一般的だ。つまり、一人の国会議員が管理する財布が複数あることになる。

それぞれの財布について、会計責任者が収支報告書を提出する義務はあるが、裏金というのは、領収書も渡さず、いずれの政治資金収支報告書にも記載しないことを前提にやり取りするものであり、通常は、複数ある議員の関連政治団体のうち、どの団体に帰属させるかは考えない。

ノルマを超えたパーティー券収入の還流は銀行口座ではなく現金でやりとりされ、収支報告書に記載しないよう派閥側から指示されていたとされている。その議員は、どの政治団体の収支報告書にも記載しない前提で、「裏金」として受け取り、そのまま、どの収支報告書にも記載しなかった、ということである。そうであれば、どの収支報告書に記載すべきだったのかが特定できない以上、(特定の政治団体等の収支報告書の記載についての)虚偽記入罪は成立せず、不可罰ということになる。

政治団体ではなく政治家個人宛の寄附として裏金を受領したということであれば、個人あての寄附は禁止されているので(21条の2第1項)、それ自体が違法である。敢えてそのような個人宛寄附として受領したというのであれば、違法寄附と認識して受領したことについての自白が必要だ。

また、裏金を、個人的用途に費消したり、個人的蓄財に充てられたりしていれば、個人の所得ということになり、税務申告していなければ脱税となる。但し、国税と検察で「逋脱犯の告発基準」を取り決めており、逋脱所得が単年度2500万円以上位でなければ脱税の刑事事件にはならない。

このことを図示したのが以下である。

政治資金としての処理に関しては、図で示したように、政党支部、資金管理団体、その他の団体など多数の「国会議員関係団体」が存在しており、違法な政治家個人宛の寄附ということもあり得る。「裏金」として受け取っている以上、個人宛か、或いは、どの団体宛か、収入の帰属先を考えておらず、どの収支報告書に記載すべき収入かを特定できない、ということなのである。

国会議員刑事立件の高いハードル

このように考えると、安倍派側、所属議員側、いずれも国会議員の刑事立件には高いハードルがある。

それなのに、検察が、大規模捜査態勢で、年末年始返上で国会議員本人の聴取も含めた捜査を行おうとしている。検察は、「裏金受領議員」の刑事立件を目論んでいるように思えるが、それは、どのような考えによるものなのだろうか。

素朴に思いつくのは、「裏金受領議員」の関連政治団体、政党支部すべて列挙して、「清和政策研究会からの寄附収入を、いずれの収支報告書にも記載しなかった」とする公訴事実での起訴だ。

「どの政治団体の収支報告書にも全く記載していないのだから、不記載罪が成立するのが当然」という世の中の「常識的な見方」からは、一見、合理的なように思える。

しかし、収支報告書不記載罪というのは、個別の政治団体、政党支部ごとに選任され、収支報告書の作成・提出義務を負う会計責任者が、収支報告書に「記載すべき事項」を意図的に記載しないことによって成立する。つまり、どの団体の会計責任者が、どのような事項を記載しなかったのかという、「記載義務違反」を具体的に特定しなければ、政治資金規正法の犯罪事実にならない。「いずれの収支報告書にも記載しなかった」とする公訴事実では、犯罪の主体が特定されない。そのような事実で起訴しても公訴棄却は免れないだろう。

議員本人に不記載罪の刑事責任を問うことができるのは、会計責任者に不記載罪が成立し、議員との「共謀」が認められる場合だ。そこで、何とかして「裏金」の帰属先の政治団体を特定することが必要になる。検察としては、議員側に「裏金を本来帰属させるべきであった団体」を特定させるため秘書や議員本人に特定の団体の収支報告書の訂正を行わせ、それについて、当初から当該収支報告書に記載すべきであったと認める「自白」をとる、という方法も考えられる。

3200万円の裏金受領を認めた池田佳隆衆院議員は、資金管理団体の収支報告書の記載を訂正して、同金額を寄附として記載したようであり、今後、このような「収支報告書の訂正」の動きが拡がるかもしれない。

しかし、「裏金」として受領したものである以上、特定の収支報告書に記載する前提ではないはずであり、記載すること自体が「裏金」との認識と矛盾する。また、検察が帰属を認める「自白」をさせようとしても、国会議員にとっては、罰金刑でも公民権停止で議員失職につながるので、応じる可能性は低いであろう。

上記の池田議員も、収支報告書の訂正について、「(政党からの)政策活動費だと認識して受け取り、政治資金収支報告書には記載していなかった」と説明している。これは、安倍派側から受領した時点で、当該資金管理団体の収支報告書に記載すべきだったと認識していたことを認めたものではなく、要するに、「領収書不要の政党から個人あての寄付と認識しており、収支報告書の記載は全く考えていなかった」という趣旨である。このような説明を通されたら、その裏金について、収支報告書に記載すべきであった団体を特定できないので「収支報告書不記載罪」で起訴することは困難だ。

また、政治家個人として違法に寄附を受けた罪を適用するためには、前記のとおり、当事者双方の自白が必要となる。しかも、罰則は1年以下の禁錮・罰金と軽く、公訴時効は3年であり、時効の起算点が収支報告書提出ではなく、寄附の時点なので、2020年までのパーティー収入に関するものは時効だ。処罰できるのは2年分だけということになる。

検察は「大穴」に気づいていないのか?

捜査のプロである東京地検特捜部が、ザル法の政治資金規正法のど真ん中の大穴に気づかないで捜査に着手したのだろうか?と疑問に思われるかもしれない。

しかし、それは十分にあり得ることだ。

私が、「ザル法のど真ん中に空いた大穴」の問題を指摘し続けてきたのは、検事時代の捜査実務経験によるものだ。

1993年に東京地検特捜部に在籍していた際、ゼネコン汚職事件の捜査で、取調べでの恫喝、威迫、騙しによってストーリー通りの調書に署名させる「暴走捜査」が冤罪を生む構図(後年、同事件を題材に書いたのが推理小説【司法記者】講談社文庫)に反発し、特捜部と決別することになった。それ以降、広島地検特別刑事部長、長崎地検次席検事等として、地方で検察の独自捜査を行ってきたが、そこで最大限に活用したのが政治資金規正法の罰則だった。

そうした捜査の中で、業者から多額の裏献金が政治家にわたった事例で、政治資金収支報告書の不記載罪・虚偽記入罪を適用しようと考えたこともあったが、その都度「ザル法のど真ん中の大穴」に阻まれ、刑事立件を断念したケースが複数ある。

一方、立件できた事件として、2003年の「自民党長崎県連事件」がある。自民党長崎県連の幹事長と事務局長がゼネコン各社から受け取っていた献金について、領収書を交付して収支報告書に記載して処理する「表の献金」と、領収書を交付せずに受領する「裏の献金」が同様の形態で授受されていた。そのため、「裏の献金」も「自民党長崎県連宛ての寄附」であったことの立証が容易だった。

東京地検特捜部が手掛けた事件でも、日歯連事件、坂井隆憲議員事件など、過去に政治資金規正法違反で立件された事件の殆どは、特定の政治団体をめぐる事件であり、資金の帰属先の特定に問題がなかったケースだ。多額の現金の裏金が政治家にわたった事例が、政治資金規正法違反で起訴された例はほとんどない。

それだけに、特捜部側が、「ザル法のど真ん中に空いた大穴」の問題についての認識が希薄だったとしても不思議はない。

「大穴」で処罰を免れた議員は、議員辞職を

合計で数億円が裏金として議員個人にわたっていることが判明したのに、東京地検特捜部の捜査によっても、国会議員がほとんど処罰されなかった場合、国政の世界で多額の裏金を得て、領収書もなく自由に使える状態が恒常化していることに対して、国民の怒りが爆発することは必至だ。

政治資金規正法の目的に著しく反する行為であるのに、それに対して罰則適用ができないのは、企業・団体献金の受け皿としての政党支部を含め、政治家に複数の「財布」の存在を認め、収支報告書の作成・提出を個々の団体の会計責任者に義務付けている現行の政治資金収支報告制度の仕組み自体によって生じている「ザル法のど真ん中の大穴」という構造的な欠陥によるものだ。

そのような「構造的な欠陥」も、もとはと言えば1994年の政治資金規正法の改正の際に、政党助成制度の導入と引き換えに、企業・団体献金を廃止する方向を打ち出したのに、議員個人が代表となる政党支部が企業・団体献金の受け皿となる「抜け道」を認めたことで、「政党支部」と「資金管理団体」という「2つの財布」の存在が、事実上制度化されたことに根本的な問題がある。そのような政治資金制度による「大穴」を放置してきたのは、主として、与党自民党の責任であり、その中心派閥として政治権力を欲しいままにしてきたのが安倍派である。その安倍派の所属議員が、法目的に著しく反する政治資金の「裏金」を受領しておきながら、自ら作り出した「大穴」によって刑事責任を逃れ、議員の地位にとどまることなど、到底許されることではない。

「裏金」を受領したことを認めた上で、「大穴」によって処罰を免れた場合には、その議員は、政治責任をとって議員辞職し、次期選挙において改めて有権者の信を問うのが当然だ。

政治資金制度改正の歴史

一方で、不透明な裏金のやり取りに厳正に対処できるよう、政治資金規正法の改正が必要であることは言うまでもない。

国会は国の唯一の立法機関である。しかし、国会議員の重大な利害に関わる政治資金規正法・公職選挙法等については、利害関係者である国会議員だけの自主的な議論に委ねているだけでは、実効性のあるルールが作られるわけがない。

政治資金規正法が制定されたのは昭和23年、当初は、「政治資金は国民の民主主義への参加のための浄財」という考え方から、収支の公開が中心で、寄附の「制限」はほとんど規定されていなかった。

その後、昭電疑獄、造船疑獄のほか、黒い霧事件など政界をめぐる事件が多発し、政治腐敗への批判が高まり、昭和30年代に入って、国民の間から政治資金制度改革を求める声が高まったことを受け、1961年に「選挙制度審議会設置法」が制定され、有識者と民間人による審議会の場で政治資金制度改革が議論され、66年には、企業団体献金の禁止等を盛り込んだ「第5次選挙制度審議会答申」が出された。この頃、長谷部忠、中野好夫、市川房枝など、日本を代表する言論人が中心となった「政治資金規正協議会」の提言も行われた。これを受けて、政治資金規正法、公職選挙法改正案が国会に出されたものの、自民党側の消極姿勢もあって審議は進まず、審議未了廃案を繰り返していたところ、昭和40年代末に表面化した「田中金脈問題」での国民の批判の高まりを受けて登場した三木武夫首相の強いリーダーシップによって、1975年に、ようやく「第5次選挙制度審議会答申」に基づく政治資金規正法改正法が成立した。

その直後から、ロッキード事件、ダグラス・グラマン事件等を受けて、政治倫理確立が当時の大平内閣の重要な政治課題になり、民間有識者及び関係閣僚からなる首相諮問機関「航空機疑惑問題等防止対策に関する協議会」が設置され、「政治家個人の政治資金の明朗化」を提言、1980年に政治資金規正法改正法が成立、政治家個人の政治資金の公開のための「指定団体制度」「保有金制度」等が導入されたが、多くの「抜け穴」があり実効性がないものだった。

1980年代末、リクルート事件等で自民党は政権を失い、1994年、細川内閣の連立与党と自民党の合意で「政治改革四法」が成立、選挙制度改革・政党助成制度の導入に伴い政治資金規正法の大幅改正が行われた。企業・団体からの寄附の対象を政党(政党支部を含む)と、政治家個人が政治資金の拠出を受けるべき政治団体としての「資金管理団体」に限定(当初は、資金管理団体にも企業・団体からの寄附が年間50万円まで認められていたが、2000年1月1日以降は禁止)され、法違反に関する罰則の強化、有罪確定時の公民権停止規定が導入された。

資金管理団体に指定されると、資金管理団体の届出をした政治家からの寄附については個別制限の適用をうけないなどの特典があるが、政治家に関連する寄附の入金先が資金管理団体に限定されるわけではない(2008年、「国会議員関係政治団体」に関して、全ての領収書の開示、第三者による監査を義務付ける制度が導入されたが、これも国会議員に関する政治資金の収支が複数の団体で行われることを前提にしている)。

こうして、現行の政治資金制度の枠組みが作られたのであるが、その中で、議員個人を代表とする政党支部が企業・団体献金の受け皿となることが認められたことから、国会議員は少なくとも政党支部と資金管理団体という「2つの財布」を持てることになり、それ以外にも「国会議員関係政治団体」がありうるので、「複数の財布」の存在が事実上制度化されている。それが、「政治家個人への裏金」に関する「ザル法の真ん中の大穴」につながっているのである。

抜本的な政治資金制度改革のため「民間主導の議論の枠組みの創設」を

現行法の枠組みのままで直ちにできる「大穴」の是正策としては、国会議員の政治活動に関連する政治資金の「財布」全体を総括する「国会議員政治資金総括収支報告書」の作成提出を義務付ける制度の導入が考えられる。それによって、国会議員たる政治家が現金で「裏金」を受領した場合に、それがどの団体・政党支部に帰属するものかが不明であっても、その議員に関連する収入である以上、総括報告書に記載しなければならないことになり、「政治資金規正法の大穴」が塞がれることになる(【前掲拙著】)。

そして、抜本的な政治資金制度の改正としては、政治家個人が代表となる「政党支部」を廃止し、政党支部への企業・団体献金という「抜け道」をなくすこと、そして、国会議員の収入を帰属させる政治団体を資金管理団体のみとし、「国会議員の財布」を一元化することだ。

さらに本質的な問題は、今回の問題で露呈したように、自民党派閥や国会議員側に「政治資金の透明性」という、政治倫理として当然の要請に対する認識も、「領収書不要の裏金」に対する抵抗感も希薄だということだ。その大きな原因が、「政治家個人への寄附の禁止」について「政党からの寄附」が除外され、党本部から幹事長等の政治家個人に活動費等の名目で渡った政治資金について収支報告書の公開の対象外となることから、「領収書不要の資金」が事実上許容されていることにある。前記の池田議員のような「収支報告不要の金と思った」との弁解が出てくるのも、根本的には、現行法に「政治家個人への寄附の禁止の抜け穴」があるからなのである。

政治資金規正法21条の2第2項を削除し、政党からのものも含めて、収支報告書の提出が義務付けられていない「政治家個人」に対する寄附を全面的に禁止することが不可欠である。

これらの抜本改革は、これまで脈々と続いてきた日本の政治風土そのものをも変えることになりかねないものでもある。それだけに、その当事者である国会議員だけに委ねることでは、実効性がある改革を期待することは困難だ。

1966年に設置され、その後、政治資金制度改正の議論の中心となっていた「選挙制度審議会」は、1994年改正では、国会議員は加わらず、形だけのものになり、政治資金規正法の改正の議論は国会議員主導で行われた。そして、その後、選挙制度審議会設置法は今も残っているのに、30年間、「選挙制度審議会」は事実上休眠状態にある。休眠前までは、政治資金制度の専門家の間での議論も行われ、法律雑誌でも多くの論文が発表されるなどしていたが、その後、政治資金制度の議論は行われることがなくなり、今では法律の世界にも、専門家はほとんどいない。

今回、検察捜査を契機に次々と明らかになる国会議員の裏金問題に対して、国民の怒りが爆発している。それは、「お金」に対する国民の常識と、政治家の認識との間に、いかに大きな乖離があるのかを示すものと言える。

しかし、そのような事態に至っていることの責任は、これまで、政治家による政治資金規正法改正はどうせ「お手盛り」だから「ザル法」だと言いつつ、議論は国会議員に委ね、その「ザル法」の下で繰り返し表面化する「政治とカネ」問題で政治家を批判する、ということを繰り返してきた我々国民の側にもある。

昭和30年代から40年代にかけて、健全な民主主義を希求する先人達が積極的に行ってきた「政治資金制度改革に向けての民間での議論」を、今回の問題を機に復活させなければならない。

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ジャニーズ事務所・宝塚、相次ぐ大手法律事務所の「不祥事対応の失敗」は、何を意味するのか

2023年は、ジャニーズ事務所(現在では、社名を「SMILE-UP.」と変更)と宝塚歌劇団という、芸能関係の組織で「不祥事」が表面化し、大きな社会問題となった。

ジャニーズ事務所は、創業者で前社長のジャニー喜多川氏による未成年者に対する性加害問題、宝塚歌劇団は、劇団員が死亡し、その原因が、過酷な長時間労働、いじめ・ハラスメントによる自殺だと遺族側が訴えた問題だった。

それぞれ「不祥事対応」を行う立場となったが、ジャニーズ事務所の問題では西村あさひ法律事務所、宝塚の問題では大江橋法律事務所という、それぞれ東京・大阪では最大手の法律事務所の弁護士が、弁護士名・事務所名を明らかにして関与したものの、いずれも、その対応自体に関して新たな批判を受けた。「不祥事対応の失敗」と言わざるを得ない。

二つの事例は、このところ、多くの「企業不祥事」において、弁護士業界にとって大きなビジネスとなっている「不祥事対応」関連業務の在り方を考える上で重要な先例だと言える。各事案における弁護士の対応や公表された調査報告書等について問題点を指摘し、その背景についても考えてみることとしたい。

ジャニーズ事務所・宝塚の問題は「巨大不祥事」化が必至だった

ジャニーズ事務所は、国内で最大手の「芸能プロダクション」会社である。創業者で前経営者であるジャニー喜多川氏が数十年にわたって多数の未成年者に性加害を行っていたというものであり、過去に例がない程の重大な性犯罪であるが、加害者本人は、生前には批判非難もされないまま既に死亡している。しかも、性加害の事実について暴露本が出版され、民事判決でも認定されるなどしていたのに、ジャニーズ事務所とメディアやスポンサー企業との関係などから性加害問題が報じられることはなく、死亡時にも、稀代の名芸能プロデューサーとして称賛されていた。

英国BBCで報道され、国連の人権理事会の調査の対象とされるなど、言わば「外圧」によって重大な問題と認識され、その社会的非難はジャニーズ事務所という企業に集中し、「巨大不祥事化」しつつあった。

その結果、「ジャニーズ事務所」という当事者企業の存続自体が許されなくなる可能性も考えられた。その場合、不祥事対応の依頼者と受託者の関係という面で、あり得ない事態となる。

一方、宝塚歌劇団は、関西でも有数の企業グループである阪急阪神ホールディングス(その子会社の阪急電鉄)の事業部門の一つである。劇団員の育成、公演の催行等の業務は「歌劇団」内部で完結し、外部の組織との関係が希薄であるが、一方で、その「歌劇団」の組織は、独立性がない大企業の一部門に過ぎず、法人格もない。

長時間労働、パワハラによる自殺という問題自体は、過去にも多く発生している。遺族側が問題にすることがなければ、社会問題化することは殆どない。しかし、人の命が失われた問題であるだけに、遺族側の対応如何では大きな問題ともなり得る。特に当該組織の社会的認知度が高い場合には、注目度が一気に高まる場合もある。過去の例でいえば、「高橋まつりさん過労死問題」が電通の違法残業問題として大きな注目を集め、労働基準法違反の刑事事件に発展し、厳しい社会的批判を受けた事例が、その典型である。

宝塚の問題も、遺族側がいじめ・ハラスメントが自殺の原因だとして真相解明を強く求めており、しかも、遺族側の代理人弁護士は、過重労働・ハラスメント問題の専門家で、電通の問題でも徹底追及を行った川人博弁護士である。しかも、当事者の宝塚歌劇団は、多くの熱狂的なファンを擁する超人気ブランドであるだけに、社会的注目度は極めて高い。この問題も、「巨大不祥事化」する可能性が高い事案だったと言える。

しかも、いずれの不祥事も、背景に複雑・困難な構造的な問題があり、世の中の納得が得られるだけの事実解明や原因究明は、もともと容易ではなかった。

大手事務所弁護士が「不祥事対応」に関与することの根本的な問題

上記の要因からすると、二つの「不祥事」は、弁護士としての関与自体に相当大きなリスクがあり、事務所名や弁護士名を公表して関与することには相当慎重になるべき事案であったが、東京・大阪の有数の大手法律事務所所属弁護士が、事務所名および弁護士名を公表する形で不祥事対応に関与した。

一方、宝塚の問題については、不祥事の当事者すらはっきりしないという特殊性があった。本来、法人格すらない「宝塚歌劇団」は、調査を依頼する契約主体にはなり得ないはずだ。しかし、調査報告書の公表のリリースなどは「歌劇団」「当団」などの名前で行われており、あたかも歌劇団が依頼の主体であるかのように見える。法律事務所にとっては、依頼者が不明確なまま調査を受託することはあり得ないが、調査報告書にも、通常記載されている「調査受託の経緯」が記載されていない。そういう意味で、外部弁護士の調査受託案件として特異性を有する事案だったと言える。

二つの「巨大不祥事」の「危機対応」への弁護士関与の経緯と態様

企業不祥事への弁護士の関与は、不祥事企業から独立した「第三者としての対応」と、不祥事企業に寄り添う、「危機対応(危機管理)」業務の二つに大別される。

「第三者としての対応」は、第三者委員会など、企業から独立した客観的な立場で事実調査を行い、原因究明・再発防止策の策定などを行う。「危機対応」は、企業の不祥事対応について当事者に助言・指導を行い、側面からサポートする業務で、「危機管理業務」などと言われる。

前者であれば、企業から独立した立場で調査を実施し、成果物としての第三者委員会報告書を当該企業に提出する。その内容について説明責任も含めてすべて受託者側が負う。事案の重大性にもよるが、報告書の公表の時点では、委員会側が記者会見等を行って質問に答えるのが一般的である。

一方、「危機対応業務」の場合は、あくまで対応の主体は当該企業であり、弁護士は助言・指導を行う立場であり、通常は表に出ることなく、「裏方」「黒子」に徹する。

ジャニーズ事務所の問題では、最初に登場した弁護士は、林真琴弁護士(元検事総長)だった。

2023年5月26日、第三者委員会的な位置づけの「再発防止特別チーム」の設置が公表され、林弁護士は、その座長として記者会見に臨んだ。そして、8月29日、林弁護士は、調査報告書公表の記者会見に臨み、報告書の内容を説明し、当時の藤島ジュリー景子社長に辞任を求めるなどした。林弁護士のジャニーズ事務所問題への関わりはそこで終わり、その後に登場したのが、西村あさひ法律事務所の危機管理チームを率いる木目田裕弁護士だった。

危機管理業務を担う「顧問弁護士」の立場であれば、通常は、表に出ずに企業側に助言・指導を行うが、木目田弁護士は、積極的に表に出て対応した。

9月7日の記者会見では、藤島ジュリー社長と、東山紀之氏、井ノ原快彦氏とともに記者会見に登壇、ジャニーズ事務所の社名を維持し、その新社長に東山氏が就任し、藤島ジュリー氏は、社長は辞任するが、代表取締役には留任することなどを発表した。

10月2日の2回目の記者会見にも、社長に就任した東山氏と副社長に就任した井ノ原氏とともに登壇、ジャニーズ事務所の社名を「株式会社SMILE-UP.」と変更し、被害者への賠償を終えたら廃業すること、従前の業務を引き継ぐ新会社を設立することなどを発表した。

しかし、会見時間を2時間に制限したこと、1社1問、再質問なしという制限を設けたことなどが、参加者側からの反発を招いて記者会見が紛糾。会見後に、指名から除外する記者を意味すると思われる「NG記者リスト」を作成・配布していたことが発覚し、大問題となった。

一方、宝塚の問題については、9月30日に劇団員が死亡した後、10月7日に、団員の死亡について事実関係や原因を把握するため、外部の弁護士による調査チームを設置することが発表された。

11月14日、劇団の理事長らが記者会見を開き、大江橋法律事務所の9名の弁護士チームによる調査報告書を公表し、併せて理事長辞任も発表した。しかし、その調査報告書では、長時間労働は認めたものの、遺族側が強く訴えていた「いじめ・ハラスメント」の事実は「確認できなかった」との調査結果が示された。それに対して、遺族側代理人が猛反発し、ただちに記者会見を開いて調査報告書を批判し、調査のやり直しを求めた。

調査報告書からすると、調査の性格、調査手法、その事実認定のレベルとしては、「内部調査」に近いもののように思えるが、敢えて事務所名、弁護士名が公表され、しかも、宝塚側が「外部の独立した弁護士による調査チーム」などと、その調査の独立性・外部性を強調した。そうであれば、調査結果等について当該弁護士が記者会見に同席して説明するのが当然だが、調査担当弁護士はなぜか記者会見には全く姿を見せず、宝塚側が説明を行った。

調査報告書については、いじめ・ハラスメントを認定しなかったとの調査結果に加えて、劇団員のうち4名がヒアリング調査に応じることを「辞退」したことを劇団側が明らかにしたのに、調査報告書ではそのことに言及がないことなどが批判された。

さらに、歌劇団が調査を依頼した大江橋法律事務所に、歌劇団を運営する阪急電鉄の親会社である阪急阪神ホールディングスの関連会社の役員が所属していることが明らかになり、調査担当弁護士の「独立性」についても問題が指摘された。

弁護士名・事務所名を公表して「巨大不祥事」に関与した理由

ジャニーズ事務所問題も宝塚問題も「巨大不祥事化」の可能性が高く、不祥事対応に関与することによる弁護士や事務所のリスクも大きいと判断すべき案件であった。

しかし、木目田弁護士は、本来は表に出ないのが通常である危機管理業務で、記者会見にまで同席した。逆に、大江橋法律事務所の調査チームは、弁護士名も公表され、宝塚側が「外部の独立した弁護士による調査チーム」と強調しているのであるから会見に出席して説明し質問に答えるのが当然のはずなのに、公の説明の場には全く姿を見せなかった。

両者で、このような「真逆の対応」になったのは、なぜなのか。

ジャニーズ事務所の10月2日の会見の直後に発売された中央公論2023年11月号に【不祥事対応のエキスパート弁護士が語る危機管理の要諦】と題する記事が掲載されているが、巻頭の「ニュースの1枚」のページがある。そこには、9月7日の記者会見で、藤島ジュリー氏、東山氏、井ノ原氏と並んで、木目田弁護士が会見に同席している写真が掲載され、その説明文に「記者会見に同席した木目田裕氏のインタビューは40頁から」と書かれ、「危機管理の要諦」について語った記事が紹介されている。

木目田弁護士の会見への同席は、まさに、ジャニーズ事務所問題に「不祥事対応のエキスパート弁護士」として関わっていることをアピールするものと言える。

また、同記者会見の後、「NG記者リスト問題」が表面化し、厳しい社会的批判を浴びたが、そのリストを作成・配布したコンサルティング会社FTIの日本法人は、木目田弁護士がジャニーズ事務所に紹介したことが、同事務所のリリースで公表されている。FTIの代表の野尻明裕氏と木目田弁護士は東京大学法学部の同級生で、2017年に、【弁護士、コンサルが明かす謝罪ビジネス最前線】と題する日経ビジネス記事において、西村あさひ法律事務所の危機管理チームを率いる木目田弁護士と、ボックスグローバルジャパン社の野尻氏が登場し、「危機感を募らせる経営者らが頼るのが、専門の知識とノウハウを持った大手弁護士事務所や危機管理のコンサルティングなどを担う総合PR会社だ」などと紹介されている。

中央公論の記事の発売時期・内容からすると、ジャニーズ事務所からの受託は、「危機管理のエキスパート」としての仕事をアピールしようとする意図があったように思える。

一方、宝塚の問題で、大江橋法律事務所が関与したのは、むしろ、事務所側の意向だったのではないかと思える。

前述したように、この問題も、「巨大不祥事」に発展するリスクが高い案件である。担当弁護士・事務所名の公表を前提に調査を依頼された場合、しがらみが何もなければ、受託を躊躇するはずだ。

もともと、関西で有数の企業グループである阪急阪神ホールディングスと、関西で最大手の法律事務所の大江橋法律事務所である。両者の間に何らかの関係があったとしても不思議ではない。それが高リスク案件を敢えて受託することにつながったのではないだろうか。

10月2日ジャニーズ事務所記者会見の問題点

木目田弁護士が自ら前面に出てサポートしたジャニーズ事務所の危機対応全体の問題点については、拙稿【ジャニーズ事務所・会見、“危機対応”において「不祥事」が発生した原因とは】でも指摘した。

木目田弁護士は、社長らが行う2回の記者会見に自ら同席し、同社の危機対応をサポートする立場であることを自ら積極的に社会に表示したこと、記者の質問に答えて説明するなどしたことにより、同会見で会社側が発表した方針や記者会見対応に法的・コンプライアンス的に問題がないとのお墨付きを与えることにもなった。

そこでの木目田弁護士の発言には、いくつかの問題があった。

第1は、問題になった「NG記者リスト」でNGとされていた記者で唯一司会者に指名された佐藤章氏からの質問への対応だった。

「ジャニー喜多川氏の性加害について東山氏がどのような認識で、どのような対応をしたのか」という、会見までの経緯からすれば「当然予想された質問」が行われたが、それに関連して、

「東山さんは責任ある立場にありながらジャニー喜多川さんの犯罪について防止対策を全然取らなかったということについて、新社長として認識、お考えをお聞きしたい。児童福祉法の観点からは共犯か幇助犯に当たるという解釈もある」

と質問したのに対して、東山氏が答えた後に、木目田弁護士が回答を引き取り、 

「仮に気づいていたと仮定したとしても、単に止めなかったっていうだけで共犯にはならない」

と言い切った。

しかし、ジャニー喜多川氏との関係性、事務所内での立場如何では、性加害の事実を認識していてそれを止めなかったという「不作為」でも幇助犯等の共犯が成立する可能性があることは否定できない。「共犯にはならない」というのは法律的に誤った回答だ。

この点については、会見直後に元検事の若狭勝弁護士がYouTube動画(【ジャニーズ】顧問弁護士が幹部の刑事責任を否定)で誤りを指摘しており、質問者の佐藤氏は、木目田弁護士に対する懲戒請求を所属弁護士会に行ったと報じられている。(【ジャニーズ事務所木目田弁護士に懲戒請求 泥沼化する騒動の行方】ガジェット通信等)(なお、佐藤氏は懲戒請求については、自らのYouTubeでの発言では「懲戒請求が行われた」と述べているだけで、自分自身が懲戒請求を行ったことは公表していない。)

このような質問が行われる背景には、そもそもジャニー喜多川氏の性加害問題について一定の責任があることが否定できない東山氏を新社長とすることに無理があったのではないか、との疑問がある。

そのようなジャニーズ事務所側の方針をサポートする立場で会見に同席した木目田弁護士が東山氏に有利な方向で発言し、その内容が法律的に誤っていると指摘されていることは、対応上の問題だと言える。

もう一つの重要な問題は、ジャニー喜多川氏の未成年者への性加害が長年にわたって継続していたことが、ジャニーズ事務所の内部でどのように認識されていたのか、問題の隠蔽に、同事務所関係者はどのように関わっていたのか、という点だった。

それは、まさに今回の「不祥事の核心」であり、その点について、十分な事実解明が行われることが、「不祥事対応」の大前提になるはずである。

ところが、今回、「第三者委員会」として設置された林真琴元検事総長を座長とする「再発防止特別チーム」では、膨大な数の被害者のうち僅か20名の聴取を行っただけで、被害の全貌は明らかにされていない。しかも、性加害の事実をジャニーズ事務所内部で誰がどのように認識し、どのように対応してきたかについては殆ど調査を行っていない。

調査報告書でも、ジャニー氏の姉の故メリー喜多川氏による隠ぺいが行われたこと以外は殆ど書かれていない。性加害が長期間表面化しなかった原因として「メディアの沈黙」を指摘しているが、その「沈黙」に、ジャニーズ事務所側がどのように関わっていたのか、という点について事実解明はほとんど行われていない。

10月2日の記者会見での木目田弁護士の発言の第2の問題は、この点に関わるものだった。

「再発防止特別チームの調査報告書では不十分であり、もう一度第三者委員会なりを立ち上げてきちんと徹底的に調査をして膿を出してこそ再出発ができるんじゃないか」

と質問されたのに対して、

「事実関係については、林元検事総長、飛鳥井先生、斎藤先生という専門家が完全にジャニーズ事務所からは独立した形で事実調査を行った結果について公表している。すでに徹底した事実調査が行われている。それに基づいてジャニーズ事務所、スマイルアップは今後の再出発を果たそうとしている」

と答えた。

しかし、再発防止特別チームの調査報告書公表の際の記者会見で、林座長は、

「すでに被害を訴えている方について、ヒアリングを前提に再発防止策を提言した。全てを調査するのは困難で、全体像を確定しないと再発防止策が立てられないというわけではない」

「全体像は今後明らかになることを期待している」

と述べており、事実調査は、再発防止策の提言に必要な範囲で行ったに過ぎないこと、被害事実の確認も一部にとどまっていることを、林座長自身が認めている。

「徹底した事実調査が行われている」という木目田弁護士の説明は再発防止特別チームの説明とも食い違っている。

不祥事対応は、まず、その不祥事に関する事実解明から始まるのであり、その点についての不適切な説明は、危機対応に関わる弁護士の対応として問題だと言わざるを得ない。

このような木目田弁護士の会見での発言の問題は、記者会見に当たっての基本方針にも関係している。

10月2日の会見は、ジャニーズ事務所が、「ジャニーズ」という名称を完全に廃止して被害者への補償を行って廃業すること、新会社を設立して再出発することを説明するための会見にしようという目論見だったようだが、創業者で経営者だったジャニー喜多川氏の性加害の重大性からすれば、ジャニーズ事務所には重大な説明責任がある。

記者会見では、正確に、誠実に説明を尽くし、会見参加者の、そして世の中の理解・納得が得られるまで徹底して質問に答えることが必要だった。そのために、記者会見の時間を十分に確保する必要があった。

ところが、実際には、時間を冒頭説明も含めて2時間(質問時間は1時間20分)と制限し、質問は「一社一問」「再質問はなし」ということを、予めジャニーズ事務所の側で「ルール化」した。

その中で、ジャニー喜多川氏の性加害問題への東山社長の関与、法的責任、或いは、今回の「不祥事」について事実解明が十分に行われたと言えるのかなどの「厳しい質問」も、危機管理のエキスパートであれば想定していたはずだ。

問題になった「NG記者リスト」にNGと記載されていたのは、まさに、このような「厳しい質問」をしてくることが予想される記者達であった。後述する10月10日のリリースに書かれていたように、記者会見で「NG記者も当てる」という方針で臨んでいたのであれば、このような質問を想定し、十分に検討して正しい回答を用意しておくべきだった。

宝塚の調査報告書の問題点

大江橋法律事務所の弁護士チームによる調査報告書は、そもそも「内部調査に近いもの」なのか、「外部の独立した弁護士による調査チームによる調査」なのか、という点が判然としないが、調査報告書の内容としても、いじめ・ハラスメントを否定するだけでなく、劇団側の見解・意向に相当配慮し、遺族側の指摘に対する反論に終始し、問題の原因を、劇団員の死亡直前のスケジュールの過密等の特殊な要因中心にとらえようとする姿勢がうかがわれる。

調査報告書「第4 本件事案が発生した原因についての考察」の冒頭には、以下のような記述がある。

本件調査は、本件事案が発生した事実関係及び原因を調査することを目的とするが、 故人のプライベートの問題や従前の健康状態等、 業務以外の心理的負荷や個体側の脆弱性に関する調査には限界があったことから、 故人の精神障害の発症の有無、 発症の時期や、 本件事案の原因を特定することは困難である。

「業務以外」「個体側の脆弱性」などという表現で、自殺の原因が、劇団側の問題以外にあった可能性を示唆し、「精神障害の発症の有無、 発症の時期」にまで言及し、「原因特定は困難」などと述べている。

劇団側以外に自殺の原因があると劇団側が認識し、それを調査担当弁護士側がそのまま引き継いで調査に当たったことを示しているようにも思える。亡くなった劇団員を「個体」と表現するのも無神経だ。

そのような考えで調査を行ったとすれば、「独立性を持つ外部弁護士調査」の姿勢自体に重大な疑問があると言わざるを得ない。

根本的な問題は、この調査は、いったい何を目的として行われたのか、という点だ。

調査報告書の冒頭で、「本件調査の目的」は、「劇団員の死亡が確認された出来事」(本件事案)に関する事実関係及び原因を調査すること、とされている。しかし、本来、劇団側が調査チームを設置する目的は、自殺の原因につながる「劇団側の問題」があった可能性があることを認識し、問題の有無を明らかにし、その問題による同種の問題の再発防止のために、劇団側について徹底した調査を行うことなのではないのか。

どのような目的で、どのような基本姿勢で調査を行ったのかについて、調査担当弁護士は公の場で質問を受け、明確に答えるべきであった。

記者会見後のジャニーズ事務所側の対応

ジャニーズ事務所は、10月2日の会見での「不祥事対応の失敗」のために、その後は、会見の後始末に追われることになった。

その後、ジャニーズ事務所が公式に行ったのは以下の対応だった。

  • 10月5日、前日夜のNHKニュースで「NG記者リスト」について報じられたことを受け、「弊社記者会見に関する一部報道について」と題するリリースを出し、「NG記者リスト」の作成は、FTIコンサルティングが勝手に行ったことで、ジャニーズ事務所は関わっていないと発表した。
  • 10月7日、「弊社に関する一部インターネット記事について」と題するリリースで、「スクープ!運営スタッフが激白『ジュリー氏も会場にいた』『リストはジャニーズの要望に基づいて作成』」などと断定的な見出しを付した記事に反論した。
  • 10月9日、「故ジャニー喜多川による性加害に関する一部報道と弊社からのお願いについて」と題するリリースで、弊社は現在、被害者でない可能性が高い方々が、本当の被害者の方々の証言を使って虚偽の話をされているケースが複数あるという情報にも接しており、これから被害者救済のために使用しようと考えている資金が、そうでない人たちに渡りかねないと非常に苦慮しております。そのような事態を招かないためにも、報道機関の皆様におかれましては、告発される方々のご主張内容についても十分な検証をして報道をして頂きますようお願い申し上げます。などと述べ、報道機関に対して、告発者の主張内容についても十分な検証をするよう要請した。
  • 10月10日、「NGリストの外部流出事案に関する事実調査について」と題するリリースで、「ジャニーズ事務所も西村あさひも、写真あり指名リストの作成・共有などには一切関与していない」旨の山田CCOによる関係者のヒアリング結果及び関係資料の確認結果を公表した。

ジャニーズ事務所は、公表したとおり、10月17日に、社名をSMILE-UP.に変更したが、それ以外に行ったことは、上記のとおり、失敗会見の後始末と「言い訳」「開き直り」のリリースだった。

プレスリリースについての助言・指導は、危機管理業務における主要なものであり、その内容に、木目田弁護士らが関わっていないことは考えにくい。

特に、10月10日夜に急遽発表した、5000字にも上るリリースは、「NG記者リスト」の問題に関して、木目田弁護士側の言い分を述べるために行ったと思える内容であった。

会見の2日前の打合せの場で、「指名候補記者リスト」及び「指名NG記者リスト」との記載があり、それぞれの下に記者の所属及び氏名が記載されているリストが一部の参加者に対してのみ席上配布されたとし、

《配布が一部参加者にとどまったのは、当該資料の枚数が足りず、参加者全員に行き渡らなかったためである。そのため、例えば、山田CCO及び西村あさひの弁護士には個別に配布されず、2~3名で一枚という割り当てだったため、山田CCO及び西村あさひの弁護士は当該資料を見ていない。》

とする一方で、

《木目田弁護士を含め、他の会議参加者からも、「指名NG記者リスト」に記載されている記者等であっても指名して質問に答えるべきである旨の同趣旨の指摘が相次いだ。このように、写真なし記者リストで「NG」とされている記者についても時間の許す範囲できちんと指名して質問に対応しなければならないという点について、その場で異論は出ず、当該方針が了承された》

などと述べている。

「NG記者リスト」に記載されている記者等であっても指名して質問に答える方針であったのに、FTI側が、その方針に反して、「写真入りの指名NG記者リスト」を会見場に持ち込み、さらに、そのリストが流出したことが問題だったと言いたいようだが資料の枚数が足りなかったのであれば、追加で印刷すれば済むことだ。「2~3名で一枚という割り当て」であったとしても、危機管理を担い、会見で登壇する予定の請求者には当然配布されるはずだ。「当該資料を見ていない」と強弁しているのは、明らかに不合理だ。

また、「写真入り」のリストの作成・会場への持込みを認識していなかったとしても、「写真なし」の「指名NG記者リスト」が作成されていたことを、会見の2日前に認識していた以上、それがどのように使われるのか、会見に登壇する弁護士として把握しておくのは当然だ。

そして、新たな問題の引き金になった可能性があるのが「被害者でない可能性が高い方々が、本当の被害者の方々の証言を使って虚偽の話をされているケースが複数ある」などと述べた10月9日のリリースだった。

その4日後の10月13日、ジャニー喜多川氏による性被害を受けたと訴える「当事者の会」に所属していた40代の男性が亡くなった。遺書のようなメモがあり、自殺とみられている。

男性は一部メディアで性被害を告発した後、「うそはすぐバレる」「金が欲しいんだろう」「虚言癖がある」「デビューできなかったくせに」といった誹謗中傷がSNSに多数投稿されたという。

亡くなった男性への誹謗中傷について

「彼は事務所に対して誹謗中傷への対策も求めていましたが、事務所幹部は会見で『誹謗中傷をやめてください』と呼びかけるのみで、具体的な措置を講じていませんでした」

「彼の心労は、元々抱えてきた性被害のトラウマの再燃とも相まって、一層深刻なものになっていました」

とされている。

男性の遺族が公表したコメントでは、今年5月にジャニーズ事務所側に男性が被害を訴えた後、5か月以上連絡は一切なく、さらに、9月に再度告発をしたあとも、なんの応答もなく放置され、彼の焦燥感、悩みは深まっていたとされている。

ジャニーズ事務所は、10月2日の記者会見では、被害者の補償に向けて「被害者救済委員会」を設置するなどして、膨大な数の被害者に速やかに対応すると説明していたはずだ。【前記拙稿】でも述べたように、ジャニー氏による性加害の認定は、加害者が死亡しているため、被害者の供述だけで認定せざるを得ない場合も多い。ジャニー氏本人にタレントデビューを約束されて性被害に遭い、そのまま約束が果たされず、ジャニーズ事務所に所属することもなく夢を断ち切られたという事案などでは、在籍の確認もできない。そこでは「虚偽の告発」を補償の対象としないことも必要かもしれないが、それを強調して、逆に「真実の被害申告」に対する誹謗中傷につながるとすれば、さらなる被害を生むことになる。

10月9日のリリースで報道機関に虚偽の告発への検証を求めたことは、誤った対応だったと言わざるを得ない。ジャニーズ事務所側が「虚偽の告発」に言及したことが被害者に対する誹謗中傷を拡大し、性加害の被害者の自殺という最悪の事態の引き金になった可能性がある。

調査報告書公表後の宝塚歌劇団の対応

歌劇団は、11月14日に調査報告書を公表し、遺族代理人弁護士からも、マスコミからも厳しい批判を受けた後も、亡くなった劇団員が所属していた宙組に加えて花、月、雪、星組と専科の全俳優約400人らへの聞き取りを進め、さらに生徒約80人への調査を行う方針だと報じられている。そして、これらの調査結果を踏まえて、過密な公演日程や過度な指導などの実態を調査し、組織風土を改善するための改革案を作成し、それを検討する第三者委員会を設置する方針と報じられている。

「阪急阪神HDは抜本的な対策を講じるため、幅広く意見を聴取した上で、外部の有識者に分析してもらう必要があると判断した。第三者委は大学教授やハラスメントの専門家などで構成するという。」

とのことだ。

しかし、その前提となる調査結果が、批判を受けた外部弁護士チームの調査報告書と、当事者の歌劇団側による劇団員の聴取結果だというのであれば、そのようなものは「第三者委員会」とは言えない。単なる「外部者による改革案検討委員会」だ。それを「第三者委員会」とマスコミに説明するのも、些か無神経と言うべきだろう。

劇団員の死亡以前からこの問題を報じてきた週刊文春による追及報道も続いており、今後の展開は予断を許さない。

大手法律事務所の「不祥事対応」が招いた困難な状況

ジャニーズ事務所問題、宝塚歌劇団問題で、東京・大阪で一流と言われる大手法律事務所が「不祥事対応」に関与した。しかし、いずれも新たな批判を招き、今のところ、「失敗」と言わざるを得ない状況となっている。

ジャニーズ事務所は、「NG記者リスト」問題で批判を受け、会見のやり直しが必要との意見もあったが、前記のようなリリースで「言い訳」を述べる以外に表立った動きはなく、10月2日の会見では新会社の社長を兼務する方針とされていた東山氏の社長就任の辞退が報じられ、新会社の社長には別の人物を招聘すると言われているが、方針変更についての記者会見も公表も全く行われていない。被害者への補償については、ようやく35人に金額の提示が行われたとされている。こうした中で、3回目の記者会見を行うことが必要となるが、これまでの2回の記者会見に同席した木目田弁護士が、どう対応するのかが問題となる。

宝塚の問題は、大江橋チームが行った調査には多くの問題があり、そのまま最終的な調査結果にすることはできないと考えられるが、再調査は行わず、その調査結果や当事者の歌劇団が行う聴取結果を前提に「第三者委員会」を設置するという、本来の「第三者委員会」の性格からは考えにくい話まで出ている。

いずれにしても、一流の大手法律事務所が関与して行った「不祥事対応」であるだけに、やり直しも、体制のリセットもできないことが、困難な現状を招いているように思える。

大企業にとって、大手法律事務所は、消費者にとっての「一昔前のデパート」のような存在だ。デパートは品揃えが豊富で、大抵のものは揃っているし、品質面でも問題はない。それと同様に、各法律分野についての専門家も含め有能な弁護士をそろえ、文献・資料も豊富に保有している大手法律事務所に依頼すれば、ほとんどの問題に適切に対応してくれると信頼されている。大手法律事務所に頼んでおけば安心というのが一般的な感覚だ。

しかし、「不祥事対応」については、それと同じように考えてよいのだろうか。リスクのレベルが高い非定型的事案では、関連する社会的要請を全体的にとらえるコンプライアンス的視点が必要となる。そこでは、法律の解釈・適用とは異質の判断と対応が求められる。一方で、【企業を蝕む「第三者委員会ビジネス」】でも述べた弁護士費用・報酬の問題は、「不祥事調査」全般に当てはまる。

事案の性格・内容、その背景を見極め、「危機対応」のための最適な体制を選択していくことが必要であろう。

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