東京五輪談合、セレスポ鎌田氏”196日の死闘”で明らかになった「人質司法」の構造問題

8月22日、東京五輪談合(独禁法違反)事件で、逮捕・起訴されていた株式会社セレスポ(以下、「セレスポ」)の鎌田義次氏が、2月8日の逮捕から196日ぶりに保釈された。

2月28日の起訴以降、保釈請求は6回目だった。この6回の保釈請求を担当した東京地裁刑事14部(令状専門部)の4人の裁判官のうち3人が、起訴直後から本件での保釈の可否の判断に真剣に向き合い、保釈許可決定を出したにもかかわらず、その都度、検察官申立による準抗告で覆されてきた。

まさに、日本の刑事司法の最大の悪弊、「人質司法」そのものと問題を指摘し続け、第1次、第3次、第5次と、最高裁への特別抗告を行って、「『人質司法』によって無罪主張を抑え込もうとするのは、憲法32条の裁判を受ける権利を侵害する」と訴えてきたが、いずれも「適法な上告理由に当たらない」とされて棄却されてきた。

保釈当日、午後1時半、東京拘置所のゲートから出てきた鎌田氏と抱き合い、喜びと安堵を分かち合った。過去にがん手術も経験し、逮捕の前年にも胆嚢摘出手術を受け、その影響も残る状況下で逮捕され、当初は、拘置所の病棟に収容されていた鎌田氏。その日の夕刻、司法記者クラブで臨んだ会見の冒頭で、

「我々、セレスポの役職員は、東京オリパラ大会のテストイベントや本大会の業務に、イベント制作会社として、多くのスポーツ大会での実績を生かし、懸命に取り組みました。私も他の役職員も、独禁法違反の犯罪などと言われることは何もやっていませんし、イベント制作会社として、当たり前の仕事を行っただけで、私も会社も無罪であることを、しっかりと裁判で訴えていきたい」

と明言した。その後、長期勾留について感想を聞かれ

「よく戦い抜いてきたなと自分をたたえたい」

と述べた。

これまでも、同様の「人質司法」によって、「無罪の訴え」が抑え込まれてきた。大川原化工機事件では、相嶋静夫氏は無罪の主張を通した結果、11ヶ月以上にわたり拘束され続け、勾留中に胃がんを発病、釈放後に病状が悪化して亡くなった(その後、検察は「公訴事実は犯罪に該当せず」と認め、起訴取消)。東京五輪汚職事件で贈賄の容疑で逮捕・起訴され、全面否認を通していたADK植野伸一前社長は、2度の保釈請求が却下され、3カ月後に体調悪化に耐えかねて容疑を認め、ようやく保釈された。その後、有罪判決を受けた際、

「否認すれば勾留が長期化するという刑事司法の厳しい現実を身をもって体感し、勾留されながら裁判で争うことは並みの精神力では現実的には非常に厳しいことを痛感した。」

と述懐している。

不屈の闘志で、196日にわたって「人質司法」と闘い抜き、無事生還して、今後の刑事裁判での戦いの決意を新たにしている鎌田氏には、弁護人の私からも、心から「ほめてあげたい」。

その鎌田氏が、会見の冒頭で、

「私の保釈請求に誠実に対応してくださった令状部の裁判官に、感謝したいと思います。」

と述べたのは、勾留中の接見でもしばしば口にしていた「率直な思い」だ。

そのような令状専門部の裁判官の保釈許可の判断が、なぜ、検察の準抗告でいともたやすく覆されてしまうのか。そこには、特捜部の事件において無罪の可能性が高い事件であればあるほど、徹底して「人質司法」による無罪主張の封じ込めにかかる検察官、そこで、事案の実体を見極め、保釈許可のために最大限の努力をする令状部裁判官と、検察の「言いなり」の準抗告審というコントラストが生じている現実がある。それがこの種事件での「人質司法」問題の核心だと言える。

そもそも「東京五輪談合事件」というのはどういう「事件」なのか。そこでのセレスポと鎌田氏の無罪主張は、どのような意味を持つものなのか。私が弁護人として関わるようになった経緯も含めて、改めてお話することとしたい。

東京五輪談合事件捜査への期待と失望

私自身は、東京五輪の招致・開催には反対だったし、その過程で表面化した、東京五輪の招致をめぐる贈賄疑惑に対しても(【竹田会長「辞任」だけでは“東京五輪招致疑惑”は晴れない】)、コロナ感染拡大による開催延期についての当時の政府の対応等に対しても(【政治問題化した東京五輪開催方針とメディアのコンプライアンス】など)、厳しい批判を行ってきた。

それだけに、2022年8月、東京地検特捜部が、高橋治之電通元専務とAOKIホールディングス青木拡憲会長を東京五輪スポンサー選定をめぐる贈収賄で逮捕し、東京五輪汚職事件の強制捜査に乗り出した際は、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会(以下、「組織委員会」)理事の職務権限との関連性等の刑事事件としての問題点は指摘しつつも、「東京五輪の闇」を解明しようとする捜査を、基本的に応援する立場で論評してきた(【高橋治之氏・受託収賄逮捕、電通と戦う検察、“東京五輪をめぐる闇”の解明を!】)。

同年11月、東京地検特捜部と公正取引委員会が、東京五輪大会のテストイベントをめぐる入札談合事件の捜査に着手したと報じられた際も、汚職事件では摘発の対象とならなかった東京五輪を支配する「電通の闇」の解明を期待するコメントしていた。

しかし、当初、私は、組織委員会の発注は「公共入札」であり、刑法等の「公の入札」についての規律が適用されると認識していたが、翌2023年1月以降の報道で、同発注は「公の入札」ではなく、民間発注であり、検察は、独禁法違反の犯罪の立件のみをめざして捜査を行っているとわかり、前提が大きく異なってきた。

その後報道された事実からすると、独禁法違反の刑事事件としては、どう考えても「無理筋」としか思えなかった。そこで、1月28日には、【東京五輪談合事件、組織委元次長「談合関与」で独禁法の犯罪成立に重大な疑問、”どうする検察”】と題するヤフー記事を出して、独禁法違反(不当な取引制限)での立件を疑問視し、検察に慎重な判断を求めた。

しかし、2月8日、特捜部は、組織委員会元次長森泰夫氏、電通・逸見氏、セレスポ・鎌田氏、FCC・藤野氏の4名を逮捕し、2月28日には、博報堂、東急エージェンシーなどの幹部を加え、6社・7名を独占禁止法違反で起訴した。

セレスポ・鎌田氏の弁護人受任の経緯

この起訴の直前、私の独禁法違反事件に関する【前記ヤフー記事】を見て、私の事務所に、同事件の弁護の依頼に訪れたのが、セレスポの稲葉利彦会長だった。

「東京五輪大会では予期せぬことの連続で、それに対応した当社の社員は、よく頑張ってやり切ってくれたと思っています。長時間労働や社員の過労で違法問題にならないかは心配していましたが、まさか談合とか独禁法違反などということが問題になるとは夢にも思っていませんでした。当社の社員で、東京五輪大会のことで犯罪になることをやったなどと思っている人間は一人もいません」

という話だった。

それまで弁護人として対応していた同社の顧問弁護士から、起訴の時点で私が弁護を引き継ぐことにし、裁判所にセレスポと鎌田氏の弁護人選任届を提出した。

弁護を受任後、セレスポの関係する社員や勾留中の鎌田氏から話を聞き、【上記記事】を書いた時点での独禁法違反の犯罪に対する疑問は、「無罪の確信」に変わった。

東京五輪テストイベント入札は、「談合」でも「事件」でもない

東京五輪大会は、60もの競技がほぼ同じ時期に行われる世界最大のスポーツイベントであり、その26の会場で行われる競技すべてについて、穴を空けることなく、それぞれの競技についての過去の実績や競技団体との関係などに基づいて、実施能力のある事業者を選定する必要がある。しかも、その準備が大幅に遅れていたことから、発注にかけられる時間に制約があった。

結局、テストイベント計画立案業務は、総合評価方式の一般競争入札で発注されたが、単に、入札を公示して入札参加者を募り、競争で落札した事業者と契約するだけで済むものではない。人気のあるメジャーな競技に応札が集まり、マイナーな競技にはどこも応札しない事態になる可能性が高い。東京五輪では、短期間に多数の競技を行うことから、国内のスポーツイベントに関わるリソースをバランスよく配分する必要があった。

しかも、スポーツイベントの大会運営は専門的な業務の組み合わせにより成り立つため、1社でやり切ることが難しく、各業務に精通したスタッフを揃える必要がある。そのため、競合する企業間でも「協業」することが必要になる。

そこで、発注者の組織委員会側の総括者の森氏が、各社の実績や意向に基づいて、全競技について、責任をもって業務を実施できる最低一社の事業者に応札してもらうよう、適切な「協業」の組み合わせにするため「入札前の調整」を、東京五輪大会のマーケティング専任代理店の電通の協力を得て行ったものだった。

「公の入札」であれば、発注者が特定の事業者に入札参加ないし受注を依頼する行為自体が、明白に犯罪であり、それに関わった事業者も共犯の責任を問われることになる。

しかし、組織委員会の発注は、法的には「民間発注」であり、どのような方式で発注するかは、発注者が自由に選択できる。競争性を重視し、入札を行って、受注を希望する業者間で競争を行わせることも、発注物件の商品、サービスの性格などから、発注者側が最も有利な発注先を選択する随意契約によって発注することも可能だ。民間発注であれば、発注者側の担当者が、特定の事業者と接触すること、入札参加、受注を依頼することは、内部的な責任を問われることはあり得ても、少なくとも、それ自体が犯罪に問われることはない。

民間発注において問題となるのは、事業者相互間で、「事業活動を相互に拘束し、一定の取引分野における競争の実質的制限を生じさせる」ような「合意」が行われた場合に、独占禁止法違反に問われる可能性があるということだ。

発注者の組織委員会の側が事業者に対して受注の「割り振り」を行ったとしても、それ自体には犯罪性はない。事業者が、発注者から受注案件の「割り振り」を受け、それが他の事業者に対しても行われていることを認識した上でその「割り振り」を受けると返答したとしても、それ自体は独禁法上問題になるものではない。事業者間の意思連絡がなく、単に「他の事業者も同様と認識していた」に過ぎない場合は、独禁法上問題となるものではない。

通常、入札談合であれば、競争が回避されるため、落札率(落札価格/予定価格)が高くなり、100%に近い数字になることも珍しくない。ところが、本件入札での落札率は、何と約65%である。組織委員会側の意向は尊重しつつ、事業者間では、何らの制約もなく、自由に競争行動が行われたことを示している。

このような事案が、どうして「独禁法違反の犯罪」とされるのか、全く理解できなかった。

「人質司法」との半年に及ぶ戦い

しかし、現実に、鎌田氏は独禁法違反で起訴され、勾留が続いていた。弁護人として、まず臨んだのが、鎌田氏の身柄奪還のための戦いだった。それが、その後半年にもわたり、保釈請求を6回も行うことになろうとは、全く予想していなかった。

検察官が、検察の主張に反して非を認めず、裁判で無罪主張をしようとしている被告人に対してとった「なりふり構わず絶対に保釈を阻止しようする姿勢」は凄まじいものだった。そこには、事実の歪曲、誇張、虚言あらゆる手段が用いられた。検察官倫理として凡そ許されないやり方も含まれていた。

間違いなく言えることは、この「事件」については、客観的な事実にはほとんど争いはないということだった。検察官とセレスポ側、弁護側との争いの中心となるのは、当事者が、「テストイベント計画立案業務の入札について事業者間で受注予定者を決定する合意」があったと認識していたかどうかと、法律上、独禁法違反が成立するのかという点だった。要は、関係者それぞれが、入札への対応についてどう認識していたのか、違法との認識があったのか、ということだった。

そのような点について、存在した事実をなかったことにするとか、存在しなかった事実を作り上げるための「口裏合わせ」「働きかけ」、というような「罪証隠滅のおそれ」は、もともと考えにくい。そのような本件事案の性格を十分に理解し、「罪証隠滅のおそれ」を否定できる事情を示せるよう、様々な対応をしてくれたのが、令状専門部の担当裁判官だった。

しかし、担当裁判官が出した保釈許可決定を、検察官の準抗告申立を受け、いともたやすく覆してしまったのが刑事裁判部(刑事17部、7部、11部)だった。

6回の保釈請求の経過

起訴直後の第1次保釈請求では、14部の担当裁判官は、保釈金を1500万円という高額に設定して、広範囲の関係者との接触禁止を保釈条件にし、様々な実効確保措置も誓約させて保釈を許可した。しかし、検察官が準抗告を申立て、「起訴から間がなく公判も特段進捗していない現時点において、被告人が事件関係者らに働き掛けるなどして罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由がある。」との理由で保釈許可決定は取り消された。

第2次保釈請求では、鎌田氏とセレスポの関係社員2名の陳述書を提出し、本件の争点は、独禁法違反の犯罪の成否にかかる法律上の主張と、事業者間の「合意」についての被告人の認識などの主観面に概ね限られ、罪証隠滅のおそれが低いことを指摘した。弁護人の主張に理解を示してくれた担当裁判官は、保釈保証金をさらに300万円増額し1800万円として、保釈許可を決定した。金曜日の決定だったことから、検察官の準抗告が棄却された場合に即日釈放されるためには、同日午後5時までに保釈保証金を納付する必要があることも示唆してくれた。

しかし、準抗告決定では、「前回の保釈請求却下の裁判以降における事情変更については、本件が公判前整理手続に付された程度しか認められず、上記準抗告の裁判と異なる判断をすべき事情変更はない。」として、保釈許可決定が取り消された。

4月20日に、第3次保釈請求を行い、関係者との接触禁止の実効性確保のための新たな措置として、スマートウォッチとボイスレコーダーの併用により被告人の会話の録音とGPS位置情報を24時間継続して把握する方法を提示したが、検察官の強い反対意見で、保釈請求は却下され、弁護人から準抗告を申し立てたが、「第2次保釈請求却下後の事情変更はない」として準抗告は棄却された。

「公判の進捗」「事情変更」がなければ保釈されない!

要するに、準抗告審の判断は、「起訴から間がなく公判も特段進捗していない」ということだけで「罪証隠滅のおそれがある」とし、その後、「事情変更」がないと保釈は認めない、というものだった。

しかし、被告人の起訴後勾留が続いているのに、検察官の証拠整理、公判準備は誠に緩慢だった。弁護人への証拠開示は4月末で、起訴から2か月もかかった。しかも、証拠が全体として開示されただけで、各被告人・被告会社への請求証拠を明示する証拠等関係カードは未作成だった。

その間に、セレスポ・鎌田氏の裁判が公判前整理手続に付されることが決まった。その手続は、検察官が証明予定事実記載書を提出することから始まるのであるが、その書面が提出されたのは6月23日、起訴の約4か月後だった。

このように、検察官が公判準備のために時間をかければかけるほど、「起訴から間がなく公判も特段進捗していない」という状態について「事情変更がない」ということになり、被告人は保釈されないことになる。その間、被告人は、弁護人以外との面会もできない身柄拘束という、耐え難い苦痛が継続することになるのである。

そこで、保釈請求を却下した準抗告決定以降の「事情変更」を作るために、弁護人としての対応を前倒ししていった。4月末に開示された証拠について、通常は、検察庁内の「謄写センター」に依頼するが、「立て込んでいて証拠謄写に2か月を要する」とのことだったので、私の事務所のスタッフを動員して謄写を自前で行って開示証拠の内容を把握した。

その結果、それまで考えていたとおり、客観的事実にはほとんど争いはなく、「入札での受注予定者を決定する合意」についての認識が問題になるだけであることが確認できた。そこで、鎌田氏の早期保釈のため、検察官調書はすべて同意する方針で臨むことにし、鎌田氏とセレスポ側の了解を得た。

6月5日に開かれた公判前整理手続の第2回打合せで、「検察官調書については、すべて取調べに同意し、一部調書について信用性を争う」と述べた。これらにより、検察官請求証拠に関して、検察官がこれまで被告人を保釈すべきではない理由としてきた「関係者への働きかけ等による罪証隠滅が行われるおそれ」は全くなくなったとして、打合せ調書を疎明資料にして、6月7日、第4次保釈請求を行った。

しかし、検察官は、意見書で、「証明予定事実記載書の提出前で、弁護人の主張も具体的になされておらず、争われる具体的な事実関係が不明である現段階では、たとえ『供述調書の全てを同意する予定である』としても、供述の信用性について争われる範囲、証人尋問の要否等について全く予想することができない」などと強く保釈に反対してきた。この保釈請求の担当裁判官が、第2次請求で保釈許可決定を出してくれたのと同じ裁判官だった。 

電話での保釈面接で、「事案の性格は十分に理解しているが、ここで保釈許可しても、弁護人の証拠意見が、公判前整理手続での正式なものではないので、検察官の準抗告申立で覆される可能性が極めて高い。準抗告での保釈却下が重なることはかえって保釈にマイナスではないか。証拠意見を正式な手続で確定させた後に、改めて請求した方がよいのではないか」と言ってくれた。私も、その意見に納得し、その後、保釈請求却下決定に対して準抗告せず、第5次保釈請求の準備にとりかかった。

公判前整理手続で証拠意見が確定、「事情変更」は明白

検察官は、6月23日に「証明予定事実記載書」を提出、7月3日には、弁護人の「予定主張記載書面」を提出した。7月7日の公判前整理手続の第1回期日で、弁護人は、証拠意見書を提出し、セレスポ社員K氏の供述調書1通についてのみ、陳述書を証拠請求して、検察官が同意することを条件に供述調書に同意するとしたほかは、検察官調書はすべて同意し、信用性を争う部分も、可能な限り特定した。

これらにより、公判前整理手続期日において弁護人が証拠意見を述べ、検察官請求証拠の大部分について同意が確定し、信用性を争う部分も明示し、検察官立証に関する争点整理も概ね完了したと考えられたことから、7月20日、第5次保釈請求を行った。

K氏の調書1通についてのみ、「陳述書を検察官が同意することを条件に同意」としたのは、電通の逸見氏との会食で、逸見氏から「組織委員会と電通で割振りをしている」と言われたことが、検察官の証明予定事実でセレスポと電通の意思連絡の重要事実と位置付けられていたので、改めてK氏に確認したところ、そのような事実は記憶もなく供述していないことであり、検察官に押し付けられ調書に署名させられたと説明したからだった。しかも、逸見氏の調書にも、その会食の際の発言などは記載されていなかった。

いくら、第4次保釈請求の時点で、「すべての検察官調書に同意する」と述べていても、そのような供述調書まで無条件に同意することはできないと判断し、調書の内容を否定するK氏の陳述書の同意を条件に調書にも同意することにしたものであった。

検察官は「弁護人の主張・証拠意見の変節」を主張

ところが、検察官は、保釈求意見に対する意見書で、

「弁護人が、保釈請求書に記載した主張・立証の方針や予定を短期間のうちに大きく変節させている。」

「弁護人の証拠意見の変節からすると、供述人の陳述書や、信用性を争う理由を記載した報告書を弁号証として請求し、『検察官がそれらの弁号証を同意するのと引き換えに同意することとする。』などと対応を変節させる可能性がある。」

などと述べ、「弁護人の公判前整理手続への対応も信用できない」としてきた。

K氏の調書に対する例外的な対応は、弁護人の公判前整理手続全般の対応に影響するものでもなければ、「弁護人の証拠意見の変節」などと非難される筋合いは全くなく、全くの「言いがかり」であった。このような検察官意見が出されていることがわかり、K氏の調書に対する例外的な対応の理由を説明し、「弁護人の証拠意見の変節」など全くないと反論する意見書を提出した。

担当裁判官は、このような検察官の「言いがかり」を、全く意に介することなく、保釈請求書及び添付資料の「証明予定事実記載書」「予定主張記載書面」「予定主張記載書面(その2)」「検察官意見書」「弁護人意見書」等を踏まえて、保釈の可否の検討を行った。7月25日、弁護人に、本件において弁護人として予定している証人尋問の範囲を確定する書面を受訴裁判所に提出することを要請した。これを受け、書面を受訴裁判所に提出した。

これによって、検察官の証明予定事実に対する認否、弁護人の予定主張の内容、検察官請求証拠に対する同意不同意、信用性を争う部分の特定は完了し、弁護人が予定する証人の範囲を確定する書面を裁判所に提出したことについて「保釈請求書補充書」を提出した。

こうして、第5次保釈請求については、請求から1週間かけて、担当裁判官が慎重に、検討と必要な対応を重ねた上、7月28日に、保釈許可決定が出された。

ところが、検察官は、準抗告を申立て、申立書で、求意見に対する意見書をコピペして、「弁護人の主張・証拠意見の変節」を主張した。弁護人の反論は全く無視していた。

同日、保釈許可決定を取消し、保釈請求を却下する準抗告決定が出された。

「現時点において、具体的な争点や証拠調べの範囲等が定まったとはいえない」

という理由が、「弁護人の主張・証拠意見の変節」についての検察官の主張を真に受けたものであることは明らかだった。

K氏調書についての検察官の“致命的な変節”

8月15日に第2回公判前整理手続が行われた。

第5次保釈請求の際に、担当裁判官の要請を受けて弁護人が提出していた書面に基づき、証人尋問の範囲が確認され、裁判所による争点整理も終了した。K氏については、検察官も陳述書不同意・証人尋問請求の意向を示していたが、調書と陳述書の不同意部分について検察官と弁護人との間で調整することになり、期日後の調整で、調書・陳述書の不同意部分が確認され、検察官も弁護人も証人尋問は請求しないことになった。

弁護人は、関係者間のメール連絡・面談・会議での発言等の客観的事実を争うものではなく、争点は、もっぱら、関係者の認識や発言の趣旨等の主観面に関するものと、法律上の主張であり、基本的に「口裏合わせ」「働きかけ」等の罪証隠滅が問題になるものではない旨、一貫して主張してきた。

それにもかかわらず、検察官は、「弁護人の主張・証拠意見が変節している」などと主張し、その中で特に強調したのが、K氏調書に対する弁護人の対応であった。検察官は、第5次保釈請求の際に「(検察官調書はすべて同意するとしていたのに)主要箇所で大きく相反する内容の陳述書の証拠調べを請求することで実質的にK調書を不同意とし」として非難していたのである。しかし、第2回期日後、検察官は、K調書の内容を否定する陳述書をほとんど同意し、K調書の中で陳述書と相反する部分についても、弁護人の意見を受け入れて請求を撤回し、証人尋問も請求しないことになった。検察官は、証明予定事実の該当部分の立証を断念したことになる。それによって、「弁護人の証拠意見の変節」の主張が誤りであったことを自ら認めたに等しい。

弁護人が、そのようなK氏調書だけは、「検察官調書すべて同意」の方針の唯一の例外として扱ったのは、当然の対応だった。それを、検察官は、

《保釈を得る目的のために「真意」を糊塗して「偽装」した》

などと非難していたのである。

8月18日に行った第6次保釈請求では、第5次保釈請求での検察官の「弁護人の主張・証拠意見が変節している」と「言いがかり」をつけていたことを「むしろ、このような検察官の主張こそが、準抗告審の判断を誤らせる『偽装』と非難すべきものであると、厳しく批判したうえ、

前回準抗告決定が「具体的な争点や証拠調べの範囲等が定まったとはいえない」と判断する原因になったと考えられる「弁護人の主張・証拠意見の変節」の主張が、公判前整理手続をめぐる検察官自らの対応等から全くの誤りであったと判明したことこそが、同決定以降の大きな「事情変更」と言える。

と主張した。

 そして、

求意見で、保釈に強い反対の意見を述べてくるとは思えないが、もし、検察官が、『保釈請求は却下すべき』などという強い意見を述べてきた場合、第5次保釈請求以降の経過で明らかになったように、検察官は、保釈請求却下のためであれば、事実の捏造・歪曲まで行う「おそれが相当に高いという前提で判断を行っていく必要がある。」

と述べ、第5次保釈請求に対する意見書で検察官が使った「(弁護人の証拠意見に)今後も同様の変節が生じるおそれが相当に高いという前提で判断を行っていく必要がある」という言葉を、そのままお返しした。

8月18日金曜日の午前10時までに提出した保釈請求書は、求意見書が添えられてすぐに検察庁に送付されたはずだが、検察官が裁判所に意見書を戻したのは、同日夕刻以降であった。金曜日1日かけ、検察内部で、対応を検討したのであろうが、月曜日に確認したところ、検察官の意見は、保釈は「不相当」とだけ書かれた穏当なものだった。

令状部の担当裁判官は、第5次請求と同じ裁判官だった。22日午前、保釈許可決定が出され、検察官は準抗告は行わず、同日昼過ぎ、鎌田氏は釈放された。


以上が、6回にわたる保釈請求でのバトルの末、鎌田氏が保釈されるまでの経過である。

それにしても、検察官は、なぜ、これ程までに「保釈阻止」にこだわるのか。

それは、特捜部が強引に立件した東京五輪談合独禁法違反事件に重大な問題があり、裁判での有罪立証が容易ではないと検察官自身が認識しているからである。裁判で堂々と勝負する自信がないので、ADK植野前社長のように「人質司法」によって無罪主張を抑え込もうとしているとしか考えられない。憲法32条で保障された「裁判を受ける権利」を侵害する行為にほかならない。

そのような検察の「非道」に唯々諾々と従い、保釈許可決定の取消しを繰り返してきた東京地裁刑事裁判部の対応には失望を禁じ得ない。しかし、保釈許可決定の執行停止との関係もあって、僅か数時間で保釈許可の是非を判断せざるを得ない準抗告審にとって、検察官が待ち構えていたかのように提出してくる長大な準抗告申立書(第5次請求では1万8000字超)の中の「事実の歪曲、誇張、虚言」を見抜き、事案の内容・性格を正しく認識して、保釈の可否を適切に判断することが極めて困難であることも事実である。特捜事件での「人質司法」は、裁判所にとっての「構造的な問題」ともいえる。

そうした中で、検察官の「なりふり構わぬ保釈阻止の姿勢」にも怯むことなく、事案の性格を見極め保釈の可否の判断に真剣に取り組んだ東京地裁令状部の裁判官たちは、絶望的な状況の中での「微かな光明」と言える。若手中堅裁判官の彼らが東京地裁の裁判長となる頃には、「人質司法」をめぐる状況も改善されることが期待できるであろう。

鎌田氏は、“196日間の死闘”に耐え抜いた。そして、東京五輪大会運営業務に一丸となって懸命に取り組み、やり遂げたセレスポ社員の名誉をかけ、これから、刑事裁判での検察との「真剣勝負」に挑む。

<保釈当日の会見の様子はこちら>

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「会長追放クーデター」から始まった日産の「ガバナンス崩壊」、対ゴーン氏民事訴訟も混乱・失態の末に“主張崩壊”

7月18日、FCCJ(外国特派員協会)で、レバノンから、カルロス・ゴーン氏(以下、「ゴーン氏」)もオンラインで参加して記者会見が行われた。会場で登壇した私から、訴訟代理人をつとめている民事訴訟の経過と現状について話した。

この訴訟は、日産自動車(以下、「日産」)がカルロス・ゴーン氏に対して2020年2月に提起した約100億円の損害賠償請求訴訟だ。

日産VSゴーン氏民事訴訟受任の経緯

当時、私は、2019年11月からゴーン氏のインタビューを始め、同年12月末にゴーン氏がレバノンに不法出国した後も、オンラインでインタビューを継続し、著書の執筆を行っている最中だった(同年4月に【「深層」カルロス・ゴーンとの対話:起訴されれば99%超が有罪となる国で】と題して出版)。日産はゴーン氏への提訴を公表していたが、、ゴーン氏のレバノンでの住居を把握しているはずなのに、訴訟の海外送達の手続がとられている形跡もない。ゴーン氏に対して100億円の損害賠償請求をするというアピールだけが目的の提訴ではないかと思えた。

2018年11月19日、東京地検特捜部がゴーン氏を羽田空港で突然逮捕した。2010年度以降、日産の有価証券報告書に、代表取締役ゴーン氏の役員報酬額を、「退任後に支払を繰り延べた報酬」も含めて約20億円と記載すべきだったのに、約10億円と記載していたのが「虚偽の開示」だという金融商品取引法(以下、「金商法」)の容疑だった。「繰延報酬」が「確定報酬」だというのが検察の主張の大前提だった。

逮捕の3日後の臨時取締役会で、ゴーン氏は代表取締役を解職された。検察と日産経営陣とがタッグを組んだ「ゴーン氏追放クーデター」だった。

そして、2019年4月8日の臨時株主総会でゴーン氏が取締役を解任された後、日産は、ゴーン氏の「繰延報酬」等につき、2010年3月期~2018年3月期の有価証券報告書の訂正報告書(合計90億7900万円分)を提出した。検察の主張に沿うように有価証券報告書を「訂正」し、各期20億円が「確定報酬だったとして会計処理したものだった。

退任後への繰延報酬も含めて「確定報酬」だったことになると、ゴーン氏が取締役を解任され、退任した時点で、日産には、ゴーン氏への報酬の支払義務が発生する。それを日産の会計処理上、「未払金」として計上することが、検察の主張と辻褄を合わせるために必要だった。

しかし、日産の経営陣は、検察と組んでゴーン氏を「極悪人」に仕立て上げて追放したのだから、そのゴーン氏に、90億円以上もの報酬を支払うことは世の中や株主の理解が得られない。そこで、その金額を上回る約100億円の損害賠償請求を行うことで、ゴーン氏への「未払金の不払い」を正当化しようとする目的で起こした訴訟だと考えられた。

当時、ゴーン氏は、日本からの海外逃亡で厳しい批判に晒されていた。そのゴーン氏の訴訟代理人を敢えて引き受ける弁護士がいるとも思えない。日本国内でゴーン氏が応訴することもないだろうとの見通しで、100億円を超える訴額でゴーン氏を提訴したと公表したのであろう。被告訴訟代理人を受任する日本の弁護士が現れ応訴したら、ゴーン氏のレバノンへの不法出国で刑事裁判が停止している中、検察ではなく日産が「立証の主体」となる民事訴訟が、「日本で唯一のカルロス・ゴーン事件裁判」となる。検察と日産経営陣が組んだ「ゴーン氏追放クーデター」を徹底批判してきた私自身が訴訟代理人を引き受けるしかないと思った。親しい弁護士に声をかけ、弁護団を組んで、日産の不当な提訴に立ち向かうことにした。

もちろん、日本には資産がないゴーン氏にとって、仮に日本で敗訴判決を受けたとしても強制執行される可能性はほとんどない。応訴することの実質的な経済的利益は希薄だ。応訴の費用の大部分は膨大な裁判書類の翻訳・通訳費用に充てられることになり、訴訟代理人として得られる弁護士報酬は僅かでしかない。しかし、検察と日産経営陣がタッグを組んだ「ゴーン氏追放クーデター」「検察の暴走」を世の中に訴え、真実を明らかにするための「唯一の砦」がこの民事訴訟だった。私が中心になって、日産の不当な訴訟を受けて立つしかないと思った。

ゴーン氏の訴訟委任状を提出し、代理人として訴訟の送達を受けたことで、日産VSゴーン氏の民事訴訟が横浜地裁に係属することになった。

日産訴状の「唖然とする内容」と原告日産のその後の対応

日産の訴状を見て、唖然としたというのが、正直なところだった。

ゴーン氏の「取締役としての任務懈怠行為」による損害賠償を請求するものだった。ゴーン氏の不正に関して行ったとする日産の社内調査のための弁護士事務所費用約15億円、会計事務所費用約15億円、ゴーン氏の不正によって被ったとする信用棄損の損害10億円などが書き並べられているが、費用の具体的内容は全く記載されていない。日産経営陣がゴーン氏追放クーデター実行のためにかかった費用を、ゴーン氏に「つけ回し」しただけのような内容だった。

2020年11月13日、第1回口頭弁論期日の後、記者会見を開き、ゴーン氏のコメントも紹介した。(【日本で唯一の「ゴーン事件」裁判、原告日産の不可解な対応は何を意味するのか】

その後、2年半以上、訴訟が続いているが、その間の日産側の対応は、多額の印紙代を支払い100億円もの請求を行っている原告とは思えない不可解なものだった。

日産側は、ゴーン氏の不正についての調査費用として、合計約30億円を請求していたが、いったいどのような調査を行い、どのような成果が得られたのかについては全く明らかにしようとしなかった。単に、「調査の費用を支払った」と主張しているだけだった。被告代理人から、「調査の成果物である社内調査報告書を証拠提出すべき」と何回求めても、原告代理人は「証拠提出する予定はない」と拒絶した。

一方で、日産は、2022年7月、当初の約100億円の請求を約150億円に増額した。その増額分は、「繰延報酬」についての有価証券報告書の虚偽記載について、テネシー州で提起されたクラスアクションの和解金と弁護士費用、日本での罰金、課徴金だった。この和解は、日産が、クラスアクションの原告側から証拠開示を求められ、それに応じたくないために和解に持ち込んだもののようだった。その和解金と弁護士費用をゴーン氏への請求に上乗せしてくるというのも、「ゴーン会長追放クーデター」の費用の「つけ回し」そのものだった。

不当極まりない「ゴーン氏不在の刑事判決」

ゴーン氏と共に金商法違反で逮捕・起訴されたグレッグ・ケリー氏と法人としての日産に対する刑事裁判が、東京地裁でゴーン氏不在のまま行われていたが、2022年3月3日、一審判決が言い渡された。日産の主張通り、ゴーン氏の「繰延報酬」が「確定報酬」だと認められ、日産は、有価証券報告書虚偽記載での「有罪判決」を「勝ち取った」。日産の全面有罪判決はそのまま確定し、ケリー氏は、認識が否定されて一部無罪とはなったが、そこでも、ゴーン氏の「繰延報酬」は「確定報酬」だということで開示義務違反が認定された。

報酬決定権限を持つ代表取締役が、報酬の具体的金額を決めて社内で管理させていた、というだけで、法的に受領することが確定していないものにまで「開示義務」があるとするもので、根拠不明の不合理極まりない判決だった。それについては、【ケリー「有罪」判決は法と論理ではなく「主観」「政策判断」によって導かれた(上)】【同(下)】で詳述している。

しかし、いくら判決が不当なものであっても、法人としての日産に対する有罪判決が確定している事実は、民事訴訟にも大きな影響を与えることになる。確定した刑事判決に反する判断が民事訴訟で行われる可能性は低いと考えざるを得なかった。

「逆転の一撃」としての「予備的相殺の抗弁」

そのような状況を受けて、私は、被告代理人として、乾坤一擲、「逆襲の一撃」を日産に対して行うことをゴーン氏に提案した。それは、「繰延報酬」請求権による「予備的相殺の抗弁」の主張だった。

ゴーン氏は、「2010年以降、日産から毎年実際に支払われていた約10億円の役員報酬が確定報酬であり、秘書室長の大沼氏に、本来支払われるべき毎年約10億円の報酬額を記録させていたが、それは、退任後に改めて社内手続がとられるなどして合法的に受領できることになった場合にのみ受領するつもりであった」と主張し、年約10億円の繰り延べ分が「確定報酬」ではないことを強く主張してきた。

一方、原告の日産は、検察の主張に沿って、2010年度以降、「退任後への繰延報酬」も含めて毎年約20億円が「確定報酬」だったと主張し、有価証券報告書をそのように「訂正」し、合計90億円余の「繰延報酬」を「未払金」として計上している。

そこで、被告のゴーン氏の側から、

「もし、万が一、そのような日産の主張が認められて、繰延報酬が『確定報酬』だったと認定される場合には、その『確定報酬』請求権で、原告の請求を対当額で『相殺する』」

と主張したのである。

これは、その裁判で、仮に、「繰延報酬」が「確定報酬」だとする原告の主張が認められた場合に備えての「予備的抗弁」に過ぎない。しかし、予備的であっても、被告が「抗弁」として主張すれば、原告は、それに対する「認否」をしなければならない。ここで、「繰延報酬が『確定報酬』であること」を否定すると、それまでの日産の主張も、検察の刑事事件の主張も根底から崩れる。一方で、予備的抗弁に対して「確定報酬」を認めると、日産はゴーン氏に対して90億円余の報酬支払債務を負っていることを認めることになる。ゴーン氏が別途訴訟を提起して日産にその報酬を請求してきたら、日産は、金利も含め120億円を超える金額をゴーン氏に支払わなければならなくなる。この「予備的相殺の抗弁」は、日産を進退両難の危機に陥れるものだった。

ゴーン氏にとっても、それまで「確定報酬としての繰延報酬などない」と一貫して主張してきたことからすれば、いくら「予備的抗弁」とはいえ、「確定報酬」を前提にする主張をすることには抵抗があった。しかし、それが、原告の日産と、日産と結託している検察の金商法違反の主張に対抗する有効な戦略だと理解し、ゴーン氏は、私の提案に同意した。

「予備的相殺の抗弁」への認否を拒絶、意味不明の「再抗弁」

2022年7月1日の第7回口頭弁論期日に、被告代理人は、「繰延報酬」に関する原告の請求が認められた場合に備えての「予備的主張」として、「原告の請求の前提となる被告の原告に対する繰延報酬請求権を自働債権とし、原告が本訴で主張する被告の取締役の義務違反による損害賠償請求債権を受働債権として、対当額で相殺する」との抗弁を主張した。

7月1日の進行協議で、この「予備的相殺の抗弁」に対して、原告代理人弁護士は、「認否を9月30日まで書面で提出する」と述べた。しかし、その期限から一週間も遅れて提出してきた準備書面には「予備的相殺の抗弁」に対する認否は含まれていなかった。

10月21日の第8回口頭弁論期日・進行協議で、原告代理人は、「認否反論を年内をめどに提出する」と述べたが、書面にはやはり認否がふくまれていなかった。

そして、原告日産は、2023年1月20日第9回口頭弁論期日で、被告の「予備的相殺の抗弁」に対して、

《被告の善管注意義務違反(被告が報酬の一部の支払を繰り延べたこと)による損害賠償請求権を自働債権とし、被告が相殺の予備的抗弁において主張する繰延報酬支払請求権を受働債権として、被告に対し、対当額で相殺する旨の意思表示をした》

《これにより繰延報酬支払請求権は確定的に消滅した》

と主張した。それに先立って、同趣旨の「相殺の通知」が、日産の代理人からレバノンのゴーン氏宛てに届いていた。

この原告日産の主張(相殺に対する相殺)は、全く意味不明であった。「相殺の抗弁に対しては、仮に繰延報酬の請求権があるとしても同額の損害賠償請求権があるので相殺し、それによって被告の請求権は消滅した。」というのであるが、なぜ、「報酬の一部の支払を繰り延べたこと」だけで同額の損害賠償債務を負うことになるのか、その理由は全く示されていない、まさに苦し紛れの「言い逃れ」に過ぎないように思えた。

4月12日の弁論準備期日で、日産は裁判所から、「原告の主張の『仮に報酬支払債務が発生したとすれば、同時に同額の損害賠償請求権が発生するので、相殺する』という主張の根拠が理解できていない。裁判例か学説があれば出してほしい。」と要請された。原告日産の代理人弁護士は、「次回までに提出する」と言っていたが、7月11日の弁論準備期日でも、その点についての主張ができず、「10月末までに説明を補足して主張を整理する」と述べた。そして、裁判所から、被告の「相殺の予備的主張」に対する認否を改めて求められ、「すべて認める。」と口頭で述べた。この7月11日の弁論準備期日は、原告代理人の筆頭の田路至弘弁護士のスケジュールも踏まえて決定されたものだったのに、田路弁護士は欠席、「すべて認める。」と口頭で述べたのは、上田淳史弁護士だった。被告の「予備的相殺の抗弁の請求原因事実を認める」との弁論準備での陳述は、期日調書にも明確に記載された。

「ゴーン追放クーデター」以降、日産経営陣が行ってきたこと

このような民事訴訟の経過は、「ゴーン氏会長衝撃の逮捕」以降、日産の経営陣が行ってきたことが、「悪辣な、しかし、極めて幼稚な画策」であったことを白日の下に晒すものとなった。

ゴーン氏は、2010年から、10億円以上の役員報酬について、有価証券報告書で開示する義務が生じたことから、諸般の事情を考慮して、報酬を10億円未満に減額し、それまでの計算方式で計算した場合に本来受領できるはずであった年約10億円を、大沼敏雄秘書室長に指示して記録させ、退任後に合法的に受領できる場合にのみ受領しようと考えていた。そこに目を付けた日産経営陣と検察とが結託して、その「退任後の報酬」が「支払いが繰り延べられた確定報酬」だと大沼氏らに供述させて、「確定報酬の虚構」と、それを開示しなかった有価証券報告書虚偽記載罪という「架空の犯罪」をデッチ上げた。そして、検察は、ゴーン氏を羽田空港で「電撃逮捕」した。

そのような有価証券報告書虚偽記載の容疑事実が全くの無理筋であることを、私は、ゴーン氏の逮捕以降、繰り返し、訴え続けてきた(yahooニュース個人【ゴーン氏事件についての“衝撃の事実” ~“隠蔽役員報酬”は支払われていなかった】【ゴーン氏「退任後報酬による起訴」で日産経営陣が陥る“無間地獄”】など)。

そのようにして検察と結託して作り上げられた無理筋の「確定報酬ストーリー」を固めるために、日産経営陣は、ゴーン氏を臨時株主総会で解任した後に、その「繰延報酬」について、過年度の有価証券報告書の訂正を行って「未払金」まで計上した。それが、有価証券報告書虚偽記載の金商法違反であったと「自主申告」して課徴金を支払う一方、その「未払金」をゴーン氏に支払わないことを正当化するために、ゴーン氏に対して「ぼったくりバーの請求書」のような内容の、凡そ根拠のない請求を並べた約100億円の損害賠償請求訴訟を提起した(その印紙代だけで1602万円、「岩田合同法律事務所」の11人もの弁護士が原告代理人として訴状に名前を連ねており、その訴訟にどれだけの弁護士費用がかかっているのか想像もつかない)。

日産は、ゴーン氏不在の刑事裁判でも、望み通りの「有罪判決」を勝ち取ったが、それを受けて被告代理人が行った「予備的相殺の抗弁」の「逆襲の一撃」で、日産側は大混乱に陥った。「確定報酬ストーリー」からすれば、「予備的相殺の抗弁」に対して、ただちに「認める」と認否するのが当然のはずだが、認否を引き延ばし続けた上、1年後にようやく「認める」と、それも書面ではなく、弁論準備期日に口頭で陳述した。

そして、その間に「仮に報酬支払債務が発生したとすれば、同時に同額の損害賠償請求権が発生するので、相殺する」という主張を「苦し紛れ」に出してきた。もし、日産が主張するとおりであれば、「繰延報酬」なるものは「請求と同時に確定的に消滅する」ということなので、実際には、日産から支払われることはない、したがって、その「繰延報酬」を開示する義務もないということになる。この「相殺の意思表示」が、日産の真意なのであれば、日産がゴーン氏に対する未払金を計上したことも、「虚偽の会計処理」だということになる。これは、まさしく、日産経営陣と検察の画策によって行われた「クーデター逮捕」の根拠としての「金商法違反の犯罪事実」の崩壊を意味する。

「ガバナンス崩壊」を反映する対ゴーン氏訴訟での混乱・失態

今年2月、日産と仏ルノーの資本関係の見直しが発表されたが、それをめぐっては日産社内で激しい内部対立があったとされている。

ジャーナリスト井上久男氏(【日産、暴走する社外取 浮上した新たな「ガバナンス問題」】)によれば、

内田社長と対立したのは、筆頭社外取締役で指名委員会委員長の豊田正和・元経済産業審議官と、井原慶子・報酬委員長だと見られる。

特に豊田社外取締役は、内田社長を差し置いて、独断でスナール会長やルノーの筆頭株主であるフランス政府と直接交渉し、日産社内を混乱させた。日産にはまるで「2人のCEO」がいるかのようだった。

とのことだ。

この豊田氏は、経産省の意向を受けて、「ゴーン会長追放クーデター」において中心的な役割を果たした人物とされていた。

そして、次期CEO候補ともみられていたアシュワニ・グプタ最高執行責任者(COO)執行役員は、6月27日の定時株主総会で取締役を退任し、日産を追われることになったが、その理由とされたグプタ氏の「ハラスメント疑惑」を恣意的に取り上げた問題で調査の対象とされたのが、内田社長と監査委員会委員長で独立社外取締役の永井素夫氏であり、さらに、その動きに関連して、内田社長がグプタ氏の自宅に監視カメラを設置して監視していたことを内部告発したのが、「ゴーン会長クーデター」においても、「内部告発者」を装って、クーデターを首謀したハリ・ナダ氏だった。

永井氏は、監査委員会委員長として日産を代表してゴーン氏に対する100億円の訴訟の提起と150億円への増額を行った張本人だ。

「ゴーン会長追放クーデター」を発端とする、日産の社内対立・混乱は、極限に達しており、もはや「ガバナンス崩壊」に至っている。ゴーン氏との訴訟をめぐる混乱・失態も、内部対立の中心人物の一人である永井氏が、日産を代表して訴訟を取り仕切ってきたことを反映するものであろう。

世界有数の自動車メーカー「日産自動車」の行いとして信じ難い訴訟対応について、内田社長は、いったい、どのように説明するのであろうか。

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横浜地裁で始まった「日本で唯一のカルロス・ゴーン事件裁判」、不可解な原告日産の対応は何を意味するのか

日産自動車(以下、「日産」)が、元会長のカルロス・ゴーン氏に対して提起していた約100億円の損害賠償請求訴訟の第1回口頭弁論期日が、昨日(11月13日)横浜地裁で開かれた。

 この訴訟は、ゴーン氏がレバノンに不法出国した1カ月余り後の今年2月12日に、日産が、ゴーン氏に対して、ゴーン氏が起訴された犯罪事実や、それ以前に日産自動車が行った社内調査で明らかになったとする「不正」について、「不法行為による民事上の損害賠償請求」を行ったものだ。

原告の日産は、その「不法行為」の立証のために、ゴーン氏の刑事裁判で検察が立証しようとしていた犯罪事実や、ゴーン氏の「不正」の事実を、独自に証拠によって立証することになる。

ゴーン氏の刑事裁判が被告人不在で停止している中で、検察ではなく日産が「立証の主体」となって行われる「日本で唯一のカルロス・ゴーン事件裁判」である。

私は、2018年11月に、「日産自動車ゴーン会長逮捕」が報じられて以降、ヤフーニュース・ブログ等で、検察実務や刑事司法、コーポレート・ガバナンスを専門とする立場で、客観的、中立的な立場から解説・論評してきた。その中で、検察捜査に関する問題を指摘するとともに、コーポレート・ガバナンスのルールを無視して検察の権力による「クーデター」でゴーン会長を追放した日産経営陣を厳しく批判してきた。

そして、ゴーン氏の事件についての解説・論評の集大成として、ゴーン氏のインタビューを含む著書【「深層」カルロス・ゴーンとの対話:起訴されれば99%超が有罪となる国で】を、今年4月に公刊した。

今回の訴訟が、単なる民事訴訟ではなく、刑事裁判に代わって、ゴーン氏をめぐる事件の真相解明につながるものであることから、ゴーン氏の訴訟代理人という当事者の立場に立って訴訟活動に加わることにしたものだ。

ゴーン氏の国外逃亡後に、敢えて、唯一の「カルロス・ゴーン事件裁判」となるこの民事訴訟を提起したのだから、慎重な検討と判断を経たものだろうと思うのが当然だろう。しかし、日産の訴状の内容も、提訴以降の原告としての対応も、被告代理人にとって、驚きの連続であった。

訴状には、訴状には、「不法行為」について、これまで日産が一方で公表してきたゴーン氏の「不正」が記載されているだけで、非公表の内容は殆ど含まれていない。「損害」として、ゴーン氏の不正に関して行ったとする日産の社内調査のための弁護士事務所費用約10億円、会計事務所費用約15億円、ゴーン氏の不正によって被ったとする信用棄損の損害10億円などが書き並べられているが、費用の具体的内容も支払先も全く記載されていない。100億円という訴額にするための「ぼったくりバーの請求書」のようなものだった。

しかも、民事訴訟規則55条2項では、

「訴状には、立証を要する事由につき、証拠となるべき文書の写し(以下「書証の写し」と言う)で重要なものを添付しなければならない」

とされ、同規則53条1項は

「訴状には、・・・立証を要する事由ごとに、当該事実に関連する事実で重要なもの及び証拠を記載しなければならない」

とされているのに、日産の訴状には書証が全く添付も引用もされていない。

原告代理人は、日本における企業法務を専門に扱う法律事務所の草分け的存在として明治35年に開設された岩田合同法律事務所であり、通常であれば、そのような「初歩的な民訴規則」に反する訴状を作成するとは思えない。

被告代理人からは、再三にわたって、書証の提出・引用を行うよう求めてきたが、全く提出されず、提訴から9カ月も経った先週末に、ようやく提出してきた書証は、会社登記簿、ゴーン氏に役員報酬の決定権が与えられていたことに関する取締役会議事録、日産が証券取引等監視委員会にゴーン氏の役員報酬等についての金商法違反を自主申告したことを受けて課徴金納付命令の勧告が出されたことのホームページの写しなど、既に公になっているものばかりだった。

このような経過で迎えた昨日の横浜地裁での第1回口頭弁論期日は、冒頭から波乱の展開となった。

被告代理人側から、主張の根拠となる書証が訴状に添付されておらず、提訴から9カ月も経っているのに、いまだに書証が殆ど提出されていない理由について、原告代理人を厳しく問いただした。原告代理人は、「証拠を整理しており、提出までに3か月かかる」と回答した。

原告代理人は、根拠となる証拠を整理することもなく、100億円もの損害賠償請求訴訟を提起したというのだ。しかも、書証の提出の問題だけではない。また、「損害」については、前記のとおり、支払先も具体的内容も記載されておらず、主張自体が明確になっていないが、主張をいつ明らかにするのかと尋ねても具体的な返答はない。

被告代理人が追及し、原告代理人が防戦一方というのは、通常の訴訟とは真逆であり、裁判長も、「原告」と「被告」とを言い間違える程だった。

期日終了後、被告代理人は、裁判所近くの会議室で記者会見を開いたが、原告代理人は、報道陣に取り囲まれても、「完全黙秘」を貫いたとのことだった。これも、通常の民事訴訟とは真逆だ。

記者会見では、前日に送られてきたゴーン氏のStatement Regarding Civil Lawsuit Filed by Nissan Motor Companyと題する声明文を公開し、私が訴訟代理人を受任するに至った経緯とこれまでの訴訟の経過を説明した。

公開したゴーン氏の声明文の最後は、以下のように締めくくられている。

 今回の日産側の民事訴訟提起は、日産の一部経営者が邪悪な意図で行った不当極まりない社内調査、検察の不当な逮捕・起訴の延長上にあるものであり、公正な民事裁判が行われ、日産が主張する不正及び起訴された刑事事件の内容や問題点に精通している郷原弁護士を中心とする弁護団の反証活動により、私に対して向けられた不正や犯罪の疑いが全く理由のないものであることが明らかになるものと確信している。

ここで注目すべきは、原告の日産を代表して本件の訴訟を提起したのが、永井素夫監査委員会委員長だということだ。永井氏は、ゴーン会長に関する不正調査が行われた時から監査役として、「会長追放」の中心となった人物だ。その永井氏が、日産の代表者として、今回の訴訟を提起しているのである。

2018年11月19日の、突然の「ゴーン会長逮捕」以降の、夥しいゴーン・バッシング報道により、多くの日本人は、一連の事件を

強欲な独裁者ゴーンによる日産の私物化に加担させられていた部下の執行役員が、良心の呵責に耐えかねて監査役に「正義の内部通報」を行ったことを発端に、日産の社内調査が行われて重大な不正が明らかになり、その調査結果が検察に持ち込まれて「独裁者ゴーン」に検察による逮捕・起訴という「正義の鉄槌」が下った。有罪判決を受けて重い処罰が免れられないと考えたゴーンは、金に物を言わせて海外に逃亡した

というストーリーでとらえている。

 しかし、そこには重大な誤解がある。

まず、「検察の捜査・起訴」に重大な疑問があることは、私が、ゴーン氏の最初の逮捕以降、膨大な数の発信を行い、その集大成として【前記著書】を公刊した。

そして、上記の「正義の内部通報」についても、ブルームバーグの記事【日産の社内メール、ゴーン元会長降ろしの実態を浮き彫りに】(2020年6月15日)、【ゴーン追放劇の陰の立役者はいかに日産の遺産を打ち砕いたか】(8月28日)で、

内部告発者とされるハリナダ氏が、日産とルノーとの関係の在り方等についての個人的動機に基づいて不正な方法でゴーン氏に関して情報を収集し、自ら日産の社内調査の中心になった後に検察と「司法取引」を行い、その後も日産の社内調査の中心となっていたこと

が詳細に報じられており、ハリナダ氏が「正義の内部通報者」であったことにも重大な疑問が生じている。

それに加えて、ハリナダ氏とともに社内調査の中心となったとされる永井氏が原告の代表として提起したのが今回の民事訴訟だ。ところが、日産側の訴訟対応は、100億円に及ぶ訴額の訴訟を提起した原告とは言えない異常なものであり、そのことも、日産の社内調査、ゴーン会長追放の経緯にも重大な疑念を生じさせている。

今回の訴訟で原告の日産が主張している「損害」の多くは、社内調査に関して外部の法律事務所や会計事務所に支払った費用であり、その社内調査の結果を検察に持ち込んだことがゴーン氏の逮捕につながった。それらがゴーン氏の不法行為による「損害」であることを立証しようと思えば、調査の目的と内容を具体的に明らかにすることが必要となる。それによって、日産が行った社内調査が、本当に「経営トップの不正」についての内部通報を受けて行われた正当なものだったのか、一部の会社幹部が「ゴーン会長追放クーデター」を目的として行った不当なものだったのかが明らかになる。

多くの日本人が思い込んでいる上記のストーリーが正しいのか。全くの誤りなのか、日産側代理人が3か月後までに提出予定としている原告側書証の内容など、「日本で唯一のカルロス・ゴーン事件裁判」の今後の展開によって、明らかになってくるはずだ。

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東京五輪談合事件に表れた、公取委と検察の関係による“企業の重大リスク”

他の被告会社への「有罪印象操作」が行われた森氏初公判

7月5日、東京五輪談合事件で起訴されている大会組織委員会の元次長森泰夫氏の第1回公判が開かれ、「間違いありません」と起訴内容を認めた。この事件では、電通や博報堂など広告会社・イベント会社6社と、その幹部ら7人が、東京五輪大会のテスト大会と本大会の会場運営等をめぐる2018年の入札で、あらかじめ受注業者を決めて「事業活動を相互に拘束し競争を実質的に制限した」として独占禁止法違反の罪に問われている。


通常、自白事件であれば、第一回公判で検察側立証に費やす時間はせいぜい30分だ。ところが、この事件では、傍聴席に詰めかけたマスコミの前で、検察側冒頭陳述に50分、検察官請求証拠の「要旨の告知」で100分という異例の長時間が費やされた。これを通して、森氏と同時に逮捕・起訴され、まだ公判が始まっていない7社及びその役員等、事件全体への「有罪印象操作」が行われ、それが、検察の意図どおり、マスコミに大きく報じられた。この中には、全面否認して無罪を主張している株式会社セレスポ、株式会社フジクリエティブコーポレーション(FCC)の2社と同社幹部も含まれる。

元次長は電通側と情報交換するなどして会場ごとの受注予定企業をまとめた「割り振りリスト」を作成。各社の幹部と入札前に個別に面談し、リストに基づき受注予定を事前に伝えたと指摘した。自らの手で大会を成功させ、地位や名誉を保持するために受注調整を進めた。

森被告はある業者から、バスケットボール会場の落札希望を伝えられると「バスケは電通でしょ」と述べて入札参加を断念させたほか、別の業者からはメールで「電通様のお口添えもあり話が前に進みました」と報告を受けていた、
入札が実施された26会場の大半は、割り振り表通りの結果に。被告6社の売上高は約20億~約104億円に上り、売り上げから原価を差し引いた粗利益が最も高かったのは、イベント大手「セレスポ」で約52億円だった。


などと報じられれば、誰しも、東京五輪大会の裏で、悪質・露骨な談合が行われ、業者が暴利を貪ったと思うだろう。
しかし、検察冒頭陳述、要旨の告知に続いて行われた森氏の被告人質問についての記事では、

森被告は弁護側から違法性の認識を問われ、「違反の不安を抱えながらも、目の前の状況を解決して大会を成功させるためどうするかにとらわれていた」と説明した。
謝罪の一方で、「受注調整をしなければ現場は本当に大きな混乱になったと思う」と話し、法に触れず大会を成功させるにはどうしたらよかったかとの質問には、「今もどうしたらできるんだろうと…」と考え込んだ。


などとも報じられている。
 
このような森氏自身の供述内容を見れば、森氏が罪状認否で公訴事実について「間違いありません」と述べているのが、罪を認めたというよりは、罪を犯したとは思っていないのに、事実を認めざるを得なかったことが推測できる。


この記事では「約104億円に上る売り上げから原価を差し引いた粗利益が最も高かったのは、イベント大手セレスポで約52億円」などとされているが、これは、イベント制作会社セレスポは、一人の社員が同時に複数の案件を手掛けることが多いため、案件ごとの売上総利益(粗利)の算出において、社員の人件費を個別の案件の売上原価に配賦していないことによるものであって、多くの業務を下請に出す会社と比較することはできないはずだ。経費の多くが、決算の際に差し引かれる「本社経費」となっているために、各案件の形式上の売上総利益及び売上総利益率(粗利率)は、自ずと高くなっているにすぎない。取調べの時から、検察官が、不当に高い利益を得ているように誤解しているようだったので、会社関係者は何回も説明したが、検察官は聞く耳を持たなかったという。結局、検察官は、それを、セレスポ関係者不在の場での「有罪印象操作」で用いたのである。

独禁法違反の犯罪の成否に重大な問題

以前、この事件を独禁法違反の犯罪ととらえることへの疑問を、Yahoo!ニュース記事【東京五輪談合事件、組織委元次長「談合関与」で独禁法の犯罪成立に重大な疑問、”どうする検察”】で指摘した。


同事件での起訴の直後に、私は、セレスポと同社専務取締役鎌田義次氏の弁護人を受任し、公判に向けての弁護活動を行っている。逮捕時から一貫して全面否認し、無罪を主張している鎌田氏は、「人質司法」によって、4回にわたる保釈請求が却下され、逮捕から150日が経過した今も東京拘置所での身柄拘束が続いている。


森氏の第一回公判の2日後の7月7日午前、東京地裁で、第一回の公判前整理手続が開かれ、同日午後、鎌田氏の勾留理由開示公判が行われた。
以下は、出廷した鎌田氏の前で、弁護人として行った意見陳述の一部だ。

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 勾留には、相応の嫌疑の存在と、勾留の必要性、相当性が必要であることは言うまでもありません。被告人の鎌田義次氏は、今年2月8日に逮捕され、その後、勾留・起訴されて、150日にわたって身柄拘束されています。しかし、その犯罪の嫌疑が極めて希薄で、勾留の必要性も相当性も全くないことは、検察官が証拠を開示し、公判前整理手続において、検察官が提出した証明予定事実記載書面によって明らかになっています。
 本件は、東京五輪大会のテストイベント計画立案等業務の発注をめぐって、事業者間の「入札談合」があったとされ、それによって「事業活動が相互に拘束され、競争が実質的に制限された」として、独禁法3条後段の「不当な取引制限」の罪で起訴されているものです。
 しかし、そもそも「談合」などというものが行われたと言えるのか、重大な疑念を生ぜしめる事実があるのに、検察官は完全に無視しています。
落札率は平均でも「62.6%」と非常に低い数字となっており、一部の競技では20%台となっています。それは、受注の「割り振り」を受けていると認識した上で応札した社も、「割り振り」を受けていない事業者或いはアウトサイダーが受注意欲を持って入札してくる可能性を認識し、価格を予定価格から大幅に引き下げたことによるもので、まさに、各事業者が徹底した競争行動を行っていたことを示すものです。「事業活動の相互拘束」も「競争の実質的制限」も全くなかったことの証左です。

 本件は、「入札談合」であり、また、独禁法違反の「不当な取引制限」なのですから、当然のことながら、犯罪であることの根拠は、事業者間の「共同行為」、すなわち「事業者間の意思連絡」です。
 ところが、検察官が、証明予定事実記載書面で、「本件犯行状況」として具体的に挙げているのは、以下の7つ、これらは、犯罪行為に当たるような事業者間の意思連絡では全くありません。
 一つは、東京2020大会の担当でも何でもない一社員が、電通の担当幹部と会食した際のやり取りとその後のメールで、東京2020大会でのセレスポの希望競技を伝えた、というだけです。しかも、当時は発注方式すら決まっておらず、被告人やセレスポ側は、本件業務は随意契約で発注されると認識していた時期です。このようなものが、「入札談合」に関する「事業者間の意思連絡」と言えるわけがありません。
 それ以外の一つは、組織委員会に出向中の社員とのやり取り、3つは、被告人の役員会、役員ミーティングでの発言、もう一つは、本件業務の発注者である組織委員会の森次長と被告人との間での、被告会社の希望競技と発注者からの入札参加依頼についてのやり取りです。
 被告会社と他の事業者の意思連絡という要素は、全くないのです。
 そして、検察官が「本件合意成立」と主張している事実は、被告人・被告会社が全く知らないところで行われた、発注者側の森氏と事業者の電通との間で、「受注者の割振りの一覧表を更新した」というものなのです。
 このような検察官の主張を前提にすると、鎌田さんを「不当な取引制限」の罪で起訴し、150日にもわたって勾留する理由となる嫌疑が一体どこにあるのでしょうか。
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この東京五輪談合事件とは、いったい、どういう事件なのか、改めて振り返り、犯罪の嫌疑がないことがあまりにも明白であること、この事件が「独禁法違反」とされるのであれば、多くの企業が受注に当たって常に摘発リスクを覚悟しなければならないことを指摘しておきたい。

「東京五輪汚職事件」から「東京五輪談合事件」へ

2022年8月、東京地検特捜部は、電通元専務で東京五輪組織委員会の元理事の高橋治之氏をスポンサー契約で便宜を図った収賄容疑、スポンサー企業経営者等を贈賄容疑で立件する「東京五輪汚職事件」の捜査に着手した。「東京五輪の闇」「電通の闇」に斬りこむことが期待された。しかし、結局、高橋氏と多数のスポンサー企業の経営者は起訴されたものの、捜査は政治家には波及せず、電通本体も摘発を免れた。


そこで、電通を含め広告代理店、イベント制作会社等によるテスト大会の計画立案業務等の受注をめぐる談合が独禁法違反の不当な取引制限に当たるとして、摘発に乗り出したのが、東京五輪談合事件だった。


組織委員会の発注は、公共的性格もあるが、法的には「民間発注」であり、どのような方式で発注するかは、発注者が自由に選択できる。競争性を重視し、入札を行って、受注を希望する業者間で競争を行わせることも可能だが、発注物件の商品、サービスの性格などから、発注者側が最も有利な発注先を選択する随意契約によって発注することも可能だ。


東京五輪大会は、60もの競技がほぼ同じ時期に行われる世界最大のスポーツイベントであり、その26の会場で行われる競技すべてについて、穴を空けることなく、それぞれの競技についての過去の実績や競技団体との関係などに基づいて、実施能力のある事業者を選定する必要がある。しかも、その準備が大幅に遅れていたことから、発注にかけられる時間に制約があった。

「一般競争入札」に拘った財務省主計局系の組織委員会CFO

大会運営に関する最初の発注が、今回、談合があったとされるテスト大会の計画立案業務だった。当初、特命随意契約による発注のほか、電通を中心とするコンソーシアム方式(複数の企業が「共同企業体」を組成して、一つのサービスを共同で行う方法)による発注が検討されたが、そこに立ちはだかったのが、財務省主計局から組織委員会に出向していた企画財務局長と、自動車メーカーで長く調達を担当していた同局調達部長だった。

財務省主計局というのは、予算査定の専門家だが、予算執行の現場のことを意外に知らない。長崎地検次席検事として公共調達関連犯罪の捜査に取り組むことになる直前の2000年頃、法務省法務総合研究所研究官として談合問題の研究で欧州に出張した際にお世話になった現地のジェトロ事務所長が、大蔵省主計官として諫早湾干拓工事の当初の総事業費1590億円(最終的には約2530億円)の予算査定を担当した人だった。その人と話をしていて、公共調達制度など、予算執行の実態を殆ど知らないことに驚いたのを覚えている。

また、自動車メーカーの調達というのは、規格に適合した素材、部品を発注する仕事であり、規則・基準どおりでいかにコストを下げて発注するのか何より重視される世界だ。
こういう世界の人達には、多数の競技がほぼ同じ時期に行われる世界最大のスポーツイベントの大会運営に関する業務について、穴を空けることなく確実に実績、能力がある受託業者を確保するために最適な発注方式をとる、という発想はほとんどなかったにちがいない。組織委員会の内部規則どおり、「入札による発注の原則」にこだわった。

発注方式について最終的に決定権を持つ元財務事務次官の武藤敏郎事務総長は、当時、東京五輪をめぐるエンブレム問題や、違法長時間労働の問題などで批判にさらされていた電通と契約することによる世間への「見え方」を極端に気にしており、入札にこだわる企画財務局の意見に与した。

結局、テスト大会計画立案業務は、総合評価方式の一般競争入札で発注されたが、単に、入札を公示して入札参加者を募り、競争で落札した事業者と契約するだけではすまないことは明らかだった。人気のあるメジャーな競技に応札が集まり、マイナーな競技にはどこも応札しないという可能性が否定できないうえに、同時に多数の競技を行うことから、国内のスポーツイベントに関わるリソースをバランスよく配分する必要があった。

しかも、スポーツイベントは専門的な業務の組み合わせにより成り立つため、1社でやり切ることが難しく、各業務に精通したスタッフを揃える必要がある。そのため、日常的に元請けと下請けが入れ替わることや、競合する企業とも協業することが必要になる。東京五輪大会のような巨大な国際的スポーツイベントでは、国内リソースを最大限に活用するために、得意領域の異なる複数事業者による「協業」が必要だった。

そこで、発注者の組織委員会側の総括者として、各社の実績や意向に基づいて、全競技について、責任をもって業務を実施できる事業者が「最低一社」応札してもらうようにするため「入札前の調整」を、東京五輪大会のマーケティング専任代理店の電通の協力を得て行ったのが、森氏だった。

「民間発注」であれば、そのような発注者側の意向が伝えられれば、どのような形式で発注されることになるにせよ、業務実施体制を検討し、受注の可否の意向を伝えるのは、事業者側にとって当然の対応だ。「入札での発注であれば、正式手続の前には発注者様とはお話できません」などと言っていたら、その会社の仕事はなくなってしまうだろう。発注の方法が法的に制約され違法性に留意したコンプライアンス対応が求められる「公共発注」とは全く異なる。

森氏は、実態に全く適合しない発注方法を押し付けられ、その対応に苦慮し、東京五輪大会を無事開催にこぎ着けるために、企画財務局側の「入札のみで決定すべきという建前」には反していても、実質的に合理的な方法で対応せざるを得なかった。それが、上記の被告人質問での森氏の「言葉を詰まらせての供述」の真意なのではないだろうか。
森氏は、検察官から、組織委の上層部に公式に相談しなかった理由を問われ、言葉を詰まらせる場面もあったようだ。「公式に」相談しなかった、というのは、実質的には「入札前の調整」について認識を共有していたと言う趣旨だろう。

東京都から出向していた局長の方針などもあり、一つの会場の複数の競技の業務を「一事業者」に発注することになった。そうなると、競技ごとに過去の大会運営実績、実施能力などが異なるので、複数の事業者による「協業」が不可避になる。

発注の実情に目を向けず、内部規則遵守の形式論を振り回した局長や、調整、協業の必要性が一層高まる方法を指示した幹部にも、相応の責任はあるはずだ。しかし、実際には、東京五輪大会開催に間に合わせるように、現場で必至に調整をし、何とか26会場の業務委託先を確保した森氏とその森氏の意向にしたがって業務を受注した事業者側だけが罪に問われている。

「独禁法違反の犯罪」は無理筋

この事件を独禁法違反の「不当な取引制限」の犯罪と捉えるのは、明らかに無理筋だ。
「不当な取引制限」の犯罪事実は、「共同して事業活動を相互に拘束し、一定の取引分野における競争制限すること」だ。少なくとも「事業活動の相互拘束」として、自らの行動を他の応札者の行動に合わせて制約することが必要だ。また、そのような「相互拘束性」を持った、当該取引分野全体についての「事業者間の合意」を形成する行為が、「犯罪の実行行為」ととらえられる。しかし、東京五輪談合事件では、「協業」の話合い以外に事業者間で意思連絡が行われた事実はない。「犯罪の実行行為」としての、「事業者間の合意」が、いつ、どこで成立したのかも明確ではない。

検察官の起訴事実では、「テスト大会計画立案業務等の受託業者8社が、平成30年2月頃から同年7月頃までの間、組織委員会の事務所等において、面談の方法等により、受注希望等を考慮して受注予定事業者を決定するとともに基本的に当該受注予定事業者のみが入札を行うこととなどを合意した上、同合意にしたがって受注予定事業者を決定した」とされている。

「基本的に当該受注予定事業者のみが入札を行うこととなどを合意」という起訴状の記載は、「割り振り」されていない事業者も応札している事実を意識したものであろうが、そもそも、それは、事業者の応札が必ずしも「割り振り」に拘束されていないことを示す事実でもある。「事業活動の相互拘束」「競争の実質的制限」も生じていないのである。

検察捜査先行の事件での公取委「追従告発」の重大リスク

1990年代初頭、検察から公正取引委員会事務局(現在は「事務総局」)に出向した私が、公取委でまず取り組んだのは、公取委と検察との独禁法違反の刑事告発に向けての枠組みだった。当時、日米構造協議でのアメリカの圧力で、日本での独禁法違反に対する制裁の強化、とりわけ建設談合への厳正な処罰が強く求められており、公取委は「告発方針」を公表し、具体的事案について告発の要否を検討する場として「告発問題協議会」の場で協議する枠組みができた。

しかし、独禁法違反事件の刑事処罰に対する公取委と検察の考え方には、大きな違いがあった。公取委には専属告発権が与えられ、不起訴の場合には、検察が法務大臣を通じて内閣総理大臣への報告する必要があることなど、告発に関して、公取委の判断を尊重する法律の規定がある。公取委は、行政処分のための調査を行った結果、告発の基準に該当すると判断した場合に、公取委の判断で告発を行えば良い、行政処分の延長上で告発を行って、その後、その「刑事事件」をどう捜査してどう処分するかは検察に任せればよいという考え方だった。

従来から、検察は、行政官庁の告発は、犯罪の嫌疑が明白な場合に限られるべきで、告発をしようと思えば、事前に検察と協議し、「起訴の見通し」が立つ程度に検察の意向に沿った証拠収集を行わなければ、告発など行うことはまかりならぬ、という考え方だった。

1992年の「埼玉土曜会談合事件」では、「犯罪の実行行為」が特定できないことを理由に、公取委としては当然と考えていた「典型的なゼネコン談合事件の告発」は検察に抑え込まれた。検察によって、公取委の告発権限の行使を消極方向に捻じ曲げられたのが、埼玉土曜会事件だった。当時の梅澤節男委員長が「検察が消極意見なのであれば、告発は諦めざるを得ない」として告発を断念した経緯、その後、それが、ゼネコン汚職事件での中村喜四郎元建設大臣のあっせん収賄事件での東京地検特捜部の捜査と関連することになった経緯は、拙著【告発の正義】(ちくま新書)で詳述している。

東京五輪「談合」事件では、「犯罪の実行行為」は不特定で抽象的であり、何が「一定の取引分野の競争を実質的に制限する合意」なのかも不明だ、しかし、検察は独禁法違反での起訴の方針を固め、公取委は、検察の要請に応じ、起訴事実と全く同じ事実を「告発事実」として告発を行った。それは、30年前の埼玉土曜会談合事件とは、まったく真逆の事態である。

告発をめざす犯則調査の専門部署が設けられ、それが、検察の配下に置かれ、検察の指示・要請にはそのまま追従せざるを得ない存在となった。つまり、刑事罰適用に関する限り、独禁法の運用の主導権が、独禁法の専門機関である公取委から、「刑事司法の正義」を独占する検察に移った。そして、専属告発権を有する公取委の告発が、検察によって積極方向に捻じ曲げられ、便利に使われるようになった。それが、露骨に表れたのが、2018年に東京地検特捜部が手掛けた「リニア中央新幹線工事をめぐる談合事件」(【リニア談合、独禁法での起訴には重大な問題 ~全論点徹底解説~】【「リニア談合」告発、検察の“下僕”になった公取委】)だった。そして、今回の「東京五輪談合事件」で、それが繰り返されたのである。
独禁法違反に対する罰則を、検察が思うままに適用し、公取委が、独禁法違反の成否について十分な検討も行うこともなく追従するというようなことが恒常化することは、日本企業にとって重大なリスクになりかねない。

東京五輪談合事件、「人質司法」で逮捕後150日を超え身柄拘束が続く


東京五輪談合事件で起訴された会社のうち、セレスポとFCCの2社は「東京五輪大会の運営業務を受注する事業者として通常どおりの仕事を行っただけ、しかも、東京五輪大会の開催に全力を尽くしたのに、なぜ犯罪とされるのか」という当然の疑問から、独禁法違反の犯罪事実を争う姿勢を貫いている。

拘置所で勾留中の身でも、今もセレスポの専務取締役を務める鎌田氏は、勾留理由開示公判で、弁護人の私の「150日間の身柄拘束された中で考えてみて、今回の件で何か反省すべきと思った点がありましたか」との質問に対して、正面の裁判官を見て、「全くありません」と言い切った。

今週、鎌田氏の5回目の保釈請求を行う。

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「衆院解散は首相の専権」には憲法上疑義、「解散風」煽る岸田首相は“歪んだ民主主義”の象徴

今通常国会は、今日(6月21日)、会期末を迎える。

 国の最高権力者である内閣総理大臣が、国権の最高機関である国会の衆議院議員全員の地位を失わせる「衆議院解散」が、いつ、どのような理由で行われるのか、というのは国のガバナンスの根幹にかかわる問題だ。

 その衆議院解散をめぐって大きく揺れたのが今国会最終盤だった。そこでは、岸田首相自身が、解散を考えていることを仄めかして「解散風」を煽る場面もあった。そこには、「三権分立」という憲法の基本原則、そして、衆議院解散に関する憲法の規定との関係で、重大な疑問がある。

「解散風」を煽り、2日後に「否定」した岸田首相

 6月15日、官邸での「ぶら下がり会見」で、岸田文雄首相は、野党が内閣不信任案を出した場合の対応を問われ、

「立憲民主党が内閣不信任案を出すというのであれば、内閣の基本姿勢に照らして即刻否決するよう、先ほど茂木幹事長に指示を出しました」

と述べ、それに続いて、

「今国会での解散は考えておりません」

と、解散を行わないことを明言した。

 その前々日の6月13日、野党が内閣不信任案を提出した場合に、それが「解散の大義」となり、即刻解散することもできるとの自民党内の声で「解散風」が高まり、野党の内閣不信任案提出に注目が集まる中、岸田首相は、官邸での「ぶら下がり会見」で、今国会での解散について質問されたのに対して、

「様々な動きが出てくることが見込まれるため、情勢をよく見極めたい」

などと、いかにも野党の出方次第で解散もあり得るような言い方をして「薄ら笑い」を浮かべ、首相自らが「解散風」を煽った。

 その2日後、一転して今国会での解散を完全否定する際に、「内閣不信任案が出たらただちに否決するよう指示した」と発言したものだった。

 首相官邸での「内閣総理大臣」としての発言である。「国会で内閣不信任案が提出した場合に、否決するよう指示した」というのは全く理解し難い。

 憲法は、議院内閣制を定めている。行政のトップの内閣総理大臣は、国会議員の中から選ばれる。総理大臣が閣僚を指名して内閣が成立する。内閣は、国会の信任によって成り立っており、その信任を否定する「内閣不信任案」が提出された場合には、国会で審議し、その賛否の議決が行われ、もし、不信任案が可決されれば、内閣は総辞職するか、衆議院を解散するか、という選択を迫られることになる。

 内閣不信任案の議決は、三権の一翼を担う「国会」が行うものであって、同様に、三権の一翼を担う「内閣」、その長の内閣総理大臣は、国会での内閣の不信任案の審議と議決を見守り、その結果を厳粛に受け止める立場だ。 

 岸田内閣総理大臣は、与党自民党の総裁でもある。自民党総裁の立場で、党所属議員に内閣不信任案に対して否決の方針で臨むよう指示することは、あり得ないではない。

 しかし、冒頭の発言は、岸田首相が、首相官邸で、内閣総理大臣の立場で行ったものだ。内閣の長として、内閣不信任案を「否決」するよう自民党幹事長に指示する、というのは、憲法の大原則である「三権分立」を無視するものだ。

安倍氏「立法府の長」発言との共通性

 安倍晋三氏が首相の時代に、衆議院予算委員会で、

「議会については、私は立法府の長であります」

と答弁し、野党から、その趣旨について政府に質問主意書が提出されたこともあった。この時は、「内閣の長」を「立法府の長」と言い間違えた、というのが政府答弁書での説明だった。

 国会で与党が圧倒的多数を占める「安倍一強体制」の下で、内閣と国会とが実質的に一体化していた状況だからこその「言い間違え」であった。

 安倍氏と岸田首相の発言に共通するのは、国会と並び三権の一翼を担う内閣の長である「内閣総理大臣」としての地位と、与党の長としての「自民党総裁」との地位が、頭の中で区別されていないことだ。

 内閣総理大臣の地位は、国会の「信任」によって成り立っているものであり、それが国会で正面から問われる場が、内閣不信任案の議決の場面だ。一方、「自民党総裁」の地位は、党所属国会議員と党員によって行われる総裁選挙で、多数の支持を得て選任されることによるものであり、党所属の国会議員と党員の「支持」によって成立している。

 この「信任」と「支持」が頭の中で渾然一体となって、国政全般にわたって「全権を握っている」かのような認識であることが、安倍氏と岸田首相の発言に表れている。

「法令遵守と多数決による単純化」

 その背景には、私の新著【「単純化」という病 安倍政治が日本に残したもの】で主題にした、「『法令遵守』と『多数決』の組合せですべてが解決する」という、世の中の「単純化」がある。

 国会では与党が絶対的多数を占め、一方で、与党内では、小選挙区制の下で公認権を持つ党執行部が絶対的権力を持つ、という国会と与党内での双方の「一強体制」は、自民党内でも、政府内部でも、安倍首相と側近政治家や官邸官僚には逆らえず、その意向を忖度せざるを得ない状況をもたらした。

 こうした中で、安倍政権側、支持者側で顕著となったのが、

「法令に反していない限り、何も問題ない」

「批判するなら、どこに法令違反があるのかを言ってみろ。それができないないなら、黙っていろ」

という姿勢であった。その「法令」は、選挙で多数を占めた政党であれば、どのようにも作れるし、変えることもできる。閣議決定で解釈を変更することもできる。憲法違反だと指摘されれば、内閣法制局長官を、都合のよい人間に交代させればよい。

 このようにして、多数決で選ばれた政治家が「法令」を支配し、そこに「法令遵守」が絶対という考え方が組み合わさると、すべての物事を、「問題ない」と言い切ることができる。「法令遵守」と「多数決」だけですべて押し通すことができるということになる。

 そのような状況をもたらした大きな要因が、「解散権は首相の専権」という理解を背景に、政権にとって最も都合のよい時期に「大義のない解散」が行われ、国民の関心が盛り上がらない「低投票率選挙」が繰り返されてきたことだ。それが、「安倍一強体制」を一層盤石なものにすることにつながった。

 岸田首相が「情勢をよく見極めたい」などと言って「薄ら笑い」を浮かべて「解散風」を煽り、それを自ら否定したのも、安倍氏と同様に、いつでも、自分の思うままに「首相の解散権」を行使できるという認識を前提にしている。

 しかし、憲法の規定上は、決して、首相に無制約の解散権を与えているのではない。「衆議院解散は首相の専権」という考え方に重大な誤謬がある。

憲法上の内閣の解散権の根拠

 内閣による衆議院の解散が、憲法69条により衆議院で内閣不信任案が可決された場合に限られるのか、それ以外の場合でも認められるのかは、古くから、憲法上の論点とされてきた。

 憲法の規定を素直に読めば、憲法45条が衆議院の任期は4年と定めており、69条がその例外としての内閣不信任案可決に対抗する衆議院解散を認めているのだから、解散は69条の場合に限定されるということになるはずだ。憲法草案に携わったGHQも、衆議院解散を69条所定の場合に限定する解釈を採っていたようで、現行憲法下での最初の衆議院解散となった1948年のいわゆる「馴れ合い解散」は、野党が内閣不信任案を提出して形式的にそれを衆議院で可決し、「69条所定の事由による解散」とする方法が採られた。

 ところが、1952年の第2回目の衆議院解散は、69条によらず天皇の国事行為を定めた7条によって行われた。

 その解散で議席を失った苫米地義三議員が、解散が違憲であると主張して議員の歳費を請求する訴訟を起こしたのに対して、東京高裁が69条によらない7条による衆議院解散を合憲と認め、最高裁判所は、いわゆる「統治行為論」を採用し、

高度に政治性のある国家行為については法律上の判断が可能であっても裁判所の審査権の外にあり、その判断は政治部門や国民の判断に委ねられる

として、違憲審査をせずに上告を棄却したこともあり、その後、69条によらない7条による衆議院解散が慣例化した。

諸外国での議会解散権

 しかし、内閣には議会の解散権が無条件に認められるという日本の現状は、国際的に見ると異例である。先進諸外国でも、内閣に無制約の解散権を認めている国はほとんどない。

 米国のような大統領制の場合、議会の解散権はないのが一般だ。日本でも、二元代表制の地方自治体では、首長が議会を解散できるのは不信任案が可決された場合だけだ。

 日本と同じ議院内閣制のドイツでも、内閣による解散は、議会で不信任案が可決された場合に限られている。法制度上は内閣に自由な解散権が認められているイギリスにおいても、政権与党に有利なタイミングでの解散への批判が高まり、2011年に首相による解散権の行使を封じる「議会任期固定法」が成立した。英国のEU離脱の是非をめぐって国会の機能を妨げたなどの理由で同法は廃止され、首相の解散権は復活したが、そのような経緯からしても、解散権を無制約に行使できるわけではない。

理由なき解散は「内閣の解散権の逸脱」

 もともと、議院内閣制の下では、内閣は議会の信任によって存立しているのであり、議会の解散は、その信任が失われた場合の内閣の側の対抗手段だ。自らの信任の根拠である議会を、内閣不信任の意思を表明していないのに解散させるのは、自らの存在基盤を失わせる行為に等しい。予算案や外交・防衛上重要な法案が否決された場合のように、実質的に議院による内閣不信任と同様の事態が生じた場合であればともかく、それ以外の場合にも無制限に解散を認めることは、内閣と議会との対立の解消の方法としての議会解散権の目的を逸脱している。

 現行憲法が、衆議院議員の任期を原則として4年と定め(45条)、例外としての衆議院解散を、条文上は内閣不信任案が可決された69条の場合に限定しているのも、議会の解散を、基本的に、内閣に対する国会の信任に関する手段と位置づけ、内閣が、自らを信任している議会を解散することを原則として認めない趣旨と解するべきだ。

 69条の場合以外に、憲法7条に基づく衆議院解散が認められるとすれば、重大な政治的課題が新たに生じた場合や、政府・与党が基本政策を根本的に変更しようとする場合など、民意を問う特別の必要がある場合であり、内閣による無制限の解散が認められると解するべきではない。

 議会の信任を得ている内閣が、政権基盤の安定強化のために、民意を問うべき重大な政治上の争点もないのに衆議院を解散することは、衆議院議員の任期を定める憲法45条及びその例外として衆議院の解散を認める憲法69条の趣旨に実質的に反すると言うべきであろう。

「衆議院解散」と民主主義の関係

 安倍氏は、衆議院解散をその政権基盤の強化のために最大限活用し、それによって首相在任期間は史上最長となった。国政上の重大な争点もないのに与党に有利と判断される時期に衆議院解散総選挙が行われれば、選挙への関心は高まらず、従来から50%余にとどまっている投票率をさらに低下させることになる。それによって、選挙結果は国民全体の意思から一層乖離したものとなり、民主主義の機能を一層低下させることにつながる。

 岸田首相は、直近の衆院選からの任期の折り返しにも至らない時期に、解散を考えているかのような発言をした後に、「三権分立」をも無視するかのような言い方で今国会での解散を否定した。それは、「解散権は首相の専権」との思い込みが極端に表れたものだ。

 首相公邸忘年会問題、マイナンバーカードをめぐる問題などで、内閣支持率が急落し、国民の支持を失いつつある岸田政権が、唯一頼るのが、憲法上も疑問がある「首相の無制限の衆議院解散権」だというのが、日本の「歪んだ民主主義」を象徴するものだ。

 今国会での衆議院解散は断念した岸田首相だが、自民党総裁選挙での再選を狙うための戦略として、今秋以降に解散に踏み切る可能性があると言われている。

 もし、そのような解散が行われた場合には、岸田首相が、「解散風」を煽る際に見せた「薄ら笑い」を思い出し、その解散総選挙に意味を、しっかり考えて投票に臨まなくてはならない。

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岸田首相「首相公邸忘年会」問題が、英国ジョンソン首相辞任の「パーティーゲート」より重大である理由

昨年の年末に、首相公邸で岸田総理の親族を集めて忘年会が開かれた件について、拙稿【首相公邸忘年会問題、建造物侵入罪成立の可能性は?】で、首相秘書官だった岸田首相の長男の翔太郎氏が公邸の公的スペースに同年代の親族らとともに立ち入って写真撮影などを行った行為について、岸田首相が、事前に了解していなかったとすれば、建造物侵入罪が成立する可能性があることを指摘した。

 一方、松野博一官房長官は、「岸田総理は、この問題について報道で初めて知った」と会見で説明しているが、仮にその説明が事実と異なっていて、岸田首相が公的スペースへの立入りを事前に了解していたのであれば、建造物侵入罪は問題にならないが、岸田首相には重大な政治責任が生じることになる。

 その場合、この問題の構図は、ジョンソン首相が辞任に追い込まれる原因となった、2022年の英国での「パーティーゲート」と多くの点で共通している。

英国「パーティーゲート」で問題にされたジョンソン氏の国会答弁

 BBCの記事【ジョンソン元英首相、「パーティーゲート」めぐる意図的ミスリード否定 議会特別委】によると、パーティーゲートでジョンソン氏が辞任に追い込まれた経過は概要、以下のようなものであった。

イギリスで新型コロナウイルス対策のために屋内での集まりが制限されていた2021年末以降、当時首相だったボリス・ジョンソン氏が首相官邸などで複数の飲み会やクリスマスパーティーを開いていたことが相次いで発覚。「ウォーターゲート」事件をもじって「パーティーゲート」と呼ばれている。

一連のパーティーが発覚した後、ジョンソン氏は2021年12月に下院で「パンデミック対策のルールは順守されていた」と答弁していたが、ジョンソン氏と当時財務相だったスーナク現首相がロックダウン中のパーティーの開催でロンドン警視庁から罰金を科せられ、野党側が、「ジョンソン氏の答弁は議会に対するミスリードだ」として特別委員会の設置を求めた。

その後、特別委員会でジョンソン氏は、

「ロックダウン中に開かれた首相官邸の集まりでは、社会的距離は『完璧には』守られていなかった」

と認めた上で、

「一連の集会は『必要な』仕事のイベントで、そうした集まりは許されていた。ガイドラインは常に守られていたと自分は理解している」

と述べた。

イギリスでは、議会で閣僚がわざと嘘をついたり、議会をミスリードした場合、辞職・解任理由になる。「ミスリード」とは、議会に虚偽の情報を事実であるかのように提示し、誤った方向へ導くことを意味する。

「当時は、できる限り(感染対策の)ガイドラインに従っていた。それこそガイドラインが定めたことだった」

ともジョンソン氏は述べ、当時の首相官邸では窓を開けたままにしたり、できる限り屋外で仕事をしたり、同じ部屋にいる人数を制限したり、検査を繰り返したりと対応していたと説明。

「それによって、完璧にソーシャルディスタンスを保てないことによる問題の影響を緩和しようとした」

と述べたが、与党保守党の議員からも、

「下院で(2021年末当時に)そのように当初から答弁するべきだった」

と指摘された。

 結局、ジョンソン氏は、2022年7月7日に、与党・保守党の党首を辞任すると表明、同年9月に首相退陣に追い込まれた。

ジョンソン氏の「パーティーゲート」と岸田首相「公邸忘年会問題」の共通性

 パーティーゲートで、ジョンソン氏は、国会で虚偽ないしミスリーディングな答弁をしたとして、野党のみならず与党議員にも追及され、首相辞任に追い込まれた。

 岸田首相にとっては、今回、長男の翔太郎秘書官を辞職させる事態となった「首相公邸忘年会問題」も、まさに「首相公邸でのパーティー」の問題であり、「岸田パーティーゲート」とも言える。今後の国会での野党の追及如何では、ジョンソン氏にとってのパーティーゲートと同様の展開になる可能性がある。

 岸田首相は、5月26日の参院予算委員会での田名部匡代議員の質問に対して、

「厳重に注意した」

と述べて更迭することを否定していたが、週明けの29日月曜日には、

「ケジメをつけるため」

として、翔太郎秘書官を6月1日付で辞職させ、事実上更迭する方針を明らかにした。また、5月26日の官房長官会見で松野官房長官は

「岸田総理は、この問題について報道で初めて知った」

と説明しており、岸田首相は、翔太郎氏などの公的スペースへの立入りを事前には了解していなかったことが前提とされていた。

 しかし、もし、事前に了解していなかったとすれば、翔太郎氏が公的スペースについて秘書官として独自の管理権を有していたのでない限り、建造物侵入罪が成立する可能性がある。

 この場合、翔太郎氏の建造物侵入罪について告発が行われる可能性もあり、岸田首相が、公的スペースへの親族の招き入れを容認していたと認めない限り、刑事責任は簡単には否定できない。岸田首相の後継者として指名されている翔太郎氏が刑事事件の捜査の対象となることは、政治家一家である岸田家の「世襲政治」にとって大打撃となることは間違いない。

 岸田首相は、翔太郎氏が忘年会後に親族らを公的スペースに招き入れるのを事前に了解していたという「真実」を述べざるを得なくなるかもしれない。そうすると、松野官房長官の説明とは全く異なることになる。首相公邸に親族を招いた忘年会という「パーティー」について、国会での答弁に重大な問題があったことになり、まさにジョンソン氏の「パーティーゲート」と同様の展開となる。

英国と日本の議院内閣制のもとでの民主主義の成熟度の違い

 問題は、英国と日本とでは、同じ議院内閣制を採用している国であっても、「民主主義」の成熟度が大きく異なることである。

 議院内閣制では、内閣総理大臣は、国会議員の中から国会の議決で指名され、内閣は、行政権の行使について国会に対し連帯して責任を負う。内閣の国会に対する責任は、国会の場での質問に対して誠実に真実を答弁することが大前提であり、国会での答弁で閣僚が意図的に虚偽答弁をしたり、議会をミスリードした場合、国会に対して重大な責任が生じ、辞職・解任理由になるのは当然のことと言える。

 ジョンソン氏が首相辞任に追い込まれた「パーティーゲート」も、コロナ下とは言え、官邸内でのパーティーの問題であり、ジョンソン氏が言うように首相の仕事にも必要だったとの説明も可能だったのであれば、日本では、国会で首相が政治責任を追及される程大きな問題とはされないだろう。しかし、英国の議会では、ジョンソン氏の説明が、当初の国会での説明から変わったことに対して、与野党を超えて首相の国会答弁を問題視した。

 保守党のジェンキン議員は、

「もし下院で(2021年末当時に)あなたがそう答弁していたなら、私たちはおそらく今ここでこうしていない。けれどもあなたは当時、そう言わなかった」

と述べた(前記BBC記事)。英国では、首相が、国会で誠実に真摯に答弁する義務は極めて大きなものであり、それを求めることは党派を超えた国会議員としての責務と認識されているということなのであろう。

日本の民主主義を崩壊させた安倍氏の「国会での虚偽答弁」

 日本では、国会での首相や閣僚の虚偽答弁に対する対応は全く異なる。それが決定的となったのが、第二次安倍政権で、森友学園・加計学園・桜を見る会問題と、首相をめぐるスキャンダルが相次いで表面化した際の政権側の対応だった。

 私の新著【単純化という病 安倍政治が日本に残したもの】では、これらの問題を通して、「法令遵守と多数決による単純化」が進んだ経緯を分析している。

 森友・加計学園問題を「多数決の力」で乗り切った安倍氏だが、2019年11月以降国会で追及を受けた「桜を見る会」問題で、公選法違反と政治資金規正法違反の両面の法的問題に直面し、将棋で言えば明らかに「詰んだ状態」になったが(【「桜を見る会」問題の本質~安倍首相説明の「詰み」を盤面解説】)、それでも、明らかに虚偽だと思える説明・虚偽答弁を繰り返した。

 2020年8月末に首相を辞任した後、検察捜査で明らかになった事実から、安倍氏が首相として国会で118回もウソの答弁をしていたことが否定できなくなり、答弁の訂正に追い込まれる事態となった。

 2020年12月25日の衆参両院の議院運営理事会が答弁訂正の説明の場として設定されたが、そこでも安倍氏は、国会での虚偽答弁の際の認識などについて明らかにウソの説明をした。しかし、国会での野党からの追及の場は極めて短い時間に限られ、自民党や維新の会などからは、虚偽答弁を批判するどころか、違法とされた法律の建付けがおかしいかのような発言すらあった。

 結局、首相の立場で国会での虚偽答弁を繰り返したことが発覚しても、安倍氏の政治責任には全く影響がなく、自民党の最高権力者であり続けたのである。

安倍氏が旧統一教会関連団体にリモート登壇する決断を行った理由

 2021年9月12日、安倍氏は統一教会のフロント団体・UPFが主催した国際イベントにリモート登壇し、冒頭で

「日本国、前内閣総理大臣の安倍晋三です」

と名乗った後、

「朝鮮半島の平和的統一に向けて努力されてきた韓鶴子総裁をはじめ皆様に敬意を表します」

と韓鶴子総裁を礼賛した。

 このような、安倍氏のあまりにも大胆で無神経な行動によって、統一教会の霊感商法等の反社会的行為の被害者や宗教二世から強い反感と憎悪を持たれることになり、山上徹也が手製の銃で安倍氏を狙撃する犯行の動機となった。

 第二次安倍政権の間に、森友学園問題・加計学園問題・桜を見る会問題と、安倍氏自身が追及される問題が表面化し、野党・マスコミからの追及が続いたものの、結局、常に「強気」で押し通した結果、実質的に問題なく収束することができた。

桜を見る会問題での「虚偽答弁」問題をも、さしたる苦労もなく乗り切ったことで、UPFの国際イベントに登壇してもそれ程大きな問題にはならないと高をくくっていたのかもしれない。

 そういう姿勢で史上最長の総理大臣の在任期間を「全う」した安倍氏を、「国葬」を行って弔ったのが岸田首相なのである。

日本では、首相や閣僚の議会への説明・答弁の誠実性・真実義務という議院内閣制の大前提が、全く形骸化している。ある自民党議員と、この岸田首相公邸忘年会問題について話す機会があり、英国でのパーティーゲートと同程度の重大な問題なのになぜ大きな問題として取り上げられないのかと尋ねたところ、

「日本では、首相や閣僚がウソをつくことに有権者が慣れ切ってしまっているので、どうにもならない」

という言葉が返ってきた。

あまりに悲しい、日本の政治の現実である。

「首相公邸公的スペースでの悪ふざけ」は国民への重大な背信行為

 今回の「首相公邸忘年会問題」というのが、国民にとってどういう問題なのか、改めて考えてみる必要がある。それは、英国でジョンソン氏が首相辞任に追い込まれた「パーティーゲート」と比較しても、決して軽々に扱える問題ではない。

 現在の首相公邸は、昭和4(1929)年に竣工された旧首相官邸を曳家・改修したもので、現在の首相官邸が竣工した平成17年(2005年)から「公邸」として使用されている。

 首相官邸だった時代には、5・15事件、2・26事件の舞台にもなり、壁面には、その時の銃弾の後も残っているという。まさに、昭和・平成の歴史を刻んできた貴重な遺産であるからこそ、首相官邸新築にあたって、総重量2万トンの建物を、東に8度回転させるとともに50メートル南に移動させるという大工事を行ってまで、歴史遺産として保存された。今でも、外国からの賓客の接遇や、内閣の重要行事等に活用されている。その膨大な曳家・改修の費用も年間1億6000万円に上るとされる維持費も、すべて国民の税金によって賄われている。

 現在の首相公邸は、そのような国民負担によって維持されている歴史的遺産なのであり、その一部に首相の「私的スペース」が設けられているのも、基本的は、首相官邸に近接した場所に居住して首相としての職務を全うするために提供されているものであり、一般的な公務員の「宿舎」などとは全く性格が異なる。

 岸田首相の長男の翔太郎秘書官が行ったことは、その歴史上の遺産としての首相公邸に親族を招いて忘年会を開き、公的スペースに立ち入って、「悪ふざけ」で、組閣の記念撮影や内閣の記者会見の真似をしたり、赤じゅうたんに寝そべっているポーズをとって写真撮影したりしたのである。

 まさに、国民の貴重な財産である首相公邸の公的スペースを辱める行為に他ならない。

 そのような行為のそもそもの発端となった「親族を招いた忘年会」について、当初、岸田首相は

「私も私的な居住スペースにおける食事の場に顔出しをし、あいさつもした」

と述べていたが、その後、写真週刊誌FRYDAYの記事(【やっぱりあった!岸田首相が「息子大ハシャギ公邸忘年会」に「ご満悦参加写真」独占入手】)で、岸田首相本人が「記念写真」の中心にご満悦で収まっていることが明らかになり、岸田首相自身が「主催者」であった疑いが濃厚になった。

 それにもかかわらず、岸田首相は、私的スペースでの忘年会については

「親族と食事を共にした。私的なスペースで親族と同席したもので不適切な行為はない」

などと述べるだけで、詳しい説明も国民に対する謝罪も全く行っていない。

 翔太郎氏の「公的スペースへの親族の招き入れ」については、当初は「厳しく注意した」と述べるだけだったが、その後「公的立場にある秘書官として不適切であり、けじめをつけるため交代させる」として、翔太郎氏の秘書官辞任を明らかにした。

 しかし、「更迭」ではなく、あくまで「自主的辞職」である。首相秘書官として重大な問題を起こしたことについての責任を問い、制裁を科すことは何一つ行っていない。岸田首相自身の責任についても、何一つ発言せず、国民に対して謝罪もしていない。

 このような「首相公邸忘年会問題」に対する、岸田首相のあまりに無責任かつ無神経な対応に対して、野党もマスコミも、国会の場や会見などで十分な追及が行われているとは到底言えない。

なお、【前掲拙稿】で、

首相秘書官の職務は、内閣総理大臣に常に付き従って、機密に関する事務を取り扱い、また内閣総理大臣の臨時の命により内閣官房その他関係各部局の事務を助ける役職であり、固有の権限を有しているわけではない。首相自身からの指示なく、自分の判断で行えることは基本的にないはずだ。翔太郎氏には、首相秘書官だった時も、首相公邸の公的スペースについての管理権はなかったと考えられる

と述べたが、元NHK解説委員の岩田明子氏が、この問題が週刊文春で報じられた直後のテレビ番組出演で、以下のように述べていたことがわかった(【岩田明子氏、「ウェークアップ」で岸田翔太郎氏の首相官邸での不適切行為を解説…「セキュリティーに問題がある」】)。

赤じゅうたんの階段がある公的ゾーンは「ここって入れるのは通行証を持っている総理と総理SPと秘書官だけなんです。官房長官とか副長官ですら勝手には入れない。(公的ゾーンに)誰を入れるかは、政務の秘書官が判断をする」とし、プライベートゾーンと公的ゾーンへの通行移動時に「セキュリティーが解除されますので、第三者の移動の許諾権限は政務の秘書官と警察出身の秘書官が持っている。その権限を肉親が持っている部分は、ちょっと…」と疑問を投げかけていた。

 仮に、岩田氏の発言の通りだとすると、岸田首相の政務秘書官だった翔太郎氏には、「公的スペースに誰を入れるか」を判断する独自の権限を持っていたことにはなるが、それは当然のことながら公的な必要性があることが前提であって、管理権を有する岸田首相の了解なく、忘年会の流れで親せきを連れて入る権限ではない。建造物侵入罪が成立する可能性があることに変わりはない。

「公邸忘年会問題」が未解決のままの岸田首相による解散総選挙はあり得ない

 この問題は、岸田首相にとって、ジョンソン氏のパーティーゲート問題以上に、深刻かつ重大な問題である。それは、まさしく、日本にはびこる「世襲政治」の悪弊が一気に顕在化したものである。

 この「首相公邸忘年会」の問題が、国会での追及もなく、曖昧なまま幕が引かれるとすれば、ジョンソン首相が国会での説明の在り方を与党議員にまで追及され辞任に追い込まれた英国とは、同じ議院内閣制であっても、民主主義のレベルにあまりに大きな落差があることになる。

 このような重大かつ深刻な問題が追及されることもないまま、岸田首相が今国会末に国会を解散し総選挙に打って出ることは決して許してはならないことだ。それが現実に行われ、その選挙で、岸田首相が目論見どおり勝利を得るような結果になるとすれば、それは、日本の民主主義の「実質的な終焉」を意味するものとなるだろう。

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容疑者完全黙秘の殺人事件で露骨になる「犯人視報道」と“日本の刑事司法の構造”

2023年5月10日、東京都江戸川区の住宅で住人男性を殺害した疑いで同区立中学教諭が逮捕され、同月31日に起訴された。この事件では、

現場の住宅から教諭の持っているスニーカーと同じ型の土足の足跡が見つかってい  た。

捜査が及ぶことを想定して教諭があらかじめ作成したとみられる“想定問答”のメモが関係先から見つかっていた

事件前後に少なくとも2回、服を着替えていた。

など、被疑者の犯人性に関する「警察リーク情報」が山のように垂れ流された。

2022年10月に、21歳の女子大学生をタリウムを摂取させて殺害したとして起訴された京都市左京区の元不動産業の男性が、3年前の7月にも、61歳の叔母を殺害しようとしたとして2023年5月24日、殺人未遂の疑いで再逮捕されたが、この事件では、

容疑者のスマートフォンを調べたところ、叔母に対する殺人未遂事件の5か月前から「殺人」ということばが、さらに、2か月前からは、「タリウム」ということばが検索された履歴が残っていた。検索は叔母が体調不良を訴えた数日前まで続いていた

などと報じられている。

いずれも、取調べに対して、容疑者は黙秘しているとのことだ。

このような話が、連日報じられると、殆どの人は、被疑者はこの事件の犯人だと確信するだろう。実際に刑事裁判が開始される前に、世の中的には事実上「有罪の結論」が出てしまうことになる。この事件は殺人事件なので、当然、裁判員裁判の対象だ。報道によって裁判員が予断を持つことにもなりかねない。

一方、5月25日に発生した長野県での4人殺害事件については、警察からの捜査情報リークによると思える報道はほとんどない。4人殺害後、犯人が猟銃を持って立てこもった末に逮捕されたこの事件では、「犯人性」に殆ど問題がない。警察側に、捜査情報をリークして犯人視報道をさせる必要がない、ということだろうか。

被疑者が黙秘して犯人性を認めない事件においての露骨な「犯人視報道」の背景には、国選弁護人が起訴後にしか選任されず被疑者段階の弁護が限定的にしか行われなかった昔とは異なり、当番弁護士や起訴前国選弁護が充実し、逮捕直後から弁護人の介入が行われ、しかも、無実を訴える被疑者に対しては、捜査段階での黙秘を勧めるのが刑事弁護のデフォルトとされるようになっているため、警察の取調べで自白が得られにくくなったことがあるようだ。

日本では、世間の耳目を集めた殺人事件などの場合、警察の側に、「事件を解決する」ということに対する拘りが強い。昔であれば、取り調べで被疑者を自白に追い込み、「全面自供」で事件が解決、という決着が多かったが、被疑者が「完全黙秘」では、それは見込めない。そこで、警察幹部が記者クラブを通じて各社の記者を集め、被疑者の犯人性について警察が収集した証拠の内容を一方的にマスコミに情報提供しているようだ。それによって、世の中に「被疑者が犯人であること」を確信させ、それによって、事実上、「事件の解決」にしたいということであろう。

しかし、本来、刑事事件について有罪無罪の判断は、裁判によって行われるというのが当然の原則のはずだ。

被疑者は、取調べに対して黙秘して、刑事裁判で自らの主張をしようという姿勢なのであるから、その刑事裁判が開かれ、そこで、公正な審理によって有罪無罪の判断が行われるのを待つべきであろう。

その被疑者が真犯人であるかどうか、有罪であるかどうかの判断は、国家の公正な手続で行われなければならない。被疑者側の弁解や主張が全く行われない状況で、警察がマスコミを通じて一方的に世の中に「有罪の認識」を広めていき、刑事裁判が始まった時点では、既に世の中には「有罪の確信」が動かしようがないものになっている、というのでは、あまりにもアンフェアだ。

前記のような「犯人視報道」からすると、江戸川区立中学教諭が逮捕された殺人事件でも、被疑者が犯人であることは間違いないように思える。

しかし、それらの事実について、被疑者・弁護人に弁解・反論の機会が与えられたわけではない。「想定問答作成」にしても、どの時点で、どのような状況において被疑者が作成したのかによって、その意味は異なってくる。警察側の情報提供による一方的な報道をそのまま信じ込むことが危険であることは言うまでもない。

このように、被疑者逮捕後の「犯人視報道」によって社会の中に「有罪の認識」が定着するのが恒常化していることの背景に、日本の刑事司法の構造そのものの問題がある。

日本では、被告人が起訴事実をすべて認めた「自白事件」でも、検察官が「有罪を立証する証拠」を裁判所に提出する。その証拠が公判廷で取調べられ、裁判所が証拠に基づいて犯罪事実を認定し、有罪判決が言渡される。ここでは、有罪判決は、裁判所の証拠による事実認定に基づいて行われているという「建前」が維持されているが、被告人が起訴事実を認めているのに、裁判所が、「証拠が十分ではない」と判断して「無罪」を言い渡した事例は、過去にはほとんどない。

つまり、実際には、日本の刑事裁判では、起訴される事件の9割以上を占める「自白事件」について、裁判所は量刑の判断をしているだけだ。それなのに、「証拠に基づいて事実認定を行う」という外形を維持するために「(当然)有罪の事件の司法判断」に膨大な労力と時間が費やされている。その分、被告人が無罪を主張する「否認事件」に費やす時間と労力が限られてしまう。このような刑事司法の構造の下で、有罪率は99.5%(否認事件だけでみても98%)を超える。

刑事裁判は、本来は、納得できない、謂れのない容疑で逮捕され起訴された者が、弁解・主張を述べ、裁判所がその言い分に正面から向き合い、証拠によって事実を確認する場であるはずだ。しかし、現実の日本の刑事裁判の多くは、「検察の主張どおりの有罪判決を、流れ作業的に生産する場」に過ぎないものとなっている。

被疑者の逮捕」というのも、本来は、「逃亡のおそれ」「罪証隠滅のおそれ」がある場合に、それを防止するための措置に過ぎないはずだ。しかし、実際には、それによって、実名報道が行われ、「犯罪者」というレッテル付けが行われる。そのレッテル付けに「犯人性」の裏付けを与えるのが、警察情報による一方的な「犯人視報道」だ。

検察官の起訴は、刑事訴訟法上は、刑事裁判を求める「検察官の行為」に過ぎないはずだが、日本では、公訴権を独占し、訴追裁量権を持つ検察官が「正義」を独占している。検察官の判断は「正義」であり、事実上、そのまま司法判断となる。

日本では、このように、警察の逮捕によって「犯罪者」としてレッテル付けがされ、それが、検察官の起訴で「正義」のお墨付きを与えられることで、「被告人=犯人」の推定が働く、まさに「推定無罪の原則」の真逆の構図がある。そのため、起訴された被告人の多くは、自白し、裁判でも起訴事実を認める。「犯罪事実を認めず悔い改めない被告人」は、「検察の主張どおりの有罪判決を、流れ作業的に生産する場」に過ぎない刑事裁判の場に引き出される前に、「犯人視報道」が、「自白」に代わって、世の中での「有罪」の確信を生じさせる機能を果たすのである。

刑事裁判の手続においては、警察や検察に逮捕された者は、通常、潔く自白し、裁判でも罪を認めるのが「デフォルト」だと思われてきた。そこでは、被疑事実を争ったり、裁判で無罪主張したりする行動自体が異端視される。そのような人間は、罪を認めるまで身柄拘束されるのは当然だという考え方が「人質司法」につながる。

憲法上の権利である黙秘権を行使する被疑者に対して、警察幹部が、「犯人視情報」を提供し、それをマスコミが垂れ流す、その背景には、日本の刑事司法の構造そのものが存在するのだ。

このような、刑事裁判というものをおそろしく軽視した日本の刑事司法のままで良いのだろうか。刑事裁判の在り方そのものを、そして、これまでの「形骸化した刑事裁判」を前提にした犯罪報道の在り方を、根本的に考え直すべきではなかろうか。

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安倍政権下で進んだ「法令遵守と多数決による“単純化”」への危機感

拙著【単純化という病 安倍政治が日本に残したもの】(朝日新書)が、5月12日に発売になった。

8年近くの第二次安倍政権の間に、「安倍一強体制」と言われるほどに権力が集中し、自民党内でも、政府内部でも、安倍首相と側近政治家や官邸官僚には逆らえず、その意向を忖度せざるを得ない状況になった。安倍支持派と反安倍派との対立は激しくなり、「二極化」が進み、両者の対立は、妥協の余地どころか、議論の余地すらないほど先鋭化した。

こうした中で、安倍政権側、支持者側で顕著となったのが、

「法令に反していない限り、何も問題ない」

「批判するなら、どこに法令違反があるのかを言ってみろ。それができないないなら、黙っていろ」

という姿勢だった。

その背景には、「法令」は、選挙で多数を占めた政党であれば、どのようにも作れるし、変えることもできる、閣議決定で解釈を変更することもできるし、憲法違反だと指摘されれば、内閣法制局長官を、都合のよい人間に交代させて憲法解釈を変更すればいい、という考えがあった。

このようにして、多数決で選ばれた政治家が「法令」を支配し、そこに「法令遵守」が絶対という考え方が組み合わさると、すべての物事を、「問題ない」と言い切ることができる。「法令遵守」と「多数決」だけですべて押し通すことができるということだ。

これが、本書の主題の「『法令遵守』と『多数決』の組合せですべてが解決する」という「単純化」だ。

そういう「単純化」が進んでいった第二次安倍政権の時代には、森友、加計学園、桜を見る会問題など、多くの問題が表面化したが、安倍批判者が追及を始めると、安倍氏本人から、或いは、安倍支持派から、決まって出てくるのが、「何か法令に違反しているのか。犯罪に当たるのか」という開き直りのような「問い」だった。

黒川検事長定年延長問題での「検察庁法に違反する」との指摘に対しても、

「閣議決定で法解釈を変更した」

ということで押し通した。

「法令遵守」という言葉自体の問題を指摘してきたのが、これまでの私の“コンプライアンスへの取組み”だった。

2004年、検察に在籍中に兼職していた桐蔭横浜大学大学院特任教授として、六本木ヒルズの同大学のサテライトキャンパスの中にコンプライアンス研究センターを開設して以降、日本社会の法令や規則と社会の実態が乖離し、経済社会にさまざまな混乱不合理が生じていることを指摘してきました。

形式的な「法令遵守」から脱却して「社会的要請への適応」をめざすコンプライアンスの啓蒙活動を展開し、『法令遵守が日本を滅ぼす』(新潮新書)『思考停止社会』(講談社現代新書)などの著作群で、「歪んだ法」や「歪んだ法運用」にひれ伏す日本人の有り様、それを生む構造を指摘してきた。

そこで訴えてきたのが、

「コンプライアンスは、法令遵守ではなく、社会の要請に応えること」

「『遵守』という言葉で法令規則等を『守ること』が自己目的化してしまうことで思考停止に陥る」

ということだった。組織論としてのコンプライアンスは、単に不祥事防止だけでなく、経営とコンプライアンスが一体化することで、組織の活動を健全なものとし、一層発展させていこうとする「前向きな考え方」だった。企業・団体などで多数の講演を行う中でも、「法令遵守」の弊害を説く私のコンプライアンス論は注目され、共感を得た。

しかし、第二次安倍政権に入り、権力が集中し、「長い物には巻かれろ」という風潮の下で「『法令遵守』と『多数決』の組合せによる単純化」が進むと、「法令遵守」を絶対視する人達に対して、法令遵守の「弊害」を指摘し、「脱却」を訴えても、聞き入れられる余地はなかった。「多数決の論理」と結びついた「法令遵守」は、彼らに政治的優位と安定的な利益をもたらすドグマなのであり、それに疑問を差し挟む意見を受け入れる余地はない。

そういう考え方の集団に権力が集中するにつれ、官僚組織には権力者に阿る「忖度の文化」がはびこり、世の中の価値観もコンプライアンスの考え方も全体として「単純化」していった。

日本社会にとって、今、重要なことは、第二次安倍政権以降に「法令遵守と多数決による単純化」が進んだ経緯を改めて辿ってみることだ。

第一次安倍政権とは異なり、第二次政権で「単純化」が進んでいった背景に何があったのか。森友学園、加計学園では、本来単純ではないはずの問題が「単純化」され、安倍批判者、支持者の議論は全く噛み合わない状況になった。そして、それ自体が単純な「弁解の余地のない違法事象」であった「桜を見る会問題」では、安倍首相が国会で度重なる虚偽答弁まで行って問題の隠蔽が図られた。こうして安倍政権下で進んでいった「『法令遵守』と『多数決』の組合せによる単純化」は、菅政権、岸田政権にも引き継がれ、安倍氏銃撃事件以降も、国葬実施をめぐる問題などで同様の事態が生じている。

単純化という病 安倍政治が日本に残したもの】では、このような経過を振り返り、日本社会における「単純化」の本質に迫る。

多くの国民が「法の素人」という意識を持つ日本では、 “お上”によって「法」は正しく運用されていると無条件に信じ、「法」にひれ伏してしまう傾向がある。法の内容或いはその運用に「歪み」が生じていても、国民にほとんど知られることなくまかり通っている。そこでは、政治権力が集中することによって「法令遵守」のプレッシャーの弊害は一層顕著になり、「法令遵守と多数決による単純化」による弊害がさらに深刻化する。そういう「歪んだ法」とその運用の実態を、具体的な事件、事故等を通して指摘したのが、今年3月に上梓した【“歪んだ法”に壊される日本  事件・事故の裏側にある「闇」】(KADOKAWA)だ。

この2冊の拙著に込めた、日本の政治と社会への危機感が、少しでも多くの人に共有されることを願っている。

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岸田首相襲撃事件で再燃した「犯人の思う壺」論、どこがどう間違っているのか

4月15日に、和歌山市で選挙演説中の岸田文雄首相が、手製の爆弾のようなもので襲撃される事件が起きた。昨年の7月8日、安倍晋三元首相が選挙演説中に自作銃で銃撃されて死亡する事件が起きてから9か月余りで、首相本人が、選挙演説中に現職の首相が襲撃される事件が起きたことは、社会に衝撃を与えた。この事件を我々はどう受け止めるべきか、そこには多くの困難な問題がある。

安倍元首相銃撃事件は、首相退任後も大きな政治的影響力を保持していた政治家が突然亡くなったということに加えて、事件の動機・背景に関連して様々なことが明らかになり、それが日本の政治、そして社会に極めて大きな影響を及ぼした。

山上徹也容疑者(既に起訴されいるので「山上被告」)の犯行の動機は、母親が統一教会にのめりこんで多額の献金をし、それによって家庭が崩壊したことへの恨みを、統一教会と関係が深いと思われた安倍元首相に向けたものだった。

この事件を機に、旧統一教会をめぐる問題に大きな関心が集まった。

とりわけ自民党の政治家と統一教会との関係に注目が集まり、連日大きく報道された。

そして、反社会的な活動を繰り返してきたとされる旧統一教会に対して解散命令請求をすべきだという声が高まり、それまで一度も使われたことのなかった宗教法人法に基づく質問権も行使され、旧統一教会の被害を救済する立法も成立した。

統一教会への恨みによる殺人という刑事事件を機に、その犯罪者が意図していた方向に、その問題提起を受けた形で世の中が動き、その動きがどんどん活発になっていった。このような、安倍元首相銃撃事件以降の社会の動きに関して、「犯人の思う壺にするな」ということが声高に言われていた。

私はそれを「犯人の思う壺」論と言って、Yahoo!ニュース【“「統一教会問題」取り上げるのは「犯人の思う壺」”論の誤り】などで批判してきた。

その安倍元首相銃撃事件から1年も経たないうちに、今度は現職の首相を狙った襲撃事件が起きたことで、また「犯人の思う壺」論が、声高に唱えられるような状況になってきている。

犯罪者の意図を実現するような方向に社会が動くと、模倣犯が現れて、同じような犯罪が繰り返される、だから犯罪の動機・背景は一切取り上げるべきではない、というのが「犯人の思う壺」論の人たちの主張だ。

彼らは今回の事件について、

安倍元首相銃撃事件の際に、山上容疑者の犯行の動機に関して、統一教会問題などを取り上げ、自民党と統一教会の関係を問題したことで、「犯人の思う壺」になった。それが、今回の岸田首相襲撃事件という模倣犯につながった、

と言っている。

それが果たして正しいのかどうか。

刑事事件における「同種犯行の防止」と犯罪の動機・背景の報道

重大な犯罪が発生した場合、それがどう報じられ、社会の反応はどうあるべきなのか、犯罪の背景になった事象に我々はどう目を向けるべきなのか。犯罪を防止することと、犯罪の背景にある問題に目を向けていくことの、両面から考えなければいけない問題だ。

犯罪には通常何らかの動機がある。まったくの衝動的、偶発的犯罪というのでない限り、何らかの意図で犯罪が行われるのが大部分だ。殺人事件であれば、例えば被害者に対する恨みが動機になって「人を殺す」という行為が行われる、それによって恨みを抱く相手が死亡する、それによって、その犯罪の最大の目的が実現されることになる。

そして、殺人事件に関して動機が報じられることによって、動機の背景に、被害者の側にも落ち度があったとか、批判・非難されるべきことをしていた、という事情があったことが明らかになることもある。それは、殺人の犯罪者にとって、もう一つ別の形で犯罪の目的を実現することにもなる。

日々、様々な刑事事件の報道が行われることは、そういう犯罪が実際に起きていることについて、世の中に警鐘を鳴らす面もある。

しかし、事件の詳細が報じられることは、犯罪の抑止、再犯防止、模倣犯の防止にマイナスになる面もある。

特に、政治家を狙った襲撃事件、テロのような事件が起きた時に、その原因・背景や政治家の側にどういう問題があったのかを報じることは、犯罪者の目的を実現することになり、それが同種の犯行を招く可能性を高める。だから社会は、犯罪の動機・背景には一切反応するなという考え方が出てくる。

犯罪に関しては、世の中がその犯罪の発生を知ること自体が重要な社会の要請だ。それと同時に、模倣犯を含めて同種の犯罪を抑止することももちろん重要な要請だ。犯罪と社会の関係は、この両面から考える必要がある。

犯罪を抑止するために、主としてその行為の責任に見合う厳正な処罰を行い、それによってその犯人が再犯を行うことを防止する、それを「特別予防」という。そして、犯罪者を処罰することによって、同じような犯罪が繰り返されることを防ぐことを「一般予防」という。これが、犯罪を抑止する基本的な手段だ。

そして、犯罪の動機・背景が報じられ、犯人が問題にしたかったことが取り上げられて意図のとおりになると、その分、一般予防の効果を弱めるだけでなく、同じような結果を狙う犯罪を誘発する可能性がある。そこで、もし、犯罪者の意図を一切実現させてはならない、その目的が達せられる方向、犯人の意図する方向には一切反応するなというのであれば、一切殺人事件の報道などは行わず、粛々と裁判をやって犯罪者を処罰すればよいということになる。しかし、果たしてそれが、刑事事件の報道として、それに対する世の中の反応として正しいと言えるだろうか。

それは、その国の社会で一般的に犯罪報道がどのように行われているかということも関係する。

安倍元首相殺害事件や岸田首相襲撃事件に関連して、ジャーナリストの窪田順生氏は

海外では、このような事件が起きた際に、テロ実行犯や集団無差別殺人犯などの人柄や、犯行にいたるまで考え方、思想などはなるべく報じないように「自制」をするのが常だ。アメリカでは「No Notoriety(悪名を広めるな)」という団体が発足して、その名の通り、事件を起こした人間にフォーカスせず、有名人にしない事件報道をメディアに求めている。模倣犯やさらに過激な犯行の「呼び水」になるからだ。

と指摘している(【山上被告を「同情できるテロ犯」扱いしたマスコミの罪、岸田首相襲撃事件で言い逃れ不能】)。

「No Notoriety」は2012年、銃乱射事件の被害者の両親が始めた運動で、テロというよりも、銃の乱射などによる大量殺戮を防止するための運動とされている。

軍保有の物を除いても3億丁を超える銃が存在し、人口100人当たりの銃所有数は120.5丁、2022年1月から5月末までの間に、銃による死亡者は8031人、負傷者は15119人に及び、発砲事件は231件発生しているというアメリカ(【相次ぐ銃撃事件、なぜ米国では銃規制が進まないのか?】)と、犯人が数か月にわたる作業で散弾銃を自作し、山中で試射を繰り返した末に行った銃撃が、警備体制上の不備等のいくつかの偶然が重なって安倍元首相に銃弾が命中した事件、管の中に火薬などを詰め込んだパイプ爆弾が投擲され、岸田首相や聴衆が退避後に爆発した事件という二つの元首相、現首相を狙った事件が続いたという程度の日本とは、殺人、テロの脅威のレベルが全く違うので、同列に論じるのは適切ではない。

しかも、陪審制の歴史が長いアメリカでは、もともと、事件報道が陪審裁判に与える影響が強く意識されており、刑事事件の発生時に事件の内容についてはある程度報道されるものの、被疑者が捜査機関によって特定された後は、事件の「動機」「背景」についての報道は、ほとんど行われないようだ。

アメリカでは、司法手続や陪審制と表現の自由との関係で、1976年の連邦最高裁のNebraska Press事件判決で基本的に後者が優先され、報道機関が把握している事実関係の報道を裁判所が禁止することはできないとされているが、それ以前の取材制限命令については頻繁に発せられ、裁判所侮辱による処罰や拘束ということも生じ得る。それもあって、法廷で明らかにされたことは別として、被疑者の犯人性や、犯人であることを前提にするような不確かな報道が行われること自体がほとんどないというのが実情のようだ。

そもそもアメリカでは、事件報道で「人格報道」を行うこと自体が、テレビや代表的な新聞等ではほとんど行われないという点で、被疑者が逮捕された途端に、生い立ちや人物像も含めた人格報道が氾濫する日本とは、前提条件に大きな違いがあるということを見過してはならないと思う。

日本のように、一般的には、殺人事件などの場合、犯人が逮捕されると、犯罪の動機・背景、犯人の生い立ち、性癖まで報じられること自体が異常なのであり、それを容認し、一方で、政治的目的による犯行の場合だけ、動機・背景を一切報じるなという話は通らない。

「犯人の思う壺」論は、外国との比較を持ち出しても、それによって正当化されるものではない。

安倍元首相襲撃事件後の「統一教会問題」をどう見るか

安倍元首相銃撃事件後の日本の社会の反応に関して、その背景となった統一教会問題が大きく取り上げられたことに特に問題があるとは思えない。

本来、統一教会問題は、それ以前に世の中で問題にされ報じられるべきであったのに、それが異常に問題にされてこなかったことの方が問題だ。

あの銃撃事件以降、世の中の多くの人が「統一教会問題」を具体的に認識した。

高額献金、霊感商法的なもの、マインドコントロールにかかった状態で全財産を収奪された人たち、宗教2世3世の問題など、いろいろな深刻な問題が発生していることについて、元首相銃撃事件という犯罪が発生したことが契機となって、社会的に重要な事実を知ることになったというのは、我々が受け止めなければいけない一つの事実だ。

それ以前にあまりに社会が、そしてマスコミが、その問題に対して目を向けてこなかったことをまず反省すべきだ。そのうえで、知るべきことは知り、報じるべきことは報じ、そしてそれに対して行うべき対応は社会としてしっかりやっていかなければならない。

もちろん、マスコミには、統一教会問題が大きな社会的な関心を集めたから、これをやればやるほど視聴率が稼げるというような安直な動機で統一教会問題に追従するという動きも確かにあったと思う。しかし根幹のところにある、これだけ重大な社会的問題をもっともっと社会が目を向けて報じるべきだという地道な活動を続けてきた、例えば鈴木エイト氏や全国弁連の弁護士の人たちなどの活動すら、あの事件までは社会に知られていなかった。そのことをまず反省しなければいけない。

そういう意味で、安倍元首相銃撃事件に対する社会の反応に大きな問題があったとは言えない。

今回の岸田首相襲撃事件についても、安倍元首相銃撃事件の模倣犯だと言って、動機になったと思われる選挙制度の問題など一切論じるべきではない、という「犯人の思う壺」論を声高に唱えている人がいるが、根本的に間違っているように思う。

岸田首相襲撃事件をどう受け止めるべきか

今のところまだ木村容疑者は完全黙秘ということで犯行の動機等詳しいことは全くわからない。ただ、これまで報じられたところでは、木村容疑者は日本の選挙制度に大変不満を持っており、被選挙権が自分にないことが憲法違反だと主張し、国賠訴訟を起こしている。それが動機になったのではないかと言われている。

そういう木村容疑者の動機と推測される選挙制度の問題について、日本では国会議員の衆議院が25歳、参議院が30歳、地方議員が25歳、知事が30歳、首長も知事以外だと25歳、と被選挙権に制限がある。今回改めて海外の選挙制度で被選挙権がどう扱われているのか、供託金制度がどのようになっているのか調べてみたが、日本の現行制度は、国際的にみてかなり特異だということがわかった。

まず被選挙権年齢だが、多くの国が18歳以上、選挙権年齢と被選挙権年齢が変わらない。

アメリカは国会議員が下院が25歳、上院が30歳で日本の衆議院参議院と同じだが、アメリカの場合も、地方の政治家、公職者については21歳と低い年齢が定められている。

供託金制度は、最近は殆どの国で廃止されており、韓国はまだ供託金制度を維持しているが、それも国会議員で500万ウォン、日本円で約45万円、それと比べると日本の選挙制度は本当に特異だということは間違いない。

私は、これまで公職選挙法に関する問題は、記事やYouTubeでも取り上げてきたし、公選法改正の提案などもしてきた。その私ですらこの問題に気付いていなかったわけだから、国民の大部分に知られていなかったと思う。

このことに関連して、4月21日の朝日新聞朝刊で、【「首相襲撃余波で中傷 選挙制度改正求める人へ 容疑者と同じ」団体が声明、暴力断固反対】という記事が出ている。

これは、上記の日本の選挙制度の問題を社会的運動として指摘していた人がいて、それが今回の首相襲撃事件の木村容疑者と同じことをやっているではないかといって誹謗中傷されていることを報じる記事だ。

これまで言ってきた「犯人の思う壺」論からすると、今回の事件を機に日本の選挙制度の問題を指摘するとか、そういう動きを紹介することは「犯人の思う壺」だ、ということになり、この朝日のような記事を出すこともけしからんということになる。

しかし、犯罪の抑止ということと、犯罪を契機にその背景にあるものを社会として認識し、それを受け止めてしっかり世の中を良い方向に持って行く、これは同時実現していかなければならない問題だ。今回、木村容疑者がどのような動機で岸田首相を襲撃し、その犯罪がいかに厳正に処罰され、同様の犯罪を防止していくかということと、その背景にある問題をどう認識し、どう対応していくのかとは別の問題だ。我々は、この選挙制度の問題について、日本の民主主義を本当に機能させるためにも、制度を改めることに取り組んでいくことが必要だと思う。

日本の公職選挙の現状と、それをどう是正していくか

統一地方選挙の後半戦で市町村議会議員選挙や首長選挙などが行われたが、市町村長、市町村議会のかなりの部分が無投票で、選挙が行われずに決まってしまった。

これで地方自治を含めた民主主義が機能していると言えるのだろうか。

今回の事件を機に、被選挙権年齢と供託金制度の問題に気づき、それを検討していくことは重要である。しかし、それに関する木村容疑者の主張を正当なものと評価すべきかどうかは別の問題だ。

木村容疑者は、参議院議員の被選挙権が30歳以上であることに不満を持ち、そのために昨年7月の参議院選挙に立候補できなかったのは「年齢による差別」だとして憲法違反を主張しているようだ。

しかし、日本では1925年の普通選挙制度開始当時から25歳以上という定めがあり、その後に制定された日本国憲法でも、44条は当該資格を法定事項としており、同条も14条も「年齢」を差別禁止の対象として掲げていないので、違憲の主張は難しいだろう。

供託金について国際比較を行う際には、日本の場合、本来候補者が負担すべきポスター代等を公費負担とするかわりに、公費負担枚数以上のポスター等を禁止するなど、貧富の差によって選挙運動に不公平が生じないように、選挙が半ば公営で行われていることとの関係を無視することはできない。特に、国政選挙の場合、政見放送が公費で行われることも300万円という高額の供託金制度が維持される理由の一つだろう。

そのような選挙の公費負担が、果たして、国民の政治参加の場としての選挙の機能を高めているのかどうかを、改めて考えてみる必要がある。公費負担があったとしても、それだけで当選できるほど、選挙運動の機会が公平になるわけではない。そうであれば、むしろ、選挙の公費負担も供託金も大幅に下げて、立候補自体がしやすくなるようにすべきではなかろうか。

被選挙年齢に関しては、木村容疑者のように、国政選挙権での被選挙権、供託金を問題にするより、当面は、若者にとってもっと身近な地方議員選挙における被選挙権の制限を撤廃することの方が現実的だ。それは、若者の政治参加にとって意義があるだけでなく、地方議員の人材を確保するという面でも、有益だろう。

20歳前後の人も含めて、若い世代の人たちが被選挙権を与えられて、どんどん地方レベルの政治に参加することが重要なのではないか。それを阻んでいるのが被選挙権の制限、供託金による制限ではないか。

木村容疑者の犯罪は、その刑責に応じて厳正に裁かなければいけないし、同様の犯罪が繰り返されないようにいろいろ対策を講じ、要人警護も考えなければならない。

しかし、岸田首相襲撃事件の発生を機に、明らかに国際的にも特異な日本の選挙制度を改めていくこと、地方も含めた民主主義を機能させていくことにも、まったく別の問題として取り組んでいくべきだ。

安倍元首相銃撃事件、岸田首相襲撃事件という、要人を狙った犯罪が相次いだことを、日本社会がどのように受け止め、どのよう対応していくか、ある意味で日本社会は岐路に立っていると言える。

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”日露戦争由来「必勝しゃもじ」ウクライナ持参”に見る岸田首相の戦争への「無神経」

先週、岸田首相が突然ウクライナを訪問、首都キーウまで行ってゼレンスキー大統領とも会談した。その際、お土産に、宮島の「必勝しゃもじ」を持って行ったことについて、国会でも議論が行われたりしている。

私自身、広島は小学校3年から中学2年まで暮らした地であるし、そのあと両親は広島に住み着いたこともあり、私にとって広島は郷里だ。その私が、この「必勝しゃもじ」の話を聞いた時にどう思ったか。

広島人にとって、この「必勝しゃもじ」が一番多く使われるのは、高校野球などで広島のチームの応援をするときだ。まさに「応援グッズ」である。このしゃもじで「飯を取る」ということから、「敵を召し取る」という意味で応援に使う、というのが一番馴染みがあるもので、そのほかに、店などに商売繁盛などを願う「縁起物」として飾ることもある。

そういう高校野球などの応援グッズのようなものを、ロシアと戦争を行っている当事国のウクライナに持って行くというのは非常に違和感がある、とまず思った。

戦争と高校野球などのスポーツの応援とでは全然意味合いが違うではないか、というのが最初の率直な印象だ。そういう最初の印象をツイートしたところ、それに対して、以下のようなツイートで反論があった。

必勝とは文字どおり必ず勝て、という意味で、これは「日本がウクライナを支持し勝利を願う」という強いメッセージです。必勝しゃもじの由来は日露戦争ですから、尚更です。これをさりげなく縁起物を装ってウクライナに渡すというのは、この上なく見事な外交だと思います。

私は、正直なところ、「必勝しゃもじ」の由来が日露戦争だということは知らなかった。改めて調べてみると、確かに日露戦争の時に、戦勝を願う兵士たちが宮島にこのしゃもじを奉納した、そして実際に日露戦争で日本が勝ったということで、必勝を実現する、敵を召し取る「必勝しゃもじ」ということになった、というのが由来だったことが分かった。

もともと、そういう由来で「必勝しゃもじ」になったことは今の広島人にはあまり認識されることなく、「応援グッズ」や「縁起物」として使われてきたというのが、実際のところだろう。

では、岸田首相は、多くの広島人の感覚と同様に、「応援グッズ」「縁起物」として、ウクライナに「必勝しゃもじ」を持っていったのか、それとも、日露戦争での兵士の戦勝祈願と実際に勝利したことに由来するということで、今ロシアと戦争を行っているウクライナに持っていったのか。

もし、前者だとすれば、悲惨な戦争の最中に、応援グッズをウクライナにもっていくというのはあまりに軽薄だ。一方、先程のツイートで書かれていたように後者だとすると、ぞっとする程恐ろしい行動だ。それを知れば、広島人は、どう受け止めるだろうか。

多くの日本人にとって、広島の過去については、終戦の直前の忌まわしい原爆投下で膨大な人が犠牲になった時点以降の認識しかないだろう。それ以前の広島がどういう都市として発展したのか、戦前の日本にとって、広島がどういう位置づけだったのか、ということを知る人はあまりいないだろう。

広島は、日清戦争の時代、戦争の最高指導機関である大本営が東京から広島に移され、明治天皇も滞在した。日清戦争の戦費を審議する臨時帝国議会を広島で開催するため、仮の国会議事堂も建てられた。日露戦争以降、太平洋戦争に至るまで、広島はまさに、戦争に向けての拠点である「軍都」として発展したのだ。

そういう広島の宇品港に陸軍の船舶司令部があり、上陸用舟艇などをそこで建造していたのだが、それがいかに陸軍にとって重要な拠点であったか、そこでの司令官たちの苦悩を描いた【暁の宇品】という本がある。ジャーナリストの堀川恵子さんが書いた大変優れたノンフィクションだ。

私の両親が住んだ、そして、私自身も司法試験受験生時代を過ごした実家が宇品にあったこともあって、この本のタイトルに関心を持って読んだ。陸軍船舶司令部が、太平洋戦争においても重要な位置づけであったことがよく分かった。

そして、軍都広島からは、日清・日露の戦争を始め、大陸での戦争へも多くの出征兵士が送り出されていった。そのような軍都広島の歴史の結末が、あの忌まわしい原爆投下だったのだ。

アメリカが日本に原爆を投下するにあたって、投下地の候補がいろいろあり、最初は京都も候補地の一つだったと言われている。実際に原爆が投下された広島・長崎のうち、長崎は、もともと小倉に投下する予定だったのが、天候の関係で急遽長崎になったという経緯があったと言われている。しかし、広島はそうではない。

広島は最初から原爆投下の地として選ばれていた。それは、広島が重要な軍の拠点だったからであろう。

そういう意味では、広島にとって、広島市民にとって、原爆投下という悲惨な戦争の結末の起点となったのが、日清日露の戦争であり、それ以降の「軍都」としての発展だったのだ。

日露戦争での「必勝しゃもじ」が、出征する兵士の必勝祈願の奉納で使われたのが起源だとすると、被爆地広島にとって、その「必勝祈願」は、まさにそういう広島の悲惨な戦争への道を象徴するものだったことになる。そいういうことはあまり認識されていないから、「必勝しゃもじ」を「応援グッズ」として、カチカチと無邪気に打ち鳴らすこともできるのだ。

岸田首相が、日露戦争での「必勝しゃもじ」の由来を知った上で、敢えてそれを当時ロシアと戦った日本と重ね合わせて、今ロシアと戦っているウクライナに持参したとすれば、私は、無神経さに唖然とする。

しかも、日露戦争でロシアと戦った日本と、今、ロシアと戦うウクライナを同じように考えること自体も、全く理解できない発想だ。

ウクライナを支持する国際世論というのは、ウクライナはロシアから一方的に侵略された、武力によって国土を侵奪された。そのロシアと戦うウクライナは正義だ、だから全面的に応援すべきだ、というものだろう。

日露戦争でロシアと戦った日本は今のウクライナとは全く違う。日露戦争の当時、日本は朝鮮半島を侵略して植民地にしようとし、それに関してロシアと対立していた。まさに帝国主義的な野望がぶつかりあったことで日露戦争に至ったのだ。

その戦争は、第1次ロシア革命が起こっていたロシアは戦争継続が困難となったことで、ポーツマス講和条約締結で終戦になった。しかし、この日露戦争では、多くの日本の若者たちが戦死した。大きな犠牲を代償にして、日本の勝利で終わったのだ。

歌人・与謝野晶子が、日露戦争の激戦地にいる弟を思って詠んだ歌がある。

『君死にたまふことなかれ』

ああ、弟よ、君を泣く、

君死にたまふことなかれ。

末に生れし君なれば

親のなさけは勝りしも、

親は刄をにぎらせて

人を殺せと教へしや、

人を殺して死ねよとて

廿四までを育てしや。

堺の街のあきびとの

老舗を誇るあるじにて、

親の名を継ぐ君なれば、

君死にたまふことなかれ。

旅順の城はほろぶとも、

ほろびずとても、何事ぞ、

君は知らじな、あきびとの

家の習ひに無きことを・・・

日露戦争は、日本人が「不敗神話」を信じることにつながり、日本海海戦での大勝利は、日本海軍に、その後、時代遅れの「大艦巨砲主義」をはびこらせた。そして、それが無謀極まりない日米開戦に導き、沖縄戦への戦艦大和の「特攻出撃」、神風特攻隊による多くの若者達の犠牲、そして、広島・長崎の原爆投下という悲惨な結末につながっていくのである。

そういう歴史からは、広島人の意識としては、日露戦争の出征兵士の必勝祈願に由来する「必勝しゃもじ」という発想は出てこない。単なる「縁起物」「応援グッズ」だからこそ、広島人の生活習慣に溶け込んでいるのだ。

岸田首相が、帝国主義的な領土拡大の最中にあった日本がロシアと戦った日露戦争での「必勝祈願」に重ね合わせ、同じようにロシアと戦っているウクライナに「必勝しゃもじ」を持参したのだとすれば、岸田首相の無神経さは、原爆投下の被害に晒された広島人の「平和を祈る心」とは凡そ相容れないものである。

広島市民に選挙で選ばれながら、広島市民とは全く思いを共有していない「東京出身の政治家」だからこその発想なのではないだろうか。

このような首相に国を委ねていくことが、今後の日本にどのような将来をもたらしていくのか、まさに背筋が凍る思いだ。

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