柿沢未途議員・買収事件、区議選「陣中見舞い」の弁解に“致命的な弱点”

今年4月の東京都江東区長選をめぐり、自民党衆院議員、柿沢未途・前法務副大臣が、木村弥生・前区長を当選させる目的で江東区議らに現金を渡した疑いがあるとして、東京地検特捜部は、11月16日に、柿沢氏の江東区の事務所などを公職選挙法違反(買収)容疑で家宅捜索したと報じられた。

当初は、木村氏陣営が選挙中に違法な有料ネット広告を掲載したという同法違反容疑による捜査だったが、今回の強制捜査は、柿沢氏本人を買収の容疑者とする捜索差押許可状に基づくものと報じられており、柿沢氏本人を被疑者とする買収の公選法違反事件が立件されているようだ(以下、「柿沢事件」という)。

今後、国会会期後の柿沢氏の逮捕、起訴が焦点となっていくことになるのであろう。

このような「政治家間の買収事件」には、もともと、買収事件としての立証に関して多くの問題があり、それは、2019年参院選広島地方区での河井克行元法務大臣の現金買収事件(以下、「河井事件」という)と多くの共通点がある。

河井事件では、「多額現金買収事件」で元法務大臣の現職国会議員が逮捕・起訴され、厳しい批判を受ける一方、検察の捜査手法も多くの批判を浴びた。私は、その河井事件についても、【河井前法相“本格捜査”で、安倍政権「倒壊」か】以降、当欄の記事で、その都度詳細に論じてきた。その河井事件との比較を踏まえ、柿沢事件を、公選法違反の買収罪の立証という観点から検討してみたい。一見「盤石」のように思える柿沢氏側の弁解だが、実は、そこに大きな「弱点」があることがわかる。

「政治家間の金銭の授受」の買収罪摘発の困難性

公選法上の買収罪というのは、「当選を得若しくは得しめ又は得しめない目的をもつて選挙人又は選挙運動者に対し金銭、物品その他の財産上の利益若しくは公私の職務の供与、その供与の申込み若しくは約束をし又は供応接待、その申込み若しくは約束」(221条1項1号)をすることである。

特定の公職選挙に立候補した候補者が、有権者に現金を渡して投票を依頼した、というような古典的な投票買収であれば、買収罪が何の問題もなく成立する。また、「選挙運動は、その候補者を支持・応援する人が無償でボランティアで行う」という原則の下では、公選法上届出等で例外的に認められているもの以外は、特定の候補者への投票を呼び掛ける選挙運動に従事してくれる選挙運動員に報酬を支払う行為が「運動買収」として買収罪に当たることも明らかだ。

問題は、選挙に関連した「政治家間の金銭の授受」と買収罪の関係である。この場合、「当選を得る目的」「当選を得しめる(得させる)目的」があったのか、「選挙人又は選挙運動者」に対する「供与」と言えるのかが常に問題になる。

政治家の場合、日常的に政治活動を行っている。そこでめざすのは、自らの政治活動への支持の拡大であり、それが、結果となって表れるのが、有権者がその政治家或いは党派を同じくする政治家をどれだけ選択し、支持してくれるかによって決まる「選挙」である。

そのような政治活動が、政治家個人にとっては「地盤培養」、政党にとっては、「党勢拡大」と言われ、特定の公職選挙で特定の政治家を当選させる目的と密接に関連する。そのため、特定の選挙で特定の候補者を当選させる目的で行っているように思える活動も、「地盤培養」「党勢拡大」などのための政治活動という性格を有することは否定できない。

それが、「政治家間の金銭の授受」については、「当選を得る目的」「当選を得しめる目的」を否定し、「選挙運動の対価」ではなく「政治活動の費用の寄附」だとする弁解・主張につながる。買収者・非買収者双方が、このような主張を続けた場合、「当選を得る目的」「当選を得しめる目的」、「選挙運動」の対価であることの立証は容易ではない。

「政治家間の金銭の授受」の摘発を困難にするもう一つの要素が「公民権停止」との関係だ。公選法違反で有罪が確定すると、執行猶予付懲役刑であれば執行猶予期間、罰金刑であれば原則5年(情状により短縮)、公民権停止となり、選挙権、被選挙権が行使できなくなる。一般有権者であれば、それ程影響はないが、公職についている政治家にとっては、その公職を失い、一定期間立候補もできなくなるという死活問題に直結する。

贈収賄罪などと同様に、買収罪では、買収者と被買収者は「必要的共犯」の関係にあり、申込罪(金銭等を渡そうとしたが拒絶した場合)以外は、買収の犯罪が成立すれば、被買収者の犯罪も当然に成立する。しかも、買収罪の摘発が、特定の政治家や政党だけを狙って恣意的に行われることがないよう、検察庁では、処理求刑基準が定められ、買収金額によって、公判請求、略式請求、起訴猶予などの処分の基準が明確化されている。

そのため、国政選挙で、候補者側から選挙区内の地方政治家多数に供与された、という事実が明らかになったとしても、供与者側だけでなく受供与者も公選法違反での起訴は免れず、双方が目的や趣旨を徹底して争うことになり、また、仮に、有罪となれば、現職議員の大量失職というような事態を招く。

というようなことから、「政治家間の金銭の授受」の買収罪による摘発は容易ではなく、検察の従来の実務では、買収罪の適用事例は極めて少なかった。

河井事件で「禁じ手」を使った検察

ところが、その常識を覆し、いくつかの「禁じ手」を使って、元法務大臣の現職国会議員とその妻の国会議員を買収罪で逮捕・起訴したのが河井事件だった。

河井事件では、起訴事実の2871万円の買収のうち、「県議会議員・市町議会議員・首長らへの現金供与」が、44名に対して、合計62回、現金合計2140万円と大部分を占めた。

まさに、大規模な「政治家間の金銭の授受」の事例の典型であり、従来の検察実務の常識からすると、買収罪での摘発は、困難だと考えられた。

ところが、検察は、上記の2つの問題を丸ごとクリアする方法として、処罰の対象を河井夫妻に限定し、被買収者には処罰されないと期待させて「案里氏の選挙に関する金」であることを認めさせるという方法をとった。

検察の取調べで、被買収者らは、明確に「不起訴の約束」まではされなくても、検察官の言葉によって、処罰されることはないだろうとの期待を抱き、「案里氏の参院選のための金と思った」と認める検察官調書に署名した。

河井夫妻の起訴状には被買収者の氏名がすべて記載されたが、100人全員について、刑事処分どころか、刑事立件すらされず、河井夫妻事件の捜査は終結した。これを受け、市民団体が、被買収者の公選法違反の告発状を提出したが、告発は受理すらされず、検察庁で「預かり」になったまま、河井夫妻の公判を迎えた。

従来の検察実務からは考えられない、まさに「禁じ手」とも言える方法だった。

買収罪で逮捕・起訴された克行氏は、初公判では「起訴事実は買収には当たらない」として全面無罪を主張した。

2020年9月の初公判の罪状認否で、克行氏は、

《「当選を得させる目的」はあったが、そのために「選挙運動」を依頼して金を渡したのではない。あくまで、案里の当選に向けての「党勢拡大」「地盤培養行為」のような政治活動のための費用として渡した金である》

として全面無罪を主張した。

ところが、検察官立証が終了し、被告人質問の初回の公判で、克行氏は、罪状認否を、首長・議員らへの現金供与も含め、殆どの起訴事実について「事実を争わない」に変更し、その一方で、その後の被告人質問で克行氏が述べたことは、第1回公判の弁護人冒頭陳述に沿うもので、従前の主張と全く変わらなかった。つまり、事実関係や認識について供述内容は全く変わらないのに、大部分の事実について、結論として「有罪」を認めたのである。

克行氏の被告人質問が行われていた頃に、検察に提出されていた市民団体の告発状が、既に受理されていることが明らかになった。検察にとっては、不起訴にするとしても、「嫌疑不十分」ではなく「犯罪事実は認められるが敢えて起訴しない」という「起訴猶予」しかない。しかし、もともと求刑処理基準に照らせば、「起訴猶予」の余地はあり得なかった。告発人が不起訴処分を不服として検察審査会に審査を申立てれば、「起訴相当」の議決が出ることは必至だった。

2021年6月18日、克行氏に対しては、公選法違反の買収罪で「懲役3年」の実刑判決が言い渡された。

そして、7月6日、検察は、被買収者100人について、被買収罪の成立を認定した上で99人を起訴猶予、1人を被疑者死亡で不起訴にしたことを公表した。

この不起訴処分に対する審査申立てを受け、検察審査会は、広島県議・広島市議・後援会員ら35人(現職県議13名、現職市議13名)については「起訴相当」、既に辞職した市町議や後援会員ら46人については「不起訴不当」の議決を行った。

同議決を受け、検察は、「起訴相当」と「不起訴不当」とされた被買収者について事件を再起(不起訴にした事件を、もう一度刑事事件として取り上げること)して再捜査を行い、「起訴相当」とされた広島県議・広島市議ら35人のうち、重病で取調べができない1名を除いて、全員を、起訴した(略式手続に応じた25人については略式起訴、買収罪の成立を争うなどして略式手続に応じなかった9人については公判請求、そのうち12人が、略式命令を争って正式裁判請求を行い、公判で、「当選を得させる目的」などを否定して無罪主張したが、全員に一審有罪判決が出されている。)。

河井事件取調べでの「不起訴示唆・供述誘導」の問題化

この事件で検察が「禁じ手」を使ったことは、その後に問題化することになった。

2023年7月21日、この事件の捜査の過程で、克行氏から現金を受け取ったとして任意で取り調べた地元議員に対して、東京地検特捜部の検事が、不起訴にすることを示唆したうえで、現金が買収目的だったと認めるよう促すやりとりを記録した録音データがあることがわかり、最高検察庁が「当時の取り調べに問題がなかったか調査する」と報じられた。

検察官の取調べで、被買収者側が、「処罰されることはないだろうとの期待」を抱き、「案里氏の参院選のための金と思った」と認める供述をしたからこそ、河井夫妻を買収罪で逮捕・起訴することが可能になった。被買収者側の供述がなければ、そもそも、買収事件の立件自体が困難だった。

以上のような河井夫妻の多額現金買収と、受け取った側の地方政治家ら被買収者の公選法違反事件の背景と経緯については、【“歪んだ法”に壊される日本 事件・事故の裏側にある「闇」】(KADOKAWA)で詳しく解説している。検察官の地方政治家の取調べで、「不起訴にすることを示唆したうえで、現金が買収目的だったと認めるよう促すやりとり」が行われること自体は、もともと想定されていたことだった。

この「不起訴示唆」問題が大きく報じられたのは、やりとりを記録した録音データがあることがわかり、それについて、最高検察庁も、「当時の取り調べに問題がなかったか調査する」と答えざるを得なくなったからだ。

結局、検察実務からすると「禁じ手」と言える方法まで使って、現職国会議員の河井夫妻を狙い撃ちにしたこの事件は、結果的に、検察への信頼を傷つけ、「政治家間の金銭の授受」の買収摘発の困難性を改めて印象づける結果となった。

「河井事件」と「柿沢事件」の共通点と相違点

では、東京地検特捜部が強制捜査に着手している柿沢氏の「江東区長選挙をめぐる現金買収事件」は、河井事件との比較で、「政治家間の金銭の授受」の買収事件としての立証上の問題点がクリアできる見通しがあるのだろうか。

まず、両事件の異同を考えてみる。

共通するのは、「当選を得させる目的」での金銭供与が問題とされた選挙に近接して、別の公職選挙があり、その選挙に関する「政治資金の寄附」という主張が行われていることだ。

河井事件は、2019年7月6日の参議院議員選挙での買収事案だが、その前の同年4月21日の統一地方選挙で広島県議会議員選挙、市議会議員選挙が行われた。受供与者の地方政治家の多くは、この選挙に立候補した県議・市議である。

一方、柿沢事件は、2023年4月23日の統一地方選挙で、江東区長選挙と同時に江東区議会議員選挙が行われており、柿沢氏側から金銭が渡ったとされる人の多くは、江東区議会議員だ。

異なるのは、河井事件では、参議院選挙と統一地方選挙との間に約3か月の期間があり、地方選後の現金授受も多かった。県議選・市議選等の「陣中見舞い」のほかに、「当選祝い」の名目とされたものもあった。克行氏の初公判での主張も、

《広島県連では、参議院議員選挙が近づくと、衆参国会議員から立候補予定者・候補者への秘書派遣による、党勢拡大活動、地盤培養活動などの政治活動の支援、選挙運動期間中には選挙運動の応援等が行われ、県連の要請により、広島県連職員、各種支持団体の関係者なども派遣されて同様の活動を行うのが通常であったが、案里氏については、公認が大幅に遅れたため、周知のための政治活動期間・立候補のための準備期間が明らかに不足しているのに、広島県連からの人的支援が得られず、後援会の設立や組織作り、後援会員の加入勧誘、政党支部の事務所立上げなどの政治活動や選挙運動に従事することとなる人員確保など体制作り自体に苦労する状況にあり、県議、衆議院議員として長い政治家としてのキャリアを有する克行氏が、その人脈を頼って、それら案里氏のための活動を行わざるを得なかった。》

(弁護人冒頭陳述)などと、自民党広島県連における従前の「選挙に向けての政治活動」としての資金供与と同様のものだったことを強調するものであり、統一地方選挙という個別の選挙との関係は部分的なものにとどまった。

それに対して、柿沢事件の方は、江東区長選挙と区議会議員選挙が、いずれも統一地方選挙で同時におこなわれており、供与の相手方の多くが区議選の立候補者であることから、「陣中見舞い」という、その選挙に向けての「政治資金の寄附」であることが強調されている。

河井事件では、買収罪に問われた克行氏自身の衆議院の選挙区は広島4区であり、広島県の7つの選挙区の一つであったが、案里氏が立候補した参議院広島地方区は広島県全体であり、金銭供与は広島県全域であり、金銭供与を、克行氏自身の「選挙に向けての政治活動」と関連づけることは困難な面があった。一方、柿沢氏の衆議院の選挙区は東京15区で江東区全体であり、区長選挙、区議選挙の地域と完全に一致する。そのため、柿沢事件では、江東区議への金銭供与を、柿沢氏自身の選挙に向けての政治活動と関係づけやすい面がある。

「供与者・受供与者の自白に依存しない立証」の可能性

既に述べたように、「政治家間の金銭の授受」の事案は、目的・趣旨について「自白」を得ることが容易ではなく、買収罪で摘発されることは殆どなかった。河井事件では、受供与者側に、公選法違反で処罰されることはないだろうとの期待を抱かせ、「案里氏の参院選のための金と思った」と認める自白調書に署名させるという方法を使って困難性を乗り越えたが、それが事後的に大きな批判を招いた。

少なくとも柿沢事件では、同様の方法は使えない。しかし、受供与者の多くが現職区議会議員であり、目的・趣旨の認識を認める自白をすれば、自らの議員の地位が失われるのであるから、容易には自白しない。柿沢事件については、自白に頼らず、状況証拠から、江東区長選挙に関する目的・趣旨と、その認識を立証するしかないように思える。

河井事件では、受供与者側が正式裁判で争った事件で、受供与者の検察官調書も、河井氏の公判での尋問調書も証拠請求されなかったが、状況証拠によって有罪判決が出されている。同判決を踏まえれば、「自白に依存しない立証」も必ずしも不可能ではないという見方も可能だ。

しかし、河井事件では、克行氏が、公判の途中で罪状認否を変更し、抽象的に「案里に当選させる目的」を認め、すでに買収罪で有罪判決が確定している。そのような克行氏の供述が証拠にされなかったとしても、裁判所にとっては受供与者に無罪判決を出すことへのハードルとして作用したと思える。また、河井事件の場合は、選挙の時期、選挙区に違いがあり、供与先が、克行の選挙区だけでなく参院地方区の広島県全域に及んでいたこと、議員会館の克行氏の事務所で押収されたパソコン内の「案里2019参院選」と題するファイル内に現金供与先と金額が書かれていたことなど、克行氏に不利な証拠も相当程度あり、「当選を得させる目的」の認定につながった。

それに対して、柿沢事件は、買収の嫌疑を受けている江東区長選挙と、受供与者側が立候補した江東区議会議員選挙とが、実施時期・地域すべてが重なっており、しかも、その地域が、柿沢氏本人の衆議院議員選挙の選挙区とも同じなのであるから、「江東区長選挙で木村候補に当選を得させる目的」「選挙運動の報酬」を否定し、「政治資金の寄附」だとする主張は通りやすい。江東区議会議員選挙の「陣中見舞い」だと主張されれば、その主張を崩すのは容易ではないように思える。

柿沢氏の地元事務所の捜索が報じられた後に、各紙が、一部の金銭受領者が「買収の趣旨を認める供述」をしている等と報じているが、仮に、曖昧に趣旨を認めたとしても、公民権停止で失職することを認識した上での供述でなければ、公判では覆す可能性が高い。

もっとも、柿沢氏側からの金銭の供与については、拒絶した人も複数いるとされており、この場合、公選法違反が成立するとしても、供与者側の申込罪だけであり、受領を拒絶した側には犯罪は成立しないので、「江東区長選挙に関するお金だと思って受領を拒絶した」と供述する可能性が高く、供与者側の「当選を得させる目的」を裏付けることは比較的容易だと考えられる。

また、今回の区議選には立候補していない元江東区議への金銭の供与の嫌疑もあると報じられている。少なくとも、このような場合は、「政治活動の寄附」との弁解は通りにくい。金銭の授受の事実さえ認められれば、買収罪の立証上のハードルは低いように思える。

しかし、買収の申込罪、或いは、元江東区議に対する供与だけに限定して買収罪を立件しただけでは、供与金額は極めて僅少だ。現職の国会議員を買収罪で立件し、起訴するだけの事件とは言えるのか疑問だ。

やはり、柿沢氏側からの金銭の供与の大部分を占める現職区議会議員への供与を買収罪として立件できなければ、柿沢氏本人を買収罪で立件し起訴することについて、検察内部の了承を得るのは難しいであろう。

「選挙運動費用収支報告書への不記載」による追及

しかし、江東区議側の「陣中見舞い」の弁解には、公選法上「弱点」もある。公選法で義務づけられている「選挙運動費用収支報告書」の記載との関係だ。検察には、「陣中見舞い」の弁解を逆手にとって崩していく戦略も考えられる。

区議選の「陣中見舞い」だとすると、それは、江東区議選挙での選挙運動費用に充てるための寄附収入であったことは否定できない。そうであれば、公選法189条1項1号により、選挙の期日から十五日以内に提出が義務付けられている選挙運動費用収支報告書に記載しなければならない。

11月17日付け朝日記事【容疑者は「柿沢議員」 秘書、重鎮、区議…次々捜索 現金の趣旨焦点】に、「朝日新聞が、江東区議44人全員に、4月の区長選・区議選をめぐって柿沢氏や事務所関係者からの現金受領の有無をアンケートした結果」が紹介されているが、その中に注目すべき記述がある。

回答を得られなかった4人のうち、自民系の区議1人は今年2月21日に柿沢氏の資金管理団体から20万円を寄付として受け取ったと、区議選の選挙運動費用収支報告書に記載している。この区議は取材に、「適正に処理している」と述べ、趣旨などについては明らかにしなかった。

とのことだ。

このアンケートの回答のとおり、その区議が、柿沢氏側からの金銭の受領を選挙運動費用収支報告書に記載しているとすると、まさに、それは、江東区長選挙での「陣中見舞い」を受領したことの公選法上適正な処理だったことになる。では、柿沢氏側から受領した金銭を「陣中見舞い」と主張する他の区議は、選挙運動費用収支報告書に記載しているのか。

選挙運動費用収支報告書の虚偽記入に対しては、公選法246条5号の2により、3年以下の禁錮又は五十万円以下の罰金に処せられる。

この点を検察官に追及されれば、「陣中見舞い」だと主張しても、別の違反に問われることになり、「公選法違反は犯していない」という言い訳は通らないことになる。

柿沢氏側から金銭の供与を受けた江東区議らが、自らの選挙への「陣中見舞い」の趣旨に加えて、江東区長選挙での木村氏の応援の趣旨を、どの程度に認識していたのかについて、ありのままに供述せざるを得なくなるのではなかろうか。

選挙運動費用収支報告書に関するルールの形骸化

もっとも、この選挙運動費用収支報告書の記載については、実質的に選挙運動にかかる費用とその収入とが、すべて報告書に記載されるのではなく、選挙期間中、選挙運動に直接かかる費用「人件費・家屋費・通信費・交通費・印刷費・広告費・文具費・食糧費・休泊費・雑費」などの費用だけが記載され、収入欄の記載も、この支出に対応する収入金額にとどめるのが通例であった。

まさに、この点に関する公選法違反の解釈・運用が問題になったのが、2013年、猪瀬直樹東京都知事の辞任の原因となった「徳洲会から猪瀬氏への5000万円の選挙資金提供の問題」であり、これについては、当時、私も、検察官時代の実務経験に基づいて【猪瀬都知事問題 特捜部はハードルを越えられるか】と題する記事を書き、「公選法の選挙運動費用収支報告書の規定が形骸化している現実」を指摘した上で、「都から認可を受けている病院の経営母体の医療法人から5000万円もの多額の選挙資金の提供を受け、それを全く開示していなかった猪瀬氏のような行為が許されるのであれば、選挙の公正は著しく害されることになる」と指摘した。

結局、この問題で猪瀬氏は都知事辞任に追い込まれ、その後、私の指摘のとおり、この5000万円の選挙資金提供の問題で、猪瀬氏は、選挙運動費用収支報告書虚偽記入の公職選挙法違反の罪で略式起訴されるに至った。

この頃までは、選挙運動費用収支報告書についてのルールが形骸化していたことは確かだが、それは2013年のことである。それから10年の間に、報告書の収入の記載についての認識も変わってきたことが、前記の朝日のアンケート調査への回答での「陣中見舞い」の収支報告書への記載に反映されていると言うべきであろう。

「柿沢事件」をどうみるか、柿沢氏はどうすべきか

今回の柿沢氏の江東区長選挙をめぐる金銭供与は、金額・規模から言って、現職国会議員の逮捕・起訴という「大捕り物」を演じるだけの悪質・重大事件と言えるかどうかは疑問だ。

しかも、柿沢氏側の「江東区議会議員選挙の陣中見舞い」という弁解は、一見すると、「覆しにくい根拠のある主張」のようにも見える。しかし、実は、それは、特定の選挙と結びついた弁解であるが故に、逆に、公選法の選挙運動費用収支報告書のルールという「地雷」を踏むもことになった。

そのような主張自体が、これまで公職選挙をめぐって行われてきた不透明な「政治家間の金銭の授受」が「陣中見舞い」などという曖昧な言葉で正当化されてきた「日本の公職選挙の現実」を反映するものであり、それが選挙に対する国民の不信・失望にもつながってきたともいえる。

柿沢氏側の一見「盤石のように見える弁解」も、そこに“致命的な弱点”がある。

法務副大臣の職にあった柿沢氏は、今回の公選法違反疑惑が報じられた直後に、副大臣の辞表を提出して、国会にも出席せず、説明責任を果たすことを拒否した。その後も、事件については沈黙を続けている。公選法違反事件の捜査に対しても、「江東区議会議員選挙の陣中見舞い」との主張が間接的に伝えられるだけで、公の場での説明は全くない。

このまま従前の弁解を続けるだけでは、金銭を受領した江東区議の多くが、被買収と選挙運動費用収支報告書の虚偽記入罪の両面から失職リスクにさらされることになる。

一般的には、刑事事件については、刑事裁判の場以外では何も語らない、という対応がとられることが多い。しかし、公職にある政治家が刑事事件の捜査の対象とされた場合は、単なる被疑者としての立場だけではない、国民に選ばれた政治家としての説明責任がある。河井事件についても、私は、当初から【河井前法相「逆転の一手」は、「選挙収支全面公開」での安倍陣営“敵中突破” 】などで、河井氏自らが当該選挙をめぐるカネの流れを積極的に公表すべきだと述べ、「河井克行前法相の行動によって、公職選挙の歴史が変わる」とまで言ってきた。しかし、河井氏は、法務大臣辞任以降、刑事法廷以外の場で事件について語ることは全くなかった。そういう対応によって、実刑判決が確定し服役している克行氏に何か得るものがあっただろうか。

柿沢氏が、さほど悪質・重大とも言えない公選法違反事件でここまで追い込まれているのも、日本の公職選挙において不透明な資金のやり取りが慣行化していることに根本的な原因がある。その実態について積極的に説明し、抜本的な改革の契機としていくことこそが、法務副大臣としての役割を果たせなかったことに代えて、国民に対して果たすべき義務と言えるだろう。それこそが、この事件を政治家として乗り越える唯一の方法であることを自覚すべきだ。

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対ゴーン氏民事訴訟、日産「繰延報酬支払拒絶」主張で検察主張崩壊の可能性!

7月18日、FCCJ(外国特派員協会)で、レバノンから、カルロス・ゴーン氏(以下、「ゴーン氏」)もオンラインで参加して記者会見が行った直後に出した記事【「会長追放クーデター」から始まった日産の「ガバナンス崩壊」、対ゴーン氏民事訴訟も混乱・失態の末に“主張崩壊”】で、2020年に日産自動車がゴーン氏に対して提起した損害賠償訴訟での原告日産の主張が、事実上崩壊に近い状態にあることを述べた。

日産側が、11月 14日に横浜地裁で開かれた弁論準備期日で陳述した準備書面は、凡そ「根拠」とは言い難い、常識的には全く理解できない理屈を並べて、「繰延報酬」なるものは「請求と同時に確定的に消滅する」と主張するものだった。

日産という会社が、こうまでして、ゴーン氏に対して繰延報酬債務を負っていることを否定するということは、「繰延報酬」について、実際には、日産側には、支払う意思も支払われる可能性も全くなかったということであり、そうであれば、「繰延報酬の開示義務」自体が否定されることになる。それは、検察と日産経営陣とが結託して行った「ゴーン会長追放クーデター」で、金商法違反による羽田空港での「電撃逮捕」の被疑事実とされた「有価証券報告書虚偽記載」の犯罪事実を、根底から否定することにほかならない。

ゴーン氏逮捕直後、検察当局は、「ゴーン会長に対する報酬額を実際の額よりも少なく有価証券報告書に記載した」と発表しただけで、具体的な中身を全く明らかにしなかった。そのため、その「実際の額」というのは、当然、ゴーン氏が、「実際に受領した報酬」と誰しも思った。それを前提に、その金額が、いったいどのようにしてゴーン氏に支払われ、それが、有価証券報告書に記載されずに「隠されていたのか」について、断片的な情報や憶測が錯綜し、報道は迷走を続けた。

ところが、逮捕の5日後に11月24日、逮捕時から、報道で先行していた朝日新聞が容疑事実の中身について衝撃の事実を報じた。「有価証券報告書虚偽記載」とされたのは、ゴーン氏が日産から「実際に受領した報酬」ではなく、退任後に別の名目で支払うことを「約束した金額」が記載されなかった事実だったというのだ。

ここで重大な疑問が生じたのは、実際に払われてもいない「役員報酬」が、有価証券報告書に記載して開示する義務があるのか、確実に支払われると言えるのかという点だった。

支払われていない報酬であれば、「支払いが確定している報酬」でなければ、有価証券報告書で開示する義務があるとは言えない。その後、この有価証券報告書虚偽記載の事件をめぐっては、当該年度に支払われず支払が繰り延べられた報酬(繰延報酬)が「確定報酬」と言えるのかどうかが最大の争点となった。ゴーン氏側は一貫して、本来は支払われるべき金額だったが、実際に支払われるかどうかは不確定だったとして「確定報酬」を否定した。

ゴーン会長逮捕に向けて検察と結託していた日産経営陣は、逮捕の容疑事実が裏付けられるよう、あらゆる方法で全面協力した。特に重要だったのは、「繰延報酬」が確定報酬だという検察の主張を裏付けることだった。

繰延報酬は「確定報酬」だと言う以上は、日産は、その「確定報酬」をゴーン氏に払うことは覚悟しているのだろうと、誰しも思ったはずだ。

翌2019年4月8日の臨時株主総会でゴーン氏が取締役を解任された後、日産は「繰延報酬」について、過年度の有価証券報告書の訂正を行って約90億円の「未払金」を計上した。つまり、繰延報酬について「支払義務」があることを会計上認める措置を行った。一方で、当時の西川廣人社長は、「ゴーン氏に対しては別途、損害賠償請求権があるので、当面は支払わない」と説明した。

この過年度決算訂正に伴い、日産は、有価証券報告書虚偽記載の金商法違反であったと「自主申告」して課徴金を支払った。

そして、同年12月末、保釈中のゴーン氏が海外に逃亡し、日本での刑事公判の継続ができない状況になった。

翌2020年2月、日産がゴーン氏に対して、「ぼったくりバーの請求書」のような内容の、凡そ根拠のない請求を並べた約100億円の損害賠償請求訴訟を提起したのが、今横浜地裁に係属している日産原告・ゴーン氏被告の民事訴訟だ。「未払金」をゴーン氏に支払わないことを正当化するための訴訟だと思えた。

ゴーン氏の「取締役としての任務懈怠行為」による損害賠償を請求するものだが、ゴーン氏の不正に関して行ったとする日産の社内調査のための弁護士事務所費用約15億円、会計事務所費用約15億円などが書き並べられているものの、費用の具体的・合理的根拠はなく、日産経営陣がゴーン氏追放クーデター実行のためにかかった費用を、ゴーン氏に「つけ回し」しただけのような内容だった。

2022年3月3日、ゴーン氏不在のまま行われていたグレッグ・ケリー氏と法人としての日産に対する刑事裁判での、一審判決が言い渡された。日産は、第1回公判で公訴事実を全面的に認めた後、金商法違反を全面否認するケリー氏の傍らでの被告人席で傍観していただけだったが、判決では日産の主張通り、ゴーン氏の「繰延報酬」が「確定報酬」だと認められ、日産は、有価証券報告書虚偽記載での「有罪判決」を「勝ち取った」。

これまでゴーン氏は、「2010年以降、日産から毎年実際に支払われていた約10億円の役員報酬が確定報酬であり、秘書室長の大沼氏に、本来支払われるべき毎年約10億円の報酬額を記録させていたが、それは、退任後に改めて社内手続がとられるなどして合法的に受領できることになった場合にのみ受領するつもりであった」と主張し、年約10億円の繰り延べ分が「確定報酬」ではないことを強く主張してきた。

しかし、ゴーン氏の「繰延報酬」は「確定報酬」だということで開示義務違反を認定する日産の全面有罪判決がそのまま確定したことで、その日産が提起している民事訴訟で、それとは異なった「司法判断」が行われる可能性は低くなった。

そこで、被告のゴーン氏の側から、

「もし、万が一、そのような日産の主張が認められて、繰延報酬が『確定報酬』だったと認定される場合には、その『確定報酬』請求権によって、原告の請求を対当額で『相殺する』」

と主張した(予備的抗弁)。

検察とタッグを組んで行った「会長追放クーデター」での検察逮捕を根拠づける「繰延報酬」が「確定報酬」という日産の主張が民事訴訟でも認められるのであれば、その「確定報酬」について日産のゴーン氏に対する支払義務があるので、その分は、損害賠償請求が認められた場合に差し引いてほしい。当然のことを主張したまでだ。

ところが、その主張で、日産側は大混乱に陥った。

被告の予備的抗弁に認否をするだけで1年もかかった上、

「仮に報酬支払債務が発生したとすれば、同時に同額の損害賠償請求権が発生するので、相殺する」

と主張し、今回の弁論準備期日で、その根拠を主張してきた。

要するに、日産の言い分は、ゴーン氏は、当該年度の役員報酬を決定する権限を持っているので、自分の報酬も自ら決定し受領するのであれば、それは問題なく受領できるが、報酬の受領を翌年度以降に繰り越したら、そのような役員報酬の繰延は、代表取締役としての義務に反するので、日産は、「損害賠償請求権で相殺する」という理由で支払を拒絶する、というのである。

その損害賠償請求の理由としているのが、「繰延報酬」を作出することが金商法上開示義務違反にならなくても、以下の理由で、法令違反・善管注意義務違反となり、「繰延報酬」と同額の損害賠償責任が生じるというものだが、全く理解不能である。

  • (1)報酬決定権を有する代表取締役が、真実の報酬の開示を避けるために繰延報酬を作出することは、これによって当該事業年度に係る有価証券報告書において虚偽の報酬の内容を開示することとなるので、金商法違反の法令違反行為となる。
  • (2)繰延報酬を作出することは、仮に繰延報酬が「報酬等」に当たらないとしても、少なくとも金商法逮反の疑義が高く、金融庁からの課徴金等の負担を原告に生じさせ得る性質の行為であるから、善管注意義務に違反する
  • (3)取締役の報酬の決定を取締役会から再委任された被告がその権限を適切に行使したか否かを正確に判断することができず、繰延報酬が「報酬等」に当たるか否かにかかわらず、ガバナンスの効かない状況を自ら作出したうえで原告の負担のもとに利得を得るもので善管注意義務違反に該当する

しかし、(1)については、開示を避けるために「繰延報酬」を作出したからと言って、「作出」が金商法違反になるのではなく、作出した「繰延報酬」を有価証券報告書に記載せず、「虚偽記載」をすることが金商法違反の法令違反になるのである。

(2)については、「金商法逮反の疑義が高く、金融庁からの課徴金等の負担を原告に生じさせ得る性質の行為」というだけで、善管注意義務違反になるというのであれば、疑義がある会計処理に基づく有価証券報告書の記載があるだけで善管注意義務違反に当たることになる。

(3)についても、ガバナンスの効かない状況を自ら作出したうえで原告の負担のもとに利得を得る行為がすべて善管注意義務違反に当たるというのであれば、ガバナンスに問題がある会社の社長の行為はすべて善管注意義務違反になってしまう。

いずれにして、そのようなことで、法令違反や善管注意義務違反に問われる、ということになれば、取締役や会社幹部は破産者が続出することになる。

結局、「支払が繰り延べられた確定報酬」というのは、仮に、ゴーン氏が支払を請求したとしても日産は一切支払わないものだったということなのである。

日産が主張する「繰延報酬」なるものは、それが「確定報酬」であったとしても、実際には、いろいろ理屈をつけて日産は支払を拒絶するということのようだ。そうであれば、「支払われることのない繰延報酬」を、有価証券報告書に記載して開示する義務もない、と考えるのが当然であろう。開示義務がなければ犯罪にはならない。

今回の民事訴訟での日産の主張は、日産経営陣と検察の画策によって行われた「会長追放クーデター」での「ゴーン氏逮捕の“武器”」とされた「金商法違反の犯罪事実」を根底から覆すことになりかねない。

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ジャニーズ事務所・会見、“危機対応”において「不祥事」が発生した原因とは

ジャニーズ事務所が「ジャニー喜多川氏の性加害問題」について開いた記者会見をめぐって批判を受ける事態となっている。

9月7日の1回目の会見でジャニーズ事務所の社名を維持する方針などを公表したが、全く評価されず、スポンサー企業の契約打ち切りなどにつながったことを受け、10月2日に2回目の記者会見を開いて、ジャニーズ事務所の社名を「株式会社SMILE-UP.」と変更し、被害者への賠償を終えたら廃業すること、従前の業務を引き継ぐ新会社を設立することなどを発表し、今回の問題への対応方針を抜本的に改めて再出発をアピールしようとしたが、会見は、質問者の指名をめぐって大荒れとなった。そして、翌日のNHKの報道で、特定の記者を指名しないようにする「NGリスト」が作成されていたことが明らかになり記者会見での対応自体が大きな批判を浴び、それ自体が一つの「不祥事」となった。

最近、企業の不祥事対応で、大手法律事務所の弁護士チームが危機対応に関わることが多くなったが、今回の記者会見には、東山紀之社長、井ノ原快彦副社長とともに、木目田裕弁護士らが会見者として登壇し、記者の質問に答えるなど前面に出て対応した。その記者会見という危機対応の場で新たな不祥事が発生したことは、企業の危機対応への弁護士の関与の在り方が問われる事態だと言えよう。

私自身も、2004年に、桐蔭横浜大学特任教授・コンプライアンス研究センター長として、コンプライアンスに関する活動を始めて以降、不二家の「消費期限切れ原料使用問題」キリンホールディングスの「メルシャン問題」、田辺三菱製薬の「メドウェイ問題」など多くの企業不祥事で第三者委員会委員長を務め、自ら記者会見等にも臨んできたほか、多くの企業不祥事について当事者の企業に助言・指導を行うなど、危機対応を専門としてきた。

それらの経験を踏まえて、今回のジャニーズ事務所の危機対応について考えてみたい。

「危機対応における不祥事」は極めて異例

2014年に公刊した拙著【企業はなぜ不祥事対応に失敗するのか】(毎日新聞)では、多くの企業不祥事で、マスコミ報道の歪みもあって、企業が誤解を受け、企業側の危機対応の拙劣さのためにその誤解が一層拡大し「巨大不祥事」に発展していること、そこで重要なことは、問題の本質を踏まえて、正しく社会に理解されるような危機対応を行うことであり、そのための戦略を構築することの重要性を指摘した。

弁護士等の危機対応の専門家が企業不祥事に関わることの意味は、当事者の企業が不祥事にしっかりと向き合い、社会的責任を果たす方向に向けること、正当な企業対応によって社会からの信頼を回復させることにある。

企業不祥事への危機対応自体が社会からの批判を浴び「不祥事」となることは、絶対にあってはならないことであり、今回のジャニーズ事務所の問題で起きていることは、危機対応として最悪の失敗と言える。

なぜ、このようなことが起きてしまったのか。

危機対応の失敗2つの要因

第一の問題は、企業不祥事での危機対応は、誰の利益のために、誰の意向にしたがって行うのか、という点だ。

9月7日の1回目の会見では、ジャニーズ事務所の社名をそのまま残そうとしたこと、株式を100%保有するジュリー藤島氏が社長辞任後も代表取締役に残留するとしたこと、ジャニーズ所属タレントの一人で、ジュリー氏とも関係が深い東山紀之氏が社長に就任したことなどに対して多くの疑問の声が上がった。そこで、10月2日の会見では、それまでの方針を前記のとおり大きく変更することになったのだが、そもそも、最初の方針が「不祥事企業の社長」であったジュリー藤島氏の意向や利益に沿う方向に偏っていたことに根本的な問題がある。

第二の問題は、不祥事企業としての記者会見での対応方針自体の問題だ。記者会見において、ジャニー氏による性加害問題という国際的にも大きな批判を受けている不祥事企業として、説明責任を果たそうとする姿勢が欠けていたと批判されていることである。

木目田弁護士は、2回の会見に同席して記者に説明するなどし、そのような方針や、記者会見対応に法的・コンプライアンス的に問題がないことにお墨付きを与えた形になった。

これらの点について、企業不祥事の危機対応に関わる弁護士の対応の在り方が問題となる。

「ジャニーズ事務所の不祥事」とは何なのか

これらの問題を考える前提として、まず、ジャニーズ事務所がどういう企業で、同社にとって今回の不祥事が、どのようなものかを確認しておく必要がある。

ジャニーズ事務所は、芸能プロダクション事業を営み、多くの人気タレントを擁し、芸能界、テレビ業界等に極めて大きな影響力を有する企業である。非上場企業であるが、売上は推計1000億円と言われている。

その創業者で絶対的権力者だったジャニー喜多川というカリスマ経営者が、数十年間にわたって、タレントとして発掘し育成の対象としていた膨大な数の未成年者に悪質な性加害を繰り返してきたものであり、それが芸能プロダクション企業の事業活動と密接不可分の関係で行われてきた。

そのような性加害行為は、これまでもジャニーズ事務所の内部者には相当程度認識され、その発覚を妨げる対応が続けられてきたが、その問題が文藝春秋との間で民事訴訟に発展し、判決で認定されたこともあり、同社の取引先であったテレビ業界、広告業界等でも、程度の差はあれ性加害行為が認識されることとなった。ところが、それにもかかわらず、全く問題視されることがなく、ジャニーズ事務所の事業は継続され、ジャニー喜多川氏が死亡した数年後に、英国BBCという海外メディアの報道を契機に、初めて日本国内でも大きな問題として取り上げられる、という異常な経過をたどった。

その性加害者が絶対権力者として経営してきた企業がそのまま存続することは、社会的には到底許容されず、「ジャニーズ事務所」という名称も存在も、この世の中から消し去るしかないというところまで追い込まれているのが、現在の状況だ。

危機対応は誰のために行うのか

企業不祥事における危機対応は、誰の意向にしたがい、誰の利益を図る方向で行うのかという第一の問題について言えば、重大な不祥事に直面した企業においては、当然、経営者の責任が追及される。経営者の利益と、企業がその問題について社会的責任を果たし正当な利益を確保することとは、しばしば対立する。企業が不当な不利益やダメージを受けると、株主・従業員・取引先などが影響を受ける。とりわけ、その事業による社会的影響が大きい場合、単に一企業の利益を損なうだけでなく、社会全体の損失にもつながる。

このような場合に、企業不祥事に関して設置される「第三者委員会」の立場は、企業からも経営者からも独立し、ステークホルダーに対する説明責任を果たす方向で対応することが求められるのであり、その立場は明確だ。

しかし、当該不祥事企業に依頼され、危機対応に関わる弁護士の立場は微妙だ。

直接、相談や依頼を受けるのは、経営者或いは担当の役職員個人からだ。彼ら個人の意向や方針に沿って対応することによって、その弁護士に対する「依頼者の評価」は上がる。しかし、個人の利益と組織としての企業の利益とが相反する場合もある。例えば、不祥事を起こした企業から危機対応を依頼され、本来、不祥事の重大性から社長辞任は避けられないと考えられる状況で、社長から、辞任しない前提での危機対応を依頼された場合、企業との契約なのであれば、本来は、経営者の意向や利益に反しても、企業自体の利益を図るべきということになるが、実際には、直接の依頼者である経営者個人の意向や利益を尊重して危機対応を行うということになりがちだ。その点は、弁護士としての考え方によって異なる。

ジャニーズ事務所の問題では、依頼者の企業は非公開会社で、しかも、株式は100%ジュリー藤島氏が保有しているため、保有する資産や事業内容から言えば、そのまま事業を存続できる会社である。一般的には、弁護士として、依頼者は、形式上は会社であっても、実質的にはジュリー氏個人との前提で対応しようと考えるのも無理はない。

しかし、実際には、そのような一般的な考え方は通用しなかった。既に述べたように、その会社の存在自体が「前の経営者ジャニー氏の重大な性加害行為」と切り離すことができず、ジャニーズ事務所という社名のまま存続することも、ジュリー氏が経営者という立場に残ることも許されない、という前提で考えると、そもそも、ジャニーズ事務所という会社自体も、ジュリー氏という経営者個人も、実質的に危機対応を依頼する立場ではなかった。そう考えると、ジュリー氏の意向や利益に沿って対応することは、もともと困難だったと言える。

では、この場合の危機対応は、誰からの依頼で、誰のためのものと考えるべきなのか。

後述するように、ジャニーズ事務所という会社は、創業者たる経営者の性加害行為で厳しい社会的批判を受け、存続が許容されない事態となっていることからすれば、「社会的には破綻した会社」とみることができる。その事業の実態を今後どこまで維持していくのか、という問題であり、そういう面で言えば、「倒産処理を受任した弁護士」と同様の立場で対応すべきであったと言えるだろう。

もっとも、ジャニーズ事務所という企業が、ジャニー氏の性加害問題でここまで非難されるという会社の現在の状況は、半年前には誰も予想しえなかったことも事実である。木目田弁護士が、どの時点で危機対応に関わるようになったのかは不明だが、受任の段階で、現在の状況を見越して対応することが極めて困難であったことは間違いない。

ジャニーズ記者会見の対応方針は「日本的株主総会対応」と似ていた

このことは、不祥事企業としての記者会見での対応方針という第二の問題にも関係する。

今回の一連の記者会見のやり方は、上場企業が年に一回の株主総会で、顧問弁護士事務所のサポートを受けて行う「日本的株主総会対応」と考え方が似ているように思える。

本来、株主総会というのは、「株主との重要なコミュニケーションの場」である。社会的、公益的事業を営む会社にとっては、社会に対しての発信の場でもある。しかし、日本の大企業の多くでは、「株主総会対応」では、総会を、できるだけ短時間でつつがなく終わらせ、総会で対応する経営トップ、役員の負担を軽減することが重視されてきた。それを、裏方としてサポートするのが、顧問弁護士だ。

ジャニーズ事務所の記者会見対応では、会見参加者の座席をブロックごとに分割して指名し、「一社一問」「追加質問なし」などのルールが設定され、特に2回目の会見では会見時間が予め2時間と限定され、ジャニーズ事務所側は関与を否定しているが、「NG記者リスト」が会場に持ち込まれていた。「経営者に恥をかかせず、負担を軽減すること」を主目的とする「日本的株主総会対策」と似た発想のように思える。また、会見参加者からは、「質問のための挙手を行わず、司会者に異論を唱える参加者にヤジ・怒号を飛ばしてばかりいる人間がいた」という話も出ている。

「日本的株主総会対策」のような考え方は、今回、ジャニーズ事務所という企業が置かれている状況からすると、この事案にはなじまないものだった。本来の株主総会以上に、許されることのない重大な不祥事が発覚した企業としてのコミュニケーションの姿勢が強く求められていた。

1回目の会見の時点で打ち出した方針が社会に全く受け入れられなかったからこそ、大きく方針を変えたのである。2回目の記者会見では、ジャニーズ事務所として性加害問題の重大性についての認識が不十分であったことを認め、批判非難をとことん出させ、それへの応答をし尽くすことが重要だった。しかし、実際の2回目の会見での対応は、それとは異なったものだった。

事前に作成され、会見時に司会者・運営スタッフ等が所持していたことが明らかになっている「指名候補記者・指名NG記者リスト」が、記者会見の場で、批判的・追及的な参加者の指名を避けて、ジャニーズ事務所側への批判が大きくならないようにしようとする意図で作成されたことは明らかだ。

ジャニーズ事務所は、このリストの作成には一切関わっていないと公言しているし、コンサルティング会社側も同様に述べている。10月6日付の「FRIDAY DIGITAL」で、【スクープ!運営スタッフが激白『ジュリー氏も会場にいた』『リストはジャニーズの要望に基づいて作成』】と題するネット記事が出されたことについて、7日付けで、ジャニーズ事務所が出したコメントの中で、

いわゆる「NGリスト」なるものが弊社の要望に基づいて作成されたなどとする部分について、会見を委託したコンサルティング会社を選任し、運営について直接やりとりをしていただいていた弊社顧問弁護士にも改めて確認しましたが、顧問弁護士らも上記のような要望や意見を行った事実は一切ないとのことでした

と述べ、コンサル会社の選任や運営についてのやり取りは「弊社顧問弁護士」が行っていたことを明らかにしている。ここで言うところの「ジャニーズ事務所の顧問弁護士」が誰なのか、会見にも同席した木目田弁護士を指すのかは不明だ。

記者会見の運営について、コンサル会社との間で「直接やり取り」していたのが「顧問弁護士」だったというのであれば、会見の運営にどのような方針で臨むのかについて、コンサル会社と「顧問弁護士」との間で、どの程度に認識を共有していたのか、「ジャニーズ事務所に対して批判的、攻撃的な質問をしてくる記者への対応」について、コンサル会社が、「指名候補記者・指名NG記者リスト」まで事前に作成して質問をコントロールする方針で臨んでいることを、どの範囲の関係者が認識していたのかが問題となる。

今後、危機対応において発生した「不祥事」に関してジャニーズ事務所が会見等を行う際には明らかにすべき事項だと言えよう。

「危機対応の失敗」はなぜ起きたのか

今回、2回のジャニーズ事務所の記者会見という同社の危機対応には大きな問題があり、その失敗によって、2回目の会見では「NGリスト」の存在が露見して大きな批判を受けるなど新たな不祥事が発生したことで、同社は一層厳しい状況に追い込まれている。

今回のジャニーズ事務所の危機対応において、危機的状況を治めるべき場面で重大な不祥事が発生し、同社への批判が一層高まったことは、危機対応の失敗と言わざるを得ないだろう。

木目田弁護士は、私の検事時代の後輩であり、弁護士となってからも業務上で関わりがあった。検事として法務官僚として有能で、その経験・能力を、企業法務、株主総会対応、危機管理業務等の弁護士業務で発揮してきた木目田弁護士だが、本件の対応では、前社長のジュリー藤島氏の意向と利益に沿うことを優先したこと、それに対する批判をかわそうとする対応に終始したことが、結果的に危機対応の失敗を招いたように思える。

しかし、ここで改めて考える必要があるのは、今回の問題が、様々な社会の要請が交錯する複雑な構造のコンプライアンス問題であり、その点を理解した上で対応する必要があるということだ。

今回の問題の根本である創業者で経営者の性加害の事実については、長期間にわたり膨大な被害が発生していることが明らかになっているが、加害者のジャニー氏本人は既に死亡しており、責任を追及することはできない。

長年にわたる性加害の被害者の救済が強く求められるが、その事実の把握は被害者の供述に依存せざるを得ず、被害事実の認定も、通常の裁判上での事実認定のレベルでは困難なものも多い。

そのような重大な性加害者が絶対権力者として経営してきた企業がそのまま存続することは社会的には許容されず、「ジャニーズ事務所」という名称も、芸能プロダクション会社としての存在も、この世の中から消し去るしかないが、一方で、その企業には、経営者による性加害の事実の表面化を妨げたことに責任がないとは言えない役職員を含め、多くの社員が今も稼働している。しかも、そのような独裁的経営者による性加害が行われる環境の中で、それに耐え、少年の頃からの懸命の努力と精進の結果、ジャニーズタレントとして地位を確立した、或いはそれをめざす多くの若者たちが所属しており、彼らが提供する歌・踊り・演技等は多くのファンに愛され、楽しまれている。

この問題については、ジャニー氏が犯した性加害行為の実態を明らかにして被害者に十分な賠償を行うこと、長期間にわたって経営者による性加害行為が継続する背景となった組織上の問題を明らかにし、経営者による人権侵害企業という負の側面を徹底的に排除することが求められる一方、所属する多くのタレントの活躍の場を確保し、彼らのファンの期待に応えていくことも必要となる。

今回のジャニーズ事務所の問題は、このように様々な社会的要請が交錯する、複雑極まりないコンプライアンス問題であり、そうであるが故に、そもそも、誰の意向にしたがい、誰のために危機対応を行うのか、ということすら判然としない、極めて特異な危機対応の事案だと言える。

このような、極めて複雑な構造を有する特異なコンプライアンス問題での危機対応というのは、どのように行うべきなのか。

コンプライアンスとは「社会の要請に応えること」

私は、2004年に、桐蔭横浜大学特任教授・コンプライアンス研究センター長として、本格的にコンプライアンスに関する活動を始めて以降、

コンプライアンスは、「法令遵守」ではなく、「組織が社会の要請に応えること」

法令の趣旨目的を理解し、背後にある社会的要請を知ること

と、世の中に訴え続け、そのような視点から、組織をめぐる様々な問題の解決、コンプライアンス体制の構築・運用等に関わってきた。2007年の拙著【「法令遵守」が日本を滅ぼす】、2008年の【思考停止社会 遵守にむしばまれる日本】を多くの方に読んでいただき、全国各地で、膨大な数の講演もこなしてきた。また、日経BizGate【郷原弁護士のコンプライアンス指南塾】の執筆、Yahoo!ニュースエキスパート【問題の本質に迫る】でのコンプライアンス・ガバナンス問題を専門分野とするオーサーとしての執筆など、コンプライアンスに関する発信を行ってきた。

そのコンプライアンス論を具体的に実践する重要な場面としての企業の不祥事対応についても、前記のとおり、私自身も様々な企業不祥事で第三者委員会委員長を務め、不祥事の「問題の本質」を明らかにし、根本原因に迫り、抜本的な対策を提言してきたほか、多くの企業不祥事で、危機対応の助言・指導を行い、困難な局面を克服し、誤解に基づく不当な批判非難が行われることを防止してきた。

では、「社会の要請に応える」という観点から、今回のジャニーズ事務所の問題について、どのように対応していくべきだろうか。

まず、被害者の救済が最優先であることは当然だが、前記のとおり、その性被害の認定は、一方当事者が死亡しているために困難を極める。報道されている性被害の中には、ジャニー氏本人にジャニーズ事務所のタレントとしてデビューを約束されて性被害に遭い、そのまま約束が果たされず、ジャニーズ事務所に所属することもなく夢を断ち切られたという事案もあるようである。このような事案では、本人の被害申告を裏付ける客観証拠は全くない。だからと言って、「証拠の裏付けのない性加害は賠償の対象外とすること」は許されないであろう。裁判官出身者3人の名前を並べた被害者救済委員会での判断は、どうしても「通常の裁判的判断」に近いものになる可能性があり、本件での被害者救済に適したものなのかどうかも疑問がある。そういう意味で、まずは、被害者の救済という社会の要請に応えていくことが必要だが、それを実行していくことも決して容易なことではない。

このような性加害事実の特定・認定が困難な状況に至っているのは、ジャニー氏の悪質重大な性加害行為が長年にわたって問題とされることがなかったからであり、その背景には、ジャニーズ事務所の組織自体の問題に加え、芸能プロダクションとテレビ業界、広告代理店業界との関係に関わる問題もある。そのことも、今回の問題の一つの本質と言えるであろう。

そして、芸能界における巨大権力者による性加害という重大な犯罪事実に対して「メディアの沈黙」が続いてきたことの背景に、日本のメディアが、一般的に、権力に対して極めて脆弱だという問題もある。

今回の問題は、日本の社会の様々な構造的問題に関連する「巨大不祥事」と言えるのである。

弁護士等が関わる企業不祥事の危機対応の限界

では、今回のジャニーズ事務所の問題での危機対応で「不祥事」が発生し、社会的非難を一層高める結果になったことについて、危機対応に関わる弁護士等の専門家として、どう受け止めるべきなのか。

まず、重要なことは、今回のような複雑で構造的な問題を背景とする不祥事での危機対応においては、コンプライアンスの本質に対する深い理解と、関連する社会的要請を全体的にとらえる視点が不可欠である。そういう「コンプライアンス対応」が、近年弁護士業界では主要な業務の一つとなっている企業不祥事への対応で適切に行い得るのかという問題だ。

かつては、法律事務所にとって、顧問先企業との関係では、法務対応、訴訟対応が業務の中心であり、企業のコンプライアンス問題や不祥事対応というのは、顧問事務所としての「領域外」のように考えられ、企業不祥事の調査、第三者委員会等に関する業務は、独立系のコンプライアンスを専門とする弁護士に依頼されることが多かった。

しかし、2008年のリーマンショック後の不況の頃から状況は大きく変わった。大手法律事務所などが企業からの業務収入が大きく減少した際、その収入源を補ったのが、企業不祥事の外部調査、第三者委員会に関連する業務だったと言われている。

大手法律事務所は、検察官出身弁護士等を中心とする危機管理部門を立ち上げ、顧問先企業で不祥事が表面化した際には、社内調査のサポート、外部弁護士調査の受託などを行う。第三者委員会を設置することになった場合には、裁判官、検察官の大物OB等を中心とする委員会メンバーの選定をサポートし、委員会の下での調査業務を直接、間接に受託する。不祥事が表面化し、社会的批判に晒されている企業は、不祥事対応に必要と言われれば、請求された費用をそのまま支払うことになる。調査業務には、ヒアリングやその準備に、新人・若手弁護士も含めて多数の弁護士が投入され、各弁護士のタイムチャージを掛け合わせると費用は膨大な金額に上る。大手法律事務所にとっては、企業不祥事、危機管理業務は、一気に多額の報酬を得ることができる確実で安定した収入源となっている。

そのような大手法律事務所の不祥事対応によって、資料・証拠を収集して手際よく調査し、事実を明らかにし、原因分析・再発防止策の提示が行われる。それは、基本的には、一般的な訴訟における証拠による事実認定と法令・規範の適用の延長上にあり、法令違反行為、偽装・隠ぺい・改ざん・捏造など、違法性、不正としての評価が単純な問題であれば、合理的かつ有効な不祥事対応となる。

しかし、今回のジャニーズ事務所の問題がまさにそうであるように、危機対応の主体すら定まらない程に不祥事企業に対する社会的批判が強烈で、しかも、構造的な問題が背景にあり、社会的要請が複雑に交錯するコンプライアンス問題については、問題の本質を明らかに、問題の構造を明らかにしていく必要があり、それは、通常の企業不祥事のように単純ではない。そこでは、コンプライアンスについての本質の理解に基づき、様々な社会的要請の相互関係を正しく把握することが求められる。ジャニーズ事務所の問題における危機対応が失敗し、不祥事の発生で、新たに大きな批判を受けることになったのも、根本的には、複雑な社会的要請の構図が十分に理解されなかったことによるところが大きいのではないか。

近年、企業のコンプライアンスは「法令遵守」「形式上の不正」中心にとらえられ、背景にある社会的要請や構造的な問題に目が向けられることは少なく、外部調査や第三者委員会調査に膨大な弁護士コストが費やされてきたが、そういう弁護士の中に、今回のジャニーズ事務所の不祥事で、コンプライアンスの根本的な理解に基づく適切な対応ができる弁護士がどれだけいるだろうか。そういう意味で、今回のジャニーズ事務所の問題は、木目田弁護士個人や所属事務所の問題で済まされるものではない。

かく言う私も、2回目の会見が「NGリスト」で問題化するまでは、ジャニーズ事務所問題のコンプライアンス問題としての複雑な構造について、あまり深く考えたこともなかった。最近、個別の不祥事事例を独自のコンプライアンスの視点から論じることから遠ざかっていた私自身も当初は問題意識が十分とは言えなかった。

そういう意味では、今回のジャニーズ事務所の問題がここまで深刻化したのは、日本における組織のコンプライアンスをどうとらえ、重大不祥事にどう対応していくべきかというコンプライアンスの本質に関する議論が不十分であったことにも根本的な問題があり、不祥事対応の限界が図らずも露呈したとみるべきではなかろうか。

今後、日本社会の構造が招いたとも言うべき「巨大不祥事」に適切に対応していくことは容易ではない。まず重要なことは、この問題をめぐる複雑な構造を全体的に把握するために、過去にジャニー氏の時代にジャニーズ事務所で行われてきたことの全貌を可能な限り明らかにしていくこと、それを可能な限り世の中に明らかにしていくことである(再発防止特別委員会では、同社のガバナンス上の問題の指摘と再発防止策の提言に必要な範囲での調査しか行われていない。)。

ジャニーズ事務所問題に関しては、性加害の実態と併せて、今後、さらに詳細に事実解明を行うことが不可欠であり、テレビ会社、広告会社等の取引先との関係がどのようなもので、そこにどのような問題があったのかについても、可能な限り事実を明らかにすることが必要となる。それは、テレビ会社、広告会社等の協力がなければ行い得ないが、既に、自社番組でジャニーズ事務所問題への検証を始めたテレビ会社もあり、その動きは今後拡大していくものと考えられる。ジャニーズ事務所側でも、そのような外部の動きとの連携協力を図っていくべきだ。それを踏まえ、様々な声を真剣に受け止め、議論を深め、社会の理解と納得を得つつ、今後の芸能プロダクション事業、タレント育成の在り方の議論に発展させていくことが必要であろう。

そのような取組みを進めていくためには、その全体を総括して意思決定を行う存在が不可欠で必要であるが、不祥事で責任を問われる立場にある前社長のジュリー藤島氏が関わるべきではないことは言うまでもなく、ジャニーズタレント出身の東山氏、井ノ原氏にその役割が務まるとも思えない。この問題について、適切に議論し判断することができ、社会の理解と納得を得ることが期待できる、外部者からなる「危機管理委員会」のような組織の設置を検討すべきではなかろうか。

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「大阪・関西万博」問題は、維新吉村知事などによる“戦後最大の自治体不祥事”

地方自治体にとってのコンプライアンス

2004年に、桐蔭横浜大学特任教授・コンプライアンス研究センター長として、本格的にコンプライアンスに関する活動を始めて以降、私が、常に世の中に訴え続けてきたのが、

コンプライアンスは、「法令遵守」ではなく、「組織が社会の要請に応えること」

法令の趣旨目的を理解し、背後にある社会的要請を知ること

というテーゼである。

そのようなコンプライアンスの視点から、組織をめぐる様々な問題の解決、コンプライアンス体制の構築・運用等に関わってきたが、その中で、特に、重要な領域としてきたのが、地方自治体のコンプライアンスである。

初めてのコンプライアンス講演が、2005年2月、職員厚遇問題で揺れていた大阪市の幹部研修だった。「暴力団員の妻」から再起して弁護士となり、女性初の大阪市助役を務めていた大平光代氏からの依頼だった。それ以降、多くの自治体で講演を行い、横浜市では、2007年からコンプライアンス外部委員、2017年9月から2021年6月まではコンプライアンス顧問として、各部局・各区で生起する様々な不祥事やコンプライアンス問題について対応の助言を行うほか、各部局・各区の幹部に対するコンプライアンス研修も担当した。

民間企業の「社会的要請」が、需要に反映された社会の要請に応えることがベースとなり、それが、組織の存続・成長にもつながるのに対して、地方自治体の場合、住民のニーズに応えることが最も重要な社会の要請であることは間違いないが、その時点での直接的なニーズに応えることだけで地方自治体の役割が果たせるものではない。自治体には、住民にとっての短期的利益、長期的利益のほか、その時々の国家的、社会的利益も含めて様々な社会の要請が交錯する。地方自治体の日々の業務や実施する事業に関して、「社会的要請に応えること」は、複雑かつ困難な問題となる。

最も深刻かつ重大なコンプライアンス問題に直面する大阪府・市

日本の地方自治体の中で、最も深刻かつ重大なコンプライアンス問題に直面しているのが、「日本維新の会」が首長を務める大阪府・市だ。

2025年に大阪市此花区夢洲で開催が予定されている大阪・関西万博をめぐっては、海外パビリオンのうち、各国が自前で建設する「Aタイプ」について、基本計画すら提出されておらず、建設業者も決まらず、着工が大幅に遅れ、予定どおりの開催が危ぶまれている。万博の開催延期・断念などの事態に至れば、日本に対する国際的信用の失墜、大阪府・市、そして国に、計り知れない損失を生じさせることになる。

吉村大阪府知事(前大阪市長)や、その前任の松井一郎氏などが、これまで首長として行ってきたことが、本当に、地域住民に、そして、社会の要請に応えるものであったかどうかが問われている。この問題は、日本における「今世紀最大の自治体不祥事」に発展する可能性がある。

夢洲への万博誘致計画自体に重大な問題

第一の問題は、そもそも、大阪・関西万博の計画自体が、地域社会の要請に応えるもの、大阪府民・市民全体のためになるものだったのか、という点である。

大阪への万博誘致の構想が具体化し、2016年6月に、大阪府(松井一郎知事)は、「2025年万博基本構想検討会議」を設置した。この会議の初回で、大阪府が、「2025年日本万国博覧会 基本構想案」を提示しているが、この試案で、万博の会場は、「夢洲地区(大阪市此花区)を想定」とされ、その理由については、「地勢的に日本の交通・物流の結節点である大阪」の中でも、

「夢洲地区は、神戸、京都など各都市からのアクセス面の利便性が高く、環境・エネルギー等の先端産業の集積やMICE機能と国際的エンターテイメントなど魅力ある観光拠点形成をめざす地区であり、世界への情報発信拠点として、ふさわしい地である。」

とされている。

しかし、これは、一部にコンテナターミナルや物流倉庫などの物流施設がある以外、施設がほとんど無く、アクセスも道路が一本しかない夢洲の現状とは、かけ離れたものである。要するに、夢洲を万博会場にしようという構想は、維新の会が進めようとしていた、夢洲を「環境・エネルギー等の先端産業の集積やMICE機能と国際的エンターテイメントなど魅力ある観光拠点形成」に形成しようとする大阪府・市の構想が前提だったのである。

海外パビリオンの建設の遅れについて、開催主体の「公益社団法人2025年日本国際博覧会協会」(以下、「万博協会」)や大阪府などは、資材価格高騰や人手不足を理由に説明しているが、海外の国からすれば、5割程度建設費が上がっても、今の円安であれば、相当程度相殺されるはずである。円ベースの建設費の増額はそれほど困難ではないはずだ。パビリオンの建設に向けての動きが遅れている最大の原因は、夢洲の軟弱地盤、アクセスの悪さ、インフラの未整備等のために、日本の建設業者が受注に消極的であることだろう。

特に、軟弱地盤の問題では、建物の基礎工事で50メートルの杭を打つ必要があるなど、想像を超える悪条件の工事になると言われている。それを、建設業者が2024年問題によって労働時間の制約を受けつつ施工するのは至難の業だ。

万国博覧会についての「基本法」と言える「国際博覧会条約」によれば、博覧会とは、

公衆の教育を主たる目的とする催しであって、文明の必要とするものに応ずるために人類が利用することのできる手段又は人類の活動の一若しくは二以上の部門において達成された進歩若しくはそれらの部門における将来の展望を示すものをいう。

とされている。

そのような万博の本来の目的を実現することを最優先に考えるのであれば、1970年に大阪万博の会場となった大阪府吹田市千里のような地にすべきだった。夢洲を万博会場とする計画自体が、夢洲でIR事業を含む「夢洲での国際観光拠点形成」をめざす維新の会の政策実現という政治的な理由からなのである。

その夢洲でのIR事業も、軟弱地盤のため、大地震が発生した際の液状化の問題など、多くの問題が指摘され、認可が遅れていた。今年4月の統一地方選挙での維新の圧勝でIR推進賛成の民意が示された後に、府・市と運営事業者による区域整備計画が認定されたが、今後、IR関連施設の建設を進めていく中で必要となる液状化対策費は、すべて大阪府民・市民の負担になる。夢洲を会場とする万博誘致と、その前提とされていたIR事業は、IR事業とセットになった万博開催という大阪のバラ色の将来ビジョンを示すための、維新という政党の政治的目的なのであり、万国博覧会の本来の目的を実現するためでも、地域社会や府民・市民の要請に応えるためでもなかった。そこに、大阪・関西万博の根本的なコンプライアンス問題があるのである。

海外パビリオン建設の遅れに対する「維新首長」の対応

第二の問題は、このような重大な問題がある夢洲の万博会場でのパビリオンの建設工事が遅れ、予定どおりの開催が危ぶまれる事態に至っていることについて、万博誘致を進めてきた吉村大阪府知事や、維新の側がとってきた対応である。

海外パビリオンの着工の遅れは、既に、今年の春の時点で、万博協会の内部では認識されていたはずだ。しかし、4月10日の統一地方選挙において、大阪府知事選挙で夢洲での大阪関西万博・IR事業の推進を公約に掲げた吉村氏が圧勝し、全国で維新の党が躍進するまでは、海外パビリオンの建設の遅延など、大阪関西万博についての「負の側面」はほとんど表に出ることがなかった。統一地方選挙後の今年5月になって、この問題が取り上げられるようになり、5月末、吉村知事が岸田文雄首相を首相官邸に表敬訪問した際に、「このままいくと海外パビリオンの建設が間に合わない」と言って泣きついたのである。それを受けて、岸田首相は、8月末に、関係閣僚や吉村知事らとの会合を開き、海外のパビリオン建設に遅れが生じていることなどに危機感を示したうえで、予定どおりの開催に向けて政府が主導して準備を加速させていく考えを強調した。

海外パビリオンの建設の遅れについて吉村氏が生出演

今年8月10日に、吉村氏は、関西ローカルの読売テレビの番組に生出演し、大阪・関西万博の開催が危ぶまれていることなどについて質問に答えている模様が、YouTubeにアップされている(【大阪府・吉村知事を生直撃!「間に合う?成功する?どうなる?大阪・関西万博」】)。

番組関係者は、フリップを示しつつ、大阪・関西万博をめぐって、タイプAの海外パビリオンは、当初の計画では今年4月から着工する予定だったのに、まだ手続きに入っている国も出ていない状況について質問している。

[質問①]吉村さん。ズバリお伺いしますが、間に合いますか。 

(吉村)え、これはあの、間に合うように。我々関係者やってますので。ま、僕自身も責任者ですから、間に合うように、あの、しっかりやります。

[質問②]延期ってことは、やっぱり視野に入ってきたりしてるんでしょうか。

(吉村)あの延期は今、視野には入ってないです。で、あの、これはあの、焦って中途半端なことをやるつもりもなくてですね。2025年のこの万博に向けて、これたとえば大阪地元パビリオン、これまあ着実に進んでいますし、いろんな関係者が2025年の春に向けて、あの、合わせて、あの実は安定的に進めているところもあるんです。

で、海外パビリオンとか取り上げられるので、ここはしっかりやっていこうというふうには準備をしておりますけど、それ以外の工事っていうのは、あの、きちんと進んできているところもありますし、それ以外の準備もやっぱりある中で、よりよい万博っていう意味では2025年4月に、あの、この期限を決めて、これ、もともとここでやるってわかってるわけですから、あの、それを延ばしたらじゃあさらに良くなるかというと、必ずしもそうではないので、状況が変わるかというと、必ずしもそういうわけではありませんので、ここに目がけてみんなで一所懸命、あの、あの、やっていきましょうというのが今の方向性です。

[質問③]2019年に改正労働基準法が施行、5年後の2024年から建設業にも残業規制が適用されることによる人手不足、2020年にドバイ万博が1年延期されたことで各国の出足も鈍くなるだろうとの予想、2022年秋に、日本建設業連合会から建設の遅れについて危機感表明など、もっと早く気付けたのではないか、手を打てていたのではないか、後悔していないか、との趣旨の質問  

(吉村)後悔ポイント。ちょっと、時期、時期っていうのがあの分かりにくい、難しい点はあるんですけど、僕自身が、あの、ちょっと後悔するのを敢えてというのであれば、僕自身は「たて割り意識」というのがちょっとあったのではないかと、ここを反省すべきじゃないかなと思ってますね。

―どこの縦割り意識ですか。

(吉村)たとえば、そこ(フリップを指して)、2022年にありますね。あの、確かに建設業の、あの、連合会の皆さんが万博協会に、2020年の秋に、あの、このまま行くと海外パビリオン遅れるんじゃないかっていうその懸念は指摘をされてるんです。これはもう事実なんです。だから博覧会協会は受けてるんです。ま、僕も副会長だからこれ受けてるっていうことになるんです。だから、あの、そういう実務的にはそうだったんですけれども、やっぱり、あの、僕自身がそれを直接ちょっと聞いてないところもあって。

―その話が耳に入ったのか、入ってなかったんですね。

(吉村)ええ、入ってないです。なので、これは僕は責任者ですから、あの、すべての責任は負います。ただ、どうしてもその、あの僕自身はたぶん、たて割り意識というのがあって、その話というのはやっぱり聞いてない。で、他のメンバーもやっぱり聞いてないんですね。なので、あの、そういった意味では、あそこで、あの、私も含めてあの重要な関係者が全員認識をしていれば、今とはちょっと違った状況になってた可能性はあるとは思いますが、でもこれはもう言っても仕方のないことなので。

―吉村知事の耳に入ったの、そしたらいつ頃だったんですか。

(吉村)今年の春ですね。今年の春ぐらいに、このまま行けば、海外パビリオンがちょっとタイトになってきてます。しかも、それはまあ、完全に遅れるという話じゃなくて、このまま行けば、ちょっと海外パビリオンが、あの、遅れ始めている傾向にあるっていうのがやっぱり今年の春、あの、聞きましたんで、で、そっからあのいろいろ情報を僕自身も入手して、あの、グッと、あの、国も含めて大きく今動かしているところですね。

[質問④]4月の知事選挙の際は万博の成功を掲げていたが、そのとき、危機感の話が入っていたのに、選挙で、成功といういい面だけをアピールしていたのではないかという街の声も聞かれますが。

(吉村)いや、それはないですよ。それはないです。あの3月に受けた説明も、あの、もう間に合わないって話じゃなくて、やっぱり時期がタイトになってきてますねっていう報告を受けましたので。ま、そういう意味で3月の段階でも春の段階でもこれが遅れそうだっていうのではないですね。で、実際には5月に入ってからですね。5月に入っていろんな情報を聞く限りで、これはちょっとまずい、時期がかなりタイトになってきてるんじゃないかっていうので、あ、こういうのありますけど、その5月に直接、あの、僕自身も岸田総理に、えー、あの、このまま行くと、遅れる可能性があるから、あの、ちょっとかなり力を入れてやっていかないといけないと思いますっていうのは、あの、総理に直接、あの、会った時に話をしました。

[質問①]で、「間に合いますか」と端的に聞かれ、「間に合うようにしっかりやります」と答えているが、その後の質問に対する答を聞く限り、吉村氏がしっかりやっているから間に合うだろうとは到底思えない。

[質問②]に対する答は、支離滅裂である。「延期は視野に入っているか」と聞かれ、「今、視野には入ってないです。」と答えた後に、「大阪地元パビリオンなど、2025年の春に向けて安定的に進めているところもある」などと言っているが、海外パビリオンあっての「万国博覧会」であり、地元パビリオンがいくら順調でも意味がない。しかも、「2025年4月に期限を決めて、ここでやるってわかってる、それを延ばしたらじゃあさらに良くなるかというと、必ずしもそうではない」などと言っているが、少なくとも、海外パビリオンの大幅な遅延で間に合わないのではないかと言われているのであり、延期することで時間の余裕ができれば、少しでも「良くなる」のは当然だろう。

[質問③]では、海外パビリオンの建設の遅れにはもっと早く気づいて対策が打てたのではないか、後悔していないかと聞かれて、後悔するのは「僕自身に縦割り意識があった」などと答えている。しかし、組織が「縦割り」というのは、部署間の情報共有ができていないということであり、各部署の情報が上位者に上がらない「風通しの悪さ」とは異なる。大阪府の組織のトップである知事に「縦割り意識があった」というのは全く意味不明である。

その「縦割り意識」というのを、自分は「海外パビリオンの遅れ」のことを聞いていなかったという弁解で言っているようだが、その後、「ではいつ知ったのか」と聞かれ、「今年の春」と答えた後、知った内容について、海外パビリオンが「ちょっとタイトになっている」「遅れる」「遅れ始めている傾向」にあると、変転を繰り返している。

そこで、「4月の知事選挙の際には、危機感の話が入っていたのに、選挙で、成功といういい面だけをアピールしていたのではないか」という問題の核心について聞かれている。

吉村氏は、「それはないです」と答え、それについて「3月に受けた説明も『もう間に合わないって話』じゃなくて、『時期がタイトになってきている』という報告を受けた」、「3月の段階」では、「遅れそうだ」という話ではなかった、と説明している。しかし、「その後、5月に入っていろんな情報を聞いて『これはちょっとまずい、時期がかなりタイトになってきてるんじゃないか』と思った」と言っており、結局、「タイトになってきている」というのは、「3月の段階の話」と同じである。

そもそも、海外パビリオンの基本計画書の提出予定が3月だったのに、参加国が費用を負担してパビリオンを建設する「タイプA」の50か国余りのうち9か国しか建設の許可申請をしなかったのであり、その原因が、資材価格の高騰や2024年からの建設業への残業規制の適用などにあることは、その時点で容易に認識できたはずである。4月の大阪府知事選挙の前には、海外パビリオンの建設の遅れに気づかず、選挙が終わって初めて気づいたなどという話は到底信用できない。

そのような番組でのやり取りの模様を端的に表現しているのが、以下の画面である。

この番組では、今年4月の統一地方選挙までに、予定どおりの万博開催が困難であることに気づくべき局面が山ほどあったのに、選挙までは、それをおくびにも出さずに「万博PR」を行い、選挙が終わると、掌を返したように、パビリオン建設の遅れ等の問題を表に出し、岸田首相に泣きついて「国の財政支援」を求める、という経過であったことをフリップで示しつつ、吉村氏に質問している。その際の吉村氏の表情は、いわゆる「ひょっとこ面」であり、質問に誠実に答えているとは思えないことが、その表情からも窺える。 テレビ番組に長時間にわたって生出演し、ここまでいい加減で支離滅裂なことを平然と言い放つ府知事を、テレビ局関係者は、どう受け止めたのか。追及材料をいろいろ提示しているわりには、吉村氏へのツッコミがほとんどないのも、「維新びいき」の関西マスコミだからこそなのであろうか。

「荒唐無稽な夢物語」の当然の結末

前述したとおり、夢洲を会場とする万博誘致は、地域社会の要請に応えるものでも、大阪府民・市民の利益になるものでもない。維新という政治集団の党利党略のための、「夢洲での国際観光都市形成」という「荒唐無稽な夢物語」の一環として計画されたものだ。

しかし、大阪府民・市民は、その維新が描く「大阪のバラ色の未来」に熱狂し、選挙の度に、維新を圧倒的に支持、その政治的な力は、関西では、立憲民主党等の他の野党はおろか、政権与党の自民公明も太刀打ちできないほど高まり、その絶頂の中で行われた今年4月の統一地方選挙では、その強さを遺憾なく発揮した。

そして、その政治的パワーをもって、吉村氏らは、大阪・関西万博は「国家プロジェクト」などと言って、そもそも維新の党利党略のための万博誘致であったことを棚に上げて、責任を国に押し付けている。一方で、政権維持のためには、国家予算を大盤振る舞いすることなど全く厭わない、しかも自ら責任を負うべきいかに重大な問題が発生しても、「責任を痛感している」「丁寧に説明していく」などと言ってあらゆる問題をごまかしてきた岸田首相にとって、当面の解散総選挙に向けて最大の政敵である維新の共同代表であり、その人気の中心にいる吉村氏が、自らの前にひざまずき、恭順を誓ってくれるのであれば、「大阪・関西万博は国の威信をかけて行う」などと言って、国の予算人員を惜しげもなく投入する方針を示すことなど「お安い御用」だった。

それによって、もともとは、大阪を中心とする関西の地方自治体を支配してきた維新という政治集団が引き起こした「自治体コンプライアンス問題」だった大阪・関西万博問題が、日本政府を巻き込んだ「国家的コンプライアンス問題」に発展しつつある。

大阪・関西万博をめぐる問題は、海外パビリオンの建設遅延だけではない。大会運営費の大部分は入場券収入によって充てられる計画だが、「万博の華」と言われる海外パビリオンが予定どおり建設されるかどうかも不明、プレハブによる貧弱な建物になる可能性もある、ということであれば、わざわざ高額の前売り券を自前で購入しようとする人が限られるのは当然だ。万博協会は、前売り券の大部分を関西の企業などに「押し売り販売」しようとしているが、企業の側は、万博の前売り券の購入などという無駄な支出に充てるお金があれば、物価高に苦しむ社員の賃上げに回したい、というのが本音であろう。このようなことを繰り返していれば、有力企業が関西地域から逃げていくことにもなりかねない。

 万博会場へのアクセス確保のための対策費、軟弱地盤でのくい打ち工事等、大幅な建設費増の補填など、今後、政府が大阪・関西万博につぎ込む国費は、雪だるま式に膨れ上がっていく可能性がある。しかし、それでも、予定どおりの万博開催にこぎつけられるかは不明であり、巨額の国費を投入して開催したとしても、入場者は僅かにとどまる惨憺たる万博になることは必至だ。

「維新の会」という政治集団が描いた、夢洲での国際観光拠点形成という「荒唐無稽な夢物語」に踊らされてきた大阪府民・市民は、大阪関西万博、大阪IR等のビッグプロジェクトによる「破滅的なツケ」を払わされることになる。それだけではない、その「尻ぬぐい」を国費で引き受けることで維新に貸しを作った岸田首相の目論見どおり、次の解散総選挙で政権を利することになる可能性がある。自治体首長の政治目的による大阪・関西万博誘致という“戦後最大の自治体不祥事”は、国民全体にとっても大きな「災い」になりかねないのである。

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「河井氏への2800万円買収資金提供」が安倍首相突然の退陣表明の背景となった可能性!?

9月8日、2019年7月の参院選広島選挙区をめぐる公選法違反(買収)事件で、検察当局が20年1月に河井克行元法相の自宅を家宅捜索した際、当時の安倍晋三首相をはじめ安倍政権の幹部4人から現金計6700万円を受け取った疑いを示すメモを発見し、押収していたことを、地方紙中国新聞が報じた(【(独自)河井元法相、買収原資は安倍政権中枢からか 4人から6700万円思わせるメモ 自宅から検察押収】。

同記事では、メモの内容について

関係者によるとメモはA4判。上半分に「第3 7500万円」「第7 7500万円」と書かれ、それぞれ入金された時期が付記されている。その下に「+(プラス)現金6700」と手書きで記され、さらにその下に「総理2800 すがっち500 幹事長3300 甘利100」と手書きされていた。

このメモに関する検察捜査について

検察当局は、元法相が広島県内の地方議員や後援会員に現金を配り回った買収の原資だった可能性があるとみて捜査していたが、当時の安倍晋三首相らを聴取することはなかった。あくまで河井克行元法相の立件に焦点を絞り、ときの政権中枢への捜査に及び腰だった

としている。

この参院選での広島選挙区では、案里氏が、2人目の自民党公認候補として立候補して当選したが、広島地検特別刑事部の捜査に、途中から東京地検特捜部が加わった検察捜査により、夫の克行氏とともに、買収事件で逮捕・起訴され、当選無効となり失職した。

自民党本部から河井夫妻が代表を務める自民党支部には、公示の3か月前から直前までの間に合計1億5千万円が振り込まれていた事実も明らかとなり、それらが現金買収の原資になった疑いも指摘されたが、結局、自民党本部に対する強制捜査は行われず、2021年9月、自民党本部が、この1億5000万円が、買収資金には充てられていなかったとの調査結果を公表したことで、自民党本部からの買収資金の提供疑惑は「幕引き」となっていた。

今回、中国新聞が報じたのは、このような自民党本部から河井夫妻の政党支部への資金提供とは別に、当時の安倍首相をはじめ自民党幹部から、合計6700万円もの多額の現金が河井夫妻の下にわたっていた事実である。

中国新聞は、【メモ魔の記録「総理、すがっち、幹事長、甘利」 政権中枢の4人、案里氏を全面支援 河井元法相の自宅メモ】と題する続報で、メモの信ぴょう性について、以下のように、述べている。

「総理」「すがっち」「幹事長」「甘利」―。克行氏が書き留めていた四つの単語だ。買収事件の捜査に当たった検察当局は、それぞれ安倍晋三首相▽菅義偉官房長官▽二階俊博自民党幹事長▽甘利明同党選挙対策委員長(肩書はいずれも19年参院選当時)とみていた。

金額が最も多い二階氏は幹事長として党内の選挙資金を差配する立場にあった。19年の政治資金収支報告書によると、10億円超の党の政策活動費を預かっていた。案里氏は参院選の立候補を「二階さんからの打診」と周囲に語っており、当選後に派閥へ迎え入れたのも二階氏だった。

さらに安倍、菅両氏も含めた3人は選挙中に広島に入り、街頭やホテルで案里氏の応援マイクを握った。中でも二階、菅の両氏は現職で岸田派幹部だった溝手顕正氏の支援は一切せず、案里氏だけを推す肩入れぶりだった。甘利氏は案里氏の擁立時、選対委員長として候補者調整を仕切った。

選挙戦の前後を通じ、再三、政権の「威光」を周囲に誇っていたのが克行氏だった。「案里さんのバックは安倍政権そのものなんだよ」。選挙中、中国新聞の取材にもこう語っていた。

 地方議員や後援会員らに現金を配り歩き、一部の議員には「総理から」「安倍さんから」と手渡した。案里氏も「二階さんから」と言い添えて県議に現金を渡していた。夫妻の言動は克行氏のメモの記載と符合する。

 克行氏は元来、「メモ魔」とされ、日ごろのささいな出来事の記録も残したがる性格だったという。元事務所スタッフの一人は「とにかく何でもメモに残す。われわれもいつもメモを取れと指示されていた」と明かす。

これらは、いずれも、メモの信ぴょう性を裏付ける重要な間接事実である。

同記事は、最後に、次のように述べている。

買収事件の重要証拠となった広島県議らの名前と現金授受額を羅列したメモに加えて今回、政権幹部名を手書きしたメモの存在も明るみに出た。自らの公判では買収についての安倍政権の関与を否定し、資金の出どころは「たんす預金」などと主張していた克行氏。皮肉にも自らの記録によって、政権の重大な疑義が浮き彫りになった。

中国新聞は、これらの記事を受け、【河井元法相の立件優先、政権捜査に及び腰 メモ押収の検察】と題する解説記事で、

政権幹部による多額の現金提供の疑いを示すメモを発見、押収したものの、検察当局が当時の安倍晋三首相らを聴取することはなかった。あくまで河井克行元法相の立件に焦点を絞り、ときの政権中枢への捜査に及び腰だった検察の姿勢が透けて見える。

としている。

そのような事実を把握していたのであれば、検察当局として、政権中枢に対する強制捜査も含め、(「及び腰」にならず)積極的に捜査をすべきだったのではないか、というのが中国新聞の論調である。

今のところ、今回の政権中枢から河井夫妻への資金提供の事実の報道は、中国新聞の独走状態である。他のメディアの「後追い報道」もほとんどない。「検察当局からのリーク」であれば、東京地検特捜部の捜査に対応する大手新聞やテレビメディアではなく中国新聞のスクープは考えにくい。そういう意味でも、今回の中国新聞のスクープは、河井夫妻の刑事事件が、案里氏は当選無効、克行氏は実刑確定で決着した後も、事件の真相を追う取材を続け、極秘で行われたと思える政権中枢の買収資金提供疑惑の捜査について報じた中国新聞の徹底した取材・報道の姿勢によるものであり、ジャーナリズムとして高く評価すべきであろう。

重要なことは、今回の報道によって明らかになった事実について、法律的、政治的に、どのような意味があるのか、どのような影響があるのか、という点である。

まず、今回報じられたメモによって、政権中枢から河井氏側への資金提供の事実があったとの前提で論じてよいか、メモの信ぴょう性について確認しておく必要がある。

この点については、前記の中国新聞記事で、メモの信ぴょう性についての緻密な裏付けが行われている。それに加え、注目すべきは、メモ中の「すがっち500」という記載だ。2020年1月15日に広島地検特別刑事部が行った河井夫妻の自宅の捜索差押では、克行氏の自宅から、県議、市議等の名前と金額、克行氏が「こた」、案里氏が「ぶ」と現金配布の役割分担が書かれたメモが押収されていたことが、克行氏の公判で明らかにされている。夫婦間で、克行氏は「こたぬき」、案里氏は「ぶーぶー」と呼ばれていたことからそのように記載したとのことだ。「すがっち」というのも、このような河井夫妻の夫婦間での会話での「呼び方」に対応するものだったとすると、メモの信ぴょう性を高める事実だと言える。

政権幹部からの現金提供の「公職選挙法の違法性」の有無

では、この政権中枢から河井夫妻側への資金提供の事実について、法律上どのような問題があるのか、違法性、犯罪性が認められるのか。

まず問題となるのは、河井夫妻が問われた公選法違反との関係である。

ここで重要なことは、選挙運動期間中など、直接的に、投票や選挙運動の対価として金銭等を供与する事例に限られ、選挙の公示から離れた時期の金銭の授受が、買収罪で摘発されることは殆んどなかった従来の実務からすると、河井夫妻の多額現金買収事件というのは、異例の摘発だったということである。

克行氏らが、「(案里氏に)当選を得させるために」金銭を提供したことが「選挙人又は選挙運動者」に対する「供与」として買収罪に問われるのであれば、その資金の提供者には、「交付罪」が成立する可能性がある。

しかし、河井夫妻による地方政治家に対する現金供与に買収罪を適用することは、従来の公選法の罰則適用の常識からすると、相当ハードルが高かった。この点について、私は、今年3月に公刊した拙著【“歪んだ法”に壊される日本 事件・事故の裏側にある「闇」】の《第2章「日本の政治」がダメな本当の理由 公選法、政治資金規正法の限界と選挙買収の実態》で、おおむね以下のように述べていた。

検察には、乗り越えなければならない「壁」が二つあった。

第一に、買収者(供与者、お金を渡した者)の河井夫妻側と、被買収者(受供与者、お金を受け取った者)の地元政治家の両者が、「案里氏が立候補する参議院選挙に関する金であること」を否定し続ければ、買収罪の立証は極めて困難だということだ。

判例上、「選挙運動」は「特定の公職選挙の特定の候補者の当選のため直接・又は間接に必要かつ有利な一切の行為」とされているので、特定の選挙のための活動を行うのであれば、「党勢拡大、地盤培養のための政治活動」という性格があっても、「選挙運動者」に当たることは否定できない。「政治資金規正法」上は適法であっても、「当選を得させる目的」で、「選挙運動者」に金銭を「供与」すれば、「公選法」上の「買収罪」が成立することに変わりはない。

しかし、「特定の候補者を当選させる目的」は主観的なものなので、買収者も被買収者も、あくまでその目的を否定し続け、しかも、それが「党勢拡大、地盤培養のための政治活動のための資金」という一応の理屈を伴うものである場合には、目的の立証は容易ではない。

地方の首長・議員には、その地域でまとまった数の支持者、支援者がいる。国政選挙でもかなりの票を取りまとめることができる。しかも、そういう政治家に、特定の候補のための活動を依頼してお金を渡しても、「選挙運動の報酬」ではなく、「政治活動のための費用の支払」であり、「政治資金を渡した」と説明することが可能だ。それは、その種の買収事案の摘発の大きな障害となっていた。

第二に、河井夫妻の買収罪が立証できた場合には、その金を受領した被買収者側の処罰が問題になる。買収者と被買収者は「必要的共犯」の関係にあり、買収の犯罪が成立すれば、被買収者の犯罪も当然に成立する。従来の公選法違反の摘発・処罰の実務では、両者はセットで立件され、処罰されてきた。

河井夫妻事件の被買収者の大半が公民権停止になり一定期間、選挙権・被選挙権を失い、現職政治家が失職することになれば、地方政界を大混乱に陥れることになる。そのような事態を招く公選法違反等による刑事立件や刑事処分を極力回避するというのが、従来の検察の姿勢だった。

「二つの壁」をクリアするために検察がとった方法

このように、河井夫妻事件の公選法違反での摘発については、上記の二つの問題があったが、それらを丸ごとクリアする方法として検察がとったのが、処罰の対象を河井夫妻に限定し、被買収者には「処罰されない」と期待させて「案里氏の選挙に関する金であることを認めさせる」方法だった。

検察の取調べで、被買収者らは、明確に「不起訴の約束」まではされなくても、検察官の言葉によって、「処罰されることはないだろう」との期待を抱き、「案里氏の参院選のための金と思った」と書かれた検察官調書に署名した。

買収罪で逮捕・起訴された克行氏は、2020年9月の初公判での罪状認否で、《「当選を得させる目的」はあったが、そのために「選挙運動」を依頼して金を渡したのではない。あくまで、案里の当選に向けての「党勢拡大」「地盤培養行為」のような政治活動のための費用として渡した金である》と主張したが、2021年6月18日、克行氏に対して、計100人に約2900万円を供与した公選法違反の買収罪で「懲役3年」の実刑判決が言い渡された。2つの問題を乗り越える検察の目論見は、うまくいったかのように思えた。

「被買収者の不処罰」は困難、必然だった取調べでの「不起訴示唆による自白誘導」

しかし、そのような検察のやり方には、もともと無理があった。

克行氏の被告人質問が行われていた頃には、市民団体が検察に提出した、河井夫妻から現金を受領した受供与者(被買収者)の公選法違反の告発状が、すでに受理されていた。河井夫妻の買収罪について有罪判決が出ているのに、被買収者の方は告発を受理しないまま、というわけにはいかない。検察にとっては、告発を受理すれば、起訴不起訴を決定し刑事処分をしなければならない。不起訴にするとしても、「犯罪事実は認められるがあえて起訴しない」という「起訴猶予」しかないが、もともと検察内部の求刑処理基準に照らせば、「起訴猶予」の余地はあり得なかった。

告発人が不起訴処分を不服として検察審査会に審査を申立てれば、「起訴相当」の議決が出ることはほぼ確実であり、検察は、その議決を受けて起訴することになる。それによって、公民権停止で失職する現職議員の被買収者側から、「検察に騙された」と激しい反発が生じることは必至だった。

克行氏への一審有罪判決から、半月余り経った7月6日、検察は、被買収者100人について、被買収罪の成立を認定した上で99人を起訴猶予、1人を被疑者死亡で不起訴にしたことを公表したが、告発人が検察審査会に審査申立てを行い、検察審査会は、広島県議・広島市議・後援会員ら35人(現職県議13名、現職市議13名)については、「起訴相当」、既に辞職した市町議や後援会員ら46人については「不起訴不当」の議決を行った。

議決を受け、検察は、「起訴相当」と「不起訴不当」とされた被買収者について事件を再起(不起訴にした事件を、もう一度刑事事件として取り上げること)して再捜査を行い、「起訴相当」とされた広島県議・広島市議ら35人のうち、重病で取調べができない1名を除いて、全員を起訴した(略式手続に応じた25人については略式起訴、買収罪の成立を争うなどして略式手続に応じなかった9人については公判請求)。

検察官の取調べで、被買収者側が、「処罰されることはないだろうとの期待」を抱き、「案里氏の参院選のための金と思った」と認める供述をしたからこそ、河井夫妻を買収罪で逮捕・起訴することが可能になり、河井夫妻の有罪判決が確定したのである。それによって、被買収者側も、結局のところ処罰を免れられなくなった。そういう被買収者側の供述がなければ、そもそも、買収事件の立証は困難だった。

現職国会議員が直接現金で渡したという点は別として、金の流れ自体は国政選挙においては一般的なものであり、それまでは、公選法違反として刑事事件の摘発の対象とされるものではなかった。河井事件での選挙をめぐるカネの流れは、国政選挙における保守政治家のやり方としては一般的なものだったとも言えるのである。

今年7月21日、読売新聞が、「特捜検事、供述を誘導か…河井元法相の大規模買収事件で市議に不起訴を示唆」と大きく報じた。それは、検察官と被疑者とのやりとりを記録した録音データがあることがわかり、それについて、最高検察庁も、「当時の取り調べに問題がなかったか調査する」と答えざるを得なくなったからだ。

この河井事件の取調べでの「不起訴を示唆して自白に誘導するやり方」の発覚に対しては、大阪地検不祥事の「被害者」の村木厚子元厚労省事務次官も、取調べの全面的な録音・録画を求める声明を発表するなど、批判が高まっている。

しかし、検察官の取調べにおいて、そのような「不起訴にすることの示唆」が行われることは、河井夫妻の「多額現金買収事件」を公選法違反事件として立件し、強制捜査に着手した時点で、当然想定されていたことだった。

そのような方法を用いなければ、そもそも河井夫妻の「多額現金買収事件」について「当選を得させる目的」を立証することが困難だったのである。

政権幹部からの資金提供は、公選法違反、政治資金規正法違反には問えない

検察は、「不起訴示唆による自白誘導」という方法を使わないと「当選を得させる目的」が立証できないという苦しい状況だった。そのような検察捜査では、当時の安倍晋三首相をはじめ安倍政権の幹部4人から現金計6700万円を受け取った疑いを示すメモが押収され、そのような金の流れが疑われても、捜査の対象を政権幹部に拡大することなど到底できなかったと考えられる。

克行氏の逮捕後の取調べでも、メモについて一応話を聞いたのであろうが、本人が、資金提供を受けたことを否定したか、或いは政治活動費の提供だったと説明し、それ以上の追及は行われなかったのであろう。

ということで、河井夫妻が、安倍政権の幹部4人から現金計6700万円を受け取った事実があったとしても、公選法違反に問うことは、もともと困難であった。

では、この安倍政権の幹部4人から河井夫妻への現金計6700万円の供与について政治資金規正法違反は成立しないのか。

この点については、私がかねてから指摘している、現行政治資金規正法では、政治家本人に現金が供与された場合の「闇献金」は違反に問えないという、「政治資金規正法のど真ん中に空いた大穴」が立ちはだかる。

つまり、政治家本人に現金で供与された政治資金は、どの政治団体、政党支部、或いは政治家個人に宛てた寄附なのかが特定できないので、どの政治資金収支報告書の虚偽記載、不記載かが特定できず、結局、違反に問えないのである。(【前掲拙著】第2章 110頁)

結局、「安倍政権の幹部4人から河井夫妻への現金計6700万円の供与」を違反、犯罪に問うことは事実上不可能だった。現行法には、今回明らかになったような「選挙に関する政治家間での不透明な現金のやり取り」に対して、公職選挙法も政治資金規正法も抑止機能をはたしていないという構造的な欠陥があると言わざるを得ないのである。

安倍氏2800万円などの資金提供が表に出ることの政治的影響

しかし、当時の安倍晋三首相をはじめ安倍政権の幹部4人から現金計6700万円が河井夫妻にわたった事実があるとすれば、それ自体が刑事事件として立件できないとしても、結果的に克行氏の現金買収の原資となったとして公選法違反事件の公判で検察官が立証の対象にすることは可能だったはずだ。

違法性・犯罪性までは認められないとしても、もし、克行氏の事件での検察官の冒頭陳述に、安倍氏らからの資金提供の事実が記載されていれば、政治的には極めて大きな影響が生じていたはずだ。

しかし、検察の冒頭陳述には、買収原資についての言及は全くなく、買収資金の原資になった疑いが指摘されていた党本部からの1億5000万円も、克行氏が供述する「自宅においていたタンス預金」の話も、いずれも、冒頭陳述には記載されなかった。

一方で、少なくとも、「タンス預金が原資」との克行氏の供述が全く信用できないことは、その後の公判で明白になっている。

中国新聞は、河井事件の公判を詳細に報じ、証人尋問、被告人質問のほぼ全てを公にしている。

私も、その公判詳報に基づいて、河井事件公判について解説してきた。2021年4月17日に出したYahoo!記事【河井元法相公判供述・有罪判決で、公職選挙に”激変” ~党本部「1億5千万円」も“違法”となる可能性】の中で、原資に関する河井氏の公判供述について、以下のように述べている。

買収原資についても、検察官の質問には、

「私の手持ちの資金で賄った」

「衆議院の歳費などを安佐南区の自宅の金庫に入れ保管していた金で賄った。」

と供述したが、検察官から、日頃から議員活動のために「借り入れ」をしていることとの関係や、平成31年3月に金庫にあった現金の額について質問され、「覚えていない」としか答えられなかった。さらに、検察官から「自宅を検察が捜査した時点では大金はなかった。」と指摘されても「わからない」と述べるだけだった。

結局、「タンス預金が原資」だという克行氏の供述は「語るに落ちた」レベルで、全く信用性がないことは明らかだ。

しかし、一方で、当時から明らかになっていた党本部からの1億5000万円が原資になったことを根拠づける証拠もなかったので、冒頭陳述では原資についての言及がなかったということだろう。

この1億5000万円の使途については、2021年9月22日、自民党の柴山昌彦幹事長代理が、党本部で記者会見し、党本部が河井案里氏陣営に投入した1億5千万円は買収の原資ではなかったと説明した。大半は機関紙やチラシの作成などに使われたとし「1億5千万円から買収資金は出していないという報告があった」と述べた。

結局、買収原資は、克行氏が供述するように「タンス預金」ではないことは明らかであり、自民党の調査結果によると党本部からの1億5000万円も他の用途に使われ、原資になっていない。そうなると、買収資金は、いったいどこからの資金だったのか。

政権幹部からの資金が買収原資になったことは明らか

これらの事実を踏まえると、今回、中国新聞が報じた検察が河井夫妻の自宅から押収したメモに記載された「安倍晋三氏からの2800万円を含め、安倍政権の幹部4人から現金計6700万円が河井夫妻にわたった」とすると、それが克行氏の買収原資に充てられたと考えてほぼ間違いないことになる。

初公判の直後、私は【“崖っぷち”河井前法相「逆転の一打」と“安倍首相の体調”の微妙な関係】と題するYahoo!記事で、「本件への安倍首相の関与」に関して、以下のように指摘していた。

検察捜査が本格化する前から、案里氏の参議院選挙の選挙資金として、同じ選挙区の自民党候補溝手顕正氏の10倍の1億5000万円が提供されていたことが明らかになり、その巨額選挙資金提供が、溝手氏に対する個人的な悪感情を持つ安倍首相自身の意向によるものではないかとの憶測を生んでいた。その点に関して、これまでの報道と、弁護人冒陳の内容を対比すると、重要なことが見えてくる。

まず、この点に関して、以下のような事実が報じられている。

(ア)克行氏と安倍首相との面談と近接して、党本部から河井夫妻の政党支部に多額の資金が振り込まれ、それが合計で1億5000万円になっていた。

(イ)安倍首相の秘書5人が、案里氏の選挙運動の応援に、山口から広島に派遣され、「安倍総理大臣秘書」と表現するよう克行氏側からの指示が出ていた。

(ウ)克行前法相が広島県議側に現金を渡した後に、安倍首相の秘書が同県議を訪ねて案里氏への支援を求めていた。

(エ)案里氏の後援会長を務めた繁政秀子・前広島県府中町議は、昨年5月に克行氏に現金30万円を渡された際、克行氏から「安倍さんから」と言われたと証言した。

公認が遅れ、しかも、広島県連が一切応援しないという姿勢であった案里氏の選挙に向けての政治活動が、人的にも資金的にも厳しい状況にあったという実情が、克行氏から自民党本部側に伝えられたからこそ、1億5000万円もの巨額の選挙資金が自民党本部から河井夫妻側に提供されることになったことは明らかであり、それを克行氏から知らされた自民党本部執行部側の人物が、厳しい情勢を乗り越えるために、「相当な資金」が必要になると認識したからこそ、破格の選挙資金の提供が行われた。そして、人的な面の不足を補うために派遣されたのが安倍首相の秘書5人だったと考えられる。

このような状況であった2019年3月の案里氏公認から7月の参院選公示までの間に、(ア)のとおり、公認直後、選挙資金提供の前後という「極めて重要なタイミング」で、克行氏は安倍首相と、「単独で」面談し、(ウ)のとおり、安倍首相の秘書は、克行氏が現金を供与した先に、それと相前後して訪問して案里氏への支持を呼び掛けていた安倍首相の秘書が、検察冒陳で「なりふり構わず」と表現されているような露骨な現金供与のことを認識しなかったとは考えにくいし、克行氏が、現金供与の際、「安倍さんから」などという言葉を漏らしたのも、「安倍首相の名代」として行っているとの認識を持っていたからであろう。

これらの事実を総合すれば、安倍首相が、克行氏が、自民党本部から提供した1億5000万円の選挙資金を実質的原資として行った現金供与とその目的を認識し、容認していたと考えられる。

今回、中国新聞が報じたように、党本部からの破格の選挙資金1億5000万円の提供に加えて、安倍首相個人から2800万円、菅氏からも500万円の資金が提供されていたとすると、上記の1億5000万円は、大半が機関紙やチラシの作成などに使われ、一方で安倍氏や菅氏からの資金が買収資金に充てられた、すなわち、案里氏の選挙活動は自民党本部資金、買収資金は、安倍・菅氏らが秘かに提供した「裏金」によって賄われたということで、事実関係が整合することになる。

前記の(ア)~(エ)に、(オ)として、「安倍政権の幹部4人から計6700万円が河井夫妻にわたった事実」が加わることになる。

それについて刑事事件として立件することは事実上困難だったことは前記のとおりであるが、そのような検察捜査の内情は、政権側では知りようがなかったはずだ。少なくとも2800万円を提供した安倍氏は、当然、その事実を認識しており、検察当局の判断如何で、追加で立件されたり、公判の中で、事実が表面化したりすることを強く懸念していたはずだ。

安倍氏の資金提供の動機と「溝手顕正氏の落選」

安倍氏にとって、さらに深刻な問題は、克行氏側に2800万円もの資金提供を行った動機だ。

克行氏の公判では、その点に関わる重要な事実が明らかになっている。

前記記事】で、以下のように述べている。

弁護人質問で克行氏は、

「案里の自民党の二人目の候補としての公認は、2議席確保が目的であり、溝手氏側から票を奪う気も全くなかった。2人当選の目的が果たせなかったので、案里が当選しても『万歳三唱』すらやらなかった」

などと供述していた。また、「2議席確保」は、憲法改正の発議のために参議院で3分の2を確保することが目的だったことを強調した。

検察官は、克行氏が、ブログでの発信を請け負う業者に宛てたメールの文面について質問した。

「期待していた通り、溝手顕正が失言してくれました。どうすれば拡散できるのか、アングラな方法がいいのではないか、あるいは、懇意な記者に伝えましょうか」という文面で、溝手氏に関する悪い噂をネットで流すことを依頼する内容だった。業者側が情報源がバレないか心配しても、「よろしくお願いします、どしどしやって下さい」と、溝手氏の悪い噂の拡散を重ねて依頼するメールを送っていた。

そして、さらに、「溝手氏から票を奪う気も落選させる気も全くなかった。」との克行氏の供述について、以下のように述べている。

しかし、「溝手氏の票を奪う気はなかった」とする克行氏の供述は全く信用できないことは、事務所関係者が、(克行氏が)「建前は自民党2議席だが、溝手さんの票を取れるだけ取ってと相談をしていた」(【第38回公判】)、「代議士は『溝手を通さんでもいい。案里が通ればいい』と大声できつく言っていた」(【第40回公判】)などと証言していることからも明らかであり、検察官の質問で示された克行氏のメールの「期待していた通り、溝手顕正が失言」との記載からは、溝手氏から票を奪い、案里氏を当選させて、溝手氏を落選させようとしていたことが強く疑われる。

この点に関連して、憲法改正発議のために、2人目の公認候補として案里氏を擁立したと強調しているのも、「溝手氏を落選させる意図」を否定するための「作り話」であろう。

同様の参議院の2人区のうち、前回選挙まで自民党と野党が1議席を分け合い、自民党が野党候補にダブルスコア以上で圧勝し、共倒れの恐れもないという点で共通しているのが広島と茨城である。2019年参院選の茨城では、立憲民主党と国民民主党との間で候補者調整が難航し、候補者の確定が大幅に遅れた上、国民民主党は推薦を見送るなどし、選挙結果も、自民党候補が5対2の得票での圧勝だった。2人目候補を擁立した場合の2人の当選確率は高かったと思われる茨城では、その動きが現実化することはなかったが、その一方で、なぜ、広島では、県連の強硬な反対を押し切ってまで2人目の公認候補を擁立しようとしたのか。憲法改正の発議のためとは到底思えない(そもそも、衆議院が小選挙区制となった直後の1998年参院選を最後に、自民党の参院地方区の2議席独占は全くない)。

克行氏が、「なりふり構わず」、地方政治家に多額の現金供与を行ってまで案里氏を当選させようとした動機が、「自民党公認候補2人当選」ではなく、「現職溝手顕正候補の落選」にあったことは明らかである。

安倍氏は、そのような克行氏の側に、下関の地元事務所から5人の秘書を選挙応援に派遣していただけでなく、2800万円の「裏金」を提供し、それが買収原資に充てられていた。安倍氏がそこまでして案里氏を当選させようとしたのは、過去の言動から強烈な私怨を抱いていた溝手氏が再選を果たすことで、参議院議長という首相にも対抗できる地位に就任することを阻止するためだった可能性が高い。

そのために、違法行為も厭わず、あらゆる手段を講じて、その政治家を落選させようとしたとすれば、首相辞任が避けられないだけでなく、憲政史上最長の在任期間を誇った安倍氏の政治家としての評価も地に堕ちることにつながる。

 今回、中国新聞が、河井夫妻の自宅から押収されたメモに基づいて報じた事実は、2020年8月28日の安倍晋三首相の突然の退陣表明、第2次安倍政権の終焉が、実は、その直前に初公判が開かれた河井夫妻事件に大きな影響を受けていたという、平成から令和に移り変わる時期の日本政治の「隠された重大事実」を歴史の闇から浮かび上がらせることになる。

克行氏は「歴史の法廷」で証言すべき

安倍元首相は、河井事件への関与について、何一つ語ることなく、河井夫妻の初公判の直後、首相退陣を表明、その約2年後の7月8日、参議院選挙の応援演説中に、統一教会に恨みを持つ山上徹也の銃撃に斃れた。そして、その是非について国論を二分した末、岸田文雄首相の判断により、吉田茂元首相以来戦後2回目の「国葬」が営まれた。

河井克行氏は、2020年6月18日、懲役3年の実刑判決を受け、控訴したが、同年10月21日に、控訴を取り下げ実刑判決が確定し、服役した。

それから間もなく2年、来年には出所することになる。

この事件が表面化して以降、私は、河井克行氏にとって、洗いざらい真相を語ることこそが政治的・社会的復権を果たす唯一の方法だと、繰り返し述べてきた(2020年5月2日【河井前法相「逆転の一手」は、「選挙収支全面公開」での安倍陣営“敵中突破” 】、(2021年6月23日【実刑3年・保釈却下で追い詰められた河井元法相、控訴審での“真相告白”に「一縷の期待」】など)。

しかし、これまで、安倍氏の関与について、何一つ語ることはなかった。

実刑3年の判決で、刑事裁判は決着し、服役した克行氏は、事件の責任のほとんどを自ら負った。しかし、社会的・政治的に極めて重大な影響を及ぼした事件の当事者として真相を世の中に明らかにする責任は何一つ果たしていない。

出所後の克行氏が、服役中に中国新聞の報道で明らかになった「安倍政権の幹部4人から計6700万円が河井夫妻にわたった事実」について、敢えて真相を語ること、それは、法務大臣も務めた政治家河井克行氏の「歴史の法廷」への証言義務と言うべきであろう。

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東京五輪談合、セレスポ鎌田氏”196日の死闘”で明らかになった「人質司法」の構造問題

8月22日、東京五輪談合(独禁法違反)事件で、逮捕・起訴されていた株式会社セレスポ(以下、「セレスポ」)の鎌田義次氏が、2月8日の逮捕から196日ぶりに保釈された。

2月28日の起訴以降、保釈請求は6回目だった。この6回の保釈請求を担当した東京地裁刑事14部(令状専門部)の4人の裁判官のうち3人が、起訴直後から本件での保釈の可否の判断に真剣に向き合い、保釈許可決定を出したにもかかわらず、その都度、検察官申立による準抗告で覆されてきた。

まさに、日本の刑事司法の最大の悪弊、「人質司法」そのものと問題を指摘し続け、第1次、第3次、第5次と、最高裁への特別抗告を行って、「『人質司法』によって無罪主張を抑え込もうとするのは、憲法32条の裁判を受ける権利を侵害する」と訴えてきたが、いずれも「適法な上告理由に当たらない」とされて棄却されてきた。

保釈当日、午後1時半、東京拘置所のゲートから出てきた鎌田氏と抱き合い、喜びと安堵を分かち合った。過去にがん手術も経験し、逮捕の前年にも胆嚢摘出手術を受け、その影響も残る状況下で逮捕され、当初は、拘置所の病棟に収容されていた鎌田氏。その日の夕刻、司法記者クラブで臨んだ会見の冒頭で、

「我々、セレスポの役職員は、東京オリパラ大会のテストイベントや本大会の業務に、イベント制作会社として、多くのスポーツ大会での実績を生かし、懸命に取り組みました。私も他の役職員も、独禁法違反の犯罪などと言われることは何もやっていませんし、イベント制作会社として、当たり前の仕事を行っただけで、私も会社も無罪であることを、しっかりと裁判で訴えていきたい」

と明言した。その後、長期勾留について感想を聞かれ

「よく戦い抜いてきたなと自分をたたえたい」

と述べた。

これまでも、同様の「人質司法」によって、「無罪の訴え」が抑え込まれてきた。大川原化工機事件では、相嶋静夫氏は無罪の主張を通した結果、11ヶ月以上にわたり拘束され続け、勾留中に胃がんを発病、釈放後に病状が悪化して亡くなった(その後、検察は「公訴事実は犯罪に該当せず」と認め、起訴取消)。東京五輪汚職事件で贈賄の容疑で逮捕・起訴され、全面否認を通していたADK植野伸一前社長は、2度の保釈請求が却下され、3カ月後に体調悪化に耐えかねて容疑を認め、ようやく保釈された。その後、有罪判決を受けた際、

「否認すれば勾留が長期化するという刑事司法の厳しい現実を身をもって体感し、勾留されながら裁判で争うことは並みの精神力では現実的には非常に厳しいことを痛感した。」

と述懐している。

不屈の闘志で、196日にわたって「人質司法」と闘い抜き、無事生還して、今後の刑事裁判での戦いの決意を新たにしている鎌田氏には、弁護人の私からも、心から「ほめてあげたい」。

その鎌田氏が、会見の冒頭で、

「私の保釈請求に誠実に対応してくださった令状部の裁判官に、感謝したいと思います。」

と述べたのは、勾留中の接見でもしばしば口にしていた「率直な思い」だ。

そのような令状専門部の裁判官の保釈許可の判断が、なぜ、検察の準抗告でいともたやすく覆されてしまうのか。そこには、特捜部の事件において無罪の可能性が高い事件であればあるほど、徹底して「人質司法」による無罪主張の封じ込めにかかる検察官、そこで、事案の実体を見極め、保釈許可のために最大限の努力をする令状部裁判官と、検察の「言いなり」の準抗告審というコントラストが生じている現実がある。それがこの種事件での「人質司法」問題の核心だと言える。

そもそも「東京五輪談合事件」というのはどういう「事件」なのか。そこでのセレスポと鎌田氏の無罪主張は、どのような意味を持つものなのか。私が弁護人として関わるようになった経緯も含めて、改めてお話することとしたい。

東京五輪談合事件捜査への期待と失望

私自身は、東京五輪の招致・開催には反対だったし、その過程で表面化した、東京五輪の招致をめぐる贈賄疑惑に対しても(【竹田会長「辞任」だけでは“東京五輪招致疑惑”は晴れない】)、コロナ感染拡大による開催延期についての当時の政府の対応等に対しても(【政治問題化した東京五輪開催方針とメディアのコンプライアンス】など)、厳しい批判を行ってきた。

それだけに、2022年8月、東京地検特捜部が、高橋治之電通元専務とAOKIホールディングス青木拡憲会長を東京五輪スポンサー選定をめぐる贈収賄で逮捕し、東京五輪汚職事件の強制捜査に乗り出した際は、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会(以下、「組織委員会」)理事の職務権限との関連性等の刑事事件としての問題点は指摘しつつも、「東京五輪の闇」を解明しようとする捜査を、基本的に応援する立場で論評してきた(【高橋治之氏・受託収賄逮捕、電通と戦う検察、“東京五輪をめぐる闇”の解明を!】)。

同年11月、東京地検特捜部と公正取引委員会が、東京五輪大会のテストイベントをめぐる入札談合事件の捜査に着手したと報じられた際も、汚職事件では摘発の対象とならなかった東京五輪を支配する「電通の闇」の解明を期待するコメントしていた。

しかし、当初、私は、組織委員会の発注は「公共入札」であり、刑法等の「公の入札」についての規律が適用されると認識していたが、翌2023年1月以降の報道で、同発注は「公の入札」ではなく、民間発注であり、検察は、独禁法違反の犯罪の立件のみをめざして捜査を行っているとわかり、前提が大きく異なってきた。

その後報道された事実からすると、独禁法違反の刑事事件としては、どう考えても「無理筋」としか思えなかった。そこで、1月28日には、【東京五輪談合事件、組織委元次長「談合関与」で独禁法の犯罪成立に重大な疑問、”どうする検察”】と題するヤフー記事を出して、独禁法違反(不当な取引制限)での立件を疑問視し、検察に慎重な判断を求めた。

しかし、2月8日、特捜部は、組織委員会元次長森泰夫氏、電通・逸見氏、セレスポ・鎌田氏、FCC・藤野氏の4名を逮捕し、2月28日には、博報堂、東急エージェンシーなどの幹部を加え、6社・7名を独占禁止法違反で起訴した。

セレスポ・鎌田氏の弁護人受任の経緯

この起訴の直前、私の独禁法違反事件に関する【前記ヤフー記事】を見て、私の事務所に、同事件の弁護の依頼に訪れたのが、セレスポの稲葉利彦会長だった。

「東京五輪大会では予期せぬことの連続で、それに対応した当社の社員は、よく頑張ってやり切ってくれたと思っています。長時間労働や社員の過労で違法問題にならないかは心配していましたが、まさか談合とか独禁法違反などということが問題になるとは夢にも思っていませんでした。当社の社員で、東京五輪大会のことで犯罪になることをやったなどと思っている人間は一人もいません」

という話だった。

それまで弁護人として対応していた同社の顧問弁護士から、起訴の時点で私が弁護を引き継ぐことにし、裁判所にセレスポと鎌田氏の弁護人選任届を提出した。

弁護を受任後、セレスポの関係する社員や勾留中の鎌田氏から話を聞き、【上記記事】を書いた時点での独禁法違反の犯罪に対する疑問は、「無罪の確信」に変わった。

東京五輪テストイベント入札は、「談合」でも「事件」でもない

東京五輪大会は、60もの競技がほぼ同じ時期に行われる世界最大のスポーツイベントであり、その26の会場で行われる競技すべてについて、穴を空けることなく、それぞれの競技についての過去の実績や競技団体との関係などに基づいて、実施能力のある事業者を選定する必要がある。しかも、その準備が大幅に遅れていたことから、発注にかけられる時間に制約があった。

結局、テストイベント計画立案業務は、総合評価方式の一般競争入札で発注されたが、単に、入札を公示して入札参加者を募り、競争で落札した事業者と契約するだけで済むものではない。人気のあるメジャーな競技に応札が集まり、マイナーな競技にはどこも応札しない事態になる可能性が高い。東京五輪では、短期間に多数の競技を行うことから、国内のスポーツイベントに関わるリソースをバランスよく配分する必要があった。

しかも、スポーツイベントの大会運営は専門的な業務の組み合わせにより成り立つため、1社でやり切ることが難しく、各業務に精通したスタッフを揃える必要がある。そのため、競合する企業間でも「協業」することが必要になる。

そこで、発注者の組織委員会側の総括者の森氏が、各社の実績や意向に基づいて、全競技について、責任をもって業務を実施できる最低一社の事業者に応札してもらうよう、適切な「協業」の組み合わせにするため「入札前の調整」を、東京五輪大会のマーケティング専任代理店の電通の協力を得て行ったものだった。

「公の入札」であれば、発注者が特定の事業者に入札参加ないし受注を依頼する行為自体が、明白に犯罪であり、それに関わった事業者も共犯の責任を問われることになる。

しかし、組織委員会の発注は、法的には「民間発注」であり、どのような方式で発注するかは、発注者が自由に選択できる。競争性を重視し、入札を行って、受注を希望する業者間で競争を行わせることも、発注物件の商品、サービスの性格などから、発注者側が最も有利な発注先を選択する随意契約によって発注することも可能だ。民間発注であれば、発注者側の担当者が、特定の事業者と接触すること、入札参加、受注を依頼することは、内部的な責任を問われることはあり得ても、少なくとも、それ自体が犯罪に問われることはない。

民間発注において問題となるのは、事業者相互間で、「事業活動を相互に拘束し、一定の取引分野における競争の実質的制限を生じさせる」ような「合意」が行われた場合に、独占禁止法違反に問われる可能性があるということだ。

発注者の組織委員会の側が事業者に対して受注の「割り振り」を行ったとしても、それ自体には犯罪性はない。事業者が、発注者から受注案件の「割り振り」を受け、それが他の事業者に対しても行われていることを認識した上でその「割り振り」を受けると返答したとしても、それ自体は独禁法上問題になるものではない。事業者間の意思連絡がなく、単に「他の事業者も同様と認識していた」に過ぎない場合は、独禁法上問題となるものではない。

通常、入札談合であれば、競争が回避されるため、落札率(落札価格/予定価格)が高くなり、100%に近い数字になることも珍しくない。ところが、本件入札での落札率は、何と約65%である。組織委員会側の意向は尊重しつつ、事業者間では、何らの制約もなく、自由に競争行動が行われたことを示している。

このような事案が、どうして「独禁法違反の犯罪」とされるのか、全く理解できなかった。

「人質司法」との半年に及ぶ戦い

しかし、現実に、鎌田氏は独禁法違反で起訴され、勾留が続いていた。弁護人として、まず臨んだのが、鎌田氏の身柄奪還のための戦いだった。それが、その後半年にもわたり、保釈請求を6回も行うことになろうとは、全く予想していなかった。

検察官が、検察の主張に反して非を認めず、裁判で無罪主張をしようとしている被告人に対してとった「なりふり構わず絶対に保釈を阻止しようする姿勢」は凄まじいものだった。そこには、事実の歪曲、誇張、虚言あらゆる手段が用いられた。検察官倫理として凡そ許されないやり方も含まれていた。

間違いなく言えることは、この「事件」については、客観的な事実にはほとんど争いはないということだった。検察官とセレスポ側、弁護側との争いの中心となるのは、当事者が、「テストイベント計画立案業務の入札について事業者間で受注予定者を決定する合意」があったと認識していたかどうかと、法律上、独禁法違反が成立するのかという点だった。要は、関係者それぞれが、入札への対応についてどう認識していたのか、違法との認識があったのか、ということだった。

そのような点について、存在した事実をなかったことにするとか、存在しなかった事実を作り上げるための「口裏合わせ」「働きかけ」、というような「罪証隠滅のおそれ」は、もともと考えにくい。そのような本件事案の性格を十分に理解し、「罪証隠滅のおそれ」を否定できる事情を示せるよう、様々な対応をしてくれたのが、令状専門部の担当裁判官だった。

しかし、担当裁判官が出した保釈許可決定を、検察官の準抗告申立を受け、いともたやすく覆してしまったのが刑事裁判部(刑事17部、7部、11部)だった。

6回の保釈請求の経過

起訴直後の第1次保釈請求では、14部の担当裁判官は、保釈金を1500万円という高額に設定して、広範囲の関係者との接触禁止を保釈条件にし、様々な実効確保措置も誓約させて保釈を許可した。しかし、検察官が準抗告を申立て、「起訴から間がなく公判も特段進捗していない現時点において、被告人が事件関係者らに働き掛けるなどして罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由がある。」との理由で保釈許可決定は取り消された。

第2次保釈請求では、鎌田氏とセレスポの関係社員2名の陳述書を提出し、本件の争点は、独禁法違反の犯罪の成否にかかる法律上の主張と、事業者間の「合意」についての被告人の認識などの主観面に概ね限られ、罪証隠滅のおそれが低いことを指摘した。弁護人の主張に理解を示してくれた担当裁判官は、保釈保証金をさらに300万円増額し1800万円として、保釈許可を決定した。金曜日の決定だったことから、検察官の準抗告が棄却された場合に即日釈放されるためには、同日午後5時までに保釈保証金を納付する必要があることも示唆してくれた。

しかし、準抗告決定では、「前回の保釈請求却下の裁判以降における事情変更については、本件が公判前整理手続に付された程度しか認められず、上記準抗告の裁判と異なる判断をすべき事情変更はない。」として、保釈許可決定が取り消された。

4月20日に、第3次保釈請求を行い、関係者との接触禁止の実効性確保のための新たな措置として、スマートウォッチとボイスレコーダーの併用により被告人の会話の録音とGPS位置情報を24時間継続して把握する方法を提示したが、検察官の強い反対意見で、保釈請求は却下され、弁護人から準抗告を申し立てたが、「第2次保釈請求却下後の事情変更はない」として準抗告は棄却された。

「公判の進捗」「事情変更」がなければ保釈されない!

要するに、準抗告審の判断は、「起訴から間がなく公判も特段進捗していない」ということだけで「罪証隠滅のおそれがある」とし、その後、「事情変更」がないと保釈は認めない、というものだった。

しかし、被告人の起訴後勾留が続いているのに、検察官の証拠整理、公判準備は誠に緩慢だった。弁護人への証拠開示は4月末で、起訴から2か月もかかった。しかも、証拠が全体として開示されただけで、各被告人・被告会社への請求証拠を明示する証拠等関係カードは未作成だった。

その間に、セレスポ・鎌田氏の裁判が公判前整理手続に付されることが決まった。その手続は、検察官が証明予定事実記載書を提出することから始まるのであるが、その書面が提出されたのは6月23日、起訴の約4か月後だった。

このように、検察官が公判準備のために時間をかければかけるほど、「起訴から間がなく公判も特段進捗していない」という状態について「事情変更がない」ということになり、被告人は保釈されないことになる。その間、被告人は、弁護人以外との面会もできない身柄拘束という、耐え難い苦痛が継続することになるのである。

そこで、保釈請求を却下した準抗告決定以降の「事情変更」を作るために、弁護人としての対応を前倒ししていった。4月末に開示された証拠について、通常は、検察庁内の「謄写センター」に依頼するが、「立て込んでいて証拠謄写に2か月を要する」とのことだったので、私の事務所のスタッフを動員して謄写を自前で行って開示証拠の内容を把握した。

その結果、それまで考えていたとおり、客観的事実にはほとんど争いはなく、「入札での受注予定者を決定する合意」についての認識が問題になるだけであることが確認できた。そこで、鎌田氏の早期保釈のため、検察官調書はすべて同意する方針で臨むことにし、鎌田氏とセレスポ側の了解を得た。

6月5日に開かれた公判前整理手続の第2回打合せで、「検察官調書については、すべて取調べに同意し、一部調書について信用性を争う」と述べた。これらにより、検察官請求証拠に関して、検察官がこれまで被告人を保釈すべきではない理由としてきた「関係者への働きかけ等による罪証隠滅が行われるおそれ」は全くなくなったとして、打合せ調書を疎明資料にして、6月7日、第4次保釈請求を行った。

しかし、検察官は、意見書で、「証明予定事実記載書の提出前で、弁護人の主張も具体的になされておらず、争われる具体的な事実関係が不明である現段階では、たとえ『供述調書の全てを同意する予定である』としても、供述の信用性について争われる範囲、証人尋問の要否等について全く予想することができない」などと強く保釈に反対してきた。この保釈請求の担当裁判官が、第2次請求で保釈許可決定を出してくれたのと同じ裁判官だった。 

電話での保釈面接で、「事案の性格は十分に理解しているが、ここで保釈許可しても、弁護人の証拠意見が、公判前整理手続での正式なものではないので、検察官の準抗告申立で覆される可能性が極めて高い。準抗告での保釈却下が重なることはかえって保釈にマイナスではないか。証拠意見を正式な手続で確定させた後に、改めて請求した方がよいのではないか」と言ってくれた。私も、その意見に納得し、その後、保釈請求却下決定に対して準抗告せず、第5次保釈請求の準備にとりかかった。

公判前整理手続で証拠意見が確定、「事情変更」は明白

検察官は、6月23日に「証明予定事実記載書」を提出、7月3日には、弁護人の「予定主張記載書面」を提出した。7月7日の公判前整理手続の第1回期日で、弁護人は、証拠意見書を提出し、セレスポ社員K氏の供述調書1通についてのみ、陳述書を証拠請求して、検察官が同意することを条件に供述調書に同意するとしたほかは、検察官調書はすべて同意し、信用性を争う部分も、可能な限り特定した。

これらにより、公判前整理手続期日において弁護人が証拠意見を述べ、検察官請求証拠の大部分について同意が確定し、信用性を争う部分も明示し、検察官立証に関する争点整理も概ね完了したと考えられたことから、7月20日、第5次保釈請求を行った。

K氏の調書1通についてのみ、「陳述書を検察官が同意することを条件に同意」としたのは、電通の逸見氏との会食で、逸見氏から「組織委員会と電通で割振りをしている」と言われたことが、検察官の証明予定事実でセレスポと電通の意思連絡の重要事実と位置付けられていたので、改めてK氏に確認したところ、そのような事実は記憶もなく供述していないことであり、検察官に押し付けられ調書に署名させられたと説明したからだった。しかも、逸見氏の調書にも、その会食の際の発言などは記載されていなかった。

いくら、第4次保釈請求の時点で、「すべての検察官調書に同意する」と述べていても、そのような供述調書まで無条件に同意することはできないと判断し、調書の内容を否定するK氏の陳述書の同意を条件に調書にも同意することにしたものであった。

検察官は「弁護人の主張・証拠意見の変節」を主張

ところが、検察官は、保釈求意見に対する意見書で、

「弁護人が、保釈請求書に記載した主張・立証の方針や予定を短期間のうちに大きく変節させている。」

「弁護人の証拠意見の変節からすると、供述人の陳述書や、信用性を争う理由を記載した報告書を弁号証として請求し、『検察官がそれらの弁号証を同意するのと引き換えに同意することとする。』などと対応を変節させる可能性がある。」

などと述べ、「弁護人の公判前整理手続への対応も信用できない」としてきた。

K氏の調書に対する例外的な対応は、弁護人の公判前整理手続全般の対応に影響するものでもなければ、「弁護人の証拠意見の変節」などと非難される筋合いは全くなく、全くの「言いがかり」であった。このような検察官意見が出されていることがわかり、K氏の調書に対する例外的な対応の理由を説明し、「弁護人の証拠意見の変節」など全くないと反論する意見書を提出した。

担当裁判官は、このような検察官の「言いがかり」を、全く意に介することなく、保釈請求書及び添付資料の「証明予定事実記載書」「予定主張記載書面」「予定主張記載書面(その2)」「検察官意見書」「弁護人意見書」等を踏まえて、保釈の可否の検討を行った。7月25日、弁護人に、本件において弁護人として予定している証人尋問の範囲を確定する書面を受訴裁判所に提出することを要請した。これを受け、書面を受訴裁判所に提出した。

これによって、検察官の証明予定事実に対する認否、弁護人の予定主張の内容、検察官請求証拠に対する同意不同意、信用性を争う部分の特定は完了し、弁護人が予定する証人の範囲を確定する書面を裁判所に提出したことについて「保釈請求書補充書」を提出した。

こうして、第5次保釈請求については、請求から1週間かけて、担当裁判官が慎重に、検討と必要な対応を重ねた上、7月28日に、保釈許可決定が出された。

ところが、検察官は、準抗告を申立て、申立書で、求意見に対する意見書をコピペして、「弁護人の主張・証拠意見の変節」を主張した。弁護人の反論は全く無視していた。

同日、保釈許可決定を取消し、保釈請求を却下する準抗告決定が出された。

「現時点において、具体的な争点や証拠調べの範囲等が定まったとはいえない」

という理由が、「弁護人の主張・証拠意見の変節」についての検察官の主張を真に受けたものであることは明らかだった。

K氏調書についての検察官の“致命的な変節”

8月15日に第2回公判前整理手続が行われた。

第5次保釈請求の際に、担当裁判官の要請を受けて弁護人が提出していた書面に基づき、証人尋問の範囲が確認され、裁判所による争点整理も終了した。K氏については、検察官も陳述書不同意・証人尋問請求の意向を示していたが、調書と陳述書の不同意部分について検察官と弁護人との間で調整することになり、期日後の調整で、調書・陳述書の不同意部分が確認され、検察官も弁護人も証人尋問は請求しないことになった。

弁護人は、関係者間のメール連絡・面談・会議での発言等の客観的事実を争うものではなく、争点は、もっぱら、関係者の認識や発言の趣旨等の主観面に関するものと、法律上の主張であり、基本的に「口裏合わせ」「働きかけ」等の罪証隠滅が問題になるものではない旨、一貫して主張してきた。

それにもかかわらず、検察官は、「弁護人の主張・証拠意見が変節している」などと主張し、その中で特に強調したのが、K氏調書に対する弁護人の対応であった。検察官は、第5次保釈請求の際に「(検察官調書はすべて同意するとしていたのに)主要箇所で大きく相反する内容の陳述書の証拠調べを請求することで実質的にK調書を不同意とし」として非難していたのである。しかし、第2回期日後、検察官は、K調書の内容を否定する陳述書をほとんど同意し、K調書の中で陳述書と相反する部分についても、弁護人の意見を受け入れて請求を撤回し、証人尋問も請求しないことになった。検察官は、証明予定事実の該当部分の立証を断念したことになる。それによって、「弁護人の証拠意見の変節」の主張が誤りであったことを自ら認めたに等しい。

弁護人が、そのようなK氏調書だけは、「検察官調書すべて同意」の方針の唯一の例外として扱ったのは、当然の対応だった。それを、検察官は、

《保釈を得る目的のために「真意」を糊塗して「偽装」した》

などと非難していたのである。

8月18日に行った第6次保釈請求では、第5次保釈請求での検察官の「弁護人の主張・証拠意見が変節している」と「言いがかり」をつけていたことを「むしろ、このような検察官の主張こそが、準抗告審の判断を誤らせる『偽装』と非難すべきものであると、厳しく批判したうえ、

前回準抗告決定が「具体的な争点や証拠調べの範囲等が定まったとはいえない」と判断する原因になったと考えられる「弁護人の主張・証拠意見の変節」の主張が、公判前整理手続をめぐる検察官自らの対応等から全くの誤りであったと判明したことこそが、同決定以降の大きな「事情変更」と言える。

と主張した。

 そして、

求意見で、保釈に強い反対の意見を述べてくるとは思えないが、もし、検察官が、『保釈請求は却下すべき』などという強い意見を述べてきた場合、第5次保釈請求以降の経過で明らかになったように、検察官は、保釈請求却下のためであれば、事実の捏造・歪曲まで行う「おそれが相当に高いという前提で判断を行っていく必要がある。」

と述べ、第5次保釈請求に対する意見書で検察官が使った「(弁護人の証拠意見に)今後も同様の変節が生じるおそれが相当に高いという前提で判断を行っていく必要がある」という言葉を、そのままお返しした。

8月18日金曜日の午前10時までに提出した保釈請求書は、求意見書が添えられてすぐに検察庁に送付されたはずだが、検察官が裁判所に意見書を戻したのは、同日夕刻以降であった。金曜日1日かけ、検察内部で、対応を検討したのであろうが、月曜日に確認したところ、検察官の意見は、保釈は「不相当」とだけ書かれた穏当なものだった。

令状部の担当裁判官は、第5次請求と同じ裁判官だった。22日午前、保釈許可決定が出され、検察官は準抗告は行わず、同日昼過ぎ、鎌田氏は釈放された。


以上が、6回にわたる保釈請求でのバトルの末、鎌田氏が保釈されるまでの経過である。

それにしても、検察官は、なぜ、これ程までに「保釈阻止」にこだわるのか。

それは、特捜部が強引に立件した東京五輪談合独禁法違反事件に重大な問題があり、裁判での有罪立証が容易ではないと検察官自身が認識しているからである。裁判で堂々と勝負する自信がないので、ADK植野前社長のように「人質司法」によって無罪主張を抑え込もうとしているとしか考えられない。憲法32条で保障された「裁判を受ける権利」を侵害する行為にほかならない。

そのような検察の「非道」に唯々諾々と従い、保釈許可決定の取消しを繰り返してきた東京地裁刑事裁判部の対応には失望を禁じ得ない。しかし、保釈許可決定の執行停止との関係もあって、僅か数時間で保釈許可の是非を判断せざるを得ない準抗告審にとって、検察官が待ち構えていたかのように提出してくる長大な準抗告申立書(第5次請求では1万8000字超)の中の「事実の歪曲、誇張、虚言」を見抜き、事案の内容・性格を正しく認識して、保釈の可否を適切に判断することが極めて困難であることも事実である。特捜事件での「人質司法」は、裁判所にとっての「構造的な問題」ともいえる。

そうした中で、検察官の「なりふり構わぬ保釈阻止の姿勢」にも怯むことなく、事案の性格を見極め保釈の可否の判断に真剣に取り組んだ東京地裁令状部の裁判官たちは、絶望的な状況の中での「微かな光明」と言える。若手中堅裁判官の彼らが東京地裁の裁判長となる頃には、「人質司法」をめぐる状況も改善されることが期待できるであろう。

鎌田氏は、“196日間の死闘”に耐え抜いた。そして、東京五輪大会運営業務に一丸となって懸命に取り組み、やり遂げたセレスポ社員の名誉をかけ、これから、刑事裁判での検察との「真剣勝負」に挑む。

<保釈当日の会見の様子はこちら>

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「会長追放クーデター」から始まった日産の「ガバナンス崩壊」、対ゴーン氏民事訴訟も混乱・失態の末に“主張崩壊”

7月18日、FCCJ(外国特派員協会)で、レバノンから、カルロス・ゴーン氏(以下、「ゴーン氏」)もオンラインで参加して記者会見が行われた。会場で登壇した私から、訴訟代理人をつとめている民事訴訟の経過と現状について話した。

この訴訟は、日産自動車(以下、「日産」)がカルロス・ゴーン氏に対して2020年2月に提起した約100億円の損害賠償請求訴訟だ。

日産VSゴーン氏民事訴訟受任の経緯

当時、私は、2019年11月からゴーン氏のインタビューを始め、同年12月末にゴーン氏がレバノンに不法出国した後も、オンラインでインタビューを継続し、著書の執筆を行っている最中だった(同年4月に【「深層」カルロス・ゴーンとの対話:起訴されれば99%超が有罪となる国で】と題して出版)。日産はゴーン氏への提訴を公表していたが、、ゴーン氏のレバノンでの住居を把握しているはずなのに、訴訟の海外送達の手続がとられている形跡もない。ゴーン氏に対して100億円の損害賠償請求をするというアピールだけが目的の提訴ではないかと思えた。

2018年11月19日、東京地検特捜部がゴーン氏を羽田空港で突然逮捕した。2010年度以降、日産の有価証券報告書に、代表取締役ゴーン氏の役員報酬額を、「退任後に支払を繰り延べた報酬」も含めて約20億円と記載すべきだったのに、約10億円と記載していたのが「虚偽の開示」だという金融商品取引法(以下、「金商法」)の容疑だった。「繰延報酬」が「確定報酬」だというのが検察の主張の大前提だった。

逮捕の3日後の臨時取締役会で、ゴーン氏は代表取締役を解職された。検察と日産経営陣とがタッグを組んだ「ゴーン氏追放クーデター」だった。

そして、2019年4月8日の臨時株主総会でゴーン氏が取締役を解任された後、日産は、ゴーン氏の「繰延報酬」等につき、2010年3月期~2018年3月期の有価証券報告書の訂正報告書(合計90億7900万円分)を提出した。検察の主張に沿うように有価証券報告書を「訂正」し、各期20億円が「確定報酬だったとして会計処理したものだった。

退任後への繰延報酬も含めて「確定報酬」だったことになると、ゴーン氏が取締役を解任され、退任した時点で、日産には、ゴーン氏への報酬の支払義務が発生する。それを日産の会計処理上、「未払金」として計上することが、検察の主張と辻褄を合わせるために必要だった。

しかし、日産の経営陣は、検察と組んでゴーン氏を「極悪人」に仕立て上げて追放したのだから、そのゴーン氏に、90億円以上もの報酬を支払うことは世の中や株主の理解が得られない。そこで、その金額を上回る約100億円の損害賠償請求を行うことで、ゴーン氏への「未払金の不払い」を正当化しようとする目的で起こした訴訟だと考えられた。

当時、ゴーン氏は、日本からの海外逃亡で厳しい批判に晒されていた。そのゴーン氏の訴訟代理人を敢えて引き受ける弁護士がいるとも思えない。日本国内でゴーン氏が応訴することもないだろうとの見通しで、100億円を超える訴額でゴーン氏を提訴したと公表したのであろう。被告訴訟代理人を受任する日本の弁護士が現れ応訴したら、ゴーン氏のレバノンへの不法出国で刑事裁判が停止している中、検察ではなく日産が「立証の主体」となる民事訴訟が、「日本で唯一のカルロス・ゴーン事件裁判」となる。検察と日産経営陣が組んだ「ゴーン氏追放クーデター」を徹底批判してきた私自身が訴訟代理人を引き受けるしかないと思った。親しい弁護士に声をかけ、弁護団を組んで、日産の不当な提訴に立ち向かうことにした。

もちろん、日本には資産がないゴーン氏にとって、仮に日本で敗訴判決を受けたとしても強制執行される可能性はほとんどない。応訴することの実質的な経済的利益は希薄だ。応訴の費用の大部分は膨大な裁判書類の翻訳・通訳費用に充てられることになり、訴訟代理人として得られる弁護士報酬は僅かでしかない。しかし、検察と日産経営陣がタッグを組んだ「ゴーン氏追放クーデター」「検察の暴走」を世の中に訴え、真実を明らかにするための「唯一の砦」がこの民事訴訟だった。私が中心になって、日産の不当な訴訟を受けて立つしかないと思った。

ゴーン氏の訴訟委任状を提出し、代理人として訴訟の送達を受けたことで、日産VSゴーン氏の民事訴訟が横浜地裁に係属することになった。

日産訴状の「唖然とする内容」と原告日産のその後の対応

日産の訴状を見て、唖然としたというのが、正直なところだった。

ゴーン氏の「取締役としての任務懈怠行為」による損害賠償を請求するものだった。ゴーン氏の不正に関して行ったとする日産の社内調査のための弁護士事務所費用約15億円、会計事務所費用約15億円、ゴーン氏の不正によって被ったとする信用棄損の損害10億円などが書き並べられているが、費用の具体的内容は全く記載されていない。日産経営陣がゴーン氏追放クーデター実行のためにかかった費用を、ゴーン氏に「つけ回し」しただけのような内容だった。

2020年11月13日、第1回口頭弁論期日の後、記者会見を開き、ゴーン氏のコメントも紹介した。(【日本で唯一の「ゴーン事件」裁判、原告日産の不可解な対応は何を意味するのか】

その後、2年半以上、訴訟が続いているが、その間の日産側の対応は、多額の印紙代を支払い100億円もの請求を行っている原告とは思えない不可解なものだった。

日産側は、ゴーン氏の不正についての調査費用として、合計約30億円を請求していたが、いったいどのような調査を行い、どのような成果が得られたのかについては全く明らかにしようとしなかった。単に、「調査の費用を支払った」と主張しているだけだった。被告代理人から、「調査の成果物である社内調査報告書を証拠提出すべき」と何回求めても、原告代理人は「証拠提出する予定はない」と拒絶した。

一方で、日産は、2022年7月、当初の約100億円の請求を約150億円に増額した。その増額分は、「繰延報酬」についての有価証券報告書の虚偽記載について、テネシー州で提起されたクラスアクションの和解金と弁護士費用、日本での罰金、課徴金だった。この和解は、日産が、クラスアクションの原告側から証拠開示を求められ、それに応じたくないために和解に持ち込んだもののようだった。その和解金と弁護士費用をゴーン氏への請求に上乗せしてくるというのも、「ゴーン会長追放クーデター」の費用の「つけ回し」そのものだった。

不当極まりない「ゴーン氏不在の刑事判決」

ゴーン氏と共に金商法違反で逮捕・起訴されたグレッグ・ケリー氏と法人としての日産に対する刑事裁判が、東京地裁でゴーン氏不在のまま行われていたが、2022年3月3日、一審判決が言い渡された。日産の主張通り、ゴーン氏の「繰延報酬」が「確定報酬」だと認められ、日産は、有価証券報告書虚偽記載での「有罪判決」を「勝ち取った」。日産の全面有罪判決はそのまま確定し、ケリー氏は、認識が否定されて一部無罪とはなったが、そこでも、ゴーン氏の「繰延報酬」は「確定報酬」だということで開示義務違反が認定された。

報酬決定権限を持つ代表取締役が、報酬の具体的金額を決めて社内で管理させていた、というだけで、法的に受領することが確定していないものにまで「開示義務」があるとするもので、根拠不明の不合理極まりない判決だった。それについては、【ケリー「有罪」判決は法と論理ではなく「主観」「政策判断」によって導かれた(上)】【同(下)】で詳述している。

しかし、いくら判決が不当なものであっても、法人としての日産に対する有罪判決が確定している事実は、民事訴訟にも大きな影響を与えることになる。確定した刑事判決に反する判断が民事訴訟で行われる可能性は低いと考えざるを得なかった。

「逆転の一撃」としての「予備的相殺の抗弁」

そのような状況を受けて、私は、被告代理人として、乾坤一擲、「逆襲の一撃」を日産に対して行うことをゴーン氏に提案した。それは、「繰延報酬」請求権による「予備的相殺の抗弁」の主張だった。

ゴーン氏は、「2010年以降、日産から毎年実際に支払われていた約10億円の役員報酬が確定報酬であり、秘書室長の大沼氏に、本来支払われるべき毎年約10億円の報酬額を記録させていたが、それは、退任後に改めて社内手続がとられるなどして合法的に受領できることになった場合にのみ受領するつもりであった」と主張し、年約10億円の繰り延べ分が「確定報酬」ではないことを強く主張してきた。

一方、原告の日産は、検察の主張に沿って、2010年度以降、「退任後への繰延報酬」も含めて毎年約20億円が「確定報酬」だったと主張し、有価証券報告書をそのように「訂正」し、合計90億円余の「繰延報酬」を「未払金」として計上している。

そこで、被告のゴーン氏の側から、

「もし、万が一、そのような日産の主張が認められて、繰延報酬が『確定報酬』だったと認定される場合には、その『確定報酬』請求権で、原告の請求を対当額で『相殺する』」

と主張したのである。

これは、その裁判で、仮に、「繰延報酬」が「確定報酬」だとする原告の主張が認められた場合に備えての「予備的抗弁」に過ぎない。しかし、予備的であっても、被告が「抗弁」として主張すれば、原告は、それに対する「認否」をしなければならない。ここで、「繰延報酬が『確定報酬』であること」を否定すると、それまでの日産の主張も、検察の刑事事件の主張も根底から崩れる。一方で、予備的抗弁に対して「確定報酬」を認めると、日産はゴーン氏に対して90億円余の報酬支払債務を負っていることを認めることになる。ゴーン氏が別途訴訟を提起して日産にその報酬を請求してきたら、日産は、金利も含め120億円を超える金額をゴーン氏に支払わなければならなくなる。この「予備的相殺の抗弁」は、日産を進退両難の危機に陥れるものだった。

ゴーン氏にとっても、それまで「確定報酬としての繰延報酬などない」と一貫して主張してきたことからすれば、いくら「予備的抗弁」とはいえ、「確定報酬」を前提にする主張をすることには抵抗があった。しかし、それが、原告の日産と、日産と結託している検察の金商法違反の主張に対抗する有効な戦略だと理解し、ゴーン氏は、私の提案に同意した。

「予備的相殺の抗弁」への認否を拒絶、意味不明の「再抗弁」

2022年7月1日の第7回口頭弁論期日に、被告代理人は、「繰延報酬」に関する原告の請求が認められた場合に備えての「予備的主張」として、「原告の請求の前提となる被告の原告に対する繰延報酬請求権を自働債権とし、原告が本訴で主張する被告の取締役の義務違反による損害賠償請求債権を受働債権として、対当額で相殺する」との抗弁を主張した。

7月1日の進行協議で、この「予備的相殺の抗弁」に対して、原告代理人弁護士は、「認否を9月30日まで書面で提出する」と述べた。しかし、その期限から一週間も遅れて提出してきた準備書面には「予備的相殺の抗弁」に対する認否は含まれていなかった。

10月21日の第8回口頭弁論期日・進行協議で、原告代理人は、「認否反論を年内をめどに提出する」と述べたが、書面にはやはり認否がふくまれていなかった。

そして、原告日産は、2023年1月20日第9回口頭弁論期日で、被告の「予備的相殺の抗弁」に対して、

《被告の善管注意義務違反(被告が報酬の一部の支払を繰り延べたこと)による損害賠償請求権を自働債権とし、被告が相殺の予備的抗弁において主張する繰延報酬支払請求権を受働債権として、被告に対し、対当額で相殺する旨の意思表示をした》

《これにより繰延報酬支払請求権は確定的に消滅した》

と主張した。それに先立って、同趣旨の「相殺の通知」が、日産の代理人からレバノンのゴーン氏宛てに届いていた。

この原告日産の主張(相殺に対する相殺)は、全く意味不明であった。「相殺の抗弁に対しては、仮に繰延報酬の請求権があるとしても同額の損害賠償請求権があるので相殺し、それによって被告の請求権は消滅した。」というのであるが、なぜ、「報酬の一部の支払を繰り延べたこと」だけで同額の損害賠償債務を負うことになるのか、その理由は全く示されていない、まさに苦し紛れの「言い逃れ」に過ぎないように思えた。

4月12日の弁論準備期日で、日産は裁判所から、「原告の主張の『仮に報酬支払債務が発生したとすれば、同時に同額の損害賠償請求権が発生するので、相殺する』という主張の根拠が理解できていない。裁判例か学説があれば出してほしい。」と要請された。原告日産の代理人弁護士は、「次回までに提出する」と言っていたが、7月11日の弁論準備期日でも、その点についての主張ができず、「10月末までに説明を補足して主張を整理する」と述べた。そして、裁判所から、被告の「相殺の予備的主張」に対する認否を改めて求められ、「すべて認める。」と口頭で述べた。この7月11日の弁論準備期日は、原告代理人の筆頭の田路至弘弁護士のスケジュールも踏まえて決定されたものだったのに、田路弁護士は欠席、「すべて認める。」と口頭で述べたのは、上田淳史弁護士だった。被告の「予備的相殺の抗弁の請求原因事実を認める」との弁論準備での陳述は、期日調書にも明確に記載された。

「ゴーン追放クーデター」以降、日産経営陣が行ってきたこと

このような民事訴訟の経過は、「ゴーン氏会長衝撃の逮捕」以降、日産の経営陣が行ってきたことが、「悪辣な、しかし、極めて幼稚な画策」であったことを白日の下に晒すものとなった。

ゴーン氏は、2010年から、10億円以上の役員報酬について、有価証券報告書で開示する義務が生じたことから、諸般の事情を考慮して、報酬を10億円未満に減額し、それまでの計算方式で計算した場合に本来受領できるはずであった年約10億円を、大沼敏雄秘書室長に指示して記録させ、退任後に合法的に受領できる場合にのみ受領しようと考えていた。そこに目を付けた日産経営陣と検察とが結託して、その「退任後の報酬」が「支払いが繰り延べられた確定報酬」だと大沼氏らに供述させて、「確定報酬の虚構」と、それを開示しなかった有価証券報告書虚偽記載罪という「架空の犯罪」をデッチ上げた。そして、検察は、ゴーン氏を羽田空港で「電撃逮捕」した。

そのような有価証券報告書虚偽記載の容疑事実が全くの無理筋であることを、私は、ゴーン氏の逮捕以降、繰り返し、訴え続けてきた(yahooニュース個人【ゴーン氏事件についての“衝撃の事実” ~“隠蔽役員報酬”は支払われていなかった】【ゴーン氏「退任後報酬による起訴」で日産経営陣が陥る“無間地獄”】など)。

そのようにして検察と結託して作り上げられた無理筋の「確定報酬ストーリー」を固めるために、日産経営陣は、ゴーン氏を臨時株主総会で解任した後に、その「繰延報酬」について、過年度の有価証券報告書の訂正を行って「未払金」まで計上した。それが、有価証券報告書虚偽記載の金商法違反であったと「自主申告」して課徴金を支払う一方、その「未払金」をゴーン氏に支払わないことを正当化するために、ゴーン氏に対して「ぼったくりバーの請求書」のような内容の、凡そ根拠のない請求を並べた約100億円の損害賠償請求訴訟を提起した(その印紙代だけで1602万円、「岩田合同法律事務所」の11人もの弁護士が原告代理人として訴状に名前を連ねており、その訴訟にどれだけの弁護士費用がかかっているのか想像もつかない)。

日産は、ゴーン氏不在の刑事裁判でも、望み通りの「有罪判決」を勝ち取ったが、それを受けて被告代理人が行った「予備的相殺の抗弁」の「逆襲の一撃」で、日産側は大混乱に陥った。「確定報酬ストーリー」からすれば、「予備的相殺の抗弁」に対して、ただちに「認める」と認否するのが当然のはずだが、認否を引き延ばし続けた上、1年後にようやく「認める」と、それも書面ではなく、弁論準備期日に口頭で陳述した。

そして、その間に「仮に報酬支払債務が発生したとすれば、同時に同額の損害賠償請求権が発生するので、相殺する」という主張を「苦し紛れ」に出してきた。もし、日産が主張するとおりであれば、「繰延報酬」なるものは「請求と同時に確定的に消滅する」ということなので、実際には、日産から支払われることはない、したがって、その「繰延報酬」を開示する義務もないということになる。この「相殺の意思表示」が、日産の真意なのであれば、日産がゴーン氏に対する未払金を計上したことも、「虚偽の会計処理」だということになる。これは、まさしく、日産経営陣と検察の画策によって行われた「クーデター逮捕」の根拠としての「金商法違反の犯罪事実」の崩壊を意味する。

「ガバナンス崩壊」を反映する対ゴーン氏訴訟での混乱・失態

今年2月、日産と仏ルノーの資本関係の見直しが発表されたが、それをめぐっては日産社内で激しい内部対立があったとされている。

ジャーナリスト井上久男氏(【日産、暴走する社外取 浮上した新たな「ガバナンス問題」】)によれば、

内田社長と対立したのは、筆頭社外取締役で指名委員会委員長の豊田正和・元経済産業審議官と、井原慶子・報酬委員長だと見られる。

特に豊田社外取締役は、内田社長を差し置いて、独断でスナール会長やルノーの筆頭株主であるフランス政府と直接交渉し、日産社内を混乱させた。日産にはまるで「2人のCEO」がいるかのようだった。

とのことだ。

この豊田氏は、経産省の意向を受けて、「ゴーン会長追放クーデター」において中心的な役割を果たした人物とされていた。

そして、次期CEO候補ともみられていたアシュワニ・グプタ最高執行責任者(COO)執行役員は、6月27日の定時株主総会で取締役を退任し、日産を追われることになったが、その理由とされたグプタ氏の「ハラスメント疑惑」を恣意的に取り上げた問題で調査の対象とされたのが、内田社長と監査委員会委員長で独立社外取締役の永井素夫氏であり、さらに、その動きに関連して、内田社長がグプタ氏の自宅に監視カメラを設置して監視していたことを内部告発したのが、「ゴーン会長クーデター」においても、「内部告発者」を装って、クーデターを首謀したハリ・ナダ氏だった。

永井氏は、監査委員会委員長として日産を代表してゴーン氏に対する100億円の訴訟の提起と150億円への増額を行った張本人だ。

「ゴーン会長追放クーデター」を発端とする、日産の社内対立・混乱は、極限に達しており、もはや「ガバナンス崩壊」に至っている。ゴーン氏との訴訟をめぐる混乱・失態も、内部対立の中心人物の一人である永井氏が、日産を代表して訴訟を取り仕切ってきたことを反映するものであろう。

世界有数の自動車メーカー「日産自動車」の行いとして信じ難い訴訟対応について、内田社長は、いったい、どのように説明するのであろうか。

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横浜地裁で始まった「日本で唯一のカルロス・ゴーン事件裁判」、不可解な原告日産の対応は何を意味するのか

日産自動車(以下、「日産」)が、元会長のカルロス・ゴーン氏に対して提起していた約100億円の損害賠償請求訴訟の第1回口頭弁論期日が、昨日(11月13日)横浜地裁で開かれた。

 この訴訟は、ゴーン氏がレバノンに不法出国した1カ月余り後の今年2月12日に、日産が、ゴーン氏に対して、ゴーン氏が起訴された犯罪事実や、それ以前に日産自動車が行った社内調査で明らかになったとする「不正」について、「不法行為による民事上の損害賠償請求」を行ったものだ。

原告の日産は、その「不法行為」の立証のために、ゴーン氏の刑事裁判で検察が立証しようとしていた犯罪事実や、ゴーン氏の「不正」の事実を、独自に証拠によって立証することになる。

ゴーン氏の刑事裁判が被告人不在で停止している中で、検察ではなく日産が「立証の主体」となって行われる「日本で唯一のカルロス・ゴーン事件裁判」である。

私は、2018年11月に、「日産自動車ゴーン会長逮捕」が報じられて以降、ヤフーニュース・ブログ等で、検察実務や刑事司法、コーポレート・ガバナンスを専門とする立場で、客観的、中立的な立場から解説・論評してきた。その中で、検察捜査に関する問題を指摘するとともに、コーポレート・ガバナンスのルールを無視して検察の権力による「クーデター」でゴーン会長を追放した日産経営陣を厳しく批判してきた。

そして、ゴーン氏の事件についての解説・論評の集大成として、ゴーン氏のインタビューを含む著書【「深層」カルロス・ゴーンとの対話:起訴されれば99%超が有罪となる国で】を、今年4月に公刊した。

今回の訴訟が、単なる民事訴訟ではなく、刑事裁判に代わって、ゴーン氏をめぐる事件の真相解明につながるものであることから、ゴーン氏の訴訟代理人という当事者の立場に立って訴訟活動に加わることにしたものだ。

ゴーン氏の国外逃亡後に、敢えて、唯一の「カルロス・ゴーン事件裁判」となるこの民事訴訟を提起したのだから、慎重な検討と判断を経たものだろうと思うのが当然だろう。しかし、日産の訴状の内容も、提訴以降の原告としての対応も、被告代理人にとって、驚きの連続であった。

訴状には、訴状には、「不法行為」について、これまで日産が一方で公表してきたゴーン氏の「不正」が記載されているだけで、非公表の内容は殆ど含まれていない。「損害」として、ゴーン氏の不正に関して行ったとする日産の社内調査のための弁護士事務所費用約10億円、会計事務所費用約15億円、ゴーン氏の不正によって被ったとする信用棄損の損害10億円などが書き並べられているが、費用の具体的内容も支払先も全く記載されていない。100億円という訴額にするための「ぼったくりバーの請求書」のようなものだった。

しかも、民事訴訟規則55条2項では、

「訴状には、立証を要する事由につき、証拠となるべき文書の写し(以下「書証の写し」と言う)で重要なものを添付しなければならない」

とされ、同規則53条1項は

「訴状には、・・・立証を要する事由ごとに、当該事実に関連する事実で重要なもの及び証拠を記載しなければならない」

とされているのに、日産の訴状には書証が全く添付も引用もされていない。

原告代理人は、日本における企業法務を専門に扱う法律事務所の草分け的存在として明治35年に開設された岩田合同法律事務所であり、通常であれば、そのような「初歩的な民訴規則」に反する訴状を作成するとは思えない。

被告代理人からは、再三にわたって、書証の提出・引用を行うよう求めてきたが、全く提出されず、提訴から9カ月も経った先週末に、ようやく提出してきた書証は、会社登記簿、ゴーン氏に役員報酬の決定権が与えられていたことに関する取締役会議事録、日産が証券取引等監視委員会にゴーン氏の役員報酬等についての金商法違反を自主申告したことを受けて課徴金納付命令の勧告が出されたことのホームページの写しなど、既に公になっているものばかりだった。

このような経過で迎えた昨日の横浜地裁での第1回口頭弁論期日は、冒頭から波乱の展開となった。

被告代理人側から、主張の根拠となる書証が訴状に添付されておらず、提訴から9カ月も経っているのに、いまだに書証が殆ど提出されていない理由について、原告代理人を厳しく問いただした。原告代理人は、「証拠を整理しており、提出までに3か月かかる」と回答した。

原告代理人は、根拠となる証拠を整理することもなく、100億円もの損害賠償請求訴訟を提起したというのだ。しかも、書証の提出の問題だけではない。また、「損害」については、前記のとおり、支払先も具体的内容も記載されておらず、主張自体が明確になっていないが、主張をいつ明らかにするのかと尋ねても具体的な返答はない。

被告代理人が追及し、原告代理人が防戦一方というのは、通常の訴訟とは真逆であり、裁判長も、「原告」と「被告」とを言い間違える程だった。

期日終了後、被告代理人は、裁判所近くの会議室で記者会見を開いたが、原告代理人は、報道陣に取り囲まれても、「完全黙秘」を貫いたとのことだった。これも、通常の民事訴訟とは真逆だ。

記者会見では、前日に送られてきたゴーン氏のStatement Regarding Civil Lawsuit Filed by Nissan Motor Companyと題する声明文を公開し、私が訴訟代理人を受任するに至った経緯とこれまでの訴訟の経過を説明した。

公開したゴーン氏の声明文の最後は、以下のように締めくくられている。

 今回の日産側の民事訴訟提起は、日産の一部経営者が邪悪な意図で行った不当極まりない社内調査、検察の不当な逮捕・起訴の延長上にあるものであり、公正な民事裁判が行われ、日産が主張する不正及び起訴された刑事事件の内容や問題点に精通している郷原弁護士を中心とする弁護団の反証活動により、私に対して向けられた不正や犯罪の疑いが全く理由のないものであることが明らかになるものと確信している。

ここで注目すべきは、原告の日産を代表して本件の訴訟を提起したのが、永井素夫監査委員会委員長だということだ。永井氏は、ゴーン会長に関する不正調査が行われた時から監査役として、「会長追放」の中心となった人物だ。その永井氏が、日産の代表者として、今回の訴訟を提起しているのである。

2018年11月19日の、突然の「ゴーン会長逮捕」以降の、夥しいゴーン・バッシング報道により、多くの日本人は、一連の事件を

強欲な独裁者ゴーンによる日産の私物化に加担させられていた部下の執行役員が、良心の呵責に耐えかねて監査役に「正義の内部通報」を行ったことを発端に、日産の社内調査が行われて重大な不正が明らかになり、その調査結果が検察に持ち込まれて「独裁者ゴーン」に検察による逮捕・起訴という「正義の鉄槌」が下った。有罪判決を受けて重い処罰が免れられないと考えたゴーンは、金に物を言わせて海外に逃亡した

というストーリーでとらえている。

 しかし、そこには重大な誤解がある。

まず、「検察の捜査・起訴」に重大な疑問があることは、私が、ゴーン氏の最初の逮捕以降、膨大な数の発信を行い、その集大成として【前記著書】を公刊した。

そして、上記の「正義の内部通報」についても、ブルームバーグの記事【日産の社内メール、ゴーン元会長降ろしの実態を浮き彫りに】(2020年6月15日)、【ゴーン追放劇の陰の立役者はいかに日産の遺産を打ち砕いたか】(8月28日)で、

内部告発者とされるハリナダ氏が、日産とルノーとの関係の在り方等についての個人的動機に基づいて不正な方法でゴーン氏に関して情報を収集し、自ら日産の社内調査の中心になった後に検察と「司法取引」を行い、その後も日産の社内調査の中心となっていたこと

が詳細に報じられており、ハリナダ氏が「正義の内部通報者」であったことにも重大な疑問が生じている。

それに加えて、ハリナダ氏とともに社内調査の中心となったとされる永井氏が原告の代表として提起したのが今回の民事訴訟だ。ところが、日産側の訴訟対応は、100億円に及ぶ訴額の訴訟を提起した原告とは言えない異常なものであり、そのことも、日産の社内調査、ゴーン会長追放の経緯にも重大な疑念を生じさせている。

今回の訴訟で原告の日産が主張している「損害」の多くは、社内調査に関して外部の法律事務所や会計事務所に支払った費用であり、その社内調査の結果を検察に持ち込んだことがゴーン氏の逮捕につながった。それらがゴーン氏の不法行為による「損害」であることを立証しようと思えば、調査の目的と内容を具体的に明らかにすることが必要となる。それによって、日産が行った社内調査が、本当に「経営トップの不正」についての内部通報を受けて行われた正当なものだったのか、一部の会社幹部が「ゴーン会長追放クーデター」を目的として行った不当なものだったのかが明らかになる。

多くの日本人が思い込んでいる上記のストーリーが正しいのか。全くの誤りなのか、日産側代理人が3か月後までに提出予定としている原告側書証の内容など、「日本で唯一のカルロス・ゴーン事件裁判」の今後の展開によって、明らかになってくるはずだ。

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東京五輪談合事件に表れた、公取委と検察の関係による“企業の重大リスク”

他の被告会社への「有罪印象操作」が行われた森氏初公判

7月5日、東京五輪談合事件で起訴されている大会組織委員会の元次長森泰夫氏の第1回公判が開かれ、「間違いありません」と起訴内容を認めた。この事件では、電通や博報堂など広告会社・イベント会社6社と、その幹部ら7人が、東京五輪大会のテスト大会と本大会の会場運営等をめぐる2018年の入札で、あらかじめ受注業者を決めて「事業活動を相互に拘束し競争を実質的に制限した」として独占禁止法違反の罪に問われている。


通常、自白事件であれば、第一回公判で検察側立証に費やす時間はせいぜい30分だ。ところが、この事件では、傍聴席に詰めかけたマスコミの前で、検察側冒頭陳述に50分、検察官請求証拠の「要旨の告知」で100分という異例の長時間が費やされた。これを通して、森氏と同時に逮捕・起訴され、まだ公判が始まっていない7社及びその役員等、事件全体への「有罪印象操作」が行われ、それが、検察の意図どおり、マスコミに大きく報じられた。この中には、全面否認して無罪を主張している株式会社セレスポ、株式会社フジクリエティブコーポレーション(FCC)の2社と同社幹部も含まれる。

元次長は電通側と情報交換するなどして会場ごとの受注予定企業をまとめた「割り振りリスト」を作成。各社の幹部と入札前に個別に面談し、リストに基づき受注予定を事前に伝えたと指摘した。自らの手で大会を成功させ、地位や名誉を保持するために受注調整を進めた。

森被告はある業者から、バスケットボール会場の落札希望を伝えられると「バスケは電通でしょ」と述べて入札参加を断念させたほか、別の業者からはメールで「電通様のお口添えもあり話が前に進みました」と報告を受けていた、
入札が実施された26会場の大半は、割り振り表通りの結果に。被告6社の売上高は約20億~約104億円に上り、売り上げから原価を差し引いた粗利益が最も高かったのは、イベント大手「セレスポ」で約52億円だった。


などと報じられれば、誰しも、東京五輪大会の裏で、悪質・露骨な談合が行われ、業者が暴利を貪ったと思うだろう。
しかし、検察冒頭陳述、要旨の告知に続いて行われた森氏の被告人質問についての記事では、

森被告は弁護側から違法性の認識を問われ、「違反の不安を抱えながらも、目の前の状況を解決して大会を成功させるためどうするかにとらわれていた」と説明した。
謝罪の一方で、「受注調整をしなければ現場は本当に大きな混乱になったと思う」と話し、法に触れず大会を成功させるにはどうしたらよかったかとの質問には、「今もどうしたらできるんだろうと…」と考え込んだ。


などとも報じられている。
 
このような森氏自身の供述内容を見れば、森氏が罪状認否で公訴事実について「間違いありません」と述べているのが、罪を認めたというよりは、罪を犯したとは思っていないのに、事実を認めざるを得なかったことが推測できる。


この記事では「約104億円に上る売り上げから原価を差し引いた粗利益が最も高かったのは、イベント大手セレスポで約52億円」などとされているが、これは、イベント制作会社セレスポは、一人の社員が同時に複数の案件を手掛けることが多いため、案件ごとの売上総利益(粗利)の算出において、社員の人件費を個別の案件の売上原価に配賦していないことによるものであって、多くの業務を下請に出す会社と比較することはできないはずだ。経費の多くが、決算の際に差し引かれる「本社経費」となっているために、各案件の形式上の売上総利益及び売上総利益率(粗利率)は、自ずと高くなっているにすぎない。取調べの時から、検察官が、不当に高い利益を得ているように誤解しているようだったので、会社関係者は何回も説明したが、検察官は聞く耳を持たなかったという。結局、検察官は、それを、セレスポ関係者不在の場での「有罪印象操作」で用いたのである。

独禁法違反の犯罪の成否に重大な問題

以前、この事件を独禁法違反の犯罪ととらえることへの疑問を、Yahoo!ニュース記事【東京五輪談合事件、組織委元次長「談合関与」で独禁法の犯罪成立に重大な疑問、”どうする検察”】で指摘した。


同事件での起訴の直後に、私は、セレスポと同社専務取締役鎌田義次氏の弁護人を受任し、公判に向けての弁護活動を行っている。逮捕時から一貫して全面否認し、無罪を主張している鎌田氏は、「人質司法」によって、4回にわたる保釈請求が却下され、逮捕から150日が経過した今も東京拘置所での身柄拘束が続いている。


森氏の第一回公判の2日後の7月7日午前、東京地裁で、第一回の公判前整理手続が開かれ、同日午後、鎌田氏の勾留理由開示公判が行われた。
以下は、出廷した鎌田氏の前で、弁護人として行った意見陳述の一部だ。

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 勾留には、相応の嫌疑の存在と、勾留の必要性、相当性が必要であることは言うまでもありません。被告人の鎌田義次氏は、今年2月8日に逮捕され、その後、勾留・起訴されて、150日にわたって身柄拘束されています。しかし、その犯罪の嫌疑が極めて希薄で、勾留の必要性も相当性も全くないことは、検察官が証拠を開示し、公判前整理手続において、検察官が提出した証明予定事実記載書面によって明らかになっています。
 本件は、東京五輪大会のテストイベント計画立案等業務の発注をめぐって、事業者間の「入札談合」があったとされ、それによって「事業活動が相互に拘束され、競争が実質的に制限された」として、独禁法3条後段の「不当な取引制限」の罪で起訴されているものです。
 しかし、そもそも「談合」などというものが行われたと言えるのか、重大な疑念を生ぜしめる事実があるのに、検察官は完全に無視しています。
落札率は平均でも「62.6%」と非常に低い数字となっており、一部の競技では20%台となっています。それは、受注の「割り振り」を受けていると認識した上で応札した社も、「割り振り」を受けていない事業者或いはアウトサイダーが受注意欲を持って入札してくる可能性を認識し、価格を予定価格から大幅に引き下げたことによるもので、まさに、各事業者が徹底した競争行動を行っていたことを示すものです。「事業活動の相互拘束」も「競争の実質的制限」も全くなかったことの証左です。

 本件は、「入札談合」であり、また、独禁法違反の「不当な取引制限」なのですから、当然のことながら、犯罪であることの根拠は、事業者間の「共同行為」、すなわち「事業者間の意思連絡」です。
 ところが、検察官が、証明予定事実記載書面で、「本件犯行状況」として具体的に挙げているのは、以下の7つ、これらは、犯罪行為に当たるような事業者間の意思連絡では全くありません。
 一つは、東京2020大会の担当でも何でもない一社員が、電通の担当幹部と会食した際のやり取りとその後のメールで、東京2020大会でのセレスポの希望競技を伝えた、というだけです。しかも、当時は発注方式すら決まっておらず、被告人やセレスポ側は、本件業務は随意契約で発注されると認識していた時期です。このようなものが、「入札談合」に関する「事業者間の意思連絡」と言えるわけがありません。
 それ以外の一つは、組織委員会に出向中の社員とのやり取り、3つは、被告人の役員会、役員ミーティングでの発言、もう一つは、本件業務の発注者である組織委員会の森次長と被告人との間での、被告会社の希望競技と発注者からの入札参加依頼についてのやり取りです。
 被告会社と他の事業者の意思連絡という要素は、全くないのです。
 そして、検察官が「本件合意成立」と主張している事実は、被告人・被告会社が全く知らないところで行われた、発注者側の森氏と事業者の電通との間で、「受注者の割振りの一覧表を更新した」というものなのです。
 このような検察官の主張を前提にすると、鎌田さんを「不当な取引制限」の罪で起訴し、150日にもわたって勾留する理由となる嫌疑が一体どこにあるのでしょうか。
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この東京五輪談合事件とは、いったい、どういう事件なのか、改めて振り返り、犯罪の嫌疑がないことがあまりにも明白であること、この事件が「独禁法違反」とされるのであれば、多くの企業が受注に当たって常に摘発リスクを覚悟しなければならないことを指摘しておきたい。

「東京五輪汚職事件」から「東京五輪談合事件」へ

2022年8月、東京地検特捜部は、電通元専務で東京五輪組織委員会の元理事の高橋治之氏をスポンサー契約で便宜を図った収賄容疑、スポンサー企業経営者等を贈賄容疑で立件する「東京五輪汚職事件」の捜査に着手した。「東京五輪の闇」「電通の闇」に斬りこむことが期待された。しかし、結局、高橋氏と多数のスポンサー企業の経営者は起訴されたものの、捜査は政治家には波及せず、電通本体も摘発を免れた。


そこで、電通を含め広告代理店、イベント制作会社等によるテスト大会の計画立案業務等の受注をめぐる談合が独禁法違反の不当な取引制限に当たるとして、摘発に乗り出したのが、東京五輪談合事件だった。


組織委員会の発注は、公共的性格もあるが、法的には「民間発注」であり、どのような方式で発注するかは、発注者が自由に選択できる。競争性を重視し、入札を行って、受注を希望する業者間で競争を行わせることも可能だが、発注物件の商品、サービスの性格などから、発注者側が最も有利な発注先を選択する随意契約によって発注することも可能だ。


東京五輪大会は、60もの競技がほぼ同じ時期に行われる世界最大のスポーツイベントであり、その26の会場で行われる競技すべてについて、穴を空けることなく、それぞれの競技についての過去の実績や競技団体との関係などに基づいて、実施能力のある事業者を選定する必要がある。しかも、その準備が大幅に遅れていたことから、発注にかけられる時間に制約があった。

「一般競争入札」に拘った財務省主計局系の組織委員会CFO

大会運営に関する最初の発注が、今回、談合があったとされるテスト大会の計画立案業務だった。当初、特命随意契約による発注のほか、電通を中心とするコンソーシアム方式(複数の企業が「共同企業体」を組成して、一つのサービスを共同で行う方法)による発注が検討されたが、そこに立ちはだかったのが、財務省主計局から組織委員会に出向していた企画財務局長と、自動車メーカーで長く調達を担当していた同局調達部長だった。

財務省主計局というのは、予算査定の専門家だが、予算執行の現場のことを意外に知らない。長崎地検次席検事として公共調達関連犯罪の捜査に取り組むことになる直前の2000年頃、法務省法務総合研究所研究官として談合問題の研究で欧州に出張した際にお世話になった現地のジェトロ事務所長が、大蔵省主計官として諫早湾干拓工事の当初の総事業費1590億円(最終的には約2530億円)の予算査定を担当した人だった。その人と話をしていて、公共調達制度など、予算執行の実態を殆ど知らないことに驚いたのを覚えている。

また、自動車メーカーの調達というのは、規格に適合した素材、部品を発注する仕事であり、規則・基準どおりでいかにコストを下げて発注するのか何より重視される世界だ。
こういう世界の人達には、多数の競技がほぼ同じ時期に行われる世界最大のスポーツイベントの大会運営に関する業務について、穴を空けることなく確実に実績、能力がある受託業者を確保するために最適な発注方式をとる、という発想はほとんどなかったにちがいない。組織委員会の内部規則どおり、「入札による発注の原則」にこだわった。

発注方式について最終的に決定権を持つ元財務事務次官の武藤敏郎事務総長は、当時、東京五輪をめぐるエンブレム問題や、違法長時間労働の問題などで批判にさらされていた電通と契約することによる世間への「見え方」を極端に気にしており、入札にこだわる企画財務局の意見に与した。

結局、テスト大会計画立案業務は、総合評価方式の一般競争入札で発注されたが、単に、入札を公示して入札参加者を募り、競争で落札した事業者と契約するだけではすまないことは明らかだった。人気のあるメジャーな競技に応札が集まり、マイナーな競技にはどこも応札しないという可能性が否定できないうえに、同時に多数の競技を行うことから、国内のスポーツイベントに関わるリソースをバランスよく配分する必要があった。

しかも、スポーツイベントは専門的な業務の組み合わせにより成り立つため、1社でやり切ることが難しく、各業務に精通したスタッフを揃える必要がある。そのため、日常的に元請けと下請けが入れ替わることや、競合する企業とも協業することが必要になる。東京五輪大会のような巨大な国際的スポーツイベントでは、国内リソースを最大限に活用するために、得意領域の異なる複数事業者による「協業」が必要だった。

そこで、発注者の組織委員会側の総括者として、各社の実績や意向に基づいて、全競技について、責任をもって業務を実施できる事業者が「最低一社」応札してもらうようにするため「入札前の調整」を、東京五輪大会のマーケティング専任代理店の電通の協力を得て行ったのが、森氏だった。

「民間発注」であれば、そのような発注者側の意向が伝えられれば、どのような形式で発注されることになるにせよ、業務実施体制を検討し、受注の可否の意向を伝えるのは、事業者側にとって当然の対応だ。「入札での発注であれば、正式手続の前には発注者様とはお話できません」などと言っていたら、その会社の仕事はなくなってしまうだろう。発注の方法が法的に制約され違法性に留意したコンプライアンス対応が求められる「公共発注」とは全く異なる。

森氏は、実態に全く適合しない発注方法を押し付けられ、その対応に苦慮し、東京五輪大会を無事開催にこぎ着けるために、企画財務局側の「入札のみで決定すべきという建前」には反していても、実質的に合理的な方法で対応せざるを得なかった。それが、上記の被告人質問での森氏の「言葉を詰まらせての供述」の真意なのではないだろうか。
森氏は、検察官から、組織委の上層部に公式に相談しなかった理由を問われ、言葉を詰まらせる場面もあったようだ。「公式に」相談しなかった、というのは、実質的には「入札前の調整」について認識を共有していたと言う趣旨だろう。

東京都から出向していた局長の方針などもあり、一つの会場の複数の競技の業務を「一事業者」に発注することになった。そうなると、競技ごとに過去の大会運営実績、実施能力などが異なるので、複数の事業者による「協業」が不可避になる。

発注の実情に目を向けず、内部規則遵守の形式論を振り回した局長や、調整、協業の必要性が一層高まる方法を指示した幹部にも、相応の責任はあるはずだ。しかし、実際には、東京五輪大会開催に間に合わせるように、現場で必至に調整をし、何とか26会場の業務委託先を確保した森氏とその森氏の意向にしたがって業務を受注した事業者側だけが罪に問われている。

「独禁法違反の犯罪」は無理筋

この事件を独禁法違反の「不当な取引制限」の犯罪と捉えるのは、明らかに無理筋だ。
「不当な取引制限」の犯罪事実は、「共同して事業活動を相互に拘束し、一定の取引分野における競争制限すること」だ。少なくとも「事業活動の相互拘束」として、自らの行動を他の応札者の行動に合わせて制約することが必要だ。また、そのような「相互拘束性」を持った、当該取引分野全体についての「事業者間の合意」を形成する行為が、「犯罪の実行行為」ととらえられる。しかし、東京五輪談合事件では、「協業」の話合い以外に事業者間で意思連絡が行われた事実はない。「犯罪の実行行為」としての、「事業者間の合意」が、いつ、どこで成立したのかも明確ではない。

検察官の起訴事実では、「テスト大会計画立案業務等の受託業者8社が、平成30年2月頃から同年7月頃までの間、組織委員会の事務所等において、面談の方法等により、受注希望等を考慮して受注予定事業者を決定するとともに基本的に当該受注予定事業者のみが入札を行うこととなどを合意した上、同合意にしたがって受注予定事業者を決定した」とされている。

「基本的に当該受注予定事業者のみが入札を行うこととなどを合意」という起訴状の記載は、「割り振り」されていない事業者も応札している事実を意識したものであろうが、そもそも、それは、事業者の応札が必ずしも「割り振り」に拘束されていないことを示す事実でもある。「事業活動の相互拘束」「競争の実質的制限」も生じていないのである。

検察捜査先行の事件での公取委「追従告発」の重大リスク

1990年代初頭、検察から公正取引委員会事務局(現在は「事務総局」)に出向した私が、公取委でまず取り組んだのは、公取委と検察との独禁法違反の刑事告発に向けての枠組みだった。当時、日米構造協議でのアメリカの圧力で、日本での独禁法違反に対する制裁の強化、とりわけ建設談合への厳正な処罰が強く求められており、公取委は「告発方針」を公表し、具体的事案について告発の要否を検討する場として「告発問題協議会」の場で協議する枠組みができた。

しかし、独禁法違反事件の刑事処罰に対する公取委と検察の考え方には、大きな違いがあった。公取委には専属告発権が与えられ、不起訴の場合には、検察が法務大臣を通じて内閣総理大臣への報告する必要があることなど、告発に関して、公取委の判断を尊重する法律の規定がある。公取委は、行政処分のための調査を行った結果、告発の基準に該当すると判断した場合に、公取委の判断で告発を行えば良い、行政処分の延長上で告発を行って、その後、その「刑事事件」をどう捜査してどう処分するかは検察に任せればよいという考え方だった。

従来から、検察は、行政官庁の告発は、犯罪の嫌疑が明白な場合に限られるべきで、告発をしようと思えば、事前に検察と協議し、「起訴の見通し」が立つ程度に検察の意向に沿った証拠収集を行わなければ、告発など行うことはまかりならぬ、という考え方だった。

1992年の「埼玉土曜会談合事件」では、「犯罪の実行行為」が特定できないことを理由に、公取委としては当然と考えていた「典型的なゼネコン談合事件の告発」は検察に抑え込まれた。検察によって、公取委の告発権限の行使を消極方向に捻じ曲げられたのが、埼玉土曜会事件だった。当時の梅澤節男委員長が「検察が消極意見なのであれば、告発は諦めざるを得ない」として告発を断念した経緯、その後、それが、ゼネコン汚職事件での中村喜四郎元建設大臣のあっせん収賄事件での東京地検特捜部の捜査と関連することになった経緯は、拙著【告発の正義】(ちくま新書)で詳述している。

東京五輪「談合」事件では、「犯罪の実行行為」は不特定で抽象的であり、何が「一定の取引分野の競争を実質的に制限する合意」なのかも不明だ、しかし、検察は独禁法違反での起訴の方針を固め、公取委は、検察の要請に応じ、起訴事実と全く同じ事実を「告発事実」として告発を行った。それは、30年前の埼玉土曜会談合事件とは、まったく真逆の事態である。

告発をめざす犯則調査の専門部署が設けられ、それが、検察の配下に置かれ、検察の指示・要請にはそのまま追従せざるを得ない存在となった。つまり、刑事罰適用に関する限り、独禁法の運用の主導権が、独禁法の専門機関である公取委から、「刑事司法の正義」を独占する検察に移った。そして、専属告発権を有する公取委の告発が、検察によって積極方向に捻じ曲げられ、便利に使われるようになった。それが、露骨に表れたのが、2018年に東京地検特捜部が手掛けた「リニア中央新幹線工事をめぐる談合事件」(【リニア談合、独禁法での起訴には重大な問題 ~全論点徹底解説~】【「リニア談合」告発、検察の“下僕”になった公取委】)だった。そして、今回の「東京五輪談合事件」で、それが繰り返されたのである。
独禁法違反に対する罰則を、検察が思うままに適用し、公取委が、独禁法違反の成否について十分な検討も行うこともなく追従するというようなことが恒常化することは、日本企業にとって重大なリスクになりかねない。

東京五輪談合事件、「人質司法」で逮捕後150日を超え身柄拘束が続く


東京五輪談合事件で起訴された会社のうち、セレスポとFCCの2社は「東京五輪大会の運営業務を受注する事業者として通常どおりの仕事を行っただけ、しかも、東京五輪大会の開催に全力を尽くしたのに、なぜ犯罪とされるのか」という当然の疑問から、独禁法違反の犯罪事実を争う姿勢を貫いている。

拘置所で勾留中の身でも、今もセレスポの専務取締役を務める鎌田氏は、勾留理由開示公判で、弁護人の私の「150日間の身柄拘束された中で考えてみて、今回の件で何か反省すべきと思った点がありましたか」との質問に対して、正面の裁判官を見て、「全くありません」と言い切った。

今週、鎌田氏の5回目の保釈請求を行う。

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「衆院解散は首相の専権」には憲法上疑義、「解散風」煽る岸田首相は“歪んだ民主主義”の象徴

今通常国会は、今日(6月21日)、会期末を迎える。

 国の最高権力者である内閣総理大臣が、国権の最高機関である国会の衆議院議員全員の地位を失わせる「衆議院解散」が、いつ、どのような理由で行われるのか、というのは国のガバナンスの根幹にかかわる問題だ。

 その衆議院解散をめぐって大きく揺れたのが今国会最終盤だった。そこでは、岸田首相自身が、解散を考えていることを仄めかして「解散風」を煽る場面もあった。そこには、「三権分立」という憲法の基本原則、そして、衆議院解散に関する憲法の規定との関係で、重大な疑問がある。

「解散風」を煽り、2日後に「否定」した岸田首相

 6月15日、官邸での「ぶら下がり会見」で、岸田文雄首相は、野党が内閣不信任案を出した場合の対応を問われ、

「立憲民主党が内閣不信任案を出すというのであれば、内閣の基本姿勢に照らして即刻否決するよう、先ほど茂木幹事長に指示を出しました」

と述べ、それに続いて、

「今国会での解散は考えておりません」

と、解散を行わないことを明言した。

 その前々日の6月13日、野党が内閣不信任案を提出した場合に、それが「解散の大義」となり、即刻解散することもできるとの自民党内の声で「解散風」が高まり、野党の内閣不信任案提出に注目が集まる中、岸田首相は、官邸での「ぶら下がり会見」で、今国会での解散について質問されたのに対して、

「様々な動きが出てくることが見込まれるため、情勢をよく見極めたい」

などと、いかにも野党の出方次第で解散もあり得るような言い方をして「薄ら笑い」を浮かべ、首相自らが「解散風」を煽った。

 その2日後、一転して今国会での解散を完全否定する際に、「内閣不信任案が出たらただちに否決するよう指示した」と発言したものだった。

 首相官邸での「内閣総理大臣」としての発言である。「国会で内閣不信任案が提出した場合に、否決するよう指示した」というのは全く理解し難い。

 憲法は、議院内閣制を定めている。行政のトップの内閣総理大臣は、国会議員の中から選ばれる。総理大臣が閣僚を指名して内閣が成立する。内閣は、国会の信任によって成り立っており、その信任を否定する「内閣不信任案」が提出された場合には、国会で審議し、その賛否の議決が行われ、もし、不信任案が可決されれば、内閣は総辞職するか、衆議院を解散するか、という選択を迫られることになる。

 内閣不信任案の議決は、三権の一翼を担う「国会」が行うものであって、同様に、三権の一翼を担う「内閣」、その長の内閣総理大臣は、国会での内閣の不信任案の審議と議決を見守り、その結果を厳粛に受け止める立場だ。 

 岸田内閣総理大臣は、与党自民党の総裁でもある。自民党総裁の立場で、党所属議員に内閣不信任案に対して否決の方針で臨むよう指示することは、あり得ないではない。

 しかし、冒頭の発言は、岸田首相が、首相官邸で、内閣総理大臣の立場で行ったものだ。内閣の長として、内閣不信任案を「否決」するよう自民党幹事長に指示する、というのは、憲法の大原則である「三権分立」を無視するものだ。

安倍氏「立法府の長」発言との共通性

 安倍晋三氏が首相の時代に、衆議院予算委員会で、

「議会については、私は立法府の長であります」

と答弁し、野党から、その趣旨について政府に質問主意書が提出されたこともあった。この時は、「内閣の長」を「立法府の長」と言い間違えた、というのが政府答弁書での説明だった。

 国会で与党が圧倒的多数を占める「安倍一強体制」の下で、内閣と国会とが実質的に一体化していた状況だからこその「言い間違え」であった。

 安倍氏と岸田首相の発言に共通するのは、国会と並び三権の一翼を担う内閣の長である「内閣総理大臣」としての地位と、与党の長としての「自民党総裁」との地位が、頭の中で区別されていないことだ。

 内閣総理大臣の地位は、国会の「信任」によって成り立っているものであり、それが国会で正面から問われる場が、内閣不信任案の議決の場面だ。一方、「自民党総裁」の地位は、党所属国会議員と党員によって行われる総裁選挙で、多数の支持を得て選任されることによるものであり、党所属の国会議員と党員の「支持」によって成立している。

 この「信任」と「支持」が頭の中で渾然一体となって、国政全般にわたって「全権を握っている」かのような認識であることが、安倍氏と岸田首相の発言に表れている。

「法令遵守と多数決による単純化」

 その背景には、私の新著【「単純化」という病 安倍政治が日本に残したもの】で主題にした、「『法令遵守』と『多数決』の組合せですべてが解決する」という、世の中の「単純化」がある。

 国会では与党が絶対的多数を占め、一方で、与党内では、小選挙区制の下で公認権を持つ党執行部が絶対的権力を持つ、という国会と与党内での双方の「一強体制」は、自民党内でも、政府内部でも、安倍首相と側近政治家や官邸官僚には逆らえず、その意向を忖度せざるを得ない状況をもたらした。

 こうした中で、安倍政権側、支持者側で顕著となったのが、

「法令に反していない限り、何も問題ない」

「批判するなら、どこに法令違反があるのかを言ってみろ。それができないないなら、黙っていろ」

という姿勢であった。その「法令」は、選挙で多数を占めた政党であれば、どのようにも作れるし、変えることもできる。閣議決定で解釈を変更することもできる。憲法違反だと指摘されれば、内閣法制局長官を、都合のよい人間に交代させればよい。

 このようにして、多数決で選ばれた政治家が「法令」を支配し、そこに「法令遵守」が絶対という考え方が組み合わさると、すべての物事を、「問題ない」と言い切ることができる。「法令遵守」と「多数決」だけですべて押し通すことができるということになる。

 そのような状況をもたらした大きな要因が、「解散権は首相の専権」という理解を背景に、政権にとって最も都合のよい時期に「大義のない解散」が行われ、国民の関心が盛り上がらない「低投票率選挙」が繰り返されてきたことだ。それが、「安倍一強体制」を一層盤石なものにすることにつながった。

 岸田首相が「情勢をよく見極めたい」などと言って「薄ら笑い」を浮かべて「解散風」を煽り、それを自ら否定したのも、安倍氏と同様に、いつでも、自分の思うままに「首相の解散権」を行使できるという認識を前提にしている。

 しかし、憲法の規定上は、決して、首相に無制約の解散権を与えているのではない。「衆議院解散は首相の専権」という考え方に重大な誤謬がある。

憲法上の内閣の解散権の根拠

 内閣による衆議院の解散が、憲法69条により衆議院で内閣不信任案が可決された場合に限られるのか、それ以外の場合でも認められるのかは、古くから、憲法上の論点とされてきた。

 憲法の規定を素直に読めば、憲法45条が衆議院の任期は4年と定めており、69条がその例外としての内閣不信任案可決に対抗する衆議院解散を認めているのだから、解散は69条の場合に限定されるということになるはずだ。憲法草案に携わったGHQも、衆議院解散を69条所定の場合に限定する解釈を採っていたようで、現行憲法下での最初の衆議院解散となった1948年のいわゆる「馴れ合い解散」は、野党が内閣不信任案を提出して形式的にそれを衆議院で可決し、「69条所定の事由による解散」とする方法が採られた。

 ところが、1952年の第2回目の衆議院解散は、69条によらず天皇の国事行為を定めた7条によって行われた。

 その解散で議席を失った苫米地義三議員が、解散が違憲であると主張して議員の歳費を請求する訴訟を起こしたのに対して、東京高裁が69条によらない7条による衆議院解散を合憲と認め、最高裁判所は、いわゆる「統治行為論」を採用し、

高度に政治性のある国家行為については法律上の判断が可能であっても裁判所の審査権の外にあり、その判断は政治部門や国民の判断に委ねられる

として、違憲審査をせずに上告を棄却したこともあり、その後、69条によらない7条による衆議院解散が慣例化した。

諸外国での議会解散権

 しかし、内閣には議会の解散権が無条件に認められるという日本の現状は、国際的に見ると異例である。先進諸外国でも、内閣に無制約の解散権を認めている国はほとんどない。

 米国のような大統領制の場合、議会の解散権はないのが一般だ。日本でも、二元代表制の地方自治体では、首長が議会を解散できるのは不信任案が可決された場合だけだ。

 日本と同じ議院内閣制のドイツでも、内閣による解散は、議会で不信任案が可決された場合に限られている。法制度上は内閣に自由な解散権が認められているイギリスにおいても、政権与党に有利なタイミングでの解散への批判が高まり、2011年に首相による解散権の行使を封じる「議会任期固定法」が成立した。英国のEU離脱の是非をめぐって国会の機能を妨げたなどの理由で同法は廃止され、首相の解散権は復活したが、そのような経緯からしても、解散権を無制約に行使できるわけではない。

理由なき解散は「内閣の解散権の逸脱」

 もともと、議院内閣制の下では、内閣は議会の信任によって存立しているのであり、議会の解散は、その信任が失われた場合の内閣の側の対抗手段だ。自らの信任の根拠である議会を、内閣不信任の意思を表明していないのに解散させるのは、自らの存在基盤を失わせる行為に等しい。予算案や外交・防衛上重要な法案が否決された場合のように、実質的に議院による内閣不信任と同様の事態が生じた場合であればともかく、それ以外の場合にも無制限に解散を認めることは、内閣と議会との対立の解消の方法としての議会解散権の目的を逸脱している。

 現行憲法が、衆議院議員の任期を原則として4年と定め(45条)、例外としての衆議院解散を、条文上は内閣不信任案が可決された69条の場合に限定しているのも、議会の解散を、基本的に、内閣に対する国会の信任に関する手段と位置づけ、内閣が、自らを信任している議会を解散することを原則として認めない趣旨と解するべきだ。

 69条の場合以外に、憲法7条に基づく衆議院解散が認められるとすれば、重大な政治的課題が新たに生じた場合や、政府・与党が基本政策を根本的に変更しようとする場合など、民意を問う特別の必要がある場合であり、内閣による無制限の解散が認められると解するべきではない。

 議会の信任を得ている内閣が、政権基盤の安定強化のために、民意を問うべき重大な政治上の争点もないのに衆議院を解散することは、衆議院議員の任期を定める憲法45条及びその例外として衆議院の解散を認める憲法69条の趣旨に実質的に反すると言うべきであろう。

「衆議院解散」と民主主義の関係

 安倍氏は、衆議院解散をその政権基盤の強化のために最大限活用し、それによって首相在任期間は史上最長となった。国政上の重大な争点もないのに与党に有利と判断される時期に衆議院解散総選挙が行われれば、選挙への関心は高まらず、従来から50%余にとどまっている投票率をさらに低下させることになる。それによって、選挙結果は国民全体の意思から一層乖離したものとなり、民主主義の機能を一層低下させることにつながる。

 岸田首相は、直近の衆院選からの任期の折り返しにも至らない時期に、解散を考えているかのような発言をした後に、「三権分立」をも無視するかのような言い方で今国会での解散を否定した。それは、「解散権は首相の専権」との思い込みが極端に表れたものだ。

 首相公邸忘年会問題、マイナンバーカードをめぐる問題などで、内閣支持率が急落し、国民の支持を失いつつある岸田政権が、唯一頼るのが、憲法上も疑問がある「首相の無制限の衆議院解散権」だというのが、日本の「歪んだ民主主義」を象徴するものだ。

 今国会での衆議院解散は断念した岸田首相だが、自民党総裁選挙での再選を狙うための戦略として、今秋以降に解散に踏み切る可能性があると言われている。

 もし、そのような解散が行われた場合には、岸田首相が、「解散風」を煽る際に見せた「薄ら笑い」を思い出し、その解散総選挙に意味を、しっかり考えて投票に臨まなくてはならない。

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