新型コロナ感染爆発の下での東京五輪開催、コロナ対策の失敗等で、内閣支持率も菅内閣発足後最低を記録しており、政権崩壊すらあり得るという状況になっている。本来ならば、野党第一党の立憲民主党にとっては、政権奪取の絶好のチャンスだ。しかし、野党第一党の立憲民主党の支持率も一向に伸びない。
こうした中、8月8日、横浜市長選挙が告示された(22日投開票)。菅義偉首相のお膝元、日本最大の政令市の横浜市で行われる首長選挙は、史上最多の合計8人が立候補しており、今秋に行われる衆議院議員選挙の前哨戦とも言われて、注目を集めている。
立憲民主党は、横浜市立大学元教授の山中竹春氏の推薦を決定し、告示前から組織を挙げて支援運動を展開してきたが、この山中氏については、データサイエンティスト、コロナ対策の専門家などの触れ込みへの疑義や、学歴・経歴への疑問、横浜市大でのパワハラ疑惑など様々な問題が指摘されてきた。それらの問題について全く説明責任を果たさないまま山中氏擁立を強行した立憲民主党は、目前に迫る衆院選に向けて重大なリスクを抱え込むことになった。
横浜市、立憲民主党それぞれと私との関係
私は、2007年からコンプライアンス外部委員として、2017年からはコンプライアンス顧問として、各部局・区で生起する様々な不祥事・コンプライアンス問題について、対応を助言したり、各区局の幹部へコンプライアンス研修を行ったりして、横浜市の行政に深く関わってきた。私の持論である「組織が社会の要請に応えることとしてのコンプライアンス」を横浜市で実現すること、つまり、「横浜市の組織が、市民や地域社会の要請に応えていくこと」に向けて、私なりに全力で取り組んできた。
一方で、2009年に発足した民主党政権下では、総務省顧問・コンプライアンス室長を務めたほか、その後発足した自民党安倍政権が長期化する中で、2012年の安倍政権発足後、安倍政権及びそれを継承する菅政権と対立する野党の民主党、民進党、そして、現在の立憲民主党に、刑事実務・コンプライアンスの専門家として協力してきた。
安倍首相の側近の甘利明氏の斡旋収賄事件、森友・加計学園問題、桜を見る会問題、河井夫妻多額現金買収事件などの不祥事、事件が発生する度、安倍首相や政権側に対して厳しい批判を行い、野党側の国会での公述人・参考人陳述や、野党ヒアリングなどに応じてきた。
私としては、「安倍一強」と言われていた政治状況の下で、政権に対抗する政治勢力を少しでも高めることができればと思い、可能な限りの協力を惜しまなかった。
今回の横浜市長選挙は、市民と地域社会の要請に応える横浜市政を実現できる新市長を選ぶための極めて重要な選挙であり、私も大きな関心を持ってきたが、その市長選においても、これまで協力関係を継続してきた立憲民主党が重要な役割を果たしてくれるものと期待していた。
しかし、江田憲司氏を中心に行われた候補者選定で、6月に入って出てきた名前は、DNAベイスターズの初代社長の池田純氏、そして、山中竹春氏だった。
6月20日頃、「立憲民主党が横浜市立大学教授の山中竹春氏を、市長選挙に擁立へ」と報じられた。私は、この時以降、山中氏について多くの人から話を聞き、情報・資料を入手してきたが、山中氏は、市長に相応しい人物ではないどころか、絶対に市長にしてはならない人物であると思わざるを得ななかった。
同じ頃、自民党側では、「小此木八郎氏が現職閣僚を辞任して横浜市長選挙に出馬する意向」と報じられた。菅首相と昵懇の間柄の小此木氏が当選し、市長となることは、かねてから横浜市の幹部人事や横浜市政に大きな影響を持ってきた菅首相の関与を一層高めることになる。まさに、「菅支配の完成・盤石化」を意味する。それは、横浜市民のための市政に一層逆行することになるものと思えた。
自民党側の小此木氏に対抗する立憲民主党側が山中氏を擁立することになれば、横浜市民にとって、最悪の市長選挙となりかねない。何とか阻止しなければならないと思った。
山中氏が「市長にしてはならない人物」と確信する根拠
山中氏について、私がそこまで断言するのは、相応の根拠に基づくものだ。私の情報源は、横浜市大の内部者、医療情報の分野の専門家、医療ジャーナリスト、神奈川県内の医師、など、多岐にわたっている。
特に、横浜市大は、私が横浜市のコンプライアンス顧問在任中に発生した不祥事への対応で深く関わったことがあり、大学関係者の多くと面識があった。
その不祥事というのは、2019年8月に、横浜市大医学部で発生した「臨床研究におけるメール誤送信による患者情報の漏えい」の問題だった。
問題を把握した時点から、当時の理事長から頻繁に連絡を受け、不祥事対応の助言を行い、第三者委員会の設置に際しても、当時の市大病院長(現学長)とともに独立行政法人国立病院機構理事長を訪ねて、委員長就任をお願いした。その後、私の事務所スタッフに第三者委員会の調査を担当させ、翌年、委員会の調査報告書が公表された。
今回、山中氏の人柄、能力・資質、同氏の市長選への出馬に関して横浜市大の内部で起きていることについて、情報を入手し、様々な話を聞くことができたのは、私自身や私の事務所スタッフが横浜市大内部に豊富な人脈があったことも背景となっている。
これらの情報に基づき、私は、立憲民主党が市長選候補者として擁立しようとしている山中氏が「市長に相応しくない人物」であることに確信を持ち、立憲民主党の県連会長や党本部選対幹部など各レベルに伝え、再検討するよう求めた。しかし、「候補者選定は江田憲司氏に一任されている」とのことで、誰も口を出せないとの話だった。
その際、県連関係者が口にしていたのが、「他にいい候補がいない」という話だった。6月10日頃、江田憲司氏と電話で話したこともあったが、その際、江田氏は、「素晴らしい候補者が複数手を挙げていて調整に困っている状況だ」と言っていた。しかし、実際には、候補者の人選を江田氏がすべて自分で抱え込み、その結果、江田氏が独断で候補者を山中氏に絞り込んだものだった。
自らが市長選に出馬の意志を表明する決断
立憲民主党が山中氏を推薦し、野党統一候補にしていこうとしているのであれば、何とかして阻止しなければならない。そのためには、自分自身が出馬の意志があることを伝え、山中氏を候補として擁立しない選択肢を示すしかないと考えた。
私は、県連会長や、党本部の選対幹部などに、改めて山中氏は横浜市長にしてはならない人物であることを説明するとともに、「7月6日の横浜市のコンプライアンス委員会までは顧問職を全うしたいと考えているので、市長選挙について自ら表明することはできないが、横浜市長選出馬に向けて覚悟を固めている」ということも伝えた。
しかし、立憲民主党側では、山中氏擁立の方針を変える気配は全くなかった。
私は、7月6日のコンプライアンス委員会の終了をもって、顧問を退任し、翌日に開いた記者会見で、「解除条件付き出馬意志表明」を行った。そして、山中氏のデータサイエンスの専門性、コロナの専門性等について質問を行い、その質問状への回答によって山中氏の市長としての適格性と政策の共通性が確認できれば私は立候補の意志を撤回すると述べた。それは、逆に、山中氏の市長としての適格性が確認できないようであれば、擁立を再検討すべきとの趣旨を含んでいた。立憲民主党側が私の質問状を受け止めて、真摯に対応しようとすれば、山中氏は市長に不適格な人物だと判断されるものと確信していた。
会見の前には、事前に立憲民主党福山哲郎幹事長とも面談し、質問状も渡して、趣旨も説明していた。質問状を受け取った阿部知子県連会長からも、「必ず書面で回答させます」という丁寧なメールが届いていた。
不誠実極まりない立憲民主党側の対応
7月14日、江田氏と、青柳陽一郎県連幹事長、藤崎浩太郎横浜市議の3人が、私の六本木の法律事務所を訪れ、山中氏に代わって、回答の内容を伝えてきた。私の質問状に対して、いずれも、合理的な説明は困難とのことだった。山中氏が標榜している「データサイエンスの専門家」「コロナの専門家」には、具体的な根拠や内容はなく、単に、選挙向けに使っているに過ぎないという話だった。
その結果、私が出馬意志の「解除条件」とした、「山中氏の市長としての適格性」が確認される可能性がなくなったため、7月16日の会見で、私は、横浜市長選挙への出馬の意志を、改めて明確に示した。
7月7日、7月16日のいずれの会見も、その動画をインターネットで公開した。会見の趣旨に賛同する反応が相次いて寄せられ、山中氏の市長候補者としての適格性には重大な問題があるとする多くの人からの情報提供があった。
それらの情報から、私は、山中という人物は、絶対に市長にしてはならない、万が一にもこのような人物が市長になることは、横浜市民にとっても、横浜市の職員にとっても「災害」に近い事態になると確信した。
出馬意志表明後も、私は、山中氏が「市長に相応しい人物」ではないことについて、多くの根拠を示して、ブログ等で指摘してきた。(【横浜市長選挙、立憲民主党は江田憲司氏の「独断専行」を容認するのか〜菅支配からの脱却を】【私が横浜市長選にこだわり続ける3つの理由、「民意」「支配」「適格性」】)。私は、立憲民主党側が山中氏擁立を再考することを、諦めていなかった。
しかし、立憲民主党本部も、江田憲司代表代行に支配された神奈川県連も、私の指摘に全く耳を貸さなかった。そして、党所属国会議員・県議・市議らが、コロナ禍にもかかわらず、街頭で幟を立てたり横断幕をかざしたりして人を集め、「8月22日横浜市長選挙立候補予定者山中竹春」の名前を広める「事前運動まがいの活動」に邁進したのである。
山中氏のパワハラ疑惑
8月3日発売の週刊誌フラッシュのネット記事【横浜市長選「野党統一候補」がパワハラメール…学内から告発「この数年で15人以上辞めている」】で山中氏のパワハラ疑惑が報じられた。
私の法律事務所は、事務所名からも明らかなようにコンプライアンス専門事務所だ。
多くの企業からコンプライアンス体制の構築の依頼を受け、全従業員のアンケート調査等によるコンプライアンスの実態調査も行っている。もちろん、パワハラの問題は、最近ではあらゆる組織にとって重要なコンプライアンス問題であり、通報があった事案の調査も多数行っており、パワハラの実態については精通している。
この山中氏のパワハラ問題については、当事務所にも、情報提供・協力の申出があり、私自身が、その被害者の一人から直接聴取して事実を確認している。また、それまでに多数の学内関係者から得ていた情報からすると、同記事で書かれた内容は、多くの大学関係者の認識に沿う、疑う余地はない事実であることは明らかと判断できた。
さらに、横浜市大教授在職中に突然、市長選への出馬が報じられたことに関して、理事長・学長名で出された学内文書に因縁をつけて、山中氏の評価を含む文書を発出するよう強く求め、書き直しをさせて、『素晴らしい研究業績』などの文言を含む文書の発出を強要し、大学の自治に対する、政治的権力による侵害行為を行った事実があった。これについても、市議会議員の関係者から情報提供を受け、文書も入手した(【「小此木・山中候補落選運動」で “菅支配の完成”と“パワハラ市長”を阻止する!】)。これも、山中氏のパワハラ体質を端的に示すものだった。
このような状況の下で何をなすべきか。
熟慮を重ねた末、私自身の立候補の意志は撤回し、「元横浜市コンプライアンス顧問」として、コンプライアンス問題について外部有識者として意見を述べる立場になることとし、一方で、市長選挙については、小此木氏・山中両氏の当選を阻止するための運動、つまり「落選運動」に方針を転換することを決意し、8月5日の記者会見で、その旨明らかにした。
こうして、私は、横浜市長選挙において、立憲民主党推薦候補に対しても「落選運動」を行うことを宣言し、初めて、民主党の流れを引く野党と正面から対立することになった。
山中氏のパワハラ疑惑への立憲民主党の対応
上記のフラッシュ記事で報じられた山中氏のパワハラ疑惑に対する立憲民主党側の対応は、信じ難いものだった。
同党神奈川県連だけでなく、同党所属の国会議員までもが、「しらべえ」というインターネットサイトの【菅首相が負けられないため加熱する横浜市長選 山中竹春元教授がフェイクニュース被害】という記事を引用して、山中氏のパワハラ疑惑がフェイクだと喧伝しているが、この記事は、パワハラの実態について基本的な知識すら欠いている。
この記事では、「山中元教授が務めた横浜市立大学もハラスメント委員会を設けている。公立大学だから、私立に比べて、ハラスメント対策はより厳しい。」「大学側も『ハラスメント対策は厳正に行っている』と答えている」「ハラスメント委員会に山中元教授を告発したケースは1件もない」などが、山中氏のハラスメントを否定する決定的な根拠であるように言っている。
そもそも、「対策を厳正に行っている組織ではハラスメントは発生しない」「ハラスメントを受けた被害者は必ず告発を行う」との前提が、全く的はずれだ。一般的には、深刻かつ重大なパワハラであればあるほど、報復を恐れて通報や告発に至らないことが多く、それが、組織のパワハラ対策の困難性の要因となっている。
パワハラには、様々な態様がある。他人の目の前で叱責するというような単純なパワハラであれば、周囲からの告発などが行われることもあり、比較的把握しやすい。しかし、フラッシュの記事で山中氏が行ったとされるパワハラは、組織内の上司がその権限を不当に行使して被害者にダメージを与える陰湿な方法によるパワハラであり、組織内で告発をしても握りつぶされたり、報復を受けたりする懸念から、告発自体が極めて行われにくいタイプのパワハラだ。ハラスメントの被害者が退職した場合も、そのまま泣き寝入りする場合が多い。
つまり、「告発がゼロ」というのは、山中氏のパワハラ疑惑を否定する根拠には全くならないのである。
実際に、山中氏の人格・性格について、大学関係者の話では、「粘着質で執念深い」という点で一致している。報復を恐れてパワハラの告発を行うことはとてもできない典型例であるし、実際に被害を伝えてきた人たちも、報復されることを非常に恐れている。
この「しらべえ」の記事の著者には、昨年、東京都知事選をめぐって、「立憲民主党の枝野幸男氏と国民民主党の玉木雄一郎氏が神津連合会長に呼び出された」と事実無根のツイートをして、すぐに全く事実ではないことが判明し、ツイートを削除したという騒ぎがあった。党の代表に関わる虚偽ツイートで迷惑をかけた前歴のある人間の、内容的にも全く噴飯物の記事を、立憲民主党の議員がこぞって山中氏のパワハラ否定のために引用するというのは、公党の対応として異常というほかない。
山中氏のパワハラ疑惑の指摘について、まず行うべきことは、パワハラ当事者の山中氏からヒアリングを行い、パワハラの具体的事実として指摘されている「干す」という言葉を使ったメールを発信した事実があるのかどうかを確認すること、それが事実なら「干す」がどういう意味で用いられたのかを山中氏自身に問い質すことだ。それが、最も容易にできるのは、山中氏推薦を決定している、立憲民主党のはずだ。
山中氏の経歴詐称疑惑
それに加え、かねてから、山中氏の学歴・経歴・データサイエンティストとしての専門性に関して、米国留学時の経歴「NIH リサーチフェロー」の詐称問題がSNS上等で指摘されていた。
これについて、私が告示日の前日に指摘したのは、山中氏が米国留学時の身分について「NIH リサーチフェロー」としていた研究経歴紹介サイト「リサーチマップ」を、出馬表明直後に削除したこと、大学院修士課程しか修了していないのに博士課程修了のように見せかけていた疑いがあること、「NIH リサーチフェロー」は博士号取得後3年経過後に得られる政府職員の有給のポストであり、山中氏が「NIH リサーチフェロー」だったとは考えにくいことだ。山中氏はこれらの疑問に答えるべきだと述べた。(【横浜市長選、山中竹春氏は「NIH リサーチフェロー」の経歴への疑問にどう答えるのか】)
しかし、山中氏本人も、同氏を推薦する立憲民主党も、これらの疑問に対して何一つ正面から向き合おうとせず、経歴詐称問題について全く何の説明もしないまま立候補届出に至った。
上記のフラッシュの記事に対しては、「しらべえ」記事を引用してフェイクだと騒ぎ立てたり、フラッシュを出版社の光文社を「告訴する」などとマスコミに吹聴したりすること(実際には、告訴は凡そ受理されないと思われる)に終始し、連日、党組織を挙げての山中氏のための街宣活動を繰り広げている。
一方、「NIH リサーチフェロー」についても全く説明責任を果たさず、選挙公報には、なぜか「NIHリサーチフェロー」とは書かず、「NIH 研究員」と記載している。
立憲民主党に安倍・菅政権を批判する資格があるのか
横浜市長選挙は、4年に1度、たった一人の市長を選ぶ選挙である。その選挙において、市長に相応しい人物を、責任を持って選定し、市長としての適格性に疑念が生じたら、十分に説明責任を果たすのは、公党として当然の責務のはずである。
しかし、今回の市長選での候補者選定の経過は、凡そ上記のような責務を果たすものとは言い難い。江田憲司氏の「独断専行」を許した結果、候補者の適格性に重大な疑義が生じているにもかかわらず、説明責任を無視している状況にある。
立憲民主党も、その前身の、民主党・民進党も、森友・加計学園問題、桜を見る会問題等で、自らの権力の維持を最優先し問題に対して最低限の説明責任すら果たして来なかった安倍・菅政権を追及する中で、「説明責任を果たしていない」ということを常に批判の理由としてきた。
今回、横浜市長選挙において立憲民主党が行っていることからすると、果たして、説明責任について安倍・菅政権を批判する資格があるのかと疑問を持たざるを得ない。
党本部が、江田氏の「独断専行」を容認せざるを得ないのは、「野党第一党」の地位を守ることを最優先しているからではないのか。そのような立憲民主党執行部に、本気で菅政権を打倒し、国民の期待する政権を作ろうとする気があるのか。長年、横浜市政は、有力政治家菅義偉氏の大きな影響を受け、「菅支配」の下にあった。それを一層強固なものとする小此木氏の当選は、何が何でも阻止しなければならない。しかし、今の立憲民主党には、それを期待することは全くできない。