高市陣営「中傷動画」問題、犯罪成立の可能性を徹底検証する

前回記事【衆院選・自民党支部有料ネット広告「公選法違反の疑い」について考える(郷原信郎)】で、自民党支部有料ネット広告の公職選挙法(以下、「公選法」)違反の疑いの問題を取り上げたのに続き、高市早苗陣営が、自民党総裁選や衆議院選挙において、高市陣営が第三者を装って対立候補などを誹謗中傷する動画をSNS上で組織的に拡散していた疑惑について、法的な観点から考えてみます。

総裁選と衆院選での「中傷動画」の拡散と文春報道

昨年の総裁選の対立候補だった小泉進次郎防衛相、林芳正総務相の中傷動画を多数作成し、匿名のアカウントから動画サイトや「X」に投稿し、また、2月の衆院選では、中道改革連合(以下、「中道」)の候補者を中傷する動画を拡散させていたとされる問題を、週刊文春が5月7・14日発売号で報じて以降、第4弾に至るまで報道を続けており、国会での追及も行われています。

例えば、総裁選ではTikTok上で「真実の政治」なるアカウントによって、小泉氏に対しては

『カンペで炎上!無能で炎上!ボロが出まくって大炎上!!』、

林氏に対しては文書送付投票依頼の疑惑について

『完全アウト』『政界の119さん あなたがぴーぽーぴーぽーなんですけどぉーw』

などと誹謗中傷する動画を拡散させ、一方で高市氏に対しては

『誰にも忖度しない、圧倒的な実行力』

などと、徹底して称賛する動画も拡散。これらは、高市事務所の公設第一秘書である木下剛志氏が関与する形で、「小泉氏へのアンチを7割、林氏アンチを1割、高市氏のポジティブな動画を2割作る」などという方針の下、拡散されていたと報じられています。

さらに、衆院選では徹底した中道批判の動画の作成と拡散が行われ、例えば馬淵澄夫氏に対しての動画では、

『改革を口にする彼の背後で古い支援団体と既得権益が密かに祝杯を挙げています 彼が権力を握れば行き過ぎた労働規制が復活し日本の経済成長は完全にストップします』

などと批判しています。その他、岡田克也氏に対しては

『息を吐くように嘘をつく「ミスター真面目」』

枝野幸男氏に対しては

『政局ゲームに興じるプロのクレーマー』

そして中道そのものにも

『中道と自称する政治家は 耳障りの良い言葉で「決断」から逃げ続けます』

などと、中道とその幹部をこき下ろす一方で、高市氏に対しては

『福岡に女神現る!!』

『高市早苗は決してブレない』

などと徹底して称賛し、こうした動画がほぼ自動で大量生産され、様々なアカウントが使われ、大量に投稿されていました

これらの動画は、ITエンジニアであり起業家の松井健氏によって作成され、拡散されました。この松井氏は、暗号資産「サナエトークン」の開発に携わり、週刊文春において、暗号資産をめぐる高市事務所側との連携を実名告白した人物でもあります。

松井氏によれば、知人から「総裁選で高市陣営が苦戦しているので手伝ってあげてほしい」と依頼され、早速、高市事務所とWeb会議を開き、陣営の現状をヒアリングし、木下秘書から「力を貸してほしい」などと言われ、選挙戦に参加。松井氏は知見を活かし、対立候補へのネガティブな内容のほうが逆転のために効率的とアドバイスし、上記の動画を制作。木下秘書とは秘匿メッセージアプリ「シグナル」によって連絡を取り合っており、昨年9月26日には、中傷動画について木下秘書のほうから松井氏に対し「これからアップしてアカウントを送付致します」とメッセージを送っていることが確認されています。また、前述した林氏の中傷動画では、林陣営が総裁選でルール違反の文書送付を行って投票依頼をしていた疑惑を取り上げていますが、それに関して、依頼文の書かれたハガキの画像が使用されています。これについては、「シグナル」上において、木下秘書が松井氏に、この画像の元データを送付した記録が残っています。

総裁選の結果は、小泉氏有利の予想を覆し、党員票で高市陣営が大きくリード、そのまま決選投票で大逆転勝利しました。松井氏は、

「私たちは結果が出たその日のうちに、ほぼ全てのアカウントを消去し、痕跡を消しました。総裁選の後、投稿数なども木下秘書に報告した。『いままで色んなところにネット対策頼んできたけど、松井さんがダントツですわ』『また次もよろしく頼みます』と言われました。」

などと文春の取材に対し述べています。

衆院選への依頼の経緯の詳細は現時点で不明ですが、少なくとも公示日前日の1月26日には、松井氏が木下秘書に

「明日から切り抜き部隊を動かします。明日の午前中15分程お打ち合わせ出来る時間はございますでしょうか?」

と連絡し、木下秘書から

「明日は初日で街宣車の送り出しがあるので、11時半頃には大丈夫かと思います」

と返信を返していることが、ショートメッセージに残っているとされています。

そして1月27日には、木下秘書から

「奈良1区の中道の馬淵は、選挙対策委員長でありながら、近畿比例名簿で何と公明党枠の下に自分だけ単独6位で、他の仲間はその下に横並びとなっており、自分だけ安全圏に身を置いているとネットで大炎上しているそうです。下記に書き込みコメントを添付しますが、これらも拡散願います」

などと“依頼”するショートメッセージが残っており、同じく木下秘書が、2月4日に

「安住のポケットに手を突っ込んだ演説、公開する事を前提に撮えているのに足を組んでの食事、とても日本人の道徳心とは思えません。皆さんに知らしめてやって下さい」

などと“依頼”するショートメッセージが残っているとされています。

その結果、衆院選では中道が歴史的な惨敗、高市自民党は、自民党単独で3分の2を大きく超える歴史的な大勝利を収め、投開票から一夜明けた2月9日には、木下秘書から松井氏に

「この度も大変お世話になり、心より感謝申し上げます。自民党過去最高の議席数を賜り、旧立憲民主の害獣を沢山駆除する事ができました。しっかりと未来に向けた国作りを進めてまいります」

とのショートメッセージを送ったことが、文春でスクリーンショット付きで報じられています。

国会での追及と高市首相の「否定答弁」

 本件は、4月30日の週刊文春の詳細な報道をきっかけに、5月8日以降、国会でも追及される事態となっており、当初、高市氏は

「他の候補に関するネガティブな情報を発信する、あるいはそのような動画を作成して発信するといったことは、一切行っていない」

とし、

「私自身も秘書も(松井氏と)面識がない」

と断言して、

「週刊誌の記事を信じるか、秘書を信じるか、といったら、私は秘書を信じる」

などと答弁していました。

しかし5月18日、渦中の松井氏がYouTubeチャンネル「NoBorder News」に出演し、

「高市総理自体が認識していたかどうかは分からないが、秘書とやりとりをさせていただいて、実施していたのは報道の通り」

と証言すると、その後19日の取材対応で高市氏は

「私自身も秘書も会ったことのない方だ」

とやや発言のニュアンスを変え、

「会っていないというのは、オンラインでは会った(やり取りした)ということか」

と記者に突っ込まれると、高市首相は

「それは私に聞かれても分かりません」

と言葉を濁していましたが、5月28日の参議院厚生労働委員会では、

「確認もできなかったし、記録もない」

と明確に否定するに至りました。

ということで、本件は、週刊文春の報道と高市首相の答弁が真っ向から対立している状況ですが、報道を前提にすると、法的にどのような問題があるのか、どのような犯罪の成立の可能性があるのかを考えてみます。

まず、公選法の問題です。中傷動画の大量投稿は、高市氏が首相になったこと、およびその後の選挙で圧勝して権力基盤を盤石のものにしたことについて、その正当性に重大な疑念を生じさせるものですが、公選法は、自民党内部の選挙である総裁選には適用がないので、衆院選における中傷動画だけが、公選法の問題となります(なお、上記の松井氏作成動画には、文書送付投票依頼疑惑のある林氏に対して『選挙法違反★発覚しちゃったー!!』などと記載されているものがありますが、この「選挙法」というのは、正しくは「総裁選ルール」です)。

文春報道が事実であれば、中傷動画の大量投稿が、公選法1条が目的として掲げている

「選挙が選挙人の自由に表明せる意思によつて公明且つ適正に行われることを確保し、もつて民主政治の健全な発達を期すること」

すなわち「選挙の公正」に著しく害する行為であることは明らかです。

では、具体的に、公選法のどの規定に違反する可能性があるのでしょうか。

虚偽事項公表罪(「当選目的」「落選目的」)

公選法は、235条で「虚偽事項公表罪」について、候補者等の「当選」を目的とする虚偽事項の公表を1項で、「当選させないこと」つまり「落選目的」の虚偽事項の公表を2項で定めています。

1項の「当選目的」の方は、候補者等の身分や職業、経歴など、列挙された事項に処罰対象が限定されています。「高市早苗は決してブレない」などと高市氏を称賛する動画は、高市氏の当選を目的とするものと言えますが、身分や職業、経歴などについての虚偽の指摘が見当たらないので、1項の問題にはなりません。

一方、2項の「落選目的」の方は、虚偽事項に限定はなく、あらゆる事項が処罰の対象になります。しかも、1項が、「虚偽の事項」だけが対象であるのに対して、2項は、「虚偽の事項を公にし、又は事実をゆがめて公にした者」が処罰の対象とされており、法定刑も1項が「2年以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金」であるのに対して、2項は、「4年以下の拘禁刑又は100万円以下の罰金」と重くされています。

中道やその幹部への中傷動画は、候補者への当選妨害運動ですから235条2項での処罰の問題となります。候補者等の性格や品行、あるいは家族関係に関するものであっても、およそ候補者等の選挙に関する信用失墜あるいはこれに影響する事項であれば足りるとされており、実際、家族の死に関する虚偽や、公認候補が当選後は同党にくみしないと言明したことがあるとの虚偽などを公表した事案が2項で処罰された裁判例があります。中傷動画には候補者の選挙に関する信用失墜のための文句が並べられているので、2項で処罰可能であるようにも見えます。

しかし、235条の罪は「虚偽の事項」を公表する犯罪です。事実等が真実ではなかったというだけでは足りず、積極的に「虚偽」、つまり真実に符合していないことを認識した上で公表した場合でなければ、虚偽事項公表罪には問えないものと解されています。本件で文春等が報じている衆院選における中傷動画を確認すると、

『彼が権力を握れば行き過ぎた労働規制が復活し日本の経済成長は完全にストップ』

『息を吐くように嘘をつく』

『プロのクレーマー』

『「決断」から逃げ続けます』

等々、その指摘が抽象的であったり、将来のことであったり、評価に過ぎないものであったりして、「虚偽」であることを積極的に証明することが難しい指摘ばかりです。多数の動画が投稿されたようなので、その中には「虚偽」の証明が可能な動画がある可能性も否定できませんが、2項の罪に問うのは容易ではないと思われます。

「買収罪」「利害誘導罪」との関係

公選法上の最大の問題は、中傷動画を拡散したこと自体より、松井氏という第三者が選挙に関わり、それが何らかの見返りを得ることを目的としていた場合の犯罪の成否です。

公選法221条1項は、

「当選を得若しくは得しめ又は得しめない目的をもつて」「選挙人又は選挙運動者に対して」、「金銭等の財産的利益の供与をしたとき」

を買収罪(1号)、

「特殊の直接利害関係を利用して誘導したとき」

を利害誘導罪(2号)で、それぞれ処罰の対象としています。

中傷動画の作成・拡散は、高市自民党に衆院選で勝利させること、そのために中道幹部の小選挙区候補者が当選しないようにすることを目的として行われたことは明らかです。その報酬として金銭等の供与が行われていれば買収罪ですし、対価関係は明確ではなくても、何らかの「利害関係」を用いてそのような動画の作成・拡散をするように誘導した場合には、利害誘導罪が成立することになります。

AIを用いているとはいえ、その内容自体が虚偽事項公表等の公選法違反になることは避けながら、注目を集めるための大量の動画を作成し、大量に投稿するという作業にはかなりの労力とコストが必要です。一般的には、高市氏の熱狂的信者でもない限り、勝手にやることも、無償でやることも有り得ない作業です。

前記のとおり、松井氏は、5月18日のNoBorderNewsで、文春が報じている木下秘書とのやり取りは事実としたうえで、

「(高市事務所の秘書から)具体的な指示があったわけでなく、私自身が動画を作ったほうが総理、高市陣営にプラスになると思って、自ら主導してやった。」

などと述べています。しかし、

「総裁選のときに、高市さんと進次郎が競っているときに、高市さんの動画が回らなかったということで、選挙の一週間ぐらい前にヘルプが入って」

と言っており、高市陣営からの「ヘルプ(支援)要請」で動画作成を行ったことを認めています。

高市首相も、松井氏と面識がない(その後「会ったことがない」に変化)、中傷動画の発信は「一切行っていない」と関与を全否定していますが、これは、第三者が勝手にSNSで選挙運動を頑張ってくれたおかげで候補者が当選したものの、当選したのちに、その選挙運動について知らぬ存ぜぬを貫くという、既視感のある構図です。

兵庫県知事選問題等、私が何度も指摘し続けているように、公選法上、選挙運動は一部の例外を除き、無報酬、ボランティアで行わなければなりません。仮に松井氏が勝手に行ったことであっても、特定の候補者への投票を促すための選挙運動を主体的裁量的に行った者に対し金銭や報酬を支払うことは一切禁止されています。どのような名義であれ、松井氏に実態として選挙運動に対する対価といえるものが支払われているならば、買収罪が問題となります。

国会答弁で、高市氏は

「私の国会議員関係政治団体からはない」

として、中傷動画に対する支出を否定をしています。松井氏も、以前「サナエトークン」の件で文春から取材を受けた際、

「私も実際に(SNS戦術を)手伝った。もちろんすべて無償です。」

として、無報酬であったと述べており、現時点では、その点について対価の支払があったことを疑う直接の根拠はありません。

問題は、松井氏が、高市事務所との間で、すでに「サナエトークン」の件で関わりのあったという点です。

「サナエトークン」をめぐる松井健氏と高市事務所の関係

この「サナエトークン」について、松井氏は、

「名称を『サナエ』にするところまで踏み込めたのは、木下さんやチームサナエの代表の方々と随時やりとりし、その度にご意見をうかがってきたから」

などと述べていて、一定の了解を得たかのような話をしています。

これに対し、高市氏は3月2日に自らのXで

「私は全く存じ上げません」

「私の事務所側も、当該トークンがどのようなものなのかについて知らされておりません」

として、関与を全面的に否定し、価値が暴落して大問題となり、その後無登録業者であることも判明して発行中止に追い込まれていますが、実際には、流通開始の2月25日、高市首相の公認後援会のXアカウント「チームサナエが日本を変える」が

「民主主義をアップデートし、最先端テクノロジーで国民の声を政治へ届ける挑戦です。コミュニティ提案により実現した『SANAE TOKEN』という新たなインセンティブ設計も注目されています」

とトークンを紹介し、公認しているかのような誤認をさせており、全くの無関係とは言い難いことは明らかです。

木下秘書は「サナエ」の名称使用について、明確な許諾権限を有していないと思われますが、高市氏の公設第一秘書として、例えば高市氏サイドから、「サナエ」の名称に対しクレームをつけない等、その使用に対し何らかの影響力を与える得る地位にあるとはいえます。また、トークンへの「サナエ」の名称使用は、松井氏が「踏み込めた」と誇っているように、通常は高市氏サイドに知られれば、その使用を拒否され、また使わないようにクレームを受けるものであり、「No Border DAO」のトークンのプロジェクトとの関係でのみ(もしくはその他少数の範囲でのみ)認められる、といい得るものです。そして、「サナエ」の名称使用は、実際、一時トークンの価値が高騰したように、高い経済的価値を有するものであることは明らかです。

木下秘書は、松井氏から「トークンが暗号資産であること」「「SANAE TOKEN」という名称であること」のどちらも説明を受けておらず、2月25日にNoBorder 社関係者とのグループLINE 内で「SANAE TOKEN」について話が出たものの、

「それは国民の政治の声を集めるブロードリスニングにおけるアプリ内のインセンティブポイントとの説明であり、それが仮想通貨であるとの説明は一切ありませんでした」

と説明しています。

しかし、昨年12月17日に、松井氏側と、木下秘書や「チームサナエ」ら高市氏側の複数人との打ち合わせにおいて、高市氏への政策提言などの「貢献」に応じてトークンが付与され、そのトークンが“売却すると経済的利益を得られる暗号資産”であることを説明し、木下秘書が「すごくいい」と構想を肯定し異議を唱えていない様子が録音された音声データが存在するようです。

データが偽造されたものでもない限り、木下秘書が暗号資産の説明を受けていないとする話は虚偽である可能性が高いように思われます。

「SANAE TOKEN」という名称については、木下秘書に対し事前に高市氏の名を冠することについて説明したことを裏付ける明確な客観証拠は、現時点では見当たりません。

しかし、週刊現代の記事によると、「SANAE DAO PROJECT構想概要書 2025年11月版」という資料を入手し、そこには

〈SANAE TOKENは、「変革の熱狂」をみんなでシェアするためのミームコイン〉

と明記されていること、トークンは高市総理へ政策提言したりすると付与される仕組みであること、松井氏がこの資料を営業に用いていたとのことです。

この資料が高市氏サイドに示された明確な証拠は無いものの、この時期にはすでに「SANAE TOKEN」という名称の暗号資産を、高市氏への貢献と関係づけて付与しようと決めていたことになります。

つまり、本件は高市氏側と無関係に話を進めることにかなりリスクのある案件であり、実際、上記のように、木下秘書とのやり取りの証拠がある他、流通開始の2月25日、高市首相の公認後援会のXアカウント「チームサナエが日本を変える」が、上記のとおりトークンを紹介し、公認しているかのような誤認をさせるメッセージを発しており、高市氏サイドに、事前に一定程度の説明がなされていたことは明らかです。

そして、そもそも高市氏への貢献を指標としている以上、高市氏サイドとの関係性はトークンのリリース後も継続することが必要です。高市氏サイドを怒らせるようなやり方でトークンのリリースを進めることは考えにくく、トークンの内容説明(暗号資産の説明)と共に、トークンの名称に高市氏の名を冠することについても、何らかの了解を得たはずです。

買収罪・利害誘導罪の成立の可能性

こうした一連の経緯と、総裁選および衆院選の時期を考えると、松井氏が高市氏の選挙に対して相当の労力を割くのには理由があるはずで、「サナエトークン」という名称の許諾が、松井氏が高市氏の当選のために全力で対立候補の中傷動画を作成・投稿するインセンティブとなっていたと考えることができ、支持率の高い高市氏の名称が顧客誘引力を有し経済的価値を持っている以上、何らかの証拠が出てくれば、中道幹部を落選させるための動画作成・投稿についての「財産上の利益」の供与ということで、買収罪が成立し得ることとなります。

それに加えて、本件は、公職選挙法221条1項2号の「利害誘導罪」の問題ともなり得ます。

利害誘導罪とは、「その者又はその者と関係のある社寺、学校、会社、組合、市町村等に対する」「用水、小作、債権、寄附その他特殊の直接利害関係」を利用して、特定の候補者に投票したり、選挙運動を行うよう(または投票しないようにしたり、落選運動を行うよう)誘導する犯罪です。

「買収罪」が、典型的には、“選挙人や選挙運動者個人に直接金品を配ったり、饗応接待を行ったりする直接的な買収行為”を処罰しようとするのに対し、「利害誘導罪」は“会社や団体、地域などを巻き込み、寄附、融資、ビジネス上の便宜など、利害関係の利用による選挙人や選挙運動者への間接的な影響力を利用した、組織的・間接的な買収行為”を処罰しようとするものです。

すなわち利害誘導罪は、直接の買収でなくとも、選挙の自由公正に対する侵害が買収罪同様と評価される行為について、買収罪の周辺を補充し、かつ包括して処罰の対象とする、広義の買収罪であるといわれています。

前記の通り、松井氏は、「SANAE TOKEN」について、高市氏サイドから一定の了解を得たかのような話をしており、木下秘書は公設第一秘書として、高い経済的価値を有する高市氏の名称使用に対し何らかの影響力を与える得る地位にいました。

そして松井氏は、トークン発行元の合同会社「No Border DAO」にプロジェクトを提案し、関連業務の主体を一手に請け負っていたものとして、トークンのプロジェクトの成否に強い利害関係を有しており、そのトークンに、人気の高い、時の宰相の名を冠することについても、強い利害関係を有していると考えられますので、木下秘書が名称使用を黙認するなどしていれば、松井氏と木下秘書との間に、「特殊の直接利害関係」があるといえます。

利害関係を利用した「誘導」の有無

問題となるのは、利害関係を「利用して誘導をした」と言えるかどうかです 。

「誘導」とは、利害関係を利用して選挙人又は選挙運動者を特定の候補者のために当選を図り又は当選させないように誘うことであり、

「相手方である選挙人又は選挙運動者の決意を促し、又は現に存する決意を確実にするため、特殊の直接利害関係をその者の利益に発生、変更、消滅させることを申し入れることをいう」

と解されています。

誘導の方法は、文書か口頭かは関係がなく、また明示でも黙示でもよく、要するにその意思表示が相手方の認識に到達することをもって足りるとされています。また、相手方がそれにより意思を動かされたことや、誘導に応じたことは不要とするのが判例です。

本件では、文春等の報道によれば、まず松井氏の知人から「総裁選で高市陣営が苦戦しているので手伝ってあげてほしい」と松井氏に依頼があり、木下秘書から「力を貸してほしい」などと言われ、総裁選の中傷動画の作成依頼に応じ、中傷動画が功を奏して高市氏が総裁となり、成功を受けて木下秘書から「今後も何か一緒に」と提案され、松井氏が、時の宰相の名を冠した暗号資産を構想した、とされています。

衆院選への依頼の経緯の詳細は不明ですが、報道によれば、公示日前日の1月26日には、「切り抜き部隊」に関する松井氏と木下秘書のやり取りが残っているとのことであり、その後も、個別に「拡散願います」などと“依頼”するメッセージも残っているようです。

松井氏が総裁選を手伝った時には暗号資産の話は存在しておらず、あくまでボランティアとして手伝ったのであり、同様に衆院選も、あくまでボランティアとして自発的に手伝った、ということがあり得るのでしょうか。

松井氏による中傷動画の拡散は、大量の携帯電話を用いて実態を隠したダミーアカウントを多数作成し、AIを使って特定個人の人格を貶める大量の動画をばらまくという方法で、一定程度のコストと手間のかかるものです。総裁選は、松井氏の人脈づくりのために、松井氏の側から積極的にボランティアで応じる理由があったかもしれませんが、衆院選では、すでに松井氏は高市氏サイドと一定の人脈をつくることに成功しており、積極的にボランティアで選挙運動を行う理由は乏しいといえます。

一方、高市陣営としては、高市氏が自民党内から強い反発や混乱の声が相次ぐなかで異例の時期に敢えて解散したわけですから、絶対に圧勝しなければならない衆院選でした。そういう状況であれば、木下秘書から松井氏に依頼することにも合理性があります。実際、報じられているショートメッセージのスクリーンショットでは、選挙期間中、木下秘書から中道の各候補について、積極的にネガティブ情報を拡散依頼するものが残っており、歴史的な大勝利の後には、

「旧立憲民主の害獣を沢山駆除する事ができました」

などと感謝を述べるメッセージが残っていて、木下秘書の前のめりの姿勢が伺えます。

木下秘書との間に、前述した、トークンへの「サナエ」の名称使用に関する「特殊の直接利害関係」があるとすれば、その名称使用の話に関連し、「今度もまた手伝って」などと話していれば、その後に選挙運動を手伝ったことが、「利用して誘導をした」として、利害誘導罪の問題となり得るといえます。

名誉毀損罪・侮辱罪との関係

ここまで高市陣営の中傷動画をめぐる公選法の問題を考えてきましたが、それ以外の犯罪の成否として問題となるのが、名誉毀損罪と侮辱罪です。

虚偽事項公表罪について述べたとおり、本件動画には林氏に対する「選挙法違反」(総裁選ルール違反)として文書送付投票依頼を指摘している点を除いて抽象的な記載や評価などが多く、具体的な「事実の摘示」がないので、名誉毀損ではなく侮辱罪(刑法231条)の成否が問題となります。

政治家への名誉毀損的言動については、一般的には公共の利害に関する批判といえるため、違法性阻却事由(刑法第230条の2)が適用されやすく、処罰が難しいのが実情であり、侮辱罪についても、違法性阻却の条文はないものの、政治家への不当ではない論評については、名誉毀損同様、正当行為(刑法35条)として違法性阻却され得るというのが一般的な理解ですが、本件では、松井氏の動画が「相手候補の当選妨害目的」を主たる目的としていることは明らかで、動画の表現について、公益目的の存在自体が否定される可能性があります。

仮に公益目的が一部あったとしても、その表現が適法であるためには正当な論評・政治批判の範囲内である必要もあります(いわゆる相当性の要件)。本件では実態を隠したダミーアカウントを多数使い、AIを用い特定個人の人格を貶める大量の動画をばらまいており、表現方法として社会的に不相当であると考えられます。

侮辱罪は「親告罪」であり、対象となっている政治家等が告訴をしなければ、捜査機関は動くことができません(名誉毀損罪も同様)。少なくとも政権与党に属する林氏や小泉氏については、高市氏と関連する動画投稿に対して告訴をする可能性は無いと考えられます。

しかし、「総裁選」と「衆院選」という二つの選挙によって、総理大臣としての絶対的権力を確立した高市氏が、その二つの選挙で用いた手段が、対立候補への侮辱罪に該当し得る中傷動画の大量拡散であったことは、この問題に関して無視できない事実です。

このように見ていくと、松井氏が作成・拡散した中傷動画について、松井氏に侮辱罪以外の刑事責任を問うことは現時点では難しく、何か新たな事実がでてこない限り、高市氏にまで法的責任が及ぶことは考えられません。

しかし他方で、松井氏がメッセージアプリのメッセージや音声データを捏造したのでもない限り、サナエトークン問題と中傷動画問題のどちらについても、自身や自身の陣営含め、一切無関係であるかのような高市氏の言動が事実に反することは明らかであり、少なくとも木下秘書は、松井氏による暗号通貨の活動・選挙運動ともに黙認していた可能性があり、そして木下秘書から「これからアップしてアカウントを送付致します」などのメッセージを送っていることから、中傷動問題についてはより積極的に関わっていた疑いが濃厚といえます。

対立候補への侮辱罪に該当し得るような中傷動画の大量拡散を、公設第一秘書という、高市陣営の要の人物が黙認あるいは容認し、積極的に関与していたとすれば、一国の総理が、本人の認識はともかく、歪められた民意でその地位につき、その地位を強化したということになります。高市首相は政治的、道義的責任は免れられず、詳しい調査を行い、国民に説明をすべき義務があるといえます。

現職総理の陣営による「民主主義の根幹を損なう行為」

このような大きな問題であるにも関わらず、高市氏は断定的に関与を否定し続け、「秘書を信じる」などと的外れな答弁に終始しています。そしてメディアも、週刊文春などの週刊誌報道で詳しく報じられるのみで、多くの新聞では後追いの調査報道すらせず、高市氏の否定コメントを垂れ流しており、テレビに至ってはほとんど報じることすらしていません。

こうした高市氏の強気の姿勢や、メディアの報道姿勢は、本件に対する国民の関心が低いことに起因しているのではないかとの指摘があり、実際、文春のスクープ報道などは、閲覧数でほとんど上位に入っていませんし、選挙ドットコムの分析でも、関連動画の再生数がほとんど伸びておらず、盛り上がりを見せていないことが、5月20日の『報道1930』で報じられていました。

近時、メディア不信や、SNSによる敵味方の分極化、政治の推し活化など、様々な要因によって、高市氏のネガティブ情報に対する関心が低くなっており、政策や経済対策さえしっかりやっていてくれればよい(そのほうがまし)という考え方が広まっているようですが、本件は、現職総理の陣営が、国政選挙で、民主主義の根幹を損なう行為に関わった疑いがあり、高市氏の権力の正当性への疑義が生じているという、深刻かつ重大な問題です。

すでにアメリカで問題が噴出しているように、権力者のひとつひとつの問題に丁寧に向き合わなければ、いずれ権力者の暴走を誰も止められないことになります。国民は関心をもって問題を注視し、メディアももっと積極的に報じていくべきでしょう。

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