いわゆる「派閥政治資金パーティー裏金問題」で、正式起訴された2人の国会議員のうちの一人、大野泰正元参議院議員とその政策秘書だった岩田佳子氏に対する判決が、6月23日に東京地裁で言い渡される。
昨年9月の初公判の際も、【大野元議員、裏金事件初公判、検察の主張は破綻。「法の欠陥」を放置したのは政治の責任】で、検察の主張が破綻していることを指摘した。その後の公判でも、検察官の主張立証は迷走し、絶望的な状況のまま結審し、判決を迎えることとなった。
私は、「裏金問題」の発覚当初から、パーティー券売上のノルマ超の還付金(キックバック)を清和会から受領した議員側を処罰することは困難であることを指摘してきた。そこには、「ザル法」である政治資金規正法のど真ん中に「大穴」が空いているという問題があるからだ。
政治資金規正法の政治資金収支報告書不記載・虚偽記入罪は、特定の政治団体や政党の「収支報告書」に「記載すべき事項」を、会計責任者等が意図的に記載しない、或いは虚偽の記入をするという犯罪だ。特定の政治団体の収支報告書に記載すべきと「認識」していたことが犯罪成立の絶対的な要件となる。
国会議員には、政治資金の受け皿としての「財布」として、最低でも、政党支部と資金管理団体の二つ、実際にはそれ以上の複数の財布がある。政治家側に「裏金」がわたった場合、「政治資金収支報告書に記載しない前提で渡された金」であれば、どの財布に帰属するかが特定できないし、政治家側でも、どの団体の収支報告書に記載するか全く考えていなかったということだ。還付金のやり取りが行われた時点でどの団体に帰属する金だったのかが特定できないし、どの収支報告書に記載すべきだったのかの認識も立証できない。そうである以上、その裏金について、収支報告書の不記載・虚偽記入罪では処罰できない。これが、「政治資金規正法の大穴」である。
ところが、検察は、派閥から、所属議員にわたった「裏金」について、「政治資金収支報告書の不記載・虚偽記入罪」の適用を前提に捜査・処分を行い、派閥側と個別の議員の双方に政治資金収支報告書の訂正を行わせて、あたかも、当初から寄附の帰属先の団体が特定されていたような外形を作り上げて、辻褄を合わせようとした。
そのような検察捜査の結果、裏金議員の殆どが刑事立件すらできず、僅かに池田佳隆衆議院議員及び大野泰正参議院議員の2名の国会議員を起訴したのにとどまった。そして、あろうことか、検察の指導、示唆によって、裏金議員全員が、裏金について政治資金収支報告書を訂正し、「裏金」が個人の収入であれば支払うべき所得税の納税も全く行わないで済ませてしまった。
そして、そのような「政治資金規正法の大穴」を無視して行ってきた検察の捜査・処分の結果が、初めて司法判断として現実化するのが今回の判決だ。
関係者から入手した論告等の資料を基に検討したが、いずれも「罰金求刑」なのに検察官の論告は80頁を超えており、その大半は、争われてもいない関係者証言の信用性の検討など、無意味な記述ばかりである。
本件は、有罪判決とは、あまりにかけ離れた事件であり、正当な司法判断としては無罪しかあり得ない。しかし、この事件で、「当然の無罪判決」が言い渡された場合、検察が無視し、司法メディアも覆い隠してきた「政治資金規正法の大穴」が現実の問題として表面化することになる。検察の指導によってすべての「裏金議員」が行ってきた、実態と異なる政治資金収支報告書の訂正が違法であり、それによって、裏金を得ていた議員が、本来行うべき所得税の納税を免れてきたことも、白日の下に晒されることになる。
これまで、検察の、とりわけ特捜検察の主張立証に全面的にもたれ掛かってきた刑事裁判所が、世の中の認識に反して、そのような重大な政治的・社会的影響を生じさせる無罪判決を言い渡すことができるのか、その「度胸」があるのか。
そう考えると、裁判所が、あらゆる法的問題に目をつぶって明らかに無理筋の検察の主張を丸呑みし、凡そ司法判断とは言えないアクロバティックな有罪判決を出す可能性も、相当程度あると言わざるを得ない。いずれにせよ、23日の判決言渡しは、刑事司法の分水嶺になると言える。
公判での争点
大野氏と岩田氏は、政治資金パーティーのノルマ超の売上の「還付金」についての政治資金規正法違反で起訴された。
起訴状の内容は、
大野氏の資金管理団体の泰士会が、清和会からの寄附を受けていたのに、泰士会の各年の収支報告書に収入として記載していなかったことが「収入総額の虚偽記入」に当たる
というものだ。
公判前整理手続で、大野氏・岩田氏に共通する争点は、
- ①還付金が泰士会への寄附金に当たるか
- ②還付金が泰士会への寄附金に当たると被告人両名が認識していたか
- ③還付金に関する泰士会の収支報告書への虚偽記入について被告人両名が共謀していたか
の3点とされている。
このうち、①は、まさに「政治資金規正法の大穴」問題に直結し、他の裏金議員全体の刑事責任に関わる論点である。参議院議員であった大野氏には、政治資金の受け皿として、資金管理団体の泰士会と、自由民主党岐阜県参議院選挙区第三支部(以下「第三支部」という。)の二つがあり、いずれも大野事務所で収支を管理していた。
【前掲拙稿】でも述べたように、国会議員の場合、現行の政治資金規正法で、実質的に、政党支部を通してのみ企業団体献金を政治家個人が受けることができるとされていることから、政党支部を企業団体献金と所属政党からの交付金の受け皿、資金管理団体を個人献金の受け皿とするのが一般的であり、そのようにして入ってきた寄附を、資金管理団体と政党支部の間で必要に応じて資金移動させ、それぞれ政治活動費や事務所関係費として支出するというのが一般的な政治資金処理の実情である。泰士会と第三支部の関係も同様であった。
この争点①について、検察官は、
- ア 清和会から大野側に交付された現金が政治資金規正法上の「寄附金」に該当するか
- イ 還付金の帰属先が「泰士会」であるか
の2つの論点を設定している。
「政治資金の寄附」なのか個人宛の贈与なのか
アについて、検察官は、「清和会側は会員側に譲渡する意思で交付していた」ということと、それが「政治活動に関する寄附であること」についてそれぞれ根拠を示し、「清和会は還付金について、会員等の政治活動に使用する性質を有する資金として会員等の指定する政治団体に対し譲渡する意思で交付していた」としている。しかし、前者の「会員側に譲渡する意思で交付していた」というのは、「会員側」のパーティー券売上に対して交付されている「還付金」の性格上、当然のことである。
検察官は、清和会と大野氏側で還付金の返還に関する約束や、寄託に関するやり取りがなかったことなどを理由に、この点が肯定できるかのような主張をしているが、それは、大野氏の弁護人が、「派閥からの資金につき、寄附でなく預かり金だと認識していた」と主張していることへの反論に過ぎない。「清和会側は会員側に譲渡する意思で交付していた」という検察官の論点設定はほとんど意味のないものだ。
大野氏側が、「預り金」の主張をしているのは、還付金が「政治資金の寄附」ではなく、大野氏個人に帰属していたことになると、所得税の課税の問題が発生するからであろう。後述するとおり、「還付金」の過半が大野氏の個人口座に入金されて費消されていたことからすると、もともと、「預り金」の主張が認められる可能性は極めて低い。
問題は、後者の「政治活動に関する寄附であること」の方だ。これについて検察官が主たる根拠としているのは、還付金に関して、清和会事務局長の松本淳一郎氏が「やはり政治活動のために使っていただく、あるいは選挙のために使っていただくというような認識でありました。」と証言していることと、当該年に改選予定の参議院議員の場合は、選挙に向けた活動に用いる資金をより多く確保してもらうため販売ノルマが課されていなかったことである。
しかし、「政治活動のため」に加えて、「選挙のため」だったとする松本証言は、政治資金収支報告書に記載すべき「寄附」であることに、むしろ疑問を生じさせるものとも言える。
「一般的な政治活動のための寄附」と「選挙のための寄附」とは、実態として境目は曖昧であるが、法律上、区別されている。政治活動のための寄附が特定の政治団体に対して行われれば、政治資金規正法により、「政治資金収支報告書」の収入として記載することになるが、「選挙運動のための寄附」であれば、公選法により「選挙運動費用収支報告書」への記載が義務づけられる。
公職の候補者の政治活動に関する寄附を禁止する政治資金規正法第21条の2の規定で、「公職の候補者の政治活動」に「(選挙運動を除く。)」の括弧書きが付され、政治活動に関する寄附から「選挙運動に関する寄附」が除外されていることからも明らかなように、政治資金規正法は、「選挙運動に関する寄附」を規定の対象外としている。
改選予定の参議院議員には販売ノルマが課されず、「還付金」の金額が多くなるようにしていたのが「選挙に向けた活動に用いる資金をより多く確保してもらうため」だったのであれば、還付金は「選挙のための資金」として提供されていたことになる。しかし、それは、むしろ、政治資金収支報告書に収入として記載すべき「政治活動に関する寄附」ではなかったことの根拠にもなるのである。
結局のところ、前記アの「清和会から被告人大野側に交付された現金が政治資金規正法上の「寄附金」に該当するか」について、検察官は、それを肯定する根拠をほとんど示せていない。還付金の「費消状況」について、弁護人側が、「合計4315万円はクレジットカード口座(3818万円)又はその他の個人名義口座(497万円)に入金されたこととなり、これは本件交付金全体の約65.7パーセントを占める。」と指摘し、「むしろ本件交付金が大野事務所の資金として受領されていないことを強く推認させるものである。」と主張していることから、還付金が「政治資金の寄附」に該当せず、大野氏個人宛に贈与されたと認める余地も十分にある。
「還付金の帰属先が泰士会」との検察官主張は破綻
最大の問題は、前記イのとおり「還付金が泰士会に帰属していた」と言えるかどうかである。
弁護人側は、政治資金規正法上の「寄附」が民法上の「贈与」の一種であることを前提に、「泰士会への寄附」であるといえるためには、原則として、その旨の当事者間の意思表示の合致が必要であると主張した上、本件ではこの点についての明示的な意思表示の合致がないことを指摘した。
これに対して、検察官は、
帰属の判断は、資金を自由に処分できる状態・地位を有する主体について、当該資金の性質、管理方法、当事者の意思等を総合して判断するべきである。
との一般論を設定している。寄附の帰属の判断を、様々な要素の「総合判断」に持ち込み、裁判所に、泰士会への帰属を認める理屈を提供しようということであろう。
しかし、いずれにしても、寄附が民法上の贈与である以上、「寄附者が無償で受寄附者に対して財産を供与する旨の意思」を離れて考えることはできない。万が一裁判所が、この「寄附は民法上の贈与」という大前提を無視した判断が行った場合、その時点で、「司法判断」であることを放棄したことになる。
検察官は、上記アについて、「清和会側は会員等の指定する政治団体に譲渡する意思で、還付金を交付していたこと」「被告人大野側は還付金を泰士会で受領する意思であったこと」の二つを主張、「還付金が泰士会に帰属していた」と結論づけようとしているが、このような主張自体が破綻している。
そもそも、清和会側が、「会員等の指定する政治団体に譲渡する意思」で交付していたとしても、「被告人大野側は還付金を泰士会で受領する意思であった」というだけで、その「意思」が政治資金収支報告書の作成の時点までに清和会側に伝えられていなければ、清和会側はそれを認識できないので収支報告書に「泰士会への寄附」と記載することはできない。そうである以上、泰士会側で「清和会から寄附を受けた」と記載することはできない。
清和会側が「会員等の指定する政治団体に譲渡する意思」で交付し、大野事務所側が「泰士会に指定」したことを清和会側に伝えた事実がなければ、「還付金が泰士会に帰属していた」ということにはならないのである。しかし、そのような「帰属先の指定」が清和会側に伝えられた事実は検察官も全く主張していない。
清和会が今回の裏金事件を受けて収支報告書を訂正するに当たり、清和会から会員側に「確認書」を配布し、会員側は、この「確認書」に「裏金を受領した政治団体」を記載して清和会に提出し、他方、清和会は、これにより「裏金」の交付先を「確定」させていたことからすると、「譲渡先の政治団体の指定」が、本件発覚まで全く行われておらず、清和会が「裏金」の帰属先を認識していなかったことは明らかだ。
検察官は、「清和会は、還付金について、会員等が複数の政治団体を有していた場合、会員等の指定する政治団体に対する寄附金とする扱いをしていた。」と主張し、清和会の松本氏がそのような証言しているかのように述べているが、少なくとも検察官が論告で引用する証言には、「会員等の指定する政治団体に対する寄附金とする扱い」などと述べている箇所はない。この点については証拠上の根拠が欠落している。
これらから、検察官の「還付金が泰士会に帰属していた」について主張立証の破綻は確定的であり、本来は、それ以上、この点を論じる余地はない。しかし、検察官は、何とかして、裁判所を、「被告人大野側は還付金を泰士会で受領する意思であったこと」についての判断に引き込み、それが前記イの「還付金が泰士会に帰属していた」の争点についての「主戦場」であるように見せかけようとしている。
論告では、それらの主張の前提事実として、「大野事務所における経理処理の状況」「泰士会の収支報告書の作成状況」「泰士会の収支報告書の作成状況」「清和会パーティー及び清和会パーティーに係る還付金の概要」「大野事務所における清和会のパーティー券販売状況」「大野事務所における還付金の受領状況」「東京事務所における還付金の費消状況」などについて詳細に述べ、それらの事実に関して、弁護側が殆ど争ってもいない「大野事務所関係者の証言の信用性」について論じることに膨大な記述を費やしている。
前記のとおり、法律的には凡そ通る余地のない「無理筋の主張」を、論告の外形上、まともな主張を行っているかのように見せかけるための「涙ぐましい努力」だと言える。
検察と刑事裁判所の従前の関係からすれば、裁判所が、このような検察官の「悪あがき的主張」に付き合う可能性も十分にある。しかし、その「還付金を泰士会で受領する意思」についての検察官の主張も、それ自体が還付金の帰属が泰士会だと認める根拠になるようなものではなく、しかも、弁護人の反証でほぼ完全に崩されている。
「還付金を泰士会で受領する意思」について、検察官は
- a パーティー券の販売や還付金の管理等について大野事務所で対応していたこと
- b 大野・岩田両名が政党以外の企業団体は政治家個人に対して寄附をしてはならないことを認識しており、あえて還付金を大野個人において受領する事情は見当たらないこと
- c 大野事務所では、その収支を大野が有する政治団体の収支として処理していたこと
- d 清和会からの年2回の銀行振込による寄附金は、大野らの決定により、泰士会で受けていたこと
- e 令和4年の還付金の一部は、泰士会主催の政経フォーラムの収入に付け替えられていたこと
- f 大野事務所では、清和会としての活動の収支を泰士会の収支としていたこと
の7点を主張しているが、これらのうち、a~cは、還付金が、大野氏個人ではなく、「大野事務所側」に帰属しているとする理由にすぎない。
「泰士会で受領する意思」に関するものは、d~fである。検察官は、d、eを、清和会からの還付金と泰士会との関係性を示す事実として指摘し、fの「清和会としての活動の収支を泰士会の収支としていたこと」の立証に結び付けようとしている。
しかし、dの清和会からの餅代・氷代が泰士会への寄附収入として整理されていたこと、eの令和4年の還付金の一部が泰士会主催の政経フォーラムの収入に付け替えられていたことなどは、局所的にみれば還付金の処理が泰士会の名前で行われていた事実と言えるが、一方で、令和3年に岐阜事務所にある金庫内にあった清和会のパーティー券の売上金等が窃盗の被害に遭った際、「第三支部」名義で被害届が提出していることは、清和会に関係する資金が、「第三支部」名義で処理されていたことを示す事実であり、全体として「清和会の活動に関する収支が泰士会として処理されていた」とは言えない。
fについては、弁護人が、清和会に関する収支が泰士会以外の団体の収支として処理されていたことに関して多くの客観的な事実を指摘している。前記のような国会議員の事務所における資金管理団体と政党支部の会計処理の実情からすれば、両者の切り分けをすることは困難だ。大野事務所でも、第三支部と資金管理団体の泰士会の二つが切り分けられるものではなく、「清和会としての活動の収支を、泰士会への収入と整理すること」などできないことは明らかだ。
検察官は、
清和会は、会員等の政治活動に使用してもらう性質を有する資金として、還付金を、会員等自身に対してではなく、会員等の指定する政治団体に譲渡する意図で交付し、被告人大野側においては、被告人大野個人、第三支部のいずれでもなく、泰士会の収支として管理する意図で清和会から還付金を受領していたと認められるから、清和会と被告人大野側において、還付金を自由に処分できる状態・地位を泰士会に与えるという合意があったと認められる。よって、還付金の帰属先は、泰士会であったと認められる。
と主張しているが、その主張は完全に破綻していると言わざるを得ない。
「有罪判決」からはあまりに遠い事件
清和会からの還付金は、収支報告書に記載しない金として渡されている。清和会側には、それを議員側に交付する時点において、「特定の政治団体」に寄附する意思はない。還付金の約65.7パーセントがクレジットカード口座、個人名義口座に入金され、その多くが、大野氏の個人的用途に費消されていることからしても、全体を特定の政治団体への政治資金の寄附ととらえること自体が、もともと無理筋だ。
万が一、裁判所が今回の「裏金」につき、何らかの理屈で「泰士会への寄附」であると判断し、争点①をクリアしたとしても、争点②及び③について、さらに高いハードルが立ちはだかる。
そもそも上記のような大野事務所の会計処理の実態の下では、大野氏や岩田氏が清和会からの還付金の「裏金」が「泰士会への寄附」と認識していたなどとは到底言えないことは明らかであり、争点②の「認識」を認定することはあり得ない。
しかも、本件は、政治資金パーティーのノルマ超の売上の還付金を、政治資金収支報告書に記載しなかった不記載(それによる収入総額の虚偽記入)が問題になっているのであり、犯罪が成立するとすれば「不作為犯」であり、その犯罪者に「作為義務」があったことが前提となる。しかし、検察官の論告を見る限り、そもそも、大野事務所の会計処理は、岩田氏とは別の秘書が行っており、政策秘書だった岩田氏が、泰士会の政治資金収支報告書の作成についてどのような立場であったのか、どのように関わっていたのか、という点についての記述はほとんどない。
そもそも、検察官の主張自体で、岩田氏について不記載、虚偽記入の犯罪成立の根拠が示されていない以上、岩田氏に犯罪が成立する可能性はなく、大野氏に岩田氏との共謀による刑事責任を問う余地もない。
争点③の「共謀」については、問題になる余地すらない。
裁判所にとって、有罪判決からはあまりにも遠い事件というのが、大野氏・岩田氏の政治資金規正法違反事件の「真実」だ。
「世の中の常識」に反する無罪判決を出すことへの裁判所の抵抗
しかし、裏金議員に対する初めての刑事判決で、「無罪」が言い渡されることは、世の中のほとんどの人は予想しておらず、もし、そうなれば、これまで「政治資金規正法の大穴」を一切無視して、裏金議員に対して刑事処罰が可能であるかのように装って刑事事件の捜査処理を行ってきた検察にとっても大打撃となるだけではなく、日本の政界に甚大な影響を与えた派閥政治資金パーティー裏金事件についてのこれまでの裏金議員の対応も、根本的にやり直しを求められることになる。何より重要なことは、検察の捜査・処分の方針と整合性を保つため、上記のとおり、清和会が会員に確認書を送付して寄附先を特定するなどして行われてきた政治資金収支報告書の訂正も、実態に反する虚偽の記入だったことになる。これにより、これまで沈められてきた「裏金議員の所得税納税の問題」が、再び表面化することとなる。
このような重大な影響を生じさせることになる正当な法適用による無罪判決を言い渡すことが、裁判所として、相当な抵抗があることは否定し難い。
そう考えると、「正当な法適用」から逸脱した理屈、事実認定を重ねる、「摩天楼での綱渡り」のようなアクロバティックな有罪判決が出る可能性も十分あるだろう。
もし、そのような判決が出されるとすれば、それは、日本の刑事司法が、正当な法適用を無視する「人民裁判」のレベルになり下がったということであり、日本の司法の歴史に重大な汚点を残すものとなる。