斎藤元彦氏公選法違反事件、「追加告発」を含め、改めて解説する

2024年11月の兵庫県知事選挙をめぐる斎藤元彦知事らの公選法違反事件、刑事処分に向けた捜査は、最終段階に入っていると考えられます。そう遠くない時期に神戸地方検察庁が刑事処分を行うことになると思われます。その際、事件の社会的影響を考えれば、公選法違反事件としての内容が、世の中に、とりわけ、兵庫県民の皆さんに、正しく受け止め理解される必要があると考えられます。最近の検察庁の運用では、起訴の場合も不起訴の場合も、刑事処分の内容や理由についての説明はほとんど行われておらず、検察の説明では、事件の内容や処分の理由を理解することはできないのが実情であることを考えると、今回の公選法違反事件については、別途、事実関係や関連する公選法の解釈などについて、全体を取りまとめて、その内容を公表することが必要と考え、いくつかの記事に分けて解説を皆さんにお送りすることにしました。

昨年12月初めに私と神戸学院大学上脇博之教授が告発を行い、告発状を公表した後に、多くの兵庫県民の方々から情報資料が提供され、マスコミで報道されたものも含め、把握した資料・情報は相当な量に上っていました。それらについて、私の事務所「郷原総合コンプライアンス法律事務所」の法務コンプライアンス調査室長の佐藤督とともに逐次取りまとめを継続してきました。

関連する公選法の判例・文献などを幅広く収集し、分析検討する中で、本件は、221条1項1号よりむしろ221条1項2号の「利害誘導罪」を適用すべき事案ではないかと指摘してくれたのが佐藤で、私の入院中のことでした。退院後、私の方でも検討した結果、「斎藤氏の代理人の奥見弁護士の説明を前提としても利害誘導罪に該当することは否定する余地がない」との判断に至り、上脇教授とも協議した上、今年9月5日付けで、神戸地検に追加告発状を提出しました。

追加告発といっても新たな事実を追加したのではなく、当初の告発状では公選法221条1項1号の「買収罪」として告発事実を構成していたのを、221条1項2号の「利害誘導罪」にも該当するということで、再構成した告発事実を追加し、検察官としての起訴事実の構成の選択肢として提示したものです。

もちろん、我々告発人側としては、当初から買収罪についても嫌疑は充分だと考えており、現時点までに捜査機関が収集した証拠から、当初の買収罪で起訴の可能性も十分あります。しかし、捜査結果や収集された証拠の中身は知りようがありませんので、被疑者側の弁解を前提にしても公選法違反を免れることができないと考えられる罰則適用と事実構成がある以上、それを選択肢として提示しておくことが必要と考え、追加告発状という形で神戸地検に提出したものです。

この追加告発状提出については、まず検察庁の方で充分にその内容を把握して、刑事処分に向けての検討に活かして頂くことが必要だと考え、公表は行わず、これまで本件について問題意識を持って取材してくれていると認識している一部の記者に個別に情報・資料を提供するにとどめていました。提供したマスコミの一部で、追加告発について記事化の動きがあるようですので、私の方でも、今回、数回に分けて出す解説記事の初回の本稿の中で、追加告発状提出にも言及することにしました(追加告発状で追加した公選法221条1項2号による告発事実と、利害誘導罪の解説は、別途、個人ブログ「郷原信郎が斬る!」に掲載しています。)。

なお、私は、7月中旬に、悪性リンパ腫でICUに緊急入院し、一般病床に移った後も、治療のため入院が続いていましたが、8月29日には退院して通院治療に切り替えることになり、退院後の経過も順調で、現在では抗がん剤の副作用による免疫抑制のために感染リスクへの対応が必要となること以外は、ほぼ通常どおりの業務が行える状態になりました。ここまで短期間で奇跡的とも思える回復ができたのは、緊急入院公表以降、私を支えてくれた家族や事務所スタッフ、そして、XやYouTubeなど私の発信へのコメントなどで、本当に多くの皆様から、お見舞い、励まし、私の回復を願う心のこもったメッセージを頂いたおかげだと、心から深く感謝しています。

こうして、ほぼエンジン全開とも言える状況になりましたので、今後、体調には留意しつつ、これまで以上に「法と正義」を取り戻すための活動に取り組んでいきたいと思います。

本稿では、昨年11月の県知事選直後に公選法違反疑惑が表面化した当初からの経過を振り返り、この事件について問題となるポイントを全体的に整理したいと思います。

斎藤知事ら公選法違反事件、告発に至る経緯

2024年11月17日投開票の兵庫県知事選挙で斎藤元彦氏が当選した直後、同月20日に、広報・PRのコンサルティング会社「株式会社merchu(以下「merchu社」)の代表取締役折田楓氏が、斎藤氏からSNS広報戦略を任されたことと業務内容の詳細を自ら明かすnote記事を投稿しました。

同記事に関して、インターネット上で、同業務について斎藤陣営から報酬が支払われていれば公選法違反(買収)、無報酬だったとすると、merchu社から斎藤氏に対する寄附として公選法違反、政治資金規正法違反の問題が生じるとの指摘が相次ぎました。

11月27日の斎藤氏による兵庫県知事定例会見において、本件note記事に関する質問を受けて、同会見終了後に、斎藤氏の代理人の奥見司弁護士による会見がおこなわれ、斎藤氏側からmerchu社に支払ったのは、

(1)「公約のスライド制作 30万円」、

(2)「チラシのデザイン制作 15万円」、

(3)「メインビジュアルの企画・制作 10万円」、

(4)「ポスターデザイン制作 5万円」、

(5)「選挙公報デザイン制作 5万円」

の5項目(税込み合計71万5000円)

であることと、それらの請求書を公表し、

merchu社にはSNS広報を依頼しておらず、折田氏がボランティアとして選挙に協力したに過ぎない

との説明がありました。

そこで、note記事に記載されたmerchu社のSNS広報戦略業務と斎藤氏側からmerchu社への71万5000円の支払について、公選法上の問題について検討したところ、note記事は、その作成経過、内容自体から信用性が極めて高いと考えられる上に、斎藤陣営の幹部のX投稿等によって裏付けられていること、一方で、斎藤氏の代理人奥見弁護士による説明は不合理な点が多々あって到底信用できず、斎藤氏側からmerchu社にSNS広報を依頼し、71万5000円にはその報酬が含まれている疑いが濃厚と判断されました。

そこで、12月2日、神戸学院大学上脇教授とともに、神戸地検と兵庫県警に対して、斎藤知事と折田氏を被告発人とする公選法違反の告発状を提出しました。

告発後、県民から提供された多くの情報・資料、捜査の進展

同告発状は、同年12月16日に受理され、2025年2月7日にはmerchu社側に捜索差押の強制捜査が行われたと報じられました。6月20日には兵庫県警が捜査結果についての書類、証拠物等を検察官に送付し、現在、神戸地方検察庁で、刑事処分に向けて最終段階の捜査と検討が行われているものと思われます。

この告発については、マスコミでも斎藤知事が公選法違反で告発されたことが大きく報道され、告発の時点で告発状をネット上で公開したこともあり、その直後から様々な情報資料が告発人の私のもとに提供されました。

公選法違反の買収事案の中でも選挙人に対する投票買収などでは、当事者間における金銭等のやり取りの有無が最大の問題となりますが、本件の場合、候補者側から一定の金銭の供与があった事実は明らかであり、最大の問題は、その金銭の供与を受けた側が選挙運動を行った事実の有無でした。

今の時代は、街頭での選挙運動に関してネット上に様々な映像・音声、コメント、情報などが溢れており、まさに選挙運動の実態がネット上に晒されているとも言えます。兵庫県民等から多数提供された情報の中には、本件に関連すると思われる貴重な情報もありました。 中にはmerchu社のSNS 運用に関連する業務について、ネット上の公開情報を収集し、取引先の地方自治体に情報公開請求を行って、契約内容に関する資料を提供してくれた人もいました。

また、折田氏がnote記事に記載しているSNS 運用の内容について、関連するアカウントの情報を詳細に分析し、SNS 広報戦略 について分析・検討した結果のレポートを送付してくれた人もいました。このような資料情報については、適宜、告発に関連する追加資料情報として神戸地検担当検察官に送付をしました。また、マスコミでも、その後、関係者の取材に基づく報道が多数行われました。これらにより、告発後に告発人として把握した資料・情報について、調査室長の佐藤とともに逐次取りまとめを行ってきたことは、冒頭で述べたとおりです。

そこでまず、本件について、これまでに明らかになったことを踏まえて、公選法違反事件の刑事処分において何がポイントになるかを考えてみたいと思います。

刑事処分を考える上での2つのポイント

公選法違反事件の刑事処分との関係で、本件を全体としてみると、2つのポイントに分けて考えることができます。

第1に、兵庫県知事選挙において、折田氏とmerchu社の行為の内容、斎藤氏側から何を依頼され、何を行ったのかです。

折田氏は、自分自身で作成して投稿を続けていた個人ブログのnoteに、昨年11月20日に、merchu社が斎藤氏側からSNS運用を全面的に任せられ実行していった状況を詳細に書いた記事を投稿しました。このnote記事が、その作成経過、内容自体から信用性が極めて高いと考えられる上に、斎藤陣営の幹部のX投稿等によって裏付けられていることは、告発の時点でも、公選法違反の嫌疑の重要な根拠となりました。

それに加え、告発後に提供された様々な情報・資料により、少なくとも、告発の時点と比較して、note記事を裏付ける証拠は一層豊富になっています。

一方で、note記事を「盛っている」などとして信用性を否定し、

「merchu社にはSNS運用を委託していない。折田氏は無償のボランティアとして斎藤氏を応援し、公式応援アカウントの取得、記載事項のチェック、街頭演説会場などにおける動画の撮影、アップロードなどを行った。」

というのが斎藤氏の代理人奥見弁護士による説明であり、斎藤氏側の主張です。

告発の時点でも、このnote記事の信用性を否定する斎藤氏側の説明・主張は極めて不合理であることを指摘しましたが、その後、マスコミ報道や、告発人に提供された資料・情報によってnote記事の信用性が裏付けられたことにより、斎藤氏側の説明が不合理であることは否定し難いものになっています。

merchu社が斎藤氏側からSNS運用を全面的に任せられ実行したこと、それが主体的、裁量的に行われた選挙運動であることが一層明白になったことにより、「merchu社にはSNS運用を委託していない。折田氏は無償のボランティアとして斎藤氏を応援しただけ」という斎藤氏側の主張は強く否定されることになります。

しかし、第1の点について、兵庫県知事選挙において、折田氏とmerchu社が、斎藤氏側からSNS運用を依頼され、実行したこと、それが斎藤氏のための選挙運動に当たることが明らかになっても、それだけで、斎藤氏らの公選法違反について犯罪の立証が可能となるわけではありません。問題は、その選挙運動に対して対価が支払われたと言えるかです。

71万5000円の支払の公選法上の違法性

そこで、第2の点は、斎藤氏側からmerchu社に支払われた71万5000円の公選法上の違法性がどのように判断されるのかという問題です。

この71万5000円の支払について、斎藤氏側は、

「(1)は政治活動の費用、(2)~(5)は選挙の準備活動のための支払いであり、選挙運動の対価ではない」

と主張しています。

 一方、本件告発では、

「merchu社は、折田社長を中心に斎藤氏側から兵庫県知事選挙におけるSNS運用を任せられ選挙運動を行った。71万5000円はその選挙運動の対価に該当する」

と主張しています。

斎藤氏側が、「(1)は政治活動の費用、(2)~(5)は選挙の準備活動のための支払」だとしている71万5000円について、買収罪が成立するとすれば、以下の3つの構成が考えられます。

(ア)(上記第1の点について、「兵庫県知事選挙において、折田氏とmerchu社は、斎藤氏側からSNS運用を依頼され実行し、それは斎藤氏のための選挙運動に当たる」との前提で)71万5000円は、実際には、SNS運用等の選挙運動の報酬であったが、請求書上の名目を(1)~(5)として支払った。

(イ)斎藤氏側がmerchu社への71万5000円の支払の理由として、依頼したことを認めている(1)~(5)は選挙運動に該当し、買収罪が成立する。

(ウ)斎藤氏側が説明するとおり、折田氏がボランティアとして斎藤氏を応援していたのであれば、「選挙運動者」であり、(1)~(5)が機械的労務だとしても、いかなる名目であれ、斎藤氏側からの折田氏側への報酬支払は、買収罪に当たる。

(ア)については、いくらmerchu社側がSNS 運用を斎藤氏のために行った事実があり、71万5000円がその報酬として支払われた疑いが強いとしても、実際に他の名目で支払われている以上、それらが SNS 運用という選挙運動の対価を含む趣旨で支払われたことを立証するためには、当事者間でその旨の合意があったことの証拠が必要です。それを当事者が認めなければ、原則としてそのような認定は困難です。

(1)~(5)の業務の一部が実際には行われておらず、発注の実体がないということであれば、SNS 運用という選挙運動の対価であることが客観的に明らかですが、そうでない限り、被疑者側の自白がなければ、(ア)の構成は取りえないということになります。

(イ)については、実際に支払いの名目とされている(1)の公約スライドの作成、(2)~(5)の各種デザインなどとして行われた行為が、知事選挙で斎藤氏を当選させるための主体的・裁量的な行為であるかどうかが問題となります。

(1)については、公約スライド作成の目的が一般的な政治活動のためのものだったのか、兵庫県知事選挙での当選を目的とするものであったのかがまず重要となります。そして斎藤氏側から公約のワード文章を受け取り、それをスライド化する作業に、斎藤氏を知事選挙で当選させる目的がどれだけ強く表れているのかが重要です。

(2)~(5)については、そのうち、(2)のチラシのデザイン、(4)のポスターのデザインは、作成費用が公費負担の対象なので、デザインと印刷の両方を併せて業者に依頼すれば、すべて公費負担にすることができたはずです。それを、敢えてデザインだけmerchu社に発注したのは、斎藤氏を当選させるためデザインの統一化を図るという「主体的裁量的な行為」としてのデザインを依頼するためではないかが問題になります。

最後の(ウ)は、71万5000円について、斎藤氏側の説明の通りであっても、特定の候補者を当選させるための選挙運動を実際に行っている「選挙運動者」に対する支払いは、機械的労務の対価であっても買収罪に該当するという判例法理によれば、買収罪の成立は免れられないという考え方です。

ここで問題になるのが、斎藤氏側が認めているのは折田氏が個人のボランティアとして斎藤氏の選挙運動を行っていたことであり、一方で支払先は折田氏個人ではなくmerchu社という法人だということです。merchu社のような実質的に折田氏の個人企業のような法人に対する支払いは個人への支払いと同視できると考えるのが合理的です。買収罪と犯罪の性格、構成要件が類似している贈収賄罪では、収賄者が管理・支配する法人への支払を収賄者への賄賂と認めた例は数多くあります。最近の例では、五輪汚職事件で収賄で起訴された高橋治之氏とコモンズの関係があります。

しかし、公選法違反の買収罪は、これまでは選挙運動者が個人、その対価支払も個人というのが通常で、法人が絡んだ選挙運動や法人への支払いが問題になることは殆どありませんでした。それだけに法人への支払いを買収罪でどのように処理するかは、SNS運用等が重要な選挙運動の手段になってきたことに伴う公選法をめぐる今後の一つの課題でもあります。

その点について検討する中で、公選法221条1項2号の利害誘導罪の適用という重要な選択肢に思い至ったということです。この利害誘導罪は、会社等に対して利益を供与して、それと特殊の直接利害関係を利用して有する個人の選挙運動を誘導することで成立します。これまで、買収罪では、贈収賄のように法人を個人の財布とみなす事例が見当たらないのも、公選法には利害誘導罪があるからとも考えられます。

 

以上の第1及び第2の点について、詳細な分析検討を行っていきます。

第1の点については、次の投稿【折田氏note記事の内容と裏付け証拠、斎藤氏側説明を徹底分析する】で詳しく述べます。それに続く【斎藤氏側からmerchu社に支払われた71万5000円についての買収罪の成否】では、第2の点について詳しく論じます。

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追加告発状の「利害誘導罪」について

本稿では、斎藤元彦氏らの公選法違反の告発に関して、追加告発状を神戸提出した件について解説します。「追加告発状」と言っても、当初告発の公職選挙法221条1項1号の「買収罪」に加えて、適用すべき罰条と告発事実の構成として、2号の「利害誘導罪」を追加したもので、公選法違反事実としては同一です。

まず、追加告発状に記載した、本件を利害誘導罪として構成した告発事実を以下に示します。

被告発人斎藤は、当選を得る目的をもって、同年9月29日ころ、「株式会社merchu」事務所において被告発人折田らと面談し、その後10月5日ころまでに、被告発人斎藤のための選挙運動を依頼し、被告発人折田に応じさせるとともに、選挙準備として「株式会社merchu」に業務を発注することとし、10月3日から9日頃にかけて、被告発人斎藤が、同社に同選挙における「公約のスライド制作」、「チラシのデザイン制作」、「メインビジュアルの企画・制作」、「ポスターデザイン制作」、「選挙公報デザイン制作」の業務を発注し、11月4日、「斎藤元彦後援会」名義で、上記業務の対価として合計71万5000円を同社に支払う一方、被告訴人折田に、公式応援アカウントの取得、記載事項のチェックなどの被告発人斎藤のための選挙運動を行わせ、もって、選挙運動者に対し、特殊の直接利害関係を利用して誘導した。

この追加告発と当初告発事実は、同一の選挙における同一の選挙運動者の被告発人折田が行った選挙運動と同人が代表取締役を務める会社への同一の支払について公選法違反の嫌疑に関するもので、社会的事実としては同一です。本件については、公選法221条1項1号を適用し買収罪で起訴することも十分に考えられますが、同条項2号を適用し、利害誘導罪によって起訴を行うことは、被告発人斎藤側の主張を前提としても可能と考えられます。

両者の告発事実は択一関係、つまり、どちらかを選択できる関係にあります。

利害誘導罪とは

利害誘導罪の構成要件は、

「当選を得若しくは得しめ又は得しめない目的をもって」

「選挙人又は選挙運動者に対し」

「その者又はその者と関係のある社寺、学校、会社、組合、市町村等に対する」

「用水、小作、債権、寄附その他特殊の直接利害関係を利用して誘導をした」

です。

利害関係が観念される場は、行為者と関係がある場合、ない場合どちらもあり、

  • (1)行為者と選挙運動者等との間、
  • (2)行為者と選挙運動者等と関係のある者との問、
  • (3)行為者以外の者と選挙運動者等との間、
  • (4)行為者以外の者と選挙運動者等と関係のある者との間

の4つと解されています。

同罪の成立には、利害関係を利用して誘導をすることが必要ですが、「誘導」とは、利害関係を利用して選挙人又は選挙運動者を特定の候補者のために当選を図り又は当選させないように誘うことであり、「相手方である選挙人又は選挙運動者の決意を促し、又は現に存する決意を確実にするため、特殊の直接利害関係をその者の利益に発生、変更、消滅させることを申し入れることをいう」と解されています。

誘導の方法は、文書か口頭かは関係がなく、また明示でも黙示でもよく、要するにその意思表示が相手方の認識に到達することをもって足りるとされています。また、相手方がそれにより意思を動かされたことや、誘導に応じたことは不要とするのが判例です。

折田氏が「選挙運動者」であること

当初告発で述べているように、本件では、note 記事の投稿通り、選挙におけるSNS 戦略全般を折田氏に依頼していたことは明らかであり、折田氏は「選挙運動者」です。

また、仮に斎藤氏の代理人弁護士の説明通り、「株式会社merchu」への依頼が5項目に限定されるとしても、少なくとも、折田氏が、「公式応援アカウント」の取得、「公式応援アカウント」の記載事項のチェック、街頭演説会場などにおける動画の撮影、アップロードについて、「ボランティア」で行っていたことは、斎藤氏側も認めています。

「応援アカウント」の実際の設置や運用は、明らかに一連の広報戦略の下で、折田氏の発想で設置され、折田氏の考え方にもとづき運用されています。

今回の選挙では、「公式」の「応援アカウント」が設置されており、その投稿内容も、「本人アカウント」との連携、連動を強く意識したものとなっています。このような「公式応援アカウント」の設置や、「本人アカウント」との連動などのアイデアが折田氏のものであることは、令和6年に受注した「高知県SNS公式アカウント分析等委託業務」の企画提案書でも同様の「アカウント相互連携」「相乗効果」を謳っていることからも明らかであり、note記事記載の通り、折田氏の提案した「戦略」といえます。

また、note記事に投稿された「X本人アカウントの投稿」の画像では、下欄に「ポストのエンゲージメントを表示」と記載されており、これは当該アカウントに管理権限がある者がログインした場合にしか表示されない事項であるため、折田氏が「応援アカウント」だけでなく、「本人アカウント」にもログインできる権限があり、両者の連携した運用を担っていた証左だといえます。

さらに、斎藤陣営の投稿する「ハッシュタグ」は、選挙前から「#さいとう元知事がんばれ」に統一され、投開票日までその通りに運用され、当選とともに「#さいとう元彦知事がんばれ」に変化するというストーリー性まで持たせています。

「ハッシュタグ」は、note記事記載の通り、応援の流れに方向性を提供し、アルゴリズムを有利にし、また、投稿の追跡・分析も容易にするため一本化することが非常に重要で、この「ハッシュタグ」に関しての折田氏のnote記事の記載は、その考え方、設計方法など、熟考したことが極めて具体的に書かれ、しかも、削除前の当初の記事には、提案した際の斎藤氏のリアクションまで書かれていて、その内容からは、折田氏が「#さいとう元知事がんばれ」との「ハッシュタグ」を考え、これへの統一を提案したものと考えられます。

公式応援アカウントの設置・運用が、折田氏によって主体的・裁量的に行われていたことは明らかで、斎藤氏側によって折田氏の「ボランティア」とされている行為だけをみても「選挙運動」であり、折田氏は「選挙運動者」です。

結局、note記事記載の通り、折田氏が「ブランドイメージの統一」、「政策を分かりやすいビジュアルや表現で県民に届けること」や、「各SNSに適したレイアウトや内容に最適化して届けること」などの戦略の下で、「監修者として」「責任を持って」SNS広報全般を運用していたもので、折田氏の行為が「主体的・裁量的」な「選挙運動」であることは明白です。

「利害関係」

本件は、法的な契約関係は明確ではありませんが、少なくとも名義上、そして金銭の流れ上は、「斎藤元彦後援会」と「株式会社merchu」の間で、選挙における「公約のスライド制作」、「チラシのデザイン制作」、「メインビジュアルの企画・制作」、「ポスターデザイン制作」、「選挙公報デザイン制作」の業務委託を内容とした契約となっているものと思われます。

そして、「斎藤元彦後援会」に対し、斎藤氏が何らかの影響力を与え得る地位にあることは明らかです。

また、折田氏は、「株式会社merchu」の代表取締役であり、会社に対する利害関係の利用が、会社の代表者たる選挙運動者の選挙に関する意思決定に影響を及ぼし得ることも明らかです。

そのうえ、「斎藤元彦後援会」と「株式会社merchu」の間の、選挙における「公約のスライド制作」等の業務委託契約が、「株式会社merchu」にとってのみ特別に、しかも直接に利害関係があることも明白です。したがって、本件において「選挙運動者に対し」「その者と関係ある会社に対する」「特殊直接利害関係」があることは明らかです。

「誘導」

斎藤氏の代理人弁護士は会見で、支援者から「ボランティアとして協力していただける方」として折田氏を紹介され、2024年9月29日には斎藤氏が会社を訪問して打ち合わせをし、ポスターやチラシのデザインの制作などのほか、SNSの利用についても話が出たこと自体は認めています。そして翌日以降、「株式会社merchu」から、いくつかのプランと、その見積もりが出され、5項目に限って、10月3日から10月9日ころにかけて、口頭で、個別で依頼したとの説明をしています。

つまり、斎藤氏側の説明を前提とすると、時系列からして、斎藤氏が、折田氏が選挙運動をする、もしくはする可能性があることを認識しつつ、その後の近接した時期に少なくとも制作業務5項目について折田氏が代表である「株式会社merchu」に発注したことになります。

「相手方である選挙運動者の決意を促し、又は現に存する決意を確実にするため、特殊の直接利害関係をその者の利益に発生させることを申し入れ」ているのであって、「誘導」が行われたことも明らかです。

したがって「直接利害関係を利用して誘導した」ことも明らかです。

「利害誘導罪」の成立は明らか

上記誘導は、2024年11月17日執行の兵庫県知事選挙に斎藤氏が立候補を決意し、その選挙戦を手伝ってもらう人員を探すなかで行われたものであり、「当選を得る目的をもって」いることも明らかです。

そのため、斎藤氏は、当選を得る目的をもって、同年9月29日ころ、「株式会社merchu」事務所において折田氏らと面談し、その後10月5日ころまでに、斎藤氏のための選挙運動を依頼し、折田氏に応じさせるとともに、選挙準備として「株式会社merchu」に業務を発注することとし、10月3日から9日頃にかけて、斎藤氏が、同社に同選挙における「公約のスライド制作」、「チラシのデザイン制作」、「メインビジュアルの企画・制作」、「ポスターデザイン制作」、「選挙公報デザイン制作」の業務を発注し、11月4日、「斎藤元彦後援会」名義で、上記業務の対価として合計71万5000円を同社に支払う一方、被告訴人折田に、公式応援アカウントの取得、記載事項のチェックなどの斎藤氏のための選挙運動を行わせ、もって、選挙運動者に対し、特殊の直接利害関係を利用して誘導した、ということになります。

この構成をとれば、71万5000円の支払先は折田氏個人ではなくmerchu社という法人であることの問題もなくなります。

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「石破降ろし」に正当性なし。読売「現職首相ウソつき」批判“検証記事”は総裁選前倒しに重大な影響

参院選後の「石破降ろし」最終的に実現

9月8日に行われる自民党総裁選の前倒しの意思確認の手続きが進み、賛成意見が過半数を超える可能性が高まる中、石破首相は辞任する意向を固め、7日午後6時から首相官邸で記者会見を行い、総理大臣辞任の意向を表明した。

自動車関税を25%から15%に引き下げる大統領令署名が実現し、アメリカの関税措置をめぐる対応に区切りがついたことを理由として挙げたが、前日の官邸での会見で、それは進退の判断に影響しないことを明言していたのであり、会見の最後で述べた

「自民党の臨時の総裁選挙を実施するかどうか意思確認を行えば、党内に決定的な分断を生みかねず、まだまだやり遂げなければならないことがあるが苦渋の決断をした。このような形での辞任について国民の皆さんにお詫びをしたい」

というのが石破首相の真意であることは明らかだ。

自民党議員、都道府県連の賛成多数による総裁選前倒しという自民党で初の手段が現実化したことで、7月の参議院選挙後から自民党内やマスコミで続いた「石破おろし」が、最終的に成功し、石破氏は、自民党総裁・総理大臣の職から引きずり降ろされることになった。

一貫して続投の意思を表明してきた石破首相が、最終的に首相の地位を失うことになった原因の一つに、読売新聞による、戦後の政治史・報道史に重大な汚点を残す最悪の「暴挙」があった。

読売新聞などが「石破首相退陣へ」の大誤報を行った直後の7月27日の【読売新聞(毎日新聞)の「石破首相退陣へ」誤報は、戦後最大の報道不祥事~自民党石破総裁は厳正な抗議を!】で述べたように、この報道は、「石破首相の意向」という内心を述べた記事なのだから、その本人が明確に否定した以上、客観的事実と異なっていたことは明白で、その根拠は失われた。

その報道を訂正し、謝罪することになるのが当然だったのに、号外と翌日の朝刊であえて大々的に報じた。しかも、その後も読売新聞は、「石破首相退陣へ」報道をそのまま維持し、それとの整合性を保てるよう、自民党内の石破おろしの動きの強まりを報じ、一方で、石破首相サイドも事実上続投は困難と判断し、退陣表明の時期を探っているかのように報じ続け、まさに、「石破おろし」を露骨にめざす報道を続けてきた。

そして、読売新聞は、9月3日の両院議員総会後に総裁選前倒しの意思確認手続が開始された直後、「石破首相退陣誤報」の「検証記事」と称して、「偽装」「捏造」に近いやり方で「石破首相退陣報道」の誤報を正当化し、《石破首相が公式には「続投の意思は全く揺れたことはない。退陣の意向について発言したことも一度もない」と一貫して述べていること》が「虚偽説明」だとして批判し、現職首相を「ウソつき」呼ばわりし、総裁選前倒しの意思確認を控えていた自民党議員や各県連にも影響を与えようとした(【読売「首相退陣誤報」“検証記事”による「虚偽説明」批判は、現職首相への重大な名誉毀損】)。

「退陣誤報」文春記事にも謝罪要求、法的措置を示唆

読売新聞の「検証記事」に対して、江川紹子氏等がXで批判しているように、社会部系の有識者、ジャーナリストの殆どは、「検証記事とは言えない単なる言い訳」と批判的だ。

一方で、政治学者の中北浩爾中央大学教授などは、この「検証記事」を報じる朝日新聞記事のコメントで

《石破総理は自民党総裁選のなかで「勇気と真心をもって真実を語る」と繰り返し述べました。読売新聞の検証記事が事実であれば、嘘を言っているということになります。》

などと、読売の偽装検証記事に完全に乗せられてしまっている。

参議院選後、石破内閣の支持率は回復し、世論調査の結果も、減税を強く求める参政党、国民民主党等の支持者は別として、それ以外の国民からは「石破氏は辞任する必要はない」との声が大きい。それにもかかわらず、自民党内では石破おろしの動きは収まらず、総裁選前倒しをめぐって各都道府県連も多くが前倒し賛成に傾くという、「国民の世論と党内世論の乖離」が生じた。

今回、「石破おろし」の最終手段となった総裁選前倒しの意思確認は、賛成の国会議員に記名した書面を提出させ、それを公表するというやり方だった。この場合、賛成を表明する判断において重要だったのは、賛成が過半数を上回り総裁選前倒しが実現されるかどうかの見通しだったはずだ。もし過半数に届かず石破総裁体制が継続した場合には、党のトップに反旗を翻したことによる人事や選挙での非公認などの不利益も懸念されるはずだ。一方、賛成が過半数を上回り前倒し総裁選が実施されて石破総裁は交代する、ということになれば不利益を受ける懸念はなくなる。

そういう意味で、日本最大の発行部数を誇る読売新聞が「石破おろし」に加担する一大キャンペーンを行い、総裁選前倒しの意思確認が始まった9月3日の直後には、石破退陣報道の「検証記事」と称して、石破首相の「虚偽説明」「ウソつき」批判を紙面で大々的に行ったことは、総裁選前倒しへの賛成の意思表明を行うかどうか悩んでいた国会議員にとって、さぞかし心強かったことであろう。

もともと、国民世論と自民党の党内世論との乖離が生じる状況に至っていたことに加えて、「退陣誤報」報道を結果的に正しいものにしようとして「石破おろし」に加担する読売新聞の「反石破報道」が、最終的に石破首相を退陣に追い込むことに大きく寄与したことは紛れもない事実である。

 

石破政権の成果・世論と乖離する自民党内世論

このような読売新聞による首相退陣に関する一連の「石破おろし」キャンペーンと、その中で行われた誤報検証記事に藉口した「虚偽説明」による石破首相批判は、重大な名誉毀行為であり法的責任は免れない。

もっとも、7月の参議院選挙後から、読売新聞に限らず他のマスコミも含めて圧倒的だった「自公過半数割れで民意が石破政権を否定したのだから、石破首相は退陣するのが当然」というような論調が、仮にその考え方が絶対的に正しく、それを受け入れない石破首相の続投は「狂気の沙汰」だと言えるのであれば、それを阻止するための読売の動きもそれなりに正当化する余地があることになる。

そこで、今回の参議院選挙の結果を受けた「石破首相退陣当然視論」の根拠と、それが果たして合理的なものであるか、という点をまず考えてみることとしたい。

「石破首相退陣当然視論」の根拠は、二つに整理できる。

一つは、「参議院選の敗北の結果で民意が示されたのだから首相退陣は当然だ」という考え方、もう一つは「組織のトップとして敗北の責任を取ってケジメをつけるのが当然だ」という考え方だ。

前者は、民主主義制度における「選挙での民意の受け止め方」の問題、後者は政党という組織のガバナンスの問題だといえよう。

参院選で「石破政権を否定する民意」が示されたのか

では、今回の参議院選挙の結果は、本当に「民意が石破政権を否定した」と受け止めるべきなのであろうか。

日本は、衆議院議員内閣制をとっており、衆議院議員の多数から支持されて総理大臣が指名され組閣を行う。その総理大臣が所属する党が選挙で敗北し、衆議院で他党の議員が多数を占めることになれば、新たな議員が首班指名され、総理大臣は地位を失う。

しかし、総理大臣が、所属する政党の総裁・代表の座を失うとは限らない。政権を失った政党が、その後誰をトップにしていくのかは、政党内部で議論して決めることだ。

衆議院選挙でも、敗北が直ちに党のトップの交代につながるとは限らない。参議院選挙の場合は、そもそも制度的には政権選択のための選挙ではなく、二院制の下で衆議院とは異なった役割を果たす参議院議員として誰がふさわしいか、どの政党の候補者がふさわしいかを選択するための選挙だ。与党過半数が必達目標とされていたとしても、それが達成できなかったという結果だけから、首相は直ちに退任すべき、ということにはならない。

もっとも、参院選といえども、極端な形の敗北で、それが、その政党の支持が決定的に失われたことを示すものであれば話は別であろう。その場合は、何らかの抜本的対策を講じない限り、その次の選挙でも同様の民意が示されることが確実だからである。

では、今回の参院選での敗北が、「石破総裁が辞任するのが当然」というべき結果であったのか。

今回の選挙後の報道は「自民党の歴史的惨敗」で埋め尽くされた。「歴史的」というのは、過去にない程の「大惨敗」という意味であろう。

しかし、歴史的には、宇野宗佑首相が1989年の参院選で69議席から36議席に「33議席減」、第一次安倍政権での2007年の参院選では、自民党は62議席から37議席に「25議席減」という過去の「大惨敗事例」があり、 52議席から39議席への「13議席減」という今回の参院選の結果は決して「歴史的惨敗」とは言えない。

2007年参院選では、それまで衆参で安定多数を占めていた自公両党が、参議院で過半数を大きく割ったことで、当時、民主党と「二大政党対立」の状況だったことから、国会のねじれによって、法案の否決、同意人事の拒否などの大きな政治的影響が生じた。

しかし、このような参院選大敗北で自民党に壊滅的な影響を及ぼした時ですら、当時の安倍晋三首相は引責辞任を拒否し、1か月半後に政権運営に行き詰まり、体調不良を理由に首相を辞任した。そしてその2年後の衆院選で自民党は大惨敗し、民主党に政権を明け渡した。

今回は、参院選の前からすでに、衆議院では少数与党となっており、参議院でも過半数を下回ったことで政権運営の難度は変わるものの、国会での野党との調整、連携が必要であることに変わりはない。

自民党総裁として掲げた「与党で過半数」の必達目標が3議席達せられなかったのは事実である。しかし、従来は組織票で安定的に議席を確保してきた公明党が「6議席減」という想定外の結果だったことが大きく影響しており、しかも、「3議席の未達」であれば、保守系無所属などを含めれば、なんとか過半数を確保できる可能性もある。

今回の参院選は、既存政党が参政党などの新興勢力に敗北したということであり、その背景に消費税減税等の積極財政を求める世論がある。財政規律を重視する既存政党の敗北は、立憲民主党・公明党等も同様であり、自民党だけが敗北したのではない。このような参院選の結果を、「歴史的惨敗で、石破政権を否定する民意が示された」というのは、あまりに短絡的であり、選挙結果を客観的にとらえたものではない。

「結果責任」重視の自民党組織のガバナンス

しかし、自民党内での「石破首相退陣当然視論」は、「参院選で民意が示された」というだけでなく、「組織のトップとして敗北の責任を取ってけじめをつけるべき」という意見の方が中心である。それは、組織のガバナンスの問題だと言える。

その点に関して聞かれたのが、

「企業経営者でも3回連続赤字を出したら辞任するのが当然」

「結果に対してはトップが責任を負うべき」

という「結果責任」を重視する声だった。

「結果責任」とは、結果に対して負うべき責任であり、それに対して、目標達成のために組織をまとめたり問題に対応したりするのが「遂行責任」である。

上場企業であれば、経営者は、株主に対して利益を実現する責任を負う。会社に損失を与え続ければ、その株主に対する責任をとり辞任というのも当然の対応だ。

しかし政党の場合、トップが負う責任はそのように単純なものではない。選挙で国民の支持を得るとともに、その支持を活用して党の政策を実現する。そして、政権を担う政党であれば、国政を安定的に運営して行く責任を負う。このような複雑な責任を負う政党、とりわけ政権与党のトップの責任を、単純な「結果責任」で考えることはできないはずだ。むしろ「遂行責任」を中心に考えることの方が政党にとっては合理的なはずだ。

昨年9月の総裁選で石破氏が自民党総裁に就任、直後の衆院選は、当時の政治資金パーティー裏金問題への批判からは当然の結果とも言える自民党敗北だった。その結果、少数与党となったものの、石破首相は、弱い党内基盤の下で何とか党内体制を維持し、野党との協力も得ながら予算、法案を可決させ、コメ大幅増産の方向への農政改革を打ち出し、参院選直後にはEUなどにも先がけてトランプ関税を25%から15%に引き下げる合意に成功した。石破政権は、今後、本格的に石破カラーを出して政権を運営していくべき時だった。遂行責任を果たすという面ではこれからが本番だったといえる。

ではなぜ、自民党内ではこの「結果責任」中心の単純な考え方がまかり通るのだろうか。そこには組織の根幹に、勝ちと負けを峻別し、負ければ潔く腹を切って責任を取る、というような旧来型日本型組織の単純な考え方があるのだろう。上位者には、結果を出すまでのプロセスについて「言い訳」せず、表面的な潔さだけが評価される。そのような背景の下で、日本の政党の中心であった自民党で、「結果責任」中心の考え方が当然視されてきたということではなかろうか。

しかし、それは、55年体制の下で政権基盤が安定し、その政党のトップである自民党総裁選が「最大の政治上の決戦」だった状況には通用しても、現在のように国民の要請も民意も複雑多様化し、それに応じて多党化時代を迎えた情勢の下では全く通用しない。そもそもここで石破おろしを実現して自民党総裁が交代したとしても、その存在は直ちに首班指名を受けるわけでもないし、野党との関係でどのような協力ができるのかも不明だ。

そのような状況において、自民党がいったん正式手続の総裁選で3年という任期を石破首相に委ねたのであれば、まず党内基盤、政権基盤を安定させるための期間に1年を費やし、そこから石破政権として本格的に「遂行責任」を果たす段階に入るというのが合理的な考え方であり、国民もそれを期待していたはずだ。

実際に連立内閣が常態化しているヨーロッパ各国では、国政選挙後の連立の枠組み協議に半年、一年を要することも珍しくないと言われている。

このように考えると、今回の参議院選挙結果を受けての「石破首相退陣当然視論」には根拠がなく、そういう誤った考え方を前提に「石破おろし」に加担し、「反石破報道」を行ってきた読売新聞には、何の正当化の余地もないと言うべきである。

「石破おろし」が実現した場合の「名誉毀損訴訟リスク」

【前掲記事】で述べたように、今回の「検証記事」での石破氏個人に対する「虚偽説明批判」が重大な名誉毀損であることは明らかだ。それについて、実際に被害者の石破氏から名誉毀損訴訟を提起された場合、読売新聞が検証記事で批判した石破氏の「虚偽説明」について真実性を証明することも、「真実であると信じることについての相当な理由」を示すことも、困難だ。

たとえ、「検証記事」で「周辺者」の話とされているのが、「石破氏と親しい記者がオフレコで聞いた話」だったなどということだったとしても、【前掲記事】で述べたように、そもそも、「石破氏の発言」の趣旨の取り違え、あるいは意図的な捻じ曲げが誤報の原因なのであり、「石破氏が虚偽説明をした」と報じる根拠になるものではない。

石破首相が、現職の総理大臣である限り、そのような権力者が報道機関に対して名誉毀損訴訟を提起することは現実には考えにくかった。しかし、読売新聞も深く関わった「石破おろし」によって、石破首相が首相の座から引きずり降ろされることになり、一政治家の立場になったのである。一国の総理大臣を「噓つき」呼ばわりして名誉を毀損したという「前代未聞の報道犯罪」について法的責任追及を行う選択肢も、石破氏にとって十分にあり得る。

文春VS読売新聞

この「石破首相退陣誤報問題」に関してはその後、週刊文春による報道と、それに対する読売新聞側の対応があった。

8月19日に【石破首相強気のウラに読売の“謝罪”があった!】(有料)と題する記事が週刊文春の電子版で配信され、20日発売の同誌に掲載された。同記事で

《グループ本社の山口寿一社長が、今月上旬、石破首相と面会し、首相の退陣報道について「謝罪の意を表明した」としたうえで、「政治部はアンタッチャブルで、自分では制御がきかなかった」と釈明した》

と述べたことに対して、読売新聞は、

「事実無根の記事で名誉が著しく毀損された」

として、抗議書を発行元の文芸春秋に送付し、謝罪と記事の取り消しを求めたとする記事(【本社、週刊文春に抗議書…退陣報道「首相に謝罪の事実ない」】)を8月19日読売新聞電子版で配信した。

さらに、上記の「検証記事」を出した直後に【本社、週刊文春に抗議書…「悪意ある虚偽の記述多数」】と題する記事を電子版に掲載し、

《(文春記事は)「全体として捏造(ねつぞう) 」と強調。特に、首相の言葉に関する報道は「取材メモの内容が社外に流出したとの誤解を強く読者に与える点で著しい名誉毀損」だと指摘した》

などと、文春への法的措置も辞さない、全面対決の姿勢を見せている。

「誤報への対応」は、読売グループ山口社長主導か

これらの文春記事への読売新聞の対応は、首相退陣報道が、明白な誤報で、ただちに訂正し、石破首相に謝罪すべきであることを真っ向から否定するものだ。文春報道の当事者は「石破首相に直接謝罪した」と書かれた山口寿一読売グループ社長自身であり、そのような方針で臨むことが山口社長の方針だからこそ、文春側に謝罪と記事の取り消しを求めるという対応を行ったのであろう。

「石破首相退陣へ」の誤報は、政治部マターであり、文春記事で書かれているように、社会部出身の山口社長にとっては、

「政治部はアンタッチャブルで、自分では制御がきかなかった」

というのは、(文春記事のとおり石破首相に直接会って謝罪した事実があったかどうかはともかく)、少なくとも山口社長の「本音」であった可能性が高い。

しかし、そのような文春記事に対して、発行元の文芸春秋に抗議書を送付し、謝罪と記事の取り消しを求め、それを自社の記事で表に出したのが、当事者の山口社長の意向に基づくものであることは明らかであり、この時点で、「石破首相退陣へ」の誤報問題も、山口社長マターになったはずだ。

それに加えて、読売新聞では、社会部でも重大な誤報問題が発生したのであり、そのことも、一連の「誤報」問題への山口社長の関与を一層強めることになったと考えられる。

8月27日朝刊1面「公設秘書給与不正受給か 維新衆院議員 東京地検捜査」の記事で、東京地検特捜部の捜査対象者を取り違え、日本維新の会の石井章参院議員ではなく、同党の池下卓衆院議員について秘書給与不正受給の疑いで捜査が進んでいるとの重大な誤報を、一面トップで掲載したのである。

「取材経緯の検証を行った結果、最初の取材で担当記者に思い込みが生じたうえ、キャップやデスクも確認取材が不十分だったことを軽視し、社内のチェック機能も働いていなかったことが誤報につながった。」

として、9月5日付で記事を訂正・謝罪し、前木理一郎専務取締役編集担当と滝鼻太郎執行役員編集局長について役員報酬・給与のそれぞれ2か月30%を返上する処分、小林篤子社会部長を罰俸とし更迭、当日の編集責任者だった編集局デスクをけん責、社会部のデスク、司法記者クラブキャップ、担当記者をいずれも出勤停止7日とするとの社内処分を発表した。

これにより、読売新聞は、ほぼ同時期に政治部と社会部という報道局内の主要な2つの部で「重大な誤報」問題が発生したことになる。読売新聞の会社組織自体の問題だ。

山口社長の本来のテリトリーである社会部でも誤報問題が発生したことによって、一連の「誤報問題」への対応は、山口社長の判断で決まる問題になったはずだ。

今回、「退陣報道は、石破首相も含めて十分な取材に基づくもので、首相本人の虚偽説明のために『騙された』結果、誤報になってしまった」という「検証記事」を出すことについても、山口社長の方針が示され、その方針に合わせたのであろう。

石破首相を「虚偽説明」「ウソつき」と批判し、自民党議員や都道府県連等の批判を高めて総裁選前倒しを実現させて石破首相の「追い落とし」の成功につながれば、「勝てば官軍」で「検証記事」の問題が深刻な事態を招くことはない、というのが山口社長の見通しだったのかもしれない。

しかし、それは、石破首相「追い落とし」が成功し、石破氏が一人の「元総理」となり、権力を失った「一政治家」となった場合には通用しない。

読売新聞による「反石破報道」と「検証記事」による「現職首相ウソつき批判」は、名誉毀損の重大な法的責任を負うリスクを孕む。日本最大の発行部数の新聞社は、なぜ「政治報道犯罪」に手を染める存在に成り下がってしまったのだろうか。

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読売「首相退陣誤報」“検証記事”による「虚偽説明」批判は、現職首相への重大な名誉毀損

石破茂首相が、自民党本部で開かれた両院議員総会で参議院選挙敗北の総括を受けて続投の意思を改めて表明した翌日の9月3日、読売新聞は、7月23日夕刊と号外、24日朝刊で、石破首相(自民党総裁)が退陣する意向を固めたと報道したことに関して、紙面で【首相「辞める」明言、読売「退陣」報道を検証…石破氏が翻意の可能性】と題する検証記事を掲載するとともに、関係者の社内処分を発表した。

「結果として誤報となり読者に深くおわびします」

と読者に陳謝しているが、報道は十分な取材に基づいた問題のないものだったということであり、関係者の処分も「首相の退陣についての重大な誤報」にしては、極めて軽微なものに過ぎない。

それに加えて、さらに徹底した批判を展開しているのが、同日午前5時2分にアップされた読売オンラインのネット記事だ。

タイトルに【進退、揺れ動く首相…石破氏が虚偽説明 読売「退陣」報道を検証】と「石破氏が虚偽説明」と明記し、2段落目で

読売新聞は、石破首相の発言をもとに退陣意向を報道したが、首相は様々な場で「自分は辞めるとは言っていない」と繰り返している。こうした虚偽の説明をされたことから、進退に関する首相の発言を詳細に報じることにした。

と述べている。

紙面の記事にあった「社内処分」「陳謝」はこのネット記事からは消えており、ネット記事だけを読む限り、要するに、「石破首相が周辺に退陣の意向を伝えていたのに、それを翻し、その後退陣の意向を固めた事実も否定する虚偽説明をしたもので、読売新聞には非がない」という内容になっている。

読売オンラインには、紙面と同じタイトルで、同じ内容の検証記事も、上記記事の1分後の5時3分にアップされている。しかし、その1分前に「虚偽説明」の記事が出されているので、ネット上では、「虚偽説明」の記事が圧倒的に広く拡散された(9月6日朝の時点での表示数は、紙面と同じ記事が10万であるのに対して「虚偽説明」記事は67万、引用ポストもほとんどが「虚偽説明」記事だ)。

つまり「虚偽説明」記事の方を、ネット上で広めようとする意図が窺われる。

読売新聞が、「現職の首相が退陣の意向を固めた事実」を「退陣へ」と号外まで出して報じ、それが「誤報」だったことについて、私は、7月27日に投稿したYahoo!記事【読売新聞(毎日新聞)の「石破首相退陣へ」誤報は、戦後最大の報道不祥事~自民党石破総裁は厳正な抗議を!】で、厳しく批判した。

この頃、私は、7月15日に悪性リンパ腫で集中治療室(ICU)に緊急入院し、同月23日ICUから一般病床に移ったものの、抗がん剤の副作用による発熱、肺炎併発や、感染症で左手が腫れていることなどもあって、従来のような執筆は困難な状況だった。

しかし、読売・毎日新聞の「石破首相退陣へ」誤報は、重大な政治報道不祥事であるにもかかわらず、SNS上の一部で問題にされていただけで、一般メディアには全く問題にする動きが見えなかった。この報道の在り方に関して、コンプライアンスの専門家としてどうしても看過できず、世の中に私の見解を伝えたいと考え、事務所スタッフに口述筆記、補助をしてもらい、病床から投稿することにしたものだった。

同記事では、

《石破首相自身の方針という内心を述べたものであり、その本人が明確に否定した以上、客観的事実と異なっていたことが明白になった。仮にそれまで推測に基づいて報じていたとしても、もうその推測の根拠が失われたのだから、その報道を訂正し、謝罪するということになるのが当然。ところが、読売新聞・毎日新聞は、そのように石破首相に明確に否定された事実を翌日の朝刊であえて大々的に報じた》

《報道の範疇を大きく逸脱した「新聞の暴走」と言わざるを得ない。》

と厳しく批判した。

この記事は、アクセス数も通常のYahoo!投稿とは桁違いで、記事を案内するX投稿のプロフィール上の固定ポスト表示数もあっという間に40万を超え、膨大な数のリプライ、引用ポストが投稿されるなど、反響は極めて大きかった。

読売新聞の「虚偽説明」ネット記事は、「石破退陣報道」の大誤報を徹底批判した私のYahoo!記事への反論を意識したものと見ることができなくもない。

しかも、現在、9月2日の両院議員総会を受けて、総裁選前倒しに向けての手続が行われている。読売新聞の「検証記事」は、誤報の原因を「石破氏の虚偽説明」だとして石破首相を強く批判するものだ。同記事で読売新聞が明記した「石破首相の虚偽説明」が十分な根拠に基づかないものだとすれば、それ自体が、総裁選前倒しの手続における自民党議員、各県連による意思表明に対して、「石破首相は信用できない」との印象による重大な影響を生じさせることとなる。まさに、「虚偽説明」と表現した検証記事自体が、正真正銘の「戦後最大の報道不祥事」となり得るのである。

幸い私の方は、8月29日、抗がん剤の効果でリンパ腫は相当程度抑えられ、今後の治療が通院で可能となったことから、ようやく退院することができた。退院後の3クール目の抗がん剤治療後の経過も順調で体調も良いので、“エンジンほぼ全開”で、読売新聞「虚偽説明記事」の中身を詳細に分析検討することとしたい。

検証記事の「前提事項」の問題

読売新聞の「検証記事」は、最初に

首相の進退は、国民生活や外交を含む国政運営に多大な影響を及ぼす。このため、政治部は、側近や首相秘書官ら周辺のみならず、首相本人の発言を確認することを最優先に取材を進めてきた。

と述べているが、これには、重大な疑問がある。

後述するように、「検証記事」に書かれている、「読売記者が石破首相に直接取材した場面」と「聞き出した話」の中身は僅かな断片的なものに過ぎない。

問題は「側近や首相秘書官ら周辺」からの取材だ。

私はYahoo!記事を書く前に、石破氏と親しく本人や首相秘書官に直接話を聞くことができるジャーナリスト2人から話を聞いている。毎日新聞が「石破首相退陣へ」と報じた直後に、石破氏の退陣意向など全くないことを確認している。また、Yahoo!記事を出した直後に石破氏本人と電話で話し、「続投意思に全く揺らぎはない」ことも確認している。毎日・読売の退陣報道後に、首相周辺から「誤報」との批判が上がったことからしても、読売新聞の取材先が「側近や首相秘書官」とは極めて考えにくい。

問題は、「(側近や首相秘書官)ら周辺」という表現である。

「検証記事」で「周辺に語った」と言っている「周辺」と言い得るのは、その範囲を広げたとしても、日頃から石破氏と接触する機会の多い自民党関係者くらいだ。

首相という立場で、参院選での敗北を受けて当面どう対応するかという話の中で、「首相辞任」が選択肢の一つとして出て来るのは当然だし、ましてや、参院選直後は、マスコミがこぞって「選挙で示された民意を受けて退陣」を当然のように論じ、それに乗じる形で自民党内からも「石破おろし」の動きが起きている状況だった。

そのような情勢も踏まえて、石破首相と接触した自民党関係者が選挙後の対応について話をする中で、「首相は当面は辞任しないが、しかるべき時期に辞任を考えているはずだ」などと、推測、憶測をまじえて話をする人間がいたとしても全く不思議ではない。

「検証記事」は、そのような状況で、記者が取材した過程で、「取材メモ」等に残されている記述を拾い集め、それを根拠に「石破首相が周辺に話した」ということを述べているのであろう。しかし、そのような石破首相の話を聞いたとするのが誰であるか明らかにされておらず、「氏名不詳者の話」に過ぎない。その話が本当に石破首相自身の言葉を聞いたということなのか、それとも聞いた話の解釈ないし推測に過ぎないのか、「検証記事」には、それらを判断する材料となる、「どのような立場で、どのような場面で、そのような話を聞いたのか」は全く書かれていない。

そうなると、最大の問題は、正体不明の「周辺者の話」をつなぎ合わせたと思える「石破首相の話」に関する「検証記事」の内容自体、そのストーリーが合理的か否かである。

そして、そのようなストーリーを前提に、石破首相に直接取材した際の実際の「発言」の内容が、「退陣の意向を固めた」と判断する根拠になり得るものかどうかである。

「検証記事」が主張する「石破首相の虚偽説明」のストーリー

読売新聞が「検証記事」で主張している「石破首相の虚偽説明」というのは、要するに、

参議院選挙の選挙結果を受けての進退についての石破首相の意向は、何度も揺れ動いた。そして、その中で何回も退陣の意向を「周辺」には発言していた。しかし石破首相は、公式には「続投の意思は全く揺れたことはない。退陣の意向について発言したことも一度もない」と一貫して述べている。それが「虚偽説明」だ。

ということだ。つまり、「続投の意思の揺れ」「退陣の意向」の二つを否定していることが「石破氏の虚偽説明」だということだ。

その二つの点についての「検証記事」のストーリーは、大まかに言えば、次のようなものだ。

(1)選挙結果が出る前、石破首相は、「道筋をつけて次の人に受け渡すということだ」と発言して、「次」へのバトンタッチ、つまり「退陣」を視野に入れた発言をしていたが、一方で、「辞めるとは明言しない」と言って、「退陣の意向」を明言しない方針だった。

(2)開票が進むなかで出演した20日夜のテレビ番組では、「40議席台後半なら、なんとかなるかもしれないと思った。できるところまでやる」と続投を明言し、選挙結果が確定した後の総裁記者会見で石破氏は続投を正式に表明したが、その間に、「辞めるとは明言しない」と周囲に語り、本音では「退陣の意向だが、それをすぐには明言しないという方針だ」と語っていた。

(3)首相は、22日夜、米国による関税措置を受けた日米協議に区切りがついた段階で退陣する意向を周囲に明言した。

(4) 「退陣への段取り」として、8月6、9日の広島、長崎の「原爆の日」、戦後80年を迎える15日の「終戦の日」は、「首相としての出席」の意向を示す一方、それに続いて、月末の8月20~22日に横浜市で予定されていた「第9回アフリカ開発会議」(TICAD9)は、「辞めると言った後に俺がやる」と語っていた。

(5) 首相は、7月23日午後には、首相経験者の岸田文雄、菅義偉、麻生太郎の3氏との会合が予定されており、首相はその場で退陣の意向を3氏に伝える考えを周囲に明かしていた。

(6) こうした取材をもとに、読売新聞は23日朝刊で「首相、近く進退判断」の見出しで、「首相は、米国の関税措置を巡る日米協議の進展状況を見極め、近く進退を判断する意向を固めた」と報じた。この朝刊を読んだ首相は23日朝、記事を肯定し、同日朝には、米国のトランプ大統領が日本との交渉妥結を表明したことを受け、読売が、首相に心境の変化がないかを改めて取材したところ、退陣の意向に変わりはないとの認識を示した。

(読売新聞は、上記の(1)~(6)の取材経過から、23日午前中、毎日新聞の「石破首相退陣へ」のネット記事に続いて、号外で「石破首相退陣へ」と報じ、翌24日の朝刊でも同趣旨の記事を一面トップで報じた。)

(7)毎日、読売の「退陣報道」の後の23日午後、石破首相は3人の首相経験者との会談後、記者団に「私の出処進退については一切、話は出ていない。一部に報道があるが、私はそのような発言をしたことは一度もない」と否定した。

「検証記事」が、(1)~(7)の中で石破首相の「続投意思の揺れ」「変遷」だと言いたいのは、以下の3点なのであろう。

(ア)選挙結果が出る前に「次へのバトンタッチ」と言って「退陣の意向」を視野に入れていたのに、開票結果を受けて「できるところまでやる」に変化した((1)⇒(2)の変遷)。

(イ)その翌日の22日夜には、「米国による関税措置を受けた日米協議に区切りがついた段階で退陣する意向」に変わった((2)⇒(3)の変遷)。

(ウ)「8月中の退陣の意向表明までの段取り」まで語り、7月23日午後には、首相経験者3氏との会合で退陣の意向を3氏に伝える考えを周囲に明かしていた。それに加え、読売新聞は、23日朝刊で「首相、近く進退判断」の見出しで、「首相は、米国の関税措置を巡る日米協議の進展状況を見極め、近く進退を判断する意向を固めた」と報じ、記事が掲載された23日朝に、米国のトランプ大統領が日本との交渉妥結を表明したことを受けて再度石破首相に直接確認したところ、「退陣の意向に変わりはない」との認識を示した。ところが、その直前に、毎日・読売新聞が「石破首相退陣へ」と報じたことに反発して続投方針に変わった((3)(4)(5)(6)⇒(7)の変遷)。

では、上記の3つの「石破首相の続投意思の揺れ」「変遷」が果たしてあったのか、(6)で読売新聞が直接確認した際の石破首相の言葉が、本当に「退陣意向を固めた」と判断できるようなものだったのか。

石破首相の続投意思に「揺れ動き」「変遷」があったのか

(ア)の変遷

まず、「(ア)の変遷」についてである。

以下は、(1)の「検証記事」の記述だ。

首相が自らの進退をほのめかしたのは、参院選投開票日の7月20日午後1時ごろだった。非改選議席を含めて与党で過半数を維持できる「自民、公明両党で50議席以上」という、自らが定めた「必達目標」に届くかどうかが危ぶまれていた。道筋をつけるという条件付きながらも、「次」へのバトンタッチを視野に入れた発言だった。

首相は、翌日に予定されていた自民党総裁としての記者会見でどう発言するかについても語り、「辞めるとは明言しない。ここで辞めると言ったほうが楽だ。俺だって言いたい。でも、政権を放り出すことで内政も外交も混乱する。この状況で次の人にバトンをつなげない」としていた。

この時点では、まだ選挙結果は出ていないものの、自民党にとって相当厳しい結果になることが予想されており、開票が始まる前の投票日午後の「出口調査」の結果では、自公両党で過半数どころか、40議席台をも割り込む大惨敗になる予想が有力だった。そういう可能性もあるということを念頭に置いた石破首相の発言であれば、それが実際にいつになるかはともかく、いつかは「次へのバトンタッチ」をしなければならないのだから、それが選挙結果如何で重要な問題になるのは当然である。

石破首相が「辞めるとは明言しない。ここで辞めると言ったほうが楽だ。俺だって言いたい。」と発言したとしても、「いずれにせよ、選挙後に辞任を明言することはしない」ということであり、内心で「辞める」ことを決めているのかどうかについては何も言っていない。

いずれにせよ、選挙結果が出る前の発言は、石破首相が自公両党で過半数という必達目標に一議席でも届かなければ首相を辞任する意向だったとする根拠にはならない。

選挙結果を受けての石破首相の(2)についての記述は以下のとおりだ。

開票が進むなかで出演した20日夜のテレビ番組では、首相は「いかにして政治空白を作らない、混乱を大きくしないかは常に考えねばならない」と述べ、続投を明言した。

参院選での各党獲得議席数が確定したのは21日午前だ。自民、公明両党は計47議席にとどまり、自民党政権で初めて衆参で少数与党となる事態に陥った。

選挙結果を受け、首相は21日午前11時ごろ、「40議席台後半なら、なんとかなるかもしれないと思った。できるところまでやる」と周囲に語った。50議席に迫る議席を確保できたことで、続投に傾いたことをうかがわせた。その後の総裁記者会見では、「ここから先はいばらの道だ。赤心報国の思いで国政にあたっていく」と表明した。   

あたかも、選挙結果が出た後に、石破首相の考えが変わったかのような印象を与える書き方だが、実際には、選挙結果が出る前の《「次」へのバトンタッチ》を実際にどうするかについて、「自公で過半数に3議席届かなかった」という直前の予想の議席数を上回る選挙結果を受けて、「できるところまでやる」と判断したということであり、特に、石破首相の考え方が変わったわけではない。

(1)と(2)についての「検証記事」の内容は、(ア)の変遷があったことの根拠にはならない。

(イ)の変遷

次に「(イ)の変遷」である。

これは、(2)で、石破首相は、選挙結果が判明しつつあった20日の夜以降、続投の方針を表明し、21日には「できるところまでやる」という意向を周囲に語っていたのに、22日の夜には、一転して、「関税交渉で合意が実現すれば辞意を表明する」という方針に変わったことを指す。

その(3)の「関税協議に区切りがついた段階での退陣の意向」についての「検証記事」の記述が以下である。

首相が、米国による関税措置を受けた日米協議に区切りがついた段階で退陣する意向を周囲に明言したのは、22日夜のことだ。赤沢経済再生相が関税を巡る閣僚協議のため訪米し、交渉は山場を迎えていた。

首相は、赤沢氏の交渉手腕に期待していると語りつつ、「関税交渉の結果が出たら、辞めていいと思っている。でも、交渉中に『辞める』なんて言えない。だから俺は続けると言っているんだ」と説明した。

関税交渉で合意が実現すれば、「記者会見を開いて辞意を表明する。辞めろという声があるのなら辞める。(参院選敗北の)責任は取る。でも、国益をかけた戦いだけは、最後まで見届けさせてほしい」とも語っていた。

ここで、石破首相の「関税交渉の結果が出たら、辞めていいと思っている。」「関税交渉で合意が実現すれば、記者会見を開いて辞意を表明する。」と発言したことになっているが、問題は、ここでの「合意実現」がいかなるものを前提にしているのかだ。

一口に「合意実現」と言っても、その内容は、石破政権の成果として評価される日本の国益につながる「合意」から、トランプ大統領に屈して、日本の産業に打撃を与えると批判される「敗北的合意」まであり得る。

実際には、23日の朝、トランプ大統領がXで「日本とは関税率15パーセントで合意」と投稿し、それまでの「25%」から「15%」をEUに先駆けて実現したことがわかり、日本側にとって関税交渉で大きな成果が上がったことが明らかになった。

このような「合意成立」の見通しは、それまで表には全く出て居なかったものの、日本政府側では、ある程度予想され、その前日の22日の夜の時点では、石破首相にも報告されていたはずだ。それを前提にすれば「交渉の成否が見え次第、記者会見を開く」というのは、それまでの「できるところまでやる」という「続投の姿勢を一層明確に打ち出す」という趣旨のはずだ。

しかし、22日の夜の時点では、そのような「日本側に有利な関税合意の見通し」については、石破首相を始めごく限られた政府関係者の中でだけ共有され、自民党関係者にも、各社の政治部記者も全く把握していなかった。

むしろ、この時点では、トランプ大統領のそれまでの強硬な姿勢から考えて、当初の25%の関税が引き下げられることはほとんど予想されておらず、むしろそれ以上に関税を吹っかけてくるという見方すらあった。マスコミ各社も「関税合意の見通し」は悲観的に見ていたはずだ。そうなると、もともと「参院選で敗北した石破首相の続投はありえない」との認識で固まっていた読売記者としては、「周辺者」との会話で、関税合意の見通しが日本側にとって不利なものとなることを前提に、「さすがの石破首相もこれで続投を断念するだろう」という見通しで話し、それが記者会見で「辞意を表明する」という勝手な憶測につながり、その旨の取材メモが残っているということだろう。

「国益をかけた戦いだけは、最後まで見届けさせてほしい」と石破首相が「周辺」に語っていたとすれば、日本側に有利な合意の見通しを念頭に、それにこぎつければ自信を持って続投表明できるが、万が一「交渉失敗が確定」したら辞任を表明せざるを得ないという趣旨にも受け取れる。

つまり、(3)は、単に読売新聞が関税合意の見通しについて正しい情報を得ていなかったために、「合意実現後の記者会見による表明」の意味を完全に取り違えていたのであり、(イ)の変遷はなかったと言わざるを得ない。

(ウ)の変遷

次に「(ウ)の変遷」である。

これは、(3)の「米国による関税措置を受けた日米協議に区切りがついた段階で退陣する意向」、(4)の8月の「退陣表明に向けての段取り」で、「退陣表明を行うこと」が前提であり、それが(5)の「首相経験者3氏との会合」で3氏に伝えられて表明される予定だったというものだ。

さらに、読売新聞にとって「最大の変遷」が、石破首相が、(6)の読売の23日朝刊の「近く進退を判断する意向を固めた」との記事を肯定し、関税合意成立の発表を受けても、「変わりはない」と答えていたにもかかわらず、「首相経験者3氏との会合」後の記者対応で退陣意向もその旨の発言をしたことも否定したことであろう。

しかし、(3)の「関税協議に区切りがついた段階での退陣する意向」が読売新聞側の誤った認識によるものであることは既に述べたとおりであり、また、(4)についても、「退陣意向」の根拠は、以下に述べるとおり、全くないに等しい。

「退陣へ段取り」の小見出しの記述で、最初に、

首相はさらに、8月6、9日の広島、長崎の「原爆の日」、戦後80年を迎える15日の「終戦の日」は、首相として臨みたい考えを示した。

と述べて「首相としての出席」の意向を示したことが書かれ、それに続いて、

8月20~22日に横浜市で予定されていた「第9回アフリカ開発会議」(TICAD9)にも触れて、「TICADは俺がやるよ。もう辞めると言った後だけど」とも語っていた。

とされている。

「首相としてやる」という趣旨の発言が続いているのに、その後に、「もう辞めると言った後だけど」という言葉が付け加えられているのは明らかに不自然だ。これが「周辺者」の話だとすると、どの時点で「辞めると言う」のか、という話がなければおかしい。仮に取材メモにそのような記述があったとしても、全く無意味なものだ。

しかし、この箇所で首相が「周囲」に語った内容の中で、「退陣の意向」に直接的に言及したのは、この「もう辞めると言った後だけど」だけである。

そして、次の(5)の「退陣の意向の説明」についての記述である。

首相は、退陣の意向をどう説明していくかの段取りも周囲に明かしていた。

7月23日午後には、首相経験者の岸田文雄、菅義偉、麻生太郎の3氏との会合が予定されており、首相はその場で自らの意向を3氏に伝える考えだった。「説明すれば、首相経験者だから気持ちは分かってくれると思う」と吐露していた。

ここでは、「自らの意向」を3氏に伝えるとしているだけで、その伝える「自らの意向」の中身が何なのかはわからない。それが「退陣の意向」だと推測する根拠は、結局のところ、その前の段落で、関税合意の中身の予測を間違った「辞意を表明する」と、「もう辞めると言った後だけど」という不自然に付け加えられた言葉だけだ。

わざわざ「首相経験者3氏との会合」を設定したのだから、そこで石破首相が何らかの重要な内容の話をしようとしていると推測するのは自然だ。そこで、読売側には、退陣の意向を示すのが当然だという「決め付け」があったと考えられる。

その背景には、前記のような「選挙で3連敗した石破首相は責任をとって退陣するのが当然」「石破首相は続投表明を覆して退陣表明をする大義名分を探っている」というような見方があったのであろう。

23日読売朝刊記事についての石破首相の反応と取材への返答

そして、読売新聞にとって最大の拠り所は、その3氏との会合が予定されている翌23日の朝刊の記事についての石破首相の反応と読売の取材に対する石破首相の返答である。しかし、そこには、重大な「ごまかし」がある。

「検証記事」では、

こうした取材をもとに、本紙は23日朝刊で「首相、近く進退判断」の見出しで、「首相は、米国の関税措置を巡る日米協議の進展状況を見極め、近く進退を判断する意向を固めた」と報じた。

と述べている。

しかし、実際の23日朝刊の記事は、「首相、近く進退判断」の見出しで報じているものの、リード文の中頃に「近く進退を判断する意向を固めた」との記述があるが、その文末では「交渉の成否が見え次第、記者会見を開き、進退を明らかにする考えだ。」と書かれており、「進退を判断した上」「記者会見を開き、進退を明らかにする考え」だというのがこの記事の趣旨だ。

「検証記事」の「意向を固めた」という言葉だけであれば、内心の問題であり、すぐに表に出すという意味ではない。「退陣の意向」を内心で固めたがしばらく表には出さないという意味であり、まさに、その後の号外、翌日の朝刊での誤報での「(退陣の)意向を固めた」という表現と同じである。読売新聞は、この23日朝刊記事の内容を前提に、石破首相に「変わりないか」と質問して確認したとしているが、「意向を固めた」だけであれば、「その意向を表に出さない」という趣旨になる。

実際の23日朝刊の記事のリード文で、「交渉の成否が見え次第」「記者会見を開き進退を明らかに」としているのは、「交渉の成否」如何で、「進退」を表に出すということである。そこで、明らかにする「進退」には、「進」も「退」もあり得るが、交渉が成功し、日本に有利な条件で合意成立の見通しとなった場合には、石破政権の評価が大きく高まるのであるから、常識的には「進」の方向に傾くはずだ。逆に、関税交渉で日本側の要求がほとんど通らず、「交渉失敗」に終わる見通しになれば、「退」となるのも致し方ないことになる。

そういう意味で、「表に出す」ことが前提であれば、「続投表明」の趣旨、「意向を固めた」だけであれば、「退陣意向を固めるだけで、それは表に出さない」という趣旨にもなるのであり、そこには大きな違いがある。

重要なことは、この時点では、8月1日の25%の関税適用開始に向けての日米交渉は日本側にとって相当厳しく、この記事での「交渉の成否」は、それまでに日本側にとって有利な形での決着は考えにくいというのが世の中の見方の大勢であり、読売新聞の認識も同様であり、23日朝刊は、そのような前提で書かれていたと考えられることだ。

しかし、実際には、23日の朝、「25%」から「15%」をEUに先駆けて実現したことがわかり、日本側にとって関税交渉で大きな成果が上がったことが明らかになった。

このような「合意成立」の見通しを認識していたはずだ。日本に有利な方向での「関税合意成立」に漕ぎつけたのであれば、それは成果をあげた石破政権継続の理由になるとともに、その後その合意を実現するために石破政権が取り組んでいかなければいけないと考えるのが当然である。

石破首相にとって、日本側にとって有利な「関税合意」が成立し、記者会見で改めて続投を表明する、という進退の「進」の方に重点があり、そのような23日朝刊の読売記事には特に違和感はなかったはずだ。

「選挙で3連敗した石破首相は責任をとって退陣するのが当然」という自民党内やマスコミの論調に支配され、石破首相は続投表明を覆して退陣表明をする大義名分を探っていると考えていた政治部記者は、「交渉結果発表」=「石破退陣表明」しか頭になかったようだ。日本に有利な方向での「関税合意成立」も、「石破退陣花道論」に強引に結び付け、「退陣意向を固めた」と判断した。それが、23日の毎日新聞、そして、読売新聞の「大誤報」につながった。

「石破首相退陣へ」記事検証の核心・読売新聞の「思い込み」

「検証記事」は、23日朝刊の「首相、近く進退判断」に対する石破首相の反応について、以下のように述べている。

この朝刊を読んだ首相は23日朝、「これで党内が静かになるといいな」と周辺に語り、記事を肯定した。同日午前9時すぎには首相官邸で記者団に、「交渉結果を受けて、どのように(進退の)判断をするかということになる」と本紙報道を認める発言をした。

記事が掲載された23日朝には、米国のトランプ大統領が日本との交渉妥結を表明した。これを受け、本紙は、首相に心境の変化がないかを改めて取材したところ、首相は「今日は発表しない」としたものの、退陣の意向については「変わりはない」との認識を示した。

こうした中、毎日新聞がニュースサイトで首相が退陣意向を固めたと報じた。22日夜と23日朝にかけて首相の意向を確認していた本紙も23日夕刊と号外で、「石破首相退陣へ」の見出しで、首相が退陣の意向を固めたことを報じた。報じるにあたり、首相側にはメールで通告した。

これが、「石破首相退陣へ」の記事の「検証」の核心部分である。

既に述べたように、23日の読売朝刊の記事本文の「交渉の成否が見え次第、記者会見を開き、進退を明らかにする考えだ。」という記述は、「交渉の成否」によって「進退を明らかにする」というものであり、「進」も「退」もあり得る。その朝刊記事が出た後に、関税交渉について、日本側に有利な「合意成立」が報じられたのであるから、「進」の可能性が高まったと考えるのが常識的な見方である。石破首相も、読売朝刊記事の「交渉の成否が見え次第、記者会見を開き、進退を明らかにする考えだ。」との本文記述には特に違和感をもたなかったはずだ。

「これで党内が静かになるといいな」というのも、「進退判断」と記事が出た後に発表になった「関税合意」が日本にとって有利なものであることがわかれば、「党内が静かになること」を期待することも当然だ。「交渉結果を受けて、どのように(進退の)判断をするかということになる」と記者団に語ったのも同趣旨である。それは確かに「本紙報道を認める」と言えるが、そこでの「進退を明らかにする」というのは、上記のような趣旨であり、決して「退陣の意向」を表明することではない。

ところが、読売新聞は、米国のトランプ大統領が日本との交渉妥結を表明したことを受けて、「首相に心境の変化がないか」を改めて取材し、「今日は発表しない」「変わりはない」という短い返答を、あろうことか、「退陣の意向の表明」と受け取ったというのだ。

それは、石破首相の「進退判断」についての発言の趣旨の誤解によるものであり、まさに、「思い込み」によって石破首相の返答の趣旨を取り違え、あるいは意図的にとらえたものだ。

そして、毎日新聞の「退陣へ」のネット記事配信で先を越されたことを受けて、読売新聞は、号外を出して「石破首相退陣へ」と報じた。

読売新聞の「検証」からは、記者ないし政治部の「思い込み」による石破首相の発言の誤解があり、それによって、「石破首相退陣へ」という見出しで、「参院選で自民、公明両党の与党が大敗した責任を取って退陣する意向を固めた。」という記事を発出するという「大誤報」を行ったことになる。

「思い込み」の構図における「池下卓事件誤報」との共通性

この誤報での「思い込み」の構図は、8月27日の「公設秘書給与不正受給か 維新衆院議員 東京地検捜査」の記事で、東京地検特捜部の捜査対象者を取り違え、日本維新の会の石井章参院議員ではなく、同党の池下卓衆院議員について秘書給与不正受給の疑いで捜査が進んでいるとの誤った報道を行ったことについて、「検証記事」で「最初の取材で担当記者に思い込みが生じたうえ、キャップやデスクも確認取材が不十分だったことを軽視し、社内のチェック機能も働いていなかったことが誤報につながった。」というのと全く同じ構図だ。

ところが、石破首相退陣記事に関する「検証記事」では、この「思い込み」を全く無視し、同日午後の総理経験者3名との会談とその後の石破首相の記者への説明について、以下のように述べて、あたかも、それまでの石破首相の発言を覆した「虚偽説明」であるかのように述べている。

本紙が退陣意向を報道した直後の23日午後、3人の首相経験者との会談が予定通り行われたが、首相は「参院選の総括をせねばならない」と話すのみで辞意は伝えなかった。麻生氏は「石破自民党では選挙に勝てない」と自発的な辞任を求めたものの、首相は返答しなかったとされる。首相は会談後、記者団に「私の出処進退については一切、話は出ていない。一部に報道があるが、私はそのような発言をしたことは一度もない」と否定した。

しかし、「辞意は伝えなかった」のは、もともと「辞意」はないのであるから、当然のことである。「石破自民党では選挙に勝てない」という麻生氏の発言は、あくまで「次の選挙」の話であり、次の参議院選挙まで3年近く、衆議院の任期も3年余ある状況では、次の選挙を「石破自民党」で戦うかどうかと、「石破首相の現時点での自発的辞任」とは関係がない。「私の出処進退については一切、話は出ていない。」という石破首相の説明には何ら間違いはない。「一部に報道があるが、私はそのような発言をしたことは一度もない」という石破首相の発言も、これまで読売の検証記事について検討してきたところからも、そこにも何ら偽りはない。

結局のところ、(ウ)の変遷も全くなかったのであり、「検証記事」を検討すると、石破首相の意向の「揺れ動き」「変遷」なるものの根拠は全くなく、読売新聞が石破氏に直接「退陣の意向」を確認したことに対する「虚偽説明」の事実も全くないということである。

「検証記事」による石破首相に対する「虚偽発言」批判は重大な名誉毀損

今回の読売新聞の「検証記事」による、現職首相に対する「虚偽発言」批判は、「周辺」による石破氏の言葉を、その立場や発言の背景も曖昧にしたまま、都合よくつなぎ合わせたものであり、「退陣の意向」に直接関係するものはほとんどなく、あっても全く信用性のないもので、まさに、「周辺者供述」の「偽装」に近いものであり、しかも、23日の朝刊についての石破首相への直接取材での石破首相の回答の趣旨を「思い込み」で取り違えているにもかかわらず、「検証記事」では、「取り違え」を棚に上げて、

退陣の意向について「変わりない」と答えた

などと、石破首相が「退陣意向」と答えたかのような「回答の捏造」まで行っている。

さらに、看過できないのは、実際の23日朝刊記事のリード文は、「記者会見を開き、進退を明らかにする考えだ。」で締めくくられているのであり、「意向を固めた」としか書いていないのではない。「検証記事」では、同記事を「近く進退を判断する意向を固めた」と記載し、「明らかにする」という文言を除外して、「退陣報道記事」と同一の文言であったかのように印象づけている。この点も、検証記事の客観性に大きな問題がある。

このような悪辣な「偽装」「歪曲」まで行って、石破首相に対する「虚偽説明」批判を行う「検証記事」が石破首相に対する重大な名誉毀損であることは明らかだ。

しかも、それを、総裁選前倒しの意思確認の手続が行われようとするタイミングで大々的に新聞記事にしたのであり、それによって、石破首相に対する批判を高め、総裁選前倒しで退陣に追い込もうとする意図も明白だ。

客観的かつ公正な報道を行うべき新聞社として到底許容できない行為であり、まさに、「新聞社による一大政治犯罪」である。

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「選挙スリーアウト」でチェンジすべきは“裏金議員”、「納税」も「総括」もない「決着」はあり得ない!

7月27日の【読売新聞(毎日新聞)の「石破首相退陣へ」誤報は、戦後最大の報道不祥事~自民党石破総裁は厳正な抗議を!】に続いて、悪性リンパ腫闘病の病床からのYahoo!記事投稿の第二弾です。

直近の病状は、ニュースレター【抗がん剤治療に伴う感染症と免疫抑制リスクについて】で書いたとおり、左手首の動脈瘤が免疫抑制のために未処置なので、右手と音声しか使えない不自由な状況です。

しかし、現在、自民党内で「石破おろし」と言われる石破首相退陣要求の党内抗争について、昨年10月の衆院選、今年6月の都議選、そして、7月の参院選の3つの選挙で、自民党が三連敗した原因と「裏金問題」との関係について、参院選の総括が行われる前の今、どうしても言っておきたいことがあります。

今年4月に公刊した【法が招いた政治不信 裏金・検察不祥事・SNS選挙問題の核心】(KADOKAWA)の中で指摘した「裏金問題の本質」、「自民党の信頼崩壊の原因」を踏まえて、可能な限り書いてみたいと思います。 

裏金問題による「自民党の政治権力の崩壊」と「納税問題」

長年にわたって「安定政権」を維持していた自民党の「政治権力の崩壊」が生じたのは、「自民党派閥政治資金パーティー裏金問題」が原因でした。パーティー券売上の一部が、所属議員に、政治資金収支報告書に記載不要の「裏金」として還流し、確認できる5年間でも数億円に上ることが明らかになりました。その裏金問題に対する国民の強烈な不満反発の原因になったのが、「課税に対する不公平感」でした。

国会議員は、政治資金パーティーの売上の中から自由に使っていい「裏金」を受け取り、それについて税金の支払も免れていることに対して、国民は激しく怒りました。国民は、事業者もサラリーマンも、汗水流して働いたお金を報酬・給与として得ます。その際、法人の事業を行って得たお金であれば「法人税」等を、個人の収入として得たお金であれば「所得税」等を支払わなければいけません。その上で、残ったお金を自由に使うことができます。

裏金事件が注目を集め、検察の捜査、刑事処分が決着した時期は、個人事業主などは、払いたくもない税金を納めるために、確定申告に向けて気の滅入るような作業を強いられている時でした。しかも、2023年10月にインボイス制度が導入され、「会計処理の透明化」の動きが中小企業や個人事業主にも及び、多くの国民が負担を強いられていました。

それなのに、政治家の世界では、自由に使えて税金もかからない「裏金」という、「領収書不要の金のやり取り」が行われていたことがわかり、派閥は大規模な政治資金パーティーで巨額の収入を得て、その一部を裏金で所属議員に分配し、彼らは税金も支払わず自由に使っている。そのことに対して国民は怒りを爆発させたのです。

ところが、この「裏金問題」について、殆どの議員が処罰も受けず、問題の中身も、責任の所在も、問題解消のための方策も、全く明らかになっていません。

このような「裏金議員の納税問題」は、国会でも野党から追及を受けました。当時の岸田文雄首相は、国会で「裏金議員は所得税を納税すべきではないか」と追及される度に、

「検察捜査の結果を踏まえて、適切に判断されるべき」

との答弁を繰り返しました。そして、実際に、検察は、「政治資金収支報告書に記載不要の金」として、議員側が受領していた「ノルマ超の売上」の還流金を、「資金管理団体又は議員が代表を務める政党支部の収支報告書に記載すべきだった政治資金」であったことにして、その旨の収支報告書の訂正を行わせ、最初から「政治資金」だったことにしてしまい、議員は、所得税の納税を全く行っていません。

しかし、世の中では、通常、表に出せない「裏金」を受領していたことがバレた時に、税務署がそのような「大甘な対応」をしてくれることはあり得ません。

「適法な政治資金」は、いずれかの団体の政治資金収支報告書に記載することで初めて、税務上の「政治資金」として取扱ってもらえるのです。受け取ったお金を収支報告書に記載しないまま受領して保管したり、領収書もとらずに使っておいて、 何年も経ってから収支報告書を訂正して「政治団体に帰属する政治資金だった」などと言い訳しても 政治資金と認めてもらえることはありえません。一般人であれば、隠していた金がみつかり、「人から預かっていたお金です。私の金ではありません」と言っても、「預かり証」でもなければ、個人所得として課税されるのが当たり前です。

検察の捜査の中で政治資金収支報告書を訂正したとしても、それは政治資金規正法上の問題であって、収支報告書を訂正して「政治資金だったことにした」からといって、遡って所得税を払わなくてよくなる訳ではないのです。

このままでは、国民が、裏金議員の納税の問題に対して納得できるわけがないし、裏金議員に対する反発不満が解消されるはずがないのです。

昨年の衆院選で、自民公明与党が少数与党に転落することになった最大の原因が、「裏金問題」であったことは明らかです。

都議選惨敗の原因も都議会自民党の「裏金問題」

それに加え、今年6月の都議選での惨敗も、都議会自民党の裏金の問題が最大の原因です。

私は、今年4月9日、東京都議会政治倫理条例検討委員会に最初の参考人として招致され、都議会自民党の裏金の問題について意見を述べました。以下は、その要約です。

個人のところに入ってきたお金であれば所得税が発生します。雑所得になるはずです。ですから、検察の指導に従って政治資金収支報告書を訂正して、政治団体に帰属したということにしなければ、原則個人の雑所得になって、何か例外的に経費が認められるということでない限り、全部税金をきっちり納めてもらうということになったはずです。ところが、残念ながら、そういう方向での処理は行われませんでした。そして、この裏金議員といわれた人たちの中で、税金を払った人はほとんどというか、全く聞いたことがありません。

こういったことが国会議員レベルで起きて、そして世の中が、処罰もされない、税金も払わない、こんなことで許せるかという思いが強烈な批判不満につながって、昨年の衆議院選では、選挙の結果にも大きな影響を与えることになり、その直後に、その問題が都議会に飛び火したというのが今回の都議会自民党の政治資金パーティーをめぐる、いわゆる裏金問題ということだと思います。

政治資金パーティー券をノルマを超えて販売した議員のところには、そのノルマを超えた分がキックバックされるとか、あるいはその分がパーティーの主催者の方に納入されないで議員側にとどまっている、いわゆる中抜きという形で議員側に帰属している。この構図も恐らく国会議員の政治資金パーティーとほぼ同じだろうと思います。

この問題について、何を突き詰めていかないといけないかというと、本当はこのお金はどこに入ったのか、どこに帰属すべきお金かということを明らかにすること。何より重要なことは、そこだと思います。

国会議員の派閥政治資金パーティーの問題に関しては、そこが十分に突き詰められることなく、全て政治団体とか政党支部に帰属したもののように扱われました。

国会議員の場合は、議員会館というのがあって、そこにも事務所があります。公設秘書が政策秘書も含めて三人もいる。それ以外にもいろいろ秘書もいて、それなりの事務所の体制も整っているわけですから、その事務所で政治資金として管理しているというような説明も一応可能だと思います。

しかし、総体的には事務所の体制が国会議員ほど整っていない地方議員の場合、個人に、そのままノルマを超えたパーティー券の収入が入ってきている、あるいはとどまっているというケースが多いのではないか。とすると、いわゆる裏金というのが個人に帰属している割合は、国会議員の場合よりも、むしろ都議会議員の政治資金パーティー問題の方が一層問題なんではないかと私は思っております。

そのように考えますと、まず今回の問題、国会議員の事件で、残念ながらきちんとした解決が図られなかった国民の不満が、非常に大きな形で残ってしまった。裏金議員に対して、都議会議員の方々は、納税の問題だけは、しっかり事実関係に基づいて適正な処理を行うことが、まずは重要なんじゃないかという気がいたします。

この参考人陳述で私が特に言いたかったのは、国会議員の裏金問題についても、結局、検察の示唆で資金管理団体や政党支部の政治資金収支報告書の記載の訂正という形で済ませてしまって、裏金が遡って政治資金であったような処理をして所得税の納税すらしていないことで、国民の反発不満が生じているんですが、都議会自民党の場合はもっとひどい。そもそも、その議員活動や事務所の実態などからして、都議会議員の場合、パーティー券の売上を中抜きしたお金は個人に帰属している場合が多い。そうであれば所得税を払うのは当たり前だということです。

それだけに、私は、都議会の参考人としてもその点を強調し、非公式に相談を受けた都議会自民党幹部にも、「信頼回復のためには納税をしっかり行うべき」と指摘しました。しかし、自民党の都議は誰ひとり、所得税の納税をしませんでした。

そこには、今さら都議が裏金の所得税を払ったりしたら、それが国会議員の裏金議員に逆流しかねない、検察の意向に反することになる、自民党本部側の懸念があったのかもしれません。

しかし、いずれにしても、それによって都議会自民党は完全に都民の信頼を失ったと言わざるを得ません。都議選で自民党が歴史的惨敗を喫したのも、まさしく裏金問題が原因です。

参院選の敗因と「納税に対する抵抗感・不満反発」

そして、今年7月の参院選です。

この選挙結果は、消費税廃止、消費税減税という国民の声が圧倒的に大きく、消費税減税に消極的な自民党・公明党・立憲民主党は支持されませんでした。

「給付」か「減税」について、圧倒的に「減税」が勝った。端的に言えば、そういう結果です。

その大きな原因となったのが、「裏金問題」だと思います。そこには、納税の負担が大きいこと、そして、徴税を行う税務当局が国会議員の「裏金」に対してあまりに寛容であることへの国民の不満・不信感があり、それが「納税することへの抵抗感」につながっていると見るべきだと思います。

国民は、給与所得者は所得税を源泉徴収され、買い物のたびに消費税をきっちり払わされる。中小企業も、消費税を厳しく取り立てられ、インボイスで苦しめられる。ところが、自民党の国会議員は、裏金を手にして、それがばれても、政治資金収支報告書を訂正して、所得税も免れる。そのような不公平に対する国民の怒り・不満が、根強く残っている状況では、減税に消極的な自民党・公明党などが、消費税減税を訴える国民民主党・参政党などに惨敗するのも、当然の結果です。

昨年秋の衆院選以来の選挙での自民党の三連敗は、間違いなく、「裏金問題」による“スリーアウト”であり、それによって「チェンジ」となるべきは、「裏金問題」にケジメをつけることができず、所得税の納税すら全くしていない「裏金議員」なのです。

「石破おろし」の中心となる「旧安倍派議員」と高市早苗氏

今、「石破おろし」の中心になっていると言われる旧安倍派国会議員の多くが総裁に担ごうとしているのが、高市早苗氏のようです。

高市早苗氏は、昨年9月の自民党総裁選の出馬会見で、裏金議員への対応について問われ、

「自民党で処分が決まっている。8段階の処分の中には『非公認』もある。非公認より厳しい処分が5名に下されている。非公認を含めて党内で積み重ねてきた議論を総裁が代わったからと言って“ちゃぶ台返し”をしたら『独裁』だ」

と、自分が新総裁に就任した場合、裏金議員への公認等の見直しについて検討する考えはないと述べました。

しかし、自民党の党紀委員会で決定された処分に対して、国民は全く納得していません。それに対して、国民から強い反発・批判が生じているからこそ、岸田内閣の支持率が低迷し、「現職首相の総裁選不出馬」という結果につながったのです。岸田総裁の下の自民党内で行われたことを、すべて「是」として見直さない、という対応は、自民党内では通用しても、国民には全く理解されません。

自民党の党紀委員会の処分では、裏金議員の側は、すべて「政治資金として保管・使用し、議員個人が懐に入れていた金はない」と説明し、自民党の側も、その弁解を丸呑みして、「裏金はすべて政治資金」との前提で、「不記載は、すべて会計責任者が行ったこと」で、議員本人は、「会計責任者に任せきりで不適正な処理としてしまった者の管理責任」だけが問題にされました。

しかし、その「前提」が完全に間違っています。裏金議員に対する自民党の従来の対応が国民から厳しい批判を受けているのは、自民党の多くの議員が、収支報告書で公開もしない「裏金」を得ていたことが発覚したのに、刑事処罰を受けないどころか、納税すらしないで済まされていることに対する、納税者としての強い不満・反発によるものです。

高市氏が、そのような国民の不満・反発を無視し、「ちゃぶ台返し」などという理屈を持ち出してまで、裏金議員の公認を維持しようとしたのは、総裁選で決選投票に残った場合に、「裏金議員からの圧倒的な支持を受けたい」との思惑があったからとしか思えません。

「石破おろし」の中心になっている旧安倍派の裏金議員たちは、おそらく「昨年9月の自民党総裁選」まで時計の針を戻し、そこで、石破氏ではなく、高市氏が総裁に選ばれていたら、という思いが頭から離れないのでしょう。

もし、高市氏が決選投票で勝利し、総裁に就任していたとしたら、「ちゃぶ台返しはしない」という旗を掲げて、裏金問題を一切不問にし、衆院選・都議選・参院選を「タカ派」路線で強引に乗り切ろうとしていたことでしょう。

そういう裏金隠し、裏金議員擁護路線の高市総裁で突っ走っていたら、自民党は、参政党に流れる票の一部は防げても、多くの国民は自民党を見放し、参院選での敗北はさらに大きなものになっていたはずです。

「裏金問題」は、長年にわたって自民党組織に深く根差してきた「政治資金の不透明性」という「自民党の本質」そのものだという認識が全く欠落してるのです。

このような 裏金議員を中心 とする「石破おろし」の動きが、総裁選の前倒しに向けての動きにつながっていることに対して、多くの国民が冷ややかな目で見ていて、世論調査で石破首相続投を望む国民が多数に上っているのは、自民党が三連敗した選挙の経過からも、その背景にある裏金問題、とりわけ「裏金議員の納税」に対する批判不満からは「当然の反応」です。

そのことを全く意に介さず、このような状況にあるのに、「裏金議員」が中心となって、「自民党の再生のためには体制の刷新が必要だ」などと言って「石破おろし」を画策し、総裁選の前倒しを議論していることに対しては、呆れ果てたという他ありません。

萩生田議員秘書の略式起訴

ちょうどこのタイミングで、「裏金議員」の代表格のように見られてきた萩生田光一衆院議員の政策秘書が、検察審査会が「起訴を見送り続ければ、いつまでたっても虚偽記載はなくならない」という理由で「起訴相当議決」を行ったことを受け、政治資金規正法違反(政治資金収支報告書虚偽記入)で検察に略式起訴されました。

不記載額は、約1900万円です。

要するに、3回の選挙の敗因となった裏金問題は、世の中にも、国民にも全く納得が得られていないということが、今回の検察審査会の議決にも現れたということなのです。

検察はこれまで、3000万円を基準として、それ以下の金額の不記載については、刑事立件しないか、立件しても起訴猶予としてきました。しかし今回、検察審査会で1900万円の不記載が「起訴相当」とされ、略式起訴したことで、今後、同程度の金額の事案があった場合は起訴せざるを得なくなります。

さらに、今後、検察審査会が、1500万円であっても1000万円であっても起訴相当と議決するかもしれません。今回の検察審査会の起訴相当議決によって、裏金議員の少なくとも秘書などの処罰は 全面的に見直すことになり、処罰の範囲が大きく拡がる可能性があります。

自民党と裏金議員が行うべきこと

つまり、自民党にとって、「裏金問題」は、刑事事件としても、まだ、今後の展開が続くことは必至で、国民の間に生じた「裏金議員が納税を免れていること」への不満・反発も大きく、決着がついているなどとは全く言えない状況なのです。

裏金問題は「政治資金の不透明性」という自民党の構造問題に起因する問題です。それがいったいどういう問題であったのかを総括すること、国民が当然だと思っている「バレてしまった裏金の納税」を行うことが、自民党の再生のためには、まず、必要です。

これまで書いてきたことは、当然のことで、裏金問題について国民の多くが思っていることです。最新の世論調査で 石破内閣の支持率が上昇傾向にあり、国民の多くが 自民党内の 「石破おろし」 に否定的な見方をしているのも、3つの選挙で自民党が敗北した原因が裏金問題に象徴される「政治資金の不透明性」などの「組織の体質」にあり、むしろ、国民はこの状況を乗り越えて自民党の組織の体質を抜本的に改革することを石破首相に期待していると見るべきです。ところが「石破おろし」「総裁選前倒し」に血道を上げている自民党議員の人たちは、国民の反応を敢えて見ないようにしているようです。

私はこれまで与党として政治権力であった自民党を様々な問題で批判してきました。

しかし、やはり、健全な保守政党としての自民党の存在は、日本の政治に必要だと思います。

政権発足後の1年間は盤固めの期間。党内基盤が薄弱な石破首相にとって、石破カラーを出し、「政治とカネ」問題も含めて思い切った対応を行うとすれば、これからが本番です。

音声と右手だけで、何とかここまで 書くことができました。このメッセージが 少しでも多くの国民に そして、自民党議員の人たちに届いてほしいと願っています。

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横浜市長選を目前に控え、横浜市民の方々に向けての病床からのメッセージ

横浜市長選を目前に控え、横浜市民の方々に向けての病床からのメッセージ

前にお知らせしたように、ICUから一般病棟に移ったのち、副作用や感染症とたたかっているところです。

まだ抗がん剤の副作用で手指の先のしびれがあり、パソコンを打つことが思うようにできませんので、今回も事務所スタッフの口述筆記でメッセージをお届けすることにします。(緊急入院のお知らせ等はニュースレターで行いましたが、今回は選挙に関する話ですので、電子メール送信にあたるニュースレターではなく、個人ブログおよびXの投稿という形で行うこととします。)

横浜市長選挙の投開票日が8月3日、2日後に迫りました。

この市長選については、4年前に山中竹春候補落選運動に全力で取り組みましたし、その山中氏が残念ながら当選して、横浜市長となり、その後の横浜市に、私が予想していたとおり、あるいはそれ以上の大変な災いをもたらしているとの認識から、今年6月14日、横浜市旭公会堂で開催した「横浜市に法と正義を取り戻す」講演会で、横浜市長選に向けての山中市長をめぐる重大な問題と、再選をなんとかして阻止しなければならないことを訴えました。

その模様は、YouTube郷原信郎の「日本の権力を斬る!」でアップしています。

その後も市長選に向けての取り組みをしようと考えていたところ、急激な体調不良に見舞われ、当面、業務や活動ができなくなることが予想されたので、その時点で考え得るパワハラによる市役所職員に対する重大な懸念を払しょくできる効果的な抑止の枠組みとして、「特別コンプライアンス条例案」を急遽検討し、私の事務所の調査室長に条例の概要を指示して具体的な条例案の取りまとめを行わせたものです。(条例案はこちらでご覧になれます。

従来、地方自治体のコンプライアンスへの取り組みとしてのパワハラ・セクハラ対策が、もっぱら一般職職員のパワハラ・セクハラを対象とするものであったのに対して、この条例案は、自治体の特別職によるパワハラや自治体職員に対する不当要求などを対象とするものです。

このところ、兵庫県、茨城県、沖縄県南城市、秋田県鹿角市など、全国の自治体で問題化しているパワハラ・セクハラの多くは、首長自身の、自治体職員に対するものであり、それが自治体組織に対して重大な悪影響を及ぼしています。

しかも、日本の地方自治制度において、大統領的な強大な権限を持つ首長に対しては、自治体執行部に設けられた公益通報制度の機能によってそのような問題を指摘して是正することは容易ではなく、当事者の首長の意向によって通報者探しが行われたり、報復的な不利益処分が行われたりすることで、さらなる重大な問題に発展しかねないことは、兵庫県の事例が示している通りです。

また、パワハラの問題が重大な問題として顕在化しても、二元代表制の下での議会からの是正や責任追及の動きは必ずしも容易ではなく、首長との間で深刻な対立が生じ、自治体行政が混乱するというような事態が最近では兵庫県、鹿角市のほか、田久保伊東市長の経歴詐称問題をめぐる市長と市議会との対立からも明らかです。

横浜市の山中市長については、4年前の前回市長選の落選運動でも指摘したように、横浜市大における重大かつ深刻なパワハラ事例の多発などからも明らかなように、山中氏のパワハラ体質には根深いものがあると考えられます。それが、4年間、市長のパワハラ問題として顕在化しなかったことは、正に横浜市のパワハラに対するコンプライアンス体制が機能していなかったことによると考えざるを得ません。

今回、作成した「特別コンプライアンス条例」は、このような自治体首長のパワハラ問題に対する実効的な措置が可能となるよう、専門性を有する独立したコンプライアンス特別顧問に、パワハラ問題等について通報を受け調査し、是正措置をとることなどについて十分な権限を付与し、特別職によるパワハラや不当要求などから、自治体の一般職員を守ろうとするものです。

この条例案は、私がICUに緊急入院した直後で市長選告示直前の7月16日に《日本に法と正義を取り戻す会》のウエブサイトに掲載して公開するとともに、その時点での全立候補予定者に条例案を送付し、市長選での公約に取り入れることを要望しました。

この条例案を市長として実現することに取り組むというのであれば、それ自体が市長によるパワハラの懸念を自ら払拭することになることは、言うまでもありません。

それは、パワハラが懸念される山中氏においても同様のことが言えます。

このような当方の特別コンプライアンス条例の全立候補予定者への送付に対して、7月19日に、

今回の「日本に法と正義を取り戻す会」の提案は、極めて鋭く、深く、これまで国政・地方行政の選挙で議論されなかった事自体、小生を含めて反省すべき点です。

横浜市選挙管理委員会の事前審査を経て、既に選挙運動用ビラ「市政刷新20の約束」は印刷済みですが、選挙期間中の街頭演説で、今回の提案に賛同する旨、お伝えしていきます。

として、この条例案に賛同してくれたのが田中康夫候補です。

当方の問題意識、条例案の趣旨目的を十分に理解していただいたうえでの対応だと考えています。

現職の山中氏を含め、他の候補からの反応は今のところありません。

このような各候補者の反応を受け、私は今回の横浜市長選で、田中康夫氏を全面的に支持したいと考えています。

パワハラの重大な懸念がある山中市長を打ち破り、ぜひ田中氏の掲げる横浜市のビジョンと共にコンプライアンス市政を実現していただきたいと強く願っています。

このような経過で今回の横浜市長選挙については、特別コンプライアンス条例案の策定、公表、全立候補予定者への送付、を行ったことが、私としての選挙に向けての最後の対応ということになりました。

長年にわたりコンプライアンス外部委員として、そして2017年から2021年まではコンプライアンス顧問として、私が様々な案件を通じてお付き合いをした横浜市の各部局の職員の皆さんは、大変有能で、熱意をもって市民のために取り組む地方公務員です。

この条例案には、横浜市民にとって貴重な財産である横浜市役所の組織、市役所職員を理不尽な市長によるパワハラや市議からの不当要求などから守りたいという思いが込められています。

8月3日の投票日には、私のメッセージを踏まえ、横浜市のため、その将来のために正しい選択が行われるよう期待しています。

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読売新聞(毎日新聞)の「石破首相退陣へ」誤報は、戦後最大の報道不祥事~自民党石破総裁は厳正な抗議を!

今般、悪性リンパ腫で集中治療室ICUに緊急入院となったことを7月16日、事務所からのニュースレターで公表し、その後7月23日に、なんとかICUから一般病棟に移れたことを同様に事務所からお知らせしました。

一般病棟に移ってからも、抗がん剤の副作用による発熱、肺炎併発や、感染症で左手が腫れているなどこともあって、まだ従来のような執筆は困難な状況です。

ただ、ICUで迎えることになった今回の参議院選挙、ICUで多くの管につながれながらも、テレビだけは見ることができたので、開票速報、選挙特番やその後の報道を視聴していましたが、政党のガバナンスや報道の問題に関して、コンプライアンスの専門家としてどうしても皆さんにお伝えしたいことがあり、事務所スタッフに口述筆記、補助してもらい、投稿することにしました。

一方的に話すだけなので、まとまった文章にはならないと思いますが、ご容赦ください。

今回の参院選での自公両党の敗北後も石破首相が続投を表明したことに関して、自民党内から「石破おろし」の動きが強まりました。そして、7月23日午前、毎日新聞がネット記事で『石破首相、退陣へ』と題して、

「石破首相は23日、自民党が8月にまとめる参院選の総括を踏まえ、同月までに退陣を表明する意向を固め、周辺に伝えた。」

と報じました。

同日午後、読売新聞も、『石破首相退陣へ』の号外を発行し、

「石破首相(自民党総裁)は23日、参院選で自民、公明両党の与党が大敗した責任を取って退陣する意向を固めた。」

と報じました。

ところが、石破首相は、同日午後2時から自民党本部で麻生太郎、岸田文雄、菅義偉の3首相経験者と1時間以上にわたって会談し、その終了後のマスコミ各社への対応で、

「私の出処進退については一切話に出ていない。一部に報道があるが、私はそのような発言をしたことは一度もない」

と、退陣の意向を固めたことも、それを周辺に伝えたことも明確に否定しました。

それにもかかわらず、読売新聞・毎日新聞両紙は、翌日の朝刊で、『石破首相退陣へ』と一面トップ記事で報じました。

朝刊記事の内容は、毎日新聞が、

「石破首相は23日、自民党が8月にまとめる参院選の総括を踏まえ、同月末までに退陣を表明する意向を固め、周辺に伝えた。」

読売新聞が、

「石破首相(自民党総裁)は23日、参院選で自民、公明両党が惨敗した責任を取り、退陣する意向を固めた。」

というもので、いずれも、「意向を固めた」のも「周辺に伝えた」のも、その主語は「石破首相」です。

その石破首相本人が、「退陣の意向を固めたこと」も「それを周辺に伝えていたこと」も明確に否定したわけですから、両紙の「石破首相退陣へ」のスクープ記事が誤報であったことは明らかです。

ところが、このような石破首相の明確な否定にもかかわらず、両紙は翌日の朝刊でも大スクープのような見出しで「石破首相退陣へ」を報じたのです。

報道とは、事実を正しく伝えることです。その事実に関する根拠の程度は様々で、推測に基づく報道が行われることもあります。その場合、その推測が誤っていたのであれば、報道の内容を事後的に訂正、修正しなければいけないことは、言うまでもありません。

今回の、「石破首相退陣報道」は、石破首相自身の方針という内心を述べたものであり、その本人が明確に否定した以上、客観的事実と異なっていたことが明白になったわけです。

仮にそれまで推測に基づいて報じていたとしても、もうその推測の根拠が失われたわけですから、その報道を訂正し、謝罪するということになるのが当然です。

ところが、読売新聞・毎日新聞は、そのように石破首相に明確に否定された事実を翌日の朝刊であえて大々的に報じたのです。

これは、報道の範疇を大きく逸脱した「新聞の暴走」と言わざるを得ません。

しかも、当初の記事に書かれていた「石破首相が退陣の意向を周辺に伝えた」という事実が石破首相自身への確認ではなく、その周辺者への取材によるものであったかどうかも、極めて怪しく、そもそも両紙の記事は、石破首相本人が意向を伝える可能性がある「周辺者」の取材に基づかず、全くの憶測による記事であった可能性が高いということになります。

もっとも、その後の対応は、読売新聞と毎日新聞では、かなり異なっているようです。

毎日新聞は、25日の社説で

「石破茂首相の退陣が避けられない情勢となった。」

との表現にとどめており、「退陣の意向を固めた」ということは社説でも記事でも書いていません。

毎日新聞は、「石破首相退陣へ」報道が事実上誤りであったことを認めざるを得ないことから、修正を図ったのだと思います。もちろん、誤報であったことを認めるのであれば、明確な訂正、謝罪をすべきであり、毎日新聞の姿勢は新聞社として到底許容できるものではありません。

しかし、読売新聞のその後の対応と比較すれば、まだ「まし」という評価もできます。

25日の読売社説は、

「参院選で惨敗後、いったんは続投する考えを示していた石破首相が、退陣する意向を固めた。」

と述べ、読売新聞としての見解を示す社説においても、改めて「退陣する意向を固めた」という事実を述べているのです。

それにより、少なくとも読売新聞の「石破首相退陣へ」報道は、政治部の現場レベルではなく、新聞社として組織的なものになったと断ぜざるを得ません。

その後の読売新聞の石破首相の進退に関連する報道は、社として「石破首相退陣へ」報道をそのまま維持し、それとの整合性を保てるような報道になっています。

自民党内の石破降ろしの動きが一層強まっていることを報じ、一方で、石破首相サイドも事実上、続投は困難と判断し、退陣表明の時期を探っているかのような内容になっています。

これらの報道が、すでに号外まで出して報じてしまった「石破首相退陣へ」報道を、訂正、謝罪もせず、いまだに維持しているためであることは明らかです。

その後も、石破首相は続投の意思を繰り返し示していますが、少なくとも読売新聞は、それを正面から取り上げた記事を出していません。

このような報道が今後も続くとすると、読売新聞は、石破首相を退陣に追い込もうとする自民党内の政治勢力と結託して、その政治的目的を実現するための報道を継続的に行っていくことになります。

もともと「石破首相退陣へ」の記事自体が、石破首相の周辺者などへの十分な取材もなく、退陣の意向を固めていない石破首相に対して、「退陣へ」などと断定する見出しの記事を出し、号外まで出して、世の中に、石破首相が退陣することが既定事実となったという認識を与えて、政治の流れを一気にその方向に向けようという意図で行った報道としか考えられません。

このような読売新聞の報道は、これまで長い歴史の中で新聞・テレビなどマスメディアが築き上げてきた報道倫理に対する重大な挑戦です。

私は、2017年、加計学園問題に関連して、読売新聞が前川喜平元文科事務次官の問題を取り上げた記事について、【読売新聞は死んだに等しい】とするブログ記事を出して読売新聞を厳しく批判し、ハフィントンポストにも転載され、当時大きな反響を呼びました。

その記事で、

今回、読売新聞が行ったことは、安倍政権を擁護する政治的目的で、政権に打撃を与える発言をすることが予想される個人の人格非難のため、証言をでっち上げたか、事実に反することを認識しつつ印象操作を行ったか、いずれにしても、政治権力と報道・言論機関の関係についての最低限のモラルを逸脱した到底許容できない行為である。しかも、そのような記事掲載は、上層部が関与して組織的に決定された疑いが強く、まさに、読売新聞社という組織の重大な不祥事である。

と指摘し、

今回の問題に対して、真摯な反省・謝罪と再発防止の努力が行われない限り、“読売新聞は死んだに等しい”と言わざるを得ない。

と締めくくりました。

しかし、読売新聞は、原口隆則社会部長の「次官時代の不適切な行動 報道すべき公共の関心事」と題するコメントを掲載したのみで、記事の内容に関する問題については一切触れることなく、そのままやり過ごしました。

私に言わせれば、「死んだに等しい」読売新聞が、その8年後に起こした今回の「石破首相退陣へ」報道の問題は、前川喜平氏に関連する記事の問題をはるかに超える「重大な報道不祥事」です。

前川氏に関する記事の時のような、時の政権側の意向に沿い、忖度し、協力するというようなものではなく、与党自民党内部での政治的対立から石破氏の参院選敗北後の進退の判断が注目されている場面において、石破氏を政権から排除しようとする特定の政治勢力と結託して意図的な捏造に近い報道が行われた可能性もあります。

日本で最大の発行部数を誇る読売新聞が、このような形で露骨に特定の政治勢力と結託することがいかに不健全なことか、戦前の新聞の歴史からも、明らかだと思います。

このような状況の中で、私にとって不可解極まりないのが、読売新聞・毎日新聞以外の、他社のこの問題に対する反応です。

いまのところ、誤報だとする指摘は全くなく、他紙の政治部長経験者などは、テレビに出演して、「石破氏が続投の方針を貫いていることは予測できなかった」などと、読売新聞・毎日新聞の報道に一部理解を示すかのような発言もあります。

政治部の報道は、社会部の報道とは異なり、事実ベースというよりも、政治動向、政局の見通しについての予測が中心だという考え方があります。

今回の参院選後の石破首相の続投の方針維持は、従来の日本の政治の世界の常識からは考えられない異常な行動であり、そのようなことは読売・毎日のみならず、取材していた政治記者全体が認識を共有していた、ということで、読売・毎日の「石破首相退陣へ」報道に対して、同情的ということかもしれません。

しかし、政治記者として「予測」をすることと、当事者本人の意向という事実を捻じ曲げることは、全く異なる問題です。

政治記者にその区別がつけられないとすると、それは日本の政治ジャーナリズムの世界の根本的な欠陥といわざるを得ないと思います。

このことに関連して、「そもそも、今回の参院選敗北後の石破首相の続投宣言がそれほど異常で常識を逸脱したものなのか」ということを、改めて考えてみる必要があります。

結論から言えば、私は、今回の参院選の結果を受けての石破首相の続投というのは、十分に理解できるもので、それが「全くありえないこと」と考えた読売・毎日をはじめ政治部の感覚の方がおかしいと思います。

まず、「選挙で負ければ、時の権力者はその座から降りるのが当然」という考え方の是非です。

日本は、衆議院議員内閣制をとっており、衆議院議員の多数から支持されて総理大臣が指名され、組閣を行います。

その総理大臣が、選挙で敗北し、他の議員の方が多数の議員の支持を集めることになれば、当然のことながらその総理大臣は地位を失うことになります。

総理大臣が所属する政党の総裁・代表を務めているとき、直ちにその総裁・代表の座を失うとは限りません。

政権を失った政党が、その後誰をトップにしていくのかは、政党内部で議論して決めることです。

衆議院でも、選挙での敗北が直ちに党のトップの交代につながるとは限らないわけですが、参議院選挙の場合は、そもそも法制度的には政権選択のための選挙ではなく、二院制の下で衆議院とは異なった役割を果たす参議院議員として誰がふさわしいか、どの政党の候補者がふさわしいかを選択するための選挙です。

そのため選挙結果「だけ」から、自公で過半数の目標が達せられなかった石破首相は直ちに退任すべき、ということにはならないと思います。

今回の選挙の結果を受けて、石破首相が退陣すべきかどうかというのは、結局のところ、石破氏が自民党総裁の座にとどまるのか、総裁辞任で新総裁を選ぶかというまさに自民党組織としての判断の問題ということになると思います。

では、「今回の参院選での敗北が、石破総裁が辞任するのが当然というべき結果であったのか」ということです。

同じ「目標未達」という結果であっても、その程度によって、問われるべき責任の程度は異なります。

最近、自民党が参院選で大敗北を喫し、結果的に首相・総裁が辞任に至った例として、2007年7月の参議院選挙における安倍晋三首相・総裁の例があります。

このとき、石破氏が、「安倍首相は参院選敗北の責任を取って辞任すべき」と述べたことが、今回、ブーメランとなって帰ってくる、という人がいますが、この2007年の参院選では、自民党は62議席から37議席と、実に25議席も減らし、参議院での過半数を失いました。

52議席から39議席と、13議席減らした今回の選挙とは大きな差があります。

しかも、2007年参院選は、それまで衆参で安定多数を占めていた自公両党が、参議院で過半数を失ったことによって国会のねじれが生じ、法案が成立しない、同意人事が拒否される、などの大きな政治的影響を生じさせました。

そしてその2年後の衆院選で自民党は大惨敗し、民主党に政権を明け渡したのです。

今回は、参院選の前からすでに、衆議院では自公両党は少数与党となっており、参議院でも過半数を下回ったことで、もちろんその対策の難度は変わってきますが、国会での野党との調整、連携が必要であることに変わりはありません。

このような2007年参院選で大敗北し、自民党にも壊滅的な影響を及ぼした時ですら、当時の安倍晋三首相は辞任せず、1か月半後に体調不良を理由に首相・総裁を辞任しました。

今回、石破首相は、「自公で過半数」という目標を掲げて参議院選挙を戦い、結果的には自公両党で併せて3議席、過半数に達しないという結果になりました。

ただこれは、公明党が14議席から8議席と、6議席減の大惨敗したことも大きな要因になりました。

この点は、自民党石破総裁の責任ではありません。公明党の議席減が半数にとどまっていたら、自公で過半数を確保できたことになります。

この結果が、「選挙で負けたのだから、首相・総裁辞任が当然」というべきものなのかどうか、さまざまな見方があり得ると思います。

最も重要なことは、今回の参院選で自民党の敗北の主たる原因が何か、ということです。参院選敗北の検証・総括は、自民党青年局など、石破首相退陣を求める党内勢力も強く要求しているもので、最終的にはその検証結果を見極める必要がありますが、現時点での認識を示しておきます。

主たる原因として想定できることは2つあります。

一つは、今、石破首相退陣を強く求める党内勢力がおそらく理由と考えている

「石破首相はリベラル派に偏りすぎており、従来の自民党内の保守層からの支持が失われた」

というものです。

この考え方によれば、自民党が一人区、二人区の多くで敗北した原因は、自民党支持の保守層の票が参政党に流れ、それによって立憲民主党などの候補に僅差で敗れた、ということになろうかと思います。

しかし私は、そのような見方は、これまで自民党を支えてきた健全な保守派支持者に対して失礼な見方だと思います。

今回の参政党の躍進は、「日本人ファースト」という、今の日本において適切な政策目標と言えるか多分に疑問がある(そもそも参政党が外国人優遇・日本人冷遇の現行制度として何を挙げているのかもよくわかりません)「ワンフレーズ」を掲げてお祭り騒ぎをし、それがSNSと街頭で異常に盛り上がったことによるものであり、およそ法的に論理性があるとすら思えない憲法草案などを見ても、党としての正体も全く不明です。

いくら保守派自民党支持者が石破リベラルを嫌ったといっても、参政党に投票するという人は極めて限られているのではないでしょうか。

もう一つ想定される参院選の敗因は、衆院選、都議選から続く、裏金問題による自民党支持者の自民党への失望が、自民党の党勢を失わせたことです。

今回、参院選比例区で「奇跡の当選」を果たした鈴木宗男氏が、

「行く先々で言われたことは『裏金問題のけじめが甘い』『だれも国会議員は責任を取っていない』ということだった」

「党執行部の責任を問う前に、裏金問題のけじめをしっかりつけないと自民党の再生はないと思っている。1000万円も2000万円も3000万円も不記載がある(議員がいる)中で、何の罰も受けていないということに、国民は怒っていた」

「党内で、特に裏金をもらった議員が何もなかったことのように振る舞い、執行部批判をしている。こういうのを許したら、逆に党がもたない」

と述べていますが、選挙直前に23年ぶりに復党し、選挙期間、全国を駆け回った鈴木氏が直接感じた「裏金問題にけじめがついていないこと」の重さは、自民党の真の敗因を的確に言い当てているとみるべきだと思います。

しかも、鈴木宗男氏は、その当選を心から喜んでくれた娘の貴子衆議院議員が石破総裁退陣を求めているのと真反対の見方をあえて示しているのであり、その発言には、魂がこもっていると思います。

長年にわたって派閥から裏金を得ていながら処罰もされず、税金すら全く払っていないという「裏金議員」に対する国民の不満、反発は極めて重く、それが昨年の衆院選、今年の都議選、参院選と、自民党にとってボディブローのように効いていることは、否定しようのない事実だと思います。

このような敗北の責任の程度、敗北の原因などを踏まえ、参院選後にアメリカとの関税合意がまとまり、30%のEUにも先駆けて15%への関税引き下げを実現した成果、そしてこれから関税合意を、日本の国益を最大限に図るため、これまでの交渉経過に基づいてアメリカとの交渉を継続していく政権の責任なども考え、自民党としての今後の体制が決められていくべきだと思います。

ということで、今回の参院選の敗北後に石破首相が続投しようとすること自体が予測不能であったかのような政治記者の人たちの認識は、どこか根本的に間違っているのではないかと考えています。

最後に、石破首相・総裁に私から提案したいことです。

今回の戦後最大の報道不祥事というべき読売新聞(もちろん毎日新聞の問題も放置できませんが、ここではより問題が重大な読売新聞に絞ります)の「石破首相退陣へ」大誤報に対して、自民党総裁として、正式に抗議し、訂正・謝罪・検証などの対応を要求することです。

首相自身の意向に関する事実無根の報道ですから、それに対する抗議、訂正要求の意思を明確に示すことは、続投の意思が確固たるゆるぎないものであることを示すことにもなります。

このようなことが野放しになってきたことが、派閥の領袖などの意向で党の人事が左右されるのが当然であるかのような自民党の旧来の悪しき体質を温存してきたのではないでしょうか。

読売新聞に対する厳正な対応は、そのような自民党の体質の一掃にもつながるものであり、今、それを行ったうえ、石破政権として国民のために果たすべき役割をしっかり果たしてもらいたいと思います。

問わず語りがいつの間にか長くなってしまいましたが、参院選以降の「石破降ろし」が吹き荒れる今の政治状況、報道の惨状に対して、病床で考えたことを率直にお伝えしました。

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6月14日横浜市 旭公会堂にて講演のお知らせ

郷原信郎 2025.06.10
  「日本に法と正義を取り戻す会」、先日(6月8日)の神戸市での第1回講演会は、3日前の開催決定という急な話だったにもかかわらず、会場に120人、ライブ配信では、最大で2000人以上の方に視聴して頂き、大変盛り上がりました。
  そこで、6月14日(土)午後2時から、横浜市旭公会堂で、第2回講演会を連続開催します。  
  今回の講演会は、今年8月に行われる横浜市長選挙に向けての「法と正義」、そして、これから本格化する会の個別テーマについての活動のキックオフ、という二つのテーマで行いたいと考えています。
  まず、横浜市長選の関連です。   横浜市は、2017年から2021年まで、コンプライアンス顧問を務めた私にとって縁が深い自治体であり、そういう思い入れもあって、2021年8月の市長選挙では、山中竹春氏の落選運動を全力で行いました。その横浜に、4年ぶりの市長選の夏がやってきます。私が指摘していたとおり、山中氏は「パワハラ市長」ぶりを発揮し、横浜市職員を疲弊させているようです。
  その不適任市長に、前回市長選で山中氏と対立した自民党議員が対立候補を擁立しようとする動きもあったのに、それを悉く潰し、山中氏再選に全力で邁進していると言われるのが、自民党横浜市連会長の佐藤茂市議です。
  佐藤氏は、2019年11月、朝日新聞が政治資金規正法の問題点を追及する特集記事のなかで、国会議員も顔負けの金額を集める「『モンスター級』市議」と取り上げられたことがあり、9000万円にも上る寄附収入(令和5年)の大半が具体的使途不明になっているという、想像を超える金額の政治資金の収支の実態は、その後も変わっていません。
  山中氏の市長としての適格性を疑問視する声にも耳を貸さず、山中支持を強引に推し進めようとする佐藤氏の姿勢の背景に何があるのか、横浜市長選挙において、横浜市民として関心を持たざるを得ないテーマです。
  第2回講演会では、まず、横浜市長選挙に向けての「法と正義」に関連して、山中市長の適格性問題、市長の支援者である佐藤茂氏の政治資金問題をテーマにします。   もう一つのテーマの会の活動のキックオフですが、既に会員登録も相当数に上り、各分野の検討チームの顔ぶれも揃いつつあります。今回の講演会では、それぞれのテーマで活動に加わって頂く会員の方々にも発言して頂く予定です。
  なお、講演会の模様は、YouTubeライブでも同時配信しますので、ぜひご視聴ください。
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小泉進次郎新農相「備蓄米随契安値放出」を“ヒーロー視”する風潮の危うさ

「コメは買ったことがない」発言で辞任に追い込まれた江藤拓氏の後任として農林水産大臣に就任した小泉進次郎氏は、就任会見で備蓄米を随意契約で安値放出する方針を打ち出し、その後、テレビ番組に出演するなどして価格を5キロ当たり2000円まで下げる方針を明言している。

コメ価格高騰に対する国民の不満に対するパフォーマンスにも見えるこの「備蓄米随契による安値放出」には、農水省の施策としてコンプライアンス上の問題がある。コメ価格の下落で喝采を受けても、中長期的にみると、コメの需給をめぐる弊害、混乱の拡大につながる恐れがある。

そもそも備蓄米は、本来、天候不順や自然災害、病害虫の被害、戦争や国際情勢の変化などによって、国内の米の生産や供給が一時的に困難になった場合に、国民が必要な食料を確保できるようにするためのものである。それを、コメ価格の変動に対応して国が価格を操作する目的で使うこと自体が、本来の目的に反する。

しかも、備蓄米は、国の財産であり、売買契約を締結する場合は、原則として、公告して申込みをさせることにより競争に付さなければならないこととされている(会計法29条の3第1項)。

今回実施されようとしている「随意契約」は、入札などの競争を経ずに特定の業者を国側が選定して契約する方式であり、①契約の性質又は目的が競争を許さない場合、②緊急の必要により競争に付することができない場合、及び③競争に付することが不利と認められる場合において行うことができるとされている契約形態である(同条第4項)。

今回の備蓄米の売却は、これまで入札で行われていたのであるから、①の「競争を許さない場合」にも、②の「競争に付することができない場合」にも当たらないことは明らかだ。

問題は、③の「競争に付することが不利」と言えるかどうかである。

備蓄米を市場に安く供給することが現在の政府の意向だとすれば、入札で競争させることで価格が高くなることは政府の意図に反することになるとは言えるだろう。しかし、会計法の規定の「不利」というのは、競争に付することによって高値で売却できることにより得る経済的利益を上回る具体的な不利益が生じることである。国の政策や意図に反することは「不利」には含まれない。

そうすると、備蓄米の随意契約による放出は、会計法上許容されているとは言い難い。それでも随意契約で放出するというのであれば、政治判断による「超法規的措置」と言うほかない。過去備蓄米が随意契約で売却されたのは、災害時のみである。問題は、超法規的措置をとってまで随意契約で売却することが実質的に妥当と言えるかどうかだ。

随意契約は競争入札と異なり、業者選定や価格設定の透明性の問題が生じかねない。政府が随意契約によって価格操作を行うことが特定の業者に利益をもたらす可能性もあり、公平性を欠く懸念もある。中小の流通業者や消費者団体が排除されることで、結果的に国民全体への還元が不十分になる懸念もある。中間の通業者を通さず直接小売業者に供給することで流通段階でのマージンを排除して価格を安くすることが目的なのであれば、入札参加資格を小売業者に限定すればよいのであり、入札を行わずに随意契約で売却することの理由にはならない。

随意契約による価格設定は、市場の需要と供給による自然な価格形成を阻害する。今回、小泉農水大臣は、備蓄米放出で「需要があれば無制限に放出する」と述べており、供給量を増やすことで価格抑制を強化する考えを示している。それにより、短期的には価格下落の効果があるかもしれないが、中長期的には米価の不安定化を招き、生産者・流通業者双方に混乱をもたらすおそれがある。

また、コメの備蓄制度が維持される限り、国は、今回放出したコメと同量を買い戻さなければならない。

随意契約で安く放出した場合、それによって、市場価格の下落が継続すれば、将来的な買い戻し価格も抑えられることになるが、市場価格は小売段階で「市場が決める」ため、コメの市場全体からすると僅かな量に過ぎない備蓄米の安値放出では、消費者価格の大幅な低下につながらない可能性がある。

「買い戻し」について、市場価格や取引実例価格を基準に購入するという備蓄米補充の通常の方法をとった場合、備蓄米の放出後も市場価格が下落する保証はないので、結局のところ、買い戻し価格が放出価格を大幅に上回り、国に財政的な損失が発生することになる。コメ価格の高騰が、庶民の生活を苦しめていることへの対策ということであれば、想定される備蓄米の放出による損失を財源にして、低所得者の直接的な経済的支援を図る方が得策ではなかろうか。

また、2,000円という価格がもし継続するとすれば、多くのコメ農家にとって生産原価を大きく下回る水準であり、そのような価格水準が長期化すると、それによってコメ農家の経営が成り立たなくなり、離農や減反が進行し、将来的な国内生産力の低下を引き起こすリスクがある。

このように考えると、備蓄米の随意契約による放出は、あまりに問題が大きい。

むしろ、これまで通りの公開入札による備蓄米の放出を継続することで透明性と公平性を確保する方が得策ではなかろうか。

その場合、コメ価格全体がただちに下落することにはならないが、コメ価格高騰による影響の低減については、低所得層への食料支援(フードバウチャーや給食制度の充実など)を通じて、必要な層に直接的な恩恵を届ける政策の方が望ましいのではないか。

そもそも、今回のような「コメ騒動」が起きたことの背景に、長年にわたる減反政策で、コメの生産力が低下していることがある。コメの自給率の維持のための農業政策の見直しこそが重要である。

かかる意味では、国内需要の喚起(学校給食への地元米使用の拡大、外食産業との連携)や、海外市場への販路拡大を図ることで、構造的な需給バランスの改善を目指すべきである。

備蓄米の放出は、短期的にコメ価格を下落させることには有効な政策手段となり得るが、その方法には慎重な配慮が求められる。市場原理と公平性を尊重しつつ、農業の持続可能性と国民生活の安定を両立させる政策こそ、今後の食料安全保障にとって重要であり、小泉農水大臣の国民受けを狙ったパフォーマンスとも思える「随意契約」による備蓄米の放出は、今後の国民生活にかえって大きな負の影響を与え、禍根を残すことになりかねない。

小泉大臣が「備蓄米の随意契約によって安値放出して価格を5キロ2000円に下げる」などとぶち上げたことを、マスコミがこぞって賞賛し、中には、「農水大臣が変わっただけで、これだけ政府の対応が変わるとは」などと驚嘆の声を上げているコメンテーター等もいる。

しかし、会計法の原則を無視した備蓄米の随契放出で市場価格に介入すること自体が、統制経済的な危険な発想であり、そういう手法を「画期的」であるかのように持ち上げて小泉氏をヒーロー視する風潮は、不安定化した政局における「危うさ」を感じる。

実際に、随意契約で放出された備蓄米が、来週から、2000円余りの価格で販売されるようだが、実際に販売されるのは令和4年産の「古古米」や令和3年産の「古古古米」とのことだ。品質からすれば、従来どおりの入札で売却したとしても、相当程度安くなっていた可能性もある

結局、小泉氏がぶち上げた「備蓄米随契放出によってコメを2000円で消費者に提供」というのは、「コメ騒動」に便乗した「空騒ぎ」に終わるのかもしれない。

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森友文書、「政治家関与部分『欠落』」は財務省の大罪、佐川氏国会再喚問が不可欠

森友学園に関する財務省の決裁文書の改ざんに関与させられ自殺した近畿財務局の職員、赤木俊夫さんの妻の雅子さんが国に関連文書の開示を求め、財務省は今年4月4日、国有地の売却をめぐる学園側との交渉記録など、2000ページを超える文書を開示した。

しかし、開示された文書には欠落している番号が複数確認され、そのうち、2014年4月19日から5月11日までの期間は交渉記録などの存在が確認されておらず、この時期の記録とみられる4つの番号が連続して抜け落ちていた。

雅子さんの弁護団から、欠落の経緯について説明を求められた財務省は、5月9日、

「8年前に学園側との交渉記録を意図的に廃棄した過程で欠落文書の多くが廃棄された」

「欠落部分は政治家関係者に言及しているものが多くを占めていると推認される」

と説明したとのことだ。

財務省によると、学園側との交渉記録は、2017年に国会質問につながる材料を極力少なくすることを目的に意図的に廃棄され、その過程で欠落文書の多くが廃棄されたとのことだ。

本来、行政行為について国会での質問を受けた場合には、正しく保存された行政文書に基づき正しく説明する責任がある。ところが、財務省は、そのような「国民の代表の国会に対する義務」に反し、国会での質問を回避し、或いはその質問に答える負担を軽減するために、公文書を廃棄していた。行政を担う国家公務員の所為として到底許されることではない。

今回、「関連文書の欠落」が明らかになったのは、赤木雅子さんが「夫はなぜ死ななければならなかったのか。そこで何が起きていたのか、真相を知りたい」という思いで行ってきた活動によるものだ。

苦難の連続だった司法の場での雅子さんの国との戦いの途中から、私自身も、行政文書の開示請求訴訟の控訴審で、検察捜査の経験者としての意見書提出という形で関わった。

改めて、これまでの経過を振り返った上、今回明らかになったことの意味と、今後行うべきことを整理することとしたい。

赤木雅子さんの国との戦い

雅子さんは、俊夫さんの死後、財務省側に説明や資料の開示を求めたが、誠意ある対応がなかったため、2020年3月に、当時の財務省理財局長の佐川宣寿氏と国に対して、夫の死についての損害賠償を求める訴訟を提起し、民事訴訟の場での真相解明を求めた。

国側は当初、請求棄却を求めて争い、「赤木ファイル」等の文書は開示されたものの、改ざんに至る経緯が具体的に明らかになるものではなかった。その後、国は、2021年12月15日、一転して国家賠償請求を認め「認諾」を行ったために訴訟は終了した。

佐川氏に対する請求についても、一審判決は、佐川氏が改竄の方向性を決定づけたと認定した上で、「国家賠償法の規定に基づき公務員個人は賠償責任を負わない」と判断して請求を棄却した。高裁の判断も同様であり、最高裁で赤木さんの敗訴が確定した。

 2021年8月、雅子さんは財務省と近畿財務局に対し、「(決裁文書改ざん問題の)調査に関する一切の文書」と「大阪地検特捜部に任意提出された資料」の開示を請求した。

同省は「特定事件の捜査機関の活動を明らかにすることになる」などとして不開示決定したので、同年10月29日、雅子さんは不開示決定の取り消しを求める訴訟を大阪地裁に起こしたが、2023年9月14日、大阪地方裁判所は雅子さんの請求を棄却した。

検察への任意提出文書の開示請求を阻んだ「国側の主張」

弁護団は、この開示請求訴訟には、さすがに負けることはないだろうと予測していたとのことだが、大阪地裁で出された一審判決はまさかの敗訴だった。

「検察に任意提出した文書が特定されると、将来の同種事件の捜査手法が知られることになる」

という被告の国側の主張を認めたものだった。

弁護団の控訴審に向けての打合せの中で、「検察捜査の実情に詳しい人に協力を求めることはできないか」という話が出た時、雅子さんの頭に「検察批判を繰り返してきた元特捜検事・郷原弁護士」のことが浮かんだという。

雅子さんは、かねてから支援してくれていた田中真紀子氏に相談、真紀子氏から雅子さんを紹介された私が、控訴審向けの意見書作成を引き受けることになった。

実は、真紀子氏と私の付き合いも、その直前からだった。その年の6月に公刊した拙著【「単純化」という病 安倍政治が日本に残したもの】(朝日新書)を読んで共感したと言って、私の事務所に電話をかけてきてくれたのがその年の9月、それを契機に、拙著【歪んだ法に壊される日本】(KADOKAWA)で指摘した政治資金や選挙制度の問題についての勉強会を行うことになった。「自民党派閥政治資金パーティー裏金問題」の表面化を受け、12月8日に議員会館で共同記者会見を行い、11年ぶりに「真紀子節」が炸裂し、注目を集めた(【田中真紀子氏「国会議員になるのを差し控えて」 説明しない自民批判】)。

任意提出文書の特定による「将来の同種事件捜査への影響」などない

一審判決が認めた国の主張は、

対象文書の特定情報(行政文書の名称等の情報)により、本件各被疑事件の捜査について、財務省又は近畿財務局が、どのような内容や形式の行政文書を、どの程度の範囲(時間的、人的範囲等)で、どの程度の通数にわたり、東京地検又は大阪地検に任意提出したのかが推知されることとなる。これらの情報を分析することにより、本件各被疑事件の捜査における捜査手法や(いかなる内容又は形式の資料をいかなる方法で入手したか)や、捜査対象の範囲(任意提出された行政文書の内容、範囲、通数等)といった、具体的な捜査の内容や捜査機関の関心事項が推知されるおそれがある。

将来、本件各被疑事件と同種の刑事事件のみならず、行政機関が捜査対象となる刑事事件一般の捜査についても、そのような情報や分析を踏まえて、捜査手法や捜査対象の範囲といった具体的な捜査内容や捜査機関の関心事項が推知されるおそれがないとはいえない。

というものだった。それは、検察官時代、様々な検察捜査を経験してきた私にとって、全くあり得ない理屈だった。

個別の事件で、捜査機関が、どのような文書の任意提出を求めるのか、というのは、まさに、その事件の内容、証拠関係、捜査状況に応じて検察官が判断するものであり、あくまで当該事件の個別の問題だ。任意提出を求めるのは、その時点でそれを証拠として確保しておくことが必要と判断したということであり、文書等の任意提出を求めることについての検察官の判断は、事件の内容・性格、関係者の供述状況、既に収集済の証拠等によって、また、捜査対象者の協力の程度によって異なる。

私は、某地検特別刑事部長として検察独自捜査の対象としていた行政庁からの文書の任意提出を受けた事例も紹介しつつ、「任意提出を求める場合、どのような文書を含む証拠の提出を求めるのか」などということを一般的に言えるものではないし、検察官の判断で、或いは告訴・告発を受けて行う捜査の場合には、対象文書の特定情報(行政文書の名称等の情報)がわかり、捜査対象とされ任意提出された行政文書の内容、範囲、通数等がわかっても、当該捜査対象事案に関連する文書やファイル等の存在がわかるだけであり、当該時点での捜査の内容や捜査機関の関心事項が推知されることにはつながらないとする意見書を作成し、弁護団に提出した。

被告の国側がこのような「無理筋の理屈」を主張したのは、任意提出を受けた文書の範囲がわかることが、検察にとって余程不都合だという事情があったのかもしれない。

そういう国側や検察への「皮肉」を込めて、上記意見書の結論に、以下のようなことも書き加えておいた。

本件で任意提出の要否の検察官の判断が、通常、検察官が行う判断とは異なり、不自然に消極的なものであった場合には、「事件の真相解明に向けて、検察官が適切に判断して刑訴法上の権限に基づく証拠収集を行うこと」という検察官の本来の捜査とは異なったものであること、本件の刑事処分の適正さを欠いたことを疑う余地を生じさせることはあり得るかもしれない。しかし、それは、当該個別事件で捜査についての検察官や検察庁の方針を推知する材料になるだけであり、一般的な同種事件、将来の事件の捜査手法や捜査対象の範囲を推知させるものでは全くない。 

私が言いたかったのは、国が「任意提出した文書」の名称等の情報の開示を拒むのは、将来の同種事件の捜査への支障のためではなく、今回の森友関連事件の捜査処理が、通常の捜査処理からかけ離れたものだったことがバレないようにするためだったのではないかということだった。

「捜査への影響」を否定し開示請求を認めた控訴審判決

2025年1月30日、控訴審判決が言い渡された。「将来の同種事件の捜査への影響」について以下のように判示し、一審の判断を覆した。

財務省等の判断で任意提出された文書がいかなるものかが明らかになったとしても、これによって捜査機関の本件各被疑事件と同種事犯に対する捜査方針や意図が明らかになるとはいえない。さらに、本件各被疑事件と同種事犯の捜査であっても、当該事案や任意提出を求められる個人や組織等によってその作成又は取得する文書の種類、名称、作成時期・頻度、分量及び保管状況等は多種多様であって、本件各被疑事件における任意提出の結果のみの分析から他の同種事犯にも通用する法則性を見出すのは困難と思料されること等に鑑みると、文書特定情報の通知により本件各被疑事件に係る財務省等の任意提出の範囲が明らかになったとしても、それによって他の同種事犯にも通用する法則性のある捜査手法や捜査機関の関心事項等といった捜査機関にとって機密性の高い情報が推知されるものとは考え難く、将来の同種事犯のみならず犯罪一般の捜査等に支障を及ぼすおそれがあるものとも認められない。

私の意見書を全面的に採用し、一審判決が認めた「将来の同種事件の捜査に支障がある」との国の主張を否定し、開示請求を認める判決だった。

赤木雅子さんにとって、国との裁判での初めての勝利だった。

そして、石破茂首相の決断によると伝えられた国側の「上告断念」によって、「対象文書の特定情報」が開示されることになっただけでなく、財務省は、関連文書を全面開示することになり、その第一弾として開示された2000枚を超える文書の標目から、前記の「文書の欠落」が明らかになったものだった。

「無理筋の理屈」による開示逃れと「文書の欠落」

今回明らかになった「文書の欠落」は、国側が、前記のような「無理筋の理屈」まで持ち出して開示を免れようとしていたこととも関係している可能性がある。

財務省側が任意提出した交渉記録の一部が欠落していたことを認識した大阪地検特捜部側は、どう対応したのだろうか。政治関係者に言及している文書の多くが欠落しているということであれば、まさに国有地売却の重要な経緯に関する「罪証隠滅」そのものではないか。

公式記録としては廃棄されているとしても、個人のパソコン等に文書の電子データが残っている可能性もある。検察は、財務省側に徹底してデータの提出を求め、応じなければ強制捜査を検討するのが当然だ。しかし、大阪地検特捜部が、そのような捜査を行ったようには思えない。

雅子さんの開示請求に応じて「対象文書の特定情報」が開示され、最終的に、任意提出した文書の内容が明らかにされると、検察の捜査が杜撰だったこと、最初から「不起訴の結論ありき」で捜査をしていたことが露見してしまうので、何とかして開示を免れようとした。それが、前記のような「無理筋の理屈」まで使って開示請求の棄却を求めた理由ではないか。

そうだとすると、私が意見書に皮肉を込めて書いたことが、「図星」だったことになる。

今回開示された文書の内容と、その一部欠落は、森友学園問題に関する検察の捜査処理に対して重大な疑念を生じさせるものである。

「北川大阪地検検事正」は、森友学園問題にどう対応したのか

それに加え、もう一つ検察の捜査処分に対する疑念を深める要因がある。

そのような重大な疑念が生じている森友学園問題に関する一連の検察の捜査処分が行われた時期が、北川健太郎元大阪地検検事正による部下の女性検事に対する準強制性交事件が起きた時期と重なることだ。(北川元検事正はその後2024年に逮捕・起訴された。)

北川元検事正の在任期間は2018年3月~2019年11月、準強制性交事件の発生は2018年9月である。一方、森友学園問題の関連事件の不起訴処分は2018年5月、2019年3月15日に大阪第1検察審査会が不起訴になった佐川ら財務省職員10人について「不起訴不当」と議決し、大阪地検特捜部が再捜査を行い、同年8月9日、財務省職員10人について改めて不起訴処分とした。

つまり、森友関連事件の不起訴処分の4か月後に部下の女性検事に対する事件を起こし、その半年後に検察審査会の不起訴不当議決があり、その後、再捜査と再度の不起訴処分が行われた。その期間というのは、性犯罪被害者の女性検事との間で、性犯罪被害をめぐってやり取りが行われていた最中だったのである。

女性検事は、仕事上、検事正と関わりを持たざるを得なかったが、北川元検事正からは被害を訴えないか何度も確認されていた。事件から9か月経った頃に、事件についての認識を問いただすと、北川元検事正から、

「あなたの同意があると思っていた」

「被害を表沙汰すれば私は絶対に生きていくことはできない」

「大スキャンダルとして大阪地検は組織として立ちゆかなくなる」

などと言ってきたと記者会見で述べている。

事件から9か月経った頃というのは2019年6月頃、まさに、森友関連事件の再捜査の最中だ。検事正としての事件決裁や捜査指揮がまともに行えただろうか。

検察における事件の決裁は、一般の事件であれば、副部長、部長決裁で済むことが多く、次席検事、ましてや検事正まで実質的に関わることは稀だ。しかし、この森友関連事件は、財務省側が被疑者であり、また、首相官邸も重大な関心を持っている事件だ。もし仮に、検察審査会の不起訴不当議決を真剣に受け止め、起訴も視野に入れつつ積極的に再捜査を行い、起訴の方向で上級庁の了承を得ようとすれば、大阪地検のトップである検事正には、余程の覚悟と胆力が必要だったはずだ。自らが犯した性犯罪の問題で「心ここにあらず」の「北川検事正」に、そのようなことができたとは思えない。

北川氏の性犯罪の被害者である女性検事も、自身のブログで、

「北川被告人が事件後に決裁した事件、特に性犯罪事件が適正に決裁されていたかの検証をすべき」

と述べている(【検察は何のために、誰のためにあるのか。フジテレビ問題と根っこは同じなのに検察はなぜ何の取組みもしないのか。】)。

「佐川理財局長」の再度の国会証人喚問が不可欠

今回、財務省の森友学園側との交渉記録の中で政治家関係者に言及する部分が意図的に廃棄され欠落していることが明らかになったことを受け、今後、どのような対応を行うべきか。

問題は二つある。

一つは、国有地の売却に関する交渉記録の公文書を、国会での説明を回避する目的で意図的に廃棄したことについて真相を解明することである。

この問題は、2018年に朝日新聞の報道で明らかになり、厳しい批判を浴びた「決裁文書改ざん問題」以上に、悪質で弁解の余地のない行為だ。決裁文書は、原資料に基づき、決裁手続に必要な事項を記載する書面であり、財務省による改ざんについても、本来決裁文書として不要な記載、言わば「余事記載」を削除したことが中心で、文書そのものの目的を阻害するものではなかったと説明された。

検察が、改ざん行為についての虚偽公文書作成罪の事件を不起訴にした理由について「売買契約の内容などが変更されていない」「虚偽の文書を作成したとまでは言えない」と説明したのも同様の見方によるものだ。

しかし、「文書の欠落」で明らかになったのは、国有地売却に関する原資料そのもの廃棄である。その対象は当時、国会で政治家側の関与やその影響が問題とされ、それに関する真実を明らかにするための公用文書だった。

このような財務省の対応について、当時、理財局長として、責任者だったのが佐川宣寿氏だ。しかも、安倍首相が、森友学園問題での追及を受け、

「私や妻が関係していたということになれば、首相も国会議員も辞める」

と答弁した後、佐川氏は、

「森友学園との交渉や面会の記録は速やかに廃棄した」

との虚偽答弁を行っている。佐川氏自身が、廃棄を指示していた可能性もある。

佐川氏は、決裁文書改ざんが明らかになった2018年3月に参議院予算委員会で証人喚問されたが、「刑事訴追のおそれ」を理由に決裁文書改ざん等についての実質的な証言はほとんど拒絶した。

しかし、現時点では、関連する犯罪は、すべて公訴時効が完成しており、刑事訴追を受けるおそれはなく、証言拒絶はできない。偽証の制裁の下で真実を証言させることが不可欠だ。

もう一つのポイントは、森友学園問題に関連する刑事事件の捜査処分が適切に行われたのか、不適切だったとすれば、いかなる原因によるものなのかを解明することだ。

国有地売却に関する背任事件、決裁文書改ざんに関する虚偽公文書作成等の事件では、すべて不起訴処分となり、検察審査会で10人について「不起訴不当」の議決が出たが、再捜査の上、再度の不起訴処分が行われた。この時の捜査が果たして適正に行われたのか重大な疑問が生じている。

今回明らかになった「交渉記録の中の政治家関係者に言及する部分の意図的廃棄」は、捜査の対象となっている国有地の売却をめぐる背任罪についての証拠隠滅に加え、公用文書毀棄罪に該当する疑いもある(検察は、保管期限が「事案終了まで」とされていたことから、公用文書毀棄の対象となる「公用文書」には当たらないことを消極判断の理由としたのかもしれない。しかし、「公用文書」とは、判例上、「その作成者、作成の目的等にかかわりなく、公務所において現に使用し、又は使用に供する日的で保管している文書を総称する」とされている。森友学園疑惑の一連の経過を明らかにするため国会議員から提出を求められていたもので、具体的な使用目的も存在していたのであるから、「公用文書」に当たると解するべきだろう。)。

検察の捜査・処分に関しては、当時の捜査の責任者の山本真千子特捜部長(現札幌高検検事長)と、現在、準強制性交罪で起訴され勾留中の北川健太郎元検事正の証人喚問を行うことが考えられる。

一般的に検察官が国会で喚問されない理由

従来、政界汚職事件等について国会で質問が行われても、法務省当局は、

「個別事件についてはお答えを差し控える。なお、一般論として申し上げれば、すべての刑事事件は法と証拠に基づいて適切に処理されている」

と答弁し、個別事件について、検察庁の関係者の国会での参考人、証人としての喚問を拒絶してきた。

法務省や検察庁がそのような対応を行ってきた根拠は、刑訴法47条の

「訴訟に関する書類は、公判の開廷前には、これを公にしてはならない。」

との規定だ。この規定を、「公判開廷前」だけでなく「開廷後」にも拡大し、

「但し、公益上の必要その他の事由があって、相当と認められる場合は、この限りでない。」

との同条但書の規定をほとんど無視し、刑事事件についての国会での答弁をすべて拒絶してきたのである。

そのような条文の文言を超えた対応が行われてきたのは、「刑事事件についての検察当局の資料・情報は、実質的にも秘匿すべし」という考え方が無条件に受け入れられてきたからである。

では、そのように個別の刑事事件に関する情報は秘匿すべきとされるのはなぜだろうか。その理由として考えられるのは、(1)個別の刑事事件の捜査・公判への影響と(2)プライバシーの保護だ。

しかし、森友学園関連事件については、すべて公訴時効が完成しており、捜査・公判への影響は考えられない。また、問題となっているは、財務省という官公庁における公文書の取扱に関する公的な事象であり、プライバシーの保護も問題とはならない。

官僚の世界の無謬にこだわる立場からは、「法に基づいて行われる行政行為に国会議員等が口を出してきても、行政当局は些かも影響を受けない。常に適切な対応が行われる。そこでの国会議員の動きなどに関する資料は、『夾雑物』(きょうざつぶつ:ある物質の中に、不要なものや異物が混入していること)のようなものであり、そのようなものが存在すると、あらぬ疑いを受けたり、国会で野党議員の追及のネタにされたりするだけだから速やかに廃棄すべき」という考え方になるのかもしれない。

しかし、それは、行政行為が、国民の代表である国会の信認を受けた内閣の責任の下に、「国民のために行われている」という原則を蔑ろにするものだ。行政行為が公正・公平に行われているのかを国民そして国会が客観的に知る唯一の手掛かりは、行政に対する国会議員、政治家側の働きかけ等を、正確に記録し、公文書として保存することだ。とりわけ、「安倍一強」と言われ特定の政治家に権力が集中し、官僚の世界を歪めていた時代であれば、行政行為が政治家から有形無形の影響を受けていた可能性があり、正確な記録保存の必要性は一層大きかった。

かかる意味において、森友学園に対する国有地売却に関する政治家の動きについての公文書を、問題表面化後ただちに丸ごと廃棄したという、今回明らかになった財務省の罪はあまりに重く、そのような行為に対して全く刑事罰を適用することができなかった当時の検察の対応にも重大な疑問がある。

このような公文書の廃棄が行われず、すべて国会に提出され、交渉の経過、政治家の介在の事実が客観的に明らかにされていたら、国会審議の紛糾・混乱が生じることも、それらをおそれた財務省内での決裁文書の改ざんが行われることもなかった。

そして、公務員としての使命に忠実だった赤木俊夫さんが、自ら命を絶つこともなかった。

このようなことは二度と繰り返してはならない。そのためにも、当時の佐川理財局長の証人喚問は不可欠であり、当時の山本特捜部長、北川検事正の証人尋問も検討すべきだ。

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