藤井美濃加茂市長事件、贈賄供述者は法廷で何を語るのか

藤井浩人美濃加茂市長の事件、今日の午後、名古屋地裁で開かれる第2回公判で証人尋問が始まる。その最初、今日、明日の2日間にわたって、贈賄供述者の証人尋問が行われ、いきなり、この裁判の天王山を迎える。

西松建設事件、陸山会事件では、検察OBとして、評論家的立場で、いわば外野から、「暴走する特捜検察」を批判し、大阪地検特捜部の証拠改ざん等の不祥事を受けて開かれた「検察の在り方検討会議」にも加わり、検察改革の在り方についても意見を述べてきた。そして、大坪元大阪地検特捜部長の事件では、大坪・佐賀を断罪することで特捜部長以下の問題に矮小化し、検察組織そのものの問題から目を背けさせようとする検察と戦うべく、リリーフ投手として控訴審から登板した。

今回の事件では、まさに先発投手として、藤井市長が逮捕された翌日、検察に送致された時点から、検察と徹底的に戦ってきた。

その中で多くのことがわかってきた。

検察改革の中で、検察官の倫理規定も定められ、取調べの可視化も相当程度進んだ。しかし、本当に検察が真実に向き合う姿勢に変わったのか、本当に「引き返す勇気」を持った検察になったのか。

決してそうではないということを、今回初めて弁護人として先発登板して、1回から検察と戦い続けてきたことで、実感した。

しかし、それを自分の認識だけに終わらせてはならない。真実と向き合おうとしない、「引き返す勇気」も絵空事に過ぎない検察の実情を、裁判の場で、白日の下にさらさなければならない。

そういう意味でも、今日からの証人尋問が、まさに正念場である。

今日は検察官の主尋問。弁護人冒頭陳述【藤井浩人美濃加茂市長事件 弁護人冒頭陳述】では、本件を「警察、検察によって作り上げられた犯罪」と言ったが、その「作り上げられた贈賄ストーリー」が、公判の場で贈賄供述者の口からどのように語られるのか。まずは、じっくり聞いてみることとしたい。

そして、明日は、朝から夕方までかけて行う弁護人の反対尋問。贈賄供述者の「公判廷での嘘」を、そして、我々がその「嘘」につながったと主張する検察と贈賄供述者との「闇取引」を、どこまで白日の下にさらすことができるか、まさに、私の刑事弁護人としての真価が問われていると言ってよいであろう。

「真実に向き合おうとしない検察」という組織の根本問題を、今回の公判で明らかにすることができるか、「名古屋の陣」に是非注目して頂きたい。

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藤井市長無罪主張に水を差す中日新聞ネット記事

9月17日、藤井浩人美濃加茂市長事件の第1回公判が名古屋地裁で開かれた。

検察官の主張に対する弁護人冒頭陳述は、既にブログ【藤井浩人美濃加茂市長事件 弁護人冒頭陳述】で公開している。

今回の事件については、警察、検察の捜査・処分や対応に重大な問題がある。

冒頭陳述でも述べているように、本件が「警察・検察に作り上げられた犯罪」であることは、今後の公判での弁護側の立証で明らかにしていくことになる。

それに加えて、もう一つの重大な問題は、ほとんど問題意識を持たず、警察、検察側から情報を鵜呑みにして垂れ流してきたマスコミの報道姿勢である。

藤井市長逮捕後、警察、検察側の情報或いは根拠のない憶測に基づくと思える夥しい「有罪視報道」が行われ、世の中に誤った認識を与え、公人たる藤井市長の名誉を著しく傷つけてきたことを踏まえ、事件報道、公判報道の在り方について、主任弁護人として、報道機関に度重なる要請を行ってきた。

今回の藤井市長の第一回公判についても、新聞、テレビの報道機関には、公正かつ中立的な報道を行うよう要請文を送付した「公正かつ中立的な報道を」 美濃加茂市長・初公判をむかえ弁護人が要請(全文)】

こうした弁護人側からの要請を受けて、第一回公判を、マスコミ各社がどのように報道するのかに注目していた。

17日の夜から、第一回公判の模様は、テレビのニュースで報じられ、新聞のネット記事も次々とアップされた。その中に、目を疑うほど酷い記事があった。

この事件での警察、検察情報にもたれかかった「有罪視報道」の中心になってきた中日新聞の【判決は年明けも 美濃加茂汚職で初公判】と題するネット記事だ。

この記事には「岐阜」と表示されており、岐阜支局で書かれたと思われる署名記事だが、ネット記事として配信され全国で読まれている。

上記のように、主任弁護人の私からの要請文で、今回の藤井市長の第1回公判の報道に関して、検察主張及び「有罪視報道」への具体的反論となる弁護側冒頭陳述の具体的内容を、可能な限り詳細に報じることを強く求めているにもかかわらず、この記事は、弁護側の冒頭陳述について、

弁護側は「警察と司法に作り上げられた犯罪」とまで言い切った。

と紹介しただけで、その主張の内容は全く書いていない。

しかも、弁護側冒頭陳述で、「本件は警察・検察に作り上げられた犯罪である」と述べているのを、「警察と司法に作り上げられた犯罪」と誤って引用している。

(なお、同記事の”弁護側は「警察と司法に作り上げられた犯罪」とまで言い切った。”との記載は、本ブログの指摘を受けて9月19日に、”弁護側は「警察と検察に作り上げられた犯罪」とまで言い切った。”に訂正された。)

「司法」というのは裁判所を意味する。検察は準司法作用を担うものではあるが、司法機関ではなく行政機関である。「司法」である裁判所は、警察、検察の捜査や起訴を容認することはあっても、自ら事件を作り上げることはあり得ない。

理由もなく「司法が作り上げた犯罪と言い切っている」と書かれた記事を読んだ読者は、「弁護人が荒唐無稽で的外れな主張をしている」としか思わないだろう。

この記事の問題は、それだけにとどまらない、全体として、藤井市長側がいくら無罪を主張しても、最終的には、有罪判決が確定することは避けられないかのように思わせる内容となっている。

まず、初公判の模様について、

争点となった現金の授受をめぐって検察側と弁護側は対立した。

とした後、いきなりQ&Aとなる。刑事裁判に詳しい記者が素人の質問に答えているかのような構成で、

判決で仮に無罪になっても、検察が控訴する可能性が高く、控訴審は名古屋高裁の裁判官が一審判決に誤りがないかを、判断の根拠となった全証拠を再検討する。有罪になれば市長は公民権停止で失職する

というようなことが書かれている。

そして、Q&Aに続く本文では、

初公判で、藤井市長が、「現金を受け取ったとされる事実は一切ありません」と言い切り、浄水プラントの導入が「美濃加茂市にとって有意義な事業」と力説した

などと藤井市長側の言い分について書いているが、その後、

だが、裁判は必ずしも市長側に有利に進んでいるわけではない。贈賄側の中林正善被告は、自身の裁判で金を渡したことを全面的に認めた。このまま、藤井市長の判決を待たずに有罪判決が確定しかねない流れだ。

としている。

要するに、「藤井市長は、現金の授受を全面的に否認して争っているが、被告人自身が裁判で言い分を述べる機会は当分ないし、贈賄を認めている中林の裁判が早期に確定するので、藤井市長の事件でも無罪判決は出にくくなる。仮に、中林供述の信用性が崩れて一審で無罪判決が出ても、検察が控訴する。」だから、「藤井市長が、現金授受を否認しても潔白を訴えても、どうせ、最終的には有罪となって失職するのだから、早く諦めた方がよい」というのが、藤井市長を支持する市民へのこの記者の「忠告」ということなのだろう。

しかし、9月8日に開かれた中林の公判で、次回期日は、約2か月先の11月7日と指定されている。

通常は、自白事件で勾留中の事件であれば、早期に結審して有罪判決が出るはずであり、我々藤井弁護団の側も、中林の自白事件の有罪判決が早期に確定し、藤井事件の公判に与える影響を懸念していたが、実際には、中林公判の結審・判決は大きくずれ込む見通しだ。11月7日の中林の次回公判までには、藤井公判のほうでも中林の証人尋問、他の関係者の証人尋問、被告人質問が終了し、結審が近づいている可能性が高い。

藤井市長の公判の見通しは、昨日の第1回公判後の記者会見で、弁護人からも大まかに説明し、それは、別の中日新聞のネット記事でも書かれているのに、この記事を書いた記者は、それを確認すらしなかったのか、中林公判で早期に有罪判決が確定するなどという見通しを根拠に「裁判は必ずしも市長側に有利に進んでいるわけではない。」などと述べているのである。

この記者は、岐阜支局で、5か月間も、藤井市長事件の取材をしてきたとも書き、

愛知県警担当記者から伝え聞く賄賂授受の情報。美濃加茂市の取材で得た「藤井君が現金を受け取るはずがない」という、市長の誠実さを信じる市民たちの声。「いったい真実はどちらなのか」。五カ月間、捜査当局と地元との温度差を肌で感じてきた私自身にとっても、この裁判には特別な意味がある。

と述べている。

しかし、「真実」に関心があるのであれば、なぜ、「地元の声」と「愛知県警側の情報」だけではなく、弁護人側の主張を知ろうとしないのだろうか。

この記事は、少なくとも、弁護人主張の「警察・検察が作り上げた犯罪」を「警察や司法が作り上げた犯罪」と誤って記載した点において明らかに誤報であり、主張の内容が引用されていないため、読者に重大な誤解を与えるものだ。

削除或いは訂正するのは当然だが、それで済むような単純な話では決してない。中日新聞の記事としてネットで公開されるにあたって、記事の作成及び掲載について社内でどのようなチェックが行われたのか、十分な検証が必要であろう。

 

 

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藤井浩人美濃加茂市長事件 弁護人冒頭陳述

弁護人が、証拠により証明しようとする事実は以下のとおりである。

第1 本件公訴事実の不存在に関する事実

1 賄賂授受の現場には同席者が存在し、授受を目撃していない

被告人の知人で、中林を被告人に紹介したBは、本件各公訴事実記載の会食にすべて同席していたこと、その場で席を外しておらず、現金の授受は見ていないことを一貫して供述しており、席を外していない理由についても極めて合理的な説明を行っている。

同人の供述を前提にすると、平成25年4月2日昼のガスト美濃加茂店及び25日夜の山家住吉店での会食の際に被告人に現金を渡した事実は存在し得ないものである。

2 被告人には自由に使える現金があり、金員受領の動機がない

検察官は「同時期の被告人の資金繰りが楽ではなかったこと」ことを、被告人が本件各公訴事実の賄賂を受け取ったことの間接事実として主張しているが、以下に述べるように、被告人の手元には、自由に使える多額の現金があったものであり、検察官の主張は、被告人の金員受領の動機を裏付けるものではなく、また、この時期に被告人が塾の経費支払の銀行口座に現金入金した事実があったとしても、その直前に予定外の現金収入があったことの裏付けとなるものではない。

被告人は、数年前、自動車を購入した際、高校時代に通っていた塾の塾長から100万円程度の借金をしたところ、それを同塾の講師のAが肩代わりしたことから、同Aに60万円程度の借入金があった。

Aは、被告人の市議会議員の給与が安いことを知っていたので、その貸付金の返済は急がないと被告人に伝えていたが、被告人は、返済のための金銭を少しずつ貯めていた。

市議になって1年程度たったころには、その返済のための現金が30万~40万円程度貯まったので、そのころから、被告人は、ときおり借入金の一部を返済しようとしてAに電話やメールで連絡をとっていた。

平成25年春にもその旨を連絡したが、Aから「全額貯まってからでいい」と言われたので、その金はそのまま手元に置いておき、市長選挙に立候補した際の出費に一部流用するなどした。そして、市長に就任した後、給与収入も増えたことから返済資金を貯めることができ、平成26年4月に、Aに全額を返済した。

また、被告人の自宅近くに住む伯父は、被告人が市議会議員に就任した後、急に金が必要になった際に持ち出して使えるように、同人の自宅の冷蔵庫に、被告人が自由に持ち出せるよう20万円~30万円の現金を入れておき、そのことを被告人に伝えていた。被告人は、実際にその金を持ち出すことはなかったが、現金が必要な時はいつでも持ち出して借用することが可能であった。

しかも、毎年、年度当初は、塾の入学金・年会費が入ることから、被告人が使うことができる現金が、他の時期と比較して多かったものである。

これらの事実から、平成25年4月頃、被告人の手元には、緊急に出費する必要があれば、それに充てることができる現金が手元に30~40万円あったことに加え、伯父が自宅に用意してくれていた現金を、必要があればいつでも持ち出して使うことが可能だったこと、年度当初で現金収入が多かったことなどから、被告人の手元には自由に使える多額の現金があったものである。

3 市議会での被告人の質疑に対する市当局の答弁には何ら特異性はない

検察官は、市議会議員が議会の質疑で市当局に何らかの対応を求める発言をすることが、再質問をされることを避けようとする市当局の対応に大きな影響を与えることを前提に、平成25年3月14日の定例市議会での質疑で、当時市議会議員であった被告人が災害対策に関して新技術の導入の検討を求めたことで、同市の関係部局が浄水プラントの導入を検討せざるを得なくなったかのように主張し、被告人の議会での質疑を、中林から被告人への市議会議員の職務に関する請託に基づく行為のように位置付けている。

しかし、美濃加茂市において、市議会議員が一般質問や質疑を行った場合、答弁案の作成や議会での答弁にあたって、関係部署は、美濃加茂市民の代表である議員からの質問であることを十分認識し、真摯に対応するのは当然であるが、議会会期中になされる一般質問や質疑は毎回かなりの数であり、単に、質問がなされたからと言って、これがただちに市政の運営に反映されるものではなく、提案された事業などを実現することを担保するものでもない。また、発言通告書は、議会での質疑予定日のほんの数日前に提出されることが多く、質疑への答弁自体は関係部署の役割であり、市長まで上がっているものではないので、具体的答弁を行う関係部署としても、多くは「研究します。」とか「検討します。」といった答弁にならざるを得ない。

当該質疑について、その後、議会で再質問をされることも多いが、それは、制度上当然に予想されるものであり、関係部署としても、「再質問の可能性」を過度に負担として捉えているわけではない。

上記のような美濃加茂市における市議会での質疑への市の関係部局の一般的対応を踏まえれば、被告人の質疑に対する市当局の答弁が何ら特異なものではないことは明らかであり、被告人の市議会での発言を、中林の請託に基づく市議会議員の職務行為と解する余地はない。

第2 贈賄者供述の信用性の欠如~闇取引の疑い等

1 贈賄者に係る起訴されざる重大な犯罪の嫌疑

中林は、公文書等偽造・同行使、詐欺の事実で勾留中に贈賄の自白を行ったものである。中林が行った融資詐欺は、関係機関の代表者印等を偽造、受注証明書、契約書等の公文書、私文書を偽造して、多くの地方自治体、医療機関等から浄水装置を受注し、その代金が入金予定であるように装い、送金元の名義を偽って受注先から自社の口座に代金が入金されたように仮装するなどして、銀行、信用金庫など10の金融機関から、借り換え分も含め総額3億7850万円を騙取していたものであり、およそ1億4000万円が未返済となっているものである。また、その融資の多くがP信用保証協会、Q信用保証協会等の信用保証付融資であった。

なお、上記3億7850万円というのは、中林が供述調書で事実を概括的に認めている融資詐欺の金額であり、それ以外に、公訴事実第2記載の被告人、中林、Bの3人の会食の直前に、中林が、美濃加茂市からの雨水浄化設備を受注したように偽って「Y」と称する会社経由でZ信用金庫から受けた3000万円が含まれておらず、同融資を含めれば、融資詐欺の総額は4億円を超え、未返済額も1億7000万円に上るものと考えられる。

しかも、上記の融資詐欺には、美濃加茂市の小中学校への雨水浄化設備の設置に関して、真実は、中林が、同市小中学校への設置に向けて営業活動を行っているに過ぎないのに、既に、美濃加茂市において設置が決定され、工事が発注されているように偽って、X銀行今池支店から4000万円(平成25年6月21日に2300万円、8月16日に1700万円)の融資を受けた事件が含まれている。

2 当該嫌疑に係る捜査経緯の不自然さ等

中林は、平成26年2月6日に、1000万円の融資詐欺で逮捕された後、3月5日に、1100万円の融資詐欺で再逮捕されているが、逮捕当日及び翌日に短い調書が作成された後は、同月7日から14日までの8日間は、供述調書が全く作成されておらず、勾留満期の15日から勾留延長後の20日までの間に警察官調書、21日には検察官調書が作成されている。

そして、26日に起訴された後、28日に、3億7850万円の融資詐欺全体を概括的に認める供述調書が作成され、それが詐欺関係の供述調書の最後となっている。

一方、中林は、同月16日と17日に、中林が被告人に対する20万円の賄賂を渡したことを認める上申書を作成し、27日には、平成25年4月上旬に10万円、同月下旬に20万円の賄賂を被告人に渡した事実を具体的に述べる警察官調書が作成されている。

すなわち、中林が総額約4億円の融資詐欺について概括的に自白をしているにもかかわらず、その捜査は、そのうち僅か2100万円の被害額の融資詐欺だけで打ち切られ、そのような捜査の終結とほぼ同時期に中林が本件贈賄の自白を行ったものである。融資詐欺捜査の打ち切りが贈賄自白の重要な動機となったことが合理的に推認できる。

しかも、中林が市議会議員であった被告人に接近して美濃加茂市に雨水浄化設備の導入を働きかけていた事実と、既に設置が決まったかのような偽造書類を提出して融資を受けたこととの間には何らかの関連があるはずであり、贈賄に至る経緯の中で融資に関する話が出てくるのが当然であるにもかかわらず、一切そのような話が出てこないのは明らかに不自然であり、そこには、融資詐欺に関連する事実関係を本件の調書から排除しようとする取調官側の意図が窺われる。

3 中林の贈賄供述の決定的な欠陥

上記のような不合理な捜査経緯によって引き出された中林の贈賄自白は、その内容においても決定的な欠陥がある。

すなわち、上記3月27日の自白調書では、公訴事実第1のガスト美濃加茂店での会食は中林と被告人の二人だけで、Bは同席していなかった旨供述していたが、その後、4月下旬に至り、同店の伝票により、利用人数が2人ではなく3人であったことが判明し、中林の供述が客観的証拠と符合しないことが明らかになった。

しかも、中林は、当初から、「賄賂を渡すのはBには知られたくなかった」と述べていたのであり、賄賂を渡すための同会食に、わざわざBを同席させた理由に加え、Bに見られないように被告人に現金を渡した具体的状況の説明が必要となった。

その時点で、なぜか、中林の取調べは警察官から検察官の手に移り、5月1日に、詳細な検察官調書が作成されるのであるが、ここでは、3月27日の警察官調書での自白内容には触れられておらず、供述の変遷の理由も全く述べていない。

当初の自白では、同会食は、被告人に賄賂を渡すことが目的で、渡す資料は「意味のないもの」だったと述べていたのが、同席者のBに被告人に資料を渡すと説明したと述べたこととの関係で、被告人に渡す資料が「意味のあるもの」でなければならなくなった。その「意味のある資料」が何であるのかについての中林の供述はなく、それが特定されたのは、本件起訴の3日前の7月12日の検察官調書であった。

被告人に現金を渡すのをBに見られないようしたことについての中林の説明も、上記5月1日の検察官調書では、「Bさんが席を外したとき、私は、藤井さんに対し、準備してきた賄賂のお金を差し上げました。」としか記載されておらず、中林が本件で逮捕された後も、その点について具体的に述べる供述はなかった。

結局、7月12日付けの検察官調書で、その点について、「Bが自分と被告人の分の飲み物をドリンクバーに取りに行って席を外した際に、被告人に現金を渡した」と具体的に特定された。

同調書では、被告人に現金を渡した方法について、「被告人とテーブルをはさんで向かい合って座っていた中林が、現金10万円を入れた封筒をテーブルの上に出して、封筒から資料を挟んだクリアファイルを半分くらい引き出し、資料だけが見える表側を見せ、次に、封筒ごと裏返して、資料の後ろ側に挟んだ現金10万円を入れた銀行の封筒を見せたうえで、クリアファイルを封筒の中に戻し、被告人に小声で『これ少ないですけど、足しにしてください』と言いながら現金10万円を入れた封筒を差し出し、被告人が『すみません。助かります』と言って封筒を受け取った。」とされているが、中林、被告人らが着席していたテーブルとドリンクバーは僅か3メートル程度しか離れておらず、仮にBが席を立ったとしても、振り向けば中林と被告人とのやり取りが容易に見える位置だったのであり、Bがドリンクバーに立っている間に、上記のような方法で被告人に現金を渡すことは不可能である。

しかし、そのような現場の状況については、起訴までに実況見分すら行われておらず、公判前整理手続が開始された後に、弁護人の指摘を受けてようやく実況見分が行われ、上記のような現場の状況が初めて客観的に証拠化され、中林供述が現場の状況と整合しないことが明らかになったものである。

4 Bに対する警察・検察の取調経緯

前記のように、その供述内容が本件贈収賄の嫌疑自体に極めて重大な影響を与えるBに対して、警察は、平成26年6月24日午前7時に任意同行を求め愛知県警本部で取調べを開始した。それは、警察が被告人に任意同行を求めて本件の任意取調べを開始したのとほぼ同時刻であった。

取調べ警察官は、最初に、「会食の場で、中林が藤井に金を渡すところを見たか、その話を、中林か藤井から聞いたか」と質問し、Bが否定すると、「それじゃ、席を外していたので金を渡したことはわからなかった、ということで、取りあえずの調書をとっておく」と言ってあたかも、Bが中林と被告人との金のやり取りを見たかどうかが取調べの主目的であるかのように思わせて、「席を外していたので金を渡したことはわからなかった」旨の供述調書を作成し、Bに署名させた。

そして、その後の取調べは「席を外していたこと、又はその可能性」を明確に認めさせることに集中し、朝から夕方まで長時間にわたって、体調も考慮せず、恫喝的な取調べが行われ、Bは、最後には、持病で痙攣を起こし、意識を喪失するまで追い込まれたが、それでも「席を外していない」との供述を維持した。

一方、検察庁での最初の取調べは6月26日に行われ、「中林が藤井に金を渡したという供述をしていると聞きましたが、私はその場面を見た記憶がありません」という内容に加えて、「仮に、中林が藤井にお金を渡しているとするなら、私がトイレや電話などで席を外した際に渡しているのではないかと思います。」と記載した供述調書が作成され、Bに署名させた。この調書の記載は、「『中林がお金を渡していた』と仮定すれば理屈としてはそういうことになる」という意味であることは明らかだったが、この同調書の「私がトイレや電話などで席を外した際に」との記述は、その後、被告人の保釈請求に対する検察官意見等では「Bが検察官の取調べで席を外したことを認めたことを示す調書として用いられ、本件公判でも同趣旨で証拠請求された。

そして、Bが弁護士による抗議文を提出して警察の取調べを拒否し、取調べ検察官の了解を得てインターネット番組に出演し、「会食の場では席を外していない」旨世の中に明言するようになった後は、一転して、基本的にBの供述するとおりの内容の調書が作成されるようになった。

それ以降の検察官調書では、問答形式で、取調べ当初から一貫して述べている「席を外していない」旨の供述と、6月26日の検察官調書での「私がトイレや電話などで席を外した際に渡しているのではないかと思います。」との記載を対比し両者の違いを指摘することで、この点について被告人に有利な方向に供述を変更したように歪曲して、B供述の信用性を否定しようとしている。

第3 本件贈収賄が警察・検察に作り上げられた犯罪であること

弁護人は、上記の各事実を証拠によって立証することにより、本件贈収賄の嫌疑の根拠とされた中林供述が全く信用できないことだけではなく、本件各公訴事実が、警察、検察によって作り上げられた犯罪であることを明らかにする。

中林の贈賄自白は、約4億円にも上る悪質極まりない融資詐欺の捜査が、ごく一部だけの立件、起訴で終結するのとほぼ同時期に行われたものであり、警察・検察の明示的な約束があったか否かはともかく、中林の贈賄自白が、自らの犯罪の捜査・処理に関する有利な取扱いへの期待に動機づけられてして行われたものであることが強く疑われる。

そのような経過で行われた自白については、慎重な裏付け捜査によって信用性についての吟味を行うのが当然であるが、本件で行われたことは、中林に供述内容を変更させ、新たに明らかになった客観的事実との辻褄を合わせることであった。

しかも、中林の供述に基づいて被告人を逮捕するのであれば、中林の贈賄供述の信用性を判断する上で決定的に重要な、会食の場の同席者のBを事前に取調べて、Bの供述内容を確認し、中林供述と相反するのであれば、両者の供述信用性について徹底した裏付け捜査を行うことが不可欠であった。

ところが、Bに対して、警察が行ったのは、被告人の任意同行とほぼ同時に、被疑者のような扱いで任意取調べを開始し、捜査側の意図を隠したまま「席を外していたので金を渡したことはわからなかった」旨の供述調書に署名させることであった。

そして、その後、席を外した状況等について警察の意に沿う調書をとるため連日、長時間にわたって、恫喝的、虐待的な取調べが行われ、その取調べについて抗議を受け、Bの取調べは検察官の手に移った。

しかし、検察官も、B供述を正面から受け止めようとはせず、当初の取調べでB調書の言葉尻をとらえて、同人が一貫して述べている「席を外していない」との供述を、あたかも被告人に有利に変遷したものであるかのような内容の問答形式のB調書を作成することであった。

本件に関して、警察・検察が行ったのは、融資詐欺の勾留中に中林が行った贈賄自白を何とか維持し、被告人の逮捕、起訴に持ち込むための辻褄合せとして、証拠上の体裁を整えようとすることだけであり、そこには、中林供述が果たして真実なのかという点を慎重に判断しようとする姿勢も、中林の融資詐欺も含めて事案の真相を解明しようとする姿勢も全くなかったと言わざるを得ない。

まさに、本件は、警察・検察によって作り上げられた犯罪なのである。

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「弁護人による告発」と「司法取引」制度の導入 ~悪質融資詐欺の告発で虚偽の贈賄自白の背景に迫る~

藤井美濃加茂市長の事件、9月4日の第4回期日で公判前整理手続が終結し、第1回公判は9月17日午後4時から開かれることが決まった。

我々弁護団は、その第4回期日の直前、市議時代の藤井市長に30万円の賄賂を供与したと供述している人物(以下、「贈賄供述者」と言う。)を、有印公文書偽造・同行使、詐欺の事実で名古屋地方検察庁に告発した。

「弁護人による告発」というのには違和感をもたれる方もいるかもれない。一般的には、被疑者、被告人の権利を擁護に、不当な処罰を免れさせる役割を担うのが弁護人であり、処罰を求める「告発」という言葉は似つかわしくない。

しかし、今回の藤井市長の事件では、弁護の対象である被告人の藤井市長と対立する供述を行う贈賄供述者の告発を行うことは、弁護活動にとって極めて重要な意味を持つものである。

藤井市長は、贈賄供述者から現金を受け取ったことは全くないと、収賄の事実を全面否認し、一貫して潔白を訴えている。我々弁護人の役割は、藤井市長が現金を受け取っておらず無実であることを明らかにすることであり、そのために、現金を渡したとの贈賄供述者の供述が信用できないことを立証していくことが必要となる。

贈賄供述に関しては、供述が不合理な変遷を重ねていること、供述内容と現場の状況とが一致しないこと、同席者の供述とも符合しないことなど信用性に重大な問題がある。

しかし、その問題は、単に「信用できない」ということだけではない。我々弁護人にとっては、贈賄供述者の虚偽自白の動機、なぜ藤井市長に現金を渡したなどというウソの贈賄自白をしたのかという点を解明することが最大の課題だと考えている。それは、藤井市長の潔白を信じるすべての人々が望んでいることである。

「ヤミ司法取引」の疑い

虚偽の贈賄自白の動機について、当初から注目していたのが、当初の逮捕事実の金融機関からの融資詐欺の立件・起訴に関して、警察・検察と贈賄供述者との間で、「ヤミ司法取引」が行われた疑いであった。

逮捕時の報道によれば、金融機関から受けた融資は4億円を超えるとのことであったが、実際に立件・起訴されているのはごく僅かに過ぎない。他の融資詐欺を不問にすることの見返りに、藤井市長に対する贈賄供述が引き出されたのではないかという疑いがあった。

その点を、弁護人側から、公判前整理手続で「予定主張」として提示し、主張関連証拠として、詐欺罪で逮捕された後の贈賄供述者の供述調書等すべての開示を請求したところ、検察官から証拠開示された。

開示された供述調書によると、贈賄供述者の融資詐欺は、関係機関の代表者印等を偽造、受注証明書、契約書等を偽造して、地方自治体、医療機関等から受注したように偽って銀行、信用金庫など10の金融機関から融資金を騙し取るという、この種の融資詐欺の中でも最も悪質なものであることがわかった。通常であれば、警察、検察等の捜査機関は、融資を行っていた金融機関すべてから被害届の提出を受けて、騙取した融資金の行方等を追及する等徹底した捜査を行うのが当然である。ところが、2月6日の最初の逮捕事実及び3月5日の再逮捕事実に係る2件の合計2100万円の融資詐欺及び有印公文書偽造・同行使の事実しか立件、起訴されていないことがわかった。

約4億円の融資には、騙し取った融資金の返済のために新たに融資詐欺を行った「借り換え分」も含まれているが、それだけ悪質な融資詐欺であれば、借り換え分も含めてすべて立件するのが通常の捜査・処理のはずだ。

それなのに、僅か2件の融資詐欺だけしか立件・起訴されず、その融資詐欺の捜査が終了する直前に、「藤井市長に対して賄賂を供与した」という内容の贈賄自白の上申書が作成されているのである。

そして、驚いたことに、立件・起訴されていない融資詐欺の中には、真実は、美濃加茂市小中学校への設置に向けて営業活動を行っているに過ぎないのに、既に、同市において設置が決定され、工事が発注されているように偽って、銀行から合計4000万円の融資を受けた事実が含まれていた。

藤井市長の事件で、贈賄供述者からの請託と内容とされたのが、美濃加茂市の小中学校への雨水浄化設備の設置の働きかけだったことからすると、この融資詐欺の事実は、贈収賄の犯罪が本当に行われたのだとすれば、動機にも密接に関連するもので、収賄事件の捜査の過程で捜査の対象にすることが不可欠のはずなのに、捜査された形跡が全くない。しかも、同融資申込みにおいては、美濃加茂市教育委員会委員長の公印が偽造され、同委員会名義の発注書が提出されており、市長が収賄で起訴されている美濃加茂市は、その有印公文書作成・同行使の事件についていえば被害者の立場にあることになる。

それに加えて、その4000万円の融資には、信用保証協会の保証付き融資が含まれており、融資詐欺にかかる被害は公的機関にまで及んでいる。公益的な観点からも積極的に捜査の対象にするのは当然だ。

このように贈賄供述者の融資詐欺に対して、通常の刑事事件ではあり得ない捜査・処理が行われた理由は何なのか。それは、贈賄自白を引き出したことと関係があるのではないか。それによって藤井市長に現金30万円を渡したなどという虚偽の贈賄自白が引き出されたのではないか。

悪質融資詐欺が立件・起訴されない理由は何か

公判前整理手続で、検察官に、多くの融資詐欺が立件・起訴されていない理由の説明を求めた。それに対して、検察官からは、2件以外については被害届が提出されていないことを示す書面が証拠開示されただけだった。つまり、上記一連の融資詐欺について既に起訴されている2件以外について立件・起訴が行われていない理由は「被害者の金融機関の被害申告が行われていないこと」だけしかない、それ以外の説明は全くできないということなのである。

では、そのような悪質な融資詐欺に遭いながら、金融機関側が被害申告をしないのはなぜなのか。贈賄供述者が行ったような、偽造の印鑑を使って公文書や契約書まで偽造して融資金を騙し取るというような詐欺は、金融機関にとって絶対に許せない犯罪のはずだ。そのような犯罪が横行し、金融機関が「食い物」にされたら、預金者への責任など果たせなくなってしまう。それなのに、なぜ、金融機関から、贈賄供述者の犯罪のごく一部しか被害届が出ていないのか。合理的な理由もないのに被害届が出されないとすれば、それは、「金融機関としてのコンプライアンス問題」ではないか。

私は、藤井市長の主任弁護人として、美濃加茂市から浄水設備を受注したように偽って4000万円の融資金を騙し取った上記の事件について、被害者である金融機関のコンプライアンス統括部の責任者に対して、被害申告が行われていない理由を尋ねる質問状を送った。

その金融機関のコンプライアンス統括部の責任者は、金融機関のコンプライアンス についての著書も出している人物だった。何らかの理由の説明が行われるのではないかと期待したが、送られてきた回答書は、「個別の融資案件についてはお答えできない」という木で鼻をくくるような回答だった。

悪質融資詐欺の「弁護人による告発」

このような経過で、我々藤井市長の弁護団は、上記の4000万円の融資詐欺を検察庁に告発をすることにしたのである。

この「弁護人としての告発」は、弁護人が担当している藤井市長の収賄事件において、被告発事実の融資詐欺の事件が適切に捜査・処理され、贈賄供述がいかなる経過でいかなる動機で行われたのかについて明らかにすることが、真相を明らかにするために不可欠であるにもかかわらず、被害者の金融機関から被害届が出されていないことだけを理由に捜査の対象にすらされず、当該金融機関も被害届を出さないことについて何の説明もしないことから、適切な捜査・処理を求める法的手段として行ったものだ。

公判前整理手続後の記者会見で、この告発について言及したところ、「開示証拠の目的外使用ではないか」と質問した記者がいたが、ここでの「目的」を理解していない。我々弁護人は、藤井市長被告事件の開示証拠に基づき、同事件の真相解明のために不可欠と考え、刑事事件の捜査・処理に関する手続として刑訴法に基づく告発を行ったのであり、目的に沿った開示証拠の活用そのものである。

法制審特別部会提言による「司法取引」制度化との関係

このような場合の「弁護人による告発」は、平成26年7月9日の法制審議会特別部会の提言により、関連法案の国会への提出が予定されている「捜査・公判協力型協議・合意制度」の導入とも密接に関係する。

この制度が導入されると、検察官と被疑者・被告人との間で,一定の財政経済関係犯罪等について、「被疑者・被告人が他人の犯罪事実を明らかにするため真実の供述その他の行為をする旨及びその行為が行われる場合には検察官が被疑事件・被告事件について不起訴処分,特定の求刑その他の行為をする旨を合意」を行うことができる。そして、「被告事件についての合意があるとき又は合意に基づいて得られた証拠が他人の刑事事件の証拠となるときは,検察官は,合意に関する書面の取調べを請求しなければならない」とされており、この「合意に関する書面」とともに、合意に基づいて得られた証拠を他人の刑事事件で証拠請求することができる。

つまり、検察官と被疑者・被告人との間で、他人の犯罪事実を明らかにするための真実の供述を行わせるために、当該被疑者・被告人の不起訴処分や求刑を軽くしたりする「司法取引」を導入する法改正が行われようとしているのである。

今回の事件で、贈賄供述者やその弁護人と警察、検察との間で、融資詐欺の立件・起訴の範囲を限定することの見返りに藤井市長の贈賄自白が引き出されたとすれば、導入されようとしている「司法取引」そのものだとも言える。

現行制度における「事実上の司法取引」の存在

我が国では、検察官が公訴権を独占し、訴追裁量権を持っているので、犯罪事実が認められる場合でも、事件を立件しないで済ますことや不起訴処分(起訴猶予)にすることが可能である。

そのような訴追裁量権を背景にした「事実上の司法取引」というのは、これまでも行われてきた。特に、特捜部等が行う検察独自捜査や、検察主導の捜査においては、検察官と被疑者や弁護人との間で、検察官が捜査・処理に関して被疑者に有利な裁量を働かせることで、被疑者から、他人の刑事事件についての供述を引き出す方法は、相当程度使われてきた。そのような「事実上の司法取引」において、被疑者・被告人の立場で顕著な働きをするのが、「ヤメ検」と言われる検察OBの弁護士である。

しかし、実際に、「事実上の司法取引」が行われたことが明らかになることはほとんどなかった。そのような「取引」によって引き出された供述によって不利益を受ける「他人」の刑事事件の公判でそれが問題にされても、「取引」の当事者がその事実を否定するので、その立証は困難だった。

もっとも、このような「事実上の司法取引」は、透明な手続で「司法取引」を行う制度がなかったために、すべて不透明な方法で行われ、その存在が公式に明らかになることはなかったということであり、それが内容的に不当なものだったかどうかとは別の問題である。社会的にも極めて重要な事件を明らかにする供述を引き出すために、他の手段によっては得られない供述を引き出したという「事実上の司法取引」が行われるケースもあったであろう。

「捜査・公判協力型協議・合意制度」による「司法取引」の透明化

今回の提言を受けて導入されようとしている「捜査・公判協力型協議・合意制度」というのは、従来行われてきた「事実上の司法取引」を、合意書の作成・証拠取調べ請求という形で透明化するものであり、逆に言えば、透明な手続による司法取引が導入されることにより、透明化できない不公正な「事実上の司法取引」が行われないようにすることも、実質的な制度目的と言えるであろう。

かかる意味では、本件のように、約4億円の悪質極まりない態様の融資詐欺を不問に付すことで、30万円の市議時代の現職市長への贈賄自白が引き出され、しかも、その自白の信用性に重大な問題があるという事例は、導入されようとしている「捜査・公判協力型協議・合意制度」が想定している「司法取引」とは全く似て非なるものであり、まさにこのような「取引」が行われないように制度設計していくことが、同制度を適正かつ公正な制度にしていくために不可欠だと言える。

証拠開示・検審「強制起訴」による不当な「事実上の司法取引」の防止

今回、このように容認される余地のない「司法取引」が、「弁護人による告発」によって問題にされることになったのは、2004年の刑事訴訟法改正によって導入された公判前整理手続によって、「主張関連証拠」として弁護人の主張に関連する証拠の開示請求がすることが可能になったからである。

その結果、開示された証拠によって弁護人が「不当に立件・起訴されなかった疑いがある事件」を把握し、それに対し「弁護人による告発」が行われたのであるが、もし、その告発事件に対して検察官が適切な捜査・処理を行なわず、不起訴処分にした場合には、2009年の検察審査会法改正で導入された検察審査会の起訴議決(いわゆる「強制起訴」)の制度が機能することになる。当然、不起訴処分に対しては、検察審査会への審査申立が行われることになり、市民から選ばれた審査員によって、不起訴処分の社会的相性が審査されることになる。審査の結果、起訴すべきとの議決が2回行われ、強制起訴ということになれば、最終的には、「事実上の司法取引」によって不問に付されようとしていた事件の処罰についての判断を、裁判所が下すことになる。

つまり、近年、裁判員制度の導入に先立って公判前整理手続が導入されて証拠開示制度が拡充されたことと、同じく、裁判員制度の導入と同時に検察審査会による起訴議決制度が導入されたことという、二つの制度改正によって、今回の事件のような「弁護人の告発」が、不当な「事実上の司法取引」に対する防波堤的な役割を果たすことが可能になったと言えるのである。

「透明な司法取引」に対する司法判断と「事実上の司法取引」に対する弁護人の告発

近く関連法案が国会に提出され、「捜査・公判協力型協議・合意制度」が導入されれば、合意文書の作成・証拠請求という形で透明化された「司法取引」について、裁判所による判断が重ねられていくことになるであろう。そこで問われるのは、①「司法取引」によって一定の犯罪を不問に付し、それによって「他人の犯罪事実を明らかにするための供述」が得られ、その「他人の犯罪事実」の処罰を行おうとすることの社会的相当性、②「他人の犯罪事実を明らかにするための供述」が真実なのか否かの2点である。

同制度導入前の今回の藤井美濃加茂市長の事件では、弁護人側から、「事実上の司法取引」が行われた疑いを主張し、大きな争点となっている。そこで問われている「約4億円の悪質融資詐欺を不問に付すことで、贈賄供述者から現職市長の市議時代の30万円の収賄についての供述を得ようとしたことの社会的相当性」は上記①に相当し、それによって得られた贈賄供述者の供述の信用性に重大な問題があり「真実かどうかが疑わしい」というのが上記②に相当する。

関連法案が成立し、「捜査・公判協力型協議・合意制度」が導入された後に、もし、検察官と贈賄供述者及びその弁護人の「合意」が行われ、贈賄供述者の贈賄供述が引き出されたのであれば、「合意書」と贈賄供述の取調べ請求を受けた裁判所が、上記①、②について判断を行うことになるであろう。

しかし、本件で疑われている「司法取引」は、①、②のいずれの点からも、透明化された手続によっては凡そ許容しがたいものでる。もし、検察官と贈賄供述者弁護人との間で、そのような取引を行おうとするのであれば、現在はもちろん、上記制度導入後であっても、「事実上の司法取引」の手法によることになるであろう。上記制度導入後においても、その制度に基づく「透明化された司法取引」としては認められようがないものが、従来通り、検察官と弁護人との間で「事実上の司法取引」として行われる可能性も全くないとはいえないのである。

その場合、その「事実上の司法取引」をあぶり出す手段となるのが、今回、我々藤井市長の弁護人がとったのと同様の、公判前整理手続における「『事実上の司法取引』の疑いについての予定主張」「主張関連証拠としての開示請求」、そして、「弁護人による告発」というスキームなのである。

告発事件に対する捜査・処理で検察の真価が問われる

日本の刑事司法に「司法取引」としての「捜査・公判協力型協議・合意制度」を導入する法案が、近く国会に提出されようとしている今、全国最年少市長の収賄事件として注目を集めた藤井市長事件の公判が開始され、上記②の贈賄供述の信用性を最大の争点とする審理が始まる。

同事件に関連して行われた贈賄供述者による悪質融資詐欺に対する「弁護人による告発」に対して、検察当局がどのような捜査・処理を行うのか、それが不起訴とされた場合に、検察審査会でどのような判断が行われるのかは、「捜査・公判協力型協議・合意制度」の制度の内容を固めていく上でも、その運用を検討していく上でも、重要なテストケースとなる。

我々弁護人は、贈賄供述者の告発状を、最高検、名古屋高検、法務省刑事局にも「名古屋地検に対する適切な指揮監督」を求めて参考送付した。

そこで、今回の告発に対して検察が組織としてどのような判断を行うのか、それによって、新たな刑事司法の時代に対する検察の真価が問われることとなろう。

 

 

 

 

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藤井美濃加茂市長ようやく保釈、完全無罪に向け怒涛の反撃

8月23日午後10時過ぎ、藤井美濃加茂市長の保釈請求の却下決定に対する準抗告が認められ、保釈許可決定が出た旨の連絡が入った。藤井市長の身柄拘束に対する弁護団の請求・申立てに対して、初めて裁判所の良識が示されたことがわかった瞬間だった。

6月24日の逮捕以来、①勾留に対する準抗告、②勾留延長に対する準抗告、③勾留取消請求、④その決定に対する準抗告、⑤同棄却決定に対する最高裁の特別抗告、⑥第1次保釈請求、⑦第2次保釈請求、⑧その却下決定に対する準抗告、⑨第3次保釈請求、⑩第4次保釈請求と10回にわたる弁護人の身柄釈放を求めるアクションは、ことごとく却下・棄却されてきた。

その中でも、弁護人にとって、特に許し難かったのは、今回の第4次保釈請求を却下した裁判官の決定であった。

刑事訴訟法により、勾留、保釈等の身柄の措置に関する決定は、一人の裁判官が行うが、それに対する不服申立てとしての準抗告が行われると、3人の裁判官による合議体での決定が行われる。

前回の第3次保釈請求では、8月12日の第1回公判前整理手続期日で、検察官請求証拠のうち、贈賄供述をしている中林の供述調書以外の検察官請求証拠をすべて同意することを書面で明らかにし、検察官立証に関する「罪証隠滅のおそれ」がなくなったということを記載した。それに対して、検察官は、「弁護側請求証人に関して、被告人からの口裏合わせ、証人への働きかけの可能性がある」などという、弁護側の立証活動を否定するかのような信じがたい理由を持ち出して保釈に強く反対した。そして決定を下す新米裁判官は、その検察官の意見を受け入れて保釈請求を却下した。

弁護活動すなわち罪証隠滅行為だと言っているに等しい、検察官の無茶苦茶な理屈を受け入れたこの却下決定を、準抗告、特別抗告で覆すことも考えた。しかし、第2回公判前整理手続期日が迫っていたので、検察官の理屈を前提にしても「罪証隠滅のおそれ」がないことを明らかにすることで保釈を得ることとし、弁護人立証に関して、新たにすべて供述録取書、陳述書を作成して、主張を具体化したうえ、検討中だった証人申請の一部については行わないことを明示したのである。

その上で行った第4次保釈請求だっただけに、さすがに保釈許可されることはほぼ間違いないだろうと考えていたが、裁判官と弁護人との面接で裁判官が示した態度、発した言葉は、これまた、信じ難いものであった。

同裁判官は、弁護人との面接において、「市役所職員に対する影響力の行使の点につき、弁護人の主張が具体化されていないことを検察官が懸念している」「請託の有無に対する弁護人の主張が具体化されていないことを検察官が懸念している」「主張を具体化したら、検察官も相当意見(保釈に反対しない意見)を書くのではないか」などと述べたのである。

裁判官は、弁護人の請求に対して、検察の意見を聞いたうえで、裁判官の立場で中立に判断するものである。それを、検察の意見に乗るのが当たり前とでもいうような態度・発言であったことに驚くとともに失望させられた。

弁護人は、主張が十分に具体化されていることや、具体的な罪証隠滅の態様が想定できないことなどを説明したのに対して、裁判官は「検討する」と言いながらも、保釈却下決定が出たのは、その面接の僅か20分後であった。最初から検察官の意見に追従することしか頭になく、裁判官としての独自の判断を示す意思がなかったとしか考えられない。

弁護人から、ただちに「怒りの準抗告」を行ったが、その中で、上記のような裁判官面接でのやり取りにも触れた。

このような裁判官の態度を見ると、否認事件の身柄拘束についての裁判官の判断が、全く裁判官としての独自性のないもので、単に検察官の判断を追認するだけになってしまっていて、それは、裁判所の構造的な問題であるようにも思える。

裁判官が検察官の意見に追従するというのも、検察官が、捜査を行った上で処分を決める判断者でもある起訴前の段階なら、まだ理解できないわけではない。しかし、起訴後は、検察官は、既に公訴を提起し、その事件の公判で立証を行う当事者である。否認事件であれば、有罪か無罪をめぐって、弁護人と対等な立場で主張・立証を行う立場になっているのである。この場合、検察官と対立する当事者の被告人の身柄拘束に対して判断を行う裁判官にとって、当事者としての検察官の意見は、単なる判断の参考に過ぎないはずである。

「検察官が懸念している」「~すれば検察官も相当意見を書くのではないか」などという言葉を口にする今回の裁判官は、もはや「判断者」ではなく「検察官の判断に対する取次窓口」であることを自認しているようなものだ。

刑事裁判官の判断のうち、証拠による事実認定や法律判断という判決を下すことについては、裁判官としての経験が重視される。その一方で、逮捕状の発布、勾留、保釈の決定などには、裁判官としての経験年数は必要とされず、任官間もない未熟な裁判官も一人前の裁判官として判断を行う現状は、事実認定、法律適用などの「実体判断」を重視し、逮捕、勾留などの身柄拘束に関する「手続判断」を軽視する姿勢によるものだということを、ブログ【現職市長に「逃亡のおそれあり」として勾留決定をした任官後半年の新米裁判官】で書いた。

その点、今回の第4次保釈請求を却下した裁判官は、任官13年目のベテランであり、裁判官としての経験も相当程度に豊富なはずだ。しかし、その裁判官の態度と判断は、上記のとおりであり、新米裁判官であることの未熟さより、一層始末が悪いのである。

著書【司法権力の内幕】で、裁判所の検察官に依存する無責任システムを厳しく批判した、元裁判官の森炎氏と対談本を出版すべく、現在、対談を重ねている。その対談の中で、森氏が「裁判官が検察官の言いなりになっている」などと言われていることに関して、「そこは、言いなりになるというより、むしろ、積極的に検察にもたれかかりたいという精神性なのです。いや、『もたれかかる』ではなくて、『もたれ込み』と言った方がよいかもしれません。」と述べている。

まさに、今回の保釈請求にあたっての裁判官の発言は「検察へのもたれ込み」そのものであり、経験を経るごとにその姿勢が強くなっていくことを示しているように思える。それは、「経験不足」よりもっと始末の悪い、日本の刑事裁判官の悪しき精神性そのものの問題なのかもしれない。

基本的に、殺人や傷害、強盗や窃盗など検察の組織としての判断の健全性が期待できる一般の刑事事件であれば、身柄拘束に関する裁判所の判断の重要性も、それ程大きくはない。

しかし、【「責任先送りのための起訴」という暴挙】でも述べたように、本件に関しては、検察の権限行使の正当性自体に重大な疑問があり、検察組織のガバナンスにも問題がある。このような事件について、裁判所が果たすべき役割が極めて大きいことは言うまでもない。

今回の藤井市長の身柄の措置に関して、11回目にして初めて、裁判所の良識が示されたのであるが、ここに至るまでの、弁護人としての対応にかけた労力は膨大であった。

度重なる請求がことごとく却下・棄却されていることに、マスコミの側から「あまりに何回も保釈が通らないと、それ自体が『悪いことをやっている』というイメージで見られますよ。」と、有難い助言をしてくれる記者や「それにしても保釈が出ませんね。」などと皮肉交じりに言う記者もいた。

こうした中で、検察に人質とされている藤井市長を奪還するためには、主任弁護人の私を中心とする6人の弁護団の強い意志と結束が不可欠だった。

保釈許可によって、藤井市長の身柄を奪還し、美濃加茂市民の下にお返しできるのは、重要な一里塚である、しかし、戦いはこれからが本番である。

藤井市長を人質に籠城していた検察は、その人質を失うこととなる。その検察を一気に落城に追い込むべく、第1回公判に向けて、我々弁護団は、怒涛の攻撃を続ける。めざすのは、もちろん「完全無罪」である。

 

 

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藤井市長を人質に籠城する検察

藤井美濃加茂市長の収賄事件で、昨日(8月15日)、3回目の保釈請求が却下された。公判前整理手続で、中林の贈賄供述以外、すべての検察官請求書証に同意しており、もはや「罪証隠滅のおそれ」はないはず。しかも、一昨日夕刻の、裁判官と面接した弁護士の話では、裁判官も好印象で、保釈金の話まで出たということだったので、今回の保釈は間違いないだろうと思っていた。予定の時間をかなり過ぎた時刻に出たのは、全く予想外の却下だった。

その後、今回の保釈請求について裁判官からの保釈求意見に対する検察官の意見書を閲覧し、検察が保釈に対して必死の抵抗をしていることがわかった。

これまで検察は、検察官側の立証に対する「罪証隠滅のおそれ」を主張していたが、それがなくなったことから、弁護側が予定している主張立証に関して「被告人と関係者が口裏合わせをする」などと主張しているのだ。

公判前整理手続に付された事件では、その手続の間に、主張立証を明示しておかないと、公判開始後には追加することはできない。そのため、第1回の公判前整理手続において、弁護側が主張立証しようとしている事項を、可能な限り明らかにした。その主張立証が「罪証隠滅」だなどと言いだしたら、公判前に主張立証を尽くさせ、公判で迅速な審理を行おうとする公判前整理手続という制度自体が成り立たなくなる。

検察は、なぜ、そんな無茶苦茶な主張までして藤井市長の保釈に反対するのか。

それは、検察が土俵際まで追い込まれているからだろう。

開示された証拠を見る限り、検察官請求証拠はあまりに希薄だ。中林の供述調書は、全く説明のつかない変遷だらけで、警察、検察の辻褄合わせの誘導が歴然としている。

しかも、中林が述べている「同席者がドリンクバーに席を立った間の現金授受」は、座ったテーブルとドリンクバーとが極めて近接している現場のファミリーレストランの状況からは、到底不可能だ。(このような全く信用性のない検察官調書の詳細な内容を、どういう経緯で入手したのかわからないが、現場の状況との不一致を無視して、詳細に掲載した新聞がある【8月13日付け朝日朝刊】。その見識を疑わざるを得ない。)

市長が保釈されたら、当然、記者会見を行うことになる。愛知県警の取調官の「こんなハナタレ小僧を選んだ美濃加茂市民の気がしれない」「美濃加茂を焼け野原にしてやる」などの美濃加茂市民を侮辱する暴言が、市長自身の口から明らかにされるかもしれない。そして、私が初回の接見で市長の潔白を確信したように、会見での市長の姿勢、表情、態度から、多くの人が潔白の印象を強めることになる。検察が最も恐れていることは、市長が保釈によって人前に出ることになり、世論が動かされることだろう。

検察がやっていることは、「藤井市長を人質に籠城している」に等しい。人質解放は、そのまま落城につながると考えているからだろう。

かくなる上は、検察官の主張立証が崩壊していることを、公判前整理手続の中で具体的に明らかにしていくしかない。

次回期日(8月19日)に向けて、主任弁護人の私を中心とする弁護団は、検察官立証を壊滅させ、藤井市長を奪還すべく、総攻撃を敢行する。

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美濃加茂市を脅す愛知県警、「崖っぷち」の名古屋地検

藤井浩人美濃加茂市長が、業者から30万円の賄賂を受け取ったとして逮捕・勾留され、起訴された事件について、前回ブログ【森厚夫美濃加茂市議会議長の「真意」を聞きたい】でも述べたように、7月29日に藤井市長の保釈請求を行ったが、この保釈請求に関連して、重大な問題が発生した。

弁護人が弁護活動の中で収集し、保釈請求の資料として裁判所に提出した証拠が、名古屋地方検察庁から愛知県警に提供され、同県警が、証拠の収集先である美濃加茂市に圧力をかけ、不当に干渉してきたのである。

本日、弁護人から、名古屋地方検察庁検事正及び愛知県警本部長に宛てて、抗議及び調査要請を行う文書を送付した。

名古屋地方検察庁 検事正 長谷川充弘殿

愛知県警本部   本部長 木岡保雅殿

                  藤井浩人主任弁護人 弁護士 郷原信郎

                           弁護人 弁護士 神谷明文

藤井浩人美濃加茂市長に係る受託収賄等被告事件に関する

愛知県警捜査二課警察官の言動について(抗議及び調査要請)

 標記事件に関して、愛知県警捜査二課所属の警察官によって、極めて不適切な行為があったと認められ、同事件の今後の公判に向けた弁護活動にも不当な影響が生じるおそれがあるので、事実関係について調査した上、厳正な対応をとることを要請する。 

1 不適切な行為

 上記被告事件について、当職ら弁護人は、美濃加茂市から、同市防災安全課長作成にかかる報告書(以下、「報告書」)の提供を受け、平成26年7月29日に行った保釈請求の資料として裁判所に提出したものであるが、愛知県警捜査二課所属の警察官水野(標記事件の捜査主任官だと思われる)は、平成26年7月30日午後、岐阜県美濃加茂市海老副市長に架電し、上記課長作成の報告書を入手した旨告げた上、同報告書を弁護人に提出した理由を尋ね、「大ごとにはしないから」などと3回述べるなど、あたかも、警察側の意向によっては、同報告書の提供を「大ごと」にすることも可能であるかのように示唆するなど脅迫的な言辞を繰り返した。 

2 上記行為は弁護人の活動に対する不当な介入である

 美濃加茂市は、市長の被告人藤井の表記被告事件に関して、警察、検察から協力を求められ、公務に関連する市長の刑事事件であることから、捜査による事案の真相解明に協力することが同市民の利益にもなるものと考え、市役所職員に公務として事情聴取に応じさせた。その市長が起訴され、検察官と弁護人が対立する当事者として刑事訴訟による真相解明が行われようとしているのであるから、弁護人の側から、市役所職員の供述内容を確認したいとの申し入れがあったのに対して、検察、警察への協力と同様に、協力に応じる必要があると判断し、上記課長に警察、検察の事情聴取での供述内容についての報告書を作成させ、弁護人に提供したものである。

報告書は、被告人藤井の刑事事件の弁護人としての活動に対する協力として、当職らに提供されたものであり、そのような協力を行った同市の責任者に対して、愛知県警の同事件の捜査担当者が「大ごとにしない」などという脅迫的な言辞を発するのは、弁護活動に対する不当な干渉であり、決して許されない。

そもそも、上記報告書は、被告人の供述内容が上記課長の警察、検察での供述内容と異なるところがなく、その点は争点にならないことを保釈請求の疎明資料とするため、弁護人において被告人の供述録取書を作成する際に、被告人に提示する資料として作成したものであり、当初の保釈請求書には添付していなかったが、保釈請求書提出後、検察官から、同報告書を資料として追加するよう要請があったことから、それに応じて裁判所に追加提出したものである。

弁護人が、保釈請求のための資料として作成して裁判所に提出した(しかも、追加提出は検察官の要請によるもの)弁護側の資料が、弁護人側に何の了解もなく、警察の手に渡ること自体があり得ないことであり、ましてや、報告書を入手した警察の捜査官が、弁護人に協力した市の責任者に、同報告書を提供したことを責めるかのような脅迫的な言辞を述べるなどということは到底許容できない行為である。

上記のような行為が行われたことは極めて遺憾であり、弁護人として厳重に抗議する。

3 要請事項

  上記の事実に関して、以下の点について至急調査し、8月4日までに当職宛、御回答頂きたい。

  • 上記報告書は、いかなる経緯、いかなる目的で検察官から愛知県警に提供されたのか。
  • 愛知県警捜査二課の水野と称する警察官は、いかなる目的で美濃加茂市の副市長に電話をかけたのか。そこで「大ごとにしない」と言ったのは、いかなる趣旨か。
  • 検察又は警察として、報告書を弁護人に提供した美濃加茂市の行為について、何か問題があると考えているのか。

上記事項を調査した上、二度と、このような弁護活動に対する不当な干渉行為が行われないよう、適切な措置をとることを要請する。

 

今回の問題は、日本の刑事司法において冤罪を生む温床になっていると言われる「人質司法」の構造に深く関わる問題だ。

刑事手続においては、逮捕・勾留という形で被疑者、被告人の身柄を拘束することが認められている。その主な理由が二つある。

一つは、「逃亡のおそれ」である。いくら刑事訴訟が適正に行われ、真相が明らかになって、犯人に対して相応の刑が言い渡されても、その時に犯人が逃亡してしまっていたのでは、刑の執行ができない。被告人が逃亡しないようにすることは、刑事司法として当然の要請だ。この「逃亡のおそれ」は、死刑判決が予想される場合がまさにそうであるように、重罪であればあるほど大きい。一方で、「逃亡」は、被疑者、被告人が、その生活や仕事の場を全て失うことになるので、社会的地位、職業が安定している人間の場合は小さい。

もう一つは、「罪証隠滅のおそれ」である。罪を犯した者が、その罪状について有罪判決を受けて処罰されることを何とかして免れたいと思うのは、人の世の常である。自分の身の回りに証拠物があれば、それを破棄したり隠したりする、犯罪を明らかにする証言をすることが予想される人物がいれば、その人に働きかけて、そういう証言をしないようにしてもらおう、というのは、罪を犯した者が常に考えることである。そういう「罪証隠滅行為」が行われないようにする最も有効な方法は、刑事司法機関の管理下で、被疑者、被告人の身柄を拘束しておくことである。

 

一般の人は、「罪を犯したから、逮捕されている、勾留されている」と単純に思い込みがちだが、実は、「罪を犯した疑い」に加えて、「逃亡のおそれ」か「罪証隠滅のおそれ」のいずれかがあることが逮捕、勾留の要件であり、この二つがない場合には、いくら罪を犯したことが明白でも、身柄を拘束されることはないのである。

それに加え、被疑者、被告人の身柄拘束は、被疑者自身や家族の生活上、職業上の不利益等の個人的な影響のみならず、被疑者の社会生活に関わりを持つ多くの人や組織にも影響を及ぼす。そこで、犯罪の嫌疑及び身柄拘束の理由がある場合であっても、それによって得られる利益と生ずる不利益とを比較して、後者の方が余りに大きい場合には、身柄拘束を行わないという判断がなされる(刑訴法90条の「職権保釈」)。

逮捕状の発布、勾留決定、起訴後の保釈の可否などの、被疑者・被告人の身柄拘束に関する判断は裁判官が行う。保釈請求に対する判断をおこなうことになった裁判官は、保釈の可否を判断するため、まずその事件の担当検察官に「意見」を求める。あくまで「意見」であるから、それを参考にして、裁判官は独自に判断するはずなのだが、この判断は、ほとんどの場合、検察官の「言いなり」である。特に、被疑者・被告人が犯罪事実を否認している場合には、保釈請求を受けた裁判官が、「罪証隠滅のおそれ」を強調して保釈に強く反対する検察官の意見にしたがって保釈請求を却下することが多いために、否認事件の場合、被告人の身柄拘束が長期化するというのが「人質司法」と言われる日本の刑事司法の実態である。

その要因が二つある。一つは、刑事事件の証拠は検察官が独占していて、捜査段階は弁護人には全く開示されないし、起訴後も、公判に必要な範囲で弁護人に開示されるだけで、開示前には弁護人は証拠を見ることができない。起訴後、ただちに保釈請求を行っても、証拠を独占している検察官が「罪証隠滅のおそれ」があると意見を述べれば、弁護人側には、それを否定する材料がない。

もう一つは、裁判官の経験不足による判断能力の限界である。保釈請求を受けた裁判官は、「逃亡のおそれ」「罪証隠滅のおそれ」があるか否か、それがないとは言えない場合でも、そのおそれがどの程度あるのか、それと比較して、身柄拘束を継続することで被告人個人や家族、社会に生じる不利益がどれだけ大きいのか、という事情を総合的に勘案して、保釈(特に「職権保釈」)の可否を判断することになるが、それは、証拠による事実認定や法律判断だけではなく、人間の行動予測や社会的価値判断が求められる。ところが、勾留決定や保釈請求の可否について判断を行う裁判官の多くは、任官して間がない経験が乏しい裁判官だ【現職市長に「逃亡のおそれあり」として勾留決定をした任官後半年の新米裁判官

こうして、勾留や保釈可否に関する裁判官の判断は、圧倒的に検察官にもたれかかり、起訴事実を否認する被告人は、長期にわたって身柄拘束されることになる。

贈収賄事件で、収賄側が、賄賂の授受を全面否認している、という事件では、立証事項や争点が多岐にわたり、様々な「罪証隠滅のおそれ」のおそれがあるので、保釈は認められず、被告人が長期間にわたって身柄拘束される、というのは、これまでの通例であった。

しかし、藤井美濃加茂市長の「受託収賄等事件」は、そのような一般的な贈収賄の否認事件とは全く異なる。

賄賂の授受と請託の現場とされる会食には同席者がいて、授受も請託も否定している。賂額が30万円と少額なため、現金の入出金を裏付ける決め手となるような証拠もない(贈賄供述をする業者が会食の直前に10万円の現金をATMで出金していても、授受の証拠としての関連性は希薄)。しかも、藤井市長が市議時代から業者が扱っていた浄水プラントの導入に積極的に活動していたことは認めており、その点は争点にならない。

要するに、この事件は、現金の授受があったのかどうかについて、裁判の場で、業者の中林と藤井市長の言うことのどちらが信用できるかを判断すれば良いことであり、市長不在によって市政に重大な影響が生じ、2万1000人を超える市民が早期釈放と市長職への復帰を求める署名をしている状況下で、藤井市長の身柄拘束を継続すべしというのは、あり得ない判断だ。

しかし、この事件の証拠が希薄であるがゆえに、検察、警察にとっては、「人質司法」にすがることしか手段がないのか、検察官は、藤井市長の保釈に必死に抵抗している。前回、起訴直後に行った保釈請求に対する意見でも、「罪証隠滅のおそれ」があるかのように仕立て上げ、保釈に強く反対した。「被告人の供述が曖昧で、公判においてどのような主張をしてくるか不明」などとした上、特に、被告人が保釈され市長に復帰すれば、上司・部下の関係となる美濃加茂市の防災安全課長に対して、浄水プラントの導入を働きかけた事実について、自己に有利な働きかけを行うおそれがある点を、「罪証隠滅のおそれ」の具体的事由として強調していた。

このような事由を挙げて、検察官が強く反対すれば、任官間もなく経験の少ない裁判官に、それに反する判断を行うことが困難なのは自明の理である。

前回の保釈請求が却下されたのは、そういう「人質司法」の構造の下では、ある意味では、当然の結果とも言えるものであった。

そこで、弁護人は、今回の保釈請求では、起訴事実についての認否について、被告人の認否と供述内容を録取した詳細な書面を作成したり、関係者の供述状況を確認したりして、「罪証隠滅のおそれ」がなくなっていることを具体的な資料で明らかにする方針で臨んだ。

その一環として、上記の防災安全課長の供述内容について美濃加茂市から文書の提出を受け、接見で藤井市長に提示して、同課長の供述と被告人供述とが特に変わるところがないことを確認し、同文書と被告人供述録取書を、保釈請求書の添付資料として裁判所に提出した。

このように、弁護側から「罪証隠滅のおそれ」がないことを疎明するための資料提出が行われることが、よほど「不都合なこと」だったのか、冒頭に述べたような、検察、警察の重大な問題行為が行われたのである。(その後、検察官が上記課長に、報告書の件で電話をかけた事実も判明している。)

検察、警察の行為には、二つの点で重大な問題がある。

一つは、「報告書」は、弁護人が保釈請求をするに当たり、独自の弁護活動によって収集し、「罪証隠滅のおそれ」がないことを疎明するために裁判所に提出したものである。検察官は、裁判所からの求意見に対応して意見書を書くために、報告書の内容を参照することは許されるが、それを、警察に提供するというのは、全くの「目的外使用」だということだ。

二つ目は、検察官から報告書の提供を受けた愛知県警捜査二課の捜査官が、「報告書を今手元に持っている」と言った上で、弁護人が報告書の提供を受けた美濃加茂市の副市長に対して、なぜ提供したのかを問い質し、「大ごとにはせんから」などという脅迫的な言葉を繰り返し述べていることだ。これが、美濃加茂市の弁護活動への協力に対する不当な干渉に当たることは明らかだ。

ここに警察側の考え方の根本的な誤りがあるようだが、美濃加茂市は、市長の公務に係わる刑事事件だということで、市職員を公務で警察、検察の事情聴取に応じさせていた。公務である以上、その事情聴取の内容について報告を受け市として把握するのは、当然のことであろう。そして、藤井市長が起訴され、検察官の対立当事者である弁護人からも協力を求められれば、それに応じるというのも、美濃加茂市として極めて合理的な判断である。警察の側が、それに文句を言えるような筋合いでは全くない。

検察が報告書を警察に渡すという問題行為は、「刑事事件に関する証拠、資料は、すべて検察の管理下にある」という誤った認識の延長上で行われたと見るべきであろう。「弁護側の独自の弁護活動によって収集された証拠」ということの認識を欠いていたのではなかろうか。それは、すべての刑事事件の証拠を検察が独占してきたことによる「傲慢さ」の表れと言うべきであろう。

そして、愛知県警の問題行為の背景には、弁護活動への無理解もあるが、何と言っても大きいのは、愛知県という地方自治体組織に所属する警察として、岐阜県美濃加茂市という5万5千人余の市民からなる地方自治体を尊重しようとする気持が全くないということだ。

それは、一昨日に出したブログ【獄中で30歳の誕生日を迎えることになった藤井美濃加茂市長】で述べた、藤井市長の初日の取調べの際に愛知県警の取調官が発した「ハナタレ小僧を選んだ美濃加茂市民の気がしれない」「正直に自白するのが当然だ。早く自白しないと美濃加茂市を焼け野原にするぞ」という言葉にも表れている。

今回の警察、検察が、到底許されない「禁じ手」を使うという失態を犯したのも、両者が、今回の事件で「崖っぷち」まで追い込まれていることを示していると言えよう。

 

 

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森厚夫美濃加茂市議会議長の「真意」を聞きたい

7月25日、美濃加茂市議会議長森厚夫氏から、藤井浩人美濃加茂市長あての「藤井浩人市長の進退に係る真意について」と題する書面が、弁護人に届いた。

「市長不在の影響は徐々に増加しており、一部の事業は休止及び延期するなどの事態が発生し行政の停滞は避けられない状態となっています。」などと記載され、「行政の最高責任者として自らの進退について、率直な考え方を本市議会に対し明らかにされることを求める」と書かれている。

美濃加茂市では、7月15日に藤井市長が起訴された後にも、新たな署名活動が始まり、「藤井市長の早期釈放と市長職への復帰を求める署名」に、前回の署名15000人余を大幅に超える2万1154人(代理署名を含む。今回の署名では、中学生以下は除外。美濃加茂市の人口の中で対象となる年令層は4万5959人)の署名が集まり、その圧倒的な数の美濃加茂市民の声を受けて、再度の保釈請求に向けて最終の作業を行っている最中だった。起訴直後の保釈請求に対する意見で検察官が述べた「言いがかり」的な「罪証隠滅のおそれ」の指摘をすべて潰す資料も整いつつあった。

こんな時に、「自らの進退について率直な考え方を明らかにしてほしい」というのは、一体、どういう意味なのだろう。その趣旨を確かめるために、森議長と電話で話をした(当方から森議長に電話してもらうよう頼んだが、森議長は、なぜか私と電話で話すのを避けようとし、議会事務局長に2回電話させ、3回目にようやく本人が電話に出た。)。

「市長不在で市政に重大な影響が生じていることはわかりますが、多くの市民が、市長の潔白を信じ、早期釈放を求める署名までしているわけですから、市議会としては、まず、現在、市長の刑事事件がどういう状況にあり、今後、どういう手続きが予定され、保釈請求の予定や見通しはどうなのかなどを弁護人にお聞きになるものかと思っていましたが、そうではなく、いきなり弁護人に藤井市長宛の進退の意向伺いの文書が送られてくるとは思いませんでした。刑事手続きや保釈の見通しなどについては、お聞きになるつもりはないのですか。」と私が言うと、森議長は「そういうことについては市から全く情報が入らないので。」とのこと。

「弁護人の私に聞いて頂ければ、お答えします。その点についても、別途、お聞きになりたいという前提で、今回の進退意向伺いにご協力するということでよろしいですか。」

と尋ねると、森議長は、

「はい。結構です」

と言っていたが、現在まで、森議長からは、刑事手続きの状況や今後の保釈等の見通しについての質問は全く来ていない。

ともあれ、この文書については、弁護団で協議した上、藤井市長に差入れ、市長の回答を、弁護人名の文書で、市議会に伝えることにした。

昨日の接見の際に、進退意向伺いに対する藤井市長からの回答を記載した弁護人宛の手紙を受け取り、それを弁護士名の回答文にして、森議長宛に郵送し、昨日の記者会見で、その内容を公表した。

回答書に記載された藤井市長の「進退意向伺い」に対する回答は以下のとおりだ。

私は、6月24日に収賄事件で逮捕され、7月15日に起訴されましたが、疑われているような中林正善氏から現金を受け取った事実などは全くなく、潔白です。取調べに対しても、一貫して、現金の受領はなく、無実であることを訴えています。

そういう私を、多くの美濃加茂市民の方々が支持し、潔白を信じて、私の早期復職を望んでくださっていると聞いています。起訴後も、2万1000人の方々が署名をしてくださっていると弁護人から聞いており、私を信じ、市長への復職を待ってくれている多くの市民の方々に心からの感謝の気持で一杯です。

今回、森厚夫議長から、進退について率直な考えを聞きたいとのお尋ねを受けましたが、こういう状況ですので、私は、市長を辞任する意思は全くありません。一日も早く、市長職に復帰して、美濃加茂市民の方々のために働きたいと強く願っています。

弁護団の先生方が私を支え、私の保釈に向けて懸命の活動をしてくださっています。今日にも、2回目の保釈請求が行われるそうですし、近く検察官の証拠も開示され、8月中旬には公判前整理手続きが開かれて争点整理が行われる予定と聞いています。

私は、現金を受け取った事実が全くありませんので、当時、浄水プラントの導入に向けて市議として活動を行ったことなどについて、特に争うつもりはありません。弁護団の先生方には、裁判での争点を最小限に絞って、少しでも早く保釈が許可されることをめざす方針をとってもらっています。

長期にわたる市長不在のため、市民の方々や市役所職員の方々、そして市議会議員の方々には、大変な迷惑をおかけし、本当に申し訳なく思っていますが、今しばらく、私の市長復帰を待って頂くようお願い申し上げます。

こうして森議長からの文書への回答として進退の意向を再確認したことで、藤井市長に辞任する意思は全くなく、市長職への復帰をめざしていく強い意向であることが明確になった。そして、なぜ、藤井市長が、それ程までに強い意志で獄中での戦い続けることができるか、その原動力となっているのは何なのか、についても、昨日の接見ではじっくり話を聞くことができた。

そこで、藤井市長が明らかにしたのは、逮捕当日の取調べで、愛知県警の取調官から言われた言葉だった。

連日、早朝からマスコミが自宅周辺に大挙して押し寄せていたため、近所への迷惑を防ぐため、午前5時に家を出て、市役所に登庁、愛知県警本部に連行されて取調べを受けていた間、取調官から怒声罵声を浴びせられ続けたことは、逮捕後の最初の接見の際にも聞いていた。今回の接見で、彼が本当に悔しそうに話してくれたのが、その際、取調官から、耳元で、大声で言われた言葉の中身だった。

「ハナタレ小僧を市長に選んだ美濃加茂市民の気がしれない」

「正直に自白するのが当然だ。早く自白しないと美濃加茂市を焼け野原にするぞ」

藤井市長には、その言葉だけは許せなかった。その後の取調べも、何度も何度も「ハナタレ小僧」と言われ、その度に、「自分だけでなく、美濃加茂市民のことまで侮辱して、受け取ってもいないお金を受け取ったと言わせようとする奴らには、絶対に屈服できない。」と思ったそうだ。

藤井市長は、現在の心境を淡々と、しかし、力強く語ってくれた。

「『逆境にあっても、負けてはいけない』という姿勢を、美濃加茂市の、次の世代の皆さんに見せていきたい。市民の皆さんが応援して見てくれている中で、屈するわけにはいきません。」

取調官がこのような粗野な言葉を発するのは、負い込まれているからである。市長と言っても「ハナタレ小僧」だから、少し怒鳴って脅しつけてやればすぐに自白するだろうという「見込み」で、この日の市長聴取に着手したのではないか。

そして、このような言葉の背景には、多くの場合、「集団的意思」が存在している。岐阜県の美濃加茂市民が支持する全国最年少市長に対する愛知県警という組織の認識が、そういうものなのであろう。

森厚夫議長からの藤井市長宛「進退意向伺い」への対応をきっかけとして、勾留中の藤井市長に現在の強い意志と心情について語ってもらうことができ、昨日の記者会見で私の方から市民の皆さんに伝えることができた(ニコ生で動画放映⇒【美濃加茂市長収賄事件】保釈請求について 郷原信郎弁護士 記者会見)のに加え、この市議会からのは、昨日、名古屋地裁に請求した2回目の保釈請求の資料としても活用できるものだった。

前回、起訴直後の保釈請求においても、市長不在によって美濃加茂市政に重大な影響が生じていることを、速やかに保釈を許可すべき事情として主張したが、検察官は保釈に対する意見書で、「様々な事情によって市長が不在になることはあり得ることで,それが故に地方自治法で職務の代理が規定されているのであって,同市においても,同法に基づいて副市長が職務を代理して事務が行われている。」という理由で、市長不在の市政への影響は、保釈に関して考慮すべきではない、と述べていた。森議長の「進退意向伺い」の中で、「市長不在が一ヶ月を超え、副市長が職務代理者となり市政が運営されているが、市長不在の影響が徐々に増加し、一部の事業が休止ないし延期するなどの事態が発生するなど行政の停滞は避けられない状態となっている」と市政への影響が強調されていることで、検察官の意見は、全く通らないことが明らかになった。

今回の保釈請求では、検察官が前回保釈請求に対する意見で指摘した「罪証隠滅のおそれ」が、ことごとく無くなっていることを詳細に主張した。その主張を裏付けるため、検察官が「いい加減しゃべったらどうだ」などと自白を迫るばかりで、具体的に争点を明確にするための取調べを殆ど行っていなかったことについて、弁護人側で、数通の被告人供述録取書を作成した。また、検察官は、「藤井市長を保釈すると、市長として美濃加茂市役所の担当課長に対して自己に有利な供述をするよう働きかけることで罪証隠滅のおそれがある」などとしていたが、同課長の取調べでの供述内容は、弁護人側で把握し、被告人の藤井市長の側として特に争うべき点もないことを明らかにした。

こうして、市長不在による市政への影響が一層深刻化していることが市議会議長の文書で明らかになり、しかも、市長辞任の意向は全くなく、一方で、罪証隠滅の恐れもほとんどないことが明らかになっている状況で、裁判官は、今回の保釈請求をどのように判断するのか、注目したい。

一方で、全く不可解なのが、この森厚夫議長の言動である。

7月25日の美濃加茂市議会で開かれた議員報告会で、藤井市長宛に「進退意向伺い」の文書を出すことが決まり、記者会見でそれを公表した際、議長の談話として、「藤井市長が自ら辞職しない場合には、『八月十九日開会の定例会に、辞職勧告決議案や問責決議案を提案できるよう調整したい』との考えを、報告会の場で他の市議たちに示したことを明らかにした」と報じられている。

この森厚夫議長の「談話」について、美濃加茂市議会議員の柘植宏一氏が、自らのブログで、同記事を引用した上、

そのような議長の考えを報告会の場で示された事実はありません。
記者の取り違えでしょうか?

25日の報告会においては、辞職を勧告すべきとする意見も一部にありましたが、基本的には、16日に開催された報告会において集約された「先ずは市長の意向を聞くべし」との意見にしたがって、議会として正式に市長の意向を確認するための、文書内容の確認をしたと言うことであり、それ以上でも、それ以下でもありません。
市長の回答を待って、議員それぞれが各自の判断で行動するということだと思います。

 と書いている。

圧倒的な多数の市民が潔白を信じ、早期釈放・市長職復帰を望んでいるのであるから、市議会議員の側も、その意向を無視できないはずだ。まずは、一日も早く市長が保釈され、復職できるよう条件を整えること、そして、市議会として、今の段階でできることは、市長の意向を確認することだけ、というのが、市議会議員全員が集まった報告会での市議会としての意向だったはずだ。

いくら「議長個人の談話」とは言え、報告会で示してもいない考え方を示したように発言し、それを新聞に書かせ、あたかも、市議会全体が辞職勧告決議に向けて動き出したかのような印象を与えるというのは、どういう魂胆によるものなのであろうか。

弁護人の私に、刑事手続きや保釈請求の予定などについても尋ねると言っておきながら、全く何の問合せもしてこないというのは、その点には全く関心がないどころか、いつまでも身柄拘束が続いていることを前提に、何とかして「辞職勧告決議案」を通したいということであろうか。

森厚夫美濃加茂市議会議長の「真意」を聞きたい。

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八田隆氏の対検察国賠訴訟の意義

八田隆氏の国賠訴訟における代理人としての意見陳述は以下の通り。

本訴訟は、国税局に告発され、検察官に起訴された脱税事件で、一審無罪判決、検察官控訴の棄却で無罪が確定した原告が、告発、起訴が違法であったとして、国家賠償を求めるものである。

本件の審理が行われるに当たって、原告代理人として、検察官の違法な起訴等に対する賠償請求について意見を申し述べたい。

検察官は、起訴・不起訴の判断について広範な裁量権を与えられている。

検察官が、起訴する事件を「有罪判決が得られる高度の見込み」で絞り込むことが、有罪率99.9%という高い有罪率につながっていることに対する批判もあり、たとえば、鉄道事故、航空機事故等の業務上過失致死事件等で、被害者・遺族の強い希望がある場合は、有罪判決が得られる見込みが低い事件であっても、敢えて起訴して、公開の法廷における審理を通して裁判所の判断を仰ぐべきという意見もある。平成21年の検察審査会法改正で、告訴・告発に係る事件について検察審査会の議決に一定の法的拘束力が認められるようになったのも、検察官の不起訴処分によって事件を終結させず公判での審理に委ねるべきとの社会的要請が考慮されたものと言えよう。

また、幼児の誘拐殺人事件のように、事件が未解決であることが地域社会に大きな不安を与える事件においては、捜査機関に対して、犯人を検挙することへの社会的要請が強く働く。確実に有罪判決が得られる見込みがない事件であっても、犯人であることが合理的に疑われる被疑者を逮捕し、捜査を遂げて起訴し、それが最終的に無罪になったとしても、捜査・公判の手続き、検察官の対応等に問題がなければ、検察官が起訴したことがただちに社会的に問題となるわけではない。

事件の性格、内容によって、検察官が起訴するに当たって必要とされる「有罪の見込み」の程度は異なるのであり、英語で刑事裁判がcriminal trialであるように、検察官には、有罪判決の見込みが低い事件でも、刑事裁判に「挑戦」することが社会的に求められる場合もあるのである(なお、そのような社会的要請に応えて、実際に「挑戦」することが許されるのは、「推定無罪の原則」が徹底され、起訴による被告人の不利益を最小限とするよう配慮が行われることが条件である。起訴事実を否認する被告人が長期にわたって身柄拘束される、いわゆる「人質司法」や、検察官手持ち証拠の開示が不十分な状況の下では、検察官の「挑戦」的な起訴など許容される余地はない。)。

しかし、本件で東京地検特捜部が起訴した八田氏の事件は、そのような「積極的な起訴」が期待される事件とは全く性格を異にする。
まず、本件には、処罰を求める被害者も遺族もいない。日本では、国家が個人から税を徴収するに当たって、自ら所得を申告して納税させるという「申告納税制度」が採用されている。その下では、当局による所得の把握を困難にするような仮装・隠ぺい行為が行われると、制度の運用に支障が生じることから、そのような行為を罰することで、納税者の正直な所得申告を確保しようというのが脱税犯処罰の趣旨であり、まさに、税を徴収する国の側の事情による処罰なのである。
そうである以上、脱税による処罰の対象は、結果的に所得の申告が過少だったという「申告漏れ」ではなく、意図的に所得を過少申告して税を免れようとしたことが客観的に明らかな場合に限定されなければならないのは当然である。

その点の立証に疑念がある場合に起訴を行うことは、徴税という国家作用のための国家機関である検察官の公訴権の濫用であり、許されない。

とりわけ、給与所得者の場合、所得税が給与から源泉徴収されることで、「申告納税制度」によらず、国家も徴税コストをかけず、多くの国民から税を徴収している。そのような給与所得者に、もし、源泉徴収されていない、納税申告すべき所得があって、申告が行われていない場合には、その不申告ないし過少申告が脱税の意図に基づくものでない限り、税務当局は申告の不備を指摘して納税させればそれで足りるのであり、脱税犯としての処罰の対象とすることなど、絶対にあってはならない。
ところが、給与所得者であった八田氏は、所得の一部が源泉徴収されておらず、申告を怠っていたことについて、脱税の疑いをかけられ、脱税で告発され、起訴が行われたのである。八田氏は、すべての所得が源泉徴収されていると認識していたもので、脱税の意図は全くなかったと一貫して主張し、それを裏付ける十分な証拠があった。長期間の多数回にわたる取調べの結果で、検察官は、八田氏に脱税の意図がなかったことを十分に認識していた。それなのに、八田氏の弁解を無視して、起訴を行った。

そして、一審公判で適切な審理が行われ、当然の結果として無罪判決が出たが、検察官は、その「当然の無罪判決」をも受け入れずに控訴を申立て、これまた「当然の控訴棄却判決」が出された。

本件の起訴、そして、控訴は、一体何のために行われたのであろうか。それは、国税局と検察との面目、体面の維持、両者の関係を維持するという「組織の論理」に基づくものとしか考えられない。それは、徴税という国家作用のための検察官の権限の濫用であり、源泉徴収によって納税している多くの給与所得者に対して、重大な脅威を与えるものである。

このような不当な起訴・控訴に対しては、単に、裁判所の適切な判断によって、その不当な試みが失敗に終わった、ということだけで終わらせてはならない。

本訴訟において、裁判所において適切な審理・判断が行われ、違法な起訴、控訴を行った個人及び組織の責任が明らかになることによって、検察官の権限濫用の防止を図っていくことが不可欠である。

 

 

 

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獄中で30歳の誕生日を迎えることになった藤井美濃加茂市長

昨日で、藤井浩人美濃加茂市長が逮捕されてから1ヶ月、そして、今日は、藤井市長の30歳の誕生日である。

藤井市長は、雨水浄化プラント導入が地震・豪雨災害の被災時の美濃加茂市民の生活に役立つものと考え、プラントの導入に向けて、市議時代から同市当局に働きかけを行っていた。市長就任後も、積極的に取り組んでいたことは認める一方で、同プラントの事業者の中林正善から現金を受領した事実は一切ないと述べて、収賄の事実を一貫して否定している。

弁護団は、藤井市長の勾留決定に対する準抗告、勾留取消請求、同却下決定に対する準抗告、同棄却決定に対する特別抗告、勾留延長決定に対する準抗告、保釈請求など、不当な身柄拘束を終わらせるべく、刑事訴訟法上採り得るあらゆる手段を講じてきたが、裁判所は、「罪証隠滅のおそれがある」などとして、ことごとく却下ないし棄却し、今なお、藤井市長の身柄拘束は続いている。

弁護人を受任した時、1984年7月25日という藤井市長の生年月日を見て、誕生日が近いことはわかっていた。遅くとも、30歳の誕生日までには、市長の身柄を検察・警察の手から奪還し、美濃加茂市民の皆さんの元にお返しようと考えていたのに、それが果たせず、留置場で誕生日を迎えさせることになってしまった。起訴後も市長の潔白を信じ、早期釈放を求める市民の署名が2万1000人を超えるなど、圧倒的多数の美濃加茂市民の皆さんの期待に沿えず、主任弁護人として、大変申し訳ないと思う。

勾留を維持し、保釈を認めない裁判所の判断は、検察官の強硬な意見に基づくものである。本件起訴後、裁判所で身柄関係書類が開示され、保釈請求に反対する検察官の意見書の内容を把握することができた。

ブログ【藤井美濃加茂市長の不当勾留は地方自治を侵害する重大な憲法問題】でも述べてきたように、本件の争点は、実質的には、中林と被告人の供述が対立する現金の授受の有無に限られている。中林が詐欺罪で起訴され勾留中で、同席者の高峰氏が現金の授受がなかったと供述している以上、「罪証隠滅のおそれ」などない。ところが、検察官は、「罪証隠滅のおそれ」があるかのように仕立て上げ、藤井市長の保釈に強く反対しているのだ。

呆れてしまうのは、検察官が、被告人の取調べ態度に因縁をつけ、「供述が曖昧で、公判においてどのような主張をしてくるか不明」「供述調書作成にも応じていない」などと述べている点である。取調べ担当検察官は、「いい加減に現金授受を認めろ」と迫るのみで、他の事項については具体的に聴取しようとせず、供述調書を作成しようとすらしないのは検察官の方なのである。要するに、身柄を拘束しておいて、何とか現金授受を認めさせようとしているだけなのだ。

弁護人から主任検察官に、「可能な限り思い出して説明する意思があるので、具体的な資料を示して取調べを行ってほしい」旨申し入れをしたほどである。しかし、藤井市長が、「中林とのメールなどについても、説明をしたいので示してほしい。」と言っても、取調べ検察官は「時間がない」と言って、その機会すら与えなかった。

藤井市長と中林との会食に同席していた高峰についても、検察官は保釈請求に対する意見書で、「供述を徐々に変遷させ弁護人の主張に沿った供述をするに至っている」として、「被告人を保釈した場合,被告人が前記高峰と自己に有利な内容で詳細な日裏合わせを行うことは必至である」などと言っているが、高峰氏は、当初、警察で、連日朝から晩まで過酷な取調べを受け、「金を渡したところを見ただろう」という追及を「見ていない」と否定し続けると、「中林が金を渡したところをお前が見ていないのであれば、席を外していたとしか考えられないではないか」と理詰めで迫られ、その旨の供述調書に署名しただけであり、それが全く意に反するものであることを、高峰氏は、その後の検察官の取調べでも明確に述べている。

現時点での高峰氏の供述が、「現金の授受は見ていないし、席も外したことはない」という内容で完全に固まっていることは、同人がニコ生の番組【[最年少・藤井美濃加茂市長収賄事件]事件のキーパーソン・タカミネ氏生出演】に出演して明確に供述している。今さら、藤井市長との間でどういう「口裏合わせ」が可能なのであろうか。

検察官が、「罪証隠滅のおそれ」の理由としていることは、ほとんどが、苦し紛れの「でっち上げ」に過ぎないのである。

しかし、このような、不当極まりない検察官の意見も、検察官側の証拠だけを見せられる裁判官には、疑うすべもない。そのため、裁判官は、検察官の意見を受け入れて「罪証隠滅のおそれ」を理由に、保釈請求を却下してしまうのである。

弁護団は、取調べ状況や、疑いを受けている事実についての認否について、藤井市長の供述を録取した詳細な書面を作成したり、関係者の供述状況を確認したりして、現時点では、「罪証隠滅のおそれ」は全くなくなっていることを具体的な資料で明らかにし、来週再度保釈請求を行うべく準備を行っている。

藤井市長の30歳の誕生日には間に合わなかったが、一日でも早く、藤井市長を美濃加茂市民の下にお返しできるよう、弁護団の必死の活動が続いている。いくら不当な検察官の抵抗が続けられようと、身柄拘束が解かれ、藤井市長が復帰する日は遠くはない。

かつて、私が検事として逮捕・勾留した初老の被疑者が言っていた。「人間を成長させる3つの大きな経験が『闘病』『浪人(職がなく、職に就くあてもないこと)』『投獄』だといいます。お陰様で、三つ目の経験をさせてもらいました」。

30歳の誕生日に「投獄」を経験した藤井浩人氏。彼は、きっと、この試練を乗り越え、大きな政治家になってくれると期待している。

 

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