現時点での衆議院解散は憲法上重大な問題

先週から、安倍首相が衆議院解散を決断し、年内に総選挙が行われる見通しなどと報じられている。民意を問うべき重大な政治課題があるわけでもないのに、自公両党で圧倒的多数を占める衆議院を、任期半ばで解散するというのは、常識的には考えられない。それだけでなく、今回の解散は憲法が内閣に与えている衆議院解散権という点からも、問題がある。

【「空振り」被告人質問に象徴される検察官立証の惨状】でも書いたように、全国最年少市長の藤井浩人美濃加茂市長事件は最終局面を迎えており、明後日に贈賄供述者中林の再度の証人尋問と、ブログ【藤井美濃加茂市長事件、検察にとって「引き返す最後の機会」】で「B氏」と称した中林の隣房者の証人尋問が「対質形式」で行われる。主任弁護人として、尋問の準備等に忙殺されているところだが、しばらくの間中断し、今回の衆議院解散の問題に関して、ブログで私見を述べることにしたい。

 

憲法上の内閣の解散権の根拠

内閣による衆議院の解散が、憲法69条により衆議院で内閣不信任案が可決された場合に限られるのか、それ以外の場合でも認められるのかは、古くから、憲法上の論点とされてきた。

憲法の規定を素直に読めば、憲法45条が衆議院の任期は4年と定めており、69条がその例外としての内閣不信任案可決に対抗する衆議院解散を認めているのだから、解散は69条の場合に限定されるということになるはずだ。憲法草案に携わったGHQも、衆議院解散を69条所定の場合に限定する解釈を採っていたようで、現行憲法下での最初の衆議院解散となった1948年のいわゆる馴れ合い解散は、野党が内閣不信任案を提出して形式的にそれを衆議院で可決し、「69条所定の事由による解散」とする方法が採られた。

日本では、その後、野党側も早期解散を求める政治状況の下で、解散事由を限定する考え方は実務上とられなくなり、1952年の第2回目の衆議院解散は、69条によらず天皇の国事行為を定めた7条によって行われた。

その解散で議席を失った苫米地議員が、解散が違憲であると主張して議員の歳費を請求する訴訟を起こしたのに対して、高裁が69条によらない7条による衆議院解散を合憲と認め、最高裁判所は、いわゆる統治行為論を採用し、高度に政治性のある国家行為については法律上の判断が可能であっても裁判所の審査権の外にあり、その判断は政治部門や国民の判断に委ねられるとして、違憲審査をせずに上告を棄却したこともあり、その後、69条によらない7条による衆議院解散が慣例化した。

 

先進諸外国での議会解散権

しかし、内閣には議会の解散権が無条件に認められるというのでは、決してない。先進諸外国でも、内閣に無制約の解散権を認めている国はほとんどない。

日本と同じ議院内閣制のドイツでも、内閣による解散は、議会で不信任案が可決された場合に限られており、法制度上は内閣に自由な解散権が認められているイギリスにおいても、2011年に「議会任期固定法」が成立し、首相による解散権の行使が封じられることになった。

 

理由なき解散は「内閣の解散権の逸脱」

もともと、議院内閣制の下では、内閣は議会の信任によって存立しているのであるから、自らの信任の根拠である議会を、内閣不信任の意思を表明していないのに解散させるのは、自らの存在基盤を失わせる行為に等しい。予算案や外交・防衛上重要な法案が否決された場合のように、実質的に議院による内閣不信任と同様の事態が生じた場合であればともかく、それ以外の場合にも無制限に解散を認めることは、内閣と議会との対立の解消の方法としての議会解散権の目的を逸脱したものである。

現行憲法は、衆議院議員の任期を原則として4年と定め(45条)、例外としての衆議院解散を、条文上は内閣不信任案が可決された69条の場合に限定している。そして、直接国民の意思を問う国民投票としては、憲法改正が発議された場合の特別の国民投票(96条)しか認めていない。このような規定からすると、内閣が、自らを信任している議会を解散することによって国民に信任を求めるということは、憲法は原則として認めていないと解するべきであろう。

69条の場合ではなくても、憲法7条に基づく衆議院解散が認められる理由とされたのは、重大な政治的課題が新たに生じた場合や、政府・与党が基本政策を根本的に変更しようとする場合など、民意を問う特別の必要がある場合があり得るということであり、内閣による無制限の解散が認められると解されてきたわけではない。

現在の安倍内閣は、一昨年の年末の総選挙で大勝し、国民から支持を受け、衆議院の圧倒的な多数で信任されて成立した内閣だ。安倍政権が衆議院の信任を失うという事態や、民意を問うべき重大な政治課題が生じることがない限り、衆議院議員に任期を務めさせることが国民の意思のはずだ

今回、安倍首相が決断したと言われている現時点の衆議院解散が、民意を問うべき重大な政治上の争点もなく、主として安定した政権を今後4年間維持するためのタイミングの判断として行われるのだとすれば、それは、衆議院議員の任期を定める憲法45条及びその例外として衆議院の解散を認める憲法69条の趣旨に実質的に反するものである。

 

法の下の平等を侵害する衆議院解散

それに加え、現時点で衆議院解散を強行するとすれば、もう一つ憲法上大きな問題が生じることになる。最高裁でも法の下の平等に反し「違憲状態」であるのに、国会がこれを合理的期間内に是正しないのは憲法に違反するとの判断が示されている「衆議院定数不均衡問題」である。前回衆議院選挙の際の三党合意による国会議員定数削減による定数不均衡の抜本的是正は、少なくとも、次の総選挙までに行わなければならない必須の事項だったはずだ。この点について、「0増5減」で極端な不均衡を是正しただけで、何ら抜本的な改正を行うことなく、任期が2年以上残っているこの時期に敢えて衆議院を解散し、総選挙を行うのは、憲法の要請に反するものと言えよう。

もし、安倍首相が、現時点で衆議院解散を強行するとすれば、内閣に与えられた解散権を逸脱し、なおかつ、国会議員定数の不均衡を是正し法の下の平等を図るという憲法上重要な義務にも反する。

これまで最高裁判所が、違憲審査に対して極めて消極的で、国の重大な憲法違反に対しても、統治行為論によって判断を回避してきたこともあり、「首相の憲法違反」に対して司法的救済が行われることは期待しがたい。そのため、もし解散総選挙が行われた場合、国民に残された手段は、「首相の重大な憲法違反」を十分に認識した上で、投票を行うことである。

 

「アベノミクスへの信任」をめぐる誤謬

このように憲法上重大な問題がある衆議院解散が強行された場合、安倍首相は、そこで行われる総選挙を、国民に「アベノミクスへの信任」を問う選挙と位置づけることになるであろう。それが、憲法7条による衆議院解散を正当化するような「民意を問うべき重大な政策課題」に当たらないことは言うまでもないが、もう一つの大きな問題は、「アベノミクス」を、現時点で多くのマスコミの論調通りに評価してよいのかという疑問だ。

第一に、日本銀行の追加金融緩和決定との関係である。現時点での「アベノミクスの評価」は、10月31日に黒田日本銀行総裁が追加金融緩和を発表したことによる「急激な円安・株高」という状況に大きく影響されることになる。

この「急激な円安・株高」は、安倍政権発足以降強調されてきた象徴的な経済事象である。しかし、金融緩和は、政府から独立性を保障された中央銀行である日本銀行の政策決定会合で、総裁、副総裁2名、審議委員6名の合計9名による評決の結果、賛成5人、反対4人の多数決で決定されたものだ。その責任は、政府から独立した日本銀行が負うべきものであり、それ自体は、安倍政権による政策の評価の対象とすべきものではない。

第二に、「急激な円安・株高」が、現時点において国民生活にどのような影響を与えているのか、それが国民に正しく認識・理解されているかどうかという問題だ。

円安は、輸入物価の上昇を通じて国民生活を圧迫するというデメリットの一方で、企業業績の向上、株高によって国民に経済的メリットをもたらす。

問題は、その「企業業績の向上、株高」の中身だ。

まず、企業業績の方だが、安倍政権発足後の円安による企業業績の向上の大部分は、海外事業の収益が円安によって円ベースで膨らんでいることによるものだ。ドル円が30%下がれば、それによって、ドルで得ている海外事業での収益が円ベース30%増加する。日本企業は、本社経費や国内での人件費を円ベースで支払うので、海外収益が増えた分、トータルの収益が増加するのは当然のことである。

その収益の増加が円ベースの賃金の上昇につながるのであれば、国民は円安による企業業績向上のメリットを享受できるわけだが、現在までのところ、それが十分に実現しているとは言い難い。

もう一つの株高の方も、その中身は、「日経平均7年ぶり高値更新」等の見出しの新聞報道から受ける国民のイメージとは異なったものだ。

10月31日に黒田日銀総裁が追加緩和を発表して以降、日経平均株価は先週末までに1800円余り上昇した。その上昇寄与分は、一部の超値嵩株に極端に偏っている。株価4万4000円余のファーストリテイリングと株価2万円余のファナックの2銘柄の日経平均寄与分は、450円にも上る(筆者の試算)。日経225の上昇分の約4分の1が、この2銘柄によるものなのだ。当然のことながら、このような超値嵩株は、小口投資家には手が届かない。売買単位が100株なので、ファーストリテイリングは440万円、ファナックは200万円余の資金が必要となる。NISA(少額投資非課税制度)を利用して株式投資をしている庶民などにはほとんど無縁の銘柄だ。

日経平均上昇がそのように偏った銘柄によるものであるだけに、資金の逃げ足も速く、ちょっとしたきっかけで大きく下落するリスクもある。庶民にはなかなか手を出しづらい「株高」だといえよう。

多くの国民は、企業業績の向上も、給与の増加にはつながっておらず、株高も庶民の持ち株への影響は限られているということで、円安のメリットを実感できないでいる。それなのに、マスコミで連日「円安・株高」が報じられると、そのメリットを享受できていないのは自分だけであるような錯覚に陥るのではないだろうか。

このような状況のもとで、アベノミクスが正しく評価されるであろうか。むしろ、日銀の金融緩和と政府の経済政策がうまく調和して、日本経済の回復軌道が鮮明になり、「円安・株高」が本当の意味で国民の経済的利益につながったといえるときに、本当の評価が可能になるのではないだろうか。

現時点での解散・総選挙によって「アベノミクスへの信任」を求めることには、大きな問題があるように思える。

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「空振り」被告人質問に象徴される検察官立証の惨状

10月24日、藤井美濃加茂市長事件の第6回公判で被告人質問が行われ、藤井市長は、現金授受は全くないこと、市議時代の浄水プラントの導入に向けての活動も、中林の依頼によるものではなく、美濃加茂市民のための防災対策として積極的に取組んでいたことを明確に述べた。一般的に市議会議員としてどのように活動していたのか、問題とされた浄水プラントの件に、どのように考えて対応していたのかという点も含め、藤井市長が証言台で述べた内容は納得し共感できるものであった。

賄賂の受け渡しが行われたとされるガスト美濃加茂店や名古屋市内の居酒屋での会食の場面についても、記憶していること、記憶にないことを明確に区別して述べた。

この点に関する検察官の質問に対して、「具体的に覚えていない」「記憶がない」と答えることもあったが、一年以上前の、本人にとっては、特別に意識することのない会食なのであるから、その場での発言の内容や資料を受け取ったか否かなどについて具体的な記憶がないのは当然である。

一方の贈賄供述者の中林は、膨大な時間を費やして作成された検察官調書の内容を、「連日朝から晩まで」検察官との打合せを行って証人尋問に臨んだことは本人も認めたうえ、調書の内容を丸暗記したかのような証言を行ったのである。だからこそ、その話の内容が具体的かつ詳細だったといえる。

ところが、肝心な賄賂の授受の場面については、二つの場面ともに、「少ないですけど足しにしてください。」「すみません。助かります」という全く同じ言葉のやり取りで、その時の相手の表情や自分の心情の表現すら全くないのである(そのことの不自然さは、中林の証人尋問での裁判長の尋問によって鋭く指摘されている。)。

一年前の、記憶が定かではない会食の場面のこととは違い、藤井市長にとって、絶対に忘れることのできないのは、逮捕後の警察、検察での取調べの状況である。

早朝に任意同行を求められて愛知県警本部での取調べが始まり、席に座った直後から警察官が書類を机に叩きつけ、「金をもらったことを潔く認めろ!」と、2~3時間にわたって大声で何度も何度も怒鳴られたこと、「こんなハナタレ小僧を選んだ美濃加茂市民の気がしれない。」などと美濃加茂市民を侮辱するようなことを言われ、「いつになったら市長を辞めるんだ?」と繰り返し迫られたこと、「美濃加茂市を焼野原にしてやる!」と言われて、自白しないと捜査の対象を、支援者や市役所の関係者、市民にどんどん拡大させていくと恫喝されたこと、そういった取調の状況を、藤井市長は法廷の場でも明確に述べた。

そして、見過ごすことができないのは、検察官の取調べでも「詐欺的な手口」で自白を迫られたことである。

検察官は、公判前整理手続の段階から、ガスト美濃加茂店で10万円の現金の受け渡しがあったとされる昨年4月2日の二日後の4日の午前に、被告人が経営していた塾の銀行口座に9万5000円が入金されているが、それに見合う他の銀行口座からの出金がないことから、その入金が、賄賂として受け取った現金の使途だとの主張をしていた。

藤井市長は、検察官の取調べでも、この9万5000円の入金について、「どこから来た金か。」「誰から借りたのか。」「金をもらったのではないか。」と厳しく追及された。それに対して、藤井市長は、「年度末、年度初めの時期なので、塾の月謝等の現金収入が多かったはずだ。」と繰り返し述べているのに、完全に無視され、あたかも、そのような現金収入はなかったかのように装って、追及が続けられた(この点は、取調べの録音・録画媒体にも記録されている)

ところが、保釈後、還付されたパソコンや預金通帳で確認したところ、その時期の現金収入は15万円程度あり、また、銀行にも国税の還付金が28万円余り振り込まれていた。

それらの事実については警察の捜査報告書が作成されていて、検察官もわかっていたはずだ。それなのに、その事実を隠して、銀行入金の原資が説明できないように仕向けて、藤井市長に自白を迫っていたのである。

このような警察、検察の不当な取調べについて、弁護人が質問し、藤井市長が詳細な証言をしたのに、検察官からは、取調べに関する反対質問は何一つなかった。検察官も、その点については争いようがないということであろう。

午前中で弁護人からの質問が終わり、午後からは検察官の質問が行われた。

被告人質問は、被告人側の主張・弁解を具体的かつ詳細に行う場である一方、本件のように被告人が全面的に事実を争っている場合には、検察官にとっても、被告人を追及し、弁解の不合理性を明らかにする「攻撃の場」でもある。今回の被告人質問に当たって、検察官は、弁護側と同じ2時間の質問時間を要求し、「追及の構え」を見せていた。

しかし、結果は空振り。それも、バットとボールが30センチ位離れているような見事な空振りだった。

大部分は、中林の贈賄供述に基づいて、現金授受があったとされる会食の場面について質問し、「記憶がない」「はっきり覚えていない」という被告人に、「そんなことも覚えていないのか」などというものだった。これが、いかに「的外れな追及」か、既に述べたところから明らかであろう。

そして、極め付けは、20万円が渡ったとされる居酒屋での会食の後に、藤井氏(当時は市議)から中林に送ったメールの文面についての「追及」である。

「ありがとうございます。いつもすみません」というメールの文言が、現金をもらったお礼だというのが検察官の主張である。

これに対して、弁護人からは、市議会議員であった被告人は、メールで、「ありがとうございます」「すみません」などという言葉を、数えきれないほど使用していることはメール記録からも明らかで、そのような文言が格別の意味を持つものではない、ということを公判前整理手続の段階から指摘していた。

ところが、起訴検察官でもある公判の主任検察官は、この時のメールの文言が、「すみません」ではなく、「いつもすみません」だということを指摘して、執拗な質問を行ってきた。この「いつも」というのは、「すみません」以上の特別の意味があるのではないか、つまり、「ガストでの10万円に続いて、さらに20万円もらったので、『いつもすみません』とメールしたのではないか」というのである。

これでは、「ろくな証拠もなく、全面否認の被告人を追及するネタもないので、この程度のことしか訊けません」と自白しているようなものだ。

検察が、証拠の希薄さを承知の上で強引に起訴し(【「前代未聞」の検察の判断を待つ藤井美濃加茂市長事件】)、公判で一層事態は悪化しているのに「引き返す勇気」を発揮することもなく(【藤井美濃加茂市長事件、検察にとって「引き返す最後の機会」】)、ここに至ってしまった、という、この事件の現状を象徴するような被告人質問であった。

そして、検察にとっての更なる危機的な事態は、むしろ、被告人質問の終了後に裁判長が行った今後の訴訟の進行に関するいくつかの決定である。

一つは、贈賄供述者中林の再度の証人尋問と、上記ブログ【藤井美濃加茂市長事件、検察にとって「引き返す最後の機会」】で「B氏」と称した中林の隣房者の証人尋問が決定され、しかも、検察官の反対を一蹴し、「対質形式」で両者を同じ機会に尋問することが決定されたこと、そして、弁護人が求めていた逮捕前の中林の取調べに関する「取調メモ」等の証拠開示に関して裁判所が判断するため期日間整理手続を行うことが決定されたことである。

中林の贈賄供述の経過は、明らかに無理筋の贈収賄事件で、なぜ現職市長が逮捕されたのか、という本件の根本的な問題に関して極めて重要な事実だ。

上記の各決定は、その点の真相解明に向けての裁判所の並々ならぬ熱意を示すものと言えよう。

藤井美濃加茂市長事件の公判は、「風前の灯」に近い検察官立証に対し、有罪無罪の判断というレベルを超えて、新たなステージに向かいつつある。

 

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重要閣僚の資質を疑う宮沢経産大臣の問題発覚後の発言

小渕経済産業大臣の政治資金問題での辞任を受けて急きょ後任となった宮沢経済産業大臣が、政治資金を「SMバーでの交際費」に支出した問題と、東京電力株を保有している問題の二つで厳しい批判を浴びている。

前者は論外であり、その様な不適切極まりない政治資金の支出すらチェックできない政治家に経産大臣という重要閣僚が務まるとは到底思えないが、さらに唖然とするのは、この問題に関する宮沢氏の釈明だ。

「地元の秘書がこの店に行ったということ。しっかりとカウンターで会話ができる店でございまして。たまたまそういう店が割合安くて、話もできるので使ったと言っております。」と説明したとのことだが、この「しっかりとカウンターで会話ができる店」というのはどういう意味なのだろう。テレビニュースで「SMバー」の店内の模様が映されていたが、カウンターの中には、何本もの色付きのロープがぶら下がっていた。そのような場所が、政治家の秘書が政治資金で行う交際で「しっかり話ができる場」なのだろうか。

「自分は行っていない」ということの証しとして、敢えてこのような的外れの説明をしたのかもしれないが、このような説明を行う神経の持ち主に、どうして、原発再稼働の是非という国民にとっての最大の関心事について適切な判断ができると言えるのだろうか。

この無神経さは、東電株保有に関して、「東電の応援といった意味があるので、売らずに持ち続ける。」などという説明を平然と行えることにも共通している。

経産大臣に就任する前に東電株を長期保有していたこと自体は何の問題もない。しかし、電力会社の利害に決定的な影響を及ぼす経産大臣が、東京電力の株主として、その事業活動による利益の配分を受ける立場にいることが許されるわけがない。

「大臣の職にある間は株式の取引ができないので売却することもできない」というのも、そのまま株式保有を続ける言い訳には全くならない。

閣議で了承を得た上で、東電株を売却し、その売却代金を福島原発事故の被災者支援に寄附するという方法でもとれば、批判されることもないはずだ。形式的に大臣規範に違反するから売却しないというのは、「悪しき法令遵守」でしかない。

最大の問題は、経産大臣という重要閣僚の地位にある宮沢氏に、「利益相反」という問題意識が全くないことだ。

コンフリクト(利益相反)の有無というのは、他人の重要な利害に関わる職務を任される者にとって、極めて重要な問題だ。我々弁護士も、案件の受任にあたって、他の依頼者とのコンフリクトがないかという点に常に最大限の注意を払う。それは、利益相反的な立場で職務を行うこと自体が、その職務の公正さに重大な疑念を招くからだ。

2009年に、「日本郵政ガバナンス問題調査専門委員会」の委員長として、西川善文社長時代の日本郵政株式会社において発生した「かんぽの宿」などの資産売却等に関する様々な問題について、第三者の立場から、コーポレート・ガバナンス及びコンプライアンスの観点に基づく調査及び検討を行った際、委員会報告書で、手続の公正さ、適正さの観点から重要な問題として指摘したのは「実質的利益相反」であった。

民営化後の日本郵政で発生した問題の中には、業者選定などで、自分の出身母体の企業の利益を図ったのではないかとの疑念を生じた事例があった。何らかの利害関係があると疑われる者が、権限に基づく職務を行うことは、その職務執行の内容如何によっては、公正さに疑念を生じ、コンプライアンス上重大な疑念を招くことになりかねない。

宮沢経産大臣が東電株を保有している問題も、法令、規則には違反しないとしても、「実質的利益相反」が疑われかねないというところに問題がある。

それが問題となるのは、宮沢大臣がトップを務める経産省の対応が、監督下にある東電にとって有利な方向となった時である。

かかる意味では、宮沢大臣が、東電株を保有し続けるのであれば、「大臣規範上、東電株を売却することができないので保有し続けるが、そのことによって東電に対して些かなりと利益を図ったと誤解されかねないよう、東電に対しては、経産大臣として、可能な限り厳しい対応を行う」と述べなければならないはずだ。

「東電の応援と言った意味があるので」などと発言するのは、それとは全く正反対である。

政治資金のSMバー支出の問題についても、東電株保有の問題についても、発覚した問題そのものより、それに関する宮沢経産大臣の発言のほうが、重要閣僚の資質を疑わせるものと言わざるを得ない。

 

 

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藤井美濃加茂市長事件、検察にとって「引き返す最後の機会」

藤井浩人美濃加茂市長の収賄事件の公判、天王山とも言える贈賄供述者中林の証人尋問で、その供述の内容自体が「贈賄供述」とすら言えない程お粗末なものであることに加え、主尋問の最後で贈賄自白の理由を涙ながらに訴えたことが「演技」であったことも明白になるなど、供述態度まで詐欺的であったことが露見したことは、【証人尋問で「詐欺師」の本性をあらわにした贈賄供述者】で述べた。

それだけではない。この証人尋問で、中林は、弁護側が主張していた「警察、検察の取調べでの誘導」を全面的に否定する供述を行ったが、それが意図的な偽証である疑いが生じている。

この事件での弁護人の主張については、【藤井浩人美濃加茂市長事件 弁護人冒頭陳述】で詳細に述べているが、特に、中林の贈賄供述の供述経過に関しては、公判前整理手続の段階から、

3月27日の警察官調書では、公訴事実第1のガスト美濃加茂店での会食は中林と被告人の二人だけで、A氏は同席していなかった旨供述していたが、その後、4月下旬に至り、同店の伝票により、利用人数が2人ではなく3人であったことが判明し、中林の供述が客観的証拠と符合しないことが明らかになった。その時点で、なぜか、中林の取調べは警察官から検察官の手に移り、5月1日に、詳細な検察官調書が作成されるのであるが、ここでは、3月27日の警察官調書での自白内容には触れられておらず、供述の変遷の理由も全く述べていない。

と問題を指摘し、上記供述の変遷が、客観的証拠との辻褄合せによるものであると主張してきた。

ところが、中林は、上記証人尋問において、以下のように述べ、自らの供述の変遷が、客観的証拠と辻褄を合せるための取調官の誘導によるものであることを全面的に否定し、以下のように述べて、すべて自ら思い出したものであるかのように証言した。

3月16日に、20万円の藤井氏への現金の供与についての書面を作成したが、その時点では、それ以外に、いつ、いくら藤井氏にお金を渡したのか、覚えていなかった。その後、メールを見せられるなどして、ガスト美濃加茂店で10万円を藤井氏に渡したことを思い出した。

3月27日に警察官に最初の調書をとられた段階では、A氏が同席していたか否かは思い出せなかったが、取調べの警察官が「A氏ははずしとくぞ」と言うので、A氏が同席せず、2人で会った旨の調書に署名した。数日後、A氏も一緒に行ったことを思い出し、4月初めに、警察官の取調べで、そのことを話した。その後、資料を見せられ、3人の会食だったことが確かめられた。

A氏も一緒だったことを思い出し、警察官にその話をしたが、調書はとられず、その後、4月中旬からは検察官の取調べが始まった。検察官には、3月27日の警察官調書のことは聞かれず、最初から、ガストはA氏も一緒に行ったと話した。

しかし、中林の供述経過が同人の公判供述のとおりだったとすれば、捜査官側の対応は、あまりに不自然かつ不合理であり、本件供述経過に関する中林の公判供述は到底信用できない。同人が弁護人の主張を否定するため、意図的に実際の供述経過とは異なる経過を供述している疑いが濃厚である。

中林は、3月27日の警察官調書作成の際、ガスト美濃加茂店にA氏が同行したか否かについて質問され、記憶がはっきりしなかったものの、「いなかったかなあ」と答えたところ、取調べ担当警察官は、「A氏ははずしとくぞ」と言って、A氏が同席せず被告人と中林の二人の会食だった旨の調書を作成したので、同調書に署名したと証言した。

しかし、会食の人数が2人なのか3人なのか供述者の記憶がはっきりしないのに、2人だとする供述調書を作成することは考えられない。

もし、仮にそうだとしても、中林が証言するように、その数日後に、A氏が同席していたことを自ら思い出し、そのことを取調べ担当の警察官に話したのであれば、その時点で、警察官が、3月27日の供述調書の訂正調書を作成するのが当然であるのに、警察官による訂正調書は全く作成されていない。

また、中林証言によると、A氏の同席について訂正する警察官調書が作成されないまま、4月中旬からは検察官の取調べが始まり、中林は、その時点から、一貫して、ガスト美濃加茂店での会食にA氏が同席していた旨供述し、検察官から、3月27日の供述調書の内容との違いについて聞かれることもなかったとのことである。

しかし、検察官の取調べが、3月27日の警察官調書での贈賄自白を受けて行われたものであることは明らかであり、その自白の内容が、会食の人数という極めて重要な点について変遷しているのに、その理由について問い質さないことはあり得ない。

中林が証言するように、4月初めにA氏が同席していたことを思い出し、その後、客観的資料(4月25日付け回答で明らかになったガスト美濃加茂店の伝票のことだと思われる)によって、3人であったことが裏付けられたのであれば、供述の信用性を担保するために、「中林が、客観的資料が得られる前に、A氏が同席していたことを思い出した」ということを供述調書上明らかにする記載が行われるのが当然である。

しかも、証人尋問でこのような証言をするに至った経緯についても、中林は、証人尋問に備えて検察官との「打合せ」を、連日朝から晩まで行っていたことを認めただけでなく、(後述するB氏に出した手紙の内容について弁護人から質問され)、検察官から、「絶対に藤井には負けないから中林さん一緒に戦ってくださいね。」と言われていたことも認めている。

本来、証人尋問に備えて行われる「証人テスト」は、質問者が、質問を合理的・効率的に行うため、及び必要な範囲で記憶を喚起するために行われるものである。連日、長時間にわたる証人テスト、しかも、その際、検察官が、証人尋問において検察官と証人とが被告人を「共通の敵」にしているかのような発言を行うことは極めて不適切であり、証人テストの目的を逸脱していると言わざるを得ない。

それに加え、証人テストをめぐる中林と担当検察官との異常な関係に関して、重大な疑いが生じている。

本年4月から6月にかけて、愛知県警中村警察署留置場において中林の隣房の在監者だったB氏は、名古屋拘置所に移監された後も、中林との文通を続けていたのだが、美濃加茂市役所の藤井市長宛に、手紙を書いて送付してきたのだ。

中林が、自分の事件が終わってもいないのにまた詐欺のような仕事を企んでいること、4億円の詐欺をはたらき未返済が1億4000万円もあるのに起訴が約2000万円であること、手紙に「藤井弁護団が中林のことを悪く言えば言うほど検察側が中林を守る、そして、中林の公判が有利に働いて検察側の情状も良くなる」など書いてきていることに対して、B氏は憤りを感じたそうだ。

被告人から手紙を入手した弁護人が、B氏と数回にわたって面会したところ、最初の面会の時点から、

本年4月下旬頃、中林が、毎日のように、検察官の取調べを受けていた。その際、中林が、「検事から『人数があわない』と言われ、どうにかして人数をあわせようとしているが、なかなかつじつまがあわなくて困っている」などと言っていた。

と述べている。

この4月下旬頃の中林の検察官の取調べでの「人数が合わない」の「人数」は、ガスト美濃加茂店での会食者の数を意味していると考えられる。ちょうどその頃、クレジット会社からの回答に添付されたガストの伝票によって、会食の人数が3人であったことが判明しているからだ。「人数が合わない」というのは、それまで中林が「会食の人数は2人」と供述していたのが、伝票で明らかになった「3人」という人数と合わないという意味であり、中林がB氏に「つじつまがあわなくて困っている」と話していたのは、検察官の取調べの中で、その辻褄を合わせるために苦労していたということだと考えられる。

B氏が供述するように、中林が、「4月下旬の検察官の取調べで中林が検察官から『人数が合わない』と言われて困っていた」というのが事実だとすれば、検察官の4月2日のガストの会食へのA氏の同席のことを4月初めに思いだし、検察官には、4月中旬の検察官の取調べが開始された時から、その旨一貫して供述していたとの中林の公判供述は事実に反するものであり、偽証の疑いが濃厚となる。

しかも、中林は、連日、朝から晩まで「検察官との証人尋問の打合せ」を行っていたことを認めているのであり、同人の公判供述は、その「打合せ」の中で、ねつ造されたものである疑いすら生じる。

B氏は、拘置所の中で、上記の供述をまとめた陳述書に署名して弁護人に送付した。陳述書は、B氏が藤井市長宛に送った手紙とともに証拠請求している。それと併せて、供述経過が問題になっている4月中の取調べに関する取調メモ(備忘録)などと中林の証人テストの日時、所要時間についての記録等についても、証拠開示を命じる訴訟指揮権の発動を裁判所に求めた。

この事件で、名古屋地検は、6月24日の藤井市長逮捕、翌日の勾留以降、60日余にわたって、市長の身柄を拘束し、市民の代表者として市政を担うことを妨げ、その間、弁護人側がとり続けた身柄釈放に向けての法的措置にも、ことごとく反対し、市長の保釈が許可された後も、唯一の証拠の中林贈賄供述に望みを託し、有罪をめざす立証を続けてきた。

しかし、中林の証人尋問に続く期日で、贈賄の現場とされた会食の場に同席したA氏が証言台に立ち「現金の受け渡しは見ておらず、席を外したこともない」と明確に証言して、中林の証言を否定した。

中林証言の内容が、単に「お金を渡した」というだけで凡そ「贈賄供述」には程遠いものであったことに加え、その現金授受も同席者に明確に否定されたことで、検察は、証拠面でも、外堀、内堀共に完全に埋められたと言って良いであろう。

しかも、その中林について、供述経過に関して意図的な偽証を行った疑いが生じたことに加え、「朝から晩まで連日の証人テスト」を行っていた検察官がその偽証に関与した疑いまで生じている。

一連の検察不祥事を受けての検察改革の中で「引き返す勇気」を掲げていながら、この事件では、弁護人側からの再三にわたる警告にも耳を貸さず、暴走につぐ暴走を続けてきた。

検察は、今、「引き返す最後の機会」に直面している。

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証人尋問で「詐欺師」の本性をあらわにした贈賄供述者

10月1日、2日の両日、名古屋地裁で、藤井美濃加茂市長事件の贈賄供述者中林正善の証人尋問が行われた。

この2日間の尋問で、中林の「詐欺師」たる本性が露わになったと言ってよいであろう。

1日目は、検察官の主尋問。

分厚い質問原稿をほとんど「棒読み」して質問する検察官と、よどみなく答える中林、まるで、芝居の「台詞合せ」のようだった。内容は、ほとんど、検察官調書と同じ。中林は、調書を丸暗記していたとしか思えない。

しかし、そのような「作り上げられた中林供述」ですら、その内容は、市議会議員への受託収賄の贈賄供述、市長への事前収賄の贈賄供述の体をなしていない。

そして、中林が、その「詐欺師」の本領を発揮したのが、1日目の主尋問の最後の場面であった。

検察官に、融資詐欺で勾留中に贈賄の自白を始めた理由について尋ねられ、

担当刑事から、やってしまったことは消せないけど、ゼロになって帰ろうと言われたので、心から反省しようと思いました。全部話さないと本当の反省にはならないと思ったんです。一日でも早くゼロになって社会復帰したいと思って、すべてを話さなきゃいけないと決心しました。

と話した後、何度も声を詰まらせながら、

刑事さんから「うそつき父ちゃんじゃ娘さんに顔を合わせられないぞ、なんかあるんだったら全部話をしろ。」と言われて、贈賄のことを自分の方から話そうと思いました・・・

などと、涙ながらに話したのである。

2日目の反対尋問では、弁護人の私から、まず、中林が行った犯罪の内容について確認した。

融資詐欺は、インターネットで業者に頼んで作ったハンコを使って、地方自治体の部門長や病院理事長とかの名義の文書を偽造し、架空工事をでっち上げて融資を受けた融資詐欺の被害額が数億円ある。

そして、それと同時期に、勤務先の病院で事務長の立場で合計1億5000万円を横領していた。一度途中で発覚し、それまでの横領額の一部を返済したあと、残りは分割返済することにして、そのまま病院に勤務していたが、しばらくしてまた横領を始め、年間5~6000万円ものお金を、借金の返済や、キャバクラやクラブでの豪遊代に使ったとのことだった。

これだけの多額の詐欺、横領の犯罪を立て続けに行ってきた中林が、「やったことを全部話して、反省して、ゼロからやり直そう」と考えて、贈賄の自白を行ったというのである。

そのことを確認した後、我々弁護人のほうから、中林の「詐欺師」の本性を示す「隠し玉」を突き付けた。

警察署の留置場で中林の隣の房にいたA氏が、名古屋拘置所に移監された後、まだ警察署にいる中林と文通を続けていたのだ。そのA氏は、中林の全く反省のない詐欺師ぶりに呆れ果て、美濃加茂市役所の藤井市長宛に手紙を送ってきてくれた。弁護団は、急遽、名古屋拘置所でA氏に接触し、証人尋問の前日に、中林の自筆の手紙を入手したものだった。

中林の手紙には、実は、起訴された2100万円分の詐欺以外は立件されず執行猶予になることを期待していたことが書かれていた。担当の検事からも、「絶対に藤井には負けないから、中林さん一緒に戦ってくださいね!」と言われ、良い情状を酌んでもらって、執行猶予になることを狙っていたが、藤井弁護団が4000万円の融資詐欺を告発したことで実刑が確実になったと弁護人から知らされ、落胆したことが書かれていた。

そして、中林は、自分の事件の裁判も終わっていないのに、外国人を店に紹介して上前をはねる人材派遣事業を目論み、手紙の中でA氏の内妻に資金管理の仕事を頼めないかと打診していた。

融資詐欺・贈賄で勾留中の身でありながら、抜け目なく、他人を手足に使って、いかがわしい事業を行うことを画策しているのである。

反対尋問の中で、私から、中林に、主な手紙の内容とその趣旨について一つひとつ確認した。

中林は、手紙の記載をほぼ認めた。前日の主尋問での贈賄自白の経緯について訊かれた時の涙が「詐欺師」独特の演技であったこと、そのような行為を平然と行う人間であることが、公判廷で明らかになったのである。

その後、藤井氏に現金を渡した理由、依頼の趣旨などについて訊いた。

4月2日のガスト美濃加茂店で10万円を渡した理由については、美濃加茂市への浄水プラント導入に関して、市議会議員だった藤井氏に、「議会で質問してもらいたい、役人に対して働きかけてもらいたいと思った」と述べているが、中林は、肝心の、議会での質問が浄水プラント導入にどのように結びつくのかについて全く説明できず、藤井氏に頼みたいことと市議会議員の職務がどのように関係するのかも、全くわかっていなかった。

中林は、4月25日の山家住吉店での20万円の趣旨、請託の内容についても、まともに答えられず、さらにボロボロになっていった。

1日目の検察官の主尋問に対しては、「議員のときも、今までと同様に、議員辞職後も、そのまま影響力をもって、市長になったら市長の力で導入をお願いしたい」と述べていた。

しかし、「議員のときも、今までと同様に」と言っても、市長選挙への立候補の意思を固めたというのであれば、間もなく議員辞職することになり、僅かな議員在任中も、選挙のための準備に忙殺されるのであるから、議員として浄水プラントの導入に関して何かをやってもらえるとは到底思えない。

この点について訊かれると、中林は、「これまで通りやってほしい、何か問題があった時に対応してほしいと思った。」と繰り返すだけだった。

「議員辞職後も、そのまま影響力を持って」というのも、議員辞職後に影響力があったとしても、市議会議員の職務とは関係がないので、それを期待してお金を渡したとしても、賄賂の問題にはならない。

この点について訊いても、「議員辞職後も、次回の市議選で必ず当選するから影響力が残ると言われた。」と言うだけで、答になっていない。

そして、「市長になったら市長の力で導入をお願いしたい。」と言っていることについても、市長に就任した場合に、どのようなことをやってほしいと期待していたのかを訊いても、全く答えられず、最後には、「市長として役人に働きかけてもらいたいと思った」などと、あっせんを依頼したかのように述べた(公務員たる市長に、所管部署への「あっせん」を依頼したのであれば、「あっせん収賄」の問題になるが、この場合の「不正行為のあっせん」が要件となる。本件では不正行為など検察官も何ら主張していない。)。

要するに、これらの中林の供述を前提とすると、そもそも、現金の授受の有無にかかわらず、この事件は、検察官が起訴している受託収賄、事前収賄が成立する余地がないのである。

今回の中林の証人尋問で、本件での藤井市長が有罪となる可能性は限りなく低いものになったと考えてよいであろう。残された問題は、「現金の授受」も含め、検察官の主張がすべて否定される「完全無罪」を勝ち取ることができるかどうかである。

もちろん、私は、その点についても確信を持っている。

 

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藤井美濃加茂市長事件、贈賄供述者は法廷で何を語るのか

藤井浩人美濃加茂市長の事件、今日の午後、名古屋地裁で開かれる第2回公判で証人尋問が始まる。その最初、今日、明日の2日間にわたって、贈賄供述者の証人尋問が行われ、いきなり、この裁判の天王山を迎える。

西松建設事件、陸山会事件では、検察OBとして、評論家的立場で、いわば外野から、「暴走する特捜検察」を批判し、大阪地検特捜部の証拠改ざん等の不祥事を受けて開かれた「検察の在り方検討会議」にも加わり、検察改革の在り方についても意見を述べてきた。そして、大坪元大阪地検特捜部長の事件では、大坪・佐賀を断罪することで特捜部長以下の問題に矮小化し、検察組織そのものの問題から目を背けさせようとする検察と戦うべく、リリーフ投手として控訴審から登板した。

今回の事件では、まさに先発投手として、藤井市長が逮捕された翌日、検察に送致された時点から、検察と徹底的に戦ってきた。

その中で多くのことがわかってきた。

検察改革の中で、検察官の倫理規定も定められ、取調べの可視化も相当程度進んだ。しかし、本当に検察が真実に向き合う姿勢に変わったのか、本当に「引き返す勇気」を持った検察になったのか。

決してそうではないということを、今回初めて弁護人として先発登板して、1回から検察と戦い続けてきたことで、実感した。

しかし、それを自分の認識だけに終わらせてはならない。真実と向き合おうとしない、「引き返す勇気」も絵空事に過ぎない検察の実情を、裁判の場で、白日の下にさらさなければならない。

そういう意味でも、今日からの証人尋問が、まさに正念場である。

今日は検察官の主尋問。弁護人冒頭陳述【藤井浩人美濃加茂市長事件 弁護人冒頭陳述】では、本件を「警察、検察によって作り上げられた犯罪」と言ったが、その「作り上げられた贈賄ストーリー」が、公判の場で贈賄供述者の口からどのように語られるのか。まずは、じっくり聞いてみることとしたい。

そして、明日は、朝から夕方までかけて行う弁護人の反対尋問。贈賄供述者の「公判廷での嘘」を、そして、我々がその「嘘」につながったと主張する検察と贈賄供述者との「闇取引」を、どこまで白日の下にさらすことができるか、まさに、私の刑事弁護人としての真価が問われていると言ってよいであろう。

「真実に向き合おうとしない検察」という組織の根本問題を、今回の公判で明らかにすることができるか、「名古屋の陣」に是非注目して頂きたい。

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藤井市長無罪主張に水を差す中日新聞ネット記事

9月17日、藤井浩人美濃加茂市長事件の第1回公判が名古屋地裁で開かれた。

検察官の主張に対する弁護人冒頭陳述は、既にブログ【藤井浩人美濃加茂市長事件 弁護人冒頭陳述】で公開している。

今回の事件については、警察、検察の捜査・処分や対応に重大な問題がある。

冒頭陳述でも述べているように、本件が「警察・検察に作り上げられた犯罪」であることは、今後の公判での弁護側の立証で明らかにしていくことになる。

それに加えて、もう一つの重大な問題は、ほとんど問題意識を持たず、警察、検察側から情報を鵜呑みにして垂れ流してきたマスコミの報道姿勢である。

藤井市長逮捕後、警察、検察側の情報或いは根拠のない憶測に基づくと思える夥しい「有罪視報道」が行われ、世の中に誤った認識を与え、公人たる藤井市長の名誉を著しく傷つけてきたことを踏まえ、事件報道、公判報道の在り方について、主任弁護人として、報道機関に度重なる要請を行ってきた。

今回の藤井市長の第一回公判についても、新聞、テレビの報道機関には、公正かつ中立的な報道を行うよう要請文を送付した「公正かつ中立的な報道を」 美濃加茂市長・初公判をむかえ弁護人が要請(全文)】

こうした弁護人側からの要請を受けて、第一回公判を、マスコミ各社がどのように報道するのかに注目していた。

17日の夜から、第一回公判の模様は、テレビのニュースで報じられ、新聞のネット記事も次々とアップされた。その中に、目を疑うほど酷い記事があった。

この事件での警察、検察情報にもたれかかった「有罪視報道」の中心になってきた中日新聞の【判決は年明けも 美濃加茂汚職で初公判】と題するネット記事だ。

この記事には「岐阜」と表示されており、岐阜支局で書かれたと思われる署名記事だが、ネット記事として配信され全国で読まれている。

上記のように、主任弁護人の私からの要請文で、今回の藤井市長の第1回公判の報道に関して、検察主張及び「有罪視報道」への具体的反論となる弁護側冒頭陳述の具体的内容を、可能な限り詳細に報じることを強く求めているにもかかわらず、この記事は、弁護側の冒頭陳述について、

弁護側は「警察と司法に作り上げられた犯罪」とまで言い切った。

と紹介しただけで、その主張の内容は全く書いていない。

しかも、弁護側冒頭陳述で、「本件は警察・検察に作り上げられた犯罪である」と述べているのを、「警察と司法に作り上げられた犯罪」と誤って引用している。

(なお、同記事の”弁護側は「警察と司法に作り上げられた犯罪」とまで言い切った。”との記載は、本ブログの指摘を受けて9月19日に、”弁護側は「警察と検察に作り上げられた犯罪」とまで言い切った。”に訂正された。)

「司法」というのは裁判所を意味する。検察は準司法作用を担うものではあるが、司法機関ではなく行政機関である。「司法」である裁判所は、警察、検察の捜査や起訴を容認することはあっても、自ら事件を作り上げることはあり得ない。

理由もなく「司法が作り上げた犯罪と言い切っている」と書かれた記事を読んだ読者は、「弁護人が荒唐無稽で的外れな主張をしている」としか思わないだろう。

この記事の問題は、それだけにとどまらない、全体として、藤井市長側がいくら無罪を主張しても、最終的には、有罪判決が確定することは避けられないかのように思わせる内容となっている。

まず、初公判の模様について、

争点となった現金の授受をめぐって検察側と弁護側は対立した。

とした後、いきなりQ&Aとなる。刑事裁判に詳しい記者が素人の質問に答えているかのような構成で、

判決で仮に無罪になっても、検察が控訴する可能性が高く、控訴審は名古屋高裁の裁判官が一審判決に誤りがないかを、判断の根拠となった全証拠を再検討する。有罪になれば市長は公民権停止で失職する

というようなことが書かれている。

そして、Q&Aに続く本文では、

初公判で、藤井市長が、「現金を受け取ったとされる事実は一切ありません」と言い切り、浄水プラントの導入が「美濃加茂市にとって有意義な事業」と力説した

などと藤井市長側の言い分について書いているが、その後、

だが、裁判は必ずしも市長側に有利に進んでいるわけではない。贈賄側の中林正善被告は、自身の裁判で金を渡したことを全面的に認めた。このまま、藤井市長の判決を待たずに有罪判決が確定しかねない流れだ。

としている。

要するに、「藤井市長は、現金の授受を全面的に否認して争っているが、被告人自身が裁判で言い分を述べる機会は当分ないし、贈賄を認めている中林の裁判が早期に確定するので、藤井市長の事件でも無罪判決は出にくくなる。仮に、中林供述の信用性が崩れて一審で無罪判決が出ても、検察が控訴する。」だから、「藤井市長が、現金授受を否認しても潔白を訴えても、どうせ、最終的には有罪となって失職するのだから、早く諦めた方がよい」というのが、藤井市長を支持する市民へのこの記者の「忠告」ということなのだろう。

しかし、9月8日に開かれた中林の公判で、次回期日は、約2か月先の11月7日と指定されている。

通常は、自白事件で勾留中の事件であれば、早期に結審して有罪判決が出るはずであり、我々藤井弁護団の側も、中林の自白事件の有罪判決が早期に確定し、藤井事件の公判に与える影響を懸念していたが、実際には、中林公判の結審・判決は大きくずれ込む見通しだ。11月7日の中林の次回公判までには、藤井公判のほうでも中林の証人尋問、他の関係者の証人尋問、被告人質問が終了し、結審が近づいている可能性が高い。

藤井市長の公判の見通しは、昨日の第1回公判後の記者会見で、弁護人からも大まかに説明し、それは、別の中日新聞のネット記事でも書かれているのに、この記事を書いた記者は、それを確認すらしなかったのか、中林公判で早期に有罪判決が確定するなどという見通しを根拠に「裁判は必ずしも市長側に有利に進んでいるわけではない。」などと述べているのである。

この記者は、岐阜支局で、5か月間も、藤井市長事件の取材をしてきたとも書き、

愛知県警担当記者から伝え聞く賄賂授受の情報。美濃加茂市の取材で得た「藤井君が現金を受け取るはずがない」という、市長の誠実さを信じる市民たちの声。「いったい真実はどちらなのか」。五カ月間、捜査当局と地元との温度差を肌で感じてきた私自身にとっても、この裁判には特別な意味がある。

と述べている。

しかし、「真実」に関心があるのであれば、なぜ、「地元の声」と「愛知県警側の情報」だけではなく、弁護人側の主張を知ろうとしないのだろうか。

この記事は、少なくとも、弁護人主張の「警察・検察が作り上げた犯罪」を「警察や司法が作り上げた犯罪」と誤って記載した点において明らかに誤報であり、主張の内容が引用されていないため、読者に重大な誤解を与えるものだ。

削除或いは訂正するのは当然だが、それで済むような単純な話では決してない。中日新聞の記事としてネットで公開されるにあたって、記事の作成及び掲載について社内でどのようなチェックが行われたのか、十分な検証が必要であろう。

 

 

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藤井浩人美濃加茂市長事件 弁護人冒頭陳述

弁護人が、証拠により証明しようとする事実は以下のとおりである。

第1 本件公訴事実の不存在に関する事実

1 賄賂授受の現場には同席者が存在し、授受を目撃していない

被告人の知人で、中林を被告人に紹介したBは、本件各公訴事実記載の会食にすべて同席していたこと、その場で席を外しておらず、現金の授受は見ていないことを一貫して供述しており、席を外していない理由についても極めて合理的な説明を行っている。

同人の供述を前提にすると、平成25年4月2日昼のガスト美濃加茂店及び25日夜の山家住吉店での会食の際に被告人に現金を渡した事実は存在し得ないものである。

2 被告人には自由に使える現金があり、金員受領の動機がない

検察官は「同時期の被告人の資金繰りが楽ではなかったこと」ことを、被告人が本件各公訴事実の賄賂を受け取ったことの間接事実として主張しているが、以下に述べるように、被告人の手元には、自由に使える多額の現金があったものであり、検察官の主張は、被告人の金員受領の動機を裏付けるものではなく、また、この時期に被告人が塾の経費支払の銀行口座に現金入金した事実があったとしても、その直前に予定外の現金収入があったことの裏付けとなるものではない。

被告人は、数年前、自動車を購入した際、高校時代に通っていた塾の塾長から100万円程度の借金をしたところ、それを同塾の講師のAが肩代わりしたことから、同Aに60万円程度の借入金があった。

Aは、被告人の市議会議員の給与が安いことを知っていたので、その貸付金の返済は急がないと被告人に伝えていたが、被告人は、返済のための金銭を少しずつ貯めていた。

市議になって1年程度たったころには、その返済のための現金が30万~40万円程度貯まったので、そのころから、被告人は、ときおり借入金の一部を返済しようとしてAに電話やメールで連絡をとっていた。

平成25年春にもその旨を連絡したが、Aから「全額貯まってからでいい」と言われたので、その金はそのまま手元に置いておき、市長選挙に立候補した際の出費に一部流用するなどした。そして、市長に就任した後、給与収入も増えたことから返済資金を貯めることができ、平成26年4月に、Aに全額を返済した。

また、被告人の自宅近くに住む伯父は、被告人が市議会議員に就任した後、急に金が必要になった際に持ち出して使えるように、同人の自宅の冷蔵庫に、被告人が自由に持ち出せるよう20万円~30万円の現金を入れておき、そのことを被告人に伝えていた。被告人は、実際にその金を持ち出すことはなかったが、現金が必要な時はいつでも持ち出して借用することが可能であった。

しかも、毎年、年度当初は、塾の入学金・年会費が入ることから、被告人が使うことができる現金が、他の時期と比較して多かったものである。

これらの事実から、平成25年4月頃、被告人の手元には、緊急に出費する必要があれば、それに充てることができる現金が手元に30~40万円あったことに加え、伯父が自宅に用意してくれていた現金を、必要があればいつでも持ち出して使うことが可能だったこと、年度当初で現金収入が多かったことなどから、被告人の手元には自由に使える多額の現金があったものである。

3 市議会での被告人の質疑に対する市当局の答弁には何ら特異性はない

検察官は、市議会議員が議会の質疑で市当局に何らかの対応を求める発言をすることが、再質問をされることを避けようとする市当局の対応に大きな影響を与えることを前提に、平成25年3月14日の定例市議会での質疑で、当時市議会議員であった被告人が災害対策に関して新技術の導入の検討を求めたことで、同市の関係部局が浄水プラントの導入を検討せざるを得なくなったかのように主張し、被告人の議会での質疑を、中林から被告人への市議会議員の職務に関する請託に基づく行為のように位置付けている。

しかし、美濃加茂市において、市議会議員が一般質問や質疑を行った場合、答弁案の作成や議会での答弁にあたって、関係部署は、美濃加茂市民の代表である議員からの質問であることを十分認識し、真摯に対応するのは当然であるが、議会会期中になされる一般質問や質疑は毎回かなりの数であり、単に、質問がなされたからと言って、これがただちに市政の運営に反映されるものではなく、提案された事業などを実現することを担保するものでもない。また、発言通告書は、議会での質疑予定日のほんの数日前に提出されることが多く、質疑への答弁自体は関係部署の役割であり、市長まで上がっているものではないので、具体的答弁を行う関係部署としても、多くは「研究します。」とか「検討します。」といった答弁にならざるを得ない。

当該質疑について、その後、議会で再質問をされることも多いが、それは、制度上当然に予想されるものであり、関係部署としても、「再質問の可能性」を過度に負担として捉えているわけではない。

上記のような美濃加茂市における市議会での質疑への市の関係部局の一般的対応を踏まえれば、被告人の質疑に対する市当局の答弁が何ら特異なものではないことは明らかであり、被告人の市議会での発言を、中林の請託に基づく市議会議員の職務行為と解する余地はない。

第2 贈賄者供述の信用性の欠如~闇取引の疑い等

1 贈賄者に係る起訴されざる重大な犯罪の嫌疑

中林は、公文書等偽造・同行使、詐欺の事実で勾留中に贈賄の自白を行ったものである。中林が行った融資詐欺は、関係機関の代表者印等を偽造、受注証明書、契約書等の公文書、私文書を偽造して、多くの地方自治体、医療機関等から浄水装置を受注し、その代金が入金予定であるように装い、送金元の名義を偽って受注先から自社の口座に代金が入金されたように仮装するなどして、銀行、信用金庫など10の金融機関から、借り換え分も含め総額3億7850万円を騙取していたものであり、およそ1億4000万円が未返済となっているものである。また、その融資の多くがP信用保証協会、Q信用保証協会等の信用保証付融資であった。

なお、上記3億7850万円というのは、中林が供述調書で事実を概括的に認めている融資詐欺の金額であり、それ以外に、公訴事実第2記載の被告人、中林、Bの3人の会食の直前に、中林が、美濃加茂市からの雨水浄化設備を受注したように偽って「Y」と称する会社経由でZ信用金庫から受けた3000万円が含まれておらず、同融資を含めれば、融資詐欺の総額は4億円を超え、未返済額も1億7000万円に上るものと考えられる。

しかも、上記の融資詐欺には、美濃加茂市の小中学校への雨水浄化設備の設置に関して、真実は、中林が、同市小中学校への設置に向けて営業活動を行っているに過ぎないのに、既に、美濃加茂市において設置が決定され、工事が発注されているように偽って、X銀行今池支店から4000万円(平成25年6月21日に2300万円、8月16日に1700万円)の融資を受けた事件が含まれている。

2 当該嫌疑に係る捜査経緯の不自然さ等

中林は、平成26年2月6日に、1000万円の融資詐欺で逮捕された後、3月5日に、1100万円の融資詐欺で再逮捕されているが、逮捕当日及び翌日に短い調書が作成された後は、同月7日から14日までの8日間は、供述調書が全く作成されておらず、勾留満期の15日から勾留延長後の20日までの間に警察官調書、21日には検察官調書が作成されている。

そして、26日に起訴された後、28日に、3億7850万円の融資詐欺全体を概括的に認める供述調書が作成され、それが詐欺関係の供述調書の最後となっている。

一方、中林は、同月16日と17日に、中林が被告人に対する20万円の賄賂を渡したことを認める上申書を作成し、27日には、平成25年4月上旬に10万円、同月下旬に20万円の賄賂を被告人に渡した事実を具体的に述べる警察官調書が作成されている。

すなわち、中林が総額約4億円の融資詐欺について概括的に自白をしているにもかかわらず、その捜査は、そのうち僅か2100万円の被害額の融資詐欺だけで打ち切られ、そのような捜査の終結とほぼ同時期に中林が本件贈賄の自白を行ったものである。融資詐欺捜査の打ち切りが贈賄自白の重要な動機となったことが合理的に推認できる。

しかも、中林が市議会議員であった被告人に接近して美濃加茂市に雨水浄化設備の導入を働きかけていた事実と、既に設置が決まったかのような偽造書類を提出して融資を受けたこととの間には何らかの関連があるはずであり、贈賄に至る経緯の中で融資に関する話が出てくるのが当然であるにもかかわらず、一切そのような話が出てこないのは明らかに不自然であり、そこには、融資詐欺に関連する事実関係を本件の調書から排除しようとする取調官側の意図が窺われる。

3 中林の贈賄供述の決定的な欠陥

上記のような不合理な捜査経緯によって引き出された中林の贈賄自白は、その内容においても決定的な欠陥がある。

すなわち、上記3月27日の自白調書では、公訴事実第1のガスト美濃加茂店での会食は中林と被告人の二人だけで、Bは同席していなかった旨供述していたが、その後、4月下旬に至り、同店の伝票により、利用人数が2人ではなく3人であったことが判明し、中林の供述が客観的証拠と符合しないことが明らかになった。

しかも、中林は、当初から、「賄賂を渡すのはBには知られたくなかった」と述べていたのであり、賄賂を渡すための同会食に、わざわざBを同席させた理由に加え、Bに見られないように被告人に現金を渡した具体的状況の説明が必要となった。

その時点で、なぜか、中林の取調べは警察官から検察官の手に移り、5月1日に、詳細な検察官調書が作成されるのであるが、ここでは、3月27日の警察官調書での自白内容には触れられておらず、供述の変遷の理由も全く述べていない。

当初の自白では、同会食は、被告人に賄賂を渡すことが目的で、渡す資料は「意味のないもの」だったと述べていたのが、同席者のBに被告人に資料を渡すと説明したと述べたこととの関係で、被告人に渡す資料が「意味のあるもの」でなければならなくなった。その「意味のある資料」が何であるのかについての中林の供述はなく、それが特定されたのは、本件起訴の3日前の7月12日の検察官調書であった。

被告人に現金を渡すのをBに見られないようしたことについての中林の説明も、上記5月1日の検察官調書では、「Bさんが席を外したとき、私は、藤井さんに対し、準備してきた賄賂のお金を差し上げました。」としか記載されておらず、中林が本件で逮捕された後も、その点について具体的に述べる供述はなかった。

結局、7月12日付けの検察官調書で、その点について、「Bが自分と被告人の分の飲み物をドリンクバーに取りに行って席を外した際に、被告人に現金を渡した」と具体的に特定された。

同調書では、被告人に現金を渡した方法について、「被告人とテーブルをはさんで向かい合って座っていた中林が、現金10万円を入れた封筒をテーブルの上に出して、封筒から資料を挟んだクリアファイルを半分くらい引き出し、資料だけが見える表側を見せ、次に、封筒ごと裏返して、資料の後ろ側に挟んだ現金10万円を入れた銀行の封筒を見せたうえで、クリアファイルを封筒の中に戻し、被告人に小声で『これ少ないですけど、足しにしてください』と言いながら現金10万円を入れた封筒を差し出し、被告人が『すみません。助かります』と言って封筒を受け取った。」とされているが、中林、被告人らが着席していたテーブルとドリンクバーは僅か3メートル程度しか離れておらず、仮にBが席を立ったとしても、振り向けば中林と被告人とのやり取りが容易に見える位置だったのであり、Bがドリンクバーに立っている間に、上記のような方法で被告人に現金を渡すことは不可能である。

しかし、そのような現場の状況については、起訴までに実況見分すら行われておらず、公判前整理手続が開始された後に、弁護人の指摘を受けてようやく実況見分が行われ、上記のような現場の状況が初めて客観的に証拠化され、中林供述が現場の状況と整合しないことが明らかになったものである。

4 Bに対する警察・検察の取調経緯

前記のように、その供述内容が本件贈収賄の嫌疑自体に極めて重大な影響を与えるBに対して、警察は、平成26年6月24日午前7時に任意同行を求め愛知県警本部で取調べを開始した。それは、警察が被告人に任意同行を求めて本件の任意取調べを開始したのとほぼ同時刻であった。

取調べ警察官は、最初に、「会食の場で、中林が藤井に金を渡すところを見たか、その話を、中林か藤井から聞いたか」と質問し、Bが否定すると、「それじゃ、席を外していたので金を渡したことはわからなかった、ということで、取りあえずの調書をとっておく」と言ってあたかも、Bが中林と被告人との金のやり取りを見たかどうかが取調べの主目的であるかのように思わせて、「席を外していたので金を渡したことはわからなかった」旨の供述調書を作成し、Bに署名させた。

そして、その後の取調べは「席を外していたこと、又はその可能性」を明確に認めさせることに集中し、朝から夕方まで長時間にわたって、体調も考慮せず、恫喝的な取調べが行われ、Bは、最後には、持病で痙攣を起こし、意識を喪失するまで追い込まれたが、それでも「席を外していない」との供述を維持した。

一方、検察庁での最初の取調べは6月26日に行われ、「中林が藤井に金を渡したという供述をしていると聞きましたが、私はその場面を見た記憶がありません」という内容に加えて、「仮に、中林が藤井にお金を渡しているとするなら、私がトイレや電話などで席を外した際に渡しているのではないかと思います。」と記載した供述調書が作成され、Bに署名させた。この調書の記載は、「『中林がお金を渡していた』と仮定すれば理屈としてはそういうことになる」という意味であることは明らかだったが、この同調書の「私がトイレや電話などで席を外した際に」との記述は、その後、被告人の保釈請求に対する検察官意見等では「Bが検察官の取調べで席を外したことを認めたことを示す調書として用いられ、本件公判でも同趣旨で証拠請求された。

そして、Bが弁護士による抗議文を提出して警察の取調べを拒否し、取調べ検察官の了解を得てインターネット番組に出演し、「会食の場では席を外していない」旨世の中に明言するようになった後は、一転して、基本的にBの供述するとおりの内容の調書が作成されるようになった。

それ以降の検察官調書では、問答形式で、取調べ当初から一貫して述べている「席を外していない」旨の供述と、6月26日の検察官調書での「私がトイレや電話などで席を外した際に渡しているのではないかと思います。」との記載を対比し両者の違いを指摘することで、この点について被告人に有利な方向に供述を変更したように歪曲して、B供述の信用性を否定しようとしている。

第3 本件贈収賄が警察・検察に作り上げられた犯罪であること

弁護人は、上記の各事実を証拠によって立証することにより、本件贈収賄の嫌疑の根拠とされた中林供述が全く信用できないことだけではなく、本件各公訴事実が、警察、検察によって作り上げられた犯罪であることを明らかにする。

中林の贈賄自白は、約4億円にも上る悪質極まりない融資詐欺の捜査が、ごく一部だけの立件、起訴で終結するのとほぼ同時期に行われたものであり、警察・検察の明示的な約束があったか否かはともかく、中林の贈賄自白が、自らの犯罪の捜査・処理に関する有利な取扱いへの期待に動機づけられてして行われたものであることが強く疑われる。

そのような経過で行われた自白については、慎重な裏付け捜査によって信用性についての吟味を行うのが当然であるが、本件で行われたことは、中林に供述内容を変更させ、新たに明らかになった客観的事実との辻褄を合わせることであった。

しかも、中林の供述に基づいて被告人を逮捕するのであれば、中林の贈賄供述の信用性を判断する上で決定的に重要な、会食の場の同席者のBを事前に取調べて、Bの供述内容を確認し、中林供述と相反するのであれば、両者の供述信用性について徹底した裏付け捜査を行うことが不可欠であった。

ところが、Bに対して、警察が行ったのは、被告人の任意同行とほぼ同時に、被疑者のような扱いで任意取調べを開始し、捜査側の意図を隠したまま「席を外していたので金を渡したことはわからなかった」旨の供述調書に署名させることであった。

そして、その後、席を外した状況等について警察の意に沿う調書をとるため連日、長時間にわたって、恫喝的、虐待的な取調べが行われ、その取調べについて抗議を受け、Bの取調べは検察官の手に移った。

しかし、検察官も、B供述を正面から受け止めようとはせず、当初の取調べでB調書の言葉尻をとらえて、同人が一貫して述べている「席を外していない」との供述を、あたかも被告人に有利に変遷したものであるかのような内容の問答形式のB調書を作成することであった。

本件に関して、警察・検察が行ったのは、融資詐欺の勾留中に中林が行った贈賄自白を何とか維持し、被告人の逮捕、起訴に持ち込むための辻褄合せとして、証拠上の体裁を整えようとすることだけであり、そこには、中林供述が果たして真実なのかという点を慎重に判断しようとする姿勢も、中林の融資詐欺も含めて事案の真相を解明しようとする姿勢も全くなかったと言わざるを得ない。

まさに、本件は、警察・検察によって作り上げられた犯罪なのである。

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「弁護人による告発」と「司法取引」制度の導入 ~悪質融資詐欺の告発で虚偽の贈賄自白の背景に迫る~

藤井美濃加茂市長の事件、9月4日の第4回期日で公判前整理手続が終結し、第1回公判は9月17日午後4時から開かれることが決まった。

我々弁護団は、その第4回期日の直前、市議時代の藤井市長に30万円の賄賂を供与したと供述している人物(以下、「贈賄供述者」と言う。)を、有印公文書偽造・同行使、詐欺の事実で名古屋地方検察庁に告発した。

「弁護人による告発」というのには違和感をもたれる方もいるかもれない。一般的には、被疑者、被告人の権利を擁護に、不当な処罰を免れさせる役割を担うのが弁護人であり、処罰を求める「告発」という言葉は似つかわしくない。

しかし、今回の藤井市長の事件では、弁護の対象である被告人の藤井市長と対立する供述を行う贈賄供述者の告発を行うことは、弁護活動にとって極めて重要な意味を持つものである。

藤井市長は、贈賄供述者から現金を受け取ったことは全くないと、収賄の事実を全面否認し、一貫して潔白を訴えている。我々弁護人の役割は、藤井市長が現金を受け取っておらず無実であることを明らかにすることであり、そのために、現金を渡したとの贈賄供述者の供述が信用できないことを立証していくことが必要となる。

贈賄供述に関しては、供述が不合理な変遷を重ねていること、供述内容と現場の状況とが一致しないこと、同席者の供述とも符合しないことなど信用性に重大な問題がある。

しかし、その問題は、単に「信用できない」ということだけではない。我々弁護人にとっては、贈賄供述者の虚偽自白の動機、なぜ藤井市長に現金を渡したなどというウソの贈賄自白をしたのかという点を解明することが最大の課題だと考えている。それは、藤井市長の潔白を信じるすべての人々が望んでいることである。

「ヤミ司法取引」の疑い

虚偽の贈賄自白の動機について、当初から注目していたのが、当初の逮捕事実の金融機関からの融資詐欺の立件・起訴に関して、警察・検察と贈賄供述者との間で、「ヤミ司法取引」が行われた疑いであった。

逮捕時の報道によれば、金融機関から受けた融資は4億円を超えるとのことであったが、実際に立件・起訴されているのはごく僅かに過ぎない。他の融資詐欺を不問にすることの見返りに、藤井市長に対する贈賄供述が引き出されたのではないかという疑いがあった。

その点を、弁護人側から、公判前整理手続で「予定主張」として提示し、主張関連証拠として、詐欺罪で逮捕された後の贈賄供述者の供述調書等すべての開示を請求したところ、検察官から証拠開示された。

開示された供述調書によると、贈賄供述者の融資詐欺は、関係機関の代表者印等を偽造、受注証明書、契約書等を偽造して、地方自治体、医療機関等から受注したように偽って銀行、信用金庫など10の金融機関から融資金を騙し取るという、この種の融資詐欺の中でも最も悪質なものであることがわかった。通常であれば、警察、検察等の捜査機関は、融資を行っていた金融機関すべてから被害届の提出を受けて、騙取した融資金の行方等を追及する等徹底した捜査を行うのが当然である。ところが、2月6日の最初の逮捕事実及び3月5日の再逮捕事実に係る2件の合計2100万円の融資詐欺及び有印公文書偽造・同行使の事実しか立件、起訴されていないことがわかった。

約4億円の融資には、騙し取った融資金の返済のために新たに融資詐欺を行った「借り換え分」も含まれているが、それだけ悪質な融資詐欺であれば、借り換え分も含めてすべて立件するのが通常の捜査・処理のはずだ。

それなのに、僅か2件の融資詐欺だけしか立件・起訴されず、その融資詐欺の捜査が終了する直前に、「藤井市長に対して賄賂を供与した」という内容の贈賄自白の上申書が作成されているのである。

そして、驚いたことに、立件・起訴されていない融資詐欺の中には、真実は、美濃加茂市小中学校への設置に向けて営業活動を行っているに過ぎないのに、既に、同市において設置が決定され、工事が発注されているように偽って、銀行から合計4000万円の融資を受けた事実が含まれていた。

藤井市長の事件で、贈賄供述者からの請託と内容とされたのが、美濃加茂市の小中学校への雨水浄化設備の設置の働きかけだったことからすると、この融資詐欺の事実は、贈収賄の犯罪が本当に行われたのだとすれば、動機にも密接に関連するもので、収賄事件の捜査の過程で捜査の対象にすることが不可欠のはずなのに、捜査された形跡が全くない。しかも、同融資申込みにおいては、美濃加茂市教育委員会委員長の公印が偽造され、同委員会名義の発注書が提出されており、市長が収賄で起訴されている美濃加茂市は、その有印公文書作成・同行使の事件についていえば被害者の立場にあることになる。

それに加えて、その4000万円の融資には、信用保証協会の保証付き融資が含まれており、融資詐欺にかかる被害は公的機関にまで及んでいる。公益的な観点からも積極的に捜査の対象にするのは当然だ。

このように贈賄供述者の融資詐欺に対して、通常の刑事事件ではあり得ない捜査・処理が行われた理由は何なのか。それは、贈賄自白を引き出したことと関係があるのではないか。それによって藤井市長に現金30万円を渡したなどという虚偽の贈賄自白が引き出されたのではないか。

悪質融資詐欺が立件・起訴されない理由は何か

公判前整理手続で、検察官に、多くの融資詐欺が立件・起訴されていない理由の説明を求めた。それに対して、検察官からは、2件以外については被害届が提出されていないことを示す書面が証拠開示されただけだった。つまり、上記一連の融資詐欺について既に起訴されている2件以外について立件・起訴が行われていない理由は「被害者の金融機関の被害申告が行われていないこと」だけしかない、それ以外の説明は全くできないということなのである。

では、そのような悪質な融資詐欺に遭いながら、金融機関側が被害申告をしないのはなぜなのか。贈賄供述者が行ったような、偽造の印鑑を使って公文書や契約書まで偽造して融資金を騙し取るというような詐欺は、金融機関にとって絶対に許せない犯罪のはずだ。そのような犯罪が横行し、金融機関が「食い物」にされたら、預金者への責任など果たせなくなってしまう。それなのに、なぜ、金融機関から、贈賄供述者の犯罪のごく一部しか被害届が出ていないのか。合理的な理由もないのに被害届が出されないとすれば、それは、「金融機関としてのコンプライアンス問題」ではないか。

私は、藤井市長の主任弁護人として、美濃加茂市から浄水設備を受注したように偽って4000万円の融資金を騙し取った上記の事件について、被害者である金融機関のコンプライアンス統括部の責任者に対して、被害申告が行われていない理由を尋ねる質問状を送った。

その金融機関のコンプライアンス統括部の責任者は、金融機関のコンプライアンス についての著書も出している人物だった。何らかの理由の説明が行われるのではないかと期待したが、送られてきた回答書は、「個別の融資案件についてはお答えできない」という木で鼻をくくるような回答だった。

悪質融資詐欺の「弁護人による告発」

このような経過で、我々藤井市長の弁護団は、上記の4000万円の融資詐欺を検察庁に告発をすることにしたのである。

この「弁護人としての告発」は、弁護人が担当している藤井市長の収賄事件において、被告発事実の融資詐欺の事件が適切に捜査・処理され、贈賄供述がいかなる経過でいかなる動機で行われたのかについて明らかにすることが、真相を明らかにするために不可欠であるにもかかわらず、被害者の金融機関から被害届が出されていないことだけを理由に捜査の対象にすらされず、当該金融機関も被害届を出さないことについて何の説明もしないことから、適切な捜査・処理を求める法的手段として行ったものだ。

公判前整理手続後の記者会見で、この告発について言及したところ、「開示証拠の目的外使用ではないか」と質問した記者がいたが、ここでの「目的」を理解していない。我々弁護人は、藤井市長被告事件の開示証拠に基づき、同事件の真相解明のために不可欠と考え、刑事事件の捜査・処理に関する手続として刑訴法に基づく告発を行ったのであり、目的に沿った開示証拠の活用そのものである。

法制審特別部会提言による「司法取引」制度化との関係

このような場合の「弁護人による告発」は、平成26年7月9日の法制審議会特別部会の提言により、関連法案の国会への提出が予定されている「捜査・公判協力型協議・合意制度」の導入とも密接に関係する。

この制度が導入されると、検察官と被疑者・被告人との間で,一定の財政経済関係犯罪等について、「被疑者・被告人が他人の犯罪事実を明らかにするため真実の供述その他の行為をする旨及びその行為が行われる場合には検察官が被疑事件・被告事件について不起訴処分,特定の求刑その他の行為をする旨を合意」を行うことができる。そして、「被告事件についての合意があるとき又は合意に基づいて得られた証拠が他人の刑事事件の証拠となるときは,検察官は,合意に関する書面の取調べを請求しなければならない」とされており、この「合意に関する書面」とともに、合意に基づいて得られた証拠を他人の刑事事件で証拠請求することができる。

つまり、検察官と被疑者・被告人との間で、他人の犯罪事実を明らかにするための真実の供述を行わせるために、当該被疑者・被告人の不起訴処分や求刑を軽くしたりする「司法取引」を導入する法改正が行われようとしているのである。

今回の事件で、贈賄供述者やその弁護人と警察、検察との間で、融資詐欺の立件・起訴の範囲を限定することの見返りに藤井市長の贈賄自白が引き出されたとすれば、導入されようとしている「司法取引」そのものだとも言える。

現行制度における「事実上の司法取引」の存在

我が国では、検察官が公訴権を独占し、訴追裁量権を持っているので、犯罪事実が認められる場合でも、事件を立件しないで済ますことや不起訴処分(起訴猶予)にすることが可能である。

そのような訴追裁量権を背景にした「事実上の司法取引」というのは、これまでも行われてきた。特に、特捜部等が行う検察独自捜査や、検察主導の捜査においては、検察官と被疑者や弁護人との間で、検察官が捜査・処理に関して被疑者に有利な裁量を働かせることで、被疑者から、他人の刑事事件についての供述を引き出す方法は、相当程度使われてきた。そのような「事実上の司法取引」において、被疑者・被告人の立場で顕著な働きをするのが、「ヤメ検」と言われる検察OBの弁護士である。

しかし、実際に、「事実上の司法取引」が行われたことが明らかになることはほとんどなかった。そのような「取引」によって引き出された供述によって不利益を受ける「他人」の刑事事件の公判でそれが問題にされても、「取引」の当事者がその事実を否定するので、その立証は困難だった。

もっとも、このような「事実上の司法取引」は、透明な手続で「司法取引」を行う制度がなかったために、すべて不透明な方法で行われ、その存在が公式に明らかになることはなかったということであり、それが内容的に不当なものだったかどうかとは別の問題である。社会的にも極めて重要な事件を明らかにする供述を引き出すために、他の手段によっては得られない供述を引き出したという「事実上の司法取引」が行われるケースもあったであろう。

「捜査・公判協力型協議・合意制度」による「司法取引」の透明化

今回の提言を受けて導入されようとしている「捜査・公判協力型協議・合意制度」というのは、従来行われてきた「事実上の司法取引」を、合意書の作成・証拠取調べ請求という形で透明化するものであり、逆に言えば、透明な手続による司法取引が導入されることにより、透明化できない不公正な「事実上の司法取引」が行われないようにすることも、実質的な制度目的と言えるであろう。

かかる意味では、本件のように、約4億円の悪質極まりない態様の融資詐欺を不問に付すことで、30万円の市議時代の現職市長への贈賄自白が引き出され、しかも、その自白の信用性に重大な問題があるという事例は、導入されようとしている「捜査・公判協力型協議・合意制度」が想定している「司法取引」とは全く似て非なるものであり、まさにこのような「取引」が行われないように制度設計していくことが、同制度を適正かつ公正な制度にしていくために不可欠だと言える。

証拠開示・検審「強制起訴」による不当な「事実上の司法取引」の防止

今回、このように容認される余地のない「司法取引」が、「弁護人による告発」によって問題にされることになったのは、2004年の刑事訴訟法改正によって導入された公判前整理手続によって、「主張関連証拠」として弁護人の主張に関連する証拠の開示請求がすることが可能になったからである。

その結果、開示された証拠によって弁護人が「不当に立件・起訴されなかった疑いがある事件」を把握し、それに対し「弁護人による告発」が行われたのであるが、もし、その告発事件に対して検察官が適切な捜査・処理を行なわず、不起訴処分にした場合には、2009年の検察審査会法改正で導入された検察審査会の起訴議決(いわゆる「強制起訴」)の制度が機能することになる。当然、不起訴処分に対しては、検察審査会への審査申立が行われることになり、市民から選ばれた審査員によって、不起訴処分の社会的相性が審査されることになる。審査の結果、起訴すべきとの議決が2回行われ、強制起訴ということになれば、最終的には、「事実上の司法取引」によって不問に付されようとしていた事件の処罰についての判断を、裁判所が下すことになる。

つまり、近年、裁判員制度の導入に先立って公判前整理手続が導入されて証拠開示制度が拡充されたことと、同じく、裁判員制度の導入と同時に検察審査会による起訴議決制度が導入されたことという、二つの制度改正によって、今回の事件のような「弁護人の告発」が、不当な「事実上の司法取引」に対する防波堤的な役割を果たすことが可能になったと言えるのである。

「透明な司法取引」に対する司法判断と「事実上の司法取引」に対する弁護人の告発

近く関連法案が国会に提出され、「捜査・公判協力型協議・合意制度」が導入されれば、合意文書の作成・証拠請求という形で透明化された「司法取引」について、裁判所による判断が重ねられていくことになるであろう。そこで問われるのは、①「司法取引」によって一定の犯罪を不問に付し、それによって「他人の犯罪事実を明らかにするための供述」が得られ、その「他人の犯罪事実」の処罰を行おうとすることの社会的相当性、②「他人の犯罪事実を明らかにするための供述」が真実なのか否かの2点である。

同制度導入前の今回の藤井美濃加茂市長の事件では、弁護人側から、「事実上の司法取引」が行われた疑いを主張し、大きな争点となっている。そこで問われている「約4億円の悪質融資詐欺を不問に付すことで、贈賄供述者から現職市長の市議時代の30万円の収賄についての供述を得ようとしたことの社会的相当性」は上記①に相当し、それによって得られた贈賄供述者の供述の信用性に重大な問題があり「真実かどうかが疑わしい」というのが上記②に相当する。

関連法案が成立し、「捜査・公判協力型協議・合意制度」が導入された後に、もし、検察官と贈賄供述者及びその弁護人の「合意」が行われ、贈賄供述者の贈賄供述が引き出されたのであれば、「合意書」と贈賄供述の取調べ請求を受けた裁判所が、上記①、②について判断を行うことになるであろう。

しかし、本件で疑われている「司法取引」は、①、②のいずれの点からも、透明化された手続によっては凡そ許容しがたいものでる。もし、検察官と贈賄供述者弁護人との間で、そのような取引を行おうとするのであれば、現在はもちろん、上記制度導入後であっても、「事実上の司法取引」の手法によることになるであろう。上記制度導入後においても、その制度に基づく「透明化された司法取引」としては認められようがないものが、従来通り、検察官と弁護人との間で「事実上の司法取引」として行われる可能性も全くないとはいえないのである。

その場合、その「事実上の司法取引」をあぶり出す手段となるのが、今回、我々藤井市長の弁護人がとったのと同様の、公判前整理手続における「『事実上の司法取引』の疑いについての予定主張」「主張関連証拠としての開示請求」、そして、「弁護人による告発」というスキームなのである。

告発事件に対する捜査・処理で検察の真価が問われる

日本の刑事司法に「司法取引」としての「捜査・公判協力型協議・合意制度」を導入する法案が、近く国会に提出されようとしている今、全国最年少市長の収賄事件として注目を集めた藤井市長事件の公判が開始され、上記②の贈賄供述の信用性を最大の争点とする審理が始まる。

同事件に関連して行われた贈賄供述者による悪質融資詐欺に対する「弁護人による告発」に対して、検察当局がどのような捜査・処理を行うのか、それが不起訴とされた場合に、検察審査会でどのような判断が行われるのかは、「捜査・公判協力型協議・合意制度」の制度の内容を固めていく上でも、その運用を検討していく上でも、重要なテストケースとなる。

我々弁護人は、贈賄供述者の告発状を、最高検、名古屋高検、法務省刑事局にも「名古屋地検に対する適切な指揮監督」を求めて参考送付した。

そこで、今回の告発に対して検察が組織としてどのような判断を行うのか、それによって、新たな刑事司法の時代に対する検察の真価が問われることとなろう。

 

 

 

 

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藤井美濃加茂市長ようやく保釈、完全無罪に向け怒涛の反撃

8月23日午後10時過ぎ、藤井美濃加茂市長の保釈請求の却下決定に対する準抗告が認められ、保釈許可決定が出た旨の連絡が入った。藤井市長の身柄拘束に対する弁護団の請求・申立てに対して、初めて裁判所の良識が示されたことがわかった瞬間だった。

6月24日の逮捕以来、①勾留に対する準抗告、②勾留延長に対する準抗告、③勾留取消請求、④その決定に対する準抗告、⑤同棄却決定に対する最高裁の特別抗告、⑥第1次保釈請求、⑦第2次保釈請求、⑧その却下決定に対する準抗告、⑨第3次保釈請求、⑩第4次保釈請求と10回にわたる弁護人の身柄釈放を求めるアクションは、ことごとく却下・棄却されてきた。

その中でも、弁護人にとって、特に許し難かったのは、今回の第4次保釈請求を却下した裁判官の決定であった。

刑事訴訟法により、勾留、保釈等の身柄の措置に関する決定は、一人の裁判官が行うが、それに対する不服申立てとしての準抗告が行われると、3人の裁判官による合議体での決定が行われる。

前回の第3次保釈請求では、8月12日の第1回公判前整理手続期日で、検察官請求証拠のうち、贈賄供述をしている中林の供述調書以外の検察官請求証拠をすべて同意することを書面で明らかにし、検察官立証に関する「罪証隠滅のおそれ」がなくなったということを記載した。それに対して、検察官は、「弁護側請求証人に関して、被告人からの口裏合わせ、証人への働きかけの可能性がある」などという、弁護側の立証活動を否定するかのような信じがたい理由を持ち出して保釈に強く反対した。そして決定を下す新米裁判官は、その検察官の意見を受け入れて保釈請求を却下した。

弁護活動すなわち罪証隠滅行為だと言っているに等しい、検察官の無茶苦茶な理屈を受け入れたこの却下決定を、準抗告、特別抗告で覆すことも考えた。しかし、第2回公判前整理手続期日が迫っていたので、検察官の理屈を前提にしても「罪証隠滅のおそれ」がないことを明らかにすることで保釈を得ることとし、弁護人立証に関して、新たにすべて供述録取書、陳述書を作成して、主張を具体化したうえ、検討中だった証人申請の一部については行わないことを明示したのである。

その上で行った第4次保釈請求だっただけに、さすがに保釈許可されることはほぼ間違いないだろうと考えていたが、裁判官と弁護人との面接で裁判官が示した態度、発した言葉は、これまた、信じ難いものであった。

同裁判官は、弁護人との面接において、「市役所職員に対する影響力の行使の点につき、弁護人の主張が具体化されていないことを検察官が懸念している」「請託の有無に対する弁護人の主張が具体化されていないことを検察官が懸念している」「主張を具体化したら、検察官も相当意見(保釈に反対しない意見)を書くのではないか」などと述べたのである。

裁判官は、弁護人の請求に対して、検察の意見を聞いたうえで、裁判官の立場で中立に判断するものである。それを、検察の意見に乗るのが当たり前とでもいうような態度・発言であったことに驚くとともに失望させられた。

弁護人は、主張が十分に具体化されていることや、具体的な罪証隠滅の態様が想定できないことなどを説明したのに対して、裁判官は「検討する」と言いながらも、保釈却下決定が出たのは、その面接の僅か20分後であった。最初から検察官の意見に追従することしか頭になく、裁判官としての独自の判断を示す意思がなかったとしか考えられない。

弁護人から、ただちに「怒りの準抗告」を行ったが、その中で、上記のような裁判官面接でのやり取りにも触れた。

このような裁判官の態度を見ると、否認事件の身柄拘束についての裁判官の判断が、全く裁判官としての独自性のないもので、単に検察官の判断を追認するだけになってしまっていて、それは、裁判所の構造的な問題であるようにも思える。

裁判官が検察官の意見に追従するというのも、検察官が、捜査を行った上で処分を決める判断者でもある起訴前の段階なら、まだ理解できないわけではない。しかし、起訴後は、検察官は、既に公訴を提起し、その事件の公判で立証を行う当事者である。否認事件であれば、有罪か無罪をめぐって、弁護人と対等な立場で主張・立証を行う立場になっているのである。この場合、検察官と対立する当事者の被告人の身柄拘束に対して判断を行う裁判官にとって、当事者としての検察官の意見は、単なる判断の参考に過ぎないはずである。

「検察官が懸念している」「~すれば検察官も相当意見を書くのではないか」などという言葉を口にする今回の裁判官は、もはや「判断者」ではなく「検察官の判断に対する取次窓口」であることを自認しているようなものだ。

刑事裁判官の判断のうち、証拠による事実認定や法律判断という判決を下すことについては、裁判官としての経験が重視される。その一方で、逮捕状の発布、勾留、保釈の決定などには、裁判官としての経験年数は必要とされず、任官間もない未熟な裁判官も一人前の裁判官として判断を行う現状は、事実認定、法律適用などの「実体判断」を重視し、逮捕、勾留などの身柄拘束に関する「手続判断」を軽視する姿勢によるものだということを、ブログ【現職市長に「逃亡のおそれあり」として勾留決定をした任官後半年の新米裁判官】で書いた。

その点、今回の第4次保釈請求を却下した裁判官は、任官13年目のベテランであり、裁判官としての経験も相当程度に豊富なはずだ。しかし、その裁判官の態度と判断は、上記のとおりであり、新米裁判官であることの未熟さより、一層始末が悪いのである。

著書【司法権力の内幕】で、裁判所の検察官に依存する無責任システムを厳しく批判した、元裁判官の森炎氏と対談本を出版すべく、現在、対談を重ねている。その対談の中で、森氏が「裁判官が検察官の言いなりになっている」などと言われていることに関して、「そこは、言いなりになるというより、むしろ、積極的に検察にもたれかかりたいという精神性なのです。いや、『もたれかかる』ではなくて、『もたれ込み』と言った方がよいかもしれません。」と述べている。

まさに、今回の保釈請求にあたっての裁判官の発言は「検察へのもたれ込み」そのものであり、経験を経るごとにその姿勢が強くなっていくことを示しているように思える。それは、「経験不足」よりもっと始末の悪い、日本の刑事裁判官の悪しき精神性そのものの問題なのかもしれない。

基本的に、殺人や傷害、強盗や窃盗など検察の組織としての判断の健全性が期待できる一般の刑事事件であれば、身柄拘束に関する裁判所の判断の重要性も、それ程大きくはない。

しかし、【「責任先送りのための起訴」という暴挙】でも述べたように、本件に関しては、検察の権限行使の正当性自体に重大な疑問があり、検察組織のガバナンスにも問題がある。このような事件について、裁判所が果たすべき役割が極めて大きいことは言うまでもない。

今回の藤井市長の身柄の措置に関して、11回目にして初めて、裁判所の良識が示されたのであるが、ここに至るまでの、弁護人としての対応にかけた労力は膨大であった。

度重なる請求がことごとく却下・棄却されていることに、マスコミの側から「あまりに何回も保釈が通らないと、それ自体が『悪いことをやっている』というイメージで見られますよ。」と、有難い助言をしてくれる記者や「それにしても保釈が出ませんね。」などと皮肉交じりに言う記者もいた。

こうした中で、検察に人質とされている藤井市長を奪還するためには、主任弁護人の私を中心とする6人の弁護団の強い意志と結束が不可欠だった。

保釈許可によって、藤井市長の身柄を奪還し、美濃加茂市民の下にお返しできるのは、重要な一里塚である、しかし、戦いはこれからが本番である。

藤井市長を人質に籠城していた検察は、その人質を失うこととなる。その検察を一気に落城に追い込むべく、第1回公判に向けて、我々弁護団は、怒涛の攻撃を続ける。めざすのは、もちろん「完全無罪」である。

 

 

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