高市氏出馬会見、党紀委処分で裏金議員「非公認」を否定、「『ちゃぶ台返し』はできない」に重大な疑問

自民党総裁選に向けての出馬表明の動きが本格化してきた8月28日、本欄の記事【自民党総裁選出馬会見、「政治とカネ」問題で「抜本改革」を打ち出せない小林・河野、他の候補者は?】で、岸田首相が総裁選不出馬に追い込まれた最大の原因となった「自民党派閥政治資金パーティーをめぐる裏金問題」の経過と、岸田首相の対応を振り返り、総裁選における「政治とカネ」問題の論点を整理し、その時点で出馬会見を行っていた小林鷹之氏と河野太郎氏の、この問題に対する会見での発言について論評した。

「裏金問題」への対応には、派閥から政治資金パーティーの売上のキックバック等を受け、政治資金収支報告書に記載しなかった議員(裏金議員)に対して、どのような対応を行うのかという問題と、このような「裏金問題」を含め、政治資金制度をどのように是正していくのか、具体的に政治資金規正法をどう改正していくのか、という二つの問題があり、これらについて、総裁選の候補者が、国民に全く評価されなかった岸田首相の対応とは異なるどのような施策が打ち出せるかが注目点だと述べた。

そして、小林氏、河野氏に共通する裏金に関する事実解明を否定する姿勢について、岸田首相がこれまで国会答弁で繰り返してきたことと全く変わらないものであり、その理由とする

「捜査権を持つ検察以上のことは自民党にもできない」

というのは全くの誤りであることを述べた。

検察が行えることは、刑罰法令を適用し、刑訴法に基づく権限を行使して、証拠により犯罪を立証して処罰を求めることだ。適用する刑罰法令に問題があれば処罰が困難になり、刑訴法上の権限を用いることにも、黙秘権、令状主義等による制約がある。

一方、自民党として裏金の事実解明を行おうと思えば、「公認権」という党所属議員の生殺与奪の力を有している自民党総裁が、裏金受領議員に、受領の経緯、保管状況、使途について可能な限り調査して報告させ、十分な説明責任を果たすことを次期衆院選の公認の条件とすれば、相当程度の事実解明ができるはずだと述べた。

また、河野氏が、裏金議員への対応として

「不記載と同じ金額を返還をしていただくことでけじめとする」

などと述べたことに対しても、「裏金」は、派閥から所属議員にわたったものであり、自民党は返還を求める立場ではないことを指摘した。

裏金議員への対応について、8月24日に出馬表明した石破茂氏は、説明責任を尽くすことの必要性を強調し、公認についても新執行部で検討する余地があると述べている。一方、9月6日に記者会見を行った小泉進次郎氏も、

「対象となった議員の公認については、説明責任が尽くされているか。再発防止に取り組んでいるか、地方組織、県連の意見を聞いて新執行部で判断する」

と述べている。一方、茂木敏充氏は、

「(衆院)解散が決まった時点で党選対本部で厳正に判断したい」

としか述べていない。9月3日に出馬会見を行った林芳正氏は、

「総裁が代わったからと言って、政倫審、党の党紀委員会等の手続をとって決定したことを何も手続をとらないで変えることはあってはならない」

と述べ、小林氏と同様に、

「新たな事実が出てきた場合には、党としての調査を考える」

と述べた。

そして、マスコミの情勢調査等では、石破氏、小泉氏と並び有力候補の一角とされている高市早苗氏が、9日に出馬会見を行った。

高市氏は、裏金議員への対応について問われ、

「自民党で処分が決まっている。8段階の処分の中には『非公認』もある。非公認より厳しい処分が5名に下されている。非公認を含めて党内で積み重ねてきた議論を総裁が代わったからと言ってちゃぶ台返しをしたら独裁」

だと述べて、新総裁に就任しても、裏金議員への公認等について検討する考えはないと述べた。

基本的な趣旨は林氏と同様だが、党紀委員会で「非公認」も含めて検討した上で、処分が決定されたことを強調し、それを覆すのは「独裁」とまで言い切ったことで、裏金議員の公認を見直すことを明確に否定した。この高市氏の発言は、次期衆院選での公認の見直しなどという話にならないよう、固唾をのんで総裁選の行方を見守っている80人を超える裏金議員の支持を得る上では、この上なく効果的なものと言えよう。

しかし、一見、論理的に見える高市氏の「裏金議員への処分見直し否定論」だが、そこには重大な疑問がある。

まず、第一に、自民党の党紀委員会で決定された処分というのは、自民党という組織の中で、組織の論理の範囲内で議論され決定されたものであり、それに対して、国民から強い反発批判が生じているからこそ、岸田内閣の支持率が低迷し、現職首相の総裁選不出馬という結果につながったものだ。今回の総裁選において、そのような岸田総裁の下の自民党内で行われたことを、既に一定の手続を経て決定済だという理由で、すべて「是」として見直さない、というのでは、自民党内では通用しても、国民に対しては全く理解されないだろう。

第二に、その党紀委員会の決定の前提事実に合理性があるのか、という問題である。裏金議員に対する自民党の従来の対応がなぜ国民から厳しい批判を受けているのか、それは、何と言っても、自民党の多くの議員が、政治資金として収支報告書で公開もしない「裏金」を得ていたことが発覚したのに、刑事処罰を受けないどころか、納税すらしないで済まされていることに対する納税者としての強い憤りである。

国民の多くは、裏金議員の中には、その金を個人の懐に入れていた議員が相当数いるのではないかと疑っている。裏金議員の側は、すべて「政治資金として使っていたもので、議員個人が懐に入れていた金はない」と説明し、自民党の側も、その弁解を丸呑みして、裏金はすべて「政治資金」との前提で、党紀委員会の処分が行われている。

党紀委員会の処分についての自民党の発表(【党紀委員会の審査結果について記者会見】)を見ても、派閥幹部として不適切な会計処理への関与が疑われた派閥幹部のほか、「不記載議員」については、

《過去5年において、自身の政治団体に多額、2000万円以上の不記載があった議員の政治的、道義的責任も重いとの判断でした。上記以外にも、過去5年において、自身の政治団体に相当な額、1000万円以上、もしくは500万円以上の不記載がある議員について、会計責任者に任せきりで不適正な処理としてしまった者の管理責任も問われるとの審査結果でした》

とされており、この「不記載」は、すべて会計責任者が行ったことで、議員本人は、「会計責任者に任せきりで不適正な処理としてしまった者の管理責任」だけが問題にされている。

しかし、実際には、そうではなく議員個人の用途に使われていたと考えざるを得ない事実も明らかになっている。

例えば、「裏金議員」の一人の堀井学氏が、資金管理団体の政治資金収支報告書に、安倍派から還流されたパーティー収入約1700万円を寄付として記載しなかった政治資金収支報告書の虚偽記入と、秘書らを通じて選挙区内の52人に香典計38万円や枕花(約23万円相当)を贈った公職選挙法違反(選挙区内の寄付)の罪で略式請求されたことだ(堀井氏は事件を受け議員辞職)。

この件について、堀井氏が派閥から受領した「裏金」を原資として香典等を有権者に渡していたと一部で報じられている。検察の起訴事実によると、「資金管理団体が堀井学を名義人として寄附をした」というのではなく、堀井氏自身が寄附の主体とされている。資金となった派閥からの裏金は政治団体ではなく政治家個人に帰属し、それを原資に香典等が贈与されたということになる。

たまたま明らかになった堀井氏の事件で、裏金が政治団体ではなく個人に帰属した疑いが濃厚になっているのである。それ以外の議員について、すべて政治団体に帰属し、個人に入った裏金は全くなかったと、どうしていえるのであろうか。

ところが、仮に、議員が、「裏金」を、秘書や会計責任者に委ねることなく自分の懐に入れていたという場合、上記の党紀委員会の処分では、「会計責任者に任せきりで不適正な処理としてしまった」とは言えないので処分を免れることになってしまうのである。

第三に、そもそも、「非公認」という処分も含めて、党紀委員会で検討の上、「非公認」より重い処分が5人に下されているので、新総裁に代わっても、裏金問題に関連して「非公認」にすることはできない、という高市氏の理屈も明らかにおかしい。

確かに自民党の党規律規約では、(1)除名(2)離党勧告(3)党員資格停止(4)選挙での非公認(5)国会・政府の役職辞任勧告(6)党の役職停止(7)戒告(8)党則順守勧告という8段階の処分が予定されており、その中の4番目として、「非公認」も含まれている。

しかし、それは、党紀委員会の審査の対象とされた事実について、適切と判断された処分が選択されたということであり、既に述べたように、そのような前提事実で党紀委員会の処分を決定したことが国民に理解されていないのであるから、新総裁が、その処分だけでは国民の理解が得られないと判断した場合に、その点について、対象議員に説明を求め、その説明が尽くされない、或いは、説明困難なことがある、ということであれば、総裁として公認を再検討する余地があるのは当然である。

結局のところ、党紀委員会で「非公認」の選択肢も含めて検討した結果「非公認」の処分が行えなかったので、その件に関して公認の見直しはあり得ないという高市氏の主張は全く通る余地はない。

高市氏が、なぜ、このような理屈を持ち出してまで、裏金議員の公認見直しを否定しようとするのか。それは、現時点での総裁選の情勢が、仮に決選投票に残った場合に、「裏金議員からの圧倒的な支持」を受けようとする思惑があるのかもしれない。

しかし、説明も十分にせず、納税の義務も果たさない裏金議員に対して「大甘」な対応のままでは、仮に総裁選挙を乗り切ったとしても、選挙で国民の理解と信頼を得ることは困難であろう。

カテゴリー: Uncategorized | コメントを残す

堀井学氏「1700万円裏金」「香典贈与」略式起訴で露呈した“裏金議員への「大甘捜査」”

東京地検特捜部は8月29日、自民党派閥の政治資金パーティーをめぐる事件で、「清和政策研究会」(安倍派)から還流されたパーティー収入について、直前に衆議院議員を辞職した堀井学氏を政治資金規正法違反の罪で略式起訴した。

検察の発表によると、堀井氏は、資金管理団体の「ともに歩き学ぶ会」の2019~2021年分の政治資金収支報告書に、安倍派から還流されたパーティー収入約1700万円を寄付として記載しなかったことが、同団体の政治資金収支報告書の虚偽記入であり、政治資金規正法に違反するとされたようだ。

また、堀井氏は、2021年10月~2023年10月、秘書らを通じて選挙区内の52人に香典計38万円や枕花(約23万円相当)を送った公職選挙法違反(選挙区内の寄付)の罪でも同時に略式起訴されており、政治資金規正法違反の罪と併せて「罰金100万円」「公民権停止3年」の略式命令が出された。

堀井氏起訴と「裏金議員」立件基準との関係は?

この堀井氏に対する政治資金規正法違反と公選法違反の略式起訴に関しては、不可解な点がいくつかある。

自民党の調査結果によると、2018年から2022年までの5年間で派閥から裏金(収支報告書に記載しない前提で派閥から所属議員に供与された金)を受領した国会議員は82人に上る(2024年2月13日東京新聞)が、検察が、今年1月に行った一連の裏金事件に対する刑事処分において、正式起訴されたのは、4826万円の池田佳隆衆議院議員と5154万円の大野泰正参議院議員の2名、その他に4355万円の谷川弥一元衆院議員を略式起訴しただけで、それ以外は、刑事立件されず、告発されても不起訴となっている。

そのため、検察は、刑事立件の基準を3000万円とし、それ以下の金額の裏金議員は立件しない方針だと言われていた。

今回、裏金の金額が2196万円とされていた堀井氏が、1700万円の収支報告書虚偽記入で略式起訴された。なぜ3000万円以下なのに起訴されたのか、他の裏金議員との関係はどうなるのだろうか。

裏金の悪質性と公選法違反との関係

裏金に関する政治資金規正法違反で、堀井氏だけ、特に刑事立件され起訴される理由があるとすれば、同時に略式請求された事件、有権者に対する香典・枕花の供与の公選法違反との関係であろう。

しかし、82人の「裏金議員」の多くが主張しているように、「派閥からの還付金の単なる収支報告書への不記載であり、全額政治活動のために使っていて、実質的には問題ない」ということだとすると、それとは全く別個に香典等の寄附の公選法違反が発覚したからと言って、裏金の「単なる手続上の違反」が、突然、処罰すべき政治資金規正法違反と評価されるのもおかしい。この堀井氏の1700万円の収支報告書虚偽記入だけが起訴される理由にはならないはずだ。

一部で報じられているように、堀井氏は派閥から受領した「裏金」を原資として香典等を有権者に渡していたことによって、悪質性について評価が変わったということであれば、1700万円の虚偽記入の処罰について、一応理屈は通る。

しかし、その場合、もう一つの疑問が生じる。

今回、堀井氏は、「衆議院議員の公職にあった者」つまり「公職の候補者」として、選挙区内の有権者に香典・枕花を供与したということで、公選法199条の2第1項(「公職の候補者等は、当該選挙区内にある者に対し、いかなる名義をもってするを問わず、寄附をしてはならない」)違反で起訴されている。

「公職の候補者等を寄附の名義人とする当該選挙区内にある者に対する寄附」も同条2項で禁止されているが、検察の起訴事実は、「資金管理団体が堀井学を名義人として寄附をした」というのではない。政治団体「ともに歩き学ぶ会」ではなく、堀井氏自身が、堀井氏個人の資金による供与だったとすると、裏金は政治家個人に帰属し、それを原資に香典等が贈与されたということになるのではないか。

裏金は政治団体に帰属するのか政治家個人に帰属するのか

一般的に、「裏金」というのは、その議員に関係する政治団体・政党支部のどこの収支報告書にも記載しない、という前提で領収書もやり取りせずに供与するものだ。今回の派閥から所属議員にわたった政治資金パーティーの「還付金」ないし「留保金」(議員が購入者から受領した売上金の一部を派閥の口座に送金せず手元に留保するもの)も、収支報告書に記載しないよう派閥側から指示されていたというのだから、議員の側は、どの政治団体の収支報告書にも記載しない前提で「裏金」として受け取り、そのまま、どの収支報告書にも記載しなかったということだ。

「収支報告書に記載しない金」として供与されたということは、政治団体の収支報告書の記載の対象ではない「政治家個人に対する寄附」と考えるのが自然だが、それは、「違法寄附」となる。

政治資金収支報告書の虚偽記入の法定刑は禁錮5年以下・罰金、会計責任者が作成義務を負い、政治家本人の関与は間接的だ。一方、「政治家個人宛の政治資金の寄附」と認定されれば、政治資金規正法21条の2第1項に違反となり、法定刑は禁錮1年以下・罰金と虚偽記入と比較すれば軽いが、政治家本人が直接的に処罰の対象となり、罰金刑に処せられただけでも議員失職となる。そして、その寄附が政治家個人に帰属したことになり、所得税の課税の対象となる。

もちろん、裏金議員は、議員失職にはなりたくないし、納税もしたくないので、「政治家個人宛の政治資金の寄附」であることは、なかなか認めないであろう。

だからこそ、今回、全国から応援検事を集めて大捜査体制で捜査を行った検察は、少しでも「政治家個人宛の政治資金の寄附」であることを認めさせる方向で追及すべきだったと、私はかねてから主張してきた。

そういう捜査を行っていれば、82人の「裏金議員」の中に議員本人も「政治家個人宛の政治資金の寄附」であったことについて言い逃れができない事例も少なからずあったはずだ。

政治家個人に帰属していたと思われる丸川珠代氏の裏金

その典型例が、神戸学院大学上脇博之教授と私の連名で、「政治家個人宛の寄附」の事実で告発した丸川珠代参院議員の事例だ(【「この愚か者めが!」丸川珠代議員への「政治家個人宛寄附」告発の“重大な意味”】)。

丸川氏本人が、マスコミの取材に対して、ノルマ超過分をパーティー券売上納付額から除外する方法による寄附だったこと、「資金は(自分の)口座で管理していた」と述べ、自分個人の口座で管理していたことを認めているのである。

このような場合は、検察官の取調べで、「政治家個人宛の寄附」であることを認めさせることは、それ程困難ではないはずであり、政治資金規正法21条の2違反で略式請求すると同時に、それを議員の個人所得として課税するよう、国税当局に通報することもできたはずだ。

堀井氏の裏金はどちらなのか

堀井氏についても、丸川氏の場合と同様に、派閥からの裏金を、「政治家個人宛の政治資金の寄附」として受け取ったからこそ、有権者への香典、枕花の贈与という収支報告書に記載して表に出すことができないお金として使っていた、ということであろう。

派閥からの裏金が政治団体宛だったのであれば、「団体の裏金」を堀井氏が横領して香典等に充てたことになるが、あまりに不自然不合理だ。

堀井氏が派閥から受領した裏金を政治団体「ともに歩き学ぶ会」宛ての寄附ととらえ収支報告書に記載していなかった虚偽記入として起訴するのは実態に反していると言わざるを得ない。

裏金事件における検察の大甘処分と今回の起訴

今回の裏金事件では、議員本人の取調べで、「収支報告書に記載しない前提の金である以上、資金管理団体、政党支部などに宛てた政治資金ではない」として、収支報告書を提出不要の「政治家個人宛の寄附」として受け取ったことを認めさせる方向で追及する捜査を行うべきだった。それを行っていれば、実際に、「政治家個人宛の寄附」であること立証でき、政治資金規正法21条の2第1項違反で起訴し、議員失職に追い込める事例も相当数あったはずだ。

しかし、実際の検察の捜査は、それとは真逆の方向で、「還付金」「留保金」が資金管理団体などの政治団体に帰属していることを認めさせ、それを政治団体の政治資金収支報告書に記載しなかった問題としてとらえようとした。

その結果、裏金議員の殆どが刑事立件すらできないまま捜査は終結、僅かに正式起訴した池田佳隆及び大野泰正の2名の国会議員についても、起訴から半年以上経過しても、公判の見通しすら立っておらず、検察が果たして有罪立証ができるのか否かすら疑わしい。

今回の堀井氏の件も、「裏金」が、議員個人名義での香典、枕花の贈答に使われたとすれば、政治家個人宛の寄附であったことを示す重要事実のはずだ。その実態に即して「政治家個人宛の政治資金の寄附」として処罰をすべきなのに、他の裏金議員について、政治家個人宛ではなく政治団体宛の寄附として処理し、政治資金収支報告書の訂正まで行わせる「大甘捜査」をしてきたことと平仄を合わせるためか、香典等の贈与と併せて資金管理団体の収支報告書の虚偽記入で略式起訴するという、不可解な刑事処分となった。

そして、検察は、堀井氏を政治団体の収支報告書虚偽記入を略式請求したのと同じ日に、告発状を5か月間も受理しないまま預かっていた丸川氏についての「政治家個人宛の寄附」等の告発を、あろうことか、「嫌疑なし」で不起訴処分とした。堀井氏と同様に、丸川氏に対する「裏金」も政治団体(丸川氏の場合は政党支部)宛てであった、ということを言いたかったのであろうが、むしろ、堀井氏と同様であれば「政治家個人宛の寄附」であることは明白であり、丸川氏の不起訴処分の不当性を裏付けるものである。

丸川氏については、不起訴処分通知が届き次第、私と上脇教授とで、ただちに検察審査会に申立を行うことは言うまでもない。

今回の堀井氏の略式起訴は、検察の今回の政治資金パーティー裏金事件への対応全体が間違っていたことを端的に示す結果になったと言えよう。

殆どの裏金議員が「裏金議員は、処罰も納税もせず、反省もしていない」という現状に対して、真面目に働いて納税してきた国民の不満と怒りが爆発し、政治不信が極度に高まっている。このような事態を招いたことの大きな原因が検察捜査の方向性の誤りにあることは否定できない(【「裏金議員・納税拒否」、「岸田首相・開き直り」は、「検察の捜査処分の誤り」が根本原因!】

カテゴリー: Uncategorized | コメントを残す

自民党総裁選出馬会見、「政治とカネ」問題で「抜本改革」を打ち出せない小林・河野、他の候補者は?

「自民党が変わることを国民の前にしっかりと示すために、私が身を引く」と述べて岸田首相が自民党総裁選への不出馬を表明したことを受け、自民党総裁選に向けての動きが活発化し、10人を超える議員が出馬の意向を示している。

まず小林鷹之議員が8月19日、河野太郎議員が26日に出馬会見を行い、総裁選に向けての政策、方針などについて述べた。

岸田首相が総裁選不出馬に追い込まれた最大の原因となったのは裏金問題、政治資金問題であり、総裁選に向けて、これまでの経緯を振り返り、問題を整理してみたい。

昨年12月、自民党派閥政治資金パーティーをめぐる裏金問題が表面化し、検察捜査が本格化して以降、政治資金規正法違反事件等の実務経験に基づき、政治資金規正法自体に構造的な問題があり(政治家には政治献金を受け入れる複数の「財布」があるので、政治家側が裏金を受領した場合に、その帰属が特定できず処罰が困難であるという問題)、同法による裏金受領議員の処罰のハードルは極めて高いこと、処罰を免れても重大な政治責任がある「裏金受領議員」は、早急に、政治責任をとって議員辞職し、選挙で改めて有権者の信を問うべきであること、政治資金規正法の構造問題を是正する抜本的な制度改革を行うべきとの意見を述べてきた【「ザル法の真ん中に空いた大穴」で処罰を免れた“裏金受領議員”は議員辞職!民間主導で政治資金改革を!】

国会で裏金問題の追及を続けてきた立憲民主党の「国対ヒアリング」にも、昨年12月18日、26日、今年1月20日と3回出席し、政治資金規正法の問題について説明し、今回の「裏金問題」を受けての政治資金規正法改正についても提案を行った。

私の予想どおり、その後の検察捜査は迷走し、裏金議員に対する厳正な処罰を期待していた国民の期待を大きく裏切ることになった。政治家たちが所得税の課税・納税すら行われないまま刑事処分を免れ、一方で、確定申告で厳格な納税申告を求められる国民の批判不満は最高潮に達した。

「裏金問題」表面化後、最初の国政選挙となった4月28日の3つの衆議院補欠選挙で、自民党は保守王国と言われ過去に敗北したことがなかった島根一区で惨敗、他の2つの選挙区では、公認・推薦もできず不戦敗という惨憺たる結果に終わった。

自民党内では、議員本人に収支報告書の「確認書」の作成を義務づけたうえで、会計責任者が虚偽の記載などで処罰された場合、内容を確かめずに作成していれば公民権を停止する措置を導入するなどの「裏金問題の再発防止策」中心の政治資金規正法改正案を自公両党で国会に提出し、強引に成立させたが、そのような「その場しのぎ的対応」で国民の不満や怒りが収まるはずもなく、岸田内閣への支持率は低迷を続けた。

こうした中で、9月に任期満了に伴い自民党総裁選挙に向けて去就が注目されていた岸田文雄首相が総裁選不出馬、退陣の意向を表明したのである。

岸田首相の不出馬の最大の原因となったのが「裏金問題」であり、岸田首相が行ってきた対応が国民から全く評価されず、信頼を失ったからこそ、再選に向けての出願を断念せざるを得なかったのである。今回の総裁選では、「裏金問題」への対応に関して、岸田首相との違いをアピールできる対策の「競争」になると考えるのが当然だろう。

「裏金問題」への対応には、二つのポイントがある。

一つは、派閥から政治資金パーティーの売上のキックバック等を受け、政治資金収支報告書に記載しなかった議員(裏金議員)に対して、どのような対応を行うのかという問題、もう一つが、このような「裏金問題」を含め、政治資金制度をどのように是正していくのか、具体的に政治資金規正法をどう改正していくのか、という問題である。

この二つについて、国民に全く評価されなかった岸田首相の対応とは異なるどのような施策が打ち出せるかが注目点だ。

しかし、小林氏、河野氏の二人の政治資金問題、裏金問題についての出馬会見での発言の内容は、全く評価できないもので、「愕然とした」というのが率直なところであった。

「政治とカネ」問題についての会見での発言は、小林氏は、

「一人一人の政治家が自ら説明責任を果たしていく。これが原則だ。私も実態が正直よく分からない。検察当局が調べる中で、今回不起訴という処分になっている。そうした中で、検察のような権力、権限を持たない自民党が調査をするというのも一定の限界がある。新たな事実が出てきた場合には当然、党としての調査を考えるということだと考えている」

河野氏は、

「(裏金問題の)真相究明ができたというふうには思えない。ただ、捜査権を持っている検察が調べて分からないものを、どう真相究明をするのかというのは難しいものなのかなと思うが、不記載との指摘を受けて書類を直したらそれで終わりというのは、なかなか国民から理解を(得る)というのは難しいだろう。それならば、不記載と同じ金額を返還をしていただくことでけじめとする、というのがよろしいのではないかと思う」

というような内容だった(いずれも、東京新聞による要約)。

まず、裏金議員に対する対応について、二人に共通するのが、「捜査権を持つ検察以上のことはできない」と言って、裏金に関する事実解明を行う気がないということだ。この点についていえば、岸田首相がこれまで国会答弁で繰り返してきたことと全く変わらない。

「捜査権を持つ検察ができないことは自民党にもできない」というのは、全くの誤りだ。

検察が行えることは、刑罰法令を適用し、刑訴法に基づく権限を行使して、証拠により犯罪を立証して処罰を求めることだ。適用する刑罰法令に問題があれば、処罰が困難になり、刑訴法上の権限を用いることにも限界が生じる。また、検察の捜査に対しては、被疑者側には黙秘権があり、捜索差押等には令状主義の制約がある。被疑者側としては、検察の要求に任意に応じるだけであり、積極的に自発的に裏金をめぐる事実関係を明らかにしようとする動機がない。

裏金議員の中で唯一人、逮捕・起訴されたのが池田佳隆衆院議員であり、大野泰正参院議員は在宅起訴されたが、前記の政治資金規正法の「大穴」の下では、起訴はもともとかなりの無理筋であった(【「政治資金規正法の大穴」を無視した池田議員逮捕、「危険な賭け」か、「民主主義の破壊」か】)。二人とも、いまだに公判も始まっておらず、裏金をめぐる事実関係が公判で明らかになるかどうかも不明だ。

そういう意味では、今回の「裏金問題」については、検察による事実解明にはもともと限界があったと言わざるを得ない。

一方、自民党として、裏金の事実解明を行おうと思えば、行えることは十分にある。「公認権」という党所属議員の生殺与奪の力を有している自民党総裁として、裏金受領議員に、受領の経緯、保管状況、使途について可能な限り調査して報告させ、十分な説明責任を果たすことを次期衆院選の公認の条件とすれば、相当程度の事実解明ができるはずだ。

「検察捜査以上のことはできない」などという腰の引けた発言は、「裏金議員への配慮」によるものとしか思えない。

このような、裏金の事実解明に後ろ向きの姿勢を取り繕うためか、河野氏は、裏金議員への対応として、「不記載と同じ金額を返還をしていただくことでけじめとする」などと述べている。

自民党総裁として、裏金議員に返還を求めるというのは、どういうことなのか。この「裏金」は、派閥から所属議員にわたったものであり、自民党は返還を求める立場ではない。しかも、既に「寄附」として資金管理団体や政党支部の収支報告書の訂正をしている。仮に、議員個人に「返納」させるという意味であれば裏金が政治資金規正法に違反する議員個人宛のお金だったことになり、資金管理団体、政党支部宛の政治資金の不記載ととらえた検察の認定とも食い違うことになる。

「返還」と言っても、実質は「不記載額と同額の制裁金を科す」という意味であれば、そもそも、不記載の金額以外はほとんど事実解明も行われていないのに金銭的制裁を科すこと自体が問題であり、しかも、既に行った党の処分との関係で「二重処罰」の問題も生ずる。裏金議員側が反発するのも当然だ。

単なる思いつきで、このような裏金議員への対応を打ち出したとすれば、裏金問題、政治資金問題が最大のテーマになる総裁選への出馬会見での発言として、あまりに無理解・無責任だ。河野氏は、このような政治資金問題に関する発言を見る限り、総裁候補として失格と言わざるを得ないだろう。

もう一つのポイントである政治資金規正法の改正については、小林氏が、「改正政治資金規正法を厳格に守っていく」などと述べているが、少なくとも、裏金問題の背景となった「政治資金の不透明性」の解消に向けてさらなる法改正をする気は全くないようだ。「政治とカネ」問題での自民党への国民の不信に対する認識が甘いと言わざるを得ない。

国民が求めているのは、裏金問題の背景となった政治資金の不透明性を解消するための思い切った対策だ。岸田内閣で行った「その場しのぎ的」な法改正以上の抜本改革に後ろ向きのままでは、総裁選後の総選挙で国民に支持されるとは思えない。

この問題については、前の通常国会で政治資金規正法改正の議論が始まる前の5月8日に出した【後半国会の焦点・政治資金規正法改正、“裏金根絶”のための決定打は?】で、「政治資金規正法の『大穴』」を塞ぎ、政策活動費、旧文書交通費等も含め、政治資金の不透明性を解消する「抜本改革」について提案している。

この時は、自民党案への対案としての立憲民主党の政治資金規正法改正案が多くの問題を抱えたものであったことから、野党の代案を提案したものであった。今、まさに政治資金制度改正の議論をすべき場は自民党総裁選であろう。そこで求められているのは、これまでの政治資金の不透明さを解消し、国民の信頼が回復できるような政治資金規正法の抜本改革の具体案を競うこと、それについて党内のコンセンサスを作っていくことではなかろうか。

今週末から来週にかけて、有力候補とされている小泉進次郎氏を始め、総裁選候補者が次々と出馬会見をすることになるだろう。裏金問題、「政治とカネ」問題全般について、どのような具体的な対応方針を示すのかが注目される。

カテゴリー: Uncategorized | コメントを残す

「裏金議員の不処罰」で期待裏切った検察、五輪談合事件では「裁判所を抱き込んで暴走」

「検察・裁判所の暴走」が続く、東京五輪談合事件公判

東京五輪談合事件については、昨年2月、テストイベント計画立案業務を受託した6社と各社担当者、組織委員会元次長の森泰夫氏が独禁法違反で一括起訴された後に、それぞれの被告会社ごとに裁判が分離され、公訴事実を全面的に認め昨年12月に有罪判決を受けた森氏以外は、全者が公訴事実を争って公判が続いている。

各社の裁判の中で、この事件での検察、裁判所の対応について重大な問題が次々と明らかになっている(FACTA2024年7月号【「認めないと部下を逮捕する!」/「五輪談合事件」衝撃の告白/検察官と裁判官が「暴走」】)。

自民党派閥パーティーをめぐる事件で、裏金議員に対する処罰で国民を失望させた検察が、普通に働く市民に対しては、裁判所を抱き込んで、謂れのない「独禁法違反事件」を仕立て上げ、逮捕・起訴して「人質司法」で自白を迫る、そういうやり方が、当たり前のように罷り通っているのである。

イベント制作会社株式会社セレスポ(以下、「セレスポ」という。)の専務取締役鎌田義次氏(今年6月の株主総会で退任し、現在は顧問)は、昨年8月、196日間の「人質司法」に耐え抜いて保釈され【東京五輪談合、セレスポ鎌田氏”196日の死闘”で明らかになった「人質司法」の構造問題】、その後、東京地裁で公判が行われてきた。

第4回公判の被告人質問では検察官が取調べで発した信じ難い発言が明らかになった【「小学校で宿題やらなかったでしょう!」上場企業役員の被疑者に女性検事が浴びせた言葉】

7月12日の第7回公判で、弁護人最終弁論を行い、結審した。公判終了後、鎌田氏と主任弁護人の私とで、司法クラブで会見を行った。

昨年2月8日、独禁法違反で逮捕されたこと自体が、全く謂れのないものだったが、それ以上に、鎌田氏に対してその後検察・裁判所が行ってきたことは、異常というほかないものだった。それを知れば、多くの人が、「これが日本の刑事裁判か」と愕然とするであろう。しかし、それは、日本の経済社会で活動する国民すべてに、いつ降りかかるかもしれない「刑事処罰のリスク」そのものなのである。

「東京五輪談合事件」とは何だったのか

多くの人が、元電通の高橋治之氏やスポンサー企業経営者が逮捕・起訴された「東京五輪汚職事件」と混同しているが、「東京五輪談合事件」は、それとは全く異なる事件だ。

本件は、東京オリンッピク・パラリンピック競技大会(東京オリパラ大会)組織委員会が、東京オリパラ大会の会場・競技ごとに総合評価方式の一般競争入札で発注したテストイベント計画立案業務に関して、入札参加事業者6社とその担当者、組織委員会大会準備運営第一局次長として同業務の発注を総括していた森泰夫氏を、独占禁止法3条後段の「不当な取引制限」の罪で起訴した事案である。

 要するに、東京オリパラ大会のテストイベント計画立案業務の入札で、独禁法違反に当たる談合を行ったとして起訴されたのである。

 しかし、実際は、一般人が想像する「公共工事をめぐる談合」のような、単純なものではなかった。

 組織委員会の発注は、法的には「民間発注」であり、刑法や官製談合防止法は適用されない。適用されるのは、独占禁止法だけだ。そして、民間である以上、どのような方式で発注するかは、発注者が自由に選択できる。

東京五輪大会は、60もの競技がほぼ同じ時期に行われる世界最大のスポーツイベントであり、その26の会場で行われる競技すべてについて、穴を空けることなく、それぞれの競技についての過去の実績や競技団体との関係などに基づいて、実施能力のある事業者を選定する必要があった。人気のあるメジャーな競技に応札が集まり、マイナーな競技にはどこも応札しない事態になる懸念があり、国内のスポーツイベントに関わる業務リソースをバランスよく配分して、業務に対応しなければ、大会を実施することができない。

しかも、スポーツイベントの大会運営は専門的な業務の組み合わせによって成り立つため、1社でやり切ることは難しく、各業務に精通したスタッフを揃える必要がある。そこで、普段は競合する企業間でも、「協業」することが必要になる。

組織委員会のテストイベント計画立案業務の入札では、国際大会の運営実績などが「入札参加要件」とされており、複数の競技を組み合わせた会場ごとに入札が行われたので、各競技に実績のある複数事業者が協業することで初めて入札資格を充たせる場合も多かった。

そこで、発注者の組織委員会側で発注を統括する森氏が、各社の実績や意向に基づいて、全競技について、責任をもって業務を実施できる最低一つの事業者を確保できるよう、「入札前の調整」を、東京オリパラ大会のマーケティング専任代理店であったD社の協力を得て行ったものだった。

「公の入札」であれば、発注者が特定の事業者に入札参加や受注を依頼する行為自体が犯罪であり、それに関わった事業者も共犯の責任を問われることになる。ところが、組織委員会の発注は、法的には「民間発注」であり、発注者側の担当者が、特定の事業者と接触すること、入札参加、受注を依頼することは、内部的な責任を問われることはあり得ても、犯罪に問われることはない。

発注者の組織委員会の側が、事業者に対して受注の「割り振り」を行ったとしても、それ自体には犯罪性はなく、事業者が、発注者から受注案件の「割り振り」を受けてそれに応じたとしても、それ自体は独禁法上問題になるものではない。

事業者間の意思連絡がなく、単に「他の事業者も同様と認識していた」に過ぎない場合は、独禁法上問題となるものではない。

通常、入札談合であれば、競争が回避されるため、落札率(落札価格/予定価格)が高くなり、100%に近い数字になることも珍しくないが、本件入札での落札率は、何と約65%であった。組織委員会側の意向は尊重しつつ、事業者は、何らの制約もなく、自由に競争行動を行っていたのだった。

鎌田氏が逮捕以降一貫して行ってきた主張と森氏の供述

鎌田氏は、逮捕後の弁解録取において、

「森から『入札参加の依頼』を受け、これに応じたもので、『発注者の組織委員会側との入札参加についての合意』が成立したに過ぎない」

「入札参加依頼を受けなかった会場・競技への入札参加については何ら制約を受けていない」

と供述し、その後も一貫して同趣旨の供述を行ってきた。

その鎌田氏にとって、本件について、自社以外の唯一の接触の相手方だったのが組織委員会の森氏だった。森氏は、取調べの録音録画記録の中では、

「応札を依頼しただけ、依頼していない競技の入札を制約していない。事業者間で受注予定者の決定はしていない」

と何回も述べていた。鎌田氏の主張とも一致するものだった。

そもそも、「入札前の調整」の目的は、各社の実績や意向に基づいて、全競技について、責任をもって業務を実施できる最低一社の事業者に応札してもらうよう、適切な「協業」の組み合わせを確保することだった。入札は「総合評価方式」で行われ、実績や能力も審査される。依頼した事業者以外が入札に参加してきても、その中から、組織委員会が最適な業者を選定すればよいのであり、依頼した事業者以外の入札を制限する必要は全くなかった。

しかし、森氏の供述調書では、そのようなことは記載されていなかった。

逆に、勾留満期前日(2月27日)に作成された検察官調書では、

《各事業者とも、入札前に、私やD社側との間で、特定の競技に入札し、委託先となることを相互に確認し合い、合意しましたので、基本的に、合意したその競技だけに入札して、それ以外の競技には入札しないこととなっていました。》

とされていたが、森氏の取調べ録音録画記録全体を見ると、同調書作成の経過に重大な問題があることは明らかだった。

森氏は、A社がアーバンスポーツの入札について、「割り振り」に反して応札してきたのに対して、A社の落札を阻止するため、同社の企画提案書をD社に横流しするという、弁解の余地のない不正行為を行った事実があった。その案件だけ、他の競技とは異なり、D社の受注に強くこだわっていた。

検察官は、森氏の勾留満期の前日に、その事実を持ち出して森氏を追及し、反省を求め、その勢いで「反省の前提としての事実確認」だとして、本件全体について認める内容の調書を目の前で読んで聞かせパソコン入力して、印刷して閲読させ、署名を求めた。その内容の中には、上記の供述のように、それまでの取調べで供述していない内容が含まれていたが、森氏は、全く抵抗することなく署名した。

翌日に決まる自らの刑事処分や保釈の可否に集中していたと思われる森氏は、抵抗困難な心理状態に追い込まれ、署名したことは明らかだった。

検察官は、このような不当な方法まで用いて、森氏から、鎌田氏の主張に反する供述を調書にとっていた。それは、上記の鎌田氏の主張が最大の争点であることを検察官も認識していることを示していた。

森氏の録音録画媒体と証人尋問請求の採用を拒み続けた裁判所

弁護人は、「人質司法」で長期勾留が続く鎌田氏の保釈のために、森氏の検察官調書は全部同意していたが、上記の勾留満期前日の調書は信用性を強く争っていた。

取調べ録音録画によれば、森氏の真の供述は、

「入札参加の依頼を受けて応じたもので、組織委員会側との入札参加についての合意が成立したに過ぎない」

「入札参加依頼を受けなかった会場・競技への入札参加については何ら制約を受けていない」

との鎌田氏の主張と一致していることは明らかであるのに、調書化されていない。「森氏の真の供述によって、弁護人の主張が裏付けられる」として、公判前整理手続の段階から、森氏の取調べ録音録画記録媒体を証拠請求し、同氏の証人尋問も請求していた。

ところが、裁判所(安永健次裁判長)は、昨年10月17日の第一回公判で、上記の証拠取調べ・証人尋問の採否の決定を留保したまま、第2回期日を4か月以上も先の2月28日に指定し、その間に、公訴事実を争わなかった森氏の公判の有罪判決を先行させた。

そして、第2回公判以降、他の証人尋問や被告人質問を行って、森氏の録音録画媒体・証人尋問の採否は先送りした上、結局、被告人質問後の5月中旬、期日外で、いずれの請求もすべて却下する決定を出した。

結局、鎌田氏の主張を裏付ける最大の証拠である森氏の証人尋問、取調べの録音録画媒体の証拠採用がなされないまま、セレスポ・鎌田氏の公判は結審することになった。

ちょうど、その頃、セレスポなどと一括して在宅起訴され、公判が分離されて、同じ安永裁判長が担当して別々に審理されていたT社の公判で、森氏の供述調書が一部不同意とされたことを受けて、検察官申請で証人尋問が行われることがわかった。

6月13日の証人尋問公判を傍聴したところ、森氏は、弁護人の反対尋問に答えて、まさに、セレスポ公判の証人尋問で証言してもらいたかった

「入札参加を依頼したものであり、受注予定者の決定などはしていない」

「入札参加依頼をしなかった案件への入札参加は制約していない」

との鎌田氏の主張と完全に一致する証言を行った。

この森氏の証言の証人尋問調書が完成したら、セレスポ公判で証人尋問調書の証拠請求を行おうと考え、裁判所書記官に、証人尋問調書作成の進捗状況を何回も尋ねたが、セレスポ公判の論告期日の前日の7月2日の時点ではまだ完成していないということであり「裁判体の決裁で何日かかるかわからない」とのことだった。

7月3日の第7回公判で検察官の論告が行われ、弁護人の最終弁論は、論告の9日後の7月12日の第8回公判で行うこととされていた。

「証拠に基づかない検察官論告」に対する異議と裁判所の対応

検察官が行った論告では、弁護人が信用性を強く争った勾留満期前日の供述調書は、事実立証の根拠となる証拠から明示的に除外されていた。検察官は、「応札の依頼なのか、依頼されていない競技の入札が制限されていたか」について主張すらしていなかった。

論告では、証拠がほとんど引用されておらず、事実の記載も多くが抽象的で、証拠上の根拠も不明だった。「証拠に基づかない論告の記載」と思えるものも複数あった。

そのうちの一つがセレスポ取締役会での2名の役員の発言の記載だった。検察は、

鎌田氏の「アタック」という発言が、それらの役員の発言を受けてのものだから、「割り振り」に対して自社の希望競技を主張していくという意味だ

と論告で主張したが、そのような2名の役員の発言とそれに基づく主張は、検察官の証明予定事実記載書にも、冒頭陳述にも記載されておらず、論告において唐突に持ち出してきた主張だった。しかも、証拠上の根拠が不明だった。発言者のO氏の調書や添付書類には見当たらず、もう一人の役員に至っては、供述調書すら作成されていなかった。

弁護人は、このような論告の記載について、「証拠に基づかない論告」だとして異議を述べたが、裁判所は棄却した。検察官に同記載の証拠上の根拠を尋ねたところ、「被告人質問における検察官の質問が証拠である」旨の説明だった。

そこで、第8回公判では、弁論に先立って、弁護人から、裁判所に確認を求めた。

「検察官が説明するように質問が証拠になるなどということを前提に、このまま弁論を行ってよいのでしょうか。裁判所は、そのような前提で、異議を棄却したのでしょうか」

しかし、安永裁判長は、

「弁護人から出された異議については既に裁判所は棄却の決定を出しており、その理由について説明はしません」

と述べた。その直後、検察官が立ち上がり、

「弁護人に期日外で説明したことについて不正確に述べないでもらいたい。検察官の質問だけではなく、そのやり取り全体を証拠としているものである」

などと発言した。

その後、弁護人が弁論を行い、終わった直後、検察官は、弁論で検察官の取調べの問題について指摘している箇所について、

「被告人質問での弁護人の質問を証拠としているのではないか」

と発言した。

弁護人が「証拠に基づかない論告」と指摘した部分は、検察官が、証拠とされてない録音記録に基づいて質問し「~という発言は記憶にありますか」と聞かれて、鎌田氏は「覚えてません」と答えており、質問部分は全く証拠になりえない。

一方、検察官が指摘した弁護人の弁論の記述の方は、取調べの録音録画の内容に基づいて質問したのに対して鎌田氏が「はい」と認めているのであり、録音録画の内容についての被告人供述という「証拠」に基づいている。全く的外れの検察官の指摘だった。

弁護人はあえて、

「それなら、その部分は、特に重要な箇所ではないので削除する。そちらの方の記載も検討してもらいたい」

と述べた。当然、検察官の論告の記載も削除せざるを得ないだろうと思ったからだ。

しかし、安永裁判長は、弁護人が削除すると述べた部分だけ確認し、検察官の「証拠に基づかない論告」については、何の対応もしないまま、公判手続を終了した。それによって、検察官の「証拠に基づかない論告の記載」だけが、そのまま残ったのである。

「適法な証拠に基づく裁判」というのが刑事裁判の大原則である。検察官が、被告人質問で「・・・の事実があったのではないか」と質問し、被告人が「記憶にありません」と答えていても、その「・・・の事実があった」とする資料が証拠になり、検察官はそれに基づく主張ができる、というのであれば、検察官は、どのような証拠でも、証拠のルールを無視して、自由自在に都合のいい事実を証拠にして、自らの主張の根拠とすることができる。

これが「証拠に基づく裁判」と言えるだろうか。

T社公判での森証人尋問調書についての弁護人の質問と安永裁判長の対応

安永裁判長は、「これで審理を終える。判決は12月18日」と言ったが、その直後に、弁護人が立ち上がって、次のとおり述べた。

「T社の公判での森氏の尋問調書が作成されたかどうかを、書記官に何回も確認し、昨日も確認しましたが作成未了とのことでした。現時点でも未了ということでしょうか」

安永裁判長は露骨に不愉快そうな顔をして

「事件当事者でもない人に、そのようなことを答えることはしません」

と述べた。

もともと、T社と担当者は、鎌田氏と共犯関係にあるとして一括起訴されたものであり、セレスポ・鎌田氏の弁護人は、T社の公判の事件について「当事者ではない」とは決して言えない。第7回公判終了後の打合せの際にも、「T社の公判での森氏の尋問調書は、作成完了次第、証拠請求の予定。もし、間に合わなければ弁論再開請求の予定」と予告していた。

書記官に、論告直前に調書が完成する予定を確認した時点では、速記録はできているようだった。それから10日経過した時点で、いまだに「決裁中」ということは、安永裁判体が10日近くも証人尋問調書を完成させずに抱え込んでいたことになる。

森氏の証人尋問調書を証拠請求する方針を示しているセレスポ弁護人が証拠請求できないよう、「証人尋問調書作成の意図的な遅延行為」を行っているとしか思えない。

「ノットリリースザボール」の反則

「ボールを前に投げてはならない」「タックルされて倒されたらボールを離さなければならない」というのがラグビーの基本ルールであり、後者に違反する反則が「ノットリリースザボール」だ。倒されても、そのままボールを抱え込んでいたのではラグビーにならない。

安永裁判長の森氏の証人尋問調書の作成遅延行為は、ノットリリースザボールの反則そのものだ。公訴事実を認めて有罪判決を受けた森氏の公判で昨年7月に行われた被告人質問調書は、作成完了後、すぐに弁護人から証拠請求し、検察官も証拠請求して証拠採用されている。その森氏がT社公判で、被告人質問とは異なり、宣誓の上証人として証言したのであれば、その証言内容も、速やかに証拠化され、セレスポ公判で証拠とするのは、当然のことだ。

速記録が完成しているのに「決裁中」と称して裁判長が抱え込んでいるとすれば、重要な証拠を証拠採用するという刑事裁判の基本的なルールに反するノットリリースザボールの反則そのものだ。

セレスポ・鎌田氏の行為のどこがどうして犯罪なのか

セレスポも、鎌田氏も、東京オリパラ大会のテストイベント計画立案業務の入札について、対象競技への自社の大会運営実績・対応能力について社内で検討し、会社としての判断で、各競技に入札するか否かを判断した。その際、組織委員会側から入札参加の要請を受けた案件については、可能な限り応じられるよう努力した。入札参加依頼を受けなかった会場競技についても実績と能力がある競技については、積極的に入札参加した。組織委員会側の依頼の有無で何ら制約を受けてはいない。

スポーツ大会で豊富な実績があるイベント制作会社として、国際的行事である東京オリパラ大会に対して当然の対応をして貢献した鎌田氏はじめセレスポ社員達が、なぜ「犯罪者」の汚名を着せられなければならないのか、絶対に納得できない、という思いから、鎌田氏は、検察官の2か月半にわたる取調べで可能な限り説明を尽くし、その後逮捕・勾留されても、196日にわたって、健康上の問題もあって筆舌に尽くし難い身柄拘束の苦痛にも耐え抜いた。

森氏の検察官調書には、「心理的強制の下で作成された勾留満期前日調書」以外に、鎌田氏の主張に関することはほとんどとられていない。その検察官調書を不同意にすれば、さらに半年程度保釈許可が遅れることは必至だった。「人質司法」から逃れるために、検察官請求証拠は全部同意した上で信用性を争い、取調べ録音録画等で弁護人の主張の証拠として「調書化されていない森供述」を活用する方針で臨むことにした(もっとも、検察官調書をすべて同意しても、検察官はなおも保釈に猛反対し続け、3回にわたって保釈請求は却下され続けた)。

しかし、弁護人の森氏の取調べ録音録画媒体の請求も、証人尋問請求も、安永裁判長にことごとく却下され、審理は終結した。被告人最終陳述で、鎌田氏は、

「森さんの話を聞いてもらえれば、私が主張するとおりだとわかってもらえるはずだと思っていました。残念です」

と述べた。

驚愕のH社有罪判決の判決理由

セレスポ・鎌田氏の弁論期日の前日の7月11日、同じ安永裁判長の裁判体で審理されたH社とその担当者の公判での判決言い渡しがあった。その判決要旨を入手して読んだ私は、腰を抜かさんばかりに驚いた。

「こんなものが独禁法違反の刑事事件の判決であるわけがない!」

9万字に上る弁論の作成の最終段階だった私は、その判決のことは、何とか頭から取り払おうと努めた。

H社は、D社に次ぐ広告代理店業界の大手企業、D社とは、もともと激しい競争を展開していた。個別の入札案件でも、森氏側の「割り振り」には従わず、依頼されない競技にも入札参加し、しかも、企画提案と入札価格の設定で落札の可能性を高めるため、全力を挙げていた。まさに、競争そのものというべきH社が、独禁法違反とされることはあり得ないと思われた。

ところが、判決では独禁法違反の成立を認めた。その理由として、次のように書かれている。

《被告人や他の事業者の従業者らは、森やD社の従業者らとの面談等を通じて、会場案件に応じて、森において受注が適切と考えている他の事業者の存在を認識したと認められ、さらに、同面談の内容等に照らし、森は、それら事業者の従業者らとも面談等を行って、その意向を示すなどしているであろうことを認識ないし予測していたことも認められる。そして、そもそも、東京2020大会は、世界的なスポーツイベントであり、従前からスポーツの競技大会の運営等を行っていた事業者にとって、他の同種事業者も、各競技団体との関係性を維持等するため、東京2020大会に関連する競技大会の運営等の業務を受注したいと考えていることは、当然想定し得た。そうすると、前記の認識を有するに至っていた被告人や他の事業者の従業者らはそのような業務の受注に関し、発注者である組織委員会の幹部職員として当該業務の発注について中心的な役割を果たしていた森からその意向を示されるなどした他の同種事業者らが、受注の可能性を高めるため、森の意向に沿って入札等に向けた行動をとることを相当程度の確実性をもって相互に予測していたと認めることができる。》

《このような事実関係に照らすと、被告会社等関係事業者7社は凝りを介するなどして、相互に他の事業者の入札行動等に関する行為を認識し、暗黙の裡に認容したと評価することができ、他の事業者との間で意思連絡をしたと認めることができる》

このような理屈で、不当な取引制限の成立を認めるなどということは、経済社会の常識からも考えらえない。

民間発注であれば、発注者側から、実績・経験を認められ、入札に参加してくれと依頼されれば、「受注の可能性が高まった」と思って喜んで入札参加するのが当然だろう。他の事業者も同じように、別の案件で入札参加を依頼され、従っているだろうと予測するのも当然のことだ。それが、なぜ談合なのか、独禁法違反なのか、なぜ「犯罪」になるのか。

セレスポ・鎌田氏の独禁法違反事件の公判前整理手続が始まったのが昨年6月、その後、公判が始まり、今回の弁論で結審するまでの1年余の間を振り返ると、安永裁判長が、検察官の意見に反した決定・対応をしたことは殆ど無く、すべて検察官の言いなりだ。

検察は「裏金議員」に対しては、全く的外れの捜査しかせず、国民の期待を裏切った(【「裏金議員・納税拒否」、「岸田首相・開き直り」は、「検察の捜査処分の誤り」が根本原因!】など)。

一方で、日々懸命に働いている企業人に対しては、凡そ常識はずれの「刑事処罰の刃」を向ける。そういう検察に寄り添っているのが刑事裁判所であり、安永裁判長に至っては、検察と共に「暴走」を続けている。

それ程までに裁判所が寄り添ってくれるのであれば、国会議員であろうが、派閥幹部だろうが、躊躇することなく起訴してしまえばよいではないか。なぜ、権力者であるか否かで、これほどまでの違いが生じるのだろうか。

カテゴリー: Uncategorized | コメントを残す

小泉法務大臣「検事総長に対する指揮権」自体を否定する“驚くべき答弁”

昨年12月19日、東京地検特捜部が、自民党「政治資金パーティー裏金事件」で、政治資金規正法違反の疑いで強制捜査に乗り出し、安倍派(清和政策研究会)と二階派(志帥会)の事務所を捜索した時点で、二階派に所属する小泉龍司法務大臣は、

「検事総長への捜査の指揮権を持つことから、今後の捜査に誤解を生じさせたくない」

として、20日、二階派に退会届を提出して受理され、派閥を離脱した。

その時に出した記事【指揮権に対応できない小泉法務大臣は速やかに辞任し、後任は民間閣僚任命を】でも述べたように、検察庁法14条の「法務大臣の指揮権」というのは、検察と法務省との関係に関する規定であり、法務省は、検察官の権限行使について報告を受け、監督する立場にある。一定の範囲の特異・重大事件については、「三長官報告」が行われ、事件の内容・捜査の方針等についても知り得る。その報告に基づいて14条但し書きの検事総長に対する指揮を行うことも可能である。

第十四条 法務大臣は、第四条及び第六条に規定する検察官の事務に関し、検察官を一般に指揮監督することができる。但し、個々の事件の取調又は処分については、検事総長のみを指揮することができる。

今回の政治資金パーティー裏金問題についても、遅くとも安倍派・二階派の事務所に対する強制捜査着手までには「三長官報告」が行われ、基本的な捜査方針等についても知り得る立場にある小泉氏が、二階派も捜査の対象となっている現状において法務大臣の職を継続することには問題があった。

しかし、小泉氏は、二階派を離脱しただけで、法務大臣の職にとどまり、岸田文雄首相も、そのまま、小泉氏を解任することもせず、現在も、法務大臣の職にとどまっている。

小泉法務大臣の参議院法務委員会での答弁

その小泉法務大臣が、6月11日の参議院法務委員会で、鈴木宗男議員の質問に答えて。驚くべき答弁を行った。

それまでにも、鈴木議員は、大阪地検特捜部のプレサンスコーポレーション事件などで、最近多発している検察官の取調べをめぐる問題について、同委員会での質問を続けており、11日の質疑は、その締めくくりとして、検察官の取調べをめぐる不祥事についての法務大臣の姿勢を質したものだった。

小泉法務大臣は、検察官の法的地位について

検察官は、一人一人が検察官庁としての法的地位を持っています。最終決定者です。一人一人の検察官が実は国家権力の最終行使者になっています、その案件については。ですから、法務大臣といえども、そこへ入ってはいけない、入ってはいけない、個別の問題については入れない、それが検察庁法の14条の趣旨であります。独立性を持っているわけです。

と説明し、それに対して、鈴木議員から

14条の但し書には、法務大臣は検事総長を通じて物を言えるんですよ。大臣、ただし書を読んでみてください。

と言われ、次のように答弁した。

個別的な指揮権は個々の検察官には行使できない、ただし検事総長に対してはできる、それはそう書いてございますよ。それはそう書いてありますが、それは、検事総長が法務大臣をなだめるためにそういう規定を置いているんです、これは講学上。検事総長が、一対一で、ちょっと冷静になってくださいと、介入しないでくださいという政治家を止めるための装備としてそのただし書が入っていると、講学上はそのように解釈されています。

小泉法務大臣は、14条但し書の検事総長に対する指揮権の規定について、「検察に介入しようとする法務大臣に対して、検事総長が法務大臣をなだめるための規定、介入しないでくださいと政治家(の法務大臣)を止めるための規定」と断言し、「法務大臣といえども、個別の問題については入れないというのが検察庁法の14条の趣旨」と答弁したのである。

これは明らかな誤りである。

検察庁法14条の「正しい解釈」

法務大臣は、検察庁法14条本文の「一般的指揮権」で、検察事務の処理方法に関する一般的基準を指示したり,犯罪防止のために一般的方針を訓示したり,法令の行政解釈を示したり,個々の具体的事件について報告を求めたりすることができるが、同条但し書の「個々の事件の取調又は処分については、検事総長のみを指揮することができる。」との規定により、具体的事件に関しては,法務大臣は検事総長のみを指揮し、検事総長が部下検察官に対して有する指揮監督権(検察庁法7条1項)を媒介としてのみ,個々の検察官の行う検察事務に干渉しうるとされている(新版検察庁法逐条解説85頁参照)。

検事総長の上司である法務大臣が具体的事件について検事総長に対して指揮をした場合には,重大かつ明白な瑕疵がない限り,国家公務員法98条1項に基づき,検事総長は法務大臣の指揮に従うべきこととなる。

この「検事総長のみを指揮することができる」という規定について、以下のように解説されている。(【弁護士山中理司のブログ「検察庁法14条に基づく法務大臣の指揮権」】

検察庁法制定当時の検察内部の意見は「検察庁は内閣の外に立つ独立機関たるべしという意見が圧倒的だった」(出射義夫『検察の面でみた刑事訴訟法の25年』―『ジュリスト』昭49・1・1 )。彼らは、昭和戦前期の「検察権の独立」の観念に強く支配されていたので、戦後憲法のもとで政党内閣が常態化し、政党出身の司法大臣が検察組織に君臨することを病的に警戒していた。
他方において、在野には戦前の検察ファッショ復活への警戒感が根強く、また何よりGHQ(占領軍最高司令部)が検察の民主的統制に強い関心を持っている以上、統帥権の独立にも似た検察権の独立を表立って維持することは難しいという判断も、司法省内にはあった。
そうした政治状況の中で、実際に出来上がった「検察庁法」は、政党出身の司法大臣を容認する代わりに、検事総長の任命には国会の関与を排除し、また司法大臣の監督権限を制限する条項(現14条)を設けて、検察への「一般」的指揮権を認める一方、個々の捜査については検事総長を通じてのみ指揮できる、という妥協案に落ち着いたのだ。

この点については、過去に、法務大臣の答弁が行われている。

【平成元年3月27日参議院本会議における高辻正巳法務大臣答弁】

指揮権の発動と申しますのは、検察庁法14条ただし書きの検事総長に対する法務大臣の指揮を指して言われるものと思いますが、この検察庁法十四条の趣旨は、一般に、国の検察事務を分担管理し、その機関の事務を統括する法務大臣の行政責任と、司法権と密接不可分の関係にある検察権の独立性の確保の要請との調和を図る点にあるものと考えられております。
そういうことからしますと、法務大臣がいわゆる指揮権を発動する場合は、検察権が不偏不党、厳正公平の立場を逸脱し、その他、検察事務を所掌し遂行する法務大臣がその責任を全うし得る限度を超えて運営されるというような特殊例外的な場合に限られるべきものであり、そのような特殊例外的な場合においては、法務大臣はその行政責任を全うするためにその指揮権を行使して正すべきものは正さなければなりませんが、そのような場合でないのに法務大臣がいわゆる指揮権を発動することはなすべきでないと考えております。その意味で、法務大臣は検察庁法第14条ただし書きの検事総長に対する指揮権をむやみに放棄するわけにはまいりません。
しかし私は、検察が今後ともよくその職責を果たし、法務大臣が指揮権を発動したりその他これに制肘を加えなければならないような事態が生じることはないものと信じております。

小泉法務大臣の「指揮権答弁」は前代未聞の重大な誤り

要するに、検察庁法14条但し書による指揮権は、「法務大臣が検事総長に対して具体的事件について指揮しうる権限」であり、司法権と密接不可分の関係にある検察権の独立性の確保の要請との調和を図るために、個々の検察官に対してではなく、検事総長のみを指揮の対象にすることにしているが、それは、検察官の権限行使に対する法務大臣の指揮権自体を否定するものではない。

小泉法務大臣が答弁で述べた「(検察庁法14条但し書は)検事総長が法務大臣をなだめるための規定」「ちょっと冷静になってくださいと、介入しないでください」と止めるための規定などというのは全くの珍説である。

このような「検察官との関係を規定する検察庁法14条について誤った解釈による答弁」が、法務官僚が事前に用意していたものとは思えない。おそらく、小泉法務大臣個人の考えを述べたものであろう。しかし、そうであれば、法務大臣の横にいた松下裕子刑事局長は、その誤りを是正しなければならなかった。全く何の反応もしなかった松下刑事局長も、その職責を果たしたとは言えない。    

しかも、この法務大臣としての「指揮権についての誤った答弁」には、昨年12月から問題となってきた「自民党派閥政治資金パーティー裏金問題」とも関連するし、それまでの参議院法務委員会での検察をめぐる問題に対する答弁とも関連する。

「自民党派閥裏金事件」と小泉法務大臣

冒頭で述べたように、昨年12月、小泉法務大臣は、

「検事総長への捜査の指揮権を持つことから、今後の捜査に誤解を生じさせたくない」

と述べて、二階派から離脱した。

その時点では、法務大臣として検事総長への捜査の指揮権を持つことを前提にしていたのであり、上記の参議院法務委員会での答弁とは明らかに前提が異なる。

なぜ、そのように前提を変える必要があったのか、それは、二階派を離脱したとは言え、捜査の対象になる可能性が否定できなかったことから、敢えて自分が法務大臣として個別事件についても検事総長を指揮できる立場であることを否定したかったからとしか思えない。

それは、法務大臣としての自分の地位を守るために、自らの権限について法律上誤った考え方をとり、その考え方で国会答弁を行ったということであり、法務大臣として到底許されることではない。

検察官の取調べをめぐる問題についての法務大臣答弁との関係

前記の小泉法務大臣の答弁は、それまで数回にわたって、参議院法務委員会で鈴木宗男議員が、最近多発している検察官の取調べをめぐる問題について法務大臣としての対応を質してきたことを踏まえ、締めくくりとして、法務大臣指揮権について改めて確認したのに対する答弁だった。

それまでの鈴木議員の質問では、

  • 弁解録取の手続で、被疑者が被疑事実は自分の認識と違うということを言っているのに、それをそのまま弁解録取書に取らないで、あたかも被疑事実を自白しているような弁解録取書を作成して署名させたということで最高検監察指導部に調査要請された事例
  • 在宅の被疑者に対する特捜部の検察官の取調べについて録音、録画されていない、被疑者が言ってもいないことを調書に取ったり、一部を切り取って事実を歪曲して調書に取ったということで弁護人から抗議を受け、弁護人が最高検に抗議したのに対し、特捜部側が、その被疑者の会社の社長を呼び付け、書面を撤回しろとか、わび状を出せというような要求をして、実際にわび状を出させたことが、刑事裁判での被告人の最終陳述で明らかにされた事例
  • 女性検事が、不当なやり方で自白を迫り、それに応じないとなると、延々と説教して『中学生でも悪いことをすれば反省する。あなたには反省がない。小学校で宿題をやらなかったでしょう』などと発言した事例

など、最近発生した問題について事実確認し、法務大臣に見解を求めたほか、既に公になっている、プレサンスコーポレーションの事件で恫喝まがいの取り調べの実態が問題になったこと、大川原化工機の事件では、人質司法のため被告人が胃癌が悪化して死亡した後に公訴取消しになったこと、河井元法務大臣の買収事件では、東京地検特捜部の検事が不起訴を示唆して供述を誘導したことなどについても、法務大臣として、調査を指示したり、是正のための措置をとる必要があるのではないかと質した。

このような鈴木議員の質問に対して、小泉法務大臣は、

個別事案に対する指揮権と境を接する問題

だと述べて、そのような事案に対して法務大臣として対応することを全て否定した。そのような小泉法務大臣の答弁が、すべて、前記の

「検察庁法14条但し書の指揮権は、検事総長が法務大臣をなだめるための規定」

という解釈を前提にしていたとすると、すべての答弁に重大な問題があったことになる。

少なくとも、検察に関する問題について、小泉法務大臣は、全く職責を果たしていなかったということなのである。

【前掲記事】でも指摘したように、検察庁法上は、指揮権の行使の範囲についての制約はないが、通常の犯罪に対しては、証拠を収集・評価して事実を認定し、情状に応じた処罰を求めるだけで足りるので、ほとんどの刑事事件の捜査・処分については、法務大臣が介入する必要はないし、敢えて介入した場合には、政治的意図による不当な干渉だと批判されることになるので適切ではない。しかし、例外的に、「法務大臣が指揮権の発動を検討すべき場合」もある。それは刑事事件の捜査・処分について、検察だけで判断を行うことが適切ではない場合、その責任を負えない場合である。そのような事件については、法務大臣に報告して、その判断を求めることが必要となる。

「外交上の判断」が必要な刑事事件の捜査・処分

その典型が、事件が外交問題に密接に関連し、捜査・処分によって外交上の影響が生じる場合である。

検察には外交の専門家はいないし、外交関係に関する情報もない。その判断が適切ではなかった場合の責任を検察が負うことはできない。外交上の判断は、外務省を所管官庁として、内閣が国民に対して責任を持って行うべきであり、個別事件の捜査・処分においてそのような外交上の判断が必要な場合には、内閣の一員である法務大臣が総理大臣との協議の上で、検察に対して指揮を行うことが必要となる。

その例が、2010年9月に起きた尖閣列島沖での中国船の公務執行妨害事件である。中国船船長の釈放を決定した際の会見で、那覇地検次席検事が「最高検と協議の上」と述べた上で、「日中関係への配慮」が釈放の理由の一つであることを明らかにしたが、これは、指揮権発動により、内閣が責任をもって判断すべき事案であった。

検察不祥事と法務大臣の指揮権

また、問題の性格上、検察内部だけで判断するのが適切ではなく、法務大臣が指揮権に基づく介入を積極的に行うことが求められる場合の典型が、検察官の職務上の犯罪が検察の組織自体の不祥事に発展した場合である。

検察官による刑事事件が発生した場合、人事管理権者として、その事実を把握し、懲戒処分を行うことについての最終的な責任を負うのは法務大臣である。

定型的に処理可能な刑事事件の場合には、検察の組織内で「法と証拠に基づいて適切に処理する」ことに委ねれば済むであろう。しかし、検察官の権限行使としての職務に関して重大な犯罪の嫌疑が表面化した場合、他の検察官・上司が共犯者となることもあり、また、背景・原因に組織自体の問題が存在することも考えられる。このような事件を「検察の組織としての独立性の枠組み」で処理することには限界がある。

2011年に、東京地検特捜部が小沢一郎衆議院議員に対する陸山会事件の捜査の過程で、石川知裕氏(陸山会事件当時の小沢氏の秘書・捜査当時衆議院議員)の取調べ内容に関して特捜部所属の検事が作成して検察審査会に提出した捜査報告書に、事実に反する記載が行われていた問題で、2012年6月27日、最高検察庁は、虚偽有印公文書作成罪で告発されていた担当検事、特捜部長(当時)など全員を、「不起訴」とした。

この事件は、検察が組織として決定した小沢一郎氏の不起訴を、東京地検特捜部が、虚偽の捜査報告書を検察審査会に提出し、検察審査会を騙してまで「起訴すべき」との議決に誘導した「前代未聞の事件」だった。

これに対して、当時の小川敏夫法務大臣は、不起訴処分の前に、検事総長に対して指揮権を発動して厳正な対応を求めようとしたが、野田佳彦総理大臣に止められたと、退任時の記者会見で明らかにしている。

このような「検察不祥事」に対する対応は、法務大臣の指揮権に基づく対応を検討すべき典型的事例と言うべきであろう。

小泉法務大臣と任命権者の岸田首相の重大な責任

小泉法務大臣の検事総長に対する指揮権に関する誤った国会答弁の問題は、極めて重大である。このままこの答弁を議事録に残すことなどあってはならない。法務大臣答弁の撤回は不可欠である。刑事局長から、改めて、検察庁法14条但し書について、これまでの政府見解に基づく正確な説明が行われるべきである。

そして、【前掲記事】でも指摘したように、政治情勢に重大な影響を及ぼす検察捜査について、「検察の暴走」という事態も、決してあり得なくはない。その場合、「検察の暴走」を止めることができるのは法務大臣の指揮権しかない。しかし、かつての造船疑獄のときの犬養法務大臣の指揮権発動のように、法務大臣の指揮権が検察の意向に反した形で行使された場合には、「検察捜査への介入」が世論の強い批判を浴び、法務大臣の責任のみならず、内閣自体の責任にも発展することになる。

法務大臣がこのように検察捜査に対して介入するとすれば、「政治家としての立場」というより、法務省のトップとして、法務省の組織としての検討に基づき、客観的中立的な立場で行うものであることが強く求められる。その法務大臣が、捜査の対象となっている派閥、自民党の政治家であれば、法務大臣が指揮権について判断するのは利益相反そのものであり、そのような状況においても公正で客観的な判断が可能で国民が信頼できる人物でなければ、法務大臣の職責を果たすことはできない。このような場合には、十分な法律の素養があり、これまで法務・検察とも、政治とも関係が希薄であった民間人が適切である。

法務大臣にとって検事総長に対する指揮権は、外交に関する問題や検察に関する問題などの例外的な刑事事件に関して、極めて重要な権限であるのに、それについて全く誤った認識・理解をしている小泉氏が、昨年9月の大臣就任以来、「自民党派閥政治資金パーティー裏金問題」という、政治的影響の極めて大きい事件の捜査・処分が行われた期間も含め、10か月にわたって法務大臣の職にあることは、重大な問題だ。

岸田文雄首相の任命責任も含め、厳しく責任が問われるべきである。

カテゴリー: Uncategorized | コメントを残す

トヨタ「認証不正」、豊田章男会長に重大な責任

「認証不正」に揺れるトヨタ

「型式指定」をめぐる認証不正問題で、国交省は、道路運送車両法に基づき、4日のトヨタ本社に続いて、5日以降、ヤマハ発動機、スズキ、マツダ、ホンダの各本社に立ち入り検査に入った。この問題では、わが国の自動車業界のトップに君臨してきたトヨタ自動車の豊田章男会長のこれまでの対応が問題になっている。

6月18日には、同社の定時株主総会が開かれるが、米議決権行使助言会社のインスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズ(ISS)と米グラスルイスは、株主総会で諮る豊田会長の取締役再任議案について、株主に反対を推奨しており、同議案に対する賛否が株主総会での焦点になる。

私は、日本で初めてのコンプライアンスの研究拠点として「桐蔭横浜大学コンプライアンス研究センター」を設立した20年前から、

コンプライアンスとは、「定められた法令や規則に違反しないように行動すること」を意味する「法令遵守」ではなく、「組織が社会の要請に応えること」である

とする独自の立場から、活動を続けてきた(【「法令遵守」が日本を滅ぼす】新潮新書:2007年)。

数々の企業で講演を行ってきたが、2017年2月には、トヨタグループの法務担当役員会でコンプライアンス講演を行い、その後、同グループの主要企業の多くでコンプライアンス講演に招かれ、同グループのコンプライアンスには、少なからず関わってきた。

そういう私のコンプライアンス論の観点から、今回の「型式指定」をめぐる認証不正をどう考えるべきか、豊田会長の対応をどう評価すべきかを述べてみることにしたい。

「法令と実態との乖離」への取組みは、コンプライアンスの重要な要素

なぜコンプライアンスを「法令遵守」ととらえるべきではないのか、最大の理由は、その「法令」が実態との乖離が生じるからだ。とりわけ、司法が社会と密接に関係していて判例が法として重視され、法令が実態に即して柔軟に見直される米国などとは異なり、日本の法令は、それ自体もその運用も硬直的であり、経済社会の実態との間に深刻な乖離が生じているのに長期間にわたって放置されていることも珍しくはない。

その典型例が、かつての日本の公共調達制度だ。会計法等によって、予定価格の範囲内で最も低い価格で入札した者が落札する「予定価格上限拘束」「最低価格自動落札」の発注制度が頑なに維持されていた。本来であれば、公共工事の受注者を選定する際に必要な品質・技術の評価をすべきであったが、行い得ない制度であったために、公共調達全体において、談合という違法行為が「非公式システム」として定着していた。

1990年代以降、談合批判の高まりを受けて、個別に談合が摘発されていたが、ようやく公共調達制度に価格だけではなく品質・技術の評価を取り入れる「総合評価方式」が導入されることで法が改められ、一方で、スーパーゼネコントップによる「過去のしきたりとの訣別宣言」が出されたことを契機として、抜本的に改められた(【前掲拙著】第1章)。

「法令に基づく制度と実態の乖離」が長らく放置され、非公式な談合システムが継続していたこと、その後の公共工事発注をめぐって環境激変が繰り返されたことで、1990年代以降、人材流出などの面で公共調達にも建設業界にも様々な負の影響が生じ、今なお、技術者、労務者不足、人件費高騰などの負の影響が継続している。

それ以外にも、JIS規格と実態との乖離を原因とするステンレス鋼管データ捏造問題、契約上の仕様で要求される基準と実態との乖離が、多くのBtoBの事業者でデータ改ざん問題につながるなど、「制度と実態の乖離」は、多くの重大な不祥事の背景となってきた。

「法令と実態との乖離の是正」の重要性

このように、法令自体や法令に基づく制度の運用などが社会や経済の実態と乖離している場合に、「法令遵守」ばかりを振りかざす対応をすることは、かえって大きな弊害を生じさせてしまう。そのような場合には、「法令が機能するための環境」自体に問題があるのである。

そこで、重要なことは、法令と実態との乖離を直視し、それによって生じている不正の実態を調査した上、その是正に取り組むことである。それは、事業、業務を直接担当している役職員個人でなし得るものではない。制度の改善是正は、経営トップ自身が、問題を正しく認識し、必要に応じて業界を巻き込みつつ、取り組んでいかなければならない。とりわけ法令上による制度の是正は決して容易なことではないが、各業界で様々な取組みが行われてきたのである。

6月3日、国土交通省に不正の報告を行ったことを受けての記者会見で、豊田会長は、

「(認証制度と実態に)ギャップがある」

と語った。認証制度で定められた基準や試験方法と、自動車メーカーでの製造の実態との間に乖離があるという趣旨であろう。トヨタの宮本眞志・カスタマーファースト推進本部長も、上記会見で、「より厳しい条件の試験」をしていたと繰り返した。「認証不正」という不祥事の背景に、法律に基づく制度と実態との乖離がある、ということであり、経営者が主導する「法令と実態との乖離の是正」が求められる局面である。

「型式認証」と「国際基準」「北米基準」をめぐる問題

しかし、この問題の背景にある「法令と実態との乖離」は単純なものではない。

自動車の型式認証とは、最低限度の法規・技術要件・安全性を満たした製品に与えられる認証である。型式認証されると、メーカーが大量生産した自動車を、1台1台個別に車検を受けることなく販売することが可能となる。

型式認証は特定の国で製品の販売許可を得る際に要求されるものだが、「国連自動車基準調和世界フォーラム」(通称、WP29)で、自動車部品の安全や環境に関する国際的な基準の統一が進められている。61カ国・1地域(EU)で「相互承認」が認められており、日本で認証されれば、世界でも認められる仕組みになっている。ただ、アメリカには、国際基準とは異なる北米基準があり、「相互承認」の枠組みには入っていない。

日本はタイヤやシートベルトなど主要項目で国連基準と同じであり、宮本氏が会見で述べていたのは、より厳しい北米基準に基づく試験を行っていたことが、日本の型式認証には適合していないと判断されたということだろう。

例えば、トヨタの六つの不正のうちの一つ「後面衝突試験」は、車の追突事故を想定した試験で、日本を含む国連基準では重さ1100キロの台車を衝突させるルールになっていたが、トヨタは、北米基準に基づき、開発段階の1800キロの台車を用いて衝突させたデータを提出していた。国交省サイドは、日本や欧州は小型車が多く、アメリカは大型車が多いなど各国の実情に沿った基準になっており、重い台車で試験した場合の試験結果で代替できるものではないという見解のようだ。

国連中心の国際基準と北米基準のいずれが、日本の自動車の安全に関する基準として合理的なのか、形式上、国が定めた認証基準を充足していなかったことが、実質的にみて、自動車の安全上、環境基準上、どれだけ問題があったのかという点に関しては、自動車メーカーの技術者の側にも、それぞれ「言い分」があるのであろう。上記の宮本氏の説明からすれば、その点について、トヨタの技術陣の側には相応の確信があるように思える。

経営者として放置できない「コンプライアンス問題」

しかし、いかに合理的な理由があったとしても、国の法律に基づく認証基準に反しているのであれば「違法」であることは間違いない。「コンプライアンス問題」として、決して放置できない問題であった。

トヨタにとって「認証不正」は、型式認証の基準の国際的な相違の中で起こった問題であり、日本の自動車メーカーのトップとして、監督官庁の国交省に対して誠意をもって問題提起を行い、制度の是正を求めるべきではなかったのか、という問題である。

トヨタの経営トップの豊田会長にとって、今回の問題は、他社のみならず自社グループのダイハツでの認証不正問題もあったことからして、十分想定可能だったはずであり、少なくとも、調査をすれば容易にその事実が把握できたはずだ。まさに、制度と実際の乖離を把握し、それを埋める対策が求められる状況だった。日本最大の企業のトップである豊田会長こそが、制度と実態の是正に声を上げる発言力がある人物だったはずだ。

しかし、今回、国交省から要請を受けるまで、トヨタにおいて、それを自主的に調査して、「法令と実態の乖離」を把握することも、その問題を明らかにして解決をしようとする努力も、行われた形跡はない。

冒頭で述べたトヨタグループ法務役員会での講演でも、その後のトヨタグループ企業での講演でも、「法令と実態の乖離」を原因として生じることの多い「カビ型不正」のような潜在化した不正を発見する有効な方法としての「問題発掘型アンケート調査」(日経ビズゲイト【「カビ型行為」対策の切り札、”問題発掘型アンケート調査”】)を紹介するなどしたが、そのような手法も含め、潜在化した不正の発見のための積極的な取組みが行われたようには思えない。

豊田会長の信じ難い「記者会見での発言」

6月3日の記者会見での豊田会長の発言は、日本の自動車産業のトップ企業の最高責任者として、「法令・制度と実態とのギャップ」を積極的に明らかにし、問題を提起して解決を図る「環境整備コンプライアンス」を行い得る力を有する立場にありながら全く行ってこなかったことについての反省が全くないことを示すものであった。

豊田会長は、「(認証制度と実態に)ギャップがある」と述べる際、次のような発言を行った。   

①このタイミングで私の口から言えないのだが、ギャップはあると思う。今回のことをきっかけに、国と自動車会社がすり合わせをして、何がお客さまと日本の自動車業界の競争力向上につながるか、制度自体をどうするのかという議論になっていくといいと思う

そして、「グループ各社で不正が相次ぐなか、今回トヨタでも起きた。会長はどう受け止めたか?」との質問に対して、

②正直、残念な気持ちと、ブルータスお前もかという感じだ。トヨタは完璧な会社ではない。問題が出てきたことは、ある意味、ありがたいことだと思っている。間違いをしたときには一度立ち止まり、何が起きたかを確認することで我々にはまだ改善の余地があると気づきを得ることができたと思う

と発言した。

そして、「どうしたら不正を撲滅できるか?」との質問に対して、

③撲滅はね、ぼく無理だと思います。故意で間違いをやろうという人はゼロにしなければいけないが、問題が起こったら事実を確認し、しっかり直すことを繰り返すことが必要なのではないかと思う

(以上、【トヨタ・豊田会長は会見で何を語ったか 「ブルータスお前もか」】から抜粋)

これらの豊田会長の発言から明らかなのは、「法令と実態のギャップ」について、経営者自らが問題意識をもって、積極的のその事実を把握し、そのギャップを埋めるために、経営トップとして、場合によっては業界を巻き込んで、法令を司る行政と話し合う、という姿勢が全くないことだ。

そして、このような「法令と実態とのギャップから生まれる不正」というのは、個人の責任ではなく、組織自体の問題であるという認識もない。このことは、あたかも、不正を行った個人が悪いというかのごとき②、③の発言から明らかだ。とりわけ、「ブルータスお前もか」の発言に至っては、一般的には、自身の暗殺に腹心のブルータスが加担していた事を知ったカエサルが「ブルータス、お前も私を裏切っていたのか」と非難した言葉だとされている。本件が、豊田会長が言うように「認証制度と実態とのギャップ」によるものだとすれば「個人としては避けがたい不正」に手を染めざるを得なかった技術者に対して、組織のトップとして責任を感じるべきところであって、「裏切り」などと冗談であっても決して口にしていい言葉ではない。

そして、肝心の「認証制度と実態のギャップ」については、①で、「このタイミングで私の口から言えない」と言い、「今回のことをきっかけに、国と自動車会社がすり合わせをして、何がお客さまと日本の自動車業界の競争力向上につながるか、制度自体をどうするのかという議論」を期待しているなどと、まさに「他力本願」の姿勢である。本当に、「認証制度と実態のギャップ」があって、むしろ「制度」の方を是正すべき、というのであれば、本来であれば上記の通り自ら事実確認をしたうえで国交省に主張すべきであったが、それをしてこなかったのであるから、もはや、その指摘を行う効果的なタイミングはない。

結局のところ、豊田会長にとっての「コンプライアンス」は、法令遵守を呼び掛け、意図的な不正を行う社員はいないはずだとの単純な思い込みに過ぎなかったのではないかと思える。

「認証不正」がトヨタに、そして日本に与える影響 

トヨタは、日本企業の中で時価総額が1位、世界での自動車販売ランキングも4年連続で1位である。そのトヨタに長年君臨してきた経営トップであるにもかかわらず、「コンプライアンス」に対して全く主体性のない言動には、愕然としたというのが率直なところである。

「認証不正」による影響は、国交省からの対象車種の出荷停止指示、行政処分による販売減という直接の影響だけではない。トヨタという自動車メーカーの国際的なレピュテーションにも大きなマイナスとなる。不正の発表以降、5日間で、既にトヨタの株価は3.8%下落している。

「型式認証」をめぐる「制度と実態とのギャップ」に対して適切な対応が行われず、「法令遵守」に偏った対応が行われた場合、かつての公共調達をめぐる談合問題と同様、関連業界のみならず日本経済にもマイナスの影響を生じさせかねない。

トヨタが、これからも日本企業のトップとしての地位を維持し、世界に冠たる自動車メーカーとして成長していくためには、ここで、一度、創業家の豊田章男氏による経営支配をリセットすべきではなかろうか。

カテゴリー: Uncategorized | コメントを残す

袴田事件再審「証拠捏造の可能性」を徹底分析~「無罪判決」でも事実解明は終わらない

昨年10月から、静岡地方裁判所で行われてきた袴田事件の再審が、5月22日の公判期日に、検察官の論告、弁護人の弁論が行われて結審する。

1966年に静岡県清水市の民家で味噌製造会社の専務一家4人が殺害されて集金袋が奪われ、この民家が放火された強盗殺人・放火事件で、袴田巌氏が逮捕・起訴されて以降、半世紀を超えて争われてきた袴田事件の刑事裁判は、「裁判所の再度の有罪無罪の判断が行われる最終局面」を迎える。

裁判では一貫して無罪を訴えた袴田氏に対して、1980年に死刑判決が確定、翌年に第一次再審請求が申立てられ、2008年、最高裁の棄却決定で確定したが、同年に申立てられた第2次再審請求について、2014年3月、静岡地裁(村山浩昭裁判長)が再審開始を決定(以下、「村山決定」)、袴田氏の死刑および勾留の執行を停止し、袴田氏は釈放された。即時抗告審の東京高裁(大島隆明裁判長)は2018年に再審開始決定を取り消し、再審請求を棄却する決定を出した(以下、「大島決定」)が、弁護人が特別抗告、最高裁は2020年12月に、棄却決定を取り消し、審理を東京高裁に差し戻す決定(以下、「最高裁決定」)を行い、2023年3月、東京高裁(大善文男裁判長)で再審開始決定(以下、「大善決定」)が出された。

第2次再審請求審では、袴田氏が逮捕・起訴され公判審理が行われていた最中に味噌樽の底から発見され、袴田氏が犯人であることを裏付ける有力な証拠とされた「5点の衣類」についての「DNA鑑定」と「味噌漬け実験報告書」を「新証拠」とし、それらが、再審開始の要件である「無罪を言い渡すべき明らかな証拠をあらたに発見した」(刑訴法435条6号)に該当するかどうかが争点となり、上記の各決定で判断が分かれてきた。

「5点の衣類」を袴田氏が犯行時に着用し、袴田氏がそれを味噌樽の底に隠蔽したというのが確定判決の事実認定だが、上記の二つの「新証拠」は、その事実認定を否定する方向に働く。DNA鑑定により、着衣の一つに付着していた血痕のDNA型が袴田氏のDNA型とは一致しないという鑑定が正しいのであれば、確定判決の認定に反することになり、袴田氏は犯人ではないことになるし、「味噌漬け実験報告書」の結果、5点の衣類には付着した血痕の色の赤みが残っており、それが1年以上味噌に浸かっていたとは考えられないことが実験によって証明されたということであれば、5点の衣類を味噌樽の底に隠匿したのは、その時点で勾留中であった袴田氏ではない、ということになる。

静岡地裁の村山決定は、上記の二つを「無罪を言い渡すべき新証拠に当たる」としたが、東京高裁の大島決定は、「いずれも当たらない」とした。そして、「味噌漬け実験報告書」について、大島決定の判断を取り消して差し戻した最高裁決定を受けて出された大善決定は、「味噌漬け実験報告書」の証拠評価について、大島決定の判断を覆し、「新証拠」と認めて再審開始を決定した。

各決定の判断の違いは、主として、上記の二つの証拠が「無罪を言い渡すべき新規・明白な証拠」に当たるか否かの評価をめぐるものだった。

しかし、袴田事件には、もう一つ極めて重要な論点があることを看過してはならない。新証拠と認められた「味噌漬け実験報告書」の証拠評価と表裏一体の関係にある「捜査機関による証拠の組織的捏造の可能性」である。

上記の大善決定の結論のとおり、袴田氏が犯人であることが否定された場合、味噌樽の底から発見された5点の衣類は、袴田氏以外の何者かが、血痕が大量に付着した5点の衣類を、味噌樽の底に入れたことになる。「味噌漬け実験報告書」が正しいとすると、5点の衣類が味噌樽の底に入れられたのは、事件直後ではなく、発見時に近い時期ということになるので、それを行う動機があり、実際に行うとすれば、袴田氏を犯人だと断定し、有罪判決を受けさせようとしていた警察しか考えられない。

つまり、大善決定の認定のとおりで「無罪判決」になるとすれば、それは、必然的に、「静岡県警が、血痕の付着した5点の衣類を味噌樽の底に沈めるという証拠捏造行為を行った」、という判断につながることになる。本件捜査を行っていた当時の静岡県警が、果たして、そのような行為を行ったのか、本当に、その可能性があるのか、という点が、本件のもう一つの極めて重要な論点なのである。

「捜査機関による証拠の捏造・改ざん」の一般的可能性

刑事事件の捜査を担当した警察官が、捜査の過程で誤りを犯し、それを隠すために捜査書類を捏造・改ざんした、という事例は過去にもあるし、捜査の現場で、捜査結果の辻褄を合わせるため、捜査書類が意図的に改ざんされたこともある。大阪地検特捜部の「証拠改ざん事件」は、主任検察官が、検察が立証を予定しているストーリーに合わせるためフロッピーディスクのプロパティを改ざんしたものであった。このような証拠の改ざん・捏造は、ほとんどが、捜査の担当官が個人的に行ったものであり、また、行為の内容も、書面の書替え等の単純な手口だった。

一方、「陸山会事件の虚偽捜査報告書事件」は、捜査のターゲットにした小沢一郎氏に対して検察組織としては「不起訴」という決定に至ったため、それを、検察審査会の議決で覆そうとして、当時の「東京地検特捜部」によって組織的に行われた可能性がある異例の証拠捏造事件だった。もっとも、これも、その証拠捏造の手口は、取調べの状況、供述内容についての捜査報告書に、実際の供述内容とは異なる内容を記載する、という極めて単純なものであり、検察官がそのような証拠捏造を意図的に行ったとはにわかに信じ難いことではあるが、その気になりさえすれば、証拠捏造の実行自体は比較的容易である。

しかし、袴田事件で弁護人が主張している捜査・公判の各段階での「警察による証拠捏造」の多くは、そのような過去に発覚した刑事事件に関する証拠捏造・改ざん等の行為とは質的に異なる。

本件で弁護側が主張する「証拠の捏造」

弁護人が主張する「警察による証拠捏造」は、大きく3つのステージに分かれる。第1が、事件発生直後から袴田氏逮捕に至るまでの間に、犯人を味噌製造会社内部者と特定するために行われたとされる現場の遺留物等に関する証拠捏造、第2が、袴田氏が警察の連日の長時間にわたる人権無視の不当な取調べによって自白した後、その自白の裏付けとなるような証拠の捏造、そして、第3が上記の「血痕の付着した5点の衣類を味噌樽の底に沈める行為」である。

第2ステージの証拠捏造は、過去に実際にあった捜査機関による「証拠の捏造・改ざん」と、それ程大きくかけ離れたものではない。自白に基づいて犯罪事実を立証しようとしていた警察が、その自白の信用性が争われ、苦し紛れに証拠を捏造・改ざんする、というケースは、担当警察官個人レベルや捜査担当チームによる行為として考えられないわけではない。

しかし、第1ステージの捏造は、それとはかなり性格が異なる。事件直後の初動捜査、早いものは事件発生の数時間後の現場の遺留物等について証拠を捏造したということであれば、当時の警察が、事件発生当初から味噌製造会社の内部者の犯行であるかのように見せかけようとしたということになる。それは、警察が、事件発生の直後、或いは、その直前から、捜査の方向性を決めていた、それによって真犯人を隠蔽しようとしていた、ということだ。それは、当時の静岡県警について、組織的な犯罪行為の疑いを生じさせることになる。

第3ステージの証拠捏造の「血痕の付着した5点の衣類を味噌樽の底に沈める行為」の方は、第2ステージの捏造のように、それ自体が、事件発生当初からの警察と事件或いは真犯人との関係を疑わせるものではないが、少なくとも、組織的に多数の捜査員によって行われた大がかりな証拠捏造としか考えられない。その実行のためには、警察が、袴田氏が事件前に着用していた衣類を把握し、それに見合う衣類を調達し、一方で大量の血液を入手して衣類に付着させて「血痕が付着した5点の衣類」を準備し、味噌樽の底に何かを沈める作業をすることについて、味噌製造会社側の協力を得て、実際に味噌工場に立ち入って、それを実行することが必要になる。それが「証拠捏造」であることを認識しつつ、その実行に関与した警察官は相当多数に上ることになる。

当時の静岡県警が、このような「証拠捏造」を、冤罪の袴田氏を死刑にするため敢えて組織的に行ったとすると、その「警察」というのは、我々が、通常認識している「日本の警察」とは、全く異なる、むしろ中国や北朝鮮の警察のような権力機関だったことになる。

このような警察による組織的証拠捏造があったと認めることと表裏一体の関係にあることから、検察にとっても、「味噌漬け実験報告書」が、「無罪を言い渡すべき新規性、明白性を充たす証拠」に当たるとされた再審開始決定が出され、特別抗告を断念した後においても、再審で、再審開始決定の認定をそのまま受け入れて、有罪立証を断念するということができないのは致し方ないと言える。

「再審無罪判決」では、証拠捏造の事実解明は終わらない

刑訴法の解釈としては、再審での事実認定は、再審開始決定の認定に拘束されないというのが、通説・判例であり、再審において新旧証拠を総合評価した結果、異なった結論に至る可能性はある。

しかし、最高裁決定の破棄差戻し決定を受けた大善決定が、多くの専門家の証言等も踏まえて、「味噌漬け実験報告書」が「無罪を言い渡すべき証拠」に当たると判断した事実は極めて重く、一般的には、検察官が、「付着した血痕の色の赤みが残っていた5点の衣類が、1年以上味噌に浸かっていたとは考えられない」との大善決定の判断を否定する立証ができたということでない限り、再審の判決も「無罪」とされる可能性が相当程度高いように思える。

しかし、既に述べたように、大善決定の認定の方向で無罪判決が出された場合、必然的に、警察の組織的かつ大規模な証拠捏造があったことが認定されることになる。

再審無罪判決が確定すれば、それによって半世紀以上にわたった袴田氏の刑事裁判の終了が確定する。一方で、それに伴って、警察の組織的証拠捏造によって34年間にわたって死刑囚として身柄を拘束され死刑執行の恐怖に晒され続けた袴田氏の甚大な損害について国家賠償請求訴訟が提起されることになり、また、警察の組織的証拠捏造が認定された以上、それについて事実を解明し、原因究明し、再発防止のための第三者機関による検証が強く求められることになる。

そういう意味で、袴田事件での「警察による証拠捏造」をめぐる事実解明は、無罪判決が出て確定しても、それで終わる問題では決してないのである。

これまで再審請求審、再審の経過の中で、主として争点となってきた「5点の衣類」についての「DNA鑑定」と「味噌漬け実験報告書」の信用性、証拠価値の問題とは別に、上記の「警察による証拠捏造」、とりわけ、大善決定が「無罪を言い渡すべき新証拠」と認定した「味噌漬け実験報告書」の結論から当然に導かれる第3ステージの証拠捏造について、村山決定、大島決定、最高裁決定、大善決定がどのような判断を行ってきたかを改めて整理し、さらに直前に迫っている再審での検察、弁護側の論告、弁論での主張立証のポイント、それを受けての、再審判決の重要論点についても、改めて考えてみたいと思う。

第2次再審請求審の各決定の「証拠捏造」についての判断

村山決定では、「5点の衣類」についての「味噌漬け実験報告書」が「無罪を言い渡すべき新規明白な証拠」とされる一方、「5点の衣類」が捜査機関によって捏造された可能性について次のように判示した。

警察は、人権を顧みることなく、袴田を犯人として厳しく追及する姿勢が顕著であるから、5点の衣類のねつ造が行われたとしても特段不自然とはいえず、公判において袴田が否認に転じたことを受けて、新たに証拠を作り上げたとしても、全く想像できないことではなく、もはや可能性としては否定できない。

これに対して、検察官が即時抗告し、3年半にわたる審理において、弁護人は、村山決定が、「無罪を言い渡すべき明らかな新証拠」と認めた「DNA鑑定」と「味噌漬け実験報告書」のほかに多数の「新証拠」の主張を行った。その多くは、5点の衣類について「被告人が事件直後に味噌樽の底に隠匿した可能性」(この可能性の否定は袴田氏の犯人性の否定につながる)、「捜査機関が捏造した可能性」(その可能性の否定は、袴田氏の犯人性の肯定につながる)に関連するものであった。大島決定は、網羅的に判断を行い、これらのすべてについて「無罪を言い渡すべき新証拠」に当たらないとの判断を示した。その中に、「捜査機関による証拠捏造」の可能性についても重要な事実が含まれている。

特に重要なのが、確定判決において5点の衣類の中の「鉄紺色のズボン」が被告人のものであることを裏付け、「捜査機関が捏造した可能性」を否定する有力な証拠とされた「ズボンの端布」についての判断である。弁護人はいくつかの「新証拠」を提出し、端布を警察官がねつ造した可能性を主張していたが,大島決定は、「端布がねつ造されたとの指摘は抽象的な可能性の域を超えない」と判示した。

そして、自白追及の厳しさと証拠のねつ造の可能性の関係について、

これまでしばしば刑事裁判で自白の任意性が問題となってきたように、否認している被疑者に対して厳しく自白を迫ることは往々にしてあることであって、それが、捜査手法として許される範囲を超えるようなことがあったとしても、他にねつ造をしたことをうかがわせるような具体的な根拠もないのに、そのような被疑者の取調方法を用いる捜査当局は、それ自体犯罪行為となるような証拠のねつ造をも行う傾向があるなどということはできず、そのような経験則があるとも認め難い。しかも、そのねつ造したとされる証拠が、捜査当局が押し付けたと主張されている自白のストーリーにはそぐわないものであれば、なおさらである。

として、「自白追及の厳しさ」と「証拠の捏造の可能性」を結びつけることは相当ではないとした。

そして、さらに、「5点の衣類のねつ造可能性についての新旧証拠の総合評価」について

第1次再審,第2次再審で提出された個別には証明力の弱い新証拠を旧証拠に加えて総合的に評価した場合に,5点の衣類は,犯人の着衣であり,かつ,袴田のものであることについて合理的な疑いを生じさせ,ひいては,袴田が犯人であるとした確定判決の認定に合理的な疑いが生じる余地が全くないかを念のため検討することとする。

と述べて、まず、捜査機関による5点の衣類のねつ造が行われたとした場合の時期について,「1号タンクに大量の味噌が仕込まれている昭和41年7月20日から昭和42年7月25日までの間」については、

捜査機関が,1号タンクの味噌を掘り出した上で底部から約3.5cmの場所に5点の衣類が入った麻袋を隠匿することは,ほぼ物理的に不可能であり、事件が発生した昭和41年6月30日から同年7月20日までの間は,捜査機関は,未だ袴田を逮捕しておらず,血痕が付着した袴田のパジャマを押収して解析を進めるなどして,犯行着衣としてはパジャマを想定していたことがうかがわれるのであるから,同時期に,5点の衣類を犯行着衣としてねつ造する可能性を想定することもおよそ非現実的である

として、捏造が行われた可能性は「昭和42年7月25日に1号タンクから味噌の取り出しが始まった後」に限定されるとし、この期間に5点の衣類をねつ造した可能性を検討している。

その検討の結果について,以下のように判示している。

袴田の衣類は,昭和41年9月下旬にはA商店の寮から実家にすべて送り返されているため,捜査機関が,袴田の衣類を入手してねつ造工作を行うことは想定し難い。また,袴田の衣類に類似した衣類を入手してねつ造するにしても,〔1〕鉄紺色ズボンについては,B洋服店で2年近く在庫として存在し(第2次再審で弁護人から提出された新証拠によれば,同ズボンは,Cが,昭和39年に製造し,同社からB洋服店に対して,昭和39年12月21日から昭和40年9月10日までに出荷したものであると認められる。),同店で裾上げをしてもらったものを入手し,〔2〕緑色パンツについては,昭和41年8月8日以前にDで製造されたものを入手し,〔3〕昭和42年7月25日から同年8月31日までの間に,E商店に赴き,麻袋に入れて1号タンクに埋めた上,〔4〕鉄紺色ズボンの端布を袴田の実家に隠匿することが必要となるはずである。
しかし,〔1〕及び〔2〕については,このようなことが可能となるような条件がたまたま揃うという事態は相当稀であって現実性が乏しいというべきである。また,〔3〕については,E商店側の協力を得ないまま,捜査機関のみでE商店工場内の1号タンクに赴き,勝手に味噌を掘り返して5点の衣類を隠匿するのは極めて困難である上,E商店側の協力者を想定すると,協力者が自社の製造する味噌の中に人血の浸み込んだ衣類を隠匿することになるところ,本件が稀に見る凶悪,重大な事件であることからすれば,犯行に関係ある着衣がタンクの中から新たに発見されたことが明らかになれば,味噌の売上減少等によるE商店の経済的な打撃は計り知れず,そうである以上,予めE商店側の者の協力を得ることも相当に困難というべきである(5点の衣類がいつの時点で発見されるかも正確には分からず,これを発見したE商店の従業員が営業への影響を考えてこっそり廃棄する可能性もあることからすれば,衣類の隠匿のみならず,発見時の通報についても事前に味噌の取出しを担当する者等の協力の約束をも得ておく必要があろう。)。加えて,〔4〕については,これをねつ造することが想定し難いことは,既に示したとおりである(前記の「端布を警察官がねつ造した可能性」についての判示[筆者注])。そうすると,そもそも,捜査機関が,5点の衣類をねつ造すること自体が極めて困難であるというべきである。

次に、捜査機関が5点の衣類のねつ造を行う動機について,

捜査機関は,袴田を逮捕した上で長時間に及ぶ取調べを行い,犯行時の着衣はパジャマであるとの自白を得たものであり,検察官も,第1審の第1回公判期日以降,犯行時の着衣がパジャマであるとする袴田の自白を立証の柱に据えて公判活動をしていたことが認められる。そのような中で,捜査機関が,自白に沿うような物証をねつ造する動機を有するというのであればともかく,袴田の自白に矛盾し,かつ,捜査機関の当初の見立てや,検察官の立証活動に反するような5点の衣類をわざわざねつ造するような動機は見出し難く,このような可能性を想定することはおよそ非現実的というほかない。
5点の衣類が発見されるまでの1審の審理経過に照らせば,ほぼ検察官の予定したどおりに立証活動が進められており,予想外の主張や証拠が出るなど,立証活動が難航していたという事情は見当たらない。仮に,そのまま検察官の立証を進めても,合理的な疑いを超える程度の立証ができるか不安があったとしても,立証の主要部分を占める自白のうち,決して軽視できない部分と明らかに矛盾する証拠をねつ造することは,自白の信用性に対する影響や協力者の側から事実が漏れる可能性を考えれば(所論のいうように,端布を生地のサンプルから作成したとしたら,その縫製についても協力者を必要とする。),メリットと比較してリスクが余りに大きく,証拠ねつ造の動機があったとはいい難い。

などと判示して,

5点の衣類が捜査機関によってねつ造された可能性をいう弁護人の所論は,現時点でも,特に根拠のない想像的,抽象的可能性の域にとどまっているというべき

と結論づけている。

大島決定に対して、弁護人が、最高裁に特別抗告し、2020年12月、最高裁は大島決定を取消し、東京高裁に差し戻した。

最高裁決定は、「村山決定はDNA鑑定の証拠価値の評価を誤った違法があるとした大島決定は、結論において正当である」としたが、「味噌漬け実験報告書」に関して、「メイラード反応の影響」についての審理不尽を指摘し、東京高裁に差し戻した。

そして、東京高裁に差し戻された袴田氏の再審請求について、2023年3月13日に出されたのが大善決定だった。同決定では、

5点の衣類が1年以上みそ漬けされていたことに合理的な疑いが生じており、5点の衣類については、事件から相当期間経過した後に、袴田以外の第三者が1号タンク内に隠匿してみそ漬けにした可能性が否定できず(この第三者には捜査機関も含まれ、事実上捜査機関の者による可能性が極めて高いと思われる。)、袴田の犯人性の認定に重大な影響を及ぼす以上、到底袴田を本件の犯人と認定することはできず、それ以外の旧証拠で袴田の犯人性を認定できるものは見当たらない。

として、静岡地裁の再審開始決定に対する検察官の即時抗告を棄却し、袴田氏に対する再審開始を決定した。

「味噌漬け実験報告書」と警察の証拠捏造との関係

前述したように、「味噌漬け実験報告書」によって、1年以上味噌漬けされた5点の衣類の血痕の赤みが残ることが否定され、味噌樽の底に入れられたのは、事件直後ではなく、発見時に近い時期だったことになると、5点の衣類を味噌樽の底に沈める行為を実際に行うのは、袴田氏を犯人だと断定し、有罪判決を受けさせようとしていた静岡県警しか考えられない。

つまり、大善決定の認定のとおりの「無罪判決」は、必然的に、捜査機関が、「血痕の付着した5点の衣類を味噌樽の底に沈める」という証拠捏造行為を行った、という判断につながることになる。

大島決定は、弁護人が主張した捏造の根拠について詳細に検討を加え、無関係の衣類を袴田氏の着衣のように偽って味噌樽の中から発見するという行為は、「過酷な取調べの末に得られていた袴田氏の自白とは全く矛盾する証拠を、発覚のリスクを冒して敢えてねつ造する」という、全く合理的ではない行動を警察組織が行ったことになる、として警察による証拠捏造の可能性を否定した。それは、「味噌漬け実験報告書」の証拠価値を事実上否定する意味もあったと思われる。

これに対して、最高裁決定は、このような「捜査機関による捏造の可能性」についての大島決定の判断には全く触れず、「メイラード反応の影響」についての審理不尽だけを指摘して審理を東京高裁に差戻し、大善決定は、5点の衣類については、「味噌漬け実験報告書」を「無罪を言い渡すべき新証拠」と判断し、事件から相当期間経過した後に、袴田以外の第三者が1号タンク内に隠匿してみそ漬けにした可能性が否定できないとし、これについて「この第三者には捜査機関も含まれ、事実上捜査機関の者による可能性が極めて高いと思われる。」との判断を示した。

しかし、最高裁決定も大善決定も、大島決定の「5点の衣類の証拠捏造の可能性」を否定する判断に対しては、全く検討も判断も行っていない。

結局、捜査機関による証拠捏造の可能性については、村山決定の判断を覆し、証拠捏造を否定した大島決定が、現時点では裁判所としての最終的な判示になっている。

今回の再審でも、この点について、大島決定で示された判断をベースにしている検察官の主張立証と、弁護人の主張立証が対立する構図となっている。

再審裁判所の判断は、まずは、検察側が、「付着した血痕の色の赤みが残っていた5点の衣類が、1年以上味噌に浸かっていたとは考えられない」とした大善決定の判断を覆す立証ができるかどうかが、最大のポイントになる。しかし、一方で、それと表裏一体の関係となる「警察による5点の衣類の捏造の可能性」も重要である。その可能性を否定する大島決定の判断を、弁護側が覆す主張立証ができるのかも、極めて重要な論点なのである。

大島決定でも言及した袴田氏の取調べの録音テープ

前述したとおり、大島決定においては、「5点の衣類のねつ造可能性についての新旧証拠の総合評価」以外に、弁護人の「その他の新証拠」に対して個別に判断している。その中にも、「捜査機関による5点の衣類の捏造の可能性」に関する重要な事実が含まれている。

そのうちの一つが、村山決定後に検察官が弁護人に証拠開示した袴田氏の取調べの録音テープ及び同反訳書に基づいて弁護人が「新証拠」として提出した供述心理学鑑定書に関する以下の大島決定の記述である。

自白の初期段階で,犯行着衣がパジャマであると信じている捜査官に対し,袴田が,被害者宅に侵入する際,最初は,雨合羽を着て,その下はシャツと黒色のズボンを着用していて(ちなみに,5点の衣類が発見された当日に鉄紺色ズボンを見分した警察官は,それを「黒色ようズボン」と表現している。),パジャマに着替えたのは後である旨供述していること等の評価についても何ら触れるところはない。

これは、供述心理鑑定の信用性を否定することに関する判示であるが、ここで言及している録音テープに記録されている袴田供述は、「警察による5点の衣類の捏造の可能性」を判断する上で極めて重要な事実である。

マスコミの取材を受けた関係で入手した今回の再審での検察官の冒頭陳述の中の【弁護人の主張に対する反論】の《第1「被告人の自白から被告人の無実が証明される」との弁護人の主張が誤りであること》の中で、上記の袴田氏の供述が、次のように引用されている(引用表記等は省略)。

被告人は、Bさんから、 強盗に見せ掛けた放火を依頼され、Aさん方に赴いた際、Bさんが被告人のためにテーブル上に置いておいた5万円入りの袋を持ち去ったと供述していました。
被告人は、Yから、その袋をどこのポケットに入れたのか尋ねられ、「ズボンです。」と返答し、Yから、パジャマではなかったのかと確認されると、「パジャマ、後です。」と供述しました。
被告人は、さらに、雨合羽を着てAさん方に行ったことを供述した後、Yから、雨合羽の下に何を着ていたかを尋ねられると、「シャツです。」と供述しました。
その後も被告人は、Yからの犯行着衣に関する質問に対し、「ズボンです。」と、改めてズボンを履いていたことを供述し、Yから、「どういうふうなズボン。」と尋ねられると、「黒の。」と供述しました。なお、鉄紺色ズボンの色も、黒に近い色であり、被告人の母は、自宅から発見された共布について「黒っぽい色」と供述していました。   

録音テープという「袴田氏の生の音声」の中で、犯行着衣がパジャマであると信じている捜査官に対し,《被害者宅に侵入する際,最初は,雨合羽を着て,その下はシャツと黒色のズボンを着用していて,パジャマに着替えたのは後である》旨述べており、その供述は、その約1年後に味噌樽の底から5点の衣類が発見されたことに伴って検察官が立証方針を変更した後の「ストーリー」と一致していたことになる。

その袴田供述が、供述時点以降、警察内部でどのように認識され、その情報が取り扱われていたかによって、この袴田供述の意味は大きく異なる。

もし、捜査官が、袴田供述は警察のストーリーには合わないと考えて、そのまま、「黙殺し、無視していた」のであれば、その1年後に味噌樽の底から5点の衣類が発見され、それが袴田供述と符合するというのは、偶然とは考えられない。袴田氏の自白が真実であったことを裏付ける重要な証拠ということになる。

一方、もし、「雨合羽、シャツ、黒色ズボンを着用」という袴田供述の内容には何らかの意味があると考えていたとすると、それが警察による5点の衣類の捏造の「元情報」となり、それに合わせて5点の衣類が捏造された可能性も否定はできないことになる(ただ、その場合、なぜ、その録音テープが証拠として使われなかったのか、という疑問は残る)。

大島決定が、「5点の衣類のねつ造可能性についての新旧証拠の総合評価」のほか「その他の新証拠」についての評価の中で、5点の衣類のねつ造可能性について、相当詳細で緻密な検討を行っていることに加え、上記の録音テープの「雨合羽、シャツ、黒色ズボンを着用」の袴田供述も含めると、「5点の衣類の捏造の可能性」が否定される方向に傾く可能性が高いように思える。

再審での弁護人の「事件の内容」自体についての主張 

一方で、これまでの再審請求審ではあまり争点にならなかった、そもそもの「事件の内容」について、弁護側が、再審第2回公判での「全体冒頭陳述」で主張した内容には相当な説得力がある。

弁護人は、本件は、検察官が主張する「住居侵入、被害者4人の強盗殺人、放火事件」ではなく、「犯人は一人ではなく複数の外部の者であって、動機は強盗ではなく怨恨でした。また、犯人たちは、午前1時過ぎの深夜侵入したのではなく、被害者らが起きていたときから被害者宅に入り込んでいたのです。そして、4人を殺害して放火した後、表シャッターから逃げて行った」と主張している。

その理由として、以下のような指摘を行っている。

  • 互いに隣の家の中の物音も聞こえるような状況だった。隣から悲鳴があがれば、寝ていてもすぐにわかったはず
  • 犯人が1人であったとすれば、凶器は刃物なので、4人を1人1人順に殺害していったことになる。しかも、一突きで殺された被害者はおらず、全員に多数の刃物による傷があった。藤雄さんは柔道2段の屈強な男性だった。簡単に4人を殺害できたとは思えない
  • 犯人が一人であれば、4人の悲鳴や叫び声や逃げまどう声が飛び交い、物を投げたり物を使って反撃するような大混乱が,しかも相当の時間続いたはずであり、そうであれば、隣人たちは、すぐに気が付くはずだが、逃げ出した人はいなかったし、被害者宅からは、まったく物音が聞こえなかった。
  • 各被害者らの傷は、4人とも胸、右胸あるいは背中など一定範囲のところにほとんど集中しており、被害者らは刃物で傷つけられても誰も動かず逃げ回ったりしておらず、被害者らの手足や腕には刃物による傷がほとんどない。被害者らは、4人とも声も上げられない状況で、もちろん逃げることも反撃することもできないような状況で殺害された。犯人が4人の被害者と同数以上いたか、それとも、犯人が複数で、被害者らを動けないようにし、声も上げられないようにした状況下で、殺害行為が行われた
  • 検察官は、被害者4人が寝静まった深夜1時過ぎに犯人が侵入してきたと主張しているが、被害者宅に入ったとき、被害者らが起きていたことは、わずかに焼け残った被害者の所持品等から裏付けられる。
  • 事件前、被害者宅の店舗部分の土間の机の上に、電話機が置かれていたが、電話機は、接続端子ごとコードが引き抜かれており、通話ができなくなっていた。これは、被害者宅に入り込んだ犯人らが被害者らに外部との連絡を取らせないようにしたものと考えられる。

検察官は、冒頭陳述で、再審請求審での弁護人の主張を踏まえて、弁護人の主張を想定した反論を行っているが、上記のような「事件の内容」自体についての弁護人の主張に対する具体的な反論は、少なくとも冒頭陳述では行われていない。

間もなく行われる論告の中で、その点について詳細な反論が行われることになるのであろうが、もし、この点についての弁護人の主張に有効な反論ができないとすると、前記の「第1ステージの証拠捏造の可能性」を浮上させることになる。

事件発生の数時間後に現場の遺留物等について証拠を捏造したというのは、犯人像もわからない警察の初動捜査の時点の行動としてあり得ない、というのが検察官の主張だが、上記のように「事件の内容」自体が弁護人の主張のとおりであったとすると、警察が、事件発生当初から味噌製造会社の内部者の犯行であるかのように見せかけて、内部者犯行に限定する捜査の方向性を決めていて、それによって真犯人を隠蔽しようとしたということになる。そうであれば、警察は、事件の発生自体を事前に認識していた可能性もあり、警察による組織的な犯罪への関わりの疑いも否定できないということになる。

そのような警察の犯罪や真犯人隠蔽が行われたこと前提に考えると、第2ステージでの袴田氏の自白の裏付けとしての証拠捏造はもちろん、第3ステージの「5点の衣類についての組織的かつ大規模な証拠捏造」もあり得ないわけではないということになる。

「失われた半世紀以上の時間」と日本の刑事再審制度の欠陥

袴田事件の再審は最終段階に来ており、半世紀以上にもわたる刑事裁判が終わろうとしている。しかし、ここに至っても、その最終的な着地点がどうなるのか、全く予想がつかない。

「5点の衣類の捏造の可能性」を否定した大島決定に加え、録音テープに残された袴田供述から、袴田氏が犯人であったとの判断に傾く可能性もあるが、一方で、「事件の内容」自体についての弁護人の主張に対して、検察官が有効な反論ができなければ、事件自体にも警察が関わっており、組織的かつ大規模な証拠捏造を「日本の警察」が行ったという、我々の想像を超えた事件であった可能性もある。

いずれにせよ、「付着した血痕の色の赤みが残っていた5点の衣類が、1年以上味噌に浸かっていたとは考えられない」という大善決定の「味噌漬け実験報告書」の証拠評価の当否を判断することだけで結論が決まるような単純な話では全くないのである。

いずれにせよ、事件発生から57年という年月はあまりに長かった。

前記のとおり、この事件の真相解明のためには、前記の袴田供述の録音テープが、どのように警察内部で認識され、どのように保管され、それが捜査方針とどのように関係していたのかを明らかにする必要がある。それ如何では、警察組織による5点の衣類の捏造の可能性が完全に否定される可能性もあれば、逆に捏造が裏付けられる可能性もある。

また、そもそも、本件が強盗殺人・放火事件なのか、怨恨等の動機による組織的な殺人事件なのか、「事件の内容」自体については、警察の初動捜査や、当時の警察内部での動きを詳細に解明する必要がある。

それらについて真相を解明するためには、あまりに時間が経過し過ぎている。当時の捜査関係者の多くは高齢で、捜査幹部は殆どが故人となっている今、それらについて真相を解明することは極めて困難だ。本件で再審無罪判決が出た場合、警察の組織的かつ大規模な証拠捏造について検証が必要となるが、それにも大きな限界があることは否定できない。

このような事態を招いたのは、日本の再審請求審が「無罪を言い渡すべき新証拠」が要件となっていることによって、「開かずの扉」となり、そのハードルが著しく高い一方で、一度再審開始決定が出れば、再審では殆どは無罪判決となる、という従来の日本の再審制度に原因があるように思える。

もちろん、刑事事件全般について、確定判決がさしたる理由もなく再審に持ち込まれ、裁判がやり直されるということは許容し難いであろう。しかし、一家四人殺しの強盗殺人、放火事件という稀に見る凶悪事件で死刑を言い渡されたという事件で、死刑囚が一貫して無実を訴えている場合、再審に向けてのハードルはもっと低くてもよいのではなかろうか。

第一次再審請求の申立てから最高裁での棄却決定確定まで28年、村山決定から大善決定による再審開始決定の確定までも9年、その間、「無罪を言い渡すべき新証拠」についての審理は行われていたが、袴田事件をめぐる多くの謎は未解明のままだ。

再審開始のハードルがもっと低く、再審で、改めて徹底した事実審理が行われ、有罪判決もあり得るということであれば、袴田事件は全く異なった展開になっていたであろう。

そして徹底した証拠開示が行われ、「犯人性についての証拠」と「警察による組織的な証拠捏造」の両面から徹底した審理が行われていれば、静岡県警による組織的な権力犯罪が明らかになったかもしれないし、元ボクサーが凶悪強盗殺人事件の犯人だった、ということが一層明白な事実だと確認されたかもしれない。いずれの方向にせよ、再度の事実審理により、有罪、無罪いずれの方向にも確信をもった判断ができたのではないか。

今後、袴田事件が、どういう形で決着することになっても、日本の再審制度の大きな欠陥が表れた事件であることには間違いないように思う。

カテゴリー: Uncategorized | コメントを残す

後半国会の焦点・政治資金規正法改正、“裏金根絶”のための決定打は?

「自民党派閥政治資金パーティー裏金問題」表面化後、最初の国政選挙となった4月28日の3つの衆議院補欠選挙は、自民党全敗(2つは、公認・推薦もできず不戦敗)、立憲民主党全勝、日本維新の会全敗(いずれもダブルスコアの惨敗)という結果となり、連休明けからの今後の国会の最大の焦点は、政治資金規正法改正めぐる議論となる。

立憲民主党は、「補選全勝」の余勢を駆って、法改正をめぐる国会論議を主導したいところであろう。

私は、立憲民主党の「国対ヒアリング」に、昨年12月18日、26日、今年1月20日と3回出席し、「政治資金規正法の『大穴』問題」(政治家には政治献金を受け入れる複数の「財布」があるので、政治家側が裏金を受領した場合に、その帰属が特定できず処罰が困難であるという問題)について説明し、今回の「裏金問題」を受けての政治資金規正法改正についても提案を行った。

4月23日に公表された立憲民主党の【政治資金規正法改正案骨子】(「本気の政治改革」実現に向けた法制上の措置 骨子(全体像))では、これまで「政治とカネ」問題を生む原因及び背景となってきた政治資金規正法の根本問題に関して、企業団体献金の禁止、政治資金パーティーの全面禁止、政策活動費による不透明な寄附・支出の是正、収支報告書のデジタル化など、抜本的な是正策が概ね網羅されており、全体としては評価できる内容と言える。

しかし、自民党は、「抜本改正」は今後の検討課題とし、派閥政治資金パーティーをめぐる問題の「再発防止策」を当面の国会審議の対象にしようとしており、会計責任者だけではなく政治家本人に責任を負わせる「連座制の導入」などの再発防止策が、当面の国会での議論の主戦場になると考えられる。

自民党案の「議員本人の確認書」提出に意味があるのか

今回の政治資金パーティーをめぐる問題で、政治資金規正法違反による捜査の対象とされたのは、政治資金パーティーを主催した派閥側の問題と、「裏金」を受領した議員の側の問題だった。このうち、国民の怒りが集中しているのは、「裏金受領議員」がほとんど処罰されず、所得税の課税・納税すら行われていないことだ。

そこで、当面の国会での「再発防止策」の議論は、「裏金議員」の大半が処罰を免れている現状について、処罰が可能となるような法改正を行うことが主眼になると考えられる。

その「再発防止策」として、自民党は、議員本人に収支報告書の「確認書」の作成を義務づけたうえで、会計責任者が虚偽の記載などで処罰された場合、内容を確かめずに作成していれば公民権を停止する、という措置を「連座制」と称して提案している。

しかし、そもそも、政治資金規正法に違反している場合であっても、収支報告書の「外形」は整っているのであり、それを会計責任者から説明させて「確認」しただけでは、何もわからない。「内容を確かめずに作成」した場合に公民権停止と言っても、どの程度に確かめたらよいのかが不明確であれば、実際に適用される可能性はほとんどないことになる。

立憲民主党改正案の「連座制」の疑問点

これに対して、立憲民主党の【政治資金規正法改正案骨子】では、

「第1 政治資金収支報告に関する処罰の強化」の《1 収支報告書の不記載、虚偽記入等に係る「連座制」》とする項目で、

政治団体の収支報告書について、会計責任者に加え、代表者にもその記載及び提出を義務付けること。
※ 代表者において、収支報告書の不記載や虚偽記入等に故意・重過失がある場合に処罰されることになる(⇒ 公民権停止の対象となる。)。

とされている。

この「代表者にも収支報告書の記載及び提出の義務付けをする」というのは、どういう意味なのであろうか。政治資金規正法の基本構造、収支報告書の記載実務の観点からすると、理解が困難だ。

会計責任者は、政治資金の収支について会計帳簿を備え作成する(政治資金規正法9条1項1号)、また、「政治団体の代表者若しくは会計責任者と意思を通じて当該政治団体のために寄附を受けた者」は、「寄附を受けた日から七日以内」に、「寄附をした者の氏名、住所及び職業並びに当該寄附の金額及び年月日を記載した明細書」を会計責任者に提出しなければならない、とされている(10条1項)

このような形で会計責任者に政治資金の収支に関する情報が集中することになっているからこそ、会計責任者は、その情報に基づいて正確に政治資金収支報告書を作成し提出する義務を負うのである。

一方、代表者には、そのような「情報を得る仕組み」がないので、独自に「収支報告書の記載及び提出」を行うこと自体が不可能である。

立憲民主党案で、「代表者にも収支報告書の記載及び提出の義務付けをする」と言っていながら、代表者が処罰されるのが「収支報告書の不記載や虚偽記入等に故意・重過失がある場合」に限定されているという点も問題がある。

結局、「裏金」「不記載」等が問題となった場合に、代表者が、そのような収入について認識していた場合だけが処罰の対象になるということであろう。その「認識」の根拠となる事実がなければ処罰できないのであり、「確認書」の提出を求める自民党案と、ほとんど変わらない。むしろ、確認書の提出に際して会計責任者とのコミュニケーションを求める自民党案の方がまだまし、ということになる。

立憲民主党の国対ヒアリングで、私は「政治家個人に収支報告書作成・提出義務を課すこと」の提案も行った。立憲民主党の【政治資金規正法改正案骨子】で「連座制」と称している「代表者の収支報告書作成提出義務」は、私が提案した「政治家個人の収支報告書作成・提出義務」とは似て非なるものであり、一見「厳しい対案」のように見えるが、「裏金問題」の再発防止策としての実効性が期待できるものではない。

このような「対案」で国会審議に臨んでも、「自民党案批判のパフォーマンスを狙っただけのもの」であることを露呈することになりかねない。それによって、政治資金規正法改正に向けての議論で勢いを失ってしまえば、結局、「抜本改正に向けての議論」にはたどり着けないことになってしまう。

「連座制」に関して、早急に再検討を行う必要があると考えられる。

「政治資金規正法の『大穴』」を無視した捜査・処分とその結末

今回の問題では、「裏金議員」に対する政治資金規正法による処罰がほとんど行われず、所得税の課税・納税すら行われていない。そのような事態に至ったことに関して、検察の捜査・処分に疑問があることは、これまでも再三指摘してきた(【「裏金議員・納税拒否」、「岸田首相・開き直り」は、「検察の捜査処分の誤り」が根本原因!】など)。

政治資金収支報告書というのは、個別の政党、政党支部、政治団体ごとに、それぞれの会計責任者が提出するものである。国会議員の場合、政治団体である「資金管理団体」のほかに、自身が代表を務める「政党支部」があり、そのほかにも複数の国会議員関係団体があるのが一般的だ。つまり、一人の国会議員に「財布」が複数ある。

議員個人が「裏金」として政治資金を受け取った場合、それは、その議員に関係する政治団体・政党支部のどこの収支報告書にも記載しない、という前提でやり取りする。議員の側は、「どの政治団体の収支報告書にも記載しない前提で「裏金」として受け取った」ということである。

その場合、検察が政治資金収支報告書の虚偽記入・不記載の事件にしようとしても、そのお金を、どの政治団体又は政党支部の収支報告書に記載すべきだったのかが特定できない。犯罪事実が特定できない以上、政治団体等の収支報告書の不記載・虚偽記入罪での処罰は困難なのである。 

このような、政治家個人に渡った「裏金」について政治資金規正法での処罰が困難であるという「政治資金規正法の大穴」問題について、私は、Yahoo!ニュースの投稿や、著書【歪んだ法に壊される日本 事件・事故の裏側にある「闇」】(KADOKAWA:2023年)等で取り上げ、今回の問題についても、その「大穴」によって裏金議員の処罰が困難であることを指摘してきた(【日本の法律は「政治家の裏金」を黙認している…「令和のリクルート事件」でも自民党議員が逮捕されない理由】など)。 

もし、検察が「政治資金規正法の『大穴』」の問題があることを踏まえて検察捜査を行うとすると、政治資金収支報告書の虚偽記入・不記載罪より、むしろ、政治資金規正法21条の2第1項の「政治家個人宛の政治資金の寄附」の禁止規定を適用する方が、実態に即していたといえる。

ノルマ超の売上の「還流」あるいは、パーティー券の売上の一部を議員側に留保する「中抜き」によって議員側に提供された「裏金」は、「収支報告書に記載しない前提の金である以上、資金管理団体、政党支部などに宛てた政治資金ではく、収支報告書の記載対象ではない政治家個人宛の寄附」というのが自然な見方だ。

収支報告書を提出しない前提の金なのだから「政治家個人宛の寄附」であったことを、授受の当事者双方に認めさせる方向で捜査を行えば、少なくとも「裏金」を議員個人の口座で保管していたり、議員個人から政治団体への貸付で処理していたケースなど、「政治家個人への帰属」が客観的に認められる議員については、21条の2第1項違反で処罰することが可能であり、「裏金」を、原則として議員の個人所得として認定し、課税することも可能になったはずだ。

しかし、実際の検察の捜査は、それとは真逆の方向で行われた。

還流金・中抜きが資金管理団体などの政治団体に帰属していることを認めさせ、それを、資金管理団体、政党支部の政治資金収支報告書に記載しなかった問題としてとらえ、その方向で、政治資金収支報告書の訂正を行うことで、検察捜査は決着した(下村博文氏など一部所属議員は、この収支報告書の訂正が、検察側の示唆によるものと説明している)。

その結果、政治資金規正法違反で起訴された国会議員は、「取引的決着」としての略式命令に応じた谷川弥一氏のほか、池田佳隆及び大野泰正の2名のみであり、公判で「政治資金の帰属」の問題が争われれば、有罪判決となるのかもわからない(【「裏金」事件の捜査・処分からすれば、連座制導入は「民主主義への脅威」になりかねない】)。

そして、これらの「裏金」について、個人所得としての課税は全く行われなかった。

このような捜査・処分の結末に対して、国民は大きな不満を持っている。それは、「現行の政治資金規正法が、会計責任者に、収支報告書の作成・提出に関する義務を集中させているために、代表者たる国会議員が処罰を免れている」という単純な問題によるものではないのである。

「政治家個人宛の寄附の禁止規定」はなぜ適用されなかったのか

今回の「裏金問題」については、「政治家個人宛の寄附の禁止規定」を適用するのが、最も実態に即した罰則適用であり、それによって、ある程度、政治資金の帰属に関する「政治資金規正法の『大穴』問題」をクリアすることが可能だった(この点を早くから指摘していたのが、元総務省で政治資金規正法の立法経験もある立憲民主党の小西洋之参議院議員だった)。

検察捜査は、なぜそういう方向で行われなかったのか。

そもそも、現在の検察・法務省の側に上記の「大穴」問題に対する認識が希薄であったことが考えられるが、それに加えて、従来、検察の政治資金規正法の罰則適用のほとんどは、罰則が最も重い収支報告書の「虚偽記入罪」の適用であり、それ以外の罰則適用の事例が過去にほとんどなかったため、「政治家個人に宛てた政治資金の寄附」の禁止規定の適用という発想自体がなかったのではないだろうか。虚偽記入罪の罰則適用を当然の前提として捜査を進めたということであろう。

これに関するもう一つの要因は、政治家個人への寄附の禁止についての罰則が、「禁錮1年以下・罰金50万円以下」と極めて軽いことである。

検察独自捜査は、全ての犯罪をカバーするものではない。強制捜査を含む本格的捜査の対象となるのは、一般的には相応に重い犯罪であり、少なくとも、略式罰金ではなく公判請求相当な事案であることが前提だというのが、かつて私がいたころの「検察の常識」であり、それからすると、禁錮1年以下・罰金50万円以下は、通常、略式罰金相当であり、あまりに軽い。

しかも、仮に、「政治家個人宛の政治資金の寄附」禁止違反の刑事事件を前提として、今回の裏金問題をとらえた場合、公訴時効が3年となる。虚偽記入の場合の公訴時効が5年で、5年分の政治資金パーティーの分を「刑事立件の可能性のある裏金」ととらえることができるのと比較して、立件の対象も「裏金総額」も相当少額にとどまることになる。

このようなことから、検察捜査において、「政治家個人宛の寄附」禁止既定の適用は、ほとんど検討されなかったものと考えられる。

政治家個人宛寄附の禁止の罰則を重くするのはどうか

このような、「裏金議員」に対する処罰がほとんど行われず、所得税の課税・納税すら行われていないという事態が今後生じないようにする「再発防止策」として、まず考えられるのは、禁錮1年以下・罰金50万円以下という「政治家個人に対する寄附の禁止」の罰則を大幅に引き上げることである。

しかし、それは、同様の行為に対する罰則との比較から、現実には難しい。

例えば国会議員が、職務に関して、賄賂を収受した場合、(請託を伴わない)単純収賄であれば、「5年以下の懲役」、国会議員が、行政庁や自治体の行政処分に関して口利きをした謝礼として金銭等を受け取る「斡旋利得」については、「3年以下の懲役」という法定刑が定められている。

これらは、「公務員の職務に関する賄賂」「口利きの謝礼」という実質を伴う犯罪であり、それらと比較すれば、単に、国会議員が違法に個人で政治資金の寄附を受けたことだけに対する罰則の重さには限界がある。

「政治家個人に対する寄附の禁止」の罰則を引き上げるとしても、「斡旋利得行為」の法定刑を超えることは困難であり、「3年以下の禁錮」が限度であろう。そうなると、公訴時効期間は3年であり、現行法とあまり変わらないことになる。

「政治資金の収支の公開」を中心とする政治資金規正法の趣旨に照らして、政治資金収支報告書の不記載・虚偽記入罪が最も重い犯罪とされているのであり、「政治家個人宛の違法寄附」に対する罰則が相対的に軽いのは致し方ないと言えるのである。

政治家個人の政治資金収支報告書復活によって政治資金の不透明性を解消

そこで、私の提案は、「政治家個人への寄附の禁止」の規定を廃止し、政治家個人への寄附も敢えて禁止はしない代わりに、政治家個人について、徹底した「政治資金収支の透明化」を図ることである。

具体的には、政治家個人にも政治資金収支報告書の作成・提出を義務づけることである。

現行の政治資金規正法の制度の源流となったのは、ロッキード、ダグラス・グラマン事件等を受けて、政治倫理確立が当時の大平内閣の重要な政治課題になり、民間有識者及び関係閣僚からなる首相諮問機関「航空機疑惑問題等防止対策に関する協議会」が設置され、「政治家個人の政治資金の明朗化」が提言されたことだった。

1980年に成立した政治資金規正法改正案では、政治家個人の政治資金の公開のための「指定団体制度」「保有金制度」等が導入され、政治家個人にも政治資金収支報告書の作成・提出が義務づけられた。しかし、これらの制度には多くの「抜け穴」が設けられており、実効性がないものだった。

そして、1980年代末、リクルート事件で「政治とカネ」の問題への批判が高まったことを受け、1994年、細川内閣の連立与党と自民党の合意で「政治改革四法」が成立、選挙制度改革・政党助成制度の導入に伴い政治資金規正法の大幅改正が行われた。企業・団体からの寄附の対象を政党(政党支部を含む)に限り、政治家個人が政治資金の拠出を受けるべき政治団体として「資金管理団体」が指定されることになった。それに伴って、「政治家個人宛の政治資金の寄附」が禁止され、保有金制度は廃止された。法違反に関する罰則が強化され、有罪確定時の公民権停止規定が導入された。

こうして、現行の政治資金制度の枠組みが作られたのであるが、その中で、政治家個人を代表とする「政党支部」が企業・団体献金の受け皿となることが認められたため、個人あての寄附が禁止されていても、政党支部で受け取れることから、企業団体献金禁止の意味はほとんどなくなった。

一方、ほとんどの国会議員に「政党支部」と「資金管理団体」という2つの「財布」が存在することになり、それ以外にも「国会議員関係政治団体」という「別の財布」の存在も認められ、それが、「政治家個人が受領した裏金」についての「政治資金の帰属」が判然とせず収支報告書の虚偽記入罪で処罰できないという「大穴」問題につながっている。

この法改正で、政治家個人への寄附が禁止されたことに伴い、政治家個人の収支報告書の作成・提出義務がなくなったのであるが、実際に、過去に、「政治家個人への寄附禁止」違反で処罰されたことはなく、今回の裏金議員の中で「政治家個人への寄附」が疑われる事例もあったが、全く刑事立件されていない。

また、「政治家個人への寄附の禁止」については、政党からの寄附が除外されている(21条の2第2項)ため、政策活動費等として政治家個人が政党から合法的に政治資金を受領することができ、それについて政治資金収支報告書への記載義務はない。

結局、「政治家個人への寄附」は、禁止されていても実際に処罰されることはなく、ほとんど野放しであり、一方で、収支報告書の作成提出の義務がないので、政治家個人をめぐって不透明な金のやり取りが横行しているのである。

このような「政治家個人をめぐる不透明な金の動き」こそが、まさに今回の「裏金問題」の根本原因と言うべきであり、それを抜本的に改めることが、今回の「裏金問題」を受けての「再発防止策」に他ならない。そのための最も効果的な方法が、1994年改正で廃止された政治家個人の収支報告書の作成・提出義務を復活させることである。しかも、「抜け道」だらけであった「保有金制度」のようなものを前提にするのではなく、当該政治家に関する政治資金の収支について、政治団体や政党支部の収支報告書に記載されているもの以外は、個人の収支報告書にすべて記載することを義務づけるのである。

具体的には、政治家は、自らの資金管理団体のほか、自身が代表を務める政党支部、国会議員であれば国会議員関係団体について、会計責任者が政治資金収支報告書を提出した後、ただちに会計責任者から収支報告書の写しの交付を受け、それらの収支報告書の内容を確認し、自身に関係する政治資金の収支で、それらの収支報告書に記載されていないものを記載した「政治家個人の政治資金収支報告書」を作成し、提出する。その期限は政治団体の提出期限の30日後くらいとする。

この場合、政治家が、自身の収支報告書の正確性について直接的に義務を負うことになり(秘書等に作成の補助をさせたとしても責任を負うのは政治家個人である)、不記載・虚偽記入があれば、政治家個人が処罰されることになる。その場合の収支報告書の作成提出に関する責任の程度は会計責任者と同程度になるので、法定刑も、会計責任者と同じ、「禁錮5年以下または罰金100万円以下」とすべきである。

このようにすれば、それぞれの政治家に関する政治資金の動きは、個人の収支報告書と関連団体の収支報告書ですべて明らかになり、政治資金の不透明性を解消できる。

「政策活動費」「旧文通費」も、政治家個人の収支報告書によって全面公開・透明化を

今回の「裏金問題」を受けての政治資金規正法改正のもう一つのポイントが、派閥側から裏金が渡された際に、収支報告書への記載が不要な理由ともされた「政策活動費」の問題である。自民党から党幹部に渡されてきた巨額の「政策活動費」は、不透明な政治資金のやり取りの温床になってきたと指摘されている。

政策活動費は、当初は、政治資金規正法21条の2第2項によって禁止から除外されている「政党から政治家個人への寄附」と認識されていたが、その後、岸田首相の国会答弁等で「寄附ではなく支出である」とされ、令和臨調の【信頼される政治のインフラとしての政治資金制度の構築】と題する解説などでは、「政党が役職者に渡切りで支出している裁量経費」などと説明されている。

これを受け、前記の立憲民主党の【政治資金規正法改正案骨子】には、

「政治団体の経費の支出は、当該政治団体の役職員・構成員に対する渡切りの方法によっては、することができないものとすること」

が盛り込まれている。しかし、「渡切りの方法」というのは法律の文言として不明確である上、そもそも、そのような支出の具体的な方法は、政治資金の処理の運用上の問題であり、法律で規定することになじまないのではないかと思われる。

この点についても、国会議員個人に政治資金収支報告書の作成提出を義務づけることで解決できる。これまで「政策活動費」として政党から議員個人にわたっていた資金についても、「寄附」あっても「渡切り」として支出を受けた経費であっても、その国会議員の政治資金の収支に当然に含まれるので、収入として政治家個人の収支報告書に記載され、使途も記載されることなる。これにより、政党から政治家個人に渡る政策活動費は全面的に公開・透明化される。

さらに、「調査研究広報滞在費(旧文通費)」についても、これまでは政治資金収支報告書には記載されてこなかった。立憲民主党の【政治資金規正法改正案骨子】では、

「毎年一回、調査研究広報滞在費の収支報告書を、その議院の議長に提出しなければならない」
「各議院の議長が収支報告書を公開しなければならない」

との提案がなされているが、この「旧文通費」も、政治家個人に関する政治資金の収入であるから、当然、政治資金収支報告書の記載の対象となるのであり、その使途が公開されることになる。

立憲民主党は、今後本格化する国会での議論の当面の主戦場となる「裏金問題」の再発防止策について、【政治資金規正法改正案骨子】で掲げている「連座制」について早急に見直しを行い、政治家個人に政治資金収支報告書の作成提出を義務づけることも含めて再検討すべきである。

自民党の裏金問題を批判することで、にわかに国民の支持を拡大しつつある立憲民主党だが、政治資金規正法改正への対応で、その真価が問われていることは間違いない。

カテゴリー: Uncategorized | コメントを残す

島根1区補選は、候補者ではなく岸田首相の“惨敗”、立民党も「勝利」と誤解してはならない

 4月28日投開票の衆議院補欠選挙は、自民党派閥政治資金パーティー裏金問題表面化以降、初めての国政選挙であり、そのうち唯一、自民党と野党の対決となった島根1区は、自民党岸田文雄首相の今後の解散戦略にも影響を及ぼし、政権の命運を握るものと言われた。

 私は、検察捜査実務経験も踏まえ、政治資金規正法の制度論を展開してきた立場から、【「ザル法の真ん中に空いた大穴」で処罰を免れた“裏金受領議員”は議員辞職!民間主導で政治資金改革を!】をはじめ、本欄でも多くの記事を投稿し、今回の「裏金問題」の本質と政治資金規正法の改革の方向性を論じてきた。

 今回の選挙結果が、そのような政治資金制度論にも大きな影響を与えることは必至だと思えた。

 選挙結果は、立憲民主党公認の亀井亜紀子氏が 8万2691票、自民党公認の錦織功政氏が5万7897票であり、錦織氏の惜敗率(57897÷82691)は70.0%だった。亀井氏が自民党公認の故細田博之氏と戦って敗れ、比例復活できなかった前回の2021年総選挙での惜敗率73.75%をも下回る、“壊滅的敗北”だといえる。

 「保守王国島根で、初めて立憲民主党候補が自民党候補を破った」という点に注目が集まっているが、私は、今回の結果は、次のようにとらえるべきと考えている。

(1)自民党公認の「候補者」が負けたのではなく、「岸田首相」の惨敗である
(2)岸田自民の「敗北」であり、立憲民主党の「勝利」ではない

この2つの点を踏まえて、今後の国会での政治資金規正法改革をめぐる論争の行方を考える必要がある。

島根1区をめぐる情勢と私自身の関与

 私は、島根県の松江市生まれ、県立松江南高校卒業であり、島根1区は私の郷里の選挙区であることもあり、3月22日には、YouTube《郷原信郎の「日本の権力を斬る!」》で亀井氏をゲストに招いて対談を行いアップする(【岸田政権の命運がかかる「島根の戦い」、挑む亀井亜紀子氏と「政治と金」を語る】)など、この選挙での岸田政権と野党との「島根の戦い」には当初から注目してきた。

 補欠選挙の告示後、各社の情勢調査で「亀井氏先行、錦織氏追う」と報じられていたが、過去に自民党が小選挙区で負けたことがない圧倒的な保守地盤だけに、過去の当選実績もある亀井氏と比較して知名度がない自民党新人の錦織氏が出遅れているだけで、終盤での逆転の可能性も十分にあると考えていた。

 選挙戦後半に入り、島根県の知人、友人等から情報収集すると、

「裏金問題での自民党批判は強く、自民党には投票したくないが、野党にはアレルギーがあり、投票に行かないと言っている人も多い」

という話だった。最終盤で自民党が組織を固めてきた場合には、自民錦織候補の逆転もあり得るとの危機感から、島根1区の安来市と松江市で亀井氏応援の街頭演説に赴くことにした。

安来市での街頭演説後、岸田首相、選挙戦最終日再度の島根入り知らせ

 4月26日金曜日の夕方、私の母の実家がある安来市での街頭演説に臨んだ。

【島根1区での岸田自民との戦い、4月26日安来市で応援演説!】

 その夜、選挙戦最終日の翌27日に、岸田首相が2回目の応援に入るとの情報が入った。現職総理が、特定の小選挙区への2回目の応援、しかも投票日前日、というのは異例であり、相応の「勝算」があるからだろうと思えた。期日前の投票率は前回をかなり下回っているとされており、低投票率になると、自民党の組織固めの選挙戦術が功を奏してくる可能性は十分にある。

 私は、SNS(X:旧ツイッター)で、

《現状は「自民劣勢」ではない。期日前投票率等から、低投票率で「勝てる」と考え、投票日直前の応援に入るのだろう。私は、今日、その松江市で、島根人を舐めている岸田首相を迎え撃つ》
《「島根の戦い」本番は、明日の選挙戦最終日午前11時半~、松江・みしまや上乃木店前です。上乃木は、私が幼少期、中高生時代を過ごした地です。明日は、岸田首相も2回目の自民候補応援に松江市に入るとのこと、私がこれまで続けてきた「岸田氏猛批判」の街頭演説で迎え撃ちます。》

と投稿し、翌27日の松江市での街頭演説に臨んだ。

 街頭演説を直接聞いてもらえる数はせいぜい100名程度だが、その街頭演説をただちにYouTubeにアップし、松江市、安来市の市民に向けて拡散を図れば、相当な数の有権者に視聴しもらうことも可能だと思った。

「本番」と位置付けた松江市での街頭演説

 翌日の街頭演説では、「みしまや上乃木店」前で亀井氏本人と辻元清美立憲民主党代表代行と合流し、私が最初に演説を行った。私の持ち時間は10分だった。

最初に、

明日の島根1区の補欠選挙は、岸田首相が国民に判断を仰ぐとしている「唯一の選挙」であり全国民が注目する審判。その投票券はドジャース大谷翔平の開幕戦同様のプレミアムチケット。ゆめゆめ無駄にしてはいけません。必ず投票を!

と話した後、審判を受ける岸田首相について、

安倍元首相の国葬の強行、旧統一教会と自民党との関係について十分な調査も行なわなかった。長男翔太郎氏を秘書官にするなど権力を私物化し、「首相公邸忘年会問題」でも国民に謝罪もしていない。「裏金問題」、自民党による実態解明をほとんど行わず、裏金議員は税金すら払わないのに、岸田首相は、「検察の厳正な捜査を踏まえて議員個人が納税を考えるべき」と言うだけ、自分への処分も行わない、などとこのようなデタラメな対応を続けた末に、全く意味のない政治資金規正法の改正案を出した直後に行われるのが島根1区補選、これまでの岸田首相の所業全体に対して国民を代表して判断を下す場がこの島根1区の補欠選挙。

と、その「所業」を徹底批判した後、候補者本人について、

亀井亜紀子氏は、決して単なる「世襲政治家」ではない。世襲政治家というのは、親から地盤と政治資金等の政治基盤をぬくぬくと受け継いできた安倍氏や岸田氏のような政治家のことを言う。亀井亜紀子さんは、郵政民営化など新自由主義と戦ってきた亀井久興氏から使命を受け継ぎ、地方を大切にする真の保守政治家、自民党と島根で戦ってきた人。
そういう亀井亜紀子さんに、岸田自民党を倒してもらいたい。島根1区の皆さんに、自民党に強烈なノーを突き付けてもらいたい。小泉進次郎氏が来て、動画で「逆転の錦織」などと言っている。しかも、岸田首相は、選挙運動最終日にも島根入りし、間違いなく「勝ちに来ている」、もし万が一、ここで岸田自民を勝たせるようなことになれば、島根県の歴史に残る恥になる。島根県に生まれた者としてそのようなことには絶対になってほしくない。今回の投票を、「亀井亜紀子」で埋め尽くし、岸田自民に圧倒的な「NO!」を。

と述べた。

 すると、ちょうど「岸田首相批判」の最中に、最前列にいた高齢の男性の、

「亀井にしゃべらせろ!」

と叫ぶ声が聞こえた。その声の主を見ると、こちらを敵意のこもった表情でにらみつけていた。

 私の隣に立っていた亀井氏は、とっさに、「後で話します」と言ったが、明らかに動揺していた。私は、構わず演説を続けたが、「亀井にしゃべらせろ」という声に亀井氏が動揺している様子を見て、その後の話を当初の予定より短くして終えた。

 次に応援演説を行った辻元氏は、自分が優勢と報じられた選挙で落選した経験を踏まえ、

「最後の最後まで、知り合いに声をかける等の応援をお願いしたい」

という「選挙応援のお願い」が中心で、本来の持ち味の「政権批判」は殆ど聞かれなかった。

 そして、最後にマイクを握った亀井亜紀子氏、前日の安来では、裏金問題への批判も含め切れ味があり、裏金問題への不満を募らせている聴衆の反応も良好だったが、この時は「批判的なトーン」は殆どなく、全体的に地味な内容だった。

 「亀井にしゃべらせろ!」の影響は相当大きかったように思えた。

2021年衆院選の際の「かめいあきこ」事件

 その日の街頭演説は、亀井氏側が、時間と場所、そこで私と辻元代表代行が演説することを事前に公表している。当然亀井氏本人も演説するので、「亀井にしゃべらせろ」と言われる筋合いはない。しかも、その声の主は、どう見ても、亀井氏の話を聞きに来ているようには思えない、反亀井の立場の人間だと思えた。しかし、それでも、聴衆のど真ん中で、そのようなことを大声で言われると演説する側への心理的影響は大きい。

 反対陣営の嫌がらせと思える事態に、私は、前回の2021年衆院選で亀井氏が受けた「かめいあきこ」立候補による妨害のことを思い出した。

 この選挙には、「亀井彰子」(かめいあきこ)氏が突然立候補し、氏名の読みが同じになる候補の出現に、亀井亜紀子陣営は、投票日直前になって選挙ポスターを全部変更することを余儀なくされるなど、大きな不利益を被った。

 この「亀井彰子氏」は、選挙運動を全く行わなかったばかりか、公職選挙法上提出が義務付けられている選挙運動費用収支報告書も提出しなかったため、公選法違反で告発され、供託金300万円を誰が拠出したのかも未だに不明である。

 2021年の選挙では、2017年の衆院選で亀井亜紀子氏に比例復活された細田氏が、衆議院議長に向けて選挙結果を自民党内でアピールするため、対立候補の亀井亜紀子氏が比例復活できないような「完全勝利」をめざしていると言われていた。

 実際に、細田氏は圧勝し、亀井亜紀子氏を比例復活できない落選に追い込み、その後、衆議院議長に就任した。「亀井彰子」氏を立候補させるという明らかな選挙妨害行為が、自民党・細田陣営側から、或いは細田氏を支持する宗教団体等によるものなのかはわからない。しかし、細田氏の対立候補だった亀井亜紀子氏が、そのような卑劣なやり方で妨害を受けた過去があることは事実である。

 今回、自民党候補の陣営は、どのような手段で亀井氏の当選を阻もうとしているか、想像がつかなかった。

岸田首相、投票日前日再度の応援演説を迎え撃つ

 みしまや上乃木店前で11時半からの街頭演説の模様は、その後すぐに編集し、午後3時にアップした。

【島根1区、松江市での戦い 岸田自民を”討つ”!!】

 そして、以下のようにSNS投稿で拡散した。

《故郷島根の人達への私の心からの訴えです。今日の夜12時まで、SNSでの拡散が可能です。島根1区の方々の間で、そして、他地域でも島根1区にお知り合いがいる方、是非、拡散をお願いします。この「島根の戦い」に岸田政権の命運がかかっています。》

 この街頭演説では「亀井にしゃべらせろ」の大声もあって、割愛した部分があった。それを、投稿に、以下のように付け加えた。

 時間の関係で少し割愛しました。一回目の島根1区の応援演説で、岸田首相は「私は出身がお隣の広島県でして、小さい頃よく連れてきてもらった思い出の場所です」と言いました。岸田首相は、東京生まれ、東京育ち、広島には居住していません。通常は、「広島を選挙区とする」と言い、「広島出身」とは決して言わないのに、島根では、こういうことを平然と言ってのける。それこそ、「岸田首相が、島根を舐めている」端的な証拠です。今回も、「島根人なら自分に勝たせてくれる」と甘いことを考えている。そういう岸田首相が、今日、2回目の島根入り。厚かましく「勝ちに来ている」、島根人として絶対に「ノー」を突き付けてほしい!

 岸田氏が「広島出身」というのは、明らかにウソだった。そのウソ話から始まって、「島根を思い出の場所」「偉大な政治家を輩出した地」というような形で組み立てた岸田首相の演説は、あまりに島根人を舐めている、ということを、私の街頭演説の真ん中当たりで強調し、岸田首相に対する不満・反発を一層高めようと考えていた。それを、SNS投稿で追加する程度にせざるを得なかったのは残念だった。

岸田首相、錦織候補の「最終演説会」で最後の演説

 その日、錦織陣営がSNSで公表していた街頭演説スケジュールによれば、錦織候補は、午後に、岸田首相とともに2か所で街頭演説を行った後、午後6時半から、松江市の中心部の宍道湖温泉駅のロータリーで最後の演説での訴えに臨むことになっていた。

 私が宿泊していたホテルがすぐ近くだったので、「最後の街頭演説」の様子を見に行った。

 岸田首相来訪ということで、スーツ姿の男性らが数十人かそれ以上いて、会場に集まった市民を誘導したり、歩道での立ち見を制限したり、演説中も鋭い目つきで市民の方を見渡すなど、演説会場の管理を徹底していた。大きな警察犬2頭が会場を歩き回るなど、ものものしい警戒態勢が敷かれていて、聴衆は少なくとも数百人に上っていた。

 自民党島根県連会長をはじめ、支援する政治家が次々と挨拶を行っている最中に、岸田首相が黒塗りの車で到着し、大型街宣車の車上に上った。しかし、すぐには講演せず、錦織候補の横に立って手を振っていた。

 錦織候補本人の「最後の訴え」は、日に焼けた顔で、声をからし、「郷土のために働きたい」と必死に訴え、立候補表明から日がないなかで、多くの人に支えられて戦い続けてこれたことへの心からの感謝を述べるもので、好印象だった。地元松江北高出身者の錦織氏だけに、島根人の心をとらえる演説だった。

 その後に、岸田首相の演説が始まった。普通、選挙戦の最後の演説は候補者本人がやるものだと思うが、現職首相、自民党総裁の応援だからか、「大トリ」は岸田首相、どんな演説をするのか注目したが、全くダメだった。

 その直前に私がSNSで投稿していたように、「私は隣の広島の出身」から始まり、「島根は偉大な政治家を輩出してきた地」につなぐというワンパターンだった。内容がなく、集まった聴衆の心に響くものではなかった。岸田首相の2回目の選挙応援での島根入りは、全く逆効果で、錦織氏の票を減らすものでしかなかったように思えた。

 翌日の投票日、私は、島根の知人、友人、親戚などの話を聞いたが、さすがの岩盤保守も、今回ばかりは、「裏金問題」による自民党への反発はすさまじく、特に、岸田首相に対するイメージが最悪だと感じた。親戚の一人は、「岸田さんが出てくるとテレビを消す」とまで言っていた。

 補選での亀井氏の圧勝を確信したところで午後8時開票速報が始まり、同時に亀井氏に当選確実が出た。

島根1区補選での「惨敗」をどう見るべきか

 今回の選挙の最終盤、現地にいて強く感じたのは、この選挙で「惨敗」したのは、「錦織候補」でも、「島根の自民党」でもなく、自民党総裁の「岸田首相」だということだ。

 ところが、岸田首相には、選挙後の言動を見る限り、その「自覚」は全くないように思える。

 現職首相が、公務の合間に特定の選挙区に2回も応援に入る、しかも、最終日の最後の訴えに加わる、通常は、選挙結果に相当な自信がなければ行い得ないことだ。しかし、岸田首相は、それを敢えて行い、結果は惨敗だった。そこに、岸田首相の状況判断能力、戦略的センスの欠如が露骨に表れている。

 国内経済情勢、国際情勢も厳しさを増す中、こういう人物が国のトップの首相を務めているという「恐ろしい現実」を、国民全体が共有する必要がある。一日も早く、岸田首相には退陣してもらいたい。

 一方の立憲民主党も、今回の島根1区補選の結果を、「立民勝利」と勘違いしてはならない。

 島根1区の有権者は、立民の政策を支持したわけでも、その政権獲得に期待したわけでもない。岸田自民に怒り、その自民党と戦ってきた「保守政治家」の亀井亜紀子氏の「自民党との戦い」に期待しただけだ。この点を立民幹部が勘違いすると、次の選挙で「惨敗」するのは立民党ということになりかねない。

 それは、今回の補選全体に言えることだ。「立民3勝」というのは、所詮「裏金問題への国民の怒り」という「風頼み」だった。

 2021年夏、横浜市長選挙から秋の衆議院総選挙までの流れを想起すべきであろう。

 当時、菅義偉首相は、東京五輪優先で、感染拡大のための抜本的な対策を何一つ講ずることができず、神奈川県の一日の新型コロナ新規感染者数が3000人に迫るという感染爆発を引き起こし、提供されるべき医療も提供されない膨大な数の「自宅放置」を生じさせていた。国民の命を危険に晒している菅政権への批判が、横浜市長選挙で、菅首相が全面支援する小此木八郎候補に「強烈な逆風」となり、小此木陣営は、開票を待つまでもなく、選挙での勝利をほとんど諦めざるを得ない状況に追い込まれた。

 一方で、立憲民主党が、江田憲司代表代行中心に強引に擁立した山中竹春氏は、横浜市立大学医学部教授であったこと、新型コロナの中和抗体の研究成果の発表を行ったことから、「コロナの専門家」であるとして前面に打ち出す選挙戦略で臨み(山中氏は医師ではなく、臨床研究等の統計処理の専門家であって、コロナ医療あるいは感染症の専門家でもない。)、新型コロナ感染急拡大による自民党・菅政権への「逆風」が、そのまま山中氏への「追い風」につながった。「横浜IR反対」で共産党とも共闘した選挙結果は、8時に「山中氏当確」が出る圧勝だった。

 地元横浜での市長選挙惨敗は、菅氏にとって強烈な打撃となり、結局、菅首相は、その直後の9月の総裁選への出馬を断念、岸田氏が総裁に選出された。

 そして、10月に行われた衆議院総選挙の時点では、山中市長が実は医師ではなかったとわかり、他の経歴詐称等も問題化していた。立憲民主党は、横浜市の小選挙区で一転して逆風に見舞われた。総選挙の結果全体でも大きく議席を減らした結果、枝野幸男代表、福山哲郎幹事長が辞任に追い込まれた。

 「風頼み」の選挙で勝ったことを、有権者に支持されて勝ったと勘違いしたことによる咎めは大きなものだった。

 今後の国会の最大の焦点は、政治資金規正法改正である。

 「派閥政治資金パーティーをめぐる問題の再発防止策」を強調する自民党案が全く評価できないことは言うまでもない。そもそも、今回の「裏金問題」、検察は裏金の実態を何一つ解明せず、すべて「政治資金収支報告書不記載事件」で片づけてしまい、自民党の調査でも裏金の実態は何一つ明らかになっていない。事件の中身も不明のまま「再発防止策」など論じても意味がない。

 自民党案では、議員本人に収支報告書の「確認書」の作成を義務づけたうえで、会計責任者が虚偽の記載などで処罰された場合、内容を確かめずに作成していれば公民権を停止する、という措置を「連座制」と称しているが、そもそも、政治資金規正法違反の問題が生じる場合も、収支報告書の外形は整っているのであり、それを会計責任者から説明させて「確認」しただけでは何もわからない。「内容を確かめずに作成」の場合に公民権停止と言っても、どの程度に確かめたらよいのかが不明確であれば実効性はない。

 

カテゴリー: Uncategorized | コメントを残す

「小学校で宿題やらなかったでしょう!」上場企業役員の被疑者に女性検事が浴びせた言葉

東京五輪談合(独禁法違反)事件での「人質司法」に耐え抜き、昨年8月に196日ぶりに保釈された株式会社セレスポ専務取締役鎌田義次氏の公判で、昨日(4月22日)、被告人質問が行われ、多くの重要な事実が明らかになった。

一つは、検察が談合の対象と主張した業務の範囲に関して、重要な資料の存在が明らかになったことだ。

検察は、東京オリパラ大会のテストイベント計画立案業務の総合評価方式一般競争入札での「事業者間の合意」が独禁法違反(不当な取引制限)に当たるとし、しかも、その合意は、テストイベント計画立案業務(発注総額5.8億円)だけではなく、その業務を受注した事業者が、その後のテストイベント実施業務、本大会運営業務を随意契約で受注することを前提にしていて、それらの業務全体についても「不当な取引制限」が成立するとして、対象となる取引の総額は470億円だと主張している。

問題は、テストイベント計画立案業務の入札の際に、テストイベント実施業務、本大会運営業務の発注について、組織委員会内部でどのように議論され、どのように決定されていたかだ。

この点について、検察官冒頭陳述では

(2018年)3月15日に開催された経営会議において、テストイベント計画立案等業務の委託先事業者に対し、当該競技・会場におけるテストイベント実施等業務及び本大会運営等業務を特命随意契約により委託するとの方針が了承された。

と主張しているが、犯罪の成立自体は争っていない事業者も含め、すべての事業者が、公判で、「テストイベント計画立案業務の入札の段階では、テストイベント実施業務、本大会運営業務の発注は未定であり、随意契約で発注される認識はなかった」として、この点を争っている。

昨日の被告人質問で、この点に関して、その日の組織委員会の経営会議の資料の「決定稿」の存在が明らかになった。

検察は、2017年12月にテストイベント担当部局が作成した資料に、「計画業務」「実施業務」「本大会一部業務」などの記載に、「随意契約」「随意契約?」などと付記されていることから、その方向が組織委員会内部で議論されていたとして上記のような主張をしていた。

ところが、この「決定稿」の資料では、同じ形式で「計画業務」「実施業務」と書かれているが、12月の資料にあった「随意契約」の記載はすべて削除されている。しかも、本大会に関する業務委託については「本大会に関する事業委託についてはテストイベントの状況を考慮し、別途検討を行う」と書いてある。

テストイベント担当部局は、計画立案業務の受注業者にテストイベント実施業務と本大会運営業務を随意契約で発注したいと考えていたが、経営会議で了承が得られる見込みがなかったので、2018年3月15日の経営会議では、テストイベント実施業務、本大会運営業務の発注方法については全く議題にされなかったことの「決定的証拠」である。

しかも、このような「決定稿」は、その経営会議に出席した組織委員会の関係者の調書には一切添付されていない。つまり、検察は、テストイベント計画立案業務の入札の段階では、テストイベント実施業務、本大会運営業務の発注が未定であったことを示す「都合の悪い証拠」を隠していたということなのである。

その「決定稿」は、組織委員会に出向中だったある広告代理店の社員の調書に添付されていた。その出向社員が、重要な機密情報を出向元の会社に持ち込んで情報を漏洩していたことを追及するために、機密情報の一つとして取調べで示され添付されたものだった。

鎌田氏は保釈後も、保釈条件として会社関係者との接触が全面禁止されている。「検察官立証も終わっているので接触禁止を解除してほしい」と何回も条件変更を申請したが、検察官の強い反対のために認められず、会社業務に一切関わることができない状況が続いている。そのため、保釈後は毎日我々弁護人の事務所で、検察官請求証拠などを読み込むことに時間を使ってきた。今回、その鎌田氏が、出向社員の調書に添付されている経営会議の「決定稿」を発見した。

重要証拠の姑息な隠蔽が行われていたのが発覚したのは、検察の「自業自得」とも言えるのである。

もう一つの重要事実は、鎌田氏の取り調べでの検察官の不当な対応である。

2017年12月26日のセレスポの取締役会の議事録にある「1月中におおまかな競技の振り分けが内定する予定」との鎌田氏の発言の記載について、検察は、「テストイベント関連業務の入札においては、電通と組織委員会がどの競技・会場をどの事業者が担当するかの割り振りを決めていることを前提に、一覧表を配布して、それに基づいて平成30年1月中に大まかな割り振りが決まると説明した」という意味だとしていた。

しかし、鎌田氏の発言での「振り分け」とは、発注する会場と競技の組み合わせ、つまり発注のパッケージのことであり、その時の配布資料をすべて示してもらえればすぐに説明できるはずだった。

ところが、鎌田氏の取調べ担当の増田統子検事は、実際にその取締役会での発言の際に鎌田氏が持っていた資料を鎌田氏に示さず、一つの資料だけを示し、それが取締役会での発言の際に示していた資料だと決めつけて追及した。鎌田氏に、検察にとって都合のいい「自白」をさせるために、騙そうとしたのである。

5年も前の発言である。鎌田氏は、全く説明ができず困惑し、長時間沈黙せざるを得なかった。発言の際に示したとされている資料が実際のものとは違うのだから、説明できないのも当然である。それに対して、増田検事は、「こんな当然のことをなぜ認めないのか」と追及する。その状況が取調べの録音録画に残されている。

そして、翌日の取り調べでは、増田検事が鎌田氏に対して、40分にもわたって延々と説教を行っている。その中で、

「人間は、中学生にもなったら、悪いことをやったら反省するようになるのが普通。あなたにはそれがない」

「自分は悪くない、全部他人のせいだと言っている」

「あなたは、小学校で宿題をやらなかったでしょう」

などと理由のない人格非難まで始める。

このような取調べの状況が、昨日の被告人質問で明らかになったのである。

取調べで被疑者の主張に沿う証拠を隠して虚偽の自白をさせようとする、そういう不当な取調べを行っていることを棚に上げて、年上の上場企業の専務取締役に説教をし、人格非難まで行う。それが、現在の特捜捜査での取調べの実態なのである。

小泉龍司法務大臣は、4月18日の参議院法務委員会で

《検察は公平公正に、権力の行使については、謙虚に内省をして謙虚にやるべきだという「検察の理念」に従ってやってもらいたいということは繰り返し督励をしている》

と述べている。しかし、実際の特捜部の捜査がそういう「検察の理念」に沿って行われているとは到底思えないのである。

 

カテゴリー: Uncategorized | コメントを残す