政治資金パーティー裏金は「個人所得」、脱税処理で決着を!~検察は何を反省すべきか。

先週土曜日(1月13日)、NHK、毎日などで「安倍派幹部刑事立件見送り」と報じられたことで、国民の怒りが爆発している。

X(旧ツイッター)などのSNS上では、「安倍派幹部の立件断念」「地検特捜部」などがトレンド入りし、検察への批判、不満、失望、絶望などの夥しい数の投稿が並び、「#検察は巨悪を眠らせるな」、などのハッシュタグの投稿も膨大な数に上っている。

昨年12月には、検察リークと思える報道で安倍派幹部の閣僚級国会議員の名前が次々と報じられ、年末には、安倍派、二階派の事務所に対して捜索が行われたことで、検察捜査に対する期待は最高潮に達し、「安倍派幹部は全員逮捕」などの声まで上がっていた。そのような検察捜査への期待が、突然の「安倍派幹部の刑事立件見送り」の報道で一気に冷や水を浴びせられたことで、ネット上の批判が凄まじいものとなった。

そして、本日(1月16日)、処分の見通しについては沈黙していた読売新聞も、「安倍派幹部7人不起訴へ、会計責任者との共謀認定できず」と報じ、派閥幹部の不処罰が確実なものとなったことで、世の中の反応は一層激しくなっている。

このような「政治資金パーティー裏金問題」をめぐる状況に関して、国民は何に怒り、不満を爆発させているのだろうか。

直接的には、「当然処罰されると思っていた安倍派幹部が処罰されない見通しと報じられたこと」であり、検察の捜査と処分の見通しに対する不満である。今回の東京地検特捜部の捜査は、当初から、政治資金規正法の「政治資金収支報告書の不記載・虚偽記入罪」の容疑で行われ、その罰則を適用して刑事処分を行うことをめざしてきた。そのような政治資金規正法違反による捜査処分が、国民の期待を裏切る結果になりそうだということが、国民の激しい反発の直接的な理由だ。

しかし、SNSの投稿の中身をみてみると、実は、国民が今回の事件で憤っていることの大きな要素に、「課税に対する不公平感」がある。今回の問題は、安倍派の幹部を含む多くの政治家が、政治資金パーティーの収入から多額の「裏金」を得ていたという問題である。政治資金規正法という法律上は、政治資金収支報告書による「政治資金の収支の公開」の問題であり、その記載義務に違反したことに対する罰則適用の問題だが、国民が怒っているのは、「収支報告書の記載」の問題ではない。

国会議員が、政治資金パーティーの売上の中から、自由に使っていい「裏金」を受け取り、それについて税金の支払を免れているということに対して、激しく怒っているのである。

国民は、事業者も、サラリーマンも、汗水流して働いたお金を報酬・給与として得る。それについては、法人の事業を行って得たお金であれば「法人税」等を、個人の収入として得たお金であれば「所得税」等を支払わなければいけない。その上で、残ったお金を自由に使うことができる。

ちょうど、今、個人事業主などは、確定申告に向けて気の滅入るような作業を強いられ、それによって税金を払わざるを得ないことになる。しかも、昨年10月にインボイス制度が導入され、「会計処理の透明化」の動きが中小企業や個人事業主にも及び、多くの国民がその負担に喘いでいる。それなのに、政治家の世界では自由に使えて税金もかからない「裏金」という、「領収書不要の金のやり取り」が行われている。

自民党安倍派は、大規模な政治資金パーティーで巨額の収入を得て、その一部を裏金で所属議員に分配し、彼らは税金も支払わず、自由に使っている。そのことに対して国民は怒りを爆発させている。Xの投稿で、「納税の義務」「納税拒否」がトレンドになっているのも、そういう理由からなのである。

これまで、「自民党政治資金パーティー裏金問題」については、「東京地検特捜部による捜査」に関心が集中し、次々と報じられる検察捜査の展開についての報道を、国民は固唾をのんで見守ってきた。果たして、今回の「裏金問題」は何をどう問題にして、どうすべきだったのか。

これまでは、検察捜査に関心が集中し、政治資金規正法の視点ばかりが取り上げられてきた。しかし、もともと、政治資金規正法による処罰には限界があった。

むしろ、「課税の問題」「脱税の問題」がこの問題の本質ではないのか。政治資金規正法違反の刑事事件の結末に対して、国民が憤っていることの背景に、課税の不公平に対する強烈な不満・反発があるのである。ここで、改めて、今回の問題について「課税」という観点から取り上げてみるべきなのではないか。

 この点について、「今回の政治資金パーティー裏金問題は脱税の問題ととらえるべき」と指摘してきたのが経済評論家の野口悠紀雄氏(一橋大学名誉教授・元大蔵官僚)だ。現代ビジネスの記事【パーティー券問題はなぜ脱税問題でないのか? 国民の税負担意識が弱いから、おかしな制度がまかり通るのだ】などで

「パーティー券収入そのものが非課税であっても、使途を限定していないキックバックは課税所得であるはずだから、それを申告していなければ脱税になるはずだ。」
「派閥からは、キックバックは政治資金収支報告書に記載しなくてもよいとの指示があったと報道されている。ということは、政治資金として使う必要はなく、どんな目的に使ってもよいという意味だろう。だから、この資金が課税所得であることは、疑いの余地がなく明らかだ。」

との指摘を行ってきた。

 今回の問題が「政治資金規正法違反」としてとらえられてきた背景には、政党・政治団体・政治家の金銭のやり取りは、基本的に「政治活動」に関するものであり、「政治資金」である以上、すべてが課税の対象外だという認識があった。それは、政治資金収支報告書に記載されても、記載されない「裏金」でも同様であり、そこで所得税等の税金の問題が発生するのは、「政治資金を私的用途に流用した場合」、その事実が具体的に明らかになった場合だけだというのが、これまでの一般的な認識だった。

私自身も、今回の「裏金問題」について、安倍派(清和政策研究会)という「政治団体」とその所属国会議員という政治家の関係での金銭のやり取りだから、「政治資金」であり、課税の対象外と考えてきた。

これまで書いてきた記事でも、「裏金を、個人的用途に費消したり、個人的蓄財に充てられたりしていれば、個人の所得ということになり、税務申告していなければ脱税となる。但し、国税と検察で「逋脱犯の告発基準」を取り決めており、逋脱所得がその基準を上回らなければ脱税の刑事事件にはならない。」という趣旨のことを繰り返し述べてきた。

しかし、野口氏の見解は、それとは大きく異なる。

「使途を限定していないで受け取るお金」は基本的に「個人所得」であり、「政治資金」がその例外になるとすれば、そのための手続が正しく行われている必要がある。今回の問題のように、「政治資金収支報告書に記載しない」という前提で渡された「裏金」というのは、「政治資金」の正規の手続をとらない前提で渡しているのだから個人所得、という考え方だ。

野口氏の見解を前提にすれば、本来、今回の「裏金問題」は、検察ではなく、国税当局が動き、脱税での摘発を検討すべきであり、「裏金受領議員」も、申告していなかった所得税の修正申告を行って納税するのが当然だということになる。

「安倍派」は、キックバック分について、同派と派閥所属議員の政治資金収支報告書を一斉に訂正する方向で検討していると報じられているが、野口氏の見解によれば、キックバック分は、「個人所得」として税務申告すべきであり、「政治資金」として収支報告書を訂正するなどもってのほかということになる。

この問題については、そもそも、「政治資金」は、すべて課税の対象外とされているのか、課税の対象外とされるのはなぜなのか、それは、どのような法律上の根拠に基づくのかを、根本から考え直してみる必要がある。その上で、「政治資金」が課税の対象外となることと、政治資金規正法上の手続がとられることとの関係、政治資金パーティーの収入はなぜ「政治資金」として扱われるのか、それはすべて課税の対象外となるのか、という点も考えてみる必要がある。

政治資金規正法の特殊な性格と裏金問題での処罰の限界

今回の「政治資金パーティー裏金問題」と課税の問題を考える前提として、検察の捜査処分について「安倍派幹部刑事立件見送り」と報じられていることをどうみるか。それがやむを得ないものか、多くのSNS上の反応のように、検察の処分方針は不当で、「腰抜け」「政治権力への忖度」と批判されるべきなのか、私自身の見解を整理しておきたい。

政治資金規正法という法律には、特殊な性格があり、「裏金問題」について政治家本人の処罰が容易ではないことは、再三にわたって指摘してきた。なぜ、「裏金問題」についての政治資金規正法違反による処罰が困難なのか、同法に関する基本的な理解が必要だ。

政治資金規正法には、「収支の公開」と「寄附の制限」という二つの性格がある。政治資金パーティー券をめぐる裏金問題は、基本的に「収支の公開」の問題である。

「政治資金の収支の公開」というのは、政党・政党支部・政治団体について、会計責任者を選任して届出を行わせ、それらの団体の収入金額と支出金額を正確に記載した「政治資金収支報告書」を毎年提出させ、公開するという制度である。ここでの「収入」というのは、その団体に「寄附」などとして実際に入ってきた金額である。政治資金の収支を収支報告書に正確に記載する義務を負うのは、基本的には会計責任者であり、記載すべき事項を記載しなかったり、虚偽の記入をしたりする行為に対して、政治資金規正法の罰則が設けられている。

一方、「寄附の制限」というのは、国の補助金や出資を受けている会社による寄附の禁止(22条の3第1項)、3事業年度以上にわたり継続して欠損を生じている会社による寄附の禁止(22条の4)など、寄附自体を禁止するもので、禁止された寄附を行うこと自体が違法行為ないし犯罪となる。

「政治資金の収支の公開」は、基本的には「情報公開」の問題であり、その違反は、会計責任者が行う収支報告書の作成・提出という形式的な手続上の問題である。だからこそ、基本的に、罰則適用の対象が会計責任者とされているのである。

これに対して「寄附の制限」というのは、実質的な問題であり、それに違反する行為については、寄附を受けた者自身が罰則適用の対象となる。

今回の「自民党派閥政治資金パーティー」をめぐって問題になっているのは、政治団体である自民党派閥から国会議員にわたった「裏金」である。政治資金規正法上は、そのような資金のやり取りをしながら政治資金収支報告書に記載しなかったという「収支の公開」の問題であり、裏金の授受自体が違法行為ないし犯罪なのではない。しかし、この点について、世の中には、「裏金」を受領したこと自体が犯罪であるかのように認識されている。そこに、大きな誤解がある。

「政治資金の収支」自体に関する義務は会計責任者に集中し、それに関する違反で刑事責任を問われるのも基本的には会計責任者である。政治団体の代表者については、会計責任者の「選任及び監督」に過失があった場合に罰金刑に処せられると定められているに過ぎない。実際に、会計責任者ではない国会議員が刑事責任を負うのは、収支報告書の記載の特定の事項について、実質的な意思決定を国会議員自身が行い、会計責任者にそれを実行させた場合、例えば、多額の政治資金を政治団体の代表者の国会議員が受け取ったのに、会計責任者に知らせず、或いは、それを収支報告書から除外するように指示した、というような「実質的に意思決定の主体であった場合」に限られる。

一般の企業・団体、或いは暴力団などをめぐる「組織犯罪」の場合と、政治資金規正法による「犯罪」とは相違があるのである。

ということで、「政治資金の収支の公開」の問題として考えた場合、基本的に会計責任者の問題である収支報告書の記載の問題について、国会議員の責任を問うことは、もともと容易ではない。しかも、安倍派の政治資金パーティーでのノルマ超の売上の還流は、20年以上前から慣行的に行われてきたと言われている。そうであれば、派閥の最高意思決定者の会長の意向に基づき、会計責任者が毎年、同様の処理を行っていたとみるのが自然だ。

最終的には、2022年5月に開催された安倍派の政治資金パーティーについて、前年11月に派閥の会長に就任した安倍晋三氏が、ノルマを超えた売上の還流中止を提案し、いったんは中止が決まったものの、継続を求める議員から反発があり、安倍氏の死去後に当時の事務総長だった西村康稔氏や、下村博文氏、世耕弘成氏ら派閥幹部と会計責任者が対応を複数回協議し、8月に還流継続が決まったとされ、その際の派閥幹部の協議を「共謀」ととらえることの可否が検討されたようだ。

しかし、仮に、還流を継続する場合、やり方としては、(ア)従来通り裏金として還流し、安倍派側も議員側も収支報告書に記載しない方法と、(イ)他の派閥で行われていたように、還流分を安倍派側も議員側も収支報告書に記載する方法の二つがある。

(ア)の方法をとること、つまり収支報告書に記載しないことについて、派閥幹部と会計責任者について虚偽記入罪の共謀が成立するためには、ノルマを超えた売上を還流することだけではなく、その分を収支報告書に記載しないことについての「共謀」が認められなければならない。それは単に幹部が「認識していた」「会計責任者から報告を受けた」という程度ではなく、派閥幹部の側が実質的に意思決定を行ったことが必要となる。

 その点について、複数の幹部と会計責任者との間に、具体的な話合いの場があって、そこで実質的な意思決定が行われたことが、何か客観的な証拠で裏付けられなければ、基本的に会計責任者の責任である収支報告書の問題について、派閥幹部の共謀による責任を問うことは困難だ。

 一方で、裏金を受領した側の派閥所属議員の収支報告書の不記載・虚偽記入罪については、ノルマを超えたパーティー券収入の還流は銀行口座ではなく現金でやり取りされ、収支報告書に記載しないよう派閥側から指示されていたのであるから、その議員は、どの政治団体の収支報告書にも記載しない前提で「裏金」として受け取り、そのまま、どの収支報告書にも記載しなかった、ということである。そのような裏金受領議員の処罰については、どの政治団体或いは政党支部の収支報告書に記載すべきだったのかが特定できない以上、(特定の政治団体等の収支報告書の記載についての)虚偽記入罪は成立せず、不可罰になることを指摘してきた(【「ザル法の真ん中に空いた大穴」で処罰を免れた“裏金受領議員”は議員辞職!民間主導で政治資金改革を!】など)。

 裏金受領議員の政治資金規正法違反での処罰は、もともと「無理筋」であり、今回の事件で、検察が、資金管理団体への記載義務があること、それを認識した上で収入として記載せず、それを除外した収入金額を記載した「収支報告書虚偽記入罪」で立件しようとするのであれば、行い得ることは、裏金受領議員側と話をつけて、略式請求・罰金による決着を図ることぐらいだと考えられた。

検察が1月7日に池田議員と資金管理団体の会計責任者の政策秘書を政治資金規正法違反で逮捕したのは、身柄拘束によるプレッシャーで、「裏金」の資金管理団体への帰属を認める自白に追い込む目的もあるように思われる。しかし、そのような強引なやり方をとるのは、具体的な罪証隠滅行為が行われたなどの事情がなければ無理であり、このようなやり方を多数の「裏金受領議員」に拡大していけるとは思えない。

今回の事件への対応について検察が反省すべき点

 上記のとおり、今回の「自民党派閥政治資金パーティー裏金事件」で、国会議員の処罰が極めて限定的なものになるという「結末」自体は、政治資金規正法という法律の性格や「建付け」等からして、致し方ないものと考えられる。

 しかし、検察のこれまでの対応に「反省すべき点」があることも事実である。

 第一に、昨年12月から、東京地検特捜部に全国から数十人の応援検事が集められ、大規模捜査体制で行う捜査の状況が逐一報じられ、マスコミ報道は、検察が、国会議員の処罰に向けて着々と「進軍」しているかのような夥しい数の報道に埋め尽くされた。安倍派幹部も含めた国会議員が受領した裏金の金額が次々と報じられ、それによって、安倍派国会議員の大臣・副大臣は、岸田内閣から全員「排除」された。国民は、「大本営発表」にように日々報じられる「日本最強の捜査機関」の“大戦果”に、拍手喝采を送り、安倍派・二階派事務所、池田・大野議員の事務所への捜索、年明けの池田議員逮捕で、安倍派国会議員を壊滅させる本格捜査への期待は最高潮に達した。これらの報道が、検察側からのリークによるものではないと言っても、誰も信じる者はいないであろう。

 実際には、検察捜査の内実は、世の中が思っていたようなものではなく、全国から数十人の応援検事を集めた大規模捜査体制による捜査も、さながら、太平洋戦争末期の「インパール作戦」のような惨状であったと推測される。そもそも、政治資金規正法という法律の性格、「建付け」を冷静に考え、刑事事件として冷静に捜査を展望すれば、そのような過大な期待になるわけがないのであるが、検察側から「弱気な情報」が出ないせいか、マスコミの報道も、検察出身弁護士のコメントなども、「勇ましい話」で埋め尽くされた。

 今回の事件での国民の検察捜査への過大な期待が、「安倍派幹部刑事立件見送り報道」で一気に水を差され、国民の激しい怒り、反発を招いていることは、検察側のこれまでの対応によるところが大きいと言わざるを得ない。

 第二に、既に述べたように、「安倍派幹部刑事立件見送り」自体は、致し方ないとしても、それは、閣僚級の大物国会議員が複数からむ事件であるからこそ、刑事立件・起訴について、冷静で客観的な判断が行われたのではないか。ここ数年、東京地検特捜部が手掛けてきた捜査で、果たして、そのような慎重な判断が行われてきたと言えるのか、という疑問である。

 とりわけ、今回の検察捜査を実質的に指揮してきたと言われる森本宏最高検刑事部長が東京地検特捜部長に就任後手掛けてきた事件の多くに、それぞれ大きな問題があった。ディオバン臨床研究不正事件(最高裁で無罪が確定)、リニア談合事件、カルロス・ゴーン事件(拙著【「深層」カルロス・ゴーンとの対話:起訴されれば99%超が有罪となる国で】小学館:2020)、文科省汚職事件などで、特捜部は「暴走に次ぐ暴走」を繰り返してきた。そして、その極めつけが、東京五輪汚職事件、東京五輪談合事件の検察捜査であった(【東京五輪談合事件、組織委元次長「談合関与」で独禁法の犯罪成立に重大な疑問、”どうする検察”】【東京五輪談合、セレスポ鎌田氏”196日の死闘”で明らかになった「人質司法」の構造問題】など)。

そのようなこれまでの特捜検察の「あまりに積極果敢な姿勢」と比較すれば、今回の事件で、閣僚級国会議員について、突然、冷静かつ慎重な「刑事事件においてあるべき判断」が行われたことが、国民の目には「政治権力者への忖度そのもの」とみられることも仕方がないと言えるだろう。

 今回の事件への検察の対応には反省すべき点が多々あると言わざるを得ないし、近年の特捜捜査の在り方自体の問題についても、この機会に徹底した検証を行うべきであろう。

政治資金の「課税の問題」

 冒頭に述べたように、国民の多くが怒っているのは、「裏金」というのが、国会議員が、自由に使ってよい金で、しかも税金の支払いを免れていることである。まさに、今回の政治資金パーティー問題の中心にあるのは「課税の問題」であり、その問題に正面から向き合う必要がある。

まず、「政治資金はすべて非課税」なのか、それはどのような根拠に基づくものなのかという点を考えてみる。

所得税法上は、選挙運動に関して受けた寄附で、公職選挙法第189条の規定に基づく収支報告がされている場合には課税されないことが定められている。ところが、それ以外で、政治家個人が受ける政治献金の非課税については、いかなる規定も設けられていない。政治家個人が受ける一般の政治献金について非課税とする規定は現行税法のどこにも存在しない。

そのため、政治家個人が政治資金の寄附を受けた場合は、基本的には「雑所得」として課税の対象となる。政治家個人が受けるさまざまな政治献金収入は、雑所得になり、当該政治家が政治活動のために支出した金額を、当該雑所得の必要経費として控除できることになる。 (しかし、おそらく政治資金を雑所得として計上している政治家はほとんどいない。)

しかも、もし指摘されたとしても、「政治活動」には定義がなく、本来政治活動とは思えないような支出であっても、政治家本人が「政治活動の支出」と強弁すれば、覆すことが難しい。

政治活動の寄附については、課税することが困難だとの認識から、国税当局が政治家の政治資金の収支に関して税の申告漏れを指摘したり、脱税で摘発することは、これまで殆どなかった。結局、「選挙運動に関する寄附の非課税措置」が政治資金一般に拡大解釈され、政治活動全般が非課税であるかのような運用をしてきたのである。

「政治資金パーティー収入」と課税

しかし、今回の「政治資金パーティー裏金問題」は、そのような「政治資金の寄附」一般に対する課税の問題とは異なった面がある。野口氏の見解のように、「キックバック分は全額個人所得」と解する余地も十分にあるのではないか。

各選挙管理委員会が作成公表している「政治団体の手引」では、政治資金と課税の関係について、概ね以下のように解説されている。

・法人税法では、人格なき社団については収益事業から生じた所得以外の所得については法人税を課さないこととされているため(法人税法第7条)、政治団体が受けた寄附収入について法人税は課税されないことになるが、収益事業による所得には法人税が課税されることとされている。


・政治団体は、その収入のほとんどを寄附収入と事業収入に依存しており、政治団体が政治活動を行うことを目的として設立され、その得た収入を政治活動に使用することを前提としているため、その収入は原則非課税となっている。 したがって、これに反し、その得た収入を政治活動以外のために使用するような場合については、当然に課税の対象となる。また、政治団体が得た収入をその構成員で分配するなどした場合については、その受取者において課税されることになる。

政治資金パーティー収入は、「事業収入」であり、「寄附」の収入ではない(もし、「政治資金の寄附」であれば、外国人による寄附の制限、赤字会社、補助金需給会社の寄附の制限が適用されるはずである。)。

政治団体等が行う収益事業の所得は法人税の対象となるが、収益事業とは、「収益事業 販売業、製造業その他の政令で定める事業で、継続して事業場を設けて行われるものをいう。」(法人税法2条1項13号)とされていることから、通常行われているパーティー事業は収益事業に該当しないとされている。

上記の「政治団体の手引き」の中で「政治団体が得た収入を構成員に分配した場合には、受益者において課税されることになります」とされている。今回、安倍派が長年にわたって行っていたことがわかった「ノルマ超のパーティ券売上のキックバック」というのは、明らかに、事業収入の一部の構成員への分配であって、課税されるべきものである。

もっとも、その「分配」が、「政治資金の寄附」として行われ、受領した側の議員が収入として資金管理団体や政党支部の収支報告書に記載した場合には、それによって、その「分配金」は、派閥から議員側の団体の財布に移るので、個人所得にはならない。しかし、安倍派では、政治資金収支報告書に記載しない前提で、領収書の授受も行うことなく、所属議員側に、パーティー券の売上のノルマ超過分のキックバックとして金銭を渡しているのであり、分配された金は、授受の時点では所属議員個人に帰属することになる。

今回の安倍派政治資金パーティーの裏金キックバックは、「収支報告書に記載しない前提」で所属議員側に渡ったものである以上、個人所得となることを否定する余地はない。

「裏金問題」の解決には、税務上の是正措置が不可欠

今回、検察捜査によって明らかになった安倍派の政治資金パーティーの裏金キックバックについて、全額個人所得であることを前提に、是正措置をとるべきである。

安倍派が行おうとしているとされる「裏金受領議員の政治資金収支報告書の一斉訂正」は、逆に、個人所得を政治資金であるかのように「仮想隠蔽」する行為にほかならない。そのような対応で「政治資金パーティー裏金問題」の収束を図ろうとすれば、検察の捜査処分の結末が、国民の期待に大きく反したことと相まって、強烈な国民の反発を受けることになるだろう。

受領した議員個人の所得とされるべきであるのに、それについて、全く税務申告をしていないのであるから、その是正を行うのが当然である。

国税が税務調査ないし査察調査に入り、キックバック分の所得金額を確定して、追徴税を含めて徴税を行うか、議員側が、自主的に修正申告するか、二つの方向があるが、検察としては、今回の捜査結果を基に、国税当局に課税通報を行い、国税との連携によって、裏金受領議員全員について税務上の是正措置を行わせるのが、今回の一連の政治資金パーティー裏金事件の決着として望ましいのではないだろうか。

最も悪質な事例は、脱税での処罰も検討すべきであり、その最有力候補が、1月7日に政治資金規正法違反で逮捕された池田佳隆氏衆院議員だ。昨年12月8日に資金管理団体「池田黎明会」の収支報告書を訂正し、3200万円収入を増額する一方、それに見合う支出はなく、結局、全額翌年度への繰越金にしている。キックバックを受けた裏金について、政治資金として支出した実態は何もないのである。

要するに、キックバック分は個人所得であるのに、「政治資金の収入」であるかのように政治資金収支報告書に「虚偽記入」し、なおかつ、個人所得を隠蔽したということなのである。

このような、今回の裏金問題の「税務上の是正」に対しては、従来の政治家的な感覚からの不満・反発もあるだろう。「全額政治活動に使っている。未使用分は繰越金として将来の政治活動に使うつもりであった。」というような弁解・主張をする議員もいるかもしれない。しかし、それは、「政治資金として収支報告書に記載して、議員個人から切り離す前提でキックバックを受領した場合」に初めて言えることである。

冒頭でも述べたように、先週土曜日(1月13日)、NHK、毎日などで「安倍派幹部刑事立件見送り」と報じられたことで、国民の怒りが爆発している。それは、「収支報告書の記載」の問題ではなく、国会議員が、政治資金パーティーの収入の中から、自由に使っていい「裏金」を受け取り、それをについて税金の支払を免れていることに対して、激しく怒っているのである。

それに対して、「“政治資金”と呪文を唱えればすべて非課税」というような“昭和の遺物”とも言える考え方を振り回せば、国民の怒りをさらに炎上・拡大させることになることは必至だ。

しかも「収支報告書には記載しない政治資金」だとあくまで主張するのであれば、前記のとおり、それが議員本人に帰属しているのであるから、「政治家本人への寄附」ということになる。それは、政治資金規正法21条の2第1項(公職の候補者の政治活動に関する寄附の禁止)に違反する違法寄附であり、それを主張するなら、公民権停止を含む処罰を覚悟しなければならない。

「裏金受領議員」は、そのことをよく考えて発言すべきであろう。

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「政治資金規正法の大穴」を無視した池田議員逮捕、「危険な賭け」か、「民主主義の破壊」か

昨年12月19日の安倍派、二階派の事務所の捜索に続き、27日には、パーティー券の売上キックバックの裏金4000万円を受領していたとされる池田佳隆衆議院議員、28日には、裏金5000万円を受領していた大野泰正参議院議員の事務所が捜索を受けた。

年が明け、元日には、NHKが「安倍派 複数議員側 パーティー収入約1億円 派閥側に納入せずか」と題して、かねてから「中抜き」と言われてきた、ノルマを超えるパーティー券収入を派閥所属議員側が手元にプールし派閥側に入金していなかった金額が5年間で1億円を超えると報じるなど、裏金受領議員の行為の悪質性を示すと思われる事実が新たに明らかになっている。

そうした中、1月1日の夕刻に、能登半島大地震が発生し、多数の死亡・行方不明者が出たことに加え、2日夕刻には、羽田空港で、着陸直後の日航機と海上保安庁の航空機とが衝突し海上保安庁の職員5名が死亡する事故が発生するなど、年明けから予期せぬ災害・事故の発生で、政治資金パーティー裏金問題の報道は中断していた。

1月6日になって、毎日新聞が、【安倍派2議員の立件へ パーティー収入不記載疑い 地検特捜部】と報じ、7日は、フジテレビが【二階俊博元幹事長を任意で事情聴取 自民党・派閥の政治資金パーティーめぐる事件で  東京地検特捜部】と報じるなど、検察捜査の動きについての報道が再開され、7日には、朝日が【安倍派・池田議員を逮捕へ 裏金4800万円、不記載か 東京地検】と報じ、その報道のとおり、同日、特捜部は池田衆院議員を逮捕した。

私は、かねてから、ネット記事(【政治資金規正法、「ザル法」の真ん中に“大穴”が空いたままで良いのか】)、著書【歪んだ法に壊される日本 事件・事故の裏側にある「闇」】(KADOKAWA:2023年)等で、政治家個人にわたった「裏金」について、政治資金規正法での処罰は困難であること、この「大穴」を塞ぐ法改正が必要であることを訴えてきた。

今回の安倍派議員の裏金受領の問題も、まさに「大穴」によって処罰が困難な事例の典型だという私の主張・指摘はBSテレビ番組、関西ローカルのテレビ局、ラジオ、ネット番組等では多く取り上げられたが、検察捜査を直接取材し報道している在京の地上波テレビや全国紙の報道では、取り上げた社は全くなく、ようやく12月28日の朝日のインタビュー記事【裏金受領の議員立件に壁 元特捜検事が指摘する「規正法の大穴」とは】で、私の指摘が取り上げられた。しかし、その後の各社の報道でも、「大穴」のことは無視されている。

検察当局が、裏金受領議員の政治資金規正法違反による立件の方針を崩していないことから、従軍記者のような立場の司法メディアとしては、同法違反による立件の支障となる「大穴」の問題を無視せざるを得ないということであろう。

では、検察当局は、いかなる方法によって、上記の「大穴」の問題をクリアしようとしているのか、マスコミ関係者からの話から、ある程度は想定できる。今回の池田議員の逮捕も、そのような方法を使うことを前提に行われたものであろう。

しかし、それらの方法も、政治資金規正法の性格、罰則の解釈として無理があり、「大穴」の問題が乗り越えるものとは考えられない。

裏金受領議員の政治資金規正法違反による処罰がなぜ困難なのか、同法に関する基本的な理解に立ち返って解説することとしたい。

政治資金規正法の2つの性格

まず、前提として、政治資金規正法には、「収支の公開」と「寄附の制限」という二つの性格がある。政治資金パーティー券をめぐる裏金問題は、基本的に「収支の公開」の問題であることを、まず前提として理解しておく必要がある。

「政治資金の収支の公開」というのは、政党・政党支部・政治団体について、会計責任者を選任して届出を行わせ、それらの団体の収入金額と支出金額を正確に記載した「政治資金収支報告書」を毎年提出させ、公開するという制度である。ここでの「収入」というのは、その団体に「寄附」などとして実際に入ってきた金額である。この収支報告書に記載すべき事項を記載しなかったり、虚偽の記入をしたりする行為に対して、政治資金規正法の罰則が設けられている。

一方、「寄附の制限」というのは、国の補助金や出資を受けている会社による寄附の禁止(22条の3第1項)、3事業年度以上にわたり継続して欠損を生じている会社による寄附の禁止(22条の4)など、寄附自体を禁止するもので、禁止された寄附を行うこと自体が違法行為ないし犯罪となる。

「裏金」というのは、「収支の公開」の問題であり、その授受自体が違法行為ないし犯罪なのではない。「政治資金の収支の公開」の要請に反するから問題なのであるが、この点について、世の中には、「裏金」を受領したこと自体が犯罪であるかのように認識されており、大きな誤解がある。

収支報告書の記載は、個別の政党・政治団体ごとの問題

収支報告書というのは、個別の政党、政党支部、政治団体ごとに会計責任者が提出するものである。国会議員の場合、政治団体である「資金管理団体」のほかに、自身が代表を務める「政党支部」があり、そのほかにも複数の国会議員関係団体があるのが一般的だ。つまり、一人の国会議員にとって財布が複数ある。

政治資金規正法で、政治資金の収支の公開の問題として罰則の適用の対象になるのは、どこかの特定の政治団体や政党支部に「収入」があったのにそれを記載しなかったとか、それに関連して虚偽の記入をしたことであり、「どの団体の収入なのか」が特定されていないと、どの団体の収支報告書の記載の問題かが判然とせず、政治資金収支報告の不記載・虚偽記入の犯罪事実が特定できない。

ところが、議員個人が「裏金」として政治資金を受け取った場合、それは、その議員に関係する政治団体・政党支部のどこの収支報告書にも記載しない、という前提で領収書も渡さずやり取りする。

ノルマを超えたパーティー券収入の還流は銀行口座ではなく現金でやり取りされ、収支報告書に記載しないよう派閥側から指示されていたとされている。その議員は、どの政治団体の収支報告書にも記載しない前提で「裏金」として受け取り、そのまま、どの収支報告書にも記載しなかった、ということである。だとすると、どの収支報告書に記載すべきだったのかが特定できない以上、(特定の政治団体等の収支報告書の記載についての)虚偽記入罪は成立せず、不可罰ということになる。

以上が、「裏金」は、政治資金規正法の目的に著しく反するにもかかわらず、裏金を受領した政治家の処罰は困難だという「政治資金規正法の真ん中の大穴」の問題である。

裏金は「個人所得」ではないのか

もう一つの重要な問題は、今回のように、政治家が、「政治資金収支報告書に記載しない前提」で裏金を受領した場合、それは個人所得として課税の対象になるのではないか、ということだ。

経済評論家の野口悠紀雄氏は、

「パーティー券収入そのものが非課税であっても、使途を限定していないキックバックは課税所得であるはずだから、それを申告していなければ脱税になるはずだ。」

と主張し続けてきた(【パーティー券問題はなぜ脱税問題でないのか? 国民の税負担意識が弱いから、おかしな制度がまかり通るのだ】など)。

野口氏は、

「派閥からは、キックバックは政治資金収支報告書に記載しなくてもよいとの指示があったと報道されている。ということは、政治資金として使う必要はなく、どんな目的に使ってもよいという意味だろう。だから、この資金が課税所得であることは、疑いの余地がなく明らかだ。」
「もし最初から全額を政治活動に用いるのであれば、キックバック収入は堂々と収支報告書に載せて公開するだろう。そうしなかったのは、それによって、政治活動以外の用途に使える資金源が増えると考えたからではないのか? つまり、脱税の意図があったと推定されるのではないだろうか?」

という。全くその通りであり、否定することは困難だ。

そうなると、収支報告書に記載しない前提で受領した「裏金」は、どこの団体に帰属させるかを問題にするまでもなく、原則として個人所得ということになる。逆に言えば、裏金を受領した議員側が行うべきことは、政治資金の処理ではなく、所得税の修正申告をして所得税を納めることだということになる。この場合、個人所得となる「裏金」の金額如何では、国税の告発によって脱税の刑事事件になることもあり得るが、今回の政治資金パーティーのキックバックの裏金程度では、告発基準は充たさない可能性が高い。

それは、逆に言えば、キックバックされた「裏金」全額が個人的用途に費消され、その分の所得税を申告せずに免れていたとしても、それだけで刑事事件として処罰されるレベルではない、ということである。

検察は、「大穴」をどのようにして乗り越えようとしているのか

このような政治資金規正法の「大穴」を、検察はどのようにして乗り越えようとしているのか。

マスコミ関係者の話を総合すると、検察は、以下の二つの方向で考えているようだ。

一つは、議員側に「裏金を本来帰属させるべきであった団体」を特定させるため、秘書や議員本人に特定の団体の収支報告書の訂正を行わせ、それについて、当初から当該収支報告書に記載すべきであったと認識していたと認める「自白」をとる、という方法だ。

しかし、「裏金」として受領したものである以上、特定の収支報告書に記載する前提ではなかったはずであり、事後的に特定の団体に収入として記載したとしても、それは、「当初からその団体への記載義務があると認識していた」ということにはならない。

「資金管理団体に入金処理すべき義務」はあるのか

 もう一つ、「資金管理団体」について、政治資金規正法19条1項で、

公職の候補者は、その者がその代表者である政治団体のうちから、一の政治団体をその者のために政治資金の拠出を受けるべき政治団体として指定することができる。

とされていることに着目して、資金管理団体を指定している以上、基本的に、政治家個人が受領した政治資金については資金管理団体に入金して収支報告書に収入として記載すべき義務がある、とすることも考えられているようだ。

そのように解することができるのであれば、「裏金」について資金管理団体の収入に記載しなかったことについて、収支報告書の不記載・虚偽記入罪が成立することになる。

しかし、国会議員が資金管理団体を指定していても、実際には、政治資金の収入を資金管理団体に一元化しているわけではなく、議員が代表者を務める政党支部等にも入金されている実情からすると、この考え方にはもともと無理がある。

逮捕された池田議員についても、これまでの清和政策研究会からの寄附は、資金管理団体ではなく政党支部に入金されて、それが政党支部の政治資金収支報告書に記載されている。実態としても、池田議員に関連する政治資金について、すべて資金管理団体に入金して収支報告書に記載すべき義務があったとは言い難い。

そもそも、資金管理団体について条文の「その者のために政治資金の拠出を受けるべき政治団体」という文言の意味が、政治家個人が受領した政治資金について資金管理団体の収支報告書への記載義務を課す趣旨であるか否かも疑問だ。

1994年の政治資金規正法改正の際に、資金管理団体の指定制度が導入された。この時点では、企業・団体献金を一定の範囲で受けることが可能とされており、政治家個人への政治資金を資金管理団体に一元化することをめざしていたように思える。

しかし、その後、1999年改正で、資金管理団体に対する企業団体献金が禁止され、政党支部がそれに代わる政治家個人の企業団体献金の受け入れ先となったことで、政治家個人にとって政治資金の拠出を受ける団体は「二元化」した。それ以降、政治家個人への政治資金の寄附を資金管理団体に一元的入金処理することが義務付けられていると見ることは困難だ。

しかも、租税特別措置法41条の18による「政治活動に関する寄附をした場合の寄附金控除の特例又は所得税額の特別控除」が、政党、政治資金団体、資金管理団体に加えて、2007年の政治資金規正法改正で規定された「国会議員関係政治団体」に対しても認められることとされたのは、このような資金管理団体以外の政治団体も当該国会議員に関する政治資金の寄附が認められることを前提にしているのであり、その関係からも、国会議員について、政治資金の寄附の入金先が資金管理団体に一元化されていると解することはできない。

「政治家個人への政治資金の違法寄附」との関係

立憲民主党の小西洋之議員は、昨年12月31日に

検察の本気を疑う。裏金パーティーの本罪は会計責任者の虚偽記入罪ではない。派閥から国会議員への寄付はその提供も受領も明文で禁止されており、虚偽記入は違法寄付の隠蔽工作に過ぎない。政治家が失職・公民権停止となる本罪を放置し、会計責任者のみの立件は許されない。

とポスト(ツイート)している。

確かに、政治資金規正法21条の2第1項は、

何人も、公職の候補者の政治活動(選挙運動を除く。)に関して寄附(金銭等によるものに限るものとし、政治団体に対するものを除く。)をしてはならない。

と定め、政治家個人宛の政治資金の寄附を禁止している。

安倍派から所属議員に「収支報告書に記載不要」と言われて渡された「裏金」は、違法な「政治家個人宛の寄附」だとみるのが自然だ。

元総務官僚の小西議員だけに、政治資金規正法の寄附制限の規定に関する指摘としては正しい。

しかし、「政治家個人宛の寄附」であることを証拠上確定するためには、「政治家個人宛の寄附として受け取った」という「自白」が必要だ。しかし、そうすると、政治家個人宛の寄附禁止の21条の2第1項の罰則は収支報告書の虚偽記入罪の5年より軽く、1年以下の禁錮又は50万円以下の罰金、公訴時効は3年だ。仮に、同容疑で立件したとても、時効にかからない事実は、2021年と2022年のパーティー分に限られ、「裏金」の立件金額は大幅に減ることになる。

このように考えると、違法な「政治家個人宛の寄附」での立件は、この事案の実体に即したものと言えるが、「自白」しない限り処罰できず、また、立件できる範囲が限られてしまう。

また、本来、違法な「政治家個人宛の寄附」で立件すべき事案であることは、資金管理団体の収支報告書の不記載・虚偽記入罪の立証の支障となる面もある。

既に述べたように、「政治家個人が受領した政治資金については、資金管理団体に入金して収支報告書に収入として記載すべき義務がある」との立論は、法改正の経緯からしても困難であり、事後的に資金管理団体の収支報告書を訂正したとしても、それによって、行為時に遡って記載義務が認められるわけではない。仮に、裏金受領議員に、資金管理団体の収支報告書への記載義務があったことを「自白」させ、収支報告書の不記載・虚偽記入罪で起訴したとしても、公判で、「違法な議員個人宛の寄附であった」と主張された場合、もともと根拠がない「自白」はあっという間に吹っ飛ぶ。

検察は、なぜ池田議員を逮捕したのか

以上述べたように、裏金受領議員の政治資金規正法違反での処罰は、もともと「無理筋」だと考えられる。今回の政治資金パーティー裏金事件で、検察が、資金管理団体への記載義務があること、それを認識した上で収入として記載せず、それを除外した収入金額を記載した収支報告書虚偽記入罪で立件しようとするのであれば、行い得ることは、裏金受領議員側と話をつけて、略式請求・罰金による決着を図ることぐらいのはずだ。

ところが、検察は、1月7日に池田議員と資金管理団体の会計責任者の政策秘書を、政治資金規正法違反で逮捕した。否認している池田議員を起訴する前提で逮捕したということであり、「取引的決着」とは真逆の展開になった。

その理由について、検察側は、

「特捜部は実態解明には家宅捜索が必要と判断し、昨年12月27日に国会事務所などに入った。それでも、この時点では逮捕までは想定していなかった。」
「関係者によると、捜索の押収物の解析などを通じ、池田事務所がデータや資料を故意に破壊、破棄するなどした疑いが浮上した。さらに、隠滅行為には池田議員の指示があり、捜索後も継続しているのではないかと特捜部は判断。検察内では「相当に悪質」との見方が共有され、緊急的な判断で逮捕に踏み切った。」(1.8朝日)

と説明しているようだ

しかし、この事件での政治資金規正法違反での立件・起訴に向けて最大の問題は、「裏金」について、どの団体の収支報告書に記載すべきであったかを特定できるかどうか、という問題だ。それについて、池田議員は、「政策活動費だと認識して受け取り、政治資金収支報告書には記載していなかった」と説明し、資金管理団体への収支報告書に記載すべきだったことの認識を否定しているということだ。そのような池田議員の認識だとすると、罪証隠滅が行われたとは考えにくい。

「池田事務所がデータや資料を故意に破壊、破棄するなどした疑い」があったとして、それが、政治資金規正法違反の容疑にどう関係するのかは疑問だ。

むしろ、池田議員自身が関わって証拠の破壊等の罪証隠滅を行ったとすれば、共に逮捕された秘書との共謀に関する証拠か、受領した裏金の使途に関して何か表に出したくない使い方をしていた事実を隠したかったということぐらいであろう。

しかし、そのような罪証隠滅が、そもそも、犯罪の成否に重大な疑問がある事件、しかも、従来は、せいぜい略式請求・罰金刑にとどめていた政治資金収支報告書の虚偽記入罪による逮捕の理由として相当なものか、という点には疑問がある。

逮捕・勾留によって「人質司法」のプレッシャーをかけることによって、無理筋の政治資金規正法違反の犯罪事実を認めさせ、無罪主張を封じようとすること、他の裏金受領議員に対しても、逮捕の「威嚇」で、検察の意向を受け入れさせようとする意図によるもののように思える。

池田議員逮捕は、検察の「危険な賭け」

「裏金の帰属」という政治資金規正法の適用上の問題の克服は容易ではなく、池田議員が、裏金について、資金管理団体への収支報告書に記載すべきだったことの認識を否定する主張を続ければ、有罪立証は相当困難だ。

また、池田議員が、前記の野口氏の見解に沿って、「キックバック分は個人所得であった」と認めて所得税の修正申告を行った場合、政治資金として資金管理団体の収支報告書に記載すべきだったとの検察の主張は、根拠を失う。

そういう意味で、今回の池田議員逮捕は、検察にとって「危険な賭け」だと言える。

しかし、インボイス制度導入などによって、中小企業も含め国民の多くが会計処理の透明化を求められている状況下で発覚した自民党派閥パーティー裏金問題で、「不透明極まりない政治資金の処理」に国民の怒りが爆発し、「裏金受領議員は厳罰が当然」という世論が沸騰している状況にある。そういう状況の中、池田議員を逮捕してしまえば、そのインパクトで、政治資金規正法違反事件の解釈上の問題などは吹き飛ばしてしまえると判断したのであろう。

実際に、池田議員の逮捕は、自民党幹部にとっても相当衝撃的だったようで、党本部は逮捕を受けて即日池田議員の除名を決定した。

検察に抗おうとした池田議員は、自民党からも孤立させられ、次期衆院選への出馬・当選も絶望的な状況に追い込まれた。そのまま犯罪事実を争い続けた場合の「人質司法」による長期身柄拘束を恐れ、早晩、検察に屈服して「自白」し、無罪主張を行う気力も失ってしまう可能性が高い。そうなれば、検察にとって、事態は思い通りに展開することになる。

しかし、そのような検察のやり方は、果たして正当な権限行使と言えるだろうか。

私は、第二次安倍政権の時代、森友学園、加計学園問題、桜を見る会問題などで、安倍氏を徹底して批判し、「安倍一強体制」が日本社会にもたらした弊害を指摘し、2022年7月に安倍氏が銃撃事件で亡くなった後、安倍氏の国葬に対しても徹底して反対してきた(【単純化という病 安倍政治が日本に残したもの】 (朝日新書:2023))。もとより、私は、安倍派を政治的に支持する立場ではないし、今回の政治資金パーティー裏金問題でも、安倍派を擁護するつもりは全くない。

しかし、その安倍派が、検察の権力によって、崩壊に近い状況に追い込まれつつあることに対しては、重大な危機感を覚えざるを得ない。

検察は、本来、行政機関であるが、公訴権を独占し訴追裁量権を持つことで準司法機関として絶大な権限を持っている。裁判所は、殆どの事件で検察の判断に追従するので、検察の判断が事実上司法判断となる。そういう検察が、法解釈の限界を無視し、検察の恣意的な解釈と運用で国会議員を逮捕・起訴し、有罪に持ち込めるということになれば、検察の捜査・処分によって実質的な「立法」が行われるということになる。それは、「三権分立」という憲法の基本原則からも重大な問題だ。

検察が、国民が強い関心を持っている「政治資金パーティー裏金問題」の事実解明を行った結果、政治資金規正法自体に重大な欠陥があり、正当な解釈によっては罰則適用が困難だということになったであれば、可能な範囲の法適用にとどめ、その理由を国民に十分に説明すべきだ。それを受けて、法律の重大な欠陥を是正することは国会の責務だ。安倍派国会議員は、政治権力を欲しいままにしながらそのような政治資金規正法の「大穴」を放置する一方で、不透明な政治資金処理を繰り返していたことの政治責任をとって、議員辞職すべきであろう。

今回のような検察のやり方が、マスコミにも殆ど批判されることなく罷り通るとすれば、今後、国会議員は、すべて検察のご機嫌を窺いながら政治活動や選挙運動を行うほかない。国民は、そのような国会議員にも政治にも何も期待しなくなる。それは、日本の民主政治の事実上の崩壊につながりかねない。

今、検察の権限行使が日本の政治に与えている重大な影響について、深く憂慮する。

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柿沢議員「80万円顧問料」立件が、大石長崎県知事陣営の買収事件起訴につながる可能性、今後の国政選挙に“甚大な影響”も

今年4月の江東区長選挙をめぐる公職選挙法違反事件で、2023年12月28日に、柿沢未途衆議院議員が逮捕された。柿沢氏側から5人の江東区議への合計100万円の金銭供与の買収罪(他に申込にとどまった60万円)の容疑に加え、元江東区議への「80万円の顧問料」も買収罪の逮捕事実に含まれている。

これについて、読売新聞記事では、

《柿沢容疑者の逮捕容疑には、木村陣営幹部の元区議に対する約80万円の提供も含まれているが、柿沢容疑者が逮捕前、特捜部に「元区議と顧問契約を結び、顧問料として毎月約20万円を支払っていた」と、買収の趣旨を否定していたことも判明。だが契約書は作成されておらず、特捜部は対価に見合う業務実態はなかったとみている。》

とされている。

この「元区議」というのは、選挙コンサルタントのような立場で、木村弥生氏の選挙運動を事実上取り仕切っていたとされており、選挙後に、顧問料として月額20万円を支払ったことが「事後買収」とされたものの、柿沢氏側・元区議側双方とも、「選挙運動の対価」であることは否定しているようだ。

この事件は、昨年、2022年2月20日に投開票が行われた長崎県知事選挙で当選した大石賢吾氏の選挙運動に関して、大石氏側から選挙コンサルタントO氏の会社J社への「電話代」名目の約402万円の支払について、公選法違反(買収)の疑いがあるとして、大石陣営側とO氏が長崎地検に告発されている件と、事件の構造と争点に共通性がある。

この告発は、現在東京地検特捜部が捜査している政治資金パーティー事件の告発人でもある上脇博之神戸学院大学教授が、元長崎地検次席検事の私と連名で長崎地検に告発状を提出したもので、2022年10月19日付けで告発が受理されている。

「80万円の顧問料」の買収で柿沢氏が起訴された場合、長崎県知事選をめぐる「約402万円の電話代」名目の買収事件についても検察の起訴の判断にも影響を与える能性が高いと思われる。

告発状では、大石陣営側の被告発人は選挙運動費用収支報告書の名義人の出納責任者としているが、その支払に候補者の大石知事が関わっていないとは考えにくい。まさに、現職知事が実質的な被疑者となっている公選法違反事件であり、仮に出納責任者だけの起訴でも有罪が確定すれば連座制が適用される(罰金以上の刑に処せられた場合(執行猶予を含む)当選無効となる)。この事件での刑事処分は、同知事の進退に直結する可能性がある。

両事件の共通点の一つは、受供与者(お金を受け取った)側の選挙における立場だ。

江東区長選挙での「元区議」は、選挙に精通している人物で「選挙コンサルタント」のような立場で選挙運動に関わっていたとされている。一方、長崎県知事選挙の事件の受供与者であるJ社の代表者O氏は、選挙コンサルタントとしてメディア等で活動している人物である。大石陣営の選挙で街頭演説に同行するなどして選挙運動に加わっており、選挙後にネット番組に出演して、同知事選挙で大石氏の選挙運動全般を統括していたかのように話すなど、選挙期間中も大石候補の選挙運動に積極的に関わっていたことを自らも認めている。

そして、もう一つ共通しているのが、このような選挙コンサルタントとしての活動で選挙に貢献したことの報酬としての金銭を受領したことで買収の容疑をかけられていることだ。

江東区長選挙の「元区議」は、木村候補を応援していた柿沢氏からの「顧問料」名目の合計80万円が選挙運動の報酬とされている。一方、長崎県知事選挙では、大石陣営から「電話代」名目で、O氏が代表を務める会社に支払われた約402万円が、選挙運動の対価であった疑いが告発の対象とされている。

選挙運動の対価と疑う根拠は、大石陣営の選挙運動費用収支報告書の以下の記載によるものだ。

大石氏の選挙運動費用収支報告書の「支出の部」に「科目 通信費」「区分 選挙運動」「支出の目的 電話料金」として、2月28日に選挙コンサル会社へ402万82円を支払った旨の記載があった。上脇教授が、この選挙運動費用収支報告書の記載について長崎県選挙管理委員会に情報公開請求を行い、領収書の開示を受けたところ、同領収書には、

「長崎県知事選挙通信費(電話料金、SMS送信費ほか)」

と記載されていることがわかった(SMSとは、携帯電話に標準装備されている「ショートメッセージサービス」のことであり、メッセージを送る側に発生する1送信ごとの文字数に応じた料金が携帯電話会社ごとに設定されている)。

大石知事は、県議会で、「402万円の電話代は、オートコール等の費用だった」と答弁したが、この領収書の記載(「通信費(電話料金、SMS送信費ほか)」)からすると、少なくとも、この支払いが、単一のオートコール業者等への支払いを代行したものではないことは明らかだ。同社が電話会社やオートコールを受託した会社への支払いを代行したというのであれば、収支報告書の「通信費」の記載としては、個々の通信・通話料金の電話会社等に対する費用の支払いを記載し、その領収書を添付するはずだ。なぜ、支払先がJ社になっているのか理解できない。

その全額について、「通信費」として支払いが行われ、J社が無償で支払を代行しただけということは考えにくく、通信費を超える部分、すなわち、選挙コンサル会社側への報酬を含んでいる疑いが濃厚であった。

同じ大石氏の選挙運動費用収支報告書には、N社に対して2月18日に5304円、3月30日に5万2806円、3月29日にK社に3万9599円を「電話料金」「電話代」として支出した旨の記載があり、いずれも電話業務を事業内容とする事業者だが、J社は、登記の事業内容に「電話業務」も「オートコール業務」も含まれていない。

これらのことからすると、大石氏側からJ社への402万円余の支払は、大石陣営からO氏が経営するJ社に支払われた「報酬」であることは否定できないと考えられた。

大石知事の答弁のとおり、もし、約402万円のすべて、或いは殆どが電話代等の費用であったというのであれば、捜査機関としてその事実を確認することにさほど時間がかかるとは思えない。比較的早期に不起訴処分になっているはずである。

選挙違反の事件なのに、当該選挙後から2年近くも検察の処分が未了で、捜査が継続されているのは、O氏が代表を務めるJ会社に支払われた約402万円のかなりの部分が、「電話代等の費用」ではなく、O氏に対する報酬と見られるものの、それが選挙運動の対価であることを、供与者側の出納責任者、受供与者側のO氏がいずれも否定している可能性が高い。

そこに、二つの事件のもう一つの共通点がある。

柿沢事件の元江東区議も、長崎事件のO氏も、それぞれの選挙運動で中心的な役割を果たしていた。そして、元江東区議は「顧問料」、O氏は、「電話代名目で支払われた約402万円」の一部が、何の対価かなのかが不明な状況である。そこで、これらの金銭が「選挙運動の報酬」であった疑いが生じているのであるが、いずれの当事者も、対価性を否定していると考えられる。

このように、「選挙運動を行った事実」と、「その人物に他に理由のない金銭の支払を行った事実」がある場合でも、当事者がいずれも選挙運動の対価であることを否定すれば、従来の検察実務では、買収罪での起訴が行われることはほとんどなかった。

それは、「当選を得、又は得しめる目的で金銭又は利益の供与を行う」という買収罪の要件の「目的」が主観的要件であり、当事者がそれを認めないと立証が困難だと思われてきたからだ。

2019年の参議院広島選挙区をめぐる元法務大臣の河井克行氏・案里氏の買収事件では、捜査の過程で、克行氏から現金を受け取った地元議員に対して、東京地検特捜部の検事が、不起訴にすることを示唆したうえで、現金が買収目的だったと認めるよう促したことが問題となり、最高検で調査を行い、「取調べが不適正だった」とする調査結果が公表された。検察官が、このような「無理な取調べ」をしてまで、「投票又は選挙運動の対価」であることを認めさせようとしたのは、従来は、そのような「自白」が買収事件の立件に不可欠だと考えられていたからである。

しかし、今回、柿沢氏の事件では、東京地検は、選挙運動を行った者が、選挙運動を依頼した側から、何らかの理由のない金銭の支払いを受けた事実があれば、当事者が選挙運動の報酬であることを否定していても、買収罪の立証が可能だと判断したようだ。

それと同様に考えれば、選挙コンサルタント的な立場で長崎の選挙運動を取り仕切ったO氏が「電話代等」の名目で、理由が説明できない金銭の支払を受けたとすれば、本人が選挙運動の対価であることを認めていなくても、買収罪での立件は可能ということになる。

【東京地検特捜部「柿沢氏公選法違反事件」捜査への疑問、国会閉会後の動きに注目】でも述べたように、柿沢氏の公選法違反には、自民区議に対する金銭の供与が区長選と同時に行われた区議選の「陣中見舞い」であるとの主張との関係など、全体として立件にはかなり問題がある。そのような事件で、東京地検特捜部が、供与者側・受供与者側ともに「自白」がないのに、敢えて「80万円の顧問料」の事件を買収罪で立件して逮捕事実に含めたのは、それがなければ、現職国会議員を逮捕・起訴する公選法違反事件として金額が低すぎると判断されたからであろう。

東京地検が、元区議への顧問料を含め逮捕事実全体について起訴するのであれば、一方の長崎地検の大石陣営側とO氏の事件についても、検察としては、供与者・受供与者ともに「自白」がなくても起訴に踏み切ることになる可能性が高い。ここで長崎地検が消極的な判断を行えば、柿沢氏の事件の公判にも影響を与えることになりかねない。

仮に、今回の二つの事件によって、「自白」がなくても、「選挙運動の対価」としての支払であることの立証が可能だとする刑事実務が定着した場合、今後の公職選挙の実務に与える影響は極めて大きなものになる。

選挙に比較的近い時期に、「地盤培養・党勢拡大」等の政治活動としての「政治資金の寄附」という趣旨で、国会議員から地方政治家等に対する「実質的に選挙運動の対価である金銭供与」が行われることは多い。このような金銭のやり取りも、従来は、両当事者から「金銭供与の趣旨・目的について自白が得られる見込みがない」との理由で立件が見送られてきた。

しかし、検察が二つの事件で買収罪を立件し起訴するということになると、今後の国政選挙では、「政治資金を隠れ蓑にした買収」は従前のように行えないことになる。それは、国政選挙における保守政党の選挙のやり方を激変させることになるであろう。

長崎県知事選挙から間もなく2年を迎えようとする中、大石知事をめぐる買収罪の事件に対する長崎地検の処分が注目される。

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指揮権に対応できない小泉法相は速やかに辞任し、後任は民間閣僚任命を

自民党の派閥の政治資金をめぐる問題で、東京地検特捜部は19日、政治資金規正法違反の疑いで強制捜査に乗り出し、安倍派(清和政策研究会)と二階派(志帥会)の事務所を捜索した。

二階派に所属する小泉龍司法務大臣は、

「検事総長への捜査の指揮権を持つことから、今後の捜査に誤解を生じさせたくない」

として、20日、二階派に退会届を提出して受理され、派閥を離脱した。

しかし、政治資金規正法違反の容疑で、二階派も捜査の対象になっている。同派に所属していた小泉氏も、取調べの対象となる可能性を否定することはできない。

派閥を離脱した、ということだけで、小泉氏が法務大臣であることの問題がなくなったと言えるのか。

最大の問題は「法務大臣の指揮権」との関係である。それはどのように位置づけられる権限なのか、検察の捜査・処分とはどのように関係するのか、検察庁法14条の規定を踏まえて考えてみる必要がある。

検察組織内部での権限行使をめぐる関係

検察は本来「行政組織」であり、その行政権の行使について、国会に対して、そして最終的には国民に対して責任を負う立場である。検察の権限行使も、基本的には国民の意思に基づくものでなければならない。かかる意味において、国会で選ばれた内閣の一員として、検察を含む法務省という行政組織のトップを務める法務大臣は、まさに検察に対して主権者の代表と位置付けられる立場である。

しかし、一方で、検察が公訴権を独占し、訴追裁量権を持つ制度において、刑事事件に関する判断は実質的に検察に委ねられ、裁判所は、極めて限定的にチェック機能を果たすに過ぎないという日本の刑事司法の実情の下では、検察の判断は、事実上、司法判断に近い。そのため、「司法権」の行使に直結する「検察の権限行使の独立性」が重視され、検察の捜査・処分に対して、内閣の一員である法務大臣が介入することは、極力差し控えるべきとされてきた。

法務大臣と検察官の関係に関しては、検察庁法14条で、

法務大臣は、第四条及び第六条に規定する検察官の事務に関し、検察官を一般に指揮監督することができる。但し、個別の事件の捜査・処分については、大臣は個々の検察官を直接指揮監督することはできず、検事総長に対してのみ指揮を行うことができる

とされ、個別の事件に関しては、法務大臣の指揮は、検事総長の指揮監督を通してのみ、部下の検察官の捜査・処分に反映させることができることになっている。

同条の規定によって「検察の捜査・処分の独立性」と、内閣の一員として主権者たる国民に責任を負う法務大臣の権限とを調整している。

その「指揮権」の行使し得る範囲をどのように考えるかは極めて重要な問題であるが、この点は、これまで、検察と政治の関係に関連して「聖域」のように扱われ、ほとんど議論されることはなく、指揮権の行使を差し控えることだけが法務大臣の責務であるように考えられてきた。

法務大臣の指揮権に対する誤謬

そのような「法務大臣の指揮権」に対する世の中の認識の原点となったのが、1954年の造船疑獄での犬養健法務大臣の指揮権発動だった。

佐藤栄作自由党幹事長の逮捕を差し控えるよう犬養法務大臣が指揮権を発動したことで、当時の吉田茂首相の自由党政権に対する世論の批判が急激に高まり、首相退陣に追い込まれることとなった。政治的圧力によって「検察の正義」の行く手が阻まれたように世の中に認識され、「検察の正義」は神聖不可侵のもので、外部からの圧力・介入は断固排除すべきという、戦前の「統帥権干犯」のような考え方につながった。

それ以降、法務大臣の指揮権は、検察庁法に規定されていても、実際に行使することは許されない「封印されたもの」のように理解されることとなった。

しかし、そこには重大な誤謬がある。法務省と検察との関係からすると、法務大臣の指揮権は、決して「封印されたもの」ではない。

実際には、法務省刑事局を中心とする官僚システムは、検察の捜査・処分について、法令解釈上の問題、同種事案の捜査・処分との比較など、様々な面から指導・助言を行っている。その根拠は検察庁法14条本文であり、その一般的指揮権に基づいて、法務省から検察の現場に対して事件処理の一般方針や刑事事件の関係法令の解釈が示される。それに加え、個別の事件についても、一定の範囲の重大・特殊事件については、「三長官(法務大臣、検事総長、検事長)報告」と称して、法務大臣を宛先として法務省への報告が行われる。これは同条但し書による個別の捜査・処分についての検事総長を通しての指揮権を背景にしている。

法務大臣は、重大事件について検察から報告を受ける立場

つまり、検察庁法14条の「法務大臣の指揮権」というのは、検察と法務省との関係に関する規定であり、法務省は、検察官の権限行使について報告を受け、監督する立場にある。

法務省のトップである法務大臣は、検察という行政組織の権限行使に影響を及ぼし得る立場であり、とりわけ一定の範囲の特異・重大事件については、「三長官報告」が行われるので、事件の内容・捜査の方針等についても知り得る立場である。そして、その報告に基づいて14条但し書きの検事総長に対する指揮を行うことも可能なのである。

今回の政治資金パーティー裏金問題も、当然、特異・重大事件であり、遅くとも安倍派・二階派の事務所に対する強制捜査着手までには「三長官報告」が行われているはずである。

つまり、法務大臣として、「三長官報告」を受ける立場にある小泉氏は、それまであまり報じられていなかった二階派が、安倍派とともに強制捜査の対象とされた理由、基本的な捜査方針等についても知り得る立場にある。

このような立場にある小泉氏が、二階派も捜査の対象となっている現状において法務大臣の職に就いていることには、問題があると言わざるを得ない。

法務大臣が指揮権を「発動」すべき事態もあり得る

日常的に行われている法務大臣の指揮権を背景にした法務省の検察に対する対応とは別に、法務大臣自身が、自らの責任において、明示的に14条但し書きの個別の事件の捜査・処分についての指揮権を行使することがあり得る。それが実際に行われたのが、造船疑獄における法務大臣の指揮権の行使であり、通常、「指揮権発動」というのは、このことを指している。

検察庁法上は、指揮権の行使の範囲についての制約はないから、どのような瑣末な事件でも、法務大臣が関心を持てば、検事総長を通じて捜査・処分に介入することは可能である。しかし、一般的な犯罪に対しては、証拠を収集・評価して事実を認定し、情状に応じた処罰を求めるだけで足りる。そういう意味では、ほとんどの刑事事件の捜査・処分については、法務大臣が介入する必要はないし、介入することは適切ではない。敢えて介入した場合には、政治的意図による不当な干渉だと批判されることになる。

しかし、例外的に、検察組織内部の決定だけに委ねておくことが適切ではない場合に、法務大臣が指揮権の行使について検討し判断することが必要とされることもある。

外交上の判断と法務大臣の指揮権

「法務大臣が指揮権の発動を検討すべき場合」、というのは刑事事件の捜査・処分について、検察として判断を行うことが適切ではない場合、その責任を負えない場合である。そのような事件については、法務大臣に報告して、その判断を求めることが必要となる。

その典型が、外交上の判断が必要になる事件に対する捜査・処分である。

事件が外交問題に密接に関連し、捜査・処分によって外交上の影響が生じる場合、検察が、外交上の影響をも含めて判断して捜査・処分を決定することは適切ではない。その判断が適切ではなかった場合の責任を検察が負うことはできないからである。検察には外交の専門家はいないし、外交関係に関する情報もない。外交上の判断は、外務省を所管官庁として、内閣が国民に対して責任を持って行うべきであり、個別事件の捜査・処分においてそのような外交上の判断が必要な場合には、内閣の一員である法務大臣が総理大臣との協議の上で、検察に対して指揮を行うことが必要となる。

このような場合には、検察の側で、外交上の判断に関連する事件と判断した段階で法務大臣に報告し、その指揮を仰ぐべきである。捜査・処分に関して外交上の判断が必要な刑事事件というのは、検察が外部の介入・干渉を受けることなく独立して判断すべきという「検察の組織の独立性の枠組み」だけで対応することになじまない事例の典型である。

尖閣沖公務執行妨害事件での船長釈放と法務大臣の指揮権

このような理由で指揮権を発動すべきであった事案として、2010年9月に起きた尖閣列島沖での中国船の公務執行妨害事件がある。

中国船船長の釈放を決定した際の会見で、那覇地検次席検事が「最高検と協議の上」と述べた上で、「日中関係への配慮」が釈放の理由の一つであることを明らかにした。この事件での船長の釈放という検察の権限行使において、検察が組織として外交上の判断を行ったことを認めたのである。

刑訴法248条で

犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる

とされ、検察官には訴追裁量権が与えられている。しかし、ここで検察官が考慮できるのは、当該刑事事件の情状や犯罪後の更生の可能性に関連する事情であり、外交上の配慮は、248条の訴追裁量権で考慮すべき事項に含まれるとは考えられない。

国の行政組織の役割分担と責任の所在という観点から考えたとき、外交問題は外務省が所管し、その最終的責任を負うのは総理大臣である。検察が外交上の判断を行ったとすれば、権限を逸脱したものである。

しかし、検察が船長釈放について外交関係に配慮したかのような説明を行ったことに対して、当時の仙谷由人官房長官は「了とする」と述べた。そして、「官邸側の意向を受けて検察が釈放を決定したのではないか」との疑いの指摘に対しても、外交関係への配慮も含めてすべて検察の責任において釈放の判断が行われたように説明した。

外交上の判断の責任を、犯罪の成否や情状評価等の処罰の必要性の判断という刑事司法上の判断を行う権限しか有しない検察に押し付けようとするのは許されないことである。

かかる意味において、この中国船船長釈放問題については、検察が内閣側に政治的に利用された面がある。しかし、一方で、このように法務大臣の指揮権によらなければならない典型事例においても、検察官の訴追裁量権の枠内で判断することを是とするような検察内部の考え方、そして、それを支持する世の中の論調があり、その背景には、前述した造船疑獄での法務大臣の「指揮権発動」に対する誤解があるのである。

検察不祥事への対応と法務大臣の指揮

問題の性格上、検察内部だけで判断するのが適切ではなく、法務大臣が指揮権に基づく介入を積極的に行うことが求められる場合もある。その典型が、検察官の職務上の犯罪が検察の組織自体の不祥事に発展した場合である。

検察庁法14条が定めているのは、「第四条及び第六条に規定する検察官の事務」つまり、公訴と捜査についてであり、庶務・会計等の検察行政事務については、一般的な組織法上の原則による。また、検察官も行政組織としての法務省の職員であるから、その組織のトップである法務大臣が検察官に対して人事上の管理監督を行うべき立場にあることは言うまでもない。

検察官による刑事事件が発生した場合、人事管理権者として、その事実を把握し、懲戒処分を行うことについての最終的な責任を負うのは法務大臣である。

定型的に処理可能な一般的な事件の場合には、検察の組織内で「法と証拠に基づいて適切に処理する」ことに委ねれば済むであろう。しかし、検察官の権限行使としての職務に関して重大な犯罪の嫌疑が表面化した場合、他の検察官・上司が共犯者となることもあり、また、背景・原因に組織自体の問題が存在することも考えられる。このような事件を「検察の組織としての独立性の枠組み」で処理することには限界がある。

2010年に表面化した大阪地検の証拠改ざん事件等の不祥事の際、当時の柳田稔法務大臣が検事総長に対して「厳正な対応」を指示した。この対応は14条本文の一般的指揮権によるものとされているが、同条但し書きの指揮権の発動もあり得る事態だったとも考えられる。

そして、2011年に、東京地検特捜部が小沢一郎衆議院議員に対する陸山会事件の捜査の過程で、石川知裕氏(陸山会事件当時の小沢氏の秘書・捜査当時衆議院議員)の取調べ内容に関して特捜部所属の検事が作成して検察審査会に提出した捜査報告書に、事実に反する記載が行われていた問題で、2012年6月27日、最高検察庁は、虚偽有印公文書作成罪で告発されていたT検事、特捜部長(当時)など全員を、「不起訴」とした。

この事件は、検察が組織として決定した小沢一郎氏の不起訴を、東京地検特捜部が、虚偽の捜査報告書を検察審査会に提出し、検察審査会を騙してまで「起訴すべき」との議決に誘導した「前代未聞の事件」だった。

これに対して、当時の小川敏夫法務大臣は、不起訴処分の前に、検事総長に対して指揮権を発動して厳正な対応を求めようとしたが、野田佳彦総理大臣に止められたと、退任時の記者会見で明らかにしている。

このような「検察不祥事」に対する対応は、法務大臣の指揮権に基づく対応を検討すべき典型的事例と言うべきであろう。

指揮権と民間法務大臣

法務大臣の指揮権の問題は、造船疑獄での指揮権発動による誤謬から政治的意図に基づく検察の権限行使への介入という側面が強調され、これまで、議論の対象にすらすべきではない「聖域」のように扱われてきた。

しかし、現実には、法務大臣の指揮権は決して「封印」されてはいるわけではなく、法務省と検察との関係において日常的に活用されている。しかも、「検察内部での判断には限界がある特異な事態」において、むしろ、法務大臣の指揮権に基づく判断が求められる場合もあり得る。法務大臣指揮権は、封印しておくだけで済むものではないのである。

今回の政治資金パーティー裏金問題の検察捜査は、自民党を直撃し、岸田政権にも重大なダメージを与えている。まさに、司法権力の一翼を担う検察と政治権力とが激しくぶつかり合っている状況である。そうした中で、今後の状況如何では、検察が所属する法務省のトップである法務大臣が、指揮権の行使も含めて重要な職責を果たすべき事態というのも考えられないわけではない。

例えば、今後、検察捜査が急展開し、捜査が、岸田首相の側近にまで及ぼうとしている状況で、もし、北朝鮮情勢がにわかに緊迫化し、日本にとっても脅威となる事態になったという場合、外交・防衛上の情勢判断と、検察の捜査上の判断のどちらを優先させるべきかは、検察組織だけで判断できることではない。尖閣船長釈放の際と同様に、外交・防衛上の情勢判断については、内閣の責任で行うほかない。

また、今回の事件の検察捜査の過程で、仮に、検察内部で重大な不祥事が発生した、という場合、その不祥事に対してどのような対応を行うのかについては、法務大臣が主体的に判断することが求められる。

さらに、政治情勢に重大な影響を及ぼす検察捜査について、「検察の暴走」という事態も、決してあり得なくはない。今回の政治資金パーティー裏金問題についても、今後の捜査の展開如何では、常設の捜査機関である特捜部の権限行使が、組織の威信等を動機として、歯止めが効かない状況に至ることもあり得る。

その場合、「検察の暴走」を止めることができるのは法務大臣の指揮権しかない。しかし、まさに造船疑獄のときがそうであったように、法務大臣の指揮権が検察の意向に反した形で行使された場合には、「検察捜査への介入」が世論の強い批判を浴び、法務大臣の責任のみならず、内閣自体の責任にも発展することになる。

法務大臣がこのように検察捜査に対して介入するとすれば、「政治家」としての立場というより、法務省のトップとして、法務省の組織としての検討に基づき、客観的中立的な立場で行うものであることが強く求められる。その法務大臣が、捜査の対象となっている派閥、自民党の政治家であった場合、そのような法務大臣が指揮権について判断するのは利益相反そのものである。

そのような場合においても、公正で客観的な判断が可能で、国民が信頼できる人物でなければ、現在の状況において、法務大臣の職責を果たすことはできない。

それは、十分な法律の素養があり、これまで法務・検察とも、政治とも関係が希薄であった民間人が適切だと思われる。

過去に民間人が法務大臣を務めた例としては、リクルート事件の捜査中であった1988年12月に就任した元内閣法制局長官・元最高裁判所判事の高辻正巳氏、ゼネコン汚職事件の捜査の最中の1993年8月に就任した民事法学者の三ケ月章氏の例がある。

「令和のリクルート事件」とも言われている今回の政治資金パーティー裏金問題の捜査の最中に、民間法務大臣が就任することは、ある意味では必然だと言える。

検事総長に対する指揮権は、法務大臣にとって極めて重要な権限である。それを適切に判断することができない小泉氏は、速やかに大臣を辞任し、後任には民間閣僚を任命すべきである。

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「参院選資金裏金提供」の公選法違反事件化で、“政治家安倍晋三の実像”が明らかになる可能性

 産経新聞が、【安倍派一部に全額還流 裏金疑惑 参院選前、選挙流用か】と題する記事で、安倍派(清和政策研究会)が所属議員に課したパーティー券の販売ノルマを超過した分を政治資金収支報告書に記載せず議員にキックバック(還流)していた問題で、参院選を控えた一部議員にはノルマ分も含めて全額を還流していたことを報じている。

 この産経の記事のとおりであるとすると、安倍派から所属議員側にわたった「裏金」が、その政治資金パーティーが行われた直後の特定の参議院選挙の資金として提供されたものだったことになる。特に問題となるのは、直近の参議院選挙である2022年選挙との関係だ。これまで、最近公開された2022年の政治資金収支報告書で、安倍派のパーティー収入が他の派閥と比較して異常に少ないことと所属議員への裏金の還流との関係が問題視されていたが、2022年の参議院選挙の候補者に対してノルマ分も含めて還流されたということであれば、その「謎」が解けることになる。

 そのような、特定の選挙での特定の候補者に対する資金の提供は、公職選挙法上、「選挙に関する寄附」ということになり、選挙運動費用収支報告書の収入欄に記載しなければならない、それを記載していなければ、その分、収入が過少になるので虚偽記入罪に問われることになる。

 このような特定の選挙についての候補者を支援する趣旨の金銭の供与は、「陣中見舞い」と呼ばれる。参院選の候補者に対して、パーティー券のノルマ超の売上の還流という、それまで長年にわたって続けられてきたとされる「一般的な取扱い」を超えて、特別に多額の金銭を供与したとすれば、「選挙に関する寄附」という趣旨は明白だ。

 その点についての事実解明は、今後、裏金の還流を受けた側の刑事責任の追及の有力な手段となる可能性がある。

 今回の政治資金パーティー裏金問題に関しては、【「ザル法の真ん中に空いた大穴」で処罰を免れた“裏金受領議員”は議員辞職!、民間主導で政治資金改革を!】などで、ノルマ超のパーティー券の売上を裏金で受領していた国会議員については、政治資金規正法で処罰することは困難であることを指摘してきた。

 国会議員の場合、資金管理団体のほかに自身が代表を務める政党支部があり、そのほかにも複数の関連政治団体があるのが一般的であり、一人の国会議員が管理する財布が複数あり、裏金というのは、領収書も渡さず、いずれの政治資金収支報告書にも記載しないことを前提にやり取りするものであり、通常は、複数ある議員の関連政治団体のうち、どの団体に帰属させるかは考えない。ノルマを超えたパーティー券収入の還流は現金でやりとりされ、どの政治団体の収支報告書にも記載しない前提で、「裏金」として受け取り、そのまま、どの収支報告書にも記載しなかった、ということである。そうであれば、どの収支報告書に記載すべきだったのかが特定できない以上、(特定の政治団体等の収支報告書の記載についての)虚偽記入罪は成立せず、不可罰ということになる。

 ということで、裏金の還流を受けた国会議員について、「政治資金規正法」では処罰は困難であると言わざるを得ない。

 しかし、その「裏金」が、特定の選挙での特定の候補者の選挙に関して、その費用に充てる趣旨で行われたとすれば、「公職選挙法」(公選法)違反の成立の可能性が出てくる。それは、その候補者が選任した出納責任者が作成・提出する義務を負い、選挙運動費用収支報告書に正しく記載しなければならないのであり、政治資金規正法の問題のように、その寄附の「帰属」が問題になることはない。選挙運動費用収支報告書は、「当該選挙の期日の公示又は告示の日前までになされた寄附」については、「選挙の期日から十五日以内」に提出しなければならない。その収支報告書に当該寄附を記載しない場合には、公選法上の違法性は明らかだ。

 その作成・提出を行うことを義務づけられているのは出納責任者だが、国会議員の場合には、主要な秘書が行っているのが通常であり、出納責任者に、その「安倍派からの選挙資金としての裏金寄附」が行われたことの認識がなかったとは考えにくい。当該国会議員との共謀による収支報告書の虚偽記入罪が成立し得るし、仮に出納責任者に認識がなかったとしても、虚偽記入罪は「出納責任者の身分犯」ではないので、国会議員本人について単独で犯罪が成立する可能性もある。

 もっとも、この選挙運動費用収支報告書虚偽記入罪の公選法違反の事件についても、問題点はいくつかある。

 まず問題となるのが寄附の行為者の供述が得られないことだ。このような選挙のための特別の計らいとしての資金提供は、派閥の長である会長が決定していると考えられる(実際に、細田博之氏が安倍派の会長だった時代に、細田氏が裏金供与の金額を決定していたとの報道がある。)。問題となる2022年7月の参議院選挙の時点での安倍派の会長は安倍晋三氏であり、その選挙の直前に銃撃事件で亡くなっている。参議院選挙に関する資金提供であったことについて、寄附者自身の供述を得ることはできない。

 しかし、「ノルマ超の売上の還流」が慣例化していたとすれば、なぜ、参院選の候補者について、ノルマ分も含めた還流が行われるのか、その理由については、仮に、議員本人が口を閉ざしても、派閥の会計責任者、議員側の会計担当者の供述を得ることは、それ程困難なこととは思えない。

 もう一つの問題は、この選挙運動費用収支報告書の記載については、実質的に選挙運動にかかる費用とその収入とが、すべて報告書に記載されるのではなく、選挙期間中、選挙運動に直接かかる費用「人件費・家屋費・通信費・交通費・印刷費・広告費・文具費・食糧費・休泊費・雑費」などの費用だけが記載され、収入欄の記載も、この支出に対応する収入金額にとどめるという取扱いが慣例化していたことだ。つまり、実際に、選挙にかかる資金は巨額だが、そのごく一部しか、選挙運動費用収支報告書に収支として記載されていないという。

 まさに、この点に関する公選法違反の解釈・運用が問題になったのが、2013年、猪瀬直樹東京都知事の辞任の原因となった「徳洲会から猪瀬氏への5000万円の選挙資金提供の問題」であり、これについては、当時、私も、検察官時代の実務経験に基づいて【猪瀬都知事問題 特捜部はハードルを越えられるか】と題する記事を書き、「公選法の選挙運動費用収支報告書の規定が形骸化している現実」を指摘した上で、「都から認可を受けている病院の経営母体の医療法人から5000万円もの多額の選挙資金の提供を受け、それを全く開示していなかった猪瀬氏のような行為が許されるのであれば、選挙の公正は著しく害されることになる」と指摘した。

 結局、この問題で猪瀬氏は都知事辞任に追い込まれ、その後、この5000万円の選挙資金提供について公選法違反で告発されていた猪瀬氏は、私の指摘のとおり選挙運動費用収支報告書虚偽記入の公職選挙法違反の罪で略式起訴されるに至った。

 この頃までは、選挙運動費用収支報告書についてのルールが形骸化していたことは確かだが、公選法の解釈上は、罪を免れることはできなかった。しかも、それは2013年のことであり、それから10年の間に、報告書の収入の記載についての認識も変わってきた。

 今年春の江東区長選挙をめぐる公選法違反事件に関して、自民系の区議1人は今年2月21日に柿沢氏の資金管理団体から20万円を寄付として受け取ったと、区議選の選挙運動費用収支報告書に記載しており、金銭の供与は区議選挙の「陣中見舞い」だったとの柿沢氏側の弁解が裏付けられている【柿沢未途議員・買収事件、区議選「陣中見舞い」の弁解に“致命的な弱点”】。

 このことからも、現在は、特定の選挙に関して、選挙前に派閥から資金提供が行われていた場合に、それを公選法の選挙運動費用収支報告書に収入として記載すべきとされることに対して反論の余地は全くないと言うべきであろう。公選法違反事件としての立件の可能性は十分にある。

 20年前、私が長崎地検次席検事時代に指揮した検察独自捜査でも、自民党の地方組織の公共工事からの利益収奪構造に迫ろうとし、政治資金規正法の罰則を適用して刑事立件を考えた事件が多数あったが、いずれも、公選法上の「寄附」の概念の曖昧さ、政治資金収支報告書への記載義務の構成の困難さ、という壁に跳ね返された。その時、その壁を打ち破るブレイクスルーとなったのが、公選法の罰則適用だった。自民党県連幹事長が、知事選挙に際して、県の公共工事の受注額に応じてゼネコンに県連への寄附を要求していた。その寄附の中には、政治資金収支報告書に記載された「表の寄附」もあった。それを、公選法199条1項の「特定寄附の禁止」違反で刑事立件し、県連事務所への強制捜査を行った。そこで、「裏の寄附」の存在、大規模な県連政治資金パーティーの収入の一部を裏金化して、表に出せない用途に使っていた事実が明らかになった。

 今回の捜査でも、政治資金規正法の罰則適用には、多くの隘路があり、国会議員の処罰につなげることは容易ではない。それを打開する、大きな武器となり得るのが、公選法の選挙運動費用収支報告書不記載罪の罰則適用だ。今日(12月19日)にも行われると報じられている安倍派事務所での捜索では、公選法違反の立件につながる証拠物も徹底した捜索押収が行われることになるだろう。

 安倍派政治資金パーティーの「裏金」が、2022年参議院選挙での選挙資金として提供されていた事実が明らかになることは、検察にとってのブレイクスルーになるだけではない。そのような公選法違反の事件が立件され、刑事公判の場で、その立証が行われれば、2022年参議院選挙の際に、「裏金による選挙資金の提供」を行ったのは、その直後に銃弾に斃れた安倍元首相だったことが明らかになる可能性がある。

 それは、憲政史上最長の在任期間を誇る「平成の宰相」である安倍晋三という政治家の実像、そして、国政選挙の際に行ってきた「所業」の一端が明らかになることにほかならない。

 今回の政治資金パーティーの裏金問題に関して、「安倍氏に極めて近い」ことを自らも認める元NHK解説委員の岩田明子氏は、夕刊フジに寄稿した記事で、

安倍元首相が21年11月に初めて派閥会長となった後、翌年2月にその状況を知り、「このような方法は問題だ。ただちに直せ」と会計責任者を叱責、2カ月後に改めて事務総長らにクギを刺したという。
22年5月のパーティーではその方針が反映されたものの、2カ月後、安倍氏は凶弾に倒れ、改善されないまま現在に至ったようだ。

などと書いている。

 安倍氏は、首相在任中は政治資金パーティーの裏金のことは全く知らず、会長になって初めて知って激怒し、ただちにやめるように指示した、というのが岩田氏の「取材結果」だということだが、同じ系列の産経新聞の上記記事を前提にすると、事実関係は全く異なるものであった可能性がある。それは、「安倍晋三回顧録」の出版まで行っている「安倍派言論人」の人達の言説がいかに事実を歪曲するものであるかを示す事実にもなり得る。

 検察捜査により、安倍氏が会長を務める安倍派から「参議院選の資金としての裏金」が提供されていたことの真相が明らかになり、「安倍一強時代」の日本の政治史の扉が開くことを期待したい。

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「ザル法の真ん中に空いた大穴」で処罰を免れた“裏金受領議員”は議員辞職!民間主導で政治資金改革を!

自民党安倍派(清和政策研究会、以下、「安倍派」)が開催した政治資金パーティーに関して、所属議員がノルマを超えて販売した分が派閥から議員側に還流され、その分が、派閥の収支報告書にも、議員の収支報告書にも記載されず“裏金”にされたとされる問題で、12月13日の臨時国会閉会後、東京地検特捜部の捜査が本格化している。近く安倍派に対して強制捜査が行われるとの報道もある。

特捜部は、全国から応援検事数十人を集めて異例の大規模態勢で捜査を行っているとのことであり、直近5年間で計5億円規模に上るとされる安倍派の「裏金」の解明に乗り出すとされ、国民の期待を一身に背負う形となっている。

もともと告発された事実は、「派閥の政治資金パーティーで20万円以上のパーティー券を購入した者の氏名等の不記載があり、その金額が自民党5派閥合計で4000万円あった」という形式的な違反の問題だった。しかし、それを受けて検察捜査が本格化し、パーティー券のノルマ超の売上が裏金として派閥所属議員に還流していた事実が次々と具体的に報じられ、多額の裏金が議員の懐に入っていたことに対して、国民の激しい怒りが燃え上がる状況になっている。

ちょうど、今年10月にインボイス制度が導入され、「会計処理の透明化」の動きが中小企業にも及び、多くの国民がその負担に喘いでいる状況で、政治家の世界の「裏金」という言葉が出てきたため、「領収書不要の不透明な金のやり取り」に対して、強烈な反発が生じたことが、今回の「パーティー券裏金問題」への強い反発の背景にある。

「裏金」が、法的にどう評価され、政治資金規正法にどのように違反するのかということについての話はなおざりにされたまま、批判非難が高まってきたように思える。

しかし、もともと、議員立法で改正が繰り返されてきた「お手盛り」の「政治資金規正法」である。それだけに、刑事罰の適用についても、「裏金問題」を実際に刑事事件化するのが容易ではないことは容易に想像できるはずだ。実際にどのような点が高いハードルとなるのか、具体的に指摘した上、このような問題が起きないようにするための抜本的な対策を提示することとしたい。

派閥側の立件

本件について、刑事立件の対象として二つの方向が考えられる。

まず、捜査対象の中心となるのは、政治資金パーティーを主催した安倍派側の政治資金規正法違反だ。

こちらの方は、政治団体の「清和政策研究会(安倍派)」の政治資金収支報告書について、会計責任者が、政治資金パーティーの収支を正しく記載する義務に違反し、ノルマ超の売上について裏金を還流させた分を収入から除外して記載したことについて、収支報告書の「虚偽記入罪」が成立することは明らかだ。

問題は、その刑事責任がどの範囲に及ぶのか、国会議員にまで及ぶのかだが、報道によれば、安倍派では、森喜朗氏が会長だった1990年代末から、このような「ノルマ超の売上の裏金による還流」の方法がとられていたとのことであり、それを継続していくことの実質的な意思決定は、派閥の「会長」が行っていた可能性が高い。基本的には、この虚偽記入罪の共謀関係は、会長と会計責任者の2人というのが常識的な見方であろう。しかし、その会長の細田博之氏は、既に亡くなっている。

では、会長と収支報告書の記載義務を負う会計責任者との中間に位置する「事務総長」のポストに就いていた国会議員について、「共謀」による虚偽記入罪で処罰できるか。単に、「ノルマ超の売上の裏金による還流」について、従前どおりに行うことを会計責任者から報告を受けていたというだけでは、通常、国会議員について共謀の刑事責任を問うことは困難だ。安倍派の収支報告書の記載について、幹部の国会議員の刑事立件も容易ではない。

「裏金」受領議員側の立件の困難性

さらにハードルが高いのは、「裏金受領議員」側の刑事立件だ。議員名と金額と、「政治団体の収支報告書に記載していないこと」が次々と報じられるが、ほとんどの議員が「捜査中」を理由に説明を拒否していることに対して、国民の反発が高まっており、これらの「裏金受領議員」は収支報告書の不記載・虚偽記入罪で刑事立件され処罰されるのが当然のように思われている。

しかし、現行政治資金規正法には、そのような「政治家個人が受領する裏金」の処罰が困難だという、「ザル法の真ん中に空いた大穴」の問題がある。

この点については、かつて2009年頃、陸山会事件の際に、自民党大物議員への裏金の供与が報じられた際にも指摘したし、Yahoo!記事では、2021年2月の【政治資金規正法、「ザル法」の真ん中に“大穴”が空いたままで良いのか】で、また、今年公刊した【“歪んだ法”に壊される日本 ~事件・事故の裏側にある「闇」】でも、第2章「「日本の政治」がダメな本当の理由~「公選法」「政治資金規正法」の限界と選挙買収の実態」で、「「ザル法」の真ん中にあいた“大穴”」と題して「大穴」の問題を指摘してきた。

「裏金の授受」は、受領した事実を記載しない収支報告書を作成・提出する行為が不記載罪・虚偽記入罪等となるのであり、その授受自体が犯罪になるのではない。

国会議員の場合、個人の資金管理団体のほかに、自身が代表を務める政党支部があり、そのほかにも複数の関連政治団体があるのが一般的だ。つまり、一人の国会議員が管理する財布が複数あることになる。

それぞれの財布について、会計責任者が収支報告書を提出する義務はあるが、裏金というのは、領収書も渡さず、いずれの政治資金収支報告書にも記載しないことを前提にやり取りするものであり、通常は、複数ある議員の関連政治団体のうち、どの団体に帰属させるかは考えない。

ノルマを超えたパーティー券収入の還流は銀行口座ではなく現金でやりとりされ、収支報告書に記載しないよう派閥側から指示されていたとされている。その議員は、どの政治団体の収支報告書にも記載しない前提で、「裏金」として受け取り、そのまま、どの収支報告書にも記載しなかった、ということである。そうであれば、どの収支報告書に記載すべきだったのかが特定できない以上、(特定の政治団体等の収支報告書の記載についての)虚偽記入罪は成立せず、不可罰ということになる。

政治団体ではなく政治家個人宛の寄附として裏金を受領したということであれば、個人あての寄附は禁止されているので(21条の2第1項)、それ自体が違法である。敢えてそのような個人宛寄附として受領したというのであれば、違法寄附と認識して受領したことについての自白が必要だ。

また、裏金を、個人的用途に費消したり、個人的蓄財に充てられたりしていれば、個人の所得ということになり、税務申告していなければ脱税となる。但し、国税と検察で「逋脱犯の告発基準」を取り決めており、逋脱所得が単年度2500万円以上位でなければ脱税の刑事事件にはならない。

このことを図示したのが以下である。

政治資金としての処理に関しては、図で示したように、政党支部、資金管理団体、その他の団体など多数の「国会議員関係団体」が存在しており、違法な政治家個人宛の寄附ということもあり得る。「裏金」として受け取っている以上、個人宛か、或いは、どの団体宛か、収入の帰属先を考えておらず、どの収支報告書に記載すべき収入かを特定できない、ということなのである。

国会議員刑事立件の高いハードル

このように考えると、安倍派側、所属議員側、いずれも国会議員の刑事立件には高いハードルがある。

それなのに、検察が、大規模捜査態勢で、年末年始返上で国会議員本人の聴取も含めた捜査を行おうとしている。検察は、「裏金受領議員」の刑事立件を目論んでいるように思えるが、それは、どのような考えによるものなのだろうか。

素朴に思いつくのは、「裏金受領議員」の関連政治団体、政党支部すべて列挙して、「清和政策研究会からの寄附収入を、いずれの収支報告書にも記載しなかった」とする公訴事実での起訴だ。

「どの政治団体の収支報告書にも全く記載していないのだから、不記載罪が成立するのが当然」という世の中の「常識的な見方」からは、一見、合理的なように思える。

しかし、収支報告書不記載罪というのは、個別の政治団体、政党支部ごとに選任され、収支報告書の作成・提出義務を負う会計責任者が、収支報告書に「記載すべき事項」を意図的に記載しないことによって成立する。つまり、どの団体の会計責任者が、どのような事項を記載しなかったのかという、「記載義務違反」を具体的に特定しなければ、政治資金規正法の犯罪事実にならない。「いずれの収支報告書にも記載しなかった」とする公訴事実では、犯罪の主体が特定されない。そのような事実で起訴しても公訴棄却は免れないだろう。

議員本人に不記載罪の刑事責任を問うことができるのは、会計責任者に不記載罪が成立し、議員との「共謀」が認められる場合だ。そこで、何とかして「裏金」の帰属先の政治団体を特定することが必要になる。検察としては、議員側に「裏金を本来帰属させるべきであった団体」を特定させるため秘書や議員本人に特定の団体の収支報告書の訂正を行わせ、それについて、当初から当該収支報告書に記載すべきであったと認める「自白」をとる、という方法も考えられる。

3200万円の裏金受領を認めた池田佳隆衆院議員は、資金管理団体の収支報告書の記載を訂正して、同金額を寄附として記載したようであり、今後、このような「収支報告書の訂正」の動きが拡がるかもしれない。

しかし、「裏金」として受領したものである以上、特定の収支報告書に記載する前提ではないはずであり、記載すること自体が「裏金」との認識と矛盾する。また、検察が帰属を認める「自白」をさせようとしても、国会議員にとっては、罰金刑でも公民権停止で議員失職につながるので、応じる可能性は低いであろう。

上記の池田議員も、収支報告書の訂正について、「(政党からの)政策活動費だと認識して受け取り、政治資金収支報告書には記載していなかった」と説明している。これは、安倍派側から受領した時点で、当該資金管理団体の収支報告書に記載すべきだったと認識していたことを認めたものではなく、要するに、「領収書不要の政党から個人あての寄付と認識しており、収支報告書の記載は全く考えていなかった」という趣旨である。このような説明を通されたら、その裏金について、収支報告書に記載すべきであった団体を特定できないので「収支報告書不記載罪」で起訴することは困難だ。

また、政治家個人として違法に寄附を受けた罪を適用するためには、前記のとおり、当事者双方の自白が必要となる。しかも、罰則は1年以下の禁錮・罰金と軽く、公訴時効は3年であり、時効の起算点が収支報告書提出ではなく、寄附の時点なので、2020年までのパーティー収入に関するものは時効だ。処罰できるのは2年分だけということになる。

検察は「大穴」に気づいていないのか?

捜査のプロである東京地検特捜部が、ザル法の政治資金規正法のど真ん中の大穴に気づかないで捜査に着手したのだろうか?と疑問に思われるかもしれない。

しかし、それは十分にあり得ることだ。

私が、「ザル法のど真ん中に空いた大穴」の問題を指摘し続けてきたのは、検事時代の捜査実務経験によるものだ。

1993年に東京地検特捜部に在籍していた際、ゼネコン汚職事件の捜査で、取調べでの恫喝、威迫、騙しによってストーリー通りの調書に署名させる「暴走捜査」が冤罪を生む構図(後年、同事件を題材に書いたのが推理小説【司法記者】講談社文庫)に反発し、特捜部と決別することになった。それ以降、広島地検特別刑事部長、長崎地検次席検事等として、地方で検察の独自捜査を行ってきたが、そこで最大限に活用したのが政治資金規正法の罰則だった。

そうした捜査の中で、業者から多額の裏献金が政治家にわたった事例で、政治資金収支報告書の不記載罪・虚偽記入罪を適用しようと考えたこともあったが、その都度「ザル法のど真ん中の大穴」に阻まれ、刑事立件を断念したケースが複数ある。

一方、立件できた事件として、2003年の「自民党長崎県連事件」がある。自民党長崎県連の幹事長と事務局長がゼネコン各社から受け取っていた献金について、領収書を交付して収支報告書に記載して処理する「表の献金」と、領収書を交付せずに受領する「裏の献金」が同様の形態で授受されていた。そのため、「裏の献金」も「自民党長崎県連宛ての寄附」であったことの立証が容易だった。

東京地検特捜部が手掛けた事件でも、日歯連事件、坂井隆憲議員事件など、過去に政治資金規正法違反で立件された事件の殆どは、特定の政治団体をめぐる事件であり、資金の帰属先の特定に問題がなかったケースだ。多額の現金の裏金が政治家にわたった事例が、政治資金規正法違反で起訴された例はほとんどない。

それだけに、特捜部側が、「ザル法のど真ん中に空いた大穴」の問題についての認識が希薄だったとしても不思議はない。

「大穴」で処罰を免れた議員は、議員辞職を

合計で数億円が裏金として議員個人にわたっていることが判明したのに、東京地検特捜部の捜査によっても、国会議員がほとんど処罰されなかった場合、国政の世界で多額の裏金を得て、領収書もなく自由に使える状態が恒常化していることに対して、国民の怒りが爆発することは必至だ。

政治資金規正法の目的に著しく反する行為であるのに、それに対して罰則適用ができないのは、企業・団体献金の受け皿としての政党支部を含め、政治家に複数の「財布」の存在を認め、収支報告書の作成・提出を個々の団体の会計責任者に義務付けている現行の政治資金収支報告制度の仕組み自体によって生じている「ザル法のど真ん中の大穴」という構造的な欠陥によるものだ。

そのような「構造的な欠陥」も、もとはと言えば1994年の政治資金規正法の改正の際に、政党助成制度の導入と引き換えに、企業・団体献金を廃止する方向を打ち出したのに、議員個人が代表となる政党支部が企業・団体献金の受け皿となる「抜け道」を認めたことで、「政党支部」と「資金管理団体」という「2つの財布」の存在が、事実上制度化されたことに根本的な問題がある。そのような政治資金制度による「大穴」を放置してきたのは、主として、与党自民党の責任であり、その中心派閥として政治権力を欲しいままにしてきたのが安倍派である。その安倍派の所属議員が、法目的に著しく反する政治資金の「裏金」を受領しておきながら、自ら作り出した「大穴」によって刑事責任を逃れ、議員の地位にとどまることなど、到底許されることではない。

「裏金」を受領したことを認めた上で、「大穴」によって処罰を免れた場合には、その議員は、政治責任をとって議員辞職し、次期選挙において改めて有権者の信を問うのが当然だ。

政治資金制度改正の歴史

一方で、不透明な裏金のやり取りに厳正に対処できるよう、政治資金規正法の改正が必要であることは言うまでもない。

国会は国の唯一の立法機関である。しかし、国会議員の重大な利害に関わる政治資金規正法・公職選挙法等については、利害関係者である国会議員だけの自主的な議論に委ねているだけでは、実効性のあるルールが作られるわけがない。

政治資金規正法が制定されたのは昭和23年、当初は、「政治資金は国民の民主主義への参加のための浄財」という考え方から、収支の公開が中心で、寄附の「制限」はほとんど規定されていなかった。

その後、昭電疑獄、造船疑獄のほか、黒い霧事件など政界をめぐる事件が多発し、政治腐敗への批判が高まり、昭和30年代に入って、国民の間から政治資金制度改革を求める声が高まったことを受け、1961年に「選挙制度審議会設置法」が制定され、有識者と民間人による審議会の場で政治資金制度改革が議論され、66年には、企業団体献金の禁止等を盛り込んだ「第5次選挙制度審議会答申」が出された。この頃、長谷部忠、中野好夫、市川房枝など、日本を代表する言論人が中心となった「政治資金規正協議会」の提言も行われた。これを受けて、政治資金規正法、公職選挙法改正案が国会に出されたものの、自民党側の消極姿勢もあって審議は進まず、審議未了廃案を繰り返していたところ、昭和40年代末に表面化した「田中金脈問題」での国民の批判の高まりを受けて登場した三木武夫首相の強いリーダーシップによって、1975年に、ようやく「第5次選挙制度審議会答申」に基づく政治資金規正法改正法が成立した。

その直後から、ロッキード事件、ダグラス・グラマン事件等を受けて、政治倫理確立が当時の大平内閣の重要な政治課題になり、民間有識者及び関係閣僚からなる首相諮問機関「航空機疑惑問題等防止対策に関する協議会」が設置され、「政治家個人の政治資金の明朗化」を提言、1980年に政治資金規正法改正法が成立、政治家個人の政治資金の公開のための「指定団体制度」「保有金制度」等が導入されたが、多くの「抜け穴」があり実効性がないものだった。

1980年代末、リクルート事件等で自民党は政権を失い、1994年、細川内閣の連立与党と自民党の合意で「政治改革四法」が成立、選挙制度改革・政党助成制度の導入に伴い政治資金規正法の大幅改正が行われた。企業・団体からの寄附の対象を政党(政党支部を含む)と、政治家個人が政治資金の拠出を受けるべき政治団体としての「資金管理団体」に限定(当初は、資金管理団体にも企業・団体からの寄附が年間50万円まで認められていたが、2000年1月1日以降は禁止)され、法違反に関する罰則の強化、有罪確定時の公民権停止規定が導入された。

資金管理団体に指定されると、資金管理団体の届出をした政治家からの寄附については個別制限の適用をうけないなどの特典があるが、政治家に関連する寄附の入金先が資金管理団体に限定されるわけではない(2008年、「国会議員関係政治団体」に関して、全ての領収書の開示、第三者による監査を義務付ける制度が導入されたが、これも国会議員に関する政治資金の収支が複数の団体で行われることを前提にしている)。

こうして、現行の政治資金制度の枠組みが作られたのであるが、その中で、議員個人を代表とする政党支部が企業・団体献金の受け皿となることが認められたことから、国会議員は少なくとも政党支部と資金管理団体という「2つの財布」を持てることになり、それ以外にも「国会議員関係政治団体」がありうるので、「複数の財布」の存在が事実上制度化されている。それが、「政治家個人への裏金」に関する「ザル法の真ん中の大穴」につながっているのである。

抜本的な政治資金制度改革のため「民間主導の議論の枠組みの創設」を

現行法の枠組みのままで直ちにできる「大穴」の是正策としては、国会議員の政治活動に関連する政治資金の「財布」全体を総括する「国会議員政治資金総括収支報告書」の作成提出を義務付ける制度の導入が考えられる。それによって、国会議員たる政治家が現金で「裏金」を受領した場合に、それがどの団体・政党支部に帰属するものかが不明であっても、その議員に関連する収入である以上、総括報告書に記載しなければならないことになり、「政治資金規正法の大穴」が塞がれることになる(【前掲拙著】)。

そして、抜本的な政治資金制度の改正としては、政治家個人が代表となる「政党支部」を廃止し、政党支部への企業・団体献金という「抜け道」をなくすこと、そして、国会議員の収入を帰属させる政治団体を資金管理団体のみとし、「国会議員の財布」を一元化することだ。

さらに本質的な問題は、今回の問題で露呈したように、自民党派閥や国会議員側に「政治資金の透明性」という、政治倫理として当然の要請に対する認識も、「領収書不要の裏金」に対する抵抗感も希薄だということだ。その大きな原因が、「政治家個人への寄附の禁止」について「政党からの寄附」が除外され、党本部から幹事長等の政治家個人に活動費等の名目で渡った政治資金について収支報告書の公開の対象外となることから、「領収書不要の資金」が事実上許容されていることにある。前記の池田議員のような「収支報告不要の金と思った」との弁解が出てくるのも、根本的には、現行法に「政治家個人への寄附の禁止の抜け穴」があるからなのである。

政治資金規正法21条の2第2項を削除し、政党からのものも含めて、収支報告書の提出が義務付けられていない「政治家個人」に対する寄附を全面的に禁止することが不可欠である。

これらの抜本改革は、これまで脈々と続いてきた日本の政治風土そのものをも変えることになりかねないものでもある。それだけに、その当事者である国会議員だけに委ねることでは、実効性がある改革を期待することは困難だ。

1966年に設置され、その後、政治資金制度改正の議論の中心となっていた「選挙制度審議会」は、1994年改正では、国会議員は加わらず、形だけのものになり、政治資金規正法の改正の議論は国会議員主導で行われた。そして、その後、選挙制度審議会設置法は今も残っているのに、30年間、「選挙制度審議会」は事実上休眠状態にある。休眠前までは、政治資金制度の専門家の間での議論も行われ、法律雑誌でも多くの論文が発表されるなどしていたが、その後、政治資金制度の議論は行われることがなくなり、今では法律の世界にも、専門家はほとんどいない。

今回、検察捜査を契機に次々と明らかになる国会議員の裏金問題に対して、国民の怒りが爆発している。それは、「お金」に対する国民の常識と、政治家の認識との間に、いかに大きな乖離があるのかを示すものと言える。

しかし、そのような事態に至っていることの責任は、これまで、政治家による政治資金規正法改正はどうせ「お手盛り」だから「ザル法」だと言いつつ、議論は国会議員に委ね、その「ザル法」の下で繰り返し表面化する「政治とカネ」問題で政治家を批判する、ということを繰り返してきた我々国民の側にもある。

昭和30年代から40年代にかけて、健全な民主主義を希求する先人達が積極的に行ってきた「政治資金制度改革に向けての民間での議論」を、今回の問題を機に復活させなければならない。

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ジャニーズ事務所・宝塚、相次ぐ大手法律事務所の「不祥事対応の失敗」は、何を意味するのか

2023年は、ジャニーズ事務所(現在では、社名を「SMILE-UP.」と変更)と宝塚歌劇団という、芸能関係の組織で「不祥事」が表面化し、大きな社会問題となった。

ジャニーズ事務所は、創業者で前社長のジャニー喜多川氏による未成年者に対する性加害問題、宝塚歌劇団は、劇団員が死亡し、その原因が、過酷な長時間労働、いじめ・ハラスメントによる自殺だと遺族側が訴えた問題だった。

それぞれ「不祥事対応」を行う立場となったが、ジャニーズ事務所の問題では西村あさひ法律事務所、宝塚の問題では大江橋法律事務所という、それぞれ東京・大阪では最大手の法律事務所の弁護士が、弁護士名・事務所名を明らかにして関与したものの、いずれも、その対応自体に関して新たな批判を受けた。「不祥事対応の失敗」と言わざるを得ない。

二つの事例は、このところ、多くの「企業不祥事」において、弁護士業界にとって大きなビジネスとなっている「不祥事対応」関連業務の在り方を考える上で重要な先例だと言える。各事案における弁護士の対応や公表された調査報告書等について問題点を指摘し、その背景についても考えてみることとしたい。

ジャニーズ事務所・宝塚の問題は「巨大不祥事」化が必至だった

ジャニーズ事務所は、国内で最大手の「芸能プロダクション」会社である。創業者で前経営者であるジャニー喜多川氏が数十年にわたって多数の未成年者に性加害を行っていたというものであり、過去に例がない程の重大な性犯罪であるが、加害者本人は、生前には批判非難もされないまま既に死亡している。しかも、性加害の事実について暴露本が出版され、民事判決でも認定されるなどしていたのに、ジャニーズ事務所とメディアやスポンサー企業との関係などから性加害問題が報じられることはなく、死亡時にも、稀代の名芸能プロデューサーとして称賛されていた。

英国BBCで報道され、国連の人権理事会の調査の対象とされるなど、言わば「外圧」によって重大な問題と認識され、その社会的非難はジャニーズ事務所という企業に集中し、「巨大不祥事化」しつつあった。

その結果、「ジャニーズ事務所」という当事者企業の存続自体が許されなくなる可能性も考えられた。その場合、不祥事対応の依頼者と受託者の関係という面で、あり得ない事態となる。

一方、宝塚歌劇団は、関西でも有数の企業グループである阪急阪神ホールディングス(その子会社の阪急電鉄)の事業部門の一つである。劇団員の育成、公演の催行等の業務は「歌劇団」内部で完結し、外部の組織との関係が希薄であるが、一方で、その「歌劇団」の組織は、独立性がない大企業の一部門に過ぎず、法人格もない。

長時間労働、パワハラによる自殺という問題自体は、過去にも多く発生している。遺族側が問題にすることがなければ、社会問題化することは殆どない。しかし、人の命が失われた問題であるだけに、遺族側の対応如何では大きな問題ともなり得る。特に当該組織の社会的認知度が高い場合には、注目度が一気に高まる場合もある。過去の例でいえば、「高橋まつりさん過労死問題」が電通の違法残業問題として大きな注目を集め、労働基準法違反の刑事事件に発展し、厳しい社会的批判を受けた事例が、その典型である。

宝塚の問題も、遺族側がいじめ・ハラスメントが自殺の原因だとして真相解明を強く求めており、しかも、遺族側の代理人弁護士は、過重労働・ハラスメント問題の専門家で、電通の問題でも徹底追及を行った川人博弁護士である。しかも、当事者の宝塚歌劇団は、多くの熱狂的なファンを擁する超人気ブランドであるだけに、社会的注目度は極めて高い。この問題も、「巨大不祥事化」する可能性が高い事案だったと言える。

しかも、いずれの不祥事も、背景に複雑・困難な構造的な問題があり、世の中の納得が得られるだけの事実解明や原因究明は、もともと容易ではなかった。

大手事務所弁護士が「不祥事対応」に関与することの根本的な問題

上記の要因からすると、二つの「不祥事」は、弁護士としての関与自体に相当大きなリスクがあり、事務所名や弁護士名を公表して関与することには相当慎重になるべき事案であったが、東京・大阪の有数の大手法律事務所所属弁護士が、事務所名および弁護士名を公表する形で不祥事対応に関与した。

一方、宝塚の問題については、不祥事の当事者すらはっきりしないという特殊性があった。本来、法人格すらない「宝塚歌劇団」は、調査を依頼する契約主体にはなり得ないはずだ。しかし、調査報告書の公表のリリースなどは「歌劇団」「当団」などの名前で行われており、あたかも歌劇団が依頼の主体であるかのように見える。法律事務所にとっては、依頼者が不明確なまま調査を受託することはあり得ないが、調査報告書にも、通常記載されている「調査受託の経緯」が記載されていない。そういう意味で、外部弁護士の調査受託案件として特異性を有する事案だったと言える。

二つの「巨大不祥事」の「危機対応」への弁護士関与の経緯と態様

企業不祥事への弁護士の関与は、不祥事企業から独立した「第三者としての対応」と、不祥事企業に寄り添う、「危機対応(危機管理)」業務の二つに大別される。

「第三者としての対応」は、第三者委員会など、企業から独立した客観的な立場で事実調査を行い、原因究明・再発防止策の策定などを行う。「危機対応」は、企業の不祥事対応について当事者に助言・指導を行い、側面からサポートする業務で、「危機管理業務」などと言われる。

前者であれば、企業から独立した立場で調査を実施し、成果物としての第三者委員会報告書を当該企業に提出する。その内容について説明責任も含めてすべて受託者側が負う。事案の重大性にもよるが、報告書の公表の時点では、委員会側が記者会見等を行って質問に答えるのが一般的である。

一方、「危機対応業務」の場合は、あくまで対応の主体は当該企業であり、弁護士は助言・指導を行う立場であり、通常は表に出ることなく、「裏方」「黒子」に徹する。

ジャニーズ事務所の問題では、最初に登場した弁護士は、林真琴弁護士(元検事総長)だった。

2023年5月26日、第三者委員会的な位置づけの「再発防止特別チーム」の設置が公表され、林弁護士は、その座長として記者会見に臨んだ。そして、8月29日、林弁護士は、調査報告書公表の記者会見に臨み、報告書の内容を説明し、当時の藤島ジュリー景子社長に辞任を求めるなどした。林弁護士のジャニーズ事務所問題への関わりはそこで終わり、その後に登場したのが、西村あさひ法律事務所の危機管理チームを率いる木目田裕弁護士だった。

危機管理業務を担う「顧問弁護士」の立場であれば、通常は、表に出ずに企業側に助言・指導を行うが、木目田弁護士は、積極的に表に出て対応した。

9月7日の記者会見では、藤島ジュリー社長と、東山紀之氏、井ノ原快彦氏とともに記者会見に登壇、ジャニーズ事務所の社名を維持し、その新社長に東山氏が就任し、藤島ジュリー氏は、社長は辞任するが、代表取締役には留任することなどを発表した。

10月2日の2回目の記者会見にも、社長に就任した東山氏と副社長に就任した井ノ原氏とともに登壇、ジャニーズ事務所の社名を「株式会社SMILE-UP.」と変更し、被害者への賠償を終えたら廃業すること、従前の業務を引き継ぐ新会社を設立することなどを発表した。

しかし、会見時間を2時間に制限したこと、1社1問、再質問なしという制限を設けたことなどが、参加者側からの反発を招いて記者会見が紛糾。会見後に、指名から除外する記者を意味すると思われる「NG記者リスト」を作成・配布していたことが発覚し、大問題となった。

一方、宝塚の問題については、9月30日に劇団員が死亡した後、10月7日に、団員の死亡について事実関係や原因を把握するため、外部の弁護士による調査チームを設置することが発表された。

11月14日、劇団の理事長らが記者会見を開き、大江橋法律事務所の9名の弁護士チームによる調査報告書を公表し、併せて理事長辞任も発表した。しかし、その調査報告書では、長時間労働は認めたものの、遺族側が強く訴えていた「いじめ・ハラスメント」の事実は「確認できなかった」との調査結果が示された。それに対して、遺族側代理人が猛反発し、ただちに記者会見を開いて調査報告書を批判し、調査のやり直しを求めた。

調査報告書からすると、調査の性格、調査手法、その事実認定のレベルとしては、「内部調査」に近いもののように思えるが、敢えて事務所名、弁護士名が公表され、しかも、宝塚側が「外部の独立した弁護士による調査チーム」などと、その調査の独立性・外部性を強調した。そうであれば、調査結果等について当該弁護士が記者会見に同席して説明するのが当然だが、調査担当弁護士はなぜか記者会見には全く姿を見せず、宝塚側が説明を行った。

調査報告書については、いじめ・ハラスメントを認定しなかったとの調査結果に加えて、劇団員のうち4名がヒアリング調査に応じることを「辞退」したことを劇団側が明らかにしたのに、調査報告書ではそのことに言及がないことなどが批判された。

さらに、歌劇団が調査を依頼した大江橋法律事務所に、歌劇団を運営する阪急電鉄の親会社である阪急阪神ホールディングスの関連会社の役員が所属していることが明らかになり、調査担当弁護士の「独立性」についても問題が指摘された。

弁護士名・事務所名を公表して「巨大不祥事」に関与した理由

ジャニーズ事務所問題も宝塚問題も「巨大不祥事化」の可能性が高く、不祥事対応に関与することによる弁護士や事務所のリスクも大きいと判断すべき案件であった。

しかし、木目田弁護士は、本来は表に出ないのが通常である危機管理業務で、記者会見にまで同席した。逆に、大江橋法律事務所の調査チームは、弁護士名も公表され、宝塚側が「外部の独立した弁護士による調査チーム」と強調しているのであるから会見に出席して説明し質問に答えるのが当然のはずなのに、公の説明の場には全く姿を見せなかった。

両者で、このような「真逆の対応」になったのは、なぜなのか。

ジャニーズ事務所の10月2日の会見の直後に発売された中央公論2023年11月号に【不祥事対応のエキスパート弁護士が語る危機管理の要諦】と題する記事が掲載されているが、巻頭の「ニュースの1枚」のページがある。そこには、9月7日の記者会見で、藤島ジュリー氏、東山氏、井ノ原氏と並んで、木目田弁護士が会見に同席している写真が掲載され、その説明文に「記者会見に同席した木目田裕氏のインタビューは40頁から」と書かれ、「危機管理の要諦」について語った記事が紹介されている。

木目田弁護士の会見への同席は、まさに、ジャニーズ事務所問題に「不祥事対応のエキスパート弁護士」として関わっていることをアピールするものと言える。

また、同記者会見の後、「NG記者リスト問題」が表面化し、厳しい社会的批判を浴びたが、そのリストを作成・配布したコンサルティング会社FTIの日本法人は、木目田弁護士がジャニーズ事務所に紹介したことが、同事務所のリリースで公表されている。FTIの代表の野尻明裕氏と木目田弁護士は東京大学法学部の同級生で、2017年に、【弁護士、コンサルが明かす謝罪ビジネス最前線】と題する日経ビジネス記事において、西村あさひ法律事務所の危機管理チームを率いる木目田弁護士と、ボックスグローバルジャパン社の野尻氏が登場し、「危機感を募らせる経営者らが頼るのが、専門の知識とノウハウを持った大手弁護士事務所や危機管理のコンサルティングなどを担う総合PR会社だ」などと紹介されている。

中央公論の記事の発売時期・内容からすると、ジャニーズ事務所からの受託は、「危機管理のエキスパート」としての仕事をアピールしようとする意図があったように思える。

一方、宝塚の問題で、大江橋法律事務所が関与したのは、むしろ、事務所側の意向だったのではないかと思える。

前述したように、この問題も、「巨大不祥事」に発展するリスクが高い案件である。担当弁護士・事務所名の公表を前提に調査を依頼された場合、しがらみが何もなければ、受託を躊躇するはずだ。

もともと、関西で有数の企業グループである阪急阪神ホールディングスと、関西で最大手の法律事務所の大江橋法律事務所である。両者の間に何らかの関係があったとしても不思議ではない。それが高リスク案件を敢えて受託することにつながったのではないだろうか。

10月2日ジャニーズ事務所記者会見の問題点

木目田弁護士が自ら前面に出てサポートしたジャニーズ事務所の危機対応全体の問題点については、拙稿【ジャニーズ事務所・会見、“危機対応”において「不祥事」が発生した原因とは】でも指摘した。

木目田弁護士は、社長らが行う2回の記者会見に自ら同席し、同社の危機対応をサポートする立場であることを自ら積極的に社会に表示したこと、記者の質問に答えて説明するなどしたことにより、同会見で会社側が発表した方針や記者会見対応に法的・コンプライアンス的に問題がないとのお墨付きを与えることにもなった。

そこでの木目田弁護士の発言には、いくつかの問題があった。

第1は、問題になった「NG記者リスト」でNGとされていた記者で唯一司会者に指名された佐藤章氏からの質問への対応だった。

「ジャニー喜多川氏の性加害について東山氏がどのような認識で、どのような対応をしたのか」という、会見までの経緯からすれば「当然予想された質問」が行われたが、それに関連して、

「東山さんは責任ある立場にありながらジャニー喜多川さんの犯罪について防止対策を全然取らなかったということについて、新社長として認識、お考えをお聞きしたい。児童福祉法の観点からは共犯か幇助犯に当たるという解釈もある」

と質問したのに対して、東山氏が答えた後に、木目田弁護士が回答を引き取り、 

「仮に気づいていたと仮定したとしても、単に止めなかったっていうだけで共犯にはならない」

と言い切った。

しかし、ジャニー喜多川氏との関係性、事務所内での立場如何では、性加害の事実を認識していてそれを止めなかったという「不作為」でも幇助犯等の共犯が成立する可能性があることは否定できない。「共犯にはならない」というのは法律的に誤った回答だ。

この点については、会見直後に元検事の若狭勝弁護士がYouTube動画(【ジャニーズ】顧問弁護士が幹部の刑事責任を否定)で誤りを指摘しており、質問者の佐藤氏は、木目田弁護士に対する懲戒請求を所属弁護士会に行ったと報じられている。(【ジャニーズ事務所木目田弁護士に懲戒請求 泥沼化する騒動の行方】ガジェット通信等)(なお、佐藤氏は懲戒請求については、自らのYouTubeでの発言では「懲戒請求が行われた」と述べているだけで、自分自身が懲戒請求を行ったことは公表していない。)

このような質問が行われる背景には、そもそもジャニー喜多川氏の性加害問題について一定の責任があることが否定できない東山氏を新社長とすることに無理があったのではないか、との疑問がある。

そのようなジャニーズ事務所側の方針をサポートする立場で会見に同席した木目田弁護士が東山氏に有利な方向で発言し、その内容が法律的に誤っていると指摘されていることは、対応上の問題だと言える。

もう一つの重要な問題は、ジャニー喜多川氏の未成年者への性加害が長年にわたって継続していたことが、ジャニーズ事務所の内部でどのように認識されていたのか、問題の隠蔽に、同事務所関係者はどのように関わっていたのか、という点だった。

それは、まさに今回の「不祥事の核心」であり、その点について、十分な事実解明が行われることが、「不祥事対応」の大前提になるはずである。

ところが、今回、「第三者委員会」として設置された林真琴元検事総長を座長とする「再発防止特別チーム」では、膨大な数の被害者のうち僅か20名の聴取を行っただけで、被害の全貌は明らかにされていない。しかも、性加害の事実をジャニーズ事務所内部で誰がどのように認識し、どのように対応してきたかについては殆ど調査を行っていない。

調査報告書でも、ジャニー氏の姉の故メリー喜多川氏による隠ぺいが行われたこと以外は殆ど書かれていない。性加害が長期間表面化しなかった原因として「メディアの沈黙」を指摘しているが、その「沈黙」に、ジャニーズ事務所側がどのように関わっていたのか、という点について事実解明はほとんど行われていない。

10月2日の記者会見での木目田弁護士の発言の第2の問題は、この点に関わるものだった。

「再発防止特別チームの調査報告書では不十分であり、もう一度第三者委員会なりを立ち上げてきちんと徹底的に調査をして膿を出してこそ再出発ができるんじゃないか」

と質問されたのに対して、

「事実関係については、林元検事総長、飛鳥井先生、斎藤先生という専門家が完全にジャニーズ事務所からは独立した形で事実調査を行った結果について公表している。すでに徹底した事実調査が行われている。それに基づいてジャニーズ事務所、スマイルアップは今後の再出発を果たそうとしている」

と答えた。

しかし、再発防止特別チームの調査報告書公表の際の記者会見で、林座長は、

「すでに被害を訴えている方について、ヒアリングを前提に再発防止策を提言した。全てを調査するのは困難で、全体像を確定しないと再発防止策が立てられないというわけではない」

「全体像は今後明らかになることを期待している」

と述べており、事実調査は、再発防止策の提言に必要な範囲で行ったに過ぎないこと、被害事実の確認も一部にとどまっていることを、林座長自身が認めている。

「徹底した事実調査が行われている」という木目田弁護士の説明は再発防止特別チームの説明とも食い違っている。

不祥事対応は、まず、その不祥事に関する事実解明から始まるのであり、その点についての不適切な説明は、危機対応に関わる弁護士の対応として問題だと言わざるを得ない。

このような木目田弁護士の会見での発言の問題は、記者会見に当たっての基本方針にも関係している。

10月2日の会見は、ジャニーズ事務所が、「ジャニーズ」という名称を完全に廃止して被害者への補償を行って廃業すること、新会社を設立して再出発することを説明するための会見にしようという目論見だったようだが、創業者で経営者だったジャニー喜多川氏の性加害の重大性からすれば、ジャニーズ事務所には重大な説明責任がある。

記者会見では、正確に、誠実に説明を尽くし、会見参加者の、そして世の中の理解・納得が得られるまで徹底して質問に答えることが必要だった。そのために、記者会見の時間を十分に確保する必要があった。

ところが、実際には、時間を冒頭説明も含めて2時間(質問時間は1時間20分)と制限し、質問は「一社一問」「再質問はなし」ということを、予めジャニーズ事務所の側で「ルール化」した。

その中で、ジャニー喜多川氏の性加害問題への東山社長の関与、法的責任、或いは、今回の「不祥事」について事実解明が十分に行われたと言えるのかなどの「厳しい質問」も、危機管理のエキスパートであれば想定していたはずだ。

問題になった「NG記者リスト」にNGと記載されていたのは、まさに、このような「厳しい質問」をしてくることが予想される記者達であった。後述する10月10日のリリースに書かれていたように、記者会見で「NG記者も当てる」という方針で臨んでいたのであれば、このような質問を想定し、十分に検討して正しい回答を用意しておくべきだった。

宝塚の調査報告書の問題点

大江橋法律事務所の弁護士チームによる調査報告書は、そもそも「内部調査に近いもの」なのか、「外部の独立した弁護士による調査チームによる調査」なのか、という点が判然としないが、調査報告書の内容としても、いじめ・ハラスメントを否定するだけでなく、劇団側の見解・意向に相当配慮し、遺族側の指摘に対する反論に終始し、問題の原因を、劇団員の死亡直前のスケジュールの過密等の特殊な要因中心にとらえようとする姿勢がうかがわれる。

調査報告書「第4 本件事案が発生した原因についての考察」の冒頭には、以下のような記述がある。

本件調査は、本件事案が発生した事実関係及び原因を調査することを目的とするが、 故人のプライベートの問題や従前の健康状態等、 業務以外の心理的負荷や個体側の脆弱性に関する調査には限界があったことから、 故人の精神障害の発症の有無、 発症の時期や、 本件事案の原因を特定することは困難である。

「業務以外」「個体側の脆弱性」などという表現で、自殺の原因が、劇団側の問題以外にあった可能性を示唆し、「精神障害の発症の有無、 発症の時期」にまで言及し、「原因特定は困難」などと述べている。

劇団側以外に自殺の原因があると劇団側が認識し、それを調査担当弁護士側がそのまま引き継いで調査に当たったことを示しているようにも思える。亡くなった劇団員を「個体」と表現するのも無神経だ。

そのような考えで調査を行ったとすれば、「独立性を持つ外部弁護士調査」の姿勢自体に重大な疑問があると言わざるを得ない。

根本的な問題は、この調査は、いったい何を目的として行われたのか、という点だ。

調査報告書の冒頭で、「本件調査の目的」は、「劇団員の死亡が確認された出来事」(本件事案)に関する事実関係及び原因を調査すること、とされている。しかし、本来、劇団側が調査チームを設置する目的は、自殺の原因につながる「劇団側の問題」があった可能性があることを認識し、問題の有無を明らかにし、その問題による同種の問題の再発防止のために、劇団側について徹底した調査を行うことなのではないのか。

どのような目的で、どのような基本姿勢で調査を行ったのかについて、調査担当弁護士は公の場で質問を受け、明確に答えるべきであった。

記者会見後のジャニーズ事務所側の対応

ジャニーズ事務所は、10月2日の会見での「不祥事対応の失敗」のために、その後は、会見の後始末に追われることになった。

その後、ジャニーズ事務所が公式に行ったのは以下の対応だった。

  • 10月5日、前日夜のNHKニュースで「NG記者リスト」について報じられたことを受け、「弊社記者会見に関する一部報道について」と題するリリースを出し、「NG記者リスト」の作成は、FTIコンサルティングが勝手に行ったことで、ジャニーズ事務所は関わっていないと発表した。
  • 10月7日、「弊社に関する一部インターネット記事について」と題するリリースで、「スクープ!運営スタッフが激白『ジュリー氏も会場にいた』『リストはジャニーズの要望に基づいて作成』」などと断定的な見出しを付した記事に反論した。
  • 10月9日、「故ジャニー喜多川による性加害に関する一部報道と弊社からのお願いについて」と題するリリースで、弊社は現在、被害者でない可能性が高い方々が、本当の被害者の方々の証言を使って虚偽の話をされているケースが複数あるという情報にも接しており、これから被害者救済のために使用しようと考えている資金が、そうでない人たちに渡りかねないと非常に苦慮しております。そのような事態を招かないためにも、報道機関の皆様におかれましては、告発される方々のご主張内容についても十分な検証をして報道をして頂きますようお願い申し上げます。などと述べ、報道機関に対して、告発者の主張内容についても十分な検証をするよう要請した。
  • 10月10日、「NGリストの外部流出事案に関する事実調査について」と題するリリースで、「ジャニーズ事務所も西村あさひも、写真あり指名リストの作成・共有などには一切関与していない」旨の山田CCOによる関係者のヒアリング結果及び関係資料の確認結果を公表した。

ジャニーズ事務所は、公表したとおり、10月17日に、社名をSMILE-UP.に変更したが、それ以外に行ったことは、上記のとおり、失敗会見の後始末と「言い訳」「開き直り」のリリースだった。

プレスリリースについての助言・指導は、危機管理業務における主要なものであり、その内容に、木目田弁護士らが関わっていないことは考えにくい。

特に、10月10日夜に急遽発表した、5000字にも上るリリースは、「NG記者リスト」の問題に関して、木目田弁護士側の言い分を述べるために行ったと思える内容であった。

会見の2日前の打合せの場で、「指名候補記者リスト」及び「指名NG記者リスト」との記載があり、それぞれの下に記者の所属及び氏名が記載されているリストが一部の参加者に対してのみ席上配布されたとし、

《配布が一部参加者にとどまったのは、当該資料の枚数が足りず、参加者全員に行き渡らなかったためである。そのため、例えば、山田CCO及び西村あさひの弁護士には個別に配布されず、2~3名で一枚という割り当てだったため、山田CCO及び西村あさひの弁護士は当該資料を見ていない。》

とする一方で、

《木目田弁護士を含め、他の会議参加者からも、「指名NG記者リスト」に記載されている記者等であっても指名して質問に答えるべきである旨の同趣旨の指摘が相次いだ。このように、写真なし記者リストで「NG」とされている記者についても時間の許す範囲できちんと指名して質問に対応しなければならないという点について、その場で異論は出ず、当該方針が了承された》

などと述べている。

「NG記者リスト」に記載されている記者等であっても指名して質問に答える方針であったのに、FTI側が、その方針に反して、「写真入りの指名NG記者リスト」を会見場に持ち込み、さらに、そのリストが流出したことが問題だったと言いたいようだが資料の枚数が足りなかったのであれば、追加で印刷すれば済むことだ。「2~3名で一枚という割り当て」であったとしても、危機管理を担い、会見で登壇する予定の請求者には当然配布されるはずだ。「当該資料を見ていない」と強弁しているのは、明らかに不合理だ。

また、「写真入り」のリストの作成・会場への持込みを認識していなかったとしても、「写真なし」の「指名NG記者リスト」が作成されていたことを、会見の2日前に認識していた以上、それがどのように使われるのか、会見に登壇する弁護士として把握しておくのは当然だ。

そして、新たな問題の引き金になった可能性があるのが「被害者でない可能性が高い方々が、本当の被害者の方々の証言を使って虚偽の話をされているケースが複数ある」などと述べた10月9日のリリースだった。

その4日後の10月13日、ジャニー喜多川氏による性被害を受けたと訴える「当事者の会」に所属していた40代の男性が亡くなった。遺書のようなメモがあり、自殺とみられている。

男性は一部メディアで性被害を告発した後、「うそはすぐバレる」「金が欲しいんだろう」「虚言癖がある」「デビューできなかったくせに」といった誹謗中傷がSNSに多数投稿されたという。

亡くなった男性への誹謗中傷について

「彼は事務所に対して誹謗中傷への対策も求めていましたが、事務所幹部は会見で『誹謗中傷をやめてください』と呼びかけるのみで、具体的な措置を講じていませんでした」

「彼の心労は、元々抱えてきた性被害のトラウマの再燃とも相まって、一層深刻なものになっていました」

とされている。

男性の遺族が公表したコメントでは、今年5月にジャニーズ事務所側に男性が被害を訴えた後、5か月以上連絡は一切なく、さらに、9月に再度告発をしたあとも、なんの応答もなく放置され、彼の焦燥感、悩みは深まっていたとされている。

ジャニーズ事務所は、10月2日の記者会見では、被害者の補償に向けて「被害者救済委員会」を設置するなどして、膨大な数の被害者に速やかに対応すると説明していたはずだ。【前記拙稿】でも述べたように、ジャニー氏による性加害の認定は、加害者が死亡しているため、被害者の供述だけで認定せざるを得ない場合も多い。ジャニー氏本人にタレントデビューを約束されて性被害に遭い、そのまま約束が果たされず、ジャニーズ事務所に所属することもなく夢を断ち切られたという事案などでは、在籍の確認もできない。そこでは「虚偽の告発」を補償の対象としないことも必要かもしれないが、それを強調して、逆に「真実の被害申告」に対する誹謗中傷につながるとすれば、さらなる被害を生むことになる。

10月9日のリリースで報道機関に虚偽の告発への検証を求めたことは、誤った対応だったと言わざるを得ない。ジャニーズ事務所側が「虚偽の告発」に言及したことが被害者に対する誹謗中傷を拡大し、性加害の被害者の自殺という最悪の事態の引き金になった可能性がある。

調査報告書公表後の宝塚歌劇団の対応

歌劇団は、11月14日に調査報告書を公表し、遺族代理人弁護士からも、マスコミからも厳しい批判を受けた後も、亡くなった劇団員が所属していた宙組に加えて花、月、雪、星組と専科の全俳優約400人らへの聞き取りを進め、さらに生徒約80人への調査を行う方針だと報じられている。そして、これらの調査結果を踏まえて、過密な公演日程や過度な指導などの実態を調査し、組織風土を改善するための改革案を作成し、それを検討する第三者委員会を設置する方針と報じられている。

「阪急阪神HDは抜本的な対策を講じるため、幅広く意見を聴取した上で、外部の有識者に分析してもらう必要があると判断した。第三者委は大学教授やハラスメントの専門家などで構成するという。」

とのことだ。

しかし、その前提となる調査結果が、批判を受けた外部弁護士チームの調査報告書と、当事者の歌劇団側による劇団員の聴取結果だというのであれば、そのようなものは「第三者委員会」とは言えない。単なる「外部者による改革案検討委員会」だ。それを「第三者委員会」とマスコミに説明するのも、些か無神経と言うべきだろう。

劇団員の死亡以前からこの問題を報じてきた週刊文春による追及報道も続いており、今後の展開は予断を許さない。

大手法律事務所の「不祥事対応」が招いた困難な状況

ジャニーズ事務所問題、宝塚歌劇団問題で、東京・大阪で一流と言われる大手法律事務所が「不祥事対応」に関与した。しかし、いずれも新たな批判を招き、今のところ、「失敗」と言わざるを得ない状況となっている。

ジャニーズ事務所は、「NG記者リスト」問題で批判を受け、会見のやり直しが必要との意見もあったが、前記のようなリリースで「言い訳」を述べる以外に表立った動きはなく、10月2日の会見では新会社の社長を兼務する方針とされていた東山氏の社長就任の辞退が報じられ、新会社の社長には別の人物を招聘すると言われているが、方針変更についての記者会見も公表も全く行われていない。被害者への補償については、ようやく35人に金額の提示が行われたとされている。こうした中で、3回目の記者会見を行うことが必要となるが、これまでの2回の記者会見に同席した木目田弁護士が、どう対応するのかが問題となる。

宝塚の問題は、大江橋チームが行った調査には多くの問題があり、そのまま最終的な調査結果にすることはできないと考えられるが、再調査は行わず、その調査結果や当事者の歌劇団が行う聴取結果を前提に「第三者委員会」を設置するという、本来の「第三者委員会」の性格からは考えにくい話まで出ている。

いずれにしても、一流の大手法律事務所が関与して行った「不祥事対応」であるだけに、やり直しも、体制のリセットもできないことが、困難な現状を招いているように思える。

大企業にとって、大手法律事務所は、消費者にとっての「一昔前のデパート」のような存在だ。デパートは品揃えが豊富で、大抵のものは揃っているし、品質面でも問題はない。それと同様に、各法律分野についての専門家も含め有能な弁護士をそろえ、文献・資料も豊富に保有している大手法律事務所に依頼すれば、ほとんどの問題に適切に対応してくれると信頼されている。大手法律事務所に頼んでおけば安心というのが一般的な感覚だ。

しかし、「不祥事対応」については、それと同じように考えてよいのだろうか。リスクのレベルが高い非定型的事案では、関連する社会的要請を全体的にとらえるコンプライアンス的視点が必要となる。そこでは、法律の解釈・適用とは異質の判断と対応が求められる。一方で、【企業を蝕む「第三者委員会ビジネス」】でも述べた弁護士費用・報酬の問題は、「不祥事調査」全般に当てはまる。

事案の性格・内容、その背景を見極め、「危機対応」のための最適な体制を選択していくことが必要であろう。

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柿沢未途議員・買収事件、区議選「陣中見舞い」の弁解に“致命的な弱点”

今年4月の東京都江東区長選をめぐり、自民党衆院議員、柿沢未途・前法務副大臣が、木村弥生・前区長を当選させる目的で江東区議らに現金を渡した疑いがあるとして、東京地検特捜部は、11月16日に、柿沢氏の江東区の事務所などを公職選挙法違反(買収)容疑で家宅捜索したと報じられた。

当初は、木村氏陣営が選挙中に違法な有料ネット広告を掲載したという同法違反容疑による捜査だったが、今回の強制捜査は、柿沢氏本人を買収の容疑者とする捜索差押許可状に基づくものと報じられており、柿沢氏本人を被疑者とする買収の公選法違反事件が立件されているようだ(以下、「柿沢事件」という)。

今後、国会会期後の柿沢氏の逮捕、起訴が焦点となっていくことになるのであろう。

このような「政治家間の買収事件」には、もともと、買収事件としての立証に関して多くの問題があり、それは、2019年参院選広島地方区での河井克行元法務大臣の現金買収事件(以下、「河井事件」という)と多くの共通点がある。

河井事件では、「多額現金買収事件」で元法務大臣の現職国会議員が逮捕・起訴され、厳しい批判を受ける一方、検察の捜査手法も多くの批判を浴びた。私は、その河井事件についても、【河井前法相“本格捜査”で、安倍政権「倒壊」か】以降、当欄の記事で、その都度詳細に論じてきた。その河井事件との比較を踏まえ、柿沢事件を、公選法違反の買収罪の立証という観点から検討してみたい。一見「盤石」のように思える柿沢氏側の弁解だが、実は、そこに大きな「弱点」があることがわかる。

「政治家間の金銭の授受」の買収罪摘発の困難性

公選法上の買収罪というのは、「当選を得若しくは得しめ又は得しめない目的をもつて選挙人又は選挙運動者に対し金銭、物品その他の財産上の利益若しくは公私の職務の供与、その供与の申込み若しくは約束をし又は供応接待、その申込み若しくは約束」(221条1項1号)をすることである。

特定の公職選挙に立候補した候補者が、有権者に現金を渡して投票を依頼した、というような古典的な投票買収であれば、買収罪が何の問題もなく成立する。また、「選挙運動は、その候補者を支持・応援する人が無償でボランティアで行う」という原則の下では、公選法上届出等で例外的に認められているもの以外は、特定の候補者への投票を呼び掛ける選挙運動に従事してくれる選挙運動員に報酬を支払う行為が「運動買収」として買収罪に当たることも明らかだ。

問題は、選挙に関連した「政治家間の金銭の授受」と買収罪の関係である。この場合、「当選を得る目的」「当選を得しめる(得させる)目的」があったのか、「選挙人又は選挙運動者」に対する「供与」と言えるのかが常に問題になる。

政治家の場合、日常的に政治活動を行っている。そこでめざすのは、自らの政治活動への支持の拡大であり、それが、結果となって表れるのが、有権者がその政治家或いは党派を同じくする政治家をどれだけ選択し、支持してくれるかによって決まる「選挙」である。

そのような政治活動が、政治家個人にとっては「地盤培養」、政党にとっては、「党勢拡大」と言われ、特定の公職選挙で特定の政治家を当選させる目的と密接に関連する。そのため、特定の選挙で特定の候補者を当選させる目的で行っているように思える活動も、「地盤培養」「党勢拡大」などのための政治活動という性格を有することは否定できない。

それが、「政治家間の金銭の授受」については、「当選を得る目的」「当選を得しめる目的」を否定し、「選挙運動の対価」ではなく「政治活動の費用の寄附」だとする弁解・主張につながる。買収者・非買収者双方が、このような主張を続けた場合、「当選を得る目的」「当選を得しめる目的」、「選挙運動」の対価であることの立証は容易ではない。

「政治家間の金銭の授受」の摘発を困難にするもう一つの要素が「公民権停止」との関係だ。公選法違反で有罪が確定すると、執行猶予付懲役刑であれば執行猶予期間、罰金刑であれば原則5年(情状により短縮)、公民権停止となり、選挙権、被選挙権が行使できなくなる。一般有権者であれば、それ程影響はないが、公職についている政治家にとっては、その公職を失い、一定期間立候補もできなくなるという死活問題に直結する。

贈収賄罪などと同様に、買収罪では、買収者と被買収者は「必要的共犯」の関係にあり、申込罪(金銭等を渡そうとしたが拒絶した場合)以外は、買収の犯罪が成立すれば、被買収者の犯罪も当然に成立する。しかも、買収罪の摘発が、特定の政治家や政党だけを狙って恣意的に行われることがないよう、検察庁では、処理求刑基準が定められ、買収金額によって、公判請求、略式請求、起訴猶予などの処分の基準が明確化されている。

そのため、国政選挙で、候補者側から選挙区内の地方政治家多数に供与された、という事実が明らかになったとしても、供与者側だけでなく受供与者も公選法違反での起訴は免れず、双方が目的や趣旨を徹底して争うことになり、また、仮に、有罪となれば、現職議員の大量失職というような事態を招く。

というようなことから、「政治家間の金銭の授受」の買収罪による摘発は容易ではなく、検察の従来の実務では、買収罪の適用事例は極めて少なかった。

河井事件で「禁じ手」を使った検察

ところが、その常識を覆し、いくつかの「禁じ手」を使って、元法務大臣の現職国会議員とその妻の国会議員を買収罪で逮捕・起訴したのが河井事件だった。

河井事件では、起訴事実の2871万円の買収のうち、「県議会議員・市町議会議員・首長らへの現金供与」が、44名に対して、合計62回、現金合計2140万円と大部分を占めた。

まさに、大規模な「政治家間の金銭の授受」の事例の典型であり、従来の検察実務の常識からすると、買収罪での摘発は、困難だと考えられた。

ところが、検察は、上記の2つの問題を丸ごとクリアする方法として、処罰の対象を河井夫妻に限定し、被買収者には処罰されないと期待させて「案里氏の選挙に関する金」であることを認めさせるという方法をとった。

検察の取調べで、被買収者らは、明確に「不起訴の約束」まではされなくても、検察官の言葉によって、処罰されることはないだろうとの期待を抱き、「案里氏の参院選のための金と思った」と認める検察官調書に署名した。

河井夫妻の起訴状には被買収者の氏名がすべて記載されたが、100人全員について、刑事処分どころか、刑事立件すらされず、河井夫妻事件の捜査は終結した。これを受け、市民団体が、被買収者の公選法違反の告発状を提出したが、告発は受理すらされず、検察庁で「預かり」になったまま、河井夫妻の公判を迎えた。

従来の検察実務からは考えられない、まさに「禁じ手」とも言える方法だった。

買収罪で逮捕・起訴された克行氏は、初公判では「起訴事実は買収には当たらない」として全面無罪を主張した。

2020年9月の初公判の罪状認否で、克行氏は、

《「当選を得させる目的」はあったが、そのために「選挙運動」を依頼して金を渡したのではない。あくまで、案里の当選に向けての「党勢拡大」「地盤培養行為」のような政治活動のための費用として渡した金である》

として全面無罪を主張した。

ところが、検察官立証が終了し、被告人質問の初回の公判で、克行氏は、罪状認否を、首長・議員らへの現金供与も含め、殆どの起訴事実について「事実を争わない」に変更し、その一方で、その後の被告人質問で克行氏が述べたことは、第1回公判の弁護人冒頭陳述に沿うもので、従前の主張と全く変わらなかった。つまり、事実関係や認識について供述内容は全く変わらないのに、大部分の事実について、結論として「有罪」を認めたのである。

克行氏の被告人質問が行われていた頃に、検察に提出されていた市民団体の告発状が、既に受理されていることが明らかになった。検察にとっては、不起訴にするとしても、「嫌疑不十分」ではなく「犯罪事実は認められるが敢えて起訴しない」という「起訴猶予」しかない。しかし、もともと求刑処理基準に照らせば、「起訴猶予」の余地はあり得なかった。告発人が不起訴処分を不服として検察審査会に審査を申立てれば、「起訴相当」の議決が出ることは必至だった。

2021年6月18日、克行氏に対しては、公選法違反の買収罪で「懲役3年」の実刑判決が言い渡された。

そして、7月6日、検察は、被買収者100人について、被買収罪の成立を認定した上で99人を起訴猶予、1人を被疑者死亡で不起訴にしたことを公表した。

この不起訴処分に対する審査申立てを受け、検察審査会は、広島県議・広島市議・後援会員ら35人(現職県議13名、現職市議13名)については「起訴相当」、既に辞職した市町議や後援会員ら46人については「不起訴不当」の議決を行った。

同議決を受け、検察は、「起訴相当」と「不起訴不当」とされた被買収者について事件を再起(不起訴にした事件を、もう一度刑事事件として取り上げること)して再捜査を行い、「起訴相当」とされた広島県議・広島市議ら35人のうち、重病で取調べができない1名を除いて、全員を、起訴した(略式手続に応じた25人については略式起訴、買収罪の成立を争うなどして略式手続に応じなかった9人については公判請求、そのうち12人が、略式命令を争って正式裁判請求を行い、公判で、「当選を得させる目的」などを否定して無罪主張したが、全員に一審有罪判決が出されている。)。

河井事件取調べでの「不起訴示唆・供述誘導」の問題化

この事件で検察が「禁じ手」を使ったことは、その後に問題化することになった。

2023年7月21日、この事件の捜査の過程で、克行氏から現金を受け取ったとして任意で取り調べた地元議員に対して、東京地検特捜部の検事が、不起訴にすることを示唆したうえで、現金が買収目的だったと認めるよう促すやりとりを記録した録音データがあることがわかり、最高検察庁が「当時の取り調べに問題がなかったか調査する」と報じられた。

検察官の取調べで、被買収者側が、「処罰されることはないだろうとの期待」を抱き、「案里氏の参院選のための金と思った」と認める供述をしたからこそ、河井夫妻を買収罪で逮捕・起訴することが可能になった。被買収者側の供述がなければ、そもそも、買収事件の立件自体が困難だった。

以上のような河井夫妻の多額現金買収と、受け取った側の地方政治家ら被買収者の公選法違反事件の背景と経緯については、【“歪んだ法”に壊される日本 事件・事故の裏側にある「闇」】(KADOKAWA)で詳しく解説している。検察官の地方政治家の取調べで、「不起訴にすることを示唆したうえで、現金が買収目的だったと認めるよう促すやりとり」が行われること自体は、もともと想定されていたことだった。

この「不起訴示唆」問題が大きく報じられたのは、やりとりを記録した録音データがあることがわかり、それについて、最高検察庁も、「当時の取り調べに問題がなかったか調査する」と答えざるを得なくなったからだ。

結局、検察実務からすると「禁じ手」と言える方法まで使って、現職国会議員の河井夫妻を狙い撃ちにしたこの事件は、結果的に、検察への信頼を傷つけ、「政治家間の金銭の授受」の買収摘発の困難性を改めて印象づける結果となった。

「河井事件」と「柿沢事件」の共通点と相違点

では、東京地検特捜部が強制捜査に着手している柿沢氏の「江東区長選挙をめぐる現金買収事件」は、河井事件との比較で、「政治家間の金銭の授受」の買収事件としての立証上の問題点がクリアできる見通しがあるのだろうか。

まず、両事件の異同を考えてみる。

共通するのは、「当選を得させる目的」での金銭供与が問題とされた選挙に近接して、別の公職選挙があり、その選挙に関する「政治資金の寄附」という主張が行われていることだ。

河井事件は、2019年7月6日の参議院議員選挙での買収事案だが、その前の同年4月21日の統一地方選挙で広島県議会議員選挙、市議会議員選挙が行われた。受供与者の地方政治家の多くは、この選挙に立候補した県議・市議である。

一方、柿沢事件は、2023年4月23日の統一地方選挙で、江東区長選挙と同時に江東区議会議員選挙が行われており、柿沢氏側から金銭が渡ったとされる人の多くは、江東区議会議員だ。

異なるのは、河井事件では、参議院選挙と統一地方選挙との間に約3か月の期間があり、地方選後の現金授受も多かった。県議選・市議選等の「陣中見舞い」のほかに、「当選祝い」の名目とされたものもあった。克行氏の初公判での主張も、

《広島県連では、参議院議員選挙が近づくと、衆参国会議員から立候補予定者・候補者への秘書派遣による、党勢拡大活動、地盤培養活動などの政治活動の支援、選挙運動期間中には選挙運動の応援等が行われ、県連の要請により、広島県連職員、各種支持団体の関係者なども派遣されて同様の活動を行うのが通常であったが、案里氏については、公認が大幅に遅れたため、周知のための政治活動期間・立候補のための準備期間が明らかに不足しているのに、広島県連からの人的支援が得られず、後援会の設立や組織作り、後援会員の加入勧誘、政党支部の事務所立上げなどの政治活動や選挙運動に従事することとなる人員確保など体制作り自体に苦労する状況にあり、県議、衆議院議員として長い政治家としてのキャリアを有する克行氏が、その人脈を頼って、それら案里氏のための活動を行わざるを得なかった。》

(弁護人冒頭陳述)などと、自民党広島県連における従前の「選挙に向けての政治活動」としての資金供与と同様のものだったことを強調するものであり、統一地方選挙という個別の選挙との関係は部分的なものにとどまった。

それに対して、柿沢事件の方は、江東区長選挙と区議会議員選挙が、いずれも統一地方選挙で同時におこなわれており、供与の相手方の多くが区議選の立候補者であることから、「陣中見舞い」という、その選挙に向けての「政治資金の寄附」であることが強調されている。

河井事件では、買収罪に問われた克行氏自身の衆議院の選挙区は広島4区であり、広島県の7つの選挙区の一つであったが、案里氏が立候補した参議院広島地方区は広島県全体であり、金銭供与は広島県全域であり、金銭供与を、克行氏自身の「選挙に向けての政治活動」と関連づけることは困難な面があった。一方、柿沢氏の衆議院の選挙区は東京15区で江東区全体であり、区長選挙、区議選挙の地域と完全に一致する。そのため、柿沢事件では、江東区議への金銭供与を、柿沢氏自身の選挙に向けての政治活動と関係づけやすい面がある。

「供与者・受供与者の自白に依存しない立証」の可能性

既に述べたように、「政治家間の金銭の授受」の事案は、目的・趣旨について「自白」を得ることが容易ではなく、買収罪で摘発されることは殆どなかった。河井事件では、受供与者側に、公選法違反で処罰されることはないだろうとの期待を抱かせ、「案里氏の参院選のための金と思った」と認める自白調書に署名させるという方法を使って困難性を乗り越えたが、それが事後的に大きな批判を招いた。

少なくとも柿沢事件では、同様の方法は使えない。しかし、受供与者の多くが現職区議会議員であり、目的・趣旨の認識を認める自白をすれば、自らの議員の地位が失われるのであるから、容易には自白しない。柿沢事件については、自白に頼らず、状況証拠から、江東区長選挙に関する目的・趣旨と、その認識を立証するしかないように思える。

河井事件では、受供与者側が正式裁判で争った事件で、受供与者の検察官調書も、河井氏の公判での尋問調書も証拠請求されなかったが、状況証拠によって有罪判決が出されている。同判決を踏まえれば、「自白に依存しない立証」も必ずしも不可能ではないという見方も可能だ。

しかし、河井事件では、克行氏が、公判の途中で罪状認否を変更し、抽象的に「案里に当選させる目的」を認め、すでに買収罪で有罪判決が確定している。そのような克行氏の供述が証拠にされなかったとしても、裁判所にとっては受供与者に無罪判決を出すことへのハードルとして作用したと思える。また、河井事件の場合は、選挙の時期、選挙区に違いがあり、供与先が、克行の選挙区だけでなく参院地方区の広島県全域に及んでいたこと、議員会館の克行氏の事務所で押収されたパソコン内の「案里2019参院選」と題するファイル内に現金供与先と金額が書かれていたことなど、克行氏に不利な証拠も相当程度あり、「当選を得させる目的」の認定につながった。

それに対して、柿沢事件は、買収の嫌疑を受けている江東区長選挙と、受供与者側が立候補した江東区議会議員選挙とが、実施時期・地域すべてが重なっており、しかも、その地域が、柿沢氏本人の衆議院議員選挙の選挙区とも同じなのであるから、「江東区長選挙で木村候補に当選を得させる目的」「選挙運動の報酬」を否定し、「政治資金の寄附」だとする主張は通りやすい。江東区議会議員選挙の「陣中見舞い」だと主張されれば、その主張を崩すのは容易ではないように思える。

柿沢氏の地元事務所の捜索が報じられた後に、各紙が、一部の金銭受領者が「買収の趣旨を認める供述」をしている等と報じているが、仮に、曖昧に趣旨を認めたとしても、公民権停止で失職することを認識した上での供述でなければ、公判では覆す可能性が高い。

もっとも、柿沢氏側からの金銭の供与については、拒絶した人も複数いるとされており、この場合、公選法違反が成立するとしても、供与者側の申込罪だけであり、受領を拒絶した側には犯罪は成立しないので、「江東区長選挙に関するお金だと思って受領を拒絶した」と供述する可能性が高く、供与者側の「当選を得させる目的」を裏付けることは比較的容易だと考えられる。

また、今回の区議選には立候補していない元江東区議への金銭の供与の嫌疑もあると報じられている。少なくとも、このような場合は、「政治活動の寄附」との弁解は通りにくい。金銭の授受の事実さえ認められれば、買収罪の立証上のハードルは低いように思える。

しかし、買収の申込罪、或いは、元江東区議に対する供与だけに限定して買収罪を立件しただけでは、供与金額は極めて僅少だ。現職の国会議員を買収罪で立件し、起訴するだけの事件とは言えるのか疑問だ。

やはり、柿沢氏側からの金銭の供与の大部分を占める現職区議会議員への供与を買収罪として立件できなければ、柿沢氏本人を買収罪で立件し起訴することについて、検察内部の了承を得るのは難しいであろう。

「選挙運動費用収支報告書への不記載」による追及

しかし、江東区議側の「陣中見舞い」の弁解には、公選法上「弱点」もある。公選法で義務づけられている「選挙運動費用収支報告書」の記載との関係だ。検察には、「陣中見舞い」の弁解を逆手にとって崩していく戦略も考えられる。

区議選の「陣中見舞い」だとすると、それは、江東区議選挙での選挙運動費用に充てるための寄附収入であったことは否定できない。そうであれば、公選法189条1項1号により、選挙の期日から十五日以内に提出が義務付けられている選挙運動費用収支報告書に記載しなければならない。

11月17日付け朝日記事【容疑者は「柿沢議員」 秘書、重鎮、区議…次々捜索 現金の趣旨焦点】に、「朝日新聞が、江東区議44人全員に、4月の区長選・区議選をめぐって柿沢氏や事務所関係者からの現金受領の有無をアンケートした結果」が紹介されているが、その中に注目すべき記述がある。

回答を得られなかった4人のうち、自民系の区議1人は今年2月21日に柿沢氏の資金管理団体から20万円を寄付として受け取ったと、区議選の選挙運動費用収支報告書に記載している。この区議は取材に、「適正に処理している」と述べ、趣旨などについては明らかにしなかった。

とのことだ。

このアンケートの回答のとおり、その区議が、柿沢氏側からの金銭の受領を選挙運動費用収支報告書に記載しているとすると、まさに、それは、江東区長選挙での「陣中見舞い」を受領したことの公選法上適正な処理だったことになる。では、柿沢氏側から受領した金銭を「陣中見舞い」と主張する他の区議は、選挙運動費用収支報告書に記載しているのか。

選挙運動費用収支報告書の虚偽記入に対しては、公選法246条5号の2により、3年以下の禁錮又は五十万円以下の罰金に処せられる。

この点を検察官に追及されれば、「陣中見舞い」だと主張しても、別の違反に問われることになり、「公選法違反は犯していない」という言い訳は通らないことになる。

柿沢氏側から金銭の供与を受けた江東区議らが、自らの選挙への「陣中見舞い」の趣旨に加えて、江東区長選挙での木村氏の応援の趣旨を、どの程度に認識していたのかについて、ありのままに供述せざるを得なくなるのではなかろうか。

選挙運動費用収支報告書に関するルールの形骸化

もっとも、この選挙運動費用収支報告書の記載については、実質的に選挙運動にかかる費用とその収入とが、すべて報告書に記載されるのではなく、選挙期間中、選挙運動に直接かかる費用「人件費・家屋費・通信費・交通費・印刷費・広告費・文具費・食糧費・休泊費・雑費」などの費用だけが記載され、収入欄の記載も、この支出に対応する収入金額にとどめるのが通例であった。

まさに、この点に関する公選法違反の解釈・運用が問題になったのが、2013年、猪瀬直樹東京都知事の辞任の原因となった「徳洲会から猪瀬氏への5000万円の選挙資金提供の問題」であり、これについては、当時、私も、検察官時代の実務経験に基づいて【猪瀬都知事問題 特捜部はハードルを越えられるか】と題する記事を書き、「公選法の選挙運動費用収支報告書の規定が形骸化している現実」を指摘した上で、「都から認可を受けている病院の経営母体の医療法人から5000万円もの多額の選挙資金の提供を受け、それを全く開示していなかった猪瀬氏のような行為が許されるのであれば、選挙の公正は著しく害されることになる」と指摘した。

結局、この問題で猪瀬氏は都知事辞任に追い込まれ、その後、私の指摘のとおり、この5000万円の選挙資金提供の問題で、猪瀬氏は、選挙運動費用収支報告書虚偽記入の公職選挙法違反の罪で略式起訴されるに至った。

この頃までは、選挙運動費用収支報告書についてのルールが形骸化していたことは確かだが、それは2013年のことである。それから10年の間に、報告書の収入の記載についての認識も変わってきたことが、前記の朝日のアンケート調査への回答での「陣中見舞い」の収支報告書への記載に反映されていると言うべきであろう。

「柿沢事件」をどうみるか、柿沢氏はどうすべきか

今回の柿沢氏の江東区長選挙をめぐる金銭供与は、金額・規模から言って、現職国会議員の逮捕・起訴という「大捕り物」を演じるだけの悪質・重大事件と言えるかどうかは疑問だ。

しかも、柿沢氏側の「江東区議会議員選挙の陣中見舞い」という弁解は、一見すると、「覆しにくい根拠のある主張」のようにも見える。しかし、実は、それは、特定の選挙と結びついた弁解であるが故に、逆に、公選法の選挙運動費用収支報告書のルールという「地雷」を踏むもことになった。

そのような主張自体が、これまで公職選挙をめぐって行われてきた不透明な「政治家間の金銭の授受」が「陣中見舞い」などという曖昧な言葉で正当化されてきた「日本の公職選挙の現実」を反映するものであり、それが選挙に対する国民の不信・失望にもつながってきたともいえる。

柿沢氏側の一見「盤石のように見える弁解」も、そこに“致命的な弱点”がある。

法務副大臣の職にあった柿沢氏は、今回の公選法違反疑惑が報じられた直後に、副大臣の辞表を提出して、国会にも出席せず、説明責任を果たすことを拒否した。その後も、事件については沈黙を続けている。公選法違反事件の捜査に対しても、「江東区議会議員選挙の陣中見舞い」との主張が間接的に伝えられるだけで、公の場での説明は全くない。

このまま従前の弁解を続けるだけでは、金銭を受領した江東区議の多くが、被買収と選挙運動費用収支報告書の虚偽記入罪の両面から失職リスクにさらされることになる。

一般的には、刑事事件については、刑事裁判の場以外では何も語らない、という対応がとられることが多い。しかし、公職にある政治家が刑事事件の捜査の対象とされた場合は、単なる被疑者としての立場だけではない、国民に選ばれた政治家としての説明責任がある。河井事件についても、私は、当初から【河井前法相「逆転の一手」は、「選挙収支全面公開」での安倍陣営“敵中突破” 】などで、河井氏自らが当該選挙をめぐるカネの流れを積極的に公表すべきだと述べ、「河井克行前法相の行動によって、公職選挙の歴史が変わる」とまで言ってきた。しかし、河井氏は、法務大臣辞任以降、刑事法廷以外の場で事件について語ることは全くなかった。そういう対応によって、実刑判決が確定し服役している克行氏に何か得るものがあっただろうか。

柿沢氏が、さほど悪質・重大とも言えない公選法違反事件でここまで追い込まれているのも、日本の公職選挙において不透明な資金のやり取りが慣行化していることに根本的な原因がある。その実態について積極的に説明し、抜本的な改革の契機としていくことこそが、法務副大臣としての役割を果たせなかったことに代えて、国民に対して果たすべき義務と言えるだろう。それこそが、この事件を政治家として乗り越える唯一の方法であることを自覚すべきだ。

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対ゴーン氏民事訴訟、日産「繰延報酬支払拒絶」主張で検察主張崩壊の可能性!

7月18日、FCCJ(外国特派員協会)で、レバノンから、カルロス・ゴーン氏(以下、「ゴーン氏」)もオンラインで参加して記者会見が行った直後に出した記事【「会長追放クーデター」から始まった日産の「ガバナンス崩壊」、対ゴーン氏民事訴訟も混乱・失態の末に“主張崩壊”】で、2020年に日産自動車がゴーン氏に対して提起した損害賠償訴訟での原告日産の主張が、事実上崩壊に近い状態にあることを述べた。

日産側が、11月 14日に横浜地裁で開かれた弁論準備期日で陳述した準備書面は、凡そ「根拠」とは言い難い、常識的には全く理解できない理屈を並べて、「繰延報酬」なるものは「請求と同時に確定的に消滅する」と主張するものだった。

日産という会社が、こうまでして、ゴーン氏に対して繰延報酬債務を負っていることを否定するということは、「繰延報酬」について、実際には、日産側には、支払う意思も支払われる可能性も全くなかったということであり、そうであれば、「繰延報酬の開示義務」自体が否定されることになる。それは、検察と日産経営陣とが結託して行った「ゴーン会長追放クーデター」で、金商法違反による羽田空港での「電撃逮捕」の被疑事実とされた「有価証券報告書虚偽記載」の犯罪事実を、根底から否定することにほかならない。

ゴーン氏逮捕直後、検察当局は、「ゴーン会長に対する報酬額を実際の額よりも少なく有価証券報告書に記載した」と発表しただけで、具体的な中身を全く明らかにしなかった。そのため、その「実際の額」というのは、当然、ゴーン氏が、「実際に受領した報酬」と誰しも思った。それを前提に、その金額が、いったいどのようにしてゴーン氏に支払われ、それが、有価証券報告書に記載されずに「隠されていたのか」について、断片的な情報や憶測が錯綜し、報道は迷走を続けた。

ところが、逮捕の5日後に11月24日、逮捕時から、報道で先行していた朝日新聞が容疑事実の中身について衝撃の事実を報じた。「有価証券報告書虚偽記載」とされたのは、ゴーン氏が日産から「実際に受領した報酬」ではなく、退任後に別の名目で支払うことを「約束した金額」が記載されなかった事実だったというのだ。

ここで重大な疑問が生じたのは、実際に払われてもいない「役員報酬」が、有価証券報告書に記載して開示する義務があるのか、確実に支払われると言えるのかという点だった。

支払われていない報酬であれば、「支払いが確定している報酬」でなければ、有価証券報告書で開示する義務があるとは言えない。その後、この有価証券報告書虚偽記載の事件をめぐっては、当該年度に支払われず支払が繰り延べられた報酬(繰延報酬)が「確定報酬」と言えるのかどうかが最大の争点となった。ゴーン氏側は一貫して、本来は支払われるべき金額だったが、実際に支払われるかどうかは不確定だったとして「確定報酬」を否定した。

ゴーン会長逮捕に向けて検察と結託していた日産経営陣は、逮捕の容疑事実が裏付けられるよう、あらゆる方法で全面協力した。特に重要だったのは、「繰延報酬」が確定報酬だという検察の主張を裏付けることだった。

繰延報酬は「確定報酬」だと言う以上は、日産は、その「確定報酬」をゴーン氏に払うことは覚悟しているのだろうと、誰しも思ったはずだ。

翌2019年4月8日の臨時株主総会でゴーン氏が取締役を解任された後、日産は「繰延報酬」について、過年度の有価証券報告書の訂正を行って約90億円の「未払金」を計上した。つまり、繰延報酬について「支払義務」があることを会計上認める措置を行った。一方で、当時の西川廣人社長は、「ゴーン氏に対しては別途、損害賠償請求権があるので、当面は支払わない」と説明した。

この過年度決算訂正に伴い、日産は、有価証券報告書虚偽記載の金商法違反であったと「自主申告」して課徴金を支払った。

そして、同年12月末、保釈中のゴーン氏が海外に逃亡し、日本での刑事公判の継続ができない状況になった。

翌2020年2月、日産がゴーン氏に対して、「ぼったくりバーの請求書」のような内容の、凡そ根拠のない請求を並べた約100億円の損害賠償請求訴訟を提起したのが、今横浜地裁に係属している日産原告・ゴーン氏被告の民事訴訟だ。「未払金」をゴーン氏に支払わないことを正当化するための訴訟だと思えた。

ゴーン氏の「取締役としての任務懈怠行為」による損害賠償を請求するものだが、ゴーン氏の不正に関して行ったとする日産の社内調査のための弁護士事務所費用約15億円、会計事務所費用約15億円などが書き並べられているものの、費用の具体的・合理的根拠はなく、日産経営陣がゴーン氏追放クーデター実行のためにかかった費用を、ゴーン氏に「つけ回し」しただけのような内容だった。

2022年3月3日、ゴーン氏不在のまま行われていたグレッグ・ケリー氏と法人としての日産に対する刑事裁判での、一審判決が言い渡された。日産は、第1回公判で公訴事実を全面的に認めた後、金商法違反を全面否認するケリー氏の傍らでの被告人席で傍観していただけだったが、判決では日産の主張通り、ゴーン氏の「繰延報酬」が「確定報酬」だと認められ、日産は、有価証券報告書虚偽記載での「有罪判決」を「勝ち取った」。

これまでゴーン氏は、「2010年以降、日産から毎年実際に支払われていた約10億円の役員報酬が確定報酬であり、秘書室長の大沼氏に、本来支払われるべき毎年約10億円の報酬額を記録させていたが、それは、退任後に改めて社内手続がとられるなどして合法的に受領できることになった場合にのみ受領するつもりであった」と主張し、年約10億円の繰り延べ分が「確定報酬」ではないことを強く主張してきた。

しかし、ゴーン氏の「繰延報酬」は「確定報酬」だということで開示義務違反を認定する日産の全面有罪判決がそのまま確定したことで、その日産が提起している民事訴訟で、それとは異なった「司法判断」が行われる可能性は低くなった。

そこで、被告のゴーン氏の側から、

「もし、万が一、そのような日産の主張が認められて、繰延報酬が『確定報酬』だったと認定される場合には、その『確定報酬』請求権によって、原告の請求を対当額で『相殺する』」

と主張した(予備的抗弁)。

検察とタッグを組んで行った「会長追放クーデター」での検察逮捕を根拠づける「繰延報酬」が「確定報酬」という日産の主張が民事訴訟でも認められるのであれば、その「確定報酬」について日産のゴーン氏に対する支払義務があるので、その分は、損害賠償請求が認められた場合に差し引いてほしい。当然のことを主張したまでだ。

ところが、その主張で、日産側は大混乱に陥った。

被告の予備的抗弁に認否をするだけで1年もかかった上、

「仮に報酬支払債務が発生したとすれば、同時に同額の損害賠償請求権が発生するので、相殺する」

と主張し、今回の弁論準備期日で、その根拠を主張してきた。

要するに、日産の言い分は、ゴーン氏は、当該年度の役員報酬を決定する権限を持っているので、自分の報酬も自ら決定し受領するのであれば、それは問題なく受領できるが、報酬の受領を翌年度以降に繰り越したら、そのような役員報酬の繰延は、代表取締役としての義務に反するので、日産は、「損害賠償請求権で相殺する」という理由で支払を拒絶する、というのである。

その損害賠償請求の理由としているのが、「繰延報酬」を作出することが金商法上開示義務違反にならなくても、以下の理由で、法令違反・善管注意義務違反となり、「繰延報酬」と同額の損害賠償責任が生じるというものだが、全く理解不能である。

  • (1)報酬決定権を有する代表取締役が、真実の報酬の開示を避けるために繰延報酬を作出することは、これによって当該事業年度に係る有価証券報告書において虚偽の報酬の内容を開示することとなるので、金商法違反の法令違反行為となる。
  • (2)繰延報酬を作出することは、仮に繰延報酬が「報酬等」に当たらないとしても、少なくとも金商法逮反の疑義が高く、金融庁からの課徴金等の負担を原告に生じさせ得る性質の行為であるから、善管注意義務に違反する
  • (3)取締役の報酬の決定を取締役会から再委任された被告がその権限を適切に行使したか否かを正確に判断することができず、繰延報酬が「報酬等」に当たるか否かにかかわらず、ガバナンスの効かない状況を自ら作出したうえで原告の負担のもとに利得を得るもので善管注意義務違反に該当する

しかし、(1)については、開示を避けるために「繰延報酬」を作出したからと言って、「作出」が金商法違反になるのではなく、作出した「繰延報酬」を有価証券報告書に記載せず、「虚偽記載」をすることが金商法違反の法令違反になるのである。

(2)については、「金商法逮反の疑義が高く、金融庁からの課徴金等の負担を原告に生じさせ得る性質の行為」というだけで、善管注意義務違反になるというのであれば、疑義がある会計処理に基づく有価証券報告書の記載があるだけで善管注意義務違反に当たることになる。

(3)についても、ガバナンスの効かない状況を自ら作出したうえで原告の負担のもとに利得を得る行為がすべて善管注意義務違反に当たるというのであれば、ガバナンスに問題がある会社の社長の行為はすべて善管注意義務違反になってしまう。

いずれにして、そのようなことで、法令違反や善管注意義務違反に問われる、ということになれば、取締役や会社幹部は破産者が続出することになる。

結局、「支払が繰り延べられた確定報酬」というのは、仮に、ゴーン氏が支払を請求したとしても日産は一切支払わないものだったということなのである。

日産が主張する「繰延報酬」なるものは、それが「確定報酬」であったとしても、実際には、いろいろ理屈をつけて日産は支払を拒絶するということのようだ。そうであれば、「支払われることのない繰延報酬」を、有価証券報告書に記載して開示する義務もない、と考えるのが当然であろう。開示義務がなければ犯罪にはならない。

今回の民事訴訟での日産の主張は、日産経営陣と検察の画策によって行われた「会長追放クーデター」での「ゴーン氏逮捕の“武器”」とされた「金商法違反の犯罪事実」を根底から覆すことになりかねない。

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ジャニーズ事務所・会見、“危機対応”において「不祥事」が発生した原因とは

ジャニーズ事務所が「ジャニー喜多川氏の性加害問題」について開いた記者会見をめぐって批判を受ける事態となっている。

9月7日の1回目の会見でジャニーズ事務所の社名を維持する方針などを公表したが、全く評価されず、スポンサー企業の契約打ち切りなどにつながったことを受け、10月2日に2回目の記者会見を開いて、ジャニーズ事務所の社名を「株式会社SMILE-UP.」と変更し、被害者への賠償を終えたら廃業すること、従前の業務を引き継ぐ新会社を設立することなどを発表し、今回の問題への対応方針を抜本的に改めて再出発をアピールしようとしたが、会見は、質問者の指名をめぐって大荒れとなった。そして、翌日のNHKの報道で、特定の記者を指名しないようにする「NGリスト」が作成されていたことが明らかになり記者会見での対応自体が大きな批判を浴び、それ自体が一つの「不祥事」となった。

最近、企業の不祥事対応で、大手法律事務所の弁護士チームが危機対応に関わることが多くなったが、今回の記者会見には、東山紀之社長、井ノ原快彦副社長とともに、木目田裕弁護士らが会見者として登壇し、記者の質問に答えるなど前面に出て対応した。その記者会見という危機対応の場で新たな不祥事が発生したことは、企業の危機対応への弁護士の関与の在り方が問われる事態だと言えよう。

私自身も、2004年に、桐蔭横浜大学特任教授・コンプライアンス研究センター長として、コンプライアンスに関する活動を始めて以降、不二家の「消費期限切れ原料使用問題」キリンホールディングスの「メルシャン問題」、田辺三菱製薬の「メドウェイ問題」など多くの企業不祥事で第三者委員会委員長を務め、自ら記者会見等にも臨んできたほか、多くの企業不祥事について当事者の企業に助言・指導を行うなど、危機対応を専門としてきた。

それらの経験を踏まえて、今回のジャニーズ事務所の危機対応について考えてみたい。

「危機対応における不祥事」は極めて異例

2014年に公刊した拙著【企業はなぜ不祥事対応に失敗するのか】(毎日新聞)では、多くの企業不祥事で、マスコミ報道の歪みもあって、企業が誤解を受け、企業側の危機対応の拙劣さのためにその誤解が一層拡大し「巨大不祥事」に発展していること、そこで重要なことは、問題の本質を踏まえて、正しく社会に理解されるような危機対応を行うことであり、そのための戦略を構築することの重要性を指摘した。

弁護士等の危機対応の専門家が企業不祥事に関わることの意味は、当事者の企業が不祥事にしっかりと向き合い、社会的責任を果たす方向に向けること、正当な企業対応によって社会からの信頼を回復させることにある。

企業不祥事への危機対応自体が社会からの批判を浴び「不祥事」となることは、絶対にあってはならないことであり、今回のジャニーズ事務所の問題で起きていることは、危機対応として最悪の失敗と言える。

なぜ、このようなことが起きてしまったのか。

危機対応の失敗2つの要因

第一の問題は、企業不祥事での危機対応は、誰の利益のために、誰の意向にしたがって行うのか、という点だ。

9月7日の1回目の会見では、ジャニーズ事務所の社名をそのまま残そうとしたこと、株式を100%保有するジュリー藤島氏が社長辞任後も代表取締役に残留するとしたこと、ジャニーズ所属タレントの一人で、ジュリー氏とも関係が深い東山紀之氏が社長に就任したことなどに対して多くの疑問の声が上がった。そこで、10月2日の会見では、それまでの方針を前記のとおり大きく変更することになったのだが、そもそも、最初の方針が「不祥事企業の社長」であったジュリー藤島氏の意向や利益に沿う方向に偏っていたことに根本的な問題がある。

第二の問題は、不祥事企業としての記者会見での対応方針自体の問題だ。記者会見において、ジャニー氏による性加害問題という国際的にも大きな批判を受けている不祥事企業として、説明責任を果たそうとする姿勢が欠けていたと批判されていることである。

木目田弁護士は、2回の会見に同席して記者に説明するなどし、そのような方針や、記者会見対応に法的・コンプライアンス的に問題がないことにお墨付きを与えた形になった。

これらの点について、企業不祥事の危機対応に関わる弁護士の対応の在り方が問題となる。

「ジャニーズ事務所の不祥事」とは何なのか

これらの問題を考える前提として、まず、ジャニーズ事務所がどういう企業で、同社にとって今回の不祥事が、どのようなものかを確認しておく必要がある。

ジャニーズ事務所は、芸能プロダクション事業を営み、多くの人気タレントを擁し、芸能界、テレビ業界等に極めて大きな影響力を有する企業である。非上場企業であるが、売上は推計1000億円と言われている。

その創業者で絶対的権力者だったジャニー喜多川というカリスマ経営者が、数十年間にわたって、タレントとして発掘し育成の対象としていた膨大な数の未成年者に悪質な性加害を繰り返してきたものであり、それが芸能プロダクション企業の事業活動と密接不可分の関係で行われてきた。

そのような性加害行為は、これまでもジャニーズ事務所の内部者には相当程度認識され、その発覚を妨げる対応が続けられてきたが、その問題が文藝春秋との間で民事訴訟に発展し、判決で認定されたこともあり、同社の取引先であったテレビ業界、広告業界等でも、程度の差はあれ性加害行為が認識されることとなった。ところが、それにもかかわらず、全く問題視されることがなく、ジャニーズ事務所の事業は継続され、ジャニー喜多川氏が死亡した数年後に、英国BBCという海外メディアの報道を契機に、初めて日本国内でも大きな問題として取り上げられる、という異常な経過をたどった。

その性加害者が絶対権力者として経営してきた企業がそのまま存続することは、社会的には到底許容されず、「ジャニーズ事務所」という名称も存在も、この世の中から消し去るしかないというところまで追い込まれているのが、現在の状況だ。

危機対応は誰のために行うのか

企業不祥事における危機対応は、誰の意向にしたがい、誰の利益を図る方向で行うのかという第一の問題について言えば、重大な不祥事に直面した企業においては、当然、経営者の責任が追及される。経営者の利益と、企業がその問題について社会的責任を果たし正当な利益を確保することとは、しばしば対立する。企業が不当な不利益やダメージを受けると、株主・従業員・取引先などが影響を受ける。とりわけ、その事業による社会的影響が大きい場合、単に一企業の利益を損なうだけでなく、社会全体の損失にもつながる。

このような場合に、企業不祥事に関して設置される「第三者委員会」の立場は、企業からも経営者からも独立し、ステークホルダーに対する説明責任を果たす方向で対応することが求められるのであり、その立場は明確だ。

しかし、当該不祥事企業に依頼され、危機対応に関わる弁護士の立場は微妙だ。

直接、相談や依頼を受けるのは、経営者或いは担当の役職員個人からだ。彼ら個人の意向や方針に沿って対応することによって、その弁護士に対する「依頼者の評価」は上がる。しかし、個人の利益と組織としての企業の利益とが相反する場合もある。例えば、不祥事を起こした企業から危機対応を依頼され、本来、不祥事の重大性から社長辞任は避けられないと考えられる状況で、社長から、辞任しない前提での危機対応を依頼された場合、企業との契約なのであれば、本来は、経営者の意向や利益に反しても、企業自体の利益を図るべきということになるが、実際には、直接の依頼者である経営者個人の意向や利益を尊重して危機対応を行うということになりがちだ。その点は、弁護士としての考え方によって異なる。

ジャニーズ事務所の問題では、依頼者の企業は非公開会社で、しかも、株式は100%ジュリー藤島氏が保有しているため、保有する資産や事業内容から言えば、そのまま事業を存続できる会社である。一般的には、弁護士として、依頼者は、形式上は会社であっても、実質的にはジュリー氏個人との前提で対応しようと考えるのも無理はない。

しかし、実際には、そのような一般的な考え方は通用しなかった。既に述べたように、その会社の存在自体が「前の経営者ジャニー氏の重大な性加害行為」と切り離すことができず、ジャニーズ事務所という社名のまま存続することも、ジュリー氏が経営者という立場に残ることも許されない、という前提で考えると、そもそも、ジャニーズ事務所という会社自体も、ジュリー氏という経営者個人も、実質的に危機対応を依頼する立場ではなかった。そう考えると、ジュリー氏の意向や利益に沿って対応することは、もともと困難だったと言える。

では、この場合の危機対応は、誰からの依頼で、誰のためのものと考えるべきなのか。

後述するように、ジャニーズ事務所という会社は、創業者たる経営者の性加害行為で厳しい社会的批判を受け、存続が許容されない事態となっていることからすれば、「社会的には破綻した会社」とみることができる。その事業の実態を今後どこまで維持していくのか、という問題であり、そういう面で言えば、「倒産処理を受任した弁護士」と同様の立場で対応すべきであったと言えるだろう。

もっとも、ジャニーズ事務所という企業が、ジャニー氏の性加害問題でここまで非難されるという会社の現在の状況は、半年前には誰も予想しえなかったことも事実である。木目田弁護士が、どの時点で危機対応に関わるようになったのかは不明だが、受任の段階で、現在の状況を見越して対応することが極めて困難であったことは間違いない。

ジャニーズ記者会見の対応方針は「日本的株主総会対応」と似ていた

このことは、不祥事企業としての記者会見での対応方針という第二の問題にも関係する。

今回の一連の記者会見のやり方は、上場企業が年に一回の株主総会で、顧問弁護士事務所のサポートを受けて行う「日本的株主総会対応」と考え方が似ているように思える。

本来、株主総会というのは、「株主との重要なコミュニケーションの場」である。社会的、公益的事業を営む会社にとっては、社会に対しての発信の場でもある。しかし、日本の大企業の多くでは、「株主総会対応」では、総会を、できるだけ短時間でつつがなく終わらせ、総会で対応する経営トップ、役員の負担を軽減することが重視されてきた。それを、裏方としてサポートするのが、顧問弁護士だ。

ジャニーズ事務所の記者会見対応では、会見参加者の座席をブロックごとに分割して指名し、「一社一問」「追加質問なし」などのルールが設定され、特に2回目の会見では会見時間が予め2時間と限定され、ジャニーズ事務所側は関与を否定しているが、「NG記者リスト」が会場に持ち込まれていた。「経営者に恥をかかせず、負担を軽減すること」を主目的とする「日本的株主総会対策」と似た発想のように思える。また、会見参加者からは、「質問のための挙手を行わず、司会者に異論を唱える参加者にヤジ・怒号を飛ばしてばかりいる人間がいた」という話も出ている。

「日本的株主総会対策」のような考え方は、今回、ジャニーズ事務所という企業が置かれている状況からすると、この事案にはなじまないものだった。本来の株主総会以上に、許されることのない重大な不祥事が発覚した企業としてのコミュニケーションの姿勢が強く求められていた。

1回目の会見の時点で打ち出した方針が社会に全く受け入れられなかったからこそ、大きく方針を変えたのである。2回目の記者会見では、ジャニーズ事務所として性加害問題の重大性についての認識が不十分であったことを認め、批判非難をとことん出させ、それへの応答をし尽くすことが重要だった。しかし、実際の2回目の会見での対応は、それとは異なったものだった。

事前に作成され、会見時に司会者・運営スタッフ等が所持していたことが明らかになっている「指名候補記者・指名NG記者リスト」が、記者会見の場で、批判的・追及的な参加者の指名を避けて、ジャニーズ事務所側への批判が大きくならないようにしようとする意図で作成されたことは明らかだ。

ジャニーズ事務所は、このリストの作成には一切関わっていないと公言しているし、コンサルティング会社側も同様に述べている。10月6日付の「FRIDAY DIGITAL」で、【スクープ!運営スタッフが激白『ジュリー氏も会場にいた』『リストはジャニーズの要望に基づいて作成』】と題するネット記事が出されたことについて、7日付けで、ジャニーズ事務所が出したコメントの中で、

いわゆる「NGリスト」なるものが弊社の要望に基づいて作成されたなどとする部分について、会見を委託したコンサルティング会社を選任し、運営について直接やりとりをしていただいていた弊社顧問弁護士にも改めて確認しましたが、顧問弁護士らも上記のような要望や意見を行った事実は一切ないとのことでした

と述べ、コンサル会社の選任や運営についてのやり取りは「弊社顧問弁護士」が行っていたことを明らかにしている。ここで言うところの「ジャニーズ事務所の顧問弁護士」が誰なのか、会見にも同席した木目田弁護士を指すのかは不明だ。

記者会見の運営について、コンサル会社との間で「直接やり取り」していたのが「顧問弁護士」だったというのであれば、会見の運営にどのような方針で臨むのかについて、コンサル会社と「顧問弁護士」との間で、どの程度に認識を共有していたのか、「ジャニーズ事務所に対して批判的、攻撃的な質問をしてくる記者への対応」について、コンサル会社が、「指名候補記者・指名NG記者リスト」まで事前に作成して質問をコントロールする方針で臨んでいることを、どの範囲の関係者が認識していたのかが問題となる。

今後、危機対応において発生した「不祥事」に関してジャニーズ事務所が会見等を行う際には明らかにすべき事項だと言えよう。

「危機対応の失敗」はなぜ起きたのか

今回、2回のジャニーズ事務所の記者会見という同社の危機対応には大きな問題があり、その失敗によって、2回目の会見では「NGリスト」の存在が露見して大きな批判を受けるなど新たな不祥事が発生したことで、同社は一層厳しい状況に追い込まれている。

今回のジャニーズ事務所の危機対応において、危機的状況を治めるべき場面で重大な不祥事が発生し、同社への批判が一層高まったことは、危機対応の失敗と言わざるを得ないだろう。

木目田弁護士は、私の検事時代の後輩であり、弁護士となってからも業務上で関わりがあった。検事として法務官僚として有能で、その経験・能力を、企業法務、株主総会対応、危機管理業務等の弁護士業務で発揮してきた木目田弁護士だが、本件の対応では、前社長のジュリー藤島氏の意向と利益に沿うことを優先したこと、それに対する批判をかわそうとする対応に終始したことが、結果的に危機対応の失敗を招いたように思える。

しかし、ここで改めて考える必要があるのは、今回の問題が、様々な社会の要請が交錯する複雑な構造のコンプライアンス問題であり、その点を理解した上で対応する必要があるということだ。

今回の問題の根本である創業者で経営者の性加害の事実については、長期間にわたり膨大な被害が発生していることが明らかになっているが、加害者のジャニー氏本人は既に死亡しており、責任を追及することはできない。

長年にわたる性加害の被害者の救済が強く求められるが、その事実の把握は被害者の供述に依存せざるを得ず、被害事実の認定も、通常の裁判上での事実認定のレベルでは困難なものも多い。

そのような重大な性加害者が絶対権力者として経営してきた企業がそのまま存続することは社会的には許容されず、「ジャニーズ事務所」という名称も、芸能プロダクション会社としての存在も、この世の中から消し去るしかないが、一方で、その企業には、経営者による性加害の事実の表面化を妨げたことに責任がないとは言えない役職員を含め、多くの社員が今も稼働している。しかも、そのような独裁的経営者による性加害が行われる環境の中で、それに耐え、少年の頃からの懸命の努力と精進の結果、ジャニーズタレントとして地位を確立した、或いはそれをめざす多くの若者たちが所属しており、彼らが提供する歌・踊り・演技等は多くのファンに愛され、楽しまれている。

この問題については、ジャニー氏が犯した性加害行為の実態を明らかにして被害者に十分な賠償を行うこと、長期間にわたって経営者による性加害行為が継続する背景となった組織上の問題を明らかにし、経営者による人権侵害企業という負の側面を徹底的に排除することが求められる一方、所属する多くのタレントの活躍の場を確保し、彼らのファンの期待に応えていくことも必要となる。

今回のジャニーズ事務所の問題は、このように様々な社会的要請が交錯する、複雑極まりないコンプライアンス問題であり、そうであるが故に、そもそも、誰の意向にしたがい、誰のために危機対応を行うのか、ということすら判然としない、極めて特異な危機対応の事案だと言える。

このような、極めて複雑な構造を有する特異なコンプライアンス問題での危機対応というのは、どのように行うべきなのか。

コンプライアンスとは「社会の要請に応えること」

私は、2004年に、桐蔭横浜大学特任教授・コンプライアンス研究センター長として、本格的にコンプライアンスに関する活動を始めて以降、

コンプライアンスは、「法令遵守」ではなく、「組織が社会の要請に応えること」

法令の趣旨目的を理解し、背後にある社会的要請を知ること

と、世の中に訴え続け、そのような視点から、組織をめぐる様々な問題の解決、コンプライアンス体制の構築・運用等に関わってきた。2007年の拙著【「法令遵守」が日本を滅ぼす】、2008年の【思考停止社会 遵守にむしばまれる日本】を多くの方に読んでいただき、全国各地で、膨大な数の講演もこなしてきた。また、日経BizGate【郷原弁護士のコンプライアンス指南塾】の執筆、Yahoo!ニュースエキスパート【問題の本質に迫る】でのコンプライアンス・ガバナンス問題を専門分野とするオーサーとしての執筆など、コンプライアンスに関する発信を行ってきた。

そのコンプライアンス論を具体的に実践する重要な場面としての企業の不祥事対応についても、前記のとおり、私自身も様々な企業不祥事で第三者委員会委員長を務め、不祥事の「問題の本質」を明らかにし、根本原因に迫り、抜本的な対策を提言してきたほか、多くの企業不祥事で、危機対応の助言・指導を行い、困難な局面を克服し、誤解に基づく不当な批判非難が行われることを防止してきた。

では、「社会の要請に応える」という観点から、今回のジャニーズ事務所の問題について、どのように対応していくべきだろうか。

まず、被害者の救済が最優先であることは当然だが、前記のとおり、その性被害の認定は、一方当事者が死亡しているために困難を極める。報道されている性被害の中には、ジャニー氏本人にジャニーズ事務所のタレントとしてデビューを約束されて性被害に遭い、そのまま約束が果たされず、ジャニーズ事務所に所属することもなく夢を断ち切られたという事案もあるようである。このような事案では、本人の被害申告を裏付ける客観証拠は全くない。だからと言って、「証拠の裏付けのない性加害は賠償の対象外とすること」は許されないであろう。裁判官出身者3人の名前を並べた被害者救済委員会での判断は、どうしても「通常の裁判的判断」に近いものになる可能性があり、本件での被害者救済に適したものなのかどうかも疑問がある。そういう意味で、まずは、被害者の救済という社会の要請に応えていくことが必要だが、それを実行していくことも決して容易なことではない。

このような性加害事実の特定・認定が困難な状況に至っているのは、ジャニー氏の悪質重大な性加害行為が長年にわたって問題とされることがなかったからであり、その背景には、ジャニーズ事務所の組織自体の問題に加え、芸能プロダクションとテレビ業界、広告代理店業界との関係に関わる問題もある。そのことも、今回の問題の一つの本質と言えるであろう。

そして、芸能界における巨大権力者による性加害という重大な犯罪事実に対して「メディアの沈黙」が続いてきたことの背景に、日本のメディアが、一般的に、権力に対して極めて脆弱だという問題もある。

今回の問題は、日本の社会の様々な構造的問題に関連する「巨大不祥事」と言えるのである。

弁護士等が関わる企業不祥事の危機対応の限界

では、今回のジャニーズ事務所の問題での危機対応で「不祥事」が発生し、社会的非難を一層高める結果になったことについて、危機対応に関わる弁護士等の専門家として、どう受け止めるべきなのか。

まず、重要なことは、今回のような複雑で構造的な問題を背景とする不祥事での危機対応においては、コンプライアンスの本質に対する深い理解と、関連する社会的要請を全体的にとらえる視点が不可欠である。そういう「コンプライアンス対応」が、近年弁護士業界では主要な業務の一つとなっている企業不祥事への対応で適切に行い得るのかという問題だ。

かつては、法律事務所にとって、顧問先企業との関係では、法務対応、訴訟対応が業務の中心であり、企業のコンプライアンス問題や不祥事対応というのは、顧問事務所としての「領域外」のように考えられ、企業不祥事の調査、第三者委員会等に関する業務は、独立系のコンプライアンスを専門とする弁護士に依頼されることが多かった。

しかし、2008年のリーマンショック後の不況の頃から状況は大きく変わった。大手法律事務所などが企業からの業務収入が大きく減少した際、その収入源を補ったのが、企業不祥事の外部調査、第三者委員会に関連する業務だったと言われている。

大手法律事務所は、検察官出身弁護士等を中心とする危機管理部門を立ち上げ、顧問先企業で不祥事が表面化した際には、社内調査のサポート、外部弁護士調査の受託などを行う。第三者委員会を設置することになった場合には、裁判官、検察官の大物OB等を中心とする委員会メンバーの選定をサポートし、委員会の下での調査業務を直接、間接に受託する。不祥事が表面化し、社会的批判に晒されている企業は、不祥事対応に必要と言われれば、請求された費用をそのまま支払うことになる。調査業務には、ヒアリングやその準備に、新人・若手弁護士も含めて多数の弁護士が投入され、各弁護士のタイムチャージを掛け合わせると費用は膨大な金額に上る。大手法律事務所にとっては、企業不祥事、危機管理業務は、一気に多額の報酬を得ることができる確実で安定した収入源となっている。

そのような大手法律事務所の不祥事対応によって、資料・証拠を収集して手際よく調査し、事実を明らかにし、原因分析・再発防止策の提示が行われる。それは、基本的には、一般的な訴訟における証拠による事実認定と法令・規範の適用の延長上にあり、法令違反行為、偽装・隠ぺい・改ざん・捏造など、違法性、不正としての評価が単純な問題であれば、合理的かつ有効な不祥事対応となる。

しかし、今回のジャニーズ事務所の問題がまさにそうであるように、危機対応の主体すら定まらない程に不祥事企業に対する社会的批判が強烈で、しかも、構造的な問題が背景にあり、社会的要請が複雑に交錯するコンプライアンス問題については、問題の本質を明らかに、問題の構造を明らかにしていく必要があり、それは、通常の企業不祥事のように単純ではない。そこでは、コンプライアンスについての本質の理解に基づき、様々な社会的要請の相互関係を正しく把握することが求められる。ジャニーズ事務所の問題における危機対応が失敗し、不祥事の発生で、新たに大きな批判を受けることになったのも、根本的には、複雑な社会的要請の構図が十分に理解されなかったことによるところが大きいのではないか。

近年、企業のコンプライアンスは「法令遵守」「形式上の不正」中心にとらえられ、背景にある社会的要請や構造的な問題に目が向けられることは少なく、外部調査や第三者委員会調査に膨大な弁護士コストが費やされてきたが、そういう弁護士の中に、今回のジャニーズ事務所の不祥事で、コンプライアンスの根本的な理解に基づく適切な対応ができる弁護士がどれだけいるだろうか。そういう意味で、今回のジャニーズ事務所の問題は、木目田弁護士個人や所属事務所の問題で済まされるものではない。

かく言う私も、2回目の会見が「NGリスト」で問題化するまでは、ジャニーズ事務所問題のコンプライアンス問題としての複雑な構造について、あまり深く考えたこともなかった。最近、個別の不祥事事例を独自のコンプライアンスの視点から論じることから遠ざかっていた私自身も当初は問題意識が十分とは言えなかった。

そういう意味では、今回のジャニーズ事務所の問題がここまで深刻化したのは、日本における組織のコンプライアンスをどうとらえ、重大不祥事にどう対応していくべきかというコンプライアンスの本質に関する議論が不十分であったことにも根本的な問題があり、不祥事対応の限界が図らずも露呈したとみるべきではなかろうか。

今後、日本社会の構造が招いたとも言うべき「巨大不祥事」に適切に対応していくことは容易ではない。まず重要なことは、この問題をめぐる複雑な構造を全体的に把握するために、過去にジャニー氏の時代にジャニーズ事務所で行われてきたことの全貌を可能な限り明らかにしていくこと、それを可能な限り世の中に明らかにしていくことである(再発防止特別委員会では、同社のガバナンス上の問題の指摘と再発防止策の提言に必要な範囲での調査しか行われていない。)。

ジャニーズ事務所問題に関しては、性加害の実態と併せて、今後、さらに詳細に事実解明を行うことが不可欠であり、テレビ会社、広告会社等の取引先との関係がどのようなもので、そこにどのような問題があったのかについても、可能な限り事実を明らかにすることが必要となる。それは、テレビ会社、広告会社等の協力がなければ行い得ないが、既に、自社番組でジャニーズ事務所問題への検証を始めたテレビ会社もあり、その動きは今後拡大していくものと考えられる。ジャニーズ事務所側でも、そのような外部の動きとの連携協力を図っていくべきだ。それを踏まえ、様々な声を真剣に受け止め、議論を深め、社会の理解と納得を得つつ、今後の芸能プロダクション事業、タレント育成の在り方の議論に発展させていくことが必要であろう。

そのような取組みを進めていくためには、その全体を総括して意思決定を行う存在が不可欠で必要であるが、不祥事で責任を問われる立場にある前社長のジュリー藤島氏が関わるべきではないことは言うまでもなく、ジャニーズタレント出身の東山氏、井ノ原氏にその役割が務まるとも思えない。この問題について、適切に議論し判断することができ、社会の理解と納得を得ることが期待できる、外部者からなる「危機管理委員会」のような組織の設置を検討すべきではなかろうか。

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