フジテレビ問題と共通の構図、大阪地検元検事正性加害問題での「二次加害」に検察はどう対応するのか

今年3月末に公表されたフジテレビ第三者委員会報告書では、2023年6月2日の食事会で中居正広氏とのトラブルがあったことを、女性社員が同月6日、会社に伝えたのに、当時の港浩一社長や編成幹部らが「プライベートな男女間のトラブル」と即断したことが、フジが事案の対応を誤る大きな要因となったとし、フジの幹部が中居氏に代わって入院中の女性に見舞金の名目で現金100万円を届けたことは「中居氏サイドに立ったといえ、女性への口封じ、2次加害行為とも評価し得る」と指摘した。問題の把握後も、1年半にわたって中居氏が司会を務めていたレギュラー番組の放送を続けたことは「女性の被害をさらに拡大させた」と非難した。

著名タレントの中居氏は、フジテレビにとって、当時極めて重要な取引先ではあったが、形式上は「外部者」だ。その外部者と自社の女性社員との関係で起きた「性暴力が疑われる問題」であっても、「プライベートな男女間のトラブル」と判断して対応した「二次加害」だとして、フジテレビ経営陣は厳しく指弾された。

ちょうど同時期に、大阪地方検察庁という2番目の大規模庁のトップだった男性上司と、部下の現職女性検事(A氏)との間で発生した重大な「性加害問題」への対応が問題にされたのが検察だ。

2018年9月、当時の北川健太郎検事正が、酒に酔って抵抗できない状態の部下の女性検事A氏に性的暴行を加えたとしてA氏が被害を訴え、北川氏が昨年逮捕・起訴された事件について、A氏は、北川氏からの性被害を申告した昨年以降、事件直前の懇親会に参加していた同僚の女性副検事が、内偵捜査の対象となっていた北川氏に捜査情報を漏えいしていた疑いがあること、検察がその副検事の行為を隠していたこと、同じ副検事や他の検察職員から被害者がA氏であることを広められ誹謗中傷を受けてきたことを、「二次加害」の問題として訴えてきた。

A氏からの訴えを受けての調査で、女性副検事が、A氏が被害者であることを職場で複数の職員に伝えていたことが明らかになり、検察は、「高度のプライバシー情報を事件とは無関係の複数の第三者に伝えたことは被害者の心身や職場環境に悪影響を及ぼす不適切な言動であった」として、副検事を懲戒処分とした。

しかし、A氏が名誉毀損などの疑いで女性副検事を告訴・告発した事件については、検察は、「北川被告を案じる心情などから個別に情報を伝えたにとどまり、副検事を起点として情報が拡散した事実も認められない」と判断して「不起訴処分」とし、それとほぼ同時期に、女性副検事に対する告訴・告発事件を担当した大阪高検の部長が、A氏に対して、「不起訴は何か都合の悪いことを隠すためではない」などとした上で、「外部発信をするようなことがあれば、検察職員でありながら、警告を受けたにもかかわらず信用を貶(おとし)める行為を繰り返しているとの評価をせざるを得ない」「これは口止めや脅しではなく、当たり前のこと」とするメールを送っていたことも明らかになった。

A氏は、その後開いた会見で、「このメールに絶望し、恐怖し、ひどくおびえた」「『職務』として被害者をやっているのではありません」と涙ながらに語り、このメールは検察による性犯罪や二次加害の軽視、被害者軽視の象徴だと批判し、「なぜ検察でこのような犯罪が起きたのか、第三者委員会による検証を行い、再発防止に努めるべき」と訴え、「検察は、事件を『個人の被害』という問題に矮小化しようとしている」と批判した。

フジテレビの「性加害問題」では、週刊文春の報道を契機に同社への批判が炎上し、第三者委員会が、同社による「二次加害」を厳しく非難した。一方、「大阪地検元検事正による性加害」では、被害者のA氏自身が、検察組織による「二次加害」を問題にしている。

被害者のA氏の訴えによれば、検察組織による「二次加害」は、フジテレビ問題より一層深刻かつ重大であるように思える。

ところが、この問題では、マスコミからは、検察組織の責任を問う声、説明責任を果たすよう求める声は、ほとんど聞かれない。

フジテレビの問題では、週刊文春の報道後、通常の社長定例会見と同様に、「会見参加者はクラブ加盟記者のみ、質問者も限定、テレビカメラなし」での会見を開いたことに対して厳しい社会的批判を浴びた。一方、大阪地検元検事正の性加害の問題では、「二次被害」の問題の核心とも言える女性副検事による情報拡散について、A氏が会見まで開いて「検察の二次加害」を訴えているのに、検察は、女性副検事の告訴・告発事件の不起訴処分の際に「司法クラブ記者だけを対象とする、カメラも入れない閉鎖的な説明の場」で一方的な不起訴理由の説明を行っただけで、A氏から指摘されている「二次加害」の問題について、全く説明を行っていない。

NHKは、4月11日に【上司からの性被害 女性検事が語った沈黙の6年間と二次被害】と題して、A氏のインタビューを中心とするニュースを放映し、ネット記事もアップされている。

ここでは、A氏が受けた性犯罪による被害の深刻さや、女性副検事による情報漏洩について伝え、北川氏が逮捕されたあとA氏が復職する際に、検察が女性副検事とA氏と同じ職場に配置していたことについて、検察の現役職員がこの対応を疑問視している声を取り上げている。さらに、「A氏をおとしめる内容の情報が、検察内部で出回っていたこともわかった」とし、3月まで大阪高検検事だった田中嘉寿子氏が、2024年7月に「事件が起きたのは、被害者が北川被告に好意を持っていたからだ」という内容のメールを東京の検事から受け取ったことを明かし、「彼女が検事なので二次被害から守るべき対象だという認識が欠如していたのではないかと思います。被害者としてきちんと扱うところから始めないと、自分たちの組織が、現在進行形で二次加害をしているという自覚が生まれないと思います」とのコメントも紹介している。

さらに、4月15日の関西ローカルのNHK記事では「検察組織に自浄作用はないので、第三者委員会を設置し、徹底した検証と再発防止を求める必要があります」とのA氏の言葉を紹介している。

A氏は、「検察組織がこれほど不正義で闇深く、犯罪被害を受けた検察職員にすら寄り添わないことを、自分が被害者になって初めて気づきました」として、検察の組織による性被害に対する「二次加害」を問題にしている。しかし、A氏の訴えを積極的に報じているNHKですら、現状では「二次加害」という言葉は、前記の田中氏のコメントを引用しているだけで、記事のタイトルは「二次被害」であり、他に、検察組織の「二次加害」を正面から問題にしたメディアはない。

被害者の保護や職場の安全配慮義務についての質問への大阪高検の回答は、

「被害者の意思を確認するなどし、被害者の心身への影響にも配慮して、できる限りの対策を講じてきた。その際、職場環境の調整にあたっては、職場内で被害者が誰であるかが特定されないようにも注意を払った」

というもので、奇しくも「二次加害」について厳しく批判されたフジテレビ経営陣が繰り返してきた「被害者の心身への影響への配慮」「被害者が特定されないように配慮」という言葉と酷似している。

このような検察の対応の背景に、刑事司法の中核を担い、外部からの介入を一切許さない検察特有の、検察を中心に世の中が動いているような天動説的感覚、「全能感」があるように思える(拙著【法が招いた政治不信 裏金・検察不祥事・SNS選挙の核心】KADOKAWA)。

今、検察は、大阪地検特捜部によるプレサンスコーポレーション事件で取調べ検察官が大阪高裁で特別公務員暴行陵虐での付審判決定によって起訴されており、また、袴田事件での「控訴断念」の畝本直美検事総長談話で「控訴すべき事案」と述べたことが、袴田弁護団側から名誉毀損との厳しい批判を受けるなど、多くの不祥事に直面している。

マスコミの中でも検察と関係の深い司法クラブやその出身者にとって、検察組織の現状を把握し、構造的な問題を明らかにして改善是正を求めることは、最も重要な使命であるはずだ。大阪地検元検事正による性加害問題で、フジテレビ問題以上に深刻な「二次加害」が指摘されている検察に対して、説明責任を問い、フジテレビ問題と同様に第三者委員会の設置を求めていくべきであろう。

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石破首相は、“第三者機関設置”で、「商品券問題」と「政治活動」をめぐる議論に決着を!

石破茂首相(自民党総裁)が衆議院議員1期生に10万円の商品券を配布した「商品券問題」に関して、国会での追及が続いている。

野党の追及と、石破首相の答弁との間で、議論が十分に噛み合っているとは言えない。そして、憲法75条との関係という、この問題について「重要な点」が欠落している。

3月19日の参議院予算委員会で、以下のような質疑応答があった。

(田島)政治活動とは、端的に言って、政治上の主義を推進することを目的として行う一切の行為ですよ。この一切の行為には労いも慰労も入るはずです。

(石破)そういうご議論も立論としてあろうかと思いますが、一切というのは、その前のいろいろ限定された例示にかかるもの、そう読むのが日本語の普通の読み方だと私は思います。

(田島)この条文が改正された当時の趣旨、これは、公私の峻別ですよ。政治家個人の候補者の公私の峻別を徹底するために、原則として寄附を禁止する。これが条文の趣旨なんですよ。

(石破)法律に定義があるわけではございませんので、解釈についての議論だと思っております。そういう前提において申し上げますと、「政治上の主義もしくは施策を推進し、もしくはこれに反対し、または公職の候補者を推薦し、支持し、もしくはこれに反対することを目的として行う直接間接の一切の行為」と言っております。つまり、「目的として」、というのは、その前にある部分にかかっているのでございますので、そこに慰労というのが入っているわけではございません。日本語の読み方としてはそうだと私は理解しております。

(田島)現在、この問題に関しては、市民団体の方から告発状が東京地検特捜部の方に出されております。違法性をこれから考えるのは検察であり、司法だと思います。今、総理自身が「違法じゃない」「違法じゃない」と言い続けることはおかしくないですか。

(石破)私はこの文言のコンメンタールの趣旨から言っても、違法ではございません。しかしながら、では、違法でなければいいのかと言えば そういうことではなくて、世の中の方々が、それは常識と違うのではない、と思っておられて、私自身が 長くやっておって、当初の最初の頃の思いを忘れてしまったことがあって、そこは、二重の意味において申し訳ない。違法でなかったとしても、私は違法だと解釈しておりませんが、違法ではないとしても、だったらいいだろうと、開き直るつもりはございません。

「政治活動」の解釈をめぐる対立

石破首相は、「政治活動」について、判例上の定義「政治上の主義もしくは施策を推進し、もしくはこれに反対し、または公職の候補者を推薦し、支持し、もしくはこれに反対することを目的として行う直接間接の一切の行為」を示し、この「目的」で行う行為に限定されていることを強調し、「慰労」は含まれないとの「解釈」を繰り返し述べている。

一方、田島議員は、「直接間接の一切の行為」という点を強調し、その範囲は極めて広いので「慰労」も含まれるとの前提で質問している。

石破首相の解釈を「限定説」、田島議員の解釈を「非限定説」と言うとすれば、要は、定義のうちどの部分を重視するかという「読み方」の問題である。

石破首相が言うように、「限定説」が日本語の読み方として自然であるように思えるが、難点は、現実に、政治家の政治団体における政治資金の収支報告において、「政治活動」が極めて広く解釈され、「非限定説」に近い考え方で、政治家の活動に関連する支出が収支報告書に記載されていることとの整合性である。

「政治団体及び公職の候補者により行われる政治活動が国民の不断の監視と批判の下に行われるようにするため、政治団体の届出、政治団体に係る政治資金の収支の公開」をするという政治資金規正法の目的(同法1条)からすれば、政治資金の収支を幅広く公開するのは望ましいことであるが、一方で、「政治活動に関する支出」に含まれるとして収支報告書に記載されると、その支出が、慰労や感謝、場合によっては遊興の目的もあった場合でも、その支出が「政治活動の支出」とされ、所得税の課税対象にならない。

実際の政治家の政治資金収支の処理は、政治家が政治的目的をもって行う活動を広く「政治活動」ととらえ、政治資金の支出について都合のよい「非限定説」で行う場合が多いのに、今回のような政治家個人宛の寄附の問題になると「限定説」をとるということについて、国民の理解を得ることは容易ではない。

しかし、「非限定説」にも難点がある。今回の商品券問題は、一人当たり10万円という一般庶民の感覚からすると多額の贈与だったことが問題にされているが、仮に1万円、或いは5000円だった場合でも、「一切の」を強調する非限定説の立場からは、「政治活動」に当たることになる。そのため、「政治家間の金銭等のやり取りはすべて政治資金規正法21条の2第1項違反」ということにならざるを得ない。

「限定説」は、政治資金収支報告書による政治資金公開の現状と整合せず、「非限定説」では、政治家個人宛寄附を全面的に禁止する法21条の規定との関係の説明が困難となる。結局のところ、いずれによっても明確な基準を示すことはできず、その行為自体から、「政治的目的」が認められる程度によって判断せざるを得ないことになる。

憲法75条の規定により「在任中の総理大臣の訴追」はできない

田島議員が「告発が行われているのだから、違法かどうかは検察や司法が判断すべきことではないか」と質問したのに対して、石破首相は「世の中の常識に反していたことについては申し訳ない、違法ではないからと言って開き直るつもりはない」と答弁している。

既に、告発状も検察に出されているのであるから、通常であれば、「違法性の有無については、検察当局のご判断にお任せしたい」と答弁し、実際に、早期に不起訴で刑事事件が決着することで問題は決着する。しかし、今回の問題については、石破首相は、そのような答弁だけでは問題は片付かない。それは、既に刑事告発も行われている今回の商品券問題では、「在任中の総理大臣の刑事責任」が直接的に問題となっているからだ。

憲法75条で、「国務大臣は、その在任中、内閣総理大臣の同意がなければ、訴追されない。」とされている。法令上の「国務大臣」は内閣総理大臣を含む閣僚すべてを指すと解されており、総理大臣を含む国務大臣を総理大臣の同意なしに訴追することはできない。総理大臣が自らの訴追に同意することは考えられないので、在任中に総理大臣が訴追を受けることは事実上あり得ない。

総理大臣が刑事告発された過去事例との比較

これまでにも、鳩山由紀夫氏の資金管理団体の偽装献金事件で、現職総理大臣であった鳩山氏自身が刑事告発された件、安倍晋三氏が、後援会が「桜を見る会」の前日に主催した夕食会をめぐって、総理大臣在任中に政治資金規正法、公選法違反で告発された件(この事件では、安倍首相退任後に、秘書が政治資金規正法違反で略式起訴されている)など、総理大臣が在任中に刑事告発された事例はあった。

これらの事例では、直接的に関わったのは秘書であり、総理大臣自身が刑事責任を問われることについては「共謀についての証拠」というハードルがあり、在任中の総理大臣の刑事責任が現実的な問題になったわけではなかった。

しかし、今回の商品券問題については、衆院一期目議員への配布を指示したことを石破首相自身が認めており、刑事責任の有無は、それが「政治活動に関する寄附」と言えるかどうかという「解釈問題」にかかっており、仮に、検察当局がその点を肯定した場合には、起訴するか起訴猶予にするか、という裁量の問題となる。

「訴追される可能性はない」と明白に言えるのであれば、そう断言するだけで良いのであるが、今回の商品券問題については、前記のとおり、「限定説」「非限定説」いずれで割り切ることも困難な面があり、首相公邸で官房長官等も出席して開かれた会食の「土産」だったこと、政治に関連する話題が中心だったことなどから、マスコミの論調の多くは「政治活動であることは否定できない」というものであり、「政治活動ではないことは明白」「訴追の可能性はない」ということで済まされる問題ではない。

【石破首相「商品券問題」、政治資金規正法21条の2をめぐる“真実”~「裏金問題」への波及は不可避】でも述べたように、過去に政治資金規正法21条の2の政治家個人宛寄附禁止規定で起訴された事例は全くなく、この規定を積極的に活用すべきであった「政治資金パーティー裏金問題」でも、検察当局は、全く立件すらしていない。そのため、政治資金規正法21条の2の政治家個人宛寄附禁止規定は全く機能しておらず、事実上「死文化」しており、そのような検察のこれまでの対応からすると、今回の商品券問題の告発事件についても、検察が起訴の判断をする可能性は極めて低い。

不起訴の理由としては、「限定説」に立って商品券の贈与は「政治活動」には当たらないとして「嫌疑不十分」とすることと、「非限定説」に立って、「政治活動」に該当し、一応違反は成立するが「犯情軽微」だとして「起訴猶予」にすることが考えられる。

しかし、不起訴処分に対して検察審査会への申立があった場合、「嫌疑不十分」とした場合の「非限定説」による検察の説明も、「限定説」に立った上で「犯情軽微」とする説明も、いずれも審査員の納得が得られるかどうかは微妙だ。「起訴相当」の議決が出る可能性もある。

要するに、石破首相の商品券問題については、「訴追されるべき事案か否か」についての判断は微妙であり、検察が告発を受理して早期に不起訴処分を行う可能性は低い。憲法の規定により在任中訴追されない石破首相個人が、「限定説」を強調して「訴追されるべき事案」であることを否定するだけでは、問題は決着しないのである。

商品券問題と政治資金規正法について第三者機関の設置を

そこで、石破首相として行うべきことは、今回の商品券問題と政治資金規正法違反に関連する問題について、専門家、実務経験者等による第三者機関を設置して、客観的観点からの検討を行わせ、それを踏まえて、自らの刑事責任の有無・程度について判断することである。

この際の検討事項は、石破首相の商品券問題についての政治資金規正法違反の刑事責任の検討にとどまらない。その背景には、政治資金規正法21条の2が制定された経緯、それが事実上機能していないことの背景など様々な問題があり、実際に、歴代の総理大臣も、同様の商品券配布を行っていた事実が次々と明らかになっているのであるから、それらの点を含めて、幅広く関連する問題を検討する必要がある。

本来、「政治資金の収支の公開」という政治資金規正法の法目的からすると、「非限定説」に立って、「政治資金」を幅広くとらえて、政治資金収支報告書による公開の対象にすることが望ましい。それは、政治家側にも、私的な性格を有するものであっても、「政治活動」に含めることで所得税の納税を免れることができるメリットもあったので、これまで、政治資金の収支の処理は「非限定説」的な考え方に基づいて行われてきた。

しかし、政治資金規正法には、寄附の質的、量的制限など、一部に「禁止」の規定もある。政治資金規正法21条の2は、【前掲拙稿】でも述べたように、1994年の政治改革4法の成立に伴う政治資金規正法の改正で、保有金制度と、政治家個人についての収支報告書の廃止に伴って、極めて低い法定刑で導入された、もともとの「生い立ち」に特異性がある規定であり、その「禁止」の適用対象をどうするのかを、「公開」に関する規定と同様に考えることはできない。

そのような商品券問題の背景となった政治資金規正法の構造の問題も含めて検討を行わなければ、石破首相の商品券問題についての適切な判断も行えないのである。

野党側は、石破首相の政治倫理審査会への出席を求めているが、仮に、政倫審に出席したとしても、石破首相は、従来どおり、10万円の商品券の贈与が世の中の常識からかけ離れていたことについての謝罪を続け、それが政治活動に当たるかどうかについては、「限定説」に立って、「違法ではない」とする主張を述べ続けるだけである。国会の場でそのような議論を続けることにどのような意味があるのか疑問だ。

むしろ、この商品券問題で「違法の指摘」の根拠となっている政治資金規正法21条の2の規定が制定された経緯、「政治資金パーティー裏金問題」を含めて、検察が全く適用しようとせず、機能してこなかったこと、そのために、政治家間の不透明な金銭等のやり取りが事実上野放しになってきたことに目を向け、政治資金規正法の改正にも関連づけた国会論議を行うべきであろう。

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石破首相「商品券問題」、政治資金規正法21条の2をめぐる“真実”~「裏金問題」への波及は不可避

石破茂首相(自民党総裁)が衆議院議員1期生に10万円の商品券を配布した「商品券問題」に関して、厳しい批判の声があがり、国会での追及も続いている。国民が物価高、米価格の高騰などに苦しむ中、首相公邸での会食の「土産」として高額の商品券のやり取りを行うこと自体が国民の感覚とあまりにも乖離しており、清廉なイメージであった石破首相に対する失望と、道義的責任を問う声が高まるのは当然である。

しかし、そもそも、この「商品券の贈与」が問題化したのは、政治資金規正法21条の2第1項(政治家個人の政治活動に関する寄附の禁止)に違反する可能性があるという「政治資金規正法違反の疑い」が根拠になっている。

それに対して、石破首相は、

「商品券は、議員の家族への慰労のための個人的なものであり、政治活動に関するものではない」

と説明しているが、首相公邸で官房長官等も同席して国会議員を招いて行った食事会の土産が「政治活動ではない」という説明には合理性がない、ということで、ここまで問題が大きくなっているのである。

従来、政治活動が広くとらえられ、それに関する収支が広範囲に課税の対象外とされてきたことに照らしても、今回の首相公邸での食事会に伴う「商品券の贈与」が政治活動ではない、という説明は通らないであろう。

「政治家個人宛寄附禁止」は“政治資金パーティー裏金”にこそ適用すべきだった

しかし、そもそも、今回の問題での石破首相への批判の発端になった「政治資金規正法21条の2」が、いったい、どういう規定なのか、どのような経緯で設けられ、どのように運用されてきたか、などは全て無視されているように思える。

とりわけ重要なことは、一昨年末から自民党を直撃し、派閥の解散、岸田首相の退陣、石破首相の誕生、衆院選での自民党惨敗による少数与党転落の原因となった「政治資金パーティー裏金問題」で、本来、「裏金議員」に対して適用されるべきだった政治資金規正法の規定が、この「21条の2」であった。

派閥政治資金パーティーの還流金の「裏金」は、「収支報告書に記載しない金として供与されたもの」なので、政治団体ではなく、政治家個人宛寄附と捉え、「21条の2」の規定を適用する方向で捜査するべきだった。そうすれば、政治家個人に帰属したことを前提に、雑所得としての所得税の課税も可能だった。検察が、その規定を適用せず、「無理筋」の資金管理団体、政党支部の「収支報告書虚偽記入罪」に問うという誤った方向の捜査を行い、政治団体への寄附であったとして収支報告書の訂正をすることで済ませてしまったために、「裏金議員」の処罰は、現時点では、谷川弥一元衆院議員の略式罰金のみにとどまり、虚偽記入罪で起訴された池田・大野議員も、公判の見通しすら立っていない。

「裏金議員」は、処罰を免れただけでなく、本来、行うべき所得税の納税すら行わず、それが、国民の激しい怒りを買うことになった。

この裏金事件を含め、検察が、政治家個人宛寄附を禁止する「21条の2」の規定を適用した事例は、皆無なのである。まさに、典型例であった「政治資金パーティー裏金問題」でも検察が適用しようとしなかったことからも明らかなように、この規定は、事実上「死文化」している。

この問題は、私の検察での捜査経験に基づき、Yahoo!記事や、様々なメディアで繰り返し指摘してきたし、近く公刊する拙著【法が招いた政治不信】でも、詳しく述べている。

西田昌司参議院議員は、

「石破さんはそういうことを一番言ってきたタイプの人だ。なぜこういうことになっているのか」

と苦言を呈した上、

「予算を通したら、もう使命を果たしたのだから、退陣されるのが正解だ」

と述べたとされているが(3.14付け毎日)、安倍派の政治資金パーティー裏金問題で411万円の還流金を認めている議員の発言とは思えない。「裏金議員」として、本来「21条の2」違反の刑事責任を問われる可能性があったことを認識すべきであろう(西田議員には、【上記拙著】を謹呈し、是非お読み頂きたいと考えている。)。

しかも、政治資金パーティー裏金問題での、「政治家個人宛の寄附」違反の問題は、決して、「解決済み」の問題ではない。

丸川珠代元参議院議員に対する私と上脇博之神戸学院大学教授の告発事実が、まさに、この政治家個人宛寄附禁止違反である。検察は、「嫌疑なし」として不起訴にしたが、10月に行った検察審査会への申立の審査が継続しており、近く議決が出る見込みだ。

裏金問題で、収支報告書虚偽記入で起訴された池田元衆院議員・大野参議院議員の公判の見通しも全く報じられておらず、この公判でも、本来は、「政治家個人宛寄附」違反で処罰すべき事案であったことが表面化する可能性もある。

また、今年1月、東京都議会の自民党会派で政治団体の「都議会自民党」が政治資金パーティー収入など計約3500万円を会派の政治資金収支報告書に記載しなかったとして、会派の経理担当職員が政治資金規正法違反(虚偽記載)の罪で略式起訴された。このことで、「裏金問題」が、今年6月に都議会議員選挙を控える自民党都議会議員に「飛び火」しており、ここでも、検察の従来の処理方針どおりに、ノルマ超の売上の還流金は、「政党支部宛の寄附」だったとして処理されようとしている。

ところが、都議会議員の場合、秘書の数も議員によって異なり、事務所による政治資金の収支管理がどの程度行われていたのかも不明で、政治団体側からは「自由に使ってよい金」と説明されていたとされている。柴崎幹男都議の収支報告書訂正をめぐる混乱もあって、「政党支部宛の寄附」で押し通すことはますます困難になっている。(【都議「裏金」収支報告書訂正は“所得税逃れの虚偽記入”、「都議会自民党」は一層窮地に!】)。

商品券問題は「政治活動」かどうかという単純な問題ではない

石破首相への追及は、商品券贈与が「政治活動」であれば、「政治資金規正法違反で一発アウト」という前提で行われているが、この問題は、そのような単純な問題ではない。

直近の「政治資金パーティー裏金問題」での検察の捜査処分からも明らかなように、政治資金規正法21条の2の政治家個人宛寄附禁止規定は全く機能していない。そのため、実際には、政治家間の不透明な金銭等のやり取りが事実上野放しになってきたのである。そういう現実を、今回議論する上で、念頭に置く必要がある。

要するに、石破首相の「商品券問題」は、「政治活動」に該当するかどうか、だけが問題なのではなく、そのような政治活動に当たるかどうかが曖昧な資金のやり取りを含め、政治家個人の間の不透明な金銭等のやり取りに対して、政治資金規正法が全く機能していないことに重大な問題があるのである。

そのためには、「21条の2」の規定が設置された経緯も含め、政治資金規正法の歴史的経緯に遡る必要がある(【前掲拙著】第6章)。

「政治家個人宛寄附」をめぐる政治資金規正法改正の経緯

1970年代、ロッキード事件、ダグラス・グラマン事件等を受けて、政治倫理の確立が当時の大平内閣の重要な政治課題になり、民間有識者及び関係閣僚からなる首相諮問機関「航空機疑惑問題等防止対策に関する協議会」が設置された。同協議会は、「政治家個人の政治資金の明朗化」を提言、1980年に政治資金規正法改正法が成立、政治家個人の政治資金の公開のための「指定団体制度」「保有金制度」等が導入された。

しかし、1980年代末、リクルート事件等で「政治とカネ」の問題への批判が高まり、自民党は政権を失い、1994年、細川内閣の連立与党と自民党の合意で「政治改革四法」が成立、選挙制度改革・政党助成制度の導入に伴い政治資金規正法の大幅改正が行われた。企業・団体からの寄附の対象が政党(政党支部を含む)と、政治家個人が政治資金の拠出を受けるべき政治団体としての「資金管理団体」に限定(当初は、資金管理団体にも企業・団体からの寄附が年間50万円まで認められていたが、2000年以降は禁止)され、保有金制度は廃止された。

この政治改革4法の成立の際の政治資金規正法改正により、抜け穴が多くて実効性がないとされていた「保有金制度」が廃止されて政治家個人に対する政治資金の寄附が禁止され、政治家個人の政治資金収支報告書の作成提出義務もなくなった。政治資金規正法21条の2は、それに伴って規定されたものである。

つまり、1994年改正以前であれば、今回のような政治家個人に対する寄附は、保有金として政治資金収支報告書に記載することで合法とされていたが、同改正で、一律に違法とされるとともに、政治家個人の収支報告書への記載義務がなくなったのである。

1994年改正で、なぜ、政治家個人宛の寄附が禁止されたのか。その目的は、政治家個人の政治資金の収支は、資金管理団体に一元化し、政治家の私的収支と政治資金とを切り離すことによって、政治資金を透明化することにあった。

しかし、そのような意図に反し、政治家個人が代表を務める政党支部が企業団体献金の受け皿として認められ、また、国会議員関係団体への寄附の税制優遇が認められたこともあって、国会議員個人をめぐる政治資金の処理は一層複雑化し、どこに帰属するのか不明な政治資金を処罰することは困難となった。

そのために、政治家個人が現金等を直接「裏金」として受け取った場合、どの政治団体、政党支部に帰属するものであるかが特定できないので、政治資金収支報告書の虚偽記入罪等による処罰が困難だという、私がかねてから指摘してきた「政治資金の大穴」問題が生じた。それが典型的に表れたのが、政治資金パーティー裏金問題なのである。

1994年改正で導入された「21条の2」の政治家個人宛寄附禁止規定は、政治資金収支報告書の記載義務に関する違反のように「会計責任者」が義務主体になるのではなく、「政治家個人宛の寄附」と認識して供与した者、受領した者は、「何人も」処罰の対象となる。そのため、政治資金パーティーの還流金も、政治家本人だけでなく、秘書が「政治家個人宛」の寄附と認識して受領すれば、罰則が適用される。そして、この規定で処罰された「違法寄附」は全額没収となり、国庫に帰属する。この規定を積極的に適用していれば、「政治資金規正法の大穴」も相当程度塞ぐことができたはずだ。

しかし、検察当局は、これまで、政治家個人宛寄附禁止規定の適用は検討すらほとんど行ってこなかった。「21条の2」の罰則が「1年以下の禁錮・50万円以下の罰金」であり、収支報告書虚偽記入罪の「5年以下の禁錮・100万円以下の罰金」と比較して著しく軽いということが、適用を阻害する要因になっているように思える。

各年の政治資金収支報告書が翌年11月に公表され、実際に、発生した政治資金の収支が公開されるまでの期間が平均で1年半程度、年初のものであれば2年近くかかる現行制度の下では、今回の「政治資金パーティー裏金問題」のように、公表された政治資金収支報告書の記載に基づいて問題が指摘され、それが刑事事件に発展して、最終的に裏金の存在が明らかになり、「政治家個人宛寄附の禁止」違反が発覚した場合、その時点でかなりの部分が公訴時効が完成している。そのため、裏金として立件できる金額が限られることになる。

しかし、実際に刑事立件できる金額だけではなく、それに伴って、違法な寄附が没収され国庫に帰属すること、処罰されなくても、所得税の課税が可能であることなども考慮すべきだ。「政治資金パーティー裏金問題」でも、この規定は積極的に活用すべきだった。それを検討すらしなかったのは、検察当局の怠慢と言わざるを得ない。

憲法75条の規定により「総理大臣は在職中、訴追されない」

今回、この商品券問題に関して、「総理大臣の犯罪」として、政治家個人宛の寄附を禁止する「21条の2」違反が問題になり、既に、市民団体による石破首相を被告発人とする告発が行われている。このような状況において、石破首相は、どのような対応を行っていくべきか。 

これに関して、見過ごされているのが、憲法75条との関係だ。同条で、

「国務大臣は、その在任中、内閣総理大臣の同意がなければ、訴追されない。」

とされており、総理大臣が自らの訴追に同意することは考えられないので、在任している限り、総理大臣が訴追を受けることは事実上あり得ない。逆に言えば、仮に、その事件で訴追を受けるべきということであれば、潔く辞任すべきというのが、「法と正義」に則った対応ということになる。

商品券問題発覚以降、石破首相は、「政治活動ではない」の一点張りで、刑事責任を否定している。しかし、権力の座にある者として、自らの疑惑に対して、その当事者本人が責任を否定するだけでは、適切な対応とは言えない。特に、総理大臣の刑事責任の問題は、「在任中の訴追の可能性」が事実上ないのであるから、「本来、訴追されるべき事案か否か」については、客観的、第三者的視点からの検討が行われ、総理大臣として、それを踏まえて判断する姿勢で臨むべきである。

この点については、兵庫県の斎藤元彦知事の対応を「他山の石」とすべきであろう。

自分自身のパワハラ問題、パレード協賛金問題などの告発文書に対して、告発者捜しの調査を行って、知事会見で「嘘八百」などと言って告発者を非難し、懲戒処分を行い、それにより、告発者が自ら命を絶ち、それをめぐって県議会での対立が生じた。

兵庫県の斎藤元彦知事の問題も、自分自身についての疑惑に対して客観的、第三者的な判断を仰ごうとせず、自ら「問題ない」と決めつけたことに、そもそもの問題があった。そのような斎藤知事の姿勢が、兵庫県民のみならず多くの国民からの批判につながり、斎藤氏の岩盤支持者との間の対立の激化、立花孝志氏の介入もあって、今なお県政の混乱が続いている。

石破首相は、総理大臣としての責任において、今回の商品券問題について政治資金規正法違反の成否について、国民の納得が得られるような客観的な検討を行うべきである。そのために、専門家、実務経験者等による第三者機関を設置し、商品券問題の背景にある政治資金規正法をめぐる構造的な問題、政治家個人をめぐる政治資金の不透明性、課税の不徹底を招いてきた「政治活動」の範囲の曖昧さなどについても検討した上、それを踏まえて、自身の商品券問題についての刑事責任の有無・程度について判断するのが、総理大臣として行うべき対応ではなかろうか。そこでは、21条の2の「政治家個人宛寄附禁止違反」が問題となる直近の事例である政治資金パーティー裏金問題との関係も当然に検討の対象となろう。

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都議「裏金」収支報告書訂正は“所得税逃れの虚偽記入”、「都議会自民党」は一層窮地に!

「自民党派閥政治資金パーティー裏金問題」に政治が大きく揺れた2024年が終わり、年が明けた早々、東京都議会の自民党会派で、政治団体の「都議会自民党」が政治資金パーティー収入など計約3500万円を会派の政治資金収支報告書に記載しなかったとして、会派の経理担当職員が政治資金規正法違反(虚偽記載)の罪で略式起訴されたことで、「裏金問題」が、今年6月に都議会議員選挙を控える自民党都議会議員に「飛び火」したことが明らかになった。

【都議会自民党「裏金問題」、所得税納税をうやむやにしてはならない!】でも述べたように、国会議員の場合は、公設秘書、私設秘書等が複数いて事務所で政治資金の会計処理が行われているので、派閥から「還付金」「留保金」として供与された金銭を、政治資金として管理していたとして(実際に、そうであったかどうかは別として)、その金銭は「政治資金」であったと説明することは一応可能だが、都議会議員の場合、秘書の数も議員によって異なり、事務所による政治資金の収支管理がどの程度行われていたのかも不明であり、政治団体側からは「自由に使ってよい金」と説明されていたとされており、派閥から都議への「政治資金の寄附」というより、パーティー券販売に応じた報酬の性格が強かったと考えられる。しかも、安倍派の政治資金パーティーのように、いったん派閥に納入した上で国会議員側に「還流」していたのではなく、すべて都議側が留保していたもので、実際に、都議個人が、政治資金パーティー券の売上の一部を個人の金と混同させていた場合が多かったと考えられる。このような資金の性格から考えて、個人所得に当たることは明白であり、納税をするのが当然だ。

会派の経理担当者の略式起訴以降、所属都議の方が、裏金についてどのような処理を行うのか注目していたが、政治資金パーティーで得た裏金の所得税の納税を行わないどころか、政党支部に入った政治資金であるように、政党支部の収支報告書を訂正し、所得税を免れようとしていたことが明らかになった。

2025年3月2日付け「しんぶん赤旗日曜版」が、「柴崎都議 取材後コッソリ削除」と題して、都議会自民党の裏金事件を受け、政治資金収支報告書を訂正した柴崎幹男都議の訂正が虚偽である疑いを報じた。これを受け、上脇博之教授は、3月3日に、柴崎氏のほか、都議会自民党の幹事長らを、政治資金規正法で東京地検に告発した。

都議会自民党の発表によると、柴崎氏は、2019年に131万円、22年に110万円の計241万円を、都議会自民党の政治資金パーティーでの売上の一部を手元に留保する「中抜き」の方法によって取得し、それについて、政治資金収支報告書には全く記載していなかった。

それを、柴崎氏が代表の「自民党東京都練馬区第11支部」(以下、「練馬区11支部」)では、1月23日付で収支報告書(22年分)を訂正し、都議会自民党から練馬区11支部に110万円の寄付があったと収入に追記し、その全額を、領収書の提出が不要な「経常経費」として使い切ったと訂正していた。

経常経費の内訳は、人件費が71万4000円、備品・消耗品費が8万7264円、事務所費が29万8736円。これらを足し合わせると、22年の裏金額110万円と完全に一致する。

そのような支出の記載について、しんぶん赤旗編集部から質問書の送付を受けた柴崎氏は、2月12日付で、収支報告書(21~23年分)を再び訂正。22年分の再訂正では、計110万円を支出したとする1月23日の訂正を削除し、23年分の収支報告書で、裏金の全額241万円を翌24年に繰り越す処理をしていた。裏金分を「経常経費」として使い切ったと「訂正」したはずが、その訂正自体を「削除」し、実際は1円も使わずに保管していたと再訂正したものである。まさに、「語るに落ちた」と言うほかない。

柴崎氏は、「中抜き」で得ていた裏金を、すべて個人の懐に入れていたのに、都議会自民党の政治資金パーティーの裏金問題が露見したことから、練馬区11支部への寄附として受け取って、経常経費として支出したように虚偽の訂正をし、質問状を受けて合理的な説明ができないことから、再訂正して全額翌年度に繰り越していたように説明した。余りに不自然不合理な柴崎氏の訂正の経過は、柴崎氏が得ていた裏金が政治家個人宛であったのに、それを隠そうとして、一連の虚偽の訂正を行ったとしか考えられない。

上脇氏の告発状では、政治家個人宛の違法寄附にも該当するとされている。

確かに、「政治活動に関する寄附」であるとすれば、政治家である柴崎都議個人に宛てた寄附であることは明らかだ。しかし、果たして「中抜き」で得ていた裏金が、本当に政治資金に関する寄附であったのかどうかも疑わしい。「中抜き」で入ってきた裏金をすべて個人の懐に入れていたのであれば、むしろ、「政治家個人宛寄附」ですらなく、単なるパーティー券販売の謝礼であった可能性もある。

この場合は、「政治家個人宛の違法寄附」の問題は生じないが、柴崎氏の個人所得ということになり、所得税の申告をして納税する義務がある。それを、練馬区11支部への寄附として受け取って、経常経費として支出したように同支部の収支報告書を訂正したのは、収支報告書の虚偽記入の政治資金規正法違反に当たる。

元参議院議員の丸川珠代氏が安倍派から受け取った裏金の問題と同様に、所得税の課税逃れのための悪質な政治資金収支報告書虚偽記入罪の事案として、処罰を免れる余地はない。

上脇氏は、「都議会自由民主党」が寄附した相手方は“柴崎幹男個人”であり、131万円(2019年)及び110万円(2022年)はそれぞれ全額またはその一部を、同人の所得として確定申告する必要があるのではないかとして、刑事告発と併せて、管轄の練馬西税務署に情報提供も行っている。

このような柴崎氏の収支報告書の訂正と符合する政治団体都議会自民党の収支報告書の訂正が行われているのであるから、他の都議会自民党の都議も同様の方法で訂正を行った可能性が高い。実際には、裏金が個人の懐に入っていたのに、それを政党支部宛の寄附であったように収支報告書の虚偽の訂正をして、所得税の修正申告も行わないで済まそうとしているとすれば、そのような「都議による悪質な所得税逃れ」は、東京都民にとって、到底許されるものではない。

今年6月の都議会議員選挙において、自民党が、昨年の衆議院議員選挙以上の大逆風を受けることは確実だ。

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文春記事訂正で混迷を深める「フジテレビ問題」、第三者委員会をめぐる疑問と今後の展開

フジテレビは、2023年6月に番組出演タレントの中居正広氏と同社社員だった女性との間で生じた事案に関連する報道を受けて、1月17日に、港浩一社長(当時)ら経営陣が最初の記者会見(以下、「17日会見」)を開いたものの、テレビカメラを入れず、会見参加者も質問者も限定する、会見時間も制限するという、あまりにクローズなものだったこと、設置する調査委員会が、第三者委員会であるか否かも不明確だったことが猛烈な批判を受け、会見後、大手企業のスポンサーの間にフジテレビでの広告を見合わせる動きが拡がった。

そこで、23日に、事実関係の調査・事後対応やグループガバナンスの有効性を、客観的かつ独立した立場から調査・検証するための第三者委員会の設置を公表した。

この委員会については、日本弁護士連合会が策定した「企業等不祥事における第三者委員会ガイドライン」(以下、「日弁連ガイドライン」)に準拠するもので、委員長の竹内朗弁護士ら3名の委員を選任し、調査報告書を3月末に会社に提出し、その後速やかに公表する予定であり、調査委嘱事項は、以下のとおりとされている。

  • 1) 本事案への当社及びフジ・メディア・ホールディングスの関わり
  • 2) 本事案と類似する事案の有無
  • 3) 当社が本事案を認識してから現在までの当社及びフジ・メディア・ホールディングスの事後対応
  • 4) 当社及びフジ・メディア・ホールディングスの内部統制・グループガバナンス・人権への取組み
  • 5) 判明した問題に関する原因分析、再発防止に向けた提言
  • 6)その他第三者委員会が必要と認めた事項

そして、27日に、親会社のフジ・メディアホールディングズ(以下、「フジHD」)の会長・社長も含めた記者会見(以下、「27日会見」)を開き、「取引先、視聴者など皆様方に多大なるご心配とご迷惑をおかけした」として謝罪して嘉納修治会長と港浩一社長が引責辞任することを明らかにした。

記者会見は、テレビカメラを入れ、参加者を制限せず完全オープン、フリー記者、ユーチューバーなども含め400人が参加して行われたが、10時間超にわたった会見は、一方的かつ執拗な追及、的外れな質問なども多く、それらを会見主催者が制御できない「無秩序会見」となった。

27日会見の直後、今回の問題の発端となった週刊文春の報道に関して、週刊文春側が

《【訂正】本記事(12月26日発売号掲載)では事件当日の会食について「X子さんはフジ編成幹部A氏に誘われた」としていましたが、その後の取材により「X子さんは中居に誘われた」「A氏がセッティングしている会の”延長”と認識していた」ということがわかりました。お詫びして訂正いたします。また、続報の#2記事(1月8日発売号掲載)以降はその後の取材成果を踏まえた内容を報じています。》

として記事の訂正を行った。

この文春記事の訂正に対してフジテレビ内部では強い反発が生じていると報じられており、港社長の辞任を受けて急遽就任した清水賢治新社長も、文春への訴訟提起も選択肢の一つであるように述べている。

17日会見の失敗を受けての27日会見で経営陣が10時間超の糾弾を受けるまでの間、一方的に批判に晒されていたフジテレビ側が、文春の記事訂正で、一部「反撃」に転じたような雰囲気も感じられた。しかし、世の中やマスコミの論調の大半は、

「不正確な記事でフジテレビ批判を炎上させた後に訂正に至った文春側も問題だが、それによって、フジテレビ側の中居氏と社員間のトラブルへの対応や女性の人権への配慮の欠如などの問題がなくなるわけではない」

というもので、フジテレビへの批判は基本的に変わらない。スポンサー離れは全く解消されておらず、混迷はますます深まっている。

このようなフジテレビをめぐる問題の経緯の中で不可解なのが、「第三者委員会の設置の経緯」である。それは、問題の発端となった文春記事が訂正されたことによって、謎が一層深まったと言える。

企業不祥事としての特異性

日弁連ガイドラインでも述べているように、第三者委員会は「不祥事によって失墜してしまった社会的信頼を回復すること」を目的とし、「企業等から独立した委員のみをもって構成され、徹底した調査を実施した上で、専門家としての知見と経験に基づいて原因を分析し、必要に応じて具体的な再発防止策等を提言するために設置」されるものである。

私は、企業の外部者の専門家だけで組成する「第三者委員会」の草分けとなった不二家消費期限切れ原料使用問題での「信頼回復対策会議」の議長を務めたほか、多くの企業等での第三者委員会委員長を務めてきた(【第三者委員会は企業を変えられるか 九州電力やらせメール問題の深層】毎日新聞社:2012)。

そして2016年から2020年に日経bizgateに掲載された《郷原弁護士のコンプライアンス指南塾》では、【企業の不祥事対応における第三者委員会の活用】を3回にわたって連載した。

その連載の冒頭で、

昨年来、日産自動車、スバルの完成検査をめぐる問題、神戸製鋼所をめぐる問題を発端とする品質データ改ざん問題、スルガ銀行のシェアハウス融資をめぐる問題など、企業不祥事が相次いで表面化している。不祥事の事実関係の調査・原因究明、再発防止策の策定を求められる不祥事企業にとって、内部調査で対応するのか、外部弁護士を含めた調査を行うのか、第三者委員会を設置するのかは難しい判断である。また、委員会を設置する場合に、委員長・委員をどのように選任するのか、調査体制をどう構築するのかが重要となる。

と述べている。

一般的な企業不祥事では、問題となる事実の中身は明確であり、そのような問題について企業側が認めて謝罪した上で、その問題事実の詳細を明らかにし原因分析等の調査を行うために第三者委員会が設置される。

フジテレビの問題は、それとは異なる。週刊文春の報道を発端に疑惑が発生し、それに対するフジテレビ側の対応が批判の対象とされ、会長・社長が引責辞任に追い込まれるという「重大不祥事」に発展した。

発端となった文春記事で会社側の問題として指摘された事実(A氏の関与)については、フジテレビ側は明確に否定するコメントを公表していた。その文春記事が訂正されたのであるから、通常であれば、それによってフジテレビ側の主張が裏付けられ、信頼が回復するようにも思える。しかし、問題は、それほど単純なものではなかった。

第三者委員会設置の経緯をめぐる謎

上記のとおり、フジテレビの問題は、第三者委員会が設置されるまでの経過が、一般的な企業不祥事とはかなり異なる。その経緯にはいったい何があったのか。

1月24日にフジテレビで開かれた社員説明会で、17日会見の時点で「第三者委員会を設置する」と説明せず「第三者の弁護士を中心とする調査委員会」という曖昧な言い方になったことについて、嘉納会長が、

「17日の港社長らの記者会見の前から第三者委員会設置を検討しており、フジテレビ側が竹内朗弁護士に第三者委員会を作るために相談した際、『取締役会で正式に決議する前は第三者委員会という言葉は一切表に出さないように、第三者委員会の《だ》の字も出してはいけない』と言われた。17日の会見の際に石原常務が、幅を持たせて、第三者委員会に限りなく近い、という言い方をしたのは、第三者委員会という言葉を使えないから、調査委員会っていう説明になってしまった」

などと述べていた。

その点について、27日会見で、「フジテレビ側が第三者委員会委員長に就任した弁護士と、委員会設置が決定される前に接触して綿密な打合せをし、その指示に基づいて動いていたことは、第三者委員会の独立性・中立性を害していて問題なのではないか」と質問された嘉納会長は、

「事務方で交渉して調べて、竹内弁護士に依頼することが決まり、挨拶にお伺いした時に取締役会で第三者委員会の設置を決定する前には第三者委員会とは言わないでくれと言われた。」

との趣旨の説明を行った。さらに、フジHDの金光修社長が、

「日弁連のガイドラインに従った第三者委員会を選択肢に入れながら、過去に付き合いがある弁護士事務所を除外し、過去の実績を調べて、結果的に竹内弁護士を選任した。1月17日の記者会見以降緊急監査等委員会で承認を受け、発表する前に、リリースの手続を聞いたところ、第三者委員会を開くことを取締役会の承認がない時点で発表したらその任は受けられないということだった」

などと説明した。

竹内弁護士への依頼の経緯に関する疑問

しかし、このような嘉納氏、金光氏の説明には疑問がある。

嘉納氏の社員説明会での発言内容から、フジテレビ側が、17日会見の前に竹内弁護士と接触していることは明らかだ。その時点では、昨年12月26日に最初の文春記事が出されたことを受け、翌日に、「事実でないことが含まれ、当該社員は会の設定を含め一切関与していない」と否定コメントを出すなど、基本的に、フジテレビとしては、同社が責任を負うべき問題であることを否定していた。ところが、年明けの週刊文春の続報などを受け、フジテレビへの世の中の批判が高まった。

この局面では、その週刊文春が報道した問題というのは、フジテレビ側にとっての「企業不祥事」とは認識しておらず、それにもかかわらず批判が高まっていることに対して、社内調査も含めた調査の在り方や会見の設定、そこでの説明の仕方などの「危機対応」が重要な課題となっている状況だったはずだ。

竹内弁護士は、不祥事調査と危機管理を専門とする弁護士であり、17日会見の前の時点で同弁護士と接触したのであれば、まずは、文春報道での急激な批判の高まりを受けての危機対応について相談し、その中で、弁護士中心の調査委員会、あるいは第三者委員会の設置等も選択肢として対応を検討するのが自然な流れだ。

そのような相談が行われていたとすると、その後、第三者委員会が設置され、竹内氏が委員長に選任されたことに関しても疑問が生じる。

文春報道の変更」へのフジテレビの無反応

中居氏と社員との問題でフジテレビが社会から批判された原因は文春報道だった。それだけに、同社にとって、危機対応として最も重要だったのは、その文春報道の中身を正確に見極めることだった。

昨年12月26日に発売号の記事(以下、「当初記事」)を前提にすれば、A氏の関与というのは「中居氏と女性社員の会食を設定し、ドタキャンして二人きりにしたこと」によって、意図的に、中居氏と女性社員の二人きりの場を作ったというものだったが、1月8日発売号の記事(以下、「修正記事」)では、「X子さんは中居に誘われた」と、当日のA氏の関与の形態が変更されていた。

批判を受けている当事者であるフジテレビ側が、この記事内容の変更に気づいていなかったはずはない。ここでの危機対応においては、最新の文春報道の内容(修正記事)を前提に、記者会見での説明を行う必要があった。

ところが、17日会見では、港氏らは文春記事の内容の変更に全く言及せず、

「当該社員の聞き取りのほか、通信履歴などを含めて調査、確認を行った結果を受け、弊社HPにおいて見解をお伝えしました。中居氏が出した声明文においても、当事者以外のもの、すなわち、中居氏と女性以外の第三者が関与した事実を否定しています。ただ、この点につきましても、調査委員会の調査に委ねたい」

と述べるだけだった。

12月27日にフジテレビが出した「当該社員は会の設定を含め一切関与していない」と同趣旨のことを繰り返し、文春報道が当初記事のとおり「A氏が、会食を設定し、ドタキャンした」という事実であることを前提に、「A氏の関与」を否定していたのである。

文春の当初記事は、A氏が中居氏と女性社員との二人きりの場を意図的に作ったことを強く印象づけるもので、それにより、フジテレビの「上納文化」が問題にされるなどして、フジテレビの「女性の人権」軽視の姿勢が厳しく批判されることにつながった。

記者会見でも、質問者の多くは当初記事を前提として港氏らに「A氏の関与」の有無を問い質していた。それは、17日会見だけではなく、10時間超に及んだ27日会見の時点でも同様だった。

その会見後に、「A氏の関与」について記事の訂正・謝罪が行われ、それまでの世の中の誤解や会見での質問者の誤解は、週刊文春側の訂正・謝罪が遅れたことによるものだとして、文春側が批判されている。

しかし、17日会見の時点でも、既に続報で報道内容の変更は行われていたのであり、フジテレビ側も当然認識していたはずである。それについて、文春側に訂正を求めることもできたはずだ。少なくとも、文春の当初報道を前提に「上納文化」などの批判が拡がっていることについて、フジテレビのHPで文春の記事の内容が変更されていることを指摘すること、記者会見で誤解に基づく質問を受けた際に、文春報道の内容が既に修正されてることを指摘することもできたはずだ。

ところが、27日会見でも、「当該日についてのA氏の直接的関与」を前提とする質問が行われたのに対して、港氏らは、文春の記事が変更されていることに言及することなく、「当該日の関与はない」と繰り返した。

フジテレビは、「文春記事の変更」をなぜ指摘しなかったのか

なぜ、フジテレビ側は、文春の当初記事の内容が変更されたことを指摘し、世の中や質問者の認識を改めようとしなかったのか。

一つには、フジテレビという企業の危機管理能力の欠如が原因だとする見方がある。同社は、経営陣・上層部が制作局出身者で占められ、報道部門が軽視されてきたため、事実を突き詰め、誤っていれば正すという能力が欠如していたという見方である。それは、結局のところ、長年にわたって日枝久氏が絶対権力者として君臨してきた同社のガバナンスの構造的な歪みによる弊害とみることになる【YouTube《郷原信郎の日本の権力を斬る!》での週刊朝日元編集長山口一臣氏の見解】。

しかし、「危機管理能力の欠如」ということであれば、フジテレビ側が17日会見の前に危機管理の専門家である竹内弁護士と接触し、調査を依頼しようとした際、委員会を設置する原因となった文春報道についても説明したはずだ。調査受託の可否を検討するに当たって、文春報道が変更されているのに誤った前提で批判非難を受けているという事態は、その時点での危機管理において無視できない事情であり、その点は話題になったはずだ。それは、「第三者委員会」という言葉を出すか出さないかなどということよりはるかに重要な問題だ。

そのように考えると、フジテレビ側が、文春報道の変更を指摘しようとしなかったことが、単なる危機管理能力の欠如によるものとは考えにくい。

もう一つの可能性として考えられるのが、フジテレビ側が、文春報道の内容の変更を認識した上で、それが世の中に十分に認識されていないこと、会見でも、当初報道を前提とする追及が行われている状況を、意図的に放置した可能性だ。

当初記事では、「A氏の関与」を、「会食を設定しドタキャンした」として報じていた。それを、17日会見では、港氏が「当事者の話も聞き通信履歴も確認して調査した結果」に基づいて否定していた。

そのような当初記事前提に第三者委員会の調査を行うとすれば、まず、上記のような「A氏の関与」を否定した会社側の調査結果が正しかったのか、それを覆す証拠や事実がないのかを確かめることが調査の中心となる。

しかし、実は、その事実は、既に文春報道が修正記事に変更されており、実質的に否定されている。当然、第三者委員会の調査の結果も、フジテレビの調査が正しかったとされることになる。

一方、変更後の修正記事は、「X子さんは中居に誘われた」「A氏がセッティングしている会の”延長”と認識していた」としている。そこで書かれているとおりだとすると、第三者委員会の調査では、女性社員が「A氏がセッティングする会の延長」となぜ認識したのか、その認識したことの背景に何があるのか、そのような女性社員の認識につながるどのようなA氏の言動があったのかを調査することとなる。A氏の女性社員に対する言動を全体的に把握することに加えて、そのようなA氏の言動の背景に、フジテレビの「上納文化」と言われるような企業体質があるのかどうかも調査対象になり、それは、フジテレビにとっての「問題の本質」に調査が及ぶことになりかねない。

フジテレビ側としては、そのような事態になるより、当初記事に基づいて「A氏が会食を設定し、ドタキャンした」との事実が調査の対象になっていた方が、当日のA氏の言動などに問題を絞ることができ、好都合だったはずだ。そこで、文春報道の変更に気づきながら、敢えて、世の中や会見での質問者の誤解を放置した可能性もある。文春記事について、橋下徹氏が明示的な訂正・謝罪を要求したことは、フジテレビ側にとっては「ありがた迷惑」な話だったのかもしれない。

もし、そのような理由で、文春記事の変更を放置したのだとすると、フジテレビ側の今回の問題への対応姿勢そのものに疑問が生じることになるが、嘉納氏が社員説明会で述べたように、17日会見の前にフジテレビ側が竹内弁護士と面談したことを前提にすると、その面談の中で、文春報道の変更への対応についても話し合われた可能性もあることになる。

竹内弁護士が、「第三者委員会の言葉は取締役会決定までは出さない」との条件の下で調査の委託を受けた際、どのような調査事項が想定されていたのか。文春報道の変更を認識していたのかどうか、第三者委員会側にも説明責任が生じる。

この点は、フジテレビの問題の今後の展開にとって重大な問題になりかねない。

17日会見の前の時点では、フジテレビの危機対応として、第三者委員会の設置、ましてや「日弁連ガイドライン準拠」というのは、現実的な可能性として想定されておらず、だからこそ、第三者委員会の「だ」の字も出してはいけない、という話だったのではないか。それが、17日会見の大失敗によって、フジテレビは猛烈な社会的批判とスポンサー離れの事態に直面し、急遽第三者委員会を設置することが不可避となった。第三者委員会委員長として、他に選択肢がなく、竹内弁護士が受託せざるを得なかったのではなかろうか。23日の社員説明会で、嘉納会長が、第三者委員会の設置前の委員長との接触状況を暴露し、その発言内容がネットで公開されることなど、全く想定外だったはずだ。

設置時に委員全員が会見に臨んだジャニーズ「第三者委員会」との比較

今回のフジテレビの第三者委員会の設置の経緯に疑問が生じかねないことは、27日会見に第三者委員会側がどのように関与するのか、委員長などが会見に登壇するのかなどの判断にも影響している可能性がある。

17日会見で、フジテレビ経営陣の信頼は大きく損なわれ、自力での信頼回復は困難な状況に追い込まれていた。だからこそ、「日弁連ガイドライン準拠の第三者委員会」の設置という選択を敢えて行わざるを得なかったのであろう。そうであれば、27日会見において、経営陣やその支配下にある内部者に代わって、第三者委員会側が積極的に表に出ることで信頼回復の第一歩とすることが重要だった。

フジテレビとフジHDの経営陣5人による記者会見を3~4時間程度でとりあえず打ち切って、第三者委員会の委員長が登壇し、フジテレビとは一切利害関係がない、独立かつ中立的な立場で調査を行い、調査結果をとりまとめて報告書を公表すること、フジテレビ社員や関係者に対しては、調査への協力によって一切不利益を受けることはないことのメッセージを発したりすることで、「第三者委員会の調査」を主題として提示することができ、会見の追及的な雰囲気も相当程度変えることができたのではなかろうか。

一昨年に表面化し、大きな社会問題になった「ジャニー喜多川氏の性加害問題」が、イギリスのBBCで取り上げられ、日本でも大きな問題となった時点で、ジャニーズ事務所は、「外部専門家による再発防止特別チーム」を設置し、その時点で、林真琴弁護士(元検事総長)などのメンバーが記者会見を行った。その後公表された同チームの報告書も、経営責任を厳しく問うものとなり、概ね評価された。その後の記者会見で「NG記者リスト」問題などの失態があり混乱を生じたが、少なくとも「第三者委員会」の設置と報告書公表までの対応には特に問題はなかった。

フジテレビの今回の問題は、日本の報道では「中居氏と女性社員とのトラブル」とされているが、海外メディア等の報道では、このトラブルについて「性加害問題」とされており、ジャニーズ事務所の問題と同種事例ととらえることも可能な案件だ。

しかし、フジテレビの第三者委員会に関しては、設置時に記者会見を行うことは全く考えていなかったようだ。1月23日の第三者委員会設置のリリースの最後に第三者委員会委員長に就任した竹内弁護士のメッセージが掲載されていることからも明らかだ。それは、既に述べたような第三者委員会の設置の経緯に関係しているのかもしれない。

企業不祥事としての「特異性」と第三者委員会調査の困難性

本件は、フジテレビ経営陣が、文春報道によってにわかに高まった社会的批判への危機対応に失敗したことで、会長、社長が引責辞任し、その後に、その文春報道が訂正されたこともあって、その「不祥事の具体的な内容」自体が茫漠とした中で第三者委員会が設置されたという事案であり、しかも、その大きな問題がある危機対応の経過に第三者委員会側が関与した疑いがあるという面においても、極めて特異な企業不祥事である。

それだけに、第三者委員会側としては、調査報告書の内容でそのような疑念を解消すべく、「日枝支配によって歪められたガバナンス」などについても積極的に調査に取り組むことになるだろう。しかし、本件は、そもそも企業不祥事として特異であり、第三者委員会調査も決して容易ではない。

一般的に、第三者委員会の調査の手法は、(ア)社員(退職者)などの関係者のヒアリング、(イ)社内資料の分析、(ウ)フォレンジック調査、(エ)社員などへのアンケート調査、(オ)情報提供窓口での情報提供の募集等である。

(ア)のヒアリングによって直接の供述で事実を具体的に把握するのが基本であるが、本件の場合、中心となる調査事項1)の「本事案へのフジテレビ社員の関わり」も、文春の記事訂正により、《女性社員の「A氏がセッティングしている会の”延長”との認識」を生じさせた事実》、という漠然としたものになっており、それを裏付ける関係者を特定することも容易ではない。そのため調査事項の2)の「本事案と類似する事案の有無」についても、関係者を特定するのは容易ではない。

そうなると、(ウ)のフォレンジック調査、(エ)の社員全体を対象とするアンケート調査が有力な手段となる可能性が高い。既に、第三者委員会委員長から社員全員にアンケート調査への協力要請が行われているようだ。しかし、完全匿名のアンケート回答の場合、内容の真実性が確認できない。回答者のヒアリングへの協力が得られるかどうかが鍵となる。

今回の問題の本質が、「40年以上にわたる日枝久氏の支配によるガバナンスの歪み」にあるというのが、衆目の一致するところだろう。しかし、そのガバナンス問題を、「本件事案」とどう結び付けることができるのか。3月末の報告書提出の期限までに、具体的事実を明らかにする調査を行うことは、決して容易ではない。

民放キー局を含む巨大メディア企業を襲った「フジテレビ問題」、その巨大不祥事の今後の展開は、全く予断を許さない。

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立花氏の竹内元県議に対する「死者の名誉毀損罪」の成否を考える

1月18日、兵庫県の斎藤元彦知事のパワハラ疑惑に関し兵庫県議会が設置した百条委員会のメンバーだった元県議の竹内英明氏が亡くなり、自死とみられている。その直後、死亡の原因について、政治団体「NHKから国民を守る党」党首の立花孝志氏が、自身のユーチューブチャンネルで、

「(竹内氏を)逮捕すると県警は考えていたそうだが、それを苦に命を絶ったという情報が入っている。もうこれがほぼ間違いないと思います」

などと発言した。これについて、兵庫県警の捜査関係者が、各紙の取材に「任意聴取」「逮捕の予定」を否定したことを受け、立花氏は、

《警察の捜査妨害になる可能性があるので、竹内元県議の刑事事件に関する発信は削除させて頂きました!》

と投稿。一部書き込みや動画を削除した。

その後、20日に行われた兵庫県議会の警察常任委員会で、村井紀之県警本部長が質問に答えて、

「被疑者として任意の調べをしたことはありません、まして逮捕するという話は全くございません。全くの事実無根であり、明白な虚偽がSNSで拡散されているのは、極めて遺憾だと受け止めている」

と述べた。

これにより、立花氏のYouTube動画での「竹内氏が警察に逮捕されることを苦に命を絶った」という発言が虚偽であったことは確定的となった。

問題は、既に「死者」となっている竹内氏の名誉を毀損する立花氏の発言について、「死者の名誉毀損」の犯罪が成立するのか否かだ。

「生者に対する名誉毀損」と「死者に対する名誉毀損」

刑法230条は、1項では「名誉」、いわゆる外部的名誉を毀損する行為、人に対する社会的評価を低下させる行為を名誉棄損罪として処罰することとしている。ここでは、摘示した「事実の有無にかかわらず」処罰される。そのため、1項の故意は、「公然と」「人」の「社会的評価を低下させるような具体的な事実」を「摘示する」ということの認識が要求されるだけであり、そうした摘示をすることについて「未必の故意」(「~かもしれないが、そうであっても構わない」との意思)があれば犯罪が成立する。

そして、そのような犯意をもって名誉毀損行為を行えば、それだけで犯罪の構成要件は充足するが、その目的が専ら公益を図ることにあった場合、「事実が真実であることの証明があったとき」は、違法性阻却事由となる。真実性の証明ができない場合であっても、行為者がその事実を真実であると誤信し、誤信したことについて確実な資料、根拠に照らし相当の理由があるときは、犯罪の故意がなく、名誉毀損の罪は成立しないとされている(最高裁昭和44年6月25日判決)。

つまり、摘示した事実が真実であっても名誉毀損罪は成立するが、公益を図る目的で、なおかつ行為者側が、「真実であること」、「真実と誤信したこと」について相当の理由がある場合には、犯罪の成立が否定される。

一方、同条2項の「死者」 に関する場合は、「虚偽の事実の摘示」のみが処罰される規定となっており、単に、死者の社会的評価を低下させる事実を摘示しただけでは名誉毀損罪は成立しない。摘示する事実の虚偽性の認識も必要になる。

問題は、死者の名誉毀損罪についての「虚偽の事実の摘示」の犯意について、未必の故意で足りるのか、確定的故意(確定的認識)を要するのか、である。

この点について、判例はなく、学説は分かれている。

まずは確定的認識が必要、という見解があり、『大コンメンタール刑法』などでは「伝統的な通説的見解」とされている。未必の故意で処罰されると、死者に対する歴史的評論が困難になる、という問題意識を背景としていると思われる。

一方で、通常の故意犯と同様、未必の故意で足りるとする見解も少なくない。例えば『条解刑法』では、

「誤って虚偽の事実を摘示して名誉を侵害しても本罪は成立しないが、虚偽性の認識は確定的なものである必要はなく、一般の故意犯におけると同様に未必的な認識でも足りると解される」

と述べられている。

いずれも明確な論拠はあまり示されておらず、対立する見解の間で議論が深まっているとは言い難い。

虚偽告訴罪についての「確定的故意」の要否をめぐる議論との比較

230条2項の「故意」に関する議論の参考にすべきと考えられるのが、172条の虚偽告訴罪についての議論である。「死者の名誉毀損」と同様に、未必の故意では足りず確定的故意を要するのかが問題となっており、判例もある。

「未必の故意」で足りるとする説の根拠は、告訴・告発をする場合に、犯罪事実を犯したか否かについてあやふやな状態で、その者が犯人ではないかもしれないと思いつつ告訴・告発をすることを許すならば、悪用の余地が大きく、正当な告訴・告発は刑法35条によって正当化されれば足りる、というものであり、故意の一般論において未必の故意で足りるとされている以上、虚偽告訴罪においてもこれを排除する必然性に欠けるとしている。

これに対し、確定的認識が必要とする見解も、有力に主張されている。

未必の故意で虚偽告訴罪が成立するとなれば、正当な告訴・告発を行う場合でも、真実と確信しなければならなくなるが、犯罪の嫌疑の段階では虚偽であるかもしれないという未必的認識を有するのが一般的なので、未必の故意で処罰されるとすると正当な告訴・告発の不当な制限になる、というのが主たる論拠である。

判例は「未必の故意で足りる」とする見解をとっており(最高裁判例昭和28年1月23日)、これに続く下級審の裁判例(福岡高判昭和32年4月30日)もあって、故意の一般理論にも沿うものとなっている。

つまり、虚偽告訴罪については、「正当な告訴・告発の不当な制限になってしまう」との論拠も相応に説得的であり、確定的故意を要すると解すべきとする学説も有力だが、それにもかかわらず、判例は不要説に立っており、実務も、未必的故意で足りるとの前提で運用されているのである。

「死者の名誉毀損罪」での「虚偽の事実の摘示」についての確定的犯意の要否

では、230条2項の死者の名誉毀損はどうか。

この点について判例はなく、実際に、死者の名誉毀損罪で起訴された例は、少なくとも公刊物上は存在しない。

本罪では、保護法益についても争いがある。「遺族の名誉」とする見解、「死者に対する遺族の敬愛ないし敬慕の情」とする見解、「死者の歴史的、社会的評価の保護」とする見解、「死者自身の名誉ではあるが、それは個人的法益ではなく、公共の利益である」とする見解等に分かれている。

保護法益を「死者の歴史的、社会的評価の保護」とする見解からは、死者に対する歴史的評論が困難になるという点が重視されるので、正当な歴史的評論のためには、故意の一般理論を排除して「確定的認識を必要と解すべき」とする見解につながる。もっとも、正当な歴史的論評であれば、刑法35条の「正当業務行為」として違法性が阻却され、結局のところ、犯罪の成立は否定されるので、いずれにしても、歴史的論評について「死者の名誉毀損」が問題になる余地はほとんどない。

本罪が親告罪とされ、死者に親族および子孫がいない場合には処罰はあり得ないことからしても、遺族感情が法益に含まれないと解することは困難であり、保護法益を「死者に対する遺族の敬愛ないし敬慕の情」ととらえるのが妥当だと考えられる。

故意の一般理論を排除し確定的認識が必要だとする見解は、歴史的論評について表現の自由に配慮したものと考えらえるが、上記のような保護法益の捉え方からは、通常、犯罪として問題となるのは、死亡と近接した時期に遺族感情を侵害するような行為が中心であり、歴史的な論評などとは性格が異なる。もし、死亡から時間が経過した後の歴史的論評が問題になった場合にも、「正当な論評」であれば刑法35条によって正当化され得るので、未必の故意で足りると考えても、表現の自由を委縮させることにはならない。

172条の虚偽告訴罪については、故意の一般理論を排除すべき論拠にも相応の合理性が認められるのに、それでも判例は未必の故意で足りるとしていることとの比較からしても、「死者の名誉毀損」について、摘示事実が虚偽であることの確定的認識は不要であり、一般の犯罪と同様に、「未必的故意」で足りると解するべきである。

 

「虚偽の事実の摘示」についての「未必の故意」とは

以上述べたことを前提に、どのような場合に、「死者の名誉毀損罪」が成立するのかを検討する。

まず、虚偽だと認識した上で公然と故人の名誉を毀損したと自白している場合、或いは、虚偽であることの確定的認識をもって発言したことを行為者が認める言動を行っていた証拠がある場合に犯罪が成立することに問題はない。

前記のとおり、「未必の故意」でも足りるとの前提に立った場合でも、「虚偽の事実の摘示」を行った時点におけるその「未必の故意」が、どのような事実によって認められるかが問題となる。

行為者が「虚偽であるかもしれないが、虚偽であってもいいと考えて発言しました」と自白していれば「未必の故意」が認められることは明らかであるが、問題は、その点について自白をせず、「虚偽だとわかっていたら、そのような摘示はしなかった」と弁解している場合に、どのような事実や証拠によって「未必の故意」が認定されるかである。

「殺人罪」における「未必の殺意の認定」との比較で考えてみよう。

故意というのは主観的要素であり、行為者自身が行為時にどのような認識であったのかという問題なので、「未必の殺意」は、行為者が「死んでも構わないと思ってやりました」と認める「自白」がある場合にのみ認められるという考え方があった。

しかし、未必の殺意による殺人というのは、大半が「衝動的殺人」である。口論の末、激高して、憤激のあまりその場にあった刃物で相手を突き刺してしまった、という場合、その間に、「死んでも構わないと思う」時間的な余裕がないのが大半である。そのような場合にも、「未必的殺意の自白」がないと殺人未遂罪で処罰できない、というのは、常識的にもおかしい。

そこで、「死んでも構わないと思った」という自白がなくても、

  • (a)「動機」(「その場での憤激の程度」も含む)
  • (b)手段(使用した凶器の殺傷能力)
  • (c)行為態様(身体の枢要部分めがけて行ったものか)
  • (d)犯行後の救命行動の有無

などを総合的に勘案して、行為者が死亡の結果が生じることが予想されることを認識しつつ行為に及んだと認められる場合には、「未必の故意」による殺人罪の立証が可能との考え方で殺人罪の起訴が行われる事例も多く、有罪判決も得られてきた。

それと同様に考えた場合、「死者の名誉棄損罪」の「未必の故意」についても、「虚偽であっても構わないと思って摘示しました」という「自白」がなくても、虚偽の事実と認識した上で敢えて摘示を行ったことが合理的に推認できる場合には、未必の故意があったことの立証は可能だと考えられる。

具体的には、

  • (ⅰ)虚偽の事実を摘示する動機
  • (ⅱ)摘示した事実が虚偽であることの明白性(その内容から、虚偽としか考えられないこと)
  • (ⅲ)摘示した事実が虚偽であったことが判明した後の行動

などの要素を総合的に勘案して、「虚偽の事実の摘示」についての「未必の故意」の存否を判断することになる。

立花氏の「虚偽の事実の摘示」についての死者の名誉毀損罪の成否の検討

以上述べたことを前提に、立花氏が竹内元県議の死亡の直後に、「竹内氏が警察に逮捕されることを苦に命を絶った」などとYouTubeで発言したことについての「死者の名誉毀損罪」による処罰の可能性について検討する。

まず、名誉毀損罪は親告罪であり、1項の犯罪については、その行為によって社会的評価を低下させられた被害者の告訴が処罰の要件とされている。2項の「死者の名誉毀損罪」については、遺族・子孫の告訴がなければ処罰できない。したがって、竹内氏の遺族による告訴がなければ、そもそも、死者の名誉毀損罪による処罰は問題にならない。

立花氏の投稿の内容は、「竹内元県議が、犯罪の疑いで警察の任意取調べを受け、近く逮捕される」という事実を摘示するものであり、竹内元県議の社会的評価を低下させるものであることは明らかであり、「名誉毀損」に該当する。

最大の問題は、「虚偽の事実の摘示」の故意が認められるかどうかである。

この点に関連する経緯を、時系列的に整理する。

  • (ア)竹内元県議は、斎藤元彦氏のパワハラ問題等に関する百条委員会の委員として、斎藤氏を追及していた。
  • (イ)11月1日、兵庫県知事選挙が告示され、立花氏が、当選を目的としないで立候補し、斎藤元彦候補を支援することを表明した。
  • (ウ)立花氏は、街頭演説で、竹内氏について、「元県民局長の告発文書の作成に関わった」などと批判。「でっちあげをしていた。元県民局長の奥様に代わって、百条委員会あてにメールを送った」「姫路市のゆかた祭りについて、パワハラについてのデマをまき散らした」などと述べたり、SNSで投稿したりした。
  • (エ)兵庫県知事選挙で、斎藤氏が当選、同日、竹内元県議は、家族への誹謗中傷等を理由に議員辞職。
  • (オ)議員辞職後も、竹内氏側への誹謗中傷は継続。
  • (カ)18日、竹内氏が自宅で死亡。
  • (キ)19日、立花氏は、「明日県警に逮捕される予定だった。それを苦に命を絶った。」と投稿。
  • (ク)新聞各紙が、「県警関係者が竹内氏の任意取調べも逮捕の予定も全面否定」と報道。同日、立花氏が上記投稿を削除。
  • (ケ)20日、村井県警本部長が県議会で、竹内氏の任意取調べや逮捕の予定を否定。
  • (コ)同日、立花氏は、YouTubeで「竹内県議会議員が自ら命を絶った理由が、警察の逮捕が近づいていて、それを苦に命を絶ったことは間違いでした。これについては訂正させていただきます。そして謝罪させていただきます」と発言。
  • (サ)立花氏は、投稿削除後も、「竹内氏は、警察の捜査を受けるのが当然だった。警察が捜査していなかったとすれば警察の怠慢」「メディアは相変わらず誹謗中傷が原因とか。誹謗中傷で何で死ぬねんって話じゃないですか」などと述べて、誹謗中傷による自殺を否定。

立花氏に「未必の故意」は認められるか

そこで、前記の判断要素(ⅰ)~(ⅲ)に照らして、立花氏に「虚偽の事実の摘示」についての「未必の故意」が認められるかどうかを検討する。

まず(ⅰ)の「虚偽の事実を摘示する動機」についてであるが、立花氏は、知事選の期間中に、街頭演説で竹内氏について、あたかも斎藤氏のパワハラ問題をでっちあげたかのような批判を行い、それが、立花氏の支持者によってネット上で大量に拡散され、竹内氏に誹謗中傷が集中した(ウ)。その誹謗中傷が竹内氏の家族にまで及び、それに耐えかねた竹内氏は知事選の直後に議員辞職をしたが(エ)、その後も、竹内氏に対する誹謗中傷が続いた(オ)。

これらの経過から、竹内氏の死亡について、立花氏側の竹内氏に対する攻撃とそれに呼応する立花氏の支持者によるネット上での誹謗中傷の拡散が起因しているのではないかと疑われる。竹内氏の死亡について、立花氏がその責任を問われかねない立場にあったことは間違いない。立花氏には、そのような自己の責任を回避するために、死亡の原因が別の問題にあったかのような話を作り上げる動機は十分にあった。

次に、(ⅱ)の「摘示した事実が虚偽であることの明白性」であるが、立花氏が摘示した事実は、もし、事実であったとすれば、警察が捜査遂行上、本来厳重に秘密が守られるはずの「特定人の逮捕の予定」である。警察の捜査予定が、マスコミにリークされ、いわゆる「前打ち報道」が行われることもあり得ないわけではないが、それが、もしあったとしても、情報提供先はマスコミである。別の刑事事件で警察の任意の取調べを受けている立場にある立花氏に、捜査機関側が他人の逮捕の予定という捜査情報を提供する理由は全く考えられない。立花氏が、警察の逮捕予定について正確に情報把握できたとは全く考えられない。

一方で、立花氏は、竹内氏に関する投稿削除後も、 (サ)の「竹内氏は、犯罪に当たるようなことをやっていたので、警察の任意取調べや、逮捕の対象となるのが当然だった」などと発言している。もし、それが事実だとすれば、「竹内氏が任意取調べを受け、逮捕される予定だったこと」の現実的可能性があったことになるが、立花氏が、選挙期間中に行った「竹内氏に対する攻撃」がほとんど根拠に基づかないものであり、竹内氏が、「犯罪に当たるようなことをやっていた」という事実も、警察から取調べを受けていたことも考えらえない。

この点は、1月25日のTBS報道特集によっても明らかにされている(《追い詰められていた元兵庫県議の竹内英明さん 「でっち上げ」と発言した立花孝志氏は【報道特集】》)。同番組でインタビュー取材に応じた立花氏も、それらが根拠に基づかない「疑惑」に過ぎなかったことを認めている。

「竹内氏が警察に逮捕されることを苦に命を絶った」との事実摘示が全くの虚偽であることは、その内容からして明らかである。

最後に、(ⅲ)の「摘示した事実が虚偽であったことが判明した後の行動」である。殺人の「未必の故意」の場合であれば、「喧嘩の末にカッとなって刃物で人を刺したが、その後すぐに我に返り、すぐに救急車を呼ぶなど懸命の救命措置を行った」というような場合、「未必の殺意」を否定する方向に働くのと同様に、立花氏が、虚偽の事実の摘示を行った後に、それが虚偽だとわかって、それによる死者の名誉毀損、社会的評価の低下の程度を最小限にとどめるような行動を行っている事実があれば、「未必の故意」を否定する方向に働く。しかし、実際には、立花氏は、投稿後、警察関係者が全面否定する記事が出た時点で、投稿を削除し、訂正・謝罪をしたものの、その後も、竹内氏の社会的評価を低下させる(サ)の言動を継続している。虚偽の事実の摘示による死者の名誉毀損の影響を最小限にとどめようする姿勢は全く見受けられない。

以上のとおり、立花氏が竹内元県議の死亡の直後に、「竹内氏が警察に逮捕されることを苦に命を絶った」などとYouTubeで発言したことについて、「虚偽の事実の摘示」についての「未必的な故意」は十分に認められると考えられる。

竹内氏の死亡についての立花氏のYouTubeでの発言は、人が亡くなった直後に、死亡原因について社会的評価をおとしめる虚偽の事実を発信し、そのような名誉毀損発言が、SNSで大量に拡散したものであり、死者の名誉毀損として、遺族感情という保護法益を害する程度がもっとも大きい態様の行為だと言える。

捜査機関、検察官には、竹内元県議の死亡直後に立花氏が行った故人に対する名誉毀損行為に対して、遺族の意向を十分に尊重しつつ、法解釈上の問題や立証上の問題を十分に検討した上、適切な対応を行うことが求められる。

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都議会自民党「裏金問題」、所得税納税をうやむやにしてはならない!

東京都議会の自民党会派で、政治団体の「都議会自民党」が政治資金パーティー収入など計約3500万円を会派の政治資金収支報告書に記載しなかったとして、会派の経理担当職員が政治資金規正法違反(虚偽記載)の罪で略式起訴された。

同団体の政治資金パーティーでは、都議1人あたり50枚、金額にして100万円分の販売ノルマがあり、それを超えて100枚目までは全額を、101枚以上については半額を会派に納めずに手元に残すいわゆる「中抜き」が行われ、会派と都議側の収支報告書に収入として記載されていなかったということだ。

また6年前の政治資金パーティーでは、パーティー券を配る際、ノルマを超えた分のパーティー券の扱いについては、都議などが集まる総会の場で「ノルマを超えた分はお好きにどうぞ」などと説明されていたということだ。(『都議会自民党 会計担当者を略式起訴 政治資金パーティー実態は』NHK記事 2025年1月17日)

都議会自民党幹事長の小松大祐都議は、記者会見を開き、今回の政治資金パーティーの問題について、

「長年にわたって続き、会派全体の責任と重く受け止めている」

として、政治団体「都議会自民党」を解散する考えを表明し、近く収支報告書を訂正する考えも示した。

記載していなかった都議の人数や名前、それぞれの不記載額については、収支報告書の訂正が確定したあとに会見を開いて公表するとのことである。

政治団体を解散するとしても、その政治団体が開催した政治資金パーティーについて、政治資金規正法違反が問題になっているのであるから、当然、それについて必要な措置をとった上で解散するべきだ。

その際重要なことは、都議会議員が手にしていた裏金の「納税の問題」について、ケジメをつけることである。

昨年10月27日投開票の衆議院議員総選挙では、自民党は56議席を失い、自公でも215議席と、過半数を大きく割り込む結果に終わった。その大惨敗の原因の大半が、自民党派閥政治資金パーティーをめぐる「裏金問題」にある。

自民党派閥の政治資金パーティーをめぐって、ノルマを超えた売上が「収支報告書に記載不要の金」として派閥側から所属議員側に「還付金」ないし「留保金」として供与され、実際に、所属議員側では、政治資金収支報告書に記載していなかった。

総選挙では、野党側が、

「『裏金議員』は『脱税』『泥棒』」

と批判したのに対して、自民党側では、当事者の議員などが

「裏金ではなく不記載であり、記載義務違反という形式的な問題に過ぎない」

と主張したが、そのような「言い分」はほとんど無視された。

「裏金議員がほとんど処罰も受けず、裏金について所得税も課税されず、納税も全く行っていないこと」「裏金問題の事実解明がほとんど行われていないこと」について、自民党に対する国民の強烈な反発不満が生じ、自民党の惨敗につながったのである。(【「裏金問題」という“ブラックホール”に落ちた自民党】

「裏金議員」のほとんどが刑事処罰を受けなかったのは、検察の刑事処分の判断によるものであり、議員側の責任ではない。しかし、政治資金収支報告書の訂正と、裏金についての所得税の納税は、議員本人が判断すべきことである。

国会議員の場合は、公設秘書、私設秘書等が複数いて事務所で政治資金の会計処理が行われているので、派閥から「還付金」「留保金」として供与された金銭を、政治資金として管理していたとして(実際に、そうであったかどうかは別として)、その金銭は「政治資金」であったと説明することは一応可能だ。

すべての「裏金議員」が、検察の示唆を受けて、派閥側収支報告書の訂正に合わせて、所属議員も政治団体の収支報告書の不記載だったとして訂正し、所得税の課税を免れる結果になった。

一方、都議会議員の場合、秘書の数も議員によって異なり、事務所による政治資金の収支管理がどの程度行われていたのかも不明だ。

しかも、安倍派の政治資金パーティーのように、いったん派閥に納入した上で国会議員側に「還流」していたのではなく、すべて都議側が留保していたもので、その金額も、ノルマ超の売上のすべてが都議側に入るわけではない。派閥から都議への「政治資金の寄附」というより、パーティー券販売に応じた報酬の性格が強かったと考えられる。

都議個人が、政治資金パーティー券の売上の一部を個人の金と混同させていた場合、それは「政治資金」ではなく個人所得であり、所得税の納税をするのが当然だ、

自民党派閥政治資金パーティー問題では、裏金の処理の時期が、昨年3月の確定申告の時期と重なったこともあって、国民の激しい怒りを招き、確定申告を拒否しようという動きにまでつながったことは記憶に新しい。

今年も、これから確定申告の時期を迎える。

都議会自民党の各議員が、個人の手元に入っていた裏金を、今回、政治団体の収支報告書の訂正をして、所得税の修正申告も行わない、という態度をとった場合、都内の各税務署では、昨年の確定申告と同様の事態が起き、それが、今年7月の都議会議員選挙での自民党への猛烈な逆風につながることは必至だ。

都議会自民党幹事長は、不記載があったとされる都議について、手元に留保していたパーティー券の売上の一部を、どのように管理していたのか(個人の資金と混同していたのか、政治資金として別途管理していたのか)、その使途等について自主申告を求めた上、個人に帰属していたと認められる都議については、収支報告書の訂正ではなく、所得税の修正申告を行うように指導すべきであろう。

自民党都議会議員にとっては、今年の最大のイベントと言える都議会議員選挙に向けて正念場である。

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兵庫県知事選挙をめぐる公選法違反問題を、「法律の基本」から考える(1)~虚偽事項公表罪の成立範囲

11月17日投開票の兵庫県知事選挙は、選挙前の予想を覆し、不信任決議案の可決で失職した前知事の斎藤元彦氏が当選したが、その選挙をめぐって、公職選挙法違反等の問題が表面化し、捜査機関の動きも本格化しつつある。

今年12月2日に、弁護士の私と神戸学院大学教授の上脇博之とで提出した、斎藤知事らを被告発人とする公選法違反の告発状は、同月16日、神戸地方検察庁と兵庫県警察本部に受理された。

20日には、同選挙で落選した稲村和美氏の後援会が提出した、選挙期間中に稲村陣営のX(旧ツイッター)の公式アカウントが2回凍結された問題で「虚偽の風説を流布して業務を妨害された」とする偽計業務妨害の疑いと稲村候補に関して大量のデマ投稿が行われたことについての公職選挙法違反の虚偽事項公表罪の疑いについての告発状が兵庫県警に受理された。

告発事実が特定され、犯罪の嫌疑について相応の根拠が示されている以上、告発受理は当然であり、本来、それ自体に格別の意味があるわけではないが、最近、とりわけ政治家を被告発人とする告発については、捜査当局が慎重な姿勢であり、東京地検特捜部等では、刑事処分の直前に受理するのが通例になっており、また、警察は、告発の受理に難色を示し、説得して引き取らせようとする事例が多い。そのような実務の一般的傾向からすれば、今回、斎藤知事らの告発状の到達から2週間で告発受理に至ったのは異例の取扱いであり、しかも、我々の告発が検察、警察双方でほぼ同時に受理されたこと、稲村氏の後援会の告訴・告発も県警が早期受理したことをも併せて考えると、兵庫知事選挙をめぐる一連の問題について検察・警察の捜査への積極姿勢が表れていると思われる。

今回の兵庫県知事選挙をめぐっては、斎藤氏のパワハラや公益通報者保護法への対応に関連して100条委員会が設置され、その後、県議会が不信任決議案を全員一致で可決し、それを受け斎藤氏が失職した後の選挙だったこともあり、選挙後も、斎藤知事派と反知事派との対立状況が続いており、公選法違反の成否についても意見が対立している。

公職選挙法の罰則適用については、一般には理解されていない解釈問題や運用上の問題があり、弁護士等でも、必ずしも正確に認識理解しているとは限らない。また、意図的に誤った見解をSNS等で拡散する弁護士もおり、公選法についての誤った認識が拡散することが懸念される。

そこで、兵庫知事選挙に関連する公選法の問題について、3回に分け、

(1)虚偽事項公表罪の成否に関する問題

(2)選挙運動の対価にかかる買収罪の成否に関する問題

についての基本的事項も含む解説を行った上、

(3)今回の選挙をめぐる問題を受けての公選法の改正の方向性

について私見を述べることとしたい。

本稿では、まず、(1)について述べ、その後、(2)(3)について順次、投稿していく。

前提として、公選法という法律の一般的な傾向として、まず述べておきたいのは、同法には、選挙運動の自由、表現の自由の保障との関係から、選挙に関する発言や表現の内容自体に対しては基本的に寛大である一方、選挙に関する金銭、利益のやり取り、すなわち、買収や利害誘導等に対しては、投票買収・運動買収を問わず厳しい態度で臨むという一般的な傾向があり、判例・実務も、それに沿うものとなっていることである。

選挙に関する発言・表現の内容が選挙結果を左右するというのは、民主主義にとって望ましいことであるが、旧来の公職選挙においては、選挙に関する発言・表現が選挙結果に影響する程度は低いのが現実であったので、それをもっと積極的に行わせることが公選法の目的に沿うとの認識があったと考えられる。

その状況を大きく変えたのがSNS選挙である。SNSを活用すると、発言・表現が選挙において爆発的な威力を発揮する。「選挙運動の自由」を極力尊重しようとする公選法の規定だけで、SNSの威力から「選挙の公正」が守ることができない現実がある。

「選挙運動ボランティアの原則」との関係で言えば、従来は、選挙において不可欠なものとして、ポスター掲示、選挙カー運転のような機械的労務とウグイス嬢等だけについて例外的に対価支払が認められてきた。選挙で業務としてSNS運用に関わることが合法的に行える余地は小さい。しかし、選挙運動におけるSNS活用の重要性が急速に増大する中で、SNS活用は候補者にとって不可欠になりつつあり、それに関連する業務についても一定の範囲で対価支払を認めるルール変更も検討する必要がある、それを、「選挙運動ボランティアの原則」とどう整合させていくのかが重要な論点となる。

虚偽事項公表罪の適用範囲

選挙に関する発言・表現に対する罰則適用の典型例が公職選挙法235条の虚偽事項公表罪である。

1項で、「(特定候補を)当選させる目的」の虚偽事項公表については、身分・経歴・政党の所属等に関するものに限定して処罰の対象とされているが、2項では、「(特定候補を)落選させる目的」の場合について、あらゆる虚偽事項の公表に加え、事実をゆがめて公表することでも処罰の対象とされている。しかも、法定刑が、1項については「2年以下の禁錮又は30万円以下の罰金」であるのに対して、2項の犯罪については、「4年以下の禁錮又は100万円以下の罰金」とされている。

つまり、「落選目的の虚偽事項公表罪」は、「当選目的の虚偽事項公表罪」より、犯罪成立のハードルが低く、処罰は重く設定されているのである。

235条の1項は、誰かを当選させようとする通常の「選挙運動」についての規定で、場合には「口が滑る」ということもありがちなので,選挙への影響力が極めて強い「身分、経歴、政党の所属等の事項」等について虚偽の事項を公表した場合に限って処罰することとされている一方、2項は、特定の候補の当選を目的とせず、誰かを落選させるだけの目的の「落選運動」の場合であり、本来の選挙運動ではないから,そのような限定を外しても「選挙運動の自由」に対する制約は少ないということで、広い範囲が処罰の対象になっている。

そこで問題になるのが、「特定候補を当選させる目的で、他の有力候補を落選させることにつながる虚偽事項公表」が2項の適用対象になるのかという点である。

上記のように1項と2項を区別している趣旨からすれば、2項は、「特定候補の当選を目的としない、特定候補の落選だけを目的とする『純粋落選運動』」の場合に限定されるというのが素直な解釈だ。

私自身、2021年10月衆院選での「政治とカネ」問題での説明責任を理由とする甘利明氏の落選運動、2024年7月の東京都知事選挙での「カイロ大学卒」の学歴詐称問題を理由とする小池百合子氏落選運動、同年10月衆院選での「裏金問題」を理由とする丸川珠代氏の落選運動などで、「誰を当選させたい」ということは全く考えず、それぞれの理由で、各候補を落選させるための活動を行ってきた。この場合、ビラ、チラシの配布等について制限は受けないので、「落選運動チラシ」を公開するなどしてきたが、その際、落選運動としての発言や配布する印刷物の内容について、落選目的の虚偽事項公表罪の適用があることを当然の前提として、「虚偽」「事実歪曲」などにならないよう細心の注意を払ってきた。そのような2項の規定を特定候補の当選目的の発言にまで適用することは慎重に考えるべきだろう。

しかし、「特定候補を当選させる目的」であっても、そのための手段として「他の候補者を落選させる目的で、その候補者に関する虚偽の事項を公にする」というのは、正当な選挙運動から逸脱しているとみることもできる。そのような目的が明確な場合、「選挙運動の自由」として保護の対象にすべきではなく、広範囲に「虚偽事項」を処罰する2項の対象となる、と解釈する余地もある。

235条2項の適用対象が、このような「純粋落選運動」に限られるのか、今回の選挙で問題になっているような、斎藤氏という特定の候補を当選させる目的でで、対立候補の落選を意図して虚偽の事項を公表する行為も含まれるのか、この点は、本件について虚偽事項公表罪による処罰を求める場合の、大きな問題点である。

  

「稲村候補に関して虚偽事項を公表した」投稿・発言に関する問題

稲村後援会による公選法違反による告発の対象とされているのは、稲村氏に関して「外国人参政権を進めている」「県庁建て替えに1千億円をかけようとしている」などの「虚偽事項」がSNSで投稿され拡散されたというものだ。

選挙期間中の街頭演説で行われた同様の発言が、虚偽事項公表罪に当たるのではないかがSNS上で問題にされている。そのうちの一つが「NHK党」の斎藤健一郎参議院議員(以下、「斎藤議員」)の街頭演説での以下の発言だ。

友達に「斎藤候補以外の人になったら、稲村候補になったら1000億円かけて県庁舎を建て直すって言ってるよ。それでもよいのなら他の候補でもいいのかもしれないけど、それではダメだというのなら斉藤候補でいいんじゃない」という話をシンプルにしてあげてください。

稲村後援会の告発の内容からすると、稲村氏は1000億円かけて県庁舎を建て直す方針を示しておらず、「稲村候補が1000億円かけて県庁舎を建て直す方針を示している」と発言したとすれば、それが虚偽であることは明らかであろう。

しかし、斎藤議員の発言については、2項の虚偽事項公表罪の該当性には問題がある。まず、「稲村候補に関する虚偽事項」と言えるのかどうかだ。「言ってるよ。」というのが、「稲村候補が言っている」という意味であれば虚偽と言えるが、誰が言っているのかははっきりしない。誰かのいい加減な発言、あるいは予測であれば、稲村候補についての虚偽事項とは言いにくい。

そして、より根本的な問題は、「稲村候補を落選させる目的」と言えるかどうかだ。

演説の中では斎藤候補への投票を呼び掛けており、「斎藤候補に当選を得させる目的」の演説の中で、対立候補である稲村候補が「1000億円かけて県庁舎を建て直す方針」であるかのように発言しており、直接的に「稲村候補の落選を目的とする発言」と言えるかどうかは微妙だ。

この場合、2項の虚偽事項公表罪の適用に関して法解釈上の問題があることは、前述したとおりである。

本件で問題となっている稲村候補に関するデマ拡散行為の多くは、斎藤候補の応援・支援を目的とするものである。純粋に稲村候補の落選だけを目的とするものにしか2項の虚偽事項公表罪が適用できないとなると、処罰の対象はかなり限られたものとなる。この場合、既に受理されている稲村氏側からの告発は、アカウント凍結に関する偽計業務妨害罪の方が中心ということになるだろう。

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兵庫県知事選挙をめぐる公選法違反問題を、「法律の基本」から考える(3) ~SNS選挙に対応する法改正

11月17日投開票の兵庫県知事選挙をめぐって、斎藤知事らを被告発人とする買収罪についての告発状が、12月16日、神戸地方検察庁と兵庫県警察本部に受理され、20日には、稲村候補に関して大量のデマ投稿が行われたことについての虚偽事項公表罪等の告発状が兵庫県警に受理された。

本件選挙を機に、公職選挙においてSNSが選挙に大きな影響を与えることが認識され、その実態に即して公選法のルールを改めるべく、法改正に向けての議論が始められている。かかる意味において、本件選挙における適切な捜査と刑事処分は、本件事案の適切な法的処理のみならず、今後の公選法に関しても、重要な意味を持つものとなる

公選法改正の議論を適切に進めていくためには、選挙で実際に何が起きていたのか、現行法の罰則ではどの範囲が処罰の対象になり、どのような行為が処罰の対象ではないのか、現行法と現状との間にどのように乖離が生じているのかを把握すること、その前提として、本件の現行の公選法の解釈を正しく理解することが不可欠である。

そこで、【兵庫県知事選挙をめぐる公選法違反問題を、「法律の基本」から考える】と題して、3部作で解説と提案を行うこととし、12月23日に1作目の【(1)~虚偽事項公表罪の成立範囲】、25日に2作目の【(2)~選挙運動の対価支払いと買収】を投稿した。

3作目の本稿では、上記【(1)】【(2)】を踏まえ、SNSが公職選挙において極めて重要な手段となった現状に即して、公職選挙法をどのように改正すべきかについて私見を述べたいと思う。

 

「選挙運動」を正しく理解すること

公選法は、選挙運動の自由、表現の自由の保障との関係から、選挙に関する発言や表現の内容自体に対しては基本的に寛大である一方、選挙運動に関する金銭、利益のやり取りに対しては、「選挙運動ボランティアの原則」から厳しい態度で臨んでいる。

本来、選挙運動は、候補者本人と、その候補者を支持・支援する選挙運動者によって行われるものである。選挙運動にとって不可欠なポスター、チラシの制作等が公費負担の対象とされ、選挙カーの運転、ポスターの掲示等の機械的労務や、車上運動員(ウグイス嬢、手話通訳者)に対する所定の金額の範囲内での報酬支払が認められているが、それ以外は、選挙運動はボランティアで行うのが原則である。

判例上、買収罪との関係において、「選挙運動」は、「当選を得しめるため投票を得若しくは得しめる目的を以て、直接または間接に必要かつ有利な周施、勧誘若しくは誘導その他諸般の行為をなすこと」とされている。

その定義によれば、特定の候補者の当選を目的として主体的・裁量的に行う行為はすべて「選挙運動」であり、それに対して報酬を支払えば、告示の前後を問わず、上記例外を除いて、すべて、買収罪が成立する。

もっとも、選挙運動は立候補届出前に行ってはならないという「事前運動」の規制との関係では、立候補予定者等が選挙準備として行う行為は、それを行わなければ立候補すること自体が困難なので、主体的裁量的に行う行為であっても、「事前運動」の規制の対象にはならない(逐条解説公職選挙法改訂版(中)第129条(事前運動の禁止))。

このように、選挙運動に対する対価の支払に対しては、現行法は極めて厳格であり、現行法上は、選挙コンサルタントやPR会社などが、有償で「業務として選挙に関わること」は、その実態が明らかになれば、大半が違法ということにならざるを得ない。

今回の兵庫県知事選挙での斎藤氏と折田氏の関係については、斎藤氏がmerchuを訪問した9月29日以降、同社の社長の折田氏が個人のボランティアとして選挙に関わっていたことは斎藤氏側も認めており、

「選挙運動者や労務者というのは一種の人的属性であるから、選挙運動者が選挙運動と併せて選挙カーの運転等の労務者のなし得る行為をした場合に労務者となり、報酬の支給ができるものと解することはできない。」

とする判例の趣旨からも、同社にポスター、チラシのデザインの対価として支払われた71万5000円について買収罪が成立は否定できないように思われる。

しかも、一般的には、業者が行うポスター、チラシ等のデザインは、機械的労務であり、特定候補者の当選のための主体的裁量的行為ではないが、【(1)】で詳述したように、折田氏及びmerchuは、メイン・ビジュアルを起点とし、有権者向け訴求力を高めるための「公約スライド」作成とも相俟って、斎藤氏の選挙に向けてのデザイン戦略を担っていたのであるから、そのようなデザイン自体が、主体性・裁量性をもって行われた選挙運動と解される可能性が高い。

これまでも、選挙コンサルタントなどによる「業務としての選挙への関与」が、公選法上の問題になることはあったが、関与の実態が表面化することは少なかった。今回の選挙については、折田氏がnote投稿で選挙運動に主体的裁量的に関わっていることを自ら公言し、斎藤氏側が折田氏側への報酬支払の事実を明らかにした。そして、その後公開された斎藤氏の選挙運動費用収支報告書の内容により、「業務としての選挙への関与」と報酬の支払の実態が相当程度明らかになった。

このところ急激に高まっている「SNSの選挙に対する影響力」からすれば、公職選挙でSNS選挙戦略が有償の業務として行われることを放置すれば、今後の公職選挙において、ネット選挙戦略の付加価値が高まり、そのノウハウ・スキルを持つ業者に対する報酬が高額化し、「ネット金権選挙による腐敗」を招く危険性も否定できない。一方で、2014年にインターネット選挙が解禁されてから10年が経過し、選挙運動におけるSNS運用などのネット選挙戦略のウェイトが高まっている現状において、現行の公職選挙法のルールが、多くの面において実態に適合しなくなっていることも事実であり、今後、抜本的な見直しが必要になっていることは否定できない。

SNS選挙の実態に即した公選法改正の論点

そこで、今回の兵庫県知事選挙に関連して公選法改正の論点になると考えられるのが、「SNS上のデマ投稿の拡散」と「業務として行われるSNS運用に対する報酬の支払い」である。

まず、2014年のネット選挙解禁の公選法改正において、SNSがどのように位置づけられていたのかを確認しておきたい。

同改正では、ウェブサイト等における誹謗中傷等について一義的にはプロバイダ責任制限法に基づくプロバイダの対応に委ね、他方で密室性が高いので誹謗中傷やなりすましに悪用されやすい電子メールについては,第三者による送信を禁止し,誹謗中傷等の発生を防止することにした。改正の議論の時点ではまだ現在程影響力が大きくはなかったSNSは、「ウェブサイト等」に含むものとし、規制の強い電子メールには含まれない、という整理でスタートした。しかし、電子メール同様に多数人に情報の送信も可能で、誹謗中傷やなりすましのリスクが高いSNSは、改正後すぐにコミュニケーションツールの主役となり、電子メールだけ規制を強くした意味はなくなり、現状のようなSNSによるデマ拡散等の弊害が生じている。

このようなSNS上のデマ投稿に対して、現行法では、公選法142条の5で、Webサイト及びメールによる「当選を得させないための活動」、つまり「落選運動」について、責任ある情報発信を促す趣旨でメールアドレス等の表示が義務づけられ、一部の違反には罰則も定められている。ところが、「当選を得させる目的によるSNSを使用した選挙運動」には同義務について罰則がまったくないし、SNSは投稿時点で自動的に投稿者が表示され、返信も可能性となるので、投稿者は何もせずに表示義務を果たすことになると解されており、表示義務の規定は形骸化している。

もっとも、現行法上の特例として、選挙運動の期間中に頒布された「特定文書図画」が上記表示義務に違反している場合に、自己の名誉を侵害された候補者等の申出を受けてプロバイダ等が当該情報を削除しても民事上の賠償責任は負わないとされていることや、ネット掲示板やSNSにより自己の名誉を侵害された候補者・政党等からプロバイダ等に情報削除の申出があった場合、情報発信者に削除同意照会をし、2日リアクションがなければ削除が可能となるなど、選挙における表示義務を果たさない掲示板の書き込みや、表示義務は果たしているが候補者の名誉を棄損するSNSの投稿は、通常よりは削除が容易にできるようになっている(「プロバイダ責任制限法」第4条)。

しかし、この特例により削除の申し出ができるのは候補者・政党等に限られ、期間も選挙運動の期間中に限られる。選挙の最中の大事な時期に表示義務違反がないかを漏れなくチェックしたり、名誉棄損の投稿者に連絡して2日間待つ、といったことはなかなかできることではなく、しかも、削除の申し出先は、現在は、立法当時想定していた国内の大手プロバイダが中心ではなく、SNSの運営会社や、ネット掲示板運営会社であり、これらは海外事業者も多く、通信の秘密などを盾にすぐには応じない事業者も多いものと思われる。

諸外国でも、選挙におけるSNSの規制は問題になっており、欧州各国では、インターネットにおける虚偽情報・情報操作への対策として、虚偽情報やヘイトスピーチなどの削除、ネット配信停止や放送停止が可能な仕組みを導入する動きもあるようだが、そこには表現の自由との兼ね合いがあり、東南アジアなどでは、「虚偽」の恣意的な解釈などにより野党排除に悪用されている事例も少なくない。一方で、イギリス・アメリカは表現の自由を尊重し、基本的に対策はとられていないようである。

SNS上での虚偽情報・デマ投稿への対策

上記のとおり、SNS上での虚偽情報・デマの拡散に対して、現行法によるメールアドレス表示義務と投稿削除要請では有効な対策を行うことが困難だと考えられる。

では、デマ投稿を罰則の適用の方向で抑止することはできないか。

【(1)】で述べたように、当選目的の虚偽事項公表罪の対象の「虚偽」が限定されているため、SNSにデマを投稿する行為自体を公選法の虚偽事項公表罪によって処罰することは容易ではない。兵庫県知事選挙での斎藤健一郎参議院議員の街頭演説のように、「斎藤元彦候補の当選を得させる目的」を明示した上で、稲村候補が県庁舎建設に1000億円をかけようとしていると「政策に関する虚偽」を述べても、「虚偽事項公表罪」が成立すると解することは困難である。

 斎藤参議院議員のような発言を禁止しようと思えば、「当選目的による虚偽事項公表罪」の「虚偽事項」に「政策」を含めることも考えられるが、この場合の「政策」というのが、いつどの時点で候補者が掲げた政策とするのかを明確にする必要がある。少なくとも、候補者が選挙公約に記載している「政策」についての虚偽事項公表は、当選目的であっても処罰の対象とすべきであろう。

デマ投稿の「拡散」への対策

結局のところ、デマ投稿そのものを速やかに削除することが容易ではなく、立法上の措置にも限界がある。そこで、検討する必要があるのが、デマ投稿の「拡散」を防止ないし抑制する方向での対策である。

SNSのデマ投稿の問題は、それが大量に拡散され、多くの有権者の目に触れることにある。その大量拡散の原動力になっていると言われるのが、SNSを運営するプラットフォーム事業者の動画投稿等による収益の支払いだ。YouTube動画やその切り取り動画が拡散されて多く視聴されればされる程、広告料収入が増えるので、収益獲得を目的として、内容の真偽を問わず有権者の目を引く刺激的な投稿が拡散されやすい。

そもそも、公職選挙は民主主義の基盤であり、選挙権・被選挙権を有する国民が無償で権利を行使する場である。選挙に関わることで利益を得ようとすること自体が、公選法の目的に反するものである。選挙に関する発言・演説の動画を配信して利益を得ようとする行為の規制を躊躇する必要はないと考えられる。

「業務としてSNS選挙に関わること」への対策

次に、選挙運動ボランティアの原則、すなわち報酬支払の禁止と、SNS選挙との関係である。

もとより、選挙コンサルタントなどが、高額の報酬を得て、「当選請負人」のような業務を行うことが公選法の目的に照らし許されないのは当然だが、一方で、SNS運用が選挙で不可欠のツールになりつつある現実の下で、業務としてのサポートを厳格に禁止すれば、候補者自身或いは陣営のSNS活用のノウハウ・スキルの程度で選挙の当落が決まることにもなりかねない。それも公職選挙の在り方として望ましいとは言い難い。

これまで公職選挙法上、選挙運動に対する報酬支払が、車上運動員に対してしか認められていなかったこと、ポスター、チラシ制作等が公費で賄われていたことなど、現行の公選法の枠組みを、SNS運用が重要な手段となったネット選挙に適合するように見直していく必要があるのではなかろうか。

第一に、ポスター掲示板に紙の選挙ポスターを貼る、という従来の手法は、まさに「紙の時代」のやり方の典型である。しかも、選挙区が広く、有権者が多ければ多いほど、貼付のために膨大な労力を要し、そこに多額の「機械的労務費」も発生する。それが、選挙に金がかかる大きな要因になっていた。さらに、最近では、「表現の自由」を逆手にとって、ポスター掲示板に、公序良俗に反するような画像のポスターを掲示するという問題も発生している。

それを、可能な限りネットによる方法に改めていくことで、「金のかからない選挙」にしていくことを考えるべきではなかろうか。

具体的には、公費によるネット上での立候補者の紹介及び情報提供のための場を大幅に拡充し、動画なども含めて提供できるようにする。ポスターの掲示板も、デジタルサイネージによる電子掲示板を街頭への設置に変更することを検討すべきである。それによって、ポスター制作についての公費負担の費用を削減することができる。

このようにして選挙に関する開示情報のネット公開が中心になれば、各候補者は、そのような基本情報に関連づけてSNS等による広報戦略を立案し、実行していくことになるが、候補者間の公平が図れるよう、具体的なルールを定める必要がある。

そして、ルールに従ったSNS運用を行っていくことについて、「業務として選挙に関わること」に公的な位置付けを与え、候補者間の公平を図りつつ活用していくことが考えられる。

「公職選挙SNS運用管理者」制度を導入し、SNSを含む選挙戦略の企画立案・運用の方法や公選法の規定、ルール等について数日間の研修を義務づけ、それらを十分に理解していることが確認できた者にその資格を付与する。そして、候補者には、立候補の届出に当たって、同管理者の選任を義務づける。この「管理者」には、候補者側が主体的に行うSNS運用全体を把握し、それがルールに則ったものであるかをチェックするとともに、候補者の周辺でのルール違反行為を認知した場合の当局への通報を義務づける。そのように、法令遵守のための公的役割を担うだけに、車上運動員より高額の報酬の支払を認め、その一部を、公費負担の対象とする。その費用は、ポスター掲示板をデジタルサイネージに変更し、印刷代の公費負担を廃止することによる節減によって賄うことが可能である。

法改正のためにも真相解明と適正な刑事処分が不可欠

このようなネット時代に即した公選法の抜本改正を検討していくためにも、まずは、今回の選挙をめぐって、何が起きていたのか、それらが現行の公選法に照らして違反と認定し得るのかについて、捜査による真相解明と刑事処分が適正に行われることが必要である。

とりわけ、今回の兵庫県知事選挙においては、各候補者の動きについてネット上にも様々な情報が存在し、それによって、従来ではあり得ないほど選挙運動の実態が具体的に明らかになっている。そして、そのような選挙運動のやり方の評価についてもネット上での議論が行われている。捜査機関は、そういった情報を幅広く活用し、慎重かつ冷静に捜査を遂げ、その結果に基づく適正な刑事処分が行われることが望まれる。

今年は、7月には東京都議会議員選挙、参議院議員選挙が予定されているほか、少数与党となった石破政権の下ではいつ衆院選が行われるかも不明だ。

「紙から電子データ」「SNSによる情報拡散」が一層顕著になった時代における公職選挙を考えていく上で、今回の兵庫県知事選挙における公選法違反に関する捜査・刑事処分は、極めて重要な意味を持つものと言える。

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兵庫県知事選挙をめぐる公選法違反問題を、「法律の基本」から考える(2) ~選挙運動の対価支払いと買収

【兵庫県知事選挙をめぐる公選法違反問題を、「法律の基本」から考える】3部作の(2)は、「選挙運動の対価にかかる買収罪の成否に関する問題」である。選挙においてSNS活用が不可欠となった時代において、この問題を「法律の基本」に遡って考えてみたい。

公職選挙法は、選挙に関する発言や表現の内容自体に対しては基本的に寛大であるのと対照的に、選挙に関する金銭、利益のやり取りに対しては、投票買収、運動買収を問わず、厳しい態度で臨んでいる。

それに関して、「選挙運動ボランティアの原則」の下で、特定の選挙における特定の候補者の選挙に関する行為で、対価の支払が許されるのはどういう行為なのかを理解する必要がある。 

「選挙運動のボランティアの原則」と運動買収

個人の選挙への関わりという面で言えば、まず基本的には、選挙区内の有権者であれば、①「投票人」

の立場がある。誰に投票したかについて、「投票の秘密」が守られ、公務員が投票の秘密を害する行為は公選法違反の犯罪となる。どの候補者を支持しているかについても明らかにする義務はない。

次に、

②「選挙運動者」

という立場がある。選挙運動というのは「特定の候補者を当選させるための一切の行為」であり、選挙運動に直接関わることによって、外部に支持を表明することになる場合もある。特定の候補を支持する活動を行うことも、国民の重要な権利である。それが国民にとっての「権利行使」である以上、無償でなければならない。そこで、選挙運動はボランティアが原則ということになる。

そして、

③「選挙事務員」「機械的労務者」

などのように、「決定権、裁量権を持たず、候補者側の指示に基づいて機械的労務・事務を行うという選挙に関わる立場がある。

この3つのうち、候補者側が選挙に関わる者に対して報酬を支払うことができるのは、基本的に③の「機械的労務者・事務員」に限られる。②の選挙運動者には、例外的に選挙管理委員会へ届け出た上で報酬支払が行えるのが、ウグイス嬢、手話通訳者以外には報酬を支払ってはならない。

公職選挙に立候補し、公職に就くことをめざす候補者の立場から見れば、当選を得るための活動、すなわち「選挙運動」は、基本的に候補者自身が行うものであり、それを、その候補者を当選させたいと思う支持者・支援者のボランティアによる活動で支えてもらう、というのが公職選挙法の原則である。候補者が、①の投票行動に対して報酬を支払う行為は「投票買収」として、②の選挙運動に対して報酬を支払う行為は「運動買収」として公職選挙法違反となり、処罰されるのである。

「選挙運動を行う者」に合法的に報酬を支払うことができるのは「ウグイス嬢」「手話通訳者」のみである。それ以外で報酬を支払うことができる「機械的労務者」「選挙事務員」は、特定候補を当選させることを目的として主体的・裁量的に行う「選挙運動者」ではないので、報酬を支払っても買収とはならないのである。

すなわち、選挙に関する金銭等の授受についての公選法のルールは、極めて単純で、かつ厳格である。「ウグイス嬢」等の例外を除いて「選挙運動」を行う者に報酬を支払えば、すべて買収罪が成立するのである。

この点に関して、多くの人が誤解しているのが、選挙の告示との関係である。特定の選挙で特定の候補者の当選を目的として行う行為は、告示の前後を問わず「選挙運動」であり、告示の前に行えば、「事前運動」として違法となる。ただ、「事前運動」だけであれば、軽微な違反なので処罰されることは殆どない。しかし、その「事前運動」について対価の支払が行われれば、「選挙運動の対価」について買収罪が成立し、事前運動の違反と併せて処罰されることになる。

また、選挙運動費用収支報告書の区分上「選挙運動」ではなく、例えば「選挙準備」の区分とされているからと言って、「選挙運動の対価」であることが否定されるわけではない。支出区分は、報告書の記載における形式上の区別である。選挙準備行為とされていても、「機械的労務・選挙事務」に該当しない「特定の候補者の当選を目的とする主体的・裁量的行為」に対する対価支払は買収となる。

告示前の行為は、「政治活動」との主張ができるので、その対価を支払っても、政治資金収支報告書に記載すれば、公選法上も合法、というような認識もあったが、「政治活動」であっても、「特定の選挙で特定の候補者の当選を目的とする行為」であれば「選挙運動」に該当するというのが判例である。かつては、捜査機関側が「当選を得させる目的」の立証上の問題を考慮して「政治活動」の弁解が予想される事案の摘発に消極的だったに過ぎない。

近年、河井克行氏からの受供与者の事件の判決、柿沢未途氏に対する判決等では、行為者が、政治活動であることを理由に、選挙運動であることを否定する弁解がなされた場合でも、ことごとく有罪となっている。河井事件の受供与者の判決は既に最高裁で確定しているので、現在では、「特定の候補者を当選させる目的」が否定されない限り、「政治活動の言い訳」は、通る余地はない。

以上述べたことを前提に、斎藤知事らを被告発人とする告発にかかる公選法違反(買収罪)の問題について考えてみたい。

斎藤氏側から折田氏への供与と買収罪の成否

12月2日に提出した告発状で、斎藤氏らについて公選法違反(買収罪)の嫌疑の根拠としたのは、

  • (1)11 月 20 日に、株式会社merchu(以下、「merchu」) の代表取締役折田楓氏が、インターネットのブログサイト note に行った投稿(以下、「note 記事」)の内容によれば、折田氏はmerchuの社長として、同社の社員ともに、斎藤氏の知事選挙においてSNS広報戦略を全面的に任せられてその運用を行ったものと認められること
  • (2)折田氏のnote 記事の信用性が、投稿前後に斎藤氏の選対の主要メンバーであった森けんと氏、高見千咲氏らのX投稿によって裏付けられていること
  • (3)11 月 27 日兵庫県知事定例会見において斎藤氏に代わって行われた斎藤氏の代理人の奥見司弁護士がmerchuに対する71万5000円の支払を認めた上で行った「merchuにはポスター制作等を依頼しただけでSNS運用を任せておらず、折田氏は斎藤氏のmerchu社訪問後、個人のボランティアとして選挙に関わっていたとする説明」が不合理であり信用できないこと

の3点であった。

これらにより、奥見弁護士が支払を認めた71万5000円は、merchuへのSNS運用という選挙運動に対する対価を含むものだと結論づけたものだ。

このような告発状を提出したことを、オンライン会見を行って公表し、告発状をネットで公表したところ、告発人の私の下に兵庫県民から様々な資料、情報が提供された。それらを逐次、神戸地検、兵庫県警側に提供するなどしていたところ、12月16日に、神戸地検・兵庫県警が同時に、告発状を受理した。

告発事実が特定され、犯罪の嫌疑について相応の根拠が示されている以上、告発受理は当然であり、本来は受理自体に格別の意味はないが、最近、とりわけ政治家を被告発人とする告発については、捜査当局が慎重な姿勢であり、刑事処分の直前に受理するのが通例になっていることからすれば、今回、告発状の到達から2週間で、しかも、検察、警察双方で告発受理に至ったのは、異例の取扱いだった。

当初の告発状の内容に加え、兵庫県民からの様々な資料、情報の提供により、(1)について、折田氏が、単なる一ボランティアではなくSNS運用を主体的に行っていたことが、提供された折田氏の発言や活動内容についての情報資料から明らかになり、 (2)の森氏、高見氏のXでの投稿や他のSNSでの発言等についても多くの情報提供が行われ、それらによってnote記事の信用性が一層強く裏付けられた。それらに加えて、12月2日付けで提出された斎藤氏の選挙運動費用収支報告書中に71万5000円のmerchuに対する支払に関連する記載があり、奥見弁護士の説明を併せて考えると、支払の名目とされた「ボスター、チラシのデザイン」が選挙運動であり、それ対する対価の支払は買収と判断できることもで、地検・県警の早期告発受理の一因になったものと考えられる。

斎藤氏・代理人の説明が逆に犯罪を裏付ける結果に

斎藤氏の代理人の奥見弁護士の説明は、告発状の買収の嫌疑を否定するためのものであるのに、逆に、それによって買収の嫌疑が裏付けられる、というのは奇異に思えるかもしれない。しかし、前記の「選挙運動の対価の支払と買収」についての「法律の基本」が理解されていないとそのようなことも起こり得るのである。

そもそも、折田氏のnote記事投稿で買収疑惑が表面化した時点での斎藤氏自身の説明は、「選挙運動に対する対価の支払」を否定する説明になっていない。

斎藤氏は、当初から、

「PR会社には法律で認められているポスター制作などの費用として70万円ほどを支払った」

と説明していた(11月25日付けNHK等)。しかし、そもそも「法律で認められているポスターの制作費」として支払ったということだけでは、その支払が買収に当たらない説明にならない。

「ポスター制作」について法律が認めているのは、ポスターのデザイン・印刷という機械的労務の費用を選挙管理委員会に請求すれば、公費で賄われるということである。それ以外に、候補者自身がポスターのデザインの制作を委託して対価を支払った場合、それが買収に当たるかどうかは、そのデザイン制作という行為が、「当選を得させるための主体的・裁量的なものか否か」による。それが肯定されれば選挙運動に該当し、その対価の支払いは買収罪に該当する。それが否定され「機械的労務」だとすれば、買収罪は成立しないことになる。

斎藤氏は、「ポスターの制作代が公費で支払われる」ということを、「ポスター制作に関する支払は、主体性・裁量性を問わず、無条件に買収罪が否定される」と誤解していた可能性が高い。

そのため、そのような斎藤氏の主張を受けて行われた代理人の奥見弁護士が「ポスター、チラシ等によるデザインの対価の支払である」と説明したことで、結果的に買収罪の嫌疑が裏付けられることになったのである。

前述の「買収罪についての基本」が正しく理解されていれば、斎藤氏側が提出した選挙運動費用収支報告書と、奥見司弁護士の説明により、merchuに対する71万5000円の支払の名目とされているポスター、チラシ等のデザイン等の業務が選挙運動であることが認識できたはずであり、そのような説明で買収罪を否定するような対応が行われることはなかったはずだ。

そして、「買収罪についての基本的理解」を欠いたまま、斎藤知事の公選法違反の嫌疑を否定しようとするネット上の議論も行われている。

今後、選挙におけるSNS運用が不可欠になっている状況に対応して、公選法改正の議論を進めていく上でも「買収罪についての基本的理解」が進むことは重要だと思われる。

選挙運動費用収支報告書の記載や奥見弁護士の説明を前提に、買収罪が成立すると考えられることについて、具体的に解説しておこうと思う。

選挙運動費用収支報告書の記載内容

12月2日に斎藤氏側が提出した選挙運動費用収支報告書において、2024年11月4日に斎藤氏側からmerchuに支払われた71万5000円のうち、

  • 「メインビジュアル企画制作 11万円」
  • 「チラシデザイン制作16万5000円」
  • 「ボスターデザイン制作5万5000円」
  • 「選挙広報デザイン 5万5000円」

については、「支出の部」に、「選挙運動」の「区分」で、「さいとう元彦後援会」宛ての支払として記載されているが、

  • 「公約スライド制作 30万円(税別)」

は記載されていない。

斎藤氏の代理人の奥見弁護士は、

「(merche)社長ご夫妻は、斎藤氏が PR 会社を訪れた日以降、斎藤氏の考えに賛同してくださり、斎藤氏の応援活動をしてくださっている。」

と述べ、被告発人折田が、個人のボランティアで斎藤の選挙運動を行っていたことを認めた上、PR 会社からの提案に対して斎藤氏サイドが依頼したのが、請求書記載の5項目であり、これらは「選挙運動の対価の支払ではない」旨説明している。

しかし、前述したとおり、選挙に関する金銭等の授受についての公選法のルールは、極めて単純かつ厳格であり、「ウグイス嬢」等の例外を除いて、選挙運動者に対して報酬を支払うと、すべて買収罪が成立する。成立しないのは、「選挙運動者ではない機械的労務者・事務員」に対する支払だけである。

選挙運動費用収支報告書では、「メインビジュアル企画制作」「チラシデザイン制作」、「ポスターデザイン制作」「選挙広報デザイン」の支出を「選挙運動」についての支出と認めている。そして、その支出先は、報告書上は「さいとう元彦後援会」と記載されているが、それが、同日、後援会からmerchuに支払われたことは、奥見弁護士も認めている。

以下に述べるとおり、これら各項目は、すべて「主体的・裁量的に行った選挙運動であり、「機械的労務」に該当しないことは明らかである。

メインビジュアル

メインビジュアルとは、「ファーストビュー(最初に表示される画面領域)に含まれる大きな画像」である。

選挙運動費用収支報告書では、「メインビジュアル企画制作」として11万円が支払われている。支出先は「さいとう元彦後援会」だが、実質的には、mercheからの請求を受け、斎藤側が同社に支払ったものである。

note記事の中に貼り付けられている画像は、以下である。

   

下部に作成されたメインビジュアルの作成の意図について、その上で説明が加えられている。この説明からも明らかなように、メインビジュアルは、有権者への訴求力を最大限に高めるための選挙運動の基本的なコンセプトを表現したものである。主体的・裁量的に行われた選挙運動であることは明らかである。

note記事では、こうしてできあがったメインビジュアルについて、「デザインガイドブック」を作成して、選挙カーや看板を制作する業者にも配布し統一を図ったと述べている。

「チラシ作成費」「ポスター作成費」

選挙運動費用収支報告書によれば、「チラシ作成費」「ポスター作成費」については、mercheへの「ポスターデザイン制作5万5000円」「チラシデザイン制作16万5000円」のほかに、公費負担で「セイコープロセス株式会社」に、チラシについて98万5500円、ポスターについて150万2550円が支払われている。

同社のHPには、「チラシのデザインについて」と題して、以下の記載がある(https://www.seikoprocess.co.jp/printing/flyer/

《掲載したい内容がリストアップできたら、何を一番知らせたいか、の順番を決めてください。その上で、イメージしているものに近い資料や色柄、雰囲気などお伝えいただければ、弊社デザイナーが効果的なデザインに仕上げさせていただきます。》

つまり、同社で、「弊社デザイナーが効果的なデザインに仕上げる」というのであるから、斎藤氏側は、mercheが作成したメイン・ビジュアルに基づいて、ポスター・選挙ビラの「デザイン」を同社に委ねることもできた。しかも、その場合は、費用を一括して選管に請求することで、公費負担とすることも可能だった。 

チラシとポスターについては、(ア)実際に、上記HPの案内のようなやり方で、セイコープロセス社にデザインも含めて発注していた可能性と、(イ)note記事に書かれているように、折田氏が「紙媒体も既存の型にははめず、斎藤さんのことを分かりやすく様々な年代の県民の皆さまに届けるためにはどうしたら良いのか、仕様やサイズの異なるそれぞれの媒体でのベストをデザインチームと日夜追求した」可能性の二つがある。

(ア)であれば、mercheが「デザイン制作を行った」とは言えない。この点、note記事は少し「盛っていた」ということになり、「ポスター」「チラシ」のデザイン料の請求は実質的に架空請求だったことになる。

一方、(イ)の場合は、セイコープロセス社に「機械的労務としてのデザイン」を含めて公費で頼むことが可能であったのに、それを行わず、印刷だけ発注し、「ポスター」「チラシ」のデザインを、敢えてmercheに依頼し、有権者に届ける効果的なデザインを追求したということになる。この場合は、mercheがこれらのデザインを「当選を得させる目的」をもって主体的・裁量的に行ったことになる。

すなわち、(ア)であれば、デザイン料の名目で、実質的に斎藤氏に当選を得させる目的で行ったSNS運用等の他の選挙運動の対価だったことになるし、(イ)であれば、デザイン料の支払いが主体的・裁量的な選挙運動の対価だったことになる。

いずれにしても選挙運動の対価であったことは否定できない。

「公約スライド作成」が選挙運動であること   

斎藤氏は、10月23日に、知事選への出馬表明を行い、その際の記者会見で印刷配布する「知事選候補としての政策」のスライド化を折田氏に依頼し、公約の内容をワードファイルで提供した。

同スライドは、10月23日の記者会見で使用された後、1頁目が斎藤氏のYouTubeライブの際に背後に映る壁に掲示されているほか、全体が、斎藤氏の公式ホームページに「さいとう元彦の政策」として掲載されている。

この時点での斎藤氏は、9月19日に不信任決議案が可決されて失職した前知事であり、スライド制作を折田氏に依頼した10月上旬の時点では、無所属で立候補する意思を表明していたものの、当時、当選の可能性は低いと考えられていた。

公約スライドは、斎藤氏の公式ホームページに掲載され、斎藤氏が知事選挙で当選して再度知事の職に就いた後も、同氏の政治活動にも継続して使われていることは事実であるが、少なくとも、10月上旬の時点では、知事選に当選しなければ、同人が公約スライドを政治活動に使用する余地はほとんどなかった。だからこそ、選挙運動に使用するために、少しでも効果的な公約のスライド化は、まさに知事選において当選するために、有権者への訴求力を最大限に高める必要があり、そのために、30万円という高額の費用を支払ってでもPR会社社長というプロに依頼したものと考えられる。

このような依頼時の状況からしても、知事選挙で当選する目的をもって、政策スライドの作成を依頼したことは明らかである。

スライド制作の依頼を受けた折田氏は、note記事において、

「ワードファイルの内容を読み解き、どのような方でも見やすいデザインを意識したスライドに仕上げるため、記者会見の直前まで手直しをし、何とか間に合わせた」

と述べている。この「どのような方でも」というのが、「知事選での有権者である兵庫県民に広く」という意味であることは明らかだ。そして、そのような目的に沿うよう、公約スライド全体が構造化されており、細部に至るまで様々な工夫が加えられている。 

斎藤氏の前回知事選での公約スライドが今回とほぼ同じ枚数(11枚)であるものの、グラフもイラストも写真もなく、有権者への訴求力を追求して構造化されている今回の公約スライドとは全く異なっている。

奥見弁護士は、「公約の中身ではなく、あくまでデザインの委託費」と説明しているが、折田氏自身のnote記事によれば、その「デザインの委託」というのは、斎藤氏が提供した公約内容のワードファイルを基に、公約スライドを作成することを折田氏に全面的に委ねたのであり、折田氏は、その構成、文字の大きさ、色使いなどにより、有権者への訴求力を高めるために、様々な創意工夫を行って公約スライドを完成させた。

公約スライド制作に、斎藤氏を当選させるための活動としての主体性・裁量性があったことは明白である。

同様に、「選挙公報デザイン」も、公約スライドの2~4頁を、有権者への訴求力を最大限に高めるようにデザインしたものであり、当選を得させる目的の主体的、裁量的行為であることは明らかである。

各支払の「選挙運動の報酬」該当性

上記の通り、政治資金収支報告書にあるmercheへの「チラシデザイン制作」「ポスターデザイン制作」の合計22万円は、セイコープロセス社にデザインも含めて発注したのであれば、架空請求だったことになり、実際には、他に同社が行った斎藤氏の選挙のための業務の対価だった可能性がある。そうでない場合は、デザイン制作が主体的・裁量的に行われたことになる。

また、「公約スライド制作」「メインビジュアル企画制作」「選挙広報デザイン制作」は、いずれも「機械的労務」ではなく、斎藤を当選させることを目的として主体的・裁量的に行っているものであるから、選挙運動に該当する。

したがって、11月4日に斎藤氏側がmercheに支払った71万5000円は、いずれも選挙運動の報酬であり、斎藤氏について買収罪、折田氏について被買収罪が成立することになる。

斎藤氏、代理人奥見弁護士、いずれの説明も「買収罪の否定」になっていない 

奥見弁護士は、9月29日に斎藤氏がmercheの事務所を訪問して以降、折田氏は個人としてボランティアで選挙運動を行っていたこと、すなわち、同日以降、折田氏が「選挙運動者」であったことを認めている。

《選挙運動者(選挙民に対し直接に投票を勧誘する行為又は自らの判断に基づいて積極的に投票を得又は得させるために直接、間接に必要、有利なことをするような行為を行う者)や労務者(上記括弧内の行為を行うことなく、専らそれ以外の労務に従事する者)というのは一種の人的属性であるから、選挙カーの運転行為のみを行う者が労務者であるからといって、選挙運動者が選挙運動と併せて選挙カーの運転等の労務者のなし得る行為をした場合に労務者となり、報酬の支給ができるものと解することはできない。》

との判例例(東京地判平15・8・28、同旨2事案:東京高判昭47・3・27、大阪高判昭36・12・20)に照らせば、折田氏がmercheの社長として行った「ポスター・チラシのデザイン、スライド制作等」が、仮に「機械的労務」であったとしても、それについて折田氏に対価を支払えば買収罪が成立する。(支払先はmercheであるが、同社は折田氏が代表を務める小規模企業であり、同社への支払は折田氏への支払と同視できる可能性が高い。)

さらに、mercheについては、12月20日付けの読売新聞記事で

《10月5日、斎藤氏と広報担当者に対し、SNSを使った選挙中の情報発信で協力できると提案した。翌6日、広報担当者からこの支援者のスマートフォンに「SNS監修はPR会社にお願いする形になりました」などと、提案を断る趣旨のメッセージが届いた。」》

と報じられており、同記事のとおりであれば、斎藤氏側は、他の支援者から情報発信への協力を申出られても不要として断る程度に、mercheにSNS運用を全面的に委ねていたことになる。

結局のところ、斎藤氏の代理人として奥見弁護士が行った説明自体が、買収罪を否定する弁解として成り立たないのである。

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