美濃加茂市長事件、裁判所職権証人尋問を台無しにした”ヤメ検弁護士の資料送付”

本日(5月23日)、美濃加茂市長事件控訴審で、贈賄供述者中林の証人尋問が行われた。

今回、控訴審において裁判所が職権で証人尋問を行うという異例の措置が行われた趣旨が、中林自身の裁判で弁護人を務めた(が、今は中林と全く関係のない)ヤメ検弁護士の信じ難い行為によって、全く無に帰してしまったことが明らかになった。この弁護士は、検察内部の協議のことまで検察官から知らされていたと一審判決で指摘された「検察協力型ヤメ検弁護士」だ。

今回の中林の証人尋問は、通常の一審での証人尋問とは異なり、控訴審裁判所が、事前の記憶喚起などを経ないで、中林の現時点での「生の記憶」を確かめるために実施されたもので、そのような尋問の目的から、裁判所は、検察官に「証人テスト(証言内容について事前に確認して打合せを行うこと。検察官がこれまで多くの事件で用いてきた。)は控えてもらいたい」との異例の要請を行った。また、「記憶喚起のために事前に資料を送付すべし」との検察官の意見も退け、簡略な尋問項目等を送付するのみにとどめ、詳細な資料提示は、公判廷での証人尋問において行う方針が示されていた。

ところが、今日の中林の証言によれば、融資詐欺・贈賄の罪で服役中、今回の証人尋問の実施について裁判所から正式の通知を受ける前に、中林自身の裁判で弁護人だった東京の弁護士から、尋問事項に関連する資料として、贈賄に関する捜査段階の供述調書と、藤井市長に対する一審無罪判決の判決書(通常、その事件の検察官・弁護人などの当事者以外の者が入手できるものではなく、判決要旨も、報道関係者に、報道目的に限定して配布されるのみであり、藤井市長事件と関係のないこの弁護士がどのような方法で入手したかは不明である)を受刑中の刑務所に送ってもらい、事前に読んだ上で、本日の証人尋問に臨んだとのことだった。なぜそのような資料を元弁護人の弁護士から送ってもらったのか、弁護人から質問されても、曖昧な証言に終始した。

結果として、中林は、藤井市長の一審での証人尋問とほとんど同じ証言を行った。その内容のほとんどは、中林が入手した資料に書いてあることであり、今回の中林の証人尋問の実施の目的の大半は損なわれることになってしまった。

尋問項目は、裁判所から中林にあてた証人尋問決定書に添付されて事前に示されているので、捜査段階の供述調書と、一審での中林の証言内容が詳しく記載されている一審の判決書を入手していたのであれば、中林にとって、一審での証言内容を控訴審の公判廷で繰り返し証言することは容易だった。

一審判決では、中林が証人尋問に臨むに当たって、検察官と相当入念な打合せをしていたことで、中林が客観的資料と矛盾がなく、具体的かつ詳細で不自然かつ不合理な点がない供述をすることは自然の成り行きだ、とされた。今回の控訴審での中林の証人尋問においては、一切の「予備知識」も「打合せ」もなく、中林の現在の記憶に基づいて証言を行わせることが最大の目的だった。【検察にとって「泥沼」と化した美濃加茂市長事件控訴審】でも述べたように、中林の証人尋問によって、中林の虚偽供述の動機の真相が明らかになるかもしれないという、検察にとって極めて厳しい状況になっていた。

ところが、検察官が控訴審で中林の証人尋問に関して強く求め、裁判所が応じなかった「事前の証人テストの実施」「記憶喚起のための事前の資料送付」が、中林の弁護人だった弁護士の全く不可解な行動によって、実際にはそれを行ったのと同様の結果になったのだ。

なぜ、中林の弁護人だった弁護士が、検察を救済するような行動に出たのか。余りにも不可解だが、少なくとも、「贈賄供述者が一審と同様の証言を行った」と単純に表現できる状況ではないことは明らかだと言えよう。

 

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東京五輪招致をめぐる不正支払疑惑、政府・JOCの対応への重大な疑問

5月12日、フランス検察当局が、日本の銀行から2013年7月と10月に2020年東京オリンピック招致の名目で、国際陸上競技連盟(IAAF)前会長のラミン・ディアク氏の息子に関係するシンガポールの銀行口座に、「東京2020年五輪招致」という名目で約2億2300万円の送金があったことを把握したとの声明を発表した。

この疑惑は、前日に、英紙ガーディアンが特ダネとして報じていたもので、フランスの検察当局の声明を受け、AFP、CNNなどの海外主要メディアも続々と「重大な疑惑」として報じているようだ。

こうした事態を受け、日本オリンピック委員会(JOC)の竹田恒和会長は、5月13日、自ら理事長を務めていた東京2020オリンピック・パラリンピック招致委員会(2014年1月に解散、以下、「招致委員会」)としての支払の事実を認めた上で、「正式な業務契約に基づく対価として支払った」などと説明した。

しかし、竹田会長の説明内容は極めて不十分であり、フランスの検察当局が声明まで出して指摘している、東京2020オリンピック・パラリンピック(以下、「東京五輪」)招致をめぐる疑惑に対して、納得できる説明とは到底言えない。

竹田会長の発言に対する重大な疑問

サンスポのネットニュースに、以下のような竹田会長と記者との一問一答が掲載されている。

――報道をどう受け止めたか。

「招致活動はフェアに行ってきたと確信している。支払いはコンサルタント料と確認でき、公認会計士の監査、指導を受けた上で送金されている」

――送金口座について。

「(国際陸連前会長の)ディアク氏とどういう関係があるかは知らない」

――どんな会社か。

「中東の情報分析に実績がある会社だと報告を受けた。細かく承知していないが、事務局が必要だと判断した」

――フランスの検察当局から連絡はあったか。

「ない。国際オリンピック委員会(IOC)からは照会があったので、全て伝えている」

――活動報告書に記載のある支出か。

「裏のお金なんてあるはずない。正当なお金。業務契約に基づいて払われ、招致活動に使った」

――約2億円は高額では。

「事務局で判断した」

竹田会長の発言中、まず、招致活動がフェアに行われたと「確信している」と言っている点だが、フェアに行われたか否かは、今回の疑惑に関して、不明な点が明らかにされて初めて評価・判断できるものだ。竹田会長が、全ての支出先について具体的にその当否を判断して支出したというのであれば別だが、問題とされている送金先について「細かく承知していない。事務局が必要だと判断した」と言っているのである。現時点においては、招致活動がフェアであったか否かについて重大な疑問が生じ、その疑問が払拭されるだけの情報もないのであり、「確信する」と言えるだけの材料がそろっているとは思えない。

重要なことは、竹田会長が「裏金ではなく、正当な業務契約に基づいて支払われた」と述べている点、つまり、問題とされている会社への約2億2300万円の支払が、招致委員会という組織において承認された正式な契約に基づいて支払われたと認めていることだ。

もちろん、組織内での正規の出金手続きを経ないで支出された「裏金」であれば、それ自体が不正であり、目的も不正なものであった疑いが濃厚となる。しかし、「裏金」ではなく組織の正式な契約に基づいて支払われたものだったからと言って、支払いに問題がなかったとは言えない。

フランス検察当局の声明によれば、送金した先がIAAF前会長の息子に関係する会社の銀行口座であるという事実があり、それが2020年五輪開催地を決定する時期にあまりに近いタイミングであることから、開催地決定に関して権限・影響力を持つIOC委員を買収する目的で行われた不正な支払いだった疑いがあるということだ。

問題は、招致委員会側に、そのような不正な支払いの意図があったのか否かであり、事務局側の判断で行ったことであれ、会長等の幹部が了承して行ったことであれ、JOC側にそのような意図があったのに、それが秘匿されていたのだとすれば、JOCが組織的に開催地決定をめぐる不正を行ったことになり、東京五輪招致をめぐって、極めて深刻かつ重大な事態となる。

そして、もし、招致委員会側には不正の意図はなく、支払った先が、偶然、そのような疑いを受ける存在だった、ということであれば、2億2300万円もの多額の金銭の支払いの目的と理由が何だったのかが問題となる。その点について、JOC側が十分な説明を行っていないことで、不正の疑いが強まることになる。

このように考えると、招致委員会による正規の支払であり、組織としての決定に基づく支払いだと認めたことのほうが、問題は、より重大かつ深刻とも言える。

前記問答での竹田会長の発言の中で気になるのは、「支払いはコンサルタント料と確認でき、公認会計士の監査、指導を受けた上で送金されている」と述べている点である。

「正規のコンサルタント料として支出したものであり、それについて、監査法人による監査、指導を受けた上で支出しているので、何の問題もない」「少なくとも、(会長の)自分は、監査法人の指導を受けた上で事務局が支出したということで、正当な支払と信じていた」ということが言いたいのであろうが、ここで「監査法人による監査」を持ち出すのは的外れであり、問題の「すり替え」を行おうとしているように思える。

招致委員会の支払が、不正な会計処理によって行われ、裏金として支出されていたのであれば、そのような不正の有無は監査法人による監査でチェックされるべきであって、監査法人の指摘がなかったのだから、不正はないと信じていた、ということも言えなくはない。

しかし、招致委員会の組織の意思決定に基づいて行われた支出なのであれば、監査法人が指摘できるとすれば、支払いの勘定科目が適切ではないことや、手続き上の瑕疵があった場合である。このような問題があれば、監査法人が監査で指摘すべきということになるが、竹田会長自身が、「正当な業務契約に基づいて支払われた」と言っているのであるから、少なくとも、契約や承認の形式面には問題はなかったという趣旨であろう。

むしろ、今回の疑惑に関して問題となるのは、①招致委員会側が実際には不正の意図をもっていたが、それを秘匿したまま機関決定したのではないか、②支払承認の機関決定の時点で、支払の目的・理由について内部での説明・検討が不十分だったのではないか、の2点であるが、少なくとも、①の問題は、委員会側の主観的な意図の問題であり、それを秘匿されていれば監査法人には知りようがない。また、②の問題も、書類上、形式が整っていれば、監査法人としては、委員会内部の検討・議論の当否に言及することはできないであろう。

結局のところ、今回の約2億2300万円の支払について、監査法人の監査・指導を受けていることは、疑惑を否定することの根拠にも、招致委員会幹部の責任を否定する根拠にもならない。

JOCの広報官も、「支払われた2億2300万円は、コンサルティング、招致運動のプランニング、プレゼンの指導、情報・メディア分析などの対価として支払われた」と説明しているようだが、2013年7月、10月という支払の時期との関係で、その業務の内容、対価の合理性などが具体的に説明されない限り、疑惑が晴れるものではない。

「調査」を行おうとしない日本政府・JOC

不可解なのは、フランスの検察当局の声明によって、東京五輪招致に関する重大な疑惑が生じているのに、日本の政府・JOCの側で、それに関して客観的事実を調査する姿勢が見えないことだ。

JOCの竹田会長は、まさに、招致委員会の理事長として今回の約2億2300万円の支払を承認した当事者だ。支払先に際してどの程度の認識があったかに関わらず、少なくとも重大な責任があることは否定できない。しかも、JOCのトップの竹田会長が、今回の問題について、「東京五輪招致活動がフェアに行われた」「正当な支払だった」などと現時点から断定的な言い方をしているのは、むしろ、フランスの検察当局の声明で表面化した疑惑を否定するどころか、一層疑惑を深めるものと言える。

そして、このような事態に対して、現時点で、JOC側にも、日本政府側にも、「調査」を行う動きが全く見られない。

菅官房長官は閣議のあとの記者会見で、「フランスの検察当局から発表があったので、関係省庁との連携を図りつつ、政府として事実関係の把握にさらに努めていくと同時に、改めて、東京都、JOCに対し事実関係をきちんと確認していきたい」と述べたということだが、要するに、「フランスの検察当局が把握している事実関係を、日本政府としても把握すること」とJOCに事実関係を確認することしか、現時点では考えていないということだ。鈴木大地スポーツ庁長官も、「これは招致活動のうえでのコンサル料であり、コンサルティングに対する対価だとの報告を聞いている」とコメントしたと報じられている。

招致委員会が組織として正規の手続きで支払った2億2300万円もの多額の資金が、五輪招致をめぐる不正に使われた重大な疑惑が生じているのであり、しかも、JOCのトップは、支払いを行った招致委員会のトップで、まさに当事者そのものである竹田会長であり、JOCに事実確認しても、真実が明らかになることは全く期待できない。利害関係のない、外部の第三者による調査が最も強く求められるケースであることは明らかである。JOCがそれを行わないのであれば、政府がJOCにそれを強く求めるか、自ら設置すべきであろう。

もちろん、フランスの検察当局の声明も、現時点では、「東京2020年五輪招致」という名目で、開催地を決定する時期にあまりに近いタイミングで、2億2300万円を超える金額が、五輪開催地を決める投票権を持つIOCメンバーの息子に近い人物の会社に送金されている事実を指摘しているだけだ。

しかし、少なくとも、フランスの検察当局の声明とその前後の各国メディアの報道によって、日本の五輪招致活動に対して重大な疑念が生じていることは否定できない事実であり、それについて、日本政府・JOCが「フェアな招致活動」だと主張するのであれば、少なくとも、その約2億2300万円の支払について、疑念を解消できるだけの説明が行われ、その是非を判断するための調査を行う必要がある。

その際、現時点での問題が、「裏金」の問題や、監査法人の監査の対象になるような会計処理の問題なのではなく、招致委員会の決定に基づく支払いの目的・理由と、その是非の問題であることに留意が必要であろう。

この点、急きょ「オリンピック・パラリンピック招致裏金調査チーム」という名称のチームを立ち上げた民進党も、問題を正しく理解しているとは思えない。

疑惑に関する調査に、日本政府も、JOCも後ろ向きの姿勢を示しているのは、「綺麗ごとだけで五輪招致を実現できるわけではない」という認識から、徹底した調査を行えば、ある程度の不正な資金提供等の事実が出て来ることも十分にあり得ると考えているのかもしれない。そうだとすれば、「今更、東京五輪開催を辞退することはできないので、開催に決定的な支障となるような事実が表面化しないようにするしかない。」と考えていることになる。

しかし、そのような考え方は、これから4年余りに起きることを想定した場合に、適切な判断とは到底言えない。

このまま東京五輪開催で本当にいいのか

今年8月開催されるリオデジャネイロ五輪を、ブラジル国民はどのような思いで迎えようとしているのであろうか。ブラジル経済の急速な悪化、大統領周辺も含む大規模な汚職事件での政治の混乱、そして、五輪直前の大統領の職務停止、ジカ熱の蔓延、五輪関連工事の遅れ等々。これらの事態の中で、「五輪招致は行うべきではなかった」と考えている国民が増えているのではないだろうか。

しかし、このような事態の中でも、リオ五輪の開催をやめることができなかったのは、このような事態が相次いで発生したのが、既に開催辞退ができない時期に入ってからだったからだ。

そのリオ五輪で、「次期開催地は東京」と何の限定もなくアナウンスされてしまえば、事実上、開催地変更はできなくなるであろう。そういう意味では、開催辞退を決断するとすれば、今後1~2か月が、最後の時点と言ってよいであろう。

新国立競技場の建設、エンブレム選定をめぐるトラブルに加え、大地震の連続という過去に例のない熊本大震災の発生、五輪開催予定地東京の首長舛添要一都知事の政治資金の私的費消等の問題など、4年後に東京五輪が開催されるとすれば、想像しただけで気が滅入るような出来事が続いている。

それに加えて、海外から、その東京五輪招致自体に対して疑惑の目を向けられるとすれば、このまま東京五輪の開催を維持することが、日本の国にとって、社会にとってプラスになることとは到底思えない。

五輪招致をめぐる疑惑について、徹底した調査を行ったうえ、問題があったことが明らかになっても、それでもなお、東京五輪を開催するというのが国民の意思であれば、招致を巡る問題を呑み込んだうえで国民全体が心を一つにして、開催に向けて取り組んでいくべきであろう。

今回の招致委員会をめぐる疑惑について、客観的かつ独立の調査機関を設けて徹底した調査を行い、速やかに招致活動をめぐる問題の真相を解明した上で、東京五輪の開催の是非についての最終的な判断を、国政選挙の争点にするなどして、国民の意思に基づいて行うべきではなかろうか。

 

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舛添都知事の“拙劣極まりない危機対応”、告発・刑事事件化は必至か

正月の家族旅行の費用を、政治資金収支報告書に「会議費」として記載していた疑いなどが指摘されていた舛添要一東京都知事が、昨日(5月13日)の定例記者会見で、

参議院議員時代の2013年1月と2014年1月の2回にわたり計37万1000円を会議費として千葉県内のホテルに支出していたことについては、宿泊していた部屋で事務所の関係者らと会議を行った。2013年は直前に行われた総選挙の結果総括と、その年の7月に予定されていた参議院選挙の対応について、2014年については、直後に出馬表明した都知事選の対応について会議を行なった。

などと、ホテル代金の支払いは政治活動の支出であったと説明した。そして、

会議使用とはいえ、家族が宿泊している部屋を使用して懸念を招いたことは反省している。

と述べて、2件の会議費の支出について、収支報告書を訂正、削除した上で返金する方針を明らかにした。

正月の温泉ホテルでの家族との滞在の際に、政治に関連する「会議」を開いたと説明しながら、会議の内容はおろか、参加者や人数などについても「政治的な機微やプライバシーに関わる」として明らかにしないという説明は凡そ論外であり、全く信用できない。この点については、長谷川豊氏(【舛添さんの大ウソ話を「物的な証拠」もなしにそのままスルーする都政記者たち】)、おときた駿氏(【舛添知事は速やかに辞職し、参院同日選で都民に信を問え】)などのブログでの厳しい指摘に全く同感である。

【舛添東京都知事の資質・姿勢に対する根本的な疑問】でも述べたように、私は、舛添氏の政治家としての姿勢・資質について、かねてから根本的な疑問を持っており、今回の疑惑について週刊文春で指摘された後、「精査する」という言葉を繰り返していた舛添氏が、記者会見で、真摯な説明・謝罪をすることはないだろうと思っていた。舛添氏が、会見で見苦しい弁明・言い逃れをしたのは予想どおりであった。

しかし、それにしても私が不思議に思うのは、数日間、「精査する」という言葉を繰り返し、時間をかけて検討していたわりには、余りにも弁明の内容が拙劣なことだ。都民の理解・納得を得られないどころか、刑事責任という面に関しても、重大な「突っ込みどころ」を提供してしまったように思える。

今回の舛添氏の疑惑については、政治資金規正法違反(政治資金収支報告書への虚偽記入罪)に当たるのでないかが問題とされていた。家族旅行の費用を政治資金の支出として記載するのが、「虚偽の記入」に当たることは当然のようにも思えるが、それが、実際に、犯罪として処罰の対象になるかと言えば、そこには、いくつかの隘路があった。

まず、政治資金の「支出」に関する虚偽記入について、政治資金規正法違反で刑事責任を問われた例は、おそらく過去にはないだろうということだ。

政治資金の寄附などの「収入」を収支報告書の記載から除外する「ヤミ献金」が処罰の対象にされた例は多数ある、しかし、「支出」に関しては、過去に、問題が指摘されて政治家が批判された例は少なくないものの、刑事事件として立件され、処罰された例は聞いたことがない。政治資金の使い方は、基本的には、政治家や政党の政治的判断に委ねられているので、おかしな使い方をしていても、「支出の適切さ」の問題にとどまり、収支報告書の記載が「虚偽」で、しかも、「意図的な虚偽の記入」だと立証できる場合はほとんどないからだ。

ましてや、2件のホテルの宿泊代の合計約37万円という金額は、過去の政治資金収支報告書の虚偽記入罪の事例と比較すると、二桁小さい。

常識的に考えれば、今回の舛添氏の問題も、刑事事件として立件され、起訴される可能性は低いということになる。

ところが、今回の舛添氏の弁明で、「会議費」として記載した理由について、「宿泊していた部屋で事務所の関係者らと会議を行った。」と説明したことで、その「会議」が実際に行われたのかどうかが、収支報告書の「虚偽」記入があったのか否かに関する最大のポイントとなった。しかも、その「会議」の存在には、重大な疑問が残されたままである。

そもそも、本当に会議を開いたのであれば、少なくとも、参加者の人数ぐらいは示せるはずであり、長谷川氏も指摘するように、正月の家族旅行中に緊急に会議を行ったのであれば、関連するメール等のやり取りがあるのが当然だ。

舛添氏の会見での説明が嘘だとして、政治資金規正法違反で検察庁に告発が行われる可能性は高いであろう。その場合、「会議」が実際に開かれたかの事実解明が、検察によって、刑事事件の捜査として行われることになる。客観的証拠を収集し、関係者から聴取すれば、事実は容易に判明するはずだ。

37万円という金額について、刑事事件にするレベルかという問題はあるものの、政治団体の代表者である舛添氏自らが、「会議を開いたのだから“会議費“の記載は虚偽ではない」という弁解を続け、それが虚偽だったということになれば、「政治資金の収支を公開し、政治団体及び公職の候補者により行われる政治活動が国民の不断の監視と批判の下に行われるようにする」という政治資金規正法の趣旨に照らして、看過できない犯罪と評価されることになりかねない。

もっとも、政治資金収支報告書に関連する犯罪については、収支報告書の記載について責任を負うのは会計責任者であり、今回の舛添氏の問題も、会計責任者に「虚偽の認識」がない限り犯罪にならない、という見方もあるが、私は、必ずしもそうは思わない。

というのは、政治資金収支報告書に、記載すべき事項を記載しなかったという「不記載罪」は、その記載義務を負う会計責任者の「身分犯」であり、会計責任者に犯罪が成立しなければ、代表者を含め、他の者に犯罪が成立する余地はないが、「収支報告書に虚偽の記入をした」という「虚偽記入罪」は、身分犯ではなく、誰が行っても犯罪は成立するとされている。今回の問題でも、「会議費」の記載について、舛添氏自身が行ったか、或いは、行わせたという事実が立証できれば、犯罪が成立することになる。

事実関係の詳細は不明だが、家族旅行のホテルの宿泊費は、舛添氏自身が支払いを行い、ホテル側から領収書を受け取っているはずだ。そして、舛添氏が、記者会見で、それを「返金する」と言っていることからすると、そのホテル宿泊費に該当する金額が、政治資金から舛添氏に支払われたということだろう。そうなると、その領収書を会計責任者に渡し、政治資金から支払いを受けた段階で、実際には、会議が開かれていなかったということであれば、虚偽であることを認識していた舛添氏の指示によって、会計責任者が、政治資金収支報告書に「会議費」と虚偽の記載をしたことになり、舛添氏自身について虚偽記入罪が成立することになる。(会計責任者が「会議の不存在」を認識していれば舛添氏との共犯。知らなければ、会計責任者を「道具」に使って舛添氏が自ら記入したということになり、「間接正犯」が成立する。)

つまり、会議が実際は行われていなかったとすれば、告発された場合には、罰金程度の処罰は免れないという結果になる可能性が高い。(罰金刑でも、原則として公民権停止で都知事失職となる。)

舛添氏は、どうして、自ら墓穴を掘るような拙劣な対応をするに至ったのだろうか。この数日間、舛添氏の危機対応を検討し、助言する弁護士や専門家がいれば、そのような助言はしないはずだ。

私が予想していた、最も「手強い弁解」、「巧妙な危機対応」は、「正月の家族旅行でホテル宿泊中にも、常に政治情勢の分析を行い、自らの政治活動の方針について考え続けていた。そのためのロケーションとして、家族も滞在する、海の近くのホテルが最も相応しい場所だった。滞在中も、関係者との電話連絡も行った。そこで、ホテル滞在費も、政治に関する費用に含まれると考え、政治資金から支出した。」と説明し、「『宿泊費』として政治資金収支報告書に記載すべきだったのに、会計責任者が『会議費』と誤って記載してしまった。」と説明し、いずれにしても「収支報告書を訂正、削除した上で返金する。」としていれば、これを「明白で意図的な虚偽記入」だとして刑事処罰を行うことは困難だったはずだ。

そのような説明で、「会議費」ではなく「宿泊費」だったと認めた上で、全面的に自らの非を認め、政治資金の使い方についての自ら姿勢を徹底的に改めるとして、真摯に謝罪していれば、都民の理解納得を得ることも、ある程度ではあるが期待でき、しかも、刑事処罰のリスクもなくすことができたはずだ。

前記ブログ記事で長谷川氏は、「時間をかけて弁護士さんやリスクマネジメントの専門家チームと何時間もかけて質疑応答の練習をしてたんでしょ。訴えられないように。」と推測しているが、専門家にそういうことを依頼するとすれば、その費用には、都の予算はもちろん、政治資金をあてることもできず、「自腹で払う」ことになっていたはずだ。あらゆることについて自信満々で、しかも、ケチだとされる舛添氏は、そのようなことにお金を使おうとしなかったのではないか。

だとすると、結局、そういう舛添氏の人間性が、このような拙劣な危機対応という結果を招き、事態を一層深刻なものにしてしまったと言えるだろう。

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甘利問題、「あっせん利得罪」より、むしろ「あっせん収賄罪」に注目 ~検察捜査のポイントと見通し②

前のブログ【甘利問題、検察捜査のポイントと見通し①(あっせん利得処罰法違反)】に続き、甘利問題についての犯罪の成否に関して、刑法のあっせん収賄罪(197条の4、懲役5年以下)を中心に考えてみることとしたい。

あっせん収賄罪は、「公務員が請託を受け,他の公務員に職務上不正な行為をさせるように,又は相当の行為をさせないようにあっせんをすること又はしたことの報酬として」賄賂を収受、要求又は約束した場合等に成立する。

甘利氏及びその秘書をめぐる問題については、国会議員である甘利氏だけではなく、甘利氏の公設秘書、政策秘書も特別職国家公務員なので、あっせん収賄罪の主体の「公務員」に当たる。

あっせんを受ける客体も「公務員」でなければならないが、国土交通省の職員はもちろん、UR職員も、都市再生機構法10条に「みなし公務員規定」があるので、「公務員」に該当する。

甘利氏の秘書が、A案件(2013年5月に、建設会社側の依頼を受けた甘利事務所が介入した後に、同年8月に約2億2000万円の補償金が支払われた案件)とB案件(URの工事によって建設会社所有の土地のコンクリートに亀裂が入ったことに関して、建設会社がURに産廃処理費用として数十億円の補償を行うことを要求した案件)について、URへの働きかけを依頼されて、金銭を受け取ったことは、週刊文春の記事からも、また、甘利氏が記者会見で認めているところからも間違いないようである。

そこで、あっせん収賄罪が成立するか否かは、「他の公務員に職務上不正な行為をさせるように,又は相当の行為をさせないように」請託を受けた(依頼された)と認められるか否かにかかっているということになる。

あっせん利得処罰法違反(「あっせん利得罪」懲役3年以下)と比較すると、あっせんの対象となる職務行為については、あっせん利得罪では「契約」「行政処分」に関するものに限定されているが、あっせん収賄罪では、公務員の職務行為はすべて含まれる。また、あっせんの態様について、あっせん利得罪では「職務上の権限に基づく影響力を行使した」ことが要件とされているが、あっせん収賄罪ではあっせんの態様は制限されていない。

唯一、あっせん収賄罪が、あっせん利得罪より成立要件が厳しいのが、あっせんの対象となる職務行為が「不正」なものであること、つまり、公務員として本来行うべきでないことをやる、又は、行うべきであることをやらないことをあっせんした場合に限られている点である。この点が、かつては、あっせん収賄罪の立件の最大のハードルであった。

公務員の職務行為には、多くの場合、何らかの「裁量の幅」がある。「裁量の範囲内で、できるだけ有利に取り計らうこと」は「不正」ではなく、「裁量の範囲を超えた職務行為」が「不正」に当たると考えられてきたからだ。

公務員に、裁量の範囲を超えた「不正」を行うことを要求しても、一般的には、応じるとは考えられないし、そのようなことを公務員に依頼して、その対価としての賄賂を渡すということも、考えにくい。

そのため、あっせん収賄罪は、昭和33年の刑法改正により新設されて以降、適用事例は、1968年の日通汚職事件の1件だけで、「事実上死文化した贈収賄規定」だという見方が一般的だった。

その常識を覆して、あっせん収賄罪を適用して国会議員を逮捕・起訴したのが、1994年、宗像紀夫特捜部長率いる東京地検特捜部が取り組んだ、「ゼネコン汚職事件」の終着点となった中村喜四郎衆議院議員の事件だった。

 

ゼネコン汚職事件での「特捜の暴走」

東京地検特捜部が、93年7月の仙台市長逮捕を皮切りに、地方自治体の公共工事発注をめぐるゼネコンから首長への贈収賄事件を次々と立件していったのが、いわゆる「ゼネコン汚職事件」だ。捜査着手当初から、「中央政界の国会議員への波及」が社会の最大の関心事となり、そうした中で、検察のストーリーに沿う供述調書に署名させるための暴力的・威迫的取調べが横行していた。そんな中、他地検から特捜部の捜査の応援に入っていた検事が参考人に暴行を加え,全治3週間のけがを負わせる特別公務員暴行凌虐事件も発生した。

そして、ダム工事の受注に関してゼネコンから1000万円を受け取った疑いで元自民党幹事長の大物政治家の逮捕寸前まで行ったが、贈賄を自白していたゼネコン担当者が、賄賂資金を横領していたことが発覚して、捜査は行き詰まった(【検察が危ない】ベスト新書:2010年)。この事件を題材にしたフィクションが、私が「由良秀之」のペンネームで書いた推理小説【司法記者】(講談社文庫)である。(2014年の【WOWOWドラマWシリーズ「トクソウ」】でドラマ化された。)

それでも、宗像部長率いる特捜部は、中央政界への事件の波及に拘り続けた。挙句の果てに、ほとんど無理筋だと思われたあっせん収賄事件を立件して「中央政界への波及」を果たしたのが、元建設大臣の中村議員の事件だった。当時、自民党は、結党後初めて政権を失い、細川連立政権下にあったときのことである。

 

事件の中央政界への波及の終着点としての「あっせん収賄事件」

この事件は、まさに「特捜検察の暴走」を象徴する事件だった。中村議員が、ゼネコン側からの依頼を受けて、公正取引委員会が調査していた埼玉土曜会談合事件について、検察への刑事告発を見送るよう、当時の梅沢節男公取委委員長に働きかけ、その報酬として1000万円を受け取ったとされた事件だった。中村議員は、依頼を受けたり、梅沢委員長に働きかけたりはしていないと一貫して否認し、ゼネコン幹部も、告発見送りの働きかけの依頼をしたことを否認し、その点についての証拠は梅沢委員長の証言しかなかった。その埼玉土曜会談合事件を、公取委の中で、検察からの出向で担当したのが私であった。私は、事件の調査の状況も、告発見送りの経過も熟知していた。その後、公取委の出向勤務を終え、東京地検特捜部に所属した私は、公取委での経験から、特捜部が立件しようとしていた中村議員の事件の検察のストーリー自体に無理があることを具体的に指摘し、談合事件の調査経緯等に関する上申書も主任検事に提出していた。

そもそも、この事件の刑事告発を目指していた公取委の前に立ちはだかり、「絶対に告発をさせない」という姿勢で臨んだのは、当の検察だった。「60社を超える企業の談合事件で、膨大な人員と労力がかかる(上、それをやったからと言って、公取委が主体の事件であって検察の手柄になるわけではない)」というのが、その驚くべき理由だ。そんな事件に関して、検察が、中村議員の「告発見送りの働きかけ」を不正行為ととらえるのは、全くのお門違いだということは、前掲【検察が危ない】でも述べた。また、近著【告発の正義】(ちくま新書:2015年)では、私自身の公取委での体験に基づき、梅沢委員長が、かなり早い段階で告発見送りを決めていたことも書いた。

しかし、それ以上に大きな問題は、仮に、中村議員が、ゼネコン側から依頼されて、梅沢委員長に、埼玉土曜会の告発を見送るように働きかけた事実があったとしても、「職務上相当の行為をさせない」という「不正のあっせん」とは言えないのではないかという点だった。

刑事告発を行うか否かについて、公取委は、裁量権を持っている。もし、公取委側に、何とか告発をしないでほしいと要請するとしても、通常であれば、「公取委の裁量の範囲で、告発をしないように取り計らってくれ」という趣旨の依頼にとどまり、「裁量を逸脱して不正に告発を見送ってくれ」ということまで頼んだりはしないであろう。

そのような常識的な見方からは、あっせん収賄罪を立証することは困難と判断するのが当然だ。しかし、ゼネコン汚職事件の捜査の過程で、いくつもの国会議員の事件が浮かんだものの立件できるようなものはなく、元幹事長の事件の立件も断念せざるを得なかった特捜部にとって、中村議員の事件が「残る唯一の国会議員の事件」だった。NHKニュースで、立件断念が報じられたりもしたが、特捜部は立件に拘った。

そして、昭和42年の関谷勝利議員以来、27年ぶりという「国会議員の逮捕許諾請求」で、世の中を騒然とさせた末に行われたのが、中村議員の逮捕だった。

「職務上不正な行為のあっせん」については、ゼネコン幹部から、「告発すべきものと思料される場合であっても公取委が告発をしないように働きかけてもらいたい」と依頼されて梅沢委員長に働きかけたという「ストーリー」が組み立てられた。告発すべき事件を告発しないのは、公取委の裁量を超えた「職務上不正な行為」に当たるという理屈だった。

私が指摘していたその事件のストーリーへの違和感も、主任検事宛てに提出していた上申書も無視された結果の逮捕であった。

 

有罪にするために裁判所がとった「職務上不正な行為」の解釈

当時、ゼネコン汚職事件の捜査を指揮した特捜部長が、現在内閣官房参与を務める宗像紀夫氏、副部長が、現プロ野球コミッショナーの熊崎勝彦氏だ。

元建設大臣という大物国会議員を逮捕・起訴したことで、ゼネコン汚職事件は、マスコミや世間の期待どおり、「中央政界の政治家への波及」という華々しい成果を挙げて終結し、当時の特捜部の幹部にとって大きな成果・実績となった。しかし、検察内部では、この事件で、26年ぶりに適用されたあっせん収賄罪で、果たして有罪判決が得られるのか、疑問視する見方は少なくなかった。

中村議員は、梅沢委員長に告発見送りを働きかけたことを一貫して否認し、法律上も、あっせん収賄罪が成立する余地がないことを争い、無罪を主張し続けたが、一審、二審とも有罪とされ、最高裁で上告が棄却されて、実刑判決が確定した。

検察が世の中から拍手喝采を浴びて国会議員を逮捕・起訴したような事件で、裁判所が検察の判断を否定することはほとんどない。いくら無理筋の事件であっても、いったん特捜部が、国会の逮捕許諾まで得て国会議員を起訴した事件で、無罪判決を出すことは、裁判所にとって余程抵抗があることだったのであろう。

しかし、裁判所は「告発すべき案件であっても告発しないように働きかけた」という検察のストーリーは採用しなかった。それとは別の構成で「職務上不正な行為のあっせん」を認定したのである。

2003年1月14日に出された上告審判決では、

公務員が、請託を受けて、公正取引委員会が同法違反の疑いをもって調査中の審査事件について、同委員会の委員長に対し、これを告発しないように働き掛けることは、同委員会の裁量判断に不当な影響を及ぼし、適正に行使されるべき同委員会の告発及び調査に関する権限の行使をゆがめようとするものであるから、刑法197条ノ4にいう「職務上相当ノ行為ヲ為サザラシム可ク」あっせんすることに当たる

との判断が示された。

つまり、検察のストーリーは「告発すべきものであっても、告発しないように」というあっせんだったが、「告発すべきであったか否か」は問題にせず、「調査中の審査事件」について告発しないように働きかけたこと自体が「不正」だとしたのだ。

「調査中の事件について告発をするか否か」は、本来、公正取引委員会の「裁量の範囲内」である。それに対して、「調査中の事件を告発しないように働きかける」というのが、「職務上不正な行為をさせるように,又は相当の行為をさせないようにあっせんをする」に当たるということになると、「公務員の裁量の範囲内の行為に対して働きかけをして介入した場合」でも、あっせん収賄罪が成立することになる。

この事件では、「職務上不正な行為」という成立要件との関係で、あっせん収賄事件を立件することは困難であったのに、当時の検察の判断で無理やり起訴が行われ、従来の常識的な解釈からは不正の認定は困難だったのに、裁判所は、無理やり「有罪の結論」を導いた。

結果として、あっせん収賄罪の「職務上不正な行為」の要件は、大幅に緩和されることになったのである。

 

甘利問題へのあっせん収賄罪の適用の可能性

「公務員の裁量の範囲内の行為への介入」であっても「職務上不正な行為」に当たるという中村議員事件の最高裁判例を前提にすると、あっせん収賄罪の適用のハードルは大幅に下がることになる。そうすると、むしろ、法定刑の重いあっせん収賄罪の方が、その後立法化されたあっせん利得罪より、適用が容易になったと見ることすらできる。

このようなあっせん収賄罪をめぐる過去の動きを踏まえて、甘利氏の問題について、今後の捜査の見通しと、同罪の適用の見通しを考えてみよう。

【甘利問題、検察捜査のポイントと見通し①(あっせん利得処罰法違反)】でも述べたように、A案件で、URが甘利事務所が介入した後に、すんなりと短期間のうちに約2億2000万円の補償金を支払ったのは、UR側にとって、その支払が「裁量の範囲内の行為」だったからだと考えられる。一方、B案件については、そのような影響力を持つ甘利氏側からの要請があっても、URは補償金の支払に応じなかった。それは、その支払に応じることが、UR側の裁量の範囲を超えていて、応じると「職務上不正な行為」を行ったことになるからだと思われる。

そうすると、少なくとも、B案件については、お金が支払われなくても犯罪は成立することから、甘利氏の秘書が、建設会社側から、UR側に対して「職務上不正な行為を行うようあっせん」を行い、その報酬として金銭を受け取った、ということで、あっせん収賄罪が成立する可能性が高い。

そればかりか、2億2000万円の補償金が支払われたA案件についても、中村喜四郎事件で「同委員会の裁量判断に不当な影響を及ぼし、適正に行使されるべき同委員会の告発及び調査に関する権限の行使をゆがめようとするもの」という理由であっせん収賄罪の成立を認めた最高裁判決を前提にすると、あっせん収賄罪が成立すると判断する余地が十分にある。URの補償金支払が、何らかの基準に基づいて行われたとしても、そこには、UR側の裁量の余地があるはずだ。甘利事務所側の介入を、URの「裁量判断に不当な影響を及ぼし、適正に行使されるべきURの補償金の金額決定をゆがめようとするもの」ととらえれば、「職務上不正な行為」のあっせんに当たると見ることもできる。

そして、甘利氏本人についても、URに対して何らかの働きかけをしていれば、「職務上不正な行為のあっせん」と認められる可能性があるし、秘書からURへの働きかけについて報告を受けていれば、自ら50万円の現金を2回受け取った行為についても、あっせん収賄罪が成立する可能性がある。

【甘利問題、検察捜査のポイントと見通し①(あっせん利得処罰法違反)】でも述べたように、「あっせん利得罪」の公訴時効は3年であり、A案件については、今年8月20日に公訴時効が完成する。しかし、「あっせん収賄罪」は、法定刑が「5年以下の懲役」であることから、公訴時効期間も「あっせん利得罪」より長く、5年である。A案件についても、公訴時効完成までにはまだ2年以上の期間がある(もっとも、贈賄側の時効は3年である。)。

これまで、甘利問題については、「あっせん利得罪」の適用ばかりに注目が集まってきたが、既に明らかになっているA、B両案件をめぐる事実関係からすれば、むしろ、「あっせん収賄罪」の方が、立証できる可能性が高いように思われるし、公訴時効までの期間にも十分な余裕がある。

 

「特捜の暴走」の副産物としてのあっせん収賄判例をどう活用するか

元建設大臣中村喜四郎議員のあっせん収賄事件は、ゼネコン汚職事件捜査が「中央政界へ波及」して終結したという意味では「終着点」となったが、一方で、ひるむことなく突き進みさえすれば、事件がいかに無理筋であっても、ストーリーどおりの供述調書をとるためいかに不当な取調べを行っても、手段は問われず、咎められることはない、ということを示す前例となり、その後の「特捜の暴走」の原点ともなった。

そして、その結末が、大阪地検の証拠改ざん事件、陸山会事件での捜査報告書改ざん事件などの不祥事による検察の信頼失墜であった。

原点となったゼネコン汚職事件での「特捜の暴走」の副産物となったのが、中村議員のあっせん収賄事件の最高裁判例であり、それは、あっせん収賄という犯罪の性格そのものを大きく変えてしまいかねない程、大きな意味を持つものだった。

そして、一連の検察不祥事の後、特捜部が初めて手掛けた本格的な政治家の事件が甘利氏とその秘書をめぐる問題である。旧来のような不当なストーリー、不当な取調べによる捜査ではなく、適正な捜査を着実に行っていくことで、与党有力政治家と資産12兆円にも上る独立行政法人との歪んだ関係を背景にした事件の真相に迫る、まさに、特捜再生のための格好の事件が今回の事件である。

ゼネコン汚職事件当時の特捜部長で、現在、内閣官房参与でもある宗像紀夫弁護士は、東京地検特捜部が強制捜査に入った後も、あっせん利得罪の成否について消極見解を述べ続けているが、それが明らかに誤っていることは、【甘利問題、今なお消極見解を述べる宗像紀夫弁護士・内閣官房参与】で述べたとおりだ。

甘利問題でのあっせん収賄罪の適用の可能性について、宗像弁護士の見解を聞いてみたいものである。特捜部長として捜査を指揮し起訴した事件の「副産物」と言える最高裁判例を無視することはできないであろう。

この最高裁判例をどう活用するかということも含めて、甘利問題を、あっせん収賄罪の成否という視点から、改めて考えてみる必要がある。

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舛添都知事、ファーストクラスは、本当に「完璧な睡眠」のためか

舛添要一東京都知事が、5月9日のTBSニュース23に出演し、海外出張費や公用車の使用等の問題について釈明した。

全体として、問題を指摘された行為についての十分な説明にも真摯な謝罪にもなっておらず、【前のブログ記事】で指摘した「舛添氏の政治家としての姿勢・資質に対する疑念」を一層深めただけだった。

中でも呆れ果てたのは、海外出張でファーストクラスを利用したことについて、「到着後、すぐに仕事をするのに備え、完璧に寝て体調を整えるためだった」などと強弁したことだ。

ファーストクラスなら熟睡できるが、ビジネスクラスではそれができない、ということのようだが、一般的に言えば、それは違うと思う。

ヨーロッパへの出張の際、クライアントが手配してくれたファーストクラスに搭乗したことが数回あるが、眠れる程度で言えば、ビジネスクラスとそれ程大きな違いはない。睡眠を妨げる要因には、揺れ、音、明るさなど様々な要因があり、「寝心地」だけの問題ではない。眠れない時はファーストクラスでも眠れない。むしろ、最近では、ビジネスクラスもほとんどフルフラットであり、到着後ただちに仕事ができるように設定されている。睡眠に関してはそれで十分なはずだ。

ファーストクラスとビジネスクラスとで、何と言っても決定的に違うのは、機内で提供される料理と酒などのグレードだ。航空会社によって違いはあるが、ファーストクラスの料理は、高級食材がふんだんに使われており、さすがに旨い。酒も、高級ワイン、シャンパン等が飲み放題だ。要するに、長距離の機内滞在の間、思い切り贅沢ができる、というのがファーストクラスなのだ。舛添氏には、そういう「贅沢」を、都民の税金で行うことに抵抗感はないのであろうか。

舛添氏は、「些細なことで自分を批判する『下々の都民』には、ファーストクラスのことなどわかるわけがない」と思って、「完璧な睡眠で到着後の仕事に備えるため」などと強弁しているのではないだろうか。

羽田から広島に向かう機内で、プレミアムクラスに近い場所の「普通席」に、SPを従えた自民党の現職外務大臣が乗っているのを見かけたことがある。「政治家は納税者たる国民の負担で活動している」という意識から、敢えて普通席に乗っているように思った。それが、常に国民の視線と批判にさらされる政治家として、あるべき姿なのではないだろうか。

また、舛添氏は、高額の海外出張費について、「事務方に任せきりだった」と説明し、「細かく精査し、できるだけ無駄をカットしたい」などと発言したが、これも論外であり、見苦しいとしか言いようがない。

都知事に仕える都庁職員の「事務方」というのは、常に、できる限り都知事の意向に沿うように心がけており、明示の指示がなくても、意向を「忖度」して対応しているはずだ。舛添氏が、海外出張費等に関して、できるだけ納税者の都民に負担をかけたくないという「意向」なのであれば、「事務方」も、当然、それに応じた対応をしたはずだ。

それを、あたかも、無神経な「事務方」が、都知事の意図に反して高額の海外出張を企画したかのように言う舛添氏には、自分に仕える都職員の立場も、心情も、全く理解できていないように思える。

私も東京都民だが、こういう人物が知事を務めている東京都に住民税を払うことには、正直、抵抗がある。大地震の被災地熊本の自治体や、被災地を支援する自治体などへの「ふるさと納税」を精一杯活用し、東京都への納税は最小限にしたいと思っている。

 

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三菱自動車の「第三者委員会」が担う役割と今後の課題

4月26日、三菱自動車は、燃費試験に関する不正について国土交通省に報告し、その内容について、相川社長らが、記者会見で説明を行った。そして、同日、不正事実について調査するため、元東京高検検事長の渡辺恵一弁護士を委員長とし、いずれも検事経験者の弁護士3名で構成される「特別調査委員会」の設置も公表した。

同社の国土交通省への報告内容には、以下の事実が含まれている。

(1)14型『eKワゴン』『デイズ』(2013年2月申請)に設定されている4つの類別(燃費訴求車、標準車、ターボ付車、4WD車)のうち、燃費訴求車の開発において、2011年2月時点の目標燃費は26.4km/lであったが、その後の社内会議で繰り返し上方修正し、最終的(2013月2月)には29.2km/lまで引き上げていたこと

(2)同燃費訴求車につき、燃費を良く見せるため、走行抵抗を実測したデータの中から小さい値を選別し、走行抵抗を設定していたこと

(3)走行抵抗の実測に当たって、法規で定められた惰行法と異なる方法「高速惰行法」を用いていたこと

(4)14型および15型『eKスペース』『デイズルークス』などの車種の燃費について、上記14型『eKワゴン』『デイズ』のデータを基に、実測ではなく、目標燃費に合わせて机上算出し、申請していたこと

4月21日の最初の会見の公表事実には含まれていなかった「データを実測ではなく机上で算出していた事実」が新たに問題行為に加わった。そして、上記問題行為のうち、(3)は、1990年代前半から継続して行われていたものであることも、記者会見で明らかにされた。不祥事の重大性、深刻さのレベルは、当初の公表の段階よりさらに高まったと言える。

前回の【三菱自動車の生死を分ける“第三者委員会”】では、今回の不祥事再発で、社会の信頼を完全に失った三菱自動車が、自動車メーカーとして存続することは極めて困難であり、唯一、自動車メーカーとして存続する余地があるとすれば、鍵となるのは、様々な専門分野の知見を集めた「第三者委員会」による中立かつ独立の立場からの調査によって、今回の問題をめぐる事実経過の真相と問題の本質を明かにし、本当の意味で組織を抜本的に変革する具体的な方針を打ち出せるかどうかだと述べた。

そこでは、「事実調査を行う体制が十分に整うことに加えて、委員会の構成が、専門性と、社会的視点、とりわけユーザーの立場等にも配慮したバランスのとれたものでなければならない」と述べたが、今回設置された「特別調査委員会」が、そのような「第三者委員会」とは異なるものであることは明らかだ。検事長経験者を含む検察OB弁護士3名でメンバーを固めたもので、「委員会」というより、むしろ、渡辺弁護士中心の「調査チーム」というのが実態に近いように思える。

しかし、今回の三菱自動車の不祥事をめぐる状況を踏まえて考えると、現時点で上記のような委員構成の「特別調査委員会」が設置されたことには、相応の理由があるように思える。

何と言っても、不正の内容はあまりに重大であり、現時点の社会の最大の関心事である「不正の客観的事実と、経営幹部も含む不正への関与者の範囲」について事実解明を行わなければ、三菱自動車という企業を、日本の社会において、引き続き自動車メーカーとして存続させることができるのかどうかの判断がつかない。組織のコンプライアンスを根本から問い直し、組織の抜本改革を行うことが現実的に可能なのかどうかは、不正の客観的事実が明らかにならなければ判断できないと言える。

そのような理由から、まずは、不正事実の解明を主眼としていく必要がある。そして、今回の不正は長期間にわたって、様々な形態で行われていたもので、冒頭の国交省への報告事項の(1)から組織ぐるみの不正が強く疑われることからすれば、その調査は、相当にタフなメンバーで行われる必要がある。

そういった意味で、単なる検察No2経験者というだけではなく、検察官としての実務能力が高く評価されている渡辺恵一弁護士と、相応の検察官の実務経験を持つ中堅クラスの弁護士2名の組合せという調査体制は、今回の不正調査に関しては合理的なものと言える。

しかし、【前のブログ】でも述べたように、今回の不祥事再発で三菱自動車という企業に対する社会の信頼が著しく損なわれている状況において、「第三者委員会」に求められることは、不正調査の徹底による真相解明だけではない。

委員会の調査が、会社から独立して客観的な立場から行われることへの信頼を確保し、調査の範囲・調査事項等が明らかにされ、それが自動車の専門家や、ユーザーの立場からも納得が得られるものであることが必要であり、それらについて、委員会側から、情報開示や説明を行っていくことも必要となる。

しかし、今回設置が公表された「特別調査委員会」に関しては、不正調査の体制の整備が優先されたという事情があったにせよ、委員会に関する情報開示と説明という重要な要素が、現時点では、十分に意識されているようには思えない。

特に、委員会設置について、書面によるプレスリリースをしただけで、委員会側の記者会見どころか、社長等の記者会見でも、具体的な言及を行わなかったことは、不祥事に対する危機対応として問題があると言わざるを得ない。

特別調査委員会の設置に関しては、コンプライアンスの専門弁護士で、第三者委員会の在り方にも詳しい山口利昭弁護士が、【三菱自動車特別調査委員会に期待する「真の原因究明」】と題する最新のブログで、三菱自動車の「特別調査委員会」のメンバーの選定プロセスに関する疑問を指摘し、「第三者委員会の選定経過を開示すべき」との意見を述べている。

山口弁護士は、

関係者によると、三菱自動車は、当初、約3カ月間の調査委員会による調査が終わるまで発表を先送りすることを検討したが、日産などの反対を受けて発表に踏み切った

という毎日新聞の記事(4月27日)が、燃費偽装問題の公表前から(社内調査を目的とした)特別調査委員会が設置されていたようにも読めるということを根拠に、

今回選任された委員の方々は、不祥事公表前の三菱自動車さんの危機対応を支援していたことも憶測される。

と述べているものだが、上記毎日新聞の記事は、文面からすると、今回「特別調査委員会」を設置したことについて、設置の段階で公表するか、3か月後に調査結果がまとまった段階で公表するかということに関する意見の相違を取り上げたものに過ぎず、それ自体が、今回選任された委員が不祥事公表前の危機対応を支援していたことを疑う根拠になるのかは、疑問である。

とは言え、仮に誤解によるものだったとしても、新聞記事に基づいて、委員会の独立性・公正性に関して疑念を持たれるというのは、三菱自動車側からの「特別調査委員会」の設置に関する情報開示・説明が不十分だからに他ならない。仮に、設置の段階で、委員会側の記者会見を行って設置の経緯について説明を行っていれば、そのような誤解が生じることはあり得なかったはずだ。

また、特別調査委員会の調査期間は3か月とされているが、その間、調査の対象事項に関して、会社側も委員会側も一切コメントしないという対応で済ますことができるのかも今後の問題となるであろう。

今回の不正の規模や期間等からすれば、3か月という調査期間を要するのはやむを得ないものと思われる。しかし、今回の不祥事が、三菱自動車のユーザー、軽自動車のOEM供給先の日産など、多くのステークホルダーに影響を与えていること、国交省の燃費試験の実施方法やデータの取扱いにも影響することなどからすると、今回の不正に関する様々な疑問に対して、「特別調査委員会の調査結果を待つ」ということで3ヶ月間、何の情報開示も説明もしない、ということでは済まされないであろう。

さりとて、会社側が、特別調査委員会の調査が行われている間に、調査対象となっている事項について独自にコメントすることは、その内容が、委員会の最終的な調査結果と齟齬していた場合には会社側への一層の不信と混乱を生じさせる恐れがあり、一致していた場合には、委員会の調査が、会社側の意向に影響されたのではないかとの疑念を生じさせることになりかねない。委員会の側においても、調査の途中の時点で、中間報告書を取りまとめて公表することが必要になることも考えられるほか、会社側が早期に情報開示を行わざるを得ない事項がある場合には、委員会側が何らかの形で関与することを検討する必要がある。

また、山口弁護士も、前記ブログ記事で、日弁連第三者委員会ガイドラインで「第三者委員会は、調査の過程において必要と考えられる場合には、捜査機関、監督官庁、 自主規制機関などの公的機関と、適切なコミュニケーションを行うことができる」とされていることに言及している。国土交通省も立入検査を行うなどして調査を進めており、正規の燃費試験を行わず、データも不正に抽出した三菱自動車に対して、国交省側が厳しい対応を行うことは必至と考えられる中で、特別調査委員会としても、国交省側とのコミュニケーションを行い、可能な範囲での情報交換や調整を図っていくことも重要な課題となる。

そういう意味では、今回の三菱自動車の不祥事に関する「第三者委員会」にとっては、粛々と不正調査を行うだけではなく、委員会独自の様々な対応を行っていくことは避けられないように思われる。

不正事実に関する調査という面でも、その不正は、単発的な個人的不正とは異なり、大企業の組織内で長期間にわたって継続されてきたものであって、試験方法の問題・データの抽出の問題などレベルの違う様々な問題が複雑に交錯しており、それらが、過去の「リコール隠し」等の不祥事を受けて構築・強化されてきたコンプライアンス体制をかいくぐって行われてきたものであることなどからすると、不正をめぐる事実関係は、複雑かつ膨大である。しかも、組織を背景に、組織の論理で行われた不正行為の事実解明が求められるのであり、少なくとも、検察の主戦場の刑事司法の場における「個人の行為中心の証拠収集・事実認定」とは性格が異なる面がある。このような事案の全体像を明らかにして問題の本質に迫ることは決して容易なことではない。

今回設置された特別調査委員会が、不正調査のコアとしての役割を果たすためには、十分な調査体制を整えることがまず必要となるが、それに加えて、「第三者委員会」として、前記のような様々な役割を果たし得るよう、様々な知見を活用するなどして、委員会をさらに充実させていくことも考えていくべきであろう。

私個人にとっても、2004年に桐蔭横浜大学コンプライアンス研究センターを設立し、組織のコンプライアンスに関する活動を始めた頃、ちょうど「リコール隠し」の再発と重大事故の発生で、三菱自動車が社会から厳しい批判・非難を受けていた。センター設置の契機の一つとなったのが三菱自動車の不祥事だった。

私は、「社会の要請に応える」という独自のコンプライアンス論の観点から、教条的な「法令遵守」に偏り過ぎていた三菱自動車のコンプライアンスの誤りを指摘し、コンプライアンスの再構築に関して様々な角度から検討した。三菱自動車問題は、2004年秋に公刊したコンプライアンス研究センターの機関誌「季刊コーポレートコンプライアンス」創刊号で取り上げ、私のコンプライアンスに関する最初の著書【コンプライアンス革命】(2005年 文芸社)でも詳しく取り上げており、検事時代の大先輩であった松田昇氏が委員長に就任した同社の企業倫理委員会でも、私の「三菱自動車のコンプライアンスに関する指摘」は、参考にされたはずだ。

私にとっては、三菱自動車の問題は、自らのコンプライアンス論の原点とも言えるものであり、今また重大な不祥事が再発し、同社が存亡の危機とも言える状況に追い込まれていることは大変残念である。

今回の不祥事は、過去の「リコール隠し」のような「安全」に関する問題ではなく、自動車ユーザーからの「低燃費」自動車の需要に応えるという、事業の主軸に関わる問題である。「自動車メーカーのコンプライアンス」の基本的な視点から、改めて問題を整理してみる必要がありそうだ。

今後も、特別調査委員会の活動や調査結果に注目しつつ、引き続き、当ブログで、三菱自動車の問題を取り上げていきたい。

 

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舛添東京都知事の資質・姿勢に対する根本的な疑問

舛添東京都知事が、海外出張でのスイートルームでの宿泊等の高額の支出や、毎週湯河原の別荘の往復に公用車を使用していた問題等で批判を浴びている。

橋下徹氏は、公用車使用の問題などで舛添氏を厳しく批判する一方で、「早く有能な舛添さんに戻って!」などと舛添氏の政治家としての能力・手腕を評価しているような言い方もしている。

一方、人気ブロガーの木走正水氏は、【舛添氏の政治家としての真の問題点】で、舛添氏の政治家としての姿勢や組織のトップとしての資質についての問題を厳しく指摘している。

私は、木走氏の意見に全面的に賛同する。

舛添氏の政治姿勢はパフォーマンスそのものであり、組織のトップとしての姿勢に重大な問題がある。同様にパフォーマンスの塊のような政治家である(であった?)橋下氏が、舛添氏を政治家として評価するのも、もっともだと思える。今回の公用車問題が「舛添氏らしくない」という見方も、橋下氏ならでは、と言えよう。

私は、舛添氏が厚生労働大臣であった2008年に、社会保険庁の不祥事の調査に調査委員会の委員として加わった経験から、同氏の組織のトップとしての姿勢に重大な疑問を持ち、著書等でも指摘してきた。

当時、私は、厚生労働大臣直属の調査委員会の委員として、いわゆる「年金改ざん問題」(標準報酬月額遡及訂正問題)の調査に加わった。その調査の過程で、その問題によって社会保険庁職員が世の中から大きな誤解を受け、不当なバッシングを受けていることを知った。その誤解に基づくバッシングの原因となったのが、問題発覚当初から、事実関係を十分に確かめることもなく、社保庁職員を「犯罪者扱い」してこきおろし、大臣直属の調査委員会を立ち上げたことを大臣室にテレビカメラまで入れてアピールする、という「人気取りパフォーマンス」だった。

もちろん、私も、数々の不祥事を起こしてきた社保庁の組織や職員に問題が多々あったことは否定しないし、全体として擁護する気持ちはない。しかし、少なくとも、厚生年金記録の「改ざん問題」に関しては、世の中には重大な誤解があり、社保庁職員に対する非難の多くが、的外れなものだった。

そして、そのような誤解と不当な非難の大きな原因となったのが、社保庁を含む厚労省という組織のトップの地位にあった舛添厚労大臣の対応だった。日経ビジネスオンライン(NBO)の記事【「年金改ざん」批判は根拠のない「空中楼閣」 バッシングの元凶は舛添厚労大臣の「人気取りパフォーマンス」】、および著書【思考停止社会 「遵守」に蝕まれる日本】で指摘したとおりである。

私は、その後、2010年4月に、「総務省年金業務監視委員会」の委員長に就任し、委員会の場でも、折に触れて、この「年金改ざん問題」に関連して、中小企業に対する厚生年金の適用・収納の問題について発言してきた。その際の厚労省側とのやり取りからも、「年金改ざん問題」についての上記の著書等に書いた私の理解・指摘が決して間違っていなかったこと、逆に言えば、年金改ざん問題での社保庁職員に対するバッシングが不当なものだったことは明らかだ。

第一次安倍政権は、「宙に浮いた年金記録問題」などの年金の問題で、世の中から厳しい批判を受け、国民の支持を失った。しかし、その中でも、厚労大臣であった舛添氏だけは、一貫して人気を維持してきた。それは、世の中の風向きを見てバッシングに同調し、批判されている当事者を情け容赦なくこき下ろすというパフォーマンスが巧みだったからであろう。

一方で、このような舛添氏のパフォーマンスによって、同氏が所属していた自民党政権は「年金問題」による傷口を一層広げていくことになり、結局、政権を明け渡すことになった。

2009年の総選挙で惨敗し、政権を失った後の自民党からは、沈みゆく船から逃げ出すように離党者が相次いだ。もはや、再び政権に返り咲くことはないだろうと思える状況になった時に、真っ先に自民党を見捨てて逃げ出したのが舛添氏であった。

「人気取りパフォーマンス」を得意とする舛添氏にとって、自民党に留まったのではパフォーマンスを発揮する場がない、と考えたのであろう。

それから4年余り経過した後、猪瀬直樹氏が、徳洲会からの献金問題で辞任に追い込まれ、急遽、都知事選挙が行われることになった。その選挙に、舛添氏が立候補し、自民党は、その舛添氏を支持した。それに対して正面から異を唱えたのは、「除名された人を応援することに『大義』がない」と言って批判した小泉進次郎氏ぐらいだった。

今回の舛添氏の問題は、東京都の規程に違反するものではない。まさに「法令遵守」的には問題のない行為である。また、舛添氏が言っているように、理屈上、正当化する余地が全くないわけではないかもしれない。

舛添氏が、自分自身のパフォーマンスや損得勘定を抜きにして、本当に都民のために働き、都民からの信頼を大切にして、都知事としての職務を行っていたのであれば、今回のようなことが問題にされることもなかったかもしれない。「自分は都知事として、東京都のトップとして立派な仕事をしているのだから、相応の待遇を受けるのが当然だ」という「傲慢さ」が、舛添氏の弁明から見え隠れすることが、厳しい批判が行われることにつながっているのであろう。

海外出張の旅費の金額、スイートルームでの宿泊、湯河原の別荘への公用車の使用の是非などということ自体は、いずれも小さな問題である。それ以上に重要なことは、それらの行動に表れた舛添氏という人物の資質・姿勢が、本当に東京都知事という職に相応しいものなのかどうか、改めて考えてみることではなかろうか。

 

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甘利問題、検察捜査のポイントと見通し①(あっせん利得処罰法違反)

前のブログ【甘利問題、今なお消極見解を述べる宗像紀夫弁護士・内閣官房参与】で述べたような甘利問題でのあっせん利得処罰法違反について、今なお消極見解を述べる宗像紀夫弁護士の誤りを指摘したが、本稿では、そのような誤った見解に惑わされることなく、今後の検察捜査を正しく予測し、見守っていくために、「国会議員の権限に基づく影響力の行使」についての正しい解釈を前提に、今後の捜査の見通しとそのポイントを解説しておきたい。(本稿は、若干専門的な内容なので、主として法曹関係者・マスコミ関係者向きであることを予めお断りしておく。)

今回の問題は、甘利氏の秘書が、道路用地買収をめぐるURと建設会社との補償交渉に介入し、秘書が建設会社側から多額の報酬を受け取ったり接待を受けたりしたほか、甘利氏自身も大臣室等で合計100万円の現金を受領したというものだが、それに関して、あっせん利得罪の成否が問題となる案件が二つある。

一つは、2013年5月に、建設会社側の依頼を受けた甘利事務所が介入した後に、同年8月に約2億2000万円の補償金が支払われた案件(A案件)、もう一つは、URの工事によって建設会社所有の土地のコンクリートに亀裂が入ったことに関して、建設会社がURに産廃処理費用として数十億円の補償を行うことを要求した案件(B案件)である。

あっせん利得罪の容疑で行う捜査に関して問題となる点は、A案件・B案件の間で異なる。順次述べていきたい。

1 公訴時効との関係

A案件に関しては、約2億2000万円の補償金が支払われた当日の2013年8月20日に、甘利氏の地元事務所の所長のK秘書に対して、謝礼として500万円が支払われているが、その事実については、あっせん利得罪の公訴時効は3年であり、今年の8月20日には時効が完成する。

一方、B案件については、建設会社側から甘利氏側への依頼は、2014年1月頃から始まり、同年2月1日に甘利氏へ50万円が手渡され、その後も秘書は「国交省への口利き依頼」と称して複数回にわたって商品券を要求したり、飲食等の接待のほか、費用と称して現金を受け取ったりしていたもので、金銭の授受は2015年11月まで続いていたとされているので、公訴時効による制約は、現時点ではあまりない。

後に詳述するように、A案件については、「甘利事務所側の介入後からURとの補償交渉が進展し約2億2000万円の支払が行われた事実があり、甘利氏の国会議員としての影響力が作用した疑いは濃厚だが、甘利氏の秘書が、その『影響力を行使した具体的事実』がないので、あっせん利得罪の立証が困難」という判断になる可能性がある。

しかし、今回の一連の事件については、弁護士や市民団体による告発が行われており、もし、不起訴になれば、検察審査会への審査申立てが行われることは必至だ。検察審査会で起訴すべしとする議決が2回行われ、裁判所が指定する弁護士が起訴することになった場合に、公訴時効完成前に起訴手続を行うことができるようにする必要がある。そのためには、A案件については、もし、不起訴ということであれば、遅くとも公訴時効の3か月前には処分を行うことが必要であろう。そうなると、起訴不起訴の判断は、5月20日頃までには行う必要がある。

一方、B案件については、公訴時効までの期間には十分余裕がある。A案件については、5月20日頃までに不起訴とし、引き続き、B案件についての捜査を継続するという方法も、考えられないわけではない。しかし、仮に、A案件が先行して不起訴となり、検察審 査会の審査申立てが行われば、公訴時効が完成する8月20日までに議決が出されることになる。その場合に予想される上記のA案件の不起訴理由は、法律上は成り立つ理屈であっても、一般人の常識では到底納得できないものだ。A案件を先行して不起訴にしても検察審査会で起訴議決を免れることは困難だと考えられる。検察としては、A案件の検審議決が出される前に、B案件を起訴に持ち込めるよう最大限の努力をせざるを得ないであろう。

2 「国会議員の権限に基づく影響力」

「国会議員の権限に基づく影響力の行使」については、「国会議員の権限に基づく影響力」の有無・程度の問題と、それを甘利氏や秘書がURに対して「行使した」と言えるか否かの二つに分けて考える必要がある。

URの予算等を承認する直接の所管官庁は国土交通省である。しかし、かつては公団だったURが独立行政法人となった後、その組織の在り方については、完全民営化を含めた様々な議論が行われてきた。それは最終的には、都市再生機構法という法律の改正の是非の問題である。しかも、URの理事長等は国会の同意人事だ。第一次安倍内閣で行政改革担当大臣を経験している甘利氏は、国会での多数を占める与党内でのURの在り方や人事等に影響力を及ぼし得る有力な国会議員と認識されていた可能性がある。それが、UR側から押収した資料や、それに基づくUR側の供述によって裏付けられれば、「国会議員の権限に基づく影響力」があったことの立証が可能となる。

A案件で、それまで進んでいなかった補償交渉が甘利事務所の介入後に一気に進展し、約2億2000万円の補償金が支払われることで決着した事実は、補償金が支払われたA案件についてあっせん利得罪の成否だけではなく、結果的には補償金が支払われなかったB案件についてのあっせん利得罪の成否に関しても、「権限に基づく影響力」の有無を判断する上で重要な事実となる。

甘利氏の行革担当大臣等としてのUR問題への関与と、与党内での国会議員としての地位等に加えて、甘利事務所介入直後から補償交渉が進展した経緯等からすれば、A・B両案件について、「国会議員の権限に基づく影響力」を認める余地は十分にある。

3 「影響力の行使」

しかし、甘利氏がURに対して、「国会議員の権限に基づく影響力」があり、それがUR側の補償交渉に現実的な影響を及ぼし、甘利氏側がその報酬を受け取ったとしても、それだけで犯罪が成立するわけしない。その「影響力」を、議員やその秘書が「行使」した場合でなければ犯罪とはならない。

「影響力を行使して」とは、「権限に基づく影響力を積極的に利用すること」であるが、それは明示的なものに限られない。国会議員として影響力を及ぼし得ることを黙示的に示すことも含まれる。

URとの補償交渉に介入した甘利氏の元秘書が、甘利氏が、与党の有力政治家であり、URの在り方に関する立法等を通してURに影響を及ぼし得る国会議員であることを、暗にほのめかしたり、それを前提にしていると思われる発言をした、というような事実があれば、「行使した」と認められる余地がある。

しかし、その「行使」の事実は、個人の行為として具体的に特定されなければならない。問題は、その「行使」の場面があったか否かである。

週刊文春の記事によると、建設会社の総務担当者のI氏が、URとの補償交渉(A案件)について最初に依頼したのが2013年5月9日、対応したのがK氏(当時甘利氏の秘書で地元事務所の所長)、UR側に内容証明を送ることを提案し、同じ甘利氏の秘書だったM氏が、UR本社に赴いて交渉した結果、同年8月に、URから約2億 2000万円の補償金が支払われることになった。I氏は、8月20日、その謝礼として500万円をK氏に渡したとのことである。

A案件について、甘利事務所側が直接UR側と接触したのは、このM秘書がUR本社に行った際の一回だけのようだ。それ以外に、電話などでUR側と話す機会があった可能性もあるが、それらのURとの接触において、「影響力を行使した」と認められるような言動があったことを立証する証拠を得ることは容易ではない。

一方、B案件については、2014年1月に面談を申し入れて以降、2015年11月ころに至るまで、I氏から金銭や飲食の提供を繰り返されていた甘利氏の秘書が、UR側に多数回にわたって執拗に接触を繰り返し、その中で、2015年10月にURが「逆にこれ以上関与しないほうが良いように思う。現在の提示額は基準上の限度一杯であり工夫の余地が全くなく、要望を聞いてしまうと甘利事務所もURも厳しくなるだけ。」とコメントするような場面まで出てきた(UR折衝記録)。同年11月には、大和事務所にてKとUR総務部長・国会担当職員が面談した際、大臣名を出して圧力をかけたとされる。

影響力の「行使」の要件は、A案件よりB案件の方が認められる可能性が高いとみるべきであろう。

4 共謀

犯罪が成立するとすれば元秘書個人であり、「甘利事務所」という組織体ではない。

M秘書が「権限に基づく影響力を行使して」UR側にあっせんを行い、その報酬をK秘書が受け取ったとしても、「あっせん」と「対価の受領」について、両秘書に共謀(意思連絡)がなければ、犯罪は成立しない。また、後に述べる甘利氏本人への捜査の波及も、秘書の供述が得られるか否かが鍵となる。

このような事案では、議員本人との共謀関係はもとより、秘書相互の共謀関係についても、すんなり供述することは考えにくい。供述状況を踏まえて、甘利事務所や両秘書の自宅等への捜索を行うことが不可欠だと思われ、それが遅れれば遅れるほど、証拠の確保は困難となる。

もし、共謀について証拠が得られないことを理由に不起訴処分となった場合には、1月に本件が週刊誌報道されてからURへの強制捜査の着手まで3か月を要し、甘利事務所や秘書に対する強制捜査が更に遅れたことが厳しく批判されることになりかねない。

5 甘利氏本人の嫌疑に関する捜査

今後、元秘書に対する捜査が本格化した場合、I氏から現金100万円を直接受け取ったことを認めている甘利氏本人について犯罪が成立する余地があるかという点が重大な関心事になっていくことは必至である。

少なくとも、週刊文春の記事だけを前提にすれば、甘利氏についてのあっせん利得罪の嫌疑はかなり稀薄だと言わざるを得ない。

甘利氏が受領した現金のうち、2013年11月14日の大臣室での50万円は、甘利事務所の介入によってA案件について補償交渉が進展し、2億2000万円の補償金が支払われたことの謝礼だとI氏は週刊文春で述べており、前後の状況からは、そのような趣旨の現金であることは疑う余地がない。もし、A案件について元秘書にあっせん利得罪が成立する場合に、甘利氏が、A案件への介入についてK秘書らから報告を受けた上で50万円を受領したのであれば、甘利氏についてもあっせん利得罪が成立することになるが、A案件については「影響力の行使」の事実があったことの立証が容易ではないことは前述したとおりである。

一方、2014年2月1日に、甘利氏が地元事務所で受領した50万円は、週刊文春でのI氏の話によると、B案件でのURへの口利きの依頼の報酬とのことであり、もし、B案件について、「国会議員の権限に基づく影響力の行使」の事実が認められ、その点について甘利氏の共謀が認められれば、甘利氏本人についても、あっせん利得罪が成立する可能性が出て来る。

この点についての秘書の供述が得られるか、或いは、甘利氏が直接URや国交省に働きかけている事実などが明らかになった場合などには、甘利氏本人に捜査が波及する可能性もないとは言えない。

6 A案件とB案件の関係

甘利事務所側の介入後、補償交渉が急速に進展し、2億2000万円もの補償金が支払われるに至ったA案件と、多数回にわたって、執拗に補償交渉に介入したものの、結局、補償金は支払われなかったB案件とを比較すると、A案件についてのあっせんと、その報酬の受領の方が、刑事事件として立件・起訴しやすいように思われるかもしれないが、必ずしもそうではない。

A案件で、URが甘利事務所介入後に、「積極的に影響力を行使」ということをするまでもなく、すんなりと短期間のうちに約2億2000万円の補償金を支払ったというのは、UR側が、甘利氏側の介入に対して弱い立場にあること、つまり、甘利氏がURに対して「国会議員としての影響力」を持っていたことを示す重要な事実だ。それは、A案件だけではなく、B案件についても、あっせん利得罪の成立についての積極判断の根拠となる。

そのような影響力を持つ甘利氏側からの要請があっても、URがB案件補償金支払に応じなかったのは、応じると「不正な職務行為」になってしまうからだと考えられる。甘利氏側から執拗に要請しても、つまり「国会議員としての影響力」を「行使」しても、不正行為の要求には応じることができなかったのであろう。

そうであれば、B案件については、「国会議員の権限に基づく影響力を行使して」あっせんし、その報酬を受け取ったことについて、甘利氏の秘書に、あっせん利得罪が成立する可能性が十分にある。そして、上記⑤の証拠が得られれば、B案件について、甘利氏本人について犯罪が成立する可能性もある。

それどころか、甘利氏やその秘書がUR側に「不正な職務行為」をあっせんして報酬を受領したということになると、刑法の「あっせん収賄罪」が成立する可能性もある。

かなり長くなったので、この点については、別稿に譲ることとしたい。

 

 

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甘利問題、今なお消極見解を述べる宗像紀夫弁護士・内閣官房参与

4月8日、甘利問題で、東京地検特捜部が、都市再生機構(UR)の千葉業務部と建設会社に対して、夜を徹して家宅捜索を行ってから、20日が経過した。

検察が、国交省所管の公益法人のURに対して強制捜査を行ったのであるから、相当な嫌疑があり、今後の捜査によって証拠を固めれば犯罪を立証できると判断しているはずだ。

今年8月20日に、告発事実の一部の公訴時効期間満了も迫っており、東京地検特捜部では、初の国会議員又は秘書によるあっせん利得処罰法違反(あっせん利得罪)の立件に向けて鋭意捜査を行っていると思われる。

宗像弁護士の消極見解

それにしても不可解なのは、今回の甘利問題が表面化した時点から、あっせん利得罪の成立に否定的な見方を示していた検察OBの一人、宗像紀夫弁護士が、検察の強制捜査以降においても、あっせん利得罪の要件である「権限に基づく影響力の行使」について、全く的外れな解釈を示し、犯罪が成立する余地が乏しいかのようなコメントを行っていることだ。

検察は、私が、甘利問題が週刊文春で報じられた直後から、ブログ等で述べてきた解釈と同様に、この点についても、今後の捜査によって、要件をクリアできる可能性が十分にあると考えたからこそ、強制捜査に着手したはずだ。法解釈上の問題で立件できる可能性がほとんどないものであれば、検察内部で強制捜査が是認されることはあり得ない。

4月13日付け日経新聞社会面記事の中の宗像氏のコメントに関連する部分を全文引用する。

元東京地検特捜部長の宗像紀夫弁護士によると、同法違反罪の成立には「議員の権限に基づく影響力の行使」が必要という。金銭授受のあった当時、甘利氏は経済財政・再生担当相だった。宗像弁護士は「分かりやすい例は『言うことを聞かないと議会で質問して追及する』といった場合だが、甘利氏は当時閣僚で、議会で質問する立場にはなかった」と指摘。URを所管する国土交通相でもなく、「URとのトラブルに関連して職務上の権限があるとは考えにくい」としている。

当時閣僚で、議会で質問する立場にはなく、URを所管する国土交通相でもなかった甘利氏には、「議員の権限に基づく影響力の行使」が認められる余地がないというのであれば、今回の問題について、あっせん利得罪が成立する余地はないことになる。宗像氏は、検察が、法解釈上犯罪成立の見込みが乏しいのに、無理に強制捜査を行っているとでも言いたいのだろうか。

あっせん利得罪は、刑法のあっせん収賄と同様に、公務員が他の公務員(URのような公益法人の役職員は、法律で「みなし公務員」とされている。)に一定の職務行為を行うこと、或いは行わないことを働きかける「あっせん」を行って対価を受け取る行為を処罰の対象としている。

国会議員のような「政治的公務員」の場合、政策実現のための政治活動として、官僚等の公務員に職務行為に関して働きかけを行うこともあり、その対価を「政治献金」として受領する行為を広く処罰の対象にすると、正当な政治活動の委縮を招きかけないという考え方(この考え方の是非については議論の余地はあるが)から、あっせんの対象とされる公務員の職務行為が、あっせん収賄では「不正行為」に限定され、あっせん利得処罰法では、対象が「契約」や「行政処分」に関するあっせんに限定された上、「権限に基づく影響力を行使して」あっせんを行った場合に限定されている。

そのため、一般的には、国会議員やその秘書に対する適用のハードルはかなり高い。しかし、今回の甘利問題は、そのように狭く設定されたあっせん利得処罰法の処罰対象のストライクゾーンの「ど真ん中」の事案であり、あっせん利得罪で立件・起訴される可能性も十分にある。そのことは、ブログ【甘利大臣、「絵に描いたようなあっせん利得」をどう説明するのか】などでも繰り返し述べ、今年2月24日の衆議院予算委員会公聴会での公述人意見陳述でも、同様の見解を述べたが(【独法URのコンプライアンスの視点から見た甘利問題】)、これまで、反論は全くない。

「権限に基づく影響力の行使」について言えば、国会議員の「権限」とは、議院における議案発議権・評決権・委員会における質疑権等であり、国会議員の「権限に基づく影響力」とは、権限に直接又は間接に由来する影響力、すなわち職務権限から生ずる影響力のみならず、法令に基づく職務権限の遂行に当たって当然に随伴する事実上の職務行為から生ずる影響力をも含む。「他の国会議員への働きかけ」も、国会議員としての職務権限に密接に関連するもので、そのような行為を行い得ることによる影響力も、「権限に基づく影響力」に含まれるとされている。このような解釈は、立法当時の国会答弁や立法者の解説書などでも示されているものであり、否定される余地はないものだ。事件当時、有力閣僚の地位にあった甘利氏の場合、与党内でのURに関する議論にも大きな影響力を及ぼし得る有力議員であり、「権限に基づく影響力」を及ぼし得る立場であったことは明らかだ。

宗像氏の日経新聞記事でのコメントは、全く誤ったものと言わざるを得ない。

同氏は、特捜部長経験者で、元検事長という大物検察OBだが、一方で、現在、安倍内閣の「内閣官房参与」という地位にもある。今回の甘利問題についての発言は、特捜検察OBという立場で言っているのか、それとも、内閣官房参与として、安部内閣の擁護者の立場で言っているのだろうか。

 

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三菱自動車の生死を分ける“第三者委員会”

過去に、「リコール隠し」などの重大な不祥事を繰り返し、存亡の危機に立たされた三菱自動車が、4月20日、重大な不祥事を公表した。「eKワゴン」「eKスペース」「デイズ」「デイズクルーズ」の燃費を、実際よりもよく見せるために、国土交通省に提出する「走行抵抗値」のデータについて、複数のデータの平均値を伝えるべきところを、意図的に有利なデータを伝えていたのである。それにより、カタログ上の燃費が5~10%水増しされていたことになる。社内調査では、その他の車でも2002年から国内法で定められた方法とは異なる試験方法でデータが取られていたことも判明したという。

燃費算定の根拠とされる「走行抵抗値」のデータについて、恣意的に有利なデータを選択することが許されるはずもなく、そのような有利なデータを抽出したことについて、「燃費偽装」と単純化されて非難されるのは致し方ない。また、同社が、海外で認められていた試験方法でデータを取っていたことも、日本では、日本の法令上規定された試験方法によってデータをとることで、燃費に関する公正な競争が確保できるのであり、国内で認められていない試験方法を用いていたこと自体が、明らかなルール違反である。

三菱自動車では、2000年の道路運送車両法違反(リコール隠し)、2004年には「ふそうトラック」のタイヤ脱落事故捜査に端を発したさらなるリコール隠しと「ヤミ改修」が発覚した。相次ぐ不祥事によって、世の中から激しい批判・非難を浴び、再生に向けて万全のコンプライアンス体制で臨んでいたはずであったのに、3度目の重大不祥事を引き起こしてしまった同社は、まさに存亡の危機に立たされている。

前回の不祥事では、グループ企業各社の資金支援などで、何とか危機を乗り切った三菱自動車だが、今回は、過去の減免分の税金の支払い、提携先への損害賠償が予想されるなど、社長自身も「かなりダメージが大きい」と認めるように、今回の問題で受ける財務上の損失は計り知れない。それに加え、「三菱自動車」に対する社会の信頼は完全に地に堕ちており、自動車メーカーとして存続すること自体が相当に困難だと言わざるを得ない。

記者会見で、社長は、公表した問題について、「さらに客観的で徹底した調査を行うため、独立性のある外部有識者のみによる、調査のための委員会を設置し、調査結果がまとまり次第公表させていただく予定です」と述べて、詳細な調査を、第三者による委員会の調査に委ねる方針を明らかにしている。

記者会見での会社側の説明では不明な点、不可解な点が多々ある。

不正を行った部署は、同社の「性能実験部」だということだが、同部は、燃費、排ガス試験等を管理している部署で、開発部門からは独立しているとのことだ。実験の結果、性能目標が達成できなくても、性能実験部が責任を負うわけではない。それなのに、なぜ、同部が組織ぐるみと思える不正を行ったのか、そこには、開発部門から直接、或いは、会社経営幹部からの指示があったことが疑われる。そして、その背景に何があったのか、それは、三菱自動車という組織の根幹に関わる問題であるように思われる。

今回の重大な不祥事によって、三菱自動車という企業が、その歴史に幕を下ろすこととなるのか、何とか社会からの最低限の信頼を繋ぎ止めて存続することができるのか、その鍵となるのは、前回の不祥事のように、グループ企業の支援が受けられるか否かではない。「第三者委員会」による中立かつ独立の立場からの調査によって、今回の問題をめぐる事実経過の真相と問題の本質を、隠し立てせず世の中に明かにし、本当の意味で組織を抜本的に変革する具体的な方針を打ち出せるかどうか、である。

 

第三者委員会の失敗事例

事案の重大さの如何を問わず、企業不祥事が表面化した場合には、調査・検討の中立性・客観性を確保する手段として、「第三者委員会」を設置して、事実調査・原因究明等を行うのは、企業の危機対応の常識になったと言ってよいであろう。

しかし、過去には、その「第三者委員会」に関して重大な過ちを犯し、かえって危機を深刻化させてしまった不祥事事例もある。

2013年の「みずほ銀行問題」では、グループ内のノンバンクでの定型的な自動車ローンの審査に、銀行の反社情報を反映させるための措置が不十分だったことに関して金融庁の業務改善命令を受けたことが、「暴力団向け融資問題」と誤解され、激しい批判を受けたという危機的な状況で、「第三者委員会」を設置した。しかし、調査期限を、金融庁への報告期限に合わせて僅か20日間と設定したことや、問題の隠ぺいを疑われたことに関して、銀行側の言い分を代弁するような内容にとどまるなど、独立性・客観性を持つ第三者委員会としての機能が全く発揮できなかったことで、みずほ銀行の金融庁に対する「隠ぺい疑惑」をかえって増幅する結果につながってしまった。それによって、問題は、みずほ銀行だけにとどまらず金融業界全体の問題に発展した(拙著【企業はなぜ危機対応に失敗するのか】毎日新聞社:2013年)。

昨年(2015年)、社会的にも大きな問題となった「東芝会計不祥事」では、「日弁連第三者委員会ガイドラインに準拠する委員会」と明確に表示した上で設置し、「第三者委員会の独立性」を最大限に活用したが、実際には、弁護士の委員が、調査範囲について、経営者側の意向を受け重大な問題を調査対象から外す方向で積極的に動いたことが、日経ビジネスの報道等によって明らかになった。また、公認会計士の委員に関しては、本年文芸春秋4月号の記事により、東芝が、新日本監査法人に会計監査を任せる一方で、競合する大手監査法人であるトーマツの子会社から、新日本の監査意見に対抗するための「工作」の伝授を受けていたことがわかり、会計不正の調査に、会計監査対策に関わっていたトーマツ傘下の公認会計士が起用されていた事実が明らかになった。これらの事実から、東芝が設置した第三者委員会は、会社からの独立性も客観性も全くない、「偽りの“第三者”委員会」であったことが明らかになり、それが、東芝という企業に対する信頼性を一層失わせることになった(【偽りの「第三者委員会」で原発事業の問題を隠蔽した弁護士と東芝執行部】【新日本監査行政処分から見えてくる「東芝会計不正の深い闇」】【最終局面を迎えた東芝会計不祥事を巡る「崖っぷち」】)。

これらの企業不祥事事例では、「第三者委員会」の存在が、不祥事企業の信頼回復のために全く役に立たなかったどころか、東芝問題では、逆に、信頼失墜の最大の原因となった。

今回の三菱自動車の問題は、リコール隠し問題等で信頼が地に堕ちた企業での「不祥事の再発」であり、信頼を失墜した組織から独立した第三者委員会による事実調査と原因究明は、信頼回復のための最後の手段と言うべきであり、それが、本来の役割を果たすか否かで、企業としての三菱自動車の生死が分かれると言っても過言ではない。

 

三菱自動車第三者委員会の在り方の検討

では、三菱自動車は、第三者委員会の設置に関して、どのような対応を行うべきか、そして、設置された第三者委員会は、どのような方針で調査を行い、それを社会に明かにしていくべきか。

九州電力「やらせメール」問題では、東日本大震災に伴って発生した福島原発事故で「原発安全神話」が崩壊した後の原発再稼働の是非をめぐって企業が組織的に行った「やらせメール」という行動が社会から厳しい批判・非難を受け、信頼が著しく損なわれるという状況において第三者委員会が設置された。まさに企業の信頼回復ができるか否かが、第三者委員会での調査・検討にかかっているという状況だったという点に関して、今回の三菱自動車の不祥事と共通していると言える。

この九州電力の不祥事に関連づけて第三者委員会の在り方を論じた拙著【第三者委員会は企業を変えられるか 九州電力「やらせメール」問題の深層】(毎日新聞社:2012年)で述べたことを踏まえて考えてみたい。

まず、第一に、第三者委員会を、どの程度、企業からの独立性・客観性を持った存在と位置付けるかである。これは、一般的には、事業の性格・公益性・ステークホルダーとの関係等に応じて判断すべき事項である。

上記の九州電力「やらせメール」問題は、福島原発事故直後の原発再稼働の是非という社会的にも最も関心の深い事項に関して、公益企業の電力会社が起こした不祥事であり、社会全体との関わりが深く、企業の意向・方針から独立した第三者委員会の調査・検討が強く求められる不祥事の典型であった。一方、不祥事の影響が基本的に会社の利害にとどまり、社会的影響が比較的小さいものもある(もっとも、社会的存在としての企業であれば、不祥事による社会的影響がないということはあり得ない)。

第三者委員会をどの程度、企業から独立した存在とし、どの程度、委員会側の主導性を認めるかは、事業の性格、不祥事の性格等に応じて判断すべきである。

三菱自動車の場合は、大手自動車メーカーの一角であり、製造・販売する自動車が道路交通で生じさせる公共の危険を考慮すると、私企業ではあるが、比較的公共性の高い事業と言える。しかも、今回の不祥事による三菱自動車に対する社会の批判・非難の強さを考慮すれば、会社側がある程度の影響力を持つ形での調査では、社会の信頼を得ることは難しいと言わざるを得ない。今回の三菱自動車の第三者委員会については、独立性・客観性を確保することが特に重要だと言える。

第二に、第三者委員会の委員長及び委員の人選が重要である。

一般的には、第三者委員会の人選は、経営執行部が判断・決定する事項である。

しかし、上記のように、今回の三菱自動車の不祥事に関しては、第三者委員会が会社とは利害関係がなく、独立した立場で、客観的に調査・検討を行うことが強く求められる。それだけに委員長・委員の人選においても、委員会の独立性・客観性が外形上確保されていることが重要であり、人選は執行部に委ねるのではなく、社外取締役を含む取締役会や、コンプライアンスを審議する社外者による機関の「企業倫理委員会」等が積極的に関与すべきであろう。

東芝の例を鑑みれば、委員に選任する有識者等の人選も、合理性・独立性のあるものでなければならない。今回の問題の性格上、法曹関係者のみならず、自動車工学の専門家、消費者問題の専門家等の参画は不可欠であろうし、全体として専門分野のバランスのとれた委員の構成にする必要がある。また、独立性が確保され、会社に大きな影響を与える事項の審議決定をする権限が与えられる必要があるので、その分、委員の人数も少なくとも5名程度は確保し、委員会内での議論の充実を図るべきであろう。

第三に、委員会発足の段階での社会への発信とその後のコミュニケーションが求められる。

三菱自動車に対する社会の信頼が崩壊に危機に瀕している現状においては、会社から独立した立場で公正かつ客観的な調査を行う第三者委員会への信頼を確保することが極めて重要であり、そのためにも、委員会から社会への発信は欠くことができないものである。

第三者委員会が発足し、初回の委員会を開催した時点で記者会見を行い、委員会として、どのような問題意識で、どのような事項について、どのような体制で、どのような調査を行うのかについて丁寧に説明し、調査結果の公表までにスケジュールを具体的に示すことが必要である。それによって、委員会調査への期待を高め、今回の不祥事に対する社会的評価・判断は、第三者委員会報告書が公表されるのを待とうとする雰囲気を醸成し、三菱自動車の不祥事に関する社会の関心を、第三者委員会の調査に集中させることも可能となる。

第四に、その点に関連して、委員会の調査開始後において、委員会が、必要に応じて調査の状況や、一部の調査結果について情報提供を積極的に行う必要がある。

今回の問題公表時の記者会見では、社外者による調査期間は「3か月」とされているが、現に多くのユーザーが対象車種の使用を続けていることからすると、3か月間、今回の不正に関して何の情報開示もないということでは、社会の納得が得られない。しかし、第三者委員会の調査に委ねている状況で、会社側が、調査事項に関連する事項についてコメントすることが適切ではないことは言うまでもない。

そうした中では、第三者委員会の調査の過程においても必要に応じて情報発信することが必要である。また、調査の状況によっては、中間報告書等によって中間段階での調査結果の公表も検討する必要がある。

第五に、第三者委員会報告書公表時に、報告書の内容について、十分な説明を行い、その内容について社会の理解納得が得られるように最大限の努力を行うことが必要である。場合によっては、報告書公表後においても、社会の受け止め方や会社側の対応に応じて、何らかの対応を行うことも必要となる。

これまでの企業不祥事の多くで、「第三者委員会は、報告書公表をもって解散し、それ以降は存在していない」との考え方の下に、公表時の記者会見が終了した後は、全く説明を行わないことが多かった。しかし、少なくとも、今回の三菱自動車の不祥事に関しては、前記のように、現時点での会社側の説明には多くの疑問点があり、それに関連して調査解明すべき事項も多岐にわたる。それらに関する調査結果について、一回の記者会見だけで説明を尽くすのは困難であろう。また、第三者委員会報告書では、原因究明と是正策・再発防止策を提示することになるが、それを受けての会社の対応が十分なものであるのかは社会の重大な関心事となる。それについて、第三者委員会は、既に解散しているからコメントも対応もしないということでは、企業に対する社会の信頼を回復することは著しく困難となる。

この点が最悪だったのが、東芝の第三者委員会である。報告書公表後、「第三者委員会は既に解散している」との理由で何も説明せず、また、会社側も、「会社から独立した第三者委員会の責任で作成された報告書内容にはコメントできない」との対応に終始した。このような対応に不信感を持ったマスコミも多く、そのうちの一つの日経ビジネスが、東芝の社内者に対して誌面で内部告発を呼びかけるという異例の対応をしてまで徹底追及する動きに発展していった(もっとも、東芝の場合には、前記のように「第三者委員会」そのものが偽装だった疑いが強く、委員会として適切な対応ができなかったのは当然だったとも言える。)

今回の三菱自動車の不祥事では、第三者委員会が、信頼を喪失した会社経営幹部に代わって、社会とのコミュニケーションの役割を果たすことが重要になると考えられる。

企業としては、ほとんど「死に体」の状態と言える三菱自動車が、今回の不祥事を機に、企業組織の抜本改革を果たし、長い時間をかけて社会の信頼を回復していくことができるとすれば、近く設置される第三者委員会が、今回の不祥事に関して会社からの独立性・客観性を確保した上で、徹底した調査を行い、過去の不祥事では改めることができなかった「問題の本質」を明らかにすることしかあり得ない。

グループ企業3万人の従業員と家族を救うためにも、第三者委員会の人選が適切に行われ、自動車ユーザーなどステークホルダーの納得が得られる徹底した調査と原因究明が行われることを期待したい。

 

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