司法試験考査委員で明治大学法科大学院の青柳幸一教授が、自身の作成した試験問題を、教え子だった20代の女性受験者に漏らした問題で、法務省は青柳教授を国家公務員法(守秘義務)違反罪で東京地検に告発した。
検察庁や法務省法務総合研究所など法務・検察に23年間勤務した私だが、「法務省本省の告発」というのは聞いたことがない。まさに前代未聞の告発が行われるに至った今回の事件が今後各方面に及ぼす影響は計り知れない。
折しも、告発が行われた9月8日、私の新著「告発の正義」(ちくま新書)が発売された。
同書では、告発について、「悪事を暴く」という意味の内部告発などの「社会的事象としての告発」と、刑事訴訟法や特別の法律が定めた権限に基づいて、捜査機関に犯罪の処罰を求める「法律上の告発」の二つに大別している。
今回の「法務省の告発」は、刑事訴訟法239条2項による「法律上の告発」であるが、そのような告発が行われるに至ったのは、その受験生の答案の点数が著しく高く、採点した考査委員から法務省に「漏えいがなければ作成困難な内容」との情報が寄せられたことが発端だとのことであり、その委員の情報提供は、「考査委員による試験問題の漏えい」の疑いを持った考査委員が行った一種の「告発」的行動と見ることもできよう。
法律上の告発には、一般人による告発と公務員(官公庁)による告発とがある。
刑訴法239条1項の「何人でも、犯罪があると思料するときは、告発をすることができる。」が一般人の告発の権利を規定しているほか、2項で「官吏又は公吏は、その職務を行うことにより犯罪があると思料するときは、告発をしなければならない。」として公務員による告発義務を定めている。この2項の規定による告発は、通常、公務員個人ではなく、官公庁の組織の決定に基づいて行うもので「官公庁による告発」である。
官公庁による告発には、このような刑訴法に基づくもののほかに、独占禁止法に基づく公正取引委員会の告発、金融商品取引法に基づく証券取引等監視委員会の告発のように、法律によって法執行機関に与えられた特別の告発権限によるものがある。
そして、刑訴法に基づく官公庁の告発にも、所管する法律違反に対する告発(厚労省によるノバルティスファーマ社に対する告発がその一例、前掲拙著138頁以下)と、当該官公庁の内部者が行った犯罪行為に対する告発があるが(その典型が、ヤミ専従問題で厚労省が旧社保庁職員に対して行った告発)、今回の法務省の告発は、非常勤ではあるが法務省に所属する公務員に当たる司法試験考査委員の犯罪行為に対して行ったもので、後者の告発である。
刑訴法239条2項の「犯罪あると思料するときは告発しなければならない」との文言は、一見すると、「犯罪の疑いがあると思った公務員(官公庁)には告発の義務がある」という意味のようにも思えるが、一般的には、犯罪の嫌疑が十分にあると判断し、なおかつ、その犯罪について処罰すべきと判断した場合に告発を行うことを規定したものと解されている。
今回の事件では、法務省は、13年間にわたって、司法試験考査委員という重職にあった大学教授を、処罰すべき悪質・重大な犯罪を行ったと判断して告発したのである。そのこと自体が衝撃的である。
検察庁は、法務省に属する行政機関である。それだけに、その法務省が、検察に対して告発を行ったことは、検察にとって極めて重大な意味を持つ。
告発を受けた東京地検特捜部は、試験問題のどの範囲をどのように教えたのか、答案の書き方まで教えたのかなど漏えいの事実関係の詳細だけでなく、青柳教授と受験生の女性の関係や、このような問題が発生した背景についても徹底した捜査を行わなければならない。
もし、漏えいを受けた女性受験生の方から青柳教授に積極的に働きかけて、試験問題を漏えいさせたとすれば、国家公務員法111条の「…に掲げる行為を、企て、命じ、故意にこれを容認し、そそのかし又はそのほう助をした者は、それぞれ各本条の刑に処する。」に該当し、受験生について犯罪が成立する可能性もある。
青柳教授と受験生の両方が漏えいの事実を認めていたとしても、両者の供述内容によっては、犯情も量刑も大きく異なってくるのであるから、「罪証隠滅のおそれ」がないとは言えない。青柳教授を逮捕・勾留し、身柄を拘束して取調べを行うことにならざるを得ないのではなかろうか。
守秘義務違反の罰則は「1年以下の懲役又は50万円以下の罰金」と軽いが、司法試験の公正に対する信頼を失墜させるという結果は極めて重大であり、また、2007年に問題となった慶応大学法科大学院の教授のケースのように、法科大学院での教育の中で、担当する法科大学院生全体に試験問題の素材を「重要判例」として紹介したというのとは異なり、青柳教授の場合は、法科大学院での教育とは離れた私的な場で特定の女性の受験生に問題を漏えいしたというのであるから、犯情も極めて悪質である。逮捕・勾留という、厳しい社会的非難を前提とする身柄拘束措置を受けることも致し方ないであろう。
本件の事案の真相の解明は、既に明らかになっている青柳教授の女性受験生に対する試験問題の漏えいだけにとどまってはならない。過去に本件の余罪に該当するような事実はなかったのか、青柳教授が漏えいに及んだことを全くの個人的資質の問題と扱って良いのか、その背景に法科大学院と司法試験制度の関係に関わる構造的な問題はなかったのかなどについても幅広い事実解明が必要である。
刑事事件としての捜査だけではなく、法務省において、第三者も含めた調査によって、これらの点についても解明していく必要がある。
13年にもわたって同一の教授を考査委員の職にとどまらせたことが今回の事件を発生させる原因となったことは否定できない。2007年の慶応大学法科大学院教授の問題以降の法務省の対応が問題となる可能性もある。法務省の「告発の正義」は、最終的に「告発者の不正義」を明らかにする結果につながるかもしれない。
今回の試験問題漏えい発覚の契機となったのは、同僚の考査委員による法務省への情報提供が行われたことだった。
従来から司法の世界では、法曹三者の間の「同族意識」が強い。法学部、法科大学院の教授も、長年司法試験考査委員を務めるような「大御所」の場合、その「同族」に含まれる。
問題の答案が、「漏えいがなければ作成困難な内容」であり、考査委員からの漏えいが疑われたとしても、従来からの「同族的関係」の下では、法務省側に通報することには抵抗もあったはずだ。実際に特定の考査委員から特定の受験生に問題が漏えいしていたとすれば、司法の世界を揺るがす重大な問題になりかねない。もし、その考査委員が見過ごしてしまえば、法務省側が答案の中身を見ることはないのだから、発覚することはまずなかった。
漏えいした可能性が最も高いのは、受験生と接点を持つ法科大学院の教授であり、誰が疑わしいのかということも、概ね見当がついていたはずだ。そういう意味では、この同僚の考査委員による情報提供は、まさに、現在起きている重大な事態をかなりの程度予測した上で行われた一種の「告発」だったとみるのが合理的であろう。
新著「告発の正義」の中では、激しく変化する環境の中で、「告発」が大きな社会的意義を有することになっている現状について書いた。
「法律上の告発」のうち一般人によるものは、かつては、「検察の正義」の前に無力だった。しかし、検察審査会の起訴議決制度の導入後、検察の告発事件の捜査処分が大きく影響を受けるようになり、「告発の正義」と「検察の正義」の関係が変わった。官公庁の告発に対する姿勢も、近年、大きく変化している。同書では、こうした環境変化の中での「告発の正義」の実相を、私自身が検察や公取委で経験したことも含め、様々な事件を通して描いた。
法務省が憲法学会の大御所の司法試験考査委員を告発するという衝撃的な事態となった今回の事件は、「告発」をめぐる社会の環境が、従来では考えられなかった方向に大きく変化をしていることを示している。
前代未聞の「法務省の告発」が、司法の世界にどのような激変をもたらすのか。その「告発の正義」の行方から目が離せない。
