小池氏による一者入札禁止「制度改革」の“愚”

東京都入札制度「改革」がもたらした惨状

東京都議会の6日の代表質問で、小池都知事が今年5月に実施した「入札制度改革」について、公明党、自民党などからの批判が相次いだ((日経)【都議会、知事を追及 入札改革に批判強まる】)。

豊洲市場の建物の地下で「盛り土」がなかったことの安全対策として行われる予定の工事では、入札参加を業者が一者またはゼロになったり、入札価格が予定価格を大きく上回ったりすることで不調が相次いだことで、工事施工が大幅に遅延し、来年10月に予定されている豊洲への移転が危ぶまれる事態となっている。このため、東京都は、一部の工事について入札を断念し、特命随意契約に切り替える方針を固めたとのことだ。

そもそも昨年8月末に、小池氏が豊洲への市場移転を延期し、その理由の一つとして「巨額かつ不透明な費用の増大」を挙げたことが根本的に誤りであった。あたかも、市場移転に関する工事に関して不正の疑いがあるかのような言い方をしたのである。

これに関して問題にされていたのは、2013年から行われた豊洲市場の主要な3つの建物の工事3件について、最初の入札がいずれも不調に終わり、2回目の入札で3施設の予定価格が1.6倍に引き上げられたほか、予定価格に対する落札額の割合を示す落札率が3件とも99%を超えたことだった。小池知事がトップを務める都政改革本部は、一つのグループだけが入札に参加し、予定価格が一気に引き上がった2回目の入札で落札していることから、「競争性や合理性に疑問がある」などとして、抜本的な見直しを求め、小池知事も「東京都は高価格体質があると言わざるをえない」と指摘していた。

しかし、そもそも、過去に発注され、終了している工事の費用の問題は、市場移転延期の理由にはなり得ない。もし、その疑いがあるのであれば、その事実を解明し、その結果、不正行為等が判明すれば、関係者の責任追及や支払った費用の返還や賠償が問題になるというだけのことである。

そして、それ以上の的外れだったのは、「一者入札」での落札を、あたかもそれ自体で不正の疑いがあるかのように問題にしたことである。

一者入札禁止「入札制度改革」のデタラメ

そのような認識を背景に、小池氏が唱えた「ワイズ・スペンディング(賢い支出)」の一環として、「都政改革本部」が今年5月に打ち出したのが、入札に参加する業者が複数いなかった場合は入札を中止してやり直す「一者入札の禁止」や「予定価格の事後公表」などを内容とする「入札制度改革」だった。

しかし、「一者入札」を、理由を問わず禁止し、「一者入札」の場合は入札を中止してやり直すというのは全くの愚策であり、公共工事の入札契約制度が根本的にわかっていないとしか言いようがない。

もちろん、「競争入札」は、複数の、できれば多数の業者が入札に参加し、入札価格をめぐる競争が行われて、最も低価格の入札をした業者が落札し受注するのが望ましいことは言うまでもない。しかし、工事の発注をめぐる状況は、需給関係によって大きく異なる。工事の発注量が少なく、多くの業者が熾烈な競争を行っている状況であれば、「入札における価格競争」も期待できるが、逆に、発注される工事の量が多く、人手不足などで受注可能な業者が少なければ、入札参加者が少なくなるのは当然である。また、特殊な技術を要する工事ではもともと受注可能な業者が少ない。

しかも、日本の公共調達制度では、入札の場合も「予定価格」が設定され、その価格を一円でも超えると落札できない「予定価格の上限拘束」が定められている。発注者側の公務員が建設物価等を基に算定する予定価格が工事の実態に適合するとは限らない。また、資材費や人件費等の工事単価が急上昇する局面では、実勢価格が予定価格を大幅に上回り、予定価格内で落札すると大幅な赤字受注になってしまう。このような場合、「一者入札」どころか、予定価格以下での落札者がゼロになり、「入札不調」になる。

豊洲の4件の工事が発注された2013年というのは、東日本大震災の復旧工事と、安倍政権発足後、「国土強靭化」政策の下で公共投資が増額された影響で、人件費・資材費が異常に高騰し、前年度の建設物価をベースに算定される予定価格が実勢価格と大幅にかい離し、あらゆる公共工事で、入札不調が相次いでいた時期だった。

このような状況での工事の発注なのだから、当初の予定価格内での入札者がいなかったのは当然であり、予定価格を6割引き上げて、ようやく各工事について一者(ゼネコンの共同企業体)の入札があったということだと考えられる。

複数の工事が同時に発注された場合、それぞれの工事に一者を受注予定者として割り当てる「談合」の結果、「一者入札」になったということも、過去の事件としてはあったし、その可能性が否定できるわけではない。しかし、2013年の豊洲の4件の工事については、「一者入札」という結果になるのは、当時の建設工事をめぐる状況からすると、むしろ当然の現象であって、そこから不正を疑い、さらに、それを契機に「一者入札禁止」の制度改革を行うというのは、全く的外れである。

今回の、豊洲市場での工事の発注の遅れは、このようなデタラメな制度変更がもたらしたものであり、早急に、「一者入札禁止」などという馬鹿げた制度を改めるべきである。東京都は、豊洲の工事を特命随意契約に切り替えようとしているとのことだが、随意契約には「随契理由」が必要であり、それらの工事にその理由があるとは思えない。「一者入札禁止」を取りやめ、入札契約制度改革が全くの誤りであったこと率直に認めた上で、合理的な価格での応札をゼネコン側に要請すべきであろう。

東京都における「入札契約制度改革」の経緯

このような「入札制度改革」が行われる前の東京都の入札契約制度は、2010年10月に公表された「東京都入札契約制度改革研究会報告書」に基づいて行われた入札契約制度改革をベースとするものだった。

同研究会は、東京都の入札契約制度及び運用の在り方を検討するため専門家・有識者を集めて2009年6月に設置されたものだった。私は、その入札契約制度研究会の会長として議論を総括し、報告書の取りまとめを行った。

私自身、公共調達制度や談合等の不正をめぐる問題は、法務省法務総合研究所研究官の時代からの専門分野の一つであり、海外の制度との比較も含めて、公共調達や談合の問題等について様々な研究を行ってきた。【入札関連犯罪の理論と実務】(東京法令)のほか、コンプライアンス関係の著書でも、「非公式システム」として我が国の公共調達に蔓延していた談合問題を取り上げ、多くの建設業団体、建設会社等でコンプライアンスの講演を行ってきた。地方自治体の入札契約制度改革に関しては、2006年に、当時、首相補佐官だった世耕弘成氏からの依頼で、地元和歌山県の入札制度改革検討委員会の委員長として、前知事が官製談合問題で辞職した直後の和歌山県での入札制度改革の在り方を検討したのを始め、2007年には、山形県公共調達改善委員会、2009年には京都府公共調達検討委員会などの委員長を務め、各自治体の制度改革に関わってきた。そういう私にとって、東京都の入札契約制度研究会は、それまで行ってきた公共調達制度改革に関する検討の総仕上げとも言うべきものだった。

委員会のメンバーには、公共調達問題を検討するためのベストのメンバーを揃えた。武田晴人氏は経済学者で東大大学院教授、「談合の経済学」の著書もあり、日本の公共調達制度や談合問題に詳しい。小澤一雅氏は、土木工学・建設マネジメントが専門の東大大学院教授、楠茂樹氏は、経済法が専門の上智大学准教授(現在は教授)で、「公共調達と競争政策の法的構造」等の著書もある。谷隆徳氏は、地方自治問題に精通する日経新聞の編集(論説)委員である。

このようなメンバーを中心に発足した研究会は、1年5ヶ月の間に13回の会合を開き、業界関係者からのヒアリングも行うなどして、入札契約制度に関するあらゆる論点について広範囲に議論した。

当時は、リーマンショック後の不況に加えて、公共投資の削減、建設不況下で公共工事の受注価格が大きく下落し、ダンピング受注が深刻な問題となっていた。研究会でも、ダンピング対策は主要な検討課題であり、それに伴って最低価格と同水準の入札を招きやすい「予定価格事前公表の是非」を議論した。

一方で、予定価格と実勢価格の乖離のために「入札不調」も相当数発生していた。入札不調には至らなかったが「一者入札」で落札した工事も相当数あったと思われるが、それは、入札価格が予定価格を少しでも上回れば、最低価格であっても落札できないという「予定価格の上限拘束」に根本的な問題があるとの認識が研究会では共有されていた。予定価格によって価格の上限だけが拘束される制度は国際的に見ても特異な制度だ。その不合理性は、総合評価方式の導入が拡大し、価格以外の要素が重視されるようになるのに伴って一層顕著になり、入札不調に伴って行政コストが増大するなど、様々な問題が生じていた。

研究会では、現行法令上、予定価格の上限拘束という制度自体を変えることはできないため、それを緩和する方法が考えられないかについても議論した。発注者側の積算に基づいて算出する、「従来であれば予定価格として設定する価格」を「基準価格」にして、それを何割か上回る水準を、実際の入札の「予定価格」として設定し、最低入札価格が、その「予定価格」以下であれば、一応落札可能とした上、その価格が「基準価格」を上回っていた場合も、その価格が不当に高いものでないかどうかを審査(「高価格調査」)した上で、問題なければ契約するという方法についても真剣に議論した。しかし、当時、事務局側から、議会との関係等から、ただちに導入することは難しいとされ、報告書でも「一つの考え方」として示すにとどめた。

つまり、入札契約制度研究会では、当時ダンピング対策が重要な問題となっている中で、予定価格と実勢価格とのかい離の問題についても十分な検討を行い、それに伴って発生する「入札不調」や「一者入札」の問題を、「予定価格の上限拘束の緩和」という方向で議論していたのである。そして、研究会報告書の提言を受けて東京都が打ち出した「公共工事に関する入札契約制度改革の実施方針」においても、「予定価格の上限拘束性の問題」について、次のように述べて、入札不調が起きる根本的な原因は「予定価格の上限拘束性」であるとの問題意識が示されているのである。

 国及び地方公共団体の競争入札は、予定価格を超えて落札できないとする「上限拘束」の原則と、最低価格での入札を落札とする「自動落札」の原則を基本としている。自動落札については、総合評価方式などの導入に併せて例外規定が整備されたが、上限拘束性には一切の例外が認められていない。 こうした厳しい上限拘束性は、総合評価方式の技術提案内容の制限、入札不調に伴う行政コストの増加や事業執行の遅れなどにつながる場合もあるが、これらは法令上の整理なくして解決することは困難である。

予定価格の上限拘束性については、自動落札の原則と同様、一定の条件の下で地方公共団体の判断により拘束性を緩和する例外措置が可能となるよう、国に対する法令改正の要望に向けて取り組んでいく。

このような東京都の入札契約制度改革の経過からすると、「一者入札禁止」などという突飛な考え方が出てくる余地は全くなかったのである。

小池知事顧問団中心の「入札制度改革」の暴走

今回の「入札契約制度改革」が行われるまでは、東京都の入札契約制度研究会は、東京都のホームページにも掲載されており、都の要綱上も研究会が存在していた。入札制度を変更するのであれば、何らかの形で入札契約制度研究会のメンバーによる議論を行うのが当然だと思えたし、私も、できる限り協力したいと考えて、当時、研究会の事務局を担当していた財務局の幹部とも話をした。

しかし、入札制度改革については、都政改革本部の中の「顧問団」の一部が主導して進めており、事務方はほとんど口を出せないとのことだった。そのことに、内心忸怩たる思いを持っていることは十分に理解できた。私が、昨年11月以降、【「小池劇場」で演じられる「コンプライアンス都政」の危うさ】、【「小池劇場」の”暴走”が招く「地方自治の危機」】などで、小池氏による「劇場型都政」で行われている市場移転延期や「盛り土」問題の取り上げ方に重大な問題があることを指摘するなど、小池氏を徹底批判していたため、事務方としては、小池都知事や顧問団に対して「郷原」という名前も、郷原が会長を務めた「入札契約制度研究会」のことも、とても口にできないということだろうと思った。

今年4月に、顧問団の意見に基づいて策定された「入札制度改革案」が公表された後、都議会でも、4月25日の財政委員会でこの問題が審議され、自民党議員からは、制度改革案を疑問視する意見が出されている。北久保眞道議員は「財務局主催の入札契約制度改革研究会の会長として、従来の入札契約制度の設計に携わってきた郷原信郎氏を参考人として当委員会に招致すること」を提案しているが、否決されている。

もし、入札契約制度研究会のメンバーで制度改革について議論する機会や意見を述べる機会が与えられていたら、「一者入札禁止」などという馬鹿げた制度改正には強く反対していたであろう。

小池氏は、「ワイズ・スペンディング」を掲げ、その目玉として行った入札制度改革で打ち出されたのが「一者入札禁止」であった。その“暴走”と言うべき「制度改悪」は、小池氏の判断で延期された市場移転の時期をさらに遅延させ、市場関係者に大きな打撃を与えている。このようなデタラメな施策のどこが「ワイズ」なのであろうか。

「小池都政改革」が、東京都の工事発注にもたらしている“厄災”は、もう都民として許容できる限度を遥かに超えている。都政の現状に、都民の一人として深く憂慮せざるを得ない。

 

 

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