平成「緑のタヌキ」の変 ~衆院選で起きた“民意と選挙結果とのかい離”~

始まりは、隣国、自民国の城主アベが起こした突然の挙兵だった。

自民国では、城主の「身内」や「お友達」を偏重するやり方に対して領民の批判が強く、しかも、それらの問題への対応が不誠実なものであったことから、城主への不満が高まりつつあった。いずれ、城主アベは、領民の信任を失い、城を追われるのではないかと見られていた。

そのような自民国の状況は、対立を続けていた民進国にとっては、城主アベを打倒する千載一遇の機会であったが、内部対立に加え、家臣の離反や不祥事が表面化し、対応に追われていた最中に、城主アベが突然挙兵したのだった。

もともと、「挙兵」には決まりがあった。領民を戦いに巻き込み、多大な負担と苦痛を負わせることになるのだから、余程の理由がなければならなかった。しかし、城主アベは、適当な口実をつけて、挙兵を宣言、近隣諸国との戦争準備を始めた。

大混乱に陥ったのが民進国の城内だった。家臣の離反や不祥事で混乱している最中に、アベ軍が攻め込んできたのでは、城を守れない。城主マエハラも家臣たちも、頭を抱えた。

そこに登場したのが、「私についてきなさい。城主アベを討ち取ってしんぜましょう。」などと言って現れた「緑の国の女城主」のユリコだった。自民国の出城を攻めて「黒いネズミ」を討ち取って大勝利を収めた「女城主ユリコ」の武勇伝は、瓦版などで広まっており、民進国では、城主マエハラが、「今、アベに攻められたのでは城がもたない。民進国が打ち揃って、緑の国の下に入り、ともにアベと戦おうぞ!」と家臣に呼びかけた。家臣たちは、城主マエハラから渡された軍資金を手に雪崩を打つように城を離れ、「緑の国」をめざした。アベ軍が押し寄せてきても、ユリコ率いる緑の軍が圧勝するだろうと信じて疑わなかった。

ところが、民進国の家臣達が「緑の装束と甲冑」を与えられて戦争準備に入った頃から、城主ユリコは、不可解な行動を取り始めた。

民進国の家臣をすべて引き取るのではなく、「考え方の合わない人は緑の国から排除します。」と言って、城を閉ざすことを明言したのである。「排除」の対象となった家臣達は、独自に「立憲民主国」を立ち上げて、自民国との戦争準備に入った。

そして、城主ユリコは、「アベを討ち取る」と言っていたのに、そのアベを支持する浪人を召し抱え、城に引き入れたりもした。決定的だったのが、城主ユリコ自身が、出陣する気配を見せないことだった。家臣達に対して「アベを倒せ!」と叱咤激励して応援するだけだった。「ユリコ殿、そろそろご出陣を。」を促されても、「最初からそんな気はないと言っているじゃありませんか。私には、トウキョウトの領民がいます。」などとうそぶいている。さらには「緑の軍」の総大将も決めようとしない。「戦が終わってから相談します。」と言うだけだった。

そうこうしているうちに、民進国の家臣たちの中から、「ユリコは『緑のタヌキ』だ。我々は騙されたんだ。」と言って離脱する動きが出てきた。「やはり騙された。『緑のタヌキ』に化かされて、民進国家臣の地位も失い、身ぐるみ剥がされた。」

しかし、もう時間がなかった。アベの大軍は、すぐそこに迫っていた。

そして、10月22日、戦いの火ぶたは切られた。立憲民主国は、「エダノ丸」を築いてアベ軍を迎え撃ち、城主エダノンを中心に奮戦し、アベ軍に各地で打撃を与えた。ユリコから「排除」された者、早く離脱した者も奮戦し、多くが生き残った。

しかし、「緑の軍」の方はといえば、戦う前から勝負はついていた。敗北を見越した城主ユリコは、前日に国外に逃亡。ユリコの腹心ワカサは、自民軍先鋒の若武者コイズミに、一撃で討ち取られた。「緑の軍」が新たに召し抱えた武将たちは、ほぼ全滅。民進国の家臣たちの多くが、緑の甲冑をつけたまま、自民軍の格下武将に討ち取られた。

 

以上が、今回の衆院選をめぐって起きた平成「緑のタヌキの変」の顛末である。

この「変」は、日本の政治に、そして、日本の社会に何をもたらすことになるのか。

直接の「被害者」は、「希望の党」に加わったがために落選の憂き目にあった民進党所属の前衆議院議員達である。しかし、「緑のタヌキ」に化かされて、公約が公表されてもいないのに「公約を遵守する」「党側が要求する金額を拠出する」などという「政策協定書」に署名したのは彼らなのであり、まさに自業自得である。しかも、途中で「化かされた」と気づく局面はいくらでもあった。

民進党を事実上解党して、希望の党に合流することを正当化する唯一の理由は、前原氏も言っていたように「いかなる手段を使っても安倍政権を倒す」ということだったはずだ。しかし、「希望の党」は、必ずしもそのような方向で一致結束していたわけではなかった。小池氏は「安倍一強」を批判するが、「情報公開の不足」などの自分の主張に我田引水的に結びつけようとするだけで、具体的な安倍批判はほとんどなかった。

原口一博元総務大臣が、公示の直前になって、「小池氏が出馬しないなら安倍支持」などと放言した中山成彬氏の九州比例ブロックでの扱い等に反発して、希望の党を離脱した際には、希望の党が「安倍打倒」に一枚岩になれていないことは十分に認識できたはずだ。その頃、私は、RONZAに、【希望の党は反安倍の受け皿としての「壮大な空箱」】と題する拙文を寄稿し、その中で、「原口氏の決断を重く受け止め、今回の衆議院選挙に向けての最大の目標が安倍政権打倒であることを、党の公認候補の間で改めて確認する行動を希望の党内部で起こすべきだ」と述べた。「安倍政権打倒をめざすことの確認文書への署名」を全立候補者に求めることも一つの方法であり、前原氏は、そのためにリーダーシップを発揮すべきだと述べた。

この時、民進党前議員達が、「血判状」に署名するぐらいの気概を持って、「アベ政権打倒」と、そのためのアベ批判の論陣について認識を共有し、一致結束していれば、局面も変わっていた可能性がある。関ケ原の戦いで西軍が壊滅した後、西軍に加わっていた島津軍は、徳川本陣を敵中突破し、九死に一生を得て薩摩に生還した。希望の党に加わった民進党前議員には、逆境を乗り越えるため、安倍政権打倒のための決死の行動が必要だった。

それとは対照的に、立憲民主党が純粋に政治信条と理念を守り抜く姿勢は、多くの国民の共感を得た。1年前にNHKの大河ドラマ「真田丸」が大人気だったのと同様に、日本人は、「逆境にあっても信念を貫き、戦い抜く姿勢」に好感を持つのである。

このような平成「緑のタヌキの変」で恩恵を受けたのは、自民党・安倍首相のように思える。しかし、果たしてそうであろうか。今回の選挙での共同通信の出口調査では、比例代表投票先を回答した人に安倍晋三首相を信頼しているかどうかを尋ねたところ「信頼していない」が51・0%で「信頼している」の44・1%を上回ったとのことだ。それなのに、自公で3分の2を超える圧勝だ。

森友・加計疑惑で窮地に追い込まれた末に、事実上首相に与えられている解散権を悪用して、政権維持のための「最低・最悪の解散」に打って出たことには、自民党内からも多くの批判があった。本来であれば、選挙で国民の厳しい批判を受けて当然だったのに、「緑のタヌキ」の「化かし」によって、結果的に救われただけだ。さすがに安倍首相自身も、そのことは認識しているのだろう。選挙での圧勝にもかかわらず、笑顔はなかった。

そして、何と言っても、この「変」の最大の被害者は、国民だ。安倍政権に対する民意と選挙結果が余りに大きくかい離してしまったことは、日本の社会にとっても不幸なことだ。しかも、今回の解散総選挙を通して国民の多くが安倍首相に抱いた不信は、ほとんど不可逆的なものと言える。そのような状況で「国難」に対処することこそが「国難」と言うべきだろう。

今後、安倍政権に対する対立軸として純化された立憲民主党を中心とする野党勢力が、森友・加計問題への対応への批判を強めていけば、選挙結果への反動もあって、内閣支持率は低下していくだろう。そのような状況でも、自民党は結束して安倍政権を支え続けるのだろうか。来年の総裁選を控え、自民党内でどのような動きが出てくるのであろうか。

カテゴリー: 政治 | 9件のコメント

本当に、「こんな首相」を信任して良いのか

「緑のたぬき」の“化けの皮”が剥がれ、安倍自民圧勝の情勢

衆議院選挙の投票日まであと3日、各紙の情勢予測では、「自民300議席に迫る勢い」と、安倍首相率いる自民党の圧勝が予想されている。しかし、世論調査で「安倍首相に首相を続けてほしくない」との回答が50%近くに上っており、また、内閣支持率は30%台に低下し、不支持率を下回っている。「自民圧勝」の情勢は、決して安倍首相が支持されているからではない。

最大の原因は、衆議院解散直前に「希望の党」を設立し、自ら代表に就任した小池百合子東京都知事の“化けの皮”が剥がれたことにある。都議選圧勝で最高潮に達した小池氏の人気は、民進党リベラル派議員を「排除」するという小池氏自身の言葉や、音喜多都議と上田都議が「都民ファースト」から離脱し、閉鎖的で不透明な党の実態を暴露したことなどによって大きく低下した。さらに、「政権交代」をめざして国政政党を立ち上げたのに、代表の小池氏が衆院選に出馬せず、「希望の党」は首班指名候補すら示せないまま衆院選に突入したことで、小池氏への期待は失望に変わった。

私は、昨年11月以降、ブログ等で、小池都政を徹底批判してきた。都議選の直後には、【“自民歴史的惨敗”の副産物「小池王国」の重大な危険 ~代表辞任は「都民への裏切り」】と小池氏を批判した。そういう意味では、「小池劇場」を舞台に、都民、国民に異常な人気を博してきた小池氏の実像が正しく認識されること自体は、歓迎すべきことである。そして、小池氏に化かされ、「緑」に染まってしまった民進党系の前議員の多くが「希望の党」もろとも惨敗するのは自業自得だ。しかし、問題は、それが「自民党の圧勝」という選挙結果をもたらしてしまうことだ。

“憲政史上最低・最悪の解散”を行おうとする「愚」】でも述べたように、今回の衆議院解散は、現時点で国民の審判を仰ぐ理由も「大義」もないのに、国会での森友・加計学園疑惑追及を回避するための党利党略で行われたものであり、憲法が内閣に認めている解散権を大きく逸脱した「最低・最悪の解散」だ。

疑惑隠しのため解散を強行した安倍首相への批判から、自民党が大きく議席を減らすことが予想されていたが、「希望の党」の結成、民進党の事実上の解党によって、野党は壊滅、その「希望の党」も化けの皮が剥がれて惨敗必至の状況となり、結局、「最低・最悪の解散」を行った安倍首相が、選挙で圧勝して国民から「信任」を受けることになりかねない状況になっている。

しかし、本当に、それで良いのであろうか。

10月11日のテレビ朝日「報道ステーション」の党首討論での安倍首相の発言に関しては、【「籠池氏は詐欺を働く人間。昭恵も騙された。」は、“首相失格の暴言”】で、一国の首相として、いかにあり得ない暴言であるかを批判した。それに対しては、大きな反響があり、朝日、毎日、共同通信、週刊朝日等でも取り上げられたが、安倍首相の正確な発言内容が把握できたので、籠池氏の事件や解散に至る経緯も踏まえて安倍首相の発言内容を整理してみたところ、その発言の“恐るべき意図”が明らかになった。

安倍首相発言の“恐るべき意図”

安倍首相の発言は、後藤キャスターの

総理にお伺いしたいんですが、この森友・加計学園というのは、最高責任者としての結果責任が問われている。

森友問題については、交渉経過を総理の指示によって検証する、そういうお考えはないのでしょうか。

との質問に対して行われた。(番号、下線は筆者)。

まず森友学園の問題なんですが、私が一回も、お目にかかっていないということは、これは、はっきりしています。私が一切指示していないということも明らかになっています。うちの妻が直接頼んでいないということも、これも明らかになっていると思います。

あと、問題は、松井さんが言われたように、①籠池さん自体が詐欺で逮捕され起訴されました。これは、まさにこれから司法の場に移っていくんだろうと思います。

値段が適正だったかどうかも、財務省が、これは民間の方々から訴えられているわけでありますから、捜査当局が明らかにしていくんだろうなと思います。

②こういう詐欺を働く人物の作った学校で、妻が名誉校長を引き受けたことは、これはやっぱり問題があったと。③やはり、こういう人だから騙されてしまったんだろうと…

この発言の第1の問題は、行政府の長であり、検察に対しても法務大臣を通して指揮監督を行い得る立場にある首相が、検察が逮捕・起訴した事件に言及した上で(下線①)、「『こういう詐欺』を働く人物」と決めつける発言をした(下線②)ことだ。籠池氏は、検察に逮捕され、身柄拘束中だが、取調べに対して完全黙秘しており、公判で弁解・主張を行って公正な審理を受けようとしている。このような被告人の起訴事実について、一国の総理大臣が、「詐欺を働く人物」と決めつけることは、「推定無罪の原則」を首相自らが破るものであり、絶対に許されない。

第2に、安倍首相は、森友・加計学園問題について「丁寧な説明」をすると繰り返し述べながら、野党に国会召集を要求されても応じず、臨時国会の冒頭解散によって国会での説明の場を自ら失わせた。そして、国会に代わって、森友・加計問題についての「説明の場」となったテレビの党首討論の場で、安倍首相が行った「説明」が、「籠池氏は詐欺を働く人物であり(下線②)、そういう人物だから妻の昭恵氏が騙されて(名誉校長になった)(下線③)」というものだった。

そして、安倍首相が、森友学園問題について、上記の「説明」を行うことが可能になったのは、まさに、検察が籠池氏を詐欺罪で逮捕・起訴したからだ。

検察の逮捕・起訴に関しては、籠池氏自身が逮捕前から「国策捜査」だと批判し、マスコミ等からも、そのような指摘が相次いだ。その逮捕事実が、告発事実の補助金適正化法違反ではなく詐欺であったことは従来の検察実務の常識に反する(【検察はなぜ”常識外れの籠池夫妻逮捕”に至ったのか】【検察は、籠池氏を詐欺で起訴してはならない】。また、大阪府からの補助金の不正受給も、通常は「行政指導」の対象であり、刑事事件で取り上げるような問題ではない。

検察が、「常識的な判断」を行っていれば、安倍首相が、上記のような「森友学園問題についての説明」を行うことはできなかった。籠池氏に対する検察の逮捕・起訴は、法務大臣を通じて検察を指揮し得る(或いは「検察から忖度される」)立場にある安倍首相自身を利するものだった。安倍首相の発言は、そのことを自ら認めるものなのである。

一国の首相が推定無罪の原則を無視する発言を行ったことだけでも、「首相失格」であることは明らかだが、それ以上に問題なのは、その「籠池氏が詐欺を働くような人物だから妻が騙された」という、森友学園問題に対する「説明」は、検察の籠池氏逮捕・起訴によって初めて可能になったということだ。安倍首相の発言は、検察の国策捜査を自ら認めたに等しいのである。

刑事司法が政治権力のための道具として悪用される恐れ

安倍首相と籠池氏は、もともと敵対関係にあったわけではない。少なくとも、森友学園問題が国会で追及されるまでは、安倍首相の妻昭恵氏は籠池夫妻と親密な関係にあり、安倍首相自身も、国会答弁で「妻から森友学園の先生の教育に対する熱意は素晴らしいという話を聞いている」と述べていた(2月17日衆院予算委員会)。

ところが、籠池氏が、森友学園の小学校設置認可申請を取り下げた後、3月16日に、「安倍首相から100万円の寄付を受けていた」との発言を行った時点以降、自民党は「安倍首相を侮辱した」として籠池氏を証人喚問、3月29日には、大阪地検が籠池氏に対する補助金適正化法違反の告発を受理したと大々的に報じられ、7月28日、国会が閉会し安倍首相の記者会見が終了した直後に強制捜査着手、そして、7月31日に、籠池氏夫妻が逮捕され、さらに大阪府等からの補助金不正受給について再逮捕。籠池氏は、詐欺の犯罪者として処罰される方向で事態が進行していった。

そして、今回の安倍首相の発言があり、行政府の長である首相が、籠池氏が逮捕・起訴された事実に関して、「詐欺を働く人物」と明言したことで、少なくとも、検察は、今後、籠池氏側・弁護人側からいかなる主張がなされようと、首相の意向に反して、「籠池氏の詐欺」を否定する対応をとることは困難になる。そして、有罪率99.9%と、検察の判断がほぼそのまま司法判断となる日本の刑事司法においては、結局のところ「籠池氏の詐欺」が否定される余地は事実上なくなるのだ。

今回の安倍首相発言が容認されれば、今後の日本では、首相に敵対する側に回った人間を、籠池氏と同様に、刑事事件で逮捕・起訴することで、「犯罪者」として「口封じ」をすることが可能となる。まさに、刑事司法が権力の道具になってしまいかねない。

このような発言を、公共の電波による党首討論で堂々と行った首相が、選挙で国民の信任を受けるなどということは、絶対にあってはならない。 

「こんな首相」を信任して良いのか

今年7月都議選での街頭演説で安倍首相は、「こんな人達に負けるわけにはいかない」と叫び、国民からの強い反発を受けた。今回の選挙に関しては、本記事で述べた、党首討論での安倍首相発言がいかなる意図によるもので、いかなる意味を持つものかを、改めて認識した上で、「こんな首相」を本当に信任しても良いのかということを、真剣に考えて頂きたい。

 

 

カテゴリー: 政治, 森友学園問題 | 12件のコメント

「籠池氏は詐欺を働く人間。昭恵も騙された。」は、“首相失格の暴言”

昨夜(10月11日)のテレビ朝日「報道ステーション」の党首討論で、安倍首相が、「籠池さんは詐欺を働く人間。昭恵も騙された。」と発言した。内閣の長である総理大臣として、絶対に許せない発言だ。

籠池氏は、森友学園が受給していた国土交通省の「サスティナブル建築物先導事業に対する補助金」の不正受給の事実についての詐欺罪で逮捕され、起訴された。しかし、刑事事件については、「推定無罪の原則」が働く。しかも、籠池氏は、その容疑事実については、完全黙秘を貫いていると報じられている。その籠池氏の公判も始まっておらず、本人に言い分を述べる機会は全く与えられていないのに、行政の長である総理大臣が、起訴事実が「確定的な事実」であるように発言する。しかも、安倍首相は、憲法の趣旨にも反する、不当極まりない解散(【“憲政史上最低・最悪の解散”を行おうとする「愚」】)を、総理大臣として自ら行った。それによる衆議院選挙が告示された直後に、自分の選挙を有利にする目的で行ったのが昨夜の放送での発言なのである。安倍首相は「丁寧な説明をする」と言っていたが、それは、籠池氏が詐欺を働いたと決めつけることなのか。

法務大臣には、個別の刑事事件に関しても、検事総長に対する指揮権がある(検察庁法14条但し書き)。その法務大臣に対して、閣僚の任免権に基づき、指揮を行うことができるのが総理大臣だ。そのような「行政の最高責任者」が、司法の場で裁かれ、判断されるべき籠池氏の詐欺の事件について、「籠池さんは、詐欺を働いた」などとテレビの総選挙に関する党首討論で、言い放ったのである。法治国家においては、絶対に許せない「首相失格の暴言」だ。

加計学園問題は、安倍首相が「国家戦略特区諮問会議の議長」という立場にあるのに、首相のお友達が経営する加計学園が獣医学部の新設で優遇された疑いが問題となった。今回の「籠池氏の詐欺」についての発言は、自らが、準司法機関である検察を含む「行政の長」なのに、司法判断の介入になりかねない発言である。いずれも、その立場にあることを認識していればあり得ない発言であり、認識した上で、意図的に言っているのだとすれば論外である。

しかも、この籠池夫妻逮捕に関しては、逮捕された直後にも、ブログ【検察はなぜ”常識外れの籠池夫妻逮捕”に至ったのか】で指摘したように、「補助金適正化法違反で告発受理した事件」について、「詐欺罪」で逮捕するというのは、従来の検察実務の常識に反する。この点については、さらに検討した上、籠池氏の勾留満期直前に、【検察は籠池氏を詐欺罪で起訴してはならない】で、詐欺罪での起訴はあり得ないこと、詐欺罪で起訴すべきではないことを指摘したが、大阪地検は、なぜか無理やり「詐欺罪での起訴」を行った。

それに続いて、大阪地検は、籠池氏を、森友学園の幼稚園が「大阪府」から受給していた、障害で支援が必要な園児数に応じた「特別支援教育費補助金」等の不正受給で再逮捕し、起訴した。この「地方自治体」からの補助金の詐欺については、「補助金適正化法」の適用がないので、「詐欺罪」を適用することに問題はない。

しかし、これらの事件について、そもそも刑事事件にするような問題であるか否かに重大な疑問がある。このような社会福祉、雇用等に関連する補助金、助成金については、かねてから、巨額の不正受給が指摘されている。厚労省の発表によると、「2009~2013年度に1265社、191億円の不正受給があったことが厚生労働省のまとめでわかった。」(2014.9.22朝日)、「雇用安定のため企業に厚生労働省が支給している助成金制度が悪用され、平成25年度までの2年間で計約94億円を不正受給されていたことがわかった。厚労省は企業に返還を求めるが、倒産などで回収できない可能性もある。」(同日付け産経)とのことである。このような膨大な数の不正受給は、いずれも形式的には詐欺罪に該当し、検察がその気になれば「詐欺罪」で逮捕・起訴することが可能である。しかし、実際には、そのような助成金の不正受給が詐欺罪で告発された例はほとんどない。

さらに問題なのは、補助金適正化法違反による「告発」を大阪地検が受理した際、NHKを始めとするマスコミが「大阪地検が、籠池氏に対する補助金適正化法違反での告発を受理した」と大々的に報じた経過だ。その報道が、明らかに検察サイドの情報を基に行われたこと、そして、その情報は、何らかの政治的な意図があって、東京の法務・検察の側が流したもので、それによって「籠池氏の告発受理」が大々的に報道されることになったとしか考えられないことを【籠池氏「告発」をめぐる“二つの重大な謎”】で指摘した。

安倍首相が、党首討論で持ち出した「籠池さんの詐欺」は、検察の逮捕・起訴も、それに至る告発受理の経過も「疑惑だらけ」である。それを、裁判が始まってもいないのに、有罪であるかのように決めつける発言を「選挙に関して」行ったのである。

しかも、安倍首相は、自分の妻である安倍昭恵氏が、その籠池氏に「騙された」と言うのである。それは、どういう意味なのだろうか。「詐欺師の籠池氏に騙されて森友学園の小学校の名誉校長になった」という意味だろうか。それとも、「騙されて100万円を寄付させられた」という意味だろうか。

私は、これまで、森友学園、加計学園の問題での安倍首相や内閣、政府の対応に関して、様々な問題を指摘し、批判してきた。この国の行政を担っている安倍内閣が、もう少しまともな対応をして、国民に信頼されるようになってもらいたいと思ったからだ。しかし、安倍内閣の対応は、改善するどころか、失態に次ぐ失態を繰り返している。

そして、「森友、加計疑惑隠し」と批判される解散を強行し、選挙が公示されるや、今回の、信じ難い「暴言」だ。

このような首相発言が許されるとすれば、もはや今、日本は法治国家ではない。

 

 

カテゴリー: 政治, 森友学園問題 | 32件のコメント

日産、神戸製鋼、相次ぐ不祥事が示す「カビ型」行為の恐ろしさ

9月29日、日産自動車が、新車の完成検査を無資格の従業員に行わせていたこと、それらの検査を、提出書類上は有資格者である従業員が担当したかのように偽装していたことを公表したのに続いて、10月8日には、神戸製鋼所が、アルミニウムや銅製品の一部で、顧客企業との契約上の仕様を満たしているかのように強度や寸法などの性能データを改ざんして出荷していたことを公表した。

日産自動車の問題では、110万台のリコールを実施する方針が明らかにされ、神戸製鋼の問題では、対象品の納入先であるトヨタ自動車(一部車種のボンネットやバックドアの周辺部)や三菱重工業グループ(開発中の国産初のジェット旅客機MRJ)、JR東海(東海道新幹線の車両の台車部分)などにまで影響が波及するなど、重大な社会問題にも発展しかねない状況となっている。

日産の問題は、新車を出荷する際の完成検査に関わる問題だ。完成検査とは、自動車メーカーが、ハンドルやブレーキ、ライトなど、安全性に関わる性能を出荷前にチェックする検査のことをいう。道路運送車両法上、あらかじめ国土交通大臣の型式指定(75条)を受けた自動車については、国が行う新規検査(58条)に代えて、メーカー自らが完成検査を行うことができるが、この完成検査は、同法に基づく国交省の通達によって、社内で認定を受けた検査員が担当するよう定められている。ところが、日産では、国内の6工場全てにおいて、社内資格を有していない「補助検査員」も検査に携わっていた。

そして、無資格者が関わった検査であっても、書類上は、有資格者の氏名を記載し、有資格者名の印鑑を押して、正しい検査を行ったかのように偽装して提出していた。ほぼ全ての工場で、偽装用の印鑑を複数用意し、帳簿で管理した上で無資格者に貸し出すという仕組みができており、偽装工作が常態化していたと見られている。

こうした無資格者による検査実施と、提出書類の偽装工作は、3年以上前から横行していた可能性が高いとされている。日産の西川社長が10月2日の会見で、安全性には影響はなく、あくまで手続きの問題であることを強調し、「検査の工程そのものの意味が現場で十分に認識されていなかった」と述べた。

神戸製鋼の問題では、強度などを示す検査証明書のデータを、顧客から求められた製品仕様に適合するように書き換えるなどして、顧客の基準に合わない製品を出荷していたことが明らかになっている。データの改ざんは、主要4工場で行われ、対象製品は、神戸製鋼の年間出荷量の4%にあたり、出荷先は約200社にものぼる。改ざんは、約10年前から行われていたことが判明している。梅原副社長は、管理職を含めて数十人が関わるなど、日常的かつ組織的に行われていたことを認めており、不正の背景について、納期を守るというプレッシャーの中で続けられてきたと説明している。

これらの問題に共通するのは、問題が単発的ではなく、長期間にわたって継続しているという「時間的な拡がり」と、組織内の多数の人間が関わっているという「人的な拡がり」である。

私は、かねてから、そのような行為を“カビ型問題行為”と呼び、“日本の企業不祥事の特質”として指摘してきた。「個人の利益のために、個人の意思で行われる単発的な問題行為」である“ムシ型問題行為”とは対極にある。

「カビ型行為」こそが企業不祥事の「問題の核心」】(日経BizGate「郷原弁護士のコンプライアンス指南塾」)では、鉄鋼メーカーが水圧試験のデータを偽装していたことが発覚した“ステンレス鋼管データ捏造事件”や、マンション建設の際の杭打ち工事のデータ偽装が業界全体に蔓延していたことが明らかになった“マンションくい打ちデータ改ざん事件”などの重大な不祥事事例を「カビ型行為」として紹介し、通常のコンプライアンス対応による発見が困難であること、組織内での自主的な自浄作用を働かせることが難しいことなど、カビ型行為の「恐ろしさ」を指摘した。

今回の日産の問題も、神戸製鋼の問題も、まさに、「カビ型行為」の典型だと考えられる。

「カビ型行為」には、不正が始まった時点においては、何らかの構造的な要因がある場合が多い。法律、規則の内容が実態に反していて、形式的には不正であっても、実質的には大きな問題はないと当事者が認識していることが背景になる。今回の日産自動車、神戸製鋼の不正も、「安全性には影響がない」と認識されていたようであり、当事者側には、法令による規制が過剰だという認識、客先の仕様・要求が過剰だという認識が、問題行為を正当化する要因になっていた可能性がある。

データの「改ざん」や書類の「偽装」などは、「形式上の不正」にとどまる限り、昔は、それ程問題にされなかった。しかし、「コンプライアンスの徹底」が強調される昨今の日本社会の趨勢からは、「形式上の不正」であってもそれ自体が許容されないことになる。そうなると、過去に行われていた「改ざん」「偽装」が発見されないよう、「隠ぺい」という新たな不正が行われることになる。そして、その後は、「改ざん」「偽装」だけでなく、それを「隠ぺい」していることも巧妙に「隠ぺい」しなければならなくなる。そのようにして、不正行為は潜在化し、「カビ」として企業組織の末端ではびこることになる。

このような形で潜在化した不正は、長期間にわたって継続的に行われていることが多いが、会社幹部が把握できない場合がほとんどだ。それが、監督官庁やマスコミへの内部告発という形で表面化すると、企業に重大かつ深刻なダメージを与えることになる。

一般的には、組織内で行われている問題行為を把握するための仕組みとして、内部監査と内部通報制度の二つがある。しかし、実際には、この二つは「カビ型」の問題行為を発見・把握する機能を十分に果たしているとは言えない。

内部監査は、多くの場合、手法自体が、組織内で「意図的に」隠ぺいされた行為を発見しうるものにはなっていない。長期間にわたって行われる間に、「改ざん」の手法も、「隠ぺい」のやり方も進化する場合が多く、企業内の一部門に過ぎない内部監査担当部門が問題を発見し指摘することは容易ではない。

2015年に免震ゴム事業で大規模なデータ改ざんの不正が明らかになり、社長辞任に追い込まれた東洋ゴム工業も、その問題を受けて、同種の行為が行われていないか全部門で徹底した監査を行ったはずだったのに、その3ヶ月後の10月、防振ゴム事業で、今回の神戸製鋼所の不正と同様の「客先の要求・仕様に適合しないデータの改ざん」の不正が明らかになった。内部監査の限界を示す事例と言えよう。

内部通報制度は、2006年に公益通報者保護法が施行されたことを受け、ほとんどの大企業で何らかの形で導入されている。しかし、内部通報窓口への通報によって、業務に関する重大な問題が把握できたという話はほとんど聞かない。それは、内部通報というのが、あくまで「社員個人の自発的なアクション」だからである。通常、上司への不満や同僚への妬みなどの個人的動機によって行われるものが大部分であり、申告内容の多くは、軽微なセクハラ、パワハラ、服務規律違反などである。

業務に関する問題行為で、しかも、多数の人間がかかわっている「カビ型」の問題行為は、行為者個人の問題ではなく、組織的な問題であり、個人的な動機による申告にはなじみにくい。逆に、そのような申告によって重大な問題が会社幹部の知るところになった場合、職場内で、通報の「犯人探し」が行われることもあり得る。そういった理由から、不正行為に堪えられない社員の行動は、告発者の秘匿が保障されるマスコミや監督官庁など、社外への「内部告発」という形で表面化することが多いのである。

「カビ型行為」は、通常のコンプライアンス対応による発見が困難であり、組織内での自主的な自浄作用を働かせることが難しく、ひとたび内部告発などによって表面化すると深刻な問題に発展する。そのように企業内で潜在化している「カビ型問題行為」を把握し、問題解決する最も有効な方法は、「問題発掘型アンケート調査」である。その詳細については【「カビ型行為」対策の切り札、”問題発掘型アンケート調査”】(日経BizGate「郷原弁護士のコンプライアンス指南塾」)で述べているが、実際に、「問題発掘型アンケート調査」で、企業内で潜在化していた重大な問題を把握できたケースは多数ある。(今回の神戸製鋼所の問題や東洋ゴムの防振ゴム問題と同様の、客先の仕様・要求に適合しないデータの改ざんが、アンケート調査で明らかになった事例もある。)

私は、かつて、日本の公共調達に蔓延していた「非公式システム」としての談合を「カビ型行為」の典型として指摘して以来、「カビ型行為」という視点から様々な企業不祥事の実態をとらえ、それをいかに把握し、いかに解決していくのかの検討を続けてきた。

今回、重大な不祥事が業界のトップクラスの大企業で相次いで表面化したことによって、「日本企業のガバナンスが問われる」という話になるのは当然ではある。しかし、これらは、まさに、その「カビ型行為」の典型であり、単なる「ガバナンス」では解決困難な問題である。このような大変厄介な「カビ型」の問題行為は、日本の企業社会においては、いまだに蔓延しているというのが現状だと考えられる。それをどのように把握し、正しく対応し、問題を解決していくのか、今、まさに、企業のコンプライアンスの真価が問われている。

 

 

 

 

 

カテゴリー: コンプライアンス問題, Uncategorized | コメントを残す

リオ五輪招致をめぐるBOC会長逮捕の容疑は、東京五輪招致疑惑と“全く同じ構図”

昨年、開催されたリオデジャネイロオリンピックの招致をめぐって、ブラジルの捜査当局は、5日、開催都市を決める投票権を持つ委員の票の買収に関与した疑いが強まったとして、ブラジル・オリンピック委員会(BOC)のカルロス・ヌズマン会長を逮捕したことが、マスコミで報じられている。

NHKのニュースによると、ブラジルの捜査当局は、先月、リオデジャネイロへの招致が決まった2009年のIOC(国際オリンピック委員会)の総会の直前に、IOCの当時の委員で開催都市を決める投票権を持つセネガル出身のラミン・ディアク氏の息子の会社と息子名義の2つの口座に、ブラジル人の有力な実業家の関連会社から合わせて200万ドルが振り込まれていたと発表していた。捜査当局は、ヌズマン会長が、「贈賄側のブラジル人実業家と収賄側のディアク氏との仲介役を担っていた」として、自宅を捜索するなど捜査を進めてきた結果、2009年のIOC総会の直後、ディアク氏の息子からヌズマン会長に対して、銀行口座に金を振り込むよう催促する電子メールが送られていたことなどから、票の買収に関与した疑いが強まったとして、5日、逮捕したとのことだ。

これを受けて、「IOCは捜査に全面的に協力を申し出ている。新たな事実がわかれば暫定的な措置も検討する」との声明を発表した。IOCの倫理委員会は、疑惑が報じられた昨年からフランス検察当局の捜査に協力し、さらに内部調査を継続していると強調。ブラジル当局にも情報提供を求めていることを改めて説明した(毎日)。

この「ラミン・ディアク氏の息子の会社」については、昨年(2016年)5月、フランス検察当局が、“日本の銀行から2013年7月と10月に、国際陸上競技連盟(IAAF)前会長のラミン・ディアク氏の息子に関係するシンガポールの銀行口座に、「東京2020年五輪招致」という名目で約2億2300万円の送金があったことを把握した”との声明を発表し、日本でも、東京オリンピック招致をめぐる疑惑が国会で取り上げられ、日本オリンピック委員会(JOC)竹田会長が参考人招致されるなど重大な問題となった。

この問題については、私は、ブログ記事【東京五輪招致をめぐる不正支払疑惑、政府・JOCの対応への重大な疑問】で詳しく述べている。フランス検察当局の声明によれば、“送金は2020年五輪開催地を決定する時期にあまりに近いタイミングであることから、開催地決定に関して権限・影響力を持つIOC委員を買収する目的で行われた不正な支払いだった疑いがある”とのことであり、JOC側に、そのような不正な支払いの意図があったのに、それが秘匿されていたのだとすれば、JOCが組織的に開催地決定をめぐる不正を行ったことになり、東京五輪招致をめぐって、極めて深刻かつ重大な事態となる。

この問題に関しては、その後、JOCが、第三者による外部調査チームを設置し、昨年9月1日に、「招致委員会側の対応に問題はなかった」とする調査報告書が公表されたが、それが、根拠もない「お墨付き」を与えるだけのものであることは、日経BizGate【第三者委員会が果たすべき役割と世の中の「誤解」】で、以下のように指摘した。

フランスで捜査が進行中であり、今後起訴される可能性があるという段階で、国内で行える調査だけで結論を示したということになるが、その調査はあまりに不十分で、根拠となる客観的な資料もほとんど示されていない。

この報告書では、「招致委員会がコンサルタントに対して支払った金額には妥当性があるため、不正な支払いとは認められない」と述べているが、そもそも金額の妥当性に関する客観的な資料は何ら示されていない。世界陸上北京大会を実現させた実績を持つ有能なコンサルタントだというが、果たして本当に彼の働きによって同大会が実現したのかという点について全く裏が取れていない。

また、招致が成功した理由や原因、コンサルティング契約に当たって半分以上の金額を成功報酬に回した理由も、何1つ具体的に示されていない。そのような契約が「適正だった」と判断することなど、現時点ではできないはずだ。

結局のところ、疑惑に対して納得のいく説明を行えるだけの客観的な資料が全くない状態で、専門家だとか中立的な第三者などによる何らかのお墨付きを得ることで、説明を可能にしようとした、ということでしかない。

今回、BOC会長が逮捕された容疑は、リオオリンピック招致をめぐって、「IOCの当時の委員で開催都市を決める投票権を持つセネガル出身のラミン・ディアク氏の息子の会社と息子名義の口座に、約200万ドルが振り込まれていた」というもので、東京オリンピック招致をめぐる疑惑と全く同じ構図で、金額までほぼ同じだ。

IOCの倫理委員会は、「疑惑が報じられた昨年からフランス検察当局の捜査に協力し、さらに内部調査を継続している」としているが、その調査は、当然、東京オリンピックをめぐる疑惑にも向けられているだろうし、IOCの声明の「新たな事実がわかれば暫定的な措置も検討する」の中の「暫定的な措置」には、東京オリンピックについての措置も含まれる可能性があるだろう。

JOCは、「その場しのぎ」的に、第三者委員会を設置し、その報告書による根拠もない「お墨付き」を得て問題を先送りした。それが、今後の展開如何では、開催まで3年を切った現時点で、“本当に東京オリンピックを開催してよいのか”という深刻な問題に直面することにつながる可能性がある。

今後のBOC会長逮捕をめぐるブラジル当局の動き、オリンピック招致疑惑をめぐるIOCと倫理委員会の動きには注目する必要がある。

カテゴリー: オリンピック | 1件のコメント

大島衆議院議長は、内閣不信任案「採決動議」にどう対応するのか

安倍首相が、明日、臨時国会冒頭で行うことを明言した衆議院解散について、ジャーナリストのまさのあつこ氏が、【野党は臨時国会冒頭に、内閣不信任案を提出できるのか?】という大変興味深い分析を行っている。

まさの氏は、「臨時国会冒頭での内閣不信任案採決の動議」が出された場合の展開について、以下のように述べている。

臨時国会冒頭に、天皇の書く「解散詔書」を内閣総務官が国会まで持ってくる。

それを菅義偉官房長官に渡し、官房長官がそれを向大野新治事務総長に渡し、事務総長がそれを大島理森衆議院議長に渡して、議長が読み上げると「解散」となる、という流れが予想される。

この読み上げの前に、野党が内閣不信任決議案を提出し、読み上げの最中に、「内閣不信任案を採決する」動議を出した場合、「議場内交渉」となり、議院運営委員会の場で議論される。

内閣不信任案が採決にかれば与党はそれを否決するしかなく、内閣が信任されれば解散はできなくなって困るので、与野党の交渉が難航したり、議場が騒然としたりしても、最終的には、与党側の「数の力」採決に至らない可能性が高い。

また、内閣不信任案を採決する動議が出され、それが採決されないまま、議長が衆議院解散の詔書を読み上げて解散になった場合は、そのことが、衆議院の議事録に残ることになる。

その上で、まさの氏は、以下の指摘を行っている。

今回の解散は、

1)憲法第53条(いずれかの議院の総議員の4分の1以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない)に基づいて6月22日から求められていた臨時国会を、安倍内閣が開こうとせず、

2)その安倍内閣総理大臣が、「森友学園への国有地売却の件、加計学園による獣医学部の新設、防衛省の日報問題など、様々な問題が指摘され、国民の皆様から大きな不信を招く結果」を「深く反省」すると8月3日に会見をして、

3)その脈略とは関係がない「仕事師内閣」というネーミングで内閣改造を行い、

4)3カ月も放置した臨時国会を開催するかと思えば、会見を開いて、「消費税の使い道」と「緊迫する北朝鮮情勢」という、本来は「解散」「選挙」を経ずに対応できることを理由に解散すると説明した。

5)しかも、所信表明演説の要求にも、予算委員会や党首討論の要求にも応じていない。

 そのような経緯を辿った解散について、

議運や国会対策委員会が、所信表明の要求や内閣不信任案の提出を認めないのであれば、少なくとも、大島衆議院議長は、それらの動議の提出を受け止め、実現する度量を見せるべきではないか。

というのが、まさの氏の意見である。

臨時国会冒頭解散が既定方針とされている中で、内閣不信任案採決の動議がどの段階で、どのような形で出せるのか、仮に不信任案が採決に持ち込まれ否決された場合に、7条解散についても、「信任されれば解散できない」ということになるのか、など疑問な点はあるが、いずれにしても、7条によって不当極まりない解散が行われることへの対抗策として、意味のある方法だと思われる。

私は、直近のブログ記事(【“憲政史上最低・最悪の解散”を行おうとする「愚」~河野外相、野田総務相は閣議で賛成するのか】)で、今回、安倍首相が行おうとしていると報じられた解散は、本来、憲法69条に基づく場合にのみ認めるのが憲法の趣旨であるのに、7条の国事行為として行うことが既成事実化していることに乗じて、「大義」が存在しないどころか、国会での疑惑追及を回避し、野党側の選挙準備の遅れを衝いて国民の政治選択の機会を奪い、それによって、北朝鮮情勢緊迫化の下での政治的空白を生じさせるなど、まさに「不義のかたまり」というべき解散であり、憲法が内閣に認めている解散権を大きく逸脱した「最低・最悪の解散」だと批判した。

そして、9月25日の記者会見で安倍首相自身が明らかにした解散の理由は、「消費税増税の使途の変更」「北朝鮮問題への対応」ということだったが、2年も先の消費税増税について、今、国民に意見を聞いても、そもそも、最終的に消費税増税を判断するのは1年以上先であり、その時点で、そもそも消費税増税ができる経済状況かどうかもわからない(これまでも、安倍首相は、経済状況を理由に消費税増税延期を繰り返してきたこととも矛盾する。)。北朝鮮への対応についても、国会での議論は全く行われていない。

今回安倍首相が挙げたような点は、まず、国会で議論を行い、その議論において対立があって、国民に信を問う必要がある場合に、初めて国民の意見を聞くことが問題になる話だ。臨時国会の冒頭での解散というのは、そのような国会での議論をすべて回避して、直接国民に判断してもらおうという「直接民主制」のような考え方であり、議院内閣制をとる我が国において凡そ解散の理由になるものではない。

これに対する対抗策として、野党が内閣不信任案を提出するのであれば、「憲法の規定に反して、国会での疑惑追及を回避し、野党側の選挙準備の遅れを衝いて国民の政治選択の機会を奪い、それによって、北朝鮮情勢緊迫化の下での政治的空白を生じさせる解散を強行しようとしている内閣は信任できない」という理由にすべきであろう。

このような不信任案提出、臨時国会冒頭での解散詔書読み上げ時の不信任案採決の動議が出される事態になった場合、内閣不信任案が可決された場合の解散を明文で規定する「憲法69条による解散」と、「7条の国事行為による解散」のどちらが優先するかが問題になる。

戦後、既成事実化してきた「7条解散」については、「苫米地事件」で最高裁が意見審査を回避したこともあり、69条解散との関係に関する判断に直面することがなかったが、上記の事態になれば、採決を求める動議は、「69条による解散」に結びつく可能性のある内閣不信任案を棚上げにして、7条による解散を強行して良いのか、という憲法問題を提起することになる。本会議での動議の取扱いを判断するのは、大島衆議院議長である。

安倍首相の何ら「大義」のない「最低・最悪の解散」による政治の混乱に乗じて、小池百合子東京都知事は、その解散表明直前に、それまで「小池新党の先兵」のように立ちまわっていた若狭勝、細野豪志両氏の面子を潰す形で、突然の「新党代表就任表明」を行い、与野党の国会議員は大混乱に陥っている。崩壊寸前の民進党議員だけではなく、小池氏を中心に反自民勢力が結集した場合に、総選挙で戦死する恐れが現実化してきた与党議員にまで混乱は拡大し、国会全体が騒然とした状態になりつつある。

東京都知事として、豊洲市場への移転問題で都民に大きな損失を生じさせ、オリンピックの準備も停滞させるなど、「東京大改革」どころか、「都政大混乱」を生じさせただけの小池氏が、また空虚な「希望」イメージだけの新党代表宣言を行ったことで、国政までもが混乱状態に陥っている政治状況は、北朝鮮情勢が一層深刻化する中、国民にとって不幸なことである。しかし、このような状況のきっかけを作ったのは、紛れもなく、「大義」もなく弊害だらけの身勝手な解散を仕掛けた安倍首相である。

「最低・最悪の衆議院解散」を、敢えて行って政権を維持しようとしたのが安倍首相であるが、「臨時国会冒頭での内閣不信任案採決の動議提出」という事態になった場合に、大島理森衆議院議長が、7条による解散詔書読み上げを強行すれば、憲法69条が定める解散の手続に違反する「違憲の解散」を強行した、「最低・最悪の衆議院議長」という汚名を、自ら憲政史に残すことになるのである。

一方、大島議長の判断で、不信任案採決の動議が議論されることになれば、現行憲法の枠組みに関する極めて重要な問題を国会で議論する決断をした衆議院議長として、「憲政史上初めて実質的に重要な判断をした議長」としての名を歴史に残すことになる。

衆議院議長は、参議院議長とともに立法府を司る三権の長であり、立法機関の長として内閣総理大臣(行政)、最高裁判所長官(司法)と並ぶ三権の長の一角である。与党第一党議員から選出されるが、その地位は党派を超えたものでなければならないことから、会派を離脱し、無所属となって議長を務めるのが慣例となっている。

もし、野党から内閣不信任案が出された場合には、大島衆議院議長は、三権の長の一角として地位の重さを自覚し、適切な対応を行うべきである。

 

 

カテゴリー: Uncategorized | 4件のコメント

“憲政史上最低・最悪の解散”を行おうとする「愚」~河野外相、野田総務相は閣議で賛成するのか

安倍晋三首相が、9月28日の臨時国会冒頭にも衆院を解散する方針を固めたと報じられている。国会審議で、森友問題、加計問題で厳しい追及を受けるのが必至であり、民進党に離党者が相次ぐなど混乱が続いている状況で、小池百合子東京都知事の側近らによる新党結成の動きや選挙準備が進まないうちに解散するのが得策と判断したとのことだ。

2014年11月の解散の際にも、ブログ【現時点での衆議院解散は憲法上重大な問題】で、以下のように指摘した。

①憲法45条が衆議院の任期は4年と定め、69条がその例外としての内閣不信任案可決に対抗する衆議院解散を認めているのであるから、解散は69条の場合に限定され、7条の国事行為としての衆議院解散は、単に、解散の手続を定めているだけというのが素直な解釈である。

②1952年の第2回目の衆議院解散が、初めて69条によらず天皇の国事行為を定めた7条によって行われ、解散の違憲性が争われた苫米地訴訟では、最高裁判所は、いわゆる「統治行為論」を採用して、違憲審査を回避した。

③先進諸外国では、内閣に無制約の解散権を認めている国はほとんどなく、日本と同じ議院内閣制のドイツでも、内閣による解散は、議会で不信任案が可決された場合に限られている。法制度上は内閣に自由な解散権が認められているイギリスにおいても、2011年に「議会任期固定法」が成立し、「下院の3分の2以上の多数の賛成」が必要とされ、首相による解散権の行使が制約されている(イギリスで今年4月にメイ首相が行った下院の解散は、首相の判断はほとんど全会一致(賛成522票、反対13票)で承認された。)。

④議院内閣制の下では、「内閣」は「議会(国会)」の信任によって存立しているのであるから、自らの信任の根拠である「議会」を、内閣不信任の意思を表明していないのに解散させるのは、自らの存在基盤を失わせる行為に等しい。

⑤69条の場合以外に、憲法7条に基づく衆議院解散が認められる理由とされたのは、重大な政治的課題が新たに生じた場合や、政府・与党が基本政策を根本的に変更しようとする場合など、民意を問う特別の必要がある場合があり得るということであり、内閣による無制限の解散が認められると解されてきたわけではない。

このような、現行憲法上の内閣の解散権の解釈と従来の運用からすると、安倍首相が、「臨時国会冒頭解散」を行うことは、憲法が内閣に認めている解散権を大きく逸脱したものと言わざるを得ない。

それに加え、安倍首相は、通常国会閉会時に、加計学園問題で「丁寧に説明する」と約束したにもかかわらず、憲法53条の「衆参いずれかの4分の1以上の議員から臨時国会召集の要求があれば内閣はその召集を決定しなければならない」との規定に基づく野党の臨時国会の召集要求を無視し、8月3日に内閣を改造し、第3次安倍内閣を発足させた。これも、憲法の趣旨に著しく反するものである。

その内閣改造では、「仕事人内閣」と称して、河野太郎氏の外相、野田聖子氏の総務大臣など、自民党内では安倍首相には批判的とも思える議員を起用したことで、内閣支持率は何とか回復基調に転じたのである。それらの閣僚に、ほとんど「仕事」をさせることもなく、北朝鮮が核実験やミサイル発射を繰り返して軍事的緊張が高まっている時期に、敢えて衆議院解散・総選挙を行って「政治的空白」を生じさせるというのである。

安倍首相は、「集団的自衛権」を認める安全保障関連法を強引な国会審議で成立させたが、まさに、北朝鮮情勢が緊迫化し、同法制に基づく自衛権行使の是非を議論すべき状況になる現実的危険が生じている中で、自衛隊派遣を承認する国会を無機能化させるというのは、「国民に対する裏切り」以外の何物でもない。

解散には「大義」が必要だと言われるが、今回、もし、解散が行われるとすれば、「大義」が存在しないどころか、国会での疑惑追及を回避し、野党側の選挙準備の遅れを衝いて国民の政治選択の機会を奪い、それによって、北朝鮮情勢緊迫化の下での政治的空白を生じさせるなど、まさに「不義のかたまり」というべき解散である。

政府は、北朝鮮のミサイル発射のたびに、日本の領空の遥か上空を通過することがわかっていても、早朝からJアラートを発動し、国民の警戒心を煽っているが、安倍首相が衆議院を解散して政治的空白を生じさせた場合、これに乗じて、北朝鮮が、領空ぎりぎりにミサイルを飛ばして、日本政府の対応を試すような事態も考えられないわけではない。

総選挙態勢に突入した政府・官邸が、果たして北朝鮮の巧みな戦術に適切に対応できるのであろうか。

国連の北朝鮮制裁決議等で外交努力を懸命に行っているはずの日本の安倍政権が、このような状況で、先進国では殆ど考えられない国会解散を行ったということになると、国際社会の日本政府を見る目も変わってきてしまうのではなかろうか。

一部では、麻生副総理が、安倍首相に、「解散は首相の専権」だと言って解散を勧めたことが早期解散の決断につながったなどと報じられているが、誤解してはならないのは、解散は「内閣」の権限であって、「首相の専権」ではないということだ。「憲法7条の天皇の国事行為による解散」が許されるとしても、その「助言と承認」を行うのは「内閣」であり、「内閣総理大臣」ではない。閣僚全員による「閣議決定」があって初めて、「国事行為としての解散」を天皇に助言・承認することが可能となる。

小泉純一郎首相が、突然の解散を表明した2005年の「郵政解散」においても、解散を決定する閣議で、島村宜伸農水相、麻生太郎総務相、中川昭一経産相、村上誠一郎行政改革担当相の4閣僚が解散に反対する意見を述べ、小泉首相が個別に説得をしたが、島村農水相だけは最後まで解散詔書に関する閣議決定文書への署名を拒否して辞表を提出。小泉首相は辞表を受理せず、島村農水相を罷免、首相自身が農水相を兼務して解散詔書を閣議決定した。この郵政解散には、「国民に郵政民営化の是非を問う」という「大義」はあり、閣議での対立も、郵政民営化の是非をめぐる「政治的意見の相違」だったので、最後まで抵抗した島村農水相の罷免による強行突破が可能だった。

今回、もし、安倍首相が臨時国会冒頭の解散を強行しようとした場合、閣僚全員が賛成するとは到底思えない。特に、安倍首相ともともと距離があった河野外相、野田総務相は、このまま解散ということになれば、安倍内閣支持率回復のための「客寄せパンダ」に使われただけで、大臣としての仕事をまともに行う前に使い捨てられることになる。ましてや、その解散には全く「大義」はない。少なくとも、この二人の閣僚は、解散詔書の閣議決定に賛成するとは思えないし、説得の余地もないはずだ。

もし、河野、野田両大臣が妥協して安倍首相に従い、違憲の疑いすらある、「大義」の全くない解散に、閣僚として賛成したとすれば、二人の「政治家としての将来」にも重大なマイナスになる。

安倍首相としては、反対を押し切って解散を閣議決定するには、郵政解散における島村農水相と同様に、「閣僚の罷免」しかない。しかし、農水相であれば、総選挙までの期間、総理大臣兼任というのも不可能ではないが、現在の緊迫化する北朝鮮情勢の下で、総理大臣が外相を兼任することはあり得ない。どう考えても、今回の解散は「無理筋」である。

もし、安倍首相が解散を強行すれば、“憲政史上最低・最悪の解散”を行った首相として歴史に名を残すことになるだろう。このような時期の解散でしか、政権を維持できないとすると、それ自体が安倍政権が完全に行き詰まっていることを示していると言えよう。

安倍首相が行うべきことは、解散の強行ではなく、潔く自らその職を辞することである。

 

カテゴリー: Uncategorized | 3件のコメント

都民ファーストの会は「秘密結社」か

小池百合子知事による「小池都政」に対しては、昨年来、【「小池劇場」で演じられる「コンプライアンス都政」の危うさ】【「拙速で無理な懲戒処分」に表れた「小池劇場」の“行き詰まり”】【「小池劇場」の”暴走”が招く「地方自治の危機」】などで徹底的に批判を続けてきた。

その小池氏が「都民ファーストの会」の代表に就任して臨んだ東京都議会議員選挙で圧勝した直後に、代表を辞任し、議員でもない小池氏の元秘書の野田数氏が代表に就任したことについては、【“自民歴史的惨敗”の副産物「小池王国」の重大な危険 ~代表辞任は「都民への裏切り」】で厳しく批判した。選挙後に代表を辞任する予定であったのに、敢えてその事実を秘し、選挙後も自らが代表を務める都民ファーストの公認候補ないし推薦候補であるように偽っていたとすると、その「公認・推薦」というのは、実質的には事実ではなかったに等しく、「候補者に対する人・政党その他の団体の推薦・支持に関し虚偽の事項を公にする行為」を「虚偽事項公表罪」として罰する公職選挙法の趣旨にも反する許し難い行為である。

そして、何と、その野田数氏は、9月11日に、就任後僅か2ヶ月余で代表を辞任し、後任には、同じ小池氏の元秘書の荒木千陽氏が就任したとのことだ。

荒木氏の代表選任は、「代表は選考委員会で選ぶ」と定める党規約に基づいて、幹事長、政調会長と特別顧問の小池知事の3人からなる「選考委員会」で決定したとのことだが、その「党規約」は公開されておらず、党員である都議会議員も内容を知ることはできないという。

小池知事に関しても、都民ファーストに関しても、全く評価していないので、多少のことでは驚かないが、都議会議員選挙で公認候補として当選した55人の議員を擁する「公党」でありながら、党の組織にとって最も重要な代表選任の方法、代表の権限等を定める規約が公開されていないというのは、一体どういうことなのだろうか。政党として届けられているのであれば、選挙管理委員会には党規約が提出されているはずだ。党員は議員であっても、情報公開請求で選管に開示を求めないと、その内容を知ることができない、ということなのであろうか。「都民ファーストの会」というのは、小池都知事のための「秘密結社」なのか。

我々都民は、その「秘密結社」のような組織が最大会派である都議会と、それを背後で操る都知事の小池氏に、二元代表制の都政を委ねている。しかも、そのような「政治勢力」が、「第三極」などとマスコミに囃し立てられ、民進党の崩壊寸前の惨状の間隙を縫って、国政への進出を目論んでいるのである。民主主義への重大な脅威にもなりかねない事態に対して、我々は、最大の警戒を持って臨むべきであろう。

 

 

 

カテゴリー: 政治 | コメントを残す

WDの東芝半導体子会社売却への介入・株式取得は独禁法違反の疑い

迷走に次ぐ迷走を重ねてきた東芝の半導体メモリー事業の売却をめぐって、協業先の米ウェスタンデジタル(WD)の陣営に独占交渉権を与える方向で調整に入ったと、8月30日の日経新聞一面で大きく報じられた。そして、このような動きについて、世耕弘成経済産業大臣は、29日の閣議後の記者会見で、「東芝とWDが前向きな形でコミュニケーションを取っているとすれば、一定の評価はしたい」と述べ、歓迎する意向を示したとのことだ。

東芝は、6月に、韓国の半導体大手SKハイニックスや米ファンドからなる「日米韓連合」を優先交渉先に選んだが、WDが反発して法的措置に出たことから、交渉が行き詰まっていた。東芝の方針が二転三転し混乱を重ねている原因について、経産省の意向に振り回されているとの指摘もある(【経産省に振り回される東芝…再建の命綱・半導体事業売却が頓挫の可能性、国のいいなり経営】)。

今回、東芝が、WDの陣営に独占交渉権を与える方向で調整に入ったと報じられた途端、経産大臣が、すぐ様、その動きに対して「一定の評価」を明言したことは、経産省が、自らの意向で東芝を「振り回してきたこと」を、大臣が図らずも自白したということだ。

しかし、東芝がWDの陣営に独占交渉権を与えるなどということは、全く論外である。

そもそも、WDは、半導体メモリー事業に関して東芝と競争関係にある。そのような競争業者が、東芝がその事業に関して行おうとしている決定に介入してくること自体が、日本の独占禁止法に違反する。

独占禁止法2条9項で、「この法律において「不公正な取引方法」とは、次の各号のいずれかに該当する行為をいう」とされ、6号で、

六 前各号に掲げるもののほか、次のいずれかに該当する行為であつて、公正な競争を阻害するおそれがあるもののうち、公正取引委員会が指定するもの。

ヘ 自己又は自己が株主若しくは役員である会社と国内において競争関係にある他の事業者とその取引の相手方との取引を不当に妨害し、又は当該事業者が会社である場合において、その会社の株主若しくは役員をその会社の不利益となる行為をするように、不当に誘引し、唆し、若しくは強制すること

と規定されている。

そして、公正取引委員会告示(一般指定)15項では、「競争会社に対する内部干渉」について

自己又は自己が株主若しくは役員である会社と国内において競争関係にある会社の株主又は役員に対し、株主権の行使、株式の譲渡、秘密の漏えいその他いかなる方法をもつてするかを問わずその会社の不利益となる行為をするように、不当に誘引し、そそのかし、又は強制すること

と定めている。

WDは、フラッシュメモリーをめぐって、東芝と競争関係にある。そのWDが、東芝との契約に基づいて、半導体子会社を他社に売却しないように要求することは、「その会社の不利益となる行為」を「強制すること」に該当し、しかも、それによって、東芝の事業に著しい支障が生じかねない状況になっているのであるから、「競争会社に対する不当な内部干渉」に該当し、公正な競争を阻害する恐れがある。

東芝は、WD社の行為が「不公正な取引方法」に該当し、違法だとして、公正取引委員会に申告を行い、併せて、それによって著しい損害を受け,又は受けるおそれがあるとして、裁判所に,WDの行為の差止めを請求することも可能だ。

そもそも、WDが、競争関係にある東芝の事業の意思決定に「横やり」を入れてくることが、「公正な競争」という観点から問題があるということは、独禁法の規定を具体的に知っていなくても、まともな法的センスがあればわかる問題だ。

ところが、世耕経産大臣は、そのような違法な介入を行ってくるWDに東芝独占交渉権を与えようとしていることを「評価する」というのだ。

しかも、上記の日経新聞の記事によれば、

WDは、議決権のない新株予約権付社債(CB)や優先株の引き受けにより約1500億円を拠出する。CBの転換後に約15%の株式を持つ見通し

とのことだ。

もし、東芝とWDとの間で、そのような内容を含む合意が行われたとしたら、新たな独禁法違反の問題が生じる。「不公正な取引方法により他の会社の株式を取得し、又は所有してはならない」との規定(独禁法10条)に違反する疑いだ。

フラッシュメモリーをめぐって、東芝と競争関係にあるWDが、半導体子会社を他社に売却しないように要求していることは「競争会社に対する不当な内部干渉」であり、「不公正な取引方法」に該当するので、それによって東芝の株式を取得することは、独禁法10条に違反する疑いがある。

この問題は、東芝が半導体子会社の売却先の決定を急いでいる最大の理由とされている「(中国等)の独禁法当局の審査」に時間がかかるという「手続上の問題」とは異なる。日本の独禁法に「違反する疑い」という問題だ。もちろん、もし、東芝がWD陣営と合意した場合には、そのよう独禁法違反の疑いが、日本の公正取引委員会の審査においても、重大な問題とされることになる。

「東芝と競争関係にあるWDが、半導体子会社を他社に売却しないように要求しているのは日本の独禁法に違反するので、それを主張して法的措置をとるべき」との指摘は、定時株主総会直前の今年の6月末、知人を通じて(東芝を徹底批判してきた私の名前は伏せて)、東芝の社外取締役の一人に伝えている。「貴重なご提言を頂戴し、是非参考にさせていただきます」との反応だったと聞いているが、その後の東芝はWDに対して法的措置をもって対抗するどころか、WDとの妥協を図り、独占交渉権まで与えようとしているというのは全く不可解だ。

経産省が、東芝に対して、WDと合意する方向での解決を強く求め、東芝はそれに従わざるを得ない状況になっているということなのかしれない。

いずれにしても、東芝は、WD陣営に半導体子会社を売却する方向で交渉すべきではない。むしろ、最近になって、アップルも加わったスキームを提示したと報じられている「日米韓連合」との交渉を優先すべきである。

日本の法律に違反する疑いのある東芝・WD間の交渉を「評価する」などと公言する経産大臣には、東芝の問題に口を出してもらいたくない。

 

 

 

カテゴリー: 東芝問題 | コメントを残す

検察は籠池氏を詐欺罪で起訴してはならない

大阪地検特捜部が籠池氏夫妻を逮捕した翌日に出した8月1日のブログ記事【検察はなぜ”常識外れの籠池夫妻逮捕”に至ったのか】は、その逮捕事実が、今年3月下旬に大阪地検が告発を受理した「補助金適正化法違反」の事実と同じで、森友学園が受給していた国土交通省の「サスティナブル建築物先導事業に対する補助金」の不正受給であったこと、大阪地検は、国の補助金の不正受給の事実を、「詐欺罪」に当たるとして逮捕したのだということを知り、それがいかに「検察実務の常識」に反するかを書いたものだった。

詐欺罪と補助金適正化法29条1項の「偽りその他不正の手段により補助金等の交付を受ける罪」(以下、「不正受交付罪」)は「一般法と特別法」の関係にあり、補助金適正化法が適用される事案について詐欺罪は適用されないというのが、従来の検察実務の常識であった。また、逮捕に至る経過からして、実質的に「罪証隠滅のおそれ」があるとも思えず、いずれの面からも、籠池夫妻の逮捕は、検察実務からすると「常識外れ」と思えた。

逮捕直後だったこともあり、このブログ記事に対しては大きな反応があった。ツイッター、ブログの閲覧数等のネットを通しての反響も非常に大きく、また、週刊誌メディアを中心に多数の取材・問合せを受け、可能な限り対応した。

こうした籠池夫妻逮捕について「検察実務の常識に反する」とする私のブログに対して、ツイッター等で、判例や学説を挙げて、「詐欺罪の適用もあり得るのではないか」との反論もあった。また、新聞記事には、「詐欺罪で逮捕した理由」についての検察サイドの説明も出ている。

こうした指摘を踏まえ、補助金適正化法の立法の経緯、裁判例、学説等も可能な限り調べた上で、国の補助金の不正受給の事案に詐欺罪を適用することの当否について再検討してみたが、国の補助金の不正受給に対して詐欺罪を適用することは、検察実務としてあり得ない、という結論に全く変わりはない。

籠池夫妻は、その後、逮捕事実と同じ事実で勾留され、勾留期間が延長されて、8月21日が勾留満期と報じられている。

2010年に、村木厚子氏の事件をめぐる大阪地検の不祥事等を受けて法務省に設置された「検察の在り方検討会議」に委員として加わって以降、検察改革の問題に私なりに関わり、国会の場も含め、様々な形で意見も述べてきた。しかし、検察の抜本改革は遅々として進んでおらず、社会的信頼が回復されたとは到底言えない状況にある。

籠池氏が理事長を務めていた森友学園の事件に関しては、近畿財務局側も森友学園に対する国有地売却をめぐる背任罪で告発されており、その捜査・処分の結果如何では、籠池夫妻逮捕・起訴に対して、重大かつ深刻な検察批判が起こりかねない。そのような状況において、その籠池氏に対して、敢えて、「検察の常識に反する起訴」を行うことは、致命的な事態になりかねない。検察にとって、本当の正念場である。

 

補助金適正化法の立法経緯と検察の実務

補助金適正化法(以下、「適化法」)は、昭和30年に制定されたものだが、国会審議でも、詐欺罪と同法29条1項違反の罪との関係についての質問に対して、政府委員の村上孝太郎大蔵省主計局法規課長は、

偽わりの手段によって相手を欺罔するということになると、刑法に規定してございます詐欺の要件と同じ要件を具備する場合があるかと存じます。しかしながら、この補助金に関して偽わりの手段によって相手を欺罔したという場合には、この29条が特別法になりまして、これが適用される結果になります。

と答弁しており、同氏が著した解説書でも、同法違反の「予定する犯罪定型は、補助金等に関して刑法詐欺罪の予定する定型を完全に包摂しており、又本条第1項において刑法詐欺罪より拡大された部分も、国家の財産的法益を主として保護法益とする意味において、詐欺罪の構成要件を量的に拡大したものであって、本条は補助金等の特殊性に鑑み刑法詐欺罪の特別規定を設けたものである」(同村上「補助金適正化法違反の解説」)とされるなど、立法経緯からは、適正化法違反が詐欺罪の特別規定で、同法違反が成立する場合には、詐欺罪は適用されないという趣旨であることは明らかだ。

同法制定後の検察の実務でも、国の補助金の不正受給の事案に対しては、詐欺罪は適用せず、適化法違反で起訴するという実務が定着してきた(一方、地方公共団体が交付する補助金には、「間接補助金」に該当しない限り補助金適正化法の適用はないので、詐欺罪が適用される。)。

私も、検事時代、検察の現場で補助金不正受給の事件を相当数担当した。特に、1990年代は、不況で民間建築をめぐる競争が激化し実勢単価が値下がりして、公共工事単価と同レベルに維持されていた補助金単価とは大きくかい離していたため、社会福祉施設の建設に対する補助金で、実勢価格に基づく安い代金で契約する一方で、補助金単価で算定した代金に水増しした虚偽の契約書を作成して国に提出し、補助金を不正受給する事件が多発していた。施設の建設費の大部分が補助の対象となる社会福祉施設をめぐる事件では不正受給額が数億円に上っていた。社会福祉法人の経営者が不正受給した補助金を私物化していたケースもあった。しかし、それでも、補助金の不正受給の事案に対しては、詐欺罪ではなく、適化法を適用するというのが、法律上当然との前提で捜査・処分を行っていた。国の補助金に関する事件であれば、詐欺罪を適用することはなかった。

 

大阪地検は、なぜ籠池夫妻を詐欺罪で逮捕したのか

このように、検察の実務では、国の補助金の不正受給は、適化法違反で捜査・処分するのが当然とされてきたのに、大阪地検が、今回の籠池夫妻の逮捕において詐欺罪を適用したのはなぜなのか、

籠池夫妻逮捕直後の朝日新聞の記事【籠池氏、告発より重い詐欺容疑 特捜部「もろもろ検討」】では、

逮捕後の7月31日夜、取材に応じた大阪地検の山本真千子特捜部長は、両容疑者の行為について「詐欺、適化法違反の両方が該当するが、もろもろを検討し、詐欺容疑が適切と考えた」と述べた。

とされており、特捜部長が籠池夫妻の行為について、「詐欺、適化法違反の両方に該当する」と明確に述べているようである。

 

昭和41年最高裁決定は詐欺罪適用の「根拠」にはならない

学説においても、ほとんどが不正受交付罪は詐欺罪の特別規定だとする「特別規定説」を支持しており、通説となっている。一方で、国の補助金の不正受給についても、適化法の不正受交付罪ではなく詐欺罪を適用できるとする少数説が一部にはある。佐伯仁志氏「補助金の不正受給と詐欺罪の関係について」(「研修」七〇〇号)、星周一郎氏「詐欺罪と『詐欺隣接罰則』の罪数関係」(法学会雑誌53巻2号)である。それらの学説が重視しているのが、昭和41年2月3日の最高裁決定(判時438号6頁)の中で、両罪の関係について、「犯人側の為した行為自体は同一であり、相手方のこれに対応する態度の如何を構成要件の中に包含する罪とこれを構成要件としない罪とがある場合、検察官は立証の有無難易等の点を考慮し或は訴因を前者とし或はこれを後者の罪として起訴することあるべく」と判示していることだ。これを根拠に、国の補助金の不正受給に関して、検察官は、詐欺罪と不正受交付罪のいずれで起訴することも判例上許容されているとしているようだ。

しかし、この最高裁決定は、適化法が施行される直前の昭和30年に、被告人ら3名が国庫補助金を不正に受給しようと「共謀」し、同31年に施行された後に、それを実行して不正受給を行った事実を、検察官が適化法違反で起訴したことが「刑罰の不遡及」を定める憲法39条に違反するのではないかが争われた事案であり 国の補助金の不正受給に対して詐欺罪を適用した事案に対して判断を示したものではない。

同決定でも判示しているように「偽りの手段により国庫補助金の交付を受けようという詐欺の共謀をなし、その共謀に基づきそのうちの二名がその後右目的達成のため必要な行為を実行し所期の目的を達した」というのであるから、適化法が施行されることがなければ、詐欺罪で起訴され有罪になっていたと考えられる事案だ。共謀の時点と実行の時点の中間に「適化法の施行」があったために、検察官は、詐欺罪ではなく同法違反で起訴したのである。もし、詐欺罪と適化法違反とが「一般法・特別法」の関係ではなく、同法違反が成立する場合でも、検察官の裁量で詐欺罪での起訴が可能だというのであれば、検察官は躊躇することなく、詐欺罪で起訴したであろう。それを行わず、不正受交付罪で起訴したのは、検察官が、適化法が施行され、それに該当すると判断される以上、詐欺罪での起訴はできないと判断したからだと考えられる。

しかも、上記最高裁決定の判示は、当該事件についての判断の根拠とされたものではない、単なる「傍論」に過ぎず、一般的な検察官の訴追裁量権をここで確認的に判示した程度の意味しかないと見るべきだろう。

 

「間接補助金」に関する主張に対する裁判所の判断

実際に、既に述べたように、その後の検察の実務では、一貫して、国の補助金の不正受給については、詐欺罪ではなく適化法違反を適用してきたのであり、両罪の関係について、不正受交付罪が成立する場合には詐欺罪は適用できないことを大前提にしてきたと考えられる。また、最高裁も含め、裁判所も、同様の見解をとってきたと考えられる。

その根拠となるのは、国以外の団体が交付し、国が一部その資金を負担している金員を不正に受給した事例で、検察官が詐欺罪で起訴したが、弁護人が「適化法の『間接補助金』に該当するので詐欺罪は成立しない」と主張したのに対して、裁判所が、「『間接補助金』には該当しない」との判断を示して弁護人の主張を排斥した「ハンナン食肉偽装事件」(大阪地判平成17年5月11日)がある。最近、上告審判決が出て確定した「小豆島バス事件」【補助金を不正受給 小豆島バスの元社長の実刑判決確定へ】)でも同様の弁護人の主張に対して裁判所は「間接補助金に該当しない」との判断を示している。

「間接補助金」というのは「国以外の者が相当の反対給付を受けないで交付する給付金で、補助金等を直接又は間接にその財源の全部又は一部とし、かつ、当該補助金等の交付の目的に従つて交付するもの」であり、補助金適化法29条1項の罰則は、間接補助金の不正受給に対しても適用される。そこで、弁護人は、詐欺罪と補助金不正受給罪とが「一般法・特別法」の関係にあるとの前提で、「騙し取ったとされるのが『間接補助金』に該当するので、詐欺罪ではなく補助金適化法違反となる」という主張をしたのである。

もし、適化法違反の成否とは無関係に詐欺罪が成立するのであれば、弁護人の主張するように「間接補助金」に該当したとても、詐欺罪の成立が否定されることはない。裁判所は、そう判示して弁護人の主張を排斥すればよいはずである。しかし、これらの事例においても、裁判所は、当該補助金が「間接補助金」に該当しない(「相当の反対給付を受けないで交付する給付金」ではないので、詐欺罪が適用される。)と認定・判示を行って弁護人の主張を退けており、上告審の最高裁でも支持されている。

このことからも、裁判所が、最高裁も含め、詐欺罪と補助金不正受給罪との関係について、補助金不正受給罪が成立する場合には、詐欺罪は成立しないと判断していることは明らかである。昭和41年2月3日の最高裁決定の「傍論」を持ち出して、判例上、国の補助金の不正受給についても詐欺罪が適用できるとされているというのは、全くの筋違いだ。

 

補助金適正化法の「立法事実」とその後の状況変化

昭和30年に、補助金適正化法が制定され、それまでであれば詐欺罪に当たるような補助金不正受給を、詐欺罪の「10年以下の懲役」より軽い「5年以下の懲役又は罰金」の法定刑を定めた理由は何だったのか。同法案の国会審議で、前記村上政府委員は、

ともすれば何か村のため、県のためであれば、補助⾦を多少ごまかしてもそれは許さるべき⾏為であるという、ような⾵潮の多い点にかんがみまして、税⾦その他の貴重な資⾦でまかなわれておりますこの補助⾦というものが、正しく使われなければならないという⼀つの社会道義と申しますか、そういう観念を植えつけていく

と述べている。その当時、地方自治体の財政が窮乏する中、少しでも多く国の補助金の交付を受けて、自治体の事業を実施しようとして、虚偽の書類を提出したりする行為が横行し、それは、個人的利得を得ようとするものではなく、やむを得ない事情がある場合もあるので、「詐欺罪としての処罰」を行うような行為ではない、という評価が一般的だったため、処罰はほとんど行われず、言わば「野放し」の状態になっていたのであろう。そうした中で、刑法犯としての処罰ではなく、国の補助金の不正受給に対しては、法定刑を軽くした特別の罰則を設け、実態に即した制裁を科して、補助金の交付の適正化を図っていこうとするのが、立法者の意図だったものと考えられる。

そのような「立法事実」は、現在の状況には適合しなくなっているということは少なからず言えるであろう。当時のような、虚偽の書面を提出して国から補助金の交付を受けるような行為は、その主体が地方自治体であれ公的団体であれ、詐欺罪と同程度に厳しく処罰すべきというのが、現在の一般的な認識であるように思える。また、【前記朝日記事】でも書かれているように、「国でなく自治体の補助金を不正受給した方がより罪が重くなる」という処罰の不均衡があることも事実である。

 

検察は、法に則った権限行使をしなければならない

私も、現職検事時代に、社会福祉法人の経営者が、施設の建設代金を水増しして補助金を不正受給し、それを私物化するというような事案を多数捜査・処理した経験から、国の補助金の不正受給事案に対して詐欺罪と同程度に重く処罰すべきであるという意見について、決して否定はしない。

しかし、それを行うのであれば、適化法違反の罰則の法定刑を引き上げるか、詐欺罪の適用を明文で認める立法が必要である。検察が、従来の罰則の運用の前提となっている解釈を勝手に変えて、厳しく処罰することなど許されない。それが、法治国家における刑罰の運用である。

実際、同じように詐欺罪との関係が問題になる所得税、法人税等の逋脱犯(脱税)については、もともと法定刑が「3年以下の懲役」だったのが、段階的に「5年以下の懲役」、そして詐欺罪と同じ「10年以下の懲役」に引き上げられている。

今回の籠池氏の事件が、過去の国の補助金不正受給事案と比較して著しく悪質であり、適化法違反による処罰では軽すぎるというのであれば、検察として、何とかして重く処罰しようとすることも理解できないではない。ところが、今回の森友学園の事件で不正受給が問題とされた国の補助金は総額でも約5640万円、正当な金額との差額の「不正受給額」は、そのうち3分の2程度と考えられるので2000万円にも達しておらず、しかも、全額返還済みである。

籠池氏の事件は、むしろ、適化法違反としての処罰にすら値しない程度の事案であるとしか考えられない。そうであれば、むしろ、「適化法違反で、罰金刑ないし起訴猶予」というのが、本来行われるべき適正な処分である。

「日本版司法取引」の導入、盗聴の範囲の拡大等を内容とする刑訴法改正、共謀罪の制定など、捜査機関や検察の権限が大幅に強化される中、検察には、法に則った権限行使がこれまで以上に厳格に求められる。

籠池氏に対して、「けしからん奴だ」「悪質だ」などという理由で、本来、適化法しか適用できない事案を、詐欺罪で起訴するなどということが行われるとすれば、「厳正中立・不偏不党」を旨としてきた検察の史上に重大な汚点となるものだと言わざるを得ない。

 

 

 

カテゴリー: 森友学園問題, 検察問題 | 4件のコメント