加計学園問題のあらゆる論点を徹底検証する ~安倍政権側の“自滅”と野党側の“無策”が招いた「二極化」

 

加計学園問題をめぐり、かみ合わず、対立する主張

森友学園問題は、小学校開設のための国有地が不当に安く払い下げられたことが、安倍晋三首相の夫人安倍昭恵氏が名誉校長を務める学校法人森友学園への「不当な優遇」ではないかが問題とされたが、加計学園問題も、森友学園問題と同様に、「安倍一強」と言われる安倍内閣への政治権力の集中の中で、安倍首相と親密な関係にある特定の学校法人が国から不当な優遇を受けたのではないかが問題とされたものだった。

その問題をめぐる構図を大きく変えたのが、前川喜平前文科省事務次官が、記者会見を開き、文科省内に「総理のご意向」文書が存在したことを認め、「行政が捻じ曲げられた」と明言したことであり、それ以降、最近まで文科省事務次官という中央省庁の事務方のトップの地位にあった人間の発言や、その省内で作成された文書によって、「不当な優遇」を疑う具体的な根拠が示され、それが、国会の内外で安倍首相や安倍内閣が厳しい追及を受ける事態に発展した。

国会での追及を免れるため、先の国会の最大の対決法案であった「テロ等準備罪法案」を、委員会採決を省略して本会議で議決するという不当な「奇策」まで使って、会期を延長せず国会会期を終了させたが、このようなやり方や、一連の問題に対する安倍内閣の不誠実な対応が、安倍内閣への批判を逆に高め、都議選で自民党が歴史的惨敗、その後、安倍内閣の支持率は政権発足後最低の水準まで低下している。

都議選での自民党の惨敗、支持率の急落を受け、7月10日には国会両院で閉会中審査が開かれたが、外遊中の安倍首相が出席しなかったことへの批判が高まり、安倍首相が出席して両院の予算委員会で閉会中審査が開かれることになった。

ここに来て顕著なことは、加計学園問題について、「重大な問題だ」と指摘する論者と、次第に少数になりつつあるが「全く問題がない」とする論者との間で、激しく意見が対立し、しかも、両者の主張がほとんど噛み合っていないことである。

加計問題での“防衛線”「挙証責任」「議論終了」論の崩壊】でも述べたように、7月8日放映のBS朝日「激論!クロスファイア」(司会田原総一朗氏)に、元大蔵官僚の高橋洋一氏と私が出演し、同氏の「挙証責任」「議論終了」論をめぐって激しい議論を展開した。私の諮問会議・WGの議事録に基づく指摘で、少なくとも高橋氏の「議論終了論」はほぼ完全に崩れたと思えたが、ネットでは、多くの人が「郷原氏、高橋氏に圧勝」とする一方で、一部に「高橋氏の完勝だ」と評価する人もいる。

また、閉会中審査の結果についても、自民党の青山繁晴議員の前川氏への質疑、前愛媛県知事の加戸守行氏の発言の評価等をめぐって、見方が真っ向から対立している状況にある(猪野亨氏【閉会中審査でのやり取りを自民党に軍配を上げるネトウヨたちの異様性 国会軽視の安倍自民党】)。

安倍首相が出席して行われることとなった予算委員会での閉会中審査をめぐって意見・評価が全くかみ合わないまま激しく対立する状況が続くことが予想される。

なぜこのような状況が続くのか、「安倍首相を支持するか、しないか」という政治的意見の対立の先鋭化によるものであることも確かである。しかし、それ以上に、この問題は、「安倍首相の指示・意向があったのかどうか」という事実認定の問題のほかに、社会的、経済的、或いはコンプライアンス的に重要な論点を多数含んでおり、その点についての見解の対立があること、しかも、この問題についての国会での議論が低レベルで本質的な問題を指摘し得ていないことなどが、影響しているように思われる。

この「見解の対立」も、かなり本質的な違いであり、その解消は容易ではないが、まず、何がどう対立しているのかを全体的に整理することは、今後の加計学園問題をめぐる議論に関しても有益なのではないかと思う。

そこで、政権の帰趨を決する重大問題となった加計学園問題をめぐる議論の混乱を解消し、少しでも充実したものとするため、この問題全体に関する論点を、可能な限り網羅的に取り上げて整理し、解説してみたいと思う。

私のブログ記事としては過去に例がない程の長文になってしまったので、最初に内容を全体的に示しておきたい。

第1 安倍首相の指示・意向という「事実」に関する問題

第2 利益相反、公正・中立性の確保という「コンプライアンス」に関する問題

第3 規制緩和をめぐる「挙証責任」に関する問題

第4 「犯罪性」に関する問題

 第5 安倍政権側と野党側の対応を“斬る”

 

第1「事実」に関する問題([A])

 

安倍首相の指示・意向の有無と意向の「忖度」

加計学園問題をめぐる最大の争点が、「『腹心の友』の加計孝太郎氏が経営する加計学園に有利な取り計らいをするよう安倍首相の指示・意向が示された事実があったか否か」であることは間違いない。しかし、この点についての事実が明らかになる可能性はほとんどないに等しい。仮にその事実があったとしても、安倍首相がそれを認めることはあり得ないし、その指示・意向を直接受けた人間がいたとしても、それを肯定することは考えられないからだ。

安倍首相の直接的な指示・意向のほかに、官邸や内閣府の関係者が、安倍首相の意向を「忖度」して、加計学園の獣医学部新設が認められるように取り計らったのではないかも問題となるが、【官僚の世界における“忖度”について「確かに言えること」】でも述べたように、「忖度」というのは、される方(上位者)にはわからないものだし、行う本人も意識していない場合が多い。「忖度」があったかなかったかを、安倍首相にいくら質問しても、関係者をいくら追及しても、事実を明らかにすることは、もともと極めて困難である。

しかし、それらの事実が直接証拠によって立証されることはなくても、間接事実によって推認されることはあり得る。国家戦略特区の枠組みによって加計学園の獣医学部新設が認められた経緯の中での関係者の発言のほか、手続自体が「最初から加計学園ありき」としか考えられない「歪んだもの」だったとすれば、その背景に、安倍首相と加計氏との関係があることが影響したことが合理的に推測され、安倍首相の指示・意向や、忖度が働いたことが強く疑われることになる。

立証命題としての「事実」は、安倍首相の指示・意向([A]①)と意向の忖度([A]②)だが、実際には、「間接事実」によって、[A]①及び[A]②の事実が推認できるか否かという問題([A]③)に尽きる。

その点に関して重要なのが、前川氏の証言と文科省の内部文書の存在である。その主な内容が、以下のようなものだ。

[前川証言]

ア 2016年9月頃、和泉洋人首相補佐官から、「総理は自分の口から言えないから、私が代わって言う」と言われた。

イ 同年8月下旬頃、木曽功加計学園理事(元文科省官僚)から、「国家戦略特区制度で、今治に獣医学部を新設する話、早く進めてほしい。文科省は(国家戦略特区)諮問会議が決定したことに従えばいいから」と言われた。

ウ 11月9日の諮問会議で「広域的に獣医学部の存在しない地域に限り」という条件が付され、11月18日の共同告示のパブリックコメントの際に「平成30年度開設」という条件が付され、1月4日に共同告示が制定された際に、「一校に限り」という条件が入り、結局加計学園だけが残ることになった。初めから加計学園に決まっていた、加計学園に決まるようにプロセスを進めてきたと見え、このプロセスは内閣府あるいは内閣官房の中で進んできた。

[文科省文書]

エ 「これは総理のご意向だと聞いている」

オ 「これは官邸の最高レベルが言っていること」

カ 「閣内不一致を何とかしないと文科省が悪者になってしまう」

 

これらを総合すると、[A]③の間接事実としては相当程度有力なものであるといえ、これらを否定する根拠、合理的な説明・反論がない限り、[A]①及び[A]②が推認されることになる。とりわけ、文科省側の事務方のトップであった前川氏が、「初めから加計学園に決まっていた」と具体的な根拠を示して証言したことの意味は極めて大きい。存在が明らかになっている文科省内の文書も、その内容だけでは、内閣府等の関係者の言動を正確に示すものとは必ずしも言えないが、文科省と内閣府の間のやり取りについて、内閣府側からは、文科省側の文書を否定する文書・資料は全く開示されておらず、担当大臣の山本氏の説明も、前川氏の指摘に対する合理的な説明・反論になっているとは言い難い。そのため[A]①及び[A]②の事実に関して、[A]③の間接事実による推認が、相当程度強く働いていると言わざるを得ない。

 

加戸守行氏の証言と京都産業大学の記者会見

閉会中審査における前愛媛県知事の加戸守行氏の証言と、その後に行われた京都産業大学の「獣医学部開設断念」の記者会見の内容をどう評価するかも問題となっている。これらによって、加計学園をめぐる安倍首相の疑惑が解消されたかのように評価する声もあるが、いずれも、加計学園をめぐる疑惑を解消することにつながるものではない。

加戸氏については、愛媛県知事の時代から、今治新都市開発の一環として大学誘致に熱心に取り組んできたこと、同氏にとって獣医学部誘致が「悲願」だったことは、国会で切々と述べたとおりであろうし、教育再生実行会議での同氏の、唐突な、いささか場違いとも思える「獣医学部新設問題」への言及からも、誘致への強い熱意が窺われる。しかし、加戸氏は、獣医学部の認可を求める側の当事者、政府にとっては外部者であり、政府内部における獣医学部新設をめぐる経過とは直接関係はない。また、「愛媛県議会議員の今治市選出の議員と加計学園の事務局長がお友達であったから、この話がつながれてきて飛びついた」というのも、今治市が加計学園の獣医学部を誘致する活動をする10年以上前の話である。その後の誘致活動、とりわけ、前川氏が「加計学園に最初から決まっていた」と思える「行政の歪み」があったと指摘する2016年8月以降の経過に、安倍首相と加計理事長の「お友達」の関係がどのように影響しているのかとは次元の異なる問題である。

また、長年にわたって誘致活動を進めてきた加戸氏の立場からは致し方ないことのようにも思えるが、同氏の話にはかなりの誇張がある。愛媛県知事時代の「鳥インフルエンザ、口蹄疫の四国への上陸の阻止」の問題を、公務員獣医師、産業担当獣医師の数が少ないことの問題に結び付けているが、加戸氏自身も認めているように、上陸阻止の手段は、船、自動車等の徹底した消毒であり、獣医師の「数」は問題とはならない。獣医師が必要になるとすれば上陸が阻止できず感染が生じた場合であろうが、実際には、四国では鳥インフルエンザも口蹄疫も発生していない。また、加戸氏が長年にわたって今治市への獣医学部誘致の活動をしてきた背景には、知事時代に今治市と共同して進めた新都市整備事業で予定していた学園都市構想が実現しておらず、土地が宙に浮いた状態だったという事情があったことを加戸氏自身も認めている。獣医学部誘致に今治市民の膨大な額の税金を投入することを疑問視する市民も少なからずいることを無視して、獣医学部誘致が「愛媛県民の、そして今治地域の夢と希望」と表現するのは、現実とはかなり異なっているように思える。

結局のところ、加戸氏の国会での発言は、政府の対応を正当化する根拠にも、前川氏の証言に対する反対事実にもなり得ないものであり、加計学園をめぐる疑惑に関しては、ほとんど意味がないものと言える。

次に、京都産業大学が7月14日に記者会見を開いて獣医学部設置断念を公表した件だが、そこで明らかにされた理由は、

1月4日に公表された文科省告示で『平成30年4月開学』が条件とされたことで、準備が間に合わないと判断したために応募は断念した。

(獣医学部を断念した理由について)加計学園が来春、愛媛県今治市に獣医学部を開学する予定であることで、国際水準に足る質の高い教員を確保することが難しくなった

というものだった。

既存の獣医学部などが「広域的に存在しない地域に限り」新設を認めるとした条件について「これで対象外になったとは思わなかったが、ちょっと不利だと思った」とも述べている。この会見での説明からすると、「30年4月開学」という条件が付けられたことで、京都産業大学が応募を断念せざるを得なくなり、しかも、加計学園が先に開学することで教員確保が困難となり、結局、国家戦略特区諮問会議で決定された条件のために、「加計学園のみ獣医学部設置」という結果につながったことが明らかになった。

京都産業大学の記者会見での説明は、「平成30年開学」の条件が、「加計ありき」につながったとの前川氏の指摘を裏付けるものと見ることができ、[A]③の間接事実による[A]①及び[A]②の推認を、むしろ強める方向に働くものである。

ところが、高橋洋一氏は、この京都産業大学の記者会見について、獣医学部設置断念の理由についての説明を、《「教員確保が困難だったため」としたうえで、今回の戦略特区の選定作業が不透明だったか否かについては、「不透明ではなかった」と明言している。》などと引用し、加計学園をめぐる疑惑が晴れたかのように述べている(現代ビジネス【加計問題を追及し続けるマスコミの「本当の狙い」を邪推してみた】)が、「平成30年4月開学」の条件が付されたことが特区への応募断念の決定的な理由であったとの大学側が繰り返し述べた理由を意図的に除外している。しかも、表面上は公開の手続で決定されたのであるから、内閣府と文科省との間で何があったのか知り得ない同大学側が「不透明だった」と言う根拠もない。会見の内容を歪曲して、疑惑が晴れたとの結論を導こうとしているものである。

 

第2 コンプライアンスに関する問題([B])

次に、国家戦略特区に関する権限を有する総理大臣と、加計学園理事長とが「腹心の友」であることの「利益相反」という問題がある。これは、公正・公平な判断ではない疑いが生じる「外形」の問題である。過去50年以上にわたり認められてこなかった獣医学部の新設を、安倍首相がトップを務める内閣府所管の国家戦略特別区域法に基づき、大学認可を所管する文科省の従来の方針を変更して実現しようとしているのであるが、その権限を持っているのは安倍首相自身だ。首相と加計理事長との親密な関係が、国家戦略特区の枠組みによる獣医学部新設認可の判断に影響を与えることがないようにする必要があった。それは、安倍首相が強調するように「関与していない」「指示していない」ということで済む問題ではない。安倍首相と加計理事長の親密な関係が、「忖度」等によって事実上影響した可能性もあり、外形上そのような疑いが生じること自体が問題なのである。

これが、事業を行う組織のトップの「利益相反」というコンプイアンス問題であり、それを[B]-①と呼ぶとすれば、もう一つ、この点に関して重要なのが、「利益相反」が生じかねない枠組みという[B]-②の問題である。

国家戦略特区の枠組みは、基本的に有識者の諮問会議やワーキンググループ(WG)の民間議員が中心である。「岩盤規制」を守ろうとする規制官庁と、それを崩そうとする側との間では激しい意見対立が生じ、その意見対立に対して「中立・公正な立場での判断」が必要となる。ところが、現在の諮問会議とWGの民間議員のメンバーは、ほとんどが安倍首相の支持者、アベノミクスの推進者など、その動きや判断が安倍首相の意向に沿うものとなることが確実なメンバーだ。このような民間議員にWG、諮問会議で「判断」を行わせること自体に、公正・中立の確保というコンプライアンスに関して問題がある。

重要なことは、「利益相反」というコンプライアンス上の問題は、あくまで「外形上」の問題であり、実質的な問題ではないということだ。当事者が、その問題を認識・理解し、適切な対応をとれば、大きな問題にはならないし、ましてや、政権を揺るがす問題になるなどということにはならない。要するに、加計学園の獣医学部の新設認可に向けての手続きが取られたことが、その獣医学部の新設計画の中身や、実質的な価値、社会への貢献などの面から、全く問題ないことを安倍首相自身、あるいは加計学園側が十分に説明し、納得を得ることができれば、外形上の問題は結果的には解消されうるのである。

ところが、国会で「加計学園の理事長・加計晃太郎さんと7回食事をしています。2年半で13回も食事。総理、なぜ規制緩和をしたのですか?」と野党側からの質問を受けたのに対して、安倍首相は、「特定の人物や特定の学校の名前を出している以上、確証が無ければ極めて失礼ですよ!」などと言い返し、その後も、「(国家戦略)特区の指定や規制改革項目の追加、事業者の選定のプロセスは関係法令に基づき適切に実施しており、圧力が働いたことは一切ない。」との答弁を続けた。野党側は、安倍首相と極めて親しい関係にある加計氏が経営する学校法人が国家戦略特区で有利な扱いを受けた疑いを、さしたる根拠もなく質問しただけだったのだが、安倍首相は、[A]-①、②を否定するだけではなく、「関係法令に基づき適切に実施している」と言って、[B]-①、②の問題を全く問題ないかのような答弁をしたのである。

「関係法令に基づき適切に実施」というのが、この問題に対する説明にも反論にもならないことは明らかだ。法令上、国家戦略特区法は、諮問会議の決定等の手続を経て従来の行政の判断を変更することを可能にしているのであり、その手続に則って行われている以上、法令上問題がないことは当然である。しかし、だからと言って、「法令遵守」を超えたコンプライアンス問題である[B]の問題を否定できるわけではない。

安倍首相としては、この段階で、次のように答弁すべきだった。

加計孝太郎氏は、私の古くからの「腹心の友」ですが、今回の獣医学部の新設認可に関して、私は、全く口を出していないし、加計学園を優遇するように指示したことも全くありません。しかしながら、国家戦略特区において、52年ぶりに獣医学部が新設されるという「岩盤規制の打破」が実現したことについて、総理である私と親しい加計氏が経営する加計学園だけが認可されたという結果になったことで、加計氏が私の親しい友人であることが、官邸や内閣府の関係者に認識され、忖度が働いたのではないかとの疑いを受けたこと、また、現在の特区諮問会議等の枠組みが、そのような疑念を払拭できるものではなかった点に問題がなかったとは言えないと思いますし、特区諮問会議の議長である私自身が、利益相反についての問題意識が若干欠けていたことは反省すべきだろうと思います。今後、国家戦略特区の運用においてこのような疑念が生じることのないよう、「岩盤規制」を守ろうとする規制官庁と、それを崩そうとする民間議員との間で、公正・中立な判断が行われ、規制緩和の恩恵を受ける事業者の選定においても疑念を受けないようにするための枠組みを作ることなど、改善を検討していきたいと思います。

 

このように[B]のコンプライアンス問題を意識した適切な答弁を行い、国家戦略特区諮問会議の構成や運営を改善する方針を示していれば、加計学園問題は、その時点で収拾できていたはずだ。

ところが、「全く問題ない」と言い切ったために、実際に、安倍首相の指示・意向があったか否かは別として、国家戦略特区の枠組みで、従来の文科省の方針に反して獣医学部の設置認可を迫られたことに対する文科省関係者の反発を招き、その後、「総理のご意向」などと書かれた内部文書の存在が指摘され、前川氏が記者会見で「文書は確かに存在した」「文科省の行政が捻じ曲げられた」と発言するという、安倍首相にとっても内閣にとっても最悪の事態に発展していった。

そして、さらに火に油を注ぐことになったのが、このような文科省側の動きに対して、菅義偉官房長官を中心とする首相官邸側が、読売新聞を使って前川氏の個人攻撃を行うという「禁じ手」まで使い(【読売新聞は死んだに等しい】)、一方で、文科省の文書に関する調査に関する要求には、「法令遵守」を振りかざす対応に終始したことである。文科省の当初調査では文書の存在が確認されず、その後、文科省の事務次官を務めていた前川氏が「確かに存在していた」と証言したが、菅氏は「怪文書のようなもの」と切り捨てた。それによって、内部からの告発証言が相次ぎ、再調査を求める声が高まっても、「法令に基づいて適切に対応している」と言い続けて、再調査を拒否し続けた。そして、結局、再調査をせざるを得ない状況に追い込まれ、再調査の結果、文書の存在が確認された。当初の調査は、文書の存在を確認するためのものだったのに、実際にはその文書を隠ぺいした疑いが日に日に高まっていった。「隠ぺい」は組織に対して厳しい批判の根拠となる事実だが「法令違反」の問題ではない。そういう問題について、「法令に基づいて適切に対応している」という言葉だけで済ませようとしたのは、明らかに間違っていた(日経BizGate【「法令遵守」への固執が安倍内閣の根本的な誤り】)。

菅氏の対応は、「利益相反」という「法令遵守を超えたコンプライアンス問題」であった加計学園問題について、内部告発的な動きがあったのに対して、「法令遵守」の考え方で押し切ろうとしたところに最大の問題があった。

このように、安倍氏や菅氏が[B]の問題を十分に理解せず、さしたる根拠もない[A]について躍起になって否定するという対応を重ねていったことで、逆に、安倍首相の指示・意向ないし「忖度」という[A]の事実について、疑いが相当程度あるように世の中から認識されるようになっていった。

 

第3「岩盤規制」と規制緩和をめぐる議論([C])

[A]の安倍首相の指示・意向等の事実に関して直接の証拠はないものの、前川氏の証言等によって、相当程度推認が働き、[B]のコンプライアンスの問題については、問題意識を欠いたまま「法令遵守」的対応を繰り返して墓穴を掘った官邸・内閣府側からの「反撃材料」として出てきたのが、獣医学部新設の規制緩和に関連する「挙証責任」論だった。それは、[A][B]に関して、致命的な誤りを犯してしまった政府側にとって、極めて重要な「防衛線」であった。

国家戦略特区諮問会議の有識者議員(民間議員)及び同ワーキンググループ(WG)委員は、6月13日に記者会見を行い、今治市に獣医学部の新設を認めた手続にも経過にも全く問題はない(「一点の曇りもない」)と断言した。その理由とされたのが、

獣医学部の新設を「門前払い」する文科省の告示は、もともと不当なものであり、それを維持するのであれば文科省に「挙証責任」がある。「挙証責任」を果たさなかった文科省は、その時点で「負け」であり、告示を改正して獣医学部の新設を認めるのが当然であり、その当然の結果として、特例として加計学園の獣医学部新設が認められた。

という「挙証責任」論だった。

高橋洋一氏は、それに加えて、《2016年3月末の期限までに挙証責任を果たせなかったことで「議論終了」、文科省の「負け」が決まり、「泣きの延長」となった2016年9月16日時点でも予測を出せずに完敗》との理由で、国家戦略特区で獣医学部の新設を認めたことに「総理の意向」が働く余地はないとの主張(「議論終了」論)を、ネット記事やテレビ出演等で繰り返した。

そして、この高橋氏の主張の「受け売り」のような発言をしていた国家戦略特区を担当する地方創生担当大臣の山本幸三氏は、閉会中審査の答弁で、

国家戦略特区の基本方針に、規制所管府省庁が規制、制度の見直しが適当でないと判断する場合には、正当な理由を適切に行わなければならないと書いてある。その規制監督省庁はこの場合文科省なので、文科省が責任を持って、ちゃんと需要が足りている、あるいは4条件を満たしていないということをきちっと説明しなければ、基本方針にのっとって、当然そういう説明がない、つまり正当な理由がないということになって獣医学部を新設するということになる。

と述べた。

また、閉会中審査に参考人として出席した国家戦略特区諮問会議WG委員の原英史氏は、「そもそも規制の根拠の合理性を示す立証責任が規制の担当省にあり、いわゆる4条件もその延長上にある」との前提で、その文科省の告示で「門前払い」していた獣医学部新設を、特例として認めたことについて、「4条件」が充たされている。

と説明した。

さらに、自民党の青山繁晴議員は、

9月16日WGで文科省の課長補佐が挙証責任は大学や学部を新設したいという側にあるとの発言をしたが、これに対して原氏が「挙証責任が逆さまになっている」と指摘し、その後文科省側の反論が一切ないので「議論はそこで決着」してしまっている。

と述べ、さらに

なぜ挙証責任が文科省にあるかといえば、大学や学部新設の許認可は全て文科省が握っているからだ。文科省もこれがわかっているから反論しなくて、言わばそれで決着している。

と、高橋氏と同様の「挙証責任」「議論終了」論を、WGの議事録に基づいて主張し、参考人の前川氏に意見を求めた。

これに対して前川氏は、

内閣府が勝った、文科省が負けた、だから国民に対してはこれをやるんだと説明する、というのでは国民に対する説明にはならない。挙証責任の在りかということと、国民に対する説明責任とは全く別物で、国民に対する説明責任は政府一体として負わなければならない。挙証責任があって、その議論に負けたから文科省が説明するんだという議論にはならないはずだ。

と答えた。

首相官邸、内閣府、自民党、国家戦略特区民間議員等の側が、最近の議論では、「挙証責任」論を最大の根拠としているのに対して、その「挙証責任」論を真っ向から否定する主張をしているのが前川氏である。しかし、この点の議論は、民進党、共産党等の野党の国会質問ではほとんど取り上げられておらず、もっぱら[A]に関する追及を続けている。

 

「挙証責任」論をめぐる主張の整理

このような政府側、諮問会議、WG民間議員側の「挙証責任」に関する主張を[C]と表現して整理してみよう。

まず、首相官邸側、自民党側が言いたいことは、

《告示によって獣医学部の新設を一切認めないという岩盤規制を50年以上守り続けてきた文科省には、規制の正当性に「挙証責任」があり、それが果たせなかったので、告示が一部改められて獣医学部の新設が認められたのは当然だ》

ということだ。

その根底には、「そもそも、経済活動は自由が原則であり、それを規制する官庁には、その合理性についての挙証責任がある」という考え方がある。2014年2月25日の国家戦略特別区域基本方針の閣議決定における

「新たな規制の特例措置の実現に向けた規制所管府省庁との調整は、諮問会議の実施する調査審議の中で、当該規制所管府省庁の長の出席を求めた上で実施する。その調整に当たり、規制所管府省庁がこれらの規制・制度改革が困難と判断する場合には、当該規制所管府省庁において正当な理由の説明を適切に行うこととする。」

との記載を、規制官庁には規制の合理性について「挙証責任」があるとの趣旨として理解するものだ。国家戦略特区諮問会議の民間議員らが記者会見で述べた主張がまさにそれである。

しかし、規制一般について、このような「挙証責任」論によるべきというのが国の方針と言えるのかどうかは問題である。また、それが獣医学部の新設の問題にそのまま適用できるかどうかは、別の問題である。獣医学部の新設については、直接的には、石破茂氏が地方創生担当大臣の時代の2015年6月30日の「4条件」の閣議決定があるのであり、そこで、一般的な規制緩和についての「挙証責任」論とは異なる考え方がとられていれば、その閣議決定を根拠とすべきということになる。

そこで、「挙証責任」論によって獣医学部新設が正当化できるという主張を、規制緩和一般についての[C]①と区別して、[C]①+と表現することとする。

WG議員の原英史氏の閉会中審査での

「『4条件』の閣議決定も『挙証責任論』に基づいており、加計学園の獣医学部新設は『4条件』を充たしている」

とする上記発言は、まさに[C]①+の主張である。

このような[C]①及び[C]①+をさらに過激化させ、文科省の「総理のご意向」等を内容とする文書や前川氏の証言の証拠価値を完全に失わせようとするのが、[C]②の高橋洋一氏と青山氏の「議論終了」論である。

これらの主張が認められるのであれば、文科省文書も、前川氏が「行政が捻じ曲げられた」と述べている経緯も、獣医学部新設が実質的に決定されて何の議論の余地もなくなった後の文科省内の「負け惜しみ」の話で、加計学園をめぐる疑惑は全く存在しないのに、それを敢えて問題として取り上げる前川氏や文科省内の内部告発者は、「官僚の風上にもおけない人間」ということになる。

それに対して、前川氏が主張しているのは、第一に、「加計学園の獣医学部新設は『4条件』を充たしていない」とするもので、[C]①+を否定するものだ。また、その背景となる[A]①の主張に対しても、上記のとおり「国民に対する説明責任は政府一体として負わなければならない」と反論している。

 

[C]①+と[C]②の主張の誤りは明白

 加計問題での”防衛線”「挙証責任」「議論終了」論の崩壊】でも述べたように、上記の[C]の各主張のうち、高橋洋一氏が主張する[C]②については、7月8日放送のBS朝日【激論!クロスファイア】で、少なくとも、「2016年9月16日国家戦略特区WGで議論が終了した」との主張は、WG議事録からは、むしろ9月9日の諮問会議での安倍首相の発言を受けて9月16日WGが開かれ、そこから獣医学部新設問題が議論されていることは明らかであるとの私の指摘で、ほぼ完全に否定された。また、[C]①+の主張についても、この「4条件」の閣議決定の

《現在の提案主体による既存の獣医師養成でない構想が具体化し、ライフサイエンスなどの獣医師が新たに対応すべき分野における具体的な需要が明らかになり、かつ、既存の大学・学部では対応が困難な場合には、近年の獣医師の需要の動向も考慮しつつ、全国的見地から本年度内に検討を行う。》

の文言からは、文科省側に、4条件すべてについて「挙証責任」があるとは考えられないし、実際に、2016年3月末までに文科省が「挙証責任」を果たさなかったことで、獣医学部新設についての議論が決着したことを前提にした動きは、文科省側にも内閣府側にも全くなかった。少なくとも、「挙証責任」論を獣医学部新設の問題の根拠とする余地がないことは明らかだ。

[C]①+、[C]②の主張は、それが正しいとすれば、[A]①の安倍首相の指示・意向の推認につながる前川氏の証言や文科省の文書の証拠価値を否定し、獣医学部の新設の問題への安倍内閣の対応を正当化することにつながるが、既に述べたように、全くの誤りである。WG議事録に基づいて2016年9月16日WGで「議論終了」だとする青山氏の主張も、獣医学部新設が「4条件」を充たしているとの原氏の主張も「4条件」の閣議決定に関する[C]①+の主張が否定されれば根拠を失うことになる。

ところが、前回の閉会中審査では、この点についての野党側の反論は全くなく、前川氏が、質問に答えて説明しているだけである。そのため、加計学園問題に関するネット等の議論の中で、今なお[C]①+、[C]②が根強く主張されている。

そして、それらの主張の根底にある[C]①の規制緩和一般についての「挙証責任」論が声高に主張され、国家戦略特区の規制緩和策を進めていくことが「岩盤規制の撤廃」として全面的に肯定されるかのような認識を生じさせているため、そのような主張の信奉者にとっては、加計学園の獣医学部新設は、「岩盤規制の撤廃」による当然の結果であり、疑惑など何もないという認識につながり、疑惑を指摘する側と、真っ向から意見が対立し、全くかみ合わない状況になっている。

そこで、そのような[C]①の主張の背景にある

《長期間続いている「岩盤規制」は、既得権益を擁護しようとするだけのもので、それを擁護する側の規制官庁が、規制を求める側が納得するような「説明」を行わない限り、規制は撤廃されるべき》

との考え方に基づいて、国家戦略特区の場で一刀両断的に規制緩和を決定しようとすることが果たして正しいのかを、改めて考えてみる必要がある。それは、加計学園をめぐる疑惑に関してだけではなく、我が国の経済政策や行政における規制の在り方論にもつながる重要な問題である。

 

「挙証責任」論は正しいのか

[C]①の規制緩和一般についての「挙証責任」論に関しては、そもそも、「挙証責任」という言葉を、国家戦略特区の枠組みでの規制緩和の議論において持ち出すことが適切なのかという根本的な疑問がある。

「挙証責任」という言葉は、一般的に、我々弁護士が関わる訴訟の場で使われる言葉である。挙証責任を負う当事者側が、その責任を果たすことができなければ敗訴し、それによって不利益を受けるということである。

国家戦略特区に関して論じられている、規制緩和に関する「挙証責任」というのは、規制の合理性を主張する官庁側と、規制の撤廃を求める国家戦略特区諮問会議及びWGとの間の争いである。訴訟の場における挙証責任と決定的に違うのは、訴訟の場合は、挙証責任が果たされたか否かを「中立かつ独立の裁判所」が判断するのに対して、国家戦略特区の枠組みには、「挙証責任」が果たされたかについての「中立的な判断者が存在しない」ということである。諮問会議やWGの議論を主導する「民間議員」は殆どが、規制官庁側に規制緩和を徹底して求めている人達であり、そのようなメンバー構成の会議で、規制官庁側の説明に民間議員が納得しなければ、規制緩和の結論が決まるというのは、「挙証責任」の世界の話ではない。訴訟の場における「挙証責任」との比較という面からは、国家戦略特区での規制緩和の議論に関しては、「挙証責任」という言葉を持ち出すこと自体が適切とは言い難い。

もっとも、「岩盤規制の撤廃」に関して持ち出される「挙証責任」論は、訴訟の場で使われる「挙証責任」とは異なった意味で用いられているようだ。

《岩盤規制は、既得権益を保護する「利権集団」と規制官庁が結託した「悪」そのものであり、当事者の規制官庁が、その正当化事由を説明できなければ当然に撤廃すべきもの》

と主張することが目的で、「挙証責任」という言葉は、規制官庁側の「規制維持論」を抑え込むため「反論・説明のハードル」を上げる手段として使われているように思える。

確かに、これまで多くの分野で「規制緩和」が経済社会に、そして、消費者に利益をもたらしてきたことは事実である。例えば、酒税徴収の確保を「表面上の理由」とする酒類販売の「免許」制は、長らく零細な酒類販売店の既得権益を保護してきたが、今では、その規制は大幅に緩和され、消費者に利益をもたらしている。一般医薬品のネット販売のように、行政訴訟に対する最高裁判決で「国の規制は違法」とされて規制緩和が行われ、消費者の利便が拡大した例もある。

実際に、このような「岩盤規制」の「緩和」「撤廃」が消費者に大きな利益をもたらしてきたことは確かであり、世の中には、この「岩盤規制=悪、規制を擁護する官庁=悪、弁解がなければ撤廃が当然」という主張はわかりやすく、支持されやすい。

しかし、問題は、規制の緩和・撤廃の方法如何では、逆に大きな社会的問題が発生する場合もあるということである。

貸切バス業界は、最低運賃が法定されていて運賃が高値に維持され、免許制で参入も規制されていた、まさに「岩盤規制」に守られた「既得権益」の世界の典型だったが、2000年に「免許制」が廃止され、運賃設定の大幅規制緩和の結果、小規模事業者の新規参入が増え、一気に過当競争の状態になった。運賃は下落の一途をたどり、貸切バス事業者の経営状態は悪化し、運転手の待遇が劣悪化した。それが、2007年2月の長野県のあずみ野観光の大阪でのバス事故、2012年の関越自動車道のバス事故、2016年1月に、軽井沢でツアーバスが谷底に転落して多くの大学生等が死傷する事故などの重大な事故が相次いだ。

「岩盤規制」を撤廃して競争を機能させ消費者利益を図るという方向自体は間違っていないが、その規制を緩和し競争の機能を高めていこうと思えば、安全を確保するための、違法行為、危険な事業に対する監視監督が必要だ。ところが、国交省の所管部局にはそれを適切に行う力がなかった。「岩盤規制=悪、規制を擁護する官庁=悪、弁解がなければ撤廃が当然」との考え方で行政当局の抵抗を押さえつけて規制の撤廃・緩和を強要するやり方には危険な面もある。

また、獣医学部の新設がまさにそうであるように、国家資格の取得を目的とする大学・大学院については、国家資格が取得できるだけの教育の水準を維持すること、そのための教員を確保することが特に重要となり、それと、国家資格取得者の需給関係を考慮することには合理性がある。

法科大学院は、全国で74校が認可申請し、ほとんどフリーパス同然に認可されたが、結果的には、既に35校が募集停止に追い込まれている。各法科大学院に膨大な額の無駄な助成金、補助金が投じられ、巨額の財政上の負担を生じさせたばかりでなく、司法の世界をめざして法科大学院に入学した多くの若者達が、法曹資格のとれない法科大学院修了者となり、資格が取れても受け入れ先が十分ではなく、路頭に迷うという悲惨な結果をもたらした。その直接的な原因は、法科大学院の教育の質が確保できなかったことにある。最近、法科大学院を修了せずに司法試験を受験する資格が得られる予備試験合格者の方が、法科大学院修了者より、はるかに合格率が高いということからも、法科大学院が、少なくとも司法試験という国家試験合格のための教育の質を確保できなかったことは明らかだ。

そもそも、それまで法学部を設置していた大学に、法科大学院を上乗せして設置を認めたことが重大な誤りだった。(アメリカには学部修了後のロースクールはあるが、法学部はない。韓国では法科大学院設置に伴って法学部を廃止した。)法曹資格取得のための法律の専門教育を行う人材がどれだけ確保できるかということを十分に検討せずに、フリーパスで法科大学院の設置を認めたために、教育の質が確保できなかったことが失敗を招いたのである。

教育の質の確保は、大学の設置認可において、規制撤廃が常に善だとする考え方に対する制約要因になることは否定し難い。

そして、もう一つ重要なことは、規制の撤廃は、その手法によっては、今回の獣医学部の新設問題がまさにそうであるように、公正・中立が疑われる事態を招くということである。

規制を全体的に緩和するのではなく、一定の地域のみ、しかも、それに条件を付けて規制の例外を認めるやり方は、規制緩和の恩恵を社会全体にもたらすのではなく、特定の事業者だけに利益をもたらすことになりかねない。この点において国家戦略特区での規制緩和の枠組みにはなお大きな問題が残されていると言える。

 

規制緩和をめぐる議論が置き去りにされている国会の現実

ところが、加計学園問題に関連して、規制緩和と行政の在り方という重要な問題が議論された形跡は全くない。内閣府や諮問会議、WG民間議員の側が、「4条件」の閣議決定の解釈や国家戦略特区での議論の経過を捻じ曲げて主張しても野党側は放置し、その背景にある「規制緩和万能論」に対する疑問を示す姿勢も全く見られない。

民進党は、加計学園問題の追及と併せて、国家戦略特区を廃止する法案を提出したようだが、それならば法案に関連し、規制緩和の進め方・岩盤規制の撤廃が新たな利権を生むことがない仕組み作ることなど、現在の国家戦略特区の制度を抜本的に改めることを国会で議論すべきだろう。単に廃止法案を出したというだけでは、安倍政権と国家戦略特区の関係を非難するだけの目的で行っている非生産的議論とみなされても致し方ない。

このような議論が国会でほとんど行われないことが、ネットの世界等で「挙証責任」などという言葉が持ち出され、議論が全くかみ合わない現状にもつながっている。

 

第4 「犯罪の疑い」はあるのか

ネットでしばしば見られるのが、「加計学園をめぐる疑惑に関しては、違法行為の疑いも犯罪の疑いもないではないか」という安倍首相支持者からの意見だ。

もともと、国家戦略特区という法律による枠組みを使って獣医学部新設が認められたのであり、その手続自体が適法に行われることは当然であり、違法行為がなかったからと言って問題ないとは言えないことは、第2でもコンプライアンスに関して詳述した。

かかる意味では、表面に出ている事実に関して「違法行為」を窺わせる事情はない。

しかし、「犯罪の疑い」というのは、もともと表面化しにくいものであり、捜査機関の捜査によらなければ明らかにならないものだ。

今回の一連の動きの中で、私が、もし、現職検事であれば関心を持って、内偵を行っていたと思えるポイントを、いくつか指摘しておこう。

(1)「平成30年4月開学」という条件設定

最大の問題は、「平成30年4月開学」という条件が設定された理由である。

前川氏も、閉会中審査で、

設置認可申請・審査・認可に至るプロセスは1年あればできるが、それ以前に文科省の担当者が十分に申請予定者と打合せをする必要があり、獣医学部については申請ができない建前になっていたので、事前相談ができないので、30年4月の開学に間に合うように準備を進めることは難しいと思っていた。

と述べていた。

しかし、実際には、昨年8月に、担当大臣が石破氏から山本氏に変わった後、国家戦略特区WGでの議論が再開され、「平成30年4月開学」に向けて、内閣府から文科省に強い要請が行われ、結局、その条件に沿うようなスケジュールでの決定が行われた。

そして、「平成30年4月開学」に間に合う時期に、獣医学部の正式な認可申請が出され、大学施設の建設工事に着工している。今治市での獣医学部の設置が決定されたのが、今年1月12日の国家戦略特区今治分科会で、加計学園は、その2ヶ月余り後の3月下旬には、文科省に設置申請を提出し、建設工事に着工している。

(2)高度なバイオ研究施設であること

今回の国家戦略特区での獣医学部新設の認可は、「ライフサイエンス等の新たな分野における獣医師養成や研究」という目的で認められたものであるが、獣医学部のそのような教育・研究を行うとすると、施設面や人的な安全対策が十分であるか否か慎重な検討が必要であることは言うまでもない。

「人畜共通感染症を初め、家畜、食料を通じた感染症の発生が拡大する中、創薬プロセスにおける多様な実験動物を用いた先端ライフサイエンス研究を行う」(第2回今治分科会における柳澤岡山理科大学学長の発言)ということをビジョンとして掲げているのであるから、細菌・ウイルスなどの微生物・病原体等を取り扱う実験室・施設のバイオ・セーフティー・レベル(BSL)が問題となる。

今年3月24日の今治市議会国家戦略特区特別委員会で、実験施設での病原体の取り扱いについての質問があり、市の秋山直人企画課長が

危険度を分類したバイオセーフティーレベル(BSL)で3(鳥インフルエンザ、結核菌など)に対応する施設を整備するが、現時点では取り扱う病原体は2(インフルエンザ、はしかなど)以下のレベルと聞いている。

と答えたとされているが(毎日)、「BSL3に対応する施設」には、「排気系を調節し、常に外部から実験室内に空気を流入させること」「実験室からの排気は、高性能フィルターを通し除菌した上で大気に放出する」「実験は生物学用安全キャビネット(バイオハザードを封じ込めるため排気を滅菌するドラフトチャンバーを設置した箱状の実験設備)」などの施設が設けられ、AAALACによる動物実験認証等、動物実験施設が安全であることの認証を取得することも必要となる。

新学部の設置が検討されている場所は、人里離れた土地ではなく、今治新都心の区画整理事業でできた土地であり、近隣には住宅もあり、大規模ショッピングモールもある。鳥インフルエンザ等の人畜共通感染症のウイルス自体を取り扱ったり、実験動物に感染させたりすることが必要になるのであれば、排気等を通じて万が一にも実験施設の外に出ることがないよう、十分な安全が確保される構造で建築設計をした上、設計通りの安全な施設が建設されるよう信頼できる建築業者に工事を施工させることが必要になることは言うまでもない。

(3)事業決定後2ヶ月余で建設工事着工

ところが、信じ難いことに、今治市での獣医学部の設置が決定されたのが今年1月12日の国家戦略特区今治分科会、その2ヶ月余り後の3月下旬には、加計学園は、今治市での校舎建設工事に着工しているのである。

しかも、このような高度なバイオ研究施設であれば、そのような施設建設の経験・ノウハウを持った企業に発注するのが当然のはずだが、工事を受注したのは、加計学園と同じ岡山の地元建設企業のアイサワ工業という、資本金15億円、直近の年間売上250億円余という中堅の建設会社であり、凡そ、世界の最先端のバイオ施設の150億円もの規模建設工事を受注するのに相応しい企業とは思えない。

(4)加計学園側の「特別の事情」があった可能性と今治市の対応

常識的にはあり得ない「平成30年4月開学」を、何が何でも実現せざるを得ない「特別の事情」が加計学園側にあったのではないかとの疑問が生じる。しかも、加計学園は、全国多数の大学を運営しているが、公開されている大学の収支のほとんどが赤字で、特に、2004年に銚子市から巨額の補助金を受けるとともに用地の無償貸与等を受けて建設した千葉科学大学も、各学部が軒並み定員割れの状況であり、大きな損失を生じている可能性がある。

このような状況で、今治市に建設される加計学園の獣医学部に対しては、今治市から総額96億円の補助金に加えて、36億円の用地を無償譲渡することが決定されている。

この無償譲渡は、銚子市からの「無償貸与」よりも加計学園にとって有利な方法であり、土地を担保に入れることも許容されており、要するに、土地の無償譲渡を受けることによって、加計学園にキャッシュフローで大きなメリットをもたらすのである。

しかも、今治市が提供する市有地は、取得にコストがかからない遊休地ではない。「今治新都市」の区画整理事業で巨額の費用をかけて土地開発公社が造成した土地で、今治市は、まだ加計学園が事業者に決定していない昨年12月に、30億円以上の市税を使って土地開発公社から土地を購入し、それを、加計学園に無償譲渡したのである。

(5)加計理事長は、なぜ一切「説明」しないのか

それに加え、「平成30年4月開学」は、加計学園側の財務状況に関連する「特別の事情」によるものだったのではないか。今治市が獣医学部新設に巨額の負担を行うことが合理的なのか、加計学園のアイサワ工業への発注の価格は適正なものだったのか、支払われた工事代金が、加計学園側にキックバックされている可能性はないのかなど、私が、今も現職の特捜検事であれば、関心を持って内偵捜査しているであろうと思える点は多々ある。

そして、最大の問題は、加計理事長が、本件が問題化して以降、全く公の場に姿を現さず、加計学園側は何の説明も行っていないことである。それどころか、学校法人加計学園としても、今回の獣医学部新設問題が国会で取り上げられても、学部新設計画の中身やその価値などについて、世の中に対して説明し、納得を得るための努力は一切行っていない。

学校の新設認可をめぐって、国から不当に優遇を受けた疑いから問題が表面化した森友学園の問題では、理事長の籠池氏は、早い段階から、マスコミに対応し、記者会見も開くなどしていた。それと比較すると、加計理事長及び加計学園側が全く沈黙していることは、獣医学部の新設をめぐる動きや学園の運営等について説明し難いことがあるのではないかとの疑いを持たれることにつながる。

 

第5 安倍政権側と野党側の対応を斬る

 1 加計学園問題についての安倍政権側の対応の問題

加計学園の問題に対する安倍内閣側の対応が、拙劣極まりないものであったことは、これまで述べたとおりである。もともと、「利益相反」というコンプライアンスの観点からは問題がないとは言えなかったのに、安倍首相は「関係法令に基づき適切に実施している」などと全く問題がないかのように言い続けてきた。その[B]に関する対応の誤りが、文科省からの内部文書の噴出、前川氏の公の場での発言という事態を招き、それが、逆に、[A]の安倍首相の指示・意向についての疑いを深めることにつながった。それに加えて、内閣府側の文書・資料を全く示さず、菅官房長官が「法令に基づき適切に対応」と言って文科省の文書についての再調査を拒否し続けるなど、拙劣極まりない対応を続け、内閣への信頼失墜、支持率の急落を招いた。その経過は、ほとんど「自滅」に近いものである。

このような対応を行ったのが、安倍首相側に、加計理事長との関係で何らかの「隠したいこと」「表に出せないこと」があったことによるものであれば致し方ないとも言える。しかし、もし仮に、安倍首相側に本当に何もやましいことがなく、官邸・内閣府に対する指示・意向も全くなく、安倍首相と加計氏との親密な関係は、国家戦略特区での加計学園の獣医学部新設を認めることに全く無関係だったとすれば、それにもかかわらず、安倍首相にとってここまで深刻な事態に至ったことは、すべて安倍政権側の対応の誤りのためということになる。そうだとすると、安倍政権の危機対応能力の欠如は、ほとんど病気に近いものと言わざるを得ず、これからの国の内外における様々な危機対応は本当に大丈夫かという深刻な疑問が生じざるを得ない。

少なくとも、今後、国会の閉会中審査等での加計学園問題への対応に関しては、改めて、何が問題であったかを、コンプライアンス上の問題も含めて、全体的に検証し、今後は、問題の本質に即した適切な対応を行っていく必要がある。もちろん、ここまで不信を拡大してしまったというのが現実なのであるから、[C]の問題を防衛線にするだけでなく、[B]について改めて問題意識を説明し枠組みの改善に言及し、[D]の「犯罪の疑い」についても、可能な限り調査を行って疑惑を払拭する努力を行うべきであろう。

2 野党側の追及の問題

一方、誠に深刻なのは、ほとんど「自滅」に近い安倍政権側の拙劣な対応に対して、国会で、何が問題なのかということを理解しているとは思えない拙劣な「追及」しかできなかった野党側、とりわけ民進党の対応である。

加計学園問題に対する野党側の対応は、[A]の安倍首相の指示・意向に関する有力な間接事実として表に出てきた文科省の内部文書や前川氏の発言に便乗して[A]に関する追及をしているだけで、本来、国会の場で行うべき、加計学園問題の本質に関わる重要な指摘は全くできていない。

[B]のコンプライアンス問題については、野党側はほとんど問題を指摘し追及した形跡がないし、安倍政権側が、防衛線としてきた反論[C]については、閉会後審査で、原英史氏等が、誤った解釈に基づいて一方的な発言をしているのに、全く質問も反論も行わなかった(少しは、問題の所在を理解してもらいたいと考えて、閉会中審査に間に合わせるべく出したブログ記事【加計問題での”防衛線”「挙証責任」「議論終了」論の崩壊】も全く効果がなかったようだ。)。

加計学園問題は、単に、総理大臣が「腹心の友」に有利な指示・意向を示したか、という個別の問題だけではなく、その背景となった、規制緩和と行政の対応の問題、国家戦略特区をめぐるコンプライアンスに関する議論など、多くの重要な論点が含まれているのであり、国会での追及は、そのような点に関連づけて幅広く行っていくべきだった。そのような姿勢をとっていれば、今回の問題を通して国会の議論を深めることにもつながっていたであろう。しかし、実際の野党の追及は、そのような「政策」を意図することなく、安倍首相に対する個人攻撃ばかりを繰り返す「政局」的な追及に終始してしまった。

このような国会での追及の状況からは、安倍政権への支持が急速に低下しても、野党がその受け皿になり得ないのは当然のことである。その結果、最近の世論調査では、「支持政党なし」が6割を超えるという異常な状況になっているのであるが、実際に国会で政治を行っている議員のほとんどは政党に属しているのに、国民の3分の2近くが「支持政党なし」という現状は、多くの国会議員は、国民から支持されないで政治を行っているということであり、そのような状況を早急に何とかしないと、日本の民主主義は崩壊してしまうことになりかねない。

3 安倍首相が出席する閉会後審査で、野党が行うべきこと

安倍首相も出席して行われる予算委員会での閉会後審査で、野党が行うべきことは、[A]の安倍首相の指示・意向に関する追及ではなく、問題の本質である国家戦略特区の在り方、「規制緩和」論について、[B]のコンプライアンス上の問題も踏まえて、安倍首相に対して中身のある追及を行うことである。

第3で[C]の「挙証責任」の問題に関して、いくつかの事例に即して述べたが、「安全と競争」の関係、教育の質の確保、若年世代の職業選択と高等教育の関係など、規制緩和の進め方と行政の対応の在り方にしては、様々な問題があるのであり、「岩盤規制の撤廃」が常に絶対的な「善」だとする「規制緩和万能主義」の考え方に基づいて、国家戦略特区の枠組みで一刀両断的に押し切ってしまうやり方には議論の余地があり、その枠組みそのものの是非こそが、重要な政治上の議論になるべきであり、ある意味では、その点についての考え方の違いは、与野党の政策の対立点にもなるべき事項であろう。

[A]に関しては、安倍首相をいくら追及しても実質的にはあまり意味はない。文科省の文書や前川氏の証言で、[A]に関する間接事実としては既に十分であり、官邸・内閣府側が、従来の不誠実な対応を抜本的に改めない限り、疑いが解消されることはあり得ない。(その点の追及を期待する国民も多いので、ある程度はやらざるを得ないであろうが、基本的には、政府側の対応に応じて考えれば十分だと思われる。)この点に関して、前川氏が証言する「前川氏が和泉首相補佐官から『総理は自分の口から言えないから、私が代わって言う』と言われた事実」について野党側は、和泉補佐官の参考人或いは証人としての喚問を強く要求しているが、それ程意味のあることとは思えない。もし、和泉氏が参考人等で国会に出席し、上記発言について質問されたとしても、「前川氏との会話の中で、『加計学園』のことに言及する際、『総理が言えないから』というような言葉を使った可能性はある。それは、文科省が岩盤規制を撤廃しようとしないので、文科省側を説得するために、安倍首相から格別の指示はなかったがそのような言い方をして文科省側を動かそうとしただけだ」と答弁されてしまえば、それ以上、追及のしようがない。

第4で述べた「犯罪の疑い」の問題についても、基本的には捜査機関の判断の問題であるが、指摘した問題について野党として調査検討することは重要である。特に、本件の加計学園のように、私立大学が、ほとんどの資金を地方自治体等からの公的な補助によって大学施設を建設しようとしている場合、工事の発注について何らのチェックも受けず、勝手に業者を選定して任意の価格で発注できるとすれば、そこには、制度上重大な問題があるのであり、公費の支出の在り方に関連するものとして、まさに国会で議論すべき重要な課題である。

野党が慎まなければならないのは、安倍首相の指示・意向に関する[A]についての追及に終始するという「愚」を繰り返すことである。

安倍政権側の「自滅」と野党側の「無策」のため、加計問題をめぐる重要な論点が国会で議論されないまま置き去りにされていることで社会の「二極化」を招いている現実に目を向けなければならない。

安倍首相が出席する予算委員会では、問題の本質に迫る中身のある追及と議論が行われることを期待したい。

 

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加計問題での”防衛線”「挙証責任」「議論終了」論の崩壊

昨日(7月8日)放映のBS朝日「激論!クロスファイア」(司会田原総一朗氏)に、元大蔵官僚の高橋洋一氏とともに出演した。

森友学園問題・加計学園問題に関して、安倍内閣の不誠実な対応、疑惑の高まりで、安倍内閣への支持が大きく低下し、都議選でも自民党が歴史的惨敗したことなどを受けて、加計学園問題が、改めて取り上げられた。

山本大臣の「挙証責任」「議論終了」論

当初、菅官房長官が「怪文書」等と言っていた「総理のご意向」文書の存在が、文科省の再調査の結果、否定できなくなった後、山本地方創生担当大臣は、

今回の話というのは、(国家戦略特区)ワーキンググループで議論していただいて、去年の3月末までに文科省が挙証責任を果たせなかったので、勝負はそこで終わっているんですね。もう1回、延長戦で9月16日にワーキンググループやってますが、そこで議論して、もう「勝負あり」。その後に何を言っているのかという気がして、私はなりませんけども。

などと述べている。【山本幸三・地方創生相、加計学園問題の「勝負は終わっている」】

このような「挙証責任」「議論終了」論による文科省批判は、高橋氏が、朝日新聞が「総理のご意向」文書をスクープした時点から行っている。その後、前文科省次官の前川喜平氏が記者会見で、加計問題で「文科省の行政が捻じ曲げられた」と発言するようになって以降は、高橋氏の前川氏批判の根拠にもなっている。

高橋氏の主張は、単なる個人的な主張というだけではなく、今では、担当大臣による安倍内閣の「公式な主張」にもなっている。そればかりか、現在の状況からは、加計学園問題での安倍内閣の防衛線が、この「挙証責任」「議論終了」論だと言っても過言ではない。

そのような状況を踏まえて企画されたのが、加計学園問題についての「安倍政権の主張」の提供者とも言える高橋氏と私との討論番組だったものと思われる。

獣医学部の認可に関する国家戦略特区での議論の経過は、以下のように整理できる。

2014年7月18日 第1回新潟市区域会議:新潟市追加要望項目の1つに獣医学部新設

8月  5日 WG:文科省・農水省ヒアリング(7/18要望獣医学部新設について)

8月19日 WG:文科省・農水省ヒアリング(8/5WGの続き)

2015年6月  8日 WG:文科省・農水省ヒアリング

6月30日 閣議決定:獣医学部新設の4条件が明示される

12月15日 第18回諮問会議:「広島県・今治市」特区指定が決まる

2016年3月24日 第8回関西圏区域会議:京都府が獣医学部の設置提案

9月 9日 第23回諮問会議:重要6分野の1つとして獣医学部新設の「岩盤規制」が挙がる。安倍首相が「残された岩盤規制」への加速的・集中的対応を要請

9月16日 WG:文科省・農水省ヒアリング(安倍首相の指示を受け、獣医学部新設について議論)

9月21日 第1回今治市分科会:獣医学部提案

10月17日 WG:京都府(京都産業大構想の説明)

11月9日 第25回諮問会議:「広域的に獣医師系養成大学等の存在しない地域に限り獣医学部の新設を可能とするための関係制度の改正を直ちに行う」ことを 決定

「激論!クロスファイア」での高橋洋一氏との“激論”

高橋氏は、

需要見通しについて文科省に『挙証責任』がある

2016年3月末の期限までに挙証責任を果たせなかったことで『議論終了』

文科省の『負け』が決まり、『泣きの延長』となった2016.9.16時点でも予測を出せずに完敗

文科省文書はそれ以後のもので、文科省内の『負け惜しみ』

という従来からの自説を展開したが、その「挙証責任」「議論終了」の論拠は全く示せなかった。

獣医学部の認可については、2014年の8月に、新潟市の提案に関連して2回のワーキンググループ(以下、「WG」)が開かれ、文科省・農水省からのヒアリングが行われている、そこで、小動物、産業動物、公務員獣医師という既存の獣医師の分野の需給に大きな支障が生じることはない、という説明がなされ、一応議論は終わっている。

そして、2015年6月8日のWGで、今治市からの提案を受けて、「ライフサイエンスなど獣医師が新たに対応すべき分野」に関して議論が行われ、ここで、「新たな分野」についての対応方針を文科省が示したのを受けて、「ライフサイエンスなどの獣医師が新たに対応すべき分野における具体的な需要」を前提に、獣医学部の新設を検討するとの閣議決定が行われているのである。

このような経過からも、「ライフサイエンスなどの新たな分野」が議論の核心であることは明らかだが、それを高橋氏は全く認識していなかったらしく、私からの反論の冒頭で、高橋氏が「挙証責任」の対象としている「需要見通し」とは、獣医師のどの分野の見通しなのか、と質問したのに対して、高橋氏は「全体の見通し」と答えた。その時点で、高橋氏との議論はほぼ終了したに等しかった。

その後、「9月16日WGで議論が終了した」という高橋氏の主張の誤りを、諮問会議やWGの議事録に基づいて指摘したが、これに対して、高橋氏は、

文科省が挙証責任を果たせなかった時点で終わっている

終わっていなかったら、課長レベルではなく、上のレベルで話をする

などと譫言のように繰り返すだけであった。なぜ、ライフサイエンス等に関して具体的かつ充実した説明をした京都産業大学ではなく、加計学園が認可の対象に選定されたのかという疑問に対して、

申請した順番で決まる

と答えたことには、唖然とせざるを得なかった。

番組では、高橋氏が無理解を露呈し、「閣議決定により文科省に挙証責任がある」と譫言のように繰り返したため、そもそも高橋氏の「挙証責任」「議論終了」論が成立するのかという点についての議論はできなかった。

担当大臣の山本氏も、この高橋氏の主張の「受け売り」で同じように述べており、もはや公式の主張になっているので、明日(7月10日)国会で開かれる加計学園問題での「閉会中審査」でも、主要な論点となるものと思われる。それだけに、高橋氏が説明できなかったところも含め、この「挙証責任」「議論終了」論の是非について、検討をしておくことが必要であろう。

「4条件」の閣議決定から「挙証責任」は生じるのか

ここで、まず問題になるのは、2015年6月30日の獣医学部認可に関する「4条件」(いわゆる「石破4条件」)の閣議決定の趣旨である。以下に、正確に閣議決定の内容を引用する。

現在の提案主体による既存の獣医師養成でない構想が具体化し、ライフサイエンスなどの獣医師が新たに対応すべき分野における具体的な需要が明らかになり、かつ、既存の大学・学部では対応が困難な場合には、近年の獣医師の需要の動向も考慮しつつ、全国的見地から本年度内に検討を行う。

ここで書いてあることは、①「現在の提案主体」つまり、国家戦略特区で獣医学部の新設を提案していた「主体」(この時点では新潟市と今治市)から、「既存の獣医師養成でない構想」が具体化されることが大前提であり、それは、文科省が行うことではない。そして、そのような構想が具体化した場合に、次に、②ライフサイエンスなどの獣医師が新たに対応すべき分野における具体的な需要が明らかになること、③既存の大学・学部では対応が困難な場合、という2つの条件が充たされることで、次の、④「獣医師の需要の動向を考慮して」、「全国的見地から《本年度内に》に検討を行う」ということになるのである。

したがって、この閣議決定からは、まず「構想の具体化」がなければ、文科省としては、義務は何も生まれないのであり、文科省としては、閣議決定を受けて構想が具体化した場合に備えて、「獣医師が新たに対応すべき分野における具体的な需要」や、「既存の大学・学部での対応状況」などについての調査検討を一応行うであろうが、「需要見通し」についての「挙証責任」などという話が出てくる余地はない。

したがって、この閣議決定の文言を見る限り、

文科省が「挙証責任」を負い、2016年3月末の期限までに「挙証責任」が果たせなければ、自動的に「文科省の負け」となって、告示の例外を認めて獣医学部の設置認可をせざるを得なくなる

とは全く言えないのである。

それに加え、この閣議決定に関しては、当時の担当大臣の石破茂氏が、最近になって自らのブログのインタビュー動画で、以下のとおり説明している。

(1)獣医学部は50数年作ってこなかった。それにはそれなりの理由があるが、新しく作るということにするとすれば、今まで認めてこなかったわけだから、新しい原則がいる。「石破4原則」というが、閣議決定しているので、安倍内閣全体の方針。新しく今まで認めてこなかった獣医学部・獣医学科を認めるとするならば、新しいニーズ、新しい必要性が生まれた、たとえて言うと感染症対策・生物化学兵器対策とか。アメリカには獣医の軍人がいる。軍馬だけでなく、いわゆる生物化学兵器に対処するためには獣医の軍人がいるだとか。そういう新しいニーズが生まれた、というのが一つ。もう一つは、新しいニーズに対応するだけの立派な教授陣、立派な施設とかがある。東京大学農学部獣医学科でもできないし、北海道大学農学部獣医学科でもできない、この新しい学校でなければできない、というのが3つ目の条件。今獣医さんが足りないわけではなく、犬や猫のお医者さんはいっぱいいる。だけど産業用動物と言われる牛とか豚とか、そういうお医者さんは足りない。新しく獣医学部を作っても、獣医全体の需給のバランスに悪い影響を与えないよね、ということ。さらに進めて言えば、牛や豚のお医者さんが充足されるようになる。

(2)つまり、新しいニーズができ、それに対応できるだけの立派な教授陣、立派な施設がある、今ある獣医学部ではできない、全体の獣医さんバランスに悪い影響を与えない、という4つの条件をクリアしたら、今までダメと言ってきたのを認めようという原則・条件を内閣全体として決めた。だから、石破4条件というのは、私は心外で、安倍内閣4条件と言ってほしい。

(3)獣医は全国いくつもの大学で養成しているが、大体充足しているということになっている。自由競争に任せればいい、いっぱいライセンス持った人を作って需給は市場が決める、というのも一つの考え方だが、今まで政府・文科省としては、せっかくライセンス持ってても仕事がない人いても大変だし、どんどん給与が下がっていってもそれは畜産業全体のためにもよくない、という色んな配慮があって、獣医さんの数を増やさないようにしてきた。獣医学部は従来4年だったのが、1980年代から6年に伸ばして高い能力を持つようになった。人間の病気と一緒で治療方法間違えたら大変なことになる。蔓延したらその地域の畜産業全体がすごいダメージを受ける。最近でも、狂牛病、鳥インフルエンザとかがある。それは、酪農家や畜産家だけの対応では限界があって、きちんとした能力を持った獣医さんが適切に対処するというのが畜産業全体、酪農全体のために大事なこと。

石破氏は、(2)で、 (ア)「新しいニーズができ」、(イ)「それに対応できるだけの立派な教授陣、立派な施設がある」、(ウ)「今ある獣医学部ではできない」、(エ)「全体の獣医さんバランスに悪い影響を与えない」とわかりやすい表現で、4つの条件を説明しているが、このうち、(イ)が上記①に、(ア)が②、(ウ)が③、(エ)が④に対応するものと解される。

いずれにせよ、当時の担当大臣が、閣議決定の内容について明確に説明しているのであり、上記のとおりの趣旨であることに疑いの余地はない。

しかも、石破氏は、(3)で、従来、獣医の数を増やさないようにしてきた政府・文科省の政策の理由について、「十分な能力を持った獣医が適切に対処するのが畜産業全体、酪農全体のために必要」と説明している。

獣医学部の新設を一律に認めてこなかった従前の告示には相応の理由があり、基本的にそれを維持していく方針の下で、「新しいニーズ」「それに対応できるだけの教授陣・施設」「既存の獣医学部では対応できない」「獣医全体の需給関係に影響を与えない」という4条件が充たされた場合に限って獣医学部の新設を認める趣旨であることは、石破氏の説明からも明らかだ。

結局のところ、現在の担当大臣の山本氏が、そのまま受け売りしている「高橋氏の主張」のように、《期限までに「需要見通し」を示さなかったら自動的に「文科省の負け」になって議論が終了して、告示の例外を認めざるを得なくなる》ということではないことは、閣議決定の文言からも、石破氏の説明からも、疑いの余地のないところである。

上記のような「挙証責任」「議論終了」論は、その「期限」として設定されたとする「2016年3月末」の前後の、この問題の動きからも明らかだ。もし仮に、そのような期限が設定されていて、文科省側が挙証責任を果たさない限り告示改正ということになるのであれば、内閣府側でも、国家戦略特区WGのヒアリングを開いて、期限までに文科省がどのような検討を行い、どのようなことを「挙証」できたのかを確認するのが当然であろう。

しかも、高橋氏の主張どおり、期限までに挙証責任を果たさなかったため「議論終了」になったのであれば、同年4月から5月にかけて開催された国家戦略特区諮問会議で、そのことが議題に上がるはずだが、全く議題にはなっていない。

これらのことからも、「平成28年3月末の期限までに需要見通しを示さなかったら自動的に文科省の“負け”になって議論が終了する」というような話ではなかったことは明らかだ。

国家戦略特区で獣医学部の新設が認められた経過

その後、獣医学部の認可の問題が国家戦略特区諮問会議で取り上げられたのは、9月9日で、民間議員の八田達夫氏が岩盤規制の一つとして「獣医学部の設置」の問題を挙げ、最後に安倍首相が、総括の中で

本日提案頂いた「残された岩盤規制」や、・・・をこれまで以上に加速的・集中的にお願いしたいと思います。

と発言し、それを受けて、獣医学部の認可をテーマに開かれた9月16日のWGの冒頭で、内閣府の藤原氏が

先週金曜日に国家戦略特区の諮問会議が行われまして、まさに八田議員から民間議員ペーパーをご説明いただきましたが、その中で重点的に議論していく項目の1つとしてこの課題が挙がり、総理からもそういった提案課題について検討を深めようというお話もいただいておりますので、少しそういった意味でこの議論についても深めていく必要があるということで今日はお越しいただいた次第でございます。

と発言し、その時点から、改めて獣医学部の認可の問題について「議論を深めていく」とされている。そのWGの最後で、藤原氏は、

今まさに、提案の具体化なり提案者の今後の意向みたいな話がありましたけれども

今治市の分科会は21日に開催させて頂きまして、まさに提案自治体である今治市、商工会議所の方と委員の先生方も含めて、そのあたりのまた詰めがございます。

今治市だけではなく、この要望は今、京都のほうからも出ていまして、かなり共通のテーマで大きな話になっておりますので、WGでの議論もそうですが、その区域会議、分科会のほうでまた主だった議論をしていくということになろうと思います。

と発言して、議論を締めくくっている。このことからも、9月16日のWGで「議論終了」などとは到底言えないことは明らかである。

この時点では、閣議決定の「4条件」からすると、文科省の告示を改正して獣医学部を認可するべき条件は一つも充たされていない。しかも、それは、文科省側の問題ではなく、「現在の提案主体による既存の獣医師養成でない構想が具体化」という前記「4条件」の①の条件が充たされていない状況だったことから、藤原氏は、上記のように締めくくって、さらに今治市分科会や今後のWG等で議論を継続していくと述べたのである。

そして、藤原氏が述べたとおり、その後、今治市分科会が開かれて、今治市側から市長や商工会議所顧問の加戸氏が出席して、特区構想についての説明がなされるが、獣医学部の新設については従来どおりの抽象的な構想にとどまっていたので、10月17日のWGで京都産業大学関係者のヒアリングを行い、ここで初めて具体的かつ充実した資料に基づき「ライフサイエンス等の新たな獣医師の分野」についての具体的な説明が行われた。 ここで、閣議決定の「4条件」のうちの①の条件を充たす可能性のある「具体的な構想」が明らかにされたのであるから、本来であれば、この後、さらにWGで、文科省、農水省のヒアリングを行って、それを踏まえて、②のニーズについての検討、③の既存の大学で対応可能か否かの検討を行って、最終的に、④の獣医師全体の需給動向を考慮して、告示の改正の是非を議論するということになるはずである。

ところが、そのようなプロセスは全くなく、その後WGの議論が全く行われないまま、11月7日に、安倍首相も出席した国家戦略特区諮問会議が開かれ、そこで、「広域的に獣医師系養成大学等の存在しない地域に限り獣医学部の新設を可能とするための関係制度の改正を直ちに行う」ことが決定された。その際の山本担当大臣の説明は

文科大臣がおっしゃったように、この件については、今度はちゃんと告示で対象にしようということになったので、改正ができるようになった

ということだった。

要するに、この諮問会議で決定した獣医学部の認可は、WGの議論の結果ではなく、それとは別のところで、文科省が、自主的に「獣医学部の設置を一律に認めない告示の例外を認める」と決定したということなのである。

このような国家戦略特区諮問会議やWGでの議論の経過を見る限り、「挙証責任」「議論終了」説とは真反対のことが言える。文科省告示改正によって獣医学部新設を認めることの文科省の決定は、WGの経過に基づくものとは考えられない。むしろ、その枠組みによることはできない事情(結論を急がざるを得ない事情)があったため、内閣府と文科省との非公式の接触が繰り返され、その結果、文科省が自主的に告示改正を受け入れたということなのである。そして、その経過に関して、既に明らかになっている文科省の内部文書の存在は、重要な傍証になるということなのである。

規制緩和による「新たな利権」の防止を

国家戦略特区によって、不当な規制を正し、新たな事業領域を拡大していくこと自体は、決して間違っていない。しかし、それが、権限を有する側とそれに近い人達の意向に強く影響された場合には、一部の人や組織を優遇する「新たな利権」を生むことになりかねない。それだけに、規制緩和の手続の中立・公正がとりわけ重要である。

そのような観点からすると、2015年6月30日の閣議決定で「4条件」が明示されて以来、議論されることがなかった獣医学部新設の問題が、2016年9月9日の国家戦略諮問会議での八田議員の発言で取り上げられ、安倍首相が、加速的・集中的に対応するよう要請したことを契機に、にわかに国家戦略特区の重要な課題になり、その僅か2ヶ月後の、諮問会議で、事実上今治市での新設を認めることになる決定が行われた経過は、あまりに性急であり、重大な疑念を持たざるを得ない。

国会閉会中審査での原氏、加戸氏に対する参考人質疑

明日(7月10日)、国会で開かれる閉会中審査で、前川氏のほか、午前の衆議院では、国家戦略特区WGの民間議員で獣医学部の認可の議論にも終始関わってきた原英史氏、午後の参議院では、前愛媛県知事で、今治市商工会議所顧問として、事実上獣医学部新設提案の代理人的役割を果たしてきた加戸守行氏の参考人質疑が行われる。

原氏は、高橋氏が会長を務める「株式会社政策工房」の社長であり、高橋氏と利害を共有する人物である。WGの場で、「挙証責任」という言葉を持ち出したのは原氏であり、高橋氏が早くから「挙証責任」「議論終了」論を主張してきたことに原氏が関わっていることが強く疑われる。「挙証責任」論が、少なくとも、「4条件」の閣議決定の文言や趣旨からは到底導けるものではないことは、既に述べたとおり、石破氏が個人ブログで説明しているところからも明らかだ。原氏は、何故に、無理な「挙証責任」論を展開し、それを極めて近い関係にある高橋氏が、「議論終了」論まで付け加えたのか、それを、特区の担当大臣の山本氏がそのまま「受け売り」したのか。そこには、9月9日の諮問会議での安倍首相の加速的・集中的対応の要請を契機として獣医学部新設問題が動き始めたことを「隠ぺい」しようとする意図が働いているのではないか。私は、今回の獣医学部新設問題での「政策工房」の高橋氏、原氏の動きを見て、東芝の会計不正事件における、会計監査人の新日本監査法人と新日本の監査への対策を指導していたデロイト・トーマツ・コンサルティングの動き(【最終局面を迎えた東芝会計不祥事を巡る「崖っぷち」】)を思い出した。デロイトの指導がなければ、東芝が新日本の会計監査を潜り抜けて、会計不正を継続することはできなかったのと同様に、高橋氏、原氏の動きは、公式の政策立案機関でもある文科省を「岩盤規制保護官庁」と見立て、国家戦略特区における官邸・内閣府で、それを「打破」していくことの原動力になっていたのではないか。

高橋氏は、以前同じラジオ番組に出演した際に、「政策工房という会社では何をされているのですか」と聞いたら、「政策や法律の立案をやっています」と答えていた。「政策・立法」は、これまでは各省庁が行ってきたものだったが、それを「打ち破ること」が彼らの生業のようだ。原氏の参考人質疑では、そのような彼らが、安倍内閣とどのような関係にあり、どのような利益を得て「政策立案」に関わってきたのかも明らかにする必要があるであろう。

また、加戸氏も、今治市での獣医学部新設において、重要な役割を果たしてきた人物である。昨年9月21日の今治市分科会で獣医学部新設が議題になった経緯と、そこでの加戸氏の説明では「ライフサイエンスなどの獣医師の新たな分野」について、何ら具体的な言及がなく、その点は、その後10月17日の京都産業大学のヒアリングで初めて具体的かつ充実した資料に基づく説明が行われた。この時点で、加計学園には、京都産業大学のような「ライフサイエンス」等についての具体的な構想が存在したのか、存在したのであれば、なぜ、分科会で、それを資料化して提示しなかったのか。

そして、膨大な財政負担が生じる今治市での加計学園の獣医学部の新設が、果たして今治市の将来にとってプラスになるのか、加戸氏は愛媛県知事という公職にあった人であり、当然そのあたりのことは、十分に検討し確証をもって、この話を進めてきたはずであるが、加戸氏が強調する「四国で公務員獣医が不足している」という理由が、今治市での加計学園の獣医学部新設の必要性の根拠になるのか。

52年前に、最後に獣医学部の新設が認められた青森県(番組では「秋田」と言ったが、訂正する)の北里大学の現状は、120人定員の卒業生のうち、青森県に残留する者が3人、そのうち公務員獣医師は僅か一人だそうである。

しかも、加計学園が経営する大学の運営に関しては、銚子市での千葉科学大学が、学生が集まらず定員割れの状況になり、銚子市への経済的効果が少ない割に、市に膨大な財政負担を生じさせることになったことの反省を十分に踏まえて今治市での獣医学部新設を進めてきたのであろうか。特に、同じ国家資格取得を目的とする同大学の薬学部では、設立当初の定員150人(その後120人に減員)で、国家試験合格者がわずか二十数名であり、2015年で見ると、出願者87人、受験者40人、合格者25人となっている。受験者が出願者の半分以下ということは、資格取得希望者で合格の見込みがない人間の受験を断念させて合格率を実質的に「水増し」しているとの見方もできる。(【本当に獣医学部設置は妥当?加計学園系列大学(偏差値30台)の薬剤師国家試験合格実績がひどい】)このような事実を踏まえても、本当に今治市で獣医学部を新設することが今治市民の利益になると言えるのか。

明日の参考人質疑では、前川氏に対する質疑に注目が集まるであろうが、原氏、加戸氏の質疑も、国民にとって、そして、今治市民にとって極めて重要である。

 

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「防衛大臣の職責」を自覚しない稲田氏 即刻解任を

稲田朋美防衛大臣が、九州北部での記録的な豪雨で自衛隊が災害対応に当たっていた7月6日、昼の1時間余り防衛省を不在にして、民間人との防衛政策の勉強会に出席し、その間、40分間は、副大臣、政務官の「政務三役」が不在であったことが批判にさらされている。

石破元防衛大臣は、

防衛の仕事は、5分、10分の遅れが思わぬ結果を引き起こすことがあり、近くにいたから問題ないということではない。防衛省としてあるまじきことであり、原因を解明し、そういうことが二度とないようにすべきだ。

と述べたとのことだが、全くその通りだと思う。

防衛大臣は、他国の侵略的な行為への対応や防衛出動に関して重要な職責を担うものだが、ある意味ではそれ以上に重要なのは、重大な災害で国民の生命が危険にさらされているときに、防衛省のトップとして、自衛隊組織の人的・物的資源をどこにどのように配置するのかを、刻々と変化する状況の中で適切に判断することであろう。しかも、災害への対応は、防衛省だけで行うものではない。全国の消防組織を統括する総務省消防庁、被災地の自治体などとの連携、それらを統括する首相官邸と、常時、緊密な連絡をとり、必要な調整を行うことが、防衛大臣に求められる極めて重要な職務である。

稲田氏が防衛省を不在にした昨日正午頃は、九州北部を襲った豪雨で、数十万人に避難指示が出て、しかも、各地に孤立した地域があり、一刻も早い救助を待ち望んでいる人たちが大勢いた。そのような状況で、民間人との「勉強会」に出席していたというのは、重大かつ深刻な豪雨災害の被災者やその安否を気遣う家族の心情を思うと、絶対に許せないものである。

稲田氏が出席した「勉強会」というのも、支援者ら中心のイベントであろう。被災者の救援より、そういう「勉強会」を優先する稲田氏の姿勢は、一般の国民より支援者・お友達との関係を優先する森友学園・加計学園問題等での安倍首相の姿勢と共通するものである。

都議選の応援演説で、

防衛省、自衛隊、防衛大臣、自民党としてお願いしたい。

などと防衛大臣にあるまじき発言をし、直後に発言を撤回した際には、

緊張感を持って職務に臨む。

などと述べていたが、その言葉は一体何だったのか。

稲田氏は、

複数の政務三役が近くに所在し、速やかに戻ることができる態勢をとっており、対応に問題があったとは考えていない。

と述べているとのことであり、菅義偉官房長官も、会見で、

問題はないと思っている。大臣も含めてすぐ近くに所在し、秘書官から随時連絡を受けて速やかに省内に戻る態勢だった。

と述べたとのことだが、平時において「不測の事態」の発生に備えるというのとは全く異なり、既に重大な災害で多くの人の命が危険にさらされているのである。何かあったら連絡を受けて防衛省に戻れば良いという話ではない。国土の防衛のために配備されている陸海空の自衛隊を、防衛面での影響を最小限にしつつ、最大限効果的に九州での豪雨災害の救援対応をするために、防衛大臣として、他の機関との連携をとりつつ全力で対応に当たらなければならないのは当然である。

「連絡を受けて防衛省に戻ればよい」などというのは、稲田氏も、菅氏も、今回の豪雨災害を不当に軽視しているとしか思えない。「国民の命を守る」という防衛大臣の最大の職責を全く自覚しているとは思えない稲田大臣は即刻解任すべきである。これ以上、このような人物を防衛大臣の職にとどまらせることは、国民として到底納得できることではない。

 

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「安倍一強」「小池王国」に貢献した蓮舫代表・野田幹事長は辞任すべき

“自民歴史的惨敗”の副産物「小池王国」の重大な危険 ~代表辞任は「都民への裏切り」】でも述べたように、都議会議員選挙で、自民党は加計学園問題等への「傲慢」「ごまかし」や閣僚等の不祥事への強い批判から、歴史的惨敗を喫し、一方で、小池都知事が率いる「都民ファーストの会」は圧勝したが、その直後に、選挙の直前に代表に就任した小池氏が代表を辞任するなど、凡そまともな「政党」とは言い難い状況にある。こうした中で、野党としての役割を全く果たせず、ほとんど蚊帳の外のような状況に置かれたのが民進党である。

民進党の蓮舫代表・野田佳彦幹事長は、このような状況を招いたことについて責任をとり、速やかに辞任すべきだ。

都議選での5議席という結果を、「当初の予想のゼロないし1の予想より良かった」として安堵しているなどという報道があるが、ふざけたことを言ってはならない。安倍政権批判票が、小池都民ファーストに向かうという状況を招いたのは、離党者続出で民進党都連が壊滅し、民進党が、多くの選挙区で候補者すら立てられないという惨状で選挙に臨まざるを得なかったからである。

蓮舫氏にとって最大の誤りは、「都知事選挙に出馬せず、野党第一党の代表となって首相をめざす」決断をしたことである。

舛添氏が政治資金問題での批判を受けて都知事を辞任し、急遽行われることになった2016年の都知事選挙で、蓮舫氏に都知事選への立候補を期待する声が上がったが、結局、蓮舫氏は、立候補しなかった。その理由について、テレビ番組で、「都政ではできない。国を変えなければできない。」と述べた。この時点で、都知事ではなく、首相をめざそうということだったのであろう。同年秋の民主党代表選挙に出馬して、野党第一党の代表に就任した。

6月18日に蓮舫氏が都知事選への不出馬を表明したのを見届けた後に、小池氏が、6月29日に出馬を表明。当時、知名度抜群の蓮舫氏が出馬した場合、余程の強力な対立候補が現れない限り圧勝するだろうと予想されていた。小池氏が出馬しても、女性対女性の対決となって小池氏の強みが半減し、なにより、「自民党都連との対決構図」が作れなかった可能性が高い。蓮舫氏が都知事選出馬表明をすれば、小池氏は出馬を断念していた可能性も高い。

蓮舫都知事が誕生していれば、民主党が、「二重国籍問題」で足をとられることもなかった(二重国籍問題は、野党第一党の党首として「日本の総理大臣」をめざそうとすることに対する批判であり、都知事であれば、大きな問題にはならなかったはずだ。)。

蓮舫氏が、民進党代表選の期間中から「二重国籍問題」を指摘され、出足からつまずき、その問題への説明責任も十分に果たさないまま代表の座にとどまり続けたことで、民進党は、国民からは殆ど見放される状態が続いた。民進党が批判の受け皿になり得ないことによって、安倍内閣が森友学園問題・加計学園問題で失態や不誠実な対応を重ねても、支持率が下がらないという異常な状況につながり、都議選では、批判の受け皿となった小池都民ファーストが圧勝し、東京都に「小池王国」を生むことにつながった。

そういう意味では、蓮舫氏が都知事選挙に出馬せず、国政にとどまり、野党第一党民主党の代表をめざしたことは、民主党(民進党)にとっても、国民にとっても、都民にとっても最悪の結果につながったと言える。

野田氏の責任は、それ以上に大きい。

まず最大の罪は、首相在任中の2012年11月、国会での安倍自民党総裁との党首討論で、消費税増税を含む三党合意履行を条件に衆議院解散に打って出ることを明言し、その後の総選挙で、民主党の議席が、230から57議席になるという壊滅的敗北を喫したことにある。国民に期待されて政権交代を果たした後も、党内抗争に明け暮れ、菅首相の震災・原発事故対応での失態等も重なって、既に民主党は国民の支持を失っており、いずれにせよ総選挙での民主党の大敗は免れなかったと思う。それにしても、この時点での突然の解散は、ほとんど自軍に「自爆テロ」を仕掛けたに近いもので、それ以降、民主党は政党としての体をなさなくなった。

その責任の重さを考えたら、民主党内で、人前に出ることすらはばかられるはずだが、事もあろうに、2016年の選挙で蓮舫氏を代表に担ぎ上げ、「二重国籍問題」への懸念の声が上がっても跳ね返し、自ら蓮舫代表の下の幹事長のポストについたのである。これが二つ目の罪である。

野田氏の二つの罪が、民進党の野党としての機能を著しく低下させ、自民党への批判の受け皿を無くし、「安倍一強」体制に大きく貢献してきたことは間違いない。

都議選での惨敗を受けて、自民党側も、それまで頑なに拒んでいた「閉会中審査」にも応じる方向になってきている。加計学園問題について説明が困難であるからこそ、共謀罪の審議で「禁じ手」まで使って国会を閉会に持ち込んだのに、閉会中審査を行わざるを得ないのは、深刻な事態である。しかし、蓮舫・野田体制が続く限り、民進党がいくら追及しても、安倍政権に対する威力は限られたものでしかない。

安倍政権に対する批判がこれ程までに盛り上がった今回の都議選で、民進党自身が、批判の受け皿としての選択肢を提供できなかったことの責任を負って、蓮舫氏は代表を、野田氏は幹事長を、一刻も早く辞任すべきである。

とりわけ、野田氏は、民主党にとって「A級戦犯」でありながら、再び幹事長としてしゃしゃり出たことが、日本の民主主義にとっても深刻かつ重大な事態を招いてしまったのである。速やかに民進党の組織から離れ、政界を引退するのが本筋であろう。

一方、蓮舫氏は、ここで、党の再生のために潔く身を引けば、まだまだ、これから活躍の余地がある。「二重国籍問題」はあくまで、次期首相をめざす立場であるが故の問題であり、政治家としての活躍の余地が否定されるものではない。早晩、行き詰まるであろう小池都政の後の都知事をめざすというのも、一つの選択肢かもしれない。蓮舫氏の政治家としての今後のためにも、速やかに決断すべきである。

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“自民歴史的惨敗”の副産物「小池王国」の重大な危険 ~代表辞任は「都民への裏切り」

昨日の東京都議会議員選挙、安倍晋三首相が率いる自民党が、議席を半数以下に減らすという“歴史的惨敗”を喫した。その最大の原因は、安倍内閣の、加計学園問題、森友学園問題など安倍首相自身に関わる問題や、稲田防衛大臣の発言などの閣僚・党幹部の「不祥事」に対する対応が、あまりに不誠実かつ傲慢で、問題を真摯に受け止めているようには思えないことにあり、それに対する都民の痛烈な批判が、このような結果につながったと見るべきである。この選挙結果を、小池都知事が率いる都民ファーストの会(以下、「都民ファースト」)が支持された圧勝と見るのは、間違いだと思う。

私は、小池都政に対しては、昨年来、【小池都知事「豊洲市場問題対応」をコンプライアンス的に考える】【「小池劇場」で演じられる「コンプライアンス都政」の危うさ】【「拙速で無理な懲戒処分」に表れた「小池劇場」の“行き詰まり”】【豊洲市場問題、混乱収拾の唯一の方法は、小池知事の“謝罪と説明”】【「小池劇場」の”暴走”が招く「地方自治の危機」】などで、徹底的に批判を続けてきた。小池知事が東京都で強大な権力を握り続けることは「地方自治の危機」だと思っている。

一方で、森友学園問題、加計学園問題などで厳しい批判にさらされている自民党や安倍内閣に対しても、ブログ等で、様々な観点から批判を続けてきた。最近では、講演での獣医学部認可の『全国展開』の発言については、【「獣医学部を全国で認可」発言で“自爆”した安倍首相】と厳しく批判した。

そういう状況で行われた今回の選挙が、「小池氏と自民党との対決」だけでなく、「厳しい批判を浴びる安倍内閣の信任を問う選挙」と位置付けられたことで、小池都政、安倍政権の双方を厳しく批判してきた私としては、対応が極めて難しい選挙になってしまった。

選挙の告示直前の6月22日に、片山善博氏と私の対談本【『偽りの都民ファースト』】が出版された。私は、これまで本を出した時には行ってきたのだが、今回は選挙期間中、ツイッター、ブログ等での本の紹介を全く行わなかった。私の小池都知事批判が、些かなりとも自民党・安倍政権を利する結果になることは絶対に避けたかったからだ。

私が投票した選挙区も、自民党、都民ファーストの会、共産党の各公認候補者のほか、民進党を離党して都民ファーストの推薦を受けている無所属の候補者、あとは幸福実現党だけだった。昔、豊洲市場問題に関して教条的な批判で混乱を煽った共産党に投票するのか。しかし、まさか、幸福実現党というわけにもいかない。結局のところ、今回の選挙では、私には、全く選択肢がなかった。

多くの都民にとっては、私のように「全く選択肢がない」のではなく、「都民ファースト以外に選択肢がない」ということだったのであろう。

「小池劇場」を巧みに使った小池氏のメッキが徐々に剥がれ、支持は確実に低下していたとは言え、それは主として、豊洲への市場移転の問題での、「決められない知事」という批判によるものだった。その点は、都議選告示の直前に、豊洲への移転の方針を一応示したことで、相当程度に緩和された。そうであれば、あまりに酷い有様の自民党・安倍内閣への失望・反発から、「自民党には投票したくない」という当然の感覚の都民が、小池氏の都民ファーストに投票するのは、ある意味では自然な流れだったと言えよう。

片山氏と私の対談本で指摘したような、小池氏の都知事としての姿勢や手法に対する根本的な問題が都民に認識されていれば、結果も異なったであろうが、上記のブログで小池氏を徹底批判してきた私ですら、安倍政権批判との関係での上記のような理由で、対談本を紹介することもなく、都議選に影響を及ぼすような形での小池批判も、差し控えていたのである。今回の選挙で小池批判の動きが顕在化しなかったのは致し方ないと言えよう。

そういう意味では、今回の選挙での“自民党の歴史的惨敗”は安倍一強の異常な政治情勢に大きな動揺を与えるものとしては歓迎すべきことであるが、その副産物として東京都が「小池王国」となってしまったこと、都議会をも掌握した都知事が絶対的権力を握って、二元代表制が有名無実化しかねない状況になってしまったことは、我々都民にとって由々しき事態である。「小池都政の暴走」が始まると、もはや止めようがないのである。

そういう意味では、今こそ、片山氏との対談本【『偽りの都民ファースト』】に注目して頂きたい。片山氏は、地方自治体の政治・行政の観点から、そして、私が、組織のコンプライアンスの観点から、小池氏が都知事として行ってきたことが、まさに「偽り」であり、全くデタラメであることを、徹底して論じている。

小池氏は、事あるごとに「東京大改革の一丁目一番地は情報公開」という言葉を持ち出し、情報公開による「透明化」であらゆる問題が解決できるかのように言っている。しかし、小池氏の透明性の確保、すなわち、「情報公開の徹底」が、過去の知事に対して説明責任を厳しく要求するだけで、自分には甘い「ダブルスタンダード」になっていること、予算の決定の過程の業界団体のヒアリングなども、自分の都合の良いところを世の中に見せようとする「見せる化」であって、本当の意味の「見える化」にはなっていないことを、対談の中で、片山氏が厳しく指摘している(同書169頁)。情報公開は、過去の知事時代のことではなく、小池都知事になってからの、しかも、小池氏自身に関わる問題についても徹底されなければならない。しかし、実質的に東京都政を支配している小池氏と「顧問団」や都民ファースト幹部との協議過程や「密談」についての透明化・情報公開の動きは全く見えない。

この1~2時間程度で読める短い本が、少しでも多くの都民に読まれることが、「小池王国」となった東京都で今後起き得ることへの危機感を持ってもらうことにつながるはずである。

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上記の内容でブログを更新しようとしていたところ、「小池都知事、都民ファーストの会代表辞任」との信じ難いニュースが飛び込んできた。選挙直前に代表に就任し、代表として選挙戦に臨み、その結果が出たとたんに、代表を辞任するというのである。都議選向けの「臨時代表」だったということであろうか。選挙で圧勝した小池氏には、「小池百合子代表」の看板を掲げ、小池氏の責任で公認・推薦した都民ファースト候補者だからこそ、有権者が投票してくれたという認識すらなくなっているようだ。あまりに都民・有権者を舐めきった行動と言わざるを得ない。

小池氏は、今回の代表辞任の理由について、「二元代表制等々への懸念があることも想定すると」と述べているようだが、代表に就任した6月1日の定例会見では、小池氏は、

知事と、それから都議会と、二元代表制のもとにあって、しっかりと方向性を一にし、そしてスピード感を一にし、時には議会の方がむしろリードするぐらいのスピード感を持ってほしいという意味でございまして

と述べていた。「二元代表制」との関係からの懸念は最初から指摘されていた話であるが、それに対して

議会のチェックも、情報公開をすることによって、都民の皆さんの目ということがあって初めてその効果が出てくるのではないか

などと、ここでも「情報公開」という的外れの言葉を持ち出してごまかしていたのである。

今回、改めて「二元代表制」を代表辞任の理由として持ち出しているが、代表を辞任をしても、都民ファーストは小池氏が実質的に支配している政党であることは何も変わりはなく、ただ、「所属議員に何か問題があっても小池氏は責任を負わない」という点に違いがあるだけなのであるから、「二元代表制との関係での懸念」は全く解消されていない。

小池氏が代表として責任を持つ都民ファーストが公認・推薦した候補者というのと、野田数という多くの都民にとって正体不明の人物が代表となっている地域政党が公認・推薦した候補者というのとでは、有権者たる都民にとって判断が異なって然るべきである。選挙後に代表を辞任する予定であったのに、敢えて、その事実を秘し、選挙後も自らが代表を務める都民ファーストの公認候補ないし推薦候補であるように偽っていたとすると、その「公認・推薦」というのは、実質的には事実ではなかったに等しい。「候補者に対する人・政党その他の団体の推薦・支持に関し虚偽の事項を公にする行為」を「虚偽事項公表罪」として罰する公職選挙法235条の趣旨にも反すると言えよう。

このような都知事の下での東京都政が、法律に基づいて適切に運営されることは、全く期待できない。そのことを、今、改めて痛感している。

 

 

 

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文春記事に「事実無根」と開き直った下村氏会見の“愚”

安倍晋三首相の「腹心の友」が理事長を務める学校法人加計学園が、2013年と2014年に、自民党の下村博文幹事長代行を支援する政治団体「博友会」から政治資金パーティー券計200万円分を購入したが、それが「博友会」の政治資金収支報告書に記載されていないとして、週刊文春は、「200万円の違法な献金を受けた疑いがある」と報じた。

これを受けて下村氏は、6月29日に記者会見し、

加計学園から政治寄付もパーティー券を購入してもらったこともなく、『加計学園から闇献金200万円』という記事は事実無根。

とし、疑惑を否定した。しかし、この200万円分のパーティー券については、

2013年と14年、加計学園の秘書室長が下村事務所を訪れ、合計11の個人・企業から預かってきた各100万円ずつを持参した。1人・1社20万円以下で、それぞれ領収書を渡した。

と述べており、少なくとも、加計学園の秘書室長から、合計200万円が、下村氏の政治団体に渡ったことは認めている。(【下村氏が会見「週刊文春の報道は事実無根。告訴も検討」】)

確かに、政治資金規正法では、20万円以下のパーティー券購入については、収支報告書に購入者名を記載しなくてもよいことになっている。しかし、それは、「20万円以下の小口のパーティー券の購入」として「処理」すれば、購入者の名前を非公表にすることが「法律上は可能だ」ということに過ぎない。

極めて重要なことは、下村氏が、加計学園の秘書室長から200万円を受け取った事実を認めていることだ。

下村氏は、

本日週刊誌が報じた記事内容は、法律上、問題ないことばかりであることを説明いたしました。

などと述べているが、「法律上問題ないかのような外形で行われた」という言い訳をしただけであって、週刊文春の記事で生じた「疑惑」についての説明には全くなっておらず、かえって、下村氏の会見での発言によって、下村氏と加計学園をめぐる「疑惑」は一層深まったと言える。

 

政治資金規正法上の問題

まず、疑われるのは、「11の個人・企業から預かってきた各100万円」というのが、実は、加計学園が支出したもので、「11の個人・企業」というのは、「名義貸し」ではないかという点だ。週刊文春の記事によると

下村事務所が作成した<2013年博友会パーティー入金状況>によると、<9月27日 学校 加計学園 1,000,000>と記載されている。博友会とは、当時、文部科学大臣だった下村氏の後援会であり、この年の10月、大規模な資金集めパーティーを開いていた。また、翌年の<2014年博友会パーティー入金状況>には、10月10日付で<学校 山中一郎 加計学園 1,000,000>と記載されていた。山中氏は当時、加計学園の秘書室長を務めており、政界との窓口となっていた。

のであり、少なくとも、下村氏の事務所側で「加計学園による政治資金パーティー代金の支払」として扱われ、その後、政治資金の処理の段階で、20万円以下の個人・企業の名義に分散して領収書が交付された疑いが強い。その場合、

何人も、本人の名義以外の名義又は匿名で、政治資金パーティーの支払をしてはならない。

とする政治資金規正法の規定(22条の6第1項、22条の8第4項)に違反する。

私が検事時代に、政治資金規正法違反事件を捜査した経験からすると、このような形態で行われる寄附や政治資金パーティー代金の支払は、真実の資金提供者が、その事実を隠すために名義を分散させる場合が多い。

また、もし、本当に、加計学園の秘書室長が、11の個人・企業から預かってきたお金を持参したのだとすると、少なくとも、その「政治資金パーティーの支払」が、(理事長の意向に従った)秘書室長の「あっせん」によるものではないかが問題となる。

下村氏の「博友会」の政治資金パーティーは、東京で開催されたものであり、加計学園側が発表したコメントでは、「現金を預かったのは、上京して事務所に寄るついでがあったためだ」とされている。ということは、「11の個人・企業」は、東京近郊の所在ではないということであろう。

下村氏の地元でもないところの個人・企業が、加計学園と無関係に、下村氏の政治資金パーティーのことを知り、秘書室長にパーティー代金を預ける、ということは常識的には考えられない。下村氏の事務所側で、「加計学園からの支払」と記載されていることからしても、少なくとも、「加計学園の秘書室長によるあっせん」があった可能性が濃厚だと考えられる。「あっせん」でないのであれば、下村氏自身が、その「11の個人・企業」はもともと下村氏の支持者であったという説明ができるはずである。

政治資金規正法は、「政治資金パーティーの対価支払のあっせん」について、20万円を超える場合には、政治資金収支報告書に記載を義務付けるとともに、それ以下のものも、「あっせん者」の会計帳簿への記載を義務付けている。少なくとも、下村事務所側としては、加計学園によるパーティー券代金支払なのか、あっせんなのかは会計帳簿の記載に基づき明確に説明する必要があるが、会計帳簿の記載に関して、下村氏からは何の説明もない。文春記事で指摘されている<博友会パーティー入金状況>は、実質的に会計帳簿の役割を果たすものである可能性が高い。

政治資金規正法は、寄付や政治資金パーティーの「あっせん」に対して、「相手方に対し業務、雇用その他の関係又は組織の影響力を利用して威迫する等不当にその意思を拘束するような方法」(地位利用)の禁止、「賃金、工賃、下請代金その他性質上これらに類するものからの控除」(天引き)の禁止等の制限を設けている。寄付や政治資金パーティーの代金の支払の「あっせん」は、自ら寄付や代金支払を行うのと同程度に、政治家や政党を政治資金に関して支援する性格の行為であり、あっせんの態様に制限を設け、透明化を図る必要性が高いと考えられているからである。

「11の個人・企業」と加計学園とがどのような関係なのかは全く不明だが、仮に、加計学園の役職員や工事受注業者等の関係者であれば、「地位利用」や「天引き」による政治資金パーティーの代金支払である可能性も出てくる。

 

文科大臣在任中の加計学園側からの資金提供又はあっせん

そして、何より重要なことは、このような加計学園の秘書室長による「他人名義」或いは「あっせん」の疑いが濃厚な合計200万円の資金提供が、下村氏の文部科学大臣在任中に行われた事実が、今回の文春の記事と下村氏の会見によって明らかになったことである。

下村氏は、文科大臣として、学校法人加計学園に対して、様々な便宜を図り得る立場にある。そのような関係において、現金200万円のやり取りが行われたこと自体が「重大な疑惑」と言うべきであるが、それについて、下村氏は全く説明責任を果たしていない。

それどころか、この点について、下村氏は、

大学や学部の設置については、有識者で構成される「大学設置審」で行われているのであり、大臣の意向が入るという制度はありません。

などという、信じ難い「詭弁」を持ち出している。

「大学設置審」というのは、文科省が、大学・学部等の設置認可を行うに当たって、外部有識者の審議会に「諮問」し、その「答申」を得ることが必要とされているというだけであり、設置認可は、文科大臣の権限によって行われるのである。

現に、安倍首相や菅官房長官などは、獣医学部の設置が「文科省の告示」によって50年以上認められてこなかったことを「岩盤規制」だと言って批判しているではないか。この「告示」というのも、当然のことながら、「文部科学大臣の権限」で定められているものである。

 

「ネタ元の犯罪」は、下村氏の説明責任とは無関係

下村氏は、文春記事の中に出てくる「事務所関係者」が、昨年、下村氏の事務所を退職し、現在自民党以外から都議選に立候補した私の元秘書であり、同秘書の退職理由が事務所の金を使い込んだからであることを明らかにし、週刊誌に内部情報を提供したのは内部者である可能性が強く、この元秘書に大きな疑惑を持たざるを得ないと述べ、偽計業務妨害罪で告訴するとしている。しかし、そのような事実があるのであれば、そういう人物を秘書にした自らの不徳を恥じる事由ではあっても、加計学園と下村氏をめぐる問題とは全く関係ない。

一般的には、そのような内部者が持ち出した事務所の内部資料による記事だとすれば、それは逆に、情報の信憑性を高めるものである。実際に、「加計学園秘書室長からの200万円の受領」という最も重要な事実は間違いがなかったことを自ら認めている。

下村氏側が、内部者による情報持ち出しに対して、法的措置をとるのは自由だが、それによって明らかになった事実について、政治家として、元文部科学大臣としての説明責任を免れるものではない。

週刊文春のネタ元が、事務所の金を使い込んで退職した元秘書であることを強調し、あたかも、指摘されている事実には問題がないかのような、「強気の発言」をしていることが、政治家の対応としていかに愚かなことか、下村氏にはわからないのだろうか。

 

検察は速やかな捜査を

既に述べたように、政治資金規正法違反の容疑は十分にある。これまでの同種の問題の例から考えると、早晩、市民団体等の告発の対象となるのは必至だ。検察当局としても、速やかに必要な捜査を行うべきだろう。「都議会議員選挙期間中なので、表立った捜査はできない」という言い訳も考えられるが、少なくとも、加計学園の秘書室長が下村事務所に持ち込んだ200万円が、加計学園が支出したのか、「11の個人・企業」が支出したのか、いずれであるかを明らかにすることは、検察にとって「赤子の手をひねる」程度に容易なことだ。

都議選が終わり次第、ただちに資金の出所を明らかにするための捜査に着手し、文科大臣在任中の下村氏と加計学園をめぐる問題の実態解明をめざすべきだ。

甘利氏の事件などで「政権に弱腰の検察」を露呈してきた特捜検察にとって、現時点では、検察の動きに注目が集まっていないこの事件こそ、検察に対する信頼と期待を回復する格好のチャンスと言うべきであろう。

 

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「獣医学部を全国で認可」発言で“自爆”した安倍首相

【獣医学部新設問題 首相「加計以外も認める」 優遇批判を意識】というニュースを見て、思わず目を疑った。

安倍首相は、6月24日に、講演の中で、「1校に限定して特区を認めた中途半端な妥協が、結果として国民的な疑念を招く一因となった。」「今治市だけに限定する必要は全くない。地域に関係なく、2校でも3校でも、意欲ある所にはどんどん新設を認めていく。」などと述べたとのことだ。

 

政府側の従来の主張を根底から否定するもの

この発言に対しては、様々な批判が行われているが、決定的なのは、安倍首相自身も、その周辺も、これまで、必死に「安倍首相は、獣医学部設置認可の問題に一切関わっていないし、具体的に関わる立場ではない。」と主張してきたことを、根底から否定するに等しいということだ。

総理大臣には、国家戦略特別区域法に基づく区域方針の決定等の「権限」が与えられている。50年以上にわたって獣医学部の新設を認めてこなかった文科省の「認可行政」が、その「権限」によって覆され、安倍首相の「腹心の友」の加計孝太郎氏が理事長を務める加計学園が経営する大学だけが、獣医学部新設を認められ加計氏を利する結果になったことは間違いない。問題は、そこに、安倍首相がどのように関与していたのか、首相と加計理事長との関係が何らかの影響を与えていたのか否かであるが、安倍首相は、「獣医学部新設の認可」に関しては権限を一切行使することも、全く関わることもなく、自分とは全く関係ないところで行われたものだ」と説明し、国会で野党から質問を受ける度に、「自分は関わっていない」「指示したことはない」と関与を否定し、野党の質問自体を「印象操作だ」と言って逆に批判をしてきた。

そして、国家戦略特区を所管する山本幸三担当大臣も、和泉洋人内閣総理大臣補佐官も、萩生田光一官房副長官も、「安倍首相は、国家戦略特区での獣医学部の認可問題には一切関わっていない」という前提で、「首相からの指示は全く受けていない。意向は何ら影響していない。」と言い続けてきたのである。

 

安倍首相が「獣医学部の新設を全国で認めていく」と発言する意味

ところが、今回、安倍首相は、「獣医学部の新設を全国で認めていく」と述べ、総理大臣として、獣医学部の新設を認めることができる立場にあることを自ら明言し、自分が「その気」になれば、いくらでも増やすことが可能であることを明らかにしたのである。“私は総理大臣なんだから何でもできる、加計だけ認可したことで文句があるのなら、全部認めてやろうじゃないか。”という本音が表れたということだろう。

「『私の友人だから認めてくれ』などという訳のわからない意向がまかり通る余地など全くない」と言っていることからすると、安倍首相は、「『私の友人だから』という意向」が内閣府や文科省で設置認可を認める方向で働いたか否かが問題だと思っているようだ。

しかし、そのような露骨な意向が示され、それがまかり通ったことが疑われているのではない。平成30年4月開学に向けて加計学園が今治市での獣医学部設置に向けての準備を着々と進めている中で、安倍首相が、「国家戦略特区で獣医学部新設を早急に認める」という意向を示し、その通りに事が運べば、獣医学部の認可で「腹心の友」への便宜を図ることは十分に可能なのである。

 

ロッキード事件に例えると

「総理大臣の犯罪」が裁かれたロッキード事件に例えてみると、時の総理大臣自身が、「全日空がロッキード社のトライスター機だけを導入したから疑われた。これから全日空に働きかけて、ボーイング社からも買うように言ってやる。それなら文句ないだろう。」と公言したようなものだ。この事件では、ロッキード社の全日空へのトライスター機売り込みについて総理大臣が便宜を図ったのかどうか、運輸省の監督下とは言え民間会社である全日空の航空機購入について、総理大臣の職務権限が及ぶかどうかが争点になったのであるが、もし、(在職中に疑惑が表面化したとして、)総理大臣自身が、「全日空の航空機購入に影響力を及ぼしてやる」などと言えば、総理大臣としてロッキード社に便宜を図ることが可能だったことを認めるに等しい。

もちろん、「5億円の授受」について、検察の(相当強引な)取調べによって、全日空関係者等が現金授受を自白する供述調書が作成されたロッキード事件とは異なり、加計学園の問題に関しては、安倍首相が加計理事長から利益供与を受けていたことの「具体的な疑い」があるわけではない。しかし、安倍首相自身も認めているように、長年にわたって「腹心の友」の関係にあるのであるから、安倍首相が加計氏から様々な有形無形の恩恵を得ていることは否定できないであろう。その見返りに、獣医学部の設定認可に関して、加計氏に有利な取り計らいが行われたのではないかが問題となるのであり、そこで、国家戦略特区に基づく獣医学部新設の認可について、総理大臣がどのように位置づけられ、どのような立場にあり、どのような姿勢をとっていたのかによって、加計氏に「便宜供与」を行うことができた現実的な可能性があったか否かが判断されることになる。

この点について、総理大臣は、国家戦略特区の枠組みについて、基本方針、区域方針等を決定する権限を持っており、しかも、諮問会議の議長である。しかし、「獣医学部の設置認可を認めるかどうか」という個別の政策判断については、総理大臣が直接、判断・決定を行ったりすることは前提にされていないし、実際に、諮問会議等で、安倍首相は、個別の問題について発言を行っていない。しかも、官邸・内閣府側が、安倍首相は、獣医学部の新設認可に一切関わっておらず、関わる立場でもないとの説明を行ってきた。そのため、これまで主として問題とされてきたのは、「安倍首相が全く関与していないとしても、加計氏が安倍首相の『腹心の友』であることが獣医学部設置認可に影響した可能性があり、外形上、公正・中立が疑われる」という「利益相反」の問題、つまり「政府のコンプライアンス」の問題だった。

ところが、安倍首相は、今治市だけに新設認可を認めたことで加計氏への優遇が疑われているという「個人的な事情」の下で、「獣医学部の新設を全国でどんどん認めていく」などと発言した。

それは、裏を返せば、「その気になれば、獣医学部の新設を認めることなど、総理大臣の私にとって簡単なことだ」ということであり、「獣医学部の認可の問題に、総理大臣として、いくらでも口を出せる」ということを認めたに等しい。

 

「『岩盤規制の打破』はすべて『善』」と単純に割り切れる問題ではない

安倍首相の真意は全く不明だが、“獣医師の不足は、誰の目にも明らかであるのに、既得権益を保護する獣医師会が、獣医学部新設に不当に反対していた。一校だけ新設を認めたことは「岩盤規制の打破」として全く不十分なものであり、むしろ、獣医学部の新設を無条件に認めていくことが社会的に当然だ。”と思い込んでいるのかもしれない。

しかし、大学や学部、大学院の設置などは、認可をすれば、その後に、私学助成金等で公的資金を投入することになり、国に財政上の負担を生じさせる。その点で、酒屋の出店規制の撤廃等の「規制緩和」とは、決定的に異なる。しかも、獣医学部のような国家資格の取得に関わる学部の設置は、将来の資格取得者や就業者の増加に直結する。資格を取得しても職に就くことができない人を大量に発生すれば社会問題にもなりかねない。

最近では、法科大学院の設置に関し、申請通り70校全てを認めてしまったことが、最終的には、法曹資格を得ることができない、或いは、資格を取っても仕事にありつけない修了者を大量に生み出すことになった挙句、既に半数近くの法科大学院が募集停止に追い込まれたのが、その典型例である。それによって、多くの若者達の人生設計を狂わせ、法科大学院に費やされた膨大な公的助成金は無駄になってしまった。国家資格取得を目的とする大学・大学院設置認可というのは、「岩盤規制の打破はすべて善」と単純化できる話ではない。

獣医学部の新設認可は、獣医師の需給関係に直接影響を与える。犬・猫等のペット数の減少傾向に加え、産業用動物が漸減する状況の下で、不足しているのは、資格取得のコストの割に待遇が良くない公務員獣医師だけだと言われており、獣医師全体で見ると、決して不足しているとは言えない。そこに、これまでの獣医学部の定員総数の17%にも及ぶ160人の定員での学部新設を認めることに、強い異論があるのは当然だ。

安倍首相は、そのような獣医師の需給関係をめぐる議論をすべて無視し「全国で新設を認める」と言い放っているのである。

獣医学部について「1校に限定して特区を認めたのが中途半端だった」というのであれば、同様に、国家戦略特区で、成田市の国際医療福祉大学1校のみに、38年ぶりに「医学部」の設置を認めたことも、「中途半端」だったので「全国で設置認可していく」ということになるはずだ。それを言わず、獣医学部についてだけ「全国展開」を言い出すのは、それが、自分に対する疑いを払拭するという「個人的事情」によるものだからである。

 

産経新聞社主催の講演で飛び出した「自爆発言」

これまで、官邸も、内閣府も、「安倍首相は獣医学部設置認可の問題には一切関わっていないし、全く無関係である」という説明を一貫して行ってきたのに、安倍首相は、何を血迷ったのか、「自分が、その気になれば、獣医学部の新設を全国で認めることもできる」と野放図に放言してしまった。「正気の沙汰」とは思えない。「自爆行為」そのものである。

注目すべきは、その自爆発言が、産経新聞主催の講演会の場で発せられたということである。これまで、安倍首相は、加計学園問題について国会で質問されても「印象操作」だと言って開き直り、一般論的な自説をとうとうと述べ、また、国会閉会後に行われた記者会見でも「プロンプター」に映し出される原稿を棒読み、記者との質疑応答もすべてセットされていて、原稿に基づいて答えていたようだ。

要するに、自分で考えたこと、思ったことは、安倍首相の口からは全く出て来ていなかった。今回、自民党を一貫して支援してくれている産経新聞社主催の講演会だということで気が緩んだのか、加計学園問題についての自らの考えを、思わず口にしてしまったということであろう。

今回の安倍首相発言の真意を、今後、国会や記者会見の場で、しっかりと問い質していかなければならない。それが、今回の加計学園をめぐる問題の真相解明につながるはずである。

 

 

 

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菅「怪文書」発言、義家「守秘義務」発言こそ、国民にとって“残念”

「加計学園」の獣医学部新設問題で、「総理のご意向」などと書かれた文書の存在について、文科省で再調査が行われた結果、同省内部者からの存在が指摘されていた19文書のうち14文書の存在が確認された。

前回調査後、文科省職員による「『文書が存在する』とのマスコミへの告発証言」が相次いだことを受けて行われた再調査で、これらの告発証言の真実性が裏付けられたことになる。

告発証言に基づく報道の一つ【(朝日)加計文書、職員の報告放置 初回調査後「省内に保管」】によれば、文書が確認できなかったとした当初調査の後、複数の同省職員から、同省幹部数人に対し、「文書は省内のパソコンにある」といった報告があったのに、こうした証言は公表されず、事実上放置されていたとのことであり、私が、再調査が決定された直後に述べたように(【「あったものをなかったことにした」前回調査での“隠ぺい”解明を】)、今回の再調査の結果から、「文書の存在が確認できなかった」とした当初の調査が、実質的に「隠ぺい」であった疑いが濃厚になったと言えよう。

文書の存否の確認のための調査を行いながら、文書そのものを隠ぺいして、文書がなかったかのような公表をしたことは、国民に対する裏切りであり、重大な「不祥事」である。

しかも、その調査結果の公表を受けて、官房長官は、新聞報道で存在が指摘された文書を「怪文書」などと切り捨て、前川喜平前文科省次官が、記者会見で「確かに存在した」と公言しても、直前に読売新聞が報じた同氏の「出会い系バー」への出入りに言及して、教育行政の最高の責任者にあるまじき行為と個人攻撃するなど、同氏の証言の価値を貶めようとしたこと(【読売新聞は死んだに等しい】)が、「マスコミと結託した悪辣な企み」であった疑いも一層高まった。

文科省に対する信頼を失墜させただけでなく、加計学園問題をめぐる混乱を助長することになった“隠ぺい不祥事”の背景に、官邸や内閣府のどのような動きがあったのか、徹底解明することが不可欠である。文科省は再調査の結果、文書の存在が明らかになっても、まだ「前回調査は合理的」と言っているようだが、論外だ。そのように言い通さざるを得ないこと自体が、官邸・内閣府から文科省幹部に「異常な力学」が働いていることを示していると言えよう。

 

文部科学副大臣の守秘義務違反発言

こうした経過の中で、見過ごすことができないのは、文書の存在等を証言した文科省職員の内部告発者について、義家弘介文部科学副大臣が、6月13日の参院農林水産委員会で、「国家公務員法違反(守秘義務違反)での処分」を示唆したことである(【加計問題の内部告発者、処分の可能性 義家弘介・文科副大臣が示唆】)。

義家氏は、

文科省の現職職員が公益通報制度の対象になるには、告発の内容が具体的にどのような法令違反に該当するのか明らかにすることが必要だ

告発内容が法令違反に該当しない場合、非公知の行政運営上のプロセスを上司の許可無く外部に流出されることは、国家公務員法(違反)になる可能性がある

と述べた。

再調査が開始された局面でこのような発言を行ったことに対して、「内部告発の犯人探し」「恫喝」など批判が集中した。しかし、その後も、義家氏は、「国家公務員には公務員の法律と手続きがある」などと述べ、菅義偉官房長官も、「一般論としての法律の解釈を説明したものだ」などと擁護した。

しかし、誰がどう考えても、文科省副大臣として、義家氏の発言が正しいとは思えない。

義家発言は、どこがどう誤っているのか。

 

義家発言の誤り

義家発言は、少なくとも、法的な側面から見ると、大きく間違ってはいない。公益通報者保護法という「法令」によって保護される「公益通報の対象事実」は、「犯罪行為の事実」「法律の規定に基づく処分に違反する事実」等に限られている。そして、現在の文部科学省の公益通報制度において、通報の内容は「特定の法律違反行為」に限定されており、そういう意味では、保護される内部通報の範囲は、義家氏が述べたとおりである。

しかし、そこには、重要な視点が欠落している。

いまや、世の中では当然の認識になっている“コンプライアンス”は、決して「法令遵守」にとどまるものではないということが、全く理解されていないということだ。

多くの企業では、内部通報の対象を「法令違反」に限定することはせず、組織の活動に関する不公正・不当な行為について、広く「コンプライアンス上の問題」ととらえて対応するのが当然のこととなっている。単なる法令遵守の観点だけからではなく、「本当に社会の要請、国民の要求に応えられるものかどうか」という観点から、組織の活動をチェックし、問題があれば是正していく取り組みをしていかなければならないのは、官公庁においても同様であり、むしろ、民間企業よりも高いレベルが求められているといえる。

最近の事例を挙げれば、「南スーダンPKO派遣部隊の日報問題」で、いったんは廃棄したとされていたものの、過去の全ての日報が保管されていたことが分かり、防衛省が「隠ぺい」と批判されたことは記憶に新しい。意図的な「隠ぺい」だったとすると、社会的には到底許容されない重大な問題だが、具体的に法令に違反するわけではない。

私は、2009年に、総務省顧問・コンプライアンス室長に就任した際、それまで総務省にあった「法令等遵守室」を「コンプライアンス室」に改め、法令違反のみならず、広く総務省のコンプライアンスに関する情報提供・申告を受け付ける「コンプライアンス窓口」を設置した。そして、「総務省の行政が“社会の要請にこたえる”という意味で問題があると考えられる場合には、積極的に申告・通報を行ってほしい」という呼びかけをした。

この呼びかけに応じて様々な情報がもたらされた。その中で、「補助金の予算執行が不適切だ」という指摘があり、調査したところ、当初交付決定されていた約4億6000万円の補助金のうち、約2億5000万円が不適切であったことが明らかになり、減額措置をとった。内部通報によって具体的な問題を把握し、コンプライアンス室を中心に調査を行った結果だった。これも、補助金交付決定が「違法」だったわけではない。交付の手続やチェックが不十分で、税金が不当に使われそうになっていたという問題だった。

この調査結果については、2011年5月、当時の片山総務大臣が、閣僚懇談会で報告し、他の省庁においても第三者を活用したコンプライアンスの仕組みを整備する必要性が指摘された。そして、私は、同年5月30日の参議院決算行政監視委員会に参考人として出席し、コンプライアンスを「法令遵守」ではなく、広く「社会の要請に応えること」ととらえる必要性を強調し、総務省のコンプライアンス室の取組みを他の中央官庁にも広げていく必要性を強調した(【参議院決算行政監視委員会会議録】

ところが、それから、6年経った今でも、文科省という官庁では、未だに、通報対象が「法令違反」に限られ、しかも、「通報時に具体的にどのような法令違反に該当するのか明らかにしないと、内部通報として扱ってもらえない」というのである。

組織が、本当の意味で社会の要請に応え、健全な活動を行っていくためには、法令違反に限らず、様々な問題について、幅広く組織内から声を挙げてもらうこと、そのために、内部通報窓口を積極的に活用することを呼びかけるという姿勢が不可欠だ。

文科省において、「総理のご意向」などと書かれた文書の存在を確認するための調査を行いながら、「あるものをなかったことにした」のは、法令違反とまではいかないかもしれないが、少なくとも、調査の目的を無にしてしまう「隠ぺい」であり、「社会の要請に反する重大な不祥事」である。それを是正しようとする文科省職員の告発の動きは、正当な内部告発と評価できるものだ。

ところが、義家氏は、「化石のような通報制度」を盾にとり、「守秘義務違反による懲戒処分」を振りかざして、内部告発の動きを封じ込めようとしたのである。それが、教育行政を主導する文科副大臣の発言なのである。

義家氏は、「ヤンキー先生」出身の異色の政治家として知られている。もし、教師時代の教え子が、公務員になって、「役所内で、法令には反しないが、社会的には許されないことが行われています」と言って相談に来た時、「法令違反に該当しないと内部通報として扱われないので、黙っておきなさい」と助言するのであろうか。

そのような人物に、文科省の副大臣の職責を果たす資格があるだろうか。

 

官房長官の「怪文書」発言

「総理のご意向」の文書を「怪文書」と言って切り捨て、文科省内からの告発証言が相次ぎ、再調査を求める声が上がっても、「我が国は法治国家だから法令に基づいて適切に対応している」と言い続けて再調査を拒否し続けてきた菅官房長官の姿勢も、「悪しき法令遵守」の典型である。

驚くべきことに、菅氏は、今回の調査で文書が文科省内で存在していたことが明らかになった後も、その「怪文書」という発言を撤回することもなく、謝罪もせず、

「怪文書」という言葉が独り歩きしたことが「残念」

と言って開き直っている。

「怪文書」という言葉が独り歩きしていることが「残念」だと思っていたのであれば、再調査を拒否している間に、せめて再調査の結果が出る前に、なぜそう言わなかったのか。

菅氏は、一旦自分が言い始めたことを撤回するようなことは絶対にせず、開き直るためには、どんなに苦しい言い逃れをすることも厭わない人物であることがわかったのである。

義家氏のような人物が文科副大臣の職にあること、そして、菅氏のような人物が内閣の要である官房長官の職にあることこそが、我々国民にとって「残念」なことである。

 

 

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「あったものをなかったことにした」前回調査での“隠ぺい”解明を

加計学園問題について「官邸の最高レベルが言っている」との文書の存在について、前川前次官が記者会見で「あったものをなかったことにできない」と述べたのに続いて、文科省内部者からの告発・証言が相次ぐ中、菅義偉官房長官は、6月8日の記者会見で、「出所や、入手経路が明らかにされない文書については、その存否や内容などの確認の調査を行う必要ないと判断した」との答えを、壊れたレコードプレーヤーのように繰り返す醜態をさらした。

その翌日午前、松野博一文科大臣が記者会見を開き、「文書の存在は確認できなかった」としていた文科省の調査について、再調査を行う方針が明らかにされた。

この文書によって問題とされたのは、安倍首相の「腹心の友」である加計孝太郎氏が理事長を務める加計学園が、国家戦略特区の指定によって、今治市での獣医学部の新設を認可されたことについて、安倍首相の意向・指示の有無、それに関して官邸や内閣府から文科省への発言が有ったか否かであり、それらを含めて真相解明すべきとの意見(渡辺輝人氏【【加計学園問題】安倍首相の「再調査を指示するフリ」】など)は、全く正論である。

しかし、今、そのような正論を掲げて、文科省に広範囲の調査をするよう求めることは果たして得策と言えるであろうか。文科省の背後に、今回の加計学園の問題に対して不誠実極まりない対応を続けてきた首相及び首相官邸の存在があることを考えると、加計学園問題の本質に迫る調査を求めることは、かえって、真相解明を遅らせることになる可能性が高い。

 

再調査で加計学園問題の真相を全面的に解明できるか

今回の再調査で真相解明を迫った結果、仮に、内閣府から文科省に対して「官邸の最高レベルが言っている」「総理のご意向」などの圧力があり、そして、それが実際に安倍首相の指示ないし意向に基づくものであることが明らかになれば、それは「安倍政権の致命傷」になる。調査の結果そのような事実が明らかにならないように、再び文科省に対して、「強烈な力」が働くことは容易に想像できる。

問題の文書の存在が確認され、仮に、その文書の作成者が特定されたとしても、その「作成者」には、とりわけ「強い圧力」が働くことになるだろう。「内閣府側の発言を直接確認したわけではない」「省内報告書作成の際に『内閣府側の圧力』を誇張する表現を使った」などという話になる可能性が高い。

しかも、調査の範囲が、文科省内で加計学園の獣医学部設置認可に関わった担当部局及びその報告を受けて意思決定をした幹部全員に及び、しかも、そこで内閣府側からどのような働きかけがあったか、そこで「官邸の最高レベル」という話が出たのか否かという「極めて微妙な問題」について、証拠を収集し、事実認定を行うことになると、相当長い期間を要することになる。

そのような困難を乗り越えて、真相を解明するのは、いきなり「エベレスト登頂」をめざすに等しい。

そういう意味では、今回の調査でいきなり「加計学園問題の本質」に迫ろうとするのは、調査する側に、口実と時間を与えるだけになる可能性が高く、この問題について、国会で追及して真相を解明する上で得策とは思えない。

 

まずは前回調査での「隠ぺい」の解明を

今回の再調査に当たって、まず問題とすべきは、前川前次官が「確かに存在する」と述べた文書について、前回調査で「確認できない」という調査結果が出されたこと自体である。

それは、文科省という「組織」における「文書の存在の隠ぺい」という「不祥事」である。

そこで、当面の調査対象は、「あるものをないことにした」前回調査での「隠ぺい」に絞り、それを以下のような手順で速やかに行うよう求めるべきである。

① 問題の文書の存在を確定すること

文科省に、弁護士などの外部者による「通報窓口」を設置して、通報の対象を、法令違反だけでなく今回の件を含めた内容とする必要がある。前回調査で文科省が、文書が存在するのに「存在しない」との調査結果を公表したことについて、これまで多数の現職職員がマスコミ等への内部告発を行っているようだ。この点について、匿名の内部通報が窓口に行われ、情報が提供されれば、文書の存在を確認することも容易になる。

② 前回調査の対象・方法の決定及び文書の「隠ぺい」の経緯の解明

文書の存在が確認されれば、前回調査が文書の存在の「隠ぺい」であった疑いが一層濃厚となる。そこで、次に必要なことは、容易に存在を確認できる文書について、「確認できない」という調査結果が出されたことについての事実解明と原因究明だ。

前回調査では、「(ヒアリングが)獣医学部設置に関係する高等教育局長や大臣官房審議官、専門教育課長ら7人に対して行われた。民進党が国会で示し、同省に提供した文書8枚に加え、具体的な日付や内閣府、文科省の職員の実名が入った文書を報じた朝日新聞の記事を提示したうえで、19日に1人当たり約10~30分程度聞き取りをした。電子データについては、専門教育課の共有フォルダーだけを調べた」とされている(5月20付毎日新聞記事)。

前回調査の問題点として、関係者のヒアリングがある。

ヒアリング対象者が7人に限定されたということだが、まず、7名とはいえ、対象職員が適切に選定されたのであれば、その7人が文書の存在を知らなかったはずはない。再調査で彼らから再度ヒアリングをすることが絶対に不可欠であり、その際、彼らが真実を供述できるよう、ヒアリングに当たって「真実を供述することで不利益を受けることはない」ことの確約が必要である。それによって彼らが「実は、文書の存在は知っていました」と供述することも期待できる。

その供述が得られた場合、なぜ前回調査で、「知っていること」を「知らない」と供述することになったのか、その理由を問い質すことになる。実際には、彼らは「文書の存在」を供述しているのに、ヒアリングする側が聞かなかったことにした可能性、あるいは供述に反して文書はなかったことにした可能性、つまり、調査で露骨な隠ぺいが行われた可能性もある。

また、PC調査の共有フォルダ―への限定も、前回調査の問題の一つである。

真相を解明しようとすれば、少なくとも加計学園の獣医学部の設置認可の問題に関わっていた個人のパソコンを調査するのは当然だったはずである。今回、文書の存在が確認されれば、個人のパソコンの調査を行わなかったことは、実質的には「隠ぺい」になる。個人のパソコンの調査がなぜ行われなかったのか、それを、誰がどのように決定したのかを解明することが不可欠となる。

今回の再調査は、当面、①②の点を調査事項とすれば十分であり、それを速やかに行うべきである。第三者による通報窓口をただちに設置し、全職員に2日程度の期限で匿名通報を呼びかければ相当数の通報が行われるはずであり、ヒアリングも、前回調査に関与していなかった者による調査組織によって行えば、事実を明らかにすることに、さほどの時間はかからないはずで、国会会期中に終えることは十分に可能である。

これらの調査は、第三者による中立かつ独立の立場からの調査が望ましいことは確かだ。しかし、東芝の会計不正での第三者委員会がまさにそうであったように(【偽りの「第三者委員会」で原発事業の問題を隠蔽した弁護士と東芝執行部】)、第三者委員会も、委員長・委員の人選によっては、設置者の意向にしたがい、コントロールされてしまう可能性が十分にある。しかも、第三者委員会は、一旦、設置されると、それ以降、設置者の側では「第三者委員会の調査中であり、一切コメントできない。」との対応が許されることになるので、問題を先送りした上で、曖昧な形で決着させられる可能性もある。

そういう意味では、文科省の内部調査を、調査の担当者・実施方法・調査の状況等を、逐次公表させつつ行わせるのが、「隠ぺい」の早期解明のためには現実的だと言える。

前記①②の調査であれば調査の内容は極めて単純であり、国会での質問や、マスコミの追及で、「文書の存在は確認できたか」「前回調査の時点での調査対象者は、文書の存在を認識していたのか」と質問されれば、答えざるを得ないはずである。

 

「隠ぺい」の背景の解明は国会で

前回調査での「隠ぺい」が明らかになれば、文科省が、自発的にそのような「隠ぺい」を行うとは考えられないのであるから、その背景に、内閣府や首相官邸からの指示、或いは、そうせざるを得ない「圧力」がかかった疑いが濃厚となる。

文科省だけではなく、内閣府や首相官邸も関わった組織的な「隠ぺい」である可能性が高くなるが、それを、文科省の内部調査で真相を明らかにすることが困難なのは言うまでもない。それから先の調査は、国会が、国政調査権に基づいて行うべきであり、当然、「隠ぺい」が疑われる文科省、内閣府・官邸の関係者の証人喚問も必要となる。

 

拙劣かつ不誠実な危機対応を繰り返す官邸を信頼できるか

今回の加計学園の問題では、安倍首相の「腹心の友」である加計孝太郎氏が理事長を務める加計学園の今治市での獣医学部新設が、安倍首相がトップを務める内閣府所管の国家戦略特区の指定を受けて実現したことについて、安倍首相の意向・指示があったのか否かという点と、その獣医学部新設が、50年以上獣医学部の新設が行われて来なかったという「岩盤規制」の打破として正当なものなのか否かという点の二つが問題にされてきた。

それらの点に何の問題もない、というのであれば、安倍首相も菅官房長官も、その問題に真摯に向き合い、しっかり説明することが重要であった。

ところが、この問題に対する政府・官邸の対応はあまりに不誠実かつ拙劣だった。森友学園をめぐる問題に関しても、自民党や官邸の危機対応の拙劣さを指摘してきたが(【籠池氏問題に見る”あまりに拙劣な危機対応”】など)、それを反省しようとしなかった政府・官邸は、加計学園問題でも、拙劣で不誠実な危機対応を続け、一層窮地に追い込まれている。

安倍首相は、国会で、野党の質問に「印象操作はやめてください」「野次がうるさくて答弁できない」などと述べて、質問をはぐらかし(【加計学園問題の原点:安倍首相の3月13日の参院予算委での答弁を分析する】)、菅官房長官は、朝日新聞が文科省内で作成されたとして報じた文書を「怪文書」だと断じたり、「出所が明らかではない文書については調査しない」と言ったり、文書が存在するとした前川前次官の個人攻撃を行ったりして、問題をはぐらかしてきた。

そのような拙劣な危機対応を繰り返した末に、とうとう、文書の存在が確認できないとした文科省の調査の「再調査」という事態に追い込まれたのである。

そこには、「安倍一強」と言われる権力の集中の下での「権力者の傲り高ぶり」がある、と多くの国民が思っている。

我々国民の最大の関心事は、森友学園問題についても加計学園問題についても、このような拙劣かつ不誠実な対応を行う首相や官邸を信頼してよいか、ということである。

国家として重大な事態が発生した時にも、政府・官邸側が「不都合な事実」だと思う事柄が存在することはあり得る。その場合にも、それをしっかり国民に明らかにした上で、その後の対応をとっていかなければならない。

しかし、森友学園問題、加計学園問題でとった首相や官邸の対応からは、「不都合な事実」に正面から向き合い、国民にしっかり説明して誠実に対応しようとする姿勢は全く見えない。

今回、安倍首相が松野文科大臣に「徹底調査」を指示し、文科省での再調査を行うことになったという。そうである以上、首相自身が、前回調査における「隠ぺい」の重大な疑惑に向き合わなければならない。

それについて真実を覆い隠すことは、もはや許されないのである。

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山口寿一社長は、読売新聞を救うことができるか

前川前文科省事務次官の「出会い系バー」への出入りを大きく報じた読売記事を、私が徹底批判した【読売新聞は死んだに等しい】は、予想を大きく上回る反響を呼び、ネットの世界を中心とする不買運動も拡がるなど、読売新聞に対する批判は高まっている。

加計学園問題について、国家戦略特区を担当する内閣府職員から文科省職員が「官邸の最高レベルが言っている」「総理のご意向だ」などと伝えられた内容の文書について、前川氏が、同記事の3日後の記者会見で「確かに存在した」と述べただけではなく、文科省内からも、「存在した」との話が相次ぎ、結局、文科省も文書の存在について再調査をせざるを得ない状況に追い込まれた。加計学園問題は、今後、一層重大な事態を迎えることが必至の状況になってきた。前川氏の証言も文科省内部の声も無視し続けている読売新聞の報道のいびつさは一層顕著になっている。

読売新聞社及び読売グループは、まさに極めて深刻かつ重大な事態に直面している。

上記ブログ記事でも述べたように、今回の前川氏に関する記事の問題は、言論報道機関としての新聞社の「不祥事」である。組織として、それを正面から受け止め、信頼を回復するために最大限の取組みをしなければならない。

そのような事態において最も重要なのが、組織のトップの対応であることは言うまでもない。昨年6月に、読売新聞グループ本社社長に就任した山口寿一氏が、今回の問題にどう対応するのか、そこに、読売新聞の組織の命運がかかっている。

実は、その山口氏が検察や裁判所を取材する「司法記者」だった時代、現職検事だった私とは深い付き合いがあった。山口氏は、事件の分析・評価、取材・記事化など、あらゆる面で優れた能力の持ち主で、なおかつ、人間として極めて信頼できる人物だった。私にとって、当時の山口氏は、腹を割って話をすることができる大事な存在であった。

山口氏と私との付き合いは、90年代初頭、私が検察庁から公正取引委員会事務局に出向したころに遡る。出向前に関わった捜査で、「ストーリーありきの調書中心主義捜査」「不当・違法な取調べ」の現実を知り、特捜検察に深く失望していた私と山口氏の問題意識はほとんど一致していた。しばしば飲食を共にし、検察や公取委・独禁法の問題などについて、意見を交わした。

その後、公取委から東京地検特捜部に戻った私は、まもなく始まったゼネコン汚職事件の捜査体制に組み込まれた。「特捜の暴走」に加担させられることに苦悩していた私にとって、唯一の理解者だったのが、当時社会部の遊軍記者だった山口氏だ。彼自身、検察側だけではなく、検察の暴走捜査に押しつぶされそうな捜査対象者に対して、独自の取材を試みたりしていた。事件の真相に迫り、不当な捜査を止めたいという思いを共有していたと思っている(このゼネコン汚職事件をモデルに、特捜の暴走と司法マスコミとの癒着を描いた推理小説(【司法記者】講談社文庫:2013年、ペンネーム由良秀之)には、検察の「組織の論理」に反発し独自の行動をとる若き検事と、その検事に水面下で協力し連絡を取り合いつつ、独自の取材を行う記者が登場するが、その記者のモデルとなったのが山口氏である。)。

その後、私は、一旦は検事辞職を申し出たが、当時の人事課長等に慰留されて検察の世界に残り、その後、広島地検特別刑事部、長崎地検等で、独自の手法による検察捜査に取り組んだ(【検察の正義】(ちくま新書:2010年))。山口氏とは、その間も、折に触れて、連絡を取り合っていた。

そのような電話でのエピソードの一つに、「特捜部50周年キャンペーン」がある。司法クラブの各社が、露骨な「東京地検特捜部賛美記事」の特集を組むことを最高検検事から半ば強要されていることに不満を抱いていると聞いたことは、著書でも紹介している(【検察が危ない】(ベスト新書:2010年)p.119)。

このような話をしてくれたのが、当時、読売の司法クラブキャップだった山口氏だ。司法記者としての彼が、権力に利用されることに対する抵抗感という、極めて真っ当な感覚を持ち合わせていたことを示している。

捜査の重要な局面で、彼が、わざわざ東京から来てくれて、私の話し相手になってくれることもあった。

広島地検特別刑事部長の時代、広島県が設定していた海砂採取の期限延長を画策した採取業者と県議会議長・議員との癒着を追及した事件の際、広島に来てくれた山口氏とは、捜査の方向性や、瀬戸内海での海砂採取の環境問題としての重要性などについていろいろ議論をした。この事件は、政治資金規正法違反事件の検察捜査から海上保安部との共同捜査による砂利採取法違反事件に展開し、県内の全業者が摘発されたために、県は、期限を延長することなく採取を全面禁止にした。閉鎖水域での海砂採取禁止は、その後、瀬戸内海に面する他県にも波及していった。

長崎地検次席検事の時代、公共工事利権を背景とする、自民党の地方組織の集金構造の解明に向けて取り組んだ自民党長崎県連事件では、「検察の組織の壁」に何回も阻まれた(前掲【検察の正義】最終章「長崎の奇跡」)。検察裏金問題の関係で自民党政権に借りができたのか、最高検・法務省からの捜査への圧力は強烈だった。その最も重要な局面でも、山口氏は、長崎まで来てくれたことがあった。次席官舎で深夜まで飲み明かし、最高検・法務省の壁を打ち破ることに関して多くの助言をしてくれた。山口氏は、その後、配下の記者を長崎に出張させ、読売本社社会部としての取材・報道も試みてくれた。

このように、検事時代の私が自分なりのやり方で現場の検察捜査に取り組み、苦悩していた時、いつも力になってくれたのが山口氏だった。検察について、彼と話したこと、議論したことは、私にとって大きな糧となっている。

そういう山口氏とは、私が検察の現場を離れ、コンプライアンスを専門とする大学教授・弁護士の活動を始めて以降も、親しく付き合っていた。報道の現場を離れ、法務部長等の立場で新聞社の経営問題に関わるようになっていた山口氏は、私が桐蔭横浜大学コンプライアンス研究センター長を務めていた2005年、各業界の主要企業のコンプライアンス責任者をメンバーとする研究会を立ち上げた際に、読売新聞の法務部長として研究会に参加してくれた。当時は、独禁法等に関する読売新聞の法務的な重要課題について、私に相談をしてくることも多かった。もちろん、私も、彼からの相談に対しては、可能な限りの助言をした。

しかし、私が東京地検特捜部の陸山会事件の捜査に対してメディアを通じて検察を厳しく批判するようになった2009年頃から、山口氏は、私とは全く連絡をとらなくなった。長く続いていた年賀状のやり取りも途絶えた。

その後、一度だけ、私の方から、山口氏の携帯電話に連絡をとろうとしたことがある。当時読売新聞社専務であった山口氏をめぐる問題が週刊文春で取り上げられた際だった。(2014年2月6日号「仰天スクープ ナベツネも知らない読売新聞の『特定秘密』」「”御庭番”山口専務が謎の女性に入れ揚げ 会社を私物化」)そこで書かれていることが、私の認識する山口氏とはあまりにもかけ離れたものだったので、その真偽を確認したかったのと、もし、それが事実であれば、一言助言・忠告をしたいと思ったからだった。しかし、留守番電話にメッセージを入れても、秘書を通じて伝言を頼んでも、山口氏からの連絡はなかった。

少なくとも、私が知る司法記者時代の山口氏は、今回の前川氏に関する記事を書いたり、関わったりすることの対極にある記者だった。しかし、今回の前川氏に関する記事について、読売社内では、「山口社長が社会面に書くよう命令した」と言われているとも報じられている(【政権「忖度メディア」の現場記者に今何が起きているのか!?】週刊プレイボーイ6月17日号)。

類まれな傑出した司法記者だった山口氏が、今回の前川氏に関する記事に主体的に関わるような人物になったのだとすれば、彼がグループ社長になるまでの間に大きな変節があったことになる。その背景には、読売新聞という組織の病理があるのであろう。それがいかなるものなのか、山口氏自身が最も良く知っているはずだ。

山口氏には、今一度、司法記者時代の「原点」に立ち返ってもらいたい。そして、グループの総帥としての統率力を発揮して、新聞社の組織を歪めてきた病理を正してもらいたい。

それ以外に、読売新聞を救い、言論報道機関として再生させる手立てはない。

 

 

 

 

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